ひとこと

  •  今時、インターネットエクスプローラーを使っているヤツが悪いんだろうけれど、今日のインターネットエクスプローラーは動きが遅いし、挙動が不審だ。でも、インターネットエクスプローラーじゃないと困る事だってあるんだよね。最新ブラウザのエッジがすべての面で、旧式のインターネットエクスプローラーよりも優れているわけじゃないしね。ああ、困った困った。
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2013年4月の記事

2013年4月30日 (火)

忙しいと、必然的にパソコンの前で遊ぶ時間が減ります[2013年4月の落ち穂拾い]

 …でしょ? まあ、実は仕事でパソコンを使う時間は増えてしまいましたが(笑)。それも同時に二台使う事が常態化していますので、パソコンの使用時間そのものは、のべ時間的には、飛躍的に増えているわけなんですけれども(爆)。

 タバコを吸う方は“タバコ休憩”なるモノを取ります。定期的に日に数度ほど喫煙所に出かけてタバコを吸って来るわけです。喫煙所まで出かけて、タバコ吸って、喫煙所でおしゃべりして、喫煙所から戻って来る…時間的には結構浪費しているような気がします。

 私はタバコは吸いませんが、その代わりと言ってはなんなんですが、以前は“パソコン休憩”なるモノを取っていました(無論、上司公認)。その“パソコン休憩”で、皆さん宛のコメントなどをチャチャと書いていたりしたのですが、今は業務形態も変わり、パソコン休憩どころか、お昼ごはんすら食べ忘れるほどの激務の中にいるので、休憩そのものを取っている暇、ありません。

 そのうち、過労死するんじゃないかな(笑)。この前も上司に「ちゃんと寝ているか」と心配されましたが…時間的には寝てますが、休息としては不十分ですね。ううむ、不眠症…かなあ?
 
 
吹奏楽は試合をしている

 吹奏楽ってのは、演奏で芸術をするのではなく、演奏で試合をするものです。だから、そこで求められるのは“美しさ”ではなく“強さ”なんです。

 吹奏楽って、勝つためにやるんでしょ?

 結局、吹奏楽の世界のモノサシが『コンクールで○位』である以上は、仕方ないです。演奏で試合をしているんだから、吹奏楽は芸術系ではなく体育系なんですよ。

 だから、美しい音色よりも、速い音符を巧みに演奏する方が価値があるんです。心に残る音よりも、耳によく聞こえる音の方が有利なんですよ。

 「ウチの団体はコンクールに参加しないから…」なんて言い訳でしょ? コンクールに参加しようとしなかろうと、吹奏楽ってコンクール文化の申し子ですからね。コンクールの呪縛にガンジガラメになっている音楽ですから、そういうわけなんですよ。

 吹奏楽って、スポーツだと私は思ってます。
 
 
今月のお気に入り  キーボード・マウス、シェアUSBケーブル REX-KMSU1

 これ、なかなか良いですよ。私は仕事で二台のパソコンを使っております。一台は社内LAN用のマシン、もう一台はインターネット用のマシン。二つのネットを分けて使用するために、それぞれ別のマシンで使用しています。

 ですから、今のポジションに着任した当座は、私の机には二台のパソコンと、二つのディスプレイと、二つずつのキーボードとマウスがございました。

 まあ、パソコン本体は、大小あったので、小型の方はそのまま机上に残し、大型の方はさっそく机の足元に移動しました。ディスプレイもメインで使う大型ディスプレイ(社内LAN用)の方は私の正面に、サブで使う小型ディスプレイ(インターネット用)の方は私の脇机に置くことにしました。それ以外にも、資料の類が大量にあって、どうにかこうにか、邪魔にならないように工夫して置き、しまえるものはしまい、それなりの作業スペースを机上に確保したわけですが、そこにキーボートとマウスを各2台ずつ置いてしまうと、それだけで、机上の作業スペースを大きく取られてしまいます。

 机上の作業スペースの確保は大切です。パソコン仕事も多いので、メインで使うパソコンのディスプレイも大きくないと困ります。同時に二画面見ながらの作業も多いので、サブマシンの方のディスプレイを片づけるわけにもいきません。すぐに手にとれるようにしておかないといけない書類や資料を、しまい込むわけには行きません。そうなると、各二台ずつあるキーボードとマウスを、どうにかする事を考えないといけません。

 そこで、パソコンとディスプレイは二つのまま、キーボードとマウスを一組にまとめてしまいたいと考えました。

 そこで最初に考えたのは『PC切り換え機』と言う奴。ハードウェア的に二つのパソコンを切り換えて使用するという、昔からあるヤツ。これは悪くないのですが、ハードウェアの装置なので、ややお高く、どれも一万円前後するのが欠点。もう少し、今っぽいものはないかな…とパソコン屋を歩いていて見つけたのが、実はこれ。

 これは二台のパソコンをUSBケーブルでつないで、一台を親機とし、もう一台を子機として、親機のキーボードとマウスで、子機も操作しちゃえるというアイデア商品(アイデアケーブル)なのでございます。それもシームレスに使用できて、親機の画面の中をマウスポインタが右へ右へ移動して、右端まで行って、その画面の向こうへマウスを移動させると、そのまま子機の画面の左端にマウスポインタが出現するという感じなんです。ほんと、何も考える必要ないんです。

 画面が分割された一つのマシンを使っているような感覚で、二台のマシンを使えるんですよ。

 さらに、親機のキーボードとマウスで、両方のマシンを操作できるだけでなく、クリップボードを共有できるので、USBメモリ等を使わずに、親機で何かをコピーしたら、そのままマウスを移動して、子機にペーストできるという優れた機能もあります。

 これが結構便利なんですよ。

 社内LAN用マシンで、文章とか写真とか色々な部品を用意しておいて、それらをインターネット用マシン経由でブログにアップするなんて事が、ごくごく簡単にできます。異なる二台につながったマシンを、あたかも同じ一台のマシンのように(それでも、ネット的には決してつながっていないのです)使用できるのは、便利便利ですよ。

 それに『PC切り換え機』より、だいぶ安価だしね。問題があるとすると…添付ソフトの安定性かな? 当初はこれに悩まされましたが、メーカーのホームページ上に最新ドライバがある事に気づき、それをインストールしたところ、問題解決となりました。

 私がこれを使っているのを見て、同僚が同じものを購入し、使い始めました。私はクリップボードの共有はできても、画面越しにアイコンをドラッグする事はできないのですが、同僚のマシンだと、画面越しのドラッグができるので、ちょっぴりうらやましいです。きっと、彼の方がロットが新しいんでしょうね。

 複数台のパソコン&ディスプレイを同時に使っている方には、これ、結構重宝しますよ、お薦めです。

 次は…ワイヤレスのキーボードだな(笑)。
 
 
今月の金魚

 ただ今、一件、様子を見ている事がありますが…それは、よく見極めた上で、金魚の記事の日に報告いたします。
 
 
今月のひとこと

 あああ~、桜が散ってしまう…。すでに花吹雪状態になってしまっているし、すでに葉桜になってしまったのもある。あああ~、桜が散ってしまふ…。せめて、入学式までは、満開なままで咲き続けてほしかったのに、無情無情。(2013年3月30日~4月4日)

 疲れた時は…若い時は甘いものが食べたくなったものですが、最近は、お酢を飲みたくなります。お酢と言っても、生酢ではなく、お酢ドリンクって奴ね。あと、酢の物とか、寿司も食べたくなるかな? 逆に甘いものはパスかな? 甘いものはむしろ元気な時に食べたいです。年を取ると食の好みが変わると言いますが、本当にそうですね。(2013年4月4~8日)

 北朝鮮がミサイルを打つぞ打つぞと言ってます。これって、体育館の裏に呼び出して、バタフライナイフをチラつかせながら「痛い目、見たくなかったら、さっさと金出せや~!」と言っている、前世紀の不良のような事をやっているわけでしょ? 要するに、国家レベルでの“カツアゲ”? 恥ずかしくないのかな? みっともないって事、分からないのかな? まあ、実際に北朝鮮がミサイルを打ったら、その標的が日本であれ、韓国であれ、安保条約ってのがあるわけだから、米軍のステルス爆撃機が平壌に向かって、数時間の後には、政権崩壊ってのは、分からないのかな? ま、だから、日本の皆さんも、暴力を恐れず、暴力に屈しない事が大切だね。でも、チキンハートな人は、暴力の影にすぐに怯えて、そのためにうろたえて、判断を間違えるので怖いです。差し当たって、マスコミの人にどれだけチキンな人がいるか…って事で、彼らがパニックを起こすと、それが電波で拡散して、多くの人が不安になるわけだから、しっかりして欲しいものですよ。(2013年4月8~10日)

 4月10日の本日は、北朝鮮によるミサイル発射予定日だそうですが、実際のところはどうなんでしょうね? 誰であれ、生命と財産の安全をおびやかされるような生活は、真っ平御免な私です。プンスカ! で、プンスカな事と言えば、本日は、黄砂が日本列島にたっぷり降り注ぐ予定なんだそうです。ミサイルもイヤだけれど、黄砂もご勘弁です。どっちも隣国から降ってくるもので、我々のコントロール下にないのが、ジレンマです。(2013年4月10~11日)

 4月10日に予定されていた北朝鮮のミサイル発射は無かったようです。韓国メディアの報道では14日までは発射の可能性があると言う事らしいです。…脅しをかけたけれど、相手がビビらなかった…という状況のようです。メンツを重んじる朝鮮人の事ですから、振り上げたコブシの落としどころに困っているところでしょう。キレて愚挙に出ない事を祈るばかりです。(2013年4月11~16日)

 北の首領様が、今回の戦争(?)における勝利宣言をなされたようです。よく分かんないけれど、大勝利を修めたようなので、ミサイルは引っ込めてくれるのかな? とりあえず、日本とアメリカと韓国と中国とロシアは、北朝鮮に負けたって事? うむ、やっぱり、よく分かんない。(2013年4月16~18日)

 あれほどブイブイ言わせてた北朝鮮が、ボストンマラソンテロ以降、妙におとなしいのが気になります。(2013年4月18~21日)

 ああ、寒い、寒い。“寒の戻り”って奴ですか? それにしても、寒い。カラダがこの寒さに対応できない(涙)。(2013年4月21~25日)

 ああ、忙しい。毎日が忙しくて、なかなか皆さんのブログにコメントを残す事ができません。コメントは残してませんが、それでも以前と変わりなく、ブログそのものは愛読させていただいてます。でも、コメントを書かないと、月末の“落ち穂拾い”のネタがなくなってしまう…、マズイかも。(2013年4月25~28日)

 ゴールデンウィーク突入! まず最初にやった事は、朝寝。いやあ、目覚めたら夕方だった(笑)ので、朝寝じゃなくて、夕寝? 何もしないうちに、ゴールデンウィークの初日が過ぎてしまいました。二日目は、目覚めたらお昼でした(笑)。昼寝? いやいや、それじゃあ言葉の意味が変わってしまふ(爆)。三日目は通常業務に戻るので、これで私のゴールデンウィーク前半は終了予定です。ちなみに、ゴールデンウィーク後半は…、ラフォル・ジュルネに出陣だ~!(2013年4月28~29日)
 
 
 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2013年4月29日 (月)

アゲハのご帰還

 ようやく、楽器店から連絡が入り、アゲハのご帰還となりました。

 忙しい中、むりやり時間を作り、るんるん気分で、さっそくアゲハを引き取ってきました。楽器店では、何やらどこぞのフルートフェアをやっていた様子だけれど、それをのぞいている暇すらないほどに、タイトなスケジュールの中、チャチャっと、アゲハを引き取ってきました。だって、待ち焦がれていたんだも~ん。

 戻ってきたばかりのアゲハは…実に、ピカピカ。ほんと、まばゆいばかりに光ってます。新品で買った時でも、こんなにピカピカしていませんでした。さらに言うと、ピカピカなだけではなく、実にツルツルのスベスベでもありました。お店で点検試奏のために、アゲハをクチにあてただけで「あれ、違う」と思いました。ほんと、感触が全然違ったんです。

 実に、新品以上に新品になって帰って来ました。ううむ“磨き”ってスゴイなあ…。

 実際、消耗品はすべて新しい部品と取替え、すべてのパーツを分解して磨き上げて、その上できちんと調整されて店に戻ってきたわけですから、ほぼ新品状態です。なので、お店としては、再調整品に関わらず、新品扱いとなりました。つまり、新品購入の際に付く、一年間の無料調整サービスが付いてきました。。

 「今回は磨きも加えたので、新品扱いは分かりますが、磨きは無しで、タンポの交換だけの場合でも、一年間の無料調整サービスは付きますか?」と尋ねたところ、タンポのみ交換のオーバーホールでも、無料調整サービスは付くそうです。ううむ、太っ腹~。

 タンポって交換しちゃうと、最初の一年間はマメに調整が必要なんですが、少なくとも、交通費の負担だけで、調整してもらえるなら、気安く調整を頼めるので、うれしいです。

 さて、肝心のアゲハの状態ですが、外見だけなく、中味も実にピカピカになって帰って来ました。私が五年かけて、黒く硫化銀でコーティングした管内も、光り輝いていました。

 で、きちんと吹いてみると……とても吹きづらくなりました(涙)。おまけに音色も少々硬め。ああ、五年かけてアゲハとはだいぶ仲良くなったつもりでしたが、オーバーホールで磨きをかけてしまったため、二人の関係もきれいにリセットされ、また、アゲハは元のツンデレフルートに戻りました。ああ、一から二人の関係を作り直さないと…。

 そうそう、以前、田中会長がつけてくれた、コルクによる“簡易Eメカ”は、取り外されて無くなってました。まあ、もはや、Eメカに頼る必要ないほどに上達した(はず)の私なので、それはそれで良しとしましょう。実際、高音Eは“簡易Eメカ”無しでもなんとかなります。

 高音Eは“簡易Eメカ”無しでも、とりあえず平気なんですが、高音F#はスカるようになりました。いや、たいてい失敗する(涙)。マズイなあ…。元々アゲハは、高音F#は出しやすい楽器だったのですが、今は高音Eよりも出しづらくなってしまいました。

 最高音の方は、Cはもちろんですが、C#ですら、簡単に鳴ります。以前は最高音付近は、かなり苦労したのですが、とりあえずC#まではOK。まあ、Dはとても鳴りづらいのですが、アゲハは元々Dは鳴らない楽器だったので、それはそれで良しです。

 最低音の方は、CもC#もうまく鳴りません。オーバーホールに出す前は、結構キレイに鳴っていたので、残念ですが、購入当初はCもC#もロクに鳴らなかった事を思い出せば、ホント、リセットされちゃったんだなあって思いました。

 凹んでいたところは「以前、ここが凹んでいたんだよねえ…」と分かる程度に凹みが直っていました。まあ、それは仕方ないか(笑)。

 音色は、以前と比べると硬めで凛とした感じになってましたが、これは硫化銀のコーティングが取れてしまったのだから、仕方ありません。また、たっぷり吹き込んで、黒々と内部をコーティングしてあげれば、音色も柔らかくなるでしょう。

 キーメカの調子は、いいですよ。まあ、アゲハは以前から、キーメカの調子が悪くなる事はなかったので、そういう意味では『お変わりなし』です。

 でも、ほんと、磨き入りのオーバーホールをしちゃうと、新品に戻っちゃうんですね。「“磨き”を入れると、フルートの癖が取れて、吹きづらくなるよ」とH先生がおっしゃってましたが、まさにそんな状態です。“私専用のアゲハ”だったのに、今一度“万人向けのアゲハ”に戻っちゃった感じで、なんとなく寂しいかな? でも、ある意味、アゲハは若返って帰って来たわけで、それはそれでうれしくもあります。

 さっそく、アゲハでミニヨン・エチュードの20番を吹いてみたら…いやあ、難しい難しい。音がマトモに鳴らずに、スカるスカル(汗)。そうそう、昔のアゲハって、そんな感じでツンツンしていたんだっけ? レンタちゃんの素直さが、ちょっぴり懐かしいです。

 でも、アゲハは、ツンツンしていてこそのアゲハなんです。今度もきちんと教え込んで、またデレデレしてくるように、してみせるさ。そうさ、私は頑張るんだから、ね。

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2013年4月28日 (日)

オッサン臭いオッサンにはなりたくない[2013年4月第4週・通算15週]

体重:106.5kg[-0.4kg:-5.7kg]
体脂肪率:29.9%[-0.2%:-1.1%]
BMI:33.6[-0.1:-1.8]
体脂肪質量:31.8kg[-0.4kg:-3.0kg]
腹囲:102.3cm[-1.0cm:-5.7cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 『オッサン臭いオッサンにはなりたくない』と私は思ってます。だからと言って、いつまでも若くみられたいとか、老いを拒否するとか、そういうつもりはありません。丁寧に書けば『(オッサンの悪い特徴を持った)オッサン臭いオッサンにはなりたくない』という事です。

 では『オッサンの悪い特徴』ってなんでしょうか? 私が考える『オッサンの悪い特徴』とは以下のようなものです。
 
 
常に上から目線で威張っている  なんか、オッサンって威張っている人多いし、上から目線の人、多いです。まあ、会社などで、それなりの地位になっている事も多いですし、そうでなくても年長者ですから、若い人や女性からは、持ち上げられる事も多いでしょうが、だからと言って、自分から他人を見下す必要はないと思います。

 長く生きているんですから、若い人ができない事ができても、それは当たり前のことだし、若い人が知らない事を知っていても、自慢にもならない…と私は思いますが、そうは思わないのが、普通のオッサンです。

 一応男性なんですから、女性よりも力仕事が得意なのも当たり前です。また、現代日本において、経済力があることだって、年配男性なら当たり前の事ですから、これも威張るような事ではないと思います。
 
 
すぐに説教をする  オッサンって説教好きですね。若い人や女性を捕まえては、すぐにアレコレと教えたがるわけです。

 私は仕事としてセンセをやっていますので、説教とか教授とか言うのは、仕事内容でもあるわけなんですが、これは自分の学生に対して行なっても、年若の同僚はもちろん、縁もゆかりもない他人に対して、行なうべきではないと思ってます。年若の同僚に対して、説教や教授をする時は、そのような場をわざわざ設けない限り、しないように心がけています。

 なので、私がするのは、せいぜい助言までです。それも、尋ねられた時に、最小限だけ。

 なんか、薄情な気もしますが、人って、自分で体験しないと学ばないモノだと思っているからです。先輩に説教をされて、それで学べる人なんて、極々少数で、多くの若者は「このオヤジ、うぜえ」としか思わないものです。それならば、説教しているオッサンも、説教されている若者も、不幸でしょ? そんな、互いに不幸になるために説教するなんて、ナンセンスもいいところ。だから、私は若者を説教するオッサンにはなりたくありません。
 
 
下ネタやダジャレが多い  ユーモアは他人を楽しませてナンボです。下ネタやダジャレは、言っている本人は楽しいのかもしれませんが、それを聞かされる周囲の人間には不快でしかありません。そんな他人を不幸にするような事をするなんて、年長者らしい行動とは言えません。まして、下ネタは人間性を疑われるでしょ? ダジャレは知的レベルを疑われるでしょ? そんなふうに自分の値打ちを下げるような事は、私、したくないんです。

 場をなごませるのが目的なら、仕事の苦労のねぎらうとか、ちょっとした心遣いに感謝するとかがいいし、あるいは、持ち物や衣装をほめてあげるでも、十分だと思いますよ。 
 
 
とりあえず他人を否定する  オッサンって、すぐにダメを出すし、ケチをつけます。たぶん、他人を否定する事で、自分の方が格上なんだぞと示したいだけなんじゃないかなって思います。

 と言うのも、よく検討もしないうちにダメを出すオッサン、いますよね。本当は自分が理解できないだけなのに、自分が理解できないからダメって言っちゃうんですよ、オッサンって。本当は勉強しないといけないのに、勉強するのが面倒だからダメって言っちゃうんですよ、オッサンって。

 他人を否定して、ダメを出して、ストップかけるのは、簡単な事です。でも、それじゃあ、若い人たちがノビノビと動けないでしょ? 私は、ダメと言う前に、とりあえずやらせてあげたいと思ってます。失敗するかもしれないけれど、もしも失敗したら、その時は、年長者の知恵って奴でリカバーしてあげればいいだけの話で、やらさせる前にダメを出して、否定しておさめるなんて、若い者を腐らせるだけだし、それではいいチームが作れないと思ってます。

 でも、そういうやり方をしていると、時折「あいつは若い者にすぐに丸投げする」とか批判する人もいるけれど、いつでも責任を負う覚悟があるから、任せるんだよね。そこのところは、分かってほしいなあって思います。
 
 
昔話をする  オッサンには、未来はあっても将来はありません。将来がないから、どうしても、昔を回顧しがちです。実はこれ、ついつい私がやってしまうオッサン的な行動の一つです。一応これでも自覚はあるんです(涙)。

 昔話って、本当は嫌われるんですよね。「あの人、古い」とか「いつまでも昭和の感覚なんだよね」とか「今は昔とは違う」とか、よく言われます。それって嫌われる原因の一つと分かっていても、ついつい昔話をしてしまうんです、私。

 ほんと、これだけは、いくら気をつけていても、やっちゃうんですよ。「あっ!」と気付いた時には、遅いんですよ。

 なので「昔は…だった」とか、そういう話って、このブログでも、多いでしょ? そうなんです、私って、昔話が止められないオッサンなんです。ああ、勘弁してください。

 とほほ…。エラそうな事を言っても、やっぱり私は“オッサン臭いオッサン”なんだなあ…。ああ、残念。

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2013年4月27日 (土)

ロリロリなサクラ

 ハナジロがだいぶ巨大化してきて、今や、サクラと遜色ない大きさになってしまいました。もう、いいかげんにして欲しいです。私は、可憐で可愛い金魚が好きなのに、ウチの水槽の子たちときたら、ドカーン、ズドーンな金魚ばかりなんですよ。ああ、悲しい。

 たまに、小さくてかわいい子を買ってきても、すぐに、ドカーンでズドーンな金魚になっちゃうんですもの…。

 で、そんなドカーンでズドーンな金魚の仲間入りをしたハナジロなんですが、サクラと比べると年少のせいか、目がやや小さいんです。

 金魚って、年を取ると目が大きくなるんですよ。目が大きくなる…と言っても、カラダの大きさに比例しての話です。もちろん限界はあるんだけれど、一般的には、年寄りな金魚ほど目が大きいのです。だから、金魚のだいたいの年齢を推察するには、カラダの大きさに対する目の大きさを見ると分かります。

 で、サクラとハナジロは、カラダの大きさは似た感じになってきましたが、年齢が違うせいか、目の大きさが違います。サクラの方が大きいんですよ。そう、サクラは実はロリロリな金魚なんです。

 サクラって、ロリロリなお目々をしている上に、泳ぎが下手で、いつもヒラヒラ泳いでいます…って書くと、とてもかわいい金魚のような感じがしますが、カラダはドカーンでズドーンだし、何と言っても、エサの食べ方が汚いんです。いかにも、育ちが悪そうな感じです。

 ちなみに、キキョウはカラダに比べて目が小さいです。この子は本当に若いんだろうと思います。でもね、金魚で目が小さいって…かわいくないですよ。でも、キキョウは、かわいさが魅力なわけでもないので、それはそれでいいのかもしれません。

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2013年4月26日 (金)

あなたは、いつ音楽を聞いていますか?

 毎日の生活がめっちゃ忙しい私です。とは言え、別に忙しいのは私だけではなく、皆様だって、忙しいでしょ? そんな忙しい皆様方は、一体、生活のどの時間帯で音楽を聞いてますか?

 私は、主に、通勤の時間帯に聞く事、多いです。

 私の場合、通勤と言っても、徒歩通勤ですから、基本iPod。歩きながら、ルンルン気分で音楽聞いてます。ルンルン気分とは言え、事故や怪我をしないために、最低限の注意を払いながらの音楽鑑賞をしています。このやり方の欠点は、通勤途上なので、アルバムジャケットや解説、歌詞カードなどを見ながらの鑑賞ができない事と、外出先でのiPod鑑賞なので、とても良い音響環境とは言えない事でしょうか? まあ、カーオーディオで音楽を聞いている人も多いと思いますが、その環境と、大きく違わないと思います。

 後は、休みの日や、平日の夜にパソコンをしながら、音楽を垂れ流して聞くくらいかな? そういう時は、メインはパソコン作業なので、ほんと、音楽は垂れ流しになってしまい、聞くともなく聞いているって感じで、あまり真剣に聞いているわけではありません。

 ま、現在の私は、こんな感じです。あんまり、集中して音楽を聞いてないですね、反省。

 そう言えば、年齢とともに、音楽を聞いている時間帯や音楽を聞くために使用する機器も変わってきたと思います。

 私は、中学生の頃に音楽に目覚めた…かな? その頃は、学校から帰っての平日の夕方や休日の昼下がりに、安いステレオで毎日アルバムを一枚ずつ、聞いていました。まあ、まだ、いわゆるモバイル・オーディオが無かった時代の話です。

 大学生になると、私自身の金回りも良くなったし、レンタルレコードやモバイル・オーディオも出てきて、ちょっと世界が変わりました。私自身はレコードをレンタルする事はほとんどありませんでしたが、よくレンタル下がりの中古レコードを購入していました。

 レコードは音質が良いのだけれど、家にいてステレオの前に座らないと聞けないのが欠点でした。そこで、カセットテープにダビングをして、ウォークマンで音楽を聞くと言うのが当時の流行りで、私もその流行にのりました。とは言え、私はカセットの音が嫌いだったので、主に外出先で聞くためにカセットにダビングしていたわけで、家にいる時は、カセットで音楽を聞く事はありませんでした。

 私はカセットのどこが嫌いだったのかと言うと、再生している時に、常時聞こえる、ザーと言うノイズ音が嫌いでした。レコードも無音部分では、ザーと言う音が聞こえてイヤでしたが、レコードの場合は、音楽が始まってしまうと雑音も気にならなくなるのに対して、カセットはいつまでもザーザー言っているのがイヤでした。

 だから、音楽がデジタル化して、そのザーという音が無くなった時は、とてもうれしかったですよ。ちょうど、私が大学生の頃に、CDが出始めて、当時、CDはレコードよりも割高で、中味は同じでも、レコードが一枚2500円の時代にCDは3800円もしました。それでもCDの方が好きだったくらいです。でも、当時はCDを持ち出す事はできず、せっかくCDで購入しても、外出時のために、カセットにダビングして聞いていたのが、悲しかったです。

 社会人になってから、外出用のオーディオ機器が、ウォークマンからCDウォークマンに変わった時は、とてもうれしかったですよ。だって、CDをそのまま持ち出せたんですからね。これで、ザーという音とも縁が切れた訳です。

 CDウォークマンがiPodに変わったのは、私がオッサンになってからです。

 今の若い人は、YouTUBEやニコニコ動画で音楽を楽しんでいるようですが、私の生活では、まだまだ音楽はCD&iPod中心で、YouTUBEやニコニコは遠巻きに眺めているだけです。いずれは、ネットで音楽を聞くようになるんでしょうが、今はまだiPodで十分です。

 そう言えば、子どもの頃に、近所のお金持ちの家にあったステレオは、家具調の家電で、すごく立派だった覚えがあります。それが、今やネット経由でスマホやパッドで聞く時代だもんなね。昔と比べると、どこでも音楽が聞けるようになった事は、良い事だけれど、何と言うのか、イベント性と言うか、正座をして真剣に音楽と対面するって気分が無くなった事は、音楽にとって良いことだったのだろうか?

 そんな事をたまに考えます。

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2013年4月25日 (木)

やっぱり、先生の耳は感度が良い

 「さあ、フルートのレッスンに行こう! 今なら、定刻どおりに行けるし、ラッキー!」と思った瞬間に、職場でちょっとした事件が起こって、いきなり足止め。落ち着いた頃には、すでにヤバイ時間になってました。

 はい、たっぷり遅刻しました。先生はコーヒーを何杯も何杯もガブガブ飲んで待っていてくれました。ああ、申し訳ない。ああ、本当に有り難い(涙)。

 今週の私は練習をしましたよ(笑)。きちんとメトロノームを使って、チクタク練習しました。でも、やっぱり一週間ではなかなか十分な練習時間を確保できず、本当に申し訳なかったです。

 ロングトーン練習は、快調です。さすがはレンタちゃんです。ピッチはバッチリです。

 アルテの15課8章Des-durの1番『音階準備練習』をメトロノームに合わせて、バッチリ吹いてみました。ううむ、決まったように、ソbを間違えます。ああ、ダメじゃん。あと、ミbとかレbとかも、ちょくちょく間違えます。結局、ブリチアルディキーを使って回避しているシb以外のb系の音のすべてをヘマっているわけで、ううむ、臨時記号に滅法弱い私でございました。

 ま、練習不足が原因でしかないんだけれどね。当然「また来週」となりました。

 ミニヨンの20番は…前回よりも、つっかえて音楽が止まる事が多くなりましたが、それでも前回よりも、良くなっていると誉められました。いやあ、一週間、メトロノームとお友達になった甲斐があるってモンです。リズム的に、辻褄が合うようになってきたようです。それでも難しいには変わりないですが…。これも「また来週」って事になりました。

 ああ、練習時間が足りないなあ(涙)。

 レッスンが終わって、先生から「まだフルートは直らないの?」と尋ねられました。私も、アゲハの帰還を一日千秋の思いで待っているんですよ。

 先生曰く「君にはそのフルート、合わないね。安っぽい音しかしないよ」とバッサリ。まあ、レンタちゃんはアゲハとは音色が違うのは分かっていたし、これはこれでアリかなって思ってましたが「安っぽい音」と言われて、ちょっとガッカリとしました。

 先生がおっしゃるには、私にはアルタスがやっぱり合っているんだそうです。「アルタスは、合う人、合わない人がいてね、私も弟子で“この人ならアルタスが合いそう”と思えば、アルタスを薦めてますよ。でも、合わなさそうと思えば、本人が買いたがっていても止めます」とおっしゃってました。どうやら、先生ご自身はアルタスの音色がかなり好きなようです。でも……「私には、アルタス、合わないからね」とは先生の弁です。自分に合わないからこそ、合いそうな弟子たちには薦めているんだそうです。

 で、アルタスが似合う私には、ミヤザワは合わないんだそうですよ。

 そう言えば、私はフルートの試奏をしても、ムラマツ、サンキョウ、ミヤザワの“チーム伝統的”には心ひかれないんですよね。私はアルタス好きですが、パールも好きだし、ヤマハもお高いフルートは結構好きですが“チーム伝統的”は無意識に避けているのかもしれません。

 ちなみに、最近は試奏しても、国内メーカーのフルートよりも、パウエルとかブランネンとかの海外高級フルートにばかり心がひかれます。いやあ、贅沢な耳になりました。ま、国内なら、アルタスかパール、海外ならブランネンが好みなので、どうやら、私は“チーム・クーパー”が好きみたいです(笑)。

 そうそう、私の耳はあまり感度が良くないようです。中音のミbを演奏する時に、左人指し指を上げた時の音と、上げなかった時の音(運指としては間違ってます)の差が、あまりはっきり分かりません。…ってか、自分で指を上げているか上げていないかは、指の感覚で分かるので、それで区別が付きますが、完全に音だけを聞いたら、区別できないかもしれません。二つの音の聞き比べですら、分かるかどうか自信ありませんが、ましてや、フレーズの中の中音のミbの左人指し指が上がっているかどうかなんて、耳で聞いただけでは、全然分かりません。私の耳なんて、その程度なんです。

 でも、先生はどこを向きながら聞いていても、すぐに分かります。私が間違った運指をしてしまうと「指!」と言われます。アチャーって感じですよ。「先生はなぜ、人指し指が上がっているかどうか聞いているだけで分かるんですか?」と尋ねたら「だって、音が全然違うじゃないの」と答えてくださいました。ううむ、私には「ほとんど一緒」なんですけれど…ねえ。他にも、高音シの右小指が上がっているかどうかも、聞いているだけで分かるそうですし、実際に指摘してきます。ううむ、どうして、その音の違いが分かるんだろ?

 プロって、やっぱり、何気にすごいねえ。

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2013年4月24日 (水)

歌が歌えるって、どういう事?

 今回の記事は、自分の事は棚に上げて書きたいと思います。

 よく「あの人は、歌が歌えていいね」とか「私は歌が全然歌えないんですよ」とか聞きますが、歌が歌える/歌えないって、一体、どういう事を言うんでしょうね。

 『歌が歌えない』と言っても、声が出ないとか、そういう人は少なくて、多くの場合、『歌が歌えない』=『音痴』って事でしょ?

 『音痴』って言うのは、普通は『歌う時に、音程が正しく取れないこと』あるいは『音程が正しく取れていない事に気付かずに歌ってしまう事』を言います。つまり『歌えば、必ず、調子外れ』と言う状態です。

 だから、大雑把にでも、正しいと言うか、許容範囲内での音程で歌えるようになると、音痴の範疇から脱出する事ができ、音痴の汚名がそそがれるわけで、そのレベルになって、ようやく『歌える』と表現する事があります。まあ、あながち間違った表現をしているわけではないと思います。やっぱり、音程が正しい事は、大切ですよね。

 また、音程が合っていても、リズムが自分勝手な人もいます。いわゆる『リズム音痴』という奴です。

 私が子どもの頃には、テレビに出演する歌手の中にも、この手の傾向を持っている人がいました。インテンポでは歌えないとか、リズムのキレが悪いとか、そういうタイプの人です。昔は、音程もリズムも正確な歌手ってのは、少なくとも流行歌手としては、稀なタイプの人で、両方兼ね備えている人は、歌がピシッとしていて、とても上手いという事になっていたと思います。

 アマチュア歌手レベルでも、音程とリズムの両方が合っている人は、歌が上手い人という評価だったと思うし、音程とリズムがバッチリなら、アマチュア合唱団のメンバーとしてなら、もう、最高級の腕前と言っても良いでしょう。ただ、このレベルの人は、メンバーと一緒に歌うなら、リーダーにもなれるし、仲間と一緒に堂々と歌えますが、一人きりで歌うとなると、ちょっとばかり寂しい事になる事が多く、それは自分でも自覚しているから、ソロを歌うのを避ける傾向があります。と言うのも、音程とリズムが合っていても、それだけでは、結局、棒歌いになってしまい、独唱としては、ちょっと聞いていて、厳しいからなんです。

 ではここで、視点を変えて、感情を込めてお客の心を揺さぶるように歌えれば、歌が歌えると言えるでしょうか? 確かに(俳優系の)ミュージカル歌手の中にはそういう風に歌う人も大勢います。中には、リズムも音程も無視して歌い、それでも観客の心を魅了できる歌手もいます。こういう人は「歌が歌える」と言えるでしょうか?

 私が思うに、音程やリズムを正しく歌う事ができるけれど、あえて表現のために、音程をはずし、リズムを崩して歌うなら、それは「歌が歌えている」という状態なんだと思いますが、単純に、歌唱力の無さを演技力でカバーしているだけならば、その歌は、演劇の歌であって、音楽の歌とは違うかなって思うし、私は音楽の人なので、音楽としての歌が歌えないなら、それはまだ“歌える”という状態とは言えないと思ってます。

 でもね、たとえ、音程やリズムがダメでも、観客を魅了し感動させられてるなら、それは音楽の歌とは別ジャンルの歌であって(歌だから、ついつい音楽の視点から)どうしても厳しい目で見てしまいがちですが、エンタメとしては、それはそれでアリだと思ってます。

 望むべき地点は、音程やリズムも正確で、なおかつ、観客の心を魅了できる歌が歌える事ですね。でも、それなら、もう十分なのでしょうか?

 このレベルって、実はかなり上級レベルだと思うし、ポピュラー歌手なら、これで十分すぎると思います。でも、クラシック系歌手ならば、それでもまだ足りないのです。フルーティストがなぜ、音作りに命をかけ、毎日毎日音作りをやっているかを考えれば、その足りない部分がよく分かると思います。

 つまり、歌えると言うならば、その歌声が美しくなければ、ダメでしょう。

 音程とリズムは音楽的に正しく、演技力もあって観客を魅了でき、なおかつ、歌の世界をより魅力的にする美しい声で歌える事。ここまで来れば、最高級に「歌える」と言っていいでしょう。

 まあ、これは歌手としての最終段階であって、プロの歌手でも、ここまで到達している人なんて、ほんの一握りしかいません。でも、一握りでもいるんですよ、確実に。そして、現代に近づくほど、そういう歌手が多くなってきていると思います。

 と言うのも、演技のできないオペラ歌手なんて、今の時代、通用しないし、さらに容姿や美貌も水準以上じゃないと、厳しいですね。

 ああ、山の頂きは、とっても高いです。音程で苦労している私なんぞは、すそ野の端っこにいるって事を実感させられますよ。いくらアマチュアだからと言っても、もう少し、上達しないとダメだな。第一、自分が楽しくないよ、ガンバ、ガンバ。

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2013年4月23日 (火)

レンタちゃんの使用感について[まとめ]

 そろそろ四月も終わりで、アゲハが帰って来る頃なので、この約二カ月の間、私の臨時パートナーとなってくれた、レンタちゃん(ミヤザワのギブー、管体銀フルート)についての使用感のようなモノをまとめておきたいと思います。ちなみに、この感想は、ミヤザワフルート全体とか、ギブー全体とかではなく、私が借り受けたレンタちゃんという、一本のフルートに関する感想なので、そこのところは了解してください。

 まず、レンタちゃんですが、結局、二カ月近く吹いたところで、最高音Cをまともに出すことはできませんでした。その手前のHまでは楽々出るのですか、そこから半音上がると、ウンともスンとも言いませんでした。私の腕では、そのあたりの音を鳴らすのは、最後まで難しかったです。

 鳴らす…と言えば、吹き始めて数日で、息を入れると、管体が震えるようになりました。上手な人だと、吹き始めた初日から、すぐに管体を震えさせられるのでしょうが、私の腕では、そうは参りません。でも、私程度でもすぐに管体が震えるようになったのだから、やはりレンタちゃんは、吹きやすいフルートなんだと思います。

 音色は、当初はアゲハとは全く違いました。吹いているウチに私の音色になるかなあ…と思いましたが、結局、二カ月という短い期間では、そこまでは出来ませんでした。多少は変わったかもしれないけれど、やっぱり最後まで、レンタちゃんはレンタちゃんの音色のままでした。

 という訳で、レンタちゃんの音色を私の音色に変える事はできませんでしたが、私自身は、最初はレンタちゃんの音色に違和感を感じていましたが、やがて慣れてしまい、気にならなくなりました。もっとも、気にならなくなっただけで、気に入るようにはなりませんでした(笑)。ま、それは好みという奴なので、勘弁してください。

 管体銀という事で、ボディが軽く、吹奏感も軽くて、よかったですよ。気を抜くと、すぐにオーバーブローしてしまうので、かえってブレスコントロールの練習になったかもしれません。管体銀だし、中古なので、管内は硫化銀で真っ黒なのもよかったですよ。硫化銀でコーティングされたフルートの音色は、優しい音色がしますからね。

 キーがオフセット&カバードのために、使用感に違和感があるかなって思いましたが、それに関しては気になりませんでした。人によっては気にする人もいるかもしれないけれど、私は、そのあたりに無頓着なんでしょうね。考えてみれば、プラ子もチャイナ娘もオフセット&カバードですから、私は平気なんですよ。

 キーメカは結構しっかりしていましたし、レスポンスも上々で、アゲハと遜色ありませんでした。他のメーカーの管体銀のフルートだと、キーメカにぐらつきがあったり、レスポンスが甘かったりするものもありますが、レンタちゃんは、その点、しっかりしていました。これがミヤザワフルートの特徴なのか、それとも、そういう堅牢な個体だからレンタル用にされているのか…どっちでしょ?

 そうそう、レンタちゃんにはEメカは非搭載なんですが、全然困りませんでした。うむ、私にはEメカはもはや不要かもね。

 それにしても、今回は、フルートのスケールの違いというものを、つくづくと考えさせられました。いやあ、ムラマツフルートと合わせるなら、伝統的スケールを使用しているレンタちゃんは、本当に楽でよかったです。ベネットスケールのアゲハを使っていた時の、あの苦労は、一体なんだったんだ~と思うほど、楽でした。『長いものには巻かれろ』じゃないですが、レッスンには“チーム伝統的”のフルートの方が、絶対に良いと思いましたよ。

 私は現在、フルート系のアンサンブル活動をしていないし、そういう団体にも加わるつもりはないのですが、もし将来、そういう活動を始めるとしたら、絶対にフルートを買替えよう“チーム伝統的”のフルートに買替えようと、決心しました。それくらいに、ムラマツとミヤザワでは、ハモるのが楽なんですもの。だから、頑張って、お金ためて、ヘインズ買うんだ(ウソ)。

 今回、アゲハとは全く違った個性を持つレンタちゃんとコンビを組む事で、色々な事が見えました。私は“チーム伝統的”のフルートには、心がひかれない人なので、レンタルフルートで借り受けなければ、ミヤザワフルートを吹くチャンスはなかったわけで、そういう点では、ラッキーな体験でした。

 それにしても、レンタちゃんの音色は、全くアゲハと違ったし、最後まで私に馴染みませんでした。『フルートは奏者の音色で鳴る』と言うものの、私程度では、現実問題として、まだまだだなあ…って思いました。

 それにしても、今は、アゲハのツンデレが懐かしく感じます。そろそろ五月、アゲハが帰って来る頃です。ううむ、アゲハの帰還が楽しみです。

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2013年4月22日 (月)

久し振りに外出して、大変な目に遭いました

 この前の週末は、仕事でかなり疲れていましたが、ちょっと頑張って上京しました。と言うのも、知り合いが某賞に入賞したので、その作品を拝見&お祝いに行ったわけですが…この話はたぶん、ここの読者さんたちには、全くのジャンル違いの退屈な話になるし、このブログは、基本的に自分語りのブログなので、他人に関する話は書かないというルールもあったりしますので、カットしちゃいます(テヘッ!)。

 いやあ、それにしても東京は寒かった~。湘南も寒かったけれど、東京は本当に寒かった。上野に着いた時は、ほんと、寒くてどうしようかと思って、思わず、タイツとかステテコとかを買いに、駅中のユニクロに行ったけれど、ユニクロにはデブが着れる服がなくて、とっても悲しかったです。

 だったら“『デブお断り』とか、入り口に書いておいて欲しいぞぉ~”と思った次第です。

 「うわ~、寒い寒い」と震えながら、上野を歩き、その後、せっかく東京に出てきたのだから、東京に出て来ないと出来ない事をしよう…というわけで、日比谷に行って、マニアックな映画を見ました。というのも、あの近辺で上映する映画って、地方じゃ上映しない映画が多いんだよねえ…。

 で、有楽町の駅を出て、日比谷の映画館に行く途中に…なんと、有り難いことに、デブの味方、グランバック(公式ページはこちら)がありました。グランバックと言うのは、大柄なオッサン向けの衣料店でして、ユニクロには売っていない服ばかりを取り扱っているという、デブなオヤジには、うれしいお店です。この店はチェーン店で、以前は湘南にも店舗があったので、その時分はよく通った店です。ああ、懐かしい。ここで、何着もスーツをオーダーして作ったんだよね。

 とりあえず、ステテコを買って、その場で履いちゃいました。ああ、これで生きて行ける…。店員さんが天使に見えました…。グランバック、サイコー!

 その後、日比谷シャンテに行って『カルテット! 人生のオペラハウス』という映画を見ました。“全国19館”で上映という、レアな映画でした(今、ホームページを見たら、上映が拡大するみたいで、全国約40の映画館で上映するみたいですね)。

 ちなみに、監督はダスティン・ホフマンで、ゴルーデングローブ賞にもノミネートされた作品って事で、期待して見てきたのですが、ううむ…ギネス・ジョーンズが歌う『歌に生き、恋に生き」はよかったけど、まあ、私にとっては、それだけのそれだけだな。元々は舞台作品だったそうだけれど、きっと舞台だったら、とても面白い作品なんだろうなあって思いましたが、映画としては…どうなんだろ? そこは、好き好きって感じがします。ま、少なくとも、私の好みではありませんでした。

 と言うのも、主役の四人が時代を代表する大オペラ歌手たちという設定なのに、結局、劇中では、全く歌わなかったので、それがガッカリの原因ですね。実際に演じているのが役者であって歌えないと言うのなら、吹き替えでもいいじゃない。歌手の役なんだから、役として歌ってほしかったな。彼らに歌わせるつもりが最初からなかったのなら、なぜ主人公たちを歌手という設定にしたのかしら? 歌わないなら、別に歌手じゃなくて、俳優という設定でも良かったんじゃないのかって思っちゃいました。つまり、設定が生きていないんだね。

 私のように、音楽を期待して、映画を見に行った客も少なからずいたと思うよ。実際に、客席には楽器を持った観客もたくさんいた(つまり、実際に音楽を演奏する人たちだね)けれど、彼らもガッカリしたろうね、きっと。

 7月になると『アンコール!!』という、今度は合唱団を舞台とした老人映画が全国26館(うわっ、少な!)で上映される(公式ホームページはこちら)し、それも見たいと思うんだけれど…今度は、主人公が歌ってくれるよね???

 ま、それはともかく、映画を見終えて、すさんだ心をかかえたまま、日比谷界隈をウロウロとして、しばらくして、帰ろうと思って、東京駅から東海道線に乗ったところで、車内アナウンスが入りました。なんでも、ほんの少し前に、東海道線の川崎~横浜間の架線が火を噴いたので、点検のために、東海道線と横須賀線を止めちゃいましたという内容でした。東海道線も横須賀線も動いていないため、お客はなるべく、京浜東北線に乗り換えてほしいというアナウンスも流れましたが…京浜東北線では大船までしか行けませんし、そこから先の足がないので、あまり積極的な気持ちになれず、東海道線運休の理由が、架線の点検交換工事なら、運転再開まで、そんなに時間もかからないだろうと思って、そのまま電車に座って、走り出すのを待っていました。座っていれば、眠くなります。そこで、一時間ほど居眠りをして、電車が走り出すのを待っていました。

 ふと目を覚ましたところで、まだ電車は走り出しません。それどころか、車内アナウンスに追加があって、戸塚に行く客は、横浜から横浜市営地下鉄に乗り換えてほしい事、藤沢に行く客は、新宿経由で小田急に乗り換えてほしい事、茅ヶ崎に行く客は、横浜から相鉄線で海老名へ行き、そこから相模線に乗り換えてほしい事、などのアナウンスが加わっていました。…どうやら、すぐには復旧しないのかな?

 とりあえず、少しでも先に進んだ方がよさそうだなあと判断して、京浜東北線に乗り換えて横浜に行く事にしました。時間も時間だし、ひとまず横浜に行って、夕食を食べて、それから後の事は、またその時に考える事にしました。

 で、京浜東北線に乗りました。ううむ、久し振りに混雑した電車に乗っちゃいました。

 横浜駅に到着して、さて、夕食は何を食べようかなと悩みながら、駅の中を歩いていたら、東海道線が運転再開をしたというアナウンスが入ったので、これはラッキーと思い、横浜からは、運転再開した東海道線に乗れました。乗った電車は、おそらく途中の駅で止まっていた電車だったのでしょう。私が東京駅で居眠りしていた電車よりも、一時間ほど早い時刻の電車でした。

 結局、当初の時刻よりも二時間遅れで帰宅できました。ああ、疲れた。平日は疲れ切っているのだから、休日に疲れるのは避けたいのですが、事故が原因なら、仕方ないね。それにしても、なんで架線が火を噴いたんでしょうね? 不思議な事もあるもんです。

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2013年4月21日 (日)

お風呂事情、今昔[2013年4月第3週・通算14週]

体重:106.9kg[-0.9kg:-5.3kg]
体脂肪率:30.1%[-0.3%:-0.9%]
BMI:33.7[-0.3:-1.7]
体脂肪質量:32.2kg[-0.5kg:-2.6kg]
腹囲:103.3cm[-1.7cm:-4.7cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 私の記憶の中にある、最も古いお風呂に関する記憶は……銭湯での記憶です。大きな風呂桶にたっぷり満たされた緑色のお湯。黄色いケロリンの洗面器。壁に固定された金属製のシャワー。幼い頃は、いつも祖母と一緒に銭湯に通っていました。まだ小さな子どもだったから、女湯に入っていたはずだけれど、女湯に入っていたという記憶が無いのは、実に残念(笑)です。

 当時の東京の下町だと、家にお風呂が無いのは当たり前だったので、多くの人が銭湯通いをしていたわけで、だから銭湯と言うと、いつも混雑しているイメージでした。

 小学校に上がる頃に湘南に引越し(アパートでした)をしました。当時の湘南にも銭湯はたくさんあったけれど、我が家は内風呂でした。ガスの風呂でした。

 当時の風呂は、風呂場に湯船と風呂用のガス湯沸器がつながった状態で置いてあって、湯船に水を張って、隣のガス湯沸器に火をつけて、湯船の中の水を焚いたわけです。シャワーなんてモノはなかったし、ガスに火をつけてから、たびたび湯船の様子を見に行って水温を確かめ、ちょうどよい温度でガスを止めるように心がけていました。でないと、お湯が熱くなりすぎたり、沸騰したり、場合によって、そのままお湯が蒸発して、湯沸器を空焚きしてしまうという、恐ろしい状態にもなりました。空焚きをしてしまうと、ガス湯沸器が爆発してしまうんですね…。

 実は私、子どもの頃、よく風呂当番として、風呂を焚く作業を担当していたのですが、二度ほど、ガス湯沸器を爆発させています。いや、シャレになんない事なんですが、やっちゃいました。子どもですから、気をつけているつもりでも、何かに夢中になってしまうと、時間の経つのを忘れちゃうわけで…、風呂を焚かしている事を忘れて、風呂は適温から高温に変わり、やがて沸騰し、ドンドンお湯が蒸発して湯船がカラになると、空焚きとなって、ガス湯沸器が爆発します(涙)。ウチの場合は、ガス湯沸器の爆発程度で済みましたが、これ、場合によっては火事にもなるわけで、ほんと、シャレになりません。

 もちろん、ガス湯沸器を爆発させてしまうと、ガス湯沸器と湯船はダメになってしまうので、買替えですし、風呂場が破損すれば、当然リフォーム対象になります。いやあ、ほんと、シャレになりません。

 ちなみに、このアパート、ちょっとシャレていたらしく、お風呂とトイレが同じ部屋というか、お風呂場にトイレが設置してあって、たぶん当時的には、おしゃれな西洋風だったのでしょうが、我々日本人には使い勝手が悪く、誰かがお風呂に入っているとトイレが使えず、また、風呂の後は、当然風呂場が湿気だらけなので、トイレも湿気だらけだし、トイレで大きい方をした直後に風呂に入ると、臭いが芳しくてねえ…いやあ、カッコよさそうだからと言って、考えも無しに、西洋のモノを採用しちゃあダメですね。

 やがて、我が家の生活状況の悪化に伴い、そのアパートから、今度はいわゆる“団地”に引っ越しました。色々と生活レベルがダウンしました。風呂は内風呂でしたが、風呂場は狭く、湯船は小さく、湯沸器はやはりガスでしたが、火をつけるヒーターの部分がむき出しで、直接マッチで火をつけるタイプの湯沸器にランクダウンしました。もちろん、シャワーなんてありません。たまに、風呂場の水が跳ね、湯沸器の中に入ると、湯沸器の火が消えてしまいます。そうなると、ただガスだけが湯沸器から出てくるので、風呂場にガスが充満してガス臭くなるという、なかなか危険なタイプのお風呂でした。

 都市ガスって、ニンニク臭い匂いがするって、知ってましたか?

 それにしても、団地ってところは、何もかもが小さいんですね。だいたい、畳すら小さいんですよ。だから、団地の六畳間なんて、普通の家の四畳半程度しかなくて、風呂はもちろん、トイレも玄関も台所も狭かったですよ。おまけに、古い団地だったので、部屋の壁が外装から剥がれていて、すきま風のようなものがビュービュー吹き込んでいたし「なんかなあ…」って環境でした。

 独立して最初に借りた家は、さすがに団地よりはレベルアップして、アパート時代程度の湯沸器付きの風呂がある家でした。

 で、その次が今の家の風呂になります。今の家は私が自分で建てた家ですが、この風呂は、湯沸器は屋外に設置し、風呂場には湯沸器のリモコンが壁にくくりつけてある、今どきのお風呂です。

 この風呂にした時に感動したのは、お風呂の焚きあがりの温度が指定できる事。それまでは、自分で湯加減を考えて、ガスを止めなきゃいけなかったわけですから、すごく進歩したなあって思いました。また湯船の水を焚くのではなく、湯沸器で沸かした湯を湯船に入れるタイプですから、風呂の空焚きなど起こしようがありませんし、一度湯船に入れたお湯を自動で保温してくれるので、お風呂のスイッチさえ入れれば、後は何も考えずに、好きな時間に風呂に入れます。おまけにシャワーも付いてるし、お湯も出るし…。なんか、夢のような風呂でした。後悔したのは、風呂場にテレビを設置しなかった事かな(笑)。

 そうそう、湯船も今まではプラスチックだったり、ホーローだったりしたのが、人工大理石にしました。石の風呂っていいですよ…って思っていたら、人工大理石って石じゃなくてプラスチックの一種なんですね、ちょっと残念。

 そう言えば、昔は、あれだけたくさんあった銭湯も、今ではもうすっかり見なくなってしまいました。その代わりに目立つようになったのが、温泉。昔は温泉と言えば、旅行に行って入るものでしたが、今は町中の住宅地でも温泉があったりするので、結構気軽に湯治が出来ます。ウチもすぐ近所に温泉屋(って言うのかな?)があるので、よく行きますよ。ウチの場合は、海が近い事が影響しているのか、近所の温泉はナトリウム泉なんですが、ナトリウム泉って良いですね。この温泉が出来る以前は、私にとっての温泉って、箱根のお湯で、箱根は硫黄泉ですが、硫黄よりもナトリウムの方が私好みかな? ナトリウムって、実に深く温まるんですよ。

 最近は、箱根ではなく熱海に行くことが多いのですが、熱海は湘南と同じでナトリウム泉なんですよね、だから、最近の私は、すっかりナトリウム泉づいてます(笑)。

 今のお風呂環境は…私が子どもだった頃では、とても想像できないくらいに、激変しています。ほんと、幸せですよ。21世紀って“あの頃の未来”なんだなって、時々思います。

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2013年4月20日 (土)

そう言えば、ナゴンが転覆していないよ

 我が家の金魚たちは、たとえ小さいカラダで我が家にやってきても、すぐに巨大化してしまいます。それも、必ず、先住金魚たちよりも、ほんの少しだけ大きく育っていきます。ですから、以前飼っていた金魚も、かなり大きな金魚だったのですが、今飼っている金魚は、それよりも、かなり、大きく育っています。

 例えば、サクラ。もはや、金魚とは言い難いぐらいに大きいです。金魚すくい? すでにポイの紙が破れる破れないではなく、たとえあのポイの紙がプラスチック製であったとしても、あんな小さなポイには、もはや乗らない大きさ(ってか重さ)になってます。たぶん、ポイの紙がやぶれなくても、ポイの竿が曲がってしまって、すくえないでしょう(笑)。いつのまにか、それくらいの大きさになってしまいました。

 今、我が家の金魚たちの、巨大順は、サクラ>ハナジロ>ナゴン>キキョウとなってまして、ナゴンは第三位のわけですが、こいつも冷静に眺めてみると、実に大きな金魚です。

 ナゴンはおそらく、今まで我が家で飼っていた琉金の中で一番大きな子ではないかな?
 と言うのも、琉金は胴が短くて背が高くて腹がボテっとしているタイプの金魚なんですが、それゆえに上下のバランスが悪く、ある程度大きくなると、決まって転覆してしまうタイプの金魚なんです。

 転覆金魚はカワイソウです。なにしろ、転覆金魚って、転覆している以外は元気なんですが、転覆状態は金魚的にはうれしくはないみたいで、最初のうちは、何とか正常の姿に戻ろうと頑張るのですが、やがてそれも難しくなり、諦めて、本格的な転覆になってしまうと、エサを食べるにも不自由になり、少しずつ少しずつ衰弱して、やがて星になってしまいます。

 それってカワイソウでしょ? 悲しいでしょ? だから、私はある時から、家では琉金は飼うまいと決意しました。

 だから、本当はナゴンはウチでは飼わない予定の子だったのです。でも、妻が店にいたナゴンに、一目惚れして「どうしても飼いたい…」と譲らなかったので「ああ、きっと転覆して死んでしまうにちがいない、カワイソウに…」と思いながら、我が家で飼うことにした子なんです。

 ナゴンの大きさは、すでに我が家の歴代琉金の中でも最大級になってしまいました。それなのに、実に元気で、全く転覆する気配すら見せません。それどころか、あの巨大魚サクラに向かって、泳ぎが下手なくせして、突進していくほどのガッツをみせてくれる事すらあります。

 どう見ても巨大魚、どう見ても肥満魚、それがナゴンなんですが、日々元気なんです。ううむ、実に不思議です。でもまあ、結果オーライなので、良いことにします。

 ちなみに、サクラは巨大魚ですが、肥満魚ではありません。結構、プロポーションがいいんですよ。これはなかなか不思議ですね。同じオランダ系の巨大魚である、ハナジロは、正直、肥満魚なんですよ。肥満していなのに巨大魚…これがサクラの健康の秘訣なんだろうと思います。

 一番大きなサクラがバランスが良くて、後の三尾はデップリと肥満魚です。それって、おかしいね。

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2013年4月19日 (金)

ポピュラー音楽とクラシック音楽の一番の違いは何か?

 ポピュラー音楽とクラシック音楽には、実に様々な違いがあるのですが、今、私が考える、大きな違いの一つとして『テンポの揺れ』があげられます。

 テンポの揺れ…つまり、一曲の中で、部分的に早くなったり遅くなったりして、演奏効果を生みだす演奏テクニックであり、このテクニックを多用するのがクラシック音楽であり、逆にポピュラー音楽は、基本的にテンポは一定のままで、音楽が進行していきます。(ポピュラー音楽でテンポを揺れ動かすと“かっこ悪い”とか“ダサい”とか“くどい”とか言われます)。

 ポピュラー音楽では、打楽器の地位が高く、これらによって、一定テンポで繰り返し刻まれるリズムが、音楽の要です。繰り返されるリズムを聞くだけで、これはロック、これはボサノヴァ、これはテクノと、音楽の種類やジャンルが容易に判別できる程です。

 一方、クラシック音楽にだってリズムはありますし、打楽器だって存在していますが、ポピュラー音楽ほどに、リズムが強調されるわけではありません。クラシック音楽では、リズムよりも、メロディーやハーモニーが強調されます。そして、メロディーを強調するために、しばしばテンポを揺らして演奏されるのです。

 ソリストならともかく、合奏でのテンポの揺れは演奏事故につながりやすいモノです。そのために、オーケストラでは指揮者という、テンポリーダーが生まれたのでしょう。指揮者が示すテンポにオーケストラ全体が合わせる事で、一糸乱れぬままに、様々なテンポに対応した演奏が可能になるわけです。

 そこへ行くと、ポピュラー音楽の演奏では、一定のテンポでリズムを刻んでくれる、腕のいいドラマーの存在があれば、指揮者は特に不在でもかまいません。

 逆にクラシック音楽では、テンポを一定に刻んでいくドラマーは不要で、曲想に応じたテンポを的確に表現して伝えることのできる、腕のいい指揮者が必要なわけです。

 となると「吹奏楽にも指揮者がいるんだから、吹奏楽はクラシック音楽でしょ?」と言う方がいらっしゃるかもしれませんが、私は、それはちょっと違うと思います。と言うのも、吹奏楽における指揮者の役割は、テンポリーダーと言うよりも、テンポキーパーである事が多いからです。いや、テンポキーパーと言うよりも“演奏お目付役”とでも言った方が良いかな? バンドの精神的支柱と言うか、バンドの要と言うか、まあ、そういった役どころであって、実際の音楽作りは、本番の指揮ではなく、練習の時に丹念に作っておくのが吹奏楽ですから、そこはクラシック音楽の指揮者とは、かなり役割が違うと思います。

 …と書くと、また吹奏楽関係者の方々から一言二言あるかな? まあ、所詮は素人オッサンの戯れ言って事で、ご勘弁してくださいな。

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2013年4月18日 (木)

フルートとスケールの問題について

 …と、大きなテーマを掲げましたが、例によって書いているのは、私ですから、あくまで「素人のオッサンの戯れ言」程度に考えてください。また、明らかに間違っている記述などがありましたら、優しくご指摘してください。

 さて、今回は、フルートのスケールについて考えてみました。ここで言う『スケール』とは、フルートで説明するなら、フルートという楽器の『スケール設計』の事を指します。つまり、フルートメーカーが、フルートのトーンホールを、どういう考え方で、どんな間隔で開けていったのか…って事です。ですから、単なる『音階』という意味では使っていませんので、ご注意ください。

 フルートとは、基本的に中空になった一本の金属管(木管フルートは木管ですが…)です。まだトーンホールが開いていないフルートに、息を吹き込むと、ある任意の音程の音が出ます。これがその楽器の最低音って奴です。例えば、このフルートのちょうど真ん中あたりにトーンホールを開けてあげると、最低音の一オクターブ上の音が出ます。と言うのも、トーンホールを開ける事で、管の長さが擬似的に短くなり、ちょうど半分の位置にトーンホールを開けると、管の長さが半分になるので、一オクターブ上の音が出るわけです。

 このトーンホールを開ける位置を変えていく事で、擬似的に管の長さを変え、様々な音程の音が出せるようになるわけです。

 さて、クラシック音楽はその伝統の中で、一オクターブを7つに分けて、それぞれの音に『ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ』と名付け、これらの音を同時に鳴らす事で和音を、時間の経過に従って鳴らす事で旋律を、作り出すようになりました。つまり、クラシック音楽では、この『ド・レ・ミ~』が音楽の基本的なパーツとなったわけです。

 この『ド・レ・ミ~』の(音程の)間隔もなかなか微妙であって、美しく響く間隔と、それほどでもない間隔がある事を西欧人たちは経験と感覚で知り、やがてそれは“純正律”と呼ばれるものに固まっていきます。

 ちょうど、音楽史的にはバッハの時代の少し前のルネサンス時代からバロック時代までが、そんな感じでした。純正律の時代は、ある一つの調性の中でベストに響く音程でスケールが考えられていたので“転調”という考え方がなく、もしも転調をするならば、楽器の調律を変える必要すらあったわけです。

 それではちょっと不便なので、一つの楽器で、特別な調律をしなくても、すべての調(24あります)を演奏可能にしましょう…と言うわけで、それまで使われていた純正律と比べると、多少響きの悪い箇所がある代わり、どんな調性にも瞬時に転調可能なスケールを使うようになりました。これがいわゆる“平均律”って奴で、バッハの時代以降、使われるようになったスケールです。

 スケールが純正律であれ、平均律であれ、声楽や弦楽には、さほどの影響はありません。なぜなら、これらの楽器では、音程のとり方と言うモノは、かなり融通がきくからです。融通がきかないのが、鍵盤楽器と吹奏楽器です。鍵盤楽器は調律の段階で、吹奏楽器は楽器製作の段階で、使用できるスケールが確定してしまうからです。
 
 
 さて、フルートに話を戻します。フルートの音域が1オクターブ程度しか音域がなければ、平均律でも純正律でも、それらに対応したフルートを製作する事は可能でしょうが、実際のフルートは、倍音を利用して、3オクターブ近い音域を持つように設計されています。そうなると、例えば“ソ”という、ある特定の音であっても、低音域と中音域と高音域では、その最適な音程を作り出すためのトーンホールの大きさや位置は、それぞれに異なってしまいます(だから、高音域の運指は、クロスフィンガリングを使用するケースが多いのです)。異なるものを一つのパターンに収めようとすると、どこかに無理と言うか、癖が生じてしまうわけです。

 なので、フルートと言う楽器のスケールは、どうしても癖と言うか、ある種の傾向を持たざるをえないわけなんです。

 その癖は…昔々は、そのフルートの生産国ごとに、生産メーカーごとに、実際に作っていたフルート職人ごとに異なっていたそうですが、やがて、時代を経るに従って、それらの癖は次第に収斂されていったわけです。

 日本がフルートを作り始めた頃のスターフルーティストは、フランス人のランパルでした。ランパルはヘインズ社という、アメリカのフルートメーカーの楽器を愛用していましたので、当時の楽器メーカーはヘインズフルートを参考にして自社のフルートを開発していたところも多く、日本の古参のフルートメーカーもヘインズを参考に楽器を開発していたそうです。

 日本で言う、いわゆる『伝統的スケール』と言うのは、このヘインズのスケールの事を言うそうです。

 ヘインズのスケールは、極端な内吹き(いわゆるフランス風)を前提としたスケールで、音色が全体的に甘く麗しく鳴るものの、中音域のミ~ラあたりの音程の幅が広くなりやすく、つまりミとかファの音程がぶら下がり気味に聞こえるのが欠点なんだそうです。また、内吹きであるため、どうしても音量的な不利は否めず、現代的な奏法には適さないわけで、やがて多くのフルートメーカーは、新しいスケールを模索していったわけです。

 そこで生まれたスケールの一つに、クーパースケールがあります。これはクーパー=ブランネンという、世界のトップフルートメーカーが採用しているスケールで、現代のフルートの標準スケールとなっているのが、これです。特に、アメリカの高級フルートは、ほぼすべてこのスケールで作られているので、世界の一流フルーティストたちが手にしているフルートの大半は、このスケールのフルートなんだそうです。

 特徴としては、現代的な中庸な吹き方で吹くと、平均律にかなり近い音程で鳴らす事ができる、音程的に極めてニュートラルなスケールなんだそうです。
 
 
 さて、話を日本のフルートメーカーに移すと、ムラマツやサンキョウ、ミヤザワなどは、伝統的スケールを採用しています。と言うか、伝統的スケールを元に、その弱点を補強して、現代楽器としての改良を加えた楽器を製造販売しているわけです。

 一方、パールは後発フルートメーカーという個性をいかして、現代的なクーパースケールを採用しています。

 アルタスは、クーパースケールに改良を加えた、ベネットスケールを採用しています。ベネットスケールとは、音程の良さはクーパースケールのままで、さらに甘く麗しい音色を追求したスケールなんだそうです(そのために、内吹き推奨なんですね)。

 ヤマハは“世界のヤマハ”ですから、独自にスケールを開発しています。それはあらゆる点で中庸であり、容易に平均律で演奏できるような癖のないスケールを目指して開発されているわけです。

 つまり、日本のフルートメーカーをスケールという観点でグループ分けすると“チーム・伝統的スケール”の、ムラマツ、サンキョウ、ミヤザワに対して“チーム・クーパー”であるパールとアルタス、さらに“チーム・ヤマハ”のヤマハという、3グループに大きく分かれるわけです。

 このスケールの違いってのは、大きいと言えば大きな問題だと思います。

 最終的には、音楽の演奏では、純正律に近い平均律で演奏するのが、現代の正しい奏法ですし、手にした楽器がどんな楽器であれ、そのように演奏できるように訓練するのが、楽器の演奏の練習ですから、最終的には、どの楽器を手にしたところで、問題はないのですが、技術が未熟なアマチュアや、学習者の場合は、スケールの違いはそれなりに大問題です。

 ですから、アマチュアのフルートアンサンブルなどでは、時折、グループのメンバーが使用するフルートのメーカーを統一するという事があるのは、ある意味、当然な話です。だって、メーカーが違えば、スケールが違うわけで、一つのアンサンブルの中で、異なるスケールの楽器が混在していれば、そのハーモニーは美しくならないからです。楽器のメーカーを揃えるだけで、簡単にキレイなハーモニーが得られるなら、それをするべきでしょう。よく「フルート買うならムラマツがいいよ」というアドヴァイスも、ムラマツユーザーが多い日本フルート界では、決して的外れなアドヴァイスではないと思います。

 また、日本の吹奏楽では、ヤマハが強いのもよく分かります。ヤマハは楽器が異なっても、どの楽器も同じ思想の元、ヤマハスケールで作られていますので、ヤマハの楽器で統一された部は、異なるメーカーが混在した部よりも、簡単に美しいハーモニーを得られやすいからです。

 まあ、そう考えると、チーム・クーパーである、パールとアルタスは、日本では、ちょっと分が悪いのは事実でしょう。クーパースケールは世界標準かもしれませんが、日本標準ではありませんから、日本で演奏している限り、少数民族扱い、異端者扱いされてしまうのも、仕方ないかもしれません。クーパースケールは平均律で演奏するのに適しているのですから、他メーカーのフルートとの合奏には見切りをつけて、ピアノ伴奏でその良さを発揮するべきなのかもしれません。実際、平均律であるピアノとクーパースケールは相性が良いのですよ。
 
 
 …と、今回はフルートのスケールにこだわった記事を書いてみましたが、記事中にも書きましたが、スケールの違いなんて、本来は、フルーティストの腕で乗り越えるべき事であって、腕のあるフルーティストにとっては、どんなスケールで楽器が作られているなどは、あまり意味のない事です。スケールの違いが致命的な問題となるのは、あくまでも、腕の良くないアマチュアフルーティスト、つまりは、私レベルのフルーティスト限定の話しだったりします。

 だから、レッスンの時に、アルタスからミヤザワに持ち替えただけで、すごくロングトーン練習が楽になったりしたのは、そういうわけなんですね。…まあ、やがて、オーバーホールを終えたアゲハが帰ってくると思うと、またまたまたまた、ロングトーン練習で苦労する日々が戻ってくるのです。なんか、ちょっぴり気分がブルーになる私でした。

蛇足  日本って、やっぱり、ガラパゴスなんだな(笑)。

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2013年4月17日 (水)

タクシーに乗ってレッスンに行ってみた

 声楽のレッスンの記事です。

 「ああ、レッスンの時間になってしまったなあ」とつぶやいた時に私がいた場所は、職場の会議室ってところで、私はどうしても抜けられない会議の最中だったわけです。とにかく、会議が早く終わる事ばかりを願って、私は余計な事にクチをはさまずに、まるで嵐が過ぎ去るのを頭を低くして待っているような感じで、ひたすら会議が終わるのを待っておりました。

 会議が終わったのは、レッスンが始まってから、すでに約30分がたったあたり。もはや、この時間となっては、自転車をすっとばして、先生のお宅に向かっても、到着はレッスンの終了後になってしまいます。では、レッスンを休むか? 声楽のレッスンは二週に一度しかないわけで、一回休んでしまうと、一カ月レッスン無しになってしまうわけだし、今は発表会を控えた大切な時期だし、なんとしてもレッスンに向かいたかった私です。

 そこで、タクシーを呼んでみました。

 タクシーって、呼んだらすぐに来るものと思っていたけれど、呼んでからタクシーが来るまで10分もかかってしまいました。ううむ、これなら、その10分を見越して、タクシーを呼べばよかったな。

 タクシーに乗って、先生のお宅まで15分、2500円もかかりました。まあ、安くはない金額ですが、自転車でレッスンに向かえば、全くレッスンできずに終わってしまいますが、タクシー代2500円を支払えば、多少時間が短くなってしまうけれど、レッスンが受けられるわけで、そこはお金に変えられないものがあるわけなんですよ。それに、何と言っても、タクシー利用のいいところは『全然疲れない』って事です。職場から自転車を飛ばして来ると、ヘロヘロになって、とても歌える状態じゃないですからね。それを考えると、タクシー料金くらい、安い安い(って、強がってます:笑)。

 とにかく、タクシーを利用したおかげで、レッスンはいつもよりも短い時間となってしまいましたが、それでもなんとか受ける事ができました。やれやれ。

 ちなみに、私のレッスンは、妻と一緒に受けていて、一人45分ずつの二人で90分のレッスンなんです。で、普段は私が最初で、妻が後にレッスンを受けているのですが、今回は、妻のレッスンを先にしてもらって、妻のレッスンが終わるまでに、私が先生のお宅に到着できれば、御の字のはずだったのですが、そうもいかずに、少しばかり遅刻してしまいました。まあ、私が遅刻した分だけ、妻はたっぷりとレッスンしていただけたので、夫婦的には損も得もなかったわけです。

 ってなわけで、遅刻してレッスンに臨んだ私です。

 レッスン室に入ると…当然、妻がレッスンを受けていたわけですが、先生が妻のレッスンで面白い事を言ってました。

 モーツァルトの時代の音楽は、現在、普通に演奏されるテンポよりも、ずっと速いテンポで演奏されていたのではないかと、最近は考えられているのだそうです。その理由は、モーツァルトの書いた楽譜にたびたび見られる白玉音符のタイが、それなりに長いのですが、楽器と言うのは、その性能によって、音を鳴らし続けられる時間ってヤツに限界があるので、当時の楽器の性能を考えると、その曲のだいたいのテンポが分かるのだそうです。

 と言うのも、モーツァルトの時代の楽器は、現代の楽器とは違って、まだまだ古楽器が頑張っていた時代なわけで、あの手の楽器は、実は持続音を鳴らすのが、今の楽器と比べると、かなり苦手なんです。今の楽器なら、楽々鳴らし続けられる音も、当時の楽器ではさっさと減衰して消えてしまう…というわけです。

 だから、モーツァルトの書いた楽譜の中に現れる、白玉音符をタイでつないだ箇所の音が鳴っている時間は、その当時の楽器の持続音の最大持続時間内に収まっているわけだから、その曲のロングトーンの長さを見れば、全体のテンポが分かるわけだ。

 なので、モーツァルトの曲って、実はかなり速いテンポになるんだそうです。

 だから、モーツァルトの曲を練習する時に、参考音源として、あまり古い音源を聞いてしまうと、モーツァルトが作曲した当時の観点から考えると、考えられないほどゆっくりと演奏されたモノもあるので、そういう演奏は、ちょっと避けた方が良いのだそうです。なにしろ、今の楽器なら、いくらでもゆっくり演奏できるし、歌手って奴は、テンポを落として歌いたがるものですからね。

 ま、昔の演奏を記録した音源の音楽的の価値は不変であっても、当時の時代(と今の時代)の演奏の常識とは合っていないって事ですね。

 さて、妻のレッスンは、たっぷりやったはずなので、そうそうに終わりにしてもらって、残りの短い時間で私のレッスンをしてもらいました。

 「発声練習は必要ですか?」

 そりゃあ、必要ですよ。会議の時は、石になっていましたので、全然、声が出ませんよ。

 そこで(時間が短い事もあって)発声練習はごくごく簡単に、声を前に飛ばす事と、響きを落とさない事を意識して、サラっとやりました。

 さっそく曲の練習です。発表会でも歌う予定の『Non t'amo piu!/君なんかもう』です。

 色々と注意を受けましたので、その注意点を簡単に羅列してみます。

 ・音程が跳躍する時は、跳躍した先の音よりも、跳躍をする前の音をしっかりと歌うこと。

 ・音程の跳躍の幅が広い時は、お客に分からない程度のポルタメントを使って跳躍すると結果がうまく行きます。

 ・(いつも言われている事けれど)休符でカラダを休めないようにしましょう。休符を見たら、カラダは力を抜かずにカタチを維持したまま、パンと張り続けているようにしましょう。

 ・前回は「Meno mosso」は楽譜通りゆっくり歌うという事に決めたけれど、やっぱりそれでは、落ち着きがよくありません。理屈は通らないけれど、楽譜ではなく慣習に従って「Meno mossso」の部分は、テンポを速めて歌う事にしました。

 ・細かい音符が続くところは、急がないで、歌を前へ前へ進行させることを考えて歌うこと。

 ・表現したい事は抑えず、表現していきましょ。

 ・pとかディミヌエンドとかあっても、表現が反対の方向を求めていたら、表現が求めるように歌う事が大切。

 ・低い音は高みから軽く歌う事(低い音は捨てる)。

 ・“piu”の“u(本当はアクセント記号が付いてます)”は、私の「ウ」の発音では浅いので、「ウ」と「オ」の中間音程度の発音がちょうど良い。

 って、感じでした。最後に先生がおっしゃったのは、この曲は私の声に合っているのではないか?って事です。そう言われると、なんか、うれしいですね。

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2013年4月16日 (火)

あんまり出来ないと、悲しくなります

 フルートのレッスンに行ってきました。

 練習は…しましたよ。ほんのちょっとだけ(笑)。だって、さすがに、三回連続で、ノー練習のままレッスンに行くのは、やはりはばかれるので、なんとか頑張って、忙しい毎日の中から、少しずつでも時間を作りだして練習しましたが、所詮、少しの時間での練習ですから、大した前進が見せられるわけではないのです。

 レッスンには、ほぼいつもの時間に行けました。久し振りに、姉様と二人でロングトーン練習しました。ほんと、久し振り。姉様とのロングトーン練習は、先生とのロングトーン練習とは、ちょっと違います。

 先生とのロングトーン練習は、あくまでも“先生と合わせ”て吹くのですが、姉様とは“互いに聞きあって、ほどほどの落としどころを手さぐりで探しながら”吹くのです。これって、同じことをやっているようで、実は全然違う事をやっているわけで、先生とのロングトーン練習も良いのですが、姉様との練習もたくさんの事が学べるので、大好きです。

 それにしても、ミヤザワは楽でいいね。

 アルテの15課8章Des-durは、bいっぱいで、ちょっとイヤです。最初のロングトーン練習はゆっくりと吹いてミスなく吹けたので、「では次(のアルペジオ)は、メトロノームに合わせられますか?」とおっしゃるので、即座に「それは無理です」と断って、1番の『音階準備練習』をフリーテンポで吹いてみました。

 92ページの楽譜をしっかりガンミしながら吹いていたわけですが、やはり高音部になると、加線が増えて、正直譜面を読むのが面倒になります。どうせ合理的な音形なんだからと言って、楽譜から目を離して、頭の中で階名唱をしてみたり、なんとなく指の動きで吹き始めると、途端に先生から「ほら、しっかり楽譜を見て!」言われてしまいます。ああ、ほんと、先生って、なんでもお見通しなんだからね。

 まあ、正直、楽譜を見ながら演奏すると言っても、極端な高音フレーズは、加線を読むのが間に合いません。いやあ、読譜力がネックになって、演奏がツカエテしまいます。私が楽譜にツカエテいると、先生は「しっかり楽譜を見て、指でフルートを吹かないようにする事」といつも注意くださりますが、私の場合、1)楽譜を読むのが難しい、だけでなく、2)派生音(この場合はb付きの音)の運指がなかなかにうろ覚えで思い出せずに、そのために演奏の方がツカエテしまうわけです。

 なので、私の演奏が止まったから言って、それは指癖で吹いているわけではなく、単純に楽譜が読めなかったり、運指を忘れていたりするだけの事もあります。

 なんか、せつないね。

 ミニヨン・エチュードは…練習不足のために、まだまだ“子どものピアノ発表会”のようなフリーテンポで、あっちこっち運指を間違えてボロボロになって吹いてしまいました。先生にあれこれキツく注意されながらのレッスンとなりました。いやあ、言われたことが分かっていても、その通りにできない自分に腹が立つし、そんな自分が悲しくてせつないね。

 「君は、メロディーを感じて、メロディーに流されて、吹いてしまっている。きちんと“拍”を感じて、正しいリズムで吹きなさい」と注意されました。

 音符の長さが短すぎたり長すぎたり、フレーズの切れ目やブレスに時間をかけすぎたり、全般的なリズムの甘さが露呈してしまったり、とにかく色々と、自由気ままに吹きすぎていると言うのです。一例をあげるなら“四分音符一つ”と“八分音符一つと八分休符一つの組み合わせ”の吹きわけがきちんと出来ていない…ってなもんです。歌なら、それでも良いのかもしれませんが、楽器の世界では、それはアウトなんですね。

 そこで先生は「しっかり足を踏みながら(リズムをとりながら)フルートを吹きなさい」と注意してくださるというわけです。

 でも、私、ぶきっちょだから、フルートの場合、足を踏みながら演奏したら、足踏みに気を取られて、演奏の方はシッチャカメッチャカになってしまうので、足踏み演奏は無理なんです(歌なら、全然平気なんですがね…)。なので、ここは一発、足踏みの代わりにメトロノームのお出ましかな? メトロノームに合わせて、正しいリズムで演奏する方がいいんでしょうね。

 するとH先生が言いました。「最初からメトロノームに合わせて練習をしてはいけませんよ。まずは、メトロノームは無しで練習をして、どうしても難しいところだけ、スローテンポで、メトロノームに合わせて練習するように」おっしゃいました。

 最初からメトロノームを使って練習しちゃうと、つまらない曲になっちゃうんだと思います。だから、簡単なところはメトロノーム無しで(足踏みでリズムキープして)、難しい箇所になったら、しっかりメトロノームを使って練習をするのが、よさそうです。

 とにかく、大切なのは『拍感覚』なんだそうです。どんなフレーズも“拍”が基本になって作られているのだから、拍感覚をしっかり持って演奏できるようにしないといけないのですよ。ま、演奏の現場で、指揮者の指揮を見て、それに合わせて演奏するには、演奏者に拍感覚がしっかりあれば、指揮者の棒と拍頭を合わせて演奏できるので、バッチグーとなります。

 オーケストラのフルートなら、拍感覚がしっかりしていれば、大抵のモノは吹けるのだそうです。コンチェルトなどでソロを演奏しないといけない時は、拍感覚だけではどうにもならなくて、しっかりと歌い込む練習もしないといけないのだそうですよ。

 拍感覚を守って演奏するための練習の場合、メトロノームを使うといいのだけれど、その時でも、まずはテンポは完成形の1/2ぐらいにして、ゆっくりでもきちんと演奏できるように練習する事が大切なんだそうです。ゆっくりでもきちんと演奏できるならば、多少テンポが早くなっても、きちんと演奏って出来るんだそうです。逆に完成時のテンポを重視して、速いテンポで練習して、その速さで吹けるようにしても、それは誤魔化している演奏が多く、ちょっとテンポが遅くなると、音がすべったり、抜けたり、音色が汚かったりと、そういう事があるのだそうです。だから、どんな曲でも、最初はゆっくり丁寧にきちんと練習する事が大切なんだそうですよ。ふーん、そういうモノなんだ。

 だからH先生は「ゆっくりでいいから、きちんと練習してきなさい」と私に繰り返し伝えるわけだね。「速い速度で吹けなくてもいいから、正しく譜読みを指摘なさい」と言うわけです。

 譜読みって大切ですね。先生がおっしゃるには、最初に間違えて譜読みをしてしまうと、間違ったまま練習して、その間違いが定着してしまうので、譜読みは最初から正しく、本番通りにきちんと出来るように目を通すのが譜読みというものなんだそうですよ。

 それにしても、たかがミニヨンとは言え、その曲集の最後に収められている曲は、本当に難しいですね。私には吹けるようになる日が来るでしょうか?(不安です)

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2013年4月15日 (月)

音楽家とローンについて、考えてみた

 家のローンの支払いにあくせくしている私でございます。バブル時代の収入の良い頃にローンを組みましたので、デフレの時代になって、お給料も半減してしまい、余裕でサクっと支払えるはずだったローンに、汲々として生きているわけでございます。

 とりわけ、困ったのが、ローンの“ボーナス払い”の部分。これはボーナス時にちょっと多く返す事で、月々の返済額を少なめに押さえる事ができるわけなんですが、ローンを組んだ時の収入で考えていますので、デフレで収入が減り、お給料が減り、ボーナスが減ってしまった今では、月々の返済はどうにかなっても、ローンの“ボーナス払い”の部分に苦労しております。

 なにしろ、ボーナスからローンを支払った後でも、貯金をして、ちょっとは家族旅行ができる程度の金額にローンの返済額を設定したはずなのに、今じゃ、いただくボーナスの金額よりも、ローンの返済額の方が高いんだもの。ローンのボーナス払いのために、月々から少しずつ貯めておいて、その貯金とボーナスを合わせて、ボーナス払いをしている始末で、私のようなサラリーマンですら、ローンって奴は支払いが大変だったりしますが、自由業である音楽家の方々は、ローン(つまり“借金”)については、どうなんでしょうと、まことにお節介な事を考えてみました。
 
 
 まず、貸す側である銀行の立場になって考えてみました。

 銀行からすれば、お客様が音楽家かどうかというのは、どうでも良い話であって、大切なのは、そのお客にお金を貸した場合、きちんと計画通りに返済してもらえるだろうか…って事だけが問題となります。

 きちんきちんと計画通りに返済してもらえそうなら、大口のローンだって引き受けたいですが、たぶん大丈夫だろうけれど、景気に左右されるなどの不安要素があるならば、最初は小口のローンで勘弁してもらって、まずは返済能力の有無を確かめた上で、大きなローンを引き受けるかどうか考えたいと思うし、収入が安定していても金額そのものが少なめなら、ローンは小口のままにしておくのが無難だし、収入が全く不安定ならば、ローンは一切無理って奴です。

 だから、音楽家と言っても、大学の先生であったり、音楽高校の先生、あるいは普通学校の音楽の先生であるならば、音楽家である以前に、学校の先生って事になります。学校の先生ならば…学校と言うのは、親方日の丸であったりするし、私立学校であっても、学校は学校だから、簡単に倒産もしなければ、経営状況だって急落する事はありません。だから、音楽家であろうがなかろうが、学校の先生ってのは、銀行にとってみれば、なかなかの上客となります。もしも、ローンの申請があれば、簡単な手続きでOKとなるでしょう。家でも車でも買い放題です(は言い過ぎか:笑)。

 演奏オンリー音楽家の場合は…どうなんでしょうね。たとえ、演奏家として売れっ子でも、その人気が五年後十年後まであるかどうかは分かりません。まして、今現在、微妙な人気しか持ち合わせていない音楽家の場合、その将来の見通しは全くたちません。

 もしその音楽家がフリーランスであるならば、銀行の立場としては、お金をお貸しするには勇気がいります。ローンを組むのは難しいかもしれません。

 ただ、同じ演奏オンリーの音楽家でも、芸能事務所に所属していて、事務所(つまり民間会社)が色々と保証してくれるならば、その事務所の規模や信用によっては、ローンを組めないわけでもありません。つまり、音楽家本人ではなく、その芸能事務所の信用でローンを組むわけです。

 また、演奏オンリーの音楽家で、芸能事務所に所属していない人で、収入が全く不安定でも、その人の家族や親類が経済的にしっかりしていれば、話はまた別ですね。たとえば、その音楽家の配偶者の方が堅い職業の場合、音楽家本人ではなく、配偶者の方の名義でローンを組む事が可能です。配偶者名義でローンを組んで、実際には音楽家本人が返済していく…おそらく、そういう人って、たくさんいらっしゃるでしょうね。

 結局、ローンって、その人の社会的な信用って奴に左右されるわけで、社会的な信用ってのは、結局は、安定した収入って奴なんです。大切なのは“安定した”という部分で、今現在たくさん稼いでいるかどうかでは無いって事なんです。今は億単位でガッポガッポ稼いでいても、五年後も億単位で稼いでいられるかって事ですね。五年後も億単位で稼いでいるという保証があるなら、バンバン、ローンだってお貸ししますが、五年後はどうなっているか分からないと言うのなら「お金がある今、ニコニコ現金払いでお願いします」って事になるわけです。

 どうも私の友人たちに話を聞いてみたところ、音楽家に限らず、フリーランスの方の場合、ローンに頼らずに、収入がある時に貯金をして、大きな買い物をする時は、一気にその貯金を使って、現金払いで買い物って方が、多いような気がしました。でも、これって、ある意味、健全なやり方ですよね。借金をしない生き方と言うのは、なかなかクレバーな生き方なんだなって思いました。

 それにローンって、結局は借金なわけで、借金である以上、利息を払わないといけないわけでしょ? 現金払いなら、利息を払わずに済むから、同じモノを借金で購入するよりも、安く入手できるわけだし…。やっぱり、借金して買い物なんて、しなくて済むならしない方がいいよね。

 家だって、私はローンを組んで買ったけれど、ローンを組まずに、自分でコツコツ貯金をして買おうと思ったなら……毎月毎月、家の購入のための貯金をしながら、今現在住んでいる家の家賃も払っていくわけだから…あまりたくさんの金額を貯金できません。目的額に達するまで、かなりの時間が必要となり、もしかすると、未だに家も買えずに借家生活をしているかもしれません。

 ローンで家を買うなら、頭金はしっかり貯金して貯めないといけませんが、家を買ってしまえば、借家の家賃は支払わずに済むわけで、それをローンの返済に充てれば、早く家を入手できる上に、返済も早く終了し、貯金して家を購入するよりも早く、経済的に身軽になれるかもしれません。

 それにだいたい、お金なんてものは、ある程度貯まってくると使いたくなるわけで、家を購入しようと思って貯金していても、実際に家を購入する前に、別件でお金を使ってしまうかもしれません。それを考えると、利息を支払ってでも、ローンを家を買った方が正解って事になるのかな?

 そう考えると、やっぱりローンって奴は、必要なものだな。

 ローンを組まずに生きていくのは立派だけれど、ローンが組めない生活ってのは、ちょっと私には厳しい生き方だなって思いました。

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2013年4月14日 (日)

生まれ変わりを信じますか?[2013年4月第2週・通算13週]

体重:107.8kg[+0.1kg:-4.4kg]
体脂肪率:30.3%[+-0.0%:-0.7%]
BMI:34.0[+-0.0:-1.4]
体脂肪質量:32.7kg[+0.3kg:-2.1kg]
腹囲:105.0cm[+0.5cm:-3.0cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 ……生まれ変わりを信じますか?

 なんて書くと、全くオカルトだねえ(笑)。実際に、母の胎内に戻って、子どもからやり直す“生まれ変わり”ではなく、いわゆる「怠け者だった彼は、あの事件以来、まるで生まれ変わったように、仕事に励むようになりました…」とかで使う“生まれ変わり”ね。つまり“人柄が激変する”事のたとえとしての“生まれ変わり”って奴を、信じますか?

 『人生、十年一日』で、今日が昨日の続きであるように、明日は今日の続きでしかないのが、平凡な人生って奴です。人生なんて、思っているほどには劇的ではないのです。

 そんな平々凡々な人生であっても、まるで階段を一段昇るように、ガラっと人生の局面が大きく変わる事があります。いわゆる“人生の節目”って奴です。そんな時に、これまでの自分を堅く固持し、自分が今までの人生で積み上げてきたモノの上に、これからの人生をさらに積み上げていこうとする人も入れば、その局面ごとに自分を変えて、今までの人生は一度チャラにして、新しい環境に順応していこうとする人もいます。

 前者はキャリアアップタイプの人だろうし、後者はお嫁さんタイプの人なんだろうと思います。

 自分はどっちなんだろうと思った時、私は、そんなに性根が座っている方じゃないし、楽に生きていく方を選ぶ人なので(男性だけれど)やはり後者のお嫁さんタイプなのかなって思いました。つまり、環境に適応し、状況のままに流されていくタイプだね。
 
 
 そうそう「生まれ変わりを信じますか?」という問いに対する、私の答えは「信じます」です。

 「自分がない」と言うのとは違うけれど、だからと言って、私の場合、「自分は○○だから」と言ったコダワリがないのは確かです。「環境が人を変える」とか「人は肩書に相応しい人となっていく」とか「出会った人に影響を受ける」とか、そんな言葉に納得する、受動的な人だったりします。

 だから“生まれ変わり”のような、何かのきっかけで、その人柄をガラと変える事がある事を信じますし、自分もガラリと変わっていきたいと思うんでしょうね。

 それゆえに“生まれ変わり”を信じているし、信じたいし、そうやって、人生の前に立ちはだかった大きな壁を乗り越えていきたいと思っている私です。
 
 
 四月って、多くの人々が、新しい環境に身をおいて、とまどっていたり、居心地の悪さを感じていたり、新しい人間関係に迷っていたり、そんな時期です。今までのやり方が通用しない事だってあるでしょう。自分にとって、つらい事だって、引き受けなければいけない事だってあるでしょう。

 不愉快な環境だからと言って、周りを変えるのは容易な事ではありませんし、時間もかかります。そこで、その不愉快な環境から逃げ出すという選択肢だってあるし、私が見ていると、最近の若い人は、何かと言うと逃げ出せばいいと思っているフシが見受けられますが、そこですぐに逃げ出すのも、なんかモッタイナイ話だと思います。

 まずは、生まれ変わってみる、ってのはどうなんだろ? 今までの自分を一度チャラにして、置かれた環境に、まずは適応していくってのは、どうなんだろ? 反発をせずに受け入れてみる。ムリと思う前に、ダンドリを考えてみる。イヤな人だなと拒否する前に、自分があの人の立場だったら、何を考えて、どんな事を言うのだろうかと考えてみる。

 幸不幸は、すべからく、気の持ちよう…なのではないでしょうか? だから、逃げ出す前に、一度、生まれ変わってみるのはどうだろ? 生まれ変わっても、やっぱりダメだと思ったら、逃げ出すのは、それからでも遅くないでしょ? 違うかな?

 状況に流されて生きる…わけですが、それはそんなに悪い事ではないと思います。むしろ、状況に流される事で、広い世界を見聞きする事ができると思いますし、自分の心の窓口だって広がっていくと思います。一つの事を深く深く極めていく生き方は、日本人好みだし、そういう生き方が礼賛されるわけですが、多くの事を経験し、多種多様な考え方に翻弄されながら、他人に振り回されていく生き方だってあると思いますよ。そんな生き方は、まるでロールプレイングゲームのようで、なかなか面白い生き方だと思いますよ。

 どうでしょう?

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2013年4月13日 (土)

エサねだり係は…

 これまでの我が家の水槽では、エサをねだるのは、若頭の役目と言いますか、ナンバー2の金魚の役目でした。トップに君臨する、いわゆる“王様”や“女王様”と言うのは、普段はおっとりしていて、エサねだり係の活動によってエサが投入されると、のそのそとやってきてエサを食べるという、貫祿あふれる行動を取っていたものです。

 で、現在の我が家のエサねだり係は……と言うと、実はサクラなんです(笑)。

 サクラは我が家の水槽では、一番古い金魚だし、一番カラダの大きな金魚でもあります。ですから、普通は彼女が“女王様”であってもいいのですが、それがちっとも“女王様”ではないのです。まあ、いつも『元気はつらい』で良いと言えば良いのですが、貫祿? そんなものは、全く持ち合わせていません。

 一日の大半をエサ場にいて、人がそばを通るたびに「エサ、ちょ~だい」とアピールするわけです。それもかなり激しく! 水音をバシャバシャたてて、たまに実際に水を跳ねさせてのアピールです。金魚は水槽から出られませんし、クチもきけませんから、この程度で済んでいますが、もしもこの子がワンコやニャンコだったら、さぞや、騒がしい子だろうし、ウザいだろうし、面倒くさいんじゃないかって思いました。

 よく、妻と二人で「サクラがクチをきけなくて、助かった」と話しております。それくらい、アピールは激しい上に、全く時間と言うものに気をつけていません。

 そう、年がら年中、エサをねだっているわけで、この子にはどうにも時間の概念が無いみたいなんですね。

 金魚って、アバウトですが、時間の概念って奴があるみたいで、今までの子たちは、エサの時間って奴を知っていました。ですから、エサの時間以外は大人しかったですし、逆に時間になっても、人間がうっかりしてエサを入れ忘れていると、激しく催促をしたりしていましたが…サクラは時間とは、本当に関係なく、エサをねだります。

 おねだりと言うのは、メリハリがあるから効果があるわけで、四六時中、エサばかりねだられていると『ああまたか…』と思ってしまい、たまにうっかりエサやりを忘れてしまいます(笑)。やはり『ここ一発!』って時だけねだらないと、ダメだよねえ…。

 ちなみに、そんなにエサエサエサ…と騒いでいるサクラですが、水槽の電灯を消すと、途端に落ち着きます。『電灯が消えると、消灯で、もうエサはもらえない…』と言う事は知っているみたいで、あれだけ激しくエサをねだっていたのに、電灯を消した途端に、シュンとして、落ち着くんです。

 その激変ぶりは、なかなかのミモノだったりします。まるでスイッチが切り替わるように、行動パターンが変わるんですからね(笑)。

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2013年4月12日 (金)

子供叱るな、来た道じゃ。年寄笑うな、行く道じゃ

 フルートのレッスンに行ってきました。今回は、さすがに仕事に疲れ切ってしまったので、職場を割と早め(と言っても、最近の“早め”)に出て、ちょっとは練習してからレッスンに行こうかなと思ったのですが、やっぱり、疲れ切っていると練習はムリですね。家で着替えたりしているうちに、あっと言う間に時間が過ぎて、何もしないまま、レッスンに行かざるを得なくなりました。

 お教室に入って、先生に「前回のレッスンで、フルートをケースにしまって以来、フルートケースのフタを開けるのは、これが初めてです」と告白しました。だって、新年度の始まりで、超忙しかったんだもの。先生からは「土日も練習できなかったの?」と尋ねられましたが、土曜日は普段以上の労働時間だったし、日曜日は一日中寝てましたので、フルートの練習なんて、頭の片隅にも浮かばなかったというのが、本当のところです。

 なので、前回同様、レッスンの中でフルートの練習をする、といった感じになりました。

 一週間、まるっきりフルートに触っていないと、フルートがさぞ吹けなくなっているモノだろうと思ってましたが、全然そんな事もなく、上手さも下手さも一週間前をきちんとキープしていました(笑)。

 もう何だかんだ言っても、フルートを五年間、ほぼ毎日吹いてきたわけで、それだから、たった一週間(じゃなくても、もう少しあるかな?)ぐらいフルートに触れなくても、音が出なくなったりとか、指がからまるような事になったりとか、そういう事はないみたいです。もちろん、こんな状態が数週間から数カ月も続けば、話も別だろうけれどね。

 オジサンだから、マスターするのも遅いけれど、一度マスターしたモノを忘れるのも遅いんです。

 そんなわけで、ロングトーン(いやあ、ムラマツとミヤザワだと、ほんと、気持ちいいです)の練習の後は、アルテの15課8章Des-durです。

 最初のロングートーン練習は、実にゆっくりゆっくり、音を確認するようにやりました。ゆっくりやれば、そんなに間違えないわけだ。

 1番の『音階準備練習』もゆっくりゆっくり、頭で考えながら、なるべくミスをしないように慎重に吹きました。上行音階だけやったところでストップがかかりました。続きは家でやってらっしゃいって事ですね。

 今回の私は、頭の中で必死に「ド、レ、ミ、…」とか思いながら、楽譜を見ずに、頭の中の階名唱だけを頼りに吹いてみましたが、それではダメなんだそうです。

 と言うのも、Des-durは、Cis-durと、フルートの運指的には全く同じ音なんだそうです。なので、楽譜を見ずに練習するのは、とてもナンセンスなんだそうですよ。きちんと楽譜を目で見て、一音一音を確認しながら演奏しないとダメなんだそうです。Des-durは、ただ吹ければいいのではなく、ちゃんと楽譜と実際の音符の一対一の関係をカラダに叩き込まないといけないんだそうです。ああ、ややこしい。

 ミニヨン・エチュードは…出来る所はテンポを速めて、出来ない所はテンポを遅くするのはやめなさいと、注意されちゃいました。注意されながら「私は子どものピアノ発表会レベルの演奏しか出来ないのか!」と自分で自分に突っ込みを入れながら、ピアノ教室のピアノの方が、私のフルートよりもお上手な事に、今更気がつきました。しょーもないです(爆)。

 とにかく、早く仕事が落ち着いて、フルートの練習を出来るようになりたいわけです。

 今回の雑談は…パソコンって難しいね、と言う話。現在、私は職場の小さな机の上には、普段はパソコン二台、多い時で三台並べて、それぞれを同時だったり、交互だったりと、同時並行的に使用しています。そのため、机の上が、パソコンのキーボードとマウスと、それらのコードでグッチャグッチャです。それはそれは大変な状況です。なので、なんとかキーボードやマウスを共有して、机の上のスペースを確保できないものかと思って、レッスン帰りに近所の電器店にでも寄ろうかなという話をしました。

 すると、先生も電器店に行きたいというではありませんか? で、話はそこから始まったわけです。

 先生は、お年の割にはパソコンを使いこなしていらっしゃる方なのですが、別にパソコン自体が好きなわけでも、得意なわけでもなんでもなく、お弟子さんたちの数名に、パソコンのオーソリティーがいらして、彼らが先生のパソコンを管理&メンテしているのだそうです。

 なので、先生自身は、パソコンを日常的に使っている割には、それほど詳しくもなければ、得意でもないのです。

 そんな先生を気づかって、パソコン担当のお弟子さんたちも、色々と使い勝手を考えてくれていたわけです。例えば、マシンをいくら新しく速いマシンに買替えても、使うソフトは先生のお得意な「一太郎」と「ロータス123」にしていたなども、そういう事です。

 でも、さすがにこの時代です。もはや「一太郎(とは言え、バージョン数は不明)」と「ロータス123」の時代ではありません。ついにパソコン担当のお弟子さんに「一太郎」&「ロータス123」の組み合わせは諦めて「ワード&エクセル」にしましょうとの説得が始まったのだそうですし、先生ご自身も、もはや「ワード&エクセル」を使わざるを得ないかなと覚悟を決め始めているのだそうです。

 「年を取ると、新しい事を覚えるのが面倒でね…」と先生はおっしゃるわけです。その気持ち、私も痛いほど分かります。ほんと、年を取ると、今までの自分の人生なり知識なり経験なりを、まとめて整理する事には前向きになれますが、新しい事を自分に取り込むのは、本当に苦手になります。先生も、頭じゃ「エクセルをやらないといけない」と思っているのだそうですが、カラダがエクセルを拒否するんだそうです。

 「では、今までのパソコンを壊れるまで使い続ければいいのでは? そうすれば、手慣れたソフトをいつまでも使用しつづけていられますよ」と水を向けると「いやあ、今のパソコンは重くてね。新しいソフトを入れるたびに、パソコンがドンドン遅くなるし、最近はCDを焼いても、途中でエラーが出るようになってきたので、やはり新しいパソコンを買わないとダメかなあ…と悩んでいるんだよ」だそうです。ああ、その話も痛いほど分かります。パソコンって、使っているうちに、ドンドン遅くなるし、エラーが頻出するようになるんですよ。ハードウェア的にもソフトウェア的にも経年劣化してくるんだと思います。まあ、フォーマット&再インストールで、ソフトウェア的な経年劣化はクリアできますが、それもかなり面倒な話ですし、そんな事をしてもハードウェア的な経年劣化はどうにもできません。やはり、ここは新規マシン投入&新環境作成がベストでしょうね。

 でも、新しいパソコンを買ってしまうと、使い慣れた『一太郎&ロータス』の環境ではなく、新しく『ワード&エクセル』の環境になってしまうのが、ちょっとイヤなんだそうです。

 と言うのも、一太郎はともかく、ロータスは新しいWindowsでは動かないんだそうです。

 そこでググってみたところ『ロータス123』は確かにXPでは動くけれど、Vistaや7には対応していないし、今後も対応しないんだそうです。つまり『ロータス123』と言うソフトは、すでに死んだソフトだったのです。

 かつては『123』と言えば、表計算ソフトの代表的なソフトだったのに、今や時代は変わったんですね…。

 なので、ロータスが使えないのなら、仕方なくエクセルに乗り換えざるを得ないH先生なのですが…乗り換えたくないんだそうです。ああ、その気持ちもよく分かります。

 そしてエクセルに乗り換えるなら、ワープロもわざわざ一太郎の新バージョンに買替えてではなく、エクセル買えば一緒についてくるワードに乗り換えてしまいましょうって話になっているのだそうです。その事自体には、先生ご自身も同意されているのですが…。

 こういう事って、つまり『時代に取り残される』…って事なんだろうなあって思いました。

 これはH先生個人だけの話ではありません。私だって、実はウカウカしてられません。ふと気がつくと、私だって、パソコンに限らず、時代に取り残されてしまう可能性は大ですよ。

 『子供叱るな、来た道じゃ。年寄笑うな、行く道じゃ』

 まさに、この言葉のとおりだなあと、日々痛感している私です。

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2013年4月11日 (木)

吹奏楽部を辞めました

 毎日のように「仕事が忙しい」と連発している私ですが、これはいわゆる配置転換というか、役職変更のため、私の勤務先やら仕事内容やらが大きく変わったからなわけですが、そんな色々と変わった私の中でも、大きく変わった事の一つとして、吹奏楽部の顧問を辞めた事があげられるでしょう。

 たった一年しかやらなかった顧問ですし、いかほどの事もしてあげられなかったわけですが、それでも、思い出深い一年間でした。たった一年とは言え、それまで想像もつかなかった“吹奏楽文化”に身を置いてみて、この世界特有の業界事情やらに触れ、クラシックの世界とは全く違った、一種独得な音楽世界を知り、私の見識も大いに広がったものです。

 定期演奏会にムリクリ参加したのも、実は吹奏楽部顧問を辞めることが内定していたので、最後の思い出として参加したわけですが、あそこでむりやりのエア演奏であっても、参加できて良かったと思ってます。

 そして、一年間やってみて、改めて確信したのは『吹奏楽はクラシック音楽ではない』と言う事。そして面白いなあと思った事は、吹奏楽関係者の一部の方(一部だけれど、数的には多数)が『吹奏楽はクラシック音楽である』と信じている事。吹奏楽がクラシック音楽ではない事を、論理的に説明して論破することは可能だけれど、論破したからと言って、相手が信仰を変えてくれるはずものなく、いやむしろ、ますます信心を強くするだけだという事も学びました。まあ、信仰とか宗教って奴は、迫害されるほど、強くなるものだしね。

 それと『クラシック音楽は高級な音楽である』と思っている人が、吹奏楽関係者には多くいらっしゃる事にもビックリでした。プロにしてもアマにしても、クラシック音楽関係者って、案外サバサバしてて、クラシック音楽とポピュラー音楽を、好き嫌いで区別はしていても、音楽としては同じ地平に置いて考える人が多いのですが、吹奏楽関係者と話していると、しばしばクラシック音楽を高級な音楽だと信じているフシが見られるのが「なんかなー」って思いました。

 「クラシック音楽なんて、ヨーロッパの民族音楽の一つだし、当時はごく普通のポピュラー音楽だったわけで、それが時を経て今に伝わっているだけで、そういう意味では、クラシック名曲なんて、ポピュラーのスタンダード曲程度のモノなんだよ」なんて言おうものなら、異端者のごとく扱われた事は、新鮮でした(ブラボー!)。たぶん、クラシック音楽を貶めるような事(そんなつもりは微塵もなかったわけだけれど)を言うのは、この世界ではタブーなんだろうなあ。

 ま、実際、私って、吹奏楽の世界じゃあ、異端者だったんだと思うけど(笑)。

 とりあえず、我が部のフルートちゃんたちには、吹奏楽のフルートと、クラシック音楽でのフルートの役割とか、音色の違いぐらいは、伝える事ができたので、それで良しとしましょう。

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2013年4月10日 (水)

暗譜をしてます

 声楽の発表会に向けて暗譜をしています。

 まず暗譜のやり方ですが、実はここ数年でドンドン記憶力が低下している事を実感している私です。

 最初の発表会(今から5年くらい前)の頃は、若い頃と同じ“フォトコピー”というやり方で暗譜をしていました。

 フォトコピー…それは見たままのイメージを画像として暗記するやり方です。つまり、覚える対象(この場合は楽譜ですが)をボケーと見て、その楽譜そのものを覚えてしまうという暗記方法です。なので、頭の中に楽譜がありますので、歌う時は、頭の中で楽譜をめくりながら、その楽譜を読んで歌うわけです。

 実は私、幼い時から、このフォトコピーという暗記のやり方で生きてきました。大学受験の時も、このやり方だったので、試験の時は、頭の中で辞書やら教科書やら参考書やらを思い出して、ページをめくって読んで、それで対応していました。このやり方は脳味噌に多大な負担をかけるらしく、中学生の頃から、テストが終了すると、知恵熱を出して倒れていました。そんな私です。

 この暗記方法の欠点は、暗記作業中は、他人から見ると、ボケーとしているように見られ、とても勉強をしているようには見られないという点です。あたかも読書をしているようにしか見られないので、その努力を認められないって事です(別に、勉強をしている事を認められたいわけでないんですが…)。

 もちろん、社会人になってからも、基本的に暗記は、このフォトコピーでしていました。

 でも、ここ数年で、そのフォトコピー力がみるみると落ちている事を感じています。いや、コピー力が落ちていると言うよりも、コピーの解像度が落ちていると言った方が正しいかもしれません。

 元々、私のフォトコピー力の解像度は、さほど高いものではありません。ですから、私の記憶力は、文字とかそれらに類するパターン化されたモノしか暗記できなかったのです。ちょっと複雑なパターン、たとえば、ホンモノの絵や写真、人の顔など、パターン化できなくて、その細部まで細かく見えていないと役に立たないモノなどの暗記は苦手でした。ざっくり言うと『パターン化できる文字情報は暗記できても、絵や写真や人の顔などのように、本当の意味で丸まる暗記しないと判別できないモノは苦手』という、なんとも中途半端なフォトコピー能力しか落ち合わせていなかったわけなんです。

 で、その中途半端なフォトコピー能力の中途半端さに、ますます磨きがかかってきたのだ、ここ数年の事なんです。

 以前なら、ボーとしていても、結構隅々まで、それなりの解像度の画像として覚えていられた楽譜が、まるで老眼になってよく見えなくなった楽譜のように、ところどころがぼやけてしまい、判別不能になってしまいました。

 これでは暗譜がちゃんとできません。

 そこで最近は仕方なく、耳コピーを併用する事にしました。

 実は私、フォトコピーは得意ですが、耳コピーは苦手なんです。そんな苦手な耳コピーですが、頼りなくなったフォトコピーを補うために、気合を入れて始めてみました。

 具体的には、こんなやり方です。以前なら、ただボーと楽譜を見ていただけの私ですが、今では、楽譜を見ながら歌って暗譜してみたり、音源を聞きながら暗譜してみたりと、目だけからの情報ではなく、耳からの情報も合わせて、フォトコピーをしようと頑張っているわけです。

 とにかく、頭の中に楽譜が再現されないと、歌えない私ですから、仕方ないんです。

 ちなみに、フルート音楽では暗譜が全くできません。これはおそらく、フルートでは、楽器を演奏するために指を動かすので、指を動かす事に脳が使われてしまい、肝心の記憶や、その再現のために脳が使えなくなっているからなんじゃないかと思ってます。

 と言うのも、実は私、手を動かしたり、クチを動かしたりして、筋肉でモノを覚えるは、とてもとても苦手なんです。と言うのも筋肉を動かしていると、筋肉を動かす事に懸命になって、頭の中が空っぽで真っ白になっちゃうからなんです。

 よく、子どもの頃、学校で、漢字書き取りの練習を宿題に出されませんでしたか? あれは漢字を暗記させようという、先生の親心からの宿題なんですが、私は漢字書き取りをしても漢字を覚えられない子でしたので、あの漢字書き取りと言うのは、先生の生徒に対するイジメじゃないかと思っていました。だって、漢字書き取りって、シンドイだけなんだもの。それに子どもだった私は、授業中に見た黒板とか、教科書とかを、授業時間中に丸々暗記していたので、宿題とか不要だったわけだし…。ほんと、漢字書き取りの宿題を、イジメのように感じていました。

 ガッコのセンセになって、他の人がフォトコピーではないやり方で暗記をしている事に気づきました。とりわけ多くの人が、筋肉運動を使って物事を暗記しているという事実に気づきましたので、私もガッコのセンセになってから、漢字書き取りの宿題をよく出すようになりました。時折、生徒の中から、漢字書き取りばかりやる事に対する不満を耳にしますが、その時は「ああ、この子は、筋肉運動で記憶するタイプの子じゃないんだな」と思い、ちょっとだけ同情する事にしていますが、漢字書き取りは、やはり強制的にやらせておりました(同じ事を同じだけやらせるのが、ある意味、公平な扱いって奴ですからね)。

 まあ、苦役にしか感じないものをムリヤリやらせるのは、あまり誉められた事ではありませんが、それでもそれに耐え忍び、納得しないまま、「やらなければいけないからヤル」という、ある種の理不尽な思いをしないまま大人になってしまったら、人生、取り返しがつかない事になりかねません。そういう意味でも、教育的な見地からも、漢字書き取り練習は、全員必修だったわけです。「ダメなものは、ダメ」「やらなきゃいけない事は、納得していなくてもヤレ」ですよ。スジが通らなくても、やらなければいけない事はやるべきなんです。そういう事を経験するのも、人生を生きていくための訓練の一行程って奴です。

 と言うわけで(って、どういうわけなんでしょ?)、今日も今日とて、楽譜を見ながら歌って楽譜を暗譜中の私です。とは言え、解像度の低下のみならず、暗譜の完徹にも時間がかかるようになりました。

 それでも『Non t'amo piu!/君なんかもう』は、そこそこ覚えられたかな? 目標としては、四月中に完璧に覚えたいです。『E lucevan le stelle/星は光りぬ』は、有名曲ですでに何となく耳コピーは終わっていますので、後はこの耳コピーとフォトコピーを一致させる作業をすればOKなので、後回しにしようと思ってます。

 懸念なのは『Caro Elisir! Sei Mio!/素晴らしい妙薬』です。13ページもある楽譜を覚えるのは、さすがにちょっと大変。こいつの暗譜にゴールデンウィーク前後から取り掛かれるといいなあって思ってます。五月から七月の三カ月をかけて暗譜できれば、なんとかなるんじゃないかと思ってますが…大丈夫だよね(汗)。

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2013年4月 9日 (火)

あずみフルート、発売

 もうすでに御承知おきだと思いますが、アルタス系のフルートブランドである“あずみフルート”が、ついに日本でも発売となりました、パチパチパチ…。これで、アルタス系フルートブラントは、本家アルタスフルートと、分家あずみフルートの二つになったわけです。

 まあ、今回、あずみが発売になった理由は…察するに、アルタスフルートの値上げと、低価格フルートの補強のためじゃないかと、私は思ってます。

 アルタスフルートは、また(と言っては失礼ですが)この春から値上げをしました。現在の新価格は…ドルチェ楽器さんのページで分かるので、リンクを張っておきますが、ううむ、だいぶお高くなりましたねえ…。私のアゲハことA1307が63万円ですか? 実にダイナミックな値段設定ですね。私がアゲハを購入した頃は、まだアルタスと言うと“お値段が庶民的なメーカー”さんだったのだけれど、その当時から比べると、同じモデルなのに、グングンお高くなっているわけです。それにしても、私がアゲハを購入した当時のお値段だと、今ならアルタスでは管体銀しか買えないんだなあ…。(ちなみに、まだ価格が庶民的なパールだと、カンタービレという総銀モデルに手が届きます)

 現在のアルタスでは、一番安いリップ銀のA807ですら、約18万円です。頭部管銀のA907が約22万円ですが、これはムラマツEXとほぼ同じ値段で、サンキョウのエチュードよりも高価格です。またアルタス1307がムラマツDSと、アルタス1507がムラマツSRとほぼ同じ価格帯になりました。ちなみに、アルタスの1307と1507は、Ag958モデルで、ムラマツはAg925モデルですから、銀の含有量の高さが、アルタスのアドヴァンテージになっているわけです。

 どうもアルタスは、販売価格をグングン上げて、高級フルートブランド化を目指しているようです。

 繰り返しますが、アルタスと言えば、ほんの少し前までは、パールと並んで、お手軽な価格のフルートメーカーという印象でした。それが、いつのまにか、ムラマツ並の高級フルートメーカーになってしまったわけです。

 いくらアベノミクスだからと言って、フルートは低価格品ほどよく売れます。だって、高級品は、モノが分かる人しか買いませんし、そういう人は多くはいませんし、目も肥えています。値段だけ高くしても誰も買ってくれません。高級品で商売をするのは、実に難しいんです。

 それにフルートが一番売れるのは、吹奏楽部に新入生が入る春~夏の時期なんですが、ここで売れるのは、やっぱりスクールモデル(つまり、低価格品)なわけです。この価格帯での勝負ポイントは、品質でもなければ、ブランドイメージでもなく、価格が最優先ですから、メーカーも作業行程を減らし、材料費と人件費を削って、さらに利幅を少なくしても、出来るだけ低価格で市場に提供しないと、一番売れるスクールモデルでは商売できないわけです。

 しかし、スクールモデルでは、所詮、薄利多売がモットーですし、不況の影響も受けやすく、決して安定した商売ができるわけではありません。ましてや、少子高齢化の時代で、先細りは必定です。企業自体に体力がないと、続けられません。

 ですから、メーカーの本音としては、安定している上に、利幅の高い高級品で勝負をしたいでしょう。しかし、高級品で勝負するために、良い製品を安定して供給できるだけでなく、ブランドイメージも大切ですし、老舗感だって必要です。ですから、日本では、フルートメーカーとして老舗である、ムラマツやサンキョウは高級ブランドイメージで行けますが、その他の後発参入組は、体力勝負の薄利多売の道を歩むか、企業として成長することを諦めニッチな市場で細々と生きていくかの道を選択するしかないわけです。

 アルタスだって、少し前までは、多少、ニッチ傾向が強いメーカーでしたが、やはり薄利多売メーカーの一つでしかなかったわけです。それを、舵を切って、今は高級ブランドに方向転換をしたというわけなんでしょう。

 しかし、だからと言って、本当に高級ブランド化して、低価格品の販売を止めてしまったら、あまりにリスクが高いわけで、そこで考えたのが“あずみブランド”の投入なんだろうと思います。

 “あずみブランド”は、元々アルタスが海外展開していた、初心者向け低価格フルートのブランドでした。アルタスは当初より、海外では、高級フルートはアルタスブランドで、初心者向けの低価格フルートはあずみブランドで展開していました。ですから、日本では、アルタスブランドのイメージを守るため、あえて、あずみフルートを国内投入して来なかったわけですが、今がその時期だと判断したのでしょう、ついに、あずみフルートの国内販売に踏み切ったわけです。

 低価格フルートの王者はヤマハです。

 あずみフルートの頭部管銀のAZ-Z2なら、約13万円。これなら、ヤマハの頭部管銀のYFL311とほぼ同価格だし、パールの頭部管銀のドルチェの約14万円よりも、わずかにお手軽です。さすがに、ヤマハの最低価格品であるYFL221(総洋銀製:約7万円)とは勝負できませんが、あずみの最低価格品であるAZ-Z1は、リッププレート銀モデルで9万円ですから、ヤマハの下から二番目のYFL211とは同価格帯になりますし、総洋銀のYFL211と比べて、リッププレートだけですが銀を使っている部分が、あずみのアドヴァンテージになります。

 最低価格品に飛びつく人もいるけれど、最低価格品だけはイヤという人も少なからずいますから、そういう層にはアピールできますね。また、安くても良いモノが欲しいという層にもアピールできます。

 つまりアルタスは、アルタスブランドでムラマツと、あずみブランドでヤマハと勝負していこうと考えたわけなんだと思います。

 アルタスユーザーである私としては「がんばれ、アルタス!」と、アルタスに心情的に味方をしたい気分です。

 ちなみに、あずみフルートの宣伝塔となっているアーティストは、トレバー・ワイです。初心者にもなじみのあるフルート教則本をたくさん出しているトレバー・ワイが、あずみフルートのイメージアーティストなわけで、ここにもアルタスの本気が見えますね。

 また、あずみフルートの安さの秘密は、国産品ではなく、台湾製作品だからなのですが、今のところ、フルートの最終チェックは、国内で(それも頭部管はなんと田中会長自らでチェック…らしいです)行っているので、品質的にも妥協はしていないようです。ま、安くて良い品なら、なお良いですね。

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2013年4月 8日 (月)

メトの『パルシファル』を見に行けませんでした(涙)

 “メトの~”と書きましたが、もちろん、これは“メトロポリタン歌劇場のライヴビューイングの~”と言う意味です。本場ニューヨークのメトロポリタン歌劇場に行くつもりだったわけではありません(念のため)。

 実は現在、メトロポリタン歌劇場のライヴビューイングの『パルシファル』が絶賛上映中なわけです。私も、前の週末に見に行くつもりだったのですよ。でも、この年度切り替え時期の忙しさに負けて行けなかったわけです。

 メトの『パルシファル』を見に行けた方、ぜひ感想をお寄せください(涙)。

 『パルシファル』とは、ワーグナーが生涯の最後に完成させた歌劇(彼自身は歌劇ではなく“舞台神聖祝典劇”と呼んでいました)で、一大傑作の誉れの高い作品でございます。まあ、ワーグナーものですので、当然ですが、ドイツオペラなわけで、イタリアもの大好きな私としては、普段はあまり親しみがないので、チャンスがあれば、その都度学んで鑑賞して、自分の心にあるドイツオペラの引き出しに入れようと心がけているわけなんです。今回は、そんな私のドイツオペラの引き出しに『パルシファル』を入れる絶好のチャンスだったわけです。

 こういう、普段あまり親しみのないオペラは、劇場(と言っても映画館)に行く前に、自宅で予習をする事にしています。予習と言っても、DVDとかで映像を予習するだけの話なんですが、これをする事で、ストーリーを事前に頭に入れ、音楽的な聞きどころを確認しておき、劇場では、ただただ流れる音楽に身を任せられるようにするわけです。

 今回は、あまりに忙しくて、事前の予習が全くできませんでした。

 『パルシファル』は長いオペラです。三幕ものですが、それぞれの幕が約1時間半ずつの、合計4時間半のオペラです。予習をするなら、一回(一日)につき、幕一つ1時間半ずつ見るのが限界です。それ以上の量を、普段の生活をしている自宅での予習で行うには、集中力が続きません(劇場なら、聖別された場所なので、5時間前後の作品でも集中力は続きます)。となると『パルシファル』なら予習に三日かかるわけです。

 先週、仕事が終わると、ほぼ半死半生の状態で、フルートの練習なんて全く出来なかった状態で、一日一幕ずつ、オペラの予習が出来たかと言うと…そりゃあ、もう、ムリムリムリってところです。

 それに休日出勤だってあったし、やっと手に入れた休日は、目覚めたら昼下がりだったんだもの。メトのライブビューイングは、ウチの近所だと朝11時開演だから、目覚めたら、すでに終わりかけていました…って感じだったんです。

 まあ、むりやり、オペラの予習をして、当日も死ぬ思いで映画館に足を運ぶ事は、やろうと思えば出来たかもしれないけれど、そんな事をしたら、過労でダウンしてしまうのは、間違いないね。本当に仕事が忙しくて過労でダウンしたら、世間様から同情されるかもしれないけれど、遊びに行ったのがトドメで過労で倒れたら「遊びに行かずに、休んでいれば良かったのに(この馬鹿者!)」と罵られたり、馬鹿にされたりして、社会的信用を失って、お終いなだけです。

 そんな事って、一人前の社会人として、やっちゃいけない事だよね。

 なので、泣く泣く(と言うか、夢の世界の中で)メトのライブビューイングを見に行くのを諦めた私でした。

 おおおおおぉ~、残念だあ~残念だあ~。後は、お盆休み以降の、アンコール上映に期待するしかないわけだけれど、お盆休み以降に東劇に行けるような時間はあるかな? 体力はあるかな? ああ、心配だ、心配だ。

 こんな感じで、今年の趣味生活に、暗雲たれこめている、今日この頃でございます。

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2013年4月 7日 (日)

雨の日とマスクの日は、酸欠気味[2013年4月第1週・通算12週]

体重:107.7kg[-0.3kg:-4.5kg]
体脂肪率:30.3%[-0.3%:-0.7%]
BMI:34.0[-0.1:-1.4]
体脂肪質量:32.4kg[-0.6kg:-2.4kg]
腹囲:104.5cm[-0.5cm:-3.5cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 春が嫌いな私です。なぜかって? そりゃあ、花粉症だからですよ(怒)! とにかく、春になると、スギとヒノキのおかげで、毎日マスクが欠かせません。

 実は私、マスク、大嫌いです。

 クチだけならともかく、マスクって鼻まで覆うでしょ? クチも鼻も覆えば、当然、息苦しくなるわけで、それがイヤなんです。

 (たまに、クチだけ覆って、鼻を出したままマスクをしている人がいますが、あれでは花粉症対策マスクとしても、風邪予防としても、その意味は、ほとんどありません。でも、その気持ちは痛いほど分かります)

 マスクなんて、たかが不織布一枚、呼吸器である鼻とクチの前にフィルター代わりに布キレ一枚覆うだけのものですが、この一枚の存在が大きいのです。マスクで使用されている不織布は、空気は通すけれど、花粉と水分は通さないという、絶妙な感じで作られていて、何気に現代人類の技術の優秀さをアピールしているマテリアルです。この不織布の『空気は通す』の部分って、確かに空気を通しはするけれど、この通し方が、いかにも空気抵抗を感じて、マスクをしていると、息を吸うにしても吐くにしても、なかなか呼吸筋が鍛えられる感じがします。

 実にマイルドに呼吸筋トレーニングをしているようなもので、春になると、これをほぼ一日中つけているわけです。結構疲れるんですよ。

 さらに言うと、平常時と言うか、安静時はまだいいのです。頭脳労働をして酸素大量消費中の時なんかイライラするし、運動時のマスクは、もう地獄です。加圧式トレーニングをしているようなものですよ。軽い喘息発作をおこしている様なものですよ。

 そりゃあもう、いつも何となく息苦しくて、春はいつでも酸欠気味なんです。

 一方、雨の日も嫌いです。

 雨の日は、花粉が飛んでいませんから、マスクをせずに暮らせる、いわば『マスクお休みデイ』でうれしいと言えばうれしいのです。実際、雨の日の室内での生活は、ほんと、天国のようです。でもね、戸外に出ると、そうとも言えないのです。

 雨の日の戸外って…酸素、薄くねえ? 空気、少なくねえ?

 なんか、そんな気がするんだよね。同じ坂道を昇っても、普段は何ともない道が、雨の日は、ちょびっと息苦しく感じるんだよね。雨の日って、絶対に、大気中の酸素が足りなくなっている…と個人的には思ってます。

 だから、私、マスクの日と、雨の日は、酸欠で悩んでいるんです。

 春なんて、嫌いだ! 雨なんて、嫌いだ!

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2013年4月 6日 (土)

たるんだ魚たち

 少し前のニュースになりますが、とある水族館のイワシの群れたちがたるみきっていたそうです。イワシという魚は、普通なら、きれいな群れを作って泳ぎ、害敵がやってくると、それを群れの塊のまま、きれいにかわす、いわゆる“いわしトルネード”をやるものなのですし、その“いわしトルネード”は、大型水槽のある水族館では、注目の演目(?)の一つでもあるのですが、その“とある水族館”ではイワシの群れたちがたるみきってい、本来の害敵であるマグロやらブリやらの大型魚たちイワシの群れに突っ込んでも、きれいなトルネードにならず、なんかフニャフニャでグチャグチャになってしまうのだそうです。それどころか、群れから離れて泳いでいるイワシすらいるそうなんです。

 それくらいに、とある水族館のイワシたちがたるみきっていたそうです。

 まあ、これは、イワシだけが悪いのではなく、本来はイワシの敵役である、マグロやらブリやらにも責任の一端はあるわけで、こやつら大型魚たちが「オレたち、美味しい美味しいエサを毎回もらって、満腹なんだよねえ~。なんか、あそこらで泳いでいる細かい奴らを襲って食べるなんて、なんか、そんな品の悪い事はできないよな~。オレたち、こう見えても、クチが奢っているんだぞ~」とか言ったとか言わないとかで、目の前のイワシの大群を見ても、全然襲わなくなってしまったからなんだそうです。

 ま、大型魚がだれたので、雑魚もだれた…ってところでしょうか?
 
 
 また、別のとある水族館では、イルカがだれているそうなんです。

 イルカという動物(イルカは魚類じゃなくて、哺乳類だよ)は、本来は寝ないのだそうです。生まれてから死ぬまで、寝ることはなく、生きている限り泳ぎ続けている生き物なんだそうです。まあ、厳密に言うと、睡眠をとらない哺乳類はいないので、脳を部分的に順番に休ませて(それが睡眠代わりね)いるのだそうです。つまり、熟睡する事はなく、睡眠時間中は、半分の脳で活動しているというそうなのです。

 ところが、とある水族館のイルカたちは、熟睡するんだそうです。

 本来は、死ぬまで泳ぎ続けているイルカが、なんと水槽の下でゴロンと転がって寝ているんだそうです。いや、まだ床に転がっているぐらいならマシで、中には、腹を上にして、水面に漂いながら寝ているような連中さえいるんだそうです。

 イワシにせよ、イルカにせよ、害敵から襲われない環境だと、こうも見事にダレダレになるんだそうです。ある意味、平和ボケって奴なんでしょうか?

 そう言えば、我が家の金魚たちも、平和ボケで、たるみきった毎日を暮らしています。

 泳ぎ一つにしても、かったるそうにダラダラと泳いでいます。魚なら、ピシっと泳げよ、と言いたいところですが、いつもダラダラと泳いでいます。夜になると、水槽の底に沈んで、時々転がって寝てます。いや~、ダメな連中です。

 金魚たちが本気をちょっとだけ見せるのが、エサの時間ですね。エサをねだる時とか、最初のヒトクチを食べるまでは、なかなか必死になってます。でも、最初のヒトクチを食べると、割と満足してしまうそうで、いつものフニャフニャ金魚に戻ってます。

 だれきった水槽に活を入れるため、とある水族館では、イワシの水槽に野生の黒マグロを入れて、ハンティングをさせるようにしたそうです。食われちゃならぬ、とばかりに、イワシの群れには緊張が走り、以来、きれいな“いわしトルネード”を見せてくれるようになったそうです。

 ウチの金魚水槽にも、なにか野生の天敵でも入れましょうか? そうすると、もう少し、水槽の中もビシってするかもしれませんね。

 じゃあ、何をいれようか(笑)。

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2013年4月 5日 (金)

発表会の曲を(大雑把に)決めてきたよ

 今年のY門下の発表会が決まりました。8月です。お盆のあたりの日曜日です。とっても暑い最中に行う事になりました。今回の発表会は、Y門下と、奥様先生門下の二つの門下の合同発表会で行うそうですが…ここの門下では、発表会は自由参加なので、ただでさえ門下の人数が少ないのに希望制なので、とても参加人数が少ないそうなのです。

 少ない人数で発表会をすると…一人当たりの持ち時間が増えます。なんと、今回の発表会では、一人あたりの持ち時間は、出入りの時間を抜いて、歌だけで10分あるそうです。私たちなんか、二人合わせて20分も持ち時間があるってわけです。

 これ、キング門下での、ガラコンサートよりも長い持ち時間だよ。ちなみに、ガラコンサートでは持ち時間が15分と長大だったので『オペラ座の怪人』をババンと歌っちゃったわけです。それくらい、15分とか20分とかいう持ち時間は長いです。

 さて、今回の発表会は、ガラコンサートよりも長い20分です。一体、何を歌いましょう?

 まずは二重唱を歌って、残りの時間を二人のソロ曲で分け合ったとしても、それぞれがソロ曲を2~3曲ずつ歌えそうです。

 ここの門下では、発表会の時に、暗譜は強制されませんから、実は多くの出演者の皆さんは、もっとゆっくり曲を決めるのだそうですが、私たちは暗譜はもちろん、演技もするつもりなので、なるべく早くから曲を決めて、暗譜に取り掛からないといけないので、さっそく、何を歌うか、先生と相談する事にしました。だってもう、本番まで四カ月しかないんだよ。レッスン回数にすると、たったの八回です。そりゃあ、サッサと決めて、準備をするしかないでしょう。

 まずは二重唱ですが、先生曰く「テノールが絡む二重唱は、どれもこれも難しいんですよね…」って、確かにそうなんですよ。有名な曲が多いし、どれも音域が高いんですよ。

 第一候補に上がったのは、レハール作曲の『Lippen schweigen/とざしたクチビルには
』という曲で、これはいわゆる『メリー・ウィドウ・ワルツ』って曲です。これは本来、バリトンとソプラノの曲なんだけれど、テノールが歌う事もあるので、これも良いかもしれませんとの事です。

 「ただ、この曲は、途中で踊らないといけないので、歌うのはいいけれど、踊るのはイヤだと拒絶されがちな曲なんですけれどね…」との事ですが、我々は別に踊るのは平気です。この曲は、ワルツと言っても、私が習っているイングリッシュ・ワルツではなく、ウィナー・ワルツですが、まあ、なんとかなるでしょう。問題はむしろ、ドイツ語の曲って事かな? まあ、一応オペレッタの曲ですから、日本語で歌ってもいいのですが、せっかく歌うなら、オリジナルのドイツ語で歌いたいじゃない? でも、ドイツ語って、歌い慣れていないので、ちょっぴり難しいかも?

 第二候補が、ドニゼッティ作曲の『愛の妙薬』から『Caro Elisir! Sei Mio!/素晴らしい妙薬』です。これは一幕の終わりの方で歌われる、有名な二重唱です。前の門下で『愛の妙薬』は、最初の二重唱と『人知れぬ涙』を歌いましたよと伝えたら、ではぜひ二番目の二重唱を歌って『愛の妙薬』を制覇しちゃいましょうって事になりました。

 しまった! 『愛の妙薬』はY先生の得意ナンバーだった! ちなみに『愛の妙薬』の二重唱と言うと、たしかにこっちの二重唱の方が有名で、キング先生は、最初の二重唱を“簡単な方の二重唱”二番目の二重唱を“難しい方の二重唱”と言ってましたが、その“難しい方の二重唱”を歌いましょうか?という話になったわけです。

 で、一応、二重唱は『Caro Elisir! Sei Mio!/素晴らしい妙薬』を歌うと言うことにして、楽譜を見ておくようにと言われました。家に帰ってからリコルディの楽譜を見たら、なんと13ページもありました。プロの音源で確認したら、演奏時間は…約10分(笑)。おまけに、確かに、なんかやたらと難しそう…。まあ、二年前よりも、私たちも幾分か上達しているはずなので、なんとか頑張りたいと思います。

 でも、私に歌えるかな?

 残りの二曲ずつは…私はアリア一曲と歌曲一曲を希望しました。

 私が持っている音域では、なかなか歌えるオペラアリアが無い…というのが、正直なとこなんだそうです。そこで先生が候補に上げたのは、以下の二曲です。

 一つはレハール作曲の『ほほえみの国』より『Dein ist mein ganzes Herz/君は我が心のすべて』という曲です。これはオペレッタの曲だけれど、ドミンゴもパヴァロッティもレパートリーにしている、なかなかの名曲なんだそうです。ただし、オリジナルはドイツ語なので、やはりドイツ語で歌うとなると、ちょっと厄介です。

 第二候補はプッチーニ作曲の『トスカ』より『E lucevan le stelle/星は光りぬ』です。この曲の難点は、あまりに有名曲である事(それゆえに、ミスったらバレバレって事なので、ミスは許されないのです)と、最高音が高いAなので、私の音域的にはちょっと厳しいという事があげられます。「最初の発表会で、こんな有名曲を歌うのは、ちょっとモッタイナイですねえ」とおっしゃったので「先生、私はもう十分年寄りで、あと何年歌えるか分からないのですから、有名曲からつぶしていきたいんです」と言っておきました。

 どうも、私は若くみられがちなんですが、実際は、立派なお年寄りなので、そんなに人生だって、残っちゃいないんですよ。

 とりあえずアリアは『E lucevan le stelle/星は光りぬ』にしましたが、練習はしてはいけないと言われました。「高音を含むフレーズ以外は歌ってもいいし、歌詞を覚えるのはドンドンやって欲しいのだけれど、高音を含むフレーズは絶対に練習しちゃダメです」と念を押されました。と言うのも、下手に練習されて、悪い癖がついてしまうと、その癖を取るのが大変で、結局歌えなくなってしまうので、難しい箇所の練習は絶対にしないで欲しいと言われました。

 まあ、この曲なら、有名なので、音を取る必要もないし、歌詞もすでにだいたい入っていますので、練習そのものは極々短期間でも、きっとどうにかなるでしょう。練習禁止の件は納得しました。

 歌曲は「お好きな曲をご自分で選んでください」と先生に言われました。歌曲は移調して歌えるので、本当になんでもいいんだそうです。

 私はオペラなら、そこそこ知ってますが、歌曲は勉強不足で、あまり知らないんですよ。そこで、歌曲の選曲も先生におまかせすることにしたところ、やはりテノールだから、トスティがいいんじゃないかって事になりました。

 トスティの歌曲を歌うとなると「やはり大きな曲が良いでしょう」となり、これまた候補曲が2曲上がりました。一つは、今レッスンでやっている『Non t'amo piu!/君なんかもう』と、この前まで妻が歌っていた『L'alba separa dalla luce l'ombra/暁は光りから』の二曲です。やはり、この二曲が発表会には相応しい大曲なんだそうです。

 『Non t'amo piu!/君なんかもう』なら、特に問題はなさそうです。『L'alba separa dalla luce l'ombra/暁は光りから』となると、テノールの調(原調)で歌うのは厳しそうです。なにしろ、この曲は高音安定型の曲だし、最高音はBですからね。今の私では、このまま歌うのは厳しいですが…バリトン用の調なら、最高音はGになるそうなので、今の私でも楽勝で歌えそうです。

 「どちらにしますか?」と尋ねられたので「なるべく原調で歌いたいです」と答えて『Non t'amo piu!/君なんかもう』になりました。歌曲は、作曲家の書いた調ではなく、歌手が歌える調にして歌っても全然平気だけれど、作曲家が書いた調のままで歌えるなら、それに越したことはないので、原調歌唱が可能な方を選んだというわけです。

 二重唱が約10分、『星は光りぬ』が約3分、『君なんかもう』が約5分。全部合わせると…18分? ありゃ、ちょっと多すぎない? ちなみに妻はアリアを二曲歌いますので、そちらも合わせて8分ほどで、合計すると…26分? 持ち時間は20分なのに、26分も歌うの?

 まあ、本番になると、どうしても走ってしまうのが、アマチュアの特徴です。ちょっと走ってしまえば『星は光りぬ』なんて2分程度で歌い終えてしまうし、『君なんかもう』も3分少々になってしまって、もうこれだけで5分も時間短縮だ。二重唱だって、そこそこ短くなるし…って考えると、26分の予定でも、実際は20分で収まったりするんじゃないかな?

 それに、先生は「持ち時間は歌だけで一人10分」と言ってたけれど、実際は、かなり時間的に余裕がありそうなので、たぶんOKなんでしょうね。

 たくさん歌えるのはいいけれど、その分、マスターしないといけない分量が増えるわけだから大変です。特に二重唱は…13ページか。やたらと長いなあ…。この二重唱は、一般的にはあまり有名な曲ではないので、YouTUBE画像を張っておきます。こんな感じの歌なんですよ…とは言え、YouTUBEにあるのは、この曲の前2/3ぐらいです。まだ、この後に、もう一悶着あるわけなんです。

 ああ、まずは頑張って、片っ端から暗譜しないとね。暗譜しないと演技もできないから、頑張るしかないよ、頑張ろう。それに仕事が忙しいから、本当に積極的に練習して暗譜していかないと、間に合わないよ、マジでね。頑張るしかないですって。

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2013年4月 4日 (木)

レッスンの時間に、フルートの練習をした

 いやあ、仕事がマジ忙しい。目が回るほど働いて、ふと気がつくと、もうレッスンに間に合わない時間…、でもまだ頑張れば遅刻してレッスンが受けられる時間。そう思ったら、取るものもとりあえずに、フルートのレッスンに駆けつけた私でした。

 いやあ、ほんと、仕事がマジ忙しい。実は今週、フルートの練習は、ほとんど出来ていない。いや、ちょっぴりはやりましたよ。でも、b5つは私には難しすぎるので、すぐにサジを投げちゃいますので、なかなか練習か捗らないです(と、言い訳しちゃえ!)。

 実際、練習量と言うか、練習の成果は、実に危機的で壊滅的でした。そこで、お教室に入るやいなや「先生、今週は、本当にまるっきり練習できてません」と声高らかに宣言しちゃいました。

 先生は「なら、今日は、ここで練習をしましょう」と言ってくださいました。

 私は謙遜でなく、マジで練習が絶対的に不足のままレッスンにやってきてしまいました。ですから、フルートを組み立てて、手に持った瞬間に、なんか、違和感を感じてしまったくらいです。で、フルートをクチに当てたら、なんか変な気分になっちゃいました。『おお、これが噂に聞く“フルート”って奴かね?』とか、なんか新鮮な気分でした。

 考えてみると、変な感想ですね。でも、ほんと、そんな感じでした。

 ロングトーン練習は先生と二人きりでしたが、実に快調でしたよ。もう、ビシッとピッタンコです。私、アルタスをボイしてミヤザワに乗り換えちゃおうかなとか、一瞬考えちゃうくらいに、気持ちよくハモるんですね。快感、快感。

 さて、アルテは、15課8章Des-durです。最初のロングトーン練習すら、マトモに出来ません「どうも、君のアタマにはソbが入っていないようですね」って、まさにその通りなんですよ。

 いつもは、このロングトーン練習なんて、音出し練習みたいなものなので、サラっとやったらおしまいって感じの練習なんですが、今回は何度も繰り返して丹念に練習しました。ロングトーンを止まらずに吹けるようになったら、やっと1番の『音階準備練習』です。

 いつもは『頭の中でしっかりドレミを歌いながら、音を追いかけていけばいい』とおっしゃる先生ですが、今回は楽譜をきちんと広げさせて、楽譜をガンミして、指癖ではなく、一つ一つの音を意識して音を出しなさいという指示でした。それで、丁寧に1オクターブ分を練習したところで、ロングトーン練習はひとまず終わりです。結構時間がかかりました。なので、その続きは家でやりなさいって感じです。

 たかが、ドレミの音階ですが、練習していないと、ホント難しい難しいですよ。

 で、ミニヨン・エチュードは最後の20番となりました。当然、まともに演奏できるはずもなく、演奏と言うよりも、先生の前で譜読みを始めたような感じになってしまいました。おかげさまで、テンポも音程もチェックが入ったので良かったのです。それにしても、実にたどたどしく吹いちゃいました。

 「どんなに仕事が忙しくて、練習できなくても、レッスンはなるべく休まずに来なさい。練習が足りなければ、ここで練習すればいいんだから…」との言葉に甘えちゃった私です。

 でも、本当は、きちんと自宅練習をして、仕上げたものを先生の前で披露したい私です。

 そうそう、ミニヨン・エチュードの次のエチュードをいただきました。ガリボルディの『フルートのための20の小練習曲』です。“VINGT PETIT ETUDES pour FLUTE”だそうです。まあ、プチ・エチュードって奴ですね。ペラペラの冊子ですが、結構高価でした(汗)。
 
 
 さて、今回の雑談は『iPodって音はいいの?』って話です。私たち“庶民のレベル”ではなく、プロの音楽家さんが「iPodって音はいいの?」って尋ねてこられたわけなので、私は「私だと、あまりアラも分かりませんが、耳の良い人だと、音が悪いとよく言いますね」と答えておきました。そりゃあ、iPodはMP3プレイヤーですから、元のデータを1/10程度に圧縮かけたデータから音楽を復元して再生しているわけで、そりゃあ、非圧縮データと比べれば、色々と違います。

 先生曰く「MDなんて、聞けたものじゃないね。私たちはDATを使うのが普通だけれど、あれもテープだから、使っているうちに、ヨレヨレになるし、磁気は飛んで行ってしまうし、だからと言って、今どきカセットテープでもないだろう? だからiPodってどうなんだろうと思ったわけさ」との事です。

 iPodは、元々雑踏の中で音楽を聞くツールだし、MP3プレイヤーだしね、音質に期待をしちゃいけません。MDだって、方式は違うけれど、MP3と同様に音楽を圧縮しているわけだから、ドングリの背比べでしょうね

 先生がおっしゃるには「CDって音が悪いよね」って事です。なんでも、フルートの美しい部分がちっとも聞こえないのがCDなんだそうです。CDのデータは非圧縮なんですが、おそらくデジタルで録音する際にこぼれ落ちた微小な音や倍音の事を評して「音が悪いよね」とおっしゃっているんだと思います。どこまでいい耳をお持ちなんでしょうね。それでも、仕方なしに我慢して、CDは聞くのだそうです。それほどの感度の良い耳を持っている人が、圧縮をかけた音源で納得するはずはないです。

 一応、iPodにも非圧縮音源が取り扱える事は教えましたが、普通に流布しているMP3データの音質がCDレベル以下の音質と聞いて、ちょっとガッカリしたそうです。

 ちなみに、磁気が飛んでしまったDATは、実にムゴイものらしいですよ。音があっちこっち、まるで穴が開いた様に抜け落ちてしまうのだそうです。

 結局、録音は、ノイズが多くても、アナログ録音の方がまだマシというのが、先生の結論のようでした。でもね、今どき、アナログ録音の音源もなければ、再生機器もないからね。先生的には残念な時代になってしまったようです。

 それに録音された音楽の音質って奴は、音楽の圧縮/非圧縮だけでなく、どんなマイクで収録されたかとか、どんな再生装置で再生されたかでも、変わるものですしね。

 私の場合、圧縮されたMP3音源でも、それなりに満足できる、程度の低い耳しか持っていなくて、本当に良かった良かった。私は、本当に幸せモノだね(笑)。

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2013年4月 3日 (水)

音程が正しいから、歌えたというわけではありません

 声楽のレッスンの続きです。

 曲の練習です。今回から、新曲のトスティ作曲『Non t'amo piu!/君なんかもう』です。ひとまず、最初に通して歌ってみました。

 イタリア語の発音を、あっちこっち間違えていましたので、それを直しました。この曲の場合、音域的には何の問題もありません、だって最高音はFisだもの、私に出せない音は特にありません。

 メロディーを母音だけで歌うだけならともかく、言葉を乗せて歌うと、あっちこっちガタガタになってしまいます。先生的には、すべてのフレーズをレガートに息を流して歌って欲しいので、お経のように音程の上下は無しで、息を流して音をつなげて、言葉をリズム通りに歌う…いわゆるリズム読みの歌声版のような歌い方で練習をしてくるように言われました。これ、案外、難しいんですよ。でも、音程を抜いて練習すると、色々と心にも余裕が生まれるので、息をつないで言葉を歌うには、ちょうど良いやり方かもしれません。

 高い音には何の不安もありませんが、それゆえに、支えがちょっといいかげんになってしまっているようですし、ついついノドでも歌えるので、ノドで歌ってしまっている部分もあるようです。音域的には楽だからこそ、しっかり支えを意識して、ノドで歌わないように気をつけないといけません。

 Meno mosso の部分は、楽譜通りと考えるなら、それまで歌っていたテンポよりも遅くして歌うわけなんだけれど、多くの歌手が、Meno mosso からは、むしろ逆に速いテンポで歌う傾向があるので、本当は遅く歌うのが正しいのだけれど、どうしますか?と尋ねられました。確かに、色々な音源を聞くと、速く歌う人が多いし、それも演奏効果の一つですが、私はひとまず、楽譜通りに遅くする方を選択しておきました。遅くしてうまくいかなければ、そこで速くすればいいんじゃないかなって考えたわけです。歌って、速く歌うよりも、遅く歌う方が難しいものね。だから、最初は難しい方にチャレンジってわけです。

 それにしても、相変わらず先生はピアノを初見で弾いているみたいです。私的には、別に気にならないだけれど、先生的には、今回はちょっとミスタッチが多くて、ちょっと凹んでいました。「普段は、バリトン用の調で弾き慣れているので、テノールの調でピアノを弾いていても、ついつい指が勝手にバリトンの調で弾きたがるんですよ」とおっしゃってました。さもありなん、先生的にはバリトンの調で指が暗譜しているんですよね…。

 とにかく『君なんかもう』は、私にとっては、音域的に楽勝な曲です。楽勝だから、息を流すなどのポイントに気をつけて歌わないといけません。絶対に声を張ってはいけません。絶対にオペラチックに曲を歌い上げてはいけません。高い音もレガートに流れるように歌わないといけません。

 だって歌曲だもの。感情表現は必要だけれど、アリアのような過度の感情表現は不要なんです。あくまでも、自然な感情表現で切々と歌うのが歌曲ってモンです。

 そうそう、1フレーズは1支えで歌うように注意されました。フレーズの途中でカラダを休めてはいけないのです。

 歌える…って事は、別に音程が合っていればいいってわけではなく、音程が合った上で、色々と気をつけないといけない事がたくさんあるわけで、この曲では、そういった『音程が合った、その先の事』を勉強するために歌う曲のようです。

 なかなか難しいですね。
 
 
 今回の雑談は「ウチの門下って、どれくらいの規模なんですか」って話です。個人レッスンなので、他のお弟子さんと顔を合わせる事がないので、どれくらいの規模なのか、全然想像つかないのだけれど、去年の夏の発表会を見ると、そんなに規模が大きくないような気がします。で、そこで先生に単刀直入に尋ねてみました。

 答えは、今のところ、10名前後なんだそうです。ちなみに、そのうちの約半分が男性で、残りは女性。男性はテノール2名(つまり、私ともう一人ね)で、あとはバリトンなんだそうです。奥様先生の方も、だいたい同じ規模だそうですが、そっちは全員女性なんだそうです。二つの門下を合わせても、キング先生のところの半分ぐらいかな? やっぱりY門下は小さいね。でも、いくら少人数な門下と言えども、レッスンは本業の合間でしか行えないし、本業の方は、それなりにお忙しいようなので、ほんの少人数であっても、結構、レッスンを行うのが大変なようなんです。ですから、今現在、門下生の募集はしていないのだそうです…ってか、私たちなんか募集していないのに入門を許しちゃった特例さんだったようです。本当は、どんどん生徒さんを減らして、教える仕事を減らしたいのが本音らしいのですが…少なくとも、私たちがもう一段二段声楽の階段を昇るまでは、教えることを辞めないで欲しいなあって思います。

 Y先生からは、まだまだたくさんの事を学ばないといけない…って思ってます。でもそれはY先生も同じで、たくさんの事を私に教えたいのだそうです。「私は、歌が上手くなりたい、上達したいという人が大好きだし、そういう人のお手伝いをしたいんですよ」とおっしゃってくれています。そういう点では、私と同じ方向を向いてレッスンをしてくださっているわけです。お忙しいのに、本当に有り難い先生です。

 「私に教える事が無くなったら、次の先生を紹介しますので、それまで私のところでしっかり学んで行ってください」と先生に言われてます。でも、Y先生は若手のプロ歌手にもレッスンをなさる方なので、私が先生からの教えをすべてマスターして「もう教える事がありません」なんていう日が来るとは、今のところ、想像もできません。

 その一方で、Y先生に次の先生をご紹介いただける日を夢見ています。と言うのも、次の先生をご紹介いただけるとは、つまり『Y門下卒業』で、次のステップに進むわけです。小学校を卒業したら、中学校に行って、そこを卒業したら高校に入学して…って感じです。でも、今は中高一貫校も増えていますから、なかなか二番目の学校って卒業できないかもしれませんね(笑)。

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2013年4月 2日 (火)

私はキョンシーになってしまいました

 声楽のレッスンに行ってきました。

 今回のレッスンのポイントは『息を吐きながら歌う事』でした。言葉を換えて言うなら『声を息に乗せて歌う練習』となります。

 私の歌声は、まだまだノド声傾向が強く、息ではなく、声帯の振動で歌ってしまっているようです。こういう発声方法でも歌が歌えないわけではないし、ポップス系の熱唱型の歌手などは、私のような声帯振動発声で歌っています。だから、決して、ありえない発声方法ではないのだけれど、声帯の振動で歌う、つまり『ノドを鳴らして歌う』歌い方って、かなりリスキーな歌い方なんだそうです。

 ノドを鳴らして歌うと、声の消耗が激しくて、長い時間歌えないし、すぐに声が枯れてかすれてくるし、高い声低い声を出すにも体力が必要だし、何よりも声帯への負担が大きくて、長期間に渡って歌い続けていると、ノドを壊しかねない発声方法なので、標準的なクラシック系の発声方法に切り換えて、ノドへの負担が少ない発声方法に切り換えましょうってわけです。

 そこで、まず、息を吐きながら歌う練習です。ノドに力が入ると、声と息が分断されます。ノドが脱力していると、声と息が一体化されます。つまり、まず前提として『ノドの脱力』ってのがあって、ノドの脱力無くしては、息を吐きながら歌うと言うのは無理なわけです。そして、ノドを脱力して、ノドに息を通して、息と声をつなげて、声と息の一体化を目指すわけです。

 これがまず難しい(汗)。

 発声の前に、息を吐く動作をおおげさにして『息を吐く音 -> 子音 -> 母音』の順番で声を出していく練習をしたわけだけれど、いやあ~、ほんと、難しいです。息の吐き出しと子音と母音の発音がほぼ同時になっちゃいます。これじゃあ、ダメダメだね。

 そこで、御札を貼られたキョンシーのように、ティッシュを短冊にしたモノをオデコに貼られちゃいました。「このティッシュを前に飛ばすようにして歌ってみてください」

 やってみました。まずはティッシュを前に飛ばすどころか、ブレスの段階で、ティッシュが思いっきりクチの中に入って、ティッシュを食べちゃいました(汗)。

 「ブレスはできるだけゆっくりと行って、ティッシュを食べないようにしてください。そして、歌う時は、息をたくさん吐いて、ティッシュを飛ばしてください。特に高音になればなるほど、たくさんティッシュを飛ばしてください」と言われました。これ、ほんと、難しいよ。

 ちょっと息を吸うだけで、ティッシュがクチの中や鼻の中に入ってくるし、息を吐きながら歌う? なにそれ、美味しいの?、の世界ですよ。

 とにかく、簡単に出来ないので、これは、宿題になりました。

 ともかく、高いAまでは、息をたくさん吐いて発声をする必要があるので、今はこの練習を熱心にやるのが必要なんだそうです。で、Aよりも高い音になると、息の使い方が変わってくるので、また別の練習に切り替わるそうです。

 とりあえず、息を流して歌うように気をつけながら練習してみますが、私の場合、低音域&中音域は、かろうじて息を吐きながら歌えるのだけれど、高音域になると、途端に息の消費量が減ってしまいます。それをご覧になった先生曰く「まるで、ハイブリッドエンジンが搭載されている車みたいですね」との事です。

 ハイブリッドエンジン? はい、低~中音域の時は、しっかり腹で息を支えているのに、高音域になると、腹+ノドで支えてしまうのだそうで、それがまるでオイルと電気の両方で走るハイブリッドエンジンのようだとおっしゃるのです。

 一昔前なら、ターボエンジンって言われただろうなあ…。

 とにかく、私自身には、ノドで歌っているという自覚があまりないので、なかなか治りません。

 先生がおっしゃるには、ノドで歌うのは、気持ちがいいんだそうです。だから、ノドで歌う事を覚えちゃった人は、なかなかそこから抜け出せないのだそうです(これが今の私の状態なんですね)。でも、プロは絶対にノドでは歌わないので、ノドで歌う事を忘れないといけないのが、今の私の課題です。そのために、まずは息を流して歌うこと、息に声を乗せて歌うことが大切で、そのためには、御札を貼られたキョンシー状態になっても、めげずに発声練習をしないといけないのです。

 頑張りましょう、そうしましょう。

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2013年4月 1日 (月)

サーカスを見れませんでした

 今日は4月1日ですが、別にエイプリルフールとは何の関係もない記事をアップします(嘘をつくのは苦手なんです)。 

 ただ今、横浜で開催されている某サーカスが見たかった私です。

 実はそのサーカス、ご招待券をいただいたので、元々は二月の空いている時期に行くつもりだったのですが、その日に急に仕事が入ってしまったので、やむなく、三月に行くことにした私です。それでも、まだ仕事に余裕があって、小学生たちが春休みに入る前に行ってしまえ~と思っていたら、一緒に行く妻が「その日はイヤ」とか言いだして、結局、春休み中に行くことにしました。

 後から尋ねたら、最初に私が提案した日を断ったのには、あまり大した理由はなく、何となく気がノらなかっただけで、私が春休みを避けて日を選んだ事など、全く気付かなかったそうです。

 とにかく、妻の希望で、春休みの横浜にサーカス見物に出かけた私です。

 その日のサーカスは二回公演だったので、最初の回の約一時間前に会場に到着した私でした。最寄りの駅から、遠くにサーカスの赤いテントが見えます。その周辺をぐるりと取り囲んでいる人の列も見えます。それも、長い列。半端なく長い列、1街区を取り囲むほどの長い長い列でした。あまりに長い列だったので、サーカス以外の何かすごく集客力のある催し物が近隣で開催されているんじゃないかと思ったほどです。

 あれだけ、別の催し物が集客していたら、サーカスなんて、スカスカだろうなあ…と思って、油断しながらテントに近づいて、テント近くの係のお兄さんに話しかけてみたら、この長い長い長い長~い列がサーカスの客が作っている列なんだそうです(驚き!)。

 さらに尋ねてみたら、私が持っている招待券は、招待券と言っても、自由席券なので、サーカス見たいのなら、この長い長い長い長~い列に並んでもらうしかないと言うのです。長い長い長い長~い列は、チケット購入のための列ではなく、すでにチケットを持っている人たちの入場待ちの列なんだそうです。しかも、今から列に並んでもらっても、次の最初の回には入場できないでしょう、それどころか、今日の最後の回もすでに入場できないかもしれない…と言うのです。…ま、実際、半端ない長蛇の列なので、確かにすでにこれだけの客の数、大して大きくはないサーカスのテントの中には、入りきれないかもしれない。

 私は思うに、だいたい、催し物の長蛇の列ってのは、たいてい、チケット購入のための列であって、チケットを持っていれば、その列の脇を通って、スイスイと中に入れるものと思ってましたが、この長い長い長い長~い列はそうではなく、すでにチケットを持っている人たちの列とは、ビックリビックリですよ。

 せっかく電車に乗ってやって来たわけだし、『混雑してました、見れませんでした』じゃ残念だから、改めて指定席を購入しよう(だって指定席なら、確実に入場できるでしょ?)と思ったら、同じことを考える人はたくさんいたらしく、すでに本日分の指定席はすべて売り切れなんだそうです。え?「じゃあ、今、チケット売り場に並んでいる、あの長い列の人たちは?」と尋ねたら、これは払い戻しのお客さんの列なんだって…。事前にチケットを買っておいたけれど、入場できるかどうか分からないので、払い戻しをして、諦めて帰るお客さんたちの列なんだそうです。ええ~、そんなに払い戻しの客がたくさんいるわけ?

 はあ~、すでに入場券を持参して、会場一時間前に来たのに、すでに入場不可能状態でした。だから、春休みに出かけるモンじゃないんだよなあ…。

 なんか、もう、行き場のない怒りに身悶えした私でした。

 まあ、チケットは招待券だから、払い戻しの必要もないし、身銭を切ったわけでもないので、見れなくても損はないけれど、ここまでの交通費と、早起きして失われた私の睡眠時間を返せ~と叫びたい気分でした。

 本当は二月に見に来るつもりだったのが、仕事で行けなくなった事が、そもそものケチの付き始めなんだよな。妻は「また別の日にくればいいじゃない」と気軽に言いますが、四月からの私の生活では『休日出勤』が標準装備されているのだよ。それに休みの日があっても、まずはカラダを休めて睡眠を確保しないといけないわけだから、なかなか外出だってままならないんだよ。それくらい、分かってくれよ~。今回が本当のラストチャンスのつもりだったんだよ。ああ、もうこれで、一生、サーカスを見ることなんてないんだ!(グチグチグチ…) 

 せっかく、早起きしたのに…。仕事で疲れているのに、頑張って出かけてきたのに…。これじゃあ、あまりに残念すぎる。グググググ~。

 でも、見れないものは見れないわけで、グダグダ言っても仕方ないわけです。でも、サーカスが見れなくて、悔しくて、腹立たしくて……すでに時間もお昼近くだったので、ラーメン屋に行って、これでもかとやけ食いしたら、食べすぎて気持ち悪くなりました。サーカスが見れなくて機嫌が悪いのに、食べ過ぎの不快感まで加わって、気分がさらに悪くなりました。泣きっ面に蜂とは、この事だね。

 仕方がないので、悔しい気持ちを抱えたまま、サーカス会場のすぐそばの映画館で、映画を見ました。別に、それほど見たい映画でもなかったけれど、何もしないで帰るのが、とても悔しかったんです。あと、映画を見終わってから、CD屋に行って、CDを二枚買いました。テブラで帰るのが、何となく恥ずかしかったんですよ。

 あああ~、なんか、人生に負けてしまったような気分になった一日でした。

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