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  •  今時、インターネットエクスプローラーを使っているヤツが悪いんだろうけれど、今日のインターネットエクスプローラーは動きが遅いし、挙動が不審だ。でも、インターネットエクスプローラーじゃないと困る事だってあるんだよね。最新ブラウザのエッジがすべての面で、旧式のインターネットエクスプローラーよりも優れているわけじゃないしね。ああ、困った困った。
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2013年3月の記事

2013年3月31日 (日)

来月からは、ちょっとペースを落とします[2013年3月の落ち穂拾い]

 いよいよ三月も終わり、四月となって、新しい年度が始まります。私も、個人的な事ですが、職場や役職が変わり、なかなか忙しい立場になります。なんか、こうして、ノホホンとブログ三昧をする日々も、そろそろ終わりかもしれません。

 趣味より生活優先です。遊びより仕事を大切にしないと。現実の生活がネットライフを支えているのですす。

 とは言え、すぐにこのブログを閉めるつもりはありませんが、今までよりも、コメント返しが遅くなったとしても、勘弁してください。また「一日一記事」の方針でやっていたブログですが、これからは、記事がアップされない日があるかもしれません。そんな時は「すとんさんは、忙しすぎて、頭がワニャワニャになって、ブログの記事が書けなかったんだなあ…、お可哀想に」と哀れんでいただけると感謝でございます。
 
 
日本の合唱

 人によって、声の強い弱いってあると思います。

 日本式合唱は、みんなで声を合わせて歌うのが理想で、それぞれのパートごとに、音程音質強弱を合わせて、まるで一人の人が歌っているかのように、ピシッとパートの歌声を合わせるのが理想です。その点、西洋の合唱は、群衆の歌です。大勢の人間が歌っているように聞こえるのが理想であって、いわば、固まりの音楽です。

 この二つは、似ているようで、実は全然違う音楽なんです。

 西洋では、日本の合唱のような音楽が欲しい時には、合唱ではなく重唱を選びます。一方、日本の[アマチュア]合唱界には“重唱”という概念が、そもそも有りません。

 なぜ彼らには“重唱”というジャンルがあるのかと言うと、おそらく、西洋人たちの声が日本人と比べて強いので、一人で1パートを歌っても、十分聞き応えがあったから、作曲者たちもそういう形式の曲を書いたんではないかしら? 

 最近の研究では、バッハの合唱曲などは、合唱とは名ばかりで、一人で1パートを歌っていたと説もありますし、実際に、そのような形態で演奏したり録音したりするのが流行っているようです。私も、バッハの合唱曲を重唱形式の演奏で聞いたことありますが、別に不足を感じませんでした。

 とは言え、そういうのは、すべからく西洋人歌手の話であって、日本人の歌手、とりわけアマチュア合唱団員さんの場合、声がどうにも弱いので、どうしても1パートを複数の人数で歌い支えないと、物足りなくなってしまうという部分があるのかなって思ってます。

 まあ、仕方ない話なのかもしれません。我々日本人は、西洋人たちよりも、カラダが小さくて細くて非力な上に、子どもの頃から、自己を抑圧して生きることを求められていたため、西洋人たちのように、開放的な大声で歌えなくなってしまっているからなんですね。

 ですから、同じ“合唱”という音楽でも、日本と西洋では、その言葉の中身が全然違ってしまったのは、ある意味、やむを得ない事なんです。

 ちなみに、日本人の中にも、西洋人並の体躯の持ち主がいます。私なんかがそうなんですが、そういう人は、声が平均的な日本人よりも、ウンと強いので、日本式合唱には、合わなかったりします。

 なので、そういう人が合唱をやる場合は、どうしても声が目立ってしまいます。それを回避するために、ボリュームを下げるのはもちろんだけど、それだけでは声の強さは隠しきれません。音量を下げただけでは、まだまだ声が合唱を突き抜けてしまうと思います。

 そこで考えた、私なりの対処方法は、声に息をたくさん混ぜる事です。吐息とか溜め息とかで歌うつもりが良いのかもしれません。そして(可能な限り)柔らかい声で歌う事も必要でしょう。そして「ああ、歌った歌った」という充実感を求めない事が、何より大切です。

 日本式合唱では『目立ったら負け』なんです。あくまで目立つことはせず、集団の一部に成りきって、自分を押し殺して歌うのがキチなんですよ。
 
 
歌いたい歌と歌える歌

 自分は本当に歌いたい歌を歌っているのか? あるいは、今歌っている歌は、本当に歌いたい歌なのか? 人生は短いのだから、好きな曲だけを、歌いたい歌だけをセレクトして歌っていかないと、あっと言う間にお迎えがやってきて、歌えなくなってしまうよ。

 …なんて事、私、時々考えます。

 とは言え、私の場合、日頃歌っている曲は、いわゆる“課題曲”ですから、自分で歌を選曲する歌う事はほとんどなく、大半の曲は、練習のため、先生に選曲してもらっています。ですから、曲をいただいた時は「ああ、うれしい」という時もあれば「え?これ歌うの?」って時もあります。

 正直、今までいただいた曲の中には、あまり気の乗らなかった歌もありますが、でも、その時に私にとって、その歌は『歌わなければいけなかった歌』であり、その歌を歌うことで、何かを学んでいたわけです。

 修行中ですから、好きなことばかりやっていては、上達しません…なんて思って、受け入れてます。ま、練習なら、それでもいいよね。

 問題は、人前で歌う時。人前で歌う時は『歌いたい歌』を歌いたいわけですが、問題は、歌いたい歌って、必ずしも歌える歌ってわけじゃないんですよね。そこがジレンマです。

 あまり気に入っていないけれど、歌える曲を歌って、茶を濁すか、一か八か、歌えるかどうか分からないけれど、とても歌いたい歌を撃沈覚悟で歌ってみるか…そこが悩みなんですね。

 そこで、安全策を取らずに、あえて火中の栗を拾って、いつも大火傷しているのが私なんです。少しは学べよって言いたいですよ。

 今年も声楽の発表会があるんですが、さて、何を歌いましょうか?
 
 
 
今月のお気に入り アルガード目すっきり洗眼薬α

 まだまだ花粉が飛んでますねえ…。今年は花粉がとてもとてもたくさん飛んでいるようで、今まで平気だった人も、今年から花粉症デビューなんて事になっているようですね。そういう人は、この時期の過ごし方を知らないので、もう、目も鼻もグショグショで大変な事になっていたりし、なんかとても可哀相です。

 今年の私は、花粉大襲来と聞いていたので、一月あたりから抗アレルギー剤を服用し始め、マスク&ゴーグル生活にも慣れた感じだし、ヤクルト飲んでいるし、何より今年から漢方薬も投入して、それなりに快適に生活をしています。

 その快適さを支える大切なツールの一つが洗眼薬です。ま、簡単に言えば、目がかゆい時は目薬を差すわけだけれど、あんまりかゆい時は、目薬を差すのではなく、目薬で目を洗っちゃえ!って感じです。

 いいですよ、目薬を差すよりも、効果はテキメンです。

 私も今まで色々な洗眼薬を使ってきましたが、今年はこのアルガードを使ってみて、なかなか良いなあと思いました。こいつの良いところは、アイカップと言うのかな? 小さなカップに洗眼剤を入れて、それを目に当てて、目を洗うのだけれど、普通は硬いカップに薬を入れたら、それを目に当てて、上を向いて目を洗うんです。これ、結構、面倒ですし、たまに薬が漏れて大変な事になります。ところがこのアルガードについているアイカップはソフトタイプなので、カップに薬を入れたら、そこに目を当てて、下を向いたまま、カップをブニュブニュ押すだけで目が洗えちゃうという、すぐれものなんです。

 これ、いいですよ。お薦めです。

 まあ、本当は、洗眼薬なんて必要なく、清潔な生理用食塩水あたりで目をピュピュと洗うのが良いとは思いますが、ま、これはこれで、私はとても助かってます。
 
 
今月の金魚

2013年3月 ハナジロの背中のイボがすごく目立つようになる
 
 
今月のひとこと

 ああ、寒い。ここんとこ、本当に底冷えと申しましょうか、なんかカラダの芯にじわじわと来る様な寒さが、湘南地方を襲っております。湘南の人間は、アタマもカラダもハワイアンなんで、こういう寒さにはうまく対応できません(笑)。なんかもう、あんまり寒い(と言っても、せいぜい5度前後なんだけど)ので、引きこもりたいです。風が冷たいなんて、ありえないよぉ~。(2013年2月27日~3月2日)

 生まれて始めて、画廊というところで絵を買ってみた。慣れない場所でのお買い物だったので、ちょっとドキドキでした。それにしても、コンビニでお弁当を買うよな感覚では、画廊ではお買い物できないのですね。なんか、色々と手続きが煩雑(笑)で…。でも、気に入った絵を家に飾るのは好きですよ。今までは、画材屋の片隅で売っている安い印刷モノの複製絵とか、自分で撮った写真とかを飾ってましたが、画家の肉筆の絵もなかなか良いですね。印刷とはまた違った味わいがあって、グーです。(2013年3月2~5日)

 今年のミス・ユニバースの日本代表の松尾幸実さんの職業は“漫画家兼モデル”なんだそうです。なんか“かき氷と天ぷら”ぐらいの、ありえない組み合わせの方なんですが、その“漫画家兼モデル”という肩書に“ミス日本代表”って奴が加わるわけで…一体、女子力が高いんだか低いんだか、訳分からない人のようです。ま、言えることは「腐女子がミス日本代表になった」って事かな? ここまで来たら、いっそ、ミス・ユニバースも取って、腐女子の頂点を極めてきてくれい! (2013年3月5~8日)

 最近、キンタローという、ものまね芸人さんが人気のようですね。もっとも、彼女がものまねをしている、オリジナルの芸人さん(AKBとか)をよく知らないので、彼女の面白さも全く分からないオッサンな私なんですが(笑)。それはともかく、彼女は、元々、社交ダンスのプロ選手だったようで、テレビを見ていると、ダンサー時代の映像とともに彼女が紹介される事が増えてきたような…。キンタローさんの活躍とともに、社交ダンスが多少なりともメジャーになって、人々に知られ、またブームになるといいなあ…なんて、一人の社交ダンス愛好者として、ちょっぴり期待なんかしていたりしてます。(2013年3月8~10日)

 日曜日、横浜は、空の色が真っ黄色でした。まるで、テレビで見た、上海の空のようでした。聞けば、東京はもっとすごかったとか? うへーと思って、すぐに湘南に帰って来ました。湘南は太陽サンサンで青空でした。あの黄色の正体は…たぶん、黄砂。湘南だって、黄砂はイヤになるほど降っているけど、空に色がつくほどは降ってません。でも、黄砂の少ない分、実はスギ花粉は東京や横浜よりもたくさん飛んでます。黄砂って奴は中国由来なんだから、砂の他にPM2.5って奴も付着しているんだろうなあ…。つまり、黄砂とスギ花粉と、どっちがマシかって事だね。スギ花粉がマシだと思ったら湘南に、黄砂の方がマシだと思ったら、東京横浜にいた方が良いって事かな? これは究極の選択だな…って、かなり違うか?……と書いて、ネットを見たら、あの黄色は黄砂ではなく、煙霧なんだって。ほぉ~、じゃあ、湘南の一人負けってわけか(とっても違う?)。 (2013年3月10~13日)

 この前(2013年3月10日)の日曜日の煙霧は、あの日の報道では「これは黄砂でもPM2.5でもありません」って言ってましたが、あれから2~3日たって「あの日は黄砂が激しく降ってました」とか「PM2.5は観測史上最高値を叩き出しました」とか報道している。つまり、日曜日の黄色い空は、中国由来の“黄砂+PM2.5”で煙っていたわけだけど、マスコミからの情報では、その事実を隠蔽し、あたかも「煙っているけれど、これは中国由来ではありません」と力説していたわけです。それにしちゃあ、隠しきれないほどに空が黄色かったわけです。そこで、もう隠しきれないから、いっその事、報道しちゃえ!ってノリだったのかもしれないけれど、どうせ報道するなら、2~3日後ではなく、当日、リアルタイムに報道してほしかったなあ…と思いました。あんな黄色い空なのに、ごまかせると思ったんだね…日本人、ナメられたものだね。なんかこれって、2年前の放射能関係の報道のやりかたと、なんとなく似ているよね。しかし、気象庁を始めとするお役所関係って、嘘つき集団? こういう事の積み重ねで、国民からの信頼って奴を失うわけだし、良くないよなあ…。(2013年3月13~17日)

 パンは元々ヨーロッパのものです。それが文明開化の頃に日本に持ち込まれ、日本人はそのパンに和風な味付けをして、自分たちのクチに合うように変えてきました。代表的なものが、アンパンです。アンパンから始まって、ジャムパン、クリームパンなどの菓子パンができあがり、また、焼きそばパンやカレーパン、コロッケパンなどの惣菜パンも生まれました。そして、21世紀に生きる私が、先日食べたのは、なんと…チクワパン。チクワですよ、竹輪。パンの中にチクワが丸まる入っていました。このチクワパン、チクワの中に何を入れるかで、様々なバリエーションがあるみたいですが、私が食べたのは、チクワの中にチーズをいれたパターンのモノ。パンとチーズとチクワの風味はなんとも言えず、絶妙でした。チクワパンと聞いて、最初はゲテモノを想像しましたが、案外美味しかったです。(2013年3月17~22日)

 桜が…咲きましたね。今年は例年よりも早い開花だそうで、実際、この調子だと、入学式の頃は、すっかり葉桜になっている事でしょう。ちょっぴり残念だけれど、相手が桜じゃあ、文句も言えません。それにしても、毎年思うのですが、桜の花って、たしか、薄桃色でしょ? 少なくとも私の子どもの頃はそうでした。でも、なんか、ここ数年、とりわけ、ソメイヨシノの花の色が、どこも薄くなっているような気がします。まあ、ツボミの段階ではまだまだ薄桃色なんですが、咲いてしまうと、花びらは白色なんです。花の色がよっぽど薄くなってしまったのでしょうね。まるで、年をとって白髪になってしまった、かつての美女の姿を見ているような、なんとも切ない気持ちになります。人間なら白髪染めがありますが、桜にはそんなものありませんからね。そんなわけで、ソメイヨシノは残念な木が多いのですが、最近は別の種類の桜もたくさん見かけるようになりました。そういう桜はピンク色が美しいですね。、やっぱり桜はほんのりと色づいていないと、楽しくないよね。(2013年3月22~28日)

 今の日本では、国政選挙における一票の重さの格差って奴がある事は事実であり、この格差は、どうしても生じてしまうものだけれど、それでもなるべく適正な範囲に納めなければならないでしょう。不平等を感じる人々は、この案件を裁判に訴えるわけで、裁判所はそれらに関して、今まで『合憲である』または『違憲状態だが、選挙は有効』という判断を下してきたわけだけれど、今回、広島高等裁判所と広島高等裁判所岡山支所の二つの裁判所が『違憲状態だし、選挙も無効』という判決を始めて出しました。確かに、一票の重さは是正されなければいけないとは思うけれど、選挙自体を無効と言うのは、どうしたものだろう? 一票の格差はあったとは言え、それぞれの選挙区で最大投票数を獲得した議員を選出して国会に送り出したのは、民意じゃないのかな? なんか『選挙自体を無効』って言われると「じゃあ、あの選挙は、民意を反映したものじゃなかったのかよ~」と毒づきたくなります。『一票の格差』と『任意の選挙区の当選者決め』は別の話じゃないのかな? これは実は比例区だって同じ事で、一票の重さの格差は無くす方向じゃないといけないけれど、選挙そのものを否定するってのは、民意の否定と同じだと思うし、それって司法の傲慢だと思うよ。(2013年3月28~30日)
 
 
 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2013年3月30日 (土)

まさか、百合でタチですか?

 春になりました。サクラも満開だし、動物たちも恋の季節って奴ですね。金魚たちも、恋の季節のようで、毎日のように、キキョウ君がメスたちを追い回して、総合排泄孔を刺激しまくっています。総合排泄孔は女性器も兼ねていますので、そこを刺激されると、メスたちは思わず排卵をしてしまいます。メスが排卵をすると、そこへすかさずオスが放精して、受精して、子孫繁栄、という仕組みなわけです。

 毎日毎日、メスたちのお尻を追いかけているキキョウ君です。まあ、時期が時期だから仕方ないだろう…と思っておりましたが、やっぱりなんとなく変なんですよね。

 最近、キキョウのカラダが下膨れでデップリしはじめたのですよ。金魚で下っ腹がポテッとするのは、メスの特徴で、オスのお腹は案外スラっとしているんですね。

 ややと思って、キキョウの顔を見ると、追い星がありません。成熟したオスの金魚は、エラブタにニキビのようなブツブツがたくさんできます。これを追い星と呼ぶのですが、この追い星がキキョウにはありません。

 さらに、あれだけメスのお尻をおいかけてばかりるいるキキョウですが、ちっとも放精しません。放精すると、あっと今に水槽の水が白く濁るし臭うので、モロバレなんですよ。オスを飼っている時は、春先は週一回の水替えでは足りなくて、もう何度も何度も水替えをせざるをえないのですが、あれだけ熱心にメスのお尻を追いかけているキキョウ君ですが、たった一度の放精すらしないんですよ。

 さらにさらに言うと、キキョウの糞は太いです。ナゴンの糞と、どっこいどっこいの太さです。金魚のメスは極太の糞をしますが、オスは実にか細い糞しかしません。いわゆる“金魚のフン”と言うのは、メスに特徴的であって、オスの場合は細いので、細切れになってしまって長くならないんですが、キキョウ君は、実に長い長い糞をいたします。

 どうもキキョウ君は、カラダを見るとメスなんですが、行動様式はまるっきりオスなんですね。

 これってもしかして、キキョウ君は百合ですか? それもタチですか? ならば、ナゴンは金魚なのにネコですか?

 ううむ…分からん。それとも、極端なほどのマセガキなのか? キキョウのクチが聞けたなら、ぜひ尋ねてみたいものです。お前は一体、男の子なのか、女の子なのかってね? そしたら、一体、なんて答えるでしょうか? ほんと、こんなカラダと行動が合致しない金魚なんて、初めて飼いました。

 …って、キキョウは金魚じゃなくて、テツギョだったっけか(笑)。

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2013年3月29日 (金)

何事も無理はいけません

 …とつくづく思います。

 吹奏楽部の練習を見ていると、本当に生徒たちは無理をします。“ああ、こんなに甲高い音を…、ああ、こんなに細かい音符を…、ああ、こんなに早いテンポの曲を…”…こんなの到底できるはずもないだろうと思われるような曲を、実に何とかしてしまいます。それは実に見事なんですが、考えてみれば、長い子でせいぜい3年、短い子は数カ月の楽器経験しかないのに、私でも手が出ないような曲(私が下手過ぎってのは承知してますよ)を演奏しちゃいます。

 どう考えても、無理を通しているわけです。

 でもね、世の中はうまく言ったもので『無理を通せば道理が引っ込む』わけで、道理と言うか、案外大切なものが引っ込みます。それは“美”かな?

 子どもたちは、難しい音域の音でも、実に細かい音符の連続でも、目が回るほどにテンポの早い曲も、根性と努力と有り余る時間で、なんとかしちゃいます。そんな事は絶対にオトナには無理ですが、そこは子どもの柔軟性と可能性と成長力って奴が、困難を越えさせるわけです…が、その代わり、その音は美しくないですよぉ~。

 フルートに限らず、無茶をして吹いたフレーズは、たいてい汚いです。音を鳴らしすぎていたり、乱暴な立ち上がりだったり、一本調子だったり、他の音が混ざっていたり、それはもう「とりあえず吹いてみました」レベルの演奏なんですよ。

 これって、音楽ファン的にはアタマを抱えてしまいますが、顧問的に「グッジョブ!」だったりします。と言うのも、多少音が汚かろうがなんだろうが、合奏の中だと、それほど大きなキズに感じられないからです。それよりも、そこが吹きこなせずに落ちてしまう方がよっぽど怖いです。

 でも、それは合奏だからOKであって、決して誉められるような事ではありませんし、そんな事を繰り返していると(って、部活だから繰り返すのだけれど)、やがて、その汚い音色が普段の音色として、その子に定着してしまうのです。

 音楽ファン的には、それは可哀相だし、申し訳ないなあと思いますが、顧問的には「チームプレイに徹してくれて、ありがとう!」だったりします。

 吹奏楽部の卒業生は、そのほとんどの子は、プロの音楽家になるわけではなく、皆、学校を卒業すると同時に音楽を辞める子ばかりです。中には、上級学校に行っても吹奏楽を続け、市民吹奏楽団に入団する子もいないわけではありませんが、そういう子はやはり少数で、ほとんどの子は、卒業と同時に音楽を辞めてしまうので、部活のために無理をして音色を壊しても、大した問題ではないのかもしれません。

 考えてみれば、私も学生時代は柔道に邁進していましたが、卒業と同時に柔道は辞めてますからね。今でも柔道は大好きだけれど、オトナになると、なかなか柔道をするチャンスもないし、町の道場に通うほど、熱心でもなければ、時間があるわけでもないのです。吹奏楽だって、たぶん、同じような事でしょう。
 
 
 話を吹奏楽から声楽に変えます。

 声楽の場合、学習者は、より高い音やより低い音、また、より大きな声で歌いたいと願うものです。そのために、日々、ヴォイトレをして、自分を鍛えるわけです。これは、クラシックであろうとポップスであろうと、かわりありません。

 で、往々にして無理な練習をしてしまう事があります。例えば、高音の限界に挑み続けたり、声量の限界を越えようと努力しつづけたり…ねえ。そうするとどうなるか? 私のようなに、生まれつきのノドが強い人は、少々ノドが痛くなる程度で、どうにもなりませんが、多くの人は、声がつぶれてしまったり、声帯が損傷してしまったりします。その結果、発声障害を伴うようになります。具体的に言えば“嗄声”って言うやつで、分かりやすく言えば“ハスキー・ヴォイス”って奴ですね。

 一度、無理をして、ノドを壊して、ハスキーヴォイスになってしまうと、もう二度と、クリアな美しい声には戻りません。もちろん、高い声も大きな声も出せなくなります。

 ジャズやポップスなら、そんな声であっても、それを逆に表現に生かして歌えば問題ないのだけれど、クラシック系ではそんなわけにはいきません。だから、クラシックでは、声帯の健康を実に重要視しているわけです。無理はいけません。
 
 
 ほんと、音楽の練習では、無理はいけません。無理をし続けると、楽器ならひどい音色が定着し、歌なら声を壊してしまいます。きちんと手順を踏んで、少しずつ上達していったなら、きっとそんなにひどい事にはならなかったのだろうと思います。ただ、上達の順番を飛ばしたり、基礎力もないのに高度な事ばかりにチャレンジすると、ガタガタになってしまいます。これは、基礎工事が不十分なまま建てられた建築物が、実にひ弱な建物であるかと同じ事なんだと思います。

 ですから、音楽の練習では、無理をしてはいけません。

 そう言えば、少年合唱団育ちの歌手と言うのも、少ないですね。一説によれば、少年の時に歌いすぎてしまい、オトナの声がダメになってしまうからだと聞いた事があります。そんな事ってあるのかな? 都志伝説なんじゃないのかなって思う一方、有名なボーイソプラノの歌手が、そのままオトナになって、有名な歌手になれましたという例は本当に少ないですからね。

 そう言えば、歴史を振り返ってみると、音楽史上の最大の無理と言うか、無茶で極端な例として、カストラートってのがありましたね。さすがに、今ではカストラートは存在しませんが、ほんと、昔の人って、無茶なことでもやっちゃうんだねえ…。でも、カストラートは、本当に取り返しがつかないので、無くなってよかったと思います。

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2013年3月28日 (木)

発声のコツについて(2013年3月現在)

 これは覚書程度の記事です。

 私はテノールなので、高音命で、これまで毎日練習をしてきたわけです。

 キング先生時代は、それこそ“必死”になって、日々練習してきました。来る日も来る日もキーボードの鍵盤を叩いては、その音に合わせて声を出そうと必死になっていました。「発声にはコツなんて無い。ただ練習し続けるだけで、何度も何度も練習をしていれば、やがて出来るようになる」というのが、キング先生が教えてくださったやり方だったので、その言葉を信じて、毎日毎日必死になって練習していたわけです。

 キング先生に、私は……頭を使いすぎる。考えすぎる。すぐに楽な道を探して、楽をしようとする。コツを見つけて、何とかしようとする。……それじゃあダメだと言われ続けてきました。とにかく、正面からぶつかって、何度も跳ね返されているうちに、目の前の壁にも穴が開くから、それを目指して、毎日ぶつかれって事です。理屈じゃなく、カラダで覚えろと言われました。出来るまでやり続けろとも言われました。

 実際に、このやり方で、高いGまでは(危なげながら)発声できるようになりました。でも、力付くで問題を解決できたのは、そこまでで、それから先は全然ダメでした。と言うのも、そこから先は、何をどうやってダメなんです。なぜなら、そこから先は、ノドが塞がってしまって息が通りません。息が通らないので、それ以上高い音は、息が音に変わらないのです。

 だから、キング先生に、テノールを諦めろと言われました。もうどんなに頑張っても、高音を出せるようにはならないから、諦めろと言われました。バリトンに転向しろとも言われました。これ以上のテクニックも身に付かないから、私がオペラアリアを歌うのは無理だとも言われました。だから、歌曲を歌いなさいって言われました。

 歌を続けるなら、上を見ない事。上達を望むのではなく、楽しく歌う事を心がける事。バリトンに転向して、歌曲を歌っていくなら、まだまだ楽しく歌って行けるけれど、テノールのままで、オペラを歌おうと思っているなら、それは無理な話だし、無理をやるなら、大変な事になるし、面倒みきれない……とまあ、そういう事を言われました。

 「この先生の元では、もう無理かも…」と思ってしまいました。で、その後、色々とあって、結局、師事する先生を、キング先生からY先生に変えました。

 一応、キング先生のために言葉を補っておくなら、キング先生のやり方がマズいわけではありません。そういうやり方も当然あるわけだし、このやり方ですごく上達した生徒さんもいます。ただ、私には、彼のやり方は、結果として、合わなかっただけですし、彼のやり方では、これ以上の上達は望めないだけの話なんです。
 
 
 Y先生のやり方は、キング先生とはまるで違いました。

 まず、やみくもに高い声を出す事は、禁じられました。特攻隊じゃないんだから“正面突破”は厳禁です。必死になって練習するのもダメです。キーボートに合わせて声を出すのもダメです。今までのやり方は、全面否定されました。

 まず最初にやった事は、カラダ作り。体幹の筋肉を使えるようにする事。これは筋肉を増やすという面もあるけれど、それ以上に、動かしていなかった体の部分に神経を通して、それぞれの部位を随意で動くようにする事を目指しました。

 そして、ノド声からの離脱。私の歌い方は、典型的なノド声であって、ほとんどカラダを使っていない歌い方だったそうで「よく、その歌い方で声をつぶしませんでしたね」と呆れられるような、乱暴な歌い方だったそうです。まずは、ノド声を止める事。そして、カラダを使って、楽に歌う事を覚える事を目指しました。
 
 
 その上で、以下の事に注意をしながら発声するように言われました。

☆)支えをきちんとする事。そのために、腹筋背筋を意識的に動かす事。

☆)息の勢いで無理やりに発声しない事。

☆)ノドや胸や肩に力を入れない事。それらの場所で息を支えない事。

☆)ノドの締めつけを止め、息と声を連動できるようにする事。

☆)クチの中を大きく開ける事。目も鼻も耳も、開けられる所は全部開ける事。

☆)音程はクチの奥の開き方で作る事。

☆)太くて軽い声で低いところから高いところまで歌うこと。細くて重い声はNG。

☆)大きな声で練習しない事。練習する時は、小さくて優しい声で練習する事。

☆)体に痛みや違和感を感じたら、すぐに歌うことを止める事。

☆)音程もカラダの痛みも、すべて、絶対に無理はしない事。

☆)高音域に必要な響きは、鼻腔で作る。声は奥に、響きは前に、です。

☆)歌う時は、一瞬たりとも、筋肉の動きを止めない事。常に柔らかく動かし続けている事。

☆)高音は軟口蓋を上げる事で作ります。つまり、高音発声は、軟口蓋がどこまで動くかで勝負になるわけです。

☆)音程が不安定なのは、音感の問題ではなく、発声の問題である。発声が正しくなれば、音程は安定する。

☆)安定した高音発声のためには、高音そのものではなく、そのすぐ下の音域を重点的に練習する事。つまり、歌える音域を鍛えて、それを上に伸ばす事を考えるようにしよう。

☆)今、できない事は、同じ練習をしている限り、いくら練習をしてもできるようにはならない。常に練習方法を点検確認して、試行錯誤していく必要がある。

☆)高音が出ないからと言って、高音そのものを出す練習をしても、それはあまり効果的とは言えない。高音の前に、低音域・中音域の発声を見直す必要がある。

 
 
 まだ他に…何があったかな? とにかく、Y先生がおっしゃるには、高音には決まった出し方があるので、正しいやり方で発声する事が大切であって、自己流で高音をマスターするのは難しい事だと言われました。高音は、実はちょっとしたコツで出せるようになるけれど、そのためには、元々高音を持っている事が大切だし、そしてカラダが歌うカラダになっている事も大切なんだそうです。

 私の場合、高音は持っているけれど、カラダが全然ダメなので、まずはカラダを作るところから始めましょうって事です。

 また、高音発声に限らず、声楽テクニックは、試行錯誤を重ねてカラダで習得していくのではなく、メソッドをきちんと理解して、頭脳でカラダを制御して、一つ一つ確実にマスターしていく、Y先生のやり方の方が、私には向いているようです。

 どうも、カラダで覚えるのは、私には無理のようです。やはり、アタマを使ってマスターするのが、私らしいと言えば私らしいやり方です。

 Y先生に変わって、半年を過ぎて、少しずつ光明が見えてきたような気がします。少なくとも、歌う時に痛みを感じないようになりました。それだけでも、かなりうれしいです。高音発声も少しずつ楽に感じるようになってきました。以前よりも、高いフレーズを歌う事をバクチのようには感じなくなりました。とは言え、まだ発声方法を変えて、半年ちょっとなので、大した変化はありませんが、その兆しを感じるようになりました。

 外から分かる結果は、まだ大きくは違いませんが、歌っている本人にとっては、すでに全然、別世界にいるが如く、今までとは全く違った場所にいるような感じになってます。それくらい、内面的には大きく変わったのです。

 いずれ、テノールらしい高音で自由に歌えるようになれる日が来るんじゃないかと思うと、なんかワクワクします。そんな予感がする、2013年の春なんです。

 バリトンに転向しなくて良かった、と言える日が来る事を望んでます。
 
 
蛇足  Y先生に「私は高音が苦手なので、バリトンに転向した方がいいでしょうか」と以前聞いた事があります。先生の答えは「あなたがバリトン? それは無いでしょう」でした。結局、高音が得意であろうが苦手であろうが、テノールはテノールだと言うことです。高音の出ないテノールになるか、高音を得意とするテノールになるかの、二つに一つしか選択肢はないってことです。……なら、高音を得意にするしかないよね。

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2013年3月27日 (水)

磨いたら、リセットされちゃうよ

 フルートのレッスンに行ってきました。

 実に久し振りに、姉様を加えて三人でロングトーン練習をしました。姉様の使用楽器も、たしかムラマツ。ムラマツ2本にミヤザワ1本の組み合わせは、なかなかいい感じです。レミファあたりの音が、私だけ、ほんの少し低めになる以外は、実にいい感じです。ううむ、スケールの違いって、実は結構大きい問題かもなあ。アルタス製のアゲハでロングトーンをすると、こんなに楽に、こんなにビシッと音が合わないものなあ。いつもあれこれ音を曲げて、それでもどっか違う感じがしていたのに…ミヤザワ恐るべし。ってか、私もムラマツを吹けば、本当にピタって感じになるんだろうなあ。

 強い吹奏楽団で、奏者の楽器のメーカーを揃えるって話を聞きますが、あれって案外大切な事かもしれませんなあ…。

 さて、アルテですが、音を出す前に「実は、このフルート借り物なんですよ~」と牽制しちゃいました。「どうしたの?」と尋ねられたので「実はいつものフルートは、オーバーホールに出しちゃったんですよ」「いつ返って来るの?」「五月の中頃なんです」「そうだろうね…」 と言うわけで、遠回しに『今は本気出せませんから!』って言い訳しちゃいました(てへっ)。

 で、15課7章H-durの5番『H-durのクロマティック』です。前回同様で、あっちこっちミスるし、音も吹きすぎ傾向だし、ところどころ低音が混じる、なんか散々でしたが、OKをいただきました。へへ、借り物フルートって事で、ご勘弁いただけたようで…。

 gis-mollの6番、7番は、時折「ビッ!」なんて感じで変な音が混ざりましたが、合格。8番『gis-mollのスケールとアルペジオ』は…あっちこっち間違えましたが「家でしっかり復習しておくんだよ」と言われながらも合格でした。ふむ、言い訳ってしておくもんだな。

 ミニヨン・エチュードは19番も合格。ま、こちらの曲は2箇所ばかりミスブローはしたものの、前回のレッスンで注意されたところはバシっと直してきたし、吹きすぎないように、注意に注意を払って演奏したわけだし、ああ、よかった。合格できて…。しかし、管体銀を吹きすぎないようにするのは、大変。息が余って余って、ブレスの箇所で、息を吸わずに、吐いちゃったくらいです。ほんと、レンタちゃんは、息を使わずに演奏できるので、厄介ですよ。

 次回の宿題は、アルテが15課8章Des-durの『Des-durのロングートン』と1番の『音階準備練習』。ちなみに、Des-durって、私の嫌いなbが5つもト音記号の隣に並んでます。まるでイヤガラセのように並んでいるんです。ああ、憂鬱。

 ミニヨン・エチュードは、いよいよ最後の20番です。ちなみに、二度目の a tempo 以降のブレスの位置は、H先生によって、すべて変更されちゃいました。この楽譜のブレスの位置では違うんだそうです。ちなみに、ブレスの位置はガリボルディ本人の指定ではないそうです。って事は……ですね。

 先生が模範演奏をしてくださいました。それにしても20番は最後の曲だけあって、すごく難しそうで、涙がチョチョ切れそうです。

 先生に「これ(ミニヨン・エチュード)が終わったら、どうしますか?」と尋ねたら「この曲は、すぐには終わらないよ~」って言われました。それはさすがに分かってますって(笑)。「心配しなくても、大丈夫だよ。次の楽譜はもう用意してあるからね」「次って、何ですか?」「“ミニヨン”の次は“プチ”だよ。今は円高だからね、まとめてフランスから買っておいたんだよ。高い時と比べて、二千円近く安く買えたんだよ」だそうです。もっとも、二千円近く安く買えても、それでも三千円近い値段するそうですけれど。フランスからの輸入楽譜は、お高いですね。

 ミニヨン・エチュードの次は、プチ・エチュードってわけですね。お値段はちっとも“プチ”じゃないけれどね。

 さあて、今回の雑談は…オーバーホールの話です。

 「いくらかかったの?」と尋ねられたので、ズバリ答えると「それは…高いねえ…。でも、店も手数料は欲しいだろうし、メーカーに送るとなると、送料もかかるし、高額商品だから、保険もかけないといけないだろうし…それで高くなってしまうんだよなあ。アルタスだったら、安曇野だろう? 安曇野まで直接持ち込めれば、安くなるんだけれどねえ…」って言われました。まあ、そうでしょうね。私もそう思います。

 オーバーホールの内容を尋ねられたので、頭部管の修理と磨きも含めたことを伝えると「私たちプロは、自分の楽器に“磨き”はかけないよ。だって、楽器を磨いたら、新品に戻ってしまうんだよ。せっかくそれまで自分が育ててきた楽器が、水の泡になってしまうわけだよ。新品同様になるって事は、そういう事。とても吹きづらくなるって事でもあるんだよ」とおっしゃってました。ああ、なるほど。では、アゲハも元のツンデレのツンツンフルートに戻ってしまうわけですね。

 せっかく育てたのが水の泡になってしまう…って聞くと、普通だとガッカリするかな? 私も正直に言えば、一瞬ガッカリしました。

 先生がおっしゃるには「私たちは、中古のフルートを買った場合、前の持ち主が素人だったら、必ず磨きをかけて、リセットするんだよ。素人が吹いていた楽器なんて、変な悪い癖が付いていて、吹きづらいから、一度リセットして、最初から楽器を鍛え直すんだよ」…なんだそうです。

 そうか、下手な人が吹くと、フルートってダメな悪い癖を持ったダメな楽器になってしまうわけだ。そう言えばアゲハって、私がフルートを始めて、まだ三カ月しか経っていない時に購入した楽器なんですよねえ…。

 私は今でもヘタッピだけれど、アゲハを吹き始めた頃は、今よりもずっとずっとヘタッピだったわけで、そのヘタッピだった時の悪い癖が染み込んでいたのが、この前までのアゲハなわけだから…楽器を磨いて、一度アゲハの身に付いた悪い癖をリセットして、もはや初心者とは言い切れない腕前になってきた私が再教育をしてあげれば、以前よりも、ずっと良いフルートに育ち変わるわけで、おお、これは千載一遇のチャンスじゃありませんか! ビバ、リセット。ビバ、磨き。

 うむ、やはり高いお金を出して“磨き”を加えて正解です…と思うことにしましょう。
 「オーバーホールに出して、タンポを変えると、しばらくは楽器が安定しないから、二カ月置きに調整に出しなさいよ」とも言われました。はい、そうします。でも、調整って1回五千円程度するんだよね。交通費も加えると、一回一万円弱だね。ま、フルートって金食い虫だねえ、まあ、今に始まったわけじゃないけれど。

 ま、それでも、ピカピカの新品になってアゲハが戻ってくると思うと、かなりうれしい私でした。へへへ。

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2013年3月26日 (火)

花見と、千鳥ヶ淵と、BEEさんの発表会

 この前の週末、BEEさんの声楽発表会に行ってきました。BEEさんの出番は夕方だったので、午後の早い時間はお花見をして、それからBEEさんのところに行こうと予定を立てました。

 東京で花見…となると、千鳥ヶ淵でしょう。あそこのサクラは実に素晴らしいですよ。ちょうど満開だったし、人出が多かったのはちょっとでしたが、それだけ素晴らしい桜並木だったって事です。実に多くの人が桜を愛でていました。外国の方の姿も実に多く、とりわけインド系の方の姿をたくさん見かけるなあ…と思っていたら、インド大使館って千鳥ヶ淵にあるんですね。なるほど、インド系の人が多い理由も納得です。

 千鳥ヶ淵の桜は、お掘りにボートを浮かべて、そこから見るのがホンモノなので、ボートに乗ろうとしたら、やっぱりボート待ちの行列が長かったです。係の人に尋ねたら、待ち時間1時間程度と言うので、普段ならのんびり列に加わったかもしれませんが、今回は、後の予定もあるので、泣く泣くボートはあきらめました。

 で、靖国神社の方向に歩きだすと、何やら胸のあたりがザワザワするので、ふと、周りを見回すと、千鳥ヶ淵戦没者墓苑がありました。呼ばれたような気がしたので、入ってみました。

 墓苑に入ってしばらくすると、昭和天皇と今上陛下の御歌が、歌碑になっていました。

>くにのため いのちささげし ひとびとのことをおもへば むねせまりくる

>戦なき 世を歩みきて、思ひ出づ かの難き日を 生きし人々

 上の御歌が昭和天皇の御歌で、下が今上陛下の御歌です。

 そのまま進んで、六角堂で献花をしてきました。なぜか涙があふれてしまって、止められなくなってしまいましたが、別に泣いていたわけではありません。気分は澄みきったまま、涙だけが流れるという、実に不思議な体験でした。まるで、ココロとカラダが分離してしまったようでした。

 千鳥ヶ淵戦没者墓苑を出て、そのまま靖国神社に行きました。その日は、武道館で某大学の卒業式をやっていたようで、その流れで、大学生たちが神社の境内にサークルごとに集まって、卒業のイベント(?)のようなものを、あっちこっちでやっていました。なんか微笑ましかったです。

 靖国の境内には、色々な種類の桜が咲いていましたし、たくさんの露店が出ていて、にぎやかでした。本殿に御挨拶をして、遊就館で『大東亜戦争七十年展』という特別展をやっていたので、それだけを見てきました。ここでは英霊の方々を、しっかりと神様として扱っているのだなあ…と思いました。でも、実際、ここに祭られている方々は、私たち子孫のために、その命を散らされた方々ばかりなんですよね…。感謝など、いくらしても、し足りない思いになりました。

 そこから、BEEさんの発表会の会場に行きました。会場は、某音大のホールで、小さなホールでしたが、実に響き豊かなホールでした。

 BEEさんの歌は…いつも書いているとおり、素晴らしかったです。ラフマニノフの歌曲を二曲歌われていました。私は、ラフマニノフの歌曲を知らないし、ロシア語も全然分からないのですが、BEEさんの歌には感動しました。…ってか、BEEさんの声に感動した、と書いた方が正しいかも。BEEさんの、リリコスピントな声って、私、好きなんですよ。

 ちなみに、BEEさんは発表会のトリを取られていましたが、実にトリらしい堂々とした聞き応えのある歌唱でした。それにしても、BEEさんを含め、終盤に出演された4~5名の方々の歌唱&演奏は、実に見事で立派なものでしたが…そこに至るまでは、なかなか大変な感じがしました。やっぱり、アマチュアの方が音楽を人前で演奏するってのは、大変な事なんだなって思ったわけです。

 これも他山の石です。私も頑張らないとねえ。

 それにしても、良い休日を過ごせました。BEEさんに改めて感謝です。

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2013年3月25日 (月)

吹奏楽部に混ざって、一曲演奏してきました

 春は、吹奏楽部にとって、定期演奏会の季節です。どこの学校の吹奏楽部も、地域のホールを借りたり、自校の体育館などを利用して、定期演奏会をするところが多いです。

 私が顧問をしている吹奏楽部も、例に洩れずに、定期演奏会をしました。

 定期演奏会…コンクールなどと違って、他の団体と比較されることもないし、順位も付かないし、見に来るお客は、ご父兄とかOB・OGなどの関係者ばかりなので、彼らを見つめる視線も暖かいし、そういうぬっくぬっくの環境で、ふにゃ~とした気分で楽しめる演奏会なわけです。

 で、そんなお楽しみ会的なノリのせいか、生徒たちが私のところにやってきました。それも本番の前々日(笑)。どうも、私にも演奏に加わってほしいと言うのです。

 明後日本番? それにだいたい、私は毎日、泣くほど忙しいのに、ステージに上がれだと?

 彼らが持ってきた楽譜を見ました。速くて甲高くて黒っぽい楽譜でした。

 「これくらい、初見で吹けますよね?」…なわけないだろ? 私を誰だと思っているんだい。

 あんまりにも期日の迫った話だし、これが一週間程度の猶予があっての話ならともかく、こんな面倒くさい楽譜を持ってきて、練習もさせずに、舞台に上がれだと? もちろん、即座に断りましたよ。

 生徒も、まさか断られるとは思ってみなかったらしく、きょとんとしてました。でも、出来ないものは、出来ないし、いくらなんでも話が急すぎるだろって事でした。

 で、その日はそれで終わりにしたのですが、ウチに帰ってから考えました。『たぶん、生徒たちは、演奏の出来不出来ではなく、私と一緒に演奏したかっただけなんだろうな。ただ、思いつくのが直前になっただけで、悪気はないし、オトナに甘えているだけなんだろうな』

 さらに考えました。『ソロ演奏じゃなく、吹奏楽部の合奏じゃん。別に完璧に演奏できる必要もなく、極端な話、フルートを吹いているマネだけしても、客席から分からないし、それはそれでOKじゃない。なら“練習しているヒマがない”なんて理由で出演依頼を断るのは、口実にすらならないだろうなあ…』

 さらにさらに考えました。『定期演奏会と言ったお祭りイベントでもなければ、生徒たちと同じ舞台で演奏するなんて事はありえないよな。だったら、断らずに、OKすればよかったかな…』

 翌日、部活の練習場に行って「昨日は断ったが、よくよく考えたところ、考えが変わった。舞台に出る事にするが、練習もリハーサルも無しで、ぶっつけ本番の一発勝負になるけれど、それでかまわないか?」

 ……かまわないそうです。もう、生徒たちニコニコです。ああいう、若い娘の笑顔に、今まで何度だまされてきた事か…今度も気持ちよく、だまされてやるか…。

 吹奏楽部の定期演奏会に出演すると決めたものの、仕事に追われ、まともに譜読みすらしている暇もなく、当日の本番のその時がやってきました。

 幸い、私が参加する曲は、たった一曲です。その曲は、部長の生徒が指揮をし、私を含めた顧問たちは、それぞれ楽器を持って、演奏にまわるという趣向でした。

 私はアゲハをオーバーホールに出していて、マイ楽器がなかったのですが、なにしろ、吹奏楽部の現場ですから、借り物のレンタちゃんを連れて行って、万が一の事故があっても怖いので、こういう時は、そういう荒っぽい現場に強い、プラ子を連れて行く事にしました。

 会場について、プラ子を出したら、さっそく、フルートのパートリーダーが「センセ、木管ですか!」と来ました。まあ、大のオトナが黒いつや消しで太いボディのフルートを取り出したら、普通、木管だと思うよね。そこでプラ管とは思わないよね。でも、黙っているのもアレなんで、素直に「これ、プラ管だよ」って返事しておきました。「え! プラ管…?」 どうも、生徒たちの常識だと、プラスチック製のフルートというのは、斜め上を行く展開だったみたいです。

 ともかく、私はプラ子で舞台にあがりました。

 で、肝心の演奏の方ですが…ほぼ、エアでした。エア・フルートね。つまり、吹いているフリだけをしました。ま、一応、吹けそうなところだけ、音を出しはしたので、完璧にエアではなかったのですが、吹いているようでも、フリをしている時間の方が圧倒的に長い、本当に“エア”なフルート演奏をやってきました。

 ちなみに、客席から見ていた妻は、私がエアフルートをしているとは、気付かず、練習なんてせずに初見であれだけ吹いていて、すごいなあ…と感心していたようです。うむ、エアフルートをしていても、全然バレなかったみたいです。さすがに、隣に座ってたフルートのパートリーダの子は「センセ、吹いてましたか?」と聞いてきたので「んなわけ、ないだろ」と答えておきました。

 いやあ、合奏だから、ほとんど演奏できないままに、なんかエラそうな顔をして、演奏のマネをしてきました。ソロだとこうはいかないでしょう。こういう“エア・プレイ”も合奏ならでの楽しみだね(邪道な楽しみかもしれませんが)。ともかく、教え子たちと一緒の舞台に乗りました…という、心温まる話(ほんと?)でした。

 ま、最後だし、良い想い出になりました。

 おまけ。この日、ウチに帰って歌の練習をしたら、高音が不思議なくらいに楽々出ちゃって、なんか変な気分。発声練習じゃあ、Hi-Dまで出ちゃうし(普段は高いAが出るか出ないかなんだけれどね)、もしかするとその先まで出ちゃったかもしれないし。どの曲も楽々歌えて、マリンコニアなんて、鼻唄レベルで歌えちゃいました。あら不思議、カラダがあっちこっち、開きっぱなしになっているみたい。

 生徒たちを喜ばしたので、音楽の神様がお礼をくださったのかもしれませんね。

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2013年3月24日 (日)

右翼と左翼、保守と革新、つまり日本は誰のものなのか?[2013年3月第4週・通算11週]

体重:108.0kg[-0.6kg:-4.2kg]
体脂肪率:30.6%[-0.6%:-0.4%]
BMI:34.1[-0.2:-1.3]
体脂肪質量:33.0kg[-0.9kg:-1.8kg]
腹囲:105.0cm[+-0.0cm:-3.0cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 皆さんは、右翼と左翼の違いってご存じですか? 最近では、右翼の事を『保守』、左翼の事を『革新』と呼んだりします。つまり、この言葉の違いは、政治的な立場の違いを表しており、その代表的な二つの立場を、それぞれ右翼・左翼って呼んでいるわけです。

 元々は、フランスの議会で、議会場の右側に保守的な人々が集まり、左側の席に革新的方々が座っていたので、それで保守的な人の事を右翼、革新的な人の事を左翼、と呼ぶようになったのだそうです。

 この場合の“保守”とは、愛国的で、現状を肯定していて、世の中は部分的に少しずつより良い方向に変えていきましょうという立場を指します。パソコンソフトであれば、バージョンアップを目指すグループとでも言えましょう。なので、保守的な政治を支持する人の多くは、今現在、社会の中核を担っている人々が大半であり、日々の生活に大きな不満を感じていない層です。ひと言で言えば“毎日が忙しくて幸せな人々”って事です。

 一方“革新”とは、反体制的で、現状に強い不満を感じているので、世の中はすぐにでも大きく変えていかないといけないという立場を指します。パソコンソフトであれば、現在インストールされているソフトを削除して、全く別のソフトに置き換えたいというグループと言えます。なので、革新的な政治を支持する人の多くは、若者であったり、生活苦にあえいでいる人であったり、生活困窮者であったり、移民であったり、帰化人であったり、とにかく、日々の生活に大きな不安や不満を感じてため込んでいる人々です。日本の場合は、いわゆる“在日○○人”と呼ばれる人も、ここに含まれる人が多いです。とにかく、今の不幸せな現状を、世の中を変える事で打破して、自分たちにとって居心地の良い社会に作り替えたいと願っている人々です。つまり、現在の世の中で不遇を囲っている人々であって、今現在、幸せそうな顔をしている豚どもに取って代わってやろうと虎視眈々と狙っている層であって、ある意味“革命家予備軍”と言ってもいい存在なんだと思います。

 でも一般的な人は、右翼・左翼とか、保守・革新とか、その手の言葉に、そんな意味合いを感じているのかな?

 むしろ、普通の日本人は、右翼と聞くと“けたたましい街宣車”“野蛮で狂信的で暴力的”“金に汚く権力欲の塊”、左翼と聞くと“立派なインテリ”“正しい人たち”“改革者たち”ってイメージを持っていませんか? 保守と聞けば“疲れたオジサン”、革新と聞けば“元気な若者”ってイメージありませんか? 少なくとも私の若い時はそんなふうに思っていたし、私と同世代の多くの人や、ちょっと上の世代の人は、案外、まだそんな印象を持っているんじゃないかな?

 学校の授業でも、左翼は世の中を良い方向に変える立派な人々で、右翼は金持ちの味方で日本をダメにする人々だって、なんとなく刷り込まれたのを覚えています。とにかく、今の日本はダメ、今の政治家はダメ、だから新しい世の中を作らないといけないんだ、って教えるのが、学校教育の標準テンプレの一つですからね(溜息)。

 だから、若い時の私は、教育の成果もあって、左翼っぽい革新的な人間であろうとしました。これでも一応、インテリの端くれだしね(笑)。尊敬する諸先輩方も、絵に描いたような左翼人だったし、私も積極的に左翼系の集会に顔を出したり、左翼系の雑誌を読んだりしてました。

 とにかく、左翼が正義で、右翼が悪だと、単純に信じていました。

 でも、年を取ってみて、周りが少しずつ見えてくると、世の中はそんなに単純には出来ていない事に気づきました。また、教育をしたり、情報操作をする人々に、左翼的な思想の持ち主たちが多くいる事に気づき、彼らが自分たちの陣営を増やすために、一生懸命に活動していた事を知りました。今思えば、若かった私は、それらの人々に踊らされていたわけですね。

 とりあえず、私の個人の立場を鮮明にしておけば、私は日本人だし、小さな不満はたくさんあるけれど、大筋で現状に満足しているし、毎日が幸せだし、オジサンだし、家族との生活を守るためにも、世の中の激変は避けたいものです…となると、どうしたって、保守にならざるをえない人です。でも、若い時は、バリバリの左翼だったんですよ(笑)。

 私の若い時代は左翼でしたが、今の若い人たちは、どうなんでしょうね? 生まれた時から不景気で、自分たちが幸せだという実感を持たないまま成長して大人になってしまった今の若い世代は、私が若かった頃のように、左翼思想に染まっているのでしょうか?
 
 
 ここで、現在の日本の状況を、簡単に振り返っておきます。

 政治…と言いますか、政党で言えば、現在政権を担っている自民党は、保守政党ですから右翼で、前政権を担っていた民主党は、革新政党ですから左翼になります。

 長年、右翼が政権を担っていたので、日本はダメになったのだと信じて、だから多くの人々は、世の中を変えてもらおうとして、左翼である民主党に投票して、民主党政権が生まれたのが、つい3~4年前の事です。

 元々、左翼というものは、移民や帰化人や在日○○人の支持を多く集めていますし、経済的にもそれらの人々に支えられていますから「日本は日本人だけの国じゃない!」とおっしゃり、友愛主義とやらで、日本人をなおざりにして、周辺諸国の人々に便宜を図るような人を総理大臣に選んだり、未曾有の大災害に乗じて原子力発電所を破壊し、天災に人災を加えて、被害拡大に勤しんでしまうような人を総理大臣に選んだり、自分たちが行ったバラマキ政治の穴埋めに国民の反対を押し切って増税しちゃうような人を総理大臣に選んだり…と、日本という国を、日本人が住みづらい場所に変えていこうとするのは、しごく当然の事であります。民主党が政権を担っていた時、政府が日本の国力を削ぐような事ばかりやっていたのは、考えてみれば、当然の事なんです。

 東北地方がいつまでたっても復興しきれないのは、初動の対応が悪すぎたせいでしょうし、その後も当時の政府の無策が原因で傷を深めたからだと思います。現政府が今から頑張っても、今までの負のツケを支払いきるには時間がかかると言うものです。

 そんなわけで、革新政党が政権を担う事で、世の中は確かに変わりました。でもそれは、多くの日本人にとって、ダメな方向に変わったわけだし、その事は、誰の目にも明らかでした。

 左翼の正体を知らずに左翼に投票して、日本をダメにした…これが前回の政権交代であって、その反動で、日本という国を日本人の手に戻したのが、今回の衆議院選挙での自民党の圧勝なわけです。

 夏になれば、今度は参議院選挙があります。自民党政治に文句がないわけではありません。アベノミクスだってバラ色の未来を確実に約束してくれるわけではありません。でも、反日売国政党に投票する事がいかに愚かな事か、今度こそ、多くの日本人が知った事でしょう。次の参議院選挙でも、日本の事を考えている愛国的な政治家/政党に投票したいものです。
 
 
 とまあ、こんな事があったわけで、今の若い人は、私たちが若い時と比べて、左翼に良くないイメージを持っているようです。状況的には彼らの方が世の中を何とかしたいと願う気持ちは強いのでしょうが、だからと言って左翼思想には向かわないようです。

 だって、左翼に政権を任せると、すぐに外国のいいなりになるし、公約も口先ばっかりでちっとも実現してくれないし、そのくせ、都合が悪くなると、すぐにばらまき政治を始めて、増税してくれるし…ね。

 なんかなあ~って思います。
 
 
 ところで、民主党って、本当に左翼だったのかな? 本当に革新政党だったのかな? 左翼だったら、方法は過激であっても、今現在不幸な人の生活を少しでも楽にする方向の政治を実行してくれるはずですが、民主党政権時代、幸せになったのは、日本を取り囲む諸外国とその国の人たちで、肝心の日本人たちは、皆、不幸せになったわけです。貧しい人はより貧しくて厳しい生活を余儀なくされただけです。それを思えば、民主党って、左翼とか革新とか言うよりも、単なる、反日亡国政党であって、民主党って、革新系の政党ではなかったんじゃないかなって思います。

 そう思うと、自民党も右翼じゃなかったのかもしれません。単純に、自民党って、日本人ための政党であって、良くも悪くも、日本そのものだったんじゃないかな? ならば、民主党って、日本に住む外国人のための政党って事だったのかもしれません。もちろん、日本人のための政党は、自民党だけじゃないし、外国人のための政党だって、民主党だけじゃないけどね。

 日本の政党の対立点は、保守VS革新とか、金持ちVS貧乏人とかではなく、日本人VS[元]外国人とその本国、という対立なのかもしれません。つまり、日本という国は、日本人のモノなのか、それとも日本に住んでいる[元]外国人とその本国のモノなのか、って事です。

 私は日本人ですから、やっぱり日本は日本人のモノであって欲しいし、日本という国が豊かで強い国になって欲しいし、多くの日本人が幸せに暮らせる世の中になって欲しいと思います。そして、そういう国を、子どもたちに手渡したいと思ってます。

 あ~あ、日本に今一番必要なのは、実はスパイ防止法とか国会議員規制法とかじゃないかな? 日本に住む外国の方々が幸せに暮らせるようになる事にはやぶさかではありませんが、そのために日本人が不幸せになるなら、それは本末転倒です。

 とにかく、日本人が日本で幸せに暮らすためには、日本人を不幸せにしようとする人々の活動をご遠慮いただけるような世の中にしないといけないのかもしれません。『ヒサシを貸したら、母屋を取られる』という自体は絶対に避けないといけません。そのためにも、まずは、政治と教育と放送の世界を、どうにかしないと、いけないんじゃないかな?

 私は、そう考えます。

 だから、夏の参議院選挙は、日本人のために働いてくれる政治家に投票しないといけません。

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2013年3月23日 (土)

ハナジロのキズのイボが二カ所に…

 ハナジロの背中の左側に大きなイボになってしまった傷ができましたと、以前の記事で書きましたが、あれからそんなに日が経たないうちに、ハナジロの右腹の下側に傷ができて、ウロコが浮き始めました。ウロコが浮く…イヤな兆候なので、色々と観察してみましたが、その部分のウロコだけが浮いていて、他の部分はちゃんとしていました。うむ? 何か変だなと思っているうちに、みるみる盛り上がってきて、背中ほど大きくはありませんが、やっぱりイボができてしまいました。

 一体、何なんでしょうね?

 実に見ていて、痛々しいのですが、金魚には痛覚がないので、本魚的には平気なんでしょうね。原因も分からなければ、治療法も分からず、本魚は結構元気にしていますので、仕方なく放置してますが、ちょっと良心が痛みます。

 何かいい治療方法はないものかと悩んでいますが…難しいみたいです。

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2013年3月22日 (金)

声楽なんて、所詮、猿まねじゃねーかー!

 …といきなり毒づいてしまいましたが、別に悪意はないんですよ。ただ、私、時々、そう思うんですよ。もちろん『声楽なんて』という部分を『世界中の(声楽なんて)』とか『日本中の(声楽なんて)』とかまでは広げません。私が書いている事ですから、せいぜいが『日本人の趣味レベルの(声楽なんて)』という話ですので、むやみにヒートアップしないようにお願いします。

 で、『日本人の趣味レベル』と言い切っちゃいましたが、まあ、一部の人を除いて、日本人で趣味レベルで声楽をやっている人は、真剣にやっている人から見れば“猿まね”と言われても仕方ないレベルだよなあ…と思います。

 “猿まね”という言葉が気に障るなら“他人のコピー”と言い換えてもいいです。つまり『自分の心の奥底からの表現ではなく、誰かから借りてきた借り物の表現を使って、自己表現をしたつもりになる事』って程度の意味ですが……ちょっと回りくどいかな?
 
 
 具体的に“私”を例にして話を進めます。

 私はイタリア系の曲を主に勉強しています。当然、イタリア語の歌を歌っているのですが、じゃあ、歌われている内容をどれだけ理解しているのかと言うと…自分でも疑問ですよ。

 まず、私はイタリア語が出来ません。話せないし、聞き取りもできませんし、会話なんて無理無理無理でございます。辞書を引き引き、なんとか歌詞を訳すぐらいはやりますが、たかだか3分の曲を訳すのに3時間ぐらいかかるテイタラクだし、訳したモノだって、どこまで正しいのやら…。

 楽譜には、辞書で引いた単語の意味やら、頑張って訳した訳文やらを書き込んでいますが、じゃあ、その意味を十分把握して歌っているのかと言うと、それは微妙です。

 だいたい、イタリア語の発音自体も、かなり怪しいものです。色々な歌手が歌っている音源をたくさん聞いていますから、それらの歌唱が記憶にあるので、なんとなく、それらしい発音で、それとなく真似して歌っていますが、その発音は、ネイティヴの人が聞いたら「???」レベルの発音でしかないです。だいたい、歌っている本人が「母音の音色がちょっと違うよなあ…」とか違和感を感じながら発音しているんですから、かなり悪い発音なんだろうと思ってます。それに、歌詞の意味だって、きちんと把握して発音しているわけじゃないですから「???」であっても仕方ないです。

 レッスンで歌っていても「イタリア語の分かる人なら、そこでブレスは取らない!」とか注意をうけている始末です。つまり「弁慶がな、ギナタを振った」みたいな事をやっているわけです。まるで、分かってないわけです。

 じゃあ、言語に堪能なら、いいのかと言うと、それもまた違う気がします

 と言うのも、仮に言語的な問題が解決したとしても(訳文などで十分に読み込んで)イタリア語の歌詞に書かれている内容をきちんと理解していたとしても、じゃあ共感して歌っているかと言うと、これまた微妙だったりします。

 いやあ、だって、イタリア歌曲にしても、オペラアリアにしても、あまりに感情の振り幅が広くて、理解はしても共感は難しいですよ。歌詞を読んでいても、心のどこかが冷めちゃいます。真面目な私(笑)が軟派なイタリア男と共感するのは難しいよ。

 共感できなくても、理解して歌えばいいじゃない…と思うものの、自分で歌詞の内容を考えて、自分なりの表現を引き出して歌うなんて…発表会などの本番向けの曲の練習の時ぐらいしかやらないし、それだってどこまで出来ているんだか甚だ疑問です。ましてや、普段のレッスンの課題曲の練習なんて、自分なりに考えたストーリーに、どこかで聞いた歌手の表現をあっちこっち組み合わせて、それらしく歌っているのが、正直なところです。

 母国語である日本語を使った日本歌曲ならどうなのさ?……って事になりますが、さあ、それだって、どうなんでしょうね。

 確かに日本歌曲なら、言語的な問題は解決されるし、歌詞の内容だって、同じ日本人が書いた歌詞ですから、理解しやすいものが多いですね。でも、やっぱり、それでも理解止まりなんですよ、日本人が書いた日本語の歌詞であっても、共感できる歌詞なんて、ごくごく少数です。大半の曲は、やっぱり私にしてみれば、借り物なんですよ。

 例えば「荒城の月」で歌われている情景はよく分かるけれど、だけど、あれは私の心象じゃないわけで…。となると、「荒城の月」を私が歌う場合、私の中に表現すべき何モノかがあるわけじゃないので、結局は、誰かプロ歌手の歌っている様を無意識にコピーして、それらしく歌ってしまうのがオチじゃないかな?

 私の魂と波動の合う曲が見つかれば、話は別だけれど、そうでなければ、無意識であっても、歌い方が、誰かのマネっぽくなってしまうのは、私の歌の引き出しの少なさと、技術の無さが原因なんだけれど…。

 それにだいたい、声楽的な素晴らしい声って、彫りの深いヨーロッパ人の特徴を生かした声の事で、掘りの浅い、薄っぺらな顔だちの日本人では、かなりの練習をしないとできない技であって、それもある意味、ヨーロッパ人のコピーなんじゃないのかって思うわけです。

 結局、ヨーロッパの一流歌手のように歌えたら万々歳なわけで、意識するしないに関わらず、彼らの声や歌い方をどこかで真似て、歌って、喜んでいたり、楽しんでいたりするわけじゃない? それも完コピなら立派だけれど、往々にして“劣化コピー”だったりするわけで、それでも嬉々として喜んで真似しているわけです。

 だから、思わず“猿まね”なんて、悪い言葉を使っちゃうんですよ。

 もちろん、日本人であっても、真剣に言語を学び、留学して現地の人々の生活様式を肌で感じて、彼らの感情のパターンを理解し、常に自分の心の奥底まで見つめて、自分の心の音楽として、声楽曲を歌っている人は、プロであれ、アマであれ、素晴らしい事だ思います。

 でも、私は違う。何となく、耳で聞きかじった曲を、楽譜を見ながら、音や言葉を模倣し、どこかで聞いた歌手たちの表現を真似しながら、劣化コピーの歌を歌うわけで、その歌の中に、私自身はいないのです。

 ほら、猿まねでしょ? でも、そういう人って、きっと私だけではなくて、多くの日本の趣味の声楽学習者の相当数は、そんな感じなんじゃないかな?

 で、猿まねだからダメ…と言いたいわけじゃないです。無論、真剣に歌を学んでいる人や、プロの方が“猿まね(他人の劣化コピー)”などをしてはいけません。

 でも、私レベルの趣味の人だと、言葉は悪いけれど、所詮声楽も“ごっこ遊び”の一つなのかもしれません。“ごっこ遊び”なら、思いっきり成りきった方が楽しいでしょ? それが誰かの真似であっても、成りきって楽しく歌えた方が良い。だから、私がやっている事は、猿まねでしかないんだけれど、猿なら猿で、心の底から、猿であることを楽しんで真似るのも一興じゃないかって思うんです。

 へそ曲がり?

 でも、いつの日が、自分でなければ歌えない歌って奴を、歌えるようになりたいものだと思わないでもないんです。まずは、そういう歌と出会う事。そして、その歌が歌えるだけの技術を身に付けている事。そんな事を考えると、たとえそんな日が来るのだとしても、まだまだ当分先の話って感じがします。

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2013年3月21日 (木)

レッスンに遅刻しました

 …って、なんか先日も同じようなタイトルで記事を書いた様な記憶が…。でも、仕方ないよね、だって、遅くまで仕事してたんだから。

 ってなわけで、フルートのレッスンに行ってきました。それも、先生を30分ほど待たせてしまったよ。申し訳ない。

 先生には、仕事が忙しくなってしまった事を話したら「そりゃ、仕方ないね。遅れてでもいいから(レッスンに)来なさいよ」と言ってくださいました。忙しい時は、練習しないままでもいいから、とにかくレッスンに来て、ここ(教室)で練習をしなさいと言ってくれました。ありがたいのです。本当に忙しくなると、そう成らざるを得なくなるわな…。

 そう言えば、三週間ぶりのレッスンだった(てへっ)。そして、レンタちゃんと一緒に受ける初めてのレッスンでもありました。

 ロングトーン練習は…なんか、音程が先生のフルートと、割と楽にバッチリと合いました。きっと私が上達したからに違いない…と思いたいです。それとも、先生のムラマツと、レンタちゃん(ミヤザワ)は同じ伝統的なスケールを採用しているので、音程が合わせやすいとか? アゲハはアルタスだけど、アルタスはベネット・スケールとかいう、クーパー・スケールを改良したアルタス独自のスケールを採用しているんだっけかな? だから、ムラマツとアルタスとでは、音程の癖が違うのです。

 日本標準はムラマツが採用している伝統的スケールだけど、世界標準はクーパー・スケールだから、クーパー改であるベネット・スケールの方が世界標準に近いんだぜ! なんて言っても、詮ない事か。ちなみに、ヤマハもヤマハ独自のスケールを採用しているんだよね。そして、ヤマハは、日本の教育界のスタンダードなんだぜい!

 それはさておき、でも、ほんと、レンタちゃんだと、先生のムラマツゴールドフルートと、面白いくらいに、ばっちり音程が合うんだなあ…。いや、ほんと、マジでね。
 
 
 さて、アルテ15課7章H-durの5番『H-durのクロマティック』は不合格。「もっと速く吹きなさい」って言われちゃいました。なんか、トロトロ吹いているように思われたみたいです。いやあ、指は間違えてなかったんだけれど、音が微妙に出しづらくて、それでトロトロしているように思われちゃったみたいです。

 「ゆっくりしたテンポから始めて、もっと速いテンポで吹ける様にしておきなさいね」 ラジャーです。

 そう言えば、アゲハをオーバーホールに出しちゃって、今、レンタちゃんで吹いている事を先生に伝えてなかったよ。

 gis-mollの6番、7番、8番も、不合格でした。もっとテンポ良く吹ける様にしておきなさい、だって。ううむ、8番の『gis-mollのスケールとアルペジオ』は自分でも、まだまだと思っていたけれど、他の課題は、OKのつもりだったので、ちょっとガッカリです。

 やっぱり、フルートを変えちゃうと、自覚してなくても、なんか色々とうまくいかないのかな? 楽器のせいにはしたくないけれど、慣れない道具では、いつもの力が発揮できない…ってわけで、改めて「フルートって、自分のカラダの一部なんだな」って思いました。

 結局、アルテは全滅でございました。
 
 
 ミニヨン・エチュードは19番で、こっちは一発合格のつもりだったのですが、こっちも不合格でした。

 「吹きすぎ」って言われました。だってレンタちゃんって、楽なんだもん。簡単に息が入って、プホーって鳴るわけだから、ついつい吹きすぎになっちゃいます。で、吹きすぎにならないように、息をコントロールしていると、息が吐けなくなって、すごく苦しくてつらいです。酸欠になって、目の前がクラクラッと来ました。 管体銀は、私には合っていないのか?

 「楽器の安定が悪い」とも言われました。ついつい吹きすぎたり、楽器が手の中で暴れたりとか、まあ色々あるわけです。やはり、楽器が違うと、アレコレ影響が出るんですよ。

 「中音レの運指がダメ」「スラーの処理がいいかげん」 これは楽器に関係なく、私自身がペッボコ・フルーティストだから、いつもの注意ですね。

 とにかく「練習不足ですよ。忙しかったんだねえ…」と叱られているのか、同情されているのか、よく分かりませんでした。たしかに三週間ぶりのレッスンで、練習時間はそれなりにあったはずだけれど、仕事は忙しかったし、フルートは持ち替えちゃっているし…、やっぱり練習不足だったのかな? ファイトファイト、泣いても笑っても、アゲハが返ってくるまではレンタちゃんで乗り切るしかないんだから、ガンバガンバ。
 
 
 今回の雑談は……まずは先生にお見舞いを申し上げました。だって、先々週のお休みは先生がご入院されたからなわけで、話はそこからでしたが…先生、シャレにならない病気で入院してました。あんまりシャレになってないので、このブログには病名は書かないでおきます。でも、マジ、もし自分だったら、相当落ち込む類の病気でした。先生ご自身は、ニコヤカな顔してらっしゃいますが、それは覚悟を決めた後だからだろうなあ…。

 とにかく、手術して、一週間ほど入院されていたそうです。「若い時に、強いアルコールや濃い味の料理ばっかり食べていたからなあ…報いだよ、報い」とおっしゃってました。まあ、すぐに死んじゃうわけじゃないので、病気とうまく折り合いをつけながら、いつまでもお元気でいて欲しいと思いました。

 なにしろ、H先生には、まだまだ教わらないといけない事がたくさんあるし、万が一、先生が先生業をお辞めになって、また別の先生を探さないといけない事になったら、ほんと、私、困っちゃいます。フルートの先生そのものは、探せばいくらでもいらっしゃると思いますが、趣味レベルの私なんかが、H先生のようなレベルの先生に習えるなんて、普通は無いもの。いくらレッスン代を払っても、このクラスの先生には、断られちゃうのがホントだもの。なんか気に入ってもらえて、教えてもらえるようになったんだから、きちんと教わるべき事はしっかり学んでおかないと…本当の本当にモッタイないんだよ。いつまでもお元気でいてください、H先生。

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2013年3月20日 (水)

男女カップルの競技って…難しいんですかね?

 ダンスの練習をしてきました。

 いつものように、ブルースの練習から始めました。ブルースを踊っている時に、ふと「なぜホールドをするのかなあ? 腕がだるいのに…」とボヤいたら「ホールドをして出来た空間の中で踊るため」と言われました。ん? じゃあ、腕は城壁のようなものですか? つまり『お城の中で踊れ』って事ですか?

 「踊っていても、モモは疲れていないでしょ?」と尋ねられたので、素直に「うん、疲れていないよ」と答えたら「それじゃあダメ」と言われました。

 なんでも、ダンスって、モモがしっかり疲れるように踊らないといけないんだと。でも私は、ラクに、楽しく踊りたいから「踊っていて、カラダが疲れないのは、良いことなんじゃないの?」と答えたら、初心のうちは、あえてカラダにつらいダンスを踊る事が大切なんだって。そのつらいダンスを踊る事で、少しずつダンスのカラダが出来てくるのだから、ダンスがツライという段階を経由しておかないと、いつまでもダンスが上達しないし、ダンスが上達しないと、楽しく踊れないから、今はあえてツラいダンスを目指して踊るようにしましょう…って言われたけど…水は低い方に流れるんだよなあ…。
 
 
 ジルバは、リズムが大切です。それは、自分が踊るためだけでなく、特に男性の場合、相手をリードするためにも、正しくリズムをキープすることかが大切です。特に「5-6」のリズムは大切です。

 ひとくちに“ジルバ”と言っても、色々なテンポのジルバがあるわけです。私の場合、会場に流れている音楽が、ゆっくりめの演奏だと、そのゆっくりなテンポに耐えられなくて、ついついダンスが走ってしまいます。

 もちろん、それはダメなわけで、そんな時でも、しっかりと気合を入れて、きちんとテンポキープをする事が肝心です。自分の踊りやすいリズムで勝手に踊るのではなく、その場の音楽のテンポに合わせて踊ることが身に付いていないといけません。

 と言うのも、社交ダンスは、自分で踊る音楽が選べません。常に会場に流れる音楽に合わせて踊るだけなんですか。だから、流れてきた音楽に即座に合わせて踊る事が出来ないとダメなんです。
 
 
 ワルツは、ひたすらウィーブの復習でした。とにかく、あっちこっち、細かく直しました。「カラダ、ゆるめるな!」「脚が硬い!」「2で伸びる!」を散々言われ続けました。理想は、脚は弛んで、上体はピンとし、優雅にワルツのリズムに乗って踊る事です。でも、実態は、脚に柔軟性はなく、上半身はクニャっとして、ワルツのリズムに乗り切れていないんだから、イケナイイケナイ。

 それにしても、ワルツは疲れます。汗が吹き出るし、息がキレる。おまけに花粉症で呼吸困難だし…。ヘトヘトになったので、ちょっと早めのドーナッツ休憩を取りました。
 
 
 ああ、ハニーディップとエンゼルクリーム、うま~。
 
 
 さて、休憩を取っているうちに、カラダが冷えて、気持ち悪くなってしまったけれど、その気持ち悪さに負けずに、頑張ってルンバを踊ってきました。

 ルンバは、リズムのキレよく踊る事が必要です。でも、私、まだまだステップがあやふやなため、何となくリズムのキレが悪くなってしまいます。まずはしっかりとステップを思い出す事。思い出しさえすれば、あとはカラダがなんとかしてくれるはず。ルンバは、ジルバと違って、足を止めてはいけないダンスなので、いつもしっかりとステップを踏み続ける事を忘れずに…です。
 
 
 最後に控えしは…タンゴ。タンゴと言えば、ウォーク、ウォーク、とにかくウォークです。だって、私、タンゴウォークなんて、ちっとも分からないし、出来ないんだもの。

 まず、右ヒザの使い方が全然分かりません。何度もトライしてみるけれど、なんともうまく出来ません。「スクワットが足りないんじゃないの」と妻先生に言われたけれど…確かにそうかもしれない(涙)。

 とにかく、ヒザから上体をひねって、ひねったまま、へその方向に動こうとするわけで、その結果、円運動になるわけです。それにしても、ウォーク、難しすぎです。

 おまけに、タンゴって(今の段階ですら)ステップのリズムは2パターンあって、今から踊るのが、どっちのパターンになるのか、ちっとも分からないし、どういう順番でくるかも、いちいち考えないと分かりません。分からないからリズムのキレが悪いくなります。それでも、なんとかなっているのは、私が妻先生に連れられて踊らされているからです。決して私の力で踊っているわけじゃないです。

 ああ、もっと自然にカラダから踊れないとダメです。
 
 
 さて、ここまで90分です。町中のダンス教室だと三回分のレッスン量です。で、ヘトヘトになったので、今回は、ここでおしまい。
 
 
 それにしても、社交ダンス。世間で流行る気配が、一向にないですね。

 私は、モノマネ芸人のキンタロー。さんが有名になって、テレビの露出が増えて“元社交ダンス選手”と言うのがクローズアップされれば、社交ダンスが再び流行りだすかな…なんて思っていたけれど、どうやらそれは甘かったようです。

 昔の人と違って、今の若い人たちって、ダンスが好きだし、踊るという行為も、かなり定着してきました。でも、彼らが踊っているダンスって、どのダンスもソロダンスばかりです。ペアダンスって、若者の間では、ちょっとも流行っていないんですよね。

 考えてみれば、最近人気のアイススケートだって、注目されるのはソロの選手ばかりで、ペアとかダンスなど、二人組で踊る選手って、あんまり注目されないんだよね。日本人は、男女カップルで行う競技ってのが、嫌いなのかね?

 まあ、私も相手が妻だから、平気な顔して踊っているけれど、これが余所の家の奥様だったら、手を握るだけでも、ご亭主に遠慮しちゃうし、独身の方だったら「私、既婚者だし、どーしたらいいんだろ」とかわけの分からない事で悩みそう…。まあ、自分の妻が相手だから、何も考えず、何も遠慮せずに踊れるわけですが、世間じゃ、自分の妻の手を取ることだって恥ずかしいという殿方はいるわけで……そう考えると、やっぱり、日本人には男女カップルで行う競技は、ハードル高いか…。

 それにしても、社交ダンスを楽しんでいる方の多くは、自分の配偶者ではない方と踊っているわけでしょ? それって、どんな気分なんだろ?

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2013年3月19日 (火)

“最後の歌”は最後でした[音源付]

 さて、声楽レッスンの続きです。ヘロヘロのまま、曲のレッスンに入りました。今回も“L'ultima canzone/最後の歌”です…ってか「マリンコニーアは、最後のアレが難関ですから、しばらく止めておきます」と先生に言われました。つまり…仕上がりそうにないので、当分の間ペンディングです…って事です。

 “L'ultima canzone/最後の歌”は、だいぶ歌い慣れてきました。歌い慣れれば慣れるほど、難しさを感じるようになり、歌いながら、アレコレ悩んでしまうようになりました。

 私はフレーズの歌いだしって奴が苦手です。音程とか音色とかが、ついついフラフラしてしまいます。ま、その理由は「歌いだしの準備が足りないから」なんです。自分でも自覚してますが、なかなか直りません。

 先生に「歌いだす前に、子音を半拍ほど早めに発声してから歌いだしてください」と言われました。具体的に言えば「ふぉりあ~」と歌いたいなら「…ふぅ~~ふぉりあ~」という感じで歌いだすのです。最初の子音の部分で音程とか音色とかの調整をしてから、本編の歌に取り掛かれれば良いわけで、これはなかなか良い手法だと思いました。少なくとも、私には効果がありましたよ。

 高いAは…出そう、出そう、と思うから失敗する…と言われました。それはその通りです。「まあ、テノールって、みんなそうだし、だから失敗するんだね。テノールでもちゃんと歌える人は、そんな事をしないし…」と言われましたが、まさにその通りだと思ってます。

 結局、高音を持っているのに、高音が歌えないのは、悪い発声のせいなんです。特に、ノドを絞めて、必要以上に声を重くして歌っているから、かろやかに高音が歌えないのだと言われました。声は、軽く軽く。気合を入れずに、フワ~っと歌うと良いのです。少なくとも、お腹以外に力を入れてはいけません。そんな感じなんですが、私は疲れていたり調子が悪かったりすると、いつも以上にノドに力が入ってしまいます。分かっちゃいるけど、やめられないんです。

 家で歌の練習をしていても、そうなんですね。楽譜をガッツリ見ながら歌っていると、結構、高音を失敗します。何か片づけ物をしていたり、余計な事…というか、歌いながら別の事をしていていて、意識が歌になかったりすると、それまでちゃんと歌えなかった歌が歌えたりするわけで…意識のしすぎは良くないのでしょう。

 先生から“L'ultima canzone/最後の歌”を最初から最後まで通しで歌ってみましょうと言われました。

 とりあえず、止まらずに最後まで歌えました。通して歌うと、色々と反省すべき点が見えますね。録音を聞き返すと、色々な事に迷いながら歌っている事が手を取るように分かります。一体、何を不安に感じながら歌っているんでしょうね、この唐変木。

 とにかく、私、細かいところをあれこれチョンボしながら歌っちゃいました。おまけに支えが足りていない事も明々白々。先生からも「丁寧さが足りないよ」と言われました。

 また、最後の高いAの部分を低くF♯で歌って、結果オーライになってます(涙)。

 実は、当人は高いAで歌おうとして、カラダのフォームは高いAのフォームを作って歌ったのですが、カラダが疲れて、支えが全然なくて、息がAまで届きませんでした。いや、正直に言うと、元気な時でも、なかなかAまで届きません。いつも、高いAを出そうとして、一歩及ばずに、限りなくG♯に近いAを出して「残念でした…」となる事が多いのですが、今回は“限りなくG♯に近いA”どころか、疲れすぎていて、Aを出そうとしても、声は全然届かず、ずるずるとF♯に落ちてしまいました(涙)。

 当人は一応、高いAのつもりで準備して、発声したにも関わらず、声はF♯にはまってしまったため、ちょっと発声がかっこ悪いです(涙)。最初からF♯のつもりでF♯を歌ったなら、もうすこしマシに歌えたかもしれませんが…。それよりも何よりも、Aで歌えなかったのが悔やまれます。

 まあ、私の歌もあっちこっちヘマしているし、響きは全然足りないし、コンディションは最悪だし、先生もピアノをミスっていたりする(どうも先生は事前にピアノの練習をしていないようなんですね…常に初見でピアノ弾いているっぽいです)ので、最初は公開はどうしようかと悩みましたが、下手をさらすのも学習のうちと思い、思い切って公開します。感想などは、歌に関してのみ受け付けます。ピアノに関しては不問という事でよろしく。

 とりあえず、“L'ultima canzone/最後の歌”は、今回でひとまず終了となりました。次回からの課題曲は、なんと、同じトスティの“Non t'amo piu!/君なんかもう”です。いいですね、名曲ですね。

 実は私、去年のクラシックコンサートの時、「セレナータ」を歌おうか、それとも「君なんかもう」にしようか悩んで、持ち時間の都合で「セレナータ」にしたのですが、時間的な余裕があれば、こっちを歌っていたかもしれないくらいに、好きな曲です。

 だって、この曲、なんともドラマチックでしょう。陰影のあるメロディーで、私好みです。そんな曲がレッスンの課題曲になるなんて、幸せ幸せ。

 でも、私から歌いたいって言ったわけじゃないんですよ。先生が選んでくださいました。その理由は「もう少し、丁寧に歌を歌うことを覚えてほしい」からだそうです。もちろん、この曲だって、乱雑に歌い飛ばして歌う事は可能ですが、それは『絶対にしない』ように言われました。丁寧に丁寧に、フレーズをま~あるく歌って来てほしいのだそうです。

 まあ、音域そのものは私にとって無理の無いものなので、無理なく楽に歌えるように練習してきます。なんとか、歌いこなして、今度こそ、私のレパートリーにしたいものです。

 それにしても、全音の『トスティ歌曲集』って、ピアノのパートに間違いが目立ちません? 『最後の歌』もそうだったし『君なんかもう』もそうだけれど、なんか変だなって思って、リコルディの譜面と付き合わせてみると、臨時記号を落としていたり、色々と速度の指定が落ちていたりしてます。私のような素人でも気づく間違いなんだから、プロの方々なんかは、当然みんな気付いているはずなのに、楽譜が直らないってのは、なぜ? 私が使っている楽譜なんか、第3版14刷だよ、普通の書籍なら、誤字誤植なんて駆逐されているはずのレベルなのにね。

 それとも、プロの方は、全音版の楽譜は使わないのかな? …んな事はないよね。

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2013年3月18日 (月)

レッスン、大遅刻をしました

 この日は、声楽のレッスンの日でした。そして、そのレッスンの時間に……私はまだ職場に居りました。はい、次年度へ向けての新体制づくりとやらの会議でして、抜けるに抜けられず、サボるにサボれず(そりゃあそうだよね)、諦めて会議が終わるのを大人しく待っておりました。

 参ったね…。声楽のレッスンは回数が少ないんだから、絶対に休みたくないんだよねえ…。

 とにかく、会議開始前に、妻に、私がお教室に到着するまで、妻のレッスンでつないでおくようにメールを打ち、会議自体はそれとなくマキマキで進行して、終わるや否や、平静なふうを装いながら会議室から出て、後はぶっとばして、電光石火の勢いで職場を後に、Y先生の元に急ぎました。普段は家と職場を徒歩で往復している私ですが、この日は自転車を用意し、職場からお教室に全速力で直行しました。

 小一時間、雨の中、傘もささずに、自転車をこぎつづけた私です。お教室に到着した時は、すでにヘロヘロのヨレヨレのドロドロになっていました(涙)。

 すでに後回しにしてもらった私のレッスンの時間に食い込んではいたものの、すぐにレッスンを始める事はできず(だって、ロクにしゃべる事もできない状態だったので…)しばらく休憩をして、息を整えました。心臓の鼓動を押さえ、ペットボトルの水を飲み干し、汗を拭い、気持ちが落ち着くのを待ちました。

 疲れ切った状態での声楽レッスンと言うのも、悪くないものです。無駄な力みと言うものが無くなりますよ。その代わり、必要な支えも弱くなりますが(涙)。

 まずは発声練習からです。『クチの奥を開ける』…をこころがけて発声しましたが「まだまだ狭い」と言われました。さらに「低音も高音も、クチの奥の広さが同じ」とも言われました。これは良くない事なんです。高音に行くほど、クチの奥は広くならないといけないのだそうです。それも横広がりではなく、縦に広がっていく感じです。「黄色いメガホンを横からちょっと潰した感じ」のクチの形が良いのだそうです。

 ようやく、クチの奥が少し開けるようになった私ですが、次はもっと広く、高く開けないとダメって事です。

 頑張んないと…ね。

 いつものような発声練習の他に、フレーズ練習として「キラキラ星」を歌いました。一回歌っては、半音上げて、またアタマから歌う…の繰り返しです。全体のフレーズが高くなっても、力まずに歌うこと、しっかりと支えること、ノドは脱力すること、これらが求められました。

 疲れているせいでしょうか、支えが不十分です。支えが足りないと感じた時は、余計にクチの奥を開かないといけないのだそうです。クチの奥の開きだけじゃ不十分と思ったら、目も耳も鼻も、ありとあらゆる穴を開けるつもりで歌っちゃうといいのだそうですが…、そっちは修行不足でうまくできないわけで、なんかもう、ちょっとグチャグチャな感じになってしまいました。

 そう言えば、私、調子がいいと、耳の穴が開くんだよね。今回は、そんな感じがなかったから、状態としては余りよくなかったんだろうなあ。

 結局、クチの奥を開く。クチは縦開き。お腹で支える。ノドは脱力。胸で歌わない。…なんだと思いますよ。毎回、同じ事を言われているのに、できないなんて、トーシロはこれだから困ります(笑)。

 それにしても、大遅刻して、ヘトヘトになってのレッスンは、あまり良いものではありません。しかし四月以降は、仕事が忙しくなって、こんな感じのレッスンが増えるんだろうなあ…って思うと、ちょっとゲッソリ。いや、大遅刻どころか、レッスンを休まないといけなくなるかもしれないんだから、遅刻してヘトヘトのままでも、レッスン受けられるだけマシか。

 せっかく、いい先生と出会えたのだから、この出会いを大切にして、もっともっとしっかりと声楽、学びたいですよ。でも、仕事も大切だよね。ううむ、板挟み板挟み(涙)。

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2013年3月17日 (日)

日本人は白人じゃないし、国家元首は総理大臣じゃないし、日本は小国じゃない[2013年3月第3週・通算10週]

体重:108.6kg[-0.8kg:-3.6kg]
体脂肪率:31.2%[+0.7%:+0.2%]
BMI:34.3[-0.2:-1.1]
体脂肪質量:33.9kg[+0.5kg:-0.9kg]
腹囲:105.0cm[+1.0cm:-3.9cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 今回は小ネタ集(笑)。

 私は以前、小学校でセンセをやってました。小学生ってのは、本当に何も知らないので、色々と教えてあげないといけない事だらけです。今回は、その頃、社会科の授業の時に教えた事の中から、今でもよく覚えている事を書いてみます。
 
 
ボクたちワタシたちは黄色人種です

 世界の国々について教える時、人種の話をします。ま「人間は、白人と黒人と黄色人種(なぜか“黄人”とは言わない)に分かれます」と言った程度の事を教えるわけよ。で、教えるついでに「自分はこの三つのうち、どれだと思いますか?」とか尋ねて挙手させてみると、圧倒的にみんな、自分の事を白人だと思ってます。

 「ワタシもアナタたちも、白人じゃなくて、黄色人種、つまり黄色い人なんですよ」って教えると「え~~~っ!」って反応が返ってきます。中には、自失呆然状態になっちゃう子もいるし、後日、親に自分が黄色い事を確認して、ガックリくる子もいます。

 中には「ワタシは色白だから白人!」とか言い張る子(女の子に多いです)もいます、全然違うのに(笑)。国際化社会とか言いながら、子どもたちはこんな感じの勘違いをしているわけです。

 まあ、最近は、リアルに白人さんも黒人さんも教室で学んでいたりするので、そんな時は「○○君は白人だよね~」とか、人種差別の気持ちを植えつけないように配慮しながら、実物教育(笑)をしたりします。

 でも、ほんと、なぜか今の子は、自分たちを白人だと思い込んでいたりする子が多くて、ビックリですよ。
 
 
総理大臣は国家元首じゃないよ

 「国を代表するエラい人の事を“国家元首”と言います」とか教えて、アメリカの大統領とか、中国の共産党書記長とか、イギリスの女王陛下とか、そのあたりを例にあげて、国家元首の説明をする時「では、日本の国家元首は誰ですか?」と尋ねると、だいたいの子が、その時の総理大臣の名前をあげます。つまり、日本では総理大臣が一番偉い人で、国の代表…だと子どもたちは認識しているわけね。

 だから「いいえ、違います。総理大臣は内閣の代表者ですが、国の代表者ではありません。日本を代表する人は、天皇陛下なんですよ」って言うと、すごく驚きますよ。

 さすがに天皇陛下の存在を知らない子はいませんが、天皇陛下って何なのか知らない子が多すぎて、まさか国を代表する人だとは思っていなかったようで、なんか信じられない…って顔をする子がいます。

 だから「誰が総理大臣になるのか、皆は国会で決めて、決めたらそのまま総理大臣になれると、思っているようだけれど(一同、大きくうなずく)、実は違うんだよ。テレビなどでは国会で決めたところまでしか放送しないけれど、実はあの後、選ばれた新しい総理大臣は、天皇陛下のところに行って『私が次の総理大臣に選ばれました』と報告すると、天皇陛下が『では、あなたに次の総理大臣をやってもらいましょう、よろしく』って感じで、天皇陛下がその人を総理大臣に任命します。(そんな事はないけれど)もしも、天皇陛下がその人を総理大臣だと認めず、任命しないと、その人は、たとえ国会で選ばれても、総理になれないんだよ」と言うと、「おおおぉ」って感じで、総理大臣よりも天皇陛下の方がエラい事を納得します。

 ちなみに、外国との条約を結んだり、国内で新しい法律を作ったり、国会を召集したりなんて仕事も、実は一つ一つ天皇陛下が確認して許可を出さないと出来ないんだよとも教えます。国家元首を教えるついでに、いわゆる、天皇陛下の国事行為についても教えるわけです。
 
 
日本って、そんなに小さな国じゃないよ

 「世界には約200の国があります。さて、その中で日本の広さは、第何位ぐらいになるでしょうか?」

 子どもの答えは両極端です。知識のほとんどない子は、10位以内の数字を無邪気にあげる事が多いですが、最近の子どもは、知識だけはたくさん持っていたりして、何気に「日本は世界の弱小国で小さな国」と思っている子も多く、そういう子は逆に、150位以下の数字を上げてきます。

 実は日本の国土面積は、世界第62位になります。上位1/3のかろうじて入っています。ですから、世界を、広い国・ほどほどの国・小さな国と三段階に分けたら、なんと“広い国”のグループに入っちゃうわけで、たしかにロシアやカナダ、アメリカ、中国、ブラジルなどの、わけの分からないくらいの超巨大国とは比較にならないけれど、世界の中では、決して小さな国ではなく、むしろ大きな国に属するんだよと教えると「へえ~」と感心されます。

 実際、日本って、小さな国、ではありません。

 ヨーロッパで言えば、ドイツとほぼ同じくらいで、フランスやスペインよりは小さいけれど、イタリアやイギリスやギリシャよりは大きいんです。

 さらに経済力で言えば、私が小学校のセンセをしていた時は、アメリカについで第2位だった(今は中国に抜かれて第3位だね)し、陸地だけでなく領海も含めた領有面積で考えると、実は日本は世界第9位になります。

 世界第9位の領有面積を持つ国が小国なわけないじゃん。むしろ大国と言ってもいいんじゃないの?

 実は、日本って海洋国家なんだね。領海の広さだけなら、世界第6位だもの。我々日本人は、もっと海の事を考えないといけないし、海を上手に利用して生きていくことを考えないとダメなんだね。

 また「日本は小さな島国」と言われるから、小さな島が集まってできた国だと思われがちだけれど、実は本州は世界で7番目に大きな国なんだね。北海道が第21位で、九州が37位、四国が50位です。島なんてものは、日本国内だけでも、7000近くあるし、世界中には、それこそ何万何千という、数えきれないぐらいたくさんの島々があるわけで、その中で7位と21位と37位と50位の島があるんだから、日本は島国だけれど『小さな島国』ではなく、むしろ『大きな島国』なんだよね。

 実は軍事力だって、日本はかなり強大であって、何を根拠で述べるかで多少の数字は変わるけれど、だいたい世界の10位以内に入る、軍事大国であったりもします。

 そんな日本の姿を、子どもたちは知らなかったりするので、豆知識的に授業で取り上げて教えていました。
 
 
日本は共和国じゃないよ

 「中華人民共和国じゃないけれど、国名の下に『~共和国』とつける国は多いです。例えば、オーストラリアはオーストラリア共和国、イタリアはイタリア共和国ってのが、正式名称です。じゃあ、日本の正式名称は何でしょうか?」と尋ねると「日本共和国!」という答えが狙ったように帰って来ます(笑)。

 そこから、共和制に関する授業をするわけなんだけれど、実は日本の正式名称は『日本国』という国名で、別に「~共和国」とか「~連邦」とか「~合衆国」とか付かないんですね。

 まあ、それは、日本が共和制の国ではないから“共和国”ではないし、小さな国々が集まって形作っている国じゃないので“連邦国”でもないし“合衆国”でもないわけです。。

 それにだいたい、共和国なら、国家元首はだいたい大統領だけれど、日本には天皇陛下がいらっしゃるし(笑)。

 「じゃあ、日本って王国なの?」と聞く子が必ずいますが、これも違います。なぜなら、天皇陛下は“天皇”、つまり“皇帝”であって“国王”ではありません。だから「王国」と言うよりも「帝国」と言った方が、まだ正解に近いです。

 ただ、「帝国」と言うと、一般的には“絶対帝政を行っている国”というイメージを伴いますが、日本は法治国家だし議会だってあるわけで、絶対主義国家ではありません。

 日本の現在の政治体制から考えれば“立憲君主国”と言うのが正しいでしょう。つまり『日本立憲帝国』とでも言うのが、我が国の姿なんだけれど“立憲”なんてわざわざ書くものなんだし(たいていの共和国は、立憲共和国だけど、わざわざ“立憲”なんて言葉は使わないものね)、だいたいカッコ悪い名称ですね。だったら、イメージ悪くても「日本帝国」の方がいいか? でも「日本帝国」なんて名乗ると、昔の「大日本帝国」をイメージする人もいるから、その名前はまだ名乗れないよねえ…なんて話をします。
 
 
 子どもたちと話していて分かるのは、普通の日本人にとって、日本と言う国は、小さくて弱くてダメな国というイメージであり、天皇の存在は印象にないって事だね。

 と言うもの、普通に文科省の指示通りに教科書に沿った授業しかやっていないと、そういう部分はスルーされてしまうんだよ。

 まあ、今の教科書は、授業で取り上げるべき最低限の事しか載っていないので、現場の教師の才覚で、それに色々と色付けをして良い事になっている(だからと言って、思想教育しても良いという意味ではありません)ので、こういう応用編的な事も、私は授業で取り上げたけれど、多くのセンセは、教科書に載っている事しか教えなかったりするんだよね。むしろ、教科書に載っていない事は教えちゃいけないって誤解しているセンセも多いのです。おそらく、それらの原因は、そのセンセの勉強不足だと、私は思っているけれど、そういうセンセもいる事は事実。だから本当は、こういう事もきちんと教科書に載せて、日本中の学校でちゃんと教えないといけないと思うよ。

 でも、日本がちゃんとした国であるとか、天皇陛下の事をちょっとでも授業で取り上げると『愛国教育だ!』とか言って、怒る人が教育現場にもご父兄にもいらっしゃるので、なかなか教科書には載せづらいんだろうなあって思います。それにだいたい、そんな事を教科書に載せたら、中国や韓国が黙っていないだろうし(本来は内政干渉?じゃないの??)。でもね、自分の国の事を客観的に学ぶ事のどこが悪いのか、私にはよく分かりませんよ。

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2013年3月16日 (土)

ガリとラズ

 個体識別が難しく、今まで二尾まとめて“新入り”と呼称されていた、緋ドジョウたちが、ようやく個体識別が可能となったので、晴れて“ガリ”と“ラズ”と命名されました。パチパチパチ。

 特徴は、カラダがウニッとしている方が“ガリ”で、スッと伸びている方が“ラズ”です。

 これは『背骨が曲がっている、背骨曲がり(セボネマ“ガリ”)』の“ガリ”と『背骨が曲がっていない、背骨曲がらず(セボネマガ“ラズ”)』の“ラズ”です。へへへ。

 それにしても、ドジョウって奴は、年をとると、背骨が曲がってしまう子と、曲がらずにすっとしたままの子に分かれます。以前からいる二匹も、チビは曲がっていませんが、シッポナは曲がってます。そして、新入りたちも、ラズは曲がってませんが、ガリは曲がっています。なんでなんだろ? 栄養状況? 同じはずだよ。病気? とも思えないし…。ストレス? じゃあ、曲がらない子はバカって事? よく分かんないなあ。

 とにかくこれで、我が家の緋ドジョウたちは、チビ、シッポナ、ガリ、ラズの四尾になったわけです。これからもよろしくお願いします。

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2013年3月15日 (金)

今やっている日課練習について[2013年3月現在]

 実は、四月からリアルな生活が色々と変わる予定です。一番大きな要件が…仕事の役職が変わる事(笑)。おかげさまで、私のリアルライフは一変しそうで、気が重いです。ま、仕事自体は、相変わらずの教育関係なのですが、今までの研究職から全くの別部門に移ります。私にとっては楽しみである、授業とか部活とかは、どれだけ持たせてもらえるのかな? それらは全くナシで、一日中机にかじりついていないといけないようなら、病気になっちゃうよぉ~。

 ま、人間と言うものは、必要とされているウチが華ですし、きちんきちんとお給料をいただける事は感謝な事です。文句は、ちょっぴり言いつつも、それはそれで頑張っていくつもりです。

 てなわけで、四月以降、仕事の責任も増え、関わらざるを得ない人の数もグンと増えるため、心ならずも、仕事人間にならざるをえないのかなあと思ってます。今までのような、趣味生活をエンジョイしながらの生活ペースでは、いかなくなりそうな予感がしています。

 とは言え、四月以降も、色々と調整をして、なんとか趣味の時間を捻出していくつもりですが、今までとはだいぶ勝手が違ってくるので、今から、あれこれと準備をしたり、覚悟を決めていたりしているところです。

 とにかく、今習っている声楽とフルートは、これからも続けていきたいと思ってますが、なかなか厳しそうです。今後のレッスンの回数や時間などは、それぞれの先生方と相談して、なんとか継続できる方向にしたいですねえ…。特に声楽は先生が変わったばかりですから、ここで辞めるのは、本当にもったいないと思ってます。

 ブログの方は…継続していきますが、今までのようなペースでは無理かな…なんて思ってます。コメント返しは遅くなるだろうし、毎日記事をアップしていくのも難しくなるかもしれませんが…私はブログが生業ではないので、もしそうなったとしても、そのあたりは勘弁してください。
 
 
 さて、レッスンの方は先生方との相談次第なのですが、確実に減ってしまうのが、自宅での日課練習の時間です。おそらく、四月以降は、あまり自宅で練習が出来なくなってしまうだろうと思われます。

 そこで、割と時間がある、今現在の日課練習の様子を記録として、記事にしておきます。「昔は、こんなに練習していたんだよなあ…」と思い返すためにです(笑)。
 
 
 まずはフルートの日課練習の方から書きますと…。実はフルートの日課練習って、たいした事はしていません。

 最初に、笛先生直伝のロングトーン練習(クロマチック練習を兼ねてます)をしたら、すぐにアルテ(&ミニヨン・エチュード)の練習をしてお終い。時間にして、小一時間程度です。時間は短いですが、内容的には結構みっちりやってますよ。

 と言うのも、アルテをやりながら、音色に気をつけたり、息の量に気をつけて、オーバーブローにならないようにしていたり…とか。そうそう、フレーズの終わり方とか、スラーで結んだ先の音に注意して吹くとか、きれいなタンギングが出来るように気を使ったりとか…たかがアルテ15課&ミニヨン・エチュードとは言え、私には、やること満載なんで、アルテだけの練習でも時間が足りないくらいです。

 以前は…と言うか、吹奏楽部の顧問をやる前は、これらに加えて、ソノリテをたっぷりやったり、指のメカニカルな練習やポピュラー系音楽の練習もしていましたし、遊び吹きもしていたし、アドリブ演奏の練習とかもしていましたが、やはり時間に余裕がなくなってしまったため、いつのまにか、そう言った練習は、やらなくなりました。
 
 
 一方、声楽の方は、もう少し丁寧な練習をしています。…ってか、フルートと違って、教則本ってものがないので、ある程度、練習もパターン化して決めておかないとダメなんだろうと思います。
 
 
1)チューニング(笑)

 フルートはチューニングせずに吹いている私です(笑)が、声はちゃんとチューニングしてます。私の場合は“五線中のA”で合わせます。

 最初はAと思われる音をノーヒントでハミングで発声し、発声したままキーボードでAの音を叩いて確認します。以前は、結構バッチリだった時もありますが、最近では半音も狂いませんが、それでも絶対音感がないので、なかなかバッチリの音が出せません。一度覚えた音叉の音ですが、また覚え直さないといけないみたいです。とにかく、最初はAのの音を音程正しく発声します。
 
 
2)ハミング練習

 A(ラ)から始めて「ラシド~」とか「ドシラ~」とか、ハミングで歌います。しっかり、クチの中を開けたり、息がちゃんと通る事を確認します。納得したら、次の練習です。
 
 
3)音階練習[ハ長調]

 いわゆる中音域の「ドレミファソラシド」を階名で丁寧に発声していきます。この時は、音程と音色とクチの開き具合と響きに注意して発声します。

 中音域が終わったら、次は低音域をやります。低音域は、五線下の「ド」から始めて、下へに「ドシラソファ」の五度の音程でやります。とは言え、この低音域は苦手です。元気な時でも「ファ」は難しいですし、体調が優れない時は「ド」ですからアウトです。ただ、私はテノールなので、この低音域は、軽く流す程度の練習にとどめています。ムキになって、しっかり発声しようなんて、夢にも思ってません。でも、低音を鍛える事は、高音を鍛えることとつながっていくし、オペラはともかく、ミュージカルのソングだと、テノールでも下のAぐらいまで音は使いますので、そんな事もあって、低音域もひとまず練習します。
 
 
4)高音練習

 次は、五線中のドから上への1オクターブ「ドレミファソラシド」の練習をします。つまり[可能な時は]Hi-Cまでの発声練習ですね。

 フレーズ的には…

ハ長調の音階練習
“ドレミレド”の音型を、スタッカート気味に半音ずつ上昇下降する練習
“ドレミファソファミレド”の音型を、レガートで半音ずつ上昇下降する練習
“ドミソミド”の音型を、レガートで半音ずつ上昇下降する練習

 …をやります。丁寧にしっかりと発音していきます。ただ、無理はしない事、力付くで発声しない事、楽に歌う事などに気をつけています。特にチェンジであるF♯周辺には気を使って練習しています。と言うのも、ここをうまく歌えると、その上も比較的うまくいき、F♯周辺がうまくいかない時は、その上がダメだからです。
 
 
5)フレーズ練習

 フレーズ練習は、以前はよくコンコーネを使ってやってましたが、ここ最近は、曲を歌うことでフレーズ練習に代えています。ただし、あくまでもフレーズ練習として曲を歌うので、歌詞の表現などは二の次で、発声とか、音のつながりとか、音程とかリズムとかに気をつけて歌っています。

 曲は、高い音が頻出する系の曲と、中音域が充実している系の曲を二曲歌います。

 高い音系は、以前に習ったオペラアリアとか歌曲が中心で、最近はモーツァルトの「Dalla sua pace la mia dipende/彼女こそ私の宝」を歌ってます。曲自体が難しいので、とても良い練習になってます。

 中音域系の曲は、レッスンでは取り上げてもらえなかったイタリア古典歌曲を、独学(笑)でチマチマと譜読みして歌っています。イタリア古典歌曲も、以前は中声用を使って練習していましたが、さすがにそれでは、中音域と言うよりも低音域の練習っぽくなってきたので、最近は高声用の楽譜で歌ってます。最近は「Piacer d'amor/愛の喜びは」をイタリア語で歌ってます。この曲は本来はフランス歌曲なので、フランス語で歌うべきなんでしょうが、最初に習った時はイタリア語だったので、今はひとまずイタリア語で歌ってます。そのうち、オリジナルのフランス語でも歌えるといいなあって思ってます(いちおう、フランス語版の楽譜も持ってます)。
 
 
6)課題曲練習

 レッスンの課題曲を練習しています。発表会などがある時は、本番曲の練習をここでします。練習内容は、その時次第で、譜読みをしたり、歌詞を朗読していたり、音取りをしていたり、歌い込みに励んでいたり、暗譜をしていたりと、まあ色々です。

 今はもちろん「Malinconia, Ninfa gentile/マリンコニーア」と「L'ultima canzone/最後の歌」の二曲です。
 
 
 以前はこの後に“遊び”で歌いたい歌を練習していましたが、今は時間が厳しくて、それができなくなりました。やっぱり、吹奏楽部の顧問は大変です。

 それでも、何だかんだ言って、フルートが小一時間、声楽が1時間から1時間半の、合わせて、2時間超の練習を毎日しています。でも、ほんと、時間はカツカツです。もう少し練習したいのですが、時間と心の余裕がありませんので、今のところはこんな感じです。

 と、まあ、こんな感じで、自宅で日課練習をしています。四月以降は、さらに練習時間が少なくなりますので、練習内容が大きく変わってくると思います。そのうち、ウチの息子君みたいに、練習しないでレッスンに通うようになるのかしら? それはちょっとイヤだな(笑)。

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2013年3月14日 (木)

レンタル・フルートのレンタちゃん

 アゲハこと、アルタス1307RCをオーバーホールに出してしまった私です。

 手元に残ったフルートは、チャイナ娘こと、中国製1万円フルートと、プラ子こと、ヌーボ社のスチューデント・フルート(オール・プラスチック製)です。チャイナ娘もプラ子も、遊びで吹く分には良いのだけれど、これらをレッスンに持っていく勇気はありません、…ってか、これらをレッスンに持っていったら「そんなフルート、捨ててしまいなさい!」とH先生に言われることは、火を見るよりも明らかです。

 なので、アゲハのいない間、きちんとその代役を勤めてくれるフルートが必要です。

 一時は、アゲハのオーバーホール中に使うため、サブフルートとして、新しいフルートを購入してしまおうかとも考えた私ですが、それは止めて、オーバーホールを出したお店から、フルートをレンタルして、その期間を乗り切ることにしました。

 だって、お店に尋ねたら、オーバーホールのためのレンタルなら、レンタル料はサービスしてくれるって言うじゃない。そりゃあ、レンタルするしかないでしょ。

 やってきたフルートは、ミヤザワの“gi-bu ST”でした。gi-buは『ギブー』と読むそうです。現在は生産終了となった、初期のミヤザワフルートの代表モデルである、gi-buの管体銀モデルでした。スペック的には、カバード・オフセット・C足部管・Eメカ無しのモデルです。リング式の方が良かったし、できればアルタスの総銀モデルが良かったけれど…無料レンタルなんだから、そんなワガママは無しですね。それにだいたい、私にフルートの選択権はなく、お店側が「これがレンタルフルートです」と言って、持ってきたものをお借りしたわけですし…。

 おそらく店としては、預かったフルートよりも、ちょっと下位ランクのフルートを貸し出すんじゃないかな? 預かったフルートと、あまりにランクの違うフルートだと演奏に支障があるし(ありえないけれど)同等かそれ以上のランクのフルートだと、そのまま持ち逃げされちゃう事だって、ないわけじゃないわけで、そんなこんなで『実用の範囲で、多少不自由を感じる程度の楽器』をレンタルしてくれるんじゃないかな? なんて思ってます。

 深読み?

 とにかく、生まれて初めての、管体銀のフルートです。名前がないと呼びづらいので、レンタちゃんと呼ぶことにします。

 レンタちゃんを吹いてみた感じは……楽(笑)。すっごく楽。楽すぎて、すぐにオーバーブローしちゃいそうなので、その点は注意しないといけないかも。こんなに簡単なのは、ミヤザワフルートだから? 管体銀モデルだから? 頭部管のカットが初心者向けだから? 理由はよく分かりませんが、とにかく、吹くのが楽で、とても扱いが簡単なフルートでした。

 …ってか、アゲハがツンデレなだけかもしれない(笑)。

 音色は…低音は悪かないけど、中音から上は…なんか違和感。当たり前だけど、アゲハとは音色の傾向が大きく違います。これがミヤザワフルートの音? 特に高音は、なんか違う種類の楽器を吹いているんじゃないかってくらい、感じる音色が違います。

 基本的には、クールな音色で、色に例えるとブルー系の音色です。吹き込んだ息のすべてが音になるわけじゃなく、演奏者にしか感じないだろうけれど、ホワイトノイズがかなりたくさん発生しています。たぶん、私の息は、すでに楽器のキャパシティを越えてしまっているのかもしれません。

 しばらく吹いていると「なるほどなあ…」って思いました。何が「なるほどなあ…」かと言うと、こういうフルートの音、吹奏楽でよく聞くなあ…って思って「なるほどなあ…」って思いました。吹奏楽だと、ミヤザワを使っている生徒さん、たくさんいるし、管体銀のフルートを使っている子もたくさんいるからね。うむうむ、なるほどなるほど。

 とは言え、フルートなんて楽器は、吹き込んでいくと、楽器の音よりも演奏者の音の方が強くなってくる…はずなので、今は吹奏楽のフルートっぽい音を出しているレンタちゃんだけど、一月もすれば、私の音になる…はずだよね(笑)。なので、音色の件は気にしない事にしました。

 カバード式オフセットのメカは、カバード式の方は特に問題を感じませんが、さすがにオフセットの方は、ちょっと違和感を感じてます、と言っても、左の薬指がキーの丸い部分ではなく、根本の部分を押さえていて、指触りが悪いと言った程度かな。あとG#レバーが長い[結構長いんですよ]のが気になる…くらいで、実用の範囲では問題ありません、たぶん。これで気合を入れて練習しはじめると、多少の違和感が生じるかもしれないけれど、普段カバード式の楽器を吹いている人が、いきなりリング式を吹くのとは、わけが違うので、それほどの問題にはならないんじゃないかなって思ってます。

 そうそう、Eメカが無いせいか、レンタル当初の私は、たまに高音Eでミスってました。アゲハもEメカなしだけれど、田中会長の手で改造手術を受けている(と言っても、コルクが埋め込まれている程度)ので、実はアゲハは、ニューEメカ搭載モデルっぽくなっているんだよね。それに慣れているので、リアルにEメカが無いフルートであるレンタちゃんでは、私、ついつヘマってしまったのかもしれない…けど、一週間もしたら、すっかり、Eメカ無しに慣れて、ミスらなくなりました。案外、そんなものかもしれません。

 お店の人には「メーカーが違うので、音程感が違うので、しばらくは変な気分になるかもしれません」と言われたけれど、私の耳はそんなに良くないので、音程に関しては、今のところ、全然気になりません。それにたぶん、音程に関しては、無意識のうちに修正しながら吹いていると思うし…ね。

 とにかく、アゲハが戻ってくるまで、このミヤザワのレンタちゃんには、頑張ってもらわないといけません。それにしても、レンタちゃんは、案外、いい楽器です。ウチの子にしてもいいかも…なんて思いますね、アゲハとは音色が違うので、吹いていて飽きないのもいいでね。

 でもやっぱり、アゲハが恋しい…かな?

 で、アゲハのオーバーホールですが、一応、お店には『タンポ交換と調整』だけでお願いした私でしたが、やっぱりと言いますか「ほらみた事か!」という感じで、お願いした後、私、しばらくグチグチ言ってました。何をグチグチ言っていたのかと言うと『どうせオーバーホールするんなら、徹底的にオーバーホールした方がいいんじゃないか』とか『頭部管の凹みを直さないなんて、ありえない』とか『予算ケチった、ヘマをした~』とかね。その手の事をグチグチ言ってました。

 グチの多いオッサンなんですよ。

 で、4~5日グチグチ言ってたら、ある一つの真理に到達しました。その真理とは……

    『予算とはオーバーするものである』

 はい、そうでしょ? 世の中って、そういうふうに出来ているでしょ? 予算なんて、当初予定よりも、オーバーするもんなんです。それをうっかり忘れ、一度決めた予算なんだから、その予算枠をきちんと守らなくちゃダメって思っていた私です。…カタいなあ…。

 お財布の都合? そんなものは、どうにでもなります。『金は天下の回りもの』です。お金と言うものは、使えば使うほど、やってくるものです。……でしょ?

 そこで、またまたお店に電話をかけて、オーバーホールの内容を“タンポの交換+調整+手磨き+凹み修理”に変更してもらいました。つまり「てんこ盛り」とか「コンプリート」って奴ね。

 やったね。その代わり、手間が増えた分、アゲハの帰宅が遅くなりました。なんと、五月中旬まで帰れないそうです。おお、まだ二カ月も先の話だよ。

 アゲハを吹けなくて寂しいけれど、その間は、レンタちゃんと蜜月しているつもりです。それにしても、毎日レンタちゃんを吹いていると、情もわいてきます。この子を返す時に、惜しい気分になるんじゃないかって、今から心配してます。

 ピカピカの新品同様になったアゲハが、今から楽しみです。

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2013年3月13日 (水)

実は生まれて初めて、生でボクシングの試合を見てきました

 見に行ったのは、この前の土曜日。横浜で『ダブル世界前哨戦』って奴を見てきました。メインの選手は、亀田大毅選手と亀田和毅選手。つまり、あの“亀田三兄弟”の次男坊君と三男坊君の試合です。

 私、格闘技は好きなんですよ。私自身、柔道黒帯の腕前だし、ケンカ上等な人だし、何より、殴られる痛みを肌身にしみて知っているので、格闘技はどんなものであれ、我が事のように感じられるので、見ていて、気合の入り方が違うと言うか、シンパシーの感じ方が他のモノとは違うわけです。まあ、アマチュア歌手が声楽家のコンサートを、アマチュアフルーティストがプロフルーティストの演奏会を見に行くようなものです。

 今回は、ひょんなところから、試合にご招待されてしまったので、なかなか良い席(リング正面のアリーナ席。“リングサイド”と呼べるかどうかは微妙だけれど、血反吐がギリギリ飛んでこない程度の距離の座席に座ってました。いやあ、私がこんな前に座っていると、後の人たちに迷惑で迷惑で(ごめんね)。テレビ中継があったらしいけれど、私の後頭部が写っていたりして(そりゃナイか…)。

 しかし、ボクシングの生試合って、初めて行ったけれど、客層がまた独得で面白かったですよ。場所は、横浜の体育館でしたが、まず入場前に会場を取り囲んでいた自由席目当てのお客さんたちが、独得のオーラを持っている人たちばかりでした。例えて言うと…大阪の下町のオッサン(大阪の人、ごめん)って感じの人が多くて、なんか私が普段生活している場とは、違う文化の方々がウジャ~っていました。

 私は指定席だったので、会場に早めに到着したのだけれど、その群衆を見て、思わず近所のお店でお茶を飲んで時間を潰してしまったくらいです。いやあ、あそこに混ざる勇気はないわ…。

 でも、ボクシングってスポーツは、ああいう人たちが支えているんだなあって思いました。クラシック音楽と違うのはもちろんだけれど、野球とも違うし、マリンスポーツとも違うし、競馬などのギャンブルとも、ちょっと違うわけで、でもなんとなく納得できるような『ああ、ボクシングを見に来たんだなあ…』って感じでした。

 彼らをやり過ごしてから、私は入場したのですが、会場の中の、お高い座席周辺の雰囲気も独得でした。

 男性は、いかにも『格闘技が好き!』ってタイプの人たちばかりでした。小柄な人が多かったです。まあ、お客さんに小柄な人が多かったのは、今回の主役の亀田兄弟が小柄だからからかもしれません。だって小柄な人たちは、小柄な選手たちに自分を重ねやすいし、応援しがいもあるでしょうからね。その中に混じった私は、まるで相撲取りみたいでした(笑)。

 一方、女性は『私、格闘技なんかに、興味なんてカケラもないの~』ってタイプの人が、それはもう~ウジャウジャいました。いや、格闘技どころかスポーツ全般に興味なさそうな人がたくさん。露出の多い服にピンヒールで髪はマキマキしている派手めな感じの人がたくさんいました。いかにも『格闘技好きな彼氏に連れられてやって来ました』って感じです。

 ボクシングを生で見る層って、こんな感じなんだな(勉強になりました)。

 試合は4試合やりました。入場した時に、パンフレットをいただいたけれど、それを見て、その日の勝者をすべて予言できた私です。実際、試合経過も予想通りで笑っちゃいました。

 そんな私でも予想できなかったのは、2試合終わった段階で、3試合目に行く前に、チャリティーショーと呼ばれるショータイムがあった事。これは、生で見に行かないと分からないよね。

 内容は、最初は歌謡ショー。よく知らないプロ歌手がカラオケで2曲歌ってました。中盤は、この日、試合に出場しない“お兄ちゃん”こと亀田興毅選手が出てきて、司会をしていた歌手とのトークショー。最後は、オークションで、亀田三兄弟にちなんだグッズを販売(?)していました。三男の和毅選手が練習で使ったグローブ、次男の大毅選手が練習で使ったヘッドギア、長男の興毅選手が趣味で描いた赤富士の油絵でした。各選手の人気具合がよく分かる金額で買われていたよ。

 で、チャリティーショーの後は、和毅選手の試合が行われ、最後のトリは大毅選手の試合でした。そうそう、亀田兄弟の試合からは、白人美人女性がラウンドガールをやってました。その女性が、選手なんかよりも、アタマ一つ大きいのが、なんか妙な感じでしたよ。

 大毅選手は、相変わらず弁慶のコスプレをしていたし、試合終了後は歌ってました。まあ、エンタメとして「頑張っているなあ…」とオジサンはちょっぴり好感を持ちました。なんであれ、若者が一生懸命やっているのは、オジサン好きなんです。

 でもね、実は私、三男の和毅選手がちょっぴり気に入りました。二人のお兄ちゃんたちと比べると、地味なボクシングスタイルなんだけれど、キレとスピードがあったし、全身使ってボクシングをしているのはいいなあって思いました。興毅選手のような(いや、それ以上に)強い選手に育ってくれるといいなあって思いました。

 それにしても、日本のボクシング選手って、自分でパンチを打ちながら「シュッ!」とか効果音を付けているんですね。景気づけなのかな? 格闘技としては、効果音を付けるよりも、無言でパンチをした方がいいんじゃないかと思うんだけれど、それじゃあ、エンタメとしてはダメなのかな?

 プロレスは完全にショーなんだけれど、ボクシングもやっぱりショーなんだなって思いました(八百長って意味じゃないからね。マッチメイクがよく考えられているって意味ね)。でも、それはそれでアリだと私は思います。やっぱ、真剣勝負よりも、楽しくて安心して見ていられる試合の方がいいじゃん。わざわざ高いお金出してチケット買ったのに、ひいきの選手がやられる姿なんて、見たくないしね。

 またチャンスがあったら、ボクシングを見に行ってもいいかな? でも次は、大きな選手の試合がみたいです。ミドル級とかヘビー級の試合ね。いやあ、だって、そうじゃないと、私、選手にシンパシー感じないもので…。大男同士で殴り合うのを見ると、絶対にスカッとすると思うんだよねえ。

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2013年3月12日 (火)

今年のラ・フォル・ジュルネはフランス音楽だよ

 皆さんは、今年のゴールデン・ウィークはどのようにお過ごしになる予定でしょうか? 私は例年どおり、東京丸の内で開催される『ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2013』(以下、ラ・フォル・ジュルネ)に行くつもりです。

 今年のラ・フォル・ジュルネのテーマは『パリ至福の時』と言う事で、近代フランス&スペイン音楽をやるそうです。詳しくは公式ホームページを見てくださいね。

 ちなみに、なぜ今時分に、こんな事をブログに書くかと言うと…チケットの一般販売が3月16日(土)から始まるからです。ラ・フォル・ジュルネのチケットは、一部の公演を除いて、すぐに売り切れてしまうので、もしも行きたければ、早め早めの行動が必要だからです。ご案内はしたけれど、すでにチケットは完売…じゃ話にならないでしょ。

 もちろん、私は・ラ・フォル・ジュルネの回し者ではありません。単なるファンです。その証拠に…すでに私は、自分の分のチケットはフレンズ先行販売で入手済みです。自分のチケットを未入手の段階で案内しちゃうと、私がチケットを取れなくなる可能性もあるので、まずは自分がチケットをゲットし、その後にご紹介をするという、実にエゴイスティックな手順を踏んでおります(爆)。

 ちなみに、私がどの公演に行くかは…内緒。どこに行ったかは、後日ブログにアップする予定です。

 フランス音楽と言うと…皆さんは何を思い浮かべますか? 私は、フルート音楽! だって、フルートって楽器は、ドイツバロックの時代と、近代フランスの時にもてはやされた楽器で、それ以外の時代と場所では、実に軽い扱いの楽器なんです。今回、近代フランスの音楽がテーマのラ・フォル・ジュルネなので、当然、フルート音楽満載か~!と思いきや、ほとんどフルートの公演はありません、残念(涙)。まあ、ゼロではありませんが、非常に限られております。ラ・フォル・ジュルネでフルートを有料公演で聞きたい方は、それなりのご覚悟をしてください。

 あと、フランス音楽と言うと…フランス歌曲じゃないですか? フォーレ、ドビュッシー、ラヴェル、プーランク、デュパルク…、ああ、きっとそんなフランス歌曲のアラカルトのコンサートがあるにちがいない…と思ったけれど、こちらもほとんどありません。残念。まあ、ゼロではありませんが、非常に限られております。ラ・フォル・ジュルネでフランス歌曲の有料公演を聞きたい方は、それなりのご覚悟をしてください。

 じゃあ、何をやるのかと言うと…ピアノとオーケストラがほとんど。あと、ヴァイオリンと室内楽が少々と、今回なぜかギターが目立つかな? そんな感じ。

 ううむと思うけれど、これも需要と供給の関係なんだろうと思います。ラ・フォル・ジュルネだって、最初の頃は、声楽もフルートもたくさんやってたし、だいたい開催期間は5日間だったし、公演数だって、今より多めだったわけだし…。まあ、ラ・フォル・ジュルネも商売だから、採算の取れない事はできないし、客の集まらないコンサートは開催できないわけです。

 結局、日本のクラシックファンは『ピアノとオーケストラが聞ければ、それでいい…』って事なんです。間違いじゃないでしょ? たぶん、私のような「フルート聞きたい、声楽曲聞きたい」なんて人は少数派なんだと思います。

 でも、いいんだ。知らない音楽やなじみのない音楽を楽しむのも、ラ・フォル・ジュルネの楽しみだからね。

 私もラ・フォル・ジュルネに行くようになって、今年で8年目です。もう8年も行っていると、ラ・フォル・ジュルネを楽しむためのノウハウが色々と溜まってくるわけです。

 フルートや声楽曲は、ラ・フォル・ジュルネの有料コンサートでは、あまりやられないのは、昨年もそうでした。しかし、フルートや声楽曲は、ラ・フォル・ジュルネの期間中、無料コンサートの方で、結構演奏されているのです。なので、チケットを購入しないと聞けない有料コンサートに、フルート音楽や声楽曲が無くても、がっかりしません。きっと、無料コンサートでやってくれるはず…だからです。

 ラ・フォル・ジュルネの期間中は、実はたくさんの無料コンサートが開催されています。ラ・フォル・ジュルネの本会場である、東京国際フォーラムでも無料コンサートはありますが、それ以外にも、丸の内界隈のあちらこちらに仮設ステージが用意され、そちらでたくさんコンサートをやってます。だから、そっちの無料コンサートをハシゴしていくと、それなりに楽しめるんですよ。

 それに“仮設ステージ”と言って馬鹿にしてはいけません。会場によりますが、実になかなか素晴らしい会場もあるんですね。もちろん、音楽を聞くにはふさわしくない会場もあります。どこが素晴らしくて、どこがダメかは…私は分かってますので、そういうところも賢くチョイスしていきたいと思ってます。

 とりあえず、私は、今年もラ・フォル・ジュルネを楽しんできます。皆さんは、いかがですか? もしもまだ予定が入っていなくて、東京近辺にお住まいなら、だまされたと思って、ラ・フォル・ジュルネに来るのも楽しいですよ。

 ちょうど、花粉症の時期が終わると、ラ・フォル・ジュルネなんですよ。それも、うれしいじゃないですか!

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2013年3月11日 (月)

メトのライブビューイングで「リゴレット」を見てきました

 実によかった、ほんと、マジ、お薦め。ただし、保守的な人や、クラシック音楽やオペラは教養だと思っている人は、見ない方がいいかも。

 どういう事かと言うと、今回のメトの新演出のリゴレットは“オペラ”というよりも“ミュージカル”っぽいんですよ。「ああ、オペラとミュージカルは地続きなんだな」って感じさせる演出なんです。

 今度の新演出では、オペラの舞台となっている、時代と設定が新しくなっています。時は1960年代。場所はラスベガスのカジノ。マントヴァ公爵だった人は、デュークという呼び名でカジノのオーナーにしてポップス歌手。貴族たちは、デュークの取り巻きの芸能人たち。モンテローネはアラブの大富豪。主役のリゴレットは、デュークお気に入りのお笑い芸人。

 そんな感じで、オペラの時代と設定が変わってしまっているけれど、それでもしっかり『リゴレット』だったわけで、実によかったですよ。

 今までにも、時代や設定を変更した演出によって上演されたオペラは数あれど、たいていは「???」と思うほど、なんか無理を感じていたし、せいぜいが「これもアリかな?」って感じだったけれど、この新演出は良いです。伝統的な演出よりも、良いかも(マジでね)。

 私のアタマの中では、リゴレットのテノール歌手の役は、もはやマントヴァ公爵ではなく、デュークですよ、デューク。いやあ、デューク、チャラいです。

 今回の演出は、マイケル・メイヤーという人が手がけています。メトは初登場だけれど、長いこと、ブロードウェイで演出を手がけていた人で、つまり、ミュージカル畑の人なんです。この人が、自分のチームを引き連れて、メトにやってきて、リゴレットをミュージカル化したというわけなんだけれど、このリゴレットのミュージカル化は大成功だと思いますよ。

 公式ホームページによると、このリゴレット、現地では、2012-2013年シーズンの最高動員数を記録したそうで、かなりの大当たり公演なようです。また、このオペラ公演のメイキング番組が作られるほどの注目らしいです(日本でも、2013年3月22日(金)の夜、このメイキング番組がWOWWOWで放送されるそうです)。なんか、それくらいスゴい事になっているようです。

 いや、ほんと、今回は演出の勝利ですよ。演出次第で、オペラって、まだまだ現代性を獲得できるんだなって事がよく分かりました。それにしても、メイヤーという演出家は、なかなかスゴい才能の持ち主ですね。

 さて、演出ばかり誉めても仕方ないので、その他の事も書きましょう。

 メトですから、歌手は皆上手なのですが、今回私が関心したのは、スパラフチーレを歌ったステファン・コツァンというバス歌手のスゴさ。この人の低音は、実は見事です。一幕のリゴレットとの二重唱での最後の低音は実にカッコいいです。低音もあんなふうに歌うと、本当にカッコいいんだなあって思いました。いや、カッコいいのは声だけじゃなくて、ほんと、殺し屋っぽい演技も良かったです。

 いただけなかったのは、ジルダを歌っていた、ディアナ・ダムラウ。彼女、声も歌もいいし、美人だし、たぶん伝統的な演出だったら、とっても良いジルダになったと思うけれど、今回の演出では、かなり残念でした。というのも、時代が1960年代ですから、女性の衣装が、割とカラダのラインを強調するような感じのものだったにも関わらず、ダムラウのボディ・ラインは隠した方が良い感じのボディ・ラインで…ってか、はっきり書けば、あんなデブなジルダは見たくない! ジルダって10代の少女のはずなのに、いや、物語の時代や設定が変わっているのだから、もう少し年配になって20代に変更になっていたとしても、やっぱりダメだよ。あんなに太ってたら。いや、太っている事を強調するような衣装を着たら…。デュークってデブ専? いや、そんな事ないでしょ。だって、マッダレーナはデブというよりも、グラマーだもの。そりゃあ、ジルダがあんなに太っていたら、デュークもジルダを捨てて、マッダレーナに走るだろうて。そこが悲しいです。

 ダムラウのために書き添えておけば、伝統的な演出で、伝統的な衣装だったら、ダムラウのボディ・ラインもいい感じに隠せて、彼女は可憐なジルダを演技できたと思うよ。

 それにしてもあの衣装は、ハードルが高いです。あんな衣装を着せるなら、最初っから、ソプラノ歌手は、若くて細身の子を使わないと…。メトに出てくるソプラノは、たいていがデブなんだから、演出も大切だけれど、歌手の体型を隠すような衣装だって考えて上あげないと…その点だけが、実に残念でした。

 ……そりゃあ、ミュージカル歌手は、細くてかわいくて美人な子もたくさんいるけれど、オペラ歌手には、細くてかわいい…なんて子だと、主役は出来ないんだよ。そこんとこ、分かってほしかったなあ…。

 あと、デュークの1幕のアリアで、私がよく聞くパヴァロッティの歌唱だと、最後の最後はHi-Dなんだけれど、そこをHi-Dではなく、むしろメロディを下げて歌っていたのも、残念。たぶん、それが本来のメロディなんだろうけれど、いつもHi-Dで聞いていて、それが耳についてたので、とっても残念でした。

 とまあ、ちょっとだけ残念なところがあるけれど、この公演はほんとお薦めです。ミュージカルなら見るけれど、オペラはちょっと…という人には、ほんと、お薦めです。それと、手練のオペラファンにもお薦めかな? 古くて新しいのが、今回のリゴレットですよ。

 私は、本当に気に入りましたよ。ビバ、ヴェルディ! ビバ、リゴレット! ビバ、メイヤー!

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2013年3月10日 (日)

糖尿病って、こんなに怖いんだよ[2013年3月第2週・通算9週]

体重:109.4kg[+0.3kg:-2.8kg]
体脂肪率:30.5%[-0.2%:-0.5%]
BMI:34.5[+0.1:-0.9]
体脂肪質量:33.4kg[-0.1kg:-1.4kg]
腹囲:104.0cm[-0.5cm:-4.0cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 私が以前、糖尿病を罹った時に学んだ『糖尿病の恐ろしさ』を私なりに書いておこうと思います。改めて書くことで、自分自身に、糖尿病の恐ろしさを再認識させて、ちっとはダイエットに本腰を入れることを目的としています(笑)。そうそう、関係者の皆様へ。私の知識に間違っている箇所があったら、優しく教えてくださいね。

 まず、糖尿病とは…読んで字のごとく「尿が甘くなる病気」だそうですが、それ、ほんと? 確かに糖尿病になると、尿の匂いは変わります(マジです)。でも、尿なんて、なめた事も飲んだ事もないので、本当に甘くなるかどうかは、私には分かりません。

 病気的には、尿というよりも、血液の中の糖分が増える病気と理解した方が良いみたいです…とは言え、糖尿病患者さんの血液をなめたら甘いかどうかは、私には分かりませんが…。

 とにかく、問題は、血液中に過剰な糖分が存在する事。つまり、悪役は、この糖分なんだそうです。

 糖分は人体のエネルギー源なわけです。だから、どんな人の血液の中にも、ある一定量の糖分は含まれていないといけないわけです。でないと、人間、エネルギー不足で倒れちゃうわけです。しかし、糖尿病患者さんの血液は、倒れるどころか、エネルギーに満ち満ちた血液であって、それが体中を巡っているわけです。

 「エネルギーに満ち満ちた血液が体中を巡っている? それのどこが悪いの?」 普通、そう思いますよね。

 どうやら、この血液中の糖分って奴は、きちんと消費されて、常にある程度以下ならば問題はないのですが、使い切れずに残ってしまって、血液中の糖分が減らず、いつまでも血糖値が高いままなのが、問題なんだそうです。

 つまり、エネルギー満載が過ぎて、過剰になってしまうのがイケないのです。

 だいたい、エネルギーが過剰だから、余ってしまうわけで、その余った糖分が(メカニズムはよく分からないけれど)細胞をダメにするわけなんだそうです。
 
 
 血液がまず最初に接するのが血管ですから、糖尿病になると、その糖分に真っ先にやられるのか血管です。それも毛細血管なんだそうです。

 体中の毛細血管がやられると、血の巡りが悪くなってしまいます。その結果、足の先が壊疽と言って、生き腐れしていきます。いわゆる「糖尿病になって、足が腐ってしまったので、切断しました」っていう奴ね。ああ怖い。
 
 
 毛細血管がやられて、血の巡りが悪くなると、新陳代謝って奴がうまくいかなくなります。そのため、血液がいつまでもドヨドヨして、疲れやすくなり、元気がなくなります。神経細胞も働きが衰えますし、性欲も減退するんだって。ああ怖い。
 
 
 血糖値が上がるだけでなく、血液がいつもドヨドヨしているので、ついつい無意識に、血液を薄めて、血糖値を下げよう、血液ドヨドヨをサラサラにしようとして、水分を多量に摂取するようになるのだそうですが、そんな事で状況が改善されるわけもなく、取りすぎた水分は、結局、尿になるしかないので、いわゆる頻尿って奴になってしまいます。ああ、怖い。
 
 
 また、毛細血管がやられて、網膜で出血するようになると、それが原因となって網膜がダメになって視力が下がり、やがて失明してしまうかもしれません。ああ怖い。
 
 
 毛細血管がダメになって、腎臓の糸球体がダメになると、尿が作りなくなり、体内に老廃物が溜まるようになります。そのままでは死んでしまうので、そうなると、人工透析をするようになります。人工透析…ああ、怖い。
 
 
 人工透析と言うのは、ダメになった腎臓の代わりに、体内の血液を濾過して、老廃物を取り除いてくれる機械のお世話になることなんだけれど、これがだいたい週に2~3回程度、病院に行って血液を漉してもらうんだそうです。知り合いで人工透析をしている人に尋ねたら「一日置きに透析に行く、一回にかかる時間はだいたい3時間」って言ってました。「透析中は、本がたくさん読めるよ(はぁと)」と言ってましたが、本なんて読めなくてもいいから、透析は勘弁だな。ちなみに、腎臓は一度壊れてしまうと直らないので、腎臓移植をしてもらわない限り、死ぬまでずっと透析なんだって。ああ怖い。
 
 
 糖尿病になると、毛細血管だけでなく、やがて、太い血管だってダメになります。硬くなってモロくなって破れやすくなるのだそうです。つまり、動脈硬化が起こります。動脈硬化、ああ、怖い。
 
 
 動脈硬化になると、血管が破れやすくなるし、老廃物が詰まったりもするそうです。動脈が破れてしまったり詰まったりすると大変です。その箇所が、手とか足なら「ああ、アザができた」で済みますが、これがもし、脳で起これば脳卒中とか脳梗塞とか脳内出血って奴になるわけだし、心臓で起これば心筋梗塞などが起こるし、大動脈で起これば大動脈乖離になるわけで…ああ怖い。
 
 
 とにかく、糖尿病ってのは血液の病気で、その症状は全身に表れるのです。血液って、切ったり貼ったり、取り替えたりなどの外科的な処置ができない病気なんです。もしも仮に、全身の血液を入れ換えて取り替えたとしても、その入れ換えた血液もやがて甘々のドヨドヨになってしまいます。

 だいたい、血液を取り替えて糖尿病が直るなら、人工透析を一発すれば糖尿病が全快するだろうに、いくら人工透析を繰り返しても糖尿病が良くならない事からも、血液を取り替えても、それは単なる一時しのぎでしかないわけです。

 つまり、糖尿病の治療って、ひたすら地味に内科的な治療をしていくしかないわけです。それゆえに、時間もかかるし、お金もかかるし、苦しみも大きく、活動制限もかなりかかるのです。

 おお、怖い怖い、糖尿病、怖い。そして、一度壊れてしまった細胞は復活しませんから、そこまで病状が進んでしまうと、治療しても元通りに回復ってのは難しく、治療は現状維持を目指し、これ以上病気が進行しないような気をつける…という治療方針で行く事になります。つまり、糖尿病は、ごく初期のモノは別として、一度罹患してしまうと、たいていの場合、死ぬまで付き合っていく病気となるのだそうです…ああ怖い。
 
 
 経口治療薬を毎日毎食ごとに必ず飲む事だって、面倒ったらありゃあしません。当然、食事だって、糖質制限食の低カロリー食になります。病状が進めば、日に何度もインシュリン注射をしないといけなくなります。飲み薬でさえ面倒なのに、毎度毎度注射をするなんて、考えただけでもかなり億劫です。

 ああ、怖い。そうならないためにも、体重をあんまり増やしちゃいけないんだな。ダイエットしないと、ダイエット。頑張んないとなあ。

 ああ、ほんと、糖尿病って、怖いんだよ。

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2013年3月 9日 (土)

キキョウとナゴンは夫婦?

 …のような感じです。とにかく、仲がいいのよね、この二匹。割と二匹だけでいる事多いし、たいてい一緒にいるし。笑っちゃうのは、夜、二匹で寄り添って寝ているんだよぉ。水槽の端で、二匹並んで底に沈んで寝てます。ちなみに、サクラもよく、水槽の底に沈んで寝てますが、たいていは孤高です。ハナジロはプカプカ漂いながら寝ます。以前は、キキョウもナゴンもプカプカ派だったのだけれど、ここんとこは、仲良し二匹で沈んでます。

 まあ『仲よき事は良き事かな』でいいんじゃないですか?

 今までの例を見ていても、金魚って、緩やかな一夫一婦制なんだよねえ…。

 ん? って事は、キキョウとナゴンは夫婦? って事は、キキョウはオスって事でいいの? ナゴンはキキョウの女って事でいいの? おお、それともキキョウは実はメスで、二匹は百合とか? ううむ、分からない…というのも、まだキキョウには、はっきりしたオスの兆候が表れていないのですよ。キキョウは…たぶん…オスだろうと思うけど、まだはっきりしたわけじゃないです。オスならオスで仕方ないけれど、実はオスっぽいメスだったら…それはそれで面白いからいいか。

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2013年3月 8日 (金)

フルートをオーバーホールに出してきた

 半年前の調整の時に、アルタスの職人さんに「そろそろ、オーバーホールに出した方がいいですね」というアドヴァイスをいただいていたので、東京に出かける予定があったので、そのついでに、アゲハをオーバーホールに出すことに決めました。

 とは言え、初めてのオーバーホールで、何かと心配なので、実際に出かける一週間前に、お店に電話をして、色々と確かめてみました。

 まず、オーバーホールに予約は必要ないそうです。修理と同じ扱いになるので、いきなり店に持ってきてくれて、かまわないのだそうです。そこから数日間、楽器を預かってオーバーホールをするのだそうです。

 オーバーホールには店の職人さんが行うパターンと、メーカーに送ってメーカーの職人さんが行うパターンの二つがあるそうです。ただ、どちらのパターンであっても、楽器を一度お店に預ける必要があるのは同じだそうです(つまり、その場でやってもらって、日帰りでやってもらうのは無理って事ね)。そして、預ける期間は、フルートの状態によっても違うのだけれど、通常、数週間の時間がかかるそうなのです。結構、時間がかかるね。

 まあ、予約が必要ないなら、それはそれで良いでしょう…というわけで、トコトコ銀座に出かけて、アゲハをオーバーホールに出してきました。

 お店で受け付けてくれたのは、電話応対をしてくれた店員さんとは別の方でした。

 まずはアゲハを色々と見て「分かりました、オーバーホールを受け付けます」とおっしゃいました。ん?って事は、オーバーホールを受け付けない場合もあるわけ? このあたりは突っ込まなかったけれど、あんまり状態がフルートの状態が悪いと、ことわったりするのかな?

 最初に、お店でのオーバーホールについて説明してくれました。その店で、オーバーホールをすると、メカのガタツキの修理、組み立て調整、タンポの交換、コルクの交換、楽器の手磨きをしてくれるのだそうです。期間は約6週間、費用はおよそ8万円だそうですが、職人さんの判断で、期間も費用も多少変更があるそうです。また、オーバーホールは修理ではないので、管体のヘコミなどを直す場合は、別料金になるんだそうです。

 私は、頭部管にある大きな凹みが気になっていたので、この際、それも直すつもりですと言ったら、そこだけでなく、このフルートには、あっちこっち凹みがありますよって言われちゃいました。で、店員さんが丁寧に凹みの箇所を教えてくれましたが、たしかにアゲハには、あっちこっち凹みがありました(気付かなかったなあ…)。

 で、店のオーバーホールでいいですか? と店員さんが尋ねてきたので、私は「今回はメーカーの方に出したいです」と言いました。と言うのも、H先生がオーバーホールをするなら、店にやらせるのではなく、メーカーに出した方が良いと、以前からアドヴァイスしてくれていたからです。

 メーカーでのオーバーホールとなると、店側では何も分からないのだそうです。と言うのも、メーカによってオーバーホールの内容は変わってくるし、その費用も預かり期間も変わってくるからなんだそうです。なので、メーカーにオーバーホールに出すとなると、一度メーカーに楽器を送って、メーカーで費用や期間の見積もりを出してもらって、それを私が聞いて、オーバーホールをしてもらうか否かの判断をして、そこから実際の作業に入るからなんだそうです。

 「一般的に言うと、メーカーでのオーバーホールは、調整点検だけでなく修理も同時にする事が多いので、費用もかかるようになるし、期間も長くなりますよ、それでもいいですか?」と確認されました。「いいですか?」って言われても、こっちも初めてなわけだし、まあ、とりあえずお願いしてみるって事にしてみました。

 まあ、正直、預かり期間については、本番があるわけでもないので、常識の範囲内の長さなら特に問題はないし、費用の方は、予算として10万円を用意してあるので、たぶん、これで足りると思ってました。と言うのも、事前にアルタスの人からオーバーホール代金の情報は仕入れていたし、ムラマツのページとかを見ても、だいたい10万円あれば足りるはずなので『まあそんなもん』とか思って、お願いしたわけです。

 と言うわけで、アゲハの里帰りは、あっけなく手続き完了。後は、お店から具体的な見積もり額と預かり期間の連絡を待つのみです。
 
 
 で、2~3日したら、お店から連絡がありました。まず、オーバーホールのパターンは三つあって、どれにしますか? と聞かれました。

 1)“タンポ等全部交換+組み立て調整” 約10万円で7週間必要
 2)“1)+手磨き” 約12万円で8週間必要
 3)“2)+凹み修理” 約13万円で8週間必要

 お店からの回答を、事前に仕入れていた情報と比べると、預かり期間は、通常なら1カ月前後だけれど、春先は生産の仕事が忙しいので、倍近い時間がかかると言われていたので、今回の7~8週間ってのは、想定内だからOK。費用は…アルタスさんの情報とは、実はだいぶ違うなあ…予算ギリギリ(汗)。余裕シャクシャクのはずだったのに…? 妻曰く「お店を経由しているから、お店の取り分が入っているんじゃないの?」 あ、そうか。なるほどね、そりゃあそうだ。店だって、ボランティアでやっているわけじゃないしね。

 たぶん、お店を経由せずに、直接メーカーにオーバーホールの依頼ができれば良いのだけれど、アルタスは、ムラマツやパールなどとは違って、直接修理やオーバーホールを受け付けてくれる窓口が無いから、お店[と言っても代理店なんだけどね]経由なのは仕方がありません。また、お店がどれだけ料金を上乗せするかは、その店次第だから、最終的なオーバーホール代がいくらになるかは、アルタスの人が知らなくても不思議はない。それに、お店には無料調整とかで、今までも散々世話になっているから、そういうモノも含めると、今回の金額が不当に高いとは思えない。

 ま、もっと安くオーバーホールを済ませたかったら、アルタスの職人さんにオーバーホールをしてもらう事をあきらめ、買ったお店の職人さんや他のメーカーの職人さんにお願いするしかないんだから、これも仕方ないか。

 とまあ、準備していた予算の都合もあり、今回のオーバーホールは1)でお願いしました。元々、今回のオーバーホールの目的は『左手部分のタンポの交換』であって、それ以外の項目は、いわばオマケみたいなもんだからね。全タンポ交換して調整してもらえるなら、もう十分です。

 それに元々“手磨き”はお願いするつもりはなかったからね。だって、せっかくいい感じでサビてきたのに、何も好き好んで、新品みたいにピカピカにする必要ないじゃん。楽器にも風格って奴が必要だし、オッサンが持つんだから、楽器もそれなりに風格を感じさせてくれないと似合わないじゃん。

 でも、頭部管の凹みを直せないのは残念だな。元々これらの凹みは、大きい方は先生から「音には支障ないから放置していても大丈夫」って言われている箇所だし、小さい方は気付かない程度の凹みだから、今回修理をパスしてもOKだけれど、やっぱり残念と言えば残念。

 まあ『どうせオーバーホールするんだから、徹底的にやってもらいたい』という気持ちがないわけでないですが……実は、少し前までならお財布にも余裕があったので、3)でお願いしちゃった可能性もないわけではないけれど、『オーバーホールは10万円あれば十分でしょ!』とか思って、絵を買っちゃった直後だったので、実は私、懐が寂しいのよ。ううむ、絵を買わずに、予算を取っておけばよかったかな?。

 次のオーバーホールの時には、予算15万円を用意して3)でお願いするか、お店の職人さんにオーバーホールをお願いする(こっちだと10万円前後でいけるでしょう)か、考えないとなあ…。どっちにしても、五年後の話だけれど。

 ちょいと誤算。

 今思えば「手磨きはいらないので、1)に頭部管の凹み修理でお願いします」という選択肢もあったわけだけれど、連絡を受けた時に、そこまで思いつかなかった自分がちょっと恨めしかったりします。まあ、いいか。凹みの修理はこの次だ。

 と言うわけで、アゲハはゴールデンウィークまで実家に帰省してくる事になりました。寂しいね。

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2013年3月 7日 (木)

オペラ向きの人、歌曲向きの人

 さて、声楽レッスンの続きです。今回も“L'ultima canzone/最後の歌”を集中的にやりました…ってか“Malinconia, Ninfa gentile/マリンコニーア”は、やっぱり私にはまだまだ難しいので“最後の歌”で高音Aの練習をして、それから“マリンコニーア”をやっつけましょうって事のようです。たしかに、同じ高音Aでも“最後の歌”のA音は、なんとかなりそうだけれど“マリンコニーア”のA音は、どうにもならないって感じだもんなあ…。

 さて“最後の歌”を通して歌ってみました。一生懸命歌いすぎ、声帯に負担がかかりすぎ…と言われました。もっと楽に声帯への負担を減らして歌わないと、最後の高音Aにチャレンジする余力が残りませんって言われました。最後に高音Aがなければ、最初からトバして歌っても、それはかまわないけれど、最後の最後に難敵が待っている以上、力を温存してラスボスを倒さないといけないのです。…そりゃあそうですね。そして、楽に歌うために、普段から響き中心の声で歌うことが大切なんです。

 フレーズの歌い方に注意を受けました。“最後の歌”に限らないでしょうが、多くのフレーズは歌いだしが低くて、そこから昇って行って頂点を迎え、さらに下がってフレーズを終える…というパターンが多いでしょ。つまり『山型のフレーズ』ね。そういうフレーズの歌い方についての注意です。

 まず、頂点の音を一生懸命に歌うのではなく、その一つ前の歌をきちんと歌うこと。頂点の歌が終わりではなく、頂点の次の音を目指して歌うこと。頂点の音は、むしろ通過点だと思って歌った方が良いくらいなんだそうです。それってつまり「高い音を見ても、そこで戦わない。前後の音をしっかり歌うことで、結果的に、頂点の音を、しっかりと発声する」って事なんだろうと思います。

 短調と長調はしっかりと歌い分ける事。特に短調から長調に転調すると、メロディの音程がやや高くなる事が多いけれど、いくら音が高くなっても、メロディそのものは長調なのだから、苦しげに歌わない事、むしろ楽に明るく歌うこと。

 ピアノがいない箇所は、自由に歌うこと。やりすぎにならない程度に好きに歌い、会場の余韻を楽しんで歌ったり、崩れた体勢を建て直したり、呼吸を整えたりする事。特に気をつける事は、会場の残響音。広い会場だと、残響音が消えるまで1~2秒かかるケースもあるので、常に残響音を意識して、残響音が消えるまでは歌いださないようにする事。機械的なインテンポは、最悪です。

 私のチェンジは五線の一番上のF#だけれど、私の声で、割とキレイ(?)なのは、そのチェンジの直前のC~Eのあたりなんだそうです。だから、このあたりの音程で長い音符になっている箇所は、心持ち長めに歌うのも良しなんだそうです。先生が聞くに、私はF#とかGを長めに伸ばして歌っているそうなんだけれど(本人的にはチェンジよりも上の音を歌うのは楽しい…から無意識に)、そこではなく、むしろそこよりも下のC~Eあたりを伸ばした方が結果が良いのだそうです。自分的には、すべての音を公平に平等に歌っているつもりですが、聞く人が聞くと、そう聞こえるんですね。そして、私のC~Eあたりが良い声と言うのも意外な感じがします。

 数小節に渡って歌がない箇所では、ぼーっと気を抜いているのではなく、しっかりピアノを聞いて、心の中でピアノに合わせて歌っている事が大切です。それをしないと、次の歌いだしが、とても唐突に感じるのだそうです、つまり“下手”に聞こえるって事ね。
 
 
 それにしても、発表会のホールがなかなか取れないのだそうです。このままでは、今年は発表会は無し、年末にレストランでも借りて“おさらい会(お客は呼ばないで、門下生だけで歌って飲む会)”になるかも…って言われました。個人的には、レストランでのおさらい会は乗り気になれないので、先生に「小ホールばかり狙わないで、中ホールや大ホールの方が取りやすいのですから、そっちも会場としてお考えになってみてはいかがですか?」と提案したところ「オペラを歌う人は大ホールでもいいかもしれないけれど、歌曲を歌う人は、大ホールだと聞こえないからねえ…小ホールじゃないと、発表会は難しいんですよ」と答えられました。

 この話を契機に、オペラを歌う人と歌曲を歌う人の違いについて尋ねてみました。

 プロアマ問わず、たいていの歌手は両方歌うのだけれど、それでもやはり、オペラを得意とする人と、歌曲を得意とする人の二種類に分かれるんだそうです。と言うのも、それぞれに求められるものが違うからなんだそうです。

 オペラを歌うために必要なものは…声なんだそうです。とにかく、大きな声で広い音域を持っている事が必要なんです。最低、それがあれば、後は指揮者任せでOKなんだそうです。

 一方、歌曲を歌うために必要なものは…頭脳なんだそうです。歌曲は、言葉が命なので、歌う曲の言語に通じている必要はあるし、歌詞に応じた感情表現ができなければいけないし、何よりも歌手自身が自分で考えて音楽表現をしていかないといけないので、音楽を他人任せにする事ができないのだそうです。そして、その曲を自分なりに表現する事ができればOKなわけで、たとえ声は豊かでなくても、その豊かでない声を逆手にとった表現方法を考えていけば、それでいいのだそうです。

 逆に言うと、オペラを歌うなら、多少アタマが緩くても声さえあればOKだし、歌曲を歌うなら、少々声が弱くても表現を磨いて歌えばOKなんだそうです。

 もっともアマチュアの場合は、表現うんぬんではなく、声をひけらかしたいからオペラを歌う、声に自信がないから歌曲を歌う…という傾向があるのだそうです。……たしかに私は声をひけらかしたいタイプなので、オペラ、歌いたいなあ(笑)。

 「[アマチュアの場合]歌は、その人なりに歌っていけばいいんです」というのが、先生の持論なんですが、だからこそ、発表会場にはこだわりがあるみたいなんですよ。小ホールで会場の響きが抜群に良い会場…でないと、発表会をしないんです。もっとも、だからと言って、Y門下の人が歌曲ばかりを歌っているかと言うと、実はそうでもなく、オペラアリアを歌っている人もいたので、大きな会場でも良さそうな感じがするのですが、まあ、先生は先生で色々とお考えなんでしょうね。

 私はたとえ客席がスカスカでも、大ホールで歌いたい人です(笑)。

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2013年3月 6日 (水)

声の有る無しは『フェラーリとカローラの違い』のようなもの

 声楽のレッスンに行ってきました。はい、前回のレッスンから一週間ほどしか経ってません。月2回レッスンですから、隔週レッスンが理想ですが、私たちのレッスンよりも、先生の仕事のスケジュールを優先する約束になっていますので、これもまた仕方のない事です。

 今回のレッスンでは、自分的に“ノドの奥を一生懸命に開けて歌う”をテーマにして臨んでみました。“一生懸命にノドの奥を開けようとする” -> “一生懸命が有り余って、ついつい声がたくさん出てしまう” -> “声出し過ぎと注意される”という言う始末。

 声は、たくさん出しちゃいけないんです。声は“たくさん出す”事よりも“楽に出す”事を優先するように、キツくキツく言われます。

 『声は楽に出す、ノドの奥は大きく開ける』が、今の私が狙う事なんです。

 声を楽に出す事は大切な事なんです。と言うのも、頑張って大声出すよりも、楽に歌った方が、結果としてより大声になるからなんです。…別に矛盾してませんよ(笑)。

 頑張って歌った声は、ほとんどが『[いわゆる]声帯を鳴らした声』なんです。今の私の声が、まさにこれで、この声はかなり堅くて刺激的なんです。でも楽に歌った声は、声帯の鳴りに加えて、口腔内の響きが乗りやすいんだそうです。ですから、声としては“声帯の鳴り+響き”となって、結果的には、自分が思っている以上に、大きな声になるんです。おまけに、深くて優しくて柔らかい声になるんだそうです。「そういう声の方が聞きやすいでしょ」…確かにそうですね。

 でも、ノドの奥を大きく開くと、ついつい息がたくさん出ちゃって、ついつい声帯をたくさん鳴らしちゃって、ついつい声が大きくなってしまいます。でも、それはダメな事なんです。それを防ぐには…お腹の支えが必要となります。お腹の支えが不十分だから、ノドの奥を開くと、息がドバーと出てしまうわけで、ノドの奥を開いても、息の出をきちんとコントロールするために、お腹の支えがちゃんとできないといけないのです。

 お腹の支えは…私程度の支えでは、まだまだ不十分なんですが…それでも、以前よりは、だいぶお腹が使えるようになったと先生に言われました。やったね。

 ノドの奥が少し開けるようになると、それに相応しいだけお腹で支えられるようにしないといけません。お腹で支えられるようになると、今度のその支えを頼りに、さらにノドの奥を開いていきます。そうすると、お腹の支えが足りなくなるので、さらにお腹を鍛えます。すると、今度はそのお腹の支えを頼りに…という感じで、交互に少しずつ少しずつ鍛えて、歌うカラダを作っていくのです。

 大変だね、先は長いね(ふぅ)。

 “ノドの奥を開く”ですが、今の私の宿敵は“舌根”です。とにかく舌根を下げて事に集中しています。前回よりは少し舌根が下がっていると思います。そこで先生が「少しは上を開くことも意識してみてください」とおっしゃいました。上を開く…この場合は、口蓋垂を上に持ち上げる事を言います。

 今、正面から私のクチの中を見ると、おそらく盛り上がった舌根が見えるはずです。で、この盛り上がった舌根を下げて、口蓋垂が見えるように懸命に頑張っている最中なんですが、次のステップは、この口蓋垂を上にあげて見えなくして、ノド壁が直接見えるようにするのが、第一段階の目的なんだそうです。ふう、大変だね。

 ちなみに、舌根を下げるとか、口蓋垂を上げるとかは、直接『舌根を下げる』とか『口蓋垂を上げる』とか意識してもうまくいかないのだそうです。人間のカラダはそんなふうには出来ていないのだそうです。だから、そのためには『舌根が下がった時の自分の状態』とか『こんな事を考えていると舌根が下がる』などの感覚を覚えて、その感覚の再現をする事で、確実に舌根を下げられるようにするのが、簡単で確実なやり方なんだそうです。で、この感覚は人それぞれだから、自分で見つけないといけなんだそうです。

 ひとまず、私は音色かな? 自分の声の音色の違いで「今のは舌根が下がっていない」とか「いい感じで下がっている」とか感じてます。この感じ方と実際の舌根の動きが一致していればいいわけなんですが…難しいですね。

 それにしても、ノドの奥を開けて歌っていると、お腹が疲れます。10分も歌っていると、腹筋がピクリとも動かなくなります。それでも歌っていると、ノドとか肩とか胸とかを使って、発声し始めるのが私です。

 「すとんさんは、ノドが強いなあ…。普通の人だと、そんなに強力にノドで声は支えられませんよ。ノドで声が支えられないから、みんな、腹筋を鍛えて、お腹で声を支えようとするんだけれど、すとんさんはノドが強いから、ノドだけでも歌えてしまうので、なかなか腹筋が鍛えられないんですよねえ…」と、誉められ(?)ました。

 「すとんさんのような人は、声を出さずに腹筋を鍛えることをした方がいいですね。声を出していると、ついついノドに頼ってしまいますから…」なんだそうです。

 ノドで声を支える…それってノド声? じゃあダメなんですよね…って聞くと、必ずしもダメとばかりは言えないのだそうです。もちろん、いわゆる“ノド声”はダメなんですが、いくら“響きで歌う”と言っても、それはあくまでも比喩であって、物理的にはどんな歌い方をしても“ノドを鳴らして歌っている”わけで、その“ノドの鳴らし方”に善し悪しがあって、良い鳴らし方だと“響き”と言われて、悪い鳴らし方だと“ノド声”って言われちゃうだけで、良い鳴らし方をしているなら、ノドが強い事は、強力なアドヴァンテージなんだそうです。強力なアドヴァンテージ…つまり“声を持っている”って事なんです。

 よく声楽界では「あの人は声を持っている」とか「残念だね、あの人は声を持っていないみたいだね」とかいう表現があります。この「声を持っている/持っていない」というのは、デジタル的に、イチとゼロに分かれるものではなく、あくまでもアナログ的に、ダラタラと連続的に存在しているんですね。もちろん、歌を志す人の場合、全く「声を持っていない」という人はいないわけで、要は、持っている声の性能とか大きさとかレベルとかの違いがあって、それを「声を持っている/持っていない」と表現するわけです。

 ですから、Y先生は、それを車にたとえて、フェラーリの声を持っている人/カローラの声を持っている人、と考えるのだそうです。この場合の、フェラーリはレーシングカーの事で、カローラは大衆車の事です。

 多くの人は、車を持っていても、ほとんどがカローラです。カローラは扱いやすく、運転もしやすくて、故障も少ない。町中で普通に乗るなら、カローラは最高です。

 一方、フェラーリを持っている人は少ないです。選ばれたほんの少数の人しか持っていません。フェラーリは扱いが難しいです。運転は難しく、日々のメンテナンスが大変だし、町中で乗るために作られていないので、もしも普段の生活でフェラーリを使おうと思ったら、それは大変な思いをしないといけません。そのためには、運転技術を始め、運転手は色々な技巧を身につけなければいけません。そうしないと、フェラーリはカローラの足元にも及びません。しかし、技術を高め、フェラーリを自分の意のままに操れるようになれば、フェラーリは最高の車になります。カローラでは出来ない事がたやすく出来るようになります。

 声もそれと同じで、なまじ声を持っている人は、自分の声を持て余して、声に振り回されてしまうのだそうです。そのために、声をコントロールする事をきちんと学ばないといけないのです。その代わり、コントロールさえ出来れば、それこそ鬼に金棒となるのです。でも、コントロールできなければ、声を持っていない人の足元にも及ばないのです。

 さらにY先生はおっしゃいました。声を持っている人は『ウサギとカメ』のウサギなんだそうです。声を持っている人は、声を持っていない人が、最初に悩むところや苦しむところを、難なく通り過ぎてしまって、先行してしまうのだそうです。でも、ウサギは途中で昼寝をしてしまうのです。声を持っている人間は必ず、途中で大きな壁にぶちあたり、その壁を乗り越えるのに難義します。声を持っていない人はカメなので、スタートは遅いのだけれど、一つ一つ着実に進んでいくので、いつしかウサギを追い抜いてしまうのだそうです。昼寝をしていたウサギが目覚めれば、ウサギが勝てるけれど、多くの場合、ウサギは寝たままなんだそうです。

 ぐぅ~~、私は昼寝中のウサギって事ですか? 下手くそが運転するフェラーリですか? …って、まさにそんな感じなんだろうなあ。でも、だから、Y先生は、昼寝からの目覚め方を、フェラーリの運転の仕方を私に教えてくださろうとしてくださっているのです。それに応えないのは、男じゃないね、そのためにも、今はしっかり、ノドの奥を開けて、しっかりお腹で声を支えていかないと。

 そんな感じで発声練習を何度かやっているうちに、Y先生がおっしゃいました。どうやら、私のチェンジの箇所はF#なんだそうです。(でしょうね、私もそう思いますし、たいていのテノールはF#がチェンジの箇所になります)で、このF#を境に、声の安定度がガラっと変わるんだそうです。つまり「チェンジより上が下手すぎ」って事です。音程も不安定だし、音色的に美しくないし、何よりも安定して出せない音があるわけです。そりゃあ「下手すぎ」と言われて仕方ないです。

 で、チェンジより上の音をもっと安定的に出せるようにしましょうって言われました。で、その具体的なやり方は…チェンジよりも下の音を充実させる事…なんだそうです。チェンジよりも下の音をきちんと鍛えると、チェンジよりも上の音が楽に扱えるようになるんだそうです。直接、チェンジよりも上の音をどうこうしようとすると、返って逆効果なんですねって…。へえ、そういうもんなんだ。

 そうそう、歌っている時の姿勢を注意されたよ。もっと胸を張って歌った方がいいそうです。私は、特に高い音になると、肩が前に出てきて、アタマが下がってくるんだそうです。それは、胸の筋肉を使っている証拠なんだそうだけれど、これをやっちゃうと、ノドに力が入ってしまうので、肩を後に回して、腕を下に引っ張る…つまり、胸を張るのが、ノドの脱力のためには良いのだそうです。そういえば、たいていのテノールは高音を歌う時、胸を張るよね。あれにはそういう理由があるんだねえ、へえー。

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2013年3月 5日 (火)

アタマを使ってフルートを吹く

 実は…H先生、入院なされちゃいました(涙)。なので、今回のフルートのレッスンは無しになりました。ああ、残念。先生のご容体など、詳しい話は何も聞いてないのですが、先生、大丈夫かしら? ああ、心配心配。

 で、終わりにしちゃうとアレですから、今回は、前回のレッスン記事のコメント欄に書いた事を、すこしふくらませて、きちんと書き残すことにしました。

 フルート演奏の難しさは多岐に渡ります。息の継続の問題、発声の問題、音色の問題、アーティキュレーションの問題などなどですが、その中でも多くの人が普遍的に感じるのが、指の問題でしょう。

 指の問題。そう、細かい譜や速いフレーズが吹けなかったり、吹こうとすると指がからまってしまったり、指が動かない、痛みがある、なんかうまくいかないなど、様々な問題があります。

 そういう指の問題に対して、H先生は「練習あるのみ」と明言されています。つまり、あれこれ悩むぐらいなら、さっさと練習しなさいって事だし、練習をすれば、必ず解決できるという事なんです。

 皆さんは、この指の問題、どんな練習をして、どのように解決しようとされていますか?

 以前習っていた笛先生は…、

1)楽譜を細かく割り、間違えやすいところを、なるべく小さな部品に切り分けて、そこだけを丁寧に何度も練習する事。

2)メトロノームを使って、最初は確実にできる速度から練習を始め、そこから小刻みにテンポアップして、最終的に目的とする速さで出来るようにする事。

 …と教えてくださいました。おそらく、多くの先生はこう言うと思います。

 でも、H先生はちょっと違います。先生はまず「指で覚えるな」と言います。そして次に「ゆっくり吹きなさい」と言います。そして「しっかり楽譜を見て吹きなさい」と言います。最後に「フルートは指で吹くモンじゃないですよ、頭で吹くものです」と〆ます。

 つまり“アタマを空っぽにして、出来るまで繰り返し練習”ってのは、ダメなんですよ。“楽譜をガン見して、1音1音しっかり意識して、ゆっくり着実に吹きなさい”なんです。そして、ゆっくりきちんと吹ければ、テンポが速くなっても正しく吹けると言うのです。

 と言うのは、テンポが速くなると吹けないのは、決して指のせいではないと、先生はおっしゃいます。「テンポが速くなると吹けないのは、手癖で吹くからです。音楽をきちんと理解していれば、どんなにテンポが速くなっても、きちんと吹けます」って言うんですよ。なぜなら、指を単純に上げ下げするだけの動作なら、どんな人でもそんなに違わない速度で素早く出来るからなんです。問題は、指の上げ下げの速さではなく、どのタイミングで、どの指を、どう動かすかであって、それは手癖で覚えるのではなく、音楽を理解して、楽譜をきちんと読んで、その通りに吹けばいいのです…と言います。

 こうおっしゃるのは、おそらく、先生がプロのオーケストラプレイヤーだからだろうと思います。なにしろ、プロオケと言うのは、ロクに練習をしないんだそうです。演奏会があるからと言われて仕事に行くのは、もう本番直前なんだそうです。だいたいは本番前日が多いけれど、たまに本番当日なんて事だってあるんだそうです。つまり、練習なんて、やっても1~2回(それも“合わせ”の練習)だし“練習無しの、いきなりリハーサル”なんて仕事もたくさんあるんだそうです。

 ですので、現場に入ってから、今日やる曲を知らされる事だってあるんだそうです。で、楽譜を渡されて、すぐにリハーサル…なんですって。「練習をして手癖をつけなきゃフルート吹けないようじゃ、仕事にならないんだよ」との事です。楽譜を手にしたら、初見でバリバリ吹けないといけないんだそうです。それがプロのお仕事。

 もちろん、趣味の私に“初見でバリバリ”は求めませんが、練習を重ねて、手癖で吹くのはNGなんです。楽譜をしっかり見て、きちんと音楽を理解して、その上できちんと吹けるように練習をしてくる事を求められます。

 私も最初は、H先生のこの要求に「???」でした。やっぱり指の練習は必要でしょうって思ってました。手癖は絶対に必要でしょう…ってね。

 でも、先生からレッスンを受けているうちに、先生が本当に言いたい事が少しずつ分かるようになりました。確かに(少なくとも私の場合は)速いフレーズに対応できないのは“指が動かないから”ではなく“指を動かせないから”だという事が分かってきました(微妙な違いなので、注意深く読んでくださいね)。そして“指が動かせない”と言う事、つまり“アタマが悪い”って事なんです、あるいは“アタマを使っていない”と言い換えてもいいかな?

 問題は、アタマの使い方です。これに関しては、人それぞれですし、先生も具体的な方法は言いませんが「アタマの中できちんとドレミで歌っていますか?」とは、よく聞きます。そこで私が取った方法は…階名唱です。それも固定ド唱法で歌います。

 私の場合、固定ド唱法で歌えるフレーズは楽々フルートで吹けます。しかし、歌えないフレーズはたいてい吹けません。

 実は私、以前から、初見の曲は、フルートを吹く前に、階名唱をしていました。と言うのも“歌わないと吹けないから(汗)”です。そこはそれ、私、基本的に歌手であって、楽器の人じゃないんですよ。だから何でも“歌”が基準なんで、とりあえず歌っちゃうんです。でもやっぱりフルートはフルートであって、歌ではないので、結構いいかげんに歌っていても、なんとかなっちゃうんですね。譜読みが少々いいかげんでも、楽器の力で誤魔化しても吹けちゃう…というべきかな? なので、少々歌が奇しくてもフルートを持って吹き始めると、だいたい吹けちゃうので、そのあたりから誤魔化して吹き始めたりしてました。

 でもやはり、誤魔化して、細かいところをきちんと譜読みしていないから、ダメなんですよ。所詮、誤魔化しですから、あっちこっちいいかげんなんです。だから、音符が細かくなったり、テンポが速くなったりすると、途端に吹けなくなるんです。

 そういう事に気づきました。だから、吹けない箇所は、まず階名唱をします。そして、階名唱できるようになったら、1音1音フルートで確認して、ゆっくりときちんと正しく吹けるようにします。そして、ゆっくりときちんと正しく吹けるようになったら…規定のテンポで吹くようにしますが、その時、たいてい、フォームの乱れとかタンギングの狂いとかの問題が生じるので、そのあたりを調整すると、まあだいだい吹けるようになります。

 それでもまだ、問題はいくつかあります。まず『老眼なので、楽譜を読み間違える』事かな? 老眼を甘く見ちゃダメですよ。だって私「この音符はシなのか、レなのか…よく見えない…」って事、しょっちゅうですからね。

 あと『階名唱は、歌詞で歌うよりも難しいので、なかなかマスターできない』って事もあります。なにしろ階名の羅列には意味がないからね。意味のないモノをマスターするのって、ほんと、難しいです。

 そして極めつけは『読譜のスピードが遅い(笑)』という決定的な問題もあったりします(涙)。なので、十六分音符の羅列は、十六分音符4つで一つの音符扱いにして、その4つの固まりを(本当はいけないのかもしれないけれど)暗譜して、読譜の遅さをカバーします。

 そんな感じでやってます。

 「だったら、それって、指癖で覚えていないだろうけれど、階名唱を暗譜しているんだから、同じことじゃない?」 いえいえ、それが違うんです。どこが違うのかと言うと…

 “私、階名唱を暗譜していませんから(笑)”

 …私、なぜかフルートの譜は暗譜できないんですよ。おそらく、暗譜に使う脳の部分を指を動かすために使ってしまって、暗譜する脳味噌の余裕がないんだろうと思います。なので、指を動かさない声楽なら暗譜できても、指を動かすフルートは、ほぼ暗譜できません。ですから、いちいち楽譜をガン見して演奏してますし、誤読をしたらそのまま間違えて演奏してます(涙)。

 階名唱での練習…これが私なりの、アタマを使ったフルート演奏方法です。これをH先生に話したところ、概ね了解されていますので、この方法は間違いではないんだろうと思います。

 ただ、あくまでもこれは私のやり方であって、他の人がそのままやっても効果があるかどうかは保証できません。だいたい、H先生自らは、おそらく、この方法ではないと思うからです(たぶんH先生はフォトコピーで楽譜を丸々覚えているみたいです)。

 それにこの私のやり方は、固定ド唱法の人でないと難しいですしね。移動ド唱法の人だと、階名唱と指の関係が一対一ではありませんから、このやり方は難しいかもしれません。また、絶対音感を持っている人は、音程のイメージから直接指の動きが連動しているでしょうから、このやり方が使えません。

 それに、例えば、g-mollの“移動ド唱法”で言うところの“ラ”は“固定ド唱法”では“ファ”だけれど、この音にはダブルシャープがかかるので、実際の運指は“ハ長調のソ”になります。こんな私でも、耳は正直に移動ドなので、耳では“ラ”に聞こえる音を、アタマとクチでは“ファ”と言いながら、実際の指は“ソ”を押さえるんです。こんな事をやっているんですよ。変でしょ、案外難しいでしょ。でも、これが私のやり方なんです。

 まあ、こんな変なやり方ですが、今はこんな感じで頑張ってますよ、私。へへへ。

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2013年3月 4日 (月)

あんまりアニソンをナメない方がいい

 今回の記事は、私には珍しく、YouTUBEの画像をたくさん貼ってます。YouTUBEを見られない環境の方、ごめんなさい。また、全部の画像を聞いていくと、それなりの時間がかかってしまうので、そこのところは、適当によろしくお願いします。
 
 
 皆さんは、アニソン(アニメの主題歌)と聞くと、どんな事を思い浮かべますか? 「童謡に毛が生えた程度の音楽」「萌え萌えのワンパターンな音楽」「J-POPと比べると、ありきたりなツマラナイ音楽」「ヒーローヒロインの名前を連呼する音楽」「とにかく、幼稚で子ども向けで、マトモのオトナの鑑賞には耐えられない音楽」…こんなところでしょうか? たしかに、そういう批判通りの音楽がある事も事実です。

 でも、全部が全部、そうとは限らないって事も事実です。良い音楽だってありますよ。

 多くの人に愛されているディズニー映画やジブリ作品の音楽だって、アニソンです。例えば「となりのトトロ」の音楽なんて、誰もが大好きでしょ? 「さんぽ」なんて、もはや日本のスタンダード曲ですが、これもアニソン。

 「だって、ディズニーもジブリも映画じゃん。映画は別格だよ。テレビアニメのアニソンなんて、つまんないでしょ?」

 では「ちびまる子ちゃん」の「おどるポンポコリン」はいかが? この曲、1990年にレコード大賞を受賞していますよ。

 また、オリコンのシングルチャートでも、アニソンは頑張っています。…とは言え、トップ10に入るようなアニソンの大半は、J-POP系のミュージシャンとのタイアップシングルがほとんどです。タイアップ…つまり宣伝ですね。J-POP側はアニソン主題歌と言えども、自分たちの音楽がテレビ放送されるメリットがあり(あわよくばそのアニメのファンにシングルを購入してもらう事もあるし)、アニメ側はJ-POP系のミュージシャンに主題歌を歌って貰う事で、メディア露出が増え、アニメの宣伝となる事を期待しているわけです。

 タイアップが悪いとは思いませんが、タイアップ曲は所詮タイアップ曲であって、私の中では、一部の曲を除いて、それはアニソンというよりも、元のJ-POP系ミュージシャンの曲だと思ってます。

 なので、いわゆる、純粋なアニソン(この場合の“純粋”と言うのは、J-POP系ミュージャンがタイアップで歌っている曲ではなく、アニソン歌手や声優たちが、そのアニメのためだけに歌っている曲の事です)は、タイアップ曲と比べると、地味なのは、たしかに否めません。

 でも最近では、アニソン歌手の水樹奈々が4年連続で紅白に出場しているように、純粋なアニソンも、少しずつですが、頑張っています。この水樹奈々の紅白出場のきっかけとなった「PHANTOM MINDS」という曲は、2010年1月25日付のオリコンの週間シングルチャートで、アニソン歌手として史上初の第1位を取ってます。この曲は、劇場版『魔法少女リリカルなのは The MOVIE 1st』の主題歌なんだそうです。皆さん、知ってましたか? 私は知りませんでした(だって少女アニメだもん:笑)。でも、こうやって聞いてみると、なかなか良い曲ですね。1位を取ったのも納得です。こういうアニソンもあるんですね。

 オリコン第1位を取ったアニソンと言うと、アニメのキャラたちもシングルチャートの第1位を取ってます。「けいおん!!」と言うアニメは、高校の軽音楽部の子たちを主人公にした、いわゆる日常系アニメなんですが、ここの主人公たちがアニメの中で結成したバンド“放課後ティータイム”が、アニメのオープニングとエンディングを歌っていて、当時、それらの曲が発売されたのですが、これが2010年5月4日付けで、オリコンのシングルチャートでワンツーフィニッシュしてます。つまり、オープニング曲である「GO! GO! MANIAC」が第1位に、エンディング曲である「Don't say lazy」が第2位になってます。これって、すごいね。

 ちなみに、この“放課後ティータイム”というバンドはツイン・ヴォーカルという設定なので、主人公がメイン・ヴォーカルを取っている曲がオープニングで、サブ・キャラの子がメイン・ヴォーカルを取っている曲がエンディングになってます。

 まずはオープニング曲の「GO! GO! MANIAC」がこちら。

 惜しくも第2位になったエンディング曲である「Don't say lazy」はこちら。私はオープニング曲よりも、こっちのエンディング曲の方が好きだな。

  「けいおん!!」は、主人公たちがバンドをやっているせいもあって、劇中歌もたくさんあり、それらもなかなか良い(と言うか、奇天烈?)ですし、ここにあげたシングルだけでなく、アルバムもチャートの第1位を何度か取ってます。日本のガールズバンドがお好きな方は、アニメだと毛嫌いせずに一度聞いてみると良いと思いますよ。

 さて、音楽が売れたかどうかを判断する指針として、オリコンチャート以外に、日本音楽著作権協会 (JASRAC) における著作権使用料分配額ってのもあります。こっちはCDの売り上げ以外にも、カラオケでの使用料や着うたなどでのダウンロード数なども加味されています。

 そこで、2007年度は総合7位、2008年度は総合8位、2009年度は総合3位、2010年度は総合1位になった(実に息が長い曲ですね)のは、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のオープニング曲「残酷な天使のテーゼ」です。2012年のカラオケランキングでは常にトップ5に入っていたそうです。テレビ放送は1995年ですから、本当に息が長い曲です。もはや、これも日本のスタンダード曲と言ってもいいかもしれません。カラオケに行くと、たまに妻が歌ってます(笑)。

 あれこれ、たくさんの画像を貼りましたが、言いたい事は「あんまりアニソンをナメない方がいい」って事です。たしかに、しょーもない音楽もたくさんありますが、きちんと評価されている名曲も、少なからずあるって事だし、今も、メロディアスな曲やトンがった曲がアニソンとして作られています。アニソンは、J-POPや歌謡曲と違って、売れる事が求められない(あくまで売れ行きは、曲の善し悪しではなく、本編アニメの善し悪しで決まる)ため、音楽製作者たちが本気でやりたい事をやっていたりするからです。その中から、たまに名曲と呼ばれるような曲が出てくるわけです。

 なんで、音楽製作者たちが、たかがアニソンで本気を出しちゃうのか…って、それを私なりに推測するに…アニソンが割と表現の場として自由だからなんじゃないかな?って思います。

 なにしろ、日本のポピューラー音楽界って、最近のオリコンシングルチャートを見ても分かる通り、かなりひどい状況だと思います。

 皆さんは、2012年の『オリコン年間シングルランキング』って、ご存じですか?

01位 : 182.0万枚 … AKB48 「真夏のSounds good !」
02位 : 143.7万枚 … AKB48 「GIVE ME FIVE!」
03位 : 130.3万枚 … AKB48 「ギンガムチェック」
04位 : 121.5万枚 … AKB48 「UZA」
05位 : 107.3万枚 … AKB48 「永遠プレッシャー」
06位 : *64.9万枚 … 嵐 「ワイルド アット ハート」
07位 : *62.0万枚 … 嵐 「Face Down」
08位 : *59.3万枚 … SKE48 「片想いFinally」
09位 : *58.8万枚 … SKE48 「キスだって左利き」
10位 : *58.2万枚 … SKE48 「アイシテラブル!」
11位 : *55.9万枚 … 嵐 「Your Eyes」
12位 : *44.9万枚 … NMB48 「ナギイチ」
13位 : *39.1万枚 … NMB48 「ヴァージニティー」
14位 : *37.6万枚 … NMB48 「純情U-19」
15位 : *37.5万枚 … エイトレンジャー 「ER」
16位 : *35.5万枚 … Kis-My-Ft2 「WANNA BEEEE!!!/Shake It Up」
17位 : *35.3万枚 … NMB48 「北川謙二」
18位 : *32.2万枚 … Kis-My-Ft2 「We never give up!」
19位 : *32.0万枚 … 関ジャニ∞ 「愛でした。」
20位 : *30.5万枚 … NEWS 「チャンカパーナ」

 このように、20位まではAKB関係とジャニーズ関係だけで占められていますし、100万枚突破したのはAKBだけ。AKBとジャニーズの二強時代なんですね。つまり、現代のJ-POPは、アイドルの時代と言えるでしょう。

 アイドル歌謡に関して、私は文句はありません。でも、売れる曲しか売れていないという状況は、あまり健全な世界であるとは言えないかなって思います。また、また、確かにAKBは強いけれど、それ以外のアーティストたちの販売枚数を見ると、実は年間トップチャートの売り上げ枚数にしては、驚くほど少ない事が分かると思います。つまり、AKBだけが頑張っていて、後は、実は大した事ないんです。その大した事ない中で、かろうじてアイドル歌謡が頑張っている…って事なんだろうと思います。

 アーチストというか、ミュージシャンというか、そういう、自己表現としての音楽をしている人たちの曲が、全く売れないって事です。ポピュラー音楽は売れなければ、人々の耳に届きません。どんなに、面白い音楽やトンがった曲を作っても、売れなければ、世に出ていないにも等しいわけで、そんな現状が続けば、表現者としての音楽家たちは、色々と考えざるを得ないんですよ。

 音楽が売れないのは…これも不況の影響なんでしょうね。

 「売れなくても、ネットで聞けるからいいじゃん」 いや、アマチュアはともかく、プロは売れなければ、音楽製作できないんですよ、音楽製作が出来なければ、ネットにもアップできないんですよ。

 そんなこんなで、今の時代の面白い音楽を探していたら、私の場合、アニソンにぶつかりました。アニソン、いいですよ(笑)。特に、最近のアニソンは、なんかいい感じの曲が多いと思います。音楽が全く売れない音楽業界の中で、一部の製作者たちが、アニソンという舞台に移動して、そこで、頑張っていたんですよ。だから最近のアニソンには、面白い曲が時々あるんですよ。
 
 
 古いアニソンの話ばかりしていても、懐古趣味に陥ってよくないので、最近のアニソンもいくつかご紹介しましょう。

 ここのところの私の一番のお気に入りは、アニメ「新世界より」のエンディング曲の「割れたリンゴ」です。いい曲ですよ。歌っているのは、歌手ではなく、アニメのキャラ(を担当している声優さん)です。いわゆる、純粋なアニソンね(笑)。こういう曲を普通の音楽シーンで聞きたいのですが、売れないんでしょうね。

 こっちの曲は、アニメ「中二病でも恋がしたい!」のオープニング曲の「Sparkling Daydream」ですが、この曲はZAQという新人さんの作詞作曲編曲演奏歌唱の曲です。つまり、いわゆる“女性シンガーソングライター”って奴ですね。以前だったら、堂々とJ-POP歌手としてデビューしていただろうに、時代が時代だから、アニソン歌手になっちゃった…のかもしれませんね。なかなか才能がありそうなので、今後を注目しているのですが、バケますかね?

 こっちの曲も新人さんです。アニメ「ガールズ&パンツァー」のオープニング曲の「Dream Riser」です。歌っているのはChouChoというアニソン歌手。昔なら、こういう人もJ-POPで歌手デビューしていたはずです。私、この声が好きなんだけれど、こちらもバケますかね? ちなみにアニメ自体は…萌え系戦車アニメです(笑)。

 あと、私はフォローしていないけれど、ニコニコ動画にも、なかなか良い音楽が転がっていそうですね。ただ、私は歌手が好きなので、ボカロ曲には惹かれません(笑)。とは言え、人間の歌手が歌ったら、いいだろうなあって思えるボカロ曲もたくさんありますね。

 今回は女性歌手でまとめてみましたが、男性歌手にも、数は少ないのですが、素晴らしい人がポツポツ出てます。チャンスがあったら、男性歌手でも記事を書いてみたいと思ってます。ただ、男性歌手は、アニソンよりも特撮系ヒーローものの主題歌にも注目しないといけません。特撮は、アニメよりも制作費がかかるので、最近は正直下火なんですよねえ…日本の着ぐるみ特撮は、世界にも誇れる素晴らしいモノだと思っていますが…商売にするには、色々と大変みたいですね。

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2013年3月 3日 (日)

私は昔、糖尿病だったんだ[2013年3月第1週・通算8週]

体重:109.1kg[-0.1kg:-3.1kg]
体脂肪率:30.7%[+-0.0%:-0.3%]
BMI:34.4[-0.1:-1.0]
体脂肪質量:33.5kg[+-0.0kg:-1.3kg]
腹囲:104.5cm[+1.5cm:-3.5cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 私は昔、糖尿病でした。今は、とりあえず直ったので、大丈夫なんだけれど、一度は患った身なので、いつまた再発するか分からないので、今でも糖尿病は警戒してます。だって、糖尿病って怖いもん。

 私が糖尿病だったのは、30代の後半かな? 原因は、デブと治療ミスだな(笑)。

 デブと言えば、当時の私は、体重が125Kgありました。そりゃあ、デブだよね。

 私はデブも一つの病気だと思ってます。なにしろ、デブになると、デブってだけで、色々とカラダに不調が生ずるわけで、当時の私は、明確な病気ではなかったものの、常に疲れやすく、体調不良で、未病の状態でした。まあ、検査をすれば[デブですから]肝臓関係の数値が悪かった(今は問題無し)り、心臓が変拍子だったり(これも今は問題なし)するので、それが疲れやすかったり、体調不良の原因だったんだと思います。

 あと、コレステロール値が高かったかな。ちなみに、これは今でも高いけどね(笑)。

 で、当時の私は(今よりも若干デブだったために)カラダが弱く、よく風邪をひいたり、喘息の発作を起こしたり、頭痛がしたり…と年がら年中医者通いをしていました。で、そういう病気治療の傍ら、定期的に健康診断も、その病院で受けていたわけです。で、血液検査なんかをすると、肝臓関係の数値とか、血糖値とか、その他モロモロの検査数値とかが分かるわけです。

 肝臓の方は、数値が悪かったし、実際に具合も悪かったし、顔色も土気色だったし…。当時の私的には、まずは肝臓を直して元気になりたかったのですが、それを医者に相談しても、特に治療する事もなく「(どうしても辛かったら)ポポンSを飲んでね」って言われてました(笑)。たぶん“デブ性肝臓疲労症”には、ロクな治療方法がなかったんだろうと思います。

 その点、コレステロール値が高い状態は“高脂血症”っていう立派な病気なわけで、医者的には、そっちが気になり(本人は、自覚もしていなければ、不便もしていなかったのですが)ひとまず、そっちの治療を始めたいと言ってきました。

 私的には、コレステロール値が高いのは若い時からだったし、医者からコレステロールうんぬんの話を聞かされても『…これは体質の問題だよな…』と思ってました。でもね、主治医があんまり強く高脂血症の治療を薦めるもんだから、まあ、人の良い私は『いつもお世話になっているわけだし、少しでもカラダが楽になったらラッキーだし…』という気分で、医者に付き合ったわけです。それで、医者に薦められるままに高脂血症の治療を始めたわけです。

 ちなみに、コレステロール値は今でも高いです。どうやら私の場合、コレステロール値が高い時の方が元気がいいし、活動的だね。もちろん、高いと言ったって、馬鹿みたいに高いわけではなく、平常値よりも多少高い程度です。昔からそんな程度。

 でもまあ…医者に薦められて、コレステロール値を下げる薬って奴を飲む事にしました。たしかに薬を飲むようになってから後、血液検査をすると、確かにコレステロール値が下がるようになりました。

 でも、さらに疲れやすくなったし、肌の色つやが悪くなったんだよね。そして、体重がメキメキと減り出し、やたらと喉が乾くようになり、頻繁にトイレにいきたくなりました。検査結果は良くなっても、なんか、病気が治っているって感じがしませんでした。

 で、ある日、いつものように、コレステロールの薬をもらいに行った時、医者に「体調不良が進行し、喉が乾きやすくなって、トイレに頻繁に行くようになった」と話したら、医者が青ざめました。顔色がみるみる変わったのを、今でもはっきり覚えているよ。で、早速、検査したら、私、見事な糖尿病になっていました。それも、かなり重篤な状態。すぐにでも入院治療をしなければいけない状態だったらしいです。とにかく、主治医、大慌て!

 どうやら、薬の副作用って奴が出たらしいです。薬で、むりやりコレステロール値を下げたわけだけれど、そのむりやり下げた“コレステロールになっていたエネルギー”は、無くなったわけではなく、形を変えて存在していたわけです。で、私の場合、コレステロールになったはずのエネルギーに何に姿を変えたのかと言うと…私の場合、それが糖質に変わっていたようなんです。つまり、今までは脂肪(コレステロールの事ね)に変換されていた余剰エネルギーが、薬のせいで、脂肪ではなく、糖質に変換しちゃったらしくて、それらの糖質が血液中に溢れだし、いきなり血糖値上昇して、そのまま糖尿病になっちゃったようです。

 へへ、やばいね。

 まあ、そんな感じで、高脂血症の治療をしたら、糖尿病になっちゃった(驚)んですよ、テヘペロ。

 その少し前まで「すとんさんはそれだけ太っているのに、糖尿病と縁がなくて、恵まれてますよ」なんて医者と軽口をきいていたのに……それがいきなり重篤な糖尿病になって、すぐにでも入院治療が必要なほどの重症患者になっちゃったわけだから、ビックリしましたよ。少なくとも、インシュリン注射はすぐに必要だと言われました。

 なんか、わけも分からず???だった私に、医者がすぐに、コレステロールの薬の副作用で、糖尿病になってしまったのだろうと教えてくれて、謝ってくれました。

 まあ、特に支障もない高脂血症を治療しようとして、支障だらけの糖尿病になったなんて、笑い話にもなりません。でもね、特に支障もない高脂血症を治療する事に同意をしたのは私だし、医者だって商売って事は分かってますし、病気の人間を見たら、治療して良くして上げたいと思う気持ちだって分かります。だからね…、高コレステロールなデブを見たら治療を提案したくなるわけですよ。まあ、興味のある人は、あれこれ、ググるといいよ(笑)。

 とりあえず、私は、それまでの人間関係だってあるし、謝る人は許す事にしているので、糖尿病にはなったけれど、その医者を責める事はせず、でも、なってしまった糖尿病は、どうにかしないといけないなあっと考えました。

 医者は、自分のミスで糖尿病にしてしまったと自覚していましたので、それこそ親身になってくれました。入院や注射を始め、あれこれ内科的な治療を提案してくれたのだけれど、私はその時は、糖尿病の事など、よく知らなかったせいもあるし、いきなり入院治療って言われても、そこまでの自分が悪いという自覚はなかったのでイヤだったし、インシュリン注射をするのもイヤだったので、経口薬だけもらって(薬の力を使ってでも、ひとまずは血糖値を下げないと、さすがにマズいでしょ)、医者のアドヴァイスを振り切り、問題を一端、棚上げの先送りにして、まずは今後の事を考える事にしました。

 立派に糖尿病患者の認定をしてもらった私は、さっそく帰宅するや否や、糖尿病のアレコレについて調べました。調べた結果「糖尿病って、かなりやばい病気だ」と分かりました。とにかく、私の想像以上にマズい病気でした。ほんと“血の気が引く思い”ってやつです。

 医者の言う通り、すぐにでも治療を開始しないとマズいかも…と思いました。

 そこで、今までどおり、主治医のところに通って治療を続けるか、それとも別の医者にセカンドオピニオンをもらいに行って、治療するとしてもそこでするか、いや、それ以外の第三の手はないのか? …結局、あれこれ考えた私は、ひとまず医者に頼りきりになるのではなく、まずは自分でできる事をしっかりやろうと考えました。

 自分でできる事をしっかりやる…まずは体重を落とそうと思いました。なにしろ、125Kgあったわけですからね。誰がどう見てもデブでしょう。そして、糖尿病ってデブの病気ってイメージあるでしょ? だから、ひとまずダイエットをして、デブを止めようって思いました。さすがに、デブを止めないと、糖尿病になって苦しむわけです。糖尿病の苦しみは…さすがにこれはつらいです。ですから、まずはやせようっ思ったわけです。

 で、やせるのは簡単でした。だって、このまま太っていて病気になるか、やせて健康を取り戻すか、二つに一つしかなかったら、覚悟が決まるでしょ? 覚悟が決まれば、後は簡単ですよ。私は半年で45Kg落としました。
 
 45Kg体重を落とすために、私が何をしたのか…これも簡単。やりたいことだけをやったから、やせました。自分のカラダの欲求に素直に従って生きたら、やせたんです。

 …それは、食べたい時に食べたいモノを食べたいだけ食べ、疲れたなら無理せず休み、遊びたいなら積極的に遊ぼうって事です。別に自暴自棄になったわけでもなんでもなく、無理をしない、アタマに騙されない、自然治癒力を信じる…って事です。

 で、食べたい時に食べたいモノを食べたいだけ食べようと思ったら…ほとんど食べなくなりました。いやあ、自分でも驚きましたね。実は私、大食漢だったのですが、実はそれまでの人生では、口寂しくて食べていたり、なんとなく惰性で食べていたり、時間になったら食べていたり…と、なんとなく食べていた事に気づきました。なので、本当にお腹がすいた時に、食べたいものだけを食べると決めたら、ほとんど食事をしない事になりました。だってお腹すかないんだもん、食欲がわかないんですよ。

 遊びは…それまでインドア志向だったのに、いきなりアウトドア人間になってしまって、やたらと外に行きたくなりました。で、意味なく走ったり、なんとなく遠くに歩いて行きたくなって、そのままフラフラと一日中出歩くようになったり…。で、食べずに動き回っているもんだから、家にいる時は、暇さえあれば寝てばかりいて…。

 今思えば、無意識だったのかもしれないけれど、私、糖尿病に恐怖していたのかもしれません。それで、食欲不振に陥り、気持ちばかりが焦っていて、居ても立ってもいられなくて、ついつい外を出歩くようになったんだと思います。

 でも、そのせいか、あっと言う間に、125Kgあった体重が80Kgになりました。そう、体重が45Kgほど減りました。45Kgと言えば、女性一人分の重量だね(笑)。で、体重が45Kg減ったら、血糖値も落ち着きました。どうやら、糖尿病を直しちゃったみたいです。ついでに肝臓の数値もよくなって、心臓も規則正しく動くようになりました。

 ふう…。ただ、すべてが良くなったわけではありません。デブの頃は低め安定していた血圧が、急に高くなって、かなりマズい状態になりました。あと、偏頭痛の症状も出ちゃいましたし、冷え症になったし、風邪もひきやくなりました。

 でも、糖尿病は駆逐しました。とりあえずは、当初の目的を達成したわけです。入院せず、インシュリン注射もせず、経口薬と食事制限と運動と休息で糖尿病をやっつけたのです。

 で、病気は駆逐したものの、それ以来、私は自分の体重を気にするようになったわけです。で、今もこうやって、ダイエット記事を書いているわけです。だって、また再び、糖尿病になったら、イヤじゃん。

 なので今、ちょっとアタフタしてます。だって体重が約110Kgあるですよ。やばいんですよ。それなのに、ドーナツなんてバカスカ食べたりして、ぜんざい4杯もお代わりしたりして…。とにかく、なんか食欲が湯水のように湧き溢れるんですよ。

 このまま体重が増えて、125Kg超えたら、また糖尿病になるもしれないわけで…、それは本当に怖いんです。ほんと、糖尿病にはなりたくありません。だから、マジで、なんとか、体重を100Kgぐらいまで減らして、健康なデブでとどまっていたいのです。

 ああ、やせないかな…。楽してダイエットできる、うまい方法はどこかにないかしら。覚悟決めてやるダイエットは…本当に大変なので、覚悟決めたくないんですよ。少なくとも、音楽を一切やめないと、覚悟できないし…。音楽はまだまだ続けたいし…。
 
 
 
 
 「人間死ぬ気になればなんでも出来る」といいますが、まさに本当だと思います。今の私は、体重を5Kg減らすのだって、難儀ですし、大変です。でも、マジで覚悟を決めたダイエットすれば、体重の40Kgや50Kgぐらい、ごく短期間で減らせるんですよ。つまり、今現在、ダイエットがうまくいかないのは、気持ちの問題? 確かにそれはあるかも。

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2013年3月 2日 (土)

ハナジロは奇病にかかりました

 以前にちょこっとだけ書いたかもしれませんが、少し前に、ハナジロが左の背中(ちょうど、背ビレの前の部分が生えているあたり)に怪我をしました。外傷です。ちょっと痛々しかったのですが、いずれ直るだろうと様子を見ていたら、たしかに直るには直ったのですが、その部分が、山盛りになってしまいました。

 私が中学生の時に、うっかり左の親指を彫刻刀で削ってしまって作った傷が、直るには直ったけれど、そこから肉芽のような大きなイボができてしまって、しばらくの間、不便していた事を思い出しました。このイボは別件で皮膚科に行った時に、医者が見つけてくれて、その肉芽に液体窒素をぶっかけたところ、ポロリと取れました(笑)。たぶん、ハナジロも、あんな感じなんだろうとは思うのだけれど、ちょっと規模が違いすぎます。

 本当にイボが大きいのです。まるで、チェスのポーンの先端部分ぐらいの大きさなんです。結構、大きいでしょう。魚類には痛覚がないので、痛くもかゆくもなく、ただ不格好なだけだろうと思いますが、これだけ大きなイボは、鑑賞魚としては致命的だよね。ううむ、美しくない。

 でも、本当にイボなら良いです。もしも、へんな病気(ガンとかね)だったら可哀相だけれど…なんの手も打てないので、観察するのみです。ちょっと飼い主として、歯がゆいです。

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2013年3月 1日 (金)

なんと、二週連続でダンスの練習をしたよ

 標題の通りで、最近にしては珍しく、二週連続でダンスの練習をしました。やったね、前回、学んだ事は、まだ忘れていないよ。忘れないうちに練習できるなんて、ああ、なんと幸せな事か~!

 で、練習会場に到着したのですが、まだ前の団体さんの練習が終わっていませんでした。なんでも、発表会が近いので、時間ギリギリまでやるって事務方には伝えてあったそうです。まあ、私的には、自分たちの練習時間に食い込まなければ良いので、のんびりと部屋の前のロビーで待っていたのですが、終了五分前になっても、部屋からオバチャンたちのキャーキャー言う声が聴こえます。三分前になっても聞こえます。一分前になっても聞こえます。ううむ、この調子だと、こっちの時間に食い込むのか!?と思いました。

 やがて時間になったので、とりあえずドアをノックし『催促&注意して差し上げましょう』と思って、ドアをノックしたところ、何の物音も無し。開けてみたら、別の出入り口から、すでに全員引き上げていました。本当に時間ギリギリまで粘って、そのギリギリでササッと片づけて出られたようです。ううむ、見事。あまりに見事。文句のつけようもないくらいに、お見事でした。…これって、実は難しいんだよね。

 準備運動をしっかりして、まずはブルースから始めました。ブルースはだいたい、踊れます…が、あくまでも“だいたい”なんですね。きちんとは踊れません。今回は、クォーター・ターンズの回転量について注意されました。…ってか、クォーター・ターンなんだから、しっかり1/4(クォーター)だけターンしなさいって事ね。多くても少なくてもダメって事です。…なんか、細かいんだな。

 ジルバは、もう、本当に、ステップが分からない。「分からない、分からない…」とグチったら「とりあえず“5-6”だけ踏もう」って事になりました。1~4はアバウトでもOKって事にてもらいました(それでいいのか?)。

 もっとも、ジルバというダンスは、競技ダンスでもなんでもないので、

 1)しっかりリズムにノッて踊っている事
 2)5-6のステップだけは、きちんと踏んでいる事

 の2点が守られていれば、どうにかなるものなんだそうです。大切なのは、正しい事ではなく、ノリノリな事らしいです。ううむ、性格的には、正しさを追い求めたい人なんですけど、私…。

 ワルツは、徹底的にウィーブの復習です。まずは、リズムを正確に踊る事。自分では正しいつもりでも、カラダの動きは、全般的に走る傾向があって、全然正しくないのだそうです。と言うのも、踏み出す足の一歩一歩が、私の場合、不安定なんだそうで、不安定だから、自分の体重がしっかりと支えきれずに、仕方なく、早め早めに次の足が出てしまって、全体的にリズムが走ってしまうのだそうです。だから、大切な事として、どのステップのどの段階においても、しっかりと自立できるような位置に常に軸足を置く事が大切です。ついつい欲張って、体重が支えきれない場所に足を出すのがいけないのです。軸足は常にカラダの真下にあること。

 しかし、踊っていて、以前よりも足の筋肉の衰えを感じたよ。ライズがツライ(涙)。

 休憩時間は、ドーナツを食べながら(笑)、今後の練習について妻先生と相談。練習がなかなか出来ないのは、イジワルをしているわけではなく、単純にまとまった時間、練習場所が確保できないから。今までのように、練習回数が少なくなっても、2~3時間の練習時間を確保した方が良いか、練習回数を週一回程度にするため、時間が1時間程度になっても仕方ないと考えるか、と言う事。世間のダンス教室の個人レッスンが、一回30分~1時間という現状を考えるなら、私も練習時間が1時間程度になっても文句を言うべきではないのかなと思うようになりました。それよりも、一回の練習でたっぷり学ぶよりも、練習の回数を増やしてチマチマ学んだ方が良くない?ってわけね。もっとも、練習会場を1時間借りても、着替えも準備も必要だから、実質は40分程度しか練習できないわけだけれどね。

 ルンバは…ひたすら思い出しです。前回やった事は、実はまだ、曖昧模糊しているので、それをしっかりと思い出す事です。特に、ショルダー・トゥ・ショルダーからスパイラルにへの連携が全く出来ません、思い出せません。なので、ひたすらスパイラルの練習ばかりをしました。まあ、他のステップは何となく出来てますが、まだまだ違和感バッチリで踊っているルンバです。ほんと、思い出すのって、大変。

 で、最後はタンゴでしたが、本当に、何もできません。またまた、ウォークをさらいました。しかし、そのウォークが出来ない(涙)。ほんと、タンゴは悪魔のように難しいです。ねじれるボディって何? 左足をねじって出して、右足は右肩の方向に出して、左足をさらにねじって歩く。うぉー、ねじねじは難しいです。で、そこまで行ったら、ねじれを解消してカラダを開くだと? 言ってる事は分かるけど、全く出来ません。それは見事なモンです。こういうのは、理屈で分かってもダメで、一つ一つ、カラダで納得して前に進まないとダメです。

 そのためにも、練習頻度を上げて、前に習った事を、忘れないうちに次の練習を始めないといけません。

 …しかし、次回の練習はまだ未定です。少なくとも、来週はやりません(忙しいの)。はは、せっかく二週連続で練習できたのに、また忘れそうだよ、それは悲しいよ。

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