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2013年2月 8日 (金)

あなたは何を目指して音楽をしていますか?

 …って尋ねられたら、なんて答えますか?

 若くて、前途洋々で、才能あふれる人なら「プロを目指してます」とか「ライブハウス出演目指して頑張ってます」とか「メジャーデビュー狙ってます」とか…ね。もっともっと若い人なら「音大目指してます」とか「留学をしようと頑張ってます」とか答えるかな? 趣味で頑張っているような人でも「音楽で人々を幸せにできたらいいなあと思ってます」とか答えてくれるかもしれません。まあ、皆さん、前向きですばらしいじゃありませんか。

 私のようなオッサンで、明るい未来もなく、才能も特に無くて、エゴイストで、正式な音楽教育を受けたわけでもなく、ただただ月に2~4回程度のレッスンを受けているだけ人だと、そんなに立派で前向きな事は、クチが裂けても言えません。

 じゃあ、何も目指していないのか? って言われれば、それはちょっと違います。一応、モチベーションみたいなものはあります。でなきゃ、音楽を趣味にしてません。ただ…他人から見れば「へ?」って思っちゃうような低レベルの目標なんで、ちょっと声に出して言うのが憚られるだけなんです。

 でも、勇気を出して、言ってみるかな?

 私、声楽を真面目に始めて、今年でもう7年目になります。長いねえ…。中1スタートなら、今や大学1年生だよ。それを考えると、ずいぶん長いことやっている事になります。さらに言えば、声楽を真面目に始める前だって、合唱をやっていたり、バンドやら聖歌隊やらで歌ってたり、カラオケにはまっていたり、結構ユルユルと音楽趣味活動をしていたわけで、ほんと、歌の趣味って、結構続いているなあって思います。

 下手の横好きだけれど(涙)。ああ、悲しい。


 そんな私の目指すところ、つまり“目標”は、音楽の形態やジャンルが違っていても、、常に同じでした。それは「人並みに歌えるようになりたい」です。それが私の唯一で強い願いです。ですから私の場合、そんな大それた野望や計画があるわけじゃないんです。ただ「人並みになりたい」っという、極めて控えめな目標なんです。

 「歌なんて…人並みって…簡単ジャン(呆)」って言われる事は分かっちゃいますが、そこは才能と教育の差って奴で、才能が豊かだったり、育った環境が恵まれていたり。幼少の頃からきちんと音楽教育を受けていた人にとっては、目標以前の基礎能力っぽい事柄であっても、才能皆無で、音楽からは縁遠い家庭環境に生まれ育ち「音楽教育、なにそれ、美味しいの?」って状況で大人になっちまった私には、音楽への欲求ばかりがあっても、それを実際に歌ったり演奏したりする能力に大きく欠けているわけで、その“欠け”を補いたいというのが、音楽をやっている目標だったりします。

 ちなみに“人並み”の基準ですが、それは『(私の身の回りにいる)人並み』です。案外、矮小な“人並み”でごめんなさい。
 
 
 最初にそう望んだのは、私が覚えている範囲では、子どもの頃…小学校低学年ぐらいの時だったかな? 私は(今もそうだけれど)子どもの頃は歌がかなり下手で、自分が歌が下手だという自覚はあったけれど、それをどうしたら良いか分からなかったんですよ。

 歌が好きで、家で思わず歌を口ずさむと「うるさい」って言われて、よく親に殴る蹴るをされていました。ちゃんとした音楽を聞く経験もなく、もちろん楽器なども習えず、学校の音楽の授業だけが頼りだったけれど…私の時代の小学校の音楽の授業って…教えるのが担任教師って事もあって、ロクに授業として成立していなくって、周りで得意気に楽器を演奏したり、歌を上手に歌っていたクラスメートたちがうらやましくってねえ。

 その時に強く思ったのが『この子たちと同じくらいに上手に歌が歌えるといいなあ』なんです。楽器は…お金がかかるから、憧れはあったけれど、やろうなんて考えもしなかったです。なにしろ、我が家は生きていくだけで精一杯な生活苦な家でしたからね。楽器を学びたいって気はなかったけれど、歌はとても歌いたかったんですよ。でも、何の道しるべもなく、ただ、行き止まりの壁を見つめて、ため息をついているような感じでした。頼れるものは学校教育しかないのに、その学校がカリキュラム通りの教育をしてくれなかったんですね…。小学校ってのは、担任天国だから仕方ないのだけど…。

 少し光が射してきたのは、中学校に入ってからかな? 中学になると、それぞれの授業を専門の先生が教えるようになるわけで、音楽の授業も音楽の先生が担当するようになるわけです。ようやく、ちゃんとした音楽の授業をしてもらえるようになり、私は音楽の授業が大好きになりました。私の音楽の勉強は、中学の音楽の授業から始まったんです。

 楽典やリコーダー演奏はすぐにマスターしました。やがて吹奏楽部のエキストラも出来るようになりました。でも、歌は難しかったなあ…。中学まで、何もやっていなかったツケが大きかったです。頭の中にはカッコいい音楽が流れているのに、それを歌って表現する事ができなかったわけです。

 不器用…あまりに不器用だったわけです。

 でもね、頑張って、努力して、高校生になる頃には、ロックバンドでコーラスが取れるくらいにはなってました。本音ではリードヴォーカルがやりたかったけれど、音程も然る事ながら、声に魅力がなくてね。早々に断念せざるをえませんでした。悔しかったなあ…。

 オトナになって、合唱団に入った時も、最初は、全然合唱が歌えませんでした。だって、それまで他人とハモるって経験がなかったんだもの。楽譜はロクに読めないし、音感はないし、声は人の数倍も響くし…それで、とりあえず耳についたメロディーをついつい元気一杯に歌っちゃうわけで、それじゃあ合唱にはならないわけです(涙)。

 もちろん、それじゃダメじゃんって、すぐに気づきました。そして『周りの合唱の先輩たちと同じくらいに歌えるようになりたい』と強く思ったものです。頑張ろうと思いました。

 最初のうちは、一人で試行錯誤して練習していました。今思うと、実に涙ぐましい努力をしていました。合唱団の下手っぴ同士で声を掛け合って自主練習をしたり、ほんと、頑張っていたと思いますよ。

 でもやがて『周りの合唱の先輩たちと同じくらいに歌えるように』なるためには、独学での練習や、合唱団のボイトレ程度の練習では全然ダメで、きちんと個人レッスンを受けて、基礎の基礎から歌の勉強をしないと無理だなって思うようになりました。で、色々とあって、声楽のレッスンを受けるようになりました。

 最初はグループレッスンでした。やがて個人レッスンに変わりました。いつしか合唱からは離れてしまいました。『合唱の先輩たちと同じくらいに歌いたい』が、やがて『声楽門下の他の兄弟弟子たちと同じくらいに歌えるようになりたい』に目標が変わりました。

 やがて妻も声楽を始めるようになり、一緒にデュエットをするようになりました。今じゃあ『妻と釣り合いがとれる程度には、歌えるようになりたい』って感じですかね。なにしろ、妻と二重唱を歌っても、私の歌が下手すぎて、彼女とのバランスが取れていませんから、せめて、彼女と一緒に歌っても、下手さが目立たない程度にはうまくなりたいですよ。

 それが私の現在の“人並みに歌えるようになりたい”の内容です。大した目標じゃない事は分かってますが、まずはそのレベルをクリアしたいのですが、まだまだ、道は長くて険しいです。
 
 
 一方、声楽と比べると、フルートの方は、実はこれと言った目標が無いんです。困ったもんです。

 元々、フルートは、私が始めたくて始めたわけでなく、ある日、楽器屋をフラフラ歩いていたら、展示してあったフルートに「私を買ってください」と頼まれて(笑)、フルートを衝動買いをしたのが、きっかけだったんです。で、フルートを買ったら、すぐに先生が見つかっちゃいました(大笑)。

 最初はジャズフルートだったんですよ。私はそれまでジャズのジャの字も知らなかったのに(笑)。「でもまあいいか…」って感じで習い始めました。いかに私が状況に流されているかって事ですね。でも、楽しかったですよ。

 ですから、私自身、フルートには特に目標もなければ、思い入れもなく、フルートを手にした時から、運命に導かれるままに、順調にレッスンを重ね、途中で先生の先生の交代があったものの、それすらスムーズで、今に至るって感じなんです。

 笛先生とレッスンしていた時、アルテ(教則本)が終わったら、私は何をしたら良いのでしょうか? と相談した事があります。その時は先生に「一緒にボサノヴァをやりましょう!」とおっしゃってくれて、私もその気になったものです。

 今のフルートの先生のH先生は、バロック音楽がご専門な方ですが、私は、ジャズ以上にバロック音楽の事を知りませんよ(汗)。「一緒にバロック音楽をやりましょう」って言われたら、どうしたらいいんだろ?

 そこで、ある日先生に「アルテが終わったら、どうしますか」と尋ねた事かあります。「2巻に行く前に別の本(教則本)を2冊やってから2巻に入ります」って言ってました。ほぉ、アルテ1巻が終わったからと言って、教則本が終了って事にはならないんだな。教則本を使って学ぶべきことは、まだまだあるって事でしょうね。アルテ1巻だけで、なんだかんだ言って5年ほどかかっているわけで、そこから別の教則本を二つ終えて、アルテ2巻に入ったら、私が生きているうちに、アルテなんて終わらないなあ。

 でもね、アルテに限らず教則本って、フルートが上手くなるための手段であって、フルート音楽の目的じゃないですよね。

 一体、私はフルートを持って、どこに行くんでしょうね?

 きっと、フルートの神様が、いいところに連れて行ってくれるんじゃないかと思ってます。なにしろ、私の場合、やりたい気持ちじゃ、フルートよりも、ピアノやヴァイオリンの方が上なんですが、なぜかピアノやヴァイオリンには愛されていない私です。フルートも、決して嫌いじゃないけれど、ピアノやヴァイオリンほどの情熱があるわけじゃないのに、不思議と続いてます。もう5年目に突入していますよ。長いなあ~。これは絶対に、フルートの神様に導かれているとしか思えません。

 こんな感じの私です。

 で、最後に、音楽自体は、何のためにやっているのか……と言うと、私自身が精神的に幸せになるため、です。だって、音楽をやっている時、歌っている時とか、笛を吹いている時の私って、確実に幸せだもの。間違いなく幸せだもの。幸せはいいよね。だから、幸せになるために音楽をやっていきます、これからも、たぶんずっと。

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音楽一般」カテゴリの記事

コメント

「何のために歌を習うか?」と、私もたまに自分に問います。
普通に合唱団でもやってりゃいいものを、声楽のレッスンにまで通いだしちゃったものだから。
しかも、そんな優雅な経済状況でもないのに(^^;ゞ

小鳥が歌を歌うのと自然な気持ちでしょうか。
思うように気持ちよく囀りができたら、大満足です(^▽^)
誰もいようがいまいが、思うとおりの発声で、大好きな曲にどっぷり浸りながら歌う・・・・♪
目指すは、これです。


ああ、すとん様、なんて、素敵なお題でしょう。
「あなたは何を目指して音楽をしていますか?」

私は、小学生で、当時の「歌謡曲」に夢中になり、
すぐにクラシックに転向し、
( ̄□ ̄;)!!テレビで見た、ベーム、ウィーンフィル、モーツァルト40番の衝撃)

アメリカに住む機会があり、
ニューヨークのジャズクラブに足しげく通い、
デイブ・バレンタインのライブに遭遇し、
( ̄ー+ ̄)ハービー・マンには、日本で会いました。)

28歳の時、ブロードウェイで「オペラ座の怪人」に出会い、
28年間に聞いてきた全ての音楽が「オペラ座の怪人」の、
序曲、前奏曲に過ぎなかったことを悟り、
以来、米、英、日、舞台で見ること50回以上、
ジェラルドバトラー映画版、映画館10回以上、
25周年記念公演の映像化も映画館10回以上。
(/_\;)ああ、何を自慢してるんでしょうね。お馬鹿ですね、私は。)

途中、ロックバンドを少しだけ。サックスは最高。
あ、サックスは最高、っていう素人芸コーナーが、
大昔、お昼の「笑っていいとも」にあって、
サックスではなく、フルートで出演して、
タモリや鶴瓶に会ったことも、、、、、
( ̄▽ ̄;)私の正体、追求しないでね。)

ああ、何を目指して、の答になっていませんね。
すとん様の「フルートの神様」の連れて行ってくれるがままに。
あるいは、オペラ座の怪人の、
Angel of Music の導くままに。

(⌒∇⌒)ノ"おしまい

すずめおばさん

 歌なんて習わなくても困らないのにね。お金が有り余っている有閑マダムでもないのに、身銭切ってわざわざ習い事をするなんて、ほんと、いい年した大人のくせして、端から見れば「???」と思われがちですよね。いや“端”だけでなく、時折自分自身でも「???」って思うことあります。今回の記事は、そんな気分で書きましたが、大人の趣味人には、みな、多かれ少なかれ覚えがあるんではないでしょうか?

 理論武装…ではありませんが、自分自身を納得させる意味でも、「なぜ自分は音楽をやっているのか」その理由を確認しておくと、楽です。

>小鳥が歌を歌うのと自然な気持ちでしょうか。

 うんうん、そうなんですよ。歌いたいから歌う。歌わずにはいられないから歌う。もしかすると、それだけなのかもしれません。でも、こんな素朴で単純な気持ちが、歌わない人には、理解してもらえなかったりします。

 人はパンのみに生きるにあらず

 日々の生活は大切です。まずは生きること、暮らすことを優先するのは当然ですが、でも、それだけでは満たされないモノがあるんです。そこを音楽で満たそうとしているわけですから、本当は音楽をやる理由なんて、無いのかもしれません。

operazanokaijinnokaijinさん

>テレビで見た、ベーム、ウィーンフィル、モーツァルト40番の衝撃

 おぉ、私も『ベーム、ウィーンフィル、モーツァルト40番』で衝撃を受けた人です。私はテレビ放送ではなく、CD(録音)でしたが…。大学の音楽の授業(1年間、ひたすらモーツァルトの音楽ばかりを学ぶという授業でした)でベーム&ウィーンフィルの40番を聞いた時、私も衝撃を受けました。もちろん、40番を聞いたのは初めてではなく、当時でもワルターとかカラヤンとかの録音をよく聞いてましたが、ベーム&ウィーンフィルは別格でしたね。その演奏が頭から離れなくなった私は、もっともっと聞きたいと思い、授業があった日、レコード屋に直行して、このCDを買いましたもの。当時はCD1枚3800円の時代でしたが、買っちゃいました。今でも、この録音はよく聞きます。聞くと…うっとりするんですよね。小林秀雄が言っているとおり、悲しみが疾走しちゃうんですよね。

 私は音楽の神様って、本当にいるんだろうなあって思ってます。この音楽の神様(ミューズっていう女神様なんですよね)が、私をフルートに導いて、遊ばせてくれているわけで、同じ神様がoperazanokaijinnokaijinさんを「オペラ座の怪人」というミュージカルに導いてくれたのだと思います。

 ま、つまり、我々は、音楽の神様に、そこそこ(笑)、愛されているんだと思いますよ。だって、世の中には音楽とは縁のない衆生がたくさんいるのに、我々は音楽を楽しむ事ができているわけですからね。ほんと、ありがたいことです。

いや、もうひたすら、
世界征服、じゃなかった、
世界平和のために。

どちらも行き過ぎて、
痛い人になったりするけど、ね。

で、冗談はさておき...とあるバーで...
「何、その汚らしいフルートは。
ちょっと貸してみ...」
...数分後...
「ワー」(拍手の嵐)

そんな感じ。

そう言えばHerbie Mann、
福岡のブルーノートでレコードジャケットにサイン、
そして握手してもらったことがある。

タモリは高校の先輩、直接会ったことはないけどね。

フルートの仏様より。

私も、ずっと、なんでこんなに音楽が好きなんだろうと、もやもやと考えることがあります。

>音楽、何のため…私自身が精神的に幸せになるため、です。
今朝はここの一文を読んで、すとーん、と腑に落ちました。
ここのところ毎日のようにすとーんすとーんと腑に落ちるブログ内容で毎朝感激してます。すとんさんありがとう!

ひょっとこさん

>「何、その汚らしいフルートは。ちょっと貸してみ...」

 カッコいい~! 実は私も、その線を狙っていたりします(爆)。だって、ガタイはゴリラ系ですから、音楽をやっている人間には、全く見えなかったりします。そんな私が、ヒャラヒャラヒャラ~とフルートが吹けたら、カッコいいし、意外性抜群だけど……悲しいかな、

「何、その汚らしいフルートは。ちょっと貸してみ...」
…数分後
「こら、そこのヘッポコ! 耳障りだ、消えろ」

 そんな感じにしかなりません(涙)。拍手もらえるほど、上手に吹ける曲が、たった一曲でもあれば、いいんだけどなあ…。

 音楽家のサイン…と言えば、女子十二楽坊のサインもっているよ…って、今や「それ、誰?」のレベルかぁ。

だりあさん

 私の場合、音楽は趣味だからねえ(笑)。これが仕事となると、たぶんそんな甘い事は言ってられないと思います。そういう意味で、プロの音楽家さんたちは、可哀相だなあって思います。

 それにしても、お手軽に幸せを感じられるものを持っているっ事は、本当に幸運な人生だなって思います。多少の不幸や不運や不平不満にストレスは、毎日の音楽活動で雲散霧消しているわけだしね。ほんと、幸せ。

目標ってほどではありませんが、願望はあります。

しっかりした発声を習得しておれば、かなり高齢になっても若々しい響きのある声で歌えると聞きました。

レッスンの先生が教えてくれる声楽の基本をいっぱい吸収して、どんな合唱に参加しても、堂々と自信をもって歌える歌い手になりたいです。
60半ばでの個人レッスンはけっこう孤独ですけど、最高の楽しみです。(65歳男)

kenさん

 筋肉は老化しません。どんなに老いても鍛えれば、それなりの筋肉になりますし、怠けていれば、若くてもダメになります。声を支える横隔膜や腹筋・背筋はもちろん、声を作る声帯だって筋肉で出来ていますので、鍛えればいつまでも使えます。

 ただ、一つだけ問題があるとすると、粘膜なんですよ。粘膜は老化します。加齢に伴い、柔軟性を失っていくそうです。そして、声帯は筋肉で出来てますが、その表面は粘膜なんですよね。ですから、年を取っていくと、どうしても声質は変化していきます。

 ま、変化していった声を「貫祿のある声」として前向きに捉えるか、「年寄りくさい声」として後ろ向きに捉えるかは、その人次第だろうと思います。

 私は、当然「貫祿のある、堂々とした声」として受け入れるつもりです。ってか、やはり、年齢は声に現れると思いますが、美しく年を重ねていけば、それはそれで、年相応の美しい声になっていくんじゃないかと、思ってます。

 ま、年寄りになって、ヨボヨボになったとしても、きっと私は歌っていると思います。

音楽を精神的に幸せになるためにする、ってホント納得です。
理屈抜きで音楽って心を揺さぶられますもんね。
高校の時に吹奏楽部(アンサンブル程度の人数)だったんですが、
そこで息を合わせて一つの場を創り上げられた(実際は下手ですよ!)のに
感動したのが、今思えば一つのターニングポイントだったように思います。
今、僕が声楽を習っているのは、他人を幸せに出来るとかそういう
大それたことじゃなくって、少なくとも歌っていて自分が幸せになれる程度に
歌えるというレベルに到達するためです。道程は長いですが…。

bigaさん

 音楽って、癒しの効果、抜群ですよね。もちろん、スローテンポの曲を聞いても癒されますが、自分が演奏することでも、確実に癒されますよね。一日たっぷり働いて「ふぅ~」って時に、おもむろに吹いたフルートの音が心に沁みたり、発声練習で大声出しているうちに、気持ちがスカーっとしたり…。

 音楽の演奏は、一人でも気持ちが癒されますが、仲間とアンサンブルすると、これまた筆舌に尽くしがたい充実感が得られますよね。これも幸せの一つのカタチだと思いますよ。

 ほんと、音楽は聞いても癒しですが、演奏しても癒しです。そんな感情が、幸せにつながっていくんだろうと思います。

 他人を幸せにできる程に、上達したいですね。でも、それはまた、いずれの日のためにとっておくとして、今はまず、自分を幸せにするために、音楽をやっていきましょう。そのために、腕を磨いていかないと…ね。

私の場合は自分で楽しみ、共演者に楽しんでもらい、お客様に楽しんでもらう。この三つをバランスよく達成し、向上させる事です。

昨年は第九と昨年から加わったコーラスグループでささやかながら実現できたと思います。
今年はオーディションがあるハイレベルな合唱団への加入を考えていましたが、練習日が平日なので遅刻前提になるので退職までは延期としました。
コーラスグループは継続しますが個人レッスンもしくは休日が練習日の大規模な合唱団に加入しステップアップしようと考えています。

今は音域は地声でF2からハイAまで2オクターブ余り、声質、音感、声量にも恵まれていますが
老齢化により声の艶が無くなり、低音が出なくなります。個人差はあると思いますが65歳から70歳が限界でしょう。

だから悠長にさきのばしはできません。それまでは精一杯楽しみたいと思います。

また声が劣えた後は回りに迷惑をかけるでしょうから、遠慮しながらひっそり楽しんでいきます。

>老齢化により声の艶が無くなり、低音が出なくなります。

 私はまだ学習途上ということもあり、それらとは無縁ですが、歌の先輩らと話をしていると「年を取ると声に艶がなくなる」はその通りらしいのですが「低音が出なくなる」のではなく「高音が楽に出るようになる」という話をよく聞きます。まあ、話を聞くのが、テノールさんばかりなので、低音の必要性を感じていないから、気にしていないだけなのかもしれませんが…。

 実は老化に伴い、高音域へ音域が広がることは、ちょっぴり楽しみであったりします(笑)。

>だから悠長にさきのばしはできません。それまでは精一杯楽しみたいと思います。

 そうですね。歌だけに限りませんが、カラダを使った芸事は、あまり年老いてしまうと、始めるのが億劫になってしまいますし、上達も難しくなってしまいます。カラダを使うものは、ある程度、若さが残存しているうちに始め、上達できるだけ上達しておいて、老いの境地に達してからは、そのお釣りで楽しめるようになっているのが理想なんだろうと思ってます。だから、私も頑張ってますよ。

>また声が劣えた後は回りに迷惑をかけるでしょうから、遠慮しながらひっそり楽しんでいきます。

 遠慮せずとも、シニア合唱団はたくさんありますから、そういうところでブイブイ頑張っていかれれば、よろしいのではないかしら?

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