ひとこと

  •  なんかねー、最近、あれこれツイてないんです。あまりに小ネタ過ぎてブログに書くほどでもないのだけれど、なんかプチ不幸な日々が続いてます。なんかなー。

お知らせ

  • ●クラシックコンサートのお知らせをします。●10月8日(日)、茅ヶ崎市青少年会館ホールで行われます。今年のコンサートは、第1部ジュニア、第2部器楽、第3部声楽と、3部に分けて行われます。第3部の開演は15時20分となっています。●私は、第3部の10番として、トスティ作曲「Tristezza/悲しみ」とレオンカヴァッロ作曲「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」を歌い、次の11番目で、妻と一緒にレハール作曲「メリー・ウィドウ」より「A Dutiful Wife/従順な妻」の二重唱を歌います。私の登場時刻は、およそ16時30分前後になる予定ですが、あくまでも予定であって、これより早くなることもあるし、遅くなることもあります。●入場料は無料の千客万来系のコンサートです。ただし、例年までは市民文化会館で行われていましたが、今年は工事中となって、古い公民館系のホールで行われます。●会場的には、古くて小さい上に設備的にも??がつくような会場で「ここで歌うのはヤだな」という理由で、多くの方々が参加を取りやめたというほどの会場です。私も、練習で使用するならともかく、ここに人を招待して…となると、躊躇せざるをえません。なので、会場までお越しいただく事は望んでいませんが、もしよかったと、どこか遠くの空から、無事に歌えることを祈っていただくと感謝です。
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2013年2月21日 (木)

そんなに音楽をやる事って、恥ずかしいのですか?

 洋の東西を問わず、外国では日常生活の中に、音楽があふれているそうですね。別に確かめたわけでもなんでもないけれど、そんな話をよく聞きます。

 例えば、夕食後の一家団欒の時間に、家族で合唱したり合奏したり…。宴会やパーティーでは、気の合った者同士で歌ったり踊ったり…。寺院や教会にいけば、礼拝の合間に合唱をしたり…。割と気軽に、生活の中で音楽を楽しんでいるみたいです。

 そこへ行くと、我々[普通の]日本人だと…夕食後の一家団欒の時間に家族で合唱合奏を楽しむ事は…まずありません。宴会やパーティーで気の合った者同士が…歌う? ありえないねえ。せいぜいが一緒に飲み食いをして、しゃべって騒ぐくらいでしょ? お寺に行っても、響きわたるのは、お坊さんのお経の声だし…。

 日本人にとって“歌って楽しむ”っのは、せいぜいが、宴会の二次会などでカラオケに行くくらいが、関の山でしょ。そのカラオケだって、ホールでお客全員が楽しむというスタイルではなく、グループごとに個室に入って楽しむのが普通だし、それどころか最近では、お一人様用のカラオケ店すらあるそうですね。カラオケで歌うにしても、なるべく小さな団体になってから歌うみたいで、とても『みんなで歌う』ってところからは、遠いところにいます。

 じゃあ、我々日本人は音楽が嫌いなのかって言うと、それはたぶん違うと思います。むしろ、日本人は音楽が好きな民族なんじゃないかなって思います。

 テレビを見れば、歌番組は毎日やっているし、たいていの番組に主題歌はあるし、ラジオなんかだと、いつもいつも音楽流しているし、お店にいけば有線放送の音楽を流しているし「趣味は音楽鑑賞です」という人は大勢いるでしょ?

 そう、我々日本人が好きなのは“音楽鑑賞”なんですよ。“音楽の演奏”じゃないんです。

 おそらく、多くの日本人は、音楽を聴くのは好きだけれど、音楽を演奏するのは好きじゃないんです。それは我々の身の回りの人々を見ても分かる事です。音楽を聴くのが好きな人はたくさんいるけれど、歌うのが好きな人は、それほど多くはないでしょ? カラオケでマイクを渡しても「いやいやいや~」と逃げちゃう人、多いですね。ましてや、楽器を日常的に演奏して楽しんでいる人となると、カラオケ愛好者よりも減ってしまいます。

 なぜ、日本人は音楽が好きなのに、音楽の演奏は嫌いなのか…ちょっと考えました。そして得られた結論は…

 ……日本人にとって、音楽を演奏する事って、恥ずかしい事……なんじゃないですか?

 名誉を重んじ、恥を嫌う日本人にとって、音楽を演奏して、他人の注目を浴びる事は、耐えられないほどの精神的な苦痛であり、できれば避けて通りたいモノ、なんじゃないかな?

 大げさですか? でも、それに近いものがあるんじゃないでしょうか?

 カラオケでマイクを渡すと逃げ回る人に「なぜ歌わないの?」と尋ねると「歌が下手だから」という答えが一番多いでしょう、で、次に多いのは「恥ずかしいから」でしょ? 「なぜ恥ずかしいの?」と尋ねれば「だって、歌、下手だもの」って答えるでしょうから、結局、この二つの答えは同じ事なんですよ。

 つまり、日本人にとって、音楽を演奏する事は“恥”であり、なぜ恥ずかしいと感じるのかと言うと“下手”だからであり、下手だから、音楽を演奏することを“恥”だと感じるわけです。

 …堂々巡りじゃん。

 じゃあ、普通の日本人の演奏(ってか歌)が本当に下手なのか?って話だけれど、私は、少なくとも私の周囲の人たちは『そんなに問題にするほど下手じゃないよな~』って思ってます。だけど、本人たちは下手だと思い込んで、恥ずかしがっているわけです。

 話を英会話に切り換えます。

 “Can you speak English ?”と尋ねられたら、なんて答えますか? たぶん多くの日本人は“I can't speak English !”って答えるかな? 相手の英語をきちんと聞いて理解して、それに対して英語で返事をしているのに“I can't speak English !”ですよ。これが日本人。

 一方、観光旅行か何かで日本に遊びに来ている外国人の方々に“Can you speak Japanese ?”と尋ねると“Yes, of course....Ohayohgozaimas, Konichiwa, Sayonara ! ”って答えてくれたりします。『それって、挨拶語を言ってるだけだから! それもナマっているし! そんなの、日本語、話せるうちに入らないから!』って多くの日本人がツッコミを入れるでしょうが、そんなもんです。

 何が言いたいのかと言うと、日本人は“高い完成度を常に求めていて、そこに到達していないと恥ずかしいと感じる”人々なんだって事です。“Can you speak English ?”に対して“I can't speak English !”って答えたら、それはもう十分話せているわけだから“Can you speak English ?”と話しかけてきた人に不思議な顔をされてしまうわけのですが、そこに気づかないのが、日本人なんです。

 音楽だって同じ事。多くの日本人は、プロ並みに歌えたり、演奏できなければ、ダメだと思っているんじゃないかな? そして、そこに到達していないと、それを恥ずかしいと感じてしまうんじゃないかな?

 高みを目指して努力する事は大切だけれど、高見に到達していないとダメって事、ないと思うよ。だってさ~、別にプロ並みじゃなくていいじゃん。だって、プロじゃないんだもん。アマチュアなんだもん、素人なんだもん、下手で当たり前。下手でも、最善最高を尽くして、楽しんじゃえばいいんだよ……たぶん、これがグローバル・スタンダードな考え方って奴ね。でも、日本人は違うんだね。

 歌う事、演奏する事。これらを、楽しいと感じる前に、自分の未熟さを恥じ、他人の目を気にして、恥ずかしくて居たたまれなくなってしまうのが、我々日本人なんです。

 だから…ではありませんが、日本人の中でも希有な種族となる、音楽の演奏大好き人間たちだって、その活躍の場は、合唱や合奏がメインであって、独唱独奏は少ないです。合唱や合奏なら、仲間と一緒に演奏できるし、その中に埋没する事ができ、決して個が露わになる事はなく、自分の未熟さを人々の前で披露せずに、恥ずかしい思いなどはせずに済むので、安心して音楽演奏を楽しめるからです。

 でしょ?

 一人で歌いなさい、一人で演奏しなさい、一人でステージに立ちなさい…と言われればイヤだけれど、仲間と一緒に歌ったり演奏したりステージに出る事なら、なんとかなるでしょ?

 “恥じる心”が我々を束縛しているんだな。

 ああ、厄介だね、でも私は、日本人の恥の感覚って、好きですし、大切にしたいなあって思ってます。だって、そこが日本人の良さでもあるんだし(笑)。でもね、音楽の時は、話は別。音楽は人前で演奏する事で完結する“時間芸術”なんだから、音楽に興じている時は、恥ずる気持ちは横において、もっと素直に楽しもうよ。
 
 
蛇足  自分の未熟さを恥じるのは仕方ないにせよ、他人の未熟さを、指摘したり笑ったり蔑んだりする人がたまにいますが、そういう日本人にはゲンナリします。あんた、一体、ナニサマなんだよ!って思います。ま、そういう人って、たいてい、オッサンなんだけどね。そういう人って、高いところから、親切にもアドヴァイスをくれたりするんだけれど、そのアドヴァイスが間違ったアドヴァイスだったりするんだな、実に迷惑。

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音楽一般」カテゴリの記事

コメント

なかなか面白い記事ですね(^0^) 何度も読み直しました。
本当になんでしょうねぇー!私も常々日本人の音楽表現について昔から考えてました。

もしかして低所得者層だと「音楽なんかチャラチャラ演奏しやがって」というお宅が多いのでは?
私の実家がそうでした(^^ゞ
あとは性格でしょうか?明るくオープンな人だと、割と普通に歌やら演奏が飛び出てきます。
ハ!
そうだわ! ノリの良さがあるかどうかでしょうか!
私の地元名古屋など、「ノリが悪く、観客の反応が悪い」とよく言われます。
演奏を聴く側が「冷めてる」。
となると、必然的に「冷めてる」人たちの生活には、ノリで音楽が演奏される機会も少ないわけです。

イタリアのある街では、オペラのような光景が市場で見られるそうです。
歌が大好きな街なので。イタリアに生まれたかったなー!と憧れたものです。
日々の生活でも歌わずにはいられない私です。

音楽とは、なんぞや?っぽい、大好きなお題なので、
誠に僭越ながら、少し(だいぶ?)書かせていただきます。
(* ̄。 ̄*)

日本と外国(特に欧米?)の音楽溢れ度の比較で、
日本の音楽溢れ度を100とすると、
欧米の音楽溢れ度が110か、150か、200か、
などはなかなか測定できませんが、確かに、
日本<欧米、という不等式が成り立ちましょう。
( ̄~ ̄)ξ

すとん様は、その不等式の原因として、恥という考え方を
ご提示されていると思います。私も、賛成します。
ヾ(・◇・)ノ

一方、私も、私なりに考えて、追加しますと、
家庭や学校での、教育、子育てにおいて、
日本に比べて欧米では、子供をけなさず、ほめて育てる、
ということがあるのかな、と思います。
ヽ(・∀・)ノ

欧米では、ほめて育てるから、演奏でも外国語でも、実は下手でも、
その気になって、積極的に演奏したり、外国語をしゃべったり。
ほめられるから、けなされないから、恥ずかしく思わない。
ヽ( ̄▽ ̄)ノ

そこ行くと、日本では、ほめるよりも、けなすことが多くて、
演奏、下手だね、英語、下手だね。
演奏に限らない、英語に限らない、勉強でも、スポーツでも、
子供の頃から、ほめられずに、なにかと、けなされて、
だから、日本人は恥ずかしがっちゃう、
(/_\;)

というわけで、
すとん様ご提示の恥、の原因の1つとして、私は、
ほめずに、けなして教育、ほめずに、けなして子育て、というものが
あるのかな、と思うのです。いかがでしょう?
( ̄~ ̄;)

あ、あと、ひとことのコーナーで、学校教育における、
学力と教養のお話、これ、すごく興味がありますので、
いつか、詳説していただけますと、幸甚です。

(⌒∇⌒)ノ"おしまい

おひさしぶりです。

やっぱり音楽大好きですnote

でも、ノリのいいクラスにいなかったのか、合唱祭みたいなものでイイ感じでみんなで歌った記憶がないですね…weep

先日も、TV見ながらおちびとTVに合わせて歌っていたら、うちの父から
「親子で何やってんの…」
と言われちゃいましたsweat01

人前で歌うとか、やっぱり何かあるのかもしれませんね…

でも、最近思うのですが、子どもに音楽を習わせるとか、自分が習い事として音楽をやるとかは、
「金銭的に余裕がある家がすること」
というイメージを持っていたり持たれたり…

うちの家には金銭的余裕なんてなく、自分の分をやめたりしていっていますが、
楽器をやる=高い楽器が買える=高い月謝を払い続けられる=余裕がある
と思われるようです。

音高や音大に行かなくても、今は音楽をやっているってちょっと特別のように思われたり…

他のママさんの話を聞いていても、
「ピアノはそこそこ、続けるって(いろんな意味で)凄ーーーーいsign03
となります。
公文とかは同じくらい続けていても
「頑張っているのね(*^-^)」
くらいでしょうか…

なので、おちびのフルートの話はなかなか話すチャンスはないですね…

すずめおばさん

 音楽と所得の問題は、なかなか微妙かな…って思ってます。確かに、クラシック系と言うか、習い事系の音楽は、高額所得者層の音楽という感じが否めません。実際に、お金かかるしね。でも、ポピュラー音楽系だと、逆に低所得者層であったり、低学歴層の人たちの音楽って感じがします。

 ノリの問題は…確かにそうかも。そうか、ノリノリになれる性格って、音楽をやる上では大切なんだな(笑)。

 私もイタリアに生まれたかったかも(笑)。音楽には満ちあふれているし、食べ物は美味しいし…。ただ、国は貧しいし、身分格差が激しいのが難点だな。

operazanokaijinnokaijinさん

>ほめずに、けなして子育て、というものがあるのかな、と思うのです。

 確かに、あるかも…。否定され続けて育てば、いつまでたっても自己肯定ができるようにならず、常に不安で自信なげに育ってしまいます。そうすると、日本人特有の“謙虚さ”も、自己否定をし続けた成れの果ての姿なのかな?と思えてしまいます。でもそれは、ちょっと悲しいなあ。

 ただ“ほめて育てる”ってのは、難しいんですよ。けなす、つまり、あら探しをしてダメ出しをするのは、実は簡単な事で、誰でもできます。でも、他人の長所を見つけて誉めてあげるってのは、かなり難しい事で、誰でもできるわけじゃないんです。

 つまり、日本人は、子育てや教育が下手くそって事なんでしょうね。実際、今の日本の家庭で、しっかり子どもを育てている家庭って、少ないでしょ。大半の家庭が、子どもの事は放り出しで、学校や塾に任せっきりでしょ。昔はそれでも母親がしっかりして、子どもの教育もそれなりにしていたけれど、今は母親も父親のように、外で働いて、子どもの面倒を見れなくなってきたし、ジジババも家にいないのが当たり前なので、そのしわ寄せが学校に来るので、学校が崩壊しちゃうんだと思います。

 だって、家庭がしっかりしてい子たちは学校でもしっかりしているし、そういう子たちが集まっている学校はちゃんとしているもの。荒れている学校に子どもを通わせている家庭って、家庭でのしつけとか、隙があるウチが多いですよ。

>学校教育における、学力と教養のお話、これ、すごく興味があります

 私も色々と考えるところがありますが、なかなか考えがまとまりません。

 おそらく、学力ってのは、富国強兵の元、兵隊さんたちに必要な知識を体系的に教えたものなんだと思います。一方、教養というのは、兵隊さんではなく、将校さんや司令官さんたちが、兵隊さんを動かすために身につけた知識なのかな?って思い始めてます。

 日本の学校では学力が身についても、教養が身につかないのは、学校で作っている人材は、社会の歯車となる国民であって、社会の頭脳やエンジンとなる人々の養成は、最初から念頭に入れていないから…かもしれません。

 社会の頭脳やエンジンとなる人々、つまりエリートですが、彼らエリートの養成学校は、先進国ならどこにでもあるし、昔の日本にもありましたが、敗戦でアメリカに学制を変えさせられて以来、わが国では消滅してしまったんですよね。当時のアメリカは、日本人をアメリカの経済奴隷にしようとしていたのかもしれません。そのために、日本に教養のある人物が育っては困ると思って、今のような教育制度にしたのかもしれません。

 私の考えすぎでしょうか?

sarasvatiさん

 音楽をたしなむ人の事を、おそらく『アリとキリギリス』のキリギリスだと思うのが、普通の日本人の感覚であるのは否定できません。そして、日本の価値観で言えば、すばらしいのはアリであって、ダメなのはキリギリスなんです。

 本来、ダメなキリギリスが、毎日を楽しそうに生活しているのに対して、アリは毎日が苦痛の連続で、それでも冬に備えて、せっせと働いているのに、一向に冬がやってこない…のが、今の日本かもしれません。そうなると、アリたちは、キリギリスにイヤミの一つや二つ、言いたくなるのかもしれません。

 キリギリスにはキリギリスの苦労や事情があるのですが、そんな事はアリさんたちは、気にも留めません。

 私はキリギリスですよ。今を楽しく生きてます。冬に備えるつもりはありません。冬がきたら、冬が来た時に考えます。もしかしたら野垂れ死にしてしまうかもしれませんが、それならそれで受け入れます。何も、いつ来るかどうか分からない将来の不安のために、今を不幸にする必要はない、と思ってますからね。

 イヤミやヤッカミなど、言いたい奴は言わせておけばいいのです。我が家に経済的な余裕があろうがなかろうが、それで他人の生活に影響があるわけじゃないですからね。余計なお世話はいらないのです。「アリさん乙!」と思っていればいいんです。

 こういう考え方じゃ、ダメ?

色々書いたのですが、駄文な気がして、これだけ貼ります>>笛を吹く少年http://www.youtube.com/watch?v=el_xGpTOcH0&sns=em

獅子の谷落としも必要なのかもだけど、大人が暖かく「大丈夫だよガンバレ〜!」って言うのは大切ですよね。
親の懐から外界に出た子供は不安なんだから、そこを克服できないで成長するのは哀しいです。

YOSHIEさん

 YouTUBE見ました。いやあ、下手くそだな(笑)。でも、小学四年生でこれだけ吹ければ、ある意味立派です。お祭りの笛でしょ? 普段から笛を吹いているわけじゃなくて、祭りが近づいてたら練習を始めたわけで、それでこれだけ吹いているんだもの、立派なものです。さらに、ビデオの最後の方でおじいさん(?)と一緒に練習している風景が出てくるけど、この少年、小さいなあ…。横笛は、見かけよりもずっとカラダを使うんだよね。この体格で、よく吹いてますよ、ほんと、立派。

 周りの人々が暖かそうですね。笑い声が入っているけれど、あれは応援の声だね、嘲笑しているわけじゃない、あんな暖かい声に励まされながら、少年は伝統文化を受け継いでいくわけだ。

 応援されながら学んでいるから、下手ッぴでも学び続けられるわけで、やがてこの少年は笛の名手になるかもしれません。最初から厳しく仕込まれると、すごく上手な笛吹きになる可能性もあるけど、その前に笛を止めちゃう子もいるわけで(それもたぶんたくさん)、少数精鋭で名人を育てるなら、厳しい指導が必要だろうけれど、伝統文化の担い手をたくさん育てるのなら、励ましながら育てた方がよさそうですね。

 この少年、いい大人たちに育てられているなあ…って思います。

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