ひとこと

  •  放送業界&家電業界では、4K、8Kのテレビ放送で盛り上がっているみたいです。皆さん、4Kのテレビって欲しいですか? 私は廉価ならば欲しいですが、高価ならばパスです。だって、ウチのテレビって42型だもの、そんなに大きくないもの。DVDとBlue-rayの画質の違いだって分からないくらいだもの、4Kや8Kの画面を見ても、たぶん、その美しさは分からないんじゃないかな? いや、それ以前に、アニメとかバラエティとかドラマとかを、そんなに美しすぎる画面で私は見たいのか…って話です。もちろん、廉価なら見たいですが、たぶん最初のうちは高価だよね。100万円以上もするようなテレビは、よう買わんですよ、私。私に買って欲しければ、まずは10万円程度にしてください。話はそれからです。

お知らせ

  • ●2018年秋の本番のお知らせです。●門下の発表会は、次の通りです。●2018年11月18日(日) 横浜市神奈川区民文化センター かなっくホール 13時開場 13時30分開演です。●こちらは一番下手っぴなのが私なので、最初から聞いても面白いと思います。全体で2時間程度の発表会です。私の出番は二回に分けてますが、最初の出番は14時前後になる予定です。●レスピーギ作曲「Invito alla danza/舞踏への誘い」●ドナウディ作曲「Amor s'apprende/ 愛は取り付いてしまう」●ヴェルディ作曲「椿姫」より「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」●そういうわけで、一つよろしくお願いします。
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2013年1月23日 (水)

ペラッペラな上に、ハマらないんだよ

 さて、今回も声楽レッスンの続きです。

 「では、歌いましょう」と先生がおっしゃってくださいました。長かった発声練習もようやく終わり、やっと歌の練習に入るようです。

 今、私が抱えている課題曲は、ベッリーニの『マリンコニーア/ Malinconia, Ninfa gentile』とトスティの『最後の歌/L'ultima canzone』ですが、まずは『最後の歌』から歌いました。

 この曲は、二週間ほど自宅で練習しましたが、その成果は十分とは言えません。特に歌詞の読み込みはまだまだ不十分なので、イタリア語が滑りまくります(汗)。でも、曲自体はよく知っているので、歌詞を少しずつ誤魔化しながらも、なんとか歌いきれるんじゃないかと思って歌い始めたら……何ともなりませんでした。最後まで通して歌うはずだったのに、1番を歌ったところでストップがかかってしまいました。

 まあ、先生に止められるまでもなく、私自身が「これは変だ」と感じながら歌っていたので、止められて当然でした。

 私が感じた違和感…それは声の違和感と音程の不安定さでした。具体的に言えば『なんか、ペラッペラな声』と『うまくハマらない音程』です。

 まあ、私は基本的に、歌が上手いわけではないので、いつだって、声はペラッペラと言えばペラッペラかもしれないし、音程だって厳しい人が聞けば「まるでダメ」って言われるでしょう。それは横において、甘々のMy基準で考えても、だいぶペラッペラだったし、音程がハマりませんでした。

 この違和感は、結局、レッスンの最後まで続きました。

 レッスン後に妻と話して、この違和感について、アレコレ考えたところ、結論として、声のペラッペラさは……確かにペラッペラだったみたいですが、たぶんこれは私の感覚が惑わされただけで、おそらく、いつも通りの声だったんじゃないかって事になりました。つまり、発声自体はいつも通りだったけれど、それを受け入れる私の感覚が、いつもと違っていて、普段なら“OK”と思っていた声を、この日に限って、感覚が惑わされたのでしょうか? “ペラッペラ”と感じただけじゃないかって事になりました。

 感覚が惑わされた?

 今回ほどではないけれど、実はいつも、もっと小さな違和感を、Y先生のレッスンになってから、毎回のように感じています。しかし、今回ほど大きな違和感を感じた事はありませんでした。

 で、この違和感の正体ですが…結論を言うと、私の発声が下手すぎて、無意識に先生の声と比較してしまい、あまりの下手くそさに「これは違う!」と感じてしまって、その感覚を違和感として感じるんです。

 その証拠に、違和感を感じるのは、レッスンの時だけだからです。自宅で一人で練習している時は、自分の声に違和感など感じません。

 レッスンに来て、先生と一緒に歌っていると、自分の声に違和感を感じるんです。なんか、自分はとんでもなく間違っている事をしているんじゃないかって、無意識で感じて違和感を感じるのです。

 当初はバリトンとテノールの違いだろうと思ってましたが、違いました。結局、これって、声の美しさの差なんですね。響きの量の違いなんですね。声そのものが持っているオーラが、圧倒的に違うんですね。

 声の次元が違うんです。

 つまり、先生の声を聞いて、次に自分の声を聞いて、それで、私は自分の声に異質なモノを嗅ぎ取って違和感を感じるんです。実際、全然違うし…。

 まあ、考えてみれば、Y先生は現役の歌手です。録音の仕事も、舞台の仕事も、日々、淡々とこなされている、プロの現役歌手です。舞台で歌っているその声にほれて「生徒になりたい」と私自身が願った歌手です。そりゃあ、私とは次元の違う声で歌われるのは、当たり前って言えば、当たり前なんです。

 さらに今回は、私の前に、すごく上手な女性が先生と一緒にレッスンをしていました。私は、聞くともなく、そのマスタークラスのようなレッスンを聞いて、すっかり耳が、そっちのレベルに慣らされてしまい、その上で、自分の声を聞いて、あまりの下手くそさ加減に、愕然として、我を見失ったというわけなんです。

 それくらい、私の声は、貧弱でかっこ悪い声って事なんですよ。

 発声練習の時は、発声する事に夢中になっているので、細心の注意を払いながら発声しているわけだし、正直、聞く方の耳にまで気が回らない事(それじゃあ、本当はダメなんだけれどね)と、まがりなりにも、現時点で一番良い声で発声練習をしているので、さほど、違和感を感ぜずに済んだのですが、歌になると、途端に発声が悪くなって、愕然とする…とまあ、こんな事だろうと分析したわけです。ああ、悲しいなあ。

 正直に書きます。半年ほど前まで、私の歌声は、案外イケているんじゃないかって、根拠のない自信(薄笑)を持っていました。音程はダメだし、高音も出ないけれど、中音域は音量も大きいし、なかなか立派な声なじゃないかってね。少なくとも、アマチュア歌手にしては、立派なもんじゃないかなって…ね。

 いやあ、とんだ思い違いでした。声そのものの“質”がてんでダメです。それを理屈ではなく、肌で感じるようになりました。まあ、それだけでも、門下を代わって良かったと思います。とりあえず、目指すべきモノが多少なりとも見えた…って感じです。
 
 
 もう一つの問題、音程がうまくハマらない件は、先生に軽く「疲れて、腹筋が限界を越えたので、音程が取れないだけでしょ(笑)」と言われちゃいました。そうかもしれません(涙)。今、音程をお腹で作る練習をしていますので、そのお腹が、ハードな発声練習で疲れ切ってしまえば、歌がちゃんと歌えないのも道理かもしれません。ああ、こっちも悲しいなあ。
 
 
 それはさておき、1番だけ歌ってみたところで、いただいたアドヴァイスは…“Sposa(花嫁)”という単語を歌う時は、もう少し感情を込める事。今の歌い方のままでは、単なる棒歌いで、聞いていてつまらないので、もう少し内容を考えて歌うこと。具体的には子音を立ててみたり、音を押して歌ってみたり…。

 音を押す…本当は何て言うのか分からないし、先生がこの表現を使ったわけではないので、私の感覚&命名なんですが、音を押して歌う必要が、私にはあるみたいです。

 音を押す、とは、この場合、声を押したり、息を押したりするのとは、ちょっと違います。

 声って、音と息で成り立っているわけで、息の上に音を載せて発声すれば声となるわけです。私は息と音が常にシンクロしているので、その点を直すように、以前から言われているわけです。前回までは、声の立ち上がり部分の練習をしていました。それは、音と息を同時に出して声にするのではなく、息を(時間的)先に出してから、その息の上に音を載せて声にするというやり方です。

 今回注意された『音を押す』のは、声の終わり方の話で、音と息を同時に終えるのではなく、先に音を止めて、その音を息で押し出して、息を吐ききってから、声を終えるやり方の事です。これは特に、フレーズの終わりは、こう歌った方がいいのですが、直前の言葉を強調する時も、音を押して歌うと良いのだそうです。

 「水泳のブレスと同じ感覚ですよ」と言われましたが……え? ちっとも分からないよ(涙)。

 たぶん、声の要素である、音と息をそれぞれ分離してコントロールしなさいって事なのかなって思います。この二つの要素を分離してコントロールできるようになると、レガートが実にレガートに歌えそうな気がしますし、休符の間も音楽の流れを止めずに歌えるようになるんじゃないかなって思います。
 
 
 その他の注意としてはは…、この曲にはリタルダンドがあっちこっちにあるので、一つ一つ丁寧にリタルダンドをしていきましょう。音はいつまでも握りしめないで、1音1音、手放しながら歌ってください。…だそうです。

 ああ、筋力が足りない。声が悪い。歌い込みが足りない。歌詞の読み込みが足りない。 
 
 うわー、なんか、ダメダメすぎて、めまいがします。やるべき事が多すぎて、なんかわけ分からないよ。虻蜂取らずじゃダメだから、次のレッスンまでは、とにかく、フレーズの最初と最後に神経を使いながら、たくさん歌い込んでみたいと思います。
 
 
 今回の雑談は…ニューイヤーオペラコンサートの裏話を色々と聞きました。さすがに、ここには書けない話ばかりでした。とりあえず思った事は、歌手の皆さん方は、結構仲良しで、お互い助け合っているんだなって事です。そして、NHKって結構臨機応変に現場対応しながら(だって生放送でしょ?)番組を作っているんだなあって事です。

 どんな業界にも、外から見ているだけじゃ分からないことがあるんだなあ…って事です。

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声楽のレッスン&活動記録」カテゴリの記事

コメント

すとんさん、はじめまして。
いつも更新を楽しみに待って、毎朝新聞を開くよりも先に読ませていただいております。

こちらのブログを読ませていただくようになって一年以上になりますが、また、過去の日記やエッセイもちょくちょく辿らせていただいてきましたが、今日の日記は中でもとても良かったです。
なので、思わずコメントしてしまいました。

下手っぴながら私も声楽を学んでいるもので、やはり歌関連の記事は特に興味がそそられるのですが、これまで気になることは幾つかありました。
それは、「ソロの声と合唱は合わない。」や「アクートでの高音は合唱では浮いてしまう。」と言ったことなのです。

もちろん「合唱団ごとのカラーもあるしなぁ。」などとは考えもしたのですが、私自身は小さいながらも常設の合唱団で、バリバリ声楽の声で歌っておりますし、団内には他にも何人も声楽を勉強しているメンバーがいて、もちろんバランスは取りながらも、みんな自分を殺すようなことはせず、遠慮なく気持ちよく歌っていたりします。
また、正直なところテノールなのにGisやAで詰まってしまうと言うことでは、まだまだそのあたりは「アクート」と呼ぶような音域では本来なく、また、その技術も必要ないため、失礼ながら、おそらく発声自体に何かしら問題があってのことなのかなぁと推察しておりました。
で、最近になってようやくすとんさんの歌の音源を聴かせていただいて(恥ずかしながら、ずっとガラケーユーザーだったため聴けなかったのです^^;)、そんな憶測が間違っていなかったことを確認したところだったのです。

ぜひ、すとんさんにもご自身で過去の日記や録音を、読み返し聞き返しされてみていただきたいと思います。
老婆心ながら(年下ですが…)、Y先生のレッスンによって、しっかり目や耳が開いてきた今なら、過去の記録の中にたくさんの新発見ができたり、ご自分の思い込みから勘違いしてきたことに対して、新しい見方も出来るようになられているはずだと思います。

スラムダンクと言う漫画の中の好きな台詞に「上達は、己の下手さを知って一歩目。」という意味の言葉があります。

すとんさんの今日の気づきをお祝い申し上げます。
そして、今後の上達を応援しております。

お互い頑張りましょう!!!

たとえは変かもしれませんが、今のすとんさんの心理状態は、私の場合にたとえると、ちょっと薄暗い自宅の洗面所の鏡を見て、念入りにお化粧して、しわ、しみ、欠点いろいろ隠したつもりで友人と外出して、出先のあちこちの「明るい鏡」にうつる自分を見て、ゾーッとしている状態ではないかと思います。
この中途ハンパな化粧顔でお友達と電車にのってデパートに来ちゃったのか・・ダメじゃん、もっとちゃんと塗らなくちゃ・・・・。かくしたつもりのしわも、しみもうす暗くて見えてなかっただけで、あれれ、と思うくらいめだってしまってうろたえること、よくありますよ。
ということで、今のすとんさんの状態は、音楽の「鏡」の精度と明るさがぐーんとアップした気づきの状態、ということなのではないかと思いました。
音楽の世界では、いくらアマチュアであっても「鏡よ鏡、わたしってまあまあいいほうだよね」 鏡、「そうそう、いいセンいってますよ、そのままで大丈夫ですよ」状態のままではいけないんですよね。

ある時点で「ガーン、これじゃだめじゃん」をくっきりと自覚するのは必須だと思います。楽器にしても歌にしても、ほんとうの修行というか、闘いはそこから、ですよねえ・・。つくづくそう思いました。

熊田熊五郎さん、いらっしゃいませ。

 まずは見苦しいけれど、言い訳から(笑)。

 ソロの声と合唱の声は合わない…は今でもそう思ってますし、これからY先生の元で学べば学ぶほど、ますます合唱の声とは乖離していくだろうと思ってます。と言うのも、合唱の声って、私の認識では「響きのない話し声の延長の声であり、声に息を大量に混ぜ、音量的にかなり少なく、五線より上の高音は芯のないファルセットで歌い、五線より下の低音は胴間声で歌う」と思っているからです。合唱で使う声は、声楽的な声とは、明がち異質な声だと思ってます。無論レベルの高い合唱団は別かもしれませんが、そういう所と私は何の縁もありませんし、私が出入りできる合唱団は、どこもここも、この手の声で歌っているからです。

 それでも以前の私は、合唱でも声楽的な声でいけると思ってました。この点では、よく前の先生とやりあったものです(前の先生は、声楽的な声では合唱は出来ないという立場の方でした)。ですから、この点に関しては、私が間違いで、先生が正解だったわけです。

 今では私は「合唱は話し声で歌うものであり、歌声は声楽でのみ使用する」というふうに思ってます。まあ、しばらくすると、この考え方も変わるかもしれませんが、2013年1月の段階では、そう思ってます。

 アクートに関しては、前の先生に「それ、アクートだから」と言われた声をアクートだと思ってます。世間が何と言おうと、自分の先生(だった人)の言葉を信じないなんて、あり得ないでしょ? 今の先生に「それ、アクートじゃないから」と言われるまでは、取り消すつもりはないです(笑)。まあ、この点に関しては、熊田さんにもご理解いただけるんじゃないかなって思ってます。

 つまり、現在の先生によって上書きされた部分以外は、前の先生に習った事が生きているんです。

 以上、見苦しい言い訳、終了。
 
 
 私、実は、あまり前の先生の事や、そこで習った事を否定したくないんですね。でも、あまりに色々と違いすぎるわけです。

 これでも、喧嘩別れするまでは、先生にとても可愛がられていたわけだし、かなり真剣に指導していただいていたし、私も全力でそこに食らいついていたわけです。また、こう言ってはなんですが、一時はかなり期待もされていたと思います(故に、発表会ではトリだったのでしょう)。それは過去のブログ記事をご覧になったのなら、お分かりだと思います。それに「すとんさんには教える事はありません」って言われた事だってあるんですよ、ちょっと鼻高々な気分にだってなるわけですよ!

 ところが、先生を変えて、改めて自分の事を鑑みるに、あまりに物足りなく、あまりに不足している現状を知るのは、実は悲しく、忸怩たる思いが無いわけではありません。

 フルートも先生を変えましたが、フルートは前の先生に習った事はそのままで、そこをベースにして、今の先生に習っています。今の先生になった時に「前の先生に、しっかり教えていただいていましたね」と言われたほどです。何もやり直していないし、何も直されていません。

 当然、声楽だって、そうなって然るべきはずです。私は真剣にマジメに前向きに指導を受けていましたからね。でも、そうではならなかったわけで、前の先生に習った事の多くは、否定され、やり押しを余儀なくさせられています。

 ツライですよ。厳しいですよ。悲しいですよ。

>すとんさんの今日の気づきをお祝い申し上げます。

 お気持ちはうれしいのですが、忸怩たる思いを察してやってください。

 ま、それはさておき、上達してやるつもりはマンマンです。とにかく、リミットは越えているので、心情的に、かなり焦っています。あ、リミットと言うのは「声楽は50歳過ぎると上達しないので、そこまでに歌手として完成していないといけない」という年齢的なリミットの事です。当然ですが、前の先生に真顔で言われています。これは私にかかった魔法のような言葉でして、今はすでに50歳なんて軽く越えちゃっていますので、越えちゃったリミットをなんとか誤魔化してでも、上達してやろうと思ってます。

 ですから、日々、時間との勝負なんですね。真剣さは、ある意味、若い人以上にあるつもりです。

>そして、今後の上達を応援しております。

 はい、頑張ります。上達しないまま、死んでなるものかって思ってますよ(笑)。

だりあさん

 言い得て妙だけれど、だりあさんの例えは正しいかも。…ってか、ズバリ正解ですよ(涙)。はい、「明るい鏡」を見て、うろたえている真っ最中です。

>音楽の世界では、いくらアマチュアであっても「鏡よ鏡、わたしってまあまあいいほうだよね」 鏡、「そうそう、いいセンいってますよ、そのままで大丈夫ですよ」状態のままではいけないんですよね。

 そりゃあそうです。だって、それじゃあ、つまらないじゃない? やはり(結果として手が届かなくても)常に上を向いて努力し続けていないとね。それが楽しめるようじゃないと、音楽を趣味にはできません。

 とは言え、今回の件は、私的には、結構へこみました。

>楽器にしても歌にしても、ほんとうの修行というか、闘いはそこから、ですよねえ・・。つくづくそう思いました。

 そうですね、ここがスタートラインって、思うことにします。頑張りますよ。ほんと、マジメに頑張りますよ。

わかりますわかります。
わたしも、最近ようやく、先生の要求していることの意味がわかるようになり、
かつ、その道のりの険しさにも気づきました。
しかし、そんな今が一番、歌を練習することが楽しいです。がんばりましょう!

合唱と声楽の両立は、できると思っています。
ソプラノですと、「あの人はソロ声だからビブラートがきつくて合わないのよねえ」なんて言われる人もいますが、それは単に発声に問題があって音程が悪くなってしまうだけで、ソロ声でなく声が小さい人でも同じことです。
アルトやバスは、声がある人がいればそれだけでウハウハな部分があると思います。余裕で両立可能なはずです。
しかし、両立が一番むずかしそうなのはテノールですね。
すとんさんの言われるように、合唱のテノールの多くは、特に宗教曲を歌うときなどは、高音はファルセットでと言われることが多いようです。声の出し方から違うので、たいへんですよね。わたし、昔はファルセットテノールの方が好きでしたが、最近はバリバリテノールの方が好きになっています。これもソロの世界に目覚め始めたということでしょうか。

椎茸さん

 まあ、合唱に関しては、しばらくは距離を置くつもりです。やるにしても、エコ発声(響きだけのうすっぺらな声)で歌うつもりです。自分の満足よりも、合唱を壊さない事の方が優先ですから。

 まあ、言われるまでもなく、私は自分の下手くそさ加減は知っているつもりです。まあ、知っているからこそ、凹むんですけどね。とにかく今は、先生と一緒に歌っても「下手だな」と感じても「これ、違う」とは感ぜずに済む程度には上達したいものです。とにかく、クチの奥を広げる事。息と音を別々にコントロールする事。まずは、このあたりからやってみたいと思います。

 あと、支えですね。その支えに必要な筋肉を鍛える事も、忘れずにやらないと(爆)。

 すとんさんがご自分の発声練習と歌唱の声の違いの大きさにがっかりされた事、よく分かります。発声練習は野球のキャッチボールをしているようなもので、球の遅い早いや多少コースが外れていても楽にボール(音)を捕球できますよね。歌唱はノックを受けているようです。いろんなバウンドのゴロがあるしライナーはあるしフライはあるしコースが定まらないので大変です。ぼくはただ声を出すだけならHi-Cも出なくはないですが、歌唱となるとGを音楽的に出すのに苦労します。特にテノールは高い音に着目しがちですが、もしストンさんがG迄の音をどんな音形でも完璧に歌えたら本当に素晴らしいテノールになると思います。プロでもそんなプロはそうそうにはいないでしょう。
 声学歴6年です。50代半ばで合唱団に入り声楽に目覚めました。声楽の個人レッスンも受けていて今の先生で6人目です。声楽を趣味にしたのはいいんですけど本当に難しいですね。でも着実に進歩していると思います。
 毎年2,3回ソロコンサートで歌っています。4月にはストンさんも歌われたドナウディの「O del mio amato ben」とトスティの「Sogno」をうたいます。50過ぎたら人生のロスタイムなんて言わないで50代は男盛り、歌盛りでがんばってください。ちなみに60代は花の老年期だそうですよ。

玉ちゃんさん、いらっしゃいませ。

 キャッチボールとノックの違いですか…。まさにそんな感じですね。ちょっと安心しました。発声練習なら、結構な高音が出る(私も発声練習ならHi-C出ますよ)し、歌の難しい箇所だって、取り出して練習すれば、なんとかなったりするのに、それが曲を通して歌うとなると、途端にダメになるわけです。まあ、キャッチボールとノックの違いなら…出来なくても仕方ないですね。後は精進あるのみです。

>今の先生で6人目です。

 それはすごいですね。私は今の先生が三人目ですから、ちょうど半分です。色々な先生に教わると、やり方の違いで多少混乱するかもしれませんが、大切な事は言葉ややり方を変えて、何度も教えていただけるのがいいですね。声楽歴6年なら、私と大きくは変わりませんね。お互い頑張っていきましょうよ。

>毎年2,3回ソロコンサートで歌っています。

 それはうらやましい。私は…夏の発表会と、秋の文化祭の2回かな? 本当は冬とか春とかにもう一回、ソロで歌うチャンスがあるといいんだけれどね。本番を経験しないと学べないこともあるので、本番があれば、必ず出場したい私です。

すとんさん、とても丁寧なお返事をありがとうございました。

アクートの件は申し訳ありませんでした。
先生からのレッテリングがあったことは、そのことを既に書かれてらしたとしたら、読み逃してしまったのか、事情をわかっておりませんでしたので、納得いたしました。


"ソロの声と合唱の声"に関しては…これは、実は話の本筋ではなかったのですが、うーん、認識と経験の違いだなぁ…と感じます。

もちろん、北欧のナチュラルヴォイスのコーラスとか、室内楽的に演奏される古楽アンサンブルなんかであれば、僕もハナっからベルカントな歌い方をするものだとは思っていないのです。
ですが、例えば今師事されているY先生も歌われたニューイヤーオペラなんかのステージに乗るオペラ合唱なんかも立派合唱なわけで、ああいうの見ると、誰も『エコ発声』なんてしてないでしょ?

本来なら昨年すとんさんが参加された第九はもちろんのこと、オケ付きの合唱曲(合唱付きの交響曲のほうが適切?)や、それが合う曲なら国産合唱曲だって、みんなで朗々と歌い上げて良いものは沢山あるはずなんですけどね…。
ちなみに、僕たちの合唱団はいわゆるオペラ合唱団とか、オケ付きの大曲を歌うような団体ではないのですが、 どんな曲でも(古楽なんかは取り上げませんが…)、よくあるアクビ喉のふぬけた声で歌う合唱団のようなことはしてませんよ。
例えば、動画サイトで声を拝聴しましたが、おそらく、前に習っていらしたキング先生がいらしても、その声を悪目立ちさせたりしないようなサウンドが作れているはずです。
合唱団のレベルうんぬんではなく、たんに音楽性がそうなのです。

…で、前置きが長くなってしまったのですが、思いきって書き込みをしたので、ちょっと厳しい現実かもしれませんが、せっかく良い気づきのあったタイミングで、すとんさんに本当に伝えたかったところを言いますね。


本当は「ちょっと」ではなく酷く厳しいけど、上達を目指すなら、受け止める必要があると思うので…。

もしかしたら、すとんさんのおっしゃるように、これまですとんさんが参加された合唱団には、声楽的な発声は合わないのかも知れません。
そういう歌い方の合唱が存在することは、もちろん否定しません。
でもね、録音ですとんさんの声をお聴きしてわかったのは、今のところのすとんさんの声が合唱に馴染まないのは、「声楽的な発声だから」ではないということなのです。
極端に言ってしまうと、むしろ逆です。
今回の記事のタイトルになった、その通りの声の特性こそが、合唱の中で一人の声を異物としてしまっているのだと思います。
もちろん、個人レッスンを受けていることによる声量の大きさあってのことではあるのでしょうが。

ただ、念押ししますが、「今のところ」ですよ。

当然、今後歌手として成長し本当に良い発声が身に付いてくれば、逆におっしゃるような状況で浮いてしまうことにもなるかも知れません。


こんなことは、「楽しむことが最優先」とおっしゃるすとんさんには、指摘する必要はないことかも知れないのですが、ちょっと、いろんなことを誤解されていてもったいないなぁと思ったもので書いてしまいました。


また落ち込ませてしまうようなことを言ったかも知れませんが、声楽のレッスンを受けてたかだか5年だ6年だなんて、いくつもある趣味のひとつというレベルでしか時間をかけてないのですから、まだまたヒヨッコ未満で当たり前です。
ご承知の通り、受験生時代から毎日毎日何時間も練習をすることを日課にしてる音大生だって、声楽はじめて5年や6年じゃ、たいしたモンになんかならないわけですから。

焦らず行きましょうね。

熊田熊五郎さん

 熊田さんは合唱のエキスパート、あるいは指導者か何かなのかもしれませんが、ここでは一人のコメンテイターとして扱わせてもらいます。前回から、そうですが、熊田さんのコメントに感じる違和感について、私なりに考えてみました。

 元々、このブログは、声楽初心者で音痴で下手くそなジイサンが、日々悪戦苦闘している様を読んで、ハラハラしたり、ドキドキしたりしながら応援する、日記風ブログであって『ちょっぴり成長物語の要素もあります』ってのがウリ(?)のブログです。

 野球で言えば、試合の度に選手をかき集めてきて出場する、町内会の草野球チームのようなレベルで、話が進行しています(それはお分かりですよね?)。ま、『頑張れ、ベアーズ』の、老人音楽バージョン(ちょっと違うか?)のようなモンです。

 私は自分が下手くそである事は分かっているし、このブログの愛読者の皆さんも、私が下手である事はよくよく承知しています。なぜなら、私は自分の下手くそさを隠していませんから。

 その下手さを、皆さんの前に提供して、「こんなに下手くそだけど、頑張ってますよ」と、その下手くそなりに頑張っている姿を、ブログを通して、皆さんに楽しんでいただいているわけです。ですから、私の録音を聞いて「しょーもないなあ…」とか「よく、そのレベルでアップするなあ」とか思いつつ苦笑されている方も大勢いるでしょう。ここは、そういう楽しみも提供しているブログです。


 バカに向かって「バカ」と言ったら、どうなるでしょうか?


 このブログをご覧になっている方々は、そこのところは、よく分かってらっしゃるんですよ。でも、熊田さんは、そこのところが、よく分からずにコメントをくださったのかな?って思ってます。それが私の感じる、熊田さんに対する違和感…じゃないかと推測しましたが、合ってますか?

 あ、熊田さんのアドヴァイスそのものに関しては、感謝してます。ただ、私は熊田さんの示す到達点には、お分かりでしょうが、とてもとても行けませんよ。

 でもね、私なりに、町内会の野球チームの一員として頑張っていくつもりだし、上達だってしたいと願ってます。できれば、近隣の町の野球チームで作っている草野球のリーグに所属しているような、ちょっと格上の野球チームにスカウトされたら、いいなあ…ぐらいの野望は持ってます。そして、夢はあくまでも大リーグです…叶わない望みだと知ってますが(爆)。

 まあ、野望は持ちつつも、自分の分はわきまえているつもりです。音大生の話をされても、私としては、あまりに遠い世界の人たちと自分を横に並べることなど、想像もできませんし、結局、どうしたらよいのか、途方にくれるだけです。

大変失礼をいたしました。

もともと、感情移入しやすいのは僕の悪いところなのです。

そして、「真剣に上達を目指すアマチュアテノール」というだけでも我がことのように(僕は「合唱のエキスパート」や「指導者」などではなく、合唱団にも所属しているアマチュアのテノールです。勘違いされてそうですが「テノールパートを歌う合唱人」ではなく、「アマチュア声楽家で声種はテノール。合唱団にも所属。」です。)読んでしまっていた上に、実在の合唱団体、実在の声楽教師の登場する内容に、ついついフィクショナルな読み物という見かたができず、遠方で頑張っている音楽仲間の活動日記を読むような感覚で熱くなっていたのだと思います。

また、もちろん、言い訳でもなんでもなく、「バカに向かってバカと言う」ようなつもりは毛程もなく書いておりました。

むしろ、誰であれ、自分のバカ(自覚していた以上の下手さ=未熟さ)に自分で気づくと言うことは、バカ(下手=未熟)ではなくなるための第一歩だし、もちろん、僕自身も何度も経験してきたことを踏まえた上で、同じように上達を志す仲間として「喜ぶべき良い気づき」と書いてきました。

しかし、二度目の書き込みに関しては、仮に合唱や合唱人へのすとんさんの思い込みというか、偏った発言が、例えば、腹の中では強さを認めていても巨人軍をこき下ろす阪神ファンのような心境で書いていたもので、本気ではなく、「合唱に対して表面的には偏見を持つ"私"という人物」の描写として書いてこられていたもので、他人から指摘など受けなくても、自分の声が合唱と合わない本来の理由もわかってらしたということなら、完璧に僕の読解が浅かったわけで…つまり要らんことを言ってしまったと大変後悔しています。

もちろん、音大生に関しても、並べて比べようと言う話ではありません。
「あんだけやっても、ほとんどはの学生はあの程度なのだから、"我々"趣味のアマチュアの練習では、上達が遅いのは当然。落ち込むことはないと思います。」という気持ちで書きました。

不快な想いをされたであろうことはお詫びします。

ただ、現時点でのすとんさんを見て、それを固定されたものとして悪い評価をしたつもりではなかったし、むしろ、おそらくすとんさん自身以上にすとんさん(=僕自身=真剣に練習しているすべてのアマチュア声楽愛好家)の可能性を信じているので、ある程度"違和感"は感じられる可能性は覚悟で、思ったことを正直に書きました。

だって、もったいないですもん。
「どうせ(合唱なんて…)(自分の伸びシロなんて…)」なんて思考停止してたら。

誤解だけは解きたいと思い、追記させていたしましたm(__)m

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