ひとこと

  •  ポケモンGOの仕様が大きく変わって戸惑ってます。たぶん改良されたのだろうと思うのだけれど、どう楽しめば良いのか、正直戸惑っています。年寄りは変化が苦手なんだよねえ。ああ、以前のゲームシステムが懐かしい…。
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2013年1月14日 (月)

ノド声の正体について、考えてみた

 はい、標題の通りです。まあ、あくまでも私個人の観察&考察なので、違っていたらごめんなさいね。

 ノド声って、一般的には「ノドに過剰な力が加わったままの状態で歌っている声」の事を言うと思います。

 私たちは、普段、話す時は、ノドに力を入れる事はしません。楽に楽にしゃべっています。なので「しゃべっていて、ノドが疲れて、もう声が出ないよ」なんて事は、普通はありません。特に私はY先生に「すとんさんの話し声は、楽をしすぎ(笑)」と言われるくらいに楽な発声でしゃべっています。なので、私は仕事がらしゃべる事が多いですが、たとえ一日中ベラベラとしゃべっていても、ノドが疲れたり、声が減ったりする事はありません。

 しゃべるだけなら、丸一日しゃべっていても平気な私が、いざ歌うとなると、すぐに疲れ果てて、3分間も持たないのだから、どんだけノドに力をいれて歌っているか!って事ですね。

 力と言うものは、それに対抗するモノがあるから発揮するものです。対抗するモノ無しで力を入れ続けるのは…無理です。だって、それじゃ『暖簾に腕押し』でしょ。どう考えても無理です。

 ノドに力が入るには、そのノドの力に対抗するモノがあるから、ノドに力が入るのです。でも、それって何?

 ……息かな? ノドの正体って、この場合は、声帯の事でしょ? 声帯は『声を出す』という仕事の他に『気道を塞ぐ』という仕事もあります。じゃあ、気道を塞いで何をするのかと言うと、息が漏れるのを防ぐわけで、つまりノド(声帯)に力が入るって事は「気道をしっかりと力を入れて塞ぐ」ってのと、同義じゃない?

 うん、なかなか良いところに気づいたでしょ?

 声帯に力が入って、気道が塞がれると…当然声は出ません。だって、声って、声帯が振動して出来る音の事でしょ。だから、声が出るためには、気道が適当な間隔で開放されていて、声帯が振動できないといけません。気道が塞がっていたら、声帯は振動したくてもできないし、従って、声も出したくても出ないわけです。

 って事は、ノドに力が入って、普通なら声なんて出ない状態なのに、そこに強力な息を無理やり通す事で発声していたら…それがいわゆる“ノド声”って奴になるんじゃないかな?

 本来は声が出ない状態なのに、そこを力付くで発声するわけだから、普段の声とは全く音色の違う、迫力のある大音量の声が出るってわけです。音色が違って音量が大きい声だから、様々な特殊な状況でノド声は使われるわけです。例えば、怒り怒髪の“怒鳴り声”とか、感情が大きく揺れ動いた時の“叫び声”とか、エマージェンシーコールである“金切り声”か…ね。

 おお、納得だ。どれもこれも、聞いていると、こっちの心が逆立ちます。だから、注目を集められるわけだけれど、癒しとは…ほど遠いねえ。やはりノド声って緊張系の声だよね。

 だから、声楽では、ノドの脱力って大切なんだな。よしよし…。

 ん、待てよ。逆もまた真なり…かも。つまり“ノドの力み”を出発点に考えたけれど、実はノドに力が入るのは、結果であって、原因でないとしたら…。

 出発点を“強力な息が通る事”で考えてみたら、どうだろ? フルートなどは、初心者のうちは、息のコントロールができないため、極々短時間で大量の息が勢いよく吐き出されます。そのために、フルートを吹いていて、すぐにブレスが足りなくなったり、酸欠になったりするわけです。あれと同じ事が声楽でも起こっていたとしたら…。

 本来は、息がすぐに出て行かないために、腹筋を鍛えるわけだし、そのために腹式呼吸で呼吸をするわけです。でも、声楽にしろ、フルートにしても、初心者の腹筋はユルユルだし、腹式呼吸だって、そんなに得意じゃないです。

 だから、息が勝手にドンドン出てしまうのだけれど、そんな息ダダ漏れ状態で声楽的な発声なんて、当然できません。弱い腹筋の代わりに、どこかで息をせき止めていないと歌えません。腹筋が使えない以上、その代わりを、どこか別の場所でせざるをえないのだけれど、それを声帯で行っていたとしたら、どうですか? 声をお腹で支えるのでなく、ノドで支える…ってわけです。

 つまり、勝手に出て行ってしまう息を出さないために、ギュッと息の出口である声帯で締めたままにし、歌う時はさらに腹圧をかけて、閉じている声帯をむりやりこじ開けて発声しているとしたら…これもやっぱりノド声になってしまうでしょ?

 まあ、これは『タマゴと鶏』の関係のようなもので、のどの過剰な力みと、ダダ漏れの息の両方の相乗効果でノド声が構築されていくんじゃないかって思いました。

 なので、ノド声の行き着く先は、無理やり息が通っていく声帯の故障。具体的には、炎症とか、ポリープとか、変形とか、なんでしょうね。ああ、怖い。

 そうなると、ノド声を回避するために、いくら“脱力”を唱えたところで、息のダダ漏れが防げなきゃダメです。もちろん、いくら“息のダダ漏れ”を堪えたところで、ノドが力んでいたらダメです。やっぱり、両方同時に出来なきゃダメなんです。

 脱力は……難しいけれど、意識改革をして、やっていくしかないでしょうね。でも、ほんと、脱力は難しいです。逆に力むなら簡単なんだけれどね。

 息のダダ漏れ防止は……ひたすら腹式呼吸&腹筋の訓練でしょうね。そうか、だから、Y先生は、入門当初(ま、今でも“当初”だけれど:笑)、ひたすら呼吸の訓練をやって、とにかく腹筋を動かす事をやってくれたわけだ。確かに、あのレッスンのおかげで、歌っている間は、ちっとも動かなかった(ってか、固まっていた)腹筋が歌いながら、動くようになりました。腹筋が動く事で、呼吸のコントロールが上手になって、ノド声を少しずつ軽減していく…って寸法だったんだろうと思います。ああ、有り難いね。

 というわけで、私なりの結論は…

 ノド声とは、ノドの過剰な力みと、腹式呼吸の下手さが、合わさって発生した、下手くそな発声法である……ってわけです。

 今思えば、合唱団で、むりやり高音を歌わなきゃいけなくなった時に、高音の出し方を知らなかった私が、知らず知らずのうちに、高音を、叫び声と金切り声の混じった声でなんとかしようとした事や、大きな声を出そうとして、怒鳴り声で歌うようになってしまった事、これらが原因でノド声を発症してしまったのだと思います。これは、きちんとした指導者がいない合唱団や、規模が大きくて一人一人の発声の面倒まで見切れない合唱団では、ある程度仕方のない事なんだけれど…ね。だからこそ、発声練習は個人レッスンが本来的には必要なんだけれど…指導者にノド声を見過ごされていたら…人生百年の不作ってわけだな。

 ま、とりあえず、原因とその症状が分かったわけだから、私は何とかして、早急にノド声から離脱したいぞーって思います。頑張ろう(笑)。

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発声法のエッセイ」カテゴリの記事

コメント

連日のコメントは、まるで「愛してる」みたいだから控えようとも思ったが、やっぱり書いちゃいます(笑)

ノド声の正体についての考察・・・面白かった。

芝居の発声も同じことがいえて、小屋(会場・ホール)が1000人規模位まで経験があるけれど、マイク無しな訳で・・・キチンと発声できていないと、当然届かない、あるいは「オト」だけ届いて「コトバ」が届いてないと演出家に指摘されたりするわけです。
芝居の場合は、後ろをむいて台詞なんてこともあるので、「どこに声をぶつけるか」とかも意識します。

話がそれました(^^ゞ
いずれにしても、芝居を始めたばかりのころ、「普段、喉に力いれてしゃべらないだろ」と言われたことがあります。すとんさんの考察の通りであります。

ビブラートについて、わがボイストレーニングの本では、「腹筋で」となっています。
私には・・・意味不明・・・『究極の技』な気がします。

『喉を開放』しようとか『お腹』を意識することが、はじめの一歩ですよね。
そこに意識をもっていくことから、すべてがスタート。
今日も元気に、意識的な、ボイストレーニングして、唄ってから出勤します(^.^)

 そうそう“歌う”でも“芝居のセリフ”でも、初心のうちは『何か特別な事をする』という意識というか、身構えをしてしまい、それで余計な事をしてしまうのだと思います。その余計な事の一つが“ノド声”なのかなって思います。

>「オト」だけ届いて「コトバ」が届いてないと演出家に指摘されたりするわけです。

 これ、歌や音楽でも同じこと、あります。「音」としては聞こえるけれど「音楽」としては「聞こえていない」なんてことは、しょっちゅうですよ。

>「どこに声をぶつけるか」とかも意識します。

 漫然と歌うのではなく、誰に向かって歌う、どこに向かって歌うが大切…かあ。そうですね、歌と芝居で、通じる部分がありますね。いい勉強になりました。

 ちなみにビブラートは…声楽の場合、勝手に付いてくるものであって、わざわざ付ける事はしません。正しい発声をしていると、適量のビブラートが付いてくるのです。合唱などでは、ビブラートを嫌う人たちがいまして、そういう方々は、わざわざビブラートを付けないように歌う練習をするくらいです。

うちの師匠は
「声帯を息の流れに逆らわず、ただそこに置いておく」といいます。
息の強さ、流れに逆らわずに声帯を「反応」させるといいっていうの。
声帯を動かさないようにするんじゃなくて、息にまかせる、という言い方をします。
だから脱力っていうのもやりすぎるとまずかも?って思って書いちゃいました。

試行錯誤していきましょうね。
喉使わなくなると、舞台で響くようになるよ~。お楽しみに♪

ミルテさん

>「声帯を息の流れに逆らわず、ただそこに置いておく」といいます。

 それは簡単なように見えて、実は難しい事なんだと思います。だって、ついつい“何か”をやりたくなるのが人情だけれど、あくまでも『自然体のままでいい』って事なんですよね。その“自然体”ってやつが難しい。

 やはり“歌う”となると、気負いのようなモノが生まれてしまい、どこかが力んでしまいます。ついつい、余計な事をしたくなるんです。声楽に限らず、よく「肩の力を抜いてリラックスしましょう」って表現がありますが、それにも通じているんだと思います。

>だから脱力っていうのもやりすぎるとまずかも?って思って書いちゃいました。

 ですね、何事も過ぎたるは及ばざるがごとし、ですね。ヴァイオリンの弦も、張りすぎたら切れてしまいますが、張らなさ過ぎでは音が出ません。声帯も同じ事だと思います。

 結局、試行錯誤…なんでしょうね。私も以前はよく試行錯誤をしてましたが、試行錯誤をしてレッスンに行って、叱られる事ばかり続き、ついには先生から『試行錯誤禁止』と言うか「余計な事はするな!」命令が出て、自分で考える事を忘れていました。まあ、先生の言う通りにだけやっているのが、楽と言えば楽だし、私も人の子ですから、ついつい楽な方に流れちゃったんですよね。で、考えもせずに言われた通りにやっていたら、歌うたびに頭痛がするようになったし、ノド声でノドを痛めそうになったし、テノールなのにバリトン転向を命ぜられるし…やっぱり、自分の事なんだから、自分で考えてやらないとダメですね。

 『あれこれ試行錯誤を繰り返して、間違った方向に行きそうになったら、先生に直してもらう』で行こうと思います。ま、自分で試行錯誤をして、結果ダメであっても、それは自分のせいだから、あきらめもつくしね。

>喉使わなくなると、舞台で響くようになるよ~。お楽しみに♪

 お正月明けに見た、マジ系の声楽教室の生徒さんたちがそんな感じでした。楽に歌っているのに、ホールにビンビンに響いてました。あんな感じで歌えるといいなあ。

のど声ですか。。。たぶんちがうとおもいますが。 ふだんひとは声帯と喉とあわせて鼻孔も使ってしゃべってると、思いますよ。必要に応じて。
 で いわゆるベルカントはできるだけ声帯だけ震わせてって感じだと思うのですが。しかも声帯の幕の部分だけで。オーボエのように薄く薄く。 違うかな?

TAKAAKIさん

>のど声ですか。。。たぶんちがうとおもいますが。

 何と何がどうのど声と違うのか、TAKAAKIさんの短いコメントでは分かりかねます。申し訳ないのですが、あなたが“何と何がどうノド声と違うとおっしゃりたいのか”を、よろしかったら、補足説明をしていただけると感謝です。そして、私の記事の中のどの部分の、どの記述が事実と異なっているのか、優しく[ここがポイントです]教えていただけると感謝です。

>ふだんひとは声帯と喉とあわせて鼻孔も使ってしゃべってると、思いますよ。必要に応じて。

 私もそう思ってます。そこに異存はありませんし、別に記事中で、そのあたりの事には、特に触れていないと思いますが、記事のどのあたりの部分を読まれて、そのように思われたのでしょうか? もしTAKAAKIさんが誤読をしてらっしゃるのなら、私のブログを書く勉強になりますので、当該箇所を教えていだだけると助かります。

>で いわゆるベルカントはできるだけ声帯だけ震わせてって感じだと思うのですが。しかも声帯の幕の部分だけで。オーボエのように薄く薄く。 違うかな?

 TAKAAKIさんのおっしゃるベルカントって、なんでしょうか? ベルカントと言う言葉は、便利に使われていて、それぞれの立場によって、全く異なる用法で使われることもよくあるので、私自身は、この表現を極力使わないようにしていますし『ベルカント』という言葉を使う方がいらっしゃったら、必ず、その方がベルカントという言葉を、どんな意味で使っているのかを尋ねるようにしています。でないと、話がかみ合わなくなりますからね。

 ちなみに、私自身は、以前の声楽の先生から「ベルカントと言うのは、美しい声で歌うことで、どんな発声方法であっても、美しい声で歌えたら、それがベルカントだよ」と習っています。たぶん、TAKAAKIさんのおっしゃるベルカントは、これとは異なるモノをさしていらっしゃるのでは?

 ですから、TAKAAKIさんのおっしゃる“いわゆるベルカント”が、どんなモノなのか、ご教授していただけましたら、それに合わせて話をする事ができますので、有り難いです。

 そうそう、歌っている時に、自分の声帯が見えたら、いいですね。そうしたら、声帯なんか、いかようにでも、薄くも厚くもできるんですけれど。

 で、結局、TAKAAKIさんは、私に何をどうしろとおっしゃりたいのでしょうか? いま一つ、分かりかねるんですよ。ですから、無理強いをするつもりはありませんし、このままフェードアウトしてくださっても全然かまわないのですが、TAKAAKIさんご自身のお考えが、全く私(と、おそらくここの読者さんたち)に伝わっていないので、それでは残念だと思われるようでしたら、またコメントをください。

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