ひとこと

  •  昨今話題のフェイクニュースですが、日本語で言うところの“虚偽報道”であり、簡単に言っちゃえば“デマ”とか“嘘”です。でも、こんなフェイクニュースですが、コロッと騙されちゃう人も大勢います。イギリスがEU離脱を決めた国民投票だって、多くの人がフェイクニュースに騙されて、うっかり離脱を決めちゃったわけだし、アメリカ大統領のトランプ氏が選ばれたのだって、フェイクニュースのおかげとかじゃないとか…? 諸外国ではネットを中心にフェイクニュースが流れますが、日本では新聞テレビなどを通じて、堂々とフェイクニュースが、さも真実っぽい顔して流れてしまうから手におえません。朝日新聞の従軍慰安婦報道なんてフェイクニュースもいいところだね。あと、マスコミの伝家の宝刀“報道しない自由”を駆使する事によって、真実を隠蔽し、世論を自分たちの都合の良い方向に誘導するのは、フェイクニュースとは違うけれど、フェイクニュースよりもたちが悪いと言えば、たちが悪いのです。マスコミには、両論併記のカタチで真実をのみを報道してもらいたいものです…が、無理っぽいですね。
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2013年1月の記事

2013年1月31日 (木)

ランキング2冠も、1年続きました。ありがとうございます[2013年1月の落ち穂拾い]

 タイトルの通りです。日本ブログ村の「声楽ランキング」と「フルートランキング」で、過去一年間にわたり、ずっと第1位をキープし続けることができました。本当にありがとうございました。これも、バナーをクリックしてくださる皆様方愛読者の方々のおかげです。本当に感謝しています。

 日頃から、あまりランキングにはこだわらないように気をつけていますが、それでも第1位を一年間続けられた事は、本当の本当にありがたい事だと思ってます。

 ちなみに、クラシック音楽ランキング全体でも、だいたい5位前後にいる事が多いです。ああ、ほんとうにありがたい事です。応援、感謝です、感謝です。これからも、よろしくお願いします
 
 
お天道さまが見ている

 「お天道さまが見ている」って言葉、実に良い言葉だなって思います。

 この考え方は、もはや名言とか格言とか哲学とかではなく、すでに信仰の領域の言葉だと思います。それも、かなり素朴な信仰ね。

 …と言うのも、この“お天道さま”って“神様”の事でしょ? でも、神様って言っちゃうと、今どきの神様は、色々とシステマチックだし、なんかルールや決め事や約束事や組織やなんやかんや色々なものが付随してきて、面倒くさくなっちゃうし、ややこしくなるし…。だから、あえて“神様”じゃなくて“お天道さま”って言っちゃうんだと思う。だって“お天道さま”って、何のしがらみもない存在だものね。

 本来、信仰って、そんな感じの素朴なものだったはず…だけど、聖職者という方々が既得権益を唱え始めて、色々と組織化したあたりから、面倒くさくなっちゃったんだろうなあって思います。

 私は、システマチックで理屈っぽい信仰も人を支えるために必要だと思うけれど、こういう素朴で単純な信仰も必要だと思います。

 結局、人が傲慢になり、畏れるものがなくなり、傍若無人に振る舞うようになって、人の心の中の“神様”が死んでしまったのが、現代の住みづらさにつながってくるんだと思います。神様でもお天道さまでもいいから、人は何か畏れるモノが心に住んでいないとダメな生き物なんだと思います。
 
 
水晶は暖かい

 …んですよ、マジで。最近は、寒い日が続くので、なおさら、そう思います。

 私、水晶は主にネックレスの形で身につけているのですが、実際、ネックスレスを外すと、ネックレスを外した跡がホッカホッカで、さっきまで水晶が乗っていた箇所が実に実に暖かくって、触ってみても、その暖かさが分かるほどです。

 「お、出た出た。すとんさんのオカルト話だ」と思われても結構ですが、でも、これはそんなオカルト系の話じゃないと思います。単純に水晶が鉱物(つまり“石”)だからなんだと思います。

 石…って、熱を蓄えるでしょ? そして一度熱を蓄えると、今度はなかなか冷えないでしょ? だから、石焼き芋とかがあるわけだし、焼けた石を投げ入れて調理する漁師料理もあるわけです。たぶん、それと同じで、いい感じで水晶が熱を蓄えてホッカホッカになっているんだと思います。なので、水晶のネックレスは、体温でほんのり温まったネックレスが、首筋や肩の血行を良くしてくれている…ような気がします。

 特に大玉水晶だと、その働きもすごく顕著だよ。
 
 
息の吐き出し量を減らす

 フルートの話です。低音から高音まで一気に上がるタイプの音階練習は、低音と高音を同じような感じで息を吐いていては、失敗するかもしれません。

 私の感覚では、高音に行くに従って、息の吐き出す量を減らしながら音を出していく感覚です。もっとも減らしている気分だけで、もしかすると、実際の息の吐き出し量は増えているかもしれません。と言うのも、息の吐き出しのコントロールを、私はアパチュアのサイズを小さくする事でやっているからです。そして、そのサイズを小さくするのも、クチビルを狭めるのではなく、息の吐き出し量を減らして自然に小さくすると言う他力本願なやり方でやっているからです。で、アパチュアが小さくなることで、息のスピードが速くなって、高音が出し易くなっているじゃないかと分析します。

 なので、私は、息の吐き出し量を減らす事で、高音に対応しているのです。

 でもたぶん、このやり方は正しくない(汗)。だから、よい子の皆さんは、真似しない方が良いんじゃないかな?
 
 
音符の読めない子

 学校の音楽の授業をお手伝いしていると分かるけれど、世の中には、楽譜の読めない子がたくさんいます。で、そういう子は、音楽の時間に、楽譜にカナ(つまり、ドレミね)を書かないと、まず楽器演奏ができません。なので、学校の音楽の時間など、まずは楽譜にカナを振る事から始める授業のやり方だってあります。

 最近、私が手助けしている音楽の授業(中学校)だと、先生は一人なのですが、生徒がヤンチャな男子が多く、合奏スタイルの授業なので、私を含めて、三人のオトナで対応しています。

 その授業は、まず楽譜を配ると、音楽の先生が子どもたちに、一斉に楽譜にカナを振らせます。当然、楽譜の読める子は文句を言いますが、そういう時は「楽譜の読める子は、カナを書かなくていいよ。その代わり、楽譜の読めない子たちが間違えてカナを振らないように見ていてほしい」とお願いします。と言うのも、楽譜の読めない子は、楽譜に振るカナも間違ってしまうケースが結構多いからです。

 また、そういう子たちのために、学校の楽器には、マジックでカナが直書きされているケースも多々あります。で、楽譜のカナと(例えば鍵盤ハーモニカなら楽器の鍵盤に書かれた)カナとを見比べて演奏します。ただし、カナだとオクターブの違いが分からないので、生徒はしばしば「どっちの“ド”が正しいの?」と尋ねますので、その都度、適切な方を教えてやります。

 カナはハ長調の固定ドで書きますので、ト長調の曲を演奏する時は、必ずファの#を落としますね(笑)。と言うのも、楽譜の読める子なら、ト長調の場合、ファと言えば黙っていても「ファ#」を演奏してくれますので、ファと言ったり、ファと書けばいいんでしょうが、読めない子はファと書いてると、ナチュラルのファを演奏して、絶対にファ#なんて見向きもしないんですよね。なので、その辺りは要注意なんです。

 で、カナ振りをしちゃうと、結局、子どもたちは音符を見ずに、カナばかり見ちゃうんですね。だから、このやり方をやっている以上、永遠に楽譜が読めるようにはなりません。

 でもね、学校の授業では、時間の都合上、楽譜の読み書きなど、教えることはありませんから、これはこれで良いのかもしれません。だって、中学校あたりになれば、楽譜を見ても手も足も出ない子が、とても多く、もしもカナに頼らずに授業をすれば、合奏の一つもできません。それはそれで困るわけです。

 そうそう、ピアノを10年近くやっている子でも、カナが無いと全然演奏できない子もいます。そういう子は、ピアノが弾けるくせに、楽譜自体が全くと言っていいほど読めないのです。でも、ピアノそのものは、そんなにヘタでもないのです。聞けば、お手本(先生が弾いてくれたり、CDだったり色々ですね)を聞いて、耳コピーで練習するので、楽譜を使わないで、今までレッスンしてきたらしいのです。ですから、楽譜を渡されると困ってしまうのだそうです。ポピュラー音楽の道に行くなら、それはそれでありかもしれませんが、クラシックの道へ行くつもりなら、かなりマズイですね。

 あと、耳コピーの子は、テンポを変えると、途端に演奏が崩壊します。ま、テンポも含めて、丸々コピーしているからなんでしょうね。ですから、最初に行うパート練習の時など、ゆっくりしたテンポで譜読みをしながら音取りをしていると、そういうピアニストさんは、てんでダメなんです。でも、テンポを速めた途端に、調子よく弾き始めるんですよね。あれって、ほんと、不思議ですね。
 
 
美味しい生活がしたい

 地方に住んでいていいのは、食べ物が美味しいこと。それも、普通のものが、普通に、とっても美味しいんです。それを実感したのは、北海道に旅行に行った時。普通にスーパーで売っている、ニンジンやジャガイモが、腰砕けになっちゃうほどに美味いんですよ。だから、そんな食材を使って作った料理が美味いのは当たり前です。

 地方の郷土料理が美味しいのは、その地方の食材そのものが美味しいから、美味しいんだと思います。

 ちなみに、我が湘南も、魚、美味しいよ。豚、美味しいよ。

 まあ、都会の人には申し訳ないけれど、都会には美味しい食材はありませんので、普通のものが普通に美味しい事はありません。普通のものは普通に不味いです(ごめん)。その代わり、都会には美味しい料理方法があって、そこそこの食材を工夫して料理することで、とても美味しくいただく技術が発達しています。

 都会の人が名店にこだわるのは、そういう理由なんだと思います。

 結局、食材って、運んじゃダメなんだと思います。いくら流通が発達し、冷凍冷蔵技術が発達したとは言っても、その土地でとれたてピチピチのものを食べるのとは違います。

 やっぱり、美味しいものをいただきたかったら、地産地消が一番です。余所から運んできたものは、そこそこです。外国からの輸入食材なんて(安いだけで)、味なんてしれたものです。

 美味しい生活がしたければ、農業漁業が盛んな地域に住まないとね。サラリーマンばかりが暮らしているような町では、美味しいものは食べれません。でも、音楽趣味生活をしたいなら、ある程度は都会に近くないと色々と厳しいです。ああ、食事と音楽の両立は難しいね、悩ましいね。
 
 
今月のお気に入り 超訳百人一首「うた恋い。」 DVD

 原作マンガの方は以前、ご紹介しましたが、このマンガ、実はアニメ化されて、深夜にローカル放送していました。さすがに、ローカルな深夜アニメでは見れる人も限られてきますが、こうやってDVD化されると、多くの人が見ることできます。

 このアニメ、なかなか良いですよ。もちろん、史実に基づいているとは言え、空想妄想ファンタジーが多々混ざり込んでいますが、それでもなかなかに、良い出来のアニメです。娯楽作品として楽しむのもよし、教養番組として見るのもよし、高校生だと古典の補習に十分使えますね。

 若い人たちに、ぜひ見てもらいたいアニメです。いや、マジで、いいよ、これ。
 
 
今月の金魚

 今月は、みんな元気元気でした。よかよか。
 
 
今月のひとこと

 具合が悪い悪いと書いていた私ですが、丸一日吹奏楽部の練習につきあっていたら、ちょっと元気になりました。『若者たちから元気をもらった』と言うべきか『大音量がほどよい全身マッサージになって血行が良くなった』と言うべきか、よく分かりませんが、これも一種の音楽療法?なのかもしれません。(2012年12月27~29日)

 今日、散歩していたら、近所に雅楽の教習所を発見。さらに、生徒募集までしているようです。ううっ、心がザワザワします。しかし、今、もしも雅楽を学ぶとしたら、何かを捨てないといけないけれど、じゃあ、何を捨てる? 捨てるものなんて、無いじゃあないですか? 半年前なら、声楽を辞めて、代わりに雅楽を始めていたかもしれないけれど、今は声楽が、ちょ~楽しくて辞められない。もちろん、フルートもしかり。ヴァイオリンは半分辞めているようなものだし…じゃあ捨てられるものは…ブログ?? いや~、それも無いなあ…。ってわけで、雅楽は始めたいけれど、始められましぇ~ん。でも、雅楽を習って、ヒチリキやリュウテキを吹きたかったりして…って、結局、笛かい!(笑)(2012年12月29日~2013年1月1日)

 明けました~、おめでとう、ごじゃりますぅ~! しかし、平成も25年ですよ、25年。四半世紀って奴です。昨日まで昭和だったはずなのに、もう平成25年です。んもぉ~、信じられないくらいの“矢の如し”ですよ。(2013年1月1~4日)

 結局、お正月三が日はどこにも行かず、ただただ、アニメ「涼宮ハルヒ」シリーズをマラソン視聴をしてしまった…。ま、そんなマッタリしたお正月でした。(2013年1月4~8日)

 「今年の冬は、あまり寒くないね」と同僚に言ったら「とんでもない! 今年は記録的な寒さだってニュースで言っているじゃないですか!」と即座に否定されました。…そうか、最近太ったので、私が寒さに鈍くなっただけか…納得(笑)。(2013年1月8~10日)

 なんと、大惨事! 職場で私がメインに使っているコンピューターが、なんと、ウンともスンとも言わなくなりました。仕方がないので、普段使っていないパソコンをサブマシンにして、それとメインマシンを、SATAでHDD to HDDで接続して、データをサルベージし、サブマシンを仕事可能な環境に整備していたら、丸一日使ってしまった。おぉ…。メインマシンは、さっそくメーカーに入院させないといけないなあ…。ああ、憂鬱…。サブマシンじゃあ、パワー不足で仕事になんないんだよなあ…。(2013年1月10~15日)

 去年も(パソコンが故障したから)書いたかもしれないけれど、サブマシン、遅すぎ(涙)。これじゃあ、仕事にならないよぉ~。早く、メインマシンが戻ってきてくれないと、色々と支障があって困ってしまいます。(2013年1月15~19日)

 宇多田ヒカルが30歳になったそうです。「え? もう30なの? いつのまに30になったの?」って感じです。だって、この子、ついこの前「オートマチック」を歌って16歳でデビューしたばかりじゃない? なのにもう30? 信じられな~い!(2013年1月19~25日)

 点鼻薬って、鼻の通りを良くする、鼻に直接いれて薬剤を噴霧するタイプの薬です。これは鼻が詰まって困っている時に使う薬だと思うのですが、実際に鼻が詰まっている時に点鼻薬を入れても、薬剤はおそらく人体には到達しないので、何の役にもたたないのかな?って思います。かと言って、鼻の通りが良い時に使えば、薬剤が人体に到達し、薬として役立つとは思うものの、鼻が通っている時に点鼻薬を使っても意味ないような気がします。必要な時には役立たず、役立つ時は必要ない…って私は思ってますが、どこか間違ってますか?(2013年1月25~27日)

 先日、二度目のレミゼ(映画ね)を見てきました。息子君はまだ見ていないので「一緒に見に行くか」と尋ねてみたら「ミュージカルでしょ? ミュージカルは舞台の方が感動するから(映画は)見ない」と断ってきました。な、なんと、生意気な中学生なんざんしょ。(2013年1月27~30日)

 以前、ここに書いた職場のメインコンピュータの件ですが、結局『修理するより、新規購入の方が安い!』という事になり、先日、ニューマシンが私の手元にやってきました。今度のマシンの購入価格は、たったの2万5千円(!)。そりゃあ、直すより安いかも…。それでもWindows7(32ビット)マシンで、ハードウェア的には、Core i5-2400Sでメモリ4GB。ま、一昔前の性能だから、この値段ってわけだ。でも、今までがWindowsXPのCore Duoのメモリ1GBだったから、それでもマシン環境的には良くなっていると思います。ま、環境構築するのに、手間がかかって、仕事どころではないのが、玉にきず(でもうれしい)。(2013年1月30~31日)
 
 
 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2013年1月30日 (水)

身の丈にあった曲を演奏したい

 心の叫びです(涙)。

 実は私、今まで、発表会って奴で、まともに演奏できた例がありません。常に『失敗』とか『不満足』とか『冷笑/苦笑』とか『撃沈』とかで、なんかもう「これで良し!」って経験がないんですよ。

 振り返ってみます。

 おそらく最初の発表会って奴は、ずっとずっと昔のT先生の時代の発表会です。この発表会の記録は、地球上のどこにも存在していないはずなので確認のしようがないのですが、かなりひどかったはずです。歌ったのは、スカルラッティ作曲の「Gia il sole dal Gange/陽はすでにガンジス川から」と、ベッリーニ作曲の「Vaga luna, che inargenti/優雅な月よ」でした。もちろん、T先生の選曲なんですが、まあ、これよりも簡単な曲で発表会に相応しい曲って…ないよね。だから、これがギリギリの線の曲だったんだけれど、これらの曲を、あの当時の私がちゃんと歌えたはずは…ないですね。まだ、発表会なんてものに出演するほどの腕前が無かったのに出ちゃったんだから、そりゃあひどくて当たり前かも。

 …ああ、黒歴史だ。

 次の発表会は、キング先生のところの発表会です。

 最初の時に歌ったのは、ドナウディ作曲の「O del mio amato ben/ああ愛する人の」です。選曲はキング先生です。ま、当時の私が絶対に選ばないタイプの曲です。

 これは、録音を取ってあるので、久し振りに聞き返してみたら、案外歌えていて、ビックリしました。いや、それどころか、今の私よりもよっぽど上手に歌っています。結構捨てたものではありません。でも、それは今の視点からの感想で、当時はキング先生から「あんなの、音を並べているだけで、歌じゃない」って結構厳しく言われて、ベコベコに凹んだものです。まあ、教えていた先生からすれば、落第点の出来だったんでしょう。ですから、私も「ああ、あれは失敗したステージだったんだな」って長らく思っていました。

 二年後の、その次の発表会で歌ったのは、ドニゼッティのオペラ「愛の妙薬」からの二曲で、アリアが「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」で、二重唱が「Una parola o Adina/そよ風に聞けば」でした。もちろん、選曲はキング先生です。

 アリアは…ひどかったなあ。ちゃんとした録音がないので、歌声はアップしてませんが、あの時の私の歌は、本当にひどかったです。アリアは、高音が撃沈しているどころか、中低音も音程がデタラメだし、声そのものがかなり苦しげにしか聴こえません。当時は、すでにノド声がかなり進行していて、歌うのもツライぐらいにノドをしめつけていましたからね。二重唱も、歌と言うよりも、ステージの上で、怒鳴っていただけです。自分でもなんか変だとは思っていたけれど、どうにもならずに落とし穴に落ちたまま、もがき苦しんでいた状態だったんですね。少なくとも、この前の発表会の時よりも、格段に歌が下手になっていました。

 …黒歴史と言うよりも、漆黒の暗黒の記憶だね(涙)。思い出すのもイヤな発表会だよ。

 その次が、ガラコンサートという名称の発表会でして、その翌年にありました。ロイドウェーバー作曲の「オペラ座の怪人」から、ソロでは「The Music of the night」を、二重唱では「All I Ask of You」と「The Phantom of the opera」の、合計三曲を歌いました。一応、最終的にはキング先生の選曲で決めたのですが、この曲に決まるまでは、色々と紆余曲折ありました。先生との関係も最悪になっていましたので、先生からはロクな指導を受けられず、結局、妻と二人で曲を仕上げました。この頃は、歌うとノドから血の匂いがするほどに、ノド声をこじらせていました。先生からは「ノドが痛ければ、医者に行きなさい」と言われていましたが、発声方法が悪いためにノドが痛んでいた事はよく分かっていたので、医者には行かずに、自己流で、ノドに負担がかからないように気をつけながら歌っていました。

 結果は私なりに頑張ったものの、やはりノドに不調を感じながらの歌では、かなり不満足な結果でした。この時は、曲の仕上がりよりも、キング先生との人間関係が、とてもとてもイヤでたまりませんでした。そういう意味で、大不満足な発表会でした。

 その次が、その年の秋の、クラシックコンサートです。トスティ作曲の「La Serenata/セレナータ」と、ベッリーニ作曲の「Vaga luna, che inargenti/優雅な月よ」を歌いました。Y先生に移ってすぐの本番だったので、選曲も仕上げもほとんど一人で行いました。結果はダメでしたね、特に「優雅な月」は撃沈しました。失敗した原因は…選曲の失敗です。はっきり言って、私の実力では、手に負えない曲を選んでしまっただけの話です。ま、専門家の意見も聞かずに歌いたい歌を選曲してしまったので失敗したわけです。

 フルートの方は二回ほど発表会に出演していますが、その二回ともに、やはり結果は不満足なものでした。ま、最初の発表会は、まだ人前で演奏できるほどの腕前もないのに出演したのだから、ダメでも仕方ないでしょう。

 その翌年の発表会も、かなり不本意なカタチで終わった発表会でした。これは、当時の笛先生が「吹ける曲ではなく、吹きたい曲で出演しましょう」って方針だった事と、クラシック曲を演奏したのが、私だけで、とても準備が間に合わなかった(選曲してから本番まで三カ月ね)のが原因でした。やはり、クラシック曲は、私の場合、半年ぐらいは準備しないとダメみたいです。

 こうやって、振り返ってみると、私の発表会って奴は、ことごとく失敗で終わっていますが、その原因は、常に「実力オーバーの曲を選曲して、見事撃沈」ってパターンのようです。ああ、情けない(涙)。

 さすがの私も、これだけ失敗が続けば、学ぶものです。そして、次の発表会では、二度と、このような失敗をするまいと誓うのでした。そうです、そろそろ、次の発表会の準備をしないといけません。

 今度のY門下では、先生が発表会の曲を決めるわけではありません。生徒が「私、これを歌いたいんですけれど、どうでしょうか?」と数曲候補曲を持っていて、その中から先生に選んでもらうというパターンで選曲をする門下のようなのです。なので、まずは自分で選曲して、先生のところに持っていかないといけないのですよ。

 今度は「身の丈にあった曲」を選んで、本番では失敗なく、満足した笑顔で終えたいと思ってます。キング門下時代は、悔しくて悔しくて、常にうつむいてステージを終えたものです。もう、ああいう暗い気持ちを自分の人生に刻むのは、こりごりです。Y先生のところでは、ニッコリ幸せな発表会の想い出にしたいのです。

 そのためには、身の丈にあった曲を選ぶ事が大切です。『歌いたい曲よりも、ちゃんと人前で歌える歌を歌うこと』 この事が何よりも大切です。

 そして、そのために、色々曲を聞いて、知って、その中から、自分の身の丈にあった曲を選ばないとね。ほんと、声楽曲の楽譜に、ピアノピースのグレードを示す★のようなものがついていて、一目で曲の難易度が分かれば、選曲も楽なのになあ…。

 ああ、選曲に悩んでおります。ほんと、何を歌ったら、いいんだろ?

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2013年1月29日 (火)

やっぱりバリトンはズルい!

 以前『メトのライブビューイングで「仮面舞踏会」を見てきました』と言う記事を書いた時、バリトンの、ディミトリ・ホヴォロストフスキーについて「美形なバリトンってズルイですね」と書いた私です。今回の記事は、あの記事以来、普段は考えもしないバリトン君の事について、時折考えるようになり、その結果「やっぱりバリトンはズルい」と思うようになったので、それを書いてみました。ま、単なる私の独り言です(呆)。
 
 
 まず、オペラじゃテノールは主役、バリトンは脇役です。どっちがエラいか(目立つか)と言えば、そりゃあ、テノールでしょ? なので、あえて勝ち負けで言えば、オペラの世界では、テノールの勝ちと言っていいでしょう。

 しかし、舞台を離れると…。

 男性の魅力的な声は…甲高い声じゃなくて、渋い声でしょ? そうなると、言うまでもなく、カッコ良くて魅力的なのはバリトンであって、テノールじゃありません。つまり、バリトンの勝ちです。

 男性は、背の低い人よりも高い人の方がカッコいい…となると、バリトンの勝ちです。と言うのも、バリトンは標準身長からやや高めの身長の人が多いです。一方、テノールって大抵チビなんだよね。

 ブヨブヨの肥満体よりも、しっかりした筋肉質体型の方がかっこ良いとなると、ここでもバリトンの勝ち。チビじゃないテノールって、大抵肥満体なんだよね。まれに、チビでデブという残念なパターンのテノールもおりますが…。そこへいくとバリトンは、概ね筋肉質体型の人が多いです。

 顔がイケメンかどうかは、好みもあるから、横において、顔と首のバランスを考えると、バランスが良いのはバリトンで、テノールはたいてい猪首です。つまり顔に比べて首が太くて、ちょっとバランスが悪いんです。
 
 
 という訳で、相対的に見て、外見上カッコいいのはバリトンで、さえないのが…テノール…です(涙)。
 
 
 ただでさえ、そうなのに…ましてプロの世界になると、割と大勢いるバリトンは生き残りの競争も激しく、声も美しく、姿も美しい人だけがプロの世界で生き残るので、プロのバリトン歌手というのは、ディミトリ・ホヴォロストフスキーを例に出すまでもなく、容姿端麗眉目秀麗で美声な方ばかりになりますが…。渋くてカッコいいメンズばかりって事だね。

 その点、テノールは希少な声種ですし、存在するだけでもありがたいという、歌手界における珍獣君的扱いですから、多少容姿が悪かろうが、多少歌唱能力に疑問符が付いていても、多少性格が悪かろうと、高音でバリバリ歌えればOKという、極めて競争の緩い世界の人なのです。故に、バリトンほど生き残りは厳しくないので、プロの世界であっても、声が美しく高音がバッチリな人であっても、容姿に難があったりするのが普通です。
 
 
 音楽が舞台だけのものだった時代は、歌手の容姿なんて、化粧や衣装を工夫すれば、何とでもなりました。ラジオとか、レコード・CDの時代であっても、音優先ですから、テノールは、容姿に多少の難があっても、その美声で、カッコいい二枚目のイメージでいられました。

 なのに、今じゃ音楽も、テレビ放送や、DVDやブルーレイで楽しむ時代でしょ? そうなると、大画面にアップで映される事も多くなり、容姿に難がありあまるテノールには、厳しい時代がやってきました。

 ああ、これからはオペラ歌手にだって容姿の美しさが要求される…なら、時代はもはやスター・テノールではなく、スター・バリトンを求めているのか! ああ、バリトンって、ズルイ。モテモテじゃん。

 さらに、オペラではなく、ミュージカルにまで手を広げると、ミュージカルの世界って、オペラほどに、主役に高音が求められないわけで、バリトン君でも十分主役が勤まったりします。さらに、もっと世界を広げると…止めましょう。どんどんテノールが不利になっていきます。

 今の時代、テノールよりも、バリトンの方が、色々と活躍の場が広そうだな。人気も得られそうだな。

 なんか、テノール至上主義者である私から見ると、テノールがバリバリでなきゃダメなのに…現実はどうやら違うみたいで…つまるところ、バリトンってズルイよなあって、思う次第であります。

 やっぱり、女性は、テノールよりも、バリトンの方に心ひかれるでしょ?

 だからと言って、別にバリトンになりたいわけじゃあ無いのです、念のため。
 
 
 
 
 ん? テノールであっても、バリトンであっても、歌手はみんな、頭がデカい…よね? 顔がデカイ…よね? 小顔な歌手って…たぶんいないよね。頭がデカイ、顔がデカイってのは……残念な特徴だよね。 え? もしかすると、歌手って、みんな残念なの? え? もしかして、カッコいいメンズは、舞台じゃなくて、オケピにいるとか? まさか~?

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2013年1月28日 (月)

もしかして、フルートって難しい楽器?

 仕事の都合で、今回はフルートのレッスンに行けませんでした、残念。しかし「残念」と言って終わりでは、寂しいでしょうから、今週はフルートのエッセイを書いて、お茶を濁します。

 お題は『もしかして、フルートって難しい楽器?』です。フルートは、楽器としては簡単な楽器である言われる事があります。確かに、ヴァイオリンやピアノと比べると…やっぱり簡単と言うか、親しみやすい楽器である事は確かですが、だからと言って、フルートのレイトスターターとして、日々フルートと格闘している身としては『フルートは簡単な楽器』と言い切っちゃうのは、どうかなって思います。だって、フルートはフルートで、結構、難しい楽器じゃないのかなって思うわけです。

 例えば…

リードが無い

 いや、リードに限らず、音波の発振源が無いのがフルートです。サックスやクラリネットにあるリードはありません。金管楽器のようにクチビルを震わせるわけでもありません。弦楽器のように弦が振動して音を鳴らすわけでもなければ、打楽器のように、楽器そのものから音が出るわけじゃないです。

 楽器に息を吹き込んで、その息が音になるわけです。つまり“風切り音”で演奏しているわけで、これってスゴくねえ?
 
 
滑り止めが無い

 フルートには、滑り止めとか演奏フォームを固定するための部位がありません。サックスはヒモをかけて、首からぶら下げて演奏します。トランペットは片手で持つのにちょうど良い形状です。ヴァイオリンはアゴに挟んで演奏するし、ピアノは自立しています。

 そこへいくとフルートは、演奏フォームを固定するためのヒントのようなものがありません。三点支持をして演奏する事になってますが、あの三点支持って、冷静に考えると、結構ムチャな持ち方じゃありませんか? だって、要は「左手を支点として、右親指で楽器そのものをクチビルに押し付けちゃえ!」っていう、結構ワイルドのフォームじゃないですか? それに、あのカタチって、最初のうちは、手間取るし、楽器が手の中で暴れます。おまけにクチビルを当てても、すぐに滑るし…。演奏フォームという点では、実に無手勝流な楽器だと思います。ほんと、持ちづらい楽器だと思いますよ。
 
 
オクターブキーが無い

 …ので、第一オクターブと第二オクターブの大半が同じ運指。オクターブの吹きわけは、吹き込む息の勢いで行います。これって、結構高等なワザじゃない? それに、同じ運指でオクターブ違いの音が出ると言う事は、息のコントロールでオクターブが変わるって事でしょ。やっぱ、結構高等なワザだよね。
 
 
クロスフィンガリング、満載

 …ですよね、で、こいつが曲者って奴です。このクロスフィンガリングって奴が、フルートの運指をややこしくしていると思います。クロスフィンガリングって、運指に規則性が無くなるわけで、いわば、ミの隣にファじゃなくてラが並んでいるようなものです。これを簡単って言い切っちゃうのは、やっぱり無理でしょう。
 
 
演奏フォームが変

 なぜか楽器を体の横に向けて演奏します。まあ、横笛だから仕方ない…かもしれませんが、オケピでもフルートって、変な方向に楽器を構えるわけで、なんか窮屈そうに見えます。おまけに、常にヒジを大きく横に出す姿勢は、あんまり楽じゃないしね。あれ、楽器が無かったら、ただの“腕上げ”だよね。
 
 
音程を楽器任せに出来ない

 フルートって、吹き方次第で同じ運指でも音程がコロッコロ変わってしまう不安定な楽器です。だから、しっかり耳で音程を確認しながら吹かないといけないわけで、これって便利だけれど不便でしょ? 少なくとも音痴には演奏できません。ネコが叩いても正しい音程しか出せないピアノとは大違いです。
 
 
 ほら、やっぱりフルートもよくよく見てみてると、それなりに難しい楽器だったでしょ? では、今日も、そんな“難しい”フルートの練習を致しましょう。

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2013年1月27日 (日)

『おしん』を見て思うこと[2013年1月第4週・通算3週]

体重:109.2kg[-2.1kg:-3.0kg]
体脂肪率:31.2%[+0.4%:+0.2%]
BMI:34.5[-0.3:-0.9]
体脂肪質量:34.1kg[+0.1kg:-0.7kg]
腹囲:106.0cm[+0.3cm:-2.0cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 ただ今、NHK-BSで『おしん』が放送されています。日曜日に、一週間分をまとめて放送していますので、私はそれをHDDに録画して、毎日15分ずつ見ています。

 『おしん』…有名なドラマですよね。本放送が1983年ですから、今から30年前のドラマです。当時の平均視聴率が52.6%で、最高視聴率が62.9%。これはテレビドラマの歴代最高視聴率記録なんだそうです。『おしん』って、モンスター番組だったんですね。

 このドラマがリアルタイムで放送されていた頃、私は、このドラマが話題になっていた事は知ってましたが、実は見損なっていました。いや、別にこのドラマに限りません。NHKの朝の連続テレビ小説って、放送時間が良くないんだよね。だって、あの時間、普通の勤め人なら、すでに活動している時間でしょ? まあ、今なら『録画しておいて後で見る』という事もできますが(それでも毎日だから大変かも)、当時は録画すらできなかったわけで、まあ、見れなくて当然のドラマでした。…って、当時、このドラマって、一体誰が見ていたんだろ? 当時の日本には、朝っぱらからテレビ見ていられる人が、たくさんいたって話?

 とにかく、当時は、朝の連ドラなんて、一度放送終了してしまうと、再放送はなく、あっても、総集編をたまにやるくらいでした。なので『おしん』も、総集編は見たことあるけれど、本編は見た事がなく、総集編だと内容もチンプンカンプンなので、今回、きちんと放送するというので、見てみる事にしました。
 
 
 今はまだ物語の冒頭部分を放送していますが、ドラマの中の時代は……今ドラマの中で、7歳のおしんを匿っていた俊作は、日露戦争に関係しているようですが、日露戦争は1904~1905年だし、ドラマの中で、おしんは与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」を暗誦していますが、この詩が明星に掲載されたのは、1904年です。この1904年は、明治37年で、物語の時間は、そのちょっと後、と考えると、ドラマの中の時代は…明治30年代後半? となると、当時7歳のおしんは明治30年代前半(なんと19世紀だよ!)の生まれ…って事になります。もしも生きていれば、120歳前後って事になりそう…。なにしろ、今から100年前の1913年でさえ、大正2年ですからね。ほんと、明治は遠くになりにけり…です。

 なんか、そんな昔が舞台になっている物語を見ているんだと思うと、色々な意味でビックリします。

 物語は山形の寒村(はっきり言って、田舎)が舞台だし、物語だから、色々と誇張されているだろうけれど、これ、ほんの110年前の話ですよ。110年前の日本って、こんなに貧しかった? そこから今を鑑みると、この110年間の私たちのご先祖様たちの頑張りに、感謝感謝です。

 もしかすると『あの豊かな国である日本だって、ほんの少し前は(ドラマ放送当時から見ると、物語は約80年前の時代から、その当時の現代まで続いていてます)こんなに貧しかったんだ!』という事実が、東南アジアを始めとした、途上国でウケたのかもしれません。世界66ヶ国で放送され、各国で好評だったのも分かる気がします。だって『おしん』の話って、ジャパニーズ・ドリームであり、アジアン・ドリームの話でしょ。今はたとえ貧しくても、頑張って努力すれば、我々だって日本のように豊かになれる…って事でしょ?

 でも、栄枯盛衰夢の跡だよね。おしんの作った、スーパー田野倉って、ヤオハンがモデルらしいです。確かにドラマが放送していた頃は、ヤオハンは元気一杯で流通界でブイブイ言わせていた大企業だったけれど、今じゃ、そのヤオハンはすでに廃業して、跡形もありません。世の中なんて、そんなモン…なんでしょうね。ちょっと悲しいね。

 これからどんなストーリーが展開されていくのか楽しみだけど、きっと、根性根性ど根性な話なんだろうな。そうやって、ご先祖様たちが、ドロにまみれながら頑張ったからこそ、今の日本の豊かさと繁栄があるわけで、私はおしんのドラマを見ながら、我が先祖たちに感謝するのでありました。

 それにしても、おしんで有名になった“大根メシ”って…なんだろうと思ってみていたけれど、あれって、大根が主役の雑炊みたいだね。今の我々なら、とっても美味しい大根メシが作れるのだろうけれど、あの当時の山形の寒村では、きっと、そんなに美味しくなかったんだろうなあ…。

 それにしても、昔の田舎の料理って、なんでもかんでも、鍋に入れて煮ちゃうんだな。

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2013年1月26日 (土)

金魚は泳ぐ宝石

 この前、金魚水槽をボケ~っと眺めていたら思いました。『…金魚って、本当に金魚なんだな~』って。

 ハナジロは素赤オランダでして、いわゆる“赤い金魚”なんですが、その赤い魚体が光の加減で、実にゴールドっぽく見えます。もちろん、赤みの強いゴールドでして、フルートで言えば、9kぐらいの赤みかな? そんな感じで眺めていたら、ふと、キキョウも実に金色に見えてきました。キキョウはフナ色の鉄魚なんですが、そのフナ色が光の加減でゴールドに見えます、こっちのゴールドは、かなり黄色っぽいので24k?かな? おお、かなり高級の色ではありませんか?

 ハナジロとキキョウは、実にゴールドなフィッシュなわけで、まさに“金魚”じゃないですか! なんかいいなあ…。

 ちなみに、サクラの体色は白と赤で、その白と来たら、まるでミルクのような白さ。赤は蛍光色の真紅で、こっちもかなり美しいです。ナゴンは、三色金魚ですが、白に黒に赤に朱に青に…と三色金魚なのに、五色の体色が実に見事です。太り方も見事ですし…金魚って美しい生き物です、まさに、泳ぐ宝石だよね。

 毎日見ていて、癒されます。ううむ、最高。

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2013年1月25日 (金)

プラハ国立劇場の『フィガロの結婚』を見ました

 いやあ、久しぶりに地元で生のオペラを見ました。以前は、地元の楽友協会が、正月と秋(つまり、シーズンの始めと終わり)に海外のオペラ団を招聘してくれて、定期的に年2回ずつ生オペラを見る事ができたのですが、最近は、不景気のせいか、はたまた東日本大地震の影響のせいか、トンとオペラ団を招聘してくれなくなり、寂しい思いをしていました。なので、最近はメトのライブビューイングばかりでオペラを見ていた私ですが、本当に久しぶりに、歌劇団を呼んでくれて、地元で生オペラを見る事ができました。ほんと、ほんと、久しぶり。

 やってきたのは、プラハ国立劇場です。この団体は、以前は毎年のように来てくれた歌劇団なので、なんか懐かしかったです。

 演目は『フィガロの結婚』。出演者には、スター歌手はいませんが、プラハ国立歌劇場の専属歌手の皆さんのようです。ですから、ほんと、チームワークが良いんですね。フィガロのような、アンサンブルが多いオペラでは、スター歌手がいる事よりも、チームワークのよい歌劇団の演奏の方が良いかもしれません。

 オペラ自体は、とても面白かったですよ。1幕の冒頭シーンでのフィガロとスザンナのいちゃつき方が、なんとも現代的だったり、同幕の終盤で、ケルビーノがフィガロにからかわれるシーンがあるのですが、そのシーンがケルビーノがからかわれるのではなく、お屋敷の男衆たちボコボコにされるシーンに代わっていましたが、そこに(本来、登場予定ではない)バルバリーナが助けに入って、ケルビーノとバルバリーナがすでに親密である事が描かれていたり、第3幕の冒頭シーンで伯爵がお屋敷のお庭でゴルフをしていて、豪邸に住んでいる事が暗示されたり、なかなか目新しい演出も多々あったけれど、概して、分かりやすい方向で演出されていました。また、字幕もけっこう砕けた訳で、おもしろかったです。

 今回の演出で驚いたのは、アリアの最中も芝居の時間が流れていた事です。普通、アリアの最中は、お芝居の時間が止まっているものなんだけれど、この演出では時間がきちんと流れていました。うむ、こういうところも現代人には親しみやすい演出なんだなって思います。

 出演者がすべて白人と言うのもよかったです。日本のオペラだと、日本人が多数出演するし、メトのライブビューイングでも色々な人種の人が出演しますが、ここは出演者全員が白人なんです。私は人種差別をするつもりはありませんが、オペラって、18~19世紀のヨーロッパのものでしょ? 舞台に有色人種がいるわけないでしょ? ま、オテロ(主役が黒人)や蝶々夫人(主役は日本人)とかならともかく、フィガロの結婚なら、出演者全員が白人で当たり前じゃないですか。最近はその当たりの事を当たり前に楽しめないものが多いので、全員白人キャストというのが、とてもよかったです。

 歌が生ですばらしいのは当然だけれど、バレエも生なんです。フィガロの三幕の結婚式のシーンで、バレエが挿入されましたが、やっぱり生バレエはいいですね。

 私はオケピのそばで見ていたので、演奏中のオーケストラの様子もよく見えたのですが、今回のフィガロは、レチタティーヴォの時は、チェンバロ演奏でして、オケとチェンバロが交互に演奏していました。それもまた興味深いです。ちなみに、チェンバロの譜面は、印刷譜ではなく、手書き譜を使ってましたよ。また、チェンバロは音が小さいせいでしょうか、マイクで音を拾って、PA通して拡声していました。フルートは、1stが木管、2ndが管体金(たぶん14K)のメカ銀でした。二管編成の小さなオケでした。

 それにしても、フィガロは独唱者がたくさんいないといけないわけで、カーテンコールの時に数えたら、13名も独唱者がいました。こりゃあ、大変だね。
 
 
 今まで、地元の生オペラの時は、息子君は幼かった事もあって、託児に預けていましたが、今回はもう中学生だし、託児というわけにもいかないし、本人に「見に行くか?」と尋ねたら「見たい!」と言うので(託児料金よりも安い)学生席のチケットを買ってやりました。外国のちゃんとした歌劇団の引越公演を始めて見た息子君は、すっかりオペラに心が奪われてしまったようです。そりゃあ、そうだよね。彼は今まで、市民オペラなどの日本人キャストの略式オペラしか見た事がなかったわけで、たとえ引越公演とは言え、きちんと大道具小道具が揃っていて、バレエ付きのフルオーケストラのオペラを見るのは始めてだったわけで、まあ、彼が新世界を覗き見た事は理解できます。

 オペラに感動したのは良いのだけれど、声楽をマジメにやりたい、などと言いだしやがって参っています。まあ、まだ声変わりも終わっていない中学生なので「とりあえず、ピアノをマジメに練習しろ(ピアノ、さぼってばかりだろ!)」と言っておきました。彼は、本気で声楽をやるつもりなのかな? だとしたら、進路も金がかかるわけだから、親である我々もそれなりの覚悟をしないといけないわけなんだが…。

 まあ、秋に再びプラハが当地にやってきて、今度は『魔笛』をやるそうなので、そのチケットは息子の分も含めて購入しないとならないでしょう(息子君は、またまた学生席の予定です)。もしかすると、メトのライブビューイングも息子君に見せてやらないといけないかな? あれ、そんなに安くないんだよなあ…。

 休憩時間は、実に大忙しでした。外国の歌劇団の引越公演ともなると、地元のビッグ・イベントなわけで、いわゆる地元の名士さんたちが勢ぞろいしているので、私はあっちこっちに挨拶にいかないといけないし、歌関係の知り合いとも挨拶しなきゃいけないし、どこかで見たことある人(って地元在住のプロのオペラ歌手さんの事ね)も、それなりに見かけました。本場ヨーロッパで、歌劇場が社交場になる理由が、ほんの少しだけ分かりました。

 それにしても、ティンパニって、序曲を演奏したら、あとは最後まで出番がないんですね。ほんと、楽な仕事してます(笑)。あと、自宅から徒歩約10分で、海外の歌劇場の引越公演が楽しめるなんて、私は恵まれているなあ…とも思いました。それにしても、トイレ、混みすぎ(爆)です。

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2013年1月24日 (木)

フルートのリッププレートが剥がれ落ちたら…そりゃあ、焦るよね

 フルートのレッスンに行ってきました。今回は、また姉様はお休み。先生と二人ッきりでロングトーン練習をやったのだけれど、なんか今日はうまくハモれませんでした。よほどフルートが冷えていたみたいだし、うっかり管も多めに抜いてしまったみたいで、音が低くて低くて…思いっきり音を曲げて高めに吹いてみたんだけれど、厳しかったなあ…。

 アルテは、15課6章を終えました(ぶいっ!)。ふふ~ん。なにしろ、残っていたのが、f-mollの8番「f-mollのスケールとアルペジオ」だけだから、もう、バカになったつもりで徹底的に練習したったよ。ミスなし、完璧だぜいっ。これで、b4つをやっつけてやったぜ。

 というわけで、次回からは7章です。今度は…#5つ? なんじゃい? そりゃあ?? とにかく、H-durの1番「音階準備練習」が宿題になりました。頑張ろうっと。

 ミニヨン・エチュードは18番だったけれど…こっちは甘々で合格となりました。「あまりやっても、飽きちゃうでしょ」って感じでした。申し訳ない。どうにも、完璧なミスなし演奏って奴が出来なくって…ねえ。ああ、詰めが甘い私です。次は19番が宿題になりました。いやあ、前半はゆっくりでいいかも~って思ったけれど、後半はやたらと飛ばしてますね。出来るかな…(汗)。

 今回の雑談は…風邪が流行ってますね、と言う切り口から始まりました。

 我々一般人は、風邪をひいて具合が悪くなると、仕事やレッスンをお休みします。でも、先生は風邪をひこうがひくまいが、休むという事はないのだそうです。いや、風邪だけじゃないです。この前のような、大雪な日であっても、台風が来ようと、演奏会なりレッスンなりに出かけないといけないのだそうです。なぜなら、先生の代わりはいないし、仕事に穴は空けられないからだそうです。うわあ、自営業って厳しいなあ。

 だから、体調管理はしっかりやっているし、天気予報や交通情報にも気をつけているのだそうです。

 でも、いくら気をつけていても、避けられないのが、楽器の故障なんだそうです。まあ、軽度の故障なら、チャチャと直しちゃうのだそうですが、どうにもならないのが、リッププレートが頭部管から剥がれてしまう事だそうです。これは、本当にどうにもならないのだそうです。

 先生は今までに二度、リッププレートが剥がれる経験をされたそうです。

 一つは某メーカーから「お試してください」と言われて預かった、24Kの頭部管のリッププレートだそうです。これはご自宅で試し吹きをしている時に、うっかりポロって剥がれてしまったそうです。その時は、一瞬青ざめてしまったそうです。だって、24kの頭部管を壊しちゃったわけでしょ? そりゃあ、青ざめるよね。

 でも壊しちゃったのは仕方ないので、正直にメーカーに「壊しました」と言って返却したら「大丈夫ですよ」と言われたそうです。もう、今は大丈夫でしょうが、当時は金の加工って難しかったらしく、一生懸命ハンダ付けをしても、剥がれてしまう事もあって、24Kの頭部管も、何回かリッププレートが剥がれ落ちるという前科があったそうです。まあ、さすがに今の24Kではそんなに簡単にリッププレートが剥がれることないだろうとの話です。

 もう一つは、先生のご愛用のフルートのリッププレートが剥がれてしまったそうなんです。別にぶつけたりそういう事をしたわけではないそうです。

 事件は、ある寒い冬の日に、某ホールで演奏していた時に起こったのだそうです。そのホールはステージと楽屋はしっかり暖かいのですが、廊下がやたらと寒くて、またステージと楽屋の道のりがやたらと長かったそうです。そこを何度も行き来していたうちに、フルートも温度変化で伸び縮みをして…何度目かに楽屋に戻ったところで、リッププレートがポロっと取れてしまったそうです。

 一瞬、何が起こったのか分からなかったそうです。だって、コンサートの途中でマイ楽器が修復不可能な故障をしたんだよ。そりゃあ、頭が真っ白になっても仕方ないよね。

 その壊れた楽器は、14Kだったそうですが、先生は常に楽器を2本持ち歩くようにしているので、その後のステージは、サブ楽器の18Kの方で乗り切ったのだそうです。

 「14Kがメインで、18kがサブなんですか?」

 なんでも、18Kよりも14Kの方が、音にパワーがあるのだそうです。多くのプロが14Kを使うのも、音にパワーが欲しいからなんだそうです。だからバリバリ吹きたい時は14Kを吹き、軽く吹きたい時は18Kを使うようにしていたそうです。

 リッププレートが剥がれたフルートは、工場に戻して直してもらったのだそうです。怖いねえ、リッププレートが剥がれるなんて…。クワバラクワバラ。

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2013年1月23日 (水)

ペラッペラな上に、ハマらないんだよ

 さて、今回も声楽レッスンの続きです。

 「では、歌いましょう」と先生がおっしゃってくださいました。長かった発声練習もようやく終わり、やっと歌の練習に入るようです。

 今、私が抱えている課題曲は、ベッリーニの『マリンコニーア/ Malinconia, Ninfa gentile』とトスティの『最後の歌/L'ultima canzone』ですが、まずは『最後の歌』から歌いました。

 この曲は、二週間ほど自宅で練習しましたが、その成果は十分とは言えません。特に歌詞の読み込みはまだまだ不十分なので、イタリア語が滑りまくります(汗)。でも、曲自体はよく知っているので、歌詞を少しずつ誤魔化しながらも、なんとか歌いきれるんじゃないかと思って歌い始めたら……何ともなりませんでした。最後まで通して歌うはずだったのに、1番を歌ったところでストップがかかってしまいました。

 まあ、先生に止められるまでもなく、私自身が「これは変だ」と感じながら歌っていたので、止められて当然でした。

 私が感じた違和感…それは声の違和感と音程の不安定さでした。具体的に言えば『なんか、ペラッペラな声』と『うまくハマらない音程』です。

 まあ、私は基本的に、歌が上手いわけではないので、いつだって、声はペラッペラと言えばペラッペラかもしれないし、音程だって厳しい人が聞けば「まるでダメ」って言われるでしょう。それは横において、甘々のMy基準で考えても、だいぶペラッペラだったし、音程がハマりませんでした。

 この違和感は、結局、レッスンの最後まで続きました。

 レッスン後に妻と話して、この違和感について、アレコレ考えたところ、結論として、声のペラッペラさは……確かにペラッペラだったみたいですが、たぶんこれは私の感覚が惑わされただけで、おそらく、いつも通りの声だったんじゃないかって事になりました。つまり、発声自体はいつも通りだったけれど、それを受け入れる私の感覚が、いつもと違っていて、普段なら“OK”と思っていた声を、この日に限って、感覚が惑わされたのでしょうか? “ペラッペラ”と感じただけじゃないかって事になりました。

 感覚が惑わされた?

 今回ほどではないけれど、実はいつも、もっと小さな違和感を、Y先生のレッスンになってから、毎回のように感じています。しかし、今回ほど大きな違和感を感じた事はありませんでした。

 で、この違和感の正体ですが…結論を言うと、私の発声が下手すぎて、無意識に先生の声と比較してしまい、あまりの下手くそさに「これは違う!」と感じてしまって、その感覚を違和感として感じるんです。

 その証拠に、違和感を感じるのは、レッスンの時だけだからです。自宅で一人で練習している時は、自分の声に違和感など感じません。

 レッスンに来て、先生と一緒に歌っていると、自分の声に違和感を感じるんです。なんか、自分はとんでもなく間違っている事をしているんじゃないかって、無意識で感じて違和感を感じるのです。

 当初はバリトンとテノールの違いだろうと思ってましたが、違いました。結局、これって、声の美しさの差なんですね。響きの量の違いなんですね。声そのものが持っているオーラが、圧倒的に違うんですね。

 声の次元が違うんです。

 つまり、先生の声を聞いて、次に自分の声を聞いて、それで、私は自分の声に異質なモノを嗅ぎ取って違和感を感じるんです。実際、全然違うし…。

 まあ、考えてみれば、Y先生は現役の歌手です。録音の仕事も、舞台の仕事も、日々、淡々とこなされている、プロの現役歌手です。舞台で歌っているその声にほれて「生徒になりたい」と私自身が願った歌手です。そりゃあ、私とは次元の違う声で歌われるのは、当たり前って言えば、当たり前なんです。

 さらに今回は、私の前に、すごく上手な女性が先生と一緒にレッスンをしていました。私は、聞くともなく、そのマスタークラスのようなレッスンを聞いて、すっかり耳が、そっちのレベルに慣らされてしまい、その上で、自分の声を聞いて、あまりの下手くそさ加減に、愕然として、我を見失ったというわけなんです。

 それくらい、私の声は、貧弱でかっこ悪い声って事なんですよ。

 発声練習の時は、発声する事に夢中になっているので、細心の注意を払いながら発声しているわけだし、正直、聞く方の耳にまで気が回らない事(それじゃあ、本当はダメなんだけれどね)と、まがりなりにも、現時点で一番良い声で発声練習をしているので、さほど、違和感を感ぜずに済んだのですが、歌になると、途端に発声が悪くなって、愕然とする…とまあ、こんな事だろうと分析したわけです。ああ、悲しいなあ。

 正直に書きます。半年ほど前まで、私の歌声は、案外イケているんじゃないかって、根拠のない自信(薄笑)を持っていました。音程はダメだし、高音も出ないけれど、中音域は音量も大きいし、なかなか立派な声なじゃないかってね。少なくとも、アマチュア歌手にしては、立派なもんじゃないかなって…ね。

 いやあ、とんだ思い違いでした。声そのものの“質”がてんでダメです。それを理屈ではなく、肌で感じるようになりました。まあ、それだけでも、門下を代わって良かったと思います。とりあえず、目指すべきモノが多少なりとも見えた…って感じです。
 
 
 もう一つの問題、音程がうまくハマらない件は、先生に軽く「疲れて、腹筋が限界を越えたので、音程が取れないだけでしょ(笑)」と言われちゃいました。そうかもしれません(涙)。今、音程をお腹で作る練習をしていますので、そのお腹が、ハードな発声練習で疲れ切ってしまえば、歌がちゃんと歌えないのも道理かもしれません。ああ、こっちも悲しいなあ。
 
 
 それはさておき、1番だけ歌ってみたところで、いただいたアドヴァイスは…“Sposa(花嫁)”という単語を歌う時は、もう少し感情を込める事。今の歌い方のままでは、単なる棒歌いで、聞いていてつまらないので、もう少し内容を考えて歌うこと。具体的には子音を立ててみたり、音を押して歌ってみたり…。

 音を押す…本当は何て言うのか分からないし、先生がこの表現を使ったわけではないので、私の感覚&命名なんですが、音を押して歌う必要が、私にはあるみたいです。

 音を押す、とは、この場合、声を押したり、息を押したりするのとは、ちょっと違います。

 声って、音と息で成り立っているわけで、息の上に音を載せて発声すれば声となるわけです。私は息と音が常にシンクロしているので、その点を直すように、以前から言われているわけです。前回までは、声の立ち上がり部分の練習をしていました。それは、音と息を同時に出して声にするのではなく、息を(時間的)先に出してから、その息の上に音を載せて声にするというやり方です。

 今回注意された『音を押す』のは、声の終わり方の話で、音と息を同時に終えるのではなく、先に音を止めて、その音を息で押し出して、息を吐ききってから、声を終えるやり方の事です。これは特に、フレーズの終わりは、こう歌った方がいいのですが、直前の言葉を強調する時も、音を押して歌うと良いのだそうです。

 「水泳のブレスと同じ感覚ですよ」と言われましたが……え? ちっとも分からないよ(涙)。

 たぶん、声の要素である、音と息をそれぞれ分離してコントロールしなさいって事なのかなって思います。この二つの要素を分離してコントロールできるようになると、レガートが実にレガートに歌えそうな気がしますし、休符の間も音楽の流れを止めずに歌えるようになるんじゃないかなって思います。
 
 
 その他の注意としてはは…、この曲にはリタルダンドがあっちこっちにあるので、一つ一つ丁寧にリタルダンドをしていきましょう。音はいつまでも握りしめないで、1音1音、手放しながら歌ってください。…だそうです。

 ああ、筋力が足りない。声が悪い。歌い込みが足りない。歌詞の読み込みが足りない。 
 
 うわー、なんか、ダメダメすぎて、めまいがします。やるべき事が多すぎて、なんかわけ分からないよ。虻蜂取らずじゃダメだから、次のレッスンまでは、とにかく、フレーズの最初と最後に神経を使いながら、たくさん歌い込んでみたいと思います。
 
 
 今回の雑談は…ニューイヤーオペラコンサートの裏話を色々と聞きました。さすがに、ここには書けない話ばかりでした。とりあえず思った事は、歌手の皆さん方は、結構仲良しで、お互い助け合っているんだなって事です。そして、NHKって結構臨機応変に現場対応しながら(だって生放送でしょ?)番組を作っているんだなあって事です。

 どんな業界にも、外から見ているだけじゃ分からないことがあるんだなあ…って事です。

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2013年1月22日 (火)

しっかり息を支えるためには、腹筋を鍛えないとダメですね

 昨日の声楽のレッスン記事の続きです。

 散々、ノドの奥を開ける練習をしたら、どうやら私はヘバってしまったようです。

 これは別に、ノドを開けていたら疲れた…というわけではなく、発声をする時に息を支えながら発声するわけですが、この息を支えるのにヘバってしまったのでした。

 先生から「もっとカラダを鍛えてください」と言われました(汗)。キング先生にも、筋力の無さを散々指摘され続けてきた私ですが、先生が変わっても、言われる事は同じです(涙)。

 …とは言え、Y先生のところじゃ、休憩なしで小一時間は歌い続けるわけだし、この発声練習をしている段階でも、30分近く休み無く歌い続けていたわけで、そりゃあ、疲れても当然じゃない? キング先生の時には、5分も歌えば、すぐに休憩が入っていたもの。5分歌って疲れていた人が、真剣に30分も歌っていたらヘバって当然です。

 ヘバってしまったのに、それでも歌おうとすると、ついついノドで歌おうとしてしまうのが私なんです。ノド声を回避するためにも、もっとカラダを強くしないといけません。

 私の場合、特に弱いのは、体幹部の筋肉で、いわゆるインナーマッスルが弱いみたいです。対して、カラダを動かす筋肉、いわゆるアウターマッスルは、老いたりと言えども、まだまだ健在です。なにしろ、若い時に格闘技を散々やって鍛えたので、その時のお釣りがまだあるんですよ。

 でも歌(やダンス)では、アウターマッスルはあまり使いません。代わりに散々使うのが、インナーマッスルなんですね。妻はダンサーですから、このインナーマッスルがとても強くて、先生からよく誉められますが、私はいつも注意勧告の対象です。

 インナーマッスルが弱いと…姿勢が悪くなるだけでなく、息の支えが弱くなのだそうです。

 息の支えは、息を勢い良く出すために必要なテクですが、それだけではなく、息を出さないためのテクでもあります。どういう事かと言うと、息をたっぷり吸った後、その息を一度に出さずに、必要な圧力で少しずつ出すために、息を出さない方向に腹筋を動かしていくのも“息の支え”だからです。

 つまり『息をたっぷり吸う』『息を少しずつ吐く』『息を一定の圧力で吐き続ける』『少なくなった息をかき集めて、息を吐き尽くす』など、これらの異なる運動は、実はすべて“息の支え”なんです。

 そのためには、それぞれの場面で、腹筋を動かす方向が変わってきます。ですから、お腹を固めて歌うのは、あまりよろしくなく、場面に応じて腹筋を適切な方向に動かし続けて歌わないといけないわけです。そして、その動きは、外から見ても分かるほどに(練習だから…という事もあるのでしょうが)大胆にやるのです。

 これを歌っている間、ずっとやり続けるわけで、そりゃあ強い腹筋が必要となるわけです。強い腹筋を持っていなければ、作るしかないわけで、そのためには、毎日の腹筋運動が必要です。とは言え、体育会系のノリで腹筋運動しても、そこで作られるのは、アウターマッスルとしての腹筋です。歌で使うのはインナーマッスルとしての腹筋なわけで、鍛え方は、体育会系のやり方ではダメです。息を吐くのに使う筋肉は、息を吐いて鍛えるわけです。息を吐かないために使う筋肉は、息を吐かないようにして鍛えるわけです。つまり、呼吸の練習をする事で、息の支えに必要な筋肉は訓練されるわけです。

 Y先生から以前習った、機関車練習は効果的でしょう。後、今流行りのロングブレスも効果的だと思います。機関車とロングブレスの合わせ技を毎日忘れずに(ここ、ポイント)行う事で、老境に入った私のカラダもきっと鍛えられるに違いありません。

 頑張るしかないので、頑張ります。
 
 
 そうそう、その他に先生に注意された事があるので書いておきます。

 腹筋が疲れてくると、私はノドで息を支えようとします。ノドは筋肉としては弱いので、本当にノドだけで息を支えていると、ノドが壊れてしまいますが、私はノドで息を支える時に、同時に肩や胸の筋肉も使っているだそうです。これは、私が発声していて、声がダメになった時(ノド声になった時)に、肩や胸の動き方が変わるので分かるのだそうです。なので、私の場合は、ノド声回避のために、肩の動きや、胸の動きにも注意を払う必要があるそうです。

 まあ、私は「ノドが強い」とよく言われていましたが、それはノドだけでなく、肩や胸まで動員してノドを使っていたわけで、そりゃあ、他人よりもノドが強くなるはずだよね。肩や胸は大きな筋肉だもの、壊れにくいよね(笑)。

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2013年1月21日 (月)

ノドの奥をしっかり開ける

 今年最初の声楽のレッスンに行きました。

 今回は私たちがレッスンに行ったら、先客がいました。なかなか珍しい事です。若い女性で、派手で美しい方でした。なんか、半端なく上手な方でした。発声も実に美しく、歌っていたのはモーツァルトのアリアですが、そのままレコーディングしていいんじゃないの?ってレベルの歌でした。私から見れば、完璧な歌唱ですが、先生とのやりとりを聞いていると、それでもまだ改善の余地がありそうで、先生はあれこれ色々とアドヴァイスしていました。鼻やクチビルをもっと効果的に使うにはどうするかとか、まずは色気よりも活舌を優先していくだとか…レッスン内容がハイレベルで、私は聞いていても、何も分かりませんでした。検討すらつきません。

 すごいなあって思ったのは、彼女は、先生のアドヴァイスをすぐに形にしてました。注意を受けたら、即座に直せるわけで…すごいなあ。

 リアルなマスタークラスでした。私のような素人の理解の枠を越えたレッスンでした。なんでも、近日中に行われるオーディションに向けてのレッスンのようでした。…となると、この女性はプロの方なのかな? 少なくとも、オーディションを受けて、役をゲットしようとしているわけだから、たとえアマチュアだとしても、私なんかとは住んでいる世界が全く違う方なんだろうと思います。

 歌には、これで良し、なんて事は全然無く、上には上があり、その上の方も、さらなる上を目指して、日々努力しているって事ですね。向上心が刺激される良い経験でした。

 しかし、Y先生は、こんなレベルの方のレッスンも引き受けているのか…。ならば、私はY先生から、これから先も、当分の間は学ぶことに困らないんだろうなあ…。
 
 
 さて、私のレッスンです。

 まずはハミングから。ハミングは、最近、自宅でやっているように、ポジションを高めに、しっかり息の通り道を確認するようにやってみました。「何かありましたか? 良くなっていますよ。息がだいぶ吐けるようになってます」と誉められました。まあ、亀の歩みですが、毎日、努力はしてますから…。

 “息が吐ける”と言うのは“ノドをしめつけない”と言うことと、どうやら表裏一体のようです。ですから“ノドをしめつけない”と思って歌うよりも“息をたっぷり吐こう”と思って歌った方が、結果は良いみたいです。と言うのも、私たち人間は『~しない』という禁則事項を遵守するよりも『~しよう』と言うように、前向きな努力の方が頑張れるのですからね。

 とにかく、ブレスをもたせるために、息をケチって歌うのはダメです。少なくとも、今の私程度の技術レベルではダメみたいです。息をボーボー吐きながら歌うようにしましょう。ううむ、キング式発声法とは真逆なので、これはほんと、難しいです。
 
 
 続いて、発声練習です。発声練習は、実にたっぷりやりました。ハミング同様に、しっかり息を吐くことを念頭に置いて練習しました。

 今回のレッスンの目的は『クチの奥をしっかり開けて歌う』だったようです。とにかく、手を変え品を変え、クチの奥をしっかり開けて歌う練習をたっぷりやりました。

 クチの奥をしっかり開けるとは…

 1)軟口蓋を上げる
 2)ノドボトケを下げる

 …の二点を同時に行う事を言います。そのためには、まず“軟口蓋を上げる”感覚と、“ノドボトケを下げる”感覚を自分のものにしないといけません。ところが、これが難しいです。と言うもの、私は意識的に軟口蓋を上げた事が無いし、ノドボトケを下げる方はY先生になってから、意識するようにしてますが、これがなかなか定着しないのです。ただ今習得中の事と、未経験の事を同時に行うのは…さすがに無理です。

 まずは、習得中であるノドボトケを下げる感覚を使って、なるべくノドボトケを下げて歌う練習です。このノドボトケと軟口蓋には、連動性があるので、ノドボトケを下げていくと、軟口蓋も少しずつ上がっていくので、ノドボトケを下げていくだけでも、効果アリなんだそうです。もっとも、高い音になると、ノドボトケだけでは足りないので、やはり軟口蓋を積極的に上げていかないといけないのだそうです。

 軟口蓋を上げる感覚をつかむには…軟口蓋はノドボトケと違って外部から触れないし、見ることもできないので、手鏡を使って、軟口蓋の動きと自分の感覚を一致させる事から始めないといけないみたいです。とにかく、頑張りますよ。

 クチの奥の開き具合は、響きに密接に関係するそうです。私のクチは手前側はよく開いているのだそうですが、奥はあまり開いていないので、響きが薄いのだそうです。ま、もっとも、クチの手前は開いても奥が開かないのは、日本人全般(ってか、日本語話者)に通じる特徴のようなものなんですが…。とにかく、奥を開いて、響きをもっともっと付加する事が目下の急務って事なんです。

 とにかく、響き豊かに歌えない事には、響きを利用した歌唱は無理なんだそうです。で、響きを利用できなければ、高音は歌えないと言われました。

 ノドの鳴りを優先する歌唱方法では、せいぜいGまでしか歌えないのだそうです。GisやAは響きの力を借りないと、歌えないと言われました。確かに、自宅練習をしていて、GisやAがスコンと出る時は、Gまでの発声とは確かに感覚が違うような気がします。ノドを締めつけて力付くで発声するのではなく、なんか、フワ~と天井が抜けたような感じで歌っている感じなんです。もっとも、この天井が抜けた感じってのが難しく、たいていは天井が外れなくて、ぶつかって失速するんですよね(涙)。“出す”と言うよりも“出ちゃう”って感じです。ああ、もっと確実に天井を外して歌えるようになれるといいんだけれど…。

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2013年1月20日 (日)

花粉症、始まりましたね(涙)[2013年1月第3週・通算2週]

体重:110.3kg[-1.9kg]
体脂肪率:30.8%[-0.2%]
BMI:34.8[-0.6]
体脂肪質量:34.0kg-0.8[kg]
腹囲:105.7cm[-2.3cm]
     [2013年当初(前回)との差]

 正月太り解消のため、ダイエットに、ちょっとだけ気合の入った私です。とは言え、生活習慣は簡単に変わらないので、体重減と言っても、目立つほどではありません。ううむ、太るのは容易なのに、やせるのは難しいね…。

 さて、今週のエッセイです。

 あれは一月も中旬、関東地方に大雪が降る少し前の頃から、私のノドと鼻は調子を崩しました。鼻はやたらと乾燥しているし、ノドはソコソコ腫れて、キレの悪いタンがやたらと出るし、嚥下に多少の困難が感じられるようになりました。花粉が飛散しはじめたようです。

 テレビのニュースによれば、今年の花粉は飛散量が多くて(昨年の5倍という話も聞きます)大変なようです。関東地方に花粉が本格的に飛散するのは、2月中旬頃らしいので、私は一カ月前から花粉を感知しているわけです。ああ、優秀な花粉センサーが搭載されているってわけですね(涙)。

 さっそく、マスクをしました。医者にも行って、アレルギー薬をいただきました。先生も「確かにそろそろ花粉の季節だね」とおっしゃってくれました。

 マスクはいいですね。私は、本当はマスクが嫌いな人なんですが、この時期のマスクはいいです。だって、マスクも立派な防寒着の一種ですから、これはこれで結構暖かいです。問題は、マスクをしていると、メガネが曇って困る事です。曇り止めを塗りますが、そんなにちゃんとは効かないんだなあ…。

 薬はアレグラですね。これ、効かないんですよ。ずっと以前はアレロックでしたが、これは眠くなるし、効果もあまり感じられないので、よく効く眠くならない薬をくださいと言って以来、アレグラです。確かに眠気はさほどでもないのですが、このアレグラが、あんまり効かないんですよ。なのでここ数年、もっとキツめ薬をくださいと、毎年お願いしていますが、結局、ステロイド系の薬を避けると、これぐらいしか無いって言われるので、諦めて、今年もアレグラになりました。アレグラしかくれないなら、漢方と併用したいですと言えば、保険の都合で漢方併用はダメってきました。なんかな~。実際、私は花粉症で困っているんだけれどなあ…。

 私もネットでググってみて、色々な薬がある事は知っているけれど、医者は専門職だし、プライドもあるし、対するこっちは素人だから、あまり強く言えなくて、しつこく言って、モンスターペイシェント認定も困るし、結局、我慢せざるをえないのは、ちょっとね。でも、実際、困っているんです。

 アレグラを補うために、目薬と点鼻薬をいただきました。アレルギー剤で効かない分は、これで対処しなさいって事だけれど、主訴であるノドのトラブルには、目薬と点鼻薬じゃあ、ダメだよね。

 ああ、グチグチ言っている自分がイヤ。花粉症の症状がスパっと治まれば、こんなふうにグチグチ言わずに済むのに…。

 厚生労働省の調査では、日本国民の約30%が花粉症のようですが、だったら、花粉症って、立派な国民病じゃない? 日本国で、花粉症撲滅のために、動いて欲しいぞぉと切に願います。

 花粉症は、スギ花粉などに排気ガスがくっついた物質が体内に入り込む事で起きる病気なんだそうです。ですから、スギ花粉は飛んでいても、交通量が少なくて排ガスさほどではない地方とか、排ガスだらけでも、花粉のない花粉症のオフシーズンなどでは、花粉症の症状は出ないか軽微なままなんです。

 “スギ”あるいは“車”のどちらか一方、あるいは両方で問題解決を図る事で、花粉症って、どうにかなる病気じゃないのかな? 例えば、国内にあるスギの木をバッサバッサと切って、代わりに別の木を植えるとか、車はさっさと電気自動車オンリーにしちゃうとか…ね。そうすると、私を始めとする花粉症患者さんたちが、春を楽しむ事ができるようになります。

 サクラの花が満開になっても、花粉症を患っていると、気分はウツウツなのよ(涙)。

 私は毎年、この1月中旬ぐらいから、ゴールデンウィークが終わる5月中旬まで、花粉症で苦しんでマスク人間になるのですが、さすがに四カ月って、一年の約1/3にあたるわけで、結構、イヤなもんですよ。

 ああ、花粉症なんて、イヤだイヤだ。たぶん、国が花粉症を放置しているのは、花粉症が直ってしまうと、マスクの売り上げが下がり、病院に行く人が減って、薬も売れなくなるので、それらの業界団体から圧力を受けて、花粉症放置しているに違いない、いや、そうだ。絶対にそうだ、花粉症は、国の陰謀で仕組まれた罠だ。国は国民をそれらの企業に売り渡しているんだ~。

 ああ、妄想だねえ、でも、そういう妄想を抱くほどに、花粉症をどうにかして欲しいと切に願ってます。

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2013年1月19日 (土)

ハナジロが可愛い

 なんかねえ、ハナジロが可愛いんですよ。ウチに来た当初は、何の特徴もない、ただの素赤オランダで、鼻のあたりが白くなっていたので、そこから「鼻白い」 -> 「ハナジロ」でハナジロになった子なので、その鼻が白いのが無くなってしまったら、ほんとの本当に何の特徴も無い、ただのつまらない駄金に成り下がってしまうわけです。そんな特徴の無い子は、記憶に残りませんので、なかなか愛情もわきづらいものです。

 ところが最近、ハナジロが巨大化してきました。ハナジロって、尾ビレがそんなに長くないタイプなので、大きくなってくると、まるでジャガイモがゴロンっとしている感じになるのです。はっきり言って、ブサイク(笑)でチンチクリン(笑)。でも、そのブサイクでチンチクリンなところが可愛いんですよ。短い尾ビレでユラユラ泳いでいる姿は、結構ラブリーなんです。

 さらに、エサを食べている様子がなかなか良いのですよ。エサの時は、金魚たち、それぞれが夢中になってエサを漁るので、その子の特徴がよく見えます。サクラはクチがおごっていますので「私は金魚のエサしか口にしないわよ」って感じで、ひたすらエサだけを食べて、その他のモノには目もくれませんが、ナゴンは「ああ、食べ足りない。足りない部分は(美味しくないけれど)水草でも食べて我慢するか」という感じで不平不満な感じがアリアリだし、キキョウは目を皿のようにして水槽の隅から隅までずずいとエサを探して、見つけると、どんな狭いところにだって身をよじり入れて食べます。

 ハナジロ…はと言うと、たぶん、金魚に表情があったら、エサを食べている時のハナジロは、きっとすごくいい顔をしていると思います。そんな想像が出来ちゃうくらい「エサ美味しい。エサ最高」というオーラを出しながら食べてます。

 そういう姿が実に可愛いハナジロなんですよ。つまり、ハナジロは、美人と言うよりも、愛くるしいタイプの金魚になったわけです。ああ、ほんと、可愛い金魚だこと。

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2013年1月18日 (金)

吹奏楽って…なかなか興味深い文化を持ってます

 吹奏楽部の顧問って奴を半年以上やってみて、色々と新しい習慣に出会って「ほほぉ~」と思う事が多々あります。吹奏楽村のしきたりというか、習慣というか、まあ“吹奏楽文化”って奴なんでしょうが、これが私にとって、実に興味深くて、目新しいんです。この世界に慣れ親しんで、新鮮な気持ちが無くなってしまう前に、それらについて書いておこうと思います。まあ、まだ新米なので、誤解していたり、勘違いしている部分もあるかもしれませんが、それらについては、コメント等でやさしく教えてくださいませ。
 
 
吹奏楽って…勝負事なんだな

 『常在戦場』なんですよ、吹奏楽って。常に競争をしている感じです。コンクールが盛んという事もあるし、メンバーさんも、常に他の団体や他のプレイヤーを意識している人が多く、向上心にあふれ、上昇志向な方が多いです。これは良い事だけれど、常に戦闘体制というか、『常在戦場』っぽいんですね。『のほほん』とか『ほんわか』ってのとは、ちょっと世界が違います。

 まあ、吹奏楽の響きって、軍楽の響きと通じる部分があるから、余計、そんなふうに感じてしまうのかもしれません。なんか、勇ましいんですよ。

 なので、吹奏楽部の部員さんたちは“文化部の子”と言うよりも“運動部の子”と思って接した方が良い感じがします。運動部の子って『常在戦場』で、常に“次の試合”の事を考えて、日頃から自分を鍛えているわけで、そういうメンタリティーと通じる部分があるんですね。

 同じ音楽系でも、軽音楽部とかは、もろに文化部っぽくって、ダラ~とした雰囲気のところが多い(申し訳ない)ので、吹奏楽部のキビキビした雰囲気は新鮮ですね。ほんと、吹奏楽部って、体育会の部活みたいです。
 
 
吹奏楽って…先輩が後輩を、上手な人が初心者を、教える。つまり、互いに教え合うモノなんだな

 吹奏楽文化の主な担い手さんたちは、中高生の吹奏楽部員って事もあるし、市民楽団にしても、基本ベースが、学生時代の部活動の延長だから、いわゆる吹奏楽の世界全体が“部活のノリ”ってやつが色濃く残り、こうなるんだろうと思います。

 その団体の先輩たちが、後輩を指導する。うまく回っている時は、問題ないです。同じ団内で教えあっているうちは、特別な経済的な負担もないし、身近な人に習えるなら、時間も手間もかかりません。問題があるとすると…“素人が素人を教える危険性”って奴でしょうか。(学校などではたいてい)キャリア2年目の人が初心者に楽器の演奏法と音楽の手ほどきをやるわけですから、このやり方が常に万全であるとは言えないわけです。

 だから、指導者を招く団体もあるわけですが、それができる所は、まあ良しだし、できるだけ多く指導者に来てもらえれば、なお良いのですが、それはなかなか難しいって団体も多いみたいですね。

 上の項目で、吹奏楽って体育会っぽいと書きましたが、プロの世界とは一線を引いて活動しているなんて、同じスポーツでも、プロアマ交流が盛んなサッカーと言うよりも、プロとアマの交流に制限がある野球みたいな感じかな?
 
 
吹奏楽って…女子っぽい

 まあ、女子多いっすから(笑)。市民団体だと、まだオジサンやオジイサンたちが頑張っていますが、年齢が若くなるに従って女性が増えてきて、学校の部活だと『男子ゼロ』なんて学校も珍しくないくらい、吹奏楽って“女子のすなるもの”らしいです。

 吹奏楽の演奏では(通常のコンサートなどでは)演奏しながら、ベルアップをしたり、歌ったり、踊ったり、ステップを踏んだり、カブリモノをかぶったり、コスプレしたり…なんて、余興系の事をやる事が多いです。私、そういうのを始めてみた時は、目が点になったし、正直「軟弱だな…」と思った(失礼)ものです。

 「でも、待てよ。このノリはどこかで見たことあるぞぉ……………、おぉ、そうだ。“お母さんコーラス”だ!」

 すべて合点しました。私が「軟弱」と思った部分(ごめん)は、別に軟弱でもなんでもなく、女性的な趣味っぽい部分だったんです。その女性的な趣味っぽい部分を、男性である私は「軟弱」と思っただけなんです。

 今は受け入れましたが、吹奏楽部を受け持った当初は、この女性的な部分に大きな違和感を感じていました。と言うのも、その頃の私は、自分が学生だったころの“硬派な吹奏楽部”のイメージしか持っていなかったわけで、つまり、現代の吹奏楽事情をよく知らなかったための誤解をしていたわけです。

 今の吹奏楽は、全然硬派じゃないんです。むしろ、女性原理(って書くと、ちょっと大げさだけど)に基づく世界なんだなあと、今はちゃんと合点しております。

 ちなみに、私が学生の頃、私は吹奏楽部のトラによく行きましたが、その頃の吹奏楽部は、部員の大半が男子学生で、実に男臭い部活でした。女子はいないわけではなかったけれど、木管に少々いたぐらいでした。やる事なす事、男の子っぽいと言うか、バカっぽいと言うか、時代の影響もあったけれど、かなり“硬派”で無骨な部活でした。

 今思うと女性差別もしっかりあって「女に金管が吹けるわけない」とか「女が太鼓? ムリムリ」とかの言葉をリアルに耳にしました。女の子には、必ずしも居心地の良い部活ではなかったかもしれません。

 変われば変わるものです。今じゃあ、男の子の方が小さくなっていますからね。
 
 
吹奏楽って…理想よりも現状優先なんだな

 私が吹奏楽で驚いたのは“降り番がない”事です。コンクールなどでは、出演人数の上限があるので、それを超えてしまうと、コンクールで演奏できなくなってしまうので、控えのプレイヤーが生まれてしまうのだけれど、それはあくまでも人数制限のためです。そこがクリアできれば、例えばその団にフルートが3名いたら3名全員が、5名いたら5名全員で演奏に関わるって団が多いですね。フルートのパートが、1stと2ndに分かれていたら、それぞれに1名ずつあてがい、残りは降り番ではなく、可能な限り皆でステージにあがって演奏する。人数が多ければ、各パートに2名配置する、3名配置するなんて、当たり前。これに驚きました。ついついオーケストラ感覚で「フルートは1パート1人ずつ」って思い込んじゃうんですね。でも、吹奏楽では、それは間違いなんです。

 なので、コンサートなどでは、舞台の上に人があふれてしまうほどです。でも、皆で同じ曲を演奏して、一体感を感じて楽しんでいるわけで、結構和気あいあいとしていて、それはそれでグッドだなって思います。

 融通がきくのは、楽器の数だけでなく、楽器編成もそうみたいです。理想よりも現実優先って感じで、楽譜に書いてあっても、団には存在しない楽器なら、わりと気軽に楽器を変えてしまうみたい。例えば、オーボエがいなければ、オーボエのパートをサックスやクラリネットで代用しちゃうとかね。…なんかそれってすごいね。市民オーケストラで、例えば、ベートーヴェンの第九を演奏するのに、もしもその団にオーボエがいなかったら、サックスで代用するのでなく、エキストラのオーボエ奏者を依頼するのが常でしょ? そういう所の違いが面白いです。
 
 
吹奏楽って…演奏主体だな

 上記の事柄とも関連するけれど、吹奏楽って演奏して楽しむ音楽なんだと思います。だから、楽器の数や種類が多少違っても、みんなで曲が演奏できるなら、それで良しなんだと思うし、ベテランさんから初心者さんまで、腕前の差があっても、みんなで支えあって演奏するのが吹奏楽です。まあ、合奏スタイルですから、腕前に差があっても、部分的に落ちてしまう人がいても、場合によってはエア演奏者がいても、なんとかなる(する?)音楽です。
 
 
吹奏楽って…とりあえず音が大きければ勝ちみたいです

 これは私が“大きな音が苦手”という個人的な弱点を抱えているから、余計に感じる事かもしれないけれど、とにかく吹奏楽の人って、音が大きければ勝ちだと思っているんじゃないかな? もちろん単純に音が大きければ良いというわけでもないのだろうけれど、それでもやっぱり“音が大きければ良し”と思っているフシを感じます。

 合奏練習をしていても、大抵の指揮者さんは「そこは音量を押さえて」という指示よりも、「そこは、もっともっとちょうだい!」という指示の方が多いですからね。私に言わせれば「どんだけ大音量を要求するんだい」って思いますが、でも音が大きければ、ひとまず勝ちみたいです。

 仕事ですから、吹奏楽の演奏会にも行きますが、耳を塞ぎながら聞いている事だってあるんですよ。…ってか、目の前10mとか20mとかの至近距離でトランペットの集団(だいたい30~40台ぐらい?)が、パパーって思いっきり吹いているのを、顔色一つ変えずに聞けるなんて、私には考えられない事が日常茶飯にあふれているのです。

 ほんと、吹奏楽は音が大きいです。音楽ホールでの演奏会だと、反響もすごいので、音に酔います(マジです)。
 
 
吹奏楽って…学生時代に燃え尽きるものみたいです

 全員が全員ってわけじゃないことを最初に書いておきますが「学生時代に熱心に吹奏楽をやってましたが、オトナになってからはサッパリで…」という人多いです。でも、学校の部活なら、それが当たり前かもしれません。

 私は学生時代に柔道をやっていましたが、はい、学生時代に燃え尽きました。今でも柔道着は持っていますが、もう何十年も他人と組んでいません。たぶん、腕もなまって、今じゃあすごく弱っちいです。

 吹奏楽も、学生時代に必死にやって、学校卒業と同時に吹奏楽も卒業…って人がほとんどかな? なんか、モッタイナイよね。卒業生に「音楽やらないの?」って尋ねると「学生時代にいっぱいやったから、今は別の事がしたいです」なんて答える子が多いけれど、まあ、気持ちは分かるけれど、でも寂しいなあ。
 
 
吹奏楽って…結局、団体競技なんだな

 勝利に向かって、一丸となって立ち向かう。これが吹奏楽のスタイル。

 このスタイルって、日本人、好きだよね。だから、日本でこれほど吹奏楽が発展したんだと思う。世界的にみても、これだけ吹奏楽が発達している国って、ちょっと他にはないでしょ? 音楽で、チーム対抗戦をしているのが、吹奏楽なんだと思います。吹奏楽だって“One for All, All for One”なんだよね。

 何はともあれ、若者が、一つのことを目指して、互いに助け合いながら、己を向上させていく姿は、美しいと、私、思います。

 それにしても、吹奏楽の文化って、興味深いなあ。

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2013年1月17日 (木)

チェンジ再び

 高いAがうまく出せなくて苦労している私です。

 なんでうまく出せないのだ!…と悩んでおります。まあ、答えは単純に「力量不足」なんでしょうが、それにしても、下から音階を順番に登っていくと、直前のGまではOKで、Aになると、いきなり声が裏返ります。「うへー、難しいよぉ~」と思いながら、この感覚は以前にも味わったような気がするなあ…と記憶の底を漁ってみたら、そうそうありました。私は長らく、FまでOK、F#はダメという日々が続いていたことを思い出しました。

 そうです、チェンジです。世間じゃ“パッサージョ”と言う方が一般的かもしれませんが、そのパッサージョであるチェンジですよ。あの時に苦労した、あの感覚に似ています。

 モノの本によると、男声、とりわけテノールにとって、習得しづらい音が三つあるらしいです。それが(いずれも五線の上の)F#、A、Cなんだそうです。逆にこれらの音をマスターすると、後続の音はその難しかった音と同じ調子ですんなり出せるのだそうです。つまり、これらの音の手前に、高い技術的な壁があり、それを“パッサージョ”という言葉で呼んでいる…と思うのが良いんだろうと思います。

 最初のパッサージョであるF#って、どうやって乗り越えたんだっけかな? 私の遠い過去の記憶とブログの記事をたどると…とにかく、キング先生から、一応、チェンジを乗り越える方法は習ったけれど、上手くできなくて(汗)結果的に、何度もトライ&エラーをして、正面突破で、力付くで乗り越えて行ったんだよね。とりあえず「出来なきゃ出来るまで何度もやる」という頭の悪い戦法を取っちゃったんだよねえ。まあ、途中経過はどうであれ、そのやり方でF#は(時間がかかったけれど)乗り越えたんだ。

 また今度も正面突破? でも、さすがにこのやり方だと、あまりにも効率が悪いので、次はもう少し、頭を使って合理的に習得したいです。

 ちなみにキング先生に習った、チェンジの克服方法は…

 1)背中の(呼吸で使うところよりも)上の方を延ばすこと。
 2)音の上昇に伴って背中を広げてゆく、多少前屈みになっても初心のうちはOK。
 3)肩の力は抜く。ただし初心のうちは多少力が入っても仕方がない。
 4)お腹は引っ込めたまま動かさない。ここはきちんと守ること。
 5)とにかく音色を変えないこと。変えないように努力すること。変えないまま声をちゃんと出すこと。
 6)声の響きを集めて、遠くの一点を細く貫く感じで声を出すこと。
 7)音程に関しては後からレッスンするから、今は気にしないこと。

 …でした。これを基本にして、アレンジを加えた上で試行錯誤をして、今度はクレバーにマスターしてみようかなって思ってます。

 キング式だと、首から上が無頓着なので、その点にも相応の注意が必要でしょう。たとえば、声をかぶせていく(デッキング)とか、軟口蓋を引っ張り上げるとかも、合わせてやらないといけないでしょう。また、2)の「背中を広げていく」と、4)の「お腹は引っ込めたまま動かさない」は、キング式の特殊なやり方なので、ここは見直さないといけないでしょう。また、7)に関しても再考が必要です。

 高い音に行くほど、息の量も増えていくし、それ以上に息のスピードを上げていく必要がありますので、それにふさわしいカラダの使い方を見つけましょう。

 とにかく、力付くとか勢いで歌わない事。叫べば高音は出るかもしれないけれど、それは声楽的な声ではないので、使わないこと。ノドはなるべく鳴らさないようにする事。楽に楽に響きで歌うこと。音程と発声は両輪であって密接に関係しているので、音程は無視しない事。そのために、ファルセットを足掛かりに練習し、ぶら下がった音程で発声しないように心がける事。

 何より、ノド声になったら、絶対にAのパッサージョは乗り越えられないものと、肝に銘じましょう。

 ああ、難しい。難しいけれど、このAのパッサージョを乗り越えると、Hまでの歌が歌えるようになるわけで…そうなると、ほとんどの歌曲とテノール用のアリアが歌えるわけです。それは楽しくて嬉しい事だから、頑張らないといけません。

 でも、焦りは禁物だね。ここはきっと越えられるはず。だって私の声は生粋のテノールだから。テノールの声なんだから、ちょっとしたコツや、足りないモノを補っていけば、高音は、自然と楽に出せるようになるはず。だから、それを信じて、焦らずにゆっくりと、でも頑張って、高音(A以上)を出せるように頑張りたいです。

 たぶん私、すでに高音は持っていると思うんです。問題は、それをどうやって引っ張りだすか…なんだよね。それに関しては、先生は道の行き先を示してくれるけれど、実際に足を運ぶのは自分自身なんだから、それこそ試行錯誤で行かないといけませんね。「Aのパッサージョを越える」が、今年の声楽のテーマの一つになるかもしれませんな。

 焦らずに頑張っていきます。

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2013年1月16日 (水)

フルートの音色について、先生に尋ねてみた

 今年最初のフルートのレッスンに行きました。久し振りに姉様がいらっしゃってました。私が行った時は、先生と実に見事な二重奏を演奏されていました。何と言う曲かは分かりませんが、それは見事な演奏で、終わるなり先生がベタ誉めしていたほどの演奏でした。聞いていた私も、思わず、耳ダンボでガッツリ聞いていたほどです。

 で、それが終わると、ロングトーンです。しかし、この時期のフルートは、氷のように冷えてますね。組み立てて、クチビルに当てると、ヒヤってします。ロングトーンは、姉様のみチューナー使用です。で、姉様がチューナーを見ながら、ビシッと正しい音程で吹かれて、私が姉様の音を聞いて、そこに合わせていくという練習でした。まあ、私がチューナー見ちゃうと、ついつい耳がおそろかになって、音程は合っていても、ハモらない音(基音は正しいけれど、倍音構成がおろそかになった音)を吹きがちなので、そうなりました。音程の正しさはもちろんだけれど、音程だけ合っていても、ハモリが美しくない音は使えませんからね。と言うわけで、ハモリを重視するロングトーン練習となりました。

 で、その後は、アルテです。懸案の16章のAs-durです。2番の『アルペジオ基本練習』は、なんとかギリで合格。ううむ、ちょっとでも気を抜くと、なんか変な事になるところを、なんとか堪えました。4番の『As-durのスケールとアルペジオ』もヒヤヒヤ気分でなんとか合格。実は、要所要所でちょっとずつブレスが足りず、キレイな音では吹けなかったのですが「指は合っているからね」とおっしゃって、甘々で合格をいただきました。

 その後はf-mollです。実は6番の運指練習の箇所は…自宅で間違えて練習してきてしまいました。“ファ - ミ - レb - ミ”という音形を、低音・中音・高音で繰り返す課題なのですが、実は“レb”をなぜか“レ#”と勘違いして練習してしまいました。いや、正確に言えば、“レb”とか“レ#”ではなく“レに臨時記号のついた奴”をうっかり逆に吹いちゃったって感じかな? ほら、なにしろ私の頭の中は“#”がデフォルトだから、ついつい“レに臨時記号のついた奴”って見ると、指は“レ#”になるわけです。で、“ファ - ミ - レb - ミ”という音形を“ファ - ミ - レ# - ミ”でやってきて、それをレッスンのその場で指摘されました。

 あちゃー、やっちまったぜい(涙)。

 だって、全然違う運指だよ。特に低音はいきなり運指の難易度があがります。もう、心臓バクバクだよね。なんか、気持ちが、とっ散らかったまま吹いちゃいましたが…合格いただきました。先生、なんか苦笑いしていたような…。7番はサラ~と合格。しかし、8番は…不合格。実はこの課題、自宅練習でも、まだ一度もちゃんと吹けないのです。家で吹けないのに、レッスンで吹けるわけないよね。と言うわけで、最後の8番だけが残っちゃいました。次回までにきっちり仕上げてこないとイカンですね。

 ミニヨンエチュードは18番。だいたいOKですが、十六分音符がゴチャゴチャしているところは、まだ指がもたつきました(涙)。なので、不合格です。「ゆっくり、焦らずに、しっかり正しく練習してきなさい」と言われました。ラジャーです。でも、その二ヶ所以外は、もうほぼOKなんですがね(汗)。

 で、新年の御挨拶を(レッスンが終わってから:笑)して、先程の姉様との二重奏の感想を言ってみました。だって、すごく良かったから(ニコニコ~)。特に、先生のフルートのキャラと、姉様のフルートのキャラの違い…先生のフルートは、パワフルで腰の据わった深みのある音で、姉様のフルートは、軽やかでフワフワした音で…その違いがとてもいい感じで素晴らしかったのです。そして、この音のキャラの違いは、やはりゴールドの先生と、シルバーの姉様のフルートの材質の違いも大きいのでしょうね?と感想を言ったのです。

 すると、先生は「材質じゃなく、どんな音が好きかで、フルートの音色は変わる」とおっしゃいました。

 フルート奏者の奏でる音色は、一人一人違います。もちろん、カラダも違うし、使っているフルートのメーカーも違えば、材質も違うかもしれないけれど、その音色の違いに一番影響があるのは、その奏者がどんな音を理想としているかなんだそうです。

 プロはたくさん練習をして、しっかり音作りをして、プロになるわけです。だから、その奏者の奏でる音は、その人が“理想とする音”であって、それが結果として、その人自身の音色となるのだそうです。それは、練習を積み重ねて獲得したものであって、その人自身に本来備わっていた音色と同じかもしれないし違うかもしれないのだそうです。もちろん、フルートにはメーカーごとに、材質ごとに、音色の特徴があるけれど、プロはその違いを乗り越えて、自分の音色で吹くし、吹けなければいけないのだそうです。

 つまり、どんな楽器であっても、自分の体格がどうであっても、自分の理想の音で吹けるようになっていないと、プロとしてはダメって事なのかもしれません。

 以上はプロの話です。アマチュアの人は、プロの人ほど、練習できませんし、音作りも緻密にやっているわけではないので、どうしても、フルートそのものの音色で吹いてしまいがちだし、メーカーの傾向や、材質の影響も受けやすいのだそうです。

 つまり、アマチュアは、なかなか自分の理想とする音色で吹くのは難しいので、どんな楽器を吹くかで音が変わってしまうので、楽器選びは大切なんだそうです。……で、またまた私は9Kフルートを薦められました。私の音色は9Kフルートを吹くと、よりその特徴が際立つそうなんですが、そんな私の音色って、どんな感じなんでしょ? 9Kがお似合いって事は、やっぱり軽めの音なのかな…? まあ、そんなに重くて重厚な感じじゃあ無いのは自覚しているけれど(笑)。

 フルートの音作りって、それくらい大切なんだそうです。だから、ロングトーン練習の時も「単に吹けばいいや」ではなく、音色や音程やハモリに注意しながら、自分が理想とする音を目指して練習していく事が大切で、その理想とする音を追い求めて練習していくと、やがて理想の音で吹けるようになるんだそうです。

 そのためには、自分の中に「これがフルートの理想の音」というイメージを持っている事が大切なんだそうです。今回の雑談は、かなり勉強になりました。

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2013年1月15日 (火)

メトのライブビューイングで「仮面舞踏会」を見てきました

 …大雪なのにねえ(笑)。

 そうなんです、一月の三連休の最終日、関東地方が、関東地方的には大雪(北国の人から見れば、平凡な、たった10cm程度の積雪ですが…)に見舞われた日に、わざわざお出かけして見てきました。

 だって、昨年末から今回の三連休の中日まで、お休みはほとんど吹奏楽関係の練習やら行事やらで潰れまくって、おかげさまで体調崩しっぱなしで、ここらでオペラを補給しないと、私、本当にどうにかなりそうだったんですもの(涙)。なので、無理して出かけてきました。だって、オペラが不足すると死んじゃう体質なんですから、仕方ないのです。

 見てきたのは、ヴェルディ作曲の「仮面舞踏会」。アメリカのオペラ劇場であるメトでの上演だけれど、ボストン版ではなく、スウェーデン版でした。なので、主人公はリッカルドじゃなくてグスタブでした。でも、腹心の部下はアンカーストレム伯爵のはずだけれどレナートと呼ばれていたし、占い師もアルヴィドソン夫人じゃなくてウルリカと呼ばれていました。ちょっと、人物の呼称が混乱していたみたいです。

 それはさておき(笑)、オペラそのものの出来は…歌的には良かったです。芝居も良かったです。演出もなかなか演劇的で分かりやすくて良かったです。ただ、時代設定が19世紀から20世紀に、百年ほどこっち側に変更されていたため、衣装や舞台装置などに違和感がありました。そこを受け入れられれば問題ないけれど、ダメだと厳しいかもしれません。…私ですか? 私は一生懸命、20世紀の衣装や舞台装置を19世紀のモノに脳内変換して楽しみました(笑)。まあ、舞台を20世紀に変更すると、既製服を舞台で使えるので、衣装代が(つまり制作費が)安くあがりますからね…、劇場側は大助かりです。でも、おかげで見た目が地味で地味で…。

 歌手は、グスタブをやったテノールのマルセロ・アルヴァレスが美声で美声で、もう~うっとりでした。この「仮面舞踏会」ってオペラは、テノールはほぼ出ずっぱりの歌いっぱなしなんで、魅力のないテノールがこれをやると悲惨になりますが、アルヴァレスは美声なので、声を聞けるだけで満足でした。

 レナートのディミトリ・ホヴォロストフスキーは…美形ですねえ。美形なバリトンってズルイですね。アメーリアのソンドラ・ラドヴァノフスキーも、なかなかパワーのあるソプラノさんでグッドでした。パワーがあると言えば、ウルリカをやったメゾソプラノのステファニー・プライズって、なんですか? あの人は! 体格もドスコイだけれど、声がすごくドスコイで、めっちゃ素敵でした。これに、オスカルをやったソプラノのキャスリーン・キムも、なかなか立派な声を持ったコロラトゥーラソプラノで、主役5人の声のバランスが良くて、本当に聞いていてうっとりするオペラでした。

 ええと、キャスリーン・キムは、キム(金)という苗字だけれど、中国ではなく、韓国系の人らしいです。それにしても、この人、素晴らしいコロラトゥーラですね。以前、ライブビューイングで見た「ホフマン物語」でオランピアをやってましたほどで、実に見事な歌手さんでした。ただ、歌はいいのですが、ズボン役が似合わない(笑)。まず、身長が足りなさ過ぎます。手足が短すぎます。ズボン役をやるなら、ある程度の身長は欲しいし、手足がスラっと長くないと、男らしく見えません。顔にチョビヒゲとアゴヒゲを書き込んでいたけれど、ちっとも似合いません。まあ、演出家からは「不思議な人」という役どころなので、男でも女でも良いと言われてのキャラ作りだったみたいです。まあ、19世紀ならともかく、20世紀の王室にお小姓は似合いませんから、こんな奴(天使の羽を背負っているんですよ、変な人物です)になっちゃったんだろうけれど、だったら、ズボン役そのものをやめて、普通の女性秘書にしちゃえば問題なかったんじゃないかって、個人的に思います。なんか、このオスカルだけが、舞台で浮いた存在でねえ(苦笑)。歌手に責任がないけれど、なんか変でした。と言うわけで、今回の演出で???なのが、オスカルの存在でした。

 結局、今回の「仮面舞踏会」は、聞いている分には、とても良かったオペラでした。CDなら、問題なくお薦めって感じです。

 最近のメトのライブビューイングは、休憩時間に流す映像にもなかなか力が入っていると思います。今回は、二回ある休憩時間のうち、最初の休憩時間の時に、ドニゼッティ作曲でメト初公演の「マリア・ストゥアルダ」の舞台稽古の様子を流し、マリアのアリアをピアノ伴奏で歌ってましたし、二度目の休憩時間では、次週上映予定の「アイーダ」からソプラノのアリアを流してくれました。なんか、得した気分になりました。

 この休憩時間に流す映像って言うと、出演者たちのインタビューが面白いのですが、今回の収穫は「実はホヴォロストフスキーって、好人物かもしれない」って感じた事。舞台では、常にシブい顔をしていますので、気難しい人物なのかなって思ってましたが、インタビュー姿は、笑顔満面で結構ノリの軽い人でした。彼はたぶん常識人だし、たぶん善人です。さすが、バリトンさんだね。テノールにありがちな非常識人ではないし、ソプラノに良くいる心を病んでいるタイプでもなさそうでした。健全なバリトン…イメージ通りじゃないですか。…好きになれそうだな。

 とても楽しかったですよ。歌好きにはたまらないオペラだなあって思いました。大雪の中、わざわざ出かけた甲斐がありました。

 で、映画館を出ると、雪が積もってました。いつもは、映画館から横浜駅まで歩いて帰るのですが、雪に負けたので、地下鉄に乗ってJR横浜駅まで行きました。すでにその時のインターネットの情報では電車が止まっている事になっていました。「これはさすがにヤバイかも…」と覚悟して、駅に着いたら、電車は止まってはいなかったけれど『大幅遅れ』という事で、次に来る電車の発車予定時刻が2時間前となっていました。本当に“大幅”に遅れているみたいです。「大丈夫かな…?」と不安を抱えたまま、サッサと帰ろうと思ってホームに上がると、ジャストタイミングで客のあまり乗っていないスカスカな電車がやってきて、それに乗りこんで座って帰りました。“大幅遅れ”とありましたが、電車は、別に徐行運転をしていたわけでもなく、普通の速度で走っていましたので、特に障害もなく、普通に地元に戻れました……たぶん、運が良かったんだと思います。

 地元の駅に着いた段階で“暴風雪警報”が出てましたが、実際の天候は、すでに普通の雨でした。これもラッキーかな。道が多少歩きづらかったですが、無事に帰宅できました。

 これで、オペラが補充できたので、気持ちは多少軽くなりましたが、カラダにたまった疲労は、ますます溜まりっぱなしだよぉ。ああ、今度はカラダを楽にしたいです。

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2013年1月14日 (月)

ノド声の正体について、考えてみた

 はい、標題の通りです。まあ、あくまでも私個人の観察&考察なので、違っていたらごめんなさいね。

 ノド声って、一般的には「ノドに過剰な力が加わったままの状態で歌っている声」の事を言うと思います。

 私たちは、普段、話す時は、ノドに力を入れる事はしません。楽に楽にしゃべっています。なので「しゃべっていて、ノドが疲れて、もう声が出ないよ」なんて事は、普通はありません。特に私はY先生に「すとんさんの話し声は、楽をしすぎ(笑)」と言われるくらいに楽な発声でしゃべっています。なので、私は仕事がらしゃべる事が多いですが、たとえ一日中ベラベラとしゃべっていても、ノドが疲れたり、声が減ったりする事はありません。

 しゃべるだけなら、丸一日しゃべっていても平気な私が、いざ歌うとなると、すぐに疲れ果てて、3分間も持たないのだから、どんだけノドに力をいれて歌っているか!って事ですね。

 力と言うものは、それに対抗するモノがあるから発揮するものです。対抗するモノ無しで力を入れ続けるのは…無理です。だって、それじゃ『暖簾に腕押し』でしょ。どう考えても無理です。

 ノドに力が入るには、そのノドの力に対抗するモノがあるから、ノドに力が入るのです。でも、それって何?

 ……息かな? ノドの正体って、この場合は、声帯の事でしょ? 声帯は『声を出す』という仕事の他に『気道を塞ぐ』という仕事もあります。じゃあ、気道を塞いで何をするのかと言うと、息が漏れるのを防ぐわけで、つまりノド(声帯)に力が入るって事は「気道をしっかりと力を入れて塞ぐ」ってのと、同義じゃない?

 うん、なかなか良いところに気づいたでしょ?

 声帯に力が入って、気道が塞がれると…当然声は出ません。だって、声って、声帯が振動して出来る音の事でしょ。だから、声が出るためには、気道が適当な間隔で開放されていて、声帯が振動できないといけません。気道が塞がっていたら、声帯は振動したくてもできないし、従って、声も出したくても出ないわけです。

 って事は、ノドに力が入って、普通なら声なんて出ない状態なのに、そこに強力な息を無理やり通す事で発声していたら…それがいわゆる“ノド声”って奴になるんじゃないかな?

 本来は声が出ない状態なのに、そこを力付くで発声するわけだから、普段の声とは全く音色の違う、迫力のある大音量の声が出るってわけです。音色が違って音量が大きい声だから、様々な特殊な状況でノド声は使われるわけです。例えば、怒り怒髪の“怒鳴り声”とか、感情が大きく揺れ動いた時の“叫び声”とか、エマージェンシーコールである“金切り声”か…ね。

 おお、納得だ。どれもこれも、聞いていると、こっちの心が逆立ちます。だから、注目を集められるわけだけれど、癒しとは…ほど遠いねえ。やはりノド声って緊張系の声だよね。

 だから、声楽では、ノドの脱力って大切なんだな。よしよし…。

 ん、待てよ。逆もまた真なり…かも。つまり“ノドの力み”を出発点に考えたけれど、実はノドに力が入るのは、結果であって、原因でないとしたら…。

 出発点を“強力な息が通る事”で考えてみたら、どうだろ? フルートなどは、初心者のうちは、息のコントロールができないため、極々短時間で大量の息が勢いよく吐き出されます。そのために、フルートを吹いていて、すぐにブレスが足りなくなったり、酸欠になったりするわけです。あれと同じ事が声楽でも起こっていたとしたら…。

 本来は、息がすぐに出て行かないために、腹筋を鍛えるわけだし、そのために腹式呼吸で呼吸をするわけです。でも、声楽にしろ、フルートにしても、初心者の腹筋はユルユルだし、腹式呼吸だって、そんなに得意じゃないです。

 だから、息が勝手にドンドン出てしまうのだけれど、そんな息ダダ漏れ状態で声楽的な発声なんて、当然できません。弱い腹筋の代わりに、どこかで息をせき止めていないと歌えません。腹筋が使えない以上、その代わりを、どこか別の場所でせざるをえないのだけれど、それを声帯で行っていたとしたら、どうですか? 声をお腹で支えるのでなく、ノドで支える…ってわけです。

 つまり、勝手に出て行ってしまう息を出さないために、ギュッと息の出口である声帯で締めたままにし、歌う時はさらに腹圧をかけて、閉じている声帯をむりやりこじ開けて発声しているとしたら…これもやっぱりノド声になってしまうでしょ?

 まあ、これは『タマゴと鶏』の関係のようなもので、のどの過剰な力みと、ダダ漏れの息の両方の相乗効果でノド声が構築されていくんじゃないかって思いました。

 なので、ノド声の行き着く先は、無理やり息が通っていく声帯の故障。具体的には、炎症とか、ポリープとか、変形とか、なんでしょうね。ああ、怖い。

 そうなると、ノド声を回避するために、いくら“脱力”を唱えたところで、息のダダ漏れが防げなきゃダメです。もちろん、いくら“息のダダ漏れ”を堪えたところで、ノドが力んでいたらダメです。やっぱり、両方同時に出来なきゃダメなんです。

 脱力は……難しいけれど、意識改革をして、やっていくしかないでしょうね。でも、ほんと、脱力は難しいです。逆に力むなら簡単なんだけれどね。

 息のダダ漏れ防止は……ひたすら腹式呼吸&腹筋の訓練でしょうね。そうか、だから、Y先生は、入門当初(ま、今でも“当初”だけれど:笑)、ひたすら呼吸の訓練をやって、とにかく腹筋を動かす事をやってくれたわけだ。確かに、あのレッスンのおかげで、歌っている間は、ちっとも動かなかった(ってか、固まっていた)腹筋が歌いながら、動くようになりました。腹筋が動く事で、呼吸のコントロールが上手になって、ノド声を少しずつ軽減していく…って寸法だったんだろうと思います。ああ、有り難いね。

 というわけで、私なりの結論は…

 ノド声とは、ノドの過剰な力みと、腹式呼吸の下手さが、合わさって発生した、下手くそな発声法である……ってわけです。

 今思えば、合唱団で、むりやり高音を歌わなきゃいけなくなった時に、高音の出し方を知らなかった私が、知らず知らずのうちに、高音を、叫び声と金切り声の混じった声でなんとかしようとした事や、大きな声を出そうとして、怒鳴り声で歌うようになってしまった事、これらが原因でノド声を発症してしまったのだと思います。これは、きちんとした指導者がいない合唱団や、規模が大きくて一人一人の発声の面倒まで見切れない合唱団では、ある程度仕方のない事なんだけれど…ね。だからこそ、発声練習は個人レッスンが本来的には必要なんだけれど…指導者にノド声を見過ごされていたら…人生百年の不作ってわけだな。

 ま、とりあえず、原因とその症状が分かったわけだから、私は何とかして、早急にノド声から離脱したいぞーって思います。頑張ろう(笑)。

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2013年1月13日 (日)

デカいのを作った(笑)[2013年1月第2週・通算1週]

体重:112.2kg[+4.2kg]
体脂肪率:31.0%[+0.8%]
BMI:35.4[+1.3]
体脂肪質量:34.8kg[+1.8kg]
腹囲:108.0cm[+3.0cm]
     [前回との差]

 いやあ~、昨年後半からブクブク太ってしまって、要ダイエットなのに、しっかりお正月太りをしました。4.2Kg増だって…。もう、泣いていいやら笑っていいやら、半泣き半笑いの今日この頃です。さすがに、ちょっと気合が入りましたので、ザザッと減らす覚悟をしました。少なくとも、正月太りだけでもやっつけておかないと、マズくね? そんな事を決意する私でした。

 さて、今年一発目のエッセイは…まずは、画像をご覧くださいませ。私の『冬休みの工作教室』の成果がこれです。(クリックすると拡大します)

20130113

 もちろん、主役は『テノールアリア集』の楽譜でもなければ、水性ボールペンでもありません。これらは大きさの比較のために、一緒に写しただけです。主役は、その周りに転がっているヤツでございます。

 これは何かというと、この冬の私の新作『水晶のネックレス』でございます。使用した水晶は、直径16mmの特大サイズのクリアタイプの水晶。これを惜しげもなく(笑)45個つなげてみました。その他のパワーストーンは一切使用せず、ただただ水晶だけで作ってみました。全長は700mmを超えますが、重量は、たったの280g(笑)。お肉ワンパック分! ペットボトルのわずか半分の重さ! 首にかけると、結構、ズッシリします(爆)。

 こいつを首からぶらさげると、なんとも妖しい感じがします。ガラの悪さが強調されます。まるで、イカサマな修験僧のよう。ついつい「悪霊退散!」とか言いたくなります。ああ、悪趣味だなあ~。

 しかし、パワーストーン的には、かなり強力なアイテムでございます。

 製作のきっかけは、この年末の体調不良が原因です。まあ、昨年末はとても忙しく、私にしては珍しく過労でフラフラになりました。で、以前から使用している普段使いの水晶のネックレス(8mm水晶をメインに、10mm水晶やヘマタイトなどでアクセントをつけているヤツ)を着用し忘れると倒れ込み、それを着用していると、なんとか活動できる…という状況となりました。

 もちろん、水晶のネックレスの有無で、活動できるできないが分けられていたとは、その時は気付かず、何度か倒れ込んでから、その因果関係に気付いたのですが(笑)。気付いた後は、水晶のネックレスを肌身は出さずに過ごして、とりあえず元気になりました。

 やっぱ、私と水晶は、相性がいいんだなあ…と、まあ納得したわけです。だったら、もっとパワフルなネックレスを作っちまえ~と思ったわけです。

 「病は気から」とも「イワシの頭も信心から」とも言います。巨大水晶ネックレスをぶら下げて、元気になれると思い込んでいるなら、それもまた、良質なプラセボって奴です。とにかく、理由はなんであれ、元気になれるなら、それはそれでアリです。

 なので、この巨大な水晶ネックレスをハンドメイド! だって、16mm玉45個使用だよ。これだけのモノは、さすがに滅多に市販されていないし(爆)。売られていないモノを作るのが、ハンドメイドの楽しみって奴だな。…って、穴開き済みの水晶玉に糸を通しただけだけどな(爆々)。

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2013年1月12日 (土)

縦に寝るのが、今の流行り?

 …みたいです。もちろん、ウチの水槽の金魚の話。

 金魚という魚は、もちろん魚類ですから、私たち哺乳類のような“熟睡”というタイプの睡眠、つまり、最低限の生命活動が維持できるだけの機能だけを活性状態にしておいて、その他の機能については、意識を喪失してしまうほど、脳のかなりの部分を休止状態におくような睡眠は、本来とらないはずです。モノの本によれば、魚類は睡眠中も意識を喪失する事はないのだそうです。つまり、寝ていても、外界を意識的に知覚して、普通に泳いでいるのが魚類みたいです。

 まあ、これは考えてみれば、当然の話で、多くの魚類は野生下にいるわけですから、熟睡していたら、他の魚に食べられてしまう可能性が増えるし(ちなみに、ほぼすべての魚類は肉食です:笑)、川魚だったら、熟睡中に下流に流されてしまうし、海魚だって熟睡していたら、潮の流れって奴があるわけで、目覚めたら、知らない場所にいた…みたいな話になってしまうわけだから、いつでも、覚醒していないと都合が悪いので、睡眠中でも意識を喪失しない…というのです。

 たまに人間でも、寝なくても平気という方がいて、数年に渡って睡眠をとらない、いわゆるビックリ人間さんがいますが、おそらくは、魚類同様に、意識を喪失せずに睡眠が取れるという、高度な技が使えるのでしょうね。

 ま、その上、金魚にはマブタもありませんから、まあ、ほぼ24時間起きている…のが、たぶん、本来の姿だと思います。実際、真夜中の水槽を見ていても、たいていの場合は、多少は活動が鈍っているのかもしれませんが、ヒラヒラ泳いでいる事が多いです。

 ウチの金魚も…カラダが小さいうちはそんな感じです。

 カラダが大きくなると、金魚でも熟睡するみたいです。たいていは、水槽の底に沈むか、あるいは水槽の一ヶ所にボケーと漂っています。動作もほぼなく、呼吸の回数も少なくなり、大好きなエサの袋を目の前にちらつかせても、何の反応もしません。その癖、大きな物音がしたり、ちょっとした振動があると、ビクっ!として、動き出しますから「はは~ん、今、この子は熟睡していたな…」と分かるわけです。

 どうやら、金魚は巨大化すると、魚類の掟を忘れて、熟睡するみたいなんです。

 まあ、金魚も人間同様、色々と気苦労が多いのかもしれません。それに、金魚って奴は、ペット様ですからね。ペット故の“平和ボケ”って奴なのかもしれません。まあ、いいですよ、野生の魚類が24時間勤務体勢にいる中、しっかり毎日熟睡して、フレッシュな生活をしていてもいいんです。…でもね、その熟睡している姿が、問題なんです。

 今までウチにいた巨大魚たちも熟睡してましたよ。たいてい、水槽の底に沈んでました。でも、サクラは違います。サクラの熟睡スタイルは、頭を真上にして、縦になって、漂って熟睡です。ううむ、この子はなんか、病気かなんかなのしから?と心配してしまいます。

 そうこうしているうちに、ハナジロが巨大化してきました。そして、熟睡するようになりました。で、そのハナジロの熟睡スタイルが…これまた縦になって漂って熟睡するんです。ただし、サクラと違って、頭は真下になってます。

 サクラもおかしいけれど、ハナジロはもっとおかしくない??

 なんかなあ~、二匹とも、悪い病気じゃないのかな?と疑ってますが、覚醒中はいたって元気なので、これはこれでいいのかもしれないと思うようになりました。

 でもね、夜の水槽で、大きな金魚が二匹、縦になって漂っている姿は、ちょっとビックリしますね。ちなみに、キキョウは熟睡せずに、いつ見ても、スイスイ泳いでいます。ナゴンはたまに熟睡しますが、その時は水槽の下に沈んでいます。でも、サクラとハナジロは…むむう、やっぱり変だよね。

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2013年1月11日 (金)

今更だけど、紅白とニューイヤーオペラコンサートの感想です

 今年の紅白は視聴率が良かったそうですね。めでたい事です。

 私も二十代の生意気盛りの頃は「紅白なんて、ジジイババアの見るもんだ!」とか言って、紅白歌合戦には見向きもしなかったものですが、私自身がジジイになってみると、紅白歌合戦って、なかなか面白いですよ。やっぱり紅白って、ジジイババアの見るものなのかもしれません(笑)

 紅白を見ながら年越しそばを食べるのが、ここ数年の私の年末の習慣になってます。…とは言うものの、いつもトリのスマップは見ないんだよねえ。だって、テレ東の「ジルベスターコンサート」を最初から見たいんだもの。だから、スマップの前でチャンネルを変えます。この「ジルベスターコンサート」のカウントダウンが、ここ数年の私の年越しですからね。

 今回の『威風堂々』はなかなか立派な演奏でした。あんまり上手くいったものだから、女子アナがマジ泣きしてましたね。

 それはさておき、紅白を見ていて気になった事。それは歌手の声。ポピュラー系の歌手ばかりが出演しているので、基本的に皆さん、程度の差こそあり、ノド声歌唱なんですが、その中でも、ノドを壊し、声が潰れてしまっている歌手もいれば、芸歴がうんと長いのに、未だに声が若々しく、高音も高らかな人もいます。ノドを壊してしまって、おっかなびっくりの発声で歌っていた歌手もいれば、長年のブランクを経て再活動した方は、歌うこと自体が久し振りなために、思いっきりノドを締めつけて苦しげに歌っていたり…。鍛えられた歌手の声で歌う人もいれば、話し声の延長で歌う人もいるし…、人生色々なら、歌声も色々です。

 総じて言える事は、ずっと現役で歌い続けていた人は、割と良い状態を保っている方が多いし、聞いていて聞きやすい声で歌っています。これはスポーツと同じで、毎日きちんとトレーニングしていると、年齢の割に筋肉が劣化しないからでしょうね。

 歌わなかった期間がある人は、声が劣化しているのも、スポーツと同じで、筋肉は使っていないと衰えていくからでしょう。感覚だけが全盛期のままでも、カラダは衰えているわけですから、そりゃあなかなか上手くは歌えません。

 ノドを壊したり、声がダメになっている方は…厳しい言い方ですが、それ以前から、個性的な声で歌っていたと…私は思います。個性的な声は諸刃の剣で、その人自身を強く印象づけますが、ノドへの負担も高いのだと思います。これで、あまり売れていなければ、たぶんどうにかなるのだろうと思いますが、売れっ子さんが、個性的な歌い方をしていると、ノドや声に大きなダメージとなってしまうのでしょう。

 今年の紅白には出ていませんでしたが、安室奈美恵さんが、全盛期の頃、声をダメにしかけていましたが、出産と育児のために休養を取ったら、声が回復していたという事例もあります。彼女のような癖の強い発声でも、ちゃんと取るべき休養さえ取れれば、声って回復するものなんですね。

 そんな、歌手の声を聞き比べて、紅白を楽しんでいた私です。
 
 
 ニューイヤーオペラコンサートは、今年もテレビで楽しみました。

 歌付きの『ワルキューレの騎行』とか、ランスへの旅の『14声の大コンチェルタート』とか、滅多に聞けないものも聞けたし、最近の私のマイブームになっている『メリー・ウィドウ』もハイライトで聞けたし、大好きなオテロの冒頭シーンも見れたし、イル・デーブの望月哲也氏の出演に「うぉー!」と叫んでみたり、堀内康雄氏の『クレド』にしみじみとしてみたり、いや~、満腹満腹。

 さらに今年は『ウォーリーを探せ』じゃないけれど、合唱が出てくるたびに「Y先生はどこにいる!」と妻と二人で画面の隅から隅まで、目をサラのようにして探したり(全曲で見つけられました!)、なかなか楽しいニューイヤーオペラコンサートでした。

 いやあ、引きこもっていても、お正月は楽しいものです。

蛇足  ウィーンフィルのニューイヤーズコンサートは、私と同世代のウェザーメストでした。同世代の人間がウィーンフィルを振っているのを見るのは、なんか不思議な気分ですね。ちなみに、来年のニューイヤーズコンサートはバレンボイムの再登場だそうです。それもまた楽しみですね。

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2013年1月10日 (木)

近所の声楽発表会を見てきて思った事

 実は毎年年始の頃に、近所の声楽教室が発表会を行っているので、それを必ず見に行っている私です。毎年の事なので、去年、一昨年はブログに書かなかったくらいの“私の恒例行事”なのですが、今年は色々と思った事があるので、久し振りに記事に書いてみます。

 まず、その声楽教室は、音大受験を目標としたマジメ系の声楽教室で、そこの生徒さんは、音高受験生と、現役音高生と、音大受験生と、現役音大生と、音大卒業生で構成されている、実に見事な声楽教室で、私のようなユルユルの趣味系のオッサンなど皆無な声楽教室です。なので、見に行くと、結構色々な事を学んで帰って来ます。また、毎年見に行っているので、そこの生徒さんの一年の成長ぶりも確認できて「がんばれ~」って応援もできて、なかなか面白いんです。

 まあ、そういうマジメ系のお教室なので、生徒さんが全員女性で、男性がいないのは、ちと残念なのですが、まあ、こればかりは仕方がないのです。

 それと皆さん、ご自分専用のピアニストさんをご用意されているんですね。ま、おそらくは学校の友人や、苗字が同じ方は、ご家族の方にお願いしているのでしょうね、……って、友人や家族にピアノがバリバリ弾ける人がいる環境って、どうよ(笑)。それに、自分でピアニストを調達できないと、発表会に出演できないとしたら、やっぱり趣味の人にはハードルが高い高い。……ええと、もしかすると、通常のレッスンも、ピアニスト同伴が条件だったりして?
 
 
 今年は、私自身が気にしている、と言う事もあるのですが、皆さんの発声がとても気になりました。それも、とても良い意味で…。

 やはり、受験目的のマジメ系の声楽教室だと、基礎はかなりきちんとやっているんだなあ…って思いました。極々初歩の生徒さん(中学生ぐらいの音高受験生でしょう)は、まだまだですが、そんな“まだまだ”な生徒さんでも、きちんと脱力して歌っているんですね。「へえ~」って思いました。いかにも歌を始めたばかりって感じの、いわゆる合唱声で、ソリストの声には成りきれていないのですが、こんな年から、力まないで歌う事を習慣づけられるなんて、うらやましい限りです。

 それに、実に皆さん、お上手でした。音程もリズムもビシッと決まって、実に正確で素晴らしい歌唱をします…ので、眠く眠くてたまりません(ごめん)。上手な歌って、たいがい、退屈なんだよね。だって、みんな、ボーカロイドみたいな歌い方するんだもの。ピアノの前奏が終わって、歌に入った2~3小節聞くと、見えざる悪魔との戦いが始まります。いやあ、あまりの棒歌いに、悪魔が私の魂をどこかへ持っていこうとするんだよねえ…。

 そういうところが、まだまだ子どもの歌なんだなあって思いました。

 高校生ぐらいになると、もう女の子はイッパシで、なかなか素晴らしいソプラノさんになるものです。どの子も、軽く、無理なく歌っているのに、客席にビンビン声が響いてきます。響きだけで、これだけの音量を稼げるなんて、うらやましいし、ホールを味方につけた歌い方をしているわけで、なんて上手い発声なんだろうと敬服しました。…自分の年齢の1/3にも満たない子どもたちなのにねえ…。いやあ、実に素晴らしい。

 さらにプログラムが進んでくると、出てくる方々の年齢が上がってきます。やはり成人の方々の歌は、素晴らしいです。成人の方々の歌には、技術+歌心があるんです。だから、知らない曲だったり、難しい現代音楽でも、なんか聞き惚れてしまうんですね。

 歌って、やっぱり、上手いだけじゃ聞かせられないんだな。“プラスアルファ”って奴が必要なんだなって、改めて思いました。
 
 
 そうそう、私が今回、ハッとしたのは、山田耕筰の歌を歌っていた方の歌唱です。実は私、日本歌曲って奴が、あまり好きではありません。と言うのも、日本歌曲って難しいし、声をひけらかせないでしょ? 私にとって、歌と言うのは『いかにして自分の声をひけらかすかが、すべて』と言っても過言でないぐらい、歌にとって『声のひけらかし』って大切な要素だと思ってます。しかし、日本歌曲って、声がひけらかせないじゃないですか? なので、日本歌曲は嫌いなんです。

 …と思ってましたが、今回聞いた方の歌唱は違いました。きちんと日本歌曲を緻密に歌いあげつつ、要所要所では、しっかり声を聞かせてくれました。ああ、日本歌曲にも、こんな歌い方があるんだなあと思いました。こういう歌い方って、もしかすると邪道な歌い方なのかもしれませんが、でも、私はそこに日本歌曲の歌い方の(私にとっての)新しい局面を感じたんです。ああ、なるほど、こんなふうに日本歌曲も歌ってみれば、なかなか(歌っても、聞いても)楽しいものじゃないですか? そう思いました。これが、今回の最大の収穫かな? なので、私、日本歌曲を毛嫌いするのを止めようかなって、ちょっぴり(笑)思いました。

 それにしても、余所の教室とは言え、発表会見学はいい刺激になりますし、レパートリー開拓にもなりますしね(笑)。ああ、私も自分の発表会、頑張らないと。
 
 
 年も明けたので、例年なら、そろそろ発表会の準備を始める頃です。キング門下の発表会のテーマは、今年はヴェルディと決まっているので、門下の皆さんは、今頃、ヴェルディソングをバシバシレッスンしていただいているのだろうと思います。私も門下にいたならばヴェルディを……歌わせてもらえないんですよ(大泣)。

 私、ヴェルディって大好きなんです。あらゆる作曲家の中で一番好きな作曲家なんです。なので、ヴェルディを歌いたくて歌いたくて仕方がないし、キング先生もそれはご存じなのですが、私は、中田喜直の「木菟(みみずく)」を歌う事を、かなり前から言い渡されていました。他の皆さん方がヴェルディを歌う中、私は中田喜直を歌う予定でした。「木菟」という曲はいい曲だという事は知ってます…が、私が、ヴェルディ大好きで、日本歌曲大嫌いって事を知っているのに、こういう選曲ですからね。おまけに「木菟」って地味な曲だし…。数曲歌うなら、その中の一曲がこの曲でも良いのですが、あそこの門下は、原則「一人一曲」なんです。その上、発表会は二年に一度だし、だからこそ「これ!」って言う歌を歌いたいんですよ。

 ほんと、キング門下を辞めて良かったと思います。でなければ、またフラストレーションを溜めたままイライラしないといけないところでした。
 
 
 それはさておき、今年の発表会は、Y門下での初めての発表会となります。今からワクワクだな。

 選曲は、自分でしても良いし、先生にお願いしても良いそうです。決して、先生が曲を押しつける事はしないそうです。歌いたければ、技術的に難しくて、歌えそうもない歌でもいいんだそうです(その代わり、レッスンが厳しくなるわけです:笑。もちろん不可能な曲は、さすがに止めるそうです)。

 ただ、門下が小さいので、単独では発表会の開催は無理なんですよね。昨年まで一緒にやっていたK先生は亡くなってしまって、門下は解散したので、そことの合同発表会は、は当然無理だろうし、奥方の門下とは、おそらく合同で発表会をするんだろうけれど、二門下だけじゃ、まだ小さいんだよね。あんまり、出演者の数が少ないと、色々と負担が大きいし、寂しいし、どうするんだろ? K先生の代わりに、別の新しい先生の門下と組むのかしら? 教える事がメインではない先生方の門下は、どこも小さいですからね。それがいいんじゃないのかな?

 そうそう、ピアニストさんはどうするのかな? 昨年の発表会を見た感じでは、教室の方で用意されたピアニストさんと歌う人もいれば、自分のピアニストさんを連れてきた方もいらっしゃいました。私は…自分のピアニストさんを連れて来る方がいいのかな? あと、何曲ぐらい歌っていいのかな? 昨年の様子だと、2~3曲って感じ(出演者数が少ないので、一人でたくさん歌えるみたいです:笑)です。ならば私は、アリアか歌曲を1曲と、妻と二重唱を1曲歌おうかな?

 なんか、色々な意味で、ほんと、ワクワクです。ちなみに、発表会自体は、毎年、お盆の辺りにやるそうです。ま、確かにあの辺りなら、普通演奏会などしないから、どこのホールも予約が簡単だよね。そういう意味では、いい時期に発表会をやる…んでしょうが、暑いよね(笑)。八月のステージでタキシードは着たくないなあ…。

 へへへ。

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2013年1月 9日 (水)

相手の動きに合わせて動く…のは難しい(汗)

 さて、本日より通常更新を再開します。よろしくお願いします。

 ダンスのレッスンを受けてきました。と言っても、時間は年末にまで逆上ります(笑)。まあ、妻の仕事納めが終わった頃の話で、私の体調的には、どん底からやや上向きになった辺りの頃の話です。

 最初に、ブルース、ジルバ、ワルツなどを流して踊りました。とにかく、復習ですよ。なにしろ、たくさんたくさん忘れていますからね。

 注意された事は、どのダンスでも共通で「足で前に進んでいるのでは、ダメ」とか「カラダが弛むので、ダメ」とかです。

 前に進むのは足ではなく、カラダで進まないとダメ。足だけ進んで、カラダが置いてけぼりはイカンのです。カラダが弛んで、ヘナってなるのはダメ。少なくとも上半身は常にパンと張っていないといけないのです。

 まあ、言葉で注意されても、なかなかカラダが忘れているので、直りません。こればかりは、練習間隔をもっと短くして、頻繁に練習をする事でカラダを作っていくしかないです。なにしろ、ダンスは自宅で練習する場所もなければ、時間もないので、レッスンの回数を増やしていくしかないのです。そういう意味で、またまたスタートから色々と積み上げていく必要があります。

 この後、ちょっと休憩を入れて、ルンバをやりましたが、ルンバは大変。とにかく、思い出す事が多くて、もう、ヒッチャカメッチャカでした。ここんとこ、一カ月に一回程度踊っているはずなのに、思い出すよりも、忘れていく方が多いような気がします。月1レッスンでは、前進できません。

 そういう意味では、オトナの習い事によくある『月2回レッスン』って、最低条件なのかもしれません。少なくとも、初心のうちは、ある程度の回数と頻度が必要なんだろうと思います。

 さて、今回のメインディッシュはタンゴ、というわけで、とりあえずタンゴに再挑戦です。

 ウォークも忘れていますが、ウォークからやり直していると、ウォークだけで終わってしまうので、ウォークはすっ飛ばして、とりあえず今までやった“ウォーク -> リンク -> プロムナード -> バックコルテ”をザッとやってみました。いや、ザッとやろうと試みました。当然、忘れていますので、また復習です。

 ちなみに、どこから忘れているのかと言うと「タンゴのリズム」から忘れていました(笑)。いやあ、だってさあ~「スロー、スロー、クイック、クイック」と「スロー、クイック、クイック、スロー」があるんだよ。たぶん、規則性みたいなものがあるんだとは思うけれど、それがよく分からないし、分かったところで、カラダが対応できましぇん(涙)。

 さらに、タンゴはダラ~と踊っちゃいけないわけで、リズムに合わせて、キビキビとダンスするわけだし、ポーズを決めるところはバシっと決めないといけないわけで、とにかく、そういうところが(基礎レベルだろうけれど)難しいです。まあ、踊っているというよりも、踊らされているというレベルなのに、苦心惨憺でございます。

 今回のレッスンでは、特にバックコルテを中心に習いました。と言うのも、タンゴって、前進する人のダンスに後進する人が合わせるのです(タンゴに限らない…か?)。同じモダンでも、ワルツなんて、男性が踊って、それに女性が合わせていくってのが基本でしょ? ラテンは、それぞれが音楽に合わせて踊っていくのが基本でしょ? 私にとって、相手に合わせて、相手なりに踊るってのが初めてだから、その相手に合わせて踊るってところにポイントを絞って練習したわけです。

 相手に合わせるわけだから、相手の動作を受けなきゃいけないわけで、自分勝手はもちろん、自分から動いてはいけないわけです。相手の動きを受けて、その方向と移動量を合わせ、相手の動作の邪魔にならないように動くわけで…これはこれで難しいです。それがタンゴのバックコルテってわけで、なかなか苦労しました。とにかく『相手の壁になって、押し出された分だけ動く』んです。言葉で書くと簡単ですが、実際に動くと難しいねえ…。

 で、タンゴは“ウォーク -> リンク -> プロムナード -> バックコルテ”だけでは、移動する距離が短いので、バックコルテの後に“リバース・ターン -> バックコルテ”を入れることにしました。そうすると、かなり移動する距離が長くなり、動きが大きくなりますが、あまりに移動量が多すぎて、今度は練習場の中ではスペース不足気味になりました(汗)。まあ、この問題については、次回、角で踊れるステップをやれば解消するので、今は気にしないように言われました。

 それと、最近は、ダンスのレッスンに行く時に、ミスドによってドーナッツを買ってから練習場に入るのが習慣になりつつあります。まあ、習慣と言っても、月に一回程度なんですが(笑)。だって、練習場のすぐそばにミスドがあるのが悪いんじゃーい。

 で、1時間踊って、ドーナッツ食べて、また1時間踊って…が最近のパターン。たぶん、ダンスを踊って消費するカロリーよりも、ドーナッツ食べて得られるカロリーの方が多いような気がします。ちなみに、私は、ドーナッツは2個食べるのよ(ぶいッ)!。

 さて、次のダンスレッスンは、いつだろ?(笑)

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2013年1月 8日 (火)

私は今まで、こんな歌を習ってきた その7[2012年後半編]

 2012年の後半の部です。

 色々あってキング門下を辞めた私は、声楽を辞めてしまおうと考えていました。ちょうど20年ほど前に、T門下を辞めた時に音楽を辞めたのと同様に、今回の件で、音楽に嫌気が差してしまった私は、音楽を、少なくとも声楽を、すっぱり辞めてしまおうと思っていました。

 だって、もうあんなイヤな思いをするのは二度とゴメンだからです。もう、音楽はフルートだけでいいや…って思ってました。声楽を辞めて、他の趣味を始めようと真剣に思ってました。

 T先生の時は、引き止めてくれる人もいなければ、支えてくれる人もいなかったわけで、あっさりと声楽を辞めてしまいましたが、今回はそんなわけには参りません。今回は、妻が私の側にして、私の支えとなってくれました。キング先生と訣別して落ち込んでいた私を、助けて、支えてくれました。

 まずは、ガラコンサートのすぐ後に、ピアノ発表会のゲスト出演を用意してくれ、キング先生がいなくても、ちゃんと歌えるって事を教えてくれました。そして、すぐに、次の先生である、Y先生とも交渉してくれました。結局、今も歌を諦めずに歌っていられるのは、この時の妻のガンバリのおかげです。妻には感謝してもしきれないです。妻は、ある意味、私の恩人になるわけです。

 と言うわけで、2012年の7月に、Y門下に入門した私たちでした。

44)トスティ作曲「La Serenata/セレナータ」
45)ベッリーニ作曲「Vaga luna/優雅な月よ」
46)ベッリーニ作曲「 Malinconia, Ninfa gentile/マリンコニーア」

 Y先生のレッスンは月2回(不定期)で、一回のレッスンが二人で1時間半です。ただし、キング先生の時とは違って、今のところ、一緒に何かをすると言うことはなく、二人で交互にレッスンを受けています。ただし、必ず相手のレッスンはしっかりと見て学びなさいとは言われています。キング先生の時は、声楽はそれぞれだから、自分以外の人に言われた事は聞いちゃダメだよと言われていたので、その辺はレッスンの扱いが真逆で、面白いです。

 まあ、今のところは妻とは別メニューで学んでいますが、やがて二重唱のレッスンをするようになれば、同じ曲を一緒に学ぶようになるでしょうね。

 それにしても、半年で三曲とは、また少ないですね。

 44)と45)は、秋に行われた、地元の市民文化祭の一つの催事である「クラシック・コンサート」に出演するために、私が持ち込んだ曲です。入門した段階で、すぐにクラシック・コンサートの準備を始めないと間に合わない…という状況だったので、とりあえず、44)と45)を歌えるようにしましょうと言う感じで、付け焼き刃的なレッスンをしていただきました。

 とにかく、先生も私たちも、お互い要領つかめていない部分もある上に、本番までの準備期間が短く、レッスンは月2回ですから、今回は、私たち(私と妻とピアニストさんの三人)で曲を仕上げ、先生にはアドヴァイスをもらうという形になりました。

 44)も45)も原調で歌ったのですが、44)は何とかなりましたが、45)は本番で撃沈してしまいました。45)はまだ私には難しかったようです。また、別の機会にリベンジをしたいと思いました。

 で、クラシック・コンサートを終えてから、やっと腰を据えてY先生の指導を受けるようになりました。46)は課題曲と言うよりも、エチュードのカタマリのような扱いで、この一曲だけから、実にたくさんの指導を受けました。

 2013年も、まだ46)は歌い続けますが、47)も加わることになりました。

47)トスティ作曲「L'ultima canzone/最後の歌」

 こんな感じの私の記録です。私は今まで、こんな歌を歌ってきたんです。

 さて、今年はどんな曲を学ぶのか、今から楽しみです。当面、発表会に向けてドキドキが止まりません(笑)。

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2013年1月 7日 (月)

私は今まで、こんな歌を習ってきた その6[2011年&2012年前半編]

 さて2011年です。

28)コンコーネ50番より、ミュージカル「赤ずきんちゃん」
29)ヴェルディ作曲「椿姫」より「乾杯の歌」
30)スカルラッティ作曲「Gia il sole dal Gange/陽はすでにガンジス川から」
31)ロッシーニ「La Promessa/約束」
32)バーンスタイン作曲「ウエストサイドストーリー」より「Somewhere」
33)バーンスタイン作曲「ウエストサイドストーリー」より「Tonight」
34)トレッリ作曲「Tu lo sai/あなたは知っている」
35)ベッリーニ作曲「Vaga luna/優雅な月よ」
36)モンテヴェルディ作曲の「Lasciatemi morire!/私を死なせて」
37)パイジェッロ作曲「Nel cor piu non mi sento/うつろの心」
38)スカルラッティ作曲「Sento nel core/私は心に感じる」
39)プッチーニ作曲「マノン・レスコー」より「Tra voi, bello, brune e bionde/美しい人の中で」
40)モーツァルト作曲「ドン・ジョヴァンニ」より「Dalla sua pace la mia dipende/彼女こそ私の宝」
41)ロイドウェーバー作曲「オペラ座の怪人」より「All I Ask of You」
42)ロイドウェーバー作曲「オペラ座の怪人」より「The Music of the night」
43)ロイドウェーバー作曲「オペラ座の怪人」より「The Phantom of the opera」

 以上が2011年に歌った曲ですが、この年はたくさんの歌を習っています。なんか、調子良かったんでしょうね。

 28)は歌劇団のデビュー公演の曲です。私は主役のオオカミの役をもらいましたので、たくさんの歌を練習しました。このミュージカルは、すべてのメロディーがコンコーネ50番の中から選ばれているという面白い曲で、ミュージカルの練習をしながら、同時にコンコーネも学べるという、声楽初心者にとっては、一石二鳥なミュージカルでした。このミュージカルを二年ほど練習して、本番を迎える予定でしたが、私は一年半ほどやったところで退団しないといけなくなりました。かなり、残念でした。

 この2011年は発表会イヤーでして、29)は元々、歌劇団として発表会に参加するために準備した曲で、全曲を団員で分け合って、少しずつ歌いました。いわゆる“ガラコンサート形式”の歌い方です。発表会の後に、改めて、妻と二重唱として学び直しました。この曲はちゃんと(?)歌えるようになりました。一応、私のレパートリーの一つになっています。

 30)は私が「イタリア古典歌曲をやりたい」と言いだして譲らなかったので、レッスンで取り上げてもらえた曲です。この段階で、キング先生について五年目です。もう五年も声楽を習っているにも関わらず、初歩の段階で習っていないといけない、イタリア古典歌曲を、あまりちゃんと歌えていない事に、当時の私は焦っていました。もっともっとイタリア古典歌曲を歌いたい、学びたい、それらの曲をレパートリーにしたいと思っていたわけです。キング先生はあまり乗り気ではなかったようですが、私があまりに強く言い張るので、しぶしぶ折れてくれたわけです。

 この曲は当時のキング先生のお気に入りらしく、他の門下生さんも、同時並行でこの曲を学んでいました。 え? なぜそんな事が分かるのかって? だって、キング門下は、門下生同士が仲が良いので、結構、横の連絡があって「今、○○さんは△△をレッスンしているんだよ」なんて情報は結構まわっていたからです。

 31)は、イタリア古典歌曲を一曲歌ったんだから、次はこれをやりましょうって事でやった曲です。この曲は、当時のキング先生のお気に入りで、私以外にも、多くの門下生が同時に習っていました。私には…ちょっと合わない曲だったと思います。これはあくまでも、ソプラノ向きの曲だなって思いました。

 32)と33)は、私のレッスンの前枠にいらっしゃったソプラノのMさんと一緒に、お互いのレッスンの入れ代わりの時間を利用して、レッスンしました。Mさんは二重唱が好きな方なんですが、レッスンではなかなか、そういう機会もなかったので、レッスンの入替の時間を利用して二重唱を歌いましょうって事になったわけです。私にとっては、妻以外の女性と二重唱をしたのは初めてだったと思います。

 32)も33)も、バーンスタインの決定稿だと難しい曲なのですが、私たちが使ったのは映画版のヴォーカル譜で、これはキーも低いし、適度にカットされて歌いやすくアレンジされています。歌っていて面白かったですよ。でも、いつか、決定稿できちんと仕上げたいなあって思います。

 34)、36)~38)は、またもイタリア古典歌曲です。私が「イタリア古典歌曲を歌いたい」と強く言い張ったので、先生も折れて「では、10曲やりましょう」とおっしゃって、10曲をセレクトして、それを順番にさらい始めたのですが、結局、31)と合わせて、5曲歌ったところで中座となってしまいました。なので、今でもイタリア古典歌曲は歌いたくて仕方ないのですが、もう、レッスンで取り上げてもらうことはないのかなあ…と残念な気持ちでいっぱいです。

 35)はベッリーニの高声用の楽譜を手に入れたので、35)を原調で歌いたいと言ってレッスンに持っていきました。結局、この時は中声用で歌って、お茶を濁してお終いとなりました。残念。

 39)と40)は、短め&キー低めですが、本格的なテノールのオペラアリアです。こういう曲がレッスンに出てきた時は、本当に嬉しかったですよ。レッスンでは歌えないまま終えた曲ですが、レッスンで終了しても、自宅練習ではその後も練習を続け、ひとまず、なんとか歌えるようにした曲です。先生とのレッスンではダメでしたが、その後の練習で、なんとかレパートリーに入れられたかな?って曲です。まあ、折りをみて、Y先生にもう一度レッスンしてもらえたらいいなあって思っている曲です。

 41)~43)は、その翌年(2012年)に控えたガラコンサート用の曲です。
 
 
 で、2012年になりました。

 この年は、特に新曲を学ぶ事もなく、41)~43)の曲を練習しました…と言うと、事実とはだいぶ反します。新曲が何もなかったのは本当ですが、41)~43)の曲ばかりを練習しましたと言うのが事実とは違います。

 41)~43)の曲は、その大半を妻と二人で仕上げていきました。先生には、たまにアドヴァイスをいただく事もありましたが、この頃になると、レッスンの時間にレッスンをしていただく事はマレとなり、レッスンの時間は、先生のお喋りと他人の悪口とガラコンサートの打ち合わせばかりになってしまいました。

 先生との関係も最悪となり、この年の6月の頭にはレッスンを辞め、その月の月末にあったガラコンサートで門下も辞めました。

 この時点では、一度、声楽を辞めようと思った私でした。続きはまた明日。

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2013年1月 6日 (日)

私は今まで、こんな歌を習ってきた その5[2010年編]

 2010年の大きな出来事と言えば、21)を歌った事かな?

21)筒美京平作曲「木綿のハンカチーフ」
22)トスティ作曲「Ancora!/もう一度」
23)トスティ作曲「Sogno/夢」
24)ヴェルディ作曲「Il Poverret/哀れな男」
25)トスティ作曲「Addio!/さようなら」
26)ドニゼッティ作曲「愛の妙薬」より「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」
27)ドニゼッティ作曲「愛の妙薬」より二重唱「Una parola o Adina/そよ風に聞けば」

 以上は2010年に歌った曲です。

 21)は、元歌は女声歌手が一人で歌う曲ですが、それをテノール独唱+女声合唱にアレンジされたものを歌いました。もちろん私は、テノールソロを歌ったわけです。

 この曲は、歌劇団が、地元の合唱祭に出演するために準備した曲ですが、当時の団には男性は私しかいなかったし、独唱+合唱という形は、当時の団的には、ちょうどよかったので、この曲を取り上げて練習しました。本番は秋だったので、ずいぶん長い時間かけて、準備をした覚えがあります。…とは言っても、曲の大半は自分一人で練習をして仕上げて、先生には合唱との合わせの時に、色々とアドヴァイスをいただきました。この頃から、曲を自分で仕上げる楽しさみたいなモノを感じるようになりました。

 それにしても、大ホールで、合唱をバックに、満員のホールで独唱するなんて、実に麻薬的な快感なんですよぉ~。いやあ、そんな経験は、おそらくこれが最初で最後の経験って事になるんだろうなあ…。ある意味、私の声楽人生のピークが、この時だったのかもしれません。

 さて、それ以外の事に目を向けてみると、この年は、発表会がなく、門下の勉強会はありましたが、それは女声向けの勉強会だったので、21)以外では、私はひたすら地味にテノールとしての研鑚を積む日々でした。

 発表会の時に「トスティを歌いたい」と言って却下され、その後も一向にトスティを歌わせてもらえず、レッスンにも気の乗らない日々が続き、あまりに私が落ちこんでいたせいか、発表会後のこの年から、ようやくと言うか、ぼちぼちとトスティをレッスンで取り上げてもらえるようになりました。22)、23)、25)は、まさにそれです。24)はトスティばかり続くのもなんだからと、目先を変えるために歌った曲です。

 どれもこれも、まともに歌えるようになる前にレッスンが終了しました。どの曲も当時の私には難しかったんですね。トスティなら、当時の私に相応しい曲もあったのに、そういう曲ではなく、当時の私にはちょっと難しい曲ばかりの選曲になりました。

 まあ、歌の難易度はともあれ、歌っていて楽しかったので良かったのですが、でも、どの曲も結局仕上げるところまでいかず、途中で投げ出すと言うか、横において、次に行くというのが続きました。

 実は私は、それがとてもイヤでイヤで…。

 この頃、フルートの方は笛先生に習っていたのですが、笛先生は私の性格をよく理解してくださって、そちらは一曲一曲をきちんと完成させないと次に進めませんでしたし、一曲一曲をきちんと仕上げられるように、ご指導くださいましたが、声楽は完全にキング先生のペースでレッスンが進行していたので、課題曲が未完成のまま、曲が終わるのが当たり前になっていて、内心は不満に思っていました。先生的には、この曲の課題はコレだから、それが出来れば良い…というお考えだったのでしょうが、私的には「このままじゃあ、いくらレッスンに通っても、結局、まともに歌える曲なんて、一つもないじゃん」とか、心の中で毒づいていました。

 先生には先生なりのお考えはあったのでしょうが、当時の私の実力以上の曲が次々に与えられ、それらをちゃんと消化できないまま、何となくレッスンが進んでいったのだと思います。やるべき課題はあったにせよ、それが何なのかは知らされる事はなかったので、五里霧中のレッスンでした。せめて、何が課題なのかを知らされ、それらを含んだ、私の実力にあった曲で練習していたら、今よりもっと歌が上達していたのではないかと思うと残念です。何より、レパートリーが一向に増えなかったのが、イヤでした。

 でもまあ、この頃に習った曲は、いい曲ばかりですから、やがて実力が追いついたら、リベンジして、Y先生とレッスンをやり直して、いずれレパートリーに加えるつもりです。

 また、この年の秋から、当地でのキング先生の個人レッスンを開催する週が増えたこともあり、私のレッスンの回数も、有無を言わせず、増やす事になりました。月2回の妻とのカップルレッスンはそのままにし、カップルレッスンの無い週に、30分の個人レッスンをするようになり、結果として、毎週レッスンを受けるようになったのも、この年からです。なので、この年から、習った曲が増えているのは、そういう理由です。

 26)と27)は翌年の発表会で歌った曲です。この年の年末あたりから、ぼちぼちとレッスンが始まっていたわけです。そう、キング門下では、半年近い時間をかけて、発表会の準備をするんですよ。

 26)は、私がチャレンジした本格的なテノールのオペラアリアとしては、最初の曲です。結局、発表会までに完成させられずに撃沈した曲ですが、おそらく、今でも歌えない曲です。だって難しいんですよ。最後のカデンツァはノド声の人では絶対に無理ですよ(笑)。

 27)の二重唱も、まともに歌えなくて、なんか歌っているのか、怒鳴っているのか分からない状態で本番を終えました。

 結局、この年に習った曲は、自分一人でその大半を完成させた21)はともかくとして、それ以外の曲は、全部、まともに歌えるようにはならないまま、終えた曲ばかりでした。そういう意味で、2010年の私は『労多くして実り無し』の一年だったのだと思います。

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2013年1月 5日 (土)

私は今まで、こんな歌を習ってきた その4[2009年編]

 2009年は、歌のレッスンを、グループレッスンから個人レッスンに変更した私です。

 もっとも、個人レッスンと言っても、その実態はカップルレッスンでした。と言うのも、カルチャースクールの決まりで、個人レッスンは、一人30分という枠だったので、妻を誘って、二人で1時間という枠にしてもらってレッスンを受けました。二人同時にできる事も、レッスンの中ではたくさんあるので、一人30分よりも二人で1時間の方が内容的に濃いレッスンが受けられるので、先生とも相談して、そうしました。もっとも、私たちが一番最後の時間のレッスンだったで、この頃のキング先生は、よくレッスンを延長してくださり、結局二人で90分というレッスンになってしまう事も多々ありました。(ってか、大半がそうでした)。本当に、有り難かったですし、この頃のキング先生には感謝しています。

15)ドナウディ作曲「O del mio amato ben/ああ愛する人の」
16)ヘンデル作曲「Lascia ch'io pianga/私を泣かせてください」
17)トレッリ作曲「Tu lo sai/あなたは知っている」
18)イタリア民謡「サンタ・ルチア」
19)イタリア民謡「オー・ソレ・ミオ」
20)モーツァルト作曲「フィガロの結婚」より二重唱「Crudel! Perche finora/憎いぞ! なぜこれまで私をこのように焦らしおった?」

 以上が2009年に歌った曲です。

 2009年は発表会イヤーでした。15)は、私が最初の発表会で歌った歌です。発表会は初夏に行われましたので、そこまでのレッスンでは、どっぷり発表会の曲だけ、つまり「O del mio amato ben/ああ愛する人の」だけを練習しました。当時の発表会の録音を聞いてみたら…今の私とあまり変わっていない(涙)。少なくとも、キング門下を辞めた時と2009年当時では、実力的にはほぼ同じ。いや、まだノド声の程度が後の時代と比べると緩い分だけ聞きやすいかも…。つまり、私の歌の実力は、この当時でピークに達し、すでに天井にぶつかっていたようです。この後、多少音域は広がったものの、ノド声はより激しくなっていきますので、むしろ聞きづらくなっていくのでした。

 この最初の発表会の選曲ですが、そもそもキング先生から「何が歌いたい」と聞かれたので「トスティが歌いたいです」と即答したところ「じゃあ、ドナウディにしよう」と、これまた即答で決められたという経緯があります。私は心の底から本当にトスティが歌いたかったので、すごくガッカリしました。

 発表会で私の直前に歌ったYテノールさんがトスティを歌っていたので、楽屋で「なぜトスティなんですか?」と尋ねたら「なんでも良かったのだけれど、先生がこの曲にしなさいと言ったので決めました」と答えてくれました。私も「なんでもいいです」と答えていたら、トスティを歌わせてもらえたのかな?…そりゃあナイか。先生は、私がガックリする姿が見たかっただけなんだろうなあ…。

 こうして、改めて振り返ってみると、最初の発表会って、なんか色々と悲しい事ばかり思い出されます。

 16)は「発表会が終わったので、ご褒美として、好きな曲を歌わせてあげる」と言われたので、選んだ曲です。実は「Time to say Goobye」を歌いたいと言ったのですが、簡単に却下されて、この曲になりました。

 17)は苦労した曲です。楽譜はもちろん高声用を使ったのですが、この曲は、高声用も中声用も調が同じなんですよね。だから、高声用を使ったと言っても、実質は中声用で歌っていると同じなんですが、それでも苦労しました。この頃からノド声が顕著になってきたと思います。ただ、先生からはノド声という指摘は一度も受けずに「歌のスタミナ不足だ」と言われました。とにかく、ちゃんと歌えないまま、ひとまず終えた曲です。

 今の私なら分かりますが「Tu lo sai/あなたは知っている」のような、高音安定の曲は、ノド声では絶対に歌えないので、ノド声判定曲としては、なかなか良い曲だろうと思います。

 18)はグループレッスンの時の楽譜で歌いました。16)も17)も、ロクに歌えなかったので、ちゃんと歌える曲もやりましょうって事でやった曲だったと思います。一方、同じイタリア民謡でも、19)は難しかったですね。高いGとAが出てくるのですが、Gの方も苦労しましたが、Aは壊滅的にどうにもならなかったです。結局、これも歌えないまま終えました。

 20)はせっかくカップルでレッスンに来ているのだから、二重唱をしましょうという事で選んだ曲です。ちなみに、この曲では、私は伯爵のパート[バリトン]を歌いました。当時の私は、バリトンパートなら、たいていの曲が歌えるけれど、テノールの役を歌えるだけの音域がなかったので、仕方がなかったのです。でも、本格的なオペラの二重唱を歌えた経験は、何ものにもかえられませんでした。

 この曲は…楽しかったですよ。そんなこんなで、私の2009年は終わりました。続きはまた明日。

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2013年1月 4日 (金)

私は今まで、こんな歌を習ってきた その3[2008年編]

 声楽再開2年目の2008年は、特別な事もなく、ただひたすらマジメに歌の練習をしていました。

11)ヘンデル作曲「Ombra mai fu/オンブラ・マイ・フ
12)ジョルダーニ作曲「Caro mio ben/カロ・ミオ・ベン」
13)パイジェッロ作曲「Nel cor piu non mi sento/うつろの心」
14)本居長世作曲[日本古謡]「通りゃんせ」

 これらの4曲は2008年に習った曲です。

 それにしても、習っている曲の数が少ないのは、先生の方針もあったけれど、グループレッスンでしたから、レッスンの見学者が来ると(月2回しかないレッスンだけど)その日のレッスンは、体験レッスンとなり、普段はしない先生の講義(呼吸の仕組みなどを解説する講義)が入り、その分、実技のレッスンが減ってしまうので、結果として、曲が進まないんですね。なので「見学者が来ます」という連絡が来ると『仲間が増えるかも…』と言う嬉しさと『レッスンがまた進まない…』『歌う時間が減る…』と言う苛立ちの両方を感じたものです。

 この年から全音版の「イタリア歌曲集1」[いわゆる“イタリア古典歌曲”です]を使ったレッスンになりました。11)と12)は中声版で練習しました。ちなみに、11)はレチタティーヴォ部分は抜きで練習しました。

 13)から楽譜が高声版に変わりました。一緒に習っていた方々が、高い声の女声が多くて、中声版では低くて歌いづらいという苦情があったため、高声版になりましたが、当時の私的には、高声版は辛かったですね。でも、グループレッスンですから、個人の都合なんて、お構いなしなんですよ。ですから、14)でヘ長調版の最高音がミの楽譜になった時は、とても安心しました。この14)では、歌い手が甲と乙の二人に分かれた簡単な二重唱になっていて、面白かったですよ。

 グループレッスンは、真剣に歌を学ぶという点から見ると、かなりユルいレッスンでしたが、歌から20年近く離れていたオッサンにとっては、いい感じのリハビリレッスンだったと思います。

 でも、さすがに二年もやっていると、物足りなさも感じるようになりました。グループレッスンだと、合唱団のボイトレに毛の生えたようなものですから、個々人の欠点を直したり、長所を伸ばしたりなんて事は、ほとんどできません。まあ、お客さん相手に日銭を稼ぐのなら、講師にとってグループレッスンなんて、効率的で良いのでしょうが、きちんとレッスンをしたいとなると、グループという形態には色々と問題はありそうです。

 私自身も望み、先生からも個人レッスンを薦められましたが、当時は、先生も自宅レッスンを開始しておらず、当地でのレッスンにも個人レッスンがなかった時代だったので、キング先生の個人レッスンを受講するには、別の町のカルチャースクールで開講されているキング先生の個人レッスンに潜り込むか、私の方で場所を用意して、先生に出張個人レッスンをお願いするかの二つの道しかなく、別の町のカルチャースクールには、良い時間帯に空きがあく、私の方で場所を用意して…というレッスンは一度だけやりましたが、これを定期的に行うのはなかなか難しく、やむなく、グループレッスンを継続するという形になっていました。

 なので、14)をやっている頃、キング先生が当地でも個人レッスンを始められる事になった時には、即座に私はグループレッスンから個人レッスンに切り換えました。その頃の話は、また明日です。

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2013年1月 3日 (木)

私は今まで、こんな歌を習ってきた その2[2007年編]

 T先生に破門されて、音楽に絶望して、大好きな声楽から遠ざかる事、約20年。その間、合唱もせず、歌と言えば、たまにカラオケで歌う程度。T先生に習った事も徐々に忘れ、声もドンドン年を取り、T先生に習っていた頃は、男性の声で歌う練習をしていたくらいなのに、月日は流れ、私の声も真症のオッサン声になり、歌うことはおろか、発声の仕方さえ、全く忘れてしまいました。

 そんなある日、仕事の関係で、地元の音楽家の寄り合いなどに、顔を出すようになり、昔の合唱仲間との再会などもあって、音楽を再開しようという気分が生まれ、環境が整い始めてきました。で、ある日、音楽を再開することを決意し、最初は合唱から始めようと思って、某合唱団で短い間ですが、歌っていたのですが、歌えば歌うほど、歌が下手になっていくような気がしたし(この頃、むりやり歌って、ノド声を発症させたのだろうと思います)、歌以外にも色々あって、合唱は一時お預けとし、まずは歌の勉強をしようと思いました。

 そのあたりの事はこちらの記事に書きましたので、興味のある方はご覧ください。

 最初の二年間は、キング先生による、グループレッスンの時代となります。

08)村井邦彦作曲「翼をください」
09)イタリア民謡「Santa Lucia/サンタ・ルチア」
10)新井満作曲「千の風になって」

 これらの3曲は、キング門下に入門した最初の年である、2007年に習った曲です。

 08)は最高音がファのハ長調版。09)は最高音がファ#のニ長調版。10)は最高音がファ#のホ長調版でした。まだまだ歌っている曲がかわいいですね(笑)。ちなみに、09)は原語であるナポリ方言でわけも分からずに歌いました。

 キング先生のグループレッスンには、当地でのクラスの立ち上げの時に、タイミングよく参加できました。いわゆる、立ち上げメンバーの一人です。最初のレッスンでは、受講生が私を含めて、四人しかいなかったので、クラスは不成立になるかもしれませんと事務方の人に言われたのを覚えてます。まあ、最初は少ない人数でも、やがて受講生も増えてくるでしょうから…という事で、その少ない人数でクラスが始まったのでした。

 さすがに以前、声楽の個人レッスンを受けた経験があるとは言え、それは20年近くも前の話です。当時は若者で、声もすり減っておらず、まだまだアルト音域の声域だった私ですが、2007年当時、私は単なるオッサン。声も老けたし、音域も思いっきり狭くなって、下がりました。発声の仕方も忘れたし、第一、コントロールすらうまくできず、イメージした音を出す事すら困難な、全くのシロート状態に戻っていた私です。おまけに、そんなトーシロウ状態で合唱団にいたため、すでにノド声を発症していました。

 なので、声楽のレッスンを、ユルユルのグループレッスンから始めるのも、声と歌のリハビリとしては、悪くなかったのかもしれません。

 キング先生のグループレッスンは、月2回、一回1時間のレッスンでした。受講生は、私がいた頃は、だいたいいつも5名前後でした。毎月のように見学者さんは訪れましたが、半分以上の方は、見学だけで終わりで、なかなかクラスに仲間入りはしてもらえませんでした。

 このグループレッスンは「ヴォイス・トレーニング」という看板を出していたのですが、この看板でクラシック声楽をやる…と言うのが、一般の方には結びつかなかったようです。見学者さんの多くは、カラオケ対策でやってくる様子でした。つまり、世間には、それだけカラオケ難民がいるって事ですね。で、カラオケ難民の方は、レッスンを体験して「これは、違う」と思って、続かないってわけです。

 で、そのカラオケ難民の方が「これは違う」と思ってしまったレッスン内容ですが、レッスン自体は三部構成になっていました。

 最初の20分は、ひたすら呼吸の練習。腹筋背筋を鍛えるのが目的だったのだと思います。私はマジメでしたから、ちゃんとレッスンに食らいついていきましたよ。なので、よく貧血&酸欠で、手足が冷たくなったり、意識が遠のいたり、視界が暗くなったりしていました。私以外の生徒さんは、年配のご婦人が多かったので、適当に手を抜きながらやってたようです(ま、そりゃあそうだね)。いや、ほんと、この呼吸の時間は、マジでキツかったです。

 その後の20分が発声練習。発声練習とは言っても、生徒たちが同時にやりますから、発声練習とは言っても、実態は“声出し”だったと思います。で、ちょっとずつ一人ずつ声出しのチャンスがあって、そこで先生からワンポイントアドヴァイスをもらうって形のレッスンでした。グループレッスンに来るような人は、私も含めて、声を出す事から始めるレベルの人が多いので、こんな声出しメインの発声練習でも、かなり効果はあったと思います。

 で、最後の20分が曲練習です。基本的には、先生のピアノ伴奏に合わせて、みんなで同時に斉唱で歌うのを、2~3回繰り返してお終いでしたが、やがて回が進むと、ちょっとずつ一人ずつ歌う時間も与えられ、そこでワンポイントレッスンをもらうという形になっていきました。で、三カ月前後歌っているうちに「暗譜で歌えるように…」と宿題が出され、全員が暗譜で歌える頃に“曲の仕上げ”と称して、ミニ発表会を開く事になります。

 ミニ発表会? それはレッスンの中で行うのですが、いつものレッスンとは違い、声出しだけをやったら、全員教室の後の方に座席を移動し、一人ずつ教室の前へ出て、課題曲を独唱して、その歌を互いに批評しあうという、発表会と言うかイベントです。歌う人とお客さんが一緒で、ほんの4~5名しか聞いていないミニな発表会なわけです。この小さな発表会を行って、その曲は終了って事になります。グループレッスンならではのイベントですね。

 グループレッスンって、いつも他人と声を合わせて斉唱で歌っていますから、こういう一人で歌う機会って、仕上げの時しかなかったけれど、なんかうれしかったですね。

 私が入門した2007年の初夏に、キング門下は最初の発表会を行っています。当然、私はすでに門下に入っていましたが、まだ初めて半年にも満たない時期だった事もあり、この最初の発表会の時には、先生から声もかからず、発表会当日は、客席で発表会を見ていました。当時は生徒さんも少なく、生徒の発表だけでは間が持たず、トランペットの方がゲストでいらっしゃっていたし、講師演奏もたっぷりやってました。

 キング門下の発表会は二年に一度というアナウンスもあり「再来年には、自分もこのステージに立つのだ」と、なんか気合を入れながらステージを見ていた記憶があります。

 これが私の声楽再開1年目でした。

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2013年1月 2日 (水)

私は今まで、こんな歌を習ってきた その1[T先生編]

 今年の『お正月特別企画』は標題の通り、私が今まで声楽の先生に習ってきた歌を列記してみます。ま、私の“学習の記録”って奴ですね。こういうモノって、まとめておかないと分からなくなってしまいますので、これも良いチャンスだと思います。

 一応、ここでは“先生に習った”という点に絞ってみたいと思います。つまり、自分で勝手に譜読みをして歌ってきた曲とか、カラオケのレパートリーなどは外して、純粋に歌のレッスンできちんと指導を受けた曲だけを列記したいと思います。また、指導されたとは言え、合唱曲は外しています。あくまでもソロ曲だけを並べてみました。

 というわけで『その1』である今回は、昔も昔、大昔(記憶が定かではないのですが、たぶん)1990年頃にT先生のところで習っていた曲を列記してみたいと思います。T先生については以前「老犬ブログ前史 その3 最初の先生、T先生」という記事で書きましたので、興味のある方は、そちらをご覧ください。

01)モンテヴェルディ作曲「Laciatemi morire!/私を死なせて」
02)スカルラッティ作曲「O cessate di piararmi/私を傷つけるのをやめるか」
03)カルダーラ作曲「Sebben, crudele/たとえつれなくとも」
04)ジョルダーニ作曲「Caro mio ben/いとしい女よ」
05)マルティーニ作曲「Piacer d'amor/愛のよろこびは」
06)スカルラッティ作曲「Gia il sole dal Gange/陽はすでにガンジス川から」
07)ベッリーニ作曲「Vaga luna, che inargenti/優雅な月よ」

 それまで合唱団などでヴォイス・トレーニングなどは受けた事もあるし、合宿などでは個人指導なども受けてきましたが、本当の本当に声楽の“個人”レッスンを受けたのは、このT先生のレッスンが初めてでした。

 T先生のレッスンは、基本は、毎週1時間ずつと言う事になっていましたが、当時の私は、仕事ではまだまだペーペーで、休みも取れなきゃ、予定も立たないといった状態だったので、レッスンは“毎週”って事になっていたけれど、いつもいつもお休みばかりしていて、実質はほぼ“月2回”になってました。

 その月2回の、1回1時間のレッスンでやった事は、最初の30分間は純粋に発声練習。残りの30分の前半はコンコーネ50番を、後半は曲の練習をしました。今回、ここにリストアップした曲は、その練習時間の後半の後半部で歌った曲です。

 01)が私が最初に習った曲…ってわけですね。たった1ページの曲だけれど、イタリア語のイの字も知らない状態で歌いました。当時の記録は何も残っていないので、分からないけれど、たぶん、かなりヒドイ状態だったと思いますよ(汗)。イタリア語の発音は悪いは、音程も不確かなままだったろうと思います。

 ですから、曲として完成したら次、ではなく、その曲で学ぶ事を終えたら次の曲(ないしは、私が飽き始めたら次の曲)って感じで、だいたい1曲を2カ月程度で消化していったと思います。

 当時の記憶をたどると、私は当時から『声だけはまあまあ』だったと思います。先生からも、よく「声だけは…」(笑)と誉められました。あと、リズム感もまあまあだったと思います。発声も…最初はともかく、順調に上達していって、そんなに悪くなかったと思います。音域的には全然狭かったのですが、音域を広げるよりも、声質を良くする事をメインにしたレッスンだったせいか、もしかすると今以上に倍音豊かな声で歌っていたかもしれません。と言うのも、その頃の私は、私が歌うと、いつも傍らに違う声(女声のような歌声)が聞こえていました。この声は私だけでなく、先生にもよく聞こえていました。先生はこれを「天使の声」って呼んでましたが、実態は私の歌声に含まれている倍音が部屋の壁に反響増幅されたモノでした。それくらい、素直で良い発声を、当時はしていたって事です。

 もう、今じゃ、そんな声は出せないし、キング先生には「そんな事はありえない」と否定されてしまったので、そっち方面の追求は止めてましたが、先生も代わった事だし、また“天使さん”とデュエットできるように頑張ってみようかな?

 ちなみに、当時の音域は、若かった事(当時は、一応テノールでしたが、まだアルトの方が歌っていて楽だった時代です)もあって、高いGもAも楽々出してましたが、音質はかなり悪かったのだと思います。ま、合唱をやっていたわけですから、音色よりも音程ですよね。なので、T先生には「まずは、男性的な声で歌うことを、基本からやり直しましょう」と言われ、高い声は封印されてしまいました。

 で、音程は…それまで使わなかった声(中低音で歌うのは苦手だった)で歌い始めたという事もあって、今以上にノーコントロールになってしまい、その点で、先生にはかなりご苦労をおかけしてました(汗)。「声がなければ、とっくの昔に放り出している」と言われた事もあります(汗)。

 ちなみに、最後の06)と07)は発表会で歌った曲です。頑張ったよ。

 この時代の曲は、イタリア古典歌曲もベッリーニも、すべて中声用で歌ってました。また、05)はこの時代以降、歌ってません。大好きな曲なので、またいつか歌いたいです。

 で、色々あって、発表会後に、T先生に破門されて、音楽に絶望して、ここから約20年近く、音楽から遠ざかりました。ってわけで、続きはまた明日。

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2013年1月 1日 (火)

さあ、今年[2013年]の抱負だよ

 新年の御挨拶を申し上げます。今年も、私ならびに、この「老犬ブログ」をよろしくお願いいたします。

 さてさて。例によって「新年の抱負」です。新年初っぱなの記事は、やっぱコレでしょ(笑)。ってなわけで、まずは例年どおりに、昨年の抱負を検証するところから始めましょう(笑)。ちなみに昨年の元記事はこちらです。


去年の抱負 1)歌い続けていきたい

 ○です。はい、まだ歌ってます。昨年は、歌を続けるのが苦しくて、途中で声楽を辞めちゃおうと思った事もありましたが、それらを無事に乗り切ることが出来ました。で、今もまだ歌っています。なので、○も○の、◎でしょう。いや、ハナマルかな?
 
 
去年の抱負 2)歌劇団のデビュー公演を成功させる

 これは×でした。デビュー前に、歌劇団にいる事が許されなくなりました。デビュー公演そのものは紆余曲折あったみたいですが、終了したみたいです。私は歌劇団を立ち上げて、2年半も頑張ってきて、団を大きくしてきたわけだけれど、デビュー直前に追い出されてしまいました。ま、努力は常に報われるとは限らない…ってのが、世の中の真実ですからね。でも“禍福はあざなえる縄のごとし”です。手に入れたモノはすぐに失い、手から離れてしまったモノは倍になって返って来る…のが世の中ってもんですから、気を落とさずに、前を向いて生きていきましょう。
 
 
去年の抱負 3)アルテ1巻を終えたい

 これも×でした。最初から厳しいとは思ってましたが、やっぱり終えられませんでした…ってか、まだまだかかりそうです。まあ、アルテも進むほど難しくなるって事ですね。
 
 
去年の抱負 4)ダンスパーティーで見知らぬ女性と踊りたい

 ×でした。見知らぬ女性どころか、ダンスパーティーそのものに参加してません…ってか、ダンパに参加できるほど踊れるようにはなれませんでした。たかが、ダンスパーティーですよ。一年もマジメにやれば、踊れるようになれると思った私が甘かった。と言うか、マジメにダンスをやっていたのが、最初の半年だけで、後半の半年は、ほとんど踊っていませんでした。それじゃあ、ダンスの腕前も上達するはずがないって事です。
 
 
去年の抱負 5)ヴァイオリンを続けていきたい

 ううむ、△…かな。×ではないけれど、○とも言えません。

 
去年の抱負 6)金魚たちの誰もが死ぬことなく、元気な毎日を過ごさせたい

 ×…でした。四匹いた金魚のうち、今もいるのはサクラだけです。他の子は入れ代わってしまいました。金魚を飼うのは難しいなあ…。
 
 
去年の抱負 7)今年は95Kgを切りたい

 ×です(涙)。95Kgところか、108Kgですからね。減らすつもりが逆に増えてます。

 
去年の抱負 8)ブログを続ける

 ○です。ああ、やっと○の項目があった(汗)。
 
 
去年の抱負 9)家内安全、家族が健康で安心して暮らしていく

 これも○です。
 
 
 と言うわけで、去年の抱負は3勝5敗1分けで、なんか散々な一年…って感じになったかな? 善くも悪しくも、私の人生における、キング先生の存在の影響が大きかったって事になるんだろうなあって思います。

 でも、もはや彼は過去の人です。今年はもう新しい年です。私も新しい一歩を踏み出さないといけませんね。

 って、わけで、今年の抱負を書きます。しっかし、書いててなんだけれど、代わりばえしないなあ…(涙)。
 
 
1)高いBbまでを常用音域にしたい

 昨年は「歌い続けたい」だったけれど、当面、仕事環境の激変でも無い限り、歌い続けられると思うので、それはナシ。一昨年までは「Hi-Cまでを常用音域にしたい」と言う、ちょっと大きめな希望を抱負にあげたけれど、今年は割と手に届きそうな事を抱負にしてみました。

 今、私は高いAと戦っています。この戦いを年内に終え、次の音であるBbに着手し、願わくば、そこまでを年の終わりまでに常用音域にしたいです。Bbまでが常用音域になれば、歌える曲が一気に増えます。もちろん、もっと高いHやCを目指したいのはヤマヤマだけれど、まずは一つ一つやっつけていきたいです。で、今年の抱負としては、まずはBbを目指します。

 英語音名とドイツ語音名が混ざっているのは、音名を明確にしたいというだけです、勘弁勘弁。
 
 
2)アルテ1巻を今年こそは終えたい

 ほんと、そろそろ終わりにして、次のステップに進みたいですね。とは言え、単純計算だと、年内にアルテ1巻は終わらないのだけれど…そこはなんとか、気持ち良く、スカッと年内に終えたいです。

 だって、通常は1年程度で終わるアルテ1巻に、一体私は何年かかっているんだい! でしょ? でしょ? いくらオッサンで習得速度が遅いと言ったって、その遅さにも限界ってモンがあるわけで、今年でフルート始めて6年目に突入するわけだから、さすがにもうアルテが終わっていいでしょ?

 頑張りますよ。
 
 
3)ヴァイオリンを続けていきたい

 とりあえず、来年の今日もまだヴァイオリンを細々でも続けていたい…と願っています。そんなに上達してなくてもいいんですよ。でも、辞めたくないんです、ヴァイオリン。
 
 
4)ダンスパーティーで見知らぬ女性と踊りたい

 昨年果たせなかった抱負をもう一度ってところかな? まずはダンスパーティーに行けるだけの腕前になる事が先決だけど、とにかく、これが今年のダンスの抱負と言うか、目標です。
 
 
5)金魚たちの誰もが死ぬことなく、元気な毎日を過ごさせたい

 毎年、掲げている抱負ですね。一度も守れた事はないけれど(悲)。でも、今年も掲げますよ。なんとか、夏の暑さを乗り切って、来年のお正月も、今の四匹の体勢で行きたいですよ。いや、マジ、本当にね。
 
 
6)まずは100kgを切りたい

 体重の話です。私も、もういい年した老人ですから、あまり激しいダイエットは良くないと思ってますが、でも、今の状態がいいとも思ってません。まずは、100Kgは切りたいです。マイルドなダイエットをして、100Kg以下になりたいですよ。
 
 
7)ブログを続けていきたい

 毎日ブログをアップし続けるって、実は結構大変だったりします。特にここ数年、私の毎日の記事が長文化してますからねえ。

 先日、訳あって古い記事に目を通していたら、以前は、一日の記事の量が、今の1段落程度の分量だったんですね。へえ~って思いました。そうそう、最近の私は記事、書きすぎなんですよ。もっと、減らさないと、書いている私も大変だけれど、読んでいる人にも負担だよね。もっと一日あたりの記事の分量を減らして、長い記事は分割してアップしよう…なんて思っても、毎日が忙しくて、次から次へと書かなきゃいけないことが押し寄せているから、一つの記事が長文化しちゃうんですよね。ああ、反省。

 とにかく、無理のない範囲で、これからも毎日ブログをアップしていきたいです。
 
 
8)家内安全、家族が健康で安心して暮らしていく

 ま、地味だけど、一番切実で大切な抱負(願い?)です。
 
 
 結局、去年の抱負と似たりよったりになってしまいました。ううむ、なんかなあ~って感じだけれど、さすがにオッサンの人生だと、そんなに代わり映えしないって事なんだろうなあ。

 とまあ、今年も最初からこんな調子なんですが、これに懲りずに、今年も「老犬ブログ」をごひいきにお願いします。

 あけましておめでとうございます。

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