ひとこと

  •  人生初。タピオカドリンクというモノを飲んでみた。ミルクティーにグミがたくさん沈んでいた…という感想。やたらと甘い。どことなく中華な風味。たぶん、もう二度と飲まないと思う。
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2013年1月 6日 (日)

私は今まで、こんな歌を習ってきた その5[2010年編]

 2010年の大きな出来事と言えば、21)を歌った事かな?

21)筒美京平作曲「木綿のハンカチーフ」
22)トスティ作曲「Ancora!/もう一度」
23)トスティ作曲「Sogno/夢」
24)ヴェルディ作曲「Il Poverret/哀れな男」
25)トスティ作曲「Addio!/さようなら」
26)ドニゼッティ作曲「愛の妙薬」より「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」
27)ドニゼッティ作曲「愛の妙薬」より二重唱「Una parola o Adina/そよ風に聞けば」

 以上は2010年に歌った曲です。

 21)は、元歌は女声歌手が一人で歌う曲ですが、それをテノール独唱+女声合唱にアレンジされたものを歌いました。もちろん私は、テノールソロを歌ったわけです。

 この曲は、歌劇団が、地元の合唱祭に出演するために準備した曲ですが、当時の団には男性は私しかいなかったし、独唱+合唱という形は、当時の団的には、ちょうどよかったので、この曲を取り上げて練習しました。本番は秋だったので、ずいぶん長い時間かけて、準備をした覚えがあります。…とは言っても、曲の大半は自分一人で練習をして仕上げて、先生には合唱との合わせの時に、色々とアドヴァイスをいただきました。この頃から、曲を自分で仕上げる楽しさみたいなモノを感じるようになりました。

 それにしても、大ホールで、合唱をバックに、満員のホールで独唱するなんて、実に麻薬的な快感なんですよぉ~。いやあ、そんな経験は、おそらくこれが最初で最後の経験って事になるんだろうなあ…。ある意味、私の声楽人生のピークが、この時だったのかもしれません。

 さて、それ以外の事に目を向けてみると、この年は、発表会がなく、門下の勉強会はありましたが、それは女声向けの勉強会だったので、21)以外では、私はひたすら地味にテノールとしての研鑚を積む日々でした。

 発表会の時に「トスティを歌いたい」と言って却下され、その後も一向にトスティを歌わせてもらえず、レッスンにも気の乗らない日々が続き、あまりに私が落ちこんでいたせいか、発表会後のこの年から、ようやくと言うか、ぼちぼちとトスティをレッスンで取り上げてもらえるようになりました。22)、23)、25)は、まさにそれです。24)はトスティばかり続くのもなんだからと、目先を変えるために歌った曲です。

 どれもこれも、まともに歌えるようになる前にレッスンが終了しました。どの曲も当時の私には難しかったんですね。トスティなら、当時の私に相応しい曲もあったのに、そういう曲ではなく、当時の私にはちょっと難しい曲ばかりの選曲になりました。

 まあ、歌の難易度はともあれ、歌っていて楽しかったので良かったのですが、でも、どの曲も結局仕上げるところまでいかず、途中で投げ出すと言うか、横において、次に行くというのが続きました。

 実は私は、それがとてもイヤでイヤで…。

 この頃、フルートの方は笛先生に習っていたのですが、笛先生は私の性格をよく理解してくださって、そちらは一曲一曲をきちんと完成させないと次に進めませんでしたし、一曲一曲をきちんと仕上げられるように、ご指導くださいましたが、声楽は完全にキング先生のペースでレッスンが進行していたので、課題曲が未完成のまま、曲が終わるのが当たり前になっていて、内心は不満に思っていました。先生的には、この曲の課題はコレだから、それが出来れば良い…というお考えだったのでしょうが、私的には「このままじゃあ、いくらレッスンに通っても、結局、まともに歌える曲なんて、一つもないじゃん」とか、心の中で毒づいていました。

 先生には先生なりのお考えはあったのでしょうが、当時の私の実力以上の曲が次々に与えられ、それらをちゃんと消化できないまま、何となくレッスンが進んでいったのだと思います。やるべき課題はあったにせよ、それが何なのかは知らされる事はなかったので、五里霧中のレッスンでした。せめて、何が課題なのかを知らされ、それらを含んだ、私の実力にあった曲で練習していたら、今よりもっと歌が上達していたのではないかと思うと残念です。何より、レパートリーが一向に増えなかったのが、イヤでした。

 でもまあ、この頃に習った曲は、いい曲ばかりですから、やがて実力が追いついたら、リベンジして、Y先生とレッスンをやり直して、いずれレパートリーに加えるつもりです。

 また、この年の秋から、当地でのキング先生の個人レッスンを開催する週が増えたこともあり、私のレッスンの回数も、有無を言わせず、増やす事になりました。月2回の妻とのカップルレッスンはそのままにし、カップルレッスンの無い週に、30分の個人レッスンをするようになり、結果として、毎週レッスンを受けるようになったのも、この年からです。なので、この年から、習った曲が増えているのは、そういう理由です。

 26)と27)は翌年の発表会で歌った曲です。この年の年末あたりから、ぼちぼちとレッスンが始まっていたわけです。そう、キング門下では、半年近い時間をかけて、発表会の準備をするんですよ。

 26)は、私がチャレンジした本格的なテノールのオペラアリアとしては、最初の曲です。結局、発表会までに完成させられずに撃沈した曲ですが、おそらく、今でも歌えない曲です。だって難しいんですよ。最後のカデンツァはノド声の人では絶対に無理ですよ(笑)。

 27)の二重唱も、まともに歌えなくて、なんか歌っているのか、怒鳴っているのか分からない状態で本番を終えました。

 結局、この年に習った曲は、自分一人でその大半を完成させた21)はともかくとして、それ以外の曲は、全部、まともに歌えるようにはならないまま、終えた曲ばかりでした。そういう意味で、2010年の私は『労多くして実り無し』の一年だったのだと思います。

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コメント

今朝、木綿のハンカチーフ、と拝見し、
すぐに、うんうん、歴史に残る名曲!
とコメントしたいのをぐっとこらえて、

お昼ご飯の時間帯、フルート片手に、
(いや、フルート2本持っていますから、
 フルート両手に、ですが。)
カラオケに飛び込んで、
木綿のハンカチーフ、
赤いハイヒール、
セプテンバーレイン、
などなど、大田裕美ちゃんの曲を
数曲いれて、歌ったり、吹いたりして、

大田裕美ちゃんの本人映像もありまして、
典型的美人、というのとは違うけど、
いやあ、可愛い可愛い。
好きだったなあ、あの頃。

すとん様は、木綿のハンカチーフ、
純粋に曲としてお好きなのかしら?
あるいは、大田裕美ちゃんに対する、
想い入れも、私同様におありかしら?

大田裕美ちゃんの、最も好きな曲は、
(裕美ちゃん本人が、じゃなくて、
 私が好きな曲、という意味です)
南風、です。

おしまい

operazanokaijinnokaijinさん

 太田裕美さんは、ファンというほどでもなかったけれど、好きな歌手でした。当時のアイドル歌手にしては、信じられないくらいの歌唱力をもっていましたものね。尤も、『木綿のハンカチーフ』に関しては、歌手と言うよりも、曲自体が大好きです。実に名曲だと思っています。

 「木綿のハンカチーフ」の次に好きな太田裕美さんの歌と言うと…私は「さらばシベリア鉄道」かな?

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