ひとこと

  •  放送業界&家電業界では、4K、8Kのテレビ放送で盛り上がっているみたいです。皆さん、4Kのテレビって欲しいですか? 私は廉価ならば欲しいですが、高価ならばパスです。だって、ウチのテレビって42型だもの、そんなに大きくないもの。DVDとBlue-rayの画質の違いだって分からないくらいだもの、4Kや8Kの画面を見ても、たぶん、その美しさは分からないんじゃないかな? いや、それ以前に、アニメとかバラエティとかドラマとかを、そんなに美しすぎる画面で私は見たいのか…って話です。もちろん、廉価なら見たいですが、たぶん最初のうちは高価だよね。100万円以上もするようなテレビは、よう買わんですよ、私。私に買って欲しければ、まずは10万円程度にしてください。話はそれからです。

お知らせ

  • ●2018年秋の本番のお知らせです。●門下の発表会は、次の通りです。●2018年11月18日(日) 横浜市神奈川区民文化センター かなっくホール 13時開場 13時30分開演です。●こちらは一番下手っぴなのが私なので、最初から聞いても面白いと思います。全体で2時間程度の発表会です。私の出番は二回に分けてますが、最初の出番は14時前後になる予定です。●レスピーギ作曲「Invito alla danza/舞踏への誘い」●ドナウディ作曲「Amor s'apprende/ 愛は取り付いてしまう」●ヴェルディ作曲「椿姫」より「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」●そういうわけで、一つよろしくお願いします。
2018年11月
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2013年1月 3日 (木)

私は今まで、こんな歌を習ってきた その2[2007年編]

 T先生に破門されて、音楽に絶望して、大好きな声楽から遠ざかる事、約20年。その間、合唱もせず、歌と言えば、たまにカラオケで歌う程度。T先生に習った事も徐々に忘れ、声もドンドン年を取り、T先生に習っていた頃は、男性の声で歌う練習をしていたくらいなのに、月日は流れ、私の声も真症のオッサン声になり、歌うことはおろか、発声の仕方さえ、全く忘れてしまいました。

 そんなある日、仕事の関係で、地元の音楽家の寄り合いなどに、顔を出すようになり、昔の合唱仲間との再会などもあって、音楽を再開しようという気分が生まれ、環境が整い始めてきました。で、ある日、音楽を再開することを決意し、最初は合唱から始めようと思って、某合唱団で短い間ですが、歌っていたのですが、歌えば歌うほど、歌が下手になっていくような気がしたし(この頃、むりやり歌って、ノド声を発症させたのだろうと思います)、歌以外にも色々あって、合唱は一時お預けとし、まずは歌の勉強をしようと思いました。

 そのあたりの事はこちらの記事に書きましたので、興味のある方はご覧ください。

 最初の二年間は、キング先生による、グループレッスンの時代となります。

08)村井邦彦作曲「翼をください」
09)イタリア民謡「Santa Lucia/サンタ・ルチア」
10)新井満作曲「千の風になって」

 これらの3曲は、キング門下に入門した最初の年である、2007年に習った曲です。

 08)は最高音がファのハ長調版。09)は最高音がファ#のニ長調版。10)は最高音がファ#のホ長調版でした。まだまだ歌っている曲がかわいいですね(笑)。ちなみに、09)は原語であるナポリ方言でわけも分からずに歌いました。

 キング先生のグループレッスンには、当地でのクラスの立ち上げの時に、タイミングよく参加できました。いわゆる、立ち上げメンバーの一人です。最初のレッスンでは、受講生が私を含めて、四人しかいなかったので、クラスは不成立になるかもしれませんと事務方の人に言われたのを覚えてます。まあ、最初は少ない人数でも、やがて受講生も増えてくるでしょうから…という事で、その少ない人数でクラスが始まったのでした。

 さすがに以前、声楽の個人レッスンを受けた経験があるとは言え、それは20年近くも前の話です。当時は若者で、声もすり減っておらず、まだまだアルト音域の声域だった私ですが、2007年当時、私は単なるオッサン。声も老けたし、音域も思いっきり狭くなって、下がりました。発声の仕方も忘れたし、第一、コントロールすらうまくできず、イメージした音を出す事すら困難な、全くのシロート状態に戻っていた私です。おまけに、そんなトーシロウ状態で合唱団にいたため、すでにノド声を発症していました。

 なので、声楽のレッスンを、ユルユルのグループレッスンから始めるのも、声と歌のリハビリとしては、悪くなかったのかもしれません。

 キング先生のグループレッスンは、月2回、一回1時間のレッスンでした。受講生は、私がいた頃は、だいたいいつも5名前後でした。毎月のように見学者さんは訪れましたが、半分以上の方は、見学だけで終わりで、なかなかクラスに仲間入りはしてもらえませんでした。

 このグループレッスンは「ヴォイス・トレーニング」という看板を出していたのですが、この看板でクラシック声楽をやる…と言うのが、一般の方には結びつかなかったようです。見学者さんの多くは、カラオケ対策でやってくる様子でした。つまり、世間には、それだけカラオケ難民がいるって事ですね。で、カラオケ難民の方は、レッスンを体験して「これは、違う」と思って、続かないってわけです。

 で、そのカラオケ難民の方が「これは違う」と思ってしまったレッスン内容ですが、レッスン自体は三部構成になっていました。

 最初の20分は、ひたすら呼吸の練習。腹筋背筋を鍛えるのが目的だったのだと思います。私はマジメでしたから、ちゃんとレッスンに食らいついていきましたよ。なので、よく貧血&酸欠で、手足が冷たくなったり、意識が遠のいたり、視界が暗くなったりしていました。私以外の生徒さんは、年配のご婦人が多かったので、適当に手を抜きながらやってたようです(ま、そりゃあそうだね)。いや、ほんと、この呼吸の時間は、マジでキツかったです。

 その後の20分が発声練習。発声練習とは言っても、生徒たちが同時にやりますから、発声練習とは言っても、実態は“声出し”だったと思います。で、ちょっとずつ一人ずつ声出しのチャンスがあって、そこで先生からワンポイントアドヴァイスをもらうって形のレッスンでした。グループレッスンに来るような人は、私も含めて、声を出す事から始めるレベルの人が多いので、こんな声出しメインの発声練習でも、かなり効果はあったと思います。

 で、最後の20分が曲練習です。基本的には、先生のピアノ伴奏に合わせて、みんなで同時に斉唱で歌うのを、2~3回繰り返してお終いでしたが、やがて回が進むと、ちょっとずつ一人ずつ歌う時間も与えられ、そこでワンポイントレッスンをもらうという形になっていきました。で、三カ月前後歌っているうちに「暗譜で歌えるように…」と宿題が出され、全員が暗譜で歌える頃に“曲の仕上げ”と称して、ミニ発表会を開く事になります。

 ミニ発表会? それはレッスンの中で行うのですが、いつものレッスンとは違い、声出しだけをやったら、全員教室の後の方に座席を移動し、一人ずつ教室の前へ出て、課題曲を独唱して、その歌を互いに批評しあうという、発表会と言うかイベントです。歌う人とお客さんが一緒で、ほんの4~5名しか聞いていないミニな発表会なわけです。この小さな発表会を行って、その曲は終了って事になります。グループレッスンならではのイベントですね。

 グループレッスンって、いつも他人と声を合わせて斉唱で歌っていますから、こういう一人で歌う機会って、仕上げの時しかなかったけれど、なんかうれしかったですね。

 私が入門した2007年の初夏に、キング門下は最初の発表会を行っています。当然、私はすでに門下に入っていましたが、まだ初めて半年にも満たない時期だった事もあり、この最初の発表会の時には、先生から声もかからず、発表会当日は、客席で発表会を見ていました。当時は生徒さんも少なく、生徒の発表だけでは間が持たず、トランペットの方がゲストでいらっしゃっていたし、講師演奏もたっぷりやってました。

 キング門下の発表会は二年に一度というアナウンスもあり「再来年には、自分もこのステージに立つのだ」と、なんか気合を入れながらステージを見ていた記憶があります。

 これが私の声楽再開1年目でした。

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声楽のレッスン&活動記録」カテゴリの記事

コメント

読んで悲しくなります。やはり鉄は熱いうち打てですね。
歌を上手く歌うには二つのTurningPointがあると思います。
先ずは三歳までの音感教育、ここで音感がほぼきまると思います。音感がするどければ幼児でも正しい音程で歌えるようになります。楽器を習っても上達が速く演奏の完成度も高いです。
次は学生時代に歌系の厳しい部活に入部する事です。毎日の先輩やボイストレーナーよる個人指導を含めた発声指導と歌の練習で例えそれまで音痴と言われていても、かなり歌えるようになります。また継続的に身につけた技量は年をとっても落ちません。
社会人になって歌系のサークルに入っも大人としてのブライドを尊重し個人指導は無いし、個人レッスンを受けても、本業の疲労に因る声帯不調や人の耳に晒す練習間隔の長さもあり、最初の音感教育を受けた才能豊かなおじさんを除き、ほとんど成長は望めないのが実態なんでしょうね。

第九を歌っていますさん

 もちろん、人は色々な意見を持っていて良いと思います。

>歌を上手く歌うには二つのTurningPointがあると思います。

 そうかもしれませんね。ただ、私個人は歌を上手く歌いたいと願っていますが、それ以上に楽しく歌いたいと思ってます。逆に言えば、いくら上手く歌えても楽しくないなら、それはパスって思ってます。

 音楽に限らず、趣味なんてものは、やりたくなった時に始められればいいわけで、プロになるわけでなければ、5歳で始めようが、15歳で始めようが、50歳で始めようが、結局、同じだと思ってます。

 むしろ問題は、始めたいと思っていても始められない事だったり、そんな素晴らしい世界がある事に気付かぬままに一生を過ごしてしまう事だと思ってます。だって、それって、とても残念な事でしょ?

 私は子どもの頃に音感教育を受けなかった事や、学生時代に歌系の厳しい部活に入らなかった事は、良かった事だと思っています。なぜなら、音感教育を受けなかった人生や、歌系の厳しい部活に入らなかった事が、今の私を形作っているからです。

 成長と言うのは、可能性を切り捨てていく事でもあります。音楽への可能性を早い段階で切り捨てた事で、私の今の人生があるわけだし、捨て去った可能性だからこそ、年老いた今、趣味として純然に楽しめるわけです。

 若い時に、ちゃんとした音楽教育なんぞを受けて、プロ音楽家などになったら、今の幸せな生活は手に入らなかったと思うし、ちゃんとした音楽教育を受けたにも関わらず、プロ音楽家になれなかったら、きっと私の性格ですから、やさぐれた不幸せな人生の中で、肩を落としながら息をしているだけの人生になっていた事でしょう。

 そういうのは、ちょっと勘弁だなって、マジで思います。

 それにね、柔道はいいよ。格闘技は男を磨くよ。腕っぷしが強いってのは、何よりも強い自信になるよ。私は学生時代、格闘技をやっていました。若い時代は、音楽系の部活よりも、スポーツや格闘技をやって、カラダを鍛えて健康な身体をつくっておく方が、オトナになってから役立つと思ってます。そういう考え方もあるわけです。

 我が子をプロの音楽家にしたいなら、三歳までの音感教育も必要だろうし、学生時代の厳しい部活どころか、音大へのコネをもった先生の個人レッスンに通わせるべきでしょう。プロの音楽家にする気がないなら、本人の自覚と覚悟と決意を優先してあげるべきだろうと思います。なに、多少の遅れは取り戻せます。高校に入学してから音楽に目覚めて、そこでゼロから始めて、結局、プロの音楽家になった人もたくさんいますよ。

 人それぞれ、考え方も違えば、価値観も違うって事です。

 私は私で、それなりに楽しい毎日を暮らしているんですよ。

三歳までの音感教育のことですが・・・。
生まれてすぐから必死でモーツァルトを家庭のBGMに、バッハのコラールを子守唄にしてきたけど、一向に興味をしめさず、歌もイマイチはずれぎみ、楽器おもちゃには目もくれないでバットやボールにはとびついていた、というお子さん、今、少年野球のエースですよ・・・。その子の能力のある分野というのは、生まれる前に遺伝子レベルで九割がた決まっているのではないかなあ、と思うきょうこのごろです。
また同年代の友人ですが、子ども時代や学生のころは楽器や歌にはほぼ無縁で本と友達で高度の読書人間だった方ですが、勧められてカラオケを歌ったときには音程もピッチもぴったり、天才的な澄んだ歌声の方もいらっしゃいます。その方が幼児のころに音感教育を受けられたということはなく、もし音楽の道に進んでいらっしゃれば堂々たるプロになられていただろうと思いました。

なので私は乳幼児の早期音感教育というのはもともと才能のある子はグングン伸びるけれど、それなりの子はそれなりでずっとその道を行くんじゃないかと思います。

でも実はそれでいいんですよね。それなりに音楽が好きになれて、少々音程はずれても楽しく歌が歌えれば・・・。実は私はそのそれなりの子どもでした、もちろん今もそれで満足しています。もうちょっとフルートうまくなりたいな、もうちょっと歌がうまくなりたいな。

だりあさん

 実は私、自分の息子には音楽の道に進んで欲しくないと思っています。やるにしても、趣味に留めてほしいと願っています。

 なので、生まれた時に「この子には音感は付けないぞ。音楽の英才教育はしないぞ」と決心しました。で、彼が小学校に入って、幼いなりに自分の意志を示すようになってから音楽教育を始めましたが、中学生の今、絶対音感はバッチリ付いちゃいましたし、音楽の方も、声楽ですが、結構頑張っているようでし、それなりの小さな実績もあります。今では、本人は音楽高校への進路も視野に入れているようです。

 ま、オヤジ的には、いまだに、音楽の道に行くことには反対してますが、本人的にはそっちも考えているようです。ちなみに部活は運動部です。

 親がいくら反対しようが、行く時は行くし、成る時は成るんだろうと思います。でも、私は最後まで、頑固に反対しようと思ってます。

 私は幼児の早期教育(音楽に限らない)と言うのは、その子の可能性を潰す作業になりかねないと思っています。その子が持っている本当の才能と、親の希望が合致しているなら良いのですが、そこに齟齬が生じている場合は、その子が伸ばすはずの本来の才能の芽を、親が他分野の早期教育とやらを強いる事で、つぶしかねないと思っているくらいです。

 なので、私は、幼い子どもには、型にはめるのは後回しにして、出来るだけ多くの選択肢を残しておいてやるべきだと思います。

 それに、親って、案外、自分の子の事が分からないものなんです。むしろ、他人の方がよく分かっている部分があります。それに、子どもは“育てるもの”じゃなくて“育つもの”なんです。

>その子の能力のある分野というのは、生まれる前に遺伝子レベルで九割がた決まっているのではないかなあ、と思うきょうこのごろです。

 残酷だけれど、そういう分野はあると思います。芸術とかスポーツなどは、教育や努力では、どうにもならないと思います。

 私たちの多くは、単なる凡人だろうと思います。また、それでいいんだとも思ってます。おそらく息子も凡人でしょう。ならば、凡人には凡人なりの幸せな生き方と言うのがあると思います。

 凡人ならば、好きな事は趣味に留めておくのが幸せだと思います。

 プロを目指すなら、正確で確かな技術も必要ですが、趣味ならば、まずは楽しむ事。自分が楽しみ、他の人にも喜んでもらえる事。その上で、技術的に確かなら言うことはありません。でも、人って、上手なものに感動するのではなく、魂を揺さぶるものに感動するわけだし、魂を揺さぶるものって、技術を超越したところにある…と思ってます。だからと言って、それを下手くその言い訳にしてはいけないのですが(笑)。

 アマチュアがプロモドキを目指しても、みっともないだけです。アマチュアにはアマチュアの本分がある…と私は信じています。

ふたたびだりあでございます。こんばんは
>私は最後まで、頑固に反対しようと思ってます。

すとんさんの息子さんはどうやらお父さんの伸びのあるいいお声とお母さんの抜群の運動神経を受け継いでいらっしゃるようですね。本格的に音楽の道へ進むには、細やかな優れた運動神経が必須条件だと思うんです。才能に恵まれていらっしゃるようなので、これからすとんさんのすべき仕事はただ一つ、「壁」になることでしょうかね・・・。
大きな分厚い壁になってあげてくださいね。ちょっとだけ屈んであげてよじのぼって乗り越えられるチャンスもあげてくださいね。

だりあさん

 任せてください! 父親の仕事は“子どもの友人になる事”ではなく“子どもの最初の障壁になる事”だと思ってます。「父親ぐらい乗り越えられなくて、社会に出られると思うなよ!」ってトコでしょうか。

 いやあ、私は単純に、息子には、カタギの商売について、カタク生きて欲しいと思っているだけです。これからの世の中、何が起こるか分からないけれど、どんな世の中になって、必要とされる職業について欲しい…それだけなんですよ、私の望みは。

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