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  •  今時、インターネットエクスプローラーを使っているヤツが悪いんだろうけれど、今日のインターネットエクスプローラーは動きが遅いし、挙動が不審だ。でも、インターネットエクスプローラーじゃないと困る事だってあるんだよね。最新ブラウザのエッジがすべての面で、旧式のインターネットエクスプローラーよりも優れているわけじゃないしね。ああ、困った困った。
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2012年12月27日 (木)

基礎基本をないがしろにしないでっ!

 今回の記事は、こちらの記事に刺激されて書いてみました。教える側だけでなく、学ぶ側からだって、基礎基本をしっかり学ぶ事って、大切なんだよね。

 オトナが音楽を学ぶと言うと(特にオッサンの場合)まず最初に行うのは、楽器店に行って、楽器と教則本(とDVD)を買ってきて、練習し始める…つまり独学を始めるわけです。私もフルートは、本当に最初は独学で始めたんです。だって「縦笛は学校で習って吹けたもん、横笛だって、縦のモノが横になっただけで、変わんないじゃん」って思ったからです。

 で、始めてすぐに「こりゃ、ダメだ」と思って先生を探したわけです。

 私は独学を否定しませんが、独学は怖いと思ってます。と言うのも、独学って、結局、遠回りだし、何より「どこが大切か分からない」「練習の勘つぼが分からない」、つまり「何が基礎基本だか分からない」ってことに尽きるのだと思います。

 基礎基本って大切です。音楽ならば、演奏技術の土台に当たるわけで、その土台がしっかりしていないと、立派な建物は建ちません。基礎基本がいい加減なものを、世間では“付け焼刃”と言うわけです。必要最低限の事を当たり前にできる事、これが基礎力と言うものだけれど、この基礎力って奴が、ジャンルや分野ごとで違うわけで、音楽には音楽の、スポーツにはスポーツの、絵画には絵画の、基礎力って奴があるわけで、それぞれのジャンルにおいて必要な基礎力を身に付けることが、その道に入ったばかりの初心者が、まず最初に身に付けるべきことなわけです。

 で、この基礎力って奴が何なのかは…残念ながら、素人、つまり初心者自身には分かりません。『何事にも先達はあらまほしきことなり』…ってわけで、その道の行く先を示してくれる、先輩なり、先生なりの存在、つまり“ある程度、その道で先を歩いている人”の導きが必要なのです。

 だから、本当の独学って難しいと思います。

 オトナの場合、人生の残り時間は少ないですから、そんな事で遠回りをしたり、よそ見をしている暇はないし、趣味なら生業とは違って、エネルギーも時間もかけられませんから、さっさと先生に付いて、基礎基本からしっかり学んじゃった方がいいと思います。

 …と私は、ついこの前まで信じていました。でも、これは、一つの信仰にしか過ぎなかったなあと、今では思ってますし、先の記事を読んで確信もしました。

 結局、基礎基本からしっかり学べるかどうかは、出会った先生次第だから、なんでもかんでも先生について学べばOK、ってわけじゃあないって事です。

 と言うのも、実は先生と言っても、色々な方がいらっしゃるわけで、先生次第で、基礎基本からバッチリ学べる事もあれば、逆に、時間とお金と人生を無為に過ごしてしまうだけという残念なケースだってあるわけで……と、色々なようです。と言うもの、先生にも色々な方がいらっしゃるわけだし、また、先生ごとに、その資質も異なれば、指導方針も異なるからです。

 もちろん、私たちマジメな学習者が望む『基礎基本からしっかりやらせる』という先生は、この世には一定数、きちんといらっしゃいます。

 そういう先生は、先生ご自身が熱血マジメ人間で、自分について学ぶ以上、きちんと指導したいという当たり前の気持ちをお持ちであったり、あるいは『習い事なんだから、ちゃんと上達しないと楽しくないでしょう? 上達するためには、今はつらくても基礎基本からやらなきゃダメだよねえ』とお考えの方々です。

 でも、習い事の先生って、そんな人ばかりじゃないんですよ。特にオトナ相手だと、そういう先生はむしろ少ないみたいです。実に多いのは、オトナ相手の指導は“営業”って割り切っている先生方の存在です。

 ま、魚心あれば水心ありですから、一概に先生のせいとばかり言えない側面もあります。「基礎基本なんて吹っ飛ばして、とにかく、この曲を○月○日までに演奏できるようにしてほしい」という注文でレッスンを受けに来る生徒さんって、オトナの場合は多いし、そこまで極端でなくても、オトナって、すぐに結果を求めますからね。「何カ月も何年もエチュードばかりやってられない。いつになったら曲が弾けるようになるわけ??」とグチる生徒さんだっているわけです。

 そんな生徒さんばかりを相手にしていれば、先生の方だって、基礎基本は吹っ飛ばして、とりあえず、小手先でチョイチョイ…という指導スタイルになるのも、分からないでもないです。

 つまり、そういうレッスンもアリはアリだし、世間的には、一定の需要はあるんでしょうね。

 また、生徒さんがあまりにお年寄りの場合は、基礎基本をやっていると、それだけで残りの人生が終わってしまう事だってあるわけだから「本当は基礎基本から…」と先生が思っていても(泣く泣く)基礎基本をすっ飛ばして、希望の一曲を仕上げるレッスンをする…というのも分かります。

 また、オトナって頑固だし(笑)、特にオジサンだと年下のお嬢さん先生に師事されるのを拒む人だっているわけだし、生徒の方で、勝手なカリキュラムを作って、その通りに教えてほしいと先生にゴネる生徒さんもいます。そうなると、先生の方が立場弱いですから、先生的には良くない事とは分かっていても、生徒さん本人の希望どおりにして、基礎基本をすっ飛ばす事だってあるでしょう。

 あと、考えたくないけれど、先生自体の教授スキルが低くて、何が基礎基本か分からず、また何が基礎基本分かっていても、それをどうやって教えたらいいのか分からないって事もないわけじゃなさそうです。特に、天才型プレイヤータイプの人が先生業を始めると、往々にして、そういう事があるみたいです。

 なぜ色々と問題のある先生がいらっしゃるのかと言うと…音楽の習い事の先生って、無資格無認可でしょ? 力量があろうがなかろうが、適性があろうがなかろうが「今日から先生やります」って言ったら、とりあえず出来ちゃう稼業だからです。

 まあ、大手楽器店だと講師資格とかあるみたいだし、あと『大学教授』ってのも、一種の資格だと思うし“中学・高校の音楽教師経験あり”とかそうだろうし、まあ、このあたりの人は、それなりに先生としての実力のある方だろうと思うけれど、音楽の習い事の先生の圧倒的多数を占めている、申し訳ないけれど『“音大卒業”&“社会人経験ほぼ無し”』程度の先生方って、ほぼ無資格と言ってもいい状態に近いよね。

 とは言え、無資格で音楽の習い事の先生をやること自体、特に問題は無いと、私は思ってます。と言うもの、音楽と言うのは、我々の生死にも関係なければ、社会秩序の維持にも無関係な事だから、きちんとした有資格者がその任に当たらなければいけない…とまで、厳しいことは言えないからです。そこは、医者や弁護士や教員とは違います。

 音楽の習い事なんて、たかが趣味だもん。実業の世界の基準を、趣味の世界に持ち込んじゃいけません。

 でもね、たかが趣味だから、実業の世界以上に、真剣になる部分だってあるんです。

 音楽の習い事の先生は、無資格でもいいけれど、真摯で有能で優秀な方に先生になってほしいし、そういう方に師事したいです。

 と言うのも、学習者の側で、いくら基礎基本が大切って、お題目的に分かっていても、その基礎基本が具体的に何なのか、そしてその基礎基本を習得するための合理的なカリキュラム提示とその指導ってのは、先生次第なんです。生徒にとって、先生の導きって大きいんです。

 とは言え、先生をどう選ぶのかって難しいですね。今回の記事は、そこがテーマじゃないので、軽くスルーしますが。実に難しいです。以前“再度『良い先生の条件』について考えてみた”という記事で、その問題には触れていますので、興味感心のある方は、そちらの記事もご覧ください。

 と、まあ、学ぶ側にとって、基礎基本をしっかり学ぶ事って、基礎基本をしっかり教えてくれる先生に師事するって事と、同義なんですね。

 ほんと、いい加減な先生に付くくらいなら、独学の方がまだマシだし、そういう先生につかまった生徒は、本当に不幸だと思うからです。

 だって、基礎基本が出来なくて、苦しい思いをするのは、先生じゃなくて、生徒自身だもの。下手な先生に師事してしまうと、いくら自分の先生を信じて一生懸命に学んでいても、結果として、裏切られ続けるわけでしょ? 長年習っているに関わらず、全然上達しないわけでしょ? いつまでも出来ないままなわけでしょ? 一生懸命努力しているにも関わらず、その努力が報われないわけでしょ? すべてが徒労なんでしょ? 人生の無駄遣いなんでしょ?

 これっ、ほんと、悲しいよ。基礎基本をおろそかにされて、挙げ句の果て、欠点があっても、見て見ぬふりされるなんて! その場だけ繕って、何も指導されないで、ただただ御月謝を支払うだけなんて! 本当に、ひどいと思います。
 
 
 オトナの生徒なら、そういう事が重なれば「どこかオカシイ」とは感じる事もあるでしょ。多くの場合、そこで先生と話し合いが持たれるわけだけれど、先生自体がその問題に取り合ってくれない場合もあります。あんまりしつこく言うと、先生から切られる事だってあります。それを恐れてと先生と心中するか、いっそ思い切って、音楽を辞めるか、先生を変わるか、それくらいしか選択肢は無いのです。

 でも、先生を変わるって、大変な事です。今まで習ってきた先生には“情”だってあるわけで、その“情”を振り切って、先生を変えようなんて、すっごい精神的なエネルギーが必要となります。それに、そこを乗り越えて先生を変えると決意しても、地方だと、代わりの先生が見つからない事だってあるわけだし、それに先生を変えようとすると、妨害する先生だって、悲しけれど、います。門下の仲間や近隣の先生方に悪口を言いふらされて、二度と音楽が出来ないようにされてしまう事だって、あります。

 それに、それらを無事に乗り越えて、めでたく先生を変えたところで、今度は新しい先生の元で、基礎基本からやり直しをするはめになります。新しい先生のところ、基礎基本をやり直すたびに、前の先生のところで過ごした時間が、無為な時間だったと分かるのって、悲しいですぉ。ほんと、人生をたっぷり浪費しちゃったって感じるかも…。
 
 
 だからこそ、最初の先生選びは大切だし、そんな苦労を学習者にさせないためにも、力不足の人が先生をやるのは、止めて欲しいと思います。少なくとも、自分が力不足だと感じているなら、せめて勉強を続けて欲しいし、愛情をもって生徒を導いて欲しいです。

 「先生」と呼ばれているうちに、自分を何かエラい人間だと勘違いしているような人には、たとえ習い事の先生であっても、先生にはなって欲しくないです。

 何かを教える人って、その分だけ、他でしっかり学び続けないとダメだと思います。電池は、放電するだけでは、すぐにゴミになります。放電する一方で蓄電だってしないと、長くは役立ちません。放電しっぱなしの空っぽな電池は、電池の姿をしていても、それはもはや、単なる不燃ゴミでしかないのです。教える人は、常に学ぶ人でないといけないのです。

 先生を稼業としている人は、責任をもって、基礎基本をご自分の生徒に教えてほしいと思います。これは音大入学とかコンクール入選とかプロデビューとかの話だけではなく、趣味のオトナにも通じる話です。ってか、趣味のオトナだからこそ、ちゃんとした先生に、しっかり指導してもらいたいと思います。

 簡単に言っちゃえば、もらった月謝分だけの指導ができなきゃ、それは詐欺師と一緒だよって事です。

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コメント

フルートネタ、オペラ座の怪人ネタで、いつもお邪魔する、
Operazanokaijinnokaijin(オペラ座の怪人の怪人)でございます。
本日の、先生ネタ、お邪魔します。
( ̄。 ̄)

経済学の教科書に曰く、人生で大事なことは4つ。
努力、才能、親、運。
どういう先生に出会うか、先生運は、非常に重要なこと。
音楽、楽器に限った話ではないと思います。
思い起こせば、小中高大、
(あっ、私は大学院にも行っているのですが、、、)
それぞれの学校で出会った先生方、
うーん、残念、しょうもない先生が多かった。
(/_\;)

人格、熱意、ハート、といった部分にも問題がありますが、
そもそも論として、先生という立場に立つだけの、
技量、能力、といった部分が足りない先生の多いこと多いこと。
( ̄~ ̄;)

おっと、すとん様は、学校のセンセ系のお仕事でしたっけ?
かくいう私も、先生でこそありませんが、
中高年として、若者に物を教える立場であり、先生のようなもの?
我以外皆我師=自分以外の人は、皆、私の先生だ、という言葉もあり。
自分自身がしっかり勉強せねば。
( ̄▽ ̄;)

それはそれとして、今回のすとん様のブログ、
すとん様がご引用の、ピアノ教師様のブログ、拝見し、
確かに「音楽の習い事なんて、たかが趣味」ですが、
芸術ですから、先生にはしっかりして欲しいと思いつつ、
しかし、すとん様もご指摘の、
『“音大卒業”&“社会人経験ほぼ無し”』程度の先生方は、
お金のために、先生にならざるを得ず、ということなのでしょうね。
( ̄□ ̄;)!!

ああ、また、つらつら、とりとめなく書いてしまった。
お許しください。
(⌒∇⌒)ノ"おしまい

すとんさん、おはようございます。

「電池」の例えはとっても面白い!!

よくわかります (*^^*)v


いつも楽しく読ませていただいています。
学生時代に合唱団に入っていました。学生だけで運営していてボイストレーナーなどはいませんでした。
3年生から副指揮者を選び、4年生になると指揮者に昇格、というようなやりかたでした。
私の学年は入団者が少なかったので何と私が指揮者をすることになってしまいました。それで何とか練習前の何日かで勉強して自転車操業で練習日に間に合わせるというようなことをしていましたが、1回練習をこなすと勉強したことは全部吐き出して自分の中はからっぽになる、という感じでした。
学校の先生はどうやって毎日授業をすることができるのか不思議に思ったものです。生兵法は大けがのもとですね。
(1年ほどやってとうとうどうにもならなくなって本物の声楽の先生に助けを求めました....。先生曰く、1年生の時に来ればものになるのに残念なことに皆4年生になってから来るんだよねえ.....。)

だから、先生の中には「君は何を目的に習いに来るのか」ってなことを最初にお尋ねになる方もいらっしゃいますよね。
それによって、指導方針を決めているんだと思います。

ご老人に、とにかくたどたどしくてもいいから、憧れの曲を弾かせてあげるのか、まだ若くてきちんと学びたい人なのか、忘年会で一曲弾きたいだけなのか、そりゃ、教え方も違ってくるからでしょうね。
まったくの楽器の素人の方の中には、基礎の大切さを知らなくて、基礎をやるとつまらなくなって辞めちゃう人もいるだろうしなぁ。

先生やってる人でも、引き続きレッスン受けに行くケース、結構ありますよね。

私が「XX先生」と呼びかけたら「まだ修行中の身ですから、そんなあらたまらなくていいですよ」ってなことを言われたこともあります。(私自身はその方の生徒ではなく、同じ先生に習った先輩にあたります)。

実際のところ、別に本当は先生やりたいわけじゃなくて、弾くだけじゃ食べられないから、仕方なくやってるっていうケースもあったりして、そういう方だと、教えることには熱心ではないのかも。

私も子どもの頃にもう少し、基礎をきちんと教えてくださる先生に出会えていたら、今頃、脱力していない状態でも、簡単な曲なら無理矢理弾けてしまうような弾き方を矯正する必要なかったんですがね(^-^:

operazanokaijinnokaijinさん

 はい、私は学校のセンセ系の仕事をしています。今では一線を退き、教職の方は副業的に(でも、ちょっとだけ授業は持たせてもらってます)やっているだけで「センセでございます」とは威張って言えない人でございます(笑)。

 お金のために先生稼業をする事は否定しません。いいえ、若い時はそれでも十分とすら思ってます。問題は、一度、先生を稼業にすると決めたなら、プロフェッショナルな先生になってもらいたいって事です。音楽の習い事の先生なら、演奏家としての自分はちょっと横において、教育者として真摯な態度と確かな実力を磨いてほしいと思っているだけです。

 先生次第で生徒なんて変わるんですよ。だから、先生、がんばれ。

wasabinさん

 電池の件、いいでしょ? 実はこれ、若い者を説教する時(爆)の、私の定番ネタなんです。勉強しろ、勉強しろって言うよりも、こういう例え話で教えると、スッと勉強の必要性を分かってもらえるみたいなんです。

 でもほんと、教える人は、同時に学ぶ人でないといけません。弟子を持つ人は、自分も師匠を持っていないとダメだと思います。

こうじさん、いらっしゃいませ。

>学校の先生はどうやって毎日授業をすることができるのか不思議に思ったものです。

 学校の先生は、たっぷり授業の準備のための勉強をするんですよ。特に新人のうちは、毎日勉強勉強勉強です。私は1時間の授業のために、毎日2時間ずつ勉強していましたから、最初の数年は寝る間を惜しみ、休日を返上して勉強していました。おまけに部活の指導がこれに加わりますから、今考えると、よく生き残れたものだと思いますよ(爆)。

>先生曰く、1年生の時に来ればものになるのに残念なことに皆4年生になってから来るんだよねえ…。

 ああ、いわゆる“素人をこじらせる”って奴ですね。別に、こうじさんのところだけでなく、日本中のアマチュア合唱団や吹奏楽団で、よく見られる現象のようですね。ついつい、自分たちで頑張っちゃうんですね。

 こうじさんのところとは別ケースになると思うのですが、合唱団とか吹奏楽団の方って(もちろん全員ではないのだけれど)プロの方に敵対意識も持っている方も多くて、プロによる指導を受けることを良しとしない風潮をお持ちの団も多くて、素人をこじらせて、大変な事になっている団も多いと聞きます。自主独立も大切ですが、自分たちのやりたいことを確実に行うための方法論の選択ってのも大切なんですよね。

游鯉さん

>そういう方だと、教えることには熱心ではないのかも。

 先生をやれるほどの腕前を持っている方なら、常に芸に対して誠実な態度で臨む事を忘れてはいけないと思います。

 それは自分の演奏活動であれ、先生稼業であれ、常に芸に対して誠実であれば、大きな失敗をするはずはないんです。

 結局、ダメな先生と言うのは、芸に対して不誠実な方なのかもしれません。そういう方は、演奏活動でも、あまり良い成果をあげられなくなるのかもしれません。

 ああ、そうか、だから演奏活動も教育活動も、どちらも中途半端にならざるをえなくなるのか。そうなると、どうしても営業活動に熱心にならざるをえなくなり…、なんか納得です。

うん、先生って大事なんですよね。
ピアノは私先生選びなおせるならば人生やり直したいわ。5歳からねw。
歌に関しては問題なく来ているのでとてもとても幸せだと思っています。
大人の音楽の習い事は、基礎と、必要な曲と、やりたい曲のバランスをどうとるか?が指導者の課題だと今のピアノの先生がおっしゃってます。
歌は問題なくそれが出来てるから幸せだと思います。
自分の日記のも書いたんですが、とてもいいピアノを弾く子供の先生の程度が見えてしまうととても残念。だって彼らの音楽家としての(プロアマ問わず)将来が小さいものになってしまうんですもの。
先生と呼ばれるからには、生徒を手放すタイミングもはかってもらえるとみんなハッピーなんですけどね。
何も知らないうちに先生を選ぶというのは難しいですね。

電池の話、いいですね。
充電と放電、バランスよく行けたらいいなって思いました。

ミルテさん

 先生って、必ずしもオールマイティではないですからね。得意分野もあるでしょうし、苦手分野もあるでしょうね。

>先生と呼ばれるからには、生徒を手放すタイミングもはかってもらえるとみんなハッピーなんですけどね。

 ですね。学校の先生だって、担任の先生は基本的に1年で終わりだし、小学校で6年、中学高校だと3年で、先生総取替ですからね。習い事の先生も2~3年程度で継続か変更かの見直しが出来るのが良いのかもしれません。

 現実的には、生徒の方にさほどの向上心が無い事もあるし、情の問題もあるし、先生側の問題(生徒が減るのは厳しいですものね)などがあって、生徒を抱えちゃう先生が少なからずいるのが、実際です。それが良い事なのか、悲しい事なのかは、ケース・バイ・ケースですけど、選択肢が無いというのは、不幸だと思います。

>何も知らないうちに先生を選ぶというのは難しいですね。

 それこそ運です。私の場合、初歩の段階でキング先生や笛先生と出会えた事は、良かった事なんだろうと思ってます。

 電池の話、いいでしょ? 我ながら、よく出来た例え話だと思ってます(笑)。

今年もよろしくお願いします。

以前の私にはかな~り、耳が痛いお話もありましたが、大人の学習者でこういう意識を持っている人が全くおいでにならない先生だと気づかないままというケースも多々あるようです。

同業者同士での話で、「大人の趣味のレッスン」について、だいぶん前に雑談めいた話をしたことがありました。その時話をした先生は、「大人の人はみんな、基礎をすっ飛ばしてクラシックの大曲とか、ジャズでアドリブばんばん出したいとか無茶苦茶言うんだけどそれってどうよ」みたいなことをおっしゃってましたね。
「そういうわがままなおじさんとかおねえさんばっかりくるから、心折れるわ」ともおっしゃってらしたのですが。


私は良心的な教師、だと自分で思っていますので(優秀な教師なのかどうかはわかりません。そんなこと自分でアピールするもんじゃなくて、生徒さんが思ってくださればいいことなので)、「どうせ別れの曲を弾きたいなら、せめて最低限これくらいの基礎をやってきもちよ~~~く仕上げられたほうがいいんじゃない?」って思うのですが。

それは「大きなお世話」と思う方もいらっしゃるようで・・・。


基礎が教えられない先生っていますね。私が先生を始めた頃に引き継いだ生徒で、「前の先生はいったい何を教えてきたの?!」ってびっくりした例がありました。子どもですが気の毒だなぁと思って。(その子は「どの先生に習っても自分は永久に上手くなれない」と思い込んでいたらしく、私が担当したその日に「今日でやめる」と言い放ったのでした…)
実は前任者は私の母校の同期だった(教育科の子だったけど一応ピアノメインだった)ために、怒りよりも悲しくなりましたね…。大人の初心者でもこういう先生に最初習っちゃってその後「教師不信」になって独学の道へ行ってしまう方もいるようですし。

ああ、つくづく教師って責任重大だと思います。

ことなりままっちさん、こちらこそよろしくお願いします

 大人の生徒って、本当にバラエティに富んでいると思います。それは、その年まで歩んできた人生の中で作られてきた性格なり個性なりが、その人を人たらしめているわけで、そりゃあ、子どもなんかと比べたら、バラエティ豊富で当然と言えば当然です。

 だから、大人に教えるのって大変だと思います。決まりきったやり方が通じないわけで、ある意味、洋裁にたとえば、型紙を利用して作るのが子どものレッスンなら、大人の場合は、採寸して型紙を作るところから始めるようなものですからね。そこまで手間をかけても、子どもほど上達しないしね…先生にとってみれば、労多くして実り少ない相手だと思います。

 それにわがままだし(笑)。

>それは「大きなお世話」と思う方もいらっしゃるようで・・・。

 ですね、そういう方は、決して少なくないと思います。

 でも、その一方で、マジメでコツコツタイプの大人もいるんですよ。まあ、上達速度と到達度では子どもには適わないけれど、ゆっくりとじっくりと上達していきたいという大人もいます。

 年を取ると、若い頃と比べて、色々な事が不得手になったり、苦手になったり、不器用になったり、出来なくなるわけです。だけど、マジメに音楽を練習して、弾けなかった曲が弾けるようになったら、色々な能力を加齢とともに失う一方の中で、新しい自分を獲得できるんですよ、自分でもまだまだ成長して変われるんですよ。これって、うれしいですよ。ほんと「まだまだ、イケルじゃん」とか思ったりして。この喜びが、大人の習い事を支える喜びの一つだと思います。それもかなり大きな一つですね。

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