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  •  今時、インターネットエクスプローラーを使っているヤツが悪いんだろうけれど、今日のインターネットエクスプローラーは動きが遅いし、挙動が不審だ。でも、インターネットエクスプローラーじゃないと困る事だってあるんだよね。最新ブラウザのエッジがすべての面で、旧式のインターネットエクスプローラーよりも優れているわけじゃないしね。ああ、困った困った。
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2012年12月の記事

2012年12月31日 (月)

今年もお世話になりました[2012年を振り返って]

 いよいよ今年も大晦日がやってきました。皆さん、ありがとうございました。

 今年の大晦日も、昨年同様、どこにも出かけず、ただただ家でボ~っとしている私です。息子が小学生のうちは、毎年ディズニーランドやら温泉やらに行ってた我が家ですが、子どもが大きくなると、どこへ行くもの気が乗らず…まあ、のんびり過ごします。昨年の年末は「坂の上の雲」を三年分、一気に見ましたが、今年は、本当に何もありません。ただただのんびり過ごしちゃいそうです。

 それでは、例年通り、今年の私を総括してみました。ちなみに昨年の総括記事は、こちらです。
 
 
1)声楽の先生が変わった

 まあ、今年の最大の事件は、キング先生と別れた事でしょうね。

 今年(2012年)の五月の下旬あたりから六月いっぱいまでの【声楽のレッスン&活動記録】を読むと、そのあたりの事が書いてあります。一応リンクを貼りましたが、どれもこれも長文ですから、読むなら覚悟を決めてからの方が良いですよ(笑)。

ピアノ合わせに行きました。悔やむことだらけです

レッスンに行った事を後悔しています

声楽のレッスンには行きませんでした

レッスンもそろそろ限界…かな

声楽のレッスンを辞めました

二度目のピアノ合わせに行ってきました

やっぱり声楽を辞めます

 リアルタイム進行の時は、まだまだキング先生に遠慮があって書けなかった事があります。

 ブログの記事では、ガラコンサートの件で、私と先生との間がこじれ始めて、それで決裂した事になってますが、実は違います。ずっとブログでは書かなかっただけで、実は昨年の暮れあたりから、私は先生からイジメられておりました。

 そのあたりの事をオブラートに包んだ表現で書いたのが、この記事ですね。

…だったら、歌を辞めます!

 この記事(昨年[2011年]の暮れ)の少し前から、先生が私のレッスンでの指導を放棄されるようになりました。夏に行われた発表会の後始末の件で、私は散々、先生にヤイノヤイノと言ってたので、うとまれたんだと思います。

 おまけに、私は歌が上手くなりたいわけで、レッスンでも食らいついていくわけですが、それが気にいらなかったのでしょうね。先生からすれば、いくら教えても上達しない私が面倒くさくなっちゃったんだと思います。実際、上手くなる人はサッサと上手くなるし、上手くならない人はサッサと辞めちゃうか、上達を諦めてお客さんに徹するようになるわけで、私のように上手くならないのに、お客さんに徹しないし、辞める事もしない人ってのも、珍しいタイプなんだろうと思います。

 歌の上達は諦めて、客になって、黙って月謝を支払い、雑用を一生懸命やってくれれば、それでいい。

 たぶん、そういう事。

 でも私は、歌の上達は諦めないし、(上達しないという自覚と負い目はあるので)雑用は喜んでやるけれど、お客じゃないし、雑用をする以上、決して黙ってはいないわけで「あれはどうなってますか? これはマダですか?」と色々と先生がサボっている仕事をせっつくわけです。先生からすれば「勉強しなさい」と親に叱られる劣等生の気分だったのでしょうね。そういう事が重なって、次第にレッスンの手抜きが行われるようになりました。

 ブログでは毎回、充実したレッスンが行われたように書かれてますが、あれはほとんど嘘です。レッスンのほとんどは、先生のボヤキとお喋りと誰かの悪口で、レッスンは最後の5分かそこら、ちょこちょこってアリバイ的にやってただけです。明らかな手抜きレッスンが半年以上に渡って行われていたわけです。

 おそらく、最初のうちは、キング先生も、私にレッスンを辞めてもらいたいとまでは思っていなかったのでしょうが、色々文句を言われるのはイヤだし、そこでその仕返しとしてレッスンの手抜きを始めたのだと思います。なにしろ私がレッスンを渇望しているのは知っていましたから、ワザとレッスンの手抜きをして、私の困る姿を見て、溜飲を下げていたんだと思います。

 なぜ、そんな事をしたのか? キング先生は、私が先生の事を大好きな事は知っていたので、どんなにイジワルをしても、この人なら大丈夫と、安く見くびっていたんだろうと思います。キング先生って、結構、人の事をよく見ていて、色々な人の事を「この人は○○だから大丈夫」って、よく言ってました。で、それってたいてい正解なわけで、他人への観察眼は、なかなか鋭い人なんですよ。

 そしてまあ、私とキング先生が、そんなイジワルをする/される関係となった結果、通常の先生生徒関係が、次第に崩れてしまったのだと思います。

 結局、キング先生のところを辞めた理由だって、私がどんなに求めても、キング先生の中では、すでに私は生徒の数に入っていないって事を理解したのが、決め手となりました。すでにだいぶ前から、私は先生の気持ちの中では、生徒でもなんでもなく、むしろイジめて、困っている姿を見るのを楽しむ対象になっていた事が分かったからです。

 先生のイジメの対象になると、もう救いはありません。

 私は歌劇団の団長をやっていたので、実は今まで、先生にイジメられて辞めていった生徒さんやピアニストさんたちを見てきました。相談を受けて、私なりにフォローした人だって一人や二人じゃありません。それを見て知って接してきたので、今度は私がターゲットになったんだな…と理解したわけです。

 それで辞めました。

 私が門下を辞めて、先生に意見をする人がいなくなったせいでしょうか? あれから半年経つのに、未だにガラコンサートの公式音源が出来上がりません。音源を作るのは先生の役目なんですが、発表会の音源だって、なかなか作ってくれなかった先生です。私が散々文句を言って、その重い腰を上げさせて作らせたという経緯があります。

 ガラコンサートでは、それを恐れて、私は最初から業者に委託する事を提案していましたが、先生がそれでは費用がかかる(=先生のギャラが減る)ので、例年どおり自分でやりたいとおっしゃるので、任せたのですが、半年たった今でも出来上がりません。

 きっと、誰も文句を言わないのをいい事に、このままとぼけて、サボって、公式音源を作らずにお終いにするつもりでしょう。

 私は、当日はトリだったので、ガラコンサートでの他の人の演奏は、何も聞いてないんですよ。どんなに音質が悪かろうが、トラックの頭出しがいいかげんだろうが、ガラコンサートの記録は聞きたいし、公式音源が欲しいんですよ。だって、キング門下での、最後のステージでしたからね。

 でも、半年たっても、何の音沙汰もありません。想定の範囲内の事とは言え、オトナのやる事ではないと思います。
 
 
 それはともかく、今では、キング先生と別れて、良かったと思ってます。

 イジメが無くなり、心の平安を得る様になりました。

 それに、キング先生の指導の全てがデタラメだ…とは言いませんが、声楽界の常識とは、かなり違う事をたくさん教わりました。先生自身、自分が教えている事が規格外だというご自覚は持っていましたので、私もその信念についていったわけですが、やはり王道から外れたメソッドには、色々とスキがあるものだと思います。

 ちなみに、あまりに個性的な指導内容に関しては、ブログには載せていませんので、安心してください。ブログには、私というフィルターを通した、比較的常識的なことだけを載せています。これはブログの性質を私なりに考慮した結果です。

 キング先生の個性的な指導法で伸びる人もいるのですが、あまり伸びない人や壊れちゃう人もいるわけです。私はさしずめ“ほとんど伸びなかった”人になると思います。私よりも後から門下になった人たちに、バンバン追い抜かれていきましたからね。私に、キング先生の指導法は合っていなかったのだと思います。なにしろ、私は平凡でつまらない人間ですから、個性的な指導よりも、常識的なメソッドの方が、合っているみたいです。

 ですから、個性的なキング先生から、常識的なY先生に変わったのは、良かった事です。

 Y先生は、元々、私がファンだった歌手さんです。Y先生が主役をつとめるオペラを見ては「素晴らしい歌手が地元にいるもんだなあ…」と思っていました。そんな歌手さんに、たまたま偶然が重なって、門下に入れてもらえました。

 Y先生は演奏の仕事がメインの方なので、レッスンも不定期で回数も少ないし、キング先生と違って“生徒と遊ぶ”なんて事は、しない人なのは残念なんですが、その代わり、指導の方はバッチリです。実に内容は濃いですし、指摘もズバリで核心をついてきます。この先生に師事して成長しなかったら、よっぽど生徒がボンクラなんだろうと思わせるほどです。

 まあ、キング先生とは色々ありましたが、こうして今でもブログにキング先生の事を書くくらいですから、散々イジメられたにも関わらず、私は今でもキング先生の事が好きなんだと思います。でも、もう声楽の指導はいいや(笑)。
 
 
2)歌劇団を辞めました

 …それも、私が歌劇団を辞めると決意する前に、私が歌劇団を辞める事になり、次の団長さんも決まっていました。なんか、言いようもなく、イヤな気分。

 私が立ち上げた団、なんだよね。“寂しい”というよりも“取られた”って感じがします。“辞めた”と言うよりも“追い出された”って気分です。

 まあ、いいでしょ。過ぎた事はクヨクヨしない。いつでも前向き、ポジティブ・シンキングさ。
 
 
3)ピアニストさんを見つけた

 キング先生と入れ代わりにY先生が現れたように、歌劇団を失った私の前にピアニストさんが現れました。歌でもフルートでも、伴奏者がいないと人前では演奏できません。でも、アマチュア・ミュージシャンだと、なかなか伴奏者を見つけることが容易ではありません。

 でも、気持ちよく伴奏してくださるピアニストさんと出会う事ができました。別れがあれば出会いがあるものです。まるでツバサを手に入れたような心境です。これからは、何かチャンスがあった時に、ピアニストのアテがあるのって、心強い事です。
 
 
4)アルテはこれだけ進んだ

 今年のアルテは、15課3章のB-durから始め、現在のところ、15課6章のAs-durまで進みました。1年かけて、たったの3章です。アルテ15課は10章ありますから、残りは4章。え? このペースだと、来年になってもアルテが終わらない計算になります。うへ~、そりゃあ残念だ。

 ミニヨン・エチュードは9番から始めて、現在18番と戦っている最中です。1年で10曲のペースでした。曲の方は悪くないペースだと思います。こっちは18番を含めて、残り3曲です。確実に今年中に終わらせてやる~!
 
 
5)ヴァイオリンはこんなもの

 ヴァイオリンは、今年は、篠崎教本の118番「王様ジョー」から120番の「ドイツ舞曲」まで進んだところで、教則本をスズキに変えて12番の「習作」でつまづいているところです。

 スズキは一つ一つの課題曲が大きくて、なかなか前に進みません。フルバヨのためにスズキに転向した私ですが、最近はフルバヨの活動も無いみたいだし、あってもなかなか活動に参加できないし、この辺りでスズキを諦めて、篠崎に戻ろうかと悩んでいる私でした。

 ほんと、どうしましょうか?
 
 
6)社交ダンスはこんなもの

 社交ダンスは教則本があるわけでないし、昇級試験を受けるでもなければ、試合に出るわけでもないので『ここまで上達しました』と言うのを言葉で表現するのは、なかなか難しいのですが、とりあえず、難しい事は抜きで、とりあえず、ベーシックだけですが、ワルツはなんとか踊れるようになったかなって気がします。あと、たぶん、ブルースが何とかってところですかね。

 今年の目標として『どこかのダンスパーティーに参加する事』ってのがありましたが、全然お呼びじゃないです。ダンパどころか、ダンスそのものを挫折してしまいそうな勢いですよ(涙)。

 とりあえず、ダンパに行くなら、ジルバやルンバはもちろん、タンゴやチャチャチャも踊れないとマズイでしょうね。でも、これらがカラッキシなんだから、仕方ない。

 前途多難っちゃあ、前途多難なんだけれど、優先順位は低い社交ダンスだから、こんなモンでもしゃーないかな。
 
 
7)金魚たちの入れ代わり

 今年のお正月のメンバーは、サクラ、ヒーチャン、カンロ、ニシキでした。

 サクラは、今年も相変わらず元気ですよ。

 ヒーチャンのいた“赤い金魚”枠は、今ではハナジロに代わりました。

 カンロのいた“濃色金魚”枠は、一度コハクへバトンタッチしたものの、現在ではキキョウへと代替わりしました。

 ニシキのいた“三色金魚”枠は、現在はナゴンがいます。

 金魚を1年間無事に飼い続けるというのは難しいですね。特に我が家の場合、夏を乗り切れるかどうかが、ひとつのカギになっているようです。

 その他の魚介類はと言うと、トートの姿が見えなくなりました。トートの後釜は、まだ入れていませんので、現在、エビはヌマエビが1匹だけいるのみです。

 また、ドジョウ界の話をすると、縞ドジョウと、緋ドジョウのカゲムシャが星になってしまいました。この子たちの代わりに、緋ドジョウが二匹入りましたので、現在のところ、ドジョウは、チビ、シッポナ、新入り01、新入り02の四匹です。全員緋ドジョウです。
 新入りの緋ドジョウと言っても、そろそろウチに来て半年になりますから、ぼちぼち名前をつけてやらないといけませんね。
 
 
7)ダイエットのまとめ

 ダイエットは、最後にブログに載せたデータがこれです。

体重:108.0kg[+0.6kg:+4.9kg]
体脂肪率:30.2%[+-0.0%:-0.7%]
BMI:34.1[+0.2:+1.7]
体脂肪質量:32.6kg[+0.2kg:+0.1kg]
腹囲:105.0cm[+2.0cm:+1.5cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 ううむ、今年は実に肥えた一年でした。ここ数年は、大きな変動なく、なんとか体重100kg以下に押さえていた私ですが、ここ最近はこんな調子です。

 お正月って、太るんだよなあ…。ああ、おそろしい。とにかく、来年度中には、100Kgになるように目指すべきなんだと思う。

 年いってからのダイエットは、カラダに毒なんですが、ダイエット以上に毒なのは肥満です。太っても地獄、やせても地獄って、まるで「前門のオオカミ、後門のトラ」ってかんじじゃん(汗)。
 
 
8)今年も幸せな私でした

 2012年の私は、年の始めに、プロフィールの1行紹介で、以下のように書きました。

2012年は「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」の精神で行こうと思います。だからまずは『積極的に身を捨てていこう!』と思ってます。イヤな事があっても逃げ出さずに、あえて首を突っ込んでいきたいです。不快なモノや人がいても、遠ざけたり縁を切ったりせずに、あえて関わってみたいです。人生を平穏無事にやり過ごすのではなく、あえてトラブルの中に我が身を投じてみたいです、いやむしろ、場合によっては、自分からトラブルを起こして、修羅場を作り出してみたいです。そして、その修羅場の中から何かを学んでみたい…そう願う一年でありたいです。

 イジメられっ子のイキがりの典型のような文章を書いておりますが、まさにこの文章の通り、今年の私は、修羅場をくぐらせていただきました。そして、色々と多くの事を学び、多くのモノを手に入れることが出来ました。

 もちろん、ここに書かれたのは、主にキング先生との事を念頭に置いていたわけなんですが、これがうまく清算できて、実にラッキーな一年となりました。

 幸せ幸せ。

 失ったモノも多いけれど、得たモノはそれ以上だったわけで、差し引きプラスになりました。

 体重は増えたけれど、今年も一年、健康でいられました。妻も息子も健康でした。仕事は…忙しかった(汗)けど、これだけ一生懸命働ける場と機会が与えられることは、やっぱり幸せなんだと思います。妻とも仲良く暮らしていますし、リアルもネットも友達が増えました。今年も、だいたい毎日、笑って暮らしていました。

 うむ、今年もやっぱり、幸せだったな。

 今年は、私の身の回りだけに限らず、友人たちの話の中にも、ネットの話題にも、そして報道などでも、積極的な悪意、無作為な悪意と、色々なタイプの悪意を見る事が多かったなあと思います。これも景気が悪く世相が暗い事が原因なんだと思います。「貧すれば鈍する」と言うか…。

 自分の欲求不満を、立場の弱い人間に悪意を向けることで憂さ晴らしをする日本人が増えてきた事を悲しく思います。

 そういう意味では、不幸せな人が増えてきたのだと思います。私一人が幸せでも、日本の社会が幸せでなければ、あまり意味がないなあとも思います。祈りが足りない…のかな? もっと、世の中が幸せになるように、祈りを積み上げていかないといけないのかな。そんな事をふと考えました。
 
 
 それはさておき、 今年も一年間、老犬ブログをごひいきくださり、誠にありがとうございました。また、来年もよろしくお願いします。

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2012年12月30日 (日)

今年[2012年]に聞いたCD&DVD

 ええと、さてさて、これまた毎年恒例になりつつある「今年聞いたCD」に、今年はDVDの記録も追加してアップしちゃいます。

 昨年も一昨年も「今年こそ、CDを買うのはセーブしよう」と思うものの、今年もなんだかんだ言って85枚のCDを購入しちゃいました。一昨年が約120枚、昨年が約70枚ですから…。減らすつもりが、ちょっと増やしちゃいました。ダメじゃん。

 しかし、去年も書きましたが、やっぱりアマゾンは悪魔だね(笑)。新盤はもちろん、輸入盤も中古盤もクリック一つで買えて、ご自宅までお届けですからね。この誘惑に勝てる人っているんですか?

 ちなみに、今回のリストには、もう一人の悪魔である、iTUNESは入ってません。そっちはうっかり記録を取るのを忘れちゃったんですよ(笑)。もっとも、iTUNESで購入する楽曲は、CDを購入するのとはだいぶ傾向が違っていて、実はそっちはアニソン中心だったりします。なんか、アニソンって「CDで買うほどでもないかな?」とか「欲しいのは、この曲だけなんだよね」とか思っているので、ついついiTUNESでポチです。

 さてさて、それでは例年の形式に準じて記録をアップさせていただきます。ちなみに、昨年の記事はこちらです。では、今年の記録、いくよ(笑)。
 
 
【ポピュラー系】

01)マイケル・ジャクソン「インモータル」
02)ポール・マッカートニー「オーシャンズ・キングダム」
03)ポール・マッカートニー「キセズ・オン・ザ・ボトム」
04)ポール・マッカートニー「ラム」
05)ビーチ・ボーイズ「スマイル・セッションズ」
06)ビーチ・ボーイズ「ザッツ・ホワイ・ゴッド・メイド・ザ・レイディオ」
07)マドンナ「コンプリート・スタジオ・アルバム(11枚組)」
08)デュラン・デュラン「ザ・シングルズ 81-85」
09)タケカワ・ユキヒデ「ホームレコーディング・デモ Vol.07」
10)HMOとかの中の人「増殖気味 X≒MULTIPLIES」

 今年のポピュラー系アルバムはこんな感じです。特筆すべきなのは、マドンナとデュラン・デュランのボックスセットかな? 今、80年代のアーティストのボックスセットがアマゾンで結構安く販売されているんですよね。で、それがなかなか良いんですよ。オッサンほいほいなんだよねえ…。
 
 
【社交ダンス系】

11)ダンス・ミュージック「ルンバ」
12)ダンス専科「ルンバ」
13)ダンス専科「チャ・チャ・チャ」
14)ダンス専科「タンゴ」
15)決定版ダンス音楽大全集ラテン編
16)決定版ダンス音楽大全集モダン編
17)決定版コンチネンタル・タンゴ
18)ストリクトゥリー・ボールルームダンス・シリーズ「ヴィエニーズ・ワルツ」

 これらは実用音楽って奴です。ダンスのレッスンで使うためのCDです。少なくとも、今年の前半までは、バリバリ社交ダンスをやってた私ですからね。
 
 
【フルート系】

19)火いろ&香おる「Nuages」
20)フォンチ「エネルジーア/心に届く、音のエナジー」
21)パトリック・ガロワ「タイスの瞑想曲/ガロワ、オペラファンタジー」
22)ゴールウェイ&アルゲリッチ「フランク&プロコフィエフ作曲:フルート・ソナタ」
23)オーレル・ニコレ「バッハ:ヴァイオリン・ソナタを原曲とするフルート・ソナタ集」
24)加藤夕葵「夕がお」
25)加藤元章「ケーラー作曲:フルートのための35の練習曲作品33」

 今年のフルート関係のアルバムは、ポピュラー、クラシック、合わせてもこんな感じ。まあ、買わないって事はないにせよ、だいぶ枚数が少ないですね。ちなみに、ヴァイオリン関係のCDは、今年は一枚も買ってません。
 
 
【その他クラシック音楽】

26)ボスコフスキー指揮「ウィンナ・ワルツ大全集」(13枚組)
27)アルカディ・セヴィドフ「チャイコフスキー作曲:四季&子どものアルバム」
28)カントロペラ「テノール第1巻」
29)工藤博「Souvenir aria et Duo」
30)モーツァルト「コンサート・アリア全集」

 いきなり【その他】と言うのも何なんですが、その他です(笑)。カントロペラってのは、オペラアリアのカラオケCDでしたが、私が買ったCDは不良品で、いくつかのトラックでプレイヤーが音楽を読み取る事ができませんでした。なので、シリーズを全部購入するつもりでしたが、止めました。まあ、クレームを付ければ良かったのでしょうが、輸入盤だし、クレームつけるのも面倒なので、泣き寝入りをする事にしました。まあ、安く買ったので、文句言わない事にします。
 
 
【ミュージカル&オペラ】

31)バーンスタイン指揮「キャンディード(ブロードウェイ・オリジナル・キャスト盤)」
32)オリジナル・サウンド・トラック「サウンド・オブ・ミュージック 45周年記念盤」
33)オペラ座の怪人(全曲) 25周年記念公演 in ロンドン
34)オペラ座の怪人[カナダキャスト盤]
35)キャッツ[ロンドン・オリジナル・キャスト盤]
36)ラヴ・ネヴァー・ダイズ[オリジナル・キャスト盤]
37)ナタリー・デセイ「ドニゼッティ作曲:ランメルモールのルチア(全曲)」

 文字通り、ミュージカルやオペラのCDです。
 
 
【フランス歌曲】

38)バーバラ・ヘンドリックス「ラヴェル&デュパルク歌曲集」
39)バーバラ・ヘンドリックス「フォーレ歌曲集」
40)ジェラール・スゼー&エリー・アメリング「フォーレ歌曲全集」
41)ホセ・ファン・ダム「デュパルク歌曲全集」
42)ナタリー・デセイ「ドビュッシー歌曲集」
43)アンネ・ゾフィー・フォン・オッター「ベルリオーズ歌曲集」
44)スーザン・グラハム「ベルリオーズ歌曲集」
45)キリ・テ・カナワ「フランス歌曲集」
46)小沢征爾「フォーレ作曲:レクイエム&歌曲」

 まずは耳からフランス歌曲を受け入れましょうってんで、ザッザッと購入したものの一覧です。歌手が偏っているのは、私の趣味です(笑)。
 
 
【女性オペラ歌手】

47)ルネ・フレミング「モーツァルト・オペラ・アリア集」
48)メラニー・ホリデイ「レハール名曲集」
49)エリザベート・シュワルツコップ「ウィーン・オペレッタを歌う」
50)ジョーン・サザーランド「サザーランド愛唱歌」
51)ナタリー・デッセー「ベスト・オブ・ナタリー・デッセー」
52)キリ・テ・カナワ「トゥナイト~究極のベスト」
53)スミ・ジョー「君を愛す ~ドイツ名歌曲集~」
54)スミ・ジョー「ヴィルトゥオーゾ・アリア集」
55)アンジェラ・ゲオルギュー「ディーヴァ・ザ・ベスト」
56)チェチーリア・バルトリ「乾杯の歌~チェチーリア・バルトリの芸術」
57)モンセラ・カバリエ「永遠のディーヴァ」
58)森麻季「涙の流れるままに」
59)桑田葉子「献呈」
60)中丸三千絵「アヴェ・マリア」
61)佐藤美枝子「至高のルチア」

 なんだかんだ言っても、女性歌手のCDも買う私でした。でもね…
 
 
【テノール歌手】

62)ヤン・ボイロン「フォーレ歌曲集」
63)ユーゴ・キュエノー「フォーレ&デュパルク 歌曲集」
64)ポール・グローブズ「デュパルク声楽作品集」
65)ジョン・マーク・エインズリー「旅への誘い ~ベル・エポックの歌曲~」
66)ロベルト・アラーニャ「私のために歌って、セレナードを」
67)ロベルト・アラーニャ「テナー!」
68)ホセ・カレーラス「トスティに捧ぐ」
69)ホセ・カレーラス「セレナータ~巨匠オペラ作曲家による歌曲の夕べ」
70)イアン・ボストリッジ「グレイト・ヘンデル・アルバム」
71)イアン・ボストリッジ「ブリテン/初期作品集 ~我らの狩りをする父達~」
72)プラシド・ドミンゴ「モーツァルト・オペラアリア集」
73)プラシド・ドミンゴ「カタリ・カタリ/イタリアを歌う」
74)ヨナス・カウスマン「美しき水車小屋の娘」
75)ウィリアム・マッテウッツィ「驚異の超高音キング・オブ・ハイF 奇跡のテノール マッテウッツィ」
76)ロランド・ヴィラゾン「ヴィヴァ ヴィラゾン!」
77)ステファーノ・セッコ「イタリアの歌曲とバラード集」
78)デニス・オニール「ドニゼッティ歌曲集」
79)ヴィットリオ・グリゴーロ「アリベデルチ」
80)ジョゼッペ・サッバティーニ「太陽と愛」
81)トーマス・プール「ドナウディ作曲:古典様式による36のアリア」
82)ロベルト・グアリーノ「ドナウディ作曲:古典様式による36のアリア」
83)フランチェスコ・デムーロ「トーキョーライブ 2011 ナポリ民謡とカンツォーネの夕べ」
84)五郎部俊郎「舞踏への誘い」
85)五十嵐喜芳「芳醇なるテノールの調べ~五十嵐喜芳作品集」

 …やっぱり、一番多く買うのは、テノール歌手のCDです。やっぱテノール、好きだもん。
 
 
 以上がCD編です。さて、次はDVD編ね。

01)映画「Shall we ダンス?」

 映画のDVDは、これだけ。たったの1枚、少ないものでしょ。

02)オペラ座の怪人 25周年記念公演 in ロンドン
03)アンドリュー・ロイド・ウェーバー「ロイヤル・アルバート・ホール・セレブレーション」
04)ミュージカル「ラヴ・ネヴァー・ダイズ」
05)ミュージカル「オペラ座の怪人」
06)ミュージカル「オペラ座の怪人(劇団四季による日本語吹き替え版付)」
07)ミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」
08)レ・ミゼラブル 25周年記念コンサート
09)ミュージカル「レント」 ライブ・オン・ブロードウェイ

 こちらはミュージカル関係のDVDです。05)と06)でダブっているようですが、実は違います。05)はDVDで、先に購入しました。06)はブルーレイで、日本語の吹き替えがついているもので、これは05)の購入後に発売されたものです。知ってたら、待っていて、06)しか購入しなかったのになあ…。

 この「オペラ座の怪人」のブルーレイディスクが私にとっての、初めてのブルーレイだったわけだけれど、このブルーレイって、言われるほど画面がキレイってわけじゃなかったよ。少なくとも、私にはDVDとブルーレイの画質の差って分からなかったもん。

 あと、これはウチのプレイヤーの性能の問題だけれど、ウチは“ケーブルテレビのチューナー”+“ハードディスクレコーダー”+“ブルーレイ・プレイヤー”の三機能のハイブリッド機を使っているんだけれど、DVD再生の時は、この三つの機能を同時に使用する事が出来た(つまり、DVDを見ながら、ウラで同時に二本の留守録が出来た)のに、ブルーレイだとシングルタスクになってしまい、留守録が始まると、自動でブルーレイ再生が打ち切られるのが何ともでした。あと、ブルーレイにすると、機械の動作が途端に遅くなるのも、アレかな…。

 結論、ブルーレイって、言われるほど、素晴らしいものじゃないかもね。
 
 
10)ジャンカルロ・デル・モナコ演出
   歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」&歌劇「道化師」 マドリッド王立劇場2007
11)カラヤン指揮・シュヴァルツコップ 楽劇「ばらの騎士」
12)ドミンゴ主演 歌劇「仮面舞踏会」 ザルツブルク音楽祭1990
13)ナタリー・デセイ「奇跡の声」オン・ステージ
14)アマリッリ・ニッツァ主演
    歌劇「外套」、歌劇「修道女アンジェリカ」、歌劇「ジャンニ・スキッキ」
15)ウェザー・メスト指揮「レハール作曲:メリー・ウィドウ」
16)マクヴィカー演出「ヘンデル作曲:エジプトのジュリオ・チェーザレ」

 オペラは基本的に、週末のNHK-BSで放送しているものを録画してみる事が多いのですが、そういう放送スケジュールとは関係なしで見たいものは、購入するしかないわけで、それがこれです。
 
 
17)マイケル・ジャクソン「ライブ・アット・ウェンブリー 1988」
18)ビートルズ「マジカル・ミステリー・ツアー」

 ポピュラー系DVDと言えば、今年はこの2枚だけ。少ないものですね。


19)ウリナリ芸能人社交ダンス部DVD-BOX

 バラエティー系のDVDはこれだけ。懐かしいでしょ?
 
 
 今年購入したディスクはこんなものです。いやあ、大人買いをバカバカしている私です。こうやって、まとめてみると「多いなあ…」って思うんですよ。だから、翌年は少し購入量をセーブしよう…と思うのですが、結果は皆さんがご存じの通りです。

 でも、物欲にまみれられる幸せって、素敵だよね。

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2012年12月29日 (土)

今年[2012年]見た映画

 昨年も一昨年もアップした、ここのところ恒例化した“今年見た映画”の2012年バージョンの記事です。「他人が見た映画のリストなんて見ても面白くない」と言わないでください。私にとっては、大切な一年間の記録なんですから(笑)。

 昨年の記事はこちらです。昨年と比較したい方はどうぞ(爆)。ここに書かれているのは、私が直接映画館まで出向いて見た映画で、DVDやテレビ放送で見た映画は含まれていません。「やっぱ、映画は映画館で見ないと…」と言うのが、私のポリシーなもので、なるべく映画館で映画を見るように心がけています。

 去年は22本見ましたが、今年は31本だね…。我ながら、たくさん映画、見に行っているんだなあ…。ちなみに、これ、全部、妻と二人で見てます。私は必ず妻と一緒に映画を見に行ってますが、妻は一人でもヒョコヒョコ映画に行ってますから、私よりもたくさん映画を見ているはずです。一体、彼女は、今年何本の映画を見たんだろ?
 
 
01)ミッション: インポッシブル/ゴースト・プロトコル 3D

 実はこの映画、近所にiMAX対応の映画館が出来たので「iMAX体験だーっ!」と言うわけで、行ってきました。で、iMAXってどうだったかと言うと…分からない(笑)。考えてみれば、iMAX版と、通常の3D版と、2D版の三種類で同じ映画を見て比較検討しないと、iMAXの善し悪しって言えないよね。でも、同じ映画を三本も見る勇気は私にはありません(爆)。

 映画そのものは、ドッカンバッキンズドンズドン系で、面白かったです。
 
 
02)仮面ライダー×仮面ライダー フォーゼ & オーズ MOVIE大戦 MEGA MAX

 いやあ、私って、ほんと、仮面ライダーが好きなんだよねえ。「フォーゼって、なんか、かっこ悪い」「今の時代にガクランは無いだろ~」とか言いながらも、見に行っちゃうんだからね。

 とにかくライダーがいっぱい出てきたよ。1号ライダーからストロンガーまでがゲスト出演で、オジサン、うれしかったです。それにしても、敵組織の「財団エックス」って“ブラックゴースト”なんじゃないの?
 
 
03)ロボジー

 いやあ、面白かった。こういうバカバカしさ、いいねえ。なんか、見ていて「日本だなあ~」という、わけの分からない感想をついつい言ってしまいたくなる映画でした。もっとも、この手の映画は、映画館で見る必要って、あるのかな? それこそ、スマホの小さな画面でも十分面白いタイプの映画です。うふふ系?
 
 
04)タイム

 ガチなSFでした。いやあ、たまには、こういうガチな映画もいいじゃない。しかし、残り寿命が秒単位で表示される人生って、なんかイヤだな。たっぷり時間があったとしても、イヤだな。で、寿命がチャージできちゃうとか、あげたりもらったり銀行に預けられたりってのも、なんかな。でも、お話としては、面白かったよ。
 
 
05)ドラゴンタトゥーの女

 エロもグロもある映画。基本的なストーリーに救いは無いしねえ…。最後まで、カタルシスらしいカタルシスもないし。かと言って、ツマラナイかって言えば、決してそんな事はなく、実に面白い映画です。三部作の一作目らしいので、次も必ず見に行くつもり。でも、次はいつ上映するんだろう?

 ちなみに待ちきれないって人は、元々がテレビドラマなので、そっちを見ると良いとの事です。CSで1月から字幕版でオリジナル(「ミレニアム」というタイトルだって)が放送されるそうです。でもまあ、私は基本的に字幕放送ってのが嫌いなので、ハリウッド映画版(もちろん吹き替え版)を待つことにします。
 
 
06)メトロポリタン歌劇場ライブビューイング「神々の黄昏」

 この映画に関しては、すでにレビューを書いてますので、そちらをご覧ください。
 
 
07)STAR WARS エピソードI/ファントム・メナス 3D

 これは、以前上演された、スターウォーズの「エピソード1」を、今回、改めて3D化したものを見に行きました。この時は、エピソード7が作られるとは、夢にも思っていなかったわけだけれど、2015年には、スターウォーズの新作のエピソード7が上映される予定でしょ? なんか楽しみだな。

 たぶん、そこに合わせて、エピソード2~6までも、順次3D化されて映画館にかかるんだろうなあ。で、きっと、また、見に行くんだろうなあ(笑)。
 
 
08)劇場版 SPEC~天~/警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿

 この映画を見るのは、実は大変でした。

 この話は、テレビで放送された時は、私、全然追っかけてなかったのですよ。で、映画公開に向けて、テレビでスペシャル版が(再?)放送されたのを、たまたま見たら、すっごくハマっちゃって(爆)、ついつい映画を見たくなってしまったのです。

 でも、ドラマも何も見ていないわけだから、あわてて、オンデマンドで、それまでのレギュラー&スペシャルドラマを急いで見て、それから映画館に行きました。

 いやあ、面白かった。この映画を見て以来、餃子が好物になりました(爆)。

 そうそう、このシリーズは来年(2013年)の秋に、テレビスペシャル「SPEC 零(ゼロ)」と、劇場版「SPEC 結(クローズ)」が上映される事になったらしいです。すでにテレビスペシャルは撮影中で、劇場版は年が明けたらクランクインになるらしいです。ああ、そっちも楽しみです。
 
 
09)バトルシップ

 海は広いな大きいな系の映画です。うーん、細かいところは覚えてない…。なんか、アメリカ海軍と海上自衛隊が仲良しで、宇宙からの侵略者たちと戦う…っぽい映画だったような気が(笑)。
 
 
10)テルマエ・ロマエ

 すっげえ~、面白かった。なんで、お風呂で溺れるとタイムスリップするのか分からないけれど、顔が平たい人も、そうでない人も、絶対に楽しめる映画です。しかし、ローマ人役を生粋の日本人俳優たちが演じた映画を、そのままイタリアに輸出しちゃっていいのか?

 ビバ、温泉! 私もお風呂で溺れてみたい(爆)。
 
 
11)仮面ライダー×スーパー戦隊 スーパーヒーロー大戦

 またも仮面ライダー映画です。

 しかし、ショッカーの首領が、仮面ライダーディケイドってのは、お子様ファン相手にどうなの?って感じがします。

 とにかく、仮面ライダーと戦隊たちが、やたらとたくさん、ゴチャゴチャと出演して、ちっとも有り難くない映画でした。なんかな~、一人一人のキャラを大切にして欲しいものだと、オジサンは思いました。
 
 
12)メトロポリタン歌劇場ライブビューイング「椿姫」

 この映画に関しては、すでにレビューを書いてますので、そちらをご覧ください。
 
 
13)貞子3D

 あ~、ここに出てくる貞子さんは、私が知ってる貞子さんとは違いました。ちっとも、怖くないし、いやむしろ、笑えるって感じです。貞子は、あくまでも幽霊であって、クモのモンスターじゃないからね…。そこんとこの設定は、守らないとダメだと思うよ。
 
 
14)メン・イン・ブラック3 3D

 年を取ってしまったトミー・リー・ジョーンズ演じるKを、Jがタイムスリップする事で、若返らせて(若手俳優に演じさせて)活躍させるというアイデアは、秀逸だと思いましたが…さすがにこの禁じ手は二度と使えないだろうから「4」の製作は無いんだろうなあ…。

 映画は、文句なく楽しくって、大好きです。この手の映画は、ほんと、デカいスクリーンが似合う映画だよねえ。
 
 
15)ダーク・シャドウ

 ジェニー・デップ主演の吸血鬼モノのコメディー映画です。と書けば、その全てが言い尽くせたような気がします(爆)。もちろん、監督はティム・バートンだよ。
 
 
16)アメイジング・スパイダーマン 3D

 スパイダーマンの映画です。でも、これは、今まで製作されていた、サム・ライミ監督のシリーズものではなく、いわゆる“リブート”ものって呼ばれるタイプのやつで、改めてスパイダーマンのストーリーが、最初から仕切り直されて語られ直されています。

 なんか、妙にあっちこっちがリアル志向なのは、最近の流行りなんでしょうね。このスパイダーマンが、将来的にアベンジャーズに加入するのかな? どうなんだろ?
 
 
17)BRAVE HEARTS 海猿

 この映画も見るのが大変でした。というのも、やっぱり私、海猿って、ドラマも映画も知らなかったので、これまた旧作全部、オンデマンド&テレビ再放送で見直しました。いやあ、スペックよりも大変だった(笑)。

 しかし、この物語は、続けてまとめて見ると、ほんと、お腹がいっぱいになる映画ですね。だって、基本的なストーリーは、どれも同じなんだもん。特に映画は、ほぼ全部、焼き直しの再生産モノでした。ううむ、偉大なるマンネリだね。

 なんて、憎まれ口をたたくのも、これが最初で最後。だって、原作者と制作者であるフジテレビがケンカ別れしちゃったから、この人気シリーズは、これでお終いになるわけです。せっかく、面白いモノを見つけたのに、なんかすぐに取り上がられたような気がして、それはそれで残念です。このまま、素晴らしいマンネリを続けていけば、平成の寅さん映画になれたかもしれないのになあ。ああ、ほんと、残念。
 
 
18)ダーク・ナイト・ライジング

 これはバットマンの映画です。ヒーローものなのに、見ていて“痛い”という不思議な映画です。でも、私は大好きでした。もっと、続けてほしい気がしますが、どうやらバットマンシリーズは、これでお終いなんだそうです。監督のクリストファー・ノーランは、次はスーパーマンを撮る事になってますが、スーパーマンもリアル路線で行くのかな?

 しかし、リアル路線なスーパーマンって想像できないよ。だって、スーパーマンって、存在自体がアンリアルでファンタジーなモノじゃない?
 
 
19)仮面ライダーフォーゼ THE MOVIE みんなで宇宙キターッ!

 これまた仮面ライダー映画です。いよいよ、仮面ライダーだけじゃ、客は呼べないって事になったのか、この映画では「キョウダイン」が参戦してます。しかし、フォーゼの元ネタであるキョウダインを出しちゃうなんて、反則だよね。

 しかし、原幹恵ちゃんは、やっぱり、キューティーハニーが一番いいね。
 
 
20)トータル・リコール

 昔、シュワルツネッガーが主演した「トータル・リコール」のリメイク版です。シュワちゃん版よりも、汚ない画面で、話の規模もスケールダウンしておりますが、これが今の流行りなんでしょうね。ああ、リアル路線って、夢がないねえ…。

 でもまあ、その分、SFとしてのガチ度は上がってますので、そっち方面がお好きな方にはどうぞ。私自身は…ガチSFも好きですから、結構楽しませていただきました(笑)。
 
 
21)アベンジャーズ 3D

 「日本よ、これが映画だ!」だとテレビで散々おっしゃってられたので、拝見させていただきました。拝見させていただいた結果、確かに映画でした(笑)。

 いやあ、なかなかの馬鹿映画で、すっごく、面白かったよ。

 これも見るのに大変な映画で、「アイアンマン」「アイアンマン2」「インクレディブル・ハルク」「マイティ・ソー」「キャプテン・アメリカ」の五本の映画を、DVDで借りてきて見ました。だって、それらの映画の主役たちが、今までのストーリーを背負って、全員集合して暴れるのが「アベンジャーズ」って映画なんだもん、しょーがないじゃん。

 でも、それぞれの映画もが実に楽しかったので、追っかけで見るのは、そんなにつらくなかったです。で、一本一本が楽しかった映画の主人公たちが集まった、いわば、オールキャスト映画なわけで、楽しくないわけないじゃない、って感じでした。おまけに、監督は、私が大好きな、ジョス・ウィードンだもん、そりゃあ、ワクワクだね。

 ちなみに、このアベンジャーズは、ジョス・ウィードンの製作で、テレビドラマ化される予定なので、そっちも楽しみです。もっともテレビ版は、ヒーローは誰も出ない“アベンジャーズ”になるらしいので、それはそれで楽しみじゃない?

 で、話を映画に戻すと、映画シリーズ的には、このアベンジャーズで終わりじゃなく、来年は「アイアンマン3」と「キャプテン・アメリカ2」が上映される事になってます。って事は「アベンジャーズ2」もありって事? うひゃー、それって楽しみじゃない??
 
 
22)プロメテウス 3D

 「プロメテウス」というよりも「エイリアン0」ってタイトルの方が良かったんじゃないの?って映画です。ってか、「エイリアンならエイリアンって言ってよね、こっちだって心の準備って奴があるんだから~」って感じの映画です。

 まあ、エイリアン映画としては、まあまあかな…って感じ。私は吹き替え版で見たけれど、この映画に限っては、字幕版の方が良いかも。とにかく……が……だからねえ。吹き替え版はお薦めしません。
 
 
23)踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望

 面白いは面白いんだけれど、なんかもう、あっちこっち残念な感じもしないではない映画でした。なぜ青島君はまだ独身でさわやかなの? なぜすみれさんは“行かず後家”臭ぷんぷんなの? だったらいっそ伊藤淳史さんが演じる和久君主役でリブートしちゃえばいいじゃん? とかね。なんか、マンネリになり損ねたマンネリって感じがするんだよね。

 ああ、実写映画って、役者が年取っちゃうんだよねえ。だから、シリーズものって、パキパキ取り続けていかないといけないと思うよ。寅さん映画を見習おうよ、寅さんを。毎年恒例にしないと、色々と厳しいじゃないですか!

 青島君は脇に徹してもらって、マジで和久君主役の“踊る”を希望します(キッパリ)。
 
 
24)最強のふたり

 良かったなあ…。私だって、たまにはヒューマンな映画を見るんだよ。この映画って、実話系のお話なんだよね。うん、よかった。いかにもフランスっぽくって良かった。こういう映画もアリだな。本音が美しい…なんて、なかなか物語にはなりづらいのにね。
 
 
25)メトロポリタン歌劇場ライブビューイング「愛の妙薬」

 この映画に関しては、すでにレビューを書いてますので、そちらをご覧ください。
 
 
26)リンカーン 秘密の書 3D

 いわゆる、ヴァンパイヤ・スレイヤーものです。とにかく、人外をバッタバッタとやっつけるストーリーって、見ててスカッとするから、大好き。それにしてもリンカーン大統領という歴史上の実在人物の人生に、ヴァンパイヤ・スレイヤーとしての虚構の人生を、うまく混ぜ込むアイデアも馬鹿げてて面白いです。

 斧、最強ー! って叫びたくなる映画です。
 
 
27)ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q/巨神兵東京に現わる 劇場版

 なんか、エヴァっぽいアニメでした(笑)。ってか、あまりに、テレビのエヴァンゲリオン(こっちがオリジナルストーリーでしょ?)とは違ってて…、これらを同一作品って言い切るのは、ちょっと無理なんじゃないかって思います。なんか、エヴァのキャラを使ってナディアをやっているような印象でした。

 テレビでは主人公の子どもたちは人間でしたが、この劇場版では、三人とも人間ではないって事で、いいんですよね?

 あと「巨神兵~」ですが、オリジナルの特撮博物館版と今回の劇場版では、どこが違ったのでしょうか? 私は両方見ているけれど、違いが分からなかったです(涙)。
 
 
28)009 RE:CYBORG 3D

 なんか、エヴァっぽいアニメでした(笑)。ってか、最後は思わず画面に向かって「おめでとうー」って叫びたくなりました。

 これもまた、昨今の流行りのリアル路線な映画でした。実写版がリアル志向なのは分かるけれど、所詮、虚構の世界でしかないアニメにも、ついにリアル路線がやってきましたか…って感じですが、これはこれでアリです。

 とにかく、3D表現が半端なくすごかった映画です。もう、ストーリーなんてそっちのけで、3Dの見事さだけを見ていても、値段分の価値はあると思われる映画です。…きっと2Dで見たら、つまんないんだろうなあ…。

 それにしてもキャラが多くて、脚本家の苦労が忍ばれますよ。008なんて、全く活躍しないまま死んじゃったんでしょ? 残念残念。
 
 
29)007 スカイフォール

 大好きな007映画です。007はリアル路線に切り換えて、もうずいぶんたちますね。昨今の映画のリアル路線はすべて、このシリーズの影響なんだろうと思います。もはや、昔のファンタジーな007じゃ物足りないかもしれません。

 それにしても、あたらしいQやマニーペニーも登場し、Mの交代ですから、次回作が楽しみですが、次回作の007もダニエル・クレイグで作るのかな? 今作で散々オジサン扱いされていたから、次回作では若い007の登場なんじゃないかなって気もします。

 ちなみに、スカイフォールって、ボンドの領地の事で、彼って、いいとこのお坊ちゃんだったんだねえ。
 
 
30)仮面ライダー×仮面ライダー ウィーザード & フォーゼ MOVIE大戦 アルティメイタム

 はい、これまた仮面ライダーです。今度は、アクマイザー3とボワトリンとイナズマンが登場です。もう、なんでもアリって感じですね。

 それにしても、東映も、一年に何本の仮面ライダーを映画を作るんだい! そして、それを見に行く、私も私だ!
 
 
31)レ・ミゼラブル

 世間の評判はいいんですが、私の中での評価は、今一つな映画です。ってか、映画としては、とても素晴らしいし、面白いし、好きなんですが、ミュージカルとしてみると「???」って感じなんですよ。

 この映画は、視覚優先で作られています。俳優の演技は素晴らしいです。また衣装も、小道具も、ロケした場所(セットも含め)、実にリアルで今っぽいです。また、画面の使い方や役者の見せ方も「おぉっ」って思う事が何度もあったし、なんと言っても、ストーリーがよく整理されていて、実に分かりやすいんですね。俳優のアップのシーンも多いので、感情の起伏もよく分かるし…。だから感情移入もしやすくて、実に映画としては、良いんです。

 でもね、オーケストラの演奏がまるでBGMみたいだし、俳優の歌がまるでセリフみたいなんです。つまり、この映画を形作るすべての要素が演劇的なんです。よくできたお芝居の映画なんです、この映画は。

 たぶん、日頃ミュージカルを見慣れない人(ほとんどの日本人)にとっては、これでもまだ“音楽過多”で“音楽うるさい!”のかもしれません。「まあ、ミュージカルってこんなもんだよね」と世間の人に勘弁してもらえるラインはここ!って、おそらく制作者が見定めたのが、このラインなんだと思います。

 映画は興行的に成功しないといけません。そのためには、ミュージカルに興味のない人にも映画館に来てもらって、クチコミで良い評判を流してもらわないといけません。その結果が、これなんだと思います。

 いい映画ですよ。おそらく、いくつかの賞を取るでしょうし、今年を代表する映画の一つに数えられるでしょうね。でもね……

 ……ああ、物足りね~んだよなあ~~! 音楽ファン、なめとるンかい!

 私はこの映画を映画館で見た、その夜、25周年記念コンサートのDVDを取り出して、ウットリしました。これこれ、やっぱ、せめてこれくらいは歌ってくれないと…。オーケストラもこれくらい雄弁でないと…。なんと言っても、コーラスはこれくらい分厚くないと…! ああ、DVDを見て、やっと落ち着きましたよ。

 せっかく、こんなに名曲だらけのミュージカルなのに、視覚優先で、音楽軽視で作られたなんて、ああ残念。
 
 
 と、最後は愚痴に終わっちゃいました、今年の映画でしたが「好きの反対は、無関心」なんですよね。悪口が言えるってのは、愛してるって事で、勘弁してください。

 来年もまた、たくさん映画を見るぞー!

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2012年12月28日 (金)

ちょっと早いけれど、年末って、色々忙しいからね(笑)[2012年12月の落ち穂拾い]

 今月は年末でもあります。年末は年末で色々と恒例の企画記事がありますので、少し早いですが、今月の落ち穂拾い、行っちゃいま~す。
 
 
レッスン謝礼は、レッスンをお休みしても支払おう!

 レッスンって、一つの商行為であります。“生徒が先生から買っている”のがレッスンでしょう。では、何を買っているのか?

 “演奏技術”や“ノウハウ”でしょうか? “音楽指導をするという行為”でしょうか? もちろん、それらも含むでしょうが、一番最初に買っているのは“先生の時間”じゃないでしょうか?

 だから、私は自分の都合で振替レッスンってしてもらった事って、たぶん無いと思います。もちろん、自分の都合でレッスンをお休みしてしまう事は多々ありますよ。でも、そういう時でも、私は振り替えレッスンを要求しません。そして、レッスンを受けなくても、きちんと謝礼は支払います。だって、そういうモノでしょ?

 レッスンを休むのは私の都合であって、先生の方は、私が休む休まないに関わらず、その時間をきちんと空けておいて、他のことに使わずに取っておいてくれたわけだからね。「休む連絡をしたからいいでしょ?」ってのは、屁理屈だと思います。私がレッスンを休んだ時間に、都合よく、後から他の仕事が入ったなら、その理屈も通るかもしれませんが、私がレッスンを休んたために、その時間が空いたままなら、それは先生の時間を無駄遣いさせてしまった事と同義だからです。だから、私は振替レッスンを要求しないし、レッスンを受けても受けなくても、ちゃんとレッスン代はお支払いします。

 たぶん、振替レッスンを要求する人って、ケチなんだと思う。自分の都合しか見えない人なんだと思う。

 レッスンをサービス業のサービスかなんかだと、勘違いしているんだと思います。だから、自分の都合でレッスンをお休みしたにも関わらず、受けなかったレッスンの分の謝礼を支払うのがイヤなんだろうなあと思います。

 まあ、さすがに「レッスン休んだんだから、月謝を割引してよ」と言いづらいから、単なるお休みにせず、月謝分の振替レッスンを要求するんだろうなあ。でもね、休むのは自分の都合なんだから、そこは諦めないと。そういう金離れの良い人でないと、習い事って、してはいけないと、私は思います。

 中には、レッスンをお休みするのは、自分のせいではなくて、家族や仕事のせいにして「…だから仕方がないから振替レッスンを」…って考える人もいるけれど、たとえ家族や仕事のせいだとしても、それは先生の責任でなく、やはりあくまでも、自分サイドの都合でしょ? 私がレッスンをお休みせざるをえないのって、ほとんどが仕事関係の理由だけれど、それも含めて、自分の都合だと考えてます。

 習い事って、基本的にお金がかかるモンなんだからね、色々な事で出費がかかるのは当然。そういう覚悟は必要だよ。覚悟が足りない人は、音楽なんてやっちゃダメだよ(笑)。
 
 
フルート、高音発音のコツ

 3オクターブ目(以下、“高音”と書きます)の発音は…やっぱり難しいかな? 特に初心者の頃は、ピーともスーとも言わないものですよね。私は今でも高音は、指使いが不規則なのがイヤだし、運指で苦労はしてますが、それでもだいぶ指そのものは覚えました。指を覚えてからは、特に高音に苦手意識はないです。目下、高音は高音でも、4オクターブ目の音の発音で苦労してます。4Dとか常にスコーンと出せるとカッコいいんだけどねえ…。まあ、そこまで使う曲はごくごく限られた曲なので、普通のフルート曲における、発音での悩みは…単純に出る出ないに限れば…卒業したのかな?

 発音がうまく出来ない時は、私の場合は、1)フルートの構えがちょっと変になっている、2)息の支えがいい加減で、腹ではなく胸で息を支えている、…事が多いです。

 私が思うに、高音発音で大切なのは“イメージ”かな? 具体的には“息のスピード”なんだろうけれど、とにかく、これから発音する音をきちんとイメージしながら吹いていれば、適切なスピードの息を無意識のうちに吐けるので、大きな失敗はありません。何も考えずに、運指だけでフルート吹いていると…ヘマしますね(笑)。

 むしろ、高音よりも低音を鳴らす方に、難しさを感じる今日この頃な私です。

 高音に不安のない私でも、低音を鳴らす時は、ちょっと心配するし不安になります。ほんと、低音は難しいです。高音よりも、支えが必要だし、ポイントも狭いような気がします。
 
 
フルート初心者さんへ

 フルートを始めたばかりの人は知らないかもしれませんが、実はフルートって、定期的に調整をし続けないと、すぐに音が出なくなる、厄介な楽器なんですね。まあ、フルートの調整と言っても、ピアノが定期的に行う調律作業のようなメンテナンスだと割り切るべきなんでしょうね。つまり、フルートって、買ったらお終いという楽器ではなく、購入後も何かと手のかかる楽器なんです。

 で、その調整は、楽器が新品のうちは三カ月に一回、落ち着いてきたら半年に一回。そして購入後、五年ごとにオーバーホールが必要となります。ひゃあー、結構、回数が多くて面倒だーって、ほんと、面倒と言えば面倒です。

 でも、その面倒臭さにかまけて、調整をさぼっていると、フルートがどんどん吹きづらくなっていきます。やがて音が出ないのが、自分のせいなのか、楽器のせいなのか分からなくなるので、初心者のうちは、調整は絶対に必要です。

 さらに、この調整って奴は素人には出来ません。ちゃんと管楽器職人、できればフルート専業の職人さんに調整してもらわないといけません。そのためには、楽器店経由で職人さんにお願いするのですが、国内メーカーのものなら、購入店経由で調整してもらえるので安心ですが、ネット通販の楽器や中国製の安価なフルートだと、どこの店でも調整を引き受けてもらえない事があります。調整できないフルートなんて、ただの使い捨てフルートです。高いお金出して購入した楽器が使い捨てなんて、悲しいですよね。そういう意味でも、フルートはぜひ、国内メーカーのモノを購入することが、最低条件です。
 
 
指のばたつき

 指のばたつき。フルート演奏上の、私の永遠の課題です。

 指のばたつきを避けるため、私は「指をキーから離さない」と習いました。いつでも指はキーに触れているようにって事ですが、全然出来ません。

 指のばたつきは、音がかすれたり出なかったりする原因の一つであるし、楽器の構えを悪くする原因でもあります。また同時に、バタバタした指使いでは、指の運動量が増えてしまうので、速吹きは無理なんだそうです。確かに言われてみると、そうかもしれません。

 指の動きを最低限に押さえ、素早く動かせるようにする…フルート演奏の基本のキの字らしいです。
 
 
今月のお気に入り Amor Mi Fa Cantare

 アメリカのテノール歌手、ロベルト・ガリーノによる、ドナウディの「古典様式による36のアリア」の全曲録音盤です。日本で「ドナウディ歌曲集」として売られているアレの録音です。ちなみに、これは、世界初の全曲録音盤って奴です。1996年録音です。

 現在、日本で容易に手に入る、松本美和子氏と鈴木真一氏が歌っている「ドナウディ歌曲集」は2000年の録音だし、私のもう一つお気に入りの、これまたアメリカのテナーであるトーマス・プールが歌っている「Songs of Stefano Donaudy: 36 Arie Di Stile Antico」も2000年の録音なので、たぶん、本当にこれが世界初の全曲録音なのでしょう。

 実は私、ガリーノのディスクを聞くまで、ドナウディ歌曲の事を、ちょっとナメていました。

 と言うのも、イタリア歌曲、それもテノールが歌うような歌曲は、トスティがメインで「ドナウディなんてマイナーな作曲家の曲なんて、どうなのよ?」って思ってましたし、キング門下での最初の発表会で、私がキング先生から与えられたのが(私はトスティが歌いたいと直訴していたにも関わらず)ドナウディの曲でしたから、そこですごく悪い印象をドナウディの曲に対して持ってしまいましだ。「へん! ドナウディなんて、トスティを歌えない奴が歌う、ツマラン曲なのさ、ケッ!」ってな感じでで、ドナウディの曲に八つ当たりして、やさぐれていました。

 当時は私の歌唱力も、音楽理解力も不足していたので、その時にもらった曲の素晴らしさなんて、ちっとも分かっていなかったのです。で、「ああ、トスティ、歌いたいなあ…」なんて、心の中でグチグチ言ってたわけです。

 今、キング門下から離れて、冷静な心でドナウディの歌曲たちを聞くと、なんと素晴らしい曲が詰まった歌曲集なのかと、ほれぼれしています。どの曲も、美しいメロディの曲じゃあないですか? いや、美しいばかりではなく、ロマンティックです。あの時歌った曲(O del mio amato ben/ああ愛する人の)だって、実は素晴らしくチャーミングな曲じゃないですか?

 ガリーノに続けて、プールの録音を聞くと、さらによく分かりますが、ドナウディのメロディって、実にテノールの声質とマッチするんです。トスティが勇ましく雄々しい曲ならば、ドナウディは繊細でたおやかの曲なんです。まさに、陽と陰って感じですかね。ドナウディの歌曲って、決して、捨てたものじゃないですよ。

 とまあ、私は主に、ガリーノやプールのテナー歌唱の音源で聞くことの多いドナウディですが、これらは輸入盤で、日本盤は無いんですよね。ですから、始めてドナウディを聞くなら、日本盤である、松本・鈴木組のディスクの方が、何かと安心です。歌詞も訳詩も解説もついているし、手軽にディスクも入手できるしね。ただ、このディスク、二枚組で、ややお値段が張るのが欠点なんですよね…。
 
 
今月の金魚

 みんな、元気で、太りました(涙)。
 
 
今月のひとこと

 最近の私のマイブームは柿。柿ラブです。毎日バクバク食べてます。この柿ですが、最近では、若い人たちを中心に嫌われているそうですね。「渋いから嫌い」なら分かりますが、実はそうではなく、あの柔らかい実の食感がダメらしいです。あんなに美味しいのに、食感がダメで食べられないなんて、可哀相に…って書くと“大きなお世話”って思われるんだろうなあ。でも、私は柿が好きです。柿ラブです。(2012年11月29日)

 党首討論を聞いていて思いました。政権を取る気のない万年野党さんたちは、実に非現実的な事を無責任にポンポン言いますね。人気取り? ポピュリズム? まあ、いくら言っても、政権を取らない限り実行する必要はないんだから、なんでも言えるよね。その点、政権を取るつもりのあるところは、どうしても現実路線にならざるを得ないので、色々と歯切れが悪いのです。しかし、無責任で非現実的な耳障りのいい言葉に騙される人が、今回もたくさんいるんだろうなあ…。幸せな生活は、理想論だけじゃ出来ないことは、民主党政権でよく分かったはずだけれど、学習しない人は永遠に学習しないからなあ(涙)。(2012年11月29~12月5日)

 衆議院選挙がいよいよ公示となりましたが…私の地域じゃ立候補者はたったの二人。強力なJ党と弱小なK党の候補者ですが、実質はそのJ党候補の信任投票のような感じでございます。ううむ、いわゆる“無風選挙区”? なんか面白くない…。せめて、比例をどこに入れるか、悩む事にするか(溜息)。(2012年12月6~9日)

 昨日の朝(?)目覚めたら、午後三時でした。いやあ、ビックリしました。前日の就寝時刻は、いつもと同じ時刻でした。ただ、久し振りの完全休養日だったので、朝寝をしてもいいかと言う気分で寝ついたのは事実です。いつもはその時刻に就寝して、朝五時半ぐらいに起床するので、目覚めた時に時計を見て三時だったから「あれ、休日なのに、やけに早起きだな…」と勘違いしたほどでした。いくら最近、ちゃんと休養を取っていなかったとは言え、こりゃあ寝過ぎだね。いやあ、参った参った。しかし、本当に何の予定も入っていなかった日なので、そんな時刻に起きても、特に焦ることもなく、短い一日を過ごして、いつもの時刻に就寝した私でした。それだけ朝寝をしても、ちゃんといつも通りの時刻に眠くなる私でした(笑)。で、翌日は…お昼に目覚めてます(爆)。ううむ、やっぱ、疲労困憊なんだねえ…。(2012年12月9~10日)

 そう言えば、私はここ数年『選挙公報』と言うものを見ていていない。おそらく、今回の選挙でも『選挙公報』を見ることはないでしょう。なぜ、見ないのか? それは手元に無いから。『選挙公報』って新聞に折り込まれて各家庭に配達されるので、基本的に新聞を取っていない家庭には届かないんだよね。私が新聞を止めてから、たぶん15年以上の月日が経つでしょう。それでも別に日常の生活に不自由はないし、情報不足も感じないので、今後も私が新聞を取ることはないでしょう。でも『選挙公報』はさすがに見たいです。ネットにアップされていないものかと調べてみたけれど、ネットにはありません。新聞取ってない人間は、近所の公共施設に取りに行けばもらえるらしいけれど、私は基本的に引きこもりのネットヲタクだから、職場と家庭以外の場所に行くのは億劫なので、公共施設にはなかなか参れません。選挙管理委員会に連絡すれば郵送してもらえるそうだけれど、以前、不在者投票をした時に、選挙管理委員会のオッサンたちに、散々嫌な目に合わされたので、彼らとは関わり合いになりたくないんだよねえ…。だから、電話はイヤ。メールでも連絡できそうだけれど、こっちのメールアドレスを知られるのも、なんかイヤ。結局、今回の選挙も『選挙公報』を見ないまま終わるんだろうなあ。(2012年12月10~11日)

 来年から、法人税と住民税と所得税がトリプルで値上げする。いわゆる“復興特別税”だそうだが、なぜ復興費用を税金で取り立てる? 普通は“復興債”を販売して、富裕層が持っている銀行などで眠っていて使われていないお金を復興費用に当てるのが当たり前だろうに、なぜに貧乏人や零細企業の懐に直撃する、法人税・住民税・所得税をそこに充てる? これじゃあ、単なる、テイのいい増税じゃん。そんなに日本国民の力を削ぎたいのか! 我々の生活や暮らしを貶めたいのか! 現政府は…まったく。これでもまだ、あそこの党に投票する人間がいるんだろうな…。どこまでお人好しなんだか…。いや、あの党に限りません。あそこ以外にも、反日思想を持った政治家はたくさんいます。今度の選挙では、日本の安全と日本人の生活について真剣に考えている政治家さんたちに投票したいものです。みんな、よろしくな(前回みたいに騙されるなよ)。(2012年12月11~12日)

 北朝鮮、ミサイル、打っちゃいましたねえ…。国内に被害が無いので、ひとまずホッとしてます。このミサイル発射は、日本向けではなく、北朝鮮国内向けと韓国向けの両面から行う必要があったのだと思います。北朝鮮国内向けはもちろん「新しい首領様もなかなかおやりになりますよ」って事だろうし、韓国向けには「我々北朝鮮は、やる時にはやるから、北に対して厳しい態度を鮮明にしている朴槿恵を大統領にしたら、今後もこういう事は続くぜい!」って事で、親北&融和派の文在寅への応援やら投票誘導やらを狙っているのでしょうが、韓国国民って、この程度の事で、投票行動が左右されるのかな? 日本人なら…ビビリ屋が多いから、ミサイル一発で風が変わるだろうけれど、あの人たちは、あれで結構胆が座っているから、ミサイルごときじゃ風は変わらないと思うのだけれどな。ちなみに、ミサイルが日本向けじゃない理由は、現政権が北朝鮮に対して、まともな外交一つできない事はバレているからね。相手にされていないと思うよ。(2012年12月12~13日)

 選挙公報が入手できない私は、仕方がない(笑)ので、テレビ(ローカル局)で政見放送(地元向け)を見てみました。しかし、最初から政権を取るつもりのない政党が多すぎ。どうして、出来ない事ばかりを堂々と言うのかな? クチビルは寒くないのかしら? 心は痛まないのかしら。そうそう、毎日新聞の「えらぼーと」をやってみて(やりたい人はググって下さい)お薦めの政党を選んでもらったら、私の場合、なんと幸福実現党との一致度が一番高かったよ。いや、私、幸福の科学の信者さんじゃないから、そこには入れないよ(笑)。ちなみに一番一致度が低かったのは、社民党。実に納得。(2012年12月13~14日)

 ちょっとイヤな噂を耳にしました。自由民主党支持者の方は、ちょっと気をつけた方が良いかもです。と言うのも、自由民主党と書いて投票すると、うっかり“自由”と書かれた部分を見落とされて民主党への投票として扱われてしまうかもしれないのです。まあ、デマだと思いたいですが、人間のやる事ですから完璧はありません。自民党に入れたつもりが“うっかり”されて民主党に投票されてしまっては困るでしょ? その対策しては『自由民主党』と書いて投票するのではなく『自民党』と書いて投票するのが良いそうです。党名の略称での投票は可ですし“自民党”と書かれたら、他の党に間違えられる可能性はとても低くなりますからね。また“日本共産党”“新党日本”“日本維新の会”“日本未来の党”と『日本』という言葉が党名に入っている党は四つありますが、略称として“日本”と書くと“新党日本”に投票した事になってしまう、あるいは新党日本の比例区候補のいない地域では無効票になってしまうので、これも注意です。あと、心配なのは、今回の選挙では、開票作業に従事するアルバイトさんは外国人でもOKなんだそうです。開票作業なんて言う大切な仕事を外国人に任せても平気? 漢字の読めない人や、スパイさんや工作員さんが開票作業をするかもしれないんだよ、本当に大丈夫なのかな?(2012年12月14~16日)

 選挙の投票率はガタ落ちらしいです。選挙に行かずに、政治や世の中の事に文句を言うのはナシだよ。反原発であれ、増税反対であれ、憲法改正反対/賛成であれ、まずは投票してから、文句を言うべきだ。もちろん、誰に/どの党に投票するかは、自分でよくよく考えて入れなきゃダメだよ。マスコミの垂れ流す嘘情報には、騙されないようにしないとね。投票は午後8時までだよ。(2012年12月16日)

 衆議院選挙の結果が出ましたね。今度は、自民党が単独過半数を獲得し、第二次安倍内閣って事になるんだと思います。政権交代をしたからと言って、すぐに暮らしが良くなるわけではないでしょう。まずは、売国&反日政権がダメにした日本の回復から始めるわけです。つまり、マイナスからの出発というわけです。民主党が約4年かけて壊した日本を良くするには、一体どれだけの時間とお金と我々の犠牲が必要なのかと思うと、今から頭が痛い話です。とにかく、景気回復、雇用促進、被災地の復興など、すぐに手をつけていかないといけません。しかし、外交面での取り返しは、かなり厳しいでしょう。一度民主党によって売られた日本を買い戻すのは、容易な話ではありません。本当に、この4年間が悔やまれます。日本という国を日本人の手に取り戻す…こんな当たり前の事が、実に難しく感じるようになってしまった4年間の政治だったと思います。それにしても、大変な思いをしながら、よく耐え忍んだと思います。ほんと、日本および日本人は、足腰が強い国家&国民なんだなあって思いました。(2012年12月16~21日)

 皆さん、お元気ですか? 私はダメです。手足が火照って、お腹も気持ち悪くって、食欲が無くて、なんか落ち着かなくって…。風邪&過労のダブルパンチなんだと思いますが、それでも何とか活動してます。この年になると、ちょっと寝たぐらいでは疲れは取れません(涙)し、薬を飲んでも劇的な回復なんて出来ません。それでも活動できるのは、たぶん、水晶パワーのおかげでしょうね。と言うのも、うっかり水晶のネックレスを外したままでいると、1時間も経たないうちに、倒れこんでしまいますが、水晶を身に付けると、1時間ほどで回復するからです。おそるべし、水晶パワー。ああ、書いてる事が、オカルトだなあ。(2012年12月21~23日)

 今回の風邪は…長引いております(涙)。ってか、たぶん病気の方は治ったと思うのですが、疲労の方がちゃんと取れません。年を取ると、疲れてもすぐに疲労が表面化しないのだけれど、一度表面化した疲労はなかなか排除できません。しっかり、カラダに根を張っているような…。カラ元気の代償は大きいです。でも、クリスマスまでは回復しないと! でないと、クリスマスケーキ、食べられないじゃん(って、そこかい!)。(2012年12月23~24日)

 クリスマスだね、とっても美味しいね(笑)。(2012年12月24~25日)

 体調が回復しきらないまま、通常活動をこなすってのは、案外、つらいものだねえ…。(2012年12月25~27日)
 
 
 今月は以上です。来月も、来年も、またよろしくお願いします。

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2012年12月27日 (木)

基礎基本をないがしろにしないでっ!

 今回の記事は、こちらの記事に刺激されて書いてみました。教える側だけでなく、学ぶ側からだって、基礎基本をしっかり学ぶ事って、大切なんだよね。

 オトナが音楽を学ぶと言うと(特にオッサンの場合)まず最初に行うのは、楽器店に行って、楽器と教則本(とDVD)を買ってきて、練習し始める…つまり独学を始めるわけです。私もフルートは、本当に最初は独学で始めたんです。だって「縦笛は学校で習って吹けたもん、横笛だって、縦のモノが横になっただけで、変わんないじゃん」って思ったからです。

 で、始めてすぐに「こりゃ、ダメだ」と思って先生を探したわけです。

 私は独学を否定しませんが、独学は怖いと思ってます。と言うのも、独学って、結局、遠回りだし、何より「どこが大切か分からない」「練習の勘つぼが分からない」、つまり「何が基礎基本だか分からない」ってことに尽きるのだと思います。

 基礎基本って大切です。音楽ならば、演奏技術の土台に当たるわけで、その土台がしっかりしていないと、立派な建物は建ちません。基礎基本がいい加減なものを、世間では“付け焼刃”と言うわけです。必要最低限の事を当たり前にできる事、これが基礎力と言うものだけれど、この基礎力って奴が、ジャンルや分野ごとで違うわけで、音楽には音楽の、スポーツにはスポーツの、絵画には絵画の、基礎力って奴があるわけで、それぞれのジャンルにおいて必要な基礎力を身に付けることが、その道に入ったばかりの初心者が、まず最初に身に付けるべきことなわけです。

 で、この基礎力って奴が何なのかは…残念ながら、素人、つまり初心者自身には分かりません。『何事にも先達はあらまほしきことなり』…ってわけで、その道の行く先を示してくれる、先輩なり、先生なりの存在、つまり“ある程度、その道で先を歩いている人”の導きが必要なのです。

 だから、本当の独学って難しいと思います。

 オトナの場合、人生の残り時間は少ないですから、そんな事で遠回りをしたり、よそ見をしている暇はないし、趣味なら生業とは違って、エネルギーも時間もかけられませんから、さっさと先生に付いて、基礎基本からしっかり学んじゃった方がいいと思います。

 …と私は、ついこの前まで信じていました。でも、これは、一つの信仰にしか過ぎなかったなあと、今では思ってますし、先の記事を読んで確信もしました。

 結局、基礎基本からしっかり学べるかどうかは、出会った先生次第だから、なんでもかんでも先生について学べばOK、ってわけじゃあないって事です。

 と言うのも、実は先生と言っても、色々な方がいらっしゃるわけで、先生次第で、基礎基本からバッチリ学べる事もあれば、逆に、時間とお金と人生を無為に過ごしてしまうだけという残念なケースだってあるわけで……と、色々なようです。と言うもの、先生にも色々な方がいらっしゃるわけだし、また、先生ごとに、その資質も異なれば、指導方針も異なるからです。

 もちろん、私たちマジメな学習者が望む『基礎基本からしっかりやらせる』という先生は、この世には一定数、きちんといらっしゃいます。

 そういう先生は、先生ご自身が熱血マジメ人間で、自分について学ぶ以上、きちんと指導したいという当たり前の気持ちをお持ちであったり、あるいは『習い事なんだから、ちゃんと上達しないと楽しくないでしょう? 上達するためには、今はつらくても基礎基本からやらなきゃダメだよねえ』とお考えの方々です。

 でも、習い事の先生って、そんな人ばかりじゃないんですよ。特にオトナ相手だと、そういう先生はむしろ少ないみたいです。実に多いのは、オトナ相手の指導は“営業”って割り切っている先生方の存在です。

 ま、魚心あれば水心ありですから、一概に先生のせいとばかり言えない側面もあります。「基礎基本なんて吹っ飛ばして、とにかく、この曲を○月○日までに演奏できるようにしてほしい」という注文でレッスンを受けに来る生徒さんって、オトナの場合は多いし、そこまで極端でなくても、オトナって、すぐに結果を求めますからね。「何カ月も何年もエチュードばかりやってられない。いつになったら曲が弾けるようになるわけ??」とグチる生徒さんだっているわけです。

 そんな生徒さんばかりを相手にしていれば、先生の方だって、基礎基本は吹っ飛ばして、とりあえず、小手先でチョイチョイ…という指導スタイルになるのも、分からないでもないです。

 つまり、そういうレッスンもアリはアリだし、世間的には、一定の需要はあるんでしょうね。

 また、生徒さんがあまりにお年寄りの場合は、基礎基本をやっていると、それだけで残りの人生が終わってしまう事だってあるわけだから「本当は基礎基本から…」と先生が思っていても(泣く泣く)基礎基本をすっ飛ばして、希望の一曲を仕上げるレッスンをする…というのも分かります。

 また、オトナって頑固だし(笑)、特にオジサンだと年下のお嬢さん先生に師事されるのを拒む人だっているわけだし、生徒の方で、勝手なカリキュラムを作って、その通りに教えてほしいと先生にゴネる生徒さんもいます。そうなると、先生の方が立場弱いですから、先生的には良くない事とは分かっていても、生徒さん本人の希望どおりにして、基礎基本をすっ飛ばす事だってあるでしょう。

 あと、考えたくないけれど、先生自体の教授スキルが低くて、何が基礎基本か分からず、また何が基礎基本分かっていても、それをどうやって教えたらいいのか分からないって事もないわけじゃなさそうです。特に、天才型プレイヤータイプの人が先生業を始めると、往々にして、そういう事があるみたいです。

 なぜ色々と問題のある先生がいらっしゃるのかと言うと…音楽の習い事の先生って、無資格無認可でしょ? 力量があろうがなかろうが、適性があろうがなかろうが「今日から先生やります」って言ったら、とりあえず出来ちゃう稼業だからです。

 まあ、大手楽器店だと講師資格とかあるみたいだし、あと『大学教授』ってのも、一種の資格だと思うし“中学・高校の音楽教師経験あり”とかそうだろうし、まあ、このあたりの人は、それなりに先生としての実力のある方だろうと思うけれど、音楽の習い事の先生の圧倒的多数を占めている、申し訳ないけれど『“音大卒業”&“社会人経験ほぼ無し”』程度の先生方って、ほぼ無資格と言ってもいい状態に近いよね。

 とは言え、無資格で音楽の習い事の先生をやること自体、特に問題は無いと、私は思ってます。と言うもの、音楽と言うのは、我々の生死にも関係なければ、社会秩序の維持にも無関係な事だから、きちんとした有資格者がその任に当たらなければいけない…とまで、厳しいことは言えないからです。そこは、医者や弁護士や教員とは違います。

 音楽の習い事なんて、たかが趣味だもん。実業の世界の基準を、趣味の世界に持ち込んじゃいけません。

 でもね、たかが趣味だから、実業の世界以上に、真剣になる部分だってあるんです。

 音楽の習い事の先生は、無資格でもいいけれど、真摯で有能で優秀な方に先生になってほしいし、そういう方に師事したいです。

 と言うのも、学習者の側で、いくら基礎基本が大切って、お題目的に分かっていても、その基礎基本が具体的に何なのか、そしてその基礎基本を習得するための合理的なカリキュラム提示とその指導ってのは、先生次第なんです。生徒にとって、先生の導きって大きいんです。

 とは言え、先生をどう選ぶのかって難しいですね。今回の記事は、そこがテーマじゃないので、軽くスルーしますが。実に難しいです。以前“再度『良い先生の条件』について考えてみた”という記事で、その問題には触れていますので、興味感心のある方は、そちらの記事もご覧ください。

 と、まあ、学ぶ側にとって、基礎基本をしっかり学ぶ事って、基礎基本をしっかり教えてくれる先生に師事するって事と、同義なんですね。

 ほんと、いい加減な先生に付くくらいなら、独学の方がまだマシだし、そういう先生につかまった生徒は、本当に不幸だと思うからです。

 だって、基礎基本が出来なくて、苦しい思いをするのは、先生じゃなくて、生徒自身だもの。下手な先生に師事してしまうと、いくら自分の先生を信じて一生懸命に学んでいても、結果として、裏切られ続けるわけでしょ? 長年習っているに関わらず、全然上達しないわけでしょ? いつまでも出来ないままなわけでしょ? 一生懸命努力しているにも関わらず、その努力が報われないわけでしょ? すべてが徒労なんでしょ? 人生の無駄遣いなんでしょ?

 これっ、ほんと、悲しいよ。基礎基本をおろそかにされて、挙げ句の果て、欠点があっても、見て見ぬふりされるなんて! その場だけ繕って、何も指導されないで、ただただ御月謝を支払うだけなんて! 本当に、ひどいと思います。
 
 
 オトナの生徒なら、そういう事が重なれば「どこかオカシイ」とは感じる事もあるでしょ。多くの場合、そこで先生と話し合いが持たれるわけだけれど、先生自体がその問題に取り合ってくれない場合もあります。あんまりしつこく言うと、先生から切られる事だってあります。それを恐れてと先生と心中するか、いっそ思い切って、音楽を辞めるか、先生を変わるか、それくらいしか選択肢は無いのです。

 でも、先生を変わるって、大変な事です。今まで習ってきた先生には“情”だってあるわけで、その“情”を振り切って、先生を変えようなんて、すっごい精神的なエネルギーが必要となります。それに、そこを乗り越えて先生を変えると決意しても、地方だと、代わりの先生が見つからない事だってあるわけだし、それに先生を変えようとすると、妨害する先生だって、悲しけれど、います。門下の仲間や近隣の先生方に悪口を言いふらされて、二度と音楽が出来ないようにされてしまう事だって、あります。

 それに、それらを無事に乗り越えて、めでたく先生を変えたところで、今度は新しい先生の元で、基礎基本からやり直しをするはめになります。新しい先生のところ、基礎基本をやり直すたびに、前の先生のところで過ごした時間が、無為な時間だったと分かるのって、悲しいですぉ。ほんと、人生をたっぷり浪費しちゃったって感じるかも…。
 
 
 だからこそ、最初の先生選びは大切だし、そんな苦労を学習者にさせないためにも、力不足の人が先生をやるのは、止めて欲しいと思います。少なくとも、自分が力不足だと感じているなら、せめて勉強を続けて欲しいし、愛情をもって生徒を導いて欲しいです。

 「先生」と呼ばれているうちに、自分を何かエラい人間だと勘違いしているような人には、たとえ習い事の先生であっても、先生にはなって欲しくないです。

 何かを教える人って、その分だけ、他でしっかり学び続けないとダメだと思います。電池は、放電するだけでは、すぐにゴミになります。放電する一方で蓄電だってしないと、長くは役立ちません。放電しっぱなしの空っぽな電池は、電池の姿をしていても、それはもはや、単なる不燃ゴミでしかないのです。教える人は、常に学ぶ人でないといけないのです。

 先生を稼業としている人は、責任をもって、基礎基本をご自分の生徒に教えてほしいと思います。これは音大入学とかコンクール入選とかプロデビューとかの話だけではなく、趣味のオトナにも通じる話です。ってか、趣味のオトナだからこそ、ちゃんとした先生に、しっかり指導してもらいたいと思います。

 簡単に言っちゃえば、もらった月謝分だけの指導ができなきゃ、それは詐欺師と一緒だよって事です。

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2012年12月26日 (水)

練習ではゆっくりゆっくりね

 まだまだ調子は悪かったのだけれど、頑張って、フルートのレッスンを受けてきました。いやあ、本当に私、頑張ったんだって…。この日は、前日から寝込んでしまい、夕食も食べず、朝食と昼食はバナナ1本だけで、後はずっ~~~と寝込んでいたわけです。ああ、具合悪い。ああ、カラダがシンドイ。ああ、手足が火照る。カラダ中が痛い痛い(涙)。おまけに、練習だってロクに出来てなかったけれど、今年最後のレッスンだし、お歳暮を手渡さなきゃいけないから、頑張ってレッスンに行ってきたよ。

 レッスンに行ったら、姉様は今週もお休み。先週もお休みだったし、今週もお休みだと、来週と再来週は年始年末のためレッスンがないから、丸々一カ月レッスンを休んでしまう事になるわけで…姉様、大丈夫かな?

 それはさておき、ロングトーン練習をしましたが、今回はなんか調子が良かったです。具合は悪かったけれど、その分、睡眠時間はバッチリ(いつも寝不足でフラフラの状態でレッスン受けているからなあ…)だし、具合が悪いので、カラダ全体に力みが無いのが、幸いしていたのかもしれません。先生からも「大変、いいですよ」と誉められました。よっしゃー!

 で、アルテの15課6章です。最初はAs-durのロングトーンから。もう、指の間違えとかは、さすがにありませんが、先生から「まだ裏声に成りきれていないねえ…」と言われました。なんでも、息の量が多すぎるのだそうです。「フルートを裏声で吹くには、息の量を減らして、その分、息のスピードを上げるんですよ。そのためには、アパチュアをもっと小さくしないといけないのだけれど、だからと言って、クチビルに力を入れてはいけないんですよ」と言われました。結局、フルートも歌同様「支えが肝心」という事のようです。頑張ろうっと。

 で、2番の「アルベジオ基本練習」はメタメタでした。ミbとかラbとか嫌いじゃー! 特にラbって何じゃい? これがソ#なら親しみやすいのに、ラbになった途端に、わけわかめになる…。おまけに、ミbもラbも中音と高音では運指が違うし…あああ、だからb系の音楽はイヤなんじゃーいーー!

 4番の「As-durのスケールとアルペジオ」は、当然のことですが、アルペジオが出来ましぇん(涙)。これも不合格です。でもでも、5番の「As-durのクロマティック」は合格。もっとも、この課題は私の中では、先週合格していた課題なんですけれどね。

 で、次回までの宿題が、残されたAs-durの2番の「アルベジオ基本練習」と4番の「As-durのスケールとアルペジオ」に、改めてf-mollの6番と7番と8番の「f-mollのスケールとアルベジオ」が加わりました。長調と短調を一緒に宿題に出されると、指がこんがらがらないか、今から不安。特に、私の嫌いなミをフラットとナチュラルで吹き分けるなんて、すごくすごくイヤだなあ(涙)。

 で、ミニヨン・エチュードの18番です。私が吹き出したところ、すぐに「そんな、お経のように吹かないこと!」と言われて、止められてしまいました。お経…確かにお経だったかもしれない。元気が無くて、音楽にメリハリがなかったのは事実だしね。

 「音楽は生きているのだから、もっと力強く脈を打たないと…」と言って、模範演奏をしてくれました。言葉で書くと、強拍と弱拍の差をもっと強調して…って感じになるんだろうけれと、でもそんな単純な話じゃないです。でも、目の前で同じフレーズを生き生きと演奏されれば「ああ、なるほど」と合点が行くわけです。百聞は一見にしかずってわけですね。模範演奏って大切ですよ。

 とにかく、元気を出して(笑)、音楽に命を吹き込みながら吹いてみました。いやあ、音楽に命を吹き込むと、こっちの生気が吸い取られるようで、結構、つらいです。体調が悪いこともあって、あっちこっち、つまらないミスをしちゃいました。普段ならしないようなミスですね。

 前回吹けなかった箇所のうち、楽譜の中程に出てくるソ#を含むフレーズは、なんとかやっつけましたが、曲の最後に出てくる『ド#レミファ#レ~』のフレーズはまだダメです。『ミファ#レ』の運指がどうにもうまく行かなくて…。先生からは「とにかく、毎日少しずつでいいから練習をしなさい。たとえ五分でもド#レミファ#レ~と吹いていれば、いずれ出来るようになりますよ」とのことです。

 そこで、アルテに書かれている替え指の件で質問をしました。

「この箇所は中指を使った運指で演奏するように指示されていますが…」

「ああ、それね、無視しなさい。替え指は、音程を良くするためとか、音色を美しくするために使うもので、指を楽にするための替え指なんて、使っちゃダメです。そんなのに逃げないで、マジメに練習してきなさい」 はい、了解です。

 それと「練習の時は、なるべくゆっくりと吹いてください。一つ一つの音程とリズムを確認しながら練習するんですよ」とのことです。「例えば…」と言って、先生がいきなり、モーツァルトのフルート四重奏曲の第一番を吹き始めました。

 「この曲は、この速度で演奏するけれど、一番最初に、この曲の練習をした時は…」と言って、すごくゆっくりと吹き始めました。「…これくらいゆっくりと吹いて、音程や音色を一つ一つ確認して、正しい音程、キレイな音色で吹けるようにしてから、速度を上げていったんですよ。だから、最初から速く吹ける必要はないんです。練習の時は、ゆっくりでいいから、確実に吹けるようにしてください」とのことです。ラジャーです。

 それにしても、先生の生モーツァルト、かっこ良かったなあ…。もう少し、聞いていたかったなあ…。

 で、今回の雑談は…二人で熱海の未来を憂いました。いやあ、私も先生も、熱海という町とは浅からぬ因縁のある二人なので、真剣に熱海の行く末を心配しているんですよ。かつては、大観光地、新婚旅行のメッカとして栄えた温泉町なのに、今じゃ…ねえ。どこのホテルもガラガラだし、道を歩いている人の数も少なくなってしまったし、そんな寂しい熱海を活性化しないとね。とりあえず、このお正月は、私も先生も熱海に行って、お金を落としてくる事にしました。心配するだけじゃダメだもの、実際に現地に行って、お金を使わないとね。と言うわけで、熱海の町で出会えたら「よろしく」という事で、今年のレッスンを終わりました。

 「レッスンが二週間もお休みだから、たっぷり練習できますね」って言われて、返事が出来なかった私です(冷や汗)。

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2012年12月25日 (火)

年始年末にかけて、新曲の練習をしましょう

 声楽レッスンの続きです。曲は『マリンコニーア/ Malinconia, Ninfa gentile』です。

 歌いだす前の息の音程を注意されました。キング先生のところでは、子音の音程に注意された事はあるけれど、その子音よりも前の、息の音程の話です。子音を発音する前の息の段階で、次に出す音(母音)の音程で息を吐くのが大切って言われました。つまり「Malinconia~」なら「Ma」の「M」の前に吐き始める息の段階で「a」の音程の息を吐くって事で、これは言葉で書くとオカルトですが、やってみると、納得の作業でした。特に出だしの音が高い時(歌に入って7小節目の「consa, croa te」の「co」の高いGなどではとても有効な方法でした。

 それに伴って、今まで二小節ごとにブレスを取って練習していたけれど、四小節ごとにブレスを取って歌ってみました。ううむ、こっちの方が結果がよさそうです。

 母音よりも子音より、息を優先して出して歌いだすと言うのは、ノド声回避のために有効手段だと思いました。ノド声で歌った場合、息と音がほぼ同時に出て、アタックの強い声になりがちですが、響き優先で行くと、息が先に出るので、ふわっとした感じの声になるので、息と音が同時に出るのを避けるためにも、意識的に息を先に出すわけです。

 ですから歌いながら、次の音の前に、息だけ次の音の音程に調整していくわけで、結構忙しい作業になります。しかしこれをしていると、次の音が高音の時は、高音そのものが出し易くなる事に気づきました。

 ノド声で歌っている時は、高音を出すには、声帯のエネルギーが必要でしたから、高音の前に歌い直す必要がありましたが、息を流して歌うなら、高音の前に息を流しておく必要がありますから、歌い直すどころか、前の音からの流れで歌った方が高音を出し易くなります。このあたりが、発想の転換? 歌っていて面白いです。

 とりあえず『マリンコニーア』に関する、現在の私の課題は二つあるそうです。一つは「高いAが出ない」事と「ノドを鳴らさずに歌えない」事です。

 ノドを鳴らさずに歌うのは、注意している限りは出来ないわけじゃないですが、なんかの拍子で、うっかりノドに力が入ってしまうと、それ以降、ノドから力が抜けることはなく、最後まで突っ走ってしまって失敗するのです。これはスイッチの問題であって、どんな状況になっても“ノドに力を入れてしまう”少し前までやっていた唱法に戻らないようにすればいいだけなんですが、それがなかなか難しいのです。切羽詰まると、昔の悪い癖が出ちゃうわけです、ああ、ああ、ああ、…。

 高いAが出ないのは、先生的には「???」なんだそうです。と言うのも、私の声を聞いている限り、高いAなんて、楽々出るはずだと思ってらっしゃるんですね。実際、歌っていても、Gisまでは楽々出てます。で、Gisまでは楽なのに、Aになると、途端にヘナってなるので、不思議なんだそうです。

 自分でもその現象については自覚してます。思い当たり事としては、Aになると、急に息が吐けなくなってしまうんです。つまり、Aを意識しすぎて、無意識のうちにカラダがこわばって、気道のどこかが狭まってしまうのだろうと思ってます。つまり、心が負けているんです。

 以前、Gが出せなかった時と全く同じ状況が起こっているんですよ。以前はGが怖くて、Gが近くなると、カラダがこわばってしまってGが出なかったのですが、ある時からGが怖くなくなって、カラダがこわばらなくなったら、Gが楽々出るようになったのです。だから、今、Aが出せないのも、それとメカニズム的には全く同じことが起こっているのですが、私自身、どうやってG恐怖症を乗り越えられたのか…覚えてないんですよ。ああ、残念。

 先生曰く「まずは、気軽にAを出してみよう。引っくり返してもいいから…」って事です。力んでぶら下がった声で歌うよりも、引っくり返っても正しい音程で歌いましょうって事です。ファルセットで歌えるなら、ファルセットでどうぞ、です。

 それにしても『マリンコニーア』からは、まだまだたくさん学ぶことがありそうです。

 で、先生から「マリンコニーアはまだまだやりますが、そろそろ、これだけだと飽きてくるでしょうから、もう一曲やりましょ」と声がかかりました。やったねー、実はもう、マリンコニーアには飽き始めていました(笑)。

 「次は何をやりましょうか?」と尋ねられたので「私はもう少しベッリーニを歌いたいですが、高い音のある曲はマリンコニーアで十分なので、しばらくは最高音が低い曲をやりたいです」と言いました。で、しばらく二人でベッリーニの楽譜を見ていたのですが、なかなか良い曲が見つからず(高声用のベッリーニの楽譜だと、そりゃあ、最高音の低い曲なんて無いよねえ:爆)、『イタリア近代歌曲集』でもピンと来る曲がなかったので、仕方なく『トスティ歌曲集』にまで捜索の範囲を広げました。先生的は、すでに前の先生のところで歌った曲はやらなくていいだろうとお考えのようだし、すでに『トスティ』などは、その代表曲はほとんど歌っているだろうと思っているようでした。

 ですから「たとえ以前習った曲でも、ちゃんと歌えた曲はあまりないので、もう一度習うのもいいと思ってますし、実際、ちゃんとレパートリー化できたのは『セレナータ』ぐらいなので、それ以外の曲ならウエルカムです」と言ったところ「じゃあ、この曲で…」と言って、先生が選んだ曲は『最後の歌/L'ultima canzone 』でした。

 やったね、この曲、歌った事ない! それどころか、以前から歌いたかった曲だし、キング門下だと、私以外の人(特に男声)は、たいていこの曲にチャレンジしているんだよねえ。私は、この歌を歌いたいと希望を出したことあるけれど、軽くスルーされていた(私が歌いたいと言った曲は決まって却下されていた…イジワル?)ので、うれしいです。やっぱり、歌いたい歌を歌いたいよねえ。

 この曲の最高音はFです。結構、低い曲なんですね。この最高音がFってのが、ミソらしいのです。

 Y先生のところでは、例えばイタリア古典歌曲だと、声種がなんであれ、中声用で学ぶのだそうです。それも全音版ではなく、より低い調性で書かれている教芸版を使うのだそうです。ソプラノやテノールの生徒さん相手でも、例外なく必ず中声用。なぜかと言うと、歌を学ぶ順序の問題で、最初の段階では、Fまでの音域をしっかり育てたいのだそうです。そのために、教芸版イタリア古典歌曲の中声用はちょうど良いのだそうです。

 Fまでがしっかり作られていれば、次はAまでの曲にチャレンジするのだそうです。Aまでがしっかり作られれば、次がHまでの曲、Hが出来れば、次はCの曲…という手順で学んでいくのだそうです。これは発声のメカニズムやチェンジやパッサージョとの関係で、そういうグループわけをしているわけで、私は現在、その第二段階の『Aまでの曲にチャレンジ』段階なんだろうけれど、先生的には、その前の『Fまでの曲にチャレンジ』を確認したいんだと思います。果たして、きちんとFまでの音が作られているかどうか…ね。そこは私的にも、甚だ疑問なので、ダメなところがあれば、この際、きちんと手直ししたいので、ウエルカムです。

 とりあえず、次回のレッスンは…なんと一カ月先なんですよ。なので、今回新曲がもらえて、うれしい限りです。『最後の歌』、きちんと練習しておこうぉと。るんるん。

 そうそう『最後の歌』をご存じない方のために、YouTUBE画像を張っておきます。歌っているのは、フランコ・コレッリというイタリアの往年の名テノールです。いいでしょ? この歌! 声質的には私からは程遠い(コレッリはスピント系の声なんです)ので、この発声はマネしちゃダメだけれど、この歌心はぜひ取り入れたいですね。ほんと、歌心あふれる歌唱だこと…。これだけ歌えたら、死んでもいいかもね。あ、あと、息の通し方とか、アゴの使い方とか、色々勉強になる歌い方をしているなあ。

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2012年12月24日 (月)

声なんて、引っくり返るくらいの方がいいです

 声楽のレッスンを受けてきました

 調子悪いです~。仕事が繁忙期って事もあるし、新しいプロジェクトを立ち上げている最中って事もあるし、なんか私、給料以上の働きしてない? 安くこき使われていない? って疑問が、ふと脳裏をかすめる、今日この頃です。

 タンもバンバン出ていたし、ノドも腫れて、声も出づらかったんですよ。直前まで妻に「今日の声楽のレッスンはどうするの? 休む?」とか聞かれてました。妻的には、とてもレッスンに行ける状態では無いって思ったのでしょうね。でも、声楽はレッスンが少ないですからねえ。一回休むと、その次のレッスンまでの日数を考えると、ここは這いずってでもレッスンに行かねば…。

 って感じで、半分、死にかけながらレッスンに行ってきました。

 それにしても師走ですね。私も忙しいのですが、先生も忙しいみたいです。何が忙しいのかと尋ねたら、今はNHKの「ニューイヤーオペラコンサート」のリハーサルで忙しいのだそうです。あれに関係すると、年始年末が全部吹っ飛んじゃうんだそうです。この日も、昼間はNHKでリハをして、その足でレッスンをしてくださっているんですよ(ほんと、ありがとうございます)。

 誤解のないように書き添えておくと、先生はソリストとして出演するのではなく、合唱で出演です。ニューイヤーオペラコンサートの合唱は、合唱の人ではなく、普段は地方のオペラなどでソロを取っているような人を集めて合唱させるのだそうです。ですから、合唱団を見ていると、知った顔を見つけたりするのは、そういう理由なんだそうです。

 先生も早く出世して、合唱団からソリストに昇格できるといいんですけれどね。

 「NHKってヒトヅカイが荒いくせにギャラが安いんですよね~」と、妻と先生で意気投合(笑)。妻も現役時代はNHKに出演していた人だから、NHKの番組作りの裏事情はよく知っているわけで、そのあたりで先生とグチを言ってました。

 そうそう、NHKホールって本当に声が響かないんだそうです。まあ、考えてみれば、放送素材を収録するためのホールですから、音楽ホールのような響き豊かなホールだと収録に差し支えが生じるわけです。だから声が響かなくて当然と言えば当然ですね。響きの無い素材なら、電気的に適度の響きを加えて、聞きやすい放送用の音源を作れば済む事ですからね。響きは電気的に足す事は簡単ですが、響き豊かな音から余計な響きを取り除くのは難しいですから、最初から響きのない場所で収録するのは分かります。

 でも、歌う方からすれば、響かない場所で歌うって、厳しいそうです。あと、ニューイヤーコンサートって、お客を入れて収録するんだそうですが、歌謡ショウだとPAを入れますが、クラシック系のコンサート(今回のニューイヤーオペラコンサートもそう)だとPAを入れないそうですから、客席だとロクに聞こえていないはずなんだって。ただ、出演者が豪華だから、チケットはあっと言う間に売れてしまうのだそうですが、後の席だと、本当に聞こえないので、なるべく前の席で聞くのが良いそうです…って、S席は8500円もするのに、会場がデッドなら、悲しいなあ。

 ま、それはともかく(笑)。まずは発声練習からです。とにかく注意されたのは「声帯を鳴らしてはダメ。響きだけで歌うように気をつけてください」との事です。最終的な理想は、鳴り二割、響き八割で歌うのですが、今は練習なので、響き十割の気分で歌って欲しいとの事です。とにかく、今の私は、うっかりすると、ついつい鳴り十割(つまり“ノド声”って奴です)で歌ってしまうので、響きを優先して発声することを意識づける事が大切だと言われました。

 「声帯が鳴ると“気持ち悪いなあ…”と思えるといいのですが、今のすとんさんは、声帯が鳴るのが“快感”になっているんですよねえ…」と言われてしまいました。いやあ、快感になっているかどうかは定かではありませんが、ついついスイッチを声帯を鳴らす方に入れがちなのは事実です。

 先生がおっしゃるには、声の作り方として、まずは響きをつける事を優先して行いたいらしいのです。と言うのも、響きのある声に鳴りをつけるのは簡単だし、響き優先ならば、高音歌唱も楽だし、音域も広がるし、何よりも遠鳴りのする声になるからです。

 しかし、鳴りを優先してしまうと、低いレベルで声が出来上がってしまうのだそうです。と言うのは、鳴りを優先して作った声だと、後から響きをつけるのが難しいのだそうです。ですから、鳴り優先で作った声は、劇的だし、パワフルだけれど、音域が狭いし、高音は出ないし、側鳴りになってしまって、使い物にならないのだそうです。つまり鳴り優先だとノド声になりがちって事ですね。ああ、少し前の私がまさにソレですわ。

 なので、鳴りはしばらく封印して、響きで歌うような練習をしました。ちなみに、妻も全く同じ事を注意されていました。ま、同じ先生に習っていたのだから、仕方ないです。

 私の場合、高音に行くほど、鳴りで歌うのが顕著になります。これは、声がひっくり返るのを、ムリヤリに力付くで阻止するのが癖になって、高音に行くほど、ノドを締めつけるのが癖になっているというのが、先生の分析です。

 「声なんて、引っくり返った方がいいんですよ」と先生はおっしゃいます。声の裏返りを恐れて力付くで押さえつけてしまうと、音程が低くなってしまうのだそうです。それならば、積極的に声を引っくり返して、正しい音程で歌った方がずっとマシなんだそうです。ただ、問題は引っくり返した時の声が問題で、これがヘナヘナの弱い裏声だと歌では使えないので、しっかりと芯のある強い裏声で歌えるならば、とりあえずOKなんだそうです。もちろん、私はテナーですから、いつまでも裏声で歌っていてはいけないのだけれど、最初から裏声を避けて練習しても、高音は出るようにはならないのだそうです。それならば、たとえ裏返っても、正しい高さの裏声で歌った方がマシなんだそうです。と言うもの、出ない高さの声を出るようにするのは大変だけれど、裏声を地声にするのは、比較的簡単な事だからだそうです。

 ふーん、そうなんだ。

 それと、音程をノドで作らないように注意されました。音程は軟口蓋と息のスピードで作るように言われました。フルートで言えば、軟口蓋の調整が運指に当たるわけで、ここで基本的な音程を作って、その上で息のスピードを速める事で、さらに高い声を出すのだそうです。ま、フルートで言うところの倍音奏法って感じなのかな? だから、高音で歌うために一番必要なのが、息のスピードなんだそうです。

 ところが私は高音に行くほど、息のスピードが遅くなるのです。これはカラダに無駄な力が入り、気道のあっちこっちが塞がってしまい、それで息のスピードが遅くなってしまい、最終的には声を出そうとしても、まるでノドにフタがされてしまう状態になるのです。これはずいぶん前からそういう自覚症状があって、キング先生には何度も訴えましたが、理解してもらえませんでした。でも、Y先生は、私が言う前に“ノドにフタ”状態については、見通しでした。

 なので、ノドにフタがかからないように、先生は呼吸をしっかりし、喉仏を下げ、軟口蓋をあげるように何度も注意してくれました。やり方としては、それでいいのでしょうが、気持ちが負けているのか、ついつい高音になってしまうと、どこかが抜けてしまいます。まあ、それもやがては解決できる事でしょう。

 とにかく、ノドは楽にして歌うこと、カラダは大変な思いをして歌うこと。この二つの事を忘れないようにしましょうって事です。

 その他、小さなことを二つ習いました。一つは声の出し方。私はアタックが強い発声をしているのですが、これはカラダが使えていないため、ノドだけで発声するから、そうなるのだそうですが、カラダ全体を使って、フワっとした発声をすると、より良いのだそうです。イメージとしては「ステレオのボリュームをグルっと回す要領で声が出せるといいですね」って事です。うむ、そうかも。

 それと「エ」の発音の時、クチの中が狭くなるのが気になるそうです。「“エ”をもっと“オ”に近づけて発声した方が良いでしょう。純粋な“エ”ではなく、ウムラウトの“エ”の方が良いのはないでしょうか?」って事で“エ”の発声については、宿題となりました。まあ私は、歌の時の発声では、クチビルをほとんど使わない(もちろん、アゴも使わない)ので、もっぱら舌の位置で母音の発音をし分けているのだけれど、もう少しクチビルも使って発音しましょうって事ですね。もちろん、日本語的なクチビルの使い方はNGだから、ドイツ語的なクチビルの使い方でどうでしょうかっていう提案なんだと思います。

 と言うことを習って、発声練習は終わり。曲の練習はまた明日、記事にします。

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2012年12月23日 (日)

自分はオジサンなんだなあって感じる時[2012年12月第4週・通算40週]

体重:108.0kg[+0.6kg:+4.9kg]
体脂肪率:30.2%[+-0.0%:-0.7%]
BMI:34.1[+0.2:+1.7]
体脂肪質量:32.6kg[+0.2kg:+0.1kg]
腹囲:105.0cm[+2.0cm:+1.5cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 ううむ、肥えた肥えた。これが今年の最後の体重測定なわけだけれど、ううむ、実に肥えたものです。仕事が忙しくてやせているヒマがなかったという理由もあるけれど、やせられなかった一番の理由は、キング門下から離れてしまったという事かな? なにしろ、私が100Kgを越えていると、キング先生から、それはそれはヒドイ仕打ちを受けてましたからね…。まあ、愛のムチだと思う事にしてますが、今のY先生は、見事なマメタンクさんですから、肥満に関しては、ノータッチです。それじゃあ、やせるはずないか。

 でも、健康面を考えると、あんまり太ってちゃいけないんですけどねえ…。
 
 
 さて、今年最後のエッセイです。

 私は、まごうことなきオッサンですが、時々自分がオジサンだと忘れてしまう時もあれば、逆に「ああ、やっぱりオジサンなんだなあ…」と改めて自覚する時があります。

 で、今回の記事では、その改めて「ああ、やっぱりオジサンなんだなあ…」と自覚するのは、どんな時なのか、列記してみたいと思います。

1)40~50代の女性がまぶしく見える時

 いや、女性は若ければいいってもんじゃないです。30代なんて、まだまだ子どもです。20代? まだスタートラインに立ててません。やっぱり、女性は40歳からでしょう。子育てが一段落した人が、もうまぶしくてまぶして…。世間的には、オバサンと呼ばれる方々に、心を惹かれる私です。

 逆に、子育てまっしぐらの方を見ていると「子どもが子どもを育ててる?」って見えちゃうんですよ。実際、子育てをしている最中の人って、私から見れば、娘の世代だもんなあ。子どもが子どもを育てているように見える事自体が、私がかなりのオジサンになっている証拠なんだろうなあって思います。
 
 
2)周りの人が敬意を持って接してくれるのを感じる時

 なんか、存在しているだけで、周りの人、とりわけ若い人が敬意をもって接してくれるのが、うれしいですね。これは職場でもプライベートシーンでも、ほぼありとあらゆる場面でそうです。日本は老人を粗末に扱うようになった…と言われて久しくなりますが、いやいや、まだまだ、心ある人はオジサンを大切に扱ってくれるんですね。日本も捨てたもんじゃないです。
 
 
3)煮物が美味しく感じる時

 若い時は、煮物なんて、食べ物だとは思ってませんでした。味にパンチはないし、変に柔らかいし、いくら食べてもガッツリとはいかないし…。食卓に現れても、目もくれていませんでした。食べるにしても「とりあえず、腹に入れておくか…」みたいな感じでした。

 でも、この年になると、煮物が美味しいんですよ。魚、肉、豆、野菜…どんな材料でも、煮てしまうと美味しく感じます。これはなぜなんでしょうね。晩の食事が煮物だけでもOKなくらいです。不思議ですね。
 
 
4)健康に感謝できる時

 若い時は健康であれ、不健康であれ、特に気を使っていませんでした。私は若い時はかなり不摂生で、不健康な人間だったと思うし、色々な病気も患っていました。まあ、病気は不便だなと思ってましたが、だからと言って、日常生活に大きな支障もなかったので、私にとって、健康という価値観を持ち合わせていませんでした。元気であれ、元気でなかれ、毎日フル活動していましたからね。

 でも、年を取ってくると、ダメですね。

 健康でないと動けません、活動できません。たかが風邪でもダウンしてしまいます。若い時のような体力はありません。

 だから、健康でいる事がうれしいし、元気でいられる事はありがたいです。
 
 
5)とにかく日本茶が美味しく感じる時

 なんですよ(笑)。日本茶が美味しいんですよ。ほんと、私、日本茶が大好き。それも、ごく普通の煎茶が大好き(笑)。急須に茶葉を入れて、90度ぐらいの熱々のお湯をヒタヒタに入れて、25秒待ってから入れるお茶がサイコー! 上手に入れたお茶って、何となく甘くって渋くって、もうそれだけでウットリですよ。若い時は、日本茶なんて見向きもしなかったけれど、今は自分で入れる日本茶が大好き。日本茶を飲みながら、陽だまりでボケ~とするのが幸せです。
 
 
6)今が旬の芸能人の話題についていけない時、さらに、ついていけない事に対して「まあ、いいか」と達観できる時

 私、SMAPとか、五期までのモーニング娘。は、一応、個体識別できます。でも、嵐とかAKB48って、なんですか? それ美味しいの? 状態です。

 お笑い芸人と言えば、たけし・さんま・タモリでしょ? 若手で言えば、せいぜい、爆問やネプチューンまでかな? THE MANZAIとか見ても、知ってる芸人さんは審査員席にしかいなくて、つまらない…。

 でもいいんです。知らない若い芸能人さんたちがテレビで活躍するのを見ていると、なんか微笑ましくなるんですね。でも、一向に、名前も顔も覚えられないのだけれど(爆)。
 
 
7)休日はカラダを休める事を優先するようになった時

 昔は、休みと言うと「さあ、どこへ行こうか!」とワクワクしたものですが、今ではとりあえず「ああ、やっと休みだ…」って感じです。とにかく、ゆっくりと朝寝をしたり、家でテレビをみたり、マンガを読んだり、チマチマしてます。出かけるにしても、せいぜいが映画館かコンサートぐらいかな? だって、映画館なら、歩いて5分だし、ホールも地元の文化会館なら徒歩10分だもん。

 たまに、余所の映画館やコンサートホールにも行くけれど、それもみんな電車に乗って行きます。電車って、乗っちゃえば、座ったままボケ~としていても目的地の最寄りの駅まで運んでくれるでしょう? もちろん、目的の映画館やコンサートホールは、駅隣接が条件です。駅からバスに乗って行くなんてところは、最初からパスです。どうしてもって時は、仕方がないので、タクシー利用を考えますが…。

 まあ、ウチの場合は、徒歩10分で駅に到着して、電車に乗れるから、電車移動なら、そんなに疲れずに出来るんですよ。これで自宅が駅から離れていたら、きっとどこにも出かけないような気がします。

 若い時は、もっともっと行動的だったと思うんだけれどなあ…。なんか、年を取ると、行動範囲が狭くなっていけません。
 
 
8)とにかく歩く。歩ける範囲のところにしかいかない

 スピードに対応できないんですよ。車はおろか、自転車だって、移動速度が速すぎて、ちょっとパニクります。

 私、元々、そんなにスピードに耐性がないんです。スキーなどは職業柄、仕方なしにやったりしますが、もうあのスピードには耐えられなくて、スキーでビューンと滑っている最中は、頭の中が真っ白になるタイプなんですよ。

 若い時からスピードは苦手でしたが、オッサンになってから、苦手どころか嫌悪の対象です。なので、電車に乗っても、外は見ません。だって、怖いんだもん。昔は、車窓から眺める景色が大好きだったんだけれど、今はなんか、流れる風景を見ていると、心がザワザワして、なんか落ち着かないんだよね。情報が処理しきれない…って感じなんです。

 とにかく、ゆっくりが一番です。移動は、もっぱら“歩く”です。そして、歩いていけないほどの遠出はしない…が一番です。
 
 
 と、まあ、こんな感じのオッサンライフを過ごしている私です。

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2012年12月22日 (土)

長モノ系丸モノ金魚?

 ええと、写真撮影に失敗し、アップできないのですが(笑)、最近のキキョウがちょっと変なんです。

 キキョウは鉄魚です。ほぼフナです。フナのヒレの長いバージョンだと思ってくれれば、間違いないです。実際、我が家に来た当初は、そんな感じでした。

 しかし、今はちょっと違った方向に育ってきてます。それはどんな方向かというと…。

 「キキョウって、琉金だっけ?」…って方向です(笑)。

 鉄魚って、縦方向よりも前後方向によく育って、いわゆる『長い金魚』になるはずなんです。これは、和金なんかと同じです。

 でもキキョウは、我が家に来てから、あまり前後に成長せず、なんか縦方向にばかり育っているようなんです。さらにいうと、長モノ金魚って、あまり太らないはずなんですが、キキョウはまるで丸モノ金魚のように、プクプクし始めました。

 ザッと見たところ、すごく琉金っぽくなってしまいました。…とは言え、ホンモノの琉金であるナゴンと比べると、カラダの厚さは、せいぜい1/3程度なので、あくまでも琉金っぽいだけで、やっぱり琉金とは違うのですけれど…ねえ。でも、長モノにしちゃあ、丸過ぎ(笑)。

 周りに丸モノ系の金魚しかいないので、勘違いして、丸モノっぽい成長をし始めたとか? あり得ないよねえ…。一体、キキョウに何が起こったのでしょうか?

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2012年12月21日 (金)

ノド声で歌うと、これだけ良くない事があります

 私は今まで、ノド声で歌っていました。今、Y先生のご指導によって、そのノド声歌唱から脱出しようとしている最中ですが、まだまだノド声で歌ってしまう事もあり、大変苦労しています。まあ、そっちの話は、いずれオイオイするとして、今回は、私が元いた場所である、ノド声歌唱の欠点について、アレコレ書いてみたいと思います。

 ノド声歌唱とは、もちろん、ノド声で歌っている事を指します。では一体、ノド声ってなんでしょうか?

 それを簡単に言ってしまえば「ノドに力を入れて無理やり歌っている」状態の事を言います。一番分かりやすい例を上げてみると…叫び声?…ですかね? 私たちは叫ぶ時、強い感情に身を任せて、カラダを固めて、ノドを締めつけて、そこに無理やり息を通して、大声を出します。あれこそが、ノド声の典型例と言えるでしょう。

 私が歌っている歌のジャンルは、クラシック系の声楽曲です。一般的に、これらの曲はベル・カント唱法と言われる歌い方で歌われる曲です。ベル・カントという言葉を日本語に訳すと「美しい歌」となり、美しい声で歌うことが求められるジャンルですね。

 で、ベル・カント唱法における、美しい声の定義を簡単に書くと『響きが豊かで、ノドに負担の少ない、聞きやすい声』という感じで、叫び声とは真逆な声の事を言います。

 本来、クラシック声楽の発声では、ノド周辺を脱力して、声を開放して歌うのが正しい発声なのに、それを叫び声で歌っていた私は、実にとんでもない発声で歌を歌っていた事になります。

 これでも、五年間、毎週、プロのオペラ歌手に、安くない謝礼を支払って、発声指導を受けていたのですけれどねえ…。
 
 
 なぜ、私がノド声で歌っていたのかと言うと

 1)大きな声で歌おうとしていたから…そのために、ノドに力を入れて、思いっきり息を声帯にぶちあてて、結果として、叫んで大きな声にして歌っていました。

 2)高い声を無理やり出そうとしていたから…別に高い声は、ノドに力を入れなくても出せるはずですが、そのやり方を教えてもらえなかったため、自己流で無理やり高い声を出そうとして、ついつい叫んで歌っていたからです。実際、叫び声って、通常の話し声よりも音程が甲高いでしょ?

 3)教えてくださった先生が、ノド声で歌うことを奨励していたから…ま、そういう事なんですよ。妻は、元々、ノド声で歌っていなかった人ですが、門下に入って最初に習ったのが「ノドをしっかり鳴らして歌う事」で、ノドをしっかり鳴らして過ぎてしまうと、どうしてもノド声になってしまうわけです。

 ノドを鳴らして歌うこと自体は、必ずしも間違いではないのですが、ノドを鳴らし過ぎないように、注意しないと“ノド声”になってしまったり、ひどい時にはその指導が原因でノドを壊してしまいます。事実、あそこの門下生さんには、当時の私も含め、ノド声歌唱の方が大勢いらっしゃいますし、妻はノドが壊れ、長いこと、声の専門医の治療を受けなければならなかったのです。

 一応、適度なノド声歌唱の援護をしますと……ノド声って、ダメな事ばかりじゃないんですよ。ノドに適度な緊張を与え、声帯をしっかり鳴らす事は、実はいわゆるベルカント唱法においても大切なことなんです。でも、やりすぎは禁物です。少なくとも“ノド声”と言われるような発声方法では、あきらかにやりすぎです。

 ノド声はダメですが、ノドに適度な緊張を与えて歌う事は大切です。例えば、ノドに緊張を与える事で、声に緊張感を与える事ができますし、声が力強くなります。そして劇的な表現ができるようになります。そのせいでしょうか、ロック系歌手は、結構ノド声で歌っている人が大勢います。なにしろロックにはシャウト唱法、つまり叫び声で歌う唱法があります。つまり、ロックっぽい声で歌おうとするなら、ノド声はダメなどころか、むしろお薦めの声なんですよ。

 また、ノド声歌唱では、声帯自体が自律振動をしますので、歌う息の量が少なくても歌えますし、声帯自身が声や息を支えますので、腹式呼吸が苦手な人でも歌えます。

 でも、クラシック系の歌唱には、お薦めできません。もちろん、人間の声は、ノドで発せられるものですから、どんな発声法であっても、ノド声的な要素を完全に取り除く事は不可能だけれど、なるべくノドへの負担を減らし、ノドを鳴らさないようにし、劇的な表現や、強い感情表現を避けて、聞きやすくて美しい声で歌うのが、クラシック声楽の理想的な発声方法です。なので、声楽初心者のうちは、ノド声の要素は、なるべく減らして発声するのがキチです。

 少なくとも、叫び声で歌ってはいけません(メッ!)
 
 
 さて、長年、ノド声で歌ってきた、ある意味、ノド声のオーソリティーである私が感じた、ノド声の欠点について、列記してみたいと思います。

 1)ノド声は美しくない…当たり前ですね。美しい叫び声って、聞いた事ないですし(笑)。

 2)ノド声は疲れやすい…常に緊張し、カラダにもノドにも力が入っているわけですから、そりゃあ疲れやすいです。かつての私(今でもそうか…)が、歌うとすぐに疲れてしまっていたのは、単純にノド声で歌っていたからです。当時は、すぐに歌い疲れてしまう私に対して、歌うスタミナをつけるという指導がされていましたが、歌うスタミナをつける前に、ノド声を辞めて、疲れない歌い方で歌えるようになれれば、問題解決は簡単だったのですがねえ~。

 3)ノド声は音程がぶら下がりやすい…カラダが緊張すればするほど、筋肉は硬くなり、意図するほどには筋肉は動かなくなります。なので、ノド声で歌うと、歌っている本人の意識よりも、かなり低い音程の声しか発する事はできません。

 私は、この音程がぶら下がる問題で、長年苦しめられてきました。先生には「音感を身に付けなさい」と言われ、音叉の音を覚えるとか、聴音まがいのレッスンなども受けてきましたが、音程がぶら下がる件はなかなか解決しませんでした。なにしろ、自分では正しい音程で歌っているつもりなのに、何かが間違えていて、音がぶら下がってしてしまうのですから、いくら聴音をしようが、解決するはずがないのです。

 音程はノド声発声を止めた途端に良くなりました。そりゃあもう、嘘のようです。

 4)ノド声では高音発声は無理…そもそもノド声って、ノドの過緊張がもたらす声であって、ノドが緊張して硬くなると、声帯が自由に振動できなくなり、声帯の振動そのものが抑えられる事になります。これは音程がぶら下がるのと同じメカニズムなんだけれど、声帯ってたくさん振動するほど高い音になり、声帯の振動が抑えられて、少なめに振動すると低い声になります。

 高い声を出そうと力んでノド声にすると、声帯の振動が抑えられます。たくさん振動して高い声を出そうと思っても、その声帯の振動そのものを、ノドに加わった力で抑えてしまうのですから、ノド声で高い声を出そうとするのは、無理なんです。高い声を出そうとしてたら、声帯が自由に振動できるように、ノドを緩めないとダメなんです。

 5)ノド声は側鳴り声でもある…ノド声はあまり息を使わずに発声します。声は息によって遠くまで運ばれますので、ノド声では、通常、声が遠くまで届きません。つまり、歌手のすぐそばでは、大声で歌っているように聞こえますが、少し離れると、聞こえなくなったしまいます。いわゆる“側鳴り”って奴です。

 私はノド声だったけれど、同時によく通る歌声でもあったので、側鳴り声ではありませんでした。狭い部屋だと、自分の声があっちこっちに反響してうるさいぐらいでしたが、これって、どういうメカニズムだったんだろ?

 6)ノド声で歌っていると、ノドが枯れて、声がつぶれます…だってノド声で歌い続けていると、ノドの筋肉は鍛えられて、ますますノドを強く締めつけるようになります。しかし、声帯は筋肉を粘膜でコーティングしたものです。筋肉は鍛えられますが、粘膜は鍛えることができないので、ノド声で歌い続けていると、早晩、声帯の粘膜部分が変形するか、破れるか、切れます。その結果、声がつぶれてしまいます。

 つぶれた声を“ハスキーヴォイス”と言って、美しいと捉える歌のジャンルもありますが、クラシック声楽では、つぶれた声は醜い声でしかないので、声をつぶしてはいけません。将来も長く歌い続けたいなら、ノド声は自殺行為です。
 
 
 こんな感じでしょうか? とにかく、クラシック声楽をやる人は、悪いことは言いませんから、ノド声から脱却してください。少なくとも叫び声で歌うのは止めてください。これは、長年、そして今でも、ノド声歌唱の呪縛に捕らわれている私からのアドヴァイスです。そして、一日も早く、健康的で正しい発声法を身に付けて、歌と人生を楽しんでください。

 私も頑張ります。皆さんも頑張ってください。

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2012年12月20日 (木)

フルート、リングキーの楽器とカバードキーの楽器の持ち替えについて

 最近、私は、リングキーの楽器とカバードキーの楽器の持ち替え…と言うと、おおげさですが、リングキーとカバードキーの楽器を頻繁に取っかえ引っかえしながら吹いているので、その感想を書いてみたいと思います。

 一応、状況の説明をしますと、私が普段真剣に使っているのは、インライン&リングキーのフルートです。これがメインのフルート。で、普段お気軽な気分で使っているのが、オフセット&カバードキーのフルートです。いわば、こっちはサブフルートね。素性を明かすと、インライン&リングキーの方は、アルタス1307で、オフセット&カバードキーの方は、ヌーボのスチューデント・フルート[プラスチック製]です。なので私の場合、方向的には「普段リングキーを使っている人がカバードキーを使いました」というわけであって、その逆ではないって事を明言しておきます。

 さて、まず、キーの操作感ですが、私は元々、そんなに丁寧で美しくて精密なフォームで演奏しているわけではありません。結構いい加減なフォームで吹いているので、リングキーでもカバードキーでも、そのどちらの楽器を吹いても、特に不自由はありません。

 ただし、不自由はありませんが、違和感はあります。どっちに違和感を感じるかと言えば…やはり、慣れないカバードキーの方ですね。カバードキーの楽器を吹く時には、特に持ち替えた直後は、ちょっとばかり違和感を感じます。でもまあ、吹き慣れてくれば、それはそれでどうにかなります。

 この違和感は、直接、カバードキーとかリングキーとか、そういうキーに穴が開いているか否かではなく、おそらく、キーの位置、つまりオフセットかインラインかの違いの部分に違和感を感じるのだと思います。と言うのも、楽器がオフセットであっても、指はいつものインラインの箇所で押さえようとするので、吹いていて、なんか指に違和感を感じるんですよ。なんかジャストな位置でキーを押さえていないなあ…って感じです。まあ、吹いているうちに少しずつ修正するわけだし、修正が間に合わなくても、指がキーの真中を押さえていなくても、とりあえず、それはそれでフルートって吹けちゃうんだよね。そう、カバードキーは、別にキーの真中を押さえなくても、全然演奏に支障はないので、割とラフなスタイルで吹いても、全然平気です。

 まあ、そのちょっとの違和感が気になる人とか、精密な演奏フォームで日頃から吹いている人だと、話は違うかもしれませんが、私レベルだと、問題なしです。

 ただし、私とは逆のパターン。つまり、普段真剣な気持ちでカバードキーで吹いている人が、お気軽な気分でリングキーを使うと……つまり、普段オフセットで演奏している人がインラインを使うと……指が普段通りのオフセットの位置で押さえようとしても、そこはキーの端っこだったりで、そうすると、うまくキーのリングの穴の部分に指が来なくて、色々とトラブルが生じるという話は聞きます。リングキーは、カバードキーと違って、きちんとキーの中央に指の腹が来ないとダメですからね。指先だけでひっかけるようなスタイルでは、息もれを起こして、音が鳴りません。つまり、リングキーって、それなりにシビアにキーを押さえないと、音が鳴らないので、あまりお気軽な気分で演奏できないのです。

 ですから、リングキー使用者なら、お気軽な気分でもカバードキーの楽器を演奏できますが、日頃カバードキーを使用している人の場合、覚悟を決めてリングキーの楽器にチャレンジしないといけない…かもしれません。そのあたり、要注意ですね。

 フルート初心者の頃はカバードキーを使い、少し上達するとリングキーに変更するという人が多いのですが、私は個人的に思うのは、だったら、最初からリングキーでフルート始めればいいのにって事です。

 別にリングキーだからって、初心者に難しいわけじゃないです。だって、リングキーが初心者に難しかったら、クラリネットって、すべてリングキーじゃない? どんな初心者だってリングキーで始めるわけじゃない? クラリネットに出来て、フルートに出来ないって事はないと、私は思うし、だいたい、私自身が最初からリングキーだったし(笑)。

 だから、フルート始める人は、最初からリングキーで始めちゃえばいいのにって思います。楽器の買い換えの時の苦労なんて、本来、しなくていい苦労だと、私は思います。なぜ、楽器メーカーは、初心者向けの廉価な楽器をカバードにし、二本目の楽器はリングキーにしているのかな? 一体、そうする事で、誰が得をするんだろ?
 
 
 せっかくなので、次に、カバード、リング、それぞれの長所短所について考えてみたいと思います。

 まずカバードキーは、指が多少短かったり長かったり、あるいは太かったり細かったりしても、問題無く、フルートが吹けると思います。また、指の動きが多少バタバタしていて不正確でも吹けます。

 その点、リングキーは、極端に指の短い人や細い人だと辛いかもしれません。また、常に指はキーの真ん中を正しく押さえないといけないので、正しいフォームで演奏できないと、ちょっと厳しいかもしれません。そういう意味では、カバードキーは、初心者で、まだフォームが固まっていない人でも吹きやすい楽器だと思います。なので、導入期のハードルが低いのは、確かにカバードキーだけれど、でも、その壁って、とっても低い壁なんですけれど…。その導入期のハードルを低くするために、楽器買い換えの時のハードルを高くするってのは、なんか解せないですよ。

 ええと、リングキーでないと使えない替え指があるそうですが、フルート歴5年では、そういう替え指に出会った事はありません。また、リングキーだとキーの半分だけ押さえるというテクニックが使えるそうですが、これもフルート歴5年の私は、まだお目にかかったことはありません。中級者~上級者になると、そのあたりの仕様の違いも大きいのでしょうが、私のような、趣味三昧なレベルの人間だと、リングキーでないと出来ない事と言うのは、まずありません。

 音色は…カバードキーに比べ、リングキーの楽器の方が、明るい音色だと言われますが、実際に客席で聞いてみれば、音色の違いは無いと思っていてもいいんじゃかな? その音色の違いは、演奏者の自己満足を満たせる程度の差しかありません。

 店頭在庫品を見てみると、洋銀系フルートはカバードキーのものが多く、シルバーとかゴールドとかプラチナなどの高価な材質で作られているフルートは、リングキーのものが多いです。そのイメージもあって、リングキーのフルートは“高価なフルート”と思われがちです。それで鼻高々になったり、誇らしく感じる人もいれば、「あの子は生意気よ!」と言われて、イジメや村八分の原因になったりする事もあります。罪作りなリングキーだね。

 また、音量も、リングキーの楽器の方が大きい音がすると言われますが、おそらく、それはキーの形状の問題ではなく、楽器の材質の差によるのではないかと思われます。

 さらに言うと、プロ奏者はたいてい、リングキーのゴールドフルートを使っています。なので、一般的にリングキーの方が上級者向きってイメージがありますが、わざわざカバードのフルートを使っているプロもいるので、カバードを使用しているからと言って、初心者って決めつけるのも変だし、カバードキーの楽器で演奏をしても、大きく困る事ってないんじゃないかなって思います。もしも、カバードキーで不都合があれば、プロ奏者が使うはずないでしょ?

 結論。普通のアマチュアプレイヤーの場合、カバードとリングでは、決定的な違いなんて考えなくていいと思います。なので、気に入った笛を吹けばいいと思います。ただし、持ち替えの際に、普段カバードを使っている人は、リングの楽器の時は、より丁寧に吹く事を心がける必要はあるし、洋銀系の楽器オーナーさんが、総銀以上のフルートへの買い換えを考えた場合、店頭在庫品は、たいがいリングキーの楽器なので、そのあたりの覚悟が必要でしょう。

 で、そのあたりにハードルを感じるようで、もしもカバードキーにこだわりたいなら、店頭在庫品ではなく、お取り寄せしてもらうとか、注文して、カバードキーで二本目の楽器を手に入れるというのも、アリだと思いますよ。

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2012年12月19日 (水)

歌を上手く歌う歌手、良い歌を歌う歌手

 誰の事とは申し上げられませんが、先日聞いた、ちょっとしたコンサートで思った事を書きます。

 歌手って、プロであれ、アマであれ、またソロであれ、合唱であれ、上手に歌おうと心がけるものです。特にクラシック系の歌手の場合は、まず始めに“楽譜ありき”ですから、なおさら、そういう傾向が強いのですが…私が思うに、上手さを感じさせるような上手な歌手って、実はダメな歌手なんじゃないかな?って思います。

 「ああ、なんと歌が上手いんだ…」「ああ、なんと上手な歌手なんだ…」って、客に思わせたら、それって歌手としてダメなんじゃないかって思います。

 じゃあ、どんな歌手なら良い歌手なのかと言うと「ああ、なんだか知らないけれど胸が熱くなる…」とか「思わず涙があふれてしまうよ…」と客に思わせる歌手が良い歌手じゃないのかって思うのです。

 私が思うに、歌手なんて、一種の憑代みたいなものじゃないかな? だから、聞いている客に自分の存在を感じさせたら、負け。ましてや、そのテクニックを感心されるようでは、本末転倒。優れた歌手は、自分の存在を消して、客に味わい深い歌を供する存在じゃないかって思うわけです。

 ま、ザックリ言えば「歌で客を感動させられるのが良い歌手」って言っちゃっていいと思います。

 もちろん、下手くそな歌手の歌を聞いて感動してくれる人なんて、いるわけないです。だから、歌手は歌唱テクニックを磨かないといけません。でも、テクニックを磨く事ばかりに重きを置いてしまって、技巧的に完璧な歌を歌うことに血道をあげているようでは、客不在の、ダメな歌手になってしまいます。

 歌手はテクニック的に上手くなければいけません。しかし同時に、その上手さを感じさせてはいけません。客に上手さが伝わるような、上手い歌を歌っちゃダメなんです。それならむしろ、下手であっても、どこかに光る部分があって、それで客の心をつかめる歌を歌える歌手の方が、数段、歌手としての実力は上なんじゃないかな? むしろ、そういう歌手の下手くそさは「味がある」というふうに評価される事すらあるわけです。

 ただ「あの歌手、下手くそだな」と客に思われてしまう歌手は、テクニック的に下手なだけでなく、同時に良い歌が歌えない歌手でもあります。良い歌が歌えないから、その下手くそさばかりが目立ってしまうわけです。

 上手な歌手は上手なだけでは良い歌は歌えません。でも、そういう上手な歌手は、減点方式のコンクールなどでは、上位に来るだろうし、学校では良い成績を修めることでしょう。だから、しばしば、コンクールで優秀な成績を手に入れてデビューした歌手が、デビュー後、鳴かず飛ばずだったりするのは、単純に上手いだけで、良い歌の歌えないダメな歌手だったからじゃないかなって思います。

 結局、歌手にはテクニックは必要だけれど、テクニック以上に必要なものがあるわけで、それが、魂とか心とかソウルって奴なんじゃないかな?

 歌手って、言霊の力によって音楽に魂を吹き込める唯一の存在なんだよね。いくら楽器演奏の名手であっても、彼らでは言霊の力は利用できません。それゆえ、客を泣かせる演奏というのは、器楽演奏家の場合、かなりの高水準のプレイヤーでなければ無理だけれど、歌手の場合は、そこそこの歌手でも、音楽と言霊の力で、客を感動させる事は、比較的容易にできます。そこが、歌手のレゾンデートルなわけだし、なんだかんだ言っても、音楽の中心は歌だし、言葉と音楽は互いに高めあって、我々に感動を与えてくれるわけで、それを行えるのが歌手って存在なんです。

 だから歌手って、それだけやりがいのある存在なんだと思います。

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2012年12月18日 (火)

フルートは裏声で吹いてください

 フルートのレッスンに行ってきました。

 あ~、それにしてもノドが痛いし、カラダがダルいし、寒気がする。完全に風邪ひいたな…。あんまりツラいので、レッスンを休んでしまおうかとも思ったけれど、フルートのレッスンは、いつ仕事の都合で休まなければいけなくなるか分かったものではないので、行ける日は、這いずってでもレッスンに行こう!と思い、ちょっとめまいがしていましたけれど、頑張ってレッスンに行ってきました。

 まあ、疲労困憊、ストレスフルフルなのは分かっていたのですが、それでもつい先日までは、疲れていたけれど健康でした。それが崩れたのは、歯医者に行ってから…。

 先日、歯医者に行って、歯の治療を受けたんです。麻酔をかけてもらって、寝ている間に治療が終わった(私は歯医者と床屋は寝て済ませてます)のですが、その時の麻酔がなかなかぬけず、その夜はずっと顔面が半分マヒしたままで、寝る時もまだしびれていました。で、翌朝、起きると、ノドが腫れていたわけです。ちなみに、翌朝になっても、まだちょっと麻酔が残ってました。一体、どんだけ麻酔を打ったんだい!

 ノドが腫れているうちに、ドンドン寒けがしてきて、めまいがしてきて、病院に駆け込んだら「風邪ですね…」と言われちゃいました。

 その話をH先生にしたら「奥歯を削ったんじゃないの? 麻酔をかけて奥歯を削ると、ノドをやられる人がたまにいるんだよねえ…」との事です。ああ、たぶん、私はそれですね。奥歯の削りカスか何かで、ノドにキズがついて、そこから雑菌侵入~! ってパターンだったのかもしれません。

 とにかく、内科でもらった薬で諸症状は押さえているものの、やっぱりノドは痛いし、ハナは垂れるし、目は腫れぼったいし、寒いし、めまいはするし、咳すると全身が痛むし…。でも、吐き気がしないのが不幸中の幸い。ま、ノロ・ウィルスではないってわけで、ほんと、不幸中の幸いだね。

 そんな状態でレッスンに行きました。姉様は風邪でダウンしてレッスンお休み、先生も風邪ッぴきでお元気がありませんでした。ああ、風邪、流行っているんですね。

 フルート組み立てて、すぐにロングトーン練習です。いやあ、風邪ひいていると、耳の感度と言うか、分解能が悪くなりますね。今回は、自分の耳のダメさを自覚しながら、頑張って吹いたよ。

 ロングトーンをやっていると、息苦しいです。風邪をひいて、心肺機能が落ちている事を否応なく自覚させられます。

 そうそう、フルートは低音が難しいですね。私も下のド~ミぐらいまでは苦労してます。「音が落ちているね…」って言われてしまいました。音を落とさずに吹くには、きちんと腹圧をあげて吹く事が肝心だと言われました。クチビルを硬くするのは逆効果なんだそうです。私はクチビルを硬くしているつもりはありませんが、お腹は確かに遊んでます。それじゃあ、低音はうまく出せないね。

 レッスンの合間合間に、ゴホゴホと派手に咳をする私でした。そこで先生に「演奏中に咳が出そうになったらどうしますか?」と尋ねてみたら「演奏中は咳出ないよ。きっとアドレナリンが出て、咳を押さえているんだと思う。あなただって、しゃべっている時はゴホゴホ言っているけれど、フルートを吹き始めたら、ピタッと咳が止まるでしょ?」 あら、ホントだ(笑)。

 さて、アルテは、不合格覚悟で、15課6章のAs-durの2番「アルペジオ基本練習」からです。この課題、自宅練習でも、全然できません。なので、レッスンでできるわけありません。当然、不合格ですが、先生曰く「吹ける、吹けない、ではなく、まだこの調に慣れていないって感じだね」と核心をつく感想をおっしゃってました。そう、まだAs-durに慣れていないのですよ。だって、b4つだもん。私ダメなんですよ、bが。

 3番のトリルの練習は一発合格。この程度なら、調に慣れていなくても出来ます(えっへん)。

 4番の「スケールとアルペジオ」と5番の「クロマティック」は不合格。4番は当然不合格ですが、5番は自宅ではほぼ完璧に吹けていたつもりですが…どこに落とし穴があるか分かりませんね。

 とにかく、しばらくはAs-durで足止めを喰らいそうです(涙)。
 
 
 ミニヨン・エチュードの18番は…不合格。結構吹けているのですが、やはり要所要所が決まらないのですね。

 最初のダメは、最初の音から(笑)。スタッカートのついた十六分音符ですが、私はこの音符が長いのだそうです。「フルートの音が鳴る前に、フルートに息を吹き込むのを止めるくらいでちょうど良いです。ちゃんと音が出るかどうかは心配かもしれないけれど、音が出ると信じて吹かないと…」だそうです。確かに、私は1音1音、確かめながら吹いていたなあ、でも、それじゃダメなんだって、アレグロの十六分音符(それもスタッカート付き)なんて、息を吹き込んで、音が出てくるまでにかかる時間よりも、もっと短い音符なんだそうな。だから、音は鳴る、音は出ると信じて吹くわけです。へへ、最初の音が出るかどうか不安~な人には、吹けない曲じゃない?

 さらに「君はずっとフルートを地声で吹いているけれど、フルートってのは、特に高音は、裏声で吹くものだよ」と言って、先生、地声と裏声の両方のパターンで曲を吹いてくれました。なるほど、私は吹き方は、先生がおっしゃる「どこまでも地声」のパターンですね。迫力はあるけれど、美しくはないです。むしろ、うるさいかな? あるところからは、先生のおっしゃる裏声にして吹いた方が美しいです。フルートの地声、裏声ってのも、なかなか言葉では説明しづらいけれど、女声の歌声に通じる感じがします。とにかく、高音は裏声で…それも芯のないフニャフニャな裏声ではなく、芯がある強い感じの裏声ですね。いわゆる、美しいソプラノの高音を目指せって事です。

 ちなみに、どのあたりから裏声にするかだけれど、これも面白い事に、ホンモノのソプラノさんと同じで、私が聞いた感じだと、高音のミ~ファ~ファ#あたりかな? いわゆるパッサージョのあたりね。このあたりで巧みに地声から裏声に切り換えていきます。

 理屈は分かるけれど、うまくは出来ません。「言われて、すぐ出来たら、レッスンに来る必要はないのですよ、少しずつ出来るようになればいいんですよ」と慰められました。ううむ、でも、頑張るよ。さすがに、ミニヨン・エチュードも18番になると、なかなか手強いです。

 さて、今週の雑談は……昔はカラオケがなかったから、ミュージャンもオイシイ商売だったんだよって話です。

 先生か若い頃は、生演奏は1ステージ5000円。録音は1晩3万円だったそうです。当時は大学卒の初任給が5万円程度だったそうですから、半月ほどステージに立つか、2~3日録音をするだけで、十分に食べて行けたのだそうです。おまけに仕事は山のようにあったのだそうです。

 とは言っても、クラシック系の仕事は今も昔も少なく、特にステージは、ポピュラー音楽の仕事が多かったそうです。先生はフルートですから、ボサノババンドによく呼ばれたそうですが、ボサノババンドに行っても、クラシックのノリでバリバリ吹いてきたので、バンマスにイヤな顔をされたのだそうです(笑)。「君は、もっと色気のある演奏は出来ないのかい?」と言われたそうですが「こっちは、バリバリ吹けるように訓練してきているんだよ」と返事をしていたそうです。ボサノバばかりでなく、ジャズバンドからもお声がかかったそうですが「アドリブ出来ないから…」という理由で、ジャズは断っていたそうです。ちなみに、先生が得意で評判が良かったのは、演歌のバックバンドだったそうです。「演歌とクラシックは、通じるところがあるんだろうねえ…」だそうです。

 「今はカラオケがあるから、そういうバンド仕事は、めっきりなくなったねえ…」とおっしゃってました。そうでしょうね。でも、歌はカラオケで歌うよりも、生バンドを相手に歌った方が、絶対に気持ちいいんだよね。

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2012年12月17日 (月)

歌を習う生徒には、大きく二種類の人がいる

 先日の声楽のレッスン後の雑談で、Y先生は面白いことをおっしゃってました。
 
 歌を習う生徒には、大きく二種類の人がいるそうです。

 一つはカラダで覚えるタイプの人。こういうタイプの人は、同声種の同じタイプの先生について、先生のマネをすると、あっと言う間に伸びていくのだそうです。上達が速い代わりに、所詮モノマネですから、すぐに技術が頭打ちになるそうです。それを回避するためには、このタイプの人は、次から次へと先生を渡り歩く必要があるそうです。また、このタイプの人は、自分が歌うのは上手だけれど、理屈を知らないので、他人に教えるには向いていないそうです。ザックリ言えば“運動神経優先タイプ”なんでしょうね。“天才型”って言ってもいいかも。

 もう一つのタイプは、頭で理解しながら覚えるタイプ。こういうタイプの人は、先生から聞いた事を常に気をつけて、一つ一つじっくりと確認しながら上達していくタイプなんだそうです。ですから、上達が遅いし、壁にもよくぶつかるし、よく立ち止まるし…。つまり、不器用なんです。ただし、頭での理解を優先して、他人のマネをするわけではないので、別に先生は同声種である必要はないのです。Y先生はおっしゃいませんでしたが、歌手に歌を教える人って、必ずしも声楽家である必要はなく、ピアニストに歌を教わったり、指揮者に教わっている人もいるわけで、そういう声楽家以外の人にレッスンを受けても伸びる人ってのは、この“頭で理解する”タイプじゃないかな?

 このタイプの人は、あえて言えば“知性派タイプ”って事になるのでしょうが、でも結局、歌手としては、さほど上手くならない…んじゃないかなって思います。だって、いくら理屈を知っていても、それを実行できなきゃ、何の意味もないわけで、理屈なんか知らなくても歌えちゃう“運動神経優先タイプ”の方が、絶対に歌手に向いているわけです。つまり、歌手にとって、まず必要なのは“運動神経”なんだろうと思います。

 そういう点では、歌手はスポーツ選手と同じだね。

 ただ、教師とかコーチとしては、天才型の人よりも、知性派の人が向いているとは思います。

 考えてみると、最初に習ったT先生は、よく私の事を「頭デッカチ」って言ってたな。キング先生もそうでした。「文句を言う前に、サッサとやれ!」って感じでした。

 きっと私は“頭で理解しながら覚えていくタイプ”なんでしょう。だから、レッスンで習った事を、こうやってブログにまとめてアップして、自分の中に定着させているわけです。

 確かに私はモノマネが苦手だし、5年間お世話になったにも関わらず、私はキング先生のコピーは絶対にしなかったし、できなかった。先生は、マネしろとよく言ってたけれど、たとえ先生でも、他人のマネをするだけってのは、なんかバカっぽくってイヤなんだよ。

 つまり、私は、歌手としての上達は、さほど望めないタイプの人間って事になるかな? うむ、ちょっと、ガッカリだけど、たとえ上達しなくても『歌が好きだから、声楽をやる』でいいんだよね。たぶん、いいんだよね。だって、アマチュアだもん。好きなスタイルで歌っていきたいじゃん。

 無論、程度の問題はあるし、観客の迷惑ってのも考えないといけないけれど、上手に歌うよりも、楽しく歌っていきたいんです、私は。

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2012年12月16日 (日)

新しい体重計、もとい、体組成計を買いました[2012年12月第3週・通算39週]

体重:107.4kg[-1.2kg:+4.3kg]
体脂肪率:30.2%[-2.5%:-0.7%]
BMI:33.9[-0.4:+1.5]
体脂肪質量:32.4kg[-3.1kg:-0.1kg]
腹囲:103.0cm[-2.0cm:+4.5cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 “体重計”、いや最近の言い方では“体組成計”というものを買いました。TANITAの『体組成計 BC-751』です。色は黒にしたけれど、他に白やグリーンやピンクもあるらしいです。

 で、今回のデーターから新体組成計によるものです。一応、150kgまで計れるそうなので、まあ、良しです。しかし、体重計、いや“体組成計”も進化しますね。今度の奴は、乗るだけでスイッチオンして、さらに乗った人間が誰だか判別して、色々と計測できる賢いタイプの体組成計でした。もちろん、お値段も以前使っていたのものは一万円近くしたのに、今度のその半額以下です。安くて賢いなんて、日本の科学技術も地味に進化しているんですね。

 ちなみに、今度のは、筋肉量をKg単位でも表示してくれるのだけれど、それによると、私の筋肉量は71.0kgでした。私の身長だと、標準体重は60kg台の後半らしいのだけれど、すでに筋肉だけで、標準体重を軽くオーバーしているって、どういう事よ? 私のカラダ、筋肉以外にも、骨もあるわけで、仮に体脂肪が0.0kgだったとしても、筋肉+骨でかなりの重量になるんじゃないの?

 ザックリした計算だと、体重が107.4kgでしょ? 体脂肪質量が32.4kgだから、残りは75.0kgとなるけれど、そのうちの71.0kgは筋肉だから、私の骨って4.0kg? ええ?と思って、色々ググってみたら、骨の重量って、男性の場合『体重75kgで3.2kg』あたりが目安らしい(ここと、そこから跳んでいけるページを参照しました)ので、まあ、私の骨の重量が4.0kgってのは、割と常識の範囲内らしいです。

 まあ、どっちにしても、筋肉+骨で75kgってのが、私です。それに適正な体脂肪率である20.0%を加味すると、90Kgが私の適正な体重って事になります。

 あれ? 私の身長では、標準体重って、60kg台後半じゃなかったっけ? 70kgになってしまうと、体重オーバーじゃなかったっけ? なのに、現実の私の場合、筋肉と骨に、適切な体脂肪を乗せた値が90kgって事は、適切な体重は、標準体重よりも20kgも重いわけで、これって…誤差の範囲じゃないよね、明らかに。

 まあ、それでも、現状は、標準体重よりも適切な体重よりも、ずっとオーバーしているわけで、私がデブである事は間違いないんだけれど「体重は70kgを切ってください」って言われるのと「90kgまで体重を落とせばいいですよ」では、同じダイエットをするにしても、かなりモチベーションが変わってしまうのだけれど…。

 体脂肪ってのは20%程度が良い(例えば、このページの数字を参照してみてください)のだから、仮に体重を限界ギリギリの70Kgと設定した場合、骨+筋肉の重さは58kgにしないとダメです。でも、私の筋肉と骨は75kgあるわけだから、ここから17kgほど、筋肉と骨の重さを減らさないとダメです。骨なんて、元々4kgしかないんだから、骨粗鬆症になるほどスカスカにしたとしても減らせる重さなんて、たかがしれてます。せいぜい1kgも減らせば上出来じゃないかな? となると、減らすのは筋肉ってわけで、71kgある筋肉を55kgまで減らさないといけない事になります。

 71kgを55kgなんて、16kgも減らすわけで、つまり20%以上も筋肉を減らさないといけない事になるじゃん。そんなに、筋肉減らしても、健康を維持できるかな?

 ううむ、なんか厚生労働省あたりが推奨する値って、信じていいのかな? ちょっと疑問です。

 でもまあ、私が太りすぎのデブっていう現実は、変わらないのだけれどね(とほほ)。

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2012年12月15日 (土)

三色まんじゅう?

 なんか、サクラとキキョウを除いた残りの二匹は、勢いを増しながら、巨大化しているような気がします。

 先日は「ミシン糸の糸巻」と形容したナゴンですが、ついこの前、この子を見ていたら、まんじゅうを連想しました。大きさ的にも、形的にも、全体的にプクプクしていて、まるでダンゴか、まんじゅうかって感じになりました。丸々としていて、パンパンです。針で指したら、破裂しそうです。

 ハナジロもパンパンになってます。ナゴンが球形ならば、ハナジロは円柱形です。まるでナスです(涙)。水槽の中を、まんじゅうとナスが泳いでいるんです。なんか、変でしょ。

 サクラはいくら巨大魚と言っても、決して、パンパンではありません。あの子は、あれで結構、プロボーションは良いのです。しかし、ナゴンとハナジロはパンパンです。はっきり言って、デブです。カラダに変調をきたさないか、心配で心配で。特にナゴンは琉金ですから、あまり太ると“転覆病”になるんですよね。ああ、怖い。

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2012年12月14日 (金)

楽器を独学する事について…ヴァイオリンを例に考えてみました

 ただ今、ヴァイオリンは絶賛挫折中ですが、今回はちょっと無理してヴァイオリンの話を書きます。いやあ、だって、ブログのタイトルに『ヴァイオリン』という単語が入っているのに、いくら絶賛挫折中だからと言って、一カ月の間に一度もヴァイオリンの事にブログで触れないってのは、さすがにマズイでしょうから(笑)。

 と言うわけで、今回は、頑張ってヴァイオリンの話をします(爆)。

 ちなみに練習状況の方は…忙しいとかなんとか言いながら、未だに練習時間は朝の出勤前の時間に設定しています。しかし、だからと言って無理やり時間を作っての練習はしていないので、現在はせいぜい月に2~3回、一回5分程度、ヴァイオリンに触って、ハ長調の音階練習をするくらいです。スズキの教本は全然進んでません。

 今の野望は、年末年始の冬休みの時に、少し頑張ってヴァイオリンの練習をしようかな…と悩んでいる程度です。せめて、毎日30分ぐらい弾ければ、多少はスズキの教本も前進するのではないでしょうか? 乞ご期待(爆)。

 …なんて感じで、絶賛挫折中の私でございますが、ヴァイオリンが割と好きで、やる気が無いわけじゃないのに、なぜ挫折中なのかと言うと…それはヴァイオリンを“独学”で学んでいるからでしょう。

 確かに時間はありません。なにしろ、声楽もフルートもやっていますし、当然の事ながら、仕事も現役で、今だって、無い時間を捻り出して音楽の練習をしているわけです。ですから、さらにもっともっと時間を絞り出せば、ヴァイオリンの練習時間ぐらい作れないわけじゃないです。実際、先生にレッスンを受けていた頃は、忙しい毎日でしたが、なんとか練習時間を捻り出して、毎日、少しずつ、しかし休むことなく、練習したものです。だって、レッスンに行って、前回と全然変わっていなかったら恥ずかしいじゃないですか? ちゃんと自宅で練習して、その成果をレッスンで見せたいじゃないですか? そりゃあ、時間がないとは言っても、なんとか時間を捻り出して練習しておくものです。

 でも、レッスンがないと思うと、途端に練習が後回しになります。これはヴァイオリンに限りません。声楽やフルートだってそうです。

 だって、毎日が忙しいもの。「今週は声楽のレッスンがある」「フルートのレッスンがある」そう思うと、日々の練習にも力が入り、前回のレッスンでは出来なかった所は、ぜひ何とかしてから、次のレッスンに臨みたいものだと、頑張るわけです。

 でも、声楽なんかは現在、ほぼ隔週レッスンなので、どうしてもレッスンの無い週は「来週でも間に合うよな…」とか思って、忙しい時は、ついつい練習量を減らしたり、後回しにしたり…があります。フルートは毎週コンスタントにレッスンがあるので、その点、手が抜けません。でも、たまにレッスンがお休みの週だと…ちょっと緩めの自宅練習になります。

 声楽レッスンが毎週の時は、本当にキツかったよ。毎週毎週、何らかの譜読みと音取りに追われていたものねえ…。

 というわけで、レッスンがないと、どうしても自宅練習の頻度が下がります。独学だと当然、レッスンは無しで、自宅練習しかないわけですから、練習頻度が下がってしまうのも、ある意味、やむを得ない話なのかもしれません。

 さらに独学だと、学び方が実に非効率的だと思います。レッスンだと、先生のアドヴァイスひとつで色々な事に気づいて、上達する事って、たくさんあると思います。独学だと、その“先生のアドヴァイス”がないわけで、実はとても簡単な事(しかし大切な事)が、自分一人であるために気づかないまま上達の妨げになっていた…なんて事は、枚挙に暇がないことでしょう。…何事にも先達はあらまほしき事なり。いくら、良くできた教則本や、教則DVDや、ネットの講座を見ていても、それはやはり、先生から直接指導を受けるのは、わけが違います。で、非効率を重ねているうちに、わけの分からないトンネルに入ってしまうと…弱気になって、挫折しちゃうかもしれません。

 私は幸い、迷いのトンネルにすら入れないほどしか進んでませんが、トンネルに入った時の事を考えると、ちょっと不安です。なにしろ、誰も私の間違いを指摘してくれる人がいないのですからね、これは不安ですよ。
 
 
 また、独学だと、人目にさらされる事がほぼありません。シャイな人には心地よいかもしれませんが、音楽なんて、他人の前での演奏経験が多いほど、上達が早まるものです。レッスンに通うと言うのは、毎回、先生の前で演奏するわけです。さらに、発表会などがあれば、さらに人目にさらされる経験が増えていきます。その点、独学だと、いつも一人で、他人の耳に演奏がさらされるなんて事は無いと思います。正直、それじゃあ、なかなか上達できなくても、仕方ないですね。

 独学だと、新しいテクニックを習得するのが困難だと思います。数こなせば出来るようになる類のものなら、独学でも習得出来るでしょう。しかし、今までとは次元の異なる、新しいテクニックを独学で学ぶにはどうするべきなんだろう? ヴァイオリンって、いわゆるアクセントのつけ方にも色々な弓の技術があるんだけれど、独学の人は、それらをどうやって学ぶ? 私的には、そんなところまで、まだまだ行ってないけれど、その日が来るのが、なんか不安ですよ。
 
 
 あと、独学だとお金がかかりません。まず、先生への謝礼が不要ですし、レッスンに行く交通費も不要です。対価を支払わずに手に入れるものって、あまり真剣にはなれませんよね。なにしろ、身を切っていないのですから。高いお金を出して(それなりに)高価な楽器を購入し、月々謝礼を支払って学んでいるフルートと、お手製の安価の楽器で、先生に習いに行かず、暇な時間をにチャチャと学んでいる独学のヴァイオリンでは、そりゃあ、色々と違っていて当然です。

 つまり、レッスンを止めて、独学に切り換えた時から、今の絶賛挫折状態が約束されていたのが、ヴァイオリン…って事になりますか? なんか、悔しいです。

 でも、声楽とフルートをやっている以上、少なくとも退職して現役引退&隠退生活に入るまでは、ヴァイオリンの練習時間を捻り出せないかも(涙)。ううむ、それではいけません。なんとかしないと…。

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2012年12月13日 (木)

さすがにダンスは、あきらかに“ダメ”のベクトルを向いてます

 社交ダンスのレッスンを受けました。久し振りですねえ…約一ヶ月ぶり? ブログを見ると、八月あたりから、一カ月に一回のレッスンになってます(例外的に10月は2回やってますが、そのうちの1回は無理やりですね:笑)。月1レッスンになって、そろそろ半年? それじゃあ、なかなか上達などするわけないですね(涙)。いやあ、むしろ、下手になっても当然です。

 今回のレッスンも一カ月ぶりだったので、今までの復習というか“思い出し”だけで終了しました。
 
 
 まずは準備運動も兼ねてのブルースからです。踊っていて『なんかぎこちないなあ…』と感じてました。とりあえず、ステップ的にはたぶん合っているけれど、ちゃんと音楽に乗れないし、なんかあっちこっちに違和感があります。ダンスの動きをカラダが忘れているみたいです。でも、知識としてのステップやらなんやらはあるので、それらしく踏んでいくのですが…こんなのは踊りじゃないかもしれません。

 元々下手ですが、だいぶダメになっているようです。ちなみに、ナチュラル・ピポット・ターンはまるっきり出来なくなっていました。あんまり出来ないので、シャドウで練習しましたが、なんか、うまくいきません。うまくいかないので、妻先生と一緒に踊ったら、楽に出来ました。「やっぱり一人で踊るより、二人で踊った方が踊りやすいね」と言った所「当たり前。ダンスは上手な人と踊ると楽なの。これがシロート同士だったら、相手はちゃんと動いてくれないから、一人で踊るよりも大変よ」だそうです。そりゃあ、そうだね。確かにシロート同士だと、互いに問題を抱えているわけで、そりゃあ、うまくはいかないよね。
 
 
 ブルースだけでは準備運動に足りないというので、ジルバを踊りました。確かに、このダンスは(女性は)運動量が多いので、準備運動には良いでしょう…でも、男性はほとんど動かないので、ブルースと大差ないです。元々、得意なダンスではない上に、レッスン間隔もすっかり空いてしまったので(マジで)ステップすら忘れてました。違和感を覚える前に、ほとんど棒立ちでした。でも、男が棒立ちでも成り立つのがジルバなんだね。実際、ハマジルなんて、男性は一歩も歩かなくても、全然ダンスが成り立っているしね。
 
 
 で、ようやくワルツです。やっとダンスらしいダンスがやってきました。で、踊ってみると…シンドイです。なんか、カラダが重いです…って、そう言えば体重増えたんだよねえ。体重が増えると、結構シンドイですよ。

 さらに、なんかうまくリズムに乗れません。これはカラダのバランスがデタラメになっているので、ただでさえ重い体重が、しっかり足に乗っていないので、一つ一つのステップでカラダを支えきれず、それで重く感じるわけだし、体重がしっかり足に乗っていないので、足元も不安定で、一歩一歩を着実に踊ることができず、つい、次へ次へカラダが動いてしまい、結果としてリズムを外して踊る事になっています。特に、スローな曲だと、これが顕著に表れます。

 「筋力不足! スクワットをしなさい」と言われたけれど、毎週ダンスのレッスンがあれば、ここまでひどくはならなかったんじゃないかと思ってます(すぐに他者のせいにする悪い奴>自分)。一時期毎週レッスンして、やっとダンスの入り口まで来たのに、そこから月一回あるかないかのレッスンでは、足型の知識しかカラダに残っていないって。そんな状態で踊れば、足型ダンスにしかならないって。私はシロートだけれど、足型ダンスはダンスじゃないと思うよ。

 ダンスって全身で踊るものだと思うし、音楽に乗ってナンボだと思います。カラダの使い方なんて、すっかり抜けてしまったし、抜けてしまったが故に、音楽にも乗れなくなってしまったわけだし、今の私のダンスは、もはや下手くそなダンスではなく、ダンスのようなモノでしかないです。つまり、ダンス以前の、ダンスのニセモノ状態にまで退行してしまったと思います。

 とにかく『こりゃあヒドイ!』と自覚せざるをえません。

 本当はワルツをもっと踊りたかったけれど、時間がない(以前の半分、約90分しかレッスン時間が取れないのです)ので、さっさと次のダンスです。
 
 
 次はルンバです。ルンバは、とにかく“クカラチャ”です。ステップより何よりクカラチャの復習です。立ち止まって、腰を動かすだけなら、なんとかサマに成りつつある私ですが、サイドステップを踏みながらのクカラチャは、まだまだです。ましてや、ルンバのステップを踏みながらのクカラチャなんて、遠い未来の話ですが「クカラチャはルンバの基本だから…」と言われれば、頑張ってやるしかないわけです。

 クカラチャは気長に練習するしかないです。今回、いきなり出来る様になるわけもなく、とにかく今は、クカラチャはできる範囲でやる事にして、踊ってみました。一応、一通り、思い出してみましたが、ルンバもなんかしっくりきません。やはり、ルンバもほとんど忘れているし、リズムにうまく乗れません。

 ショルダー・トゥ・ショルダーを、ついハンド・トゥー・ハンドのように動いてしまう私ですが、このショルダー・トゥ・ショルダーの時こそ、男性は、私が唯一できる『立ち止まってのクカラチャ』をやるのだそうです。男性が、立ち止まってクカラチャをやっている時に、女性がその周りで踊ってくれるのが、ショルダー・トゥ・ショルダーなんだそうです。女性が主に踊っていても、ジルバのような棒立ちにならずに済む点は、ジルバよりもルンバの方が楽しいかも。

 で、ルンバもそこそこやったので、いよいよタンゴをやりましょうと思ったところで、時間切れ。ううむ、やっぱり90分のレッスン時間では短くて、一通りのおさらいも出来ません。

 「タンゴは次回ね」と言われましたが、その次回はいつやってくるのでしょうか? たぶん、来年? 松が明けてから? さすがに、その頃は、今回よりも踊れなくなっていると思うよ。私の老人力を甘く見てもらっては困ります(エッヘン!)。

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2012年12月12日 (水)

今更だけど、楽器の組み立て方にダメが出ました(汗)

 フルートのレッスンに行ってきました。なんかもう、色々とダメダメでした。

 確かに疲れは溜まっています。澱の様に溜まっています。ボケッとしていたわけじゃなくて、単純に「ここはどこ、私は誰?」状態だっただけ。目は開いているし、耳も聞こえるし、頭もスッキリしているけれど、なんか宇宙服を着てレッスンを受けている様な気分でした。

 兆候は先生と姉様の二重唱を聞いているあたりから自覚してました。ほんの1メートル先で、素晴らしい二重奏の生演奏を聞いているのに、まるでテレビの画面越しに見ている様な、妙な距離感を感じていました。「あれ、変だぞ…」 なんか、イヤーマッフルを着用しているみたいな変な感覚でした。

 ロングトーン練習になりました。チューニングの時から、ちょっと変でした。いくらやっても、なんかしっくり音が合いません。知らぬうちに、ロングトーン練習が始まっていました。あわてて参加しましたが、なぜか私はいつものフレーズではなく、なんか変な音階を吹き始めました。なぜ、そんな訳の分からない事をしたのか、今では分からないのですが、なぜか、そうしてしまったのです。先生に「他の音を聞きなさい」と何度か注意されたのですが、なぜ自分だけ違うのか、その時は全然分かりませんでした。

 なんか、変ですね。やがて、全体の1/4ほどが終わったところで、ようやく、いつものフレーズを思い出しました。なぜ、いつものフレーズが思い出せなかったのだろう、いや、それどころか、いつものフレーズを忘れていることに、なぜ気付かなかったのだろう。

 ようやく、フレーズは思い出したものの、今度は全然音程が合いません。何度か頭部管を抜き差ししたものの、どうしても合いません。ってか、このフルートを吹いているのは、誰? なんて、訳の分からない事を思いながら、ロングトーンをやってました。

 今から思えば、ストレスが溜まり過ぎて、脳味噌がハレーションを起こしていた…のかもしれません。ダメだなあ…。色々と叱られながら、そして、音程もズレズレのまま、ロングトーン練習は終わりました。最低だ…。

 あんまり出来が悪いんで、正直な話、レッスンの教室から逃げ出したくなりました。でも、なんか、心が重くて、動けなくて、ううううう…と思っているうちに、アルテの練習に突入してしまいました。

 ここのところ、ずっと停滞している、アルテの15課6章のAs-durの1番「音階準備練習」でした。吹き始めたところは覚えてますが、なんか吹きながら、息苦しくて、おまけにやたらとノドが渇いて、気を散らせながら、なんか涙目で吹いていました。で、気がついたら、ミニヨン・エチュードを吹き始めるところでした。どうも、音階準備練習を吹いていた記憶がありません。マズイですね。先生に何か注意されたかもしれないのに、何も覚えていません。

 ただ、テキストを見ると、音階準備練習に丸がついてますし、5番の「As-durのクロマティック」の後に印が入っていますから、たぶん、1番は合格し、次回までの宿題として、2~5番の課題が出されたのだと思いますが…本当に何も覚えてません。

 マズイです…ね。

 なんか、色々とやばいと思いました。もっと、しっかり意識を持たないとダメじゃんと思いました。なので、このあたりから、記憶が残ってます。

 ミニヨン・エチュードの18番です。とても速い曲ですが、頑張って練習してきました。吹いていて、なんかしっくり来なくてイヤな箇所が三ヶ所ありました。で、そこは、楽譜どおりに吹かず、自分なりに吹いたところ「よく、分かりましたね」と誉められました。意外です。

 18番の譜面は、三ヶ所間違いがあるんだそうですが、その三ヶ所に私は違和感を感じて、修正して吹いちゃったそうで…怪我の功名だろうけれど、まあ、なんか、ちょっと……うれしいです。

 速い曲ですが、吹いてみると、案外スラスラと行きました。二ヶ所を除いて(笑)。一つは、23~24小節のGisのあるフレーズの箇所と、もう一つが後から5小節めから始まって3回ほど繰り返す「ドレミファレ」のフレーズ。この二ヶ所……指が回りません。なんか、指がつまづいたり、どもったりします(涙)。…「もっと練習してきなさい」…練習すれば、出来るようになるんですか?

 それとミスったわけではないのですが、32小節から33小節で、音楽の流れが、それまでのキレ味重視から横のつながりに変わるところで、その変わり目の雰囲気を出そうとして、スラーを思いっきりレガートで演奏したら「うるさい!」って怒鳴られちゃいました。

 レガートの箇所をスタッカートの箇所と同じエネルギーで吹いたら…確かに耳にうるさいかもしれません(涙)。だって、スタッカートは瞬間しか音が鳴らないけれど、レガートはベタ~~っていつまでも鳴っているから、時間当たりのエネルギー量が全然違うわけで、そこを散々叱られました。「レガートはもっと優しく穏やかに吹きなさい」って事です。ふう、フルートって、難しいなあ…。

 とにかく、吹き込みが足りないので、もっと練習してくる事になりました。

 今回の雑談は、今更ですが、私のフルートの組み立て方にダメが出ました。その話です。私がミニヨン・エチュードを一生懸命吹いている時に、先生がふと気付いたそうです。「貸してご覧なさい」と言われたので、アゲハを先生に手渡したところ、キュキュといじって「これで吹いてご覧なさい」と言われて吹いてみたら、なんかすごくしっくり来たんです。

 一体、何が起きたのかと尋ねたら、足部管をほんの少し外側にひねってみたらしいのです。

 「あなたは、足部管を(アルテの)テキスト通りに組み立てているけれど、それではダメです。フルートの組み立て方は、一人一人違うのだけれど、今まで気がついてあげられてなくて申し訳ない」と言われました。H先生的には、そのあたりは前の先生(笛先生)のところでクリアしていると思っていたみたいです。

 とにかく、足部管をほんのちょっとだけ外側にひねったら、なんか無闇に吹きやすくなりました。不思議です。

 「指の長さや手の形で、足部管の組み立て方が変わるんだけれど、そこに無頓着な人が多くてね…」との事です。はい、無頓着でした。

 足部管を見てもらったので、ついでに頭部管の向きを見てもらいました。私の頭部管の向きは、標準からだいぶ外れています。アルタスの田中会長ご推薦の位置から始めて、今では、そこからやや外側に向き直した位置(それでも標準よりはだいぶ内吹き)にしています。「あなたはこの位置でいいと思います」とお墨付きをいただきました。今は外吹きが主流だけれど、外吹きの音は、どうも私にも、アゲハにも似合わないようなのです。

 「でも、そこより内側に頭部管を向けてはいけませんよ」と念を押されました。そこよりも、もっと内吹きにすると、先生曰く「あなたの場合、吉田雅夫さんのような音になってしまいますので、注意するように…」と。つまり、昔流行ったスタイルの音になってしまうというわけです。まあ、今どきの音じゃないから止めておきなさい…って事みたいです。

 フルートの組み立て方は、個人個人違っていて当たり前なんだそうです。某Y社のフルートは組み立ての目安となる印がフルートに刻印されていますが、あの通りに組み立てたら、演奏しづらくて当然なので、それぞれで自分にベストの組み立て位置を見つけないとダメって事です。

 なので、頭部管はかなり内向きに、足部管はほんのちょっと外向きにひねるのが、私にとって、ベストのフルートの組み立て方のようです。

 しかし、フルート始めて、もうすぐ五年になるのに、楽器の組み立て方に、今更ダメが出されるとは…なんかもう、複雑な気分です。でも、これでよかったんだな、きっと。

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2012年12月11日 (火)

頭声の練習をしました

 声楽レッスンの続きです。

 曲の練習に入りました。『マリンコニーア/ Malinconia, Ninfa gentile』です。

 発声する前に、息をぐるんと回しておくことを注意されました。息を真っ直ぐに出して歌わないようにって事です。

 四小節で1フレーズになっているので、そこに注意して歌う事。間に入っている十六分休符は休みではなく、残った息を捨て、次の息を吸い、腹圧を高め直すための休符。休符は休みではなく、やることが山のようにあります。

 どの音もきちんと一つ一つ捨てていく事。実は私は、これが苦手。私はどの音もしっかり握ったまま歌おうとしているようです。これが原因で、疲れやすく、また音楽にも動きが感じられなくなるのだそうです。

 高いAを今回も頑張りました。Aの前の前の音であるEで下を引っ張り、次のCで上を引っ張り、両方引っ張ったところで、首を伸ばして(頭をやや前に倒す)、そこに一気に息を通してAを出します…が、私の場合、何度やってもAにはならずGisになってしまいます。どうやら、声の伸ばし具合と息の量が足りないようです。あと、何度もこれをやると、ノドが痛みます。無意識にノドに力が入っているのかな? あるいは呼吸法が悪くて、ノドを痛めるような息の吐き方をしているのかな?…たぶん、両方だろうなあ。
 
 
 頭声の練習をしました。高いAを太い胸声で出せるのが理想だけれど、頭声でも出せるようにしておくと、何かと便利と言うわけで、頭声でAにチャレンジしてみました。

 頭声とか裏声とか、このあたりの用語は世間的に結構混乱しているみたいなので(私の用語法だって間違っているかもしれません)、一応このブログでの使い方を説明しておきます。頭声は裏声ではありません。かと言って、地声や胸声とも違います。ちょうど、胸声と裏声の混じり合った感じの声で、やや裏声っぽいニュアンスがあります。声が引っくり返らないようにギリギリのところで発声している感じの声です(声が引っくり返ると“裏声”になってしまいます)。

 声楽的な意味では、この頭声の事をファルセットと言うのが正しいようで、オペラのテノール歌手が、高音をppで歌うときに使う声とイメージすると分かりやすいと思います。もちろん、頭声はppだけでなく、それなりに強い声も出せます。宗教曲のテノールとか、モーツァルトぐらいまでのテノール歌手の高音も、この頭声(ファルセット)です。ただしポピュラーヴォーカルでのファルセットは裏声の事を指しますので、注釈無しで“ファルセット”と言うと、いわゆる“裏声”の事を指しているのか、それとも“頭声”を指しているのかが不明になりますので、ファルセットという語は、なるべく使いたくないですね。

 実際、私自身はファルセットという言葉を、裏声の意味で使ったり、頭声の意味で使ったり、結構ゴッチャでいい加減に使ってます。実際、エコ発声の時の高音は、合唱ですからファルセットなんですが、その実態は、裏声だったり、頭声だったりと、その両方を何となく適宜使用しています。

 まあ、それはともかく、頭声の練習をしました。いわゆるパッサージョの下から、声を引っくり返さないように、なおかつ、ノドを締め上げないように、注意深く、半音ずつ頭声で上がっていきます。なかなか難しいです。結局、頭声でも、安定してだせるのはGisまでで、Aになると、声がひっくりかえってしまいます。筋力不足ですね。

 で、パッサージョなのですが、私のパッサージョ(チェンジ)の箇所は、高いFとFisの間にあるみたいですが、私自身は無意識にパッサージョを越えて歌っているつもりです。先生の耳にはFisやGには発声の癖があるので、分かるのだそうです。で、どんな癖かと言うと、これらの音の前に私は必ず息を切って、一度溜めてから出すのだそうです。へえ、そんな事を意識してなかったけれど、言われてみれば、やっているかも。

 先生がおっしゃるには、Gまでの音は、息を溜めずに、フレーズの流れのまま、音楽に乗って歌って欲しいのだそうです。それこそ「音楽の中を泳ぎながら歌う」のです。集中しすぎず、覚悟も決めずに、流れのままに歌うのが良いのです。もちろん、Aより高い音はそういうわけには行きませんから、覚悟を決めてしっかり歌うのが大切ですが、Gまでは泳ぎながら歌ってほしいのです。

 それにしても、今回もたくさん習いました。レッスンの最後の方は、ヘトヘトになりました。「インナーマッスルが弱すぎます。だから言って、そこは筋トレできる場所じゃないので、大変ですね」と言われました。

 『マリンコニーア』はまだまだ終わりそうもありません。

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2012年12月10日 (月)

とにかく息を流しましょう

 第九が終わりました。次の予定は…本来はメサイアを入れていたのですが、吹奏楽関係の行事とバッティングのため、メサイアは断念(涙)。ああ、自分の趣味より仕事優先だからねえ(遠い目)。なので、しばらくはイベント的なものは無いので、声楽のレッスンに集中する日々が始まります。

 まあ、せっかく先生が変わったのに、クラシック・コンサートやら第九やら、落ち着いて声楽の基礎練習に取り組む時間がなかったので、しばらく基礎練習に集中するのも良い事でしょう。

 まずはハミングの練習からです。とにかく、息をたくさん流すのがポイントです。私はキング式の省エネ唱法で歌う癖がついていて、息をあまり使わない唱法だったのですが、それはひとまず横に置き、今はともかく、息をたくさん流すことを優先するようにと言われました。今まで息をあまり使わないで歌っていたので、いざ息をたくさん使って歌えと言われても、なかなか大変です。

 私の歌い方の癖は、まず全般的に息をあまり使わずに歌っているのですが、特に高音域に行けば行くほど、息の量が減っていき、フレーズの最高音の手前、ガクっとブレーキをかけるように息が減り、声を飲み込むように発声していると言われました。

 ううむ、そういう自覚はありませんでしたが、確かに言われてみれば、その通りです。でも、それは歌い方としては、逆なんだそうです。高い音ほど、息をたくさん流す。それも前の方向に息を流します。高音に行っても、口の中の形やポジションは一切変えずに、ただ息の量を増やすことで対応する。そうやって、音色を変えずに高音を出していきましょうと言うのです。

 あと、私は音程を意識しすぎなんだそうです。音程を意識するあまり、音を当てに行ってるのだそうです。まあ、そうかもね。散々、キング先生には「音程がダメ、音程がダメ」と注意され、私自身、音程に気を使う様になったわけだし、自宅練習では、日頃から、チューナーをつけっぱなしにして、音程を確認しながら歌うようにしていたわけだしね。チューナー見ながら、歌の練習をしていたら、そりゃあ、音を当てに行くのが癖になってしまういます。おまけに、ここんとこ、合唱(第九)もやっていたわけだし…。合唱の歌い方だと、どうしても音程優先的な歌い方にせざるをえないので、やっぱり音を当てに行っちゃうわけで…。そういう複合する要因で、すっかり音程重視のツマラナイ発声になっていたのかもしれません。

 無論、ソロだって、音程は大切だけれど、必ずしも音程優先ってわけじゃありません。今は、音程なんか外してもいいから、とにかく息を流す事。それも下から上へ、大きな流れを作って息を流す事が大切なんです。

 特に、ハミングをしていると、私の息は鼻のあたりで留まっている感じがするんだそうです。そうではなく、下腹から始まって、息がグンと前に噴き出してくる様に歌えるのが良いんだそうです。なかなかそうは参りませんが…。
 
 
 ハミングをそこそこしたら、次は発声です。私が一生懸命、発声していたら「眉間にシワを作らないでください。眉間は、シワを寄せるのではなく、むしろ、そこから鳩が顔を出すくらいの感じで歌ってください」…って、私は鳩時計ですか? でも、気分はそういう事なんでしょうね。眉間のシワはアウトですから、もちろん、目をつぶって歌うのもNGです。

 発声では、ハミング同様に、息をたっぷり流す事が大切なんですが、それと同時に声を上下に思いっきり引っ張る事が大切です。“声を上下に引っ張る”と表現しましたが、声には実体が無いので、物理的に上下に引っ張る事は不可能です。より身体的な表現を使うと『クチを縦開きにする』とか『軟口蓋を上げ、舌根を下げる』とか『響きを副鼻腔からノドまでの広い範囲で響かせる』とかの表現になると思いますが、私の感覚では“声を上下に引っ張る”感じなので、そのような表現にしておきます。

 で、声を上下に思いっきり引っ張ります。まるで自分がゴム人形になったような感じで、グイーンと伸ばします。その時に『私はテノールなんだ』という意識は不要です。テノールである以前に、私は私なのだから、私自身の声で歌うのです。だれかテノール歌手のモノマネではなく、自分自身の声で発声をします。

 声を上下に引っ張って歌うと、思いの外、深くて太い声が出て、びっくりします。この深くて太い声が、いわゆる“美声”なんだそうです。まあ、歌っている私自身は「うへっ、声が太くなっちまったよ。え、私って、もしかしたら、低音歌手だったの?」と思って、ちょっとドギマギして不安になりますが、先生や妻はニコニコしながら「時々、いい声になる」とか「瞬間だけ美声」とか言ってくれます。まあ、声なんて、自分で感じる声と、他人が聞いている声が違うのは常識なので、きっと私の深くて太い声は“低音歌手の声”ではなく“美しい高音歌手の声”になっているのでしょうね、いや、そうなっていると信じたいです。

 とにかく、今までは曲が歌えればよかったのですが、Y先生は曲の前に、まず声ありきの人なので、今は声を磨くのが優先ですし、高音はこの深くて太い声をベースにしていないと出ないと言われました。今までのような、軽くて浅い声では、高音はいくら頑張っても、無理無駄不可能なんだそうです。なので、高音を出せるように頑張るのではなく、美しい声で歌えるように頑張れば、自然と高い声でも歌えるようになる…というそうです。

 とにかく声を上下に引っ張るのです。私は声を上に引っ張るのは、まあまあなんだそうです。もっとも、それは私に限らず、どのテノール歌手も声を上に引っ張るのは得意なんだそうです。でも、私もそうだけれど、多くのテノール歌手は、声を下に引っ張るのが苦手なんだそうです。なので、まずは下に引っ張る感覚を覚える事。そして、自由に声を下に引っ張れるようにする事。これが急務です。そして、声を下にも上にも引っ張れるようになったら、上下同時に思いっきり引っ張った所に、大量の息を勢いよく流し込めば…高音は楽に出るのだそうです。

 大切なことは、高音をなるべく楽に出すこと。力付くで出しても、それは聞き苦しいだけなので、なるべく楽に楽に出す事。ただし、いくらテノールでも無意識に出せるのは高いGまでで、Aより高音は、いくらテノールのノドを持っていても、無意識には出せません。意識して頑張って出さないと出ない音なんですが、だからと言って、力付くで出すのではなく、なるべく楽に自然に聞こえるように、歌うのだそうです。そのために、ノドは楽に、カラダ(特に体幹)は頑張る方向に努力するのです。

 それと、音の終わりの処理が下手だと言われました。音は、基本的に捨てて歌うのが良いのです。捨てる…それも投げ捨てる感じで、ポイッて捨てます。音を一つ一つ、ポイポイッて捨てていくのが肝心であって、これを捨てずに最後まで持ったまま歌うと、とても疲れるし、発声の失敗を次の音にまで引きずりがちなわけです。

 そして、その音の捨て方も、口先でポイッではなく、腹の底から突き上げるような感覚でポイッと捨てます。そして、捨てる時に手裏剣を投げるような感覚で捨てるんですが…自分でも書いていて何を言いたいのか分からなくなってます。どうにも、Y先生になってから、オカルト度合いが増しているような…。

 そして、最後は、ノドの奥を広げて喪黒福造のような声で歌うこと。腹筋をきちんと使う事。これらも、少しずつできるようになってきた気がします。

 たかが発声、されど発声。今までやってきた事を捨てて、改めて声を構築しなおしているわけで…ああ、大変。だけど、楽しいです。

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2012年12月 9日 (日)

ネアンデルタール人が気になります

 今週は体重の記録はございません。別にサボっているわけじゃなくて、体重計が壊れてしまったので、体重計測ができなかっただけです。え? 体重が重すぎて、それで壊れたんじゃないのかって? だとしたら、面白いのですが、一応、ウチの体重計はデブ仕様で200Kgまで計測できるタイプなので、私の体重程度で壊れるものでもありません。まあ単純に、経年劣化だと思います。修理をするよりも新規購入の方が安いので、新しいものを購入することにします。今度の体重計は、私チョイスでなく、妻チョイスなので、どんなモノが来るか、今からワクワクです。ちなみに、体重計って、100Kgまでしか計測できないタイプのものが多いので、そんなモノを購入したら、思いっきり妻の事を罵倒してやろうと思ってます(笑)。
 
 
 さて、先日、ウィキペディアで『ネアンデルタール人』の項目を読んでいました。いやあ、ネアンデルタール人って、興味深い存在ですねえ。

 ネアンデルタール人に関する詳しい事は、上記のウィキの記事を読んでみるなり、ググってみるなりしてみてください。ここではウィキの記事を元に、簡単にネアンデルタール人についてまとめてみますと…。

 
★)約20万年前に発生し、2万数千年前に絶滅したヒト属の動物。主に、ヨーロッパから中央アジア付近に生息していた。

★)我々ホモ・サピエンス(現生人類)にもっとも近い種である。

★)我々ホモ・サピエンスは約25万年前に発生しているので、ネアンデルタール人は我々とほぼ同じ時期に発生し、先に絶滅した人類と言える。

★)かつては“旧人”と呼ばれ、我々のホモ・サピエンスの祖先であるとか、兄弟種と思われていた。

★)DNA研究により、我々とネアンデルタール人は別種であると断定された。つまり、祖先でもなければ、兄弟でもない、全く別の人類。

★)よって、ネアンデルタール人とは繁殖及び混血できないだろうと思われている。

★)一方、わずかに混血し、ネアンデルタール人の遺伝子を有する人類もいるという研究もある(ほんと?)。

★)ホモ・サピエンス同様に、旧石器文明の担い手であった。また、火も使用していた。

★)解剖学的見地から、ホモ・サピエンスと遜色ない知能を有していたと思われる。

★)我々とカラダの大きさはほぼ同じ。髪は赤く、肌は白い。成長速度は我々よりも速く、骨格及び骨格筋は我々よりも発達していた(つまり、早熟でマッチョ)。顔つきはホリが深くて、白人のような顔つきをしていたと思われる。

 そんな人たちが、かつては我々と一緒に、この地球上にいたんだってサ。なんか、ロマンチックだよね。

 もしもネアンデルタール人が絶滅せず、今も存在していたら、この世はどうなっていただろうかと想像してみました。
 
 
 別種とは言え、同じ人類だし、知能レベルも変わらなければ、我々とは言語コミュニケーションが取れるだろうし、文化交流だって出来る。ただ、種の違いから、思考&行動パターンが異なるだろうけれど、これは今だって、異なる文化に属する外国人と接する時には感じる事だし、おそらく、その違和感がもう少し大きくなるくらいで済むんじゃないかな? むしろ、そうやって、我々とは大きく異なる人類がいる事で、ホモ・サピエンス同士は、今のような対立やいがみ合いはなく、もっと仲よくなっていたりして(笑)。少なくとも、ホモ・サピエンス同士で戦争なんてしないと思います。だって、そんな事をしたら、ネアンデルタール人の漁夫の利になるだけじゃん。

 そういう意味では、世界が二つに対立していた、あの冷戦時代のような感じになるのかな? ホモ・サピエンス側とネアンデルタール側に分かれた社会。うん、それはそれで悪くないよね。

 で、上記とも関連するけれど、ホモ・サピエンスとネアンデルタールは混住していたか否かだけれど、私が思うに、地域的に住み分けしていたんじゃないかな? おそらく国家レベルで、ホモ・サピエンスばかりが暮らしているホモ・サピエンスの国と、ネアンデルタールばかりが住んでいるネアンデルタールの国に分かれ、それぞれの国の中に住んでいる少数種は、現在のチャイナタウンのような感じで、国の中に集落をつくって、点在して暮らしているような気がします。

 たぶん、昔は、ホモ・サピエンスとネアンデルタールの対立があって、始終、ケンカや内乱、戦争が起こっていただろうけれど、さすがに21世紀にもなれば、それらもひとまず落ち着き、平和に共栄共存しているんじゃないかしら?

 同じホモ・サピエンス同士でも、我々日本人とヨーロッパ人では文化が違うように、ホモ・サピエンスとネアンデルタールでは、もっともっと文化が異なっている事でしょう。でも、それらは単純に“違う”のではなく、我々とは種が異なる人類ですから、その発想も違い、我々とは全く異なる文化を作り出していた可能性もあります。しかし、その文化がどれだけ我々とは異なっていたとしても、やはり同じ人類ですから、お互いに違った文化を理解しあい、受け入れあって、それらをベースにして、21世紀の現在なら、協力して新たな文化を作り出していたのではないでしょうか? つまり、ネアンデルタール人がいる世界の方が、ネアンデルタール人がいない世界よりも、文化文明が進んでいたんじゃないかなって思います。

 そういう意味では、ネアンデルタール人がいなくなった、今のこの世界は、少し残念な世界なのかもしれません。
 
 
 恋愛はどうなんだろうね。ホモ・サピエンスとネアンデルタールのカップルなんて、存在するかな? だって、この二種では、繁殖できないわけでしょ? 普通に考えれば、繁殖できないのだから、カップルは成立しないような気がするけれど、人間って下手に知恵がついているから、繁殖できない間柄でも恋愛感情が芽生えるかもしれない。現に、同性愛者たちは繁殖できないけれど、互いに恋愛感情を有してカップルになっているわけだしサ。それと同じ事かもしれません。

 それに、ホモ・サピエンスとネアンデルタールなら、言語コミュニケーションはできるわけでしょ。恋愛ってのは精神作業なわけで、種が異なっても、精神の交流は可能だろうから、繁殖できなくても愛し合っちゃうかもしれない。いや、逆に、繁殖できないから、気軽に積極的に恋愛しちゃうとか。だって、妊娠の危険性は最初から無いわけだから、避妊なんて面倒な事はしなくて済むし、種が違うのだから、罹患する病気だって異なるわけだから、同種同士の乱れた性的関係よりも安全かもしれないし…。

 若い時は、異種同士で恋愛を楽しみ、適齢期になると、同種の中から配偶者を見つけて家族を作る…なんて行動様式になっていたりして(笑)。
 
 
 スポーツはどうだろうね? ホモ・サピエンスもネアンデルタールもおそらくはスポーツを楽しむだろうし、オリンピックを始め、国際試合などで交流を持つだろうけれど、ネアンデルタール人って、早熟でマッチョなんだよね。カラダの小さな東洋人と、カラダの大きな白人との対決以上のハンデがありそう。どのスポーツも上位はネアンデルタール人が占めていたりして…なんかそれって寂しいなあ。

 ホモ・サピエンスのスポーツ少年が、ネアンデルタールのスター選手に憧れる…のをオトナのホモ・サピエンスとして見るのは、とても寂しい光景かもしれません。

 ま、あれこれ考えても、それは妄想の範囲にしか過ぎません。だって、ネアンデルタール人は、すでに絶滅しちゃった人類だもの。でも、かつて彼らは、我々と一緒にこの地球の生き物のツートップとして頑張っていた過去があります。

 でも、もういない。一度失われたものは、二度と戻ってこないって事です。

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2012年12月 8日 (土)

孤独と言えば、孤独なキキョウです

 最近の我が家の水槽は、何かと言うと、3対1になってます。3は、サクラ・ハナジロ・ナゴンで、1はキキョウです。なんか、いつも、キキョウだけ孤立しているんだよねえ。

 まあ、同じ金魚とは言え、いつも一緒にいる三匹は丸物といわれる種類の金魚で、キキョウは長物と言われる種類でして、同じ金魚でも、種類的に、ちょっと遠いんですよね。

 ハナジロはオランダ獅子頭で、サクラは丹頂ですが、丹頂と言うのは、オランダ獅子頭の亜種のようなものなので、この二つはほとんど同じです。まあ、人間で言えば、フランス人とイタリア人の違いぐらいでしょうか? 同じラテン系だけど、言葉と文化が違うので生活様式がちょっと違う?みたいな感じです。ナゴンは琉金ですから、同じ丸物でもこの二匹とはちょっと距離があります。同じ白人だけれど、ちょっと違う種類の白人さんである、アングロサクソンのイギリス人みたいな立場でしょう。そこへ行くと、鉄魚であるキキョウは、種類的にはフナ(金魚のご先祖。そのせいか、鉄魚を金魚の内に入れない人もいるくらいです)に近く、長物だし体型が全然違うので、あえて言えば、黄色人種である日本人みたいなもの。

 フランス人とイタリア人とイギリス人と日本人が一緒にいれば、ヨーロッパ人三人と日本人一人で分かれてしまうのも仕方ないです。それと同じことが、我が家の水槽に起こっているようです。

 だからと言って、キキョウがいじめられたり、仲間外れにされたりとか、そういう事はありません。ただ、いつもあの三匹は固まって、一緒にいる事が多いのに、キキョウだけは常に孤立して、一人でポツンとしている事が多いってだけの話です。まあ、キキョウだけ、他の子との関係性が薄いって感じです。その関係性の薄さは、まるで別の種類の魚扱いで、金魚とドジョウの関係性の薄さに匹敵するくらい、キキョウとサクラたちの魚関係が薄いんです。

 孤独と言えば孤独なキキョウでした。

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2012年12月 7日 (金)

フルートの本当の魅力は、その多彩な音色なんです

 フルートのレッスンに行ってきました。それにしても、この日は忙しかった、疲労困憊でレッスンに行ったものだから、ついつい姉様のレッスンを聞きながら、爆睡してしまいました。そのせいか、先生に「だいぶ、待たせちゃったね」って言わせてしまいましたが、別に待たされたから寝たのではなく、疲れていたから寝てしまっただけです。

 寝ぼけた頭のまま、三人で、ロングトーン練習をしました。チューナーは使いません。ひたすら耳で合わせます。チューナーを使うよりも、ピタっと音程が合うような気がします。

 さて、懸案のアルテの15課6章のAs-durですが、未だに1番の音階準備練習が合格になりません。「前回よりも、だいぶ吹けるようになりましたね」と誉めていただけるのですが、まだまだ合格レベルに達してません。やっぱ、♭系は苦手です。以前も書きましたが、特にミbが鬼門です、あああ~~~。あと、ちょっとでも気を抜くと、つい間違えてしまいます。

 しかし、♭4つぐらいで文句言っちゃいけませんね。アルテの15課のラスボスは、♭7つだよ。…ああ、出来る気がしません(涙)。今から気持ちが沈みます…。

 さて、ミニヨン・エチュードの17番は…合格です(パチパチパチ…)。いやあ、頑張ったよ、私。まあ、ノーミスで吹けたわけではないので、大甘合格である事は間違いないのですが、それでも17番は終了です。

 で、次は18番です。先生が模範演奏してくださいましたが…なんじゃ、この速度は! 目にも止まらぬ高速演奏じゃないかー! 確かに、Allegro brillante(輝くばかりに素早く快活に)だもんなあ、おまけに基本的に16分音符ばかりだしなあ…。そりゃあ速いのは理屈じゃ分かるけれど、こっちの指の都合も考えてほしいぜよ(涙)。先生は「ゆっくりでいいですよ」とおっしゃるけれど、ゆっくりにも限界ってモンがあるわな…。ああ、困った困った。

 さて、今週の雑談は…フルートは速く吹ければいいってモンじゃない、って話です。

 話の取っかかりは、ミニヨン・エチュードの18番があまりに速すぎて、私じゃ吹けないという愚痴から始まりました。

 まあ、18番は速くて、私の手に負えそうもないけれど、フルートの曲って、どれもこれも、譜面が黒くて、テンポも速くて、おまけにキーは甲高くて、それがフルートのウリだし、個性なんですよね~という趣旨の事を、私が半ば愚痴ったところ、先生は「フルートにも、ゆっくりでしっとりした曲がありますよ。私はそういう曲が好きですよ」とおっしゃいました。

 「そうは言っても、フルートの売りは、その運動性と、音域の高さじゃないですか」と言ったところ、「たしかにそういう曲は多いし、そう思っている人もいるけれど、それじゃだけじゃないんですよ」とおっしゃいます。「フルートの本当の魅力は、その多彩な音色なんですよ。フルートは音色を味わう楽器で、高い音自慢や、速く動く指自慢は、本当のフルートの魅力じゃないんです」っておっしゃいました。

 …かな? まあ、そうなんだろうな。でも、私のようなお馬鹿ちゃんは「どこまで高い音が吹けるのか」とか「どれくらい細かい音符を速く吹けるのか」という、アクロバティックなスゴさの方が、分かりやすいんですよ。それこそ、フルートで体操競技をするような感じ? そんなノリだと驚嘆するし、感心するし、その手のモノなら、理屈抜きで、スゴいなあと分かりますが、音色は分かりづらいです。なにしろ、私自身が、意識して音色の吹きわけがまだ出来ないレベルですから…。

 フルートにはたくさんの音色がある事は分かります。でも、その吹きわけ?? どうすればいいんだろ? 「音色に関しては、いずれやりましょうね」とニコッとされました。ああ、その笑顔、かなり怖いです。

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2012年12月 6日 (木)

やれやれ、やっと終わった

 第九の本番の日の話をしていた最中でしたね。

 ゲネプロ終了後の休憩時間で、食事と着替えをすませた私ですが、周りを見渡すと、家からステージ衣裳を着てきた人、ゲネプロ前にステージ衣裳に着替えた人、私のようにこれから着替える人、それぞれマチマチでした。まあ、合唱団の衣裳なんて、男性はブラックスーツだし、女性は白ブラウスに黒スカートですから、それで街を歩いても平気だし、多くの人は車で来ているでしょうから、ステージ衣裳で家から来ても平気なんでしょうね。

 でも私は、本番直前で着替えたい人です。今回の衣裳は、合唱団なので、いつものタキシードではなく、普通にブラックスーツにしましたが、それでも黒服に着替えると、気合が入ると言うものです。「さあ、いくぞ!」って気持ちになります。本番モードに突入できるんです。

 休憩時間は、皆さん、思い思いに過ごしましたが、多くの人は楽譜の再チェックをしていました。マジメなんですよ。後は、数人でおしゃべりに興じています。私は…ネットをしてました(笑)。ネット廃人かも(笑)。

 そうこうしているうちに呼び出しがかかりました。いよいよ本番に入ります。私は、ノド飴とiPhone(笑)を持って、本番に向かいました。

 本番って、実は、待ち時間が多いんですよ。休憩時間もたっぷり待ちましたが、本番だと声がかかり、小ホール(合唱団控室になっています)に集まって、軽く発声練習をした後も、かなりの時間、待ちます。待っている間、私はネットで遊んでました。他の人を見ても、ベテランさんたちは、音楽を聞いていたり、文庫本を読んでいたり、それぞれに時間を過ごしています。女性たちは、たいてい、おしゃべりです。本番前なのに、あれだけペチャクチャ話して、声は減らないのかしら? まだ不慣れな男性陣は…ちょっと所在無げで、却って緊張しているみたいです。

 今年のプログラムは、第九オンリーなんです。例年は、序曲をやって、休憩いれて、それから第九なんですが、今年は序曲&休憩無しで、いきなり第九なんです。我々合唱団は、第九の第一楽章を終えてから舞台袖へ移動する事になってますから、今年の待ち時間は、序曲+休憩時間の分だけ短かったです。

 第一楽章が終わりました。私はノド飴を一つ、クチに入れて本番に向かいました。

 第二楽章が終わりました。舞台袖に並んでいた私たちも、いよいよステージに登場です。団員の皆さんの緊張が高まるのが分かります。私は…オッサンだし、なんか変に舞台慣れしているので、全然緊張しません(笑)。ああ、汚れたオトナだなあ…。

 第三楽章を舞台の上で聞きながら、自分たちの出番を待っていました。むむ? オケの状態が、ゲネプロの時とはだいぶ違う。今まで、落ちてない箇所で落ち、外さない音で外しています。実にあっちこっちで苦戦しています。だから、本番のステージって、怖いんですよね。…とは言え、客席にいたら、分からない程度の事故ばかりなので、たいした問題ではないのですが、演奏している方は「あちゃー」とか「イヤン」とか思いながら演奏しているんだろうなあ…と同情しちゃいました。本番って、なかなか練習どおりには行かないんですよ…。

 第四楽章に入る前に、クチの中のノド飴が無くなりました。ううむ、歌う直前まで飴をなめて、なめ終わらなかった飲み込むつもりでいたのに、計算違いで早めに飴がなくなりました。次回からは、ステージに上がる直前に飴玉をクチに入れる事にしましょう。

 さて、第四楽章です。いよいよバリトンソロです。そこまでリラックスしていた私も、さすがに気合が入ってきます。「気合は入れても、声は出すな」という呪文が頭の中を駆けめぐります。いよいよ合唱が歌います。最初は男声合唱からです。

 …ん? 迫力がない? 皆さん、萎縮している? それともゲネプロで声を使い切った? ゲネプロではあれだけ激しく燃えたのに、なんか声小さめですよ。エコ発声で、ゲネプロでは全く自分の声が聞こえなかった私ですが、本番では声が聞こえちゃいます。やばい、やばい、エコ発声でもっと声を拡散して、さらに鼻唄モードからささやきモードにシフトチェンジです。なんかもう、歌っているんだか、つぶやいているんだか、分からないほどです。そうしないと、私の声が飛び出してしまうのが、分かりました。

 女声が加わって混声合唱になりました。女声はリハーサルどおりに元気一杯に歌っているみたいです。良かった良かった。

 始まってしまえば、後は、一気呵成です。小さな事故は実にたくさん起こりましたが、音楽が止まったり、パートが崩壊するような事はありませんでした。とにかく、最後まで演奏できました。アマチュアのオケと合唱団なのに、よくやったと思います。特に合唱団は、全体の三割は新人さん&初心者さんでしたから、本当によくやったと思います。

 最後の音が終わって、ホールに一瞬の静寂が訪れた時、私は正直「やれやれ、やっと終わった」って思いました。楽しかったけれど、声の出せない欲求不満とも戦っていたわけで、そういう気分が色々と混ざって、感動とか感激とかではなく「やっと終わった」という安堵感につながったのだと思います。いやあ、これで、しばらく、エコ発声なんていう、精神的にダメージの来る歌い方をしないで済むと思うと、ホッとします。

 歌い終えて(カーテンはないけれど)カーテンコールも終わり、ソリストさんたちが楽屋に戻り、オケも引き上げて、舞台に残るのは合唱団だけになりました。お客さんは、普通のコンサートなら、ソリストさんたちのカーテンコールの間は皆さん拍手してくださいますが、オーケストラが引き上げ始めると、帰り始め、合唱団が引き上げる頃は、もう会場はガラガラ…なんてのが当たり前ですが、今回は、合唱団が引き上げるまで、ほとんどのお客さんは帰らず、合唱団の退場時に大きな拍手をくださいました。これって珍しい事ですが、ちょっとうれしかったです。まあ、つまり、お客さんたちは、合唱団目当てで来ている方が多かったって事なんでしょうね。

 舞台を引き上げると、ロビーや楽屋通路には、たくさん知り合いが待ち構えてくれました。あっちこっちに挨拶をしてまわりました。私が出演する事は、リアルな知り合いたちには、事前にお知らせする事もなかったのですが(だって合唱だもん)、私は舞台でも目立つ存在らしく、私の存在を見つけた知り合いたちが、出待ちをしてくれていました。うれしいですね。舞台にいると見えるアラやキズも、客席からは目立たなかったようで、社交辞令半分でしょうが、おほめの言葉をたくさんいただきました。

 一度楽屋に引き上げて、着替えて、再び大ホールに戻って、舞台の片づけを手伝って、ホッとしたところで、打ち上げとなりました。打ち上げは、オケも合唱もソリストもスタッフや応援団の皆さんも一緒で、本番会場である大ホールのホワイエで行いました。

 打ち上げのメニューはなかなか良かったですよ。お昼のお弁当の時も思いましたが、出入りの業者さんが変わって、食の方面では、だいぶ良くなりました。和食系の打ち上げメニューでしたが、よかったです。特に、おでん食べ放題はうれしかったなあ。

 打ち上げ会場では、色々な話が飛び交いました。

 今年で28回になる第九演奏会ですが、今年の入場者数は過去最高だったそうで、ほぼ満席だったそうです。うん、大入り満員はうれしいね。アマオケさんは、来年の年末はオペラをする(「椿姫」を演奏会形式で行うそうです。聞きにいかなきゃ!)ので、合唱団の方は、来年はプロオケと第九を行うそうです。来年はプロオケか…また第九を歌おうかな。

 個人的には、ある役員さんに「声出し過ぎ!」と注意されたり(エコ発声のささやきモードでもダメですか:涙)、別の役員さんには「思いっきり歌えましたか?」と言われたり(なわけないでしょ? イヤミですか?)、スタッフの人からは「男声は全然聞こえませんでしたよ。すとんさん、思いっきって歌っちゃえばよかったのに…」と言われたり、妻からは「歌ったモノ勝ちだったのに…」と言われたり、なんか散々だったなあ。一体、どうすればいいんだろ。

 とりあえず、2012年の第九を終えました。今年は色々と学んだ第九でした。特に、エコ発声を覚えられたのは、大きな収穫だったなあ。こっちの方面での発声に慣れてくれば、合唱の世界に復帰できるかも…という希望が見えた、2012年の第九でした。

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2012年12月 5日 (水)

さて、いよいよ、本番当日だ!

 演奏は午後2時開始だけれど、出演者は午前9時に集合です。ずっと仕事が忙しく、疲労困憊であるにも関わらず、前日のリハーサル以来、アドレナリンが出っぱなしなんでしょうか? 朝はスッキリ目覚め、チャッチャッと準備をして出かけました。

 例年は昼食としてお弁当が出るのですが、今年は特にそう言う話も無く、当日の予定表を見ても、オーケストラの予定には『昼食(弁当配布)』って書かれていますが、合唱団の予定では、そこは空白でした。その予定表には男性の服装の注意として「黒服・白タイ」と書かれていましたが、それはオケだけの話で、合唱団は違うと言われていましたので、お弁当も、オケだけ支給、合唱団は無しと解釈しました。

 まあ、合唱団は人数も多いし、経費節減の折から、今年はお弁当は無しなんだろうなあ、と思い、妻とも相談して、お弁当を自分たちで用意して持っていく事にしました。万が一、お弁当が出ても、例年、サンドイッチ程度の軽食レベルの弁当しか出ないし(女性でも)全然足りない程度のお弁当なので、どっちにしても私の有り余る食欲の前には無いも同然なので、お弁当が出たとしても、やはり不足分を確保しておく必要はあるので、会場に向かう途中、早朝営業のスーパーマーケットに寄って、お赤飯とか購入して行きました。ま、本番なんて、一種の祝い事のようなもんですからね、お赤飯がいいんですよ。それに、腹持ち抜群だしね(笑)。

 会場に到着したら、出演者受付を済ませ、本番プログラムをいただき、名前を確認して、それぞれの楽屋に向かいました。楽屋と言っても、ホールに隣接している本来の楽屋は、指揮者、ソリスト、オーケストラのメンバーが使うので、我々合唱団は、別のフロアにある貸部屋を、パートごとに分かれて、大部屋楽屋として利用します。

 我々テノールは、大会議室という場所でした。ソプラノは人数が多いため、複数の部屋に分かれたそうですが、妻たちは和室を楽屋として用意してもらったそうです。で、その楽屋なんですが、パート別なので、ソプラノの楽屋にいるのは、ほとんどは女性ですが、その中にボーイソプラノの子(と言っても、小学校高学年)たちも、実は同じ楽屋になりました。その楽屋で着替えをしたり、くつろいだりするわけです。思春期の入り口にいる少年たちは、年上の女性たちと相部屋なのはイヤだったろうなあ…。若い女性たちも、自分たちが着替える場所に少年たちがいると言うのはイヤだったろうなあ…。

 ちなみに、ウチの息子君は第九には参加しないけれど、もし参加して歌うとなると(声変わりはしているけれど)やっぱりソプラノだから、女性たちと同じ楽屋になるわけだけれど、息子君はもう中学生だよ。中学生男子を女性と同じ楽屋にするのは、マズイだろうねえ…。

 楽屋に荷物を置いたら…さっそく小ホールに集まって、昨夜同様に発声練習です。散々ハミング練習をしてから発声すると、良い声がよく出ます。でも、そんな良い声は合唱ではダメなので、わざと良い声が出ないように気をつけながら歌います。

 今回は、ソプラノの方から、とびっきり美しい歌声が聞こえてきました。本番に向けて、気合いが入っているなあ…と嬉しくなって聞いていたら「ソプラノから尖った声が聞こえます」って副指揮者さんに注意されていました。どうも私が“美しい”と感じる声は、合唱的には、尖っていてアウトのようです。

 みんなが尖った声で歌えば、それでいいじゃん…なんて一瞬思いました。だって、DVDとかで見る、ヨーロッパの合唱団は、結構尖った声で歌っているけれどなあ…なんて愚痴っちゃダメですね。日本とヨーロッパじゃ、理想とする合唱スタイルが違うみたいですから…。『出る杭は打たれる』のがジャパニーズ・スタイルなんです。

 発声練習が終わると、副指揮者さんによる、最終練習が始まりました。まだまだ気になる箇所の総チェックです。色々な箇所をチェックして、そこをさらっていました。たくさん良い方法を教わったけれど、私的には、それらはすべてスルー(笑)します。だって、私が言われたとおりにやったら、バンバン声が出ちゃって合唱壊しちゃうもの。私は私で、マイ・オウン・ウェイでベストを尽くすだけです。

 で、時間になったので、大ホールに移動して、ゲネプロです。

 大ホールのステージに上がる直前に「昨日のリハーサルで歌った場所で歌ってくれ」という指示が役員さんからありました。昨日と同じように一度立ってもらって、そこから全体のバランスを見て、微調整をして、本番の立ち位置を決めるという事になりました。

 なので、私は昨日同様に、二列目のテノールの一番端に立ったら、後列が狭かったのでしょうか? 私の(ソプラノとの境の)隣に、もう一人テノールの方が入る事になりました。これで私は前から二番目、端から二番目という場所で立つことになりました。隣に一人いるだけで、ソプラノの声がガクっと遮断されて、歌いやすくなりました。

 合唱団の立ち位置が決まったところで、指揮者さんとソリストさんたちが入ってきました。

 本番直前ってわけで、指揮者さんがとてもピリピリしていました。実に真剣な態度で、良い意味で、怖くなってました。団員の皆さんも、昨日までとは違って、気合が入ってます。

 全員が集まったので、指揮者さんが、今回の演奏会にかける意気込みを語りだしました。その最中に、私は前日の反省で、ペットボトルを舞台に持ち込んでいたのですが、それをうっかり手から落としてしまいました。床はハリボテなので、結構大きな音をさせてしまいました。もちろん、指揮者さんから注意されちゃいました(申し訳ない)。で、そのトバッチリでしょうか、そのしばらく後に、今回の演奏会の収録のための準備をしていたビデオ班の方々が、そのガサゴソ言う物音のために、指揮者さんに一喝されていました。重ね重ね、申し訳ないです。

 そんな、ちょっとピリピリした雰囲気の中でのゲネプロでした。ゲネプロでは一度も止めずに第四楽章を通しで演奏しました。演奏自体は、激しかったですよ。オケも合唱も、昨日とはうって変わって、実にエネルギッシュな演奏をしました。キズはあっちこっちにあるけれど、今までの練習の中で最高の演奏が出来たと思います。これなら、本番に期待がつながるというものです。

 ゲネプロ終了後に、合唱団だけ残って、出入りの練習をしました。オケはパラパラと入って、パラパラと出て行くので、出入りの練習なんかしませんが、合唱団は列を作ってビシっと入って、ビシッと出て行きますので、練習が必要なんです。なんか、そのオケと合唱団の対比が面白いですね。

 ゲネプロを終えて、楽屋に戻ると…なんと、お弁当が到着してました。あらあら、うれしい誤算です。それも例年出ていた寂しいサンドウィッチ弁当ではなく、結構しっかりした和風弁当です。そう言えば、私が第九に参加しなかった数年の間に、ここのホールの出入りの業者さんが変わったんだっけ? 今度の業者さんのお弁当はなかなか良い感じです。

 ちなみに、この業者さん、オーケストラの方々にもお弁当を出されたそうですが、オケと合唱では、お弁当の中味が違うんだってさ。オケの方は若者向けでボリュームたっぷり、合唱は年寄り向けのあっさり弁当なんだってさ。まあ、確かに、そんな感じでした。でも、私はこれ以外にも、自前の弁当もあったので、そんなあっさり弁当でちょうど良い感じでした、いや、食べすぎたか(笑)。

 食後は、小一時間ほど休憩時間があって、それからステージ衣裳に着替えて、本番を待っていました。

 今日の記事は、ここまでにしておきます。続きはまた明日。

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2012年12月 4日 (火)

第九のリハーサルがありました

 今まで、どうも勘違いしていたみたいです。私はブログでも、前日の夜に行う練習がゲネプロで、当日の午前中に行うのが[最終]リハーサルだと思ってましたが、どうもそれは間違いのようです、ごめんなさい。ちゃんと書き直すと、前日の夜の練習がリハーサルで、当日の午前中に行うのがゲネプロでした。

 で、今回は前日の夜に行われた、リハーサルの記事を書きます。

 私は、この日は、メッチャ仕事が忙しくて、集合時間にだいぶ遅れていきました。受け付けで「お待ちしていました」と役員の方に、軽いイヤミを言われてしまいました。まあ、前日リハーサルを遅刻するって、確かにナシだよね。でも、こちらはまだまだ現役だし、趣味生活よりも仕事の方が優先なんだから、こりゃあ仕方ないけれど、そんな事情は通じないかな? まあ「すいません」と頭を下げて、事なきを得ました。

 でも、働いてお給料をいただいて趣味が出来るわけで、いくら私が趣味三昧だからと言って、趣味で生活費が稼げるわけじゃないのだから、仕事でリハーサルに遅れても、イヤミなど言わずに、勘弁してください。これでも頑張っているんですから(願)。

 とりあえず、遅れて会場入りをしたら、体操はすでに終了し、副指揮者さんによる、発声練習の時間になっていました。ハミング練習から参加しました。

 それにしても、外は寒かったです。身も心もメガネも冷えきっていたので、練習会場に入った途端に、メガネが曇って、何も見えなくなりました(笑)。おまけに、冷えきったカラダで発声すると…頭がズキズキしました。ああ、声を出すと頭が割れるように痛いなんて…懐かしい(笑)。キング先生の前では、いつも頭が割れるように痛かったのを思い出しました。彼は、私が頭が痛まないように楽に声を出すと、怒るんだよね。で、頭が痛くなるような声で歌い始めると、始めてOKを出してました。ああ、懐かしい痛みだぁ~。

 その点、今のY先生は、キング先生とは全く逆で、頭が痛くなるような声を出したら、即座にやめさせて、楽な声で歌わないとOKを出してくれません。理想とする声の方向が全く逆なのが面白いです。そんなわけで、最近は、楽に楽に声を出すのが癖になっていて、あれほど私を悩ませていた発声痛とは無縁になっていたので、久し振りのこの激痛、ほんと、懐かしかったです。

 時間が経って、カラダが部屋の温かさに馴染んできたら、頭痛も治まりました。ああ、良かった。

 そして、頭痛が治まるにつれ、楽に発声しているにも関わらず、声がいい感じになってきました。自分でも分かるほど、シンギング・フォルマントが出ている感じです。高次成分たっぷりの倍音が声に乗っかっています。楽で響きたっぷりで深い声で、ううむ、いい感じだ。

 「そっちの方から、少し尖った声が聞こえます。周りの声をよく聞いて合わせて~!」と副指揮者さんが、私のいる方を指さします。

 …はいはい、分かりました。私のこの声が気に入らないのですね。

 さっそく、高次倍音少なめで息たっぷりで漏れ漏れの溜め息のような、くぐもった声に切り換えました。どうやら、こっちの声なら、OKのようです。ああ、つまんない。でも、合唱をやる以上、自分の声で、それも良い状態の声で歌っちゃダメなわけで、すごくつまんないけれど、仕方ないです。

 そうこうしているうちに、大ホールに移動となりました。そうです、リハーサルは本番会場である大ホールの舞台の上に、本番同様にセットを組んで行うのです(実は書き落としましたが、前回のオケ合わせも同じ感じの練習でした)。とは言え、あくまでもリハーサルなので、まだ、合唱の個々のメンバーのステージ上での立ち位置は、まだ、決めないそうなので、何となくの流れで舞台に出たら、なんと、一番前の(テノールの中では)一番端になりました。隣はソプラノさんです。いやあ、最前列で歌うなんて経験、始めてです。いつもは最後列で歌ってますから、なんか景色が違います。それにしても、最前列じゃあ、楽譜を見て歌えませんね(笑)。

 最前列、最前列…と浮かれていたら、私の前にもう一列出来て、二列目になりました。ソプラノがひな壇に乗り切れずに、テノールの前に侵出する事になったわけです。まあ、小柄な女性(ソプラノって、たいてい小柄な女性です)が私の前にいても、いないも同然の、見晴らしの良さには変わりありません。

 このリハーサルからは、ソリストさんたちも勢ぞろいでしました。ですから、リハーサルはソリストさんと、オケや合唱、ソリストさん同士のカラミの確認を主にしました。

 それにしても、前の方で歌っていると、後からの声がよく聞こえるねえ。私はいつも最後列にいるので、こういう感覚は新鮮です。

 それにしても…ジ・アマチュア…だよ。私は、そういう演奏が結構好きだけれど、まさにジ・アマチュアだね。まあ、アマチュアは、技術の有無ではなく、熱意の有無で演奏を聞かせるんですから、これはこれで良しです。

 改めて、合唱を聞きながら歌っていると、ここの合唱団の音程の幅が広いことに気付かされますし、リズムの幅も広い広い。合唱では、歌えない人を前に出して、後から他の団員の声を聞かせて、それに合わせて歌わせるというテクニックがあるけれど、それはここでは通用しないかも(笑)。だって、音程にせよリズムにせよ、幅がありすぎて、どこに合わせたらいいか分からないもの。

 …なんて書くと、なんかヒドイ演奏をしているように思われるでしょうが、決してそんな事はないんですよ。と言うのは、幅の広い音程やリズムの原因となっている声は、たいてい側鳴りの声なので、舞台の上ではよく聞こえても、客席までは届かないので、演奏的には、全然問題ないです。ただ、舞台にいる他のメンバーか惑わされるだけです。私ですか? 私は自分がベストだと思っている音程とリズムで歌います。まあ、音程はともかく(だって音感無いもん)、リズムは指揮者の棒に合わせて歌っているので、そんなにヘマな事はしていないつもりです。

 音程と言えば、やはり、すごく不安です。舞台で歌うと、自分の声が全く聞こえないので、自分で自分の出している声の音程を確認する事が出来ないのです。もちろん、確認のために、聞こえるような声で歌おうとすればできますが、それをしたら叱られるし、合唱も壊してしまうので、自分を含め、周りに聞こえないような声で歌ってます。もちろん、『聞こえないように…』と言うのは、エコ発声で歌っているだけの話であって、私自身やその周辺ではさほど聞こえないでしょう。だって、エコ発声って“鼻唄”みたいな歌い方ですから。

 鼻唄であっても、きちんとツボを押さえて発声していますので、私の歌声は、私自身の体内に残りません。もちろん、周囲からの反響で返って来る事もありません。なので、発声している筋肉の感覚だけで、音程を自覚して歌っているのですが、声そのものを耳で確認できないので、歌っていても不安です。自分が今歌っている音は正解だろうか? たぶん正解だろうと思いますが、やっぱり聞こえないのは、本当の本当に不安です。

 リハーサルは90分だったのですが、60分を越えたあたりで、腹筋が限界を越えたらしく、ツリました。もう、痛くて痛くて、涙目です。舞台上ですから、ツッたと言っても、何も出来ないし、でも歌わなきゃいけないし、なんかもう、頭の中がグルグルになりました。きっと、顔色も青ざめていただろうなあ…。冷や汗もいっぱいかきました。おまけに、腹筋がツッて、しばらくすると、今度はノドが痛みだしました。舞台の上は、メッチャ乾燥しているし、腹筋使えない分、ノドに負担がかかったのかもしれません。ああ、ヤワだな、私のノドも。ドリンク類を持たずに舞台に上がった事を後悔しました。

 そんな、トラブルも多々ありましたが、なんとか前日リハーサルを終えました。あとは翌日の本番を迎えるだけです。

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2012年12月 3日 (月)

再度『良い先生の条件』について考えてみた

 まず、昨日、無事に第九の本番を終えました(パチパチパチ…)。第九に関する記事は明日以降にアップします(今、一生懸命書いてます:汗)ので、しばしお待ちを。

 なので、今日は先日アップした『上達したいと願うなら、まずは自分を向上させよう!』の中で、サラっと軽く触れただけの『良い先生の条件』について、言葉が足りなかった部分と、皆さんとのコメントのやりとりの中で、私自身考え直した部分とを加味して、再度、この命題について考えてみました。

 まず『良い先生の条件』を書いてみます。

 1)人柄が良い事、オトナとして成熟している事
 2)生徒&弟子の事をしっかり考えてくれる人
 3)現役バリバリの演奏家であるか、かつて現役バリバリであった人
 4)自分と相性が良い事
 5)広い人脈を持っている事
 6)模範演奏をサラっとしてくれる事
 7)レッスンに通いやすい場所でレッスンしてくれる事

 ええと、前回よりも、1項目(『7)レッスンに通いやすい場所でレッスンしてくれる事』)を増やしてみましたので、ご了解ください。

 まず、前提条件を明言しておきます。ここで言う“良い先生”は、私が考えていますので、“オトナの趣味人にとって”良い先生という条件です。“幼児や子どもの習い事”や“音楽大学進学希望者”にとっての“良い先生”とは、色々と条件が違ってくる事は、あらかじめ了解してください。
 
 
 さて、1項目ずつ、私の意見を述べていきたいと思います。

1)人柄が良い事、オトナとして成熟している事

 当たり前な条件と言っては当たり前ですが、オトナとオトナの付き合いですから、人柄が良いと言うのは、とても大切です。

 オトナの生徒と言うのは、基本的にワガママですし、我慢が効きません。そして多くの場合、先生よりも生徒の方がウンと年上だったりします。そんなオトナの生徒が、素直な気持ちで教えを受けるには、やはり先生の人柄が良く、オトナとして成熟している事が必要です。

 単に「オレは先生なんだから」と言って、上から目線で生徒に接すると、その態度は子どもの生徒には通用しても、オトナの生徒には通じません。「音楽が得意だからと言って、この若造が、何、生意気、言ってんだ!」と無用な反発を受けるだけです。

 先生業も、一種の接客業ですから、言葉や態度が丁寧である必要はあるし、生徒は音楽面では未熟でしょうが、音楽以外の面では人生の先輩であるわけですから、そこら辺で上手く人間関係を作るためにも、先生がオトナとして成熟している必要があります。

 ま、要は、先生自身が、ちゃんとした一般人かどうかって事ですよ。音楽の先生は、幼少の頃より、音楽一直線で生きてこられた方も多く、一般社会で揉まれないまま先生業を始めている人もいるわけで、そういう人は、一般人としての“自分の欠け”に無自覚なままでいられるケースも多々あります。

 と言うのも、音楽家って、たぶん(何をもって“普通”と言うのかも難しいですが…)普通の人の生活とは、全然違う世界を生きてきているんじゃないかって思います。また、違った世界を生き抜いてこられたから、今があるわけで、だから、その普通の世界とは違う世界のノリで先生をやられると、一般人である生徒からしてみれば、かなり迷惑なんです。“ワレはワレ、カレはカレ”が分かっていないとね。

 目茶苦茶な人格でも先生が出来るのは、生徒の立場が圧倒的に弱い、音大志望者を教える先生だけだと思います。その世界は、先生が熱心であればあるほど“カレはワレ”になってしまう世界ですね。ですから、先生の人格なんて、問題外なわけです。とりあえず、生徒をしごきまくり、結果を出せばいいんですから。
 
 
2)生徒&弟子の事をしっかり考えてくれる人

 生徒と言うのは、先生がしっかり自分に向き合ってくれているかどうが、敏感に分かるものです。

 オトナの生徒さんと言うのは、基本的に“かまってチャン”なんだと思います。いつでも「認めてほしい」「支えてほしい」「見つめてほしい」と思っているわけです。ですから、そのあたりを「ああ、ヴゼ~」と思ってしまう人は、良い先生にはなれないと思います。

 そんな“かまってチャン”の事を忘れずに、その近い将来、遠い将来、現在の個人的状況等々を考えながら、指導カリキュラムを考えて、先々の事を念頭に入れてレッスンしてくださる先生は、良い先生だと思います。

 またオトナの生徒さんは、色々な生活を背負っているわけで、仕事であったり家事であったり介護や育児に忙殺しているわけですが、そんな生徒さんの事を、丸々理解して支えてくれる先生が、良い先生なんだろうと思います。熱心さのあまり音楽優先で、生徒の体調や健康、仕事や家庭の状況を鑑みない先生は、ダメです。大切なのは、音楽ではなく、人間です。オトナの趣味人たちは、音大に進学するわけではないのです。熱心な指導は歓迎するところですが、音大受験希望者とオトナの趣味人では、先生の熱心さも、自ずと違う方向に向くべきですが、往々にして、これを理解しない先生がいます。

 また逆に、「音楽を教えるのは私の仕事だ」と思い、ビジネスライクにやっている人は、先生には向いていないと思います。そういう人は、ビジネスマンになるといいでしょう。何を教えるであれ、先生と言うのは職業ではないと思います。先生とは人生です。『先生として生きる』というのが、先生という仕事なんです。

 人を育てると言うのは、商売としてはできません。人生をかけて行うべき事ってわけです。だからこそ、生徒&弟子さんには、商売っ気抜きで、しっかりと向かい合える人でないと、ダメなんですよ。
 
 
3)現役バリバリの演奏家であるか、かつて現役バリバリであった人

 これこそ“オトナの趣味人相手の先生”オンリーの条件かもしれません。

 幼児や子どもを教える先生は、現役バリバリの演奏家である必要はありません。むしろ、音楽家としての資質よりも、保育者としての資質の方が上回るぐらいの人の方が良いかもしれません。また、音大受験生を相手にする先生は、演奏能力よりも、音楽教育に特化しているくらいの方が良いでしょう。とにかく、音大受験に必要な事柄を、漏らさず教え、なおかつ、一定水準以上の能力を短期間で身に付けさせないといけないわけで、そんな大変な事を、演奏活動の片手間でできるわけないですから。

 しかし、オトナの趣味人を教えるならば、保育者である必要はないですし、すぐれた教育者でもある必要はありません。ただ、優れた演奏家でありさえすれば、いいのです。

 バリバリの演奏家である事。これは実はなかなか大変な事だろうと思います。音大を卒業したからと言って、全員が自動的に演奏家になれるわけではありません。演奏家として生きていくためには、様々な試練を乗り越え、懸命に生きていき、自分を売り込み、キャリアを積み上げていかなければいけないでしょう。本当に大変な事だと思います。

 でも、その道筋って、音楽家に限らず、どんな職業であれ、プロなら実は当たり前の事です。

 オトナの生徒さんって、それぞれの生きる道において、プロフェッショナルな方が大勢います。そして自分がプロだからこそ、音楽もプロ(=バリバリの演奏家)に習いたいと思うものです。これは『本物は本物を知る』って奴です。

 ただ問題は、バリバリの演奏家の方は、忙しくて、弟子も生徒も取らない…という人が多いです。また、教える事をしていても、そんなにたくさんの人の面倒は見れません。ですから、このような方に師事するというのは、大変な事かもしれません。でもね、プロとして日々演奏活動をしている中でないと、見えない事もあり、教えられない事もあるわけです。

 オトナの趣味人と言うのは、無意識で、先生にそういう部分を求めるもの…と私は思ってます。「私は音大に行けなかったけれど、でも、ちゃんとした先生に、きちんと教えていただいているんだ」という確信が、オトナの生徒には必要です。だからこそ、現役バリバリの演奏家(だった人)に師事したいんですよ。

 と言うのも、オトナの趣味人の場合、先生との関係は、単なる先生と生徒の関係だけにとどまらず、多かれ少なかれ、演奏家とそのファンという関係でもあるわけです。教えていただくだけの先生じゃあ、物足りないのです。

 また、教えるだけの先生の教え方って『教えるために教える』事があるのです。音大受験なら、それも必要でしょうが、オトナの趣味人に対しては『演奏するために教える』ので、良いのです。演奏に不要な事や、当面必要ない事は、後回しでいいのです。そういう意味でも、現実的な演奏家の先生は良いですよ。
 
 
4)自分と相性が良い事

 言わずもがなですね(笑)。でも、地方では先生がいるだけ有り難いという地域だってあるわけで、そんなところだと、相性うんぬんなんて贅沢な事は言えないかもしれないし、音大受験生なら、目指す大学に入るためには、大嫌いだけれど、○○先生に指導していただかなければならないという事情もあるかもしれません。

 でも、相性の合わない先生に師事するのは、先生にとっても、生徒にとっても不幸な事だと思います。それに、オトナって、我慢できないんですよね(笑)。相性の悪い人とは、袖を摺り合わせるのもイヤなのが、オトナなんです(笑)。
 
 
5)広い人脈を持っている事

 先生ご自身が広い人脈を持ち、広い世界の中にいらっしゃるならば、生徒さんたちも、その広い世界の恩恵に預かれますが、先生が友人が少ないタイプの方だと、生徒さんたちは、その先生に囲われたままで、その狭い世界でしか趣味生活を生きる事ができません。まあ、オトナですから、その先生の手から外れて、自分で広い世界に飛び出すことは可能でしょうが、そうすると、先生と無用な軋轢が生まれます。

 だいたい、狭い世界しか持っていない先生は、視野も了見も狭いものです。

 広い人脈、特に、地元で顔がきき、しっかりと地縁社会の中でポジションを獲得している先生は、生徒さんにとっても、うれしくて有り難い存在です。

 ほんと、私は、つくづく、そう思うんですよ。具体的に書けなくて、ごめんなさい。
 
 
6)模範演奏をサラっとしてくれる事

 生徒の前で模範演奏をするかしないかは、その先生の考え方次第の部分がありますが、オトナの趣味人を生徒にしているなら、模範演奏をしてくださる先生の方が、とても有り難いです。なにしろ、オトナになってから音楽を始めたレイトスターターさんたちは、楽譜を読むのが大変ですから(汗)。最初から「この曲はこう演奏するんですよ」と正解を示してもらえた方が、助かるというものです。

 他人の演奏をコピーして学ぶのを嫌う先生もいるでしょうが、オトナの生徒さんに、そこまで求めないでください。出来ないものは、出来ないし、その出来ない事を克服するために、残された貴重な人生を浪費するわけにはいかないのです。

 オトナの生徒さんの場合「私はあと何年、音楽が出来るのか?」という不安といつも戦っているわけです。なにしろ、来年はもう音楽ができる状態でないかもしれないのです。だからこそ、オトナの生徒さんは、最小限の努力で、最短時間で、最大限の成果を得たいと思うものなんです。そこを理解し、協力してくださる先生は、よく分かってらっしゃるし、良い先生だと思います。

 そのためにも、模範演奏はサラっと行ってほしいのです。
 
 
7)レッスンに通いやすい場所でレッスンしてくれる事

 これは直接、先生の資質とは関係ないかもしれませんが、レッスンをどこでしてくださるのかって、大切ですね。自宅近辺であれ、職場の近くであれ、また通勤途上であれ、移動時間をあまりかけずにレッスンに通えると言うのは、忙しいオトナの生徒さんにとって、必要不可欠な条件です。

 私は以前、ヴァイオリンを習っていた時は、行きに2時間、レッスンに2~3時間、帰りに2時間の、合わせて6~7時間という時間を1回のレッスンのために費やしていましたが、これは趣味生活としては、あまりに負担が大きく、結果として続ける事ができませんでした。先生ご自身がいくら素晴らしくても、やはり通いづらい場所でのレッスンは長続きしません。私が、声楽にせよ、フルートにせよ、こうも習い続けられるのは、レッスン場所が比較的近所(せいぜい30分以内です)で行われているからです。でなければ、こうも続けてはいられなかったと思います。

 実はそういう意味では、ヴァイオリンを再開するのは、条件的には、ヤブサカではないのです。と言うのも、我が家のウラの家が、実はヴァイオリン教室なんです。それもオトナの生徒さんをメインに教えている先生なんです。そこなら、本当に時間的な負担無くヴァイオリンを再開できるので、今、結構マジで、中断してどうにもならなくなっているヴァイオリンの再開について考えているところですが…たとえレッスン場所が近所でも、声楽とフルートとの両立どころか、三つ立をどうしようかと悩んでます。ああ~、悩ましいです。

 ちなみに、ウチの隣はピアノ教室です(笑)。
 
 
 こんなところが、私が考える『良い先生の条件』です。色々と異論反論はあるでしょうが、まあ、それなりの根拠がある事は、ご理解いただけたかなって思います。

 まあ、結論としては…生徒と言う存在は、自分を棚に上げて、贅沢な事を言う、消費者である…って事です(笑)。

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2012年12月 2日 (日)

映画は3D上映があれば、なるべく3Dの方を見るようにしています[2012年12月第1週・通算38週]

体重:108.6kg[+-0.0kg:+5.5kg]
体脂肪率:32.7%[-0.8%:+1.8%]
BMI:34.3[-0.3:+1.9]
体脂肪質量:35.5kg[-0.9kg:+3.0kg]
腹囲:105.0cm[+2.0cm:+6.5cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 私は映画ファンという自覚は特にありませんが、それでもたぶん、世間一般の人よりも多くの映画を、映画館で見ていると思います。まあ、そういう意味では、ライトな映画ファンなのかもしれません。もっとも、私の場合、足しげく映画館に通えるのは、徒歩5分程度の場所に映画館があるので、いつでもフラ~ッと行けるから、かもしれませんが(笑)。あと、老人割引で、いつもほぼ半額で映画が見れるというのも、大きいかな(爆)。

 「映画館で映画を見ると、高い。少し待って、DVDをレンタルした方が安いじゃん」と言う人もいます。確かに値段だけ考えればそうかもしれませんが“映画館で映画を見る”という楽しみがあります。大画面であるとか、大音量であるとか、暗い場所で映画に集中できるとか…これは家のテレビじゃ絶対に敵いません。

 何より、一番敵わないのは、3Dって奴です。

 まあ、世の中には3Dテレビと言うものもあるらしいけれど、ウチはまだまだ2Dのごく普通のテレビですし、しばらくはテレビの買い換え予定は無いし、買い換えるにしても、たぶん3D機能の有無は気にしないし、仮に3Dテレビを買っても、3D放送を見ることは…たぶん無い。と言うのも、家で3Dメガネをかけてテレビを集中して見るなんて、ちょっと考えられない。テレビって、気を散らしながら見るものでしょ? それに3Dメガネって、うっとおしいじゃない? まあ、裸眼で3D試聴できるタイプのテレビができたら見るかもしれないけれど、それまでは、家庭での3Dは、お預けだね。

 でも、映画は3Dがいいね。全然いい。大画面大音響に3Dはいい感じです。3Dメガネだって、映画館という聖別された場所なら、苦にならないし。

 2Dと3Dの両方が用意されている映画は、多少料金が高くても、なるべく3Dで見るようにしています。と言うのも、同じ映画なのに、3Dで見る方が、より面白いんですよ。迫力ありますよ。画面から訴えてくる映像の力が変わります。

 もちろん、2Dでも、素晴らしい作品はありますが、2Dの映画を見ていると「ああ、この場面が3Dだったら、絶対に、すごいだろうなあ…」なんて思いながら見ていたりします。

 ああ、私は3D映画の信者さんかもしれない(笑)。

 2Dしか知らなかった時代なら「3D? そんなのいらないよ」とか言ってたかもしれないし、初期の3Dは実に稚拙で、あれしか知らなかったら、やっばり「3D? そんなのいらないよ」とか言ってたでしょう。でも、ここ最近の3D映画は、本当に素晴らしいです。ズズッと画面が引っ込んで、実によろしい感じの奥行き感をかもしだします。まるでスクリーンが窓になって、窓の向こう側の世界を見ているような感じになります。あれって、たぶん、バーチャル・リアリティの現実的な意味での入り口なんだろうと思います。

 この世界を知ったら、なんか2D映画が物足りなくなります。これって、目を怪我して、片目を眼帯にした時の、世界が平板で薄っぺらく感じる、あの残念な感覚に似ているのかもしれません。世界は、実はもっと複雑で立体的なのに、それを感じられなくなる、目の前のものをつかもうとして、距離感をミスってヘマをして泣きたくなる、あの感覚です。ああいう、残念な感覚を2D映画だと感じるようになりました。

 とにかく、大画面+大音響+3Dのトリプル攻撃は、映画館に行かないと楽しめません。なので、私は、見たい映画があると、いそいそと映画館に出かけるし、3Dバージョンがあれば、迷わず3Dバージョンで見ています。

 それにしても、3D映画は洋画であっても吹き替えがいいね、と言うのも、3Dでは字幕が画面の中で浮きだして見えるので、すごく違和感があります。字幕は2Dでは全く気になりませんが、3Dではダメですね。

 ビバ! 3D映画! それにしても、メトのライブビューイングは3D上映にならないのかな? イギリスのロイヤルオペラハウスがやった「カルメン」は、3Dだったけれど、すごく良かったんだよ。オペラ中継も3Dは効果的ですって。ぜひ、メトも3Dにならないかな?

 ブルームバームにお願いすれば、メトも3Dになるのかな(笑)。それとも、フコク生命?

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2012年12月 1日 (土)

緋ドジョウは活性炭の袋が大好き

 ドジョウと言う生き物は、日頃は砂の中にカラダを埋めて、ヒトを始めとする他の動物たちから身を隠して生きていくモノです。ですから、以前、真ドジョウ(食用タイプのドジョウ)や縞ドジョウを飼っていた時は、彼らは四六時中、砂の中に身を隠していたので、ペットとしては、ちょっともの足りませんでした。

 その点、緋ドジョウはペット用に品種改良されたドジョウだけあって、砂の中に身を隠すという事はあまりせず、他のドジョウたちよりも、人目にふれる機会が多い種類のドジョウなんです。

 でも、やはりドジョウだし、チキンハートなので、本音では身を隠したいらしいのです。ですから、よく水槽の隅の目立たない所にいたり、タニシの群の中に混ざっていたり、水槽のオブジェ(元々魚たちが身を隠せるように入れたオブジェです)の中にいたりしていますが、何と言っても、一番緋ドジョウが好むのが、活性炭の袋です。

 活性炭の袋? そうです、活性炭の袋です。金魚水槽用のネット入りの活性炭の事です。何のために入れるかと言うと…消臭のためですね(笑)。金魚水槽の水って結構匂うんですよ。放っておくと、金魚屋とか熱帯魚屋のような、あんな匂いをプンプンさせるので、それを避けるために使用しています。本来は、上部フィルターに使用するのですが(もちろん、上部フィルターにも活性炭の袋は設置しています)、それだけでは足りないかな?っと思い、一袋、直接、水槽に入れてます。

 で、その水槽に入れた活性炭の袋なんですが、緋ドジョウたちは、その袋が大好きなんです。

 この活性炭の袋、普段は水槽の底に倒れて沈んでいるのですが、この袋に下にドジョウたちが、よくいます。で、カラダを袋の下にいれて、顔だけ、こちら側に出して、ニコニコしているんです。

 で、その袋は毎月取り替えるのですが、特に袋の設置場所とか決めてませんので、袋を取り替えるたびに水槽の色々な所に沈めるのですが、その下に緋ドジョウたちが入って、しばらくすると、その活性炭の袋が、決まってエサ場の下に移動しているんです。で、エサを入れると、ドジョウたちは、カラダを袋の下に入れたまま、顔だけ出して、エサを食べるんです。無精ですね、でもかわいいんですよ。

 たぶん、身を隠したままエサを食べられるように、緋ドジョウたちで協力して、活性炭の袋をエサ場の下まで、動かすんだろうと思います。活性炭の袋、ドジョウたちにとっては、決して小さくもなければ軽くもないのですが、良く頑張っていると思います。…なんか、一応、ドジョウたちにも、そういう知恵はあるみたいなんです。

 「袋を移動するくらいなら、素直に砂に潜ればいいじゃん」って、食用ドジョウなら言いそうですが、それをしないのが、ペット用ドジョウである緋ドジョウのプライドなんでしょうね。

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