ひとこと

  •  放送業界&家電業界では、4K、8Kのテレビ放送で盛り上がっているみたいです。皆さん、4Kのテレビって欲しいですか? 私は廉価ならば欲しいですが、高価ならばパスです。だって、ウチのテレビって42型だもの、そんなに大きくないもの。DVDとBlue-rayの画質の違いだって分からないくらいだもの、4Kや8Kの画面を見ても、たぶん、その美しさは分からないんじゃないかな? いや、それ以前に、アニメとかバラエティとかドラマとかを、そんなに美しすぎる画面で私は見たいのか…って話です。もちろん、廉価なら見たいですが、たぶん最初のうちは高価だよね。100万円以上もするようなテレビは、よう買わんですよ、私。私に買って欲しければ、まずは10万円程度にしてください。話はそれからです。

お知らせ

  • ●2018年秋の本番のお知らせです。●門下の発表会は、次の通りです。●2018年11月18日(日) 横浜市神奈川区民文化センター かなっくホール 13時開場 13時30分開演です。●こちらは一番下手っぴなのが私なので、最初から聞いても面白いと思います。全体で2時間程度の発表会です。私の出番は二回に分けてますが、最初の出番は14時前後になる予定です。●レスピーギ作曲「Invito alla danza/舞踏への誘い」●ドナウディ作曲「Amor s'apprende/ 愛は取り付いてしまう」●ヴェルディ作曲「椿姫」より「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」●そういうわけで、一つよろしくお願いします。
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2012年11月22日 (木)

まだまだ声が若い私なんです

 声楽のレッスンの話の続きです。

 曲(マリンコニーア/ Malinconia, Ninfa gentile)の練習に入りました。しかし、月[ほぼ]2回のレッスンだから仕方ないにせよ、もう二カ月も、この歌だけを歌ってます。正直…飽きました(笑)。なにしろレッスンは月2回でも、自宅じゃほぼ毎日歌ってますからね(笑)。そりゃあ、二カ月もこの曲ばかり歌っていたら飽きるって。

 じゃあ歌えるようになったのかと言うと、高音Aをアクートでは出せていないので、そこはアウトですが、それ以外の箇所は、キング先生の時代だったら、OKレベルになってますが…どうもY先生は、合格基準が厳しいらしく、今のところ、最初の2小節すら、ダメダメ判定です。

 キング先生が懐かしいです。彼だったら「高いAはダメだけど、それ以外は、まあいいんじゃない…」って感じで、とっくに次の曲に行けているはずなのですが、Y先生だと、こうも合格基準が違うわけで…まあ、先生によって、その辺りが違うのは当然としても、飽きっぽい私的には、マリンコニーア、辟易してます(笑)。

 どうもY先生は『とりあえず、歌えればいいじゃん』という合格ラインでは無いようなんですね。いや、それどころか、マリンコニーアが歌えるかどうかはあまり眼中になく、マリンコニーアを通して、色々とやらねばならない課題をやっつけてしまおうという感じになってます。

 まあ確かに、Y先生目線でなくても、今の私の歌には、数多くの問題があるわけで、それを、今やっつけるべきか、後でやっつけるべきかというだけの話であって、いずれはやっつけなきゃいけない問題を満載している私なので、Y先生は、それを今やっつけてしまおうとしているだけなんでしょうね。

 つまり、今の私にとって、マリンコニーアは、イタリア歌曲というよりも、練習曲扱いになっています。

 そして、この曲を練習曲として見るならば、これがなかなか良い練習曲なわけです。確かに私の苦手とする事が順番に列をなして待ち構えてます(笑)。ならば私も、この曲を仕上げるという発想は止めて『この曲はエチュードの塊である』という発想に変えて、臨んでいく事にしました。実際、この曲は、二小節ごとに課題満載なんです。だから、二小節ごと、丁寧に仕上げてゆきましょう。どんなに長くかかりそうなエチュードだって、やり続けていれば、いつかは終わります。なので「この1曲で半年かかろうが1年かかろうが、かまやしない!」と思う事にしました。

 ま、それでも、マリンコニーアは、アルテ15課よりは、短期間で仕上がるでしょうし(虐)。
 
 
 ちょっとずつですが、カラダを使って歌えるようになりつつあります。とにかく、一生懸命カラダを使っていきますので、すぐに疲れてしまいます。この曲は二小節ごとに休符が入りますから、二小節歌っては、ちょっとカラダを緩め、また二小節歌ってはカラダを緩め…と無意識にやっておりましたが、まずはそこにダメが出ました。休符ごときでカラダを休ませてはいけません、というわけです。

 と言うのも、休符程度ならば、むしろカラダは緩めないで、そのまま緊張を持続したままの方が、カラダも楽だし、声も良くなる…というのです。やってみました。カラダが楽になる実感はありません…ってか、一瞬でも休まないのは、やっぱりツラいです。

 では、なぜ、たかが二小節歌っただけでカラダが疲れてしまうのかと言うと…それは私のカラダが固まっているからなんだそうです。カラダは固めてしまうと、すぐに疲れてしまうものらしいです。だから、常にカラダを動かし、瞬間も固めてはいけないのだそうです。確かに、直立不動の気をつけ状態で、10分も微動だにせず立っていたら、かなり疲れますが、とりあえずフラフラブラブラしながら、そこらを歩き回っているならば、10分くらい座らなくても平気の平左ですよね。それと同じことなのかもしれません。

 先生はよく「動きが止まると音が死ぬ」とおっしゃいます。歌っている時は、常に腹筋が動いていないといけないのだそうです。動かしながら支えるわけです。ところが私は腹筋をガッチリ固めて締めた状態で声を支えているので、疲れるようなのです。とにかく、腹筋は常に動きながら声を支えないといけないのです。そこはモード2なんですよ。腹筋は常に円運動で動いていないとダメなんですね。
 
 
 高音Aには未だに苦労しております。先生がおっしゃるには、私が高音を出せないのは『歌い過ぎ』が原因だそうです。この場合の『歌い過ぎ』とは『ノドを鳴らし過ぎ』という程度の意味です。もっと小さな声で、もっとノドを鳴らさずに歌えば、高音が楽に出るはず…ってか、確かに出ます。でも、そんな小さな声で、ノドも鳴らさずに出した声など、貧弱すぎて使い物にならない…と言うと、その貧弱な声が、現在の私の本当の声なんだそうです。

 今の私は“ノドを鳴らす事”に特化した歌い方をしているのだそうです。でも、それだけ。支えも無ければ、響きも無く、ただただノドだけの歌なんだそうです。ノドで歌うと、迫力は付くし、感情表現もやりやすいけれど、反面、高い音も低い音も出なくなるし、声帯を壊す恐れもあるのだそうです。それにだいたい、薄っぺらな歌い方だし…。

 実は歌手には“声帯年齢”と言うのがあるのだそうです。これは“声の若さ”とか“声の円熟”などと言い換えて考えると分かりやすいと思います。

 ヒトの声は、歌えば歌うほど、太く力強くなっていくし、音量も増え、響きも付いてよく鳴るようになって、いわゆる“声楽的歌声”になっていくのだそうです。つまり、声は成長する、って事です。そこが楽器と声の違いで、フルートは買ってきた時からフルートの音がしますが、声は声楽を始めたばかりの段階では、クラシカルな歌声で歌う事は、まず無理なんです。

 そこで多くの声楽学習者が間違えてしまうわけです。何を間違えるのかと言うと、ついつい、プロの歌を聞いて真似る事、なんだそうです。

 プロの歌を真似ると言うのは、本来、発声的に絶対にやってはいけない事なんだそうです。と言うのも、プロ歌手、それも成功して、CDなどを吹き込んでいるような歌手は、たとえ実年齢が若くても、声帯年齢はそれなりになっているので、だから、ああいう声で歌えるのだそうです。一方、初歩の声楽学習者は、実年齢はいくつであれ、まだまだ声も声帯も若いので、そんな人がプロ歌手の真似をすれば、ノドを壊してしまうのは、ある意味、当たり前なのです。

 例えば、平凡な小学生が、大学の山岳部の人と同じような装備で同じような感覚で、冬山に登ったら、大変な目に合うのは当たり前だし、下手すると遭難して死んじゃうわけで、そんな危険な事は絶対にしちゃいけないわけです。

 プロ歌手の真似をして歌うと言うのは、それに近い事のようです。「私は、ドミンゴやマリオ・デル・モナコに憧れて、彼らを真似するように…」と言いかけたら「それは一番いけないパターンですね」とバッサリでした。
 
 
 私の実年齢はオッサンです。いや、そろそろジーサンかな。孫がいても不思議じゃない年齢だしね(笑)。でも、声帯年齢は、まだまだ実に若いのだそうです。ま、確かに、私の声は、話し声のレベルでも、かなり若いね、これは自分でも認めます。実に貫祿のない声をしているもの(涙)。こんな若い声なんだから、その声帯年齢に応じた発声をし、その発声にふさわしい曲を歌っていかないといけないのだそうです。

 …そうでないと、歌は上達しないし、下手すると声が壊れてしまうのだそうです。
 
 
 私の声は、どうやらアンバランスに訓練されてしまったようです。本来は、ノドだけでなく、支えや響きも同時に鍛えていかないといけないのに、ノドばかり鍛えられ、ノドばかりで歌うようになっているので、底の浅い“オペラ声”モドキで歌っている状態なんですね。これは、私だけでなく、妻にも同じような傾向が見られるそうです。

 なので、まずは、そのアンバランスを直すところから始めないといけないし、一番弱いところに合わせて発声をしていかないとバランスが取れないのです。

 で、私の弱い支えや足りない響きに合わせて発声すると、かなり小さな貧弱な声になってしまうのも、仕方ないのだそうです。その代わり、その貧弱な声だと、色々とバランスが取れているので、高音も無理なく出るし、音程だって実に良いのだそうです。

 つまり私はノド歌いなので、高音も出なければ、音程も悪いし、すぐに疲れてしまう…というわけなんですよ。大切なのは、声を形作るそれぞれの要素がバランスとれている事です。
 
 
 とにかく今は、カラダをしっかり使って、声を支えられるようにする事。アゴや軟口蓋を動かせるようにし、しっかりと口腔内で響きを作れるようにする事。まずはここからなんだそうです。それらを訓練するためのエチュードが『マリンコニーア』だと言うわけなんですね。

 高音Aは、楽に歌えば出るはずなので、楽に歌うこと。そのためには、まず高音Aを意識せずに歌える事がポイントです。ところが、今の私は、高音Aに近づくと、無意識でカラダが固まってしまい、力が入ってしまうので、結果として、歌えないのだそうです。まあ、確かにそういう部分はあるかも。“道を歩いていて、水たまりをぴょんと飛び越えるような感じ”で歌うと高音Aも楽に歌えるはずなんですが…それがなかなか難しいです。力は入れるのは簡単ですが、抜くのは難しいのですよ。

 力を抜くには、まずはカラダを固めない事。カラダの欲求に応じて、自然にカラダを動かす事が大切だそうです。動きながら、踊りながら、歌うといいそうですが、それはなかなか難しいです。

 そうそう、「プロの歌を参考に聞くなら、なるべく軽い声の歌手の歌を聞いてください」と言われました。具体的には、五郎部俊朗さんのような声の歌手の歌を聞くといいと言われましたが同時に「それでも真似しちゃダメですよ。あの声は、簡単に出せるものではありませんからね」と釘も刺されました。

 大丈夫、私、そんな立派な声帯など持っていない事は、自覚してますから(笑)。

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声楽のレッスン&活動記録」カテゴリの記事

コメント

なかなか手厳しい先生ですが、一生懸命声を良くしよう、と言う誠意が
ある先生だなあと思いました。
見込みが無ければ、きっとはっきり仰る先生だと思いますから、
叱られている内が花だと思いましょう。

そう、真似をしてはいけませんよ。
私はわたし、人は人、が西洋の基本だって事なんです。
自分の声が一番素晴らしいと思える様に努力!これしかありませんって。

先生が変わられてから、声楽日記が厳しくも前向きな雰囲気に変わりましたね。楽しく読ませていただいています。

わたしも、自分の問題を最近ようやっと自覚するようになり、これではあかん、と思っているところです(思ってるだけ?汗)

お互い精進しましょう。

おぷーさん

 Y先生は、“手厳しい”と言うより“歌を一生の趣味にして欲しい”と願っているようなんです。だから「焦らずに、上達して欲しい」「ノドを壊さずに、いつまでも元気で歌えるように」「無理はしない、辛いことや苦しい事はしない」という方針なんです。“厳しい”か“優しい”かというニ択なら、実に“優しい”先生ですよ。少なくとも、趣味の生徒さんと、プロを目指すお弟子さんは、きっちり分けて、それぞれに見合った指導をされています。

 あと、すごく真面目な人で、趣味人対象のレッスンとは言え、片時も、手も気も抜かずにレッスンしてくれるし「もしも教えることがなくなったら、次の先生を紹介します」と最初から言ってくれる人で、結構、生徒目線で考えてくださる方なんですよ。

 真似の件は…私は元々、我が強い人間で、本来的には「自分は自分、他人は他人」という発想(そういう点では西洋的かもしれないし、ソリスト的なのかもしれません)の人でしたが、あまりに「自分は自分」が強すぎたのでしょうね。キング先生から「自分をそのまま出すのではなく、目標とするオペラ歌手を心に思いえがき、その歌手のように歌えるように、少しでもその歌手に近づけるように、真似をして歌いましょう」と言われて「心に常にデル・モナコ」状態でやってきただけの話です。まあ『学ぶ事は真似ぶ事から始まる』わけで、キング先生のおっしゃる事は、必ずしも間違いであるとは思いません。…が、Y先生の方針とは、全然違ったというだけの話です。

>自分の声が一番素晴らしいと思える様に努力! これしかありませんって。

 そうですね、実は私、合唱から独唱に切り換えた当初は、自分の声がイヤ(笑)でしょうがなかったんですよ。はっきり言って「カッコ悪い声」って思ってました。長いこと、そう思ってきたんですが、最近、時折「お、もしかして、なかなか良い声?」って思える“瞬間”を持てるようになりました。“瞬間”なのが、悲しいですが、これを持続的に“いい声だなあ”と思えるように、頑張ります。

 ちょっとナルが入ってますが、歌う人間には、ナル要素も必要でしょ(笑)。

椎茸さん

 先生が変わると、視点が変わり、注意される部分や、指導される内容の優先順位が変わります。また、声楽の場合は、決まりきった教則本がなく、それぞれの先生ごとに教えるカリキュラムも違いますから、他の楽器以上に、先生が変わる影響って大きいんだなあって思います。

 ま、本来は先生が変わるにしても、その先生のお知り合いの先生に変わるのが普通でしょうが、キング先生は、孤高の人で、そういうネットワークも無いようなので、やむなく、自分で次の先生を探したという経緯があります。師匠筋の違いもあり、しばしばレッスン内容が“キング先生全面否定”となってしまうのは、仕方のない事だけれど、残念だし、もったいない事だと思ってます。

 とにかく、今はダメをたくさん突きつけられる段階だと思ってます。自分の欠点と正面切って向かい合わなきゃ、そこからの脱却は無理ですものね。ガンバガンバ。

私のフルートの先生は、「休符は音を出さない定時間をそこに置く、という感覚で。そこは休んでいい、という意味ではありませんよ」、とよく言われます。ほんとにしょっちゅう言われます。

「休符のところでカラダが休んじゃだめ」、「音を出しちゃいけない時間は無音の緊張を維持して」といろいろな言い方でいわれました。

すとんさんのY先生のおっしゃる「カラダ緩めないで」、ということは私の先生と同じことをおっしゃっているのかなあ、と思って読ませていただきました。
ちなみに、私は最長一年間、同じ曲に取り組んだことがありますよ。それこそ四小節ずつのジワジワと匍匐前進するような譜読みで取り組みました。最後まで譜読みがたどりついたときからほんとの意味で「音楽づくり」がはじまるんだそうな・・・。ていうことは、一年ではまだ道は半分、ってことですよね。おそろしや音楽・・・・。

だりあさん

 休符って難しいですね。音符がonで、休符がoffと思いがちですが、実は音符も休符もonなわけで、複数小節に渡る、出番無しの時がoffになるのだろうと思います。Y先生も「一小節以上休符が続かない限り、カラダをゆるめない事」とおっしゃってます。

 なかなか出来ませんが、上手に休符を表現できたら、実にキビキビした切れ味の良い演奏が出来そうな気がしますが、休符の演奏は、音符の演奏以上に難しいかも…と思い始めた今日この頃です。

>ちなみに、私は最長一年間、同じ曲に取り組んだことがありますよ。

 あら~、そうなんですか(驚)。じゃあ、二カ月くらいで「飽きた~!」とか言ってたら、バチ当たりますね(反省)。まあ、今はレパートリーを増やす時期ではなく、足りないテクニックを補っている最中なので、同じ曲を何カ月やっても、文句を言わず、先生についていきます。

>おそろしや音楽・・・・。

 うむ、おそろしいですね。でも、おそろしいけれど、そこがおもしろい、とも思います。

はじめまして。
声楽のことを検索すると、こちらのブログに何度もたどり着きます。
すごくためになるので今ではお気に入りに登録させていただいてます。

私も、憧れの歌手・・・の真似をして歌ったりしてました。お恥ずかしい・・・。
中学校で合唱をやった程度で、あとはちょこちょこママさんコーラスで歌う程度の者です。
でも、きちんと声楽を習うことにしました。
月に2度です。
とても面倒見の良い先生なので、とにかく基礎から叩き込んでもらおう!と覚悟を決めたところです。
その先生が言うには、まず合唱はやめなさいということでした。
せっかく基礎を教えても、合唱で今まで通りの発声でガーー!!と歌ったらもったいない・・ということ。私もその通りだと思います。

でも、声楽は月2回習う程度で、5年もすれば音大出た程度にまでなれるのかどうか・・・。
まじめに必死にやれば可能でしょうか?

すずめおばさん、いらっしゃいませ。

 オトナの習い事は、月2回程度が良いかも。レッスンの回数が多ければ多いほど、そりゃあいいんですが、オトナは色々忙しいですからね。私も、月2回で頑張ってます。

>その先生が言うには、まず合唱はやめなさいということでした。

 そういう先生は多いですね。生徒の楽しみを優先する先生だと「止めなさい」とまでは言いませんが、その言葉に甘えて両方やっていても、いずれは無理が来ます。ならば、声楽の習い始めの方は、まずは声楽に集中して、合唱はいずれまた復帰する事にすると良いと思います。声楽に限らず、何事も、最初が肝心ですからね。

>声楽は月2回習う程度で、5年もすれば音大出た程度にまでなれるのかどうか…。

 正直、音大出と言っても、ピンキリですから(笑)。国際コンクールで優秀な成績をおさめてプロデビューする方もいれば、音楽とは無関係の一般企業に就職する方まで、幅広いです。ですから、すずめおばさんが“音大出”という言葉で、どのあたりをイメージするかで、答えは変わると思いますよ。

 ちなみに、私が声楽を始めて5年ほどですが、音大卒程度の力があるかと言うと、おそらく、地方大学の音楽科卒の方よりも、だいぶ劣っています。いわんや音大をや…です。

 と言うのも、音大は、声楽科と言っても、別に歌しかやらないわけじゃないでしょ? ピアノもやれば、指揮もやるし、作曲もやる。その他色々な音楽関係の実技も授業も学んでくるわけです。そういう中から育ってくるものがありますから、仮に歌の技術だけ比較して私の方が優れていたとしても(まあ、無いかな:笑)、歌手としての総合的な力じゃ比較になりませんって。だって、ピアノ、弾けないもん(笑)。指揮? ムリムリ(爆)。

 以前の先生に、三年ほど習ったあたりで「すとんさんは、音大入学レベルぐらいの力がついたと思いますよ」って言われましたので、今の私の歌だけのレベルなら、もしかすると、音大在学中程度かもしれませんが、以前の先生のおっしゃった“音大”って、どのレベルの学校の事だったのかまでは、知るよしもありませんね。

こんばんは、すとんさん

すとんさんの書いてくださったこと、何度も読み返しました。
ありがとうございます!
仰る通り、漠然と「音大出」という言葉を使ってしまいました。
申し訳ありませんでした・・・m(_ _)m

合唱で「壁」にぶつかった状況といいましょうか・・・。
ちゃんと声楽をやってる人と、そうではない自分の声の間には大きな壁があるなあ・・・と思うようになりました。
どんな音も喉を締め付けず、自然とスーッと発声ができて、表現したいまんま大きな声で声を飛ばせる自分・・・そうなりたいんです。

すとんさんは、きっと気持ちよくいつも歌えるまでに上達されてるのだなあ・・・とうらやましく思います。
でも、うらやましく思ってるばかりじゃ駄目。
地道にがんばります!snail

すずめおばさん

>ちゃんと声楽をやってる人と、そうではない自分の声の間には大きな壁があるなあ・・・

 これは声楽に限らず、何事も、ちゃんと基礎から学んでいる人、基礎のないままやっている人の差だと思います。

 歌は、一見、誰でも歌えるような簡単な事だと思われがちですし、実際、カラオケなどでは誰もが歌ってます。確かにそのレベルの歌で良ければ、誰でも歌えますが、そこから一歩踏み出そうとする、えらく大変なのが歌なんです。

 自分のカラダを楽器に作り替える事。作った楽器をきちんとコントロールする事。絶えず、楽器をメンテナンスし続け、いつでも良い音で鳴る様に管理していくこと。それは決して簡単な事ではありません。そのためには、基本的なところから、時間をかけて、ゆっくり学ばなければ習得できないことがたくさんあります。

 歌って音楽だけれど、体育的な要素もあって、結局、どこかの段階で、訓練とか修行とかをしないと、上達できないんですよね。

>すとんさんは、きっと気持ちよくいつも歌えるまでに上達されてるのだなあ・・・

 いやいや、全然。まだまだです。でも、個人レッスンを始める前と今では、雲泥の差があると思うし、今もものすごい勢いで上達している最中です。願わくは、もっと若い時から始めていたら、今頃はもっともっと歌える人間になっていたと思うと、すごく残念ですが、まあ、それを言ったらキリがないので、現状をブツブツ言いながら肯定しているところです。

 合唱で壁にぶつかったのなら、それは音楽の神様が「そのステージは終了、次のステージに行こう」って言っているんだと思います。次のステージが声楽なのか、それとも合唱なのは、人には分からない事ですが、とりあえず運命に流されていれば、きっと、正しい道に導かれるんじゃないかと思います。

 私も散々、合唱では壁にぶつかりました。ぶつかると痛いですが、ぶつかる事で学べる事もたくさんありました。だから、すずめおばさんも、ファイトファイト。

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