ひとこと

  •  なんかねー、最近、あれこれツイてないんです。あまりに小ネタ過ぎてブログに書くほどでもないのだけれど、なんかプチ不幸な日々が続いてます。なんかなー。

お知らせ

  • ●クラシックコンサートのお知らせをします。●10月8日(日)、茅ヶ崎市青少年会館ホールで行われます。今年のコンサートは、第1部ジュニア、第2部器楽、第3部声楽と、3部に分けて行われます。第3部の開演は15時20分となっています。●私は、第3部の10番として、トスティ作曲「Tristezza/悲しみ」とレオンカヴァッロ作曲「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」を歌い、次の11番目で、妻と一緒にレハール作曲「メリー・ウィドウ」より「A Dutiful Wife/従順な妻」の二重唱を歌います。私の登場時刻は、およそ16時30分前後になる予定ですが、あくまでも予定であって、これより早くなることもあるし、遅くなることもあります。●入場料は無料の千客万来系のコンサートです。ただし、例年までは市民文化会館で行われていましたが、今年は工事中となって、古い公民館系のホールで行われます。●会場的には、古くて小さい上に設備的にも??がつくような会場で「ここで歌うのはヤだな」という理由で、多くの方々が参加を取りやめたというほどの会場です。私も、練習で使用するならともかく、ここに人を招待して…となると、躊躇せざるをえません。なので、会場までお越しいただく事は望んでいませんが、もしよかったと、どこか遠くの空から、無事に歌えることを祈っていただくと感謝です。
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2012年11月の記事

2012年11月30日 (金)

春夏夏冬…でしたね(笑)[2012年11月の落ち穂拾い]

 今年の秋は、短かった。いや、短すぎて、秋を感じている暇が無かった。秋って、本当にあったの? 今年は秋はパスだったんじゃないの? そんな気分です。『月月火水木金金』じゃないけれど『春夏夏冬』だったような気がします。

 もしかすると、今年の冬は…寒い冬?
 
 
ギターの駒の位置が、弦によって微妙に違う件について

 おそらく、弦長を変える事で、テンションを変えているのでしょう。低音弦のテンションが低いと、弦が振動した時に指板に当たってしまう(ギターはヴァイオリンなどよりも、弦の振幅が大きいんです)ので、多少でもテンションを高くして弦の振幅を小さくしたいでしょうし、高音弦はテンションを高くすると、それだけで弦が切れ易くなってしまうので、多少でもテンションを低くしたい…そのために、ギターでは、弦によって駒の位置を微調整して、弦長を変えて演奏しているのだろうと思います。

 ではなぜ、こんな姑息(?)な手段が許されるのかと言うと、ギターという楽器は、色々な都合があって、構造上、元々微妙に音痴な楽器(本当に微妙に…ね)なんです。すでに微妙に音痴な楽器だからこそ、使い勝手を良くするための工夫を取り入れてもOKなんです。

 つまり、音程は正確だけれど演奏しづらい楽器と、多少微妙な音痴だけれど演奏しやすい楽器という二つの選択肢の間で、ギターは演奏のしやすさを優先した楽器なんだろうと思います。

 ギターは容易に、同時に複数の音を鳴らすために、多少の事に目をつぶっているだけの話で、平均律にせざるをえないピアノと、そのあたりの事情は一緒かもしれません。ですから、ギターは単音で弾く時は(エレキギターなどでは)ディストーションやオーバードライブなど、音程を不明確にするエフェクトをかける事が多いのは、もしかすると、そんな理由からかもしれません。
 
 
どこまで弾ければ、良しとするか

 楽器って、どこまで弾ければ「私は○○が弾けます」って言えるのでしょうか? もちろん、その合格ライン(?)ってのは、人によって違うのかもしれません。

 私の場合、ギターはあくまで歌の伴奏楽器です。だから、歌いながら、じゃら~んとコードが鳴らせれば、それでOKなので、始めて三カ月ぐらいで、不自由なくギター弾いてましたし、その程度の腕前で「ギター、弾けるよ」って言ってました。

 ピアノは、私にとっては、独奏楽器ではなく、伴奏楽器なので、簡単にアレンジされた楽譜を見ながら、弾き歌いができれば「ピアノ、弾けるよ」って言っちゃうと思います。別にモーツァルトやショパンが弾けなくても、全然平気です。もっとも、実際問題として、私のピアノの腕前は、歌の音取りを苦労しながらやれる程度であって、簡単にアレンジされた曲すら弾けないので、ピアノが弾けるとは全く言えません。

 フルートは…たぶん、ステージ上で、先生と共演できるようになれたら「フルート吹けます」って言うんじゃないかな? それまでは「フルート、いえいえ、まだまだ、吹ける部類には入りません」って言うような気がする。と言うのは、私にとってフルートは独奏楽器だから、きちんと主役として毅然と吹けるようにならないとダメなんですよ。

 そういう意味では、フルートは、たぶん、一生吹けるようにはなれないと思ってます。と言うのも、そのゴールにたどり着く前に、私の寿命が尽きてしまうだろうと予測しているからです。たとえ、道半ばで倒れたとしても、今はまだ、そこを目指して、トボトボと歩いていきたいと願って頑張っている最中です。

 歌は…オペラアリアを破綻なく歌えたらOKかな? 別にオペラ全曲を歌いたいとか、どこぞの歌劇場で歌いたいとか、そんなところまでは望んでいません。声楽発表会で、好きなオペラアリアを、撃沈せずに歌えたら「私は上手に歌が歌えるよ」って言っちゃうと思います。

 しかし、これもまた、ゴールが遠いです。はあ~。
 
 
演奏中、カラダを動かす事の是非について

 演奏中にカラダを動かすことについては、賛否両論ありますね。まあ、動かすにしても、動かさないにせよ、両極端は良くないと思います。

 フルートの場合、二つの点を守っていれば、大いにカラダを動かしながら演奏しても良いと、私は思います。その二つとは『どんな動きをしても、クチとフルートの関係が変わらない事』『動きとリズムが合っている事』です。

 多くの人が動いちゃいけないと言われるのは、動くとクチビルとフルートの関係がズレて、アンブシュアが壊れて、音がかすれたり、消えたりするからでしょう。ですから、どんな動きをしても、フルートがアゴにピタっと貼りついたようにできる人なら、動いてもいいと思います。

 ただ、その動きがデタラメでは困ります。フルートを両手を使って楽器を演奏しますので、ピアニストへの合図はカラダの動きを通して伝えるわけですが、その際に、ピアニストさんが見やすい動きをしないといけないと思います。そのために、動きとリズムが合っていないと、話にもなりません。つまり、カラダを動かす事が、同時に指揮をしているのと同じ効果があれば、それで良いと言う事です。

 とは言え、指揮者ではなく、フルーティストならば、フルート鑑賞のジャマにならない程度に、動きは押さえておとなしくしているべきだろうと思います。
 
 
 声楽の場合は、動きながら歌う人は、結構気になります。演技をしながらとか、ダンスを踊りながら動くのなら、いいのですが、特に意味のなさそうな腕の動きとかされると、すごく気になって、とても歌など聞いていられないぐらいになります。
 
 
今月のお気に入り Victor ポータブルスピーカー SP-AW303

 私は入浴時に音楽を聞く習慣があります。昔は、防水型のCDプレイヤーを浴室に持ち込んでいましたが、ここ数年は、iPodと浴室スピーカーのセットを持ち込んでいます。今まで使っていたスピーカーの調子が悪くなったので、先日、我が家では三代目にあたる、浴室用iPodスピーカーを購入しました。それが今回のお品です。

 初めてブランドものを買っちゃった(笑)。浴室用スピーカーなんて、ニッチな製品は、この手の大手ブランドのモノは無く、今までは名もない中小メーカー製品か海外製品しかなかったのに、ついにビクターさんがこの分野に進出です。バチバチバチ…。

 別に私はブランドに弱い人ではありませんが、同じような値段なら、安心のブランド品を選びたくなるじゃないですか。さっそく、購入して使ってみました。

 ううむ、実に細かいところまで、ちゃんと作られています。今までのものは、電池を入れ換える時には、製品を分解しなきゃいけなかったり、防水パッキングのところが無闇に硬かったり、まあ、小さな不満がそれなりにあったのですが、この製品は概ね良好です。音質も程良くドンシャリが押さえられていますが、逆に言えば、音があまり生々しく聞こえないです。ここは好き嫌いがあるかな? まあ、あくまで浴室用ですからね。本格的なオーディオスピーカーとは、ちょっと違うという事です。

 この製品の特徴と言うと…ステレオなんですが、スピーカーが本体の正面ではなく、側面についている事です。最初はなぜこの位置にスピーカーがついているか分からなかったのですが、実はこれ、浴室のカドに置くと、本体側面から出た音が浴室の壁に反射して、いい感じで音が広がるんですよ、これ。反響の良い浴室という場所での使用を考えた、面白い設計じゃないかって思います。

 iPodでの使用感はまずまず、音量調整ができるのは何気に良いです。サイズ的には、少々分厚い感じがしますが、これは浴室の角に置いて使用することを考えれば、むしろこれくらいの厚みの方が良いでしょう。電源は単三4つです。色は、ホワイト・ブルー・ピンクの三種類。いいんじゃないかな、これ。

 
 
今月の金魚

 今月は、みんな元気でした。
 
 
今月のひとこと

 インフルエンザの予防接種をしてきたぜい!(2012年10月30~31日)

 「スター・ウォーズ7」はディズニー製作? まさか?(2012年10月31日~11月3日)

 鍋用ズゴック、美味しゅうございました。(2012年11月3~7日)

 この前の日曜日、吹奏楽部のアンサンブルコンテストがあって、引率をしたわけなんだけれど、もう週の半ばと言うのに、一向に引率疲れが取れない。取れないどころか、なんか澱のようにカラダの奥底に沈殿しているような気分でございます。どんな疲れも一晩寝れば回復していた、あの頃が、懐かしいです。それにしても、今週もハードワークだな。(2012年11月7~8日)

 フランス語の語尾の子音は原則発音しない。だから動詞が活用して語尾が変化しても、それは書き言葉としての変化であって、話し言葉としては(発音しないのだから)変化は無いも同然。しかし、その次に続く単語が母音から始まる場合、発音しなかった語尾の子音を、次の単語の母音とリエゾンさせて読んだりする。そうすると、動詞が活用して変化した子音からなる語尾も、それ相応に読んだりする。…面倒だな。慣れればどおって事ないんだろうけれど。(2012年11月8~10日)

 2012年11月25日に行われる、北京国際マラソンに、日本国籍の選手の参加を認めない事を、同大会組織委員会が11月9日に発表したそうです。私はマラソンには興味がないので、この大会が一体どれだけの大会であるか知りませんし、マラソンファンにとって、どれだけ価値のある大会なのかは知りませんが、言える事は『中国人って、ホント、野蛮』って事です。好意的に解釈するなら、日本人選手がマラソンに参加した場合、大会委員会として『選手の身の安全を保証できないので、参加辞退をお願いしたい』って事だろうけれど、それって「中国人は、嫌いな国の人間なら、スポーツの試合中の選手であっても、自由に堂々と襲う」って事を明言しているわけだし、警備を担当する人間も「襲われている人間が日本人なら見て見ぬふりをします」って事を言っているわけでしょ? 愛国無罪ってヤツなんだろうけれど、ホント、中国人って野蛮。ああ、野蛮。そんな野蛮な国の隣に住んでいるという自覚と危機感を、我々は持っていないといけないって事だね。(2012年11月10~11日)[11月12日追記 参加申込がほぼいっぱいになった11月12日、大会組織委員会は国内外の批判を受けて、日本国籍の選手の参加を容認することを発表しました。しかし、今頃参加OKになっても、すでに申込枠が無いじゃん。これって「日本人が参加してもいい事にしたけれど、あちらが申し込まなかったんですよ。差別じゃないです」って言い訳するための、ギリギリでのOKですか? なんか、出来レースっぽいなあ。

 なんか、急に国会の方では、解散風が吹き始めたみたいですね。おそらく、民主党政権は最後っ屁をかましてくるのではないかと予想されますので、注視する必要があります。まずは、いわゆる“人権擁護法案”が、このドサクサまぎれに国会でひっそりと通過しないか、注意しましょう。おそらく、マスコミは報道を控えるはずですから、本当に注意していないとマズいです。なにしろ、朝鮮学校の高校授業料無償化をごり押ししようとしている民主党政権ですからね。次の選挙で、反日団体に選挙応援をしてもらうために、彼らのご機嫌うかがいをしておかないといけませんから、最後の最後に、日本人を不幸にする政策をババ~ンと通しちゃう恐れがあります。気をつけないと、子孫の時代に禍根を残す事になります。要注意です。(2012年11月11~15日)

 いきなり、衆議院と都知事のダブル選挙になったようですね。もはや民主党に入れる人もいないだろうと思いますが、次の選挙でも『オレオレ詐欺』ならぬ『ヤルヤル詐欺』に引っ掛かる人が続出するんだろうなあ…。とにかく、政治家選びは、実績を見ないとね。「○○をやります」と口先だけのド素人を選ぶのではなく、きちんと仕事をしてきたプロを選ばないとね。今や、ネットの時代ですから、ちょっとググれば、すぐにその人の業績なんて分かるんだから、今度こそ、ちゃんとした政治家を私たちの代表者として国会に送り込みましょう。(2012年11月15~18日)

 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の人気って、スゴいみたいですね。ウチの近所の映画館でも、休前日の最終上映回は、午前1時半スタートですよ、これ、終わると、午前3時過ぎだったりします。そんな真夜中に、誰が映画を見に行くのか!と思うけれど、いるんだろうなあ…。実は私も、午前1時過ぎに、まだエヴァがやっていると知って、見に行こうとしたくらいだから(笑)。さすがに妻に止められて、翌日の昼間に見に行きましたが(爆)。ちなみに、あの映画、一度見たくらいでは、足りないかも。何度か見ないと、ストーリーのサルベージは難しいかも…。でも、この映画、三週間(つまり、お正月映画群の上映開始前)で終わっちゃうんだよね。短期決戦で劇場で荒稼ぎして、その熱狂が冷める前に、すぐにDVD発売する…っていう、ビジネスモデルで行くんだろうなあ。商売上手だね。(2012年11月18~21日)

 本日、ついにコートを羽織って仕事に出かけちゃいました。ついこの前まで、ワイシャツ1枚で、汗をダラダラかきながら出勤していたのに、今はコートを羽織って、背中を丸めて、ポケットに手を突っ込んでの通勤スタイルです。なんか、あっと言う間に、冬になってしまったようですね。(2012年11月21~24日)

 今日はスーパーで、いきなり腕にしがみつかれました。「一体、何?」と思って、その人の顔をのぞき込んだら、見知らぬ女性でした。私が顔をのぞきこんだら、相手はびっくりした様子で、黙って、すっと、腕をほどいて、少し離れていたところにいる別の男性と腕を組んで、出て行きました。…たぶん、私とその人を間違えたんだろうけれど、体格がだいぶ違うし、着ている服だって全然違うけれど、どうしたんだろ? 一応、念のために書いておくと、その人、スリではありませんでした(笑)。(2012年11月24~26日)

 今年のゆるキャラグランプリの優勝は、今治市のバリィさんだそうです。鳥さんのキャラなんですが、好物は「焼き鳥」なんだって。共食いじゃん! (2012年11月26~29日)
 
 
 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2012年11月29日 (木)

上達したいと願うなら、まずは自分を向上させよう!

 歌でもフルートでも、いや、音楽に限りません。趣味であれ、仕事であれ、なんであれ、上達したいと願うなら、まずは自分を向上させる事が大切です。

 自分を向上させるには、どんな事をしたら良いのでしょう? とりあえず、音楽の上達という事に絞って、思いついたことをズラズラと書いてみました。
 
 
 まずは『恥をどんどんさらす』事です。これは『百回の練習よりも一回の本番』という事とほぼ同義です。つまり、人前で演奏し、他人の視線によって磨かれる事が大切だという事です。人前で演奏するとなると、事前練習に気合が入るし、真剣な気持ちで仕上げをするし、演奏の後に手厳しい批評を受ける事だってあるかもしれません。でも、それらも全部含めて受け入れる事で、大きく脱皮し、成長できると思います。

 なので、シャイな方は「人前での演奏なんて…とてもとても」と思われるかもしれませんが、それって、自分で上達のチャンスを握りつぶしているわけで、とてももったいないことだと思います。常にチャレンジ、たとえ転んでも、前のめりに転ぶべし。
 
 
 フルートの場合『難しい楽器』を吹くのも良いかもしれません。音程が安定しない楽器、音色が安定しない楽器、ちょっとばかり重い楽器、吹いていると疲れてしまう楽器。こういう楽器をマイ楽器にして、日々練習すると、絶対に上達すると思います。ま、いわば、楽器版“大リーグボール養成ギブス”って感じですね。もちろん、ちゃんと調整された上で、吹くのが難しい楽器を使うべきで、調整不足で吹くのが難しい楽器は、論外です。 
 
 『他人の演奏をどんどん聞く』というのも、自分を向上させるためには必要な事でしょ。もちろん、一流のプロの演奏はもちろんですが、自分と同じぐらい力量のアマチュアの演奏もたくさん聞くと良いでしょう。「我以外の者、みな我が師なり」ですって。上手い人からも、そうでない人からも、その気になれば多くの事が学べます。生演奏が理想的ですが、CDでも、テレビ番組でもいいんです。とにかく、他人の演奏をたくさん聞く事が大切です。

 一番いけないのは、練習ばかりして、他人の演奏をほとんど聞かない事かな? そういう人は練習量の割には上達しないし、つまらない演奏をしがちです。
 
 
 当たり前の話ですが『真面目に練習をする』事は大切です。集中せずにダラダラ練習とか、目的も分からずルーチン作業を延々と繰り返す作業的な練習は、効果がないです。練習と言うのは、常に目的と効果を考えて「この練習はどんな力を伸ばすためにやっているのか」「自分のカラダをどう動かしているか」を意識しながらやる事が大切です。

 特にオトナの場合は、練習時間そのものが少なかったりするのですから、練習時間は几帳です。その貴重な練習時間を無駄にしないためにも、練習の目的と効果を常に考えて、最善と思われる練習を適量できるようにしましょう。

 そして練習と同じくらい大切なのは、休養です。練習しすぎてカラダを壊したら元も子もないし、疲れたカラダで練習しても、あまり意味はありません。しっかり休養をし、元気なカラダで練習する事は、とても大切です。
 
 
 『先生選びは大切』です。もちろん、独学も良いでしょう。独学の場合は、独善的にならないように、常に自分を厳しく律することが大切です。ただ、独学の場合は、どうしても試行錯誤にならざるを得ない部分があり、無駄も多ければ、遠回りもするので、短期間で上達したいと願うなら、先生について、的確な指導を受ける方が良いでしょう。

 先生の力量次第で、上達速度は大きく変わります。良い先生につく事は、とても自分を伸ばす上でとても大切な事です。そのためにも先生選びは大切です。ただ、音楽の習い事の先生って、何か特別な資格が必要なわけではなく、現役一流演奏家から、プロとしての何らの実績のない人まで、先生も実にピンキリです。

 でも私が思うに、良い先生の条件って、そんなに多くないです。

 1)人柄が良い事、オトナとして成熟している事。
 2)生徒&弟子の事をしっかり考えてくれる人。
 3)現役バリバリの演奏家であるか、かつて現役バリバリであった人。
 4)自分と相性が良い事。
 5)広い人脈を持っている事。
 6)模範演奏をサラっとしてくれる事。

 こんなところでしょうか? 一つ一つ解説すると長くなってしまうので、割愛しますが、この程度の条件は最低限クリアしておいて欲しいなあって思います。

 それでも、その先生にしばらく習ってみて「これは合わない」とか、違和感を感じるなら、先生を変えるのも手です。まあ、あまり頻繁に先生を変えるのは、先生ショッピングをしているわけで、誉められませんが、合わない先生、力不足の先生についている事は不幸ですから、それくらいなら、サッサと先生を変えるのも手です。

 先生を変えると、同じ事でも新しいやり方で新鮮な気持ちで習えるものです。
 
 
 『他人のアドヴァイスを素直に受け入れる』気持ちは、自分を向上させる上で必要な事です。中には手厳しい人を平気で言う人もいますが、それはその人が言ってるわけではなく、音楽の神様が言わせていると思って、素直を受け入れましょう。

 そして、それと同時に他人のアドヴァイスも、軽く受け流せる事も大切です。だって、他人って無責任だもの。後先の事を考えていなければ、今現在のこっちの事情だって、考慮してくれないわけで、そこは先生の指導とは違うと心掛け「この人、何言っているんだろ?」と思ったら、華麗にスルーする事も必要です。

 そして『目標を具体的に立てる』事も大切です。○○までに、△△ができるようになろうとか、教則本をどこまで終えようとか、暗譜しようとか、具体的な目標を立てて、それに向かって邁進するのって、大切です。目標も、できれば、遠い将来の目標と、近い将来の目標と二本立てにすると、なおいいですね。

 最後に『仲間を作る』事をお薦めします。やはり、一人では孤独です。お互い励まし合い、支えあう、仲間の存在は大切です。そして、ライバル的な存在がいれば、なおいいですね。上達間違いなしです。
 
 
 取り止めなく、ダラダラと書いてみました。どんなもんでしょうか?

 

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2012年11月28日 (水)

オケ合わせに行って、気持ちが凹みました

 実は、今週の第九の練習は二日連続だったんです。初日が最終練習で、その翌日がオケ合わせでして、今回の記事は、そのオケ合わせの事を書きます。

 ちなみに、本番は、今度の日曜日の午後です。詳しい事を知りたい方は、こちらをご覧ください。オーケストラもアマチュア、合唱団もアマチュア、というアマチュア・スピリットあふれる演奏会です。当然、演奏の方は、良くも悪くも、アマチュア感満載です。そんな演奏会ですが、一応、入場料が必要ですので、お近くの方で、慈愛の心と時間とお金に余裕のある方は、よかったらお越しいただけると感謝です。私は合唱団の一員として出演しますが、合唱団員は全部で200名ですから、客席からだと、たぶん、私がどこにいるか分からないと思うし、頑張って見つけたとしても、私の歌声なんて聞こえません(笑)。なので、今まで告知しませんでした、あしからず。
 
 
 さて、オケ合わせです。練習会場も、いつもの練習室ではありません。合唱団は、まずは小ホールに集合です。ここで体操と発声練習をして、しばらくの時を過ごします。大ホールでは、朝からオーケストラが練習をしています。で、オケの休憩時間に我々合唱団が大ホールに合流して、オケ合わせをするわけです。

 今回の発声練習では、時間がたっぷりあったので、実に丁寧な練習をさせてもらえました。テノールは高いAまでの音を練習させてもらえました。この高いAは私にとっても個人的な課題のある音なので、ゆっくり慎重に確かめられて良かったです。

 そうそう、懸案(?)の暗譜問題ですが、今までは役員の方々が「本番は暗譜!」と言ってましたが、現実を鑑みると言いますか、現状との妥協を探ると言いますか、役員サイドから「楽譜を持ったまま舞台に上がってもOK」という発言がありました。つまり、暗譜は必須ではないという事です。もちろん、基本的には『暗譜で歌うのが望ましい』わけですが『どうしても覚えられなかった』『楽譜を見ないと歌えません』という方は、楽譜を持って舞台に上がっていい事になりました。ただし、そういう人は舞台の最前列に立ってはダメ。できるだけ後ろの方に立ち、楽譜を前の人の背中に隠れるようにして持って、客席からは楽譜を見ながら歌っているという事が分からないようにして欲しいとの事です。つまり、いくら楽譜を見ていいとは言っても、楽譜のガン見はダメよって事です。

 まあ、前日の練習状況からしても、本当に楽譜禁止の暗譜オンリーにしたら、だいぶ歌えない人が出てしまうので、こういう判断も仕方ないのでしょうね。私ですか? すでに暗譜は終えてますので、楽譜は持たないで舞台に上がります。だって、楽譜を見ないで歌えるなら、そっちの方が色々と楽だしね。

 そんなこんなのうちに、時間になったので、大ホールに移動して、オケ合わせの開始です。

 オケ合わせと言うのは、基本的に合唱のための練習なんですね~。合唱がオーケストラに合わせて歌う練習だから『オケ合わせ』って言うのです。もしも、オーケストラのための練習だったら“合唱合わせ”とでも言うのかしら? とにかく、オケの練習は、それ以前の時間にバッチリやってあるわけで、わざわざ合唱団に付き合って、伴奏してくれるわけで、本当にオケの皆さん、ありがとうございました。

 ちなみに、オケ合わせの段階では、まだソリストさんたちは練習には加わりません。ソリストさんたちは、たぶん、前日のゲネプロからの参加になるのかな? 忙しい人は、ゲネプロすら欠席で、当日の最終直前リハーサル(アマチュアなので、当日も合わせをやるんだな:笑)からの参加かもしれない。

 とりあえず、そんなわけで、合唱が歌うところを、オーケストラの伴奏で練習させてもらいました。それにしても、オケはいいね。ピアノ伴奏も悪くないけれど、オケ伴奏だと、音がカラフルになるし、立体的になります。

 オケはアマオケですから、プロオケのようなわけにはいきません。まあ「色々と大変だなあ」って思いながら聞いてましたが、それはおそらくオケの人たちも「色々と大変だなあ」って思いながら合唱を聞いているので、おあいこです。まあ、お客さんには、相当の我慢を強いることになるかもしれませんが(謝)。

 本番指揮者さんからは、合唱団に対して、色々とダメが出ました。

 例えば「子音が聞こえない」とか…。何度か繰り返し練習をして、子音を意識してきたら、なんとか聞こえる程度になったようですが…また本番では戻っちゃいそう。合唱で子音をしっかり歌うのって難しいですよね。特に、普段は日本語の歌しか歌っていないと、ドイツ語の子音を歌うのって難しいと思います。私は私で、すでにベストは尽くしているので、これ以上どうこうはしませんが、本番では、子音がはっきりと聞こえるといいですね。

 「声が飛んでいない。二階席を目指して歌ってくれ」と言うのは、どの指揮者も必ず言う言葉で、今回の本番指揮者さんも同じような事を言ってました。確かに、アマチュア合唱団員さんたちの声って、そんなに遠くまで飛ばないです。まあ、大ホールが大きくて、我々アマチュア合唱団の手に余っているのが事実なのですが、それでも少しでも声を観客に届かせるために「二階席を目指して歌ってくれ」とクチを揃えて言ってるわけですが、二階席って、舞台から見ても、やや見上げなんですよ。だから、二階席に向かって歌うと、やや上を向いて歌うことになります。

 上を向いて歌うと、うなじがつぶれる事になります。でも、歌うときは、うなじは伸ばしたいですよね。かと言って、うなじを伸ばしたまま上を向いて歌うとなると、今度は、背中を反らして歌う事になりますが、そうすると、今度は背中がつぶれるし…。どうしたらいいんだろ。とりあえず、私は正面やや下向きに歌う事にしました。まあ、私の場合はエコ発声で『声は届かせない、聞かせない』という方向で歌うので、それでいいのでしょうが、でも普通の人が普通に歌う場合は、どうすればいいのかな?

 もっとも、私の場合は、エコ発声をやめれば、すぐに二階席まで声が届きます(笑)ので、そんな難しい事を考えなくてもいいんですが…。。

 そう言えば、いくら練習をしても、指揮者さんと合わない箇所があります。そこって、合唱練習の時も合唱指揮者さんと、なかなか合わなかったところでした。だからと言って、歌えていないわけじゃないンです。合唱団的にはだいたい合っているんです。団内では合っているのに、どの指揮者とも合わない…。実に不思議な現象です。年を取ると、一度仕上がったものを修正するって難しくなるのだけれど、きっと長年毎年歌っているうちに、自分たちの歌いまわしのようなものができて、そこから抜け出せなくなっているのかもしれません、そんな理由なんでしょうなあ…。でも、それって、なんか面白い。

 しかし、ホールで歌うと、いよいよ本番だなって思って、私も本番モードになります。本番モードになったら、なんか悲しくなりました。と言うのも「私が本番の場にいなくても、誰も困らない」って事に気づいてしまい、それで悲しくなりました。厳密に言えば、我が団は200名の団員がいますから、私がいなくなると、1/200ほど声量が減りますが、でもそれだけの話で、舞台上の誰にとっても、客席の観客にとっても、1/200は単なる誤差にしか過ぎません。私がいてもいなくても、歌っても歌わなくても、演奏会にはなんにも影響がないと分かると、本当に悲しくなりました。

 でも、合唱って、そういうモノなんですよね。ああ、悲しい。私が歌っても歌わなくても、何も変わらないなら、私がここにいる意味なんて無いじゃ~んって、ついつい投げやりな気持ちになっちゃいます。まあ、200名全員がそう思ったら、合唱は成り立ちませんから、結局、いてもいなくても、聞こえても聞こえなくても、そんな事は関係なくて、ただ淡々と1/200として歌うべきなんだろうけれど、そこに虚しさや悲しさを感じてしまう私は、合唱には向いていないのかもしれません。

 特に今はエコ発声で歌っているので、本当に私の声って、自分を含めて、誰にも聞こえないんです。聞こえないから、余計に悲しく感じるのかもしれません。でも、誰にでも聞こえるような声で歌ったら、合唱ぶち壊しだからねえ…。

 来週はいよいよ本番です。

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2012年11月27日 (火)

暗譜はすでに最終段階ですよ

 第九の練習に行ってきました。前回の練習は“指揮者立ち会い練習”だったにも関わらず、欠席してしまったので、今回は、前回、本番指揮者さんから注意された事を確認するためにも、絶対に練習を休むみわけにはいきません。遅刻だって良くない事でしょう。なので、いつもよりも余裕を持って、いそいそと練習に出かけました。

 練習の雰囲気は、すっかり本番モードの緊張感あふれるモノになってました。一週休んだだけで、こんなに雰囲気が変わるなんて、やっぱり本番指揮者さんが練習に乗り込んでくると、ピリッとするんですね。

 練習自体は、合唱指揮者さんの指導の元、本番指揮者さんから注意された事、宿題にされた事を確認する練習で、あとはひたすら“歌い込み”です。私は、すでに楽譜を外して歌ってます。もちろん、まだ完璧な暗譜が出来ているわけではありませんから、時折、間違えたり、分からなくなったりしますが、間違えたり、分からなくなったら、すぐに楽譜で確認する事で、暗譜できていないところを一つ一つ潰していきました。

 まあ、合唱ですから、暗譜と言っても、ソロとは違って、完璧な暗譜は要求されませんから、気持ちは楽です。なにしろ、歌っていて、分からなくなっても、周りが正しく歌っていれば、それに乗ればいいわけだし、忘れちゃったら、クチパクをしてやり過ごす事はできるし、自分がダメでも、それで音楽が止まるわけでもなければ、恥をかくわけでもないので、本当に気持ちが楽です。気持ちが楽だと、むしろ暗譜もスムーズなわけで、これって、いい感じです。

 とは言え、周りを見回すと、まだまだ楽譜をガン見している方が多いです。おそらく、今年始めてとか、第九経験が少なかったり、久し振りの方(私だって久し振りだよ)なんでしょうね。暗譜に自信がなくて、ついつい楽譜にかじりついてしまうのだろうけれど、私の経験から言えば、楽譜を見ているうちは、決して暗譜できません。暗譜がだいたい(自分感覚では約7割方)できたら、もう勇気を出して、楽譜を外して歌ってみる事が大切だと思います。当然、あっちこっち間違えるでしょう。間違えたら、その場で確認すればいいんです。そうやって間違えながら修正していけば、いいんです。何度も間違えたら、何度も確認すればいいんです。それを繰り返していけば、やがて間違えなくなるものです。そうやって、一つ一つ暗譜の不確かなところを潰していけば、やがて完璧な暗譜ができます。

 今回の第九のように、暗譜しないといけない曲は、さすがに、もう諦めて、楽譜を外して歌わないとダメですよ、もう本番まで一週間ぐらいしかないんだから(笑)。

 もっとも、第九って曲は、合唱曲としては、かなり難しい曲だと思います。たとえ暗譜が完璧でも、合唱を始めて、1~2年程度の人では歌えない箇所が山盛りのてんこ盛りでも、何の不思議も無いほど難しい曲です。だから、暗譜ができなくて歌えないのか、テクニックが足りなくて歌えないのかは、きちんと分けて考えないとね。暗譜出来ないところは、頑張って暗譜すればいいし、テクニック不足で歌えないのところは、今年は潔く諦めてクチパクにして、次年度以降、きちんと歌えるようにすればいいんじゃないかな?…なんて事を、合唱の先輩さんたちは、後輩さんたちに教えてあげないといけないんだけどねえ~。え? 私ですか? 私は、基本、ソリストですから、色々な意味で、あまり合唱の人たちとは関わり合いを持たない方が良いと思って、新人さんたちとは距離を置いているのですが…ちょっと冷たいですかね?

 今回も私はエコ発声で歌いました。少しずつ、エコ発声が身に付いてきたかな? でも、時折、ちょっと声を張ってしまう時があるので、気を抜かずにエコ発声を心がけていかないといけません。

 でもエコ発声を続けていると、ノドを詰まらせずに歌えるという良い影響も見えてきました。ノドが詰まらないと、高い所も楽にスムーズに歌えるのがいいし、体力を本当に使わなくなりますので、そういう点でもいいです。ただ、困るのは、高音に行くと『耳がカパッと開いてしまう』ので、音の聞こえ方がちょっと変わるのが難点です。慣れてしまえば、どうという事もないのでしょうが…。

 それと、エコ発声をしていても、やっぱり声が浮いてしまう時があります。どうも、私と合唱の方々では、声の倍音の出方が違う(特に高音の倍音)みたいなので、そんな時は、なるべく低音の倍音もたっぷり出して、バランスの良い声を出すように気をつかってます。低音の倍音がたっぷりな声…つまり深みのある声ですね。私はテノールですから、基本的に声が甲高く“深みのある声”なんて無縁なはずですが、そんな事を言っては合唱はできませんから、ここは一つ“高音が楽に出るバリトン歌手”になったつもりで、太めの声で歌うようにしてます。『俺様はテノール歌手じゃい! 文句あっか!』みたいな声で歌うと…ほんと、合唱では浮きまくります(笑)。ま、ナチュラルボーン・テノールな私にとって、バリトンっぽく歌うのは、とてもイヤなんですが、まあ、それも仕方ないです。これも歌唱テクニックの一つと割り切って、歌うことにしましょう。

 あとは、息をぐるんとカラダの中で廻して歌うことに注意しているかな?

 そうそう、一つ、気付いた事があります。それは『声って張るとぶら下がる』って事です。いやあ、今回、歌っていて気付いたのですが、声って、張った途端に、音程が少し下がりますね。おまけに、張って出した声ってうるさいでしょ? 声を出した途端に周りの音が聞きづらくなるので、音が下がった事に、本人はちょっと気づきづらくなるわけで、その結果、音がぶら下がったまま歌ってしまう事に気づきました。

 声は張って出すものじゃないですね。少なくともピッチ優先な合唱では、張った声は不要かも。必要があって、声を張って出す時は、高めに出してちょうど良いかもしれません。

 さあ、次からはホール練習だ。いよいよオケ合わせだ。今までピアノと練習してきたけれど、オーケストラ相手だと、また違った感じになるから、練習が楽しみだ。わくわく。

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2012年11月26日 (月)

音が低いと落ち着きます

 フルートのレッスンに行ってきたのですが、実は先生に、ちょっと悪い事をしてしまいました…と言うのも、この日のレッスンに来たのは、実は私だけだったんですよ。他の人は、皆さん、お休み(笑)。色々忙しかったり、風邪で休んだりしたみたいです。なので、私がレッスン休めば、先生もお休みになったはずなんですが、私が休まなかったので、わざわざレッスンをしに、スクールに来てくださったそうです。

 「仕事ですから、気にしないでください」って言ってくれたけれど、ちょっと遠慮しちゃいますよね。まあ、私が到着するまでの時間は、先生はたっぷりご自分の練習をしていたそうです。「こんな時でないと、自分の練習なんてしないから、ちょうど良かったよ」と言って下さいましたが…。

 そうなんですね。先生は、間近に迫った先生のお弟子さんたちの、合同コンサートにちょこっと出演されるんですよ。もっとも、先生自身は本職のフルートではなく、アルトフルートで参加されるみたいなんですが。で、そのコンサート、以前も誘われたのですが、再度「来れる?」って誘われました。先生が二度もコンサートに誘うと言うのは珍しいので、たぶん、あまり集客状況が良くないのかもしれません。私は、元々その日は、外せない仕事が入っていて、行けないって言ってあったわけですが…ああ、気まずい気まずい。きっと、チケット、売れていないんだろうなあ…。コンサートに行かずとも、チケットだけでも買ってあげるべきだったと…今さら思ったりしてます(後悔先に立たずですね)。
 
 
 さて、レッスンはロングトーンの練習からでしたが、今回もチューナー無しで、先生の笛に合わせて吹く練習です。「もし、私と音が違ったら、音を間違えたと思ってくださいね」と釘を刺された上での練習でした(汗)。まあ、無事に、音程を合わせて吹けましたが…、そう言われると、緊張しちゃいますよ。

 アルテの15課6章のAs-durですが…一生懸命練習したんですが、やっぱり、私には♭系は難しいです。どうしても指が間違えてしまいます。当然、不合格です。

 「♭4つの曲なんて、あるんですか?
 「たくさんありますよ、4つどころか、5つだってたくさんあります」

 どうやら、避けては通れないようです(涙)。

 ミニヨン・エチュードの17番は…かなりいい感じでしたが、普段危ないところは何とか切り抜けたものの、いつもは間違えないところを、数ヶ所間違えてしまいました。ううむ、レッスンには魔物が住んでいる…。

 「だいぶ吹けるようになりましたね。もう少し練習をして、間違えないようにしましょう。次回で上がるように」

 頑張ります。しかし、アルテの15課6章のAs-durは音階を上下するだけでも、相当苦労してますが、ミニヨン・エチュードの17番は、うっかり間違いはありますが、そんなに苦労している感じはありません。それはやはり、17番がホ短調(♯系)の曲だからかな?

 「フルートは、♯系の曲の方が吹きやすいですからね…」とは先生の言葉です。

 「ピアノや歌は♭系の方が良いみたいだけれど、フルートと弦楽器は♯系の方が楽なんです」 ああ、確かに声楽曲は♭系の曲が多いし、♭系の曲は、比較的歌うのも楽ですね。

 今回の雑談はチューニングの基準音について。

 先生がフルートをやっていてビックリしたのは、吹奏楽ではチューニングをB(べー:シ♭)で合わせる事なんだそうです。吹奏楽のコンクールの審査員をしていた時は、チューニング音でBの音が流れるたびに「えらく高い音で合わせるなあ…」と思ってドキドキしたそうです。と言うもの、先生はチューニングのために会場に流れるB音をA音だと思っていたからです。

 (吹奏楽以外では)チューニングは通常、Aの音でするものだそうです。なぜなら国際的に「A=440Hz」と決められているけれど「B=***Hz」という決まりは無いので、A音で合わせるのが音楽界での標準なんだそうです。

 「でも、吹奏楽は、クラリネットに合わせてBで合わせているのでしょう」との事です。真相は私には分かりませんが、吹奏楽で使う楽器は♭系の楽器が多いですから。Aでは合わせづらいのかもしれませんね。だって、♭系であるEs管だと、ドレミファソラシドの実音は、Es,F,G,As,B,C,D.Esで、Aは音階の中にありませんもの。Aはファ♯になるわけで、確かにEs管だと、Aでチューニングするのは、大変そうですわな。

 先生が吹奏楽がBで合わせるのビックリするのは、先生が吹奏楽に慣れていないからと言うのもあるけれど、実は、まだまだ世界中で「A=440Hz」で演奏しないところがたくさんあるからなんだそうです。Aが440Hzよりもうんと低かったり、逆に高かったり、様々なんだそうです。なので、チューニングの音を聞いて「ここはかなり高い音で合わせるんだな」とか「こんな低い音で合わせるのか…」と思うのだそうです。

 例えば、バロックでは、かなり低くチューニングする(ほぼ半音ほど低くなる事もあるそうです)のが通例だし、ドイツのオーケストラはかなり高くチューニングするそうで、音楽ジャンルや地域などで、A音の高さって、実にマチマチなんだそうです。なので、吹奏楽のチューニングシーンに始めて立ち会った時は「ずいぶん高い(Aの)音でチューニングするんだな」って思ったようです。

 ちなみに、A音は国際基準では440Hzだそうですが、日本のクラシック界では442Hzで少し高めに合わせるそうです。ちなみにクラシック系では、きちんと「A=440Hz」を守っているのはアメリカぐらいなんだそうです。

 日本でも教育関係とかポピュラー音楽は「A=440Hz」なんだそうです。たぶん、日本の吹奏楽も「A=440Hz」なんじゃないかな?

 ある時、お弟子さんをレッスンしていたら、そのお弟子さんがやたらと高い音で吹き始めたので、一体何をやっているだと叱ったそうですが、そのお弟子さんは、ドイツ在住の方で、普段(当然)はドイツのオケにいる人で、楽器も現地で調達したので、あっち仕様のフルートを使っていたらしく、楽器そのものが音程高めに作られていたのだそうです。フルートも販売される地域によって、基準音を変えて設計されたものが販売されているみたいです。面白いですね。

 あっちこっちでAの音の高さが違うと、弦楽器は簡単に合わせられるけれど、管楽器は大変ですねと言ったら「昔はどこも、Aの音が低くてねえ。だから昔の楽器は管が長かったのだけれど、一斉に基準音が高くなった時に、我々(フルート奏者って意味ですね)は、頭部管を切って、それに対応したんだよ」と教えてくれました。でも、切っちゃったら、今度は基準音が低いところに行ったら、困りますよね(笑)。

 「なんで、時代と共に基準音が高くなったんでしょうね?」
 「その方が、音が派手になるし、音楽も華やかになるでしょ。でも、音が低いと、耳に心地よいし、聞いていて心も穏やかになるし、音が低いのも、なかなか良いものだよ」とおっしゃってました。H先生、バロック音楽、大好きだけれど、バロックは基準音が低いですからね。

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2012年11月25日 (日)

もしかすると、アニメって、もうオワコンなの?[2012年11月第4週・通算37週]

体重:108.6kg[+1.6kg:+5.5kg]
体脂肪率:33.5%[+1.3%:+2.6%]
BMI:34.6[+0.8:+2.2]
体脂肪質量:36.4kg[+1.9kg:+3.9kg]
腹囲:103.0cm[+-0.0cm:+4.5cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 うわー、ずいぶん増えたなあ(涙)。風邪ひいて、ロクに動かなくて、でも食欲は落ちるどころか、むしろ増進していたので、こんな結果になりました。ヤベッ、ヤベッ。

 それにしても、今年はダイエットしているはずなのに、メキメキ太ってます。やっぱり、キング門下を離れたのが、大きな原因だろうなあ…。あれで、キング先生って、私には大きなストレスだったし、少しでも太ると、すごい言われ方されていたので「なにくそっ!」って思って、意地になってやせてたからなあ…。今のY先生は、優しいし、別に私が太っていても「まだまだ(笑)」って感じで寛容なので、やせない(涙)。ううむ、

 まあ、やせない理由を探せば、いくらでも言い訳はできるけれど、でもでも、そろそろやせないと、マジ、マズイよなあ…。ちょっと反省。
 
 
 さて、今週のエッセイです。

 私はアラフィフでございます。私が織田信長や源義経ならば、とっくに死んでおります。そんな年齢のアラフィフ男子でございます。

 そう“男子”なんですよ、“男子”…“男の子”…“坊や”なんですね。カラダはオッサンですが、心は“坊や”なんですよ。体裁をつくろって言えば『少年の心を持ち続けるオトナ』であり、いわゆる『(ライトな)アニメヲタク』だし、身も蓋もなく言っちゃえば『父ちゃん坊や』『アダルトチルドレン』『ピーターパン・シンドローム』なのかもしれません(涙)。

 なので、アニメは…もちろん大好きですよ(笑)。大好きですが、毎日が忙しいので、それなりに厳選して試聴していますので「私はアニヲタでございます!」と豪語できるほど見ているわけではありません。そこはちょっと残念なんですね。

 で、そんなライトなアニヲタである私は、先日『009 RE:CYBORG』を見てきました。言わずと知れた、石ノ森章太郎の『サイボーグ009』の21世紀バージョンのアニメ映画です。作品感想は…とにかく3Dがスゴすぎる…ってか、あの映画を2Dで見たら、面白さ半減って感じです。あと、永遠の高校生、島村ジョーはかっこ良いでした。全裸で中味丸出しのジェットは、ハインリッヒ以上にメカメカしていたし、グレートはシブいし、フランソワーズはムチムチだし、ジェロニモは無敵だし、イワンはすっきりしていたし…良かったよ、ほんと、良かったです。

 それはともかく、映画館は結構お客さんがいたのですが、どれもこれも私と同世代か、もう少し上のオッサンばかりでした。アニメなのに、子どもや若い者がいませんでした。

 映画が終わって劇場を出たところで、ちょうど私たちとは入れ換えに『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 前編/始まりの物語』の人たちが入場していましたが、そちらのお客さんは、こちらよりもやや若そうでしたが、それでもオッサンたちの集団でした。少し前に見に行った『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』は、女性客もチラホラいたけれど、カップルも少なからずいたけれど、でもでもやっぱり、お客の多くはオッサンでした。

 昔のアニメは“子どもたちのモノ”でしたが、今のアニメは“オッサンたちのモノ”になってしまったのでしょうか?

 実は今、アニメって、二極化されているんですよ。一つは、昔ながらの子どもたちが見るアニメ、もう一つが、アニメヲタク(これがあのオッサンたちの正体だね)が見る深夜アニメです。

 昔ながらのアニメは、本当に“昔ながら”なんです。「ドラえもん」だったり「クレヨンしんちゃん」だったり「アンパンマン」だったり「ポケットモンスター」だったり「名探偵コナン」だったり「ちびまる子ちゃん」だったり「おじゃる丸」だったり「忍たま乱太郎」だったり…10年前とラインナップが一緒のままなんです。つまり、子ども向けのアニメって、これらの定番アニメを再生産し続けているだけなんです。

 確かに、この種のアニメは、視聴者である幼い子どもたちが次々と加わり、成長し、卒業して…を延々と繰り返しているので、アニメの方は同じような事を放送していても、どんどん視聴者が変わって行くので、それで問題はないのです。だから看板は同じまま、ただ再生産を繰り返しているだけで済むわけです。つまり、コンテンツとしての進歩は特に無いんです。ま、偉大なるマンネリって奴です。ビジネスとしては安牌なんです。実際、新作もたまに作られますが、あまり根付きません、新作アニメはビジネス的には危険な要素が多いんですよ。だからどうしても、アニメビジネス的には、老舗アニメに頼るわけです。

 それはともかく…。

 この子ども向けのアニメを見て育った子たちは、成長すると…アニメを見なくなります。と言うのも、たぶん、この子たちは、青少年になると、ゲームをしたり、ネットで遊んだり、ラノベを読んだりして、アニメから遠ざかってしまいます。だって、アニメよりも楽しいものが、この世にはたくさんありますからね。

 そして、ほんの一握りのアニメ好きな子、いや、アニメオタク、アニヲタたちが深夜アニメに流れます。

 アニメが深夜に放送している? そうなんです、実はだいぶ以前から、かなり多くのアニメが深夜に放送されています。なぜ深夜に? その理由は簡単でして、深夜なら視聴率が取れない番組であっても放送できるからです。だって、深夜って、元々誰もTVなんて見ていない時間帯ですから、見る人の少ないアニメをこの時間に放送して、視聴率が悪くても、テレビ局的には無問題なんですね。

 じゃあ、そんなに見る人が少ないのに、どうしてわざわざアニメを製作して放送するのかと言うと、これらの深夜アニメは視聴率こそ低くても、ビジネスとしては十分に成り立っているからなんです。

 アニメの視聴率が悪くても、そこそこの人気が出れば、アニメ関連グッズが売れます。なにしろ、ヲタクは趣味にはお金を惜しみませんから。ガンガン買ってくれます。さらに、放送が終わると、番組は、DVDやBlu-rayのディスクになって販売されるけれど、これが儲かるみたいなんですよ。

 だって、アニメのディスクって、だいたい2話(つまり約50分)で6~7000円あたりが相場なんです。これを毎月1枚ずつ発売すると、放送は三カ月でも、販売期間は半年になるし、視聴率からだいたい購入してもらえそうな数量も分かるので、儲かる値段で、売り切れる枚数だけ生産すれば、全然OKなわけです。だから、放送そのものは、低視聴率の赤字番組でも、グッズやディスク関係で資金的に回収できるから、深夜放送でもアニメは製作放送販売されるわけです。

 それに、深夜アニメはたいてい三カ月で1作品終了してしまいますが、評判が良ければ、続きを作ればいいし、もっと儲かりそうなら、映画化してババンと稼ぐ事も可能です。

 つまり、深夜アニメって(当たり前だけど)最初から販売目的で製作されています。そのため、アニメとしてのクオリティは、かなり高いモノが多いですし、新しい作品もどんどん生まれて、一見活気があるように見えますが……新規顧客の参入があまりに少ないため、視聴者の高齢化が徐々に始まっています。作品によっては、『009 RE:CYBORG』のように、白髪頭の方ばかりが見に来る現状すらあるわけです。

 なんかこれって、いつか来た道につながっていくのかなって思いました。どんな道かと言うと……時代劇が歩んできた道です。

 私が小さな子どもだった頃は「忍者赤影」とか「忍者部隊月光」とか「鞍馬天狗」とか時代劇系のヒーローはいたし、テレビの時代劇ドラマも、家族揃って見ていました。「水戸黄門」「銭形平次」「暴れん坊将軍」、ああ懐かしい。時代劇が普通に存在していたのです。

 やがて、子ども番組から時代劇系のヒーローは消えてしまいましたが、それでもオトナ向けの時代劇ドラマは、しばらくの間は、隆盛を極めていました。

 私が中高生の頃は、時代劇の黄金時代だったのかもしれません。オトナは、みんな、テレビで時代劇を見ていました。私もオトナになったら、時代劇を見るようになるのかな…なんて思っていたくらいでしたから。。

 やがて、時代劇ドラマの放送数がだんだん減り始めました。私がオトナになる頃は「時代劇ってお年寄りが見るものだね」なんて認識になって、ついに最近、時代劇ドラマの、テレビでのレギュラー放送なんて、NHKの大河ドラマぐらいになってしまいました。その大河ドラマも低視聴率で苦しんでいます。

 実は、時代劇って、今や、オワコンなんだと思います。オワコン…その生命が終わってしまったコンテンツ、って事です。

 アニメも、子ども向けアニメの製作が内容的に停滞し始め、青少年向けのアニメはほとんどなく、細々と続いている深夜アニメには、お客はあまり増えずに、ファンの高齢化が進んでいるわけで、これって、時代劇の後を追うように、オワコンへの道を走っている最中なのではないでしょうか? いや、すでにオワコンなのかもしれません。

 もしかすると、そのうち「アニメって、年寄りが見るモノなんだよなあ…」なんて子どもたちが言うような時代が来るかもしれません。ああ、寂しい。

 そんなオワコンなアニメだけども、「宇宙戦艦ヤマト2199」はぜひ見たいなあ(笑)。昔のアニメの再生産リメイクものだけどね(笑)。

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2012年11月24日 (土)

本来は女王様のはずなのに、ちっともエラそうじゃないんです

 …と言うのは、サクラさんの事です。

 今のサクラは、実は二代目で、2010年の6月に我が家にやってきています。この子は丹頂(たんちょう)という種類の金魚です。白いカラダの頭に赤い丸が付いています。別名「日の丸金魚」とも呼ばれている種類です。ちなみに、先代のサクラはサクラ琉金というピンク色の琉金ちゃんでした。

 サクラは、約2年半ほど、ウチで暮らしています。やってきた時は、とても小さくて、体長もせいぜい3cmぐらいしかありませんでした。それがねえ…今じゃ、こんな感じです。

Img_0293

 一緒に写っているナゴンと比較してみて下さい。ナゴンも決して小さな金魚じゃありません。尾びれを除いたカラダの大きさは、ミシンの糸巻(上糸)ぐらいあります。それと比較しても、半端なく大きいでしょ? 今まで我が家に、たくさんの巨大魚がいましたが、サクラは間違いなく、歴代ナンバーワンの、ビッグ巨大魚(笑)です

 お前は本当に金魚なのか、と尋ねてみたい気分です。

 でも、我が家に来た時は、本当に小さくてかわいかったんですよ。で、元気で、パワフルで、ギャピギャピしていました。

 あの頃の水槽の女王陛下はキッカで、他に、カエデとブニョとサツキがいて、そこにサクラが加わりました。まだ五匹体制の時代の頃の話です。サクラが来た時にいた子はみんな星になってしまい、さらにサクラの後からやって来た、チグサやスズネ、ガグヤ、ジュナ、カンロ、ニシキ、ヒカリ、コハクは、先に星になり、今、サクラと一緒に水槽で泳いでいるのは、最近やってきた、ハナジロ(6月)、ナゴン(9月)、キキョウ(10月)です。そう考えると、サクラは、たかが2年半しかウチにいませんが、ウチの水槽の中では、かなり長生きの方に属する金魚なんでしょうね。

 これだけ長く水槽にいれば、そりゃあ、カラダも大きくなるでしょうね。

 一般的に巨大魚はメタボで長生きしませんが、サクラの場合は、時間をかけて、ゆっくりと成長して、ここまで大きく育ったので、実は見かけほどはメタボではないのかもしれません。一時期、体調が悪かった時期(秋です。金魚はだいたい秋に体調を崩します)もありましたが、最近はすっかり持ち直して、毎日、率先してエサをねだって、若いハナジロやナゴンと、エサ争奪バトルをやってます。

 毎日、元気いっぱいです。

 金魚は生まれて半年で成魚になり、上手に飼えば10年ほどの寿命があります。つまり人間換算で考えると、最初の半年で20歳となり、10年生きた子は長寿と見なして100歳とすると、だいたい半年で4歳、年を取る勘定になります。金魚はだいたい春生まれですから、夏の金魚すくいの小さな子たちは、三カ月前後のまだ子供(小中学生相当でしょう)って言えますね。

 サクラは6月に我が家に来ていますが、とても小さかったので、その時の春に生まれたのだと思います。そこから、我が家で2年半暮らしていますから、人間で言えば、アラフォーぐらいでしょうか? アラフォーなら、そりゃあ、まだまだ元気だよね。

 ちなみに、他の子たちは、ウチに来た時期は違っても、みな、今年の春に生まれた子と思われますので、みんな、人間換算すると、まだ20代前半ぐらいですね。

 それほど年の差があるので、もっとサクラが威張っていてもいいのですが、この子はエサ争奪戦の時以外は、実にオトナシイ、おっとりした子なんです。まあ、エサの時だけは、おばちゃんパワーを炸裂させていますが(爆)。

 そんな感じの我が家の水槽でした。

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2012年11月23日 (金)

フルートには、どれくらいの息を吹き込むと良いのかな?

 まあ、毎度毎度、先生に「息を入れすぎ!」「フルート、吹きすぎ!」と注意されている私だからこそ、一体フルートには、どれくらいの息を吹き込むと良いのかと、いつもいつも考えているわけでございます。

 そんな愚者の戯言かもしれませんが、同じことでお悩みの方も多いでしょうから、この問題について、今現在の私が考えている事を、つらつらと書きつらねてみたいと思います。

 まず、私も含め、アマチュアのフルーティストさんは、概ね、フルートを吹きすぎる傾向があると思います。

 その理由にはおそらく二つあると思います。一つは、単純に『まだカラダがフルーティストのカラダになっていないから』であり、もう一つは『適切な息の量を知らないから』です。
 
 
 最初の『まだカラダがフルーティストのカラダになっていないから』と言うのは、言い換えると、フルートを始めて日が浅いために、フルートを吹くのに必要なだけの筋肉がカラダに備わっておらず、そのため、適正な量の息を吹き込む事ができず、ついつい多めに吹き込んでしまう事を言います。

 フルートはエアリードでして、吹く時に息の抵抗が全くありません。他の吹奏楽器なら、クチビルを振動させたり、木片を振動させたりと、それなりに物質を震わせるため、楽器に息を吹き込む際に、何らかの抵抗があり、そのため、一度にたくさんの息など吹き込めるわけないのですが、フルートの場合、管に開いた穴に息を入れるだけなので、息を吹き込むのに何の抵抗もなく、ついつい一度に息がたくさん入ってしまいます。

 でも、それでは息の入れすぎになってしまいます。ですから、息を一度に入れるのではなく、息が出て行くのをこらえながら、少しずつ適切な量だけ吹き込まないといけないのですが、実はこの行為、体力的に、かなり大変な事です。

 例えば、息を思いっきり吸い込んで、それを短い時間(1~2秒程度)で全部吐き出す事は、おそらく、誰でも苦労なくできるでしょう。しかし、思いっきり吸い込んだ息を「ゆっくりと、30秒間吐き続けてください」と言われたら、結構苦労する人が多いでしょう。下手すると、30秒たつ前に息がなくなってしまう人も多いでしょうし、また息はもっても、酸欠で気分が悪くなってしまう人もいるかもしれません。ましてや、その30秒間息を吐き続けるのを、続けて10回連続して行ってくださいと言われると…私でも、ちょっとイヤです(笑)。

 フルートを演奏するには、スピードをつけた少しの息を、長い時間かけて、細く出し続ける事が必要ですが、そのためには、しっかり息を支えられるカラダが必要です。アマチュア、とりわけ初歩のうちは、フルーティストとしてのカラダができていないため、筋力不足から息を少しずつ出すことが出来ずに、一度にたくさんの息を楽器に吹き込んでしまったり、心肺の訓練が不十分でついつい息が苦しくなって、我慢できずに息を乱暴に吐いてしまったりとか、そういった事になりがちです。

 でも、これらの問題は、練習を繰り返し、経験を重ねていくうちに、フルーティストとしてのカラダもできてきますから、早晩解決されるでしょう。
 
 
 次の『適切な息の量を知らないから』は、言い換えると、お手本とするべき奏者を知らないため…とも言い換えられるかもしれません。

 フルートって、元々独奏楽器ではなく、オーケストラの中の楽器として発達してきた、合奏用の楽器です。ですから、現在でもオーケストラや室内楽や吹奏楽などでの合奏スタイルでの演奏で活躍する楽器であり、フルートの独奏は、フルート演奏の余技っぽい雰囲気があります。(これは、フルートのために作曲された、フルート独奏のレパートリーの少なさからも分かります。)

 実際、アマチュアのフルーティストさんたちって、吹奏楽を始めとする合奏スタイルで、フルートを楽しんでいる事例も多いしね。

 で、合奏スタイルの中でフルートを学んでしまうと、常に他の楽器の脅威にさらされながらフルートを吹くことが身についてしまうわけです。

 この“他の楽器”って奴らが、たいていの音量が大きいわけで、そういう連中と合奏をしていると、しばしば指揮者から「フルート、聞こえないよ」「フルート、もっと頑張って!」などと、あおられながら演奏する事もあるわけで、そうなると、心優しいフルーティストさんたちは、できるだけ指揮者の要望に応えようと、なるべく大きな音で演奏しようとして、いつも息を多めに入れる癖がついてしまうわけです。そして、周りにいる先輩フルートちゃんたちも息を多めに入れて演奏していれば、知らず知らずのうちに、それを見習ってしまうわけで…、普段から、息を多めに入れる演奏スタイルに落ちつくわけです。

 そうなると、息を多めに入れるのが当たり前になってしまい、まさか自分が息を多めに入れて演奏しているという自覚すら持っていなかったりします。ま、それが私の演奏スタイルなんだと割り切るなら、それはそれで良しですが…。

 また、プロ奏者の演奏を身近で見る事ができると…プロはだいたい、アマチュアよりも息を多めに入れて演奏してますが、あれは我々アマチュアとは使用している楽器が違っていて、より多くの息とパワーを受けとめるように作られている楽器を使用していたりするので、あれをそのまま真似ると、息を入れすぎてしまうわけです。

 本当は、身近に同じようなアマチュアの方で、上手な方が入れば、それが参考になるのですが、そういう先輩が身近にいるような幸運な方って…恵まれていると思いますよ。
 
 
 フルートに息を入れすぎると生じる欠点は二つあります。一つは『音程がうわずる事』です。もう一つは『音色が美しくなくなる事』です。

 フルートの頭部管を1cm近くも抜かないと音程が合わない人って…いますよね。かつての私もそうでしたが、そういう人は、フルートに息を入れすぎて、頭部管で発生する音が高くなってしまっているんです。音が高くなってしまったために、その帳尻を合わせるために、頭部管を多めに抜いて演奏するわけです。

 フルートは、組み立て方や演奏スタイルで、または季節や演奏する室温の違いで、頭部管を抜く長さを微妙に変えるものですが、それでもせいぜい5mm前後抜けばいいわけで、そこから極端にたくさん抜かなければ音が合わないと言うのは、やはりどこか間違っているわけです。
 
 
 音色の美しさを言葉で説明するのは難しいですが、あまりに多くの息をフルートに入れると、フルートは割れ気味のウルサイ音になります。フルートは、本来は、細くて軽やかで優しい音色の楽器なんです。太かったり、力強かったりするのは、ちょっと方向が違うのかもしれません。

 まあ、音程にせよ、音色にせよ、まずは自覚する事かな? 自分の音程が少しおかしかったり、自分の音色がイマイチ美しくなかったりするのは、もしかするとフルートを吹き込みすぎているんのかもしれません。もしそうかも?…と思ったら、信用できる人の意見を聞いて、適切な息の量でフルートを吹けるようにするのが良いでしょう。
 
 
 では、一体どれぐらいの息をフルートに吹き込むのが適切なのかと言うと、たぶん『管体がフルートの音自身で振動し、それが、フルートを持っている手に感じられる程度』の息が適量なんじゃないかと思います。

 息が弱すぎて、音が小さすぎると、フルートの管体は振動しません。逆に息が強すぎると、息の勢いに、管体の振動が負けて押さえられて、振動しなくなります。適量の息を吹き込んだ時に、フルートの管体が音程に応じて振動するので、この振動を常に感じながら演奏できれば、決して息を吹き込みすぎることはないだろうと思います。

 まあ、その振動を感じ続けながら吹くのが、難しいのですがね。

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2012年11月22日 (木)

まだまだ声が若い私なんです

 声楽のレッスンの話の続きです。

 曲(マリンコニーア/ Malinconia, Ninfa gentile)の練習に入りました。しかし、月[ほぼ]2回のレッスンだから仕方ないにせよ、もう二カ月も、この歌だけを歌ってます。正直…飽きました(笑)。なにしろレッスンは月2回でも、自宅じゃほぼ毎日歌ってますからね(笑)。そりゃあ、二カ月もこの曲ばかり歌っていたら飽きるって。

 じゃあ歌えるようになったのかと言うと、高音Aをアクートでは出せていないので、そこはアウトですが、それ以外の箇所は、キング先生の時代だったら、OKレベルになってますが…どうもY先生は、合格基準が厳しいらしく、今のところ、最初の2小節すら、ダメダメ判定です。

 キング先生が懐かしいです。彼だったら「高いAはダメだけど、それ以外は、まあいいんじゃない…」って感じで、とっくに次の曲に行けているはずなのですが、Y先生だと、こうも合格基準が違うわけで…まあ、先生によって、その辺りが違うのは当然としても、飽きっぽい私的には、マリンコニーア、辟易してます(笑)。

 どうもY先生は『とりあえず、歌えればいいじゃん』という合格ラインでは無いようなんですね。いや、それどころか、マリンコニーアが歌えるかどうかはあまり眼中になく、マリンコニーアを通して、色々とやらねばならない課題をやっつけてしまおうという感じになってます。

 まあ確かに、Y先生目線でなくても、今の私の歌には、数多くの問題があるわけで、それを、今やっつけるべきか、後でやっつけるべきかというだけの話であって、いずれはやっつけなきゃいけない問題を満載している私なので、Y先生は、それを今やっつけてしまおうとしているだけなんでしょうね。

 つまり、今の私にとって、マリンコニーアは、イタリア歌曲というよりも、練習曲扱いになっています。

 そして、この曲を練習曲として見るならば、これがなかなか良い練習曲なわけです。確かに私の苦手とする事が順番に列をなして待ち構えてます(笑)。ならば私も、この曲を仕上げるという発想は止めて『この曲はエチュードの塊である』という発想に変えて、臨んでいく事にしました。実際、この曲は、二小節ごとに課題満載なんです。だから、二小節ごと、丁寧に仕上げてゆきましょう。どんなに長くかかりそうなエチュードだって、やり続けていれば、いつかは終わります。なので「この1曲で半年かかろうが1年かかろうが、かまやしない!」と思う事にしました。

 ま、それでも、マリンコニーアは、アルテ15課よりは、短期間で仕上がるでしょうし(虐)。
 
 
 ちょっとずつですが、カラダを使って歌えるようになりつつあります。とにかく、一生懸命カラダを使っていきますので、すぐに疲れてしまいます。この曲は二小節ごとに休符が入りますから、二小節歌っては、ちょっとカラダを緩め、また二小節歌ってはカラダを緩め…と無意識にやっておりましたが、まずはそこにダメが出ました。休符ごときでカラダを休ませてはいけません、というわけです。

 と言うのも、休符程度ならば、むしろカラダは緩めないで、そのまま緊張を持続したままの方が、カラダも楽だし、声も良くなる…というのです。やってみました。カラダが楽になる実感はありません…ってか、一瞬でも休まないのは、やっぱりツラいです。

 では、なぜ、たかが二小節歌っただけでカラダが疲れてしまうのかと言うと…それは私のカラダが固まっているからなんだそうです。カラダは固めてしまうと、すぐに疲れてしまうものらしいです。だから、常にカラダを動かし、瞬間も固めてはいけないのだそうです。確かに、直立不動の気をつけ状態で、10分も微動だにせず立っていたら、かなり疲れますが、とりあえずフラフラブラブラしながら、そこらを歩き回っているならば、10分くらい座らなくても平気の平左ですよね。それと同じことなのかもしれません。

 先生はよく「動きが止まると音が死ぬ」とおっしゃいます。歌っている時は、常に腹筋が動いていないといけないのだそうです。動かしながら支えるわけです。ところが私は腹筋をガッチリ固めて締めた状態で声を支えているので、疲れるようなのです。とにかく、腹筋は常に動きながら声を支えないといけないのです。そこはモード2なんですよ。腹筋は常に円運動で動いていないとダメなんですね。
 
 
 高音Aには未だに苦労しております。先生がおっしゃるには、私が高音を出せないのは『歌い過ぎ』が原因だそうです。この場合の『歌い過ぎ』とは『ノドを鳴らし過ぎ』という程度の意味です。もっと小さな声で、もっとノドを鳴らさずに歌えば、高音が楽に出るはず…ってか、確かに出ます。でも、そんな小さな声で、ノドも鳴らさずに出した声など、貧弱すぎて使い物にならない…と言うと、その貧弱な声が、現在の私の本当の声なんだそうです。

 今の私は“ノドを鳴らす事”に特化した歌い方をしているのだそうです。でも、それだけ。支えも無ければ、響きも無く、ただただノドだけの歌なんだそうです。ノドで歌うと、迫力は付くし、感情表現もやりやすいけれど、反面、高い音も低い音も出なくなるし、声帯を壊す恐れもあるのだそうです。それにだいたい、薄っぺらな歌い方だし…。

 実は歌手には“声帯年齢”と言うのがあるのだそうです。これは“声の若さ”とか“声の円熟”などと言い換えて考えると分かりやすいと思います。

 ヒトの声は、歌えば歌うほど、太く力強くなっていくし、音量も増え、響きも付いてよく鳴るようになって、いわゆる“声楽的歌声”になっていくのだそうです。つまり、声は成長する、って事です。そこが楽器と声の違いで、フルートは買ってきた時からフルートの音がしますが、声は声楽を始めたばかりの段階では、クラシカルな歌声で歌う事は、まず無理なんです。

 そこで多くの声楽学習者が間違えてしまうわけです。何を間違えるのかと言うと、ついつい、プロの歌を聞いて真似る事、なんだそうです。

 プロの歌を真似ると言うのは、本来、発声的に絶対にやってはいけない事なんだそうです。と言うのも、プロ歌手、それも成功して、CDなどを吹き込んでいるような歌手は、たとえ実年齢が若くても、声帯年齢はそれなりになっているので、だから、ああいう声で歌えるのだそうです。一方、初歩の声楽学習者は、実年齢はいくつであれ、まだまだ声も声帯も若いので、そんな人がプロ歌手の真似をすれば、ノドを壊してしまうのは、ある意味、当たり前なのです。

 例えば、平凡な小学生が、大学の山岳部の人と同じような装備で同じような感覚で、冬山に登ったら、大変な目に合うのは当たり前だし、下手すると遭難して死んじゃうわけで、そんな危険な事は絶対にしちゃいけないわけです。

 プロ歌手の真似をして歌うと言うのは、それに近い事のようです。「私は、ドミンゴやマリオ・デル・モナコに憧れて、彼らを真似するように…」と言いかけたら「それは一番いけないパターンですね」とバッサリでした。
 
 
 私の実年齢はオッサンです。いや、そろそろジーサンかな。孫がいても不思議じゃない年齢だしね(笑)。でも、声帯年齢は、まだまだ実に若いのだそうです。ま、確かに、私の声は、話し声のレベルでも、かなり若いね、これは自分でも認めます。実に貫祿のない声をしているもの(涙)。こんな若い声なんだから、その声帯年齢に応じた発声をし、その発声にふさわしい曲を歌っていかないといけないのだそうです。

 …そうでないと、歌は上達しないし、下手すると声が壊れてしまうのだそうです。
 
 
 私の声は、どうやらアンバランスに訓練されてしまったようです。本来は、ノドだけでなく、支えや響きも同時に鍛えていかないといけないのに、ノドばかり鍛えられ、ノドばかりで歌うようになっているので、底の浅い“オペラ声”モドキで歌っている状態なんですね。これは、私だけでなく、妻にも同じような傾向が見られるそうです。

 なので、まずは、そのアンバランスを直すところから始めないといけないし、一番弱いところに合わせて発声をしていかないとバランスが取れないのです。

 で、私の弱い支えや足りない響きに合わせて発声すると、かなり小さな貧弱な声になってしまうのも、仕方ないのだそうです。その代わり、その貧弱な声だと、色々とバランスが取れているので、高音も無理なく出るし、音程だって実に良いのだそうです。

 つまり私はノド歌いなので、高音も出なければ、音程も悪いし、すぐに疲れてしまう…というわけなんですよ。大切なのは、声を形作るそれぞれの要素がバランスとれている事です。
 
 
 とにかく今は、カラダをしっかり使って、声を支えられるようにする事。アゴや軟口蓋を動かせるようにし、しっかりと口腔内で響きを作れるようにする事。まずはここからなんだそうです。それらを訓練するためのエチュードが『マリンコニーア』だと言うわけなんですね。

 高音Aは、楽に歌えば出るはずなので、楽に歌うこと。そのためには、まず高音Aを意識せずに歌える事がポイントです。ところが、今の私は、高音Aに近づくと、無意識でカラダが固まってしまい、力が入ってしまうので、結果として、歌えないのだそうです。まあ、確かにそういう部分はあるかも。“道を歩いていて、水たまりをぴょんと飛び越えるような感じ”で歌うと高音Aも楽に歌えるはずなんですが…それがなかなか難しいです。力は入れるのは簡単ですが、抜くのは難しいのですよ。

 力を抜くには、まずはカラダを固めない事。カラダの欲求に応じて、自然にカラダを動かす事が大切だそうです。動きながら、踊りながら、歌うといいそうですが、それはなかなか難しいです。

 そうそう、「プロの歌を参考に聞くなら、なるべく軽い声の歌手の歌を聞いてください」と言われました。具体的には、五郎部俊朗さんのような声の歌手の歌を聞くといいと言われましたが同時に「それでも真似しちゃダメですよ。あの声は、簡単に出せるものではありませんからね」と釘も刺されました。

 大丈夫、私、そんな立派な声帯など持っていない事は、自覚してますから(笑)。

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2012年11月21日 (水)

コンプレックスが強みに変わる…かも

 声楽のレッスンに行ってきました

 今回のレッスンは、実は、変則的な日程でやっていただきました。とにかく、Y先生、忙しすぎ(笑)。先生、ただ今、ツアー中でして、北関東&東北地方を某オペラ・カンパニーのメンバーとして廻っている最中なんだそうですが、そのツアー中の休養日に、こちらに戻ってきて、レッスンをしているわけで…ほんと、先生、タフだわ。

 それにしても、先生の話を伺っていると、呼び屋さんの仕事って大変なんだなあって思いました(先生は、もちろん、呼ばれる立場ですが)。それと、地方巡業って、動くお金の額が大きい大きい。私の年収程度のお金が一晩で動くんだよぉ。すげえなあ。我々、堅気の庶民の金銭感覚をぶっとばすような仕事を、先生は日々しているわけで、ちょっと憧れちゃいました。

 あと、地方って、大変だなあって思いました。だって、首都圏なら、歌手を呼んだとしても、ギャラと交通費程度(と言っても、これが結構高額なんだな)で済みますが、地方だと、交通費が跳ね上がるし、宿泊費も必要になるし、当然接待だって必要になるわけで、あっと言う間にウン百万円単位で経費がバンバン増えるわけで…音楽ビジネスの世界は、やっぱ派手だわ。

 そんなプロ音楽家の世界の話を聞いたところで、地味に発声練習をしました(笑)。
 
 
 まずはハミングです。とにかく、響きが下過ぎると注意されました。あと、ノドを鳴らそうという意識が強過ぎるとも言われました。軽い声で、響きを高く(頭蓋の中で鳴る感じ)してハミングをします。音が低くなっても、響きは高いままで出します。だからハミングで低い音を出すのは、本来は大変なはずだと言われました。私なんかは、低い方が楽だし、高いところは苦労してハミングしてますが、それはハミングのやり方が違うって事のようです。

 とにかく、ハミングは響きをつかむのに良い練習なので、たくさんやらないといけません。

 ハミングで響きを捕まえたら、そこからマ行音で発声練習です。「マメマメマメ~」って感じね。その時、子音の音程をしっかりと高くしておく事が大切です。子音の音程が響きの音程につながっていくからです。
 
 
 響きを高くする…具体的には軟口蓋を上げる事で達成するのですが、その時、一緒に舌根まで上げてしまってはいけないのです。軟口蓋は上へ、舌根は下へ、が理想ですね。で、この状態がいわゆる「あくび」のノド(あるいは「嘔吐のノド」)となるわけです。とにかく、太くて広い声を出さないといけません。

 私は舌根の上げ下げをする感覚はあるのですが、軟口蓋を上げ下げする感覚って、実は無いんです。なので、これから軟口蓋を自由に上げ下げできるように、訓練をしないといけません。やり方は簡単で…鏡を見ながら練習すればOK。つまり、軟口蓋が上がった時の感覚と下がっている時の感覚の違いを覚え、自由に使いこなせるようになればいいのです。「耳を動かすのと同じです」と言われました。ううむ、耳も動かない私です。
 
 
 それと、話し声を再び注意されました。以前から、響きのポジションを高くして話すように言われ、一時は熱心にやりましたが、いつのまにかやらなくなってしまいました(ダメだね)ので、そこを再び注意されました。

 「歌っている時間は短いけれど、しゃべっている時間は圧倒的に長いのだから、しゃべっている時間を利用して発声の練習をしないと、歌う時だけでは全然足りないですよ」

 私のしゃべり方は、実に楽にしゃべっているそうです。あまりに楽にしゃべりすぎているので、カラダをほとんど使っていません。しゃべる時にカラダを使わないので、歌の時も、その楽なまま歌おうとして、カラダをほとんど使わずに歌ってしまおうとしているので、まずはしゃべる時にカラダを使うようにしましょうと言われました。

 それでまずは、しゃべる時の姿勢をシャキンとするところから始める事にしました。姿勢をシャキンとすれば、その姿勢を保つだけで、腹筋背筋を使うわけで、まず最初はそれだけでも、かなり改善されるのではないかという事です。

 それと同時に、声を胸に落とさずに話すようにすると、なお良いそうです。

 私は若い時、声が甲高いのがコンプレックスでした。男性らしい低い声になりたいと思い、色々と試行錯誤した結果、話し声を胸に落として、声に低い響きを付けてしゃべる習慣を身に付けました。これをすると、私の甲高い声も、いくぶん低く聞こえるわけです。

 でも、これは当然、不自然な発声方法だし、今は高い響きの声が欲しいで、声を胸に落とす話し方は止める事にして、本来の自然な声(甲高い声)で話すようにしましょうって事になりました。

 とは言え、たとえ不自然なしゃべり方であっても、声を胸に落とす話し方で30年以上も話しているので、なかなか響きを高くしてしゃべる事ができません。

 「せっかく、高い響きの声を持っているのだから、それを使わないのはもったいないです」

 そうですね、もったいないかもしれません。でも、長年、コンプレックスだった甲高い声が、歌を歌う今となった時に、自分の強みになるのかもしれないと思ったら、それはそれで、ちょっとばかり愉快で不思議な気分です。

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2012年11月20日 (火)

高価なフルートは、本当に良いフルートなのか?

 一般的に『高価なモノは安価なモノよりも、良いモノ』と思われがちですが、それがフルートという楽器でも当てはまるものかどうか、ちょっと考えてみたいと思います。

 まず“良いモノ”の定義を決めましょう。この場合のフルートは楽器だから“良いモノ=良い楽器=良いフルート”と言う事でOKでしょう。

 さて、それでは“良いフルート”の定義とは何でしょうか? 私的には『正しい音程』『美しい音色』『安定した操作性』と言った特徴を“同時に兼ね備えているフルート”が“良いフルート”じゃないかと思います。
 
 
 まず『正しい音程』ですが、確かに外国製のフルートの中には、音程がデタラメなものが少なからずあります。まあ、それらは正確に言えば“フルート”と言うよりも“フルートのカタチをしたオモチャ”なんだと思います。

 日本の主要フルートメーカーのフルートならば、最安価なフルートでも音程はちゃんとしています。もしも、それらのフルートを吹いてみて「音程が正しくない?」と感じられたなら、それは組み立て方やチューニングのやり方が間違っているのか、フルート奏法が間違っているために、正しい音程が得られないと思うべきです。つまり、日本製のフルートを選択している限り『正しい音程』と言った条件は、簡単に満たされます。

 『美しい音色』は…難しいですね。何を以て“美しい音色”というべきかは、本当に難しいと思います。音楽ジャンルの違いや個人の嗜好によっても“美しさ”の定義は異なるでしょう。それでもあえて「美しいフルートの音とは何か?」と考えるなら、それは「万人が心の中に描く美しいフルートの音に、限りなく近い音色の音」が“美しい音色”と言えるでしょうね。

 私たちが持っている“美しいフルートの音”のイメージは、多くの場合、私たちが人生のどこかで聞いた、プロ奏者のフルート演奏の音でしょう。そして大抵の場合、プロ奏者は、あまり安価な楽器は使いませんから『(プロが使うような)高価なフルートは、美しい音色のフルート』と言えそうな気がします。

 しかし、実はプロ奏者って、安価なフルートからも美しい音色を引き出せるのです。これは多くのフルート学習者が、自分のフルートを先生に吹いてもらって「自分の楽器から、こんな美しい音が出るのか!」とビックリする事からも分かります。

 つまり、プロ奏者の演奏するフルートの音色が美しいのは、良いフルートを使っているからというよりも、奏者自身がフルートを美しく鳴らす事ができるからではないしょうか? もしもそうならば、高価な楽器が美しい音色を持った楽器とは言い切れなくなります。それどころか、安価な楽器だって、演奏者によって、美しい音色を奏でるわけで、結果として『フルートの音色の美しさとは、フルート自体ではなく、フルート奏者に依存する』とさえ言えます。さらに、同じフルートであっても、奏者によって、その音色が変わるという事実も、またフルートの音色は、楽器よりも奏者の方により多く依存すると言える根拠になります。

 ならば“高価なフルートは良いフルートである”とは、音色の点から言えなくなります。(ただし“美しい”かどうかは別として、フルートはその値段によって、音の傾向が違う事は否定できません。高価なフルートの音色の傾向を美しいと感じる人には、高価なフルートは良いフルートと言えるでしょう。ただし、どんなに高価なフルートであっても、そのフルートを美しく鳴らす事が出来なければ、意味はないので、やはりフルートの音色は[そのフルートを美しく鳴らせる]奏者次第と言えるでしょう。)

 『安定した操作性』に関しては、安価なフルートよりも高価なフルートの方が優れていると言えるでしょう。これは単純にフルートの道具としての工作精度によるもので、高価なフルートの方が、色々と丁寧に作られていますから、操作性に関しては、優れていると言えます。

 しかしこれは『安価なフルートは、操作性が悪い』という意味ではなく、比較すると『高価なフルートの方が、安価なフルートよりも、幾分操作性が良い』というだけの話で、安価なフルートだからダメという意味ではありません。むしろ、楽器の値段よりも、調整がきちんとなされているかどうかの方が、操作性に影響があったりします。

 ここまで“高価なフルート=良い楽器”という点について考えてみましたが、高価なフルートは、確かに良いフルートだろうけれど、安価なフルートも、十分良いフルートである事が分かりました。つまり、フルートに関しては“値段の違い”と“フルートとしての善し悪し”は、あまり関係ないと言えるのかもしれません。
 
 
 だいたい、高価なフルートの高価な理由って…その『仕様』『材料』『製法&製造者』の違いから来るわけで、フルートとしての善し悪しや出来の違いが、価格に直接かかわっているわけではありません。

 『仕様』と言うのは、オプションの有る無しの話で、C足部管かH足部管か、Eメカの有無とか、トーンホールを引き上げて作ったかハンダ付けで作ったかとか、リッププレートに彫刻が入っているとかいないとか、そういう話。これはフルートの価格に直接反映しますが、フルートの善し悪しとか関係しません。

 『材料』と言うのは、安価な洋銀を材料として使っているか、金・銀・プラチナなどの貴金属を材料として使っているかの違い。つまり単純に“材料費の違い”というわけです。そりゃあ、材料が違えば、お値段が違うのは、当たり前です。

 『製法&製造者』とは、一人の熟練職人が丹念に作り上げたフルートなのか、それとも、工場で労働者たちが作業を分担しながら作ったフルートなのかの違いであって、人件費的に、一人の熟練職人が手間ヒマかけて丹念に作り上げたフルートの方が、高価になってしまうのは仕方ありません。

 フルートとしての品質という点で見れば、熟練職人が作ったフルートの方が、工場生産品よりも良いフルートになるだろうと言えます(でなければ、熟練職人の出番がありません)。しかし、日系企業の工場製品のレベルの高さを軽視してはいけません。熟練職人のモノほどではないにせよ、工場製品のフルートだって、十分良いフルートと言えるでしょう。いやむしろ、熟練職人さんの作ったフルートは、オーバークオリティなのかもしれませんよ。

 結局、高価なフルートの高価な理由は、ある程度は分かったけれど、だからと言って、高価なフルートだけが良いフルートというわけではない事も改めて確認できました。
 
 
 初心者にありがちな「上手く吹けないから良いフルート(高価なフルート)に買い換える」と言うのも、このような観点から見れば、あまり意味がないような気がします。安価な(だけれど良い)フルートが吹きこなせないならば、高価な(当然良い)フルートも同じ程度にしか吹きこなせないでしょう。いや、高価なフルートは安価なフルートとは材質が違うし、吹奏感がより重くチューンされている事が多いので、かえって「初心者ほど高価なフルートは吹きこなせないかも…」と言えるかもしれません。

 では、値段によって、フルートの善し悪しが決まらないならば、何によって楽器の善し悪しが決まるのでしょう?

 これは私の個人的な意見ですが、自分が吹いているフルートが“自分のお気に入り”または“愛すべきマイフルート”であるならば、それは“良いフルート”なんだと思います。逆に、なんか吹いていて不満や違和感を感じるフルートは“悪いフルート”なんだと思います。つまり、良いフルートかどうかは、フルート自体の違いによるのではなく、奏者側の気持ち一つで、フルートなんて、良くも悪くもなる…とまあ、そんなところが私の結論です。

 こんな結論で、どうでしょうか?

 …とは言え、やはりヒトの欲としては、高価なフルートを所有してみたいというのは、私にもあるわけだし、安価なフルートにも良いフルートはあるのは重々承知の上で、、やはりお財布に余裕があるオトナなら、バンバン高価なフルートを買っちゃって、日本経済を活性化した方が、個人も国家も幸せになれるわけです。そういう側面も無視できないのが、現実ですね。

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2012年11月19日 (月)

ゴダイゴのコンサートに行ってきました

 私は、ライトなコンサートゴーアーです。ま、住んでいるのが湘南なので、東京在住の方々とは違って、平日夜のコンサートは無理だし、いくら休日と言っても、そんなに遠出は出来ませんから、気持ちは熱心でも、行動はライトにならざるをえません。もしも私が東京在住で、お財布にも余裕があったら、きっと毎日コンサートホールをハシゴしているに違いないです(笑)。

 なので、ここに報告しているコンサート記事は、その中でも特に面白かったり、記憶にとどめておきたいと思ったもので、私が出かけたコンサートのすべてを書いているわけじゃないです。特に、ここはクラシック系の色彩が強いので、ポピュラー系のコンサートに行った事は書いていなかったりするわけですが、それでも書かずにはいられないのが、今回のゴダイゴのコンサートでございます。

 いやあ、私、ゴダイゴ、メッチャ、好きやねん。だいたい、リアルタイム世代のファンだし(笑)。1970年代に、ザ・ベストテンのチャートの上位を独占していたのも知っているし『アワ・ディケード』以降のアルバムは、発売日に購入しているし、そういう“ごく普通の”ゴダイゴファンな私でございます。

 でも、実は私、ゴダイゴのコンサートには、一度も行った事がなかったりします。と言うのも…

 1)昔はアイドルグループだったので、チケットの入手が難しかったから。
 2)ロックコンサート特有の大音量が苦手だったから。
 3)再結成後は、私自身がクラシック系にシフトしたので、他に優先するべきコンサートがあったから。
 4)年齢&体力的に、スタンディングは厳しいから。
 5)タケとミッキーの見分けが付かなくなったから。
 6)竹越の方が、タケよりタケっぽいから。
 7)『フラワー』の収録曲が好きなのに、絶対にやってくれないから(涙)。

 と言う訳で、ゴダイゴのコンサートには行かなかった私ですが、私のスケジュールのスキマに、ウチの近所でコンサートをやるという情報を入手し、妻が速攻でチケットをゲットしてくれたので、いそいそと病み上がりにも関わらず、大雨の中(笑)、ゴダイゴのコンサートに出かけたわけです。

 セットリストなどは、こちらの方のブログに詳しく載っていますので、興味のある方はどうぞ。

 私は、音量の大きさとスタンディングを恐れて、二階席に行きましたが、正解でした。今回、PAのスピーカーは舞台上に設置されたものだけだったので、二階席は、一階席ほど音量が大きくなく、私にも聞きやすい音量でしたし、一階席は、最初こそ大人しかったけれど、ふと気がつくと、スタンディングになって、皆で歌い踊ってましたが、二階席は、一部の人以外は、座ったまま、ノリノリで楽しんでいましたから。

 『ビューティフル・ネーム』の歌合戦は、私は、竹越・スティーブチームに入って、勝ちましたよ(笑)。

 音楽鑑賞という観点で言えば、コンサートよりも、ライブDVDを自宅で楽しんだ方が、数倍、音もいいし、メンバーをアップで見れるけれど、やっぱりライブにはライブにしかない、オーラってのものがあって、それはそれでいいですね。『イエロー・センター・ライン』でタケが音を外しても『威風堂々』でホーンズが引っくり返っても、それらは愛嬌ですって(笑)

 コンサートは、とても良かったです。すごく楽しめました。また来年も行こうかな? でも、次は渋谷公会堂だろうし、やっぱり、大音量&スタンディングはイヤだしなあ…ちょっと考えてしまいます。

 コンサート後に、トミーと浅野氏のサイン会があったけれど、スゴい列だったので、パスしました。なんか、お姉様方の列にオッサンが並ぶのも、どうかと思ったしね。

 でもね、ゴダイゴのファンって、メインの客層は、私の姉さんぐらいの方々が中心だけれど、この人たちが、すごぶるパワフルだよねえ。あと、意外なほどオッサンファンが多いのも驚き。やっぱ、アイドルとは言っても、ロックバンドだからね(私を含めて)男性ファンも多くて、ちょっと安心しました。まあ、女性客に囲まれての観劇は、オペラやミュージカルで慣れているので、私は平気だけれどね。

 それにしても、座間のホールは、とても良いホールでした。でも、さすがに二階は遠いね。次にこのホールの二階に行く時は、忘れずにオペラグラスを持参しなきゃ。そうそう、このホールで、錦織健のコンサートが近いうちにあるらしいので、聞きに行っちゃうかな?

 最後に、ゴダイゴをよく知らない人のために、YouTUBEを貼っておきます。ゴダイゴと言うと、どうしても『ガンダーラ』とか『銀河鉄道999』とか『ビューティフル・ネーム』などのスタンダード曲になってしまいがちなので、ここは当日のコンサートでもアンコールでやった、エルガー作曲の「威風堂々」をロックでカバーしたモノを貼っておきます。これ、人気絶頂期に行われた、中国公演ですよ、確か、中国で始めて行われたロックコンサートだったんじゃなかったかな? 

 しかし、やっぱり、この曲はいい曲だと思います。この曲を聞くと、ゴダイゴって、ただのアイドルグループじゃなかったんだなって思います。この曲をコンサートの最後に演奏されちゃうと、もうお腹いっぱいになってしまって、素直な気持ちで家に帰れると言うものです。

P.S. なぜかウチには、ゴダイゴの15周年記念ボックスセットが、2セットあります(笑)。

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2012年11月18日 (日)

皆様はお元気でしょうか?

 今週のダイエット記録はございません。と言うのも、実は今週は、私、風邪をひいて、寝込んでいたので、ロクに体重測定をしていないのですよ。

 と言うわけで、今週のエッセイは、風邪に関して書きます。

 皆さん、風邪をお召しになってらっしゃらないでしょうか? 私も風邪をひきましたが、私の周囲を見ても、風邪ひきさん、多いですね。今年は秋が短かったため、気温の下落が激しくて、それでついつい体調を壊してしまう人も多く、風邪ひきさんの大量発生となったそうです。

 私の場合は…疲労と睡眠不足が原因かな?

 吹奏楽部のアンサンブルコンテスト(記事を書いたのにアップするタイミングを失って、すでに廃棄処理済み:涙)前後から、疲労を溜め込みだしまして、それ以降も仕事が忙しく、毎日の睡眠時間が4時間前後という日々が二週間ほど続きました。私は、秋のアレルギーとは本来無縁な人なんですが、今年は秋のアレルギーっぽい症状も出て「だいぶ、体調が弱っているなあ…」と自覚しておりました。それでも、根性を出しながら「病は気から」と気丈に頑張っておりましたが…。

 そんな体調不良の中、先日、ナタリー・デセイのコンサートで東京に出かけ、どうやら、東京で新種のウィルスに冒されてしまったようです。新種のウィルスと言っても、おそらく東京ではありふれた、しかし、私の地元じゃ見かけないウィルス、って程度の話ですが(笑)。つまり『都会の風邪ウィルスにやられた』って事です。

 症状は、発熱。悪寒。呼吸困難。声帯の腫れが少々。鼻水少々。咳少々。こんな感じです。これ、実は地元で流行っている風邪とは、症状がかなり違います。

 今現在、湘南地方で流行っている風邪は、熱はそれほど上がらないけれど、ノドがかなり腫れ、声が出づらくなる風邪が流行ってます。なので皆さん、マスク着用で、咳をゴホゴホとし、声もダミ声になりながらも、頑張ってらっしゃいます。そういう地元の風邪と、私がひいた風邪は、だいぶ違いました。

 コンサートの翌日は、仕事に行ったのですが、その日の午後には発症し、悪寒に苦しんでおりました。いやあ、寒さと暑さを同時に感じたら、カラダを温めたらいいのか、冷やしたらいいのか、分からなくなります。とにかく、寒いのに汗がダラダラ垂れてくる始末で、さらに、熱のせいで、頭が何も回転しなくなり、思考能力が極端に落ちました。モノを考えようとしても、何も考えられない。いわゆる知的作業って奴が、全然できなくなりました。私、これでもホワイトカラーって奴ですから、頭が回らないと、仕事にならないのよねえ…。

 その日は、とりあえず定時に上がり「病は気から。きっと秋のアレルギーの症状が激しいのだろう…」と思い込んで、病を吹き飛ばそうとしました。家に帰って、音楽の練習をしても…フルートはともかく、声楽の方は、歌うと違和感バリバリでした。結局、ダルくて、シンドくて、練習もソコソコに、横になったら、起き上がれなくなりました。

 そこから二日間寝込みました。ま、脳味噌が働かない人間なんて、仕事に行っても、邪魔なだけですし、下手に熱のせいで、判断を間違えるエラいことになるので、こういう時は、素直に自分が役立たずの木偶の坊状態であることを認め、宣言し、家でおとなしく養生しているに限ります。

 で、食事とトイレの時だけ起き上がって(食欲は普通にありました)、着替えて(とにかく発汗がすごかったんです)、チョコチョコとブログをチェックして、また寝る…という生活をしました。

 服は着替えれば済みますが、汗まみれの枕だけはどうにもできなくて、濡れた枕で寝るなんて、風邪ひいて、気分が投げやりだったからできたものの、普段なら「うへーっ!」って思って、絶対に寝られません。

 とにかく、発熱がひどく、元気が無くなってしまって、妻は病院に行けとうるさかったのですが、病院に行く元気もなく、ひたすら寝込んでおりました。…しかし、病院ってのは、元気がある時じゃないと行けないねえ…。本当に調子が悪い時には、病院に行くことすら出来ません。なんか、矛盾を感じます。かと言って、かかりつけの病院へタクシーでいくのもおおげさだし、ましてや救急車などは呼ぶ勇気もも無いし、とりあえず「元気になったら病院に行く」と言って、ずっと寝てました。

 私があんまり元気がなかったので、妻は今流行りの「マイコプラズマ肺炎」じゃないかと心配してました。

 とにかく、ひたすら寝てました。あと、水分を欠かさずに摂取する事。ビタミンBとCを大量摂取する。こんな感じでツライ二日間をやり過ごしていました。。

 風邪の治療と言っても、病院に行けず、薬物には頼れないので、ひたすら“自然治癒力”に頼っておりました。まあ、風邪に特効薬はなく「風邪は三日安静にすれば直る」と言う言い伝え(都志伝説?)を心の支えに、睡眠を治療の柱として、水分とビタミンを切らさないようにしておりました。

 しかし、体調が悪い時って、いくらでも寝れるもんだね(笑)。

 寝込んで二日目の夜には、だいぶ頭も回るようになり「そう言えば…」というわけで、ようやく、我が家の薬箱にどんな薬が入っているのかを思い出して、今更のように、総合感冒薬と気管支拡張剤、痰切り剤、炎症消炎剤を飲んで、残った症状を押さえて、三日目には、熱もだいぶ下がったので、フラフラになりながらも、職場復帰を果たしました。いやあ、二日間出勤しなかったツケは大きかったです。

 そんなわけで、結局、病院に行かずに風邪(?)を治しちゃいました。はは、たぶん、風邪…だったんだよね。

 まあ、今回のようなケースを、良い子の皆さんは真似しちゃダメよ。

 もしかすると大病なのかもしれないのに、それを素人判断で軽く考えて、取り返しのつかない大変な事になったり、こじらした挙句、余病を併発することだってあるわけだから、本当は、元気が無くなっても、無くなった元気を振り絞って、病院に行って、先生の診断を仰ぎ、薬局の薬をもらってくる事が大切です。自然治癒力で、すべての病気が治るのなら、現代医学なんて進歩も発展もしなかったはずなんだからね。

 とりあえず、元気になりました…という報告です。皆様も、お体にはお気をつけてください。インフルエンザも流行っているみたいですよ(私は予防注射をしているので、たぶん、大丈夫…なはずです:笑)。

 実はまだ、ノドはちょっとだけ痛いです。

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2012年11月17日 (土)

ハナジロを紹介します

 今週、写真入りで紹介するのは、ハナジロです。ハナジロは、素赤オランダ獅子頭です。我が家に来たばかりの時は、鼻の頭が白かったので、ハナジロと命名しましたが、今はその白かったところも、すっかり体色と同じになってしまい、何の特徴もない、ただの赤い金魚になってしまいました。

 体型はズドンとしてますし、尾も短いし、特別な特徴も無いし、ただただ図体がデカイだけの金魚になってしまいました。サクラには負けてますが、この子もすでに、巨大魚になってしまっています。ちなみに、大きさは、尾を入れずに胴体だけで、私の握り拳ぐらいあります(笑)。デカイね。

 今日も懸命にサクラと張り合いながら生きてますよ(笑)。

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2012年11月16日 (金)

ナタリー・デセイの生歌を聞いてきた!

 そうなんですよ、標題の通りなんです。世界の現役トップクラスのディーヴァの生歌を聞いてきたんです。

 場所は、サントリーホール。ワレリー・ゲルギエフ(スター指揮者ですね)がマリインスキー歌劇場管弦楽団を引き連れて、現在、日本ツアーをしているのですが、そのツアーの中で、たった一日だけ、なぜかナタリー・デセイをゲストに迎えて、ドニゼッティ作曲の「ランメルモールのルチア」の演奏会形式でのオペラ上演をやったんですよ。それを聞きに行ったわけです。

 なんかもう、色々な意味で、すごかったですよ。

 サントリーホールにCD屋さんがやってきて、お土産として、色々なCDを売っていたわけですが、私も当日の土産として、1枚CDを買ったわけです、それがこれなんですが、この日の出演者と、このCDの出演者がほとんど同じでした。つまり、ゲルギエフは、このCDの録音メンバーを連れて、日本ツアーに来ていたわけです。

 ちなみに、当日の出演者は…と言うと、

 ナタリー・デセイ(ルチア:ソプラノ)
 ウラジスラフ・スリムスキー(エンリーコ:バリトン)
 エフゲニー・アキーモフ(エドガルド:テノール)
 ディミトリー・ヴォロバエフ(アルトォーロ:テノール)
 イリア・バンニク(ライモンド:バス)
 ジャンナ・ドムブロスカヤ(アリーサ:メゾソプラノ)
 水口聡(ノルマンノ:テノール)
 サッシャ・レッカート(グラス・ハーモニカ)

 このうち、CDと違うのは、エドガルド役と、ノルマンノ役の二役だけ。ちなみに、CDでエドガルドを歌ったのは、ピョートル・ベチャワですが、この人もスターオペラ歌手の一人ですから、実は最初からツアーに参加予定はなく、このツアーでは、ベチャワの代わりに、CDでノルマンノを歌ったセルゲイ・スコロホドフが参加する事になっていたのですが、チケット販売後に本人の都合で来日不可となり、セルゲイ・セミシュクールにキャスト変更になっていたのですが、そのセミシュクールも来日直前に出演しない事になり、エフゲニー・アキーモフに変更になりました。

 主役テノールを二度も変更するなんて…彼ら、よっぽど日本に来たくないんだなあ。最近、そういうケースが多すぎて「ああ、またか…」と慣れてしまった自分に驚きます。ロシア人って、放射能汚染に過敏って聞くけど、広大な国土をもつロシアから見れば、トーキョーなんてフクシマのすぐ隣という感覚なんだろうね。しかし、原発事故以来、外タレさんの来日がめっきり減ってしまって悲しいなあ…。

 私はバルコニー席に陣取りました。ちなみに、反対側のバルコニーには、小泉元首相が来ていたらしく、そんな有名人の側じゃあ無用な緊張をしちゃうので、反対側で良かったです(笑)。

 サントリーホールって実に大きなホールですね。声楽関係のコンサートに来るたびに、そう思います。ここで歌うのは、歌手にとって、かなり厳しいと思います。ホールそのものが大きい上に、残響があり過ぎて、声の弱い歌手にとっては、自分の歌声が他の演奏音の残響でかき消されると言うオマケ付きでしょ。いやあ、ツライツライ。私はバルコニーなんて言う、舞台に比較的近い席に座っていたにも関わらず、思わず、耳に手を当てないと、全然歌声の聞こえない歌手(誰とは書きません)もいて「うわー、ここはホント、歌手にはキツイなあ」って思ったものです。

 でも、主役のデセイはスゴい。デセイって、小さな人なんですよ。背も小さければ、カラダも普通の女優さん並に細身。それなのに、歌声は、なみいるデブ歌手よりも、遥かによく通るんですよ。サントリーホールの条件の悪さなんて、全然問題にしないんですよ。さすがに、メトロポリタン歌劇場(ここも歌手には厳しい劇場という評判です)で主役を張るだけの事はあります。

 あと、デセイは写真写りが悪い人だなあって思いました。リアルなデセイは、年は取っているけれど(だってアラフィフだもん)、実に美人だと思いました。アップはともかく、遠目なら、実にうっとりする容姿の持ち主でした。

 で、肝心のデセイの歌でしたが…もう感涙モノでした。素晴らしいですね。彼女がアリアを歌うと、観客席から割れんばかりの拍手が来るのはもちろんですが、合唱団(特に女声)からも拍手がたくさんありました。自分たちもあのアリアを歌うのでしょうから、デセイのすごさが身にしみるんでしょうね。どこもかしこも危なげなく、しかし感情を込めて歌いあげます。さらに、随所に、まるで演歌歌手がコブシを廻すように、チョロッチョロッと小さなカデンツァを入れてきます、それも元の音符よりも高い音をはさんで来るんです。その名人芸にはシャッポを脱がざるを得ません。

 しかし、この人、高い声は一体どこまで出るんでしょうね? どんなに高い声も楽々出しているように聞こえます(本当はそんな事ないでしょうが…)。

 狂乱の場は、グラスハーモニカが助奏として付きました。この助奏は、元々のドニゼッティの筆によるものではなく、後世の指揮者が書き加えたもので、元々のオリジナルでは助奏無しのソプラノ独唱だという説が、ネットにはよく転がっていますが、今回のプログラムの解説によると、ドニゼッティの初稿にはグラスハーモニカの助奏が書かれていたが、初演を前に奏者とトラブルがあって、現在のフルートの助奏に変わったのだと書かれていました。どちらが本当なのでしょうか? とにかく、今回の演奏では、CD同様に、グラスハーモニカの助奏付きで歌われました。

 で、そのグラスハーモニカの助奏ですが…楽器としては珍しいのですが、機動性という点ではフルートに負けてます。はっきり言って、ちょっとトロいです。アリアの途中で、何度もデセイはハーモニカ奏者を睨み付けていましたが、おそらく「私はドンドン歌い進めたいんだから、足をひっばらずに、もっとスピーディーに演奏しなさい」って事かな?って思いました。デセイって歌手は、感情が高ぶると、歌のテンポがすごく速くなって、しばしばオケや合唱を振り切って歌う人なので、今回の狂乱の場も、もっとテンポアップしたかったのでしょうが、それをハーモニカ奏者が足を引っ張っていたような気がします。まあ、それでもデセイの歌は実に素晴らしく、あっちの世界に逝っちゃったルチアを、よく表現していたと思います。とにかく、狂人を演じ歌わせたら、今はデセイが一番でしょうね。

 何はともあれ、デセイが素晴らしかったのですが、その他の共演者たちも、そりゃあ良かったですよ。

 個人的に面白かったのは、エドガルド役をやった代演の代演のエフゲニー・アキーモフです。この人、すごい色白なんですが、歌っている時は、ゆでダコのように、顔が本当に真っ赤になるんです。特に高い音になればなるほど、真っ赤になっていき…歌い終わると、サッと色白に戻るんです。それが面白かったです。もちろん、声は実に若々しく、歌も見事なもので、代演の代演とは思えないほどでした。ま、この歌手も、今回のCDには参加していませんが、メトにも出演しているし、オペラの録音経験のある歌手ですから、そんな無様な事はなかったわけです。声といい、歌といい、ゆでダコといい、私はこの人のファンになったかもしれません。

 合唱は新国立劇場合唱団でした。やっぱりプロの合唱団は違うね。強い声なのにきちんとハモっているんです。とてもレベルの高い合唱を聞かせてもらいました、感謝。

 本来の主役であるゲルギエフに関しては…彼が河童ハゲだった事以外に、あまり記憶にないなあ。オケに至っては何の印象も残ってません。それぐらい、この日の主役はデセイだったという事です。

 それにしても、サントリーホールは客層がだいぶ良いですね。客席のあちらこちらから美しい日本語が聞こえました。「恐れ入りますが…」「お手数かけますが…」「…ありがとうございました」 お客同士の会話の端々にこんな言葉が聞こえます。服装も、和服やパーティードレスの方もチラホラ。皆さん、きちんとオシャレを心がけているようです。もちろん、ジャンパーやブルゾンを着ている場違いな人もいるのですが、きちんとドレスコードを守っている人の方が、遥かに多いです。地方でのクラシックコンサートでは、ドレスコードなんてあるやなきやの状況(それが決して悪いと思ってません)ですが、ここはまだまだ、ドレスコードが生きています。

 …ってか、チケットの値段を考えても、平服で来る人の感覚が信じられません。

 コンサート終了後にゲルギエフのサイン会が行われる事は、告知されていましたが、機嫌が良かったのでしょうか、デセイもサイン会を開いてくれたそうですが、私はそれに参加せずに帰宅しました。だって、コンサートが終わったのが、夜の10時を過ぎていたんだよ。カーテンコールが20分以上もあって、それからサイン会に並んだら…確実にホールを出る時点で日付が変わっちゃうよぉ。デセイのサインは欲しかったけれど、そこまで残っていたら、帰れなくなっちゃうので、泣く泣くサイン会はパスして帰りました。こんな時は都内在住で無い事が恨めしいです、ああ、田舎者はツライね。

 しかし、世界の一流歌手の生の歌声を、その現役バリバリの時期に聞けるなんて、私の場合、そうそう滅多にあるわけではないので、きっとこの日の事は、死ぬまで忘れないだろうなあ…。

 最後に、ランメルモールのルチアも、狂乱の場のアリアも、ナタリー・デセイも知らない人のために、2011年のメトロポリタン歌劇場での歌唱がYouTUBEにあったので、貼っておきます。かなり長い曲ですが、これで一曲なんだから、仕方ないね。しかし、階段落ちをやったり、走ったり、叫んだりなんて、普通のオペラ歌手は、まずやらないよね(笑)。あと、この演奏では、デセイはフルートの助奏無しでカデンツァの一部を歌ってます。

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2012年11月15日 (木)

合唱の演奏会を聞いて思った事

 秋ですね、芸術の秋ですね。秋は、音楽活動が盛んで、プロもアマも、あちらこちらで演奏会をやってくれるので、私はあちらこちらを見て回らざるを得なくて、結構忙しいです。

 そんな中、今年も地元で行われている、合唱の演奏会を聞いてきました。数年前に、歌劇団の一員として参加した、あの“合唱のつどい”って奴です。

 この手の演奏会って、毎年、出演する団体も変わらず、歌う演目もそんなに変わらず、合唱のレベルも毎年ほぼ同じで、代わり映えしないと言えば、全くしないのですが、それを聞く私の方が変わると、面白く感じるところや、興味深く思うところ、感心する箇所、考える事柄などが変わります。なので、今年も、あれやこれやと見てきた感想を書いてみたいと思います。つまり、これが“2012年現在のすとんの感覚”って事っす(笑)。
 
 
 まず『上手い団体は相変わらず上手いが、それなりのところは相変わらずそれなりだ』と思いました。

 上手い団体は、その上手さを維持し、さらに上を目指して頑張っているんだなあと感心しました。これって、大変な事ですよね。

 一方、相変わらずのところは、相変わらずなので、以前の私なら「もっと頑張れよ~」と思ったと思いますが、今年の私は違います。「ああ、ここの団体は相変わらずで、良かったなあ…」って思うようになりました。

 つまり“上手になる事を放棄する勇気を、今年も持っていてくれたんだ”と思うわけで、その勇気を励ましたい気分なんですよ。これはイヤミじゃなくて、本音です。

 音楽をやっている人って、根は真面目な人が多いと思います。で、真面目な人は熱心だし、上昇志向だと思います。だから、合唱団にいても、技術の上達を目指し、高みを目指してしまいがちです。より難しい曲を、より緻密に美しく歌いたいって努力しちゃうわけです。それで、全員が足並みを揃えて上達できればいいのですが、上達のスピードは人それぞれで、そういう方向に団を運営していくと、どうしても落ちこぼれてしまう人が出てきてしまうわけです。

 また、合唱団の中には色々な性格の人がいますから、あまり真面目でなく、むしろ享楽的な性格の人もいるわけです。そういう人は「私は楽しく歌えればそれでいいの。シンドイ事はちょっとイヤ」なんて人もいるわけです。また、中には、お友達作りの方が活動の目的で、歌は好きだけれど、そんなに頑張るのは勘弁って人もいます。

 合唱団が上達を信条としていると、技術の上達が遅い人とか、享楽的な人、お友達と遊ぶのが目的の人は、その団体にいられなくなります。また、そういう団体は、入団の敷居も高いところが多く、新入団員だって、すでに経験のある人上手な人しか入れないわけで、本当に初心者は、そういう団体では、合唱を始められません。

 上達志向の団体を否定するつもりはありません。そういう団体はそういう団体で頑張ればいいのです。でも、すべての合唱団が上達志向では、ちょっとなあ…って思うわけです。

 だから相変わらずの団体を見ると、うれしくなるんですよ。だって、相変わらずの団体ならば、技術の上達速度が遅くても、享楽主義な人であっても、お友達と一緒がうれしい人も、本当の初心者も、みんなみんなウェルカムでしょ。そういう、誰に対してもウェルカムな団体の存在が、私の心をほっこりさせるんです。

 高みを目指して、しのぎを削っている団体もあれば、競争から外れて、それぞれの楽しみのために歌っている団体もあっていいのかな…最近の私は、そんな事を思うのです。

 色々な団体があっていいと思います。だから、相変わらず、相変わらずの団体を見ると、今年も一年間、この人たちは、好きな歌をただ歌って楽しんできたんだなあと思うわけです。そして、私は、そういう団体が結構好きだったりするんです。
 
 
 『客席まで十分に声が届かない団体も結構いるなあ』って思いました。

 私は会場のほぼ中央付近にいましたが、舞台からそこまで声が届いていない団体もたくさんいました。聞こえるか聞こえないかで言えば、聞こえるけれど、では「ガツンと来るか」と言ったら全然来ないんです。良く言っても『BGM的な音量でしか聞こえない』って事です。

 昨年までの私なら「あああ~、ダメだダメだ。もっと発声練習して来いよぉ~」とか毒づいていました。でも、冷静に考えれば、元々、この人たちに、大ホールで歌わせる事自体が間違いなのかもしれません。だってこの人たちの歌声って、確かに声量不足だけれど、結構きれいだし、まとまっているもの。ただ、ホールが大きすぎて、この人たちの声量では、全然足りないだけの話なんです。

 この演奏会が、小ホールやサロンホールで行われたならば、この人たちでも、きっと素晴らしい演奏会になった事でしょうし、そこでなら、美しい歌声を十分に披露できたはずです。つまり、すべては、ハコが大きすぎるのです。

 じゃあ、なぜこの人たちが、身の丈に合わない大ホールで歌っているのかと、ひと言で言えば「集客力がある」からです。集客力があって、とても小ホールではお客が収まらないから、やむなく大ホールで歌っているわけです。実際、この“合唱のつどい”って、大ホールの客席もほとんど埋まるほど、たくさんの人が応援に来ています。

 だから「大ホールで歌える力がないのに…」と思うのでなく「大ホールに、これだけお客さんを呼べるファンを持っているんだあ…」と思う事にしました。いや、実際、そういう話でしょ? アマチュアの集客力って、なめちゃいけませんね。
 
 
 『老人ばかりの団体が多いなあ…』とも思いました。平均年齢が65歳以下の団体って、本当に少ないですよ。「ああ、合唱って、ジジイババアの楽しみだな」なんて毒は吐きません。むしろ「合唱って、年をとっても楽しめるモノなんだな」って思います。

 スポーツだと、若い時はいいのですが、年を取るとカラダが動かなくなって、楽しめなくなります。でも、合唱なら…、若い時よりも、声量は落ちるし、音程だって甘くなるけれど、それでも、苦手な部分や出来ないところは、互いに助け合って補いあって、一つの作品を演奏できるわけで、そこはスポーツとも違うし、音楽でもソロはもちろん、合奏とも違うわけで、合唱ならではの“支えあい”の部分があると思います。私も、今よりもっともっと年を取ったら、合唱メインで頑張ろうかな。
 
 
 『女声合唱ばかりだなあ…』とも思いました。出演団体は全部で37団体でしたが、そのうち、混声合唱団は12団体、男声合唱団は1団体だけで、残りの24団体は女声合唱団でした。全体の65%が女声合唱団だったわけで、もちろん「オトコ、がんばれ」と思いますが、同時に「日本は女性が合唱に夢中になれる平和な国なんだな」って思いました。

 政情不安だったり、治安が悪かったり、差別や偏見があったり、貧富の差が激しい社会では、女性が趣味の世界で輝くなんて、まず無理でしょ。女性が趣味の社会でブイブイ言わせている社会なんて、本当に素晴らしい社会なんじゃないかな? 本音でそう思いました。これだけの女声合唱団が活躍できる、時代と地域に生活できる事を幸せに感じますよ。
 
 
 『日本語の歌ばかりだな』とも思います。出演団体うちの35団体(約95%)が日本語の歌を歌ってました。でも、日本語っていいよね。日本語の歌っていいよね。もちろん、外国の歌だっていいけれど、日本語の歌だと、会場にいる人みんなが楽しめるわけで、別にコアな合唱ファンや音楽ファンでなくても、合唱が楽しめるわけです。知り合いのオバチャンの応援に来たような子も、これをきっかけに合唱が好きになるかもしれないわけで、そういう意味でも、母語で歌う事って大切だなって思いました。

 しかし、今年の感想は、たぶん去年なら書けない事ばかりの感想になりました。この一年で、私の合唱に対する見方がだいぶ変わったって事です。つまり、私も色々と進化しているし、上達しているって事なんだろうと思います。きっと、来年の“合唱のつどい”を見ると、また違った感想を持つんだろうなあって思います。

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2012年11月14日 (水)

エコ発声にも慣れてきました

 第九の練習に行ってきました。

 懸案の名札ですが…ありました(喜)! やっぱり、前回は誰かが間違えて私の名札を付けていた…って事になります(笑)。しかし、名前、間違えるなよぉ~。

 今回から練習は、ずっと夜練習になります。夜練習は、昼練習と比べると、時間が短いのです。おまけに本番間近になったわけだし…集中して、気合いれて、頑張ろう。なにしろ、次回は指揮者立会い練習です。そのあと、また通常の練習があるけれど、その次はオケ合わせ、その次がゲネプロで、その次が本番。ほんと、カウントダウン状況ですね。

 でも私は、次回の指揮者立会い練習は、残念ながら休む予定です。いや、年末に向かって何かと忙しくてね…、皆出席を狙っていたけれど、ちょっと無理みたいです。

 ちなみに、指揮者立会い練習ってのは、本番指揮者さんが合唱の練習を見に来る練習日の事です。まあ『見に来る』だけで済めばいいけれど、たいていの場合は、本番指揮者さんが棒を振って、練習と言うか、合唱のダメ出しをしに来る日となります。ま、あれこれダメ出しがあるので、本当は出席しないといけないマストな練習なんだけれど、趣味より優先しないといけない事もあるわけで、こればかりは仕方ありません。

 そうそう、本番間近と言うと…、打ち上げの申込もしてきたよ。打ち上げの話が出ると「本番も間近だなあ…」って思うものです。ちなみに今回の打ち上げは和系だそうです。

 さて、夜練習です。昼の練習だと1回の練習が3時間近くありますが、夜だと(出席率もやや悪い上に)1時間半しか練習時間がありません。なので、発声練習もソコソコに曲の練習に入ったわけですが、その発声練習の時に、S先生が、発声の三点セットの話をしてくださいました。

 発声の三点セットって分かりますか? それは、

 1)腰で息を支える事。
 2)ノドを開く事。
 3)響きの場所を確認する事。

 の三点セットです。当たり前の事かもしれないけれど、指差し確認をするような感じで「腰、よ~し。ノド、よ~し。響き、よ~し」なんて感じで確認できたら、万全でしょうね。

 あと、アゴの開き方として、下アゴを開くという感覚は止めて、上アゴを開く感覚でアゴを開くと良いと習いました。もちろん、上アゴを開くと言っても、頭は動かさないわけで、頭を動かさずに上アゴを開く感覚だと…自然と軟口蓋が上に上がるわけで、上アゴを開く感覚って大切かもしれませんね。

 さて、曲の練習ですが、もう、歌い込みです。最初からドンドン歌っていきます。直しは(時間が少ないという事もあって)最低限にとどめて、たくさん歌っていくことを目的に練習しました。

 私はもちろん、エコ発声で歌いましたよ(笑)。エコ発声で歌うと、自分が静かな分、周りの状況がよく分かりますが、今回分かったのは、ソプラノに、すっごいソリスト声で歌う人が一人いる事が分かりました。

 ううむ、ちょっと前までの私って、あんな感じだったのかもしれないなあ…。声量的には決して大きくないのだけれど、やたらと声がギラギラしていて、声が合唱団を突き抜けて聞こえるわけです。シンギング・フォルマントがたっぷり出ている感じの声ですが…周りが彼女の水準に達していない分、彼女の声が浮いて聞こえます。本来的には、ソプラノ全員が彼女のレベルで歌える事が理想だけれど、それは現実的には無理な相談なので、彼女がエコ発声で自分を押さえるべきなんでしょうが、たぶん、本人、その事に気づいていない。

 それにしても、あの声は誰だったのだろうか? まさか、我が妻? 最近、妻は合唱をやっていると声が飛び出していると、息子君が言ってたけど、まさかまさか?

 まあ、合唱って、善くも悪しくも、全員で足並みを揃える事が大切で、誰が正しいとか正しくないとかは関係ないし、個々の声が美しいか美しくないかも関係ない。良く揃ったピッチと音質で歌うことだけが大切なので、やっぱり違和感のある人間が合唱に混ざっているとダメだねえ。彼女は…厳しい団なら、絶対にいじめの対象になりますが、ここの団は、そんなウルサイ事を言わないから大丈夫だけれど、やっぱり、音楽的には、その声はマズイよなあ…。

 ああ、なんか、書いていて、胸が痛くなります。

 本番も近いので、ずっと立って歌っていたら、背中とふくらはぎが、とっても痛くなりました。「ちょっと長い時間、立ちっぱなしだったからと言って…」と妻に責められましたが、私、普段は立ち仕事をしているので、立ったままでも2~3時間は平気な人なんです。

 たぶん、背中とふくらはぎが痛いのは、そこを重点的に使って発声したからだと思います。

 しかし、以前はそんな事は無かったし、Y先生について習った発声が少しずつ身についている最中なので、新しい発声方法が背中とふくらはぎを酷使しているのだろうと思います。以前は歌っていると、声が枯れたりノドが痛くなったりする事はあっても、背中やふくらはぎが痛くなる事はありませんでした。確実に、カラダの使い方が変わってきている事が実感できます。

 それと、本番を意識して、今回の練習では、今年始めて、楽譜を外して歌ってみました。うん、だいたいOKかな? 歌えなかったところと、分からなくなったところは、すぐに確認修正をしたので、次回からは楽譜無しで行けそうな気がします。よしよし、自宅練習無しだったけれど、何とか本番に間に合いそうだ(笑)。

 それと、S先生からテノールが注意される時も、これまでは私の目を見て注意される事が多かったけれど、前回くらいから、目が合わなくなりました。ミスが無くなったわけではないので、エコ発声で声が目立たなくなったのでしょうね。良かった良かった。でも、私以外の人が先生から注意されているのを見ると、ちょっと寂しくなります。ああ、もっと私の事を叱ってください~(って、マゾじゃないよ:笑)。

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2012年11月13日 (火)

オペラ業界もだいぶ厳しいらしいです

 今回の記事は、Y先生との雑談をネタに、私が個人的に知っている事やググって得た知識などを加えて書き上げたものです。文責はすとんにある事を最初に明言して、記事を始めたいと思います。

 話の発端は、Y先生の愚痴から始まりました。

 民主党政権になってから、オペラ業界はかなり厳しくなったそうです。あの有名な“事業仕分け”って奴のおかげで、国からのオペラ関係の補助金も、他のクラシック音楽系の補助金同様、がっつりカットされ、関係各部署の予算が減ってしまったのだそうです。

 新国立劇場のオペラも、見るからに“予算が少ないよぉ”的な残念仕様なものに、あっと言う間になってしまったそうです。自民党政権時代は、世界の名だたる歌劇場に負けないような、日本を代表する歌劇場としての責務を負っていた新国立劇場でしたが、民主党政権になってから「音楽なんて無駄。オペラなんてムダ」ってわけで、ごっそり補助金カットで、なんとも成り立たない状況になったのだそうです。なにしろオペラって、大道具を作るだけでも、何千万円単位の費用がかかるそうだし、それに衣裳や小道具、指揮者や歌手やオーケストラの人件費、裏方さんたちのお給料だって必要だし、おまけに、オペラって、本番だけでなく、その前に数週間から数カ月に渡るリハーサルって奴もしないといけないわけで、もう、お金がかかるかかる…。そこまで含めると、たった1夜のオペラ公演であっても、あっと言う間に億単位の経費がかかってしまうのだそうです。

 それらを運営するには、補助金などが当然必要となるわけですが、それでもまだ足りないため、オペラって、入場料もかなり高額な価格設定がされているわけですが、モノには限度があるわけで、あまりに入場料が高額すぎると、誰も見に来ませんから、そこらのバランスを取って、以前は、一番良い席でも2万円を超えない価格設定になっていたわけです(それでも世界トップレペルの高価格です)が、最近は、やむなく、予算不足のため、2万円を超える価格設定になっているのだそうです。…ってか、演目によっては、ほとんど3万円じゃん。

 ううむ、1公演が約3万円となると…オペラファンの私からみても、かなり高いです。海外の一流歌劇場の日本引越し公演とあまり差のない金額設定じゃないですか? それに普段のオペラ鑑賞に、そこまでの金額が出せる人は、きっともっと出せるから、飛行機に乗って諸外国の歌劇場に出かけちゃうんじゃないの? 一体、どのあたりの階層を狙った価格設定なのかしら?

 ま、どこの国の歌劇場も、赤字経営がデフォルトで、補助金頼みなのは事実だし、それで良いと言うわけではないけれど、オペラって全世界的に黒字経営が無理みたいです。メトロポリタン歌劇場のように、補助金をもらっていない歌劇場もあるけれど、その代わり、篤志家たちの募金が山のようにあるわけで、オペラの世界では、歌劇場の自立的な経営なんて、最初っから無理なんです。それがグローバル・スタンダードなんです。

 とりあえず、日本唯一の歌劇場である、新国立劇場は、経営的にかなり厳しい状況にある事は確かだそうです。でも、新国立劇場よりも、もっともっと経営的に厳しい、オペラ・カンパニーもあるそうで、それらと比べれば、まだかなりマシなんだそうです。

 だって、他のオペラ・カンパニーは自分たちの劇場を持っていないわけで、その都度、貸しホール使用でオペラ公演を行っているわけで…そりゃあ、経営的に大変だよねえ…。

 ってなわけで、民主党政権になって以来、元々大変だったオペラ業界が、さらに大変になり、Y先生の仕事も、一気に半分に減ってしまったのだそうです。それはそれは、先生的には大打撃だったわけです。

 そこで私が「オペラは厳しいですね。ミュージカルのようなわけにはいきませんね。劇団四季のように、オペラもロングランができれば、話は違うのでしょうね…」と言ったところ、話はミュージカルに飛び火しました。

 ミュージカルはミュージカルで、オペラとはまた違った大変さがあるみたいです。

 例えば、私の大好きな劇団四季を例にあげると、ここはミュージカル作品を上演する劇団であって、お客さんは“ミュージカルを見に来るモノ”という前提で運営されている劇団なんだそうです。つまり、その日の出演者が誰であっても『キャッツ』なら『キャッツ』が、『オペラ座の怪人』なら『オペラ座の怪人』が、常に一定水準以上の出来で上演されていればいいわけで、それが出来ているから、ロングランが出来るわけだし、ロングランが出来ているから、経営も安定しているわけです。だから、国からの多額の補助金無しでも運営できるわけです(それでも企業からの献金は受け付けているようです)。

 確かに私も、劇団四季の公演を見に行く時は、キャストが誰かなんて気にもしませんからね…。オペラの時は、誰が何の役を歌うのか、しっかりチェックするのに(笑)。劇団四季の公演内容を信頼しているからこそ、キャストを気にしないって言えるのかもしれません。

 つまり、劇団四季では、大切なのは作品の出来であって、個々の歌手やダンサーは一定以上の力があって、なおかつ、代替可能な存在であれば、それでいいのですよ。

 これって、歌手とかダンサーなどの演者にとっては、キツイ条件ですよね。なにしろ、演者に個性を求められていないわけでしょ? 決められた役を決められた通りにやればいいわけで、個々の演者の表現力(歌唱力とか演技力とかそういうもの)が突出していたら、むしろアウトでしょ? だって、上手すぎたら、その演者だけ目立っちゃうもの。つまり劇団四季のやり方って“スターは不要”っていうシステムなんです。

 でも、演者だって、キャリアを積めば、歌も演技もダンスも上手になってくる。特に才能豊かな人は、すぐにでも周りよりも目立つ存在になってしまう、つまりスターになってしまうのは、必然。多少目立つぐらいなら、主役を張るのにちょうど良いかもしれないけれど、圧倒的に目立つようになってくると、劇団四季にはいられなくなるわけで、そうなると、自分を殺して地味に歌い演じるようにするか、退団して余所のミュージカル・カンパニーに移動するか、芸能事務所に所属して一般芸能人になるか、現役引退して、教える道に行くか、いっそ廃業するかしかないわけで、どちらにしても、うれしい話じゃないみたいです。

 であっても、一定水準以上の実力の演者で揃えている劇団四季は、素晴らしいミュージカル・カンパニーだと思います。だって、余所のミュージカル・カンパニーの上演作品を見ると、演者によって、力量がバラバラ過ぎて、時折、作品が破綻してますもの。特に主役級の役者が大根だった日には…本当に目も当てられません。そういう点では、劇団四季のシステムは一つの完成形だし、理想形と言えるかもしれません。

 スター不要という前提のせいもあるのかもしれませんが、劇団四季そのものは、ロングラン公演によって、経営は順調のようだけれど、ここの劇団員さんたちの出演料は、業界の相場的には、かなり安めに設定されているらしいのです。それは、出演者自体が、いつでも代替可能な存在なわけで、いわば弱い立場なのが、その原因の一つかもしれません。

 とは言え、劇団四季できちんと働けば、業界相場的には安い(休みなく出演し続けると、新卒正社員程度のお給料がもらえるそうです)かもしれないけれど、出演中は、ちゃんと生活出来るだけのモノがいただけるし、その間のお稽古代などは、劇団持ちなんだそうです。収入が不安定な上に、お稽古代は自分持ちがデフォルトなこの業界において、たとえ安値安定であっても、生活が保証され、お稽古もきちんとできる環境があるならば、それはそれで働く人にとっては、魅力があるんじゃないかな?

 「給料の多寡が問題ではない、自分が夢中になれる仕事が出来る事が素晴らしい事なんだ」…という価値観の方には、絶好の職場でしょうが、上昇志向の人には、ちょいと厳しい職場であるとも言えます。

 さらに言えば、劇団四季の経営が成り立つのは、出演者のギャラが安めに設定され、人件費が押さえられている事もあるけれど、それ以外にも、上演演目が限られているので、大道具小道具衣装なども限られたものを使い回せば、それで十分だし、一つの劇場で上演終了しても、それを持って、すぐに別の劇場で上演を開始するので、大道具小道具衣装代があまりかからずに済むわけで、そういう費用が普段はかからないのも、安定した経営が可能な理由の一つとしてあげられます。

 なにしろ、オペラは、常設の新国立劇場を含め、どこのオペラ・カンパニーであっても、一つの作品を上演したら、そこで使った大道具小道具衣装(一式作ると何千万円単位でかかるそうです)は、廃棄する事が多いそうです。と言うのも、一つの作品を上演しても、次に再演するまで、数年かかるのが常だし、その間に、これらの道具を保管する倉庫は無いし、倉庫をレンタルすると、そのレンタル代がかかって仕方ないので、一回ごとに作成しては廃棄して、を繰り返すのだけれど、それらにかかる費用って、一回公演であっても、数カ月に渡るロングランでも同じだから、使い回しが出来ない上に公演回数の少ないオペラ・カンパニーは、これらの費用だけで、制作費をかなり圧迫するみたいです。

 海外では、歌劇場自体には大きな倉庫があるのは当たり前だし、一つのオペラカンパニー(海外の場合、歌劇場と同義)が、大道具小道具衣装を作ったら、それを各地の歌劇場で貸し借りをして、お互い融通し合い、これらにかかる費用を浮かすのが常なんだそうです。でも、それって、ヨーロッパのように、各地方都市ごとに歌劇場があるなら可能な事だけれど、日本のように、常設の歌劇場が国に一つしかない場合は、不可です。もちろん、海外の歌劇場との貸し借りも、ちょっと無理です。だって、海外から、そんな大きなものを大量に運んできたら、新規で作るのと変わらない金額がかかっちゃうからね。

 例外として、神奈川県民ホールとびわ湖ホールが、同じオペラを、同じプロダクションでやって、色々なものを共有化して貸し借りしていますが、こういう例の方が希有なんだそうです。

 オペラ業界もだいぶ厳しいらしいです。

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2012年11月12日 (月)

まあ、若いうちは、安く使われるモノ…なんだな

 フルートのレッスンに行きました。

 まずは懸案のロングトーン練習から。今回は前回のレッスンでの反省を踏まえて、チューナーに頼らずに、耳で音を合わせてみて、それでチューナーがどんな動きをするかを確認しようと思って、チューナーを準備して待っていたら、先生が「今日はチューナーは無しで、私に合わせなさい」と言われました。なので、チューナー無しでロングトーン練習をやりました。もちろん、バッチリ合わせましたよ。ふふんだ。
 
 
 さて、アルテは15課6章のAs-durです。bが四つもあります。もう、最初の『As-durのロングトーン』の練習課題から、かなりヤバイです。

 この練習課題、テキストには「この調は始めてだからBは正規運指で練習し、できたらブリチアルディキイを使って練習する」とあるので、まずは正規運指で練習してきたわけですが、それでいきなりダメが出ました。

 「ブリチアルディキーをなぜ使わないのですか? ブリチアルディキーは、使える限り、なるべく使う事。でないと、仕事になりません!」と言われました。別に、仕事でフルート吹いているわけじゃ無いんですけど…。

 「でも、テキストに…」

 「ああ? そんなの無視ムシ無視!」…だそうです。

 で、いきなりブリチアルディキーを使用してのレッスンです。実は私、ブリチアルディキーって、ちょっと苦手なんです。こいつ、第2オクターブまでは押しまくりでOKなのに、第3オクターブになると外さないといけないので、頭こんがらがっちゃうんです。それなのに、そんな苦手な奴を、レッスンでいきなりですよ。ちょっと厳しいでしょ? 
 
 さらに付け加えて、なんか、Ebで混乱している私も、そこにいました。

 中音Ebでは、左人指し指を開けないといけないのだけれど、これをついつい忘れてしまうし、なぜか中音Ebと高音Ebとゴッチャになっているせいか、中音Ebで、ついついGisキーを押して、音がスカってしまったりします(涙)。もちろん、この失敗は低音Ebでも同様に行われて、こちらもGisキーを押して、音がスカってしまうわけです(涙々)。もちろん、低音Ebで左人指し指を開け、音がスカってしまうパターンもあります(大涙)。さらに、高音Ebでは、ブリチアルディを外し忘れて、先生のカミナリ喰らうし…。なんかEbと私って、相性が悪いみたい(涙)。

 さらに、どうもDbをC#の運指で吹くのに心理的抵抗があって、なんか、一瞬立ち止まる事も多いし…。もちろん、AbをG#の運指で吹くのは、もっと抵抗あるし…。どうもb系の音楽は性に合いません。
 
 
 1番の『As-durの音階準備練習』は散々でした。あんまり散々だったので、途中で先生のストップが入りました(始めての事です)。つまり「あんまりひどすぎて、話にもならない…」って状態だったわけです。面目無い。

 なので、この課題の自宅練習では、メトロノームの速さをかなり遅くして(現在は72でやってますが、それよりもうんと遅く)、さらにすべての音をスラーで吹く練習(息がまっすぐになるそうです)をし、それができるようになってから、メトロノームの速度をあげたり、スラーをスタッカートにしてみたりと、工夫して練習してきなさいと言われました。ラジャーです。
 
 
 ミニヨン・エチュードの17番は不合格でした。まあ、基本的に吹き込みが足りないというのもありますが、まだまだ細部がアマアマなんです。

 いつも言われているし、最近はだいぶ気にしてますが、それでもまだまだ、全般的に“吹きすぎ”なんだそうです。特にスタッカートのところは、フルートをしっかり鳴らそうとせずに、弦をはじくように、息でフルートを弾く感じで軽く吹いて、その音を部屋に響かせる事なんだそうです。

 それとこの曲は、mollで始まって、途中Durに変わって、またmollに戻ります。だから、Durの間は、#のかかった音は、しっかり音程を高めにとって、長調である事を強調する事が大切だと言われました。具体的にはG#を高めに取るわけです。運指がG#であっても、それでOKにせずに、ちゃんと音を耳で聞いて、しっかり高めの音を出すようにしないといけないのです。

 この曲は中音Bで始まりますが、これくらいの高めの音を曲の冒頭で、いきなり鳴らすのは、ちょっと苦手です。だから、その事を先生に言ったら「音作りは、これ(アルテ1巻)が終わったらやりますから、今はまだ、しっかり吹くことだけを考えてみてください」と言われました。キレイな音色で吹くことも大切だけれど、それよりも今は、正しい運指で、適切な音量音色で、しっかり吹けるようにする事の方が優先ってわけですね。
 
 
 さて、雑談です。秋は演奏会が目白押しで、私もコンサートを見に行くのに忙しいわけですが、先生はコンサートで演奏するのに忙しいわけです。

 そこで、先生にはマネージャーとか芸能事務所とかはついてますか?と尋ねてみました。

 答えは、お若い時は芸能事務所に所属していたけれど、今は、事務所を経由しないで、個人で直に仕事を受けているそうです。

 その理由だけれど、まず、若い時は、ツテもコネもないし、自分を売り込んでいる暇も時間もない(営業活動するぐらいなら、フルートを吹いていたかったそうです)ので、芸能事務所に所属して、ドンドン仕事を受けおって、仕事をする事でキャリアを積み、腕を磨いていったのだそうです。その頃の先生は、自分の事を売れっ子だと思って、ちょっと鼻高々だったらしいです。

 でもやがて、事務所が経費として、中間マージンを取っているのが「ちょっとなあ…」と思うようになったのだそうです。と言うのも、先生のギャラって、当時から決して安くなかったのだそうです。で、事務所を通さなければ、中間マージン分が無くなって、先生の手取り分だけのギャラで済むので、仕事を依頼する方の負担を減らしてあげる事が出来ることに気づき、ある時から、事務所を通さないで、直に仕事を引き受けるようになったのだそうです。

 それに、先生は売れっ子だったそうですから、若い時のほんの一時期こそ、事務所のお世話が必要だったけれど、そのうち、事務所に仕事を探してもらわなくても、仕事の方から列を作って待ち並ぶようになったのだそうです。

 なので、今は、仕事の依頼は直に受けているそうです。それにだいたい、仕事を依頼してくる方も、皆さん、顔なじみばかりだから、それでいいのだそうです。

 その上、先生は一本のギャラがお高いので、今となっては、そんなにガツガツ働かなくてもいいんだそうです。

 で、ご自分はほどほどに働いていれば、それでいいし、それでうまく回っていらっしゃるのだそうですが、大変なのは、やはりお弟子さんたちの売り込みなんだそうです。演奏するチャンスのないお弟子さんには、演奏する場を用意してあげ、チケットがダブついているようなら、先生のツテで売ってあげないといけないのだそうです。ううむ、師匠って、大変なんだな。

 教える方だってそうで、みんながみんな、最初から、音大や音高などで教職につけるわけではないので、そういうお弟子さんのために、自分の教室とか、出先のスクールなどでアシスタントとして使ってあげて、キャリアを積ませてあげるのだそうです。

 「まあ、それで弟子はキャリアが積めるからいいけど、生徒の方はちょっとかわいそうだよなあ…」との事です。

 と言うのも、楽器店経営のお教室だと、先生が違っても、生徒がお教室に支払う月謝は、そのお教室の規定どおりなんです。でも、月謝は同じでも、先生のキャリアや腕前が違うわけで、H先生のような元音大教授のオーケストラプレイヤーに教わっても、つい先日、音大出たばかりの、デビューすらしていないヒヨコな先生に教わっても、生徒が支払うお月謝が一緒というのは、ベテラン先生についている人はラッキーだけれど、ヒヨコ先生についている人は、どうなの?って事になるでしょ?って事です。

 もっとも、生徒からお教室がいただく御月謝の金額は一緒でも、お教室から先生方に支払われる金額は、先生方のキャリアなどで違うのだそうです。つまり、お若い先生ほど、中間マージンを多めに取られてしまい、手取りは低くなるわけです。

 それってつまり、お教室経営サイドからみれば、若いヒヨコ先生が多い方が、経営が楽になるわけです。

 じゃあ、先生は若手だけで揃えればいいじゃんって事になるけれど、でも、それだけじゃ、今度はお教室に生徒が集まらないので、ある意味、看板としてのベテラン先生も必要で、そのベテラン先生を目当てにやってきた生徒さんに「ただ今、○○先生(ベテランの先生)はいっぱいなので、先生に空き時間ができるまで、こちらの先生(ヒヨコ先生ね)に習ってみてはいかがですか?」なんて営業をかけるのだそうです。

 なので、あっちこっちにH先生のフルート教室は開講されている事になっているけれど、実際は、先生ご自身ではなく、アシスタントのお弟子さんが恒常的に代講をしているケースがたくさんあるのは、そんな理由なんだそうです。

 そんなH先生に、直接習っている私は、果報者だね。

 キャリアを積んで腕をあげて、労せず生徒が集まるようになると、多くの先生方は、出先の音楽教室から手を引き、ご自宅レッスンを中心にするようになります。それはやはり、同じ先生業をやるなら、中間マージン無しで、生徒さんには経済的負担を少なく、自分のお財布は豊かになるように、お考えになるからだそうです。

 もっとも、H先生の場合、ご自宅レッスンは、出先の音楽教室よりも、お高い価格設定(それもかなりの高額)になっているので、よっぽどでないと、ご自宅レッスンは薦めないのだそうです。…だから、ご自宅レッスンの門下生さんたちは、ゴールドフルート所持率が高いんだね。納得。

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2012年11月11日 (日)

歯医者さんの呪文について、調べてみました[2012年11月第2週・通算36週]

体重:107.0kg[-0.2kg:+3.9kg]
体脂肪率:32.2%[-0.2%:+1.3%]
BMI:33.8[+-0.0:+1.4]
体脂肪質量:34.5kg[-0.2kg:+2.0kg]
腹囲:103.0cm[+0.7cm:+4.5cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 先日、歯科検診に参りました。私が住んでいる街では、隔年で、きわめて安価(500円)な受信料で歯科検診が受けられますので、なるべくこれを利用するように心掛けております。とは言え、前回、私が受診したのは…記憶をたどると…たぶん6年前? 隔年で届くはずの、歯科検診の通知はがきが、届かなかったような気がします。ダメじゃん…って、誰がダメなんだろう?

 とにかく、久し振りの歯科検診だったので、わくわくして受診しましたよ。

 歯医者に行ったら「久し振りだね…」と、歯医者さんに、ちょっとスゴまれました(汗)。はがきが届いたら、毎回きちんと受診するつもりなんですが、通知はがきが届かなかったんですよぉ~。だって、はがきが無いと受診できないじゃない。

 とにかく、久し振りの歯科検診でした。結果は「だいたい良し。ただし、虫歯が一本ある。それと(汚い話で申し訳ないですが)歯石が結構たまっている」との事でした。ううむ、おかしいなあ。歯石は、1~2年前に、歯が欠けた時に、別の病院で歯石取りをしてもらったはずなのに…もう歯石がたまりましたか(涙)。

 今回は…検診だけでした。あれ? 前回の時は、同時に歯石取りもやってくれたはずですが、システムが変わったのかな? ちなみに、歯石取りと虫歯治療は、次週から通常価格で開始するそうです。なので今回は、検診の後に「すとんさんは、歯磨きが下手そうだから(申し訳ない)歯磨き指導を受けてください」と言われて、自分の娘程度の歯科助手さんに、あれこれダメ出しされながら、歯磨きの仕方を習いました。この年になって、歯磨きのやり方を若い人に習うなんて、罰ゲームですか?

 ま、私の場合、リアルに歯磨きが下手だから、すぐに歯石がたまる…んでしょうね。

 「歯石は食事の食べカスなどと唾液が結合してできるんですよ。だから、体質によって、歯石の出来やすい方と出来にくい方がいらっしゃいますが、すとんさんは歯石が出来やすい体質なんじゃないですか?」と歯科助手さんに慰められちゃいました…が、たぶん違うな(涙笑)。これはただの慰めであって、やっぱり私は歯磨きが下手なんだろうな。だって、歯石っていきなり出来るわけじゃなくて、歯垢が貯まった結果、出来るものでしょ? 歯垢の段階でキレイにしておけば、歯石なんか出来るわけないんだから…。
 
 
 それはともかく、歯科検診の時に、歯医者さんがブツブツ言ってた、魔法の呪文のような事が気になったので、ちょっとググッてみたら、色々と勉強になったので、書いておきます。

 まず、成人の歯の数って決まっているですよ、知ってましたか? ちなみに親不知を入れて32本なんだそうです。なら、私は親不知が一本も生えていませんから、28本って事になるね。で、実際、クチの中に指入れて、歯の数を数えてみたら、やっぱり28本しかなかった(笑)。私はジーチャンだけれど、まだカラダはオトナに成りきっていないんだな(爆)。

 この28本なり32本ってのは、上下と左右にわけてナンバリングします。前歯から順番に奥に向かって番号を振っていきます。つまり、中央から数え始めて、1番と2番が前歯、3番が犬歯(八重歯だね)、4~7番が奥歯、8番が永久欠番…じゃなくて親不知って事になります。これで、最初の「上、右、1番から3番までマル。」とか言っている呪文の半分が分かりました。

 次はその番号の後に言っている、意味不明の言葉について調べてみましたが、その前に、簡単に歯の構造について書いておきます。

 まず、歯の表面の白い部分を「エナメル質」と呼びます。ここは割と硬くて薄くて、いわゆる「歯の表面」って呼ばれている箇所です。

 エナメル質の内側を「象牙質」と言います。ここは、いわば歯の本体で、歯って、この象牙質で出来た本体を硬いエナメル質でコーティングしていると思えば、ほぼ正解です。

 で、この象牙質の内側に、歯の神経組織である「歯髄」があります。

 また歯の本体(象牙質)の見える部分は、エナメル質が覆っていますが、歯の下の方(つまり歯茎でよく見えない部分)は、硬いエナメル質ではなく、割と柔らかめな「セメント質」って奴で覆っているようです。このセメント質は比較的柔らかいのですが、普段は歯茎に埋もれて外界と接触しないので、これはこれでOKのようです。

 で、歯はアゴの骨に乗っているわけですが、直接生えているわけではなく、間に歯髄膜という薄い膜を挾んで生えています。で、そのアゴの骨の外側(目に見える部分)は歯茎という筋肉で覆っているわけです。それでもって、歯自体は、アゴの骨の乗ってますが、それは乗っているだけで、歯を固定しているのは、アゴの骨を覆っている歯茎が、歯の方にまで出張って、歯を押さえて固定しているわけです。

 まずはここまでが、基礎知識ね。

 で、歯科検診で唱えている呪文(「シーゼロ」とか「シーイチ」とか…ね)は、虫歯の程度を表している専門用語のようです。その内訳は…。

 マルは、ノーマルの事で、まだ虫歯になっていない、あるいは治療済みで、OKです。

 C0は、虫歯になりかけているので、要注意。ただし、治療の必要はありません。

 C1は、エナメル質の部分が虫歯になっちゃっているけど、歯本体はぎりぎりセーフ。この段階でチャッチャッと治療しちゃいましょう。

 C2は、歯の本体(象牙質の部分)が虫歯になっているので、歯科治療(つまり、歯を削るって人工物で埋める作業)が必要。

 C3は、虫歯が歯髄までイッちゃっているので、神経を抜いて、根本的に治療しないと無理?
 
 C4は、歯根まで虫歯がイッちゃっているので、歯を抜いて、膿などを取り出さないと、アゴの骨がヤバイよ。

 …って事らしいです。間違ってたら、関係者の皆さん、訂正よろしく。

 また、虫歯はたしかに問題ですが、最近では、歯周病もなかなか大変なようです。歯周病というのは、簡単に言っちゃえば、歯肉炎と歯槽膿漏の事で、歯茎の病気です。細菌などに犯された歯茎が、腫れて、出血して、アゴの骨や歯から浮いてしまう病気で、その結果、歯が抜けてしまうのです。昔の人に、入れ歯が多かったのは、この歯周病の予防&治療がきちんとされていなかったからみたいです。

 まあ、歯周病にせよ、虫歯にせよ、歯磨きが下手くそだとなる病気なんだそうです。なので、歯磨きが下手くそな私は、歯磨き指導なんてモノを受けないといけないのだそうです。

 まあ、私、歯磨きは下手くそですが、とりあえず、歯はまだすべて自前でございます。もちろん、子どもの時に数本の虫歯は治療しましたが、オトナになってから、あまり痛い思いをしていません。入れ歯も差し歯もインプラントもございません。歯並びは…ちょっと乱れてますが、日常生活にも、発音発語にも、歌にも影響ありません。ありがたい事です。

 ま、そんな事に甘えずに、今回の歯科検診をチャンスに、きちんと歯のメインテナンスをしておこうと思いました。

 歯の治療も、軽症のうちにやっておくと、ほとんど痛くないんだよね。

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2012年11月10日 (土)

ナゴンはこんな金魚です

 前回、キキョウを写真入りで紹介したら、好評だったので、図に乗って、他の子も写真入りで紹介します。そう言えば、以前も似たような事やったけれど、もうあの頃とは、メンバーが一新しちゃいましたね(懐)。

Img_0308  今回はナゴンです。ナゴンは、東錦(あずまにしき)として売られていましたが…どう見ても、キャリコ琉金ですよね…。東錦は、体型はオランダ獅子頭タイプで、体色は三色、ウロコは白の不透明タイプなんです。一方、キャリコ琉金は、体型は琉金タイプで、体色は三色だけれど、ウロコは白の透明タイプなんです。体型とウロコの透明さで見分けるんだけれど…やっぱり、どう見ても、ナゴンはキャリコ琉金だよねえ…。

 ちなみに、お値段的には、通常、東錦は高級魚扱いになり、キャリコ琉金の2~3倍の価格となりますので…たぶん、私は、ボラれたんだよなあ…。薄々「ボラれている…」って思ったけれど、付き合いの長いお店だったから、言い値で買ったけれど…やっぱりボラれている
よなあ。

 さて、そんな、限りなくキャリコ琉金に近い東錦なナゴンですが、だいぶ大きくなりました。今の大きさは…だいたい、尾を除くと…ミシン糸の糸巻ぐらいの大きさです(もちろん上糸:笑)。太くて、ズデーンとしています。

 少し前までは、サクラとハナジロのエサ争奪戦に加われなかったナゴンですが、やっとこの程度の大きさになったので、最近では、エサ争奪戦に加わって、いつも三匹で我先にエサ争いをやってます。

 プクプクしてかわいい子ですよ。

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2012年11月 9日 (金)

高いAが出た!

 さて、曲のレッスンです。『マリンコニーア/ Malinconia, Ninfa gentile』には、五線よりも上の、高いAがあります。私は、ここがどうしても歌えません。とにかく、私の常用音域では、高音はせいぜいGまでで、かなり頑張ると、成功率はさほど高くはありませんが、気合でAbが出ますが、Aなど出した事ありません。そんな前人未到の高いAに、現在チャレンジしている私です。

 その高いAが、Y先生の指導の元、あっさり出ちゃいました(驚)。私もビックリ、妻もビックリでした。

 出し方は、さほど難しくなく、この高いAは、Cから6度の跳躍で出す(6度の跳躍ってのも、あんまり簡単じゃない)のですが、まずはCをしっかりと腹筋で支えて出し、そのまま息を切らずに、ポルタメントで一気に高いAまで駆け上るだけです。いや、感覚的には“駆け上る”というよりも、ジェットコースターに乗っているような感覚で、一度、猛スピードで下まで滑り降りて、その勢いで、一気に下から上まで昇って行って、高いAを出します。そんな感じ。その感じで、実に太めの声でしっかり高いAが出ちゃったんだから、実に不思議です。

 思うに、低い音の時に最高速の息のスピードで発声するのがコツかもしれません。で、そこから一気に行くわけです。

 でも、出たのは、この時だけ(涙)。この難しい部分を、取り出して、先生の指導の元で発声した時だけです。曲の中で出そうとすると失敗します。もちろん、自宅練習では撃沈です。でも、あの経験はマグレではないと思います。きちんと手順を守って、適切な方法でやれば、私でも、割と楽に高いAが出たんです。

 つまり、私は“高い音の無い”テノールとか“高い音が出ない”テノールではなく、“高い音の出し方を知らない”テノールだったわけです。だって、適切な指導の元で歌えば、スルっとスコーンと高いAが出ちゃったわけですから。つまり、私には高い音を出すポテンシャルはあるんです。でも、その出し方を知らなかっただけなんです。

 「気合とか根性とかでは高音は出ないし、闇雲に頑張っても高音は出ません。やり方を守らずに、勢いだけで高音を出そうとしていると、いつまでたっても、安定した高音を出せるようにはなりません」って、Y先生には常々言われていたけれど、まさにその通りだなあって思いました。

 高音を出すには、オーソドックスな発声方法に、テクニックを駆使すると言うか、ちょっとしたコツを付け加えることで、簡単に出せるようになるようです。少なくとも、バリトンであるY先生でも、高いAは、このコツを使って、スコーンと出していましたからね。バリトンでも出せるなら、テノールの私に出せないはずはないんです。

 問題は、せっかく高音発声のテクニックを習っても、それをきちんと使いこなせない私がここにいるわけです。先生に注意されながらだと出来るけれど、自分一人の練習であったり、曲の中だったりすると、何かを忘れてしまったり、何かを不適切に扱ってしまったり、支えが足りなかったり、響きが足りなかったりして、ダメなんだな。

 なので、結果としては“撃沈”してしまうわけだけれど、以前のような『通り道を塞がれたために目的地にたどり着けなかった』感じの撃沈ではなく『正しいルートだけれど、目的地にたどり着く前に力尽きて倒れてしまった』みたいな撃沈に変わりました。

 ファルセットなら目的にたどり着けるけれど、アクートだと、Aまでたどり着かないんだよねえ…。やっぱり、筋力が足りないのかな(涙)。
 
 
 あと、心理的な問題もあるんだろうなあって思います。

 高いGが出なかった頃は、高いGが怖かったんですよ。Gなんて絶対に出ないって思っていたんです。だから出なかったんですよ。でもある日、ひょんな事から高いGへの恐怖心が消えて、それ以来、Gを出すのに苦労しなくなりました。『優雅な月よ/Vaga luna, che inargenti』では、高いGを失敗しましたが、これって練習を重ねているうちに、ドンドン高いGが怖くなって、本番を迎える頃には「Gなんて絶対に出ない」って思ってしまったんですね。それで撃沈しました。つまり高音は「心が折れていると、絶対に出ない」ってわけです。

 高いAが出ちゃった時は、自分でAが出るなんて思ってなかったんですよ。だから恐怖心も何もなくて、むしろ「え? 今、もしかすると、Aが出ちゃった?」みたいなノリだったんです。でも、曲の中だと「そろそろAが来る、次に来る、きっと来る。歌えるかな? でもきっと失敗するよなあ…。ああ、ああ…失敗しちゃった~」っていつも心の中で言ってます。だからダメなんだよなあ。

 いつでもAが出せるようになれば、Aも怖くなくなるけれど、Aが怖くなくなるためには、いつでもAが出せなきゃダメで、まるで『鶏とタマゴ』の関係みたいです。
 
 
 もちろん、レッスンで習ったのは、高いAの出し方だけではありません。高音発声以外に、母音の音色の統一についても、かなり注意されました。

 ペリカン発声を心掛けていたのだけれど、まだまだ稚拙なので、母音ごとの音色が実にマチマチになってしまいました。母音の音色を深い音色で統一させるために、常時ペリカンになっていないといけません。これ、大切です。

 ペリカンを心掛けていても、ついつい、声が浅くなってしまう私です。「すとんさんの考えるバリトンの声で歌ってみてください」と言われました。やってみましたよ。気持ちは…バリトンどころか、バスになった気分で、思いっきり太い声で歌ってみました。すっごくノドが痛かったです(無理したんだろうなあ…)。

 「そのバリトンの声って、どんな感じで出しましたか?」

 「カラダのあっちこっちを、思いっきり下に引っ張って、太い声になるように歌いました」

「では、そのバリトンの声に、上に引っ張る力を加えてください。そうすると、テノールの深い声になるんですよ」

 やってみました。カラダを下に引っ張りながら、口腔を上に引っ張りあげるなんて、今の私には、まだ難しいみたいです。でも、下に引っ張るだけじゃ声が胸に落ちてしまうし、上に引っ張るだけでは浅い声になってしまいます。上にも下にも引っ張って、始めて、良い声が出るんです。理屈で分かっていても、なかなか難しいですね。

 先生からは、部分練習をきちんとやるように言われました。歌だからと言って、全体を通して歌う必要はないのだそうです。「全体練習を繰り返さないと、歌のスタミナが養えませんが…」って言うと、歌は楽に歌うものであって、スタミナなんて必要ないですと軽く否定されました。

 ま、Y先生的には、そうなんだろうと思います。どんな曲も軽々楽々と歌う人ですから、歌にスタミナが必要とは思わないんでしょうね。従前の私の歌い方のような、スタミナが必要な歌い方が、間違いなのかもしれません。

 とにかく、スタミナは不要なので、全体を通して歌うよりも、部分練習を丹念にやって、それらを組み合わせた方が、早く曲が仕上がるって言われました。部分練習、頑張ろうっと。

 ちなみに、妻は、声をカラダから離す練習と、声を丸く出す練習をやってました。と言うのも、彼女は気を許すと、歌が棒歌いになってしまうのです。合唱なら、そんな棒歌いも素朴で良いのでしょうが、ソロの場合は、それじゃあダメなので、棒歌いにならないような練習をしていました。

 他にもたくさん学んだのですが、ここに書き切れません。Y先生のレッスンは、かなり濃くて、相当部分が未消化のままになってしまうのが、残念です。
 
 
 本日の雑談(笑)。ストレプコが太りましたと言う話をしたら「コーラの飲み過ぎじゃないですか?」って言ってました。まあ、もちろん、これが事実かどうかは分からないわけだけれど、最近、メトに出入りする歌手さんたちの間で、コーラが流行っているんだそうです。コーラはシュワシュワしてノドに気持ちいいし、糖分もあって、体力がつくような気がするし、炭酸はノドにいいので、愛飲している歌手がたくさんいるんだそうです。

 「炭酸はノドにいい?」

 「炭酸はノドを暖めるんですよ」 だって。ふうーん、知らなかったな。思わず、レッスン帰りにコーラを買って飲んでしまいました。

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2012年11月 8日 (木)

ペリカン発声を目指したい

 声楽のレッスンに行ってきました。

 今回、先生から、「あなたは声ばかりが成長していて、声と、支えや響きとのバランスが悪いです。このまま歌い続けていくと、高音も低音も出なくなるし、ノドを壊す事になるかもしれません」と宣告されました。おぉ、怖っ! 「普通は、こういう事にならないように、指導していくものなんですがね…」とも愚痴られましたが、私に愚痴られても困ります(謝)。

 とにかく、私は“声量がありすぎ”で“声帯を鳴らしすぎ”なんだそうです。そして、その声に見合うだけの“支え”と“響き”が無いってわけで、ザックリ言えば“ザ・ノド声マン”ってわけです。なので、私の歌は、歌と言うよりも『声の暴走』って感じになっているようです。つまり、ちっとも、美しくない、粗野で乱暴な歌ってワケです。

 まあ、支えについては、キング先生に習わなかったわけじゃないんですよ。ただ、キング式では、同じ“支え”でも、支える方向もやり方も全然違うので、全く使えず、“習わなかったのと等しい状態”に認定されたわけだし、響きに関しても、アプローチが全然違うので、こちらも習わなかったものと見なされているわけです。

 ちなみに、いわゆる発声本に載っているようなオーソドックスなやり方は、Y先生のやり方の方で、キング式の発声方法は、キング先生ご自身の発声方法を踏まえた、ある意味、独自の発声法とも言えますので、オーソドックスな発声方法とは、色々な面で違うわけです。この事に関しては、以前からご自身でも言われていましたし、だから「発声に関しては、絶対に他の先生の言うことを聞いちゃダメだよ」とよく念押しされていました(し、その教えを当時の私は、しっかり守っていました)。

 とにかく今は、キング先生に教えてもらった事を忘れ、身についたことを直して、オーソドックスなスタイルでの発声が出来るように、悪い癖を取り除いてる最中…って事になります。

 私の場合、ノド声…つまり、声帯を[過度に]鳴らして歌うのは、元々得意でしたので、ノドを鳴らす事を主眼とするキング式の発声法とは、当初は、相性が良かったのかもしれませんが、キング門下を辞める前の半年ほどは、常にノドのトラブルを抱えてるようになったので、私の強いノドも少しずつ時間をかけて、壊れ始めていたのかもしれません。

 妻は、私ほどノドが強くないので、ノドで歌うことを重点的に指導されたせいでしょうか、キング門下に入門してしばらくすると、ノドを壊してしまい、声帯炎になってしまいました。その時は、ノドの名医の治療を受け、その医師からオーソドックスな発声方法を習って、やっと声を取り戻しました。

 Y先生に「このまま歌い続けていくと……ノドを壊す事になるかもしれません」って言われて、そんな事を思い出しました。妻のように、ノドを壊して、通院する前に、師事する先生を変えて、良かったなあと思います。結果的に、キング式発声方法は、私には合わなかったのだと思うし、やはりオーソドックスな発声方法が、一番無難で、万人向きって事になるんだろうと思います。

 とにかく、キング式発声方法で育った私の“よく鳴る声”は、長所でもあるけれど、致命的な欠点でもあるわけです。
 
 
 つまり、声と支えのバランスを、早急にどうにかしない事には、私には未来がないわけです。

 理想は、私の“よく鳴る声”に見合うだけの“しっかりした支え”と“豊かな響き”を身に付ける事だけれど、支えも響きも一朝一夕では身につくものではないので、当面は、今の支えで支えられるだけの声でしか歌わないように心掛ける事を、Y先生から提案されました。ざっくり言えば「声楽でも、エコ発声で歌いなさい」って事です。

 ふえ~ん、そりゃあ、無いよ。殺生だよぉ~。

 無論、合唱の時ほど、極端なエコ発声をする必要はないけれど、かなり優しい声(ってか、息交じりの気の抜けた声)で歌うことになりました。そう言えば、声って、最初は“ソット・ヴォーチェ”で鍛えるモノって、何かの本に書いてあったけれど、実はまだ、そんな段階の私なのかな?

 まあ、当面、エコ発声をしながらも、その一方で、腹筋を鍛え、支えの力を鍛え強める事で、本来の声が出せるように、日々、筋トレに励むことになりました。
 
 
 声に響きをつけるには、口腔内の容積を出来るだけ大きく取る事が肝心です。そのためには、まずはアゴを上手に開く事が大切です。今回のレッスンでは、その上手なアゴの開き方というのも、学びました。

 で、その結果、私が感じた上手なアゴの開き方なんだけれど…『アゴを大きく開く』という感覚では、どうも逆効果のようです。それよりも、あたかも『ペリカンのように、ノド袋を膨らませる』ような感覚の方が、より効果的です。あるいは、ハクション大魔王か、喪黒福造になった気分で、クチの中を広げて歌うのも良いかもしれません。ただし、声は胸に落とさないようにね(笑)。

 このペリカン発声は、声に響きを付け加えるだけでなく、高音発声の入り口でもあります。

 高い声は、ノドを大きく開いて開放的な声で、発声するのですが、これが私には、心理的に難しいです。今まで、ノドを締めて歌っていたので、高い声でノドを開くのは、とても怖いです。でも、ノドを開きっぱなしにしないと、高音は出ないのです。Y先生曰く「どんな歌い方であっても、テノールのノドを持っていれば、Gまでは出せるものです。でも、Aより高い音は、いくらテノールでも、ノドを開かないと、絶対に無理です」 はい、私はGまでしか出せない“高音のないテノール”でございます。

 私が今まで、高い音を歌おうとすると、何かにぶつかるような感じがして撃沈する事が多かったのですが、これは声が“閉じたノド”にぶつかっていたためです。ノドさえ開いていれば、声はスコーンと頭の中を抜けて、キレイに発声できるというわけなんですが…難しいですね。

 ノドを閉じずに、開いたままで歌うためのコツと言うか、テクニックがあります。それは『息を流しっぱなしにして歌う』のです。息を切ってしまうと、切った時に、ノドが閉じやすくなりますが、息が流れ続けていたら、ノドが閉じることはないのです(だって、ノドが閉じたら、息が切れてしまいますからね)。だから、息を流しっぱなしにしたまま、ノドを開きっぱなしにして、歌う練習をするわけです。そのために有効な方法が、ポルタメントです。ポルタメントで歌っていれば、声も息も切れずに行けますからね。

 そして見事なポルタメントをするためにも、腹筋の力はもちろん必要ですが、アゴの力はむしろ逆に極力脱力させて、大きく開く事が大切となります。なんでも、声楽家という人種の中には、常にアゴを脱力させる癖がついている人も大勢いて、そういう人たちは、結構、ヨダレを垂らすのだそうです。つまり「ヨダレが垂れるようになれば、本物」って事なのかな? ああ、ヨダレを垂らしながら暮らしたい(笑)。

 曲のレッスンの話は、また明日します。

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2012年11月 7日 (水)

そんなフルートなんか、すぐに捨ててしまいなさい!

 フルートのレッスンに行きました。

 ロングトーン練習をしたのですが、なんか今日は音がいつもより汚かったです。私はしっかりチューナーを確認して、ジャストの音を出していたつもりなんですが、先生曰く「君の音はだいぶ低い。チューナーを目で見て、音を合わせているつもりだろうけれど、音は耳で聞いて合わせるもの」って言われちゃいました。つまり『チューナーに頼りきるな、音程は耳でも確認しろ』って事です。もちろん、私のチューナーが狂っていたり壊れていたりしているわけではありません。単純に、機械が拾う音と、実際に鳴っている音との違いというか、遊びというか、そういうものがあるんだから、チューナーに頼るなって、先生はおっしゃりたいのだろうと思います。

 ちなみに、私は、チューナーではバッチリだったし、音は汚いけれど、これはきっと私じゃない人がズレているんだろうなあ…なんて呑気に考えていたわけなんですよ。でも、ズレていたのは、私だったというオチです。

 一応、チューナーそのものは壊れていません(先生が確認しました)。もしも機械的な不調が原因だとしたら…、考えられる原因は、マイクが故障している? まあ、断線ならともかく、マイクが故障したので、音を低く拾っている…ってのは、考えられないよね。

 そうなると、チューナー的にはバッチリだけど、耳で聞くと、私が思っている以上の誤差というか、精度の甘さがあるってわけで、次回のロングトーン練習の時は、逆に耳優先でやってみて、その時にチューナーがどういう反応をするか、試してみようっと。
 
 
 さて、アルテの15課は、cis-mollの課題をすべて一発合格で勝ち取ったので、5章を終える事ができました。これで、15課の優しい方の半分が終了。ああ、まだまだアルテ15課終了までの道は、先は長いです(涙)。

 次回までの宿題は、6章As-durの「As-durのロングトーン」と1番の「音階準備練習」です。頑張ろうっと。
 
 
 ミニヨン・エチュードの16番は「まだまだ息を吹き込みすぎ!」と「スラーがまだまだ不十分」という注文は付きましたが、全般的にはよく吹けているという事で、合格をいただきました。やったね。ま、かなり甘い合格だと思いますが、とにかく次に進めてうれしいです。なにしろ、自分的には、この16番は、まだ細かいところのツメが甘いかなあ…って思っていたのですから。

 さて、ミニヨン・エチュードは、次回から17番です。先生がさっそく模範演奏をしてくださいました。こうやって、すぐそばでプロの生演奏を聞けるって、実はすごい勉強になっているんじゃないのかな?

 アルテ15課は全部で10章なので、ようやく優しい方の半分が終わったばかりで、まだまだ終了は先なんですが、ミニヨン・エチュードは、すでに全20曲中の16曲までが終わりました。つまり、16/20=4/5が終了したわけで、このままのペースだと、ミニヨン・エチュードが終わっても、まだまだアルテはたんまり残っている計算になります。うへー、ミニヨン・エチュードが先に終わったら、延々と、このドリルのような15課だけやるのかな? それはちょっと、勘弁だな。
 
 
 フルートの調整に行って、オーバーホールを薦められた事を先生に話しました。「うん、そろそろだろうね」とあっさり言われちゃいました。そうか、先生の耳で聞いても、ボチボチ、オーバーホールが必要なんだね、アゲハさんは。

 オーバーホールなら、アルタスの工房に出すのが良いと薦められたけれど、それだと一カ月以上の時間がかかると言われて悩んでいるんですよ…とグチってみたところ「オーバーホールは、メーカーに出しなさい」って即答されました。メーカーに出して、タンポを全部取り替えてもらって、きちんと調整しなおしてもらうのが、一番いいのだそうです。

 もっとも、タンポの全交換をしたら、その後は、しばらくの間、マメに調整しないといけないとも言われました。確かに、フルートを購入したばかりの頃は、三カ月に一回くらいの頻度で調整していたものね。

 「でも、メーカーにオーバーホールに出してしまったら、手元にはまともなフルートが無くなってしまうので、困るんですよ」と、さらにグチってみました。「一カ月は長いですよ。その間、手持ちのフルートで練習するとしても、一本は、中国製の一万円フルートだし…」と言ったところで…

 「そんなフルートなんか、すぐに捨ててしまいなさい!」

 と間髪入れずに言われちゃいました。いやあ、電光石火のツッコミでした。H先生にとっては、チャイナ娘は、楽器のうちに入れてもらえないようです。私的には、それなりに愛着のある楽器なんですが、やはりプロにとって「中国製の1万円フルート」なんて、ものの数に入らないのでしょうね。しかし、間髪入れずだったので、ちょっとビックリしちゃいました。

 とりあえず、これで、チャイナ娘でレッスンを受ける事は、ありえません。

 ちなみに、チャイナ娘は、現在、私の自宅ではなく、職場の私の研究室に置いてあります。気が向いた時に遊び吹きをするためと、時折、授業(音楽系の授業も持っていたりします)で、サラっと吹いてます。結構、それなりに活躍しているんですよ(笑)。

 チャイナ娘がダメとなると、後は、遊び吹き用のプラスチック・フルートだけですが、さすがにプラ子でレッスンを受ける勇気は、私にはありません。なので「このフルート(アゲハ)をオーバーホールに出して、手元にマトモなフルートが無い状態が一カ月も続くと、さすがに練習とかに支障が出るんですよ」とグチったところ…

 「借りればいいんじゃないの? 店にレンタルフルートぐらいあるでしょ? オーバーホールに出す時に、フルートをレンタルすればいいじゃないの?」とアドヴァイスを受けました。そうか、レンタルか、その手があったか。店で借りるか、アルタスから借りるかは別として(もちろん有償だろうけれど)レンタルサービスぐらいありそうだよね。そうか、今度、相談してみようっと。

 まあ、店になければ、ネットで借りてもいいしね。少なくともヤマハは、楽器レンタルをやっているのは確認済みです(例えば、こことかね)。

 無理してサブフルート(あるいは、新しいメインフルート)を購入するのではなく、一カ月前後はレンタルフルートを借りるというのも、なかなかおもしろい手かもしれません。

 なんか、そう考えると、かなり気楽にオーバーホールに出せそうな気分になりました。

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2012年11月 6日 (火)

ヴァイオリンの練習が出来ない理由を、つらつらと考えてみた

 さて、一ヶ月ぶりのヴァイオリン独学練習報告をしますと…、あれからまるっきり進んでいません。ってか、ほとんど練習できてません。練習課題的には、スズキ教本の12番「習作」で止まったままです。

 結局、まだヴァイオリンの練習をする時間が見つけられないのです。

 以前は、朝起きて、出勤までの間の時間のどこかで、5~15分ほどの時間を見つけて、ヴァイオリンの練習をチマチマやっていました。

 ところが今は、朝起きて、ネットして、御飯食べて、身支度をすると、もう仕事に行く時間になってしまいます。まあ、しばらく前から、職場に早めに行くように心掛けている事もあり、以前は捻り出せた5~15分程度の“朝のヴァイオリン練習”の時間が捻り出せなくなってきたため、現在のこの状況に陥ってしまったわけです。

 早く家を出る分、早起きすればいい? まあ、たとえ早起きであっても、私は自分の趣味の事ですから、たとえつらくても、しばらくは頑張れると思いますが、結局、今でもかなりの睡眠不足の毎日ですから、これ以上の早起きをして、寝不足に拍車をかけるようなマネはしない方が健康のためにいいし、私が早起きしてしまうと、結局、妻も一緒に起きてしまうので、それもちょっと可哀相な話なので、あまり早く起きたくないんでずよ。

 どちらかと言うと、朝の起床時間に関しては、もう少し睡眠時間を確保する方向が、望ましいとさえ思ってます。そんなわけで、ヴァイオリンの朝練が出来なくなってしまいました。で、朝練が出来ない以上、別の時間に練習をするべきなんですが、実になかなか、難しいのです。

 帰宅も以前よりも遅くなりました。なにせ、吹奏楽部の顧問なんて引き受けちゃいましたので(直接指導することはなくても)なるべく部活に顔を出してやらないといけないのですよ。

 で、部活が終わって、遅くなってから帰宅して、ネットして、入浴して軽食を食べて、その後の、夜の10時までの時間が、私の音楽の時間になります。帰宅が10時を過ぎる事は、滅多にありませんが、それでも10時まで、残り時間が30分とか1時間なんて日はザラです。その時間に声楽とフルートの練習をするんです。いつもいつも、1時間しかないわけではなく、多い日は3時間ぐらい練習できる日もありますが、全般的には短めの日の方が多いし、たとえ3時間練習できたとしても、声楽2時間フルート1時間では、全然練習時間が足りません。その足りない練習時間にヴァイオリンを割り込ませるわけにはいきません。

 私の趣味の優先順位は、声楽が1位、フルートが2位、合唱が3位で、ヴァイオリンはその次あたりですから、なかなかヴァイオリンの練習ができません。

 ただ、ヴァイオリンには弱音器とか消音器などがあるので、声楽やフルートが練習できない、深夜に練習することは、実は可能です。朝練を始める前は、就寝前の時間にヴァイオリンの練習をしていた事もありますが、しかしこれは、実はかなり危険なのです。と言うのも、ウァイオリンの練習に集中するあまり、うっかり徹夜したり、ガッツリ睡眠時間を削ってしまう恐れがあるからです。ただでさえ少ない私の睡眠時間が壊滅的に不足してしまいます。なので、深夜のヴァイオリン練習は、ダメダメダメなんです。

 となると、平日の練習は無理。では休日を使って練習をすれば…となりますが、休日の私は、残念な事に忙しいのです。コンサートに行く事が多いし、合唱などの練習もあったりします。それに、土日の出勤だって、そこそこあります。無論、買い物やらなんやらの外出をしないといけない事だってあります。妻孝行だってしないといけません。

 また、たとえ休日であっても、夕方から夜にかけては、平日だけでは足りない、声楽やフルートの練習をしています。

 今のままでは、ヴァイオリンの練習時間を作り出す事ができません。

 ううむ、どうしましょう。もっと、精査に私の日々の暮らしのスケジュールを見直さないといけませんね。

 そう言えば、ヴァイオリンの練習もそうだけれど、最近、めっきり、読書もしてないよ。読書どころか、マンガも読んでない。TVだって、そんなにきちんと見ていない。読みたい本は、チマチマ購入しているけれど、手をつけないまま、家中に散らばっているよ。HDレコーダーの中には、何十時間も見ていない番組がたまっているよ。ああ、困ったモノだ。

 結局、私って、時間の使い方が、下手なんだろうなあ…。

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2012年11月 5日 (月)

メトのライブビューイングで「愛の妙薬」を見てきました

 2013年シーズンのメトロポリタンオペラ劇場のオープニングアクトは、ドニゼッティ作曲の「愛の妙薬」でして、その同じプロダクションが、ライブビューイングでもオープニングに選ばれました。主演はアンナ・ネトレプコで、ポスターやチラシなどにも、彼女の写真が採用されています。そう言えば、昨年のオープニングアクトの主演もネトレプコでしたね。今、メトは、ネトレプコ推しなんでしょう。

 で、そのネトレプコですが…太ってました(笑)。それも一目瞭然(!)なほどに、ブックブックになっていました。「え?」って感じで、私は驚きましたよ。

 彼女は歌も上手いのですが、その美貌でも大いに売っていたはずです。そんな彼女にとって、巨体化はありえないはずなのですが…いやあ、人相が変わるほどに太ってました。激太りって奴ですね。あの、美しいネトレプコはどこに行ってしまったのでしょうか? チラシやポスターに写っている美女と、舞台にいる人はまるで別人のようでした。ロシア系の美女は若い時は素晴らしく美しいけれど、その時が終わると、すさまじく劣化しはじめるのですが、ネトレプコもついに……、いやいや、単なる、気の弛みで、一時的に太ってしまったのだと信じたいです。しかし、言われなければ、ネトレプコと分からないくらいに太ってました。

 と言うわけで、ネトレプコが演じたアディーナは“純な村娘”と言うよりも“肝っ玉姉ちゃん”ってぐらいの様子でしたが、歌はとても良かったです。ネトレプコと言う人は、時々、自分に合っていない役でも平気でやってしまう“我知らず”なタイプの歌手ですが、このアディーナは彼女の声に、とてもよく合っていたと思います。しかし、アディーナって、劇中に、これぞというアリアのない役なんですよね。そんな小さな役に、こんな人気歌手を持ってきて、さらにオープニングアクトにしちゃうなんて、メトも何を考えているんでしょうね? でも、とても面白かったから、私的には良しとしちゃいます。

 ネモリーノをやったポレンザーニは、とても良かったです。大変美しい声でgoodでした。おそらくライブで聞くと“パワー不足”と言われるタイプの歌手かもしれませんが、ネモリーノにパワーはいらないし、必要なのは美声なので、ポレンザーニでOKです。

 ベルコーレをやったクヴィエチェンは、ちょっと小さいけれど、なかなかにイケメンなバリトンで、恋の敵役には、実にふさわしい人でした。これくらい、格好良くないと、恋のライバルとしての存在意義がないですよね。

 ドゥルカマーラをやったマエストリは、まるで往年のパヴァロッティを二まわり程巨大化したような体型だったけれど、あれはさすがにアンコが入っている?よね?? もしも何も無しであの体型だったら、色々な意味で立派な歌手です。

 今回の演出は新演出って事でしたが、なかなか良い演出だと思います。奇抜な線は狙わずに、現代人の心に寄り添うような演出でした。

 何と言っても、主役のネモリーノって、普通の演出では“知恵遅れ”または“与太郎”として演じられます(あ、どっちも同じ事か!)が、今回のこの演出では、ネモリーノは知恵遅れではなく、詩人志望の若者という設定です。詩人志望だから、どこかネジは外れているわけだし、若者だから猪突猛進で青臭いのです。この設定はいいと思います。でも、登場シーンの時は、まだそんな設定など分かるはずもなく、従来通りの設定だろうと思っていますから、手帳に、おそらく詩を書いているネモリーノを見た時は、思わず「お前、字を書けるのか!」と突っ込んでしまいました(笑)。その後も、ネモリーノが読書をしているシーンもあったりして、彼が十分に知的な人間であると言う演出がされていました。つまり、ネモリーノは、どこにでもいる、普通の若者という設定なんです。

 21世紀に生きる我々は、知恵遅れを笑う感性は持ち合わせていません。むしろ、そのような行為に罪悪感すら感じます。しかし、若者の青さを微笑ましく応援する感性は持っています。今回の「愛の妙薬」は、知恵遅れの奇妙な言動を笑い飛ばす物語ではなく、青臭い青年であるネモリーノの恋を応援する物語なんです。

 ネモリーノが詩人志望の若者なら、アディーナはさしずめ年上の女社長のような存在だし、ベルコーレはその取引先の営業マンみたいな立ち位置となっています。二人ともいい年した立派なオトナなんです。だから、二人とも、ネモリーノの青さに困惑しながらも、優しく彼を受け入れていくんです。そして、従来の演出だったら、お笑いシーンになるところも、ネモリーノの若さ故の痛いシーンになっています。そういう意味では、このオペラ、単なる喜劇のはずですが、ちょっとシリアス劇の方に傾いていて、笑いの要素は少なめです。

 私は横浜で見たのですが、お客さんが100名程度入っていましたよ。年を追う事に、回を重ねる事に、少しずつ少しずつお客さんの数が増えているようです。めでたい事です。やがて横浜に入りきれないくらいお客が来るようになれば、きっと、もっと上映館が増えて、ウチの近所でやってくれるようになるよね。ああ、期待してます。

 そうそう、プチ情報ですが、レヴァインは今季はお休みだけれど、来季から復活するそうです。それと、今年のライブビューイングにはドミンゴの出番はありません、残念です。

 とにかく、メトの新しい「愛の妙薬」はなかなか良かったです。あえて難点をあげれば…主演ソプラノの体型かな(爆)。あと、興行的にはオープニングアクトなんだから、主役テノールにはビッグネームが欲しかったかな? でも、それ以外には、大きな欠点はありませんでした。

 メトとは関係ないけれど、今年のお正月映画として、レ・ミゼラブルが全国公開されるそうです。そう、通称“レミゼ”こと、ミュージカル版「レ・ミゼラブル」です。いよいよ、あのミュージカルが映画化されるそうです。ううむ、絶対に見に行かないと。そして、DVDとサウンドトラックCDを買わないと! 予告映像を見ましたが、すごく期待できます。メトもいいけれど、レミゼに乞ご期待だよ。

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2012年11月 4日 (日)

いつまでも若いつもりじゃいられません[2012年11月第1週・通算35週]

体重:107.2kg[+0.2kg:+4.1kg]
体脂肪率:32.4%[+-0.0%:+1.5%]
BMI:33.8[+-0.0:+1.4]
体脂肪質量:34.7kg[+-0.0kg:+2.2kg]
腹囲:102.3cm[-0.7cm:+3.8cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 私が「もう若くないなあ…」と思ったのは、全力疾走をしていて、自分の走る速度に自分が追いつけなくなって、足がもつれて、派手に転んだ時の事です。若い時は、絶対にそんな事はなく、韋駄天のように走り回れた事を考えると、実に悲しくて情けなかったです。いわゆるアラサーの頃の話です。

 その頃から、私は“老い”を意識し始めました。三十代半ばで老眼になった時も『いよいよ来るべき時が来たか…』と、その事実を粛々と受けとめました。

 そんなわけで、私は老いる事に関しては、寛容と言いますか、ありのままに受け入れるようにしていますが、世の中には、老いを拒否しながら生きている人もいます。ま、それは、その人の生き方だから、私はそれを生暖かい目で見守るばかりですが、そんなスタイルで暮らしていて、疲れないのかな?…と時々余計な心配をします。

 おそらく老眼なのに、老眼を認めず、老眼鏡を拒否して「疲れ目」とか「かすみ目」とか言って、細かい字が見えない事を眼精疲労のせいにする方、少なくないんじゃないですか? 私の身の回りにも数名いますが、早く老眼という事実を受け入れちゃえば、すごく楽に生きられるんだけどなあ…って思います。

 私は、だいぶ忘れっぽいです。人の名前が思い出せない事なんて、しょっちゅうです。でも、これは老化現象だから、人の名前が出てこない時は「年を取ったんだから仕方ないね」と諦める事にしています。「なんで、こんな事も思い出せないんだ」とクヨクヨ悔やむなんて、人生の無駄でしょ。精神衛生上もよくありません。

 クヨクヨというと、年を取ると、ヒガミっぽくなりませんか? ふと、気がつくと、愚痴っていたり、他人の悪口を言ってたり、世の中への不満をブツブツ垂れ流していたり…。ああ、イヤだイヤだ。そんな年寄りに、私はなりたくありません。なるべくグチらないように心掛けていますが、ついついブログ記事がグチっぽくなっていたりして、自己嫌悪に陥ったりします(この記事も半分以上、グチですね:汗)。

 いつまでもモテモテだと思っていたり、いつまでもチヤホヤされたいと思っていたりとか、そういう人っていますよね。その手の人は、年の割には、かっこ良かったり、かわいかったりするんだけれど、あくまでも“年の割には…”なんだよね。なぜ、娘のような年齢の子にキャーキャー言われたいのか、なぜ、いつまでも何もできないお姫様のような扱いを受けたいのか、私には解せません。自分では『今でもまだイケる…』と思っているのだろうけれど、端から見ていると、痛いです。そう、老いを受け入れない姿って、痛いんですよ。

 カッコいいジーチャン、かわいいバーチャンでいいじゃん。
 
 
 あえて高齢出産や不妊治療にチャンレンジする人も、ある意味、老いを受け入れていないんだと思います。まあ『なんとしても我が子をこの手に抱きたい』という気持ちは、私もヒトの子の親ですから、理解しますので『子宝が無事に授かるといいですね』と言って、純粋な気持ちで応援しますが、それでもやはり『この人は“老い”を受け入れていないんだなあ』とは思います。

 それに、世の中は皮肉なもので、40歳過ぎても、自然な形で妊娠しちゃう人もいたりするわけで、そんな人を見ていたら「私だって、まだまだ…」と思ってしまう人がいても無理ないし、テレビじゃ高齢出産の芸能人を大々的に持ち上げたりするわけだし、そんなのを見ていたら「妊娠出産は、もう少し後回しにしても平気かな…」って若い子たちが勘違いしてしまい、簡単に妊娠できる時期に妊娠を避け、老いて妊娠しづらくなってから「さあ、妊娠しましょう」と思って、後の祭りで大騒ぎするしかないのも、仕方のない事なのかもしれません。

 他人は他人、自分は自分なんです。身近で高齢出産をした人がいるから、自分も高齢出産ができると思ってはいけないし、ましてや、芸能人が高齢出産したという報道があったなら、それは報道されるくらいに“珍しい出来事”なんだって思うべきなんでしょうね。

 その手の問題の根本には“人生設計”って奴の存在があるのかもしれません。今の時代は、若者に人生設計というのをさせて、あたかも、人生なんて、自分の考えた通りに生きていかれるモノ…なんて事を、学校の家庭科あたりで教えてしまうわけだけれど、それって、実は“傲慢な話”なのかもしれません。自分の考えたとおりに人生を生きていける人なんて、ほとんどいないのにね。

 その傲慢さ故に、多くの若者が、道を誤ってしまうんだろうなあって思います。

 だいたい、人生なんて『一寸先は闇』なわけだし、そんなビックリ箱だから面白いって、私は思います。

 だいたい、二十歳かそこらのガキに人生を見通す力なんて、ほぼ皆無でしょ? 振り返って考えても、二十歳の私が、現在の私の生き方を予想できたかと言えば、絶対無理(笑)。自分の未来なんて、予想できないから、人生は楽しいわけです。
 
 
 ほんと、時間は逆さまには流れないんです。若さは失われる一方で、過ぎ去ってしまった時間は戻ってこないんです。そこに若いうちに気付き、良い意味で人生に流され、若い時でないと出来ないことを粛々とやってきた人は、上手な生き方をしてきたと思いますが、いつまでも若いつもりで、老いに目を背を向けて、若い時に考えた人生設計図の通りに歩いていこうとすると、やがて無理が生じ、やがて“偽の若さの代償”を支払う事になるんだろうなあって思います。

 元来、日本では、老いというのもは、忌み嫌われるものではなく、尊敬され憧れるものだったはずです。いつから、こうなってしまったのでしょうか?
 
 
 私は太っています。だから、たまにダイエットをして痩せます。若い時は、減量なんて簡単でしたよ。ちょっと食事を抜けば、あっと言う間に痩せました。やせて、スリムになれたわけです。年を取ると、なかなか痩せません。食事を抜いたぐらいじゃ痩せません。一時的に栄養失調になるほど、食事を抜いて、ようやく体重が減少し始めます。

 若い時は、体重が減ると、元気になって健康になったものです。今は体重を減らすと、元気なくなるし、病気がちになります。ある意味、文字通り、身を削ってダイエットしているわけで、時々ヤバイなあと思う時があります。

 そうそう、年をとると、やせると皮膚が余るんですよね。若い時は、やせると、体重と一緒に皮膚も減っていきましたが、年を取ってからは、やせると、カラダの内容量が減るけれど、皮膚は減らないので、あっちこっち、ダルダルにたるみます。そりゃあ、みっともないくらいです。
 
 
 みっともないと言えば、髪もだいぶ、薄く、細くなりました。薄毛というか、ざっくり言えば、ハゲました。

 私の場合は、河童ハゲです。私はフサフサの白髪のジジイになるつもりでしたから、ある日、自分が河童ハゲである事実を知った時は、ちょっとショックでした。悲しくなりました。でも、悲しんだからと言って、ハゲが治るわけじゃないし、自分が河童ハゲなら、河童ハゲらしく生きていけばいいかと思う事にしました。ただ、願う事は、ハゲが似合うジイサンになりたいなあって事です。
 
 
 あと、夜中に目覚めて、トイレに行くことが増えました。いわゆる“頻尿”って奴ですかね。やがて、そのうち、尿漏れなどをするようになって、パンツの代わりに大人用紙おむつをするようになるんでしょうね。

 人に急かされると、イラつくようになりました。若い時は、これでも行動は機敏な方でしたが、今じゃあ、世の中の若者や中年オヤジたちから見れば、きっとモタモタしているんでしょうね。

 ふと、気づくと、歩く速度がだいぶ遅くなりました。昔は、周囲の人々を追い抜きながら歩いていたものですが、今では一生懸命歩いていても、追い抜かされるのが当たり前ですもの。でも、それでもまだまだ1時間や2時間は平気で歩けますから、健脚な部類に入るんだろうなあと思います。やがて、歩くのが遅いところか、長距離歩けなくなる時がやってくるのでしょう、杖や車椅子のお世話になる日がやってくるでしょう。歩ける今のうちに、しっかり自分の足で歩いておきたいと思います。
 
 
 ま、そんな感じで、老いの中で生きている私です。ほんと、いつまでも若いつもりじゃいられません、ってね。

 老いもなかなか面白いものです。昨日までの自分とは、違った自分が、今日、この場にいるんですよ。成長とは違いますが、毎日が、新しい自分との出会いです。これも案外、楽しいものです。

 しかし、年を取って、忘れ物をよくするようになったのは、ちょっと困ってます(笑)。

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2012年11月 3日 (土)

キキョウがやってきました

 ニシキが星になり、水槽を放置したままにしておく、残りの三匹が、今でも巨大魚ですが、さらに巨大化してしまうため、次の子をなるべく早く入れないといけません。そこでさっそく、次の子をウチに迎え入れることにしました。

 いつもなら、迷わず、近所の金魚屋に行くのですが、ナゴンの時の店の様子から、そろそろ次の店を開拓した方が良いだろうと思い、ちょっと遠方ですが、別のお店に行ってみました。一軒は…私が子どもの頃は、それなりに繁盛していたのですが、今はすでに廃業してしまったようです。もう一軒は…金魚もいましたが、今は販売の主力をカナリアにしてしまったようで、店内はカナリアだらけでした。

 私、今は金魚を飼ってますが、実は小鳥も大好きで、セキセイインコを数羽飼っていた事もあります。しかし、インコってすぐに増えるんだよね(笑)。なので、カナリアを見て「うう、カナリア、飼ってみたい!」とか思いましたが、小鳥はさえずるんだよねえ…。最近は、年のせいか、静寂を好むようになってきたので、小鳥さんはパスです。

 そのカナリアだらけの店には、水槽が三つあって、金魚が三種類泳いでました。素赤和金が一匹100円。コメットが一匹300円。素赤琉金が一匹500円でした。琉金はなかなか良い子が揃っていましたが、今回はニシキの後釜に入れる子なので、赤い金魚ではなく、濃い色の金魚を探し求めていたので、パスです。でも、素赤琉金を買うなら、この店も悪くないかなって思いました。

 結局、新しい店の開拓に失敗したので、いつものお店に行きました。ナゴンの時よりも、店はすごい状況になっていて、金魚も、大きくて高価な子ばかりでした。「これはダメかな…」と思って、色々と見ていたら、小柄でかわいい子を見つけました。

 でもそれは、銀魚でした。銀魚って、金魚の一種で、体型はほとんどランチュウなんだけれど、体色は黒銀色。なかなかかわいい奴ですが…実は妻はランチュウ系が大嫌い。背ビレが無いのが、薄気味悪いそうなんです。なので、せっかくのかわいい子でしたが、パスです。ちなみに、この銀魚は4800円でした。

 「背ビレが欲しいなら、銀魚じゃなくて、鉄魚でどうだい」とお店のジイチャンが言いました。おっ、鉄魚ですか? 鉄魚なら、私、子どもの頃に飼っていた事があります。

 水が緑色と言うか、それこそ濃いめの玉露のような色をして、中は何も見えない状態の水槽の中に、鉄魚が三匹いるというので、そこから手持ちの洗面器に鉄魚を取り出してくれました。しかしホント、これだけ水が濃緑色だと、中に何がいるか全く見えませんよ(笑)。

 取り出してくれたのは、小柄でかわいい鉄魚が三匹でした。それぞれ体色がすこしずつ違います。ほとんど銀色の子もいれば、黒っぽい子もいましたが、私がチョイスしたのは、フナ色の鉄魚。かわいいですよ。この子をウチの子として迎え入れる事にしました。780円でした。銀は高いけれど鉄は安いようです(笑)。

 鉄魚というのは、金魚とフナのアイノコで、イメージとしてはフナです。フナの尾ビレ、背ビレ、胸ビレをやたらと長くしたもの…とイメージすると、分かりやすいです。とにかくヒレの長い子で、成長とともにヒレの長さが増してくるタイプの子なんです。つまり、実に立派な長尾のフナなんです。

 この子をキキョウ(桔梗)と名づけました。秋に我が家に来たので、秋っぽい名前にしてあげました。コハクに続いて、二匹目のフナ色の金魚です。

2012_11_03_kilyo  妻がiPhoneで取った写真がありますので、アップしておきます。ちょっとブレていますが、だいたいの雰囲気は分かると思います。まだまだ小柄だし、カラダも薄いです。我が家の水槽的には、初めての丸モノ(琉金、らんちゅう、オランダ獅子頭など)ではない、長モノの金魚(和金、コメット、朱文金など)がやってきたわけです。まあ、長モノと言っても、鉄魚なので、OKでしょう。鉄魚って、長モノのくせに泳ぎがあまり上手じゃないので、ちょうどいいかも。

 ただ、今はかわいいけれど、鉄魚って、すぐに長くなるんだよね。前に飼ってた子も、すぐに長くなりました。

 というわけで、キキョウちゃんをよろしく。

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2012年11月 2日 (金)

クカラチャとはゴキブリの事なり

 ダンスのレッスンを受けてきました。

 今回は、久し振りに間をあけずにレッスンになったので、少し前に進みました。まずはルンバから始めましたが、今回はクカラチャを習いました。ルンバのボディ・アクションの一つです。腰で八の字を描きながら、体重を右左へと移動していくムーブメントなんですが、言葉で説明するのは難しいや。そこで、YouTubeを漁ってみたけれど、分かりやすい動画を見つけられませんでした。ごめんちゃい。

 なんでも、クカラチャって“ゴキブリ”って意味の言葉だそうで、クカラチャというアクションは、床のゴキブリを踏みつぶす動作から来ているんだそうです。つまり、ルンバって、ゴキブリを踏みつぶしながら踊っているわけだ、ワ~オ、なんて非衛生的なダンスなんざんしょ。

 とにかく、ルンバを踊っている時は、少しも休まずクカラチャをし続けるわけです。結構、難しいし、かなり疲れます。

 「クカラチャは競技をやる人は必ずできないとダメだけれど、趣味の人は、別に出来なくても大丈夫」と言われましたが、趣味でも私はちゃんと踊れるようになりたいので、ぜひクカラチャをマスターしたいです。

 それにしても、クカラチャ、難しいです。ま、今後しばらく継続課題ですね。

 それと、ショルダー・トゥ・ショルダーからスパイラルにつなぐステップも習いました。ルンバって、基本的に、カウント「1」ってお休みでしょ。でも、スパイラルの時は、その「1」で、足は休んでいるけれど、腕はパートナーの手を取って上げます。「1」の時に動くなんて、ちょっと変(笑)です。何だかんだと、ルンバだけで、小一時間、やりました。

 休憩中に、最近ラブラブのドーナッツを食べました。ハニー・ディップとシュガー・レイズとオールド・ファッションの三つだよ。せっかくダンスを踊っても、ドーナッツ食べたらダイエットにはならないけれど、今はドーナッツがマイブームだから、いいのだ(笑)。

 休憩後はタンゴです。なんか、どうにもタンゴは分からんです。妻先生にも「ステップは合っているけれど、タンゴじゃない」って言われました。ま、足型だけじゃ、ダンスにならないわけだ。カラダもちゃんとタンゴを踊っていないと、ダンスって言えないわけです。

 たぶん、なんか、うまくいかないのは、一つには私の中に、タンゴのイメージってのは、それほど明確ではない…という事があるのかも。実際、タンゴって、いま一つ???なダンスなんですよね。で、私が???だから、うまく踊れないんです。

 「YouTubeでタンゴを見て、イメージをつかんでよ」と言われたけれど、タンゴの、いわゆるビデオ的な動きは分からないでもないんです。でも、なんか、すっと来ないんですよ。なんか、タンゴって、遠い感じがするダンスなんだな。音楽も馴染みがないし…。まあ、習うよりも慣れろですから、やがて踊れるようになるんでしょうが、今はまだ、なんか???なんです。

 とりあえず、タンゴのビデオ、貼ってみました。

 今回、散々言われたのは「カラダが軽い!」と「頭をヒョコヒョコ動かさない!」の二つです。もちろん、その他にもダメなところはたくさんあるんだろうけれど、とにかく、この二つに要注意です。

 で、ジルバは…ささっとやってお終い。

 次はワルツですが、タンゴの後ってせいもあって、今度はカラダがちゃんとスウィングしません。切り換えがうまくいかない私です。ジジイだもん、仕方ないね。

 とにかく、ダンスを踊っている間は、一瞬たりともカラダを緩めてはいけません。ここが声楽とは違うところですね。カウント「2」でレイズしたら、「3」で体重の載っている足に向かって降りていくのが、なんか上手くいかないですね。

 何度か踊っているうちに、足がもつれ始めたので、今回のレッスンは終了となりました。レッスン冒頭にやった、クカラチャが徐々にキタようです。足がもつれて、倒れて、怪我したら、オオゴトだものね。なんかもう、疲れました。ワルツを、もう少し踊りたかったな。

 とにかく、今は、ルンバとタンゴとワルツの三つに集中だね。この三つがそこそこ踊れるようになるのが、目下の目標ってところです。ガンバロ。

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2012年11月 1日 (木)

エコ発声は、結構、怖い

 第九の練習に行ってきました。練習に行くと、まずは受付で出席簿に丸をつけて、名札を受け取って、練習会場に入ります。ところが今回、受付に私の名札が見当たりませんでした。テナーなんて人数が少ないので、見落とす事はありえません。つまり、私の名札が無くなっていたわけです。前回の練習で、私は名札を戻し忘れそうになって、あわてて、名札の箱に自分の名札を入れた事を覚えているので、確実に名札を返却しているのですが、なぜかありませんでした。なぜ無いのでしょうか? ちょっと解せません。まあ、名札は無くても実害はありませんが、みんな名札をぶら下げて練習に参加しているのに、一人だけ名札が無いと、なんか仲間外れになったみたいで、居心地が悪いです。本当に紛失してしまったなら、次回も無いでしょうが、もしも次回は名札があったなら、誰かが間違えて私の名札を持っていっちゃったって事になるわけで…さあ、次回は名札があるかな?

 練習は発声練習から始まります。発声練習をしていて気がついたのは、合唱の発声練習って、半分は準備体操のようなもので、実際の発声練習ってのは、時間にすると、だいたい半分程度なのですが、その時間に行う発声練習では、高い音や低い音をしっかり出すための練習だったり、子音の発声を明確にする練習だったり、母音の連続性を確認する練習だったりわけで、どこの合唱団に行っても、声に響きを付加する類の練習ってやってないなあって思いました。具体的に言えば、アゴや軟口蓋の可動域を広げたり、舌根を下げたり、鼻腔や副鼻腔に声を響かせる練習とかね。

 つまり、合唱団で、求めているのは、広い音域と滑舌の良い発声であって、響き豊かな声(いわゆるソリスト声)ってのは、求めていないのだなって思いました。ま、考えてみなくても、そりゃあそうだよね。

 今回の私は元気でしたが、最初からエコ発声でいきました。

 エコ発声で歌っていくと、すごく不安を感じます。というのも、エコ発声で歌っていると、自分の声が全く聞こえないのですよ。だから、今自分がどこで何を歌っているのか、音程は合っているのかなど、全く分かりません。いや、それどころか、本当に自分は声を出しているかすら、分からなくなります。もう少し強い声を出せば、分かりますが、それではエコ発声にはなりませんし、合唱を結果的に壊してしまうことになります。合唱を壊さないためのエコ発声って、本当に怖いです。これを続けていくには、かなりの勇気が必要です。

 で、そんなスリルを味わいながらエコ発声をしたのですが、その一方で、私はようやく、カラダの中に声を残さない発声が出来るようになったんだなと、ちょっと感慨深くなりました。これ、初心者の頃は、しようと思ってもできなかったんですよね。

 自分の体内に声を残さずに、すべての声を外に出してしまうってのは、低いレベルかもしれないけれど、声楽が上達するための一つのマイルストーンであって、ずいぶん長い事、それを目指していたわけですが、いつのまにか出来ている自分をここに見つけたわけです。立ち止まっているように見えて、それなりに上達しているんですね。

 ソロなら自分の声が体内に残っていなくても、壁の反響などから自分の声が聞けますが、合唱だと、特にエコ発声だと、自分の声は周りの声に溶け込んでしまうので、自分の声を自分の声としてフィードバックできないので、本当に怖いです。自分の声は、耳で確認するのではなく、体内感覚で確認するしかありません。それも、慣れてしまえば、どってことないのかもしれませんが、今の私には、ちょっと不安な話です。

 エコ発声をして自分の声が聞こえないと、周りの声がよく聞こえます。隣の人の声も聞こえるし、周りの他のパートの声も聞こえます。ピアノも幾分か聞きやすく感じます。今まで、いかに自分の声が周囲の音をかき消していたのかが、よく分かります。

 エコ発声では、高音はファルセットで誤魔化し、低音は捨ててます。中音域は息をたっぷり入れて、声ではなく息で歌っているような感じにします。なので、全然、歌った感じがしません。不完全燃焼? 欲求不満? でも『合唱ってこんなものかな』と無理やり思い込むように努力中です。“ソロと合唱は全くの別物”と心底思えるようになれれば、たぶん、こんなエコ発声も苦にならなくなるのでしょう。

 第九の練習そのものは、前回までで音取りが終わったので、今回から歌い込み練習に入るのかなと思ってましたが、今回の練習は副指揮者さんだったと言う事もあって、最初から、比較的細かくダメ出しをされながらの通し練習となりました。とは言え、面倒なドッペルフーガなどは飛ばされてしまいましたが…。指導者的には、色々と気になる箇所が多々あったのでしょうね。でも、本番まであと一カ月ぐらいだし、次週は練習無い訳だし、四の五の言うのは止めて、ドンドン歌いこんでいった方が良いのになあと…と、生意気な私は思いました。やっぱり、全体的なペース配分とかをカラダに入れておきたいじゃないですか。それに、歌い込まないと掴めないものもあるし…。

 エコ発声で歌っていると、余裕があるせいか、色々なものがよく見えます。

 ここの団は、男性も女性も、高音と低音の方々の体格差が少ないなあって思いました。どちらかと言うと、皆さん、小柄なのかな? どうも、縦も横も巨体なのは、私ぐらいしかいないみたいです(汗)。カラダの大きさと声って、結構関係があるのですが、これだけボディサイズが違うわけですから、私が色々と苦労するのも仕方ないのかもしれません。それにしても、テノールに関して言うと、小柄な人の方が高音を出すのが楽なんですよね。私も小柄だったら、高音がスカーンと楽に歌えていたのだろうと思うと、小柄な方が、本当にうらやましいです。、

 休憩時間に近所で消防フェアのようなものをやっていたので、ちょっと冷やかしてきました。色々な出店が出ていて、にぎやかで面白かったです。その中で、地元の米と水を使って、お粥を作っているところがありました。それをいただいたのですが、ただの白がゆでしたが、とても美味しかったです。たぶん、いい米といい水を使っているのでしょうが、お米の味って、美味しいですね。思わず、その日の昼食は、お粥にしたくなったほどです(しませんでしたが:笑)。

 何だかんだ言っても、あと一カ月もすると本番です。なんか気分は、不思議と平常心のままなんですが、それでも一カ月すると本番なんです。なんか不思議だな。

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