ひとこと

  •  放送業界&家電業界では、4K、8Kのテレビ放送で盛り上がっているみたいです。皆さん、4Kのテレビって欲しいですか? 私は廉価ならば欲しいですが、高価ならばパスです。だって、ウチのテレビって42型だもの、そんなに大きくないもの。DVDとBlue-rayの画質の違いだって分からないくらいだもの、4Kや8Kの画面を見ても、たぶん、その美しさは分からないんじゃないかな? いや、それ以前に、アニメとかバラエティとかドラマとかを、そんなに美しすぎる画面で私は見たいのか…って話です。もちろん、廉価なら見たいですが、たぶん最初のうちは高価だよね。100万円以上もするようなテレビは、よう買わんですよ、私。私に買って欲しければ、まずは10万円程度にしてください。話はそれからです。

お知らせ

  • ●2018年秋の本番のお知らせです。●門下の発表会は、次の通りです。●2018年11月18日(日) 横浜市神奈川区民文化センター かなっくホール 13時開場 13時30分開演です。●こちらは一番下手っぴなのが私なので、最初から聞いても面白いと思います。全体で2時間程度の発表会です。私の出番は二回に分けてますが、最初の出番は14時前後になる予定です。●レスピーギ作曲「Invito alla danza/舞踏への誘い」●ドナウディ作曲「Amor s'apprende/ 愛は取り付いてしまう」●ヴェルディ作曲「椿姫」より「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」●そういうわけで、一つよろしくお願いします。
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2012年9月18日 (火)

歌曲は、作曲者が作曲した原調で歌うべきか、それとも声に合わせて移調して歌うべきか

 今回の記事には結論はありません。私にも結論は分かりませんので、思っている事をダラダラと書いてみます。結論を持っている方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。

 元々の悩みは、ベッリーニの『優雅な月よ/Vaga luna, che inargenti』を歌いたいと思った時に生まれました。

 この曲は昔から大好きな曲で、20年ほど前に習ったT先生ところの発表会(思えば、この発表会が私のアマチュア歌手としてのデビューステージだったわけです)のために練習し、見事に本番で撃沈した曲なんです。好きな曲なのに撃沈って悲しいですね。なので、多少なりとも歌えるようになった今、ぜひ、いつかどこかでリベンジしておきたい曲とカネガネ思っていた曲なんです。

 元々はベッリーニの『三つのアリエッタ』という歌曲集の中の一曲で、本来はメゾソプラノのために作曲されたと聞いてます。なので、声楽初心者で、声もロクに出せなかった昔の私ならともかく、今の私の声(テノール)には、音域的にちょっと低く、合わないと言えば、確かに合わないです。

 その上、日本の楽器屋さんで普通に買える『ベッリーニ歌曲集』は中声用(と言っても、この曲に関しては原調です)なんです。私はテノールなので、高声用の楽譜があれば、欲しかったのですが、見つかりませんでした。ま、探しても見つからないはずです。日本では『ベッリーニ歌曲集』の高声用の楽譜はありませんから。

 なので『優雅な月よ』を歌うこと自体を諦めるか、あるいは自分の声に合わないと重々承知の上で、合わないまま歌ってしまうか…そんな選択肢しかありませんでした。

 当時、私が師事していたキング先生は、歌曲を移調して歌う事に反対していました。と言うのも、先生の言い分は『作曲家は調性にまで神経を使いながら作曲している。それを歌手の勝手な都合で変えてはいけない』というものでした。確かに、それはその通りだと思います。楽譜至上主義…クラシック音楽にはそういう側面があります。作曲家が心血注いで作曲した作品を、演奏者の都合で変更してはならない…まさに、ザ・クラシックな発想です。これはこれで、正解だと思います。

 しかし、一方で、歌は歌手の声に合わせて歌うべきだという考え方もあります。現に、イタリア古典歌曲やシューベルトの声楽作品は、楽器屋にいけば、普通に「中声用」「高声用」「低声用」と声種別に移調済みの楽譜が販売されています。シューベルトが三つの声のために、三パターンの作曲をした…とは考えづらいので、やはり原調のものが一つあって、それを高く移調したり低く移調したりして、音楽出版社が三つの声のために、わざわざ楽譜を作ったと考えられます。

 実際、シューベルトを歌う方は、シューベルトが書いた原調ではなく、自分の声に合わせた楽譜を使用して歌っている方がプロアマともに大勢いらっしゃいます。自分の声に合わせて歌う…もはやそれも“アリ”なんだと思います。(ちなみに、シューベルトでも原調にこだわるなら、どの声の楽譜を選ぶべきなんでしょうか?)。

 いやいや、そもそも、音楽の教科書である「コンコーネ50番」が声種別になっていて、自分の声に合わせた教科書で学んでいるんだし、歌手の立場から考えれば、可能ならば、自分の声にあった調で歌った方が、より歌唱が効果的になるのは、間違いないです。

 まあ、イタリア古典歌曲やシューベルトならばともかく、ベッリーニやトスティなどのイタリア系の作曲家別の楽譜になると、日本では声種別の楽譜は、特に無く、これらの曲は出版社が編集した調(原調の場合もあれば、中声用に移調したもの)しかないので、これらの楽譜で歌うべきものだと思ってました。

 まあ、ある作家の作品は、原調で出版されているのに、別のある作家の作品は、中声用に移調されているモノしか無いというのも、ちょっと割り切れませんが、おそらくは、それらの楽譜が出版された時代の事情を反映しての事だろうと思います。

 ところが最近では、外国の輸入楽譜も、容易にかつ安価に、入手が可能になってきました。

 例えば、ベッリーニの歌曲集は、日本だと中声用または原調版しかありません。なので、日本では『優雅な月よ』は、いずれにせよ、私の声には合わないのです。しかし、輸入楽譜に目を向けてみる…イタリアのリコルディ社から出ているベッリーニの歌曲集は、声種別に販売されているんですよ。当然、テノール/ソプラノ向けの高声版の楽譜もあります。

 なので、さっそく高声版の楽譜を入手したところ『優雅な月よ』は、テノールの私にとって、とても魅力的な音域に移調されていました。元々、リベンジしたかった曲が、チャレンジしがいのある調性に移調していたので、とても歌いたくなりました。だってこの曲、中声用にしても原調版にしても、私には低すぎますからね。私の気持ち…分かっていただけますよね。

 なので…今度、その移調された高声版の楽譜で歌うわけなんです。
 
 
 作曲家の意図はとても大切だと思います。アンサンブルだからという理由もありますが、オペラアリアはまず移調はしませんし、男性のアリアを女性が歌ったり、女性の曲を男性が歌うことはまずありません。それくらい、声種性別にシバリがあるのが、オペラアリアです。もちろん、例外はあるわけで、ソプラノのデセイは、某歌劇場での「ホフマン物語」の第二幕に出演する自分のために、そのオペラを“長二度”高く移調して上演させた…という話を聞いたことがあります。本当の話かどうか私には分かりません(長二度高くした公演は、DVDで発売されているそうです)が、もし本当なら、オペラのディーヴァって、やりたい放題なんだな…って思いました。

 一方、歌曲は、声種別の楽譜が販売されているところからも、声種性別にシバリは薄いのかもしれません。歌い手と歌の主人公の性が違っていても全然かまわないようです。男性目線の歌曲を女性歌手が歌ったり、女性目線の歌曲を男性歌手が歌ったりもします。…そういうところは、演歌に通じるところがありますね(笑)。

 でも、クラシック音楽における、作曲家の作家性を重んじたら、そう簡単に移調するのも、どうかとはばかられるものがあります。

 だいたい、ポピュラー音楽の世界では、歌手の音域に合わせて移調するのが当たり前ですから、原調(つまり作曲家の意図)にこだわるのが、クラシック音楽の特徴なのかもしれません。

 歌いたい歌があるのに、音域が合わないから諦める…と言うのは、なんか残念です。たとえクラシック音楽であっても、ポピュラー音楽のように、実際に歌う歌手の音域に合わせて歌うと言うのも、現実問題としてはアリでしょ?

 ああ、難しい。歌曲は、作曲者が作曲した原調で歌うべきか、それとも声に合わせて移調して歌うべきか…、どちらの言い分(?)も分かります。ほんと、どうしたらいいのでしょうね。

 ま、ひとまず『優雅な月よ』は、高声版で歌ってきます。

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声楽のエッセイ」カテゴリの記事

コメント

歌曲は移調して歌って良いんですよ。
只、原曲の調で歌ったら、ピタっとはまって、なぜ作曲家がその調を選んだのかが
すごく分かる時がありますけど。
遠慮せずにどんどんやって良いと思います。

歌の伴奏のとき、、急遽移調をお願いされて面食らった事があります。
ピアニストならまだしも、フルートは「運指が組合せ」なので全く別の曲を吹く感覚になりますからね。

フルートの音色練習用エチュードの題材にオペラがあります。
オペラは歌詞があり曲のカラーをイメージしやすいので題材に使われているそうですが、記調で演奏、転調して演奏、と同じフレーズを音色、タンギング、極度に言えば音価などのニュアンスを変えて、その調のカラーが出る演奏を練習するわけです。

でも、歌詞があるということは最初の調性に意味があり、転調することによって、その歌詞で表すニュアンスが変わっちゃうと思いました。歌詞がなければある程度無神経になれますが…。

その歌詞の意味と合わない調で、調性を感じさせる音楽を演奏する練習ってなんか腑に落ちないなぁ…と疑問を持ったことがあります。

すとん様の3日間の書き込みに、僭越ながら、コメントを書いちゃおうかな。
( ̄▽ ̄;)

移調、ありだと思います。
調性、テンポ、リズム、などなど、作曲家があらゆることを考えて作曲したのは当然として、もし、俺の作った通りに演奏しろ、とおっしゃる大作曲家がいたとして、でも、演奏する方は、作曲家のために演奏するのではなく、聴衆のため、そして、演奏者自身のために演奏するのだから、調性、テンポ、リズム、などなど、変えちゃうのもありだと思います。
( ̄~ ̄)ξ

で、また、吉田雅夫先生ですが、確か、ストラビンスキーの曲。N響での練習中、大指揮者に止められて、「違う!楽譜の通りに演奏しろ!」我らが吉田先生、楽譜の通りに演奏していなかったんですね。曰く、いや、こっちの方(自分が変えて演奏している方)が、音楽になっている、みたいな。で、数年後、ストラビンスキー自身の、同じ曲の改訂版が出版されて、なんと、吉田先生が吹いた通りの譜面になっていた、とか。まあ、これは1例に過ぎませんが、作曲者の意図を超える優れた演奏もある、という1例かな、と。
( ̄□ ̄;)!!

CATS、いいですね。私も、某ニューヨークで、3回観たような記憶が、、、、、
インターミッション(休憩)の時、お客さんが舞台に上がれて、で、出演者が1名、サインに応じていました。というわけで、私は、ニューヨークの、CATSの舞台に立った!
( ̄~ ̄;)

領土問題のお話、大変に興味深く拝見しました。憲法に関しては、私は改憲には懐疑的ですが、、、、、フルートネタ、声楽ネタのほか、こういった時事ネタも楽しく拝見しています。今後とも、よろしくお願いします。
(⌒∇⌒)ノ"

おぷーさん

 移調して歌うのはアリ。原調で歌うのがベスト。…とまあ、そんなところですかね。私は『原調で歌えるに越したことはないでしょうが、それでは効果的な歌が歌えないので、やむなく転調して歌います』みたいな感じで、なんとなく転調して歌う事に“後ろめたさ”を感じていました。おぷーさんに「遠慮なくどんどん~」と言われると、そんな後ろめたい気持ちも、どこかに吹っ飛んでいってしまうよな気がします。

 今後は、原調で歌える曲は、なるべく原調で歌い、そうでない曲は、いっそ開き直って、自分に合わせて歌うように、前向きに行きます。はい。

めいぷるさん

 調性には色やニュアンスがあり、オーケストラや合唱では、そこが重要視されます。フルートもオーケストラのメンバーで、調性によって色もニュアンスも付けられる楽器ですから、やはり調性にはこだわりがあります。

 ところが、歌曲って、相棒がピアノなんですよ。ピアノって、平均律の楽器で、調性の色やニュアンスの表現が苦手な楽器じゃないですか。さらに主役の歌手と来たら、楽器なんかよりも、ずっとずっと音程が甘くて、平均律とか純正律とかの違いなんて吹っ飛ぶような音程で歌うわけで(汗)…。そんな歌手とピアノ組み合わせで、調性の細かいニュアンスにこだわる事自体が、そもそも無理なのかな…なんて、今、ちょっぴり思いました。

>歌の伴奏のとき、、急遽移調をお願いされて面食らった事があります。

 それってヒドイ話ですね。フルートの助奏を伴う有名な曲と言うと「ルチアの狂乱の場」がありますが、あの曲で移調をお願いされたなら、歌手を八つ裂きにしてもいいと思いますよ(笑)。

operazanokaijinnokaijinさん

>演奏する方は、作曲家のために演奏するのではなく、聴衆のため、そして、演奏者自身のために演奏するのだから

 ここなんだよね、問題は。クラシック音楽は、楽譜至上主義であり『演奏家は作曲家に奉仕する存在である』という考え方があります。聴衆や演奏家自身のためよりも、まずは作曲家のために演奏すべきだと考えるクラシック系の演奏家さんいます。まあ、歌手には少ないタイプなんですが「まずは楽譜どおりに演奏する。移調やアレンジなんて、もってのほか!」という考え方もクラシック界にはあるわけなんですよ。

 そこが、クラシック音楽が今一つ、ショービズに成りきれない理由なのかもしれません。

 吉田先生の逸話はなかなかに面白いですね。作品は生み出されて世に出たら「それはもう作者のものではない」というニュアンスの事を言ったのは、芭蕉だったかな?

 実は声楽曲(オペラも含む)の中には、作曲家が書いたとおりには(部分的にだけれど)演奏しないのが慣習となっている曲がいくつかあります。それは、作曲家が書いたよりも、素晴らしいと認められたフレーズがあって、長い時を経ているうちに、後から書かれた方が民衆によって支持され、今では作曲家が書いたフレーズと置き換わってしまったのです。そんな事を考えるのと、作曲家にとっては不愉快かもしれませんが、一音楽ファンとしては、愉快な話です。

 キャッツの舞台は…もしかすると、日本でも休憩の時に舞台に上がっても良いのかもしれません…が、日本の観客は慎み深いので、舞台に上がれても、上がりません(笑)。なんか、気後れしちゃうのでしょうね。

 サインは…あったら面白いかもしれませんね。でも、きっと日本人の事だから、サインをしてくれる事になったら、サインが欲しくて列を作ってしまうと思います。列なんて作られたら、その列がはけるまでサインをやめるわけには行かなくなってしまい、次の幕の開始に支障が出てしまうので、出来ないんじゃないかな?

 改憲に関しては色々な意見があるのは私も承知しています。憲法第九条がネックになってしまっているわけですが、私はそこよりも、移民に関する態度を憲法で明示していかないと、移民に関する法律が作れないので、そこが日本国憲法の大きな欠点だと思ってます。それは日本人にとっても、日本に寄留して生活する外国籍に人にとっても、大きな法的不備だと思ってます。

私は、すごく単純に考えています。市販されている楽譜の時点ですでに胃腸されているのが沢山あるわけで、当然アリだと思います。
Vaga luna、私も移調してレッスンしました。そして滝のような汗を流しました(笑)ほんとにおっかない曲です(^O^)

椎茸さん

 確かに『市販されているんだからアリ』はアリですね。あんまり難しく考えない方が良いのかな? こういう言い方はどうかとも思うけれど、聞いている側で、その曲がオリジナルの調なのか、移調されたモノで歌っているかが分かる人って、たぶん少ないですよね。でも、歌手の声に合った曲なのか、無理して歌っている曲なのかは、分かります。歌手とか客とかの立場で考えたら、適切な譜面(時によって移調譜)を使った方が良いのかな…とも思います。

 ううむ、とりあえず、私は歌手の立場で「自分の声にあった調で歌う」で行きます。

>Vaga luna、私も移調してレッスンしました。そして滝のような汗を流しました(笑)ほんとにおっかない曲です(^O^)

 ほんと、譜面を見ただけでは、こんなに難しい曲とは思いませんでした。私も、選曲ミス?したかなって、ちょっぴり後悔してます(汗)。

いまさらですが
移調して歌うのはありですよ。
かえって原調で声が響かないところで歌うべきではないと思います。
ただ、原調のニュアンスは勉強すべきなんですけどね。
その辺は先生に伺ってもいい問題だと思います。
シューベルトは友達の声に合わせてその場で移調して自分の歌曲を歌ってもらったというエピソードがたくさん残っています。
きれいに歌うことが大前提ですからピアニストさんには迷惑かけちゃいますがありですよ、移調。
作曲家はだいたいが歌曲を作曲しているときに懇意にしている歌手の声をイメージして作曲しているようです。
なので歌う人に合わせての移調は大丈夫です。
Vaga luna は声を支えて息を使うのですとんさんのように声がある歌手さんには難しいかもしれませんね。
やさしーく歌えるといいですね。
頑張ってください!

ミルテさん

>作曲家はだいたいが歌曲を作曲しているときに懇意にしている歌手の声をイメージして作曲しているようです。なので歌う人に合わせての移調は大丈夫です。

 なるほど、そう言えば、楽譜に「この曲はソプラノの○○さんを念頭に書かれた曲で~」という解説がついているものがありますね。あれはそういう事だったわけですね。確かに、声が響かないところで歌っても楽しくないし、聞いている方だってガッカリでしょうね。自分の声にあった楽譜をチョイスするのは、大切な事なんですね。

 シューベルトの逸話を聞きますと、原調を無視してはいけないけれど、積極的に移調して歌っていいだーという気持ちになります。ありがとう。

>Vaga luna は声を支えて息を使うのですとんさんのように声がある歌手さんには難しいかもしれませんね。

 はい、一にも二にも「ブレス、ブレス、ブレス」で、自分のブレスの下手くそさ加減に涙がチョチョ切れております。とにかく、巧みなブレスでやさしく歌う事が肝心ですね。どうしても、最後の最高音の所で、思わず力んで、曲をぶちこわしています。「ああ~やっちまったな~」と日々反省しております。なんとか、本番までには、最後の最後まで優しく歌えるようにしたいものです。この曲は、声の見せびらかしは禁じ手なんですよね…、頑張りますよ(涙)。

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