ひとこと

  •  ああ、ゴールデンウィークに突入いたしました。今年のGWは、レッスンと温泉とラ・フォルジュルネとオペラで過ごそうかと思ってます。あ、溜まったDVDも見ないとなあ。ああ、とりあえず忙しいGWになりそうだなっとね。それはそれと、今年のラフォルジュルネは、パソナが不参加なんすよ。ああ、残念残念残念。私はパソナのコンサートが大好きだったのに…、もう生きる希望が無くなったよ(ちょっと大げさ)。とにかく、パソナが不参加で悲しい私でした。
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2012年9月 9日 (日)

最近見かけなくなったモノ[2012年9月第2週・通算28週]

体重:108.7kg[-0.9kg:+5.6kg]
体脂肪率:32.0%[+-0.3%:+1.1%]
BMI:34.3[-0.3:+1.9]
体脂肪質量:34.8kg[+0.1kg:+1.9kg]
腹囲:104.0cm[+-0.0cm:+5.5cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 人生を半世紀以上も生きていると、世の中、色々と変わるものです。どこにでも有ったモノがなくなり、無かったモノが生活必需品になっている…とか。

 そこで今回は、私が子供の頃に、たくさんあったのに、今ではめっきり見られなくなってしまったモノについて書いて、色々と懐かしんでみたいと思います。

 
オモチャ屋
 昔はデパートの中でも大きな面積を占めていたのが、オモチャ屋です。町のあっちこっちにオモチャ屋があって、いつも子供たちの声が聞こえて、それはそれは元気で勢いがありました。昔のオモチャ屋には、色々なオモチャがありました。ボールやメンコ、ベーゴマやビー玉、お人形とおままごとセット、ボードゲームにプラモにぬいぐるみ、駄菓子を売っている店もありましたね。

 そして、学校近くにあったお店の多くが文房具店を兼ねていたか、あるいは文房具屋なのにオモチャを置いていた…ような気がします。当時のオモチャ屋って、子どもの必要(欲望)を満たすものが、ゴチャゴチャと置いてあったと思います。

 それにしても、昔のオモチャなんて、一つ一つがさほど高価でなく、いや、むしろ、チープだったような気がします。今でもオモチャ屋そのものはありますが、数が減ってしまった上に、扱っているモノが高価になってしまったような気がします。それこそ、昔は子どもが小遣い握りしめて買い物をしていた店がオモチャ屋だったのに、今では大きなお友達たちが、ドドンと大人買いをしているのがオモチャ屋…でしょ。様変わりしたものです。
 
 
本屋とレコード屋
 ネット通販が始まって、最初に餌食になったのが、本屋とレコード屋だったと思います。

 少年時代、私は休みになると、本屋に行って、端から端まで本棚を眺めて、毎週のように本を買っていました。当時の私は、まさに活字中毒者で、今では考えられないくらいのハイペースで日々、読書に勤しんでいました。レコード屋も然りです。やはりお休みごとにレコード屋に行っては、新譜をチェックし、欲しいモノを見つけると、買おうか買うまいか、ウンウンと悩んでいましたね。当時のレコードは、まだ輸入盤が珍しく、基本的に高価な国内盤しかなく、若くて経済力があまりなかった私は、本を買うほど気軽にはレコードは買えませんでした。今のCDとは違って、レコードって、ちょっと贅沢品の香りがしてましたね。その点、気になる音楽はYouTubeでチェックできる今の若者は、恵まれていると思います。

 今はもう、あの頃にお世話になった、本屋もレコード屋も、ほとんど消えてなくなってしまいました。残っている店は、規模をうんと縮小して、細々と営業しています。ネット通販のおかげで、きれいな新品を安い値段で入手できるようなり、洋書も輸入盤も手軽に入手できるようになると…リアルな本屋やレコード屋(今風に言えば、CDショップ)は太刀打ちできなくなります。

 通販は便利だけれど、やっぱり買い物は、直接手にとって品選びをしたいと思う、昭和生まれのオジサンでした。
 
 
小川と沼
 昔は、あっちこっちに小川が流れていました。子どもの頃は、そんな小川でメダカを取ったり、笹舟を流して遊んでいました。沼もあっちこっちにありました。ザリガニを釣ったり、カメを追いかけてみたり、発泡スチロールで作った舟を浮かべて水遊びをしていました。

 かつて小川だったところは、今では蓋をされて道路になり、沼だったところは埋め立てられて、宅地になっています。残念です。

 昔の小学生たちにとっては、小川だとか沼なんてモノは、夏の社交場だったと思います。小川や沼には柵なんてもモノはなく、みんな水に入って遊んでいたけれど、不思議と水難事故なんて無かったものです。今の子は、水泳と釣りしか知らないし、普段の生活の中で水辺に近寄る事もないので、水辺の楽しみ方を知らないんでしょうね。だから、ちょっとした油断で、水難事故にあう…のかもしれないと思いました。
 
 
デパートの大食堂
 かつてのデパートには、たいてい最上階に大食堂がありました。入り口に料理の模型がズラズラズラ~と並べてあって、それを眺めて品定めをしたものです。メニューも豊富で、和洋中華、なんでもそろっていました。当時のデパートと言うのは、オシャレをしてお出かけする場所だったので、大食堂での食事にもハレの気分が満ち溢れていました。

 子どもにとって、デパートの大食堂って言うと、お子さまランチですね。お子さまランチこそが、憧れでした。ランチプレートに、当時の子どものあこがれの料理の数々…ハンバーグやエビフライ、チキンライスにプリンにナポリタン…が乗っていました。昭和の子どもにとって、これがどれだけのご馳走だったか…平成の子たちには分からないだろうなあ…。当時子どもだった私たちは、お子さまランチを見ているだけで、気分がウキウキワクワクしたものでした。まだまだ洋食が憧れだった時代でしたからね。

 デパートの大食堂と今のファミレスは似ていますが、でもなんか違う。ファミレスは日常生活の延長なんだけれど、デパートの大食堂って、特別な場所だし、家族で外食をするってのが、一大イベントだったんだよね。
 
 
電車の切符と駅員さん
 昔は電車に乗るために、必ず切符を買ってました。窓口に行って「○○行き、オトナ一枚」とか言って、一枚一枚買ってました。それを駅の改札口で駅員さんに渡して入鉄してもらって、電車に乗ったわけです。目的の駅に着けば、降りる駅の改札口の駅員さんに切符を手渡して駅を出る。それが当たり前の日常の風景でした。

 窓口の駅員さんは「○○行き」と聞いただけで、壁に用意されている何十種類の切符の中から、当該の切符をササっと取り出して「△△円」って答えてくれました。すごい暗記力ですね。

 さらに、改札の駅員さんはすごいね。押し寄せてくるお客さんたちが手渡す切符を一つ一つを瞬時に確認していたのです。と言うのも、キセル客(料金をごまかしている客)を捕まえるのも彼らの仕事でしたからね。よく駅でキセル客が捕まっているのを見かけました。

 切符だけでも大変なのに、乗り換え切符や定期券など、色々な種類の乗車券の類を、一日に何百人、大きな駅だと何万人もチェックしていたわけだから、まさに改札口の駅員さんって超人だと思います。

 自動改札になって、そういう駅員さんたちの超人的な働きを見る事がなくなりました。

 そうそう、駅での超人的な働きと言うと、キオスクのオバチャンたちのお釣り計算能力もすごかったですね。そこへ行くと、駅併設のコンビニさんの店員さんは…(申し訳ないけれど)まだまだだね。
 
 
健康優良児
 今では学校における肥満児は、下手をするとイジメの対象ですが、昔は肥満児、それも大柄で背の高い肥満児は“健康優良児”と呼ばれて、学校の朝礼などで、表彰されていたんですよ。ああ、なんて良い世の中だったんだ。大きい事は良いことだ。お相撲さんが庶民の憧れだった時代ですよ。そんな時代が日本にもあったのです。

 いつからデブが罵倒される時代になったのでしょうか? 昔は太っていたら、誉められたのに…ねえ。
 
 
銭湯
 無くなったねえ…。まあ、ウチ風呂が普及しきったので、その役割を終えた…から、町中から銭湯が消えてしまっても仕方ないとは言え、ちょっぴり残念です。私も子どもの頃は、銭湯に通ってました。大きなお風呂、入浴剤入りで、好きだったな。今は、近所の温泉に行って、当時の銭湯気分を思い出しています。

 ちなみに、銭湯に通っていた当時は、まだ幼い子どもだったので、女湯に入ってました(笑)。

 しかし、当時は銭湯だった事もあるけれど、お風呂って、毎日入らなくても平気だったし、周りの人々も1日おきとか2日おきに入浴するのが普通だった。昔の人は、汗まみれの埃まみれでも結構平気だったわけです。それがいつから日本人は清潔を気にするようになり、毎日入浴するという習慣になったんだろ? 子どもの頃なんて、夏でも、風呂にも入らず、汗だらけのまま、暑い部屋で寝てたわけで…今から思うと、信じられない事していたんだなあ…。
 
 
舗装されていない道路
 少なくとも湘南地方では、道というのモノは、たいてい舗装済みです。でも、私が子どもの頃は、いわゆる路地と呼ばれる生活道路は、どこも未舗装でした。雨が降れば、いい感じで水たまりが出来たり、ぬかるみが出来たりしてました。

 でも、地面って適度な保湿&保温をしてくれるモノじゃないかな? 今の真夏の舗装道路って、メッチャ熱いし、真冬の舗装道路は凍りつくように冷たいです。ところが、地面ならば、そこまで極端な事にはならないでしょ。道路が舗装されて、道を歩いていて足が汚れることはなくなったけれど、その代わりに、夏は熱源の上を、冬は保冷剤の上を歩くはめになったものです。たまんねえなあ…。

 人は靴を履いているから、まだいいよね。舗装された道を散歩している、ワンコたちは、どういった気分なんだろ?
 
 
空き地
 私が幼い時は、子どもの遊び場というのは、空き地だったね。そこで、野球したり、なわとびしたり、鬼ごっこしたり、木登りしたり、落とし穴を掘ってみたり、秘密基地を作ってみたり…とにかく、毎日、わけもなく大声出して走り回って……楽しかったなあ。

 今でも、廃屋を潰して更地にした空き地と言うのを、たまにみかけるけれど、ドラえもんのマンガに出てくるような、土管の置いてある広々とした空き地って、都市部じゃ無くなっちゃったね。昔は空き地も土管も,どこにでもあったのにね。

 空き地とはちょっと違うけれど、里山もなくなったね。都市部じゃ、かつての里山の多くは、宅地造成されて住宅地になっちゃった。子どもの頃、セミやかぶと虫を取りに行った山に、余所から見知らぬ人々が引っ越してきて住んじゃっているのを見ると…やっぱり寂しいなあって思います。自分がセミやかぶと虫を捕まえるのに夢中になっていたように、息子にもセミやかぶと虫を捕まえさせてやりたかったなあって思います。
 
 
二宮金次郎の像
 昔の小学校は、たいてい、正門入った脇に、二宮金次郎の像があったものです。薪を背負って働きながらも、本を読んで、片時も学ぶことを止めない少年の像があったものです。私の母校にもありましたよ。働きながら学ぶ、その姿に、私は(性根がひねくれていたせいか)努力よりも、貧しさと悲しさを感じて、気持ちが重くなったものです。

 そんな二宮金次郎さんの像がない小学校ってのが、増えたようですね。もちろん、新設校だと最初から無いのですが、古い学校も銅像を撤去しちゃったとか? かく言う、私の母校も二宮金次郎さんの銅像が無くなってました。

 ノスタルジーだと言われれば、その通りだけど、子どもの頃、毎日見上げた金次郎さんがもういないと思うと、やっぱり悲しいです。
 
 
明るい未来
 私も含めて、最近の方の思い描く未来像って、暗いですよねえ…。

 私が子どもだった頃は、誰もが未来を信じていたと思います。頑張って働いて、みんなドンドン豊かになって、科学は進歩して、私たちの生活は限りなく便利になって、国家が無くなって、世界は一つの国になって、戦争も飢餓もない、幸せな生活がやがてやってくる。それが人類の進歩というものだ…と、程度の差こそあれ、みんなそう思ってました。

 明日は必ず、今日よりも幸せな日である…そう信じてきたから、日本人は、身を粉にして頑張ってこれたんだと思います。

 そうやって、頑張って得た結果が、1980年代のバブル期だったのだと思います。“バブル”という言葉には、後世の人の恨みつらみ妬み嫉みが入っていると思います。あの時代は、あれはあれで、みんな幸せだったんです。

 ただ、その幸せは、長く続かなかった。上がりきってしまえば、後は落ちるだけ。そういう事だったのだと思います。

 今の私たちは、科学の進歩が、必ずしも人間を幸せにしてくれるわけじゃない事を知ってしまったし、金融中心主義の経済体制では、一生懸命働いて、会社が豊かになったからと言って、必ずしもその利益が労働者に還元されるわけでもない事を知っています。

 昔は、会社というモノは、成長して規模が大きくなるものでした。だから、人々は良い学歴を手に入れて大企業に就職しようとしていたんです。そして会社は社員を大切にしてきました。終身雇用もあったし、福利厚生は充実し、給料は上がる一方で、下がる事はなかったんです。失業する? ありえない話でした。それどころか、退職後の生活一切だって、会社が面倒みてくれる…なんて事も珍しくなかったんです。

 でも、今は違う。世界的な大企業に勤めていたって、いつ解雇されるか分からない。福利厚生もどんどん削られている。給料が上がらないどころか、下がることだってある。いや、会社そのものの継続すら確かではない時代です。

 安い時給で働かざるを得ないワーキングプアの方も大勢いらっしゃいます。働いたからと言って、幸せにもなれなきゃ、豊かな生活ができるわけじゃない。学校を卒業したけれど、定職につけず、結婚出産はおろか、恋愛すらできない若者たちがウヨウヨしています。

 これじゃあ、誰も、明るい未来なんて、想像できません。

 平成時代は、昭和時代よりも不幸な時代だ…とは言いたくないです。でも、敗戦で一度日本が無くなって、占領地となり、やがて昭和27年(1952年)4月28日の日本独立(サンフランシスコ条約)からは、右肩上がりで成長してきた昭和時代と、バブル経済で絶頂の頃から始まって、金融ビッグバンのおかげで日本の富が、金融機関を経由して、ドンドン外国(ってかアメリカ)に流出するようになってからは、坂を転がるように経済力が落ち続け、リーマンショックで決定的な打撃を受けた平成時代とでは、比較しちゃいけないのかもしれません。

 だから、平成に生きる人々が、明るい未来を描けないのも、仕方のないことなのかもしれません。
 
 
 しまった。なんか、最後が暗い話になってしまった(汗)。まあ、確かに我々が“明るい未来”を思い描くのは難しいのかもしれない。しかし、まだまだ世界規模で見た場合、私たち日本人ほど豊かで幸せな生活をおくっている国民は、他に数えるほどしかないだろう。そういう意味では、私たち日本人は、まだまだ幸せだし、まだ大丈夫。少なくとも、私が生きている間は、頑張ってほしい…とエゴイスティックに願っています。

 昭和時代は、科学の発展が、人々の心に光明をもたらした時代だと思う。一方、平成時代は、経済の発展こそが、我々の生活を支えるものだと知らしめた時代なんだと思う。で、肝心の経済が…ダメなんだよねえ。もう、個人レベルでどうにかできるモノではないのだから、ここは一発、日銀さんがババンとお札を刷り増しして、市場に出回るお金の量を増やして、マイルドなインフレを起こして、ササっと経済回復してくれれば、すべては丸く収まるはずなんだが…なんで、日本国は、お札を刷らないんだい。一番簡単で有効な景気回復術なのに、なぜやんないだ! ああ、わけ、分かんない。

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コメント

銭湯かあ
実家の近所にありましたが、今はマンションになっていますね。
小さいころに連れて行ってもらったのですが(銭湯体験的な意味で)、
湯船が熱かったという記憶です(笑)

今の家の近所には、絵に描いたような銭湯があり、まだ現役です。
一度入ってみようかとは思うものの、なかなか勇気が出ませんねえ。

ところで、シングインメサイアは、座席に相当余裕があるそうです。
ですので、当日でも全然OKのようです。もしよろしければ♪

椎茸さん

 家の近所にある(あった)銭湯4軒はすべて廃業し、それぞれマンション、老人ホーム、駐車場、居酒屋街になりました。もう一軒も残ってません。銭湯って敷地が広いので、跡地はそれなりの活用をされているみたいです。

 その代わり、近所に温泉がありますので、疑似銭湯(って、温泉も銭湯か:笑)体験は、いつでもできます(爆)。

 シングインメサイアか…、かなりの確率で行けそうもありませんが、万が一の時は、当日参加をするつもりで、前向きに検討します。人生、前向きって大切だもんね。

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