ひとこと

  •  ああ、楽しい。楽しすぎる。8月に入って以降の私のプライベートライフが楽しすぎる。楽しすぎて楽しすぎて、ちゃんと社会生活に戻れるかどうか、とっても不安。ああ、本当に楽しすぎて、人間、ダメになりそう…。

お知らせ

  • ●F門下&Y門下合同発表会は、2017年9月9日(土)に行われます。●13時開場、13時30分開演です。●場所は、神奈川県の鶴見区民文化センターサルビアホールの音楽ホールです。JR京浜東北線鶴見駅、あるいは京急鶴見駅のすぐそばのホールです。●私は、後半(第2部)の2番目に二重唱「私は貞淑な人妻」を歌い、9番目で「おお祖国よ(ダニロ登場の歌)」[マキシムの歌です]を歌って、11番目に二重唱「愛のワルツ」[メリー・ウィドウ・ワルツです]を歌う予定です。●私自身は発表会の後半~終盤にかけて歌いますが、今回のホールは小さい(100席程度)のため、ゆっくり来られると、立ち見、あるいは入場制限がかかる怖れがあります。一応、入場には整理券が必要という建前になっていますが、出演者の知り合いなら、整理券がなくても入場できますので「メリーウィドウの人を応援に来ました」と言えば、よっぽど混雑していない限り入場できるはずです。●なお、リアルに私の知り合いの方は、おっしゃっていただければ、入場整理券を差し上げますので、ご連絡ください。●どなた様も応援よろしくお願いします。
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2012年8月の記事

2012年8月31日 (金)

寝ても覚めても、あの事ばかり、考えてます[2012年8月の落ち穂拾い]

 あの事とは、発声の事だったり、プラ子の事だったり、まあ、このブログでネタにするような事ばかりです。なんででしょうか? 夏は暑いせいか、心のスイッチが“趣味”に入ったきりみたいなんです。「インナーマッスルを鍛えるにはどうすればいいんだろ?」とか、「ああ、プラ子、吹きてー!」とか、「カツーンとGを出すにはどうしたらいいのかな?」とか、「オペラ、見たいよぉ~」とか、「“セレナータ”の歌詞が全然入ってないよ、ヤバイよ、ヤバイよ」とか、無意識で『優雅な月』の歌詞をブツブツつぶやいているとか、頭の中で無意味にAの音叉が鳴り続けていたりとか…いけません、いけません。これじゃあ、まるで、ダメな人みたいじゃないですか?

 あんまり暑いので、ちょっと脳味噌が茹だってしまったのかもしれません。秋風が吹き始めると、もう少し落ち着けるんじゃないかなって思います。
 
 
舌は動かす、動かさない?

 日本語とイタリア語の違いには、色々とありますが、その大きな違いの一つに、母音の発音の仕方があります。

 日本語の母音は基本的にクチビルで発音しわけます。だから、クチビルを見ると、何を言っているかが分かるわけで、そのために読唇術というのがあって、聾唖者の方は、たとえ耳が聞こえなくても、相手のクチビルを見るだけで言葉が分かって、何を言っているのかが分かります。

 イタリア語では、原則、母音ではクチビルは動かしません。クチビルは子音を発音するために動くだけです。では母音はどこで発音しわけるかと言うと舌です。舌を動かして、様々な母音を発音しわけます。

 分かりやすく言うと、腹話術を思い浮かべるといいかも。腹話術は、クチビルを全く動かしませんよね。クチビルを動かさないでしゃべるコツは実は簡単で、舌でしゃべればいいだけなんですよ。つまり、腹話術は舌だけで日本語を発音しているわけで、普通の日本人は舌だけで言葉を発音などしないので、腹話術を見ると「不思議だー、不思議だー」と思うわけです。声楽での発声は、母音を舌の動きで発音しているわけですから、腹話術みたいな発声方法で歌っている…と思っても、そんなに違ってません。

 声楽ではイタリア語が基本言語なので、舌を思いっきり動かして歌うことが大切…なんですね。
 
 
声と加齢

 加齢とともに声が変わっていくのは仕方のない事だと思います。

 年をとって声が太くなったという方がいらっしゃいますが、それは幸せな事じゃないかなって思います。だって、それは歌声に含まれる倍音が増えたから、声が太く感じるようになったわけでしょ? 声がより美しく、よりボリュームアップしたって事です。男女ともに、クラシック系歌手にとって、太い声は魅力的な声でしょ。でも、細い声がウリだった人(スーブレットやコロラトゥーラなど)にとっては、ショックかな?

 太くなったのではなく、低くなった(音域が狭まった)と言うなら、それはおそらく、筋力不足です。若い時と違って、年を取ってくると、トレーニングしないと筋力は維持できませんからね。逆に言うと、トレーニングさえしていれば、若い時代と同じ筋力は維持できますから、音域もなんとかキープできるはずです。

 それでも、やはり加齢とともに音色は変わっていくものです。一般的に、加齢とともに、女声は低く太く、男声は高く細く、…といった方向に変わるようです。これは性ホルモンの分泌不足によって、声がより中性的になっていくためと聞いた事があります。実際、声楽などをやっていない普通の後期高齢者の方になると、声だけでは男性と女性の区別が難しくなってくるようです。もちろん、これは単純に音域だけの問題ではなく、性ホルモンの分泌不足のために、音色そのものが、老人のそれに変わってしまうのも原因の一つだそうです。

 加齢と声の変化については、私も色々と心配しています。

 ちなみに、体型も音色に関係するそうです。

 一般的には、歌手がやせてしまうと、声の倍音が減る(らしい)ので、声楽的にはマイナスだと言われてます。ただ、倍音の少ない声は、子どもっぽい声、未熟な声(痩せた声)の特徴でもあるので、一般の方だと「痩せたら、声が若返った」と言われて、喜ばれる方もいます。
 
 
プロとアマチュア

 合唱って、指揮者がリーダーとなって、音楽の方向性を決めて、合唱団全体を導いて、一つの音楽を作ります。だから、歌手の一人一人が、自分勝手に歌ったら、合唱になりません。合唱とは、個の音楽ではなく、集団の音楽です。集団の音楽…と言う意味では、合唱だけでなく、オペラ(つまり、合唱に対する独唱)だって、実は同じ事です。今はチームワークの時代ですから。

 でも、少し前の時代では、劇場では、チームワークよりもスターが求められていて、だから、オペラ歌手は威張っていて、よく指揮者や演出家とぶつかっていたものです。一番エラいのがオペラ歌手であって、指揮者や演出家は、歌手のシモベである…なんてね。

 今でも、そういう考え方の歌手がいないわけではないですが、そういう考えでは、活動範囲が狭まってしまいます。だって、そんな唯我独尊な考え方では、合唱のソロもオペラもできず、セルフプロデュースのコンサートしかできないでしょ? プロではキビシイのです。

 逆に言うと、アマチュア歌手は、合唱のソロを歌うこともまず無ければ、オペラで主役クラスを歌うこともまずありません。歌う場は、合唱以外なら、せいぜいが発表会か小規模なボランティア活動ぐらいでしょう。あとは、声楽サークルを作って、定期的にコンサートを開くぐらいかな? どっちにしても、その程度。でも、そう考えると、アマチュア歌手って、プロと違って、好き勝手に自分の歌いたいように歌える環境があるんですよ。

 自分の音楽を自分なりにやりたい…なんて考えるならば、案外、プロよりも、アマチュアとして活動した方が、色々な制限がなく自由にやれて良いのかもしれませんね。専門教育を受けながら、でもプロにならずに、アマチュアとして音楽活動をしている方って大勢いらっしゃるわけですが、そういう人って、実は幸せな人たち…なのかもしれませんね(もちろん、人の幸不幸は当事者にしか分からないものですが…)。
 
 
チーズ!

 私は、歯を見せて笑っている顔って、笑顔(えがお)ではなく、笑い顔(わらいがお)だと思ってます。声を立てて笑っているから、クチが開くし、歯も見えるんだと思います。対して、笑顔とはクチを軽く閉じて微笑む(その結果、口角が少し持ち上がる)表情だと思ってます。

 日本語では「笑う」と「微笑む」は違う言葉ですし、違う動作であり、違う表情です。英語でも“smile”と“laugh”は違う言葉ですし、違う動作であり、違う表情です。でも“smile”と“laugh”の違いは、日本語の「笑う」と「微笑む」という対立ではなく、日本語に訳すなら「笑う」と「大笑いする」の違いじゃないかな? つまり、彼らには「微笑む」という感性がない…のかなって思います。

 だから、写真を撮る時、欧米人の感覚では“smile”をします。“smile”だから、歯を見せて笑った顔で写真にうつるわけです。これは彼らの文化ですから、それはそれでOKです。

 でも(昔の)日本人の感覚では、笑顔は「あなたには敵意はありませんよ」というシグナルであり、友好の表情ですから、写真の時は、笑い顔ではなく、笑顔が良いと思います。だいたい、笑い顔って(昔の)日本人の感覚では、たぶん下品な表情であり、失礼な行いじゃないかな? だいたい、女性は笑う時に、クチに手を当てて、歯を見せないようにするのが、本来の礼儀でしょ?

 他人ににっこりと微笑まれたら、こちらの気持ちも和らぎますが、「はははっ」って感じで、他人に笑われたら、ムッとするでしょ? なので、私は笑い顔の写真を見ると、ちょっとイヤな気分、あるいは作為を感じます。まあ、俗っぽく言うと「嘘をつかれているような気分」になります。

 でも、こういう感覚も古くさい感覚なのかもしれません。

 私は「歯を見せて笑うこと」にも違和感を感じますが、最近の若い女の子たちのお辞儀姿に違和感を感じます。と言うのも、若い女の子たちのお辞儀が、西洋の召使いたちのような「使用人のお辞儀」になっていて、妙にへりくだった感じでイヤなんです。『日本の古来からのお辞儀の作法と違う!』って感じるんですよ。

 まあ、若い人間を見てイラつくってのは、老人になった証拠、なんだと思いますが(笑)。
 
 
CDが売れない理由

 CDが売れなくなって、ずいぶん経ちます。音楽番組も不振が続いてます。なんでも、私い世代は、お気に入りの音楽を聞いたり、新しい音楽を見つけるのに、CDを購入したり、音楽番組をチェックするという行動はしないのだそうです。そういう行動は、旧世代の人間の行動(私はこれだね)であって、若者たちは、YouTUBEで全て済ますのだそうです。実際、息子君はYouTubeで音楽を漁りまくってます。実際、YouTUBEを漁ると、まず見つからないものって無いですからね。

 若い世代がコレでは、確かにCDは、アイドルとの握手券とかイベントの入場券とかをオマケにつけないと売れません。レコード会社も大変です。

 私は旧世代(笑)なので、手元に現物がないと不安なタイプなので、なるべくCDは購入してます。
 
 
今月のお気に入り 「驚異の最高音キング・オブ・ハイF 奇跡のテノール マッテウッツィ」

 パパロッティが「キング・オブ・ハイC」として有名でした。それほど、テノールにとって、ハイC(五線より上のド)を出すことは困難なわけで、そのハイCを美しい声で歌えたパパロッティは「キング・オブ・ハイC」だったわけです。

 もちろん、私はハイCなど、ムリムリムリの世界です。

 そこへ「キング・オブ・ハイF」ですよ。ハイFって、五線より遥か上のファです。女声(女声だと実音表記になりますから、1オクターブ下の、五線の上のファになります)でも、合唱団のメゾあたりの方だと、たまに高くて出せない方もいらっしゃるくらいの高音です。それを男性歌手が歌っちゃうわけでしょ? ファルセットを使用するとか、メールアルトとかソプラニスタとかならともかく、テノール歌手がハイF? 想像つきません?

 想像がつかないので、CDを購入して聞いてみました。驚きました。確かに、想像を越えたハイトーンヴォイスの歌手でした。でも、マッテウッツィって、その驚異の高音がすごいのはもちろんだけれど、実にいい感じの味のある歌を歌う歌手さんでした。調べると、この人は、スター歌手ではないけれど、一流歌劇場で、脇役をよく歌う技巧派テノールさんのようです。なので、ハイFは彼の武器ではなく、特技なんですね。彼の武器は(当たり前ですが)歌唱力です。

 ハイFに惹かれて購入したCDですが、普段から、普通のテノール歌手のCDとして、ヘビーローテーションしてます。なかなか、面白いCDでした。…でも、やっぱり、聞きどころは“ハイF”かな?(笑)
 
 
今月のお気に入り NUVO社 プラスチック製 フルート STUDENT FLUTE

 このプラスチック製のフルートの事に関しては、記事にもしました(こちら)ので、詳しい事は、そちらをご覧になっていただく事として、購入以来、ほぼ毎日、プラ子(と呼んでます)を吹かない日はないです。それくらい、お気に入りになっちゃいました。ううむ、こんなに毎日プラ子ばかり吹いていると、アゲハが機嫌を損ねそうで怖いです。

 アゲハは本妻、プラ子は若い愛人、チャイナ娘は昔のお友達…みたいな関係になってます。とにかく、プラ子ラヴです。アゲハにはない魅力満載なんだもの。

 最初は、正直、ちょっとプラ子の事を小馬鹿にしていた私ですが、毎日吹いているうちに、この子の吹き方と言うか、鳴らし方が段々分かってきました。この子はパワーとか迫力とかで勝負する楽器ではないし(プラ管のくせに)なんか妙に雅びな部分があります。吹いていて面白いですよ。

 このフルートは、どうもだいぶ側鳴りの楽器のようです。遊び吹いている時は、自分的には音量には不満はないのですが、隣室にいる妻には、あまり聞こえていないようです。「銀の方が明らかに音が大きいわね」と言ってますので、本当に側鳴りの楽器のようです。側鳴り…と言うと、欠点のような感じに受け取られるかもしれませんが、自室で遊び吹きをするなら、むしろ側鳴りの方が有り難いですよ。
 
 
今月のお気に入り 「James Galway plays Flute Concertos」

 12枚組のゴールウェイのフルート協奏曲集が2200円で手に入る。すっげー。いや、ほんと、すっげー。価格破壊だよね。ありえない。もち、ヘビロテです。
 
 
今月の金魚

2012年8月12日(日) トート不在に気付く
2012年8月19日(日) タニシ、約100匹、やってくる(詳しい話は、明日の記事で:笑)
 
 
今月のひとこと

 ガリガリ君の梨味は、ある意味、最強だと思う。(2012年7月31日~8月5日)

 今年の夏休みはかなり充実しそうな予感がしてます。夏“休み”ではなく、夏“忙し”って感じかな? まずはご自愛くださいと自分に言ってきかせないと(笑)。(2012年8月5~9日)

 私のいつもの散歩道に、新しく“ウサギ専門店”が出来ていた。もちろん、ペットショップなんだけれど、ウサギだけ売って商売が成り立つのだろうか? 他人事ながら、はなはだ不安。(2012年8月9~10日)

 キターッ! mixiのタイムライン表示、ついにやってきたー! ん? これってスマホ版mixiアプリの表示と同じだね。最初は使いづらいだろうけれど、慣れればどってことはないかな? 以前よりフォントが大きくなって、目に優しくなったような気がします。日記も当該ページに飛ぶのではなく、別ウィンドになって、本文とコメントが同時表示されるようになったし、まあ、評判ほどは悪くないと思う。それにしても、mixiって、いつのまにか“つぶやき”中心主義になったんだね。なんかなあ…。(2012年8月10~14日)

 思わぬ所で、磁気ヘマタイト10mm玉を20個ゲット。しかし、これだけでは、ブレスレットにすら足りない…。せめて10mm玉の2~3個はないと、私の手首には巻けないのよ…。しょうがない、なんか買ってくるか…。できれば、安い石を(笑)。   なにせ、パワーストーンは好きだけれど、安くて効能の良い石が好きな私だからね(ふふ…)。(2012年8月14~16日)

 件の磁気ヘマタイトでブレスレットを作って、着用したら、半日もしないうちに、嘔吐し、その後、丸一日体調不良で苦しみました。トルマリンブレスレットに切り換えて、なんとかいつもの私に戻れた私です。ううむ、やはり磁気ヘマタイトはキツいなあ…。でも、毒も薄めれば薬になるわけで…ヘマタイトの数を減らして、再チャレンジしてみようっと。(2012年8月16~17日)

 横浜に行って“柿安三尺三寸箸”というお店でランチをしました。いい感じの和食系のビッフェレストラン(つまりバイキング方式の店です)でした。チェーン店らしいので、他の地域でもお見かけする事がありそうですね。マクロビオティックっぽいお料理がたくさん並んでいて満腹になりました。ちょっと、御ひいきにしてしまいそうです。(2012年8月17~18日)

 今日(2012年8月18日)は、カミナリと虹の両方を見れた。なんか、うれしい。(2012年8月18~20日)

 カンガルーの肉を食べてみた。案外、美味しい。(2012年8月20~25日)

 最近、どうもブログランキングがふるいませんでしたが、まあ、栄枯盛衰ですし、諸行無常ですし、ちょっと下の方でモツモツしているのも悪くないかな? 何より“ランキング乞食”にはなりたくないなあ…と思っていましたら、本日(2012年8月25日)の昼間の段階で、とりあえず、声楽とフルートの“二冠”をゲットしておりました。まあ、瞬間風速的な二冠でしょうが、とりあえずは“皆さん、ポチしてくれて、ありがとうございました” 順位はなるべく気にしないようにしているけれど、でもやっぱり、テッペンにいるのは、気持ちいいです。感謝です。(2012年8月25~28日)

 カラオケに行きました。本日の最高得点は、私が原調で歌った、オフコースの「YES-NO」。なんと96点という高得点をはじき出しました! しかし…正直言って、ちゃんと歌えてなかった…と思います。妻からも「ノドが壊れるから止めなさい」と言われたくらいにムリムリな高音&音程アマアマで歌ったのに最高得点。「オペラ座の怪人」の曲も何曲も歌ったし、他にもきちんと歌えた曲もあったと思うけれど、それらの曲よりも「YES-NO」の方が高得点。ううむ、カラオケ採点機の採点基準がよく分からない。(2012年8月28~30日)

 最近、自宅パソコンのIEの挙動がどうも不審。別にウィルスとかではないみたいなので、常駐ソフト同士の食い合わせの問題かもしれない。なので、グーグル・クロームを何気にダウンロードして使ってみたら、案外快適なので、ちょっとお気に入り。でも、クロームだと、ココログの管理画面でWYSIWYGが使えないので、常用ソフトへには昇格させられないなあ…。(2012年8月30日)
 
 
 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2012年8月30日 (木)

第九、始めました(笑)

 「キング門下を離れた事だし、久しぶりに第九を歌おう!」と思ったのは、それこそキング門下を辞めて、しばらくしての事でした。言うなれば「失恋したので髪を切ってサッパリしよう!」ぐらいのノリです。第九を歌うことで、自分を見つめなおしてみる…って感じでしょうか? 

 実は、私にとって第九って、結構、人生の節目節目で歌っているので、ある種の定点観測みたいなものなんです。

 前回の第九が2009年で、キング先生と蜜月だった頃に歌ってます。その前が2006年で、キング先生に師事する直前です。その前が2004年で、合唱に復帰しようと思った年です。その前は…合唱を熱心にやっていた頃に二年連続で歌ってます、という具合に、歌人生の節目節目で、私は第九を歌ってます。さしずめ2012年の今年は、Y先生に師事した最初の年に歌う…というわけです。

 さて今回、第九を歌うことで、私自身、どんな風景が見えてくるでしょうか? 楽しみです。

 もちろん、第九を歌うにあたってY先生には相談をしました。先生は「どうぞ、どうぞ」と言ってました。生徒のやりたい事は全力で応援をするY先生ですから、止める事などはしません。その代わりの注意として「ノドは壊さないでね」とは言われました。

 第九(の合唱)を歌うと、ノドを壊す人が続出するのだそうです。と言うか、第九(の合唱)を全部真剣に歌ったら、ノドを壊さない方が不思議なくらいに、第九(の合唱)は難しくてハードで体力勝負の曲なんだそうです。ま、私は第九程度じゃ、ノドなんて壊しませんが…注意は一応しておきます(笑)。

 ちなみに、第九を申し込んで、しばらくしてから、同じ練習日程で、オペラ「椿姫」の地元での上演のための合唱団員の募集がかかっている事を知りました。ううむ「椿姫」の合唱も歌ってみたいぞ。しかし、第九やりながら椿姫は、練習日程的に、ちょっと無理。私の予定はすべからく“先約順”って事にしているので、今回は第九に専念しますが…ううむ、すごく残念です(涙)。
 
 
 とにかく三年ぶりの第九です。第九合唱団の役員の方々は変わっていませんでした。使用する楽譜もベーレンライター版で変わりありません。合唱指揮者の先生も変わりませんし、ピアニストさんも変更ありません。だけど、副指揮者の先生が変わってました。ま、それくらいは変わってないと、新鮮味がないよね(笑)。

 練習場所もいつもの体育館のオーケストラ練習室です。広い部屋のはずなんですが、200名の団員が入ると、もうそれだけでいっぱいいっぱい。で、折からの節電ブームのためでしょうか、クーラーはさほど入ってませんから(たぶんお役所仕事で28度設定でしょうね)、もう場内は熱気でムンムン。部屋にいるだけで、汗がダラダラ出ます。

 地元の第九合唱団は、毎年、夏に団員募集をかけ、秋(今年はスタートがちょっと早い)から練習を開始し、12月の本番が終われば団を解散する、という潔い団体です。まあ、大半の団員は毎年参加しているし、私のように2~3年置きに参加する人もいます。でも、団員募集から始めるため、毎年、全くの新人さんもチラホラと参加します。今年は、男性には新人はいないようですが、女性の方に子どもも含めて10名前後の新人さんがいます。彼らには頑張ってほしいものです。

 それにしてもすごいなあって思います。第九の合唱だよ、ドイツ語だよ、本格的クラシック曲だよ。その合唱を、若い人も若干はいるとは言うものの、メンバーの大半は老人ですよ。老人パワー、おそるべしです。
 
 
 さて、今回の練習ですが、副[合唱]指揮者の先生が担当でした。私にとっては始めての先生なんですが、一昨年から連続で来られている先生なので、他の団員さんとは、結構ツーカーな感じでやりとりをしてらっしゃいました。

 今年の初回練習なので、まずは音取りからです。ダイヤモンド[練習記号のDの箇所]とイングランド[練習記号のEの箇所]をやりました。

 全くの新人さんもいるし、子どももいるのに、練習の進行方法がちょっと厳しかったかなって思います。と言うのも、まだ音取りの段階なのに、ソプラノ・アルト・バスはドイツ語歌詞をいきなりリズム読みさせ、ピアノでメロディを一回聞かせただけで、すぐにパート全員にピアノに合わせて歌わせてました。大半がベテラン団員だから、それでもなんとかなりますが、歌えない人や始めての人は、呆然とするだけです。

 多少はまどろこっしいでしょうが、ドイツ語の発音の仕方(スペルと音の関係とか、母音や子音の発音の仕方)などの説明ぐらいあっても良かったかなって思います(ってか、私自身、ドイツ語の発音の仕方、モヤモヤ~ってしているもんで…)。

 ちなみに、テノールだけは(新人もいないのに)丁寧に指導してましたよ。まず歌う順番が一番最後だし、歌詞のリズム読みも丁寧にしてたし、ピアノを聞かせた後はもいきなり言葉は載せずに「パパパ」とか「マママ」とかでメロディを確認した上で、歌詞付きで歌わせて、その後も、あれこれ発声の指導やら響きの指導やらを丁寧にしてました。何故かテノールだけ特別扱いでした。休憩時間に妻に「テノールだけ特別扱いみたいだけど、どう思う?」と尋ねてみたら「仕方ないんじゃないの、だってテノール、全然歌えてないもん」だそうです。まあ、そうかもね。

 そう言えば、昨年だか、一昨年だか、本番でテノールが崩壊したって噂があったっけ? その年の本番は見に行けなくて、後からそんな話を聞いた事がありますが、その時の事がトラウマになっているのかしら?

 私もテノールの中で歌っていて、色々と感じるものなあ。

 例えば、音程が人によってマチマチ(笑)だから、どこに合わせていいか分からなかったもの。「そういう時はピアノに合わせればいいじゃん」と言う人もいるでしょうが、私、テノールのパート集団のど真ん中の席にいたという事もあって、ピアノの音なんて、全然聞こえないのよ。その上で、周りの音がみんな違うから、歌いだす前に弾いてくれるピアノの音の記憶から、自分の中で音程に見当をつけて歌っているのだけれど、あれだけ音程が違うと、私も絶対音感を持っているわけじゃないから、色々と釣られて、変な音程になってしまいます。

 音符の長さも人それぞれ。特に語尾の処理が人によって違うので、なんかうるさい。一応、副指揮者さんからは、語尾の処理についての指導は入るけれど、そんなのお構いなしな方が多くて…ねえ。

 テンポも人それぞれでね。つまりは、指揮者を見てなければ、周りを聞いてもいない人が多いって事ね。もっとも、この件に関しては、私も他人の事は言えません。実はダイヤモンドを最初に歌った時に、テンポを崩壊させたのは私だからです(自覚あります:汗)。

 いやあ、第九、久しぶりだし、歌詞もメロディも忘れてた私は、最初に歌った時は楽譜をガン見しちゃって、指揮者を見なかったんですよ。で、ピアノも聞こえないわけだけど、耳を便りに、周りに合わせて、いい感じで歌っちゃったんですが…どうやら、それは指揮者の棒とは合っていなかったらしく、指揮者の棒に合わせて歌っていたグループと、指揮者の棒に合わせずに歌っているグループの二つのグループが同時に歌い、そりゃあもうグチャグチャになって、思わず女性陣から笑い声が聞こえてくるという始末。私は、その女性陣からの笑い声が聞こえるまで、真剣に楽譜を見ていたわけですが…。

 妻が言うには、どうも私が勝手なテンポ(副指揮者さんよりも早めのテンポ)で歌っていて、それにひきづられて、かなりの人たちが私の声に合わせて歌っていた…らしいんですね。渦中にいる私は、周りと一緒に声を合わせて歌っているわけだから、テンポが違うとは思ってないし、何よりも第九は久し振りだったので、楽譜から顔を上げられなくって…だったんですが、その結果、指揮者とズレて、指揮者に合わせて歌う人と、私に合わせて歌う人に分かれてしまったようです。

 ううむ、罪深いことをしてしまいました。

 一応、それは一回こっきりで、二度目からは、きちんと指揮者を見て、指揮者のテンポに合わせて(私は)歌いましたよ。そんな事をやっちゃったので、ちょっとテンポについては、エラそうな事言えません(涙)。

 ま、ヘマったのは、それ一回きりで、後はおとなしくしていたつもりです。妻に「私は(その一件以外で)練習の邪魔をしてないだろうか?」と尋ねたところ、私よりも(色々な意味で)すごい人がたくさんいるので、私の事は全然気にならない、のだそうです。

 …なんて書くと、第九合唱団のテノール諸氏がヘッポコのように聞こえますが、私を除いて、他のテノール諸氏は、普段は決してそうでもないんですよ。皆さん、自分たちの合唱団では、それぞれ団を支えるテノールさんたちなんですが、なぜか第九合唱団に来ると、いつもと勝手が違うせいか、なんか色々とあるみたいなんですね。

 まあ、ベテランさんたちは、やがて修正してくるでしょうから、当日は問題ないと思いますよ。
 
 
 ちなみに、今回の私の、第九での個人目標は「常に響きのある声で歌うこと」です。

 声量に関しては、今回は無理に減らさない事にしました。と言うのも、ムリヤリ声量を減らしてしまうと、結局ノド声になってしまうでしょ? ノド声ってノドを痛めつけるし、聞いていても不快でしょ? なので、まずは、脱ノド声で、響きのある声で歌うことにしました。もちろん、大声で歌うつもりはありません。無理せず響く声で、楽に楽に歌う事を目標にしました。その結果として『多少は声が突き抜けてしまっても、しゃーなし』で行きます。本当に声が突き抜けて迷惑かけそうなら…そこは音量を落とさずに、いっそ“歌わない”という選択肢を行使しようかなって思ってます。合唱だもの、ソロじゃないんだもの、必ずしもすべての音符を歌わないといけない、って事ないから、自分に合わない箇所は歌わない方向で、今年は、対応する事にしました。

 とは言え、第九ですし、周囲のテノールはほぼ例外なく叫んでいます(笑)から、私の声が突き抜けても、特に問題はないはずなので、大半の箇所は歌っちゃっても大丈夫だと思ってます。
 
 
 それにしても第九合唱団には色々な人がいます。

 今回、私のすぐ隣に座った方は、すべてのパートを自分流に(大きな声で)歌う人です。これは結構ツライものがありますよ。例えば、ソプラノの音取りをやっていて、みんなでピアノを聞いている時に、大きな声でソプラノパートを自分流で歌っているんですからね。ピアノを聞きたいのに、彼の独唱を聞いちゃうわけなんです。彼の歌声でソプラノパートを覚えてしまったら大変な事になります(だいたい正確ではないし、1オクターブ低いし…)。

 副指揮さんは、本来はそういう人を止めないといけませんね。でも副指揮さんには副指揮さんの立場があるわけで、なかなかそうはいかないのかもしれません。あるいは、隣に座っている私が、それとなく注意するべきだったでしょうか。でも下手な注意をして、初回からトラブルを起こしたくないのは、本音です。それに、彼は極端な例ですが、似たような感じの人は、実は団のあちこちにチョボチョボいるんです。

 歌詞の発音の練習のために、他の人に聞こえないように、小さな声でボソボソと歌っている人はよくいます。他の人の迷惑にならない程度なら、もちろんOKです。むしろ奨励するべき行動かもしれません。でも、他のパート練習に、勝手にオクターブを移動して自分流で参加するのは、迷惑だよねえ。そういう事をする人は、たいていは高齢者の方だから、聴力の問題があるのかもしれません。と言うのも、他人に迷惑をかけないように、自分的には小さな声で歌っているつもりなのかもしれないけれど、その小さな声が、実はかなり大きな声になっている…補聴器愛用者だと時々そういう事があるので、そういう可能性もないわけじゃないですね。実際、隣の方は、話し声もウルトラ級にデカイ人でした。

 あるいは、単純に、退屈しのぎとか? と言うのも、合唱って、歌っている時間よりも、ただ座って待っている時間の方が長くて、退屈なんですよ。その退屈しのぎをどうするかも、合唱での過ごし方の一つなわけです。

 その人の場合は『すべてのパート練習に参加する』という退屈しのぎをしていたのかもしれません。もっとも、たいていの人は、他のパートの練習を素直に見学して退屈をやり過ごすのだと思いますが、人によっては、妄想にふけ込むとか、自分の譜読みをするとか、読書をするとか、いたずら書きをしているとか、ゲームをしているとか、寝てるとか…まあ人それぞれです。

 妻の側では、発声練習の時は勇ましかったのに、歌になると、だんまりになってしまう方々が、数名ほどいらっしゃったそうです。おそらく、ドイツ語が難しかったんでしょうね。

 例年いるようですが、テノールパートを一オクターブ下の音で歌っちゃう人がチラホラいるみたいです。当人は自分が1オクターブ下で歌っているという自覚は…たぶん無いでしょう。

 それにしても、合唱の練習って、イスに座ってボケーとしている時間が大半なんです、場所が狭くて、身動きがとれず、エコノミー症候群になってしまいそうです(涙)。休憩時間になると、皆さん、体操を始めるもんなあ(笑)。かく言う私は、休憩時間になると必ず、練習場を飛び出して、周囲を軽く歩いて、血行を回復しています。

 そんな、色々な人間模様がかいま見られる、第九練習ですが、この調子で(笑)、12月の本番を目指して、頑張ります。

 …問題は、暗譜なんだよね。すっかり忘れちゃっているから、暗譜もやり直さないと…。それにしても、ドイツ語って、発音が難しいよね。

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2012年8月29日 (水)

高音がうるさい!

 フルートのレッスンに行ってきました。お盆休みをはさんで、ひさしぶりのレッスンです。8月は合宿休みもあったので、ほぼ2週に一度のペースで、のんびりレッスンをやってます。

 今回は、姉様のレッスンと時間的にかぶってましたので、ひさしぶりに姉様のレッスンを見学できました。いやあ、相変わらず、先生の怒号が飛び交っております。以前は、その先生の怒号がうらやましかったですが、最近は、私も先生に怒鳴られるようになったんですよ。いやあ、うれしいですね。姉様は、トリルだらけの跳躍フレーズのエチュードをやってました。えらく難しいそうな奴です。すごいなあ…。

 なので、ロングトーン練習もひさしぶりに姉様と二人でやりました。先生はその間はコーヒーブレイクです。休み無しでレッスンしているんですから、ある意味、当然の休憩です。たかが、ロングトーン練習ですが、相手が違うと、リズムや音程の取り方や癖が、色々と違うので面白いです。

 さて、今回から、アルテ15課5章です。『E-durのロングトーン』です。E-durは#が4つもあって面倒いです。面倒くさいせいでしょうか、いつも以上に集中して吹くので、案外、ミスは少ないです(笑)。

 で、1番の『音階準備練習』です。先生はいきなりメトロノームを鳴らして「この速さでやって…」と言いましたが、それは丁寧に辞退申し上げました。とにかく、E-durは#が多くて厄介で、まだまだ速さには対応できません。特に、レ#ってのは、私の中ではミbですから「なんで“レ”なのに“ミ”を吹くの?」と、わけの分からない脳内会話をしながら吹くのですから、容易な話ではありません。

 まあ、あっちこっち、つっかえながら、とりあえず吹き終わりました。当然、合格ではありません。先生がおっしゃるには「(不合格だけれど)とりあえずはいい感じですよ。b系と比べると、だいぶいいよ」らしいです。はい、私のb嫌いは先生に見抜かれているようです(笑)。私の脳内は、基本的に#系ですから、b系は嫌なんですよ。弦楽器の経験のある人なら、みんな脳内は#系でしょ。ちがう? 私の偏見かな?

 さて、先生から次のように言われました。「大きな音で吹く事は、大切な事だけれど、そろそろ音が大きいだけからは、卒業しましょう。あなたの音は、特に高音に行くに従って、うるさく聞こえます。それは、フルートを息のスピードではなく、息の量で高音に持っていこうとしているからです。それは楽器を鳴らせない人から見れば、音が鳴らせるだけ素晴らしい事だけれど、いつまでもうるさい音でフルートを吹いていてはいけません。フルートは息の量ではなく、息のスピードで吹くように意識してください。その時に、クチビルは柔らかくする事と、クチの中は大きく開いてください。そうやって吹くと、優しい音でフルートが鳴りますよ」と言われました。

 “大きな音”ではなく“美しい音”を目指しましょう…って事です。急な路線変更は無理だけれど、少しずつ、息のスピード重視で、柔らかく優しい音色でフルートが吹けるように、意識付けをしていきたいです。
 
 
 ミニヨン・エチュードは15番です。最初の6拍を吹いたところでダメが出ました。「フレーズを感じながら吹きなさい」 ごもっともです。単に楽譜を音声化してもダメですね、ちゃんと音楽を奏でなきゃ! アルテじゃEs-durを吹いていたのに、こっちじゃC-durですから、ちょっと指が混乱して、あっちこっち、つまらないミスをしちゃいます。

 スラーとスラーではない箇所の対比をしっかりつけながら吹く事。臨時記号は…#音は高めに、b音は低めに吹く事。

 実は私、この曲の最後のフレーズを倍速で吹いちゃってました。で、最初はその事に気付かずに、散々先生に「リズムが違う!」と怒鳴られまくりでしたが、何がどう違うのか分からず、何度も繰り返し何度も怒鳴られました。そう言えば、14番でもリズムを倍速で読んでた箇所がありました。どうも、私は、なんとなくの雰囲気で黒いフレーズに続くユルいフレーズを(って、言いたい事、分かりますか?)を倍速で吹いちゃう癖があるみたいです。きちんと譜読みをして、そういう事を無くさないとね。しっかりしましょう。

 アルテもミニヨン・エチュードも、まだまだです。次回まで、たっぷり練習してきましょう。

 今回のレッスン後の雑談は、温泉話でした。私も温泉好きですが、先生も温泉大好きみたいです。だから、二人で“近場の温泉”話をしちゃいました。ちょっとディープな内容だったかもしれない。いやあ、意外に湘南~富士山に掛けては、実にたくさん温泉があるんですよ。実は温泉好きにはたまらない地域に住んでいるのかもしれませんね、私たち。

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2012年8月28日 (火)

ピアノ合わせに行ってきたよ

 10月の地元開催のクラシックコンサートに向けての、本番モードに入ってきました。で、本番まで一カ月ちょっとになったので、そろそろピアノ合わせを始めましょうと言うので、ピアニストさんがやっているピアノ教室(と言っても、ご自宅)に、妻と二人でお邪魔しました。

 閑静な高級住宅街にあるお教室で、閑静すぎて、近所で犬が吠えたら、犬の飼い主さんと一戦を構えちゃうほどに音に神経質な方がご近所にお住まいだそうで、色々とトラブルが絶えないという話を聞きました。ピアノ教室なのに、グランドピアノでレッスンをすると苦情が来ると言うので、最近では電子ピアノでレッスンをしているんだそうです(それってアリ?)。なので(一応、防音処理はしてあるそうですが)レッスン室にあるグランドピアノは物置になってました。おまけに、当日はご主人がご自宅の書斎で論文作成の真っ最中っていう状況で…そんな中で、私は歌っていいの?って感じで、遠慮しいしいのピアノ合わせになりました。

 だって、ご近所さんとかご主人さんの話を聞くと、大きな声を出しちゃマズいかなって考えるわけで、でも私の声は無駄に大きいし…こうなったら、なるべく小さな声で歌うことと、声を出す時間そのものを少なくしましょう、ってわけで、声を出す発声練習も無しで、合わせの時も、なるべく言葉で説明して、実際に声を出すのは、時間的に少なめにしてみたのですが、そういうピアノ合わせって、やっぱ、やりづらかったです。次からは、思い切り声が出せるようなに、別の会場を借りて、ピアノ合わせをする事にしましょう(笑)。

 で、ピアノ合わせをしたわけですが、ピアニストさんは…この日、初めて譜面を見たそうです。つまり“初見”ってわけです。なぜ、随分前に楽譜を渡しておいたのに、事前に練習してなかったの?と尋ねると「伴奏の練習って、メロディが無いから、つまらないのよねえ」とダイナミックな事をおっしゃってました(笑)。

 で、我々の顔を見てから、楽譜を広げて弾き始めたわけだけれど、本当に初見なので、テンポやらなんやら、最初はほぼデタラメだったのですが、ものの五分としないうちに、音楽的にまとまってきて、伴奏ピアノらしくなってきました。ピアニストさん曰く「和音に慣れれば、弾けるのよ」だそうです。…“和音に慣れる”? 言ってることの意味が分かりません。

 少し合わせては休憩入れて、ちょっとやってはまた休憩をして、って感じでユルユルと合わせをしました。色々あって、今回のピアノ合わせは、基本のテンポの確認と、だいたいのメロディの流れを確認するって程度でした。
 
 
 まずは『セレナータ/La Serenata』。この曲は「イントロがイヤな感じ」と言うわけで、イントロを省略して(次までに練習してくるって言ってました)、いきなり歌から合わせてみました。テンポはちょっと遅めで合わせてみましたが、もう少し練習を重ねていくと、いい感じになるんじゃないかなって思いました。1番、2番の、それぞれの最後の4小節の部分は、私が自由なテンポで歌うのですが、そこのところは、もう少しお互いに気を合わせられるように練習をしていきましょうって感じで、大した問題もなく、ひとまずOKです。
 
 
 『優雅な月よ/Vaga luna, che inargenti』は、譜面は簡単なので、演奏自体に特に問題はないのですが、やはり合わせるのが難しいです。1番、2番、それぞれの後半部分が、とにかく全然合いません。歌手とピアニストで、全然思惑が違う…のでしょうね。ここのところをうまく調整していかないと、曲が成立しませんが…それはまた次の機会に合わせる事になりました。それと、やっぱり遠慮しながら歌っているせいか、最後のGの音はすべて撃沈しました(涙)。声量を押さえると、ノドがしまって歌いづらいんですね。
 
 
 妻の歌も当然、合わせました。『L'alba separa dalla luce l'ombra/暁は光りから』は、やはりピアニストさん、苦労してました。ただ、苦労している点が、指が回らないとか、テンポが速くて譜面が黒いとかではなく「なんか和音が不思議…」なんだそうです。そういう先の読めない和音進行が、お気に召さずに苦労していたようです。ちなみに、今回飛ばした『セレナータ』のイントロも同じく、和音が不思議なんだそうです。両方ともトスティの曲ですから、トスティの和音進行って奴が、ピアニストさんを惑わせるのかもしれません。

 この曲は、その“和音が不思議な部分”以外は問題なかったようですが“和音が不思議な部分”はやっぱり不思議だったみたいで、何度か合わせてましたが、伴奏ピアノに歌の旋律が乗っかる事で、和音的に納得が言ったみたいで、最終的には「大丈夫!」と言う事になりました。
 
 
 『O mio babbino caro/私のお父さん』に関しては、歌の合わせもピアノの伴奏も、特に問題はないみたいです。ま、オペラアリアですから。歌曲ほどに、面倒くさい事とかやっかいな事などはなさそうです。“合わせ”としては、たやすいようです。
 
 
 四曲、合わせてみて、やはり歌曲は合わせが難しいのかな?って思いました。トスティは近代歌曲ですから、やはり和音進行も複雑だし、楽譜も黒いです。ベッリーニはロマン派の作曲家ですから、ロマン派特有の何とも言えない繊細な部分、つまりは楽譜に書かれていない部分の解釈というか合わせを綿密にしていかないといけないなあって思いました。

 もちろん、オペラアリアだって、本当は難しいと思うのです。特に伴奏が全然ピアニスティックには書かれていないわけで、ピアノ音楽ばかりやっていた人だと面食らうようですが、ピアニストさんは、あっちこっちで伴奏経験があるようで、こういうピアニスティックではない曲も平気なようです。そういう意味では、オペラアリアの伴奏の方が得意というか、たやすい人なのかもしれません。

 ピアニストさん的にも、歌曲三曲については「もっと簡単だと思っていたけど、案外、難しいじゃない」って言ってました。

 とりあえず、お互いの問題点を知り、基本的なところは押さえられたので、今回のピアノ合わせは良しという事にしておきましょ。で、次のピアノ合わせは…Y先生とも相談して、ピアニスト持ち込みでレッスンに行って、そこで合わせるのがいいんじゃないかって事になりました。やっぱり第三者の耳は必要だし、Y先生に色々とアドヴァイスをしていただくのは、必要だなってわけです。

 本番まで、後一カ月ちょっとだし、ガンバロ。「優雅な月よ」の方は、だいだい暗譜できたので、後は「セレナータ」の暗譜をしないとね。

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2012年8月27日 (月)

とにかく、カラダを鍛えないと…

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずは発表会の感想から始まりました。まあ、私は、ブログに書いてあるような事を言いましたが、それに対して、先生からいくつかのコメントをいただきました。

 まずは楽譜を見る件について。やはり先生は、暗譜の方が良しと考えてらっしゃるようですが、会社勤めの社会人さんなどに暗譜を強制して本番がグチャグチャになってしまい、それがトラウマになって「もう二度と発表会には参加しない!」と言われるくらいなら、しっかりと楽譜を見てもらって、ちゃんと歌ってもらった方が、次につながるとお考えだからだそうです。まあ、Y門下は男性が多いので、そういう配慮って事ですね。まあ、バリバリ働きながら、歌の趣味を続けるってのは、やっぱり大変だもの。

 マニアックな選曲について。やはり、生徒さんがご自分で持ってきた曲を、よっぽどの事がない限り、そのまま歌ってもらう事にしているのだそうで、その結果、マニアックになってしまうだけのようです。もっとも先生ご自身は「マニアック? いやいや、ごく普通の選曲でしょ?」と言ってましたが…やっぱり私はマニアックだと思います(笑)。

 「オペラアリアはCDもたくさんあるけれど、歌曲はなかなかCDもありませんからね」とおっしゃってました。まあ、確かに取り上げられた曲は、オペラと歌曲が半々ぐらい。私はオペラはそこそこ詳しいけれど、歌曲には不案内な部分があるからなあ。もっとイタリア歌曲について勉強しないといけないんだろうなあと思います…が、やっぱり、とりあげたオペラアリアは、マニアックなものが多いと思います(笑)。

 なぜ、選曲を生徒さんに任せているのかと言うと、理由は二つあるそうです。一つは「自分が選んだ歌だから、熱心に練習してくる」という事。もう一つは「生徒さんたちの場合、次に歌うチャンスが必ずあるとは限らない。もしかしたら、これが最後のステージになる人だっているのだから、好きな曲を思いっきり歌わせてあげたい」とお考えなんだそうです。

 二つ目の理由は、Y門下にも、やはり少なからずの後期高齢者の生徒さんたちがいらっしゃるので、そういう方を主に念頭において考えてらっしゃるのだろうと思いますが、実は次があるか分からないと言うのは、人生の先輩方だけでなく、我々新人老人たちだって同じ事です。人生、何があるか分かりません。怪我も病気もするし、家族全員が元気で健康であり続けるとは限らないし、介護もあれば、リストラの憂き目にだってあわないとは限らないわけで、次があるとは限らないと言われれば、まさにその通り。私だって、キング門下を辞めた直後は、もう声楽辞めちゃおうかな…って考えたわけだし、そうなれば、あのガラコンサートが、私の人生最後のステージになっていた可能性だってあるわけです。『今度が最後かもしれない』と言うのは、常にありうる話ですね。

 そうそう、服装については…尋ね忘れてしまいました。次の時にでも、尋ねてみます。 
 
 さて、レッスンです。まずは発声練習からですが…先生「私のレッスンは“厳しい”とよく言われるのですが…」と最初に言い訳をしてましたが、いやいや、これくらいハードな方が、こちらもうれしいです。いやでも、弱音を吐く人の気持ちも分からないでもありません、だって実際、ハードだし(汗)。

 とにかく、弱点をひとつずつ潰していかないといきましょう。まずは「支え」が弱いので、支えの強化です。

 「お腹にマヨネーズのチューブがあると思って下さい、そのチューブをギューと絞り出すようにして発声してみてください」 この例えは分かりやすいです。

 とりあえずやってみたところ、ダメが出ました。「チューブを絞ったら、その手を離さないでくださいね。手を離さないで、チューブはそのままで、お腹は元の状態に戻してください」 ちょっと難しいですね(汗)。つまり、お腹をユルめて戻すのではなく、しぼったまま戻すわけで、先生は何をやらせたいのかと言うと、モード2の動きなんです。

 モード1の「腹筋を背中にグイッと引く」は、私の場合、まあまあ良しなんです。モード2の「腹筋を肋骨内にグイッと入れる」が不十分なので、それを何とかできるようにしましょうって事なんです。

 このY式の腹筋運動は、大雑把に言えば「腹筋を円循環で動かす」事なのですが、単なる“円循環”では全然足りないのです。しっかりと、腹筋を肋骨の間に入れてしまう気分で発声するのです。この肋骨に腹筋を入れる感じが、チューブをねじり潰す感じなんでしょうね。とにかく、しっかりしっかりお腹を使って発声練習をします。クーラーをガンガンに効かせている部屋なんですが、汗が吹き出して来ます。かなりシンドイです。

 先生がおっしゃるには「とにかく、必要な筋肉が動いていない。今まで、全く支え無しで歌ってきた事がよく分かる」のだそうです。

 …ま、そうだと思います。私は“ノド声キング”ですからね(涙)。ノドで歌っていると『疲れやすい(確かに声が疲れやすいです)』『音域が広がらない(高音で苦労してます』『声を潰す(これはノドが強いので大丈夫:笑)』と、一つも良い事がないので、早くノド声から撤退しないといけません。

 必要な筋肉が動いていないなら、動かすしかないし、ガンガン動かして筋肉量を増やして、楽に動くようにしないといけません。そのためには…筋トレしかないです。機関車練習をたっぷりやらないといけませんね。

 今回は、それに加えて“カカシ”を習ってきました。あ、もちろんネーミングは私がしました(笑)。これは、モード2の頂点の状態で、お腹の動きを止めて、息を軽く吸って(80%程度)両手を横に広げて、そのままの状態で、時計を見ながら、声を出して数字をカウントしていくと言うものです。カウントのタイミングは、時計の秒針に合わせます。もちろん、長くカウントし続けられるのが吉なんですが…これ、結構キます。

 とにかく、お腹を肋骨方面に引っ張る事が大切です。お腹を肋骨方面に引っ張っていくと、同時に背筋が緊張します…と言うか、背筋の協力がないと、腹筋が肋骨に入らないそうです。私のモード2が弱いのも、背筋が弱いからなんでしょう。ああ、背筋、ああ、背筋。

 結局、歌は筋肉で歌うものであって、私の筋肉量では、せいぜいミとかファまでしか出ないのだそうです。ソを(楽に)出すには筋肉量が足りないと言われました(…確かに)。ましてや、ラやシは…ですね。とにかく、当面、私がやるべき事は、歌うためのカラダ作りです。

 ここまでやって、だいぶヘトヘトになりました。このあと、曲の練習をしましたが、その話は…来週アップします。と言うのも、今週は他にもアップしないといけない記事が満載なんですよ。“1日1記事”のローカル・ルールは結構厳しいです。かと言って、一つの記事を延々と長くしても読みづらいでしょ(今でも十分長くてごめんなさい)。

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2012年8月26日 (日)

天津甘栗と野球観戦

 そう言えば、今週は体重を一度も計りませんでした。なので、ダイエット記録はありませんが…たぶん、すっごく太っていると思う。とにかく、夏は本当に『よく食べ、よく眠り、よく休み…』を実践していますので、ブックブックに太ったんじゃないかな? ああ、体重計に乗るのが怖い。
 
 
 さて、今回はエッセイと言うよりも、日記です(笑)。

 私は、別に野球が好きというわけではありませんが、チャンスがあったので、先日、野球を見に行きました。いわゆる“ナイター観戦”って奴です。場所は、横浜スタジアム、席は一塁側の内野席ってところです。試合は、ベイスターズ対阪神で、当然ですが、私は最下位(涙)だけど、地元民なのでベイスターズの応援をしました。

 野球を見に行った理由は…本当は『プロ野球の応援団のブラスセクションって、どうなっているのかな? 知りたいなあ~』という興味から見に行こうと思ったのですが、野球に関する知識のない私は、球場に入ったところで、応援団の方々がどこにいるのか、よく分からず、やっと見つけた時には、あまりに遠くにいらっしゃったので、全然見えませんでした。…ダメじゃん。というのも、応援団の皆さんって、外野席にいるんだねえ…私はそんな事もよく知らずに、内野席に入ってしまったので、さすがに内野席から外野席は遠くて分からなかったのです(その程度の基礎知識もない私です)

 どうも、ベイスターズ戦(つまり、一軍戦)では、野球応援をしたい人は外野席に、野球の観戦をしたい人は内野席に座る…ようです。野球と言うと、シーレックス(昔のベイスターズの二軍)戦ばかり見ていた私にとっては、とても良い勉強になりました。だって、シーレックス戦だと、席は内野自由席しかないでしょ?

 一応、地元民だし、シーレックスには親しみを感じてるので、一塁側の内野席に座って、ベイスターズの応援をします。外野席ほど、熱心ではないけれど、それでも内野席のファンも応援をするわけです。

 私は試合開始の30分ほど前に球場入りをしました。開始30分前に会場に入場するのは音楽ファンとしての常識ですが、野球の世界はだいぶ違ってました。…試合開始2時間前から開場するんですねえ…。球場の硬いベンチに座って、2時間も前から何をして待っていればよいのでしょうか?……って、自由席なら座席の確保か…。実際、外野は立ち見の人もいたもんなあ。しかし、立ち見があるなんて、昔の映画館並というか、興行の意識が昭和だなあ。

 ちなみに、ゲーム開始から試合を見ていた人って、実はそんなに多くなく、かなりの人がゲームが始まってから、ボツボツと入場してきました。だいたい、5回ぐらいまではどんどん人が増えてくる印象でした。野球って最初から見なくてもいいんだね、おもしろいなあ。

 なぜ2時間も前から開場するのを知っているのかと言うと、2時間ほど前から、実は球場付近にいたからです。いやあ、交通機関の事故などで遅刻するのがイヤなので、ちょっと早めに行ったわけです。で、早く着いて、色々と確認をしてから、時間潰しに、隣の中華街をお散歩しました。

 たぶん、中華街を散歩したのは、一年ぶりぐらいかな? 横浜の駅周辺にはよく来るけれど、中華街まで足を伸ばす事はなかなかないですからね。
 
 
 今、中華街で流行っているもの、それは『栗の押し売り』(笑)です。なにしろ、街の至る所に、立て看板やポスターなどで『栗の押し売りに注意』と散々書いてありました。中華街的にも、栗の押し売りには困っているのかもしれません。でも、客に注意するのではなく、身内同士で話し合いをしてルールを作れば済むのにねえ…。中国系の人の考える事は分かりません。

 はい、私も街を歩いていると、行く先々で、栗の押し売りの洗礼に会いましたよ。…試食だけして「帰りにまた寄るから…」と言って適当にあしらってました(寄るつもりなど毛頭ございません)。でも、試食しているウチに、ちょっとマジメに栗を食べたくなりました。野球を見ながら栗を食べるのって悪くないでしょ? そんな気分になりました。そこでちょっと考えて、一番ごり押しをしてきたお兄さんを思い出したので、球場に向かう直前にそのごり押しの押し売り兄さんから栗を買ってあげる事にしました。なぜ、そのお兄さんから買う事にしたのか? 本当は誰からでも良かったのですが、彼の熱意ある押し売りが妙に印象的だったからです。たとえ押し売りとは言え、なかなかの見どころがある青年だと思ったからです。

 で、そのお兄さんのところに行ったら「帰りだから来たのね」と言って迎えてくれました。一応、私の姿を覚えていたようです。で、さっそく交渉開始です。

 「栗を買ってあげるよ」
 「はい、じゃあ2100円ね」

 栗は大中小と3サイズあって、それぞれ、2100円、1600円、1100円となってました。私は、そんなに栗ばかりを食べたいわけじゃないので、一番小さなサイズで良かったのです。

 「いや、それじゃなくて、1100円の奴が欲しいんだ」

 するとお兄さん、2100円の袋(袋の上の部分をヒモで縛って止める事ができるように、あらかじめ栗は袋の半分ほど入って、袋のクチは開いてます)の上へ、側の栗の山から両手で栗をすくって入れて、足してくれました。どうやら、内容量を増やしてサービスしているようです。

 「いやいやいや、そうじゃなくて…」

 サービスが足りないと思ったのでしょうか、お兄さんは、さらに栗をザックリと足してくれました。

 「私が欲しいの1100円の方だよ」と言って、一番小さな袋を指さしたところ、お兄さんはその袋を手にとりました。ああ、やっと分かってくれたんだな…と思ったら…お兄さん、その袋の中味を2100円の袋にザザッと入れちゃいました。

 「そうじゃなくて…」と言ったら、お兄さんは…
 「ええ…まだなの。もうこれでお終いだよ」と言って、ドンドン栗を袋に詰めだして、最後は袋の山盛りどころか、周りにこぼれるほど入れてくれました。

 ああ、そんなにたくさんの栗はいらないんだけどなあ…。お兄さんは「これだけあれば、四日は大丈夫」とか、わけの分からない事を言い出してます。

 よし、私も分かった。お兄さんはどうしても2100円の栗を売りたいわけだ。栗を大量にサービスしても、現金が欲しいわけだ。その心意気、買った!

 「2100円を2000円にしてくれたら、買うよ」と言ったところ「お客さんには負けたよ…」と言って、その山盛りてんこ盛りの天津甘栗を2000円で売ってくれました。もちろん、元々の栗の袋には栗が入りきれなくなっているので、スーパーによくある手提げのビニール袋に山盛りの袋ごと入れて手渡してくれました。

 …たぶん、正規に買う2100円分の倍は軽くある、少なくとも、正規の2100円と1100円の2袋分を足した量よりも多いのは、確実。なんか、ずっしり栗だらけ(笑)。まあ、いいか。

 それにしても、これだけ大量の栗をゲットしたけれど、なんかお兄さんに負けた気がします。2100円の栗を2000円で買ったわけだし、その内容量だって、正規購入の倍以上はあるけれど…別にそんなにたくさんの栗が欲しかったわけじゃないからなあ。得した気が全然しません。やっぱり2000円支払った段階で、私の負けのような気がします。

 しかし、彼らは商売が下手だなあって思いました。中華街で路上で販売するなら、客は食べ歩きが基本なんだから、量を増やしてサービスするよりも、値段を下げて販売すればいいのに…って思いました。大中小を2000円、1500円、1000円前後で売るのではなく、1000円、800円、500円程度にすればいいと思うよ。ちなみに、中華街だと、普通の肉まんがだいたい300円程度だから、一番小さなサイズを、肉まん2つ程度の値段にするわけよ。もちろん、量は、今の量よりも多少は少なくしてOK。

 これなら、栗の値段の高さと量の多さに、一歩引いていた人も気軽買えるでしょ? 栗食べたいなあ…と思っても、値段の高さ(中華街は基本的に物価が高いのだけれど、それでもかなり高く感じます)と量の多さ(中華街の食べ物は、どれもこれもサイズが大きくて扱いに困ります)に圧倒されて、買えない人って、たくさんいるんだよね。そういうリサーチとか、客の困惑した顔をとか見ないのかな? 量を減らし値段を安くすれば、女性客や家族連れだって、買いやすくなるでしょ。客単価を下げて、回転を良くするわけよ。ま、薄利多売なんだけれどね。でも、こっちの方が結果的に儲かると思うのだよ。

 現に、中華街には小さめサイズの肉まんを一個90円で売っている店があって、そこは大繁盛しているわけよ。その隣の肉まん屋は、大きめサイズの肉まんを一個300円で売っているわけだから、そりゃあ売れるわけがない。「ウチは300円だけど、肉まん、大きいよ」ってブスっとした顔で言うのだろうけれど、中華街の肉まんって、大きすぎるのよ。あれ食べちゃうと、他のものが食べられなくなるって敬遠する人だっているんだから、だったら、サイズを小さくして、値段を下げれば…ほら、大繁盛でしょ? どうも中華系の人は『大きければお得』と考えるみたいだけれど、その感覚は日本人には通用しないって。日本人は、観光地の食べ歩きでは、お腹一杯になりたくて食べるんじゃなくて、美味しいその味を味わいたいから食べるんだよね、そこんとこが分かってないんだよなあ。
 
 
 で、栗の話はさておき(笑)、お弁当とお茶とお菓子も買って、球場入りをしました。球場に入って、試合が始まる少し前に弁当を食べて(だって夕の6時だったんだもの)、後は、栗をムキムキ食べながら、野球を見てしました。もちろん、栗を独り占めにはしませんよ。ちゃんと妻と息子にもたくさん分けましたが、それでもたくさんありました。だって、ゲームが始まってから栗を食べ始めて、気がついたら食べ終わってましたが、その時、すでにゲームは終わりかかってましたもの。ちなみにゲームは打撃戦だったので、10時直前までやっていたので、私は4時間近く、栗ばかりを休まずに食べていた事になります(笑)。

 ほんと、手が栗臭くなりました(笑)。

 それにしても、球場って缶の持ち込みはアウトなんですね。缶ビールや缶ジュースは入り口で紙コップに強制的に移しかえさせられていました。あと、手荷物検査があって、一応、カバンの中味を見せないと球場に入れません。たしかに球場でテロが発生したらオオゴトだけれど、ここにいるのは、心優しい日本人ばかりだから、大丈夫じゃないの? いやあ、世の中、物騒だねえ。

 でね、夏でしょ。皆さん、半袖でしょ。それどころか、ノースリーブの人も多くて、そうすると、肩とか二の腕が見えるでしょ。かなりの確率でタトゥーを入れている人がいてビックリしました。音楽の演奏会だと、なかなか肩を見せている人っていないし、いてもドレスアップした女性だから、タトゥーなんて見かけないけれど、ここじゃあ、タトゥーに市民権があるようです。それにしても、色々なデザインのタトゥーがあるもんだね。なんか、見とれちゃいました。タトゥーがあると温泉には入れませんが、野球場には入れるんだね。

 私は一塁側ベイスターズ側に座りました。一塁側にいるのは、そのほとんどはベイスターズファンか、中立な立場の人です。でも、時々、敵である阪神ファンの方もいて(虎グッズを持っているのでバレバレです)まあ、小さく地味にひいきのチームを応援しているわけです。まあ、それは良しとして…。

 私のすぐそばの席に、実に熱心に阪神の応援をしている家族がいました。実に熱心なんです。なにしろ、ベイスターズの選手が出てくるたびに、クチ汚い言葉で、実にキツい野次を飛ばしているほどですからね。

 君たちは、なぜ三塁側に行かないのだ! 敵チームである阪神の応援は…まあ良いだろう、しかし、一塁側にいながら、なぜベイスターズの選手へ野次を飛ばすのだ!

 …さすがに、それはナシだろうと私は思いました。

 ああ、ベイスターズのファンの皆さんって、心広すぎ(笑)。たぶん、三塁側でベイスターズの応援をしたり、ましてはや阪神の選手のヤジを飛ばしたら、どうなる事か…たぶん、タダでは済まないでしょ。ううむ、ううむ。だいたい、一塁側内野席はほぼ満席だけれど、三塁側は余裕があるよ。なぜ、あなた方は、こちら側にいるんだい。

 結局ゲームは11対5で、ベイスターズの勝ちでした。阪神の応援をしていた家族は、7回のあたりで帰っちゃいました。さすがに、勝てないと分かったから、応援してもムダって事でしょうか。

 別にこの家族に限らないけれど、野球ファンの中には、応援するチームの負ける姿を見たがらない人がいますよね。

 実はウチの父がそうなんです。彼は巨人ファンで、私が子どもの頃は、実に熱心にテレビで巨人の応援をしていましたが、負けそうになると、不愉快な顔をして、テレビのチャンネルを変えていました。でも、勝っていると最後まで見るんです。あれはよく分からないです。

 私の感覚だと、巨人のファンなら、勝ち負けに関係なく、最後まで自分のひいきのチームの応援をしてあげればいいのにって思うのだけれど、父は勝っている試合しか応援したくないそうです。負け試合の中にも、見どころはあるし、ファインプレイはあるし、次につなげる頑張りだってあるだろうに…、でも彼は、巨人が負ける姿を見たくないのです。応援もしたくないのだそうです。不機嫌になります。翌日の新聞のスポーツ欄を見ては、負けを確認し、ひいきのチームの悪態をつきます。私には、野球ファンの気持ちが、よく分かりません。

 7回で帰っちゃった家族も、そんな感じなのかな? でも、9回の攻撃で劇的に逆転勝利をする可能性だってあるのに…ねえ。そんな感じなので、三塁側の席は7回を過ぎたあたりから、どんどん人が少なくなっていきました。つまり、球場って、5回から7回までが満杯で、5回まで人が増え続けて、7回を過ぎると減り始めるんです。野球って、最初から見なくてもいいみたいだし、最後まで見なくてもいいみたいなんです。

 私は最後のヒーローインタビューまで見てましたが、その頃には、かなりの数の人が消えていました。

 私は栗の食べ過ぎかな? 帰りの電車でお腹が痛くなって、ちょっと地獄を見ました(汗)。

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2012年8月25日 (土)

トートがいない…

 話はちょっと以前の話になってしまいます。

 8月12日の日曜日の事ですが、この日、金魚の水替えをしていた私は、いつものように、水替えで逃げまどうヌマエビを微笑ましく思いながら見ていたのですが、ふと、一つの事に気づきました。それは…

 トートはどこにいる?

 水を換えながら、水槽の中をあれこれと探してみたのですが、トートの姿が見当たりません。あれだけの巨体ですから、どこかに隠れていたとしても、すぐに見つかるはずです。しかし、トートの姿が見当たりません。もちろん、死骸もありません。

 ほんの数日前までは、我が家の水槽のアイドルとして君臨していたトートですが、いつのまにか見当たらなくなりました。

 無敵のトートですから、誰かにやられた…という事は考えられません。ただ、夏の水温が苦手なスジエビですから…温度にやられてしまったのかもしれません。水温が高くて、グッタリして、そのまま熱中症で星になり、そのカラダは…なんと言っても“エビ”ですからね。美味しいですからね。きっとサクラあたりが、頭からガブリっていっちゃったんだと思います。だから、死骸も見つからない。

 なんか、残念です。いつのまにか、トートが見あたらなくなって…。

 エビがいなくなっても、すぐに、どうのこうのと言う事はありませんが、さすがにヌマエビ一匹では寂しすぎるので、近いうちに、エビを数匹仕入れてくるつもりですが、以前、よくエビを購入していた金魚屋は、だいぶ前に夜逃げしてしまったし、今、よく行くお店には、エビがいるなんて事はめったにないので、なかなかエビを購入するチャンスがありません。

 しばらくは、ヌマエビ一匹でガマンします。

 でも、トートがいなくなっちゃったよ。肉食で、憎たらしい時もあったけれど、それでも最近は、結構かわいげも出てきたのに…。

 「またスジエビを買おうかな…」なんてポツリと言ったら、妻に大反対されました。やっぱりスジエビはウチの水槽では強すぎる生き物なので、次のエビは、ヌマエビが良いという事になりました。まあ、ヌマエビも悪くないけれど、ヌマエビはすぐに食べられてしまうからなあ…。

 トート、バイバイ。

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2012年8月24日 (金)

Y門下の発表会を見てきました

 私の新しい声楽の先生である、Y先生の門下生たちの発表会が行われたので、見に行きました。

 場所は、横浜市内の駅そばのホールでした。実に足の便の良いホールです。足の便が良いだけでなく、ホールそのものは小ホールですが、なかなか良い感じで歌いやすそうなホールでした。

 三人の先生方の門下生たちの合同発表会という事でしたが、K先生が急逝されたため、残りのお二人で…と言うか、実質、Y先生がお一人で発表会を廻されていたようで、とても忙しそうでした。

 発表会は、K先生への黙祷から始まりました。

 観客は…数えてみたら、約150名ほどいたかな? 皆さん、中央のブロックに固まって座ったので、300席のホールなのに、すごくたくさん入っているような気分がしました。

 それにしても、門下が違うと、発表会も色々と形式が代わります。この門下の発表会の特徴は…出演する事への敷居が低い…という事かな? 実に門下の方々に、気軽な気分で発表会に出演できるような配慮がされています。

 例えば、舞台には譜面台が用意してあって、大半の出演者の方が、そこに譜面を置いて、ガッツリ見ながら歌っていました。つまり、暗譜をしなくても発表会に参加可能ってわけです。…たしかに、私などは『人前で歌うなら、暗譜は当然!』と思っている人ですが、ピアノや合唱の発表会だと“楽譜ガン見で演奏”なんて、よくある話で、そのノリなら、楽譜ガン見で、声楽の発表会もアリ…かな?

 もちろん、ちゃんと(笑)暗譜で歌う人もいたし、それどころか、自分専用のピアニストを連れて歌っている人もいたので、全員が楽譜をガン見しないと困るというレベルの方々ではなかったけれど、楽譜ガン見の人の方が多かったかな? まあ、実にレベル的に、ピンキリな方々がゴッチャ混ぜになっての発表会でした。

 色々な門下の声楽発表会を見てきましたが、どこも普通は“暗譜”をして舞台に臨むものなので、発表会が始まって、皆さんが譜面台を活用されるのを見て、ちょっとビックリしたのは、本音です。

 本当は暗譜してあるのだけれど、保険として楽譜を持って舞台に上がる…と言う話は、合唱関係者からよく聞く話です。でも、そんな場合でも、合唱の人の多くは、暗譜していても、目はしっかりと楽譜を見ているわけです。それは合唱だから、それで良いのですが、ソロの場合、保険として楽譜を持ち込むのは、どうかなって思いました。

 と言うのは、その保険を使わないで済むなら、何の問題もないのですが、保険を使わなければいけなくなった時、つまり、歌っている最中に、ちょっと次の言葉が思い浮かばない…なんて時に、保険としての楽譜を見るわけですが、ソロの場合、歌っている最中は楽譜を見ていないので、イザという時に楽譜に目をやっても、今どこを歌っているのか、分からない…でしょ? 実際、そんな感じで迷っている方がいらっしゃいました。だったら、最初から楽譜をガン見して歌うか、作詩する覚悟で譜面無しで行く、のどちらかがいいんじゃないかって思いました。ま、私なら“作詩”の方を選びます。と言うのも、楽譜を見ていたら、動けませんからね(笑)。

 次に気付いた点。出演者の方々の服装が…ピアノの発表会レベルでした。男性は、ほぼ全員がビジネス・スーツでした。蝶ネクタイの方はいなかったし、(ダークスーツの方はいたけれど)黒服を着ている人もいませんでした。女性も、ピアノの発表会レベルの服装の方が多かったです。でも、ちゃんとドレスを着ていた方もいらっしゃったし、それどころか曲によってドレスを着替える人もいたので、この点でも、ピンキリでした。

 声楽系の発表会は、どこも基本的に“着飾る”のが一般的ですが、着飾るために衣装を用意しないといけないとなると、ハードルを高く感じる人もいるので、たぶん、そういう方への配慮でしょうね。それでも女性は、着飾る喜びがあるわけだし、金銭的な余裕と機会があれば、ドレスアップも発表会の楽しみとなるでしょうが、男性の場合、着飾る事に喜びを感じる人は少なく、多くの人は「面倒だなあ…」とか「お金がかかって仕方がない…」って思うわけで、その部分をかまわなくてもいいなら、うれしいでしょうね。

 私は自前のタキシードを持っていますが、普通の方で、自前のタキシードや燕尾服を持っている人って、やっぱり限られているわけだから、もしもタキシードを着るならば、貸衣装って事になるわけで、それはやはり面倒ですものね。

 やはり「楽譜見てもいいよ」「服装もドレスを着なくていいよ」と言われるだけで、発表会出演のハードルって下がるだろうなあ…。

 あと、会場でのアナウンスも、開演前の注意とか休憩時間の案内、1ベル、2ベルと言ったモノは当然ありました。欠席者の説明もありました。しかし、出演者や曲目の紹介はありませんでした。他の部分のアナウンスがしっかりあるわけだから、これは意図的にアナウンスをしない…んでしょうね。「人前で名前を呼ばれるのはイヤだ、それなら発表会には出ない!」なんて人もいるのかもしれません。おそらく、そういう人への配慮なんでしょう。

 とにかく、出演者への配慮が色々となされていた、実に発表会らしい発表会でした。そもそも、声楽発表会であって、コンサートではないのだし、発表会なら、発表する人が主役なんだから、そういう発表会もアリなんだな…って思いました。
 
 
 で、そんな発表会でしたが、出演者は、予定では14名(少ない!)なのに、当日欠席が2名ほどいましたので、出演者はたったの12名。一人1~2曲ずつ歌うので、全部で22曲。時間にすると、休憩入れて、約2時間。声楽発表会と言うと、どこも3時間オーバーってのが当たり前だから、実に小規模な発表会です。

 おまけに曲目が、かなりマニアックです。どこでも歌われる、割と有名な曲と言うと『オンブラ・マイ・フ』『歌に生き、恋に生き(トスカ)』『神よ平和を与えたまえ(運命の力)』『そはかの人か~花から花へ(椿姫)』『パリを離れて(椿姫)』の5曲ぐらいで、後は、あまりよく知らない歌曲とか、聞いたこともないオペラのアリアとか、オペラは知っているけれど、あまり取り上げられないアリアとか二重唱とか…まあ、実に選曲がマニアックなんです。なんか、そういう意味では勉強になります。

 まあ、生徒さんも女性と男性がほぼ同数(これは珍しいよね)で、男性もテノールの方がお一人いらっしゃるだけで、後は全員バリトンですから、発表会の曲目も、バリトンソロとか、バリトンとソプラノのデュエットが多くなり、どうしてもマニアック(?)にならざるをえないという事情があったのだろうと思います。

 講師歌唱はありませんでしたが、先生方は、ご自分の生徒さんとの、二重唱がそれなりにあったので、観客的には、特に不満はありませんでした。

 受け付けで亡くなったK先生のCDが売られていたので購入しました。たぶん、この機会を逃したら、もうK先生のCDなんて買えないでしょうから。
 
 
 発表会は毎年やるそうなので、私も、たぶん、来年の今頃はこのステージに立って歌っているんだろうなあ…。

 しかし、一人で1~2曲かあ。T先生の時は、軽い曲を2曲だったし、キング門下は、基本的に一人1曲(人によっては、二重唱を追加)程度だったけれと、Y門下は、大きな曲を1~2曲やるようです。まあ、たぶん、私の場合、1つはソロで、もう1つは妻との二重唱って事になるんだろうね。そういう意味では、キング門下の時と、音楽の準備と言うか、負担は同じくらいでしょうね。

 あるいは、私のソロを2曲にして、妻の方を、ソロ1曲、二重唱1曲にして、そっちで二重唱を歌うというやり方もあるけれど、そうすると、私はソロ2曲と二重唱1曲で、結構大変になります。それとも、私もソロ1曲、二重唱1曲にして、妻も同じようにすると、私は実質、ソロ1曲と二重唱2曲になって、かなり大変になります。先日やったガラコンサート並の負担になるわけで、それは楽しいけれど、やっぱり大変ですね。

 1年も先の事を想像するなんて、やっぱり、私は、本番好きなんだな(爆)。今から、発表会で歌うのが楽しみです。

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2012年8月23日 (木)

一生懸命じゃあ、ダメなんです

 さて、今回の記事は、妻のレッスンを見て、色々と考えた事などを書きます。なにしろ、妻のレッスンをしっかり見るのも、私のレッスンの一部なんです。

 妻の発声練習では、彼女にとって、長年の問題である『ガリッとする』を直してもらっていました。

 『ガリッとする』と言うのは、何度も彼女から話を聞いているのですが、私には今一つピンと来ない症状なんです。高い声で頑張って歌った後に、下降音形を歌うと、しばしばノドが“ガリっとする”のだそうです。チェンジがうまく越えられないんじゃないの?と私は思ってましたが、どうもそれとも違うようなんです。

 キング先生に習っていた時も、妻は散々、どうしたら良いのかと先生に相談してましたし、先生もまた「今、ガリっとしたでしょ?」と、歌っている時にガリッと来ると、それを指摘していましたので、問題を把握していたようですが、取り立てて、どうすれば良いかというアドヴァイスもなく「ガリっとしないように歌ってください」とよく妻に言ってました。「ガリッとしないように歌いたいけれど、それをどうしたら良いのか分からないのに、ガリっとしないように歌えってくれって、どうすればいいの?」と、妻はよくレッスンの後にグチってましたね。

 今回のレッスンでも、発声練習の時にガリッと来たようで、妻はその事を先生に訴えました。先生は一瞬『ガリッ?』って顔をされましたが、すぐに合点がいった様で、妻の姿勢を直し始めました。そうすると、ガリッと言わなくなったそうです。

 どうも、ガリッと言うのは、呼吸と支えに問題があったようで、その大元は、気のユルみが原因のようです。高くて大変なところを歌った後(無意識でしょうが)気がユルみ、それで腹式呼吸が崩れ、支えがおかしくなって、ガリッとなってしまうようなんです。

 ですから、まずは『歌っている時は気をユルめない事』が大切で、常に腹式呼吸で歌うように気をつける事が処方箋です。腹式呼吸がしっかり出来ていれば、声の支えもできて、ガリッとする事はなくなる…というわけらしいのです。

 とりあえず、妻は、腹式呼吸がちょっとばかり苦手なようなので、そこのところが目下の弱点のようなんです。今回も、腹式呼吸の確認をやってましたよ。
 
 
 さて、妻もクラシックコンサートで2曲歌います。1曲目は“O mio babbino caro/私のお父さん”です。「Superiore 難しい曲ですね」と今回も言われておりました(笑)。

 妻も歌い終わると「大変そうですね。お疲れになったでしょう」と私と同じような事を言われていました。妻も、歌うときは、気合の入れすぎだそうです。それで疲れて、気が抜けると、すぐに胸式呼吸になって、ノド声になってしまうのだそうです。妻は妻で、大変です。

 そうそう、歌う時、いちいち眉を上げない様にと、注意されていました。

 アクロバット・ブレスも注意されていました。夫婦揃って、ブレスが下手って言われましたよ(笑)。でも、そんなブレスがあるなんて、知らなかったんだから、仕方ないじゃない(って開き直っちゃダメだね)。

 妻が歌うと、あまりプッチーニに聞こえないのだそうです。どうも、楽譜どおりにクリアに歌っているのがダメなんだそうです。プッチーニの曲を歌う時は、プッチーニの歌い方と言うのがあって、それは楽譜に書かれていないけれど、要所要所に軽くポルタメントを入れる事がプッチーニらしさなんだそうです。そして、そのポルタメントは、お客さんに「あ、ポルタメントだ!」と分かるようでは掛け過ぎなんだそうです。歌い手だけが心がけておくポルタメントを所々に掛けていくと、プッチーニらしく歌えるのだそうで、どの部分にポルタメントを掛けるべきか教わってました。

 歌には、様式とかスタイルって奴があるので、単に五線譜どおり歌えばいいってもんじゃないようです。
 
 
 「L'alba separa dalla luce l'ombra/暁は光りから」は「この曲、ピアノが難しいんだよねえ。声楽家で完璧にピアノが弾ける人っているのかしら…」とグチりながらレッスンしてました。先生、グチっている割には、結構、しっかりとピアノ弾いてましたが…。

 この曲は「気合とか覚悟とかはいらないから、楽に歌って」と歌い始める前に注意されていましたよ(笑)。長い音符は最後までしっかり歌うのではなく、音符の終わりは息を混ぜて、息を吐きながら歌うように注意されていました。うん、それって、トスティらしく歌うコツかしら?

 「歌って、一生懸命になって歌うほど、ダメになるんです」だそうです。そうか、それなんだね。先生は私にも妻にも「楽に、楽に」と言います。もちろん、楽にするのは上半身だけで、下半身は楽しちゃいけないのですが、とにかく楽に歌うことをよく注意されます。それほど、我々夫婦は、全力で歌ってしまうので、ダメなんです。

 高い音を出す時、妻はややクチを横開きにしてしまいますので、それを注意されていました。高い音を出す時は、クチは必ず縦開きにする必要があるそうです。もちろん、ノドを下げる必要もありますが、ソプラノはテノールほどは、ノドを下げる事に気をつけなくていいそうです。その代わり、クチを縦に開くと、息が減ってしまうので、その分、きちんと息を流しながら歌うようにしなさいと言われていました。

 とにかく、私も妻も、ノドを使い過ぎるのだそうです。

 ちなみに、ポップスとクラシックの違いは、発声の際に、ノドを使うか使わないかなんだそうです。で、クラシック発声の場合は、ノドをほとんど使わずに発声をするのだそうです。つまり、我々は、かなりポップス寄りの発声スタイルって事ですね。

 「ノドを使って歌うと、疲れるし、声量も不足します。でも、マイクを使って歌うなら、最初から小さな声で歌えばいいのだから、それほど疲れないのですよ」とおっしゃってました。クラシック発声では、ノドを使わない分、しっかりと息をお腹で支えてないといけないのです。マイクを使わない分、響きを豊かに歌わないといけないのだそうです。

 ノド声は、お腹の支えのない声なんだそうです。息をお腹で支えられないから、ノドで支えて、声にしてしまいます。これがノド声なんです。

 つまり、我々がノド声で歌ってしまうのは、呼吸が下手って事の証明なんです。呼吸が下手だから、お腹で声を支えられずに、ノドで声を支えてしまうのです。

 ブレスはきちんと計画的に準備良くする事。息は雪ダルマを作るように、回しながら大きくして、高音にチャレンジする事。

 私と同じような事を注意されていたり、私にはない注意をされていたり、妻のレッスンも充実しているようです。

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2012年8月22日 (水)

やっぱり声楽はオカルトだな(笑)

 声楽レッスンの続きです。今回は歌のレッスンの様子をアップします。

 まずは、トスティの『セレナータ/La Serenata』です。

 一通り歌ってみて、先生がおっしゃったのは「とても、疲れたでしょう…」とのひと言です。まずは力を抜いて、楽に息で歌うようにしましょうって事です。あっちこっちの力を抜いたり入れたり姿勢を変えたりして、まあまあの状態を作ってもらいました。

 その姿勢でもう一度歌ってみました。今度は、歌いだしの“Vola”を、ひと声歌ったところで、ダメが出ました。“声が急に出ている”と言うのがダメの理由なんです。声を出す前に、すでに息が出ている事。それも直線的な息ではなく、十分に回転している息が出ている事、それが大切です(って、オカルトですね:笑)。つまりは、十分に時間を取って、発声のための事前準備をしっかりしておきましょうって事で、準備も無しにいきなり声を出してはダメだよって事だろうと思います。

 とにかく、私には、この曲を『歌おう、歌おう』という気持ちが先行しているのが見えるのだそうです。しかし、この曲は『歌おう』とは思わない方が良いと言われました。音型的に、この曲はテノールの発声練習にピッタリというか、発声練習用の曲と思っているくらいで、ちょうど良いそうで、だからこそ、歌おうと言う気持ちよりも、きちんと発声してみようと思って歌った方が良いだろうとの事です。なので、まずは声の支えをしっかりとし、息をちゃんと流して、お気楽極楽な気分で歌うのが、吉なんだそうです。

 歌より、発声。あんまり真剣にならない事。気合は禁物。そこがこの曲を歌うポイントなんだそうです。

 なので、出だしの“Vola”ばかりを何度も繰り返して練習しました。

 やがて出だしはOKをもらい、さらに進んでいきました。当然、ブレスをしないと歌い続けられないわけですが、次は、そのブレスの事で注意を受けました。

 楽譜に休符が書いてあるかないかで、ブレスのやり方が違うと、先生はおっしゃるのです。
 
 
 休符のある箇所のブレスは、私の今やっているやり方でOKなんだそうです。しかし、休符の無い箇所でのブレスは、私のやり方ではアウトで、休符の無い箇所でブレスをするときは、グルンと息を廻してブレスを取るようにしないといけないのです。…またもオカルトですね。先生は、この“グルンと息を廻してブレスする”ブレスの事を“アクロバット・ブレス”と言ってましたが、これってY先生の造語…じゃないかな?

 とにかく、アクロバット・ブレスは、フルートで言う所の“アーティキュレーション・ブレス”のようなブレスの事だろうと思います。ブレスの場所で、息を吸うのを先行せずに、まずはフレーズの終わりで音を飛ばすように息を吐き、その吐き終えたところで、無意識に息を吸う…と言うよりも、息を体内に入れてブレスをする事がアクスバット・ブレスじゃないかな?って思いました。そしてその際、息そのものはアクロバットブレスで補充するけれど、決してカラダ(下半身ね)は緩めない事が大切だそうです。なので、息はするけれど、気持ちは“スラー”で歌っているような気持ちで、次のフレーズに移行するのです。休符のない箇所でのブレスは、そうやってするんだそうです。

 このように、休符の無い所では、カラダはゆるめていけないのですが、一曲丸まるカラダをゆるめずに歌うのは、無理なので、計画的にカラダをゆるめながら歌うのが、楽に歌う秘訣なんです。つまり“緊張の連続”は不可なんです。ですから、休符のある箇所は、休符に入る前の音符から自然とカラダをゆるめていく事が大切です。フレーズによっては、休符前の音符は、カラダをすでにユルユルにして、溜め息にして歌っても良いくらいなんだそうです。

 このように、休符ってのは、実に休符なわけなんです。ただ、休符の後には必ず音符がやってくるので、休符が来たら、カラダをゆるめると同時に、次の音符に備えて、しっかりと準備をし終えておく事も必要なわけです。これが難しい(笑)。

 “Splende~”からはレガートで歌う事。“Ah~”から先は、楽譜どおりに、きちんとしたリズムで歌ってはいけないそうです。まるで、第三者の指揮者がいて、その指揮者の指揮棒に合わせて歌うような気分で歌うのが、正しい歌い方なんだそうです。なんか、難しいね。

 それて、下降メロディの際に、低い音になっても、音の機首はしっかり上向きに歌い、決して墜落しないように気をつける事を言われました。ああ、またもオカルトです。つまりは、低音になっても、音を胸に落とすなって事を言いたいのだろうと思います。
 
 
 さて、次は『優雅な月よ/Vaga luna, che inargenti』です。

 まずは通して歌ってみたところ、リズムを間違えて歌っている箇所が一ヶ所あったので、それを指摘されました。うむ、気をつけよう。

 この曲は、全編に渡って、割と自由にユルめに歌う曲で、楽譜どおりにリズムをキチッと歌うものではないのだそうです。なので、私の気分で、自由にリズムを伸び縮みさせながら歌うのですが、その自由にリズムを伸び縮みさせるのは、あくまで心の中の行いなので、外面に現れづらく、ピアノも合わせづらいので、指揮をしながら歌って欲しいと言われました。

 指揮? いきなり、そう言われても…って感じです。とりあえず、指揮をしながら歌ってみたら、なんか、歌と指揮がバラバラ(涙)。それじゃあダメって事で、急遽、妻が指揮者になって、私の歌に彼女が指揮で合わせて、その指揮を見ながら先生がピアノを弾いてみるという事をやってみました。

 それで大体の事が私も先生も分かったので、次は私自身が指揮を振りながら、再度歌ってみました。とにかく、この曲は、歌とピアノを合わせるのが、とても難しい曲だと言う事は、よく分かりました。本番ピアニストさんと合わせる時も、そのあたりに注意をしながらピアノ合わせに臨んでみたいと思いました。

 この曲の注意は「とにかく、ノドで歌わない事」です。細かい譜割りの部分や高い音(Gですね)をついついノドで歌ってしまう私ですが、それはダメなんです。

 細かい譜割りの箇所はノドで歌うのではなく、クチ開いて、クチの開きで歌うのが良いそうです。「エイリアンって知っているでしょ? あのエイリアンのように、クチの中からもう一つのクチを出して歌うんですよ」 ううむ、またもオカルトです。

 高い音も、細かい譜割り同様に、ノドで歌わずに、口を開いて歌うのです。そのためには、まずはアゴ関節が自由に開かないといけないわけで…アゴを動かすのが下手な私では、そこのところが上手くいきません。もちろん、息は流しっぱなしで歌うわけです。何度かトライして、ようやくOKがもらえましたが、その時の感覚は「こんな楽に歌っていいの?」って感じです。先生曰く「そうやって歌った方が楽だし、音色もキレイですよ」との事です。とにかく、ノドで歌っていると、何一つ、良い事はなさそうです。

 この曲は、極端に休符がありません。なので、アクロバット・ブレスばかりしないといけません。なんか、大変です。アクロバット・ブレスは、息を吸うよりも、息を吐く方に重点が置かれたブレスだと思います。息を吐くのが下手な私には、なかなか難しいブレスです。

 とにかく、息を吐くのが下手な私は、うまくアクロバット・ブレスができず、どんどん体内に息がたまってしまい、苦しくなり、苦しくて色々ともがくので、曲の後半でいかにも苦しげに歌ってしまい、あげくの果てに、高い音でノドで歌おうとして撃沈するのです。

 結局、私が撃沈してしまう理由は、スタミナの無さとか疲労とかではなく、ブレス下手が原因なんです。きちんとブレスができないために、曲の後半にはカラダが酸欠になってしまい、それで苦し紛れにノドで歌い始めて、撃沈するんです。実に分かりやすい、筋の通った失敗なんです。

 ブレス、つまりは息なんですよ、問題は。

 撃沈しないための方法は、まずは息を余計に吸わない事です。息をたくさん吸うから、吐けなくて困るのです。吐けなくて困るから、苦しくなるのです。苦しくなるから、あっちこっちに余計な力が入って、それで結局、失敗して撃沈するんです。だから、最初から息を余計に吸わなければ、吐くのにも苦労をしないし、失敗も撃沈も無いのです(それはホント?)。

 「いっそ、ブレスで息を吸うのをやめて、息を吐いてから歌ってみませんか?」と言われました。人間のカラダは厚みがあるので、息なんか吸わなくても、カラダの厚みの分だけ(ニュートラルな肺の容積分だけ)の息は最初から体内にあるわけです。だから、ブレスで(息を吸わずに)息を吐いてしまえば、カラダの厚みの分だけの新鮮な息が、瞬時に体内に自然と入ってくるので、その自然に入ってきた息だけを使って歌うように習慣づければ、息が吐けずに苦しむ事はなくなるのです。

 理屈では分かりますが、なかなか歌う前に、息を吸わずに、むしろ吐いて歌うのは、勇気がいりますね。やがては、そうなりたいものですが、今はそんな勇気はありません(小さな人間なんです)。

 まあ、先生はたくさんの事を教えてくれますが、とてもそれらを消化吸収できる余裕がこちらにありません。ああ、レッスンの内容が濃すぎて、消化不良を起こしているよぉ~。

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2012年8月21日 (火)

アゴの関節も使ってみよう!

 声楽のレッスンに行ってきました。いつもは私たちの前は空いているのですが、発表会も近いと言う事なのか、私たちの前の枠に、兄弟子さんのレッスンが入っていました。てっきり、兄さんのレッスンは発表会の曲なのかと思ったら、全然別の曲のレッスンを受けていました。もしかして…曲目変更? だって、ピアニストさんも連れてのピアノ合わせだったみたいだし…。それにしても、兄さんは見事なテノールさんでした。特に高い音が何の力みもなくスルっと出るんですよ。中低音を聞いている時は、そんな高音が楽に出る発声には思えないのですが、実際のところ、高音(それもHi-Bですよ)を、ごく自然にスルッと出しちゃうんです。プロのテノールでも、どうかすると、これくらいの音高になると、気合を入れて、エイヤーっと出す人も多いのに、兄さんは実に楽々と歌っちゃうんですよ。ううむ、実にうらやましいです。私もこれくらい、楽に高音が歌える歌手になりたいものです。

 さて、私のレッスンです。今回、まず最初に習ったのは「アゴの関節もしっかり使って歌ってみよう」って事です。

 クチを大きく開いていくと、ちょうど耳の穴の下あたりが、ボコっ凹む箇所があるのですが、そこを凹ませるまで、アゴを開いて歌いなさいと言われました。アゴの関節って、二段階で動くんですよ。で、普通の人(私もそう)は、最初の段階までしか使わないのですが、耳の穴の下あたりがボコって凹ませるほどに開く(第二段階まで関節を使うわけです)事が大切なんです。

 でもね、第二段階までアゴを開くと、私はボコって音がするんですよ。なぜなら、普段はそこまでアゴを開かないから。だから、そこまで開くと、アゴ関節の開き慣れていないので、ボコって音を立てるんです。それどころか、開ける瞬間にアゴが左右に軽くブレます(笑)。アゴ関節を開き慣れると、その部分の関節も開きやすくなって、スムーズに開くようになるし、やがては無音で第二段階までアゴが開くようになるのだそうです。今まで開かなかったので、開けなかったアゴ関節を、練習して、きちんと開くようにしましょうって事です。

 「アゴがきちんと開くというのは、歌手として、最低限の事ですよ」って言われました。ううむ、今までは、その最低限すらクリアしていなかったのか…。

 もっとも、アゴを開く練習は、気をつけてやらないと、炎症を起こしてしまうので、様子を見ながら無理なく練習を重ねていくように言われました。今まで使っていなかった関節はサビついているわけだから、サビた関節をムリヤリ動かすと、関節が壊れてしまうってわけです。少しずつ少しずつアゴも筋トレしていきます。
 
 
 前回のレッスン以来、自宅で一生懸命、声の支えができるように、腹筋運動に勤しんできた私ですが、腹筋にばかり気を取られ、全くと言っていいほど、ノドを下げる運動をしてきませんでした。実にうっかりしていました。今回のレッスンでは、ノドが思うように下がらない事を再度指摘されました。ノドを下げるのも、基本中の基礎ですから、この練習を怠っていた事は、実は恥ずかしい事です。次回のレッスンまでに、ノドの訓練も積み重ねて、今よりも自由にノドを下げられるようにしておきたいと思いました。

 で、ノドを下げる事は大切なのですが、ノドを下げるだけでは、声が胸に落ちてしまうそうです。だから、ノドを下げると同時に、声を目から出す練習(オカルトですね:笑。要は頭声を使って響きを豊かにする事だろうと思います)も合わせてやる事が大切です。特に、高音発声の時は、思いっきりノドを下げると同時に、目からも思いっきり声を出すという、両面作戦が必要なんだそうです。

 ちなみに、私は目から声を出す方は…とりあえず出来ているそうです。そりゃあ、キング先生から散々「ポジションを上に!」と言われてきたのですから、これが出来ないようでは、キング先生に申し訳ないです。でも、目から声を出しているだけでは不足なわけ…と言うか、そればかりなので、バランスが悪いと言われました。私の声は、頭声が強くてバランスが悪いというわけです。なので、今度はしっかりと、ノドを下げて、深みのある声を出せるようにしないといけないわけです。

 “ノドを下げる”と言うのは“ノドを開ける”と言うのと、同義なんだそうです。また、ノドが下がらない、つまり、歌っている最中にノドが上がってしまうと言うのは“ノドが絞まっている”わけで、それって“ノドで歌っている”のと同義なんです。歌いながらノドが上がってしまう私は、結局ノドで歌っていたわけで、それはつまり“ノド声”で歌っていたわけです。まず“脱・ノド声”のためには、しっかりとノドを下げる事が肝心だったのです。

 頑張って、ノドを下げていくぞ。

 発声の際には、カラダ(上半身)は常に柔らかくしていないといけないのだけれど、ただ一ヶ所、クチビルだけは固めてOKなんだそうです。そして、クチビルは、まるでラッパの様な形状にして、大きく開くのが定石なんです。アゴ関節すら上手く使えない私は、クチビルを上手に使うなんて、まだまだ先の話ですが、クチビルの形状一つで音量はガラっと変わるので、クチビルって、とても大切なんですよ。

 クチビルに関しては、姿見先生にしっかりしごいていただかねば…。
 
 
 (クチビルは例外ですが)上半身に楽をさせる分、下半身はしっかり決めていかないとといけないのです。つまりは“声の支え”ですね。

 こちらは蒸気機関車の練習をさんざん自宅でしてきたので、ちょっと自信があったのですが、やっぱりダメを出されました。と言うのも、モード1で使う腹筋が『違う!』って言われたのです。

 モード1、それもまず最初の腹筋を背中に思いっきり引くという動きですが、私が引いていた腹筋は間違いで、本来はもっと下の腹筋を後に引くのだそうです。

 私は声の支えの腹筋運動を、すべてヘソより上の筋肉を使ってやっていましたが、最初の後に引く、は、ヘソ下の筋肉を後に引くのが正解のようです。丹田と呼ばれる箇所をまず後に引いて、そこから腹筋を上の方向に引っ張りあげていくのが、正しい声の支え方なんです。

 さらに、その支えの中で、声を発するタイミングは、腹筋を上に引っ張り始めたあたりでするのが正しく、それが早くても遅くても、タイミング的にはダメなんです。ああ、難しい。

 それと、前回も言われましたが、歌う姿勢や気分が真面目すぎて、ガチガチって言われました。歌って、もっと気楽にリラックスして歌わないとダメって言われましたが、真面目な性格を直すのは、それこそ至難のワザでしょう。でも、もっと楽にチャランポランな気持ちで歌に臨めないと…。とにかく、上半身は楽にチャランポランに。下半身はしっかりと準備を決めて発声するのですが…ああ…難しい。

 それにしても、一度にたくさんの事をしないと、声一つまともに出せないので、ほんと、レッスン受けながら、プチ・パニックになりました。だって、あまりに、今までとやってきた事が違うんだもの。そりゃあ、パニくって当然だよね。

 たかが、発声ですが、難しいです。

 この後、曲の練習に入ったのですが、記事が長くなったので、それはまた明日アップします。

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2012年8月20日 (月)

ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

 ヌーボ社の“スチューデント・フルート”を衝動買いしてみました(笑)。

 だって、お値段は、なんと約1万5千円(!)。総銀フルートの約1/50、お安いフルートとして有名なヤマハYFL-221の約1/4。こりゃあ、衝動買いするしかないでしょ(爆)。ならば、衝動買いしちゃえ~って感じで買っちゃいました。

 ちなみに材質は、標題の通り、プラスチック!(笑)。重量は約230g。通常のフルートは、洋銀C管で約400g、総銀H管Eメカ付きで約500g程度だから、通常のフルートの約半分の重さ(軽さ)! こりゃあすごい。

 プラスチック製のフルートと言うと、少し前に、ゴウ社から発売されたニューボイス・フルートがあります。約13万円だそうです。元々プラ製のフルートに興味のあった私は、ニューボイス・フルートが出た時に、思わず購入してしまおうかと思ったのですが、お値段がお値段だった(だって、この値段なら、ヤマハの221が2本も買える!)ので、ちょっと引いてしまったし、試奏してみたら、私には難しくて、低音部も高音部もロクに発音できなかったので、購入を見送ったのです。

 今思えば、店頭試奏用のニューボイス・フルートは調整の狂った楽器だったのかもしれませんし、そうでなく、本当に私には難しい楽器だったのかもしれませんが、どちらにせよ、音楽の神様が「お前はこの楽器を買うべきではない」と言ってくれたのだと思ってます。

 閑話休題。今度のヌーボ社のプラ製フルートは、とにかく、1万5千円なんです。もしもハズレでも、笑って“ブログのネタ”にできるでしょ? だから、安心して買ってみました(笑)。それもアマゾンの通販で(爆)。だって、プラ製って事は、金型成形による工場生産品だし…個体差? プラモデルに個体差なんてないでしょ? 個体差が無視できるなら、試奏する必要も特に無いわけだし、吹けなきゃ吹けないで、それもまた楽しいので、何も考えずに(もちろん)試奏もせずに買っちゃったわけです。

 で、吹いてみたら、意に反して、ちゃんとした楽器だったので、ちゃんとした記事を書く事にしました。

 ちなみに、ヌーボ社は香港の会社らしいですね(製造は中国本土だけど)。
 
 
 で、買ってみて、吹いてみた感想です。

 まず、チャイナな製品だし、値段もハンパなく安いし、プラ管だし、どうせオモチャだろうと思ってましたが、これは楽器です。かなり、コスパは良いですよ。

 プラ製だし、見た目は安っぽいです(笑)。ただ、ボディカラーは黒だし、ところどころにステンレスパーツや銀色の塗料で塗られた部品も使っているので、遠目で見ると、木管フルートに見えなくもないかも…です(爆)。

 持った感じは、当然ですが、軽いです。しかし、三点支持をした時の右親指と左人指し指の付け根が当たる部分に、ゴム状のパーツが貼られているので、結構安定して構えることが出来ます。

 ちょっと吹いた感じも、普通のフルートですね。どの音も良く出ます。“スチューデント・フルート”という名称どおり、初心者をターゲットにしているのかもしれません。

 あえて難を言えば…第三オクターブの発音は、総銀フルートよりも支えを必要としますし、Eメカは付いてません。なので、本当の初心者さんには、実は難しいかもしれない(笑)。まあ、初心者さんでも、中低音を中心に演奏するなら、問題ないでしょう。…もっとも、私は普通に最高音のCまで発音できました。私程度(アルテ15課学習中)なら、それなりに使えますよ。

 ちなみに、オフセット、カバードキー、C足部管付き、Eメカ無し、という仕様です。実に初心者向けの仕様です。

 音程もチューナーで測定してみましたが、正確でした。

 音の飛び…と言うか、どれくらい遠鳴りするかは…よく分かりませんが、吹いてみた感覚では、洋銀フルートと、そんなに変わらないんじゃないかな? p-fの幅も洋銀フルート程度かなって感じました。

 音色的には、総銀と比べて、高い方の倍音がちょっと少ないような気がする(つまり、音色的には落ち着いた感じがします)ので、近代曲よりもバロックなどの方が向いているかもしれません。癒し系の音色…って言えるかもしれません。

 とにかく、プラ管と言うと、リコーダーっぽい音色を想像する人がいるかもしれませんが、音色は普通にフルートです。たぶん、フルート吹き以外の人にブラインドテストをしたら、プラ管だと見抜けないかもしれませんね(フルート吹きだと、バレるかも:笑)。あえて言うと、木管フルートに似た音色かもしれませんが、木管ほどは鳴りません。

 実は、このフルート、キーメカ的には、普通のフルートと同じ構造をしています。ですから『吹いてみたけれど、音が出ない!』という場合は、キーメカの調整が必要です。

 安い中国製フルートって、調整が出来ないのが欠点ですが、このフルートは、調整ネジとドライバが付属してますので、必要なら調整できちゃうんです。ですから、音が出づらい時は、調整をしてみる事もできます。

 ただね、安物だし、プラ管だし、中国製だし…一般楽器店で調整を引き受けてくれるかどうかは、ちょっと疑問です。

 まあ、調整を引き受けてくださる職人さんがいらっしゃれば任せた方が良いかもしれませんが、この手の楽器は、自分で調整にトライしても良いかもね(笑)。まあ、色々いじって調整に失敗して、どうにもならなくなったとしても、それは授業料と言う事で、また新しい楽器を買えばいいんだし(とにかく安いんだからね)。だって、プロに三回も調整を依頼したら、新しいのが買えちゃう程度の値段だから、金額的にはプロに調整を依頼するのも、バカバカしいしねえ…。

 ちなみに、私が購入したものは、ばっちり調整済みで、私の手元に届きました。

 タンポはシリコン製パッドを使っているので、簡単には破れたり劣化したりはなさそうです。一応、タンポも交換できる構造になっていますが、値段が値段ですから、壊れたり、オーバーホールの必要性を感じたら、買い換えてもいいんじゃないの? たぶん、修理するよりも、新品を購入した方が安いと思うし…。

 ちなみに、このフルート、メンテナンス・フリーだそうです。たぶん、水洗い可能です(笑)。

 ま、実際のところ、どんな音がするのか興味があるでしょう。では、私がちょっくら演奏してみよう…かと思いましたが、私よりも、もっとお上手な方がYouTUBEで吹いている画像がいくらでもあるので、その中からお一つ、ここに貼って、お茶を濁します(笑)。

 ね、なかなか普通のフルートでしょ。

 私は自分のスチューデント・フルートに“プラ子”という名前を付けてみました。だって、プラ子はプラ子でしょ? とりあえず、ミヤマ[自作ヴァイオリン]の隣のフルートスタンドに置きっぱにしてみました。だって、錆びないし、痛まないし、組み立てたまま放置して、吹きたい時にちょっと吹いてみる…って使い方でいいかなって思ってます。

 もちろん、真剣にフルートを吹く時は、アゲハ(アルタス1307)を使います。だって、音色は全然アゲハの方がいいし、私好みだもの。それに、プラ子って軽いから、これに慣れちゃうとアゲハを重く感じて、ロクに吹けなくなっちゃうでしょ(笑)。

 吹き心地に関して言うと、値段がほぼ一緒のチャイナ娘よりもずっと良いです。でも、総銀のアゲハと比べると…だいぶ劣ります。

 まずプラ子は息がたくさん入っちゃいます。簡単にはオーバーブローしない代わりに、pの時に、ちょっとばかり息が多めに必要です。そういう点では、息の支えが弱くても吹けるフルートかもしれません。でも、表現力としては、アゲハにだいぶ劣ります。

 あと、バネがやや硬くて、キーの抵抗や跳ね返りが強いし、速いフレーズを吹くのは大変かもしれない。また、キーの動作にも遊びが多いように感じます。それはプラ管だからと言うよりも、チャイナ娘にも同じような傾向が見られるので、安価なフルートに共通した、キーメカの精度の低さが原因だろうと思われます。

 と言うわけで、プラ子をレッスンに持っていく勇気は…今のところ、ありません。ってか、ミニヨン・エチュードをプラ子で吹くのは、表現力の不足から、キビシイですねえ…。やっぱりレッスンの時は、アゲハかな? それに楽器の反応も今一つなので、アルテ15課にあるような様々なプラクティスに対応するのも難しいです。そこらへんが、この楽器の限界かな?って思います。

 ただ、普通にメロディを吹くには不足はないので、ジャズのセッションの時は、アゲハではなく、プラ子を持っていこうかな…なんて思ってます。やはり、お酒の席にアゲハを持っていくのは…怖いよね。

 あ、そうそう。このプラ子には、色々とおまけが付いていて、それも面白いですよ。

 例えば、足部管。通常タイプのC足部管の他に、D足部管が付いてます。HじゃなくてDね(笑)。なので、D管として演奏する事が可能です。D管、つまり、トラヴェルソ感覚で演奏できるって事だね。ま、あくまでもトラヴェルソ感覚ですが…面白いかもね。面白いだけで、使い道はないと思いますが…。

 あと、リッププレートが取り外し可能(!)で、2タイプのリッププレートが付属しています。私は標準タイプのモノを使ってますが、リコーダーのような形状でクチでくわえられる突起がついたタイプのリッププレートもあります。この新型リッププレートを付けると、どんな人でもリコーダーのような感じでフルートが吹けるようになるそうです…が、私が試したところ、この新型リッププレートを取り付けると…不出来なアルトリコーダーに早変わりします。

 “不出来な”と言うのは、色々と欠点が目立つからです。

 まず、この新型リッププレートを取り付けると、音量が激減します。通常のリコーダーよりも小音量になります。それと低音域はまず使えなくなりますし、高音域も上の方は無理なので、音域的にもアルトリコーダーのそれに近い感じです。下の方の音域が使えればテナーリコーダーのようになるはずですが、ちょっとモッタイナイ感じです。まあ、正直「新型リッププレートは、思ったよりも、使えない」って印象です。

 クリーニングロッドは付属していません。その代わりに、クラリネットで使うようなスワブが付いてます。そのスワブの重りの部分が、クリーニングロッドの先端のようなカタチになっていて、反射板の位置確認ができたり、頭部管の内部の掃除ができたりして、これはなかなか良い付属品です。これは普通のフルートにも欲しいかもしれない付属品です。

 グリスが付属してまして、たまにシリコンゴムの部分に塗ってやらないといけないようです。まあ、たまにコルクの部分にグリスを塗らないといけない木管フルートに、感覚は近いかもです。

 付属のケースは、軽くていい感じですが…ちょっと大きいですし、デザインもどっちかと言うとメンズっぽい感じになってます。

 あと、管の長さは普通のフルートと同じですが、太さは全然違います。見た目の太さは木管フルートと同等です。ただ、楽器の内径は通常のフルートとほぼ同じです。なので、そういう意味では、普通のフルートと構造的には一緒なのですが、材質がプラスチックであって、当然、金属管よりもかなり肉厚なので、ジョイント部分の内径はかなり大きいので、通常のフルートとは、頭部管の交換はできません(当然?)。

 ゴウ社のニュー・ボイス・フルートが『プラスチックで(通常の)フルートを作ってみました』というスタンスならば、このヌーボ社のスチューデント・フルートは『プラスチックで木管フルートを作ってみました』というノリなのかもしれません。
 
 
 とにかく、このフルートは、激烈に安いし、大人が遊びでフルートを始めたいと言うなら、これも十分アリかもしれません。または、自分のメインフルートをオーバーホールに出しちゃったけど、その間、フルートが吹けなくて寂しい~って人は、サブフルートとしても、いけるかも。

 たぶん、位置づけ的には、総銀フルートがグランドピアノならば、このプラ管フルートは電子ピアノかもしれません。自分の楽しみのために音楽演奏をするなら、プラ管フルートで十分ですが、マジな室内楽演奏やオーケストラ演奏などの音色や表現力を問われるような場面では、ちょっと足りないかな…。実に、カジュアルなフルートですよ。

 値段も値段だし“スチューデント・フルート”という名称からも分かるとおり“お試し”とか“サブ”とかの目的ならば、十分イケると思います。私は、戸外や酒場での使用とか、遊び吹きが前提なら、このフルートでも良いのではないか思います。もちろん、マジで吹く時は、迷わずに総銀フルートであるアゲハを手にします。

 ヌーボ社のスチューデント・フルートは、良いフルートだし、コストパフォーマンスもとても良い楽器だと思いますが、所詮は、廉価なフルートだし、チャイナ製だし、プラ管だし、過大な期待はしない方が良いです。安価な洋銀フルートの置き換え程度のレベルに達していると思いますが、総銀フルートやゴールドフルートにとって代われるほどの楽器じゃないです。

 フルートとしては安価という事もあり、この楽器でフルート世界に飛び込むのは、アリでしょうね。で、このプラ管フルートに飽きて、次に買い換えるなら、洋銀系のフルートに買い換えではなく、総銀フルートか、あるいはいっそ、木管フルートに買い換えるといいかなって思います。その程度の力が、この楽器にはあると思います

 以上は私の私感です。私はフルートの音と、その材質には、それなりの関係性があると信じている人です。なので、所詮、プラ管はプラ管です。でも、世の中には『フルートの音は、その材質とは関係ないよ』っておっしゃる方々がいらっしゃる事は知ってます。おそらく、そういう方だと、このフルートに関する意見もまた違うんでしょうね。

 それにしても、プラ管の音って、案外、捨てたもんじゃないですよ。

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2012年8月19日 (日)

老犬ブログ前史 その5 そして今につながる

 小学校の音楽の授業の役割分担もあって、地域の音楽関係の会議に顔を出すようになった私です。

 とある会議に出席した、ある日の事、懐かしい人に声をかけられました。その人は、最初に入った合唱団の役員の方でした。「最近、顔を見ないけれど、元気でやっている?」って感じで、声をかけていただきました。

 「歌っているの?」

 「いいえ、すっかり歌から遠ざかって…」

 「歌いたかったら、またウチの団に戻っておいでよ。あなたなら、いつでもウェルカムよ」

 さすがに、T先生に破門されてから、20年近い年月が過ぎていましたので、破門のトラウマは和らいでいました。歌えるチャンスがあるなら、また歌ってもいいかな…って気持ちになりました。
 
 
 とは言え、実に長いこと歌っていなかったので、まずは自主練をしてみました。

 練習をしてみて、自分でも驚いたのは、音域が極端に狭くなっていた事です。やっぱり、20年も歌っていないとダメですね。昔は、五線上の高いラなんて、平気で出していたのに、その時の私は、高い方はせいぜい(五線の中の)レとかミ止まり。もちろん、低い方も五線下のドがせいぜい。低い方も高い方も、全然出なくなっていました。

 それ以上に問題だったのは、発声の感覚が狂っていて、たとえば「ド」を出そうと思っても「ド」が出せず、いつも違う音を出してしまった事です。自分の中の感覚と、実際の筋肉運動の間に乖離が生じていて、はっきり言っちゃえば“音痴”に成り下がっていたわけです。

 『こりゃあヤバイかな?』って、少しは思ったものの『でも合唱だし、周りに合わせて歌えばいいんだから、平気かな?』なんて気楽に考えていました。実際、昔の私がそうでしたが、合唱団って、あんまり歌えない人でも入れてくれる、懐の深い団体ですからね。最初は“会費で団を支える団員”でもいいじゃないの。いずれ、カンを取り戻してくれば、歌でも団を支えられるようになるサ…なんて、お気楽に考えていました。

 ですから『これくらいしか歌えないけれど、きっと入れてもらえるさ』って気楽な気持ちで、ある日、元いた合唱団に連絡を入れて、再入団をお願いしてみました。
 
 
 そこは入団する際に、ごく簡単なオーディションをする団でした。もちろん、オーディションは、昔もあって、最初に入団した頃のオーディションはごくごく簡単なもので、チャチャっと軽く発声練習のような事をして「じゃあ、あなたはテノールね」と、ロクに歌えもしなかったのに、あっさり合格しました。

 だから今回も、オーディションなんて、形だけの事だよねと、タカをくくっていました。むしろ心配は、オーディションの合否ではなく、音域が狭くなってしまったため、テノールではなくバリトンに指名されるかもしれないって事です。「バリトンになったら、ヘ音記号になるんだよねえ…。ヘ音記号は読めないから、テノールじゃなくて、バリトンって言われたら、どうしよう」なんて事を悩んでいました。

 で、オーディションを受けてみたら…見事に落選ですよ。「へ?」って感じです。何かの間違いだろうと思って、しばらく時をおいて、オーディション期間の終わり頃に、もう一度チャレンジをしてみましたが、やはり結果は不合格でした。

 私がオーディションに落ちた理由は「声が出すぎる」からだそうです。いや、声が出ても完璧に歌えるなら問題ないのですが、声が出るのに、歌がイマイチ…と言うか、イマニ、イマサンぐらいだったので、仮に曲の中で、私一人があるフレーズを失敗して、他のメンバーがちゃんと歌っていたとしても、私の声が出すぎるので、私一人しかミスをしていなくても、まるで合唱団全体がミスをしたように聞こえるのだそうです。「だから、あなたを私たちの合唱団に入れるわけにはいかない…」と、指揮者さんに言われました。

 「もしも合唱をしたいなら、まずは個人レッスンを受けて、ちゃんと歌えるようになってから、もう一度チャレンジして欲しい」と言われました。

 声が出すぎる…どうやら、T先生のところで学んだ事が、すっかり身についてしまい、声がソリストの声になってしまい、合唱には向かない声になってしまったようなんです。

 もちろん、T先生のところで、もう少し長く声楽を学べたなら、声を押さえる事も勉強できたかもしれませんが、私はちょうど自分の声を全開で出して、カラダに声を響かせるところまでしか学んでいなかったので、まったく合唱団に不向きな声で固まってしまったようなのです。
 
 
 『まあ、合唱団はここだけじゃないし…』と言うわけで、せっかく合唱を再開する気分になっていた私は、別の合唱団にチャレンジしてみました。小規模なところは、どこも断られました(当然だね)。別の大規模な合唱団が私を拾ってくれましたが、練習に行くたびに『もっと小さな声で歌え!』と、指揮者にもパートリーダーにも言われるようになり、段々居心地が悪くなって、その団も辞めざるを得なくなりました。

 以前はオペラ志向だった私ですが、その時の私は合唱志向でした。おそらくは、ふっきったはずの“破門のトラウマ”に、まだほんの少し捕らわれていたのかもしれません。歌いたい、合唱をしたい。なのに、過去に受けた個人レッスンのために、声のサイズが大きくなってしまって、合唱をやれなくなってしまった。この事実は、なんか、とても悔しかったです。

 でも、断られると、チャレンジしたくなります。私は天の邪鬼なんですよ。合唱団に入れてもらえないなら、今度は意地でも合唱団に入ってやる!って気になりました。

 でも、このままでは、どこの合唱団も入れてくれないのは目に見えてます。元いた団の指揮者さんに言われた通り、まずは個人レッスンを受けるのが、遠いように思えて、一番の近道かなって思いました。

 それが分かっていながら、なかなか個人レッスンに足が向かなかったんです。それほど、破門のトラウマがまだ私を臆病にさせていたのでしょう。

 でも、合唱を再開したかった私は、そこをなんとか乗り越えて、まずは個人レッスンを再開しようと思いました。
 
 
 個人レッスン再開にあたり、本来ならば、自分の先生であるT先生に声をかけるべきでしょうが、T先生は、ヨーロッパに行かれて以来、行方不明(笑)だし、T門下でご一緒だったお姉さんたちも、すでに鬼籍に入られたり、行方不明になってしまった方々ばかりで、相談する相手もいなかったし、合唱団の先生方に声をかけても、どなたもお忙しいようでしたし、今と違って、地元の音楽家の方々の知り合いも少なかったので、全く別の方面から声楽の個人レッスンをしてくださる方を探さないといけませんでした。

 どないしようか? と思っていたところ、地元のカルチャースクールで、声楽のグループレッスンを新規開講する先生を、妻が見つけてきました。どんな方かは知らないけれど、若手のテノール歌手さんのようだし、体験レッスンは格安(授業料も格安)だし、今はこの人しか選択肢もないし、とにかく合唱団のオーディションに合格するまでの辛抱だ!と言うわけで、そのテノール歌手さんのグループレッスンに参加する事にしました。

 そのテノール歌手さんが、キング先生だったのです。

 ですから、私が声楽レッスンを再開したのは、決して、オペラ復帰のためではなく、合唱復帰のための方便だったのです。目的が邪道っぽいですが、カルチャースクールのグループレッスンに参加する人間なんて、案外、そんなものです。カラオケ上手になりたいとか、合唱団のボイトレでは不足だからとか…、そんな目的の人もたくさんいるのが、カルチャースクールでは普通ですから『合唱団に入りたいから、ここで声楽の基礎トレーニングを受けたいです』という私のような人間がいても、全く不思議ではありません。

 実際、その旨をはっきりとキング先生には伝えた上で、グループレッスンに参加しました。キング先生は、クラシック声楽至上主義と言うか、合唱を小バカにしたところがあったので「合唱? あんなつまらないモノなんか、辞めちゃって、こっちにくればいいのに」って、当時は散々言われましたよ。でも、私はめげなかった。

 キング先生のところで1年ほど学んでいるうちに、再び合唱団のオーディション期間がやってきたので、再びオーディションを受けました。

 キング先生のご指導の甲斐もあって、結果は……△でした。△って微妙でしょ(笑)。

 つまり『合唱団には入れてあげます。あなたの声はテノールだけれど、音域が足りないので、テノールではなくバリトンとして合格です。もしもテノールにこだわるなら不合格です』という事だったので、△なんです。合唱団としては、最大限の譲歩をしてくださったのだと思います。

 合唱団の指揮者さんがおっしゃるには『しばらく合唱から遠ざかっていたと言う事もあるだろうから、ハモる感覚も忘れてしまっているでしょう。しばらくは発声がラクなバリトンで合唱に慣れてもらって、やがては音域も元通りになるだろうから、そうしたらテノールに転向してもらいましょう』という、優しい気持ちも込めての△合格だったのですが、バリトンでの合格って事に、心がひっかかった事と、1年間グループレッスンをやっているうちに、ソロで歌う事の楽しさを思い出してしまった事と、「合唱なんてつまらないから辞めちゃえ!」というキング先生の説得の、3つの理由で、バリトンとして合唱に戻るのをやめて、そのままソロを続けることにしました。

 この時、テノールとして合格していたら…また合唱に戻っていたのかもしれませんが…人生なんて、どう転ぶかわかりませんね。

 その後、フルートを衝動買いして、笛先生の元でジャズフルートを始めた事や、声楽を真剣に取り組む事にして、グループレッスンから個人レッスンに移った事。歌劇団を立ち上げた事。ヴァイオリンの個人レッスンを始めた事。東日本大震災の影響で、ジャズフルートとヴァイオリンはやめざるを得なくなった事。改めてH先生の元で、クラシックフルートを始めた事。吹奏楽部の顧問になった事。キング先生の指導に限界を感じて、今はY先生のところで声楽の勉強をしている事…などなど、そのあたりの事は、このブログに書いてありますので、興味のある方は、過去ログを参照していただけると幸いです。

 これでようやく、昔話と、このブログの記事がつながりました。

 もっと波瀾万丈な趣味人生だったのかなって思ってましたが、書き出してみたら、案外、平々凡々だったので、自分でビックリでした。私よりもビックリドッキリの趣味生活を送っている人なんて、ゴマンといる事でしょう。

 でもまあ、この連載そのものが、5回連続で終わって、長さ的に、ちょうど良かったです(笑)。…と言うわけで、次回から、平常運転に戻りますね。

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2012年8月18日 (土)

老犬ブログ前史 その4 音楽から離れていても、やっぱり音楽をやってました

 私はT先生に破門されて以来、あれだけ熱心だったのに、音楽に関する情熱を失ってしまいました。

 でも、生きて生活をしている以上、全く音楽と関わらないと言うわけにはいきませんでした。

 例えば、職場で余興のためにバンドを組めば…当然、私は駆り出されます。当時の私は高校のセンセでして、就職して最初に持った部活が『フォークソング部』でした。私がギターを弾けるというのは、周知の事実だったので、何かバンド系の余興があれば、必ず呼び出されてギターを弾いてました。それはまるで“ピアノを弾く”となれば音楽の教師が呼ばれるように“ギターを弾く”なると、私が呼ばれていました。

 別に私は特別にギターが上手というわけではなかったですし、私よりも上手なギタリストも職場にはたくさんいたと思いますが、ギター伴奏となると、ギターしか弾けない人よりも、私のギターの方が(自分で言うのもなんですが)人気があり、重宝されていました。なにしろ、私は歌いながらギターを弾くので、歌う人たちも、私のギターでは歌いやすく感じてくれていたのだと思います。歌い手と伴奏者が息を合わせるって大切ですからね。スーパーギタリスト志向のギターしか弾かない人たちの伴奏では、歌が歌いづらいとよくこぼしていました。

 ですから、私は稚拙なギタリストでしたが、余興のたびに何かと、声を掛けられました。

 それどころか、私はピアノなんてロクに弾けないのですが、たまにピアノ伴奏の声もかけていただきました。

 一応「私はピアノ弾けないよ」と言って断るのですが「嘘うそ嘘…」と言って、とりあってくれないので、仕方なしにピアノを弾きました。ピアノを弾くと言っても、いわゆるピアニスティックにピアノを弾くことはできません。まるでギターを弾いているようにピアノを弾くだけです。つまりは、コードをダダーンと弾くか、コードで簡単なアルペジオを弾くか、まあ、そんなところです。

 おそらくは、専門教育を受けた人はともかく、趣味レベルでピアノを弾く人だと、いわゆる「歌詞にコードを書いてあるだけの譜面」では、ピアノをどう弾いたら良いのか見当もつかずに、全然対応できなくて、ピアノが弾ける人たちが片っ端から伴奏を断ってしまうので、最終的に私に回ってくるのだろうと思います。

 私はギターと作曲をやっていたせいもあって、コードを見ると、一応、その構成音は分かります。おまけに、フォークソング部では、文化祭などの人前演奏では、顧問もバンドに加わるのが常(と言うか、私も一緒に混ざりたかっただけ:笑)だったので、私も結構ステージに上がってました。ステージではギターを弾くことが多かったのですが、曲によってはピアノを弾いたり、ベースを弾いたりしてましたので、私がピアノを弾く姿というのも、人々にインプットされていたのかもしれません。

 なので、余興ってなると、ギターを弾いたり、ピアノを弾いたりしてました。
 
 
 やがて、フォークソング部は時流の波に飲まれて、廃部となり、私は軽音楽部の顧問に変わりました。軽音楽部は、当時はまだまだ“尖った子のたまり場”ってイメージも強く、生徒たちもフォークソング部とは違って『センセと仲良くなるなんて、恥!』という意識が強く、何かと教師と対立することを楽しむという、やっかいな部活でした。私は生徒と仲良く音楽をやりたい人だったので、軽音楽部の顧問は、ちょっぴり寂しかったです。

 趣味としての音楽を止め、その分のエネルギーをパソコンに注いでいた当時の私は、職場の中でも、1、2を争う、パソコンオタクになっていました。そんなパソコンオタクを放置しておくのはモッタイナイという事だったのでしょうね。浮かぬ顔をして勤めていた軽音楽部からパソコン部の顧問へと移動になりました。軽音楽部は人気クラブだったので、顧問のなり手もたくさんいたので、私は『これさいわい、渡りに舟』ってな思いで、人手の足りないパソコン部に移動になりました。
 
 
 パソコン部は、センセと生徒の仲が良い部でした。

 私が関わる前のパソコン部では、時代の影響もあったのでしょうが“ワープロ検定”とか“MSオフィスを学ぶ”とか、まるで商業高校のカリキュラムのような事をやっていたのです。なにしろ、ネットですら、まだまだ十分な普及をしていなかった時代です。パソコンと言うと、事務機ってイメージが強かった時代の話です。

 が、私はそういうマジメなパソコンの使い方は好きではなかったので、顧問に就任すると、さっそく“お絵描き”と“ゲーム制作”と“DTM”を始めました。もちろん、個人的に没頭したのはDTMでしたが(笑)。

 DTMとは言っても、まだ、初音ミクのなかった時代でした。いや、それどころか、ハードディスク録音すら夢のまた夢という時代の、まだMIDI全盛期で、音源も外部音源の時代でした。

 ですから、やっていたのは、MIDI制御で、パソコンから外部シンセサイザーをコントロールして、インストゥルメンタル曲の自動演奏をする程度です、もちろんそのために、生徒と一緒に、曲(いわゆる、テクノですね)も作曲しました。

 生徒と一緒になって、毎日のように部室に集まって、作曲してプログラミングをして…って楽しかったなあ。生徒たちは、数値で打ち込んでましたが、私は人間が古いので、五線譜で曲を打ち込んでました(笑)。

 そのままパソコン部の顧問を続けられたら、やがて時代が追いついてきて、初音ミクにたどり着いたのかもしれませんが、私は残念な事に、ミクちゃんの登場前に、小学校に移動する事になってしまったので、パソコン部の顧問をやめざるをえなくなりました。
 
 
 小学校のセンセになると、色々な教科を持たないといけなくなりました。当然、音楽の授業もいくつか持つようになりました。この私が“音楽”ですよ(笑)。ピアノもロクに弾けないのに…。ちゃんちゃらおかしいですね。

 最初に持った音楽の授業は、合唱の授業でした。その授業は、三人一組のティームティーチングだったので、他の二人のセンセが、歌の指導とか、ピアノ伴奏とかをしてくれたので、私は生徒の面倒を見る方に集中でき、具体的な音楽指導はあまりせずに済みました。

 その代わり、休日を返上して、地元の音楽協会の会議とかに出席して、顔をつなぐという役割をやるようになりました。つまり、事務方仕事を一手に引き受けたわけです。

 その頃は、秋の音楽シーズンに向けて、春から夏にかけては、休日ごとに、音楽関係の会議に顔をだして、なんとかのコンサートとか、なんとかの演奏会とのかスタッフをやったりするようになりました。

 顔が広くなると、また色々とご縁が生じるもので、そんな事から次回の話は始まります。

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2012年8月17日 (金)

老犬ブログ前史 その3 最初の先生、T先生

 Nさんに紹介していただいた先生は…T先生と呼びましょう。T先生はメゾソプラノで、隣町に住んでいらっしゃいました。

 最初の面接の時に、色々と話をして、軽くレッスンもしていただきました。私の声を始めて聞いた先生は『声楽のキャリアも長く、色々とやっているうちに袋小路に入ってしまわれた方』と思ったそうです。実際の私は、合唱の経験がちょっとあるだけで、ほとんど素人同然だと話したところ、かなり意外に思われたようです。

 まだ若く仕事も忙しかった私ですが、可能な限り熱心にレッスンに通いました。

 合唱団で習った事は、ここではほとんど通用しませんでした。私はT先生の元で、発声の基礎の基本からやり直しました。立ち方、呼吸の仕方、声の出し方、音程の取り方、楽譜の読み方…本当に、ゼロからやりなおしました。

 合唱をやっていた頃は、自分の事を上手な歌手だとは思っていませんでしたが、それでもなんとか歌えていると思っていましたが、それはすべて錯覚だったと思い知りました。私は、歌える人に囲まれて、彼らの中で遊んでいただけで、自分で楽譜が読めるわけでもないし、ロクに発声できるわけじゃないし、音程だって、周りの声に合わせていただけで、自立的に音程が取れていたわけじゃないんです。

 声楽の個人レッスンを受けてみて、一人ッきりで歌ってみて、裸の自分の実力を思い知ったわけです。

 声は全然出ないし、音程も全然ダメ。音程と音色の違いもよく分からず、まずは、ピアノの音から自分の歌うべき音程を拾う事すら、まともに出来なかったのです。そんなレベルからレッスンを開始しました。

 レッスンは…今思えば、ほとんど進みませんでした。1回1時間の個人レッスンでしたが、最初の30分は発声練習、次の15分がコンコーネ50番。最後の15分が曲練習って感じでしたが…コンコーネは1年かけて、たぶん5~6番までしか進まなかったし、曲はイタリア古典歌曲をやっていたけれど、こっちは2カ月程度で1曲をやっと仕上げる程度の速度でした。

 建築に例えるならば、雑草を抜いて、石をどかして、地ならしをしていた…程度のレベルです。とても建物の建築まで手がまわらない…って感じでした。
 
 
 T先生はよく私にこう言ってました。「私は女声なので、男声の事はよく分かりません。だから、あなたに声楽の基礎的な事だけを教えます。歌の基礎が出来たら、テノールの先生を紹介しますから、安心してください。テノールの先生のところで数年学んだら、養成所を受けて、さらに勉強すると良いですよ」ってね。

 当時はまだ若かったので、プロ歌手への道が開かれていたので、そういう言い方をされたのかもしれません。現状はまだまだだと思っていましたが、頑張れば、そういう道も開けるんだなって思ってました。
 
 
 T先生の元で、1年ちょっと学んだところで、発表会がやってきました。生まれて始めての発表会で歌った曲は、スカルラッティの「陽はすでにガンジス川から」とベッリーニの「優雅な月よ」です。今も歌っている、この二曲が私の最初の発表会の曲目でした。もちろん、当時は中声用の楽譜でトライしていました。特に「ガンジス川~」はオペラアリアだと教えてもらっていたので、歌うのが、うれしくてたまりませんでした。よく知らないオペラだったけれど、オペラアリアを歌うために声楽のレッスンを始めたのだから、オペラアリアが歌えることに、それはもう、天にも登る気持ちでした。

 …でも、実は最初の発表会の事はあまり覚えてません。音源も無いし(笑)。人は、うれしすぎると、脳が全力で楽しんでしまって、その事自体を、ちゃんと記憶できないみたいですね(汗)。

 本当に全然歌えないところから始めて、発表会も経験し、私は1年で見違えるほどに上達していました。相変わらず音程は甘かったのですが、ピアノから自分が歌う音程を拾うことができるようになったし、ピアノの伴奏の上に歌を載せて歌うことができるようになっていました。発声もだいぶ良くなり、音色も深くなり、カラダに響かせて歌えるようになってきました。時折、ピアノとのハーモニーで、天使の声も聞こえるようになってきました。コンコーネもイタリア歌曲も、合格をいただくまでの時間が少しずつ短くなっていきました。

 ようやく、声楽学習のイロハが終わり、なんとなく自分のペースがつかめるようになってきました。声楽がすごく楽しくなってきました。
 
 
 そんなある日、私はT先生からいきなり破門されました。理由は…よく分かりませんでした。たぶん「あんた、生意気」とか、理不尽な事を急に言われて、破門されたんです。声楽が楽しくて楽しくてたまらなかった私にとって、破門は寝耳に水の驚きでした。

 私が破門されたと言うニュースは門下を駆けめぐり(と言っても、たった5~6人しかいなかったんですが:笑)、私は姉弟子たちに喫茶店に呼び出されて、詰問されました。『あなた一体何をしでかしたのよ!』とか『すぐに先生に詫びを入れなさい』とか『アタシも一緒に謝りに行ってあげるからとか、元気出して!』とか…。姉さんたちは、結構優しかったです。

 でも、かなり真剣に歌に取り組んでいた当時の私は、破門された事がショックでショックで、ちゃんとした返事ができなかったような気がします。

 やがて、それから一カ月するかしないかのうちに、姉さんたちも全員、破門されちゃいました(笑)。

 後で知ったのですが、どうやらT先生、ヨーロッパの歌劇場のオーディションに合格して、あっちの国に引っ越して、向こうで歌手をする事になったらしく、日本の生徒さんたちを片っ端から破門にして、整理しただけのようです。

 ま、そんな事ってあるんですね。

 破門されちゃいましたが、姉さんたちはタフでした。姉さんたちは、すぐにそれぞれに新しい先生を見つけて、T門下はバラバラになってしまいました。Nさんは、自分で見つけた新しい先生のところに、私を誘ってくれました。でも私は…生涯始めての破門に心が乱されていて、そのお誘いは断り、音楽に関する心を閉ざして、歌から遠ざかる事にしました。声楽を辞めたのはもちろん、合唱にも戻らず、それどころか、当初はカラオケにもいきませんでした。確実に、音楽から距離を取るようになりました。

 で、音楽から遠ざかった代わりに、コンピューター関係の勉強を始めて、こっちはこっちで、今の仕事につながっていくわけです。

 私が再び音楽の趣味生活に戻るには、それから約20年弱の時間が必要でした。

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2012年8月16日 (木)

老犬ブログ前史 その2 合唱時代

 Nさんは無類のオペラファンでした。元々は、マリア・カラス[伝説のソプラノ]のリアルタイムのファンでして、カラスの引退後は、プラシド・ドミンゴ[三大テノール]の追っかけをやっていたほどの方でした。

 私はNさんの影響で、マリア・カラスと同時代のテノール歌手であるマリオ・デル・モナコと、Nさんが追いかけ続けているプラシド・ドミンゴを好きになりました。だって、二人とも、カッコいいテノールじゃん(笑)。

 私が最初に購入したオペラのCDは、モナコが歌う「道化師」のディスクでした。これを実に何度も何度も聞いたなあ…。モナコの道化師は、私のオペラ人生の原点みたいなものです。

 Nさんは気合の入ったオペラファンだったので、CDはもちろん、オペラLDもたくさん持っていました。休みの日になると、Nさんの家にお呼ばれに行って、朝から晩まで、オペラLDをNさんのレクチャー付きで見たものです。私のオペラの基礎教養の大半は、この時のNさんのレクチャーで身に付けたんですよ。

 ちなみに、当時のオペラLDは、今と比べると全然数が少なく、出演している“テノール”も、ほとんどがドミンゴで、次点はカレーラスでした。この二人しか出演していなかったと言っても過言じゃなかったです。三大テノールの残りの一人であるパヴァロッティは?と言うと、おそらく彼は声は美しいかったけれど、容姿に多大な難があったので、CDでは通用してもLDには向かないと判断されて、その出演作が(少なくとも日本では)発売されなかったのだと思います。

 今ではパヴァロッティの出演作もDVD化されているし、彼同様に容姿に難のあるテノールが出演しているモノもきちんとDVD化されています。そういう点では、良い時代になりましたね。それどころか、オペラに限って言えば、同じ演目ならCDで購入するよりもDVDで購入した方が安いという面白い状況になりつつあります。当時のオペラLDなんて、1セット、1万円以下なんて、ありえなかったんですよ。それくらい、高価で貴重だったんです。
 
 
 オペラをたくさん見聞きしているうちに、やがて自分でも歌いたくなって、某アマチュア合唱団に入りました。とにかく、歌を聞いているだけじゃなく、自分でも歌いたくなったんですよ。

 『オペラファンなら、声楽を習って、オペラアリアを歌えばいいじゃん』と、今ならそう思いますが、当時の私には“素人がオペラアリアを歌う”なんていう選択肢は考えもつかなかったのです。『オペラはプロが演奏するもの、素人は合唱をするもの』なんて、誰に言われたでもなく、当時の私は、そう信じていたので“歌いたい” -> “合唱団に入ろう”って、短絡的に考えたわけです。

 幸い、湘南地方には、イヤになるぐらいたくさんの合唱団があったし、常にどこかの団が入団募集をかけているので、私はその中から、近所で練習をしている、大規模な市民合唱団に入りました。

 合唱団に入って、さっそく歌に夢中になりました。とても楽しかったですよ。なにしろ、合唱って、自分がロクに歌えなくても、周りがちゃんと歌っているし、自分が歌えても歌えなくても、舞台はきちんと進行するし、演奏会が終われば、自分がダメダメでも、仲間との一体感と、舞台を終えた充実感は味わえましたからね。まだ未熟な私でも、音楽演奏の高揚感を楽しむ事ができました。

 最初に入った合唱団は、オーケストラと共演する事がウリの合唱団でした。規模が大きく、指導者にも恵まれていた団で、指揮者&ピアニスト以外に、ヴォーカル・トレーナーさんが複数もいた程でした。私は、その団で、始めてクラシカルな発声方法を習いました。ま、合唱団での発声指導でどうにかるほど、歌は甘くないのですが、でもなんか、うれしかったな。今まで知らなかったクラシカルな発声法を知り、まるで自分がオペラ歌手にでもなったような気分になれましたからね。

 この頃の私は、本当に熱心だったと思います。当時発売されていた、日本語で書かれた発声関係の本のほとんどを読んだと思います。ですから、私の発声理論は、この頃の座学で身に付けたものです。まあ、知識がある事と、歌える事は全然別なんですけれどね。

 ちなみに当時の私の歌唱力は、今とは全然比べ物にならない程度だったと思いますよ。発声は全然ダメで、声はロクに出ていませんでした。音程もあるんだかないんだかって程度でした。ただ、熱心だったし、若い男性だったので、合唱団の皆さんには可愛がってもらいました。

 譜面は今以上に読めませんでしたが、合唱は一人でするものではありません。パートの中にいて、みんなと一緒に歌えば、自分が歌うメロディーなど、若いという事もあって、やがてカラダで覚えてしまいます。覚えきれずにデタラメを歌っていても、声がロクに出ていないし、所詮、側鳴りでしたから、誰の迷惑にもなりません。そうやって、実際に声を出して、トライ&エラーを繰り返しているうちに、少しずつ軌道修正がかかって、やがて、そこそこ歌えるようになっていきました。

 その団では、本当に、合唱の基本的な事をたくさん学ばせていただきました。また、その団にいる間に、小規模な他の団にも入り、少人数の合唱の楽しみも覚えてみたり、地元のホールでテレビ収録などが行われる時は、助っ人合唱団にも応募して、歌謡曲歌手の後で歌ってみたり…。今もたまに参加している第九合唱団に最初に入ったのもこの頃でした。とにかく、歌うチャンスがあれば、合唱団の掛け持ちもなんのその、果敢にチャレンジし、人脈を広げていき、合唱仲間を増やしていきました。合唱を始めて、3年目に突入しようかと言う頃には、合唱仲間と一緒にヨーロッパに行って、向こうの合唱団で歌ってみようなんて話が出てくるほどに盛り上がってました。
 
 
 でも、私は丸2年、集中的に合唱三昧の生活をしたら、燃え尽きてしまいました。もちろん、ヨーロッパにも(仲間たちは行きましたが、私は)行きませんでした。

 実は私って、飽きやすい人間なんです。今は年を取ったせいもあって、多少は色々な事もガマンをして継続できるようになりましたが、まだ若かった私は、本当に飽きやすいと言うか、実に『熱しやすく冷めやすい』性格でした。だから、合唱も2年も集中的に行ったら、まるで憑き物が落ちるように、飽きちゃったんですね。

 それに、合唱って、オペラとは、やっぱり違います。私はオペラが好きで、オペラに憧れて、それで自分も歌いたくなった人なんです。だから、私が本当に歌いたいのは、実は合唱曲ではなく、オペラアリアなんです。合唱にのめり込むほど『これはオペラじゃない…』という思いを感じるようになりました。特に大きな合唱曲を歌うと、自分は合唱団の一員としてオーケストラの後で歌い、そのオーケストラの前に、ソリストさんたちが陣取って、素晴らしい歌声を披露しているのを聞いていると、なんか悲しくなってきました。

 でも、当時の私は「素人は合唱。プロはオペラ」という先入観がありました。だから(失礼な話だけれど)合唱でガマンしていたんですよ。でも、ガマンには限界があります。

 やっぱり私はオペラが歌いたかったのです。合唱をやればやるほど、オペラをやりたくなりました。合唱に飽きちゃった事と、オペラに対する憧れが押さえきれなくなった事、その二つの思いでモンモンとするようになりました。

 そんな気持ちが見透かされていたのか、合唱団の指揮者さんから「君は合唱よりもソロの方が向いているよ」とかなんとか言われて、余計に気持ちモンモンとして…。
 
 
 そこで再びNさんの登場です。当時の私は全然知らなかったのですが、実はNさんはドミンゴの追っかけをしながら、アマチュアのソプラノ歌手でもあったのです。でも彼女は、自分が声楽のレッスンを受けている事、発表会などで細々と歌っている事を、職場では内緒にしていました。だから、私もその事を知らなかったんです。

 年度が変わっても、職場では、私とNさんは隣同士の机になる事が多く、仕事の事、プライベートな事など、色々な事をよく話しました。ドンドン音楽にハマっていく私を見て、微笑ましく思っていたそうです。そして、私が合唱を始めて、合唱にのめりこみ、合唱を満喫していく姿を、黙って見ていました。そして、私がオペラへの思いが強くなり、合唱への違和感を隠しきれなくなり、そこで悩んでいた時には、始めて、自分が声楽の個人レッスンを受けている事、発表会などでオペラアリアを歌っている事を教えてくれました。そして、オペラが好きで、オペラアリアを歌いたいなら、合唱ではなく、声楽を習うべきだとアドヴァイスしてくれました。そして、もし私が良ければ、ご自分が習ってらっしゃる先生を紹介するから、一緒に声楽を習わないかと、誘ってくれたわけです。

 そりゃあ、二つ返事でOKですよ。だって、オペラアリアが歌えるようになれるかもしれないのですよ。オペラはプロのモノ。素人は合唱でガマンするもの、なぜかそう考えていた私にとって、声楽を習って、オペラアリアにチャレンジするなんて、ありえない話です。それこそ、夢の世界に足を踏み入れるようなものです。

 声楽の個人レッスンを受けると決めた私は、散々世話になった合唱団をあっさり辞めてしまいました。実にキレイなもので、未練も何もなしで、スパっと辞めちゃいました。だって、合唱よりもオペラですって。だから、いくつも入っていた合唱団のすべてを辞めて、身ぎれいになって、声楽の個人レッスンを受ける事にしました。

 歌の神様に導かれた…んだと思います。次回は、声楽の個人レッスンを受け始めたあたりから、話を始めます。

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2012年8月15日 (水)

老犬ブログ前史 その1 学生時代

 今年の夏の、いわゆる“お盆企画”の連載を開始します。

 今年は、私の昔話と言うか、そもそも、どんな経路で、今の趣味生活に突入したのか、私の個人的趣味日記の前史的なモノでも書いてみようかなって思いました。つまり、老犬ブログに書かれる前の、私の趣味生活について、ボツボツと色々な事を思い出しながら書いてみます。ちょうど昨年は“My音楽史[すとん編]”として、私の音楽受容遍歴(&演奏遍歴)を書いてみましたので、それの補完連載って感じになるでしょうか? 話があっちこっち錯綜したり、一部思い違いや、過去記事との食い違いなどが混じっているかもしれませんが、その点はご勘弁ください(笑)。

 では、始めます。
 
 
 音楽は、物心つく前から大好きでした。でもね、貧しい家に生まれたので、習い事をさせてもらえなかったし、学校は公立だったので、音楽の時間がかなりいい加減だった(音楽素人の担任教師が音楽を担当する事が多かったんだよね~)ので、音楽は好きだったけれど、基本からしっかり教わることは無く、家庭環境の差が、そのまま才能育成の差となって、私は音楽的にはスポイルされた環境で育ちました。

 私が親しんでいた音楽と言うと、歌謡曲とCMソングとアニソン(ってか、子ども番組の主題歌)ぐらいでした。そういう意味では、貧乏な家に生まれ育った子どもとしては、ごく平均的な音楽経験っところかな? 歌謡曲と言っても、当時は演歌が大盛況だった時代ですが、不思議と私は、演歌には見向きもしませんでした。ポップスっぽい歌謡曲が好きだったかな。

 あ、そうそう、当時[昭和の時代だよ]は今と違って、テレビで歌番組って、たくさんやってましたね。だいたい、毎日、どこかの局でやってました。それもいわゆるゴールデンタイムでね。どの番組も全年齢対象って感じで、若い子からお年寄りまで楽しめるようなラインナップで、今と違って、家族全員で見れる番組だったんだよねえ…(懐かしいなあ)。あと、アニメとかドラマも、だいたいゴールデンタイムにやってました。その代わり、バラエティ番組とかニュース番組って奴が少なかったかも…。
 
 
 私が小学生の頃は、まだまだハーモニカの時代でした。1年生の時にハ長調のハーモニカを購入し、二年生になると半音の学習が始まるので、複音ハーモニカと言って半音も出せるハーモニカを購入するのだけれど、我が家は貧乏だったので、複音ハーモニカを買ってもらえず、ヘ長調もト長調も臨時記号無視で、ハ長調のハーモニカを吹いてました。そんな事をしていたら、耳なんて、育つわけないよな~。私が今だに音感が無くて苦しんでいるのは、きっと、この時代のいい加減な音楽環境が原因だろうと思います。

 と言うわけで、私の音楽生活なんて、そういう状況から始まってます。

 3年生の時にソプラノリコーダーを購入し、5年生になるとアルトリコーダーを購入しないといけなかったのだけれど、アルトリコーダーは購入してもらえなかった(ウチの親には、ソプラノとアルトの区別がつかなかった)ので、ソプラノリコーダーのまま、アルトリコーダーの曲をアルトリコーダーの運指(?)を使ってソプラノで演奏してました。まあ、つまり、いつでも完全五度上でリコーダーを吹いていたわけです。ほんと、デタラメな事をやっているよね。まあ、それで通用する程度の授業だったわけですね。そして私は、ますます音感獲得の道から遠ざかるのでありました(涙)。

 リコーダーは一家に一本しかなかったので、やがて弟と一本のリコーダーを共有するようになり、手ぶらで授業を受ける事も増えました。そういう時は“エア・リコーダー”を吹いてました。ああ、恵まれていないねえ…。

 そんな音楽環境にも関わらず、3年生の音楽の授業(この学年はなぜか専科の先生が音楽を担当してました)で『三拍子で作曲してみよう』という課題が出て(こういう課題が、小学3年生相手に出る事自体、いい加減な授業だって分かるでしょ:笑)、私がサラサラと書いたメロディが抜群に良かったらしく、それを黒板に書き写されて誉められただけでなく、黒板を見ながら、クラス全員でそのメロディを笛で演奏したのを覚えてます。たぶん、その頃までの私に、きちんとした音楽教育を与えたら、それなりの職業音楽家になれたんじゃないかな?なんて思いますよ。

 ちなみに小学校高学年の時は、鼓笛隊に入って、小太鼓(スネアドラムとは微妙に違う:笑)を叩いてました。これは結構上手だったと思います。音感は今も昔もありませんが、リズム感はどうやら人並み程度はあったようです。
 
 
 中学校に入学して、やっとマジメに授業をしてくださる音楽の先生と出会って、そこで始めて、楽典やらなんやらをしっかり学んだ記憶があります。私の楽典の知識は、その頃、恩師に教わったものが、ほとんどです。

 その頃になると、弟は音楽を放棄したので、一本しかないリコーダーは、ほぼ私の独占状態となりました。そして私はリコーダー演奏に夢中になりました。暇さえあればリコーダーを吹いていました。学校の休み時間はもちろん、家にいても手持ち無沙汰の時は、リコーダー吹いてました。なにしろ、修学旅行にもリコーダーを持っていき、新幹線の中でも、バスの中でも、京都の町中でも、リコーダー吹いてました。今考えると、そうとうバカで怪しい男子中学生だったと思います(笑)。

 また、小学校の鼓笛隊の経験もあったし、リズム感は悪くなかったから、時々、恩師が顧問を勤める吹奏楽部に、エキストラ(つまり、助っ人)として呼ばれて、パーカッションもやりました。本当は、エキストラじゃなくて、正式部員として吹奏楽部に入りたかったのだけれど、ウチは貧乏だったので、何かとお金がかかる吹奏楽部の入部は、親に止められてました。なので、正式部員ではなく、エキストラだったんです。ああ、残念。

 当時すでに、楽器演奏の方は、それなりの才能を見せていた私でしたが、歌はてんでダメでした。

 小さな子どもの頃から、歌うと父親に殴られていました。子どもが楽しげにしている姿を見ると、イラつく性分だったようで、歌に限らず、私が上機嫌にしているだけで、殴られた蹴られてたりしてました。今で言うところの“児童虐待”って奴だったかもしれません。それなのに、親を恨む事もなく、ひねくれずに育った私はエラいなあ…。

 とにかく歌うと殴られていた(ってか、物音をたてると殴られていた)ので、生活の中で声を出して歌う機会が極端に少なく、そのため、歌の練習が出来ず、歌う力を育てる事ができなかったんですよ。ま、ロクな音楽教育も受けていなかったし、音感も無かったし、それに歌えば殴られていたのですから、歌えない子に育っちゃったのも、無理のない話です。

 ですから、中学生の頃になると、はっきり言って、歌は下手の部類に入るほどの歌唱力しか持ち合わせていなかったのです。中学の音楽の恩師が「こんなに音楽が好きで、笛も得意なのに、歌がダメなんて、本当に可哀相だ」と本気で同情してくれたのを覚えてます。

 まあ、歌えなくても、音楽を聞く耳は持っていたし、自分は“歌えない人間”だという悲しい自覚もあって、その分、余計に自己表現の手段として、リコーダーにのめり込んだのかもしれません。

 でも、心の底では、自分も人並みに、歌えるようになりたかったのだろうと思います。
 
 
 歌下手から脱出しようとして、ギターを独学で始めて、歌の伴奏として使いだしたのも、この頃です。やっぱり、歌の練習をするには、楽器が必要でしょ? それに「習うより慣れろ」じゃないけれど、習い事は一切できない環境だったので、何か楽器を習うにしても、独学できる楽器じゃないとダメだし、ピアノは子どもの小遣いじゃ買えないし、当時ギターが流行っていたって事もあったし、とにかく近所のレコード屋で安いギターを買って、ギター弾きながら、当時の流行り歌をバンバン歌ってました。

 まあ、一応、ギターは独学…と言っても、当時はギター少年は周りにたくさんいたので、そんな友人たちにギターを習ったり、一緒にバンドをやったりして、それなりにギターの研鑚は積みました。まあ、ギタリストとして一本立ち(と言う言い方も変かな?)できるほどの腕前にはならなかったけれど、歌の伴奏には困らない程度の腕前にはなれたと思います。

 とにかくいっぱい歌を歌って、歌う経験を増していいけば、少しでも歌が上手になるんじゃないかって思って、一生懸命ギターを勉強して、ギターで音取りをしながら歌の練習をするようになりました。…相変わらず、父親には歌うたびに、殴られまくっていたけれどね(笑)。

 でもまあ、ギターの弾き語りをしているだけでは、実はあまり歌は上達しないのですよ(涙)。

 歌は上達しなかったけれど、ギターの腕前の方は、それなりに上達したので、高校時代はバンド活動を、それなりにマジメにやってました。もちろん、本音ではギターではなく、ヴォーカルをやりたかったけれど、ヴォーカルをやらせてもらえる程の歌唱力は無かったので、一生懸命ギタリストをやりました。で、時々、お情けで、ライブの中で1~2曲、歌わせてもらってハッピーになってました。カワイイでょ?

 この頃は、バンドでは、ギター演奏以外に、作曲をかなり真面目にやっていました。ええ、いっぱい曲を書きました。メロディーメーカーとしての才能が、ちょっとはあったのかもしれません。湯水のようにメロディーが湧いて、どんどん曲が書けたので、これでも一時期は、マジメに作曲家になろうと思っていたんですよ、音感ないのに(笑)。
 
 
 高校を卒業して、バンドは解散し、大学生になった頃は、音楽活動は低調な時期に入りました。それでも、サークルの部室で、ひまつぶしに、私のギターで、たまにみんなで歌ったものです。相変わらず、歌は下手だったけれど、気にせず歌っているうちに、少しずつ歌えるようになってきたので、いつのまにかリコーダーは吹かなくなってしまいました。歌の上達には「声を合わせて歌う経験」というのが、必要なのかもしれません。なかなか孤独の中では、歌は上達しないらしいです。

 大学時代には、教員免許の都合もあって、ピアノを始めましたが、さすがに二十歳過ぎてからピアノを勉強しても、ロクに弾ける様になりませんでした。返す返すも、小さな子どもの頃にピアノを習いたかった…と思ったものです。

 それまでポピュラー音楽一辺倒だった私が、クラシック音楽に親しみだしたのは、この頃です。友人にクラオタがいて、交響曲を中心にレクチャーを受けて、無理やりレコードを聴かされて…って感じで、少しずつクラシック音楽の楽しみを知り始めました。でも、結局、今でもそうだけれど、交響曲は好きになれなかったです(笑)。

 学校を卒業して、就職したところ、私の隣の机のお姉さん(と言っても、私の母よりも年上の方)が私の教育係になってくれたのだけれど、この人が、無類のオペラファンで、私はそれまでオペラの“オ”の字も知らなかったのだけれど、この人が師匠になってくれて、私はオペラの楽しみを知るようになりました。

 この方の事をNさんと呼びましょう。このNさんの話から次回の話を始めましょう。

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2012年8月14日 (火)

老犬ブログは六年目に突入しました!

 本日8月14日は、老犬ブログのお誕生日です。で、何年目になったのか言うと…はい、満五年を修了し、六年目に突入でございます。パチパチパチ~。

 恒例の派手な文字列をアップしておきます。
 
 
   ★★★ 祝! 老犬ブログ、六年目、突入~! ★★★
 
 
 はい、何だかんだ言っても、毎日、コツコツと一つずつ記事をアップしてきて、六年目に突入です。自分で言うのもなんだけど、エラいね。コツコツとよく続けてきました。

 おめでとう、六年目と言ったら、生まれた子なら小学校入学だし、小学校なら最高学年じゃない。すごいね。立派なものだ。よく続けたー! 頑張りました。

 てなわけで、やせても枯れても、六周年てなわけで、まとめの意味も込めて、去年同様(笑)、この一年間の月間トップ3の記事を発表します。どの記事に皆さん方の注目は集まったのか、一目瞭然ですよお。それではスタート!
 
 
2011年8月
 第1位 「ランパル式のタンギングという奴を習ってきたよ
 第2位 「人の数だけ正義はある
 第3位 「声楽の先生の探し方
 
 
2011年9月
 第1位 「フルートの選び方(初心者編)」
 第2位 「君が次にフルートを買うなら、ムラマツの9Kにしなさい
 第3位 「実はすでに五年目に突入していました!」
 
 
2011年10月
 第1位 「今度は『音楽に対して無責任ですね』って言われました
 第2位 「フルートをもっともっと響かせよう
 第3位 「誤解はされたくないし、するのもどうかと思う[ピアノって実に難しい楽器なんだな…]」
 
 
2011年11月
 第1位 「卑怯なやり方に屈して、合唱を辞めました
 第2位 「フルートの音色は、人の声と同じ。変えようと思っても変えられないものです
 第3位 「ランパルは入れ歯になってからダメになった
 
 
2011年12月
 第1位 「…だったら、歌を辞めます!」
 第2位 「あなたの演奏からは四拍子が感じられない
 第3位 「ヒャダル子さんの正体にびっくり
 
 
2012年1月
 第1位 「ヒャダル子さんの正体にびっくり」
 第2位 「さあ、今年[2012年]の抱負だよ
 第3位 「セーム革(とフルート)のお手入れ方法
 
 
2012年2月
 第1位 「ヒャダル子さんの正体にびっくり」
 第2位 「セーム革(とフルート)のお手入れ方法」
 第3位 「息の勢いで歌うのは良くない…らしい(汗)[高音の出し方]」
 
 
2012年3月
 第1位 「ヒャダル子さんの正体にびっくり」
 第2位 「セーム革(とフルート)のお手入れ方法」
 第3位 「アルタスフルートはやっぱり特殊?」
 
 
2012年4月
 第1位 「セーム革(とフルート)のお手入れ方法」
 第2位 「ヒャダル子さんの正体にびっくり」
 第3位 「フルートを音楽的に演奏するには…どうしましょ?」 
 
2012年5月
 第1位 「レッスンに行った事を後悔しています
 第2位 「ソプラノブスとテノールバカ
 第3位 「フルートの音は壁を何枚も突き抜けて聞こえるものです」 
 
2012年6月
 第1位 「声楽のレッスンを辞めました
 第2位 「レッスンもそろそろ限界…かな
 第3位 「ヒャダル子さんの正体にびっくり」
 
 
2012年7月
 第1位 「ヒャダル子さんの正体にびっくり」
 第2位 「体験レッスンに行って、決めてきました
 第3位 「なんか、気味が悪いくらいに誉められました」  
 
 だいたい、月間トップ3のページなんて、普通はその月にアップされた記事が来るものですが、時々、過去記事(この場合“一カ月以上前の記事”という意味)が、月間トップ3に食い込んだりするのは、おもしろいです。おそらく、検索からヒットしてきたのでしょう。特に目立つのが「ヒャダル子さんの正体にびっくり」と「セーム革(とフルート)のお手入れ方法」の二つの記事かな? もちろん、これ以外にも過去記事でトップ3に入っているものもありますが、やはりこの二つの記事は目立ちます。

 「ヒャダル子さん~」の記事は、2012年8月の記事です。アップされた当時はさほど注目されなかった記事なんですが、あとからメキメキとアクセスされるようになってます。今でも、日ごとの「人気記事ランキング」(右欄にあります)では、よく1位を取ってますからね。人気がある記事なんですが、みんな、そんなにヒャダル子さんの事が気になるみたいですね。

 「セーム革~」の記事なんて、2009年3月の記事ですよ。もう3年前の記事です。ううむ、根強い人気の記事なんですね。おそらく、ネットには、セーム革の記事が少ないんでしょうね。

 あとは、メサイアの合唱団を辞めたり、声楽の個人レッスンを辞めたり、とにかく、私が何か辞めると、その記事に注目が集まりますね(苦笑)。『他人の不幸は鴨の味』ですから、仕方ないかな(笑)。

 何かを辞めると言うのは、当座は寂しく悲しいのですが、後から振り返って見た場合、それも神様の摂理だったんだなあって思う事が大半です。

 メサイアの合唱団は、一通り譜読みも出来たし、指導も受けたし、小さな本番も経験したし、私的にはあれで十分だったわけで、まだ合唱用の声をうまく出せなかった当時の現状(今もまだ無理かも:笑)では、あそこで終わりでちょうど良かったのだと思います。

 キング門下を辞めたのも、時期的にちょうど良かっただと思います。あそこにあれ以上いても、得るものはすでに無く、色々な意味で腐っていくだけだったと思うと、キング門下を辞めることが出来たのは、とても良かったと思います。もちろん、キング先生の5年間のご指導には感謝してますが、彼と一緒では、次のステップには上がれなかったでしょうから、これで良かったんだと思ってます。『捨てる神あれば拾う神あり」です。気持ち的には、声楽の幼稚園を卒園して、小学校に入学した気分です。今までは、遊びの中で、カラダを作ったり、常識的な事を学んでいたような段階だったと思います。これからが、私にとって、本格的に声楽の勉強の始まりだと思うと、気がひきしまります。

 それにしても、フルートの記事は、コンスタントに人気がありますね(笑)。

 さあ、この調子で、六年目もガンガン行くよ!

 それでは明日からは、お盆進行に入ります。今年もよろしくお願いします。

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2012年8月13日 (月)

ロングトーン練習で死にかけました(マジで)

 フルートのレッスンに行ってきました。私は一足早い夏休みを取っていたので、そりゃあも~、朝から練習しまくりの状態でレッスンに臨みました。

 …しかし、練習のしすぎも善し悪しだね。なんか、一度ミスをしちゃうと、何度もミスを繰り返すようになって、やがてミスが定着しちゃって…おぉ、これじゃあ、練習しない方がマシじゃん、なんて思ったりして(笑)。

 まあ、私、集中力などありませんから、ミスがきちんと定着する前に練習を中断しちゃうので、大変な事にはなりませんでした。なにしろ、午前中から、少し練習しては休憩して、また練習してはサボって…の繰り返しで、夜のレッスンまでの時間を有意義だか、無意味だかに過ごしました(結局、丸一日、フルート三昧:はぁと)。

 さて、日も暮れて涼しくなったので、レッスンに参りました。またもお教室の入り口で、いつぞやの美人さんに挨拶されちゃいました。ううむ、この人は一体誰なんだろう? それにしても、見知らぬ人とは言え、美人さんに挨拶されるのは、気分悪くないものだね(へへっ)。
 
 
 私が先にレッスン室に入ってチューニングもどきをしていたら、先生が後から入ってきて「そんなに、勢い良く、フルートを吹いちゃいけません!」って言われました。最近は、オーバーブローに気をつけているのですが、それでもまだまだ息の量が多い私です。

 いつもいつも注意されているばかりなので“なぜ私は、いつもいつもオーバーブローを注意されるのか?”と、たまにはサル並に反省をしてみました。

 オーバーブローの原因は…息の入れ過ぎです。フルートを鳴らすためには、管に息を入れる必要がありますが、息は入れなさ過ぎても、入れ過ぎてもダメです。入れなさ過ぎではフルートは鳴りません。入れ過ぎは管の振動を妨げ、音色がつぶれてしまいます。だから、適切な量の息だけを管内に入れるように習慣づけないといけません。

 ではなぜ、息を入れ過ぎてしまうのか? それは、管に入れる息の量のコントロールが、いい加減だからです。具体的に言えば、もっと少なめに息を入れるべきなのに、それをうっかり多めに入れてしまうからです。ではなぜ、息を多めに入れてしまうのか? それは息の支えが弱いからです。

 な~んだ、オーバーブローの原因は、息の支えが弱いからだ。そう言えば、私はフルートを吹く時は、声楽の時と違って、さほど息の支えに注意を払っていませんでした。ああ、反省、反省。

 そうと分かれば、そこそこ息を支えてフルートを吹くことにしましょう(笑)。

 …なぜ“そこそこ”なのか? だって、声楽並にしっかり意識を集中して息を支えていたら、指が動かなくなるし、フルートで、声楽並の息の支えをしたら、息のスピードが上がり過ぎる恐れがあります。そんな事になったら、そのスピードを押さえるための逆の支えも必要になって、私は実に疲労困憊になってしまうからです。

 ま、今回はそこに気がついたので、そこそこ(笑)しっかり息を支えながらフルートを吹いてみました。

 息をしっかり支えてフルートを吹くと、音程が安定します。いいですね。それと音色も安定します。ますますいいですね。ただ、困った事も起こります。それは、息をしっかり支えていると、息が余ってしまうのです。吹いても吹いても、全然息が減らないのです。これはヤバイです。

 息が減らないなんて…素晴らしい、わけないですよ。確かに息がいつも足りない人から見れば、息が余るなんて素晴らしく事のように思えるかもしれませんが、実際のところ、息が余ると『とんでもなく苦しい』です。だって、息が余るって事は、体内に息がいつもあるわけで、いくらブレスで息を吸っても、肺にさほどの余裕がないため、新鮮な空気をほとんど吸えないわけで、カラダはドンドン酸欠になるわけです。こりゃあ、苦しいですよ。

 ロングトーンの練習をしながら、息が余って、カラダが酸欠になってきた事に気付いた私は、途中から、ブレスの時に、息を吐く事に集中してみましたが、これがなかなかうまくいかないのよ(涙)。と言うのも、普段から息を吸う訓練はしているので、ほんの短時間で大量の空気を一瞬で吸う事には慣れている私ですが、息を吐く方の訓練は、それほどしていないので、息を一瞬で吐く術を知らないのです。

 ブレスの時に、息をまだ吐いているのに、もう次の音を吹かなければいけないのです。吹いては、息を吐き、吹いては、息を吐き…これの連続です。当然、息を吸っていないので、苦しいです。でも、うっかり苦しいからと言って、息を吐ききらないうちに、次の息を吸ってしまうと、もう体中、息でパンパンになってしまいます。

 なんと、たかがロングトーンの練習でしたが、私は酸欠で死んじゃうかと思いました。まさに“空気中で溺れる”感覚でした。ブラックアウトまで、あと数歩ってところまで追い込まれました。ああ、ほんと、マジ、やばかったよ。
 
 
 ロングトーン練習の後は、アルテです。

 懸案のアルテ15課4章の『Es-durのロングトーン』では、第二オクターブに入る時、具体的にはレの運指を押さえる時に、うっかりブリチアルディキーを押さえ忘れてしまいました。そこで「やべっ!」と思った私は、レを鳴らしている最中に、親指をゆっくりとスライドさせました。はい、それくらいの修正ならばOKだろう…と思ってやってみたら、先生にバレバレでした。

 レの運指ならば、音量・音色ともに、ブリチアルディキーの有無には関係ないはずなのに、先生の耳は、そこをバッチリ、キャッチしちゃうんですねえ…。ああ、恐ろしい。

 当然、やり直しになりました(汗)。はい、二度目の時は、しっかりと気合を入れさせていただきましたよ。

 懸案の4番『Es-durのスケールとアルペジオ』は…ようやく合格をいただきました。本当に、この課題は私には難しかった。実は自宅練習でも、この課題は、最後まで失敗続きでした。いや、たまには完奏できるんですが、やはりどうしても、ついうっかり失敗してしまうのですよ。

 特に失敗しがちなのは、第三オクターブの発音ミスです。これは当初、指の動きが悪いからだと思っていたのですが、実は指の動きが悪いのが直接の原因ではなく、指を動かす際に、中低音では無いのですが、高音域でのクロスフィンガリングが原因なんでしょうが、つい管体がぐらついてしまうのです。で、管体がぐらついて、息のポイントを外して、結果として音が出なくなってしまうのです。それに気付いてからは、なるべく管体を動かさないように慎重に吹くようにしました。…そうすると、今度は指の動きの悪さや、運指の押さえ間違いなどが多発して…なかなか自宅練習では、うまく行きませんでした。

 レッスンでも一度目は運指を間違えて失敗。二度目はプリチアルディキーを外し忘れて失敗。三度目でようやく完奏でした。おそらく四度目をやったら、また失敗したかもしれませんが「こればかりやっていても仕方ないですからね」と言って、合格させてくれました。ああ、なんか命拾いしたようの感じです(おおげさ)。

 これでアルテ15課4章は終了。次回からは5章のE-durに入ります。宿題としては『E-durのロングトーン』と1番の『音階準備練習』が出されました。ガンバルゾ。
 
 
 ミニヨン・エチュードは14番です。はい、こちらは一発で合格をいただきました。だって、たくさん練習してきたもん。「いいのだけれど、もう少し早く演奏できるといいですね」と言われました。Allegretto graziosoなので、いかにもgrazioso(優雅に)を強調して吹いてみたつもりでしたが、先生的にはAllegretto(快活にやや速く)に重点をおいて欲しかったようです。快活さと優雅さの両立は難しいよね(笑)。

 さて、こちらも次回から15番です。先生が模範演奏をしてくださいましたが…ううむ、なんとも捕まえどころのない、ルヌンとした曲だなあ…。なんか、また、苦労…しそう。それと、この15番はC-durなんだよね。アルテの方がE-dur(#4つだよ)で、ミニヨン・エチュードの方がC-dur(#もbも無し)なので、なんか指が混乱しそう…。大丈夫かな?
 
 
 さて、今回の雑談は…熱海(笑)。いやあ「夏休みはどこに行きますか?」と尋ねられたので「熱海に行きます!」と答えたら、先生のツボに入ったらしく、そこから先生の熱海話に突入しちゃいました。先生、実に、熱海が好きなんですよ。私も熱海は好きだし、土地勘もあるので、先生の話に一つ一つ反応していたら、あっと言う間に時間が過ぎてしまいました(爆)。ああ、熱海一つであんなに盛り上がるなんて(大笑)。でも、熱海話はフルートとは何の関係もないので、今回は割愛します、へへ。

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2012年8月12日 (日)

最近の私は肉食系にシフトしつつあるかも…[2012年8月第2週・通算26週]

体重:105.8kg[+-0.0kg:+2.7kg]
体脂肪率:30.4%[-0.8%:-0.5%]
BMI:33.4[+-0.0:+1.0]
体脂肪質量:32.2kg[-0.8kg:-0.7kg]
腹囲:102.0cm[+2.0cm:+3.5cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 別に“肉食系にシフト”と言っても、ガールズたちをナンパしまくっているわけではなくて、単純に、今まであまりクチにしなかった肉類をたくさん食べるようになったというだけの話です。

 私は、子どもの頃から、実はあまり肉が好きではありませんでした。もちろん、キライというほどでもなかったのですが「肉と魚とどっちにする?」と尋ねられると、迷うことなく「魚!」と答えていた人だし「カツ丼と天丼、どっちにする?」と尋ねられると「天丼」って答えていた人です。

 あれば食べるけれど、決して積極的に食べたいとは思わないのが、肉でした。特に牛肉は、ほとんど手を出さなかったです。タンパク質は、基本、魚と豆で摂取していました。で、たまに、鶏肉を食べ、さらに機会は少なかったですけれど、豚肉を食し、牛肉は年にほんの数回しか食べないという私でした。そういう生活を子どもの頃から始めて、つい最近まで、そんな感じでした。

 まあ、私が子どもの頃は、牛肉に限らず、豚肉だって高価で、庶民のクチには“肉”なんて、なかなか入らなかった時代だったという事もあります。

 ですから、少し前までのブログ記事を見ると「私は草食系です」なんて言っているのは、そういう理由からです。ほんと、豆と魚が中心で、たまに鶏肉を食べる程度だったんです。意識していたわけじゃないけれど、まあ、それが私の食習慣だったし、意識していたわけでないけれど、実にベジタリアンっぽい生活でしょ(笑)。
 
 
 あ、そうそう、ベジタリアンってのにも、色々な種類があって、日本人の考え方だと、仏教思想の影響もあって、動物を一切食べないのがベジタリアンだって考える人が大勢いると思いますが、それでは実は健康は保たれないんですね。

 人間は食べないと生きていけません。まあ、基本的には穀類を食べていれば、簡単には死にませんが、穀類だけだと、必須アミノ酸が不足しますので、栄養不足に陥りがちなんです。もちろん、必須アミノ酸自体は、穀類やその他の植物性の食材にも入っていますが、その絶対量が不足しているので、必須アミノ酸を満たすためには、どうしても動物の肉を食わないといけないのです。

 昔の日本人が小柄であったり、早死傾向があったのは、栄養不足が原因だったと話もあります。だいたい、肉食を始めて、栄養が行き渡るようになってから、日本人の平均寿命も、平均身長も、伸びたわけだしね。ですから、健康でいたければ、何らかのカタチで、動物を食べることが必要なんですよ。私の場合は、以前は、魚を食べることで、それを補っていたってわけです。
 
 
 ちなみに、欧米人たちのベジタリアンの発想は、我々とは違って、とてもユルイところから始まって、信じられないくらい厳しいものまでを含みます。例えば、MEATを食べなければベジタリアンだと言い張る人たちもいます。MEATと言うのは、牛肉ね。だから、魚がOKなのは当然として、豚肉や鶏肉はOKだったりします。牛さえ食べなければ…なんて、かなりユルいベジタリアンですし、マジメにベジタリアンをやっている人からはバカにされているようです(笑)。

 まあ、そのあたりは横においておくことにして、それ以外にも、ベジタリアンにも色々な種類があるようで、動物性タンパク質の取り方によって、まあ、だいたい、こんな感じに分かれるようです。

ボゥヨゥ・ベジタリアン…非肉食者。鶏肉・魚介類・卵・乳製品は食べる。牛肉と豚肉は食べない。

ベスコ・ベジタリアン…魚菜食者。魚介類は食べる。肉(牛・豚・鶏)・卵・乳製品は食べない。

ラクト・オボ・ベジタリアン…乳卵菜食。乳製品と卵は食べる。肉と魚介類は食べない。

オボ・ベジタリアン…卵菜食者。卵は食べる。肉・乳製品・魚介類は食べない。

ラクト・ベジタリアン…乳菜食者。乳製品(チーズは除く)は食べる。肉・卵・チーズ・魚介類は食べない。

ダイエタリー・ヴィーガン…菜食者。一切の動物性タンパク質を食べない。

ヴィーガン…完全菜食者。一切の動物性タンパク質を食べない。衣食住すべての事柄から、動物性のモノを排除する。

オリエンタル・ベジタリアン…仏教系の菜食者。一切の動物性タンパク質の他に、五葷(ねぎ[タマネギ含む]・ニンニク・らっきょう・ニラ・アサツキ)を食べない。

フルータリアン…果実食者。果実しか食べない。水も野菜も摂取しない。

リキッダリアン…液体食者。水などの液体食のみ摂取する。

ブレサリアン…気食者。何も食べない、何も飲まない。

 一応、ユルい順(?)に並べてみました。かつての私は、ボゥヨゥ・ベジタリアンあたりの、とてもユルい感じの人ですね。それも完璧じゃないから、ベジタリアンっぽいだけであって、やっぱ私はベジタリアンじゃないな(笑)。

 まあ、ベジタリアンには、思想信条の違いから、色々な種類があるようだけれど、ほぼ共通するのは、肉(牛肉・豚肉・鶏肉)を食べないって事だね。魚介類とか卵とか乳製品を取るか取らないかで、それぞれのパターンが分かれるみたいです。まあ、健康を維持しながら菜食主義を貫くには、このあたりが落としどころってところなんでしょうね。

 他人事だけれど、ダイエタリー・ヴィーガンあたりからは、健康を維持するのは難しそうですね。もしも本当にこれを実践しているのならば、サプリメントを併用しないとヤバそうな感じがします。フルータリアンは…お金がすごくかかりそう。リキッダリアンって、点滴のみで生きているとほぼ同じだよね。ブレサリアンって…仙人だよね。
 
 
 閑話休題。そんな草食系だった私が、どういう風のふきまわしか、ここ数カ月で、圧倒的に肉を食べたくなっているんですよ。ほんと、毎日毎日、肉を食べてます。もちろん、肉しか食べない…って事はないのですが、夕食は肉だけ…なんて日も少なからずあります。どうしちゃったのでしょうね。

 特に夏になってからは、朝おにぎり、昼ラーメン、夜ステーキ、なんてルーチンで生きてます。最近は、自分の体臭がウシ臭くなっているような気すらするほどです。一体、何がどうなっちゃったんでしょうね。カラダがそれほどに肉食(特に牛肉)を求めているわけなんです。

 普通、年をとると、食生活も枯れてくるはずなんですが、まさか肉食傾向が増えてくるなんて、思ってもいなかったです。

 ちなみに…肉を食べると、体重増えますよ(涙)。

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2012年8月11日 (土)

タニシが…いない(涙)

 一時は水槽の中に百匹ほどもいたタニシ君たちですが、いつのまにか数が激減してしまいました。まあ、金魚たちが食べてしまったからなんですが。

 そこでタニシを補充しようと思い、いつもの農家さんのところに行って「タニシ下さい」とお願いして、いつものように「勝手に持って行ってよ」と言われて、田んぼに行ってタニシ採取をしようとしたら…タニシがどこにもいない(涙)。昨年までは、それこそ何万匹ものタニシが生息していた田んぼなのに、今年はほとんどいない。色々と探し回って、やっと五匹見つけたので、それを持って帰ったのだけれど、そんな事ってあるの? 

 「今年は農薬とか使いましたか?」

 「いや、ウチはいつでも無農薬だよ。(田んぼは自家用の米を育てている田んぼなので)農薬なんか、怖くて使えないよ」ってわけなので、農薬でタニシが死滅したわけじゃないようです。

 ただ、不思議なのは、タニシが死滅したなら、貝殻が残るはずなんです。その貝殻も無いので、なんか不思議な感じがします。一体、あれほど大量にいたタニシたちはどうしてしまったのでしょうか? 謎だ~!

 ウチの水槽のタニシは、金魚が食べてしまったので数が減ったのです。まあ、それはタニシに限らず、例えばメダカなんか入れた日には、たとえ30匹程度入れても、まあもって1日くらいかな? すぐに金魚たちに食べられてしまいます。水槽の中は、逃げ場がないので、弱肉強食なんですよ。そういう意味では、百匹のタニシが全滅するまでに1年ほどかかると言うのは、タニシが頑張っていると言えるかな。

 で、そこで不思議に思うのは、今、銀座のソニービルに、美ら海水族館が出張しているのですが、その水槽って、大小様々な魚が、さほど広くもない水槽に入って泳いでいるのですが、なぜ、そこにいる大きな魚たちは、小さな魚たちをハンティングしないのかというのが、とても不思議です。ウチの金魚たちなら、クチに入るものならなんでも食べちゃうので、絶対に、水槽がキリング・フィールドになってしまうわけなんですが、あそこの水槽は、不思議と平和だし、見物をしている人の中に、都会の子どもたちがたくさんいるわけで、そんな子たちの前で、魚がグレート・ハンティングをしていたら、トラウマになりかねないものねえ。

 どうすれば、共食いって奴を避けられるのか、私はその理由が知りたいです。

 ちなみに、魚って、まずほとんどが肉食です。草食の魚って、ほとんどいないのよね。それに水族館の魚って、ペットと違って、海で捕獲された野生の子がほとんどなので、仁義なんて知らないはずで、共食い上等なはずなんだけれどなあ…。

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2012年8月10日 (金)

姿見先生とのレッスンについて

 なぜ今まで利用しなかったのかと、自分自身に問い質したいくらいに、最近では、姿見先生とベッタリな私です。

 姿見先生とは、大きなスタンドミラーの事です。

 この姿見先生が、我が家に来て以来、毎日、先生のお世話になっている私です。

 声楽の時は、立ち姿をチェックします。姿見先生には全身が映りますので、変なカッコで立っているとすぐ分かります。アゴが飛び出していたり、背中が丸まっていたりしたら、すぐに修正です。しかめっ面して歌っていると、とても印象が悪いです。基本的に笑顔で歌わないとダメでしょう。さらに、クチビルが横開きになっているとすぐに分かるので、縦開きに修正します。支えが足りず、お腹がたるんでいても、すぐに分かります。機関車をやっても、ちゃんとやれていないと胸が動かないのですが、胸が動いたか動かなかったも、すぐに分かります。実に注意深くて、細かい先生です。

 フルートの時も姿勢の矯正のために見ますが…フルートでは、姿見先生が活躍する場面はあまりありません。

 しかし、ヴァイオリンだと、かなり手厳しいですよ(汗)。とにかく、私のボウイングにダメ出しの嵐です。で、このダメ出しが厳しくって、鏡写しになっているものだから、曲がっているのを直そうとすると、余計に曲げてしまったりしちゃいます。そこんとこは、ちょっとクルシいかもしれません(笑)。

 このように、姿勢とかフォームとかのチェックに、とても厳しい姿見先生ですが、使ってみて、思わぬ効用も発見しました。それは『姿見先生は音の反響板』としても、なかなか優秀なんてす。

 歌の練習では、録音を使うのが一番確実と言われていますが、録音機は面倒だし、リアルタイムじゃないので、ついつい使うのが面倒になってしまいます。でも、録音機を使わないと、自分の声はあっちこっちに散ってしまうし、部屋の中では乱反射して、これぞという感じで聞くことができませんでしたが、姿見先生に向かって歌うようになって、先生から自分の歌声が返ってくるのを感じるようになりました。録音機ほどではありませんが、自分の声が聞こえるってのは、ナカナカ良いです。おまけに、こっちはリアルタイムに聞けるわけだしね。これはこれで、結構使えます。

 それと、姿見先生とレッスンするようになって、無駄な動きが減りましたね…ってより、歌でもフルートでもヴァイオリンでも、私はなんかクネクネしながら演奏していたのですが、そういうクネクネ姿ってカッコ悪いじゃないですか? そのカッコ悪さが姿見先生越しに見えるので、そのクネクネがだいぶ減りました。これも良いことです。

 姿見先生が来てから、困った事は一つもなく、助かっている事ばかりです。ならば、もっと早くから姿見先生のお世話になっていれば良かったなあと今更ながら、ちょっと悔やんでいる私です。

 鏡を見ながらの練習は、なかなかに効果的なんですよ。まだの方は、お薦めしますし、最近では安価な姿見鏡も流通しているようだし、いいですよ。

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2012年8月 9日 (木)

私って、今までずっと、ノド声で歌っていたんだなあ…

 声楽の先生を変えた事もありますが、最近の私は、寝ても覚めても、声の事ばかり考えております。まるで“声ヲタク”だね。どうすれば、美しい声で歌えるのか。高い音を出すにはどうしたら良いのかと、常に頭の片隅で考えております。寝ても覚めても、歌の事ばかり考えてます。
 
 
 それにしても、声の音色、つまり、声の倍音構成って、大切なんだなって思います。

 私が気にかけている芸能人さんに、スマップの中居君がいます。彼は地元の星だし、湘南弁を日本全国に認知させてくれた功労者でもあるので、とてもとても気になる存在です。

 彼には音痴疑惑というか、音痴確定済みという風評があります。確かに、スマップの歌の中で、中居君が歌っているパートを聞いていると、おもわず笑顔になってしまう事は事実です。でも、彼の歌を聞いていると、デビュー当時はともかく、最近で『音痴というのは可哀相かな』って思わないでもないです。だって、今の彼よりも音程を大きく外して歌っている、ヒドイ歌手なんて、ザラにいるでしょ? それに、彼の歌は、落ちついて聞いてみると、問題とするほどに、音程を外しているわけじゃないです(ま、音程が甘いのは事実ですが…)。

 では、さほど音程を外しているわけじゃないのに、音痴扱いされる中居君の場合、どの部分で音痴認定されているのかと考えたら、それはおそらく、彼の歌ではなく、彼の声が個性的で、そのために“音痴”と言われているのではないかと思いました。

 だって、彼の歌声って、実に個性的でしょ? どんな歌でも、あの声で歌われると、思わず微笑んでしまうでしょ? つまり、音程は合っていても、どこか調子外れに聞こえるのは、彼の歌声の音色、つまり、倍音構成が独特だからなんだと思います。ざっくり言っちゃうと、彼の声の倍音構成は、和声的な倍音構成をしていない…んじゃないかって事ね。だから、どんな歌でも、あの声で歌うと、非音楽的に聞こえてしまい、誤解されるんだなあと思いました。

 つまり、中居君の声は(残念だけれど)楽器ではない、って事です[中居君のファンの皆さん、ごめんなさい]。

 そう考えると、たいして好きでもないので名前は差し控えますが、素晴らしい楽曲を世の中にたくさん発表しているシンガーソングライターの方の中にも、歌を聞くと『え?』って思っちゃう人って…いるでしょ。もちろん、ミュージシャンだから、音程を外して歌うなんて事はないんだけれど、どうひいき目に聞いても、歌はヒドイ出来なんです。あれも、中居君同様、声があまりに個性的すぎて、音楽の良さを伝えきれないんだなあ…って思います。

 たとえ職業音楽家であっても、声が楽器ではない人っているし、そんな人でも、音楽で生計をたてている以上、歌わないといけないんだなあ、大変だなあって思いました。
 
 
 他人の声色の批判をしている私の声はどうかと言うと…どうなんでしょうね? ただ、一応、私の声は楽器だと思ってます。問題は、楽器であるならば、どのレベルの楽器であるかって事ですが、これは自分でもよく分からないです。

 と言うのも、私自身、どうにも、声という楽器の扱い方が、まだよく分かっていない部分があって、その性能を生かした歌い方が全然出来ていないので、自分の声が楽器として、どれくらいの性能があるのか、見極められないからです。

 次の話題に入ります(笑)。最近思う事は、私は『声のスタミナが無い』以前に、もしかしたら、実は未だに『ノド声で歌っている』んじゃないかって事です。

 私は、少しばかり長い時間(と言っても、せいぜい5分ほど)歌い続けたり、高い声を連発すると、あっと言う間に、声が枯れて、音域が下がってしまいます。これらの現象について、キング先生に『声のスタミナが足りない』と言われ続け、高値安定の曲、つまり、メロディが高音部に固まっている曲、例えば、イタリア古典歌曲の「Tu lo sai/あなたは知っている」とか、モーツァルトの「Dalla sua pace la mia dipende/彼女こそ私の宝」とかを歌うように指導されていました。なので、毎日、激しい痛みに耐えながら、根性で歌うことで、声のスタミナの無さを克服しようとしていた…と言うよりも、克服しなさいと指導されていたわけだけれど、それでは一向に改善される気配もなかったわけです。

 キング先生がレッスンをしてくれなくなったあたりから、勝手に『痛くなる発声』は止めてしまった私です。痛みから開放されたものの、声枯れは一向に変わりませんでした。根性で歌い込んでいれば、やがて声も枯れずに、高値安定の曲が歌えるようになるのかな? そう信じて練習を積み重ねてきたのですが、一向に行く先に光は見えず、不安が拭い去れない私でした。

 そんな思いをずっと持ち続けていたのですが、ある日、Y先生から習った蒸気機関車を散々やった後で、なんとなく「Dalla sua pace la mia dipende/彼女こそ私の宝」を歌ったところ、最後まで声を枯さずに歌い終えちゃいました。歌っている最中は全然気が付かなかったのですが、歌い終わってから「あれ? 最後まで歌えちゃったよ…どうしたんだろ」って思ったわけなんです。

 蒸気機関車の練習を散々やった後ですから、多少なりとも、声をしっかりと支えて歌っていたんではないかな? だから、声が枯れることなく、歌えたんじゃないかな? だとすると、今まで、この曲を歌って、声が枯れていたのは、声の支えが不十分だったのが原因って事になりますね。と言う事は、私、腹筋ではなく、ノドの筋肉で声を支えて歌っていたので、声が枯れた…つまり、私の発声は、声楽では禁忌とされ、まず真っ先に直されるはずの、ノド声だったから、声が枯れた…んじゃないかしら?

 なんか、つじつまが合いますねえ…。さらに、ググってみると、確かにノド声は声枯れの主要原因みたいたし、さらにググると、声枯れは軽く見ちゃいけない現象で、この声枯れのまま歌い続けると、声帯結節や声帯ポリープの原因になるわけで…そう言えば、妻は、キング門下に入門して、約1年ほどで声帯結節になって、医者通いを余儀なくさせられたんだよなあ…。私はたまたまノドが強かったから、ノド声のままでも、ノドを壊さなかっただけで「声枯れは、声のスタミナが足りないのが原因だから、高値安定の曲を歌いこんで、声のスタミナを付けなさい」という指導のまま、これからも声楽の勉強をしていたら、ノドが強い分、後回しになるだろうけれど、でもやはり、妻同様に、あやうくノドを壊し、声を失ってしまった事でしょう。

 ああ、危なかったなあ…。

 『オペラ座の怪人』の練習をしていた頃は、私なりにハードな練習をしていたので、屈強な声帯を持つ私ですら、かなり声やノドが不調になっていましたが、それもこれも「歌えない歌は、歌いこんで、どうにかする」という学習方針(ってか、指導方針がそうだったんだよ)のせいだったわけだ。

 もしかすると、私は、ノドを壊す、一歩手前だったのかも? おぉ、怖い!

 まあ、半世紀以上も、ノド声で歌ってきた私ですから、ノド声が一朝一夕で治るとは思いませんが、声の支えをしっかりと自分のモノにして、発声の際の、ノドへの負担をなるべく減らしていきたいと思ってます。だって、これからもずっと、歌を歌い続けていきたいもの。それに、両親と神様からもらった、大事な私の声なんだから、大切に使っていきたいしね。

 しかし、声楽を五年も習っていたのに、真っ先に直されるべきノド声が手つかずのままだったとは! 自分の事ながら、全く、あきれてしまいます。声楽は自分自身が楽器なので、自分の声の欠点には気づきづらく、だからこそ、たとえ一流の歌手であっても、常に声楽教師やコーチによる、声のチェックやらメインテナンスやらが必要不可欠なんだけれど、毎週レッスンに行ってたにも関わらず、ノド声を五年も放置されていたなんて…心の中に、色々なモノが渦巻いちゃいます。

 ま、今はそんな危険な目にあう事もなくなったので、安心していますが…。

 それにしても、声を支えて歌うって、すごくすごくシンドイです。それって、いかに今まで、支え無しの声で歌ってきたのかって事だよね。私も妻も、毎日、胴体のインナーマッスルの筋トレを、最優先でやってます。だって、早く、普通に歌が歌えるカラダになりたいもの。

 脱・ノド声!

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2012年8月 8日 (水)

2012年フルートワールドでフルートの試奏をしてきました

 ええと、毎年恒例の銀座山野楽器の“フルートワールド”に今年も行ってきました。今年の目的は二つ。一つ目は『ヤマハフルートをもう少しよく知ろう』で、二つ目は『次の私の買い換え候補の楽器を探しておこう』です。


 まずは『ヤマハフルートをもう少しよく知ろう』からです。

 ヤマハの楽器は、フルートに限らず、どの楽器も私の趣味ではありません。別にこれはヤマハをディスっているわけではなく、単純に、例の“ヤマハトーン”と呼ばれる音色が私の趣味とは違うってだけの話です。だって、ヤマハの楽器って、どれもこれも、ややくすんだ感じの、色に例えると、中間色のような音色でしょ? 私はビビッドな音が好きだし、パキッとした音が好きなので、ヤマハをスルーしてしまうだけです。

 でも、吹奏楽のフルートって、圧倒的にヤマハじゃないですか? 吹奏楽の顧問としては、ヤマハの楽器についても知っておかないといけないし、現実問題として、ウチの部のフルートちゃんたちもヤマハを使っているわけなんだけれど、その音色に「???」を感じている私なので、そこらへんもきちんと確認しておきたいなあって思った次第です。

 まずはヤマハのブースに行って、吹奏楽で多用される、YFL-211とYFL-311を吹かせてもらいました。

 211も311も、改めて吹いてみると良い楽器ですね。音色は軽くて、吹き心地も軽くて、お気軽な気分でフルートに親しめる感じがします。もちろん、ヤマハトーンな音色で、私の好みではありませんが、一般的には、さわやかな音色のフルートと言って良いと思います。

 ただ、p-fの差があまり無い事と、そのために、簡単に音色がつぶれてしまう事が、気になりました。音色がつぶれてしまうのは、簡単に言えば、材質が洋銀と言う事もあって、オーバーブローをしやすいせいでしょうね。いわゆる“吹奏楽のフルートの音”ってのは、これらの楽器をオーバーブローして音色をつぶした時の音なんだなって、改めて思いました。音色をつぶしてしまうなんて、ジャズならオオアリですが、クラシックでは御法度です。吹奏楽では…現実的にはつぶれた音色が横行してますが、本来的には美しい音色で吹いた方が良いのではないかと思います。ならば、そこはグッとこらえて、オーバーブローの一歩手前の状態で吹くのがフルート本来の美しい音色が楽しめて良いのですが、211や311でそれをやってしまうと、音量的に厳しいものがあるかもしれませんし、だいたい技量的に、限界の一歩手前でセーブしろなんて、学生に求めるのは酷なのかもしれません。

 そうなると、フルートの数を増やして音量を稼ぎたいところですが、コンクール志向の部だと、人数制限があって、そうはいかないでしょう。となると、もっと音量の稼げるフルートを使用させるべきでしょうが、そうなると、最低でも総銀フルート? 出来ればゴールドフルート? そんな話になってくると、学校の部活としては、現実的な選択ではないですね。となると、フルートちゃんたちに個人負担で総銀フルートを購入させる? 学校の部活でそこまで個人負担を要求して良いものでしょうか? だいたい、技術的に未熟で、カラダもまだ成長途中にある学生たちに総銀フルートがきちんと吹けるのか? …色々と悩みが生まれます。

 ただ、いくらどうやっても、私が吹くと、ウチの生徒たちが吹いているような、硬い音は出せません。あれはオーバーブローの音とは違います。やはり、楽器の調整が悪いのかな? それとも奏法に問題があるのかな? 要研究です。

 それにしても、211も311も、コスパは最高ですね。世界のベストセラーフルートである理由はよく分かりました。このレベルの楽器を手にする人は、腕前も未熟である事が多いのでしょうね。自分の未熟な事を楽器のせいにして、これらの楽器をディスる人が多いんじゃないかな? だからこれらの楽器の評判が、ちと悪い…んじゃないかな? 私が思うに、211も311も、評判とは全然違って、いい楽器ですよ。道具としては、なかなかのものです。少なくとも合奏の中で使うなら、ずっとこの楽器でもいいんじゃないかな? ソロなら音色にも気をつけないといけないけれど、合奏だと、どっちにしても他の奏者や他の楽器と音が混ざるわけだし、音を混ぜる前提なら、むしろヤマハトーンは混ぜやすい音色をしていると思うしね。きちんと吹けるなら、ヤマハのスクールモデル(ヤマハでは“スタンダード”って呼んでますね)で十分だなって、今回思いました。

 要は適材適所って奴ね。合奏メインの活動をしていて、フルート自体に慣れていない人には、211とか311って、実に適した楽器だと思います。
 
 
 さて次は『次の私の買い換え候補の楽器を探しておこう』です。ま、あくまで“買い換え候補の楽器”を探すだけで、すぐに買うつもりはありませんが…。とりあえずH先生から「9Kのフルートにしなさい」と言われています。でもね、9Kと言うと、ムラマツでしょ? 私はヤマハの音色も趣味ではないけれど、別の意味でムラマツも趣味ではないんですよ。だから、他のメーカーに私に合った良い楽器はないかなって、今から探しておきましょうって事です。

 まずは、引き続きヤマハです。でも、自分用なので、ハンドメイド系のフルートの試奏と言うと、ビジューとメルヴェイユは今まで散々やってきて、そのイメージは自分の中にあるので、今回はお初のイデアルを試奏してみました。

 イデアルは…かなり良いかも! 何が良いって、他の楽器じゃあ考えられないほど、p-fの幅が広いのです。息がかなり入りますし、いくら入れても簡単にオーバーブローにはなりません。マックスの音量はかなりありますが、それよりもミニマムの時の音が、実に楽にキレイに鳴ります。また、ポイントもかなり広くて、かなりラフに吹いても、きちんと鳴ります。音色も、いわゆるヤマハトーンとはちょっと違ってソリスト向けの音色です。ううむ、私は今までヤマハフルートならメルヴェイユが最高って思ってましたが、イデアルも違った意味で捨てがたいです。ビジュー、メルヴェイユ、イデアル、とヤマハは確実に改良進化をしてますね。ヤマハって、すごいメーカーだな。

 イデアルには、総銀モデルとゴールドモデルがあるわけで、それぞれを吹いてみました。現時点での私チョイスでは、ゴールドよりも総銀の方が良いかな? ゴールドの方がfの音量が増していると思いますが、pを鳴らすのに、総銀よりも息が必要なのが気になりました。あと、やはり私はゴールドの音色はあまり好きではありません。なので、フルートの音色やコントロールのしやすさを考えるなら総銀が、絶対的な音量が欲しいならゴールドが、ってところでしょうか?

 イデアルは私の次の楽器候補として十分な楽器です。

 ちなみに、イデアルのシルバーモデルは、銀無垢だそうです。今までのヤマハの総銀モデル(ナンバーモデルね)は、総銀だけれど銀メッキ処理をしていたそうです。やっぱ、銀無垢はいいよね。
 
 
 そうそう、マテキフルートさんの取り扱いが、ラモサウンドさんの(関東地区限定だけど)一社独占ではなくなり、銀座山野楽器でもマテキフルートを取り扱えるようになったんですよね。で、今回、フルートワールドでマテキフルートの試奏が可能になったので、さっそく、G10を吹いてみました。

 G10ってのは、金10%・銀90%の材質で作られたフルートです。いわゆる9Kが、大雑把に言うと、金40%・銅60%の材質で作られていますから、G10は9Kよりも、かなり総銀寄りなんですが(だって、金10%って事は、2.4Kって事でしょ?)、吹いてみると、銀とも金ともつかない音色で、ちょっと戸惑いを感じました。癖になる音色…って言えるかも。

 マテキの音色は元々好きですから、G10は個人的にはアリかもしれません。ちなみに、マテキの総銀は、アルタスの総銀と音色的には、さほど違いがないので、私的にはナシですが、G10はアリです。それくらい、おもしろい音色のフルートでした。ちなみに、G10の見た目は、やや黒っぽい銀色で、一見、プラチナフルートにも見えます。そういう意味でも癖のあるフルートですね。
 
 
 私は基本的に総銀フルートが好きなのですが、パワーを考えると、やはりゴールドも捨てがたいと思うようになりました。ならば、ライザーだけでもゴールドに、いやいや、リッププレートや反射板もゴールドにしてみようかしら…と思う事もあります。そこで登場するのが、ミヤザワフルートですね。

 ミヤザワフルートは、同じモデルで、ライザだけゴールド(メッキじゃないそうです)とか、ライザとリッププレートと反射板をゴールドにした総銀フルートが、ラインナップされているので、ミヤザワを試奏して、そのゴールド効果を確認してみました。

 ライザをゴールドにするだけで、すでにシルバーな音色は失われます。ううむ、ライザは音色という点では、とても大切なパーツのようです。また、ライザのゴールド化はp-fの幅が総銀よりも広がるような気がします。音色に目をつぶれば、ライザのゴールド化はおもしろいかもしれません。

 リッププレートや反射板までゴールドにすると、かなりゴールドっぽい雰囲気になります。パワー系の人には、この“一部ゴールド化”は良いかもね。吹奏楽で、この一部ゴールド化したフルートを吹いている子を時々見かけますが、それは案外、正しい選択かもしれません。吹奏楽でソロを吹くなら、ミヤザワの一部ゴールド化フルートは、ありうる選択でしょう。
 
 
 パウエルにはオーラマイトという合金を使ったフルートがあります。特に、外側がゴールド(9K)で内側がシルバーと言うのは、なかなか魅力的なフルートですよね。

 さっそく吹いてみました。やはり、音色は、銀とも金とも言えない音色でした。マテキのG10にも通じる、摩訶不思議な音がしました。吹き込むと癖になるかも(笑)。

 でも、なんか吹きづらい。パウエルは複数の頭部管があるので、念のためにどの頭部管なのか確認したら、これはフィルハーモニーだったそうです。以前、新宿でパウエルの吹き比べをやった時は、フィルハーモニーが一番しっくり来た私でしたが、今はなんか違和感を感じます。率直に「これは吹きづらいので、別の頭部巻で試したいです」と言ったら、ヴェンティを試させてくれました。確かにヴェンティは楽に吹けますが、なんか面白くないです。そう言ったら、次はフィジョーネにしてくれました。これも楽に吹けるし、音色的にも私好みかな? ちょっとウキウキしていたら、もう一つありますが…というわけで、ソロイストも吹いてみました。ちなみにソロイストを吹くのは、始めてかもしれません。

 ソロイストは…すごくいいです。音色もいいし、コントロールもしやすいし、何より反応が早い。p-fの幅はイデアルに負けるけれど、頭部管の反応はピカイチですね。これなら、十分アリですよ。ソロイストの頭部管のオーラマイトはアリかもしれません。
 
 
 ひとまず、色々と気になるフルートを吹いてみました。ヤマハのイデアルはいいですね。パウエルのオーラマイトも悪くないです。でも、結果的には『私のアゲハが一番良い』って事を確認しました。いやあ、色々と欠点はあるけれど、総合点では、イデアルよりもオーラマイトよりもアゲハですよ。

 そりゃあ、確かに、p-fの幅は、イデアルにはかないません。音量ならば、イデアルにもオーラマイトにも及びません。コントロールのしやすさだって、イデアルにもオーラマイトにも負けます。でも、アゲハは、これら二つの楽器よりも、圧倒的に音色がいいんです。つまり、難しいけれど美しい音色の笛なんですよ。ああ、やっぱり、こいつは“ツンデレ”だな(笑)。

 ただ、勘違いしてもらっては困るのは、アゲハは、アルタス1307だけれど、新品の1307が比較相手なら、1307ではなく、イデアルやオーラマイトの方を私はチョイスします。つまり、アゲハは1307だけれど、新品の1307よりもずっと美しい音色のフルートだという事です。

 同じアルタス1307と言っても、個体差はあるわけだし(フルートって、楽器の中でも個体差の大きな楽器だと私は思います)、私とアゲハとの付き合いの長さ故、私はアゲハからかなり良い音色を引き出せるようになっているだろうし、アゲハも毎日息を入れられて、よく鳴る笛に成長してきたって事もあります。それに、アゲハは管体の内部が銀色ではなく、実にブルーブラックになってきてます。中がピカピカの新品さんとは、年季の入り方が違うのだよ(笑)。そういう意味で、アゲハは“硫化銀メッキの総銀フルート”って言えるかもしれません。“硫化銀メッキの総銀フルート”はなかなか良い音色ですよ。

 そんなこんなで、アゲハは、アルタス1307だけれど、そんちょそこらの1307とは、1307が違う…んですよ。

 ま、そんなわけで、美しい声を持っているアゲハだけれど、やっぱり吹き鳴らすには難しいフルートです。あまりの難しさに、時々泣かされる事もあるくらいです。コーチとしては、かなり厳しいコーチです。

 ですから、イデアルやパウエルの鳴らしやすさには心ひかれます。ツンデレ彼女に振り回されるのに疲れて、思わず、癒し系女子に心がフラフラ~っていう状況なのかもしれません。

 特にp-fの幅の広いイデアルには、心を強く惹かれます。でも、音色で言えば、アゲハの方が全然、私好みなんですよね。音色とコントロールのしやすさを天秤にかけるなら、やはり音色をチョイスしちゃうのが、私なんです。

 だって、フルートって、音色がすべてでしょ? つまり、癒し系女子よりも、優しい瞬間のツンデレ彼女をチョイスしちゃうって事です。

 でもでも、もしも次のフルート、ずばり、9K前後のゴールドフルートを買う事になったら、ムラマツではなく、ヤマハのイデアルの9Kを買うかもネ。今のところのチョイスでは、そういう事です。え? アルタスの9Kは候補に無いのかって? はい、無いんですよ。と言うのも、残念な事に、アルタスには9Kのモデルがないし、注文も受け付けてくれないんです。つまり、私の次のフルートに、9K縛りがある以上、私の次のフルートの候補には、アルタスは入らないって事ね。ちょっと残念です。

 でも、アルタスの9Kなんてあったら、ツンデレの“ツン”がすごい事になっていそうで、それはそれで、おっかないなあ(笑)。

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2012年8月 7日 (火)

声楽曲66連発の発表会に行ってきました

 お誘いを受けたので、BEEさんの発表会に行ってきました。

 BEEさんが歌われたのは、R.シュトラウスの「僕の頭の上に広げてくれ」と、ドニゼッティの歌劇“アンナ・ボレーナ”から「邪な二人」の二曲でした。歌そのものは、不勉強なので、よく知らない(ごめん)のですが、歌唱はいつものBEEさんの歌唱で、ご本人的には色々と悔いが残ったようですが、観客的には溜め息ものの絶唱でした。特にアリアの方は、私の周囲のお客さんたちも舞台に食いついてましたからね。なかなか素晴らしい歌唱だったと思います。

 BEEさんの武器は、その強いノドでしょうね。とにかく、声そのものがパワフルですし、高音はカツーンと響くし、なかなかその手のタイプのソプラノさんって、アマチュアでは珍しいですよ。それにしても、選曲がマニアック(笑)。でも、いい歌唱でした。ファッションの方は(ハズしていたら、ごめん)なんとなくアラビアンな感じがしました。ああいう衣裳も、とても素敵です。それと、BEEさんは単に歌うだけではなく、演技も付けながら歌っていましたね。やっぱり、オペラアリアは、たとえ演奏会形式であっても、若干の演技は必要ですよね。とりあえず、満足いたしました。
 
 
 さて、ここからは、発表会を見せていただいての、全般的な感想を書きます。

 出演者は約30名ほどで、お一人2曲前後歌いますので、全体では66曲、約5時間の発表会でした。まあ、私のようなアマチュア歌手のコンサートが好きな人間には、なかなかグッドなボリュームでした。その内容も、イタリア歌曲、ドイツ歌曲、ミュージカルソング、日本歌曲、カンツォーネ、オペレッタ、オペラアリアと多種多様に渡り、出演者も小学生から白髪の後期高齢者まで揃い、音程も怪しい方からプロかと思えるほどに見事な歌唱を繰り広げる方まで、実に幅広くて、見ていて楽しかった発表会でした。でも、やはり高校生から大学生の方々がメンバー的には多かったです。若い人が多いのは、いいですね。歌のレベルは、押し並べて、聞き応えのあるお上手な方々が多かったかなって印象です。アマチュア歌手としては、お上手な方が多かったかな。

 ちなみに、私はちょっと遅刻して、7曲目から聞きました。最初の6曲を聞き逃したので、ちょっぴり残念でした。でも60曲以上も聞いたわけだけれど、全然退屈しませんでした。

 そうそう、伴奏ピアニストさんもたくさん出演されていました。プログラムを見ますと、9名の方がピアノを弾いてますが…5時間もの発表会をお一人で弾くのは、そりゃあ無理ですよね(笑)。複数のピアニストさんで分担するのって、現実的だなあって思いました。

 それと一人で複数の曲を歌う方は、きちんとプログラムの中で、歌う順番を散らしていて、連続二曲を歌うという事はありませんでした。出入りの時間が余計にかかるけれど、歌う側のスタミナを考えると、歌う順番はプログラムの中に散らしてもらった方がいいですね。だって、大曲を連続して歌うのは、ツライでしょ?

 それにしても『選曲と緊張感』ってのは、アマチュア歌手にとっては、永遠の課題ですね。

 選曲は…どうしても舞台にあげる曲は、規模の大きな曲を選びたいし、ちょっと難しめの曲にしたいものです。問題は、その曲が本番までにきちんと仕上がるかって所でしょうね。おそらく間に合わなかった人と思われる方もいらっしゃいましたが、それってツライですね。私自身が、いつもそんな感じでしたから、そういう方には同情をします。やはり発表会に限らず、人前で歌う時は、きちんと自分の実力に見合ったレベルの曲を選曲したいものです。だって、難しい曲で撃沈するよりも、レベル相応の曲をきちんと歌った方がカッコいいし、自分でも満足できるじゃない。撃沈を繰り返して、失敗経験ばかりを積ませるのは、歌の上達という面から考えると、却って良くないと思います。

 緊張感は…練習ではきちんと歌えていたのに、本番では頭は真っ白、ノドも絞まって、日頃の実力の半分も出せなかった…ってパターンです。それって、見ていても分かります。「ああ、緊張で我を忘れているなあ…」って思えると、思わず「頑張れ!」と心の中で声援を送りますが…どうにもしてあげられないのが残念です。これは舞台慣れしてもらうしか手がないんでしょうね。

 歌っている時の手振りって、面白いですよね。演技をしながら歌っている人は問題ないのですが、そうでない人は、なかなか面白いですよ。

 例えば、右手をグルグル回しながら歌う人は、きっと、日頃から先生に「息を流し続けながら歌いなさい」って指導されているんだろうし、高音になると両手で何かを引っ張るようなしぐさをする人は「高い音はしっかりノドをひっぱりなさい」と注意されているんだろうなあって思うし、小さく指揮をしながら歌っている人は「リズムをしっかりとキープしなさい」って注意されているんだろうし…。まあ、無くて七癖ですからね。私も自分が気付かないだけで、きっと変な癖の一つや二つ、持っているんだろうなあ。

 そうそう、白髪のオジサマが「人知れぬ涙」を歌っていましたが、それを聞いた私は、軽い敗北感を感じました。聞けば、そのオジサマはバリトンなんだって。一応、バリトン用に、低めに転調してあるそうだけれど(私には音感が無いので、聞いただけじゃ分からないのよ:涙)、それにしても、なんかなあ『頑張れ自分』って感じになりました。バリトンさんでも歌っちゃう曲なんだから、テノールの自分はもっと頑張らないといけませんね。

 若いテノールさんが歌った、ベッリーニの「喜ばせてあげて」はいい曲でした。私もそのうち、歌ってみたいです。

 いつも余所の発表会に行くと、色々な事を感じ、学んでくる私でした。

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2012年8月 6日 (月)

ちょっと、避暑してきました(または、吹奏楽部の合宿を引率してきました)

 吹奏楽部の合宿に行ってきました。行き先は、山中湖。富士山のすぐ横ですよ。湘南から見れば、明らかな高原地帯です。高原って聞くと、イメージでは『涼しい』って感じですし、実際は…やっぱり涼しかったかな? さすが、日本でも有数の避暑地です。なにしろ、真夏なのに、冷房要らずですからねえ…。ただし、ちょっと真剣に動くと、汗ダラダラになります。いくら高原地帯と言えども、真夏の日本ですからね(笑)。なので、本当に涼しかったのでしょうが、清涼感ってのは無かったです。でも「暑さに負けそう~」って感じにはならないので、過ごしやすかったです。

 ああ、本音では、真剣に動いても、汗もかかずに過ごせる場所に避暑したいです…が、そんな場所は、近隣にはありませんから(笑)。…ってか、日本国内に、そんな場所って、あるのかしら?

 でも、クーラーもエアコンも無かった時代なら、灼熱の下界から、ひとまず高原地帯に移動するだけで、生き返った心地がした事でしょう。“避暑地”とは、よく言ったものだと思います。

 山中湖、良かったですよ。富士山がすぐそばなんです。しかし、富士山って、湘南地方からみると、キレイなブルーな山なんですが、山中湖から見ると、普通の山と同じ色してます(笑)。ただ、やたらとデカイです。それと、実際、雲よりも頂上の方が高いですね。それがよく分かります。

 山中湖自身も大きくて『湖(みずうみ)』って『水海(みずうみ)』なんだなって思いました。潮の香りはありませんし、波もかなりミニミニサイズですが、海を忍ばせる感じはします。やはり、池とか沼とは全然違います。昔の人は、よくぞ『みずうみ』という概念を見つけたものだと感心しました。

 それにしても山中湖は、大盛況でしたね。どこのお宿も合宿をする学生さんで一杯で、道を歩いていても、学生さんばかりで、なんか「ここはどこの学園都市ですか?」って感じでした。特に山中湖は運動の施設を持っているお宿が多いせいか、体育会系の部活やサークルが合宿をしているので、ちょっとにぎやかと言うか、ヤンチャな感じでした。私たちは吹奏楽部ですから、ちょっと異質な感じでした。やはり、音楽系のサークルなら、山中湖ではなく、お隣の河口湖だよね~。

 ま、山中湖をチョイスしたのは、若い顧問たちだし、山中湖なら、私も土地勘があるので、二つ返事でOKしたけれど、やっぱ、場違いな雰囲気は否めませんでした(笑)。

 それはさておき、私が部活の夏合宿に行ったのは、高校のセンセをやっていた頃以来ですから、ほぼ15年ぶりです。いやあ、ほんと、久しぶりです。夏合宿の感覚なんて、すっかり忘れていましたよ(笑)。ま、今回だって、実際の運営は、若い顧問たちが取り仕切っていたわけで、じゃあ私がなんで行ったのかと言うと『責任を取るため』(笑)です。ほら、なにしろ、ジイサンだからね。合宿に行くと、旅先で、色々なトラブルがあるわけだけれど、その時の責任者ってわけで、実際、今回も病人怪我人が出ましたので、それぞれの子に応じて、対応は変えるので、その判断をしたり、他団体とのトラブルも多少はあるわけで、そんな時には、相手団体と交渉をするわけでございます。

 いくつもあった他団体とのトラブルですが、その中から一つだけあげると…、夏合宿って、やっぱり『夜の花火』ってのは定番で、ウチも夕食後に花火をやったわけだけれど、同宿の他の団体さんも、同様に花火をするわけです。広い敷地のあっちこっちに分かれて、それぞれに花火を楽しむわけだけれど、ある団体(大学生の男子グループ)がはしゃぎすぎて、打ち上げ花火を手に持って、仲間同士で走り回りながら、互いに打ち合うというワイルドな遊びを始めたわけです。仲間うちだけやるなら、怪我しようが新聞沙汰になろうが、それは自業自得ですが、流れ弾がこっち飛んでくると、話は別です。それも一発や二発じゃないし、こっちは若い女の子の集団ですから、花火が飛んでくるたびに、怯えるし叫ぶし、そりゃあ阿鼻叫喚。そんな女の子の黄色い声を聞くと、大学生男子はますますヒートアップするわけで……そうなると、ジイサマの出番でして、大学生たちを注意と言うか、お説教と言うか、威嚇しないといけないわけで…。もちろん、あっちにも引率者がいるわけで、引率者にもキツく文句を言わせていただきました。まあ、そんな仕事は、若い教員たちには無理ですからね。そのためのジイサン顧問です(爆)。

 いわば、番犬なのよ。

 そうそう、花火と言うと、私たちが泊まった日(上の“花火”の日とは当然、別の日)に、山中湖で、いわゆる“花火大会”がありました。本格的な打ち上げ花火なんて、合宿中に見れるとは思っていなかったので、夜の練習を止めて、みんなで湖まで出かけて、花火を見ました。その日のその時間は、別の場所でも花火大会をやっていたようで、私たちの場所からは、山中湖の花火大会も見れましたが、他の場所(それも二ヶ所。一つは河口湖の方向、もう一つは都留市の方向かな?)の花火大会も山越しに見えました。同時に三ヶ所の花火大会が見れるなんて、なかなか無いですよ(笑)。

 それにしても、夏合宿と言うのは、規則正しい生活をする…って事は、それはつまり“自分のリズムでは生活できない”と言うわけで、それって若い時は何でもなかったのですが、オジサンになると、それは結構キイツ事です。やはり、若者のペースでは生活できないって(涙)。何もしてないのに、ヘトヘトになってしまいます。

 若者のペースと言うと…食事がツラかったです。合宿所のメニューは若者受けするメニューなわけで、揚げ物中心のオカズに大量の白飯…ですよ。子どもたちは喜びますが、老人には厳しいメニューです。煮物が食べたい…。野菜を食べたい…。ご飯ももう少しふっくらと炊いて欲しい…。味噌汁ももうすこし薄味にして欲しい…。食事の時は、水じゃなく、お茶をいただきたい…。贅沢いっちゃあ、いけませんね。

 水、と言うと、山中湖は水道水が美味しかったです。市販の“美味しい水”並に美味しかったので、子どもたちや若い顧問たちは、自販機でお茶とかジュースとかを購入して飲んでいたようですが、私は、結構、水を飲んでましたね。水の味が分かる…のも、オジサンだからかな?

 吹奏楽部の練習は…頑張ってましたよ。普通に頑張っていたので、特に書くことはないかな? 合奏練習は、ホールでやるのですが、パート練習の時は、お宿の各部屋に分かれて練習をします。合奏練習の時は、一緒にいて、練習を見学している私ですが、パート練習の時は、自分の部屋に戻って、自分のフルートの練習をしました(笑)。私の部屋は和室だったのですが、和室ってフルートの練習、しずらいねえ…。だって、あぐらをかいてフルートを吹くと、呼吸がうまくいきません。かと言って、正座をしてフルートを吹くと、足がしびれます。日頃はイスの生活をしているので、こういう時に困ります。譜面立てがあれば、立って練習も出来たのですが、私の分の譜面立ては無かったので、部屋のお膳(ってか低テーブルね)にアルテを広げて練習しました。結局、正座で練習したのですが、足のしびれ対策として、正座をした時のお尻の下に畳んだ座布団を入れて、自分の足ではなく、その座布団の上に座るようにして正座しました。これで、多少の時間、フルート練習が出来ました。

 しかし、子どもたちは、ああも長時間、平気で練習できるものだね。私は1時間も練習すると、集中力が無くなります。やっぱり、若さってパワーだよね。

 ああ、疲れた(笑)。でも、楽しかったよ。

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2012年8月 5日 (日)

ネックレスを修理しました

 ある朝、目覚めたら、私の魔除けのネックレスがブチ切れていました。まあ、シルバーワイヤーがサビて弱くなっていたところに、私が変な寝返りをうって、ネックレスをブッチ切っただけの話だと思いますが、妻は「何か不吉な事が起こらなければいいけれど…」と心配してました。そんな事を言われると、私まで心配になります。

 私はよく見るんですが、つい先日、やっと妻が霊のモノを見ましたので、ちょっと、そっちの方向に心配をしてくれるようになりました。ありがたい事です。

 とりあえず、私は魔性のモノが時々見えちゃう体質が関係するのかどうか、とにかく、やたらと疲れやすかったりする人だったのですが、ネックレスをするようになってから、結構、疲れ知らずで体調も良く、朝晩の目覚めもすっきりするようになり、色々と平穏無事な毎日を過ごせるようになりました。『メザシの頭も信心から』と言いますが、私的には効果大なので、すぐに代替の魔除けのネックレスを注文しました。

 いや、実際、私には魔除けのネックレス(つまり、お守りだね)が必要みたいですから。

 で、しばらくして、代替のネックレスがやってきました。通販って便利だね。

 それにしても、今回のネックレスブチ切れ事件ですが、シルバーワイヤーがサビて切れたのが原因でしょうが、それ以前に、肌身離さず身に付けていた事がネックレスの早期の劣化につながったのだろうと思いました。やはり、ネックレスも休み休み使わないとね。

 そこで、新しく購入した魔除けのネックレスは、主に昼間用にし、今までのものを修理して、そっちを夜用にしようと計画しました。つまり、昼と夜とでネックレスを交換して、休み休み使おうって事です。で、休ませている間に、浄化もできるから、一石二鳥でしょ。

 まず最初に考えた事は、壊れたネックレスを元通りに修理しましょうって事です、つまり“復旧作業”をしましょうって事です。…となると、石は全部揃っているので、必要なものは、シルバーワイヤーとクラスプとカシメ用キャップですね。

 いつもなら通販を利用する私ですが、今回は通販は止めて、近所の手芸店に直接行って、必要なものを購入してきました。と言うのも、今回のものは、単価が安いので、通販で買うと、郵送料がバカにならないかなって思ったからです。

 とにかく、以下のものを購入しました。

 シルバーワイヤー(0.6mm)5ヤード 600円
 カシメ用キャップ(シルバー 1.5mm) 4ヶ入り 399円
 クラスプ1連用ポート(シルバー)1セット 580円

 材質を魔除け優先で、シルバーに統一しましたので、結構かかってしまいました(笑)。

 シルバーワイヤーってのは、銀の針金の事です。鉄よりも柔らかいです。普通は細めのもの、例えば0.1mmとか0.3mmなどのワイヤーを買って、二重にして使うのですが、つい面倒なので、一重にしようと思って、太めのワイヤーを購入したら、モロ、針金でした(笑)。別に0.6mmのワイヤでもネックレスは作れますが、あまりしなやかな感じにはなりませんので、やはり細めのワイヤで作った方がいいかなってのが、今回の私の反省です(笑)。

 まあ、太くても細くても、結局、ワイヤーって針金ですから、ヒモの様には結ぶ事ができませんので、ワイヤーと金具を取り付ける際にカシメが必要になります。カシメと言うのは、柔らかめの金属のチューブで、そこに金具の端とワイヤーを入れて、上からカシメをラジオペンチで潰して、ワイヤーと金具をつなげます。ちょっと荒っぽいですね。

 クラスプってのは、ネックレスの端と端をつなげる金具の事ね。

 ネックレスの具体的な修理方法などを知りたい方は、それなりのサイトでご覧ください(いくらでもあります:笑)。要するに、ワイヤーに天然石ビーズを通し、両端をカシメで固めて金具を取り付けた…だけで修理完了です。

 で、とりあえず復旧作業は完徹したものの、なんか、納得感がありませんでした。だって、元に戻しただけ(一応、ワイヤーは太くしたので、耐久性は以前よりもグンと増しているけれど…)じゃ、また同じ過ちを繰り返すんじゃないの? 同じ過ちってのは、寝返りうって、ワイヤーをブチ切っちゃうって事ね。結局、ワイヤーは金属だから、錆びるし、横曲げには弱いし。一応、ワイヤーそのものは太めにしたので、引っ張りには強くなったし、横曲げでも折れづらいだろうけれど、金属である以上、金属疲労ってのはあるわけで、寝返りをうち続けたら、やっぱりワイヤーは(今度は、切れちゃうではなく)折れちゃうだろうし…。

 ならば、ワイヤーを止めて、別の素材の糸の方がいいんじゃないかって結論に達しました。それに、せっかく修理するなら、現状復帰よりも、やっぱり“バージョン・アップ”でしょ(笑)。魔力増大、寝返りうってもブチ切れないネックレスにしましょう。決定! そうでないと、せっかく修理する甲斐ってものがないじゃない。

 まずは、シルバーワイヤーに代わる素材を調べてみました。元々、シルバーワイヤーにこだわっていた理由は、魔除け的な理由だったのですが、今回は、石を増やして魔力を増大することにしたので、ワイヤーに魔力は無くてもOKなので、実用的なものに素材変更です。

 最初に検討したのは、ゴム糸。いわゆるナイロンゴムとかシリコンゴムという奴です。これも、何種類もあってチョイスがなかなか難しいです。モノによって、伸び方が違いますが、そこは好みだと思います。ワイヤーよりも耐久性に劣るため、太めのゴム糸の方が良いので、0.8mmぐらいが良いようです。ゴム糸にすると、クラスプなどの金具が必要ではなくなるので、作るのも楽だし、色々と便利です。ブレスレットなどでは、この手のゴム糸製のものが主流なくらいですから。ただ、ブレスレットと違って、ネックレスの場合、それ自体に自重がある事を考えると(結構重くなります)、ゴム糸だとすぐに伸びてしまうかなって思ったので、色々考えてテグスにしました。テグスとはナイロン糸の事です。つまり、釣り糸ですね(笑)。とにかく、細くて透明で柔らかいのに切れにくい糸です。欠点は、熱に弱い事ぐらいかな。あと、伸びないので、最初からネックレス自体に、それなりの長さがないと、頭を通りません。しかし、テグスだと、かなりの耐久性が期待できます。

 テグスを使うと決めたら、話は簡単です。また近所の(別の)手芸屋に行って、次のモノを購入してきました。

 テグス(6号)10m入り 150円
 ヘマタイト(8mm)8玉入り 105円 を2袋。
 タイガーアイ(8mm)7玉入り 400円

 テグスはとりあえず6号を使いました。糸としてはある程度太くて使いやすかったのですが、結び目が大きくなってしまいました。結び目が見えるのはイヤだと言う方は、2号あたりの細い糸を使うと、結び目をビーズの穴の中に隠せると思います。

 魔力増大と頭からかぶって着用できるようにするため、ネックレスの経を大きくしました。そのために、新たにパワーストーンを追加購入したのですが、今回追加購入したのは、ヘマタイトとタイガーアイです。どっちも、比較的安価で、フェイクをつかまされる心配がない石です(笑)。ファッションアイテムならともかく、魔除け目的に使う石なので、フェイクじゃ意味ないでしょ?

 ヘマタイトは鉄鉱石です。ま、鉄のカタマリです。メタリックシルバーに輝いております。西洋系の魔術師や魔法使い系の方がよく使う鉱物です。ヘマタイトには磁気を帯びているものと、帯びていないものの二種類ありますが、私は磁気を帯びていないタイプのヘマタイトをチョイスしました。と言うのも、磁気無しの方が安いし(笑)、磁気を帯びたヘマタイト(いわゆる、磁鉄鉱石)は私には強すぎると思われるので(なにしろ、ブラックシリカで体調を崩した人間ですから:笑)、磁気を帯びていない方が、私的にはちょうど良いと思い、そっちをチョイスしました。それにしても、8玉で100円だよ、鉄って、安いね。

 タイガーアイは虎目石ね。こいつは珪酸塩鉱物、つまり魔術系の石です。黄色っぽいので、風水的には金運関係のパワーを持つって言われているど、それってどうなんでしょうね? 実は、ヒスイかタイガーアイか迷って、結局、私の趣味で、タイガーアイにしました。次にブレスレットを作る時は、ヒスイにしたいです。

 さて、これら、ヘマタイトとタイガーアイに、元のネックレスに使われていた、水晶(万能の魔除け)と黒メノウ(いわゆる魔除け)を加えて、徹底的に魔除けのお守りネックレスにしてみました。実際、水晶にしても、メノウにしても、鉄鉱石や虎目石にしても、お数珠の材料だしね(笑)。ですから、私の魔除けのネックレスなんて、お数珠を首に巻いているようなモンなんですよ。

 ちなみに、見た目は渋くて、実に男らしいカラーリングになっております(笑)。

 それにしても、元の石にヘマタイト16玉とタイガーアイ7玉を加えたら、ネックレスの全長が約70センチになりました。これくらい長いと、上から。カブれるので、糸に伸縮性が無くてもOKだし、金具も不要です。いい感じです。グッドです。ただし重いです(爆)。

 ちなみに、腕輪(ブレスレット)は、今までどおり、トルマリンのモノを身に付けてますよ。これは魔除けではなく、健康系ね。いやあ、トルマリンは実際にケガによく効くんですよ。首は魔除けで、腕は健康促進です。

蛇足  今回、石を追加購入するために、ネット通販や、石専門店など、数店をチェックしたのですが、いやあ、実に、お店によって、値段のバラツキがありますね。リアル店舗だと、実物をチェックできますから、色々と分かりますが、値段が高いから、ランクの高い石を売っているってわけじゃないです。大雑把に言うと、キラキラした女性客向けの雰囲気のお店はコスパが悪いような気がします。地味目の石専門店とか手芸屋とかのヲタク風味な店はコスパが良い感じがします。

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2012年8月 4日 (土)

吹奏楽コンクールに関わってきたよ

 ええと、私は吹奏楽部顧問なので、吹奏楽連盟の役員というモノになりました(笑)。別に“役員”と言っても、偉い人になったわけじゃなくて『大会運営の下っ端になった』って事です。なので、今回の記事は、先日行われた、吹奏楽コンクールの地区大会の様々な感想みたいなものを書きます。あ、もちろん、インサイダー情報の流出は無しよ(爆)。だって、オトナだもん。

 まず、コンクールの朝は早いです。そして、夜は遅いです。で、役員のセンセたちは、タフです。私はヘロヘロになりました(涙)。

 どの学校も、生徒たちは良い子たちばかりです。礼儀はしっかりしているし、団体行動は取れるし。ま、吹奏楽に限らず、真剣に部活をやっている子って、やはり人間として、きちんと芯を持っているなあ…って思います。コンクールのスケジュールって、結構、過密なんです。あの過密なスケジュールを、大した支障なく、スムーズに運営できるのは、出場する生徒たちの人間的な質の高さによるものでしょう。オトナの団体だと…なかなかそうは参りません(爆)。実に過密なスケジュールなのに、タイムテーブルどおりに進行したので、ビックリですよ。

 パーカッションなどの大型楽器の運搬は、やはり、どこの学校もトラックで運びます。しかし、参加校がたくさんなので、トラックが会場に横付けできる時間は決まっているし、それも短時間なので、トラックが入れ代わり立ち代わりして大型楽器(それも結構な数)の搬入搬出をしているのを見ていると、なんか感心しちゃいます。よく混乱を起こさないなあ…って不思議な気分になります。会場で見ていると、スムーズに進行しているように見えるけれど、ステージの裏は、結構な混雑ぶりです、でも不思議と修羅場にはなっていないんですよね。

 やはり、中学生と高校生では、演奏に歴然とした差があります。つまり、楽器のキャリアが三年未満と、三年以上では、こうも違うものかと思いました。もちろん、個々の生徒の力も違うのだろうけれど、tuttiが全然違うんですね。高校生の方が、キレが良いし、濁りが少ないです。これは、演奏キャリアの差もあるだろうけれど、カラダの大きさも関係しているんだろうなあって思いました。軍楽隊がルーツである吹奏楽ですから、元々、吹奏楽器なんてモノは、軍人さん向けに作られている楽器だからね。カラダが強ければ強いほど、良い音が出るってモンです。

 ちなみに、出場校は、その演奏規模に応じてA部門(55名以下)とB部門(30名以下)に別れます。A部門は、課題曲と自由曲の二曲を、B部門は自由曲のみを演奏します。一応書いておくと、普門館への道が続いているのはA部門だけです。B部門では全国大会には出場できません。なので、普門館へ行きたければ、大規模な吹奏楽部を持っている学校に進学しないといけないんですよ。小さな部がコツコツ頑張って全国大会を目指す…ってのは、野球マンガだとありますが、吹奏楽ではありえないんですね。ま、実際、野球も大規模な強豪校でないと、なかなか甲子園にはいけませんが…。

 演奏される曲目は、コンクール向けのテクニカルな曲が多かったです。吹奏楽曲と言われる、吹奏楽での演奏を念頭において作曲された、いわゆる現代曲が大半でした。部員たちの反応を見ていると、どの曲も、吹奏楽の世界においては有名曲のようです。一般の音楽ファンの私からすると、聞いたこともない、やたらと難解な曲ばかりで、正直、とても音楽を楽しめる感じではなかったです。なにしろ、どの曲もテクニック重視だし、テンポも早めだし、和音も現代音楽っぽい不思議な和音ばかりで、聞いていて「ああ、難しそうだなあ…」って感じの曲ばかりです。そんな曲を器用に演奏しているのを聞くと「上手いなあ…」とは思います。

 また吹奏楽と言うと、私の年代だと“ブラスバンド”って呼称される事からも分かるとおり、金管楽器アンサンブルの事ですが、今の吹奏楽は、ほぼデフォルトで、打楽器と木管楽器が加わってます。それどころか、コントラバス(弦楽器)も普通に入っているし、ピアノも使います。もう、なんでもアリって感じすらします。おそらく、ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、シンセサイザーを使わない楽器編成なら、なんでも吹奏楽なのかもしれないなあって思いました。

 舞台裏にいると、勝ち進む学校は、演奏を聞かなくても分かります。だって、指揮者の目が血走っているもの。闘士むき出しって感じです。逆に、ほんわかとした指揮者の学校は、まず勝ち進めませんね。結局、コンクールって、子どもたちの争いのように見えるけれど、実際は指揮者同士の、オトナの戦いなんだなって感じました。上の大会にに勝ち進めるか否かは、子どもたちの努力は無視できませんが、それよりも、指揮者の力量の方が影響大きいかも…って思いました。

 それにしても、会場は宝塚かと思うほどに、ステージの上も、客席も女性だらけでした。どこを見渡しても、女女女…。実に女の花園と言うか、女たちの決闘場って感じでした。今や、吹奏楽って“女性の文化”なんだなって思いました。私がまだ子どもで、ブラバンにトラに行っていた頃は、まだまだ男女比は対等か、やや男が多かったくらいだったのに、いつのまにか、吹奏楽が女の子たちのモノになってました。ま、それを残念がるわけではありませんが、時の流れを感じます。

 あるお客さん(年配男性)が演奏の合間に言いました。「中学生でこんな演奏が出来るんだから、末恐ろしいねえ…」 また別のお客さん(年配女性)が言いました。「皆さん、プロになられる子たちばかりなんですねよ。さすがにお上手だわ…」 吹奏楽に関係していない、一般のお客さんの素直な感想だと思いました。実際、舞台で演奏している子たちの熱演は、そう思わせるほどのモノなんだけれど、あそこから将来プロになる子はどれくらいいるのかと言うと、ほとんどいないわけです。野球部で活躍したからと言って、プロ野球の選手には簡単になれない様に、吹奏楽部で頑張っていても、プロ奏者には簡単にはなれないわけです。でも、一般の観客は、そんな風には思わないんですね。

 コンクールですから、演奏が終わると、賞がいただけます。賞の種類は四つあります。上位の賞から書くと「金賞(推薦付き)」「金賞(推薦無し)「銀賞」「銅賞」です。そして、すべての参加校がこの四つのうち、いずれかの賞をいただけます。ですから、当然、それぞれの賞も複数の学校に与えられます。この事実は吹奏楽をやっていない人には知られていないんじゃないかな?

 「ウチの学校は、コンクールで銅賞をとってきたぞー!」と聞くと、普通の人は「銅賞! そりゃあすごいなあ!」と思うわけですが、実は銅賞って参加賞みたいなもので、順位的には(残念な事に)最下位なんです。

 ちなみに「金賞(推薦付き)」と「金賞(推薦無し)」の違いは、上の大会に行ける(県大会とかそういうヤツ。つまり“二回戦出場”って事です)のが“推薦付き”で、行けないのが“推薦無し”です。つまり、勝ち負けで言うと、勝ちは「金賞(推薦付き)」だけで、残りは負けです。金賞をいただいても、推薦されなければ、負けなんですね。この「金賞(推薦無し)」の事を、ウチの地域では『ダメ金』って言いますが、これは全国的に通用する言葉なのかな? どっちにしても、吹奏楽の賞って、吹奏楽をやっていない人間には分かりづらいシステムです。

 ウチの部ですか? はい、善戦むなしく負けましたよ。次は文化祭に向けて練習を開始します。

 ええと、コンクールって、実は見るのに、入場料がかかります。1回500円です。中学の部と高校の部は入れ替え制ですから、両方見たければ、それぞれ別に入場料を支払わないといけないし、コンクールは二日間行われますが、その日ごとに別に入場料を支払わないといけません。ウチの地区の場合、すべての出場校の演奏を聞こうと思ったら、入場料として合計で2000円支払わないといけません。大会運営にお金がかかるのは分かるけれど、アマチュアの、それも学生の演奏を聞くのにお金がかかるというのは(私も関係者なんだけれど)なんか解せない気分です。とは言え、無料開放したら、親の集団が押し寄せてくるんだろうから、チケットという、一種の歯止めが必要なのかもしれません。

 中学のコンクールは会場に入りきれないほどに、お客さんでギチギチになります。高校のコンクールは、会場でうたた寝ができるほどにスカスカです。この違いは、一体、何?

 まあ、とにかく、なんとも言えない、独特な雰囲気がコンクールにはありました。面白かったよ。

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2012年8月 3日 (金)

ダンスを頑張っちゃう人の気持ちが、ちょっぴり分かるような気がしました

 ダンスのレッスンに行きました。今回は会場の都合もあって、2時間も踊れないので、サクサクと練習してきました。

 まずは準備運動代わりのブルースから。前進&後進の動きに注意するように言われました。

 例えば、前進は、腰で移動します。腰が最初で、腰から動きます。ステップは踏んでますが、決して足から進んではいけません。そして、前足が前進したら、その足が着地するや否や、後足が前足のすぐ横に来ている事が大切。これ、頭で考えると???ですが、やれば何とかなります。

 後進は逆に、足優先で移動します。決して、腰やカラダを優先して動かしてはいけないのです。まず、足を後ろに出し、その足が着地するや否や、カラダの重心を後足の真上に移動させ(つまり、カラダを移動させ)、それと同時に前足が後足のすぐ横に移動していないといけません。これらの動きは両方とも、日常生活には無い動きなので、すごく違和感バリバリです。でも、これができないとブルースは格好悪いのだそうです。うむ、退屈なブルースだったけれど、そのあたりに気をつけて踊ると、退屈さも紛れます。

 さらに、ナチュラル・ピボット・ターンでは、相手に道を譲る動きは○だそうです。でも、ピボットをする時に、しっかりと右足で左足を送る感覚が無いので、そこは注意するようにと言われました。つまり、予備動作をしっかりやりましょうって事…かな?
 
 
 今回のレッスンはルンバから始めました。

 前回、納得いかなかったアレマーナの復習からです。アレマーナ~ハンド・トゥ・ハンドはもちろん、今回は、アレマーナ~ショルダー・トゥ・ショルダーもやってみました。

 ショルダー・トゥ・ショルダーは、ハンド・トゥ・ハンドで手を取り合うところで、肩を組み合って踊るステップです。ただし、男性はあまり動かず、女性が男性の周りを回って肩を組みます。そして、三回ポーズを取ったら、女性の手を取って、クルリと廻してお終い。いつものように動画を探してみたのだけれど、見つかりませんでした。ショルダー・トゥ・ショルダーって、それほど、メジャーなステップじゃないのかな?

 ちなみに、アレマーナで回ったあと、女性の手を取ると、ハンド・トゥ・ハンドになり、深くホールドすると、ショルダー・トゥ・ショルダーになるそうです。で、浅くホールドすると…ヒップ・トウィストになるので、それは今度やりましょう。
 
 
 今回は練習時間に余裕がないので、サクサク進めます。

 ワルツはとりあえず会場を一周してみました。踊り始めてすぐに『上体がすぐに緩む』と注意されたので、ちょっとムキになって、上体をパンとさせて踊ったら、一周しただけで、バテました。いやあ、上半身を緩めずに踊るって、ほんと、シンドイですね(涙)。思わず息切れしちゃいました。

 今回のレッスン会場は、広い部屋でカタチも正方形で床も滑るので、オーバーターンド・ターニング・ロックの練習もやってみました。いやあ、しかし、オーバーターンド・ターニング・ロックって、なんか、まだ良く分かりません。分かった事は…とにかく「2」は、必ずライズの頂点にして踊る事…かな? とにかく、全体的にぎこちないし、全然ダンスがこなれていません。要練習です。
 
 
 タンゴは、SSQQとSQQSのリズムの違いを明確に体で表現しながら踊る事が目下の急務です。

 それにしても、ウォークって、やっぱり難しい。「0」の足(予備足?)を空気イス状態でひねって、そのエネルギーで「1」の足をさらにねじれる方向に出すのがタンゴ…のようです。で、そのひねったままで「2」を踏み、さらに「3」の足はカラダをひねったままの状態で出しますから、プロムナードでカラダを緩めると、なんかホッとします。

 そのプロムナードではホッとしているのも束の間で、「1」はともかく、上体は常に半身で前進方向を変えないため、「2」の足の時には、思いっきり体が捻れているわけです。おまけに空気イスは続行中だし。で、これを「4」の時に解放する。つまり、タンゴのステップは「捻る」->「緩める(解放)」が常にあるわけです。

 今回は、ウォークの「0」の足を徹底的にやってみたよ。とにかく、空気イスで右足(これが「0」になるわけだ)を曲げたまま、カラダは左に、左足は右に曲げるわけで、上半身と下半身が真逆の動きをしていくのです。なんか、やっぱり難しい。
 
 
 どうにも、社交ダンスって、一つ一つの動きが難しいし、ステップにもバリエーションが多すぎると思います。現在の社交ダンスを、今の形にまとめ上げたイギリス人って、どうにかしているんじゃないの?って言いたくなります。一つ一つの動きがこんなに難しい上に、ステップのバリエーションも豊富だから、社交ダンスをちょっと真面目に始めると、魂に火がついて、ついつい真剣に取り組んでしまう人、多いんじゃないかな? なんとなく、日本人のヲタク心と言うか、職人魂のようなものを、刺激するような気がします。難しくてやりがいがあるから、全身全霊でぶち当たる。真剣にぶち当たっているうちに、なんか面白くなってくる…日本のアマチュアダンサーが持っている競技志向って、たぶん、社交ダンスそのものが難しいのが原因じゃないかな。ダンスが難しいので、思わず、それとトコトン付き合う、つまり“道”として極めようしたくなるからじゃないかな? ダンスが“道”であるならば、ダンスの練習そのものが目的になるわけだし、そうやって極めたものなら、どこかで腕試しがしたくなり、必然的に争い(競技)を求める…事になってしまうんだろうなあって思いました。

 まあ、ダンスって、本来は男女で、楽しく、艶っぽく踊るものだろうけれど、これだけ難しいと、楽しむまえに極めたくなるよね。それが日本人の特性ってもんでしょ。

 とにかく、難題を与えると、嬉々として解決しようとするのが、日本人の悲しいサガだもんね。

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2012年8月 2日 (木)

Es-durに苦労しています

 フルートのレッスンに行きました。

 今週もレッスンに行ってきました。しかし、今週は忙しかったなあ…。なので、あまり練習せずにレッスンに行くという、ちょっぴり恥ずかしい状態でございました。

 そんな状態でレッスンに行ったところ、レッスン前の雑談の中で、先生が急に駐車場の事が心配になり「悪いけれど、ちょっと練習しててくれる?」と言うわけで、急遽、レッスン室で一人で練習をする事になり、先生は駐車場にご自分の車を確認してくるという事になりました。やったー、ラッキー、これでちょっとは練習できる!

 さて、そんなわけで、レッスン室でたっぷり練習した後のレッスンだったのですが…。

 懸案のアルテ15課4章です。『Es-durのロングトーン』は滞りなく通りすぎ、4番『Es-durのスケールとアルペジオ』ですが…やっぱり、今週もダメポでした(涙)。ううむ、ブリチアルディキーとか、中音レとミの左人指し指とか、第三オクターブのクロスフィンガーとか、息が続かないとか…、なんかもう、問題山積みです。「ここでしっかりと癖づけておかないダメだから!」と言うわけで、要練習って事で、今週もまたまた不合格ですよ。

 その代わりと言っちゃあなんですが、8番『c-mollのスケールとアルペジオ』は合格。つまり、c-mollは合格したのに、その前のEs-durがまだ残っているという状態です。ううむ、ううむ。

 ミニヨン・エチュードの14番も不合格。まあ、これはまだ吹きこなれていないと言う自覚があるので、やむなしです。

 「スラーでつながった最後の音は抜いて吹く」「スラーとスタッカートの違いを明確に」「スタッカートはもっと短く歯切れ良く」「アーティキュレーション・ブレスを利用する事」などを注意されました。きちんとしたアーティキュレーションで演奏するのが、この曲のポイントのようです。

 ちなみに、今回は「うるさい!」とは言われませんでした。これで、音の立ち上がりにだいぶ気をつけて吹いたつもりですからね。

 ふう、先が長い長い。ちなみに、次回のレッスンは、夏合宿(私は不参加だね~)のためにレッスンが無いので、今回不合格だった箇所は、たっぷりと練習できるってわけです。本音では、今回で全部合格して、次回までに新曲をバッチリ練習しておこうって思ったのですが…世の中はそんなに甘くないんだな(涙)。
 
 
 今回の雑談は、あるピアノの先生のところで起こった困った話…というのを、先生から聞きました。

 あるピアノ教室に小学生(低学年だろうねえ…)の子が通っていたと思ってください。

 ある日学校で、音楽のペーパーテストがあったのだそうです。で、そこに“開いた松葉”と言うか『音量を少しずつ増していく記号』である“Cresc.”ことCrescendoの絵(ってか、あの松葉の記号ね)が書かれていて、その名前を答えなさいという問題が出題されていたそうです。で、その子は答えを「クレッシェンド」と書いたら、×だったのだそうです。

 おかしいなあと思った、その子は、先生のところに「なぜ×なの?」と聞きに言ったら、なんと正解は「クレシェンド」でした(驚)。正解は「クレシェンド」なので「クレッシェンド」ではダメなんだそうです。どこがダメだか、皆さんはお分かりになりますでしょうか? 実は「レ」と「シ」の間に「ッ」が入るか入らないかの違いだけです。それだけで×です。

 で、その子は「ッ」の有無だけでは納得しなかったのでしょうね。なぜ「クレッシェンド」ではダメで「クレシェンド」ではOKなのかと、その理由を先生に尋ねたところ、その先生が使っている参考書に「クレシェンド」って載っていて、だから授業でも「クレシェンド」で教えたので「クレッシェンド」ではダメなんだそうです。

 なんか変だよね~。

 その話を聞いたピアノの先生は、その子と一緒に某音楽辞典を見たところ、その辞典には「クレッシェンド」で載っていたわけです。まあ、Crescendoなんて、元々イタリア語だし、カタカナ表記なんて、それを似た音の日本語に直しただけの話だから「ッ」が入ろうが入らなかろうが、大きな問題ではないはずだけれど、学校の先生にとっては、参考書って絶対的なモノなんでしょうね。なので、ピアノの先生は、その音楽辞典をその子に貸してあげて、その子はその音楽辞典を学校に持って行って「音楽辞典には“クレッシェンド”で載っているのでマルにしてください」と先生に申し入れたのだそうです。

 一応、○にしてもらえたそうです。

 次の話(笑)。

 こっちは別の小学生の話です。音楽の授業で先生が「楽譜にカタカナで階名を書きましょう」という指導をされたそうです。で、そのピアノ教室の子が「私は楽譜が読めるので、カタカナを書かなくてもいいでしょう?」と尋ねたところ「これは授業ですから、全員書かないといけません」と言われて、その子もしっかり楽譜にカタカナを書くようになったのです。そんな事がしばらく続いたのです。子どもの事ですから、楽譜にカタカナが書いてあれば、ついついそっちに頼ってしまうわけで、最初は楽譜が読めたはずの子が、しばらくカタカナに頼っていたら、すっかり楽譜が読めなくなってしまったのだそうです。
 罪作りな話だね。

 小学校って、基本的に全教科、担任が教えるのが基本で、授業の持ち時間の関係で、いくつかの授業を副担任とか専科教師が教える事があるけれど、まあ低学年だと、音楽の授業は担任の先生が教える事が多いです。小学校の先生自体には、専門教科と言うモノは無いけれど、大学時代に専門的に音楽を勉強していた人は少なく、多くは普通の教員養成課程で、国語や算数をメインに勉強してきた先生が多いわけで、ですから、はっきり言って、音楽に関してはほぼ素人の方が音楽を教えるわけです。だから、こんな事もありうるわけです。

 ま、今回は小学校の音楽の話だけれど、中高では部活がそういう感じになっている学校がありますね。合唱部、吹奏楽部、軽音楽部のコーチや顧問のうち、音楽の専門教育をしっかり受けて、指導経験も豊富な先生って、どれだけいるんでしょうか? “クレッシェンド”に×をしてしまうようなマネをしているセンセはどれくらいいらっしゃるのでしょうか?

 私ですか? はい、私は吹奏楽部の顧問ですが、自分がしょせんアマチュア歌手でしかないという自覚はありますので、なるべく音楽の指導には関わらないようにしてます。とは言え、ウチの学校の現指導者も、熱心だし、頑張っているけれど、音楽的には素人なんだよね。本気で吹奏楽部を強くしたいなら、色々と考えないといけない事が山積みだね。今度、校長センセの腹をさぐってみるかな。お金もかかる事だから、後援会の会長さんとも相談しないといけないね。

 それにしても、町のピアノの先生も、学校の先生のフォローで大変だな(笑)。

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2012年8月 1日 (水)

今年も暑いので、金魚が心配です[2012年7月の落ち穂拾い]

 ええと、最近は何かと忙しく、月末にアップするはずの“落ち穂拾い”が、またまた翌月の月初めになっちゃいました。申し訳ない。とにかく、7月の落ち穂を拾っておきますね。
 
 
ギターは金臭い

 実は、おそらく、たぶん、きっと…9月に一つステージがあって、そこで私はギタリストをやるはめになりそうです。曲は何をやるのか、バンドマスターさんから、まだ、聞いていないので分かりませんが、たぶん、ロックかジャズだろうなあ…。

 うう、ギター、弾きたくない! だって、せっかく、指がヴァイオリンに馴れてきたのに、ここでギターを弾くなんて…。それでもまだリズムギターに専念できるならともかく、もしもリードギターなんて担当した日には、きっとせっかく覚えたヴァイオリンの運指が吹っ飛んでしまいそうで、怖いです。ああ、ギターなんて弾きたくなよぉ~。

 とにかく、納戸にしまってある、黒のリッケンバッカーを取り出して、チェックしておくかな。もうずいぶん弾いてないから、弦も交換しないといけないし。ギターの弦なんて、消耗品だし、だいたい6本1セットで1000円でお釣りが来る程度の値段だから、気前良く弦交換すればいいわけだし。

 しかし、同じ弦楽器でも、ヴァイオリンとギターでは弦がだいぶ違うね。見た目はそんなに違わないのにねえ…。

 まあ、値段が全然違うよね。ヴァイオリンは下手すると1セット(4本で)一万円近くするでしょ。ギターは1000円でお釣りだもん、値段が一桁違う。

 あと、ギターって、演奏後、すごく左手が金臭くなるんだよね。ヴァイオリンだって、弦の芯はナイロンでも、その表面は金属を巻いているんだから、同じなはずだけれど、不思議とヴァイオリンは、さほど手が金臭くならないんだよね。あれはなんでだろ?
 
 
ブレスのタイミング

 声楽であれ、フルートであれ、ブレスを取るタイミングって、難しいですね。私、悩んでます。

 休符の箇所では、休符のところでブレスを取ればいいのは自明の理ですが、問題は休符のないところでブレスをする場合。この場合は、2通りのブレスの取り方があると思います。

 1)ブレスをする箇所の前の音符を短く端折って、その端折った時間でブレスを取って、ブレス後の音符は正しいタイミングで演奏する。

 2)ブレスの前の音符は音価どおり、しっかりと演奏し、ブレスの箇所で、ほんの一瞬、音楽を止めて、その間にブレスをする。

 私は、合奏や合唱なら1)で、ソロなら2)で行きますが、本当は、どっちが正しいのだろう? 

 もっとも、合唱なら1)もそうだけれど“カンニング・ブレス”を使うというやり方もあるね。独唱なら2)だけど、テンポを揺れ動かして、うまく音楽的なスキマを作って、そのスキマの時間に息をして、音楽を止めた事を不自然に感じさせないような工夫をします。

 そうそう、息が余っているので、ブレスの箇所でブレスを端折っちゃう事も時々やっちゃいますが、これは良くないですね。ブレスはフレーズの切れ目であり、音楽の切れ目だから、取るべきところでは、しっかりと取らないといけません。それに、その箇所はOKでも、次のブレスまで息がもたずに、地獄を見ることも度々だし(涙)。

 そうそう、フルートでは“アーティキュレーション・ブレス”と行って、演奏中に何気なくブレスをしちゃうやり方があります。私は、これが下手なんだけれど、こういう小技も身に付けたいものです。
 
 
老眼鏡と私

 老眼鏡が無いと、文化的な生活が営めない私です。若い時は、視力なんて余るほどあって、虫眼鏡とか双眼鏡なんてものはほぼ不要な人だったのに、今じゃあ、裸眼で見えるものなんて、ほとんどないです。世界は輪郭線を失っちゃいました(涙)。

 私は老眼の他に、乱視と遠視も持っていますので、若い時からメガネ男子(笑)でしたが、実はメガネそのものはキライなんです。なので、なるべくメガネをかけないで生活をするように、こころがけています。そのせいでしょうか、結構、乱視でゆがんだ世界が見えていても、脳内補正がうまく働いて、なんとかなっています。

 しかし、老眼で字が読めないのはつらいですね。でも、メガネをかけたくない。ではどうするか?

 私は仕事中は、我慢してメガネをしていますが、それでも状況でメガネを掛け替えるのはイヤなので、遠近両用(ってか、乱視遠視&老眼兼用)でごまかしてます。日中はそのメガネ一つでやりすごしています。

 が、帰宅すると、基本、メガネオフにして生活してます。いいんです、世の中なんて、ロクに見えなくても生きていけます。それに字なんて、見なきゃいいわけだし…。

 ってな感じで生活してますが、それでも字を読まないといけない機会は多々あるわけで、そんな時は全く字が読めないでは困るので、百均で老眼鏡とメガネスタンドを複数購入して、それを各部屋ごとに置いてます。なので、字を読まなければいけなくなったら、その部屋に常備してある老眼鏡で字を読むようにしています。で、読み終えたら、すぐにメガネを外します。掛けっぱなしなんて絶対にしません。

 しかし、百均の老眼鏡って、なんともゆがんでいるので、かけていると、気持ち悪くなって楽しいですよ。
 
 
今月のお気に入り 桃屋 辛そうで辛くない少し辛いラー油

 今更ですが“食べるラー油”がマイブームです(笑)。世間のブームから三年遅れでございます(爆)。

 でもね、今更だけど、この“食べるラー油”が美味しくてねえ…。もちろん、この手のモノを初めて食べる…わけじゃないです。似たようなモノで、沖縄の、ラー油に使った肉味噌っぽいヤツの瓶詰め(正しい名称を知りません!)があるじゃない。ああ言うのは、昔から好きでした。だから“食べるラー油”もその手のものだろうと思っていたので、ブームの頃は、品薄だった事もあって、手を出さなかったのですよ。

 で、最近になって、スーパーで見かけたので、何となく手にとって食べてみたら…美味いね、これ。癖になるじゃない。そりゃあ、ブームにもなる美味しさだね。

 なんか、その日以来、御飯は毎日、ラー油で食べているような気がする(笑)。

 でもね、御飯にラー油をかけて食べるって、たしか、中国南部では、家庭料理というか、貧乏飯じゃなかったかな? そういう貧乏飯って、美味いんだよね~。ああ、偉大なる“食べるラー油”よ、君に幸あれ。

 素麺を食べる時に、つけ汁に“食べるラー油”を入れたら、素麺が止まらなくなりました。ヤバイね、これ(笑)。
 
 
今月のお気に入り ボールルームへようこそ

 男子向きの社交ダンスマンガです。熱いスポ根ものです。

 ダンスマンガと言うと、どうしても女子向けのイメージがあるし、先行作品(ってそんなに数ないけれど:笑)も、やはり女子向けであったり、男性誌に連載していても女性作家の作品であったりするわけで、男性作家による男子向けの社交ダンスの長編マンガ(ってか連載もの)って、実に珍しいです。他にそういう作品あるのかな?

 とにかく、連載誌がマガジン系(月刊少年マガジンのようです)なので、とっても男臭くていいですよ(笑)。とにかく、汗と根性にまみれた、努力する天才のお話です。絵柄も、いかにもマガジン調だし、登場人物もガラの悪い人がたくさん出てくるし(笑)、読む人を選びそうな絵だけれど、私は結構好きかも。

 社交ダンスなんて、少年マンガには絶対にならないだろうと思っていたので、そういう意味ではレアなマンガです。あ、内容も、もちろん、おもしろいよ。現在、2巻まで出てますが、早く3巻が出ないかな? 月刊誌連載だから、単行本の刊行ペースが遅いのが難点だねえ…。
 
 
今月の金魚

 夏です。鬼門の夏です。この暑さは、毎年の事だけれど、金魚たちを始めとする、水槽の住民たちにとっては、命をかけたサバイバルなのが、夏です。今年は、何匹、夏を越せるかな? それが心配です。少なくとも、7月末までは、みんな元気です。このうちの何匹が、夏がすっかり終わった10月1日にも、水槽にいるでしょうか? 

 今年こそは、全員無事に夏を越させたいと…毎年思っているんだけどねえ…。
 
 
今月のひとこと

 多くを語るつもりはないけれど、生と死は常に隣り合わせで、この年まで健康で楽しく生きてこられたのは、ある意味、バクチに勝ち続けているようなモンなんだと、改めて思いました。今日も生きていられる事に感謝。健康と幸せな生活に感謝。あと、家族に感謝…だね(2012年6月29日~7月2日)

 最近、悩んでいるわけではないけれど、困っている事の一つに“不眠症”があります。『夜、眠れないから、疲労蓄積』という、ちょっとシンドイ状況が続いています。これが悪化すると、たぶん『夜、眠れないのに、昼、眠くなる』という状況になるんだろうなあって思います。まあ、ひどくなる前に薬物に手を出して睡眠を確保しています。ほんと、薬を飲むとスカッと眠れます。こうして薬物依存体質って出来上がるんだなあ…って思います(って、おおげさか)。(2012年7月2~5日)

 夏ですね。暑くなりましたね。さすがに部屋にいると、ムシムシして生きた心地がしなくなるので、ついに冷房を入れました。冷房入れて、扇風機をまわすと快適ですが、外に出ると、やっぱりウダります。(2012年7月5~9日)

 七月も中旬になったと言うのに、我が研究室のお茶は、まだまだ熱い日本茶でございます。ま、私が熱いお茶が好きという理由はあるのだけれど、例年なら、とっくに冷たい烏龍茶にスイッチしているはずなのに…今年はまだ熱い日本茶です。ううむ、どこまで熱いお茶で頑張れるか…こうなると、なんかチャレンジしてみたくなりますよ。 (2012年7月9~12日)

 最近?、ある種のテレビドラマの視聴率が悪く、それがあたかも俳優さんの責任であるかのような解説をあっちこっちで見かけるけれど、なんかそれって“トカゲの尻尾切り”のような感じで、立場の弱い俳優さんに責任をおっかぶせているだけじゃないの?って思います。テレビドラマの視聴率が悪いのは、みんな特別な事でもない限り、テレビを見なくなったからじゃないの? 普段はテレビドラマ以外の面白いもの(映画のDVDとか、ゲームとか、YouTubeとか)を見ていて、特別な事(スポーツの国際試合とか、特別ドラマとか、大きな事件を報道するニュース番組とか)でも無ければ、テレビを見なくなっただけじゃないのかな? つまり、テレビドラマも特別なモノでない限り、見られなくなってきたって事でしょ? ならば、すなわち“人々にテレビドラマを見ようという気持ちがない”からテレビドラマの視聴率が悪くなっただけの話であって、それって、俳優さんの責任で視聴率が下がっているわけではなく、そういう視聴者のニーズに応えられない番組編成をしているテレビ局の幹部の方々の責任じゃないのかな?(2012年7月12~16日)

 一日中、外にいて、日を浴びたら、翌日は立ち上がれないほど、疲れ切った。別に何をしたわけでもないけれど、それほど太陽光線とはカラダに負担がかかるものなのか? それとも、単純に私のカラダがヲタク仕様になっていて、太陽光線に弱い作りになっているのか? たぶん、後者だな(笑)。血こそ吸わないけれど、ヴァンパイア体質なのかもしれない、私。(2012年7月16~17日)

 明けた~、明けた~、梅雨が明けた~。これでもう、雨の心配なんぞしなくていいんだな。雨の心配はいらないけれど、汗の心配をし続ける日々が待っているわけで、ああ、夏って、暑くてイヤだな。冷房が無いのは、空気が無いのも一緒、って季節がやってきちゃいました。(2012年7月17~22日))

 久しぶりにパソコン屋に行って、中古パソコンを眺めてみた。私のパソコンとほぼ同等な性能のマシンが、約3万円だった。次にパソコンを買い換える時は、電源容量の関係から、ケースごと買い換えが必要になるんだけれど、だったら、自作にこだわらずに、新品中古を問わず、既製品を考えて良いのかな…って思いました。だって、自作の方が倍以上の費用がかかりそうなんだもん(涙)。(2012年7月22~24日)

 先日、家で歌の練習をしていたら、妻がやって来て「そんな歌い方でノドは痛くないの?」って聞きました。「ふぇ?」って返事をしました。だって、ノドが痛い??? そんなデタラメな歌い方なんかしてないもの…。そうしたら妻が「今までよりも、ずっと音量が増して、声が伸びているから、無理をしているのかな?って思って、注意に来たんだけれど、そうでなければ、問題はないよ。むしろ、今までよりも、ずっと音程もいいし、声も伸びやかだし“バージョン2”って感じ…かな?」って言われました。うむ、歌手として、いわゆる『一皮むけた』という状態なのかもしれない。自分では、高音のGとかAbがすごく楽に歌えるように感じてますし、もちろん痛みも苦しみも無く歌ってます。声楽の先生を変えて、良かったなあと思いました。まあ、“怪我の功名”と言うべきか“神様のお導き”と言うべきか、とにかく感謝です。(2012年7月24~30日)

 ミクシィのトップページと言うか、ホームページと言うか、ユーザーのポータルなページのデザインが変わったそうです。タイムラインが導入されたり、まるで某顔頁のようなデザインだとか。それでもって、とても使いづらいんだとか。ううむ、私のところは、一年前と同じ旧態依然としたデザインのままで、タイムラインなんて無いんだけどなあ…。一体、これってどうなっているの? もしかすると、私だけバブられているとか(笑)。でも、新しくなって、使いづらくなっているのなら、ハブられている方がいいや。(2012年7月30~31日)。
 
 
 今月は以上です。よろしくお願いします。
 
 
おまけ  今日から数日間、音信不通になります(爆)。旅先でコメントは拝見しますし、イタズラな子には対応しますが、コメントへのお返事が遅くなってしまいますので、その点はご勘弁を…。記事の方は、予約アップロードで毎日しますので、ご安心ください(何を:笑)。

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