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2012年7月の記事

2012年7月31日 (火)

テノールとソプラノは違う

 今回は、妻の声楽レッスンを見てて、色々と考えたことを書いてみたいと思います。

 10月に行われる、地元のクラシックコンサートに、私は、トスティの「セレナータ」とベッリーニの「優雅な月」で出演しますが、実は妻も一緒に出演します。で、彼女が何を歌うのかと言うと、トスティの「暁は光りから」とプッチーニの「私のお父さん」です。プッチーニの方は、オペラアリアで『ジャンニ・スキッキ』でラウレッタが歌うアリアです。

 まず彼女がトスティの「暁は光りから」を歌いたいと言った時、先生は一瞬、顔色を変えて「実に男らしい歌を歌うんですね」とおっしゃいました。私も妻も、その言葉の意味が分かりませんでした。だって、キング門下では男性がこの曲を歌うことはなく、むしろ、女性はたいがいこの曲にチャレンジするので、この曲には女性専科のようなイメージがあり、妻も、そのイメージでこの曲を選択したのですが、Y先生がおっしゃるには、歌詞が問題なんだそうです。

 この曲の歌詞は、男性目線なんです。まあ、歌曲だから、歌い手と歌の主人公の性が一致していなくても、通常はかまわないのですが、この歌は、その内容が、とてもエロエロなんですよ。つまり、男性目線でエロエロな曲なので、さすがに女性歌手は歌うのを避けるのが普通…らしいのです。それをあえて妻が歌うので「実に男らしい曲を…」ってなるわけです。

 確かに私も日本語訳ですが、この曲の歌詞をじっくり読んでみたところ…暗喩をたっぷりに、相当きわどい内容を歌ってますね…“暗喩たっぷり”という部分に、詩人が確信的に“あの行為”について書いているって事が分かります…ので、確かに女性が歌うにはキツい内容の曲だけれど…歌っている本人も、聞いている客も、イタリア語なんて分からないので、無問題でしょう(笑)。ああ、言葉が分からないって、こういう時に便利(爆)。ちなみに、Y先生はイタリア語がペラペラらしいので、結構、歌詞が気になるみたいでしたが…。

 とにかく歌ってみましょう、という事で、歌ってましたが、これの曲も先生は初見演奏なんですが、弾いてましたねえ~。セレナータも伴奏が難しい曲ですが、この曲はセレナータよりもずっと難しいんですが…弾いてましたよ。細かく見ると、ミスタッチがあるかもしれませんが、それでも初見でこれだけ弾いちゃうってのは、頼もしいです。

 先生は「本番ではこの曲のピアノはどうするの?」と尋ねてきました。私たちにはピアニストさんがいるので、その事を伝えたら「なら大丈夫ですね」と答えてくれました。なんでも、クラシックコンサートでは、例年は(だから今年もそうとは限らないけれど)伴奏者がいない場合は、主催者の方で用意してくださったピアニストさんに伴奏をお願いする事ができるそうなんだけれど、この曲の伴奏は難しいので、それではきちんと演奏してもらえないのでは…と心配してくださったみたいなんです。ああ、それくらい難しい伴奏なんだね、この曲は。

 妻にとって、この曲自体は、キング先生の元で一度仕上げた曲なので、楽勝楽勝~と思っていたようですが、指導する先生が変われば、注意する点も変わるので、あれこれと注意されて、直されていました。

 色々と注意を受けていましたが、その中で興味深い注意は「あなたの歌い方は、まるでテノールのようです」と言われていた事かな? この「暁は光りから」という曲は、メロディが高音域で安定しちゃっている上に、最後の最後で、Hi-Bbで決める曲なんですが、そのHi-Bbの発声方法が、テノールの発声方法であって、ソプラノはそんな歌い方をしてはダメって言われてました。

 ソプラノとテノールは共に高音歌手なんだけれど、その高音の発声方法は、性差もあって、全然違うのだそうです。ソプラノがテノール的な高音発声をしていると、音域が狭くなってしまう上に、音量も増えず、ノドに負担がかかりすぎて、声が壊れてしまう恐れがあるんだそうです。テノールの発声は男性の強靭な声帯を前提とした発声方法であって、か弱く繊細な(?)女性には不向きな発声方法って事なんです。

 それに、ソプラノはテノールよりも、歌わないといけないずっと音域が広いし、Hi-Bbにしても、テノールなら、かなり覚悟のいる高音だけれど、ソプラノにとっては朝飯前で出せないといけない音なので、そんな音を、気合を入れて、しっかり出してはダメなんだそうです。とにかく、軽く軽く、声を上に逃がしながら、ヒャラヒャラした感じでHi-Bbを出さないといけないので、そのための練習をさせられていました。「ソプラノなんだから、ソプラノらしく、歌いなさい」って言われてました(笑)。

 妻自身は以前から、男女でカラダが違うのに、同じように発声させられるのは合点がいかないとこぼしていたので、Y先生の指導に嬉々としていました。ようやく、我が意を得たりって顔してましたね。

 もちろん、発声の基本的な部分は、どんな声種であっても共通しているわけだけれど、やはりある程度歌えるようになってくると、それぞれの声種に応じた発声方法と言うのがあって、テノールはテノールの発声方法があり、ソプラノにはソプラノの発声方法があって、決してソプラノはテノールの女性版ではないし、その逆もありえないわけなんです。

 とにかく、妻はソプラノなのに、ソプラノの発声方法が全く分かっちゃいないって事です。まあ、つい先日まで、アルトとかメゾソプラノって言われていたわけだし、ソプラノに転向して日も浅いわけで、ソプラノの事なんか、ちっとも分かっちゃいないのも道理だと思います。

 今回の「暁は~」は内容的に男性の歌なんですが、それ以外にも、トスティ自身が男性歌手で、自分が歌うために作曲したという経緯もあって、トスティの曲自体、女性歌手が歌うことは少ないのだそうです。まあ、女性はトスティを歌わずとも、他にも歌うべき名曲がゴチャマンとあるわけで、トスティにこだわる必要は全然ないって事もありますが…。

 トスティの曲は、当時の音楽シーンにおいては、現在の歌謡曲(あるいはJ-POP)のような扱いの曲なんだそうです。つまり出自は、ボピュラーソングなのね。なので、トスティの歌曲を、芸術歌曲を歌うように、楽譜どおりにカチカチに歌ってはいけないのだそうです。それではトスティ歌曲の持ち味が生かされないというわけで、曲のツボを押さえたら、あとは割と自由に歌い飛ばすモンなんだそうです。そういう意味では…私向き(笑)? まあ、元はポピュラーソングであっても、曲自体が素晴らしいから、後世に残って、歌い継がれているって事なんでしょうね。

 そうそう、妻は合唱をやっていた人なので、歌詞もかなりしっかりと発音する人なんですが、そこも注意されていました。別に曖昧に発音しなさいというわけでなく、しっかり発音していいのだけれど、係留音というのかな? 一つの音から次の音への移行していく中間の音も味わいながら発音してくださいって事を言われてました。この中間音を味わいながら発音するというのは、合唱では曖昧な発音に聞こえるので禁忌なんですが、独唱はそういう部分も味の一つってわけですね。具体的に言うと、歌詞を、カタカナではなく、ローマ字で発音して歌うのだそうです(分かるかな?)。これは、子音から母音へ、母音から子音への音の移り変わりを味わうためであって、カタカナだと、常に子音と母音は同時発声となってしまうからです。
 
 
 さて、クラシックコンサートでの2曲目として、妻は、プッチーニの「私のお父さん」を歌いたいと先生に言ったところ、先生に呆れられていました。そして「歌いたいなら、今回は歌わせますが、この歌はあなたには難しすぎるし、この曲に取り組んでいる間は、歌は上達しないと思っていてください」とハッキリ言われていました。手厳しいね。

 難しい歌とか、実力以上の歌は、小手先の技術だけで歌おうとするし、指導する側も良くない事だと知りながらも、小細工に走ってしまうのだそうです。結果、その曲は歌えるようになるかもしれないけれど、基本となる発声は乱れ、小手先を弄するために、変な癖は身につくし、それらを修正するために、技術的には、前進どころか退歩してしまうのだそうです。もちろん、難しい曲にチャレンジする事で、ポンと階段を一段登る人がいないわけじゃないけれど、そういう人はマレだそうです(私もそう思います)。『学問に王道無し』と言いますが『音楽修行の道にも王道は無い』と思います…一部の天才を除いてね(笑)。

 妻の名誉のために言っておくと、妻はかなり歌える人だし、たぶんキング門下だったら、『私のお父さん』は「簡単すぎるから、別の曲にしなさい」って言われたんじゃないかなって思います。だから妻的には“楽勝な曲”を選択したようなんですが…。まあ、これは、キング先生とY先生の違いで、曲をどこまで仕上げるかとか、曲のどの部分に焦点をあてて指導するかとか、まあそういうところの違いなんじゃないかなって思います。

 まあ、私たち夫婦は、趣味で声楽をやっているわけだし、やっている以上は、なるべく人前で歌いたいと思って活動しているわけなんだけれど、歌の上達という点で考えるならば、今は呼吸とか支えとか、そういう基礎の基本を再構築している最中だから、先生的には、あまり難しい曲に取り組んで、基礎の基本をなおざりにしたまま歌われるのは、かなわないなあ…と思ってらっしゃるんでしょうね。

 Y先生のレッスンは、不定期なので、御月謝制ではなく、その都度、謝礼をお支払いします。で、日本的に封筒に入れてお金のやり取りをしたわけですが、そこで先生が面白い事を教えてくれました。日本では、習い事の謝礼は封筒に入れて師匠に渡すのが当たり前ですが、イタリアでは、もっとざっくばらんなんだそうです。レッスンが終わると、生徒が自分の財布をカバンから取り出して、そこから、まるでスーパーで買い物をするかのように、お金をむき出しで渡すんだそうです。もちろん、きちんとお釣りが無い様に…なんて気は使わないので、生徒からお金を受け取った先生は、それを自分の財布にしまい、お釣りを渡す…んだそうです。なんか、それでいいのか?と心配しちゃいますが、それこそ、そこが日本人とイタリア人の違いなんでしょうね。生徒も先生も特段気にしないんでしょうね。

 8月はお盆休みもあるし、先生ご自身がお忙しい(「私の仕事は、人が休んでいる時に働くんですよ」なんだそうです)ので、レッスンの予定が立ってません(笑)。今まで私は毎週きちんきちんとレッスンに行って、その上、月1で歌劇団に行ってたのに、いきなりレッスン頻度が下がって、おまけに不定期で、ちょっとばかり心細いです。その分、自律した練習が必要ってわけで、姿見先生と仲よく練習しないといけませんね(爆)。

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2012年7月30日 (月)

曲は声に合わせて考えよう

 先週から書いていた、声楽レッスンの続きです。今回は、曲の練習のあたりから報告します。

 まず、何を歌うかですが…実は私、10月に地元の市民文化祭で行われる“クラシックコンサート”って奴にエントリーをしましたので、そこで歌います。で、(入門早々ですが)今回から、そのための準備を始めましょうってわけで、まずは“クラシックコンサート”で歌う曲の選曲を、先生と一緒にするところから始めました。

 “クラシックコンサート”での一人の持ち時間は約7分なので、5~6分前後の長い曲を1曲歌うか、3分程度の中規模な声楽曲を2曲歌うか…を考えるわけですが、1曲しか歌わないと、それが撃沈した時に恥ずかしいし、長い曲は暗譜も大変なので、今回は3分前後の曲を2曲歌うというパターンでチャレンジする事にしました。で、先生と「どれを歌いましょうか?」と相談したわけです。

 「まず、今一番歌いたい曲は何ですか?」と尋ねられたので、トスティの『セレナータ/La Serenata』を歌いたいと即答しました。

 私はこの曲が大好きで、キング門下にいた時も、この曲を歌いたいと何度かキング先生に直訴した事はありますが、いつも軽く拒否されていた曲です。せっかく門下も変わったわけだし、ダメもとで言ってみたわけですが、先生は「じゃあ、ちょっと歌ってみましょうか?」と軽い感じで、さっそくレッスン開始です。

 つまり『…歌いたいと言い出した段階で、譜読みは終わっているよね…』って事らしいです。え? え? え? って感じです。

 先生、初見でセレナータの伴奏を弾き始めました。この曲の伴奏って、実は譜面が黒くて面倒くさいのですが、結構サラサラと弾いていました。「たまに間違えるけれど、気にせず歌ってください」とおっしゃってましたが、いやいや、なかなかピアノも名手ではないですか! そう言えば、仕事を演奏メインにシフトされる前は、声楽教室の傍ら、ピアノ教室もやられていたそうで…そりゃあ、ピアノも名手なはずですねえ。ちなみに、その前は、学校の先生もやられていたそうです。売れる前は学校の先生をやっていましたって言う歌手の方は大勢いらっしゃいますが、Y先生もそのタイプの方だったんですね。やはり、音楽の道に進むなら、生活の保険としての教員免許は、必須ですね。

 さて『セレナータ/La Serenata』をサラっと歌ってみたところ、注意されたのは、やはりお腹の支えです。「全部が無理でも、せめて出だしの音ぐらいはしっかり支えましょう」と言われました。それと、歌が小さくまとまっていて、とても残念だと言われました。もっと、声が出るはずだし、もっと歌えるはずだと言われました。

 私の歌に足りないのは“可動域”だとも言われました。腹筋の可動域、アゴの可動域、ノドの可動域…。あらゆるカラダの可動域が狭くて、それが原因で、とても歌が残念に聞こえるのだそうです。まずは、カラダを大きく動かして歌ってほしいと言われました。

 さらに、動かす方向にも問題があるようで、私の場合、あらゆるカラダの動きが下に向かって動いているそうなんです。でも、この下向きの動きは声楽ではNGなわけで、歌ではカラダはあらゆるベクトルに向かって、それぞれに固有の動きをしていかないといけないのだそうです。

 特に私の場合、残念なのは、アゴの動かし方だそうで、私はアゴを動かす時に、下アゴを下に開ける(アゴを落とすって感じです)というやり方をしているのですが、それはNGで、上アゴをメインに動かしてクチを上に向かって開く方がいいし、ノドにしても、奥を開けるのではなく、ノドの手前を下げるべきで、ノドの手前を下げれば、奥は勝手に開く(人間はそういう風に作られているのだそうです)ので、奥の事はあまり気にする必要はないと言われました。また、クチビルは腹話術師のように、残念なくらい小さな動きだったとも言われました…とにかく、次にこの曲を持ってくる時は、そういうふうに、カラダの各所を、あるべきベクトルに向けて、可動域を広く動かして歌う練習をしてくるように言われました。ん? って事は、この曲はOKってこと?

 「この歌を、こう歌いたいという思いがあるだろうけれど、今はそれを一度横において、とにかく、大きく大きく歌ってみてください。あなたが大きく歌ってくれれば、それを私が叩いて、良い形にしていきます」と言われました。つまり、お手本的な歌い方に、はめるのではなく、私の個性を生かした歌を、お客さんにお聞かせできるようなカタチに整えていきましょうというわけです。

 とにかく、カラダの可動域を広げるために、毎日しっかり柔軟体操をしなさいって言われました(汗)。「歌って、健康でないと歌えないので、歌手って、本来は健康なはずなんですよ」とニコニコされながらおっしゃってました。「ただ、周りの人にチヤホヤされやすいので、ついつい食べすぎてしまうんですよ(笑)」とも言ってました。歌手と肥満の問題は…根深そうです(笑)。
 
 
 一曲目はトスティの『セレナータ/La Serenata』で決まりです。で、二曲目は何にしましょうか? とおっしゃるので、これまたダメもとで「ベッリーニの『優雅な月よ/Vaga luna, che inargenti』を歌いたいです」と言ってみました。

 さすがに今度は、先生も即座に「低すぎて、あなたの声に合わないね」と言われました。つまり、Noって事です。

 そこで、恐る恐る取り出したのが、リコルディ社から出ている、高声用のベッリーニ歌曲集です。「この高声用の譜面で歌いたいんです」と言って、先生に楽譜を見てもらいました。先生はそれをザッとご覧になって「これならいいでしょう」と言われました。

 そこで私が「でもこの曲は歌曲ですし、作曲家の意図を尊重して、オリジナルの原調で歌った方がいいかなって思うのですが…」と言ったところ「歌曲は、歌手の声に合わせた調で歌うべきです」と即座に答えました(おぉ!)。

 さらに私の場合『優雅な月よ/Vaga luna, che inargenti』を原調のままで歌うなら、何の意味もない、とまで言われました。歌うなら高声用の譜面で歌わなければいけません、と言われました。

 ちなみに『優雅な月/Vaga luna, che inargenti』の原調はAb-durですが、高声用だとC-durです。つまり、高声用はオリジナルよりも、長三度高くなっているんです。私の場合、原調なら、本当に楽勝で歌えますが、高声用だと、数ヶ所、危険なところがあります。そこの部分で躊躇しているのですと言ったら「私が本番までに何とかします」と力強く答えてくれました。

 とにかく『優雅な月よ/Vaga luna, che inargenti』は、この高声用のバージョンで歌うことに決めました。万が一、本番当日までに高声用のバージョンで歌えなかった場合は、そこで楽に歌える原調のバージョンにして、調を下げて歌うのではなく、その時は、潔く、別の曲を歌う方が良いでしょうとなりました。

 その万が一の時の曲は…イタリア古典歌曲の『ニーナ/Nina』(もちろん高声用ね)です。この曲を保険にしておきます。なので、一応、万が一に備えて、自宅では『ニーナ』の練習もしておきます。この歌も、とても歌いたかった歌なんです。キング門下の時は、なかなか取り上げてもらえず、ようやくレッスンで取り上げてもらう約束をしていたのに…ケンカ別れをして、ついにキング先生からは習えなかった曲なんですね。なので、とりあえず、セルフレッスンをしておきます。

 さて、すでにこの段階で、レッスン時間を大きく越えていたので『優雅な月よ/Vaga luna, che inargenti』を歌うことはありませんでした。そこで「この曲も大きく歌って来た方が良いですか?」と尋ねたら「この曲は、まっすぐに歌ってきてください」と言われました。「とにかく、まっすぐにまっすぐに歌うのが、この曲の歌い方なんです。この曲は、コンクールなどでも歌われる曲なんだけれど、まっすぐに歌うのが実に難しい曲なので、ひたすら真っ直ぐを心掛けて歌ってきてください」と言われました。

 今回の選曲は、私の希望がすんなりと通ったカタチになりました。ちょっと気分がウキウキしています。でも、これはY先生の方針のようなんですよ。

 「歌は、歌いたい歌を歌うべきだと思ってます。強制されて、歌いたくない曲を歌っても、面白くないでしょ? 歌いたい歌だから、一生懸命練習するわけだし…だから、すとんさんも、自分で選曲した曲ですから、頑張って練習していきましょう」と言われました。なんか、今まで歌いたい歌をことごとく却下されてきた身としては、そんなツマラナイ事が、とてもうれしかったりします。練習、ガンバロっと。
 
 
 と言うわけで、10月に行われる地元ののクラシックコンサートでは、トスティの「セレナータ/La Serenata」とベッリーニの「優雅な月よ/Vaga luna, che inargenti」で出演する事にしました。まあ、ちょっとだけ背伸びをした選曲ですが、あと2カ月ちょっと、この二曲に真剣に取り組んで、今の時点で最高の歌唱をお聞かせしたいと思ってます。
 
 
蛇足 実は、Y先生門下は、8月のお盆の時期に発表会を行います。私たちは入門時期が遅かったので、そこには出演しません。さすがに、7月に入門して、8月の発表会出演ってのは…無いですよね(笑)。それにだいたい、すでにプログラムは完成して、関係各部署に配布済みだし(笑)。で、私もそのプログラムを見せていただいたのですが、なんか、キング門下の発表会とは、演奏される歌が全然違う…。これが門下の色って奴なのかも…。とにかく、私が知っている曲は、ソロにせよ、二重唱にせよ、ほとんどありません。これって、出演者が自分の好きな曲で出演しているのだとしたら…皆さん、相当、マニアだわ…。

 ちなみに、皆さん、そこそこ大きな曲を2曲ずつ歌うようです。これって、人数が少ないから出来るんですよね。

 出演者は14名(うち男性は5名)とこじんまりしている上に、この発表会って、三人の先生方の合同発表会なんですよ。つまり、お一人の先生が抱えてらっしゃる生徒さんって、せいぜい4~5名なんですね。皆さん、演奏仕事が主体で、教える方は力を入れてらっしゃらない先生方とは言え、発表会の規模が小さいですね。キング門下って、私が辞めた時でも、約30名ばかりいましたから、規模的には全然違うんだなあ…って思いました。

 あんまり違うんで、発表会を見に行くのが、今から楽しみです。

蛇足2 そうそう、レッスンの翌日は、朝、起きるのがとてもつらかったです。前日の声楽レッスンのハードさにカラダが相当参ったようです。支えの練習って、ほんと、つらいですし、本当にカラダを使って歌うと、檄ハードです。いかに今までが生ぬるい歌い方をしていたかって事ですが、それって、私自身に、まだまだ伸び代があるって事で、疲れて、かったるいけれど、ココロはハレバレとしています。だって、まだまだ上達する可能性がたくさんあるし、まだまだ学ぶべき事が山のようにあるって事ですから。

 キング先生には散々世話になったし、感謝もしているけれど、本当の本当に、先生を替えて良かった~と思ってます。これは負け惜しみとかではなく、本当にそう思います。たぶん、タイミング的にも、ちょうどよかったんじゃないかな? ああ、音楽の神様に感謝感謝です。

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2012年7月29日 (日)

節電ブームと原発反対ブームに感じる違和感[2012年7月第5週・通算25週]

体重:105.8kg[+1.2kg:+2.7kg]
体脂肪率:31.2%[+-0.0%:+0.3%]
BMI:33.4[+0.4:+1.0]
体脂肪質量:33.0kg[+0.3kg:+0.1kg]
腹囲:100.0cm[+0.5cm:+1.5cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 まずいなあ…夏は痩せるはずなのに、太っちまったよ。反省…はするけれど、具体的な行動は…何をどうすればいいのか? 今でも、緩やかとは言え、一応ダイエット・モードだし、ハードなダイエットは仕事の事を考えると出来ないし、ううむ、難しい。

 そうそう、医者には「コレステロール、多過ぎ!」と宣告されました(悩)。デブだし、中性脂肪の値も高いので、楽観視はできませんね。ええと、コレステロール値が高いと、動脈硬化になるんだっけ? でも、まあ高血圧じゃあないんだよねえ…。つまり、まだ血管は十分に柔らかいって事ですね。しかし、まあ、コレステロール値が多すぎるってのは、元気すぎるってわけで、やっぱりダイエットをして、少し身を削って、元気を削ぐと健康になれるんだよねえ…。分かっちゃいるけれど、なかなかできません。

 さて、今週のエッセイです。

 この夏は、日本中、どこでも、節電節電節電節電節電…でかまびすしいです。あんまり、かまびすしいので、違和感を感じますし、節電ばかりしていて、私たちの生活は貧しくならないか、不況は余計に進まないか、国は滅びないか…と余計な心配ばかりをしてしまいます。
 
 
 まず、昨年来、節電がやかましく言われるようになった原因は、もちろん福島での原発(原子力発電所)事故が原因で、そのために、日本中の原発が休止を余儀なくされ、稼働する発電所の数が減ったため、電気の供給量が減り、その結果、日本中で電気が足りなくなったからです。そして、電気代は値上げをするは、計画停電をやるぞと脅されるは…で節電ブームになったわけです。だいたい、国(民主党政権)が率先して、節電を奨励しているし…ねえ。

 安全は大切だし、原発は安全とは言い切れない存在である事は、私も理解しています。子孫に譲り渡せないほどに国土を汚す事は、本来、あってはならない事だし、日本人でありながら、先祖伝来の土地から追い出される人がいてはならないとも思ってます。だから、心情的には、原発再稼働に反対する人の気持ちも分からないではありません。

 でも、理性と感情は別物だよ。将来の安全確保はもちろん大切だけれど、なぜ今、我が身と私たちの子どもたちを危険にさらす必要があるの? と声を大にして言いたいです。 
 
 と言うのも、節電って、実は私たちの生活にとって、きわめて危険な行動だからです。

 分かりやすく、具体例を出して話をすれば…生産業に従事している方は、本当に節電を望んでいるのでしょうか?

 電気がなければ、現代の工場は稼働できません。電気がなければ、何も生産できません。節電のために工場の操業時間が減ってしまえば、生産量がガタ落ちです。生産量がガタ落ちし、製品の安定供給が保証できなくなれば、その工場と取引をしている企業は、その工場を切り捨て、同じものを安定して潤沢に供給できる別工場と新たに契約します。当たり前の話です。おそらく新たな契約先は、節電に苦しむ日本の工場ではなく、近隣アジア諸国の工場になるでしょう。こうして日本の生産業は縮小を余儀なくされます。持っていたシェアを海外工場に奪われていきます。

 生産業が縮小を余儀なくされれば、その業界で働く人々の賃金は下がりますし、さらに進めば、大勢の工場従業員が解雇されてしまいます。この不況下、解雇された大勢の人たちは、次の職を見つけることも容易ではありません。失業したまま生活保護を受ける人も増えるでしょう。これは国の財政を逼迫させる事になります。頑張って再就職を果たした人も、前職ほどの収入はまず見込めません。馴れない新しい仕事に低賃金で従事せざるをえません。

 また、解雇された人のうち、技術者や職人さんたちは、国内での再就職は難しいでしょうが、贅沢を言わなければ、近隣アジア諸国で“技術指導”という名目で働く事は可能でしょう。実際、多くの技術者たちが、日本を捨て、近隣アジア諸国における“技術指導”で頑張っています。こうやって、技術者たちが海外に流出する事で、日本国内での研究開発はストップし、蓄積してきた技術やノウハウが、あっと言う間に海外に流失し、我々の手元から消えてしまうのです。これは、技術立国である日本にとって、どれほどのダメージになるか、想像を絶するものがあります。

 生産業に従事する工場従業員さんたちの賃金が下がったり、相当数の人々が解雇され失業者となったとすると、当然の話ですが、彼らは日々の買い物を減らし、無駄遣いをしなくなり、贅沢品を購入しなくなるでしょう。身近なところでは、スーパーを始めとする小売業は売り上げを落とすでしょう。ピアノの先生は生徒が減るでしょう、美容院もお客さんのリピート数が激減するでしょう、外食産業は軒並み客足が遠ざかるでしょう、娯楽産業は一気にダメになってしまうでしょう。生産業に従事していた人が多く住んでいる町ほど、その町全体の経済活動が不活発になり、更に不況の風が強まる事でしょう。つまり、町全体が“共倒れ状態”になっていきます。やがて“共倒れ状態”が、町全体ではとどまらず、地域全体となり、地方全域に広がり、日本国そのものの根幹を揺るがすようになります。

 人々の経済活動が不活発になり、賃金が安くなれば、当然、税収も減ります。税収が減ると…国や地方公共団体の活動に色々と支障が出ますが、例えば、災害復興が遅れます。あるいは復興させずに放置されます。

 別にこれは、先の東日本大震災の東北地方の事だけを言っているのではありません。ここ数年来、我が国を天変地異が頻繁に襲っています。地震津波だけでなく、洪水や竜巻も襲ってます。近い将来、猛暑や崖崩れ、水難事故、大規模事故災害やテロによる大災害だって、起こらないとは言い切れません。それらの災害事故が起きた場合、その救出活動や復興支援などに十分な予算が供給されなければ、被災者はいつまでたって被災者のままです。次の人生に進む事ができません。

 まあ、以上の話は、節電の影響の、ほんの一部分でしかありません。
 
 
 節約は、家計簿の世界では、有効な手段と言えなくもないです。具体的に言えば、毎月一定額の賃金で生活をしているサラリーマン家庭ならば、経済的な危機をやりすごすために、節約をして、無駄な支出を押さえる事は大切でしょう。これは、お給料というパイの大きさが決まっているならば、決まっている中で、パイを切り分けるバランスを変えて、苦境を乗り切ろうというわけです。

 でも、日本経済そのものは、家計簿の世界とは全く別の経済力学で動いています。日本の経済規模は、決して決められた大きさのパイなどではありません。努力次第で、その大きさを大きくもできれば、小さくもできるわけです。

 今まで日本の経済界は、私たち日本人が、それこそ身を粉にして働き、会社を大きくし、自分たちの生活を豊かにし、日本という国を繁栄させてきました。なぜなら、より多く働き、より多く生産したり取引する事で、パイの大きさを大きくする事が可能だったからです。ザックリいえば、一生懸命働いて、たくさんのお金を稼いで、それでみんなで豊かに暮らしてきた…のが日本社会なんです。つまり、働けば働くほど、豊かになれる社会が日本だったのです。

 しかし、私が節電に違和感を感じる理由の一つに、節電が『働きたいのに、電気が無いので、働けない』という状況を作り出している事です。つまり、節電が日本経済に対して、急ブレーキになってやしないかと感じているからです。

 我々が働かなければ、我々は豊かになれません。それどころか、今持っているものをドンドン失い、やがては確実に貧しくなっていきます。つまり、経済のパイが小さくなってしまうわけです。

 節電政策を押し進める事は、我が国日本の弱体化を押し進め、ひいては、我々の子ども達に弱くて貧しくて惨めな日本を引き渡す事になるわけです。日本が弱体化して喜ぶのは誰か? 少なくとも、私たちの子ども達ではありません。

 国(民主党政権)がするべき事は、節電を国民に奨励し、各企業に節電を厳命する事でなく、電力会社に豊富に発電をさせ、電気料金を下げさせ、私たちの経済活動を活発にする事が最優先事項なのではないかと思うのです。『節電させるよりも、景気回復をしろ!』です。なのに、彼らがやっている事って、本当に必要な事とは真逆なんですよ。そこに私は違和感を感じます。

 国(民主党政権)は、日本と日本国民とその生活を滅ぼそうとしているのでしょうか? たかが電気の話ですが、されど電気の話です。“電気は産業のコメ”でしょ。そのコメを減らし、我々を兵糧攻めにしているのが、国(民主党政権)なんですよ。絶対におかしいでしょ。
 
 
 さて、私は、節電奨励とともに、実は原発反対運動にも違和感を感じています。

 確かに原発は安全ではありません。いずれは全廃する事を視野に入れて活動するべきでしょう。しかし、原発の危険性と必要性を天秤にかけた場合、今すぐすべての原発を廃止にするのは、現実的ではないと思います。電気は十分に供給される事が急務だし、電気料金は値上げではなく値下げをするべきだからです。それらを実行するために原発が必要なら、当面、原発再稼働もやむを得ない事だと思います。

 極端な話をします。安全でないものは、たとえ我々の生活にとって必要だとしても、すべて排除すべきモノならば、原発よりも先に、家庭で所有している乗用車を排除すべきです。少なくとも、原発事故で亡くなった人よりも、毎年、交通事故によってケタ違いに大勢の死者を出しているのが乗用車だし、原発よりも遥かに多くのCO2を排出して、地球温暖化に拍車をかけているのも乗用車だからです。乗用車ほど、我々日本人に害をなすモノはなく、原発も危ないけれど、危なさ加減から言ったら、乗用車の方がもっと危ないわけです。原発が危ないから今すぐ廃止すべきだと主張するならば、そのクチで乗用車も今すぐ廃止すべきだと訴えるべきです。

 乗用車を今すぐ廃止…なんてムチャな話でしょ。実際、ムチャな話です。乗用車は確かに危険な乗り物かもしれないけれど、現代社会にとって、残念ながら、必要不可欠な交通機関なのです。そして、原発を今すぐ全廃させるのだって、実は同様にムチャな話なんです。我々の生活に必要にして十分な量の電力を供給するには、残念ながら、原発が必要なんです。

 でも、道理を引っ込めてムチャを押し通して、節電を是とし、原発全廃の道を突き進むなら、現在の利便性と豊かさを失い、私たちの生活のカタチが壊れてしまいます。生活のカタチが変われば、貧困が生まれ、社会不安が生じ、そのスキに近隣諸国が攻めてきて、戦争が起きます。みんな、あぼ~んです。現時点で原発に反対する事は、確実に電力不足を招き、その結果、社会不安が引き起こされ、冗談抜きで戦争と地続きなのですが、そこまで考えた上で原発反対運動をなされていらっしゃるのでしょうか?

 私も原発再稼働には反対したいですが、そのために国力を弱め、国を荒廃させ、人々の生活を貧しくする…そんな国を子どもたちに譲り渡すわけにはいかないでしょ。少なくとも、私たちが暮らした日本よりも、もっと豊かで、もっと暮らしやすい日本にするべきです。その上で、それを子どもたちに譲り渡さないといけないし、それするのがオトナの責任だと思います。

 ならば、今やるべき事は、原発反対運動ではないと思います。安定した電力を潤沢に供給する事を求めるべきだし、電気料金の値下げを求めていくべきです。そして、一刻も早く、この不況から脱し、国力を強め、豊かで安心して暮らせる国を作り、その上で、原発を順次減らして火力発電を増やし、いずれ原発が全廃になるように求めていくべきじゃないかな。

 それとも、たとえ国を弱め、子どもたちを不幸にしても、原発再稼働を阻止するべきでしょう? そんな事をして、得をするのは、日本人ではありません。一体、原発反対運動をしている人は、誰のために、デモをしているのでしょうか? 私は、それを知りたいです。
 
 
 さて、こういう言説を述べると、決まって「都会の人間のために、地元の人間が犠牲になっていいのか! 電気を作るために原発を再稼働して、万が一、原発が再び事故を起こせば、地元の人間が被害を受けるんだぞ!」という反論が返ってきます。この反論は、かなりの極論であるけれど、それでも一部の理がある事は認めます。都会側の人間として、若干の罪悪感を感じないと言えば、嘘になります。

 でもね、だからと言って、原発を止めたままにすれば、電気が足りなくて、都会の人間が困るけれど、それ以外にも、その地元で原発関係事業に従事している多くの人と家庭だって、困るでしょ? だって、原発が止まっている間は仕事が無いんだもの。だいたい、ロクな産業が無いから、原発を誘致したんでしょ? だから原発って、その地元での、大切で大きな事業であって、町の中心産業だったりするわけです。そういう地元は、人々の生活も経済も原発を中心に動いていたりするわけで、もし、本当の本当に原発を廃止したら、彼らがみんな失業してしまうよ。原発が止まったままでは、彼らの生活も止まっちゃうわけだし、町や地域社会そのものが、壊れてしまう可能性だってあるわけです。

 原発を止めるのって、一体、誰得な話なんでしょうか? 都会の人間も、地元の人間も、損得の話で考えれば、原発を止めれば、みんな損をします。誰も得をしません。

 「損得じゃないんだ、安全が最優先なんだ」と言う人もいるでしょうが、原発止めても、原発の危険性って、すぐに無くなるものじゃないでしょ? 電気を作らなくても、放射性物質が無くなるわけじゃないよ。運転停止をしても、発電所を安全に解体できるようになるまでには、ざっと20年近い年月が必要らしいよ。現に、1998年に運転を停止した東海発電所(もち、原発)の解体開始予定は2014年って事で、それくらい、原発を安全に解体するには、時間と手間がかかるわけよ。つまり、原発って、止めたからと言って、すぐには安全にはならないって事なんだね。

 原発は、動かしても止めても、危険性に変わりがないのなら、やはり、電気生産量が逼迫している現在、危険性に十分注意を払い、安全を確保しながら、ドンドン発電すべきじゃないかな? その一方で、廃止する原発に代わる新たな発電所を建設しながら、順次、原発を廃止していくのが賢いやり方だと、私は考えます。

 ま、いずれは原発を廃止するにせよ、今すぐに廃止では、急すぎます。都会の人間だって困るし、地元の人々の生活や産業構造だって壊れちゃいます。日本中、誰も得をしません。きちんと手順を踏んで、次の事を考えながら廃止しないと、いけないだろうと思いますよ。とにかく、ソフトランディングでいかないと…
 
 
 重ねて書きますが、原発はいずれ全廃するべきでしょう。でも、それは、今日明日の問題ではありません。まずは、電力を潤沢に供給する事と、電気料金を値下げする事を、電力会社に求めていくのが、先でしょ。そこの順番を間違え、判断を誤ってしまうと、子どもたちに申し訳がたたない…と思います。

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2012年7月28日 (土)

金魚は目が良い

 …らしいんですよ。あの子たちは、水槽の中から、人間の世界をよく見ているみたいなんです。一体、どれくらい見えているんでしょうね。

 我が家の金魚水槽は居間に置いてありますが、居間に人が入ってくるのは、分かるようです。もちろん、雰囲気とか音とか振動とかを感じて気付くのかもしれませんが、人のいる方向に寄ってきますから、人がどの方向にいるのかは、見えているみたいです。

 なぜ寄ってくるのか…それはエサをねだっているからですね。池のほとりを歩いていると、鯉が寄ってくるのと、同じメカニズムです。人の姿を見ては「エサ、ちょうだい!」って感じで寄ってくるんです。

 なので、人がエサの袋を手にとるのが見えると、そりゃあもう、飼い主が散歩ヒモを持ったのを見たワンコのように、狂喜乱舞いたします(爆)。普段は静かな水槽が、ビチャビチャ物音をたてまくりますからね。まだエサを入れていないのに、すでに押し合いへし合い状態になります。

 少なくとも、ウチの金魚は、人の姿とエサ袋は視認しているようです。

 その証拠に、金魚たちが反応するのは、私と妻の姿だけです。息子の姿を見ても、騒ぎません。なぜなら、息子は金魚にエサをあげないからです。「エサをくれない人間には、興味も感心もございませんわ!」って事なんでしょうね。ああ、現金な金魚たち(爆)。

 今の子たちは、そうでもありませんが、以前飼ってた子の中には、たまにテレビが好きな金魚もいて、好きな番組になると、テレビの側に寄ってきて、じっとテレビを見ている素振りを示す子も、昔はいましたよ。あれを見ていると、金魚は目もいいんだろうけれど、耳(なんてあるのかな?)もいいんだろうなあ…って思います。

 ちなみに、ブニョは「題名のない音楽会」が好きでした。

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2012年7月27日 (金)

タンゴはQが一拍なんだね

 ダンスのレッスンでした。

 なにしろ、妻先生は教室を持っていないので、レッスン場所は常に“流浪の旅人”な私たちです。今回のレッスン場所は、普段はバレエの皆さんが使っている場所で、壁一面が鏡張りで、バーもあって、床もクッションが効いていて、音響もバツグンで、いい感じの部屋だったんです。ただ、床がほとんど滑らない事と、部屋自体がやけに細長い(まるでステージの上みたいなカタチをしています)という点を除けば…ね。ま、仕方ないです。

 最初はウォーミング・アップ代わりのジルバです。「ツマラナイ、ツマラナイ…」とぼやく前に、気持ちをアゲアゲにして踊ってみようと思いましたが…どうにも、リズムにのれません。もっと、リズムにのれると楽しいんだろうなあ…。

 さて今回は、前回踊れなかったワルツから始めてみました。で、問題は、レッスン会場の形なんですね。この細長い部屋は、 細“長い”のは良いんです、長い分にはね。問題は“細”長い方、つまり“細い”というよりも狭いんですよね、短辺が極端に。なので、真っ直ぐに踊って行って、90度曲がると、すぐに行き止まりなんです。いつものアマルガメーションでは、まず踊れません。

 あんまり幅が無いから「今日は、スタンダードは止めて、ラテンだけ練習しようか?」と私が提案したところ「これくらいの広さ(“狭さ”でしょ?)で営業しているダンス教室なんて、日本中にヤマのようにたくさんあるよ。だから、文句言わない。何事も臨機応変に対応していく事」だってサ。

 とにかく、ワルツを踊ってみました。いつものアマルガメーションも、予備足~ナチュラル・スピン・ターン~リバース・ターン~シャッセ・フロム・P.P.~ウィスク(以上、長辺用)、というところまではOK。問題は、その後、いつもはナチュラル・スピン・ターンを入れて、L.O.D.の方向を90度変えて、シャッセ・フロム・P.P.~ウィスク(以上、短辺用)とつないでいくのですが、それでは当然壁にぶつかってしまうので、今回はナチュラル・スピン・ターンへつないだら、リバース・ターンへつなぎ、そこで、チェック・バックをはさんで、またナチュラル・スピン・ターンへつないで、リバース・ターン~シャッセ・フロム・P.P.~ウィスク、というアマルガメーションで行きました。つまり、細長い部屋の長辺は、ナチュラル・スピン・ターンからナチュラル・スピン・ターンまでは、いつもどおり踊り、短辺は、ナチュラル・スピン・ターンからナチュラル・スピン・ターンまでの間をリバース・ターンとチェック・バックでつなぐという事にしたわけです(つまり、超短辺用アマルガメーションって奴です)。

 工夫ですよ、工夫。何事も工夫です。狭い部屋なら、狭い部屋なりに踊るわけです。

 なんてカッコいいこと書きましたが、実際の私は、頭が固いですから、この超短辺への対応がうまくいかなくて、ここで散々苦労してしまいました。ああ、ほんと、年を取ると、頭もカラダも柔軟性が無くなって、困ります(涙)。

 そうやって、この細長い部屋をどうにか一周できるようにしました(30分以上かかりました:涙)ので、次は、オーバーターンド・ターニング・ロックの練習をしようと思ったら、妻先生からストップがかかりました。今回の部屋は床がほとんど滑らないので、この状況で、オーバーターンド・ターニング・ロックの練習をすると、怪我をしそうだから止めましょうって事です。ああ、残念だな。

 で、タンゴです。タンゴは…ウォークが難しいです。それも、まず最初の第一歩が難しいです。この第一歩がちゃんと踏み出せなくて、こればかり練習してしまいました。

 まず、第一歩を踏み出すための予備動作がうまくできません。気持ちは左側に行きたいから、カラダは左に向かうのだけれど、足は直進していくんです。なんか、カラダと足がネジネジなんですよ。これが難しい。このネジネジのエネルギーを予備動作で右足に溜めるんだけど、なんかうまくいかないんです。で、エネルギーの溜まった右足をバネにして、1の足(左足)を出すんだけれど、これが難しい。動く時は腰から動くわけで、決して上体を相手にかぶせないのです。そして、1の足が着地した瞬間に、すでに2の足は、その1の足のすぐ横に来ていないといけないのです。そこから、2の足を前に踏み出すのです。ああ、難しい。ちなみに、ここまでSSです。

 タンゴのリズムは二拍子ですが、ダンスのカウントは『SSQQ』または『SQQS』です。どう考えても、カウントは三拍子じゃないの? 奇怪しいでしょ? それを妻先生に尋ねたら「Sは2拍、Qは1拍だよ」との答え、つまりタンゴの『SSQQ』または『SQQS』ってカウントは、これだけで、すでに三小節も使っているわけなんです。あれ~、『SSQQ』で一小節じゃないの? ああ、なんか、タンゴって難しいわ~。

 なんだかんだ言って、このウォークだけで、小一時間も練習してしまいました。

 こんな事ばかりやっているうちに、すでに2時間が経過していました。妻先生はルンバをやりたくなったようなので、仕方なしにルンバにしました。

 実は私はまだ、体力的にはOKだったし、タンゴのウォークにも納得していなかったので、まだまだタンゴの練習がしたかったのですが…今回は妻先生がケツカッチンだったので、そろそろレッスンを終えないといけなかったので、やむなしです。

 すでに残り時間的には、あと10分前後しか許されなかったので「忘れない程度に踊ってみましょう」という事になりました。踊ってみると、色々と忘れているし、納得のいかない事が出てきます。

 前回、確認した、ウォークはまだまだ納得していませんし、アレマーナ? よく分かっていません。ニューヨークもハンド・トゥ・ハンドも???です。思い出すために踊るわけですが、思い出すと同時に納得いかない点もたくさん湧いてきます。困ったものです。

 結局、2時間半、真剣に踊りましたが、今回はまだまだやれます。どうも、タンゴの練習量で疲労度が変わるみたいです。なにしろ、今回はタンゴをまともに踊っていないからなあ…。

 帰り道に、マリエリカ(公式HPはこちら、だけど、いきなり音が出るので要注意ね)の路上ライブに出くわしました。私は彼女たちのライブを見るのは始めてだったけれど、よかったよ。何よりもヴィオラと言う楽器の可能性を見直しましたよ。ヴィオラ、いいねえ~。ソロ楽器としても、なかなかのモンじゃない。ヴァイオリンは音域が高いので、どうしても耳に突き刺さる部分がある(そこが良いのです)けれど、ヴィオラは音色が優しくて、聞いている人をつつみ込むような魅力があります。どうやら、セカンドアルバムのプロモーションのために、路上ライブをやっていたようです。こういう若い地元のミュージシャンたちには、頑張ってほしいなあ。ちなみに、彼女たちの曲は、iTunesなどでも配信されているようです。

 YouTUBEにも演奏が転がっていたので、貼っておきます。

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2012年7月26日 (木)

ネクタイなんだし、縦笛なんだよ

 フルートのレッスンに行ってきたよ。

 今回は久しぶりに姉様がいらっしゃったので、三人でロングトーン練習をしました。ピッチの狂いはさほど無く、音が揺れたり濁ったりする事は、あまり(笑)ありませんでした。まあ、つまり、今まで三人でロングトーンをやって、音が揺れたり濁ったりしていたのは、すべて“私の未熟さの故”って事だったわけですね、激しく同意(涙)。しかし、三人もいると、いくらピッチが揃っていても『まるで一本のフルートしか鳴っていないみたい…』なんて事にはなりません。なんか“合奏フルート”っぽい、ちょいと分厚めの音になります。これは、基音部分のピッチは合っていても、倍音の成分が異なる(つまり音色が違う)ので、こうなるんだろうと思います。先生がムラマツのゴールドで、姉様がムラマツのシルバー、私がアルタスのシルバーだから、みんな音色が違うんだよね。そう考えると“音を合わせる”ってだけでも、結構面白いものですね。

 で、アルテ15課4章です。今回は最初っから気合を入れていたので『Es-durのロングトーン』はサラっと通りすぎ、懸案の4番『Es-durのスケールとアルペジオ』をやったわけだけれど、今回もこいつは不合格。うーん、どうにも難しい。

 まず、第三オクターブが練習不足のせいか、よくミスる。そして、高音Bの運指を、なぜか間違えちゃう。押さえなくていい、左中指でキーを押さえちゃうのよ、無意識に(ダメじゃん)。おまけに、ブレスが足りないこともしばしばあるし…。どうにも、苦手だ。次まで、頑張って練習してこよう。

 6番『c-mollのフレーズ』と7番『c-mollの音階練習』は、あっさり合格。しかし8番『c-mollのスケールとアルペジオ』は不合格。だいたい出来ていたのだけれど、低音Esと低音Cが続く時は、右小指をレバーの上で滑らせて移動すると言うのが出来てなかったので、不合格になりました。いやあ、私はEsレバーとCレバーは普通に“離して押して”でやってましたが“押したまま横滑り”とは驚いたね。即座に対応できませんでした。次回までにはなんとかしてきます。

 ミニヨン・エチュードの14番は…まあ、不合格でした。想定の範囲内の出来事です。

 まず「うるさい!」と言われました。オーバーブローだと言うのです。いつも注意されますが、特に出だしが高音だと、ついついしっかり出そうと思って、オーバーブロー気味になる傾向があります。反省です。先生からは「ゆっくりでもいいから、優しく、一つ一つの音を自分の耳で聞きながら、吹いてきてください」と念を押されました。おそらく「自分の音を自分の耳で聞きながら…」という部分がポイントなんでしょうね。

 スラーはだいぶできるようになってきましたが、それでも、まだちょっと不十分な箇所があるので、そこは注意してスラーにしてくること。

 最後の十六分音符のところは、どこが普通のタンギングで、どこがスラーなのか、しっかり区別して吹くこと。

 最後の五小節のリズムが間違っていました。どうやら私は倍速でカウントしていたみたいですが、早すぎます。しっかり八分音符や四分音符の長さを保って演奏しないといけません。頑張りましょう。
 
 
 「フルートは、オーケストラのネクタイみたいなものだから…」と先生がおっしゃいました。「ネクタイだから、決して主役じゃないし、ネクタイが無くても、OKなファッションもあるけれど、それでもネクタイがセンス良いと、全体が良い感じにみえるでしょ?」 うん、何となく分かります。フルートって、味のある脇役俳優みたいなものかな。

 「バッハの時代のフルートは、今の縦笛なんだよね…」と先生が言いだしました。

 「だから、バッハの曲を演奏しようと思うと、今のフルートでは出せない音があったりして、それはそれはおもしろいよ」 

 「それはバッハの時代の音楽に共通する事ですか?」

 「そう、バロックは、たいていそうだよ。だから、バッハだけでなく、ヴィヴァルディやテレマンなんかもそうです。あの時代のフルートは、基本的に縦笛の事を指します。いわゆる“フルート”を指定する時は、わざわざ横笛(フラウト・トラヴェルソ)と指定しないといけなかったんですよ」

 「それでは、フルートと言えば横笛の事を差すようになったのは、いつぐらいですか? モーツァルトの頃でしょうか?」

 「あの時代は、過渡期だし、フルート曲はほとんど無いからね。フルートと言えば、確実に、横笛の事になったのは、オーケストラが力を持ってくるようになってからですね。だから、ベートーヴェンの時代あたりから、フルートと言えば、間違いなく横笛を指す様になりました」

 いい勉強になりました。

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2012年7月25日 (水)

高音が出ないだけで、私はハイ・バリトンじゃなくてテノールだよ

 声楽のレッスン報告の続きです。とにかく、まだ習い始めだと言う事と、レッスン自体が濃い目のレッスンという事もあって、たった1回のレッスンですが、ブログでは何回にも分けてアップしないといけないくらいの内容があるんです。とにかく、やたらとたくさん習ってきました。

 さて、私の声は、ナチュラル・ボーンなテノールですが、私自身は高音に不足のあるテノールです。声質はテノールなのに、テノールに必要な高音が全然出ません。なので、よく、ハイバリ(ハイ・バリトン。高い声を得意とするバリトン)に間違えられるし、キング先生からはハイバリ転向を薦められた私ですが、Y先生に言わせると、私は「色々と残念なテノール」というジャンルに入るそうです。

 そう言えば、数年前、某合唱団の入団オーディションを受けた時、「声はテノールだけれど、高音が足りないんだよねえ…。残念だけれど、しばらくバリトンをやってみるかい?」と言われて、断った事があります(汗)。ああ、私は昔から「色々と残念なテノール」だったんですね(涙)。

 Y先生がおっしゃるには、声がテノールなんだから、高音は楽に出るはずで、それが出ないのは、単純に、今までの練習の仕方が悪かったからだ…という事らしいです。つまり、トレーニング方法が悪かったので、当然出来るはずの事が出来ていないだけ…って事のようです。

 分かりやすく、重量挙げを例にして考えてみましょう。

 ここに、大会に向けて、100Kgのバーベルを持ち上げないといけない重量挙げの選手がいたとします。彼は大会に向けて、毎日のトレーニングで、今はまだ持ち上がらない100Kgのバーベルに、連日、根性で挑みつづけるという練習をしていました。もちろん、持ち上げられない重さですから、練習では、ちっとも持ち上がりません。それでも、大会では100Kgのバーベルを持ち上げないといけないので、その持ち上げられないバーベルを何とか上げようと、ひたすら、100Kgのバーベル相手に、孤軍奮闘するような練習をしてきた…私の声楽の練習って、そんな感じだったのではないかって言われました。

 そういう練習方法で、大会までに100Kgのバーベルが持ち上げられるようになるかと言うと、持ち上げられるようになるかもしれないし、持ち上げられないままかもしれないし、結果として持ち上げられるようになったとしても、とても時間がかかって大会には間に合わないかもしれないし、第一、カラダへの負担も大きいので、下手をすると、トレーニングでカラダを壊してしまう恐れだってある…という練習だというわけです。

 すでに100Kgを持ち上げられる選手が余裕で100Kgを持ち上げるためのトレーニングなら、毎日100Kgのバーベルに挑戦するのは、意味のある事だけれど、今現在その100Kgのバーベルが持ち上がらないわけだから、いきなり100Kgのバーベルで練習する事に、どれだけの意味があるのだろうかって話です。

 その選手が現在、確実に持ち上げられるバーベルが50Kgならば、まずは50Kgのバーベルを使って、重量挙げに必要なカラダの使い方や、バーベルを持ち上げるテクニックの確認をしながら、少しずつバーベルの重さを増やしていけば、やがて100Kgのバーベルもすんなり持ち上がるようになる…かもしれないわけで、根性で練習するのではなく、合理的に段階を踏みながら練習していく事が、一見、遠回りに見えて、案外、目標に早く到着する可能性の高い練習方法…ってわけです。

 つまり、高音の練習も、やみくもに高い音がある曲にチャンレンジして、撃沈を繰り返すのではなく、しっかりとカラダの使い方や発声方法を確認点検して、高音が出せるカラダを作ってから、高い音に挑むなら、自然に高音は出る様になるものなんだそうです。そのために、今は、基礎の基本から、一つ一つテクニックを確認していっているわけです。

 ちなみに、妻は、カラダの使い方を確認したら、Hi-Fが楽に出てました、それもロングトーンでね。この発声方法を知っていれば、ガラコンサートのクリスティーヌ(最高音はHi-Es)で苦労する事は無かったのに…とブチブチ言ってました(笑)。それほど、カラダの使い方一つで、音域って、パッカーーンと広がるんだねえ…。ま、私は妻ほど器用ではありませんので、なかなか言われたとおりにできないので、音域も簡単に広がらず、苦労しておりますが…。

 とにかく、私の場合、何事も力任せだし、カラダがあっちこっち固まっているし、動きが止まっているし、発声方法自体に誤りがたくさんあるんだそうです。
 
 
 「人間は止まったら死ぬからね…。とにかく動き続けなければダメです」

 Y先生がおっしゃるには、人間は動物の一種ですから、立ち止まるよりも動き回る方が楽なんだそうです。確かに、三時間棒立ちのままなんて無理だけれど、三時間歩き回るなら、何とかなるものでしょ? それは、歌でもそうで、カラダを固まって止めた状態で歌うなら、歌はとてもシンドイし、ツラいし、痛いのだそうです。私が今まで、声を出すたびに苦痛を感じていたのは、カラダを固めて、声を止めた状態で歌っていたからなんです。常にカラダは動いている事が肝心だし、それによって、声にも推進力が生まれてくるのです。とにかく、カラダを止めずに、楽に楽に歌って、最大限の効果を得ることがポイントなんですよ。
 
 
 また、お腹の支えは、きちんと電話をかけて(笑)、声を出すよりも先に開始していないといけません。支えと発声が同時では意味がないのです。と言うのも、事前に支えがある事で、声を出す前に、息が体内で一度圧縮される事がミソなんだそうです。その一度息が圧縮されて生まれたエネルギーが、声のエネルギーになるわけです。

 しかし、だからと言って、その圧縮されたエネルギーを一度に放出するのではなく、それを維持しながら、ゆっくりとフワ~と発声していく事も大切なんです。

 と言うわけで「声の出し始めは、ダンゴではなく、ロケットでよろしく」と言われました。

 この“声の出し始めがダンゴ”なのは、私だけでなく妻も言われてました。ダンゴと言うのは、声の出し始めに勢いがありすぎる…って事で、そんな出し方をしてしまうと、先が無いんだそうです。一方、ロケットと言うのは、息交じりの声から始めて、あたかもクレシェンドのような感じで声を出すやり方です。そういうやり方で声を出さないと、声に未来がないわけで、ここはロケットでスパーンと声を出さないといけません(つまり、声の出し始めの形が、ダンゴとロケットの二種類あって、ロケットの方が正しいわけで…ほぼオカルトですね:笑)。

 で『ロケット』でスパーンと声を出すためには、作為的な事をしてはいけないわけで、具体的なイメージで言えば『話し声のような出だしの発声で歌うこと』なんです。話し声のように声を出すと『ロケットでスパーン』ってなるわけで、つまり、何かの作為を加えた作り声での発声は、NGなんです。自然な話し声のような声で歌う事が、まずは大切なんです。声なんて、自然に楽に発声しないと続かないわけですから、最初に自然に楽に発声をする事を覚えるわけですが、これが実に難しいのです。この自然の声に、自然な響きを付加すると、きちんとした歌声になるわけなんです。

 とにかく、理想の声があって、そこに近づけていくのではなく、今持っている自分の声を正しく楽に発声する事で、立派な歌声を作り上げるという戦略なんですね。ああ、色々と目からウロコでございます。

 しかし、発声練習って、声出しでは無いんですね。今まで、合唱団にいた頃もそうだったし、キング先生のところでもそうだったけれど、発声練習って、声出しの延長線上にあったものだったけれど、ここでは声出しどころか、本当に1音1音の発声をチェックされ、指導され、注意され、修正されます。この発声練習だけで、ほんと、あっと言うまに1時間がすぎてしまうんです。ああ、中味が濃い。

 この後、曲のレッスンに入ったのですが、またまた長くなったので、その話は、また後日(たぶん来週)アップします。

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2012年7月24日 (火)

ロータリーエンジンで歌おう!

 声楽のレッスンに行きました。一応、前回のレッスンは体験レッスンだったので、今回がY門下としての初レッスンになります。

 で、レッスンですが、ただ今、私の声楽レベルは「1」でございまして、基礎の基本からやり直し…って事になりました。夫婦ともども、ほぼ初心者レベルのレッスンからのやり直しです。なにしろ、基礎の基本が色々と抜けているんだから、初心者レベルに戻っちゃうのは、しゃーないじゃないっすか! でも、そうやって、足りない部分を補ってもらえるのは、感謝でもあります。

 まず、今回やった事……立ち方(笑)。いやあ~、ここからやり直しとは『お天道様でも気がつくめ~!』って感じです(笑涙)。

 利き足を軸足にして足を前後に置いて歌うのは…禁止(笑)。前回「すとんさんは、歌う時には、こういう姿勢でないといけない、という思い込みがあるようですね」と言われたのですが、まずはその思い込みを消して、今までの“歌う姿勢”を壊すところからレッスンは始まりました。

 歌う姿勢は、なるべくニュートラルな姿勢にして歌う事になりました。つまり、何か“歌う姿勢”というのがあるのではなく、ごくごく自然な形で、ボーっと立って歌う、だけです。もっともその“ごくごく自然な形で”歌うのは、意識すると難しいのですが…。でも、練習では、そういうニュートラルな姿勢で練習しておけば、本番の時に、いかなる態勢でも歌える…って寸法なんです。ですから“歌う姿勢”と言うのが決まっていると、その姿勢でないと歌えなくなってしまって、色々と都合が悪いので、なるべくニュートラルな姿勢で歌うように癖付けておくわけです。

 とりあえずニュートラルってわけですから「足は自然な感じで横に開いて、体重は均等にかけてください」ってわけです。『小細工はいらないぜ!』って感じですね。考えてみれば、足は骨盤の横に接続しているわけで、そこから素直に下に伸ばせば、足は肩幅程度に横に開いているのが、骨格的に自然なので、まあそんな感じでいいんでしょうね。

 あとは、あっちこっちに力が入っているので、それらを抜いて、とにかくもっと“不真面目”で“いい加減な態度”な感じの方が良いのだそうです。もちろん、程度の問題はあるんでしょうが『声楽だから、クラシック音楽だから、お勉強します』というモードではなく、『さあ、楽しく歌いましょうよ~』って事です。…その方が、声もよく出るそうです。
 
 
 で、次は“お腹の支え”の確認ですね。前回やったのは、いわば“モード1”でございまして、今回はそれに“モード2”の練習が加わりました。

 まずは“モード1”の確認から。お腹を引いて上げると…背中がツリます(涙)。私はお腹を引くのは、まあまあなんだけれど(これはキング先生のところで散々やったからね)、そこから上に引き上げる力が全然弱いのです。…だってやったことないから、筋肉がそれっぽい動きができないのよ(涙)。とにかく「引いたら上げる」を一回一回丁寧にやります。うまくできると、胸がボコって広がるんですが、なかなか広がりません。ダメだな。

 とにかく、この引き上げる筋肉が弱くて鈍い上に、機敏に動かす事も出来ず、ああダメなのね~。さらに言うと、この引き上げる筋肉の力で声が出るのが理想(つまり、これが声のエンジンになるわけ)なんだけれど、私はここを使わずに声を出している(って、どこに声のエンジンがあるんだろ?)ので、すごくモッタイナイのだそうです。

 なので、このあたりの筋肉を鍛える筋トレの宿題が出ました。名付けて“蒸気機関車”でございます。

 蒸気機関車の『シュッシュッポッボッ』の『シュッシュッ』をやってくるのです。それも最初は小さな声で『シュッシュッ』でも良いけれど、最終的には、とても大きな声で『シューーーー、シューーー』と出来る様にします。もちろん、腹筋を“引いて上げて”の『シュッシュッ』です。やり方は、全身脱力状態にして、お腹を胸の中にグイっと入れて、その息の圧力だけで「シュッ」って言うわけです。つまり、腹筋を鍛えながら、お腹と声の連結を図れるという、一石二鳥な練習です。

 キング先生の頃でも『犬の呼吸』と言うのをやりました。一見似てますか、腹筋の使い方が全然違うので、全くの別物です。だいたい『犬の呼吸』はノドが極端に乾くし、やっていて、目まいや意識喪失がありますが、『蒸気機関車』にはそれが無いので、似て非なるものなんだろうと思います。

 …しかし『蒸気機関車』は難しいです。単純に難しいです(涙)。

 “モード1”は、簡単にできないので、後は自宅でしっかり復習してくる事にし、さらにそこからもう一歩進んで“モード2”の練習もしました。“モード2”は“モード1”で上げた腹筋を、その頂点にある時に、胸の中でクルンと回転させて、今度はゆっくりと前へ向かって下ろしながら、支えていくモノです。いわば“モード1”が後ろを通って、上に向けた方向で支えるなら、“モード2”は、前を通って、下に向かう方向で支えていきます。この二つを組み合わせると、円循環の動きでお腹を支える事が出来ます。

 つまり、支えは、“お腹を引っ込める-緩める”の前後運動ではなく、“お腹を引っ込めたら上に回して、そこでクルンと回転させて、カラダの前面を経由して、ゆっくりと下りながら支える”という円運動で行うのです。ですから「歌手は、ピストンエンジンではなく、ロータリーエンジンで歌うのです」って事になります。

 “モード1”は単純にお腹の動きの練習ですが、この“モード2”は実際に息を吐きながら、声を出しながらでないと、練習できないので、発声しながら何度も練習をしました…が“モード1”ですらマトモにできない私に“モード2”は無理ですね。実際、この“モード2”での支えは、かなり難しい支えなんだそうです。

 しかし、なぜ支えに“モード1”と“2”があるのかと言うと……人間は止まると死んでしまう(?)動物だからだそうです。だから“モード1”と“モード2”を組み合わせる事で、支えの動きを循環させて、動きを止めないようにするわけです。動きが止まってしまうと、声も死んでまうからです。なので、お腹を引いて、固めて歌うのは厳禁なんです。。

 ちなみに“モード1”はソプラノさんが必死に練習しないといけない支えで、テノールにとっては“モード1”は出来て当たり前なんだそうです。逆にテノールさんは“モード2”の方をしっかり練習しないといけないのだそうです。ちなみに、ソプラノさんは“モード2”の方は比較的たやすく習得できるんだそうです。ここらは、男女でカラダと呼吸法が違うので、それぞれの得手不得手とか、練習のポイントなどが変わってくるって事らしいです。

 “モード1”は瞬発力のある支えで、音の跳躍の時に多用される支えなんだそうです。『音を当てる』時は、この“モード1”の支えを使うわけです。一方“モード2”は持続力のある支えで、テノールの迫力ある高音のロングトーンは、こっちの支えを使うのだそうですが…今の私は“モード2”の前に“モード1”の練習からやんないといけないわけです。それくらい、何も出来ていないのです(涙)。

 音程が悪いのも、高音が出ないのも、すべて支えが足りないから…なんだそうです。しっかり支えて、十分なエネルギーを持った息で歌えば、音程はバッチリはまるし、高音もたやすく出るようになるそうです。頑張らないと…。

 しかし、レッスンで、散々“モード1”の練習をやって、脇腹も背筋もツリました。死ぬかと思いました(涙)。とにかく、基礎の基本ですが、結構ハードなんです。

 それにしても、門下が変わると、立ち方や支えのやり方まで変わるんですね。基本の基礎からやり直してもらえるのは、ある意味、とても有り難いです。基礎力がなければ、応用力とか実践力なんて、身につきませんからね。基礎力、大好き。

 レッスンはまだまだ続きますが、長くなったので、続きはまた明日アップします。

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2012年7月23日 (月)

テレビにちょっぴり?映りました(笑)

 私は何の因果か、ブラスバンド部の顧問なんてものをやっております。

 “日本の夏!”と言うと、やはり甲子園って奴ですか? 日本全国の球場で、高校野球の予選というのが、華々しく行われておりますが、私が顧問をつとめるブランバンド部にも、関係高校の野球部からの要請があって、予選の応援に行くことになりました…ってか、私が始めてなだけで、今までも毎年行ってました(笑)。

 まあ、高校と関係のあるブラスバンド部なんて、この時期は、日本中どこでも、野球応援に駆り出されている…でしょうね。

 さて、試合当日の朝、学校に集合すると、部長さんから「はい、これ!」と言われて、一着のポロシャツを手渡されました。聞けば、ブラスバンド部のユニフォームなんだそうな。ここ一発って時に、全員で着るユニフォームなんだそうな。と言うわけで、みんなでお揃いのユニフォームを着て、トラックとバスをチャーターして、楽器をトラックに詰め込み、生徒たちをバスに詰め込んだら、球場にGO!ですよ。球場までバスで約2時間だったのですが、ユニフォームが半袖だったから、バスの中ですっかり冷えました(涙)。

 駐車場が敵チーム側にしかなかった(!)ので、そこで楽器を下ろして、球場を半周して荷物を運びました。しかし、野球場って、人がたくさんいるもんですねえ。人込みウジャウジャだったので、楽器の運搬に手間取ってしまいました。とにかく、色々な人がいて、なんかワイルドと言うか、物騒な感じがしました。こういうところに、高価な楽器と若い女の子集団を持ち込むってのは、引率者としては、ちょっとドキドキですよ。

 前の試合がコールドゲームだったので、予定よりも早く球場入りする事になりました。入場順番は、ブラスバンド部、応援団、応援をする一般生徒、一般のお客様、の順で、なんとブラスバンドが最優先で入場するように球場側から指示されました。なので、真っ先に楽器をもって、エッチラオッチラと入場し、楽器のセッティングをしているうちに、他の生徒や関係者さんたちが入場するわけです。

 楽器の準備などは、通常の野外演奏会の時と同じなんですが、違うのは、その演奏の仕方ってやつです。

 まず、野球応援って、自分チームの攻撃の時だけ応援するんですね。相手チームの攻撃の時は、基本的にお休み。それと、試合に勝ったら、最後に校歌の演奏をします。

 自分チームの攻撃の時に応援をするわけですが、その応援方法を具体的に言うと、バッターボックスに入る選手それぞれに個人テーマ曲(と言っても「宇宙戦艦ヤマト」などの古典的アニソンか、ちょっと古いJ-POPかです)が決まっていて、それをその選手が登場してから、その出番が終わるまで、延々とエンドレスで演奏していきます。これが応援です。ちなみに、ヒットを打つと、曲の途中でも、演奏曲をファンファーレに変えます。

 相手チームが攻撃の時はお休み…と書きましたが、実際は、全くお休みというわけではなく、一応、自分チームの投手がストライクを入れた時と、自分チームがアウトを取った時は、歓声を上げる事になってます。ま、私はここで歓声を上げて、ノドを潰してもツマラナイので、メガホンを二個持って、歓声代わりにメガホンをバンバン叩いてました。

 そうそう、メガホンをバンバン叩くと言うと、自分チームが攻撃している時は、もちろん、メガホンをパーカッション代わりに、バンバン叩いてましたよ。私はブラスバンド部の顧問と言っても、指揮者じゃなくて、いわゆる『何かあった時の責任者』という、ジイサン的な役目なので、ブラスバンド部と一般観客の間にいて『ブラスバンド部を様々な危険から守る』という仕事を、教頭や生活指導担当の教師と一緒にやってました(笑)。ま、番犬みたいなものです。

 今回の試合はテレビ中継付きでした。

 テレビ中継は、試合中は当然試合の様子をメインに中継してますが、試合のスキマの時間などに、たまにベンチの様子や、応援席の様子も映すわけです。当然、応援席の様子となると、ブラスバンド部の演奏姿などもテレビ中継されるわけですが、その時、私の姿もテレビに見切れていたらしいのです。で、私がテレビに映るたび(?)に、私のiPhoneに電話がかかってくるのが、おもしろかったです。攻撃中は電話に出られませんから、あとから電話をかけ直すわけですが、大抵は「今、テレビ見てたら、お前ソックリの奴が写ってたけど、もしかして○○球場にいるのか?」って内容です。嘘をついても仕方ないので「そうだよ」とそっけなく答えておきます。だって、あっちは興奮状態でも、こっちは、そんな電話ばかりだからねえ、返答もザツになるというものです。

 しかし、みんな、地元の高校野球の予選だけど、テレビで見ているんだねえ…。

 ちなみに、後日、知人たちに会うたびに「この前、お前、テレビに出てたろう?」とよく尋ねられました。あんまり色々な人に言われるので、ある人に「みんな、目ざといねえ~」と返事したら、どうやら、テレビには見切れていたどころではなく、何度もしっかり映っていたし、アップ(?)もあったとか…。「選手よりも映ってたんじゃない?」なんてヌカしたオッサンもいました。 マジっすか? こんなオッサンのアップをテレビで流して、誰が得をするんだい???

 で、試合結果ですか? まあ、聞かないでやってください。日本中の高校のうち、半数は一回戦負けなんですからね。察してください。

 で、試合が終わって、楽器をトラックに詰め込んで、生徒たちをバスに押し込んで、学校に戻ったら、もう夕方ですよ。朝早くから出かけて、夕方遅くまでかかって…ほんと、野球応援なんて、一日仕事ですね。それをコンクールの十日前とか、二週間前とかにやるわけで、どこもそうでしょうから、文句は言いませんが、ブラスバンド部って大変だよね。

 しかし、炎天下の中、半日ばかり、楽器を野ざらしにしたら、絶対に楽器の調子が悪くなる…ような気がするけれど、結構、生徒たちは平気な顔をしてますね。翌日の練習でも、特に不都合は感じていないようでした。やはり、ブラスバンド部用の楽器って、タフじゃないとダメでしょうね。私のアゲハなんて、半日、野ざらしにしたら、絶対に、音が鳴らなくなってしまうと思います。

 ええと、私は、野球応援の翌日は、過労で寝込んでおりました。ヲタクなので、太陽光線を浴びると、弱まるんですよ(涙)。

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2012年7月22日 (日)

そういう者に、私はなりたくない![2012年7月第4週・通算24週]

体重104.6:kg[+0.8kg:+1.5kg]
体脂肪率:31.2%[+0.2%:+0.3%]
BMI:33.0[+0.2:+0.6]
体脂肪質量:32.7kg[+0.5kg:-0.2kg]
腹囲:99.5cm[-0.5cm:+1.0cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 すべての数値が、先週比で“+”でございます。何も言うことはございません。例年なら、夏になると、体重はググっと減っていたのですが、昨年から、仕事が忙しくなり、夏はむしろ体重が増える傾向でございます。なにしろ、生徒が夏休みで授業やらなんやらがなくなってしまい、私は終日、冷房の効いた研究室に閉じこもって、パソコン仕事しかしなくなるわけで…極端な運動不足って奴になるわけで…ああ、ちょっと憂鬱。

 さて、今週のエッセイです。

 宮沢賢治の「雨にも負けず」という詩のオチ(笑)は「そういう者に私はなりたい」です。確かに、あの詩に書かれたような人物は、理想の人で、私も「そういう者」になりたいです(でも難しいですね)。

 そこで、宮沢賢治が「そういう者になりたい」と書いたなら、私は「そういう者になりたくない」ってのを書いてみようと思いました。でも、宮沢賢治ほどの詩文の才能は無いので、箇条書きで、ひとまず5つほどその条件を書いてみました。まあ、これが私の限界って奴です。しかし、本当に、天の邪鬼だね(笑)。では、私が“なりたくない者”の条件、始めるよ。

1)他人の悪口を言う者

 『悪口』と『批判』は紙一重です。私は『批判』は大いにするべきだし、それが出来るのが文明国家であり、それを許容するのが教養人だろうと思ってます。でも『悪口』はいけません。それは話している人の心の醜さを表現しているだけだし、そんな『悪口』を聞かされると、聞いているこちらの心まで汚れます。

 だいたい『悪口』には、悪意と憶測と捏造しかありません。事実と公平と客観性に欠けているのです。私は、批判をする人の言葉には、たとえ私とは意見が違っていても、耳を傾けたいと思ってます。でも、悪口を言う人は…ダメですね。同じ場所の空気も吸いたくないです。

 まして、自分が他人の悪口を言っていたなら…想像したくないし、もしもそんな事をしていたら、恥ずかしくて居たたまれないです。

 悪口を言わないためには…

 1)事実に基づかない事は言わない。
 2)発言は常に公平さをこころがける。
 3)たとえ相手が私に悪意を持った人間であっても、私は常に正直な言葉を使うこと。

 この三つを心掛けています。
 
 
2)社交辞令を言う者

 たとえ他人を喜ばすつもりであっても、その場限りの嬉しがらせな言葉は吐きたくないです。他人をぬか喜びさせて、何が楽しいのでしょうか?

 社交辞令なんて、ホワイト・ライでしかないです。つまりは“嘘”です。どうせ嘘をつくなら、悪意に基づいたブラック・ライを吐いてほしいです。それなら、こちらも「こいつは嘘つきだ」と割り切った付き合いができますからネ。

 社交辞令を多用する人は、自分が嘘つきだという自覚がなく、自分が悪人だという自覚がありません。でも自覚がないだけで、嘘つきであるという本質には変わりないし、悪人…が言い過ぎなら、偽善者でしかありません。自分の言葉に責任を持つこともなく、相手の気持ちを弄んでいるだけです。

 「だって、あれは社交辞令じゃない? え? 信じてたの? 馬鹿みたい!」

 他人に向かって平気で嘘をつき、また自分に向けられた言葉など、これっぽちも信じないで日々の生活をする…私はそういう世界では暮らしたくないです。

 言葉には魂が宿っています。でも、社交辞令の言葉には魂がありません。あれは言葉のゾンビです。そんな腐った死体のような言葉を、私は使いたくないし、使われたくもないです。

 だから私は、社交辞令なんて言いたくないんです。たとえ、毒があろうとも、常に正直な言葉を使っていたいと願っています。
 
 
3)他人を見下す者

 昔、福沢諭吉が「学問のすすめ」という本の冒頭部に『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』と、アメリカ独立宣言からの一文を引用しました。確かに、天、つまり神様から見れば、人間なんて、みんな似たようなモノで、誰がエラいだのエラくないだの、そんな事で序列を付ける事なんて、ちゃんちゃらおかしいわけですが、それは神様の視点からの話であって、人間同士の話となると、それは大いに違います。

 やはり人間同士で見れば、世の中には貧富の差もあれば、才能の差もあるし、健康に恵まれた人もいれば、そうではない人もいるし、成功している人もいれば、何をやってもヘマばかりという人もいる。いわゆる“勝ち組”に属している人もいれば、ツラくて厳しい人生を歯を食いしばって生き延びている人だっているんです。だから、人間の住まう世には、どうしても上下の関係と言うか、序列のようなものが、存在してしまいます。

 我が国日本には、身分制度はなく、民主主義国家であって、すべての国民は、法の前に等しく平等な立場ではありますが、生きている以上、なんらかの序列に組み込まれて生活しているのが現実です。

 当然、私よりも、豊かで恵まれた方もいますし、私よりも未熟であったり、苦しい生活を余儀なくされていらっしゃる方もいます。つまり、私よりも、上の存在の人もいれば、下の存在の人もいるんです。

 で、私よりも社会的な序列が下の人と接する時に、私は、その人を見下すような事はするまいと思ってます。なぜなら、人間の価値は多様であり、ある一つの尺度では、私の方が序列的には上であっても、また別の尺度では、必ずしもそうでは無いからです。

 私は、つまらない人間ですが、つまらない人間だからこそ、神様の視線を感じながら生きていたいと願っています。ですから、ある一つの尺度で見れば、私よりも下の序列に属する人であっても、神様から見れば、その人と私の違いなんて、いかほどのモノであろうかと思ってしまうのです。

 それにだいたい、他人に見下されるのは、あまりいい気分、しないでしょ? 自分がされてイヤな事は他人にしないってのは、まあ最低限のルールだと思ってますし…。

 だから、私は他人を見下したくないんです。

 願わくば、私は彼らを見守る存在でありたいです。できれば、助けてあげたり、育ててあげたいと思ってます。非力な存在だけれど“神様の手”になりたい…と思う時もあります。

 人を見下さないためには、自分の心の弱さを克服する事…が大切だと思います。人は、自分の弱さを受けいれられないが故に、自分よりも弱いものを見下して、相対的に自分の弱さを誤魔化す生き物だからです。
 
 
4)暴力をふるう者

 私は強いです(笑)。だいたい、ガタイがデカイし、タッパもあれば、ウエイトもある。おまけに、柔道有段者だし、ボクシングや空手もかじってます。腹黒いので戦術にも長けています。子どもの頃は、ケンカが遊びのようなものでしたので、殴られ強いし、痛みにも耐えるし、血を見ても動じません。人体の急所もよく知ってます。素手の勝負で、1対1なら、よほどの相手でなければ、まず負ける気はしません。武器の扱いだって、決して下手ではありませんし、1対3とか、1対5ぐらいのケンカの戦い方も知ってます。

 私はそういう野蛮な人間だし、どんなに偉そうな事を言う人も、暴力には屈する事を、経験的によく知っています。

 圧倒的な暴力は、社会を渡り歩き、人を支配する時の、かなり強力な切り札となります。

 だからこそ、私は暴力をふるいたくないんです。ただ、他者からの不当な暴力に対抗するための暴力は、遠慮なく行使してもかまわないとは思っています。相手がかみついて来るなら、こっちはかみ殺してやればいいんです。でもね、それ以外の暴力は封印しておきたいと思ってますし、他人に対しても、それを望みます。

 私は自分が野蛮な人間だからこそ、野蛮な手段を憎みます。たとえ、なんらかの勝負で決着をつけざるをえない場合に陥っても、暴力ではなく、別の手段での解決を望みます。なぜなら、暴力とは、決して万人が有する力ではないからです。持つ者と持たざる者が存在します。そういうアンフェアな力で、他者を支配するのは、美しくないです。私は、そういう美しくない人には、なりたくないんです。
 
 
5)130Kg以上のデブ(笑)

 この“130Kg以上”と言うのは、任意の数値であって、私にとっては“130Kg以上”なんです。

 ずばり、私は125Kgまでなら、かろうじて健康を保ったデブでいられます。しかし、130Kgを越えた途端に、血糖値やコレステロール値などが、この世のものとは思えない数値に変わります。つまり私の場合“130Kg以上”で、別の種類の生き物へと大きくカラダが変わるんです。

 今の私は、健康ヲタクからは、ほど遠い存在だし、人生はもう十分満喫したので、死も、さほど恐れてはいません。だからと言って、我が身を緩慢な自殺に追い込むのは本意ではありません。それにもう少し、健康を維持し、歌って踊って笛吹いて、遊んで暮らしたいです。だから“130Kg以上のデブ”にはなりたくないんです。できれば“100Kg以下の小太り”になってみたいです。

 私が“なりたくない者”は以上です。皆さんの“なりたくない者”はなんでしょうか? たぶん、一人一人、その魂のあり方は違いますから“なりたくない者”って、違うんだと思います。

 ちなみに、私は私でしかありえませんが、子どもの頃の私から見て、今の私は“なりたい者”になれているかどうか、たまに考えること事があります。…たぶん、子どもの頃の私なら、今の私の姿を見て「冴えないオッサンだなあ…」って思うんでしょうね。思ったより、太っているなあって思うでしょう。でも、そんな冴えない太ったオッサンである私は、きっと子どもの私に向かって「でも、これで結構、幸せだし、楽しい人生を送っているんだよ」と答えるんじゃないかな?

 子どもの頃の夢に描いた“なりたい自分”になれなかったかもしれないけれど、今の私は、そんなに悪くないと思います。そりゃあ、色々と細かい不満がないわけじゃないけれど、おそらく、今の私は、幸せなんだと思います。

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2012年7月21日 (土)

あなたはヤドカリですか? それともカメですか?

 もちろん、我が家の水槽にはヤドカリやカメはおろか、ザリガニやカニ類もいません。いるのは、ヌマエビとスジエビだけです。でもね、ヤドカリっぽいのがいるんですよ~、それは緋ドジョウさん達なんですよ。

 我が家の水槽には、悪臭(笑)防止のために、水槽の中に活性炭がたっぷり入った網袋を投入しております。この活性炭の網袋、水槽の中では、大方ベタッと底に沈んでいます。で、その沈んだ袋の下に、うれしそうな顔をして緋ドジョウたちが入り込むんです。

 さらに言うと、この網袋の下に入った緋ドジョウたちが、網袋をワッセワッセと動かして、いつのまにかエサ場の下に運びます。で、普段はこのエサ場そばの網袋の下に、緋ドジョウたちが隠れているのです。

 そして、エサの時間になると、袋の下から首を出して、エサだけをパクパクと食べたりするんですよ。まるで、活性炭の袋を背負って移動するヤドカリか、袋を甲羅に見立てるならば、カメのような行動をするんです。

 とにかく、緋ドジョウたちは、物陰とか狭いところとか大好きなんです。ただ、一般のドジョウと違って、水槽の砂利に潜る事はしません。しませんが、活性炭の網袋の下には、ニコニコしながら、もぐり込むんですよ。

 あれって、なんでしょうね? 活性炭の袋と砂利の間の少しのスキマが、落ちつくんでしょうか? まるで、袋を見ると、ついかぶってしまうネコのように、ちょっとしたスキマを見つけると、入り込んでしまうのが、ドジョウの習性のようです。

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2012年7月20日 (金)

デタラメは楽しいが、やっぱりタンゴは疲れる

 ダンスのレッスンを受けました。まずはウォーミングアップ代わりのジルバからです。

 今回のジルバのレッスンでは、リズムにノッて、きちんと足踏みを継続し、女性のタイミングさえ崩さなければ、何をやっても良いと言われましたので、かなりデタラメに踊ってみました。なので、女性をリードする手も左手だけでなく、右手を使ってみたり、自分もグルグル回ってみたり、そんな感じで踊ってみました。まあ、私が常日頃「ジルバはつまらない。ジルバは退屈だ」と言っているので、その対策なんでしょうね。妻先生が言うには、ジルバはバーティーダンスだし、特に決まったステップとかは無いので、踊っている二人がそれで良いなら、どんなステップでもOKなんだそうな。ま、そういう意味では、かなり自由度の高いダンスなんでしょうね。

 あと、ジルバは女性には大人気だから、ぜひマスターしておかないとマズいダンスでもあるので、そんなわけで、私が少しでもジルバの事が気に入るように、譲歩してレッスンしてくれたんだと思います。まあ、実際は、あんなデタラメなダンスなんてパーティーで踊れるとは思えないけれど、それもまた、指導者としての苦肉の策って奴なんでしょうね。痛み入ります。
 
 
 で、ジルバを楽しくデタラメに踊ったところで、前回やらなかったブルースをちょっと踊ってみました。とにかく、ここのところ、スタンダードのフォームが、完全にタンゴのバランスになっているので、ブルースでは散々に注意されました。注意はされるは(ジルバと違って)デタラメに踊ってはいけないはで、とてもツマラナく踊っちゃいました。ああ、ブルースって退屈だな(笑)。
 
 
 ジルバとブルースでウォーミングアップをしたところで、ようやく本日のメインイベントであるタンゴのレッスンに入りました。とにかく、今はタンゴ強化月間?なので、頑張りますよ。

 プロムナードの歩行は、気分はカニ歩きの気分で、もっとカラダを横に向けた方が良いみたいです。タンゴはノッタリモッサリ踊ってはいけないのです。きちんとスピーディーに切れ味よろしくリズムにノッて踊る事です。そのためには、常に左肘を意識し、きちんと張っておく事が大切です。この左肘がダンスの推進力を生み出すのだと意識する事。また、常にL.O.Dを意識して踊る事。

 いくら女性をリードしないといけないと思っていても、女性をブンブン振り廻してはいけません。女性も自分で動いて踊っているわけだから、その邪魔をしてはいけないのです。リードする事と、振り回す事は別の事で、多くのアマチュアダンサー[女性]は、自力で立って踊る事が出来ない人が多いので、そんな人をブンブン振り回したら、踊るどころではなく、どこかに飛んで行ってしまうと言われました。

 それと、改めてタンゴの各ステップのリズムを確認するように言われました。ウォークはSSQQだけど、今まで習ったステップはほぼSQQSなので、その違いをきちんと意識すること…って、私は今まで、全部SSQQで踊っていたよ。道理で、なんかダンスが合わなかったんだね(笑)。
 
 
 タンゴを1時間踊ると、汗が絞れるほど出ますね…。そこで、ちょっと休憩をして、ルンバにダンスを変えました。

 ルンバはウォークの確認をしました。つま先を地面から離さない事。前進の4の足の時は、右肩を出す事を確認しました。また、後進の2の足の時に、体重移動がいい加減なので、しっかりと体重を載せ、さらにヒザもしっかり伸ばす事を言われました。この基本のウォークの確認だけで、とても時間を使ってしまいました。

 それでも前に進む事は大切なわけで、アレマーナとハンド・トゥ・ハンドの確認をしました。特にアレマーナは色々なステップにつなげる事の出来る汎用性の高いステップだと習いました。左腕を出す角度や4の足の踏み込み位置などを注意されました。また、ハンド・トゥ・ハンドはヒジの出し方や足を後退させる事を確認しました。
 
 
 ここまでで約2時間。汗はしたたるほどにかきました。まだワルツを踊っていません。
 
 
 ワルツの音楽をかけて踊ろうとしても、もう音楽にはのる事はできませんでした。カラダは重いし、もうフラフラ。やはり、最初のタンゴ1時間が効いたようです。ここらへんが体力の限界って奴でしょう。ワルツはちょっと踊ってみましたが、やはり無理という事で、今回のレッスンはキブアップとなりました。

 ああ、残念。気持ちはあるんだけれど、カラダが言う事をききません。前回のレッスンが2時間半、今回が2時間ですから、やはり一度に踊れる時間としては、こんなところが現在の限界点なんでしょうね。次からは、その限界の中で、時間的な配分と体力の温存を考えたレッスンをしないと…。それにしても、疲れた…。やっぱり、タンゴの空気イス状態で踊るのがこたえるんだよねえ…。

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2012年7月19日 (木)

ああ、夏合宿に行きたい行きたい行きたい…でも行けない(涙)

 フルートのレッスンに行ってきました! 今回は、みっちり練習をしたので、結構バッチリな気分でした。実際、家での練習では、もー、パーペキよ(笑)。「ふふふ…全部、サラッと吹いちゃって、先生を驚かせちゃうぞぉ~」なんて、ウキウキのルンルン気分でレッスンに向かいました。

 お教室に行って、ロングトーンの練習から。…なんか、違う。あれ、前回のような、ピチッとした感じにならないよ。なんか、微妙に濁っているよぉ…。夏になって、暑くなって、頭部管を今までよりも余計に抜いているので、全体に音程が甘くなっている? でも、それなら先生だって条件的には同じはずだけど…やっぱ、そこにプロとアマの差が出てくるのかな?

 さて、アルテの15課4章です。まずは最初の「Es-durのロングトーン」から……大目玉を喰らいました。「四拍も伸ばしているんだから、その間に、次の音の事ぐらい考えなさい!」 そりゃあ、そうだ。次の音の事を常に常に考えていたら、ミスブロウなんてありえないよね(涙)。いつもは、サラッと1回で済ます課題ですが、2回やりました。2回目はもちろんノーミスですが…これを最初からやっていれば怒られずに済んだわけなんだけどサ。

 懸案の4番「Es-durのスケールとアルペジオ」は、またも不合格。鬼門は、ブレスとプリチアルディキーです。うっかりした気分で吹き始めるとブレスが足りなくなって叱られます。ブレスに気を取られていると、ブリチアルディキーを、外し忘れたり、入れ忘れたりして、叱られます。「まだ、身に付いていない。また来週」だそうです。

 でも、5番の「Es-durのクロマティック」は合格しました。

 次回までの宿題は、残った4番「Es-durのスケールとアルペジオ」はもちろん、C-mollの6番「C-mollのフレーズ」と7番「C-mollの音階練習」と8番の「C-mollのスケールとアルペジオ」です。う、やばい。4番「Es-durのスケールとアルペジオ」と8番の「C-mollのスケールとアルペジオ」の両方が入っているよ…。頭と指が混乱しそう(涙)。

 さて、ミニヨン・エチュードは13番ですが、気持ちを立て直して、ウキウキのルンルン気分で吹き始めたのだけれど、最初の一小節を吹いたところで「ダメ、やり直し!」って言われました。原因? はい、吹きすぎだそうです。オーバー・ブローね。それと「7拍目のEsにアクセントを置かないこと」も注意されました。アクセントは小節の頭の拍以外には置かないようにしないとね。

 いきなりの注意で、ちょっと気分はヘコんでしまい、いらぬところで数回ミスブロウをしてしまったけれど、ひとまず終わりまでたどり着きました。先生は「家でもう一回、練習してきなさいよ」と言って、合格にしてくれました。ふぅ~、家で出来ても、先生の前だと、やっぱりなかなか上手くはいかないね。

 と言うわけで、次回からは14番だけれど、…ん? いわゆる短前打音って奴があるじゃん、どうすればいいの? おお~ぉっと、H先生、最後の2段のブレスの位置を変更してくれたよ。16分音符が続く5小節をオリジナルだと2箇所にブレスがあるけれど、そのブレスを全部消して、ノンブレスで一気に吹け!ってなってるよ。こりゃあ、難義じゃねーすか? 困った、困った、マジ困った。
 
 
 さて、先生から、次々回のレッスンはお休みだよ~と言われました。その理由は、H先生門下の夏合宿があるから。私も合宿に誘われたけれど、行けません。去年も行けなかったのだけれど、今年も行けません。

 去年は同じ日程で某研修会があって、私は研修会の講師だったので、講師仕事を優先して合宿をパスしました。今年はそれを危惧して、その時期の講師仕事はお断りしていたら、なんと吹奏楽部の夏合宿が入っちゃいました(涙)。やっぱ、顧問の先生としては、夏合宿に付き合わないと…ダメだよねえ。ああ、自分の夏合宿よりも、生徒たちの夏合宿を優先しないと~~~、大人はツラいのだ!
 
 
 そこで先生に、夏合宿って、どんな事をやるんですか? って尋ねてみました。

 三泊四日なんだけれど、ずっとフルート吹いているのだそうで。まあ、フルートの門下の夏合宿だから、当たり前と言っちゃあ当たり前だけどね。

 なんでも、事前に楽譜(最低、ソロ1曲、アンサンブル1曲)は渡しておくので、合宿中は、ずっとその曲の練習をしてもらうんだってサ。もちろん、先生は朝から晩まで、生徒さんが入れ代わり立ち代わりする中で、ずってレッスンをするそうです。生徒さんは、自分のレッスン時間以外は、自習をするとか、仲間と一緒に練習するとか、あるいは遊びに行ったり、昼寝をしたりとか、まあ楽しく過ごすわけです。で、夜は毎晩、大宴会大会(笑)で異業種交流をします。三日目の夜に、ソロ曲の発表会をし、四日目の午前中は、アンサンブルの発表会をするのだそうです。もちろん、この発表会の様子は録音してCD化してくれるそうです。

 うわっ! すごく楽しそう。

 集まるのはH先生があっちこっちで教えている生徒さんたちはもちろん、すでにプロとして活躍してるお弟子さんたちも集まるし、そのお弟子さんたちが自分の生徒さんを連れてもくるので、結構な大所帯な合宿なんだそうです。

 私などは、日頃からH先生に直接習っているからいいとして、本当はH先生にフルートを習いたいのだけれど、諸般の事情でH先生に習えないので、その代わりに、先生のお弟子さんのところでフルートを習っている人ってのがいるわけだけれど、そういう人にとっては、この夏合宿は“憧れの大先生”に直接習える千載一遇の大チャンスなわけで、なんか、結構、大盛況らしいです。

 この夏合宿で、門下のつながりというか、絆が深められるそうなんです。ああ、やっぱり、私も夏合宿に参加したいよぉ~。「社会人さんは、なかなか合宿に参加できないんですね。仕方ないですよ」と先生はなぐさめてくれるけれど、やっぱり夏合宿に参加したかったです。

 ぐすん。

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2012年7月18日 (水)

お腹に電話をしてから歌い始めるように

 今回は、先日の声楽の体験レッスンで、妻が受けたレッスンの中から、私が面白いなあとか、参考にできるなあ、と思った事について書いてみたいと思います。

 高音の発声練習の時の話です。声楽には、いわゆる“ジラーレ”とか“デッキング”と呼ぶ、いわゆる“声を曲げて高音を発声する”というテクニックがあります。Y先生は、この声曲げのテクニックを、妻になるべく使わないようにと指導していました。その理由は「声は曲げてしまうと、そこから先が無いから…」と言うのです。

 で、これを先生の実演付きで説明してくださったのですが、実に面白かったのです。それをうまく書き表せない自分の筆力の不足を恨みますが、要するに“声曲げは最後の切り札”だという自覚を持ちなさいって事です。

 まあ、声を曲げずに歌える音域を広げる事は大切な事だと思うし、曲げずに歌える音域を越えて歌う時に初めて曲げれば、さらに音域が高い方に広がるわけだから、なるべく素直な声で高い音も歌えるようにしておく事は、テクニック的に重要なんでしょうね。

 それに実際、一度声を曲げてしまうと、そこより上の音も曲げたまま発声していくわけだけれど、人間、そんなに声を曲げたまま高い声はなかなか出せないので、一度曲げたら、そこから先はそんなに高い音は発声できないよって事らしいです。なので、あまり低いところで声を曲げる癖をつけないようにしましょうね、と言うこともあるみたいです。

 じゃあどうするかと言うと、なるべく声を曲げずに、素直に真っ直ぐな声で、可能な限り高音域を広げていくには、逆説的だけれど、どの音域でも音が曲げられるテクニックが必要らしいです。どこでも曲げられるから、どこでも曲げずに歌える…と言うと言い過ぎだけれど、どこでも曲げられるから、曲げずに歌うことにチャレンジできるって事のようです。

 先生は、そこから先を説明されませんでしたが、私が思うに、声を曲げるという動作は、その動作の中で声帯をおもいっきり伸ばしてしまうという要素があるので、そこのあたりを懸念してらっしゃるんじゃないかな?って思います。声を曲げて、声帯を限界ギリギリまで伸ばしてしまったら、そりゃあ、その先は確かに無いよ。ならば、声帯を限界まで伸ばすのは後回しにして、それ以外の手法(って、何があるんだろ?)でできるだけ高音発声をし、いよいよとなったところで、仕方なく声を曲げて高音域にチャレンジしていくのが望ましいのかな…?って思いました。いずれ、この真意について、尋ねてみたいと思います。
 
 
 それから、高音域を出すための魔法のかけ方(笑)を妻は習ってましたね。その魔法ってのは『頭蓋骨の頬骨のあたりを力付くで広げる』という魔法です…って“力付く”って段階で、魔法でもなんでもないか(笑)? とにかく、頬骨をつかんで、横に広げます。と言っても、たぶん人間の腕力(それも女性の腕力)じゃあ、頬骨は広がらない。おそらく広がっても、0.1ミリとか0.2ミリとか、そういう世界の話。でも、この魔法をかけると、なぜか、その後1~2分間だけは高音が出やすくなるようです。即効性はあるけれど、持続性は無い魔法ですね。これは、おそらく、副鼻腔への響きを意識させるためのお呪いなのかな? もしかすると、力付くで頬骨を引っ張るので、ほんのちょっとでも副鼻腔が広がるのかもしれません。ま、一種のオカルトですね。

 とにかく、ほんのちょっとでも副鼻腔をより上手に使うと、高音域が出しやすくなるって事でしょう。
 
 
 さて、標題にある「お腹に電話をしてから歌い始めるように」と言うのは、なかなか面白い表現でしょ? これは、歌う準備は正しい順番で一つ一つ確認しながら、行っていきましょうって事らしいです。つまり“息を吸う”“お腹を引いて支える準備をする”“ノドボトケを下げる”“奥を引っ張る”“声を出す”。これらの工程の一つ一つをゆっくりと確認してから、焦らずに声を出していきましょうと言う事です。

 「もしもし、息を吸いましたか?」「はい、吸いましたよ」
 「もしもし、お腹を引きましたか?」「はい、引きましたよ」
 「もしもし、ノドボトケは下げましたか?」「はい、下げましたよ」
 「もしもし、ノドの奥は引っ張ってありますか?」「はい、ちゃんと引っ張りましたよ」
 「もしもし、それなら声を出してください」「はい、了解。ではいきますよ」

 …って、やり取りを自分と自分のカラダとの間でちゃんとやってくださいって事です。なんか、面倒くさいけれど、こういう手続きをきちんと踏まえることが大切なんだそうです。

 まあ、一種の指差確認みたいなものですね。「右見て、左見て、もう一度右見て、横断歩道を渡りましょう~」と同じです。

 ちなみに、この「お腹に電話を~」のフレーズは、先生のイタリアの師匠がよく言っていた表現なんだそうです。…って事は、Y先生はイタリアで勉強してきた人って事です。そのうち、あちらでの留学生活の話を聞いてみましょう、きっと面白い話が満載なんだろうなあ…ああ、楽しみだ。
 
 
 よく声楽を学ぶ人たちの間では『低音の拡張には限界があるけれど、高音は訓練次第でどこまでも出せます』と言う話があります。これはキング先生もおっしゃっていたし、Y先生も似たような事をおっしゃいました。ただ、低音歌手であるY先生がおっしゃるには「高音は訓練次第で、ある程度まで出せます。でもそれは“ある程度”であって、やはり限界はあるんだよ」との事です。まあ、そりゃあ、本当に限界無しでどこまで出せるなら、すべての男性歌手はメールソプラノに成れるはずですが、そんな馬鹿な事はないわけです。

 低音の限界は、声帯の長さとか太さとか、いわゆる発声器官のハード的な限界によって生まれる限界です。一方、高音は声帯をひっぱって伸ばして出すので、より薄く声帯を引っ張る事ができれば、より高い声が出るわけですが、問題は、どこまで声帯を引っ張る事ができるか? これは、声帯をひっぱる筋力も関係するけれど、それよりも声帯自身の柔らかさによって、どこまで引っ張れるかの限界を決めてしまうのだそうです。

 そりゃあ、素晴らしく高い声を出したいと思っていても、声帯が硬くて、伸びず薄くならずでは、高い声はそりゃあ無理ってもんです。そういう点で、声帯を一種の弦楽器として考えることは、分かりやすい考え方だと思います。

 弦楽器は、弦が太いよりも細い方がより高音を発声するし、同じ太さの弦でも、テンション(弦を張る力)が大きいほど高音になるからね。薄くて張りのある声帯の方が高音を出しやすいわけだ。…ならば、裏声ってのは、一種のハーモニックスのようなものか?

 ま、カラダの硬い人が毎日ストレッチをするとカラダが柔らかくなのと一緒で、、硬い声帯も、毎日発声練習をすると、柔らかくなり、薄く伸びるようになるわけです。だから、確かに限界はあるとは言え、練習を積み重ねていく事で、高音って伸びていくもんなんだろうなあって思いました。

 逆に言うと、高音の出ない人って…声帯が硬いわけで、声帯って筋肉だから、筋肉が硬い、つまりカラダが硬いって事? うむ、ヤバイ。私はカラダが結構硬いぞ(汗)。毎日、お酢でも飲んで、声帯を柔らかくするか(笑)。

 …そう言えば、毎日、健康のために、お酢を飲んでたな(爆)。

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2012年7月17日 (火)

やっぱりアマチュアの演奏団体っていいなあ…

 行ってみたいと思いつつ、なかなかチャンスが無かった某音楽ホールに行ってみました。そこは我が家から徒歩10分ぐらいの場所にある音楽ホールで、なかなか著名な演奏家さんも利用するクラシック系民間音楽ホールなのです。

 行ってみた感想は…こじんまりとしていて良いです。ホールの床はフラットな作りなので、舞台の広さをどれくらい取るかで、客席数は変わります。押し込めば100席可能でしょうが、現実的な線で行けば、60~70席ぐらいかな? 今回は65席でした。天井もステージ側はそれなりの高さがあるので、ピアノやフルート、ヴァイオリンソロ、あるいは室内楽にピッタリと言った感じです。声楽も、歌曲コンサートなんかはいい感じかもしれません。まだ新しくきれいなホールでした。ちなみに、ピアノはスタンウェイのグランドです。

 演奏していたのは、地元の小さなアマチュア合唱団です。それこそ、地元の音楽サークル連盟にも登録していないような、出来立ての若々しい団体さんでした。もちろん、知った顔が、そこにいるから見に行ったわけなんですが…。

 小さな団体だし、決して声に力があるメンバーではなく、市民会館あたりの小ホールで演奏したら…たぶん撃沈してしまうタイプの団体さんなんですが、今回のホールは響きが良いし、ほどほどの広さ[狭さ]なので、彼女たちにはふさわしい会場だったと思います。無理のない発声できれいな音楽を聞かせてくれました。ひと言、苦言を呈するなら、デュナーミクの幅が少なかったかな? fも物足りなかったけれど、pをもっともっとpらしい音量で演奏すれば、格段に音楽表現の力が増す事でしょう…なんて、上から目線的なモノイイでごめんなさい。でも、そこが気になりました。

 取り上げた曲も、本格的な合唱組曲あり、ミュージカル曲あり、ジブリソングあり、ポピュラー曲やJ-POPありと、いい感じの選曲でした。自分たちの歌いたい歌も歌い、お客さんに喜ばれる曲もしっかりとプログラムに入れるあたりは、大人の選曲ですね。指導者や団長さんのセンスの良さがうかがわれます。多くのアマチュア演奏団体では、自分たちが演奏したい曲ばかりを並べ、お客さんを置いてけぼりにしてしまうプログラムを組んでしまう団体も少なくないのです。それが悪いとは申しませんが、客の立場からすれば「もう少し、聞いて楽しい曲を入れてほしいなあ…」と思わないわけではありません。

 今回、聞いた曲の中では、ジブリソングの「君をのせて」が良かったです。「天空の城ラピュタ」の主題歌、つまりアニソンなんですが、アニソンとは言え、久石譲はあなどれませんね。オリジナル歌手は女性だし、今回は女性コーラスで聞いたのですが、歌詞の内容は男性視線の歌ですね。おそらく、主人公であるパズーの視線で書かれた歌詞じゃないかな? ならば、この曲、テノールで歌ったらおもしろそうじゃないかな? そう思いました。だって、ヒーローの歌は、やっぱりテノール向きでしょ(笑)。

 そこで、コンサート帰りに近所の楽譜に行って、譜面を漁ってみましたが、どれもこれもキーが低い(汗)。最高音がEとかEsではねえ…。ちなみに原曲はbが6つの変ホ短調で最高音がEsのようです。さすがにbが6つもあると演奏しづらいので、半音上げて#一つにしたホ短調(こちらは最高音がEです)にした楽譜もたくさんありました。とりあえず、ホ短調版の楽譜を購入しましたので、そのうちちょっと練習して、レパートリーに入れておきたいなあって思いました。だって、ジブリソングの一つぐらい、レパートリーにあっても悪くないでしょ? ちなみに「君をのせて」って、こんな曲です。

 この曲には“Carrying you”という英語バージョンもあるそうです。世界中で歌われている曲なんだね~。

 それにしても、アマチュアの演奏団体っていいですね。楽しそう。落ち着いたら、私もまた、アマチュア演奏団体を立ち上げてみようかな? なに、ノウハウは持っているし、ピアニストや指導者のアテがないわけじゃないです。問題は、団員集めだね。気のいい人たちを10名程度集める事ができたら、団を立ち上げる事ができるわけで、まあ、焦らないで人脈を広げて行きましょう。焦らずとも、いずれ時が来れば、きっと音楽の神様が人を集めてくださるでしょうから、それまでは雌伏して力を蓄えておけば良いのだと思ってます。

 なあに、前を向いて歩いてれば、いずれ何とかなるでしょ。犬だって、歩けば棒に当たるわけだしね(笑)。

 それにしても、私は本来的には女声合唱団の演奏ってキライ(ごめん)なんだけれど、今回の団体さんは、とても気に入りました。たぶん、発声が柔らかくて素直な点が良かったのかな? 頭声を強調した発声はソロ歌手ならともかく、アマチュア合唱団では、よほどうまく倍音のピッチまで合わせた演奏にしないと聞き苦しい…というのが本音です。フワッとした、息を多く交えた発声は、ボリューム不足になってしまうキライもありますが、小さな会場で聞く分には、優しい感じで耳あたりが良いので、私は好きです。

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2012年7月16日 (月)

別にサボっていたわけじゃなくて、単に、練習できなかっただけだよ(笑)

 六月はリアルな生活も、ブログ記事の方も、盛りだくさんだったので、このヴァイオリン独学報告の記事のアップが久し振りになってしまいました。いや~、実際、そんなにヴァイオリンの練習が出来たわけじゃないので、これでちょうど良かったのかもしれません。

 私は、先月以来、毎日のように、姿見先生のレッスンを受けてますが、この姿見先生(別名、スタンドミラーとも言う:笑)は、声楽のみならず、ヴァイオリンでも厳しい先生です。なにしろ、私のヘナチョコなボウイングをビシっとご指摘くださいますから(涙)。それはそれは手厳しいです。ああ、しかし、なんて私は、弓使いが下手なんだ…。一度気にすると、結構気になります。

 さて、ヴァイオリン独学練習報告ですが…そんな悩み多き中高年な私が、スズキ教本をどこまで進めたのかと言うと…。
 
 
10番「アレグレット」  OKです。最初はこの速さについて行けるか不安でしたが、弾き慣れてくれば何とかなります。もっとも、その時は速さについていくだけで精一杯ですから、アクセントなどは多少いい加減になるし、なによりもボウイングはダメがも。アクセントやボウイングへの注意はテンポを落として注意し、テンポアップした時は音楽についていく…というふうに注意点を分けて考えてみました。

 こんなやり方、先生について習っていたら、やっぱりダメって言われるのかな?

G線から(ト長調)「きらきら星変奏曲」を弾いてみる  これ、やってみましたが、やっぱり私はぎこちないですよ。指の動きは同じなんだし、弾く弦を一本ずらすだけなのに、なぜか苦労します。音感があるわけじゃないけれど、音符の音で耳で聞こえる音が大きく違うと、なんか不安になっちゃうわけだし、ついつい、音符本来の音で弾いてしまったりします。ダメだな、私は。

11番「楽しい朝」  OKです。速さ的には問題なし。指的にも問題なし。あえて言えば、相手がCDなので、リタルダンドやらフェルマータやらのタイミングを合わせるのが難しいけれど、まあ、そこは問題じゃないでしょう。このくらいは何とかなります。

トナリゼイションの準備 NO.3(ト長調)  OKです。重音の練習は日課練習に入っているくらいですから、これくらいは朝飯前です(実際に、ヴァイオリンの練習は朝飯前にやってます:笑)。

 約一カ月で、これしか進まないと言うのは、亀の歩みのように遅いですが、考えようによっては、独学なのにテキストが前進している、素晴らしい!とも言えます。

 しかし、ブログって有り難いねえ…。こうやって、細々だけれど、ヴァイオリンの独学状況をブログにアップするので、私は独学が挫折せずに済んでいるのです。おそらく、本当に独学で、どこにも学習状況を報告する必要がなかったら、もう、とっくの昔にヴァイオリンなんて辞めているはずの私です。辞めているはずが続いている…のだから、そりゃあもう、感謝感激なわけです。

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2012年7月15日 (日)

練習すれば上達し、やり続ければ出来るようになる[2012年7月第3週・通算23週]

体重:103.8kg[0.5kg:0.7kg]
体脂肪率:31.0%[-0.1%:+0.1%]
BMI:32.8[+0.2:+0.4]
体脂肪質量:32.2kg[0.2kg:-0.7kg]
腹囲:100.0cm[+1.0cm:+1.5cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 なんかね、体重がね、高値安定です。例年なら「夏だ! 一気に体重を落とすぞ!」って事になるんでしょうが…今年も昨年同様、それはなかなか難しいそうです。何せ、暇が無くて、仕事ばかりしないといけないのだけれど、職場は涼しいし、座業だし、ストレスフルだし、やせる要素ゼロだもんなあ(涙)。

 さて、今週のエッセイです。今回は別に音楽に限った話じゃありません。何にでも通用する汎用性の高い話題だと思って書きます。
 
 
 人はどんな事であれ、練習をすれば上達します。もちろん、5分10分の練習で簡単にレベルアップできるものもあれば、2~3時間、それなりに練習するのが必要なモノもあるし、数日から数週間に渡って練習を積み上げていかなければ上達を感じられないモノもあるでしょう。いや、それどころか数年に渡る長い練習期間を経て、ようやく上達が感じられるモノだってあるでしょう。

 確かに、どの分野の話であるか、どのレベルの話であるか…で、上達が実感できるまでの練習量は異なるだろうけれど、練習をしていれば、人はかならず上達します。よっぽど下手な練習方法によって、やればやるほどダメになるというケースも無い話ではありませんが、それはレアケースであって、まず滅多にある話ではありません。だから、一般的には『練習をすれば上達する』と言って良いでしょう。

 例えば、小学生が「漢字書き取りが苦手です。どうすれば漢字を覚えられるようになるでしょうか?」なんて質問をしてきたとします。もちろん、その子は実際に漢字が苦手だったりするわけです。

 私ならまず「漢字練習してる?」という質問を返します。案外、漢字が苦手という子の中には、漢字練習をしていない子が高確率で存在します。だから、まずは漢字練習をさせます。それでこの問題はたいてい解決します。

 「いつも、きちんと漢字練習をしているよ」と答える子もいます。そういう時は「どれくらい練習するの?」と練習量を尋ねます。そうすると、テストの前に3回書いて終わりとか、5回書いて終わりとか、せいぜい10回書いて終わりとか、そんな子が大半ですね。3回とか5回とか、その程度の書き取り練習で“漢字練習をした”と言えるかどうか、個人的には甚だ疑問だけれど、世の中の小学生には、このレベルの子も大勢います。

 3回とか5回とか、せいぜい多くて10回程度の書き取り練習で漢字を覚えられる子なら、それでいいでしょう。でも「漢字書き取りが苦手」と言う子は、この程度の書き取り練習では覚えられない子なのですから「じゃあ、今度から、覚えるまで何度でも練習してみようね」と言ってあげるわけです。ここで素直に、自分が『この漢字を覚えた!』と納得するまで練習できる子は伸びます。『えっ!(そんなに練習するの!)』という顔をして、結局、その後も漢字練習をせずに、いつもいつも「私は漢字が苦手で…」と言っているだけの子は、結局、落ちこぼれてしまうのです。

 必要な練習量と言うのは、人によって、課題によって、年齢によって、異なります。小学生の漢字練習だって、3回書けば覚えられる子もいれば、5回、10回、必要な子もいるし、20回、50回、100回書かないと覚えられない子もいるわけです。でも、どんな子であれ、その子にとって、必要で十分な練習量をこなせば、漢字は必ず書けるようになります。そして苦手な漢字書き取りも、毎日のようにやり続けていけば、やがて書ける漢字も増えていきます。そして「漢字書き取りが苦手です」から、やがて「漢字書き取りが得意です」に変わっていきます。…でしょ?

 だから、どんな人であっても「練習すれば上達する」し「やり続ければ出来るようになる」わけです。おそらく、ここには例外はないでしょう。あるとすれば、上達する速度以上に速く忘却してしまったり、老化してしまうパターンですが、これはまたいずれの機会に書きたいと思います。
 
 
 次に出てくるのが、才能の問題です。たかが漢字書き取りでも、才能の有無はあるでしょう。3回の漢字練習で字が覚えられる子は、20回書かないと覚えられない子と比べれば『漢字書き取りの学習の才能がある』と言えるかもしれません。

 では、この才能って奴はなんでしょうか? 私は才能とは、一種の時間に関する係数であって、それは練習時間を大幅に短縮させる能力なんだろうと思います。漢字を3回書いただけで覚えてしまう子は、5分もあれば、たくさんの漢字を覚えることができます。しかし20回書かないと覚えられない事は、5分あっても、そんなにたくさんの数はこなせないでしょう。そういう子は漢字を書く速度も遅いでしょうから、5分あっても、10個の漢字を覚えられれば上出来でしょうね。

 そして、学習と言うものは、ある程度の量をこなすと、ステージをクリアするかのように、今まで見えなかった新しい世界を、私たちに見せてくれるようになります。それは、それまでに蓄えた個々別々の知識同士が、頭の中で有機的に関連づけられて整理され体系づけられて、これまでにの学習からは気付かなかった知識の側面同士がつながりあい、新しい知識や新しい学習方法を、誰に教わらずとも、自然と気付かせてくれるようになるからです。

 このように、練習を積み重ね、新しい世界に何度も駒を進めて、高嶺にまで登れた人が、いわゆる“才能を持っている”と他人から称賛される人なんでしょう。

 もちろん、そこに至るまでの練習量も人によって違うわけです。いくら練習を積み重ねても、なかなか次の世界に足を踏み入れる事が出来ないのが(悲しいかな)我々凡人という奴です。

 しかし、世の中には、元は凡人であっても、膨大な量の練習を積み重ねていった結果、次々と新しい世界に達し、駒を進める人もいて、そういう人を秀才と呼ぶんじゃないかな? 一方、才能によって、練習時間が思い切り短縮され、新しい世界に到達するまでに、ほんの少しの練習で足りてしまう人を天才と呼ぶんじゃないかな…と凡才の私は想像します。

 ま、だから、天才は、努力の仕方が分からなかったりするわけで、そういう人は教育者には向いてないですね。『名選手は、必ずしも名伯楽になれるわけではない』というのは、そういう事なんでしょう。

 しかし、天才の中に素晴らしい人もいるわけで、天才なのに努力も平気で積み重ねるというタイプの人もいます。こういう人は、本当にすごい天才なわけです。“努力もする天才”なんて、ある意味、無敵な存在でしょうね。

 閑話休題。つまり、才能って、ある意味“能力の加速装置”なわけで、才能が無いから何も出来ないって事は無いのだと思います。ただ、才能がない人間は、才能が無い分、余計に時間を使わないと届かないってだけの話です。

 私も含め、多くの人は凡人であって、特別な才能などを持ち合わせてはいません。

 私は音楽が好きですが、音楽の才能はありません。いわゆる「下手の横好き」です。だけど、練習をし続ければ上達します。やり続ければ、いずれ自分が望む事ができるようになる…かもしれません。私の場合は、老いと死の問題がありますから、簡単に断言はできませんが、時間と健康が許されるなら、いつかは必ず出来るように成れると信じています。

 そして、大切な真理は『やり続けている限り、いずれ出来るようになれる』って事ですが『止めてしまったら、それでお終い』でもあります。止めてしまえば、もう、永遠に出来るようにはなれません。

 それを考えると、実は、人間にとって、一番大切な能力って、才能よりも「一つの事をやり続けられる」って事なのかもしれません。「○○の一念、岩をも通す」って言うじゃありませんか。“しつこい”とか“諦めが悪い”とかって、大切な事なのかもしれませんね。

 前を向いて歩き続けている限り、確実にゴールへは近づけるのです。しかし、道の遠さに怖じけづき、思わず足を止めてしまえば、絶対にゴールインする事はないのです。

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2012年7月14日 (土)

鉄砲魚なニシキ

 三色金魚のニシキは、以前から動きが変だと書いてきました。実際、変なんですよ。

 ニシキの動きは、実に直線的だし、素早いし、あまり金魚っぽくないんです。まあ、バタバタドタドタしているところは、妙に金魚っぽいんですけれどね。

 最近は、その直線的なカクカクした動きに加え、しばしば、水面にクチを出して、ピュッピュピュッピュと、水を吹き出すようになりました。まるでビデオで見た、鉄砲魚のような事をするんです。まあ、あくまでも“~のような”であって、あんなに見事なものじゃないですが(笑)。

 でも、なぜ、ニシキは、動きがカクカクしていたり、テッポウウオのように、水面から水をピュッピュピュッピュと飛ばすのでしょうか? こんな金魚は初めてです。 変な動きを除けば、とりあえず元気みたいですし、カラダの成長も、大きくはなりませんが(そりゃあ、あの運動量なら巨大化は無理っぽいでしょ)、頭の肉瘤は順調に成長していますので、身体的には健康なんだと思います。それにだいたい、もしも病気を持っていたら、とっくの昔にトートの餌食になっている思います。

 おそらくは、性格があまりに個性的なのか、変態金魚なのか、脳に軽度の障害を持っているのかの、いずれかでしょうね。まあ、性格が変であれ、軽度障害を持っているであれ、どちらにせよ、それはニシキの個性ですからね。個性ならば、丸ごと受け入れるだけの話です。

 それに、みんな一緒じゃつまらないので、そういう子が一匹ぐらいいてもいいと思いますよ。

 しかし、あれだけ無鉄砲なカクカクした動きをしているのに、不思議とガラスなどにはぶつからないのは不思議です。そういう意味で、へんな泳ぎ方だけれど、彼女なりにコントロールされた泳ぎなんだろうなあ…。

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2012年7月13日 (金)

今回はタンゴをメインにレッスンしてもらいました

 ダンスのレッスンを受けました。とにかく、前回のレッスンが中途半端でしたから、今回はその続きって事で、やり損なったタンゴからレッスンを始める事にしましたが…「いきなりタンゴも、なんだから…」というわけで、まずはジルバを軽く踊って、ウォーミングアップの代わりにしました。

 アメリカン・スピンの復習をしたわけですが、前回はアメリカン・スピンの後は、女性の手をとって回していましたが、今回はアメリカン・スピンの2連チャン?って感じで、とにかく、グルグル回してみました。

 ジルバって、女性はグルグル回って楽しそうだけれど、男はただ足踏みをしているだけだったり、場合によっては棒立ちのままだったりして、何ともつまらないダンスだと思います。ジルバを楽しむにはどうすればいいのかな? 踊っていても、実に楽しくないんですよ。なんかなあ…って感じです。ま、今回は、ウォーミングアップ代わり?に踊っただけですから、文句を言っちゃいけないのでしょうが…。

 さて、本日のメインディッシュであるタンゴに、体力のあるうちに取り組みましょう。

 まず、よく分かっていないウォークの復習から。結局、カラダをひねり続ける不思議さが、ウォークの不思議さにつながって、私には理解不能なんですよ。でも、ダンスって、理解して踊る必要は全くなく、カラダで感じて踊ればそれで良しなんです。私は、なまじ、頭で考えて理解しようとするから、ダンスが踊れないんだなあって思いました。

 結局、ウォークで歩き続けるのが出来ないまま、でもウォークだけでは飽きてしまうので、とりあえず先に進みましょうって事で、リンクとプロムナードに接続するのをやりました。ウォークで2歩歩いて、リンクして、プロムナードなんですが、ウォークでねじれたカラダをほどくのがリンクで、ほどいたまま進行するのがプロムナードってところです。

 リンクでの右足を開きすぎない事。重心を後ろにかけすぎない事。あくまでもエネルギーは前進方向で。そして、プロムナードは、頭を上下動させずに、低い姿勢を保ったまま前進する事。

 プロムナードまでは今までも何度か(出来なかったけれど)やった事です。今回は、それにバックコルテという後進するステップを加えました。ここまで、一連の動きで、これを繰り返していくだけでタンゴが(最小限ですが)踊れます。例によって私の説明では分かりづらいので、以下の画像をご覧ください。開始~12秒ぐらいまでが、今回私が学んだステップです。私はこれを繰り返して踊ってみました。

 タンゴは慣れないので、まだまだ難しいです。とにかくタンゴは空気イスです。常に中腰状態で踊り続けます。それと、進行方向が大切です。ウォークは中央から左斜め前に進んで歩き、リンクで方向修正し、プロムナードでL.O.D.に方向転換します。バックコルテは右斜め後ろ(つまり中央)にバックし、90度ターンをして、次のウォークへつなげるように動きます。

 ウォークでは右腰前面で女性と接し(この状態を“スクエア”と言います)、リンクで女性を右腰側面で接するようにし、そのままプロムナードで歩き、その終わりでスクエアに戻して、バックコルテに入ります。つまり、プロムナード以外はスクエアが基本形って事です。

 タンゴの動作はかなり低く“腰”と言うよりも“モモ”から動いていく感じでしょうか?

 バックコルテまで練習できたので、とりあえず“なんちゃってタンゴ”で一周できるようになったけれど、やはりまだ“なんちゃって”なので、全体的にダンスがユルくてキレがないです。おまけに中腰状態がきちんとキープされていないので、時たま上下動があるようです。

 一通りタンゴをやったので、少し休憩を入れてから、ワルツに種目を変えました。

 タンゴを散々踊ったあとで、ワルツにしたので、なんかボディバランスが悪くなっていました。そう、タンゴとワルツでは、だいぶボディバランスが違うんですよ。タンゴって、かなり低い姿勢で、それを一定に保ったまま踊りつづけるわけです。ワルツも下へのエネルギーは必要だけれど、カラダは自然なカタチでスウィングしていくわけで、バランス的にはタンゴよりもかなり高さを感じます。なので、タンゴのバランスのままワルツを踊ると、スウィングの上下動がかなり激しくなり、とても疲れます(笑)。

 ワルツは、目下の課題、オーバーターン・ターニング・ロックの練習を重点的に行いました。大切なのは、リズムを正確に刻んで踊ること。姿勢の保持がうまくできないと、リズムが流れて早くなってしまうので、一つ一つの姿勢をきちんと踊る事が大切です。つまり、一にも二にも、カラダのバランスって奴です。

 タンゴ1時間、ワルツ1時間踊るとかなりヘバります。でも、ルンバをやらないわけにはいきません。

 ルンバでは、前回、体力的な限界から学べなかった、アレマーナとハンド・トゥ・ハンドを習いました。まあ、四の五の言わず、次の動画を見てください。現在、私が踊っているアマルガメーションで踊っている動画です。

 ううむ、同じアマルガメーションですが、私はこんなにキレイに踊れません(汗)。

 要は男性が左手を上げるタイミングが大切で、これ次第で、アマレーナとホッケイ・スティックが区別されるようです。ハンド・トゥ・ハンドは逆ニューヨークって感じ。ルンバは、ラテンダンスだけれど、ジルバよりもずっと楽しいので好きです。

 でも、体力の限界がやってきたので、ルンバは30分で終了。結局、今回のレッスンは2時間半で終わり。それにしても、二時間半も踊ると、かなりバテバテになりますね。アラフィフの体力の無さが悲しいです。

 ブルースを踊っていないけれど…まあいいか(笑)。

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2012年7月12日 (木)

クチビルがケイレンし始めたら練習は止めましょう

 フルートのレッスンに行ってきました。私がお教室に着いた時、部屋には誰もいませんでした。一人で音出しをして、今日のレッスン箇所をさらっていました(いい子でしょ?)。先生はちょうど外出していたらしく、戻ってらした時は近くの電気屋の袋をぶら下げていました。

 まずはロングトーンからです。今回はブレスについて注意を受けました。「ロングトーンの時は、そんなに急いでブレスをしなくていいんだよ。ゆっくりと息を吐いて、ゆっくりと息を吸う。そして音を出す。急ぐ必要は全く無いんですよ」との事。なので、ブレスの事に集中してロングトーン練習をしました。それにしても、第三オクターブに入っても(ピッチが正しいため)音が揺れないというのは、吹いていて気持ちいいですね。

 さて、アルテは(いつもの)第4課のEs-durのロングトーンからです。注意されるのは、プリチアルディキーと中音レとミbの時の左人指し指です。どうにもこうにも、毎度毎度で同じ注意をされちゃいます。

 2番の「アルペジオ基本練習」はようやく合格です。でも、4番の「Es-durのスケールとアルペジオ」と5番の「Es-durのクロマチック」は不合格。やっぱり練習が足りないんですよ。きちんと次に吹く音を、次々と思い浮かべてスムーズに指を動かしていかないと…。それとやっぱり、右中指が鬼門だなあ(涙)。あと、第三オクターブのラb、シbあたりも鬼門、だって、普段使わない運指だから、指がビックリしちゃうんだよね。

 ミニヨン・エチュードの13番は、前回よりも(指の動きが)良くなっているけれど、まだまだなので、不合格になりました。特にやはり、曲の後半部の練習が自分でも足りていないと思います。

 それと、全体的に“歌いすぎ”という注意を受けました。「思い入れが入りすぎているよ。もっと、あっさり吹いていいんだよ」と注意されました。特に後ろから5小節目にあるフェルマータは、単なるフェルマータであり、その前にリタルダンドがあるわけじゃないので、徐々にゆっくりして伸ばすのではなく(多少は遅くしてもいいのだけれど、なるべく)フェルマータまでは通常運転をして、フェルマータで思いっきり音を伸ばす方が良いのだそうです。ま、“楽譜どおり”なら、その通りですね(納得)。ま、フェルマータに限らず、その小節は、私にとって、要練習箇所ですね。吹き直すたびに間違える箇所が変わるというのは、全然ダメですものね。

 ブレスの無い箇所でのブレスは禁止です。つい息が足りなくなると、歌(と言うか、合唱の)悪い癖で、カンブレのつもりで“ちょっとだけ”“無意識に”息を吸ってしまうのだけれど、それはダメだと注意されました。「息が足りなくなったら、足りないまま、フルートを吹きなさい。それもフルートの練習だ!」と言われました。息が足りなくなったら、絞り出せ!って事ですね。

 今回の練習では、私の演奏中にクチビルがケイレンし始めて困りました。そこで「私はフルートを吹いていると、たまにクチビルがケイレンしますが、これはなぜですか?」と質問してみました。先生の答えは「疲れているんじゃないかな?」でした。これは、カラダが疲れているという意味と、クチビル周辺の筋肉が疲れているの、二つの意味ですね。クチビル周辺には小さな筋肉がたくさんあります。カラダがちょっとでも疲れたり、クチビル周辺が働きすぎて疲れてしまうと、クチビル周辺の小さな筋肉に影響が出て、クチビルがケイレンするのだそうだです。

 「クチビルがケイレンしはじめたら、さっさと練習止めて休みましょう。練習は根性ではなく、合理的にやらないといけません。疲れた時に練習をしても、何も身に付かないですからね。そういう時は休むに限ります」と言われました。確かに、それはそうかもしれません。

 「我々は何年にも渡って、毎日十何時間もフルートを吹いているわけだから、ちょっとやそっとではクチビルがケイレンする事なんてないけれど、やはり趣味の人たちは、練習時間が不足気味だから、どうしてもケイレンする事だってありますよね」とおっしゃってました。そりゃあ、プロの方々とは我々では鍛え方が違うのは当然です。

 「一説によると、プロになるには、1万時間の練習時間が必要だって言われます。一日10時間ずつ練習しても3年かかわるわけだ。5時間ずつでも6年はかかるわけで、これが毎日1時間なら30時間かかるわけで、それだけたくさん練習しないとプロにはなれないわけです。だからプロは練習が好きでないとなれるものじゃないですよ」と言って、ゴールウェイが如何に練習好きかと言う話をしてくださいました。確かに、ゴールウェイは練習好きな人だと思います。だって、私が見に行ったマスタークラスでも、休憩時間も喜んでフルート吹いてましたからね。彼は、絶対に“フルートヲタク”だと思います。

 「それでね、それだけたくさん練習しても、全員がプロになれるわけじゃなくて、そこからもたくさんの修行をして、経験を積んで、それでようやくプロになれるわけなんです。でも、最近の人は、大学さえ出ればプロになれると勘違いしている人が多くて、困るんですよ」とグチってました。確かに、音大出ればプロの演奏家になれる…わけないですねってか、プロになれていない人をたくさん見てきました。逆に、音大卒業しないでも、きちんと修行と経験を積んで、プロミュージシャンとして活躍している人もいるわけです。そう考えると、音大は教育機関ではあるけれど、将来を保証してくれるわけでもなんでもないわけですね。

 もっとも、大学を出てもプロになれないのは、音楽家だけじゃないです。大半の職業が、大学を出たからと言って、すぐにプロになれるわけじゃないです。そこからたくさんの修行が必要です。私がよく知っているセンセの世界も、大学を卒業して、担任を10年ぐらいやって、ようやく一人前…って感じがします。それまでは、生意気な事は言ってても、なかなか内実は伴わないし、やることなすことスキだらけなんですよね。やはり、一人前になるには、現場における実地教育ってのが必要で、それはたぶん、音楽家も一緒でしょうね。

 だから私は、アマチュアの分際で“プロ並”なんて、絶対に目指さない。もちろん、上達はしたいけれど、プロとは違う方向で頑張っていけるといいなあって思います。

 なんてね。

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2012年7月11日 (水)

体験レッスンに行って、決めてきました

 いよいよ、待ちに待った、体験レッスンの日がやってきました。先生のお宅まで、徒歩なら30分、車だと大回りをするので15分かかるので…自転車で行くことにしました。だって自転車なら、車の通れない裏道をスイスイとノンストップで行けるので、ゆっくり走っても約10分で着きます。ううむ、自転車って便利だな。

 場所は確認済みなので、今度は一回しか迷いませんでした(笑)。到着をして、先生にご挨拶をして、レッスン室に案内されました。…レッスン室が広くでビックリ! ピアノはグランドピアノが1台入っているのですが、あの部屋、おそらくグランドピアノを3台入れても、また余裕があると思うよ、それくらい民家にしては広いお部屋でした。小さな合唱団なら、あの部屋で練習できるかも。このくらい広ければ閉塞感無しで歌えるのでGOOD!です。

 レッスンの最初は、よもやま話から。まず、Y先生(声種はバリトンです)は、現在、教える仕事をセーブし縮小している最中なのだそうです。だから、本来は、新しい生徒さんを取らない事にしているのだけれど、私たちは、生徒さん(妻の友人)の紹介だから[やむをえず?]レッスンをしてくださるのだそうです。つまり、私たちは特例なんだそうです。有り難い事です。

 Y先生は演奏仕事をメインにご活躍されているので、そんなに遠くない将来、声楽教室そのものが無くなっちゃうかもしれないけれど、その時は勘弁してくださいね~って事らしいです。ま、今すぐ無くなるわけじゃないし、お教室が無くなったら、その時の事は、また、その時考えれば良い事です。それまで、多くの事を教えていただき、鍛えていただければ結構です。

 私たちの事は、すでに妻の友人さん経由でアレコレ話が行ってますので、面接(?)はサクサクと進みます。

 歌を習う目的を尋ねられました。先生は「オペラアリアを歌えるようになりたいのですか?」と尋ねてきました。確かにオペラアリアを歌えるようになれたら素晴らしいけれど、私が歌を習いたい最大の理由は『歌が上手になりたい』って事なんですね。で、私の思う『歌が上手』というレベルは『気軽に人前で鼻唄が歌える』レベルです。だって、私は、とてもじゃないけれど“気軽に人前で鼻唄”なんて無理だもの。たとえ鼻唄であっても、歌うとなる身構えちゃうし、身構えた上に下手くそだったりするし…。だいたい“歌”ってなるとガチガチになるから、とても“気軽”じゃないし…。

 だから『人前であっても、自然体で、ふと鼻唄をくちずさめて、なおかつ、それがちゃんとしている…』というレベルになりたいんですね。その上で、オペラアリアをバンバン歌えたら、素敵ですね。

 今まで、どんな歌をレッスンしてきたのかと尋ねられたので、答えたら「えっ!」って感じで、結構ビックリしていました。何にビックリしたのか、そのうち聞いてみたいと思います。

 さて、声を出しましょう…って事で、さっそくハミングから入って、軽く音出し程度の発声をしたところ「声は間違いなくテノールです。ただ、あれこれうまく行っていないのが残念です」と言われました。

 何が“うまく行っていない”のかと、かいつまんで書いちゃうと…

1)支えと発声がつながっていない
2)クチビルがうまく使えていない
3)ノドの開け方が間違っている

 …との事です。ちょっと声を出しただけで、これだけのダメ出しをされちゃいました。(涙)

1)支えと発声がつながっていない  一生懸命、お腹を引いて歌っているけれど、その引き方だと、支えと声はつながらないし、一生懸命声を支えているつもりでも、お腹はお腹、声は声と、全く別々になっているので、モッタイナイ。声を支えるためには、お腹を後ろに引くのではなく、お腹の脂肪(腹部前面にある皮下脂肪ですね)を肋骨の中に仕舞うつもりで引いた方が良いです。感覚的には“お腹を引く”ではなく“嘔吐する”時の感覚。そこまでやった上で、お腹の動きと声を連動させる練習を何度も繰り返して初めて、お腹で声を支える事ができる…のだそうです。

 その辺が全く出来てないって言われました。…確かに、そうかも…。だいたい、お腹を嘔吐の感覚で引きなさい、なんて初めて聞きました。

 で、さっそくY先生が指摘する運動を正しくやろうとすると、背中がとても疲れるし、腹筋はすぐに笑始め、やがて、ツリそうになります。ああ、私は初めて聞いただけでなく、初めて、こういう動きをしているって事に気づきました。表現が違うだけで同じ動作を求められているなら、カラダはそれに対応できるけれど、実に実に、全く初めての動きで、筋肉にとって新鮮な動き方です。だから、腹筋を動かす事自体がぎこちないし、やり続けるのは無理ですし、その動きをキープする事はできません。

 先生もすぐにそれを見抜いたので、無理はさせずに、一回ずつ、一声発声するたびに、動きをリセットして、ゆっくりと丁寧にやらせてくれました。リラックスして、そこから息を吸って、お腹を引いて、声を出して、リラックスする。この一連の動きを一音ずつ丁寧にゆっくりと行いました。とにかく、お腹の動きと発声を連動させるんです。

 まあ、一回のレッスンで体得するのは無理ですが、動きそのものは理解できましたので、あとは自宅で練習を積み重ねていきたいと思います。

 また、私の発声そのものは、かなり不自由に聞こえるそうで、もっと楽にリラックスして歌うことを目指しましょうと言われました。ツラい発声や痛い発声は間違いだと言われました。声は自然に楽に出るのであって、そうでなければ歌えないでしょう?って事です。

 なんか世界が引っくり返るような事を言われてしまいました。歌って、頑張って歌うものじゃないの? 良い声って、痛い思いをして、身を削らないと出ないんじゃないの? 少なくとも、今までは、かなりツラくて痛いところまで自分を追い込まないと先生からOKもらえなかったけれど、そのずっと手前で止めちゃっていいの? 本当に、楽に声を出していいの?

 特に高いところは、今は音を自分に引き付けてガチガチになって発声しているけれど、それではツラいだけだし聞き苦しいと言われました。そして、大切なのは、自分から声を離して発声する事だと指摘されました。声を凧に例えるなら、糸を自分の元に強く引っ張り続けていても、凧は高く上がらないわけで、糸を送ってあげて初めて、凧は高く上がるんですよ…と言われました。なんかよく分からないけれど、とにかく、力付くで歌ったり、無理やり作り声(いわゆる“オペラ声”)で歌ってはいけないって事は、分かりました。

 とにかく、発声練習は一声発声するたびにカラダの使い方を確認する事が(今の私には)大切なんだそうです。なおざりに発声しちゃダメなんだそうです。緊張と弛緩を交互に繰り返すことが大切だそうです。

 あと、お腹を引き続けるのはNGって言われました。緊張し続ける事はダメであって、リラックスが肝心なんだそうです。ただし、リラックスと言うのは“無気力”という意味ではなく“準備万端”って事で『いつでもお腹を引けるけれど、今はまだその時ではないから引かないけれど、必要があったら、すぐにでも全力でお腹を引いちゃうよ』というのが、リラックスなんですね。つまり、お腹は普段はリラックスしていて、必要がある時に、事前に引いておけば、それで良いらしいです。

 まあ、おそらく、引き続けている(緊張し続ける)と疲れちゃう…という理由もあるんだろうなあって思いますが…。
 
 
2)クチビルがうまく使えていない  クチビルは金管楽器のように薄くして、外側に向かって開放的に広げるのだそうです。その際、クチは縦開きに開くと良いのだけれど、テノールの場合、縦開きにすると、高音が発声しづらくなる(クチを横に開いた方が高音発声には有利なんだそうです)ので、そこは様子を見ながら、バランスよく練習していく事が肝心だと言われました。しかし、クチビルの使い方なんて、今まで意識すらしていなかったので、なんか難しいです。妻もクチビルの使い方はなっちゃいなかったらしく「アヒルグチで歌いなさい」って言われて、アタフタしてました(笑)。

 考えてみれば、ラッパの形って、大切だよねえ。
 
 
3)ノドの開け方が間違っている  声を奥に持っていこうとしているのは分かるけれど、それでは順番が違います…と優しく言われました。奥を開ける前に、ノドボトケをしっかり下げる事を意識してくださいと言われました。ノドボトケをしっかり下げて、それからノドの奥を開くという順番が大切だから…だそうです。

 これは声帯を弦楽器の弦のようなモノと考えた時に、まずは弦をブリッジ側でしっかりと停めましょうって事のようです。で、弦をブリッジ側にしっかりと停めた上で、奥を開いて、弦である声帯を引っ張るのが肝心なんだそうです。私の発声は、歌う時の意識が「後ろにばかり行って、前がおろそかになってる」ので、それではブリッジ側の弦を停めずに、ネック側でキリキリと弦を巻いているようなものなんだそうです。なるほど、それではキレイな声はなかなか出ませんわな。

 しかし、ノドボトケですか? 今までノドボトケを下げるなんて、夢にも考えた事ないもの。

 ノドボトケを下げる時の注意は、ノドボトケをアゴの力で下げてはいけないのだそうです。アゴの力でノドボトケを下げてしまうと、ノドそのものが絞まってしまうので、ノドボトケを単独で自由に下げられるようにするのが大切だし、ここが発声のスタートなんだそうです。

 もっとも、ノドボトケを下げるという動作をあまり難しく考える事はなく、実はいわゆる“あくびのクチ”をすれば、ノドボトケは下がるので、ノドボトケを下げるのが難しければ、あくびのクチで歌うと考えてもOKなんだそうです。

 なるほど“あくびのクチ”は合唱団のボイトレなどでも、良く注意されました。キング先生のところに行ってから、その手の注意は受けなかったので、自分的には“あくびのクチ”は卒業していた気になっていましたが、単にチェック漏れだったわけですね…。

 とにかく、ノドボトケを下げて、声帯をピンと張ると、高音は出しやすくなるし、声に深みが出るそうです。ただ、ノドボトケを下げたままで、奥を開けないと、声が胸に落ちてしまうので、それを防ぐために、ノドボトケを下げながら、ノドの奥を広げるのであって、その順番を間違えてはいけないのだそうです。おそらく、私が長年、声を出すたびに頭痛に苦しめられていたのは、このノドボトケがいいかげんなまま、ノドの奥を過剰に開けようとしていたためだろうと考えられます(すっご~く、納得しました)。

 以上、たかが発声練習だけれど、先生が違うと色々とやり方が違うので面白いです。

 これだけのレッスンでしたが、実地の指導が入っていますので、少しの休憩も無しで小一時間たっぷりです。で、やっと、妻と交代です。なんか、疲れました。
 
 
 妻がレッスンしている時も、ボーとしていちゃいけないって言われました(つまり、私、自分のレッスンが終わって疲れて放心していたわけです:笑)。妻がレッスンを受けている時でも、二人に共通する話はいくらでもするし、妻のレッスンの中から参考にできる事はドンドン参考にしなさいと言われました。なので、今回からは、妻のレッスンも耳をダンボにして聞く事にしました。

 え? 今までは聞いてなかったの?って事ですが、はい、聞いてませんでした。と言うのも、キング先生がおっしゃるには、声楽のレッスンはオーダーメイドだから、Aさんに言った事が必ずしもBさんの役に立つというわけでもなく、むしろそれがBさんにとって害になる事だってたくさんあるのだそうです。たしかに、それはそう思います。なので、私は今まで妻のレッスンをちゃんと聞いていませんでした。でも、先生が変われば、そのあたりの事情も変わるわけです。郷に入れば郷に従え、です。

 妻はカラダの使い方が、あっちこっち違っていたそうで、それらを一つ一つ訂正してもらっていました。特に呼吸がきちんとした腹式呼吸ではないという事(そこからですか!)で、そこらへんをメインに直してもらってました。とにかく、先生が妻のカラダの使い方を直すたびに声がみるみる変わっていくのは面白かったですし、その指導が分かりやすかったと、妻には好評でした。ちなみに妻の声は「まちがいなくソプラノです。メゾ? ありえない」んだそうです。
 
 
 とにかく、体験レッスンだし、初回のレッスンという事もあったろうけれど、とにかくたくさんの事を時間をかけて教えてもらいました。とにかく、二人とも、発声に多くの問題があるようで、先生からは「曲に入れなくてごめんなさい」と言われてしまうくらいでした。まあ、それくらい二人とも発声がダメだし、それを見過ごす事はできないって事なんでしょうね。まあ、発声に関してはダメな自覚もあったので、想定の範囲内です。とにかく、これから色々とやるべき事がたくさんあるようです。

 最後に、先生がおっしゃったのは、妻は「不足はあるけれど欠点のない人」なんだそうです。色々な面のバランスが良いけれど、その反面、小さくまとまっているのだそうです。ただ、バランスが良いので、このまま素直に練習していけば、とても良く伸びていくタイプなんだそうです。

 一方、私は「バランスがとても悪く、かなりデコボコしている人」なんだそうです。良いところはスゴく良い(キング先生に感謝ですね)けれど、大きな欠点もたくさんある…というわけです。まずは欠点を潰す事から始めて、そこを磨いて、長所にしていく事から始めなければいけないので(妻と比べると)これからの学習はかなり大変ですと、覚悟を求められました。まあ、歌の道はイバラの道と覚悟しているので、頑張りますよ。

 そうそう「憧れの歌手のマネはしないように…」と釘を刺されました。よっぽど、カラダや声が似ているならともかく、既存の歌手のコピーをしようとすると、却って上達が遅れるのだそうです。つまり「コピーを目指すな、オリジナルを目指せ」って事のようです。まあ、その点に関しては大丈夫な私です。だって、私の憧れの歌手は、デル・モナコとドミンゴだけれど、二人とも、私とは似ても似つかない声で、さすがにあの人たちのマネは出来ません(笑)。それに今度は先生とも声種が違うのだから、先生のマネも出来ません。必然的にオリジナルを目指すしかないわけです。
 
 
 とりあえず、今回は体験レッスンと言う事でしたが、レッスンそのものは興味深く、今までとは指導の切り口も違って、色々と目新しい事もあったし、先生も人当たりの柔らかい社交的な方とお見受けしましたので、お世話になる事にしました。体験レッスンに来て、すぐに決める人は珍しいらしく、先生が驚いていました。でも、善は急げじゃないですか。

 まあ、Y先生のところは、初心者さんが尋ねてくると言うのは、あまり無いでしょうし、経験者の場合、体験レッスンを受けた結果、それまでのやり方と違う部分が多々あると、やはり戸惑いを感じて、即答しない方が多いんじゃないかなって思いますが、私はむしろ、指導が違うのがうれしかったです。同じことを同じように注意されるのなら、先生を変えた意味がないじゃないですか(笑)?

 これでようやく、一連のガタガタも収まり、やっと声楽復活が完了です。ああ、やっと落ち着けます。

 とにかく、先生が変わり、教わる事が変わる事で、今までできなかった事ができるようになる…そんな気がします。ポジティブ・シンキングです、前を向いて歩きましょう。

 次回のレッスンでは…10月の本番に向けて、何曲か持っていく事になりました。で、それらを先生と検討してみて、本番の曲決めをしましょうって事になりました。10月の本番? はい、その本番については、正式に決まったら、またブログで告知しますが、ちょっと考えている事があるんですよ。

 今年は、あと2回くらい、本番に出たいなあ…って思ってます。つまり、2~3カ月おきに本番に臨むってのが良いペースでしょ(笑)。

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2012年7月10日 (火)

本格的に動き出したら、迷子になりました(笑)

 ガラコンサートは無事(?)に終了しました。ガラコンサートについて知りたい方は、「ガラコンサートに出演しました その1」をご覧ください。「その1」に続いて「その2」も見ていただくと、私たちの歌声がアップしてあります(笑)。

 さて、ガラコンサートを終え「これで声楽ともオサラバ、気持ちはすっかり晴々~!」な私は、笛先生とのジャズセッションで思いっきりハシャいで、その日を終えました。

 それまでの心労もあったし、実際にガラコンサート当日は疲れたという事もあって、翌日は家で倒れていた私でしたが、そんな私に向かって、妻がこう言いました。「ガラコンサートも終わったし、これで正式にキング門下から離れたから、新しい先生とコンタクトを取ってもいいよね?」

 ??? 新しい先生とは、ガラコンサート前に、二人で「次に習うなら、この人なんて、素敵だよね」と確認したオペラ歌手の方の事です。

 おいおい、その人に習う事には不服は無い…と言うか、むしろ歓迎だけれど、この人、演奏に忙しそうだけれど、教えているのかい? いや、仮に教えていたとしても、どこに問い合わせればいいわけ? それに趣味のオジサンやオバサンに教えてくれるのかい? 声楽教室の看板を出しているのかい? ……疑問と不安が一気に頭を駆けめぐりました。妻は「そういう事は、問い合わせみなけれは分からないじゃない?」と前向きです。

 聞けば、彼女の友人の中に、この歌手さん(以下、Y先生と呼称します)の生徒さんがいるんだそうです。で、その友人さんに先生を紹介してもらえば、先生とお近づきになれると言うじゃあ、ありませんか? なので、その友人さんに、まずはアプローチをしてもいいかと、私に尋ねてきたわけです。もちろん、私はY先生に習えるなら、それはとても素敵な事だと思ったので、半信半疑でしたが、妻にGO!サインを出しました。

 そこからの妻は速かったですよ。友人さんに、紹介依頼をするや、すぐにその友人さんがY先生とコンタクトをとってくださって、あっという間に、Y先生と妻のメールでのやりとりが始まり、あれよあれよと言う間に、体験レッスンの日取りが決まってしまいました。

 その間、何もせず、ボケ~っとしていたのは、何を隠そう、この私です(エヘン)!
 
 
 実にすんなりと事が進みました。実に驚くほどです。キング門下を離れて、まだ間もないと言うのに、もう次の先生のメドがたってしまいました。これじゃあ、絵の勉強なんてしている暇がない(笑)。実にトントン拍子です。なんか、話がうますぎます。

 が、本当のところは、かなりの偶然というか、幸運が重なって、体験レッスン実現となった事を、後で知りました。

 私はY先生の事を当地の方だとばかり思っていました。実際、以前はよく地元でお見かけしていたし、当地のオペラ歌手のまとめ的な活躍もしていたので、てっきり今もこちらにお住まいだとばかり思っていましたが、実はY先生、今は当地を離れ、東京周辺で演奏の仕事をメインに活躍するようになったのだそうです。つまり、地元を離れた方だったのです。

 ああ、だから地元ではすっかり見なくなったワケか…と合点しました。そりゃあ、歌の仕事は、こっちよりも東京の方がたくさんあるわけだし、東京で通用する力があるなら、東京でお仕事されるのは当然ですよね。

 ってなわけで、仕事や生活の拠点を都会に移動されたY先生ですが、以前はこちらで活躍していたので、こちらにも数名の生徒さんが今も残ってます。その残った生徒さんたちのために、忙しいスケジュールの合間をぬって、不定期に月に何回か、こちらに戻ってきて、レッスンを行うのだそうです。で、その戻ってくる日の夕方の時間に、ご自宅への帰宅時間を遅らせて、わざわざ時間を作ってくださって、そこで私たちの体験レッスンをする事になりました。なんか、有り難い話です。

 「趣味のオジサンだけど大丈夫?」
 「私の友達だって趣味よ」

 しかし、これでは絵の勉強なんてしている暇がないどころか、歌をお休みしているとも言えない状態でございます。

 それにしても、先生を探して入門する…なんて事は、本当にご縁がなければ出来る事ではありません。こちらが習いたいと思っても、先生の方に新しい生徒を取るつもりがなければ無理だし、先生にそのつもりがあっても、レッスン枠が空いてなければ無理だし、レッスン枠が空いていても、それがこちらの都合と合うかどうかも難しいわけだし、都合が合っても、通える範囲の距離じゃないと、早晩無理が生じます。いやいや、それ以上にほとんどの先生が看板を出していらっしゃらないのですから、まずはファーストコンタクトを取る事自体が難しい事なんです。

 だから、体験レッスンまで、すんなりと駒を進められたって事自体、かなりの幸運が重ならないと難しい話だし、ご縁がなければ実現不可能な話なんです。これは、絶対に、音楽の神様の導きがある…んだろうなあって思います。 後は…先生との相性次第ってところかな?
 
 
 さて、体験レッスンの場所は、先生の御実家だそうです。東京進出以前は、そこで声楽教室を開いていた(今もやっているわけですが…)場所です。つまり、憧れの“ご自宅レッスン”って奴ですよ。キング先生には声すら掛けてもらえなかった“ご自宅レッスン”から、スタートなんです。なんか、気分がウキウキします。
 
 
 レッスン場所が楽器屋さんとかカルチャースクールなら、そこに通う道に迷う事などありませんが、一般民家となると、なかなか場所が分かりづらかったりする事も多いし、レッスン当日に迷子になってはいけないので、一度、先生の御実家の場所を下見してみようという話になりました。

 我が家からY先生の御実家までは、歩いていくと30分ほどの距離ですが「時間がもったいないから自転車で行こうよ」と妻が言いました。そこで、夫婦二人で自転車に乗って出かけました。自転車で行けば、10分程度、せいぜいかかっても15分程度の距離のはずですが…結局、2時間かかりました(笑)。はい、しっかり道に迷いました。

 いやあ、きちんとiPhoneを持って、マップで確認しながら行ったのですが、当地は昔から人が住んでいる古い地域だからねえ…都市計画なんてありゃしないのよ。江戸時代以前の道が、未だに現役だったりするような土地だし、あっちこっちに小川が流れていて、その川の上に蓋をして、その蓋の上を道代わりにしていたりする土地なんです。だいたい、玄関が、小川に向いていたり、線路に向いていたり、ヒト一人やっと通れる細い路地に向いていたり…なんて、実に多様性に富んだ地域なんです。なにせ自動車発明前からの街ですから…。そんな土地では、さすがのマップもアテにはなりません。

 いや、最初はマップのいう通りに行ったのですが、到着した場所は、小川の上(一応、蓋がしてあって、簡易な道になってます)だったんですよ。マップ、ダメじゃんって話です。結局、昔ながらに、住所の番地を頼りに御実家を探しちゃいました。それで2時間です。ああ、疲れた。道もやたらとクネクネ曲がっているし、番地も不規則に飛んでいるし…。でも、大丈夫、これだけ道に迷ったので、レッスン当日は迷わずに行けるというものです。

 ああ、それにしても、迷子って、疲れますね。

 ちなみに、マップの表示は正確でした。先生の御実家は小川沿いの家でした。マップは先生の御実家の裏手の小川を示していただけなんです。ただ、川に向かって玄関があったわけではなく、玄関は小川の道とは、全然別の道に向かって開いていたので、小川の上からは、先生のお宅が分からなかったのです。なので、川の上にマップで連れてこられても、そこから先生の家には行けないのですよ。そこから、遠回りして玄関の前まで行かないといけないのですが…そこまでマップはフォローしていなかったのです。それに、マップに載っていない路地、多すぎ(笑)。ああ、疲れた。

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2012年7月 9日 (月)

ココロの葛藤? 先生探しを始めた話

 元々、キング門下をすぐには辞めるつもりはなかった私ですが、色々あって辞める事になりました。そのあたりの話を知りたい方は「声楽のレッスンを辞めました」という記事をご覧ください。で、今回の記事の話は、時間的に、その頃から話を始めます。

 とにかく、当初は門下を離れるつもりはなく、単純に「これ以上先生とケンカをしている状況を継続するのは良くない」という理由で、しばらくレッスンを休もうと思っただけなんですが、そこのスクールの事務手続き上“レッスンを休む”ためには『一度レッスンを辞める』という方法しか無かったのです。

 私が見込みのある生徒さんなら、スクールを一度辞めて、レッスン枠がふさがってしまっても、レッスンそのものを、先生のご自宅レッスンに変更すれば、何の問題もありません。そういう意味では、いつでもレッスンに復帰できるシステムがキング門下にはあります。

 実際、スクールからご自宅レッスンに変更した生徒さんは少なからずいます(ご自宅レッスンの方が時間的にもたっぷり教えていただけるのです)が、私たち夫婦は下働き要員であって、歌の面倒はロクに見てもらっていないお月謝支払い要員のお客さんですから、先生がマジにレッスンをやっているご自宅には呼ばれないでしょう(実際、過去に一度も声を掛けられた事はありません)。

 ならば、スクールでのレッスン再開が可能になるまで、グループレッスンでお茶を濁そうか…とも一瞬思いましたが、元々グループレッスン出身の私ですから、キング先生のグループレッスンがどういうものかは、よく知っていますので、そりゃあパスです(笑)。もうこれ以上、時間の無駄遣いをしている余裕は、私には無いのです。

 ブログには書きませんでしたが、キング先生の発声指導自体に疑問を感じるようになっていたので、ならばいっそ、レッスン枠が空くまで、他のヴォイストレーナーさんに発声だけ見てもらおうか…なんて事も考えましたが、それで他のトレーナーさんに習ってみて、もしもキング先生よりも良いトレーナーさんと出会ってしまったら、今更キング先生に戻る事なんて出来ないし、キング先生の元に戻らないなら、ヴォイストレーナーさんじゃなくて、発声も音楽も両方みてくださる先生の方がいいじゃないのかな? なんて思うようになりました(この辺、私、精神的にかなり迷走してます)。
 
 
 
 じゃあ、これを機会に、他の先生について声楽を学ぶ事も、選択肢として考えてみよう…と思うようになりました。
 
 そこで、近隣にお住まいのオペラ歌手さん、キング先生以外の方で声楽やクラシック発声を指導してくれる方、ヴォイストレーナーさん、あるいは声楽教室を探してみました。
 
 
 まず、分かったのは、声だけを見てくれるヴォイストレーナーさんは、やはりポピュラー系の方が多く、クラシック系の方は、どうしても声楽教師という形になり、発声だけを習うのは難しそうだという事です。

 クラシック志向の強い私は、そうなると、やはり声楽教師/教室を探す事になります。しかし、私たち夫婦の実力では、いわゆる“グループレッスン”では、早晩物足りなくなるだろうだろうから、歌を習うならば、どうしても“個人レッスン”にせざるをえないでしょう。

 スクールでは「万が一、キング先生のレッスン枠が塞がった場合は、責任をもって、別の先生を紹介します」とおっしゃってくださったけれど、カルチャースクールの各講座って、初歩~初級者向けの講座ばかりで、キング先生のように、ある程度上達した人間を(ご自宅で)面倒をみてくれるという先生は数少ないし、実際、そこのスクールの他の声楽の先生たちのラインナップを見ても、今一つ、ピンと来なかったのは事実です。

 別にスクールに文句はないし、フルートのH先生のように「上級者の面倒もみますよ」と公言されてクラスを開設されている先生がいらっしゃれば、スクールはそのままで、先生だけ変えても良かったのだけれど、声楽の先生方はそうではないので、なんか、そんな気になれませんでした。

 実は、声楽教室って、看板をあげて営業している所って少ないんです。看板が出ているのは、楽器店主催だったり、カルチャースクール系や専修学校系の声楽教室です。専修学校系はともかく、楽器店系やカルチャースクール系は、初心者~初級者向けの教室が大半であって、私たちには向いていません。だから私がお世話になるなら、専修学校系の声楽教室か、個人経営の声楽教室となります。専修学校系は、趣味の方も受け入れるところが増えてますが、それでもやはり仕事をしている現役世代では、なかなか学びづらい部分があるのは確かです。ってなると、そこは融通の聞く個人経営の声楽教室って事になるけれど、この個人経営の声楽教室って奴が、本当に看板を出していないんですよ。

 ま、これはウチの地元の場合、ピアノ教室も同じです。個人経営のピアノ教室も看板を出していないんです。つまり『一見さん、お断り』なんですわ。全然、オープンじゃないんですわ。

 でも、5年も地元で真剣に声楽の勉強をしていると、地縁やら音楽縁やらで、地元の歌手のみなさんや、それらの歌手さんたちを支える人たちに関する情報なども、結構たくさん入手できるようになってきました。

 そんなわけで、ざっと思い浮かべるだけでも、地元にお住まいで現役で活躍されていらっしゃるオペラ歌手さんを10名以上言えますし、教える方に専念されていらっしゃる声楽教師の方もパパッと4~5名は言えるし、表向きはピアノ教師だけれど、実は声楽家卒で歌を教えたくてウズウズしている人も知っているし、あるいは以前お世話になった先生方に再びコンタクトをとって再入門してもいいし…なんて考えてくると、私は実にたくさんの手札を持っている事に気が付きました。

 そうしたら、なんか安心しました。キング先生に執着する理由なんて、これっぽっちもないなあ…、そう思うと、心が少しだけ穏やかになりました。でも、当時は、ガラコンサートに向けて準備をするのが最優先で、手札の枚数だけ確認して、手札そのものは、ポケットにしまってしまいました。
 
 
 そして、ガラコンサートを数日後に控えたある日、先生からレッスンに戻れない事を伝えられ、私の後任の歌劇団団長さんが決まった事が知らされました。

 もう、いいや。門下を離れよう。歌劇団にも関わるのは止めよう。いや、いっそ、ガラコンサートが終わったら、声楽なんか、辞めちゃおう。その時の私は、そんなふうに考えました。その時の気分が反映しているのが、この「やっぱり声楽を辞めます」という記事です。

 つまり、キング門下を離れると決心した私は、ガラコンサート当日までは歌を頑張るけれど、それ以降は、声楽を辞める事も視野に入れて、声楽以外の何か別のモノを探し、もしもそれが良ければ、今度はそちらに身を投じ、新しい環境で新しい人々との出会いを期待してもいいかな…って思ってました。今だから言える、正直な気持ちですけれど(笑)。

 ちなみに、この頃、無性にやりたかったのは“絵”です。私は、音楽同様に絵も好きなんです。絵は本当に大好きです。もちろん、見る方も好きだけれど、圧倒的に描く方が好きです。

 実は絵は、私の“選択しなかったもう一つの可能性”って奴なんです。だから、音楽はひとまず止めて、一度捨ててしまった絵を拾い直して、今度は絵を基礎からしっかり学んでみようかな…なんて、ちょっぴり考えていました。
 
 
 一方、妻は切り換えが速かったです。とにかく、キング門下から離れると決まったら、すぐにポケットにしまっていた手札を広げました。そして、その手札の中から、幾枚かチョイスし、それぞれの可能性を探り始めたのです。一方、その頃の私と来たら、声楽には嫌気が差していたし、不眠症のため、寝不足の日々が続いて、何事にも真剣になれず、それどころではありませんでした。ううむ、女って強いなあ。

 とにかく、私が寝不足でボケーとしている間に、妻はあれこれと可能性を確認し、実現可能なカードと不可能なカードをふるいわけてくれました。そして、最終的に彼女が幾枚かのカードを見せてくれました。

 そのカードの大半は、友達だったり、知り合いだったりする、オペラ歌手さんや声楽教師さんたちでした。そういう人たちは悪くないけれど、友人から師弟の関係になるってどうなの?って、ちょっと思いました。なんか、ナアナアな師弟関係になりそうで、怖いです。

 やはり、改めて師弟の関係になるなら、最初からキリッとした師弟の関係を作れる、今はまだ、さほど親しくない人の方がいいんじゃないかと思いました。もちろん、彼女が見せてくれたカードの中には、そういうものもありました。

 第九のソリストをよくやっている歌手の方、地元でのオペラ上演では必ず見る歌手の方、当地でよく声楽リサイタルを開催している歌手の方、毎年声楽発表会を見させてもらっている声楽の先生、現在は合唱指導者だけれど元々はオペラ歌手だった先生…とか、なかなか興味深いカードが残っていました。どの方も、地元密着で活躍している方ばかりです。

 その中にお一人、以前から気になっていた歌手さんがいて、その人が出演しているオペラを見た時に(その頃はキング先生に声楽を習っていたわけですが)もしもキング先生から離れたなら、次はこの人にぜひ歌を習いたいねえ…なんて夫婦で話した事を思い出しました。

 「やっぱり、次に習うなら、この人なんて、素敵だよね」なんて、妻と確認しました。そうは言ったものの、その時の私は、ちょっと軽い気持ちで言っていたのかもしれません(ごめんなさい)。なにしろ、今は次の先生の話よりも、目の前のガラコンサートをやっつける方が大切だし、ガラコンサートを終えたら、しばらく歌は辞めるつもりだったんですからね。

 その頃の私は、不眠症と戦いながら、ガラコンサートに焦点を当てて、それ以外の事は、考えないようにしていました。

 で、ガラコンサート当日を迎えたわけです。
 
 
 しかし、地縁や音楽縁が無いと、先生探しも苦労したはず…と思うと、ネットには載らない地元の情報って、本当に大切で貴重だなあって思いました。結局、日々の生活を支えてくれるのは、ネットではなくリアルな生活であり、リアルな人間関係って奴だなって思いました。

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2012年7月 8日 (日)

なぜ、ケーキ[または、お酒]は美味しいのか?[2012年7月第2週・通算21週]

体重:103.3kg[-0.9kg:+0.2kg]
体脂肪率:31.1%[-0.1%:+0.2%]
BMI:32.6[-0.3:+0.2]
体脂肪質量:32.0kg[-0.5kg:-0.9kg]
腹囲:99.0cm[-1.0cm:+0.5cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 なぜだか、考えたことはありますでしょうか? 「そりゃあ、ケーキって、美味しく作られているから美味しいんですよ」と言えるでしょうね。確かに、腕のいいパティシエが作ったケーキは絶品だけれど、手作りケーキだって美味しいし、それ以前に、ケーキって奴は、ちゃんと作るのは面倒だろうし難しいだろうけれど、出来上がりが極端にマズいって事は…あまり無いと思います。

 それはなぜか…考えました。

 それはおそらく…甘いから。甘さがあるから、美味しく感じるわけです。あと…脂っぽいから。甘いだけでは舌が疲れますが、動物性の脂肪(バターとかクリームとか卵とか…)が、甘さをマイルドにしてくれるわけで、その甘さと脂っぽさのコラボレーションがケーキの基本的な美味さじゃないかって考えました。

 極端な話、無塩バターにたくさんの砂糖を混ぜ込んだだけでも、たぶん(デブ的には)かなりイケるんじゃないかって思います。それくらい、砂糖と脂のコラボは最強かなって思います。違う?

 お酒はなぜ美味しいんでしょうか? 実は私は呑兵衛では無いので、今一つピンと来ないのですが、呑兵衛の皆さんに、ノンアルコールビールと普通のビールの二つを与えて「どちらかお好きな方を一つだけ飲んでいいですよ」と言ったら、飲酒運転の危険性が無い限り、まず間違いなく普通のビールを選ぶだろうと、容易に想像がつきます。

 ノンアルコールビールと普通のビールの違いは…飲料にアルコールが含まれているか否かの違いです。つまり、アルコールが含まれている方をチョイスする/美味しいと感じる呑兵衛さんが多いって事です。

 乱暴な話ですが、ケーキは砂糖と脂のコラボだから美味しいし、お酒はアルコールが入っているから美味しいんです。

 ん? 砂糖も脂もアルコールも、長期に渡る過剰摂取は私たちの命を縮めます。砂糖なら糖尿病を誘発するし、脂は血管障害を引き起こすし、アルコールは肝臓障害を招きます。ある意味、これらを摂取することは、緩慢な自殺かもしれません。実に危険な行為(?)です。

 もしかすると、これらが危険だという事は、我々は本能的に知っているんじゃないかしら? そして、危険だから、本能的に心が惹かれるんじゃないかな?

 たとえば、スキー。雪山の斜面を猛スピードで滑っていくわけだけれど、あれは一歩間違えると大怪我をするほど危険と隣り合わせなスポーツですが、それでもやはりスピードに身をゆだねるのは楽しいです。バイクやジェットコースターもスピードに身をゆだねるものですが、やはり楽しいですよね。

 たとえば、マラソン。まあ、市民レベルならジョギングって事になるかもしれません。走るのって健康にいいというイメージがありますが、実は運動強度的には、走るという動作はかなり負担の大きな運動であって、うっかり心拍数を上げ過ぎてしまう事は大いにあるし、なにより疲労感が残るほど走るのはやりすぎですが…でも、心拍数を上げて、心地よい疲労感に満たされるのって、なんか充実した感じがしていいですねよ。

 話はさらに極端に走ります。たとえば、タバコ。最近は喫煙者の数も以前よりだいぶ減りましたが、それでもタバコを吸い続ける人はいます。喫煙者だって、タバコの害くらいは知っているけれど、それでも止めない人もいるわけです。喫煙のどこがそんなに魅力的なのか、非喫煙者である私には分かりませんが、でもタバコがカラダに悪いぐらい、喫煙者も喫煙者のカラダも分かっていると思います。悪いと分かっているけれど止められないのは…なぜ? タバコが危険なものだけど、どこか根源的な部分で、本能的に心が惹かれるんじゃないかな? だって、タバコが止められないって…そういう事でしょ?

 大食漢もここに入るかもしれない。たくさん食べる事はカラダに悪いし、肥満の元だと知っているけれど、食べ始めたら止められないわけで、その結果、ブクブクに太るわけだけれど、これだって、肥満は危険って分かっていても、本能的に心が惹かれて、食べることを止められないんだよね?

 危険なモノゴトに本能的に心が惹かれるのは…なぜでしょうか? 危険とは安定の反対です。危険を求めるとは、安定に目をそむけ“変革を求めて”日々を新たな気持ちで緊張をもって生きていく事…かもしれません。

 …なんて書くとかっこ良過ぎますね(笑)。でも、そういう危険なモノだから、心惹かれるんです。だって、チョイ悪って魅力あるでしょ。だからケーキが美味しいんです。

 かなり、ムチャな論法を張りました(笑)。

 まあ、でも、健康に生きていきたいなら、美味しいものや楽しいことを諦めるのが、一番の近道かもしれませんね。私? はい、カラダの健康も大切だけれど、ココロの健康も大切だと思うので、美味しいものをたらふく食べて、毎日幸せ気分で生きていたいです(爆)。

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2012年7月 7日 (土)

ナナシとドジョウの定数の話

 前回、ハナジロがウチにやってきた話をアップしましたが、時期的にそれと同じ頃の話です。

 ハナジロを金魚屋で購入する際に、たまたま緋ドジョウも販売していた(緋ドジョウって、いつも売っているわけじゃないんです)ので「そう言えば、縞ドジョウが星になって以来、ドジョウの補充をしていないから、これはいいチャンスかもしれない…」と思い、二匹ばかりウチに連れてきました。

 ちなみに、緋ドジョウは一匹600円でした。この子たちも決して安くないです。そうそう、金魚屋の値札に書いてあったけれど(ここのお店は、値札に色々事を書いてます)、今、金魚業界で養殖の緋ドジョウが不足していて、緋ドジョウの卸価格が高騰しているそうです。ふーん。

 ちなみに金魚は「どれにしますか? お好きなのを選んでください」って感じだけれど、緋ドジョウだと(メダカも一緒だな)、お店の人が適当に選んでくれます。

 で、ウチに連れてきた二匹だけど、元気一杯でまだまだ小さな子たちでした。大きさ的には星になった縞ドジョウぐらいの大きさで、トートよりも小柄です。新入りたちは、すぐに巨大ドジョウのチビのそばに行き、片時も離れなくなりました。どうやら、保護者を見つけたようです。よかったよかった。

 新入りたちが入って、数日は平和でした。

 しばらくすると、水槽の中で、ある緋ドジョウが星になっていました。新入りが環境の変化に堪えられなくて星になったのか…と思いましたが、よく見たら、去年の秋にカンロと一緒にやってきたドジョウ(当時は新入りと呼ばれ、結局、ナナシになりました)でした。

 去年の夏ぐらいまでは、我が家の水槽にはドジョウが、チビ、シッポナ、カゲムシャ、縞ドジョウと四匹いました。そのうち、カゲムシャが星になってしまったので、新しく緋ドジョウを二匹補充し、そのうちの一匹はいつのまにか姿を消してしまい、結局、チビ、シッポナ、ナナシ(当時の新入り)、縞ドジョウの四匹で落ちついたのでした。で、今回星になった子は、当時の新入りのナナシです。

 で、今回、縞ドジョウが星になったので、新しい子を二匹入れたら、ナナシが星になり、現在は、チビ、シッポナ、新入り1、新入り2というメンバー構成になっています。

 ??? つまり、我が家の水槽のドジョウの定員は4匹って事か? ドジョウが4匹以上になると、余った子が星になる…って寸法なんだな。金魚の定数が5匹(現在は、サクラが2匹分だろうと換算して、4匹で止めています)というのと同じみたいだなあ。

 ちなみに、エビは3匹が定数のようです。ただし、トートは1匹で2匹換算です(笑)。

 水槽が狭い(45cm水槽です)ので、どうしても多頭飼いには制限がありますが、ドジョウは4匹が定数みたいです。ドジョウは4匹以上、飼えないって事だね。よく胆に命じておきます。

 さあ、次はタニシを入手してこないとね。最近、水槽の中のタニシが食べられてしまって、数が激減しているので、どこかのタイミングで100匹くらい入手してこようと思ってますが、なかなかタニシをいただきにいけないんですね。ああ、忙しい。

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2012年7月 6日 (金)

どうにもこうにも疲労困憊です

 ダンスのレッスンを受けてきました。どうも、最初は自分では自覚がありませんでしたが、疲れていたようで…それも疲労困憊だったようで、レッスンを受けながらも、どこか気持ちが集中できずに、うわの空だった私でした。

 最初はブルースからです。『回る角度がいつもいい加減』という注意を受けました。実際に、自分でもなんとなくで回っていて、よく分かっていなかったので、その指摘には納得です。ナチュラル・ピボット・ターンの場合、前進した3の足で135度回転して、L.O.D.に対して背面となり、5の足でピポット・ターンをして、さらに135度回転する。6の足で90度回転して、7と8で足を揃えて、中央に向けて背面となってステップ完了。文字で書いても、よく分からないだろうけれど、まあそんなところ。一つ一つの回転する角度を確認しながら踊ってみました。

 ちなみに、ナチュラル・ピボット・ターンは回転するのに場所を喰うので、余裕が無い時は、無理せずチェック・バックをするように言われました。

 それと、色々な事が揮発して以来ダメなんですが、ブルースを足ばかりで踊ってしまい、腰で踊れていない事を注意されました。結局「ブルースなんて退屈だ~!」と叫んだ私ですが、その退屈なブルースもロクに踊れなくなったわけで…老年に入ると、学ぶ事自体が、段々難しくなってくる事を感じざるを得ません。ふう。

 ジルバは…妻先生となら、とりあえず、ぎこちないままでも何とか踊れるけれど、他の女性とはたぶん踊れないでしょうと言われました。その理由は、私のリードが分かりづらいからです(確かに、妻先生は私のリードに関わりなく、勝手に踊っている部分があります)。だから今の段階でパーティーに行っても、相手の女性が困ってしまうだけでしょう…って事です。大切な事は「自信をもって踊る」事。それができれば、私のリードももっと明確で分かりやすいものになるんでしょうけれど…。

 そうそう、ジルバの新しいステップを習いました。アメリカン・スピンって言うらしいです。例によって私が説明しても分かりづらいので、動画をご覧あれ。

 この動画で行っているステップは全部踊れる…けど、こんなに軽快に楽しげには踊れないなあ…。

 ブルースを踊っていた頃までは、なんとかもっていた私の体力でしたが、ジルバを踊るあたりでかなり消耗してしまいました。で、疲れを感じながら、次のワルツに入りました。

 ワルツでもナチュラル・スピン・ターンの角度を意識するように言われました。特に、このターンの次にウィスクにつなぐか、リバース・ターンにつなぐかで回転角度を変えないといけないのだそうです。ウィスクにつなげる時は深く回転し、リバース・ターンにつなげる時は、やや浅めの回転でバック・ターンを多めにかける事で、きもちよくリバース・ターンにつなげていきます。ボケっと踊っていたらダメみたいです。

 オーバーターンド・ターニング・ロックでは、最初のオーバーターン部分を勢い良く回る事は何とかなりましたが、そこで目を回してふらついてはいけない(笑)のです。ターニング・ロック部分の3の足(2拍目)を私は(回転でふらついていたので)大きく横に出していたけれど、それはダメで、小さく鋭く女性の股間に向けて(遠慮なく)踏み込む事が大切です。

 それにしても、私には、やっぱりダンスは難しい。『うさうさ(右脳左脳診断)』によれば、私は“さう男”であって、情報入力は左脳な人なので、こう言ったダンス系の学習は、本来苦手なのかもしれません。ま、苦手なのは、普段使っていないから…という事もあるだろうから、ダンスを習う事で右脳での情報入力力(?)を高めましょう(笑)。ちなみに、情報出力は右脳な人なので、リアルな生活では言葉が得意でなく、すぐに暴力に訴える野蛮な人になってしまいがちなんだろうなあ…反省。

 ルンバでは、ニューヨークの確認をしました。特にヒジの動かし方を確認しました。ヒジの動きは円運動が基本の動かし方で、腕は手ではなくヒジから動かすとかっこいいのです。ヒザは曲げずに、カラダは半身だと、なおカッコいいのです。

 ニューヨークを確認したところで、妻先生は、その派生系のステップを教えてくれようとしましたが、残念ですが、私は体力的にここでギブアップでした。なので、新しいステップは遠慮し、ルンバの後にタンゴを踊る予定でしたが、それもキャンセルして、今回のレッスンを終了しました。もっとも、この時点でたっぷり2時間は踊っていたので、良しとしましょう(汗)。

 なんか、疲れています。やはり睡眠不足がたたっているなあ…。いくら、薬の力で睡眠を勝ち取っているとは言っても、やっぱり睡眠は不足しています。こういうカラダを使うものだと、睡眠不足はかなりシンドイです。

 はあ~、でも頑張ろう。

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2012年7月 5日 (木)

なんか、気味が悪いくらいに誉められました

 フルートのレッスンに行ってきました。教室の入り口で、とても美しい女性とすれ違いざまに、親しげに挨拶されましたが、一体、その方が誰なのか、私には分かりませんでした。背がスラッとしていて、髪がロングでフンワリしていましたが、全く、心当たりがありません。ううむ…なんか気味が悪い。

 お教室に入って、ロングトーンの練習ですが、今回は先生と二人きりでやりました。チューナーをオンにしていたせいもあるけれど、全然音がウネル事がありませんでした。一年前とは隔世の感がありますね。私、何気に上達してますよ。

 アルテは15課の4章です。最初は準備運動代わりの「Es-durのロングトーン」からです。最初はやさしく吹いてましたが、途中(第三オクターブに入る少し前あたりから)「もっと息を入れて!」と注意されました。オクターブごとに、いや、1音ずつに、適切な息量の幅というのがあって、それよりも少ないと音程がぶら下がりますが、多いと音色が壊れます。息量を無意識でコントロールして、いつも適切な息で吹けるように…私は早くなりたいです(笑)。

 宿題だった、2番の「アルペジオ基本練習」は不合格。やっぱり、アルペジオは苦手だね。頭の中で「ミソシミシソ…」と唱えられれば良いのに、それが難しい。なんか、分かんなくなっちゃう。で、結局、手の動きで覚えちゃうものだから、先生に見透かされて注意されます。ダメだな。

 一方、3番の「高音練習」の方は、一発合格でした。ただし「音色はオーバーブローしていますから、気をつけてくださいね」って事です。

 次回までの宿題は、今回不合格だった、2番の「アルペジオ基本練習」と4番の「Es-durのスケールとアルベジオ」、5番の「Es-durのクロマティック」です。

 「2番がちゃんと吹けないと、これ(4番)は吹けませんよ」と言われました。うん、私はどうにも、フラット系のアルペジオがイヤンなのねん。

 さてさて、ミニヨン・エチュードの13番は、実にボロボロでした。当然、不合格だったんだけれど、これがなんか、先生は気に入ったらしく、指がダメだったから不合格だったのだけれど、やたらと私の音色を誉めてました。

 「いい! いい! 今日は、特にいい! 自分でも分かりますか? 今、とてもいい音色で吹いてますよ!!」 …自分じゃ分かりません…。いつもどおりに、いつもの音色で、多少優し目に吹いているだけです。

 前回のレッスンと今回のレッスンの間に、ガロワを聞いて、笛先生とセッションをして…そんなのが私の中でうまく結晶化していたのかもしれませんね。とにかく、やたらと誉められましたが、自覚がないので、次のレッスンでは再現できないかもしれません(情けない)。

 とにかく、指だよね。指が回らないから合格できないんだよね。いかんなあ…練習、特に吹き込みが足りないんだよなあ。

 そうそう、先生から、中音のEsの時には、少し強めに吹きなさいって言われました。何でも、私のフルートは、中音のEsだけ鳴りが良くないのだそうです。そこだけ、ちょこっとヘコんだ感じになって聞こえるのだそうです。

 「なぜでしょうか?」と尋ねてみましたら…それはおそらく、私がEsの運指を間違え続けていたからじゃないかって言われました。「フルートは、鳴らさない音は、鳴らなくなる楽器なんだよ」って言われました。私はよく中音Esの運指を間違えます(左人指し指を上げ忘れます)ので、フルートそのものを正しい中音Esの運指で吹くことがあまりありません。正しい中音Esの運指でフルートを吹かないものだから、この音だけ、鳴りが悪い…んだそうです。つまり、私の基礎力不足が、楽器のポテンシャルを落としているんだそうです。うわあ、私が吹いているから楽器がダメになってしまうなんて、アゲハに申し訳ないわ。

 ん? 待てよ。そうか、そうやって、フルートに私の癖(この場合は悪癖ですね)がうつり、フルートが私色に染まってくるわけなんだな。だから、私がちゃんとした奏者なら、そんな私に染まっていくフルートは名器になっていくのだろうけれど、私がヘタッピ奏者であるから、フルートも鈍器になってしまうんだろうなあ。なんか、悲しい。もっと私が頑張んないと…ダメだな。

 ああ、そうか、だから、中古楽器って避けられるんだな。前の持ち主の癖に染まっているわけだから、それをねじ伏せるだけの力量がこちらにあれば、なんとか再調教できるけれど、こっちがヘタッピだと、楽器とケンカしちゃうだけだよねえ。なるほどなあ…。

 今回の雑談は、私からガロワの話題を持ち出したら、先生、あまり話に乗ってきませんでした。どうにも、二人の間には何やらあったのかもしれません。この業界は、狭いし、H先生とガロワはどうも知り合いみたいだし…、奏者としてのタイプは違うし…。

 「昔、ビクターからレコードもらったんだけどね…」とか「ガロワはまだ若いのに…」とか「昔はバリバリ吹いていたんだけどねえ…」とか、何かを言いかけては、ついつい言葉を飲み込んいるようでした。うう、それ、とっても気になる!

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2012年7月 4日 (水)

ピアノ発表会で歌ってきたよ

 実は前日の金曜日は、私、宴会がありまして、いわゆる“暴飲暴食”と言うのを致しました。どれくらい“暴飲暴食”をしたのかと言うと「睡眠薬すら、飲めませ~ん」ってくらいに満腹になるほどの“暴飲暴食”でした。

 ですから、前日の夜は投薬をしていないので、ロクに寝れない上に“暴飲暴食”のツケがまわって、就寝中(と言っても、ウツラウツラ状態でしたけど)に二度ほど嘔吐してしまいました。一度目は吐瀉物が鼻に入り『うわぁぁぁ~』って状態になったので、二度目の時は鼻に入らないように頑張ったら、今度は気管に入って『ゲッゲホゲホゲホゲホ~』という状態になりました。結果、鼻の粘膜も、喉の粘膜も、声帯も、胃酸でボロボロになりました。いやあ、嘔吐、なめたらアカンです。ましてや、就寝中の嘔吐だと、こちらはかなり無防備に近い状態ですから、ほんと、危険です。

 朝、起きてみたら、ロクに寝てないために、なんか朝から疲れているし、鼻の中はヒリヒリしているし、ノドはキリキリ痛いし、朝から涙目状態でしたが、そこは覚悟を決めていくしかありません。

 結論。『歌う前日の“暴飲暴食”は、絶対禁止!』と強く心に誓った私でした。
 
 
 開場は12時半でしたが、その2時間前に開場入りをして、色々と打ち合わせをしましょうという事だったので、少し早めに家を出て開場に向かいました。

 会場は確かに鎌倉芸術館でしたが、ホールではなく、集会室でした。集会室ってのは、まあ、ホテルの宴会場みたいなところです。とにかく、広いです。床は分厚いジュータンが敷いてあります。天井は低いです。壁は吸音タイプの壁です。観客用のイスは布張りの立派な奴です。つまり、デッドな部屋で、響きはほぼ無い上に、観客は結構遠くにいらっしゃるというパターンの会場です。まあ、はっきり言っちゃえば、歌手殺しの会場ですが…これも良い経験でしょう(笑)。

 会場に着いたところでピアニストさんとご挨拶をし、さっそくの打ち合わせです。曲の楽譜の方は事前に送っておいたものの、発表会の準備やらご自分の模範演奏曲の練習やらで、お忙しかったのでしょう、私たちの伴奏の方は、ほぼ初見状態。その場でピアノの練習をしながら、テンポやメロディの揺れ方などを確認して、音楽を作っていく事にしました。ピアニストさんは、今まで女性の伴奏はした事があるけれど、男性の伴奏は初めてだし、男性の歌うイタリア古典歌曲も初めてだそうで、なんか喜んでいました。

 事前に決めておいた二曲を合わせたところで「もう少し歌ってもいいよ」とか「もう少し歌いたいなあ」とか、まあそういうナアナアの流れで、曲追加が決定(笑)。妻は同じイタリア歌曲から「Lascia ch'io pianga/私を泣かせてください」を、私はたまたま持っていた「O sole mio/オ・ソレ・ミオ」を歌うことになりました。なので、これから本番までの時間で、私は「O sole mio/オ・ソレ・ミオ」の歌詞を覚えるはめになりました(焦)。

 そうこうしているうちに、本日の主役たちである“小さなピアニストさんたち”がやってきたので、今度はその子たちのリハーサルとなりました。その間に、私は着替えを済ませて、廊下で「オ・ソレ・ミオ」の暗譜に取りかかりました。廊下? そうです、だって、楽屋なんて無いもん。この日は、大ホールも小ホールもバレエの発表会だったので、廊下を小さなバレリーナさんたちがひっきりなしに通っていましたが、それにもめげずに暗譜暗譜です。
 
 
 時間になって、ピアノ発表会が始まりました。私たちは会場の隅で聞かせてもらいました。こじんまりとした良い感じの発表会でした。生徒さんも“両手で弾くのが今回が初めてです”という子から、モーツァルトのソナタや、ショパンのワルツを弾く子まで、幅が広かったです。中にはどこぞで受賞経験のある子もいたりして、このピアノ教室(約1名、なぜかヴァイオリンを弾いてました)小さいけれど、侮っちゃいけませんぞい。

 無事に発表会本体が終了すると、そのままの流れで、同じ会場でパーティーに突入です。お茶とかケーキとかが用意されていて、子どもたちは楽しそうだし、生徒さんの親御さんたちも、これを機会に交流を深めていきます。うん、こういうパーティー付きの発表会もおもしろいと思いました。

 で、そのパーティーの余興で呼ばれたのが、私たちとオトナのアマチュアピアニストさんでした。どちらから先にやりましょうか?って話になりましたが、自分の演奏まで、何もクチにできない歌手と、ケーキをつまみながら待っていられるピアニストさんの違いって事で、私たちが前座をつとめる事になりました。

 余興ですからね~。司会も自分たちでやります。私の軽快なおしゃべり(?)の合間合間に歌を入れていきました。曲順は…

 Sebben, crudele/たとえつれなくても(妻)
 Gia il sole dal Gange/陽はすでにガンジス川から(私)
 Lascia ch'io pianga/私を泣かせてください(妻)
 O sole mio/オ・ソレ・ミオ(私)

 でした。今回は、その中から私が歌った「Gia il sole dal Gange/陽はすでにガンジス川から」を公開します。まあ、こんな歌を人前で披露して良いのか?という疑問はありますが、一応、精一杯歌わせてもらったわけだし、歌う前に、一応「ごめんなさい」と謝っておいた(笑)ので、録音で聞くとかなりヒドイんですが、たぶん会場的には許容範囲じゃなかったでしょうか? 

 反省事項は…やはりデッドな会場だと、気をつけていても力任せに歌ってしまいがちです。そういうところに経験不足が露呈してしまうわけです。それにしても、音程が安定してないなあ…。おまけにアペルトだし…。また、妻は、最近色々あったせいで、歌の絶対的な練習量が不足し、筋力低下を如実に感じたそうです。ま、歌はカラダを使って行うわけだから、日ごろから歌っていないと、段々歌えなくなってしまうわけです。おぉ、怖い。

 それにしても、ガラコンサートが日曜日で、同じ週の土曜日に、この会場で歌ったわけで、一週間で二度の本番なんて、アマチュア歌手にとって、なかなか出来ない経験じゃないかな? 出来はともかくとして、良い学びになりました。

 ピアニストさんとは、なかなか良い感じで共演できたので“今後ともよろしく”…って話になりました。これからは、スケジュールさえ合えば、いつでも伴奏をしていただける事になりました。うーむ、ピアニストさんのアテが出来ると、色々な夢や可能性が広がります。今までピアニストさんを見つけられなかったために諦めていた事が、これからは実現できるわけです。さっそく、思い浮かんだ事があるので、ちょっとそっちの方向の準備を始めようと思いました。

 それにしても、やっぱり声は、日が沈んでからの方が出やすいね。お日様がコウコウと照っている時は、なかなか歌う気になれない私でした。

 一度は歌を辞めちゃおうかなって思った私ですが、こんなに忙しければ、歌を辞めている暇も無いってもんです。

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2012年7月 3日 (火)

歌の仕事の依頼を受けました!…な~んて気分です

 ガラコンサートが終了した翌日の月曜日は、私は絶不調でございました。数日前からロクに寝ていなかったし、当日の日曜日は朝から夜遅くまで気分はアゲアゲだったし、それなのに、月曜日はいつもどおり朝早く起きて、ご出勤なされた私です。

 当然、仕事になりません。“いるだけジャマ”って感じだったので、やるべき事とやらないとマズい事だけをサッサと済ませて、お昼で仕事を早退して、ウチに帰って寝ました。…寝ましたと言っても、不眠症は継続していましたので、寝ているんだか起きているんだか分からない、中途半端で浅い“眠り”と言うよりも“まどろみ”って感じでグダグダしていたわけです。休んでいるのに、全然休んだ気がしないと…っていう状態でした。

 不眠症、ナメたらアカンです。

 そんなグダグダな状態で、宵を越えて、ボケ~とした頭のまま、居間に行ってみた所、妻が「ねえねえ、今度の土曜日、一緒に歌ってみない?」と言ってきました。

 話が全く見えなかったので、詳しく聞いてみたところ、次のような感じでした。

 実は、妻はウェブ系の仕事をしているのですが、その顧客の中に、副業がピアノ教師という方がいらしっゃって[いや、ピアノ教師が本業で、会社経営の方が副業か?]次の土曜日に発表会をする事になっているんだそうです。

 で、妻がその方とネットで、おしゃべりだか仕事の打ち合わせだかをしていた時に、ガラコンサートの話でもしていたのかな? とにかく、よく分からないけれど、妻が歌う人だって話になったらしいです。

 実は、そこのピアノ教室では、発表会の後、パーティーを開くんだそうです。が、そのパーティーの余興が何やら物足りない状態だったそうなので、妻にパーティーのゲストとして「だったら歌ってくれない?」って話になったのだそうです。つまり「パーティーの余興芸人として仕事(?)の依頼が来た」ってわけです。

 条件は“伴奏が簡単な曲”ってだけで、後は要相談って事らしいのです。実に乱暴な話です(笑)。

 で、妻は「土曜日だし、どうせ主人と一緒にお伺いする事になるだろうから、いっそ、主人とデュエットをしてはダメかしら?」と返事をしようと思って、私に「ねえねえ、今度の土曜日、一緒に歌ってみない?」って、持ちかけてきたわけです。

 「今日が月曜日(の夜)で、そのパーティーは土曜日でしょ。今から新曲は用意できないから、デュエットと言えば…“All I ask of you”ですか? まあ、いいんじゃない?」…というわけで、妻にOKの返事をしました。

 その後、妻とその方で、何度か打ち合わせをした結果、デュエットではなく(デュエットだと合わせが難しい…と判断されたのでしょうね)、私と妻がそれぞれ一曲ずつパーティーの余興として歌う、という事になりました。

 レパートリーの少ない私は、数少ない持ち歌の中から、伴奏が簡単な曲?を選ぶ??…ってわけで、スカルラッティの『Gia il sole dal Gange/陽はすでにガンジス川から』を選びました。妻は同じくイタリア古典歌曲からカルダーラの『Sebben, crudele/たとえつれなくても』を歌う事になりました…ってか、妻の場合「『Sebben, crudele/たとえつれなくても』をぜひ歌ってよ」と、先方からのリクエストがあったそうです。ま、ネアカな曲とネクラの曲の組み合わせなので、いいかもね。

 と、ここまでが火曜日までの話です。

 さっそく翌日の水曜日から、土曜日の本番に向けて、練習開始です。なにしろ、前日の金曜日は声を休めるために練習できませんから、水曜日と木曜日のたった二日間でワンステージ(と言っても、1曲ずつ)の準備をしないといけないわけです。まあ、冷静に考えると、大したことはないでしょう。しかし、あっさり返事をしたものの、実は私にとって、この話は、始めての“歌の依頼仕事”なわけで、なんか気分がまたまた高揚してきました。

 その方と妻は、仕事上の知り合いでしょうが、私は全く面識がないわけだし、そのピアノ教室だって、どんなお教室なのか、全然知らないわけだし、でもピアノ教室のパーティーで歌うって事は、音楽に興味感心のあるお子さま(主に女子)とそのお母様方をお相手に歌うわけだから、完全アウェーの環境だし、場所は鎌倉芸術館だし、ゲストとしてお招きいただいている以上、下手な歌は聞かせられないわけだし、当たり前の話ですが、真剣勝負でして、少しの気も抜けません。最高の歌を披露しないといけませんね。頑張って、準備しよっと。

 てな調子で水曜日、木曜日と、頑張って準備に励んだわけです。

 ま、そんなこんなで、ピアノ発表会のパーティーで歌ってきた私たちですが、金曜日から、当日の土曜日の話は…また明日します。
 
 
 しかし、ガラコンサートが終わったら、しばらく歌はお休みしようと思っていたのに、さっそくの依頼仕事で、息つく暇もなく、次の準備に取りかかる事になりました。歌の神様は、私たちを休ませるおつもりなんて、サラサラ無さそうです。

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2012年7月 2日 (月)

ガロワのリサイタルに行ったよ

 実はこの話は、ガラコンサートの前日の話なんですが、色々と記事にしないといけない事が続き(笑)、今頃、バトリック・ガロワのフルートリサイタルに行った話をアップします。私は“コンサート・ゴーアー”な面があって、結構色々なコンサートに出かけているのですが、そのすべてをブログに書いているわけではないので、ガロワのコンサートも書かずに済ませてしまおうかと思ったのですが、あんまり感動したコンサートだったので、書かずにはいられなくてねえ…。なので、時期外れなアップで申し訳ないですが…申し訳ない。

 ってなわけで、パトリック・ガロワのフルートリサイタルに行ってきました。

 セットリストは以下の通りです。

 モーツァルト作曲:ヴァイオリンソナタ第34番
 ドヴォルザーク作曲:ソナチネ
 ドップラー作曲:ハンガリー田園幻想曲
   [ここで20分の休憩]
 プロコフィエフ作曲:フルートソナタ
 ドビュッシー作曲:牧神の午後への前奏曲
 プーランク作曲:フルートソナタ
   [ここで終演。以下はアンコール]
 マスネ作曲:タイスの瞑想曲

 ね、すごいセットリストでしょ。フルート好きには結構たまらない本格的なセットリストでしょ。それでは一曲ずつ感想を書いていきます。
 
 
モーツァルト作曲:ヴァイオリンソナタ第34番

 まず、ガロワ、カッコいいー。私は彼の現物(笑)を見るのは初めてなんですが、写真よりも、ずっとずっとカッコいいんですよ。イケメンが良い感じで年齢を重ねて、ダンディなオトコになったって事です。甘さと渋さの両立で、私もこんなオジサンになりたかったなあ…。

 ガロワのフルートは、ひと言で言うと“優しいフルート”です。演奏も迫力でグイグイ迫ってくる感じではなく、自然と“そこにいる”タイプの演奏なんです。上品な演奏なんですよ。飾り気もケレン味もないけれど、聞いていると心に沁みてくるタイプの演奏でした。モーツァルトの音楽なんだけれど、なんか不思議と穏やかなモーツァルトでした。
 
 
ドヴォルザーク作曲:ソナチネ

 モーツァルトとは、明らかに音色を変えて演奏してます。モーツァルトの時は、甘い音色でしたが、今度はシブい音色でした。特に低い音の音色がとても良い感じでしたし、曲の後半では、かなり音量を上げて来ました…が、それでもグイグイと来る感じはしないのが、不思議でした。
 
 
ドップラー作曲:ハンガリー田園幻想曲

 この曲の音色は、モロ、尺八でした。この曲を演奏し始めた途端「え? え? そんな音色でいいの?」って思いました。実際、目をつぶって聞いていると、フルートとは思えない音色でした。音量的には、かなり出してましたし、かなりラフに吹き飛ばしていました。あれ、絶対に、尺八を意識していると…思うよ。なんか、いわゆる“東洋的な音色”って奴なんだろうと思う。これって、フランス人から見ると、ハンガリーってのは、東洋なのか? って思わせるような演奏でした。
 
 
プロコフィエフ作曲:フルートソナタ

 この曲は、ごく最近、工藤重典氏の演奏でも聞いたのですが、同じ曲でも、演奏者が違うと、こうも曲の印象が違うものかと思いました。工藤氏の演奏は、実にパワフルだったし、技巧的だったし、常に演奏に圧倒され、ただただあっけにとられ、片時も工藤氏から目をそらせない演奏でした。強い力で抱きしめられているような感じがする演奏でした。

 一方、ガロワの演奏は、全然違いました。やっている事は工藤氏と全く同じはずなのに、ガロワの演奏では、全く超絶技巧を駆使しているという印象はなく「これもただのフルート曲ですよ」とサラっと言いたげな、全く自然体で、少しの押し付け感もなく、それでいて、切々と演奏していました。そう“迫力満点”ではなく“切々と心に語りかけてくる”演奏なんですよ。

 この違いは、ガロワと工藤氏という奏者の違いもあるだろうけれど、二人が手にしているフルートという道具の違いもあるかもしれないなあって思いました。工藤氏はゴールドフルート、ガロワは木管フルートだもの。楽器の個性も音楽に反映しているんだろうなあって思いました。

 それにしても、ガロワってお茶目な人だなあって思いました。曲の間…と言っても、楽章と楽章の間なんだけれど、突然「ステージの上って、暑くてねえ…」と言いだして、曲の演奏中にも関わらず、おもむろにフルートの頭部管を抜いて、ポケットからスワブ(クラリネットなどで使っている、あのスワブ)を取り出して、フルートの中の水分を丁寧に拭き始めました。クリーニングロッド無しで布だけを丸めて頭部管の中もキレイに拭いていました。曲の途中で、しかも客前で、こんな事を堂々とするフルーティストさんって、初めて見ました。ううむ、ガロワって、自由人なんだなあ…。
 
 
ドビュッシー作曲:牧神の午後への前奏曲

 またまた音色を変えてきました。今度は黒人女性のような、なめらかなビロード・ヴォイスでした。この人のフルートは、迫力で迫ってくるものではなく、多彩な音色で人々を魅了するタイプのフルートなんでしょうね。使用していたフルートは、木管金メカのフルート(いわゆるC管)でしたが、よくポートレート写真に一緒に写っている、あの変な形のメカが乗っかったフルートではありませんでした。私はあの変な形をしたフルートを直に見たかったので、残念な気がしましたが、当日のパンフレットを読むと、ガロワの自宅が昨年火事になってしまい、トレードマークだった、あのフルートも、自宅と一緒に燃えてしまったのだそうです。ですから、今回のフルートは、ここ最近、新しくパートナーにしたフルートって事ですが、一体、どこのメーカーのなんて言うモデルのフルートなんでしょうか? それにしても、よく鳴るフルートです。
 
 
プーランク作曲:フルートソナタ

 まるで小鳥の鳴き声を思わせるような華やかな音色でした。最後の最後は、この音色で来たか~! って感じです。ううむ、やられた~~。しかし、私、この音色、大好きだな。
 
 
マスネ作曲:タイスの瞑想曲

 アンコール曲の紹介は、ガロワ自身が日本語で行いました。その日本語は、丸暗記したものを理解もせずにしゃべっているって感じではなく、自分の言葉として話していました。彼、もしかしたら、多少は日本語が話せる人なのかもしれません。

 演奏は…まるで夢の中で演奏しているかのような、とても美しい、耽美な演奏でした。ただただ美しい演奏で、妻も「こういう動きの少ない曲を、あれだけ見事に演奏できるって、本当にすごい人だね」って言ってたくらい、すごい演奏でした。ああ、ほんと、見事な演奏でした。
 
 
 やっぱり、私はガロワが好きです。フルートを始めたばかりの頃、ガロワのCDを聞いて心を奪われた私だけれど、こうして生のステージを見て、改めてこの人の演奏に心を奪われました。こういう自然体で、ただただ美しい音楽を提供しつづける、このスタイルが、私は大好きです。

 ああ、木管フルートが欲しくなりました。フルートを木管に変えたら、ガロワにちょっとでも近づけるかな…。ああ、結局は、物欲まみれな私です(爆)。

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2012年7月 1日 (日)

6月はリアルが忙しかったです[2012年6月の落ち穂拾い]

 6月で、5年ほどお世話になった、キング門下から離れる事になりました。その前後で、実に多くの事件が起こり、私も文字通り“運命に翻弄される”ように過ごしました。ああ、疲れた。とにかく、リアルな生活の方で、色々と振り回されてしまったので、ネット生活の方は、自分のブログの記事を書き上げて、アップして、そのコメントにお返事をして…それだけで精一杯になってしまい、多くのブログやメールに不義理をしてしまいましたし、いつも月末にアップしている“落ち穂拾い”も月をまたいでしまいました。ごめんね。まだ、リアルな生活の方は、色々な動きがあるでしょうが、どうやら、一つの終着点に向けて、事が収まる様子を見せています。たぶん、後一カ月あれば、それなりに落ちつくのではないかしらって思ってます。

 でないと、カラダが持たないし(爆)。
 
 
MRIの思い出

 MRIですか? MRIには良い思い出がありません。何しろ私はデブなので、MRI撮影が出来ないんですよ。MRIの機械にカラダが入らないんですよ(笑)。

 一度、どうしてもMRIで撮影しなければいけない事があって、その時は、技師の皆さんが、総出で、MRIの機械を分解して、ベッドやらなんやら、とりあえず不要と思われる部品を全部とって、私は機械の骨組みの上に直接寝かされて、無理やり撮影した事があります。

 私ごときの体型の人間のMRI撮影ができない機械なんて、使い物にならないんじゃないのか?って思いました。私は確かにデブだけど、アメリカ人の平均体型よりは小柄だよ。私がダメなら、アメリカ男性の約半数は、撮影不可になっちゃうじゃん…って思いました。

 病院の入り口に「デブ、おことわり」って書いとけよ、ってマジで思いました。

 あ、そうそう、むりやり撮影した画像は、確かにモニター画面からはみ出してました(笑)。やっぱり無理だったんだ…って、笑えないか。
 
 
年を取るのがちょっぴり楽しみ

 人間は年を取ります。年を取ると、声が変わっていきます。

 加齢と声変わりの関係は、人によって違うので、なんとも言えませんが、一般的には、男女ともに、老齢になってくると、筋力が衰えて声域が狭くなり、性ホルモンも減少するので、どうしても中性的な声になってしまうそうです。つまり、男性は高い声に、女性は低い声になってしまうって事です。

 これらを防ぐには、健康で若々しい肉体を手に入れるしかない…みたいですね。筋力も性ホルモンの分泌量も維持し、いつまでも美しい声で歌う。そのためには、健康オタクになるのも、一つの手です。

 実は私、以前は、健康オタクだった事もありました。あの頃の私は「健康のためなら死んでもいい」なんて、冗談半分で言ってました。え? 今ですか? はは…こんなデブが健康オタクなわけないじゃん(爆)。

 というわけで、今の私は健康オタクではありませんが、健康に無関心ってわけでもありません。やはり、歌は好きだし、いつまでも歌い続けたいので、健康でありたいと思ってます。

 と、公言しておいて、なんなんですが、実は私、加齢による声変わりをちょっぴり望んでいます。と言うのは、男性の場合は、加齢とともに音域が高い方にシフトしていくじゃないですか? これって、高音獲得に苦労している老テノールにとって、福音じゃないですか? まあ、加齢による高音ですから、それで獲得した高音なんて、音色的には魅力が薄いかもしれませんが、それでも出ないよりは出る方がマシですからね、それがテノールってモンです(笑)。
 
 
コピーとカバーとオリジナル

 コピー曲とカバー曲ってどう違うのかな?

 コピー曲ってのは、オリジナルを、そのまま真似て演奏する曲の事。ギターなら、オリジナルのギタリストと全く同じフレーズを演奏するのがコピーです。一方、カバー曲ってのは、いわゆるアレンジ物の事を言います。オリジナル曲の歌詞とメロディーを尊重しながら、その他の部分は、自分たちの個性を出して演奏するわけです。なので、オリジナル曲とカバー曲は、かなり似ている場合もあれば、似ても似つかないくらい違っている場合もあるんです。

 ある意味、クラシック曲ってのは、楽譜に忠実に演奏していくわけだから、全部コピー曲って言えなくもないです。フルートのように、他の楽器用の曲をアレンジして演奏することの多いケースは、カバー曲をやっている…とも言えますね。

 ちなみに、作曲は、クラシックや演歌やJ-POPだと作曲家の仕事だけれど、バンドだと、通常はヴォーカリストが作詩を、ギターかキーボードが作曲を担当します。なので、ギターをやる人は、作曲も出来ないと…ね。ちなみにアレンジはバンド全員で担当することが多いです。
 
 
今月のお気に入り BUFFALO USBメモリー 16GB RUF2-WB16G-BK

 アマゾンで1050円ですが、私は地元のY電気で980円で買いました。16GBもあって、千円でお釣りが来る値段です。これを初めてお店で見た時は、ビックリしました。だって、私が使っているUSBメモリって、すべて同じバァッファロー製だけれど、最初に買ったのは256MBのモデルだよ。ちょうどCD-ROMの半分の容量。当時はこれだけ入れば十分と思ったんですよ。でも、これも安くなかった記憶が…確か、当時の値段で4~5000円ぐらいしたんだよね。だから、もっと大きな容量のものがあったけれど、このあたりで手をうったわけだ。

 やがて、これでも足りなくなって、次に買ったのが2GBのモデル。これもやっぱり、4~5000円した記憶が…。やっぱり、そんなに安くなかったんだよ。

 で、今回、その2GBでも足りない状況になったので、16GBを買ってきたわけなんだけれど、これが驚きの980円でしょ? なんか、お店で頭がクラクラしちゃいました。いつのまに、USBメモリってこんなに安くなっていたの? 16GBと言ったら、ちょっと前まで、HDDの容量だよ…ってか、私はHDDが1GBも無かった頃からパソコンやっているから、16GBって聞くと、すっご~く大きな容量に感じてしまいます。それが、今や、アイスクリームのスプーン程度の大きさになっちゃったわけで…。

 道理で、年を取る筈だ…。
 
 
今月の金魚

2012年6月10日(日) ヒーチャン 入院
2012年6月11日(月) ヒーチャン 退院
2012年6月18日(月) ヒーチャン 星になる
2012年6月23日(土) ハナジロと二匹の緋ドジョウがやってくる
2012年6月27日(水) ナナシ 星になる

 

今月のひとこと

 たった一日で、最高アクセス数が更新されました。今度は2078ページ/日です。2012年5月29日(火)の分です。たった一日で2000ページ超ですよ。いや~あ、みんな、トラブルがお好きなのねえ…。「他人の不幸は蜜の味」って奴ですね。まあ、その気持ち、分からないでもないです。なにはともあれ、ご愛読、多謝です。ありがとうございました。
(2012年5月30~31日)

 いやあ、本日アップの落ち穂拾いの記事の中に載せた、5月25日からの「ひとこと」の中で『フルートランキングでも第1位になりました』って書きましたが、今日(5月31日)にフルートランキングを確認したら、2位に落ちてました(笑)。“第1位になりました”と書いておきながら、最新情報を確認したら2位だったとは…いやはやなんとも、カッコ悪いものですね。それにしても、2週間限定の第1位でしたか…いかにも限定っぽい期間でした(笑)。(2012年5月31日~6月1日)

 私は、アリかキリギリスかと問われれば、もちろんキリギリスな人です。なのに、ここんとこ一生懸命に働いていますので、疲労困憊です。ついに昨日は、過度な肉体労働のために、左腕の肘の腱を痛めて壊してしまい、ただ今、左腕を吊っております。片腕なアラフィフですが、ううむ、腕って一本しかないと、色々困るなあ(涙)。何が困るって、フルートが持てません(涙)。歌なら歌える…と思うでしょ。実は、真面目に発声すると、左腕に痛みが走ります。つまり「なあ~んにも、できない」って状態です。(2012年6月1~4日)

 オウムの菊地直子容疑者が逮捕されたとの事。しかし、逮捕の経過説明が何とも微妙で信憑性に欠けるキライがありますね。おそらく随分前から、菊地容疑者の動向はつかんでいて、いつでも逮捕できる状態にあったのではないかと思われます。で、タイミングを見計らって、政府がGOサインを出して、昨日逮捕して、今日のテレビや新聞を、このニュースで埋めつくしたわけですね。はて、昨日、今日と、政治の世界では何があったのかな? 私は菊地容疑者逮捕よりも、報道されなかったニュースの方が心配です。次はAKBの総選挙の日に、政治がどう動くか…かな?(2012年6月4~6日)

 ええと、もう五日も続いているので、書いてもいいかな? 実はフルートブログランキングで、第一位に返り咲いています。感謝です。先月の落ち穂拾いで『声楽もフルートも第一位で二冠王だ!』なんて書いた日に、フルートブログは第一位から二位に落っこちていたわけですが(格好悪い…)、あの時期を過ぎると、またも第一位に復帰してました。なんというタイミングの悪さ(汗)。まあ、これも私の人徳のいたらぬ事でございます。それはともあれ、ただ今、声楽ブログランキングも、フルートブログランキングも、両方とも第一位でございます。これも愛読者の皆様の有り難いご支持と、記事末尾のバナーをクリックしてくださる御方のおかげと存じています。本当に感謝しております。ご愛読、ありがとうございます。(2012年6月6~10日)

 梅雨入り…したんだって。つい先日まで花粉がブンブン飛んでいたと思っていたのに。これから一カ月はジメーとした日々が続くわけだけれど、それが終わると、カラッとした夏がやってきます。…ほんま、デブにとっては、地獄の日々が始まるわけだ…。いくら暑くても、脂肪は脱げないからねえ…。おまけに今年は昨年に続き『省エネ』って奴でしょ。冷房が28度とかいう、汗の止まらない温度に設定されているから、もう脱水症&熱中症決定だよね。ああ、今年も、脳味噌の煮える夏がやってくるわけだ…憂鬱。(2012年6月10~13日)

 ええと、また新記録が出ました。2012年6月14日(火)のアクセス数が、2174ページになり、同年5月29日の2078ページを約100ページほど超えました。すごいね。ちょっとしたミニコミ誌並じゃないの? でも、そんな事で天狗になっちゃダメですね。いつも、皆様方への感謝を忘れないように、自分に言い聞かせます。ご愛読ありがどうございました。(2012年6月13~14日)

 ガラコンサートのご案内を再掲載しました(この下です)。コンサートは12:00開演で、3時間以上に渡る長丁場となります。私は(プログラム上)一番最後に出演しますので、私だけを見たい方は、適当に時間を見計らって来てくださって結構なのですが、出来れば、門下の仲間たちも全力全霊を込めて歌ってますので、早めにいらっしゃって、それぞれの歌唱も聞いていただければ感謝です。(2012年6月14~16日)

 僅差なんだけれど、また新記録が出ました。アクセス数が2184ページで、今までの記録をわずか10ページ更新しただけなんだけれど、一応、新記録です。2012年6月15日(金)の事です。この日の新記録の功労者は、おぷーさんかな? だって、この日の記事よりも、おぷーさんがコメントをつけてくださった記事の方がアクセスが多かったんです。当日の記事よりも、それ以前の記事の方にアクセスが多いなんて、老犬ブログ始まって以来の事です。そんな意味でも、おぷーさんには感謝感謝でございます。ネット雀のみなさんは、きっと、おぷーさんのコメントが読みたくて、たくさんアクセスをしてくださったんだろうと思います。ひとまず、感謝です。ありがとう、おぷーさん。(2012年6月16~17日)

 ええと、おぷーさん人気が、またまた炸裂しました。前日の2184ページの記録をざっと更新して、その翌日の2012年6月16日(土)のページアクセス数は、2337ページになりました。なんか、毎日頑張って記事を書いても、ちょっと前の記事のコメントへのアクセスの方が多いとは、ちょっとばかり複雑な思いですが…まあ、これも“良し”って事で…。頑張ろうっと…。頑張って、最近記事へたくさんアクセスしてもらうんだ…ぐすん。(2012年6月17~18日)

 なんか、5月下旬にNHKで“オウム”の特集番組をやっていて「なんで今どき?」と思っていたら、すぐの6月上旬に再放送して、6月3日に菊地容疑者が捕まった。テレビがオウムの特集を組んでいる間に、民主党は色々な事を決めたみたいだし、6月18日に髙橋容疑者が捕まったので、きっと、あと一週間はオウムの話題でテレビは持ちきりだよね。そして、まだまだオウムの話題で盛り上がっている最中の22日には、消費税大増税が国会で可決され、オウムが落ちついた頃、国民は、すでに消費税が大増税された事に気づき、後の祭りで唖然とする…ってパターンなんだよね。ふう…。こんな亡国政権に投票した奴、反省しろよな~。(2012年6月18~19日)

 ええと、また地味に記録更新しました。2012年6月18日のアクセス数が2362ページでした。それまでの記録が2337ページですから、+25ページ、うわ、地味。地味だけれど、やっぱり記録が更新されると、うれしいです。みなさん、ありがと。(2012年6月19~22日)

 音楽の授業で、二時間ばかり合奏の指導をした。ずっと、手を叩きながら、フレーズを歌って指導していたら…ノドが枯れた。そうでなくてもノドが痛いのに…。ただ今、スーパー・ハスキー・ヴォイスでございます。ああ、ノド痛い。(2012年6月22~24日)

 ああ、腕が痛い、腰が痛い、ヒザが痛い…なんて書くと、よっぽどカラダがジジイなのかと思われるけれど、実は金曜日に階段から落ちました。踏み外しによる転落事故って奴ね。まあ、こちとら柔道マンなので、受け身もとって大事無いわけだけれど、受け身を取った部分、左腰、右ヒジ、右ヒザが痛い痛い…三日もあれば治ると思っていたけれど、そこはもう、やっぱりカラダが若くないんだなあ…。まあ、大怪我をしたわけじゃないから良かった良かったとは言えるけれど、カラダが痛いのは、つらいねえ。(2012年6月24~26日)

 ああ~、カラダがダルい(涙)。ガラコンサート前からの睡眠不足がまだ続いています。夜寝れないってのは、つらいね。この不眠症っぽいのは、ガラコンサートが終われば終わるとタカくくってましたが、なんかまだまだ不眠症でございます。いよいよ睡眠薬投入か!? とにかく、夜は寝ないと、カラダが持たないね(微笑)。(2012年6月26~27日)

 どうにもこうにも、不眠症でカラダが参ってしまいましたので、ついにヤクに手を出しました。…『柴胡加竜骨牡蛎湯(さいかこかりゅうこつぼれいとう)』という漢方薬を飲んで寝たら、コロって寝れました。この薬は精神的に参っている時に飲むと効果的なんだそうですが…そうか、私の心はちょっとばかり壊れていたのか。さもありなん。(2012年6月27~29日)
 
 
 今月は以上です。よろしくお願いします。

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