ひとこと

  •  ポケモンGOの仕様が大きく変わって戸惑ってます。たぶん改良されたのだろうと思うのだけれど、どう楽しめば良いのか、正直戸惑っています。年寄りは変化が苦手なんだよねえ。ああ、以前のゲームシステムが懐かしい…。
2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

コメントについて

  • コメントは、どの記事に対して付けてくださっても結構です。歓迎します。ただし、以前書いた記事については、現在では多少考え方が変わってしまったものもあります。また、コメントをくださる場合のハンドルネームは、お一人様一つで統一してくださいますようにお願いします。複数ハンドルの同時使用、及び別人への成りすまし発言、捨てハンドルのご使用等は固くご遠慮願います。迷惑コメントやアラシ発言に関しては放置でお願いします。記事とは無関係のものや、プライバシーに触れたコメント、スパムコメント、エロ系コメント、商用コメント及びにネットマナーを無視したコメントに関しては、予告なしに削除する事もあることを御承知置きください。また、度重なる迷惑コメントに関しては、ニフティに「迷惑コメント」として通知し処理してもらうことにしました。

カテゴリー

メールについて

  • 記事の訂正および削除の依頼と、部外者に見られることなく、私(すとん)と連絡を取りたい方は、メールリンク(この下にある「メール送信」)をクリックしてメールでご連絡ください。その際、どの記事でもかまいませんから、コメントに「メールを送りました」と一報いただけると幸いです。私、メールを見る習慣がないので、黙っているといつまでもメールを放置してしまいますので、よろしくお願いします。メールを送ったことをお知らせいただいたコメントは、メール確認後、すみやかに削除させていただきますので、ご安心ください。

« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »

2012年5月の記事

2012年5月31日 (木)

また今年も夏がやってきた…みたいです[2012年5月の落ち穂拾い]

 今月は、ラ・フォル・ジュルネがあったり、デセイのオペラ映画を見たり、アクセス数や訪問者数の自己最高記録を打ち立てたりと、個人的には、心がワクワクした一カ月でした。その分、仕事も忙しく、公私ともに充実していたなあって思います。そして来月も、同じ様な調子で、公私ともに忙しくなる予定です。

 カラダ…もつかな(笑)。今年の夏は…やっぱり暑いのかな?
 
 
高級な楽器なんていらない、ちゃんとした楽器が必要

 春先、楽器店でよく見かける風景です。

 全く楽器の知識の無い母親と、この春、吹奏楽部に入部したばかりの中学生がいました。子どもが「学校のボロ楽器じゃイヤだ。友達もマイ楽器を持っているし、私もマイ楽器が欲しい」とねだるので、ある日、親子で連れ立って、近所の楽器店に楽器を見に行くことにしました。

 店に入ると、さっそく店員さんが、その親子のそばにピタっとへばりついて、次のように言います。

 「○○中学の吹奏楽部に、ご入部ですよね。昨年、先輩の△△さんは、こちらをご購入されましたよ。同じ学校で吹かれるなら、やはりこのクラスの楽器でないと…」とか言って、高級楽器を薦めるとか…。

 あるいは「先日、訪れた××さんと同じ学校ですか。××さんは、こちらの楽器をお買い求めになりましたよ」とか言って、高級楽器を薦めるとか…。

 どうやら、横並びが好きな日本人の心情をついて、身近な先輩とか同級生とかが購入した楽器をちらつかせて、高い楽器を買わせようとするのも、店員さんの営業能力って奴でしょ。もっとも、先に高級楽器を買わされた子も、巧みに別人を例に出されて、横並び精神を発揮しちゃったんだろうなあ…って思います。

 その他にも、最初から良い楽器を使った方が、お子さんのために良いとか…、上達が早いとか…、良い楽器は長く使えますよとか…。あの手この手を使って、楽器店の店員さんは、親子に高級楽器を購入してもらおうと頑張るわけです。

 ああ、春の風物詩だなあ…。

 ちなみに、吹奏楽部の部員に高級な楽器なんて、要りません。合奏なんだから、どんなに立派な音色の楽器も、他の安物楽器(失礼)と音色が混ざっちゃうわけだし(笑)。それよりも、大切なのは、きちんと調整された楽器を使っている事。狂った楽器を使っていると、上達も遅いし、何よりも変な癖が着いちゃうから、そこはなんとしても避けたいのです。学校の楽器って、予算不足もあって、調整が狂っているものが多いので、自己責任で調整ができるマイ楽器を所有するというのは、大切な事かもしれません。

 そういう意味でお財布が許すならば、お子さんがマイ楽器を所有する事は良いことだと思います。それにマイ楽器だと、楽器を大切にするだろうして、練習にも身が入るだろうし…だからと言って、楽器店の店員さんのお薦めを購入するかどうかは、それぞれのご家庭の方針次第です(笑)。
 
 
風邪をひいたら

 風邪をひいたら…練習を休む…なるべく(笑)。でも、フルートって、そこそこの風邪だと練習できちゃうし、レッスンにも行けちゃうので始末悪いです。

 風邪をひいた場合、声楽では、練習は御法度であり禁忌事項なので、さすがの私も練習もレッスンもお休みしちゃいますが、声楽の練習を休んでも、フルートの練習はできちゃったりするので、風邪の治りが遅くなったりします。やっぱり、フルートでも風邪をひいたら練習を休んだ方がいいと思います。

 ちなみに、風邪っぽくなった時に、風邪撃退として私がやっている事。

 1)眠くなったら無理せず寝る(笑)。
 2)夜はなるべく早く寝る。
 3)少したくさん歌う(軽い風邪は歌うと治ります:笑)
 4)首を暖める(マフラーやネックウォーマーなどを使用)
 5)水分補給

 んなところかな。
 
 
サドマゾ?

 音楽って、一部の天才を除いて、真面目でコツコツと気長にできる人じゃないと、それが専門であれ趣味であれ、モノにならないって思います。忙しすぎる人、飽きっぽい人、気が多い人などは、音楽に対する情熱があふれるほど無いと、厳しいよね。

 人間をサドとマゾで分けるなら、マゾっぽい人の方が音楽向きだったりするんじゃないかな?
 
 
今月のお気に入り ゼピール サーキュレーター ブラック DKS-20

 サーキュレーターです。ま、送風機というか、首を振らない卓上扇風機と言うか、そういう奴。お値段は、アマゾンで1980円。安いねえ…。購入したのは、昨年なんだけれど、大活躍しました。だって、去年から、我が国日本は省エネが国是になったわけだからね。もう、今年も順調に廻り始めてます(笑)。

 とにかく、サーキュレーターって奴はすごいです。扇風機と言っても、部屋の空気が動いているだけの能無し野郎かと思っていましたが、こいつが廻っているだけで、なぜか、部屋が涼しくなったように感じられます。扇風機なので室温を下げる機能は全くありません。なのに、こいつが廻っているだけ、結構快適に過ごせます。不思議だね。おそらく室温的には変わらなくても、風が動いているというだけで、涼しく感じるんだろうと思います。

 今年もこの子には大活躍してもらう予定です。これと、冷たい烏龍茶と、冷却剤をタオルでくるんで首に巻けば…かなり夏を涼しく過ごせそうです。
 
 
今月の金魚

 みんな元気です。とても良いことです。
 
 
今月のひとこと

 どうもここんとこ、左腕が痛みます。感覚的には『血管に何かが詰まっているような感じ』なんです。とは言え、実際には、血管に何かが詰まっているハズはないので、あくまでも感覚的なモノなんですが、その詰まっているモノが、すんなりと取り出せたら、いいのですが…。妻からは「とりあえず、水晶でも握っていれば…」と言われてますが、普通に活動しているのに、ずっと左手で水晶握っているわけにもいかず、さあ、どうしましょう。(2012年4月29日~5月2日)

 朝起きたら、腰が固まっていた。う、動けない…。ひとまず、コルセット着用して、日常生活に飛び込んだけれど、なんかいつもピリピリと腰に痛みが走る。GW真っ最中なのに、このイヤな予感はなんだろう…。(2012年5月2~5日)

 腰痛はトルマリンの数珠で解消しました。詳しい話は、いずれ書きます(笑)。(2012年5月5~6日)

 そう言えば、昨夜はスーパームーンって奴でしたね。確かに、夜、月見上げたら、月が結構大きかったような…。体調を崩したり、逆に体調が良くなったりした人、いるかな? 私はカラダがあっちこっち痛かったのですが、これは月のせいではなく、階段で転んでぶつけたからです(涙)。(2012年5月6~8日)

 階段でぶつけたヒザはトルマリンシートを貼って治しました。私の場合、シップを貼ったり、チールを塗るよりも、トルマリンシートを貼った方が、打ち身や筋肉痛の治りが早いみたいです。ま、そのあたりは個人差があるようですから、他人には薦められないと思ってます。しかし、自分に合った治療法を知るのは、なんかうれしいです。…その前に、怪我をしないような生活を心掛けないといけませんがね。(2012年5月8~11日)

 昨日、小一時間ばかり、揮発した灯油がそこそこ充満している部屋(危ないよなあ…)にいたせいか、すっかり、鼻とノドの粘膜がアウト…。仕事とは言え…つらい(涙)。それにしても、ラ・フォル・ジュルネの記事って、人気ないなあ(呆)。(2012年5月11~13日)

 今の時期、楽器店に行くと、どこも吹奏楽/管楽器フェアですね。対象は吹奏楽部員の親子ってわけで、どこのお店も親子連れが目立ち、スクールモデルの楽器がたくさん陳列されています。フルート、アルトサックス、トランペット…どれも安い楽器は本当に安いねえ。子どもの頃からマイ楽器を買い与えられる子がこんなにたくさんいるなんて、やっぱり日本は不景気不景気と言いながらも、豊かな国なんだよね。(2012年5月13~16日)

 『貞子3D』を見た。うむ、これは私の知っている貞子ではない。私の理解では、貞子と言うのは、幽霊とか怨念とか、その手の存在だったはず。でも今回は、クモのモンスターでした。貞子はスパイダーガールか! ホラー映画かと思って見ていたら、パニック映画でした。新世代貞子って事なんだろうけれど、21世紀版の貞子って、20世紀の貞子とは、まるで別人でした。(2012年5月16~19日)

 2012年5月18日、ミュンヘン郊外の自宅で、フィッシャー=ディースカウ氏が亡くなったそうな。86歳だったそうで、死因の報道は特にありませんが、いわゆる大往生って奴と考えて良いのでしょうね。1992年に引退ですから、すでに引退して20年たっているわけで、それでも今だ現役歌手のように、あちらこちらで、フィッシャー=ディースカウの名前を耳にしていたわけで、やはりすごい歌手だったのだなあと、改めて思ってます。この方、2002年に、高松宮殿下記念世界文化賞を受賞されていると言う事は、日本の勲章もお持ちなんですね。それほど、日本および日本国にも愛されていたという事です。ご冥福をお祈りいたします。(2012年5月19~21日)

 2012年5月21日の湘南地方は雨でした。なので、分厚い雨雲が天然の日蝕フィルターとなって、肉眼で(笑)金環日蝕がキレイに見えました。たまに雲が切れると、まぶしい太陽が顔を出すので、その時だけは日蝕グラスを使って見たのですが…日蝕グラスで見るよりも、肉眼で太陽を直視して見た方が感慨深いや。雨が降っていて、むしろラッキーでした。(2012年5月21~23日)

 もうなんだかんだ言って、一週間ほど続いているので、マグレじゃないって事で書きますと、実は、この老犬ブログですが、日本ブログ村の『フルートランキング』で第1位を継続しています。『声楽ランキング』は、今年の1月下旬あたりから、ずっと第一位(って、事はすでに4カ月連続第一位?)なので、ここ一週間ばかりは、日本ブログ村で“二冠王”って事になってます。なんか、自分事ながら、凄い…。もちろん、皆様方のご愛顧と“バナークリック”に支えられた二冠王です。本当に感謝感謝でございます。ありがとうございます。ちなみに、日本ブログ村は同時に三つのランキングに登録できるので、理屈の上では三冠王までは可能なのですが…残りの『社交ダンスブログ』は第一位どころか、TOP10を維持するのがやっとです(笑)。まあ、ダンスの記事はあまり書いてないしね…。ちなみに、声楽ランキングの第二位は、モナビーナスさんでした。ううむ、キング門下で、声楽ランキングのワンツー・フィニッシュってのは、気持ちいいね。(2012年5月23~25日)

 久しぶりの新記録です。1年10カ月ぶりに、最大訪問者数を更新しました。今度の記録は、2012年5月24日(木)のモノで、608人です。ちなみに、この日のアクセス数は1464ページで、こちらは今年3月24日にたてた1636ページには及びませんでした(残念)。しかし、フルート記事はアクセスが増えますね。驚きました。(2012年5月25~27日)

 ノドがただれていて、痛いよォ~。ツバを飲み込むにも、支障あり。ああ、かなりヒドイ状態だあ…。こうなった理由は、おおよそ検討がつくので、その問題をサッサと解決しない限り、私に健康な日々は戻ってこないわけです。そのためにも、前に進まないと…。(2012年5月27~29日)

 感謝です、ありがとうございました。自分でも信じられない記録が出ちゃいました。2012年5月28日(月)のアクセス数も訪問者数も両方とも過去最高となりました。アクセス数が1891ページ、訪問者数が1081名です。今までのアクセス数の最高記録が2012年3月24日の1636ページで、訪問者数の最高記録が2012年5月24日の608名でした。訪問者数が、わずか4日で倍増! この事実に、私もビックリしております。ううむ、フルート記事は、本当に需要があるんですねえ…。(2012年5月29~30日)
 
 
 今月は以上です。よろしくお願いします。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2012年5月30日 (水)

△は合格じゃないけれど、合格みたいなものサ!

 フルートのレッスンに行ってきました。ああ、ノド痛い(涙)。ブレスするたびにノドがヒリヒリ痛むし、タンギングするたびに口内炎が痛む(涙)。辛いのは、アパチュアをつくる付近の炎症。“声楽のレッスン無しのレッスン”以来、口腔内トラブルで、マジ、参ってます。ああ、ノド、痛いっす。

 いつもの姉様はいらっしゃいませんでした。先生は私が到着するまで、読書をしていたようです(と言うことは、ご自分の練習も終えてしまったという事でしょう)。別に遅刻したわけじゃないですが、何となく申し訳ない気分になりました。

 久しぶりに先生とマンツーマンのロングトーン練習でした。二人ッきりでのロングトーンもいいですね。今回は、ロングトーンをしながら、色々と音色や発音の注意を受けました。オーバーブローはダメだし、つぶれた音もダメ。もちろん、ピッチの狂いは論外。ちょっと緊張しましたが、多くの事を学びました。

 で、懸案のミニヨン・エチュードの11番は…△(笑)。つまり「合格じゃないけれど、現時点では、それが精一杯でしょう。ボチボチ次に行きましょうか」って事です。いやあ、申し訳ないけれど、ありがたい処置です。

 「指はしっかりサラってきましたね。でも、音楽の作り方が今一つだねえ…」というわけで、△なんです。

 結局、最後まで残った課題は、スタッカートでした。つまり、スタッカートをマスターする事ができなかったわけです。ああ残念無念。しかし、スタッカートどころか、通常のタンギングすらドヘタな私ですから、スタッカート見送りは、ある意味正しい判断だったと思います。

 で、次回からはミニオン・エチュードの12番です。先生が模範演奏をしてくれました。ははは、ワルツのリズムは問題ないけれど、この高音の連続は、どないするんじゃい?
 
 
 今回の雑談は…音域外の音について。つまりは、Hi-Dとか、あのあたりの音。プロコフィエフでは使うそうですが(具体的な曲名をおっしゃってましたが、失念しました。申し訳ない)、あくまで音域外の音はフルートにとって反則技であって、本来的にはHi-Dなんて使うものではないらしいです。だいたい、音も美しくないし貧弱だし…というのが、先生のご意見のようです。

 「でも、吹奏楽の曲などではHi-Dは、それなりに出ますよねえ…」なんて言うと「なにも譜面どおりに吹かなきゃいけないって事はないでしょ? そこは指揮者の才覚で、音を下げて吹けばいいんだよ」とピシャリ。はは、学校現場では、そう簡単にはいかないでしょうね。

 ちなみに、私は、Hi-Cまではフルートで普通に出せますが、そこから上は厳しいです。

 無理に高い音を出そうとして、オーバーブローになってしまうのは良くないから、Hi-Cぐらいまで出れば、十分ですよとなぐさめられました(笑)。

 考えてみれば、吹奏楽ってのはバンドなんだから、Hi-Dのような高音は、ピッコロに任せればいいんじゃねえの? って今、思い付きました。それじゃあ、ダメなのかな?
 
 
 そうそう、今年もH門下では、夏のフルート合宿が行われますが、今年も私は不参加。吹奏楽部の合宿とぶつかるんだよ…。昨年は、私が主催してる研究会とぶつかってしまい参加できなかったわけなので、今年こそ参加したかったのに…残念。他の門下の人と仲良くしたいし、色々と学ぶことが多そうな合宿だけに、本当に本当に、参加できなくて残念です。

P.S. 先日妻が「最近、フルートがよく鳴る様になったわねえ…」とボソって言ってました。うむ、これもH先生のご指導の賜物だな。身内は嘘をつかないから、身内に誉められると、うれしいですよ。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ フルートへ
にほんブログ村

2012年5月29日 (火)

レッスンに行った事を後悔しています

 声楽のレッスンに行ってきましたが、今回もまた、レッスンはせず、歌うこともありませんでした。ただ、一時間超、先生と口論をしただけです。

 先生は「今日のレッスンはとても大切な事を伝えたからね」とおっしゃってましたが、申し訳ないけれど、録音を聞き返しても、その大切な事が何なのか、よく分かりませんでした。ただ、水掛け論をして、私が譲ったと言うか、言い負かされただけだと思います。

 ディスコミュニケーション…って状態ですね。

 私の言葉は先生に届かないし、先生もご自分がおっしゃる事が私に伝わらなくて、話が堂々巡りになっていました。録音を聞くと、おもしろいぐらいに、話がかみ合ってません。

 結論から言えば、私というアマチュア歌手が、プロのピアニストさんときちんと打ち合わせもできない、つまり、プロのピアニストさんの伴奏で歌うだけの力量がないのに歌おうとしたのが、そもそもの間違い…みたいです。

 ピアノ合わせのやり方なんて、誰からも、教えてもらっていないんだから、業界のルールや慣習に疎くても、仕方ないじゃない。所詮、素人なんだから、色々と力不足だったり、的外れな部分があっても、それも仕方ないじゃない。

 その辺りのフォローも含めての“レッスン付きピアノ合わせ”だったはずです。少なくとも、私に対して、他の生徒さんと同様の、指導とアドヴァイスとフォローがあっても良かったんじゃないかって思います。その時は黙っていて、私が困るままにし、次のレッスンで、如何にあの時のピアノ合わせがダメだったを、イチイチ指摘されても、時間は戻らないわけだし、一回分のピアノ合わせが無駄になっただけです。
 
 
 だいたい、今回の口論と言っても、丁々発止にやりあったわけじゃないです。あくまでも、先生と生徒ですから、話の大前提として『正しいの先生で、間違っているのは生徒』と言うのがあります。

 今までの私は、先生がおっしゃる事が分からなかったり、おかしいなと思っても、それをそのまま飲み込んで、従っていました。なにしろ『正しいの先生で、間違っているのは生徒』ですから。これでも私、一応、体育会系(ってか格闘技会系)ですからね。

 しかし、今回はいつもとは違って、先生が何を言っているのか分からないところには、はっきりと「分かりません」と答え、意見が合わないところは「そうは思いません」と答えました。先生が口答えをする生徒を嫌うのは、他の門下生との接し方を見ていても知っていましたが、今回はレッスンの最初に「言いたくても言えなかった事を、はっきりと言いなさい」とおっしゃたので、あえて、今までクチにしなかった事を言ってみました。

 そうしたら、レッスン無しで、ずっと口論になってしまったわけです。私は口論なんてしないで、レッスンを受けたかったです。発声がダメになった自覚があるし、何よりも“Music of the night”は歌い方そのものにダメが出ているので、レッスンで見てもらいたかったです。

 結局、自分の正直な気持ちなんて、たとえ促されたとしても、話すべきじゃなかったと、後悔してます。キング先生は譲る事の無い人ですから、結局、最後は、いつものように私が折れて飲み込んだわけだし…。だったら最初っから、いつものように、物分かりの良い生徒でいた方が、レッスンも進むし、先生から色々な事を学ぶ事ができたはずだと思いました。レッスンが一回分無駄になってしまったわけで、悔やみきれません。

 そうでなくても、最近のレッスンは打ち合わせばかりで、ロクに歌や発声の指導を受けていません。それが積み重なって、積もり積もって、発声がダメになり、歌が独りよがりの方向に出来上がってしまったのだと思ってます。

 もうコンサートも間近ですし、今回こそは、しっかりとレッスンしていただきたかったです。

 先生と生徒で、長々と口論をしても、お互い、何も得るものはないし、結局、何も解決しません。感情のワダカマリが残り、不信感が募り、lose-loseになるだけです。先生は不快になられ、私は上達のチャンスを逃し、妻はレッスン代をフイにされイライラするだけです。せめて、お説教(?)はレッスン終了後にして欲しかったなあ…。

 とりあえず、口論の結果、次のピアノ合わせに、私は参加しない事になりました。私の代わりに、妻が出かけて、先生やピアニストさんと、打ち合わせをする事になりました。私は、私が不在の席で決まった事を、決まった通りに、歌えばいい事になりました。つまり、そういう事です。私は空いた時間…ヴァイオリンの練習でもしているかな。

 もっとも、先生の前ではニコニコしていた妻ですが、ピアノ合わせに行かないかもしれません。そうなれば、それはそれです。
 
 
 ガラコンサートは歌劇団が主催のはずでしたが、その形がドンドン崩れて、色々と迷走して、結局、いつもの先生主催の発表会と変わらない状況になりつつあります。それは私が歌劇団の団長だからでしょう。そのために、主催者がやらないといけない仕事を、先生が一人で抱えてしまい、準備が色々と後手後手になってます。

 例えば、会場との最終打ち合わせが遅れてしまったため、我々のコンサートの直後に、他の団体がホールを使用する事になってしまい、そうでなくても時間的に厳しい今回のコンサートが、かなりかなり厳しい状況になってしまったわけです。また、当初予定では、すでに完成して生徒さんたちには配っていないといけないプログラムも、まだ原稿すら出来ていません。

 プログラム印刷だって、広告の一つや二つ取ってくれば、印刷代ぐらい賄えたはずなのに、それも後手後手になってしまっているし…。ピアノ合わせだって、当初の予定どおり、最初の参加費で賄えて、出演者の方々の金銭的な負担を増やさずに済んだはずなのに…。

 私が団長でなく、もっと先生に信頼されている人が団長だったら、こんな事になっていなかったと思います。私の団長としての力不足が、結局、こういう事態を招いてしまったのだなと、後悔してます。

 ガラコンサートが間近だと言うのに、余計な出費をお願いしたり、色々な準備が遅れてしまったことについて、団員の皆さんや門下の皆さんに、申し訳ないです。そのお詫びに私ができる事って、なんでしょう? 『死んでお詫び』? それはさすがに勘弁ね(笑)。
 
 
 結局、これで三回連続となりますが、今回もレッスンらしいレッスンは無かったわけです。

 最後に先生が「発声に関しては、ブログの過去記事を読み返せばいいのでは?」とおっしゃいました。「具体的にどこがどう悪いは、自分の姿を鏡に写して、それを見れば分かるから、鏡を見て、自分の力で直せばいいのでは?」ともおっしゃいました。

 ダメになってしまった発声については、今後は、自力でどうにかしないといけないようです。先生に甘えてちゃダメてっ事なんでしょう。まあ、泣いても笑っても、自分の事ですから、自分の事は自分でやるしかないわけです。でも、私のレッスンは毎週あるし、本番まで数回ですが、まだレッスンがある事を、先生はお忘れになっているようです。

 私のレッスンは、本来は月2回なんです。それを毎週に増やしたのは、私が勝手な練習をして、発声をダメにしないために、発声のチェックをこまめにするため、毎週レッスンをする事にしたはずです。で、私は毎週欠かさずレッスンに通っているわけですが、その肝心のレッスンがなおざりで、発声がダメになってしまったのでは、何のために毎週レッスンに行っているのか、大いに疑問なんです。

 特に今は仕事が忙しくて、自宅練習も十分にできません。だからこそ、毎週欠かさずレッスンに通って、声や歌の状態を見てもらいたいんです。少なくとも、他のみなさんと同様に、時間みっちりと濃いめのレッスンをしていただきたい、それが私の望みです。

 私はただ、歌が上達したいだけだし、そのために、しっかりとレッスンをしてもらいたいだけなんです。老いが迫ってますので、一回一回のレッスンが貴重なんです。極端な話、一年後には、歌えなくなっているかもしれないのです。なにしろ、何が起こるか分からないのが“老いる”と言う事ですから。若い人には分からないでしょうが、たかが趣味ですが、それだけ切実なんです。

 しかし、本当に先生の指導無しで、鏡を見て歌うだけで、発声上の問題って解決できるのかな? それとも、私は“門下卒業”って事?
 
 
 しかし、自分の気持ちなど、先生に言うものじゃないですね。とにかく、色々と疲れました。今はもう、何も歌いたくないです。でも、そうは言っていられないので、心を殺しておきます。最も、この日以来、口内炎が同時多発で発生し、ノドに潰瘍らしきキズもできました。歌はもちろん、フルートを吹くにも支障が生じるほどです。おかげで、ブログじゃあ雄弁ですが、リアルでは無口になってます(笑)。

 実は今回のレッスンの日は、仕事がタイトで忙しくて、色々と大変な中、時間をやりくりして、無理やり(それでも少々遅刻して)レッスンに行ったのですが(オトナの趣味なんて、大概そうでしょ?)、こんな事になると分かっていたなら、レッスン代は無駄になってしまうけれど、レッスンを休んで、もう少し仕事を片づけてきた方が良かったなあと、後悔しました。

 後悔せずに反省をしようと思いましたが…前向きに考える事をカラダが拒絶していますので、やっぱり後悔しかできませんでした。残念。

P.S. 鏡、買いました。それも大きな姿見鏡です。これからは、この鏡の事を“姿見先生”と呼ぶことにしましょう(笑)。

P.S.2 歌が上手くなりたいです。キレイな声でちゃんと歌えるアマチュア歌手になりたいです。歌を上達するためには、どうしたら、いいのでしょうか?

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ 声楽へ
にほんブログ村

2012年5月28日 (月)

フルートは、本当は楽に吹ける楽器です

 …って事を、以前、笛先生が散々おっしゃってましたが、当時の私は「え?」って思ってました。当時の私は、フルートを吹いていても、いつも酸欠と戦っていましたし、息もロクに続かず、ロングトーンなんかやった日には、目まいがクラクラしていたような気がします。

 それが今では、実に楽に吹いてます。ロングトーンなんかも、何気にピャ~と吹いてまして、あんまり楽をしすぎて、お腹で息を支えるのを忘れてしまうくらい、楽に吹いてます。息も足りないよりも、余るくらいです。酸欠で苦しむのは以前と同様ですが、以前は息が足りなくなって、それで酸欠になってましたが、今は息が余ってしまって、息を吐ききれずに、それで酸欠になって苦しいです。

 変われば変わるものです。

 なんで、そんな事を思い出したのかと言うと、先日、某トランペット吹きの方が、フルートを吹きたいと言うので、私のフルートを貸してあげたら、力任せにフルートを吹き出し、ロクに音も鳴らせずに、酸欠でクラクラになって、へたり込んでしまったからです。

 で、フルートを返してくれる時に「フルートって、大変な楽器だね、吹いていて苦しいよ、よくこんなの吹いていて酸欠にならないね…」って言われました。その言葉を聞いて、初心者の頃を思い出したのです。

 初心者の頃は、本当にたくさんの息を使ってフルートを吹いていました。あまりにたくさんの息を使うものだから、すぐに息は足りなくなるは、酸欠になってしまうは、散々でした。

 本当はフルート演奏では、そんなにたくさんの息は使いません。息は、ごく少量の方向性のある息を、フルートの歌口のある一点に向けて、当ててあげれば、キレイに鳴ります。大切なのは、息の量ではなく、息を当てる場所であり、息を当てるスピードだったりします。場所が正確で、スピードも一定以上あれば、フルートはキレイに鳴ります。

 初心者の頃、フルートがうまく鳴らなかったり、息を多量に使って酸欠になったのも、息を当てる場所が不正確だし、息を細く出す事ができなかったので、スピードのある息を出すために、たくさんの息を一度に吐いていたからなんだと思います。で、そのために、息を大量に無駄遣いして酸欠で苦しむ…とね(笑)。

 そう言えば、最初の頃は、フルートを吹きながら、手が酸欠で冷たくなった事もあったね。それと、いつもいつも息をたくさん使っていたので、演奏も、フォルテがメインだったしね。それが今では、それなりに楽にフルートを吹けるようになったわけで、ああ、地味に上達しているなあって感じます。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ フルートへ
にほんブログ村

2012年5月27日 (日)

よくぞこの年まで生きてこられた…[2012年5月第4週・通算17週]

体重:104.4kg[+0.4kg:+1.3kg]
体脂肪率:31.5%[+0.1%:+0.6%]
BMI:33.0[+0.2:+0.6]
体脂肪質量:32.9kg[+0.3kg:-0.2kg]
腹囲:100.0cm[+-0.0cm:+1.5cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 アラフィフ親爺である私ですが、先日、同じ年令の友人たちと、世間話などをして、色々と考えさせられました。

 まずは「お互い、よくぞこの年まで無事に生きてこれたねえ…」と慰め合いました。中年期を乗り越えられずに、すでに鬼籍に入ってしまった友人たちもいる中、半世紀もの時間を生き延びてきたんですから、お互いの健闘を讃え合いました。

 特に私は、家系的に短命な家系の人間でして、多くのご先祖様、とりわけ爺様方は、30代40代で亡くなっていますからね。そんな私が元気に「アラフィフで~す」なんて言えるわけですから、よくぞこの年まで生きてこられたもんだねって思いました。

 「でも、オレ、まだ気分は30代なんだよね」と友人の一人が言いました。確かに、年令はアラフィフだけど、私も気分的には、どこか30代のままな部分はあります。これって、体力とか肌つやとか外見とかが、30代の頃と大きく変わっていないからでしょうか? 確かに、パッと見は、30代の頃と変わりません。むしろ私の場合、30代の頃は、病気のオンパレードでしたから、健康に過ごせている今の方が、若々しいかもしれません(笑)。

 でも、肉体的…と言うか、外から見える部分はあまり衰えが目立たないかもしれないけれど、神経系は確実に老いているよなあ…。目は明らかに老眼だし、難聴も少しずつ進行しているし、不器用になったし、物忘れもますます激しくなってきたし、何よりも動作が鈍くなった。見かけは30代ぽくても、中身は正真正銘のアラフィフだね。神経系は嘘つかない…ってか、神経系のアンチエイジングなんて、無理なのかもね。

 私が子どもの頃の、アラフィフ親爺なんて、モロ、ジジイだったよなあ。ハゲ&白髪は当たり前だし、歯もほぼ入れ歯だったと思う。皮膚も、老人性のシミが目立つ人が多かったし、四十肩という言葉もよく聞いたね。

 今の我々は、カラダの中身的にはやっぱりジジイだけれど、若ハゲ若白髪でない限り、たいてい、まだ髪はフサフサのクログロな人多いし、歯も若干の差し歯やインプラントはあっても、入れ歯のお世話にはなっていない人多いし、皮膚も多少のたるみはあってもキレイなもんです。四十肩、なんすかそれ?

 上の世代よりも、確実に肉体的な老化が遅いというか、なんかうまくアンチエージングしているんだろうね。豊かな時代の日本で暮らせる幸せ、ってモンです。

 肉体的に若いという事も影響あるのかな? 結婚が遅かった人が多いのも、我々の世代の特徴かもしれません。女性陣からは「アタシなんか、まだまだ子どもが小さいから、老け込んでなんていられないわよ~」なんて声も聞こえます。子どもが大学生って人から、まだ小学生ですって人まで、実に幅広いですよ。それにしても、母は強いです。

 「不況だ、不況だ、と騒がれるけれど、なんかうまく不況の波から逃れているよねえ…」と言ってた友人もいました。…確かにそうかも。リストラという言葉を耳にし始めた頃、すでに働き盛りに突入していた我々は、リストラの対象からはうまく外れていました。あの頃、リストラの対象になっていたのは、我々の上の世代の“窓際”のオッチャンたちだったし、人減らしのために新卒の雇用を控え始めていたけれど、すでに就職していた我々には影響なかったし…。確かに、給料は、ある時を境に上がらなくなった…と言うか、下がったわけだけれど、そこまでにソコソコ給料も増えていたから、多少減らされたとは言っても、それなりの給料は確保できていたし…。必要なものは、景気が良かった時代に買い揃えることが出来ていたし、色々とタイミング的に恵まれていたよなあ。
 
 
 とにかく、若くて遊びたい盛りの時に、お金を持っていて、お金で叶えられる夢なら、なんとかなっていました。あの頃、本当に日本は景気が良くて、我々の将来には、一点の不安も曇りもなく、夢や希望があったものです。

 「若い時は、どんな人生設計をしていた?」なんて言うと、今じゃ笑い話のような、甘ったれた夢見がちな話が飛び出してきます。

 ちなみに、私が20代の頃、考えていた人生設計(?)は以下のとおりです。

 30歳で湘南に一戸建てを建てて、
 40歳で那須に別荘を建てて、
 50歳で葉山にクルーザーを浮かべて、
 60歳で都心にマンションを建てる。
 退職金で無人島を購入して、そこにプライベートビーチを確保する。
 余生はマンション経営をしながら、無人島に居を移して、悠々自適に贅沢三昧に暮らす。

 ほんと、今となっては、笑い話のような、いい加減な人生設計です。だいたい、物欲まみれだし(笑)。でも当時は、こんな夢が現実味を持っていたんだから、不思議ですね。それくらい、日本は景気よかったし、お給料も黙っていても右肩上がりだったわけです。

 それに私の場合、少なくとも「30歳で湘南に一戸建てを建てて」は実現しました(エヘン)。でも、そこで世の中は不景気に突入してしまいました。

 残念ながら、那須に別荘は建てられなかったです。不景気は続いていますので、今のところ、クルーザーも買えそうにありません。おそらく、60歳になった時、そこまでの蓄えで、マンションの一室くらいは買えるかもしれませんが、マンションそのものを建てるのは無理でしょう。無人島? プライベートビーチ? 湘南海岸で海水浴満喫がせいぜいです。マンション経営? 夢のまた夢です。贅沢三昧に暮らす? 無理ですが、できるならば趣味三昧には生きてみたいです。

 でも、我々は、若い時代をそれなりに謳歌できたわけで、恵まれた世代なんだと思います。我々よりも上の世代は、若いエネルギーで汗水垂らして働くのに一生懸命だった世代だし、我々よりも下の世代は、働きたくても職場が見つからず、不安定な雇用の上での不安定な経済生活を甘んじて受け入れなければいけない世代だったわけで、ロクに遊んでもいません。私たちは、若くて遊び盛りの時期と、日本が元気だった時代がうまくオーバーラップしていた、タイミングの良い世代だったんでしょう。

 私に関して言えば、貧しい家の生まれにも関わらず、思いっきり勉強できたのも、世の中の景気が良かったからだと思ってます。苦学生ではあったけれど、さほど苦しくなかったものね。もしも私が今の時代の子なら、経済的な理由で、勉強や進学なんて許されなかったでしょうね。本当に時代に感謝してます。

 とにかく、収入を得るのが、とても簡単な時代に育ちました。『若いのに、お金を持っている』と、本当に色々な事ができるものです。だから皆、若い時は、結構好き勝手にやってました。仲間うちには、若い時は、ミュージシャンだったとか、モデルだったとか、そんな人もいます。(はっきり言って、売れない)ミュージシャンとかモデルでも、食えた時代だったんですね。

 だから、不景気な現代社会においても、我々世代は、どこか感覚がズレていて、バブリーで、呑気で、危機感ないんだろうと思います。なんか、上の世代にも下の世代にも、申し訳ないです。

 ま、これも、生まれた年の星の巡り合わせって奴なんでしょうね。勘弁してくださいませ。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2012年5月26日 (土)

篠崎さんが懐かしい

 本来ならば金魚ネタの土曜日ですが、色々と記事が貯まっているので、今回はヴァイオリン記事をアップします。

 ゴールデン・ウィーク中は報告をサボってしまったので、約一カ月ぶりのヴァイオリン独学練習報告です。

 今年の三月からずっと「むきゅうどう」な私ですが、実は未だに「むきゅうどう」です。三カ月間もずっと同じ曲なわけで…この状況はさすがにマズいんじゃないかと思うようになりました。

 まず、確認事項として、私の合格ラインなのですが、これは“お手本CD”と合奏できたら合格としていますが「むきゅうどう」の場合、これがクリアできないのです。

 「むきゅうどう」も、さすがに三カ月も取り組んでいると、自分なりには演奏できるようになりました。しかし“お手本CD”との合奏はできません。単純に“お手本CD”のテンポに追いつけないのです。

 “お手本CD”は、名前の通り、実にお手本どおりの演奏で、特に変わった事をしているわけではありません。実に楽譜に書かれた規定の速度での演奏をしているだけで、それに追いつけない私は、本来的には不合格のままでも良いのですが、おそらく、この基準のままですと、あと半年頑張っても「むきゅうどう」を合格するのが、無理なような気がしてきました。と言うのも、私の演奏速度が上がらない理由の一つに、右手や左手の未熟と言うよりも、読譜力の不足で楽譜を読むのに時間がかかり、そのために演奏がもたつく…という理由があるからです。つまり、楽譜を読むのにモタモタして、その結果、本来のテンポに追いつけないってわけです。まあ、暗譜しちゃえば問題ないのでしょうが、なかなかそこまで練習を積み上げる余裕がないんです。

 規定のテンポで演奏できるのは、とても大切な事ですが、そこにこだわっていたら、今の私では前に進めません。だって、読譜のスピードなんて、そう簡単にアップしないもの。で、このまま前に進めないままですと…さすがに三カ月も停滞していると、モチベーションがダダ下がりになります。実際、無い時間の中から時間を捻出して練習しているのがヴァイオリンなんですが、例えば五分という時間があった時に、モチベーションが上がっていると「たった五分だけれど、音階練習できるじゃん」とか思って練習するものですが、モチベーションが下がっていると「たった五分じゃ、音階練習しかできないから…まあ、また今度にしよう」って気持ちになって、練習をさぼっちゃいます。

 ダメでしょ、こんなのじゃあ、ダメでしょ。このままでは、挫折への道、まっしぐらです。それは良くないです。

 そこで「むきゅうどう」は不合格のまま、次に進むことにしました。なんか、演奏できないまま「むきゅうどう」を放置するのは悔しいですが、このまま、この曲で立ち止まっていて、モチベーションが下がるのを放置する方が、むしろ良くないのです。

 おお、神よ。「むきゅうどう」を完成させないまま、先に進むことを許したまえ。

 さて、問題は次の曲です。このままスズキをやり続けるべきか、それとも篠崎に戻った方が良いか…悩んでいます。元々は篠崎で勉強していた私ですが、それをスズキに浮気したのは、フルバヨ[フルート&バヨリン演奏会オフ]に参加したいからです。ところが、フルバヨの実施日と私の予定がうまく合わず、最初の1回に参加したっきり、次に参加する事ができません。どうも、日程的に、私が参加できない日にちにフルバヨが開催されるようなサイクルになっています。どうせフルバヨに参加できないなら、スズキをやっている意味もないので、篠崎に戻ってしまおうかと思ってます。

 本当はフルバヨに参加したいんですよぉ。可能なら、行きたいのですが…ダメなら、きっぱりフルバヨを諦めて、また地道に篠崎で勉強するのも、手じゃないかなって思います。と言うのも、篠崎の方が曲も短いので、モチベーションが持続しやすいんですよね。スズキは、一曲が長いので、弾けないと、ずっとその曲に立ち止まる事になります。それって、先生について習っている人なら「学ぶべきことはやったら、次に行きましょう」と先生の判断で先に進めるけれど、私のような独学者じゃ、そうはいきません。立ち止まったら、立ち止まったままなわけで…やっぱり、スズキは独学には向いていないのかもしれないと思うようになりました。

 さて、スズキで前に進むか、篠崎をやり直すか、悩みどころです。それ以前に、練習時間の確保と、下がってしまったモチベーションを復活させないと…。このままじゃ、ヴァイオリンも挫折してしまふよ(涙)。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村

2012年5月25日 (金)

なぜ社交ダンスをやっている人って、老けて見えるのでしょうか?

 ダンスのレッスンを受けて…きませんでした。もう、連続三週間もレッスンがありません。色々な事が重なってレッスンがないのですが、このままダンスのレッスンが立ち消えとなり、私のダンスが挫折してしまわないように、わざわざ、ダンスのレッスンがなかった事を書いておきます。

 私のダンスは教える方も学ぶ方も趣味なので、こういう事が起こるんですよ。これが、ちゃんと他人の先生に、月謝をお支払いして習っていたら、必ず決められた通りにレッスンがあるでしょうし、このようにレッスンが停滞する事もないでしょうが、ついつい身内同士の気安さで、やむを得ないことが重なると無理しませんから、レッスンが無くなってしまいます。

 しかし仮に来週、レッスンを受けるとなると、なんと一ヶ月ぶりのレッスンになってしまいます。レッスンの時以外は、ほとんど踊っていないので、たぶん、今まで習った事は、ほとんど忘れているんじゃないかな? だとしたら…すごく悲しいです。なんとしても、レッスンを再開したいです。

 なので、レッスン記録は…以上なのですが、それではなんですから、今回はダンス関係のエッセイを書いて、お茶を濁す事にします。
 
 
 なぜ社交ダンスをやっている人って、老けて見えるのでしょうか?……ええと、別にケンカを売っているわけではないので、誤解しないでください。

 先日テレビで社交ダンスの番組を見ました。そこで放送されていたのは、日本の大学生たちによる、社交ダンスの大きな試合の様子を中継したものでした。当然、そこに出て来るのは、日本全国の社交ダンス部の腕っこきカップルたちばかりなんです。さすがに大学生のトップたちのダンスなので、動きは速いし、キレは良いし「おぉっ!」って感じのダンスなんです。「さすがに熟練のベテランたちは違うなあ…」とボソっ言ったところ「大学生だよ。子どもの頃からやっている子もいるだろうけれど、多くは大学入学してから始めた子ばかりだよ」って妻が言いました。

 そう、この子たち、みんな大学生なんですよ。おそらく三回生とか四回生だろうから、せいぜいハタチ前後の子たちばかりのはずなのに、思わず「熟練のベテラン」と言ってしまうくらい、みんな、老けているんです。パっと見『アラフォー?』って感じの風格なんです。

 社交ダンスをやっている子たちは、どう見ても、若者に見えないんです。申し訳ないけれど、オッサン、オバチャンにしか見えません。ううむ、ファッションが悪いのか、化粧方法が悪いのか、ダンサー体型が悪いのか、私にはよく分かりませんが、それにしても、大学生なのに老けて見えたのは事実なんです。

 どうして、社交ダンスをやっている人って、老けて見えるのでしょうか?
 
 
 また別の日に、社交ダンスの番組を見ました。今度はアジアオープンとか言う国際試合の中継で、世界のトッププロたちが踊ってました。それを見ていたら、いやあ、皆さん、若々しいんです。ダンスと言えどもスポーツだから、世界のトッププロなんてハタチ前後なんだろうなあ…なんて思っていたら、どうも中心的な世代は30代みたいです。大学生たちよりも、確実に一回り以上は年上なんです。

 オーバーサーティーのプロ選手の方が、二十歳前後の大学生たちよりも若く見える…つまり、ダンスで若く見せられるかどうかは、実際の年齢よりも、ダンスの動きにかかっている…って事かなって思いました。たとえ実年齢が何歳であっても、若々しい動きをしていると若く見られ、よっこらしょって感じで踊っていると、実年齢よりも老けて見えるって事なのかな?

 他人のことはともかく、私なんて、ダンスまだまだだから、きっと踊っている姿は、さぞや老けている事でしょう。ま、残念だけれど、仕方のないことです。不幸中の幸いは、自分が踊っている姿を自分は見ることができないという事です。きっと自分が踊っている姿を見たら、すごくガッカリするでしょうね。

 なので、絶対に踊っている姿をビデオなどで録画するのは…止めておきます。そんなの、恐ろしいじゃない(笑)。

 練習に練習を重ねて、上達すれば、きっとダンス姿も若く見える事でしょう。そんな日が来るのを楽しみにして、練習していきたいと思います。そのためには、まずは、レッスン再開だね。レッスンがないと踊る事すらできないからね。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 演劇ブログ 社交ダンスへ
にほんブログ村

2012年5月24日 (木)

フルートの頭部管に大きなヘコみ傷がありますが、それが何か?

 フルートのレッスンに行ってきました。

 とりあえず、いつものように、先生と姉様と三人でロングトーン練習をしました。軽くチューニングをしている時に「吹きすぎ!」と注意され、さらに「クチビルじゃなくて、お腹!」とも注意されました。確かに、最近、また手抜きでお腹をサボりながらフルートを吹いていたかもしれない…。

 音程に関しては、反射板を直してもらった事もあって、そりゃあ、バッチグーでした。楽器の調整って大切ですね。

 で、ミニヨン・エチュードの11番は…不合格。おぉ、今回こそは合格できると思っていたのに…。自分なりに、結構、バッチリのつもりでしたし、先生も今回で上げちゃうつもりだったのに、不合格になりました。

 ひとまず、指が回らないとか、音が止まるとか、そういう問題ではなく、フルートのテクニック上の問題とか音楽的な問題とかで、不合格になりました。

 まずはタンギングとか息の問題で注意を受けました。特に激しいのは、スタッカートが付いている部分。これは無自覚なのですが、スタッカートの部分をタンギングのみならず、イチイチお腹で息を切って演奏しているので、息は出しっぱなしで、タンギングだけでスタッカートを表現するように言われました。これは(私には)難しい…頑張らないと。

 息は波打っているので、一つのフレーズは一息で吹いているように感じさせるように、素直な息遣いでフルートを吹くように言われました。うう、これも難しいです。

 音楽的な問題としては、フェルマータの処理。私の吹き方では、次に続くフレーズのアウフタクトのように聞こえるけれど、これはあくまで別フレーズとして、フェルマータの後に音楽が続かないように吹くこと。ボコ・ピウの部分のテンポ変化が中途半端(つまり、もっと速くしましょうって事)。二回目のプリモ・テンポに入る部分の、ブレスとかリタルダンドの具合(両方とも譜面には書かれていません)も、私のやり方では音楽的に唐突で不自然だと言われました。あと、相変わらず、メロディと伴奏の吹きわけが不十分だとも言われました。

 次回までに、これらの問題をクリアできるか、私は!

 ま、やるしかないので、やります。頑張ります。

 「この曲は時間がかかってますね。きっとあなたには難しい曲なんでしょうね。でも、この曲をいい加減にして前に進んでしまうと、次に似たようなタイプの曲と出会った時に、また同じ失敗を繰り返してしまうわけだから、欠点は確実につぶしていかないとダメですね。もう少し頑張りましょう」と言われました。

 そして励ますつもりだったのでしょうね「ほんと、人は様々ですね。難しい曲を簡単に吹いちゃうような人でも、意外に簡単の曲でつまづいたりと、普段は簡単な曲に苦労している人が、たまたま難しい曲をあっさりと吹きこなしたり…ほんと、人は様々ですね。色々なタイプの人がいるものです」とおっしゃいました。

 ですから「先生から見て、私はどんなタイプの生徒さんですか?」と尋ねてみました。

 「君は、音がキレイなんです。とても、キレイ。でも、息がダメ。息が途切れ途切れ、ちゃんと流れていないのです」と言って、私の吹きマネをしてくれました。確かにカッコ悪いなあ…。どうやら、ジャズフルートの癖が抜けきれていなくて、未だに無意識になると、1音1音、アタックをかけて吹いているんですね。それも無意識にやっているから、なんか中途半端でカッコ悪いのです。いっそ、ジャズスタイルで吹いた方がカッコいいくらいな中途半端さです。

 つまり、私はブレスコントロールが、クラシック系フルーティストとしては、かなり稚拙って事ですね。

 ちなみに、美点としてあげられた「音がキレイ」だって、私の手柄ではなく、単純にアルタスフルートそのものが美音フルートなだけですし…。とにかく、息ですね、息。

 今回の雑談は、フルートの傷の話です。

 私のアゲハには、実は大きなヘコミ傷があります。かなり大きくて、アゲハを見ると、誰もが気付くくらいに、大きな大きなヘコミ傷が頭部管の先っぽについてます。実は私が勢い良く、頭部管を机の角にぶつけて作っちゃったヘコみ傷なんですね(涙)。まあ、人間で言えば『眉間の傷?』って感じのヘコミです。『愛と誠』の誠くんのような傷です(って分かる?) まあ、持ち主である私は、そんなヘコみなど、ほとんど気にしてませんが、アゲハを見る人見る人が気にするんですよ。

 で、その話を先生にしてみたところ、その傷を見せろと言うのです。

 で、見せたところ、大きな声で「アッ!」と言いました。やっぱり、気になるんだね。

 で、すぐに先生は頭部管のヘッドを外して、頭部管の中を見てくれて「…これなら大丈夫。問題無いよ」と言ってくれました。そう、このヘコみ傷は、反射板よりもずっとヘッド寄りなので、楽器としては全く問題にならないそうです。

 まあ、私もそこは音には関係ないだろうと思って放置してました(笑)。

 「傷がもう少し下だったら、直さないダメだったけど…」と言ってました。

 「やっぱりフルートって傷ついたり、ヘコんだりしたら、直すべきですか?」

 「外側だけの傷なら、問題ないけれど、ヘコみが内側まで来ていたら、修理に出して直さないとだめだね。まあ、あなたのフルートは、修理できるフルートだから、傷やヘコみは直せばいいけれど、世の中には修理できない楽器もたくさんあるから、なるべく傷やヘコみが付かないように気をつけないといけないね」

 「修理ができないフルートって、どんなフルートですか?」

 「メッキのフルートは、まず修理できないよ。だって、ヘコみを直そうとして叩くと、メッキが剥がれてしまうからね。あと、安いフルートもダメ。だって、楽器の値段に対して、修理代が高くて、見合わないから。それと、いくら修理できるフルートとは言っても、場所によっては修理できないヘコみもあるよ」とおっしゃって、ご自分のフルートを見せてくれました。おぉ、なんと、先生のフルートには、歌クチの向こう側の息が当たるあたりに、結構はっきりしたヘコみがあるじゃないですか?

 「これは、まだ子どもが小さかった時の話だけれど、ある時、フルートをピアノに置いていたら、子どもがやってきて、フルートが気になったのだろうね、そのフルートに手を出してイタズラしそうになっていたので、注意したら、子どもがビックリして、その拍子に、ピアノの上にあった灰皿がフルートの上に落ちてきてねえ…」と言うわけで、付いてしまったヘコミなんだそうです。「自分の子どもがつけたキズだから、叱るわけにもいかず、かと言って、場所が場所だから修理もできず、仕方ないので、このまま使っているんですよ」との事です。しかし、実に大きなヘコみです。

 世の中には色々な事があるわけだから、音に関係しないヘコみとか、外側だけについている傷とかサビとかは、あまり気にしない方がいいと言われました。

 ま、私のアゲハのヘコみは、むしろ「すとんの楽器」という刻印のように考える事にしました。だって、このヘコみのおかげで、たとえ100本のフルートの中からでも、間違いなくアゲハを見つけ出すことができますからね。

 でも、私のように、楽器のヘコみ傷すら気にしないという人間は、たぶん少数派で、普通の笛吹きさんは、楽器の傷どころか、自分の楽器を傷一つつけないように気をつけて、なおかつ、ピカピカに磨き上げるものです。

 「あれも、善し悪しでね…。モノを大切にする心はとても良いのですが、楽器なんて、水分さえとって、指紋を拭き取っておけば、それでいいんだよ。磨きすぎると、むしろ楽器の調子が悪くなるんだよねえ…」とおっしゃってました。お手入れ用品のうち、特に某メーカーが出しているような、シルバークロスとかポリッシュとかワックスとか安価なオイルとかは“百害あって一利無し”とまで言い切ってました。理由を聞けば納得できますが、その理由はさすがにブログには書けないなあ…。とにかく、楽器のお手入れと言うのは、やればいいと言うのではなく、適切なやり方で適度にやるのが良いわけで、やりすぎちゃうと逆効果ってわけです。

 ま、フルートなんて、使っているうちに、傷だらけになるは、サビて汚れてくるは…ってぐらいの気持ちでおおらかに過ごすのが、よろしいみたいです。

 ああ、よかった。私はズボラだから、そんなに丁寧にお手入れしていないのですが、それがむしろ良いことだったと言うのは、いいですね。怪我の功名?って奴かな?

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ フルートへ
にほんブログ村

2012年5月23日 (水)

ピアノ合わせに行きました。悔やむことだらけです。

 ガラコンサートに向けてのピアノ合わせをしてきました。場所は、キング先生のご自宅のレッスン室。いつもながら、先生のお宅に行くのはドキドキです。と言うのも、ちゃんとたどり着けるか、実に不安なんです。ご自宅への道筋には、特にこれと言った目印がないので、結構迷います。なので「今日は無事にたどり着けるかな?」と、ドキドキのバクバクなんです。それでも、iPhoneという強い味方があるから、最終的には何とかなるけれど、このiPhoneも使い方がよく分からない(笑)ので、色々と困っております。

 このピアノ合わせ、本来は二重唱ばかり歌う私たちですから、妻と二人で行くべきでしょうが、妻は別件で忙しかったので、今回は私一人で行きました。

 “ピアノ合わせ”と言うのは、本番ピアニストさんと我々出演者が、直接色々な事を打ち合わせる事を言います。例えば、舞台の出入りのタイミングとか、そのきっかけとか、歌う曲のテンポの確認とか、大きく歌が揺れる所なども事前に言っておきます。

 今回の本番ピアニストさんは、前回の門下発表会で伴奏してくださった方と同じピアニストさんで、凄腕のピアニストさんです。ピアノの腕も半端ないのですが、歌の事を何よりもよく分かっている方なので、私たちのようなアマチュア歌手には、もったいないと言うべきか、味方としては、実に力強い方と言うべきか、とにかく舞台に上がったら、自分とピアニストさんしかいないわけですから、最後の最後にすがるべき方としては、実に頼もしい方なんです。

 で、ピアノ合わせをしたわけですが、とにかく、本番ピアニストさんは、基本テンポを速めに取る傾向があります。キング先生は割とゆったりとしたピアノを弾かれるので、それに慣れている私なんかは、ちょっとビックリしちゃいます。

 でも、歌に合わせてくださるピアニストさんなので、たとえピアノが速いテンポで弾きだしても、そのテンポに負けずに、自分のテンポでゆっくりと歌い続けていると、やがて歌にピアノのテンポを合わせてくださいます。問題は…ピアニストさんのテンポに、負けずに引きずられずに、どこまで我を通して歌い続けられるか…です。うっかり、ピアニストさんのテンポに合わせて歌ってしまうと、ピアノもノリノリになってしまい、ドンドン、テンポアップしちゃいます。もっとゆっくり歌いたいと思っているのに、テンポアップしてしまうと…たぶん、本番では大失敗しますね。

 まあ、それを避けるために、ピアノ合わせの時に、自分の歌いたいテンポを打ち合わせするのですが…。

 私はやっぱりダメだなって思いました。

 何がダメか言うと、ピアノ合わせをして、その場で色々と感じていても、私の場合、それってモヤモヤしているんですよ。言葉にうまくならない。で、だいぶ経ってから、やっと言語化できるんですが、その時には、すでに“後の祭り”になっている事が多いので、後悔ばかりが残ります。

 今回もピアノ合わせが終わって帰る途中、アレコレと後悔ばかりをして、悔しくて無力で情けなくて、臍を噛む思いで、トボトボと歩いていました。あの事を伝えたかった。この事は話しておかないといけなかった。あそこは我慢せずに主張しておけばよかった…と悔やむばかりです。

 まあ、これは今回に限らず、いつもの事なんです。つまり、ピアノ合わせをする度に、自己嫌悪に落ちるのが、私という人間なんです。声楽だけでなく、フルートの時もそうでした。いつもいつもモヤモヤした気持ちを抱えてピアノ合わせを終え、色々と後悔を抱えたまま、本番を迎え、違和感の中で演奏するわけです。そんなのですから、本番でうまく演奏できるはずないし、仮に上手くできたとしても、やはり「これは違うよなあ…」という感覚が残るのです。

 これが私のいつもの姿なんです。ま、単なる“打ち合わせ下手”なだけですけれど。

 私は、精神活動における反射神経が鈍いんです。よく言うと『じっくり考えてから反応するタイプ』、ひと言で言うと『グズ』とか『ノロマ』なので、時間に追われ、リアルタイムでアレコレ考える事は苦手なんです。そういう意味では時間芸術である音楽には、本当は不向きな人間なんだろうなあって思います。

 ちなみに、クチゲンカでは、いつも言い負かされるタイプです(で、自己嫌悪に陥って、激しく自分と相手を呪うわけです)。殴り合いなら、滅多なことでは負けない自信はあるんだけれど…クチゲンカでは勝てないんだよなあ。

 クチゲンカ…ではないのですが、今回のピアノ合わせでも、曲のテンポ設定などを、きちんと、ピアニストさんに伝えられなかったです。

 心の中では「そのテンポじゃ歌いづらい…」とか思っても、ついついピアニストさんのテンポに合わせてしまうんですよ。一応は、こちらからも、少しは要望を言ってみるけれど、キング先生が「それは伝えてある!」と言って、私の言葉を遮るわけです。信頼しているキング先生が、事前に打ち合わせしておいてくださっているのなら…と、私はその先の言葉を飲み込んで、ピアノ合わせを先に進めるわけです。でも、なんか違うんです。だから言っておきたいんです。でも、なんか言ってはいけない雰囲気が、ピアノ合わせの部屋に漂います。

 元来、人見知りの激しい私だし、よく知らない人には遠慮の気持ちが強く働くわけだし、どこまでキング先生からピアニストさんに伝わっているのかも分からないし、どうにもこちらの要求を強く主張できなくて、適当なところで妥協してガマンして、OKを出して、ピアノ合わせを終えてしまいました。で、帰り道に激しく後悔するわけです。

 ダメだな。やっぱ、音楽には不向きだな。

 一組30分ずつのピアノ合わせの時間が確保されているのに、それを15分強で切り上げてしまって、終わってから『あれも言いたかった、これも伝えてたかった』では、何のためのピアノ合わせだか、分かりません。

 特に今回は二重唱がメインなんだけれど、それを一人で打ち合わせに行ったものだから『私はこのテンポがイヤだけれど、妻はなんて思うだろ…』って思うと、いつも以上に言葉が弱くなります。言いたいことも言えなくなります。

 そういう意味では、今回のピアノ合わせは、あまり意味が無かったと思ってます。やはり、二人揃っていけないなら、ピアノ合わせには、行かない方が良かったんだと思います。
 
 
 おまけに、今回のピアノ合わせでは、私の前の人や後ろの人と比べて、私の時の先生が、明らかに不機嫌でした。それは、私の歌があまりにひどかったからです。特に発声がダメになっていて、その件ではしっかりとお叱りを受けました。

 叱られても仕方のない歌だった(つまりバクチに大負けしてしまいました)ので、それはまあいい(本当は良くない!)として、でも、他の人は皆さんどうしているんでしょうね。

 何の話かと言うと、発声練習の件です。

 ピアノ合わせのような場合、レッスン室に入っても、発声練習などはしません。自分の順番がやってくると、いきなりフルパワーで歌うわけです。これって、準備体操もせずに全力疾走をするようなもの…でしょ? 朝起きて、色々と忙しく活動をして、時間にあまり余裕なくレッスン室に飛び込んで、ピアノ合わせです。事前に発声練習をしている余裕もなく、ある意味、起き抜けに近い声で、本番レベルの歌をいきなり歌うわけです。

 最近は、ガラコンサートに向けて、それなりの練習を毎日していますから、いきなり歌っても、ある程度の声は出るには出ます(その代わり、常にノドが炎症を起こしていて、イガイガヒリヒリしている状態です)。でも、やはり準備不足は否めないわけで、そういう、準備不足でもやむをえない状況での準備って、どうするんでしょうね。何か裏技のような、準備の方法があるのかな?

 さらに言うと、実は私、発声に関して、先生の言いつけをきちんと守っていません。先生は「今は発声方法を変えてはいけない」と私に言いつけていますが、実はそれをを守っていないのです。と言うのも“痛い”のはイヤだからです。

 詳しい事は、こちらの記事に書きましたが、私、歌うと激しい頭痛がするような、変な発声をしていた人です。おまけに、その頭痛を伴う発声方法は間違った方法なので、そんな歌い方をしている限り、頭は痛いは、うまく歌えないは、何一つ良いことがないのです。しかし、ガラコンサートが間近に迫っている今、発声方法の見直しをしてしまうと、歌えなくなってしまうので、今は間違った発声方法でいいから、その発声法のままで歌いなさいと言われていますが…やっぱり痛いのはイヤだし、それが間違っていると分かった以上、痛みを我慢して歌うのも、イヤなんです。

 なので、最近は、半ば無意識ですが、頭が痛くなりそうになったら、色々とセーブをして痛みを回避してしまいます。だって、痛いのはイヤでしょ。

 いや、実は痛みを回避しているつもりでも、なかなか回避しきれてなくて、やはり歌終わると頭痛に苦しんでいるわけです(ダメじゃん)。今回も、帰りの電車の中で、キーンと頭が締めつけられるような激しい頭痛がして困りました。一人きりだったので『痛みでどうにかなったら、やばいなあ』とヒヤヒヤドキドキしていたくらいですから。

 そんな状態なので、なるべく、痛くならないような歌い方になってしまってます。

 そうやって、無意識&意識的に、痛みを回避しているため、発声がグダグダのダーダーになっているんだろうと思います。最近では、妻からも「発声が変になっているよ~」と注意されてますが…でも、痛いのはイヤだな。もう、あんな思いをして歌うのはイヤだな。かと言って、痛くならない歌い方は知らないから、どうしても発声がグダグタのダーダーになってしまうわけです。

 とにかく(ピアノ合わせとは直接関係ありませんが)歌うのがつらくて苦しいという状態は何とかしたいです。あんまり痛みが治まらないなら、ガラコンサートが終わったところで、しばらく声楽を辞めてもいいかもしれません。

 閑話休題。結局、私が一人で歌う“The music of the night”以外は、次のピアノ合わせ(実はもう一回チャンスがあります)で、打ち合わせを、きちんとやり直さないとダメだなって思いました。ってか、私が一人で行った打ち合わせは…妥協の産物なので、白紙に戻さないとダメだと思います。

 やはり、二重唱の打ち合わせに一人で行っても、意味ないですし、特に私のようなグズでノロマが一人で打ち合わせをしたって無駄ですね。

 例えば、“The phantom of the opera”は、ピアニストさんのテンポがとても速かったなあ。あの速度の2/3ぐらいで歌いたいのだけれど、それを言えなかった。と言うのも、この曲は妻から歌い出す曲だし、彼女は結構柔軟性があって、どんなテンポでもくっついて歌っちゃう人だから、ピアニストさんが気持ちよく弾けて、ソプラノが対応できちゃうのに、私一人が文句をつけるなんて…できないよなあと思ってしまったわけです。でも、あのテンポでは、あんまりに速くて、歌っていて、舌が回らなかったし、あれこれ雑になってしまいます。けれど、妻がこの速度でいいと言うかも…って思うと、何も言えませんでした。で、帰り道に、妻がどうであれ、自分が歌いづらいと思ったなら、きちんと注文つけるべきだったのに…と激しく後悔するわけです。

 こんな事ばかりなんですよ。溜息が出ちゃいます。実は当日は色々と忙しくて、当初の予定の時間ではピアノ合わせができなさそうだったので、順番をわざわざ入れ変わってもらったにも関わらず、こんなテイタラクなんです。残念極まりないです。

 さらに、私が一人で歌う“The music of the night”に関しては、ピアニストさんとのピアノ合わせは、まあまあ、それなりにできたと思ってますが、私の歌に関して、先生から色々とダメ出しが出ました。音楽表現的には、ちゃぶ台返しのような指摘だったので、大いに悩んでしまいました。

 今更ですが、これまでカラダに染み込ませてきた歌い方をボツにして、ゼロから根本的に歌い方を作り直さないといけないかなって思ってます。

 最近はレッスンに行っても、打ち合わせが多くて、コンコーネをみてもらうくらいで、ガラコンサートの曲に関しては、これと言った指導はしていただけないので、“The music of the night”にしても、やはり自分なりに考えて、先生の意図をくみ取って、音楽を作り直しておかないといけません。さて、次回のピアノ合わせに間に合うでしょうか(笑)。ってか、あと、本番まで、一カ月しかないよ。今から歌い方を作り直しても大丈夫なのか?
 
 
 家に帰って、この日の報告を妻に話したら叱られました。ちゃんとピアノ合わせができなかった事…ではなく、15分で帰って来た事を叱られました。

 だいたい二重唱ばかりなのに、一人で行っても、きちんとピアノ合わせができるはずはないと思っていたようなので、ピアノ合わせそのものが、うまく行かなかった事は、想定の範囲内の事だったようです。それよりも、ピアノ合わせは『レッスンしながらピアノ合わせで30分』という事になっているのに『レッスン無しで15分で帰って来た事』を叱られました。

 「前回のレッスンだって無しだったし、今回もレッスン無しとは…レッスンもピアノ合わせもタダじゃないのよ!」って事です。

 まあ、確かに、発声がダメと言われたなら、そこで引き下がるのではなく、食い下がってでも、アドヴァイスの一つぐらいもらって、ワンポイントでも稽古してもらえばよかったのです。実際、他の人たちはレッスンしてもらっていたわけだし…。私だけが、叱られただけで、それでサヨナラってのは、解せないってわけです。ま、財布を預かる身としては、ひと言もふた言も言いたい事でしょう。申し訳ないです。

 それにしても、先生に叱られて、妻に叱られて、散々な日でした。打ち合わせもロクにできなかったわけだし、やっぱり、一人でピアノ合わせに行くんじゃなかったな。激しく、後悔しています。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ 声楽へ
にほんブログ村

2012年5月22日 (火)

通し稽古をすると、何となく“完成形”が見えるような気がします

 歌劇団の練習に行ってきたよ。

 今回の練習場所は、たまにダンスの練習で使っている会場だけれど、歌劇団の練習で使うのは始めての場所。広いし、舞台もあるので、本当はここを歌劇団の練習のメイン会場にしたいのだけれど、ピアノがエレピだし、その他にも色々と大人の事情があって、なかなかうまくは行きませんが、今後はここも練習会場候補に入れていきたいと思います。

 さて、今回は筋トレがなかったので、軽く発声練習をして、すぐに「赤ずきんちゃん」の通し稽古になりました。

 もうすでに、歌詞もセリフも動きも頭に入っている方もいらっしゃいますが、私は…全然ダメ。まあ、歌はおぼろげに入っているかな?って感じですが、セリフはかなり危ないし、動きに関しては、まるでダメです。まあ、6月のガラコンサートまでは、先生もうるさい事を言わない約束になっていますので、ガラコンサートが終わってから、本格的に準備に取りかかる事にしましょう。個人的には、7~8月の二カ月間に、歌詞とセリフを入れちゃいたいなあと思ってます。と言うのも、9月からの立ち稽古はかなりマジになってやりたいと思っているので、そこまでに暗譜をきちんとしておかないと…。なにしろ、主役(笑)の一人だから、立ち稽古をしっかりやらないとね。

 とりあえず、夏の間に歌詞とセリフが入っちゃえば…秋は色々と遊ぶ余裕も出てくるしね。

 とは言え、相方の赤ずきんちゃん役のソプラノさんは、かなり歌もセリフも入っているんだよねえ…。ちょっと差をつけられておりますが…まあ、本番までになんとかすればいいのです。今は、目の前のハエをひとつずつ片づけていきましょう。

 今回の練習では、オオカミの仮衣裳を着てみました。ムクムクの着ぐるみっぽいツナギです。かなり、ケモノっぽい感じになりますね。でも色がちょっとオオカミっぽくないかな? それに胸毛とシッポも必要だし、当然、耳も鼻も必要ですが…衣装係さんが考えてくれるでしょう。楽しみにして待ちたいと思ってます。

 ま、私の場合、ガタイがデカいので、衣裳係さんに苦労をかけてます、申し訳ない。

 衣裳と言えば、主役の赤ずきんちゃんの衣裳がだいぶ様になってきました。いい感じです。お母さんや郵便屋さんも良い感じ。やっぱり、動物関係の衣裳が難しいですね。ちなみに、山鳩の衣裳ができましたが、肝心の山鳩役の息子君が今回の練習はお休みだったので、ちょっと残念。手作り衣裳なんですが、なかなか鳩らしい衣裳なんです。

 通しでやった結果、だいたい、各幕20分前後でおさまりそうです。通しで小一時間ですね。我々のような弱小歌劇団には、いい感じの演目です。もちろん、これ一つだけでは、公演としては短いので、第一部でミニコンサートをやる予定です。出演者は、主役の二人以外の団員さんたち。実は、この方々の歌の練習をしている時間がありません。なにしろ、歌劇団の正規の練習時間では、ミュージカルの立ち稽古で忙しくなる予定ですからね。

 そこで、立ち稽古の日以外に、先生のお宅で音楽稽古を月に一回やることになりました。そちらでは、この第一部コンサートの曲の練習はもちろん、ミュージカルの方の音楽稽古もやります。それも、先生のボランティアで行います。なんか悪い気がしますが、稽古はやっておいた方が良いと思いますので、音楽稽古に行かれる団員の方々は、何か手土産(晩のおかずとか:笑)でも持参してお稽古に向かうようにしてください。

 ガラコンサートの打ち合わせもしました。うぐいす嬢は三人の団員が交代で勤める事になりました。また、打ち上げの幹事さんが決定しました。写真係も門下の方にお願いしているし、受け付けも先生のツテでお願いしています。あと、何か不足している役目はあるかな?

 そんなこんなで、練習時間が結構押してしまいました。「春に」の録画をしようと思ってましたが、それはまた今度の機会にします。「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を歌ってみました。次々回の練習からきちんとやりますが、この曲も、12月の公演の時に、第一部でみんなで歌います。頑張ってマスターして暗譜しないとね。

 この曲は混声三部にアレンジしてありますが、一番上がソプラノ、真ん中がメゾ、一番下がテノールになります。また、テノールのパートの歌詞が一部書かれていないので、各自、当該箇所の歌詞を書き加えておくように(笑)。

 最後の最後の30分ぐらいで、ガラコンサートの練習…各自のレッスンでは練習できない二重唱などを中心にをしました。「猫の二重唱」とか「手紙の二重唱」とかね。ちなみに、私たち夫婦の歌う二重唱は…レッスンの時に練習できるので、それは無し。ただし、私のソロ曲だけは、前回のレッスンの時に歌えなかったので、特別に歌わせてもらいました。高音やロングトーンはまだまだバクチの要素があるのですが、この日はバクチに勝ちました(笑)。ガラコンサート当日も、バクチに勝ちたいものです。

 本番まで、だいたい半年なんだねえ…。なんか、少しずつ、気ぜわしくなりますね。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ 声楽へ
にほんブログ村

2012年5月21日 (月)

“歌う”ということについて、考えてみた

 声楽のレッスンに行ってきました…が、特に何もなかった(笑)です。

 と言うのも、レッスンの時間を目一杯使って、先生と打ち合わせをしちゃったからです。

 何の打ち合わせかをしたのかと言うと、間近に迫っているガラコンサートの打ち合わせとか、12月の歌劇団の自主公演の打ち合わせとか、まあ、その手の細々とした打ち合わせを色々と…。ガラコンサートも歌劇団の公演も、主催は歌劇団だし、私、その歌劇団の団長さんですから、先生(指導者)と私(団長)の間で、色々と事務的な話が積もり積もっていたりするわけです。

 でも、なんにせよ、かんにせよ、さすがにレッスンなのに、何もしなかったと言うのは良くないね。次回からは、お互い気をつけて、せめて発声練習だけでもやるようにしましょう(笑)。

 と言うわけで、いつものレッスン記録は…まさか、打ち合わせ内容をブログにも書く訳にはいかないので、それは今回はパスと言うことで、代わりに、声楽関係(いや、むしろフルート関係かな?)のエッセイを書きます。
 
 
 ある時、キング先生から「すとんさんの伴奏は、ピアニストに余裕がないと厳しいねえ…」と言われたことがあります。つまり、ざっくり言っちゃうと、私は“伴奏が難しいタイプの歌手”って事らしいです。ま、“難しい”と言っても、言葉どおりの“難しさ”ではなく“厄介だ/面倒だ”ぐらいの意味でしょう。でも、楽に伴奏合わせができる歌手ではないとは、自覚はしています。

 と言うのも、私の歌は、思いっきり揺れるからです。

 もちろん、勉強し始めたばかりの、音取り段階の曲では、さほど揺れませんよ。勉強を進めて行って、ドンドン仕上がってくると、曲が揺れ始めます。

 曲が揺れる…とは、曲のテンポが曲想に応じてダイナミックに変化していく事です。つまり、私は曲の最初から最後までを、インテンポでは歌わない人…なんです。ある部分はゆっくりと歌い、ある部分はバンバン歌いとばし、少しずつテンポアップして歌っていく箇所もあれば、徐々にスローダウンしていく箇所もあります。そういう、変化に富んだ歌い方をするのが、私なんです。

 さらに言えば、それらテンポの揺れは、完成度が上がるにつれて、一定の方向に収まってくるとは言うものの、具体的なテンポ感覚は最後まで数量的な決定はせず、ある程度仕上がったとしても、その日その時の気分で、テンポの揺れ具合が変わり続ける…そんな歌い方をするので、私の歌を伴奏する伴奏者さんは、いつも私の歌をよく聞いて、私のテンポチェンジについて来ないといけないわけで『楽譜どおり間違えずにピアノを弾く事』に一生懸命なピアニストさんだと、私の歌の伴奏は、かなり厳しいってわけです。

 だいたい、ピアノ合わせをしても、本番ではピアノ合わせとは違った事を(もちろんある程度の範囲内ですが)平気でやっちゃう、かなり自分本位で、気分屋で、ワガママな歌手なんですよ、私って。で、こんなワガママ勝手な奴の伴奏は、難しいって事なんです。
 
 
 ま、たしかに、私は歌になると、結構ワガママですが、本来、歌手って、ワガママでいいんじゃないかって思ってます。もちろん、ある程度の想定の範囲内でのワガママという、大枠の約束を守るという前提があった上での、ワガママなんですが…ね。

 だって、歌手ってソリストでしょ? 自分の音楽は自分で作って、自分で歌って表現していかないとといけないわけでしょ? 自分の音楽ならば、そこには、どうしても“自分”という奴が入り込んでくるわけです。その“自分”をきちんと開放して、歌の中で表現していけば、他人から見ればワガママに見える事もあるわけです。

 激しい音楽は激しく、優しい音楽は優しく、愛の歌には愛を込め、怒りの歌には激情に身を任せて、歌いたいのです。
 
 
 話は少し変わりますが、例えば、ここに、4/4拍子で四分音符が四つ並んでいるフレーズがあったとします。それをどう歌うか? 楽典どおりに行けば、それぞれの四分音符はみな同じ長さですから、それぞれの音符の長さを、1:1:1:1の長さで歌うのが正解です。でも、それを、1.005:0.998:1.003:0.994の長さで歌ったら…変ですか?

 つまり、本来は、みな同じ長さのはずの四分音符を(色々な理由はあるにせよ)少しずつその長さを変えて歌っては、変ですか?って事です。

 私の歌って、つまりそういう事で、本来の音符の長さを、感情を付け加える事で、少しずつ変えて歌っているので、全体としてテンポが揺れているように感じるのです。いや、実際に揺れているのです。

 もちろん、私の場合は、例に出したような“微妙な長さの変化”ではなく、結構大胆に音符の長さを恣意的に変えて歌ってます。なので、しばしば「やりすぎ」「下品」って言われるし、自分でも「あざといなあ~」「くさいなあ~」と思う時、あります(汗)。

 まあ、アッチェレランドやルバートやリタルダンドが、あっちこっちに書かれまくっている譜面で歌っているような感じ、と考えていただけるとイメージしやすいでしょう。

 確かに私の場合、やりすぎのキライはあるけれど、でも、それが(稚拙な歌い方だろうけれど)歌ってモンじゃないのかな? って思ってます。

 このテンポを自在に操るという操作は…本来的には指揮者の仕事だと思います。でも、私は歌手で、ソリストだから、自分自身を指揮して、テンポをコントロールして、歌うわけです。

 歌詞に魂を入れて、自分を載せて、歌っていけば、大切な言葉は力を入れてゆっくりと歌いたいし、そうでもない部分は軽くスウ~っと流して歌いたくなります。うれしい歌詞なら、多少メロディもハネてしまうし、気持ちが高ぶれば、興奮気味にテンポも上がって歌いたくなります。

 歌詞を読み取り、そこに自分の感情を反映させて歌えば、テンポが揺れるのが、自然、じゃないですか?

 私はそれが“歌う”って事なんじゃないかなって思ってます。 …違っているかな?
 
 
 今回、私はテンポについて書いてみましたが、おそらく、音程に関しても、同様な事が言えるんじゃないかなって思います。気分が上向きなら音程も上向き、気分がダウンしているなら音程も下向きに取っていくんだろうと思いますが…私は音程コントロールがそんなに上手じゃない(ってか、むしろ下手)なので、意図的に音程をいじる事はしていません。もっと上手くなれば、音程も意図的に操作しながら歌っていくんじゃないかなって思ってます。

 またデュナーミクについても同様で、強い意志を表現するなら音量は大きくなっていきますし、気持ちが内向きならば、音量は小さめにならざるをえないでしょう。

 もっともっと、色々な細かいコントロールを巧みに行える歌手、歌を上手に歌える歌手になりたいです。でも最近は、自分の能力の限界を感じる事も多くて、すべてを投げ捨ててしまいたくなる事もたまにあります。でも、まだ、もう少し、頑張るつもりです。
 
 
 ええと、歌の場合は、曲に歌詞があるから感情を載せて歌いやすいですが、フルート曲などの器楽曲の場合は、当然歌詞がないわけで、歌の曲と比べて、歌いやすいとは言えないかなって思います。

 でも、その曲の元曲が歌の曲ならば、オリジナルに逆上って歌詞を調べてみれば、どんな風に感情を入れていけばいいのかが、分かると思います。また、純粋器楽曲の場合でも、作曲家は、歌詞の代わりに、自分の感情や意図を、曲のメロディやサウンドに込めて作曲しているものと、私は信じています。だから、歌詞を読み解くほど簡単ではないかもしれないけれど、たとえ器楽曲でも、その曲のメロディを読み取り、そこにどんな感情が込められているかを察して、その上で、演奏者である自分の感情を反映させて演奏すれば、器楽曲でも歌って演奏する事ができる…んじゃないかなって思います。

 要は、楽しい曲は楽しく、悲しい曲は悲しく吹けば、自然とフルートで歌っている事になるんじゃないかな?

 私は、無伴奏曲であるミニヨン・エチュードを練習している時、それぞれの曲の、それぞれの部分に、漠然とした色のイメージを感じてます。で、そのイメージに少しでも近づけようと思って吹いてます。赤いイメージの部分は、赤いイメージの音で赤くなるような吹き方を心掛けます。青いイメージなら青く、ピンクのイメージの時はピンクにね。時々、私が練習してきた曲のイメージが間違っていて、先生に訂正される事もあります(まだまだ未熟ですから…)。でも、たとえ私のイメージが間違っていたとしても、曲を単なる音符の羅列として演奏する事は避け、音のつながりで私の感じているイメージを表現しようと思って、フルート吹いてます。

 私の問題は、そのイメージを具体化するためのテクニックが、極端に足りないって事なんです。ああ、フルート、上手くなりたい…。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ 声楽へ
にほんブログ村

2012年5月20日 (日)

生涯未婚率が増えている?[2012年5月第3週・通算16週]

体重:104.0kg[+0.4kg:+0.9kg]
体脂肪率:-0.1%[+0.5%:%]
BMI:32.8[+0.1:+0.4]
体脂肪質量:32.6kg[+-0.0kg:-0.5kg]
腹囲:100.0cm[+-0.0cm:+1.5cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 ゴールデン・ウィークが間に入ったので、ひさしぶりのダイエットネタです。増えていますが、自分的には思ったよりもそうでもない…かな? ゴールデン・ウィーク中は、結構好き勝手に飲み食いしていましたからね。ふう、これから暑い夏に向かうわけで、この時期にどれだけやせられるかが勝負なんだよね。昨年は、夏がメッチャ忙しくて(運動ができなくて)体重を減らせなかったのだけれど、今年は…もっと無理かも(涙)。吹奏楽部の連中は毎日練習をしたがるんだろうなあ…。冷房の効いた部屋で朝から晩まで、何もせず、ただ連中の練習を見ているだけじゃ…やせるわけないよなあ。ああ、困った困った。
 
 
 さて、少し古いニュースで申し訳ないのだけれど、現代の日本では、男性の約20%、女性の約10%が、生涯にただの一度も、結婚しないのだそうです。これを“生涯未婚”と言うそうです。手続き的には、50歳になった時点で、過去に一度も結婚していない人を、おそらく今後も結婚する事はないだろうと見なして“生涯未婚”として統計処理するそうです。

 確かに、私の身の回りを見回しても、50overで、独身を貫いちゃった人は、もう独身前提で老後の人生を設計し、お一人様なりの人生の幕引きを考えているので、そういう人たちを“生涯未婚”と認定すること自体は、まあ、妥当なところかなあ…って思います。

 改めて数字を示されるとビックリしますが、確かに(未婚や離婚も含めて)独身中年や独身老人って、以前よりも増えているような気がします。

 だって、私が子どもの頃は、人はみな、オトナになれば、自然と結婚するものだと思ってました。オトナで独身と言うのは、男性の場合、まずいなかったし、女性はたまにいたけれど、それって、たいてい寡婦だったし、そういう人も、そこそこ若ければ、やがて“誰かの後添え”って奴になって、いつのまにかいなくなっていたものです。

 それなのに、今は普通に生活している普通の人が、いつのまにか年をとってしまって、未婚のまま、中年や老人になってしまっているような気がします。その結果が、男性の約20%、女性の10%の生涯未婚率って奴なんでしょうね。

 しかし、ほんと、21世紀になって、独身のオトナが増えたよなあ…。

 ところで、この生涯未婚率って奴は、男女で数字が違うのが、ちょっと面白いです。

 結婚ってのは、普通は、男女のカップルで行うものだから、本来的には男女の結婚率は(裏返せば、未婚率も)同じになるはずだけど、実際は男性の方が未婚率が高いのです。つまり、女性よりも男性の方が結婚しづらいって事ですね。

 なぜ、そうなるのかというと、私が思うに、その原因は二つあって、一つは単純に男女が同数ではないから。もう一つは、2度以上結婚する人間がいるからです。

 まずは男女の人口比から。全年令を通してみると、日本は女性の方が数が多いのですが、それは女性が長生きだからであって、いわゆる適齢期って時期だけを見てみると、その年令においては、実は女性よりも男性の方が人数が多いため、結婚したい女性よりも結婚したい男性の方が人数が多いので、結婚にあぶれてしまう男性がいるためですね。その数、全国では30万人ほどだそうです(パーセントにすると約6%だそうです)。

 30万人と言うと、東京で言うと、新宿区や中野区、豊島区の人口とほぼ同じだし、県庁所在地で言うと、秋田市、那覇市、青森市、盛岡市などとほぼ同じ。行政上は中核市の要件をみたし、いわゆる大都市って奴で、県レベルの行政の一部が移管されていたりします。30万人ってのは、それくらいの人口規模って事ね。

 つまり、すべての女性が男性と結婚しても、それでも30万人の男が余るんです…、ましてや、女性のすべてが結婚するわけじゃないですから…、おお、男余りってのは、こんなヒドい状況なのかい! なんてこったい!

 そして、女性の未婚率に余剰男性の比率を加えても、まだ男性の未婚率に到達しません。つまり、女性の人数という要素以外にも、未婚男性をだぶつかせる理由があるわけです。

 それは、2度以上の結婚をする人間(再婚者)が、女性よりも男性の方に多い事が理由として考えられます。つまり、一度結婚できた男性は、二度三度と結婚するケースが多い…って事です。

 そう言われると、女性は結婚して出産して離婚した場合、再婚せずに子育てに専念する人も少なからずいます。一方、男性は結婚して離婚した場合、多くの人は次の恋をして、別の(多くの場合は未婚)女性と再婚をします。なので、女性の方が生涯未婚率が下がっていくのでしょう。

 生涯で複数の女性と結婚する男性は、事実上の一夫多妻を実現しているとも言えます。一夫多妻を実行している男性がいれば…そりゃあ、当然妻を娶れずに、あぶれてしまう男性がいても不思議じゃありません。
 
 
 それはともかく、20%とか10%という数字は、決して無視していい数字であるとは思えません。

 ちなみに、30年前の生涯未婚率は、男性が2.5%、女性が4.5%だったそうです。うわっ! 少ないですね。これって、逆に言うと、30年前は、男性の97.5%と女性の95.5%は、結婚していたという事になる。つまり、男も女も、オトナになれば、普通に結婚していたと言えます。比較してみると、この30年間で、結婚しない人間の割合が、男性で8倍、女性で2倍に増えていわけです。

 この30年間で何があったのかと言うと『景気の低迷』って奴です。1980年はイケイケでバブリーだった時代だし、2010年と言うと、ご存じの不景気な時代です。

 不景気で人々の経済力が落ちて、その結果、結婚できない。これが若い世代の未婚率をグンと上げる主な原因でしょう。

 しかし「女に廃れ物ナシ」という言葉がある通り、女性の場合、むしろ、不景気の時代ほど結婚願望が強まるものだし、そういう兆候はあっちこっちにあるけれど、それなのに未婚率が倍に増えているのは…おそらく、あまりに不景気すぎて、生きるのに忙しくて、恋をしている暇がない…んじゃないかな? 恐るべし、平成不況。

 実際、男女ともに、未婚率の増大だけでなく、初婚年令も大きく高齢化しているそうです。これは、めでたくお相手が見つかったけれど、結婚資金が不十分なので、ふたりで結婚資金を貯めるため、やむなく結婚を引き延ばしにして、ひとまず同棲でお茶を濁しているカップルが増えてきたためらしいです。まあ、同棲期間が長くなったとしても、結果として結婚にまでたどり着ければ、それもアリでしょうが、長くつきあうと言うのは、なかなかにリスキーな事で、ちょっとしたトラブルがあっても、夫婦なら乗り越えられても、恋人同士だと安易な別れににつながってしまう事は多々あります。

 「三年目の浮気」という言葉もあるけれど、あまりに永い春は、実らないモノよ。平成不況、本当にどうにかしないとね。

 さらに1999年のピル解禁も、実は大きな要因じゃないかな? ピルによって、望まない妊娠が激減し、できちゃった婚が減っちゃったわけで、これも何気に、初婚年齢の高齢化や生涯未婚率の上昇に寄与しているんじゃないかな?

 まあ、若者が結婚しない理由なんて、考えあげれば、それこそ無数にあるんだろうけれど、ただでさえ、絶対的な人数が少ない若い世代なのに、その上、生涯未婚率まで上昇しちゃったら、結婚して出産して子育てしている普通の家庭(と言い方に語弊があるのは重々承知しているけれど勘弁)が激減じゃないっすか。

 我が国日本は、戦争などの外的要因で滅びる前に、未婚&少子化などの内的要因で滅びるんじゃないのか?

 それにしても、生涯未婚率の増大と、ひと言で言っても、元々結婚志向が薄い人はともかくとして、実は結婚願望が強いのに良縁に恵まれずにやむなく未婚という人も大勢いそうな気がします。私は、その手の「望んでいるのに結婚にたどり着けない人」が、不憫で仕方ないし、そんな人がたくさんいる国って、良い国ではないと思います。

 国も、少子化対策の一環として、まずは若年層の結婚を支援しようよ。例えば、結婚資金は国が面倒みるとか補助するとか、新婚家庭は税金の免除があるとか、何か手を考えようよ。

 まあ、その手の援助や支援をしても、肝心のお相手が見つけられないと、結婚も難しいんだよねえ…返す返すも、お見合いという制度が、いつのまにか無くなってしまった事が残念です。誰もが器用に恋愛して、自分に合った相手を見つけられるわけじゃないのに…ねえ。
 
 
 何気に未曽有の国難の中にいる…と思います。マジ、日本、ヤバイって!

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2012年5月19日 (土)

みんな、トートに殺された?

 そうそう、過去記事を読んでいて気付いた事があります。それは、なんと、今、水槽の中で元気に泳いでいる金魚たちよもり、実はスジエビであるトートの方が、我が家の水槽では、古株だって事です。

 25度以上の水温では生きていけないはずのスジエビのトートですが、30度を越える我が家の水槽で、何度も夏を乗り切ってきたというわけです。いやあ、タフだなあ…。

 それにしても、今の金魚たちは、みんなトートよりも後から来た子だったとは…。

 ではなぜ、トートより前にいた金魚がいなくなってしまったのか…と言うと、以前の金魚たちは、多かれ少なかれ、みんな、トートに襲われていました。そうなんです、トートは肉食ですから、動物性のモノを見ると、とりあえずハンティングをするという習慣がありました。なので、水槽に来たばかりの頃のトートは、よく金魚に襲いかかっていました。金魚のヒレに食いついては、ちぎって食べていたり、頭の上に乗っかって、肉瘤を食べていたり…。金魚からすれは、生きたまま食べられてしまうわけだから、そりゃあ災難だし、大きなストレスになるわけです。

 過重なストレスがかかれば、具合も悪くなるし、具合が悪くなって、動作が鈍れば、これまたトートのエサだし…と言うことの、負のスパイラルなのようなものが発生して、金魚たちの寿命が、思いっきり縮んでしまった事は間違いないです。

 では、なぜ今の金魚たちは元気なのか? なぜトートは金魚を襲うのを止めたのか?

 どうやら、トートは、金魚を襲うよりも、もっと楽にエサが入手出来ることを知ったのです。そして、そうして入手したエサの方が、実は金魚よりも美味しい事に気付いたのです。

 そのエサとは…もちろん、金魚のエサです。そのエサは、一日二回、どこからともなく降り注いでくるので、これを金魚に交じりながら、一粒二粒もらえば、トート的には、大満足なんです。そして、トートはエビですから、満腹中枢のようなものがあり、満腹すると、他の動物を襲わなくなるわけです。いつも満腹で満足しているトートは、わざわざ金魚を襲うようなマネをしなくなったのです。

 ちなみに、金魚には胃袋も満腹中枢もないので、いつでも空腹状態のようです。エサは与えれば与えただけ食べてしまうので、エサのやりすぎで消化不良を起こして、死んでしまう事もたびたびです。

 最近のトートは、まるで普通の草食性のエビのように、実に大人しくなりました。目の前で金魚が昼寝をしていても、襲ったりしません。たまに、金魚の上を歩いている事がありますが、それも食事のためではなく、単純にジャマだから、そこを乗り越えて歩いているだけみたいです。

 トートは「貧すれば窮する」を脱出し、今や「金持ちケンカせず」状態に成り上がったようです。

 トートも出世したものです。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2012年5月18日 (金)

2012春 アルタス フルート フェアに行ってきたよ

 ここんとこ、色々と忙しかったです。この記事の内容は、半月ほど前のゴールデン・ウィークの最中の話ですが…まあ、アップが遅くなってしまいましたが、勘弁してくださいませ(汗)。

 ラ・フォル・ジュルネの最中に、ちょっと銀座に出かけて、銀座山野で開催されていた“2012 アルタス フルート フェア”に行きました。主な目的は…フルート調整会です。

 最近は、フルートのレッスンなどで、音程に苦労する事が多いような気がするので、その事を言ってみたところ、どうやら、私のフルート(アゲハ)の反射板が少しばかりズレていたそうです。反射板ズレていたなら、まあ、色々と音程関係が狂っていても仕方ないです。さっそく直してもらいましたが、それにしても変ですね。反射板もヘッドもいじってないのにズレちゃうんですか? どうやら、反射板のネジがゆるんでいて、それでズレてしまったのだそうです。もちろん、ネジも絞め直してもらいました。反射板のズレの原因の多くは、コルクがゆるんでしまったためというのが多いそうですが、アゲハのコルクはまだまだ大丈夫なんだそうです。

 今回の調整会に愛器を出してみたのですが、実はアゲハのキーメカは、あまり大きく狂っているわけでもなく(つまり、最近のフルート練習時間の短さを、楽器が誠実に訴えているわけです)、今回は、何となくの義務感で調整に臨んだわけで、そのため、ほとんどの調整が微調整で済みました。ラッキー。

 なので、結局、調整という名の分解掃除&油差しをしてもらう事になりました。ちなみに、職人さんがフルートの掃除で、洗剤がわりにチョコチョコと使っていた液体について「それはなんですか?」と尋ねたところ、エタノール(エチル・アルコール)だと教えてもらいました。うむ、エタノールなら、私、いっぱい持っているよ。

 この調整会は、アルタスさんの職人さんと、直接会話をしながら細々としてた調整をお願いできるので、私は気に入ってます。しかし、ここには、いつも二人の職人さんがやっていらっしゃるので、同時に二人分のフルートが調整できるのですが、いつも私の隣で調整してもらったり、私の前後で調整してもらう人たちの愛器って、たいていスクールモデルなんですよ。総銀とかゴールドフルートの方って、この調整会では、お見かけした事無いんだけど、そういう方って、どこで調整しているのでしょうか? たまたま、私が見かけないだけなのか、それも、その手のクラスの楽器のオーナーさんは、無料調整会なんて利用しないもの? どうなんでしょうね。

 調整をしてもらって、私自身もバッチリと思ったアゲハですが、帰宅後、改めて吹いてみたら、なんかすごく吹きづらくなってしまいました。低音域高音域のFより下の音とか、高音域全般で、指に若干の力を込めて吹かないと音が出なくなってしまいました。あれ~?って感じです。

 そう言えば、前回はかなりシビアに調整してもらって良い調子だったので、今回は別の職人さんでしたが「シビアに調整してください」とお願いしたのですが、人が変わり、シビアという言葉の意味の取り方が違ってしまったのかもしれません。同じシビアでも、今回からは、シビアに吹かないと、音が出づらい調整になってしまった…のかもしれません。その代わり、出てくる音は、出しづらいですが、出れば、なかなか良い感じです。

 今までは楽に吹けてよかったのですが、これからしばらくは気合を入れて笛を吹かないといけない感じです。

 もう一度、有料の調整に出して再調整してもいいんだけれど、有料の方だとは、職人さん任せの調整になってしまい、対面で調整してもらえるわけでもないので、対面でも、通じづらい、こちら側の気持ちがどれほど通じるかと思うと、それなら、わざわざお金をかけて調整する必要もないかなって思っちゃいます。

 半年、我慢して、秋の調整会で再度シビアに調整してもらって、楽に吹けるようにしてもらうのが良いかな? ま、発表会とか、そういうのは別に予定に無いので、私が我慢すれば、いいだけの話だしね。ま、調整してもらって、難しくなるとは、ある意味、調整としては、全くの逆効果ですが、でも、一応、きちんと職人さんの前で確認してOKを出したのは私ですから、この不調の責任は職人さんではなく、私自身にあります。ううむ、自分の失敗とは言え、ちょっと悲しいです。

 調子がいい楽器は、あえて調整に出さないというのも、手でしょうね。

 でも、隅々まできれいに掃除してもらいました。その点には感謝です。
 
 
 さて、調整が終わったので、今回もアルタスの人に、色々と教えていただきました。

 まず、ローカライズド・モデルについて。

 国によって購入されるモデルの偏りがあるのだそうです。そのためアルタスに限らず、世界で商売をしているメーカーなら、その国の好みに合わせて、細部を作り込んだり、ラインナップを変えたりという事をするのは普通なんだそうです。それが、ローカライズド・モデルって奴ね。

 例えばアルタスなら、Z-cutの頭部管なんて、まさにそう。あれはアメリカ市場向けの頭部管だろうし、AZUMIブランドもそう。だから国内販売が無いんです。また日本と同じモデルでも、タンポの種類を変えてみたりとか、ハーフオフセットモデルにしてみたりという、細かいチェンジはいくつかあるそうです。それにしても、アメリカでは、ハーフオフセットモデルがよく売れるんだそうです。面白いね。

 アルタスはシルバーメインのフルートメーカーですが、最近は少しずつゴールドフルートにも力を入れてきたのだそうです。アルタスのゴールドフルートは、管体金メカ銀が主流です。その理由は色々あるそうだけれど、一番の理由は、楽器の重さだそうです。メカまで金にしてしまうと、フルート自体が、かなり重くなってしまいます。重い楽器は演奏が大変です。特に非力な女性奏者には大問題なので、アルタスは管体金メカ銀を主力にしているそうです。でも、それでは、せっかくのフルートがツートンカラーになってしまい、それをイヤという人もいるので、そういう人には、金メッキのモデルを薦めるのだそうです。これなら、全部がキンキラキンですからね。

 最近の金メッキは以前のものと違って、そう簡単に剥がれる事はなくなったそうです、では金メッキに問題はないかと言うと、それはそういうわけにはいかないそうです。

 金メッキのメッキが剥がれる事自体は、以前と比べると、だいぶ減ったそうですが、たとえメッキが剥がれなくても、時間が経つにつれ、少しずつメッキが薄くなってくるのが、今のメッキなんだそうです。だいたい、10年で地金が見えるくらいに薄くなってしまうモノが多いそうです。だから、メッキモデルを購入する時は、そこのところを知っておいて欲しいのだそうです。ま、そうなった場合、メッキが薄くなっても気にしないか、再メッキをするかって事ですね。

 私は、今のアゲハ(A1307)に満足しているので、当分、次のフルートを買うつもりはありませんが、それでも次に買うなら、どれにしようかと考える時はあります。一応、先生からは9Kのフルートを薦められていますが、9Kに含まれる金って、実は全体の三割程度なんだよね。残りの七割は何かと言うと…銅なんですね。銅に文句はないけれど、せっかくゴールドフルートを購入するなら、せめて半分以上は金じゃないとなあ…って思ってます。そうなると、14Kとか18Kとかになりますよね。管体14Kメカ銀でも200万円オーヴァーなんですね。ああ、やっぱりゴールドフルートは高価です。

 お財布の都合もあるけれど、音色が大好きなので、たぶん、私は一生、総銀フルートであるアゲハを吹いている事でしょう。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ フルートへ
にほんブログ村

2012年5月17日 (木)

フルートは、歌いすぎると下品です

 フルートのレッスンに行ってきました。

 私が教室に着いた時は、すでに姉様のレッスンは終わり、彼女はフルートを片づけて、先生と雑談を楽しんでいましたので、私もいきなり、その雑談に加わりました。話のテーマは“差し歯”。滑落事故のため、数本の歯を折ってしまったH先生なのですが、今はとりあえず、仮の歯を入れているのですが、いよいよ、本格的な差し歯を入れるのだそうです。そのためには、どうやら健康な歯も数本抜かなければいけないそうで、今日は、そのために歯を抜いてきたそうなんです(お気の毒)。

 で、まだ麻酔が効いている状況にも関わらず、試しにフルートを吹いてみたら、若干の違和感はあるものの、普通にフルートが吹けてビックリしましたという内容の話。きっと、麻酔でマヒしているとかしていないとか関係なく、カラダがフルートの吹き方を覚えているんでしょうね、なんかスゴイや。
 
 
 さて、今回は、ロングトーン練習は無しで、いきなり、ミニヨン・エチュードの11番です。おそらく先生は、今回で合格させてしまうおうという目論見だったようですが、肝心の私がヘナヘナだったので、またも不合格、次回にご期待という事になってしまいました。

 不合格になったものの、11番はかなり吹けるようになってきました。ただ、部分的に色々とダメなので不合格なんですね。ですから、次回までに、取り出してダメな部分だけを集中して練習してきなさいと言われました。

 そのダメな箇所なんですが…三連符のところ。まずは“歌いすぎ”だそうです。ここはメロディーではなく、伴奏のフレーズですから、フレーズを歌わずに、息をまっすぐに棒吹きをするように言われました。「あなたのフルートは、いつも歌いすぎ。もっと、歌うところと歌わないところを分けないとね。歌っちゃいけないところで歌ってしまうのは、下品です」って言われました。ま、品性が下品なのは、今に始まったわけじゃないのですが(汗)。

 また、三連符だからと言って焦らないように、とも言われました。あくまでも伴奏のフレーズなんだからしっかりブレスをして“別物”として、落ち着いて吹くように言われました。

 三十二分音符のところは…もっと、リズムを鋭くするように。スタッカートのところも、もっと鋭くするように。私の演奏では、ちょっとモッタリした感じがしてしまうので、もっとシャープに、もっと尖った演奏をするように言われました。

 また、その次の「ドシミ」と言うフレーズでは「ミ」の部分をもっと軽く棒吹きに吹くようにも言われました。なんか、私の吹き方だと、音を押しつけているようなで、うっと惜しいのだそうです。

 最初のプリモ・テンポの前の小節のリタルダンドをもっと自然に、次のフレーズに違和感なくつなげるようにとも言われました。

 その下の段にある、ボコ・ピウの箇所は、そこで急ぐのではなく、その前のfのところでフレーズにゆっくりとブレーキをかけて減速してポコ・ピウに入るように言われました。そうすると、さほどスピードを上げなくても、十分加速したように聞こえるからです。

 二度目のプリモ・テンポの直前にはリタルダンドは無いけれど、そこもリタルダンドをかけて、自然な形で次のフレーズにつながるように吹くように。

 高音Fisは優しい音色で吹くように。スタッカートは、その音だけでなく、その直前の音も短めに。中音ドレミファ#がスラーでつながっているフレーズはよどみなく流れるように吹くこと。

 その他にも細々とした注意を受けました。

 注意を受けなから、フルート奏法の注意と言うよりも、音楽そのものの演奏法の注意を受けている事に気づきました。H先生は、私にフルートを教えているのではなく、フルートを手段として、クラシック音楽を教えてくださっている…のだと気づきました。この“気づき”は、果たして正解でしょうか?

 とりあえず、来週こそは合格できるように、注意された箇所をみっちりと練習してこなければ…。
 
 
 今回の雑談は、私のラ・フォル・ジュルネ話から、色々と広がっていきました。

 まず、なぜプロ奏者はゴールドフルートを使いたがるか。H先生がおっしゃるには「見栄えが良い」「音が細くて硬いので、広いホールでは有効である」なんだそうです。

 見栄えが良い…とは、ザックリ言ってしまうと「見た目、お高そう…」って事です。プロですから、高価な楽器を使ってますというのを、観客に見せるもの必要な事ですからね。

 音が細くて硬い…とはゴールドフルートの音色の事です。音色的にはシルバーの方がふくよかで柔らかくて良いのだそうですが、ふくよかで柔らかい音色など、広いホールで吹いても、よく聞こえないのだそうです。いくら良い演奏であっても、音がお客さんの耳に聞こえなければ、それは音楽としては、意味がありません。その点、ゴールドフルートは、音が細くて硬いので、ホールでもお客の耳に届きやすいのだそうです。

 私が今まで思っていた事、大きく違っていなかったので、少し安心しました。

 そうそう、プロフルート奏者さんたちの噂話もたくさんしました。ここには書けないような話ばかりですが、プロの世界って色々あるんだなあって思いました。それにしても、H先生と工藤重典氏は、同門同期という事もあって、すっごく仲が良いのだなあと思いました。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ フルートへ
にほんブログ村

2012年5月16日 (水)

メト・ライブビューイングで「椿姫」を見てきました

 いや、むしろ、ナタリー・デセイのヴィオレッタを見てきました…と言うのが、一番適切な言葉かもしれません。とにかく、ナタリー・デセイというオペラ役者のすごさを堪能してきました。

 私は、滅多な事では感動しないし、ましてや、涙など流さない、心が極めて鈍感な人間なのですが、このオペラでは、各幕ごとに、最低一回ずつ、不覚にも涙を流してしまいました。オペラを見て泣いたなんて、人生始めての体験かもしれない。以前(ワーグナーの「神々の黄昏」の日本初演を見て)腰を抜かした事はあったけれど…。

 とにかく、痛くて、重くて、悲しくて、見ていて心が苦しいオペラでした。

 演じられたのは、世にも有名な、ヴェルディ作曲のオペラ「椿姫」だったし、そこで流れている音楽も、歌われている歌詞も、私たちがよく知っているものです。

 だいたい「椿姫」というオペラは、私にとって、今までも、テレビやDVDはもちろん、実演舞台だって、何度も見てきていて、作品の隅々までよく知っている定番オペラのはずですが、今回のオペラを見終わった後の感覚は、私にとって、新鮮なものでした。

 …こんな椿姫、今まで見たこと無い…

 音楽も歌詞も全く今までのものと同じなのに、オペラの内容が、今までの私が慣れ親しんだ、あの“椿姫”とは、ガラリと違っていたからです。

 もちろん、ヴィリー・デッカーによる演出が、伝統的なものではなく、作品が演じられる時代を作曲家が生きていた時代に変更したため、衣裳などが現代的で目新しいという事はありますが、私が思ったのは、そんな事ではありません。実際、このデッカーによる演出の「椿姫」を見たのは、始めてではありません。以前、ネトレプコ主演で同じ演出の「椿姫」をすでに(テレビで)見ていた私です。その時は「ああ~、なんという、あざとい演出なんだ。これなら、今までの伝統的な演出の方が、ずっとマシだよ」と思いましたし「これは私の知っている“椿姫”じゃない」とも思いました。プリプリ怒って、途中で見るのを止めた記憶があります。まあ、当時の私には、この演出は、とても受け入れられないものだったわけです。

 その時は、この演出に怒りを感じたものです。念のために書いておきますと、別に主演のネトレプコが悪いとは思いませんでした(正直に言うと、良いとも思いませんでした。ただ、ネトレプコはヴィオレッタじゃないな、とは思いましたが:笑)。演出の奇抜さが、すべてをぶち壊していて、ダメじゃんと思ってました。

 なのに、あれから数年たって、全く同じ演出による同じ演目なのに、主役ソプラノが変わっただけで、オペラの味わいそのものが、大きく変わってしまいました。なんとも、不思議な体験です。

 主役ソプラノの違いが、こうも演出の印象を変えてしまうものか…と思いました。これは(重ねて書きますが)ネトレプコが悪いと言うのではなく、デセイが素晴らしいのだろうと思います。少なくとも、演出家が意図したヴィオレッタを演じ切れたはデセイの方なんだろうと思いました。
 
 

 さて、オペラ演出の感想を書きます。この演出では、登場人物の設定などが(おそらく)伝統的なそれとはだいぶ違うように感じられました。

 まず、このオペラでの主役、ヴィオレッタは、高齢おひとりさま婦人です。オリジナルどおりの高級娼婦がどうかは定かではありませんが、何らかの職業婦人ではあるようです。彼女は、若干の蓄えはあるようですが、だからと言って、さほど豊かであるとは見えません。容色も衰え、死病(結核)を患い、友人もいなければ、身寄りもなく、オペラの開始直後から、すでに死相の浮かんだ顔で歩き、死に神にとりつかれています。死を受け入れ、絶望の人生の中で死んでいくしかないと思っていた矢先、思わぬ事に、若い男に口説かれ、彼との恋の中に、人生最後の幸せと絶望を感じて、人生の幕を閉じるのです。

 彼女を愛したアルフレッドは、若い男です。直情径行な男で、彼の若い熱情で、彼を拒むヴィオレッタをムリヤリに口説き落とします。若く性急で一途な彼は、精神的にはまだまだ子どもであって、結局、ヴィオレッタやジェロモンたちオトナの思惑に惑わされ、翻弄されていきます。

 彼の父、ジェロモンは、息子の彼女と、さほど年の変わらぬ中年男性です。彼からすれば、自分のかわいい息子が、父である自分と同年配の年上女に、騙されて貢がされている…とでも思ったのでしょう。そして、彼は分別ある大人です。息子の馬鹿さ加減に呆れつつ、ヴィオレッタの報われぬ愛情に同情しつつも、自分たちの家のために、ヴィオレッタを落ちていくままに見放し厄介払いをし、アルフレッドを真っ当な人生に引き戻します。

 そして(通常の演出では登場しない)死に神は、常にヴィオレッタに付きまとい、彼女が最期の時を迎えるまで、静かに彼女を見守っています。彼女にとって、本当に親しい人は“死に神”だけ…だったのでしょう。また、通常の演出では、彼女の(娼婦としての)客引きの道具として使われる白い椿の花が、この演出では、ヴィオレッタ自身の真心の象徴として用いられるのも、面白いです。
 
 
 演出も通常のものとは違い、興味深いものではあるものの、とにかく、今回のオペラは、ヴィオレッタを演じたデセイがすごいです。彼女の一人オペラと言ってもいいくらいに、デセイ色に染まった「椿姫」でした。

 私は今までに色々なソプラノが演じるヴィオレッタを見てきましたが、本当に死病を患っているヴィオレッタを見たのは、彼女が始めてです。普通のソプラノさんは、臨終のシーンでも「こんなに元気なのに死ぬわけないじゃん」としか思えないのですが、デセイのヴィオレッタは登場直後から、すでに重病人で今にも死にそうなのです。いつ死んでも不思議じゃないほど、最初から弱っているヴィオレッタなのです。だから、死に神に取りつかれているのも自然だし、その死にも説得力があるんです。

 いや、その死に向かう演技だけではありません。彼女の一つ一つの動作や表情が、悲しくて凄まじいヴィオレッタを表現しています。

 それほどに感銘深い公演でした。
 私が今まで見た「椿姫」の中でも、最高級の「椿姫」が、今回のデセイの「椿姫」です。

 そこまで私にとって素晴らしい公演でしたが、では、この公演は、万人受けするかと言うと、少し疑問です。

 まず、音楽的にはキズが多くあります。オケが重くて、歌手の歌についていけない事が多々ありました。また、主役のデセイは演技に力が入りすぎ、しばしば発声をヘマっています。テノールのボレンザーニや合唱たちは、デセイの演技にひきづられて、歌がしばしば荒れています。まあ、そういう点では、決してデセイにひきづられない、バリトンのホヴォロストフスキーは見事です…が、一人だけこのオペラに溶け込んでいないとも言えます。

 また、演出もシンプルなのに過剰です。そして「椿姫」なのに、地味でモノトーンなのです。舞台に出てくる女性はヴィオレッタ、ただ一人。フローラなどの女声は…おそらくオネエ(つまり、ゲイ)という設定(苦笑)でしょう。あまりに、今までの「椿姫」とは違いすぎます。

 なので、このデセイの「椿姫」は、今まで数多くの「椿姫」を見てきて、もう見飽きましたという方々に、おすすめなオペラです。色々な意味で、こんなにアクの強い「椿姫」は、初心者向きではありません。とにかく、今までの伝統的な「椿姫」からは、かなり遠く離れたところにある、きわものオペラです。

 しかし、デセイは歌手と言うよりも、女優なんだね。とびっきり歌の上手い女優なんだね。

 最後に、YouTUBEで今回のデセイの「椿姫」の画像を見つけたので、貼っておきます。曲目は、第一幕の最後のソプラノの有名なアリア「花から花へ」です。

 通常の演出では、ヴィオレッタが、軽い気持ちで、いつもの仕事のスタイルとして、若いアルフレッドに白い椿の花を渡していますが、それが実は、いつもの営業行為ではなく、自分の中に芽生えた、真実の恋心から彼に白椿を渡してしまった事に気づき、自分自身の気持ちに困惑する…というものですが、今回の演出では、アルフレッドの好意に気づきながらも、自分たちが釣り合わない関係である事を知っているヴィオレッタを、アルフレッドが若い熱情で、情に訴え、口説き落とすというシーンになっています。

 アリア一曲だけでは、なかなか分かりづらいとは思いますが、とにかく、すごいオペラを見てしまいました。今週いっぱいは、日本各地で上演されていますので、よろしければ、ぜひどうぞ。

 しかし、こうなると、デセイによる通常演出版の「椿姫」も見てみたいものです。
 
 
 さて、これで今シーズンのメト・ライブビューイングもお終い。全部は到底見れなかったけれど、でも、見ることのできた作品は、どれも素晴らしかったです。来シーズンも楽しみです。

 来シーズンは…と言うと、これまた、楽しみな演目が目白押しです。ドニゼッティは「愛の妙薬」と「マリア・ストゥアルダ」でしょ、ヴェルディは「オテロ」「仮面舞踏会」「リゴレット」でしょ。ワーグナーは「パルシファル」(!)。そして、ベルリオーズの「トロイ人」もある。デセイはヘンデルの「ジュリアス・シーザ」に出演するそうです。そう言えば、毎年必ず、1公演には出演していた、プラシド・ドミンゴが来シーズンのラインナップの中に見当たりません。いよいよ、彼も終わりなのか…残念かも。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ 声楽へ
にほんブログ村

2012年5月15日 (火)

“抜いた声”または“抱く、別れる、抱きかかえる”

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずはいつもの発声練習でしたが、その中で“抜いた声”について学びました。“抜いた声”とは『響きの芯を抜いた声』の事です。もう少し具体的に書くと『胸腔共鳴や口腔共鳴を極力減らし、鼻腔共鳴をメインにして歌う声』の事です。この発声では、声量が落ちる上に、声の輪郭も不鮮明になり、腰のないヘナヘナな声になってしまうため、もちろん、声楽発声的にはアウトな発声なんですが、私のような声量有り余る人間が合唱をやる時は、あえてこの“抜いた声”で歌うというテクニック(?)があるそうです。

 合唱はキライじゃないし、いずれはまたやりたいと思ってますが、だからと言って、わざわざヘナヘナな“抜いた声”で歌うのは、なんとも納得いかないなあ…と思っているうちは、合唱なんて出来ないんだろうなあ(笑)。

 とは言え、別に“抜いた声”を目指すつもりはないけれど、意図的に“抜いた声”が発声できるように訓練しておく必要は感じます。別に、合唱うんぬんではなく、鼻腔共鳴のマスターのためです。私の声は、どうやら鼻腔共鳴が足りないみたいなのね。高音で苦労しているのも、そのためです。だから、もう少し鼻腔共鳴を増やすためにも“抜けた声”のイメージを持って歌う事は必要なんでしょうね。

 逆に声量を増やして芯のある声を出す練習として、妻は胸郭の使い方を習ってましたが…「すとんさんには、この練習は不要だね」と言われたので、良く見てませんでした(笑)。
 
 
 さて、そろそろガラコンサートまで約二カ月ほどになりました。…まだ暗譜できてません(涙)。まだ、あっちこっちトチちます(涙)。

 それはさておき、そろそろ本番伴奏者の方とのピアノ合わせをしないといけませんので、その打ち合わせを先生としました。なんか、緊張しますね。
 
 
 さて、曲の方ですが、まずはファントムを一通り通して歌ってみました。

 反省点は多々ありますが…まずは動きのアドバイスをしてもらいました。

 別れ方。最初の「All I ask of you」は曲の最後は抱擁して終わるのですが、次がクリスティーヌのアリアになるので、ラウルである私は舞台からハケないといけないのですが、そのハケ方の確認です。

 クリスティーヌとラウルは恋人同士だし「All I ask of you」は、このミュージカル全体における“愛のテーマ曲”なので、そんなアツアツの曲を歌い終わったあとで、サラっと離れてはいけないわけです。いかにも「カラダは離れていくけれど、心はいつも君と一緒だよ」という動作で舞台からハケなきゃいけないんです。そのための、視線やら腕の動きやらを教えてもらいました。

 抱きかかえ方。最後の「Phantom of the opera」では、曲の最後はクリスティーヌが魔に魅入られて気絶して倒れる…という設定で歌うのですが、その時の、クリスティーヌの倒れ方と、それをファントムがどう支えるかという動きのアドヴァイスをいただきました。クリスティーヌは全体重をこっちに任せて倒れてきますから、しっかり支えないと、二人とも舞台で転んでしまいます。そうなると…ギャグになっちゃうよね(笑)。

 音楽的な注意としては、やはり高いAsの発声ですね。きちんと高めのポジションを作って歌わないと、結局、声を押してしまうわけです。それは良くないし、それでは撃沈してしまうので、早め早めに高めのポジションを作って、それを絶対に落とさないように気合いれてキープして歌う…ってのがポイントなんです。分かっちゃいるけど、できないのが悩みです。

 それと、私はかなりしゃべりながら歌っていますし、ミュージカルのソングだから、それでいいのだけれど、高いAsが近づいてきたら、言葉を捨てて、歌優先にして歌った方が高い男は出しやすいと言われました。特に“i”の母音は、私の場合、口腔内がどうしても狭くなりがちなんです。口腔内が狭くなると、高い音は出にくくなるので、“i”の母音は“e”の母音に置き換えて(つまり、言葉的には間違った言葉になるわけです)歌った方が、結果オーライになるので、きちんと覚悟を決めて、言葉を捨てて歌いましょうって言われました。特にいつも失敗する2度目の高いAsは“i”の母音なんだよな…。ここは言葉を捨てないと無理かも…。

 ま、色々とうまくいかなかった箇所があるけれど、まだまだ本番までは時間があります。だから、うまく歌えなかったところを“失敗”と考えずに“検討課題”として考えるように言われました。明日からの練習は、その“検討課題”についてミッチリ練習すればいいのです。…そうですね、その通りだと思います。あと2カ月、頑張っていきましょう。
 
 
 さて、コンコーネもやりましたよ。ファントムの通しに時間を使ってしまったので、今回は6番だけです。

 高い“ミ”をすべて“メ”と発音して歌ってみました。“メ”と言っても、実際は“ミ”と“メ”の中間ぐらいの曖昧な母音で歌ってみました。案外、楽に歌えます。やはり、母音“i”は鬼門だね。まずは高音“ミ”はすべて“メ”で発音し、口腔内の広さをキープできるようになったら、徐々に“メ”を“ミ”にしてきましょう。
 
 
 最後は…鼻洗浄のやり方の確認をしました。

 先生の薦めで鼻うがい(鼻洗浄)を始めた私ですが、なんか色々とうまくいかないんです。例えば、右の鼻から洗浄液を入れると、鼻腔を経由して口の中にいくのではなく、右の鼻からダイレクトに左の鼻に行って、そこからダラダラとこぼれます。…ちょっと変でしょ?

 「左鼻、塞いでる?」
 「え? 塞ぐんですか?」

 ま、こんなつまらないところで失敗している私です。たかが鼻うがい、されど鼻うがいです。

 で、今は片鼻塞いでやってますが…洗浄液は隣の鼻の穴に行くことはなくなりましたが、だからと言って、クチでいくわけでもなく、今は両方の耳に行ってます。洗浄液が耳に行く…のは、たぶん、とっても良くない事だと思います。中耳炎になるんじゃない? いや、それ以上に、鼻うがいをする度に、立っていられないほどの凄いめまいがします。どこかが間違っているんだよなあ…。

 ああ、鼻うがいって、難しい(涙)。

 日々、鼻うがいと戦っている私に、愛の手を(マジです)。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ 声楽へ
にほんブログ村

2012年5月14日 (月)

2012年 ラ・フォル・ジュルネに行ってきたよ その9…今年の総括

 おやつを食べたら、ちょっと元気が出てきましたので、今年のラ・フォル・ジュルネの(私にとっての)最後のコンサートに臨みました。


打楽器アンサンブル

 最後は…打楽器アンサンブルのPPP[Percussion Performance Players]さんのステージです。実は最初、私はこのグループのコンサートを避けたのですが、その理由は…私、大きな音が苦手なんです。それと衝撃的な音(つまり太鼓の音)も苦手。なので、打楽器アンサンブルって、今までも色々と聞いてきましたが、やはり、どの団体も苦手なんですよ。はっきり言って、あんまり大きな音を聞き続けていると、気分が悪くなるんです。だから、打楽器アンサンブルの団体のコンサートと聞いて、避けていたのですが、マトリョミンの電磁波に当たったので、たとえ打楽器アンサンブルであっても、口直しになるなら、それはそれで良いのではないかと思って、思い切って、聞いてみることにしました。

 もちろん、座席は、中央、やや後方の席をゲットしました。

 ふと、周りを見回すと、展示ホールもだいぶ寂しい感じになっていました。そりゃあ、最終日の夜だもんね。展示ホールの周囲にある企業ブースさんも片づけ始めています。最後にお土産を買おうと思っていた、島村楽器などは、すでに片づけが終了していました。そう言えば、昨年も最後にお土産を島村楽器で買おうと思っていたら、私たちが行った時には、すでにお店は終わっちゃっていて、島村さんでは買い物できなかったんだよね。一年前の経験が、全然身になっていない私でした。ああ、島村で買い物がしたい~。

 やがて、PPPのメンバーがステージに現れました。若くて元気のよさそうな若者、男性3名、女性2名のグループでした。

カバレフスキー:道化師のギャロップ
リムスキー=コルサコフ:くまんばちの飛行
PPP:What's up
PPP:Steps
PPP:PPPの大運動会

 このグループのステージは、見てて良かったです。実に素晴らしかったです。まるで、オモチャ箱を引っくり返したような、楽しいステージでした。演奏をしながら、ギャグやコントを入れてきます。やっている事は…なんとなく…ブルーマンたちに通じるモノがあるかな? とにかく、すっごく楽しいステージです。

 それにしても、あんなにコントを入れて、ハチャメチャな事をやっているにも関わらず、演奏は半端なく上手なのはなぜ?

 彼らは元々は、同じ音大のパーカッション仲間なんだそうです。その仲間同士でグループを結成して活躍しているのだそうです。ちゃんとした音大卒のミュージシャンたちなんだ。本来ならば、オーケストラあたりでパーカッションをやっているような人たちなんだ。そりゃあ、道理で上手なはずです。その技術の根底には、クラシック音楽の基礎があるわけじゃない。

 しかし、音大を出たからと言って、みんながみんなオーケストラ団員になれるわけじゃないし、ソリストになれるわけじゃない。まして、担当楽器がパーカッションという少数民族ならば、クラシック系音楽で生活を成り立たせるのは困難でしょうね。でも、そこで腐らずに、自分たちでこうやってグループを作って活動しているんだから、この人たちはすごいし、バイタリティーがある。

 笑いと音楽の融合って…クチで言えても、なかなかうまくできないものですが、この人たちは、この人たちなりにそれをやって、こうやって一つの形にしているわけで…ううむ、あなどれないぞ、PPP。

 それにしても、このグループのステージを最後に見れて、本当に良かった。「音が大きそう…」と言って、敬遠しないで良かった。終わりよければ、すべて良しだね。
 
 
 このグループのステージが終わったところで、会場に『蛍の光』が流れました。ああ、今年のラ・フォル・ジュルネも終わりだね。以前は、最後の最後に、音楽監督のルネ・マルタン氏が現れて、次年度のテーマ発表をしていたのだけれど、それもいつのまにか無くなってしまいました。ちょっと寂しいです。
 
 
来年のテーマ

 ちなみに、来年のラ・フォル・ジュルネのテーマは、まだ未定らしいですが、どうやらフランス音楽を取り上げる予定になっているそうです。ビゼーからピエール・ブーレーズまでと言うわけで、ロマン派以降のフランス音楽って事になりそうです。

 近代フランス音楽には、美しいフルート曲がたくさんありますので、来年はフルート曲がたくさん聞けるかな? ちょっと期待してもいいのかな?
 
 
私なりの、今年の総括

 さて、今年のラ・フォル・ジュルネの出足はどうだったのでしょうか? 私の感覚では、初日はスカスカで、最終日は混雑って印象です。まあ、この手の事は、印象だけで話していけませんから、数字を出しましょう。

開催年/開催日数(テーマ作曲家)…来場者数・公演数・有料公演チケット販売数

2005年/3日間(ベートーヴェン)…32万人・209公演・12万枚
2006年/4日間(モーツァルト)…70万人・377公演・16万枚
2007年/5日間(国民楽派)…106万人・473公演・20万枚
2008年/5日間(シューベルト)…100万人・529公演・18万枚
2009年/3日間(バッハ)…71万人・419公演・14万枚
2010年/3日間(ショパン)…81万人・358公演・14万枚
2011年/3日間(後期ロマン派)…22万人・274公演・5万枚
2012年/3日間(ロシア音楽)…46万人・351公演・12万枚

 2011年は東日本大震災の年ですから、開催できただけでもOKな年なので、ここはあまり勘定に入れなくていいと思います。

 日本におけるラ・フォル・ジュルネのピークは2007年であった…と言えるかもしれません。この年まで規模拡大され、この年以降、少しずつしぼんできたって感じでしょうか?

 ちなみに、テレビドラマ「のだめカンタービレ」は2006年秋のドラマです。つまり、2007年は、ラ・フォル・ジュルネの全盛期であると同時に、のだめブームの年であったわけです。のだめブームは、ドラマ開始の2006年秋~映画完結編の2010春までと考えられます。2011年は大震災で、人々の気持ちも含めて、色々なものがリセットされました。それらを踏まえての今年2012年の46万人/12万枚を、どう捉えるかって事でしょうね。

 おそらく、主催者的には、2010年のショパンの時と同じ規模を想定していたのかもしれません。それは、公演数を見て、そう思われます。しかし、2010年と同じ規模で開催したにも関わらず、人出は81万人から46万人へと、ほぼ半減。当然、グッズなどの売り上げも半減でしょうし、周辺地域に落とすお金だって半減した事でしょう。また、販売チケット枚数だって、14万枚から12万枚へと、2万枚(15%)減です。チケット1枚2000円とすると4億円の減収です。主催者にとって、これはかなりの痛手でしょうね。

 のだめブーム&クラシック音楽ブームという、一時的なブームが終わり、ラ・フォル・ジュルネというイベントの実力が試されている時期なのかな? 今までは、ブームの後押しもあったので、どんな作曲家でも、どんな演奏者でも、お客は集まったのかもしれないけれど、これからはどうなんだろ?

 だいたい、クラシック音楽ファンって、ディープな人はもちろんだけれど、ライトな人だって、結構、こだわりがあったりするわけでしょ。テーマ作曲家で集客力って、かなり変わるんじゃないかな? はっきり言っちゃえば、今年のロシア音楽というテーマは、なかなか興味をひきづらいでしょう。普通の日本のライトなクラシックファンは、ロシア音楽なんて、あんまり知らないもの。そういう意味では、来年のフランス音楽は、今年以上に苦戦するかもね。

 それと、演奏家の集客力って影響あると思います。具体的な名前は出さないけれど、数年までレギュラーで来ていた大物たちの数名が、今年は来ていないでしょ? 原発事故のせいだろうけれど、やはり演奏者でチケットの購入を考えるという部分があるわけだから、海外大物アーティストさんの不参加は、チケット売り上げの影響力大でしょう。

 あと、やっぱり宣伝不足は否めないかな? テレビなどで取り上げると、人が集まるってのは、それまでの宣伝が不足していたからって事だと思います。

 それと、クラシック系の音楽イベントと言うのは、チケット収入だけでは成り立ちません。ラ・フォル・ジュルネに限らず、チケット収入だけでは、ほとんどの音楽イベントって大赤字なんです。実は、様々な団体から、補助金や援助金や献金などを集めて、それでどうにかイベントが成り立っていると言うのが、日本の音楽イベントの現状。おそらく、ラ・フォル・ジュルネもそうでしょう。

 そう考えると、展示ホールでブースを出してくれる企業さんが、年を追うごとに激減しているという事実は、厳しいですね。ラ・フォル・ジュルネを応援してくれる企業さんが減っている、って考えられます。

 集客力が落ち、チケットの売り上げが落ち、企業の援助が減ってくると、ラ・フォル・ジュルネの継続って、厳しいでしょうね。

 しかし、集客力が落ちたと言っても、それでも40万人以上のクラシックファンを集める力はあるわけです。これってスゴくない?

 ちょっとググってみました。人をたくさん集めるクラシック音楽系のイベントとして有名らしいイベントとして『仙台クラシックフェスティバル』と言うのが、あるそうです。で、そこが集客力が3万人程度だそうです。また、すごく人を集めるというイメージがある、ロック系の野外イベント、例えばフジロックあたりの集客力が11万人程度です。ま、私の知らない/気付かないイベントもたくさんあるでしょうが、それらのイベントと比べても、ラ・フォル・ジュルネの集客力って、すごくない? でしょ、でしょ?

 そうなると、たとえ赤字であっても、簡単にやめられなくなりますね。何とか、資金を集めて継続してゆきたいのが、人の情というものです。

 ラ・フォル・ジュルネでは、来年以降は、個人協賛(つまり個人サポーター)も考えているようです。企業ばかりに頼っていたら、すでに継続が難しいのかもしれません。

 もしも、個人サポーター制度が発足したら、私も微々たる援助はしていきたいと思ってます。だって、毎年、楽しませてもらっていますから。でも、多額の寄附はできないよ。そういう意味で、うまい落としどころを考えてもらいたいなあ。
 
 
 『楽しませてもらっている』と言うと、私のラ・フォル・ジュルネ通いも長くなりました。最初のベートーヴェンの年は、全く情報が無くて、ラ・フォル・ジュルネの存在自体に気づきませんでしたが、次のモーツァルトの年は、NHKテレビの中継で、その存在を知り、その翌年の国民楽派の時に、試しにほんの1日だけ参加してみたら(それも昼間の一番良い時間は、東京タワー見物に行っちゃいました:笑)、すごく楽しかったんです。それで、4年目のシューベルトの時から、本格参戦を始め、今に至るわけです。毎年毎年、色々な思い出を重ねてきました。今年はさしずめ「腰痛とひざ痛」の年かな(笑)。

 それにしても、ラ・フォル・ジュルネで、今まで知らなかったミュージシャンたちを知る事ができましたし、その幾人かのファンになりました。今まで聞いた事のない曲も好きになったし、CDだけで聞いていた時は?と思っていた曲が好きになったりもしました。ラ・フォル・ジュルネのおかげで、私の音楽人生は、確実に豊かになりました。ラ・フォル・ジュルネ、ありがとう。

 そして、私にとって、ラ・フォル・ジュルネは、すっかり年中行事になっています。もはや、GWの季語みたいなものだね、ラ・フォル・ジュルネって。

 ぜひ、来年も頑張って開催してもらいたいものです。このラ・フォル・ジュルネがなかったら、たぶん私は、フルート始めてなかったと思うし…。そういう意味でも、大恩人なんですよ、ラ・フォル・ジュルネって。

 今年も、長い長い連載にお付き合いくださり、感謝感謝です。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村

2012年5月13日 (日)

2012年 ラ・フォル・ジュルネに行ってきたよ その8…フルートとマトリョミン

 本当に時間が厳しかったんです。

 これは、岸本氏のCDを買ってあげられなかった言い訳なんですが、本当に厳しかったんです。とにかく、急いで、東京国際フォーラムの会議室に移動しないといけないんです。もし、遅刻したら、部屋に入れてもらえませんから、そりゃあ、必死になって移動しました。
 
 
工藤重典フルートコンサート

 次のコンサートは、有料コンサートで、工藤重典氏のロシアン・プログラムです。

 そう言えば、私がフルートを始めた、そもそものきっかけは工藤氏の演奏を生で聞いた事だし、それ以降も、毎年必ずどこかで工藤氏のコンサートを聞いています。現在、私が師事するH先生は、工藤氏の兄弟弟子ですし、何か不思議な縁を感じるフルーティストさんです、工藤氏は。

ストラヴィンスキー:ディヴェルティメント(バレエ音楽「妖精の口づけ」より)
プロコフィエフ:フルートソナタ ニ長調

 会場に、本当にギリギリのタイミングで入りました。とにかく間に合ってよかった。もし間に合わなければ、プログラムの半分を聞き損なってしまうところでした。

 座席に着いて、荷物を置いて、息を整えたところで、工藤氏が伴奏者のクレール・デゼール氏と一緒に入場しました。そういえば、クレール・デゼール氏も、毎年必ず聞くミュージシャンの一人ですね(笑)。

 演奏は…とにかく超絶技巧です。すごい…のひと言です。なぜ、あんな風にフルートが吹けるんだろ? どうすれば、あの領域に踏み込めるんだろ?

 ストラヴィンスキーは“音遊び”と言った感じの、とりとめのない曲です。フルートの多彩な音色を見せつける音色博覧会のような演奏でした。おまけに、ほぼ現代曲という事もあって、リズムはヘンテコだし、はっきり言っちゃえば、演奏も鑑賞も難しい曲ですが、それを工藤氏の演奏力だけで楽しませてしまうんだから、やっぱりすごいフルーティストです。

 プロコフィエフは、ひたすらに美しかったです。重厚で押しの強い音色で、たっぷりと、ソナタという音楽を聴かせてもらいました。平伏して感謝したいくらいの演奏でした。

 いつもなら、演奏を聞きながらメモを取る私ですが、工藤氏の演奏中は、一文字と言えども、書くことができませんでした。全神経が耳となって、工藤氏の演奏を聞いていたからです。

 2曲で約45分。ずっと吹きっぱなしでした。大仕事だったと思います。観客はいつまでも拍手をして、アンコールを求めていましたが、それに応える事はありませんでした。いつもなら、気前良くアンコールに応じる工藤氏ですが、今回の2曲の後でアンコールは、ちょっと厳しかったのかもしれません。

 とにかく、私は、大満足です。

 ほぼ放心状態のまま、展示ホールに向かいました。
 
 しかし、展示ホールに行って、驚きました。だって、あふれるばかりの人人人…だったんですよ。初日の、あの閑散ぶりはどうした事でしょう。最終日の夕方に、こんなに人があふれているなんて…。何があったのでしょうか?

 ラ・フォル・ジュルネの中日に、東京国際フォーラムからNHKがテレビの生中継をするので、それの影響でしょうか? NHK-FMで一日中ラ・フォル・ジュルネ特番をしているからでしょうか? それとも、単純に天気が良いので、人が集まってきたとか? 何はともあれ、イベントなんてものは、人がたくさん参加しないと面白くないものです。ああ、よかった、お客さんがたくさん来てくれて…。

 とにかく展示ホールの演奏会場に行きました。ステージ真正面、前から5~6列目ぐらいの、かなり良い席をゲットできましたので、次のステージまで30分ほどありましたが、座って待つことにしました。ああ、こういうゆったりした時間も貴重ですよね。膝も痛いし…。このステージを聞いたら、今年のラ・フォル・ジュルネは終わりにして、帰宅しようっと。
 
 
マトリョミン・アンサンブル

 次のステージは、マトリョミン・アンサンブルのマーブルという団体の演奏です? マトリョミンって何?って感じですよね。

 マトリョミンとは、ロシアの民芸品のお人形であるマトリョーシカの内部に、ロシア生まれの、世界で最初の電子楽器であるテルミンが仕込んである楽器です。“かわいい手乗りテルミン”って感じでしょうか? 楽器そのものは、マトリョーシカですから、可愛い人形の形をしていますが、それを演奏している姿は…かなり怪しいですよ。まるで魔女がマトリョーシカに魔法でもかけているような動作で演奏するんですから(笑)。さらに言うと、その魔女は、なぜか聴診器をぶら下げているんです。シュールというか、何というか…。

 ちなみに、このマトリョミン、なんと、日本人開発の日本製の楽器なんだそうです。おそらくは、ケロミンとかオタマトーンなどと同じジャンルに属する楽器でしょうが…ああ、それにしても、わけわからん。

ロシア民謡メドレー:ともしび~赤いサラファン~カチューシャ
グリンカ作曲:ひばり
メドレー:ボーリュシュカ・ポーレ~ヴォカリーズ~モスクワの郊外の夕べ

 演奏者のマーブルという団体は日本人による団体です。メンバーの大半が女性なのですが、中央にいる男性(後で分かったのですが)がマトリョミンの開発者さんだそうです。

 その開発者さんの解説によると…

 魔法をかけているような怪しげな手の動きは、音程を操作しているのだそうです。実はマトリョミンには鍵盤に相当するような音程を決めるメカがありません。マトリョミンの頭部にアンテナが組み込まれていて、そこから電磁波を出しているのですが、その電磁波を手を使って、空間中のどの位置で遮るかで音程が決まるそうです。ザックリ言っちゃえば、マトリョミンに手を近づけると音程が高くなり、遠ざけると低くなるようです。

 聴診器は…マトリョミンには小型アンプとスピーカーが内臓されているのですが、ヘッドフォン端子が組み込まれていない(?)そうなのです。なので、自分の音だけを取り出して聞きたい時は、マトリョミンのスピーカー口に聴診器をあてて、そこで自分の音を取り出して聞くんだそうです。自分の音だけを取り出して聞く事ができないと、合奏なんて無理だものね。まあ、なんとも、おもしろい楽器です。

 マーブルさんは、10数名のメンバーからなり、彼女たち一人一人が手に手にマトリョミンを持って、そのマトリョミンを見つめながら、あやしい手つきで、真剣に大まじめに、音楽を演奏していきます。演奏姿は、はっきり言って、奇々怪々だけれど、やっている事は、実に大まじめです。その音楽も、音色や音の立ち上がりやハモり方などが独特だけれど、やはり真面目なものです。

 などと私が言葉だけ書いても、全然伝わらないでしょうから、YouTUBEで見つけた、マーブルさんの画像を貼っておきます。ね、私の言っている事が嘘じゃないってわかるでしょ。シュールでしょ。あやしいでしょ。

 これはなかなかおもしろい音楽と巡り合ったものだ…と、しばらく感心していたのですが、聞いているうち(私は前方中央席付近に座ってました)に、なんかちょっと、私のカラダがダルい? 夕方になってイスに座ったものだから、疲れが出てきた? でも、眠いわけじゃないぞ…なんて思っていたら。

 マトリョミンが、高い音を奏でた時に(あくまで感覚の話だけれど)頭の中で『プンッ!』って音がして、鼻の中に血の匂いが充満しました。だからと言って、鼻血が出たわけではなりません。ただ、音がしたような気がしたのと、鼻の中に血の匂いが充満しただけです。で、気分が一気に悪くなりました。たぶん、顔色も悪くなっていたんだと思います。それらに加え、コンサートの終わり近くでは、急に私の左耳の聴覚がアップしてしまい、ビックリしました。そうなんです、急に左耳に補聴器を付けられたかの様に、耳が感度アップしてしまったのです。右耳は普通の聴力のままでした。とにかく、マトリョミンの音を聞いて、私のカラダが異常反応をしていました。

 コンサートが終わって、なかなか立ち上がらない私に「だいじょうぶ?」と妻が声をかけてきました。

 「マトリョミンが高い音を出した途端に、気分が悪くなったよ…」
 「なんか、電磁波に弱くなったねえ…」

 そうです。マトリョミンって電磁波をコントロールして演奏する電子楽器なんですよね。あれだけたくさんのマトリョミンがステージ上にあったわけだし、それらが電磁波を垂れ流していたわけだから、実は電磁波が目で見えたら、演奏中のステージ周辺って、すごい状況だったのかもしれません。

 電磁波酔い? または、ある種の電磁波にやられた? 私は元々、帯電体質だし、電磁波には弱い体質なんだろうけれど、水晶の首輪をするようになってから、ますます電磁波に弱くなっているのかもしれません。少なくとも、今後、私はテルミンやマトリョミンには近づかない方が良さそうです(涙)。

 本当は、このステージを聞いたら帰ろうと思っていたのですが(音楽にも、楽器にも、演奏者にも責任はありませんが)気分が悪いまま、今年のラ・フォル・ジュルネを終えるのは、なんか後味悪くなりそうなので、もう一つだけ、パスしようと思っていた無料コンサートを見てから帰る事にしました。やはり、最後は気分よく終わりたいものね。

 少し休んで聴力が元に戻るのを待って、痛む頭を抱えながら、次のステージまで、かなり時間があったので、神戸屋さんでお茶しました。大きなリンゴが固まりのまま入っていたアップルパイが、とっても美味しかったですよ。

 では、続きはまた明日。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村

2012年5月12日 (土)

2012年 ラ・フォル・ジュルネに行ってきたよ その7…バレエを見て、バスを聞いて

 BMWのショールームで、カッコいい弦楽四重奏団の演奏を聞いた話の続きです。

 八重洲のグラントウキョウ・サウス・タワーから、丸の内のマルキューブに移動しました。マルキューブ? あの、マルキューブ? そうです、あの“マルキューブ”です。楽しみにしていたフィリップ・ジョジアーノ氏のコンサートでガッカリした、あの、マルキューブです。ああ、私って、なんて学習能力がないんだ(笑)。

 なぜ、あんなにガッカリしたマルキューブに、また来たのかと言うと…演目がいいから(笑)です。とにかく、楽しみな演目とか、楽しみなアーチストなどは、すべてマルキューブでやるんだから、いくらマルキューブが演奏会場として苦手であっても、行くしかないのです、仕方ないのです。

 今回の演目は、チャイコフスキーのバレエを、丸の内交響楽団の演奏で、東京シティバレエ団の方々が踊るんです。そりゃあ、見たいじゃないですか?
 
 
バレエ「くるみ割り人形」

 で、マルキューブに着いて、驚きました。前回のフィリップ・ジョジアーノ氏の時も混んでいたけれど、今回はあの日の比ではないぐらいに混んでいました。

 まず、座席がありませんでした。座れる座席がないのではなく、そもそも座席がないんです。舞台はバレエのステージとなり、客席部分にオーケストラが控えています。オープン・カフェが片づけられ、そこが立ち見スペースになっていました…が、すでにそこもスシヅメ状態です。マルキューブ自体は吹き抜けのスペースなので、上を見上げると…ずっと上まで人がいます。なんじゃい、この混雑ぶりは!

 とりあえず、バレエですから、舞台が見れないとお話にならないので、まだ舞台が見れる場所を探していたら…5階のテラスの端っこの部分に、少しだけ余裕があったので、そこの場所を確保しました。5階ですよ、5階。ちなみに、5階はレストラン街で、私のすぐそばは、オープンカフェ状態になっていて、そこで昼間から皆さん、ビールを飲んでくつろいでおります。さすがに休日、ゴールデンウィークです。皆さん、くつろぎまくっております。何やら揚げ物にケチャップがかかっていて美味しそう…と言うと、どんな状況か分かってもらえるかもしれません。

 5階から舞台を見下ろすと…ほぼ真上から下を見るような感じです。普段、バレエは正面から見ている(当たり前)ので、真上から見るのも、それはそれでオツかもしれません。とにかく「音楽を聞きに来たわけじゃない。バレエを見に来たのだ」と自分に言い聞かせました。

チャイコフスキー:「くるみ割り人形」より「小行進曲」
チャイコフスキー:「白鳥の湖」より四羽の白鳥★
チャイコフスキー:「くるみ割り人形」より「こんぺいとうの踊り」★
チャイコフスキー:「くるみ割り人形」より「ロシアの踊り」★
チャイコフスキー:「くるみ割り人形」より「アラビアの踊り」
チャイコフスキー:「くるみ割り人形」より「中国の踊り」★
チャイコフスキー:「くるみ割り人形」より「葦笛の踊り」
チャイコフスキー:「くるみ割り人形」より「花のワルツ」

 無印の曲はオーケストラのみの演奏曲で、★の曲でバレリーナさんが踊りました。

 演奏の方は…丸の内交響楽団は頑張ったのだろうけれど、なにしろ私のいた場所が5階のレストラン街だから、もうそりゃあ、ヒドイ状況でした。5階は3階よりもホワイトノイズが多いです。すごくウルサイ。その上、私の後ろのレストラン街では、無口で酒を飲んでいる人なんているわけないし、皿やナイフの音だって結構耳に障りますし、ウェイトレスさんを呼ぶ声、それに応える声などがして、けたたましいです。だいたい、酔客からすれば、音楽の方がうるさいわけだし、それを見物している客の方がウザイわけです。そりゃそうだよね、当たり前だよね。そういう場所だもん。この状況で、一体誰が得をしているわけ?

 オーケストラが演奏している姿は見えますが、音の方は言うと、極めてバランスが悪いです。金管はまあ普通に聞こえますが、木管はかなりボリューム的に厳しいです。耳をすませば、やっと聞こえるって感じかな。弦楽器は、ほぼエア弦楽と化してます。な~んにも聞こえません。とりあえず、よく聞こえる金管楽器の音を元に脳内で足りない音を足して、やっとやっとって感じです。音楽目当てだったなら、瞬殺状態です(って分かる?)。

 バレエダンサーも、遠くで、かなり小さく見えますが…角度的に普段は見れない角度なので、それはそれで面白かったです。ただ、遠くから見ている分、ダンスがモッタリした感じに見えてしまうのが、残念でした。

 とにかく、期待をすると失望するので、オーケストラの演奏だけの時はiPhoneをいじって、音楽を聞かないようにし、バレエの時は音に脳内補正をかけて、オーケストラを無視して、バレエを楽しむようにしました。

 丸の内交響楽団は、マルキューブ以外の場所で、もう一度ちゃんと聞いてみたいです。たぶん、素晴らしい演奏をするオーケストラなんじゃないかなって、彼らが演奏している姿を見て、そう思いました。それにしても、マルキューブは、音楽をする場所じゃないねえ。とにかく、この会場に満ち満ちているホワイトノイズを、どうにかしない事には、どうにもならないと思います。

 去年までは、マルキューブの事を、そんなに(決して良い会場とは思わなかったけれど、それでもここまで)ヒドイ会場だとは思わなかったんだけれどなあ…一体、なぜ、こんな事になったのだろうか?

 とにかく、5階まで来たので、そこから7階に上がりました。
 
 
岸本力 バスコンサート

 丸ビルの7階…そうです、チャイコフスキー展ですね。この日は、そこの小さな舞台で、バス歌手の岸本力氏のコンサートがあるので、かなり時間的に早かったのですが、さっさと移動しました。当然、一番乗りです(笑)。

 私たちが立ち見の場所を確保したところ、少しずつ人が集まりだしてきました。本番10分前にはそれなりに人が集まってきました。そこに岸本氏自らがやってきて、立ち見ではなく、床に直座りになって欲しいと話しました。そうすれば、大勢の人が見やすいからって事でしたが、いやあ、それは個人的にも助かりました。だって、ヒザが痛いので、立ち見はつらいですからね、床に直座りであっても、座って音楽を聞きたいものです。

 床に座ってしばらく待っていたら、時間になり、コンサートが始まりました。

チャイコフスキー:いや、ただあこがれを知る人だけが
チャイコフスキー:さわがしい舞踏会の中で
チャイコフスキー:またもとのように私は一人
チャイコフスキー:ドン・ファンのセレナード(以上バス)

チャイコフスキー:「四季」より五月”白夜”
チャイコフスキー:ロマンス(以上ピアノ独奏)

チャイコフスキー:「エフゲニー・オネーギン」より
  “どこへ去ったのか青春の日々は”(以上テノール)
  “恋にはどんな年齢も勝てない”(以上バス)

 コンサートは、バス歌手の岸本氏の歌唱を中心に、伴奏及びピアノ独奏を松山元氏が、テノール歌手の小林大作氏がゲストとして参加しました。

 岸本氏の声は、さすがにバスですね。深いです。しかし、深いながらも明るく見晴らしの良い声です。岸本氏は声も素晴らしいのですが、トークもなかなか茶目っ気があって、良かったです。人柄の良さが会話の端々に現れていました。さすが、ベテラン。テノールの小林氏は、実に明るいテノールテノールした声の持ち主でした。男性歌手のコンサートもいいですね。

 それにしても、チャイコフスキーはどの曲も、メロディーがいいね。ほんと、英語かイタリア語だったら、私も歌ってみたいです(って、ロシア語なんだよね…)。

 会場を出たところで、岸本氏自らが、CDの手売りをしていました。CDを購入すると、もれなくサインが付くとの事です。おそらく頼めば握手もしてもらえるんじゃないかな? コンサートに満足していたので、CDを買ってあげるべきだったと思ってますが、実は時間的にかなり切迫していましたので、移動を優先してしまいました。今思うと、ちょっとモッタイなかったなあと思います。

 続きはまた明日。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村

2012年5月11日 (金)

2012年 ラ・フォル・ジュルネに行ってきたよ その6…弦楽四重奏曲はカッコいい

 話は、私がホールCで派手に転んだところまででしたね。

 そうなんです、転んだんです。下り階段で転ぶと、一瞬ですが「これはマジ、ヤバイ」って思います。身軽なら良いのですが、この日は、それなりに荷物を持っていたので、バランスを崩した時に、堪えきれずに、倒れてしまったのです。腰も治った気になってましたが、まだ完治しきっていなくて、踏んばれなかったのかもしれません。

 とにかく、階段で転びました。右足を踏み外して、右ヒザをヒネリ、そのまま、後ろ向きにバランスを崩しながら、階段を駆け下り、一番下まで転がるように落ちて、一番前の手すりに左腰と左ヒザを思いっきりぶつけて、尻餅をつきました。不幸中の幸いは、後ろ向きに落ちていった事と、尻餅をついた事です。これが前向きに落ちていったら、たぶん柵から飛び出してしまったと思います。ああ、怖い。クワバラクワバラ。

 とりあえず、転んで恥ずかしかったと言う事もあって、痛むヒザと腰を抱えながらも「どうも、どうも」と表向きは平静を装いながら、額から気持ち悪い汗をダーッと出して、自分の席を見つけて、着席しました。

 カラダの痛みよりも、世間体を気にする、小日本人だな、私は…。
 
 
ヴォカリーズとピアノ協奏曲第2番

ラフマニノフ:ヴォカリーズ
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

 演奏者は、ピアノが清水和音氏、指揮がジャン=ジャック・カントロフ氏。二人とも有名アーティストさんですね。それにオーケストラがシンフォニア・ヴァルソヴィアでした。

 ホールCって、1500席もある、大きなホールです。5000席もあるホールAと比較されて、なんかこじんまりした印象ですが、あの“よみうりホール”が1100席で、むしろこっちの方が、小さな“大ホール”なんです。

 そんな大ホールであるホールCでの演奏ですから、オーケストラもピアニストも大変と言っちゃあ大変です。それでも、きちんと音をホールの隅々にまで飛ばしていました。やっぱり、プロ奏者はすごいね。

 舞台から遠く離れた二階席で聞くオーケストラは、まるで“オーケストラ”という名前の一つの楽器のような響きに聞こえます。一方、ピアノは、まさに打楽器です。叩いて叩いて叩きまくって…そんな感じです。お上品にピアノを弾いても、この広いホールでは音が飛ばないでしょうから、叩いて叩いて叩きまくっていたんだと思います。でも、ピアノって、きれいに叩くと、まるで鐘の音のような音になるんですね…。

 しかし、いわゆる名曲っていいですね。ヴォカリーズは大好きな曲です。私はこの曲が聞きたかったんです。分厚いオーケストラの音で聞くヴォカリーズは、ソロ楽器での演奏とは、音の深みが全然違いますね。朝一番でお腹一杯になりました。

 一方、妻は、ピアノ協奏曲の方が楽しみだったようです。この曲もポピュラーな名曲ですよね。減衰系のピアノと、持続系のオーケストラの対比が、とてもおもしろかったです。協奏曲における主役楽器(ここはピアノ)って、まるで歌手のような扱いなんだなって思いました。

 二階から見ていて思ったのは、ピアノもそうだし、ヴァイオリンを始めとする弦楽器もそうなんだけれど、クラシック系の楽器って、音を上に飛ばすものが多いね。おそらく、部屋の残響を利用しようとして上向きに音を飛ばしているのだろうけれど、二階席から見物している私にとっては、そのために、音が良く聞こえてくるんじゃないかって思っちゃいますよ。あ、オケのフルートさんは、二人ともゴールドでしたよ。

 演奏は良かったです、大満足です。でも、演奏が終わって、ホールから出る時にガッカリしました。と言うのも、ホールD7ほどじゃないにせよ、ホールCも観客の移動については、ロクに考えられていないホールなんです。

 私は二階席なので、二階ホワイエから一階ホワイエに下りて、そこからグランド階[地下じゃないよ。いわば零階なんですが、実際にビルの2or3階に相当します]を経由して下界に出るのですが、二階と一階をつないでいるのが、数機のエスカレーターですして、そのエスカレーターを、一階に人がたくさんいるから…と言う理由で封鎖。二階席の人間は、一階の人間がハケるまで足止め。足止めされるのがイヤなら、階段で一階をすっとばして、直接グランド階まで下りて、そこから下界に出ろという指示でした。

 もちろん、私を含め、みな、タイトなタイムスケジュールで動いていますから、階段を利用せざるをえないわけですが……右ヒザが痛かったなあ(涙)。腰と左ヒザもまだ痛かったですが、何よりも右ヒザが痛かったです。ヒザが痛いのに階段移動ってのは、ツライですよ。だいたい、二階からグランド階のたった2フロアの移動と言っても、実際にはビルで言うところの4~5階分の階段を下りないとダメだし…ねえ。

 ホールCを出たら、展示ホールに行って、帝国ホテルの出店でピロシキ食べました。初日も狙っていたのですが、我々が行った時にはすでに売り切れだったので、今度は『売り切れる前に食べてしまえ~』って感じで、出店を急襲しました。美味しかったよ。地元の肉屋の揚げパン風のピロシキとは、ピロシキが違うのだよ(笑)。

 ピロシキを食べ終えた我々は、東京国際フォーラムを後にして、一路、銀座に向かいました。はい、銀座山野楽器で行われている、これまた恒例の『アルタス フルート フェア』に出かけたわけです。

 このアルタス フルート フェアの話は、別記事にして、近いうちにアップしますので、お待ちください。

 山野楽器を出た私たちは、銀座から京橋に移動して、京橋でお昼御飯です。いやあ、だって、銀座飯って、オシャレすぎるじゃない? うどんを食べました。美味しかったよ。で、京橋から八重洲のグラントウキョウ・サウス・タワーに向かいました。そこの一階にある、BMWのショールームで行われるコンサートを聞きに行ったのです。
 
 
カルテット・リーブル(弦楽四重奏

 会場となるBMWのショールームには、演奏開始15分前に到着しました。ここはメイン会場の東京国際フォーラムから遠く、周辺エリアコンサートがたくさん開催されている丸の内地区とも遠く“穴場”と思っていたのですが、同じことを考える人がたくさんいたんでしょうね、15分前到着では、すでに座席はありませんでした。残念。仕方がないので、会場の前の方で壁に持たれながらの立ち見となりました。

 会場は、普段は車のショールームとして使われている場所でしょうが、音楽ホールとしても、なかなかに良い場所でした。天井は思いっきり高いし、壁は分厚いガラスがメインでよく響くし、床も(車が入るから)しっかりとしているし…。そこそこ広い会場でしたが、PAはもちろん、反響板なんか無くても演奏に支障がないほどの会場でした。

 会場を提供してくれたBMWさんは、会場案内も丁寧だし、ドリンクサービスもしていたし、プログラムも一声かけながらの手渡し配布だったし、なかなかに良いホスピタリティを発揮していました。ラ・フォル・ジュルネって、基本的にボランティアベースで運営されているので、お客として、あんまり親切に扱ってもらえないキライがありますが、ここは親切丁寧な対応で、うれしかったです。接客って大切だよねえ、心が和みました。

ボロディン:弦楽四重奏曲第2番

 演奏はカルテット・リーブルという日本人の弦楽四重奏団でした。私は不勉強なので、この方々を知らなかったのですが、なかなか良い団でしたよ。

 正直に言うと、弦楽四重奏曲って得意ではありませんでした。だって、CDとかで聞いていると、なんかわけ分かんなくなっちゃうんだもの。ある意味、ピアノ曲と同じで、音楽で墨絵をやっているような感じさえして、その渋さに閉口してしまうんです。私、基本的に、カラフルでハデなモンが好きですから。

 そこは、カルテット・リーブルさんの腕前なのか、それとも生で弦楽四重奏曲を聞いたせいでしょうか、とっても、スリリングに楽しく聴かせてもらいました。

 聞いていて、弦楽四重奏曲が、全然わけの分からない音楽には思えませんでした。むしろ、すごく立体的な音楽に思いました。

 1stヴァイオリン、2ndヴァイオリン、ビオラ、チェロが、それぞれにメロディーを奏であい、それが全体として一つに溶け合うんです。歌で言うと、まるで重唱のような趣があります。弦楽四重奏って、面白い。

 そう、重唱なんですよ。合唱でなく重唱。それも、混声四声ではなく、ソプラノ、メゾソプラノ、アルト、テノールと言ったソロ歌手同士の組み合わせの重唱に思えました。

 もちろん、音楽の主役は、ソプラノに相当する1stヴァイオリンなんですが、私はヴァイオリンの華やかさよりも、チェロの深さにひかれました。いやあ、チェロ、カッコいいです。チェロをブンって弾くと、その音が会場全体を包むんです。そのチェロの深い音の響きの中で、その他の楽器たちが戯れているように思えました。チェロが音楽の要、チェロが音楽を支配している。そんな気がしました。とにかく、チェロ、カッケーです。

 ボロディンの弦楽四重奏曲第2番って…これもカッコいい曲だなあ…。すべての楽器に、イカしたメロディが用意されているし、各楽器間のメロディの受渡しの仕方もオシャレだし、たまにフーガっぽい所もあるし、ああ、カッコいい。

 ヴァイオリンが上達したら、弦楽四重奏曲、やりたいかも。…もっとも、それが可能になるくらいにヴァイオリンが上達する日は来そうもないのが残念だなあ(涙)。

 とにかく、美しくてカッコいい音楽をたっぷり聞いたので、ほんと、心が満足しました。

 次の目的地はマルキューブだったので、BMWのショールームを出たら、近道のつもりで、東京駅を通り抜けましたが…東京駅は人出が多くて、歩く速度がかなり遅くなってしまいました。案外、遠回りをした方が移動時間的には短かったかもしれません。

 とりあえず、性懲りもなく、私たちは、あのマルキューブに向かって歩き始めました。

 続きはまた明日。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村

2012年5月10日 (木)

2012年 ラ・フォル・ジュルネに行ってきたよ その5…ついてないにも、程がある

 ラ・フォル・ジュルネの初日をたっぷりと堪能してきた、我ら夫婦でした。

 音楽的には、まあ、満足したものの、一日中、雨の中をウロウロとしていたのが悪かったのでしょうか? それとも、やはり立ち見が多かったのが、良くなかったのでしょうか? 私の腰の痛みは、いくらコルセットで養生しているとは言え、一向に良くならず、むしろ激しさを増すばかりでした。

 それにしても、あんなに腰が痛いのに、音楽のためなら、我慢しちゃう私って、一体何?

 腰の痛みを我慢しているうちに、風邪もひいていないのに、体温は上昇するし、頭までギンギンに痛くなってきました。

 帰宅の電車の中では、気が抜けたせいもあるのでしょうが、ほぼ、ぎっくり腰状態になって、額にイヤな汗をかきながらの帰宅となりました。実は、その翌日にダンスのレッスンの予定を入れていたのですが「この痛みでは無理」と妻先生に泣きつき、レッスンをキャンセルしてもらいました。

 痛みをこらえながら帰宅したところ、郵便受けに一つの封筒が入っていました。中には…そうです、数日前に通販で購入したトルマリンの数珠(笑)が入っていました。“数珠”と書きましたが、いわゆる“ブレスレット”です。ただし、商品名が『トルマリンの数珠』なんだから“数珠”なんです。仕方ない(笑)。私がどういう系統のお店でブレスレットを購入しているかが、計り知れるというものです(笑)。だって、マガイモノとか、つかみたくないじゃん。

 実は「ひと言」にも書きましたが、水晶の首輪をし始めたあたりから、左腕に違和感&痛みを感じる様になりました。おそらく、何か“気”のようなものが左腕に詰まっている(あるいは、抜けきってしまった)んじゃないかって思いました。実際、右手の火照り方と左手の火照り方は、だいぶ違うんですよ。

 と言うわけで、左腕の痛みは、水晶の首輪の副作用と邪推し「パワーストーンで生じた痛みは、パワーストーンで解決さ」と言う、頭の悪い解決方法を採用したわけです。

 こんな、非科学的で盲心的な行動は、賢い人は、しちゃダメだよぉ~(笑)。

 ひとまず首輪を二つも三つもぶらさげるのは良くないだろうし、痛いのは左手なんだから、直接左手につけた方が良かろうというわけで、今回はブレスレットを購入する事に決定。「目には目を、歯には歯を、パワーストーンにはパワーストーンを…」と言うわけで、左手の痛みが取れるような、治療効果のあるパワーストーンのブレスレットを考えました。

 最初は、今使っている首輪と同じ、水晶+黒メノウのブレスレットを考えました。だってパワーストンーンには相性があるみたいだから、全く新しい石のブレスレットを購入するなんて冒険は、なかなかできません。

 でも、水晶って治療系じゃないような気がするんだよね。そこで、痛みやカラダの不調を直すなら、水晶よりも良いものあるんじゃないかって思いめぐらしたところ、トルマリンの事を思い出しました。

 実は、こちらの記事に書きましたが、以前、私は脇腹をつって、その痛みに泣いていた時に、だまされたつもりで貼ったトルマリンのシートが、実によかったのです。どうも、トルマリンと私は相性が良さそうなんです。あの日以来、トルマリンがクセになっている私です。

 そう言えば、あの時に貼ったシートは、もちろん、すでに剥がしてしまったのですが、実は、私の腹部には、しばらくの間、あの時のトルマリンが若干残っていました。と言うのも、あの日からしばらくの間、私の皮膚の中にトルマリンの粒が取り込まれてしまったようなのです。

 あの日以来、その部位を洗ってみても、こすってみても、トルマリンが取れません。でも、おかげさまで、脇腹はあの日以来、快適です。おそらく私のカラダがトルマリンを必要としたので、トルマリンを取り入れてしまったのだと思います。だって、妻が自分のカラダにトルマリンシートを貼っても、トルマリンを取り込む事なんて、無いもの。

 ちなみに、しばらくの間、トルマリンを脇腹につけたまま暮らしていた私ですが、今はその体内に取り込んだトルマリンはありません。トルマリンの数珠を身に付けた途端に、脇腹のトルマリンが無くなってしまいました(笑)。体内に取り込んだトルマリンよりも、数珠の方が強力だった…という事かもしれません。

 さて、トルマリンって何でしょうか? 日本語では“電気石”と呼ばれる、いわゆる珪酸塩鉱物の一つです。衝撃を加えたり、熱したりすると、ピコンって感じで電子を放出する性質を持った石です。だから“電気石”と呼ばれています。ちなみにトルマリンは、電子を放出するだけでなく、微弱な磁力を有し、また微弱な遠赤外線も放出しているのだそうです。

 なんて書くと、トルマリンって、何やら神秘的なパワーストーンのような気がしますが、実はそんな事はなく、その実態は、ただの磁石の一種なんですよ、それもかなり非力で微力な磁石です。

 なので、トルマリンのブレスレットやネックレスなんて、普通に薬局あたりで売っている、肩こり用の磁気ネックレスの親戚みたいなモノです。ま、本家の磁気ネックレスよりも非力なので、効果も薄いでしょうが、害も薄いでしょう。とりあえず、痛み緩和に良いだろう…と思って注文してみたのです。

 それが、腰痛に悩む、この日に到着したのです。

 ええ、さっそく付けましたよ。もしかして、トルマリンの数珠のおかげで、腰痛が治まるかもしれないじゃないですか? 

 ちなみに私が購入したトルマリンは黒い奴(笑)。トルマリンって、宝石としてもなかなかのもので、色違いがたくさんあって、どれも結構キレイなんですね。特に赤い奴はルビーと間違えられるほどの美しさなんですが、私はそこであえて黒をチョイス。それも漆黒です。理由ですか? だって、磁石って、普通は黒じゃないですか? たぶん、赤や青や黄色や緑のトルマリンよりも、黒いトルマリンの方が磁力が強いんじゃないかって思ったので、黒をチョイス。それに、トルマリンシートに貼ってあるトルマリンも、黒いトルマリンの粉末だしね。健康系なら黒いトルマリンでしょ、って思った次第なんです。

 ひとまず左手につけたのですが、すぐに両手が火照りだし、トルマリンをつけた左手首に鈍い違和感を感じました。気分も少しばかり悪くなりました。ちょっとヤバイ? おそらく、元気な時だったら、サッサと外してしまったと思いますが…こちとら腰痛持ちだかんね、そこはガマンじゃい!

 3時間もつけていたら、だいぶ慣れました。もちろん、左手首の違和感が無くなるわけもなく、気分の悪いのも無くなったわけじゃないですけれど、だいぶ気にならなくなりました。たぶん、これは“石酔い”って奴でしょう。トルマリンの数珠は、私には少しばかりパワフルかもしれないです。

 治療目的ですから、そのまま一晩つけたままで寝ました。翌朝目覚めると、腰の痛みは腰の重みに変わってました。「これならダンスも踊れそう。レッスンをキャンセルしたのは、判断が早すぎたか…」とちょっと後悔しました。

 で、その日は、トルマリンの数珠をつけたまま、おとなしく生活をしました。

 その翌日。ラ・フォル・ジュルネの最終日の当日の朝になると、先々日まで私を苦しめていた、あの腰の痛みが、気にならない程度にまで良くなっていました。もう、ほとんど重みも感じません。やったね、見事な回復力です。

 若い人間なら、腰痛の一つや二つ、2日もあれば治るでしょうが、アラフィフのオッサンにとってみれば、そんなに短時間で腰痛が治るはずがないです。そういう意味では、ぎっくり腰モドキから2日で回復とは、驚異的な出来事です。この奇跡の回復力(爆)は、トルマリンパワーのおかげ、と言う事にしておきます。『イワシの頭も信心から』『信じる者は救われる』のです。

 脇腹の時も思いましたが、さすが、トルマリン。筋肉系のトラブル解消にはよく効きます。しかし、聞くのは筋肉系のトラブルだけで、実は頭痛の方は、一向に治まっていませんでした。ううむ、ダメじゃん、トルマリン。神経系とか血管系のトラブルに関しては、あまり効用がないみたいです(念のため)。

 とりあえず、腰の痛みを克服した私は、元気に、ラ・フォル・ジュルネに出かけたのです。

 まずこの日の最初のコンサートは…有料コンサートでした。朝から、1500席もあるホールCに向かいました。この会場での私の席は、二階席で前から4列目でした。ここは普通の音楽ホールなので、ホワイエから昇っていって、二階席の真中付近に出て、前寄りの席は、そこから下方向に階段を降りて、自分の座席を探すような作りになっています。

 なので、会場の上の方から、自分の席を探し歩いたわけですが、ここの会場の階段の幅が微妙に規格外で小さい?のかな? 私は二階の自分の席を探す途中、階段でバランスを崩して、二階の一番下まで、派手に階段を転げるように落ちてしまいました(涙)。いやあ、そのまま一階まで落ちなくてよかったです。二階から一階に落ちたら…死んでたかもしれませんね。

 しかし、転んだ拍子に、腰と両膝をおもいっきりぶつけてしまいました。トルマリンで腰を治したばかりなのに、改めて、怪我するなんて、ついてないにも、程がある(涙)。最初の日は腰痛で悩まされた私ですが、最終日は膝痛で悩まされました。ああ、ついてない、ついてない。

 では、続きは明日です。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村

2012年5月 9日 (水)

2012年 ラ・フォル・ジュルネに行ってきたよ その4…楽器の差は、素人耳でもよく分かる

 さて、おやつも食べて元気になった私たちは、またまたマスタークラスに出かけました。

  

ジェラール・コセ マスタークラス(ヴィオラ)

 先生役のジェーラル・コセ氏は、世界でもトップクラスのソロ・ヴィオリストさんだそうです。うわー、そんな人がマスタークラスに来ちゃうんだあ、すっげーなー。生徒さんは、音大出たての女子学生さんでした。

グリンカ:ヴィオラ・ソナタ 第1楽章

 課題曲のグリンカのヴィオラ・ソナタは、未完成な曲で、完成されているのは、この第1楽章しかないそうですが…なかなか良い曲ですよ。

 さて、このコセ先生ですが、やたらと歌います。もちろん、ヴィオラも小脇に抱えているし、実際に弾いて教えることもあるのですが、圧倒的に歌っちゃいます。それも階名唱です。生徒さんはヴィオラの女の子のはずですが、ピアノ伴奏をしている男性にも、遠慮なく注文をつけます。そういう先生でした。

 ピアノだと、先生も生徒も同じ楽器を使って指導しますが、この手の個人持ち楽器の場合、生徒さんと先生で使っている楽器のレベルが全然違う事も多く、生徒さんが可哀相に思える時があるのですが、今回もそんな感じでした。いやホント、楽器が全然違うんですよ。生徒さんの楽器は、まるで“低音も出るヴァイオリン”って感じなんですが、先生のヴィオラは、まるで違った音色で、あえて言うと“ちょっと声を鼻にかけてセクシーさをきどっている女声”のような音色なんです。もう、楽器の種類が違うんじゃないかってくらい、全然違う音を奏でます。

 ググったところ、コセ先生の楽器は、1560年製“ガスパロ・ダ・サロ”という、ヴィオラの名器だそうです。アマティやストラディヴァリよりも古い楽器だよ、そりゃあ、違って、当然だね。そんな名器の生音を直接聞けるだけでも幸せってモンです。

 コセ先生の指導は、生徒への当たりも優しくて、常に観客を意識していて、ああ、この人はマスタークラスをやり慣れているなあ…って感じでした。

 コセ先生は、良い言葉をたくさん言っていたので、それらを断片的ですが、ここに書き記しておきます。

 「楽器が良く響くポジションで弾きなさい」 あるフレーズを生徒さんが第五ポジションで演奏していた時に言った言葉です。そして、そのフレーズを第五ポジション(これは難しいんです)と、第一ポジション(初心者でも使うポジション)の両方で弾かせました。素人の耳にも分かるほど、はっきりと違ってました。第一ポジションで弾いた方が楽器がよく鳴っているんです。先生はニコって笑いながら「良く響くポジションで弾きなさい」って言ったのです。上手な人は、ついつい難しい事をやりたがるのでしょうが、難しい事をやって効果が半減するなら、簡単な道でより効果的な事をしなさいって意味だったのだと思います。

 演奏者にとっては、それなりに意味はあるのかもしれないけれど、観客にとっては、そのフレーズを簡単に弾いているのか、難しくして弾いているなんて分からないもの。観客にとって大切なのは、キレイな音で鳴っているか否か、それだけだものね。

 「音を遠くまで飛ばせ」 そのために、楽器の構え方や弓の使い方、音の出だし部分の弾き方などを丁寧に教えてました。精神論ではなく、テクニックを巧みに使って、音を飛ばす事を教えていました。先生のちょっとしたアドヴァイスで、生徒さんの音が見る見る変わっていったのが面白かったです。

 「ヴィブラートは前もって準備しておくこと」 演奏前から、ヴィブラートをかける音と、かけない音を決めておき、ヴィブラートをかける音は、その音を出す前からヴィブラートをかけるつもりで演奏することで、キレイなヴィブラートがかけられるのだそうです。これは、どんな楽器の演奏でも言えることかもしれませんね。何事にも、準備は大切です。準備はお早めに。

 「ヴォカリーゼのように、フレーズを弾く事」 つまり「歌うように弾け」って事です。実際、先生自身がたくさん歌うし、このように弾いてほしいと伝える時も歌って伝えます。なので、生徒さんにも、歌う事を要求していました…が、生徒さんは照れちゃって、なかなか歌いだしません。先生があまりに強要するので、やむなく歌いだすと、先生、いきなりのダメだし。「あなたはそんな風に弾きたいのですか?」って言うわけです。

 これはコセ先生に限らず、ラ・フォル・ジュルネでマスタークラスをやった、弦の先生は皆「歌え!」って言います。でも、日本人の生徒さんはたいてい、それに対して拒否反応を示すし、歌わせると、たいてい下手なので、先生が怒ったり呆れたりするわけで、これってまあ、ラ・フォル・ジュルネの毎年の風景なのですが、ここが日本人弦奏者の、ある意味、限界点を示しているのかもしれません。日本人は「歌と弦なんて、別モンじゃん。なんで、弦楽奏者の私が歌わないといけないの? いい恥さらしだわ」って思ってしまうのかもしれませんが、どうやら先生方は「歌は弦楽器の基礎、音楽の基礎。楽器で演奏する前に、どんな風に音楽を演奏したいのが、歌って表現する事が大切で、歌えるフレーズならば、弦楽器でも演奏できる」と考えているような気がします。

 「弓はなるべく、短く使いなさい。長く使うと、音にノイズが乗ります」 へえ~、知らなかったよ。

 「右手(弓手ですね)は、あなたの人格を表してます。音楽は右手で表現するのです。左手は単なる兵隊です。決められた事を決められた通りに行えば、それで良いのです」 ふうーん、私なんかは、左手で苦労してますが、大切なのは、左手ではなく、右手なんですね。

 「演奏は聞く人がいて、始めて成り立つもの」 だから、常に観客を意識して演奏しなさいって言ってました。そして、観客にどう聞こえているかを考えながら演奏する事が必要です。で、そう言いながら、ピアニストに向かって「君はショパンか!」言って、ピアノの蓋を閉じさせました。ヴィオラソナタはヴィオリストだけの問題じゃないんですね。ヴィオラとピアノの二人が、常に音量や音質などに気を使いながら演奏しないといけないんです。

 「アーティキュレーションは役者の化粧のようなものです」 何を際立たせ、何を客の目から隠すのか、それが役者の化粧なんだそうですが、楽器演奏の際のアーティキュレーションもまさにそういうものなのだそうです。どこを強調して、どこを観客の耳に届かせるのか、それがアーティキュレーションなんだそうです。

 「ヴィオラを奏でるたびに“私”を音に載せていきなさい」 けだし、明言です。

 「楽譜に集中するのではなく、音楽に集中しなさい」と言って、生徒さんの演奏中に、すぐに使っている譜面台を、あらぬ方向に向けてしまいます。「レッスンを受けに来たのだから、当然、暗譜してあるよね」とも言ってました。ニコニコと優しい顔してますが、本質は結構厳しい先生のようです。生徒さんが「暗譜してません…」と言っても、全然気にしないで、譜面台をまわしちゃう先生です。でも、生徒さんも「暗譜してません」とか言いながら、譜面なくても演奏しているので、本当は暗譜できているんだと思います。ただ、自信がないだけ、なんでしょうね。先生もそこが分かっているから、譜面台をまわしちゃうんだと思います。

 実際、譜面を見ないで演奏した方が、いい感じで演奏できているし…ね。

 コセ先生、実に教え上手な先生でした。先生のひと言で、生徒さんの音がみるみる変わるんです。生徒さんも有能な方なんだと思います。それにしても、グリンカのヴィオラ・ソナタって良い曲だなあ。

 実に興味深いマスタークラスでした。

 さて、マスタークラスが終了して、私たちは展示ホールに向かいました。日もどっぷり暮れました。今日は、最後に、展示ホールでピアノを聞いて、終わりにしよう。そう思いました。

 

黒岩悠ピアノコンサート

ラフマニノフ:前奏曲 3-2、32-12
チャイコフスキー:「四季」より10月
プロコフィエフ:悪魔的暗示

 東京国際フォーラムを出て、夕食に天ぷらを食べて帰りました。あなごの一本揚げが美味しかったです。幸せ。

 これで初日は終了です。こうやって振り返ると、この日はピアノばかり聞いていたような気がします。ソロピアノ、連弾のピアノ、伴奏のピアノ、マスタークラスのピアノ。ピアノ音楽にも色々あるし、ピアニストも個性豊かだし、上手い人もいれば、プロなのに下手くそな人もいます。プロと言っても、腕前の差って歴然としてあるんだなあ。

 また、それらを超越して“私の好み”というモノもあります。

 さらには、観客を意識してサービス精神旺盛な人もいれば、観客の事をガン無視して、不機嫌そうなツラでピアノを弾いてくださるピアニストもいました。演奏を聞いて、楽しくなったり、眠くなったり、不愉快になったり…色々なピアニストがいるものです。

 そんな事を漫然と感じた、一日でした。

 二日目は家でゆっくりと休養をして、ラ・フォル・ジュルネには、三日目の最終日に再び繰り出しました。その話は、また明日。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村

2012年5月 8日 (火)

2012年 ラ・フォル・ジュルネに行ってきたよ その3…拾えぬ拾い物と、思わぬ拾い物

 楽しみにしていた、フィリップ・ジョジアーノ氏のコンサートを諦め、次の会場に向かった私たちでした。

 次のコンサートは、丸ビルと東京国際フォーラムの中間にある、丸の内ブリックスクエア一号館広場で行われる、フルートとクラリネットとチェロのコンサートです。丸の内ブリックスクエアの一号館広場って、オープンスペースなんですが、なかなか良い感じの会場で、私は好きなんですよ。

 で、会場に着いたら、会場変更の案内が…。そりゃあそうか。この日は大雨でした。大雨の日に、オープンスペースでの演奏は、やはり無理ですね。観客も辛いけれど、演者も大変ですよね。特に、チェロなんて、雨に打たれたら、楽器が壊れちゃうものね。

 で、変更場所は…TOKIA。おお、良い場所だけれど、ここから行くと、国際フォーラムを突き抜けて反対側に行かないといけないじゃない? うわ、遠い。

 痛い腰をかばいながらTOKIAに向かいました。ちょうど、演者の皆さんが舞台に上がった頃、会場に到着しました。当然、すでに座席はなく、立ち見になってしまいました。ううむ、腰がつらい…。
 
 
フルート、クラリネット、チェロ コンサート

 演奏者は、フルートが南部やすか氏、クラリネットが小口佳代氏、チェロが堀沙也香氏でした。「あ、あのフルートの人、昨日のNHKで、ラ・フォル・ジュルネの宣伝していた人だ~」とは妻のセリフです。そうか、前日に公共放送の電波使って、ラ・フォル・ジュルネの宣伝をしていたのか…。それにしては、今年のラ・フォル・ジュルネは…なんか、閑散としているぞ。あきらかに、人の出足が例年になく…悪い。テレビの影響力が弱くなったのか、ラ・フォル・ジュルネ自体の輝きが失われてしまったのか、単純に雨で集客できないのか(でも、駅周辺はイヤになるほど人であふれていたけれど…)。

(作者を聞き落としました):クラリネット・ソナタ
サンサーンス:白鳥
カッチーニ:アヴェ・マリア
チャイコフスキー:くるみ割り人形より
    序曲、小行進曲、中国の踊り、アラビアの踊り、ロシアの踊り
モンティ:チャルダーシュ

 フルートとクラリネットとチェロ…なんていう組み合わせで、普通はコンサートをしないので、この三者専用の楽曲なんて…少なくともポピュラーな曲にはありません。ですから、今回の演奏は、すべて彼女たち専用のアレンジで、おそらく、今回のこの演奏を終えたら、もう一生日の目を見ないだろうというアレンジだそうです。そういう意味では“一期一会”ですね。曲を楽しむと同時にアレンジも楽しむという気持ちで、コンサートを聞きました。

 最初に、クラリネットとチェロが活躍する曲をやった後は、ずっとフルートメインの曲でした。いやあ、実にたっぷりとフルートを聞きました。お腹いっぱいです。

 午前中に聞いた、声楽コンサートでも感じたけれど、やっぱりTOKIAは良い会場です。フルートメインで聞くには、ふさわしい音楽会場です。マルキューブで凹んだ気持ちが、少しだけ軽くなりました。

 本当は最後まで聞きたかったのですが、次の予定もあるので、チャルダーシュを演奏している最中に、そこから離れなければならなかったのは、残念でした。
 
 
イーゴリ・チェチュエフ ピアノコンサート

 TOKIAを出て向かったのは、東京国際フォーラムの“ホールD7”です。はい、いわゆる“有料コンサート”って奴ですね。

 ラ・フォル・ジュルネは、ほとんどのコンサートが無料で楽しめる音楽祭なのですが、それでも有料コンサートのチケットを持っていないと、足を踏み入れることができないモノがいくつかあるので、最低でも、一日に一つは有料コンサートを見に行かないといけないのです。で、この日の 私の有料コンサートは、コレだったのです。

 本当は、このコンサート、ブリジット・エンゲラー氏のコンサートだったのです。私たちは、曲目なんて、どうでも良くて、単純にエンゲラー氏のピアノが聞きたかったのです。だって、エンゲラー氏のピアノって、すばらしく良いんですもの。

 ところが、エンゲラー氏が急病で倒れてしまったので、急遽、演奏者の変更があったというわけです。払い戻しも可能だったし、一時は払い戻しも考えたのですが「もしかすると、思わぬ拾い物に出会えるかもしれないし…」と思って、払い戻しをせずに、このコンサートを聞くことにしました。

チャイコフスキー:ドゥムカ
チャイコフスキー:「四季」より~3月「ひばりの歌」
チャイコフスキー:「四季」より~4月「松雪草」
チャイコフスキー:「四季」より~5月「白夜」
チャイコフスキー:「四季」より~10月「秋の歌」
チャイコフスキー:「四季」より~11月「トロイカで」

スクリャービン:エチュード
ラドフ:ミュージック・ボックス
プロコフィエフ:「束の間の幻影」より第2番

 しかし、ホールD7って、アクセスが悪いです。ホール自体は建物の7階にあります。まずはエレベーターで6階まで上がって、その6階をグルっと回って、そこから急な階段を歩いて登って7階に上がります。ホール自体も下から入って、上に登って座席を探す構造になっています。最近よくある、前から入場するタイプの映画館と同じ構造…って言うと分かりやすいかな? 実際、このホール、映画館みたいな構造をしてました。

 この前の、フルートのコンサートで立ち見だった私には、かなりコクな会場でした。腰がすでに限界近くになってましたので、階段がつらいつらい(涙)。6階から7階に歩いて上がるのが、本当に、つらかったです。階段の途中で帰りたくなりましたが『行くも地獄、帰るも地獄』ってわけで(おおげさでなく)悲鳴をあげながら階段を昇りました。幸い、妻と係の人ぐらいしかその場にいなかったのが、救いです。ようやく、7階にあがって、会場に入ったところで、またまた階段を登って、自分の座席を探すわけで…もう、目の前が真っ暗になりました。幸い、私の席は、前から4番目だった(それも通路側)のが、不幸中の幸いでした。

 元々、このコンサートは、エンゲラー氏がチャイコフスキーの「四季」を中心としたプログラムを立てていたので、代役のチェチュエフ氏も、それに準じる演目としたようです。

 それにしても、ホールD7って、吸音タイプの会場で、音の反響って奴が、気持ち良いくらい無かったです(笑)。

 で、肝心の演奏でしたが、周囲の見知らぬお客さんたちには好評でしたよ。むしろ、演奏者が変わって良かった…と言っているお客さんもいました。でも、私は、元々、エンゲラー氏の演奏が楽しみだったわけで、代役のチェチュエフ氏が、エンゲラー氏とは全く違ったタイプのピアニストさんだったので…ちょっとガッカリでした。

 チェチュエフ氏は、ピアノを“奏でる”と言うよりは“弾き飛ばす”って感じの方で、「四季」を中心としたプログラムでは、はっきり書いちゃいますが、面白くなかったです。むしろ、アンコールで弾いた、スクリャービン以降の曲の方が面白かったです。上手いピアニストさんだったと思うけれど、私の好みのタイプじゃなかったな。ま、仕方ないか…。拾い物としては拾うことができませんでした。

 それでも小一時間は座れたので、私の腰も少し休めたようで、帰りの階段は、大声を上げずに降りる事ができました。しかし、やっぱり、このホールはアクセスが悪く、ホールを出たところから、ずっと行列を作って待つんです。何を待つのかと言うと、エレベーターがやってくるのを待つんです。なにしろ、エレベーターしか移動手段がないんですから。200人以上も入るホールなのに、たいして大きくもないエレベーターしか移動手段がないって、どーゆーこと? 地震があったら、たとえ建物が崩れなくても、人々がパニックを起こして、大変な事になりそう。

 お客さんたちは、みな、早く移動したい(ラ・フォル・ジュルネでは、大抵の人がタイトなタイム・スケジュールで動いてます)のに、移動できないので、イライラしてます。すごく、場の雰囲気が悪かったですね…。

 アンコール曲を書いた紙が掲示されましたが、その紙を見に行くことはできませんでした。だって、ちょっとでも列から外れると、もう戻れない…そんな雰囲気でしたから。ちなみに、このコンサートのアンコール曲は、後日、インフォメーションで問い合わせて確認しました。

 やっとの思いで、ホールD7を出た私たちは、本日三回目のマスタークラスの整理券をもらいに行きました。今度は整理券をゲットできました。やったね。

 マスタークラスまで時間があったので、休憩をしましょうって事で、展示ホールに行きました。展示ホールでは、たまたま、ナマオケサロンというグループがコンサートをやっていました。で、予定外でしたが、その最後の曲を聞くことができました、ラッキー。
 
 
ナマオケサロン by 曽我大介

 ナマオケサロンは、私のマイミクさんのムコ殿さんも合唱で参加している団体です。アマチュアの方々でオーケストラと合唱団を作って、何か楽しい事をしようという趣旨の団体さんです。展示ホールでの演奏が告知された時は、見に行きたいと思ったのですが、すでに有料コンサートのチケットを購入済みだったので、時間のダブりもあって、あきらめていたのです。あれ、そう言えば、この団体、とっくの昔に終わっていないといけないのに、なぜまだやっているの?

 展示ホールでの演奏って、1団体20分というのが相場なのですが、なぜかこの団体だけ1時間の演奏時間をいただいているみたいなんです(驚)。なので、幸い、終わりの部分だけでしたが、その演奏を聞くことができたわけです。

 私たちが聞いたのは、チャイコフスキーの「大序曲1812年」です。これを、フルオーケストラと張出バンドと混声合唱のコラボ・バージョンで聞けたわけです。おぉ、すっごい楽しい演奏だあ。

 アマチュアの演奏って、大好きです。その熱意が素晴らしいでしょ。合唱団のロシア語が明らかなカタカナ発音なのは、ご愛嬌です。ホルンが音を引っくり返しちゃうのも、ご愛嬌です。オケの音の縦の線が、かなりの頻度で崩れてしまうのも、ご愛嬌です。いや、むしろ、この曲を、途中で空中分解せずに、最後まで演奏しきったところは、大拍手ですよ。

 いやあ~、良かったなあ。なんか、心が洗われた様な感じがしました。ホッとしました。上手い演奏なら、朝からたくさん聞きましたが、リラックスできる演奏は、これが始めてかもしれません。いやあ、よかったです、ナマオケサロン。来年は、ぜひ最初っから聞きたいです。

 で、少し休憩をして、展示ホールから出ようとした時、たまたまサイン会を終えた、トリオ・ヴァンダラーの面々が移動する中に混じってしまいました。緊張しちゃいました。だって、私、トリオ・ヴァンダラーのファンだもん。妻が「話しかけちゃえ~」って、けしかけてましたが、私、これでもチキンなハートの人なので、そんなの無理ですって。だいたい、ヴァンダラーの皆さん、お疲れのようだし…。それにしても、ミュージシャンの皆さんって、どなたも、すっごいオーラを出して歩いているんですねえ…。

 で、会場を一度出た私は、小腹が空いたので、おやつに、神戸屋でパンを食べました。そうです、今年から東京国際フォーラムに神戸屋さんが進出したんですよ。美味しいパン屋さんは、いくらあっても困りませんからね。おかげさまで、私は屋台村で食事をする事が無くなってしまいました。そりゃあ、屋台村でわけの分からないもの(世間では“エスニック料理”と言うそうです)を食べるよりも、神戸屋さんで美味しいパンを食べた方がいいじゃん(笑)。

 そうこうしているうちに、時間になったので、マスタークラスを見学するために移動を開始しました。

 続きはまた明日。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村

2012年5月 7日 (月)

2012年 ラ・フォル・ジュルネに行ってきたよ その2…周辺エリアコンサートには、当たりハズレがあるようです

 ラ・フォル・ジュルネのマスタークラスは、今年は少なくて、一日に三講座しかやらない(例年は五回ぐらいやっていたと思います)のですが、その二回目の講座の見学をパスした私は“丸の内周辺エリアコンサート”に行く事にしました。ちょうど、ラ・フォル・ジュルネの時期に、三菱さんを中心とした丸の内界隈に本社を構える企業さんたちがタニマチになって、丸の内周辺でクラシック系の無料コンサートをあちらこちらでやっているのです。そちらのコンサートにも、なかなか魅力的なものが多いのです。

 ちょうどその時のタイミングにふさわしい感じで、東京国際フォーラムのすぐ隣にあるTOKIAというビルでピアノコンサートが開催されていたので、整理券をゲットできなかったマスタークラスの代わりに、そちらを見に行く事にしました。
 
 
伊賀あゆみピアノコンサート

 私が見に行ったのは、伊賀あゆみ氏のピアノコンサートでしたが、このピアノコンサート、ちょっと変わっていて、前半はソプラノ歌手である野宮淳子氏をゲストに迎えて、ラフマニノフの歌曲を演奏し、後半は、山口雅敏氏を迎えて、ピアノ連弾のコンサートという、変則的なピアノコンサートでした。

 会場のTOKIAは、なかなか素晴らしい演奏会場でした。オフィスビルと商用ビルの二つのビルをつないだ、吹き抜けっぽい場所で、場所的に広くて天井も高くて、静かな場所でした。深めの残響が心地よい会場で、クラシック音楽の演奏をするには、うってつけの場所でした。まるで、古い教会のような深い残響です。そこに私は、時間よりも早めに到着して、着座して演奏を聞きました。

ラフマニノフ歌曲より
  「ここはすばらしい」
  「彼女たちは答えた」
  「歌うな、美しい人よ」
  「春の流れ」

ピアノ連弾
  ガブリーリン作曲:バレエ音楽「アニュータ」より
     「ワルツ」
     「陽気な散歩」
  ローゼンブラット作曲:二つのロシアの主題によるコンチェルティーノ

アンコール(ピアノ連弾)
  ハチャトリアン作曲 「剣の舞(ピアノ連弾版)」

 このコンサートはピアノの伊賀さんの企画だそうで、主催者から「ロシア音楽を…」と言うオファーをいただいて「ラフマニノフの歌曲をやりたい!」と思って、すぐにソプラノの野宮淳子氏に声をかけてたのだそうです。で、後日、ラ・フォル・ジュルネおよび周辺エリアの他の方々の演目を知った時に、あまりに声楽のコンサートが少ない事にビックリしたのだそうです。「おかげさまで、ちょっと変わったコンサートになりましたが…」と話していましたが、そうだよね、ラ・フォル・ジュルネは声楽に冷たいよねえ…。

 ちなみに、この伊賀氏は、リットーミュージック社刊の「フルートのしらべ」の伴奏ピアノ部分を録音されているピアニストさんです。お世話になっているアマチュアフルーティストさんは大勢いらっしゃる…よね。私も結構、お世話になってます。

 ソプラノの野宮氏は、キレイな声でなおかつ力強い歌唱をしていました。野宮氏は、ラフマニノフの歌曲は、音域が広いし、伴奏のピアノが美しいし、ロシア語歌唱のせいか子音が豊かなので、好きなんだそうです。ラフマニノフの歌曲は、彼のピアノ曲ほどメロディが素直ではなく、ちょっと捻ってあって、かなり現代音楽っぽい曲だなあと、私は聞いていて思いました。

 ピアノ連弾の方は、わざと馴染みのない曲(ガブリーリンとローゼンブラットの事ね)を選んだそうです。おそらく、両曲とも“日本初演”じゃないかって言ってました。明らかに現代曲で、高尚な部分と俗っぽい部分が妙に混じった、おもしろい曲でした。

 でも、アンコールで弾いた「剣の舞」は素直におもしろかったですよ。

 コンサートを楽しんだ後は、時間的にお昼になったので、お昼ごはんを、丸の内のイタリアン・レストランで食べました。お洒落でしょ。いかにも“OL飯”って感じの味付けでございました。妻は大喜びでしたが、私的に…なんか物足りなかったです(爆)。

 昼食後は、丸ビルの七階にある丸ビルホールに移動しました。そこではチャイコフスキー展が行われていたのですが、その会場の一角でソプラノコンサートが開催されるので、それを聞きにいきました。
 
 
福成紀美子ソプラノコンサート

 会場は展覧会の片隅ですから、実にこじんまりとした小さな会場でした。座席の一つもなく、すべて立ち見。その狭い会場の狭い舞台は、グランドピアノを一台置いたら、それでいっぱい…って程度の広さでした。そんな、狭い会場での声楽コンサートって…いいよねえ。

 コンサートは、福成氏とピアノの岸陽子氏がメインで、中間部分にゲストの山中歩夢氏のピアノ独奏が入る…というコンサートでした。

  チャイコフスキー:お前に何も言うまい
  チャイコフスキー:狂おしい夜々
  チャイコフスキー:窓辺に見え隠れするのは亜麻色髪の乙女
  チャイコフスキー:6つの小品より第3番“アルバムの綴り”&第4番"夜想曲”[ピアノ曲]
  チャイコフスキー:ワルツ・スケルツォ イ長調“くるみ割り人形”[ピアノ曲]
  チャイコフスキー:「エフゲニー・オネーギン」より~タチアナの手紙のアリア“もう破滅してもいいわ”

 まず、福成氏のドレスがすばらしいかったですよぉ。いやあ、歌手たるもの、あれくらいハデでキラキラな衣裳を着るべきです。私は、そう思いましたね。歌は、もちろん、すばらしかったです。前半の歌曲はおしとやかな歌唱でしたが、最後のオペラアリアは、役に入ってしまったのでしょうが、前半とはまるで違った歌唱でした。声の張りも輝きも全然違いました。きっと福成氏は、オペラ歌手さんなんでしょうね。実にすばらしい歌唱でした。声が(良い意味で)心に突き刺さってきました。それを至近距離で聞けるんですから、ありがたいことです。

 ゲストの山中氏のピアノも良かったですよ。チャイコフスキーの音楽って、実に乙女チックと言うか、ホモっぽいと言うか、そういう、誇張された可愛らしさがうまく表現された、メランコリーで切ない演奏でした。ううむ、そうそう、チャイコフスキーって、こんな感じの音楽だよね。

 良いコンサートでした。で、さっそく、同じビルの一階のマルキューブで行われるコンサートを聞くために、移動しました。そのコンサートは、周辺エリアコンサートで、私が一番楽しみにしていた、ピアノのフィリップ・ジョジアーノ氏のコンサートでした。

 コンサートは座って聞きたかったので、早めの移動を心がけていたのですが、色々とあって、移動開始に手間取ってしまって、私たちが一階に下りた時には、ギリでアウトで、すでに立ち見になってしまいました(残念)。それにしても、今年は、会場の座席数が極端に少なかったです。昨年も少ないなあと思ったけれど、たぶん昨年の1/3程度の椅子数しか用意されていませんでした。その代わり、すぐそばのオープンカフェの座席スペースがとっても広くなっていました。つまり「座りたかったら、カフェに入れ」って事なんですね。まあ、三菱さんも商売でコンサートやっているわけですから、それもアリですわな。でも、そのオープンカフェもすでに満席じゃん(涙)。

 前のソプラノコンサートが立ち見だったので、二つ続けて立ち見は、腰痛夫婦に厳しく、かと言って、楽しみにしていたコンサートだったので、諦めきれず、ちょっと場所的に離れてしまうけれど、エスカレーターを登って、3階のテラス部分に移動しました。ここなら、多少距離はあるけれど、これくらいの距離なら、コンサートホールでもよくある遠さだし、何よりピアノの真正面だし、マルキューブはPAが入っているのだから、何とかなるだろうと思いました。それにテラス部分には手すりがあるので、立ち見とは言え、その手すりにカラダを預けれる事ができるので、ただ立っているよりは、カラダが楽になります。よし、見物場所は確保したぞ…。
 
 
フィリップ・ジョジアーノ ピアノコンサート

 やがて、時間になり、ジョジアーノ氏が登場しました…なんの紹介もなく。ちょっと会釈をして、すぐに曲の演奏を始めました。ピアノに向かって、手を振り下ろすと…

 き、聞こえない…。

 そうなんですよ、肝心の演奏がロクに聞こえないんです。その理由ですか? 周囲がウルサイんです。まずは、このマルキューブ、変な残響があって、楽音よりも、周囲のテナントの物音を拡声しているみたいなんです。だから、会場全体が高レベルのホワイトノイズの弾幕に包まれているような感じがします。なので、いくらピアノの音をPAで拡声しても、周囲の騒音にかき消されてしまって、たかが3階のテラスにも、ロクに音が届かないってわけです。

 音楽を聞くなら、PAが入っていても、椅子席か、そのすぐ後ろで立ち見…までですね。3階に上がったら、騒音地獄です。

 そういう意味では、このマルキューブは音楽鑑賞には、はなはだ向いていない会場です。しかし、周辺エリアコンサートの目玉的な演奏者は、必ず、ここで演奏するんですよね。だから、演奏者目当てで、この会場に来てしまうのだけれど、ここは色々な意味で、音楽を聞くには厳しいわ~。

 ジョジアーノ氏の一曲目の演奏が終わりました。何のアナウンスもなく、すぐに二曲目に入りました。その後も立て続けに演奏していましたが。私は四曲目の途中で「もう、いいや」って気分になりました。

 だって、聞こえないだもん。何しろ、ジョジアーノ氏の演奏よりも、すぐ後ろにいる外人と日本人カップルの会話の方が大きいんだもん(しかし、なんで、あの人たち、あんなに大きな声で、どーでもいいような会話をするんだろ?…あ、マルキューブ自体がウルサイからか…)。周りの人も「うるさくて、何も聞こえない…」とか言って、立ち去っていく人も結構いたし…。それに曲目紹介もなく(曲目は当日発表って事で、プログラム配布をしていたようですが、そんなもの、3階のテラスの人の分まであるわけないし…)、ジョジアーノ氏による客いじりもなく、なんか、見ていて、むなしい気持ちになりました。こんなところで、悲しくて無駄な時間を費やしているなら、次の会場へ、さっさと移動した方がマシって思ったわけです。それに腰が痛くて、素早い移動は無理だしね。

 と言うわけで、楽しみにしていたコンサートでしたが、悲しい気持ちで、途中リタイアをしました。残念ですが、仕方ないです。これだけたくさんのコンサートがあるんですから、ハズレなコンサートもあるわけですよ。

 マルキューブで音楽を聞くなら、座席席に座るか、すぐ後ろで立ち見をするところまで。そこにも入れなかったら、あっさり諦めるのが肝心です。来年からは、マルキューブの演奏は、なるべく予定に入れないようにしないとなあ…。ただ、ここには、良い演奏者が立つんだよなあ。ああ、痛し痒しだ。

 では、続きはまた明日。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村

2012年5月 6日 (日)

2012年 ラ・フォル・ジュルネに行ってきたよ その1…ピアノのマスタークラスを見学してきました

 すでに終了してしまいましたが、今年もラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン、つまり、東京(つか、国際フォーラム&丸の内)で開催されている、ラ・フォル・ジュルネに行ってきましたので、例年どおりレポートします。まあ、毎年、このラ・フォル・ジュルネの連載をすると…アクセスが落ちる(涙)のですが、自分の人生の記録(って、ちょっとおおげさか:笑)のために、今年も果敢にアップします。長めの連載になると思いますが、今年もお付き合いのほど、よろしくお願いします。

 さて、私が出かけた、2012年5月3日は雨でした。それもかなりの本降り。おまけに腰は痛いし(涙)。腰か痛いのは…たぶん、ダンスの練習のせい。5月1日に、ちょっと気合を入れて、オーバーターンド・ターニング・ロックの練習をして、回りすぎの、腰をヒネリすぎの…で、痛めてしまった様子。ゴム底の靴でダンスの回転系の練習をする時は、あれほど注意深くならないといけないと、以前から自分を戒めていたのにも関わらず、また、やっちまいました。翌2日は、連休の中日という事もあって、いつもよりもパワフルに働いてしまったため、3日は朝からカチコンコチンに腰が固まってしまいました。それでも、涙を流しながら、コルセットで腰をかばっての、出陣です。

 「その痛がりようは、ほとんど、ぎっくり腰だね」と妻に言われましたが、腰のネンザってわけでしょうから、ぎっくり腰とは、そんなに大きく違わないと思います。違うのは、ぎっくり腰なら、痛む筋肉はカラダの外側の筋肉なので、湿布を貼るなり、痛み止めのチールを塗るなりの対処ができますが、今回は痛むのは、カラダの奥深いところにある筋肉、つまりインナーマッスルを痛めてしまったようで、痛み止め系の対処ができません。とにかく、腰部全体で痛いんですよ。妻からは「大丈夫? 出かけられる?」と心配されましたが、とにかく、コンサート見物ですから、激しい運動をするわけでもないので、なるべく腰に負担がかからないように、ソロリソロリと歩いて移動しました。

 もっとも、私の事を心配していた妻ですが、実は彼女も、前日の2日に、息子君の合唱団のバザーの準備で、朝から晩まで、中腰で台所仕事をして、腰痛になってしまったようです。

 つまり、夫婦二人して、腰痛に悩まされての、ラ・フォル・ジュルネでした(笑涙)。ちなみに、妻は、痛む場所がアウターマッスルだったので、コルセットではなく、トルマリン・シートを腰に貼って痛みを緩和していました。トルマリン・シートは筋肉痛によく効くんですよ(マジです)。
 
 
エカテリーナ・デルジャヴィナのマスタークラス(ピアノ)

 腰痛に悩まされながらも、頑張って、朝の9時半には会場に到着した私たちでした。本当は9時に到着の予定でしたが、やっぱり、腰をかばいながらの行動では、機敏な行動は無理でした。で、なぜ、そんなに早くから行動を開始したのかと言うと、今年からルールがちょっと変わって、マスタークラスの見学希望者に対して、クラスの開始90分前に会場前で整理券を配布する事になったので、その整理券をゲットするために、早めの行動を取ったわけです。ちなみ、お目当てのマスタークラスは10時半開始でしたから、9時到着目標で頑張ったわけです。だって、マスタークラスって、毎年大人気で、いつも立ち見でしたから、今年は頑張って整理券獲得をめざしたわけです。

 30分遅れで会場に到着した私たちでしたが、やはり朝一番って事もあって、楽々整理券を奪取できました。妻曰く「今年からマスタークラスには整理券が必要って事が、まだ伝わっていないんじゃないの?」 …かもね。案外、情弱な人って多いからね。

 とりあえず、クラス開始一時間前に整理券をゲットした私たちは、その後、会場をちょっとウロウロして、コンビニでチョコバーやアラレなどを入手して(列待ち中に食べるため:笑)、30分前に会場到着、15分前に入場し、前から2列目中央なんていうベストな席をゲットしました。うむ、整理券方式は、なかなか良いかも。だって、昨年前までは、60分前に会場にやってきて列に並んでも、座れなかったりしたもんなあ。もっと早く来れば座れるのかもしれないけれど、でもそんなに長いこと並んでいたら、他の演奏が見れなくなっちゃうし…。最初の頃は、マスタークラスなんて不人気で、開始時間頃に来ても、楽々見れたのに…とりあえず私は、整理券方式を支持します。

 それはさておき、肝心のマスタークラスの話を書きます。

ラフマニノフ作曲 「コレルリの主題による変奏曲」

 生徒さんは音大卒業したての若い男性で、先生のデルジャヴィナ氏も、ほんの小娘にしか見えない、若々しい二人でマスタークラスが行われました。ちなみに、デルジャヴィナ氏は見かけは小娘ですが、音大教授でメトネルという作曲家の権威だそうだし、自らも音楽祭を主催しているそうで、中味はしっかりオバサンなんでしょうね。いわゆる、美魔女の一人かも…。そんな、美魔女とイケメン男子のクラスだったわけです。

 生徒さんの演奏は、力強くてなかなかの演奏でした。これはこれで良しかなって私は思いましたが、先生から見ると、全然ダメ…だったみたいです。

 先生、いきなり、ラフマニノフの晩年の人生について語り始めました。実は「コレルリの主題による変奏曲」ってラフマニノフの最晩年の作品らしいのです。ラフマニノフは亡命者であって、亡命先での苦労は数知れず。だから晩年のこの曲には、希望がなく、失望と望郷の念ばかりが込められている、暗くて悪魔的な作品であり、作品自体がそのようなカラーで染められているのだから、演奏もそのようにしないといけないと言いました。「あなたの演奏は、キレイすぎる」ってわけです。「もっとロシア的な演奏をしてください」ってわけです。

 ラフマニノフのマルカート…一拍目にメロディーの強拍を置くことを、意図的に避けている事に気付こう。これが彼のロシア的な部分であり、だからこそ、全体を力強く意志的に演奏するべきです。ラフマニノフのシンコペーション…メロディーラインとベースラインが、わざとズレて、孤立しています。この孤立したベースラインを悪魔的に演奏するべきです。テンポ設定が軽い。もっと重々しい(遅いという意味では無いようです)テンポで演奏すべきです。ペダルの踏み方も軽すぎるし、音がキレイすぎる。ペダルは踏みすぎず、かと言って、常に何かの音が鳴っているように、ペダルをコントロールしていかないといけないのです。

 これらはすべて“ロシア的”な演奏をしなさいとの、具体的な指示です。“ロシア的”な演奏とは、オドロオドロしく、原始的で無骨で、どこか割り切れないものをもった演奏のように、私には思えました。一方、生徒さんが最初に演奏したものは、音楽の見晴らしが良くて健康的な演奏でしたから、確かに、先生のおっしゃる“ロシア的”な演奏とは、大きくかけ離れていたのかもしれません。生徒さんは頑張ってましたが、自分なりに仕上げてきた演奏を、急に“ロシア的”に変更するというのは、なかなか大変そうでした。

 さらにこの曲は、18世紀のイタリアの作曲家、コレルリの主題をモチーフにした変奏曲だけど、曲の中には、コレルリの主題以外にも、実に多くのラフマニノフの過去の作品から主題が引用されているそうです。生徒さんは、引用された主題が出てくるたびに、イチイチ先生から「この曲の原曲はなんですか?」と尋ねられていました。そうやって、引用されている主題は、それらが引用された元曲の雰囲気を残して弾かれるべきだそうです。しかし、コレルリの主題は、元々が無私無個性なものなので、この部分に関しては、思いっきりロシア的なモノを加えて演奏するべきなんだそうです。

 レッスンの最後の方で先生は次のように言いました。「左手は時間を、右手は人生を表しています。この二つは互いに独立しています。そして、人間は時間に対しては、何も影響を与えられないのです。つまり、人生とは孤独であり、人の孤独がこの曲のテーマなのです」

 レッスンそのものは15分ほど延長してしまうほど、熱心にやられていましたが、どうも、先生と生徒さんが、うまくかみ合っていなかったような気がします。先生は教えたい事かいっぱいあるのに、それがうまく伝わらないもどかしさと、生徒さんの方は先生から多くの事を学びたいのに、先生の言っている事かうまく消化できないというか…どうにも、先生と生徒さんの相性が、あまり良くなかったような、マスタークラスでした。
 
 
 で、朝一番のマスタークラスが終了し、会場を出ると、次のマスタークラスの整理券の配布が始まっていました。私もさっそく並びましたが、私の前の人で、整理券が終わってしまいました。残念。整理券がなくても、今から並んでいれば、立ち見で見れるそうですが…腰が痛いので、立ち見はなるべく避けたい(そうでなくても、ラ・フォル・ジュルネは立ち見が多いんですよ)ので、次のマスタークラスは諦める事にしました。
 
 
 続きは、また明日。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村

2012年5月 5日 (土)

コハク(琥珀)がやってきました

 落ち穂拾いに、すでに書きましたが、カンロの後釜として、新しい子がやってきました。名前をコハク(琥珀)と言います。名前はいかめしいですが、たぶん、女の子です(笑)。

 カンロ同様、フナ色のオランダ獅子頭です。一応、1280円でした。過去記事を読んでみたら、カンロも1280円ですね。同じだ(笑)。

 コハクはカラダは(水槽の中で一番)小さいですが、目が大きくて、ヒーチャンやニシキと同じぐらいの目をしています。おそらく、ヒーチャンやニシキと同じ年齢、つまりカンロとも同じ年齢の金魚じゃないかなって思います。ああ、やはり、カンロが大きくなりすぎたんですよ。

 ちなみに、金魚の年齢は目の大きさである程度分かります。老魚ほど目が大きいんです。だから、年いった金魚ほど、目がロリっとしていて可愛いんですよ。

 さて、そのコハクですが…小柄なだけあって、動きは機敏ですね。元々、カンロもそうでしたが、フナ色の金魚は、どうやら野性味が強くて、そのせいか動きが活発なようです。それはそれで良しです。

 ただ、コハクもカンロ同様に食い意地が張っているようで、そこはちょっと注意が必要かなって思います。だって、大きくなったら、困りますからね。今度こそ、元気で長生きしてほしいものです。

 そうそう、最初にエサである「川魚の主食」を食べさせたとき、一口食べたコハクが水槽内をジグザグに泳いでいました。どの子も、最初に「川魚の主食」を食べると、そのあまりの美味しさ(?)にビックリするようですが、コハクの驚き方は、尋常ではありませんでした。そんなに、美味しいんだ、川魚の主食って…。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2012年5月 4日 (金)

オーヴァーターンド・ターニング・ロックを習いました

社交ダンスのレッスンを受けました。

 今回のレッスンはWさんも一緒でした。彼女と一緒の時は、彼女から先にレッスンを始めるので、私は事前にたっぷりと復習&自習ができるので、うれしいです。

 さて、今回もワルツからです。ひとまず会場を一周したところで、妻先生が尋ねました。「ウィーブをやりますか?」

 なぜ妻先生がこんな事を言ったのかと書きますと…実は、私にはブログではなく、メールでダンス関係の話をしている友人(Sさんとしておきます)がいるのですが、彼と私はほぼダンス歴が一緒でして、互いに何を習ったのかと報告をし合う間柄なのですが、その彼が先日ウィーブを習ったそうで、その話を妻先生にしていたのですよ。たぶん、私もウィーブを習いたいのかと思ったのでしょうね、それでそんな事を聞いてきたのです。

 ちなみにウィーブってのは、こんなステップね。

 「ウィーブは…難しいよ」
 「ウィーブってのは、クルクル廻る?」
 「いいえ、そんなに廻りません」
 「だったら、同じ難しいのをやるなら、クルクル廻る奴をやりたい!」

 と言うわけで、ウィーブではなく、オーヴァーターンド・ターニング・ロックを習うことにしました。ちなみに、このオーヴァーターンド・ターニング・ロックって、教則本では、初級はもちろん、中級にも載ってないステップです(汗)。ウィーブは中級用のステップなので、ウィーブよりもオーヴァーターンド・ターニング・ロックの方が難しいかも(って、別にSさんと張り合っているわけじゃないです:笑)

 オーヴァーターンド・ターニング・ロックというステップ(正式には『オーヴァーターンド・ナチュラル・スピン・ターン・ターニング・ロック・トゥ・ザ・ライト』と言うらしいです)は、ナチュラル・スピン・ターンから始まって、ナチュラル・スピン・ターンのターンの部分を思いっきり廻ってLODの方向に突き進んで、突き進んだ先でターニング・ロックというステップをして、プロムナード・ポジションに持っていくステップです。この、ターンの部分を思いっきり廻っていくのを、何度も繰り返していくと、たくさん廻れるのだそうです。

 と、私が書いても、うまく伝わらないので、例によって、YouTUBE画像を見てください。まさに、この動画と同じステップを、今、私は習っています。

 やってみました…エラく難しいじゃない? だいたい、ナチュラル・スピン・ターンそのものが、すっごく難しいのに、その応用編のステップってわけだから、難しいの難しくないの、そりゃあ、エラい騒ぎになりました。だいたい、オーバーターンの部分の6の足で、ふらつくって(涙)。まず、そこで体勢を崩すので、その先に進めません。おまけに、移動距離が結構あるので、回転速度もなかなかに速くて、遠心力で自分が飛ばされます。ふらつく中でターニング・ロック(このステップそのものが中級用なんです)をするわけで、もう、シッチャカメッチャカになりました(涙)。

 一応、ステップを一通り習ったところで、自習になりました。自分でステップをきちんと確認してね…って事です。妻先生はその間に、Wさんにマンボを教えてました。

 そう言えば、私はマンボをやってないな…。

 二人のダンスを見ていると、なんか覚えのある動きをしています。んん? これって、ルンバと同じじゃないの? いや、厳密に言うと、オンビートでルンバを踊っているようです。

 「マンボはオモテ拍で基本的なステップを踊るダンスだから、あなたもすぐにできると思うよ。隣で踊ってみる?」と妻先生に言われたので、さっそく、隣でやってみました。ルンバは裏拍で踊りますが、マンボは表拍でルンバ・ウォークをすればいいので簡単です。

 で、そのウォークの間に、時々、ニューヨークを入れたり、ハーフ・ターンやフル・ターンをするのです。だから簡単。ニューヨークは足を横に踏み込むだけのステップなので楽勝。ハーフ・ターンは1の足を踏み込んだ時に、180度回転するだけ。フル・ターンはハーフ・ターンを1の足と2の足でそれぞれ行って、360度回転すればいいだけのターン。とっても簡単。映画「shall we ダンス?」で主人公が最初に習ったのが、このマンボだったわけで、とってもとっても簡単なダンスでした。

 ちなみに女性は男性の動きを見て、1小節遅れで、それを真似するだけです。これも簡単。

 さすがに、これだけ簡単だと、一瞬でマスターできました。

 例によって、どんなダンスかと言うと…下のYouTUBE画像を見てくださいね。

 で、マンボでひとしきり遊んだ後、ふたたびワルツに戻りました。オーヴァーターンド・ターニング・ロックのステップをひとまず覚えたので、今度は組んで踊ってみましょうって事ですが、これまた、エラいことになりました。いやあ、難しいですばい。一人でステップは踏めても、二人じゃ踊れません。「私の右肩を押し退けるように踊るのよ!」と妻先生は言いますが、何しろ動きが速くて、そんな事を考えている余裕がありません。結局、今日一日でマスターできるわけないのだから、このステップは、じっくりと取り組んで行きましょうって事になりました。そりゃあ、当然だね。

 で、ルンバはサラっとやりました。それこそ“忘れない程度”…です。だって、今日は、オーヴァーターンド・ターニング・ロックという大物を学んで、さらにマンボもやったんだから、これ以上何かを付け加える事は無理です。

 ジルバもやりました。だいぶ、カラダもジルバに慣れてきたようです。さすがに、あまりのワンパターンに「ジルバってこれでお終いなの?」と尋ねたら、まだまだ色々と遊べるそうで、何か新しい事を先生がし始めたので「今日は、新しい事は学びたくないよ。それは次まわしにしてください、お願い!」と言って、次回まわしにしてもらいました。

 で、最後はタンゴです。タンゴは、ウォークを確認してもらって、やっとリンクにまでたどり着きました。こちらも、まだまだ、先は長いです。
 
 
 で、残った時間で、歌の練習をしてみました。何しろ、今回の練習会場には、舞台があったのですから、それを利用しない手はないでしょ。動きながら歌ってみたので、当然、楽譜は無しの暗譜状態で歌ってみたのですが…まだまだ暗譜は怪しいです。あっちこっち、落ちますね。でも、それを恐れていたら、本番はできませんから、ドンドン、譜面無しで歌っていかないといけないでしょうし、動きもドンドン決めていかないといけません。「All I Ask of you」の長い間奏や「Phantom of the opera」のエンディングの部分など、棒立ちってわけにはいきません。なので、ダンス的な動きを入れていく方向で、今は考えてます。でないと、見ている方も退屈でしょ?

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 演劇ブログ 社交ダンスへ
にほんブログ村

2012年5月 3日 (木)

フルートの音は壁を何枚も突き抜けて聞こえるものです

 フルートのレッスンに行ってきました。

 この日は色々とあたふたとする事があった日で、気もそぞろのまま、レッスンに行ってしまいました。ダメですね、忘れ物をしちゃいました。チューナーとそのマイクです。お教室に向かう途中で気付いたのですが、引き返すのも時間の無駄となってしまうので、そのままレッスンに行ってしまいました。ま、iPhoneは持っていますので、iPhone内臓のチューナーを使うことにしましょう…マイク無いけれど。

 お教室に行って、姉様と二人でロングトーン練習をしました。先生からは「もっと音程に注意をしましょうね」とやんわり注意されました。やっぱり、マイクの有無は、チューニングの精度に関係するかな…するんだろうな。

 さて、レッスンに入る前に三人でちょっとした雑談をしました。フルートの持ち方に関する話なんですが、その中で、先生の怪我をされた指の話になりました。指はだいぶ回復されたのですが、後遺症がどうやら残ってしまい、指が元の深さまで曲がる事はないようなのです。もちろん、手術をすれば、元通りの深さまで曲がるようになるのでしょうが、手術をしたら確実に治るという保証もないし、かえって悪くなる事だってあるので、とりあえず指の曲がり具合と言うか、回復に関しては、ここまでという事で、ある意味、諦めることにしたそうです。

 指の曲がりが悪いため、ゴールドフルートをうまく持つことができず、速いフレーズなどではミスをしてしまう事もあるようなのです。どうやら、フルートの太さが問題になっているようです。

 「木管フルートにしようかな…」と先生がおっしゃってました。木管フルートなら、フルートそのものが太いので、うまく持てるんじゃないかって事なんです。「木管なら…」とこの後、木管フルート談義になりましたが、具体的な生臭い話になりましたので、ここでは割愛しておきます(笑)。

 で、肝心の私のレッスンですが、ミニヨン・エチュードの11番ですが、不合格でした。ま、練習が十分とは言えず、まだまだ指が廻っていない箇所があったので、それは仕方のない事です。もっと練習しないと。

 で、練習不足もそうですが、今回は大きく二つの事を注意されました。

 一つは、吹き始めについて。「何の考えも無しに、ただ息を吸ったら吹く、ではダメ。しっかり、どんなふうに曲を吹きたいのか考えて、具体的にイメージをしてから吹くこと。息を吸ったら、いきなり吐かないで、少しためて、それから吹き始めること」だそうです。つまりは「色々と準備不足のまま吹き始めない事」です。

 以前にも同じことを注意されましたが…一向に直っていないって事ですね。ちょっと情けないです。

 二つ目は「タンギングが下手すぎ」だそうです。特にタンギングの時に、息を止めてしまうのがダメだって言われました。タンギングの時は、息は流したまま、舌で息を区切っていくだけで、息をイチイチ止めてしまっては、タンギングが強すぎるのだそうです。

 「息をイチイチ止めるのは、タンギングが下手で、息を止めないと音が切れないから止めてしまう」と言われました。確かにそうかも。これは、スタッカートが付いていても同じで、息は絶対に止めてしまってはいけないのだそうです。「音は区切っても、息は止めない」のがフルートの基本なんだそうです。
 
 
 今回の雑談は…実は私、今回のレッスンでは、お教室に入る前にトイレに立ち寄ったのですが、そのトイレにいても、先生のフルートの音が聞こえたので、その話をしました。

 ちなみに、トイレと教室はだいぶ離れています。教室は簡単な防音がされていますし、その部屋の隣には、ちょっとした道場があって太極拳のお教室が行われていて、その隣が倉庫で、女子トイレがあって男子トイレがあります。私がいたのは、もちろん男子トイレです。その男子トイレのすぐそばには、ピアノ教室があって、そこではピアノレッスンをしていました。で、そのピアノの音よりも、先生のフルートの方がよく聞こえたので、私はビックリしてしまいました。だって、どう考えても、ありえないわけで、不思議な事じゃないですか? で、その話を先生にしたわけです。

 「そりゃあ、そうでしょう。オーケストラ曲では、あのオーケストラに対して、たった一本のフルートで立ち向かわないといけないのです。フルートの音が遠くまで届くのは、当たり前です」と言って、私の目の前でフルートをブラームスのシンフォニーの一節(フルートソロの部分です)を吹き始めました。

 先生はバカでかい音を出したと思われるでしょ? そうじゃないんです。音量的には、さほど大きくはないのです。ただ、先生のフルートの音は、近くでも聞いてもうるさくないけれど、その印象のまま、遠くでも同じように聞こえるんです。それこそ、壁を何枚も突き抜けて聞こえるんです。

 どうやら音量が大きければ、音が遠くまで聞こえる…ってものではないそうです。

 「息のスピードをどこまで上げて吹けるかが、ポイントなんですよ」と先生がおっしゃっていました。もちろん、スピードばかりを上げてしまうと、遠くまでよく聞こえる代わりに、近くでは息の音ばかりがしてしまい、決して美しい音色にはならないのだそうです。だから、息の力も加えつつ、フルーティストたちは、その兼ね合いを計りながら演奏するわけです。それは名手と呼ばれたフルーティストたちも同様なんだそうで、オケの中では素晴らしい演奏をしていても、ソロで聞くとガッカリってパターンの奏者って(そうはならないように気をつけていても)少なからずいるそうなんです。

 つまり、オーケストラプレイヤーたちは、あくまでもホールなりに演奏をするので、オーケストラのそばでフルートを聞くと、あまり美しく聞こえないのも道理なのだそうですし、だから、オーケストラ音楽を聞くなら、ある程度、距離を置いて、離れて聞く方が良いと言われました。

 「そこへいくと、ゴールウェイがすごいのは、彼は近くでも美しく聞こえる音で、遠くまで聞かせる事ができる事です。あれは本当に素晴らしい」と先生が手放しで誉めてました。プロのフルーティストである先生が誉めるのだから、ゴールウェイって本当にすごいんでしょうね。私もゴールウェイの演奏は生で聞いたことありますが、そんなにすごいとは分かりませんでした。聞く側のレベルによっては、そのすごさが違って感じられるなんて事はよくある話で、ゴールウェイのすごさって、本当にすごいんでしょうね(日本語が変でごめんなさい)。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ フルートへ
にほんブログ村

2012年5月 2日 (水)

吹奏楽の顧問って、どんな人がなるの?

 私は自分の学生時代の事なども考え合わせて、吹奏楽部の顧問というのは、音楽の先生がなるものだと思ってました。で、音楽の先生は音大卒のスーパーマンですから、吹奏楽で使う楽器なんて、どれもこれもオチャノコサイサイで、楽々と吹けるものと思ってました。

 皆さんは吹奏楽部の顧問について、どういう風に思ってましたか?

 私は吹奏楽の顧問になって、まだまだ日が浅いのですが、その限られた日数の間にも、自分が色々とモノを知らなかったり、偏見を持っていた事に気付かされました。例えば、この顧問の先生の事もそうです。

 吹奏楽部の顧問の先生は、みな音楽の先生だと言うのは、かなり事実とは違うようです。もちろん、音楽の先生が吹奏楽部の顧問をやっている例もありますが、音楽以外の教科の先生が吹奏楽部の顧問をやっている学校って、案外たくさんあります。いや、むしろ、音楽の先生がやっている学校よりも、多いかもしれません。

 音楽の先生以外で吹奏楽部の顧問をやっている先生と言うのは、多かれ少なかれ、吹奏楽の経験者です。自分が学生時代に吹奏楽部でブイブイ言わせていたケース(これが大半)とか、現在、市民吹奏楽団に参加していて、バリバリ吹奏楽をやっているケースとかです。もちろん、その両方なんて人もたくさんいます。こういう先生は、一般大学の卒業ですから、当然、音楽の先生ではありません。普通に、英語の先生だったり、数学の先生だったりするわけです。

 こういう先生は、自分自身も楽器の演奏ができますし、何より吹奏楽の事を熟知しています。吹奏楽の各楽器の性質とか、吹奏楽のレパートリーとか、練習方法とか、本当によ く知ってます。

 一方、音大卒の音楽の先生が吹奏楽の顧問をやっている例も少なからずありますが、実は話を聞いてみると、色々とご苦労されているようですね。と言うのも、音大卒の音楽の先生だからと言って、みんながみんな、管楽器が得意…ってわけじゃないみたいです。

 考えてみれば、音大卒と言っても、大半の先生は、ピアノ科か声楽科かの卒業であって、管楽器をおやりになっていた先生って、ごくごく少数派なんだよね。

 で、音大には副科と言うのがあって、自分の専門以外の楽器についても、そこそこ学ぶわけだけれど、ピアノ科卒の先生の大半は副科として声楽をやり、声楽科卒の先生の副科はたいていピアノだったりして、音大卒と言っても、実は管楽器に関しては、素人同然な方が多いんです。だから、音大卒の音楽の先生が吹奏楽部の顧問になった場合、管楽器については、ほとんど知らなかったりするので、顧問になったところから、吹奏楽について、色々と勉強するわけです。

 また学校と言うところは、決して吹奏楽部を中心に廻っているわけではないので、吹奏楽部の顧問に、吹奏楽部出身の先生や音大卒の先生を充てられない場合も当然あります。そうなると、白羽の矢が立つのが、音楽を趣味にしている先生を吹奏楽部の顧問に据えちゃおうっていう発想です。趣味の音楽と、部活としての吹奏楽の間が、どれほど遠いものかを知らない、音楽に疎い管理職あたりが発想しそうな事です。

 学校の先生って、クラシック音楽大好きとか、ジャズ命って人が、おそらく世間の人よりも高頻度で存在している人種だと思うので、ま、よっぽどの事でもない限り、この手の人を見つける事はできます。で、そういう人に「ぜひ、ウチの学校の吹奏楽部の顧問になってください」って感じでお願いするわけです。ま、私も似たような経緯で顧問になったわけですけどね。

 こういう方は、元々が音楽好きですから、吹奏楽にハマると熱心な顧問になると思います。吹奏楽部出身の顧問ほどノウハウを持っているわけでもなく、音大卒の顧問ほど音楽的なセンスがあるわけじゃないけれど、短期リリースとしては十分でしょうし、ここから一人前の立派な顧問に化ける人もいるわけです。

 さらに言うと、音楽の事は全く分からないけれど、職務命令で吹奏楽部の顧問に就任しました…という先生も若干名います。生徒たちが自立している部であるとか、外部コーチがしっかりと指導している部であるなら、そういう先生も、あながちダメではありません。生徒の(生活)指導と引率業務なら、音楽のことが分からなくてもナンとでもなりますからね。

 と言うわけで、ざっと吹奏楽部の顧問には、大きく分けると、四つのタイプと言うか、四種類の出自を持つの先生がいらっしゃるわけです。

 で、そのうち、どのタイプの顧問がひきいる部が強いのかと言うと…やはり、自分が吹奏楽部出身の顧問の先生がひきいる部です。コンクールなどで勝ち上がるためには、色々なノウハウがあるみたいなのですが、やはり吹奏楽部出身の顧問は、様々なノウハウはもちろん、人脈やらなんやらも持っていますので、強い吹奏楽部を作る事ができるんだと思います。

 しかし『強い吹奏楽部』って…おもしろい表現ですね。でも、この世界では『あの学校は強い』とか『弱い』とか表現するみたいですね。音楽の演奏レベルを、強い/弱いで表現するのは、吹奏楽の文化の一つなんだと思います。

 そして『強い学校』の演奏は、たいていは上手なんですが、でも上手な学校が必ず『強い』のかって言うと、そうでもないんです。ま、だいたい、吹奏楽部では、演奏者はいずれも生徒でして、その生徒と言うのは、初心者に毛が生えた程度の腕前の集団なのが吹奏楽部って奴ですから、実はそれぞれの学校ごとの腕前の差って、そんなに大きな差はない…と私には思えます。つまり『演奏が上手』以外の要素の方が、強さに影響を与えるんじゃないかな? もちろん、演奏が下手くそな学校が強くなれないのは、当然の事なんですが…。

 じゃあ、『演奏が上手』以外の要素って何? って言われても、まだよく分かりません。そこのところは、時間をじっくりとかけて、考えてみたいと思ってます。

 しかし私は今だ『不思議の国のアリス』状態です。吹奏楽の文化には、なかなか親しめず、色々な事に違和感を感じてます。でも、その違和感が結構楽しい…かな?

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村

2012年5月 1日 (火)

高音発声の見直しをしました

 声楽のレッスンに行ってきました。

 この日は、一日中、外でカメラマンをやっていた(それでも日陰を渡り歩いていたのだけれど…)ので、日焼けした顔でレッスンに行ったところ「舞台が近いのだから、日焼けはダメだよ」と言われました。外出する時は日焼け止めはデフォだそうです。ま、確かに、変に日焼けしたファントムなんて見たくないよねえ(笑)。
 
 
 声の原音は、もちろん声帯で作りますが、それに響きを加えたものが我々の声であります。で、響きを豊かに付け加えれば加えるほど、美しい声と言われるわけです。

 では、その響きはどこで作るのでしょう? …それが今回のレッスンで習った事です。実際のレッスンでは、一つ説明されたら、その方向で発声してみて、良しと言うことなら、次の説明をして、さらに発声して…の繰り返しでしたが、ブログでは説明部分だけをかい摘んで書いておきます。
 
 
 声帯で作られた声は、胸と口腔に行きます。胸と口腔で響きを付け加えられて、声になります。さらに口腔の奥には鼻腔があります。口腔まで来た声が鼻腔を経過する事で、さらに鼻腔の響きも加わって、より豊かで美しい声になります。ここで大切なのは“声帯 -> 口腔 -> 鼻腔”という順番であって、声帯 -> 鼻腔というショートカットではないということです。それこそ、この声帯 -> 鼻腔というショートカットで発声してしまうと、口腔での響きが載らない薄っぺらな声になってしまうわけです。

 口腔(&胸)で作られた響きが、その人の基本的な声の響きになるので、どんなに高い声や低い声を出しても、この部分の響きを変えなければ、違う音程であっても同じ声に聞こえるわけです。たまに、高い音や低い音で別人のような声になってしまう人がいるけれど、それは(胸の形は変わらないけれど)口腔の部分の形が変わり、口腔の響きが変わってしまうから、別人の声のように聞こえるわけです。あくまで、口腔の響きをベースに、そこでの響きを変えないようにしながら、その上に鼻腔の響きを付け加えて、美しい声で歌っていきたいものです。
 
 
 では、鼻腔の響きとは、どうやって付け加えるのか? それは鼻腔への声の通り道を開ける事で、勝手に声が鼻腔に入って響きます。だから、声を鼻腔に響かせようなどとは考えずに、声が鼻腔に入っていけるように、鼻腔への道を開けてあげるという意識が大切なんです。この鼻腔への道を開ける感覚は、あたかも、声を後ろに廻していく感覚と同じです。

 そして高音発声では、その高さに声を持っていくのではなく、その高さの響きが出るように、鼻腔への道を開いてあげる事が肝心で、その高さの響きが出れば、その高さの声も容易に出る…というわけなんです。

 そして、この声の道の開け方が、いわゆる“ポジション”って奴です。「高いポジションで歌う」=「高い音が出るような声の通り道を開けて歌う」ことです。

 この高いポジションによる発声で、私の場合、Gまでは楽にいけるはずなんだそうです。ただし、Asから上は、そういうわけにはいかないそうです。もちろん、Asから上でも、発声のやり方としては、この方向だけど、ここまで高い声になってくると、口腔の声と鼻腔の声のバランスが変わってきて、たとえ同じ声を出していても、自分的には、声が変わっていくように感じるのです。つまり、As、A、B、H、Cと、それぞれ自分的には違った音色の声を出しているという感覚になります。

 ただし、自分の感覚では、違った声であっても、その声を第三者が聞いたときは、全部同じ声(ただし、音程は違う)に聞こえないといけないわけです。自分の感覚と他者の感覚が異なる…ここが声楽発声の難しいところであり、そこでうっかり間違えてしまうと、間違った発声を身に付けてしまう事になります。
 
 
 高音発声では、一般的に『クチを大きく広げよう』と言われます。実際に、クチを本当に大きく広げて高音を歌う歌手もいます。

 しかし、クチの大きさや形には個人差があります。だから、クチはむやみに開ければ良いというものではないのです。結論から言えば、クチは、開けなさ過ぎではダメだけれど、開けすぎもダメなんです。声って、その音程の声がよく響く適切なクチの開き方(適切なクチの容積)があるわけで、それ以上開いても、そこまで開いていなくても、響き的にはダメなんです。つまりは「Aさんに良い方法でも、Bさんには良くない方法」ってのがあるわけで、私の場合、クチを開きすぎているわけで、それも筋肉痛を起こすほどに、クチを開きすぎているのです。筋肉痛を起こすほどに、不自然な事をして、歌が歌えるわけがないってわけです。

 クチの開きは、音程に応じた、無理の無い大きさに開いていけばよいのですが、クチは開き具合(口腔内の容積)も大切だけれど、その形も大切なんです。容積的には同じでも、横開きのクチでは美しい声は得られないわけで、クチは縦開きが基本となります。イメージとして、音波は横波ではなく、縦波なんだと思った方が、結果が良いみたいです。

 またクチの開きすぎが良くないのは、口腔内の容積は変わらない場合、クチが開くと、そのクチが開いた分、自動的に別の部分が閉じてしまうわけで、その閉じた部分が、私の場合、鼻腔への声の通り道ではないかと先生は考えています。この推論ならば“クチを開きすぎ -> 声が塞がれたように感じる -> 高い声が出ない”というのも納得です。
 
 
 高い声をきちんと出すには次の手続きを順番どおりに行う事が必要となります。

 1)声帯をしっかりと鳴らす
 2)口腔でしっかりと声を響かせる。
 3)鼻腔へ声が行ける様に道を開ける。

 だから、あくまでも、発声で大切なのは、口腔でしっかりと声を響かせる事であり、今まで学んだことを捨てて、ゼロから始めるのではなく、今まで学んだ事(口腔での発声)を基盤として、そこに必要なもの(鼻腔への通り道の開け方)を付加し、不必要なもの(無駄な力みとクチの開けすぎ)を捨て去る事が大切なんです。

 力を入れすぎると声帯は鳴りません。それは弓を強く弦に押しつけて弾くとヴァイオリンが鳴らなかったり、息をたくさん吹き入れるとフルートが鳴らないのと、一緒。声帯がキレイに鳴る為には、適切な力を声帯に加え、適切な息を声帯を通す事が大切です。

 力の入れすぎはダメ。脱力のしすぎもダメ。クチの開けすぎも、開けなさ過ぎもダメ。程良い加減を自分で見つける事が大切。自分の内部の感覚では、多少違ったものであっても、それを外部の人間に悟られてはいけない。一人一人、声帯も違えば、骨格も違うわけです。他人のやり方をそのまま真似ても、高音発声はできません。自分の声帯と自分の骨格に見合ったやり方を見つける事が大切なんです。

 今回のレッスンは、ひたすら発声だけをやりました。結局、曲は少しも歌いませんでしたが、たまには発声を見直す事は必要なので、これはこれでOKです。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ 声楽へ
にほんブログ村

« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »

フォト

↓参加しています

アマゾンでどうぞ

アマゾンで検索

トラックバックについて

  • 2011年12月1日以降の記事において、トラックバックの受付を止める事にしました。それ以前の記事に関しましては、トラックバックの受付自体は継続いたしますが、承認公開制にさせていただく事にしました。また今までトップページに表示していました「最近のトラックバック」という項目の表示も止めました。よろしくお願いいたします。
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ

このブログは2007年8月14日から始めました

  • Copyright(C) 2007-2014 すとん