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  •  今時、インターネットエクスプローラーを使っているヤツが悪いんだろうけれど、今日のインターネットエクスプローラーは動きが遅いし、挙動が不審だ。でも、インターネットエクスプローラーじゃないと困る事だってあるんだよね。最新ブラウザのエッジがすべての面で、旧式のインターネットエクスプローラーよりも優れているわけじゃないしね。ああ、困った困った。
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2011年7月の記事

2011年7月31日 (日)

カラいのはお好き?[2011年7月第5週・通算25週]

体重:101.3kg[+0.4kg:+0.7kg]
体脂肪率:30.4%[+0.4%:+0.3%]
BMI:32.0[+0.1:+0.3]
体脂肪質量:30.8kg[+0.3kg:+0.5kg]
腹囲:99.5cm[+0.5cm:-12.0cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 夏ですね。夏になると、気合入れの意味もあるのか、カラいものが食べたくなりませんか? 私は、適度に(笑)カプサイシンを求めます。適度に…と言うのは、実は一時期、カラいものにハマっていた時期があったのですが、それで二度もカラダを壊して手術をしてしまいましたので、ドクターから「カラいものは控えるように」という通達が出されてしまったので、それ以来、カラいものは、適当に控えるようにしたためです。

 ちなみに、その時ハマっていたカラいものとは、韓国キムチです。韓国キムチを毎日食べていたら、半年でカラダが壊れました(涙)。手術して治して、また韓国キムチを食べたら、すぐに同じようにカラダが壊れました(涙々)。そこでドクターストップがかかって、韓国キムチを食べなくなったら、それ以来、健康一直線です。

 結局、体質的に、私のカラダは韓国キムチを受け入れられないようです。つまり、キムチは私にとっては“毒”も同然で…キムチ、結構好きだったのに、残念です。

 なので、私、韓半島に行って、キムチ三昧の生活をしたら、1年経たずに、マジで死にます(爆)。ちなみに、同じキムチでも日本キムチ(韓国キムチとは製法が違うんですね)だと平気なんですけれどねえ…。

 韓国キムチを私の辞書から消し去ってからは、カプサインは日々の薬味(主に七味唐がらし)で摂取しております。毎食の味噌汁にパッパッとかける程度です。でも、それじゃあ、なんかもの足りないので、時折、ムショウ~にカレーライスが食べたくなります。やっぱり「カラいもの」って言うと、まずはカレーライスだよねえ。

 妻はカラいものが得意ではないので、ウチのカレーは、いわゆる“中辛”でございます。これでも、妻的には我慢できる限界ギリギリのカラさなのだそうです。ですから、私が食べるカレーは中辛なのですが、時折、カラ味が足りないと感じる時は、タバスコを適量、カレーにかけて食べています。そんな程度です。

 外食としてカレーを食べると、お店によっては、カラさを選べたりしますでしょ。そういうお店に入ると、なんか気分がウキウキします。

 私の行動範囲の中(つまり首都圏ね)では、CoCo壱番屋(公式サイトはこちら)というカレーチェーン店がカラさを選べるお店です。

 この店では、カレーのカラさは、標準が「普通」で「甘口」というマイナス方向へのシフトは一段階だけありますが、プラスの方向は、「普通」の次が「1辛」で、そこから「2辛」「3辛」…「10辛」とランクされています。お店側の説明では「普通」が世間で言う中辛程度のようです。つまり、我が家のカレーはこのクラスです。「1辛」が世間の辛口で「2辛」以上が激辛の世界に突入します。「1辛」の2倍のカラさが「2辛」で、「1辛」の4倍のカラさが「3辛」で、それ以降、6倍、12倍…と増えていき、最後の「10辛」は「1辛」の24倍のカラさなんだそうです。へへ、24倍のカラさって、どんな世界が見えるんでしょうね? カレーの中にカプサイシンが入っているんじゃなくて、カプサイシンの中にカレーが入っているような感じになるんじゃないかな?

 で、私が好きなカラさは…と言いますと、この前までは「3辛」でしたが、最近では「2辛」にグレードダウンしてしまいました。「3辛」を食べると、美味しいのですが、命の危険を感じるようになりました。…いやあ、年を取ったんでしょうね。

 そうそう、麺類でカラい麺と言うと、一般的には坦々麺でしょうか? 実は私、坦々麺は辛くない方が好きかもしれません。と言うのも、国会議事堂のそばに議員会館ってあるじゃないですか? そこの地下食堂(値段は安いのですが、どの料理も魔法のように美味しい、不思議な食堂です)で食べた坦々麺が全然辛くないのに、すご~く美味しかったのですよ。あれ以来「坦々麺はカラ味でなく、胡麻風味で食べるもの」という刷り込みがされました(笑)。

 私、気持ちは「カラいもの、大好き」なんですが、どうにもこうにも、カラダが追いついていけなくなってきてます。無理してカラいもの食べて、また入院して手術するのは、イヤだからねえ…。

2011年7月30日 (土)

チグサはエサをねだらない

 エサの獲得は、金魚にとって、文字通りの、死活問題です。なので、我が家の水槽では、歴代の「エサねだり係」がおりまして、その子が、一生懸命人間に「エサくれよ~」とねだるわけです。人間の方は悪気はありませんが、ついついうっかりして、エサをやり忘れたりするのですが、このエサねだり係の子の、猛烈なアピールで、毎日なんとかエサをやり続けられているわけです(笑)。

 ちなみに、今のエサねだり係は、ジュナです。ジュナは…とても目が良いみたいです。人間のちょっとした動きにも反応しますし、エサ袋の位置も把握しています。これで時計が読めたら完璧なんですが、時間の概念がちょっとばかり弱そうです。

 ジュナは歴代のエサねだり係の中でも、とりわけチャーミングな、ねだり方をします。ま、人間で言えば「色香で男を誘い込む」タイプなのかもしれません。そのかわいさに負けて、ついつい、時間よりも早くエサをあげちゃったりします。

 時々、妻と話す事の一つに「金魚って、クチがきけなくて、よかったね」って話題があります。と言うのも、もし金魚が小鳥たちのように自由にクチがきけたら、きっとエサの時間になるたびに、連中大合唱するでしょうね。うるさくてたまらないです。犬猫のように自由に行動できたら、エサの時間になるたびに、人間にまとわりついてきてたまらないでしょう。ほんと、金魚ってクチがきけず、水槽の中から出られないのが、いいですね。

 さて、そんな、エサ獲得に命をかけている金魚たちです。

 エサねだり係は確かにジュナですが、いよいよエサが入るとなると、それまでおっとりしていた、サクラや白鳳さま(旧名:スズネ)も合流して、エサ場はそれこそ阿鼻叫喚になります。最近では、金魚だけでなく、ドジョウやトートまでもが合流して、それはそれはすごい事になってます。

 しかし、そんな喧騒に決して加わらない子が一匹います。それはチグサです。考えてみれば、チグは我が家に来て以来、ただの一度もエサをねだった事がありません。いつもおっとりしています。エサの奪い合いの中には絶対に加わりません。自分のところに流れてきたエサを食べるだけです。

 なので、怪我一つないですし、体型も美しいのですが、全体に小振りなんです。おそらく、チグは草食系金魚なんでしょうね。争いは好まない平和主義者なんです。ちなみに、サクラは絶対肉食系ですね。何事にも積極的ですよ。だからいつも怪我が絶えません(笑)。

2011年7月29日 (金)

不眠症なのかもしれない(笑)[2011年7月の落ち穂拾い]

 なんか知らないけれど、今年の夏はやけに忙しい。毎年、夏って、私にとっては“ダイエットに専念できる季節”なんのですが、今年はちっともダイエットできません。ダイエットしている暇がないんです。ダイエット無しで夏を過ごした時の、秋冬の体重が、今から怖いです…。

イメージと演奏

 よく聞く話で、例えば先生がレッスンで「○○のように吹きなさい」と注意する事は多々ありますが、そう言われて、そのような意識を持つだけで、演奏が変わる事ってあるのでしょうか? それとも、そういう曖昧なイメージはあまり役に立たず、やはり具体的な奏法を指示しないと演奏って変わらないのでしょうか?

 私はイメージだけでもかなり“変わる”と思います。そのイメージをしっかりと持てば、結果として、必ずそうなると信じてます。

 人間の調整能力と言うか、模倣能力と言うか、とにかく、その手の能力ってすごいなあと私は思ってます。だから、しっかりしたイメージをきちんと持ちさえすれば、必ずそこにたどり着けるものと思います。

 それは、フルートの音色しかり、指を早く動かす事しかり、音を遠くまで飛ばす事だってそうです。ただ、なぜそうなるのかは、私にはうまく説明できませんが…。

 例えば、私は指があまり早く動きません。だから、速くて細かいパッセージは苦手です。でも、速くて細かいパッセージが苦手なのは、何も指が動かないからだけでなく、その速くて細かいパッセージのイメージがきちんと持てていないから、きちんと演奏できないのです。

 だいたい、吹けないフレーズって、たいていの場合、正しく歌えません。正しく歌えないと言う事は、そのフレーズのイメージをちゃんと持っていないと言う事です。だから、難しくて吹けないフレーズは、まず歌ってみますし、歌えなければ歌として練習して、そのフレーズなりパッセージなりのイメージを把握します。

 次に「じゃあ、歌えるフレーズなら、どんなフレーズでも吹けるか」と言うと、そこはまだ、ちょっと違うかもしれません。と言うのも、歌うことで、頭の中に、そのフレーズの音楽的なイメージができましたが、指をどう動かすかという具体的なイメージはまだ持てていないからです。

 指をどう動かすかというイメージがないと、指はしっかりと動いてくれません。たから、音楽的なイメージの次は、指をどう動かすかという運動的なイメージが作ります。そのために、ゆっくりとした速度で、イチイチ指の動きを確認し、一つ一つを心に刻みながら練習します。そうして、指を動かす具体的なイメージが出来上がれば、迷いなく指が動くようになります。そこまで来れば、後は速度をあげる訓練をするだけです。

 とまあ、そういうことは経験則で分かっているのですが、それをきちんとするには時間がかかるってことです。

 私の場合、私の場合、そんな手順を踏んで、一曲仕上げるのにどれくらい時間がかかるかと言うと……三カ月では時間が足りません。なので、今までのフルートの発表会って、準備期間が三カ月しかなかったので、どの曲もきちんと仕上げる事はできませんでした。もう少し時間が欲しかったなあ。

 指の動きのみならず、フルートの音もそうだと思います。フルートをキレイな音色で吹きたければ、キレイなフルートの音色のイメージを持つことが大切だし、音を遠くまで飛ばしたければ、遠くまで飛んで行くフルートの音のイメージが必要だと思います。
 
 
実は私、乗馬も嗜みます

 最近(ここ10年くらいだね)は遠ざかってしまったので、テクと体力が落ちているだろうけれど、乗馬を熱心にやっていた時(ごく短期間だったのが残念です)は、普通にお馬に載ってましたし、お馬でトレッキングってのをしたこともあります。

 なんて書くと、すごく馬に乗れる人に思えるかもしれませんが、実はそんなに大したことありません。私ができるのは、軽速歩まで、つまりは「馬に小走りさせる程度」までです。襲歩と言って、馬に全力疾走させる事はできません。たぶん、そんな事をさせたら、私、落馬して死にます(笑)。もっとも、アマチュアの馬乗り的には、軽速歩が出来れば、オーケー、オーケーって感じです。

 なんで乗馬ができるかって言うと、実は一時期、中央競馬で共同馬主ってのを、やっていた事があるからです。お馬の(共同)オーナーになったのだから、お馬に乗れないとマズイでしょうという、わけの分からない理由から乗馬を始めたわけです。

 なので、乗馬のみならず、競馬も多少は分かります。でも競馬のギャンブルの側面というか、鉄火場の雰囲気は、結局、最後まで好きになれませんでした。私は馬が好きであって、博打は好きではなかったのだと思います。

 馬主にせよ、乗馬にせよ、それを始めた理由は、もう忘れてしまいましたが、終わりにした時の事は覚えています。お馬の育成をお願いしていた早田牧場がつぶれて、北海道に行く機会が減って、新しいお馬のオーナーになろうという気力が無くなって、何となく競馬から足を洗って、自然と乗馬からも身を引いて…って感じだったかな。

 なんか、お馬に乗るなら、北海道で乗りたいなあって、いつも思ってます。本当に何にもない野原を、お馬に乗ってテクテク歩き回るのが好き。一応、近所に乗馬クラブはあるし、数回、お世話になった事があるんだけれど、私にとって、お馬って、北海道で乗るものなんだよねえ…。整備された馬場の中をウロウロするのは、あまり好きではありません。
 
 
短めの睡眠時間で生きてます

 皆さん、毎日どれくらいの時間、活動していますか? また、毎日、どれくらい寝てますか?

 普段の私は、どうやら、19時間活動して、5時間程度寝る…という生活をやっています。それもここ数年ずっとです。いやあ、すっかり「睡眠時間5時間の男」なりました。なんか、年を取るごとに睡眠時間がドンドン減っていくんですよ。当然、宵っ張りの早起き鳥です。

 もっとも、毎日5時間の週35時間の睡眠で、生物として足りるわけはないので、その不足した睡眠時間の帳尻合わせは、休日の午前中で補う事にしてます(つまりお休みの日は、お寝坊さんです)が、これも年を取ったせいか、あまり補う事ができなくなりました。せいぜい5時間の睡眠が7時間程度になるくらいです。なんか、それ以上寝ていられなくなりました。

 長い時間寝てると、疲れちゃうんですよ。

 夜寝れないなら、昼間寝ればいいわけで、昔はよく昼寝なんてしてました。一回寝ると、4時間くらい(笑)寝たものですが、最近は、ちっとも昼間眠くないんですよ。で、無理やり昼寝しても2時間がせいぜいだし、昼寝をすると、夜寝れなくなって、朝日とお友達になる事もあります。

 そんなに眠れない私ですが、うたた寝は得意技です。イスに座って、ほんの少し、大人しくしていると、あっと言う間に夢の世界に逝けます(笑)。ただし、夢の世界の滞在時間は、せいぜい10分程度です。たっぷり遊んでいても20分が限界です。

 不眠症なのかな? イスに座るとすぐ寝れるというのは、睡眠時間が足りていない証拠だから、不眠症と言えば不眠症なのかもしれない(笑)。でも、寝てない割には、毎日が元気なので、まあいいかって思ってます。

 まあ、死んじゃえば、たっぷり寝られるのですから、生きているうちは、なるべく活動時間を増やして、毎日をガツガツと生きていきましょう(なんちてね)。
 
 
今月のお気に入り  首に保冷剤を当てる

 今月と言うか、今年の私のマイブームは「首に保冷剤を当てて、涼しく過ごす」って奴です。今年は、同じような事を考える人はたくさんいるみたいで、アマゾンを見ると、それ用のグッズもたくさん売ってますが、私は、単純に保冷剤を冷蔵庫で冷やして、それをタオルでくるんで首に巻いて、クリップでタオルを止めてます。はっきり言って、見かけはちっともオシャレじゃないです。でも、涼しくて気持ちいいです。

 首が冷えると、血管と血液も冷えるのでしょうね。やがて全身の熱が下がってくるので、快適に過ごせます。

 ただし、一つだけ、こいつにも欠点がありまして、それは「すごく眠くなる」って事です。私、イスに座ると眠くなる人ですが、起きて活動している時に眠くなる事って、めったにありませんか、これをしていると、仕事の最中でも、起きて活動していても、遠慮会釈無く眠くなります。それはおもしろいくらいに、見事に眠くなります。

 もしかして、脳味噌が冷却されてしまうからかしら?
 
 
今月の金魚

 2011年7月中旬 スズネの白鳳化に気付く

芦毛のお馬は汚らしい外見になりますが、まさにスズネが今その状態です。いやあ、実に見苦しい容姿になっております。
 
 

今月のひとこと

 知り合いが、ビワでジャムを作ったそうな。色々と試してみたそうだけれど、結局、美味しいものは出来あがらなったそうな。ビワは加工して食べる果物ではないのかもしれない。…私はそんな事などチラとも考えずに、いつも生食野郎です。(2011年6月29日~7月2日)

 メトのライブビューイングのアンコール上映が、今年も東劇で行われる。おぉ、予定を合わせて、何本か見に行かないと! 詳しくは、こちら。(2011年7月2~8日)

 電力というモノは基本的に貯められない。だから、使う時にリアルタイムに発電しなければいけない。電力会社は、我々の電力使用量を見越して、必要な分を必要なだけリアルタイムで発電するわけだ。もしも我々の電力使用量が電力会社の最大発電量以上になると停電が発生するので、それを回避するために、節電が叫ばれているわけだ。さらに電力会社で発電する電力の大半は、実は火力発電所で発電しているわけで、原子力による発電は、せいぜいが全体の3割程度であって、残り7割の火力発電で、実は我々の日常生活に必要な電力は、ほぼまかなえるのが実情。だから、節電は、電力使用のピーク時(今なら、昼12~3時ぐらい?)だけ、用心して行えば良いのであって、朝とか午前中とか夕方とか夜などに節電する理由など全く無いし、経済産業書が旗を振っている「節電15パーセント目標」も実に“言葉足らず”と言うか“ナンセンス”だと言う事が分かる。気分やノリで節電してしまうと、日本の経済が縮小し、皆が貧しく不幸になるだけって事に、早く気付いてほしい。それと“節電ブーム”に便乗して商売を企んでいる連中に、無駄に踊らされないように、気をつけよう。(2011年7月8~9日)

 梅雨があけた~~~! 夏だ~、夏がやってきた~~~! 今年は灼熱の夏だそぉ~。節電は結構だけど、クーラーは惜しむなよぉ。死ぬぞ、マジで死ぬぞ。命あってのモノダネだぞぉ。今年の熱い夏を無事に乗り切って、みんなで秋の月を眺めような。(2011年7月9~12日)

 赤紙来たーッ! え? 何の話かって? それは地元の第九合唱団から「今年、第九やるから、合唱歌っておくれよ」という召集令状の事サ。でも、練習時間も本番も、バッチリ、メサイアとバッティングしてますね。ま、せっかくのお誘いだけれど、今年はメサイアに集中するつもりです。(2011年7月12~15日)

 先日、フルートのH先生に「夏のご予定はいかがですか?」と尋ねられて、改めて自覚したのだけれど、今年の夏は忙しいのよ~(涙)。普段は割と週休二日のペースで働いているのですが、夏の間だけ週休一日のペースになります。猛暑の上に休暇が減るので、カラダが持つかしら…。それでも一応、お盆の時期だけは休めるのは有難いです。で、色々な予定は週1日の休みの日にぶち込むので、今年の夏は、本当に、体力勝負になりそうで怖いです。 (2011年7月15~23日)

 梅雨もあけ、子どもたちは夏休みですね。学校のセンセも夏休みですね、いいなあ…。私も昔は、たっぷり夏休みを満喫したものですが…今は毎日研究室にご出勤されております。今年の夏は、勤勉の夏、だね。(2011年7月23~24日)

 アナログ放送の終焉する瞬間を見ようと、我が家にある唯一のアナログチューナーである、VHSビデオ経由でテレビを見ていました。「ああ、アナログが終わる…」とワクワクしながら見ていたのですが、お昼を過ぎても、普通に放送が見れました。アレ??? あ~、ウチはケーブルテレビなので、我が家に来ているアナログ波は、ケーブルテレビ局がデジアナ変換したアナログ波だった~~~! 我が家では、まだまだアナログチューナーは現役ってわけです。(2011年7月24~28日)
 
 
 今月は以上です。よろしくお願いします。

2011年7月28日 (木)

年齢を重ねても、あんな感じで歌い続けていたい

 またまたBEEさんの発表会に行ってきました。だって、私、BEEさんの歌好きだし、発表会会場も素晴らしいところが多いので、ついつい…ねえ。

 BEEさんの歌の感想は、本人に直接伝えたので、ここでは簡単に。

 BEEさんの歌はいいね。本人的には反省点が多々あったみたいだけれど、私的には、今回の発表会では、ピカイチでした。私の周りの人々の評判も上々でしたよ。カーンと突き抜ける高音は何よりの魅力です。とにかく、声の質・量ともに十分すぎるほどでした。

 BEEさんの歌のどこがステキかというと“一期一会”的な潔さがある点かな。BEEさんには、アマチュア的な「ここで真っ白に燃え尽きてしまおう」という覚悟が強く感じられるのです。もちろん、持ち声の素晴らしさと、積み上げてきた努力も相まって、そのステージはなかなかのものです。これがあるから、アマチュアの演奏会も捨てたものじゃないんですよ。

 BEEママとの二重唱は、素晴らしいですね。親子だからでしょうか、声の質が似ているので、ハモった時の美しさは格別ですね。まるで同属楽器のハーモニーみたい。やはりファミリーコーラスは良いね。

 さて、今回の発表会、実はBEEさんの発表会と言うよりも、BEEママの発表会に、BEEさんがゲスト出演をしたそうなのです。なので、出てくる生徒さんが、軒並み、人生の大先輩ばかりでした。たまにBEEさんのような若い方も出演されてましたが、BEEママぐらいの年齢層の方々がボリュームゾーンでした。

 で、これらの先輩方が、みなさん、なかなかに素晴らしい歌を歌うんですよ。これが実にイイ!

 どこがいいのかと言うと「人生、山あり谷ありの方が、紆余曲折あって、歌いあげる歌には、何とも良い味わいがあって…」というレベルではなく(そういう良さももちろんありましたが)、皆さん、発声が素晴らしい。声が若々しいし、無理なく、美しい声で歌っていらっしゃるんです。

 声って、やっぱりある程度は年令を反映するわけで、それは合唱団に行くと感じます。平均年齢の高い団はやっぱり、ジジババっぽい声になるわけです。これは、仕方のない事です。誰だって年は取るわけだし、時間は逆には流れないのですから。

 でも、ここの発表会に出てきた方々は、皆さん、声が若くて美しいのに、ビックリですよ。おそらく、指導者の方が、相当、発声にこだわって指導されていらっしゃるのだと思います。持ち声の素晴らしさだけでは、この水準はキープできませんって。

 特に私が見習わないといけないなあと思ったのは……無理に音量を求めずに、声を押すこともなく、響き中心でサラっと美しい声で歌う事です。私には、とてもできない芸当です(涙)。声に迫力はないかもしれないけれど、美しくて、その場と曲に合った声で歌う…年をとっても、そういうスタンスで歌い続けられたら、そりゃあ、すごくいいなあ。私のような、力任せ(恥)な歌い方だと、年を取ったら歌えなくなるのは必至だもの。先輩方を大いに見習わないと…なあ。

 そうそう、皆さん、実に、声のポジションチェンジが、巧みなんですよ。カクンカクンと声のギアがキレイに(目立たずに)切り替わっていきます。これは最初の方に出てきた人からそうでした。高音の発声の仕方が、ソプラノとテノールの違いはあるけれど、なんか、とっても勉強になりました。

 ご指導されている先生は、ヴォイストレーナーとして、とても腕が良いんだと思います。

 でも出演者の方々は、やっぱりすごい。こういう言い方は失礼にあたるかもしれないけれど、BEEママの年令で外国語の歌を歌っちゃうんですよ。それもドイツ語とかフランス語とかチェコ語(!)とかですよ。これって、なかなかできません。覚えられません。それをやっちゃうんだから、すごいなあ。

 BEEママは私の母より、多少お若いと思うけれど、それでもすごい。ウチの母なんて、外国語はおろか、まず歌そのものを歌わないもの。無理やり歌わせたら、たぶん、美空ひばりあたりを歌うと思います。ま、日本の平均的な老人(失礼)なんて、そんなものでしょ。

 それを考えると………ね、すごいでしょ。

 街の合唱団などに行っても思いますが、日本の歌うお年寄りって、ほんと、お元気ですね。私もああいうお元気で御達者な老人になりたいものです。
 
 
 会場は180席程度の声楽や室内楽にはうってつけの、良いホールでした。東京には、ああいう良いホールがたくさんあって、うらやましいです。近ければ、私もこんなホールで歌ってみたいですよ。

 発表会の選曲がとてもよかったです。選曲をしたのは指導者の方でしょうが、趣味が良いと思いました。往々にして、声楽教室の発表会って、歌うのが大変で、聞いていてチンプンカンプンな曲の羅列って事、多いですが、ここは聞いていて楽しめる曲が多くてよかったです。
 
 
 誉めてばかりだとアレなので、多少は苦言も書かないと、リアリティに欠けるよね。

 生徒の皆さん……衣装が地味(笑)。照れがあるのかな? 声楽の発表会なんだから、もっとババンと夢々しい派手な衣装を着こなせばいいのに、シック&クールな衣装の方が多かったのが残念だったかな。ピアノの発表会じゃないんだから、シック&クールな衣装は似合わないと思いま~す。

 それと、3名ばかり「おおっ!」と思う手の動かし方をしていました。あの動作は普通の方の目にはどう映ったのかな? 明らかに、声を後ろで開かせるための腕の動きだけれど、あれは普通、人前というか、舞台ではやらない動きだよね。それを堂々とやる方が複数いたとは…(絶句)。最初の人を見た時は、ちょっとビックリしました。私も歌いますから、それをやりたい気持ちは分かりますが、舞台でやっちゃう勇気はありません。

 潔すぎます。怖いもの無しなんですね(爆)。

 そうそう、ピアニストさんの合わせ能力がすごく高かったです。発表会に行くと、普通は歌手の方ばかりを見てしまうものですが、私、今回はピアニストさんにも注目していました。ピアニストさんが全身アンテナになって、歌手から発せられる微弱な信号を受け取って、果敢に反応していく様は、単純に「すごいなあ」と思いました。また、そのアンテナ状態が見ていて分かりやすくて、受信した時の反応も分かりやすくて、ピアニストさんを見ていても、なかなか楽しめました。

 アマチュアの歌手に合わせるピアノって、大変だろうなあ。だいたい、歌手の側に余裕なんて無くて当たり前だし、打ち合わせと違う事だって平気でするし…(あ、私がそうだ)。とにかく、ピアニストさんの方から寄り添っていかないと、ダメな部分がたくさんあるし…。でも、きっと、このピアニストさん相手だと、すごく歌いやすいのではないかしらと思いました。

 ああ、楽しかった。

 それにしても、人生の先輩方が元気な社会って良いね。年を取る事が楽しく思えます。…それにしても、何処に行っても、歌っているのは女性ばかり。今回も出演者は全員女性でした。歌うオッサンとか、歌うジイサンって、やっぱり希少種なのかねえ?

2011年7月27日 (水)

フルートは、ヨーロッパっぽい音で吹きましょう

 フルートのレッスンに行ってきました。お教室のそばまで行ったら、漏れ聞こえてくるフルートの音が、明らかに、いつもの上手な姉様のモノとは、違いました。う~ん…と思って、扉を開けたら…最近、バッティングする姉様がフルート吹いてました(笑)。どうやら、今日は、いつもの上手な姉様がレッスンをお休みされ、私より早めに入室したバッティング姉様が先にレッスンを受けていたようです。つまり、状況的には先週と同じ事ですね。

 これって「あ~ら、残念。もっと、ゆっくりいらっしゃったら良いのに~」って事かな? それとも「この時間は、私がもらった! わっははは~」という勝利宣言? ううむ。まあ、私は女性相手には、まじめに勝負はしないことにしていますから……来週から早めにレッスンに行ったろか(爆)!
 
 
 姉様のレッスンが終わったので、三人でロングトーン練習をしました。…が、今日はなんか、私の調子が悪いというか、ノリが悪いというか、あんまり上手くできませんでした。

 私、ロングトーン練習は、クロマチックでやっちゃう癖が付いております(H先生流ではC-durスケールで行いますが、笛先生のところではクロマチックでした)。ボケっとしていると、指がついついクロマチックで動いてしまって、汚い音を出します。なんか、今日は、ついついボケっとして、半音を吹いてしまいました。

 そうそう、今回は、ロングトーンの最中、時折、管が振動していなかったんですよ。もしかすると、ポイントを外して吹いていたのかもしれません。しかし、あれだけの音の中だと、自分がどんな音を出しているのかが、分からないので、なんかうまくフィードバックできません。

 早く、このやり方に慣れないとね。

 で、ミニヨンエチュードです。4番ですね。はい、不合格でした。だって、今週から始めたの曲だよ~。一発で合格できるわけないじゃん。

 色々注意されたので、列記しておきます。

 速すぎ~。 一応、この曲、アレグレットなんですよ。だけど、アレグレットで演奏するのは、まだ私には難しいので、ちょっと遅めのモデラートで練習してきました。ちゃんと吹けるようになってから、テンポアップすればいいじゃ~んってわけですね。

 なので、先生の前でもモデラートで演奏し始めたら、すぐに「速すぎ~」と言われて、アンダンテにされちゃいました。ううむ、アレグレットの曲をアンダンテで演奏するのって、却って難しいぞぉ~。なにしろ、ゆっくりな速度で演奏するって事は、それだけ一つのフレーズにかかる時間が長くなるってわけで、さすがの私も、そんなに長く息は持たないし、持たせれば逆に二酸化炭素で溺れるぞぉ~。

 実際、アンダンテで演奏すると…酸欠になります。もうちょっと速い速度で演奏したいですぅ~。

 で、四苦八苦していたら、先生から「ここでブレスしなさい」と、数カ所のブレスポイントを教えてもらいました。ホントはブレス無しが理想なんだろうけれど、やむ得ずなら、ここで目立たないようにブレスだね、って事です。ひとまず、ブレスポイントが増えて、多少は楽になりました。

 リズムが機械的だから、もっと生きたリズムで演奏しなさい。 これは言葉で説明するのは、難しいのだけれど、私の演奏は(まだ譜読み段階って事もあるけれど)杓子定規に三拍子になってます。でないと、リズムいい加減になってしまうからです。実際、長めの音符はより長く、短めの音符はより短めに吹きがちな私ですから。

 もちろん、そういうところは注意しないといけないのだけれど、そうではなくて、ただの三拍子ではなく、もっと生きた三拍子で演奏しなさいって言うのです。音楽を前に推進していくようなタイム感のリズムで演奏しなさいって事ですね。

 なので、私の中では「床で跳ねるボールのようなリズム」ではなく「トンボを切っていくようなリズム」というか「ロータリーエンジンのようなリズム」って言うのかな? なんかそんな感じ(分かりづらくてゴメン)で行こうかなって思いました。

 次にどこへ行くのかを予期させるような音で吹きなさい。 これは例えば、曲の出だしが「シードーシ」となってるけれど、最初の「シ」が次の「ド」へ行くことを予期させるような音で「シ」を吹かないとダメだという事なんです。だから、単にキレイな「シ」を出すだけじゃダメって事です。出だしの音を聞いた瞬間「おお、この音はどこへいくんだろ?」と聞いている人に期待させるような音で吹くわけなんです。

 言葉で書くと難しいですが、H先生が見本を見せてくれるので、百聞は一見にしかずって奴で、聞けば、何を求められているかが分かりますので、修正できます。笛先生にも散々言われたけれど、私は曲の開始を、何気に始めすぎなんだそうです。もっと気合を入れて演奏し始めないといけないみたいなんですが…性格なんだと思いますよ。それでいいとは思いませんが。

 ちなみに日本の笛と言うのは、音一つ一つに美しさを求めていくのだそうです。一方、ヨーロッパの笛と言うのは、音一つ一つに躍動感を求めていくのだそうです。

 で、先生がおっしゃるには、私の笛の音は、実に日本的なんだそうです。音色は美しいけれど、動きがない…そうです。まるで、お寺の鐘のように「ゴォ~~~ン」って感じで、その場にしみ入るような吹き方をするけれど、それでは次に続いていかないって言われました。同じ鐘なら、ヨーロッパの教会の鐘のように生き生きとした音色で吹きなさいッて言われました。たぶんこれは「生きたリズムで演奏しなさい」って事と表裏一体な事なんだと思います。

 タンギングが強すぎて汚い。 いつもの注意ですが、もっと滑らかに優しくタンギングしなさいって言われました。私、タンギングが下手みたいです。

 アクセントにはアクセントつけすぎない事。 アクセントが強すぎるのだそうです。それと、アクセントが並んでいる時は、それぞれに等価のアクセントをつけていくようにとも言われました。私のアクセントは、汚い上に、ツブが揃っていないそうな(つまり、雑)。まあ、私もそう思いました。とにかく、今回はアクセントに注意注意です。

 付点音符は弾みすぎ。 これはたぶん、合唱でメサイアをやっているので、なんとなく、符点音符を見ると、ついついバロックなリズム(多めにためてしまう)でやっちゃって叱られます。ここは、ノーマルな符点のリズムでいかないと(汗)。

 でも、今回は、スラーとか運指とかの注意は受けませんでした。一応、そこらは注意して譜読みしてきたもんな。へへへ。ただ、まだ吹き込みの絶対量が不足しているので、ところどころで音楽が停滞しちゃいます。もっと吹き込まないと。
 
 
 来週までに、この曲を仕上げてくるように言われました。ううむ、そんなに簡単に、この曲は仕上がらないと思いますよ。特に後半部は、まだフレーズに納得できていない私です。吹いている人が納得して吹けなければ、聞いている人は落ち着かないよね。納得できない…つまり、きちんと譜が読めていないという事なんです。

 でも、先生はサッサと進みたいようなんです。早くアルテを終わらせたいのかな? ううむ、頑張りますか。でも、アルテを急いで終わらせて、次はどこへいくつもりだろ?

 笛先生とは、アルテ1巻が終わったら、2巻に行って、2巻が終わったら、ボサノヴァをやりましょうって約束していたけれど、それは先生がいなくなっちゃったから、御破算でしょ。

 このまま、アルテ1巻が終わったら、私はどこへ行けばいいんだろ? 目標もなく、エチュード漬けってのは、勘弁してほしいなあ…。私は、フルートで音楽をするのが目標であって、フルートを吹くこと自体は別に目標でもなんでもないんだから、目標がなくなったら、フルートを辞めるつもりなんだけどな。

 今週の、レッスン後の男の雑談は、柔道! 実は私、柔道は黒帯マンなんですが、先生、有名な柔道家の方のお知り合いが多くて、色々な話を聞かせていただきました。やっぱり、強い男は礼儀正しいんだよねえ。私ももっと強くならないと(え?)。

2011年7月26日 (火)

「ガンジス川」を無事に渡り切りました![音源付き]

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずはMさんとの二重唱「サムホエア」です。とにかく、前回も書きましたが、音域的に低くて歌いづらい曲です。歌いづらいけれど、がんばって、しっかりと歌い出そうとすると、発声のポジションが下がって、バリトンのような声になってしまいます。私はテノールだし、トニーという役もテノールの役。つまり、バリトン声で歌うことはありえ無いわけです。

 ついうっかり、バリトン声で歌ってしまった後、キング先生に「なぜ、作曲家がこんな低い音で曲を書いているのかを、考えてください」と言われました。

 「この曲はミュージカルの曲です。ミュージカルでは、歌手は、芝居をし、踊り、セリフを言い、色々な事をやって、その上で、歌ってます。つまりミュージカル歌手は、歌ばかりに集中できないのです。だから、作曲家は、そんな歌手を思いやって曲を書いているわけで……つまり、小さな声で歌ってほしいから、低くて歌いづらい音域で書いているんですよ」

 なので、いくら低くて歌いづらいからと言って、発声のポジションを下げて、しっかり声を出してしまうのは、実は作曲家の意図に反する事のようし、音楽的でも無いわけです。歌いづらいだろうけれど、発声のポジションは高いまま、やさしく柔らかく歌ってあげるのが、正解のようです。

 だから、逆に、メロディが高い音域に行ったなら、思いっきり声を張り上げていいのだけれど、そこで気をつけてほしいのが、バックで奏でているピアノの動き。

 ピアノが単なるバッキングなら、歌手も好きなだけ声を張りあげていいのだけれど、ピアノが歌の後ろで旋律を弾いている部分(二重唱の最後の部分がそう)は、いくら歌がfだからと言って、ピアノをかき消すような声で歌ってはいけないのです。確かに、fには「強く」という意味もあるけれど「音楽を前に進める」というニュアンスもあるのです。トゥッティ部分のfは、ピアノの音を消すような声を張り上げるのではなく、音楽を前に前に進めていくような声で、自分の声を響かせながらも、きちんとピアノが聞こえるように歌う事。ここが肝心です。

 というわけで、発声の事をよくよく考えて歌う事が宿題となりました。「サムホエア」は、また次回です。


 今回のレッスンは「ガンジス川~」にたっぷりと時間を費やす予定なので、コンコーネは無しです。で、「ガンジス川~」です。この曲は、いわゆるイタリア古典歌曲という奴です。スカルラッティの作曲ですね。

 今回のレッスンの目的は「陽はすでにガンジス川から」を録音し、久しぶりにブログにアップすることです。私もキング先生も気合が入っております。

 前回、歌をアップしたのは昨年の10月のヴェルディ作曲の「哀れな男/Il Poveretto」以来(興味感心のある方は、こちらでどうぞ)ですね。なんと9カ月ぶりです。その間、発表会の準備に集中していたからなあ…。

 時間ももったいないので、さっそく録音です。とりあえず、テイク1は、歌い飛ばしすぎの乱暴すぎでNGとなりました。テイク2は、途中で私が落ちて、音楽が止まってしまいました。テイク3で、ようやくなんとかお披露目できそうなバージョンが録音できましたので、それをアップします。これでようやく「ガンジス川~」も終わりです。これからは、ロッシーニ作曲「約束/La Promessa」に集中します。

 で「約束」ですが、難しい…。ほんと、この曲は難しいです。色々と難しい箇所はあるのですが、とりあえず、難しすぎて、歌っている途中で力尽きてしまいます。燃料切れ? まずは、そこをどうにかしないと…。

 この曲は、とにかく色々とやらないといけない事がたくさんあるので、ついつい歌うのに夢中になって、色々な事のすべてに心が砕けません。本当は、その色々な事を、無意識で処理できるほどに上達していればいいのですが、テク的にまだまだな私は、無意識ではなく、意識して一つ一つの事をやっていかないと、とても歌えない曲なんです。

 出来ていない事はたくさんありますが、その一つに、どうやら、息を吐ききる事を忘れがちになり、それが酸欠を引き起し、歌い手(つまり私)をヘロヘロにしてしまっているようです。

 歌い手にとって、呼吸は常につきまとう課題です。

 本当の初学者は、息を吸いすぎて、アップアップになって酸欠になって苦しむのです。しかし私は、どうやら多少は上達したらしく、“息を吸いすぎる”段階はクリアして、息を無駄に吸うことはなくなりましたが、きちんと息を吐ききる事がまだまだ習慣化されていなくて、ついつい体内に残ってしまった息で苦しむ事になるのです。

 体内に残ってしまった息…それは、ガス交換が済み、酸素はほとんど含まれず、二酸化炭素が充満した空気です。つまり、声帯を振動させるための息としては使えるかもしれないけれど、生命体として不要物と言うか、なまじこんなものが体内にあると、新鮮な酸素を多く含んだ空気を吸えなくなる邪魔モノを、ついつい残してしまうのです。

 ああ、私は、まだ体内に幾分かの空気が残っている段階で、次の息を体内に入れてしまうのです、詰めが甘いんです…。

 最後の最後まで息を使い切れば、新鮮な空気がたくさん体内に入ってくるのに、なまじ息を体内に残したまま、次の空気を体内に入れてしまうものだから、たくさんの空気は入ってこないし、おまけに、吸い込んだ新鮮な空気だって、体内に残った汚い空気と混じり合ってしまうし…実によろしくない事なんです。

 人間の肺の容量は有限です。つまり、出した分しか中に入りません。ちょっとしか出さなければ、ちょっとしか入りません。たくさん出しておけば、たくさん入ります。この単純な原則が、実行するとなると、なかなかに難しいものとなるわけです。

 私が「約束」を歌っていて、後半ヘロヘロになるのは、疲れてしまうからです。つまり「息が上がっている」からで、その原因はどうやら「無駄な力み」と「酸欠」なんです。「無駄な力み」の方は、おいおい片づけるとして、歌っていて、ドンドン息が苦しくなるのに、自由に呼吸ができずに、新鮮な酸素もたくさんは補充されず、結果として酸欠状態に陥り、それが疲れとなって我が身に襲いかかってくるわけです。

 楽器の方には分かりづらいかもしれませんが、歌うという行為は、かなり激しい運動なんですよ。たくさんの酸素を消費します。歌の酸欠は、フルートの酸欠とは、世界が違います。歌の酸欠は…時々、あっちの世界が見えます(笑)。

 なので、休符があったり、ちょっと間があったら、寸暇を惜しまず、息を吐ききります。時間が許されるなら、目立たないように(笑)曲の間に深呼吸をしちゃいます。息を吐く時は、それこそ「肺をひっくりかえして、奥の奥にある空気まで出してしまう感じ」で息を吐ききります。 

 とにかく、息は、吐けば、入るんです。汚い空気を体内から出せば出すほど、新鮮な空気を体内に取り込む事ができ、酸欠が回避できます。

 ……なんて、理屈は分かっても、なかなか息を吐ききれるもんじゃないです。息を吸いすぎるのは回避できるようになりましたが、息を吐ききるのはなかなか難しいです。

 これからは、しばらくの間、息を吐ききる事に留意しながら、この曲の練習をしてみたいです。とにかく、できないところを一つ一つつぶしていかないとね。難しい曲だけれど、逃げないで、ぶつかっていかないとね。
 
 
 さて、最後に録音した音源について解説(言い訳?)しましょう。

 まず、「哀れな男」からずいぶん経っている事もありますが、だいぶ声が変わっていますね。前々から年齢にふさわしくない若作りな声(苦笑)しておりますが、その若作りに一層の磨きがかかり「一体、どこのアンチャンが歌っているんだ?」って感じになっております。

 声の若返りはいいのですが、響きが全然足りないねえ。まだ、きれいに響くポイントで歌えていない証拠です。要訓練ですよ。

 発声練習を重ねた事で、声が、昔の、若い頃の声に戻りつつあります。思い出してみると、私の声って、すごく軽くて甲高い声だったんだよね。20代の頃に、マリオ・デル・モナコに憧れるようになって、重い声で歌うのがかっこいいって思って「ああ、重い声で歌いたい」と毎日念じていたら(加齢のせいもあるけれど)やがて段々と声が重くなって言きましたが、私の素の声は、こんな感じの軽い声だったんだよね。

 こうやって、訓練していく事で、本来の自分を取り戻していくというのは、なんだか、うれしいです。でも、昔は、もっともっと声が軽かったような気がします。だから、訓練を続けていけば、まだまだ軽い声になっていくんじゃないかな~って気がします。なにしろ、昔は、テノールではなく、メールアルトだったからね(爆)。だから、このまま声が軽くなっていったら、最終的には…性別不明な声になるか? だったら愉快だなあ(って、さすがにこの年令で、そこまで軽くはならないか)。

 しっかし、ちっともエロくない声だなあ…。もっと、声に色艶が欲しいものです。

 聞いた感じ、まだまだ乱雑な歌い方に聞こえますね。別に乱雑さを狙ったわけではないのですが、まだまだポジションを高いところにキープし続けるのは難しいみたいです。それで、どうしても乱雑な歌い方になっているようです。今後の課題としては、もっと丁寧に聞こえるような歌い方をマスターしないといけません。そのためにも、高いポジションのままでも楽々と歌えるように、自分を訓練しないといけませんね。

 ちなみに、この曲は難しい曲かと尋ねられたら、たぶんそんなに難しくはないと答えるでしょ。なにしろ、本当の声楽初学者も歌う曲ですから。

 ただ、高声用の譜面で歌っていますので、メロディが五線の上の方に固まっている事と、最高音(高いGです)がやたらと頻出するって事くらいでしょうね。ソプラノなら楽勝って感じの曲でしょうね。上手なテノールだと、すごく良く声が響く曲だと思います。私は…お聴きのとおりです(汗)。

 というわけで、そんな私が歌う「陽はすでにガンジス川から」が聞きたい方はこちらへどうぞ。なお、歌詞と対訳は以下をご覧ください。

 
Gia il sole dal Gange
陽はすでにガンジス川から(すとん訳)

 
 
Gia il sole dal Gange,
太陽はすでにガンジス川から昇った

Gia il sole dal Gange,
太陽はすでにガンジス川から昇った

piu chiaro, piu chiaro, sfavilla,
より明るく、より明るく、光り輝いている

piu chiaro, sfavilla,
より明るく、光り輝いている

piu chiaro, piu chiaro, sfavilla,
より明るく、より明るく、光り輝いている

e terge ogni stilla dell'alba che piange.
すべての朝露をぬぐい取ってくれる

dell'alba che piange. dell'alba che piange. dell'alba che piange.
朝露を、朝露を、すべての朝露をぬぐい取ってくれる

Gia il sole dal Gange,
太陽はすでにガンジス川から昇った

Gia il sole dal Gange,
太陽はすでにガンジス川から昇った

piu chiaro, piu chiaro, sfavilla,
より明るく、より明るく、光り輝いている

piu chiaro, sfavilla,
より明るく、光り輝いている

piu chiaro, piu chiaro, sfavilla,
より明るく、より明るく、光り輝いている
 
 
Col raggio dorato,
太陽が金色の光で

Col raggio dorato,
太陽が金色の光で

ingemma, ingemma, ogni stelo,
すべての草木を飾りたてる

ingemma, ogni stelo,
すべての草木を飾る

ingemma, ingemma, ogni stelo,
すべての草木を飾りたてる

e gli astri del cielo dipinge nel prato.
野原の天空に星々を描き出す

dipinge nel prato. dipinge nel prato. dipinge nel prato.
野原に描き出す、野原に描き出す、野原に天空の星々を描き出す

Col raggio dorato,
太陽が金色の光で

Col raggio dorato,
太陽が金色の光で

ingemma, ingemma, ogni stelo,
すべての草木を飾りたてる

ingemma, ogni stelo,
すべての草木を飾る

ingemma, ingemma, ogni stelo,
すべての草木を飾りたてる

2011年7月25日 (月)

そう言えば、ヴァイオリン始めて、たぶん一年ってところじゃないかな?

 ヴァイオリン独学練習報告です。そう言えば、私がヴァイオリンを始めて、約一年がすぎました。で、ただ今、教則本的には、篠崎の80番台です。ページ数的に言えば、第1巻の半分です。

 私にはヴァイオリン系のマイミクも少ないし、リアルなお友達はいないし、現在は独学なので、他の人との学習の進捗状況の比較が全然できないのだけれど、たぶん、進度的には極端に遅いんじゃないかな? なにしろ、一日5分も練習できたらマシなくらいしか練習しないし(爆)。私の場合、おそらく一週間の練習時間を全部合わせても、30分にならないと思う。この程度でヴァイオリンに限らず、楽器と言うものかメキメキ上達しちゃったら、ヘソで茶が沸いてしまうでしょう。

 さて、大人の趣味のヴァイオリンの人って、少なくともブログを一生懸命アップしているような人たちって、毎日数時間の単位で熱心にヴァイオリンの練習しているでしょ。少なくとも、声楽やフルートの人なんかよりも、うんと真面目(なぜでしょ?)。

 篠崎の1巻なんて、そんなに毎日数時間も練習している人だと、どれくらいで終了しちゃうのかな? 1年? いやいや、せいぜい三カ月から半年? たぶん半年はかからないだろうねえ。篠崎全4巻だって、2~3年で終わるんだろうなあ。

 私のヴァイオリン上達速度は遅いけれど、でも、そういう人とは色々と状況が違うので、うらやんだりはしません。単純に「ああ、すごいなあ~」って思うだけです。

 それにしても、時間とお金が欲しいです。特に時間が欲しいです。時間があれば、ヴァイオリンを独学にせずに、先生について習えるものを…。もっとも、ヴァイオリンを習って何をするのか?と尋ねられても、答えられない私ですが…。結局、弾きたいから弾くって感じなんだろうなあ。

 …ピュアだな(照)。

 せっかく、ヴァイオリン始めて1年目のアニヴァーサリーな記事なのに、愚痴っぽくなっちゃったよ。いやあ、申し訳ないです。
 
 
 さて、今回、篠崎教本はどこまで進んだのかと言うと…。

 84番「八分音符」 OKです。音符が細かくなったので、多少右手が忙しくなるけれど、だからと言って、別に難しくなるわけではないので、忙しいけれど乱暴にならないように気をつけていけばいいんじゃないかなって思いました。

 85番 OKです。同じような八分音符の練習課題ですね。ただ、こちらの方がメロディアスで練習していても楽しいです。これも要は慣れの問題ですね。

 86番「ガボット」 OKです。やっぱり曲の方が楽しいですね。音符が細かい上に、速度指定がアレグレットなので、忙しいです。忙しいから言って乱雑になってはいけません。これから、この程度の速さでこの程度の細かさの曲なんて、いくらでも出てくるのだから、この程度でアタフタしないように、しっかり速さに適応していきましょう。

 87番 OKです。八分音符の練習で、スラーの有る無しを弾き分けるって練習ですね。この手の練習は得意だよ。

 88番「春が来た」 OKです。テーマと二種類の変奏ですね。うん、よく知った「春が来た」がちょっとおしゃれな感じに変奏されています。変奏曲って言っても、元は同じ旋律のバリエーションですからね。そんなに難しくはなりません。いやむしろ、テーマはスラーがあるけれど、変奏の方は一つもスラーがありませんから、むしろ変奏の方がたやすいかもしれません。
 
 
 ううむ、実質、二週間かけて「ガボット」と「春が来た」の二曲が弾けるようになっただけ。なんなんでしょ、この進みの遅いこと(呆)。「ガボット」にせよ「春が来た」にせよ、この程度の曲なんて、初見でサッサカ弾けないとダメなレベルでしょ。それが、そうも簡単に弾けないなんて…私のヴァイオリン力って、目もくらむばかりに低いんだな。

 溜息だね。

2011年7月24日 (日)

自分の配偶者の事を、なんて呼んでる?[2011年7月第4週・通算24週]

体重:100.9kg[+-0.0kg:+0.3kg]
体脂肪率:30.0%[-0.2%:-0.1%]
BMI:31.9[+-0.0:+0.2]
体脂肪質量:30.5kg[+-0.0kg:+0.2kg]
腹囲:99.0cm[-0.5cm:-12.5cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 夏になりましたね。仕事の山は越え、のんびりとダイエットできるはずだったのに…「ひとこと」でも書きましたが、なんか忙しい。ダイエットしている暇がない…。ダイエットって、食べるものを減らせばできるわけじゃないのにねえ…。ああ、困った。

 さて、今週のエッセイです。

 何でも”He”とか”She”とか“It”とか“They”とかで済ます、どっかの国と違って、我が日本語には、人の呼称に関して、実に豊かなバリエーションがあります。今回は、その中で、配偶者の呼称について、ちょっと考えてみました。つまり「自分の配偶者の事を、なんて呼んでる?」って事です。
 
 
 まず、女性の方が、自分の配偶者を、普通は何と呼んでいるのかな…と、ちょっと思い浮かべてみました。

 私の世代あたりだと……夫、主人、旦那、亭主、連れ、相方、うちの人、ダーリン、ハニー、ハズ、パートナー、おとうさん、パパ、[下の名前]くん、[あだ名]くん、[名字]さん。

 書き言葉、話し言葉、ごったまぜですが、だいたい、こんなところでしょうか?

 一方、男が自分の配偶者を呼ぶ時の言葉も、同様に思い浮かべてみました。

 …妻、奥さん、家内、女房、嫁、カミさん、おかあさん、ママ、[下の名前]。

 こんなところかな? 実にたくさんあります。しかし、女性配偶者よりも、男性配偶者を呼ぶ言葉の方が数多いのは、おそらく女性の方が言語生活が豊かだからでしょうね。
 
 
 さて、時折、一部の女性たちが、自分の配偶者の事を「主人」と呼んだり、他人から自分の事を「奥さん」って呼ばれたり、自分の配偶者から「嫁」と呼ばれてるのを嫌うって話を聞いた事があります。家制度とか主従関係とかを思い浮かべるそうで、だいたい、フェミ系の人々がそんな事を言っているような気がします。

 フェミ系でなくても、「家内」とか「女房」とか「カミさん」とか呼ばれるのは…ちょっとねえ、と言う人もいますね。なんか、言葉が古めかしくて、イメージが自分に合わないって思っているようです。そうかな? 私は「家内」とか「女房」って言葉は、好きだな。特に「女房」って言葉は、語感がなんとなく“はんなり”していて、いいじゃない?

 男性の場合も「ダーリン」とか「ハニー」とかのカタカナ系呼称で呼ばれるのを嫌う人は少なくないでしょう。もちろん、そのあたりの事は、女性を分かっていますから、本人の目の前でカタカナ系の呼称は使いませんが、本人のいないところでは、案外、カタカナ系呼称を使っていたりします。…カタカナ系の言葉だと、なんか、生活感と言うか現実感が乏しく感じられますね。おそらく一種の照れ隠しで使うのでしょうか?

 また、日本の家庭の場合、子どもがいる家庭では、家族間の呼称がいつのまにか子ども視点の呼び方になってしまうケースも多いです。だから、夫婦が互いの事を「おとうさん」「おかあさん」って呼び合う家庭ってかなり多いんじゃないかな? で、子どもが一人前になって巣立った後も、なんとなく惰性で「おとうさん」「おかあさん」って呼んでいたりする…でしょ。こういう家庭は、今度は孫がやってくると「おじいちゃん」「おばあちゃん」に呼称がランクアップしたりするみたいです。

 そんな家庭もある一方、自分の子に「おかあさん」って呼ばれるのはいいけれど、配偶者から「おかあさん」って呼ばれるのはイヤ、私はあなたを生んだ覚えはない、って言う人もいますね。

 まあ、女性は、呼称にこだわる方が多いみたいです。ってか、男って無神経?

 一方、男性は…なんかそのへん適当って言うか、雰囲気に流されていると言うか、特にこだわらない人が多いみたいです。あまり、こう呼ばれるのはイヤだとか、そういう話は聞きません。たぶん、女性の方で「この人はこう呼ばれたらイヤかな?」って気をつかってくれているからなんでしょうね(汗)。
 
 
 さて、他人の配偶者を(話し言葉で)どう呼ぶか、ちょっと考えてみました。

 男性の知り合いに向かって、その人の配偶者(女性)を呼ぶ時は…まあ、普通は「奥さん」かな? 私の場合は、ほぼ、これ以外の言葉は使わないと思います。

 ただ、例外的に親しい友人相手だと「おまえんとの」って言う表現を使います。例えば「この前“おまえんとこの”、スーパーで見かけたぞ」とか「“おまえんとこの”は、料理が上手で、幸せだな」とかね。

 女性の知り合いに向かって、その人の配偶者(男性)を呼ぶ時は…「ご主人(さん)」か「旦那さん」かな?

 女性が親しい友人なら、その配偶者の事は「亭主」って呼びます。「この前、お前の“亭主”とバッタリ駅で会ってサア~」とか「もっと“亭主”を大切にしろよ」とかね。
 
 
 私が自分の配偶者を他人に言う時は、なんて言っているか? ブログなどの書き物では「妻」ですね。で、話し言葉では……やっぱり「妻」が多いかな? 改まった場とか目上の人相手はもちろん、日常的にも私は「妻」という言葉を使うかな? もっとも、私は自分の両親の事だって、他人に対しては「父」「母」と呼ぶし、親族の事は「祖父/祖母」「叔父/叔母」って呼びます。私は嫡男なので、兄とか姉に相当する人はいませんが、いたらきっと、そう呼んでいるだろうな。私はそういう言葉づかいをする人なんです。

 ただ、くだけた場などでは「妻」と呼ぶのはナンなので、そういう時は「ウチの」って呼んでます。 例えば「“ウチの”は、それ好きだよ」とか「それは“ウチの”に聞いてみないと分からない」とかね。で、たまに流れとか雰囲気で「奥さん」とか「女房」って言葉を使う時もあります。

 妻に「他人に私の事を話す時、どんな言葉を使っている?」と尋ねたところ、書き言葉としては「夫」だそうです。話し言葉としては「主人」を普通に使い、友達相手などくだけた場面では「ダンナ」だそうです。

 「ふーん、普通は“主人”なんだ」
 「そうだよ」
 「世間じゃ、自分の夫のこと、死んでも“主人”って呼びたくないって女の人もたくさんいるのに…」
 「でも、あなたは私のご主人様でしょ?」

 ちなみに互いの事をなんて呼んでいるのかって言うと…、私は妻のことをだいたい「おい」って呼んでます。妻は私の事を「ねえ」って呼んでます。名称・呼称と言うよりも呼びかけ語ですね。でも、そんなものでしょう。日本語って主語抜きでも会話が成り立つ言語ですからね。そういう意味では、すっごく日本的な呼び方ですね(笑)。

2011年7月23日 (土)

暴れるシッポナと、筋の入ったカゲムシャと、シワがよるチビの話

 なんの話かと言うと、うちの緋ドジョウたちの話です。

 我が家の水槽には、三匹の緋ドジョウがいます。緋ドジョウとは、肌色の肌を持つ(笑)ドジョウです。アルビノのドジョウですから、よく見ると、目も赤かったりします。この子たちは、普通のドジョウと違って、ペットとしての自覚があるのでしょう。地面にもぐったり、物陰に隠れたりはせず、いつも人間様に、そのラブリーな姿をさらし続けています。「見られる事がペットの本分」という事を、よくよく熟知している子たちでございます。

 その三匹の緋ドジョウなのですが、一番小さな、シッポナと呼ばれている子は、体調がかなり悪く、時折(それも頻繁に)水槽の中をものすごい勢いで、のたうち回ると言うか、七転八倒しているというか、すごい発作を起しております。おそらく、人間でいうところの、テンカン発作のようなものなのだと思います。発作中は、なにやらすさまじいのですが、発作が収まっている時はおとなしいものです。

 あとの二匹は元気ですよ。健康だし、いつも二匹で一緒にいます。おそらくカップルなのでしょうね。

 この元気な方の二匹も、最近、よくよく観察してみると、色々と個性と言うか、外見的に変化してきた事が分かります。

 カゲムシャは…病気なのでしょうか? 以前はなかったのですが、カラダの背骨に沿った感じで、体側に何やら筋(すじ)のようなものが隆起するようになりました。あれは一体何? デザイン的にはむしろカッコいいのですが、やはり生物としては、ちょっとおかしい形状だと思いますよ。でも、見た目はレレレですが、元気は元気です。

 一方、一番大きなチビ(笑)は、丸まると太っています。どれくらい太っているかというと、頭が明らかに小さいです。普通、ドジョウって、頭の大きさとカラダの太さが同じだと思うのですが、チビは明らかにカラダが太いです。頭蓋骨が終わるあたりからグンッって感じで盛り上がってカラダになっています。まるで、チクワの穴に差したキュウリ(チーズでも可)のようです。

 さらに、チビはカラダを曲げると、その内側に大きなシワがよります。つまり、三段腹? 体側に脂肪が溜まりすぎているっ事ですね。今まで、何匹もドジョウは飼っていましたが、曲げるとその内側にシワがよる三段腹なドジョウなんて、始めてです。

 …きっと、食用にしたら、美味しいでしょうね。

 実は我が水槽には、ドジョウがもう一匹います。それは縞ドジョウなのですが、この子は、いつもカラダを砂利の中に隠していて、ほとんと観察できないので、ここには何も書けません。残念。(でも、本来、ドジョウってそんなもんだよね)

2011年7月22日 (金)

細かい音符が続く箇所は……習字で言えば『画数の多い漢字を書く』要領で歌えばいいんじゃないかしら?

 …合唱の練習に行ってきました、遅刻でしたが(恥)。いやいやいやいや~、私の名誉のために書いておくと、私は普段は遅刻などしない人なんです。むしろ、早く会場について幹事の人に嫌がられるタイプの人なんですが……節電ダイヤ?で運行が間引かれている上に、ダイヤも乱れていて、なんかずっと?電車が来ませんでした。参ったね。おまけに、会場についてからも、入団手続きとやらで右往左往してしまって、すっかり遅刻ですよ。私が練習会場に入った時は、体操がすでに佳境に突入していました。…私は体操をしっかりやりたい人なので、体操が出来なかったのは、かなり残念無念な事なのです。

 入団手続きのところで、楽譜の購入となりましたが、私は赤い全音版(音符部分はベーレンライター版と同じ)を持っていますので購入しませんでしたが、妻は青いベーレンライター版の楽譜を購入しました。青い楽譜は見るからにカッコいいですね。なんか、ちょっと羨ましいです。

 でも、中を見たら、歌詞がドイツ語(驚)で、そのドイツ語の歌詞の下にイタリック体で英語のオリジナル歌詞が付いてました。…さすが、ベーレンライターはドイツの楽譜屋だな、オリジナル歌詞よりも母国語歌詞を優先しているわけだ。日本でのメサイア歌唱は、普通、オリジナルの英語で歌われるのが通例だから、これ、結構、見づらい楽譜だよ。私は全音版でいいや。こっちの版はドイツ語歌詞が無い分、見やすいもの。

 しかし、オーディションもなければ、声聞きも無しで、本人の申告で、入団許可がおり、パートが決まる合唱団と言うのも、なかなかオツだね。あるいは、私向きとも言えるかな? ここでオーディションなどがあって、私の声をしっかり聞かれてしまったら、合唱に不向きな事がバレバレですからね。却って好都合というものです。

 さあ、たっぷり遅刻して、入室したところでやっていたのが『バタフライ体操(?)』でした。これは何かと言うと、水泳のバタフライのように腕を動かしながら発声をするというもの。最初は簡単簡単とナメテかかりましたが、実は結構シンドイ体操だったりします。腕やら肩やらの筋肉が痛くなるし、息が上がります。結構な運動量です。

 しかし、こんなシンドイ体操が、発声にどんな影響が与えるのか? なんとなく解せないまま、やっておりましたら、指導のY先生から説明がありました。なんでも、腕を一生懸命動かす事で、ノドに力が入るのを防ぐのが目的の体操なんだそうです。…まあ、確かにこれだけ腕をブンブン振り回していたら、気も散るし、力も入らないし、喉声じゃあ歌えませんね(お見事)。

 さて歌の練習です。最初は前回の続きで、19番“Behold the Lamb of God”です。この曲はリズムの読み替えがあって、基本的に「八分音符は十六分音符に置き換えて、全体的にリズムが跳ねるように歌う」のだそうです。ま、例年の事のようなので、周りの諸先輩の歌い方に追随していけば問題ないでしょう。

 途中、強弱の指定がありました。何ヶ所かpで歌うことになりましたが……ここの合唱団のpは、本当に“かそけきp”でございまして、私の最弱音ですら、会場に響きわたるほどの音量でございました(涙)。ううむ、ヤバいヤバい…。

 今回、ここの合唱団では「(私の)声は目立たせない、聞かせない」という方針で歌ってますが、ここのpは本当に手強いです。ううむ、ここは気息音(つまりささやき声)で歌うか、クチパクにするか、いっそ落ちてしまうか…悩みどころです。しかし、気息音にしても、私の場合、子音が響きわたってしまいそう(涙)。やっぱ、クチパクかなあ…。

 19番が終わったところで「じゃ、パート練習ね」という事で、男女別に部屋を分かれて練習しました。当然、合同練習で使っている小講堂(“小”と言えども、かなり広い会場)は女声に譲り、男声が上の階にある図書室に移動して練習です。

 男声のパート練習の指導にあたってくださったのが、本日のピアニストさん(女性)。女声パートの担当がY先生(男性)ですから、ちょうどそれぞれのパートを異性の指導者が教えると言うわけで…確かにこの方がモチベーション上がるかも。少なくとも、オッサンジイサンたちは、若い女性の指導者の方が「ここは、良いところを見せてやるか!」と気合が入るというものです(爆)。

 パート練習の最初に「この曲(メサイア)を始めて歌う方はどれくらいいますか?」という質問があったので、挙手したら、私一人だけ(?)。「じゃあ、サア~っと通せばいいですね(笑顔)」と来たもんだ。お~い、初心者、おいてけぼりかよぉ~(涙)。

 …ま、メサイアなんて、合唱やってれば、誰でも歌える程度の基本中の基本のようなレパートリーだからねえ…。こういう扱いは仕方ないよね(ちょっと納得いかない…)。

 しかし、小講堂だと、会場の広さに負けて、声が散ってしまう団員の皆さんですが、図書室くらいの狭さだと、結構、声がビンビン聞こえますね。むしろ私の声の方が聞こえないくらいです。ま、彼らは狭い部屋の方が歌いやすいのでしょうね?

 21番“Surly”、22番“And with His stripes we are healed”、23番“All we are sheep”の三曲は、事前に自宅でしっかり音を取っておいたから、まあ、なんとかなりました。…ってか、前回の練習の様子から、今回はこの三曲まで音取りをしておけば十分だろうとタカをくくっていたのですが、これらの三曲は本当にサラサラ~と流されてしまいました。

 で、39番“Halelujah”です。まさか、この曲まで来るとは思わず、この曲の準備は全くしていませんでした…が、数年前に歌った事があるので、その時の事を思い出しながら歌ってみました。しかし“Halelujah”には、難問鬼門の高いAがあります。これだけ高い音を見ると、ついつい気合入れて歌いたくなりますが…それは禁忌と言うものだね。とりあえず、ここでは、この音も脱力系の声で響き優先で歌いましょう。しかし、さすがにこれだけ高い音を脱力系の声で歌うと…ファルセットになっちゃいますが…そこは勘弁勘弁です。オペラ声で押し気味の張った声よりも、ファルセットの方が、合唱的だしね。

 この4曲をやったところで時間切れでパート練習は終了。ふう、こちらの思惑よりも一曲多かったけれど、まあなんとかなったかな?

 そうそう、このパート練習で、ピアニストの先生が良い事をおっしゃっていたので、書いておきます。それは「細かい音符が続く箇所は……習字で言えば『画数の多い漢字を書く』要領で歌えばいいんじゃないかしら?」 なんか、目からウロコが数枚落ちたような気がしました。うん、そうかもしれない。

 お習字で、ひらがなを書く時と、画数の多い漢字(例えば「憂鬱」とかね)を書く時は、筆の使い方が変わりますでしょ。ひらがなは線に力を込めて、太々とした線でしっかりと書きますが、画数の多い漢字は、むしろ、線の一つ一つは軽く洒脱にし、全体での見晴らしを優先した筆遣いで書きますでしょ?

 楽譜が単純に見えるメロディは、音の力とか美しさに心を込めて歌っていかないといけませんが、音符の細かいところ(つまり、メリスマの部分)などを、メロディを歌うのと同じ要領で歌ってしまうと、騒がしいし、旋律の動きが鈍くなって、歌が遅れ気味になります。メリスマは、メロディと違って、軽やかな声で軽快にフットワークよく歌っていかないといけません。一つ一つの音の美しさよりも、フレーズ全体の美しさを優先して歌っていくわけです。ピアニストという人種は、自分では歌いませんが、歌をよく聞いている人なんだなあと思いました。うん、メリスマは、画数の多い漢字なんだと思う事にしました。

 で、パート練習が終了して、休憩時間になりました。団の女性幹部の方が一枚のCDを持ってやってきました。そのCDには「ブルックナー ミサ曲第三番 テノール音取り練習用」と書かれていました。話をうかがったところ、この合唱団はメサイアの他に、現在、ブルックナーのミサ曲第三番を練習しているそうで、私に、そのブルックナーの練習に参加して欲しいと言うのですよ。

 うほほ、なんか、うれしいね。今まで、どこの合唱団に行っても、邪魔者扱いしか受けてこなかった私ですが(いや、実際、私の声は本当に、合唱団だとジャマな声だと思いますよ。なにしろ、Natural-born soloist だもん)、始めて、この手の一本釣りの対象になって、本当~~にうれしいです。今までは、そばで一本釣りされている人を見ては「自分はまだまだだなあ…」って思っていましたからね。これも自分の声を偽って、小声で歌っているからかな? なんか悪い気がします。

 一応、即答は避けて、ひとまず音取りCDは受け取りました。せっかくなので、音取りCDは一通り聞いてみる事にして、ブルックナーの曲は知らないので、音源に当たってみるつもりです。

 ああ~、お気持ちはすごくうれしいし、評価されて天にも登る気持ちですが、私は忙しいんです。声楽の個人レッスンがあって、歌劇団の練習があって、フルートもあって、ヴァイオリンも独学でチマチマやって…。その上に(期間限定なので覚悟を決めて)無理して予定を入れたメサイアの練習なんですが、そこにさらにブルックナーですか? つまり、この合唱団に永続的に参加してくださいって事でしょ?

 うれしいけれど、止めておいた方が無難だよね。そんなに、たくさん練習を入れたら、絶対にパンクするよな…。 だいたい、第九だって召集令状が来ているにも関わらず、パスしたのだから…ねえ。

 合同練習に戻ったところで、47a番“Worthy is the Lamb that was slain”の練習です。お~~~い、その曲、パート練習でやっていなければ、当然、自宅で譜読みなんかしていなよぉ~。…なんて言う、私の心の叫びは軽くシカトで(当たり前か…)で練習が進みました。私は、当然ですが、初見で歌うのです(涙)。

 しかし、当然ですが、47a番“Worthy is the Lamb that was slain”なんて、初見で歌えるほど甘くて簡単な曲ではありませんでした。私は練習の途中から傍観者になっちゃいましたよ。…次回までにしっかり音を取っておこう。

 で、47a番“Worthy is the Lamb that was slain”を一通り通したら、終曲である47b番“Amen”に入りました。さすがに時間もなかったので、最初の20小節分までで練習は終了しましたが…今回はグイグイ行きますねえ。この曲も事前に譜読みなどしておりませんでしたが、以前、音取りをした事があるので、それを一生懸命思い出しながら歌ってみました。

 それにしても、今回の練習、進度速すぎ! 確かにほぼ全員が経験者だから、練習なんてこんなペースでしょうが…ううむ、付いていくだけで精一杯じゃい。

 やっぱ、ブルックナーなんて無理だよな。

2011年7月21日 (木)

とにかく正確に演奏しましょう

 フルートのレッスンに行ってきました。

 今回はいつもどおりの時間にレッスンに行きました。教室の前まで行くと、いつもの上手な姉弟子さんと先生の二重奏が聞こえます。「先生を待たせないで済んだなあ~」と思いながらドアを開けると……先週、私とバッティングした姉弟子さんが座って待っていました。

 意趣返し? 前回、私が彼女のレッスンの時間に乱入したから(と言っても、順番は譲ったんだけれどね~)、今回は彼女が私のレッスン時間に乱入? まさか? まさか?

 ……ま、おそらく、前回、私にレッスンに時間に乱入されて、それがイヤだったので、彼女の方で時間をズラして、私とバッティングしないように考えて、お教室に入ったんでしょうね。で、ズラした先に、またまた私がやってきたって事でしょう。

 あれ? 嫌がらせをしているのは、私の方??? 違う違う、私はいつもの時間に来ただけで、何も考えてないのよぉ~。

 とにかく上手な姉弟子さんのレッスンをたっぷり聞いて(今回は長かった~)、それで先生を除いたお弟子三人衆でロングトーンの練習をして、レッスンがバッティングした姉弟子さんのレッスンを聞きながら、じっくりと自分の番を待っていました。…いや、じっくりと…じゃないです、途中で寝ちゃいました(笑)。上手な姉弟子さんのレッスンだと絶対に寝ないんだけど、私と同じようなレベルの人のレッスンだと、聞いていて退屈で退屈で(笑)。おまけに、仕事帰りで疲れていたんだも~ん。机にうっぷしてガッツリ寝ちゃいました。

 たぶん、寝てたのは5~10分くらいだと思います。ふと目覚めて、気合を入れ直していると、まもなくレッスンは終了。うむ、レッスンの待ち時間なんて、寝てれば一瞬だな(爆)。

 で、私のレッスンになりました。今回はミニヨンの3番です。はい、合格いたしました。だって、この一週間、頑張って練習したもーん。結構面倒くさい運指のところも諦めずに反復練習したさ。だから、ほぼノーミスで行きました。かなりうまく行ったので、曲の終わりにちょっと油断して、最後の3Gの音がうわずってしまいました。第三オクターブの音はうわずりがちになるので、いつもは気をつけて音を押さえているのだけれど「うまく吹けたじゃん、やったねー」なんて、ついつい考えたせいか、最後にヘマしました。

 油断大敵、火がぼうぼうだね。

 でもまあ、そこは勘弁してもらいました。最初はつかみどころのない曲だなあと思ったミニヨンの3番でしたが、ちゃんと譜面を読み込んで演奏すると、案外おもしろい曲でした。この曲、私は結構好きかもしれない。

 しかし、教わる先生によって(私の)演奏スタイルも変わるもんだなあって思いました。

 今のこの演奏では、笛先生なら不合格でしょうね。と言うのも、この私の演奏は遅い(この曲はモデラート指定ですが、私のテンポはアンダンテですね)し、テンポ揺れすぎ(ルバート&アッチェレランドかけ過ぎ:笑)なので、笛先生なら「次回、もう一回やりましょうね」って事で、アウトでしょうね。でもH先生だと、たとえテンポが遅かったり、一定していなくても、運指やアーティキュレーションが正確ならば、合格にしてくれます。

 笛先生だって、もちろん、運指やアーティキュレーションの大切さをよく言っていたし、いずれは直そうと思っていたと思うのですが、それよりも大切な事は、速い速度で演奏出来る事、少なくとも楽譜に書かれた指定速度でミスなく吹けるのが最低ラインの合格条件。まずはそこが優先されるので、運指やアーティキュレーションは、ついつい後回しになっていたんだと思います。

 笛先生のレッスンでは、常にバンドでの演奏を念頭においていたと思います。だから、速い速度に対応できる事で、何があっても音楽を止めない事を優先していました。実際、バンドとセッションする時に、バンドの速度についてこれないのではダメだし、ミスをしたからと言って、立ち止まったり吹き直しをしたら、バンドに迷惑がかかりますからね。それは禁忌です。

 一方、H先生は、音大受験生の面倒を見るのが仕事です。そのために、入試を突破する力をつけるという事を考えているみたいで、私のような趣味のオジサン相手でも、そのあたりの方針はあまり変わらないようです。ですから、H先生のレッスンでは、正確さを何より求めます。いくらテンポが正しくても、正確でない演奏はダメなんです。いや、テンポを落とすことで正確な演奏が可能なら、まずはテンポを落として、正確さを優先しなさいって事で、つまり、可能な限り、きちんと楽譜どおりに吹いてみなさいって事なんです。

 なので、現時点の私のレッスン課題は、いいかげんな運指と適当なアーティキュレーションを直す事、なのでしょう。そのため、指定速度で演奏できる事や、一定テンポで演奏する事は、逆に後回しにされているのだと思います。

 なので、私がH先生の前で、指定速度より遅く演奏するのは、単純にミス回避のためです。やはり、同じフレーズでも速度が速くなると、格段に難しくなります。そこで速度を取るか、正確さを取るかで、笛先生の時は速度優先にしてツメが甘い演奏になっていたわけですが、H先生になってからは、正確さ優先で低速演奏で行ってます。

 音楽って奴は、適切なテンポというのがあって、それよりも遅いテンポで演奏すると、大抵の曲は、その音楽としてのおもしろさが、半減しちゃうと言わざるを得ません。

 遅いテンポで演奏する事で、音楽そのものを台無しにしているので、それをリカバーするために、私の場合、ついついテンポを揺らして、歌心って奴を注入しています。で、時折、歌心を注入しすぎて「号泣しちゃダメ」って言われるわけです(汗)。

 まずは楽譜どおりに正確に演奏する事が当面の目標です。でも、H先生はそれだけじゃダメだと言います。楽譜どおりに演奏できた上で、音楽を奏でる事を求めてきます。

 私に関して言えば、音はちゃんと出ているし、音作りという点では、とりあえず問題はないそうです(誉めすぎのような気もします…)。音の強弱もきちんとつけられる。エチュードをやる分には不足ないけれど、音楽を奏でるという事になると、まだまだ物足りないのだそうです

 特に足りないのが、使える音色が少ない事。もっと多くの音色をフルートから引き出せるようにならないと、フルートで音楽なんてできないと言われました。

 数多くの音色が使えるようになるためには、もっともっと上手にカラダを使えないといけないのだそうです。特にアパチュアのバリエーション(?)を増やし、色々な吹き方ができる事が必要だと言われました。

 …今の私は(笛先生直伝の)たった一種類のアパチュアしか使えません。その一種類のアパチュアの中で、あれこれと小細工を弄して、音色を替えているわけですが、そんな小手先のテクで出来ることって限度があるわけです。それよりも、ババンとアパチュアを多彩に使い分けて音色を替えていくのが、将来的な目標になるそうです。

 …ううむ、しかしアパチュアですか? 下手にアパチュアをいじると、音が出なくなるよな……やるにしても、遠い将来の目標だよなあ…。でも、色々な音色が自由に使えるようになったら、いいなあとは思います。

 さあ、次回からはミニヨンの4番です。例によって先生に模範演奏してもらいました。…なんか、3番よりも色々と面倒くさそうな曲だなあ。これを一週間で吹けるようにしてこいっとな。…できるかな?

2011年7月20日 (水)

夏の思い出?(笑)[音源付き]

 この前の三連休の時に、エーダさんとフルート遊びをしてきました。

 なにしろ初対面だったので、色々と打ち合わせをして、お互いの服装なども知らせあって、無事に出会えるように手筈を整えたはずでしたが、結局、簡単には会えませんでした。

 私に言わせれば、待ち合わせ場所に(私の中のイメージどおりの)エーダさんらしい人がいなかったからです。だって、その近辺にいたのは、みんなキレイ系の女の子たちだったからサ。私の中のエーダさんのイメージは…(以下省略)。

 一方、エーダさんに言わせれば、待ち合わせ場所付近に、似たような人が二人いて、どっちに声をかけた方がいいか悩んでいたようなんです。へえー、つまりデブが二人いたわけだ(爆)。と言うわけで、お互い、それぞれの姿を視界に入れながらも、決め手に欠けて、初対面までグズグズと時間がかかってしまったわけです。結局は、勇気を出したエーダさんが「間違っていてもいいや!」と覚悟を決めて声をかけたところ、それがたまたま私だったので、出会えたわけです。

 私からすれば、見知らぬ、美女に声をかけられて、ちょっとドギマギしました…が、この状況で私に声をかけてくるのはエーダさんしかいないので、すぐに合点しました。ま、本人が照れるから、あまり書かないでおきますが、エーダさんって、なかなか美しいルックスの方です(本人に、その自覚がないのが残念ですね)。

 二人でお買い物やランチなどをしてから、本日の演奏会場(別名、カラオケ屋)に行きました。

 まずはフルートを組み立てて、世間話をたっぷりしました(笑)。一通り、しゃべり終えたところで、フルート遊びの開始です。

 最初に取り組んだのは…エーダさんの先生が、この日のために薦めてくださった、ベートーヴェン作曲の「二本のフルートのためのメヌエット」という曲。マジなフルートの曲です。ちょっとやってみて、すぐ挫折。いやあ、譜面上は簡単そうに見えても、実際やってみると、そうそう簡単ではないし、ましてや合わせるとなると、難しいですね。この曲は、後日のリベンジを誓って、本日はひとまず、勇気ある撤退の決断を下しました。

 正直な話、クラシックの曲は、私たちの場合、フルート遊びの材料には向かないかも…。だって、まず、クラシック音楽って、楽譜どおりに演奏できないとダメでしょ。楽譜どおりに演奏するには、きちんと譜読みして、きちんと集中して、練習してから合わせないとダメでしょ。ミスがあったら、もちろんダメだし、勝手な事をしてもダメ。

 初対面の初心者が、初見の楽譜で、ロクに練習もしないで、いきなりフルートデュオをするには、ベートーヴェンは手強すぎました。ま、こちらが初心者ではなく、それ相応の演奏力があれば、また話は別なのかもしれませんが、二人ともまだまだフルート初心者で、楽譜どおりの演奏が困難なんだから、そりゃあ、そんなに気軽に楽しめないよ。

 てなわけで、私がたまたま持ってきた、リコーダー用の簡単なリード譜(メロディにコードが振ってあるだけの譜)を取り出して、二人で遊び吹きをする事にしました。ジブリの曲とかテレビの主題歌、有名な民謡やちょっとしたスタンダードナンバーなど、色々な曲が載っているリード譜だったので、適当な曲を選んで、二人で一緒にメロディを吹いてみたり、彼女にメロディを吹かせて、私がアドリブで伴奏をしてみたり…そういう遊びをしました。

 そんな遊びをしているうちに、エーダさんが「私、昔、クリーゲルのメヌエットをリコーダーで吹いたことがある」と言うので、たまたま楽譜(クラシックギター用の楽譜)を持っていたので、それを見ながら、フルートデュオってみました。

 もちろん、ギターの楽譜でフルートデュオですから、色々と工夫が必要です。一本の五線譜にメロディと伴奏がごちゃ混ぜに記載されているので、どこがメロディでどこが伴奏かを確認します。メロディはエーダさんが、伴奏は私が吹きます。ギターはフルートなどよりも、うんと音域が広いし、楽器の音の性格も違うので、ギターの伴奏をそのままフルートで演奏する事は(当然)できませんので、ギター伴奏を参考にしながら、結局、アドリブで演奏することにしました。ちなみに、コードネームすら書いていない楽譜でしたが、コード進行が簡単な曲なので、一度通せば、使用されているコードはだいたい分かりましたので、アドリブもなんとかなりました。

 …本音を言うと…私もメロディ吹きたかったな。エーダさんがジャズフルート吹けたら、メロディと伴奏を交代したり、アドリブ合戦できて楽しかったかも。でも、クラシックフルートの人に、それを望むのは無理ってもんです、よく分かってます。

 そんなこんなで何度か合わせた後、録音した音源が、この記事の一番下にあります。ちなみに、これはテイク2ですね。合わせるたびにエーダさんのメロディはしっかりしてくるのですが、伴奏の私は、アドリブですから、毎回違う事をやっているので、回数を重ねても上達しないのが厳しかったですね(汗)。

 でも、ジャズ・フルートを習っておいてよかった~。クラシックフルートしか勉強していなかったら、こんなユルユルでルーズなフルート遊びはできなかったでしょう。笛先生に感謝です。

 さて、演奏の出来はあまり良ろしくないし、エーダさん曰く「この演奏は先生には聞かせられない…」と言ってたけれど、まあ、初対面のフルート初心者が、ロクな練習もしないで、チャチャっと合わせた演奏なんて、こんなもんでしょ。出来はそれなりで、あまり誉められたものではないけれど、二人とも、結構、集中して演奏したと思うし、何よりも楽しかったので、2011年夏の思い出(爆)として、アップしちゃいます。

 ダメを言い出せば、色々あります。まずはメロディの使用音域が低いねえ…。後から思ったけれど、一オクターブ高く吹いてもよかったかもね。その方がフルートっぽい音になったよね。さらにメロディが低音域中心に吹いているから、伴奏は、どうしても、それよりも低い音中心で吹いていかないといけないのだけれど、その低音がショボイショボイ。いやあ、私は高音指向の人間で、普段から低音を軽視する傾向があるのだけれど、そのツケが出ておりますね。私は低音を吹くのが、とっても下手だ~(涙)。ううむ、低音をきちんと鳴らせるような練習をするべきだろうか、それとも…。

 お互いのフルートを交換して遊んでみたりしました。エーダさんのフルートは、持った感じがかろやかで、楽に吹いてもきれいに鳴って、全体的に演奏しやすいフルートだなあって思いました。ただ、3Aより上の音は鳴りません(笑)。聞けば、そこから上の音は、アルテ14課までには出てこないので、吹いたことが無いのだそうです。おそらく、フルート自身も3Aよりも高い音で吹かれた経験がないので、いきなりそんな音をオッサンに出せと言われて、そりゃあムリムリって事だったのでしょう。フルートは日頃から音域一杯まで鳴らしておく事が必要かな~? ね、エーダさん。

 エーダさんの方は、私のアゲハさんに苦労していたようです。アゲハさんのどの部分に苦労していたのかと言うと、リングキーな部分。いやあ、エーダさんの手って、ほんと、小さくて可愛らしいんですよ。小さい上に指先がスッと細くて、造型的には実に女性らしい手なのですが、これだけ手が小さくて細いと、リングキーはかなり無理。だって、指の長さが足りなくて、指がキーの中心部に届いていないんだもん。さらになんとか指がキーの中心部まで届いていても、指先が細いので、ちゃんとリングの穴が塞げない。これじゃあ、リングは無理だね。

 さらに腕も短めなので、カラダをウンと右にひねってフルートの演奏するんです。たかがフルート演奏ですが、エーダさん、とても頑張ってますし、色々と工夫されてます。そこへ行くと、私なんかは、指も腕も余っているくらいだから、何も考えずに、ひょいとフルートを構えて、指を置いて、クチビルあてて、ピーヒャラしているわけで…自覚してなかったけれど、私って恵まれているんだなあって思いました。

 ガンバレ、エーダ! 私も頑張るぞ。

 そこそこフルート遊びをしたので、せっかくカラオケ屋に来たんだから、最後はカラオケタイムにして、歌いまくりました。エーダさんは、私の知らない曲知らない曲と選曲してましたねえ(笑)。

 一方私は、普段カラオケをしないので、どの曲が自分の声や音域に合っているかなんて分からないので(だいたい、事前に楽譜で確認なんてできないでしょ)、あれやこれやと歌ってみて、撃沈しまくりました。「TSUMANI」の一番高いところをファルセットで出しゃあいいのに、そこを実声で出そうとして撃沈したり、カーペンターズの歌をカレンと同じ音域で歌ってみて(女声音域を男声で歌うってパターンですね)ヘナヘナになってみたり…、カッコよくて渋いバリトンであるフランク・シナトラの歌を、甲高いテノール声で歌い飛ばしてみたり、なかなか、余所では聞くことのできないゲテな歌をたくさん披露しました。…ま、遊びですから(爆)。

 そう言えば、フルートではデュエットしたけれど、カラオケでデュエットするのを忘れていた! ヘタこいた~。

 とっても楽しかったです。こんなオジサンと一日遊んでくれて、ありがと>エーダさん。

 と言うわけで、この日、二人の始めての共同作業(爆)である「クリーゲルのメヌエット」を聞きたい方は、ここをクリックしてね。

2011年7月19日 (火)

アペルトはダメよ

 声楽のレッスンに行ってきました。

 「そうそう、ちゃんと言っておかないといけない事がありました……ヴァイオリンの松脂は毎回きちんと塗りましょうね。」

 ?? 声楽のレッスンですが、入室一発目にキング先生に言われた事がコレ。

 キング先生、チェリストでもいらっしゃいますので、弦楽器についてもプロなんですね。だから、私がヴァイオリンの練習の時に、あんまり松脂を塗らない事を知って、呆れていらっしゃいました。「弓を弦に乗せて動かす時に抵抗がないってのは…信じられない」のだそうです。とにかく、色々な状況証拠から考えても、私の場合、松脂塗らなさ過ぎは事実のようです。

 別に松脂をケチっているわけじゃないんですが…これからは、なるべく松脂を塗るようにします。

 さて、声楽のレッスンです。まずは、発声練習から。「今はどの音を歌っているか」をきちんと気にする事。これが現在の最大重要課題だったりします。なので、とにかく発声しながら数えています。きっと、これもしばらくやっていると、何らかの効果が出てくるのでしょうね。現段階では、わけも分からずに、今、どの音を歌っているのかを数えています。

 そして、最高音が高いAになったら、止める事。いつも言われている事ですが、これも大切。

 コンコーネです。今回は4番と5番でした。とにかく4番は合格。5番は次回もやりましょう。ちなみに、次回は5~7番が宿題です。

 コンコーネの注意も、毎度毎度の注意ですが「ポジションは決してさげない事」です。これが今の私の課題ですね。

 それと、私は高い音を歌うときに、ついつい声が前で開いてしまう癖があります。いわゆる“アペルト”になるわけですが、この現象を自覚して、直しましょうという事です。とにかく「声は“後ろ”で“開いていく事”が肝心」です。また、音が下に跳躍する時は、ついつい油断してポジションごと下がってしまう癖もありますので、決して、音程を下げても、ポジションは下げないように気をつける事です。ほんと、そのためには、歌っている時は、絶対に気を抜かない事。むしろ下降音形こそ、支えが必要なんです。

 そういえば、練習しながら、ふと思ったのですが「ポジションを高いところでキープしたまま歌う」って「鼻腔で歌う」のと、同じ意味かな?

 最近、私は自分の歌う時の息が強めだなあと感じるようになりました。強い息によって、声帯に不要なプレッシャーがかかっている事を感じます。だからと言って、息の勢いを弱めると、力が抜けすぎて、弱々しい声になってしまいます。その中間が程良いのですが、その程良い息ではまだまだ歌えません。息のコントロールは難しいです。

 さて「ガンジス川」。上記と関係しますが「声を張らない事」と「脱力して歌う」は全くの別物ですね。それに“脱力”と言っても“力の抜きすぎ”もダメ。じゃあ、必要なところだけ力を込めて…なんて思ってやっていると、ついつい声を張ってしまいます。何事においても、中庸というのは、難しいのです。

 とにかく「ガンジス川」は、ポジションを高めにキープしたまま、響きで歌う感じがちょうど良いみたいです。

 この歌は、ポジションがずっと高いままでないと歌えない曲なので、気を抜くと、すぐにポジションが下がってしまう私のような人間にとって、とても良い練習曲になるそうなので、レッスンの課題として終わったとしても、この曲は、ずっと自宅で歌い続けると良いと言われました。…そうします。

 話は変わりますが……それにしても“聞いた音”を(即座に反射的に)歌うと言うのは、まだまだ難しいです。

 “聞いた音を歌う”ってのは、例えば、ピアノをポーンと鳴らしたら、その音を歌う事。音感がない私にとって、これって意外に難しいです。耳で聞いて「ああ、あの音ね…」と思っても、それを歌おうとすると、私の声は違う音を歌ってしまって残念…という状態がまだあります(悔しい)。脳は「その音じゃない」って分かっているんだけれど、声は「じゃあ、どないすればいいんじゃい」状態になってしまいます。

 脳のイメージどおりの声を出すための筋肉の動かし方のイメージというのが希薄なので、ピアノの音を聞いて、その音程の声を出すためには、カラダのどこの筋肉をどうやって動かしていけばいいのかが、分からなくて立ち往生してしまうわけです。

 そういう意味では、脳と筋肉がまだ乖離しているわけで、音が聞けたからと言って、ちゃんと歌えるわけじゃないんです。そこんところ(感覚と運動の一対一の対応)が未熟なので、訓練して鍛えていくしかないのだけれど、その訓練がまだまだ足りないようです。

 一応ヒント(今の音がコレだから、次はコレね)みたいなものがあれば、まだ楽なんだけれど、いきなり「ポーン」で歌いなさいは、音感のない私には難しいですよ(涙)。

 ああ、音感、欲しいなあ。無い物ねだりだけどサ。

 話をレッスンに戻すと…「ガンジス川」の次は「約束」です。

 この曲、やっぱり難しい。特に最初に二小節が、とっても難しい。歌い出しでいきなりコケます。

 そこで、まずはこの最初の二小節だけを、何度も何度も繰り返して歌って、チェックしてもらいました。高いAsは出ない音程じゃないけれど、私の中で苦手意識があって、それがAsを失敗させるのです。

 まずはAsに対する苦手意識を払拭する事から始めないと。そのためには、Asの成功体験をたくさん積み重ねる事が大切です。フェルセットは声楽の世界ではダメな発声だけれど、限りなくフェルセットに近い声(しかしファルセットではない声)で、楽にAsを歌えるように癖つける事から始めましょう。そのためには、ゆっくりと丁寧に歌って練習する事が大切(フルートのH先生によく言われる事ですね)。歌っている時の自分のカラダの動きに注意を払う事。

 とにかく「約束」の最初の二小節を徹底的に練習する事。ここが歌えるようになれば、あとはそんなに大変じゃないので、なんとかなるはず。

 ううむ、頑張らないと。

 ここまでやったところで、時間がなくなったので、二重唱「乾杯の歌」のレッスンは無しとなりました。ま、仕方ないね。それに、二重唱は、まだ、なんか以前の悪い発声の癖が取れていないので、少し間を置いて、カラダが悪い発声を忘れる必要があるかもしれません。なので、練習は次回でもいいや。

2011年7月18日 (月)

ピアニストさんとは、どうやって、知り合いになればいいの?

 それほど切実な話ってわけじゃないんだけれど、時折「ピアニストさんとは、どうやって、知り合いになればいいの?」って思うことがあります。

 例えば……どこの地域でもそうでしょうが、そろそろ秋の市民音楽祭の出演申し込みの締め切り日がやってきます。ウチの地域も、10月初旬に行われる市民参加型の演奏会の出演申し込み締め切り期限が、7月いっぱいだったりします。

 本音で言えば………出たいよね~。出るなら……やっぱり歌かな? 一人で二曲のエントリーが可能なら、歌とフルートの両方で出演したいな。こういう、こじんまりとやっている地味でオープンな演奏会で、他流試合をしてみたいです(さすがにヴァイオリンで出演したいとは夢にも思いません:笑)。

 この演奏会、毎年のように、スケジュールが合えば、観客として見に行ってます。舞台を見ながら、時折、自分が出演する事を考えます。でも、今まで一度も出演した事ありません。

 と言うのも、出演するには、色々と条件があるのですが、一番高いハードルは「自分で伴奏者を用意しろ」って事かな? 当たり前って言えば、当たり前の事なんだけれどね。

 私には、気軽に「今度の演奏会での伴奏、よろしくね!」なんて頼めるピアノ弾きのお友達がいません。いや、ピアノ弾きの友人が全くいないわけじゃないけれど、そういう人は、大抵忙しい人(私の友人たちは、大抵忙しい人です。ちなみに私自身も結構忙しい)なので、こっちの趣味に付き合わせるのは申し訳ないのです。

 友人がダメなら、家族に頼むという手もアリでしょうが、残念な事に、我が家にはピアノ弾きがいません。妻も息子もピアノ(を含む鍵盤楽器)を子どもの頃に習っているのですが、とても伴奏を頼めるレベルの演奏力ではありません。もちろん、私に至っては、彼ら以下の演奏力だから“弾き歌い”なんて夢のまた夢。

 いっそ、ビジネスと割り切って、知り合いのプロの方々にギャラを支払って伴奏をお願いしちゃおうと考える事もあるけれど、それじゃあ、市民参加型の音楽祭の趣旨と、ちょっとズレちゃうような気がします。やっぱ、市民参加型なら、お教室の発表会じゃないんだから、ソリストもピアニストもアマチュアで固めたいよね。

 それに、プロの方に依頼するのって、こっちも遠慮と言うか、かしこまっちゃうよね。やっぱり、気軽にやるには、アマチュア同士で楽しくやった方がいいかな。

 ミクシィあたりで募集をかけるとか、ネットを利用して探すという手段もあるけれど、リアルな知り合いではない人と一緒に、人前で演奏するのは冒険だよね。やっぱり、色々と気心が知れてない人との演奏はイヤだな。

 よく笛先生には言われていたけれど、自分専用のピアニストやバンドが欲しいです。

 …わがままな望みだよね。

 でも、歌とかフルートなんて、一人じゃ何にもできないし、お教室の発表会という、勉強の場じゃなくて、あくまでも“遊び”で、音楽を楽しみたいんだよね。そのためにも、一緒に音楽で遊んでくれるお友達が欲しいです。

 きっかけはネットでもいいんだけれど、リアルで交友を深めて、気軽に伴奏してくれる人と知り合いになりたいです。つまり、私とデュオを組んでくれる人(やはりピアニストさんがいいですね)が欲しいって事です。さらに言えば、忙しい私のスケジュールに快く合わせてくれる人ならサイコーです。

 …って『寝言は寝て言え』って感じだよね。

2011年7月17日 (日)

最近のアニソンは寂しい…[2011年7月第3週・通算23週]

体重:100.9kg[-0.3kg:+0.3kg]
体脂肪率:30.2%[+0.3%:+0.1%]
BMI:31.9[+-0.0:+0.2]
体脂肪質量:30.5kg[+0.2kg:+0.2kg]
腹囲:99.5cm[+0.5cm:+2.0cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 最近のアニソンを聞いていると、オッチャンは寂しいのです。

 私はいわゆるヲタク人間です。ただし、ジャンル的な得手不得手というのがあって、アニメは、必ずしも得意ジャンルではない(だいたい二次元よりも三次元の方がラヴ!)のですが、それでも同年配の堅気の方々よりは、実に多くの作品に触れていると思います。

 そんな私の何十年にも渡るアニメ鑑賞歴で言わせてもらうと、最近のアニメの主題歌(つまり“アニソン”)は…全部とは言わないけれど…歌の中にヒーローの名前が出てこないのが多すぎませんか? なんか聞いていて、アレレって感じになります。

 たかがアニソン、されどアニソンです。まずは、主題歌なんだから、何はさておき、主人公を讃えましょうよ~。でしょ? でしょ?

 そこへ行くと、昔のアニソンは、サビになると、ヒーロー&ヒロインの名前とか番組タイトルとかを連呼したものです。「鉄腕アトム」しかり「マジンガーZ」しかり「宇宙戦艦ヤマト」しかり「キャンディ・キャンディ」しかり、でしょ? ありゃあ、よかったね~。いかにも“主題歌”って感じがします。

 まあ、百歩譲って、アニソンでは、主人公の名前や番組名を必ずしも言わなくても良いことにしましょう。

 たとえ、そうであっても、やはり、アニメの主題歌なんだから、そのアニメの世界観とか雰囲気とかを、バッチリと歌い上げてほしいのです、でしょ?

 例えば「あしたのジョー」とか「(テレビ版の)銀河鉄道999」とか、ヤマトのエンディングの「真っ赤なスカーフ」とか、主人公の名前や番組名が歌詞の中になくても、作品の世界観を思いっきり反映した曲で、まちがいなく、その番組の主題歌として機能していたとおもいますし、アニソンとしても素晴らしい曲でした。

 そこへ行くと、なんか最近のアニソンは、楽曲としてのクオリティは、確かに昔のものよりも、うんと上がったと思うけれど、曲自体は、別にそのアニメの主題歌として歌われる必然性を微塵も感じられないような、普通っぽいJ-POPな曲が増えてきたような気がします。聞いていて「なんでこの曲が、このアニメの主題歌なの?」って思うもの、たくさんありますよ。

 いつから、こうなっちゃったのでしょうね。…なんか寂しいです。

 そこへ行くと、特撮モノの主題歌は、今でもまだ、特撮作品の世界観を表現していたり、ヒーロー名を連呼していたりして、潔いです。また、アニメでも、ポケモンやドラえもんなどの老舗は、割とちゃんとしているよね。

 おそらく、アニメの中でも、リアルな子どもを視聴対象にしているアニメは、昔とそんなに大きく変わらないのかもしれません。大きく変わったのは、いわゆる“大きなお友達向け”のアニメであって、その手のアニメだと、主題歌のJ-POP化が見られるような気がします。

 「どーせ、見ているのは、ヲタク野郎ばかりなんだから、かまう事たぁあ、ねえよ」って事なんでしょうか? なんか、アニソンが、作品と関係なく、単にデビューしたての若手ミュージシャンの売り出しの場に成り下がっているような気がしてなりません。昔はアニソンのレコードなんて、A面にオープニング曲が、B面にエンディング曲がカップリングされていたものです。それが今では、オープニングとエンディングがそれぞれ別のシングルとして発売されちゃうんですよ。以前なら、一枚で済んでいたものが、今では二枚ですよ。

 やっぱり、アニメのオープニングとエンディングは、作品のアイデンティティのためと言うよりも、プロモーションのための場になってしまったのでしょうね。

 上記の事と密接に関係しているのだろうけれど、番組自体が長期放送していても、主題歌の方は三月ごとにチャンジするのが普通になってますよね。これも何かおかしくない? アニメとアニソンって、本来、そんなに簡単に交換可能なものじゃないだろ。

 誰だって「ひみつのアッコちゃん」と言えば、あの曲が。「アルプスの少女ハイジ」と言えば、あの曲が。「キューティーハニー」と言えば、あの曲が。「ゲゲゲの鬼太郎」と言えば、あの曲が思い浮かぶよね~、…でしょ? アニメとアニソンって、実は表裏一体で不可分なもの…じゃないんですか?

 最近のアニメは、たとえアニメそのものがヒットしたとしても、アニメとアニソンが一対一で対応していないから、そのアニメを見ても音楽が思い浮かばないよ。これって、なんか寂しい。

 例えば、最近なら「鋼の錬金術師」が久々のロングヒットになったけれど、このアニメの主題歌は?と聞かれて、即答できる人って、アニヲタでもどれくらいいるのかな? 私はなんかピンと来ないよ。実は一番印象深いのは「メリッサ」だけど、これって、実は旧作の第一クールの主題歌であって、最近やってたアニメの方の主題歌じゃないんだよ。今回のアニメだって、主題歌の中には、良い歌もあったと思うけれど、三カ月ごとに主題歌が変わっちゃあ、なかなかイメージも定着しないというものです。

 それと、最近のアニソンは…気軽に口ずさめるものが減ってきたような気がします。なんか、やたらとテンポが速かったり、シャウト系だったり、音域が広めの高めだったり…。カラオケで気合入れて歌うにはいいかもしれないけれど、普段の生活の中で、鼻唄でアニソンが歌えないってのは、かなり寂しいですよ。

 世は歌につれ、歌は世につれ、アニソンだって同じ事…ってか。

2011年7月16日 (土)

銀色になったスズネ、つまり白鳳?

 先日、スズネの黒色が薄くなって灰色っぽくなった事を書きました(こちらの記事)。

 今回の記事はある意味、その記事の続きなんですが、その灰色っぽくなったスズネですが、あっと言う間に、ほぼ銀色になりました。つまり、黒い色が体から抜けてしまいました。

 全身が銀色になったのでは、もちろんありません。尾びれ、背びれ、腹びれ、胸びれなどは以前と変わらずに黒です。顔も顔本体は黒です。ただし、頭についている肉瘤は黒がだいぶ抜けて、かなり灰色になりました。なので、いわゆるボディ部分が銀色になったわけです。

 ボディが銀色で、顔と手足(?)が黒いんですよ。まるで、パンダちゃん? え? 何かの奇病? もしかすると…ヤバイの?

 飼い主として、ちょっと焦りました。だって、悪い病気ならイヤじゃない。だから、ネットを始め、色々と調べてみました。

 そしたら、分かった事があります。スズネは青文魚(せいぶんぎょ)という種類の金魚なんですが、この青文魚は幼い時はみな青文魚なのですが、成長過程で個体差が生じ、時折、別の種類の金魚に変わるんだそうです。ってか、別の呼び名の金魚に変わっていくと言うのが正しいのかな?

 それは「青文(せいぶん) -> 羽衣(はごろも) -> 白鳳(はくほう)」と変わるのだそうです(白鳳と書いて“パイフォン”と中国音で読む人たちもいます)。

 もちろん、大半の青文魚は青文魚のままです(当たり前)。しかし、青文魚のうち、何割かの金魚が羽衣になり、羽衣になった金魚の何割かが白鳳になるそうなんです。

 青文魚そのものが、日本ではそんなに流通していない(ってか、人気薄?)で珍しいのですが、そこから派生する羽衣は、なかなか珍しい金魚って事になります。そして、羽衣から派生する白鳳に関しては、かなりの希少価値のある高級魚って事になるそうです。

 青文魚と言うのは全身がスキマなく黒い金魚です(体色の“黒”を“青”と表現しているので、青文っていう名称になっているわけです)。以前飼っていたカスミは、確かに全身がほぼ黒でしたから、この子は間違いなく青文魚だったと思います。

 対して、羽衣というのは、いわば“サラサ青文魚”で、お腹の周りだけ白くなって、他は普通の青文と一緒というパターンの金魚で、つまり“シロクロ金魚”の事です。

 一方、白鳳は、最初は黒々とした青文魚なのですが、年を経るにつれ、カラダから色素が抜けてゆき、やがて全身が脱色されてしまう金魚で、馬で言うところの“芦毛”のような存在です(馬の世界の“白馬”と言うのは芦毛の完成形です。これらは、子馬の頃は、黒かった体色が、青年期には灰色[この段階を芦毛と言います]になり、やがて大人になって真っ白になるわけです)。

 で、スズネですが、名前(スズネ=錫音)から分かるとおり、最初から真っ黒というわけではありませんでした。黒は黒なんだけれど、鉄の黒サビ色(灰色の濃い奴)でしたし、お腹は実は最初から銀色でした。妻はよくスズネの銀色のお腹を見て「黒い金魚なのに、ここだけ銀色で気持ち悪い」と言ってましたもの(飼い主に気持ち悪いと言われる金魚って、どんなもん?)。

 不勉強で知らなかったのですが、スズネは青文魚として売られていましたが、実はすでに青文魚ではなく、我が家に来た当初から羽衣だったのです。そういう意味では、金魚屋は、高く売れる金魚をそれなりの値段で売っちゃって、商売的にはヘタこいたわけです。もっとも、買っちゃった私も、羽衣の存在を知らない…その程度の素人だったので、どっちもどっちってわけですけれど(笑)。

 青文魚から羽衣に体色が変化した金魚の多くは、そのまま羽衣で定着するのだそうです。実際、スズネがどの段階で青文魚から羽衣に変化したのかは、私には分かりませんが、我が家に来て、約一年たちますが、この一年間はほぼ羽衣状態でした。

 それがこの一カ月足らずの間で、あれよあれよと体色が褪色しはじめてました。おそらく、今、羽衣から白鳳に変化している最中なんだと思います。

 白鳳と言うのは、青文の体色の色素がなくなって、ほぼ全身が色抜けしてしまった金魚の事を言うのだそうです。通常は“白い金魚”扱いですが、実際はウロコの部分は銀色、そうでない部分はベージュっぽい色になります。なので、最初から真っ白な金魚は白鳳ではないそうです。あくまでも、黒い金魚である青文魚が脱色して白くなった金魚が、白鳳なんだそうです。

 ってわけで、現在、スズネのボディ部分の白鳳化はほぼ終了し、肉瘤もかなり白鳳化しています。あとは、ヒレと顔の色素が抜けてしまうと、完全な白鳳になってしまいます。

 いいのか? それで!

 スズネは、ヒレがどれもこれも長いし、最近は肉瘤も隆々としてきて、今やブニョ並の見事なものになってきました。その上、白鳳に変化してしまうと…なんか、ものすごい高級魚に成長しちまうよ、こいつ。そんな超高級魚がウチの水槽にいて、いいのか?

 もっとも、完璧な白鳳化には、それなりの時間が必要なようです。つまり、スズネが完全な白鳳になるのは、まだまだ先です。

 しかし、スズネの白鳳化の前に立ちふさがるのが、今年の猛暑です。夏は金魚には鬼門なんだよね。特に暑い夏は、金魚がドンドンお星さまになってしまうのだよぉ。スズネの白鳳化の前に、この子たちをどうやって無事に夏を乗り切らせるか…そっちの方が大問題です。

 ま、それはともかく、今、我が家の水槽で、すごい事が起こっているようなんです。

 …スズネが白鳳になったら、好事家の方に売り飛ばしちゃおうかな?(ないない)。

2011年7月15日 (金)

フルート購入するなら「安物買いの銭失い」は避けたいですね

 まず、最初に書いておきますが、楽器としての善し悪しと、楽器の値段って、直接関係ありません。庶民的な価格帯の楽器の中にも素晴らしい楽器はあるし、高いばかりで値段ほどの素晴らしさを感じられない楽器もあります。

 それに日本のクラシック系の奏者はゴールドフルートなどの高価なフルートを使う方が大勢いますが、海外のプロだと、普通に総銀フルートを使っている人もかなりいるし、ポピュラー系のプロ奏者だと、洋銀系のフルートを使っている人も少なからずいます。

 だから、楽器の善し悪しを値段で判断するは間違っています。
 
 
 
 ………しかし、それも程度の話であって、やっぱり、安すぎる楽器は辞めておいた方がいいと思います。もちろん、あえて「地雷を踏んでみたい」というチャレンジャーの方は、除きます(笑)。

 私がフルートを始めたばかりの事を思い出しても、フルートって高い楽器だよなあ…って思ったものです。楽器屋に行って、フルートのカタログをもらってきて眺めてみると「……20万円? 40万円? こっちは100万円?? これは150万円? 一体、こんなもの、誰が買うんだよ~!」ですよね。この値段を見ると、せっかくフルートを買って始めようかなって思っていた気持ちが萎んでしまいます。

 だって、ギターなら、4~5万円あれば普通の楽器が買えるし[電子]ピアノだって、そのくらいから買えるでしょう。なのに、フルートって…高いよなあ。もっと安いのはないかな…? って思っても不思議はないです。

 そこでネットを漁ってみると、新品で一万円程度のフルートが売っているじゃない。さらに、オークションに行けば、もっと安いフルートだってある。これくらいなら買ってもいいかな……フルート、始めてなんだし、吹けるようになるかどうか分からないし、まずは安い楽器を買ってみて、本気でやる気になったら、その時にちゃんとした楽器買おう!

 …そんな気持ちになって、ついつい画面をクリックしたくなるでしょう。その気持ちも分かります。

 でも、ちょっと待った。本当にそれでいいのかな?

 実は、私が最初に購入したフルートは、一万円の中国フルートでした。私の場合はネットではなく、リアルなお店に並んでいたものを衝動買いしてしまったのですが、ネットとリアルの差はあっても、似たようなモンです。私も、そういう安いフルートから始めました。

 その中国フルートは、結局、半年弱しか吹きませんでした。すぐに別のフルートに買い換えました。その理由は…中国フルートを買った当時は衝動買いで独学のつもりでしたが、やがてフルートの先生についてフルートを真面目に始めたところ、その先生から「フルートを買い換えましょう」と言われたからです。

 買い換えて良かったと思いました。と言うのも…やはり一万円のフルートは、所詮、一万円なりのフルートだったからです。

 私の買った中国一万円フルートは……音痴でした。低い音はより低く、高い音はより高くという、極端に走る傾向がありました。また、どんなに頑張っても、低いドやレは出ません。フルート始めて3年になる今でも、中国フルートでは低い音は出せません。普段使っている日本フルートなら楽々出せますが。

 また楽器のバランスが悪いのか、中国フルートは持った感じが重くて吹きづらいです。それにキーが堅くて、カクカクしていますし、結構指に力が入るので、指がバタバタ動いてしまうし、吹いていると疲れます。

 結論を言えば、一万円のフルートは一万円なりの楽器だったわけで、はっきり言って“粗悪品”でした。でも、私はこの楽器を買った事で、フルートを吹き始めたわけですから、たとえ粗悪品と言えども恩人(恩楽器)である事には変わりありません。フルートを始めるきっかけを作ってくれた楽器に対する感謝の気持ちは持っていますが……「安物買いの銭失い」だったのかと聞かれれば「そうですね」としか言えません。

 できれば、フルート初心者さんが、この価格帯のフルートから入門するのは、色々と大変なので、それはお辞めになった方がいいと思います。つまり「一万円のフルートは安すぎます」って事ね。

 残念な事ですが、フルートはやっぱり“高価な楽器”なんだと思います。

 初心者の方はご存じないと思いますが、フルートって、定期的に調整(メンテナンス)をしないと、きちんと演奏できなくなる、弱々しい楽器なんです。その調整の間隔だって、最初は三カ月から半年置きぐらいでお願いするものです。費用は…無料調整サービスをやっているお店なら良いのですが、そうでないと、定期調整だけで5000円程度かかります。

 たかが調整に5000円もかかる楽器が、1万円で買えると考えるのがおかしいでしょ。やっぱり、ある程度ちゃんとしたフルートが欲しいと思ったら、それなりの予算が必要となります。具体的に、どれくらいの予算ならどんなフルートが買えるか、つまり、フルートの価格帯の話は、先月の「落ち穂拾い」である「梅雨明け前なのに気温30度越えは反則だと思う」の中の「フルートの相場」で書いたので、興味のある方は、そちらをご覧ください。

 フルートを買おうと思ったなら、悪いことは言いません。ネットはやめて、リアルなお店にしましょう。なぜなら、調整も含めて、フルートにはアフターサービスが必要なのですが、ネットのお店って、基本的に“売ったら売りっぱなし”のところが多いので、そこは多少の出費は覚悟して、リアルなお店で面倒を見てもらった方が良いです。

 ただ、リアルなお店なら安心かと言うと…あんまり怪しい店はパスした方がいいですね。不況も長引き、ここ数年、楽器店がつぶれています。チェーン店なら自分が購入した店がつぶれても、同チェーンの他店で面倒みてくれますが、そうでないと、色々と面倒くさいですよ。

 また、ちゃんと作られた日本製のフルートなら、かなり安価なものであっても、5~10年は使えますが、それ以上の年月の使用では、メッキの剥がれとか、本体の腐食などがあって、継続使用が難しくなる事は知っておいた方が良いでしょう。

 一つの楽器を長く使うつもりなら、貴金属で作られた楽器が必要となりますが、そうなると、ある程度の初期投資は必要です。リンク先の記事も合わせて参考にしながら、自分の財布が可能な範囲で、日本メーカーの楽器を購入されることをお薦めします。

 ひとまず、ほんとうに“ひとまず”のつもりで「いずれ真面目にやる事になったなら、それなりの楽器を買うから…」という人は、やっぱり、一万円中国フルートは辞めて、レンタルをご検討いただくのが良いかな? レンタルフルートは、フルートの先生がレンタルしてくれる場合もあるし、楽器店がレンタルしてくれる事もあります。探せばネットでも楽器レンタルのサービスはあります。一万円中国フルートを購入するよりは、多少高くつきますが、それでも初期投資はそれなりに安くすみます。

 よく「安くて良い楽器を~」って話になると、オークションとか中古品を薦める方がいらっしゃいますが、中古品は所詮中古品です。フルートの目利きができれば、良い楽器と巡り合える可能性もありますが、フルートの目利きができないうちに中古品に手を出すと……やっぱり粗悪品をつかむ事になりますのでご注意ください。

結論 確かに値段の安いのは魅力ですし、まだきちんと続けられるか分からなければ、なるべく安い楽器で始めたという気持ちは分かりますが、モノには限度があります。やはり1~2万円のフルートは、辞めておくに越した事はないです。

2011年7月14日 (木)

音叉学習は、たぶん、効果があった…と思う

 私が毎日、音叉を耳に当てるようになったのは、昨年の9月からです。もう、あれから随分たちました…。その頃の事は、こちらの記事「声楽を辞めてしまおう」に書きましたので、興味感心のある方はどうぞ。

 あの頃、半信半疑で音叉学習を始めた私ですが、今はどうなったかと言うと、多少の効果はあったみたいです。

 例えば、Aの音が欲しいなあと思うと、頭の中で音叉が鳴る様になりました。また、そんな時に心を静めて「アー」と発声すると、結構Aに近い音の時もあります(体調が良いと、ずばりAの時もあります:嬉)。

 さらに、そのA音からE(完全五度上)の音や、Cis(長三度上の音)が取れるようになりました。H(長二度上)の音やオクターブ上のAの音も、何とか取れるようになりました。

 楽器無しでも、A,H,Cis,Eの四つの音がだいたい取れるようになった(当社比)んだよ、これってスゴイね。ただし、即答ってわけでなく、ちょっと考える時間が必要ですけれどね。でも、音感が全然なくってダメだった事を考えれば、かなりの進歩でしょう。なので、例えばスケールを歌ってみても、以前ほど、ヨロヨロしなくなってきたような気がします。要所要所の音が分かってきたので、そんなに大きなデタラメにはならなくなりました。

 以前は、例えば、コンコーネを無伴奏で歌っていると、出だしの音をピアノで取っても、歌っているうちに、少しずつ音程が狂っていって、最後はおろか、曲の途中で、無意識に転調していました。ところが今は、コンコーネ程度なら、最後まで転調せずに歌い終える事ができるようになりました。そして、うっかり音を外して調が変わってしまうと「アレ? 転調しちゃったな?」って何となく感じるようになりました。これってすごい進歩でしょ。

 いやあ、音叉学習、馬鹿になりませんねえ。

 もちろん、音叉を聞いたくらいで、絶対音感は身についてませんし、相対音感が磨かれたわけではありません。ただ、体の中にAという基準音が入ったので、楽器で言うならば、チューニングされたような状態になった気がします。

 もちろん、これは声楽だけでなく、ヴァイオリンやフルートにも良い影響が出てきたみたいで、以前はチューナー見ながらフルートを吹いていると、チューナーの中で大暴れしていた私のフルートですが、今では借りてきたネコのように、チューナー針がメモリの真中で大人しくしているようになりました。ヴァイオリンも、運指がちょっとズレて変な音が出ると「アレ? この音、外れてる?」とすぐさま分かるようになりました(以前はちっとも分かりませんでした)。

 まあ、音感保有者から見れば、まだまだでしょうが、私的には、目の前に新しい世界が広がったような気がして、うれしいです。

 学習能力がだいぶ劣化してきたオッチャンですが、毎日同じ事を飽きずにくり返していると、さすがに覚えます、暗記します、身につきます。

 また、先生のおっしゃる事はたいてい正しい! 疑問に思っても、騙されたと思って、ひとまずトライしてみる事が大切です。それがよく分かりました。

2011年7月13日 (水)

音楽って脈打っているんだよ

 フルートのレッスンに行ってきました。

 実はフルートのレッスンと、後輩の結婚のお祝いの会がバッティングしてしまいました。浮世の義理を考えれば、結婚のお祝いの会に行かないわけにはいかないし、しかしフルートのレッスンは休みたくないし…と言うので、仕事をなるべく早めに切り上げて、いつもよりも早めの時間にフルートのレッスンに行き、終わり次第(遅刻はしてしまうでしょうが)結婚のお祝いに駆けつける! というスケジュールを立てました。

 はい、計画どおり、仕事を早めに終えて、さっさとフルートのレッスンに向かいました。で、お教室に行くエレベータの中に…フルートケースを持った妙齢の女性の方が! …もしや、H先生の生徒さん?
 
 
 案の定そうでした。

 同じエレベータに乗って同じ階で降りて、同じ教室に向かいました。ウチの教室は先着順にレッスンが受けられるので、ここで私が強引に先に入室すれば、先にレッスンを受けられるのですが、おそらく彼女は彼女のいつもの時間にやってきているはずですし、そこへ自分の都合で割り込もうとしている(?)のは私だし、何といっても、エレベータに先に乗っていたのは彼女の方だし、紳士である私の脳裏には「レディー・ファースト」という言葉も思い浮かんでしまったし……はい、急いでいたにもかかわらず、彼女に先の入室を譲りました。

 私、きっと、正しい事したよね。

 ほぼ同時に入室し、レッスンの準備です。私は準備が早いよ。荷物をババンと置いて、さっさとアルテ出して、フルートもチャッチャッと組み立てて…。先生はちょうど生徒さんが途切れていた時間だったようで、フルートを遊び吹きしてらっしゃいました。先に入ってきた姉弟子さんの準備を待っているようなんですが…しかし、フルートの組み立てなんて、金属パイプを三本連結するだけだろうが…そんなに難しい作業かねえ…。

 姉弟子さんはアルテ15課の3章をやってました。私より、ちょっと先を学んでいる…まあ、ほぼ同レベルの方でした。当然、上手なところ(指が結構ちゃんと動く)とそうではないところ(音が全般的にかすれ気味)が混在していて、色々な意味でレッスンの様子を聞いていると私自身の勉強になります。私にせよ姉弟子さんにせよ、まだまだ学習途上ですから、フルートの演奏力にもデコボコがあるわけだし、あっていいわけだし「以て他山の石とせよ」って感じです。

 さて、姉弟子さんのレッスンが終わったところで、三人でロングトーンです。一番ミスブローが多いのは…私です(汗)。いやあ、ここのお教室のロングトーンはC-durのスケールで行うのですが、私はどうしてもクロマチック進行したがる人なので、ついついウッカリ半音を入れてしまって「あれ? 濁っている??」ってなっちゃいます。

 私のレッスンはミニヨンの3番です。はい、不合格でした。

 「音楽って脈打っているんだよ。でもあなたの演奏からは、その脈が感じられないんだよ」と言われました。先生のおしゃっる事を翻訳すると…機械的にベターとフルートを吹かない事。一つのフレーズ、一つのパッセージ、一つの音楽の中にも強弱があって、それが音楽の生命力なんだよ…って事です。で、百聞は一見にしかずってわけで、先生が良い例と悪い例を吹いてくれるので『ああ、そういう事ね』って分かります。

 五段目の最後の二小節[E-DisFis/E-DisFis]という運指がどうしても出来ません(汗)。次回のレッスンまでにはなんとかしないと…。

 最後の三段は、私の嫌いな中音レがたくさん出てくるフレーズで、どうしても苦手意識があるので、中音レを気合を入れて吹いてしまうのですが、この中音レの連打は伴奏のフレーズ(通奏低音のようなものでしょうね)でして、肝心のメロディーは中音レ以外の音の部分。だから、メロディーを際立たせて、伴奏フレーズは控えめにして演奏するように言われました。ただ、楽譜に書いてあるものをそのまま音にして演奏しても、それは音楽ではないわけで、楽譜に書いてあることをきちんと分析して意識化した上で演奏しないと、ちゃんとした音楽になりません。ここで言えば、メロディと伴奏を分ける事、そしてメロディがしっかりとつなげて聞こえるように演奏する事。メロディと伴奏は異なる音色で演奏する事などです。音楽を演奏するってのは、知的な作業なんだな。

 声楽だとメロディには歌詞がついているから、歌詞を手がかりにして色々な事が分かるけれど、フルートのメロディには歌詞が無い分、音符の連続の中から、その意味を汲み取っていかないといけないわけで、器楽曲の方が、譜読みが大変…かもしれない。その代わり、歌詞を翻訳する必要なんてないし、外国語の能力も必要ないけれど。

 スラーでつながった音には主従関係があるのだから、まずは最初の音をしっかり吹いたら、後に続く音は“抜いて”演奏してあげる事。

 次回で仕上がるように、しっかり練習してくるように言われました。そのためには、まず、ミスブローを減らして、音楽が乱れないようにしないとね。その上で表情づけだよ。

 私の練習中に、いつも私の前にレッスンをしている姉弟子さんが来たので、私のレッスン終わりに二人でロングトーンをしました。本日二回目のロングトーンです。先生は…ちょびっと休憩でした。

 レッスンが終わり、後輩の結婚のお祝いの会に遅刻していきました。お祝いの会と言っても、くだけた会で、居酒屋で仲間うちで笑いながらお祝いするような会でした。いわゆる網元料理をたくさん食べたわけですが…ちょっと引いたのは「金目鯛の煮つけ」。いやあ、金目鯛って金魚と瓜二つだよね。これは「金目鯛の煮つけ」って分かってはいるけれど、私にはまるで“金魚の煮つけ”にしか見えないんだね。それも、ウチで言えば“ジュナの煮つけ”だよ。いやあ~食べるのに、抵抗あるなあ。…もちろん、きちんと美味しくいただきましたが。

2011年7月12日 (火)

ロッシーニの曲の練習を始めてみたけれど、ロッシーニーっていいかも!?

 声楽のレッスンに行ってきました。

 Mさんとのデュエットからレッスンは始まりました。曲はバーンスタイン作曲の「サムホエア」です。ミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」の中の一曲です。デュエット曲と言っても、半分、ポピュラーソングのような曲なので、技巧的にはそれほど難しいわけではありません。この曲を歌うにあたり、軽く考えてはいけませんが、だからと言って、力を入れすぎても可笑しくなってしまいます。真面目に、しかし、ほどほどに肩の力を抜いて歌うのが、自然体でいいんじゃないかな。…ってタイプの曲です。

 有名な曲だし、メロディは知っていたので、いきなり合わせてみました。当然ですが、最後まで無難に通ります。後は音楽としての表情づけですね。私もMさんも先生も、ここ10年近く、この映画を見ていないので、この曲が歌われていた、細かいディテールが分からなくなっていました。

 確か…この曲は、ラストシーンで歌われる歌で、トニーはすでに撃たれて、マリアの腕の中で息を引き取る間際の曲…だったかな? さっそく帰宅してからDVDで確認してみましたら…あれ? ラストシーンじゃないよ。確かにラストシーンでは、この曲のメロディーは流れるし、すごく印象的に使われているけれど、デュエットはラストシーンではありませんでした。

 トニーとマリアがこの曲をデュエットしたのは、ジェット団とシャーク団の紛争がこじれ、ラストの決戦(ってかトニーが撃たれる)の場面へとストーリーが流れるその少し前、互いのグループの緊張が高まる中、敵のリーダーの妹であるマリアの部屋に、トニーが立ち寄って愛を確かめ合うシーンで歌ってますね。この二人の今生の別れのシーンで歌われているわけです。ってか、この曲を歌う事で、トニーに死亡フラグが立っちゃった…と言うべきか。この後、運命は二転三転して人々を混乱に巻き込み、トニーはマリアの目の前で撃たれて死んでしまうわけです。

 …せつない歌だね。

 歌ってみた感想は……低い! とにかくメロディラインの音域が低くて、とても歌いづらいです。テノールと言うよりも、バリトンのための曲かと錯覚してしまうほどです(トニーの役はテノールが歌うのですが…)。五線下のシbから五線上のファまでがこの曲の音域ですが、とにかくメロディが下の音に固まっていて、歌いづらいです。

 ちなみに、決定版の楽譜では、この譜面よりも、半音高いです(笑)。個人的には全音高いくらいの方が歌いやすいかもしれません。

 先生曰く「この低い音をポジションを落とさずに歌うのが、この曲のポイント。すとんさんが一番苦手なタイプの曲ですね」…そうですね(汗)。とにかく、低くて歌いづらい歌ですが、そこを堪えて、ポジションを高くしたまま、これらの低いメロディを歌うという勉強でございます。それにppからfまで音量的にも幅があって、歌ってみると、それなりに達成感はあります。真剣に取り組む…というほどの曲ではありませんが、色々と学ぶ事はありそうです。

 さて、デュエットが一段落したら、私のレッスンです。発声練習は省略して、いきなりコンコーネです。今回は3番と4番が宿題でした。

 3番は合格です。3番を自宅で練習していた時に、何かがつかめた様な気がしました。その何かを言葉で説明するのは難しいのですが、とても楽に声が出るポイントと言うか、音程を高く昇って行っても壁にぶつからない発声法というか、まだきちんと説明できませんが、ある種の発声のコツのモノをつかめたような気がします。あれはなんだったのでしょうか? ひとまず、その声で歌って、先生から合格をいただけたのですから、たぶん方向的にはあっているんだろうなあと思います。

 4番は、次回もう一回です。まだ練習が足りず、子音の発音がこなれていないし、ところどころで以前の発声に戻ってしまいます。この4番と次の5番が宿題になりました。

 「ガンジス川~」も、コンコーネ3番を歌った声で歌ってみました…が、結果的には、まあまあの出来って感じで、ちょっと残念でした。本来の予定では、今回で「ガンジス川~」は完成させて終了のはずでしたが、まだ終了には物足りない出来なんですね。

 残念な歌になってしまった理由は、私的には、曲の速さに振り回されて、発声がおろそかになってしまったのが敗因ではないかと思いましたが、先生の見立てでは、途中から息の支えがなくなってしまって、曲の後半でグダグダになってしまったのが敗因なんだそうです。確かに、曲の最初の方はそれなりにいいのだけれど、曲が進むにつれて、色々な事が大変になってしまい、気が回らなくて、支えがなくなってしまったのは確かです。

 そこで、今度は支えに注意して歌ってみたところ、先程よりはだいぶ良い感じになりましたが、その代わりに、色々と出来なくなってしまった事もあります。とにかく、まだまだ練習不足なんですね。

 まずはしっかりと歌詞やメロディをカラダの中に入れること(つまりもっともっとしっかり暗譜をする事…です)。そして、歌う時に、歌詞とかメロディとかに気を使わなくて済むようにして、その上で、発声とか支えとかに気を配って歌いましょうと言うことです。次回、もう一度歌います。今度こそ、完成を目指します。

 しかし、支え(息の支え、お腹の支え…)ってなんでしょうね。やり方は分かりますが、その目的まで私がきちんと理解しているのかと言うと…???です。声の発射台? アンチ・ボディ・ソニック? 脱力の要? 声の発電所? ダメだ…出来る事と理解している事は必ずしもイコールじゃない。理解してなくても、きちんと出来ていれば問題ないのだろうけれど、私の場合は、理解できていないために、ついつい忘れてしまうのだから、まずはしっかりと理解をする事から始めないといけないのだけれど…よく分からないよぉ~。

 ロッシーニの「約束/La promessa」は、ひとまず“譜読みを終えました”程度のレベルでしたが、試しに歌ってみました。…いやあ、この曲、難しいわぁ~。半音進行の部分があるかと思えば、バンバン音程跳躍しまくる部分もあるし、高い声でのロングトーンもあれば、畳みかけるように歌っていく箇所もあるし、途中で明らかに強拍と弱拍の位置が入り乱れている箇所(こういうの、なんて言うんだっけ?)もあるし、なんか曲芸みたいな歌だなあ。決して一筋縄では行きそうもありません。たぶんに、技巧的な歌ですね(汗)。「サムホエア」とも「ガンジス川~」とも、毛色の違った曲です。本当は発表会あたりで披露するのに、ちょうどいい感じの曲かもしれませんが……実は歌いやすいです。

 これだけ技巧的で難しいのに「歌いやすい」と思うのは、どこか矛盾があるようですが、実際「ああ、難しいなあ」と思うと同時に「なんて歌いやすいんだ」とも思います。それだけよく出来ている曲って事なんでしょうし、ロッシーニという作曲家が、声という楽器を熟知した上で作曲している人だと言うことです。

 「歌いやすい」だけでなくメロディもいいなあ…なんて思っていたら、この曲、リストによってピアノ独奏曲に編曲されてますね。ネットで見る限り、オリジナルの声楽曲よりも、アレンジもののピアノ曲としての方が有名な感じ(それって、微妙な気持ちがします)です。

 まだ譜読みレベルの仕上がりで、細かい部分は、まだまだダメですが、おそらく、これから丁寧に歌い込んでいけば、それなりに仕上がっていくでしょうし、その時には、とても歌っていて気持ちの良い歌になりそうです。先生は「この曲は、すとんさんの持ち歌になるはずだから、そのつもりでしっかり練習しなさい」と言われました。そうですね、この曲はいい曲だし、持ち歌になったらいいなあ。

 ロッシーニの曲を歌うのは始めてですが、この曲を歌っていると、どことなくでも「セヴィリアの理髪師」のアリアたちを彷彿とさせるような感じがします。きっと、あのオペラの中にこの曲が入っていても、それほど違和感はないかなって気がします。つまり「約束」って、いかにもロッシーニって感じの、ロッシーニ臭い曲です。また、それだけロッシーニって個性の強い作曲家って事でもあります。

 テノールが歌うロッシーニ歌曲というと、素晴らしく技巧的な「踊り」という曲があります。いずれは、ああ言ったテクニカルな曲も歌えるようになれるといいなあ。おっと、その前に「約束」を片づけないとね。

2011年7月11日 (月)

どうやら、松脂が足りてなかったらしい

 ヴァイオリン独学練習報告です。

 前回の独学練習報告で書きました、音の立ち上がりの件ですが、だりあさんのアドヴァイスに従って、松脂をヌリヌリしたところ、どうやら解決したっぽいです。

 あまり松脂を積極的に塗らない私だったので、どうやら弓の松脂がだいぶ取れてしまって、松脂が残っている部分と、もう松脂なんてほとんど無い部分とがあって、松脂がほとんど残っていない部分だと、弦がうまく音になってくれていなかったようです。

 なぜ私が積極的に松脂を塗らないのかと言うと、以前、ヒイロ先生に松脂の塗りすぎに注意しなさいと言われていたからです。なので、以前は毎日それなりに練習(当社比で)していたにも関わらず、二週間に一度ずつしか松脂を塗らなかった私ですが、それが独学になって練習時間が極端に減ってしまった事もあって、最近はほとんど松脂を塗っていませんでした。いや、正直に言いますと、独学に移行して以来、一度も松脂を塗りませんでした。

 いくら塗りすぎに注意と言っても、やはり程度の問題で、たまには松脂も塗らないといけません。これからは、月に一回程度は松脂を塗ろうかな~って思ってます。

 ところで、世間のヴァイオリン弾きさんたちは、どれくらいの頻度で松脂を塗っているのでしょうか? プロの方は、弦だって毎回のように変えていますから、きっと松脂も毎回のように塗っているのでしょうが、私のように、平均すると一日の練習時間が5~10分程度(うわー、改めて書いてみると、すっごい少ない:汗)のアマチュアさんの場合、松脂ヌリヌリ頻度って、本当はどれくらいがいいのかしらねえ?

 ま、今回、学んだ事は「松脂の塗りすぎは良くないそうだけれど、塗らなさすぎも良くない」事です。

 さて、今回、篠崎教本はどれくらい進んだのかと言うと…

 76番「行進曲」 OKです。この曲、オリジナルのベートーヴェンのものとは、メロディが違うので、最初はそこにこだわって練習していましたが、そのうち、なんかどーでもよくなって、普通に練習してました。そこそこ出来上がったので、CDと合わせてお終いにしようと思ったら、なんと、CDの演奏、結構速いじゃないですか? 一度仕上げたものの、その速さに応じるために、また仕上げ直しちゃいました。

 77番「毎日の練習」 OKです。この手の課題は、初見の時はちょっと戸惑いますが、やがてすぐに慣れてしまうものです。後はケアレスミスさえ注意していれば、割と簡単に通過できます。次の「毎日の練習」が出てくるまで、継続することが大切です。

 78番&79番「四分の三拍子練習」 OKです。ヴァイオリン的には全く平易な課題です。これは単純に三拍子の練習なのですが、私、三拍子、大丈夫ですから(笑)。この手の課題の時は、ヒイロ先生によく言われた「アクセントをきちんとつけて弾く」という言葉が思い出されます。

 80番「アンダンティーノ」 OKです。これもヴァイオリン的には平易な課題ですし、三拍子には問題のない私なので、強弱をハッキリつける事と、ケアレスミスに注意さえすれは、何の問題もありません。

 81番&82番「遅い全弓と速い全弓」 OKです。つまりこれも三拍子の練習です。三拍子のリズムにノレる事と、返し弓の時に(速く弓を動かすけれど)音量に注意して弾ける事。この二点が出来ればいいんじゃないかな? 私には簡単な課題でした。

 83番「ツェルニーより」 OKです。リズム的には問題ありません。ポイントは読譜力が弱いので、すぐに音を間違えて弾いてしまうので、そこを注意する事と、ロングトーンの時に音が美しくないので、美しい音で長く弾けるように右手に注意を払うという事かな?
 
 
 仕事もようやく忙しいところを抜け出し、日常生活も少しずつ落ち着いてきましたが、ヴァイオリンの練習時間が思ったよりも増えません。今は、夜の練習は止めて、出勤前の10分程度の時間で練習というスタイルに戻りましたが、朝の練習って、ちょっと朝の支度でグズグズするだけで、練習時間がすぐに無くなってしまいます。だからと言って、寝る前の時間とか、他の時間とかに練習するわけにもいかないので、こんなグダグタな状態になっています。

 まあ、ヴァイオリンに関しては、ほんのちょっとだけでも前に進めれば良しと思ってます。人間、何事も欲張っちゃいけません。力の配分を考えないと、パンクしちゃいます。今の私は、正直、毎週ある声楽の個人レッスンだけでもかなりの練習時間を必要としています。楽しいので、それは良いのですが、それに加えて、毎週のフルートのレッスンもあります。練習そのものは月に一度ですが、だからと言って、練習の手抜きは許されない歌劇団というのもあるし、月に二度の練習ですが、合唱団にも混ぜてもらった(?)ので、そのための譜読みもしないといけないし……ああ、忙しい忙しい。やっぱり、独学でチェックする人もいないヴァイオリンともなると、なかなか練習すらできませ。

 出来ないからダメではなく、出来ないなら出来る範囲でちょっとずつ続けていく…の方針で行ってます。なあに、こんなペースでも10年くらい続けられれば、それなりの腕前になっているんじゃないかな? なんて、呑気に構えています。

2011年7月10日 (日)

アクセス乞食になりたくない、または、ブログを始めた時の気持ちを忘れない[2011年7月第2週・通算22週]

体重:101.2kg[0.4kg:+0.6kg]
体脂肪率:29.9%[-0.1%:-0.2%]
BMI:31.9[+0.1:+0.2]
体脂肪質量:30.3kg[+0.1kg:-0.6kg]
腹囲:99.0cm[+-0.0cm:+1.5cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 う、体重…微増。“微”だけど“増”である事には間違いない。…やべ! 宴会続きだからなあ……さて、今週のエッセイです。

 まずは、毎日、ここのブログをご愛読されていらっしゃる皆さん、いつもありがとうございます。たまにやってきて、まとめてご覧いただく方々に、大感謝です。通りすがりで読んでいく方や、一見さんにも感謝です。検索をかけて、たまたまいらっしゃった方、ようこそ。これからもよろしくお願いします。

 コメントをくださる皆さん、いつもいつも、ありがとうございます。ランキング投票にクリックしてくださる方にも感謝感謝です。

 ブログと言うものは、基本的には個人の日記(つまり“ひとりごと”)であっても、世界に向けて発信している以上、やがて読者が付きます。その読者が増えてくると、ブログは“ひとりごと”の場から、コミニティ的存在になり、さらに読者が増えてくると、ミニコミ的存在へと変貌していきます。さらに増えてくると、アルファブログ化し、やがて、書籍化だとか、アニメ化だとか、選挙に出馬とか…リアルな世界に浸食していきます。

 まあ、老犬ブログの場合、リアルな世界からお呼びがかかる事はまずないでしょうし、アルファブログになる事だって、ありえないので、その点は安心しております。

 最近の老犬ブログの立ち位置は、コミニティ的存在とミニコミ的存在の中間ぐらいでしょうか?

 ご存じのとおり、今の老犬ブログは一時期と比べて、コメントが少なくなっていて、ちょっぴり寂しくなっていますが、しかしながらアクセス数の方は、順調に微増傾向ですから、決してブログ自体が廃れてしまったわけではありません。また、最新記事へのアクセスだけでなく、過去記事へのアクセスもかなり増えていまして、検索でやってくる方もだいぶ増えました。そう言う点から考えると、コミニティ的存在から、ミニコミ的な存在へシフトしている最中なのかなあ…と思ってます。

 実際、すでに老犬ブログは、すとん個人の日記と言うよりも、ある種のデータベースとしてアクセスされているようです。

 もちろん、検索でいらっしゃる方はウェルカムです。でも、贅沢な話ですが、個人的には、ブログ自体は大きくならなくていいので、読者の方々と意見交換を楽しめるブログでありたいと願っています。

 つまり、物品販売のお店に例えて考えると、アルファブログは“全国チェーン系スーパー”で、ミニコミ的ブログは“ローカルなスーパーマーケット”、コミュニティ的なブログは“商店街の八百屋”のようなものかなって思ってます。私的には、スーパーではなく街の八百屋であり続けたいですが…、もう、そういう時期は終わってしまったのかもしれません(だとしたら、残念)。

 しかし、ブログのアクセス数が増えるのは、単純にうれしいです。ランキングで上位に来ると、そりゃあ気持ちいいです。
 
 
 私がブログを書き続けている中で、自戒している事があります。それは決して“アクセス乞食”にならない事、“ランキング亡者”にならない事です。

 自分のブログのアクセス数が伸びるのはうれしいですが、それはあくまでも、ブログの内容が評価され、その結果、リピーターが増えて、アクセスが増えていくのが“王道”と言うか“正当”だと思います。ランキングも然りで、ブログを読んだ人が「ちょっくら、ランキングもポチっとしてやるか」と思って、クリックしてくれて、その結果ランキングの上位に上がるのが、正しいあり方だと思ってます。

 世の中には色々なツールがあります。そういうツールを使ってアクセスカウンターを空回りさせる事はできますし、ブログランキングなどでも×××しながら○○○する事でランキングポイントを増やしていくツールもあります。その手の事を手助けする業者もいますし、また、そういうツールを使わずとも、定期的に自分のブログの管理画面に入って、カウンターの数字をいじる人もいます。

 そんな事をしてまで、見かけ上のアクセス数を増やしたいのでしょうか? いつわりの投票でランキング上位になりたいのでしょうか? そういうツールを使ったり、業者に依頼しても、他人には分からないかもしれないけれど、そんな不正を行っている事は、自分自身には分かります。自分に対して、恥ずかしくないのでしょうか?

 アクセス数は多ければ良い。ランキングは上位であれば良い。…それが目的であり、それでブログの善し悪しを判断し、価値づけを行い、そのためなら手段だって選ばない。……そういう人には、恥、という概念はないのでしょうね。他人の評価だけがすべてで、毎日をホルホルして生きているのでしょうね。

 そういう不正な行いではなく、日々の営業努力でアクセスやランキングの数字をよくする事もできますし、そこに励んでいる人もいます。例えば、義理で数多くのブログを巡回してコメントつけまくったり、あっちこっちで“ペタ”とか“ナイス”とかを貼りまくったりして、自分のブログに誘導してみたり、無理に無理を重ねて、毎日毎日ブログ記事の更新を継続してアクセスを増やそうとしたり……これらの行為は、不正な方法でもなければ、他人にも迷惑をかける方法でもありません。効果もそれなりあるし、やればきちんとアクセス数は増えていきますし、ランキング上位を狙える方法ですが、それを続けると……カラダ壊しちゃうよ、燃え尽きちゃうよ。

 また、毎日記事をアップするために、ネタ切れにも関わらず、むりやり記事を書き上げて、そのために内容の薄い記事を連発せざるをえなくなったり、YouTubeの動画を貼ってお茶を濁したり…そんな人もいますが、そこまでして、ランキング上位を目指したいのか?と、私は思います。その不屈すぎる向上心には、色々な意味で感動してしまいますが、はっきり言っちゃえば、そういう人は、心がすでにこの世にないのだ、と思います。。

 私が思うに、アクセス数が増えたり、ランキング上位になるのは、うれしいけれど、そこを目的にしちゃあ、ダメですね。目的と結果は、きちんと分けて考えないと。

 たぶん、ブログを健康的に継続するために必要な事は、常に原点回帰をこころがける事だろうと思います。つまり「初心忘れるべからず」ってわけで「なぜ自分がブログを始めたのか」を忘れない事です。そうする事が、アクセス乞食やランキング亡者などのインターネットのダークサイドに落ちずに済むための護符になるのだろうと思います。

 とにかく、我欲に取りつかれない事です。鬼に心を食われない事が肝心です。
 
 
 さて、私のブログの“原点”とは……芸事日記である事ですね(笑)。自分の“芸事(げいごと)”、つまり“習い事”に関するアレコレをブログの中心に据え、そこに興味感心のある事を書きつらねていこうという趣旨で老犬ブログを始めました。

 ちなみに“金魚”と“ダイエット”は、記録のため(全くパーソナルな理由で申し訳ない)でアップしてます。こっちは本筋ではないので、原則、週末連載(当初は、週末はブログアップをお休みの予定でした)にし、音楽関係の記事が忙しくなると、お休みしちゃうのは、そういう優先順位だからです。

 そして、なぜそんなブログを、細々と続けているのかと言うと、もちろんアクセス数とかランキングとかを考えているわけでなく、単純に、私自身の「老後の楽しみ」のために続けています。

 実はこのブログ、誰も書籍化してくれないでしょうから(笑)、いずれ、自費出版するつもりでいます。自費出版って言うと、ちょっと大袈裟かな? 今風に言えば、オンデマンド印刷って言うのかな? とにかく、その手の簡易印刷で、ごくごく少部数だけリアルな書籍として印刷したいのです。

 そうやって出来上がった書籍を、自分の手元に一部だけ残して、あとの残りは、知り合いや親類縁者に押しつけて(笑)、いよいよ人生の終焉近くになった時に、手元にあるこの書籍を、チマチマと読み返して「ああ、昔は楽しかったなあ、私は幸せだったんだなあ…」とホッコリ昔を懐かしむために、その材料作りとして、このブログを書いてます。もちろん、私が死んじゃったら、棺桶にブログ本も一緒に入れてくれると、あっちの世界に行っても読めるので、ぜひそうして欲しいなあって思います。

 これが、このブログの目的です。ここを忘れちゃいけません。

 あ、オンデマンド印刷じゃなくて、ログをまとめて、電子書籍化して、iPadでホッコリという手もあるか…。そっちの方が、今っぽいわな(爆)。でも、iPadを火葬場で燃やして良いものかしら?

蛇足  私はブログを“毎日更新”していますが、これは別に無理をしているわけではありません。むしろ、無理をしないために“毎日更新”しています。と言うのは、これでも我慢に我慢を重ねて、ブログの記事更新は一日に一回と決めているからです。だから結果として“毎日更新”しているわけです。

 実は私、ブログを始める時に「記事のアップは一日一本にする」というルールを自分自身に課しました。だって、そうしないと、私の事だから、一日に何本も記事をアップしてしまうでしょうし、そんな事をすれば、きっと生活に支障が生じるでしょう。これでも自分自身の事は、少しは分かっているつもりです。だからブログを始める時に「記事のアップは一日一本」限定にしたんです。だから私の場合“毎日更新”は“無理をしている”わけではなく“無理をしない”ために行ってます。

 実は、ブログのネタなら、私の場合、売るほど余っているんです。それに書きためた記事もたくさんあります。ためているうちに、古くなって、やむなく削除している記事も結構あります。だから、本当は毎日数本の記事をアップする事だって可能なんですよ。でも、そこのリミッターを外したら、大変なことになるので、せっかく書いた記事を削除する時はつらいですが「一日一記事」は死守するようにしています。

 たぶん、私は生まれついての、物書きなんだと思います。ただし、立派な事を書くのではなく、駄文垂れ流し系の物書きなんでしょうね。自分でも思いますが、でなきゃ、毎日、これだけの文章をアップし続けるなんて、できないよね。自分でも、なかなか立派な事だなあと感心してます(自画自賛ですね:汗)。

2011年7月 9日 (土)

My音楽史[すとん編] その2

 今日は土曜日で、本当は「金魚」の日なのですが、まだ「My音楽史」が終わらないので、続きをアップします。
 
 
高校時代

 この頃、アバの全盛期で、アバに夢中になりましたね。ビートルズを知ったのも、この頃です。YMOやゴダイゴにも夢中になりました。メンバーを替えて、バンドも結構真剣にやってました。ギターは弾いてましたが、本音では歌いたかったのです。でも歌い方を知らなかったので、やむなくギターをやっていた…という感じです。ヴォーカルを担当していた友人がうらやましく仕方なかったです。ライブの中で数曲のヴォーカルを担当しましたが、そのほんの数曲に苦労しました。

 自分は音楽が好きだけれど、才能と幼少期の訓練が決定的に足りないため、実力的にはお話にならない事を自覚したのが、この頃です。中学生の頃までは、根拠もなく音楽家(演奏家)になれるものと思っていたけれど、それをようやく諦めたわけです。

 作曲を始めたのは、この頃でした。最初は自分のバンドのために曲を書いていたのですが、やがてバンド活動よりも作曲の方がおもしろくなって、一人でたくさんデモテープを作りました。

 作り方はいわゆる“ピンポン録音”って奴。ラジカセを二台用意して、ラジカセAに最初の演奏を録音したら、今度はそのラジカセAを再生して、その再生音に合わせて演奏したものを、ラジカセBに録音して、次はラジカセBを再生しながら演奏したものをラジカセAで録音して…という手法。あっと言う間にノイズの嵐(笑)になってしまいます。あの頃作ったテープは今どこにあるんだろ? 

 でもテープ作りに夢中になったのは、作曲そのものがおもしろかった(その頃は、メロディがひょこひょこ思いついたんですね)と言う事もあるけれど、おそらく、演奏家としてステージで演奏するのが無理なら、裏方に回って音楽に携わって生活していこうと思っていたフシがあります。そういう意味では、まだ完全に音楽を諦めたわけじゃなかったみたいです。ってか、高校生だもん“夢”という名の“妄想”に生きていたわけです。

 そして、大学進学の時に、当時、某音楽出版会社が若い作曲家を募集していましたので、大学に落ちたら作曲家になろうと思って、今まで書きためた曲を持って、大学の合格発表に行ったのを覚えています。もちろん、大学に落ちたら、その足で音楽出版社の門を叩くつもりでした。いや、かなりマジで作曲家になろうと思っていました。だいたい、大学だって、滑り止め無しの一発勝負で、ある意味、第一志望大学、第二志望作曲家、って感じでしたが…大学に受かっちゃた(汗)ので、作曲家になるのを辞めました(笑)。
 
 
大学時代

 デュラン・デュラン、ホール&オーツ、カルチャークラブ、ワム!、ビリー・ジョエルなどに夢中になっていました。

 クラシック音楽に本格的に向き合ったのが、大学時代です。友人にクラヲタ(クラシック音楽ヲタク)がいたので、彼の薫陶をたっぷり受けて、私も立派なクラヲタになりました。もっとも、彼は「交響曲でなければ音楽と認めない」という交響曲原理主義者でしたが、私はむしろメロディがはっきりしている、ピアノやヴァイオリンの独奏曲とか協奏曲を楽しんでいましたし、ベートーヴェンを神と祭る友人の側で、黙ってモーツァルトを楽しんでいました(笑)。この頃の私のお気に入りは“ベーム&ウィーンフィルが録音したモーツァルトの交響曲40番の第一楽章”って奴でした。

 大学時代の私は、すっかり“鳴かないカナリア”になっていました。歌も歌わず、楽器も演奏しませんでした。カラオケに行っても、黙って友人の歌を聞いているだけでした。ただ時折、授業のノートの端っこに、五線を書いて、ちょっとしたメロディを(デタラメに)書きつけていたくらいです。音楽を趣味にする事にし、そのメインをクラシック音楽にした事もあって「音楽と言うものは、プロの演奏を拝聴するものであって、素人が気軽に演奏して良いものではない」 なんか、そんな風に思っていました。
 
 
若き社会人時代

 就職して私の教育係になった先輩が、筋金入りのペラキチ(オペラ気狂い)でした。その英才教育を受けた私は、あっと言う間に、クラヲタからペラキチに宗旨がえしちゃいました。そして、自分の声がテノールだという事に気付いたのもこの頃です。

 若い時の私は、今よりもずっと音域が高くて、ポピュラーソングだと音域が合わずに、歌える曲がなくて苦労していましたが、クラシック系の曲、とりわけテノールの曲だと、音域が高くて歌いやすかったです。

 そのせいもあったのかもしれませんが、この頃になると、再び演奏を楽しみたいという気持ちがムクムクと頭を持ち上げてきました。オペラに夢中でしたが、オペラは素人に出来るはずがないと思い込んでいたので、同じ“クラシックの歌”という事で、心の中で“変な妥協”をして、合唱の世界に飛び込んだ私です。

 当時の市民合唱団は、まだまだ未経験者の新人を受け入れる余裕がありました。私のように、歌は好きだけれど、全然歌う訓練を受けていなかった若者が、歌の勉強のために合唱団に入るというのが、まだ普通に可能だった時代です。私が入った団もそんな団で、発声の基礎から優しく教えてもらったものです。

 この頃は、水を得た魚のように、実に熱心に歌っていました。所属していた合唱団だけでなく、第九合唱団にも参加したし、他の合唱団の助っ人としても、あっちこっち行ってました。地元にチェリッシュ(知ってる?)が来た時には、バックコーラスに抜擢されて、彼らと共演しました。まあ、若いテノールなんて、引っ張りダコだものね。

 そんな歌三昧の日々もあっと言う間に過ぎ、ある日、合唱団の指導者から「君の声はソリストの声だから、合唱団を辞めて、ソロとして勉強をした方がいいよ」と薦められ(体よく、追い出され?)、私をペラキチにした先輩に相談して、その先輩が習っていた声楽の先生のところに、クラシック声楽の勉強に通うことにしました。

 メゾソプラノの先生でしたが、今思うと、自分が歌うのに一生懸命で、人に教えるのは、あまり熱心な人はなかったような気がします。その先生の元で一年間学んだところで、先生が急に外国に移住することになったので、生徒さんたち全員がクビになりました。他の生徒さんたちは自力で別の先生を探しましたが、私はその先生の元で一年も勉強したのに、歌がうまくなるどころか、却って下手くそになったように感じて「なんかもう、いいや~」って気分になって、音楽を辞めてしまいました。

 今思えば、実は歌が下手くそになったのは事実ですが、それは単純に下手になったと言うよりも、声がそれまで以上によく出るようになり、その声の扱い方が分からずに、途方に暮れていた時期だったのだと思います。もう少し腰を据えて声楽を続けていたら、とても良くなったと思いますが、当時、そんな事をアドヴァイスしてくれる人なんていなかったし、先生はいつでも自分の事で精一杯でしたから、単純に「先生に習ったのに、歌が下手になった」と思い込んで、歌がイヤになり、声楽家という人種に不信感を抱くようになりました。
 
 
音楽休止時代

 それから20年ほど、音楽は聞くだけの生活をしていました。聞いていたのは、オペラばかりです。歌わなくなった代わりに、当時流行りだしたネットにハマっていました。半年ごとにモデムを買い換え、モバイルのために音響カプラーが欲しくてたまらなかった…そんな時代の話です。

 そんな私でしたが、昔、私がバンドをやっていた事を知っていた友人たちに、たまに声をかけてもらって、バンドの助っ人のような事をしていた時期もありました。ザックリ言っちゃえば「メンバー足りないんで、助けてよ…」って頼まれて、いい気になって出かけて行ったわけですね。

 どこのバンドでもギターは余っていましたから、ギターで呼ばれる事はなく、たいていは「ベースがいないんだよねえ~」と言われて、ベースを弾いてました。また「ピアノ弾ける?」とか聞かれて、弾けもしないピアノを勢いだけで弾いちゃった事もあります。さすがに「ドラム叩ける?」と聞かれて、勢いで叩けもしないドラムを叩こうとした時は、リハーサルでドラムが叩けない事がバレて(笑)クビになりました(爆)。
 
 
現在
 
 約20年ほど歌っていなかったのに、ある日突然、第九が歌いたくなりました。そこで第九合唱団に入り直して歌いだしたら、焼けぼっくりに火がついてしまいました。また歌をちゃんと歌いたくなったのです。

 そこで、第九が終わってから、色々な合唱団に行きましたが、どこに行っても、声の問題が付きまとい、長続きしませんでした。

 合唱に閉塞感と諦めを感じていた時、ネットでキング先生を見つけて“これでダメなら本当に音楽を辞めてしまおう”と決心して、キング先生の門を叩きました。

 最初は、合唱をするために、声のコントロールの仕方を学ぼうとキング先生の門を叩いた私ですが、いつしか“声楽メイン”な私になってしまいました。

 その後の事は、このブログに書いてある通りです。

 やっぱり私は、合唱よりも独唱の人なんだなあ…と思います。皆で声を合わせて音楽を作るよりも「俺様の歌を聞いてくれ~!」というタイプなんです。それに声も、合唱向きではないと思います。

 そこに気付いた私は、キング先生のお誘いに乗るカタチで、ついには合唱団ではなく、アマチュア歌劇団を作っちゃって、ボチボチと練習を始めちゃいました。今は力を蓄えている時期ですが、やがては自主公演を開催して、その力を世に問うてみたいと願っています。

 一方、ポピュラー音楽への思いも断ち切れなかったのでしょうか、ジャズフルート、ジャズヴァイオリンの勉強も始めてしまいましたが、色々あって、今ではジャズはお休み。フルートはクラシックフルートになり、ヴァイオリンは独学で細々と続けています。

 聴く音楽は、相変わらずオペラ/クラシック音楽中心ですが、ジャズやボサノヴァも聞くようになりました。
 
 
 これが私の「My 音楽史」です。音楽受容履歴…どんな音楽を聞いて育ったかを書こうとしましが、結局、どんな音楽を演奏してきたかという歴史になっちゃいました。つまり、私にとって、音楽って、聞いて楽しむだけでなく、自分も演奏して楽しむもの、って事なんですね。その演奏の中心に、歌があった事が、今回「My音楽史」を書きながら気づきました。いやあ、なんだかんだ言っても、私は歌が好きなんです。

 結局、私の音楽史を振り返ってみると「下手の横好き」という言葉が、メインテーマのような気がします。でも、いいじゃん。趣味なんだもん、下手でも、横好きでも、楽しいんだから(笑)。

 しかし、今では笑うしかないのですが、子どもの頃は音楽家になりたかったんですね。小学校前からピアノが習える家に生まれていたら、今頃、私は音楽家になっていたでしょうか?

 これでも結構真面目な人ですし、地味な事をコツコツやるのが苦にならないし、基本、インドアなオタクですから、きっとピアノを習っていたら、毎日寝る間も惜しんでピアノを弾き倒す子ども時代を過ごしていたと思います。で、地方の音大に入学して、努力だけではどうにもならない壁に跳ね返されて、大したキャリアも積めないまま大学を卒業して、近所のコンビニでバイトをして、真面目さゆえに店長とかに抜擢されて、今頃はコンビニの雇われ店長かなんかをやっているんだろうなあ。

 ピアノが結構上手なコンビニの店長…それも悪くない人生だね。

2011年7月 8日 (金)

My音楽史[すとん編] その1

 先日マイミクさんが「My音楽史」と題して、ご自分の音楽受容遍歴を書かれていて、それがおもしろかったので、私も書いてみる事にしました(一部の友人向けの記事だったので、リンクは張らないよ:笑)。
 
 
未就学児時代

 私は音楽に縁のない家庭に生まれ育ちましたが、私自身は物心ついた時から、なぜか音楽とか楽器とかに興味津々でした。音楽に関する記憶の一番最初は、おそらく、母親に「ピアノが習いたい」と言って「ウチは貧乏だから無理」と言い渡された事かな? 次の思い出が「横笛、吹きたい」と言い出して、悲しい顔をされた事かな?

 その点、声はタダですから、暇さえあれば歌ってました。歌は大好きでしたよ。ただ、私が歌う度に「うるさい!」と怒鳴られたり、叩かれたり、殴られたりして、強制終了の憂き目に始終あってました。ウチの家族は、私以外は皆、音楽嫌いな家族だったのです。それでもめげずに歌ってたけどね。

 そんな環境だったので、私は親からは何の音楽も与えられませんでした。なので、テレビの歌番組(演歌とアイドル歌謡)とかCMソングが、私にとって、音楽のすべてでした。クラシック? ウチの親はその手の音楽が大嫌いなので、耳にする事は出来ません。

 ちなみに、その頃の私のアイドルは、いしだあゆみでした。マセガキですね(笑)。でも、昭和のあゆも、なかなか可愛かったんですよね。
 
 
小学生時代

 小学校にあがると音楽の授業があります。その音楽の授業が、すごくショックでした。と言うのも、私は音楽が大好きでしたが、何の訓練も受けていないので、全く音楽的な能力がありませんでした。そして、その事を痛感させられたのが、学校の音楽の時間で、私は音楽の授業が怖くなってしまいました。

 例えば、音楽の授業では、毎回のように(なぜか)聴音が行われました。先生が足踏みオルガン(ピアノじゃないよ:笑)で単音を弾いて「これ、何の音か分かる~?」と質問すると、クラスの子たちが一斉に「ド~」とか「レ~」とか即答していたんです。

 そして、その答えがいつも正解なんですよ。これには、大ショックでしたね。だって、私は音に、ドレミなんていう名前がある事すら知らなかったし、ましてや音の判別なんで(今でもできないけれど)できなかったので、すごく劣等感を感じました。ましてや、最初こそ、単音の聴音の練習でしたが、やがて和音の聴音まで始めたんですよ。小学一年生なのに…。

 他にもいきなり大譜表の楽譜を渡されて「今日は皆で合奏しましょう」とか言って、いきなりオルガンを弾かされたり…。オルガンなんて、触ったこともないのに弾けるはずないじゃん(涙)。でも他の子たちは弾けるんですよ(涙)。

 私は、六歳にして絶望を感じました。今思えば、その授業について来れた子なんて、クラスのほんの一握りの子だったのでしょうが、私は、その授業で蚊帳の外に放り出されたことが悲しくて仕方ありませんでした。そして音楽の勉強をさせてくれない親を恨んだものでした。

 今思えば、この先生の授業、メチャメチャだと思いますが、当時はそういうメチャメチャが通用した時代だったんですね。

 私が小学校に入った頃は、一年生は単音ハーモニカ(ハ長調しか吹けないハーモニカ)を学ぶ時代でした。二年生になると、ハ長調以外の調性の曲も勉強するので、単音から[半音の出る]複音ハーモニカに買い換えなければいけませんでしたが、ウチの親は単音と複音の区別が付かなかったため「同じものは二ついらないだろ、一年生の時に買った奴で我慢しろ」と言われて、複音ハーモニカを買ってもらえませんでした。なので、すべての曲をハ長調のハーモニカで吹いていましたので、えらく迷惑な子どもだったでしょうね。

 三年生になると、ハーモニカからソプラノリコーダーに楽器が変わります。さすがに、ハーモニカとリコーダーは似ても似つかない楽器なので買ってもらえました。が、安心してリコーダーが吹けたのは三年生の時だけでした。四年生になると、一歳年下の弟も授業でリコーダーを使うようになったので、リコーダーは弟と共用になりました。音楽の時間がダブった時は、わざと笛を忘れたふりをして、リコーダーを弟に譲って、先生に殴られていました。当時の先生は、忘れ物をした子どもを平気で殴ったモンです。当然、五年生になると、アルトリコーダーが必要になりますが、ウチの親に、ソプラノとアルトの区別がつくはずもなく、当然、買ってもらえませんでした。で、毎日のように、学校で殴られていました。

 それでも音楽や楽器は好きで、三年生の時から鼓笛隊に入ってました。楽器は学校のモノが使えました。担当は打楽器。それもスネアドラムでした。太鼓をバンバン叩いてましたよ。ただ、この鼓笛隊、常設ではなかったのが残念でした。必要な時にメンバーを集めて、1週間程度練習をして、本番というやっつけの鼓笛隊でしたけれど、楽しかったなあ。

 当時聞いていた音楽は、やはりテレビ&ラジオが中心で、低学年の時は、当時のアニソン、高学年になると、当時のアイドルものばかり聞いてました。アイドルでは、沢田研二ことジュリーが一番好きでした。当時はかっこよかったんだねえ。
 
 
中学時代

 部活動は吹奏楽部に入りたかったのですが、ウチの学校は、学校備品の楽器がなくて、原則、楽器は自分持ちっていう学校でした。当時は吹奏楽部が大人気で、たくさんの生徒が入部を希望してました。中にはフライングで、入部前に希望楽器を買ってから部活見学に行くという強者もいたほどです。でも私は、親に楽器を買ってもらないのは分かっていましたので、入りたかったけれど、吹奏楽部は諦めました。今思えば、さすがに打楽器は学校備品があったはずですし、最初から打楽器を希望すれば何とかなっていたのかもしれませんが「音楽なんて、女の腐った奴がやるものだ(こういう言い方は、今ならアウトですね)」と言うのが、ウチのオヤジの口癖だった(失礼)ので「女の腐った奴」にはなれない中学生だった私は、吹奏楽に入りたいなんて言えませんでした。

 部活には入れなかったけれど、吹奏楽部の連中とは大の仲良しで、よく一緒に遊んでいました。ギターを弾き始めたのもこの頃。少ない小遣いを貯めて、吊るしで売っている、ギターのカタチをしたオモチャを買いました。それを自分で調整して、楽器として使えるものに仕上げました(今でもまだ持ってますよ)。これが後の“ヴァイオリン自作”の布石になったのかもしれません(笑)。

 やっと自分の楽器を入手したのですから、そりゃあもう、一生懸命練習しました。でも、才能が無かったのかなあ…、それとも誰にも教わらずに独学だったせいかなあ…。練習量の割には、ギターはちっとも上達しませんでした。それに相変わらず、音楽をやると、親たちに「うるさい!」と叱られていました。

 中学時代の良い思い出は、三年生の時の担任の先生が音楽の先生(&吹奏楽部の顧問)で、この先生にかわいがってもらった事です。音楽の基本の基本は、この先生に習いました。楽譜の読み方とか楽典とかも教わったし、お琴とピアノのさわりを習いましたし、吹奏楽部の助っ人として呼ばれて、何度かステージでパーカッションをやらせてもらいました。

 そうそう、修学旅行になぜかリコーダーを持っていき、行きの新幹線の中も、京都の町中でも、バスに乗っても、宿についても、帰りの新幹線の中も、ずーーーっとリコーダーばかり吹いてました。ただただ、ずっとリコーダーを吹いてました。だから、中学校の修学旅行って、すごく楽しかったですよ。ただし、どこで何を見たのかは、全く覚えてませんが(笑)。きっと、周りにはすごい迷惑な事だったんだろうと思います。

 やがて受験期になり、吹奏楽部の友人たちも部活を引退したので、勉強もせずに、バンドを組んで遊んじゃいました。バンドは鳴かず飛ばずだったし、友人たちは軒並み高校受験に失敗しました(汗)。

 私の中学時代は、テレビで歌番組をやらなくなった時代でした。もっとも私も中学生になって「今更歌謡曲じゃないだろ」って年頃になったので、テレビで歌謡曲ではなく、ラジオや友達の家のオーディオで、洋楽を聞くようになりました。ギターを弾いて、バンドをやっていたくせに、一番好きだったのが、カーペンターズでした。なんか、おかしいでしょ。
 
 
 あれあれ、ついうっかり長くなってしまいました。仕方がない、今日はここまで。続きは、また明日。

2011年7月 7日 (木)

息でカウントしない、まる~く吹く

 フルートのレッスンに行ってきました。

 珍しく定刻にレッスンに行ったら、姉弟子さんのレッスンの途中でした。久しぶりに先生と姉弟子さんのフルートデュエットを聞きました。上手な人同士の演奏って、やっぱりいいですね。聞いているだけで、こっちのフルート耳が良くなってくるって感じがします。

 姉弟子さんのレッスンが終わった所で、三人でロングトーンの練習です。三人の音がピタリと合うと、自分の音が聞こえなくなって、違和感バリバリです。なんか自分の音が聞こえないって、こんなに人を不安にさせるものなんですね。そんな不安の中、一つの事に気づきました。それは「管体の振動で、自分のフルートが鳴っているかどうか分かる」って事です。音は聞こえないけれど、しっかりフルートを鳴らせば、管体が振動し、その振動がフルートをおさえている指で感じられると言うことです。とにかく、管体が振動している時は、たとえ聞こえなくても、フルートは鳴っているのだから、吹きすぎないように、息の量を気をつけないと…。吹きすぎると、音が乱れるんだよねえ。注意注意。

 さて、ミニヨン・エチュードに行く前に「A-molのスケールを吹いてみて」っと、サラっと言われました。「ええ~?」って気分ですよ。だって、それって合格したじゃ~ん。

 なぜ先生が「A-molのスケールを吹いてみて」と言ったのか? それは単純に、ミニヨンの2番がA-molだからです。A-molの曲を吹くのだからA-molのスケールをやって…という単純明解な理由ですし、一度合格したんだから、できない事はないでしょ? って事なんです。

 「A-molって、どの音に♯がかかっていたかな?」と、しどろもどろになっていたら「楽譜を見ていいよ」と言われました。なので、楽譜を見ながらスケールを吹きました(涙)。ああ、油断油断です。ミニヨン・エチュードで練習している曲のスケールをサラっと吹けるように、常に気をつけていないと。

 で、肝心のミニヨン・エチュードの2番は、合格しました。今回は、たっぷり練習しておいたもんね。結構、自信はありました。でも、実際のレッスンでは2~3箇所、ミスブローをしてしまいました。ま、人間ですから、そんなモンです。ミスブローはありましたが、先生のご好意(?)で合格にしていただきました。感謝です。

 合格になりましたが、それでもやはり、何点かはご注意いただきました。

 まず「息でカウントしない、まる~く吹く」 これはレガートに吹きなさいって事です。最初「息でカウントしない」と言われて???な私でしたが、先生が私の吹きマネをして合点しました。確かにああいう吹き方では、まるで息でカウントしているようです(笑)。先生ってよく見ているものですね。「まる~く吹く」とは、一つのフレーズで一つの丸を空中に書くような気分で演奏する事で、これはレガート奏法そのものの事を表します。レガートそのものは、声楽で散々やっているので、気がつけば、私、なんとかなります(汗)。

 タンギングに気が行ってしまうために、フレーズが少々ゴツゴツした感じになってしまいます。強すぎるタンギングは美しくないです。そのあたりのところも気をつけないといけませんね。例によって、運指とスラーの注意は、まだまだです。

 2番が合格したので、次は3番です。「エチュードの2番が終わったのだから、アルテの15課2章に戻らないのですか」と尋ねたら、このまま4番までエチュードをやって、それから2章に戻るのだそうです。ふうん、先生によってやり方は、色々あるからいいのですが、とりあえず4番まで突き進むぞ。

 3番を吹きました。とりあえず、譜読みレベル的にはOKでしたが、まだまだ練習不足です。特に後半は、私が嫌いな中音レが続出するので、アーティキュレーションもボロボロになりがちです。あと5段目の終わりの方の運指(ちょっとめんどくさい指使いの箇所があります)も嫌いです。まずは四の五の言わずに、細かく細かく練習しないとね。

 今週はミニヨンの3番に集中して練習するぞ。

 練習終わりの雑談コーナーでは、男の子の会話らしく、車の話題で盛り上がりました。実は私、全然車には興味も関心もありません。いや、興味も関心もないどころか、知識も教養もありません。車種を言われても、全然ピンと来ないし、デザインの変遷について熱く語られても「だから何?」って感じです。なのに、実にうまく、先生の話に合いの手を入れるものだね。我ながら、そういう所、関心しちゃうね。自分が全然知らない分野なのに、適当に話を合わせて会話を盛り上げるなんて…高等テクニックじゃない?

 太鼓持ちの素質、少しはあるかな?

2011年7月 6日 (水)

また、合唱始めました。今度はメサイアです。

 あまり合唱曲に興味のない私ですが、それでも一応、レパートリーに入れておけば、人生色々と楽しいだろうなあと思う曲はあります。そのひとつは「ベートーヴェンの第九」でして、4~5年おきに歌うことで、なんとかレパートリー化を果たしております。実はもう一曲レパートリーに加えたい曲があるのですが、なかなかそれを実現するチャンスがなくて困っていました。

 その曲とは「ヘンデル作曲のメサイア」です。メサイアが歌えると、人生、楽しいですよ。この曲は、結構、あっちこっちで歌うチャンスがあるのですが、第九と違って、どこも「すでに舞台で歌った経験がある事」が参加条件のところがほとんどで、新たにメサイアを勉強して…というチャンスが、なかなかありませんでした。なので、メサイアを歌えるチャンスは数多くあれど、まだ実際に一度も歌った事のない私は、それらのチャンスをモノにできずに、歯がゆく思っていました。“とにかく、どこかで、メサイアを歌った…という実績をモノにせねば…”と、常日頃から思っておりました。

 そんなところに、メサイア未経験者OKの「メサイア団体(笑)」の存在を知りました。その合唱団は、基本的に団員募集というのはしていなく、団員の紹介があって始めて練習に参加できるという、割とよくあるクローズな団でした。そこに妻の友人が所属してまして「よかったら紹介するけど…」という有難いお言葉がありましたので(直接誘われたのは妻だけですが便乗して私も)参加する事にしました。

 いや~、メサイアをちゃんと練習して、レパートリーにしたかったので、これはまさに千載一遇のチャンスって奴ですよ。

 さっそくキング先生に「また合唱を始めます。今度はメサイアです」と事前報告したら、苦笑いをしていました。「メサイア…ですか?」って感じですね。

 そりゃあ、自分でも分かってますよ。すでに私の声が「メサイア」向けではない事ぐらい。いや、それどころか、合唱向けではない事も。でも、メサイア歌いたいのです。

 こんな私ですが、キング先生の元で勉強を重ねて、色々と変わりましたし、分かってきた事もあります。だから、今回の合唱団でも「メサイアを勉強する」というのが第一の参加目的であって「力一杯歌ってくる」とか「合唱を満喫しよう」とか言うつもりは、毛頭ありません。

 だいたい、私が力一杯歌ったら、一人で合唱団全体を凌駕するくらいの声はたやすく出ちゃいます。一応、これでもソリスト(笑)ですから。でも、それじゃあ、合唱壊しちゃうでしょ。そうやって、合唱を壊さないように、声をセーブして歌い続ければ、当然、合唱を満喫する事はできません。だから、その手の楽しみは、最初に諦めちゃいました。

 本当に今回は「メサイアの勉強」に徹するつもりなんです。

 そういう事を先生に言ったら「すとんさんの声は、どんなに小さく歌っても、響くからなあ(そういう点では合唱には向かないんだよなあ…)」というのが先生の危惧です。どうしても歌うなら「声は軽く、ポジションは常に高く、声ではなく鼻腔の響きで歌ってくる事」という条件が付きました。ほぉ、それは、なお良いですね。メサイアの勉強をしながら、発声の練習もしてくる。一石二鳥じゃないですか。さあ、ガンバロ~。

 と先生の許可(?)もいただいたところで、当日になったので、さっそく合唱団に行きました。とりあえず、初回は見学という名の体験練習です。

 場所は山の上にある某学園の講堂。実はこの合唱団、その学校の関係者とその友人知人のための合唱団なんです(だからクローズなんですね)。学校側が団に対して、かなりの補助を出しているようで、参加費がべらぼうに安いのが特徴です。

 パートリーダーの方に、ごくごく簡単に説明を受けました。練習は月2回、1回3時間程度。9月中旬に大きな劇場で1時間程度のメサイア抜粋(いわゆる“本番”ね)を歌い、12月中旬にはホームグランドでメサイア(全曲ではないけれど、有名曲はほぼ全部)を歌う予定なんだそうです。そりゃあ、結構駆け足だね。同時にブルックナーの作品も練習するそうだけれど、私はメサイアだけに参加するので、ブルックナーの方はパスです。

 使用する楽譜は全音版ですが、この楽譜、今はもう絶版なんだそうです。私はたまたまこの楽譜を持っていたのでよかったのですが、妻は全音版ではなく、ノベロ版しか持っていなかったので、団が所有する在庫の楽譜を購入する事にしました。全音版の楽譜って、その中身は、ベーレンライター社のものと同じなので、全音版ではなく、ベーレンライター版の方もチラホラいますが、それ以外の楽譜を使っている方も結構いました。案外、その辺はアバウトみたいです(楽譜の版が違うと、音が違ったりするんだけれどね)。

 そうこうしているうちに、指導の先生が現れて、さっそく練習が始まりました。最初はまず、たっぷりと体操です。歌う前の体操って、どこの合唱団でも念入りにやりますが、それぞれで大切にする事が違うので、おもしろいですね。この団は、肩甲骨周辺をほぐす事と、腹筋を意識する事を重点においた体操でした。

 体操が終わる頃には、遅刻してきたメンバーも到着し、どうやら本日のフルメンバーが揃ったようです。市民混声合唱団の常で、男女比は、3:7くらいでしょうか。ギリギリ、混声として成り立つ比率ですね。バスとテノールはほぼ半々。ソプラノとアルトもほぼ半々って感じです。年齢構成は、女声は「中高生の母(つまり私と同世代)」と「その母の母」って感じです。男声は…みな筋金入りの年金世代でした。いやあ、私の存在って、すごく違和感アリアリでした(汗)。

 声聞きとかオーディションとか、その手のものは一切なく、パートは自己申告制のようなので、躊躇せず、私はテノールに行きました。ちなみに、今回は、私を含めて、テノールに新入りさんが4名加わりました。

 今回が、今年のメサイアの練習の第一回目だそうで、いきなり、4番「And the glory of the Lord」(番号はベーレンライター版に準拠)を合わせました。

 この曲は、大昔に音を取った事があるので、私もだいたい歌えます。歌えると言っても、今回は、音程重視で、声はなるべく出さず、合唱団の陰に隠れて目立たないように歌ってみました。

 なので、大半のところでは、小さくなっていましたが、曲の音程が高くなってくると、周りの人たちがボロボロと落ちていきます(驚)ので、私ともうお一人しか歌っていない箇所もあり、ちょっとビックリしちゃいました。私はそんな時でも、その歌える方の陰に隠れていようと頑張ったのですが…さすがにそのあたりになると、隠れきれずに、遠くのソプラノ席にいた妻の耳にも、私の声が聞こえたそうです。ああ、もっともっと、小さな声で目立たないように歌わないと…

 ま、そういうわけで、たまに声が聞こえてしまいましたが、それでもなるべく目立たないよう歌えたのではないかと思います(頑張ったんだね、私)。とにかく、小さな声で、音程重視で、ポジションを高めにして、軽く軽く声を出していきました。そんな声って、いかにもバロックっぽい声だなあって思いました(メサイアって、一応、パロック音楽ですからね)。歌いながら「こりゃあ、結構いい練習になるなあ…」となぜかワクワクしちゃいました。とにかく、普段のソリスト声は封印できた…んじゃないかな?

 休憩です。休憩だから言って、誰かと話をするでもなく、孤独を満喫しました。女声は和気あいあいなようですが、男声は基本バラバラで人間関係もサバサバしているみたいです。

 休憩後は、11番の「For unto us a Christ born」でした。この曲も音取りをした事があるので、歌うのは大丈夫なんですが、それでもやっぱり、この手の曲は苦手かな。とにかく、本当の本当に、軽くリズミカルに歌わないとダメでしょ。メリスマだってあるし、ポジションは高め高めです。発声のための良い練習曲だ!と思って、歌いました。

 そろそろ終わりかなって思った頃に、19番の「Behold the Lamb of God」に入りました。うへ! この曲は知っていますが、音を取った事ありません。仕方がないので、初見で、少し周りの様子を見ながら、ビクビクしながら歌いました。とにかく、目立っちゃダメだし、音をはずしちゃいけませんからね。

 この曲は音を取った事がなくて、初見で苦労して歌っているのに、リズムの読み替えをする曲なのだそうです。これは指導者さん(本番の指揮者さんでもあります)の好みなんですが、表記されているリズムよりも、リズムをより鋭く演奏する事になりました。まあ、いわゆるバロック仕様って感じのとんがったリズムで歌うわけです。なので、リズムの修正箇所は随所にあるのですが、なんかメモするのも、かったるかった(いけませんねえ~)ので、カラダでなんとなく覚える事にしました(いいのか、それで)。とにかく、この曲は、音取りから始めないと。

 さて、このメサイアですが、実は9月の本番では、ベーレンライター版の番号で言うと、4番、11番、19番、21番、22番、23番、39番、47番の八曲を歌うそうです。4番と11番は、今回の練習で歌えるようになったから良し。39番は有名なハレルヤコーラスだから、OK。47番も有名なアーメンコーラスなので、たぶん歌えるでしょう。なので、9月の本番に向けては、19番、21番、22番、23番の四曲の音取りをしておけば、なんとかなりそうです。で、9月の本番が終わったところで、12月の本番に向けて残りの数曲(抜粋演奏なので全曲ではないでしょう)をやればいいので、案外、気楽に考えてます。

 紹介をしてくれた方にお礼を言って、山をくだって、お昼ごはんを食べて、ウチに帰りました。特に団の運営側からは「団に入ってください」とも「もう二度と来るな~」とも言われず、放置プレイでございました。ううむ、次の練習に行ってもいいんだよね?

 とりあえず、次の練習に向けて、音取りはしておこうっと。でも、こうやって、メサイアを歌った経験を作っておくと、次から色々なメサイア関係の催しに参加して歌えるようになれるので、ちょっぴりうれしいです。

2011年7月 5日 (火)

これからはしばらく、毎回デュエットが待っている私です

 声楽のレッスンに行ってきました。お教室に入るや否や「Mさんとデュエットしよう!」と先生がおっしゃいました。

 Mさんとデュエットそのものは良いのですが、それにしても唐突です。まるで鳩が豆鉄砲を喰らったような気分で「はい?」って返事をしました。聞けば、今すぐ歌うのではなく、次回から二人のレッスンの重なる時間(Mさんは私の前の時間にレッスン受けてます)に歌いましょうって事です。

 実は、私の声楽レッスンは毎週ありますが、隔週で“私の個人レッスン”と“妻と一緒のカップルレッスン”とが交互にあります。それで、個人レッスンの時の、私の前の人がMさんなので、その時にMさんとデュエットしましょうって事です。

 もちろん、カップルレッスンの時は、妻とデュエットしていますので、私は毎回、デュエットするわけですね。

 歌うのは、バーンスタインの「ウェスト・サイド・ストーリー」から「サムホエア」です。ううむ、これって二重唱だっけ?

 この曲、私が持っている決定版の楽譜では、ソプラノソロの曲でした。レコードでも、たいてい、ソプラノがソロで歌っています。じゃあ、なんで二重唱なの? と不思議に思い、調べてみた所、この曲、映画では、ソプラノソロではなく、マリアとトニーのデュエットで歌われたようです。

 「ウエスト・サイド・ストーリー」って、最近では、上演もレコーディングも、決定版(舞台版を元に、バーンスタインが最終的にまとめたもの)でやるのが普通ですが、映画版「ウエスト・サイド・ストーリー」って、その決定版ができる前の製作なんで、後にバーンスタインがボツにしたアレンジバージョンの曲などがたくさん入ってます。この「サムホエア」という曲も、映画のデュエットバージョンは、決定版には採用されていません。

 試しに映画のサントラ盤で確認したら、この曲、二重唱で歌ってました(当然か…)。おそらく、DVDで映画そのものを確認してもデュエットでしょうね(笑)。それにだいたい「ウエスト・サイド・ストーリー」って一般的には映画版の方が有名ですよね。なので、先生がおっしゃっているのは、映画版の方の「サムホエア」なのでしょう。

 この曲、ソロ版の楽譜は私も持ってますが、二重唱版の楽譜は先生が持っているようなので、その譜面を使って、歌うようです。

 ちなみに、調はどうなのかな? 映画版の曲の多くが、実は決定版のアレンジよりも、調が低くなっているものが多いのです。調が変わって、低くなると、高音の方は樂になっていいのですが、低音の方が…。いやあ「ウェスト・サイド・ストーリー」の曲って、音域が広いものが多いので、低くなると、今度は下の方の音で苦労しそうで、ちょっと不安です。まあ、とにかく、それらは楽譜を見てから考えましょう。Mさん、よろしくお願いします。
 
 
 さて、話がまとまったので、私の発声練習です。発声をしている最中に、先生が、しばしば手を止めて「今、何の音?」って尋ねてきます。

 一応、レッスンでの発声練習では「常に最初はEの音から」と決まっていますので、そこから忘れずに数えていれば、今、何の音を歌っているのか、即答できるのですが、夢中になって歌っているうちに、分かんなくなっちゃう私です。で、ちょうど分からなくなったあたりで「今、何の音」と先生に尋ねられるという寸法です。

 と言うのも、発声練習をする時に、今自分が何の音を出しているか、常に意識している事は大切な事なのだそうです。そして、私の場合、最高音がAになったら、必ずそこで発声を止める様に習慣づける事が、今は大切なのだそうです。と言うのも、今、Aより高い音を無理やり出すと、フォームが崩れ、却ってGとかAに悪影響が出るので、無理せず、必ずAまでで発声練習を止めた方が良いらしいです。

 ああ、絶対音感があれば、わざわざ数えなくても済むのになあ…。
 
 
 コンコーネは1~3番の階名唱が宿題でした。1番と2番は、まあよし、でしたが、3番は高いGの周辺がうまくいきません。どうも私は高いGに苦手意識があって、その周辺で無意識にあれこれやってしまうので、それらを無しにしましょうというわけで、細かく見てもらいました。例えば、押さない事、子音を高いポジションで歌う事、ノドの後ろを開ける事などなどです。ソ[SOL]は発声する時に[S]を長めの高めで発声してから[OL]を発声するといい感じになりました。子音を早めに発音するって、こういう事かな?

 色々と見ていただき、多少はよい感じになったので、レッスンでやった事を家でも練習して定着させてくるように言われました。なので、次回は3番と4番が宿題となります。
 
 
 「ガンジス川」も歌いました。とにかく、子音のポジションを常に高くして歌う事がポイントなのですが、疲れてしまうせいか、二番になると、ポジションが下がってしまいます。そこで、普段、歌う時はメガネを外している私ですが、先生がいきなり「メガネをかけて!」と言いだしました。なぜだろ? メガネをしていると、顔面の筋肉が動かしづらくなって、結構、歌いづらいのだけれどなあ。

 …と思っていると「メガネから声を出すつもりで! クチから声が出たらダメだからね」とおっしゃいました。実際は、クチからしか声は出ませんが、これは「そういう気分で歌いましょう」と言う話なわけです。

 メガネをかけたまま、メガネを意識して歌っていると、確かにポジションが下がりづらくなります。ポジションが下がりづらくなる反面、だからでしょうか、すごく疲れました。いやあ、メガネかけて歌うと、バテるね。

 今回「ガンジス川」を歌っていて分かった事。それは「今まで、すごく声を押していたんだな」って事です。声をメガネから出そうとすると、不思議と声が押せなくなります。声が押せないと、声って出すのが大変。いや、私が声を押して出す事に慣れてしまったせいなのでしょうね、押さずに声を出すのが、大変なんですよ。“押さずに高い声を出す” 押さない代わりに、鼻の中のギアをチェンジさせないといけません。うん、これは新しい世界なのかもしれない。身に付けるのが大変そう…。

 「ガンジス川」は、そこそこ歌えるようになってきたので、次回までに暗譜してくる事になりました。

 で、次回は「ガンジス川」を仕上げたら、いよいよ次の曲、ロッシーニの「約束」にとりかかります。さあて、これから次回の練習に備えて、譜読みを始めるわけなんだけれど、この曲、長くない? それにAsが出てくるし…。大丈夫かな? 歌えるかな?

2011年7月 4日 (月)

メトのライブビューイングで「ランメルモールのルチア」を見てきました

 ルチアをやった、ナタリー・デセイって、何者? あの人、スゴすぎる。

 もちろん、メトでプリマをやるくらいだから、声がキレイとか、歌が上手いのは、当たり前。有名な「狂乱の場」が鳥肌モノだったからと言って、そんな事では私は驚かない。じゃあ、何がスゴイのかと言うと、演技。あの演技力は、オペラ歌手のそれじゃないよ。次元が違う。あれは、普通に、舞台女優の演技レベルでしょ。

 だいたい、オペラ歌手というものは、声のためにすべてを犠牲にし、声が良ければすべてが許される存在です。最近は、多少、世間の目が厳しくなったとは言え、やっぱり基本的にはそんな感じ。だから、オペラ歌手はデブでもOK、ブスでもOK、大根役者でもOK。なのに、デセイはデブじゃないし、ブスでもないし、大根役者どころか、他の出演者を圧倒するほどの演技力。うむ、まさにディーヴァって感じだね。

 いるんだね~、こういう歌手が。

 例えば、最後のエドガルドの自殺シーンなんか、分かりやすい例でしょう。このシーンのメトの演出だと、幽霊というか、亡霊というか、死霊と言うか、とにかく死んでしまったルチアが霊的な存在になって登場して、エドガルドを死の世界に誘惑して、その自殺を介助して、死んでしまったエドガルドに身を寄せて恍惚となる…という演技があるのだけれど、その演技を黙役としてやれちゃうデセイ。歌手なのに、歌わないでも説得力のある演技ができるなんて、ちょっと半端ない演技力です。

 このデセイを見るだけで、十分満足です。いやあ、スゴい「ランメルモールのルチア」でした。

 それにしても、デセイはよく走ります。舞台の上を、スカートをたくし上げて走る走る。それも結構速い。私は“走るオペラ歌手”と言うのは、始めて見たかもしれません(笑)。

 あえて、デセイの残念な部分を言うと…画面がアップになると、年齢を感じさせるって事かな? ベテランなんだよね、はっきり言っちゃうとオバサン。でも、オペラって舞台芸術だから、本来は顔がアップで映される事ってないわけで、そういう点では、ライブビューイングって、オペラ歌手にとっては、ちょっと酷な事なのかもしれません。それと年齢的に、全盛期と言うものを、そろそろ越えている事。私はよく知らないけれど、おそらく10年前の方が、もっと色々とすごかったでしょうね。

 今回の上映は、川崎の映画館(109シネマズ川崎)が計画停電のために「ランメルモールのルチア」を決まった日程で上映できなかったための、振り替え上映でした。私はこの映画館に行くのは始めてでしたが、駅からつながっていて便利な立地条件にある映画館ですね。本来の日程の時に横浜へ「ルチア」は見に行くつもりだったのですが、同日に地元の映画館で「カルメン」の3Dオペラ上映があったので、そっちを優先してしまったため「ルチア」を見逃していたのですが、振り替え上映で見られて良かったです。だって、スゴかったんだもん。

 とにかくデセイのスゴさはいくら語っても言葉では語り尽くせないので、もう書きません。このデセイ、来年は、メトのクロージングアクトである「椿姫」を主役をやるんだそうです。ううむ、それ、絶対に見たい。

 デセイのヴィオレッタなら、最後は本当に死にそうになるんだろうな…。椿姫って、主役のヴィオレッタが、最後は不治の病で衰弱死するんだけれど、大抵のオペラ上演では、どうしてもヴィオレッタが衰弱して死ぬようには見えないのですよ。皆、元気ハツラツで血色のいいデブなんだもん。それだけ太って健康的なら、死ぬはずないだろ?って感じなんだもん。だけど、デセイがヴィオレッタを演じたら、間違いなく、ヴィオレッタは死にそうに見えるだろうなあ…。ああ、楽しみだ。

 他の出演者にも触れておきます。あまりにデセイがスゴかったので、後回しになってしまいましたが、エドガルドを演じたジョセフ・カレーヤは良かったですよ。デブだし、大根役者だし、演技なんてロクにできてないけれど、その声は輝かしくて、オペラ歌手としては、とっても良いです。相手がデセイでなければ、私、カレーヤをベタボメしてますよ。でも、今回はダメ。デセイ、すごすぎます。

 エンリーコを演じたルードヴィック・テジエも良いバリトンだったし、ライモンドを演じたクワンチュル・ユン(アジア系だけど、中国人? 韓国人?)も良いバスだったし、アルトォーロを演じたマシュー・プレンクというテノールは、スマートでちょっと美形で良かったけれど、みんなみんな、デセイの圧倒的な存在に霞んでました。

 改めて「ランメルモールのルチア」って、ソプラノのためのプリマドンナ・オペラだなあって思うし、そのプリマがピカイチなら「もう後はなんだっていい」と思えるタイプのオペラだって思い知りました。そして、このデセイの「ルチア」は、素晴らしい、実に素晴らしい上演でした。

 ほんと、手放しで、私はデセイを認めるよ。

2011年7月 3日 (日)

積極的に冷やしていこう[2011年7月第1週・通算21週]

体重:100.6kg[+0.2kg:+0.2kg]
体脂肪率:30.0%[-0.1%:-0.2%]
BMI:31.8[+0.1:+0.1]
体脂肪質量:30.2kg[+-0.0kg:-0.7kg]
腹囲:99.0cm[+2.0cm:+1.5cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 なんか、暑いですね。

 節電、節電と姦しい日々ですが、皆さんはいかに涼を取られていらっしゃるでしょうか?

 例年ならば、傍若無人にエアコンを24~5度の設定にして「冷房が無いのは、空気が無いのと一緒じゃい!」と叫んでいた私ですが、さすがに今年は、それを実行できるほど、心臓に毛が生えているわけではなく、消極的な節電冷房で、この夏を何とか乗り越えようと思ってます。

 私の場合、暑い日盛りの頃は、職場の自室(研究室)でのほほんとしていますので、そこの節電冷房の話をしましょう。

 まず、部屋の立地条件(?)ですが、南向きのオーシャンヴューでございまして、夏の日射しを遮るものは何一つありません(笑)。さらに照明を節約すべく、マイデスクは窓の近く(ギリギリ私に直射日光が当たらない所)に設置しましたので、明るい反面、南からの熱線を背に感じております。

 おまけに人間は私一人の専用スペースだけれど、パソコン(含むサーバー)は結構あって、どれも稼働しております。このパソコンたちが、結構曲者で、ちょっとした小型ストーブ程度の熱量を吐き出し続けております。冬は暖かくていいのですが、夏は…。熱暴走させてもいけないので、私も暑いけれど、パソコンちゃんたちも涼しく過ごさせないといけません。

 そこで、冷房の登場です。 基本的に冷房は……やはりエアコンです。設定温度は…27度。

 イヤー、石、投げないでー。そりゃあ、私だって、お上のお達しで「冷房温度は28度」ってのは知ってますよ、はい、知ってます。最初は28度にしようとしたさ。でもね、28度だと、ジワ~って汗が出るのよ、私、デブだから(涙)。おまけにパソコンたちは熱を発生させているし…。だから、いくら冷房を入れてても、汗が吹き出すって、28度の設定だと、たぶんリアルな室温は30度前後になるんだと思う。だから、28度設定じゃダメ、暑くて死んじゃう(おおげさ?)。だから、冷房設定温度は27度にしました。27度なら「暑いし、ムシムシするし、汗はかくけれど、流れるほどの汗はかかずにすむ」って程度だもの。

 いや~、それにしても、冷房温度が27度ってのは、結構ギリです。黙って座っていても、汗ダルマになります。ちょっと真面目に動くと、汗が噴き出します。暑いよォ~。

 そこで投入したのは、サーキュレーター[ゼピール“DKS-20”]。ま、送風機というか、首を振らない扇風機と言うか、そういう奴。それをアマゾンで1980円(安いねえ…)で購入して設置。

 すっげ~ぞぉ、サーキュレーターって奴は。部屋の空気が動いているだけなのに、なぜか、部屋が涼しくなったように感じられます。汗ダルマだったのに、こいつが廻っているだけ、結構快適に過ごせます。これは正解だね。おそらく室温的には変わらなくても、風が動いているというだけで、快適です。それに、本当に暑くて、どうしようもない時は、自分に向けて送風しちゃえるし、ついでに宇宙人のモノマネもできるし、色々な意味で、だいぶ良い感じになりました。

 ちなみに、このサーキュレーター、本日(2011年07月03日)現在、アマゾンでは『調査中の商品』という注意が出て、販売中止になってますね。一体、何があったのでしょうか? 品物そのものは安価だし、私が注文した段階ではベストバイな商品だったわけだし、取り扱いを再開して欲しいですね。実際、コストパフォーマンス抜群で良いモノですよ。

 で、27度設定の冷房+サーキュレーターで、とりあえず、なんとか生きています。後は、水分補給の意味合いも込めて“冷たい烏龍茶”を切らさないようにしています。去年は、夏場でも暑い緑茶を飲んでいました私ですが、今年は“暑いお茶”は見るのもイヤです。遠慮会釈なく、ガバガバ冷たい烏龍茶を飲んで、カラダの中から冷やしています。それにおそらく、自覚はありませんが、大量に水分がカラダから蒸発しているみたいで、カラダが乾いております。あと、アメも無闇に舐めたくなります。知らないうちに、汗をかいているんだろうなあ…。

 冷房、サーキュレーター、冷たい烏龍茶。それでもやっぱり、暑くてどうしようもない時があります。思わず、冷房の設定温度を25度にしたくなる時もあります。でも、そこはグッとガマン。冷房の設定温度を変える前に、秘密兵器を使用する事にしています。その秘密兵器の名前は…“保冷剤”(笑)。

 保冷剤? ほら、お菓子とかケーキとか、あの手の物を買った時に付いてくるアレね。アレの大きめな奴を冷凍庫に入れてあるので、どうしようもなくなると、そいつを取り出して、タオルを巻きつけて、首に当ててます。つまり、我が血液を直接強制冷却するわけです。血液が冷えると…かなりの室温でも耐えられます。

 保冷剤の首筋着用は、結構効果的です。

 うむ、こんだけやれば、いくらデブと言えども、熱中症で倒れることは…たぶんないな。とりあえず、これで私は夏を乗り切るつもりです。

 ちなみに、私がこれだけ節電を頑張っている(?)理由は二つあります。一つは、計画停電を回避したいからです。この真夏に計画停電という名前の暴挙を許したら、多くの人が死んでしまうからです。冷房が切れて熱中症で倒れる人が続出するでしょうが、停電になると、信号が消えてしまい、あっちこっちで車の事故が起こり、救急車だってまともに動けなくなるし、搬送先の病院だって稼働できなくなります。春の計画停電でも死人が出ましたが、夏のこの時期の死者は、おそらく春の比ではないはずです。人命保護のためにも、計画停電はなんとしても回避しないといけません。

 だから、計画停電という名前の無計画停電を恐れて、節電に励んでいます。

 それともう一つの理由が、節電は、東京電力という会社に対する、一種の不買運動だからです。東京電力は独占企業ですから、この会社に対する不買運動は、残念ながら起こせません。と言うのも、電力を使わずには生きていけない私だからです。でも、使用する電力を減らせば、東京電力への支払いを減らすことにつながり、これは長い目で見て、東京電力という企業に経済的な圧力をかけられるかな(無理かな?)って思っております。

 なぜ不買運動をしている(つもり)なのかと言うと……怒っているからです。東京電力と民主党政権は、我々日本人をコケにしていると思います。

 この電力不足は、直接的には東京電力の怠慢のせいです。原発事故から数カ月もあったのに、利益優先、顧客軽視のために、夏場の電力ピークにあわせた、電力増強策を取らなかったのは、怠慢以外の何ものでもありません。おまけに「お前ら、電気を使いすぎたら停電してやるから、せいぜい頑張って節電に励めや」という態度も許せません。

 で、そういう傲慢な姿勢の独占企業である東京電力(独占企業と言うのは、大抵、傲慢になるものです)に対して、強制的に電力増強を命じなかったのは、民主党政権の怠慢でもあります。

 怠慢と言うよりも、これはむしろ、彼らの政策の一部なのでしょう。民主党政権は、おそらく、この機会に、日本の国際競争力を徹底的に叩いておこうと思っているのでしょう。なぜなら、日本の国力を弱らせることは、一部の民主党支持者たちの強い要望であるわけだから、分かっていてやらないわけだ。参ったもんです。

 しかし、電力供給を制限し、税金を増やし、各種補助金はカットカットとは、そんなに日本企業の体力を弱らせて、某国に売却させたいわけだな。日本の技術力を合法的に某国に流出させたいわけだな。

 マジで子どもたちに、豊かな日本を引き渡せなくなるかもしれない(涙)

 とりあえず皆さん(関東地方では)節電に励まないといけませんが、くれぐれも生命だけは大切に。節電に励みすぎて、死んでしまったら、元も子もありませんよ。扇風機は結構有効ですよ。保冷剤も効果的ですよ。他にも良い方法があったら、みんなで知恵を出し合って、この夏を生き延びていきましょう。

2011年7月 2日 (土)

金魚と扇風機

 連日、暑いですね。一説には、今年の夏は、五十年ぶりの猛夏だそうで、その上に、日本全国節電節電ですから、どこもかしこも暑くてたまりません。

 かくいう、我が家もやっぱり暑いみたいです。私は昼間は家にいないので、よく分からないのですが、妻や息子の話では、金魚水槽の温度計が、軽く30度を越えちゃう時もあるそうです。さすがに、30度を越えると、金魚たちもグッタリしますし、何と言っても、28度を越えたら死んでしまうはずのスジエビのトートにとっては、まさに死活問題なわけでして、今年はついに、ひさしぶりに、我が家でも、金魚用の扇風機の登場となりました。いわゆる“水槽ファン”って奴です。

 ウチの金魚扇風機は、髪を乾かすドライヤーのような形状で、水槽のフチにひっかけるタイプのものです。そこで、金魚フィルター(揚水型で、水槽の上にポンプで水を持ち上げ、水槽の上に設置したフィルターで汚れを濾して、水槽に戻すタイプのもの)の蓋をあけて、水がヒタヒタになっているフィルター部分に向かって、扇風機の空気を当てています。つまり、水槽の中の生ぬるい水をポンプで持ち上げて、それを風を当てて冷やしたものを水槽に戻す、という手順で活用しています。

 活用方法ですが、さすがに24時間回しっぱなしだと扇風機も壊れてしまうので、原則的に、人間がいて、部屋にクーラーを入れている時は扇風機は回さない。(就寝とか出勤とか外出とかで)人がいなくなる時に、クーラーを消して扇風機を回すようにしています。で、人が帰ってくると、水槽の温度を確認して「げっ!33度じゃ~ん、ヤバイヤバイ」とか言いながら、部屋のクーラーを(人と金魚のために)つけたりします。

 たかが、扇風機ですが、水温を2~3度ほど下げる程度の働きはしますね。

 昨年までは、真夏と言っても、誰かしらが家にいた(と言うか、たいてい、息子が家にいた)のですが、今年は息子も部活で留守勝ちになるので、水槽はかなりの灼熱釜茹で状態になりそうです。ほんのちょっとでも涼しくなって欲しいので、金魚も扇風機です。

 でもね…、猛暑で、水温が35度を越えると、金魚もバタバタ死んでいくんだよねえ…。今年は、何匹、夏を越すことができるのかな? とにかく、暑さに弱く、寿命の限界をとっくに越えているトートは、無事に秋を迎えることができるでしょうか? ああ、心配。

2011年7月 1日 (金)

練習場所の見つけ方

 音楽/楽器演奏を趣味とする人の共通の悩みは…練習場所…ですね。練習しないわけにはいかないけれど、何時、何処で練習するべきかは、実に愁うべき問題です。

 あなたは何時、何処で、練習していますか?

 私は仕事から帰って、夜10時ぐらいまで練習します。なので、日によって練習時間は違いますが、30分~3時間程度で、平均は2時間前後かな? もちろん、全く練習できない日もかなりあります。

 練習場所は、自宅の書斎です。書斎という本の山に囲まれている場所なので、防音効果はそれなりにあります。もちろん、家自体が簡易ですが、防音構造で作っていますし、書斎の雨戸とカーテンはきちんと閉めていますし、部屋の場所だって、道路と隣の家の駐車場とに接している場所なので、書斎で練習しても、さほど近所や家内の人に迷惑をかけずに済んでいるかなって思ってます。

 皆さんはいかがでしょうか? なかなか自宅では練習できないという人もいらっしゃるでしょう。そういう人は、外部の施設で練習なされる方も多いと思います。

 例えば、割とよく聞くのが、カラオケ。確かにカラオケなら、防音など気にしなくていいし、費用も比較的安価です。楽器の持ち込み&練習不可というお店があるかもしれませんが、そうでない限りは、結構使える施設ですよね。

 公民館などの公共施設の音楽室とか練習室を使うという手もあります。これは地方自治体によって違うのですが、カラオケよりも安い値段で市民に音楽室を貸してくれる地域も少なからずあります。前のフルートの先生である笛先生は、よく自宅近所の公民館で練習なさっていたそうです。実際、その地域では公共の練習室って、安くて便利なんですもの。ちなみに、私の住んでいる場所では、公共施設は常に満杯なので、練習に使える余裕がないのが残念です。

 マンションとか団地だと、集会所とかそれに類する施設がありますね。そういう場所を借りてもいいでしょう。

 若い頃、ロックバンドをやっていた時は、民間の音楽スタジオなどで練習していました。民間施設なので、安くないので、毎日練習するというわけにはいきませんでしたが、週に一回程度の練習ならなんとかなったかな?

 牧師先生とか神父様と仲よくなれれば、教会を借りて練習もできます。それこそロックバンドをやっていた時は、牧師先生にお願いして教会借りて練習した事もあります。私の知り合いは、住職と仲よくなってお寺の本堂でドラムの練習していたという奴がいます。宗教施設って、音楽の練習場所としては、結構いいんですよ。もちろん、礼拝などに参加する必要は…生じますがね(笑)。

 マイカーの中で練習しています…という話もチラホラ聞きますね。人里離れた場所まで車をとばして練習するなんて、ちょっとカッコいいかもしれません。いや、人里離れた場所に行くなら、マイカーの中ではなく、いっそ、車から外に出て、山中とか、海岸で練習するのもオツかもしれませんね。

 車はちょっと…と言うなら、近所の公園とか橋の下などでも練習できます。…勇気が必要かもしれませんが(笑)。

 ある程度の腕前があるなら、駅前でライブを兼ねて、練習しちゃうというのもアリです。特に「基礎練習なんて大嫌い、私は曲を吹いて練習するんだ~」というタイプの人なら、これって絶対アリでしょう。ただし、駅前などで演奏する場合は、事前に警察に一声かけておかないと、演奏止められて職務質問されたりする事もあるので、そのあたりは抜かりなくね。

 どうしても自宅でなきゃ練習できないって人は、いっその事、隣近所の方に「私、実は音楽をはじめまして…」と告白して、練習時間について話し合っちゃうと言う手もあります。これって、案外、正攻法かもね。

 声楽とかフルートでは無理ですが、弱音器付きのある楽器は、贅沢言わないで、弱音器を使って自宅練習という方法があります。弱音器って結構効果あるんですよ。また、お財布に余裕がある人は、いっそ、防音室を作っちゃうって手もありますよ。

 このように、人間、やろうと思えば、いくらでも方法なんて思いつくものです。騒音(?)や練習場所を気にして、音楽を始められないと心配している人は、心配ご無用ってモンですよ。

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