ひとこと

  •  なんかねー、最近、あれこれツイてないんです。あまりに小ネタ過ぎてブログに書くほどでもないのだけれど、なんかプチ不幸な日々が続いてます。なんかなー。

お知らせ

  • ●クラシックコンサートのお知らせをします。●10月8日(日)、茅ヶ崎市青少年会館ホールで行われます。今年のコンサートは、第1部ジュニア、第2部器楽、第3部声楽と、3部に分けて行われます。第3部の開演は15時20分となっています。●私は、第3部の10番として、トスティ作曲「Tristezza/悲しみ」とレオンカヴァッロ作曲「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」を歌い、次の11番目で、妻と一緒にレハール作曲「メリー・ウィドウ」より「A Dutiful Wife/従順な妻」の二重唱を歌います。私の登場時刻は、およそ16時30分前後になる予定ですが、あくまでも予定であって、これより早くなることもあるし、遅くなることもあります。●入場料は無料の千客万来系のコンサートです。ただし、例年までは市民文化会館で行われていましたが、今年は工事中となって、古い公民館系のホールで行われます。●会場的には、古くて小さい上に設備的にも??がつくような会場で「ここで歌うのはヤだな」という理由で、多くの方々が参加を取りやめたというほどの会場です。私も、練習で使用するならともかく、ここに人を招待して…となると、躊躇せざるをえません。なので、会場までお越しいただく事は望んでいませんが、もしよかったと、どこか遠くの空から、無事に歌えることを祈っていただくと感謝です。
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2011年6月の記事

2011年6月30日 (木)

梅雨明け前なのに気温30度越えは反則だと思う[2011年6月の落ち穂拾い]

 はい、タイトルは単なる“愚痴”です。しかし、愚痴りたくなるほどの暑さだとは思いませんか? せめて、夏やせでもしてくれればよいのですが…そうは問屋が卸さないのが、厳しい現実って奴ですね。
 
 
フルートの相場

 フルート初心者の方で、自分のフルートが欲しいなあと思う方は多いと思います。そこで、楽器店に行ってみたり、人づてに話を聞いてみたりすると、フルートの価格ってピンキリでよく分からないって思われる方、多いと思います。実際、楽器屋のショーウィンドウに並べられている手前の10万円のフルートと、その奥の100万円のフルートの違いなんて、見ただけじゃあ、どう違うか、分からないですよね。

 フルートなんてものは、楽器である前に、手工芸品ですから、自分のお財布の許す限り、贅を尽くしたものを買うのが正解だと思いますが、日々の営みを考えれば、そんな事も言えないのが人生です。良いものは欲しいけれど、良過ぎるものはいらないし、かと言って、安物買いの銭失いもイヤ…というのが本音でしょう。それに、フルートは決して安い楽器ではないので、一度買ったら、なかなか次を買うわけにはいかないでしょうから、フルートを買うとなったら、色々と決断やら覚悟やらをしていかないといけません。

 そんな方の参考になるといいかなってわけで、フルートの価格帯を、ごく大雑把にまとめてみました。フルートの値段って、材料で値段が決まる部分があり、大雑把に言えば、こんな感じで、ランク付けされてます。お買い物の際は、このあたりのことを頭の片隅に入れておくといいですよ。
 
 
総洋銀(白銅)フルート 7~10万円
 フルートの最低価格帯はここだと思ってください。すべてをニッケル合金(+銀メッキ)で作られたフルートです。具体的には、ヤマハのYFL-221とかYFL-211などを想定しています。ここより安いものは、楽器のカタチをしたオモチャと思った方がいいかもしれません。私が最初に買った楽器は、さすがに1万円でしたので、実にオモチャでした(笑)。
 
 
頭部管銀フルート 13~20万円
 頭部管と言って、息を吹き込む部分の管だけが銀で作られ、後はニッケル合金で作られているフルートです。フルート経験者が初心者に、まず最初に薦めるのは、このクラスのフルートですし、ここからフルートを始める人はたくさんいます。また、ジャズ系フルーティストの中には、プロでもこのあたりの楽器を使う人がいます。ま、初心者さんが購入するなら、無難なレベルの楽器と言えます。実際に、楽器屋で一番売れるフルートは、この“頭部管銀”のフルートだそうです。つまり、このクラスが、一番の売れ線フルートってわけですね。
 
 
管体銀フルート 25~35万円
 管体すべてが銀で、キーがニッケル合金で作られているフルートです。このクラスのフルートを購入するなら、もう少し頑張って、総銀フルート[標準タイプ]を購入した方がいいかなって思います。
 
 
総銀フルート[標準タイプ] 40~60万円
 すべてが銀で作られたフルートです。フルートはすべてを銀で作るのが標準仕様なので、お金に余裕があるなら、ここから始めるのも一つの入り口です。このクラスの楽器あたりから上が、いわゆる“一生もの”の楽器になります。このクラスの楽器の寿命は一般的に、調整さえきちんとしていけば、私たちの余生よりも長いです。ちなみに、私のフルートはこのランクになります。
 
 
総銀フルート[高級タイプ] 70~100万円
 材質的には上記の標準タイプと同じですが、製法などが若干違っていて、より職人さんの手間がかかっているタイプのフルートです。さすがに、ここからフルートを始める人は、まずいません。クラシック系のプロ奏者が使っている銀のフルートは、このクラスのものがほとんどです。
 
 
ゴールドフルート[9K] 130~160万円

 金で作られたフルートです。アマチュアさんは9Kのフルートを使っている方が多いですが、プロになると、14Kとか18Kのフルートを使う方が多いですね。ちなみに金は24Kが純金ですから、9Kって言うと、その40パーセント弱が金で、60パーセントが銀とか銅とかの他の金属から作られている、金合金の事を言います。金属化学界では18K(75パーセントの金含有量)以上の物でないと金扱いしないそうですが、フルート界(アクセサリー界も同様らしいです)では、9Kから金扱いをします。この9Kのフルートと言うのは、実に吹きやすいフルートで、総銀フルートなどよりも、ずっと吹きやすいので、たまに、いきなりこのクラスのフルートを購入しちゃう初心者さんもいないわけではありません。
 
 
 というわけで、フルートの価格帯という意味では、初心者さんは、まずは頭部管銀で検討し、余裕があるなら、総銀[標準タイプ]を検討し、神様の声が聞こえたら(笑)、ゴールドフルートを考えるといいんじゃないかなって思います。
 
 
レッスンとおしゃべり

 先生との“おしゃべり”って、実は、皆さん、口には出しませんが、悩まれている方、多いですね。「まずは一通り、先生とおしゃべりをしてからレッスンに入るので、いつもレッスン時間が決められた時間の倍ぐらいになってしまい、申し訳ない」とか、「レッスンが終わった後、先生と延々とおしゃべりをしてしまい、レッスンの後の予定が立てづらい」とか、「レッスンの合間合間に入るおしゃべりで、レッスンがダラダラになってしまって、イヤ」とか、「先生、私には全然話しかけてくれない、嫌われているのかな?」など、おしゃべりは、してもしなくても、色々と悩みがあるようです。

 その中でも一番深刻なのが「レッスンの終わる時間がきちんと決められているのに、レッスン時間の最中は、おしゃべりばかりになってしまい、レッスンをちゃんとやってもらえない」という悩み。こういう方の主張の一つに「おしゃべりはレッスンではないのだから、おしゃべりのためにレッスン時間が減ってしまうのは、おかしい。おしゃべりはおしゃべりとして、レッスンはレッスンとしてやってほしい」という意見、こういう意見は、女性の方に多いかな?

 レッスンとおしゃべりの問題って、色々ありそうですね。

 私は複数の先生に習いましたが、レッスン中のおしゃべりの扱いって、先生によって様々です。

 レッスンを受ける立場の私としては、レッスンとおしゃべりの問題に関しては、おしゃべりがあろうがなかろうが、レッスンは決められた時間分を決められた時間内にやっていただければ、それでOKだと思ってます。時間や内容を多めにやっていただけた時は、先生/教室の好意として受けとめ、感謝をしています。逆にレッスン時間が短めで内容が薄くなってしまった時は…契約不履行!…と言うわけで、文句を言う事もあります。

 文句を言うのは、前の生徒さんのレッスンが押してしまって、私のレッスン時間に食い込んでしまったにも関わらず、私の次の生徒さんがやって来たからと言って、そそくさと早めにレッスンを終えようとした時などですね。

 ですから、30分のレッスン時間のうち20分雑談してしまったため10分しかレッスンを受けられなかった場合(よくあるパターンですね)は、私は文句を言いません。なぜなら、そのおしゃべりが内容の無い雑談であっても、私のために先生のお時間をいただいているという点(先生方は時給で働いています)では、おしゃべりもレッスンと同様と心得ているからです。

 ちなみに、おしゃべりとは違いますが、その日にやるべき課題をすべて見てもらって、それでもレッスン時間が余ってしまって早めにレッスンが終わってしまった時は、私は文句を言いません。「時間が余ったんだから、余計に教えてください」と言ってもいいのでしょうが、私は、やるべき事をやったなら、それで良しにしちゃいます。だから、やるべき事をやって早めにレッスンが終わった時は、さっさと帰る時もあれば、残り時間で雑談をして、先生とコミュニケーションを図ったりしています。
 
 案外、先生とのおしゃべりって、勉強になる事が多いので、私は好きですよ。
 
 
フルートの音程

 フルートの音程って、高くなりがちですね。特に初心者のうちは、たいていそう。なので、大概の初心者さんは頭部管をたっぷりと抜いて、それに対応しがちです。しかし、元々の楽器が音痴なら仕方ないのですが、普通によく作られた楽器であると、フルートって頭部管を抜くのは3~5mm程度と想定されて設計されているので、それを1cm程度抜いてしまうと、チューニングした音(AとかBbとか)はバッチリ当たっても、フルートそのもののバランスが崩れてしまって、その他の音が今度は音痴に陥ります。

 つまり、頭部管の抜き差しでチューニングをしてしまうのは、実は良いことでないのです。頭部管の抜き差しは、あくまで気温/室温の変化に対応するためであって、きちんと設計されたフルートは、本来、チューニングの必要はないのだそうです。

 では、本来チューニングの必要のない楽器、つまり音程がピッタリと合いやすい楽器のはずのフルートが、現実問題としては、うわずる事が多いのかと言うと……私も以前は散々先生に注意されたのですが…フルートに吹き込む息が強すぎたり、息を吹き込みすぎていたりするからなんだそうです。

 息の吹き込み過ぎには二つの理由が考えられます。

 一つは奏者のテクニック不足。きちんと息をコントロールする事ができず、結果として息を強めの多めに吹き込んでしまい、フルートの音程がうわずってしまうため。

 またもう一つの理由は、フルートに限界以上の大音量を求めてしまい、その結果、音がうわずってしまう事。フルートは元々が室内楽用の楽器なのであって、大きな音を出すのが構造的に苦手な楽器です。小さいけれど、よく響く美しい音で演奏するのが、本来のフルートなのですが、合奏などをやっていると、他の楽器との兼ね合いもあって、ついつい音量を求めがちになってしまう事が多いでしょう。そのために息を強めの多めに吹き込んでしまい、音程が高くなってしまうのだそうです。

 もっとも、強めの多めがダメだからと言って、弱めの少なめが良いかと言うと、実はこれもダメ。適量の息を適切な速度でフルートに吹き込むのが良いのだそうです。

 第1~2オクターブはまあまあだけれど、第3オクターブの音程がうわずり気味だなあと思っている人も、吹き込む息の強さと分量をチェックするとよいそうです。

 と、まあ、何事も理屈が分かっても、実行はなかなか難しいのですけれどね。
 
 
今月のお気に入り  ウェスト・サイド・ストーリー(ヘイリー&グリゴーロ盤)

 今回、お気に入りとしてご紹介するディスクは、ウェスト・サイド・ストーリー50周年を記念して製作されたCDです。実は私、このCDが発売された当時は、このCDを馬鹿にしていました。「50周年? アニバーサリー・イヤーに載かった企画モノ? ロクなもんじゃねえだろうなあ」「マリアは…え? ヘイリーじゃん。あんな発声でマリアを歌えるの?」「トニーは…ヴィットリオ・グリゴーロ? 誰、それ? 」「指揮者…ニック・キングハン? 知らないなあ…」「オケは…ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー? 上手いんだろうけれど、ローカルなオケだな…」って感じでした。それにジャケットがオシャレすぎるのも、なんか、クラシック・クロスオーバーっぽくて、ひいたのも事実です。

 そんな理由で避けていたこのCDですが、先日“ウェスト・サイド・ストーリーのCD、大人買い”というのを決行して(と言っても三枚のCDを買っただけですが:笑)買い求めたCDを片っ端から聞いてみて、驚きました。このヘイリー&グリゴーロ盤、めっちゃくちゃいいんですよ。

 私が今までリファレンスにしていた「ウェスト・サイド・ストーリー」は作曲者であるバーンスタイン自身が指揮をしている、バーンスタイン自演盤(テ・カナワ&カレーラス盤)だったのですが、このヘイリー&グリゴーロ盤は、それよりもいいかもしれない。いや、少なくとも、マリアとトニーは、テ・カナワ&カレーラスの大物カップルよりも、ヘイリー&グリゴーロのヤング・カップルの方が、声がキャラクターに合っていていいです。

 心配されていたヘイリーの歌唱ですが…すごく線が細くて、弱々しくて、おそらく舞台では聞けたものじゃないでしょうが、CDで聞く分には、むしろこの声の方が、マリアの悲恋ヒロイン性(か弱さ/痛々しさなど)がよく表現されて、かえって良いかも。アニータとの二重唱では声の対比がよく出ていて、アンサンブルとしても、おもしろいです。少なくとも、オバサン声のテ・カナワの数倍良いですよ。

 一方、グリゴーロですが、こっちは手放しで称賛しちゃいます。素晴らしい歌手です。実にちゃんとしたクラシック系の若々しくて美しい声でトニーを歌いあげています。CDで聞けるトニーの中のベスト歌唱が、このグリゴーロかもしれません。トニーを聞くなら、このCDですよ。

 ちなみに、マリアだけを聞くなら、93年にイギリスで製作されたボニー&ボール盤でしょうね。とにかく、バーバラ・ボニーのマリア、最強ですよ。さすが、NHKスーパー・オペラ・レッスンの先生だけあります。実に見事で美しくて、キャラに合った歌唱をしています。しかし、残念なのは、このボニー盤は、すでに廃盤となっていて、売れ残りか中古でしか入手できない事です。おまけに、トニーを歌っているボールが、ちょいともの足りないです。

 ま、ヘイリー&グリゴーロ盤はかなり品薄になっていますが、探せばまだ購入できそうですし、バーンスタイン自演盤は、市場に潤沢に出回っているので、いつでもお買い求めできます。そうそう、バーンスタイン自演盤は、以前のものは二枚組(私が所有しているのはこのタイプ)でしたが、今はそれが一枚にまとまっていて聞きやすくなっているのが良いですよ。なので、テ・カナワのオバサン声に我慢できれば、こちらの選択も十分アリアリです。

 映画のサウンドトラック盤とか、ブロードウェイ・オリジナル・キャスト盤は「ウェスト・サイド・ストーリー」をポピュラー音楽だと割り切れるならば、これはこれで面白いのですが、私のようなクラヲタには物足りなくて仕方ないです。
 
 
今月の金魚

 みんな元気ですよ。特に動きはありません。
 
 
今月のひとこと

 関東、梅雨入り? なんか、早くねー??(2011年5月28日~6月1日)
 
 
 六月になったので衣替えをしようと思ったら…涼しいじゃん。この陽気なのに上着を着ないで歩いたら、絶対、風邪ひくなあ…。つい先日は、暑くてこりぁあタマランと思っていたのが、嘘のようです。(2011年6月1~2日)

 国難だなあ…。これで、災害復興も原発事故の対処も、遅れに遅れ、延ばしに延ばされて、津波被災者の餓死が増え、日本経済は凋落の一途を辿って、失業者が山のように増えるでしょう。かろうじて定職を保っている人も、収入が減るのに増税されて、苦しい日々になりそう。これでまた夏になると東京周辺で(無)計画停電が行われる事になりそう…。無能なリーダーならいない方がいいのに「嫌われっこ、世にはばかる」ってわけだ。ああ、国難だなあ…。(2011年6月2~5日)

 不二家のネクターロール、うまっ! (2011年6月5~7日)

 仁先生の安道名津、うまいっ!(2011年6月7~11日)

 今年はビワが豊作。(2011年6月11~21日)

 暑いですね…。暑いけれど、“節電モード”って奴でしょうか、どこに行っても暑い。カラダを冷やせる場所がない。もはや私は“歩くスチームアイロン”状態で、指先まで熱々になってます。脳味噌が煮えてしまいそうだ…。(2011年6月201~24日)

 そう言えば、最近“オール電化”のコマーシャルを見なくなったような気がします。以前はあれだけバンバン流していたのに、やはり、節電節電と呼びかけている手前「今更“オール電化”もないでしょう」って事なのかな? しかし、現在、オール電化の家にお住まいの皆さんにとっては、この節電をあおる風潮って、うれしくないでしょうね。自分の家のエネルギーの一切が止まるって…ちょっと想像したくないですよ、私。電気が止まっても、水とガスが確保されていれば、最低限の煮炊きができるけれど、オール電化だとそうはいかないでしょうから。…頑張れ、オール電化人。(2011年6月21~26日)

 昨年は行われた、東劇でのメト・ライブビューイングのアンコール上映、もうすぐ7月だと言うのに、ネットに情報が上がらない(涙)! もしかして、今年はやらないの?? 実は、どうしても見たかった「ワルキューレ」を発表会ウィークという事で断念した私でした。アンコールで見よう…そう思っていたのに(涙)。来シーズンには、その続編の「ジークフリート」と「神々の黄昏」をやるわけだから、ぜひ、アンコールで「ワルキューレ」を見ておきたいのに…やっぱり東劇ではやらないのかな? 東劇でやらないなら、横浜か川崎でやらないかな? とにかく、どこかで「ワルキューレ」のアンコール上映、やらないかな…。日帰りで行けるところなら、行っちゃうよ。(2011年6月26~28日)

 美味しいものって、大抵、健康に良くない。健康に良いものって、大抵、不味い。食の喜びと健康の清々しさと言うのは両立しえないものなのだろうか? あ! 健康に良いものが美味しく感じられるように、自分の味覚をマインドコントロールすればいいのか!?(2011年6月28~29日)
 
 
 今月は以上です。よろしくお願いします。

2011年6月29日 (水)

演奏に感情を込めすぎないこと

 フルートのレッスンに行ってきました。

 お教室についたら、先生と姉弟子さんが楽しげに談笑してました。どうやら話題は“熱帯魚”。おお、お魚の話題ですかぁ……会話に入りたい…。しかし、お二人のお魚に対する愛情とか、金魚に対する偏見とか(熱帯魚原理主義者は、しばしば金魚を蔑みますので注意注意)が分からないのに、話題に加わるのは危険だと判断し、静かに黙ってお話を拝聴していました。

 熱帯魚って高級ってイメージがあるけれど、どうやら価格的にはピンキリで、ウチの金魚たちも決して負けてないみたいです。

 さて、三人で音出しをしました。今回は、本当に三人の音がピタリとあって、まるで一人で演奏しているみたい…と言うか、あまり音が合い過ぎて、自分が本当に音を出しているか、何だか不安になってしまいました。時折、音を外すと「あ、今、外したのは私だ」って分かるので、たぶん音は出ていたのだと思いますが…。

 この練習を重ねていくと、おそらくフルートでのハモる感覚のようなものが養われるのだろうけれど、なんか自分の音が聞こえないのって不安。あと、自分の音が聞こえないので、どんな音色で吹いているのかが分からず、これも不安。音程は外すと濁るから分かりますが、音色は溶け合ったら、もう分からないもんなあ。なんか、違和感バリバリですが、早くこれにも慣れないと…。

 本日のアルテはE-mol(ホ短調)でしたが、あっさり合格。ま、簡単だからね。次は2章のブリチアルディキーの説明の部分を読んでおく程度で良いそうです。つまり「まだF-durに入っちゃダメよ」って事です。

 と言うのも、一向にミニオン・エチュードの2番が終わる気配がないからです。

 まあ、私なりには、ほんの小さくとも、わずかずつだけれど、前進しているわけですが、まだまだ完成にはほど遠いわけです。とにかく、ミスブロー以前で、演奏がしばしば止まってしまう程度の出来(特に後半)ですから。もっともっと部分部分を取り出し練習し、吹き込んでいかないといけません。

 とにかく、アーティキュレーションに注意するのが第一義で、タンギングとスラーを意識的に使い分けられるようにしないと…。まだまだ、全編をスラーで演奏しがちな私です。タンギングするところは、きちんとタンギングしないとね。

 それと、今回は別の注意をいただきました。それは「…号泣しすぎ。もっと淡々と吹きなさい」ですって。感情入りすぎで、歌い込みすぎなんだそうです。もっと肩の力を抜いて、楽に流れるようにサラサラ~と吹いた方が良いのだそうです。

 私って、白玉音符を見ると、歌い込みたくなる性分なんですよ。ビブラートやアッチェレラントやルバートは無意識にバンバンかける人なんだけれど、先生には、そういう小細工がうっとおしく感じるって事です。

 ちっくと反省っす。もう少し、無機的な演奏を心掛けますです。とにかく、楽譜に忠実に、感情は込めすぎない…です。

 それと、感情うんぬんを除いても、やっぱり全体的に力が入りすぎていて、全部が全部、しっかりしすぎで、それが却って曲を平板に感じさせるのだそうです(確かにそうかも)。つまりは、メリハリがなくて「最初から最後までクライマックス~!」的な演奏なんだそうです。

 無伴奏の曲は、一人でメロディと伴奏の両方を吹いているわけだから、メロディの音はしっかり吹き、伴奏の音は軽く流して演奏しないとダメだそうです。なので、私もしっかり、メロディと伴奏の吹きわけをしなさいと言われました。……が、どこがメロディで、どこが伴奏か…、わかんない(涙)。何となく、八分音符がズラズラ~っと並んでいるところは伴奏っぽいような気がするけれど…合っているかな?

 とにかく、2番が終わらないと、15課の方も前に進まないのだそうです。2番、頑張んないと。次回までに2番をたっぷり練習しておかないと。

 それと、ミニオン・エチュードの3番の譜読みを始めてくださいと言われました。先生が3番のお手本演奏をしてくれました。先生の演奏は見事だったけれど、曲自体は、なんかつかみ所のない曲でした。

 そうそう、譜読みをする時に、最初からアーティキュレーションに注意する事が大切だよと言われました。最初に読んだその感覚が案外癖になるので、譜読みをいい加減にしちゃダメなんだそうです。確かにそうかも。

 さあ、ミニオンエチュード2番、やっつけるぞ。

 ちなみに先生に「普通、アルテの15課って、スケール練習とエチュードとどっちが早く進むものですか」って質問したら「普通は曲がドンドン仕上がっていくけど、スケール練習はなかなか進まないという人の方が多いねえ…」なんだそうです。私はまさに逆パターンな人なんですね。

 私が曲が苦手なのは、次にどんな音が来るか、予想がつかないことが多く、演奏中に結構ドギマギしているからなんです。その点、スケールは次に何が来るかというのは、オートマチックに分かるわけで、予想がつく分、気が楽なんです。あと、曲って長いから、疲れちゃうってのもあるかな?(音楽的なスタミナはありません)

 たぶん今の私の演奏は、肩の力がガチガチに入った、聞いていて疲れちゃう類の演奏なんじゃないかなって思います。録音したものを聞くと“癒しのサウンド”からは、ほど遠い音楽になってますもの。

 それじゃあ、フルートっぽくないよね。

2011年6月28日 (火)

トスティもナポリ民謡のうち?

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まず最初に、ガラコンサートでどんな曲を歌おうかという相談から始めました。と言うのも、これからの一年間のレッスンの帰着点がガラコンサートなわけですから、そこへ向かって、どのようなレッスンをしていくか、つまり、これからの一年間の声楽カリキュラムをどう組み立てていこうかと言うわけで、単に「コンサートで何歌う?」という軽いノリの話ではなく、いわば、この一年間の学習目標を決める、とても大切な相談という奴をしてきたわけです。

 とりあえず、隔年で行われている発表会との差別化で考えてみました。発表会で歌う曲は、今回の「人知れぬ涙」のような“一曲入魂”系の歌がチョイスされます。どうしても、その時点での私の能力の限界ギリギリのマジなオペラアリアを半年ほどかけて練習していく事になります。これはこれで勉強になりますが、しかし、ガラコンサートは一人で15分(つまり3~4曲)も歌うわけで、“一曲入魂”系の曲をチョイスしてしまうと、練習期間的にも、体力的にも、とても間に合いません。

 それに発表会とガラコンサートでは、そもそもの目的が違うわけだし…。

 となると、ガラコンサートでは、高難度の曲を攻めるのではなく、15分という時間でどういうプログラムを組んで行くかという方向で曲決めをしていきましょうと言うことになりました。15分を歌いきる事が大前提なので“一曲入魂”系の歌は(体力を消耗しすぎるので)歌いません。

 で、そこで私の要望は「レパートリーの拡充」です。つまり、皆が知っている曲(いわゆる、アンコールピースって奴ですね)を私の歌のレパートリーに加えていきたいので、ガラコンサートへ向けたレッスンは、ガチなクラシック曲ではなく、古来テノール歌手たちが歌ってきた類のポピュラーソングをやってみたい、と申し出ました。具体的には、ミュージカルナンバーとか、クラシック・クロスオーバー系の名曲を歌いたいのです。

 で、先生の反応ですが……ミュージカルナンバーだったら、ガラコンサートではなく、歌劇団の公演の時に歌ったらいいんじゃないの? と言われました。

 と言うのも、来年公演予定のミュージカル「赤ずきんちゃん」は、短いミュージカルなので、この曲だけで、一回のコンサートにするのは無理があります。コンサート的には、どうしても二部構成のステージにせざるを得ません。そうなると、第一部歌謡ショー、第二部ミュージカルという構成にするのが普通かな? ならば、その第一部の歌謡ショーで、ミュージカル系の歌を歌えばいいじゃんって事になりました。

 ま、それはそうかも…。

 で、先生からの提案が「ならば、ナポリターナを歌いましょう!」でした。

 ナポリターナ、つまり、ナポリ民謡とかイタリア民謡って言われているあの手の“能天気”系の曲です。「オー・ソレ・ミーオ」とか「帰れ、ソレントへ」とか「サンタ・ルチア」とか、ああ言った曲ね。

 「まあ、ナポリターナも嫌いじゃないけれど、あんまり能天気なのも……」とグチグチ言っていたら「トスティもナポリターナだよ。まずはトスティを潰していきましょうか。その後は、ナポリターナにも根暗な曲がありますから、そういう曲を歌っていきましょう」と言われました。

 ううむ、トスティか、確かに彼はナポリ系の作曲家だったよなあ、「マレキアーレ」なんて普通にナポリ民謡のCDに入っているよなあ。それにトスティって、私の憧れの作曲家だしなあ…。根暗なナポリターナと言うと「カタリ・カタリ」とか「忘れな草」とか、ああいう曲? なら、まあ、いいっかな~。

 と言うわけで、ナポリターナと言うか、トスティを歌っていくと言う方向で、ガラコンサートに向けて、レッスンしていく事になりました。

 なので、今歌っている「ガンジス川~」が終わったら、ガラコンサートに向けての練習を始める事にします。トスティを中心に、いわゆるナポリターナの曲をバンバン歌ってみて、歌いながら候補を絞っていき、最終的にガラコンサートの曲目を決めていくという方針で行くことにしました。

 なので「ガンジス川~」の次は、ロッシーニの「音楽の夜会」の中から「約束」を歌う事になりました。

 …あれ?
 
 
 さて、レッスンです。今回のコンコーネは18番でした。ちゃんと予習してきたつもりですが、いやあ、リズムがボロボロになっちゃいました。シンコペーションは苦手ではないのですが、なんか上手くいきませんでした(汗)。

 で、問題はリズムがボロボロになった事ではなく、例によって、発音の時のポジションの問題。なので、この18番を階名唱してみました。私の発音のポジションが低くて、そのために“ドレミの発音”が、あまりに日本語的になりすぎていました(日本語は一般的に低いポジションでしゃべります)。“ドレミ”って、ちゃんとイタリア語っぽく発音すると(イタリア語はポジション高いです。あと個人的には、中国語ってポジション高そうだあ~って思います:笑)それなりにポジションが高くなるのですが、そこを日本語風に発音すると、途端にポジションが下に落ちます。私の場合、かなり気をつけていかないと、日本語風の“ドレミ”になってしまうので、まずはそこに注意をしましょうというわけで…18番はやめて、コンコーネの1番に戻る事になりました。

 つまり、18番では難しすぎるので、簡単な1番に戻ったわけです。

 次回までの宿題として、1~3番を正しいイタリア語の発音(つまり、発音のポジションをアゲアゲにして歌うって事)で階名唱できるように、きちんと気をつけて練習するように言われました。

 うむ、コンコーネは番号的に戻っちゃったけれど、今の自分の抜けているところ、欠けているところを補うわけだから、それはそれで仕方ないね。

 ちなみに、コンコーネの練習では、階名を正しいイタリア語で発音する以外にも、口内を縦に開くとか、声は奥に持ってくるとか、faはしっかりとクチビル噛んで発音するとか、siは日本語のシにしないとか、他にも色々と注意事項はあるわけです。それらはも一々、気をつけてくる事ように言われました。

 さて「ガンジス川~」です。この曲でも すぐに子音のポジションが下がってしまうので、注意して歌う事。特に、イタリア語の歌詞にアクセントがついている箇所は、母音ではなく子音にアクセントをつけて歌うと、私の場合、効果的らしいので、子音を強めの高めで歌う事が必要なようです。

 とにかく私は子音の発音が下手みたいです。言葉を一つ一つ分解して、きちんと子音と母音を組み合わせて、同じポジションで歌えるように、ゆっくりと、しかし確実にやってくる練習が申し渡されました。

 子音のポジションを下げないで歌う…理屈で分かるし、耳でも分かるんだけれど、いざやろうとすると、うまく歌えないのです。難しいね。まだまだ、この曲をクリアするには時間がかかりそうです。

 最後に歌劇団で歌った「乾杯の歌」もやりました。歌劇団では、みんなで寄ってたかって歌った曲ですが、レッスンでは、本来の二重唱として、妻と二人で歌います。まあ、私はアルフレードのパートを一通り暗譜していたのですが、妻は今回改めてヴィオレッタのパートを全部歌ったので大変そうでした。

 先生曰く「下手すぎ!」だそうです。まるで、この曲が歌曲か何かのようにしか聞こえないのだそうです。この曲は、オペラの曲で、歌っているのは、アルフレードとヴィオレッタなんだから、アルフレードやヴィオレッタが歌っているように聞こえないとダメ。歌っている人のキャラクターが見える歌い方をしないとダメだし、そういうところに、もっと神経を使わないといけないのです。なにしろ、やせても枯れても、オペラの中の曲ですからね。

 発表会は終わったけれど、やる事はたくさんありそうです。さあ、ガンバガンバ。

2011年6月27日 (月)

高いラ(A)が壁だな

 2011年6月現在、私の[音域上の]壁は“高いラ”です。高いラと言うのは、五線譜の上にはみ出ているラの事です。ちなみに安心安全なのは、高いファ#(Fis)まで、高いソ(G)から徐々に危険ゾーンに突入します。

 とは言え、自分的には高いソは「ちょっとイヤだけれど、気をつけていれば、どうにかなる」感じです。ただしロングトーンなどでは、多少声がかすれたり割れたりします。その半音上の高いソ#は「かなりイヤ。フレーズによってはうまく発声できるけれど、フレーズによっては無理っぽい」って感じ。当たるだけなら、まあなんとか、と言うレベルです。で、その半音上の高いラは「まるで歯が立たない。白旗降伏!」って感じで、一瞬でも当たれば大成功って感じですね。。

 だから、発表会で歌った「人知れぬ涙」(最高音は高いラです)なんかは、白旗降伏しちゃったわけです。

 高いラから高いド(Hi-C)の音が発声できるかできないかってのは、ある意味、テノールにとって、合唱で終わるか、ソロを歌えるか、の分水嶺なんです。

 合唱しか歌わないのなら、高いラまで出れば、とりあえずOK。そこから先の音は、よっぽどの事がない限り使いません。一方、ソロを歌うテノールは、ある意味、高いラが聞かせ所の入り口でして、この音が出ると言うのは、オペラアリアを歌う上での最低ラインなわけです。

 高いラに“まるで歯が立たない”現在の私は、まだまだソリストとしては論外なわけだし、勉強の余地ありすぎです。それどころか、今のままでは、合唱テノールとしても、どうなのかなって感じで、ずばり現状は…声のか細いバリトンでしかないもんなあ…。もっとも、私はヘ音記号の楽譜なんて、これっぽっちも読めないし、読む気もないし、私自身の性格は、全然テノールなので、バリトンの要素なんて、これっぽっちも持っていないのだけれど(爆)。

 人の声の音域については、低い方は、持って生まれた声帯に左右されるので、訓練しても多少しか広がらないのだそうです。それゆえ、持ち声が低い人は重宝されますね。ローバスなんて、どう訓練したって、簡単にはなれるものではありません。

 一方、高い方は、訓練次第でどこまでも…という話を、よく聞きます。もちろん、限界はあるわけで、だからこそ、昔はカストラートという存在があったわけです。なので、男声の場合、ソプラノ音域は、一部の才能ある人以外はまあ無理なんだけれど、アルトの音域までなら、結構イケちゃうようです。実際、メール・アルト(男声アルト)って、海外の合唱団だと、結構見かけるし。

 私はアマチュアだから、別に会場一杯に轟くような音量で高音が歌えなくてもいいのだけれど、せめて、小さな会場のピアノ伴奏でオペラアリアが歌えるようになりたいです。大それた野望だという自覚はありますけれど、何とかオペラアリアを歌えるようになりたいです。そのために、クリアしないといけない課題は多々あるけれど、まずは音域拡大だよね。当面の壁である“高いラ”をクリアできないと…。

 キング先生のおっしゃる“ポジションの保持”とか“鼻腔共鳴”とかが、キーワードになるんだろうけれど、なかなかできない、なかなか理解できない、私でした。

 と、ここで記事を終わってしまうと“ダメダメな私”日記で終わってしまうので、前向きな事も書いておこうっと。

 確かに高いラは苦手だけれど、高いソまでなら、なんとか手中に収めつつあるのを感じます。以前歌えなかった「オンブラ・マイ・フ/Ombra mai fu(高声)」では、高いソが三度出ますが、1回目2回目のソはクリアできるようになりました。三度目のソは気を抜くと失敗してしまいますが、きちんと注意をし、ポジションを落とさないようにすれば歌えるようになりました。やったね。この曲、以前は歯がたたなかったんだけど、ようやく歌えるメドが立ってきたんです。うれしいなあ。

 同じように以前歌えなかった曲である「あなたは知る/To lo sai」なら、今では「高いファ#」までしか使っていないという事もあり、楽勝で歌えます。

 こんな私でも進歩上達しているんだなあって感じます。たとえ小さな一歩でも、絶えず前進していれば、確実にスタート地点よりも前にいられるんです。たまに自分を振り返る事で「ああ、やっとここまで来れたんだなあ(感激)」と実感できます。

 他人様から見れば「まだ、ここなの?」って感じでしょうが、私的にはすごく遠くまで来ています。ここまで導いてくださったキング先生に、ほんと、感謝感謝です。でも、これで満足している私じゃないです。さらにもっと先まで進むぞ。オー!

2011年6月26日 (日)

ピースとタバコ[2011年6月第4週・通算20週]

体重:100.4kg[+-0.0kg:+-0.0kg]
体脂肪率:30.1%[+0.4%:-0.1%]
BMI:31.7[+-0.0:+-0.0]
体脂肪質量:30.2kg[+0.3kg:-0.7kg]
腹囲:97.0cm[-3.0cm:-0.5cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 気合を入れずにユルユルとダイエットもどきをしている最中です。とにかく、健康第一だし、仕事忙しいし、変に気合を入れてダイエットして倒れたら、そりゃを本末転倒だしってわけですが、それでも体重を(高値とは言え)安定させているのは、上々っすね。今は、体重が増えていなければ、それで良しっす。

 夏が本格到来したら、ダイエットするぞ! ……と、宣言しておかないと、ダイエットを始めなさそうな自分が怖いです。
 
 
 さて、今週のエッセイです。タイトルの「ピースとタバコ」は……別にピースというタバコの銘柄について語りたいわけではありません。日頃感じている、ちょっとした疑問をブログに書きとめておこう思っただけで、深い意味のあるタイトルではありません。まあ、枕草子の“モノ尽くし”みたいなものですが、あれほど高尚なモンじゃありやせん(笑)。

 では、始めます。今回は、日頃から、私がよく分からないなあ~って思っている事を、書き並べてみます。
 
 
 まず、ピースって分かりません。手をジャンケンのチョキの形にして、自分の胸の前に差し出す行為ですね。あのピースです。

 ボディランゲージの一種なんでしょうが、その意味する内容が私には不明です。以前「VictoryのVのサインだよ」って聞いた事がありますが、それはVサインという奴で、似ているけれど、ピースとは別物じゃないかな?

 ピースの意味、分かりません。なので、ピースサインをする人の事も分かりません。特に分からないのが、写真撮影の時に、このピースをしちゃう人たち。よくいるでしょ。集合写真と言うと、必ずピースしちゃう人。あれってなんでしょうね? 分かりません。

 写真撮影だから言って、おどけた顔やポーズを取る人がいますが、これは何となく分かります。楽しい雰囲気を写真で伝えたいとか、写真にとられる照れくささを隠したりとか…、まあ、分からないでもないです。すまし顔や作り笑顔で写真を取るのも分かります。ばっちりメイクを決めて写真を撮る気分だって分かります。でも、ピースサインだけは分からない。なぜ、ピースをするんだろ? これはきっと、私自身がピースをしない人だから、ピースな気分が分からないから、写真撮影時のピースも理解できないんだろうな、きっとそうだ。そういう事にしておこう。
 
 
 も一つ分からないのは、タバコ。私はタバコを吸いません。でも、他人がタバコを吸うのをどうこう言うつもりはありません。そういう意味では、嫌煙家と言うよりも、分煙家なんだと思います。

 だから、喫煙者の方がタバコを吸う事自体は、どうとも思いませんが、それでもさすがに夏場に汗をかきながらタバコを吸っている姿を見ると、どうにも???な気分になります。

 だって、熱くないですか? タバコを吸うって事は、目の前というか、自分の鼻先で火が燃えているんですよ。熱くないはずないですよね。おまけに、その煙まで吸って…。煙だって暖かいでしょ? 暑い夏なのに、熱いタバコを吸うなんて…真夏に熱いお茶を飲むのと一緒じゃないですか?

 実は私、真夏に熱いお茶を飲む人です。ただし、それは冷房がよく効いた室内限定であって、たとえば野外とか、締め切ったムンムンするような部屋では、熱いお茶は飲みません。当然、そういう時はキンキンに冷たくしたお茶を飲みたいです。なので、涼しい部屋でタバコを吸うのは理解できますが、汗をかきながら暑い場所でタバコを吸うのは分かりません。きっと愛煙家の方に言わせれば、色々と思うところがあるのでしょうが、私はタバコを吸わないので、そのあたりの機微が分からないのだろうなあ。
 
 
 映画館で映画を見ながら友人に感想を語らずにはいられない人、これも分かりません。物語を見て、色々と感想を言いたくなったり、思わず突っ込みを入れたくなる気持ちは、実は分からないでもありません。私もテレビではたまにやりますし、妻はしょっちゅうしてます。テレビ番組なら、それもアリだと思います。別に家庭内の行為だし、誰に迷惑をかけるわけでもないし、感想を言っているうちに物語のストーリーが進んでしまって、ちょっと分からなくなっても、タイムシフトって奴で時間を戻せばそれでOK。もちろん、ビデオとかDVDとかオンデマンド放送も巻き戻せばOKだから、やっぱり同じ。だから、家でおしゃべりしながらテレビを見るのはアリなんです。

 でも映画館で見る映画は違うでしょう。私は映画館で見る映画は、家のテレビで見る映画と違って、一期一会だと思ってます。だから、食い入るように見ています(笑)。家のテレビだと色々と感想を言ってくる妻も、映画館では静かにしています。映画って、そういうものでしょ。

 だから、映画館で映画を見ながら友人に感想を語らずにはいられない人って、分かりません。お茶の間気分の延長で映画館に来ている? やっぱりそうなのかな?

 でも、映画館って、あまりにお茶の間とは違う条件でしょ? 暗いし、画面も音も大きいし、他人もたくさんいるし、何より入場料を支払って映画館に入っているわけだし。いわば、一種のハレの場なんだけれど、そこにお茶の間感覚を持ち込める人って、分かりません。それに映画館で大声で会話されると迷惑だし…。
 
 
 迷惑と言うと、全然理解できないのが、他人のブログを荒す変態さんたち。あれって、攻撃対象になっているブログが好きで、そのブログを書いている人の事を愛していて、それで少しでも自分の事を気にして欲しい/目をかけて欲しい/こっちを振り向いて欲しい…という、まるで“乙女心”のような気持ちがねじれて“小学生男子のスカートめくり”のような斜め上の行動に出ているだけで、オッサン版の“ツンデレ”なんだよね。

 だって、本当に気にいらなかったら、そのブログを読まないでしょ。わざわざコメントつけないでしょ。気に入らないのに、わざわざアクセスして、隅から隅までブログを熟読玩味して、わざわざそれに対して嫌がらせのコメントを熱心に書き込むわけで、普通の人にはできないほどの、深い深い愛情表現ですね。

 分からないのは、そういう、好きで好きでたまらない、という気持ちを素直に表現できないって事。好きなら好きと、素直に言えば事は足りるのに、それを斜め上の行動でツンツンしちゃうなんて、ああ、分からない。

 「いや、好きなはずないだろ、本当にイヤなんだ」と反論するなら、もっと分かりません。だって、キライなブログなのに毎日のようにわざわざアクセスし、わざわざ記事を読んで、わざわざコメントを書き込むわけです。その熱心さが分かりません。

 普通の人なら、キライなブログには、普通、アクセスしないし、読まないでしょ。ましてや、コメントなんてするはずもない。それがごく普通の当たり前の人間の行動です。キライなブログに時間を費やせるほどの暇人なんて、今の世の中、なかなかいないでしょう。…ねえ。

 ……例えば、たまたまレストランに行って、そのレストランの食事がマズかったら…皆さんはどうしますか? 私は「ああ、ハズレな店に来ちゃった…」と自分の不運を恨みこそすれ、出された料理は黙って食べて[あるいは、そっと残し]、黙って食事代を支払って、二度とその店に行かないだけです。たぶん、大概の人はそうでしょ。

 確かに料理は自分にとっては、マズかったかもしれないけれど、別に健康に被害が出るわけでもないし、そこのシェフは一生懸命調理をしたけれど、マズく感じたなら、それはお店の味付けと自分の好みが合わなかっただけかもしれません。他のお客さんが喜んでいる人気店なら、なおさらです。

 なのに…

 マズい(と思っている)レストランに行って、そのマズさが気に入らなくて、黙っていられず、食べ終わってから、店の正面玄関のところに「この店、ゲロマズ~い」とかスプレー缶で書いていく人って、いる? さらに、それが一回こっきりではなく、毎日のように、そのマズイ食事をオカネを出して食べに行っては、毎度のように、玄関にスプレー缶でいやがらせを書いていく人なんている?

 いないよね~? もし、いたら、奇人変人狂人病人の類だよね。

 わざわざブログにやってきて、嫌がらせコメントを残していく人って、こういう、奇人変人狂人病人さんと同じです…ってか、モロ、そういう人です。だから、そういう人って、分からないなあ~。
 
 
 よく分からない奇人変人というと、ゴミ屋敷とかゴミ部屋に住んでいる人も分かりません。

 私も実は片づけが苦手な人間で、私の周辺は結構色々なものが散らかっています。でも、足の踏み場のないほど散らかった場所はさすがにイヤなので、そうなる前に片づけます。

 おそらく、ゴミ屋敷とかゴミ部屋に住んでいる人って、散らかっていてイヤだなって思う感覚が、私とは極端に違うのだろうなあって思います。私は部屋が臭いのはダメです。床にモノが転がっているのもダメだし、床に置きっぱなしになっているモノを踏んづけるのは我慢なりませんし、ゴロっと横になって(私は結構、横になります)、砂やらゴミやらホコリやらがカラダに付着するのも我慢なりません。これは理解できる出来ないではなく、感覚の問題でイヤなんです。

 でも、あの人たちは、それが平気なんだよなあ。いやむしろ、ゴミを片づけると怒り出す人もいるそうだから、むしろあの散らかった状態の方が安心を感じるんだろうねえ。ああ、分からない、分からない。
 
 
 分からないと言えば、在日外国人って全然分かりません。背負っている文化や風俗習慣が違うんだし、おそらく脳内で使っている言葉だって違うんだから、分からなくて当然と言えなくもないです。でもね、母国で暮らしている人ならともかく、日本に移民/長期滞在していて、日本で就職して、日本で家庭を築いていても、やっぱり外国人は外国人なんだよなあ~。それに、日本で生まれて、日本で育って、日本で教育を受けた人でも、在日外国人さんって、やっぱり、どこか違っていて、違和感がある、…結局、分からないです。ありゃ、なんででしょう。長く日本で暮らしていても、やはりお国柄のようなものが、にじみ出てくるんですかねえ。あるいは何かDNAにでも刻まれた行動様式/思考様式のようなものがあるのでしょうか?

 例えば、世界は自分たちを中心に回っていると信じているA国人さん。お日様は誰の上にも等しく照らしてくれているって事を、もっと知った方がいいと思います。リーダーシップを発揮する事と、エゴを押し通す事って、違うって事を知ってほしいです。

 世の中を勝ち負けでしか考えられないK国人さん、勝ち負け以外の尺度も人生には必要だと思います、特に、正義とか、平等とか、遵法精神とか、公共のマナーとか、他人への思いやりとか…ね。少なくとも、他人を馬鹿にしたり、見下したりしちゃダメだと思うよ。「日本人にだけは負けたくないので~」なんて、ダサすぎます。ってか、そういう発想をしている時点で、負けていると、なぜ気がつかないのだろう?

 何があっても謝れないC国人さんも分かりません。悪かった事は感じていても「ごめんね」のひと言が言えない生き方って、苦しいんじゃないのかな? 謝れないから、逆ギレして、ついつい他人を騙したり、攻撃したり、誤魔化したりするんだろうけれど、悪かったなあと思ったら、すぐに謝っちゃた方が楽だと思うし、少なくとも日本で生活するなら、謝っちゃった方がいいと思うんだ。

 とにかく在日外国人さんたちは(皆が皆、そうではないだろうけれど)分かりません。
 
 
 で、実は、私が最も分からないのは、女性です。いやあ、女心って、ちっとも分かりません。同じ人間という種類の生き物のはずだけれど、なんか色々と違っていて、まるで別の生き物みたい。ある意味、在日外国人さんたちよりも、遠い存在だよなあ、女の人って。

 …でも、そんなミステリアスな部分が、カワイイんだな。

2011年6月25日 (土)

金魚は成長すると、体色が薄くなる?

 …みたいなんです。少なくとも、ウチの場合、みんな、そんな感じでした。

 ウチに来た時は、濃い赤だった子が成長するにつれ、色が薄くなり、赤からオレンジっぽくなる事が多いのです。私は当初「赤色の色素が足りないのかな?」と思い、色揚げ用のエサを投入していましたが、それでも一向に体色退行に歯止めがきかず、どの子もどの子も、体が大きくなるにつれ、ドンドン体色が薄くなってしまいました。

 赤い金魚がオレンジ色になるなら、それは赤い色の色素の問題かもしれません。しかし…

 最近、黒い金魚である、スズネの体色が薄くなってきました。最初は漆黒だったボディもウロコに銀色が混じるようになり、黒と言うよりも灰色っぽくなってきました。さらに、頭部にある肉瘤は皮膚そのものが薄くなってきたようで、こちらも灰色になってきました。

 これって、単純に、大きくなって、カラダの表面積が増えてきたにも関わらず、持っている色素の量はさほど変わらないため、全体として、体色が薄くみえるようになってきた…って事じゃないの? きっと、そうだよね。つまり、カラダの成長に伴って、体色素の量も増えれば問題ないのに、肝心の色素は量が変わらないため、相対的に体色が薄く見えるようになってきた…って事でしょ。

 いやあ、赤い金魚がオレンジ色になるのは、残念ですが、それはそれでキレイなので、まあ良しなんだけれど、黒い金魚が灰色になるのは、残念以前に、薄汚く感じます。灰色はやっぱりダメだよねえ…。

 ちなみに白い金魚は大きくなっても白いままです。なので、サクラは巨大化していますが、体色的にはそんなに大きな変化はありません。チグサもボディの大半は白なので問題ないのですが、赤みがかったところは、やっぱりオレンジ色になっています。全身が赤いジュナは、まだまだ赤い金魚ですが、この子も巨大化すると、きっとオレンジ色になるんだろうな。そう言えば、ブニョがウチに来た当初は真っ赤だったのに、みるみる体色が薄くなり、最後は黄色というか、ほぼ金色になっていので、ジュナもやがて黄色い金魚になってしまうかもしれません。

 しかし、その一方で、品評会などに出てくる金魚は、かなり巨大魚でも色が濃い子が多いですね。となる、金魚という種そのものが、別に巨大化すると体色が薄くなるわけではなく、我が家で飼われた金魚は体色が薄くなる…と解釈して良さそうです。

 しかし、品評会に出てくるような金魚たちは、どうやって体色の退行を押しとどめ、体色をあれほど濃いめのキレイめにしているのか、興味があります。おそらく、何らかの手段を使って、金魚の色素の量を成長分に見合った量に増やしているのでしょうが…

 ううむ、ウチの金魚に足りないもの……それって、やっぱり、日光かな?

 ウチは水槽飼いなので、金魚ちゃんたちは日光に当たらないんですよね。品評会に出すような金魚は、基本的に野外で飼うらしいし、池にいる金魚とか鯉には、色の薄い奴っていないでしょ? やっぱり金魚もお日様に当たる事が必要なのかな? 人間は日に当たると日焼けするように、金魚も日に当たると色素を増やす(つまり日焼けする)ようになるのかな? だとすると、ウチの体色の薄い金魚たちは、つまり“色白”な金魚って事でしょ。

 でも、水槽って重いので、外に持っていくっのは、ちょっと無理。だったら、日サロに連れてけば…って発想になるのですが、一応、ウチの水槽の蛍光灯は、普通のものではなく、赤外線を出すタイプのものを長年愛用しています。いわば、年がら年中、日サロにいるようなものなんだけれど、やっぱり色が薄くなるんだよねえ…。

 もっと、赤外線がバンバン出る蛍光灯にしないといけないのかな? でも、そうすると、水槽の中が煮えちゃうけど(笑)。

2011年6月24日 (金)

一ヶ月ぶりの記事アップです、申し訳ないっす

 ヴァイオリン独学練習報告です…が、まずはお詫びから(謝)。実はこの記事、月二回アップの予定だったのに、前回(つまり六月前半分)の記事のアップを忘れてしまいました。申し訳ない!

 理由は…

 …リアルな生活が忙しかったのです。とにかく、生活&仕事がメッチャ忙しかったのです。ブログの読者さんなら分かっていただけるでしょうが、フルートのレッスンに行けなかったり、行っても遅刻ばかりしていたほどの忙しさなんです。さらに、今月の中旬には声楽の発表会があり、ここしばらく音楽趣味関係のエネルギーは、声楽に集中していた事もあります。

 そんなこんなで、ヴァイオリンは、投げ出したわけではありません(たぶん…きっと…おそらく…)が、音楽趣味の優先順位的に、1)声楽 2)歌劇団 3)フルート 4)ヴァイオリン なので、忙しいと、どうしてもヴァイオリンにしわ寄せがきてしまうのです。

 それでも言い訳をさせてもらうと、朝練も出来ないほどに忙しかったので、しばらく辞めていたヴァイオリンの深夜練習を復活させて、ヴァイオリンの感触を忘れないように、努力していました。なので、忙しい毎日でしたが、日課練習だけはなんとか続けられましたが、篠崎を進める事ができず、一カ月ぶりの記事アップだと言うのに、大して進んでいないのは、そんなわけです。

 しかし、いくら弱音器をつけたからと言って、深夜の1時過ぎにヴァイオリンをギコギコ弾くのって…ムチャだよなあ…そんな暇があったら、さっさと寝ないとダメじゃん。こんな無理な事をやっていたら、ヴァイオリンなんて、長続きしないぞ、
 
 
 さてさて、困ってます。何か良い知恵がありましたら、アドヴァイスをお願いします。

 実は最近、ヴァイオリンの弓を引いても音が鳴らないんですよ。ええ、もちろん、全く鳴らないわけじゃないのです。

 ヴァイオリンって、楽器をかまえて、弓を引いて、音を出すわけじゃないですか? その時に、弓の引き始めでは、弦が振動しているだけで、音が鳴らない事があるんです。つまり「音の立ち上がりが極端に悪い」って事です。もちろん、いつもじゃなくてタマなのですが、そのタマが一曲のうちに数回もあると、結構気持ち悪いです。何か原因があるのだろうけれど、自分では分からないし、どうにもならないのです。

 音の立ち上がりが悪い時って、弓を引く初速が遅いのかな? もっと弓を動かす速度を速くした方がいいのかな? でもそれをすると、スラーで弓が足りなくなるでしょ? やがては一フレーズを一弓で弾ける様にするべきだろうから、初歩のうちから、そんなに弓を動かす速度を速くする癖をつけない方がいいだろう…なんて悩んでます。

 弓を動かす速度を速くできないなら、もっと腕の重さを弓にかけて、しっかり音を出した方がいいいのかな? でも重さをかけ過ぎるとガリガリ言うし…。なら、逆にかけない方がいいのかな? でもかけ過ぎないと今度は弓が滑るんだよ。

 それとも弓をひく角度の問題がマズっている? あるいは、楽器の性能/限界?

 先生がいれば、この手の問題なんて即座に解決できる程度の小さな悩みなんだろうけれど、独学だから、誰にも相談できません。先生もいなければ、リアルな知り合いにヴァイオリニストはいないし…、困ってます。

 独学者って、こうやって、???がある度に、足踏みを余儀なくされ、上達は妨げられるし、それらの問題解決のために、あれこれ試行錯誤して“自分なりの解決策”という名前の“変な癖”を身につけてしまうのだろうなあ。

 ああ、イヤだイヤだ…。でも、時間と経済的な余裕がないので、ヴァイオリンは独学をせざるをえないのであります。なんか、悔しいなあ。
 
 
 さて、篠崎教本の進捗状況の報告です。

 73番「モデラート」 ひとまずOK。やっぱり4の指は苦手だな。それと、スラーの後の音があんまり美しくない。これは後で置いた指(あるいは、先に離した指)の弦を押さえる速度が遅いからだろうなあ。

 74番「一小節内始めの二音スラー」 これのB課題って、ソを1の指で弾くって事は…第三ポジションって事だよね? ん? きっとそうだよね。誰も指摘してくれないし、テキストにもはっきり書いてないけれど、これって第三ポジションって事だよね。まあOKです。

 75番「春の小川」ひとまずOK。 「当分小指を使うことを気にしないで~」って書いてるけれど、いきなり最初の小節で小指使ってない? 三拍目のラは小指だよねえ(笑)。

 76番「行進曲」 これは次回に持ち越しです。ってか、この譜面、簡略化しすぎだよね~。第二小節の4拍目~第三小節の2拍目までが、オリジナルとは違うでしょ。この譜面だと、全部四分音符で、ミ-高いド-ラとなっているけれど、本当は全部八分音符で、ミ-高いミ-レ-ド-シ-ラってメロディでしょう。なんか、そういう省略されると、違う曲のような気がしてイヤだし、この曲って、意外と速い曲だし、強弱のつけ方とか、エスニックっぽいと言うか、トルコっぽさ?を出すのが難しいかな。という、つまらない枝葉にひっかかっています。もうちょっとやろうっと。
 
 
 今回から、月二回アップのペースを忘れない様に努力いたします…。

2011年6月23日 (木)

ソノリテとタファゴベ

 仕事が超忙しくて、フルートのレッスンに行けませんでした(涙)。それで終わっては、老犬ブログっぽくないので、今回もフルートっぽい話題でお茶を濁します(爆)。

 「ソノリテ…」「タファゴベ…」 フルートをやっているとよく聞く言葉です。でも、フルート初心者にとっては「それってなあに、美味しいの?」の世界の話です。一体、どんな暗号なんだろうって思います。

 実は“ソノリテ”とは「マルセル・モイーズ著 ソノリテについて」を指し“タファゴベ”とは「タファネル/ゴーベール著 17のメカニズム日課大練習」の事を言います。え? 何の話かって? フルートの教則本の話です。

 フルートを学ぶ人は、たいてい、この二つの教則本をやっているか、あるいは「いつかやりたいものだなあ」と憧れているものです。

 この二つの教則本は、学ぶ目的と内容が違います。“ソノリテ”の方は、ロングトーン練習が主体ですし“タファゴベ”の方は、指の運動性を上げる事を目標としています。

 これって、ヴァイオリンで言うところの、右手と左手の練習に相当するのかなって思います。ロングトーン主体の“ソノリテ”が右手練習で、指の運動性を鍛える“タファゴベ”が左手練習に相当するのかなって思います。

 とにかく、楽譜に書かれている音符を音にするためには、楽譜に書かれた音符を、指定された速度とリズムと音程で再現していく能力が必要なわけですが、そのための練習としては“タファゴベ”が良いのだと思います。

 「こんな難しい曲、吹けないよ~」と泣き言を言うくらいなら、毎日“タファゴベ”をやって指の運動性をあげるべきでしょう。“タファゴベ”をやる事で、楽譜が真っ黒になるくらい細かい音符で書かれている曲も、目がくらむような複雑なリズムで書かれている曲も、短期間で対応できるようになるでしょう。

 選曲の自由が自分にない人の場合、つまり合奏をメインに活動している人にとっては、ぜひ学んでおきたい教則本の一つです。

 そこへ行くと“ソノリテ”は勝手が違います。こっちの練習課題は、一見、とても簡単そうです。この教則本は何を目的としているのでしょうか? ロングトーン主体なんだから……ロングトーンができるようになるため練習でしょうか? つまり、長く息が使えるようになるための練習でしょうか?

 無論、そういう目的でこの教則本を使って練習している人もいると思いますが、私は、個人的には、それは本来の目的とはちょっと違うんじゃないかなって思います。

 “ソノリテ”の目的、それは「フルートの音色を美しくするための練習」です。ロングトーン主体なのは、長い息が使える事自体が目的なのではなく、長く伸ばした音だからこそ、その音の美醜が分かりやすくなり、いつでも美しい音色でフルートが吹けるように気を使えるからです。

 だから、私は、ヴァイオリン練習にたとえるなら“タファゴベ”は左手練習で“ソノリテ”は右手練習だと思うのです。

 楽譜に書かれた音符を音にするためには“タファゴベ”の練習が必要ですが、楽譜どおりに並べた音を、より美しくより音楽的な演奏にするための練習が“ソノリテ”の練習なのではないかと思います。

 ですから“ソノリテ”は、音色の美しさが常に求められる方々、独奏をメインにしている人はもちろん、アマオケなどフルートがごく少数しかいない合奏の方々は、必ず学んでいないとマズい教則本なんだと思います。

 なんて、エラそうに、自分の事を棚に上げて書いた私ですが、私自身と“ソノリテ”や“タファゴベ”の関わりはどうかと言うと……“ソノリテ”は、購入当初はちょっと練習しましたが、今では書棚の肥やしになってます(つまりやってません)。“タファゴベ”に関しては、購入すらしていません。

 ダメじゃ~ん。ま、“ソノリテ”に関しては、習っている先生ごとに「音色をきれいにするロングトーン練習」と言うのがあるので、そこは“ソノリテ”にこだわらず、自分の門下流の練習をやってます。だから、良しかな? “タファゴベ”に関しては……合奏やってないし、吹けない曲は吹かないつもりだから、別にいいやって気持ちでいます。H先生は「指なんて練習すれば誰でも動くようになるんだから、今は指の練習はする必要なし」という見解なので、そこに甘えることにしております(怠惰のいいわけ? かも:笑)。 
 
 ああ、次回はレッスンに行きたいなあ…。

追記 タファゴベに関しては、下の音羽響さんのコメントもご覧ください。私とは違った見解(そしておそらく音羽さんの方がより正しいと思います)が読めます。

2011年6月22日 (水)

オオカミさんになりました

 歌劇団の練習に行ってきました。門下の発表会後、一週間で歌劇団の練習という事で、みなさん、まだ疲れが抜けきれていないようで、それをご覧になった先生が優しかった事が、うれしかったですね。

 いつもなら、筋トレから始まる練習ですが「一生懸命、ストレッチすれば、筋トレを免除してあげるよ」と先生の優しい言葉がけに、みんな、必死でストレッチに励みました。よっぽど筋トレがイヤなんだなあ(笑)。必死でストレッチをしたので、筋トレは免除になりました、ヤッター。

 発声練習は普通に歩きながらやりました。ゆっくり歩いたり、早足にしたり、堂々と歩いたりと、色々な歩き方を試しながらの発声練習です。これは、今回は演技付き発声練習をやらないので、その代わりのようなものです。

 しかし、演技付き発声練習と言うのは、我々にとって、とても有意義な練習なんだと思います。発表会を見に来てくれた方々の評判の中で、我々歌劇団のメンバーの歌が、ソロであれ、アンサンブルであれ、表情に富んでいたそうですが、その理由の一つが、毎月行っていた、演技付き発声練習のおかげだと思います。歌いながら、カラダを動かし、表情をつけていくというのをやっていたわけですから、ただ歌の練習だけをしている人と比べて、歌に感情がこもりやすいというのは言えるのだと思います。

 休憩時間に「昨年参加した地元の合唱祭、今年はどうする?」という話し合いをしました。結論を言えば、今年は見送る事にしました。理由は…今、練習しているミュージカル「赤ずきんちゃん」に集中して、このミュージカルの公演(私たちにとってデビュー公演になります)の実現に向けて頑張っていこうという感じになりました。ちなみに、ミュージカル公演は、来年の秋ぐらいを検討しています。まだ一年以上先の話になりますが、我々の練習は月に一回ですから、実は準備にそれなりの時間がかかるわけです。今から集中して準備をしていっても、一年後になんとかなるといいねえ…という感じです。

 公演時期も大雑把に決めた事に伴い、今まで全員で全曲の練習をしていましたが、これからは、それぞれの役を仮決めし、今年いっぱいはその役に専念して練習をする事にしました。半年間、その役をやってみて、その経験を踏まえて、来年になったら、今度は役を本決めして、それでデビュー公演に臨む…という手順にしました。

 ちなみに、私の役はオオカミさんです。一応…主役?の一人かな。歌もたくさんありますが、とにかくセリフがたくさんあるので、ちょっと大変かもしれません。

 休憩後は、コンコーネをやりました。1~5番全曲という約束でしたが、発表会直後という事もあり、みな、さほどの余力も元気もなかったので、1&2番だけやりました。1番はまあともかく、2番でちょっと苦労しました(2番はちょっと難しいのです)。来月は1~3番を行います。2番の音取りをしっかりしましょう。

 さて「赤ずきんちゃん」の練習です。「赤ずきんちゃん」は、それぞれの役を決めたので、まず第二幕の自分の曲の音取りを、それぞれ、先生としました。自分の番でない時は、それぞれで譜読みをしました。ちなみに、オオカミは第二幕にはソロで歌う新曲がありません。新曲は、赤ずきんちゃんとの二重唱が一つあるだけで、他の曲はすべて第一幕で歌った歌のリフレインばかりです。そういう意味では、第二幕の譜読みは楽勝…のはずなんです。

 一通り、第二幕の簡単な音取りをしたら、後は各自で練習してきて、次回までにちゃんと音取りをしてくる事になりました。

 で、残った時間で、第一幕の通し稽古です。通しと言っても、まだ楽譜を持ちながらの練習です。それぞれ自分の役なので、心なしか力が入っているようです。

 ミュージカルですから、当然、暗譜が必要となってきます。第一幕は11月までに暗譜をして来る事となりました。第二幕は12月までです。ただし、両方とも歌パートだけの暗譜で結構です。セリフとか演技とかを体に入れるのは、年を越してからボチボチやるつもりなので、ひとまず、歌の部分を暗譜しちゃいましょうとの事です。

 さらに次回からは、歌劇団の練習も「赤ずきんちゃん」の練習を中心に行うことになります。「赤ずきんちゃん」はミュージカルですから、これを練習の中心にすると、どうしてもソロ歌唱の練習が増えてしまい、ハモリの練習が足りなくなるのが分かってますので、そのハモリの練習を補うために、時間的にはあまりかけられませんが「赤ずきんちゃん」の練習と並行して合唱曲の練習もする事になりました。

 谷川俊太郎&木下牧子の「春に」が練習曲の候補に上がっています。次回の練習の時に、軽く譜読みして、再来月からボチボチ歌って行けたらいいなあと思ってます。

 また「赤ずきんちゃん」の練習の比率が増える事に伴い、しばらく「演技付き発声練習」は中止になります。演技の勉強は「赤ずきんちゃん」の自分の役の演技で行っていく事になりました。

2011年6月21日 (火)

子音にも音程をつけて歌ってみようか

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずは発表会の反省からです。客観的な出来はあまり良くないのですが、先生的には「よくやりました」って事らしいです。自己評価的にも「まずまず」って感じなので、とりあえず、OKって事ですね。とにかく、学ぶ事の多い発表会だったし、今後の課題もいくつか見えてきました。

 まず、私が発表会当日にいきなり声を壊したのは…あれは、ある意味必然で、先生的には想定の範囲内の出来事だったらしいです。と言うのも、私は午前中に声を出してしまうと、必ずその場で声を壊して、その日一日ダメダメになるのだそうです。いやあ、先生に言われるまで、自分の事なのに気づきませんでした。確かに今までそうだったかもしれない。

 でも、それって、私個人の問題と言うよりも(発展途上な?)テノールの宿命みたいなものなんだそうです。そう言えば、以前、別のテノール歌手の方から同じような事(午前中に歌えるテノールなんていない…的な発言)を聞いた事があります。

 とにかく、テノールという人種(笑)は、声が目覚めるのに時間がかかるものなんだそうです。体はしっかり目覚めて活動的になっていても、声はまだまだ寝ぼけた状態なので、大半のテノールは午前中はロクに歌えないものなんだそうです。ロクに歌えない状態なのだから、ちゃんと歌わないで軽く流しておけばよかったものを、私は根が真面目(笑)ですから、ロクに歌えなくても、そこをムリムリに歌おうとしちゃうので、声を壊すわけです。

 と言うわけで「テノールにとって午前中は鬼門」という有難いお言葉を胸に刻ませていただきました。これからは午前中は声を出さないように心掛けたいと思います。

 ちなみに、寝ている声をたたき起こすには、丹念にストレッチとか筋トレとかをするのが効果的なんだそうです。だから、発表会当日、声がぶっ壊れた私に、丹念なストレッチを命じたのも、寝ている声を、無理やり起こすためだったんだそうです。

 それと、声はホールなりに出さないといけないのだそうです。今回のホールは、響きの良い小さなホールにも関わらず、私は(声が出ないため)無理に声を張りあげて歌い、そのため、息を使いすぎて、その息の勢いで、ノドに負担がかかりすぎて、結果として声が壊れてしまったわけです。つまり、息を使いすぎのもBadなわけです。

 会場なりに歌う事。その上で、常に息は少なめにして歌う事。この二つの癖を身につけることが大切なようです。ま、これらの事が骨身に沁みて分かっただけでも、今回の発表会は有意義な発表会だったと思いますよ。

 と言うわけで、今回のレッスンは、発声練習からです。

 とにかく、大切な事は、鼻腔で歌うことです。今回は鼻腔の入り口をクイッと開く練習をしました。やり方は簡単で、頭の横に手をアヒルさんのような形で構えて、高音になったら、そのアヒルさんの後頭部をクイッって持ち上げてあげるんです。で、そうやって歌った声を先生が聞いて、ヨシとダメを出して、ヨシの感覚を覚えるって練習です。これからは当分、こんな感じの練習をしていく事になりそうです。地味な練習だけど、ここで一皮むけるためには必要な練習なんでしょうね。

 で、このアヒルさん練習ですが、先生と一緒だと簡単にできるのに、自宅で一人で試してみると、全然できません。不思議だなあ~。

 曲は「陽はすでにガンジス川から」です。ひとまず、サラっと歌ってみました。昔みっちりやった曲ですが、結構歌いづらいです。先生からも「歌いづらいでしょう~」って言われました。はい、歌いづらいです。

 私的には、言葉が音楽に付いてこれずに歌いづらいように感じていましたが、先生がおっしゃるには、言葉ではなく、発声が歌に追いついてこれないために、歌いづらいのですと言うことです。

 私の歌い方の癖と言うのがあって、それは母音で歌いすぎるという癖です。これはレガートに歌うという意味では良いのですが、あまりに母音中心で歌ってしまい、子音がなおざりになっているのが現状なのだそうです。何事も「過ぎたるは及ばざるがごとし」ってわけです。

 なので、ガンジスの冒頭部も「ジャイル・ソーレー・ダル・ガンジェ」ではなく「ジアイル・スオールエー・ダー・グワンジエ」みたいな感じ(分かりづらくてゴメンなさい)歌っているそうです。ちょっと聞いた感じ、しゃくり上げて歌っているような感じ? …言われてみれば、そうかもしれません。

 つまり、母音で音程を取って歌っているのです。

 だから、子音がなおざりで、それが結果として“発声の準備が遅い”印象になるわけです。

 音と言うのは、母音だけで成り立っているわけではなく、子音+母音で成り立っているのだから、その子音を発声する段階で、すでに目的とする音程のポジション(ノドの開き具合)にいないといけません。言葉を変えて言えば「子音でもしっかり音程を取って歌え」って事です。

 しかし、今の私にとって、子音は単なるノイズ(音響学的には正解です)であって、その子音に音程を与えるなんざぁ、夢のまた夢の話なんですが、そこはあえて、子音にも音程を与えるような感じで歌う事が大切で、それが“発声の準備”なのだそうです。

 「ガンジス川~」では、その発声の準備とポジションの練習をたっぷりするのだそうです。有難い事です。

 ま、とりあえず、発表会も終わり、今はしっかりとテクニックを磨く時期ですから、こういう地味な練習も熱心にやります。半年もすれば、今度はガラコンサートの練習が始まるわけですから、この半年で、磨けるだけのテクニックをしっかり磨いておかないと…ね。野望実現のためにも、しっかりテクニック向上を目指さないと(笑)。

2011年6月20日 (月)

フルートの始め方

 よくネットで「オトナになってから、憧れのフルートを始めたいと思うのですが、どこで習ったら分かりません。また独学でも平気ですか」なんて、質問をよく見かけるので、何となく、答えておきます。

 まず、フルートを始めたいと思ったら、さっさと始めちゃいましょう。いくつになっても“始めたい”と思った時が適齢期です。状況さえ許されるなら、今すぐ始めちゃった方がいいですよ。チャンスの女神の後ろ髪は短いのですからね。かく言う私も、人生後半戦になってから始めました。

 習い事は早くに始めるに越したことはありませんし、これからの人生を考えるなら、今日が一番若い日なのですから、躊躇している暇などありません。ぜひ、最初の一歩を、勇気を持って、踏み出してください。

 さて、フルートを習おうと決心したはいいけれど、どうやってフルートの先生やフルート教室を見つけたら良いのだろうかと途方にくれる気持ちは、分かります。

 電話帳を見ても、フルート教室って、さほど載っていないし、インターネットを見ても、なかなか見つかるものじゃないです。と言うのも、フルート教室って、基本的に地域密着なので、あまり大きなメディアで宣伝される事って少ないんですよ。それに、先生の方も主婦兼業でやっていたりするケースも多く、教室の規模が小さく、自宅で気心しれた生徒さん相手に、ひっそりとレッスンをしている教室が多いのです。そういう意味では、街のピアノの先生なんかと同じかもしれません。

 なので、大っぴらに宣伝していない分、簡単には見つからないかもしれません。しかし、それは、単に見つかりづらいだけの話であって、フルート教室そのものは(ピアノ教室ほどではないけれど)全国津々浦々にあります。だから、ちょっと気をつけて探してみると、おそらく、すぐに見つかると思います。

 そんな、宣伝もしていな教室をどうやって見つけるか? …それは地元のクチコミ情報ですよ。または、街の掲示板とか見るとか、そういうローテクな情報網にひっかかってくるような情報の中に役立つ情報があるものです。

 ちなみに、私の最初のフルートの先生との出会いは、私が駅周辺をプラプラ歩いてる時に、駅の近くの掲示板にチラシが貼ってあるのをみて、それでお願いしました。そんな感じです。

 最近、引っ越してきたばかりなどで、土地勘がなかったり、アパートマンション住まいで、地域のコミュニケーションの中に入りきれていなくて、その手の地元密着型の情報が入手できないよ~と言う人も、諦めるのはまだ早いです。

 まずは、地域にある大手楽器店やカルチャーセンターなどを尋ねましょう。そういう所でも、フルート教室はやってます。尋ねてみるといいです。また近所の楽器店がフルート教室をやっていなかったとしても、地元の楽器屋さんというのは、地域の音楽家情報を持っていますので、相談すると、色々と情報をくれます。

 また、逆に子どもの頃から、ずっとその地域に住んでいると言う人は、自分の母校の先生に尋ねるのも手です。特に中学高校の音楽の先生に尋ねると、地元の音楽家情報に詳しい人が多いので、あれこれ教えてくれるはずですよ。なに、遠慮する必要はないです、先生という人種は、基本的に親切で世話焼きですから、他人に頼られると嬉しくなっちゃうんです。

 そうそう、お知り合いにピアノの先生はいませんか? 音楽家同士のつながりと言うものは、馬鹿にできません。ピアノの先生って、意外とフルート教室の事を知ってたりするです。さらに言うと、今はピアノ教室はやっているけれど、実はフルートが専門で、フルートを教えたくて教えたくてウズウズしてますぅ~なんて言う先生も、たくさんいますよ(笑)。

 ね、これだけヒントがあれば、なんとかフルートの先生も見つけられそうでしょ。

 先生のメドがついたら、次は楽器の購入ですね。

 まず気をつける事は、今すぐにでも楽器を買いたいでしょうが、その気持ちは抑えて、最初は楽器を買わない方がいいですよ。もちろん、独学でいくなら、楽器は必要ですが、先生に習うつもりなら、自分の楽器は持たずに、先生を探して習い始める方が良いです。と言うのも、実は初心者がフルートを買うのって、かなり難しい作業なんですよ。ですから、最初の一本目は、先生の指導やアドヴァイスの元で購入した方が良いです。さもないと、私のように、習い始めてすぐに「楽器を買い換えましょう」と言われるかもしれませんよ。

 それに、フルート教室なら、たいてい最初は先生が楽器をレンタルしてくれるものです。だから、習い始めの段階では、楽器はなくても全然平気です。

 というわけで、フルートを始めようと思ったら、「楽器を買う前に、先生を探す事」から始めましょう。

 とは言え、まずは独学から…という人は、楽器を入手しないと話になりません。しかし、素人がフルートを買うのは実に難しい事です。ですから、独学初心者が楽器を入手する際に注意することを書きます。

 まず“新品を買いましょう” 中古は値段も安く、お得感がありますが、目の利かないシロートが良い楽器を入手できるはずはないと思ってください。一見、お買い得に見えても、それは十中八九、ガラクタです。なので、後で後悔しないためにも、新品を買いましょう。

 “ネットで購入するのはやめましょう” これはネットでは試奏もできず、どんなものをつかまされるか分からない、という部分もありますが、それ以上に、ネットで買ってしまうと、楽器店によるサポートが受けられないのが、初心者にはつらいと思います。だから、楽器は必ず、地元のリアルな楽器店で購入するようにしましょう。

 独学者にとって、地元の楽器店は良い相談役ですよ。初心者は色々と悩みや相談事があるもので、いくらネットが普及したからと言って、一から十までネットで分かるというわけではありません。結局、地元の楽器屋さんに助けてもらう事って多いのです。それをなまじネットで購入してしまうと、その手のサービスやサポートが受けられなくなってしまいます。

 それとフルートは、購入したら、それでお終いという楽器ではなく、半年~一年、いや最初のうちは三カ月ごとぐらいに調整が必要な楽器です。ネットで購入したら…調整はどうしますか?

 “国産メーカーの楽器を買いましょう。迷ったらヤマハにしましょう” 「安物買いの銭失い」という言葉があります。これはフルートに限らず、楽器というもの、一般に通じる言葉だと思います。

 確かに、中国フルートであったり、生産地不明のフルートの中には、爆裂に安い楽器がありますが、安い楽器には安い理由があるのです。そこをカバーできる腕前があれば、中国フルートも良いでしょうが、初心者のうちはお薦めできません。初心者は素直に、普通によく作られた国産フルートを選択した方が、上達が早いですよ。

 さて、最後は「フルートは独学で吹けるようになりますか?」という事ですが、それは人によります。何事でもそうだけれど、先生の元でしっかり学んだ方が伸びる人もいれば、放っておかれて、自分で気の向くままに学んだ方が身になるという人もいます。実際に、独学でフルートを勉強して、プロ奏者になった方もいますから、独学も馬鹿にできない学習方法です…が、特に強いこだわりとか、避けられない事情がない限り、最初の最初くらいは、どなたか先生について習った方が良いと思いますよ。基本の基礎は、人に教えてもらった方が良いですよ。

 と言うわけで、フルートを始めたいと思ったら、さっさと始めちゃいましょう。

2011年6月19日 (日)

iPhone、私がよく使う機能&アプリ、トップ20[2011年6月第3週・通算19週]

体重:100.4kg[+-0.0kg:+-0.0kg]
体脂肪率:29.7%[-0.7%:-0.5%]
BMI:31.7[+-0.0:+-0.0]
体脂肪質量:29.8kg[-0.7kg:-1.0kg]
腹囲:100.0cm[+2.0cm:+2.5cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 し、仕事が…、過激に忙しい…。これだけ忙しいと、やせそうなんだけれど、なぜか、やせない。疲労とストレスばかりが重なり、でも体重は減らない。なんか、理不尽だよ。

 気を取り直して、今週のエッセイに行きます。いや、エッセイと言うよりも、報告というか、メモ書きというか、とにかく、iPhone話です。興味関心のない方とアンドロイドユーザーの皆さんは、ご勘弁を(謝)。

 私がiPhoneを使い始めて、まもなく一カ月になります。これだけ多機能なものだと、すべての機能を満遍なく使うと言うわけにもいかず、アプリにしても、有料無料問わず、山のような数のアプリが存在します。それらをどう使いこなしていくかが、iPhoneユーザーとしての楽しみって奴なんだと思います。

 そこで、この一カ月間で、私がiPhoneのどの機能&アプリを多く使ってきたのか、メモ代わりに書いてみたいと思います。ま、いわゆる、トップ20って奴です。今、私は、iPhoneをこんな用途に使っています。
 
 
【1~6位 いわゆる常用レベル】

1位)電話 ま、当然と言えば当然ですが、やはり電話は毎日使いますね。

2位)老犬ブログ ここのブログのブックマークをホーム画面に置いてあります。結構、iPhoneでブログのチェックをしています。特に出先でチェックするしかない時は、便利ですね。

3位)パソコン系メール 各種使い分けをしているパソコン系のメールを、それぞれのサイト/メーラーごとにブックマークをホーム画面に置いて利用しています。G-mailにすると、それぞれではなく一括して管理できていいよという話は聞きますが、なんとなくメールアドレスごとに別々に管理している私でした。

 しかし、パソコンメールを電話で管理できるのは、とても便利です。今まで、パソコンメールと携帯メールは自然と棲み分けをしていましたが、そんな事を考えなくていいわけで、楽ちんです。

4位)SMS/MMS こちらはいわゆる“携帯メール”って奴です。これはこれで、結構使ってます。

5位)クラウド系ブックマーク なんか分かりづらいでしょうが、クラウドの私のページに預けているブックマークの事です。インターネットをiPhoneで遊ぶ事が増えましたが、やはり行きつけのページはブックマークから直リンで行きたいものです。

6位)中国語繁体字(手書き) これも分かりづらいですね。iPhoneの入力キーボードって、フリックで使う「日本語テンキー」、いわゆるローマ字入力をするためにパソコンのキー配列に準じた形でキーが並んでいる「日本語(ローマ字)」と、同じようにパソコンのキー配列に準じた形でキーが並んでいて、アルファベットと数字を入れるための「英語」、それと絵文字を入れるための「絵文字」の四種類がデフォルト・キーボードとして準備されていますが、私はそこから「日本語(ローマ字)」を削除して(ローマ字入力はしないのです)、代わりに「中国語繁体字(手書き)」を使用できるようにしてあります。

 「なぜ中国語?」と思われるかもしれませんが、これ便利なんですよ。と言うのも、キーボードを中国語にしておくと、iPhoneの画面に直接指で書いた手書き字を、漢字として認識してくれるんですね。この手書き文字認識ですが、一部のアプリでは実現していますが、その便利さをすべての機能で使えるようになるとうれしいなあと思い、「中国語繁体字(手書き)」を導入しました。便利ですよ。ホーム画面から「設定」「一般」「キーボード」「各国のキーボード」で設定できます。
 
 
【7~11位 毎日のように使っています】

7位)iTalk いわゆる、iPhoneアプリの一つで、iPhoneを「ボイスレコーダー」にするアプリです。無料ですし、標準機能である「ボイスメモ」よりも高音質なので、音楽の練習に大活躍です。歌う時、フルート吹く時に、こいつをポチッとして、終わればすぐさま再生して確認します。なかなか手間いらずで良いですよ。

8位)ウェザーニュースタッチ これも無料アプリです。天気予報系のアプリで、結構詳しい天気予報が見れるので、毎日何度もタッチしています。

9位)Piano Sharp これも無料アプリです。これは電子キーボードのアプリで、鍵盤の大きさが程良い大きさだし、反応も早くて使いやすく、音域も広いので重宝しています。歌う時に、これで音を取る事が増えました。

10位)safari iPhone標準のウェブ・ブラウザです。やっぱり、何だかんだ言っても、使用頻度高いです。

11位)マップ いわゆるグーグルマップです。移動する時に、グーグルマップを携帯しているって、最強ですよ。
 
 
【12~15位 頻繁につかってます】

12位)辞書系アプリ iPhoneって電子辞典としても便利ですね。とりあえず、国語辞典と英語辞典と、音楽用語辞典とかウィキペディア系のアプリとかを入れてますが、まるで図書館を持って歩いているような気分ですよ。子どもの頃「分からない事があったら、すぐに辞書を調べなさい」と言われたものですが、iPhoneに辞書が入っていると、ほんと、すぐに調べられます。

 問題があるとすると、辞書アプリは高額なものが多いので、一度に必要なものをすべて同時に買い揃えられないのが欠点かな。そのうち、漢和辞典とかイタリア語辞典なども買うつもりです。

13位)タイピング革命 入力鍛練系のゲームソフトです。有料版と無料版がありますが、私はひとまず無料版の方を使ってます。時間がある時に、フリック入力の練習のために、ボツボツとやってます。段階を踏んで、フリック入力を習得できますので、いいんじゃないかな? 他にも入力鍛練系のアプリはあるみたいですが、ひとまず私はこれで満足しています。

14位)iTuna 無料アプリのクロマチック・チューナーです。ごく基本的な性能しか持っていないシンプルなアプリですが、実はヴァイオリンのチューニングに役立っています。

 ヴァイオリンって、倍音がたくさん出る楽器なので、楽器店で売っている普通のチューナーでは、チューナーが敏感すぎて、狙っている音の基底音ではなく倍音の方に反応してしまい、チューナーを使ってのチューニングしようとすると、チューナーが混乱して、結構メンドウなんです。

 ところが、このiTunaは、その点、大雑把なようで(おそらく、チューナーとしての性能は、そんなに鋭敏ではないのかもしれません)、だからこそ、楽器の倍音に反応せず、狙っている基底音の音程のみを拾って反応しますので、使いやすいです。

 このiTunaを使うようになってから、ヴァイオリンのチューニングがさっさと出来るようになりました。 …え、ヴァイオリンは耳と音感でチューニングしろって? それができたら、私じゃなくなっちゃうよ(笑)。

15位)Falldown 無料のゲームアプリです。暇つぶし系のゲームです。単純な落ちモノ系のゲームですが、私はこういう、単純明解なゲームが好きなんです。

16位)Clipbox 無料のダウンローダーです。私はこのアプリで、YouTubeの画像をiPhoneにダウンロードしています。YouTubeって、Wi-fiならともかく、3G回線ではきついので、よく見る画像は、Wi-fiが使える時にダウンロードしておくと便利です。

17位)乗換案内 電車で外出する事が多い私には、必携ソフトです。これも無料アプリです。 
 
 
【18~20位 念のためにとダウンロードしたのに、割と使ってます】

18位)Mirror 自分撮り用のカメラを使って、自分の姿をディスプレイに映してくれるだけのソフトです。ただ、それだけのソフトですが、アプリのタイトルどおり、鏡代わりに使えるので、結構便利です。私は歌いながら、口の中の様子を見るのに、たまに使います。女性はともかく、男という生き物は鏡を持ち歩かない生き物じゃないですか? しかし、持ち歩かないから使わないのかと言うと、これが案外、あれば使うもので、そのための簡易な手鏡代わりに利用しています。

19位)Over40 Magnifier 他人撮り用のカメラを使って、その画像をディスプレイに映してくれるだけのソフトです。写真は取れませんが、ズーム機能は付いているし、マクロ撮影に強いので、正直、拡大鏡(虫眼鏡、老眼鏡など)代わりに使用しています。LEDライトも使えるので、暗い場所でも明るく拡大してくれます。初老な私には便利なアプリです。だって、拡大鏡をいつも持って歩くわけにはいかないじゃない。あと、老眼鏡を忘れた時にも便利に使ってます。

20位)懐中電灯 カメラ機能で使う、LED照明を単独で使用できるようにしたアプリです。iPhoneについているLED照明って、結構明るいのですよ。ライト部分は小さいのに、普通の懐中電灯並の光量なんです。これ、馬鹿にしちゃいけませんよ、結構使えます。
 
 
 iPhoneには、有益なアプリがたくさんあるし、便利な機能も満載されています。それらを上手く使えるようになると、iPhoneユーザーとしては上級ユーザーって奴になるのかもしれません。今の私は、エバーノートとか、ドロップボックスとかのクラウド系のアプリに興味をひかれています。実際の使い心地はいかがなものかなっと、色々と調べまくっている最中です。
 
 
【番外編1 欲しい機能】

 やっぱり個人的には、辞書系アプリをもっともっと充実させていきたいです。ネックは価格かな? 漢和辞典が欲しいのですが、今は大辞泉の単漢字表示で誤魔化してます。イタリア語もネット辞典のアイコンをホーム画面に置いてガマンしています。

 漢和もイタリア語も良いアプリがある事は知ってますが、値段がある程度するので、そうそうポンポンと買い揃えられないのが残念です。

 それと、仕事がら、色合わせの参考書(カラーガイドのようなもの)も欲しいです。それと聖書も欲しい。もちろん、無料アプリの口語訳聖書は、すでに手に入れたけれど、実は私、口語訳聖書って苦手(ごめん)なんです。うーん、あの訳文に違和感があるんですよね。だから、やっぱり共同訳聖書とか新改訳聖書が欲しいです。こちらも買えばいいと分かってますが、漢和辞典やイタリア語辞典同様、すぐに買い揃えられません。私の経済的な事情がそれを許しません。ああ、ついでに言うと、文語訳聖書も欲しいよ。だって、文語訳聖書って、日本語が美しいでしょ。
 
 
【番外編2 使わない機能】

 標準添付されている機能でも、自分が使わなければ、うっと惜しく邪魔なだけです。例えば“株価”…私、株やンないもん。これはいらないです。“ゲームセンター”はネット対戦用のゲームアプリなんだろうけれど、ゲームそのものが趣味じゃない上に、ネット対戦というのが、私的にはどうなのって思ってます。そうそう“時計”って、なんであるのでしょうね? その存在意義が分かりません。

 これがiPhone購入1カ月程度の私の状況です。これが半年後、一年後ってなると、またトップ20の顔ぶれも変わっているのでしょうね。

2011年6月18日 (土)

トートの最近の主食は…タニシです

 今日は久しぶりに、スジエビのトートの話をしましょう。

 トートはスジエビです。多くのエビが草食系に関わらず、このスジエビという種類は完璧に肉食系であって、特にトートは食欲旺盛な方だと思います。

 人間を見ると(分かっているのかどうは不明ですが)エサをねだります。金魚のエサは動物性タンパク質でできているので、肉食のトートのクチに合うのでしょう。結構、好んで食べています。エサを投入すると、巨大な金魚と混ざってエサを取りにきます。さすが肉食生物、生き方がアグレッシブです。そんなエビは始めてです。

 トートは肉食と言う事もあるのでしょうが、実に活発な子です。始終何かしています。そんなトートが静かにしている時…それは食事をしている時です。さすがのトートも食事をしている時は、一心不乱に食事に集中しているのか、物静かになります。

 この前、水槽を見たら、トートが大人しくしていました。何をしているのかな?と眺めていたら、穏やかにグレートハンティングをしていました。……タニシ狩りです。トートって、実に上手にタニシを食べるんですよ。ああ、最近、やたらとタニシの死骸を見つけるなあと思ったら、トートが食べていたんですね。合点がゆきました。

 タニシも貝ですから、出入り口のところにフタがあって、それで外敵の侵入を阻止し、我が身を守れるはずなんですけど、タニシのフタは、トートの細い腕の前には何の意味もないみたいで、トートはタニシの貝殻とフタのわずかな隙間に腕を差し込んで、チョビリチョビリとタニシを食べているようなんです。タニシも「ヤバっ!」とか思うのかもしれませんが、腕もなければ、素早い動きもできないので、トートを追い払うことができず、真綿で首を絞められるかの様に、少しずつ少しずつ苦しみながら身を食べられてしまい、やがて絶命してしまいます。死んでしまうと、トートは上手に貝殻からタニシの身だけを引きづり出して「ウマウマ~(はぁと)」って感じで食べます。その時の様子は、すごく幸せなんそうです。

 いやあ、肉食だなあ…。

 しかし、そんなトートのささやかな幸せ(?)も長続きしません。と言うのも、トートがタニシの身を貝殻から引きづり出すと、美味しい香りが水槽中に広がるのでしょうね。サクラがどこからともなくやってきて、幸せウマウマなトートに近寄って、横からパクリとタニシの身を一呑みにしてしまいます。

 あれだけ、時間と手間をかけたタニシの身を、一瞬でサクラに取られてしまうトートでした。残念。

 それにしても、そろそろ夏がやってきます。スジエビは冷水を好む生き物で、水温が28度を越えると、生きていけないそうです。我が家の水槽は、夏場は平均で35度ほどになります。金魚ですら、夏を越すのは容易な事でありません。去年入れたスジエビは、トート以外は夏の暑さで全滅したんだよね。トートは今年の節電の夏を乗り越えることができるでしょうか?

 さらに言うと、スジエビの寿命って、だいたい1年ほどなんだそうです。トートは昨年の5月に我が家に来ていますので、すでにスジエビの寿命である1年を越えてしまいました。トートはスジエビの寿命を越えて、今年の夏を乗り越えることができるでしょうか?

 …なので、頑張れ、トート。長生きしろよ。

2011年6月17日 (金)

メトロノームの電池を換えてみた

 誰かの役にたつかもしれないので、一応、アップしてみます。

 私がメインで使っているメトロノームは、SEIKOのDM50という電子メトロノームです。このメトロノームは、デジタル式なので、テンポも細かく設定できますし、何よりも正確無比なのが良いです。さらに、普通、電子メトロノームと言うのは、そのテンポ音(ピッピッピッって奴ね)があまり大きくないものが多いのですが、このメトロノームは十分な音量まで大きくする事ができ、とても便利です。さらにクリップ式なので、譜面立てにもチョコンと付けられるし、便利至極なメトロノームでございます。

 しかし電子メトロノームなので、電池切れという弱点があります。

 先日、メトロノームを使おうと思ったら、ウンともスンとも言いません。どうやら、電池切れになってしまったようです。

 取扱説明書は…見当たりません。本体を引っくり返して、調べたところ、使用電池はCR2025のようです。このボタン電池ならば、普通にコンビニ等で売っているタイプなので、さっそくコンビニに行って買ってきました。小さくて平べったい電池なのに、250円もしました。うわ~、高っけ~。

 メトロノームを眺めてみても、電池交換口のようなものはありません。ならば、本体を開けるだけです。よく見ると、本体の裏が三カ所ネジどめになっています。おそらく、一カ所はボディ同士をカマせて固定し、残りの三カ所をネジ止めするのでしょう。ネジは、腕時計などに使われている、いわゆる、精密ネジ(プラスネジ)でした。

 案の定、このネジを外すと、簡単にボディが割れ、中身が見え、その真ん中に電池がありました。ただし、電池はその上に一枚の金属板が被さっていて、これも一カ所ネジで止められていました。そこでネジを外すと、あっけなく、電池が見え、すぐに交換できました。あとは外したボディをはめ、ネジを閉めたら、OKでした。案ずるより生むが易しってところでした。

 と言うわけで、DM50をお使いの皆さん、メトロノームが反応しなくなったら電池の交換をしましょう。以下に簡単にまとめてみました。

 必要なもの:精密ネジ用のプラス・ドライバ、ボタン電池(CR2025:コンビニで250円)、ピンセット(細かい作業が多いので、あると便利です)。

 交換手順 1)メトロノームをひっくりかえして、ネジの位置を確認し、ネジを外す。
      2)クリップの付いている方のボディをゆっくりと外す。
      3)真ん中の金属片の端のネジを外し、ゆっくりと金属板を外す。
      4)電池の向き(上がプラスです)に注意して電池を置く。
      5)ふたたび、金属板をネジ止めする。
      6)ふたたび、ボディをネジ止めする。
      7)動作確認をする。 以上。

 どうですか? 案外、簡単にできますよ。

2011年6月16日 (木)

声楽の発表会でした その3 結局、音楽の神様がおりてきた…編

 さあ、発表会は第二部になりました。歌劇団の全員で「乾杯の歌」を歌います。

 練習どおり、団員全員で(本当はスポーツ飲料だけれど)シャンパンを注いだ(本当はプラスチック製だけど)高級グラスを持って、舞台に登場です。「乾杯の歌」は、本来は男女の二重唱です。ですから、男声のパートを私とYテノールさんで分け合い、女声パートの残りのメンバーで分け合って歌いました。

 歌う直前に個人的に気をつけた事。それは…1)この後、二重唱とアリアが残っているので、ここはできるだけ声をセーブして歌うこと。2)ただしソロの部分では、痛くならないギリギリのところまで踏んばって、声をセーブしながら歌うこと。…です。歌いだしは私のソロからでした。

 実は手元に私たちの演奏を録音した音源があるので、それを聞きましたが、ううむ…確か、声をセーブして歌ったはずなのに、私の声って、バッチリ、クリアに録音されているよ。

 今回の私のプライベート用録音機は(会場が大変混雑していたため)客席側に置くことができなかったので、舞台袖から舞台を狙った形にして置いてみました。なので、ピアノの背中あたりに置いたわけです。ですから、一番大きく入っているのは、もちろんピアノでして、そのピアノから遠ざかる形でメンバーが並び、一番奥の、一番ピアノから遠いところで私は歌っていました。ですから、本来ならば、私の声などは、ピアノや他のメンバーの歌声にかき消され、一番録音されていないはずなのですが…ううむ、バッチリ録音されてますね。

 もちろん、大声は出していない(出せない)状況ですから、それだけマイクで拾いやすい声で歌っているって事なのかもしれません。トゥッティ(全員歌唱)の部分でも、私の声はしっかり聞こえますね…。妻曰く「だから(どんなに小さな声で歌っても、絶対に声が通るんだから…)あなたは合唱ができないのよ」だそうです。ううむ、この録音を聞くと、あながちそれは間違いではないかもしれないような気がします。

 ま、歌劇団の皆々様の歌唱は、なかなか良い歌唱だったと思います。

 で、一度舞台に引っ込んだ後、ちょっとだけ心を静めてから、二重唱を歌うために、舞台袖に入りました。

 私たちの出番になり、妻が舞台に出て、板付きの状態になり、ピアニストさんが最初の和音を弾きました。その和音を聞いて私が舞台に飛び出して歌い始めて二重唱が始まるのですが…やっべー、最初の音が取れない(汗々)。本番だもん「もう一回、音くださ~い」なんて言えないじゃん。ええい、ままよ、とりあえず歌っちゃえ~。

 音が取れないまま歌いだしたので、かなり音程が甘くなってしまいましたが、まあ、これくらいなら許容範囲と見なしてもらいましょう。

 ノドが痛い事は忘れていました(アドレナリンが出ていたのでしょうね)が、ノドをかばう気持ちはありましたので、歌い始めは、かなり優しく押さえて歌っていたのですが、途中からテンションがドンドンあがってしまい、最後の方は、歌い飛ばすというか、もう吠えちゃいました。声が出づらかったという事もありますが、力押しで歌っちゃいまして、これはダメな見本のような、荒々しいネモリーノ君になっちゃいました(反省)。

 だいたい、歌と言うものは、荒々しく歌って良い事は実はあまりなく、乱暴に歌う事で、数カ所で音程が届かず、数カ所で声が割れて、表現も一本調子になりましたが………でも、これもご愛敬かな? アマチュアだもん、キズあり演奏も良い思い出です。ま、冷静に評価すれば…普段の練習の8割程度の出来かな? まあ、良しです、こんだけ出来れば合格じゃないですか? …しかし、こんな歌を聞かされるお客さんは、たまったもんじゃないかもですね(謝)。

 二重唱が歌い終わったら、そのまま続けてアリアを歌います。二重唱の最後の最後は、男女の言い争いですから、多少荒々しくても許されます(?)が、アリアはロマンチックな独白曲なので、ここは一度気持ちをリセットして、再び優しい声で歌い始めてみました。……ってか、もう、パワフルに歌える体力なんて残ってません。

 いつもなら、曲が進むにつれ、崩れていくアリアですが、今回はなぜか違いました。やはり本番は練習とは違うのです。

 アリアを歌いだした途端、音楽の神様が私に下りてきてくださったのかもしれません。曲が進むにつれ、あれほどダメだった調子が少しずつ右肩上がりになってきたのが分かりました。もう声は残っていないはずなのに、なぜか曲が進むほど声が出てきます。いつも練習ではコケてしまうところもコケずに、ドンドン歌が前に進んじゃいました。

 結局アリアは、私が個人的に「これくらい歌えたら合格だね」と思っていた出来よりも、うんと良い出来で歌っちゃいました。なにしろ、練習で出来なかった事がヒョイヒョイ出来ちゃうんだもんなあ。まさに(レベルは低いけれど)神がかり的な出来だね。いやあ、私って、ほんと、本番に強いなあ。

 事前に「アリアは出来が悪くて公開できないかも…」と散々ブログで言ってましたが、歌の出来で言えば、キズやミスはあっちこっちにあって客観的に聞けば???な歌唱だけれど、私的には公開しても、まあ大丈夫?なレベル(当社比)で歌えました。やったねー。

 実際、アリアを歌い終えて、舞台袖に戻った時は、拍手で迎えられた私ですもの。終わりよければ、すべて良しですって。とりあえず満足と言うか、次につながる歌唱でした。

 であっても、今回の音源は公開できません(謝)。その理由は……私の歌の出来のためではなく、録音機を舞台袖に置いたため、私が歌っている間、舞台袖で話されていた“楽屋話”が録音されてしまっているためです。いやあ、歌は公開してもいいのですが、楽屋話を公開しちゃあ…マズイでしょう。この楽屋話、DVDに付いている音声解説付きのようなもので、私の歌を聞きながら、楽屋にいる人たちが一喜一憂している様子が録音されていて、私は聞いていて楽しめますが、本来はオフレコな発言ですから、やはりお蔵にしまっておいた方が良さそうです。

 で、上機嫌で楽屋に戻って、少しばかり休憩を入れたら「ハバネラ」のバックコーラスです。機嫌が良い時は何をやっても良いものですね。うふふ。

 そんな感じで発表会を終えた私です。

 次回の発表会は再来年かな? ウチの教室の発表会は、二年に一度と決まっていますからね。それはそれで楽しみ。でも、その前に、来年の今頃にもう一つ本番をやりたいと思ってます。

 それは歌劇団主催の「ガラコンサート」です。出演者は、歌劇団のメンバーとキング門下の中から、数名の有志を募り、一人一人の持ち時間を多めにして、舞台でたっぷり歌ってもらう演奏会です。今のところ、一人の持ち時間を15分って事にして計画をしています。つまり、15分のミニコンサートを、いくつも続けて行うパッケージコンサート、ってイメージです。

 ま、聞く方は体力勝負かな? でも、アマチュアの歌を聞くのが好きな方には、こたえられないと思いますよ。また歌う方にしても、一人で15分も歌えるんだよ。オペラなら、ワンシーンを丸まる歌えます。アリアなら3~4曲歌えます。今回の私の「二重唱+アリア」のセットが10分強の演奏時間ですから、15分あると「二重唱+アリア2曲」なんて感じになるかな? ううむ、これは楽しみ、準備のしがいがあると言うものです。

 今から、ガラコンサートに向けて、大雑把に選曲をして、楽譜の手配とかしないとね。おっと、出場者枠に上限があるわけで、希望者が全員出演できるわけじゃないんだから、まずは何とかして、出場者枠を勝ち取る(?)ように準備しないとネ。

 発表会、楽しかった。ガラコンサート、楽しみだな。

2011年6月15日 (水)

声楽の発表会でした その2 ノドまで痛くなってきたかも…編

 リハーサルでは散々どころか、ノドまで痛めてしまった私です。

 まあ、普通なら、こんなに轟沈してしまった後は、落ち込むのが普通かもしれませんが、不思議とそういう気分にはなりませんでした。「照る日もあれば曇る日もあるさ。上手く歌えなかったとしても、誰に迷惑をかけるわけでもないし、財産や命を取られるわけでもない。失うものがないのだから、気楽に行こう…」的な感じだったと思います。

 でも、さすがにキング先生は「これはマズイ…」と思ったらしく、本番の日は誰に対しても、基本的に元気づけ&励まし主体のコメントばかりをする先生なのに「もう死んでいいやと思うくらい、ストレッチをしてカラダを伸ばしておきなさい」と真顔で(申し訳ない)ひと言ポツリ。ま、あれは実際、どこをどう切り取っても誉める箇所はない歌唱だわな。

 こう見えても、真面目で素直な人間なので、皆さんのリハーサルを聞くのは、そこそこにして、自分のリハーサル以外はストレッチに励んでおりました。重点的に伸ばさないといけないのは、背中と肩の二ヶ所ですね。そこを中心にグイグイとやっておりました。

 アリア&二重唱の後に行われた「ハバネラ」と「乾杯の歌」のリハーサルでも、調子の悪さを引きずってました。「ハバネラ」の時は、すでにノドの痛みを自覚し、何もせずともヒリヒリしている状態でした。「これはちょっとヤバいかも…」って感じでした。「乾杯の歌」のリハーサルに関しては、大勢で歌うという事もあり、ソロの箇所はちょっくら頑張ってみたものの、トゥッティ(全員で声を合わせるところ)では、クチパク(クチは動かすけれど、声は出さないという技:笑。つまり“歌っているフリする事”です。合唱では頻繁に見られる技ですね)で場をやり過ごしました。クチパクじゃあリハーサルにはなりませんが、痛いものは痛いんだな。

 とりあえず、リハーサルは12時半ぐらいに終了しました。開演が13時で、開場が13時半です。私の出番は、一番最初が「フニクリ・フニクラ」ですから、14時過ぎくらいです。つまり、14時までの1時間半でやるべき事をやり、起死回生の復活劇を見せなきゃならないわけです。ああ、大変。

 先生に言われた“ストレッチ”は、当然、熱心に励みました。自力でもやりましたが、先生にも少しだけ手伝ってもらいました。はい、あの時は、背中や脚の筋肉がブチ切れるかと思いましたが(涙)。

 本番を待っている短い時間は、声出しをしたい、発声練習をしたい、歌い込みたい…という気持ちになりますが、今回はひとまず控える事にしました。無論、声帯周辺の筋肉のストレッチという意味もあるので、本番直前には軽く発声練習はしましたが、そのギリギリ直前までは、しゃべっても歌わないでいました。隣の部屋は女声の控室ですが、壁越しにお姉さん方の猛烈な発声練習が聞こえます。あれを聞くと、自分も声を出さなきゃマズイような気になりますが、そこはガマンです。

 お弁当を食べて、水飲んで、のどアメなめて、最低限の会話だけはして、後は静かにして、本番が始まるのを待っていました。

 やがて時間となり、発表会が始まりました。お客さんは…たくさんいらっしゃってます。ホールの定員は100名なんですが、かなりギューギューに入っていました。スカスカなら、我々出演者も自分の出番以外の時は観客席に入って、兄弟姉妹弟子たちの演奏を聞ける(前回はそうしてました)のですが、今回は、それはかなり厳しい状況でした。やっぱり座席はお客様優先ですよね。そこで、私はもう、観客席で演奏を聞くのは諦めて、ホール玄関とか、楽屋口とかで演奏を聞くことにしました。

 発表会は三部構成でした。私が歌うのは、第一部では「フニクリ・フニクラ」のバックコーラスだけ。第二部が忙しくて、歌劇団として「乾杯の歌」を歌い、ちょっとだけ休んだら、自分たちの二重唱を歌い、私はそのまま舞台に残ってアリアを歌います。アリアが終わったら、やっと短い休憩時間です。で「ハバネラ」は第三部の頭の方で歌います。「ハバネラ」を歌い終えたら、そのまま楽屋付近に待機して、適当な頃合いを見計らって、先生とステージマネージャーと交代しました。と言うのも、第三部のトリは、講師演奏って奴でしたからね。

 そんなわけで、第一部の開始です。第一部は、歌曲・カンツォーネ部門です。

 私が参加する「フニクリ・フニクラ」は、舞台袖に全員集まったところで、急遽、キング先生がフニクリ隊に加わる事になりました。もちろん、私の事情ではなく(当然です、私は脇役だもん)先生と一緒に舞台に上がる事で、主役のリードヴォーカルを取る方が安心できるなら、そうしましょうって事ですね。でも私的にも、先生と一緒にコーラスを歌うのは、大変助かりました。「フニクリ・フニクラ」は、元々、音域も低く、ノドの負担も少ないのですが、その上、先生が隣で歌ってくれれば、私、かなり音量を落として、ノドを温存して歌えるものね。

 で、そうやって「フニクリ・フニクラ」は乗り切った私ですが、問題は第二部の二重唱&アリアの方ですね。こちらの曲は自分が主役だから、ノドや声を温存するわけにはいきません。気合を入れて歌ってくるだけです。

 やがて第二部が始まりました。

 というわけで、続きはまた明日。

2011年6月14日 (火)

声楽の発表会でした その1 リハーサルでどん底(冷笑)

 さて、先日の日曜日は、キング門下の声楽発表会[先生曰く「“発表会”ではなく“門下生演奏会”」ですが、一般用語として発表会と呼称しておきます]でした。

 発表会そのものは午後からの開催ですが、出演者はリハーサル(ゲネプロのようなものですが、順番が本番どおりではなくランダムってところがミソです)のために、かなり早めに会場入りをしていました。私は午前10時予定で9時半に会場入りでしたが、一番早い人は8時半会場入りだったそうです(うわっ大変)。

 会場に到着して、最初の行動は“楽屋に荷物を置く”です。楽屋…と言っても、発表会などの出演者が多い時は、いわゆる“楽屋”ではなく、会議室とか実習室などの部屋が楽屋として割り振られるのが常ですが、今回、我々男声陣には、会場の事務室が楽屋として割り振られました。事務室が楽屋というのも、なかなかオツなもんです。(ちなみに、前回はピアノ部屋が楽屋でしたが、そこは声出し室も兼ねていたので、着替えとかは楽屋でできなくて、ちょっと苦労しました:笑)。

 荷物を置いて、ホールに入って、自分のリハーサルの順番を待ちます。私は自分のアリアと二重唱以外にも、バックコーラスや「乾杯の歌」のリハもあるので、結構忙しかったです。

 まずは、二重唱のリハーサルから。舞台に立ってみると、思ったよりも舞台が小さい事にビックリ。これでは当初予定していた立ち位置で歌うのは無理なので、そこのところは微調整です。あまりに身動きが取れなくて、当初考えていた演技は、場所的に無理があるので、歌の途中で、お互いの立ち位置を変えるという動きを入れてみました。その箇所は、二重唱の二度目のテノールの歌の歌い出しのところで、そこは「ア~~」と声を延ばす箇所ですが、動きながら声を出して、立ち位置を交換し終えるまで「ア~~」と歌ってみる事にしました。音だけ聞くと、なんか間延びしているような感じがするかもしれませんが、実際はそういう動きをつけて、ステージの狭さを克服してみたわけですね。それと、アディーナが立ち去る際の芝居も、少し変えてみました。

 リハーサルは大切です。演技確認という点でも大切ですが、やはり声を確認するという点で大切です。

 今回のホールは、小さなホールでしたが、これが意外と響きが良くて、ホールの広さの割にはよく響くホールでした。こういう歌っていて気持ちのいいホールは、私にとって危険で、ついつい調子にのって、歌いすぎてしまい、色々とトラブルを引き起こしかねないからです。

 例によって、二重唱の最初から、ホールの声の返りの気持ちよさに、ついついトバして歌ってしまいました。それでもまだ二重唱は最初の曲だし、なんとか歌えちゃうものです。問題はアリアですね。

 二重唱で歌いすぎてしまった私は、アリアの前に声を使い切ってしまいました。すでに声は割れ始めています。高いところにはどうしても届かなくなっています。届かないものだから、ついつい声を押してしまって、さらにドツボにはまるという悪循環に陥ってしまいました。

 声がひっくりかえる…と言うのは、表声が裏声にひっくり返る事を通常は言います。調子が悪いテノール歌手が時々声を引っくり返してしまうものですが、私も声、ひっくり返しました。ただし“表声から裏声”ではなく“表声からデスヴォイス”へです(涙)。いやあ、やっちゃいましたよ。そんなデスヴォイスなんて、生まれて始めて出ちゃいました。会場でリハを聞いていた人も、一瞬、何が起こったか分からなかったと思います。それくらい、ありえない事をやっちゃいました。

 デスヴォイス、ちなみに解説しておくと…デスメタル(というハードロックの一種)で使う、これ以上はないぞ!というくらい、太くて低い声の事。悪魔的なものを表現する時に使う声です。つまり、クラシックでは使うはずもありえない、特殊な声です。

 いやあ、参りました。全然、不調じゃん。おまけに、ムリムリに声を出しちゃったものだから、ノドがだいぶ傷ついたようで、なんかノドが痛いです。ヤッベー。

 とにかく、そんな最悪なリハーサルをやっちゃいました。その後、カルメンと「乾杯の歌」のリハもやったのですが、すでにその頃は、五線を越えた音を出そうとすると、ノドが痛くなっていました。

 いやあ、もうすぐ本番だと言うのに、この本番直前で、ノドを壊すか? 調子崩すか? ありえねー!

 続きはまた明日(笑)。

2011年6月13日 (月)

楽譜への書き込みは自分でしてね

 フルートのレッスンに行ってきました………が、今回も遅刻。約30分ほどかな? とにかく先生が「欠席するくらいなら、遅刻でもいいから来なさい」とおっしゃるので、おおっぴらに遅刻して行きます。…ってか、マジで今、仕事が激烈に忙しいのよぉ~。

 で、30分遅刻で教室に入ると、先生はいらっしゃらず、代わりに、あのお上手な姉弟子さんがいました。「……待ってました。ロングトーンをやっておくように、言われています…」ですって…(汗)。アッチャー、なんか、私がやって来るのを待っていたみたいです。それも、先生の代講をしてくれようって訳みたいです。

 …ううう…知らぬ事とはいえ、待たせて、申し訳ないっす。

 姉弟子さんと二人でロングトーンです。いやあ~、音程バッチリで、すごく気持ちいいよ。私、ハモッたフルートの音って嫌いなんですが、ここまでバッチリ決まると、案外捨てたものじゃないなって感じがします。結構、いいじゃん。

 ロングトーンが終わる頃、先生ご登場(一体、どこで何をやってらしたの?)。姉弟子さんとバトンタッチです。

 本日のアルテは、15課1章後半のG-durの2番~5番です。いやあ、全部、一発合格です。まあ、H先生の合格基準はリーズナブルですから、まあ、そんなもんかもしれません。

 2番「アルペジオ基本練習」は完璧じゃないです。最初三ヶ所ミスブローしました。で、もう一度通したところ、今度は二ヶ所ミスブローです。あちゃー、来週に持ち越しかな~って思っていたら、これでいいのだそうです。なんか、儲けた気分です。

 3番「高い音をなめらかにつなぐ練習」は、パーペキでしょ。こういうのは得意なんです。

 4番の「G-durのスケールとアルペジオ」もパーペキです。以前は、この手のフレーズって苦手中の苦手だったのですが、なんか、今は楽にクリアできます。

 5番の「G-durのクロマティク」は間違える要素がありません。

 なので、次回はE-mollです。たぶん、一発クリアだな(自信過剰&自惚れ)。

 ミニオン・エチュードは2番ですが、持ち越しで~す。さすがのH先生でも、なんでもかんでも合格ってわけにはいかないわな(汗)。だいたい、まだ通して吹けませんし…。いやあ、曲の前半は、まあなんとかなるのですが、後半はかなりもたつきます。明らかな練習不足ですね。もっともっと、吹き込んでおかないと。

 いつもいつも、何度も何度も注意されるのは「フレーズを大切にしてください」という事。具体的に言えば、スラーであったり、ブレスであったりというところのアーティキュレーションって奴。今まで、ずっと、棚上げにしていた部分ですが、それを今、きちんと学んで、ためておいツケを払っておきましょうって事で、念入りにやっております。

 そうそう、H先生とのレッスンでの特徴的な事と言えば、私がちょっと吹きあぐねていると、先生がすかさずお手本を吹いてくれますので、それを真似すると、うまく行くって事が多いなあ。結局、音楽って、上手な演奏を聞いて、それをマネると言うのが、手っとり早い学習方法なんだよね。

 …それに「学ぶ」って言葉は「マネぶ」って言葉から生まれた言葉だしね。

 それに、すぐにお手本を吹いてくれるのは、私の読譜力の弱さを補ってくださっているという部分もあるわけで…感謝な事です。ま、吹きあぐねは、読譜力の弱さだけでなく、指の運動性の悪さも原因だったりもするのですが…。

 で、指が思うように動かないため、何度も同じ注意を受けながら吹いておりますと、先生が「ぼくは、楽譜に書かないからね。必要な事は、自分で書きなさいよ」と優しく言われました。これってつまり「同じことを何度も注意されているんだから、その箇所に自分でシルシを楽譜に書き込んで、家で練習しなさい」って意味ですね。

 いやあ、フルートの時って、両手が塞がっている(当然フルートを持っているからなんですが)ので、楽譜は開いても、楽譜に自分で書き込むというのは、滅多にしません…ってか、できません。なので、一応、筆記具はレッスンバッグに入っているのですが、フルートの時は、楽譜に書き込むという習慣が身に付いていない私です。

 同様に、ヴァイオリンの譜面もキレイですよ(笑い)。それに比べると、声楽の譜面は黒鉛まみれで汚いかも。もう、音楽記号の注意やら、単語の意味や文章の訳、歌唱上の注意点から、なんかもう、ありとあらゆる事が書き込まれています。ほら、歌の時は、両手があいてますから、歌いながらでも書けるわけですからね。

 次回の練習からは、フルートでもなるべく自分で書き込むようにしようおっと。

 さて、今回も最後の生徒さんだったので、先生とおしゃべりしました。今回の話題は、楽譜と演奏。音楽の演奏は、楽譜に忠実に行うのは当たり前だけれど、楽譜どおりに音を並べても、それは音楽じゃないよって事を言われました。楽譜どおりに並べた音をどうやって音楽にするかが、演奏家の腕の見せ所なんだそうです。

 で、先生は私には「楽譜に書き込みなさい」とおっしゃっていますが、ご自分は…と言うと、楽譜には一切書き込みをしないのだそうです。それは、楽譜に書き込んでしまうと、その書き込みに捕らわれてしまって自由に音楽を感じる事ができなくなってしまうからだそうです。

 音楽は、演奏する場所やお客さんや共演者さんたちと作り出す雰囲気の中で、一回一回違ったものになるのに、楽譜に書き込みがあると、ついついそれに気を取られて、音楽を奏でるのがオロソカになるので、書き込みはしないのだそうです。同じ曲を何度も演奏する、演奏家の発言としては、無辺なるかな…ですね。私のような学習者は、一回練習した曲を二度吹くという事はまずありません。レパートリーというものを持たないアマチュア笛吹きにとって、曲との出会いは、常に一期一会ですからね。だからこそ、楽譜にしっかり書き込みをして、いつもそこを気をつけて演奏した方がいいって事でしょう。

 さらにおっしゃるには、演奏会の時、楽譜を持って舞台に上がるのだけれど、その時、持って行った楽譜はまず見ないのだそうです。と言うのも、演奏中にヘタに楽譜を見ると「え、今、どこを演奏しているんだっけ?」と気が散ってしまうので、楽譜は置いてあるけれど、見ないのだそうです。

 だったら、ポピュラーの人たちのように、楽譜を持たずに舞台に上がれば、よさそうだけれど、それはナシなんだそうです。と言うのも、楽譜&譜面台無しで舞台にあがると、なんか裸で舞台に立っているような気がするのだそうです。つまり、あの譜面台が、恥じらいの防波堤になっているようで、楽譜は見ないのだけれど、譜面台を自分の前に置く事で、安心して演奏できるのだそうです。

 へ~ー、おもしろいなあ。

2011年6月12日 (日)

目覚めでドッキリ![2011年6月第2週・通算18週]

体重:100.4kg[-0.2kg:+-0.0kg]
体脂肪率:30.4%[+0.3%:+0.2%]
BMI:31.7[-0.1:+-0.0]
体脂肪質量:30.5kg[+0.2kg:-0.3kg]
腹囲:98.0cm[-2.0cm:+0.5cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 本日は声楽の発表会です。さあて、撃沈&轟沈という試練の一日でしょう(涙)。発表会の話は、火曜日あたりからボツボツとアップしていくつもりですので、よろしくお願いします。

 さて、本日のエッセイです。

 それはつい先日の出来事でした。深く熟睡していた私の耳の中に、今までに経験した事のない痛みと不快感が走りました。それは熟睡から一瞬で覚醒…どころか緊急事態モードに突入してしまったほどの、未曾有の衝撃でした。

 わけも分からず、ただ、痛みと不快感で、思わず目覚めてしまった私。これは…シャレにならないツラさです。耳に変な違和感があります。なにやら、うごめいているような感じなのです。時折、ピンで刺されたような痛みが脳天を走ります。起こったのか全く分かりません。

 ただただ、右耳の中が痛くて、かゆくて、不愉快。それも、自分の予期しないタイミングで、予期しない痛さがやってくるわけです。一体、寝ている間に自分に何が起こったのか、全然分かりません。

 痛いけれど、自分の感覚を研ぎ澄ませて、自分の耳の中の状態を推測してみました。

 …おそらく、耳の中に虫(?)が入ったらしい。なぜ、虫が? と思わないでもありませんが、とにかく痛みの周期が脈拍に関連性がない以上、痛みの周期は私自身ではない異生物によるものと考えるのが妥当で、耳に入れる異生物は、おそらく虫でしょう。

 虫ならば、耳に光を入れれば、光に釣られて出てくるかもしれない…。そう思って、iPhoneの懐中電灯アプリを起動して耳に、しばらくかざしたけれど、反応なし。どうやら、光に反応するタイプの虫ではなさそう…。

 ならば、直接、排除だ!

 自分では排除できないので、隣に寝ていた妻を起こして、耳の中を見てもらっても、虫を取り出してもらおうとしたけれど、私の耳の中見た彼女曰く「何もいないよ…異常なし」って言うわけ。…え? 本当に何もいないの? じゃあ、この不規則な痛みは何?

 虫かと思っていたに、虫じゃない? 血流とは関係ないリズムで痛みが発生しているのだから、怪我でもない? では一体何? もしかすると、耳ではなく、脳の障害か?

 ううむ、こりゃあ、いかん。こうなったら、医者に行くか…と思って、診察時間を調べてみたら、診察開始までだいぶ時間がある(そりゃそうだ!)、その時間まで、この痛みと不快感に堪えなきゃいけないのか?! そりゃあ、無理だよ。 それに耳の痛みなら耳鼻科だけれど、脳が奇怪しいなら、どこの病院に行けばいいんだい!

 ううううう~。

 途方に暮れていた時に、なにやら、耳から出てくる気配がしました。さっそく耳をティッシュで押さえたところ………デカいアリさんが一匹いました。

 あーーーーー! やっぱり、虫じゃん。それもアリじゃん。こいつが、寝ている私の耳に入って、私の安眠を妨害し、想定外の痛みをあたえ、表現できないほどの不快感をあたえてくれたのかー!

 さっそくアリ君には、速攻でご昇天召してもらいました。

 しかし、アリだったとは、こいつが耳の中で暴れれば、そりゃあ痛いさ。しかし、私の耳の中を見て「何もいないよ…異常なし」と言った妻の目は、たぶんフシアナなんだと思います。あれだけ、デカいアリが耳の中にいたのに、見えないなんてありえないだろう。

 しかし、耳の中にアリが入って目覚めるなんて、この年になるまで、経験した事ありませんでした。

 皆さんは、耳の中に虫が入って目覚めた事はありますか? 私は、もう二度と結構です。こりごりしました。

 しかし、なぜ、我が家にアリさんがいたんだろ? ウチはゴキブリ一匹いない家なんだけれどなあ…。

2011年6月11日 (土)

ジュナはイタズラっ子! サクラは病気?

 新入りのジュナさんは、まだまだ子どもです。動きがキャピキャピして落ち着きはないですし、欠食児童らしく、いつもエサをねだっています。また、しつこいぐらいに、チグにチョッカイを出し続けてます。さらに、スズにボディアタックをカマしまくって、怪我させました。あまりに傍若無人です。これって、チグが水槽に入ったばかりの頃の行動に似てますね(笑)。幼い金魚って、対人関係(対魚関係?)がうまく取れずに、いろいろとやりすぎてしまうのでしょうか?

 チグがそうだったように、やがてジュナも落ち着くことでしょう。

 一方、現在、最巨大金魚であるサクラは、ジュナによる被害を受けていないようです。カラダがあんなに大きいのになぜ?…と言うのも、最近のサクラは、水槽の水面付近にいる事が多く、ジュナを含めた、他の金魚と特に接触がないからです。水面付近、それもエアーがブクブク出ているあたりの水面で、ユラユラしていくんです。

 この場所は、人間の場所からは、水草の向こう側になるので、よく見えないんです。一体、そこでサクラは何をしているのでしょうか? 特に気にしていなかったのだけれど、水槽を見ながら、なんか物足りないなあと思っていると、たいていサクラの姿が見えないわけです。スズとチグとジュナの三匹の姿しか見えないのです。サクラは巨大魚ですが、白い魚なので、あんまり存在感がないんです。だから、いなきゃいないで気にならない(ってカワイソウだな)んです。まあ、サクラにしても、別に隠れているわけではないのでしょうが、水草の陰にいて、なかなか見えません。

 水面付近だし、エアがブクブク出ているところだし、もしかすると水面でパクパクやっているのかな? だとすると酸素が足りないって事になるけれど、他の子が平気なところを見ると、水槽の中の酸素の絶対量が不足しているわけではなさそうです。そうなると…サクラは何かエラの病気にでもなったのか? あんまり考えたくないです。とは言え、年がら年中、水草の陰にいるわけでもなく、たまには水槽の中を泳いでいるので、病気ではないと信じたいです。それにしても、サクラも大きな金魚になりました。この子がもしも病気になったとして…入院させる水槽は…ないよ(涙)。と言うのも、この子は、大きいばかりでなく、長い金魚でもあります。そんな長い金魚を入れるミニ水槽なんて、ないよ。いや、だいたい、この普段の水槽でさえ、スペース取りすぎだってえの(笑)。

2011年6月10日 (金)

少女になって悲鳴をあげてみる

 さて、発表会直前、泣いても笑って、これが最後って言う、声楽のレッスンに行ってきました。ええと、仕事が爆裂に忙しかったので、30分も遅刻しちゃいました、へへへ。お休みにしなかっただけでも、エラいエラい。

 とにかく、教室に入るや否や、すぐに発声練習。そして、発声の途中から「鼻腔を開くって…分かります?」と言われて、そこから“鼻腔特訓”となりました。

 実は私「鼻腔に声を響かせる」って感覚、よく分からないのですよ。

 先生がおっしゃるには、私が高音に苦労しているのは、この「鼻腔に声を響かせる」という奴を自由にできないから。「鼻腔に声を響かせる」って言うとアレだけど、これってつまり“アクート”って事らしいです。アクートがうまく使えない私は、高音に苦労しているので、今後は鼻腔発声をメインに練習していきましょうって事になりました。

 まずは「鼻腔に声を響かせる」体験をしましょうというわけで、先生が「鼻腔に響かせた声」と「響かせない声」の両方を発声してくれました。それを聞いてマネしてみよう…って事なのですが、マネできないんです。違いは耳で聞いて分かります。でも、違いが分かっても、なぜかマネはできないのです。おそらく「鼻腔に声を響かせる」というカラダの感覚が分からないので、マネできないのでしょう。

 そこで「あまりお薦めな方法ではないのですが…悲鳴をあげてみましょうか」と先生の提案です。悲鳴って、声が鼻腔に響き渡る発声なので、手っとり早く鼻腔共鳴を体験するには、悲鳴は良いのだそうで。ただし、悲鳴は声帯に負担がかかりすぎるので、普通の人には、あまりお薦めできない方法だそうですが、ほら、私は、強靭な声帯を持っている(笑)ので、多少のリスクは背負っちゃえ!ってわけです。

 で「悲鳴をあげてみて」と言われたけれど………できない(汗)。実は私、悲鳴をあげられないと言うか、悲鳴の出し方を知らないんですよ。

 考えてみれば、今までの人生の中、悲鳴なんて、たった一回しかあげたことないです。ちなみにその一回と言うのは、映画「リング」を劇場で見て、思わず低い声で「ヒエ~~~」って言っちゃったくらいで、そんな低い声の悲鳴は、今回求めてる悲鳴とは違いますね…。

 つまり、いわゆる甲高い声での悲鳴って、私、出した事ないんですよ。

 だいたい、悲鳴って、人生のエマージェンシーコールでしょ? 身の危険を察知した時、助けを求めて叫ぶものでしょ。私、子どもの頃から腕っぷしは強かったから、身の危険を察知したら“悲鳴をあげる”ではなく“戦う”という選択肢で生きてきた人だから、悲鳴という感覚もなければ、悲鳴に使う筋肉も未使用なんですよ。

 …しかし、単に“高い声”と“悲鳴”って、全然違うんですね。

 何度も何度もトライしたけれど、結局、悲鳴が全然あげられなかった私に、先生は「じゃあ、形から入ろうか」とおっしゃいました。…形から? はい、形からです。

 “素の私”だから悲鳴をあげられないわけで、だったら別の人格になっちゃえば悲鳴あげられるでしょ?って事ですね。…ここで、歌劇団での演技の練習が役立つわけですね。

 で、先生が「女性になってください。女性になって“キャー”って悲鳴をあげてください」というわけですよ。え? 女性になるの? 今まで歌劇団の演技でも、常にオジサン役ばかりやってきた私ですが、スカート役ですか! しかし、やれと言われれば、やるしかないわけで…とりあえず、女性役に挑んでみました。

 とりあえず、女性になります。それも、キャーキャー悲鳴をあげるような女性です。とっさに頭に浮かんだキャラクターは“少女”(笑)。小学校5年生くらいのツインテールの細身で手足ばかりが伸びている女の子です。このくらいの子なら、日常茶飯的にキャーキャー言っちゃうわけでしょ。

 さあて、先生もニコニコしながら見ているわけだし、小五の女の子になりますか…。

 しっかりと内股で立って、腰を落として、両肘を胸の前で合わせて「私は小五の女の子(はぁと)」って気分で「キャーーー」ってやってみました。もちろん、演技ですよ、演技。

 ………演技でも、やればできるもんです。50のオッサンのままだと、全く悲鳴はあげられませんが、小五の女の子になりきれば、楽々と悲鳴が出ちゃいます。いやあ、実に不思議なもんです。キャラになりきる事と声を出すって事はダイレクトにつながっているんだなあ…。

 少女になって、何度も悲鳴をあげて、鼻腔共鳴を体感してみました。正直、その感覚って分かりづらいです。分かった事は、普通の高音と比べて、部屋の空気が何倍も振動する事。声がクチからではなく、頭のテッペンから出ている(ような感覚である)事。先生は、悲鳴をあげると、鼻の中が痛がゆくなるそうですが、私は、残念ながら、そんな事はありません。おそらく、鼻の感覚が鈍いのでしょうね。

 ま、今回のところは、鼻腔共鳴が分かったような分からないような、淡い体験でしたが、しかし、これで強制的に鼻腔共鳴を感じる方法が分かったので、これからしばらくの間は、悲鳴でもなんでも、とにかく鼻腔を意識して、鼻腔共鳴を使って、声が鼻腔に響く感覚をマスターしていきたいと思います。

 しかし、悲鳴は連続であげると、やっぱりノドにキますね。

 さて、一応、発表会も近いので、アリアを歌いました。

 アリアは撃沈と言うか、轟沈しました。先生も「次の曲、頑張ろう」と言ってくれました。もう、この曲はこんなもんかもしれません。ああ、ついに最後のレッスンになっても、きちんと歌えるようにはなりませんでした(涙)。それどころか、ちょっと、この曲をやりすぎて、声が迷い道に入ってしまったようです。

 先生に言われた事は、とにかく高音がちゃんと出ていない(届いていない)事。それはポジションの取り方が間違っているからで、私はAをGのポジションで歌い、GをFのポジションで歌っているから、それぞれの音が苦しくて、うまく歌えないのだそうです。「ポジションは上から取る」が出来ていないのが敗因なのですが…それも突き詰めれば、鼻腔共鳴がうまく使えない事が原因なんですね。鼻腔を使って歌えれば、Bまでは楽勝になるそうです(HとかHi-Cとかは、また別の話だそうです)。

 とにかく、発表会は、まな板の上の鯉の気分で、当たって粉々に砕け散ってくるつもりです。

 次回のレッスンからは(発表会も済んでますので)アリアで迷い道に入ってしまった声を、一度フラットな状態に戻すための練習と、悲鳴+鼻腔の練習をするそうです。次回からは「陽はすでにガンジス川から/Gia il sole dal Gange」を歌います。おっと、イタリア古典歌曲じゃ~ん。フラットに戻すというか、初心に立ち返るって感じですかね。

 それにしても「陽はすでにガンジス川から/Gia il sole dal Gange」って、懐かしい。私は、20代の頃に1年だけ声楽の個人レッスンを受けていた事があるのですが、その時の発表会の曲が、この曲だったんですよ。ちなみにその時は二曲歌いました。もう一曲は、ベッリーニ作曲の「優雅な月よ/Vaga luna che inargenti」でした。ああ、こっちの曲も懐かしい。

2011年6月 9日 (木)

いずれバロックをやりましょう

 フルートのレッスンに行ってきました。しかし、いくらレッスンの開始時間が決められていないからと言って、いくら仕事が忙しかったからと言って、あんまりいつもと違う時間にレッスンに行ってはいけないなあ…と思いました。

 とにかく、今回のレッスンはいつも行っている時間よりも、小一時間ほど遅れて行きました。だって、仕事が忙しいんだもん。笛先生のところだったら、確実に欠席になってしまう時間です。

 まあ、一応、レッスンの時間内だし「休むくらいなら遅れてでも来なさい」という先生の言葉もあったので、仕事でヘトヘトになっていたけれど、レッスンに行ってみたら…姉弟子さんが待ってました。なんでも、ご自分のレッスンの後、私とロングトーンをしてから、お帰りになろうというわけで、私がやってくるのを待っていたそうです。なのに、私ったら、いつもより小一時間ほど遅れて教室に待ったものだから、姉弟子さん、すっかり待ちくたびれておりました。

 ごめんなさい、たぶん、私が悪いわけじゃないと思うけれど、とりあえず、ごめんなさい。

 てなわけで、先生と姉弟子さんと私の三人でロングトーンをしました。鬼門は“中音レ”と“中音ミ”の二つの時の左人指し指と右小指。この二つが難しいですね。とにかく、気をつけているけれど、どうしてもいい加減になっちゃっている私です。

 しかし、先生とこの姉弟子さんとロングトーンをやると、音がうねらないので、楽しいです。上手な人と合わせることで、私もちょっとずつ、アンサンブルでの音程の取り方が上手になってきているのかもしれません。しめしめ。

 さてアルテです。最初はお約束の「G-durのロングトーン」です。この課題には合格不合格はないので、気楽に吹いたら、最初のファに♯をかけ忘れました(汗)。ダメじゃん。

 宿題になっていた15課1章G-durの1番「音階準備練習」は合格しました。(H先生にしては珍しく)フリーテンポではなく、メトロノーム(72でした)に合わせて…完璧ではなかったのですが…まあまあ吹けたので、超ウルトラなおまけで合格させていただきました。…どうやらH先生は、きちんと出来なくても前に進ませてくれるタイプの先生のようです。ま、先生ごとに、方針やら、次に進ませる基準やらが違って当然だけれど、きちんと楽譜どおりできないと次に進ませてくれなかった笛先生の時の感覚がまだ残っているので「え、こんな中途半端な未完成な感じで先に進んでいいの?」って気分です。

 まあ、先生が良いと言うなら、良いんだよね…。

 なので、次の宿題は…2番「アルペジオ基本練習」、3番「高い音をなめらかにつなぐ練習」、4番「G-durのスケールとアルペジオ」、5番「G-durクロマチック」です…って、残りのG-dur全部じゃん。声楽の発表会も間近に迫っていてるのに、こんなに練習できないぞぉ~。

 ミニオン・エチュードは2番でしたが、当然、不合格でした。先生曰く「音はキレイだね。でも指が練習不足だね」と来ました。ま、音がキレイなのは、楽器が素晴らしいからであって、私の力量とは関係ありません。指は完全に私の力量です。「ゆっくりとでいいから、一つ一つの音符を確実に吹いてきてください」と言われました。はい、頑張ります。

 ミニオン・エチュードの注意点は、いつもといっしょで「スラーをちゃんとする」「タンギングをちゃんとする」「不必要にブレスをしない(実はブレスじゃなくて、なんとなく、息を切って演奏しちゃう、悪い癖なだけなんだけれど…)」「指の動きで音符を暗譜しないように」…です。オトナって、何度も同じ事を注意されても、なかなか直らないんでよねえ…困ったものです。

 今日も最後の生徒さんだったようで、またも先生と世間話をしてきました。今回のテーマは、ジャズとバロック。どうも、先生はバロック音楽がお得意なようです。バロック音楽も、譜面があって無いような世界で、手法はジャズとは違うものの、ジャズのアドリブと通じる部分があるかもねーって話をしました。とにかく、今の私はテクニック不足なので、まずはテクニックの習得に励まないといけないのだけれど、ある程度吹けるようになったら「バロックをやりましょう」と言われました。バロック? クヴァンツとかテレマンとかヴィヴァルディとかバッハとかですか? それって美味しいの?(笑)

2011年6月 8日 (水)

ハバネラ隊は色男

歌劇団の練習に行ってきました。今回は、発表会直前と言うことで“発表会直前特別練習”と銘打って、いつもとは、ちょっと違う練習をしました。

 まずは、ハバネラ隊の練習からです。先生から楽譜をいただいて、歌う箇所を教えてもらったら、軽く先生の指導を受けて、各自で音取りをし(この時、iPhone大活躍。ピアノアプリを入れておいて大正解ですよ)、だいたい取れたところでソプラノさんを入れて合わせてみました。で、まあ、だいたいOKとなったので、ハバネラ隊は、会場の外に出て、演技を考えました。

 ハバネラ隊のキャラは、無職でヒモのような男たちだけど、基本的には色男という設定。女たちは大勢いるのだけれど、カルメンのような上玉に声をかけて、なんとか“お持ち帰り”してもらうとコナをかけているという事にしました。

 で、一通り、演技方針が固まったところで、今度は演技も入れて、またソプラノさんと合わせ。何度か演技上のダメ出しがあって、とりあえず形になりました。本番まで、忘れないといいのですが…。

 今回は「フニクリ・フニクラ」のリードヴォーカリストさんがいないので、フニクリ隊はお休みでした。

 私たちハバネラ隊が外で打ち合わせをしている間に、歌劇団のメンバーは、入れ代わり立ち代わり、舞台に上がって、各自のソロ曲や二重唱を歌い、先生や団員の他メンバーさんから色々とチェックをしてもらったり、アドヴァイスをいただいたりなど、本番に向けての最終調整を行いました。

 歌劇団のメンバーは、ソロ曲でも二重唱でも、歌う時に演技が要求されます。棒立ち歌唱は許されません。

 もっとも、演技と言っても、そんなに本格的なものではなく、歌う曲のキャラクターに成りきって歌いましょうって程度の事です。ま、歌うだけでも精一杯なのに、自分とは別のキャラクターに成りきって歌うというのは、ある意味、大変だし、人によっては、恥ずかしい事なのかもしれません。でもまあ、頑張ってゆきましょう。オペラアリアは、合唱曲でもなければ歌曲でもなく、必ず、その曲を歌っているキャラクターが決まっているわけだし、その歌が歌われている場面の設定というのがあるわけで、それを歌に反映させて歌った方が、絶対良いに決まっているんだから…ね。

 ハバネラ隊の合わせが終わったところで、私も本番プログラム通り、二重唱とアリアを連続で歌いました。

 出来ですか? そりゃあもう…最善を尽くしましたよ。最善ね、サイゼン…。もうさすがに、この時期ですから、どんだけ深く撃沈しようと、どれだけ派手に大破しようと、先生も何も言いませんし、私ももう腹をくくってます。

 後は、なるようになれ、です。…しかし、とても人に聞かせられるような出来ではないです(涙)。ううむ…。ま、まだ、本番まで、後一回だけど、レッスンがあるので、まだまだ諦めないぞっと。

 今回はハバネラ隊の打ち合わせなどもあったので、メンバーの練習を全部聞けたわけじゃないのですが、皆さん、発表会に向けて、着実に仕上がっていますね。(自分の事は横に置いておいて)発表会が本当に楽しみです。

 休憩時間には、来年の歌劇団主催行事の話をしました。

 さて、休憩を入れたところで、ピアニストさんが来られましたので、残り時間は「乾杯の歌」の特訓となりました。

 今回は本番どおり、シャンパン入りのグラスを手にして(本当はシャンパンではなく、お茶です。当日はスポーツ飲料にするかもしれません)、歌と言うよりも、演技の練習をしました。ちなみに、私の役は“50才前後で(この舞踏会を主催している家の)主人”なので、団員の皆さん(全員、舞踏会のお客さんです)をエスコートしながら歌います。ちなみに、ピアニストさんは、私の妻役で、一緒に舞踏会を主催しているという設定です。お客さんは、舞踏会に慣れた貴婦人もいれば、この舞踏会がデビューという初々しいお嬢さんもいるし、若いツバメを探しにきた熟女もいれば、営業活動にいそしむ娼婦もおります。皆さん、それぞれの役に成りきって歌います。

 と言うわけで、泣いても笑っても、後は本番の発表会を待つばかり。お客さんによろこんでもらえるようなパフォーマンスをしたいものです。

 頑張っていきましょうね。

2011年6月 7日 (火)

本番直前のアップは、どうするの?

 声楽のレッスンに行ってきました。もう発表会まで、ほんの数えるばかりの日にちしか残されていません。

 そんな、本番間近なレッスンなので、発声練習は無し。その代わり、本番に向かってのアップの仕方をチェックする…という事でしたが、実は私、本番前に何をどうやってアップしたら良いか分からない人でした。実際、前回の声楽の発表会の時も、何もしないまま舞台に上がったわけだし、おそらく、今回も何もしないまま舞台に上がるんだろうなあ…と思います。

 何もしないまま舞台に上がって大丈夫なのか? と尋ねられれば、そんなわけはないのですが、本番直前のアップを手伝ってくれる人がいるわけではなく、楽器があるわけじゃなく、下手すると声出しできる環境じゃなかったりするわけでしょ。一体、何をどうすればいいわけ?

 と言うことで、アップの仕方のヒントを色々といただきました。

 まず、声出しは不可という前提にしておきます。声は前日にたっぷり出しておいて、当日は軽めの発声程度が良いのですが…声出しできる状況だと、ついつい歌いすぎてしまうキライがあるので「原則、声出し不可、出来てもごく軽く」が良いでしょうね。

 となると、アップは声出し以外の事をするわけです。と言うわけで、体をきちんと動かしてほぐすから始めます。先生は、思いっきり筋トレをしちゃうそうですが、本番直前に筋トレして疲れたら、私の場合は逆効果かな?って思います。しかし、そこそこ激しい運動をして、血行を良くする事は大切だと思います。心拍数をあげられるような運動を本番直前にする事は大切ですね。何か考えておきましょう。

 また、全身の筋肉をほぐす事は大切ですが、とりわけ、体の背面の筋肉を重点的にほぐす事は大切です。背中とか腰とか肩甲骨周辺を念入りにほぐしましょう。

 その上で、副鼻腔を開ける練習が必要なのだそうです。しかし、実は私、こいつがよく分からない。先生はハミングから副鼻腔を開ける見本を見せてくれたけれど、それではイマイチ、ピンと来ないんだな。これはおそらく、副鼻腔に声を響かせるという感覚が、まだ十分に自分のものになっていない事の証なんだと思います。

 アップの仕方を色々と検討したところで、アリアを歌ってみました。ま、いつものように撃沈。それどころか、ところどころ声が割れてしまったり、オクターブ上や下の声まで混ざる始末。…明らかに、人前で歌っていいレベルではないです。どうも、ここ一カ月ばかり、私の歌に、進歩発展が見られず、ずっと停滞しています。発表会までに、状況が好転する兆しが全く見えませんねえ…。

 ダメな理由を色々と考えてみました。先生がおっしゃる事をまとめてみると…1番は良いのだけれど、2番があっちこっちダメ。おまけに、2番の前半で歌いきっている感じがする。だから、最後のカデンツァを含んだ2番のサビの部分が歌えるはずがない…って事になります。だから、まずは、2番を1番同様に、楽に歌えるようにしてくる事を目指してみましょうって事です。

 本番まで時間はありませんし、間に合わないかもしれませんが、それでも、やれる事を精一杯やってみましょう。

 私が思うに、2番が歌えない理由は、1番のサビの部分で、すでに失敗しているんじゃないかな。つまり、1番のサビで全力を使って歌いきっているので、そこでガス欠になり、ガス欠になった状態で2番に突入するわけだから、2番は自然な感じで歌えなくて、思わず力の限りに無理やり歌ってしまい、貯金すら使い果たしてしまうわけで、2番のサビに入る前に力尽きてしまうので、2番のサビなんて難所が歌えるはずがない…って事です。

 このアリアが1番で終了って事になれば、万事OKって事です(ありえないなあ…)。

 ならば、次善の策として、1番のサビを全力を込めて歌いきらない事かな? サビだけれど、盛り上がりに欠けるけれど、なるべく力を抜いて楽に楽に歌って体力温存を図り、、そのまま2番も楽に楽にフワフワした感じで歌えれば…いいんじゃないの?

 さらに、カデンツァもその流れで、楽に楽に歌って、最後の“si puo morire”で爆発させればいいわけだ。

 …理屈で考えればそうだし、口で言うだけなら簡単だよね。問題は、それができるか…ですね(涙)。

 本日の課題
 1)本番前のアップを考えておく
 2)副鼻腔を開ける練習を考える
 3)力まずにノホホンと最後まで頑張らないで歌えるように、頑張ってみる

 ああ、難しい(涙)。この調子だと、本番の録音をネットにアップできないかもしれない(ってか、ちょっと無理っぽいです)。

2011年6月 6日 (月)

息はあんまり強く吹き込まない事

 この注意は、よく笛先生から受けたよなあ…(懐)。

 H先生のレッスンでは、ロングトーン練習を、その時々でその場にいる人全員でやっています。複数の人間が集まってロングトーンをすると……まあ、音がうねるわけですよ。フルートって奴は、奏者自らが音程を作りにいかないと、音痴になる楽器ですから、まあ、これはある意味、仕方がないわけです。

 私は笛先生に、この“音程作り”は熱心に仕込まれているので、結構、無意識のうちに音程を合わせにいきますので、H先生になってから、音程で注意されたことは“まだ”ありません。とりあえず、初級レベルの音程調整はクリアしているみたいです。

 先生によって、物事を教える順序と言うのは色々あるわけで、H先生門下では、この音程作りは、初級レベルではやっていないようなのです。だから、私よりもうんと先の課題をやっているような方でも、この音程合わせがちょっと苦手のようなんです。

 この前もロングトーン練習をしていると、壮大にうねっていました。「うわー、耳が壊れそう…」と心の中で叫びながらも「これも修行のうち、これも練習のうち」とつぶやいておりました。

 あんまりウネリがひどかったので、先生がある方(この方がウネリの原因だったわけです)に「ちょっと、フルートを見せてご覧なさい」とおっしゃって、その方のフルートを手に取ったところ「頭部管を抜きすぎているよ。こんなに抜いちゃダメだな。頭部管は、もっと奥まで入れる事。あなたは、頭部管を抜きすぎて低くなったフルートに、思いっきり息を吹き込んで、無理やりに音程をあげて吹いているから、うまく合わないのです。そんなに強く息を吹き込んではいけませんよ。(別の生徒さんに向かって)頭部管の抜き具合を教えてあげてください」という指導をしていました。

 そう言えば私も笛先生から「すとんさんは、息、強すぎ。フルートはもっと楽な息で吹けるんですよ」とか「すとんさんは、頭部管抜きすぎ。そんなに抜いたら、ラ以外の音が全部狂ってしまいますよ」って、何度も注意されたっけ。それで、少しずつ少しずつ直っていったんだよねえ。

 フルートにチューニングと言うのは、基本的にはいらないのです。

 まあ、季節によって気温が違うし、場所によっても気温が違うから、その気温分の違いを頭部管の抜き差し量で調整するのであって、頭部管の抜き差しでチューニングするのは、たぶん、間違い。さらに言えば、その抜き差し量だって、あまり変えたら、チューニングで合わせた音(AとかBbとか)以外の音が狂ってしまうので、原則的には、頭部管の抜き差し量は5mm程度にし、後は、耳で聞いて、音を曲げて調整していくのが、本来のやり方です。

 そういう意味では、フルートって、音程を楽器任せにせず、奏者自らが音程を作っていく楽器なわけです。そこんところは、ピアノとは違うわけだな。ま、音程を作ると行っても、ヴァイオリンや声楽のように、本当に何も手がかりのない状態から作っていくわけじゃなく“運指”と言うのがあるわけで、そこを一つの基準として、後はそこから微調整だから、音程を作るといっても、楽なもんだけれどなあ…。

 ま、とにかく、フルートって、本来、そんなに大きな音が出る楽器じゃないし、息のエネルギーの強い音が、よく聞こえる音じゃないし(むしろ、息のエネルギーは少なめにして、倍音をたっぷり出した響きのある音の方が、よく聞こえるんだよね)、それにたくさん息を吹き込んでいると、疲れちゃうし(笑)。ま、ほどほどの分相応な音で楽しむというのが、素敵なフルートライフじゃないかなって思います。

 こんな、まとめで、今日のところは勘弁してください(爆)。

2011年6月 5日 (日)

iPhoneは果たして電話機なのか?[2011年6月第1週・通算17週]

体重:100.6kg[+-0.0kg:+0.2kg]
体脂肪率:30.1%[+-0.0%:-0.1%]
BMI:31.8[+-0.0:+0.1]
体脂肪質量:30.3kg[+-0.0kg:-0.5kg]
腹囲:100.0cm[+3.0cm:+2.5cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 体重は…高値安定ですね。ま、想定の範囲内と言うか「増えてなくてよかった」と言うべきか。とにかく、今はダイエットをしていないわけではないのですが、かなりユルメにしております。と言うのも、今、キツメのダイエットをして体調を崩すわけにはいかないからです。なので、しばらくは“高値安定上等!”の精神で参ります。7月に入ったら、少しマジでダイエットをしようかなって思ってます。

 さて、今週のエッセイです。

 私のiPhoneは、4の32GBモデルです。機種変更の上、ポイントが利用できたので、実質タダでしたが、iPhone単体の本当のお値段は、57600円なんだそうです。つまり約6万円です、これを安いと思うか、高いと思うか…難しいなあ…。

 さて、iPhoneは「○○もできる電話機」なのか「電話もできる○○」なのか? 電話として購入した私ですが、ここ数日使って感じた事は、意外に電話としては、使っていない事です。だって、電話、つまり会話とかメールのやりとり等よりも、圧倒的に他の目的のためにiPhoneを使う事の方が多いから(笑)。

 それに冷静に考えても、iPhoneの仲間には、iPod touchと言う、電話のできないiPhoneもあって、こいつにも一定数の需要があるという事からも、iPhoneに電話以外の機能を求めている人が多いって事が分かります。

 と言うわけで、iPhoneの魅力の主要な部分は“電話以外”の部分です! …と、とりあえず断言しておきます(笑)。

 んじゃあ、その“電話以外”の部分ってなあに?っと言われれば、それはずばり、モバイルコンピューティングって奴じゃないのかな? いや“モバイル”と言うよりも、感覚的には“ウェアラブル”かな? iPhoneの“ウェアラブル・コンピューティング”な部分が人の心を引き寄せるんです。

 例えば、ツィッターをやる人にとって、iPhoneは最強ツールでしょう。外出先でワンセグテレビを見る気にはならなかった私ですが、外出先でメールチェックやネットサーフィンはしますよ。ノートパソコンを出先に持って行っても、同様の事ができるかもしれないけれど、ノートパソコンとiPhoneじゃあ、そのお手軽さが全く違うわけです。それにまた、iPhone用のアプリはなかなか充実していまして、これが本当に便利なんですよ。

 ってわけで、ウェアラブル・コンピューティングの部分が、iPhoneの最大の魅力の一つ、って事でよござんしょうか?

 そうなると、それだけを味わう人がいても不思議はありません。ウェアラブル・コンピューティングだけを楽しむなら、電話回線&キャリア契約なんてナシにして、いっそiPod touchにした方がすっきりしていいじゃんと言う人がいるかもしれません。特に、現在、ホワイトバンク以外の携帯会社と契約している人にとって、二つの携帯会社と契約を結ぶのって、なんかイヤですよ。そうなると、電話&メールは、今の携帯電話をそのまま使いつづけて[iPhoneじゃなくて]iPod touchにすれば、ソフトバンクと契約をしないでも使えるじゃん…と思いますよねえ~。さらに言えば「いや、電話はスカイプで十分だから、携帯会社との契約そのものも、いらないや」という人がいても不思議ではありません。確かに、iPod touchで電話ができるなら、iPhoneなんていらないでしょう。

 現実的に、それが可能で、それで正解な人もいると思います。それはどんな人かと言うと、Wi-fi環境に恵まれている方です。

 要するに、ウェアラブル・コンピューティングの必須条件の一つに、ネット接続があると思います。逆に言うと、ネットにつながっていないスタンドアロンのコンピューターじゃあ、ウェアラブル・コンピューティングのおもしろさを満喫できないって事です。だから、ネット接続さえ確実にできれば、どのような手段でネットに接続しようと関係なく、楽しく利用できるわけだし、複数のネット接続の方法があるなら、より快適な接続方法を選んだ方が幸せになれるという話です。

 現実を直視するなら、iPod touchのネット接続はWi-fi接続のみと考えていいでしょう。一方、iPhoneの方は Wi-fi + 3G のふたつの接続回線があるわけです。

 ここから先は住んでいる地域によって事情が違うでしょうから、一概には言えないだろうけれど、少なくとも私の生活環境では、Wi-fiはまだまだです。なので、もしも私がiPhoneではなく、iPod touchを購入していたら、これほど夢中になっていないし、道具として使う気持ちになれなかったと思います。

 だって、Wi-fiなんて、自宅の書斎(ここにWi-fiルーターを設置しました)と居間でしか使えないもん。ウチの中でもあっても、寝室にはWi-fiの電波は届いていない(涙)ので利用できません。居間でさえ、かろうじてWi-fi回線はつながっているけれど、YouTUBEなどは見れません(回線が不安定なので、止まります)。もちろん、外出先でWi-fiのノラ電波を拾える事は、まずありません。たまに見つけるWi-fiの電波も、鍵がかかっている事が大半で、利用する事はできません。なので、私がiPod touchを所有していたら、利用できるのは、我が家の書斎と居間だけで、外出先でネットに行く事はまずありえません。

 毎日、書斎で必要なファイルをダウンロードして、それを持って、毎日、お出かけして楽しむ? ううむ、そんな面倒な事、想像すらできません。

 Wi-fiは通信速度が早くて良いのですが、その恩恵に預かれる範囲が本当に狭いのが欠点です。だいたい書斎や居間でなければ、iPhoneが使えないなら、あまり意味ないです。少なくとも書斎にはパソコンがあるから、iPhoneは不要です。

 なので、iPhoneで電話をかける事は少ないのですが、3G回線(電話回線)は、私の環境では必須ですね。3G回線があるから、寝室を含め、我が家のどこででもiPhoneができるし、出先でネットが使えるわけです。

 だから、電話回線が必須なiPhoneは、ずばり“電話機”なんです。電話として使用される頻度は、人によっては少ないかもしれないけれど、電話回線とつながって始めて、その威力を発揮するわけですから、iPhoneは電話機なんです。

 なので「iPhoneは果たして電話機なのか?」という問いには「はい、そうです。ウェアラブル・コンピューティングのできる電話機です。ただし、会話よりもデータ通信目的で電話[回線]を使用する事が実に多いですが」と答えます。

2011年6月 4日 (土)

ジュナがやって来ました

 カグヤが星になって“やっぱり赤が足りない”我が家の水槽に、またも“赤い子”を迎え入れることにしました。今度の子は、ジュナと言います。ブニョやカグヤと同じ“素赤和蘭獅子頭(すあか・おらんだ・ししがしら)”です。

 ジュナという名前は愛称です。本名は珊瑚樹茄子(さんごじゅなす)と申します。ちなみに、珊瑚樹茄子とは、トマトの古名だそうです。トマトのような真っ赤な金魚ちゃんって事で命名してみました。…本当はトマトと言うよりも、ニンジンって感じなのですが(笑)「ニンジンは嫌」という妻の希望でトマトちゃんこと、ジュナさんになりました。。

 カラダはカグヤよりも二まわりほど大きくて、チグのだいたい半分ぐらいかな? お値段も、カグヤよりちょっと高い2870円の子です。金魚屋でも、売り場が違っていて、カグヤは駄金[という言い方もどうかと思うけれど]売り場の子でしたが、ジュナは高級魚売り場の子です。駄金(だきん)と言うのは、別名“ハネ”とも言われる子で、つまり松竹梅で言えば、梅クラスの子の事です。ジュナは竹クラスですね。

 ちなみに、ジュナは、二週間ほど前の、カグヤをウチに連れてきた日には、お店にはいなかった子です。あの時、カグヤとどっちを飼おうかと悩んだ子は…まだお店にいました。

 ジュナの特徴は…とにかく目がデカいです。きっと巨大魚に成長するんだろうなあ…。でも、その大きな目がロリロリしていて、かわいいですよ。そんなロリロリの上に、動きがキャピギャピしていますので、実にカワイイですよ。とにかく、病気もせずにスクスクと成長していって欲しいです。

2011年6月 3日 (金)

テレビドラマ「Glee/グリー」から、日本の合唱の未来について考えてみた

 最近の私が毎週楽しみにしているドラマが「Glee/グリー」です。

 アメリカで製作されている連続テレビドラマで、以前から、すごく人気の高い音楽系のドラマだという情報はつかんでいました。それもハンパ無い人気ドラマで、あちらではゴールデングローブ賞なども多数獲得しているほどの超人気作なんだそうです。

 それが日本では、CS放送のFoxチャンネルで放送されていました(すでに第1シーズン[公式サイトはこちら]は放送終了し、現在は第2シーズンを放送中)が、その放送は吹き替えではなく、字幕放送でした。私は字幕ドラマ/映画がキライ(笑)な人で「海外ドラマは吹き替えに限る!」と信じているので、興味はあったけれど、当時は華麗にスルーしてました。それに番組タイトルも「glee/グリー 踊る♪合唱部!?」という、ちょっと垢抜けないタイトルもスルーした原因だったりして(笑)。

 ところが、今年の四月から、NHKのBSプレミアムで、番組タイトルをオリジナルの「Glee/グリー」に戻し、旬の声優たちを使った日本語吹き替え版(公式サイトはこちら)を放送するようになったので、さっそくチェックしてみたところ、すっかり心が奪われました(爆)。

 いいねえ…これ、おもしろいよ。詳しくは公式サイトを見るなり、DVDを見るなり(第1シーズンはすでにDVD化されています)してもらうにして、こういうのが、21世紀のアメリカの部活の合唱部なんだねえ…。もちろん、ドラマだから、美化されていたり、デフォルメされていたりする部分も、当然あるんだろうけれど、日本の学校合唱部事情と全然違うのがおもしろいです。

 NHKでたまに放送される、ギャレス・マローン先生のドキュメンタリー(「クワイア・ボーイズ」ではランカスター校で少年合唱団の設立し、「合唱団を作ろう」ではサウスオキシー合唱団を作り、最新作の「ユース・オペラに挑戦」では、地元の下層階級のティーンエイジャーたちを集めて、グラインドボーン[イギリスの一流オペラハウス]で行われる新作オペラのコーラス隊として出演させちゃったと、実に大忙しなギャレス先生です)でも、薄々感じていたんですが、世界の合唱の流れと、日本の合唱の主流は、だいぶ前から乖離しているのではないでしょうか?

 無論、世界の合唱シーンが正しくて、日本のそれが守旧的でダメと言いたいのではありません。ただ、日本に限らず、どこの国でも、ヨーロッパやアメリカにおいてさえも、合唱という音楽そのものが衰退しているわけだし、とりわけ、若者に受けない音楽に成り下がっている事は分かります。

 こちらでは、かつてはどこの学校にもあった合唱部が無くなってしまって久しいですし、市民合唱団もドンドン高齢化し、活動停止を余儀なくさせられている団体も多数あります。かつては隆盛を誇った男声合唱団も、実に数えるほどしかありません。混声合唱団もかなり厳しい…。かろうじて元気なのは“おかあさんコーラス”ぐらいでしょ?

 おそらく、そんな現象は、あちらでも同じ事だと思います。ただ、あちらでは衰退する現状に手をこまねいているのではなく、なんとかして合唱を現代化し、時代に即した音楽に変化させ、若い世代の人間に合唱の灯火を受け継いでもらおうとしているのではないでしょうか?

 そういう現実があって、だからこそ、ギャレス先生の一連のドキュメンタリーが製作されているのだろうし、同様の流れがあって、アメリカでは「Glee/グリー」が製作されているのではないでしょうか? つまり、今や寂れかけた合唱が、少しカタチを変えて、盛り上がり始めている? だから「Glee/グリー」が世界的にウケている現状は、少しずつ世界の合唱シーンが変化しつつある、そんな兆しの現れ…なのかもしれません。

 「Glee/グリー」で描かれている合唱は『ショウ・クワイアー』というジャンルの合唱らしいです。たしかに、これなら若者に受けるだろうし、やりたがる子もいるでしょう。

 でも、この手の音楽は、いわゆるクラシック音楽ではなく、ポピュラー音楽なんです。だから日本の学校の先生たちには、ウケないでしょうし、既存の合唱団体の指導者たちも避けて通るんじゃないかな? 少なくとも、今の日本の学校合唱部で、これを部活としてやるのは無理かもね。と言うのは、20年ほど前にゴスペル(黒人霊歌を主体とした合唱)が流行った時も、あの流行を当時の合唱団体はうまく自分たちのものにできなかったわけでしょ。

 それはある意味、仕方のない話で、日本の合唱界には、その手の音楽が得意な指導者が少ないでしょ。だって“蛇の道は蛇”であって、ポピュラー系の合唱指導にはポピュラー系の音楽指導者が必要で、音大を出ただけの教員や、ガチガチのクラシック指導者では、とても歯が立ちません。

 「合唱=クラシック音楽」と考えがちな日本の合唱人には、ちょっと厳しいジャンルの音楽だったのかもね。

 でも、私は諦めてませんよ。あれから一世代ほどの時間がたちました。世代が変わるって、世界が変わるって事でもあります。

 と言うのも、あの当時と今では、少しずつですが、合唱界の方向性も変わってきたと思います。例えば“おかあさんコーラス”などでは、ゴスペルのようなダイナミックな音楽を歌う団体も増えてきたし、ショウ・クワイヤーと言うほどでもないけれど、振り付けのある合唱がドンドン普及しています。若い世代に目を向けると、フジテレビ系でたまに放送する「ハモネプ」があるじゃないですか。あそこは、アカペラ合唱という縛りはありますが、J-POPを自分たちなりに合唱にアレンジして歌っています。

 いわゆる“ザ・合唱曲”は敬遠されても、J-POPなら、今の若者たちも声を合わせて歌いたいわけだし、カラダを動かしながら、踊りながら/演技をしながら、歌うことに目覚め始めた子どもたちがいるわけです。

 だから、この子たちがオトナになって、指導する側に回った時に、日本の合唱も変わるかも…しれません。

 世代交代が色々なところで進めば、世の中は確実に変わっていくでしょう。今から1~2世代後の時代になると、日本の子どもたちも、学校の合唱部で「Glee/グリー」のような、ショウ・クワイアーをやっているかもしれません。ああ、その時代まで生きていられないのが残念だな。

2011年6月 2日 (木)

実はミニオン・エチュードの1番は、すでに合格してました!(驚)

 フルートのレッスンに行ってきました。今回は、あのお上手な姉弟子さんが先に教室に入ってレッスンを受けていました…もとい、先生と二重奏をしていました。なんていう曲かは知りませんが、ちゃんとしたフルートのデュエットを、こうして聞かせていただけるなんて、いい勉強になりますね。それにしても、フルートの音色は人の心を癒しますね。私はすっかり癒されてしまって、曲の途中の記憶がありません(あれ?)。

 で、姉弟子さんのレッスンが終わったところでロングトーンなんですが、今回は先生は抜きで(先生、どうやら体調が悪そうです…早くお元気になってください)姉弟子さんにロングトーンのお稽古をつけてもらいました。

 それを端から見ていた先生から一つ注意を受けました。それは私の左小指の位置。左小指…Gisキー担当の指ですが、この指、私の場合、自然体で軽く曲げた状態でフルートを吹いています。なので、小指の位置がGisキーよりも下にあるのが常なのですが、それはダメだよと注意されました。左小指は、“常にGisキーよりも高い位置にあげておく事”なんだそうです。今の私のように、小指がGisキーよりも下にあると、Gisキーを押さえる時に、下にある指を一度キーの上まで持っていって、それからキーを押さえる事になるので、無駄な動きが多くて動作が遅くなるのでダメなんだそうです。常に最初からGisキーの上にあれば、即座キーを押さえることができるわけで…そういう事です。

 左小指を上に持ち上げ続けているのがシンドかったら、左薬指の上に乗っけてもいいよと言われました。…さて、どうしようかな?

 アルテのレッスンになりました。いつもやっていた「C-durのロングトーン」は無し、…あれ? 先生曰く「調が変わったら、もうやらなくていいよ」だそうです。

 本日はアルテ15課1章の7番と8番です。前回、なんか指がワヤクチャになっちゃった奴ですが、一応、一週間で帳尻を合わせておいたので、合格でした。なので宿題として「G-durのロングトーン」と1番(あれ、番号がリセットされているよ)の「音階準備練習」が出されました。よし、これも一週間で帳尻合わせしてやる(笑)。

 ミニオン・エチュードは1番を吹き始めたら「違う、違う、それはもう終わり」と言われました。ん? どうやら、私は気がつかなかったけれど、前回のレッスンで合格になっていたようでした(知らなかったなあ…)。なので、今回は2番です。…やっべえなあ~、練習は1番を集中してやってきて、2番なんて、極々サラリとしか譜読みしてないよ…。

 とにかく、2番を吹いてみました。まあ、最初だから、こんなもんでしょう。“スラーをきちんと吹く事”“タンギングでは音は切るけれど息は切らない事”“アウフタクトはしっかりアウフタクトだと分かるように吹く事”“エコーの部分[いわゆる、追っかけ]は、エコーの前で一度息を切り、弱音で演奏し、エコーである事を強調する事”“(中音ソから高音ミの)跳躍では、息を強めずに、下腹の支えだけで柔らかく跳躍していく事”“フルートはなるべく優しい息で吹いてあげる事”などの注意をいただきました。がんばるぞ。

 今回は私が一番最後のレッスンだったようで、レッスン終わりに、少し先生と世間話を(初めて)しました。しかし、話題がいきなり…加齢による体型変化とか、加齢による頭髪の密度の変化とか、加齢による視力の減退とか、いかにもオッサン臭い話題でした。ま、オッサン二人の世間話なんだから、そんなもんか(爆)。

2011年6月 1日 (水)

レチタティーヴォは、やっぱり難しい…

 声楽のレッスンに行ってきました。今回は、発声練習もしないで、いきなり、二重唱の練習をしました。それもレチタティーヴォを徹底的に、です。

 発声練習もしないで、いきなり歌うのは、ちょっと乱暴な気もしますが、いわゆる“本番”って奴では、十分な発声練習やら音出しやらができない事もあります(ってか、できません)。そんな中で、ポンと本番の舞台に出て、歌うわけですから、日頃から、大した準備をしないままでも、歌えるようにしておかないといけないので、こういう“いきなり歌う”という練習は必要ですね。…自宅練習でも取り入れてみるか!

 さて、レチタティーヴォは難しいですね。なにしろ、レチタティーヴォを歌っている時は、オペラの中の時間は動いているわけで、レチタティーヴォの間は、歌手は歌手であると同時に俳優もやらないといけないわけで、歌にも演技にも集中していないといけません。なので、アリアを歌うのとは、また違った難しさがあるわけです。

 例えば…レチタティーヴォの時は、お話が動いていますから、歌手も演技しながら(つまり、動きながら)歌いがちですが、実はこれはあまり良くないのです。やはり、演技をしている瞬間と、歌っている瞬間は、細かく分けて、それぞれに集中した方がよさそうです。つまり、原則的に“動きながら歌わない事”です。動きながら歌うと、動きも歌も流れてしまいがちなんですよ。

 だから「演技をしながら歌う」と言いますが、細かく言えば、まずは動きで演技をして、歌いだす直前に、動きを停止して、歌の時は、しっかり客席を見て歌で演技する事に集中した方がよさそうです。つまり、歌のフレーズとフレーズの間と言うか、間(ま)の時に動いて演技をして、肝心の歌の時は、止まって歌に集中するのがよさそうです。

 だから、二重唱で、相方に歌いかける場面であっても、ずっと相方を見たまま歌うのは良くないわけで、レチタティーヴォ的には、まず歌いだす前に相方を見つめるという演技をしてから、客の方に向き直って、相方への歌を歌い始めるのがグッドです。こういう、客を意識した手順って、何もオペラに限らず、普通に芝居なんかでも、似たような事をやっていると思います。

 レチタティーヴォを歌っている時は、歌に集中しているのは当然として、演技もしているわけだから、しっかりと役に入り込んでいる事は大切です。つまり、自分の役のキャラに成りきっておくわけです。自分が今演じているキャラなら、こんな時は、今は何を考えて、どんな行動をするか、いつも考えている事が肝心です。だから、相方が歌っている時は、相方の歌の邪魔をしてはいけない(&客の視線を集めてはいけない)のは当然だけれど、だからと言って、ボケーっとしていてはいけない、というわけです。

 レチタティーヴォは、音楽的には起伏に乏しいし、早口で歌われがちだけれど、だからと言って、決して流して歌ってはいけません。言葉の一つ一つと、それを話している人物のキャラを考えて、抑揚のつけ方を変え、声の強さを変え、話す速度や間の取り方も考えて歌うのです。レチタティーヴォを歌う事で、舞台でどんな芝居が繰り広げられているか、どんな人物たちがいるのか、と言った事を、客に分かるように伝えないといけません。

 だから、決して独りよがりで歌ってはいけません。自分では上手に演じているつもりでも、それが相方とかみあっていなければ、何も客には伝わりません。

 レチタティーヴォでは、自分のフレーズを歌うことで、次に来る、相手のフレーズを自然に引き出してあげないといけません。また、アリア直前のフレーズなら、次に歌うアリアの呼び水になるように歌ってあげないといけません。レチタティーヴォを歌う時は、常に、次に来るものを予期し、それを引き出してあげられるように考えながら歌うのです。

 そして、レチタティーヴォと言えども、しっかりメロディアスに歌わないといけないところは、しっかりアリアのようにメロディアスに歌うこと。逆に、演説調で歌うところは、しっかりと語り口調で歌うこと。レチタティーヴォにも、しっかりとしたメリハリをつけて歌う事が大切です。そして、作曲家が楽譜に書き表した意図をくみ取りながら、歌っていくわけです。ああ、難しい。

 ピアノ合わせの反省もしましたよ。私の場合、乱暴に歌いすぎる嫌いがありましたので、レッスンでは、ちょっと丁寧に歌ってみたら、今度は、発声の準備が遅くなってしまいました。準備が遅くなれば、力押しになってしまったり、音程が届かなくなってしまい、良くありません。ある意味“丁寧に歌うこと”と“準備を早くして歌うこと”は、相反する部分があるかもしれません。そこはうまい具合に落としどころを見つけてやらないといけません。要は、バランスが大切なんです。

 それと、先生と、発表会後の、ちょっと新しい企画について相談しました。来年あたり、ドドーンと大きな花火を打ち上げることになるかもしれません。門下の皆さんには、いずれ、ご相談申し上げたいと思います。

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