ひとこと

  •  なんかねー、最近、あれこれツイてないんです。あまりに小ネタ過ぎてブログに書くほどでもないのだけれど、なんかプチ不幸な日々が続いてます。なんかなー。

お知らせ

  • ●クラシックコンサートのお知らせをします。●10月8日(日)、茅ヶ崎市青少年会館ホールで行われます。今年のコンサートは、第1部ジュニア、第2部器楽、第3部声楽と、3部に分けて行われます。第3部の開演は15時20分となっています。●私は、第3部の10番として、トスティ作曲「Tristezza/悲しみ」とレオンカヴァッロ作曲「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」を歌い、次の11番目で、妻と一緒にレハール作曲「メリー・ウィドウ」より「A Dutiful Wife/従順な妻」の二重唱を歌います。私の登場時刻は、およそ16時30分前後になる予定ですが、あくまでも予定であって、これより早くなることもあるし、遅くなることもあります。●入場料は無料の千客万来系のコンサートです。ただし、例年までは市民文化会館で行われていましたが、今年は工事中となって、古い公民館系のホールで行われます。●会場的には、古くて小さい上に設備的にも??がつくような会場で「ここで歌うのはヤだな」という理由で、多くの方々が参加を取りやめたというほどの会場です。私も、練習で使用するならともかく、ここに人を招待して…となると、躊躇せざるをえません。なので、会場までお越しいただく事は望んでいませんが、もしよかったと、どこか遠くの空から、無事に歌えることを祈っていただくと感謝です。
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2011年4月の記事

2011年4月30日 (土)

歌わない練習で、歌が上達するんです

 ゴールデン・ウィークです。実は、ひっそりと、昨日から“ゴールデン・ウィーク特別進行”に突入した、老犬ブログでした。と言うわけで、本日は土曜日で、本来は「金魚の日」ですが、変則進行でいきますよ。

 とにかく、ここんところ、声楽のレッスンが立て続けにございますので、まずはレッスン記録をアップしたいと思います。

 では、参ります。

 まずは、前回のレッスンのリベンジから。そう、アリアの歌詞をきちんとセリフとして読める…ってあれです。あれのリベンジからレッスンが始まりました。

 結果は…まだまだ足りませんでした。それでもだいぶ前回よりは、イタリア語のセリフらしくなってきましたが、まだ全曲分の暗唱(歌詞の暗譜ですわな)ができてませんでした。メロディが付いているなら、暗譜も楽勝なんですが、メロディ抜きでの暗記は、なかなか難しいですし、感情の入れ方も難しいです。

 でも、歌詞の暗唱ができて、始めて“暗譜できた”と言えるそうなので、頑張りますよ。次回のレッスンまでには、きちんと暗唱できるように頑張ってきたいと思います。

 ちなみに、なぜ「歌わずに歌詞読みだけをする」という宿題を、先生が出されたのか? その理由は…

 1)イタリア語をきちんとカラダに入れるため。

 2)力んで歌う癖を忘れさせるため。言葉中心で勉強して、歌も言葉メインで歌えば、自然と力まなくなるから。

 …なんだそうです。確かに、私には力んで歌う癖がありますが、力んでしゃべる癖はありません。しゃべりに発声がシフトしたら、そりゃあ力まずに済みますが…でも意識が歌モードに入ってしまうと、やっぱりまだ力んでしまうのが、難しいところです。

 私がなぜ力んで歌うのかと言うと…合唱をやっていたから…ですね。合唱のテノールをやっている人って、もちろん全員とは言わないけれど、かなりの数(それも下手くそを中心に)力んで歌う傾向があります。その理由は…、一つには、少ない人数(どの合唱団もテノールが一番人数少ないのです)で声量を稼ぐために、一人一人が大声で歌わないといけないから、ついつい力んでしまうのです。もう一つの理由は、高い声(テノールパートに高い声は付き物です)を勢いで力任せにして出すためです。

 上手な合唱団とか、指導者がしっかりしている合唱団に入っていれば別でしょう。また、もちろん、きちんと専門教育を受けているとか、そうでなくても、天賦の才能の持ち主とかも別です。本人に才能がなかったり(ま、私はこのパターンかな)、才能があっても、指導者がいなかったり、素人に毛の生えた程度の人間が指導していたり、ピアニストが指導していたり、テノール以外の声種の人が指導していたりする団では、多くの場合、テノールは放置プレイになる(テノールの発声指導って難しいんです)ので、みな自己流で歌うわけで、その結果、なんとか声量を稼ごうとし、なんとか高音を出してやろうとして、その結果、とりあえず、力んで歌う人が続出するわけです。

 一度身に付いた悪い癖は、なかなか取れないものです(汗)。いや、ほんと、癖を取るのって大変です。

 コンコーネは17番でした。この一週間、先生の言いつけを守り、しゃべる練習ばかりやっていたので、コンコーネの譜面を開くのは、本当に一週間ぶりでした。譜面を開いたら、きれいに曲を忘れていました(オッサンの記憶力なんて、そんなモンです)。ですから、必死に音符を追って歌っちゃいました。もう必死です。気合も何も、そんなもの、入れる暇も余裕もなく歌いました。結果、力まずに歌えたようです。で、力まずに歌えたのでOKになりました。

 世の中、何が幸いするか分かりませんが、まさに、先生の目論見どおりになりました。

 その調子でコンコーネ18番に行きましたが、こちらは、完璧にメロディを忘れていました。いやあ、人って、ここまでモノを忘れられるんですねえ(遠い目)。…当然、ボロボロでした。(次回のレッスンではコンコーネはやらないので)次々回は18番と19番が宿題になりました。譜読みをしっかりして来ないと…。

 さて、アリア。アリアは歌だから歌うのだけれど、しかし、しっかりとしゃべりながら歌うこと。メロディを歌うことも大切だけれど、やはり、言葉をしっかりとしゃべる事が歌でも大切です。なぜなら、歌だから(笑)。器楽じゃないんだから、言葉を生かして、しっかりしゃべって歌わないとね。

 とにかく、言葉をきちんとしゃべりながら歌うと、たとえ特定の音での発声をヘマしても、言葉を言うことで、ヘマったポジションがすぐに元に戻り、ヒドイことになりづらく、リカバリーが容易になるそうです(実際、そうでした)。今回、しゃべりながら歌ってみたら、割と出来がよかったそうです。途中、数カ所でヘマをしましたが、すぐにリカバリーがかかり、大事故にならなかったようです。と言うわけで、カデンツァの直前までは、まあまあの出来だったそうです。

 つまり、残った問題は…カデンツァ部分ですね。はあ~、どうしましょう。

 まあ、しゃべる練習は効果大という事が分かったので、まだしばらく……少なくとも、次のレッスンまで、やっぱり歌わないで、歌詞読みの練習だけを続行する事となりましたので、がんばって、歌わない練習を継続します。

 そして、二重唱。こちらも、とにかくしゃべる練習です。二重唱は芝居なので、感情を入れてしゃべるわけです。

 今回のレッスンは、レチタティーヴォを中心に、言葉周りを徹底的にやりました。言葉を、よどみなくしゃべるのはもちろん、言葉と言葉の間、セリフとセリフの間を、大切にするように言われました。とにかく、性急になり過ぎないこと。余裕を持って、しゃべる事に気をつける事。とにかく、レチタティーヴォはセリフ唱なので、徹底的にしゃべり倒す事が肝心なのです。

 二重唱はレチタティーヴォだけでなく、もちろん、歌(アリア)の部分もあります。

 二重唱の中で、テノールの歌の部分は、二回あるけれど、最初の時は、まだ二重唱の途中なので、良いメロディだけれど、まだ歌い上げることはしないで、楽に流し気味で軽く軽く歌ってみること。まだまだ芝居は序の口だから、盛り上げ過ぎない事が大切です。テクニック的には、ブレスの回数を減らして、なるべくゆったりと滑らかに歌うことが肝心です。

 二度目の歌パートは、歌だけれど、メロディーラインが今のラップのような感じで、とにかく言葉を畳みかけるタイプの曲なので、歌だけれど、歌うよりも、やはり、しゃべり中心で行くべきだそうです。つまり、結論を言えば、この二重唱では、テノールが歌い上げる箇所はないのです。え、そうなの? そりゃあ残念。(だから、二重唱なのに、短いバリエーションがあって、ほんの一瞬だけ、テノールが声をひけらかせる箇所があるのは……そういう理由だったんですね。)

 それに、ソプラノと一緒に歌っている箇所も、テノールを歌を聞かせると言うよりも、ソプラノ(こちらはかなり難しい事をやってます)のリズムキープのために、合いの手を入れているものと思う事…なんだそうです。つまり、出過ぎない事、が肝心って事ね。

 ま、歌い上げるのは、アリアで歌い上げればいいのだから、二重唱は、自分を抑えて、音楽優先で歌うように心掛けるわけです。うん、これも勉強、勉強、だね。

2011年4月29日 (金)

Godiegoはお好きですか?[2011年4月の落ち穂拾い]

 今月の落ち穂拾いも、ちょっと短めで申し訳ないです。ここ数カ月、目に見えて、ブログ力がダウンしている私でございます。記事は毎日アップできてますが、コメントの方がほとんどできていません。おまけに、今日のこの記事なんて、うっかり記事のアップを忘れてしまい、ご指摘受けるまでアップしてなかったりして…。なんかね~、ブログ倦怠期ですか?

 って言うか、以前の仲よくコメントを付け合っていたブログ友達がみんな、ブログやめちゃったんだよねえ~。世代交代なの? 友達のいない寂しい私でした(笑)。って言うか、ブログそのものが廃れた? もはや時代はブログじゃなくて、ツイッターとかフェイスブックなのかしら?

 ある日突然、ブログ辞めてフェイスブックに引っ越ししちゃったりして(爆)。

 
スランプに落ちたら

 人はたまにスランプに落ちます。落ちたその当事者は「自分だけ~できない(涙)」という気分になりやすいですが、実はスランプって、その道に進む限り、誰もが通り、誰もが転ぶポイントだったりします。ある意味、その道を進む人にとっての“通過儀礼的な苦しみ”だったりするのかもしれませんね、スランプって。

 スランプの脱出方法。それは…自分がスランプにいる事を忘れる…、いや、冗談ではなく、スランプって、本人にとっては大問題でしょうが、他人から見たら、単に“行き詰まっている”だけにしか見えないのです。その“行き詰まり”とスランプの違いって…自意識の問題じゃないかな? 自意識が高く自己イメージが高いと“スランプに落ちた”と感じ、それほど自意識が強くなく、自己イメージがほぼ等身大ならば「最近、不調だなあ…」で済むんじゃないでしょうか? だから、高い自意識を捨て去り、スランプにいる事を忘れることで、スランプはスランプでなく、単なる不調になり、無事にスランプから脱出できます(笑)。

 これで解決、一件落着だあ~。

 「ちょっと待った! それは言葉の誤魔化しだ~」とおっしゃるならば、根本的にスランプと向き合わないといけなくなります。

 スランプというものは、実は簡単に解決できるような問題ではありません。だいたい、簡単に脱出できるなら、誰もその不調を「スランプ」なんて呼ばないでしょう。

 だから、本気でスランプから脱出したければ、焦らずに、普通に普通の練習を重ねて地力をつけていくしかないんじゃないかな? 特効薬などないのがスランプの特徴です。地力をつけ、努力を重ねていくうちに、いつのまにかスランプから脱出している…のがスランプ脱出方法でしょう。学問に王道はありませんが、スランプ克服にも王道は無い…と私は思います。

 だから、とにかくスランプに落ちたら、気長に、焦らず、じっくりと問題に対処していくしかありません。あるいは、スランプそのものを忘れる事だね。

 大丈夫、あなたが認めようが認めなかろうが、スランプというのは、必ず脱出できるものですから、努力を積んでいけば、やがて時が解決しますよ。

 
分かっちゃいるけれど出来ません

 素人というの者は「分からないし出来ない」、プロや上級者は「分かるし出来る」。問題は我々アマチュア愛好家の場合は、何事においても「分かるけれど出来ない」タイプと「分からないけれど出来る」タイプの二つのタイプがいるようです。前者が凡人で後者で天才ですね。

 多くの人は凡人だから、分かっていても出来ないのですよ。それは単純な話『そういう経験がない/少ない』事と『カラダが出来上がっていない/筋肉が未発達』と『神経回路がそのようにつながっていない』という三点の理由があると思います。なので、まずは『分かる事』が先にやってきて、しかるのちに『出来るようになる』事が、普通の手順だと思います。

 何もこの話は音楽に限ることではありませんが、音楽はカラダを使うものですから、訓練されているかどうか、つまり、自分のカラダをうまくコントロールできるかどうかって、とても大切な要素なんだと思います。たので、「出来ません」→「分かっちゃいるけれど出来ません」→「出来ます」という手順を踏んで、上達していくのだと思います。
 
 
今月のお気に入り 「タケカワユキヒデ HOME RECORDING DEMO ARCHIVE SERIES VOL.1」

 皆さん、ゴダイゴは好きですか? 私は大好きです。おそらく50前後の人なら、好き嫌いはともかく、皆さん、ゴダイゴの事、ご存じじゃないでしょうか? YMO登場前夜の日本のロックシーンにさっそうと登場して、1番は日本語、2番は英語の歌を歌いまくっていた、あの“ウワウワ・ラララ~”のゴダイゴさんです。

 ああ、懐かしい。

 あのゴダイゴのヴォーカル兼ソングライターのタケカワユキヒデ氏のデモテープ群が昨年から、発売されております。現在、8巻まで発売済みです。ま、いわゆる“アンソロジーもの”って奴です。

 耳タコになるほど、ゴダイゴ/タケカワ氏のアルバムを聴いた、あの頃のファンの方々にお薦めなのが、このアルバムです(逆に最近ゴダイゴの事を知ったという方には、全くお薦めしません)。

 デモテープ録音を集めて作ったアルバムですから、資料的価値はありますが、純粋に音楽作品として見た場合、はっきり言って、これ、世の中に出していいの?」レベルのものです。録音録音はショボいですし、アレンジなんて、有って無きがごとくです。あくまで、濃い目のファン向けのアルバムです。

 逆に濃い方には、すごくおもしろいですよ。「へえ~、こんな曲を書いていたんだあ」とか「最初はこの曲、こんな詩/メロディだったんだ」とか「この曲にアレンジをすると、ああなるのか」とか…ね。

 そんなお蔵だしアルバムが「HOME RECORDING DEMO ARCHIVE SERIES」なんです。おもしろいですよ。

 さて、そんなゴダイゴ/タケカワ氏ですが、実は今でもしっかり現役であります。今年(2011年)の2月に新曲「Walking On 」をリリースしています。こちらはこちらで、またまた、お薦めですよ。

 “Walking On ”、“Back In Time”、“Worlds Of Light”の三曲入りのCDです。 最初の2曲が日本語詩、最後の1曲が英語詩なんです。タイトル曲の“Walking On ”と、2曲目の“Back In Time”は、いわゆるタイアップ曲です。両方とも「ぶらり途中下車の旅」のエンディングソング[“Walking On ”が去年の暮れまで、“Back In Time”が今年の冒頭から]です。ちょっと聞いてみると、1曲目の“Walking On ”はゴダイゴっぽいのですが、2曲目の“Back In Time”はゴダイゴ作品と言うよりも、タケカワ氏のソロ曲っぽい印象です(ちなみに、作曲は、1曲目はミッキーで、2曲目はタケカワ氏&武川アイ氏)です。個人的には、実は英語詩の3曲目(トミー&タケの作曲)が一番のお気に入りだったりします。やっぱ、ゴダイゴは英語じゃないとね…という、ダメファンな私でした。
 
 
今月の金魚

 2011年4月10日(月) キッカ、星になる
 
 
今月のひとこと

 もうすぐ四月だと言うのに、例年なら、もう咲いていてもいいはずのサクラが、まだ小さなツボミのままだ。靖国のサクラは開花したそうだが、湘南のサクラはマダマダ。気候が例年とは違っているようだ…。(2011年3月30~4月1日))

 ようやくサクラのツボミが桜色になり始めました。気の早い花が一つ二つ咲き始めました。ようやく、春がやってきた…のかな?(2011年4月1~4日)

 夜桜を眺めながら帰宅しました。半分くらいかな~、咲いているのは…。これなら入学式の頃は、満開とまではいかなくても、いい感じのサクラになっているでしょうね。(2011年4月4~6日)

 書斎の蛍光灯を、今までのモノよりも消費電力の少ないモノに変更したら…やたらと明るい! 明らかに明るい! シロモノ家電も地味に進歩しているんだなあ…。(2011年4月6~10日)

 サクラが…満開っぽいです。まだ、花吹雪は散ってませんが、きれいに咲き誇っています。日本の春ですね。(2011年4月10~12日)

 サクラが散り始めました。サクラ吹雪が美しいです。葉も出てきたので、今年のサクラもそろそろ終わりです。週末までは…もたないでしょうね。(2011年4月12~14日)

 『子ども手当て』がようやく廃止になります。こんなデタラメなバラマキ政策など、最初からやらなければよかったのに…。『子ども手当て』実現のために、国の“タンス預金(彼らは埋蔵金と呼んでいた)”をばらまいたために、今になって震災復興予算が不足しているわけで、目先の事しか考えない人間の浅はかさが露呈したと思ってます。で、『子ども手当て』は廃止しても、それとバーターで廃止された各種控除は当然復活無しなので、子どもがいる世帯ほど増税されるという政策に、民主党が踏み切ったと言えるでしょう。この国は、国民が結婚をし、子どもを生み、育て…そのたびごとに生活が苦しくなる国になるようです。(2011年4月14~15日)

 今年のラ・フォル・ジュルネは、原発事故の影響のため、一度白紙にするそうです。せっかく、チケットゲット出来たのに……払い戻しだあ~。心から楽しみにしていただけに、実に実に残念(涙)。しかし、海外アーチストが来てくれないのでは、仕方ないでしょう、レベル7だもん。そりゃ、ビビるって。ラ・フォル・ジュルネそのものは規模縮小し、テーマ及び内容を変更(「タイタンズ」→「東日本大震災復興支援」)して、出演アーチストも入れ換えて行うそうです。せっかく内容変更して実行するなら、声楽とフルートをたくさん入れておくれ!(2011年4月15~19日)

 今年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの新しいテーマが「とどけ!音楽の力 広がれ!音楽の輪」と決まったようです。つまり、メインをブラームスからアラカルトに変更って事ね。開催場所も、ホールA,B5,B7が外され、新たにTOKIAのガレリア(昨年は周辺プログラムの会場として使用された場所ですね)が加わりました。詳しい事は、4月22日(金)に発表されるそうです。規模縮小はやむをえないですが、自粛で中止にならなくてよかったね。さあ、チケット争奪戦にまた加わるのか…、それはちょっと憂鬱だね。(2011年4月19~23日)

 ラ・フォル・ジュルネの新しいプログラムが発表になりましたね。てっきり、ポピュラー名曲が並ぶのかと思ったら、案外、タイタンな内容でちょっとガッカリ。だって、フルートや歌がほとんど無いんだもん。ああ、意気消沈。でも、うれしい事もありました。それは…内緒。だって、チケット争奪戦が激しくなるのはイヤだもん(笑)。(2011年4月23~26日)

 ラ・フォル・ジュルネの新プログラム、3戦3勝でした。つまり、完全勝利! いやあ、旧プログラムの時は、4戦2勝2敗でしたし、プログラム的にも、実は今回ゲットできたものの方が、好きな曲や好きな演奏家のものばかりなので、私的には「仕切り直し、サイコー!」って感じです。ぐふっぐふっ…、ああ、ゴールデン・ウィークが楽しみ楽しみ…。(2011年4月26~27日)

 「フルート吹きさんに100の質問」をウェブページにアップしました。こちらのページです。ぜひご覧ください。私自身の回答は…GW特別企画としてアップしたいと思ってますので、よろしくね。(2011年4月26~28日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

2011年4月28日 (木)

習い事をやめるタイミング

 H先生のフルートのレッスンに…行けませんでした。いやあ、夜の11時過ぎまで仕事で拘束されていたら、そりゃあ、無理だわな(笑)。習い始めて早々の欠席とは、H先生に“怠け者”と思われそうで、ちょっと悔しいです。私は基本的に、レッスンは休むどころか、皆勤を目指したい人なのです。これでも“音楽には真面目なタイプ”なんですよ。だから、なるべくレッスンをお休みしたくないのですが……仕事優先ですから、しゃーないです。今年は、こんな事が度々あるんだろうなあ…。ああ、去年までの“趣味三昧な日々”が懐かしいです…。

 で、ブログの記事を終わりにしてもいいのですが、それじゃ、老犬ブログっぽくないので、もうちょっと書きます。

 今日のお題は「習い事をやめるタイミング」についてです。始まりがあれば、終わりがあるわけだし、出会いがあれば、別れがあるわけです。ある日、一念発起して始めた習い事だって、いつかはやめる日が来ます。それが外部的な事情による不可抗力で止めるなら、ある意味、仕方ないですね。

 私のフルートは、最近、笛先生からH先生へと先生を変えました。ま、笛先生のところを“やめた”わけですね。これは、私の仕事が忙しくなり、先生がレッスンをやっている日に習いにいけなくなったという、外部的な事情が原因です。もっとも、その段階では、“やめる”のではなく“長期休止”のつもりでしたが、その後、先生ご自身がお引っ越しされることになったので“長期休止”が“やめる事”になったわけです。

 まあ、こういう原因でやめるのは、ほんと、仕方ないです。人生のアヤって奴です。

 私のように“仕事の都合”とか“引っ越し”の他に、“病気”とか“進学/就職/結婚”とか“家族の都合”とかの理由でやめるなら、まだ話は切り出しやすいですね。

 問題は…“経済的に苦しくなったから”とか“体力的にキビしい”とか“飽きた”とか“先生が嫌いになった/信用できなくなった”とかの理由ですね。これらの理由で習い事を辞めたという話は、よく耳にするけれど、やっぱり当事者的には、言い出しにくいですね。

 最初の“経済的に苦しくなった”は、失業したならともかく、そうでなく、この不景気で色々と家計が苦しくて、習い事にお金が使えなくなってやめます…ってレベルだと、ちょっと言い出しにくいですよね。だって、私も苦しいけれど、私がやめると、先生も苦しくなるわけだから、これは心が痛いですね。それを考えると「もう少し、頑張ってみるかな…」という気持ちになりますが、お財布と相談すると、やはり苦渋の決断をせざるを得なくて、それでもまだ、勇気を出して…言える…かな?

 “体力的にキビしい”は、もっと言い出しづらいですね。だって、この理由って、見方によって「怠け者」とか「根性無し」って思われるでしょ。そういう汚名をかぶるのって、特に私のような見栄っ張りの人にはキツいです。

 実は、私がヴァイオリンをやめた理由はこれです。仕事が忙しいのも理由だけれど、ヴァイオリンのレッスンって、行って帰って来るだけで半日がつぶれてしまうほどの重労働だったので、これからの事を考えて、やめました。これを先生に言い出すのは、ほんと、勇気が要りましたよ。でも、健康第一ですから、なんとか先生に飲み込んでもらいました。

 もっとも、その後、ヒイロ先生もお引っ越しされる事になり、当地を離れることになってしまったので、私が言い出さなくても、ヴァイオリンのレッスンはやめざるを得なくなったのですが…。

 そこに行くと“[音楽に/その楽器に]飽きた”場合は、どう言い出しましょう? 楽器店とかカルチャーセンターのレッスンのように、事務所が仲介し、習う期間もある程度決まっているものなら、その期間が終了した時に、契約を更新しなければいいわけです。これなら無問題です。また、いわゆる個人レッスンだと、ある日、パタリとレッスンに来なくなって、それっきり月謝も未払いで結果的にやめるという人もいるそうですが…強行手段って奴かもしれませんが、これは人間として、どーなんでしょーねー。

 でも、例えば、フルートの先生に「私、フルートに飽きたので、今月でレッスンをやめさせてください」って言えますか? 先生によっては「私のどこがいけなかったんですか?」とか言い出して、泣いちゃうかもしれないじゃん。うわー、気まずい。

 ましてや“先生が嫌いになった/信用できなくなった”場合は…やめる理由って言えますか? 

 でも、習い事を始めた以上、ある日、やめる日が来るものです。その理由は人によって違うでしょうが、やめる事には違いありません。

 やめる時は、満足してやめたいものです。少なくとも「やるだけやった」「もうここが私の限界かな?」「とても楽しかったので、次のステップに踏み出したい」という気持ちでやめたいものです。

 私がヴァイオリンをやめても、独学で細々と続けているのは、おそらく、こういった“満足感”がなかったからでしょうね。だから“やめるにやめられない”んです。だって本音で言えば、私、ヴァイオリンを続けたかったですよ。ヒイロ先生に不満はないのですが、通うのにもっと便利なところだったらよかったし、レッスンも定期的に行い、それに要する時間も負担にならない程度の時間で、先生がずっと当地にいらっしゃったら、まだまだレッスンに通っていたと思います。

 こういう事も、おそらくは“巡り合わせ”という奴なんだと思います。

 そういう意味で、私の“ヴァイオリン熱”は成仏してないんですよ。独学で細々と続けているのは、もしかすると“ヴァイオリン熱”のご供養をしているだけなのかもしれないなあ…と思う時があります。だとしたら、そう遠くない将来、ヴァイオリンを本当にやめてしまうかもしれません。

 でも、それはモッタイナイなあ。まあ、ミヤマ(楽器)は大した事ない楽器なので、やめても、それほどモッタイナくないのですが、カヅノ(弓)の方は…頭部管銀のフルートが買える程度の品なので、やめたら、モッタイナイですよ。ヴァイオリンをやめてしまうのだったら、弓を買ったそのお金で、弓ではなく、サブフルートを買えばよかった…と後悔しまくるでしょうからね。

 そうなったら、ほんと、モッタイナイです。だから、ヴァイオリンも簡単にはやめられない…のです。

2011年4月27日 (水)

笛先生の[たぶん]最後のライブに行ってきました

 先日行われた、笛先生の、おそらく、当地での最後のライブに行ってきました。先生と会うのは、震災以降、始めて。本当にひさしぶりでした。

 休憩時間に、お互いの近況報告をしたり、先生の引越し先の話とか、新しい仕事の話とか、フルート教室の行く末の話とか、なんかたくさん話をしてきました。私は仕事上がりで駆けつけたので、ちょっとヘロヘロのネムネムでしたので、かえって先生に「大丈夫?」って心配をかけてしまいました。

 笛先生のフルート教室は、私のように、自分で次の先生を探して移動した人もいれば、フルートから遠ざかってしまった人もいるようですが、笛先生の元でレッスンを受けていた生徒さんたちの大半と、フルートサークルの方々は、地元でちょうど新規にフルート教室を立ち上げる先生がいらっしゃったので、笛先生が間に入られて、皆さん、そのまま、新しい先生の元に移動して、フルートを続ける事になったようで、門下離散…という自体は、どうやら免れたようです。

 また、幾人かの生徒さんは、新しい先生の元に移らずに、あくまでも笛先生にレッスンをしてもらいたいと言うわけで、通信講座などの方法を使って、レッスンを続ける方向で考えていらっしゃる方もいらっしゃるようです。

 また、先生は引越しされ、生活の拠点を移されるけれど、こちらにも家があるので、たまに、こちらに戻ってくる事も考えていらっしゃるようです。それを期待して、レッスンの回数は減ってしまうけれど、先生がこちらに帰って来たらレッスンを受けようと、待っている生徒さんもいらっしゃるようです。人それぞれですね。

 私は、普段の練習はすでにH先生に見てもらう事になっていますが、H先生からはジャズやポップスは習えませんので、笛先生が、もしもこちらに戻られた時に、都合を合わせて、ポップス系の曲を習ったり、セッションをしてもらったりできたらいいなあって思ってます。

 笛先生とは、お別れせざるをえませんが、別に笛先生と師弟関係がなくなったわけじゃないです。ただ、これからは、今までのように毎週のように会ってレッスンしてもらえなくなっただけです。それは、とても寂しいですが、life is going on ですから、仕方ないです。

 さて、ライブの方は、モダンジャズのライブで、フルートとジャズギターのデュオライブでした。

 笛先生は、いつもと変わらず、味のある演奏でした。特に第二部の冒頭で演奏された「マイ・ファニー・バレンタイン」はグッと来ました。

 笛先生の演奏を聞いて思う事は「私はこういうフルートが吹きたい」んだって事です。私はクラオタですから、クラシックを聞くのは大好きです。でもクラシックを演奏したいのかって言うと、それは正直、微妙です。少なくとも、精進を重ねて、自分が納得できるレベルのクラシック音楽が演奏できるようになるのかと言われると…そのレベルに達する前に、寿命がつきて死んでしまうだろうと思います。なので、クラシック音楽は、演奏したいけれど、同時に、できるようにはなれないとも思ってます。

 一つには、そういう方面の資質に、私自身が大きく欠ける事を薄々感じていますし、またクラシック音楽とは、ある種の完成形というのがある音楽ですから、テクニック上達が極めて困難なスロースターターの手の及ぶ範囲の音楽ではないのかもしれません。

 それにたぶん、私が本気で吹きたいのは、ジャズ寄りのポップス系のフルートじゃないかな? クラシックも好きだけれど、それと同じくらい洋楽大好きな私ですからね。だから、スタンダードナンバーを、自由に、自分らしく吹きたい…んだろうなあって思います。そんな私だから、笛先生が演奏するスタンダードナンバーに、グッと来るんだろうなあって思います。

 先生のライブを聴いて思った事。私にとっての、理想のフルート演奏って、やっぱり笛先生の演奏なんだなあって事です。なんだかんだ言っても、笛先生の演奏を聴いて、フルートの道を歩いてきたんだし、何より、一番身近なフルート奏者だったのだから。やっぱり、この音に、この演奏に憧れます。

 あちらに行かれても、先生が、お元気でご活躍してくださることを祈っています。

2011年4月26日 (火)

歌の前に演技…かな?

 声楽のレッスンに行ってきました。体調は、一時期のどん底状態から、回復してきました。風邪の諸症状はほぼ治ったけれど、体力の方までは戻っていないので、レッスンに行った時は、すでに仕事でヘロヘロでした。もう眠くて眠くて…。歌ったまま寝ちゃいそうなくらい眠かったです。

 そう言えば、以前、フルートのレッスン中にフルート吹きながら寝たこと、あったなあ…。

 私が病み上がり&ネムネム状態だったから…かどうかは分からないけれど、今回のレッスンは、一切、ピアノも歌も無しで、ひたすら歌詞読みをしました。いや“歌詞を読む”と言うよりも、語る、しゃべる、演ずる、その手の練習をしました。

 まずは、アリアの歌詞をイタリア語として読んでみてくださいと言われました。…実はこれ、苦手なんだよねえ。もちろん、アリアの歌詞は暗譜できてますし、歌うことはできます。歌から音程を取っ払って、リズム読みするのだってOK。でも、リズム読みから、リズムを取っ払って、普通の言葉として読めと言われると、途端に言葉に詰まるようになります。

 つまり、私の場合、曲のリズムがまず合って、そのリズムの上に歌詞の音が乗っている状態なわけです。つまり「タン、タン、タン、ターンタタン…」というリズムを「タン」じゃなくて「ウ・ナ・フル・ティーバ…」という音を乗せて言っているだけの話で、正直、歌詞はほぼ呪文状態なんです。もちろん歌詞の意味は調べてあるし、翻訳もきちんと自分でしてあるから、先生から「そこの歌詞の意味はどういう意味?」と聞かれれば、即答できますが…、歌詞が普通の言葉としては、自分の中に入っていないから、普通に歌詞をしゃべろと言われると、とても難しいのです。

 ましてや、その歌詞を朗読するのではなく、感情をこめて芝居の言葉としてしゃべってみてくださいと言われたら…もうお手上げです。

 なので、今回はその練習をレッスンでしました。

 まず第一段階として、歌詞の日本語訳を、感情をこめてしゃべってみる。この段階で、早くもつまづきました。と言うのも、私が日本語訳をしゃべってみると、どうしてもセリフ調ではなく、朗読調になっちゃいます。感情が入らずに、極めてクールになっちゃうんですよね。

 私、朗読はもちろん得意ですが、戯曲の本合わせも、結構イケるクチなので、こういうのは本来、スラスラできるはずなのですが、なんかうまくいかない。キング先生も「すとんさんにしちゃあ、ウマくいかないですねえ」とおっしゃるほど…。

 何回か試行錯誤してみた結果、どうやら、私の翻訳が直訳に近い上に冷静に翻訳されているところに問題があるらしいという事になりました。なので、このアリアの歌詞を、元の歌詞から多少離れてもいいから、一人称のセリフとして訳し直し、それを芝居のセリフとして言えるようにして来ましょうという宿題が出ました。

 で、それはそれとしてやる事にして、第二段階の練習に入りました。

 この段階では、アリアの歌詞を棒読みにできる事を目指します。つまり、歌のリズムを取っ払って、イタリア語として自然なリズムとイントネーションでスラスラと言えるように練習するのです。まるで英会話の授業で、外人先生が模範朗読をするような感じでスラスラと…ね。

 これが実は難しい。先生に何度も直されながら、やりましたよ。口が回らないところは、そこだけ取り出して練習したりしました。おかげさまで、1番の歌詞が普通のセリフとして暗記できました(セリフは暗記が基本です)。

 レッスン時間的には、これで終了です。次の第三段階の練習は宿題になりました。

 第三段階の練習は、アリアの歌詞を芝居のセリフとして感情を込めて言える事。これは、第一段階で会得した芝居心に、第二段階でまわるようになったイタリア語のセリフを乗せて、一度、自分のカラダに入れてたセリフを出してみるという練習。もちろん、アリアの1番だけでなく、当然、2番もできるようにしてくる事。さらに言うと、アリアのみならず、二重唱も同様にやってくる事。

 …結構大変です。分量あります。へこたれるかもしれません。

 そういう顔をしたら、先生から、次のレッスンまで、一切歌わなくていいから、ひたすらこのセリフの練習だけをやってくるように言われました。へへへ“歌わなくていいから”って、歌わない練習って、とってもつまらないんですけれど(涙)。

 まあ、ちょっと、アクートで行き詰まっているので、しばらく声を出さないのも、変な癖を消すという意味では、良い練習かもしれません。しばらく歌わずに、歌詞読みに専念するかな。

 ええと、以下は、そんなわけで、元の歌詞から多少離れた、セリフ版の「人知れぬ涙」の訳を掲載しておきます。

 まず考えたのは、ネモリーノの一人称をどうするか? ネモリーノって若いんですよね。おそらく、現在なら中学~高校生くらいの年令かも。おまけに、多少頭が弱いので、幼稚で精神的に幼いでしょうね。ならば…やっぱり「ボク」かな? きっと語彙も貧困だろうけれど、そこまでリアルを追求すると、訳せないので、語彙は多少オッサンくさくしないとダメだろうなあ…というわけで、セリフ版の翻訳(歌詞から多少離れてます)を掲載しておきますね。ちゃんとした翻訳は、いずれアップするかもしれませんが(笑)。

Una furtiva lagrima/人知れぬ涙(すとん訳)
 
 
Una furtiva lagrima
ボクは見たんだ。

negl'occhi suoi spunto:
君が物陰で泣いていたんだよ。

Quelle festose giovani
女の子たちに囲まれてモテモテだったボクを見て

invidiar sembro.
君はあそこで泣いていたんだ。
 
 
Che piu cercando io vo?
やったよ、そうさ、ボクはやったんだ。

Che piu cercando io vo?
これなら、愛の妙薬を手に入れた甲斐があったって事さ。
 
 
M'ama! Si, m'ama,
やったね、ネモリーノ、万歳、ネモリーノ

lo vedo. Lo vedo.
これで君はボクのモノだ。
 
 
 
Un solo instante i palpiti
君の涙を見た途端、

del suo bel cor sentir!
ボクの胸が、キュンって鳴ったんだ。

I miei sospir, confondere
ボクの“好き”っていう気持ちと、

per poco a' suoi sospir!
君の“好き”っていう気持ちが、今一つになったんだ

I palpiti, i palpiti sentir,
ドキドキする。胸が熱くなってくる。

confondere i miei coi suoi sospir…
ボクの“好き”と君の“好き”が一つになったんだ…。
 
 
Cielo! Si puo morir!
ああ! どうなってもかまわないさ。

Di piu non chiedo, non chiedo.
君がボクのモノになったんだ、もう、何も怖くないさ。
 
 
Ah, cielo! Si puo! Si, puo morir!
ああ、たとえ今、世界が終わったとして、かまわないさ。

Di piu non chiedo, non chiedo.
だって、君がボクのモノになったんだもの

Si puo morire! Si puo morir d'amor.
君がボクを愛している…だから、もう、なにがどうなったって、かまわないんだ。

2011年4月25日 (月)

やっぱり、練習時間がめっきり減りましたねえ…

 ヴァイオリン独学練習報告です。タイトルにも書きましたが、ほんと、練習時間がめっきり減りました。元々、それほど時間をかけていなかったのに、これだけ時間がなくなってしまうのは、どうしたものかと、我ながら不安になります。

 今は、朝の練習も週に1~2回できればいい感じです。その朝の練習も時間にすれば、5~10分程度で、やる事と言ったら、重音の練習と、各弦のファーストポジョンの練習だけです。それでも、やらないよりは、かなりマシなんじゃないかって思ってます。

 後は、休日に多少の時間があれば、そこで練習するくらい。つまり「日曜ヴァイオリニスト(爆)」になっちゃいました。

 とは言え、その休日だって、なかなか時間が取れません。が…一応、頑張ってます。

 とりあえず、練習をしていて思う事。全体的に下げ弓よりも、上げ弓の方が下手かも。特に移弦して上げ弓と言うのが苦手です。そういう時の音が、ちょっとギコギコっぽくなります。だから、よく耳をすませて、そういう事が無いように気を配って練習しないと。

 独学は自分の耳だけが、先生、なんだから。

 さて、今回の練習報告です。

 篠崎教本の1巻の59番「一小節内後半スラーの練習」 特に難しい事はありません。要はスラーだなあと意識したら、弓を返さない事ですね。OK。

 60番「ゆかいな行進」 これも特に難しい事はありません。

 61番「むすんでひらいて」 これも難しくはないのだけれど、最初、自分で練習していたテンポよりも、CDのテンポの方が、ちょっとだけ速かったので、少しとまどったかな? 練習のテンポよりも、いきなり速いテンポで弾かなきゃいけないって思うと、弓が暴れますね。気がつくと変なところを弾いていたりします。そうでなくても右手は下手なのだから、気をつけないと。右手を気をつける事。OK

 62番「G弦練習」 難しくはないですが、きちんとやらないとね。こういう簡単な課題だからこそ、馬鹿にしてはいけません。OK。

 63番「毎日の練習」 OKにしますが、これは次の「毎日の練習」が出てくるまでは、毎回練習する事にしましょう。

 64番「G弦の各指の位置」 大丈夫です、OKです。

 二週間あっても、練習時間が少ないし、強制力もないので、こんな進度です。まあ、ゆっくりやっていくしかないかな。細く長くやれればいいかなって思ってます。

2011年4月24日 (日)

『春眠暁を覚えず』と言うか、なぜ春はこんなに眠いのか~![2011年4月第4週・通算15週]

体重:99.6kg[-0.2kg:-0.8kg]
体脂肪率:30.0%[-0.2%:-0.2%]
BMI:31.4[-0.1:-0.3]
体脂肪質量:29.8kg[-0.1kg:-0.6kg]
腹囲:97.0cm[+-0.0cm:+0.5cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 愚痴です(笑)。いつも眠い私ですが、やっぱり春は眠いです。とっても眠いです。

 なんで眠いのかと言うと…やっぱり睡眠不足? でも、現代人はみんな睡眠不足だから、それは言い訳にはならないって話もあります。でもやっぱり眠いですね、特に春は、本当に、眠いです。

 睡眠不足の傾向はあるものの、それでもなるべく夜はしっかり寝ようと心がけてはいます。現在の睡眠時間は…約5時間だな。本当はあと2時間ほど寝たいのだけれど、そのためには、趣味の時間(音楽の練習時間だね)を削らないとダメなので、このあたりで手を打ってます(つまり、私は睡眠時間を削って音楽をしているわけね)。

 たまに早く寝る時はありますが、それでも割と簡単に目覚めちゃうんですよ。と言うのも、寝ていると疲れちゃうのよ(涙)。たぶん、加齢現象の一つなんだろうけれと、連続して寝れません。2~3時間寝ると、一度目覚めちゃうのね。で、その目覚めたタイミングでカラダを動かしちゃうと…カラダが勝手に起床モードに入って、目覚めちゃうのですよ。

 なので、若い時と違って、朝早く起きるのは、さほど苦ではなくなりました。だって、目覚めた時、寝返りの一つ二つをうてば、心地よい目覚めが訪れちゃうんだもん。ああ、若い時は、朝があれほど苦手だったのが嘘のようです。むしろ今じゃ、もっと寝たいのに、うっかり目覚めてしまう事もあるくらいです。

 早起きできるのは結構でしょうが、以前と比べて、夜早く眠くなる事と、昼間眠い事で困ってます。あと、眠りが浅い事、昼寝が苦手になった事も悩みのタネだなあ…ああ、老人化が日に日に進んでいるなあ。

 ま、オールシーズン、こんな感じですが、特に春先は、睡魔さんがパワフルになっていけません。

 特に問題なのは、昼間眠くなることです。春は居眠りの季節でして、椅子に座って五分ほどおとなしくしていると、もう熟睡ですよ、困ったものです。

 若い時は、椅子に座ったからと言って、すぐに眠くなる事はありませんでした(当たり前)。それに、万が一眠くなったら、立ち上がって歩きだして眠気を追い出す事もできました。

 しかし今は、眠気を追い出そうと立ち上がって歩きだすと、歩きながら睡魔に負けてしまいそうになり、危険この上ないです。ううむ、どうしましょう。

 一時期は、コーヒーが効果的だった事もあります。私は若い時から、コーヒーをほとんど飲まない人だったので、ある時、たまたまコーヒーを飲んでみたら、全然眠くならない。こりゃあ、イケる!と思い、それ以来、ここ一発って時の眠気予防にコーヒーを飲むようにしていたのですが、カラダって慣れるものですね。今じゃコーヒー飲みながら寝ちゃうくらい、眠気予防には役立たなくなりました(笑)。

 つねる、叩く、などの身体攻撃も睡魔には勝てません。唯一効果的なのは、お菓子などを食べる事です。さすがに、飲食しながら寝てしまった事はありません。私は飲食をすると、意識がしっかりと覚醒しますが…眠くなるたびに間食していたら、おデブに拍車がかかってしまうわい。

 うぉー、どうしたらいいんじゃい。いっそ、イタリアに移住して、シエスタを楽しむべきか(爆)。

2011年4月23日 (土)

SMAPからBeatlesにします

 何の話かというと、金魚の飼育数についての話です。

 今までは、星になる子がいたら、だいたい一週間以内に次の子を招いていました。その理由は…水槽内が寂しいから…という理由もありますが、金魚の数が少なくなると、水槽内に余裕が生まれるらしく、残った子たちがグングンと成長して巨大化してしまうので、それを阻止するために、すぐに次の子を入れて、金魚の巨大化を阻止してきました。

 このやり方は最初のうちは、うまくいっていたのですが、少しずつ少しずつ破綻をきたし、今では、ウチの金魚たちは、だいぶ巨大化してしまいました。

 数年前、まだサラサ[琉金]がいた頃は、サラサの事を「大きい」「デブ」「巨大魚」とか呼んでいましたし、実際、あの頃は、本当にサラサを大きく感じたものです。

 水槽を30cmから45cmにリプレースしたのも、サラサが大きくなって、30cm水槽では狭くてかわいそうだったからですが、今いる子たちは、どの子もみな、あの当時のサラサよりも大きいです。今、ウチで一番のオチビさんであるチグだって、たぶん、あの頃のサラサよりも大きい金魚です。ましてや、ブニョやサクラに至っては…比較するまでもないです。

 少なくとも、サラサがいた頃は、金魚とメダカが同時に飼育できましたもの。まだメダカをエサにできるほど、金魚のクチが大きくなかったからです。しかし、今は、水槽にメダカを入れると、あっと言う間に金魚たちが食べ尽くしてしまうと思います。なにしろ、金魚たちにとって、メダカって、ちょうど食べやすい大きさなんですよ。だから、おそらく…メダカを水槽に入れても、1時間もてばいい方ですね。

 かように、いつのまにか、巨大金魚の巣窟になってしまった、我が家の水槽です。今回のキッカに限らず、一時期のブニョやサクラ、それと最近星になってしまった子たちをみても、どうやら、現在の水槽の金魚定員は5匹ではなさそうなのです。なので、大きな金魚が5匹になると、弱い子にしわ寄せが来るのかなあと思いました。この定員は、水槽内の酸素量で決まっているような気がします。と言うのも、計画停電で酸素供給が絶たれた時は、他の子たちも転覆してましたからね…。

 現在の水槽の金魚定員が5匹ではないと分かった以上、取るべき方法は、二つ。一つは、さらに大きな水槽にリプレースして、金魚の定員は変更しないこと。もう一つの方法は、金魚の数を減らすことです。

 心情的には、金魚の数は減らしたくないです。だって、水槽の中が寂しくなるでしょ。でも、巨大水槽は、飼育の面倒をみるのが大変です。

 例えば必要な水の量がだいぶ変わります。現在の45cm水槽の容量は35リットルですが、60cm水槽の標準的な容量は70リットルです。水槽のフチまでギリギリ水を入れることはないにせよ、毎週の水替えは大変な事になるでしょう。現在は毎週、約15リットルほどの水を入れ換えていますが、これが60㎝水槽になって、同じような規模で水替えをするなら、おそらく毎週40リットルほどの水を入れ換える事になるでしょう…ペットボトルで20本分だよ…うわあ、想像するだに大変だよ~。

 と言うわけで、あっさり60cm水槽へのリプレースは諦めました。金魚の飼育数を減らしま~す。とりあえず、しばらく4匹で様子を見る事にします。

 さて、そういうわけで、金魚が、黒一匹、赤一匹、紅白2匹(順に、スズ、ブニョ、サクラにチグ)になりました。…なんか寂しいですね。やはり三色の子がいないのは色的に寂しいですよ。あと、茶色の子がいないのも寂しい。けれど、金魚水槽の定員を増やせない以上、今いる子たちでガマンガマンです。

 水槽内定員で言うと、エビがいつのまにか、トートとヌマエビの各1匹になっていました。以前は、ヌマエビ3匹で落ち着いていたのですが、トートを入れてから、ヌマエビがいつのまにか1匹になってしまいました。おそらく、エビの定員は、小3匹だったのでしょうね。それに少し大きなスジエビであるトートが入ったので、エビの定員が中1匹小1匹になったのだと思います。

 ドジョウを見ると、シッポナがよく引っくり返っているのですが、もしかすると、ドジョウも定員オーバーなのかなって思います。ちなみに、現在のドジョウ数は、大2匹、小2匹なのですが、小1匹分多いのかもしれません。この前、ナナシが星になってから、ドジョウを追加していなかったのですが、まだ多いのかもしれません。

 人間だって、狭い部屋にたくさん詰め込まれたら、イヤだものねえ。金魚相手にプライバシー保護は考えなくてもいいけれど、息苦しいほどたくさんいたら、そりゃあダメだよね。それにしても、金魚って、いっぱい酸素を吸っているんだなあ…。

2011年4月22日 (金)

レとミとラとシが鬼門(クラリネットが壊れたわけじゃないです:笑)

 フルートのレッスンを受けてきました。H先生の初レッスンって奴です。

 例によって私がお教室に到着すると、前の生徒さんが絶賛レッスン中。今回お稽古していた曲は、楽譜をチラ見したところ、ドヴィエンヌの曲らしいけど…ドヴィエンヌって何者? それって美味しいの? あと、傍らにパガニーニのカプリースの譜面が置かれていたけれど、あれってヴァイオリンの曲じゃなかったっけ? ちなみに使用されていたフルートは、ピカピカの総銀。まぶしいくらいにピカピカで、すごくきれいに磨き上げられています。隣に置くと、アゲハがくすんで見えるほど(笑)。でも、いいの。アゲハは貫禄のサビサビフルートを目指しているのだから、もっと鈍い色にな~れ~!

 彼女のレッスンの終わりに参入して、三人でロングトーンをやりました。先生とお姉様がピタっとピッチを合わせて吹いているので、そこに乗せて吹くって…すんごいプレッシャーです。特に第三オクターブになると、微妙に音がうねるんだけど…きっと、その原因は私(涙)。いかん、いかん…。

 ロングトーンの最後は、やっぱりクチビルがケイレンしました。慣れればケイレンしなくなるんだろうなあ…。

 私のレッスンは、アルテ15課1章のロングトーンから。これはまあ良しです(合格だったのかな? ちょっとはっきりしません)。

 一つ飛ばして、第三オクターブの「ラシラシラシ…」の課題。ここで注意を受けました。それは…私の高音シの運指が正規のものではないって事です。実は私、いままで高音シの時は、疑いもなく、右小指でキーを押していました(つまり開穴していたわけです)。でもそれは“替え指”だから、まずはちゃんとした正規の運指でやってみなさいってわけです。正規の運指は右小指をフルートから離すわけで、そんな事を今までやった事がなかったので、頭の中がこんがらがってワヤクチャになりました。シの時は右小指を離すけれど、ラの時は右小指を使わないと音がスカるわけで、確実に右小指をコントロールしないといけないわけで…いやあ、難しい。自宅でたっぷり、練習しないと…

 次は音階準備練習だけど、ここでは、前回軽く注意を受けた、中音レの左人指し指を何度も注意されました。ううむ、これは完全に癖になっているなあ。それと、どのオクターブでもそうなんだけれど、ミの時に、私はうっかり右小指を離してしまう傾向があります(もちろん、いつもってわけじゃないです)。これも注意されっぱなしでした。ううむ、このレとミは分かっちゃいるけれど、ついついやっちゃってたって奴ですが、H先生曰く「音色がくすむから、正しい運指で吹きなさい」って事です。実際、私が指を間違えると、H先生はよそ見していても、即座に分かるようです(つまり、それくらい音色が違うって事ね)。

 とにかく、レとミとラとシが鬼門です。今更、運指で苦労するとは、思わなかったです。でも、今のうちに直せるものは直した方が後々楽ができるから、ここで頑張っておきます。

 で、ミニオン・エチュードの1番です。

 吹き始めて、最初の二小節でダメが出ました。それは「一つのフレーズは息を変えずに、あたかも同じ音で吹き続けるような感じで吹きなさい」って事です。つまりレガートで吹けって事です。私の吹き方では、リズムが立ち過ぎるのだそうです。もっと、滑らかに、もっと優しく吹け、です。

 ああ、そう言えば、クラシックの基本はレガートだったよね。キング先生にも散々レガートレガートって注意されていたっけ。レガートで演奏すると、なんか、今、クラシックをやっているって感じがして、ゾクゾクしますね。ちなみに、このレガート奏法は、笛先生は嫌いでした。だから、ついうっかりレガートでやると「なんかつまらないですねえ。もっとメリハリをつけてください」って言われました。音楽ジャンルが違うと、こういうところが違うので、おもしろいです。

 レガートは大好物なので、これはすぐに対応可能でした。

 フレーズ末の音処理を注意されました。音価いっぱいまで吹いて、次のフレーズの頭をビチッと吹いたら(いわゆる“羊羹のような音”です)、それはダメって言われました。フレーズ末の音符は音価いっぱいまでビッチリ吹くのではなく、スーと消えるようにフレーズを終わらせて、新たな気持ちで次のフレーズも柔らかくスーと始めるように言われました。言葉で書くとわけ分からないでしょうが、つまり「あまりリズムを立てるな」って事だと思います。あるいは「もっと丁寧に吹きなさい」って事かもしれません。とにかく、やさしく、フワフワした感じで演奏するのです。

 三段目の装飾音符の吹き方も直されました(装飾音を目立たさないように吹くように言われました)。スタッカートやアクセントも「やり過ぎ」って言われました(笑)。とにかく、私の演奏は、全般的にメリハリが付き過ぎだし、ノリが良すぎるようです。あと、すぐに音楽が前のめりになって走ってしまうそうです(汗)。…だって、タラタラした演奏は苦手だもん(笑)。

 しかし、先生が変わって、音楽ジャンルが変わると、注意点もかなり変わります。いやあ、実におもしろい。

 笛先生に習った事は習った事として、とりあえず、ひとまず棚上げにして、今は“どクラシック”をやっているわけだから、H先生のおっしゃるとおり、レガートになめらかに美しくて、たおやかな演奏を目指します(私のキャラじゃないかも…:笑)。

 でもきっと、すぐに慣れると思います。だって、声楽の時にキング先生に言われている事と、H先生がおっしゃる事は、かなり共通してますから。きっと、その共通部分が、クラシック音楽のクラシックっぽいエッセンスなんだと思います。

 最後に「教則本をすぐに進みたがる生徒が多いけれど、ボクはじっくり行くよ。一つの曲から多くの事が学べるわけだし、アルテス1巻をきちんと練習すれば、どんな曲だって吹けるようになるんだからね」とおっしゃられましたが、それには激しく同意している私です。元々、アルテ15課は三年計画で臨む覚悟の私ですから、じっくり行きましょう。

 今回のレッスンは字で書くと、これだけですが、時間にして小一時間ほどでした。しかし、感覚的にはあっと言う間で10分もレッスンを受けていないような気がしましたが…冷静に考えれば、そんなはずないよね(笑)。でも、物足りない感じがしますよ。それだけ集中していたって事でしょうね。

 しかし、クラシック系のフルートって、改めて思ったけれど、お上品に吹くものなんだねえ…。

2011年4月21日 (木)

「乾杯の歌」と“コンビニ VS 高校教師(笑)”

 歌劇団の練習に行ってきました。今回はキング門下の発表会で歌う「乾杯の歌」の練習に時間がかかりそうという懸念もあり、筋トレは省略。団員の皆さんの顔が晴れやかになりました。

 なので、普通に、発声練習から練習が始まりました。

 ひととおり発声が終わったところで、コンコーネ(合唱版)の練習です。今回から、その日の先生の気分で歌う曲を決めるという事でしたので、今回は7番を歌ってみました。

 歌う時は、確かにコンコーネなんだけれど、この曲は「独唱」用ではなく「合唱版」なので、音程とかハーモニーなどに気を使って歌ってほしいとの事です。本来重要視される声の響きについては、この曲に関しては、捨ててもかまわない(もちろん程度問題ですが)ので、とにかく音程に注意して、キレイにハモる事を優先してほしいとの事です。そのためには、周りの音を適度に聞いて合わせる事が大切(ただし、聞きすぎて合わせすぎると、歌が崩壊するので、何事もやりすぎに注意です)。

 さすがに9曲全部の中から当日歌う曲を選ぶのでは、ちょっと大変って事になったので、次回の練習では、コンコーネは1~5番の範囲から歌うので、予習するなら、その中からやっておくこととなりました。

 さて、今回の演技付き発声練習は「お花見」でした。今回の設定は、私が独断と偏見で考えてみました。設定と、それぞれの役は以下の通りです。なお、当日は欠席が2名いたので、コンビニのオーナーとお局様子分[腰巾着]の役が無くなってしまいました。ちょっと残念でした。

 さて、設定ですが、花見会場には、二つのグループの花見客が来ています。一つは、近所のコンビニの店員さんたちのグループです。コンビニは営業中なので、オーナー夫妻が留守番をし、店長さんがその他の店員をつれて、パ~~っと派手めに花見をしています。なにしろ、店の商品を持ち込んでいるため、酒と料理の量はハンパなく豊富で、いかにも贅沢な花見になってます。花見自粛ムードなどなんのその、実に盛り上がって宴会しています。

 一方、もう一つのグループは、近所の高校のセンセたちのグループです。おそらく、当初は派手に計画していたのかもしれませんが、世の中の花見自粛ムードの影響を受け「この時期に花見など、やっぱり不謹慎でしょ」と言って、多くのセンセ方が花見に不参加となってしまいました。それでも幹事のセンセは、根っからのお祭り人間なので、なんとしても花見を決行しようとし、なんとか校長センセと新人教師を捕まえ、たった三人だけで花見を始めました。

 さて、ハデハデに盛り上がるコンビニグループと、何となく盛り上がらない高校教師グループ。この二つのグループが隣り合わせになった時、どんな事が起こるでしょうか?

 さて、役どころですが…。

【コンビニグループ】

 店長さん…雇われ店長。普段はいい人だけれど、酒が入ると人格が変わるタイプ。

 主婦バイトA…何でもかんでも、すぐに仕切ろうとする人。いわゆる“お局様。

 主婦バイトB…お気楽な性格のお調子者。お局様の子分。

 主婦バイトC…ちょっぴり生活に疲れ、荒れ気味の若い主婦。反お局派。

 女子大生バイト…最近失恋して荒れ気味。酒乱傾向あり、高校生バイトにからみ、酒をすすめる。反お局派。

 男子高校生バイト…気が優しく真面目な男の子。隣のグループの学校の生徒。
  

【先生グループ】

 校長…立場上やむをえず参加している。本日のスポンサー。陰が薄い。(私がこの役をやりました)

 幹事のセンセ…いわゆる“宴会部長”。必死に場を盛り上げようとする。

 新人教師…本当は花見をバックれようと思ったけれど、逃げられなかったので、やむなく参加。隣の学生バイトの担任教師。

 設定が決められているので、声出しの前に、みんなでそれぞれどんな演技をするかを話し合って、演技のすり合わせをしてみました。肝心の発声の方も、先生が場の展開に合わせて、テンポを揺らしてみたり、短調にしてみたりと、今回は、なかなかおもしろかったと思いますよ。

 次回は、演技付き発声は無しです。その代わり「乾杯の歌」を演技付きで歌ってみることにするので、次回までに「乾杯の歌」の演技プランをそれぞれで考えておくこと。

 ここで休憩となりました。休憩中に「手紙の二重唱」「パリを離れて」「愛の妙薬の二重唱」のレッスンが行われました。

 休憩後は、ひたすら「乾杯の歌」を歌いました。何度も歌いながら、音を確認してみたり、出だしを確認してみたりと、細かくチェックをしていきました。もちろん、最終的には、自分が割り振られた部分が歌えればいいのだけれど、できれば女性はヴィオレッタのパートをすべて、男性はアルフレッドのパートをすべて歌えるようになっておくと良いので、それを目指して練習してみました。と言うのも、こういうリレー形式で歌う曲は、自分のパートだけでなく、その前後も含めて歌えるようになっていないと、自分のパートがきちんと歌えないものだからです。

 今回は、結構みっちり練習できたと思います。なので、次回は暗譜で歌いますので、最低限、自分のパートは暗譜しておく事。できればヴィオレッタやアルフレッドのパートがすべて暗譜できていると良いでしょう(曲そのものはあまり長くないので、なんとかなるでしょう)。

 この曲は、先生は当日指揮をしないので、曲の途中で何カ所かある、全員で合わせるところの合図はすべて団長がやる事になりました(できるのか?)。また、歌う順番も、教えてくれる人はいないので、自分でしっかりと把握しておくこと。

 残った時間で、赤ずきんの練習をしました。

 まずは狼のアリア「おれは森の王者(コンコーネ50番の39番)」です。約束どおり、Yテノールさんと私で、交互にアリアと笛をやってみました。最初は私が歌でYテノールさんが笛でしたが、まずは私が歌で転びました。いやあ~この曲、イントロと歌の出だしがリズムが同じだけれど、音程が違うので、ついついピアノにツラレて音程迷子になってしまいました(汗)。要練習ですね。

 笛パートは…ここまで、二人とも歌うのに一生懸命で、楽器を組み立ててもいないわけだし、もちろん音出しも何もしている余裕はないので、楽器を組み立てて、すぐに演奏という状況でした。

 もちろん…うまく行きませんでした(汗)。音は出るのだけれど、指がまわらない(涙)。考えてみれば、歌っている時って、指使わないもんなあ…。が、それを言い訳にしてはいけませんね。どんな状況でも、ちゃんと演奏出来るようしておかないといけません。

 先生からは、笛の演奏は、スラーをもっとちゃんとやると良いでしょうと言われました。また、狼のセリフ部分は楽譜一段でセリフ一行という割り振りで語っていくとちょうど良いと言われました。

 男性陣の苦労が終わったら、次は女性が頑張る番です。

 赤ずきんのアリア「みんなみんなおはよう(コンコーネ25番の3番)」を女声だけで徹底的に練習しました。この曲、とにかく難しい。テンポが早く、譜が細かくて、跳躍も多くて、シンコペーションもふんだんにあって…。すごく歌いづらそう。なので、最初はゆっくりと丁寧に音取りをして、少しずつテンポアップして仕上げていきました。

 練習の最後では「狼のアリア」~「赤ずきんのアリア」~「赤ずきんと子リス・子ウサギの三重唱」~「狼と赤ずきんの二重唱」までを通してやってみた。なかなかいい感じです。

 これで「木々の合唱」以外の第1幕の曲がすべて音取り完了なので、仮の配役を決めてみました。次回の練習では、この配役で第1幕を(演技無しで)通して歌ってみる事にしました。ちなみに、私の役は“フルート奏者”と“狼”なので「狼のアリア」はYテノールさんが歌い、私は「二重唱」の方で狼を歌います。

 ま、赤ずきんに関しては、まだまだ仕上がりからはほど遠い状態ですし、今はまだ「楽しんで歌う」事を優先してくださいと先生がおっしゃっていました。ただし「乾杯の歌」の方は、そういうわけにはいきませんので、真剣に気合を込めて仕上げていくそうです。

 さあ、がんばってゆきましょう。

2011年4月20日 (水)

声楽も節約でお願いします

 まだ、体調が回復していませんでしたが、声楽のレッスンを受けてきました。

 まずはピアノ合わせの反省会からです。ピアノ合わせの時に取ったビデオを見ながら、反省をしました。反省点は三つあります。

 1)“美しい撃沈”とは “美しい撃沈”とは、撃沈してしまった音そのものは、発声を失敗して上手く歌えなかったけれど、その他の部分はすべてきちんと音楽的に歌えているタイプの撃沈の事。そして、歌えなかった音も、結果としては撃沈しているけれど、発声的には正しくアプローチしていて、たまたま失敗してしまったというパターンの事。このパターンならば、たとえ撃沈しても客は「今日は調子が良くなかったのかな?」と優しく許してくれるのだそうです(世間の人はテノールには優しいのです)。

 一方“美しくない撃沈”とは、撃沈箇所以外にも発声的に色々と問題を抱えていて、撃沈箇所到着以前から音楽の形が崩れてしまって、その結果、撃沈してしまっているパターンの撃沈の事です。つまり、撃沈した音だけでなく、そこに至るまでにドンドンと歌が崩れてしまった挙句の撃沈です。これは単なる下手くそとしか思われない失敗パターンなのです。

 ちなみに、発声がドンドン崩れてしまうのは、体力の問題もあるけれど、むしろテクニックの問題と捉えた方が良いのだそうです。つまり、歌う体力をきちんと温存していくテクニックが不足しているって事です。

 また、撃沈箇所以外はきちんと歌えないといけないのですが、撃沈箇所の音も「音が高くて届きませんでした」ではなく「音程は届いたけれど、声が裏返ってしまって、ちゃんとした響きで歌えませんでした」というタイプの失敗でないとダメなのだそうです。つまり「音が届かなかった/音にならなかった」ではなく「声が裏返ってしまった」という方向の失敗をするべきって事なんです。

 つまり、同じ撃沈でも“美しい撃沈”と“美しくない撃沈”には、深くて広い谷が存在しているって事です(涙)。

 とにかく、一曲の中で、出来の良い箇所と不出来な箇所が混在している私の歌は、まだまだ上達途中って奴で、撃沈箇所以外の歌は、すべて“出来が良い”と思えるほどに、仕上げておかないと、足りないのですよ。

 うん、こりゃあ、かなりマズい状態かもしれない(汗)。

 2)“言葉が落ちている”とは 単語が丸々落ちているのではなく、単語の末尾の“r”がたくさん落ちてしまっている事を言ったのだそうです。“r”はイタリア語歌唱では死活問題だから、こいつを絶対に落としてはいけない…。そうですね、“r”をきちんと発音できるかできないかで、言葉の意味が変わっちゃいますからね。“r”つまり巻き舌は大切です。それに、あと数カ所、母音を間違って覚えている箇所があるので、そこを注意することも言われました。

 3)“声が重い”とは それは“力押し”で歌っている(笑)から。歌っている時はなかなか気づきませんが、ビデオを見ると、実は私、結構“力押し”で歌っております。力で押して歌うと、声が重くなるばかりでなく、醜くなりますね。響きが消えてしまいます。この“力押し”で歌ってしまうのは、私の悪い癖です。長いこと、個人指導を受けずに合唱で(力任せ)に歌っていたために身についた悪い癖ですね。実際、合唱上がりのテノールさんに、この“力押し”傾向はみられますが…私はかなり顕著に“力押し”の傾向がありますね(残念)。

 先生からは「この曲はベルカントで歌う曲だけれど、一度、ヴェルディオペラのようなベルカントは忘れて、モーツァルト・アリアでも歌うような気分で歌ってみたらどうだろうか?」と言われました。ううむ、確かにモーツァルト・アリアならば、力む要素ゼロだものね。そういう気分でこの曲に臨んでみましょうか?
 
 
 以上で、反省会終了です。レッスンの方は、体調不良のために、曲はやらずに、発声だけをみてもらいました。

 今回の発声のポイントは…体力を色々と節約しよう、でした。力押しからも分かる通り、私は歌う時に、カラダの至る所で無駄に体力を使っております。この無駄に体力を使うことで、すぐに疲労困憊になるわけだし、声も重く聞きづらくなり、音程も届かなくなってしまうわけです。つまり、諸悪の根源の一つである“力押し”を回避するためにも、まずは体力を節約する事を覚えましょうって事です。

 まずは基本的な事だけれど「決して、力押しを歌わない」事です(笑)。分かっちゃいるけれど止められないのが、私の場合“力押し”。いやあ~、参りました。とにかく“声が出ない”“音が届かない”と感じたら、無意識で“力押し”をしてしまう癖がついている私ですが、それを意識的に止めて、今後は、力付くで歌うのではなく、“声が出ない”“音が届かない”と感じたら「声を引っくり返して発声しちゃえ~」という覚悟で、歌っていくこと。それくらい、あっちこっちの、力を抜いて歌う事を覚える事です。

 最初はそれもできるのだけれど、夢中になってくると、ついつい力で押しちゃうんだよなあ…。ああ、長年かけて身に付けた癖はなかなか治らないです、どーしましょう。

 次のポイントは「息を吸いすぎない」事です。息をたくさん吸うと、吸った息をキープするだけで、かなりの体力を使ってしまうので、なるべく息は吸わないで歌うこと。元々の肺活量が十分あるので、特別にたくさん息を吸わなくても、歌を歌うくらいの息はいつでも体内にあるのだから「息は吸わないでもいいや」くらいの気持ちでいるのが良いみたいです。

 三点目のポイントは「声は柔らかく出す」事です。私の癖として、歌い始めるかなり前に息をたっぷり吸って、それをノドを閉めて貯め込んで、歌い始めの時に、ノドにアタックをつけて一気に発声するという癖があります(もちろん、褒められた癖ではありません)。これは、体力は消耗するは、声は堅くなるは、ポジションは下がったままだはで、何も良いことがありません。

 そこで、歌っている間は、絶対にノドは閉めずに、開けっ放しにし、ブレスも歌い出しの半拍前程度のところで、余裕を持って息を吸い、息を吸ったら、ノドは開けたまま、息の流れも止めずに、即座にゆっくりと歌いだす事。そうする事で、声が柔らかくなり、また、かなりの体力が温存できるはずだそうです。実際にやってみたら、こうやって歌うのってだいぶ楽です。

 最後のポイントは「息を吸ったら、吸っている時に、声のポジションを上げていく」事です。そのためには、息は口から吸うことが大切ですね。口から息を吸い、吸う時にノドの奥を開ければ、自然と声のポジションは高めになるので、そのポジションが下がる前に歌いだせば…声のポジションが高いまま歌えるわけよ。これもかなりの体力温存とつながるようです。

 以上の四点に気をつけること。さらに、自宅の練習では、前回のレッスンで注意された、姿勢にも気をつけ(前屈みにならないように気をつける事)、その上で、今回やった発声、脱力に注意して歌う事。これが肝心。

 体調が良くならないうちは、無理に歌を歌わなくてもいいけれど、この発声練習だけは続けましょう。風邪をひいている時は、ノドが腫れたり、熱があるうちは、おとなしくしている事が大切だけれど、体調や声の調子を見て、少しずつ歌っていくこと。大切なのは、ノドを痛めないこと。

 なんとか、次のピアノ合わせまでには“美しい撃沈”と言われるように、撃沈箇所以外はちゃんと歌えるようになりたいです。そして本番では、撃沈せずに見事に全曲歌いあげたいものです。

 ガンバ。

2011年4月19日 (火)

「ファンタジア」のオーケストラであるフィラデルフィア管弦楽団が破産ですって?

 皆さんはディズニー映画の「ファンタジア」ってご存じですか? 世界初のステレオ音声の映画だそうです。内容は…ミッキーマウスが魔法使いの弟子になって、ホウキたちに良い様に、からかわれる映画です(って、ちょっと違うかな?)。“クラシック音楽と映画の幸せな結婚”という、ほめ言葉をどこかで見ましたが、まあ、確かにそんな感じの映画です。アニメと音楽がどっぷり四つを組んでいる映画です。クラシック音楽の入門にはとても良い映画でしょうね。

 その映画の音楽を担当したのが、当時の名指揮者のストコフスキーであり、彼が振ったオーケストラが、今回のフィラデルフィア管弦楽団なのです。

 フィラデルフィア管弦楽団は、1900年に創設された百年以上の歴史を持った、いわゆる老舗オーケスラの一つであり“アメリカ五大オーケストラ”の一つなんだそうです。ちなみに、残りの四つは、シカゴ交響楽団、ニューヨーク・フィルハーモニック、ボストン交響楽団、クリーヴランド管弦楽団です。

 破産の理由は(当たり前の話ですが)経営悪化で、2008年は約44億円あった収入が、2009年には約24億円へと激減し、2010年の収入に関しては発表されていない事から、おそらくもっと少なかったのでしょうね。すさまじい落ち込み具合なんでしょうね。一体、何があったのでしょうか? しかし、何億という収入があっても破産とは…、一流オーケストラともなると、色々と物入りなんですね。

 破産と言っても、日本における会社更生法のような法律が適用されるようなので、破産、即オーケストラ解散というわけではなさそうです。規模縮小やら資産売却、人員削減などを行って、オーケストラ再建の道を歩むことになりそうです。音楽監督は今年から、ヤニック・ネゼ=セガン氏です。若手のバリバリの指揮者さんです。ネゼ=セガン氏を中心に、ぜひ再建を頑張ってほしいものです。

 さて、やっぱり驚いたのは、アメリカで老舗のオーケストラが破産しちゃったという事です。もしかすると、何か特別な個別の事情があったのかもしれませんが、それにしてもビッグニュースであることは間違いありません。

 よく勘違いされるのですが、クラシック音楽はヨーロッパの民族音楽の一つであって、アメリカ人にとっては、クラシック音楽なんて、所詮、外来の音楽なのです。

 アメリカはヨーロッパから独立したとは言え、別に白人の国というわけでなく、さまざまな人種の混じり合う移民の国です。まあ、アメリカ在住の白人たちにとっては「自分たちのご先祖様の音楽」という感覚かもしれませんが、多くのアメリカ人にとっては、自分たちとは、特に関係のない音楽、学校で強制的に教え込まれた音楽、って感覚だと思います。そのあたりは、日本人にとってのクラシック音楽の位置づけと似ているのかもしれません。

 アメリカ人にとって「自分たちの音楽」ってのは…やっぱり、ジャズなのかな?

 よく「アメリカで起きた事件が、10年後に日本でも起きる」と言われます。

 日本におけるクラシック音楽界は、ずいぶん前から不況でして、例えば、私が若い頃、よく聞きにいった、新星日本交響楽団なんてオーケストラは…いつのまにか無くなっていますからねえ…。最近では大阪センチュリー交響楽団や大阪フィルハーモニー管弦楽団が、大阪府からの助成金を大幅カットされ、その存続が危ぶまれております。

 たしかにオーケストラって、金食い虫だとは思います。なにしろ、プロ奏者を(二管編成の場合)約80人ほど集めないと成り立たない楽団ですからね。たくさん入場券を買ってもらって演奏会を開いても、ギャラは、指揮者やオーケストラ団員およびスタッフで山分けでしょ。関わる人間が多いですねえ…。これじゃあ、たくさん収入がないとやっていけません。ピアノなら、ピアニスト一人いればホール演奏できるわけで、ピアニスト本人とマネージャーとアシスタントくらいのメンバーでギャラを分ければいいのだから、オーケストラと違って、リーズナブルなチケット収入でもなんとかなるでしょう。

 日本でも、これからオーケストラが破産していくのかな? クラヲタ的には、それはちょっと勘弁って感じがしますが、破産を防ぐためには、まず最寄りで行われているコンサートに行かないとダメだよね。日本のオーケストラなんて、公演収入で団が存続しているわけだから、ヒイキのオケがあったら、積極的に足を運ぶとか、会員になって恒常的にオケを支えるとかしないとダメなんだろうなあ。

 私はオケの維持会員になる余裕はないのですが、せめて地元にオケが来たら、なるべく聞きに行くように気をつけてみたいと思います。

 今回は、なんかまとまってない記事でごめん。

2011年4月18日 (月)

日本の合唱は今、危機に面している?

 震災から一カ月以上の月日が経過し、首都圏もひとまず計画停電が中断しております。

 私が見聞きする小さな範囲の話だけかもしれませんが、混声合唱団および男性合唱団の活動状況が、かなりマズイ状況に陥っている所が多々ある、という話をチラホラうかがっております。おそらくは、関東周辺は、みな同じような状況なのではないかと推測します。

 何がどうマズイのかと言うと…練習場所が確保できないため、やむをえず活動中止状態になっている所が少なからずあるという話なのです。

 合唱団と言うのは、練習場所を選ぶ団体です。まずは、それなりの音量が出ますので、部屋に防音設備が必要です。伴奏のためのピアノも必要です。さらに人が大勢集まりますので、ある程度の広さが必要ですし、窓を閉め切るため、冷暖房は必須です。で、これらの設備が備わっている場所を安価に借り受けないといけないわけで、そうなると、公共の音楽施設で練習をする事になります。

 確かに震災直後は、直接被災していないとは言え、建物の安全点検が必要だったり、停電が続き、停電時間帯の施設の貸し出しが中止されていたり、節電のために夜間の施設使用が取りやめになったりと、色々あったようです。そのため、多くの合唱団が活動できなくなってしまいました。

 震災から一カ月がたちました。一部の施設では、夜間の音楽施設の貸し出しを再開しはじめた所もあるようですが、依然として、節電のため、夜間貸し出しを中止したままの施設もあります。また救援物資の集配所として、または、震災ボランティア活動のために、大部屋(合唱団体が使う音楽施設は大抵大部屋です)を使用し、音楽団体への貸し出しができない地区もあるようです。さらには、被災者の受入れをしている地域では、大部屋が被災者の避難所になってしまうケースもあり、当然、合唱団体への貸し出しができない状態になっているところも多々あるそうです。

 事情が事情ですから、やむをえない話です。しかし、このため、以前から定期的に使用していた施設が使えなくなり、練習場所ジプシーになってしまい、震災後一カ月たった今でも、練習場所が確保できなくて困っている団体があるという話です。

 我が歌劇団は小規模な音楽団体ですが、それでも人数的な規模なら、小さな合唱団程度あります(音量的には数倍あるだろうなあ…)。やはり、この一カ月間、練習場所では迷走しました。幸い、練習自体が月に一回ですから、毎週あるところと違って、余裕をもって対応できたのですが、それでも今回、やはり練習場所に関しては、二転三転して苦労しました(歌劇団の記事はただ今執筆中で、水曜か木曜にはアップします)。

 最初に確保していた練習場所(震災前に予約)は、夜間貸し出し中止措置のため、貸りる事ができなくなりました。

 その頃は、まだ夜間貸し出しをしてくれる他の施設もなかったために、時間を昼間にズラし(普段は夜活動しています)て、別の施設を予約したのですが、そこでも「一応お貸ししますが、当日、停電になってしまったら、たとえ昼間であっても、貸せません」という約束で確保。

 ところが調べてみたら、練習時間と計画停電の時間とぶつかる予定でした。それにやはり練習時間が普段とは違う時間になってしまうと、練習に参加しづらいメンバーも出てくるので、一度は練習会場として押さえたものの、やはり代案を用意する必要があるだろうという判断で、夜間の使用が可能で、万が一、停電になっても貸し出してくれる民間施設も合わせて予約して、しばらく様子を見る事にしました。

 やがて、夜間貸し出しを再開する公共施設が出始め、計画停電がしばらく無い事になったので、割と良く使用している施設に改めて夜間の時間帯に予約を入れて、そこで練習をした…と言葉で書くと、なんかよく分からなくなるくらいに、アレコレとアタフタしたものです。

 私たちのような団体ですから、こんな感じですから、もっと規模の大きなところは、そんなに簡単にはいかない事が、容易に想像できます。

 こんな風に苦労しているのは、フルタイムで働いてる人が多く所属している団体のようです。現役世代の男性は大抵フルタイムで働いてしますし、今の時代、会社勤めの女性だって大勢います。なので、混声/男声合唱団などの団体が練習場所に苦労しているようです。

 そこへ行くと、専業主婦およびパートタイマーで、比較的時間が自由に使える、お母さんコーラス団体では、その手の話はあまり聞きません。

 これはおそらく、お母さんコーラスの場合、元々、練習そのものが、ご主人が仕事に行っていたり、子どもたちが学校に行っている、昼間の時間帯だからでしょう。昼間の時間ならば、今も以前と変わらずに、公共の音楽施設は貸してもらえます。また、いつもの場所が震災関係で使用されていても、昼間なら、活動できる場所に余裕がありますから、比較的容易に新しい場所探しもできるようです。

 もちろん、個々のメンバー的には色々とあり、人数の集まりそのものは、震災後は芳しくないところもあるようですが、それでも多くのお母さんコーラス団体は、震災以前と変わらずに練習に励むことができるようです。

 その点は、フルタイムで働いている現役世代のメンバーが大勢いる混声/男声合唱団の場合、どうしても練習時間が仕事終了後の夜間の時間帯になりがちなので、練習場所を確保するのが、まだまだ難しいところがあるようです。公共の音楽施設を夜間の時間で借りるのが難しいため、練習回数を減らしたり、狭いところで無理やりに練習したり、ツテを頼って、お寺や教会、幼稚園などを臨時に借りて練習しているところもあるようです。皆さん、苦労しているようです。

 「合唱なんか、どうせ趣味なんだから、自粛しろ!」 そんな声が聞こえないわけじゃありません。

 今、日本の混声/男声合唱団って、おおげさな話でなく、その多くが衰退の道を歩んでいます。合唱人口の減少と高齢化がその原因なんですが、現在、タダでさえ元気のない、これらの団体に、長期間に渡って練習場所ジプシーを強いると、それが痛手となって、団体休止/廃止へとつながる危険があります。今の日本では自粛の風が吹き荒れていますが、そんな自粛など、するつもりがなくても、合唱の灯が消えてしまうかもしれません。

 合唱というのは、一人では練習すらできません。まあ、音取り程度はできたとしても、やはり人数が揃って、声を合わせて、ハーモニーを作っていかないと、どうにもならないと言った部分があります。趣味とは言え、遊びとは言え、このままでは、日本から、一つの文化の伝統が立ち消えそうで、寂しいです。

 私の耳には入ってきませんが、アマチュア・オーケストラや市民吹奏楽団も、おそらく同様な状況に置かれていると思います。ただ、これらの団体は、混声/男声合唱団とは違い、団員の平均年齢も若く体力もあるので、練習場所ジプシーが続こうが、長期に渡る活動停止期間があったとしても、おそらく元気に復活できるでしょうが、混声/男声合唱団には、それらの団体ほどの体力も時間も正直ありません。

 気がつくと、日本のアマチュア合唱は、専業主婦を中心に構成されている、お母さん合唱団だけになってしまうかもしれません。おおげさな話のように思われるかもしれませんが、全く無い話ではないと、私は思います。

2011年4月17日 (日)

地震酔い、自粛、売国奴[2011年4月第3週・通算14週]

体重:99.8kg[+-0.0kg:-0.6kg]
体脂肪率:30.2%[-0.3%:+-0.0%]
BMI:31.5[+-0.0:-0.2]
体脂肪質量:29.9kg[-0.5kg:-0.5kg]
腹囲:97.0cm[+-0.0cm:+0.5cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 最近、大きな余震が続いてるようですが、よっぽどの事がない限り、余震に気付かなくなった私です。その理由は…いつも何だか地面が揺れているような気がするからです。“地震慣れ?”と思いましたが、揺れていなくても揺れていると感じたり、周りが騒くほど揺れていても、全然気付かなかったり…そんな日々が続いています。おそらく“揺れを感知するセンサー”がバカになっているんでしょうね。いつも軽度の揺れを感じているので「メニエール病じゃないの?」と知り合いに言われましたが、それはたぶん違う。そんな大袈裟なものではなく、きっと今流行りの“地震酔い”だと思います。

 なので、なんかいつも、カラダがユラユラ揺れているような気がしてます。地震が来ても、分からなくなっているので、ついに研究室に「簡易地震感知器」を備えました。だって、本当に地震が来ているのに、それに気付かなくって、逃げ後れたりするのは、イヤじゃない?

 「簡易地震感知器」の作り方は簡単です。1mほどの長さの糸を用意し、その糸の先に大きめのクリップを縛って、それを天井からぶら下げただけです。これで、地震が来たかな?って思ったら、糸の先のクリップの動きを見れば分かるというものです。グッジョブっす。
 
 
 さて「自粛自粛…」と世間は、かまびすしいですね。花見も自粛、サクラ祭りも自粛、音楽会やお芝居も公演中止になってしまったものがたくさんあります。

 関東地方は、電力不足なので、多量の電力を必要とする催物が中止されるのは、分からないでもないです。また、四六時中、余震の心配が必要な現在、大勢の人を一カ所に閉じ込めて興行するというのも、物騒と言えば物騒ですね。

 しかし、東北の酒蔵の方々が「花見で東北の酒を飲んでくれ~」とか、旅館業の人が「頑張れと言うだけじゃなく、観光に来てくれ~。東北全部が被災したわけじゃないんだ」とか、テレビなどで訴えています。

 震災以降、自粛ムードが広まり、日本経済が停滞しつつあるようです。人々がモノを買わなくなったようですし、遊ばなくなったようです。一つには、被災者の方々に遠慮して、欲しいものも買わず、食べたいものも食べず、遊びたい気持ちをぐっと堪えて、日本中が我慢に我慢を重ねている…とも解釈できますが、そのために、日本経済が停滞しているようです。

 「花見は自粛しろ」とか「パチンコ屋は全部休業だ~」とか「自動販売機なんかやめちまえ~」とか言ってた政治家の方がいらっしゃいます。お気持ちは分かります。電力不足から考えれば、そう言いたい気持ちは重々分かりますし、同意しますが、それをやったら、ますます日本経済が滞っちゃいます。「花見は昼間やれ~」とか「パチンコ屋は税金をきちんと払え~」とかでいいじゃないですか。自動販売機は……これは止めてもいいか(笑)。お茶は面倒でも、コンビニやスーパーで買おうよ。

 私は震災当初からブログで書いてますが、日本経済を活発に動かしていくことが、震災復興につながっていくと思ってます。現在のように、自粛自粛で経済活動が停滞したら、日本経済が落ち込み、多くの人が経済的なダメージを受け、被災地の復興も遅れてしまいます。自粛による経済活動の停滞は、もはや人災と言ってもいいレベルではないでしょうか? こんな状態がもうしばらく続くと、日本中で、経営の行き詰まりから、自殺してしまう中小企業の経営者が続出してしまいますよ。

 関東地方の場合は、電力不足の件がありますから、バランスが難しいのですが、それでも可能な限り積極的に、経済活動をしていかないといけません。ましてや北海道や西日本は被災していないし、電力だって豊富にあるのだから、落ち込んでいる東北や関東の分を補うほどに、バンバンお金を使って欲しいと思います。

 義援金を送るのも大切ですが、可能なら、東北地方の物産を購入してあげられたらいいんじゃないかと思います。出荷規制などもあり、近所のお店では買いづらいかもしれませんが、ネット等から東北地方の物産を購入する事ができますよ。
 
 
 確かに原発事故は気がかりですが、反原発のデモが行われると、マスコミがしっかり報道しますね。“外国人参政権反対デモ”とか“民主党ゴラぁ!デモ”とか“菅辞めろデモ”とかは、華麗にスルーして報道しないのに…。

 反原発デモで先導して、テレビのインタビューなどを受けている人って、プロ市民の方々でしょ。目を見れば、分かります。

 さらに、政府の原発事故の対応のマズさが、日々報道されています。確かに表面的には、菅総理や民主党政権の無力さを露呈しているように思えますが…もしもアレが、実は意図的なサボタージュだったら…なんて、この前、ふと思ってしまいました。

 わざと初動を遅らせ、原発事故を拡大し、情報を隠して、人々の避難を妨害して禍根を残し、救援物資は差し止め、マスコミと連携して日本人をノイローゼにし、被災地との連絡はあえて取らず、困窮している人々に「民でできる事は民で…」と行って、手を差し出さず、その癖、独断でデタラメな事をして、いきなりレベル7という最大値を発表して、世界における日本の信用を失墜させ、日本の産業全体に大きな被害を与える…。まさかと思うけれど、彼らが筋金入りの“売国奴”なら、これくらいの事はやりかねません。

 と言うのも、民主党政権にとって都合の悪いデモは、マスコミでは報道されないのが普通です。これは情報管制が行われている証拠です。なのに、反原発デモは報道されています。これは民主党政権と、反原発プロ市民グループがつながっている証だし、ならば今回の原発事故を契機に、徹底的に東京電力を攻撃し、被害を拡大して「ホラ、原発ってこんなに危険でしょ」とやっているのではないかと勘繰ってしまいます。

 少なくとも、原発事故に手をこまねき、アタフタしている姿を世界中に知らせる事は、民主党の方針と合致しているわけで、その部分と反原発ジゴロが結託しているのでしょう。

 さて「東日本はつぶれる」と言う言葉を公然と言い放ち、それを決して撤回しないのが、我が国の現在の総理大臣です。「東日本がつぶれないように助ける」とか「東日本をつぶさない」ではないのです。「東日本はつぶれる」なんですよ。確かにこのまま政府与党が不作為の罪を続けるのなら、東日本はつぶれる…かもしれません。

 そんな事をしたら、政権与党や菅総理自身の政治的な寿命が……は関係ないのです。現在の日本のシステムでは、総理大臣が自らが「私は総理を辞めます。議会も解散します」と言わない限り、総理大臣が変わったり、政権を担当する政党が変わる事はないからです。だから、原発事故でいくらイメージが悪くなっても、菅総理も民主党も、それで痛手を受けるわけではないのです(実はここはポイントです)。

 だいだい、現在の菅総理は、日本国民の選挙によって選ばれたのではなく、民主党サポーター投票で決まった総理です。日本人の多くがその投票に加われず、その代わり、少なからぬ数の外国人の投票によって決められた総理大臣です。こんな事、平時であっても許してはいけないはずですが、この国難の最中、日本国民が選ばなかった人物が総理大臣の任につき、不作為の罪を犯し続けている事自体、地震よりも津波よりも大きな災害だと、私は思います。

 もう少し言えば、私は計画停電ですら、実は必要なかったのではないかと疑っています。電力大口顧客の電気使用量を減らしたり、使用するピークの時間をズラしてもらえば、計画停電は回避できたのではないかと思ってます。それなのに、計画停電を実行し、わざわざ電車を止め、工場の操業を強制的に止め、日本人に「これはヤバイ」とたたき込んだおかけで、日本全体に一挙に自粛ムードが広がり、日本経済に急ブレーキをかけた…のではないかと勘繰ります。

 「川に落ちた犬は棒で突っつけ(某国のことわざ)」を実行するなら、日本が震災でダメージを受けた今が、チャンスでしょう。今なら容易に、日本経済を叩き、日本の国力を下げ、日本の国際的信用度を下げる事ができます。

 “ただ今絶賛、売国中…” これが私の妄想であって欲しいと思います。民主党政権が、根っからの無能な政権であるならば、私たちは、まだ幸せなのです。無能の皮をかぶった、有能な売国奴ならば、いよいよ私たちの国と、子どもたちの未来は、危機に面しているのです。

 尖閣諸島しかり、竹島しかり、メタンハイドレードしかり、白樺ガス田しかり…。ここに、東日本大震災が加わるのでしょうか?

 総理には、某国と“絆”を確認する前に、日本人同士の“絆”を確認してほしいです。まずは、本腰を入れて、復興対策に取り組んでほしいのです。会議を開く暇があったら、お得意の閣議決定で、責任者をドンドン決めて、彼らに権力を与えて、現地に飛ばして、バンバン仕事をさせればいいのです。それが分からないほどに“無能”なのか、分かっていてやらない“売国奴”なのか…。どちらにしても日本国にとっては、不幸な事ですが、どちらの不幸の方がよりマシかって話です。

 現状のまま実現可能で、一番マシな方法は、菅総理が辞任し、民主・自民の大連立を含んだ挙国一致内閣を作り、この国難をひとまず乗り切り、しかる後に、改めて総選挙をして、災害後片付け内閣を作る事だと思いますが、そのためにも、菅総理が総理を辞めないと話にならないでしょう。それには、アメリカあたりが、菅総理のバックについている某国と話をつける必要があるのだけれど、オバマには、その気持ちはないみたいだし…、某国的には今が日本をツブす絶好のチャンスだし…。やっぱ、国難だな。

2011年4月16日 (土)

キッカが星になりました

 2008年の秋に我が家にやってきたキッカが、2011年の春に星になりました。我が家で2年半の時を過ごしたわけです。最初にウチに来た時は、体長も約4cmほどしかない、ほんのザコでしたが、最後は口から尾びれの付け根まで(つまり尾びれの長さはいれず)で約15cm、尾びれまでいれた長さ(つまり体長)なら30cmはゆうに超えるまで成長した、巨大金魚になりました。

 キッカが転覆を始めたのは、去年の11月でした。ですから、最後の約半年ほどは、転覆のまま、暮らしていたわけです。

 どうやら、金魚は転覆病になったからと言って、それで死んでしまうわけではなさそうです。キッカも転覆病になっても、しばらくは元気でしたから。

 キッカの直接の死因は「松かさ病」です。松かさ病とは、お腹がパンパンになって、ウロコが松ぼっくりのように逆立ってくる病気です。原因は水槽内の細菌ですが、金魚が元気なら、松かさ病にはなりませんから、キッカ自身が弱ってしまったので、松かさ病になってしまったというべきでしょうね。

 やっぱり、いくら元気であっても、転覆していると、以前ほどはエサも上手に食べられずに、少しずつ少しずつ衰弱していくのだと思います。

 ですから、直接の死因は松かさ病でしたが、松かさ病になったのは、転覆してエサが十分に食べられなくなった事と、転覆して普通に泳げなくなったために、運動不足が原因で血流が悪くなった…からでしょう。そういう意味では、転覆病が遠因となって、松かさ病になって、星になったとは言えるかもしれません。

 転覆病にせよ、松かさ病にせよ、本来は命を失うほどの大病ではないけれど、二つとも、一度かかってしまったら治らない病気ですし、弱った金魚だから感染する病気なのです。

 今回のキッカは、体調が悪くなっても、極力入院させずに過ごさせました。理由の一つは「入院して集中治療をしたからと言って、劇的に良くなるとは思えなかった」という事と「入院させると寂しくて、それがストレスになって、却って病気を悪くしてしまいそう」だったからです。

 キッカは転覆するまでは、本当に健康で元気な金魚でした。松かさ病になるまでは、私もいずれは回復するのではないかと、淡い期待を持っていたものでした。なにしろ、キッカよりも先に転覆病になったブニョは、いつのまにか転覆しなくなり、転覆病から回復しつつありますし(しかし、まだ、熟睡すると転覆してます)、一時期は転覆トリオだったサクラも転覆しなくなりました。なので、春になって水温が上昇すると、金魚の転覆も治るのかな~なんて思っていたのですが、キッカは転覆からは戻れませんでした。悲しいですが、これもこの子の寿命でしょう。

 キッカさん、あっちの世界には、カエデ君がいますよ。

 生前は一生懸命カエデ君に粉をかけていたキッカですが、結局ブニョからカエデを奪うことはできませんでした。しかし、ブニョは、まだしばらく、こっちの世界にいますので、今なら、じっくりとカエデ君を誘惑できるので、ブニョがそっちに行くまでは、カエデ君と楽しんでください。きっとブニョがそっちに行ったら、あっと言う間にブニョにカエデ君は取られちゃうと思うので(笑)、今がチャンスですよ。

 そういえば、キッカが転覆したのは、カエデが星になってからだったよなあ…。カエデがあっちに行ってから、キッカはキッカなりに、心労を重ねたんだと思います。

2011年4月15日 (金)

新しいフルートの先生との“面談”って奴をやってきた

 「新しいフルートの先生を探すのは…憂鬱だなあ」

 これ、私の本音です。忙しいし、人見知りが激しいし、笛先生への未練もあるし…。でも、悩んで愚痴ばかり言っていても、前に進めません。

 元々は、私の仕事の都合で、笛先生のレッスンに通えなくなったのが、新しいフルートの先生を探すきっかけだったのですが、その後、笛先生が急にお引っ越しをされる事になって、遠方に行ってしまいますので、私の仕事が変わらなくても、笛先生のレッスンは辞めざるをえない状況になっていたわけです。だから、どちらにしても、笛先生の代わりの先生を探さないといけなくなっていたわけで、…そういう意味では、私の仕事が変わった事と、笛先生のお引っ越しは、何かのシンクロニシティ[必然の偶然]だったのだろうと、今は思います。

 さあ、とにかく今は、さっさと前に進まないと…私のフルート力が劣化しちゃいます。気合を入れて、前に進もう。

 と言うわけで、具体的なフルートの先生探しのスタートです。

 まず最初に起したアクションは…実にお手軽ですが、キング先生の声楽レッスンの御月謝納入のためにカルチャーへ行ったついでに、事務の方に「実は今、フルートの先生を探しているんですが…」とダイレクトに相談してみました(笑)。そうしたら、さっそく先生方のスケジュールを調べてくれました。

 お二人いらっしゃるフルートの先生のうち、お一人の先生は、私とスケジュールが全然合わないので、最初からダメだそうです。もうお一人のH先生は…時間があるような無いような感じの先生なので、先生と直接相談されて、先生がOKとおっしゃってくださったら、習えますよ、という返事でした。『~時間があるような無いような~』というところに、少々ひっかかりますが、まあ考えてみてもいいかって気がしました。「次のフルートレッスンの日に、時間を作りますので、直接先生と面談しませんか?」って言われました。

 ん? もう直接面談ですか? なんか、展開が速いですね。まあ、これも何かの縁です。善は急げです。面談したからと言って、即決定というわけでもないでしょうから、さっそく、面談をお願いしました。サクッと予約を入れて、後日、ノコノコと面談に行きました。

 さて、約束の面談日です。約束の少し前の時間に、カルチャーに着いたところ「先生がお待ちです」って事で、事務の方に連れられて、さっそくお教室に入室しました。H先生は、前の生徒さんと絶賛レッスン中でした。なので、ひとまず、レッスンを拝見させていただきました。

 前の生徒さん…こりゃあ、かなりの凄腕ですよ。実にしっかりした音で、高らかにフルートを鳴らしています。それも、いかにも難しそうな真っ黒な楽譜の曲です。今まで、色々なフルート教室の発表会に行ってきましたが、アマチュアさんで、なかなかここまで吹ける人って、あんまり見かけません。

 …え? ここのお教室って、ちょっとばかり、レベルが高くない? 早くも、ちょっとビビリ始めた私でした。ちなみにH先生はゴールドフルートを吹いてらっしゃいましたよ(笑)。

 で、30分ほどで、その方のレッスンも終わり、いよいよ私の番です。まずは挨拶をしました。

 先生の第一印象は…“紳士”ですね。物腰が柔らかくて、言葉づかいが丁寧で、上品な感じの男性です。私よりも多少年配のようです。ちょっと年の離れた兄って程度の年齢の方かな?

 さっそく、面談開始です。

 まず、フルート歴を尋ねられ(約三年です)、それから、なぜ教室を変わるのか(前の先生とスケジュールが合わなくなったからです)を尋ねられました。

 次にフルートを始めた動機を尋ねられたので「衝動買いをしました(爆)」と身も蓋もないことを、多少の解説を加えて答えました(ブログ記事的には、この記事の内容と同じです)。

 「前の先生はどなたですか?」と尋ねられたので、答えたところ「知らない人だなあ…」との答え。「ジャズフルーティストの方です」と言葉を添えると「ああ、だから知らないんだ」とちょっぴり安心したようです。

 「今まで何を勉強してきましたか」との質問には「アルテを15課までと、この楽譜(ポピュラーの楽譜を見せて)でコード奏法やアドリブなどの勉強を少々してきました」と答えたところ「ボクはクラシック専門で、こういう音楽(ポピュラーやジャズ)は教えられないけれど、それでいいのかな?」と聞かれたので「先生の得意な音楽を教えてくだされば、それで感謝です」と答えました。

 「フルートを見せてください」と言われたので、アゲハを手渡ししました。色々と見て、調べて、吹いてみて「いい楽器ですね」と言って、返してもらいました。ん? 楽器は合格って事ですか?

 「何か吹いてみてください」と言われたので、ハ長調の音階をひとくさりヒョロロロロ~と吹いたところ「良いアンブシュアをしてますね。頭部管とクチビルの距離は、ほぼ理想どおりです。音色もいいですよ。特に直すところはありません」と言われました。え? 頭部管練習からやり直さなくてもいいの?

 「今度は曲を吹いてください」と言われたので「今はこの曲を練習しています」と言って、ミニヨンエチュードの1番を吹いたところ「よくわかりました。前の先生にしっかりと教えてもらっていたようですね。吹けないところは、また練習してもらうにしても、特に直すところはありません。ここ(アルテ15課)から進めても平気ですね」と言われました。おぉ、アルテも前の方に戻らなくてもいいのですか?

 「ボクは、普段は、音大受験生を主に教えているのだけれど、余所から来た生徒って、たいてい、変な癖を持っていて、それを直すだけでも数カ月かかるんだよねえ。その点、あなたは、変な癖もないし、なかなかいいですよ」っと言われました。

 ただ、今すぐどうこうと言うわけではないけれど、少し気をつけた方が良い事がありますと、やんわりと注意を二つほど受けました。

 まず一つ目は「中音レの時、時々左の人指し指を上げ忘れているようですね。人指し指を忘れると、音色がくすむので、気をつけてください」 二つ目が「さっきの音階もそうだったけれど、あなたは曲を速く吹きすぎる傾向があります。フルートは、もっとゆっくりと吹きましょう。フルートは美しい音色を聞かせる楽器であって、素早く吹けてもダメなものはダメです。豊かにたっぷりと音を響かせてください。指なんか、誰でも練習すれば、いくらでも速くなりますから…。速さにこだわてってはいけません。とにかく、もう少しゆっくりと演奏してください」だそうです。…超絶技巧よりも音色にこだわる先生のようです。“早弾き命”だった笛先生とは、この当たりの感触が違います。

 「今日はロングトーンをやりましょう」と言って、さっそくレッスン(?)開始です。

 ロングトーンの練習。一般的にはソノリテが有名ですが、笛先生もソノリテではなく、独自の(笛先生の先生から伝わっている門下独自の)ロングトーン練習がありましたが、H先生もH先生なりの独自のロングトーン練習があるようで、今回はそれを教えてもらいました。具体的には、単純なロングトーンではなく、随所にオクターブ跳躍を交えながらのロングトーン練習ですが…これが実は、結構キツい練習でした。あんまりキビシイので、私、途中でクチビルがケイレンし始めたもんねえ(涙)。たかがロングトーンですが、なめちゃいけません。先生からは「私のところでフルートを習わなくても、このロングトーンは、毎日必ず練習するといいですよ」と言われました。

 ロングトーン練習が終わったところで「すとんさんは音程がしっかりしてますね」と「オクターブの切り換えを、フルートを動かさずに、クチビルも柔らかいままで対応している所が良いです」と二つも誉められました。社交辞令かもしれないけれど、うれしいですね。

 ロングトーンをやらせてみると、先生として、色々と分かるのだそうです。

 先生がおっしゃるには、たいていの人は、音程を楽器任せにするいい加減な人が多いのだそうです。また、オクターブの跳躍も、フルートを動かしたり、クチビルを固めて調整する人が実に多いそうです。もちろん、それではダメなんですけれど…。そこへ行くと、私は自分から音程を作りに行っているところが良いのだそうです。また、オクターブ跳躍も、クチビルを柔らかくしたまま、クチビルの柔軟性を上手に使ってコントロールしているのが良いそうです。…いやあ、誉め殺しですか? そんなたいそうな事をしている自覚は全然ないのですけれど…ねえ。

 そのあたりがきちんとできているとしたら、それは私と言うよりも、笛先生の手柄だね。音程にしてもオクターブ跳躍にしても、散々、笛先生に仕込まれた事だから…、そういうのが実を結んでいるみたいです。

 これでだいたい小一時間。面談もいよいよ終わりに近づきました。

 「どうしますか?」と尋ねられたので、これも縁かなって思ったので「お願いします」と頭を下げました。

 いやあ、いきなり最初の先生で決めちゃいました。だってね『馬には乗ってみよ、人には添うてみよ』と言うじゃないですか。H先生は、悪い先生ではなさそうだし、なかなかの教え上手のようだし、人を誉めて伸ばすタイプみたいだし、まずはお試しというわけではないですが、三カ月ほど習ってみて(お月謝は三カ月前納制なのね)、それでよければ続ければいいし、ううむとなったら、またその段階で別の先生を探せばいいかなって思いました。

 それに、先生が変わると、教則本が多少なりとも元に戻ると聞いていたし、覚悟してましたが、H先生は元に戻らずに、アルテを進めてくれそうですから、それも魅力の一つですよね。

 とにかく、人の出会いというのは縁のものです。そういうご縁を大切にするも、いい事です。だから、一番最初の先生だったけれど、これもご縁でしょう、しばらく習ってみる事にしました。

 それに、H先生は、クラシック音楽バリバリの先生ですし[ネットで調べたら、演奏活動もしているようですが]本業(?)は音大受験指導の先生のようなので、そういう先生にきっちりとテクニックを仕込まれるのもいいかもしれない…って思いました。

 入門をお願いしたところ「それでは、来週からレッスンに来てください」と言われました。え? 月の半ばですよ。こういうのは月始めからじゃないですか? そんな顔をしたところ「一日も早く、レッスンを始めたいでしょ」と言われました。ううむ、こちらの枯渇感をご理解なさったようです。

 「当分は曲はやらずに、アルテだけをやる事にしましょう。キリもいいので、ちょっと戻るけれど(あ、やっぱり戻るんだ)、15課の1章の最初のロングトーンをゆっくり(メトロノームで72のテンポ)でじっくり練習して来てください」と言われました。さらに宿題として、音階準備練習もゆっくりと練習してくることと、ミニオン・エチュードの1番を、これまたゆっくりと練習してくることを言われました。…とにかく、今の私の課題は「ゆっくりと演奏すること」のようです。

 ゆっくりと演奏することで、フルートを豊かにたっぷり鳴らす事を覚えてください。それと、ゆっくり演奏することで、色々な事を感じたり考えたりしながら演奏してください…だそうです。

 一見、宿題が少なめですけど、それでも先生は、気を使ってくださっているようで「仕事で忙しい時は、無理に練習しなくてもいいですよ。でも、ロングトーンの練習だけは、必ず毎日やってください」とも言われました。この先生は、きっとオトナの生徒さんには、優しいタイプの方なんでしょうね。

 それから、レッスンは毎週ある(!)ので、休まないようにと釘を刺されました。

 また、レッスンの時間については、特に決めないので、来れる時間に来てくださいとの事です。他の生徒さんと重なった時は、一緒に練習してもらう事もあるし、待っていてもらうこともありますとの事です。また、前の生徒がレッスンしていても、気にせず入室して、レッスンの準備をして待っていてくださいとも言われました。

 レッスンの時間は自由だし、仕事の都合もあるだろうけど、早く来れる時は早めに来てくださいとお願いされました(生徒さん全員分のレッスンが、早く終われば、それだけ先生も早く帰れるのだそうです)。ただ「どうしても遅くなる時は、遅くなってもいいからレッスンに来て下さい。待ってます。仕事で遅くなったからレッスンを休みます…は無しです。ただし、どうしても遅くなって、カルチャーセンターの営業時間内に来れない時は仕方がないので、その時だけはお休みしてもいいですが、連絡は必ず入れてください」と言われました。

 …つまり病欠は無しって事? そう言えば、私の前にレッスンを受けてた人、体調がとても悪そうだったなあ…。

 また、一回ごとのレッスン時間も特に決めないそうです。毎回、必要な事を必要なだけやるそうです。“今日は時間になったから、ここまで!”と言うのはないそうです。また「レッスン時間は、あまり短くはないので、そのつもりで」とも言われました。

 最後に、御月謝の話をしました(大切でしょ)。実は、このH先生のレッスン代は、生徒さんの腕前に応じて、お月謝が変わるシステムになってます。なので、御月謝は先生が生徒の腕前を判断した上で決めるわけです。

 「一カ月○○円でいいですか?」…もちろん、異存はありません…って言うか、毎週レッスンがある割には、安い金額ですよ、それ。思わず「安いですね、それでいいのですか?」と尋ねちゃいました。そうしたら「安いでしょ。ボクは余所では、この値段ではレッスンをやっていないのですよ。この値段はここの社長とボクで決めた値段で、ボクはここの社長の考え方に賛同しているので、特別にこの値段でやってますが、余所の教室では、一回のレッスンで、ここの一カ月分のレッスン代をいただいてます」と言われました。そうだよね、そんなもんだよね…相場的に考えれば、そんなもんだよね。なんだか、申し訳ないです。笛先生もサービス価格でレッスンしてくださった先生ですが、H先生も特別割引価格でレッスンをしてくださるよ。ああ、有難いことです。

 「ちなみに、その○○円というお値段は…一番下のクラスのお値段ですよね」「いいえ、下から三番目です」…だそうです。ちなみにH先生のレッスンは、下から、初級科・中級科・上級科・研究科の4クラスになっているので、下から三番目というのは…上級科クラスって事です。

 え? 私は上級者?

 「すとんさんは、変な癖はないし、前の先生にきちんと教えてもらっているので、特に直すところもなく、すぐにレッスンに入れますからね…」と言うことで、下から三番目のクラスなんだそうです。

 つまり、笛先生のご指導は、とても的確だったし、私をきちんと仕込んでくださったので、私は上級科ってことのようです。笛先生、ありがとうございました。あと、アルテ15課からレッスンを始めるから、上級クラスとか? 案外、そんな感じかもしれませんね。

 ちなみに私の前でレッスンを受けていた生徒さんは、研究科クラスなんだそうです。ああ、やっぱりそうだよね。

 でも、やっぱり、私はクラス的(って言うか、御月謝的)には上級クラスであっても、腕前は本当に上級者なのかな? ちょっと自信がないですよ。こんなヘタッピが上級者なら、ヘソで茶が沸くってもんです。上級クラスという言葉の響きはいいけれど、天狗になってはいけません。まだまだ修行。これからも練習三昧ですよ。

 と言うことで、次回から毎週フルートのレッスンに通えることになりました。これでひとまず安心です。ああ、よかった。

 そんなわけで、私のフルートライフは、当分の間、アルテに専念し、クラシックバリバリになるようです。ジャズの勉強は、ちょっと一休みです。笛先生がこちらにいるなら、たまには先生のライブに顔を出して、遊んでもらおうと思ってましたが、先生が当地を去られるので、新しいジャズ仲間を見つけるまでは、どっちにしても、私のジャズは、お休みです。ジャズフルートって、結構好きになっていただけに、寂しいと言っちゃあ、寂しいですよ。

 その分、クラシック方面でガンバロっと。

2011年4月14日 (木)

「カルメン3D」を見てきた

 本当は、この日、メトのライブビューイングで「ランメルモールのルチア」を見に行くつもりでいたのですが、休日出勤になってしまったので、やむをえず諦め、その憂さ晴らし(笑)で「カルメン3D」(日本語のサイトはこちら)を見てきました。

 「カルメン3D」は、ただ今、ワーナーマイケル系の映画館で絶賛上映中(ただし、一部の劇場を除いて、今週の金曜日[2011年4月15日]で終わっちゃう予定)のオペラ映画です。オペラ映画と言っても、いわゆる映画化されたオペラではなく、イギリスのロイヤル・オペラ劇場(以前は「コヴェント・ガーデン」と呼んでいたような…)で上演されたものを、3Dで撮影したものを上映したわけです。だから、オペラ映画だけど、舞台中継っぽいノリの映画です。

 舞台中継っぽいノリのオペラ映画、と言うと、まさに、メトロポリタン歌劇場のライブビューイングがそれですが、今回の「カルメン3D」とメトのライブビューイングは、似て非なるものでして、かなり性格が違う感じでした。

 メトの方は「映画館で歌劇場の雰囲気を味わう」みたいな感じで、時間は指揮者がピットインする少し前から、リアルタイムで進行するし、幕間はスタッフや出演者のインタビューなど盛りだくさんのサービス満点ですが、「カルメン3D」の方は、あくまで“映像ソフト”として製作されているみたいで、冗漫な部分はあまりなく、サクサクと劇が進みます。インタビューなどの特典映像も全くなく、だいたい、幕間すらありません。ただし、さすがに映画としては長編になるので、間で20分のトイレ休憩が入ります(笑)。それも画面に時計が表示されて、残り時間が分かるようになっている、そんなシンプルな休憩です。

 ロイヤル・オペラ劇場は、イギリスの代表的な歌劇場ですが…画面で見た印象だと、かなり小規模な歌劇場みたいですね。

 出演者は、カルメンがクリスティーン・ライス、ドン・ホセがブライアン・ハイメル。ミカエラがマイヤ・コバレヴスカで、エスカミーリョがアリス・アルギリス。指揮者がジュリアン・ネイビアでロイヤル・オペラ歌劇場管弦楽団に合唱団とバレエ団です。

 歌や演技は、人によっては多少の好き嫌いはあるだろうけれど、映像化されるだけあって、水準以上のものだと思うし、少なくとも文句がつくほど不出来ではないと思います。私は素直に楽しめましたよ。演出は、奇を衒わずに、割とオーソドックスなものだと思うけれど、やはりヨーロッパの歌劇場らしく、全般的に大道具小道具に、経費節減っぽい雰囲気があります。

 演出面で、特筆すべきはドン・ホセの人物解釈かな? ドン・ホセは、多くの劇場では「軟弱な男」「マザコン」「なんだか煮え切らない男」みたいな印象の人物として演出されることが多いのですが、この演出では「マザコン」は変わらないようですが「軟弱」とか「煮え切らない」という印象は全くなく、「頑固で嫉妬深い男」として演出されています。

 また、オペラ全体がドン・ホセの回顧という形で進行していますので、劇としては、カルメンではなく、ドン・ホセが主役のようになっています。

 とにかく、ドン・ホセが救いようのないほどの嫉妬深い男で、この男の嫉妬にカルメンを始め、周囲の人々が振り回されていくのです。

 なるほど~、こういう解釈もあったんですね~。確かに、ドン・ホセを「軟弱なマザコン男」と表現するよりも「真面目で堅物で、それゆえに嫉妬深い男」と表現する方が、今の人間には共感しやすいかもしれませんね。

 この演出はグッドだと思いました。

 その他の人物は…カルメンは相変わらず、下品でハスッパでした(笑)。品がないカルメンでしたが、こういうの下品なカルメンは、最近の流れですね。ですから、演出的には、これはこれでいいんでしょう。個人的に、昔の演出によくあった「妖艶でセクシーでオトコを魅了する女」つまり「下品ではなく、ホルモン過剰タイプ」のカルメンが好きです。そうそう、ライスの歌唱は、ところどころ間延びを感じさせるような箇所があり、スタイル的には、今っぽくなかったです。

 エスカミーリュやミカエラは…しっかり脇役でした。

 ちなみに、歌劇「カルメン」には色々なバージョンがあるのですが、この映画では、レチタティーヴォのないバージョンを採用していました。なので、基本的に劇は、セリフ劇として進行し、合間合間にアリアやアンサンブルが入るという形です。

 また『第一幕への前奏曲』以外の前奏曲はすべてカット(その代わり、映画のエンドロールのところで流れます)されているので、見ている人は幕の切れ目を意識せずに見れます。しかし、オペラを見慣れている人間から言わせてもらうと、違和感バリバリです。だって、第一幕に相当する部分が終わって、一息つけるかな…って思っているのに、間髪いれずに、第二幕の酒場のダンスシーンが始まっちゃうんだよ。第一幕の余韻を楽しみたいじゃない。『第二幕への前奏曲』を聞いてワクワクしたいじゃない。何と言っても、気分を仕切り直したいじゃない。でも、そういうのは、一切無しです。なんか、違和感を感じました。

 また、レチタティーヴォがないために(セリフはしゃべるけれど)歌わない役の人もたくさん出てきました。これらの人が出てくることで、劇の部分がだいぶ分かりやすくなっていると思います。ま、これはこれでアリです。

 しかし、カーテンコールなどは、ミュージカルのそれっぽく編集されていて、ちょっと物足りない気がしました。

 で、オペラを3D映画にして上演することですが、私はアリだと思いました。いや、これからは、メトのライブビューイングも3Dでやって欲しいなあと思ったくらいです。

 3Dはいいですね。舞台の奥行きがしっかり感じられます。ダンスシーンや曲芸シーンは迫力満点です。合唱などの群衆シーンは、合唱メンバーたちの細かい芝居がよく見えます。大勢の人間がたくさん写るシーンの3Dは、2Dよりもずっとずっと分かりやすいですよ。

 これは例えて言うと、音声における、モノラルとステレオの違いのようなものかもしれません。音声がモノラルであろうが、ステレオであろうが、音楽の本質的なものを表現すると言った意味では、両者は全く同じだけれど、モノラルだと混濁してよく分からなかった部分が、ステレオではきちんと分離されていて、それぞれの楽器や歌手の音や声を楽しめるってことが多いじゃないですか。映像も似たような感じで、2Dでも3Dでも、表現される映像の本質的に部分には何ら変わりないけれど、2Dだと背景になって埋もれてしまったようなものも、3Dだと本当の背景とは分離されて、それぞれを味わう事が可能だと思います。

 こりゃあ、近い将来、映像はすべからく3Dになってしまうかもしれませんね。もっとも、そのためには、もう一度、何らかのブレイクスルーが必要かもしれません(例えば、裸眼3Dとか、フォログラムとか、まあそんなもの)。

 ちなみに、よくネットなどで「3Dはメガネが重くて不快」という記述をよく見ますが、「カルメン3D」を上映しているワーナー系の映画館は、Real3Dという方式で3D上映をしていますので、メガネは普通のメガネ程度の重さです。だから、3時間以上の上映時間なのですが、メガネが苦になることはないので、メガネの重さで3Dを敬遠している方でも、安心してご覧いただけますよ。

2011年4月13日 (水)

発表会のピアノ合わせに行って、凹んできた

 はい、撃沈してきました(涙)。

 今回のピアノ合わせ、“悔い”が二つばかり残っています。

 最初の悔いが“朝から声が不調だった”という事。

 『どうせ、会場に行ってからは、ロクに声出しもできないだろうから…』と思い、出発前に家で軽く声出しをして行こうと、家を出る直前の10分程度の時間で声出しをしてみたら、なんと、声がロクに出ない。声帯がすごく重く感じます。力を入れて無理に発声しないと歌声が出ないし、響きは全くないし、高音なんて当たりもしない。それどころか、五線の中の音ですら音程が当たらない。なんか、寝ている間にノドが他人のモノと交換されちゃったような感じで、すごく使いづらいんですよ…絶不調? それとも単純に…声が目覚めていない? 丁寧に時間をかけて声出しができれば、なんとかなったのかもしれないけれど、なにしろ出発間際だし、うまく声が出ないから焦るし、焦るとますます上手く声が出ないし…なんか負のスパイラルに、はまっちゃいました。

 やがて、出かける時間になりました。妻は「どうせ、早く会場に行って開けないといけないんだから、向こうで声出しすればいいじゃん」って言うけれど、会場には必ず“早め”に来る人がいるんだから、それは無理でしょ(実際、早く来てた人いたし…)。

 時間がたてば良くなっているかもしれないと…という淡い期待を抱いていたものの、ピアノ合わせが始まって、全員で一緒に声出しをした時も、全然音が当たっていないのが自分で分かりました。あちゃー、これはダメだ。よくなるどころか、なんかますますダメになっている…。原因はよく分からないけれど、今日は全然ダメ。少なくとも、今は明らかにダメ。こんな事は、始めて。あきらかに朝の出かけの声出しからの不調/違和感/準備不足を引きずったままだよ。

 …やはり午前中から声のスタンバイを始めるなら、それなりの時間を用意しないと、ダメかも…。10分じゃ足りない。やはり、朝は30分程度は、声出しなどの準備に時間をかけないとダメかな? これが最初の悔いって奴です。

 この違和感が、この日の気分を支配していました。ま、しかし、これが撃沈の理由と言うわけではありません。でも終始、私の心にひっかかっていたのは事実だし、なんか今一つ、ピアノ合わせなのに、ウキウキできなかったのは、このためです。

 でもなんで、朝から声が不調だったんだろ? 前日に(人間ドックの代わり)の健康診断に行って、放射線浴びてバリウムと下剤を飲んだからかな? それとも前夜「カルメン3D」を見てきて(記事は明日アップします)ノドが疲れちゃったからかな? ううむ、原因が分からない…。

 さて、二番の“悔い”は…花粉症。

 ピアノ合わせの会場は、当然、室内です。室内だからと油断して、外出する時はしているマスクを外して、行動していましたが、これが結果的に、マズかったようで、テキメンに花粉にやられました。

 私の出演順は、ピアノ合わせ開始から約90分後でした。

 ピアノ合わせが始まって、最初の60分くらいは、マスクを外していても、全然平気な私でしたが、そこを過ぎたあたりから、ノドがイガイガし始め、痰が出始め、クチの中がかゆくなり、呼吸が苦しくなりました。これはヤバいと気がついたのは、出番15分前で、あわててマスクをして、水を飲んだり、のど飴をナメたりしたのですが、後の祭りでした。腫れ上がったノドや狭まった気管支で歌うはめになりました。

 たかが花粉症だけれど、ノドが腫れて、痰が詰まっていて、胸がヒューヒュー音がして、歌いづらいと言うか、歌うのに普段以上のパワーが必要でした。それでも、声が全く出なかったわけじゃないし、花粉症でなくても、たぶん結果的に撃沈したろうから、花粉症が原因で歌がダメだったわけじゃありません。だけど、ノドが痛くて気が散っていた事は事実。

 でも、それを言い訳にしちゃダメだね。ステージに「ただ今、花粉症のためにノドが腫れていて、うまく歌えませんが、ご勘弁」と書いたプラカードでも持って歌うなら話は別だけれど、私のノドの状態と、お客さん(今回は全員門下生ですが)とは関係ないものね。あくまで、私が体調管理にヘマっただけの話です。

 だから、悔やんでいる事は、撃沈した事ではなく、不安要素を持ったまま歌わざるをえなかった事なんです。せめて、万全の状態で撃沈したかったのですよ(涙)。
 
 
 さてさて、実際のピアノ合わせはどうだったかと言うと…。

 伴奏のピアノの先生は、気さくで優しくて配慮深い人です。歌の事もよく分かっているようで、こちらの呼吸を読み取るのも得意のようでした。伴奏者としては、凄腕の方のようです。とても歌いやすい伴奏をつけてくださいます。この先生にずいぶんと助けてもらいました。感謝です。

 最初に歌ったのは、二重唱です。

 二重唱の出だしの音をいきなり外しました。やるんじゃないかと思ってましたし、注意をしていたのですが、やっぱり最初にやっちゃいました。出だしの音が、ちゃんと取りきれないのね。でも、取れなかったからと言って、何度も舞台の上でピアノに「音をください」なんて言えないから、音が取れなくても歌いだすしかないわけで…取れないまま歌いだせば、当然外すわけです。

 たぶん、次のピアノ合わせの時も、そして本番でも、きっと同じ事をやると思う。何か対策を考えておかないと…。

 二重唱は、基本的に、ソプラノが歌って、それをテノールが同じ形で受けて…という流れなので、基本的にテンポはソプラノが決めるのです。この曲は、テンポが変わるので、妻と私でだいたいのテンポを決めて、いつもそのテンポで練習をしますが、妻は元々テンポには無頓着な女なので、ピアノの先生にテンポを伝える時も、なんとなくで伝えちゃったようです。なので、二人で練習している速度よりも、だいぶ遅めのテンポで歌いだしました。

 しかし、そんなゆっくりなテンポでは、私は歌えないので、歌っている最中で、曲のテンポを上げました。後で妻に「最初のテンポ、遅すぎ」って言ったら「だって、ピアノが遅かったんだもん(って、自分がそのテンポを伝えたんでしょ)。私は、オレ様じゃないから、ピアノに合わせて歌うのよ」と言い返してきました。さらに「いつも、キング先生が伴奏するテンポよりも速かったと思うよ」とも言ってたけれど、そうかぁ? キング先生のテンポって、結構速いぞ…。とにかく、テンポぐらい、自分で作って、伴奏をひっぱっていけよ~(涙)。

 さらに後半の私の部分では、丁寧に歌ったつもりでしたが、キング先生には「テノール、テンポ遅すぎ」って言われちゃいました。前回の二重唱のレッスンでは「雑に歌いすぎ」って言われてたので、丁寧に丁寧に歌ったのが、裏目に出たようです。丁寧に、しかし速めに歌うのは…まだ出来ないなあ。

 とにかく、二重唱は、ソプラノと同じ事をテノールがするからおもしろいのだそうです。なので、テンポはソプラノ縛りなんですが、私は彼女ほど、周りに合わせるのは得意じゃないし、好きでもないから、ソプラノのテンポが、練習の時のテンポと違って、あんまり速かったり遅かったりするのは、大変なんだよねえ。手加減して欲しいぞ~。

 とにかく夫婦で二重唱をしている割には練習が不足してますね。もう少し二重唱も家で練習しないとダメでしょうね。それと演出プランが、未だにノープランなままです。これも妻と相談しておかないといけませんね。

 歌い終わって、先生から「言葉があっちこっち落ちている」と言われました。そういう自覚はないので、しっかり楽譜で再確認しないとなあ…。勘違いしたまま暗譜しちゃっているんだろうなあ…。

 さて、二重唱の後、休憩もいれずに、引き続いてアリアです。もちろん、アリアは大撃沈をしました。

 二重唱の途中で、すでにヘトヘトになっていた私です。だって、声を出すだけで疲れちゃうくらい、この日のノドは重かったのですよ。なので、アリアの時は、最初からノドがかなり痛かったし、かなりキツキツにノドが締まっていました。歌い始める前から「こりゃ、ダメだな」って、そういう予感がしていました。ある意味、気持ちが負けていたのかもしれません。

 でも、そんな事は理由にしてはいけないので、背水の陣で頑張りました。むしろ、ノドが痛いのに、よく頑張ったと思います。で、頑張って、撃沈してきました。

 歌い終わって、先生から「撃沈は仕方ないけれど、散り際がテノールとして美しくない」と言われました。ううむ“テノールの美しい散り際”って、どんな感じだろ? Yテノールさんも撃沈していたけれど「美しい散り際でした」と先生に誉められていたからなあ。同じ撃沈でも“美しい撃沈”と“美しくない撃沈”があるようです。しかし、その違いが私には分かりません? ああ、困った。このままで、毎日、美しくない撃沈を繰り返す事でしょう。

 今回の目標の「なるべく脱力して、体力の配分を考えて歌う」は、結果として、全然できませんでした。最初から最後まで、ノドが痛くて気が散っていたし、痛みや声の出しづらさに負けないように、一生懸命、無理して、ノドに力を入れて、ノド声で歌っていましたからね。撃沈もみっともないけれど、ノド声もかなりみっともないね。

 来月、もう一回、ピアノ合わせがあるけれど、そこでは、本番に向けて、色々と調整をし直さないと。しかし、朝起きたら、声が重くて出づらいです…ってのは、辞めてほしいと心の底から思いました。

 それと、次までには、撃沈しなくても済むようにしないと。私の撃沈は美しくないそうですが、だからと言っても“美しい撃沈”の練習をするよりも“撃沈せずに歌いあげる”事を練習しないとね。少なくとも、次回のピアノ合わせ(約一カ月後)までには、なんとかしないといけません。

 ああ、撃沈ではなく、声の調子が悪い事に、凹んだ、凹んだ。

蛇足。ピアノ合わせで「オンブラ・マイ・フ」を歌った人がいて、よかったなあ~と思ったので、帰宅して私も「オンブラ・マイ・フ」を歌ってみたら…あれ、撃沈しちゃったよ。この曲は高声用であってもGが一番高いので、音域的には楽に歌えるようになっているはずなのに、Gはおろか、Eすら当たらない(涙)。ああ、この曲も歌えませんでした。そういう星廻りの日だったのかもしれません。

蛇足2。翌日、仕事に行ったところ、朝から寒けがしていたのですが「今日は春にしちゃあ寒い…」と呑気にかまえていたところ、昼前あたりから、頭痛がし始め、昼過ぎあたりから吐き気もしてきました。みるみる体調が下降し、夕方には完全にアウトな状態になりました。ん? 結局、帰宅して(私にしては珍しく)音楽の練習もせずに、すぐに就寝。…ん? ピアノ合わせの時、声が重かったのは、単純に“風邪ひいて体調不良”だったから? ダメじゃ~ん。道理で、ピアノ合わせの時、何となくムカムカしていたんだよなあ…。やっぱり、体調管理はちゃんとやんないと…ダメですね。。

2011年4月12日 (火)

今後のヴァイオリンの学習計画について

 さて、フルートは、ひとまず新しく先生を見つけようって事にしましたが、ヴァイオリンに関しては、私の体力的な限界と経済的な余裕の無さのために、当面、独学でユルユルやることにしました。

 でも、ただ、ユルユルやっていると、そのうちに中絶して挫折ってパターンになりそうです。それを回避する方法を考えないといけません。もちろん、できるだけ、お金をかけないパターンで考えないといけません。

 と言うわけで、どうするかって話ですが、ここで連載しているダイエットと同じパターンで、練習して進んだ分をブログにアップしてはどうだろうかと考えました。これなら、特別な費用はかからないし、定期的に練習成果をブログにアップするために、練習もサボりっぱなしなわけにはいかなくなります(ホントかな?)。うん、いい考えだ。

 で、記事をアップする間隔は…今までのヴァイオリンのレッスンが月二回だったので、それに準じて、ヴァイオリン独学記も月二回アップがいいかなって思ってます。

 というわけで、思い立ったが吉日ってわけで、今回が、そのヴァイオリン独学記の第一回にします。

 まず、使用するテキストは、今まで通り、篠崎教本で行きます。先生がいないので、誰もOKを出してくれないので、OKの基準を考えてみました。で、その基準ですが、篠崎教本準拠CDを購入しましたので、ここに入っている模範演奏と合奏して、それなりに“そつなく演奏できたら”OKってことにします。ね、これなら、分かりやすいでしょ。

 で、さっそくやってみました。

 まずは、ヒイロ先生とのレッスンでダメをもらった所から再開です。

 55番「六度音程と移弦の練習」 まだ完璧ではないけれど、OKにします。

 56番「小舞曲」 うわ、この曲、ヒイロ先生と練習していた時の倍速ぐらいじゃん。うはー、追いつくのが大変だけど…すぐに慣れました(笑)。OKです。

 57番「スラー練習」 これ、意外と難しいです。最初はスラーにできず、音符が変わるたびに、ついつい弓を返してしまいましたが、練習を重ねるうちに、今度は逆に、弓を返さないといけないところを、スラーで演奏しちゃったりします。ダメじゃん。OKです。

 58番「鍛冶屋の槌音」 これ、ヤマハのCMソングだねえ(笑)。スラーがポイントでしょうが、いい感じで弾けました。OKです。今回はここまで。

 やっぱり、独学だと「次のレッスンまでにできるだけ進まなきゃ!」みたいな気持ちがないので、進まない進まない。

 あと、練習時間の問題もあるかな? 今までは、無理やり、出勤前の10分を使って練習していましたが、これも止めました。やっぱり出勤前の10分は貴重よ。その分、ヴァイオリンを練習するよりも、早めに家を出て、職場に10分早く到着する方が大切ですよ。

 かと言って、就寝前に時間を作って練習ってのもダメね。眠くなっちゃう事と、消音器が良くないかなって気がします。とりあえず、スキマの時間を見つけたら、ちょこっとだけでも練習をする…って感じでやってます。ううむ、練習時間についても、きちんと考えないとダメだな。

2011年4月11日 (月)

我が家の経済状況と小遣いの関係

 以前にも書きましたが、私のお稽古事の謝礼は、基本的に、私のお小遣いからお支払いしています。

 ちょっと前まで、一カ月で、声楽が4回、フルートが3回、ヴァイオリンが2回で、合わせて9回ものレッスンを受けてました。忙しい週は、一週間7日のうちに、声楽もフルートもヴァイオリンもあって、さらにサークル活動である歌劇団の練習も加わったりして、7日のうち4日も出歩いていたりしました。ああ、忙しかったわけだ。

 フルートとヴァイオリンが当面無くなり、目下のところ、お稽古事は声楽だけになりました。カラダも楽になりましたが、お小遣いにも余裕が出てきました。いやあ、今まで色々とギリギリだったからねえ。

 で、妻に「フルートとヴァイオリンは一度止めたけれど、フルートはそのうち再開するつもりだよ。ヴァイオリンは体力的な事もあって、しばらくはナシのままで行くよ」と言ったら「じゃあ、ヴァイオリンの分、お小遣いを減らしてもいいよね~」と来ました。
 
 
 
 […絶句…]
 
 
 
 妻が言うには「だって、家計が苦しいんだよ」と来ました。アレ? ウチは最近まで、経済的には余裕があったんじゃないの?

 妻が言うには、息子君が中学に入って、お金がかかるようになった(これは仕方ないな)事もあるけれど、何と言っても、民主党政権になって、彼女の働いている業界が不景気になり、そのためパート収入が減った事に加え、追い打ちのように、ガガンと税金が増えて(バラマキ政策のためだな…)、そりゃあ大変な事になっているそうな。

 つまり、民主党が政権を握ったために、ウチが貧乏になったって事?

 …そう言えば、息子君の入学準備のために、私が貯めてたフルート貯金を吐き出したくらいだから、家計が楽じゃなさそうだとは薄々は感じてたけれど、私の小遣いを減らすとなると、そりゃあ、オオゴトだな。

 家計がピンチなら、仕方がない。協力しよう。しかし、先の衆議院選挙で民主党に入れた人たちのおかげで、私のお小遣いが減るというのは、なんか解せないですよ。

 さらに、妻と話し合って分かった事があります。実は、声楽のレッスン代の半額、ヴァイオリンのレッスン代の半額、歌劇団の団費用全額は、実は家計から出してもらっていたのです(汗)。いやあ「お稽古事の費用はすべて自分で出している…」なんて豪語しておりましたが、実はこれ、大きな間違いでございました。そう言えば、なんとなく、収入と支出が合わないような気がしていたのけれど、まあいいかと思ってました(どんぶり、どんぶり~)が、そんな事になっていたんですねえ…。いやあ、申し訳ない。

 そんなわけで、ヴァイオリンのレッスンが無くなったなら、その分の経費を、私のお小遣いから差っ引くと言うのも…まあ、理に適っていると言えば、そのとおりなので、とりあえず、小遣い減額の件は飲む事にしました。でもこれで、ヴァイオリンのレッスン復活のメドは完全に消えたな(涙)。

 しかし、妻自身も合唱団を辞めたので、夫婦ともに、一つずつ趣味を減らして、その分の経費を家計に回すという、いわば痛み分けの形になったので、仕方ないです。

 さらに、ヴァイオリンのレッスンを断念したのみならず、それに加えて今年は、人間ドックも断念する事にしました。幸い(?)、ラ・フォル・ジュルネも、有料公演を毎年4つ見るところを、2つにして、無料公演をたくさん楽しむ事にしたのも、何かの虫の知らせかもしれません。息子君が中学生になり、部活で忙しくなるだろうからと言う理由で家族旅行を取りやめにしたのですが、その分の費用も家計に回せますね。もちろん、バッチリ節電していますので、電気代の負担が減るのもうれしいですね。

 なんか、そういう、楽しみのための出費とか、不急な出費を押さえることで、幾ばくかの金額を家計に回す事にしました。こうやって、日本経済が少しずつ萎縮していくんだよなあ…。

 ま、そんなこんなで、私のお小遣いも見直す事にしたのです。しかし、お稽古事を減らしたのに、小遣いキツキツなのは変更なしっては、なんかなあ~って気がしないでもないです。すべては、景気回復を後回しにし、増税路線を突っ走り、バラマキ政策という大いなる無駄使いに励み、復興支援は後手後手の二の次三の次にして、まるで日本の国力を削ぐ事に全力をあげている(これが私の誤解なら、とてもうれしいのですが…)ようにしか見えない民主党政権さんのおかげなんだよなあ。

 民主党政権および東日本大震災の被害、福島原発事故、さらに自粛ムードに電力不足。日本全体が被った風評被害のため輸出業の衰退…。これらの複合的な影響のために、これからの日本は、国力がダダ下がりで、さらにさらに不景気になっていくでしょう(涙々)。いわば、国が縮小し、落ちぶれていくわけです。その時に備えて、今から、財布のヒモをしっかりと締める事は大切なのかもしれません。

 やっぱり、フルートも先生を探さずに、独学で行った方がいいかなあ(遠い目)。

 早い事、政権交代をして、とにかく民主党に辞めていただかないと、国がダメになる前に、ウチの家計がパンクするよぉ。

2011年4月10日 (日)

フルートのレッスン、どげんとせんといかん!

 日曜日です。本来ならダイエット記事の日ですが、昨日同様、音楽お稽古記事をアップします。

 私の仕事の都合で、笛先生のレッスンが受けられなくなった事は、以前の記事に書きました。フルートへのモチベーションがダダ下りな現在、このままの状態が継続したら、絶対にフルートを辞めてしまうのは、火を見るよりも明らか。こりゃ、マズイ。

 「フルート辞めちゃうの? せっかくいいフルートを買ったのにモッタイナイ」とは妻の言葉ですが、それはその通りだと私も思います。このままではアゲハが可哀相だし、フルートを一生やるつもりで、エイヤーと高価なフルート(あくまで当社比)を買ったのに、このままフルートをタンスの肥やしにするわけにはいきません。それに、フルートに費やした三年間という私の人生だってモッタイナイ。

 笛先生の代わりと言っちゃあなんだけれど、新しい先生を見つけて、レッスンを再開しないといけません。

 でも、気分は憂鬱だよ。私は人見知りをする人だから、新しい先生よりも慣れ親しんだ先生の方がいいのよ。基本的に新しい場所とか新しい先生とか、苦手なんだよなあ…。

 それにフルートの場合、門下が変わると「最初からやり直し!」なんて事、よく聞く話でしょう。この年になって、今更、頭部管修行から始めたらイヤだしなあ…。でも、アンブシュアは、門下や流派ごとに違うから、同じ師匠筋の先生に移動するわけでもなければ、たいていやり直しらしいし…(ほんと?)。

 それに、アルテだって三年かけて15課までせっかく進んだのに、先生が変われば、きっと、能力チェックテストみたいなのがあって、その結果、色々と欠点が明るみに出されて、ずっと後ろの方まで戻ってレッスンすることになるだろうし…。「アルテはまだ早いです。初心者用の入門教材から始めましょうね(はぁと)」なんて言われた日には、目の前クラクラしちゃうだろうなあ。

 師事する先生が変わるって、そういう事だと思ってます。ああ、気が重い、気が重い。

 だったら、笛先生のレッスンが受けられるようになるまで、フルートをお休みしておくか…なんて考えも、一瞬頭をよぎったけれど、その日が来るまで何年かかるか見当もつかないし、下手すると仕事を引退するまで、そんな日が来ないかもしれないと思うと、そういうわけにはいきません。

 やっぱり、近隣の先生で、私とスケジュールの合う先生を探さないと…。

 これと言った先生のアテがあるわけではないので、とりあえず、思いつく範囲で、近隣の先生方のリストを作って、それぞれの先生の元でレッスンを受けられるかどうかを電話等で尋ねて、相談してみて、場合によっては体験レッスンをお願いして、それで次の先生を決めないといけませんね。

 笛先生のところでフルートのレッスンを始めて、約三年。おかげさまで、この世界の事も若干分かるようになりました。そこで、無い知恵をしぼって「ううう~む、近隣のフルートの先生、フルートの先生…」と捻り出すと、数名の先生々の名前が頭に浮かびました。

 まず最初に思い浮かんだのは、私の中学時代の担任の先生(で、現在はソプラノ歌手)が、よく仕事でご一緒しているフルート奏者の方。当然、演奏を聞いた事があります(なかなかの凄腕)し、ウチの近所の某施設でお教室を開いている事も存じあげておりますので、一度お教室を尋ねて相談してみるのもいいかなあと思ってます。

 知り合いのお嬢さんでフルート奏者をやっている方がいらっしゃいます。CDもマイナーレーベルから数枚リリースしている、現在売り出し中の若手フルート奏者です。リサイタルも聞きに行った事がありますが、なかなかエレガントな演奏をする方です。もしも先生業をやっているならば、親御さん経由で尋ねてみて、先生候補に入れてもいいでしょうね。ただし、レッスン料は安くはないでしょうね(汗)。

 湘南にはジャズフルート奏者が二名いて、その一人が笛先生なんですが、もうひとりの方は、確か、ウチの近所に住んでいたはずです。その方に習うという手もないわけじゃないです。

 キング先生のレッスンは、いわゆるカルチャーセンターで行っているのですが、そこのカルチャーセンターには、フルートの先生がお二人いらっしゃいます。面識も何もないのですが、お二人ともベテランのフルート教師だし、お弟子さんもたくさんいらっしゃる方々なので、きっと教え上手でしょうし、そういう先生もいいかもしれません。

 それに某大手の音楽教室が近所に数カ所ありますが、そのうち二つの教室にフルートの先生がいらっしゃる事は存じあげております。

 その他にも、知り合いのプロオケ奏者の方に「ウチの近所に良いフルートの先生いない?」って尋ねれば、きっと即座に数名の候補があがるだろうし、息子君のピアノの先生に話せば、お知り合いのフルート奏者の方を紹介してもらえるだろうし、アマオケのフルート君に「君の先生を紹介しなさい」と命じても(笑)いいし、ネットで検索しても……止めとこう。そんなにたくさんの先生方をリストアップしても仕方ないよ。実際に師事できる先生は一人なんだから、そんなに手を広げちゃうと、かえって選ぶのが大変になるだけだし、こういうモノは縁のものだから、ご縁を大切にしないといけないよね。

 しかし、先生を変えるのって、勇気とエネルギーがいるよねえ…。いっそこのまま、フルートは独学でいいや~って思わない事もないですが、でもたぶんそれじゃあ、フルートは挫折が待っているだろうから、ここはやっぱり一つ、重い腰を上げざるを得ないでしょうね。

 さて、アクションを起こさないと…ね。まずはこれらの先生の条件を調べてみますか? いくらご近所にお住まいでも、お宅で教室を開いてるとは限りませんからね。まずは私の自宅、あるいは職場から、徒歩圏内でお教室を開いてる事(私は徒歩移動な人間です)。それに現実的な問題として、御月謝が支払い可能な金額である事。その上で、私が通える時間帯のレッスンのコマが空いている事(実はここが一番大事なポイントです)も確認しないと…。そして、体験レッスンを受けられるかどうか確認しないと…。

 やるべき事が結構あるなあ。仕事だけでも大変なのに…フルートの先生探しは、先のばしにしたいと言うのが、今の本音ですよ。

 はあ…。

2011年4月 9日 (土)

姿勢を良くして、ハッタリをかまそう!

 ええと、通常の土曜日は、金魚の記事をアップする日ですが、現在、私の音楽環境が急変しておりまして、色々な事が積み重なっておりますので、今日は金魚はお休みして、通常の音楽お稽古記事をアップします。

 と言うわけで、声楽のレッスンに行ってきました。

 今回のレッスンも前回同様、前の方々のレッスンに乱入して、そのまま私のレッスンに突入というパターンでした。それにしても、ウェルディの椿姫の二重唱「パリを離れて」という曲は、実にうっとりするほどに素晴らしい曲ですねえ…。私もあの曲を歌ってみたいですよ。そのためには、もう少し高音が得意にならないとダメ…かな?

 さて、私のレッスンです。最初は発声練習から。今回は、徹底的に長二度の練習でした。

 正直に言って、私は音程が苦手。音程の何が苦手かと言うと、音程を意識的に微妙に操作するのが苦手なんです。つまり“音程をコントロールするメモリが大雑把(爆)”なんですよ。だから「今の音をちょっとだけ高くして」と言われると、それを意識的に行うのは苦手なんです。この場合の「ちょっと」とは、ほんのちょっとの事ね。半音どころか、もっともっと細かい音程の差の事です。それを意識的に調整するのが、苦手で、ついつい、ちょっとのつもりで音程を変えると、うんと音程が変わってしまうか、あるいは全く変わらないかの、二者択一なんです。ダメですね。

 これが意志的的でなく、伴奏に合わせて~とかなら、なんとかなると思うんですがねえ…。ま、つまり、音感がないって事なんだろうな。

 私の場合、音程の切り換えと言うか、カラダのどこをどう使うと、自分の声の音程が上がったり下がったりするのか、実は意識されていません。なんとなくのイメージでやっていますので、結構アバウトです。だから「ちょっと高く~」とか言われると困るのね。「ドレミと歌ったのをドミミで歌って」なら、階名唱からイメージできるから歌えるんだけれど、ちょっと高くとか、ちょっと低くは、対応しきれません。

 そんなんだから、音程が甘いのでしょう。

 でも、分かんないものは分かんないんだし、できないものはできないんだから、仕方ないです。ただ、いつまでも、分からない/出来ないじゃダメだろうから、どうにかして、その手の事を、アバウトなイメージではなく、体内の筋肉運動で捕らえ直して、意識的に音程の切り換えができるようになりたいものです(今後の課題だな)。でなければ、音程を意図的に細かく操作することなんて無理だものね。

 で、発声練習で長二度をやったのですが、先生がおっしゃるには「長二度って、もう少し広いよ」ってわけです。そこで「もう少し、後ろの音を高く歌って」っていう事になったわけです。

 さあ、困った。今一つ、その「ちょっと高く/広く」のイメージがつかめません。イメージ出来ないものは歌えません。

 ヴァイオリンなら、指板の上の指を置く位置を、ほんのちょっと駒側に寄せれば、音程が高めに決まるけれど、歌の場合は、それに相当する事って、どうやればいいんでしょうね。

 先生がおっしゃるには「音程の調整のやり方は、人それぞれだけれど、息を流しながら、ノドの奥の方で音程の調整をした方が、正しい音程にハマりやすいですよ」という事で、なんとなくノドの奥の方で音程の調整のような事をやってみました。ううむ、合っていたのかな? いま一つ分からん。

 とにかく、長二度はもう少し、音程広めに歌えって事です、ラジャーっす。

 さて、今回はコンコーネは無しで、いきなりアリアでした。

 ここで新兵器登場。その名も“ZOOM Q3HD”。レッスンのために、先生がご購入されました。なかなかの優れものです。なんと、フルハイヴィジョン映像録画+高音質PCM録音がスイッチ一つで簡単にできます。つまり、すっごい、高性能でハンディなレコーダーってわけです。で、今回のレッスンは、こいつを据え置きにして、歌っている姿を録画し、歌い終わると、すぐさま再生&反省って奴をやりました。

 お教室だったので、再生もQ3HDで行いました。音声は外部スピーカーではなく、ヘッドフォンで聞いてみたけれど、これはすごいぞ、半端なくいい音でした。映像はQ3HDの確認用液晶画面で見たけれど、ウチのテレビ(フルハイビジョン対応だよ)で見たら、驚くほどきれいだろうなあ。

 で、ZOOM Q3HDで歌っている自分の姿を見た感想。うん、素晴らしい。きちんと歌えているところは、とっても良い、エクセレント!(自画自賛モードです)。しかし、歌えていないところは、壊滅的にダメ(涙)。一曲の中での出来不出来が激しすぎます。特に、後半になるに従い、ドンドン歌が崩壊していくのが、よく分かります(涙々)。

 しかし、プロってエラいね。彼らはこの歌を実に簡単に歌うんだよ。でも、歌ってみると、よく分かる。この曲…ちっとも簡単じゃねーぞー。なんか、半端なく、難しーぞー。

 さて出来が悪い原因について、考えられる事は色々あるけれど、まず画像を見て、真っ先に思いつくのが、歌っている時の姿勢、つまりフォームです。

 歌の始まりの時は、それなりに、きちんとした立ち姿で歌っているので、歌も良いです。しかし、歌が進むにつれ、ドンドン私の姿勢が崩れていきます。前のめりになって、アゴを突き出して、お辞儀をしているような形になって行きます。それに伴って歌も崩壊しています。ビデオで見ると、よく分かりますね。

 これは背中を使おうとして、無意識に前屈の姿勢をとって、背中を前後に使っていこうとしているわけですが、それは間違いなんですね。正しくは、きちんとまっすぐ立って、背中を前後ではなく、上下に使っていかないといけません。前屈すると、背中が伸びてしまうので、背中を上下に使うのが難しくなります。ま、上下に使えなくなるから、前後に使うんだとも言えますが…ともかく、背中は使えばいいと言うものではなく、正しく使わないとダメなので、前屈姿勢になっちゃうと、それだけでダメダメなのですよ。

 だから、、一番気をつけないといけないのは「しっかりと美しく立つ事」です。

 楽器にしても、スポーツにしても、フォームって大切です。上手い人は、大概、フォームがきれいです。逆に、下手くそは、決まってフォームが、汚い、醜い、見苦しいわけです。

 それは実は歌も同じ。上手な歌手は、見た目もカッコいいのです。だから、まずは立ち姿に気をつけようって事です。

 それに、きちんときれいに立って「私は上手な歌手ですよ」というオーラを出して、ハッタリかましておけば、本番で撃沈しても「あの人、今日は調子が悪かったのかしらねえ」って感じで許してもらえるかもしれないでしょ(笑)。でも、姿勢がかっこ悪くてダサダサの上に、歌まで撃沈すると「下手くそ!」とののしられてお終い。

 うん、見かけは大切だね。

 さあ、ピアノ合わせまで、本当に日がないけれど、それまでの間、とにかく、姿勢に気をつけていきたいです。

 先生に「ZOOM Q3HD、欲しくなったでしょう」って言われ「いいえ、私、映像には興味ないですから」と即答したものの、帰り道にツラツラと考えてみると、このマシンって、気軽に高音質高画質で自分撮りができるし、撮った画像も不要なら簡単に消せるし、必要ならピピっとパソコンに移せて加工できるし、確かに一つあると便利かもしれない。特に、YouTUBE向けにはベストだよねえ。これ、ちょっと欲しくなったかも…。

 買っちゃおうかな…どうしようかな…。ビデオはもちろん持っているけれど、かなり旧式のミニDVビデオのテープのカメラなんだよね。基本的に性能はなかなかのスグレモノだけれど、所詮は家電で、パソコンとの親和性は低いんだよね。つまり、今どきのビデオカメラじゃないって事ね。Q3HDって、性能の割にはお値段もリーズナブルだし、ちょっとお悩みモードに突入です。

 そうそう、この記事に先生が解説してくれたよ。

 まず、ファルセットの件。ファルセットで出せる声のすべてが実声で出せるわけじゃないから、ファルセットに多大な期待はしない事。それと、ファルセットと実声の差は、ノドの奥の開閉で決まる(実声はノドを開けて、ファルセットは閉める)から、そのあたりを気をつけると良いでしょうって事。

 それと、人前で歌うと結果がいいのは、色々と書いてあるけれど、つまり「すとんさんは“お祭りオトコ”って事です」だって。うん、そう言われちゃうと、否定できないですね。

2011年4月 8日 (金)

さあて、フルートとヴァイオリンの今後の事だけど、どーする?

 仕事の都合で、やむをえず、フルートとヴァイオリンのレッスンを長期休止状態にせざるをえない状況に陥った私です。別に先生方と、ケンカしたり、トラブルがあったわけじゃないです。単純に、レッスンに通えなくなっただけです。

 さて、長期休止に先立って、この約一カ月ほど、フルートもヴァイオリンも、レッスンがなかったわけだけれど、その時の体験(言わば“体験休止”をしたわけです)から考えてみると、たぶん、私の場合、独学は無理っぽいです。

 だってね、フルートはレッスンが無いと思うだけで、ほとんど練習しなくなりました。ヴァイオリンは、ひとまずトボトボとやってますが、これだっていつバタリと練習が止まるか分かったものじゃありません。

 かと言って、今年の仕事量や可能な練習時間と言うのを考えてみると、今までと同じペースで“歌にフルートにヴァイオリンにガンガン!”とは、行けそうもありません。

 とりあえず、声楽と歌劇団は、歌の神様が私のスケジュールを守ってくれたんだから、今までどおりのペースで行く事になりますし、練習もできるだけやっていきたいと思ってます。

 しかし…。

 フルートは……レッスンを中止して、練習できる時間も減るので、このままでは自然消滅というか、挫折の階段を転がり落ちることになってしまいます。フルートだって、三年ほど真面目にやってきたわけだし、せっかくアルテの15課まで進んだわけだし、レッスンに通えなくなったからと言って、ここで挫折してしまうのは、なんかモッタイナイ話です。

 気持ち的には、フルートは続けたいです。

 なので、なんとかして独学を回避し、早急に地元の近所の先生で、私のスケジュールと合う人を探して、どうにかしてレッスンを再開するしかないかな~って思ってます。でないと、私の場合、フルートを本当に辞めてしまう事になりかねません。

 …とは言え、別に先生のアテがあるわけではないので、これから真剣に先生を探さないといけません…ああ、憂鬱。
 
 
 一方、ヴァイオリンは……実はウチの裏はヴァイオリン教室なんです(ちなみに隣はピアノ教室ね)。だからヴァイオリンの先生なら、ウチの裏にいらっしゃるので、探す手間はいらないし、裏の先生はフリータイム制のレッスンなので、比較的私のスケジュールに合わせやすいし、どうしても近所でヴァイオリンのレッスンを再開するって事なら、一番の有力候補の先生なんだけれど、今は声をかけないでおきます。

 と言うのも、優先順位をしっかりと決めて、やるべき事はやり、後回しでも良いものは後回しにしないと、私自身がパンクしてしまうからです。何でもかんでも、ガムシャラにできるほど、若くもなければ、タフでもないからです。

 と言うわけで、私の人生の優先順位を考えていくと、まず最初に来るのは、やはり仕事関係ですね。これが目下の最優先事項です。新しい仕事と、その環境に少しでも早く慣れる事がまず先決です。その次が、家庭のアレコレとした事で、趣味は、その次に来ます。

 趣味の中でも、真っ先に優先したいのは、やはり声楽関係です。まずは声楽の個人レッスンを確保し、次に歌劇団を優先したいです。特に歌劇団は、私一人の問題ではないので、真剣に取り組まないといけないなあと思ってます。ま、声楽関係は、今回、不思議と色々と守られているので、今まで通りに淡々とやっていけば良いのだと思います。

 懸案のフルートとヴァイオリンは、その次に来ます。

 どちらの方が優先順位が高いのかと言うと、やっぱり、フルート。だからフルートは、何とかして続けたいです。やはり、一つくらいきちんと演奏できる楽器が欲しいじゃないですか? フルートは、先生が代わっても、今までどおりに続けていきたいです。

 で、ヴァイオリンは、その次です。つまり、最後です。

 だから、色々と状況が変わる今年に関して言うと、とてもとてもヴァイオリンにまで手が回らないというのが本音です。

 今は、フルートの事をしっかりと決めて、様子を見て、それからヴァイオリンの事を考えてみるのがいいかなって思ってます。つまり「ヴァイオリンはしばらく“棚上げ”にする」って事です。

 棚上げにすると言っても、全くやらないわけにはいかないので、そこは、仕方ないので、独学でユルユルと続けていくしかないかな…って思ってます。

 独学でユルユル…なんか、ムリっぽいですが、やむをえません。なんとか、独学でも続けられるような方法を考えないといけませんね。

 もちろん、まだ始めて半年の段階で独学に移行したら、たぶん元の木阿弥。ダメになってしまうかなって、さすがの私も思いますよ。音程も定まっていないし、弓もフラフラだし、ファーストポジションも覚束ないし、ビブラートもつけられないし、まだまだ独学ができるレベルではない…まさにその通りです。

 練習だって、今まではレッスンがあるから、無理やり出勤前の時間を工面してやっていましたが、レッスンがなければ、そこでムリムリに練習する必要もないわけだし、どんどん練習しなくなってくるのは、火を見るよりも明らかだから、なんらかの手を打たないといけない…とは思います。

 しかし、仕事が忙しくなって、練習時間が減りそうなのに、歌とフルートに加えてヴァイオリンもちゃんと練習して、先生のレッスンを受ける…と考えると、やはり無理に無理に重ねる事になりかねませんし、そんな事をするための必要な体力に不安を感じます。

 ザックリと言っちゃえば「歌とフルートで手一杯なので、ヴァイオリンを続けるならば、相当ユルユルにしないと無理」って事です。ヒイロ先生はそのあたりの事情をよく分かってくださっていたけれど、他の先生にそれを望むのは無理でしょう。そうでなくても、ヴァイオリンの先生って、サド系の人が多いし…。やっぱり、ヴァイオリンは習いに行けないなあ…。

 と言うわけで、ヴァイオリンは(仕方なしですが)独学に切り換えて、万が一、挫折しても仕方ないかなって割り切るくらいの覚悟で、ボチボチユルユルと続けていくのが妥当な線かなって思います。人生、なんでもかんでも思い通りにはいかないものです。ヴァイオリンが挫折しても、仕方ないじゃない。

 ま、四月になり、人はそれぞれ新しい道を行くって事です。とにかく、今は、フルートの先生探しだな、がんばろっと。

2011年4月 7日 (木)

フルートとヴァイオリンを辞めました

 …と書くと、嘘になりますが、でも今の状況を短く言うと「フルートとヴァイオリンを辞めました」って事かな? というわけで、タイトルはそういう事にしておきました。

 言葉を多くして説明すると…

 春になりました。新年度になって、仕事が[また]変わって(と言うか、配置転換ってやつです。ポストも変わりましたが…研究所勤めは変わりません:汗)、労働時間が飛躍的に増え(と言うか、リミッターが外されました:涙)、責任も増え、体力的な心配も増えてしまった、と言うことが、まずあります。

 今まで、他の人と研究室を共有して仕事をしていたのですが、この度、個室をいただいて、表札を出して、専用インターネット回線と外線電話と冷蔵庫と大きな本棚を数個いただきました。その代わりに「今年はいっぱい働いてね(はぁと)」って事になったんです。…ちなみに、今度の研究室は、オーシャンビューで眺めサイコーなんですよ。

 そんなわけで、仕事環境が激変した私は…今までフルートのレッスンに行ってた日が、夜の深い時間まで“お・し・ご・と”の日になってしまったのですよ(涙)。まあ、遊びと仕事とどっちを優先するかって言うと、私はこれでも“プロ”ですから、そりゃあ仕事優先です(当たり前)。なので「あちゃー」って感じです。

 この『夜の深い時間まで“お・し・ご・と”』は、少なくとも年単位で続きます。なので、フルートのレッスンを、今までの時間のままで学び続けるのは、無理になりました。じゃあ、別の時間に変更してもらう? でも、その日は、仕事でヘトヘトになっているし、本当に深い時間まで働いているので、いくら時間をズラしても、お教室に行けるのは、当然、夜の深い深い時間になってしまうので、やっぱり、その日のレッスンは無理ですね。

 先生と相談して、日を変えてレッスンを受ける…となると、場所が変わります。今のレッスンは先生のご自宅でやっているわけではなく、先生が当地に出張してきてレッスンをやっていただいている関係上、曜日が変われば、当然、レッスン場所が変わります。先生からは、そういうご提案も受けましたが…それはちょっと考えたくないのです。

 だってね…遠くに行きたくない…んですよ。仕事終わりの帰り道の途中にレッスンに寄って…、と言うならともかく、一度仕事が終了し、ヘトヘトになって帰宅して、着替えをすませて、夕飯も食べずに空腹のまま、フルート持って電車に乗ってレッスンに行く? 当然帰宅は遅い時間になるし、翌日も仕事だし…。それは勘弁だし、そんな無理は長続きしません。

 休日なら、多少遠くてもレッスンに通える…けれど(カレンダーどおりの仕事のはずなのに、実態は)カレンダーどおりの仕事ではない上に、今年は休日出勤が不定期で相当増える予定(涙)なので、定期的にレッスンを休日に入れるというのも、実は現実的ではないのです。それに、平日の仕事量も増えるので、もしも休日が休暇になっても、休養優先で遠出はしたくないという理由もあります。もうちょっと言うと、貴重な休日は、やっぱり家族と過ごしたいでしょ。

 そんなわけで、笛先生のフルートレッスンは、少なくとも今年は、続けられないなあと言うのが、私の結論です。なので、その件を先生に伝えて“レッスンの長期休止”をお願いしました。あくまでも“辞める”のではなく、復帰も念頭に入れての“長期休止”って事でお願いしました。だって、年単位でレッスンに行けないのなら、それも仕方ないでしょう。

 ヴァイオリンのレッスンは、元々、不定期レッスンでヒイロ先生と私のスケジュールを合わせて行っていたのですが、こちらも私の仕事が増え、先が全く読めなくなってしまいました。当然、次のレッスンを入れるメドも、全くたたなくなってしまいましたし、体力的にも心配になった(レッスンは遠方で行っているので、レッスンに行って帰ってくるだけで6時間程度 [片道1時間半の往復で3時間、レッスン時間2時間、会場入りは遠方という事もあって念のためレッスンの1時間前に到着…で合わせて6時間]、かかってしまうのですよ)ので、こっちも“長期休止”にしてもらいました。

 とにもかくにも、今年はかなり仕事に忙殺される予定なので、今までどおりの形で、フルートとヴァイオリンのレッスンを継続するのが、無理になりましたって事です。それが、今回のタイトルの本当の意味です。

 オトナですから、社会人ですから、仕事が優先なのは当たり前。仕事の内容が変われば、趣味を止めたり中絶したりするのも当たり前。だからこそ、かねてから私が言っている通り、オトナの趣味は、できる時に精一杯にやらないといけないのです。

 フルートもヴァイオリンも、三月のレッスンが無くなり、四月からは長期休止という流れになってしまったので、おそらくブログ読者の方は「何かあったの?」と心配される方もいらっしゃるでしょうが、事実は上記の通り「新年度から、私の仕事内容が変わったために、今の形での継続が無理」になっただけの話です。三月のレッスンが無かったのは、先生方の個人的な事情で、四月以降の長期休止は、私の仕事の都合であって、たまたまそういう形になっただけで、別にトラブルとか、そういう事があったわけではありません。円満に休止になったと思ってます。

 ま、数年して、勤務形態が変わり、再びジャズの勉強がしたくなったら、笛先生、ヒイロ先生の門を叩くつもりです。だから“辞める”のではなく“長期休止”なんです。

 今年は今まで以上に、ちょっと真面目に仕事に取り組まないといけないかなって感じなんですよ。ってか、私の年齢なら、仕事人間である事が当たり前で、趣味に呆けられた今までの方が、どちらかと言うと例外的な事です。だから、ある意味、これが当然の帰結なのかもしれません。

 さて、歌は? って言うと、こちらは不思議なくらい、無風状態です。きっと、歌の神様が私を守っているのでしょうね。仕事が忙しくなったのに、まるでエアポケットにでも入っているかのように、歌のレッスンの時間はきちんと確保されているのです。感謝な事です。

 あと、歌劇団の方も、たぶん大丈夫、なんとか継続できそうです(たまにお休みするかもしれませんが…)。

 そう言えば、キング先生には毎年「来年度は、仕事の都合で、歌を続けられなくなるかもしれませんよ~」と言っている(今年も年明けくらいに言った)し、実際、辞めることを覚悟した年もあったけれど、なんとか今年も続いています。

 「辞めるかもよ~」と予告していた声楽は継続し、予告もなければ、つもりもなかったフルート&ヴァンオリンが続けられなくなるというのも、世の中の不思議という奴です。声楽だってそうだけれど、フルートもヴァイオリンも、これからの人生、ずっと続けるつもりでしたもの。いきなりレッスンに通えなくなると思っていませんでした。実際、三月はレッスンがなくて、とても残念で、この思いは四月になったら、ドド~ンとはらしてやるつもりでいたくらいですから。

 でも、これも縁なのかな? フルートの神様よりも、ヴァイオリンの神様よりも、歌の神様の方が、私をより深く愛してくれているって事なのかな?

 仕事は忙しくなったけれど、とにかく不思議と、私の歌環境は守られているわけです。環境は守られたけれど…確実に練習時間は減ります(汗)。これはこれで大きな問題です。参りましたね。

 ま、とにかくご報告(誰に?)です。今後の事は、色々と考えてますが、長くなったので、その件については、また明日アップします。

2011年4月 6日 (水)

高い声を出すヒント?

 前回のレッスンの後、色々と考えてみました。

 “私はなぜ人前だと、それまで以上に良いパフォーマンスができるのか?”
 “二重唱に出てくるAsは楽に歌えるのに、なぜアリアではGで苦労しているのか?”
 “ファルセットでは出せる音が実声で出せない、その理由は?”

 まずは最初の疑問。“私はなぜ人前だと、それまで以上に良いパフォーマンスができるのか?” つまり、他人が見ている時と見ていない時とで、何が変わるのか?

 おそらく“集中力”が違っています。他人が見ていると、失敗できない(失敗するとみっともない)と思うせいか、いやが上にも、歌に集中します、と言うか、とても気を抜いて楽には歌えなくなります。精一杯の心を歌に込めます。その結果、集中力が高まり、気を張った状態で終始歌い続けるわけです。それが良いパフォーマンスに繋がるのだと思います。

 集中する事で、アドレナリンも噴出して、日頃は動かない筋肉も動き、日頃は鈍い感覚も研ぎ澄まされ、それらが相互に作用して、その時点での最高のパフォーマンスにつながるのです。

 ですから、人前で歌い、良い結果を出すことは、それまでとは“一皮むけた”状態になれるわけです。そして、その成功体験が、次の段階に私を進ませてくれるのだと思います。

 そうやって、二重唱では、それまで出せなかったAsが軽々と出せるようになったのです。

 さて“二重唱に出てくるAsは楽に歌えるのに、なぜアリアではGで苦労しているのか?” 思い出してみれば、二重唱のAsだって、当初はすごく苦労してました。しかし、人前で「エイヤー!」と歌った事で、Asが楽に歌えるようになりました。あの時に、私は“何か”をつかんだのです。でも、そこでつかんだものは、二重唱では使えるけれど、アリアでは使えていないのです。だから、アリアではAsはおろか、Gあたりで苦労しているのです。

 私がつかんだ“何か”とは何か? それを見つけるために、歌っている時の自分のカラダの使い方の違いを探ってみました。

 二重唱は、先生に「重い!」と言われるほどの声で歌ってます。しかし、この重い声で歌うと、楽に高音が出るのです。曲に合わせて軽めの声で歌うと、Gはおろか、Fisあたりで天井にぶつかるような気がします。なので、まずは音程重視(ってか高音重視)で声質を捨てているわけです(すいません)。

 もちろん、これが良いことだとは思っていません。ただ、現在の私のテクニックでは、軽い声で歌うと、高音がコケしまうので、やむをえない処置だと思ってます。ま、軽い声で高い声を出すテクニックが身についていないと言うのは…たぶん、致命的な欠点なんだろうなあ…。特に私は、本来的には軽い声のはずなので、その本来の軽い声で高いところ歌えないというのは、色々と問題アリアリです。

 それはともかく、アリアは、二重唱とはちがっで、実は曲想の事も考えて、だいぶ軽く、そして優しく、切なく歌おうとしています。二重唱では軽さを捨てている(涙)のに、アリアでは軽さを捨てきれずにいるわけで、私自身の中でダブスタ状態なんですが、このあたりがスッキリしていない事が、案外、高音に苦労している理由かもしれないって思うようになりました。つまり、アリアも、二重唱同様に、ちょっと重い声で歌ってしまえば、案外、高音の問題もクリアできるのかもしれません。

 重い声と軽い声の出し方の違い。現在の私の感覚では、鼻腔をA点とし、肩甲骨の間の背骨をB点とした時の、直線AB上の、A点に近いところに声の中心があると“軽い声”になり、B点に近いと“重い声”になると感じています。

 つまり、声が「前に・上に」あると声が軽くなり、「後ろに・下に」あると重くなるというわけです。

 ま、この段階で、テクニックの無さがバレバレですね(汗)。本来、声の中心は“盆の窪”にないといけない(つまり「後ろに・上に」です)のですが…、そこにうまく自分の声を持っていけないわけですな。

 とにかく、現状では、音色優先ならば声はA点寄りに、高音重視なら声はB点寄りに、って(やむをえず)思ってます。

 さて、声をB点寄りにする方法ですが、私の場合、それは[イメージの中の]横隔膜を下に強く引っ張る事で達成します。つまり、横隔膜を下に引っ張れば引っ張るほど、声は重くなるけれど、高い声を出しやすくなるって寸法です。

 このやり方では、声の軽さと高さの両立はできません。それを両立させるためのテクニックが修得できていない現在、声が曲と多少合わなくても、重い声で歌って高音重視で行った方が良いのかな…?

 そして“ファルセットでは出せる音が実声で出せない、その理由は…実はよく分かりません。しかし、ファルセットの時って、声がノドから息もれして多量に消費しているような感じがします。そこで、その息もれを止め、少量の息で声を出すようにすると、不思議と声はファルセットから実声に自動的に変わります。

 だから、息もれを防げば、ファルセットで出せた音が実音で出せるわけですが、そのためには、まずは息もれを止める事が必要になります。そのためには…ノドを絞めるのが、一番手っとり早い方法なんですが、それは言語道断だよねえ…。では、ノドを絞めずに息もれを防ぐ方法は…ノドを下に引っ張ります。ただし、ノド自体でノドを下に引っ張ると、ノドが絞まってしまうので、要注意。

 私のやり方(正しいとは限りません)としては、横隔膜をしっかり下に引っ張って、横隔膜経由でノドを下に引っ張ります。これで、息もれが止まって、ファルセットが実声になります。

 なあんだ、結局、横隔膜をしっかり下に引っ張って、高音を出そうとしているんじゃん、私。

 このやり方の問題は、横隔膜をしっかり下に引っ張ると声が重くなってしまう事。さらに、引っ張りすぎると、声が“重い”を越えて、山羊の鳴き声のようなメエメエ声になってしまう事。横隔膜を下に引っ張るというのは、地味だければ案外重労働なので、ライフエナジーを一挙に多量に消費してしまう事。これらが問題です。

 さらに、横隔膜の引っ張りが甘いと、息が漏れて声が裏返ってしまうか、ノドそのものが閉まって声が出せなくなります。ある意味、バクチなやり方ですね。

 なので、このやり方が正しいという事でなく、過渡期的な対処方法って奴になるのだろうと思います。ま、正解へのヒントって感じでしょうか? 体力にせよ、テクニックにせよ、短時間で身につくわけではありませんから、地道に努力を重ねていくだけです。

 それに『横隔膜を下に引っ張ればいい』と思っていても、アリアの終盤に来ると、その横隔膜を下に引っ張れるほどの体力が残っていなかったりするんです。それプラス、音取りの不確かさ? 特にAは曲の最後にしか出ませんし、普段は出さない音ですから、今一つ音に対するイメージが明確ではありません。そんなこんなで、それはそれで、大問題なわけで、ああ、やっぱり前途多難だな。

2011年4月 5日 (火)

指をクチの中に入れて歌ってみた

 声楽のレッスンに行ってきました。

 いつもは自分のレッスンの順番になるまで、お教室の前の廊下で準備しながら待っている私ですが、今回は、少し早めに、前の人たちのレッスンの途中で、お教室に入りました。はい、前の方々のレッスン風景を拝見させていただいたわけです。二重唱もアリアもいい感じですね。皆さん、聞かせていただく度に上手くなっています。ピアノ合わせがほんと、楽しみです(まるで他人事:笑)。

 さて、私の番になったのですが、前のレッスンの方々には、そのままお残りいただき、私のレッスンを見てもらう事になりました。これは、人前だと120パーセントの力を発揮する私の特性を、先生がよくよくお考えになって、お願いして残っていただいたわけです。ありがたい事です。

 今回はギャラリーもいる事なので、発声練習は割愛して、いきなりコンコーネの練習です(コンコーネが発声練習代わり…という事ですが、テンポが早いので、夢中で歌ってしまうので、どれだけ発声練習になったか…)。

 まずは16番。また、出だしでいきなりピアノを止めちゃいました(謝)。どうしても、出だしがスタッカートだと、そのままの勢いで、その後ろもスタッカートにしちゃうんですよね。いや、ほんと、申し訳ないです。とにかく、16番はまだ色々とあるのでしょうが、ひとまず今回で合格って事になりました。やったね。

 で、17番(!)。この曲、宿題にもなってませんでしたよ。いきなりですか? まあ、とりあえず予習はしてあったので、どうにかはしましたが…まだ課題として与えられていなかったので、細かい音とか、きちんと取りきれていないままでした。

 注意事項は16小節めの「H、H-A(シ、シーラ)」というところを私はなぜか「H、D-A(シ、レーラ)」と歌っちゃうんですよ(だって、その方が気持ちいいでしょ)。それは自宅練習で分かっていて、要修正箇所なんですが、それをついついレッスンでもやっちゃったので、テキメンに注意されました。はい、気をつけます。

 曲の後半部になると、五線の上の方のE(ミ)がやや低めになりがちなので、調性的にそれはマズイので、むしろ高めに取るようにしてくる事。あと、先生からは注意されなかった(見逃してもらったんだと思います)のですが、Fis(ファ)も若干低めなのね、これは自覚があるので、直してこないと…。

 で、次回は17番と18番…? え? 18番って、9拍子? Xってダブルシャープ? 変ロ長調(b2つ)からロ長調(#5つ)に転調して、また変ロ長調に戻る? なんすか、これ? やたらと難しいじゃないすか? とても一週間で譜読みできる自信がないです…。おまけにAllegrettoだし…。

 さて、発声練習代わりのコンコーネも終わったので、撃沈タイムです。ギャラリーの前でアリアのご披露です。しかし、コンコーネを2曲連続で立て続けに歌うと、カラダ中が熱をもっているのが分かります。この状態のまま、休憩も取らずにアリアに行っても大丈夫か?

 なんて、ちょっと心配してみたものの「ええい、ままよ!」という感じで、アリアを歌っちゃいました。

 ええと、歌ってみた感想は…私としては、カデンツァ前まではギャラリー効果もあって、まあまあ? カデンツァ直前で怪しくなって、カデンツァは見事に撃沈。カデンツァ後は立ち直れませんでした。

 やっぱ、カデンツァには苦手意識があって、心が萎縮しちゃうんだよねえ~。

 さて、今回の注意事項。まず、カデンツァ直前の「di piu non chiedo」の「non」の音程は「F~G(ファ~ソ)」が本来なんだけれど、そこはあえて「F~As(ファ~ラb)」で歌って、カデンツァのAsへのポジションを、まずそこで作っちゃうと良いかもしれないと言われました。よし、やります。

 カデンツァの部分は歌いすぎと言われました。カデンツァは歌心を披露する場ではなく、テクニックをひけらかす部分なので、カデンツァの細かい音型は捨てて、ゴールのAsまで一息で一気に上がることが大切。で、Asをひけらかす…という事がポイントなんだな。

 さて、そのゴールであるAsがうまく出ないのは…ノドの奥がつぶれて、声が前に行ってしまうから。きちんと声を後ろにまわしていけば、必ず高い声は出るので、そこは注意すること。

 と言うわけで、ひとまず、口の中に指を突っ込んで歌ってみました。指を入れると…気持ち悪いし、なんか不自由だし、閉塞感アリアリ。歌っていても、指にしか神経が行きませんでしたが、これやると、確かに確実に声は後ろに廻りますね。ってか、前には指があるのだから、指を越えて声が前に行く事はありません。

 この指入れ練習を何回かやって、声をきちんと後ろにまわす感覚をつかむ事が、高音で声がつぶれる私にとって、大切な練習かもしれません(少々気持ち悪いですが)。

 それと、今一度、しっかりカデンツァ周りの音取りをやってくる事。苦手意識のせいもあって、勢いとかノリとかで、ぶっ飛ばして歌っている部分があるけれど、それが許されるのは二十代までだそうです。三十過ぎてオジサンになったら(私はアラフィフですが:笑)、冷静にテクニカルに歌は歌わないとカッコ悪いのです。まずは、しっかりとテクニックで歌えるようにする事。テクニック的に十分になったら、そのテクニックを忘れて、勢いやノリで歌ってもいいけれど、その順番を間違えちゃいけません。まずは、テクニックできちんと歌えるようにしてくる事が肝心。

 しかし、人に見られながらレッスンを受けるのって、いいね。「みんなの元気をオラに分けてくれ~」って気分になって、普段以上の力が湧いてきます。私のレッスンは、いつも公開レッスンにして、色々な人に見てもらいながらレッスンを受けた方が、きっと上達が早いね。…見る方は退屈かもしれないけれど(爆)。

 そう言えば、キング先生に習い始めの頃はグループレッスンだったから、いつも同じクラスのお姉さん方を前に歌っていたわけで、今回は久しぶりに、あの感覚を思い出しました。ああ、懐かしい。

 さあ、ピアノ合わせも近づいてきました。ピアノ合わせは…当然、ギャラリーを前にして歌うわけです。ああ、楽しみ。それまで、ギリギリと自分を追い詰めていきましょう。

2011年4月 4日 (月)

「あなたは音楽に対して不真面目だ」と言われた事、ありますか?

 私、ありますよ。で、言われて、どう思ったかと言うと…「やっぱりそう見えるのかな?(真面目に取り組んでいるつもりだけど…)」って感じです。

 真面目/不真面目というのは、極めて抽象的な言葉ですし、人によって、しきい値が違うので、自分を“真面目”だと思っていても、別の人の目で見れば“不真面目”に見える事は十分にありえます。だから「不真面目だ!」と言われれば「そう見えるのかな?…」って思うわけです。

 試しに妻に「音楽に対して不真面目って言われたけれど、そう見える?」って尋ねた事があります。彼女の返事はやはり「そう見られても仕方ないかな? 努力は人一倍しているけれど、あなたの努力って、結果に結びついていないから、結局、怠け者に見られるんだと思う。私から見れば、すごく真面目に取り組んでいると思うけれど、それは私が努力している、あなたの姿を見ているからなのよね」なんだとサ。

 つまり彼女に言わせれば、音楽の実力と才能に欠けている私は、その努力の甲斐もなく、怠け者に見えるのだそうです。怠け者…つまり“不真面目”ね。

 たしかに、歌劇団などでも、事前に時間をかけて音取りとかして行っても、実際の練習の時は、結構ワヤクチャになって、迷惑ばかりかけちゃっているものね。そのワヤクチャな私の隣で、きちんと歌っている人がいるわけで、そんなきちんと歌っている人と比べられれば、私は「音楽に対して不真面目な人」に見られるのかもしれない。「一体、あの人、何やっているわけ~?」って思われがちって事だね。

 上記の問題と根は同じかもしれないけれど、一向に上達しないのも、不真面目と見られる原因かな? 例えばフルートね。教則本としてアルテを使ってますが、実に進まない進まない。フルートを習い始めて、3年弱? で、やっと1巻の15課。早い人は1年でアルテの1巻終えちゃうのにね(涙)。私などはこのペースでやっていると、1巻終了まで、あと3年か、もうちょっとかかります。

 さすがにこのペースでは、上達が遅いと認めざるを得ません。だから自分を鼓舞するためにも「他人とは比較しない。昨日の自分との競争」と言ってますが、これはやっぱり言い訳にしか聞こえないのでしょう。結局、音楽に限らず、何事も“他人と比べてナンボ”って部分はあるし、比べられたら、私なんか“亀の歩み”どころか“ただ突っ立っているだけのオッサン”だもんね。不真面目に見られても仕方ないです。

 さらに、別の問題もあります。これは才能というよりも態度の問題と取られるのだけれど、私は歌とフルートとヴァイオリンの三つを同時に学んでいます。これも不真面目って思われる原因のひとつです。

 たしかに普通は、この組み合わせで三つも楽器は学ばないでしょう。多くの人は、楽器を学ぶにしても一つの楽器に専念するでしょうし、もう一つ学ぶにしても、せいぜいがピアノとの組み合わせです。たとえば、私の場合なら、歌だけか、あるいは、ピアノと歌を学ぶのなら、これは普通のパターンだから、不真面目とは思われないでしょう。もちろん、フルートとピアノ、ヴァイオリンとピアノでもOKです。だけどピアノやらずに、歌やって、フルートやって、ヴァイオリンやって、あれこれやって、気が多くて、浮気者で、不真面目っ! って感じなんでしょうね。

 …不思議なもので、これが“歌とジョギングと読書”だったら、不真面目って思われないと思います。“歌とジョギングと読書”とか“フルートとサッカーと油絵”とか“ヴァイオリンとスキーと盆栽”とかなら「幅広い趣味をお持ちで…」となりますが“歌とフルートとヴァイオリン”だから、不真面目に思われるのかもしれません。

 つまり楽器に対して、二股ならぬ三股かけていると思われるのでしょうね…。誠実ではないと思われるのでしょうか。浮気者と見下されているかもしれない(汗)。女性に対して二股三股はいけませんが、楽器に対しても二股三股はいけないのかな?

 私が楽器を一つに絞らない理由…それは、私はこの年令になって、趣味で音楽を始めたわけですが、楽器を一つに絞り、それを極める…たとえば歌なら歌に専念して、それを極めたところで、一体、私の人生で、その極めた道の果てに、何が待っているのでしょうか?と、自問しちゃうのですよ。

 歌を極めたからと言って、別にプロになれるわけでもないし、歌で生活できるわけでもないでしょ。それどころか、一つの事を極めるというのは、とても大変な事で、多くの事を諦めなければ極められないし、だいたい極めるためには、とても時間がかかる事は、すでに人生の経験で知っています。それに、もしも歌を極めようと努力を始めたら、おそらく歌が苦痛になるでしょうね。歌が遊びでは済まなくなり、修行になってしまうでしょう。道を極めるための修行というのは、厳しくつらくものだし、時間もかかります。私の人生の残り時間を、そんな苦痛の時間で満たしていいとは思ってません。

 歌を、フルートやヴァイオリンに置き換えても、問題は全く同じです。

 大好きな音楽で苦しむのはイヤです。だから私は、音楽をあくまで趣味として楽しみたいと思ってます。趣味である以上、楽しさ優先だし、後悔を残さないように、色々な事を満喫したいと思ってます。歌も歌いたいし、フルートも吹きたいし、ヴァイオリンも弾きたい。クラシックも楽しみたいし、ポップスも好き。ジャズやロックだってやりたいのよ。

 もちろん、上手くなりたくないわけではありません。上達はもちろんしたいです。でも、あくまで、楽しむために上達を願うのであって、上達するための苦行はしたくないのです。上手くなりたいけれど、つらい思いをしてまで上達したいと思わない。そこが、ヌルいし、アマいし、不真面目と受け取られる点かもしれないけれど、私は私なりに、真剣に音楽を楽しみたいのです。

 と言うわけで、私の音楽に対するスタンスは、楽しみ優先ですね。音楽は、人生の彩りであり、オードブルであったり、デザートであったりはするけれど、メインディッシュではないんです。人生のメインは、家庭円満だし、現在の職業だもん。

 そういう“楽しさ優先の趣味としての音楽”というスタンスなので、見る人から見れば、不真面目/不謹慎に見えるんでしょうね。

 私は音楽は趣味だけれど、これでも仕事じゃ、いっぱしのプロです。現役のプロの職業人であって、そこには誇りと自負を持ってます。プロでいることの大変さも知っているつもりです。だから、あえて、音楽ではプロ/プロ並はめざしません。だいたい、プロって、50の手習いから成れるほど、そんなに甘いもんじゃないでしょう。

 だから、私にとって、音楽はあくまで趣味です。

 趣味だからこそ、損得抜きで真剣にやってます。仕事は損得を常に考えて行っているし、効率と利得を常に考えて最小の努力で最大の利益を上げられる様にしてるし、それができるのがプロだと思ってます。でもね、音楽は趣味なので、遠回りも平気でするし、横道にも全然それるし、不要な事もいっぱいしたい。仕事は結果がすべてだけれど、趣味だから、過程を大いに楽しみたい。

 だから「音楽に対して不真面目」って言われると、ちょっと落ち込むけれど、それが私の生き方なので「こんな私で申し訳ない」と小さくなって謝っておく事にしてます。

2011年4月 3日 (日)

体力と気力は連動する[2011年4月第1週・通算12週]

体重:99.8kg[-0.1kg:-0.6kg]
体脂肪率:30.5%[+0.1%:+0.3%]
BMI:31.5[+-0.0:-0.2]
体脂肪質量:30.4kg[+-0.0kg:+-0.0kg]
腹囲:97.0cm[+-0.0cm:+0.5cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 とっても瀬戸際。とってもギリギリ。まさに土俵際の魔術師! なんとか、踏みとどまってます。ある意味、奇跡だ…。

 ロックバンド「スピッツ」の草野マサムネ氏が急性ストレス障害でダウンしたそうな。テレビ局スタッフのPTSDが問題になっているそうな。

 そんなところから話を始めなくても、連日放送された震災の様子を見て、心が弱ってしまい、カラダも弱ってしまった人を、多く見かけるようになりました。

 「本当に大変なのは被災者であって、テレビを見ている人々が弱るのはおかしい!」というのは、よく分かりますが、でも、そのテレビにあてられて、体調を崩している人がそれなりにいるのは事実です。

 私自身も、体調が悪いというほどではありませんが、何となく、調子がいつも通りではありません。程度の差こそあれ、皆さん、そんな感じじゃないかな?

 「病は気から」「健全な肉体に健全な精神が宿る」とか、昔の人は良いことを言いましたね。当たっていると思いますよ。気持ちがめげると、カラダがくじけます。一番分かりやすいのが、ウツですね。ウツって心が弱る病気なんですが、必ず身体症状を伴うでしょ? カラダはどこも悪くないのに、心が弱るので、カラダまで弱るわけです。

 気持ちがめげると、たぶん、血流が悪くなったり、免疫系統が不活性化してしまうのだと思います。血流が悪くなれば、カラダの調子があっちこっち悪くなって当然です。免疫系統が不活性化すれば、つまらない細菌やウィルスにやられます。

 私は震災後、しばらく、口内炎と頭痛がひどくなりました。これは体内のビタミンB群が、ストレスで大量消費され、連日不足していたからです。すぐに気がつき、ビタミンB群の多量投与を連続して行ったのですが、それでもすぐには効果が出ませんでした。その頃の私は、ビタミンB群を入れても入れて、すぐに消費してしまったのでしょうね。今思えば、被災もしていないくせに、それくらい精神的に参っていたわけです(お恥ずかしい)。

 逆に言えば、被災していなくても、これほど(って、大した事ではありませんが)参ってしまうならば、被災者の方々はもっともっともっと、おツライ状況にいらっしゃるのです。

 被災していない人間は、心さえ強く持っていられれば、カラダは元気でいられるはずです。カラダが元気じゃなければ、頑張れません。頑張らないと日本の経済が動きません。今は、日本人が一丸となって、できることをやらないといけない時です。被災者の皆さんを直接助けることのできる人は、ぜひ救援活動を行ってください。そうでない人は、しっかりと身の回りの生活をきちんとして、日本の経済をしっかりと動かしていきましょう。心がくじけて、ダウンしている場合じゃあ、ないです。しっかりと気を入れて、頑張ってゆきましょう。

 元気な人が元気でないと、倒れた人を助ける人がいなくなっちゃいます。

 ちょっと話はズレるかもしれませんが、被災地で任務にあたっていた50代の陸上自衛隊の方が過労でお亡くなりになったそうです。日頃からカラダを鍛え上げている軍人の方でも消耗しすぎるほど、現地は激務なのでしょう。感謝と哀悼の祈りを捧げます。
 
 
蛇足 テレビ東京が、震災直後から33時間連続の特別報道番組を放送した後、夜中の11時55分からアニメを放送したら、抗議のメールと電話を約600件も受けたんだそうな。理由は「この大変な時にアニメを放送するなんて不適切」なんだって。つまり『この非常時に、アニメなんか放送するな!」って事なんでしょうね。

 アニメ見て、気分が悪くなるなら、見なきゃいいのに…。それに、あの頃って、電話がつながりづらくて大変だったはずなのに、そんな貴重な電話回線を使って、テレビ局に抗議の電話入れる方も、かなり不適切だと思うよ。

 私に言わせれば、テレビ東京が33時間も報道番組を流すほど、今回の震災は大災害だったって事だと思う。あのテレビ東京が、33時間も報道番組をやっていたという事自体が、大ニュースでしょ。あの日、テレビをザッピングして、テレビ東京も報道番組をやっているのを見て、私は「今回は、マジ、マズイかもしれない…」って直観したもの。

 もっとも、テレビ東京は報道番組を流していたけれど、多くのCS局は通常番組(もちろんアニメ含む)を放送していたし、U局(あえてドコとは言わないけれど)は報道番組もやりながらも、しっかりアニメを放送していた。あれで「いや、まだ、日本は大丈夫かもしれない…」って、ちょっと安心しました。

 私は報道に力を入れる局もあれば、アニメを放送する局もあって、いいんじゃないかと思う。選択の自由があるのが文明社会でしょ。災害があったからと言って、エンタメを禁止させるなんて、言論統制だよ、ファシズムだよ。そういう方は、口実を見つけられれて、それをネタに、上から目線で他人に命令ができて、日頃の欲求不満が解消できて、さぞホルホルしてらっしゃるのでしょうね。

蛇足2 関西方面に逃げ出したと思っていた、市川海老蔵氏は、現在福岡にいらっしゃるそうです。なんでも、ミネラルウォーターの買い占めをなさって、それで所在がバレちゃったとか? ほんと? ほんと? お願い、嘘だと言って!

 蛇足のつもりが、長くなっちゃったよ(汗)。

2011年4月 2日 (土)

結局、ポンプを買い換えました

 計画停電のために、さほど調子の良くなかった金魚フィルターのポンプの再始動がうまくいかなかったため、金魚たちを半死半生に追い込み、サクラを転覆病にしてしまった事は、前回の記事でお知らせしたとおりです。

 また、一見元気に見えたチグですが、最近では水底に沈んで、じっとしている様子が見られる様になりました。また、シッポナが、あの日以来、腹を上にして、やはり水底で微動だにしなくなる事が多く見られる様になりました。

 半日ほど酸素が供給されなかった事は、我が家の金魚水槽にかなりのダメージを残した様です。酸欠って怖いですね。後遺症と言うとアレですが、影響はたっぷり残っているようです。

 東電の計画停電は、今は中休み状態ですが、決して終了したわけではなく、これらもしばらく続く予定ですし、夏本番になれば、我々市民の電気使用量も増えますから、かなりの頻度で停電が決行されるのではないかと思います。その度にポンプが復旧しないで、金魚が酸欠になっては困りますので、エイヤ~という気分で、金魚フィルターのポンプを新品に買い換えました。

 新品ポンプのモーターは元気がいいですよ。再始動が確実になったばかりではなく、普段からの水の組み上げも力強くなりました。そうそう、ヘタれていた前のポンプだって、最初はこれくらい力強かった事を思い出した。

 とりあえず、これで計画停電は我慢してもらう事にするにせよ、これで長時間の酸素供給不足で金魚たちが死にかける事はなくなりました。よかったよかった。

 しかし、夏の停電は、エアコンはもちろん、扇風機もなんもかんも動かなくなるわけで、金魚どころか、人間の健康にも被害が出そうで怖いですね。今は昔と違って、住宅の気密性が高く換気が簡単でないところに、町の治安も確実に悪くなっていて、窓開けっ放しってわけにはいかないでしょ。今から心配しても仕方ないけれど、ほんと、一体どうなるのでしょうね?

2011年4月 1日 (金)

キーボードを“雪舟”してみた

 私は、ちょっぴり背が高い人です。身長は約180cmあります。身長が高いといい事もありますが、困る事もあります。

 困る事の一つが、立ったままでピアノやキーボードを演奏する事ができない事。いや、大股開きをしたり、腰を曲げたりすれば、立ったままでもキーボードを演奏できるんですよ。でもね、直立不動のままでは、いくら手を伸ばしても、手がピアノやギーボードの鍵盤に届かないんです。つまり、鍵盤楽器の鍵盤の位置が身長に対して、低すぎるって事なんてす。

 だから、例えば、自宅で歌の練習等で、発声練習をしたり、音取りをする時、キーボードを弾きながら歌うわけだけれど、腰を曲げて下を向いてやっていたり、キーボードを右手で弾くので、右体側だけを下に傾けて(って、分かる?)やってました。これって、結構、腰に負担が来るんですよね。

 いつも、何か良い手はないものかと思いつつも、半ばあきらめていたのでした。

 フルート熱が冷めて、歌に集中しだすと、自然とキーボードに向かう時間が増えました。当然、ますます腰が痛むようになりました。このままではいけない…と思った時、頭に浮かんだのが“雪舟”と言う言葉。そうです、今まではキーボードに手が届かないから、身をかがめていたけれど、逆転の発想で、キーボードを雪舟して、キーボードの背丈を高くしてあげればいいじゃん。ピアノを雪舟するのは大変だけれど、電子キーボードなら元々軽量だし、雪舟するのも楽だよ。あとは、何を台にするかだけ考えればいいわけじゃない。

 …「雪舟する」とは、背の低いものを台に乗せて、高さを補う事です。なんでも、昔、早川雪舟というおチビな二枚目映画俳優さんがいて、彼のラブシーンを撮影する時に、女優さんとの身長のバランスを取るために、必ず台に乗って撮影したところから、おチビさんを台に乗せて高さを稼ぐ事を「雪舟する」というのだそうです。

 そこで回りをみまわしたところ、だいぶ前から使わなくなった、ビデオテープを発見。このビデオテープを3巻を一つにまとめてガムテープでグルグル巻きにすると、その厚さが約8cmほどになります。なので、さっそくビデオテープで雪舟台を作成して、キーボードの脚の下に入れたところ、なかなか良い感じになりました。これで立ったまま、腰をかがめずにキーボードが弾けます。

 ほんの小さな生活の知恵をご披露いたしました。背が高くて、鍵盤を弾くたびに腰が痛んでいる諸兄は、お試しあれ。

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