ひとこと

  •  ポケモンGOの仕様が大きく変わって戸惑ってます。たぶん改良されたのだろうと思うのだけれど、どう楽しめば良いのか、正直戸惑っています。年寄りは変化が苦手なんだよねえ。ああ、以前のゲームシステムが懐かしい…。
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2011年2月の記事

2011年2月28日 (月)

私の腕時計史[2011年2月の落ち穂拾い]

 なんか、今月は、超忙し月間という感じでお仕事が忙しかったです、いや、今も忙しいです。しかし、いくら仕事が忙しいからと言って、趣味に手を抜いたりとかはしたくない人なので、必然的にカラダに色々と無理がきます。いやあ、こういう無理って、いつまでできるんだろう? 自分ごとながら、ちょっと不安です。
 
 
J-POPって、一体、どんな音楽の事を言うのでしょうか?

 私の個人的な定義だと「ニューミュージック以降の日本の大衆音楽で、演歌と歌謡曲(アイドル歌謡含む)、およびアニソン以外の、歌手がメロディを歌っている曲を指して言う」って感じかな? つまり、日本の大衆音楽は、演歌と歌謡曲とアニソンとJ-POPで成り立っているって思ってます。

 「ただし、曲のジャンル分けは、純粋に楽曲の性質に基づくものではなく、主にその曲を歌っている歌手の所属するジャンルに依存する」とも思ってます。つまり、同じ曲でも、演歌歌手が歌えば演歌で、フォークシンガーが歌えばJ-POPです。例えば「また君に恋している」は、オリジナルのビリーバンバンだとJ-POPだけれど、最近の坂本冬美のカバーソングは“J-POP?”って感じがします。私の耳には、彼女のバージョンは、どうしても“演歌”にしか聞こえないんだよねえ…。
 
 
レッスンを休まない

 今、何気なく思い出してみたら、私はレッスンを(たぶん)一度も休んだ事がない事に気づきました。体調が悪くても、仕事が忙しくても、なんとか都合をつけて(笑)レッスンに通ってます。どうにも都合がつかなかった時は、先生にお願いして、レッスンの時間変更を申し出た事もありました。そう言えば…入院した時も、レッスン日と入院した日がぶつからずに済んだくらいなので、きっと私は運がいいのでしょうね。

 とにかく、レッスンを休むと、休んだ時に習えたはずの事が習えなかったのだ~と思うと、地団駄を踏みたくなるくらいに悔しくなるので…たぶん、今後もレッスンを休む事はないと思います。

同じハモりでもちょっと違う

 ヴァイオリンのハモリと、フルートのハモリって、なんか微妙に違うような気がします。

 なんて言うのか、おそらく、音色と言うか、それぞれの楽器の音の中に含まれている倍音構成が違っているので、ハモった時の印象が違ってくるのではないかな?って思います。

 フルート同士がハモった時って、フックが少ないというか、点と点でハモっているような感じがします。溶けて一つになると言うよりも、互いに主張しあいながらハモっていく感じで、歌なら重唱でのハモリの感じに近いかなって思います。

 一方、ヴァイオリンのハモリは、面でハモっているような感じがします。だから、ハモると、溶けて一つになっちゃいます。弦楽合奏って実にクリーミーなハモリでしょ。歌なら合唱でのハモリに近い感じかなって思います。

 ヴァイオリンは、ソロでも弦楽合奏でもいけるけれど、フルートの場合、フルート合奏という演奏形態がメジャーにならなかったり、オーケストラの中でも“彩り”的な扱いの楽器になってしまったのは、やはりハモリがあまり得意ではない楽器だったからではないしょうか?

 そうして見ると、楽器のイメージとは裏腹に、ヴァイオリンって群を作りたがる“羊さん”のような楽器で、フルートって孤高を保つ“狼さん”のような楽器なのかもしれません。いやあ、フルートが狼さんだなんて、楽器のイメージと、全然、違うけれど(爆)。
 
 
自分の声種

 自分の声種を考えるってのは、楽しいですね。

 と言うのも、自分の声って、自分自身では決して聞けないし、冷静な判断なんてできないじゃないですか。録音したところで、きちんと分かるわけじゃないし。となると、どうしても客観性が保てず“願望”が入り込みます。その願望がまた、楽しいわけね。

 なので、声種の判定は、声の事が分かる第三者の冷静な耳で声を聞いてもらって、アドヴァイスを受けるべきです。

 そして、自分の声種を知る事は大切だと思います。なにしろ、それである程度、歌のレパートリーが決まってくるわけだし、声に合わない曲を歌い続けていること、声を壊してしまうことにもなりかねませんからね。

 私自身の声は、キング先生から、リリコ・レジェーロからリリコの間だと言われてます。入門当時は、ハイ・バリトン?とか思われていたようですが(驚)。

 若い時は、別の方々から、スピント系テノールだとか、バス・バリトン(え?)とか言われていた事もあるんですよ。逆に、男声アルトと言わた事もあります。どんだけ、私の声が激変しているのかって感じですね。あるいは、単純な話で、聞く人によって、評価ってコロコロ変わるのかもしれません。

 私自身の願望は…ドラマティコなんです(爆)。ああ「道化師」のパリアッチョを歌いたいなあ~。オテロを歌いたいなあ~。

 でもまあ、とりあえず、リリコ~リリコ・レジェーロなので、声的には、主役を歌える声種なので、うれしいです。
 
 
今月のお気に入り 腕時計

 私はカシオのリニエージというモデルの腕時計を愛用しています。これがなかなかのスグレモノで、私のお気に入りなんです。

 このリニエージ、電波時計ですから、いつも秒まで正確だし、ソーラー電池式なので、電池交換とか充電の必要もありません。チタニウムのボディなので、軽いし強いし金属アレルギーの心配もないです。いわゆるデジアナ時計なので、普段使いの部分はアナログ時計として、多機能な部分はデジタル部分を活用して使ってます。秒針がカチカチ動いている様子は、なんかギミックとして、良い感じです。

 私が愛用しているモデルはすでに廃番になっているようなので、今回は後継機種をリンクしておきます。

 さて、今回は、このリニエージに至るまでの、私の腕時計史を書いてみましょう。

 私が最初に手にした時計は、中学生の時に、知り合いの人からいただいた、中古の腕時計です。たぶん、セイコーのゼンマイ時計じゃないかと思います。まだ中学生だったので、普段は時計を使わないので、使おうと思った時はいつも時計が止まっていました(爆)。なので、使うたびに、ゼンマイを巻いて、時刻を合わせて…というところから始めてました。一日使うと5分くらい狂ってましたね。それに割とすぐにネジがなくなって、ふと気がついたら時計が止まっていたなんて事もしばしばありました。ま、当時の腕時計なんて、そんなモンです。

 次に手にしたのは、シチズンの自動巻きの時計です。高校の入学祝いに、親に買ってもらったものです。自動巻き? はい、ゼンマイを自動で巻いてくれるタイプの腕時計ですね。いちいちゼンマイのネジを巻かなくても、腕に取り付けていると、その腕の動きでギアが入って、勝手にゼンマイを巻いてくれるという、当時のハイテク腕時計でした。これは便利でした。ゼンマイ切れになって時計が止まる事がまずなくなりました。それに、時刻も、1日でわずか2~3分しか狂わなくて、毎朝、登校前にテレビの時刻に合わせていました。セイコーの中古と比べれば、なかなかのスグレモノでしたよ。

 やがて、大学生になり、時はバブルで、自分で多額の小カネ(笑)を稼ぐようになりました。腕時計は実用品…と割り切っていたし、なんか自動巻きの時計もダサく感じていたので、当時流行りのデジタル時計が欲しいと思いました。そして、時計なんて、正確なら安価なモノで十分と思い、当時出始めだった、カシオのデジタル時計を自腹で購入しました。考えてみれば、この時以来、ずっと私はカシオの時計を愛用しています。

 当時のカシオは「デジタル技術を駆使して、安いけれど良いもの」を作っている会社というイメージでした。メインの製品は電卓。電卓の会社がデジタル時計を出している…という感じでした。はっきり言っちゃえば、時計メーカーとしは後発の二流メーカーってイメージでした。

 当時のデジタル時計って、どこかオモチャっぽかったなあ。でも、それがよかったんですよ。

 とにかく、当時のカシオの時計は安かった。セイコーやシチズンの時計がウン万円もするのに、カシオは一番安いのは、ひとつ千円程度でしたからね。バブルという時代の風潮もあり、そんな安物デジタル時計を、私はたくさん買って、バンバン使い捨てていました。使い捨て? つまり、電池切れになって動かなくなると、ごみ箱にポイして、次の時計を買ってました。…今考えるともったいないですね。でも、電池交換する費用で新品が買えるんだから、電池交換する意味がないです。贅沢していました。

 とにかく、この頃は、安い時計が欲しかったので、カシオをチョイスしていただけで、特に会社に思い入れはなかったです。きっと今なら、中華な時計を買い漁るような感覚だったと思います。

 やがて、大学院生になり、使い捨てから、ちょっと出世すると、いわゆるG-Shockを使うようになりました。あの、ゴテゴテしたギミック感満載の奴です。この頃から、時計メーカーとしてのカシオを意識しだしたのだと思います。それと、カシオという会社そのものも、このG-Shock以来、一流時計メーカーとして認知されるようになったのだと思います。

 とにかく、このG-Shockって時計、実用品としては、かなり優秀な時計でした。それに、なんといってもカッコいい。男の子的には羨望ですよ。でも、やはりデザインが若いですし、やはりスーツには似合わないので、研究室に出入りする程度のお気楽な生活なら、これでもいいのですが、大学院を卒業し、スーツが戦闘服になる頃には、さすがにG-Shockをやめて、スーツに似合う無難なデザインの時計に買い換えました。

 新しい腕時計もカシオでした。モデル名は忘れてしまいましたが、カシオのデジアナ時計(デジタル・アナログ併用式腕時計)を買い求めました。学生時代は散々デジタル時計を愛用していた私です。確かに、デジタル時計にはデジタルの良さもありましたが、やはりアナログの針で時間を表示するシステムも捨てがたく、その両方が欲しくなり、買い換えるなら、デジアナ時計にしようと思ってました。当時すでに色々なメーカーからデジアナ時計は発売されていましたが、比較的安価なデジアナ時計は、まだカシオにしかなかったと思います。それでカシオのデジアナ時計を購入しました。

 このカシオのデジアナ時計を使用していた期間は、長かったですね。結構、気に入ってました。

 ただやはり問題は、当時はクォーツ時計でしたから、デジタルにしても、アナログにしても、数カ月ごとに時間合わせが必要だったんですね。これが、結構面倒でしたし、いつも秒針が正確ではなかったのは、ちょっと気持ち悪かったです。でも、時計の精度に関しては、あきらめていました。

 あと、ステンレスボディの時計だったので、ときおり金属アレルギーが出て、腕がかゆくなったり、腫れてしまうこともありました。

 やがて、時は移り、電波時計というのが出始めました。カシオからもウェーブセプターという名の電波腕時計が発売になりました。

 もちろん、買いましたよ(笑)。いやあ、時間合わせの必要がなくなり、その上、いつも秒まで正確でした。今では当たり前のことですが、当時は、なんか時代の先端を行っているような気がしたものです。金属アレルギー対策として、リストバンドを革バンドにしました。

 このウェープセプターも大変お気に入りでしたが、やはり出始めの時計だったので、ボディが大きかったんですね。それと、革バンドが案外もたなくて、1~2年ごとに取り替えていました。当時は、まだボタン電池で稼働していましたので、1年ごとの電池交換も必要でした。つまり、メンテが結構面倒でした。

 やがて、ボディが薄くなり、ソーラー電池式の腕時計もチラホラ出始めましたので、私も、そちらに乗り換えました。それが今使っている、カシオのリニエージです。ボディもアレルギー対策としてステンレスではなく、チタニウムにしました。

 ほぼメンテナンスフリーですし、アレルギーも全然起こしません。軽くて丈夫で、腕につけていてもあまり気になりません。デザインも地味でスーツでもカジュアルでもいけます。存在を主張しない実用品って、私の好みなんです。良いですね、このリニエージという腕時計、大好きです。お気に入りですよ。
 
 
今月の金魚

 特に変わった事はありません。キッカは転覆したままだし、緋ドジョウは、一匹、具合の悪そうな子がいますが、それなりに状態は安定しています。
 
 
今月のひとこと

 久しぶりにインド人シェフのいるインド料理店で食事をした。私はチャイが大キライで、普段は飲めないんだけれど、本格的なインド飯と一緒だと美味しく飲めます。不思議です。…さっき、ゲップ(失礼)をしたら、ゲップがスパイス臭かった(笑)。(2011年1月30日~2月3日)

 ああ、仕事が忙しい。へこたれてしまいそうだ。なにしろ、ここんとこ、残業が連日5時間平均だよ。週末も(趣味が充実しすぎて)あんまりちゃんと休めないし、いよいよ、体力の限界が近づいてます。おまけに、職場じゃ、インフルエンザが大流行(休めよ~、頑張るなよ~)。こんな職場環境で、疲れ切ったカラダなのに、ストレスフルな毎日を過ごしている私ですが、なぜなぜインフルエンザに罹患しない! ま、一応ワクチン接種してますが、今までだって毎年ワクチン打っていたのに、それでも罹患する時は罹患していたのに、今年は平気…。今年のワクチンは豪腕ワクチンだったのかしら?(2011年2月3~7日)

 スミレが咲いているを見かけました。池の亀も、冬眠から目覚めて、元気に泳いでいました。そう言えば、立春も過ぎて、春になったんですよねぇ。春になったのだから、神様も、お怒りを納めて、にこやかになって欲しいものです。天変地異は、もうコリゴリです。(2011年2月7~15日)

 一度暖かくなったと思ったら、先週以来、しばらく寒い日が続きますね。連日、雪やら雨やらが降り、ひどい乾燥状態から抜け出せたのは良いのですが、足元が危なっかしいのは困りものです。池の亀も、またまた冬眠しちゃったようです。冬眠するもしないも、自由自在なんだな…。(2011年2月15~21日)

 口内炎が痛いですぅ~。フルートが吹けません(涙)。歌は…発声はできますし母音だけで歌うならOKですが、いわゆる歌はちょっと痛いです。こうなると、がぜん、ヴァイオリンだな。口内炎を患っていても練習できる楽器と言えば、ヴァイオリンだ。(2011年2月21~23日)

 今年のラ・フォル・ジュルネの演奏プログラムが発表になったよ。詳しいことは、公式ホームページへGo!(2011年2月23~26日)

 目がカユイ。ああ、カユイ。スギ花粉が目に差さっているかしら? ああ、目がカユイ。(2011年2月26~27日)
 
 
 という訳で、今月は以上です。来月もよろしくお願いします。

2011年2月27日 (日)

満腹する事と、太る事[2011年2月第4週・通算7週]

体重:100.2kg[-0.6kg:-0.2kg]
体脂肪率:30.2%[-0.1%:+-0.0%]
BMI:31.7[-0.1:+-0.0]
体脂肪質量:30.3kg[-0.2kg:-0.1kg]
腹囲:97.5cm[+0.5cm:+0.1cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 まあ、まだストレス過剰な生活をしているので、なかなかストレス太りからは逃げられませんが、それでも少しは頑張ってみました。まあ、とにかく100Kg切りを早急になんとかしないと…。

 しかし、太ってみて、ちょっと考えました。何を? それは「太る理由」です。

 …太る理由、それは“食べ過ぎ”ですよ。当たり前。確かに、年始年末は食べすぎました。食事もきちんと食べたし、間食もたっぷり食べたし、暇さえあれば何かしら口に入れてました。それもいわゆる、ご馳走って奴だね。

 ご馳走って奴は、たいていハイカロリーだね。そんなハイカロリーなものを食べ過ぎたら、そりゃあ、太るわけだ。これが“お正月太り”の正体。

 最近、太った理由は、別にご馳走を食べたわけではなく、どちらかと言うと、のべつまくなく菓子類を食べた事が原因。仕事が忙しくて、ついつい手近に置いてある、普段は食べない菓子類に手が伸びるわけだ。「食べると太る…」と分かっちゃいるけれど、ついつい…ってパターン。いわゆる“ストレス太り”です。

 “お正月太り”とか“ストレス太り”とか言いますが、現象面だけで見れば、単純に“食べ過ぎ”なんですよ。ご馳走を食べているか、菓子類を食べているかの違いはあれど、やっぱり食べ過ぎなんです。

 では、太らないためにはどうしたらよかったのか? …食べなければ良かった(食べる量を少なめにすれば良かった)…ですね。

 …そんな事を言ったって、年始年末は付き合いだってあるし、ストレスの捌け口をオヤツに求める事なんて、博打や女遊びでウサ晴らすのと比べれば、とやかく文句を言われるほどの事でもないし、他人様のブログをアラしたりするよりも、ずっと平和で人間らしい行いと言えるでしょう。

 …どうせ食べるなら、カロリーの低いもの選んで食べれば良かった…そういう事なんだろうなあ…。お正月料理は基本的にご馳走だし、カロリーは高いものが多いけれど、その中から比較的カロリーの少ないものを食べていれば良かったのかな? でも、美味しいものに限ってカロリーって高いし、だいたい菓子類って、甘かったりアブラっぽかったりしてカロリー高いし…。

 なんて事をぐだぐだ考えていたら、二つの事に気づきました。それは…

 “私は、カロリーを求めて食べているのではなく、満腹を求めて食べている”

 “カロリーをたくさん取ったから満腹になるのではなく、たくさん食べれば満腹する”

 つまり、私の場合、食べ過ぎの主目的は「たくさん食べて満腹したい」なのであって「カロリーの取りすぎ」とか、その結果の「体重増加」は実は望んでいないのです。

 たくさん食べて、満腹して、幸せな気分になって…これが私の望む事なんですよ。何を食べるかとかは、実はあまり大した問題ではないのです。つまり私は、美食家ではなく、大食漢なんですね。

 大食漢なんだから、とにかく、たくさん食べたいんです。たくさん食べれば、心が満たされるんです。だから、栄養がないものでも、カロリーの低いものでも、案外平気です。…極端な話、腹に溜まれば何でもいいんですよ(爆)。

 なので、私の場合、食べるものをきちんと選べば、満腹はしつつも、カロリーの摂取を抑えて、体重増加を必要最小限に抑える事は可能なはず…。

 と言うのも、どうやら私には、胃袋に“幸せセンサー”がついているみたいで、胃袋に食べ物がたくさん入って膨らむと、満腹になって“幸せセンサー”が稼働するみたいなんです。「もう、お腹にはこれ以上入らないよ~」ってなると“幸せセンサー”がフル稼働するんですよ。

 で、胃袋を膨らませる方法ですが、一般的に食べる量を増やして全般的に胃袋を膨らませるというやり方と、質量の重い食べ物を食べて、胃袋を下の方向に膨らませるというやり方の二つがありますが、私の場合は、どっちもOKで、とにかく胃袋が膨らむと幸せを感じるみたいです。

 一方、満腹というのは、血糖値に左右されるという方もいらっしゃいます。血糖値が上がると、食欲が消失し(実際には胃袋はカラでも)満腹を感じる人もいるそうですが…絶対に私は、そういうタイプの人間ではありません(断言)。

 なので、カロリーの高いもの(例えば、チョコレートとか)を食べて、血糖値を上げても、それでは満腹にもならなければ、幸せにもなりません。いや、むしろ血糖値があがるので、食欲は薄まりますが、“幸せセンサー”は反応しないので、むしろ「(胃袋が)食べたいのに(脳味噌が)食べたくなくなっている」事にイライラしたりします。

 で、そのイライラを解消するために、結局、センベイなどを食べて、胃袋のスキマを埋めるわけだから、結果として、食べ過ぎになるわけです。

 だから太るンだな。

 ああ、そうか、だから、仕事のストレスなど、知らず知らずにイライラがたまると、そのイライラを解消しようとして、胃袋のスキマを無意識に埋めて“幸せセンサー”を発動させようとしていたのかもしれません。これが“ストレス太り”の正体かあ…。

 どうやら私は、脳で空腹を判断しているのでなく、胃袋で空腹を判断しているようです。そういう人間です。それに気付いただけでも、今回のデブ化は無駄ではなかった(笑)。

 今後は、少量でハイカロリーの食品は、ちょっと避けて、大量で重量級でなおかつローカロリーなものを食べて行けるといいなあと思いました。たとえば、根菜の煮物、こんにゃくの料理、豆腐料理、汁物料理…。こんな感じかな? 映画館で食べるポップコーンって、かさばって量も多いけれど、あれってカロリー的にはどうなんでしょう?

 私とは逆に、太りたい人は、少量でハイカロリーの食品(できれば血糖値がすぐには上がらない食べ物)を食べるといいんでしょうね。でも、そんなもの、ある?

2011年2月26日 (土)

水草が(やっと)落ち着きました

 我が家の水草…マツモグサの話です。年末から年始にかけて、金魚たちに傍若無人に食い荒されていた水草ですが、2月の月初めに入れた水草が、あまりに金魚たちに不人気だったため、なんと、水槽の中で増えてしまいました。

 そこで、金魚屋から買ってきた水草本体から伸びてきた新芽だけを残して、本体の方は捨ててしまいました。だって、水槽が水草で一杯になってしまったのですもの。

 柔らかくて食べやすい新芽だけを残したのですが、金魚からの不人気は続いております。これは一体なんなのでしょうね。あれだけ、水草大好き金魚たちが、全然水草に見向きもしないのですよ。

 今回の水草は徹底的にウチの金魚たちのクチに合わないのか、あるいは、ウチの子たちの「水草ブーム」が終了したのか? よく分かりません。でも、これでしばらく、水草を買いに行かず済みますし、水槽の中も新緑が美しくていい感じです。

 そうそう、すぐに植わりたがる、例の水草も、本体部分は捨ててしまいました。新芽は残してますが、新芽は植わりたがりません。ま、そんなもんです。

2011年2月25日 (金)

「赤ずきんちゃん」を練習しています

 歌劇団の練習に行ってきました。

 まずは筋トレからです。スクワットが30回×2セット、腹筋が30回×2セット、背筋が10回×2セットでした。なんか、いつのまにか、回数が増えているような…。

 今回は、腹筋を二人一組になって行いました。一人が腹筋をしている間、もう一人がその人のお腹を押さえつけ、絶対に緩まないようにするという…結構、過酷な練習でした。「やるなら、ちゃんとやらないとネ」と先生がおっしゃってました、…ですね(汗)。どうせやるなら、ちゃんとやりましょう。

 しかし、毎度の事ですが、この筋トレはキツイです。全部終わると、私のカラダが発熱し、湯気が立っているのが、自分でもよく分かりますもの。

 筋トレが終わると、普通の発声練習をします。声のウォーミングアップですね。

 そして、一息ついたところで、演技付き発声練習に入ります。

 今回のテーマは「幼稚園の節分にホンモノの鬼がやってきた!」です。幼稚園の先生が園児たちに節分の説明をし、豆を渡して「では、鬼さん、ど~ぞ~」と、鬼役のボランティアさんを招き入れて節分の豆まきをするつもりが、なぜかボランティアではなく、ホンモノの鬼がやってきて、幼稚園が阿鼻叫喚になる、というストーリーです(すごくシュールなストーリーですね:笑)。

 私は赤鬼をやりました。鬼は前半は舞台袖で待機なので、団員の皆さん方の演技を見てましたが、いやあ、なんかいつのまにか、皆さん、演技が上手になってました。だんだん、色々なものが吹っ切れるようになってきたんだと思います。

 演技付き発声練習は、2回やりました。最初の奴は、鬼が無敵なバージョンでした。なので、鬼が金棒持って、結構好き放題に暴れまくり、幼稚園が阿鼻叫喚となってしまいます。しかし最後は、カラダを張って園児たちを守る先生のパワーに圧倒されて、鬼が退治されるというストーリーになりました。

 2回目のバージョンでは『鬼は豆をぶつけられると弱まる』という設定でやりました。さらに、鬼退治の桃太郎が、鬼を追いかけて後から現れるというサブストーリー付きです。鬼は、豆を持っていない桃太郎は返り討ちにできたけれど、園児たちの豆の波状攻撃にやられました。…鬼的には、傍若無人に暴れようとすると、すぐに豆が飛んでくるので、ちょっと活躍しづらかったです。

 さて、次回は「卒業式」でやります。桜中学3年C組という設定です(笑)。校長先生(結構、無責任なタイプ)と担任の先生(熱血先生)と個性豊かな生徒たちで繰り広げる寸劇です。また、おもしろくなりそうですね。ちなみに私は生徒役ですが、どんな生徒をやろうかな?

 これで前半は終了。休憩時間です。休憩中に、発表会で歌う二重唱の練習をしました。団員の皆さんは、個人レッスンが多いので、二重唱の練習って、実はなかなかできないのです。だから、団員同士で二重唱を組んでいる人たちは、この休憩時間に、先生に二重唱を見てもらいます。

 「パリを離れて(椿姫)」と「手紙の二重唱(フィガロの結婚)」のカップルが練習しました…が、それでもちょっと時間が余ったみたいなので、私たちも二重唱[「ひと言だけ、アディーナ(愛の妙薬)」]を見てもらいました。やっぱり、見ている人がいると、なんか気合の入り方が違います。普段は撃沈するAsもなんかいい感じです。アクートの出し方を何となくマスターしつつあると言うこともありますが、やはり私は、客がいる方がうまく歌えるみたい(笑)。「みんなの元気をオイラに少しずつ分けてくれ~」って感じになるんですよ(って、元気玉かい!)。客がいると、歌心が普段の三割増しくらいな感じになりますよ。

 休憩後は、ババンと歌の練習です。

 コンコーネは6番と7番です。すでに二巡目ですが、何度やっても難しいですね。次回は8番と10番をやります。

 「乾杯の歌」は、いきなり大初見大会になりました。もちろん、ボロボロですが、とりあえず通して歌ってみました。それからテキストの読み合わせをして、フェルマータの箇所(楽譜には書いてない)を確認し、パート決めをしました。

 パート決めと言っても、男声はアルフレッドを、女声はヴィオレッタを歌うわけで、要は、男声も女声も複数いるので、歌の部分を細かく分けて、それぞれを分担して、ガラコンサートスタイルで歌う事にしましたので、それぞれがどこを歌うかを決めたわけです。

 男声は二人なので、ザックリと先生に分けてもらいました。最初のアルフレッドのパートは大きく三つに分けて、最初が私、次がYさん、その次は二人で声を合わせて歌う事にしました。後半のヴィオレッタとの掛け合いの箇所は、最初がYさんで、次は私。アルフレッドとヴィオレッタが声を合わせるところからは、全員で歌うって感じです。

 女声は大勢なので、本当に細かく分けました。一応、それぞれの希望を聞いた上で先生が、声のキャラクターも考慮に入れて、最終的に決めてくださいました。それぞれが、4~8小節ずつ歌うことになります。

 本番では自分の担当箇所だけを歌うのですが、この曲は有名曲だし、レパートリーにした方いいので、時間に余裕があれば(ないかな?)、団員の皆さんは全曲練習してきましょう。あ、全曲と言っても、男声はアルフレッドのパートだけ、女声はヴィオレッタのパートだけで結構です。

 最後はミュージカルの練習です。今まで当ブログでは、練習している曲の名前を伏せてましたが、やはり曲名を伏せたままではブログも書きづらいので、今、練習している曲を公にしちゃいますと…実は「赤ずきんちゃん」を練習しています。この曲は、室内ミュージカル(ピアノ伴奏)で、コンコーネ50番の曲でミュージカルが構成されているものです。私たちのような立ち上げたばかりのアマチュア歌劇団が最初に取り組む演目としては、まずまずの曲じゃないかなって思います。まあ、身の丈にあったところから一歩一歩進んで行きますよ。

 今回の練習では、この「赤ずきんちゃん」の中の“赤ずきんちゃんと子リスと子うさぎの三重唱「狼に気をつけて」”を女声だけで練習しました(どう考えても、男性がやれる役はないでしょ)。この曲はコンコーネの15番のメロディーで歌います。最初は全員で歌って、次は(仮に)役をふって、役ごとにまとまって歌ってみて、最後は一人ずつ前に出て歌ってみました。歌の後は、そのままセリフの練習も(軽く)しました。男性は三重唱には参加しませんが、セリフの部分には狼役で参加しました。

 それと“山鳩のアリア「おしゃれな一日を(コンコーネの26番のメロディー)”もやりましたが、これは全員で声を合わせて、音を取ってみました、くらいの練習でした。

 次回は“お母さんのアリア「朝の祈り(コンコーネの23番のメロディー)」”と“郵便配達のアリア「おはよう皆さん(コンコーネの38番のメロディー)」”をやりますので、準備しておいてください。なお“お母さんのアリア”は女性しか歌わないで、男性は譜読みの必要はありませんが、その代わりに“狼のアリア「おれは森の王者(コンコーネの39番のメロディー)」”の譜読みをよろしくお願いします。

 4月は通常の練習ですが、5月の練習は発表会の度胸付けをしますので、休憩時間などで発表会で歌うアリアを歌ってもらうかもしれないですし、6月は臨時練習が入るかもしれませんので、そのおつもりでいてください。

2011年2月24日 (木)

合唱人の特徴、歌手の特徴

 別に二項対立をしてお互いを対立させるのが目的ではありませんが、主に合唱を中心に活躍する人と、主に独唱を中心に活躍する人の、違いのようなものを比較すると、おもしろいなあと思ったので、やってみました。もちろんですが、ここで取り上げる、合唱人も歌手も、アマチュア限定の話ですからね、念のため。

 まず合唱人から始めましょう。

 当たり前ですが、合唱では音程と発音が重視されます。

 当然、合唱人は音程にはシビアです。活舌が良く、言葉を重視して実に明瞭に歌います。常に集団行動ですから、協調性があります。また、指揮を見て指揮に合わせ、伴奏を聞いて伴奏に合わせて歌います。とにかく合わせモノが得意です。なんか、日本人の気質に近いものがありますね。

 合唱人たち自身は認めたがらないかもしれませんが、歌手(ソリスト)に妙な対抗意識を持っている人が少なくありません。特にキャリアの長い人に、その傾向は強いですね。それだけ意識しているなら、自分も歌手になればいいのに…。

 それでは、対抗意識を持たれてしまう、歌手の特徴はどうかと言うと…

 まず、歌手は声重視(発声・音色・最高音など)かな? 音程を軽んずるわけではないけれど、音程の正しさや歌詞の明瞭さよりも、声の響きを優先する傾向があります。

 性格は、自主性が強いですね。自分を前に出してくる人、多いです。自分大好きだし、音楽も、自分なりに考えて歌います。なので、伴奏はあくまで伴奏であって、伴奏は自分に合わせるべきだと考えている不届きな奴もいたりします。合唱と合わせる時も、大抵は合唱の事など、眼中に無かったりする、唐変木もいます。

 そうそう、一から十まで自分でコントロールしないと気が済まない完璧主義者も、少なからずいます。なにしろ、独唱ってのは、すべてをきちんとやれなければ、音楽が落ちてしまいますからね。

 高音歌手(ソプラノやテノール)に多いのですが、時々、周囲の存在を忘れ、自分の快感に突っ走って、音をのばしたり、記譜よりも高い音程を歌ってしまう、困ったちゃんもいます。その一方で、結構頑固で、なかなか他人に対して譲らない部分を持っていたりします。なんか、こう書いていると、歌手には、やっかいな人間が多いような気がしてきた(笑)。少なくとも、集団行動が苦手そうな人たちが多そう…。

 同じように「歌を歌う」人ですが、合唱人と歌手では、色々と違うところがあります。

 互いの役どころを変えるとどうなるでしょうか?

 例えば、合唱人が歌手に成ってみると? もちろん、何の問題も無い人もいる一方、多くの合唱人は、一人で歌う事に、困惑を感じるでしょうね。

 まずは心理的な問題があります。いつも皆と歌っているので、一人で歌う自信がないとか、一人で舞台に立つなんて恥ずかしいとか、一人でスポットライト浴びるのはイヤとか…まあ、そんなところ。

 技術的な問題もあるでしょう。と言うのも、合唱団と言うところは、合唱は教えますが、発声は教えませんから(当たり前)、多くの合唱人は、発声に問題を抱えている事が多いです。

 声が側鳴りで前に飛ばす事ができなかったり、発声は明瞭だけれど響きが足りなかったり、レガート唱法ができなかったり、自分で音程を作っていけなかったり、伴奏者をうまくリードできなかったりするし、何よりも歌心に乏しかったりします。

 一番の問題は、自分という人間を、うまく表現できない事かもしれません。善かれ悪しかれ、歌うという行為は、自分をさらけ出して表現していくものですが、合唱での表現と言うのは、常に指揮者の表現であって、合唱団員のそれではありません。なので、自分を表現するというのは、合唱人の不得意分野だったりします。

 逆に歌手が合唱に入るとどうなるか? これは一言「つまらない」でしょうね。なにしろ、常に、小さな声で自分を殺しながら歌わないといけないわけですからね。ストレス溜まりますよ。たまに、うっかり普通に歌うと、怒られるでしょうし…。

 あと、歌手は往々にして、音程よりも発声を優先しちゃうし、発音の明瞭さよりも声の響きを優先しちゃいますから、そのあたりでもかみ合わないでしょうね。合唱団によっては、合唱的な美しさを求めて、一般的な歌手の声の響きとは、全く違った音色で歌っているところもあります。ですから、歌手が合唱に入ると「全体の響きを考えて!」とか「叫べばいいってもんじゃないよ」とか言われます。影で「やっぱり、あの人には合唱は無理だね」って言われているかもしれませんよ。

 ううむ、どうやら、両者とも、歌う人である事には間違いないけれど、アマチュアレベルにおいては、合唱と独唱は全く違う、二つの世界なのかもしれません。そういう点では、プロの方で、その両方をうまく渡り歩いてる方もいらっしゃって、そういう所は、さすがプロはプロなんだなって思います。

2011年2月23日 (水)

“自分の音が気に入らない”病になりました(笑)

 ただ今“自分の音が気に入らない”病が発症している最中でございます。え? 何の話かって? ヴァイオリンの話ですよ。

 かつてフルートでも“自分の音が気に入らない”病が発症しました。たぶん、この病気は、大人になってから楽器を始めた人なら、誰しもが一度はなる、ハシカのような病気じゃないかと思ってます。

 私の場合、最初の楽器であるチャイナ娘の時は“自分の音が気に入らない”病が発症する前に、新しいフルート(現在のアゲハ)を購入する事になったので、発症を抑える事ができましたが、アゲハの時は…購入して半年くらいの時かな? スランプに入って、高音Eに苦労したあたりの時に“自分の音が気に入らない”病が発症したんじゃないかと…思います。

 “自分の音が気に入らない”病…文字通り、自分の音が気に入らなくて悩む病気です。何というか、演奏しているだけでイヤになると言うか、自分の頭の中で鳴っている音と現実に鳴っている音のギャップに苦しむ時期ですね。下手をすると、楽器を手にしているだけで、心が暗くなってくる病気です。

 この病気の特徴は…

 1)自分の汚い音に嫌気がさして練習がイヤになる。
 2)自分はそれなりに一生懸命のつもりなのに、全然進歩/上達が感じられず、日々ドツボにハマり、徒労感に苛なまれる。
 3)自分じゃなく楽器が悪いんじゃないかと思い込む。さらに病状が進むと、楽器を変えれば解決するんじゃないかと思い込む。

 この病気はこじらせると…

 1)挫折、中断、さぼり、逃走など、音楽/楽器と一定の距離を取り始める。
 2)新しい楽器を購入して、財政的にピンチを招く。
 3)全く新しい楽器/趣味を始める。

 などの諸症状が現れます。ま、最初の“壁”というか、一種の倦怠期のようなものです。

 幸い、フルートの時は、私自身の根が真面目なために、嫌気がさしても日々の練習を怠らなかった事と、経済的にそれほど余裕もなかったため、楽器の買い換えなどの具体的な行動を取れなかったなどの理由で、余りこじらせる事なく回復しました。そして、その時に免疫を作ったせいか、現在、どうやらヴァイオリンで“自分の音が気に入らない”病になったらしいのですが、それほど重症化せずに済みそうです。

 でも、それでもやはり“自分の音が気に入らない”病になったみたいです。軽微な症状が現れています。

 ヴァイオリンも、ミヤマを弾き始めて…そろそろ半年です。この病気は新しい楽器を手にして半年ほどで発症する病気なのかもしれません。

 ミヤマの音は別に気に入らないわけではありません。開放弦での響きなどは好きですよ。でも、演奏していると、時折、変な音が鳴ります。弓を弾いても、なんか鳴りの悪い時があるし、たまにキーキーしたり、平べったい音が聞こえる事もあります。

 単純に私が下手くそだから仕方ないのですが、練習していて、たまに心が曇ります。何をどうやってもキレイな音にならない時は、嫌気がさします。「所詮、7000円のヴァイオリンなんて、こんなモンさ」と悪態をつく時もあります。

 でも、フルートで、この病気に対する免疫も備えたので…「自分の音が汚いのは、以前から汚かったのだけれど、以前はその音の汚さに気づかなかっただけで、今は多少耳が聞こえるようになってきて、やっと音の汚さに気づくようになっただけで、しっかりと成長しているじゃん」とか「理想の音が簡単に出るなら、誰だって簡単にプロ奏者になれるはずだけど、現実はそんなに簡単じゃない。理想の音は一生追いかけて求めていくべきものサ」とか「ダメなのは楽器じゃなくて自分の腕前なんだから、楽器を買い換えても、また半年もしたら病気が再発するだけだから、楽器の買い換えなんて意味ないね」とか…まあ、そんな事も心に浮かびます。

 免疫があるって、大切な事だね。

 たぶん、これから私は、しばらくの間、ヴァイオリンを手にするたびに暗い気持ちになるでしょうが、まあ、それはそういう時期だから仕方ないですね。この病気は、治るまで多少の時間が必要な病気ですが、必ず治る病気なので、その日が来るまでは、地味な練習をひたすら重ねて、気分は臥薪嘗胆で、気持ちが落ちつくのを待っていればいいような気がします。

 それに、今は楽器が欲しい~と思っても、それは病気が思わせているだけで、目が曇っている時期なので、今、新しい楽器を購入しちゃうと、選択ミスをおかしそうで怖いですよ。やっぱり、楽器は人生の伴侶みたいなものですから、きちんと釣書を見て、私との相性を何度も確かめてから嫁に来てもらわないといけません。一時の情熱に惑わされてしまうと、後悔する事になるかもしれないしね。

 ああ、新しいヴァイオリンが欲しー!(爆)。

2011年2月22日 (火)

アクート、いっぱ~~つ!

 声楽のレッスンに行ってきました。

 例によって、発声練習から。とにかく、今の私の課題は、高音発声ですよ。

 フレーズ単位で、半音ずつ上に上がっていく練習を繰り返します。途中で力んだり押したりしたら、やり直し。声が前に行っても、やり直し。半音上がるたびに、頭の後ろを一段ずつ開いていく感じで行います。

 最高音がGになるあたりから、声を出す感覚が変わってきました。なんか、それまでとは違う場所にいるような気がしてきます。そして「行くぜ、行くぜ、行くぜ~」って感じになってきて、あるところで、パッカーと頭が開いて、中から鳩が飛び出してくる感じになります。これが、たぶん、アクートです。力むこともなく、押すこともなく、その直前まで弱々しく歌っていたのが、扉が開くもんだから、いきなりピャ~~って感じで楽々と声が出ちゃいました。

 「ほら、Asが楽々と出たでしょ」
 「あれ、ほんと!?」
 「だから、すとんさんはAsを出すポテンシャルはあるって事。あとは、Asの成功確率を上げていくだけ…」
 「なるへそ」

 確かに楽々と声は出ましたが、代償もそれなりに大きくて、その後は、ちょっと咳き込んでしまい、しばらく歌えませんでした。いきなりのアクートで、ちょっとノドを痛めたようです。

 アクートなんて、だいたいが人間業ではない(笑)ので、初級者が一日にそう何発も出せるものではありません。今回は一発だけだったけど、Asが出たから、それで良しです。とにかく、アクートは、極度に体力を消耗するし、まだアクートに慣れないないカラダには応えます。まるでコンボのあとの映司君のようです。

 とにかく、アクートの感覚はつかんだ(?)ので、あとはそれを忘れないうちに、再現して定着させていくだけです。とにかく、一歩前進です。ステージクリアです。

 しかし、このアクートをマスターしちゃえば、上の方はどこまでも出るような気がします。何というか“今まで垂れこめていた暗雲がいきなり晴れた”ような感じです。どこまでも高く登っていけそうです。

 あ、そうそう。息の支えが通常の声とアクートではちょっと違う事に気づきました。アクートでは、かなり下の方で支えないとダメみたいです。いわゆる“下腹部”ってところね。だから、ここを鍛えていかないと、アクートは歌えません。

 それと、高いところに登っていく時も、引っくり返る直前のような腑抜けた声で登っていく方が良いみたいです。力押しは厳禁。とにかく、脱力ですよ、脱力。ヘナヘナ声で上がっていって、音程がアガルにつれて、どんどん声の出口が小さくなるけれど辛抱して、アクート領域に入る少し前あたりから、ジラーレして、声を後ろに持っていって、アクートでパカ~っと開いて歌う。…やり方は分かったけれど、再現性に乏しいのが残念なところです。

 …背中とか下腹部とか内腿の筋肉に、とても負荷がかかります。

 でもまだ二月だね。発表会の六月までには、このアクートを百発百中にしないと(汗)。

 さて、アリアです(笑)。

 とりあえず、短調部分は、まあ色々あるけれど、なんとか歌えたかな~って感じでしたが、転調した後がダメダメ。ただ、以前よりも、ダメになるところがドンドン後ろになってきているので、上達はしている感じです。

 ダメになる理由ですが…

 1)疲労
 2)無駄な力み
 3)カラダがあっちこっち閉じる
 4)高音が届いていない

 …こんなところでしょうね。

 とにかく、まだまだ脱力が必要です。曲の始めの方で、いい気になってfを出すと、必ずツケがまわって、その後がダメになります。ちょっといい感じで歌えたとしても、自分の分と言うのも守って、決していい気にならない事が大切かな?

 ここでもやはり、脱力ですね。リラックスです。とにかく、脱力しつづけられれば、疲労は回避できるし、無駄な力みもなくなるわけです。しかし、力を入れるのは意識的に行えるので簡単ですが、力を抜くのは、本当に難しいです。

 カラダが閉じてしまうのは、下手くそだからですね。仕方ないです。練習を重ねて、カラダが閉じないようにしないとね。

 高音は…アクートをマスターする事が急務です。ファルセットなら楽に歌えますが、合唱じゃないので、それでは意味がありません。きちんとアクートで歌わないとね(汗)。とにかく、アクートの成功率を上げていかないと…。

 …やっぱ、合唱のテノールとソロのテノールの一番の違いは、アクートを自分のものにしているか否かってところかな? 高いところが歌えないとテノールはダメだけれど、ファルセットで歌えても、ソリストは意味ないもんなあ…。女々しい歌声はテノールには不要だもんね、漢臭いぶっ太い声で歌わないとあきまへん。

 それにしても、アリアも早く暗譜しないと(汗)。アリアがある程度、形になってくれないと、歌劇団で歌う「乾杯の歌」の準備に取りかかれません。ま、あの歌は「人知れぬ涙」よりは難易度が低いので、ちょっと安心しています。

2011年2月21日 (月)

音程は捨てない(爆)[音源付き]

 フルートのレッスンに行ってきました。

 まずはいつも通り、音出しから。フルートという楽器の持つ特性~低音はより低く、高音はより高くなりがち~と言うこともあるのですが、とにかく、いつも第三オクターブの音程が悪い私ですが、ついに今回は先生も「これは見過ごせない」と思ったのか、ストップがかかりました。…多少の違いならともかく、今日は半音近く違う…のだそうです。そりゃあ、半音も違えば、止めるよね(笑)。

 しっかり耳を開いて演奏しましょうと言われました。ごもっともです。

 しかし、耳をいくら開いても、どうにもならない事ってあります。実は私の第三オクターブは、どうにも修正できないほど、音が違っている事があります。一応、正しい音程に戻そうと努力はしますが、どうにもならない時は…音程は捨てます(爆)。だって、第三オクターブなんて、めったに使わないじゃない。「合わない時は合わないんだ!」とか言ってお終いにします。

 合奏やるならともかく、一人で自宅でフルートの練習するなら、それでもいいじゃん。一人で自宅でフルートの練習するなら…ねえ。レッスンに来て、先生に見てもらうのに、音が合っていなかったら…そりゃあ、やっぱり、マズいか。

 フルートという楽器は、音程があんまりしっかりしている楽器ではありません。ましてや、奏者に音感がなければ、かなりボロボロな音程になってしまう楽器です。ま、それを修正するためには、吹きながら自分の音を聞いて、音を曲げて対応します。しかし、いくら音を曲げると言っても、それにも限界はあります。その限界を越えるほど違う時もあるわけで…そうなった時は………あきらめます(笑)。いや、だって、どうにもならないじゃない?

 で、今回のレッスンでは、音程がかなり違うのは自覚していましたし、音を曲げて対応しようとしたけれど、実際、違いすぎて、どうにもならなかったのです。それに第三オクターブは変だけれど、低中音はバッチリだったしね。まあ、それで良しにしちゃいました…が、やっぱりそうは許していただけませんでした。

 どうしても、第三オクターブが高すぎるのなら、全体のチューニングを低めにして、低音と高音の釣り合いを考えていきましょ…って事で、頭部管を少し多めに抜いてみました。

 今の寒い季節は、実は私、頭部管をほとんど抜きません。ほぼ奥まで入れております(ここがダメの原因?)。それで、そのまま吹くと、低中音は実にいい感じになります。しかし、全体のバランスを取るために、頭部管を少し(約3mmほど)抜いてみました。ここまで抜くと、低中音も音を曲げないとダメになりますが、全体を低めに設定しているため、第三オクターブは…やはりまだ高めですが、なんとか音曲げで対応できる範囲の高さに収まりました。

 低中音を楽して高音を捨てるか、面倒でも全部の音で調整をかけていくか、この二者択一になりました。…もちろん、全部の音で調整、を選びました。

 早く暖かくならないかな? とりあえず、しばらくは、この状態でフルートを吹いてみます。

 さて、曲の練習です。今回はセッションレッスンだったので、ポップス系の曲を吹いてみましたよ。

 1曲目は「Around the world/世界一周」です。元々は映画音楽だそうですが…もう立派なスタンダードナンバーですね。

 この曲、譜面を見ると、実に簡単そうなんですが、実際に演奏してみると、意外とちゃんと演奏するのは難しいです。その理由は、メロディの音域が狭いため、そのまま演奏すると、のっぺりしたつまらない演奏になってしまう事。中央Cの下のHが出るため、C管フルートの私にとっては、曲全体を1オクターブをあげて演奏しないといけないのですが、それをやっちゃうと、キンキンな曲になってしまう事。あと、三拍子だし、アウフタクトだし…ってところですか?

 ま、こういう曲は、曲の途中でオクターブの切り換えをして演奏するのが良いです。ところが、そのオクターブの切り換えのタイミングで下手を打ったり、オクターブの切り換えがスムーズに行かなかったり…とまあ、そんなつまらないところで苦戦しました。

 ピアノと合わせたり、フルートと合わせたりしました。今回の音源は、この曲を先生とフルート二本で合わせたバージョンををアップしてみました。

 2曲目は「Aloha oe/アロハ・オエ」です。ハワイアンの定番曲ですね。実は私、この曲をポップスバンドが演奏するのは聞いたことありますが、実際のハワイ民謡としての演奏って聞いた事がないのですが、だから、ハワイっぽい演奏というのが、今一つつかめませんでした。

 この曲も譜面的にはかなり簡単なんですが、だから、普通に吹くと、まるで子どものリコーダー演奏のようになってしまいます。もちろん、そんな演奏はダメダメでして、つまり、メロディーが単純な分だけ演奏が難しいって事です。

 フルートで吹くなら、メロディに色々と装飾音符をつけたり、リズムを揺らしたりが必要となります。それが難しいのです。例えば、メロディラインも半音下から入ってしゃくりあげるように吹き始めるとかっこいいけれど、それが難しい。と言うのも、私がやると『意図的に半音下から入ってメロディをしゃくり上げた』ようには聞こえず『半音下をミスブローして、あわてて半音上げて、正しい音にした』ように聞こえます。つまり、装飾音符をつけたつもりが、なんか失敗した演奏に聞こえるわけで、実に残念な演奏になってしまいます。…先生が吹くとカッコいいのに、私が吹くとカッコ悪いなあ~。ああ、残念。

 やはり、こういう簡単なメロディーだからこそ、テクニックの差がはっきり出てしまうようです。簡単な曲ほど難しいのです。この曲も、ピアノで合わせて、フルートで合わせてみました。

 3曲目は「Tie a yellow ribbon 'round the ole oak tree/幸せの黄色いリボン」です。70年代のアメリカン・ポップスですね。実は私、この曲もオリジナルを知らず(笑)、なんと、若い日のアグスネ・チャンのカバーで知ってました。珍しいでしょ。

 こういう、ちゃんとしたポップス曲は、下手に手を加えずに、素直に楽譜通りに演奏するのが吉です。ただし、メロディは半音がバンバン出て来て、指がちょっと難しいですし、リズムがちょっぴり面倒くさいです。さらに、この曲もオリジナルは歌なので、メロディの音域が狭いので、フルートで吹くときは、やはり適当にオクターブの移動が必要です。曲想を考えると、かなり軽やかに吹かないとダメ。…とまあ、楽譜通りに演奏と言っても、色々と気を配らないといけないところは満載です。この曲は、先にフルートで合わせて、それからピアノで合わせたけれど、やはりポップスはピアノと合わせた方がいい感じですね。今回のレッスンはこんな感じでした。

 そうそう、先生のフルートが修理から戻ってきました。戻ってきてどうですか?と尋ねたところ、修理をしていた二カ月の間、だいぶ楽をしてしまいました…とおっしゃっていました。

 どういう事か言うと、先生のフルートは、H足部管付きフルートでして、修理に出している間、吹いていたフルートは、ことごとくC足部管付きフルートだったのですが、フルートって、C足部管付きフルートよりも、H足部管付きフルートの方が、吹くのにパワーがいるそうです。その理由を尋ねたところ、単純な話で、H足部管付きフルートの方がC足部管付きフルートよりも管体が約5cmほど長いため、その長い管体を振動させるためにパワーが必要なんだそうです。たった5cmだけれど、この5cmがなかなかの曲者だそうで、C足部管付きフルートの方が、圧倒的に吹いていて楽なんだそうです。へえー、知らなかったです。

 さてさて、音源演奏の解説をします。曲目は「Around the world/世界一周」です。フルート二本で演奏しています。当然ですが、メロディをボケーと吹いているのが私で、伴奏で細かい事をしているのが先生です。今回はメロディと伴奏の入れ代わりはしていません。

 今回、つくづく思ったのは、やはり二重奏を生かすも殺すも、伴奏パートを演奏する奏者次第なんだな…って事です。

 音源の中で、メロディを吹いているのは私です。特に変わった事をしているわけではありません。たまにオクターブ移動をしているくらいで、割と素直にメロディを吹いています。しかし、先生が吹く伴奏パートがオシャレなので、全体としていい感じに仕上がっています。実は、別のバージョンで、ほんの一部だけれど、私が伴奏を吹いている演奏もありますが…それはどうにも悲しい出来ですね。先生がメロディを吹いているので、ちょっと聞いた感じは華やかなんですが、やはり伴奏がショボいので、全体の印象としては、とても残念な感じになっちゃうんです。つまり、メロディではなく、伴奏の動きで、その演奏がステキなのか、ショボいのかが、判断されちゃうってわけで…。

 フルートの二重奏で、目立つのはもちろんメロディ担当者なのですが、演奏の善し悪しをキメてくれるのは、伴奏担当者ってわけです。

 たしかに、フルートの二重奏って、メロディよりも、往々にして伴奏の方が難しかったりするしね。フルート二重奏、奥が深いです。なかなか初心者の手に負えるものではありません。

 しかし…私はフルートの音を押しているなあ…。もっと、軽やかに吹けないものかしらね。それに演奏音もあまり美しくない。あ、演奏はこちらです。

 今回の録音は、ちょっとノイズが多めで申し訳ないです。録音レベルでミスって、かなり小さめに録音してしまったので、後処理で音量を上げてみたので、どうしてもノイズの音量も上がってしまいました。聞きづらい演奏が余計聞きづらくなっているみたいで…申し訳ありません。

2011年2月20日 (日)

ナメちゃいけない、国産自転車!?[2011年2月第3週・通算6週]

体重:100.8kg[+1.0kg:+0.4kg]
体脂肪率:30.3%[+0.3%:+0.1%]
BMI:31.8[+0.3:+0.1]
体脂肪質量:30.5kg[+0.6kg:+0.1kg]
腹囲:97.0cm[+-0.0cm:-0.4cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 実にマズいですね。(お正月太りの)年頭の数値よりも悪くなってます。ストレス太り恐ろし! まだまだ忙しい時期は続く予定だし、実際、今はダイエットを考える余裕もなく、菓子&飲料、爆食爆飲中(ほぼ仕事の燃料です)だし、脂肪の代謝も極めて悪いんだろうなあ…。

 でもね、今年の冬は確かに太ったけれど、いまだ、風邪もひいてないし、インフルエンザにもノロウィルスさんにも負けてないよ。これだけ猛威をふるっているのに、私のところだけは“素通り”です。デブだけど、健康って事で……ダメっすか?

 さて、今週のエッセイです。

 私は普段は徒歩で移動する“徒歩人間”なんですが、急ぎの時とか、かなりの遠出の時などは自転車を利用します。

 私の愛車は、ブリヂストン自転車の、今はすでに廃番になっている、いわゆる“実用車”です。“ミルク配送車”というタイプ(驚)で、朝の牛乳配達仕様の自転車です。

 こいつの特徴は、とにかく丈夫で頑丈。牛乳ビンに入った牛乳を配達するための自転車ですから、耐荷重が150Kg。どんなデブでも乗れるという優れもの。タイヤは幅広。車体は、どこもかしこも太くて硬くて重いです。ブレーキも、ワイヤーではなくロッドで連動してます。牛乳載せて走るんだから、慣性だってすごいもの。それをきっちり止めないといけないのだから、ワイヤーなんて弱々しいもの、使ってられません。きっちりロッドでパワフルに止めます。

 とにかく、すでに10年以上愛用してますが、全く壊れない。雨風にさらされてヘッチャラです。どんなに手荒に扱っても平気。メンテナンスさえしっかりしていれば、半永久に乗れるんじゃないかって思っちゃうくらい、しっかりしてます。

 一応、定期的にメンテナンスはしています。タイヤは前輪後輪とも(すり減ったので)2回ほど取り替えてます。サドルも最初は本革でしたが、さすがに、これはお日様でボロボロになったので、合成皮革のものに変えましたが、後は全く平気。ライトすら切れない(笑)。ほぼ無敵な自転車です。その無骨なスタイルから、私は彼のことを「漢号(おとこごう)」と呼んでいます。

 その漢号がついに先日故障しました(涙)。ちょうど、横断歩道を渡っていた時に、急にペダルが空回りをして、ペダルと後輪の連動がいきなり無くなってしまいました。あれは実に危なかったです。チェーンが切れた!と思ったくらいです。ブレーキをかけて立ち止まり、体勢を立て直して走り始めたところ、最初は走れました。だから「ああ、よかった、チェーンが切れたわけではないようだ…」と思ってましたが、やはりしばらくすると、ペダルと後輪の連動が無くなってしまい、ペダルが空回りをするようになり、やがて、全く連動しなくなってしまいました。

 チェーンが切れたのなら、チェーンを交換すればいいけれど、そういうわけではなさそうだ。どうも、後輪の車軸にトラブルが発生しているっぽいです。きっと、かなり深刻なトラブルだろうなあ…。

 しかし、この自転車も、もう、10年以上も乗っているわけです。もう牛乳配達はおろか、新聞配達だって、自転車なんて使わなくなって久しいです。自転車メーカーがこのタイプの自転車を生産中止にするのも、やむをえません。もう、部品交換をしたくても部品もないだろう。そろそろ製品寿命だろうし、ここまで乗れて十分十分。ひとまずダメもとで、自転車屋に見てもらって、引導を渡されたら、新車を購入しよう。

 …そんな気分で、壊れた漢号を近所の自転車に持っていきました。

 自転車屋のオッサンは、しばらく漢号を見て「これは…ダメかもしれない」とポツリ。「車軸のチェーンを空回りさせる機能の部分が壊れているようです。ここの故障は致命的ですね…」とのこと。あちゃー、やっぱり致命傷ですか? つい、さっきまで元気に走っていたのに、いきなりお亡くなりですか? まさにピンピンコロリじゃないですか?

 それでも自転車屋のオッサンは「ダメだと思うけれど、一応…見てみます」と言って、後輪の分解を始めました。手際よく、自転車を分解して、後輪の車軸を取り出し、後輪のチェーンを受ける部分のパーツまで分解したところで、オッサンの顔に???が。

 実は……壊れていると思ったパーツが全然壊れていなかったそうです。壊れていないどころか、ロクに磨耗すらしていなくて、まるで新品のような状態でした。ただ、動きが極めて悪くなっているそうなので、その部分にアブラをさしたところ…直っちゃいました(笑)。いやあ、さすがに10年も走っていたので、車軸の歯車の車軸を空回りさせる部分のパーツのアブラが切れて、上手く機能していなかっただけだそうです。かなり深い部分にある、自転車の根幹パーツなので、定期点検などではチェックしない部分だそうです(爆)。

 今回はひとまず、そのパーツにアブラをさして終了です。1時間近くも作業してくれたのに、分解してアブラさしただけなので、修理費は工賃だけで、たったの1500円でした。なんか申し訳ないです。

 しかし、雨風にさらしっぱなしで、10年以上も走っていて、それなのに、アブラさして直る程度の故障しかしない! さすがはブリヂストンの実用車。さすがは国産自転車。さすがはプロ仕様の自転車。いやあ、驚くべき、このタフかげん。ほんと、今回はさすがにダメかと思いましたし、自転車屋のオッサンも「こりゃダメかも…」って思ったくらいなのに、アブラ一滴で元気回復とは…日本の“もの作り”って、すげーなー。

 いや、本当、国産品の品質の素晴らしさに驚きました。やっぱり、買う時に、お安い中華な自転車ではなく、高かったけれど国産の実用車にして正解でした。デブが乱暴に乗っても10年平気だもん。すごいよなあ…。きっと、ゾウが乗っても大丈夫だよね(ないない:笑)。

 国産自転車をナメちゃいけません。

2011年2月19日 (土)

ドジョウに愛はあるのか?

 あるんじゃないかな…と言うのが、最近の私の感想です。そう、どうやら、ドジョウという生き物は、愛に満ちた生き物なのではないかなって気がしてます。

 愛と言っても、恋愛の“愛”と言うよりも、仲間愛の“愛”って感じかな? 特に、緋ドジョウという生き物は、どうやら愛情深い生き物のような気がします。

 基本的に動物って奴は、人間を含めて、エゴが強いというか、自分勝手というか、自分がかわいいと言うか、まあそんなもんです。金魚たちを見ていると、どいつもこいつも『自分がとってもかわいい』と言うのがよく分かります。転覆してエサを食べるのに四苦八苦している奴を体当たりでどかして、自分がエサをたらふく頬張るなんて、日常茶飯事だし、具合の悪そうな奴とは距離をおいてみたりなんて、露骨な事もします。

 まあ、金魚でも、ちょっとは仲間思いというか、気にしている風な子もいました。最近ではカエデがそうでしたし、元気な頃のキッカもそうでしたが、アカネのように天上天下唯我独尊タイプもいました。ま、金魚の性格は色々ってところでしょう。

 それに比べて、ドジョウは、どの子も例外なく、仲間思いですね。みんなが元気で幸せな時は、それぞれバラバラで暮らしていますが、一匹でも具合の悪いのが出てくると、みんなでその子を中心に集まってきます。集まって、何をしているかは分かりませんが、身を寄せ合って暮らします。あれは、元気づけているのでしょうか? 励ましているのでしょうか?

 具合の悪いのが緋ドジョウ同士なら分かりますが、弱った金魚を励ますのも緋ドジョウたちです。とにかく、金魚であれ、ドジョウであれ、弱った子のそばにいて、何をするでもなく、付き添ってあげるのが、緋ドジョウの流儀のようです。ちなみに弱った金魚を食べようとするのが、スジエビのトートですが、緋ドジョウたちがいると、さすがのトートも手が出せないようです。

 緋ドジョウたちが付き添っていた、その具合の悪い子が星になってしまった時はもちろんですが、治療のために別の水槽に移す(入院するわけです)だけで、もう、水槽の中は大荒れになります。ドジョウの悲しみの表現は、なかなかワイルドです。水槽の中で暴れるし、砂利は引っかきまわすし、その一方で、まるで喪に服しているかのように食欲がいきなりダウンする奴もいます。なので、最近は、入院させるにしても、メインの水槽から見えるところに置くようにしています。ドジョウは目が良いらしいので、見えるところにいれば、それほど暴れることもありません。

 ドジョウって、仲間思いの種族なんですね。それと“死”の概念も、ちょっとあるのかもしれないし、何より、見かけとは違って、繊細な心を持っているのでしょうね。本来は、ペットと言うよりも、食材的な存在の生き物なのですが…ね。

 地味な生き物ですが、飼ってみると、けっこうかわいいのが、緋ドジョウです。

 そうそう、緋ドジョウって鳴くんですよ。「キュ~」って声を上げて鳴きます。かわいいですよ。

2011年2月18日 (金)

カラオケ、たくさん、いただきました(感謝)

 さて、ヴァイオリンのレッスンに行ってきました。はい、例の“駒がちょっとズレたミヤマ”を携えてです(涙)。

 レッスンの開始は、基礎練習の確認から。まずは、重音練習の確認からです。とりあえず重音は、毎日練習しているから、多少は上達したと思うけれど、まあ、正直「マダマダ」って感じでしょうね。そこで、先生に、毎日楽しく重音の練習ができるように、重音練習用のカラオケを作ってもらいました。やったー、ラッキー。これで、毎日、楽しく重音練習ができるぞー。

 もっとも、カラオケと言っても、先生のピアノ演奏を録音したもので、そのピアノ演奏(即興で演奏しています)に合わせて、重音の練習をするという、なかなかのスグレモノです。重音練習なんて、何もなしだとつまらないし、メトロノーム相手だと味気ないですが、先生のピアノ相手だと、色々と楽しいですよ。和音のユラギのようなものまで感じることができます。

 さて、重音練習の次は、左手の音程の練習です。左手の練習なのに、真っ先に注意を受けたのは“右手のフォームが悪い”事でした。とにかく、肩甲骨までしっかり使って弓を動かすこと…だそうです。…しかし、どうにもこうにも、ワキを開ける事にかなり違和感があります。何というかな~、今までの人生、常にワキを閉めてガードを堅くしてきたからねえ…。ワキが甘いのには抵抗がありますです(笑)。

 左手の音程の練習(開放弦をドに見立てて、そこから、ド・レ・ミ・ファ・ソと演奏していきます)は基本的に、無伴奏のフリーテンポで演奏しましたが…なんかリズムがきちんと感じられないと先生に言われました。フリーテンポとは言え、私が4拍子のつもりで演奏している事は伝わったそうですが、実際に聞こえる音からは4拍子のリズムが感じられず、3.5拍子くらいにしか感じられなかったのだそうです。その理由は…演奏者(つまり私)がリズムをちゃんと感じていないからなんだそうです。そこで強制的にリズムを感じるために、足でリズムを取りながらやってみました。なかなか良い感じになりました。

 左手の音程練習のためのカラオケも、サクっと作っていただきました。これで毎朝の練習は、先生ご謹製のカラオケで、重音&左手音程練習をやる事になりました。

 基礎練習の次は、篠崎教本です。今回はD弦練習を中心にやりました。

 まずは、33番の「D弦練習」からです。この練習からは、フリーテンポではなく、メトロノームを入れて、裏打ちで練習(これが苦手:汗)。なんかヴァイオリンの音が、ペターとした音に感じられるのだそうです。毎度の事だけれど、もっと弓の初速を速めてたり、弓で弦を引っ掻く感覚で演奏するように言われました。合格です。

 引き続き、34番も合格。35番は基本とバリエーション1~3をやりました。弓の使い方が少ないと注意を受け、ここからは意識的に弓をたっぷり使ってみました。合格。

 36番以降は曲になるので、今までの練習の応用編ってわけで、先生のピアノとドンドン合わせていただきました。

 36番「パサニアの唄」合格。
 37番「いずみ」合格。
 38番「ピエロの唄」コミカルに演奏する。テンポを少し速める。合格。
 39番「アダージョ」一つ一つの音をできるだけ美しく演奏すること。合格。
 40番「小舞曲」ダンサブルに演奏すること。合格。
 41番「ロマンス」 これも美しく演奏すること。合格。本日の篠崎の練習はここまで。

 今回のレッスンは、残りの時間で、ジャズ(の入り口)の練習をしました。

 それは…“4度進行”の確認(!)。 さ~て、4度進行言えるかな? ……言えません(涙)。最初の5つくらいまではなんとか…、でも、その後は…正直、かなり怪しかったです。

 というわけで、4度進行の練習が始まりました。ちなみに、4度進行って「C F Bb Eb Ab Db Gb B E A D G C」と、一つの音から完全4度ずつ、上へ上へと進行していくものです。これがまずは基本の基なんだそうです。

 とにかく今回はこれをマスターする(つまり暗譜して使いこなせるようにする)のです。

 とは言え、なかなか簡単には参りません。とりあえず、半分のCからDbまでを暗記して、ここまでを先生のピアノに合わせて、何度も演奏しました。

 Dbまでができたら、その先はメモを見ながらでいいから、先生のピアノに合わせて、何度も通して演奏しました。

 最初から最後まで一通りできたら、先生のヴァイオリンに合わせて、暗譜で合わせます。最初は一つの音につき、8拍ずつ。次が4拍。2拍。1拍。どんどんテンポアップしていきます。それが終わったら、次は半音あげて、C#から始まる4度進行を行います。さすがにここまで来て撃沈。それぞれの音がすべて半音上がればいいと、頭では分かりますが、実際にやると…もうパニックになりました。

 実は、今回の私は、急場凌ぎということもあり、この4度進行を、左手の指の動きで暗譜をしました。つまり、最初は4弦4指のC、次は3弦3指のF、次はお向かいにある4弦3指のBb、3弦2指のEb、4弦2指のDb…と、よく見ると、4度進行って、指の動きがシステマチックなんですよ。なので、四の五のは抜きにして、指の動きで覚えました。

 しかし、この覚え方では本当はダメで、4度進行の暗記とは…

 1)言葉で(呪文のように)覚える
 2)ピアノの鍵盤の動きで覚える
 3)ヴァイオリンの指で覚える

 の三つが三つともできないといけないのだそうです。とりわけ、ヴァイオリンの指で覚える場合も、低音部だけでなく、中音や高音での指の動きも覚える必要があります…ってことは、つまり、ヴァイオリンのクロマチックなポジションがすべて頭に入っている必要がある。うう~ん、大変かもしれない。

 たかが、4度進行だけれど、篠崎よりも手強そう。しかし、4度進行も楽しく練習できるように、先生がカラオケをくださいました。先生の伴奏ピアノに合わせて、楽しく4度進行をカラダにいれてしまいましょうって事です。いやあ、もう、至れりつくせりで感謝感謝です。

 とにかく、カラオケをいただいた以上は、こいつを使って、練習しないとね。でも、毎日10分程度の朝の時間での練習なので、カラオケ使うと、他の練習(具体的には篠崎の練習)ができなくなるのが、ちと不安です。まあ、うまく両立していかないとね。

 今回の練習中に、雑談的に先生に言われた事。それは…楽器の上達のためには、合奏の練習をたくさんやらないといけない事。ただし、下手同士での合奏は絶対にしてはいけませんとの事。合奏は必ず、しっかりした上手い人とやらないとダメです、なんだそうです。

 そんなに私、合奏やりたそうな顔してたかな? まだまだ合奏ができるほどの腕前はないと思ってますので、余所で武者修行などは、だいぶ先の話です。合奏するには「黒い楽譜でもたじろがない」「初見がきく」「インテンポで演奏できる」「音程バッチリ」という条件が必要ですからね。フルートでもまだまだなのに、ヴァイオリンでイケるはずがないので、大丈夫で~す。

 むしろ、逆で「合奏する相手を見つけて、ドンドン合奏しろ」って事かな? あ、そうかも(汗)…。

2011年2月17日 (木)

駒はヴァイオリンの要です

 少し前から、ヴァイオリンの指板に貼っていた、指の置き場所を示すテープが、ちょっと汚く剥がれ始めました。貼り方がいい加減だったと言うこともあったので、今度は、きちんと貼り直したいと思いました。そして、どうせ貼り直すなら(指板の上でカッコ悪く目立っている)白いサージカルテープではなく、指板の上に貼っても目立たない、黒いメンディングテープにしようと、以前から思ってました。

 えっと、今回の記事は、ある意味、こちらの記事(2010年12月15日「ヴァイオリンにテープを貼ってみた…驚愕の事実が発覚!?」)の続きになりますので、以前の話が知りたい方は、お読みください。

 さて、問題は黒いメンディングテープの入手です。私はメンディングテープだから、てっきり建材屋とかホームセンターに売っているものと思ってました。

 いや、確かにその手のお店でメンディングテープは売ってました…が、黒いテープは一つもなく、たいていはクリーム色かオレンジ色でした。まあ、メンディングテープというのは、塗装の時の保護のために使うものなので、濃い色を塗るならクリーム色が、薄い色を塗るならオレンジ色だとテープの境目が分かりやすくて良いので、この2色ばかりが店頭に並べられているわけで…あっれー、それじゃあ、黒いメンディングテープって売ってないの?

 ちょっと困りました。

 そんなある日、大型スーパー(って、ジャスコですが:笑)に行きました。もちろん、日曜大工などで使うようなモノを売っているコーナーには、黒のメンディングテープはありませんでした。「ここにも黒は置いてないか…」と溜め息をついて、何気なく文房具売り場を歩いてたら、こちらには、色とりどりのカラフルなメンディングテープがたくさん売っているじゃないですか? え? なぜ、文房具屋にメンディングテープが? 事情はよく分かりませんが、今の時代、メンディングテープは文房具屋で、それもちょっとフェミニンな雰囲気のコーナーにたくさん並べられていました。

 うっそー…。我が目を疑いましたが、もちろん、しっかり“黒いメンディングテープ”も売ってました。当然、即、購入です。

 しかし、本来、塗装作業で使うメンディングテープがなぜに文房具売り場に、それもフェミニンなコーナーに…、謎は深まるばかりですが、とにかく皆さんも、黒いメンディングテープが欲しい方は、文房具売り場のちょっとフェミニンなコーナーに行ってみてください(爆)。きっと、そこで見つけられると思います。

 さて、黒いメンディングテープを入手した私は、さっそくヴァイオリンのテープの貼り替え作業に取り掛かりました。

 一応、弦をすべて外して、貼ってあったサージカルテープをキレイに剥がして、指板の汚れをちゃんと掃除して、キレイにカットした黒のメンディングテープを貼ってみました。

 仕上がりはなかなかです。なにしろ、黒い指板に黒いテープなので、目立ちません。もちろん、目立たないだけで、奏者からはバッチリテープが見えますし、メンディングテープはサージカルテープよりも、やや厚めなので、触感的にも分かりやすい感じがしますし、なによりしっかり貼れたようです。これは成功でしょう。グッドですよ。

 テープを貼るために、一度、弦を全部はずしたので、当然、駒もはずれました…が、私は自分で駒の調整をする人なので、駒がはずれても、全然無問題で、大慌てをせず、駒を再設置して弦を張り直しました。

 正直に書きます。実はこの時にヘマをして、駒が本来の位置より、ほんの2~3mmほどネック寄りになってしまいました。いや、駒を最初に立てた時は本来の位置だったのですが、弦を張って、駒の角度を調整しているうちに、何となくネックよりに駒が移動してしまったのです。

 駒の位置って大切ですね。ほんの2~3mmなんですが、音は大きく変わるようです。実はメンディングテープを貼ったのは、レッスンの前日でして、レッスンには、テープを張り替えたばかりのミヤマを持って、ウキウキして行ったところ、ヒイロ先生から「なんかヴァイオリンの音が変だよ。見せてごらん」と言われて見せたところ、駒がズレている事が発覚しました。

 ダメじゃん。それにしても、音を聞くだけで、駒の異変に気づくヒイロ先生もすごい人です。

 さて、駒が2~3mmズレていても、ちょっと聞いただけでは、開放弦だとあまり変わりませんが、指で押さえて音を出すと、音の響きがちょっと変わるようです。一人で自宅で弾いているだけでは私には分かりませんでした(先生は一発で見抜きました)が、ピアノと合わせた時に分かりました。ヴァイオリンの倍音構成がちょっと変わるみたいです。駒の位置がズレていると、ピアノときれいにハモらなくなるんですよ。音程が合っていても、倍音部分の音程が合わないんです。だから、結構気持ち悪いです。ああ、駒の位置って大切ですね。

 駒と言えば、先生のヴァイオリンも最近、駒を変えたのだそうです。以前の駒よりも、身の詰まった、重くて固い駒(やや厚め)にしたのだそうです。駒を変えたため、音の柔和さは少し失われけれど、音のダイナミックスが広がったそうです。さらに、どれだけ強めに弾いても、音が割れる事がなくなり、その結果、大きな音がより出しやすくなったそうです。たかが、駒ですが、この部品一つで、ヴァイオリンの音は大きく変わるようです。

 駒は、文字通り、ヴァイオリンの要ですよ。その材質も、その取り付け位置も、音質を大きく左右するものです。駒って大切なものです。

 で、肝心のレッスンの話は、明日の記事にします。

2011年2月16日 (水)

美しい音で演奏したい

 ヒトの心をうっとりさせるような音色で歌ってみたい、フルートを吹いてみたい、ヴァイオリンを奏でてみたい…と常に熱望しております。そのために、まずゲットすべきなのは“美しい音”って奴です。

 どうしたら、美しい音で演奏できるか…悩んでいた時期がありました。ブログを見たり、本を読んでみると、一応、それらしいノウハウの記事など発見します。で、そういうものを参考に、ちょっと試みてみるのですが、効果がないわけではないのでしょうが、なんか今一つですね。

 で、色々と試行錯誤をした結果、たどり着いた結論は「いつも、その時に出せる一番美しい音で演奏するように心がけて、その美しい音で演奏する癖をつける」って事になりました。つまり“いつでも美しい音を出すように気をつけていきましょう”という、なんかユルユルの決意表明のような結論になってしまいました。

 でもね、結局、これしかないんじゃないかと、今は思ってます。色々と美しい音色を作るテクニックはあるようだけれど、要するに「耳で聞いて美しければ、それでOK」と思う事にしました。つまり、テクニックを極めていく演繹法的アプローチではなく、美しい音を、とにかく出し続けるという帰納法的アプローチです。

 だから、フルートを吹いても、何をどうやっているのか、自分でもよく分からないけれど、ひとまず美しい音を探していきます。で、ひとまず見つかったら、その美しい音から美しい音へとつないでいきます。無論、指が忙しい曲は、そんな音の美しさを探している余裕が無くなってしまい“音が壊れてしまいます”ので、なるべく指が忙しい曲でも、心のどこかに音の美しさを探していける余裕を忘れたくないと思ってます。

 ヴァイオリンは、まだ指が忙しいような曲に当たってません。まだまだ初歩レベルですから、ひたすら右手に意識を集中して、美しい音を探しながら練習をしています。これがなかなか難しくてね(汗)。

 問題は歌だねえ。声は自分の声の美しさ(あるいは醜さ)が、自分ではよく分からないんだよね。なにしろ、自分自身が楽器なんだから、自分を客観視(聴?)できないのです。

 よく聞くのが「録音をしてみる」というやり方だけれど、いちいち練習を録音するのが面倒で(笑)。それに、発声ミスとか音の取り間違いなどは録音で分かるけれど、声が美しいか美しいないかというのは、いくらPCM録音と言っても、よく分かりません。こればかりは、レッスンに行って、先生にOKをもらった時の感覚を忘れずに再現して固定していくしかないわけで、なかなか自宅練習で美しい歌声を極めていくというのは難しいです。

 フルートの練習で、ソノリテがあるじゃないですか? あれって、ロングトーンの練習だと思われて、どれだけの拍数(あるいは秒数)だけ音が伸ばせるかと言う、チャレンジ課題のような扱いを受けることあります。でもあれって、本来はそういう「どれだけ息が長く伸ばせたでしょうか」という練習ではなく、美しい音色を追い求めていく課題ですよね。ロングトーン主体なのは、その方が音色の美しさを探せる/味わえるから、だからロングトーンの課題なんだと思います。しかし、美しさというのは数値化しづらいけれど、どれだけ息を長く伸ばせたかは簡単に数値化できるから、ヒトは数値化できて、すぐに効果の見える方に流されてしまうのだろうと思います。

 毎日の音出し練習も、ついつい「音を出しゃあいいんだろ」的なノリになりがちですが、やはり、いつも美しい音色で音出しをしていきたいものです。

 毎日毎日練習している楽器の音が壊れていて、フルートがピーピーで、ヴァイオリンがギコギコじゃあ、心が荒んでしまいますからね。それは避けていかないと…ね。それに、そんなことを続けていると、今度は耳が壊れちゃうし…ね。

2011年2月15日 (火)

歌っている最中に気を抜かないこと

 声楽のレッスンに行ってきました。今回のレッスンも、仕事で忙しくて余裕のない中、行きました。ああ、時間に間に合って、よかった。
 
 まずは、発声からです。

 今回は、前回のレッスンで、何となくつかめた“脱力”って奴に気をつけて歌ってみました。なんか、いい感じです。少しずつ脱力歌唱が癖になってきたみたいでうれしいです。

 脱力して歌っていると、まるで自分の声がどこに無い感じがしておもしろいです。自分の中に声はなく、自分の外に出た声も、ピアノの音や隣で歌う妻の声と混じり合って、自分の声としては聞こえません。だから、どこにも自分の声が無いんです。でも歌っていないわけじゃないんです。この感覚が、とってもおもしろいです。

 息の強さは、ノドに圧力を感じない程度に押さえてみました。ちょっとでもノドに圧力を感じたら、すぐさま息の圧力を下げてみました。たぶん、この方向でいいんだと思います。これが無自覚にできるようになったら、だいぶ、歌うのが楽になるだろうなあ。

 さて、コンコーネは15番です。

 この15番も長いですね~。鬼門です。とにかく、この曲は以前の発声方法だと、ヘトヘトになってしまい、一曲最後まで持ちませんでした。発声方法を変え、脱力気味に歌っているので、疲れにくくなったり、歌いやすくなった部分もありますが、すでに間違いが癖になってしまって、どうにもならない部分があります。練習は、うまくいったところを固定化してくれますが、同時にうまくいってない部分も固定化するわけです。練習って、やればいいってもんじゃあないですね、反省。

 それが顕著なのは…五線の上のGですね。この音がこの曲の最高音なんだけれど、私の声が、Gに届いていない箇所がいくつかあります。Gは、私にとって、出せない高さの音ではないのですが、以前の発声方法では、そこに至るまでに疲れ切ってしまって歌えなかった箇所です。発声方法を変えて、疲労度も大きく変わったのですが、いまだにその箇所に来ると、何となく歌えません。「音が届かない」のが癖になってしまったようです。

 それを打開するには、「思い切り」って奴が必要なんだと思います。今までの感覚で普通に歌えば、届かないのですが、それよりも高みをめざして、思い切って歌わないとダメみたいです。しかし、「思い切り」が足りないからと言って、気合いを入れてはいけないので、そこんところが難しいです。

 とにかく、この曲は、まだまだです。次回もう一回です。

 さて、コンコーネは16番もやりました。

 先生から「16番大丈夫?」と聞かれたので「ええ、まあ、譜読みはしてます…」と答えたものの、最近は15番に掛かりきりで、きちんと譜読みをしてなかったので、細かいところが、ちょっとうろ覚えだったりします。で、結局、かなりいい加減なまま、勢いで歌ってしまいました。おかげさまで、途中でリズムを間違えて、二拍ほど走ってしまいました。

 16番は15番ほど、ひねくれていないので、歌うのは楽です。音階の上り下りのフレーズが数カ所あるので、そういうところを、気をつけるように言われました。うんとテンポを落として丁寧に練習してくると良いですと、アドヴァイスをいただきました。がんばるぞ。

 さてさて、二重唱です。

 我が妻に負けないように、私も暗譜をほぼ完了させました。ご苦労さん。もっとも、暗譜ができたからと言って、まだ歌えるようになったわけではないのが、つらいところです。

 二重唱は、レチタティーヴォで始まって、それぞれが交互に二回ずつ小さな歌を歌って、最後は一緒に声を合わせて歌う…という構造になっています。

 で、今回、真っ先に注意が入ったのは、テノールの最初の歌唱部分について。とにかくポジションを下げないで歌うこと。何度か、Gが出てくるのですが、その音を歌うたびに無意識に安心してしまうのでしょうね、Gを歌った直後、ポジションが下がるのだそうです。ダメですね。下がっては上げて、下がっては上げての繰り返しをやっているうちに、やっぱり疲れちゃうんですよね。で、やがてはGに届かなくなる…Gでポジションが下がってしまうと、それより高いAsは、当然うまく行きませんから、本当に注意が必要なんです。

 特に、e nel mar の部分のフレーズは、音階どおりにきれいに上行しているので、ここで一度高めのポジションを作り、それ以降はその高いポジションを死守したまま、残り8小節を歌いきる事が大切だと言われました。そうは言われても、私はGが終わるたびに安心してしまい、安心するとポジションが下がってしまっての繰り返しで、…次々と失敗してしまうのです。ポジション、本当に大切です。

 二重唱の最後のuscir dal corの部分も音階になっています。しっかりと音階という名前の階段を登って、Asを伸ばすのは、とても大切ですが、Asを歌っても、そこで気を抜かずに、次のDもしっかり歌うように言われました。私がAsからDに下がっても、まだソプラノは上に登ってBを歌っているので、私は気を抜かずに、しっかりDを歌って、ソプラノの下支えをしないといけないのだそうです。気を抜かずにがんばります。

 さあ、そろそろ、アリアの方も見てもらわないといけませんね、次回のレッスンでは、アリアを見てもらうつもりで頑張りますよ~(アリアは、二重唱よりも難しいです:涙)。

2011年2月14日 (月)

楽器を育てていく

 フルートのレッスンに行ってきました。いつも決して練習が十分とは言えない私ですが、今回は実に決定的に練習不足のままレッスンに行っちゃいました。いやはや、まだまだ仕事で忙殺されている私なのです(涙)。

 とりあえず、今回から、本格的に15課ですよ。合格したのは…15課1章の番号無し課題である「C dur ロングトーン」と、その下にある、AとHを交互に吹き鳴らす奴だけ。その次の1番の「音階準備練習」は準備不足で軽く撃沈でした。合格したところは、別に練習などしなくても普段から普通にやれているような課題なので、実質は『合格無し』みたいなモノでした。

 不合格になった「音階準備練習」は、まだきちんと指が覚えていないので、時折分からなくなって「あれ?」ってなっちゃうんですね。それと、既定速度は80なのですが、この速さでは遅すぎるので、もう少し速いテンポ(110くらい)で練習してきてくださいと言われました。では、既定速度よりも早めのテンポで練習してきます。

 さらに「92ページの2番や3番、4番はやってきましたか?」と言われて、目がテンになる私…。「音階準備練習」の詳細は、15課の末尾の92ページに書かれているのだけれど、そこにはアーティキュレーションを変えて4つのパターンで音階練習をしなさいと書いてありました(確認不足でした)。当然、次回からは、これら4つのパターンについても練習してくる事となりました。いやあ、実にやることがたくさんあります。

 当然、15課1章の2番「アルペジオ基本練習」とかは見ていただけなかったけれど…全然できてないので、それはかえって好都合でした。

 ああ、音階とか分散和音とか、基本中の基本だよなあ…なぜ、こういう基本の基が苦手なんだろ(溜息)。

 ガリボルディのミニオン・エチュードの方も、全然未完成なままレッスンに行っちゃいました。

 ひとまず、先生の前で1番を通しで吹いてみて、譜読みが間違っていないかのチェックをしてもらいました。音程やリズムの間違いはないのだけれど、アーテキュレーションが…例によって…全然デタラメと言われました。いやあ、いつもいつも注意されるので、それなりに気を使っているし「ここはスラーでつないでいかないと…」と分かっちゃいるけれど、なんかできないのですよ(涙)。なので、スラーとタンギングに注意をして、きちんとしたアーテキュレーションで練習してきてくださいと言われました。頑張ってきます。

 ところ、このミニオン・エチュードの1番ですが、私、実はゾクゾクしてます。このメロディ、結構好きかもしれない。なんて言うのか、すごく“歌いやすい”ような気がします。なので、メトロノームを入れて練習したくないんですよ。メトロノームなんかで縛りつけないで欲しい!って思うんです。最初から最後まで自分のテンポで吹き切りたい気がします。無伴奏曲だし、オレ様流で…いいよね(笑)。

 ミニオンの1番を先生が模範演奏してくれたのですが、その時に先生のフルートの音がいつもの先生の音に戻っていましたので、楽器の修理が終わって戻ってきたのですか?と尋ねたところ、実はまだ帰ってこなくて、管体銀のフルートを吹いているとおっしゃってました。

 この管体銀のフルート、以前は「低音が鳴らない~」とぼやいていた奴ですが、今回、私が聞いた限りでは、きれいに太めの音で低音が鳴っていました。先生的にはだいぶ気をつかって吹いているそうですが、どうやら先生もそのフルートの吹き方がなんとなく分かり、フルートの方も先生の気持ちに答えてくれる様になってきたそうです。

 なにしろ、先生は、毎日、かなりの時間、フルートを吹いていますからね。そんなこんなで、ようやく、そのフルートと仲よくするコツをつかんだそうです。

 フルートって、吹いているとドンドン音が変わっていくのだそうです。奏者の色に染まるというか、奏者の癖が伝染していくのだそうです。なので、他人の楽器を借りると、その持ち主が日頃どんな吹き方をしているのかが分かるそうです(汗:先生にアゲハ貸した事あるなあ…)し、中古の楽器だと前の持ち主がどんな人だったのかが推測できるのだそうです。おもしろいですね。

 やさしい息で鳴らしていたフルートは、やさしい息でもきちんと鳴るそうです。乱暴に吹き飛ばしていた楽器は、日を追う事に鳴らない楽器になってしまうのだそうです。いつもキレイな音色で吹かれていた楽器は、キレイな音色の楽器となり、そうでない楽器は…です。

 つまり「楽器を育てる」という事は、とても大切な事なんだそうです。上手に育てた楽器は、替えがたい自分の伴侶になるわけです。

 乱暴な言い方ですが、ならば、どんなフルートでも、吹き続けていたら、やがては自分の音色になってしまうので、楽器の違いって関係ないのかもしれないですね、と私がつぶやいたら、それはやはり、ある程度の腕前があっての話なんだそうです。

 ま、私のような、まだまだ上手でない人間は、楽器を育てるどころか、楽器に育てられているようなものですからね。楽器の違いを無くせるほど、自分の奏法なり音色なりが確立しているわけじゃないので、まだまだ楽器の違いは、大きな違いなのかもしれません。

 それはともかく、楽器って、育てていくものなんだそうです。そして、それにかかる時間は、楽器によって違うのだそうですが、エラく時間がかかるものも、あるのだそうです。先生の知り合いで、楽器が自分の言うことをきちんと聞くようになるまで10年かかったと言ってた人がいるそうです。10年って…すごいですね。よくその人も(なにか事情があったのでしょうが)10年も良く我慢したものです。

 そんなわけで、自分の楽器をちゃんと吹いてあげると、どんどん楽器も変わっていって、ドンドン良い音で鳴るようになってくるので、頑張ってください、と言われました。そうですね。毎日キレイな音で吹いてあげる事で、アゲハが良い楽器に育っていくなら、毎日かわいがって大切にしたいです。

 なにしろ、毎日吹くだけで良い楽器になるなら、それくらい安上がりでうれしい事はありませんからね(ちょっと現金な私です)。

 自分の楽器は、愛情をもって育てていきたいものです。

2011年2月13日 (日)

大相撲八百長問題に関して、ひと言、言いたい[2011年2月第2週・通算5週]

体重99.8:kg[+0.5kg:-0.6kg]
体脂肪率:30.0%[+0.2%:-0.2%]
BMI:31.5[+0.1:-0.2]
体脂肪質量:29.9kg[+0.3kg:-0.5kg]
腹囲:97.0cm[+0.3cm:-0.4cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 やっぱり太りました(涙)。私はストレス太りをするタイプなんですよ。ああ、実はまだまだ忙しい日々が続きます。でも、100Kgは越えたくないです。なんとか、このあたりから下降線を行きたいと願ってます…しかし…今週はヴァレンタインのチョコが私を攻めるのだよ~。

 ああ、太ってなるのはデブ、デブがなるのはお相撲さん、ってわけで、今週のエッセイです。

 今週のニュースはお相撲さんの話題でもちきりでしたね。それも不名誉な事に“八百長問題”ですから、あまり褒められたものではありません。

 しかし「何を今更?」って、私は思います。

 だってね…“相撲には八百長が付き物”というのは“プロレスに台本がある”のと、同じくらい“周知の事実”だったわけでしょ? 大人の皆さんは、相撲って、そういうものだと思って受け入れていたのではないのでしょうか?

 それをなぜ、今頃、こんなに大騒ぎしているのかと言うと…

 …「相撲では、八百長をやっているかもしれないけれど、それは暗黙の了解って奴で、決して、世間様にあからさまにしちゃいけなかった。それなのに、今回、八百長をやっていた事が、なぜか、明らかになってしまった」ためでしょ? つまり「八百長をやっていた事」よりも「八百長をやっていた事が白日の元にさらされてしまった」から、みんなして大騒ぎをしているわけです。違う?

 もちろん、是非論で言えば、当然「相撲に八百長はあってはならない」わけです。『八百長ダメ、絶対ダメ』って感じです。

 これって何かに似ているなあと思ったところ…「結婚している人は、婚外恋愛をしてはいけない」ってのと、似ているかなって思いました。つまり「婚外恋愛はダメ」というのと「八百長はダメ」は、私の中では、同様なくらいダメなんです。

 「結婚している人は婚外恋愛をしてはいけない」のです。だから、大半の既婚者は婚外恋愛をしないのです。しかし、人間のやる事ですから、たまに婚外恋愛をする人もいるわけです。でも、そんな「婚外恋愛」をしている人も、それは“恥ずかしい事”だから隠すわけだし、周囲の人も、それとなく知っていても口にしないものです。

 そうやって「婚外恋愛」という事実があっても、それは、なかなか、あからさまにならないのが、大人の社会というものです。ですから「婚外恋愛」はダメなんだけれど、この社会には確実に存在しています。だけど、その事実が日の元に明らかにされない限り、無いものとして扱われ、特に大きな問題は起こりません。

 問題は、ごくごくたまに、なにかの拍子に、その事実があからさまになってしまう事です。無いはずの事が、あったわけですから、そりゃあ、当然、大騒ぎになるわけです。

 今回の八百長事件も、仕組みは全く一緒ですね~。

 力士の中には、八百長をやっていた力士もいるだろうし、全くやらなかった力士もいるでしょう。やっていた人もやらなかった人も、八百長が悪い事で、公言できないほど恥ずかしい事だという共通認識は持っていたと思います。だから今まで、その存在は明らかにされなかったわけだし、もしもバレそうになったら、全力で否定していたわけです。

 そうやって、隠してきた(つもり)の八百長なんですが、今回、それがなぜか、バレちゃったわけです。一体、誰がなぜ、このタイミングで情報提供をしたのでしょうね? …きっと、今週、よほど報道されたくない事がある人々が、このタイミングで警察に働きかけて、マスコミに取り上げさせたんだと思います。果たして、それは誰(笑)。

 まあ、とにかく、何はともあれ、八百長がバレちゃったわけなんですよ。

 八百長って……八百長に関与した力士だけが悪いのでしょうか? 八百長をやった力士は腐った力士で、やらなかった力士は健全な力士なのでしょうか? 私は、そういう認識は間違っていると思います。

 と言うのも、八百長をやらなかった力士は、信念をもって八百長に手を染めなかった力士かもしれないけれど、単にそういうチャンスに恵まれなかっただけの力士かもしれません。

 昨日まで八百長をやらなかった力士と言っても、明日は八百長をやらざるを得ない立場になっていたかもしれません。

 それに、八百長をやってしまった力士と言っても、毎度毎度の常習犯もいるだろうけれど、たった一回だけ、魔が差して八百長に関与してしまった力士もいるでしょうし、先輩力士や親方に脅されて泣く泣く八百長に手を染めてしまった力士だっているでしょう。

 さらに言えば、たとえ今日まで、全く八百長をやらなかった力士にしても、それは自分の手を汚さなかっただけの話で、周りが八百長をやっているのに、それを見て見ぬふりをし、やっていた人間同様、口をつぐみ、世間様に八百長の存在を隠していた事実に違いはありません。

 はっきり言っちゃえば、八百長をやった/やらなかったに関わらず、力士&親方たちは、全員、同じ穴のムジナである事に変わりないです。

 そういう意味では、すべての力士&親方は同罪だし、相撲関係者はみんな容疑者です。「膿を出し切るまで調査する」「八百長を撲滅するまでは相撲を見せられない」なんて大言壮語している人もいるけれど、それは明らかに、言葉が軽すぎます。だって、そんな事を実行したら、現在の大相撲そのものを廃絶しない限り、無理なのは、誰の目にも明らかな事です。あるいは、ずっと場所を延期し続けるつもりなのでしょうか?

 つまり「浮気の虫のいない男なんていない」のと同様で、大相撲が大相撲である限り、八百長というダークサイドは、ついてまわってきたのです。

 だいたい「八百長」という言葉、実はこれ、元々、相撲用語だって事、知ってますか? つまり、江戸の昔から、相撲と八百長はセットなんです。つまり、八百長も大相撲の伝統の一部って奴なんです。

 あのさー、みなさん、勘違いしているけれど、相撲って、決して、スポーツとか格闘技とかじゃないんだよねえ。本来、そんなに正々堂々としているものじゃないんだよ。

 だってさー、相撲って、実は、江戸の昔から続く、伝統的で古典的な“興行”でしょ。落語とか歌舞伎なんかと、同じレベルの“興行”です。あっちがエンタメ系なら、こっちはスポーツ系だという話です。

 興行である以上、八百長と言うか、筋書きは必要なんです。いや、分かりやすく今風の表現を使えば「相撲は、スポーツバラエティなんだから、演出は不可欠」って事です。でしょ?

 でも、今回は、実にヘタを打ったと思いますよ。だって、相撲が興行である以上、ファンに、ガチンコ勝負だと信じさせるのも、演出の一つですよ。それなのに「八百長? ガチンコじゃなかったの?」なんて思わせるなんて、演出が下手すぎます(涙)。

 それに、相撲興行がスポーツバラエティならば、力士たちはスポーツアイドルなわけですよ。アイドルってのは、夢を売る商売でしょ。だから、力士はファンの夢を壊しちゃいけませんよ。八百長だって、実際にやっていたとしても、それを匂わせちゃダメよ、でしょ。

 今回の八百長事件もそうだし、昨今の野球賭博事件にせよ、薬物汚染事件とか、某元横綱のデタラメな勤務ぶりとか、みんなそうなんだけれど、とにかく力士の皆さん、アイドルとしての自覚、なさすぎ(涙)。自分たちが夢を売って生活している商売だという自覚がなさすぎです。

 私は、八百長うんぬんよりも、力士たちの、アイドル稼業としての自覚のなさすぎに、プンプン腹をたててます。

2011年2月12日 (土)

下品なサクラ

 金魚に上品も下品もないって言っちゃえば、その通りなんですが…。

 でも、やっぱりサクラは下品かな? 何が下品かと言えば、そのお食事のマナーが下品なんですよ。

 水中に浮かんでいるエサを食べる時は、いいんです。問題は、沈んでしまったエサとか、水槽の底面の砂利に付着している美味しいものを食べる時のマナーなんです。

 金魚って、よく水槽の砂利を頬張ります。砂利の表面に色々と美味しいものが付着しているようで、それを食べるんですね。で、大抵の金魚は、下を向いて、ほんの少しの砂利をクチに含んで、ちょっとクチュクチュして、そっと水槽に戻しています。ま、目立たぬように地味にやっているわけです。

 ところが、サクラと来たら、ガバーと結構な量の砂利を口に入れたかと思うと、そのまま水平に泳ぎ始めて、そのかなりの量のジャリを口からデロデロデロ~とこぼすんですよ。そのしぐさが実に“お下品”なんです。「うわっ!」と思って、思わず目をそらしたくなるような砂利の吐き出し方なんですよ。いやあ、ほんと、お下品、本当に汚らしい。

 よく一緒に、サクラとスズネが砂利をクチュクチュしてますが、スズネは男の子だけれど、実に品良く目立たぬ風情でやってますが、サクラは女の子なのに、豪快にガバーと口に入れて、デロデロデロ~って吐き出してます。

 ああ、たまんねーなー、おい。

 ちなみに金魚は砂利を口から入れて口から出しますが、ドジョウは口から入れて、エラから出します。それも“ポコポコ…”って感じで、エラから砂利が飛び出してくるんですよ。これは見ていて、なんかおもしろいです。

2011年2月11日 (金)

習い事にいくら使った?

 時折、大人の習い事系ブログで、習い事にかかった費用をアップしている方を見かけます。ああ、大人の習い事って、結構、お金をいっぱい使うんだなあ…と感心してます。私などは何の記録も取っていませんが、きっと、知らず知らずのうちにたくさんお金を使っているかもしれないなあ…と心配になりました。

 そこで、一体どれくらいのお金が、私のお財布から移動しているのかを考えてみました。

 ま、ごくごく私的なレポートですが、こんな記事でも、これから音楽の習い事を始めよう、と思った大人の方の役立つかもしれませんし…ね。さあ、いきますよ。

 最初に書いておきますと、私の習い事は「声楽の個人レッスン」「フルートの個人レッスン」「ヴァイオリンの個人レッスン」「アマチュア歌劇団(つまりサークル活動って奴です)」の四つが該当します。自分で書いててアレですが、いっぱい習ってますねえ(爆)。

 まずは初期費用です。

 楽器代って結構しますね。ま、声楽や合唱の場合は、基本的に楽器代がかかりません。音取りで楽器を、特にピアノを使う人もいますが、声楽を始めたからピアノを買いました…という人は、たぶんいないので、歌関係の場合、楽器代はかからないと言えますし、実際、私も歌関係では、楽器は購入していません。元々、家にあったキーボードで音取りしてます。歌なんて、そんなモンです。

 ところが、楽器の方は、そうはいきません。楽器がなければ話にもなりません。

 最初はレンタル楽器があればレンタルでもいいでしょう。レンタルの場合だと、月々の費用が3000~6000円前後のところが多いようです。最初はレンタルでも、やがては自分の楽器を買いたくなるでしょうし、レンタルがなければ、最初から購入となります。

 購入となると、いくら大人の習い事とは言え、いきなりプロ並の楽器というわけにはいかないでしょうから、最初は入門クラスの楽器を購入する事になります。

 フルートだと約20万円程度の頭部管銀のものを…。ヴァイオリンは、ピンキリですが、20万円程度のセットものを購入する方が多いようです。もちろん、もっと安い楽器もありますが、大人の方はこれくらいから始める方が多いようです。

 で、それらを短期間使った後で「きちんと続けていこう」という決心が固まると、いよいよ本格的な楽器の購入となります。フルートなら総銀で100万円程度の楽器を、ヴァイオリンは[量産品でなく]ハンドメイドの楽器で、やはり100万円前後のものを買われる方が多いようです。

 私の場合、最初のフルートは、中華フルートのチャイナ娘で、期間的には半年も使わなかったと思います。この楽器は衝動買いで買いましたが、約1万円のものです。安い楽器で申し訳ありません。

 二本目のフルートが現在のアゲハで、これは中級者用の総銀ハンドメイドフルートです。今、普通に買うと60万円以上しますが、当時はまだまだ安かったですし、私も色々な手立てを使いましたので、メーカー希望価格の半額くらいで買えました(笑)。比較的安く購入できたとは言え、やっぱり大きな買い物でしたよ。1年ローンを組みましたもの。

 ヴァイオリンは、最初は先生の楽器をレンタルしました。で、その次に色々考えて、今の楽器[ミヤマ]を自作(笑)しました。自作なので激安価格の7000円です。タダみたいな値段で申し訳ないです。

 弓は自作ヴァイオリンのキットにも付いてきましたが「弓は最初から良いものを使った方が良い」というアドヴァイスをたくさんいただいたので、それを参考にさせていただき、弓に関しては、ちょっとだけど良いものを使おうと決め、楽器にお金がかからなかった分の資金を投入し、とりあえず15万円のカーボン弓を購入しました。こちらはローンを使わずに、ニコニコ現金払いにしました。

 それと、フルートは楽器を買うと、ケースとケースカバーがついてきますが、ヴァイオリンはケースを別に買うことになります。私が使っているケースは2万円でした。楽器が7000円なのにケースが2万円とは、お笑いですが、これでも角形ケースとしては安い部類に入ります。さすがにケースは自作できませんからネ。

 私のケースは、ヴァイオリンフェアで投げ売りをしていたので、この値段で買えましたが、普通のヴァイオリンケースは、もっとお高い価格でもっと立派なモノなんです。もっとも、どんなケースであれ、ケースがなければ、ヴァイオリンの持ち運びはできず、レッスンにも行けませんから、ケースは必須アイテムですよ。

 と言うわけで、楽器代としては[比較的]あまりお金をかけていない私ですが、それでも、この程度はかかってます。つまり、楽器って、それなりにお値段の張るものなのです。なので、ここに関しては、始める方は、ちょっと覚悟しておく必要があるかもしれません。

 ま、私の場合は、次にお金ができたら、フルートは全然OKだし、弓も当面はこのまま使い続けると思いますが、ヴァイオリンの方は、ハンドメイド品に買い換えると思います。

 さて今度は、月々にかかる費用について考えてみます。

 月々の固定費の主なものは、やはりレッスンの謝礼でしょうね。いわゆる“御月謝”という奴です。これは、本当に、先生や教室ごとに違いますし、ネットをググれば簡単に調べる事ができますので、これから始めようと思っている方は、まずはググってみて、この部分の計算をしてみてください。

 私の場合は、三人の先生方がみな、かなりのサービス価格で面倒みてくださっているし、歌劇団の会費も申し訳ないくらいに安価なので、とても助かっています。一件一件の御月謝がサービス価格なので、私は三つも四つも習い事ができているのだと思います。なにしろ、私が月々にお礼している額なんて、四つ合わせたところで、都会のちょっと良さげな場所なら、習い事を一つできるかできないかくらいの金額ですから…ほんと、先生方に感謝感謝です。

 これは資金的に盲点になりやすいのですが、人によっては、練習場所の費用も考えた方が良いかもしれません。私は、自宅の書斎で、歌も歌えば、笛も吹くし、ヴァイオリンも奏でますので、練習場所の会場費はかかってませんが、自宅で練習できない方は、その分の費用がかかります。その金額は、借りる場所次第ですね。公共施設の練習室などは割と安価です。カラオケルームはまあまあかなって思います。きちんと音楽スタジオを借りると、それなりにしますし、音楽ホールを借りると、かなりかかります。これらの費用もググれば分かりますよ。自宅外で練習する人なら、ここが一番費用がかかる項目かもしれません。

 交通費も結構バカになりません。私の場合、声楽、フルート、歌劇団は徒歩移動(笑)なので、交通費はかかりませんが、ヴァイオリンは、電車バスに乗って、小旅行な気分で通ってます。だいたい、往復で1000円程度かかります。ちなみに、私の知り合いの笛吹きさんは、バンドの練習のために、毎週、湘南から埼玉の奥の方まで通っているそうです。交通費もそうですが、時間も結構かかっているみたいです。人によっては、飛行機や新幹線や深夜バスに乗ってレッスンに通う人もいるわけで、交通費って、きちんと考えないといけません。

 楽器の調整費用もバカになりません。調整の程度にもよりますが、普通に頼むと、フルートもヴァイオリンも一回5000円くらいはかかります。それ以外にも、フルートだと5年おきぐらいにオーバーホール(約5万円)が、ヴァイオリンだと半年~2年おきに、弓の毛替えが必要になります。これもきちんと予算として計上しておかないといけません。

 私の場合は、フルートは無料調整会を積極的に利用していますし、ヴァイオリンは自分で調整してます(ので無料です)。毛替えはまだしていませんが、師匠のツテでかなり安価にやってもらえるところを教えてもらっていますので、毛替えをするなら、そこに連絡をして、師匠の名前を出してやってもらう事になるでしょう。

 備品消耗品関係も、必要最低限は購入するようにしてます。たとえば、ヴァイオリンの弦とか…ね。これらは、なるべく安く買えるお店を選んで購入するように心がけています。

 意外とかかるのが、楽譜代ですね。楽譜は安くないです。ちょっとしたもので、すぐに2~3千円だし、国内の出版社のものがあれば良いのですが、輸入物しかないと、あっと言う間に5千円とか、それ以上の値段になっちゃいます。それに、楽譜って目につくと、すぐに買いたくなるんですよね…。で、一冊で済めばいいけれど、買う時はそんなわけにはいかないし…ねえ。

 これらの出費は、私の場合、小遣いでまかなっております。そうです、ウチは小遣い制なので、私の個人的な出費はお小遣いでまかなっております。

 私はお給料を全部、妻に渡し、妻から、ありがたく月々のお小遣いを拝領している身分なんですよ(だから妻には頭があがりません)。その私の小遣いのうち、約3/5強が、これらの音楽関係の出費に消えています。これって、実は結構キツいです(汗)。特にローンの支払いをしていた時は、兵糧攻めにあっているような気分でした。しかし、使っているお金の価値以上の楽しみと喜びを、音楽を学ぶ事で得ていますので、文句はありません。

 ちなみに、小遣いの残りの2/5弱も、そのほとんどは、実はCD購入代で消えてます。私の場合は、元々、音楽ファンだという事もあって、毎月、CDを膨大に買うんですね。だから、実は、CD購入が一番、金食い虫かもしれません(汗)。

 …って事は、私の小遣いのほぼすべては音楽関係で消えているって事になりますね。タバコは吸わないし、酒も飲まないし、外食もほとんどしないし、接待をしたりされたりっていう職業ではないとは言え、小遣いのほとんどが音楽関係に消えるとは…私って、なんて音楽好きなんだろう。自分でもあきれちゃいます。

 ちなみに、私の小遣いって、そんなに高くないですよ。少なくとも、時折、新聞などで公表される、平均的なサラリーマンの小遣いよりも安価なくらいです(酒もタバコもやらないので、それで十分なんです)。なので、普通の収入がある人なら、音楽の習い事は~経済的な意味では~全く問題ないと思います。なので、音楽を始めようかな? でも、お金が心配だなって人は、大丈夫です、安心して始めてください。むしろ、大人の場合は、金銭的な問題よりも、時間的な問題の方が大きいよねえ…。

 結論、大人の習い事として音楽をチョイスする場合、楽器が購入できるかどうかが、スタートできるかどうか、習い事を始められるかどうかの、見極めポイントになるでしょう。もっとも、楽器が購入できるとは言え、楽器を購入するのは、先生が決まってからにした方が良いです。あと、楽器を購入するほどの経済的な余裕のない方は、歌をチョイスすると良いですよ。歌は楽器ほどにはお金がかかりませんから。

2011年2月10日 (木)

合唱は“声の無い人間”しかやってはいけないのか?

 合唱では、大きな声の人間[地声のデカい人間と考えてもらって結構です]や、よく通る声を持った人間は、実は、嫌われます。

 声が大きなだけで、音痴ならば、嫌われても仕方がないでしょう。たとえ音痴でなくても、合唱団の指導者が素人ならば、うまく扱えないために、鬼っ子扱いで嫌われるかもしれません。しかし、プロの指導者がいる一般的な市民合唱団体なら、そういう音痴系の人間であっても、仲間に加えて気長に育てる姿勢がないと、これからは先細りでしょうね。

 「音痴は治らない…」という事は絶対になく、そんなセリフは、指導者の怠慢でしかありません。“音痴”なんてものは、音を覚える記憶力の問題であったり、音と筋肉運動をつなげる事が不器用なだけであったりするわけで、きちんと訓練すれば、どうにでもなるものです。

 “合唱をやりたいけれど音痴です”なんて言う人間を排除できるほど、高齢化で先細りな今の日本の合唱界に、人的余裕があるとは思えないですよ。熱意のある人間(ただし訓練不足)を排除するほど、上から目線の態度では、ますます衰退の道を勢いをつけて走っていくしかないでしょう…って、まあ、私ごときが言う事ではありませんね。

 さて、現実を見てみると、声が大きな人間は、たとえ音痴でなくても、大抵の場合(扱いづらいという理由で)合唱団では嫌われます。扱いづらい…鬼っ子扱い、つまり“異分子”なんですよ。声の大きな人間は、合唱団では“異分子”なんです。

 声が大きいってのは、生まれつきであって、本人だって、望んで声が大きいわけじゃないのにね。それで鬼っ子扱いとは、理不尽なモンです。

 そんなわけで、意外と、合唱難民に、声の大きい人って、いるんですよ。

 では声が大きくて合唱をやりたい人間はどうするべきでしょうか?

 一番てっとり早い方法は「常に小声で歌う」事です。つまり「声が大きい事を他人に隠して生きていく」のがベストな方法です。

 しかし、これはつらいよ。常に自分を偽って生きていくわけだからね。「合唱は音楽であって、大きな声でストレスを発散させる場じゃない」と声の無い人は思うのだろうし、正論なんだけれど、大きな声の人間に言わせれば、別にストレスを発散させるために大声で歌っているわけじゃなくて、普通に歌ったら大声って言われるだけなんです。

 合唱では周りと声を合わせる事は大切な事ですが、だったら、みんながみんな、大きな声でパワフルに歌えば、本来は済む事です。

 むしろ、小さめの声の人が「私はまだまだだから、頑張って、発声のテクニックを磨いて、もっと声が通るような歌い方をマスターします」と決心するのが理想だと思いますが、現実では、大きな声の方が「あなた、声が大きすぎ! まわりをよく聞いて、合わせて歌いなさい」って言われて、小さい声に合わせて解決~です。弱さを武器にした“弱者の暴力”って奴です。

 なので、声の大きな人間は、合唱では常に小声で歌わざるを得ない。いつも自分を偽って歌うものだから、どんどんストレスが溜まっていきます。

 もしも、大好きな合唱をやる事が、ストレスの原因になるなら、それは本当につらく悲しい事だと思います。なので、自分を偽って、小声で歌っていくのは、ベストな方法だけれど、お薦めできない方法です。

 となると、次善の作は「多くの団を渡り歩いて、自分を受け入れてくれる団体を探す」事でしょうね。でも、これは、実はあまり良い方法ではないんです。と言うのも、地域における合唱人って、少ない上に熱心な人が多いので、どこの団に行っても、同じようなメンバーがいるんです。同じメンバーが複数の団体を掛け持っているのが、我が国のアマチュア合唱界の姿なので、多くの団を渡り歩いても、そこにいる人は代わり映えしなかったりするものです。その上、世界は狭いので、悪評(笑)はすぐに広まります。だから、いくら渡り歩いても、受け入れ先は案外無いものです。

 第三の手段としては「自分でメンバーを集めて、新規団体を作る」ってのがあります。

 これは、仲間が入れば、一番良い方法です。ただ、私が見聞きした狭い範囲でも、しばしば、団体を設立した人が、その団体が大きくなるにつれ居場所を失い、やがて追い出される、と言う場面を何度も見てます。ですから、自分で新規団体を作ったからと言って、必ずしも安心できるわけじゃないんです。

 ほんと、声の生まれつき大きな人間にとって、合唱の世界には三界無しですよ。

 だったら、いっそ、合唱を辞めて、歌手(独唱って意味)になっちゃうという方法があります。これだと、合唱はできませんが、歌なら歌えます。実際に、一人で歌える人なら、これが一番現実的な解決方法かもしれません。でも、本当に合唱が好きな人は、仲間と声を合わせて歌うのが好きなので、歌手の道は望んでいなかったりするんです。

 やはり仲間が欲しいのなら、声楽アンサンブルの団体に入るという手があります。そこなら重唱が歌えます。合唱と重唱は違うものですが、仲間と声を合わせて、一つの音楽を作る楽しみが得られます。これは良い方法だと思います。

 結論的な事を書くと、声の無い人間ならば、合唱という歌う場はたくさんあるけれど、声のある人間には、歌う場があまり無いのが、日本のアマチュア音楽界の現状だと思います。声は神様からのギフトだけど、我が国では、声は、歌うにはジャマで不要なギフトなのかもしれません。

 声のある人間(って、別に好き好んでそうなったわけではなく、多くの場合は“生まれつき”)にとって、日本のアマチュア合唱界は生きづらい場なのかもしれない。

 と言うわけで、声があって困っている人は、声楽アンサンブルの団体がいいですね。でも、もっといいのがありますよ。それは“アマチュア歌劇団”です。ここなら、重唱もあれば、独唱や合唱もあります。あらゆる声楽系の音楽が楽しめます。楽しいよ。なので、声のある人は、ぜひ、アマチュア歌劇団に入りましょう(笑)! <- これが一番言いたい事でした(笑)。

2011年2月 9日 (水)

洋銀系フルートは、安すぎるのが問題です

 …なんて、書くと「あんたは、どこの金持ちだ!」と言われそうですね。確かに総洋銀(この場合の洋銀は、洋白や白銅も含みます)のフルートでも国産だと、5万円以上はします。一部の部材を銀に替えた楽器(リップ銀とか頭部管銀とか管体銀とか)では、10万円以上、いや20万越えのものだってありますから、それを“安すぎる”と言い切っちゃうのは、確かに非常識で、金持ち発言と取られても仕方がないと、さすがに私も思いますが、でも、総銀フルートが中級者用のもので、50万円前後から買える事を考えると、半額程度やそれより安価に買える、洋銀系フルートの値段って、同じ楽器として、安すぎると思いませんか?

 ものの値段の決め方と言うのは、色々ありますが、フルートの場合は、大雑把に言って、(「材料費」+「技術料」+「広告宣伝費」)+「流通&販売にかかる経費」で、おおよその値段が決まっていると思われます。

 「流通&販売にかかる経費」はともかくとして、「広告宣伝費」は、メーカーごとに違うので、広告宣伝に力を入れているメーカーはこの部分が膨らみ、さほど広告宣伝に力を入れていない/入れられないメーカーは、他のメーカーと比べて、その分だけ比較的安価に楽器を販売できます。ま、広告宣伝に力の入っているメーカーは、一種のブランドメーカーでもありますので、この部分はブランド代のようなものでしょう。

 なので、同一メーカーの場合、楽器のモデルごとの価格差は、主に「材料費」と「技術料」で決まるわけです。

 さて、一般的に言って、洋銀系フルートはシルバーやゴールドのフルートと比べて、安価で庶民にやさしい値段になっています。貴金属である銀や金を材料にせず、銅とニッケルの合金である洋銀を主材料として作られているので、素材の値段的に考えても、妥当な範囲で安価に設定されているのではないかと、素人的には考えます。

 確かに貴金属である銀と、一般非鉄である洋銀では,値段が違うのは事実です。フルートって一本だいたい500gですから、それらの金属の500gのお値段をザックリ調べてみたところ…

 銀500gで約4万円ですが、洋銀500gは、銅300g(約270円)+ニッケル200g(約480円)と仮定すると約750円です。

 4万円と750円じゃあ、50倍以上の価格差がある! なんてビックリしちゃいけません。実はその価格差は、3万9千円程度しかないのです。つまり、材料以外を全く同じように製作した場合、総洋銀のフルートと、総銀のフルートの価格差は4万円程度が妥当という事になります。

 総銀のフルートが50万円ならば、総洋銀のフルートは46万円になっても不思議はありませんが、実際の総洋銀フルートは10万円以下です。つまり、総銀と洋銀系のフルートの価格差は、材料費以外のものの影響が大きいって事です。

 “材料費”以外の影響って…ずばり“技術料”ですよ。“技術料”を安くあげるという事は“職人さんの人件費”を安くあげているわけで、その時点で、総銀フルートと総洋銀フルートは、決して同じようには作られていないって事が分かります。

 ちなみに、職人さんの人件費と言うのは…

1)熟練職人や親方クラスの職人さんほど人件費が高く、新米や修行中の職人さんは安く、職人さん以前の単なる工場労働者さんはもっと安くなります。

2)日本、アメリカ、ドイツ、フランスなどに在住するフルート職人さんの人件費は高く、日本以外のアジア在住の職人さんのそれは安くなります。

3)手作業部分が多く時間をかけて丁寧に製作しているものほど人件費はかさみ、機械生産をメインに置いた大量生産品では人件費は安く上がります。

 つまり、洋銀系フルートの価格が安い理由は、安い人件費でまかなっているからで、それは、人件費の高い、腕のいい職人さんが製作に関わっていなかったり、アジア諸国で製作されていたり、工場労働者さんたちによる大量生産品だったり…するわけです。まあ、たしかに、そうやって作っていれば、日本人の熟練工が丁寧に時間をかけて作った楽器とは、大きく値段が違って当たり前だよねえ。

 そういう、企業努力のおかげで、洋銀系フルートは、総銀フルートと比べて、ビックリするくらい安い値段で市場に供給されているわけです。安い値段で供給することで、フルート入門のハードルを下げ、フルート愛好者の裾野をひろげ、フルート人口の拡大に寄与しているわけです。だから、安い楽器が供給されることは、悪いことではなく、むしろ良いことだと、私は思います。

 でもね、世の中って常に、あざなえる縄のごとく、良い面もあれば、そうでない面もあるわけです。

 フルートを始めてある程度の時間がたち、初心者の域を脱したら、最初に買った入門楽器ではなく、今の自分に合った楽器に買い換えたいと、誰もが思うものです。そして、皆さん、総銀フルートとかゴールドフルートとかに買い換えるわけです。

 ちょっと待ってください。

 本来、楽器と言うのは、奏者とのバランスで選ばれるものだと思います。総銀が似合う奏者なら総銀を選べばいいし、ゴールドが似合うならゴールドを選べばいいのです。なぜなら、奏者一人一人が持っている音色は違うわけだし、フルートの方も、その素材に応じた音色というのがあるので、それらの組み合わせで、より良い組み合わせを考えて選んでいくべきなのです。つまり、総銀ならば鈴やかな音色になるでしょうし、ゴールドならば落ち着いた音色になります。その素材そのものの音色に、奏者自身の音色が加味されて、その人の演奏する音が作られるわけです。

 そういう点で考えても、洋銀の音って、実はなかなか良い音だと私は思います。明るくて軽くて、私は結構好きです。洋銀はパイプオルガンにも使われているくらいで、その音色はなかなか捨てたものではありません。往年の名フルーティストであるモイーズは、生涯、洋銀系フルートを愛したわけだし、洋銀系のフルートの音色って、決して悪いものではないはずです。

 しかし、実際に楽器屋に試奏に行って、あれこれ吹いてみると、良いなあ…と思える楽器の中に、なかなか洋銀系のフルートは入ってきません。どうしても総銀のフルートばかりが高評価となってしまいます。

 無論、これには私の好みもありますが、やはり洋銀系フルートが安すぎるのが、高評価を得られない原因なのではないかと思います。

 洋銀系フルートを試奏してみると、明るく美しい音色だし、管体も軽くて演奏が楽だし、そういう点では高評価なのですが、その反面、低音高音が鳴らしづらかったり、メカの作り込みがちょっと甘かったり、音量がある割には側鳴りだったり、音色のパレットが少なかったりと…色々と不満が出てしまうのです。

 でも、よくよく考えてみると、洋銀系フルートで感じる不満って、洋銀という素材に起因するものではなく、やはり楽器の造りに関する不満じゃないかと思います。安価な入門楽器ならば仕方ありませんが、入門楽器を卒業した人が選べる、きちんと作り込まれた洋銀系のフルートが皆無というのは、とても残念です。

 メーカーにすれば、洋銀系フルートには、そのイメージ(洋銀は入門楽器)から、高い値段設定がしづらいというのは、分かります。でもね、総銀フルートだって、中級者用の総銀フルートと、プロ仕様の総銀フルートでは何十万もの価格差があるわけで、洋銀系フルートも、入門者用と、中級者用の2モデルあっていいんじゃないかと思います。

 洋銀系のフルート(特に国内メーカー品)は、入門楽器としては、価格の割には良いものだと思いますが、やはり総銀やゴールドのフルートと比較してしまうと、それなりの不満が生じます。

 中級者以上が手にする事ができ、吹いてみたいと思わせる、きちんとした洋銀系のフルートがあれば、それなりの需要があるのではないでしょうか? 少なくとも、モイーズの音色に憧れるフルート奏者は、それなりにいるので、そういう方々が手にしたいと思えるような、きちんとした洋銀系フルートがあってもいいんじゃないかなって思います。だってね、モイーズのあの音色は、洋銀系フルートだからこそって部分があると思いますよ。

 小さな工房系のメーカーに注文すれば、きちんとした洋銀系のフルートが入手できることは聞いてますが、そうではなく、大手フルートメーカーのラインナップにきちんとした洋銀系のフルートが加わってほしいと思ってます。

 プラスチックのフルートが欲しい欲しいと書いていたら、海外製ですが、プラスチックのフルートが現れました。これって言霊の威力だよね。だから、洋銀系のちゃんとしたフルートが欲しい欲しいと書けば、どこぞのメーカーから、洋銀系のちゃんとしたフルートが発売されるのではないかと、思ってます(笑)。

 結局、おねだりの記事になってしまいました(笑)。いやあ、私、めっちゃくっちゃ明るい音色の楽器が欲しいのね~。

 蛇足。ゴールドの場合、24kが500gで約180万円になりますので、一般的なゴールドフルートは14Kですから、その材料費は約100万円程度となります。4万円の材料で50万円の総銀フルートができるのと、100万円の材料で200万円のゴールドフルートができるのとを比較すると、ゴールドフルートって、技術料が総銀フルートと比べて、お高めだね。やはり、良い職人さんが手間隙かけて作っているんだろうねえ…。

2011年2月 8日 (火)

ヴァイオリンは反応が速い

 実に細かい話をします。

 例え、遊びとは言え、色々な楽器を弾いてみて感じる事は、楽器によって反応速度って違うものだなあ…という事です。反応速度? ま、奏者の働きかけに対して、楽器が応えてくれるまでにかかる時間の事です。具体的に考えると、時間と言っても、とても短い時間の話で、たぶん、1/10秒よりもずっと短い時間の話になると思います。

 ヴァイオリンを弾き始めて感じた事は、ヴァイオリンって、やたらと反応が速いって事です。それも、ずばぬけて速いような気がします。

 とにかくヴァイオリンは、弓を弦の上で動かすと、本当に同時に、音が出ます。それは見事なくらい同時です。そりゃあもう、容赦がないくらいに“同時”って感じです。もしかすると、私が弓を動かす前に音が出ているかもしれません(って、それはナイナイ)。

 その点で言うと、歌やフルートは奏者が息を出してから音に成るまでに、ほんのちょっとした“遊び”と言うか、タイムラグがあるような気がします。フルートで言えば、頭部管に息を入れてから音に成るまでの時間、歌なら声を出すアクションをしてから声が出てくるまでの時間。おそらく計測するのが難しいくらいの短時間だけれど、ほんのわずかな“遊び”の時間があり、その“遊び”の時間を無意識に、演奏する人間が計算して調整して、演奏しているような気がします。

 ところが、ヴァイオリンは、この“遊び”が無くて、いきなり音が出ちゃう感じなんですよ。遊び無し…です。車で言うと、レーシングカーにはハンドルに遊びがないそうですが、もしかすると、そんな感じなんでしょうか?

 とにかく、ヴァイオリンと言う楽器には“遊び”がありません。なので、最初にヴァイオリンを持った時は、何をどうやっても(“遊び”が無いために)リズムが走ってしまい、しかもその原因が、自分ではよく分からなかったため、困ったものでした。今では、ヴァイオリンの反応の速さも、なんとなくカラダで分かるようになったので、ヴァイオリンの時はヴァイオリンモードと言うのでしょうか? とにかく、リズムの精度をより上げて、よりシビアな感覚で演奏するように心がけています。

 もしかすると、こういう素早い反応というのは、弦楽器の特性なのかもしれません。あるいは、高音楽器は一般的に反応が速いので、そのせいかもしれないです。ま、とにかく、ヴァイオリンは反応が速いと思います。歌を歌って、笛を吹いていた人間からは、びっくりするくらい、反応が速いです。

 とにかく、反応が速すぎるので、演奏する時に、よりシビアにリズムを考えていかないといけないなあと思いました。ヴァイオリンを持った時は、リズムも、歌やフルートよりも、ちょっとばかり精度をあげて演奏しないと、楽器の反応が速い分、曖昧なリズムはより曖昧に、そしてカッコ悪く感じます。

 つまり、ヴァイオリンを弾く様になって、リズムについて、よりシビアに感じられる様になったのだと、思います。

 ちなみに音程も、ヴァイオリンだと、やはり、よりシビアに感じられます。と言うのも、ヴァイオリンだと、意外と、音程のちょっとの違いが分かるんですよね。もちろん、歌もフルートも音程が甘いままではいけませんが…。

 こういうシビアな楽器だから、クラシック音楽の時代の主役楽器になり得たんだと思いました。

 歌もフルートも、ぼんやりと演奏せずに、きちんと意識的に気合をいれて演奏すれば、おそらく楽器の反応速度を上げていく事は可能だと思いますが、私を含めた初級者では、それってなかなか難しいです。そういう事を考えていくと、ヴァイオリンって、楽器としての基本性能が、かなり高い楽器なんだと思いました。

 これも、ヴァイオリンを弾き始めて、はじめて気付いたことです。いやあ、新しい経験をしていくって、この年になっても、素晴らしいことですよ。

2011年2月 7日 (月)

声の再インストールは成功? ファルセットになったとしても、恐れずに歌っていこう

 声楽のレッスンに行きました。今回は仕事がとても忙しかったので、レッスン皆勤賞の私も、いよいよレッスンを休むことになってしまうのかと半ば覚悟していましたが、先生のご好意もあって、遅刻してレッスンを受ける事ができました。やっぱり、レッスンを休むのは、イヤだよねえ~。

 とにかく、ヘトヘトでフラフラな状態のまま、急いでレッスンに駆けつけたわけです。

 先生から、今日は何をやりますか?と尋ねられたけれど、体力の電池切れ直前だったし、ここんところ、忙しくて、ほとんど練習らしい練習ができていないので、アリアも二重唱もコンコーネも、自信をもってお願いしますとは言えませんでした。そこで、予習の不要な“発声”をみてもらうことにしました。

 発声は、前回のレッスンで“グダグダのダラダラ”にするように言われていたし、少しは家で研究してみたので、ちょっとそれを披露してみました。

 一通り歌ったところで「いいじゃない」と褒められました。一生懸命、グダグダのダラダラで歌った甲斐というものがありました。もっとも、私の、そのグダグダのダラダラも良いのだけれど、私自身が疲れ切っていたので、グダグダのダラダラ以上に、ヘロヘロのロレロレになっていたので、そのヘロヘロのロレロレがよかったのかもしれません。

 先生も「疲れている時は、いい声が出るんだよねえ~。ただし、疲れているから、歌になるとダメなんだけれどね」と言われました。…確かに、私、疲れ切っています。きっと、アリアなどを歌いだしたら、ボロボロになるでしょうね。

 とにかく、これくらい非力に歌うのが良いみたいです。それをカラダで確認できただけでも、今回のレッスンは大当たりです。後は、この力の入らなさ振りを、元気になっても、常に再現できれば、バッチグーらしいです。

 ポイントは、声も息も何も(意識的に)支えない。気合は絶対に入れない。ノドを通す息は、最少限の息しか使わないし、それも優しく柔らかに息を通すだけ。積極的にする事は、しっかり声をジラーレする事と、クチを大きく開いていく事と、口の中を可能な限り縦開きにしてゆく事。それだけ。とにかく、慎重に、丁寧に、やさしく、声を出していきます。決して、勢い良く、パワフルに、大胆に歌わないこと。むしろ、繊細にやさしく、たおやかに歌っていく事です。小細工はしない、たとえフェルセットになってしまっても後悔しないくらいの気持ちで、優しく優しく声を出していくのです。

 こんな、弱々しい声でしたが、ひとまず危なげなくAsまで行けたようです。Asまでモノになれば、今回はアリアも二重唱もどうにかなるので、発表会のメドが立つというものです。この弱々しい声で、発声のみならず、歌も歌えれば、OKなのです、…がそれが難しいわけですね。

 それにしても、ヘロヘロのロレロレで歌っているので、声は、これ以上ないくらいに、非力で弱々しい声です。

 こんなグダグダのダラダラでヘロヘロのロレロレの弱々しい発声では、正直、音量が乏しい気がしました。レッスン室ならともかく、この声でホールで歌えるだろうか? かなり不安な気持ちになりました。

 そこで、この気持ちを正直に先生にぶつけてみたところ、先生がおっしゃるには、この程度でも音量的には、全然十分だそうです。いや、むしろ、これだけの声が出ていたら、大ホールもイけるそうです。つまり、音量と言うのは、純粋に響きの問題であって、息の勢いとか、歌手の力み具合とは関係ないので、楽に弱々しく歌っていても、響きが十分にあれば、ホールでもどこでも歌えるのだそうです。…ううむ、自分じゃよく分かりません。

 先生が説明してくださるには、歌声の音量とは、どれだけ頭の中が開いているかで決まるのだそうです。例えて言えば、ピアノのフタの開き具合と音量の関係に似ているのかもしれません。

 今の私は、まだ頭の中がきちんと開いていないから、その開いた分だけの声でしか歌えないのです。それがこの弱々しい声の正体なんです。だから、頭がこれだけしか開いていないのに、それ以上の声で歌おうとして、息を送っても、結局は失敗をするだけで、そんな事をしては、逆にうるさいだけで、全然響いていない声になるだけだったのです。いやむしろ、乱暴なやりかたでは、かえって開いていたところまで閉じてしまって、逆効果なんですよ。今までの私はそんな状態だったのだそうです。

 つまり、声は力付くで出すものではないって事ですね。だから、今はその弱々しい声で良しなんだそうです。やがて段々と頭の中のアッチコッチが開いていけば、やがてもっと立派な声が出るようになるそうです。今は、先生のその言葉を信じていくしかありません。最初っから、何でもかんでも出来るわけじゃあないんです。

 ところで、弱々しい声で高いところを歌っていると、いつのまにかファルセットになってしまいます。なので、自分でも気がつかないまま、かなり高いところまで声が出てしまいます。例えば、自宅で歌っていると、気がつくと、Hi-Cまで歌っている事がありますが、その時の声は、確実にファルセットです。でも、そこに行くまでの間で、いつファルセットになってしまったのかという自覚はありません。ファルセットでしか歌えないというのは、マズイので、どうしましょうか? とも相談してみました。

 とにかく、今の段階では、ファルセットを恐れる必要はないし、ファルセットで歌えることは悪い事ではないのだそうです。もちろん、やがてはファルセットではなく、きちんとした声(いわゆる表声)で歌える事が肝心だけれど、まだ学習途中なのだから、ファルセットであっても、正しい音程できちんと声を当てていく事の方が大切だと言われました。

 ファルセットと表声の違いは、口蓋垂を開いて歌えるか、閉じて歌うかの違いであって、口蓋垂を閉じて口腔内だけの狭い空間で歌っていく(悲鳴がそうじゃないかな?)とファルセットになり、口蓋垂を開いて、声を頭部に響かせて歌うと、ファルセットにならずに、表声のまま高いところが歌えるのです。もっとも、人間は高い声を出そうとすると、緊張して、思わず口蓋垂が閉じてしまうので、意識せずに高いところに行くと、ファルセットで歌ってしまう事になる…という風に私は理解しました。

 なので、ファルセットになってしまう事を恐れてはいけないのです。ファルセットと表声の差は、軟口蓋の上げ下げの差でしかないのです。今はまだ、本能に逆らって、軟口蓋を十分にあげたまま歌う事ができないために、高いところはどうしてもファルセットになってしまうのだけれど、実は軟口蓋の上げ下げ以外の事は、同じ事をやって高音を出しているので、たとえファルセットになってしまったとしても、今のやり方で発声していく事が大切なんです。

 考えてみれば、歌うときに、ノドを縦開きにしていくと結果がいいのは、ノドを縦開きにすることで、間接的に口蓋垂を上げたまま(開いたまま)にできる効果があるのではないかと思ってます(違うかな?)。

 とにかく、一週間の自宅練習の成果は出たというわけで、このやり方でもう少し頑張ってみま~す。

2011年2月 6日 (日)

冷え性で困ってます[2011年2月第1週・通算4週]

体重:99.3kg[+-0.0kg:-1.1kg]
体脂肪率:29.8%[-0.3%:-0.4%]
BMI:31.4[+0.1:-0.3]
体脂肪質量:29.6kg[-0.3kg:-0.8kg]
腹囲:96.7cm[+0.2cm:-0.7cm]
     [先週との差:2011年当初との差]

 今週はダイエット的にはヒヤヒヤでした。と言うのも、今週はメッチャ仕事が忙しく(来週もまだまだ忙しい予定ですが…)て、ストレスたまりまくりなんですが、私、ストレスがたまると太るタイプなんですよ。そんなわけで、今週はリミッター外して、お菓子食べ放題週間を過ごしました。どれだけ太るのかと心配しておりましたが、とりあえず、今週は、腹周りには出ても、数字には出ませんでした。しかし来週も、きっとそんな生活となるはずです。ああ、来週が怖い…。

 さて、今週のエッセイです。

 私は男性ですが、実はここ数年、冷え性で困ってます。本来、冷え性と言うのは、女性の専売特許のモノらしいので、男性の私の場合、冷え性と言っても、おそらくは女性で冷えに悩んでいる人から見れば、ほとんど“冷え性”と言えない程度の、実に軽微な症状だと思います、それでも私的には、今までそんな症状になった事がないので、かなり困っています。

 ちなみに現在の私の症状はと言うと…“結構、手足が冷たい”“入浴してもカラダが暖まらない(たぶん、カラダの芯が冷えている?)”“布団に入っても、かなり冷たい(と言うか、カラダが暖まらない)”“アカギレは無いけれど、ヒビは指先にちょっとある(結構痛い)”“たまに腰が重い”程度です。つまり「寒くないけれど冷たい」って症状と、そこから派生する厄介事が中心です。でもまあ、本人的には大問題だけれど、世間的には大した事ないでしょ。

 冷え性と言うのは、病気という扱いではなく、いわゆる“不定愁訴”なんだそうな。つまり、医学的には、きちんとした治療法はなく、また今後も治療方法が確立する目処はない、って事です。つまり「民間療法で我慢しちゃいなよ~」って事ね。

 しかし、冷え性って、なんかよく分からないモノです。その原因は、ホルモンや自律神経のバランスが崩れているためとか、筋肉量が少なくて血流が少ないためとか、皮下脂肪が多すぎるためとか、色々と言われております。つまり、はっきりと原因が分からないって事です(だから治療できないんでしょうね)。

 私は、たぶん、ホルモンとか自律神経とかは乱れていないと思うし、筋肉量は少ないどころか、むしろマッチョなので筋肉多めだと思います。だとすると、皮下脂肪が多すぎるための冷え性、って事になりますか? ま、皮下脂肪って、一種の断熱材ですからね。冷気を貯め込んだら、なかなか暖まらないのも分かるので、デブは冷え性になりやすいと言われると、なんか納得しちゃいます。

 でもね、私は昔からデブデブな男でしたが、冷え知らずな男でした。しもやけ、ひび、あかぎれ、そんなものとは無縁でしたし、真冬でも手袋いらずで元気元気な奴でした。「デブは寒さに強い」なんて、うそぶいていた私が、この年になり、冷え性になっちゃったわけです。

 なぜ私が冷え性になったのかと考えると…はっきりと分かりませんが、思い当たる事と言えば、以前、大幅にダイエットした時があって、それ以降、冷えを自覚するようになったんで、ダイエットが冷え性の原因かな?って、うっすらと思います。

 ダイエットが冷え性の原因?

 なにしろ、その時のダイエットってのが、130Kg あった体重を、1年かそこらで 80Kg まで、つまり、一度に 50Kgほどダイエットしたほどのダイナミックなダイエットでした。有酸素運動もたくさんやりましたし、食生活なども大きく変えて、このダイエットを乗り越えたのです。おそらく、この時に、体質も大幅に改善したと思います。で、体質が改善された結果、冷えるようになったんだと思います。

 とりあえず、現在の私の“冷え対策”としては、なるべくカラダ(特に末端部)を冷やさないように心がけています。靴下は厚めのモノを二枚履きがデフォルトです。もちろん、外出時は手袋と毛糸の帽子の着用が義務です。マフラーも使います。腰を冷やさないために腹巻も使います。

 できれば、半身浴とかしたいですね。これをやると、カラダが芯から暖まりますが、時間がかかるんですよねえ…。分秒刻みで忙しく生活している私では、休日でもない限り、半身浴は無理です。あと、生姜を食べたいですね。あれもカラダが暖まるんですよ。

 なにか、お金も手間もかけずに、カラダが冷えないようにする方法はないかしらね? 本当は、もう一度、体質改善をするのがベストなんだとは思います。でも、体質改善って、結構大変です。漢方を飲んで体質改善をするのがお気楽でよいのですが、この方法だとお金がかかるんですよね(笑)。なにかいい方法はないかしら?

 ちなみに私の冷えは、春になって、花粉症が発症すると治ります。あ、つまり、花粉症になればいいんだな(って、違う!)。

2011年2月 5日 (土)

ちょっと変わった水草

 我が家の金魚藻はマツモグサです。マツモグサは国産の水草で柔らかく美味しい水草…のようです。ウチの金魚たちは、どの水草よりもマツモグサが好きなので、ちょっと値は張るのですが、マツモグサを水槽に入れるようにしてます。

 最近、また、新しいマツモグサを水槽に入れました。一束に三本ほどのマツモグサがあったのですが、その一本がちょっと変なんですよ。

 一応、金魚屋はマツモグサとして売ってくれたのですが、その一本だけ、色が違うんです。普通のマツモグサよりもずっとミドリ色が黒っぽいのです。おまけに固い。ちょっと枝分かれの仕方が違うような気がします。

 金魚たちも、この水草は気に入らないらしく、他の草は食べるのに、この草だけは避けています。

 さらに言うと、普通のマツモグサって、常に水面に浮かんでいる水草なんですが、この一本だけは、水に沈もうとするんですよ。そして、沈むばかりでなく、ちょっと目を離すと、勝手に地面に植わっています(笑)。マツモグサは根のない水草なので、地面に植わる必要性は全くない草なのに、なぜ、こいつは地面に植わろうとしてるのか? 水替えの時に、この植わった奴を抜きますが、またしばらく目を離すと、勝手に植わってます。

 こいつ、どう考えても、マツモグサとは違う気がする…。一体、なんだろ。それとも、ちょっとヘソの曲がったマツモグサなのかな? でも、見た目は確かにマツモグサっぽいんだよね…。でも、こいつのおかげで、水槽からミドリが無くなる事はなくなりました(だって、食べてくれないんだもん)。

2011年2月 4日 (金)

朝練っていいですね

 「ひとこと」にも書きましたが、私、今、かなり忙しい日々を過ごしてます。仕事がとても忙しくて、残業残業の連続の上に、休日もプライベートが充実してまして(ここには書きませんでしたが)連日、色々なところに出かけてました。いやあ、ほんと、休む間もないくらい、忙しいです。

 で、あんまり忙しすぎて、趣味の音楽活動にも支障が出ております。はっきり言って「歌っている暇がな~い!」「笛も吹けな~い!」という状況です。

 最近は帰宅時間が遅くて、音が出せない時間の帰宅になってしまうので、たとえその気になっても、声楽とフルートは練習できないのです。音を出さなくてもできる練習…ってのがありますね。たとえば、譜読みとか、オペラアリアの翻訳とか、音源チェックとか…。もちろん、平日は疲れ果ててますので無理ですし、休日もほとんど家にいないので、やっぱり無理なんです。

 と言うわけで、声楽とフルートと歌劇団の練習は、ほんとに滞ってます。いやあ、危機感を感じるほどに、停滞してます。マズイなあ…。

 なのに、ヴァイオリンの練習だけは、毎日コツコツと、コンスタントに行ってます(笑)。

 普段の私は、声楽やフルートの練習に、毎日、それぞれ1~2時間程度の時間をかけてやってます。まるで中学生の部活並だね(爆)。それが可能なのは、職住接近なので、通勤時間があまりかからない事と、ダイエットをしているので食事の時間が無いため、その分の時間を音楽の練習に費やしているわけで、つまり、普通のサラリーマンの方が「通勤に費やしている時間」+「夕飯&晩酌を楽しんでいる時間」+αで歌って笛吹いているわけです。

 ところが毎日が破格に忙しいので、この時間すら無くなっちゃっているのが、最近の私です。

 なのに、なのに、ヴァイオリンだけは、普段どおりの練習時間を確保し、いつものように練習しています。それはなぜでしょうか?

 それは、ヴァイオリンは朝練しているからです。朝、目覚めて、軽くブログチェックをした後の、出勤準備までのほんの10分程度の時間(み、みじかい!)、毎朝、思いっきりヴァイオリンを弾いているからです。

 どんなに忙しい生活をしていても、朝は必ずやってきます。目覚めてから、出勤までの時間は、どんなに忙しくても暇でも、あまり変わりません。なので、ヴァイオリンだけは、短時間であることには変わりないのですが、毎日練習できてます。

 楽器の練習は、毎日やらないとダメだなあ…って、つくづく思います。フルートは、難しいフレーズを猛練習の成果で、やっと吹けるようになったのに、2~3日練習できないと、もう出来なくなってます。ほんと、いつもギリギリのことをしていますので、わずか数日の練習を休むだけで、自分で分かる程度に、テキメンに腕が落ちますね。ああ、次のレッスンが怖い。

 歌は、その点では、楽器ほど、ヒドイ事にはなりませんが、やはり、日にちが空けば、声が出づらくなります。せっかくカラダに入れた歌詞がトビます。ま、今は“グダグダのダラダラ”で歌うように言われているので、声が出づらくとも、あまり関係ないのが、不幸中の幸いなのですが、歌詞がトンデしまうのは、ちょっとマズイので、通勤の最中に、歩きながら小声で歌って、歌詞を忘れないようにしてます(爆)。

 その点、ヴァイオリンは、練習時間が短いので、それほど前には進めませんが、それでも着実に練習を積み上げています。いつでも「昨日の続き」から練習ができるんですよ。これって凄い事だと思います。

 いやあ、ほんと、楽器の練習って、短時間でも毎日やる事が大切だと思いますよ。毎日ならば、ほんの少しずつですが、積み重ねというのが出来ます。毎日練習しているので、前日にできた事がまだできるし、覚えた事も忘れていません。だから、そこから今日の分を積み上げる事ができます。でも、日が空いてしまうと、筋肉は怠けてしまうので、ついこの前まで、できたはずの事ができなくなっているし、覚えたはずの事が思い出せません。いやあ、それは、ほんと、悲しいくらいです。

 理想は、毎日たっぷり練習することでしょうが、大人の趣味は、なかなかそれは難しいです。それならば、せめて、短時間でも毎日練習することが肝心です。

 ヴァイオリンは好きですが、私の中での優先順位的には必ずしも高いものではありません。なのに、そのヴァイオリンは毎日コンスタントに練習できるのに、優先順位の高い、歌とフルートが練習できないというのも、おもしろいというか、皮肉というか、いやはや何ともな毎日なんです。

 朝練っていいですね。

2011年2月 3日 (木)

歌はいいね、フルートはいいね、特に健康にいいね、元気が出るね

 私は真面目な勤め人です。結構、日頃は目一杯働いているので、心身ともにヘトヘトに疲れています。おそらくストレスって奴もかなり溜まっているンじゃないかと思われます。

 しかし、かなりヘトヘトに疲れていても、歌の練習をしたり、フルートの練習をすると、元気が出ます。これは不思議。レッスンも、重いカラダをひきづって行くと、帰り道がには元気になっているんだから、やっぱり不思議。

 これって、好きなことをするから、元気が出るって事もあるでしょう。だったら、好きなビデオやテレビを見たり、音楽を聴いたりしても、元気が出そうだけれど、私の場合は、そんな事はない。疲れている時にビデオ見ても、ちっとも楽しめないし、疲れている時に音楽を聞いたら、まず寝ちゃいます(爆)。

 では、楽器の演奏だから? ならば、ヴァイオリンの練習では如何に? ヴァイオリンもかなり好きだけれど、ヘトヘトな時にヴァイオリンを弾くと、もっとヘトヘトになる。確実に眠くなる。とてもじゃないけれど、5分と集中して練習できません。実はこれが原因で、ヴァイオリンの練習時間を、就寝前から起床後朝一番に変更したくらいです。どうやら、私、疲れているとヴァイオリンは弾けません。ヴァイオリンですら、こんな感じですから、さほど好きではないピアノに関しては、疲れていると、弾こうと言う気に、そもそもなりません(笑)。

 歌うと元気になります。フルートを吹いても元気になります。

 ちなみに、元気になる度合いは歌の方が激しいかな? 歌うと、すごく元気になります。しかし、最初のハードルが高いのですよ。本当にヘトヘトだと、歌おうという気になれません。しかしフルートは最初のハードルが割と低いので、かなりヘトヘトでも、フルートを手にすると、案外吹いてしまうものです。なので、ヘトヘトに疲れている時は、まずフルートで最初の元気をもらって、歌えるくらいの元気になったら、そのまま歌に突入すると、見違うほどに元気になれます。

 これって、私だけ?

 なぜだろうと考えてみました。やはり、呼吸関係かな? 歌も、フルートも、深い息をするでしょう。深い息をたくさんして、たっぷり酸素をカラダに取り入れるわけだ。それが元気の源かな?

 なぜ声楽の方が元気になれる度合いが激しいかな? ちょっと考えてみました。……それはフルートよりも、声楽の方が重労働だから? または全身運動だからと言うべきかな? 実際、歌うと血行がすごく良くなる。冬場なんかはカラダがぼかぼかしてくるし、夏場は湯気出ちゃう時もある。それくらい、歌うと、発汗発熱する。歌うとすごくお腹が減るし…ね。

 歌やフルートは、健康に良いのではないか。そんな気がする。「歌って健康になろう!」「フルート健康法」って感じでしょうか? あ、フルートは指も動かすから、元気増進だけでなく、ぼけ防止にもなるかもね? もっとも、ぼけ防止という観点で考えると、ヴァイオリンは指も動かすし、耳もフル稼働するから、実は一番良いかもしれません(歌は、そのあたり、ちと弱い)。

 楽しみながら、元気になれるなんて、なんて一石二鳥で、お得な趣味なんざんしょ。みんな、年を取って、なんとなく健康に不安を感じるようになったら、音楽の趣味を始めるといいかもしれないです~ぅ。

2011年2月 2日 (水)

声をリセットして、グダグダのダラダラで歌ってみたら?

 声楽のレッスンに行ってきました。軽く発声をしてから、コンコーネ50番を歌います。今回も懸案の15番です。この曲、苦手かもしれない(汗)。注意される点は、前回とほぼ一緒。あまり進歩してない私です(汗)。

 歌っていて、五線の真中の「シ」って、色々な意味で注意すべき音なんだなあと思いました。私の場合、大きくわけて「シの上」と「シの下」の二つの声のポジションがあるみたいなんです。で「シの下」のポジションになってしまうと、五線の上の音を出すのに、とても苦労するのです。だから大切な事は、どんな音程で歌っていても「シの上」のポジションのまま歌うことです。あるいは、即座に「シの上」のポジションを取れること…かな?

 階名唱で歌う時「シ」の音を日本語で「シ」と発音してしまうとポジションが下がってしまいますが、イタリア語で“Si”と発音すると、ポジションを上にキープしたまま歌えます。ポジションがキープできていれば、高い音も比較的出しやすくなります。なので、階名唱で歌うってのは、私にとって、とても大切な練習です。

 コンコーネの15番は見開き2ページの曲ですが、実は左ページだけなら、なんとか歌えますが、右ページに入るとと、いきなりグダグダになってまう私です。そのグダグダの原因は…カラダのあちこちに無駄に力が入っているから(涙)。で、スタミナ切れ(涙々)。なので、脱力をして歌うことが大切です。

 その脱力だけれど「アゴが…」とか「クビが…」とか、その部位部位で考えて、うまくいっていない箇所に注意して力を抜いたとしても、その他の部位に力が入ってしまえば同じ事なので、いっその事、全部の力を抜いて、グダグダのダラダラにして歌ってみたらどうでしょうかというアドヴァイスをいただきました。つまり、声を一度“ゼロ”にリセットして、そこから改めて積み上げ直してみるという事です。“ゼロにリセット”と言っても、全く歌えない人がリセットするわけではなく、ひとまず色々な事を全部辞めてみて(これが“ゼロにする”と言う事)、そこに少しずつ足りないものをのせていくやり方で声を再構築する? ま、パソコンの再インストールのような感じかもしれません。しばらく、自宅でグダグダと歌ってみる事にします。それで疲れないで歌えるようになれたら、幸せだもんね。

 さて、二重唱の練習をしました。

 こちらでも、ポジションを落とさないようにと、注意を受けました。音が五線の下に落ちても、声のポジションは常に高めに、気持ち的には常に五線の上で歌うように心がけます。

 “i”の母音に注意です。日本語の「イ」ではなく、イタリア語の“i”で歌うと、ポジションが下りづらいので気をつけること。これは「シ」と“Si”の関係と同じかもしれません。それにだいたい、イタリア語の歌を歌っているのだから、日本語の音韻で歌っちゃダメでしょ(笑)。

 それと、高い音の時、私は結構しっかりと口が開くのだけれど、ノドの奥となると、そこまで開いてはいないそうです。たから、高音に苦労するんだよね。クチばかりでなく、ノドの奥までしっかり開いて歌えるようにしましょう。ボディ・マッピング的には、クチの開き方一つで、奥まで開いたり、むしろ閉じてしまったりとかしますので、クチの開き方にちょっと注意が必要かもしれません。

 まだ、数カ所、音を覚え間違えているので、ちゃんと直しておく事。それと、杓子定規にインテンポにこだわらず、急がずに、ゆっくりとゆったりと歌う事は大切かもしれませんし、その方がピアニストさんも弾きやすいかもしれません。

 二重唱はアイコンタクトが大切ですが、さすがに夫婦でコンビを組んでいるので、相手とアイコンタクトを取るのは自然体で取れます。だいたい、アイコンタクト以前に、なんとなく伝わるものですし(笑)。これが他人同士でコンビを組んでいると、いらない遠慮とか、照れとかが入って、うまくいかないかもしれないので、こういうところは、夫婦で歌う、我々のアドヴァンテージですね。

 次回の練習では、二重唱は暗譜で歌う事となりました。ううむ、だいたい暗譜は完了しているのだけれど、細かいところは、さすがにまだ自信がないです。「だいたいイケたと思ったら、さっさと楽譜を外す事です」と言われました。うん、たぶん、そんなもんなんだと思う。さっそく、失敗する事を前提に、楽譜を外して練習するかな?

 発表会のピアノ合わせは、4月と5月に一回ずつ行う予定になりました。と言うことは、あと2カ月で、一度完成させないといけないわけだ(ピアニストさんにグダグダの未完成品を伴奏させるわけにはいかない…)。ははは、間に合うのか、私(汗)。

2011年2月 1日 (火)

やっと15課に突入です

 フルートのレッスンに行ってきました。今回は、懸案の14課8番のカンツォネッタの2番でした。これって、冒頭の八分休符がいい感じでイヤラシイんですよね…。

 結論を言えば、何度も繰り返して演奏したのですが、パーフェクトにはできませんでした。いくら気をつけていても、いつもどこかでトチる私でした。ま、トチると言っても、音楽を止める事は基本的に無いし、トチる場所も毎回違う(つまり、大半のトチりは、ケアレスミスって奴ですね)ので、大甘々で合格をいただきました。いやあ、よかったよ。よくやった。エライね。

 しかし「これで合格ですが、もう一度合わせましょう」と言われて合わせた時が、一番トチりました。ううむ、どうやら気の弛みと言うか、やっぱりメンタルが弱いんだなあ、私。…集中力が足りないとも言えるけれど(悩)。

 とにかく、これで14課は終了です。アルテ1巻も、あとは15課とミニオン・エチュードを残すのみ。ページ数にして、約40ページだ(汗)。うわあ、まだまだ先は長いなあ…。アルテも出版社によって、この15課はたったの1ページだったりします。1ページの15課なら短いし「ああ、これでアルテ(1巻)も終わりだなあ…」と感慨深くもありますが、練習曲込みとは言え40ページもあると「さあ、これからが正念場。ここからがアルテの本番だ~!」という気持ちになります。頑張らねば…。

 と言うわけですが、実は15課は、メカニカルな運指の練習ばっかり。はっきり言っちゃえば、譜が読めて指が動けば、ザザっとやれちゃう課なのですが、私の場合、たぶん、あっちで引っ掛かり、こっちでつまずき、むこうでスっ転んで…って感じになるのでしょうね。一応、私の気持ちの中では、3年で15課が終われば御の字と思ってます。その事は先生にも伝えたので「ゆっくりやっていきましょう」とおっしゃってくださいました。

 実際、レッスンの残り時間で、15課1章の1番の「音階準備練習」をやりましたが、早くもボロボロにつまずきました(笑)。こんな単調で比較的ゆっくりめの曲でも、簡単に転びます。はぁ~、これを完璧に吹けるようになるまでに、どれだけの練習時間が必要やら…。きっと、アルテの1巻が終わる頃には、私、かなりフルートが吹ける人になっているんじゃないの?

 とにかく、この手のメカニカルなフレーズは大の苦手な私です。もっとも、メカニカルではないフレーズは超苦手な私ですが(笑)。タファさんゴベさんの「フルート、毎日練習しようぜっ!」(ちょっと違う?)をやっているような方だと、こういうメカニカルな練習も得意なのでしょうが、私はこういうのは苦手です。やっているうちにわけ分からなくなります(汗)。基礎力って奴が根本的に足りないんだよねえ…(だから、15課でみっちりやるんだな…教則本ってよく出来ているよね…)。

 ちなみに、15課はミニオン・エチュードと同時並行で学ぶので、次回はミニオンの1番もさらって来ないといけません。ちょっと大変です。

 先生がおっしゃるには、レイトで始めて、15課まで辿り着く人はあんまりいないそうです。そう言えば、以前、多くの人が13課でアルテに挫折して、そこからは曲集の練習を始めるって言ってましたっけ? そういう意味では、15課に辿り着いた私は、ちょっとエライかな? ま、まだ辿り着いただけですから、あんまり威張れないか(笑)。とにかく、時間をかけて、ゆっくりであっても、数年先には15課を終えて、アルテの1巻を終えたいです。

 そして……そう、早くアルテの2巻に入りたいのよ(爆)。どうも、ウチの地域のバンドや楽団やオケでは、アルテ2巻終了ってのが、入会基準なんですね。別に合奏をやりたいわけじゃないけれど、その基準に達していないというのは、なんかイヤだし悔しいので、さっさとアルテ2巻も終了したいものです。それが私の最初の野望ですよ(ふふふ…)。

 ああ、先が長い(涙)。

 蛇足。笛先生がまた楽器を変えました。今度は修理中のご自分の楽器と同じモデルを借りたのだそうです(結構、黒くてカッコいいです)。同じメーカーの同じモデルという事で、これで安心かと思いきや、ご本人的にはだいぶ苦労されているようです。聞いている分には、同じモデルなので、同じような傾向の音で安心して聞けますが、演奏する側は違和感がだいぶあるようです。同じモデルでも個体が違うと、やはり色々と違うようです。私も、最近はアゲハばかり吹いて、めっきりチャイナ娘を吹かなくなりました。と言うのも、チャイナ娘に違和感を感じるようになったからです。

 人と楽器の関係って、色々と深まってくるのかな? それとも単純に私が不器用なだけ? 数本の楽器を所有して、色々と持ち替えている人がいますが、ああいう人って、本当に器用な人なんだろうなあと思います。ましてや、フルートとピッコロを持ち替える人って…私には、もはや神業のようにしか思えません。

 頑張れ>自分

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