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2010年12月19日 (日)

「きよしこのよる」一考[2010年12月第3週・通算46週]

体重:97.2kg[+0.2kg:-11.7kg]
体脂肪率:29.3%[+0.3%:-3.5%]
BMI:30.7[+0.1:-4.2]
体脂肪質量:28.5kg[+0.4kg:-10.5kg]
腹囲:95.0cm[+0.2cm:-9.3cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 もう、おたびダイエット28週目です。ってか「おたび」は生活の一部になりつつありますから、もう「おたびダイエット」を数えるのはやめようかな…なんて思ってます。

 ふと、気がつくと、もうじきクリスマスですね。

 こちらにもよく来てくださる、ことなりままっちさんのブログ「日々の暮らしから」のちょっと前の記事に「クリスマスの歌の不思議な歌詞のはなし」というのがあって、私はそれを読んで、さもありなんと思いつつも、その時はどうコメントしていいか分からずにいました。あれから、しばらく時間がたって、分からない事を分からないまま放置するのは、良くないことだという思いが大きくなってきました。かと言って、マジメなコメントを今更つけるのも、あの流れの中ではダサいし、おまけになんかコメントのタイミングも外しているので、だったら、あの記事をネタに、ちょっとマジメに「きよしこのよる」の歌詞解説を、こっちに書いてみたらおもしろいのではないかと思いましたので、やってみました。

 ちなみに、ことなりままっちさんの元記事はこちらです。

 さて、ままっちさんの記事の趣旨は「クリスマスの歌って、不思議な歌詞が多いよね」って事だと思います。確かに、クリスチャンではない方が、町中にまるでポピュラーソングのごとくに流れている、あのクリスマスの歌を聞けば「不思議~」と思っても仕方ないかなあとは思います。

 だって、あれらの曲は、ポピュラーソングのような扱いですが、大半は「讃美歌」つまり「信仰告白」の歌だし、本来、教会の礼拝の中で信者さんたちが歌うために作られた曲であって、キリスト教のバックボーンがなければ、わけ分かんなくても当然だ、と思います。

 でも、歌詞の内容の分からない歌って気持ち悪いんですよ、それは当然の感覚だと思います。特に日本語の歌詞なのに、何を言っているのか分からないと気持ち悪いでしょ。私はすごく気持ち悪いです。

 と言うわけで、その気持ち悪さを多少は緩和するために、ちょっと「きよしこのよる」という歌の歌詞を解説したいと思います。町中でこの曲が流れていたら、こんな内容を歌っている曲なんだなあと思って「へえ~」と思ってくださいませ。

 では始めます。いきなり歌詞本文に入るよ。
 
 
きよしこのよる(きよし この夜)

 「きよし」は漢字表記をするなら「清し」となります。意味は「美しい」です。とりわけ「目で見て美しい」という意味です。述部が先に来ているので、当然、倒置となっていて「美しい」事が強調されているわけです。「この夜」とは、これから歌の中で歌われる“夜”の事で、イエス・キリストが生まれた、その日の“夜”の事です。つまり「清し この夜」とは「イエス・キリストが生まれた夜は、とても美しい夜でした」という意味となります。

 ちなみに、キリストが生まれた夜を“クリスマスイヴ”と言います。この「きよしこのよる」という歌は、クリスマスイブを讃えた讃美歌なんですよ。よく「クリスマスの前日が“クリスマスイヴ”だ」と勘違いされている方がいらっしゃいますが、それは間違いです。キリスト教では、一日の始まりは夕方(厳密に日の入り)なんです。だから、クリスマスって、24日夜~25日昼のことで、25日の夜はすでにクリスマスが終わっているんですよ。豆知識、豆知識。

ほしわひかり(星は光り)

 「星」は単なる星ではありません。聖書の一部である「マタイによる福音書」によれば、東方の占星術の学者たちをイエス・キリストの元にまで導いた星の事です。つまり“人々をイエス・キリストの元へと導く、あの「星」が光っている”と歌っているのです。

すくいのみこは(救いの御子は)

 「救い」とは「救世主」と言う意味。「救世主」とは文字通りの「救世主」=「世界を救う人」であって、キリスト教の教えでは、イエス・キリストを信じる事で『人々は、ひいてはこの世が、救われる』と考えています。だからこその「救い」なのです。

 ではキリスト教における「救い」とは何か? それはザックバランに言えば「天国[神様のいる場所]に行く事」です。キリスト教に限らず、ユダヤ教やイスラム教などもそうなのですが、これらの宗教は基本的に性悪説の宗教であり、人は生まれながらの「罪人」なので、そのままでは皆、地獄[神様のいない場所]に落ちるものなのです。そこで、地獄に落ちないためには、ひたすら善行を積み、神様に義と認められる必要があるのです。つまり、天国には、神様に招かれた、義人(道徳的&宗教的に正しい人)しか行けないと考えている宗教なのです。

 ところが、イエス・キリストがこの世に降臨されて以降、善行を積んで神様に義人として認められる以外の方法で天国に行けるようになったと信じているのが、キリスト教でして、その“善行を積んで神様に義人として認められる”以外の方法が「イエス・キリストによる救い」なんですね。

 で、その「イエス・キリストによる救い」と言うのは、ごくごく単純に言っちゃうと「イエス・キリストを自分の救い主として受け入れる」事です。つまり「イエス・キリストを信仰する」って事です。「イエス・キリストを信仰する」事で、イエス・キリストは信じた人の罪を肩代わりしてくれ、その結果、イエス・キリストによって、その人は[暫定]義人として認められ、天国に行くことができるのです。これが「救い」の内容です。

 つまり、イエス・キリストが神様に紹介してくれるので、どんな悪人でも天国に行ける、って寸法なんです。…実にありがたいですね。

 「御子」はもちろん、生まれたばかりの「イエス・キリスト」その人を差します。

 ちなみに「イエス・キリスト」と表記すると「イエス」が名前で「キリスト」が名字と勘違いしそうですが、実は「イエス」は名前だけれど「キリスト」は名字ではなく、一種の肩書なんですね。と言うのも「キリスト」というのは「救い主」という意味の言葉なんです。だから「イエス・キリスト」と言うのは「救世主イエス」程度の意味です。そういう意味では「刑事コロンボ」の「刑事」ってのと「イエス・キリスト」の「キリスト」ってのは、まあ似たような感じの言葉とも言えます。

まぶねのなかに(馬槽の中に)

 「馬槽」とは、いわゆる「飼い葉桶」の事で、もっとザックバランに言っちゃえば「馬のエサ箱」の事です。これは、イエス・キリストが病院とか自宅とかではなく、馬小屋で生まれ、ゆりかごやベビーベッドの代わりに馬槽が使われた事を指し示してます。なので、ここで歌われている「馬槽」は単なる馬のエサ箱ではなく、救い主イエス・キリストが使われた、聖なる「馬槽」というニュアンスが込められています。

ねむりたもお(眠り給う)

 「給う」は尊敬の補助動詞です。つまり「お眠りなさっている」という意味ね。

いとやすく(いと安く)

 「いと」は「とても」。「安く」は「安し」で「心穏やかに」という意味です。この前の「眠り給う」とは倒置の関係になり「救い主イエス・キリストは、心穏やかに(眠っている)」という意味になります。
 
 
 つまり「きよしこの夜」の全体を現代語に訳してみるならば

とても美しい、今宵は本当に美しい夜だ
東方の博士らを導いた“あの星”が光っているじゃないか
救い主のイエス・キリストは
飼い葉桶の中で
すやすやと眠っていらっしゃる
心穏やかに眠っていらっしゃる

 って感じになります。

 ちなみに、この歌のオリジナルはドイツ語でして、以下のとおりでございます。

Stille Nacht! Heil'ge Nacht!
Alles schlaft; einsam wacht
Nur das traute heilige Paar.
Holder Knab' im lockigten Haar,
Schlafe in himmlischer Ruh!
Schlafe in himmlischer Ruh!

 ううむ、ドイツ語だとよく分からない(汗)。ちなみに、英語だと以下の通り。

Silent night, holy night!
All is calm, all is bright.
Round yon Virgin, Mother and Child.
Holy infant so tender and mild,
Sleep in heavenly peace,
Sleep in heavenly peace.

静かな夜、聖なる夜
処女なる聖母と聖御子の周りでは
すべての創造物は静まり返り、すべての創造物は光り輝く
聖御子はとても落ち着いておられ、とてものどかなご様子だ
まるで、天上の平和の中で眠っているかのようだ
まるで、天上の平和の中で眠っているかのようだ

 おそらく、ドイツ語と英語は、パッと見た感じ、単語の雰囲気が似ているものが多いので、おそらく似たような内容ではないかな…と推測されます(ほんと?)。つまり、英語の歌詞は、オリジナルであるドイツ語の歌詞を訳したものかなって勝手に推測しております。ところが、日本語の歌詞は、ドイツ語の歌詞を訳したと言うよりも、翻案したと言った感じで、ちょっと違った世界を歌っているように思われます。

 つまり、日本語の「きよしこの夜」が分かりづらいのは、翻訳だから分かりづらいのではなく、文語で書かれた詩だから分かりづらいのであり、信仰告白の歌だからクリスチャン以外には分かりづらいのだと思います。ちなみに、日本語の一番の歌詞は「マタイによる福音書」の記述を元に書かれていますが、二番の歌詞は「ルカによる福音書」の記述を元に書かれています。

 解説しないけれど、二番の歌詞は以下のとおりね。

きよしこのよる(きよし この夜)
みつげうけし(御告げ受けし)
まきびとたちわ(牧人達は)
みこのみまえに(御子の御前に)
ぬかずきぬ(額ずきぬ)
かしこみて(畏みて)

 一番がエリート階級の博士達の訪問を歌った歌詞なら、二番は労働者階級である羊飼いたちの訪問を歌った歌詞です。

 ちなみに、最後まで歌うと、まるでコーダのように「アーメン」という合唱を歌いますが、あれはユダヤ語の音訳で、意味は「[私は今の歌の内容に]同意します」という意味なんだそうです。つまり、信仰的な内容の歌を歌い、最後に「アーメン」と歌う事で「私も、その歌に同意し、同じ信仰を共有しています」と告白しているわけなんです。だからアレを「アーメン、ソーメン、冷ソーメン」とか「アーメン、ラーメン、ボク イケメン」などと冷やかすのは、不謹慎だし、信仰に対する冒涜でもあるので、ぜひ止めましょう。

 てなわけで「きよしこの夜」という曲は、本来は、キリスト教信仰を持っている、あるいはキリスト教信仰にシンパシーを感じている人(これをキリスト教界では“求道者”と言います)が歌うべき歌なんですよ。本来はポピュラーソングではなく、とてもシリアスな歌なんです。

 ま、そうは言っても、実際、アメリカでは、まるでポピュラーソングのように歌われているし、その習慣がそのまま、戦後の占領下の日本に入ってきたわけですね。だから「きよしこの夜」って、そういう軽い扱いの曲になっているんだと思います。

 その点ではハロウィーンの習慣なんかと一緒で、日本がアメリカの占領下にあった植民地時代の“なごり”のようなものです。

 アメリカはもちろんキリスト教の国ですから、あそこの人は、キリスト教信者か、そうでなくてもキリスト教的な常識は持っているので、讃美歌をポピュラーソングのような扱いにしても良いと言えば良いのです。そこが、キリスト教徒なんて、人口の1パーセント以下しかいない日本とは、大いに事情が違うわけです。

 しかし、キリストの誕生日であるクリスマスは盛大に祝うくせに、お釈迦様の誕生日である灌仏会(花まつり)は、ほとんどお祝いしないのって、なんか不思議だね。クリスマスが12月25日である事は小学生あたりでも知っているけれど、灌仏会が4月8日だとは、どれだけの人が知っているんだか…。寺院系の幼稚園でお祝いするくらいだよね。

 自分たちの文化も大切にしろよ、ぷんぷん。

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コメント

的確な解説で、教会に行かない方にもわかりやすいと思いました。
ところで、教会とは無縁の場所でこの曲をみんなで歌う時、♪救いの御子はみ母の胸に♪という(たぶんカトリックの)歌詞のほうが流布しているようなので、そちらを使ったほうがよいのか・・・と悩みます。
学校で歌ったときもそちらだった記憶があります。

>Ceciliaさん

 まあ『一つを選ぶという事は、他を捨てると』いう事だからねえ。実は私もどっちの歌詞にしようかな…って思ったのですが「みははのむねに」よりも「まぶねのなかに」の方が「わけ分からん?」だろうなあと思って、そっちをチョイスしました。

 ちなみに「みははのむねに(御母の胸に)」は文字通り「お母様の胸に[抱かれて]」って意味です。


私の父方の祖母の家には、仏壇がある部屋に神棚もあって、そんでもって仏壇においてあるのはとある新興宗教の経典だったという…ま、「なんでもあり」だったんですけど。

その祖母は宗教的というかとにかくなんでも拝みたい人。きつねでも健康食品でもOK、その信仰心は非常に汎用的というか。

一方、母方の祖母は、ほとんど無宗教なんだけど、マジにピンチのとき(たとえば東京大空襲で家が焼けたとき)には「神様、仏様」とかいっちゃうんだって。その実、何に向かって拝んでいるのかよくわからない、強いていえばそこらじゅうにある空気のようなもの、といってました。

ま、このどうでもよさそうなアバウトな宗教観、私は好きです。これなら宗教戦争の起こりようがないものねぇ。

すとんさん、TBありがとうございました。
クリスチャンでは全然ない私でもよく分かる解説ありがとうございます。なるほどというか、納得しました。

あの記事では直接触れませんでしたが、私もやはり、日本語詞については、「翻訳されているから訳わかんないのかな?」と感じていたんです。でも、文語であることと、「信仰の告白」であるということを考えると、腑に落ちるのですね。
ちなみに、英詞だとわりとしっくりくるというか、あまり「不思議」だというイメージはないのです。ということは、訳詞の問題なのかなとも思いますが、それ以上に、使われ方という部分が大きいのでしょうね。
仏教系のお祭りはいわゆる歌がポピュラーではないですから、難しいとこですね。私は潅仏会は知ってますが…。

>アンダンテさん

 両お婆様方、いかにも「和をもっと尊し」とする日本人的な信仰スタイルですね。ガチな一神教の方からすれば、色々と問題もあるでしょうが、おっしゃるとおり、宗教戦争の起こりようのない、実に平和な信仰スタイルだと思います。

 それにしても、戦争ってやつは、宗教の相違か、貧富の差か、人種の違いか、それら三つのいずれかの原因で起こるんですよね、いやはや。

 典型的な日本人の宗教観って、たぶん、世界的に見ると、すごくおもしろいんじゃないかなって思います。もしも自分が宗教学者だったら、この日本人の宗教スタイルを研究題材に取り上げると思います。これって身近すぎて、案外、ちゃんとした研究がされていないんじゃないかなって思うんですよ。それこそ、学位が取りやすい研究テーマなんじゃないかしら(笑)。

>ことなりままっちさん

 ネタにさせていだきました、感謝です。

 日本におけるキリスト教文化(信仰じゃないよ)って、アメリカ経由のアメリカンスタイルなんですね。それこそ「きよしこの夜」なんて、そんなアメリカンスタイルの典型のような扱われ方です。でも、キリスト教の本場(?)はヨーロッパなんですよ。

 「きよしこの夜」はプロテスタント系の讃美歌なのですが、オリジナルはクラシックギターの伴奏なんですよ。もちろん、ギターだからと言って、キャンプのノリではなく、あくまでクラシカルにギターを演奏するのだそうです。そのクラシカルなギターに合わせて、厳かに聖歌隊が合唱するのだそうです。もちろん、クリスマス礼拝のための讃美歌だそうです。

 雪に閉ざされたドイツの教会で(オルガンではなく)ギター伴奏で、厳かに合唱される讃美歌…なんか、とってもシブそうな感じですね。

こんにちわ。うんちくです。
[ミトラ教 wikipedia ミトラス教とキリスト教 ]より

《現在12/25はイエス・キリストの誕生日としてキリスト教の祭日となっている。しかし、実際にはイエス・キリストがいつ生まれたかは定かではなく、12/25をクリスマスとして祝うのは後世に後付けされた習慣である。『聖書』にもイエス・キリストが生まれた日付は記述されていない。
ローマ帝国時代に於て、ミトラス教では冬至を大々的に祝う習慣があった。
これは、太陽神ミトラスが冬至に「生まれ変わる」と言う信仰により(短かくなり続けていた昼の時間が、冬至を境に長くなって行くことから)。
この習慣をキリスト教が吸収し、キリストの誕生祭を冬至に祝うようになったとされる。》

……なんですと。

wikiには、ミトラ(mitra/mitθra)は「契約 」と言う意味>マイトレーヤは「友好的な…」>弥勒の字 阿逸多 Ajita は ミトラの母 アーディア … とかも書いてあり、全部何らかの関連があるようです。

あくまでもwikiの記載ですが。
キリスト教と神道とかも検索すると面白いですね。

まあ、要は「日が長くなるんで嬉しいな!」ってことでしょうか?(すごい、乱暴)

>YOSHIEさん

 そうそう、イエス・キリストの本当の誕生日って分からないんですよね。12月25日と言うのは、カトリック&プロテスタント系の取り決めであって、同じキリスト教でも正教会(オーソドックス)系だと1月7日がクリスマスだったりします。本当は春だとか、秋だとか、真夏の暑い日に生まれたとか、色々な人が色々な事を言います。でも分からないそうです。

 だいたい、本当はイエス・キリストが生まれた年をAD1年としたはずなのに、その後の研究で、キリストが生まれたのはBC4年って事に変更になっちゃうくらいだもん。誕生日が分かるはずないわな(笑)。

 そもそも、12月25日は太陽神ミトラスの誕生日ですか。では、その太陽神のお祝いが、いつしか[って、キリスト教の国教化と同時でしょうが]にキリストのお祝いになったんですね。一神教って、結構ガチだと思ってましたが、意外なところがいい加減なんですね(笑)。ま、そういうスキがあるのも、人間らしくていいやね。

 ミトラと弥勒の話もおもしろいですね。実は同じ神様だったりして(笑)。

>まあ、要は「日が長くなるんで嬉しいな!」ってことでしょうか?(すごい、乱暴)

 いや、北の人にとっては、乱暴でもなんでもなく、切実な願いでしょうね。ヨーロッパって、北海道よりも北の地方ですから、日が長くなるって、とてもうれしい事だったんだと思いますよ。

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