ひとこと

  •  お相撲さんは格闘家であり、その素手は強力な武器であるわけだから、土俵以外の場所では、たとえ素手であったとしても他人を殴ってはいけないわけだし、ましてやその手に器物を掴んで凶器を使用してしまったら、言い訳はできないし、そもそもやり過ぎだし、卑怯ですらあると、私は思う。今回の件は、日馬富士にも同情すべき点は多々あると思うし、魔が差したのかもしれないが、鉄拳制裁はアウトだと思う。武道や格闘技は、暴力とは違うわけだが、角界の範たる横綱が暴力を行使しちゃあ言い訳できないよなあ。
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2010年11月の記事

2010年11月30日 (火)

日本は、決して中国の属国ではない![2010年11月の落ち穂拾い]

けれど、アメリカの属国…だよね

 我が国日本は、アメリカの属国ではあるが、断じて、中国の属国でもなければ、韓国の支配下にいるわけでもないぞ!

 最近の民主党政権を見ていると、まるで私たちの国が“中国の属国”であるかのような振舞いが多いです。そんな事をしていれば、本当の親分であるアメリカの機嫌を損ね、我が国の安全保障を放り出されちゃうよ。かと言って、中国は私たちの安全な生活を保障してくれるのかと言うと、逆方向で、スキあらば侵略し、財産を奪い、日本人を虐殺しようと試みているわけです。これは決して大袈裟な物言いではなく、チベットやウイグルの現状を見れば明らか。

 つまり、民主党政権の目指す方向は、日本&日本民族の絶滅である…のかもしれません。

 もちろん、我が国日本が、真の意味での自主独立を果たした国でありたいと、私だって願っているものの、現実的には、アメリカの属国である事実は、悲しいけれど、認めざるを得ませんねえ…。

 我々の今の幸せな生活は、アメリカの支配下にある事で保障されているのだから、腑に落ちない点はたくさんあるけれど、仕方がない。

 もしも真剣にアメリカの属国から脱しよう、真の独立を果たそうと思ったら、まずは自国の軍隊を所有し、その規模を我が国の国力に見合った規模に整理し(って、事は世界第2~3位の軍事力を有するって事ね)、日米安保を破棄して、代わりにアメリカを含んだ西側諸国や中東やアフリカ&アジア(極東は除いてもいいや)と個々に安全保障条約を結ぶ事が最低条件だね。もちろん、潜水艦や空母をたくさん所有する事は当たり前だし、核ミサイルもあった方がいいやね。自衛隊の隊員さんも大幅に増強しないといけないし、永世中立国であるスイスのような、国土防衛の大切さと、愛国心を育むような教育をしていかないといけません。“国民皆兵”くらいの意識がないと、恒久平和を望みつつ自主独立を果たすのは、絵空事になっちゃいます。

 その上で、自国の安全と平和のための新しい枠組みを提案し、それを実践していく事が大切だね。太平洋にある小島な国々を子分にして、インドあたりを協力パートナーにしていくのが、日本にとってベターな枠組みだと思う。

 過激かな? でも、それくらいやらないとダメなんじゃないかな? なにしろ、私たちは、常識や理屈が通用しない国々と隣接しているのですからね。備えはいくらあっても、十分とは言えないと思うよ。

 一応、北朝鮮と中国とロシアは、我が国に核ミサイルを向けています。この事実をきちんと日本人は把握しておかないといけないよ。

 それを考えると、こっちだってミサイルの100発程度は、最低持っていないと、専守防衛すらできないと思うのだけれど…ね。

 結局、アメリカの属国であり続ける方が、安上がりなんだよな(涙)。そして、中国の属国になると言うのは、最悪のシナリオなんだね(怒)。
 
 
ベートーヴェンの交響曲って言うと、何?(笑)

 …「運命」!って人、多いかな? あるいは「田園」? または「英雄」?

 地域とか世代とかの関係かな? 若い頃、私の周辺のクラオタたちの間では、ベートーヴェンの交響曲と言うと、ダントツで「7番」でしたよ。次が「4番」(笑)と「運命」。これがベストスリーで大人気でした。そこから、少し距離を置いて、「合唱」と「1番」が人気でした。

 若い世代は、のだめの影響もあって「ベートーヴェンの交響曲って言えば、ベトシチ(7番)しか知らない~」って人も大勢いそうですね。

 かく言う私は、クラシック音楽と言えば「ベートーヴェン、ダッセー。やっぱ、モーツァルトだよね」という世代な私です。のだめの作者は私に近い世代の方(とは言っても、かなり若い)なので、やっぱり、ベートーヴェンって言うと、まず何よりも「7番」だったんでしょうね。だから、のだめでも、ベトシチ一押しだったのでしょう。

 私の時代、「7番」と「4番」、それに「運命」に人気があったのは、たぶん、カルロス・クライバーのおかげでしょうね。あの頃は、神扱いな指揮者でしたから。彼が振った「7番」「4番」「運命」は、クラオタのマストアイテムでした。

 「合唱」は不動の人気曲で、今も昔も年末の恒例行事だし…ね。それに合唱人的には好き嫌いを超越して押さえておかないといけない曲ってイメージもあったので…やっぱ、人気あるよね。

 「1番」に人気があったのは、古楽ブームだったから(笑)。古楽器演奏のモーツァルトの「40番」のカップリングにベートーヴェンの「1番」が組み合わされていたからじゃないかと思います。つまり「モーツァルトを聞いてみたら、意外とベートーヴェンもいけるじゃん」って感じかな?

 逆に「英雄」って“革命”とか“ナポレオン”とか“フランス革命”とか、なんかそういう、ヤバそうな感じがするから、むしろ不人気な曲ってイメージでした。

 「田園」は…この曲はなまじ標題が付いているので、当時の若者なクラオタにはウケが悪かったような気がします。が、当時はなかったけれど、今はカルロス・クライバーの「田園」のディスクが発売になっているから、それが当時発売されていたら、「田園」も大ヒット曲になっていたでしょうね。残念な感じです。

 それにしても「2番」と「8番」は、いつの時代でも人気薄だね。
 
 
ギターアンサンブル

 私はギターを弾きますが、私が弾くのは、普通サイズのギターです。その普通サイズのアコースティックギター、クラシックギター、エレキギターを音楽の種類によって使い分ける程度です。あ、あと、エレキベースも弾くか。今の野望は、ウッドベースを弾いてみたいという事かな?

 しかし、世の中に、そういうギターとはちょっと違う種類のギターがあります。いわゆる、ギターアンサンブルで使うギターたちです。

 調べてみました。こちらをご覧ください。実に色々な種類のギターがあるものです。

 ええと、通常のクラシックギターをこの世界では“プライムギター”と呼ぶようです。で、これは音域的に、「テナーギター」に当たるわけです。このギターか中心となって、これよりも、5度上の音域のギターを“アルトギター”、1オクターブ上の音域のギターをソプラノギターと言うわけです。そして、合奏でのメロディは主に“アルトギター”が担当するのです。

 低い方はと言うと“アルトギター”より1オクターブ低い“バスギター”と、“プライムギター”より1オクターブ低い“コントラバスギター”があり、その“コントラバスギター”をチェロスタイルで演奏するのが“ギタロン”のようです。

 ううむ、実にバリエーション豊かな楽器群ですね。フルートアンサンブルと比べて、ギターアンサンブルの方が実に、色々な意味で幅広いです(し、楽器も安い:笑)。

 ググったので、エラそうに語っていますが、実は私、ギターアンサンブルって、その存在は一応知ってますが、実際の演奏は聞いたことないんですよ。なので、ギターアンサンブルには、興味シンシンだったりします。これも私の知らない音楽の一つです。私の知らない音楽がまだこの世にある事って、うれしいです。だってこれから知る事ができるものが、まだまだ世の中にたくさんあるって事ですからね。
 
 
今月のお気に入り

 今月のお気に入りは「ドクター・アッシー(Dr.ASSY)」です。それは何かと尋ねられたら“紳士靴”ですよ。

 私は徒歩で通勤しています。毎日、片道小一時間の道のりをテクテク歩いて仕事に行ってます。なので、靴にはうるさいです。変な靴を履くと、すぐに足が壊れてしまいます。なので、軽くて丈夫で足に優しい、全天候型の靴が必要です。できれば、お財布にも優しい靴がいいですね。

 この靴はいいですよ。歩きやすいし、疲れにくいし、おまけに安い。オフタイム用となってますが、黒い靴ならスーツともピッタリですよ。私はこれ履いて、スーツ着て、仕事してます。

 これはファスナーシューズなので、紐をむすばなくていいし、履く時もわざわざかがまなくていいんです。これはデブに優しい設計ですよ。歩くサラリーマンの方にお勧めです、ほんとだよ。

今月の金魚

2010年10月30日(土) キッカがほんの10分ほど、転覆しました。
2010年11月14日(日) キッカ入院。
2010年11月19日(金) キッカ退院。
2010年11月22日(月) スズネの左頬にコブ発見。

 今年の夏は暑かったので、涼しくなった今頃に、金魚たちにも夏の疲れが出てきているのでしょうか? 色々と心配な事が重なります。 
 
 
今月のひとこと

 中国漁船体当たり自演乙事件のビデオが公表されたそうですね。ま、私たち一般国民が見られる日が来るかどうかは分かりませんが…。どうも、もれうかがう所では、日本のお船が漁船にぶつかっちゃったわけではなく、あっちの漁船が日本のお船めがけて、速度を上げてブチかまして来たらしいですね。ま、これは、以前からそんな噂が飛んでいたので驚きません。が、しかし、あっちの漁船連中、泥酔状態? はあ? なんすか、それ? つまり「酔っぱらって操船してたら、向こうから日本の犬野郎が来たから、こりゃあオモシレーから、体当たりかまして、難癖つけて、色々ふんだくってやって、ああ、すっきりしようーぜ、朋輩!」って事じゃん。そんな、連中をかばって、尖閣諸島を差し上げて、国際社会で恥かかされて、レアアースでビビらされて、フジタの社員の皆さんの生命を危険にさらして…。国辱ものだね。こりゃあ、中国も悪いが、菅総理も仙谷官房長官も同罪だね。売国だね。リコールできないもんかね、あの人たちを。マジで、あの人たち、シャレにならないくらい、ヤバいよ。(2010年10月29~31日)

 歌劇団としてデビューしてきました。いやぁ~、すごく気持ち良かったです。特に、あの大ホールに自分の声がビビーンと響いた時は、正直「今、この瞬間に、死んでもいい!」って思っちゃいました。あれは麻薬だね。アマチュアが大ホールで満席の客相手にソロを歌うなんて、無いですからね。歌い終わった後は、知っている人知らない人も含めて、多くの人から「ご苦労さま」「よかったよ」「すごいね」など、もう歩くたびに挨拶されまくり。ソリスト冥利につきました。これで地元じゃ、一躍有名人だな(マジで)。最後に、BEEさん、応援ありがと、感謝です。(2010年10月31日~11月4日)

 最近、オペラのDVDを見るたびに思う事は「一流の歌手は、やっぱり上手いなあ…」って事。何を今更おっしゃるとお思いでしょうが、でもそうなんだから仕方がない。オペラそのものは昔から好きだし、今見たDVDだって、以前から何度も見ていたモノ。でも、昔はそんなに上手さを感じなかったけれど、今は歌手のスゴさがビンビンに伝わる。おそらく、自分でも少しは歌えるようになったから、だからこそ、歌手のスゴさがより分かるようになってきたと思うと、歌を勉強して良かったなって思う。だって、自分が好きなものが、以前よりも深く楽しめるようになったのだから。(2010年11月4~6日)

 ヴァイオリン屋に行ってきました。私ときたら、試奏を何度も薦められたのに、全部断ってきちゃいました。ああ、なんてこと! 「欲しくなったら困るから…」と言って断ったのだけれど、本音は「試奏? めんどうくせー」でした。いやあ、フルートだったら、こっちから「試奏させて!」とお願いするのに…。そこは、面倒くささを我慢してでも、試奏をしておくべきだったと帰宅してからちょっぴり後悔です。でも、試奏が面倒くさいと思うなんて…ここまで、物欲が無くなっているとは、自分でも驚きでした。(2010年11月6~8日)

 11月6日をもって、笛先生の「なんちゃってジャズピアノ講座」が終了してしまいました。所用のために最後の講座には出られませんでした。実に残念です。ちょっとだけですが、ジャズピアノとかジャズとかに興味が出てきたところでした。妻も一緒に参加していたのですが、彼女も残念がってました。個人的には、九種類のリズムとか、6thの使い方とかが学べてよかったな、と思ってます。(2010年11月8~12日)

 風邪ひいた~、具合悪~。ノドが痛い~。胸が苦しい~。しかし、具合が悪いからと言って、ヤセないんだよね。そこがなんか悔しい。せっかく風邪ひいたんだから、ドドンと体重落ちてくれれば、風邪をひく甲斐というものがあるんだけれどな。(2010年11月12~16日)

 自分がニンニク臭い…。風邪治療のため、毎日大量のニンニク摂取をしていたら、体臭がニンニクに…。加齢臭と相まって、なかなかグーな状況です(涙)。しかし、自分で臭いと感じる程度なのだから、他人様からはどう思われているのやら…。(2010年11月16~17日)

 ついにアップルからビートルズの音源が発売されます…って書いても、この言葉の意味が分からない人には分からないだろうなあ…。ジョブスの“アップル”と、ビートルズの“アップル”の間にあった軋轢と、音源管理にうるさい、ビートルズのアップルが、自分たちの音源をついにネット配信し始めたこと。この二つの衝撃が…。いや、まさにポピュラー音楽史上、特筆すべき出来事なんですが…ジョブスのアップルの信者の皆さんには、よく分かっていない事のようです。とにかく、iTUNESでビートルズが買える、思っても見なかった事です。おめでとう。(2010年11月17~19日)

 今朝、ヴァイオリンの練習をしていたら、なんかイヤな手応えがして、ブッチッと、弓の毛が切れた。たった一本だったけどね(笑)。弓の毛って、結構太くて、しっかりしているんだね。それが切れるたあ、只事じゃないね。でも、こうやって、ブチブチと弓の毛を切って、そのうちに毛が無くなってしまうのだろうね。そうなると…毛変えかあ…。(2010年11月19~23日)

 マスコミは伝えないけれど、なにやらヤバい事が起こっているので、ここに書いておきます。それは何かと言うと、新潟市の中心部に中国総領事館を建設し、それとは別に、そのすぐそばに5000坪の土地を中国政府が買い上げ、そこに巨大な中華街(つまり大勢の中国人がそこに住みます)を建設するそうな。中国には、例の「国防動員法」があるし、新潟の海をはさんだ真向かいの北朝鮮の羅津は、すでに中国が60年間の租借権をもって、自国の領土としているわけです。つまり、どういう事が起こっているのかと言うと、「もうすぐ、新潟が中国に軍事的に侵略される」って事です。私は、台湾 -> 沖縄 -> 新潟の順番で侵略してくるのは既定路線とは思ってましたが、中国はかなりは早く時計の針を進めてきたようです。これもきっと、民主党政権下にある今が“絶好のチャンス”と思っているからでしょうね。ウィキにまとめページがあるので、もっと詳しく知りたい方は、こちらをご覧ください。(2010年11月23~28日)
 
 
 さて、今年もあと一カ月となりました。師走がやってきます。師走はフルート発表会に始まり、ディズニーランドで終えるつもりです。おぉ、真冬のディズニーランドに行く予定なのですよぉ~。なぜなら…マイコーに会うためでございます。あぁ、ワクワクだねえ~。というわけで、今月は以上です。ありがとうございました。

2010年11月29日 (月)

発表会の曲を決めてきたよ(「Addio!」の訳もあります)

 声楽のレッスンに行きました。レッスン開始直後にいきなり「今日のレッスンが、発表会前の穏やかなレッスンとしては、最後だと覚悟してください。次回からは、発表会モードでビシビシ行きますよ」と宣告されました。ああ、いよいよ声楽の方も、発表会の準備に突入です。気合を入れていかないと…。

 さて、実は私、風邪をひいて一週間ほど歌わず、その後、歌劇団の練習でムチャをしてノドを痛めて、なんだかんだと言って、2週間ほどロクに歌っていませんでした。さすがに、それくらい長期間まともに歌わないと、カラダが鈍りますね。もう、ナマナマです(汗)。発声練習をしても、まるで自分のカラダじゃないくらい、どこもかしこも動きません。こりゃあ、リハビリに時間がかかりそう…です。

 発声はごく軽めにして、さっそくコンコーネをやりました。

 コンコーネは12番です。とにかく、カラダがゆるみっぱなしなので、腹とか股とか、しっかり絞めて歌いました。注意を受けたのは「高音の準備は早めに…」「リズムが甘い!」です。これはもう、いつもいつも言われている事です。なかなか改まらず、申し訳ないかぎりです。特にリズム、それも複符点音符って奴がまるでダメってやつです。どうも、音符をすぐに丸めて歌う癖がある私です。

 12番はこれでお終いとなりました。次回のレッスンまでに13~15番に目を通しておくように言われました。おお、三曲も譜読みをするのか!

 さて、そろそろ発表会の準備に取りかかりましょうって事で、何を歌おうかという話になりました。

 「二重唱はアレでいいよね」とは先生のセリフです。アレとは、ドニゼッティ作曲「愛の妙薬」の「Una parola」という、テノールとソプラノの二重唱です。一応、楽譜を見ました。譜面が真っ黒だし、曲は長いし、レチタティーヴォはたっぷりあるし、音域もギリギリだし…と不安要素はたくさんありますが、でもやります。やってみます。頑張ってみます…大丈夫かな?

 ちなみに、デュエット相手は候補として、門下の姉弟子たちの名前があがりました(ウチの門下はソプラノさんがたくさんいます)が、妻のごり押し(笑)で、私は妻とデュエットすることになりました。先生は「夫婦でデュエットするのは勧めないなあ…、夫婦仲が悪くなるよ~」とアドヴァイスしてくださいましたが、妻は聞く耳を持っていないようです(汗)。

 ところで、この二重唱、テノールも大変ですが、ソプラノはもっと大変ですし、妻は最近、ソプラノからメゾに転向したばかりなのですが…大丈夫かな? おまけに、この曲、長いよ(笑)。なにしろ、オペラの1シーン丸々で約10分あります。一部カットして歌いますが、それでも長い。はは、妻が大丈夫でも、私は大丈夫かな?

 さて、オペラアリアの方は、体重が95Kgを切らなかったのだけれど「そこまでダイエットしたので、これ以上太らない事を条件として、アリアOKにします」と言っていただきました。“やったー、ラッキー! これでアリアが歌える!”と言うわけです。うれしいなあ~。

 で、何を歌うかですが、先生は「二重唱が『愛の妙薬』なんだから、アリアも『愛の妙薬』にしませんか?」と言われました。「愛の妙薬」のテノールのアリアと言えば…泣く子も黙る、テノールのオペラアリアの中の名曲中の名曲「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」ですよ。この曲、大好きなので、うれしいのですが、歌えるかな…。

 だってさあ、このアリア、いわゆる“ベルカント・オペラ”のアリアだよ。声のキレイなタリアヴィーニのようなリリコなテノールのためのアリアじゃん。うっとりするほど旋律がキレイなんだよねえ~。でも、楽譜は真っ黒(!)だし、音域もほんとギリギリのアドヴェンチャーな感じだし、アリアだから、最後の最後にカデンツァがあるわけで、このカデンツァは、先生も「ちょっと難しい…」と言ってるくらいだし…。だから「この曲をやりませんか」と言われても、ちょっと即答はできませんでした。

 とは言え「この曲はちょっと無理、って答えたら、どの曲になりますか?」と尋ねたところ「え? まさか“これちょっと無理です”とは言わないよねえ…。そんなセリフ、すとんさんから聞きたくないなあ…」という返事。どうやら拒否権はなさそうです(汗)。

 ええい、覚悟を決めて「人知れぬ涙」を歌うか! 頑張ろう!

 と言うわけで、この二曲を知らない人のために、音源をアップしておきます。

 まずは二重唱の「Una parola」です。ヴィリャソン(テノール)とバーヨ(ソプラノ)の歌唱です。ちなみにこの音源は[これでも]かなりのショート・ヴァージョンです。私たちが歌うヴァージョンよりも、2ページも早めにカットしてます。カットした先は、高音炸裂のメロディーだったりします(汗)。それでもこれだけ長い、これだけ大変。

 こちらはテノールのアリアで「人知れぬ涙」です。歌っているのはフローレンスです。こちらはカット無しのカデンツァ付け足しヴァージョンです。うっかり無防備で聞いちゃうと。涙ぐんでしまうほどの歌唱です。

 ね、半端なく難しそうでしょ(涙)。二つの音源とも、割と最近のものをチョイスしてみました。二人とも良い声してますよねえ…。この1/100の出来でもいいのです。少しでも、この領域に近づきたいものです。

 レッスンの最後は歌で締めくくりました。「Addio!/さよなら」を歌いましたが、次回から半年ほど「愛の妙薬」漬けとなる私ですので、この曲とも今回でお終いです。

 カラダが怠けていたので、自分ではうまく歌えなかったつもりですが、先生からすれば「無駄な力が抜けていて、今までで一番よかったです。あとはAsさえ出れば…」という事だそうです。これを機会に、脱力の方向で歌えるようにしてみようかな?

 最後に音源はないけれど、勉強のために「Addio!/さよなら」を訳したので、それをアップしておきます。

★★★

Addio!/さようなら(すとん訳)
 
 
Cadon stanche le foglie al suol,
木の葉は疲れて地面に落ち

Bianche strisce serpon sull'onda,
波間に白い波頭が広がる

Lieve nebbia nell'aria fonda,
薄霧が立ち込め

Sembran freddi i rai del sol.
陽光も冷え冷えとしている。
 
 
Le rondinelle lasciano il nido,
ツバメは巣から立ち去り、

Verso altro lido, le trae desio:
希望を携えて、別の海辺へと旅立った。

Estate, addio,  addio, estate, addio, addio!
夏よ、さよなら、さようなら。夏よ、さよなら、さようなら。
 
 
Una voce lontan, lontan.
遠ざかる声が聞こえる。

"Odi e impara" sembra gridare,
「心に刻め、そして覚えよ」と声を潜めて叫んでいるように聞こえる。

"Non diverso dall'oggi e il doman.
「今日と明日に違いはなく、

Gioia e duolo, polve ed altare."
喜びと悲しみ、下郎なものと聖なるものにも違いはない」
 
 
Ogni legame mortal si spezza,
この世における人間関係はすべて壊され

Copre l'oblio fiele e dolcezza.
忘却が苦しみと優しさを覆い隠す。

O speme, addio! addio! o speme, addio, addio!
ああ、希望よ、さよなら、さようなら。ああ、希望よ、さよなら、さようなら。
 
 
Perche aspettar tutor, oh! dolce amor?
なぜ私は今でも愛しい人を待ち続けているのだろうか? 

Un sol bacio mi da, posci ten va.
あの人は一度きりの口づけを私に与えたら、消えてしまったではないか。

Un altro ancor. un altro ancor.
もう一度口づけを。もう一度口づけを。
 
 
Pegno d'eterno fe da te voglio,
あの人が永遠に私のものだという証拠が欲しい。

Perche il tuo cor e fatalmente mio:
なぜ、あなたの心は私のものではないのだろうか?

Per sempre addio, per sempre addio, addio!
永遠にさようなら。永遠にさよなら、さようなら。

Per sempre addio.
永遠にさようなら。

2010年11月28日 (日)

朝鮮人の考える事はよく分からない[2010年11月第4週・通算43週]

体重:97.9kg[+0.7kg:-11.0kg]
体脂肪率:28.7%[-0.5%:-4.1%]
BMI:30.9[+0.2:-4.0]
体脂肪質量:28.1kg[-0.3kg:-10.0kg]
腹囲:94.7cm[-2.0cm:-9.6cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 おたびダイエット25週目です。完璧に停滞期って奴です。もはや、ダイエットに関しては、何も申し上げることはありません。ああ、早く、停滞期から逃れたいものです。

 えっと、タイトルにある「朝鮮人」ってのは、北朝鮮人の事ね。「北朝鮮人の~」というタイトルにすると、語呂があまり良くないので、単純に「朝鮮人の~」としただけです。他意はないので、ここに噛みつくのはヤメてね(笑)。

 それにしても、いやいや、本当に、朝鮮人の考える事はよく分かりません。もちろん「じゃあ、お前は韓国人や中国人の考える事なら分かるのか?」と言われれば、やはり分からないのですが、でも、北朝鮮に関しては、同じ「分からない」であっても、その分からなさ具合がケタ違いです。

 『スパイを養成するために、日本に行って、若者を拉致して、教育係にしちまおう!』と言うのも、目まいがするくらい分かりませんが、今回の事件も本当に分かりません。

 今回の事件…それは「延坪島砲撃戦」の事です。ウィキペディアにまとめページがありますので、そちらにリンクをしておきますので、詳しい事はこちらをごらんください。

 きちんとした宣戦布告も無し(という報道ですが、宣戦布告してたら、ゴメンです)で、いきなり一方的な砲撃(つまり奇襲だね)をした北朝鮮です。そのため、数名の韓国の民間人の方が亡くなられています。ご冥福をお祈りします。

 さて、今回の砲撃戦ですが、百歩譲って、北朝鮮の言い分(俺達の領海で軍事演習をした韓国が憎らしい)を飲んだとしても、いきなり民間人居住地区に砲撃を加えると言うのは、あまりに反応が斜め上すぎて理解不能です。実に卑怯な行動だと思います。手口が汚いです。狂人の所行としか思えません。

 彼らがなぜ、あのような行動を取ったの、私が小さな頭で思い描くに…、

 隣の韓国が妬ましい[その韓国は日本が妬ましいのだよ]

 新指導者(金正恩氏)の威力を国内外に示したい[新指導者のお披露目パーティーってわけです]

 武力を背景に周辺国から援助を求めたい[つまり、カツアゲしたいのです]

 世界中の注目を浴びて良い気分になりたい[ビビらせてスカッとしたい…って、不良高校生ですか!]

 国土なんて強気に出れば広げられる[尖閣事件を模範にしているんでしょうね]

 アメリカと交渉のテーブルにつくための強行手段[って、好きな女の子のスカートめくりをする小学生男子か!]

 …あたりが、この事件の行動の背景にあるものと推測されますが、実際のところは分かりません。だいたい、このあたりの理由って、まともの大人ならジョークとして一蹴する程度の理由だし…。それに私の予想を大きく超えるような事が、その背景にある事だって、大いにありえます。とにかく、彼らの考える事ですから、こちらが推測したって、分かるわけありません。

 これがグローバル化って奴なんだろうね。つまり国際社会と言う奴は「わけの分からない人間とつきあっていかないといけない」って社会の事だ。ああ、不条理不条理。こんなわけの分からない連中の相手をすることが、友愛って事なんだろうね。ケっ!

 おそらく、この件について、日本や韓国が北朝鮮と話し合ったところで、何も解決しないでしょう。では、解決のために、我々は具体的に何ができるのか?

 援助? それで解決できるなら、とっくに解決しているでしょう。

 経済制裁? 今更どれだけ効果があるんでしょうか。

 六カ国協議? あっちはこれがイヤなんだよね。イヤがる相手に無理強いすると、また砲撃してくるかもよ。

 戦争? 戦争をしかけるほど価値のある相手とも思われません。

 彼らの事は、ちっとも分からない私ですが、それでも分かることがあります。それは「砲撃戦は民主党にとって神風だ」なんて発言は、人の道に外れた言動であるという事。

 民主党の幹部の方がそう言ったらしいのですが、この事件のために、仙谷官房長官への問責決議案の提出を、野党が一時見送ったそうなんです。それがうれしくて、このセリフが出たのでしょうが、しかしいくらなんでも、仮にも民間人が巻き込まれて死亡している事件を“神風”と言うなんて、失礼千万な話です。民主党の政治家の方にとって、韓国人の命って、とっても軽いものなんだと思います。

 それに結局、仙谷官房長官と馬淵国土交通大臣の問責決議案は参議院本会議で可決しちゃったし(笑)。「あんたの言う、神風ってのは、人の命を犠牲にしても、その程度なのかい」と言いたいです。

 しかし、国際情勢が大きく動いている今の時代、まさに日本は一大国難に直面していると言えますが、この国難を無事に乗り越えるのに、今の政府では不十分な気するのは、私だけではないと思います。

 ぜひ、国民の思いを受け止めて、解散総選挙をして、この国難に直面できる、政府与党を選びなおさないと、国が滅んじゃうよと、真剣に思ってます。

 蛇足。「気に入らなきゃ砲撃、民間人が死のうと関係ない」って精神構造は、すっごーく矮小化すると「気に入らなきゃ、糞コメント。ブログ主がブチ切れようと関係ない」という行動と同じ構造だね。いや、インターネットの匿名性を信じて、隠れて悪事をしている(つもり)でいるだけに、もっと卑怯で汚い行動だな。いわば“お里が知れる”悪事ってわけだ。

2010年11月27日 (土)

スズネ君にコブができました(肉瘤じゃないよ)

 どうも、スズネ君が何やら病気にかかってしまったみたいなんです。まあ、本魚は元気なんだけれど、見ていて、なんか痛々しくてねえ…。どんな病気なのかというと、コブなんです。コブと言っても、金魚に付き物の肉瘤じゃなくて、日本昔話に出てくる「コブ取りジイサン」のコブのような感じのコブ。左の頬のあたりにデロリンと大きな水泡ができて、ぶら下がっているんですよ。

 実は、どうしたものかと、思ってます。おそらく、コブの中は、リンパ液と膿でしょうね。潰してやりたい気もしますが、そのためにキズを作ってしまっては、後々大変な事になるでしょう。かと言って、放置していても良くなるとは限らないし、水槽の中でコブが割れると、汚いものが水槽中にまき散らされるだろうし…。悩んでます。

 これでスズネに元気が無いなら、さっさと病院に隔離しますが、すごく元気なんだよねえ、こいつ。

 実に原因不明なんです。変な病気じゃないといいのですが…。ああ、心配。

蛇足。ブニョの左体側のウロコが二枚浮いてます。たぶん、腫れているんだよね。スズネと同じ病気なのかな? いやだな…変なものが流行っているのかな?

2010年11月26日 (金)

帝国劇場で「モーツァルト!」を見てきました

 この前見た「エリザベート」がおもしろかったので、またまた帝国劇場に出かけてクンツェ&リーヴァイによる「モーツァルト!」を見てきました。

 今回は、前回の「エリザベート」の反省も含めて、技術的な期待値をウンと下げて、優しい気持ちで見に行ったので、それなりに楽しめました。あまりガッカリもしませんでしたし、私もちょっとは帝劇(と言うか、東宝ミュージカル)の楽しみ方がつかめたかな?って感じです。

 歌唱は、全体的に安定していて、キャストによる極端なデコボコはあまり感じられませんでした。活舌が悪くてセリフが聞き取りづらいとか、音程がすごく怪しいとか、そういう人が少なくて、よかったです。もっとも、このミュージカルは、主役のモーツァルト君の歌唱次第という内容の作品なので、モーツァルト君さえOKなら、あとの役者さんは(極端な話だけれど)ほどほどの出来でも良いミュージカルです。それくらい、主役にすべての責任がかかってくる作品です。

 で、肝心の主役のモーツァルト君の歌唱は…細かなキズはたくさんあったけれど、私は概ね楽しめました…というよりも、この役の歌パートって、かなり難しいよ。ミュージカルの人で歌えるの?…ってレベルの曲がゾロゾロです。なので、劇そのものには、半分ぐらいしか集中できなかったかな? 

 なにしろ、モーツァルト君が歌い始めると、私、芝居そっちのけで「ふえ~」とか「ほえ~」とか言う感じで、歌そのものに感心しちゃったんだもん。

 それにしても、モーツァルト君の歌って、歌いづらそうなフレーズや難しい音がボンボン出てくるねえ、これは結構難しいわ~。その上、主役だから、当然だけれど、ミュージカルそのものに出ずっぱりの歌い放しだし…。おまけに(マイクを使っているとは言え)パワーも必要だねえ。主役って、大変です。マジで大変だと思う。

 そりゃあ、歌に細かなキズがあろうと、力押しで歌っちゃっていた箇所が何度かあろうと、もうこうなりゃあ仕方がない。オッチャンは、許しちゃうよ。勘弁しちゃいます。

 とにかく「モーツァルト!」は立派なプリモ・ミュージカルでした。なので、その他のキャストは、申し訳ないけれど、私の中では“刺身のツマ”扱いです。テレビスターな方々に対して“刺身のツマ”とは大変失礼な物言いだけれど、でも、私の中では、彼らのシーンって、モーツァルト君を休ませるためのシーンにしか思えないのです(本当にごめんなさい)。だから、ほどほどの出来でいいんです。

 というわけで、このミュージカルは、どこのカンパニーが上演しても、モーツァルト役に良い役者を当てられれば、それで成功したも同然のミュージカルですよ。で、私の見たモーツァルト君は、なかなかのものでした。

 さて、このミュージカル、「モーツァルト!」というタイトルだけれど、いわゆる“モーツァルトの音楽”は、劇中ではあまり活躍しません。むしろ、関係ないと言ってもいいかな? このミュージカルは、モーツァルトという人(キャラ)のミュージカルであって、彼の人となりとか状況とかが、ミュージカルとして取り上げられただけであって、彼の作った音楽は、添え物的な扱いです。ミュージカルにおける音楽は、もっぱら作者であるリーヴァイの音楽が主役を張ってます(ある意味、当然の話です)。

 「エリザベート」におけるトートのような役として、子ども姿のモーツァルト君が常に舞台にいました。パンフレットを見たら、アマデという役だそうですが、あれって舞台にいても、劇中の人には見えない存在のようです。ある意味、モーツァルトの才能の擬人化された役なのでしょう。ああいう作劇が台本作家(あるいは演出家)の持ち味なんだと思いますが、私は なんか、ワンパターンを感じました。トートはまだ歌もダンスもあるけれど、アマデは歌も踊りもセリフもない役だし、彼の役は、演出次第で、どうにでも表現できると思うので、個人的には、あのアマデの役はいなくてもいいかなって思いました。だって、あの役がいることで、かえって分かりづらくなっている部分もあると思うし…。

 ミュージカルを見ている人は、分かっているとは思うけれど、あの「モーツァルト!」のストーリーは、実際のモーツァルトの人生とはかなり違います。私的には、その違いがおもしろかったです。「へえー、この人が悪役扱いなんだー」とか「ナンネル、大活躍じゃ~ん」とか「プラハでの成功はやっぱり無し?」とか「大司教にケツを蹴りあげられた話はカット?」とか「コンスタンツェは相変わらず悪妻扱いかー」とかね。ハイドンやサリエリが出てこなくても、気にしない気にしない。いや、モーツァルトがジーンズ履いていても無問題だよ。

 映画「アマデウス」のモーツァルトよりも、こっちのミュージカルの方が、より現代人っぽくて、ひ弱な青年に描かれていて、おもしろいです。あ、こっちのモーツァルトって、変態と言うよりもファザコンなんだよね。

 劇から離れた感想を書きます。

 まず、会場の雰囲気は…と言うと、帝劇って(当たり前だけれど)歌劇場ではなく、芝居小屋なんだなって、確認しました。前回は、なんとなく感じていましたが、今回ははっきりと、それが分かりました。ここが芝居小屋だと分かれば、私も心構えが変わると言うものです。だって、それなら、とにかく“楽しめばOK”なんですよ。なにしろ、ここで行われているのはエンターテイメントであってアートではないんだもん。求められるのは、完成度よりもサービス精神でしょ。劇を見る、作品を楽しむ、と言うよりも、ひいきの役者を応援に来る場所でしょ。だったら、ここで歌唱やダンスや芝居の完成度をとやかく言うのは野暮ってもんです。楽しければOKだし、実際、私は楽しみましたよ。だからOK、OK、大OKです。私にはひいきの役者はいないけれど、だからこそ、出てくる役者さん全員のファンになったつもりで、優しい気分でいると、ここはとっても楽しいところです。

 そういう意味では、帝劇って、昭和のエンタメって感じがします。私は、この雰囲気はキライじゃないですよ。いや、むしろ好き。だって、私ってば、昭和生まれのオッチャンだもん。なんか、劇場内が、なんか古めかしくて、どことなく粘着っぽくって、ちょっとドロドロしていて、そういうカオスな昭和の香りが大好きです。

 ちなみに劇団四季は芝居小屋ではなく、シアターって感じね。それこそ「ミュージカルという劇を見に行くところであって、個々の役者を見るところではない」って感じです。こっちはこっちで好きだし、あっちはあっちで大好きよ。

 でもほんと、劇団四季と帝劇(東宝)は、かなり方向性が違いますね。同じ“ミュージカル”ってジャンルで一括りにして良いのかな?って思うほどです。

 よく「ミュージカルはオペラとは違う」とクラシック系の人が言いますが、今回、この意見に激しく納得しました。もちろん、ミュージカルをオペラよりも下に見て良いもの…とは思いません。「ミュージカル」と「オペラ」、これらは、一見似ているけれど、別物と思った方がいいです。特に帝劇ミュージカルはそうです。オペラ目線でミュージカルを見たら不幸になるし、ミュージカル目線でオペラを見たら眠たくなります(笑)。

 どうでも良いことだけれど、幕間の25分って短いよね。と言うのも、たった25分では女子トイレの列がさばききれないんだよ。1幕が終わると、目が回るほどの長蛇列が女子トイレにできるけれど、これがなかなか解決しない。で、結局ずっと並んだまま、第2幕のベルが鳴ったので、やむなく座席に戻っている女子の方々が結構いました。ああやって、オシッコ我慢したまま、第2幕を見るんだろうなあ…。第2幕って90分以上あるのに…。なんか、かわいそうだね。

 古い施設だから仕方がないと言えるけれど、帝劇って、客席数の割にトイレが少ないでしょう。簡単にトイレを増設するわけにもいかないでしょうから、せめて幕間をもう10分長くしてあげれば、全員トイレが済ませられるのに…。帝劇って、あんまりお客の事を大切に考えていないのかしらね? 余所の劇場だと、女子トイレがはけるまで幕間を続けるところもあるのに。ここは、あまり女性には優しくない劇場なのかもしれない。とにかく女性は、公演前の水分摂取を控え目にした方がよいです。

 で、そのトイレの件からも分かるとおり、客のほとんどは女性の方でした。ざっと見たところ、客の95パーセントは女性ですね。それも中高年女性がほとんどです。オペラも女性が多いけれど、ここまで多くはないです。つまり、ミュージカルは“女の楽しみ”なんだね。私は座席からまわりを見回して「ここは宝塚か?」と一瞬錯覚したほどだもん。とにかく女臭い(失礼)客席でした。オッチャン、ちょっと、居心地悪かったです。

 それにしても「エリザベート」を見て「モーツァルト!」を見て、何となく、リーヴァイという人の音楽を(生意気な言い方で申し訳ないけれど)見切ったような気がします。彼がドイツ系だという偏見が私の中にあるせいかもしれないけれど、メロディーよりはサウンド。歌よりもリズムって感じの作曲をする人みたいです。かと言って、アメリカの作曲家たちのような、跳ねる感じもネバル感じもなく、オシャレっぽいわけでもなく、何というか、良くも悪しくも「ドイツの森」のような音を作るんだねえ。それに、メロディーが少ない割には歌うのが大変です。地味だなあ…。キラーチューンに欠けるなあ…。垢抜けないなあ…。

 ってわけで「レベッカ」とか「マリー・アントワネット」とかは、見なくてもいいかなって気になりました。たぶん、これらも同じような感じの曲なんだろうな。

 …今はリーヴァイよりも、ロイド・ウェーバーが聞きたいです。やっぱ、ロイド・ウェーバーは好きだな、私。だって、あっちはメロディーにあふれているもの。

2010年11月25日 (木)

風邪はまだ完治しないわ、仕事は忙しいわ…

 歌劇団の練習に行ってきたよ。でも、遅刻しました。仕事が忙しくてね。それで遅刻。別にその日に限らず、ここんところずっと、連日残業の連続なので、風邪をひいているのに、ちっとも治りません。ちょっと愚痴りたくなります。

 さて、団長である私は遅刻でしたが、今回の練習は、見学者がお一人[テノール]いらっしゃいました。入団してくださるとうれしいなあ。なにしろ、我が団は、男が少ないですからね。

 で、私のいないうちに、皆さんは、筋トレと発声練習をしたらしいです。

 筋トレは、スクワット40回を1セットと20回を1セット。腹筋が30回を2セット。背筋は…今回は無しだったそうです。ん? いくら背筋は無しでも、いつもよりも多くない? 発声練習の方は、普通に普通の発声練習をしたそうです。

 で、ここまでで約1時間(つまり、筋トレにやたらと時間を使ったわけね…)。私は1時間の遅刻だったので、このあたりで到着ました。

 私が来たところで、例のいつもの演技付き発声となりました。

 今回のテーマは「白雪姫」です。配役は、事前に決めたとおり、姫、王子(魔女兼任)、小人(頑固な木こり、働き者、のんびり屋、いたずらっ子…あと、どんなのがいたっけ?)って具合です。ちなみに、私は“頑固の木こりの小人”をやりました。

 場面は物語から、2シーンやりました。一回目のシーンは、幸せな日常生活を送る、姫と小人たちの住まいに、魔女がやってきて、毒リンゴで姫を眠らせてしまうシーンです。もう一つの方は、嘆き悲しむ小人たちの家に王子様がやってきて、その愛の力で姫を目覚めさせるというやつです。

 ま、全編、声を出しながら(だって発声練習ですから…)の演技なんですが、学芸会レベルの演技とは言え、なんか、良い感じになってきたと思いますよ。

 次回は、ラ・ボエームの第二幕です。って言うか、あの“状況”です。つまり、クリスマスのパリのレストランが舞台です。配役は、夫婦(若いのと老夫婦)が二組と、仲良し主婦グループとその子ども。それにプラム売り。そんな人たちが集うパリのレストランで何かが起こるそうです。一体何が起こるんだろ? 団員の皆さんは、ぜひ、当日までに「ラ・ボエーム」を見ておいてください。…って、購入する以外、どこで見ればいいんだろ? つい最近、映画化された(ネトレプコ主演だね)ので、大きなレンタルビデオ屋に行けば「ボエーム」のタイトルでミュージカルのコーナーにあるかもしれないけど。あとは図書館?で借りられるかも? それと、運がいいとNHKで放送する事もあるけれど…。ううむ、やっぱり購入以外の手段でオペラ(のDVD)を見るのは、難しいねえ…。

 さて、合唱用コンコーネは8番と10番でした。コンコーネは、ひとまず、ここまでで、一段落。次回からは最初に戻って、発声練習代わりにやります。音取りが不安な人は、1~3番の音を事前に取っておいてください。

 コンコーネでの注意。#は高めに歌いましょう。速度記号は表情記号でもあります。アレグロ・モデラート・ヴィヴァーチェは“とっても快活なモデラート”って意味なので、アレグロって書いてあっても、アレグロの速さで演奏しちゃダメよ。それと、高い音は、早めに準備をしておきましょう。

 休憩時間は、先生と「愛の妙薬の二重唱[Una Parola~の方]」のカット部分[歌劇場で伝統的にカットされる部分]の説明を受けました。やっぱり、この曲を発表会でやるんだろうなあ…。それにしても、リコルディの楽譜は版下に年季が入っているので、どのページも楽譜がかすれていて、読みづらいです(汗)。

 他の団員さんたちの発表会の曲を(妻経由で)知りましたが、みんな、すごいアリアに挑むんだねえ…。6月の発表会は、すごいガラ・コンサートになりそう…。今から、楽しみです。

 休憩後は、今回から通常練習なので「ふるさとの四季」をやりました。やった曲は「こいのぼり」と「茶摘み」でした。

 「こいのぼり」はテノール独唱中心の曲です。この曲のテノールは、キレイに歌うのではなく、いさましく歌うのですが、いさましく軍歌調に歌っているうちに、声が出なくなってしまいました。練習時は、声が売り切れてしまったと思っていましたが、後でよくよ考えてみたところ、どうやら声が売り切れたのではなく、軍歌っぽく乱暴に歌って、ノドを傷つけてしまったようです。ま、回復まで3~4日かかりましたが、ひとまず回復しました。しかし、乱暴に歌うのはよくないですね。あと、軍歌っぽい歌い方(いわゆる胴間声?)もノドには良くないです。ノドに負担のかからない、勇ましい歌い方と言うのを考えないといけません。

 あと、リズムが跳ねているので、ハモリの女声にも、アウフタクトで入る箇所とかがあって、リズムが難しいです。

 で、そんなリズムがちょっと難しい「こいのぼり」からつながるのは、二拍子の「茶摘み」です。四拍子から二拍子に切り替わるところの、リズムの変化を体で感じて歌うこと。ちなみに「茶摘み」の二拍子は、リアルな茶摘みの動作が二拍子だからだそうです。

 それにしても、久しぶりに歌った「ふるさとの四季」でしたが、団員の皆さんが実に上手になったと思います。ハモりに慣れてきた、と言うのでしょうか? やはり「木綿のハンカチーフ」での本番という、一つの修羅場を乗り越えて、歌劇団としての歌の力のレベルが、1段階上がったと思います。歌っているハーモニーをキレイだし、なんと言っても、練習時間が余りました(笑)。以前なら、この練習の後半全部を使っても「ふるさとの四季」2曲の譜読みすらままならぬのに、2曲をやっただけでなく、復習として、その前の部分もやり、さらに時間が余ったので、予習と初見大会ってわけで、最初から最後まで、通して歌っちゃいました。なんか、すごいな。

 人前で歌うという事は、その準備も含めて、大切な事だと思いました。本番が、人を成長させてくれるわけです。

 そうそう、初見大会をしながら決めた事ですが、「夏は来ぬ」「我は海の子」「紅葉」「雪」は楽譜を一部カットして、1番だけ歌う事にしました。これら4曲に関しては、2番は歌わないよ。あと、バリトンソロがある「冬景色」は、バリトンソロではなく、アルトソロで歌います。

 さて、次回の練習では「夏は来ぬ」「我は海の子」「村まつり」「紅葉」の四曲をやりますので、きちんと譜読みをしておいてください。

 「ふるさとの四季」にある程度目安がついたら、いよいよミュージカルのお稽古を始めることなりますが、そのためには(合唱用ではなく、通常の)コンコーネをみっちりやるところから、練習が始まる予定です。

 それにしても、せっかく「ふるさとの四季」を仕上げるなら、どこかで披露したいものです。

2010年11月24日 (水)

歌って良し、と言われてきました(&発表会を視野に入れ始めましたよ)

 声楽のレッスンに行ってきました。実に歌うのは、一週間ぶりです。前回のレッスンで「歌っちゃダメ」と言われて、言いつけをきちんと守って歌いませんでした。ただし「Addio!の歌詞を一日5回、イタリア人になったつもりで読んできてね」と言われていましたが、実は全然守れませんでした。…だって、暇があれば、寝込んでいたんだもん。これでも先週は、きちんと病人でしたから。

 で、一週間ぶりのレッスンでしたが、実はまだ風邪が残ってました。峠は越えて、快方に向かっている事は自覚していましたが、まだノドも腫れているし、カラダもダルいし…って感じでした。

 「ノドは腫れてても、問題は、どこに腫れが残っているかなんだよ」とは、先生のセリフです。ひとまず、声を聞いてみましょうというわけで、軽く発声をしたところ、発声に関するところに支障はないようなので、ボチボチと歌い始めましょうという事になりました。

 というわけで、通常のレッスンとなりました。とは言え、一週間歌わなかったので、カラダのあっちこっちが怠けているので、それらの筋肉たちを、たたき起こしているうちにレッスンが終わってしまったかな?って感じです。

 まず最初にやったのは、支えの確認。「最近、確認していなかったからねえ~」と言う訳で、公開レッスンで姉妹弟子たちが女先生にやってもらっていたような事をやってもらいました。

 ちなみに、支える場所はだいぶ違いますね。彼女たちはお腹のかなり下の方で支えるように言われていましたが、私はかなり上の方です。もっとも、彼女たちと同じ場所で息を支えようとしても、そのあたりの筋肉なんて、私はビクとも動きませんので、そこで支えるのは無理です(汗)。

 久しぶりの“お腹の支え”を確認してもらいましたが、判定は「だいぶ、いいんじゃない?」って事です。もっとも、まだまだ不十分は不十分だけれど、以前と比べれば、だいぶ支えられるようになってきましたという事です。これでも進歩はしているようです。

 なので、次のステップに進む事になりました。次は「前から口蓋垂が見えるほどに、大きく口(の中)を開いて歌おう!」です。次の目標はこれです。

 これは案外難しいです。と言うのも、私は口を大きく開くのが下手なんですね(笑)。ついつい、口を乱暴に開いて、カックンってなります。カックンとなるような開き方はマズイんですよ。これを続けていると、顎関節症になりますからねえ…。

 カックンってならないように口を開くには、アゴを開きながら、前方に押し出していくのが、コツなんですが、そのためには、アゴの筋肉がそれなりに強くないといけません。つまり、私はアゴの筋肉が弱いんですねえ…、だって“現代人”だもん、仕方ないよね(笑)。でも、そんな事を言っていたら、歌えないので、苦手を克服して、カックンと言わせないで、口を大きく開けるようにします。

 ちなみに、口が大きく開けるようになったら、次は「口蓋垂を上げて歌ってみよう」なんだそうです。先は長いです。

 声のリハビリも兼ねて、ハミングの練習をしました。しっかし、ハミングは口の中がかゆくなるから苦手です。

 で、ハミングから実声での発音に移って、声がひっくり返るギリギリのところの練習をして、発声練習はお終い。

 で、Addio!を歌いました。なんか、発声の時もそうだったけれど、歌が、発声が、実にぎこちなかったです。一週間ぶりに歌うってのは、こういう事なんですね。

 Addio!は、それなりの長期間やりましたが、なかなか先が見えません。そこで、あと数回歌ったら、出来ても出来なくても、次の曲に行くことになりました。

 と言うのも、Addio!ばかりを歌っていたため、声を柔らかく出そうとして、ドンドン声の芯が弱くなってきているのだそうです。それに、Addio!だとAsが難しい…。なので、この曲で足踏みをしているのは、良くないかな?って感じのようです。ま、この曲を諦めるのではなく「現時点でできる事はやり尽くしたので、保留」って奴です。私も別に異存はありません。やっぱりAddio!って難しいんだもん(笑)。次はもう少し、歌いやすい、別の歌曲にしましょうという事になりました。…楽しみ。

 それとは別に、そろそろ発表会の準備も始まります。デュエットの候補曲としては、オペラ「愛の妙薬」のテノールとソプラノのデュエット[Una Parola~の方]を歌うかもしれません。歌えるかな? これ、デュエットの部分だけでも8分くらいあるし、その前のレチタティーヴォまで入れると10分ある大曲だよ(笑)。それを二人っきりで歌いきれ…ってか? オペラの1場面まるまるじゃん。ちなみに、どこかと言うと、第1幕の第3場面全部ね。

 …アリアの方はまだ未定です。こうやって、徐々に声楽の方も、発表会モードに突入していくのです。

2010年11月23日 (火)

フルートの音色は声の美しさと関係があるの?

 こんな事を言い出した人って、今までいたのかな? いやあ、実にサンプル数は少ないのですが、そんな気がするんですよ、私。

 先日のアルタスフルートフェアで、色々な方がフルートを試奏するのを聞きました。その時に、ちょっと「アレ?」って思って、それからしばらく、気をつけて他人の演奏を聞いてみたり、記憶の中のアレコレを取り出して考えてみたところ「フルートの音色と声の美しさには関係がある」ような気がする、という結論に個人的に達しました。

 「声の美しさ」と言っても、色々なベクトルがありますが、この場合の“美しさ”は“柔らかさ”と言い換えてもいい方向の美しさです。もちろん、歌声ではなく話し声のレベルです(その人が歌手でない限り、なかなか他人の歌声は聞けませんが、大抵の歌手はフルート吹きませんから:笑)。

 話し声の声質が柔らかい人はフルートの音色が美しく、固い声やつぶれた声、かすれた声、力んだ声で話す人のフルートの音色はあまり美しくないです。いや実に、フルートの音色って、その人の話し声のキャラクターに通じるものがある…ような気がします。

 ちなみに、デカい声で話す人は笛の音もデカいし、小さな声で話す人は小さいような気がします。

 理由は分かりませんが、そんな気がするんです。

 他人の試奏を聞いていて「ああ、きれいだなあ…」と思う人が、試奏が終わって楽器を戻す時に言う「ありがとうございました」という声は、たいてい優しくて美しいです。逆に「あれ?」っていう音で演奏する人の声は、ちょっとダミ声だったりイキミ声だったりします。

 話し声で、これくらいの差が出るのですから、おそらく(試すのは容易ではないでしょうが)歌声だと、もっとフルートの音色と関係しそうな気がしてなりません。

 ああ、誰か研究してくれないか? この「フルートの音色と奏者の声質について」の研究。別に「ネタをパクった~」とか言って怒りませんよ、いや、むしろ「よくぞ、研究してくれた~」と言って感謝します。

 フルート奏者(プロアマ問わず)の演奏音と、その人の話し声と歌声のサンプルを、イヤになるほど集めて、それをサウンドスペクトログラムを使って分析をして、その傾向をまとめて論文にする。やりがいがあると思うけれど、いかが?

 と言うのは、私の中の仮説としては、話したり歌ったりする時の、喉や口腔内の使い方がフルートの演奏のそれと類似しているような気がするんです。もしも類似しているならば、当然、美しい声で話したり歌ったりする人はフルートの音色が美しいし、そうでない人はそうでなくなるわけです。でしょ?

 この仮説が正しいなら、フルートの演奏音を美しくするために、フルーティストが声楽を習うというのは、かなり有効な手段だろうし、ヴィイストレーナーに発声を直してもらうのが、現実的なフルート学習方法になるわけでしょ? これって…おもしろくない?

 ま、それは極端にせよ、ソノリテとコンコーネ(声楽の基礎的教則本ね)を並行して学ぶ事が、フルーティストの基礎教養になるなら、それはそれでおもしろいと思います。

 それはともかく、声とフルートに関係性があるなら、当然、歌に適性があるように、フルートにも適性があるのかもしれません。声が笛的に美しい人…私のイメージでは女声ならメゾソプラノかな?…がフルートを吹くと、バッチグーかもしれません。ソプラノの声だと、ちょっとフルート的には音が硬くなるようなイメージがします。私はテノールなので、フルートとの相性はどうだろ? フルートの低~中音あたりはまだしも、高音域は明らかに私の声の守備範囲じゃないから、やはりあのあたりは苦手かな…っと言い訳をしてみる(汗)。

 そういう風に突き詰めていくと、バスやバリトンの人は、フルートに向かないという事になるけれど、まあ、そんな事はないだろうから、声とフルートの関係は、どの程度まであるのかという、線引きについても考えられますね。

 そういえば、プロのフルーティストさんの話し声や歌声ってどうなんでしょう。やはり、お美しい方が大勢いらっしゃるのかしら? それとも一般人と同じ、美しい人からそうでもない人まで、個性豊かなのかしらね? 特に男性は、やはり声が高めなのかしらね?

 そうそう、あれだね。声の美しさとフルートの音色の美しさに関係がなかったとしても、声楽をやっていると、息のエンジンは高出力タイプに変わっていきます。肺活量は増えていくし、息も強くなってくるし長くなってきます。美しさは別としても、フルートを吹いて、音色の生き生きしたところとか、息の長さとかには、絶対良い影響があると思います。

 なので、フルーティストの皆さん、積極的に声楽を学びましょう。…あれ? 話がズレたかな??

2010年11月22日 (月)

発表会直前で、先生はとても心配になっている…みたいです

 フルートのレッスンに行ってきました。今回は当然、先日の「音合わせ」の結果を踏まえたレッスンでした。

 音色を誉めていただきました。フニャフニャ演奏がよかったんだと思います。今後も頑張ってフニャフニャ演奏でいこうと思います。

 それはともかく、先生曰く「とにかく“Fly me to the moon”が心配です」なんだそうです。ま、そうでしょうね。とにかく、テーマであるメロディ部分はともかく、ソロの部分はヒイロ先生にヴァイオリン用に書いていただいたのを、私がギリギリのタイミングでフルート用に清書したものを、ロクに練習もせずに、音合わせ会場に持って行って、適当に吹き飛ばしてきたんだから、そりゃあ、先生的には、心配で心配でたまらないでしょうね。

 「他の人たちは、みなさん、しっかり練習をして、ソロもきちんと書いてきて、それを暗譜して、しっかり演奏を固めてきていますよ~」なんだそうです。ま、イマイチの生徒に向かって、他の生徒がいかにしっかり頑張っているかを伝えて、発奮させると言うのは、よくあるやり方です。ま、実際、私はイマイチどころか、たぶんイマニ、イマサンくらいだろうと思いますが…。これを聞いて、発奮するどころか「そうか、他の人たちは頑張っているんだな。こりゃ、発表会(で他の生徒さんの演奏を聞くの)が楽しみだな…」と思っちゃいました。…楽しみにする方向が間違っている? 私ってば、典型的な、落ちこぼれ生徒の発想?

 ま、他の生徒さんと比較されても、私は私なんだし“今更”という部分はどうにもならないのです。人生後半戦の下り坂から始めたフルートですから、そんな私に多くを望むのは、そりゃ酷というものですよ。

 でもね、先生の気持ちも分からないではないです。なにしろ、私の場合、ソロだって、自分で作曲したわけでなく、両先生に書いていただいているわけし、「音合わせ」の出来だって良くないし、その他にも色々と決まっていない事も多いし、まあ、他の生徒さんと比べたら、そりゃあ心配せざるを得ない事でしょう。

 しかし、発表会で3曲やるのは私だけだよ。他の人は1曲か、多くても2曲でしょ。そりゃあ、1曲ごとのエネルギーのかけ方は当然違うって。おまけに先週のレッスンからこっち、ほとんど風邪で寝込んでいて、練習せずに音合わせに行って、その後も寝込んでレッスンに駆けつけたというテイタラクだもん。出来てなくても仕方がない。

 そういう風に、さっさと諦めちゃて、言い訳をして、自分を守りにかかる所が、オトナのイヤらしいところだね。

 それはともかく、先生の前で“Fly me to the moon”をボロボロに演奏。結果「あんまりフルートっぽくない」という理由で、楽譜に笛先生の手直しが入る事になりました。

 先生が直してくださったソロ譜ですが、すぐに演奏できるはずもなく、次回までに練習して吹けるようにしてくる事になりました。自信はない(例によってリズムが難しい:汗)ですが、頑張ります。

 “Fly me to the moon”の次に心配なのは“バッハのシチリアーノ”です。はい、この曲は、私もとっても心配です。

 ダメ出しとしては…アーティキュレーションがいいかげん。特にスラーなのにタンギングをしている箇所が多くて、クラシック曲に聞こえない。指の間違えが多すぎ。演奏速度遅すぎ。息が足りていない。…自覚してますが、自分でもどうにも出来ないんですよ、実際。

 言い訳しても仕方がないので、さらに練習をするだけですが…この曲に関しては、本番までに出来上がらない自信なら、たっぷりあります。

 いや~、今更だけど、選曲ミスだね(大笑)。“バッハのシチリアーノ”は、私には難しすぎました(涙)。もちろん才能の差はいかんともしがたいのだけれど、私くらいのキャリアで「ハンガリー田園幻想曲」とかにチャレンジするスロースターターのオッチャンたちもいるというのに、私のこの始末じゃあ、いやはや、情けない。

 とにかく、今回のレッスンは、この二曲で時間いっぱいとなりました。次回のレッスンが本番前の最後のレッスンとなります(本当は直前にもう一回、バンド合わせのようなものがあるんだけれど、仕事のために参加できません)。次回は“Fly me to the moon”と“バッハのシチリアーノ”を練習してきて、披露する事となりました。

 とにかく、何よりも、風邪を直さないと。とにかく、今は寝込んでばかりいて、練習も何もできない状態ですからね…。音楽の練習よりも健康が優先です。でないと、本業にも支障がでますから。

2010年11月21日 (日)

バッタはバッタでいいじゃん、たとえチョウチョになれなくても…サ[2010年11月第3週・通算42週]

体重:97.2kg[-0.3kg:-11.7kg]
体脂肪率:29.2%[+0.1%:-3.6%]
BMI:30.7[-0.1:-4.2]
体脂肪質量:28.4kg[+-0.0kg:-9.7kg]
腹囲:96.7cm[+0.7cm:-7.6cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 おたびダイエット24週目です。まさに私は、バッタ…なんですよ。

 昆虫という生き物は、人などの哺乳類と違って、骨を持っていません。代わりにカラダを硬い外皮で支えています。この「硬い外皮」の事を「外骨格」というそうです。

 昆虫は外骨格のおかげで、カラダの外側が硬く、そのために外からの衝撃に耐えるようになっていますが、同時に中からの圧力に対しても抵抗してしまいます。「中からの圧力」? それは「成長しようとするエネルギー」です。外骨格は、その「成長しようとするエネルギー」を押さえ込み、貯め込みます。そして、その「成長しようとするエネルギー」が体中に満ち満ちて来て、押さえ込めなくなってきたら、昆虫たちは“脱皮”という作業をし、一気に一回り大きくなります。そして、その脱皮を繰り返すことで、どんどん成長をしていきます。

 つまり、昆虫の成長は、エネルギーを貯め込む“停滞”と、脱皮を行う“急変”を繰り返して行くことで成り立つのです。

 停滞と急変を繰り返しながら成長する…これって何かに似ていませんか?

 例えば「歌の上達」「楽器の上達」。他にも、「学力の向上」「ダイエットの体重の減少」なども、そうかもしれません。でも、今の私の念頭にあるのは、歌や楽器を含めた、音楽、つまり“芸事”の成長です。芸事って、いくら練習しても、簡単に上達しませんが、いいかげんイヤになるほど練習していると、いきなり、グイっと上達するじゃないですか。まさにあの感覚です。

 ところで、昆虫の成長には、二種類の成長があります。それは完全変態と不完全変態です。完全変態は、蝶などのように、芋虫 -> サナギ -> 成虫、と外見が大きく変化するもので、不完全変態は、バッタのように、ほぼ同じフォルムのまま、大きさがドンドン大きくなるものです。

 私のような、趣味の人の“趣味における成長”って、不完全変態なのではないかと思います。別に外見や立場が大きく変わるのではなく、元の形のまま、ただ少しずつスケールアップしていくのです。

 一方、プロの人や、アマチュアでもかなりマジな人は、徹底的な修行期間というのを持ちます。この修行期間(たとえば専門の教育機関でみっちり勉強する、など)がサナギの時期に当たるのではないかなって思います。そして、サナギの時期があるから、大きくて美しいチョウチョになれるのだと思います。

 つまり、趣味の延長上にプロがいるわけではないので、趣味の人は趣味の人なりの目標を持つのが幸せなんだと思います。バッタはバッタでいいじゃん、たとえチョウチョになれなくても…サ。

 確かにバッタは、チョウチョほど美しくありませんし、いつまでも地面を這いつくばっていますが、あれはあれで、力強く生きているんです。同類にイナゴってのがいますが、あれは食べると美味しいし、バッタの中でもトノサマバッタなんてのは、仮面ライダーのモデルとなったバッタじゃないですか? かっこいいよね。

 バッタでいいじゃん、バッタでさ。大きくて立派なバッタになれば、それでいいじゃん。

2010年11月20日 (土)

キッカが入院しました

 標題のとおりです。キッカが入院しました。とは言え、何か症状が出たわけではありません。単純に“元気がない”のです。元気がなくて、活動が不活発だし、いつも水面近くにいるし、食も細いので、おそらく水槽にいる常在菌にやられたのだろうと推測しました。常在菌にやられる…はい、つまり、いわゆる“風邪”ですね。キッカが風邪をひいた様子なので、隔離して治療をしようという事になりました。

 11月14日(日)に入院しました。日曜日~月曜日は濃いめの塩水に漬けました。塩は万能薬ですからね。たいていの常在菌はこれでOKです。次の月曜日~火曜日は普通めの塩水に漬けました。あまり濃い塩水につけたままだと、キッカ自身が参ってしまうので、二日目は塩分控え目です。

 火曜日からは、塩水に耐える菌をやっつけるために、抗生物質につけました。これは金曜日まで続きました。抗生物質を使う時は、中途半端はいけないので、きちんと使います。で、金曜の夜に退院しました。

 とりあえず、今のところ、調子よさそうです。

 しかし、風邪をひいたキッカに触ってみた感じでは、だいぶやせてしまったと言う感じです。いや、見た目は以前と変わらず、でっぷりとしているのですが、体つきが“身が入っている”という感じではなく“ブニョブニョ”で柔らかいのです。おそらくウロコの関係で、金魚はやせても体表面積が減ることがなく、結果として、中身がスカスカのブニョブニョになるんだと思います。

 見かけ以上にキッカは弱っているようです。金魚界には“ダイエット”という言葉はありません。太って大きくなればなるほど、善なのです。なのに、中身スカスカというのは、かなりまずい状況なんです。

 しばらく、注意して様子を見ていきたいと思います。

2010年11月19日 (金)

フルート発表会の音合わせに行ってきました

 ええと、風邪をひいて、ほとんど寝込んでましたので、前回のフルートのレッスンから、ほとんど何の練習もしないまま(ノドが腫れている時は、笛を吹くのもつらいです:涙)で“音合わせ”に行ってしまいました。なんと大胆不敵な(汗)。その間、やった事と言えば、とにかく「Fly me to the moon」のソロ部分の清書とフルート化ですね。ヴァイオリン用のフレーズをフルート用に書き直すのに、結構、試行錯誤してしまいました。で、これが出来上がったのが、当日の昼間でした(汗)。風邪ッぴきに作曲作業は困難だね(笑)。

 本当は、音合わせの会場に早めに入って、他の生徒さんのリハーサルを聞いちゃおうと思っていたのに、カラダが言うことを聞かず、時間ギリギリで音合わせ会場に入室するというテイタラク。ああ、遅刻しないでよかった。

 音合わせ会場には、バンドの皆さん(ピアノ、ドラムス、ベース、ヴァイオリン[ヒイロ先生])がいらっしゃいました。考えてみれば、フルートの発表会は数あれども、たいてい、伴奏と言えば、ピアノ伴奏ですね。だけどここの教室は、バンドで伴奏してもらえるんです。これって、なかなか無いことでしょ? もちろん、ピアニストさんがいらっしゃいますから、クラシック系の曲でピアノ伴奏が良ければ、ピアノ伴奏でお願いできるし、ポピュラー系の曲なんかは、絶対にピアノ伴奏よりもバンドの方が良いので、バンドにババンと派手に伴奏してもらえちゃうんです。すごいでしょ。

 さて、音合わせの話に入ります。

 まずは「To love you more」から。この曲は、途中でブレイクをするので、そのあたりの打ち合わせが必要ですが、あとは楽譜どおりに演奏するだけなので、そんなに難しくないです。最初はサワリ程度に合わせて、もう一回、真面目に合わせて、この曲はOKとなりました。

 あとで録音を聞いてみたのですが「あ、このフルートの音、すっごくきれい!」と思ったところは、私ではなく、笛先生がフルート吹いてました。はは…、まだまだ音色の美しさでは先生には敵いません。

 でも、そんな私ですが、腑抜けてフニャフニャにフルート吹いている部分の音色は、実に味があって、きれいな音色です。ところが、気合を入れて吹き始めると、実に音色がリコーダーっぽくなっちゃいます。そこのところが、現在の私の課題かな? 息をしっかり支えると音色がダメで、そのあたりをいい加減にしていると結果が良いというのは、どこかが間違っているのか、私自身がフルートという楽器に向いていないか、のどちらかでしょうが、きっと両方だと思う(笑)。もう少し、速くて多めの息が楽器に入ってくれると楽なんだけれどな…。

 となると、普段から脱力気味にフニャフニャに演奏する癖を付けることが大切ですね。おそらく、息をしっかりと支えつつも、脱力してフニャフニャ演奏というのが肝心なんだろうと推測します。結局、この“しっかり支える”と“フニャフニャ”のバランスの問題なんだろうと思いました。

 それと、指の間違いもそうですが、ところどころ、音が引っくり返る部分が目立ちました。これも「息の支え」過ぎで、息の圧力が強すぎるからかもしれません。もっと息の初速を遅くして、丁寧に演奏しないとダメですね。でも、ホント、自分で言うのもなんですが、フニャフニャに吹いているところは、とろける様に美しい音色です(自画自賛、妄想モード突入です:笑)。

 しかし、こういうポピュラーソングは、ドラムが入ると演奏がひきしまりますネ。

 合わせの後で、ヴァイオリンの入る部分を確認して、この曲は終了です。
 
 
 二曲目は「Fly me to the moon」です。この曲はソロの部分の練習が全然できていないので、アドリブで好き勝手に吹き散らして合わせをしました。

 テーマ演奏の後に、私の(今回はでたらめ)ソロが入り、その後にヴァイオリンとピアノのソロが入って、私のテーマ演奏で終えるという形にしました。

 考えてみれば、ソロの部分なんて、出来ていようが出来ていなかろうが、先生方以外は誰も知らない曲なので、最悪、あんな感じで、でたらめに吹き飛ばしてもOKなんですよね。そう考えると、ちょっと安心です。この曲は、バンドの皆さんも手慣れているので、一度バチっと合わせてお終いです。

 録音を聞いた感じでは…私はソロの部分で…実に大暴れしてますねえ…。きっと、本番も大暴れするんだろうなあ…。それにしても、フルート吹いているんだか、リコーダー吹いているんだか、区別がつかないくらい、リコーダーっぽい音でボサノヴァやってます(汗)。ああ、自己嫌悪…。
 
 
 三曲目はクラシックです。「バッハのシチリアーノ」です。今回の一番の懸案事項です。

 やっぱりクラシックは難しいですね。100パーセントちゃんと出来ないといけないのが、クラシックなので、まだまだきちんとフルートの吹けない私にはツライものがありますが、それも勉強であり修行なので、めげずにトライです。

 とにかく、自覚している箇所だけで、5箇所以上、ミスブローをしましたが、音楽を止めずにやりすごせました。この曲は二度合わせました。難しいです。単に「音楽を止めず」に終えたというだけで、表現も何もあったもんじゃないです。そういう意味では、子どもの演奏以下の演奏です。

 その上、この曲は指に自信がないため、終始フニャフニャ演奏でした。ただ、このフニャフニャ演奏は音色的には良かったみたいです。万が一、この曲の演奏に自信が出てきても、吹き方自体は、フニャフニャのままで行こうと思いました。
 
 
 全曲の音合わせが終わって、去年もお世話になったバンドの方々に、口々に「上達したね」「上手くなったじゃん」と誉めてもらいました。自分では、自分の進歩って感じられないものですが、一年ぶりに会った人だと感じるところがあるのかな? バンドでは、社交辞令を言っても仕方ないので、たぶん本音でしょうね。とにかく誉められて、うれしくないはずないです。ま、客観的には、まだまだですが、それでも去年よりも上達しているのは、うれしいです。

 音合わせを終えてみた手応えとしては…とにかく本番を何とかやり過ごせそうな気がしました。だって、三曲とも、ミスはたくさんあったけれど、音楽を止めずにやれたんだもん。そりゃ、進歩だよね。とりあえず「形を、なるべく、整えてみました」ってところかな? まだ演奏には魂は入っていませんが(入るのか?)。

 しかし、録音を聞き返すと、色々と学ぶところがありますね。私のフルートの音色は、弱く優しく小さな音で演奏している時が一番いい感じでした。つまり、フニャフニャ演奏ですね。そういう意味では、私は大ホールとか、吹奏楽とかの、大音量でフルートを吹く状況には向かない人なんでしょうね。ちょっと残念です。

 さあ、フルートの発表会まで、あともうちょっとだ。できないところを、なるべくできるように、色々とつめていくぞ~。

2010年11月18日 (木)

門下勉強会で公開レッスンを聴講してきたよ…男女は同じようでも結構違う

 ええと、今年は声楽の方は発表会がありません。その代わりに「門下勉強会」というのがあります。で、今年の門下勉強会は、公開レッスンでございました。女性の先生をお迎えして、女性の生徒の皆さんに、日頃キング先生からは習いづらい「オンナのカラダの使い方」って奴を習いましょう、って企画です。ま「女声による女声のための声楽レッスン」ってやつですね。私的には、傍観者的な立場の勉強会となりました。ま、それでも「へえー、そうなんだー」と興味深くレッスンを拝見させていただきました。

 なので、姉妹弟子たちは、この時とばかりに、たっぷりボディタッチをしてもらいながら、それこそ文字通りの「手取り足取り」のレッスンを受けたわけです。

 と言うわけなので、レッスンの大半は、カラダの使い方のレッスン。特に下半身を中心とした“息の支え”に関する事を、お互いのカラダを触りあいながら確認しあいながらのレッスンでした。聴講生としては、はなはだ蚊帳の外状態なのです(笑)が、これは仕方ないし、そこでの会話も軽く聞き流していました。

 と言うのも、腰回りの構造って、男女で明らかに違うでしょ。だから、聴講内容も、どこまで受け入れたら良いのか、私には分かりません。で、聞き流したわけです。間違った情報を入れてはいけませんからね。

 どこが男女では違うか。まず骨格が…特に骨盤の形が全然違うわけで、当然、その周辺に走っている筋肉の走り方が違うわけです。肛門括約筋なんて、まるっきり違うでしょ。さらにヘソの位置だって男女じゃ違うし、当然、内臓は無い物が有ったり、有るべき物が無かったりと、まるで違うわけです。“丹田”という言葉一つにしても、その言葉が“ヘソ下”という意味なら、男女では明らかに位置が違うわけだし…。

 というわけで、今回は、そのあたりはスルーして(と言うことは、公開レッスンの内容の大半をスルーしてしまいますが…)、その他のレッスンでのやりとりの中で、私が興味深く感じたことを列記します。つまり、備忘録って奴です。
 
 
ミ~ソは、女声のチェンジの箇所なので、気合を入れて歌いましょう

 この部分はテノールとも重なりますね。ちなみに私はF~F#あたりがチェンジ箇所です。バリトンやバスの人だと、もっと低い音でチェンジになりますね。そういう点では、テノールは女声との共通部分も多く、彼女たちの発声から学べる事もたくさんあるんだろうなあ。

女性は基本の呼吸が胸式だから、常に支えを意識して歌うこと

 これは何度もおっしゃってました。確かに姉妹弟子たちは、緊張しているせいもあるのだろうけれど、ちょっと気を抜くと、息が浅くなって、肩を上下して胸で歌ってしまいがちのようです。男は間違っても肩を上下して呼吸することなんて無いですから、そこは確かに、女性にとってはハンデと言えるかもしれません。

 この言葉はウラを返すと「男性は基本が腹式だから、女性ほど呼吸を気にしなくてもいい」と言う意味に取られがちですが、男性である私は、支えを意識しないと、ノドで歌っちゃいます。胸で歌うか、ノドで歌うかの違いで、男女ともに、やっぱり支えは意識しないとダメです。そうでなければ、とんでもない所で歌っちゃいますよ。男女ともに、支えを意識することは、とても大切な事だと思いました。

口は拡声器だから大きく開いて歌う事

 目からウロコが落ちました。そうだよね~、そうなんだよね~。ラッパを見れば、一目瞭然で、音の出口は大きく広がっていないと拡声できません。先生がおっしゃるには、指が縦に三本入るほど開くように、ですって。そんなに口を開いて歌ったことなど無いよ。

 さらに「横隔膜がエンジン。声帯で音を鳴らし、口で拡声する。その他の部位は単に音が通過するだけなので、なるべくジャマをしないように広げておくこと」だそうです。妙に納得です。

共鳴は鼻腔の奥でするから、常にそのあたりを意識して歌うこと

 鼻腔共鳴って奴ですね。でも、私はそのあたりを意識すると鼻声になります。これは男女の違いのせいか、それとも個人的な体格/骨格の問題か? 私には分かりません。分からないので、後日、キング先生に尋ねてみたところ「鼻腔の形のせいじゃないですか?」とのお答え。つまり“個人的な骨格の問題”という事です。

 鼻腔共鳴は必須なのだけれど、人によって鼻腔の形が違うので、前の方に声を当てていった方が良い人もいれば、むしろ後ろにひいた方が良い人もいるわけで、その辺りの話は、結局“試行錯誤”になってしまうのだそうです。で、試行錯誤をするのは良いのだけれど、そのために間違った道に入ってしまうのはいけないので、常に正しい方向を見ながらの試行錯誤が必要なんだそうです。

息は鼻から吸うのが基本です

 これは流派の違いのせいか、性別の違いのせいか、分かりませんが、キング先生とは意見がちょっと違う部分でした。キング先生は“どこで吸う”かよりも“一瞬で息を吸える事”と“吸った息をどう支えていくか”に重点をおいています。なので、口で吸おうが鼻で吸おうが、素早くきちんと吸えれば、それで良い、です。ま、色々な先生から色々な事を学んで、その中から自分にあった方法をチョイスしていけば…いいかな? ちなみに私は…どこで息を吸っているんだろ?

五線よりも上の音の母音は、自分が発声しやすい曖昧母音で歌っちゃいましょう

 女声の高い音程の箇所は、正直、何を言っているのか分かりません。「イ」と言っているのか「エ」と言っているのかなんて、前後の文脈で判断しているのが事実ですね。ですから、どうせ聞いて分からないのだから、歌っている方は、自分の発声しやすい母音で歌っちゃえ~という事のようです。ま、これもノウハウの一つですね。

 ちなみに、男声はいくら音程が高くなっても、母音の違いが分からなくなる事はないので、どこまでもはっきりと歌っていかないといけません(笑)。

ヒールを履いたら、重心をしっかりヒールに載せて歌いましょう

 ヒールのついた靴なんて履かないからなあ…。ヒールを履くと、重心が前のめりになりすぎるのだそうです。だから、ヒールを履いた時は、しっかりヒールに体重を載せて、気分的には後ろにのけぞるような気持ち(実際にのけぞってはいけない)で歌うとちょうど良いのだそうです。もし女装して歌う事があったら、気をつけてみたいと思います。ちなみに、男声は多少は前のめりになって、ファイティングポーズで歌うと良いのではなかったかな?

高い音は頑張ってはいけない、常に楽に歌うこと

 これは男女ともに共通な事ですね。

自分の歌声は聞かない事

 これは誤解されやすい言い方だけれど「自分の体内に声を残さない事」と同義です。つまり、声はすべてカラダから出してしまいましょうって事です。これはおそらく男女ともに共通な事だと思います。

 自分の声を聞こうと意識すると、声が体内に残ってしまいます。そうすると、自分の中ではよく歌えているような気になるのだけれど、結果的には、声がウチにこもってしまう事になり、お客さんにまで声が届かなくなります。自信がない時ほど、自分の声を聞きながら歌ってしまいがちですが、そこは思い切って、ババーンと歌っちゃうべきなんでしょうね。

 キング先生が「壁から返ってきた歌声を聞きましょう」というのと、同義だと思います。

歌手はナルシストなくらいでちょうど良い

 「美しい私の歌声を聞いてくださ~い!」と言う気持ちが大切。慎ましい日本女性には難しいことかもしれませんね。歌う人はすべからく“オレ様”“お姫様”であるべきなのかもしれません。でなきゃ、人前で大声出して歌えませんって。

イタリア語の母音は深い。対して日本語の母音は浅いので、常に深い母音で歌うようにする

 難しいですね。つまり、日本語の母音でイタリア語を歌うなって事です。

LとRをゴッチャにしない。しっかり、分けて発音する

 これは歌詞をカタカナ変換しちゃダメって事ですね。イタリア語の歌詞をカタカナ変換して、ラ行をすべからく巻いちゃうという乱暴な事をしがちですか(え、私だけ?)、それはダメって事です。

 …実は私はカタカナ変換しない人ですが、それでも時折、LをRのようについつい巻いて発音しちゃう時があります(逆はあまりありません)。外国語って難しいです。

Sの発音に注意

 イタリア語のSの発音は難しいです。Sが語頭に来る場合“S+母音”ならSは濁らないけれど“S+子音”になると濁ります。ただし“S+F”の場合は濁らない。さらに語中にある場合でも“母音+S+母音”は濁るけれど、それ以外は濁らない。ああ、難しい。

歌の練習をする時は、歌詞をしっかり朗読する

 これはキング先生にもよく言われてますが、実際にはなかなかできません。だって、歌いたいじゃない。歌詞の朗読なんて、面倒だよね。でも、これをするかしないかは大きな違いとなります。朗読ができるようになってから、メロディに載せて練習するくらいが、ちょうどよいのだそうです。
 
 
 こうやって書いてみると、男女で違う部分もあり、同じ部分もあり、おもしろいですね。まあ、男女では、いや男女に限らず、声種が違えば、持っている楽器が違うわけですから、同じ部分もあれば、違う部分もあって、当然なわけです。

 私とキング先生は、ほぼ声が同じ(つまり、持っている楽器の種類が一緒)ですが、姉妹弟子たちは、当然、声が違う(楽器が違う)わけです。声が同じ先生に習った方が良い部分もあるだろうけれど、それでは単なるモノマネになって終わってしまう事もあります。声が違えば真似る事はできませんから、自ずと自分のやり方を追求せざるをえません。その代わり、同じ声だから分かる、細かなニュアンスは教えてもらいづらいです。そういう点では、普段は違う声の先生の元で自分を探しながら学び、時折、同じ声の先生に学ぶというのは、いい環境なのかもしれません。

 私も若くてカワイイ女声の先生について発声を習ってみようかな? …なんてね。

2010年11月17日 (水)

地元で市民オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」&「道化師」を見てきたよ

 これは風邪をひく、ちょっと前の話です。地元…と言っても隣市なんだけれど、いわゆる「市民オペラ」というのを見てきました。

 「市民オペラ」と言うのにも色々あるけれど、ここの場合は、ソリストとスタッフはプロにお願いし、合唱とオーケストラは地元のアマチュアを起用して、合唱団とかオーケストラの団員さんから会費(参加費)を徴収し、それに税金と財団法人からの寄付を投入して、オペラの公演を開くという、実にうらやましい企画です。ああ、ウチの市にもあればいいのに(って、赤字財政だから、ありえないか…)。

 ここの「市民オペラ」、その存在は数年前から知っていたけれど、自分事ではなかったので、心に留める事もなく、なかなか見に行くこともできませんでしたが、今年は色々とチャンスがあったので、思い切ってチケットを入手して、初観劇してきました。

 合唱団の中には知っている顔もいます。昔、一緒に歌っていた人もいます。そんな顔を久しぶりに見るために、この市民オペラを見に行ったと言っても、言い過ぎじゃないです。おそらく、客の大半は私と同じ動機、つまり「オペラが見たいから見に行った」わけではなく、単に「知り合いが出るから見に行った」のだと思いますよ。アマチュアのコンサートなんて、だいたいが、そんな感じでしょ。

 会場は、いわゆる市民会館の大ホールでやりました。古い建物で、どこもかしこも薄暗く、座席は狭くて窮屈で、クロークも無くて、散々でした。耐震基準はクリアしているのでしょうか? 客席だけでなく、舞台もだいぶ狭そうでした。オケピも狭かったみたいで、指揮者が、客席のドアから会場に入ってオケピ入りしてました。そんな光景、生まれて始めてみましたよ。つまり、会場的には恵まれていませんでした。

 客の入りは…アマチュアの公演にしては、それほどよくなかったです。スカスカ…とは言いませんが、せいぜい半分くらいかな? だいぶ空席が目立っていました。でも、これは仕方ないかな? まず、チケットの値段が高いんですよ。プロの公演の安いところとそんなに変わらない値段なんです。プロ並のお値段でアマチュアの演奏ですからね、そりゃあ、純粋な音楽ファンは相手にしません。なにしろ、お金は大切だもんね。おまけに、4日間も公演するんです。知り合いの顔を見る程度なら、4日間も通う必要はないですからね、1日行けば義理がたつってもんです。ってなると、客席に空席が目立っても仕方ないかなって思います。

 でも、逆に考えると「4日もやるのに、こんなに観客が来ている!」とも言えます。この市民オペラは、実はすごい観客動員力かもしれません。だってね、湘南のような地方都市では、プロの一流オペラカンパニーであっても、外国のオペラカンパニーであっても、4日間も連続公演したら、こんなに客、入らないよ。まあ、1回程度ならば、満席にできるかもしれませんが、たった1回の公演で満席にしても、採算ラインには載らないでしょうね。そういう意味では、4回公演なんて言う超ロングラン(なんですよ)をして、そこそこの観客数を集めるなんて、スゴいです。やっぱり、アマチュアのオケ&コーラスの観客動員力を甘く見ちゃいけませんね。

 そんなわけで、最初から「アマチュアの演奏会だし…」って感じで、プロのオペラカンパニーの公演のような期待感はなく『まあ、作品を楽しめれば、それでいいか』程度の気楽な気持ちで、見に行きました。気持ちは“友人の子どものピアノ発表会”を見に行くのと同じノリです。

 演目は「カヴァレリア・ルスティカーナ」と「道化師」という、何とも救いのない、しかし、私の大好きな、ヴェリズモ・オペラでした。

 さて、公演の中身について語るよ。

 演奏は…やはり、全体的には微妙ですね。アマチュアは無駄に“熱い”ので、そこが評価の分かれ目です。

 合唱団は、その熱さがいい方向に向いていたと思います。歌はすべからくf~fffで、mfすらない歌唱でしたが、まあ、それは劇としてはアリなので、まあ良しです。訓練はちゃんとされているので不安げな歌唱はないし、あえて無理を承知の難点を言わせてもらえば、合唱のメンバーの平均年齢が高すぎる事が残念かな。別に「老人ばかりでダメ」って言っているわけではありません。白髪頭であっても、いい歌を歌えるなら、歌的には、それはそれでいいのですが、オペラって、歌であると同時に芝居でもあるんですよね。高齢化&過疎化が進んだ村じゃないんだから、若者~中年も合唱メンバーにいないと、見た目に変でしょ。だって皆さん、私の親世代の方々ばっかりなんだもん。そんな老人ばかりじゃあ、視覚的に残念ですわ。老人の方々はそのままでも(たとえ黙役であっても)若い人をもっともっと入れないと、芝居として、とても残念です。

 でも、合唱団はまだいいです。薄目で舞台を見れば解決できる程度の問題だからです。私が大きな問題を感じたのは、オーケストラの方です。

 仮にも高い入場料を取ってのオペラ上演です。たとえ、アマチュアオーケストラと言えども、ちゃんと仕事をしてくれないとダメでしょう。「市民オペラ」は、有料の演奏会であって、立派な経済活動です。アマチュアと言えども、高額な入場料をいただいて演奏しているという事は肝に命じておかないといけないと思います。

 アマオケに上手な演奏は期待しませんが、最低限の事はやっていただかないと…。最低限の事とは「歌の伴奏」です。歌のジャマをせず、歌をしっかりと支え、歌手を助けるような演奏をするのが、オケの最低限の仕事だと思います。

 具体的に書けば、弦&木管楽器は、歌手の足を引っ張ってしまいそうなくらい、音程が甘かった所が多々ありました。練習が足りなかったのかな? 金管&弦楽器は、音量大き過ぎ。歌手の歌声をかき消してはいけないと思います。オペラの主役はあくまで歌手であって、オケではありません。

 これは“アマチュアの熱さ”が、オケの場合は、悪い方向に出てしまったためだと思います。一生懸命になりすぎて、ついつい、前へ前へという演奏しちゃったんでしょうね。あれじゃあ、歌手たちがカワイソウですよ。歌手たちは生身なんですから。

 しかし、オケは老若男女のメンバーがいてバランスが良いですね。なぜ、合唱ばかりが老人中心なのか? 若い人にとって、楽器演奏は魅力あるけれど、歌には惹かれないと言うのか? これは「この団体が…」と言うよりも、アマチュア音楽界全体で考えないといけない問題なのかもしれません。ここに限らず、どこも合唱(とりわけ混声合唱)の超高齢化が進んでいます。すでに活動を停止した団体もたくさんあります。そういう意味では、ここの「市民オペラ」だって、あと何年やれるものか心配なものです。

 若い男性(この世界では60歳以下は十分“若い”です:笑)の合唱離れをリアルに感じました。…まあ、そんな事を言っている私自身が「合唱、やめた~」とか言っているんですが(汗)。

 さてさて、歌手たちは言うと…主役クラスの方々は、さすがに素晴らしいです。オケがヨタヨタしようが、大音量で歌手を潰しにかかろうが、モノともしていませんでした。ちゃんとしたプロって、ちゃんとしてますね(納得)。でも、主役クラスでない方々は…オケにジャマされて、残念なシーンが多々ありました。観客としては、彼らの歌もちゃんと聞きたかったですよ。

 特筆すべきは、「カヴァレリア・ルスティカーナ」でサントゥッツァを歌った清水華澄氏の歌唱です。実に素晴らしかった! 発声・歌唱・演技・存在感、どれを取ってもgoodです。私は今まで「カヴァレリア・ルスティカーナ」って、テノールのためのオペラだと思っていましたし、いつもトゥリッド役のテノールばかりに注目していましたが、今回は、最初から最後までサントゥッツァに釘付けでした。もう、ほんの少しも目を離せないというくらいでした。そして、幕が降りた時には、私(お恥ずかしい話ですが)涙が止まりませんでした。「カヴァレリア・ルスティカーナ」で泣いた事なんて、始めてですよ。でも、それくらい、清水氏のサントゥッツァは私の魂を直撃するような歌唱でした。実際、私は魂を抜かれて呆けてしまいました。

 その後に行われた「道化師」の方は、カニオをやった笛田博昭氏が秀逸でしたね。いかにもな、力強いテノールでした。清水氏のサントゥッツァに魂を抜かれていなければ、たぶん感動モノだったと思いますが、実は私「道化師」が始まっても、ずっと「カヴァレリア・ルスティカーナ」の余韻の中にいたので「道化師」はうわの空で聞いてました。だって、サントゥッツァに魂を抜かれちゃって、感動があふれちゃっていたんだもん。もう、それ以上、何も入りません、お腹いっぱいだったんです。だから、笛田氏の歌唱が、理性では「おお、素晴らしい」と判断できても、心は「もう、お腹いっぱい、食べられないよ~(涙)」状態でした。…仕方ないよね。また、どこかでチャンスがあったら、笛田氏の歌唱は改めてじっくりと聞いて、味わいたいと思います。きっと、感動できるんじゃないかと思いますよ。

 「どうせ、アマチュアの音楽会だから…」とみくびっていた私が馬鹿でした。反省します。

 いや、実にいいモノを見せていただきました。確かに、演奏に傷はたくさんあったけれど、結局、オペラはソリスト次第なんですね。ソリストの歌唱を聞きに行くものなんですよね。私、次回の「市民オペラ」も見たいなあと思いました。今度はちゃんと“期待して”見に行きたいと思います。
 
 
 さて、今回の「市民オペラ」ですが、アマチュア歌劇団員として、アマチュアがオペラをするという事で、色々と感慨深く見させていただきました。はっきり言っちゃえば、これは“憧れ”ですね。だって、きちんとしたオペラの舞台に、アマチュアが出演できるんですよ。立派な舞台装置の中で、きちんと衣装を着て、オーケストラの伴奏で…ですよ。たとえ合唱とは言え、うらやましいです。

 もっとも、ここに参加するためには、隣市の有力合唱団に加入しないといけないらしいので、私にはムリだな。私の場合「合唱団員としてのキャリア不足」「声のサイズ(声、デカ過ぎ&通り過ぎ)が合唱向きではない」と「あふれる歌心(“甘すぎる音程&リズム感”とも言えます:笑)」から、合唱団のオーディションに合格できるとは思えないよ。それに、つい先日「これからは、しばらくソロで行く!」と決めたばかりだし(笑)。

 私的には、あんなに大きな舞台でなくてもいいし、伴奏もピアノ1台で十分だけど、ソリストとしてオペラをやりたいです。ノリ的には小さな町のアマチュア演劇集団のノリかな? プロの手はなるべく煩わせずに、自分たちの力で、自分たちの力の及ぶところで、コツコツと小さな舞台を実現できたらいいなあと思います。そのために、自分でアマチュア歌劇団をたちあげたんだから。道は遠いし、力量も遠く及ばないけれど、いずれはなんとか形にしたいです。

 でも、やっぱり、その一方で、大きな舞台で歌いたいという憧れはあります。もちろん、それもソリストとして(爆)。別に主役クラスでなくてもいいんです。ほんの一声二声だけのチョイ役でいいんですよ。…って妄想ですね。

 こちらの「市民オペラ」を目標に、我が歌劇団も、焦らずに、小さな一歩を積み重ねていって、やがては自分たちなりのオペラ公演ができるようにしていきたいと思います。

2010年11月16日 (火)

調子が良いのは危険な証拠 -> だから歌っちゃダメ

 何度も書いてますが、実は私、風邪をひいております。少し前から、なんとなく体がダルいのでありました。でも、声は平気なので、頑張っていましたが、ついにレッスンの日の朝から、何となくノドが重く感じました。ううむ、これはノドが腫れ始めたみたい…なんとなく、ノドが塩っぽいし、マズいなあ…。今日は平気だけれど、明日になったら、声が出なくなるなあ…。

 という状況で、声楽のレッスンに行ってきましたん、たん。

 先生に「風邪ひいてる?」といきなりの質問。別に私は「まだ平気!」のつもりでしたが、一緒にレッスンを受けている妻が、風邪真っ盛りだったので、ついつい聞かれてしまいました。聞かれたので、嘘も言えず、「今日は平気です。明日は閉店ガラガラだと思いますが…」と答えたところ「そういう時は歌っちゃダメなんだよね~」っと言われました。

 風邪の初期状態では、ノドが充血して、多少腫れ始めているので、むしろ声は普段よりも出やすいのだそうです。で、そこで「調子いー」とか思って歌っちゃうと、腫れて弱っているノドが一発で傷だらけになり、その状態で万が一風邪をこじらせてしまうと、ノドに深手を負ってしまって、数週間から数カ月は、声が戻らなくなってしまうのだそうです。

 「そんな~、バナナ~」と軽口でかわす私。じゃあ、試しに発声をしてみましょうってんで、いつもの奴を一発やってると、どうやら、いつも以上に楽に声が出てしまっているみたいです。「Aまで、声がしっかり出てますね~」ですって。ううむ、確かに普段ならありえない状況ですわ。

 この調子で歌ったら、確実に明日は声が出なくなりそうだと言われました。でも、私は、先週も声の調整だけだったし、歌いたいです。そこで「じゃあ、軽く“Addio!”を1回だけ歌ってみましょう」ってんで、妥協して、歌ってみました。

 いい感じでした。しかし、いつものように、最後のAsの二発とその直後のFは撃沈しました。課題ですね。クロフトの歌を聞いた直後は歌えたんだけれどなあ…。

 ダメ出しを一ついただきました。2番のアタマの“O di e impara”の出だしの八分音符+四分音符のリズムが違うと指摘されました。実は、ここ、リズムが違うって自覚がありました。いや、ちゃんと楽譜どおりに歌おうとしているだけれど、“O”の部分をオンビートではなく、アウフタクトにして、ちょっと喰って歌ってしまいます。だって、その方が歌いやすいんだもん。先生にも「しゃべりすぎ、もっと歌って」と言われちゃいました。ここは“impara”をちゃんと歌うために“O di e”の部分が歌いづらいリズムになっているので、そこは自覚的に楽譜どおりに歌いましょうって事です。

 で、約束の一回が終わってしまったので、残り時間は、歌詞の朗読をしました。いっぱいダメ出しをいただきました。

 次のレッスンまで「毎日5回ずつ、歌詞をイタリア人になりきって朗読してくること」という宿題が出ました。つまり「歌っちゃダメよ」って事です。…何がツライって、歌っちゃダメってのがツライですわ。そんな一週間も歌わなかったら、私、死んじゃうかもしれないのに…。

 悔しいから、フルート吹いてやる~(笑)。

2010年11月15日 (月)

実はフルートとヴァイオリンは1オクターブ違い?[初心者限定]

 体調悪かったけれど、フルートのレッスンに行ってきたよん。

 発表会も近づき、いよいよ少しずつ練習にもレッスンにも気合が入ってきた私です。それにしても、気合いが入っても、体調が悪く、寝てばかりいるので、一向に練習する時間が作れないのが、悩みのタネです(涙)。

 さて、今回のレッスンは、時間も短いし、次回は音合わせなので、発表会でやる三曲をサラっと通しちゃいましょうって予定でした。

 そこでまずは、ヒイロ先生編曲の「Fly Me to the Moon」から。とりあえず合わせてみたところ、私の譜読みの不正確さを注意されました(楽譜を読むのは大の苦手な私です)。そして笛先生からヒイロ先生の編曲にダメ出し…と言うか「この編曲、簡単すぎ。すとんさんのフルートなら、もう少し吹けるでしょう」と言うことで、やおら笛先生、作曲タイム。音符がちょっと増量、タイも増量。結果、シンコペーション多発です。すでに私では、初見できないレベルの曲になっちゃいました。ウチに帰ったら、寝ながら、ゆっくり譜読みしないと…。

 笛先生が書き加えたのは「Fly Me to the Moon」のテーマ(メロディ)部分の楽譜。実は、書きリブの部分は、まだ清書もできていなければ、当然譜読みも出来ていないので、今回はパス。次回の音合わせまでには、何とか形にしておきたいです。でも、笛先生がテーマ部分を変更したように、ヒイロ先生に書いてもらった書きリブも、若干の変更が必要だろうなあ。なにしろ、ヒイロ先生の書いてくださった譜面は、あくまで“ヴァイオリン用”だからね。フルート用に書きリブも変更する必要がありそう…。

 「To Love You More」は通しでやってみて[今更]楽譜の間違いを発見。フェルマータの場所が変。あと、Break Pointが明示されていないというので、そこは音合わせの時にバンドさんに直接言って、楽譜を書き直してもらう事にしました。

 「バッハのシチリアーノ」は時間切れ。で、今回のレッスンは終了~。

 家に戻ってから、笛先生に直してもらった「Fly Me to the Moon」のテーマの楽譜の清書をして、ヒイロ先生の書きリブの譜面を清書しました。

 清書しながら…やはりヒイロ先生の作曲した書きリブは、ヴァイオリン用だな…って思いました。と言うのも、譜面を見ていると、使われる音域がヴァイオリン向けであって、フルート向きじゃないなあって思ったからです。

 ヴァイオリンとフルートは、実は楽器としての音域は似たようなものです。ヴァイオリンが中央ドよりも低いソから始まって、そこからだいたい3オクターブ半ぐらいです。フルートは中央ド(または半音下のBb)から上に3オクターブほどで、ヴァイオリンの方が3~4度ほど低いくらいで、大雑把な音域はほぼ同じ。だから、同じ楽譜を使って演奏できますが…実は楽器としての特性はやはり違います。特に初心者レベルに限った話をすると、たいぶ違います。

 例えば、ヴァイオリンならば初心者は、第1ポジション中心で演奏することになると思います。つまり、4弦開放のソから始まる約2オクターブですね。それに対してフルートは中音域が鳴らしやすいので、どうしても低音域のソあたりから高音域ソくらいまでの約2オクターブが初心者が使用する中心的な音域になると思います。

 つまり、ヴァイオリンもフルートも、初心者では“ソ~ソ”の2オクターブがよく使われる音域という事になりますが、実はこの2オクターブ、幅は一緒でも音高は違う音なんですよ。フルートの方が、1オクターブ高いんです。楽器としての素の音域はさほど変わらないのに、よく使われる[初心者]実用音域は1オクターブも違うんです。これって、おもしろいでしょ。なので、ヴァイオリン用の譜面を、そのままフルートで吹くと、地味だし、大変だし、おもしろくないんです。かと言って、そのまま1オクターブ上げて吹いちゃうと、今度は(本来は中音域で演奏されるはずの音が高音域になるので)甲高くて耳障りな印象になります。「聞かせ所が耳障り?」じゃ困るわけです。

 さらにヴァイオリンだと3の指とか4の指で演奏する音はちょっとイヤですが、フルートでは中音のレやミ、高音のミやファ#がイヤじゃないですか。そういうイヤな音も、楽器ごとに、それぞれ違うわけです。

 なので、ヒイロ先生の書いてくださったヴァイオリン用の書きリブを使わせていただくわけですが、そのままでは、フルート的には地味なので、基本的には1オクターブ上げて華やかに演奏する事にしました。しかし、そのままだと、耳障りなフレーズが出来てしまうので、フレーズによって、耳あたりの良い音程まで下げるという作業が必要になりました。あと、ちょっとイヤんな運指は避けてみたり、1オクターブ上げてしまった事で、曲全体が高い方に偏るので、低い音を加えてみたりして、バランスを取ってみたり…ね。

 あと、笛先生がやってくださったように、シンコペーションもいくつか加えてみましょう。ゼロから書きリブを仕上げるのは難しいですが、元のフレーズを先生が書いてくださったので、これにチョコチョコと手を加えて、自分なりのものを作ってみました。

 私の手が入り、ちょっとダサくなってしまった(涙)。仕方ないか…。あ、そうそう、問題は…これ、難しくない? うわー、猛練習が必要じゃ~ん。やっばいなー。

2010年11月14日 (日)

あなたは何歳まで生きたいですか?[2010年11月第2週・通算41週]

体重:97.5kg[+0.7kg:-11.4kg]
体脂肪率:29.1%[-0.8%:-3.7%]
BMI:30.8[-0.2:-4.1]
体脂肪質量:28.4kg[+0.5kg:-9.7kg]
腹囲:96.0cm[+1.0cm:-8.3cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 おたびダイエット23週目です。…が、今週は風邪をひいてしまって、おたびをほとんどやってません。なにしろ、風邪撃退のために、毎日、豚肉とニンニクとビタミンCとスポーツドリンクをイヤになるくらい摂取していますからね。体重増えちゃうのも致し方ないです。風邪が治ったら、またおたびをして、減らします。

 さて、先日、ネットをウロウロしていましたら、ちょっと古い統計なのですが、こんなものを見つけてしまいました。それは「あなたは何歳まで生きたいですか?」というアンケート。2006年12月11日の15:00から2006年12月12日の15:00までの24時間で4113人が回答したアンケートだそうです。ネットのアンケートですから、答えている人は、いわゆるネットの人ですね。ま、10~40代の男性がその中心でしょう。

 結果は以下のとおりです。ちなみに、元のページはこちらです。

60歳未満    約 9%( 8.53%)
60歳~69歳   約 7%( 6.61%)
70歳~79歳   約16%(15.97%)
80歳~89歳   約23%(23.02%)
90歳~99歳   約 7%( 6.83%)
100歳      約 7%( 7.39%)
101歳~149歳 約 3%( 2.75%)
150歳以上    約 6%( 6.49%)
わからない   約22%(22.39%)

 ちなみに、2010年の統計では、日本人の平均寿命は、女性が86.44歳で、25年連続世界1位です。男性の平均寿命は79.59歳で、こちらは世界5位なんだそうです。

 アンケートの回答結果と平均寿命から見ると、多くの日本人(この場合は男性と限定してもいいかもしれません)は、平均寿命並か、それよりも少し長く生きたいと考えているみたいですね。

 まあ、横並びが好きな日本人的な発想とも言えるし、平均寿命まで生きなきゃ損と思っているのかもしれませんね。

 私ですか? 私はずばり「50歳」です。“50歳まで生きたい”です。考え違いをしては困るのだけれど“50歳で死にたい”ではなく“50歳まで生きたい”んですよ。

 50歳までは全力で生きて活躍したいです。やりたい事や、やるべき事は、50歳までにきちんと済ませておきたいです。そして50歳を過ぎたら、いつお迎えが来ても良いような、生活態度で暮らしていきたいと思ってます。つまり「50歳までは現役で、50歳過ぎたら、あとは余生って事で…」ってわけですよ。

 これは別に今、考えたわけではなく、実は子どもの頃から、そう考えていました。その理由は…私の家系は短命の家系なので、先祖代々50歳前後で亡くなっているので、当然、自分もその頃に死んでしまうだろうと思っていました。なので、逆に、50歳までは頑張って生きていこうって思ってました。

 あと、子どもの頃は織田信長に憧れていたので、ドラマなどで演じられる彼の「人生五十年、下天のうちに比ぶれば~」という謡いのフシが心に擦り込まれていて「ああ、人間の人生って50年なんだな」って何となく納得していたから、と言うのもあります。

 なので、50歳が、私の人生の最初のゴールです。今は、そのゴールを目指して頑張って走ってます。実はあと少しです。人生のゴールが見えてきて、何となく安心しています。あとちょっと頑張れば「人生が終われる」と思うと、安心できます。長いマラソンを走ってきて、ゴールが見えてきた時の気持ちにも似ています。

 そして、50歳過ぎたら、余生に生きるんだー! もちろん、職業は、社会的な必要もあるし、生活の必要もあるので、続けていくけれど、現世の事は、楽に楽にやり過ごしていくつもりです。気持ちは、ご隠居さんのつもりで生きていきたいです。そして、年金もらえる年令になれたら、さっさと引退して年金暮らしに入って、慎ましく、静かに暮らすんだ。

 もちろん、年金がもらえる前にお迎えが来ても、それはそれで良しです。別に私、年金が欲しくて年金を納めているわけじゃないもん。私が納めた年金が、他の人の役にたつなら、それはそれで良しですよ。私はそんなに、人生、ガッツいてませんから。むしろ、長く生きて、つらい目にあったり、恥をかいたり、国が滅んだり、子どもたちが不幸な目にあうのを見るくらいなら、さっさとこの世からオサラバしたいです。これ、本音。

 なので、それが私の人生設計です。私は「50歳まで生きていたい」です。

2010年11月13日 (土)

最近、お盛んなスズネ君

 スズネ君はどうやらオスのようです。と言うのも、こやつ、サクラにコナかけまくっています。「ねーねー、一緒に楽しいことをしようよ~」って感じで、四六時中サクラの側にいてアタックしてます。文字通り“アタック”していますので、モテモテのメス魚特有のウロコのはがれがサクラにも生じています。

 サクラはサクラで、決してスズネが嫌いというわけでもなさそうですが「今はまだ、ダメよ~。春が来たらね~」みたいな感じで、軽くイナシテおります。

 というわけで、スズネ×サクラの新しいカップルが誕生したようです。

 とにかく、この二匹、仲が良いです。まだ若くて、ピチピチしているので、見ていて気持ち良いですよ。最近のエサねだりは、この二匹とトートが担当していますが、この二匹はエサをねだる時に、チークダンスを踊るんですね。頬を寄せないながら、つかず離れず、水槽を右へ左へと泳いで渡ります。かわいいです。

 さて、そんなスズネ君ですが、よく見ると、顔が、下ぶくれになりつつあります。目がちょっと隠れ始めました。これは、いつか見た風景です…。ああ、ブニョだよ、ブニョ。

 最近のスズネは、若かった時のブニョみたいな肉瘤の膨らみ方をし始めました。ううむ、ブニョみたいになってしまうのかしら。ブニョは金魚としては、とても立派な肉瘤を持っていますが、あれは鑑賞魚としては立派でも、生命体としては不便でしょうがないでしょう。飼い主的には、そんなに立派な肉瘤にならなくてもいいのに…という気持ちがあります。だって、ブニョは、隆起した肉瘤のおかげで、ほとんど目が見えてませんから。

 スズネもブニョみたいに肉瘤が発達して、目が見えなくなってしまうのかしら。金魚として立派になってくれるのはうれしいけれど、それはちょっと、かわいそうだな。

2010年11月12日 (金)

フルートの発表会に向けて、ヴァイオリンのレッスンをしてきました

 ヴァイオリンのレッスンに行ってきました。もちろん、最初はいつものように「練習は進んでいるかな? どれだけ自宅学習でテクは身に付いたかな?」と基礎練習の確認です。なので、先生の前で、いつものように、ロングトーンのお披露目です。

 今回は以前よりも、時間多め(でも客観的にはごくごく少量です)の練習をしてきたので、自分的には多少の進歩があるんじゃないかと思ってましたが、指摘されるところはいつもと一緒。ま、短期間に、ほんのちょっとくらいの練習を増やしたくらいじゃ、そうそう上達しないって事だね。とにかく、右手、注意です。それと、弓は全弓ばかりではなく、ダウンからの弓元やアップからの弓先の練習もやるように言われました。

 それと新しい練習も加わりました。それは、弓を蛇行させながら弾く練習です。つまり、弓を一直線に引くのではなく、ウネウネと蛇行させながら弓を引くのです。これはクラシックでは御法度なやり方ですが、ポップスでは割とある弾き方だそうですし、タンゴだと弓を蛇行させたり斜行させたりというのは、日常茶飯なテクなので、そういうのも視野に入れつつ、でも第一目的としては「腕が固まらずに、コントロールができるように」するために、蛇行練習もしましょうとなりました。こうやって、フィドラーとしての基礎が作られていくのだな。

 左手は3の指が弱点です。ここの音程が一発でなかなか決まりません。2の指も長短がゴッチャになっています。これらは意識の問題なので、何となく弾くのではなく、ビシっと気合をいれて演奏することで、きちんと癖をつけることから始めないと…ね。とにかく、音程、命です。しかし、先生は確認しなかったけれど、実は4の指はもっとヒドイ事になっているんだよ(内緒だよ)。

 もう一つ新しい練習です。それは、弓を引きながら、左指を押さえるという練習も始まりました。具体的に言うと、4弦を開放で弾き始めて、弓の真ん中あたりになったら、1の指でビシっと4弦を押さえるって奴です。これを全部の指でやるんです。これはやがて弓を返さずに一弓でワンフレーズ弾けるようになるための練習だと思います。

 と、ここまでが基礎練習とその確認でした。

 で、曲ですが、今回は新曲で「Fly me to the moon」です。はい、フルートの発表会で演奏する曲です。

 私がどうにもこの曲がダメダメな事が、笛先生からヒイロ先生に伝わり(二人は案外ツーカーなんです)、フルートでダメなら、ヴァイオリンの方でもこの曲にアプローチしてみましょうか?ってな事になったらしいです。

 で、さっそくヒイロ先生から「リズムは何にするの?」「ボサノヴァです」「じゃあ、ベタっとしたノリは禁物だね…」と言いながら、サクっとメロディをアレンジしてくれました。

 …おおっ! 

 「フルートの発表会でも、この通りに弾けばOKだから…」 ありがとうございます(涙)。

 さっそく、出来立てのホヤホヤの「Fly me to the moon(ヒイロ先生編曲版)」をヴァイオリンで練習です。例によって、先生に音程やらリズムやらを注意されながらですが…。
 では注意点を具体的にメモります。

 まず、出だしのCがC#になりやすい。また、FがF#になりやすい。これは2指の長短がゴッチャになっている証拠です。基礎練習で指摘された事が、曲でも現れています(涙)。

 低音C#は3指を伸ばすのではなく、4指を3指にくっつけて出す事。3指は伸縮させずに、いつも同じポジションをビシと押さえる事。

 四分音符が短い。弓をスーっと伸ばして演奏する事。

 符点音符が短い。リズムが丸まってしまっている。カッコ悪い。

 …結局、曲の練習になっても、大切なのは基礎練習って事ですね。

 一通りメロディをサラって、あとは自宅で弾き込んでくる事になりました。

 メロディの練習が終わったところで、さらに「ソロの部分も書いてあげよう」っと言ってくれました。…ヒイロ先生、やおら作曲タイムです。ううむと唸りながらも、割とサラサラって感じで、ソロを書いてくれました。ヒイロ先生作曲の書きリブの完成です。

 「ピアノ無しで(アタマの中だけで)メロディを書くのは、実際の響きを確かめられないから、ちょっと大変だね」「すとんさんのためのメロディを書くのは、難しいね。なにしろ、テクニック的にまだまだ制限があるからね」「とりあえず、ヴァイオリン用に書いてみたから、フルートで演奏する時は、自分なりに変えていいからね」 

 ありがとうございました。おかげさまで、フルートの発表会では、ヒイロ先生編曲の「Fly me to the moon」で臨めます。なんか、自分の感性で演奏するわけじゃないけれど、まあ、これはこれで良しとしましょう。だって、自分の感性では、ボサノヴァにならないんだから、仕方ないよね。

 最後に先生のヴァイオリンに付いている黒い物体について質問したところ“弱音器”であることが判明。で、弱音器を付けた演奏とそうでない演奏を比較したところ、弱音器を付けると、音量がやや小さくなるものの、音色が激変。大変甘い音色になります。「クラシックでは楽譜に指定があるから、そういう時に使います。ジャズだと、歌伴の時に使うかな」だそうです。

 …これ、いいな。今、ミヤマは音色優先で音量を押さえ気味に調整しているけれど、弱音器を常備するなら、素の音色は、多少キンキンしても、音量を確保する方向にしてもいいかもしれない。なにしろ、楽器の世界では、音量が大きい事は必要な事で、音量の大きな楽器は、やさしく弾けば小さな音量で鳴らせるけれど、音量の小さな楽器を強く弾いてもウルサイだけで音量は大きくなりませんからね。だから、楽器の基本の音量を増やすことは良いことです。なので、次の弦交換までには、ミヤマの駒を薄い奴のものを準備しておこうかな? 駒が薄くなると、音質がキンキンする代わりに音量は増すものね。で、音質のキンキンさは弱音器で柔らかくする事ができるから、音量を確保する方向にしましょうかしら。

 時間があれば、また、駒を削る事にしましょう。

2010年11月11日 (木)

メト・ライブビューイングで「ラインの黄金」を見てきたよ

 ええと、コンサート・レビューが続いていますが、つまりそれだけ私の“芸術の秋”が充実していたのだと解釈してください。単にコンサートを見て楽しんできただけでなく、それを自分の趣味生活にどうやって反映させるかという、ちょっと貧乏くさいですが、色々と考える事もありましたので、チマチマと記事にしておきます。

 さて、今回はアメリカのメトロポリタン歌劇場のライブビューイングの話です。これは、メトの最新公演を映画館で見ましょうという企画なわけで、もちろん生を見るのとは全然違うのだけれど、かと言って、自宅でDVDなりブルー・レイなりで見るのとも違うし、従来からある“オペラ映画の鑑賞”とも違います。そういう意味では、全く新しいオペラの楽しみ方とも言えます。

 かく言う私自身、その新しさに気付かずに、このメト・ライブビューイングを甘く見ていた人です。実際、メトのライブビューイングの存在は知っていたけれど「どうせDVDになって販売している奴を映画館で上映しているだけでしょ」と軽くスルーしていたくらいですから。なので、何の気なしに、今年の夏休みに見た、東劇でのアンコール上映に感動してしまいました。こりゃ、スゴいよ、驚いたよって感じです。

 と言うわけで、今年はなるべくシーズンをフォローしていこうと思ったところ、ちょうど、メトでは、今年から新しい「ニーベルングの指輪」の上演が始まるそうじゃないですか。それゃあ、見るしかないでしょうって事で、、まずは今シーズンのオープニングでもある「ニーベルングの指輪~序夜」である「ラインの黄金」を見てきました。

 場所は横浜の「109シネマズMM横浜」という、こざっぱりした映画館。まだ新しい劇場のようで、横浜駅からも近くでアクセスはいいし、座席もゆったりしていて、快適な環境でワーグナーが楽しめました。

 ただ、ちょっと気になったのは、客席がガラガラだった事。もちろん、オン・シーズンでのメト・ライブビューイングを見るのは始めてなので、普段の客の入りってどんなものか知らないのだけれど、それにしても、これだけ人が少ないのはマズくない? 東劇のアンコール上映の1/3程度しか人がいなかったよ。一日一回の上映でたった一週間しかやらないのに、これだけの客数だと、シーズンの終わりまでちゃんと上映してくれるか、甚だ不安です。

 横浜自体は、確かにAPEC警備のため、普段よりも人出が少ないと思うし、みなとみらい周辺には遊びに行きたくない気分になるのも理解できます。でもね、すぐそばには、それこそ「キャッツ・シアター」があって、あっちはだいたい満員御礼なのに、すぐそばでやっている、メトのライブビューイングがスカスカってのは、何? これって、ミュージカルとオペラの力の差って奴?

 まあ、いくらいい演目でも、日本ではオペラには集客力がない事は重々承知していますが、それにしても、かなり残念な客の入りでした。横浜は今年からライブビューイングの上映を始めたのですが、これだと、来年やってくれるか心配になりました。私的には横浜は便利だし土地勘があるから、横浜での上映を続けてほしいなあと思ってます。

 横浜で上映しつづけてもらうためにも、なるべく通おうっと。…今回の「ラインの黄金」を入れて4~5演目行きたいです。


 さて、オペラについて語るよ。

 ローゲ役のリチャード・クロフトがすごく良かったです。なんですか、あの美声は! 普通、ローゲってパワフルな声で歌う役であって、きれいな声のテノールはお呼びじゃないのだけれど、新世紀のメトはそう来ましたか! おかげさまで、私の中では「ラインの黄金」の主役はヴォータンじゃなくてローゲになっちゃいました。それくらい良かったです。もちろん、ヴォータンをやったブリン・ターフェルに文句はありません。でも、それを喰っちゃうくらい、ローゲ役のリチャード・クロフトが良かったと思います。

 ローゲをやる歌手って、ジークフリートをやる事が多いのだけれど、クロフトがジークフリートをやるのかな? だとしたら、彼は今までに例のない、かなり個性的なジークフリートを演じることになりそうで、それはそれで楽しみです。かなりワクワクもんだね。

 蛇足ですが、この日の夕方、自宅でいつものように歌の練習をしたのですが、このクロフトの歌唱が体に残っていたんでしょうね。普段はダメな箇所も楽々歌えました。いい歌手の歌唱は聞くだけで歌が上手くなります。上手って伝染るんだよね(逆に下手も伝染るので下手な歌は聞きたくないです)。

 で、ヴォータン[このオペラじゃ、彼が主役ですね]をやった、ブリン・ターフェルですが、彼もいいね。何しろヴォータンがまだ若いのよ、やっと中年になりました…みたいなノリの青さの残るダメオヤジっぷりが炸裂していて、これは演技的にGoodですよ。歌唱はともかく(ヴォータンにしては、ちょっと迫力不足…かな?)演技は良いねえ。なんか、ヴォータン見てて、身につまされちゃいましたよ、私(笑)。ああいう、無責任なダメオヤジって、あっちこっちにいるよねえ…。結局、ニーベルングの指輪って、ヴォータンの無責任な所行から事件が始まる大河ドラマなわけだけれど、その話の発端が実によく分かりました。◎ですね。

 アルベリヒは黒人歌手のエリック・オーウェンズだったけれど、アルベリヒを黒人が演ずるというのは、すごく良かったです。

 黒人歌手って、声が特徴的なので、オペラの中にいると、どうしても違和感が出るんですよね。別に人種差別のつもりはないけれど、黒人歌手がキャストにいると「ゲッ!」って思う私です。だってね、オペラって、白人の声が前提で作曲されているわけで、それを黒人やアジア人が歌うと“楽器が違う”って感じるんですよ。それこそ、オーケストラ曲を、吹奏楽とかフルートアンサンブルで聞くような違和感に通じるものがあります。

 だけど、オーウェンズのアルベリヒは良かったですよ。もちろん、オーウェンズの声は、黒人の声なんだけれど、この黒人ヴォイスがアルベリヒという役にうまくはまっているんですよ。ヴォータンとローゲがアルベリヒを騙して搾取するあたりなど、まるで白人たちが黒人から搾取する姿のアイロニーのように見え、ああ「アルベリヒって黒人なのかもな…」って、錯覚しちゃうくらいです。

 とにかく、アルベリヒを黒人歌手がやるのは、大有りですよ。オーウェンズの歌唱を聞いて、今後は世界中のどこでも、アルベリヒは黒人歌手が演ずるべきだと思っちゃいました。それくらい、アルベリヒという役の求めるモノって、声であれイメージであれ、黒人歌手と相性が良いと思います。それに、レゲエなアルベリヒってイカスじゃん(笑)。

 残念なのは、アルベリヒって小人族のはずなのに、オーウェンズはあんまり小さくないんです(涙)。

 もしかすると、アルベリヒ&小人族は、日本人がやっても、おもしろいかもね(微笑)。ヴォータンがアメリカで、アルベリヒが日本って縮図になって、これはこれでおもしろいかもね。とすると、アメリカの子分で日本を騙す役のローゲはどこの国の人がいいかな?

 フライアの歌手(ウェンディ・ブリン・ハーマー)が本当にかわいいタイプの美人で、説得力がありました(笑)。フライアはかわいい女の子って設定だけれど、フライアに限らずワーグナーの楽劇では、なかなかかわいいタイプの歌手が出演するチャンスって無いから(大抵は巨漢なオバさん歌手がやります。そういうキャスティングになりがちなのは、たぶん体力的な問題が背景にあるんだと思います。ワーグナー、長いから…)、彼女のように、本当にかわいいタイプの美人歌手が演ずると、驚きますね。

 それに、この人の不安げな表情がとてもいいです、…って表情の事を語れるのもアップが多いライブビューイングならでの話だね。実際の劇場だと、さすがに歌手の表情の演技まではよく見えません。そういう意味では、ライブビューイングはリアルな観劇とはまた違ったオペラの楽しみ方なんだと思います。

  ロベール・ルパージュの新演出は、おそらく賛否両論でしょう。私は基本的に、あの演出を肯定的に受け止めているけれど、初心者向きの演出とは言えないかな?とも思ってます。

 私は、オットー・シェンクの旧演出の「指輪」を、DVDボックスで持っているのだけれど、こっちの方が初心者向けで分かりやすい演出だと思う。ただ、新演出も決して悪くないと思います。少なくとも、ヨーロッパの歌劇場で有りがちな、時代や場所やストーリーを読み替えるような演出と比べれば、全然アリです。なので、私のお勧めは、旧演出で予習をしてから新演出を楽しむのが良いと思います。

 でも、本当にメトは大金をかけて、シェンクによる指輪の演出を変える必要があったのかしら?

 新演出で、演出家が歌手たちにつけた演技は、Goodだと思います。むしろ、演技に関しては、旧演出よりも良いかもしれない。

 問題は…舞台装置だね。これが今回の新演出の肝だし、これはこれで素晴らしいのだけれど…分かりづらいです。「リングって何?」っていうレベルの人には不親切な装置だと思う。しかし、十分、このオペラの事を知っている人には、これはこれで、なかなかおもしろい装置だと思います。そういう点では新演出は、オペラ“演出”としては新しいと思うし、見事だと思う。

 しかし、ついに、オペラ歌手もワイヤーアクションをしないといけない時代になったんですね。デブな歌手はますます生きづらい世の中になったもんです。ローゲはワイヤーでカラダを支えられながら歌わないといけないし、ラインの乙女なんかは、宙吊りで歌う箇所もあって、ありゃあ、キイいわ。

 最後に、その他の、このオペラの良かった所を列記します。

 ローゲが本当に火の神でした。
 ラインの黄金が本当にピカピカしていました。
 ラインの乙女たちが、ブクブク泡を出して泳ぎながら歌ってました。
 地下の国に行く、ヴォータンとローゲを上から見る俯瞰セットがカッコいい!
 アルベリヒが変身した大蛇が本当に大きかったです、ビックリだよ。
 ワルハラ城にかかる虹の橋がとってもキレイでした。

 逆に残念だったのは、ワルハラ城が視覚化されなかった事。いやあ、実に私的には残念です。最後はやっぱり、巨大な城が見たいよぉ~。巨大と言えば、巨人の兄弟が、そんなに大きくなかったのも、ちょぴり残念。

 それと、上映時間は3時間を越すのに、途中に休憩がないのはツライね。2時間ほどしたところで、多くのお客さんたちは会場を出入りしていたよ。たぶん、自主的にトイレ休憩を入れたんだろうね。私ですか? 私は会場がスカスカだったにも関わらず、私の両隣には女性が座ってしまって、動くに動けない状態でした。スカスカなのに、なぜか私のところだけ人口密度が高かったんです。それってモテモテ?なわけはなく、おそらくチケットをインターネット経由で買ったせいかな?って思います。しかし、これだけスカスカだという事が分かったので、次回からはインターネットではなく、当日劇場売りでチケットを買う事にしてます。その方が席も自由に選べるし、割引もしてもらえるので、良いよね。

2010年11月10日 (水)

劇団四季の「Cats/キャッツ」を見てきたよ

 最近ミュージカルづいているので、久しぶりに劇団四季を見に行きました。何年ぶりだろ? 確か、前回、劇団四季を見たのは「マンマ・ミーア」だったからなあ(笑)。ホント、久しぶり。そう言えば「マンマ・ミーア」、また東京で再演しますね。見に行きたいなぁ…。

 しかし劇団四季はキャストにハズレがないね~。何時、どの演目で見ても、キャストにガッカリさせられる事はない。その代わり、テレビで見かけるようなタレントさんを舞台で見かけることは、まず無いけれどね。つまり集客にタレントの知名度を利用していないわけで、純粋に自分たちの演目にふさわしいキャスティングをしているわけで、そういう意味では、タレント個々の集客力ではなく、劇団四季としての集客力で客を呼んでいるわけで、そりゃあハズれ無しの公演になるわけだよ、すごい事だね。

 実は私、「キャッツ」はロンドン・オリジナル・キャスト版のDVDで親しんでいました。だから、ストーリーとか歌とかはよく知ってました。でも生の舞台で見るのは始めてだったので、とっても楽しみにしていました。

 見た感じどうだったか? そりゃあ、良かったですよ。ダンス中心な「キャッツ」というミュージカルの特性上、やはり舞台の方が映像作品よりも、ずっと良いです。…と言うか「キャッツ」は映像に馴染まないかも…。ああいう躍動感とかスピードなんてモノは、カメラを通したら台無しになっちゃうでしょ。それは、テレビで格闘技の試合とか見ていると、よく分かる。テレビだと選手の動きって結構ゆっくりに見えるけれど、実はリアルでは目にも止まらぬ動きだったりするんです。マイクが人の耳とは違う以上に、カメラって人の目とは全然違うんだと思います。だから、あれだけのヒットミュージカルなのに映画化されていない事に納得できました。ありゃあ、生の舞台で見てナンボって作品です。もしも映画化したら、完全に別物として作り直さない限り、台無しになっちゃうでしょうね。

 私などはミュージカルと言うと、オペラの現代版と言うか、イタリアのオペラが、ウィーンに渡ってオペレッタに進化し、そのオペレッタがアメリカに渡ってミュージカルに進化したという風に理解してますが、この「キャッツ」はその系譜とはちょっと違うかなって気がします。と言うのも「キャッツ」は作曲こそはロイド・ウェーバー御大で、イメージとしてはオペラチックなんですが、でも実際の「キャッツ」は歌芝居ってわけでもなく、どちらかと言うと舞踏芝居な感じなんですよ。表現的には、セイフよりもマイムのようなものの方が、ずっと重要って感じです。そういう点では、オペラの進化形と言うよりも、バレエの進化形なミュージカルって印象を受けました。

 もちろん、猫たちは歌います(それも半端なく難しい曲を立派にね)が、それ以上に踊ります! 細かく見ていくと、全く踊らない猫、ほとんど歌わない猫もいるけれど、でも大半の猫は歌って踊ってます。体型&発声的にシンガー系の猫ちゃんも少しいるけれど、出演猫の大半は、ダンサー系の猫ちゃんじゃないかな? そのダンサー系の猫ちゃんたちは、もちろんダンスはピカイチなんだけれど、歌も半端なくスゴい。当たり前だけれど、私なんかよりもずっとスゴくて上手い。いやあ、地元の市民会館の大ホールでほん5分ほど歌ったくらいで図に乗ってはいけませんね。バレエダンサーなのに、なんであんなに歌えるの??? いやあ、ミュージカルに出演するって、すごい事だね。

 我が歌劇団も、素人集団とは言え、いつかはミュージカルやオペラをやりたいという志を持って結団されたのですが、ううむ、ミュージカルをやるには、踊りが不十分だとしても、動けないといけないなあ…と思いました。歌って踊れて演技できないと…ミュージカルは難しい。たとえ学芸会レベルでも、こりゃ大変だなって思いました。

 「キャッツ」がなぜ世界中でロングランをしているのか、よく分かりました。私は「キャッツ」を見ながら、既視感に捕らわれていました。…あれ、これって、どこかで見たことあるぞ、でも始めてのはずなのに…、アタマの中をグルグルまわしていたら、ビンゴしたのは、なんと、マイケル・ジャクソンのライブ! いや、マイケルのライブを生で見たことはないのですが、DVDや映画館やテレビで散々見た、あのマイケルのライブと通じるものがあるんですよ。つまり、一曲の中に一つのドラマがあって、その小さなドラマを積み上げていく事で、大きなドラマを紡いでいくという演出方法。まさに「キャッツ」というミュージカルと通じるものがあります。どっちがどっちに影響与えた/されたのかは不明ですが、なんか通じるものがありますね。

 それと、あれだけ“言葉”に頼らないミュージカルも珍しい。そういう意味では、小さな子どもでも、現地語のよく分からない外国人でも、十分楽しめると思う。

 ストーリーは実に健康的で、子どもの鑑賞もOKなのに、オス猫たちはみなイケメンでシュッとしているし、メス猫たちはセクシーで妙にクネクネしているのは、何気にオトナ向けだと思う。

 そして、何と言っても、キラー・チューンの「メモリー」は最高だね。ミュージカルの最後の最後でグリザベラが歌う「メモリー」はハート直撃だと思う。あの歌を、涙を流しながら聞いていた人は、たくさんいたね(わが妻もその一人でした)。あの舞台であの曲を聞くからこそ、あの曲の“痛々しさ”を感じるのだと思う。…もっとも、私などは、グリザベラの「メモリー」よりも、劇場猫のガスが歌う「ガス~劇場猫」の方が身につまされるけれどね[男性ならガスにグっと来ると思います]。

 ストーリーは一見すると無いようにも思えるのは、このミュージカルには、柱となるような主役猫がいないからで、ある意味、すべての猫ちゃんが主役で、すべての猫ちゃんが脇役。「メモリー」を歌うグリザベラだって、決して主役とは言えないし、あのグリザベラのシーンが割愛されたとしても「キャッツ」というミュージカルは成り立ってしまいそうなくらい、他のシーン、他の曲で十分お腹いっぱいになれます。そういう意味で、主役はタイトルどおり“Cats”であって、個々の“Cat”ではないのだと思います。

 さて、私の個人的な感想を言うなら、…オールド・デュトロノミーって化け猫であり、死神であり、この世とあの世をつなぐ精霊猫だよね。違う? おそらくリアルな存在とは違う存在なのでは? でなきゃ、マキャヴィティに盗まれたり、ミストフェリーズによって戻ってきたり、やたらと長生きだったり、グリザベラに最期の引導を渡したりって…、そういう役割を負っているわけで、やっぱりそれってリアルな生きた猫とは、ちょっと違うよね。だいたい、あれだけ躍動感あふれるミュージカルの中で、ほとんど動かない猫だし…。

 それとグリザベラは、オールド・デュトロノミーによって昇天させられ、シラバブの中に再生する…でいいんだよね? 違うか?

 四季のロングラン版だと、ロンドン・オリジナル・キャスト版のDVDにあった、ランパス・キャットのシーンが無くなっていたのは、ちょっと残念。猫が犬のかぶりものを来て、小芝居をするのは、意味なく楽しいのだけれど…ね。その代わりに、グロール・タイガーのシーンが追加されていたのはGoodです。あのグロール・タイガーのシーンがあるから、ガスのシーンに説得力が生まれてくるというものです。

 ああ、もう一度見たいな。きっと、見るたびに何か新しいものを見つけられるような、そんな気のするミュージカルだと思いました。あのミュージカルって、猫の数だけストーリーがあるよね。ある意味、それぞれの猫の視点でミュージカルを見る事が可能だなって思いました。つまり、一つのミュージカルを複数の視点から楽しめるわけで、そりゃあ、リピーター続出するだろうし、ロングランにもなるだろうね。

 妻も「また、キャッツを見に行こう」って言ってました。何か不思議な魅力のあるミュージカルですね「キャッツ」って。

 ところで歌詞の中に頻出する「ジェリクル・キャッツ」って何のことでしょ? 結局、私には分かりませんでした。あと、オケピはどこにあるの?

2010年11月 9日 (火)

本番で壊れた声を直してきました

 声楽のレッスンに行ってきました。

 歌劇団の本番が終了しました。ソリストとして大ホールで歌ってきました。ある意味、一つの修羅場をくぐってきたわけで、私の中で色々な事が変わったような気がします。

 そんなわけで、今回のレッスンは“歌う”と言うよりも、先生と色々としゃべってきたレッスンでした。

 「大きな会場で歌う」事で色々と得られた事/学べた事があったので、その確認から。

 大きな会場では声を押したら声にならない…という事が肌で分かりました。狭い所だと、声を押すと大きな声になるような気がするけれど、大きな会場だと声を押すと、声が汚くなるだけで、全然音にならないことが分かります。これは不思議。たぶん、押して出した声は“側鳴り”の声なんだと思う。だから、狭いところだと、それなりに有効なんだけれど、広いところでは全く効果なし。それどころか、声を押すことで音質は汚くなるのだけれど、狭いところだと音量に誤魔化されて、その音質劣化にまでは神経が回らないのだけれど、広いところだと、音質劣化が目立つのです。

 私のように、声を押す癖のある人は、始終、大きなホールで歌っていると、声を押す癖が取れて、よい発声になるのかもなあ…って思いました。そりゃあ、無理な相談なんだけれど。でも、広いところで歌う経験は積んでいかないとダメだなって思いました。

 そして、その一方で“声を押さずに歌うとすごく不安になる経験”もしました。声を押さずに、響きメインで歌うと、自分の声は自分の中にはほとんど残りません。もちろん、広い会場だと、反響もあまりないわけで、私が経験したように、歌っても歌っても声がドンドン会場に吸い込まれていくのです。これはすごく不安です。

 確かに、歌っていて、自分の中に何も残らず、周囲からの反響もなく、声が会場に吸われていくだけでは、不安になるばかりです。しかし、それは錯覚で、実は声はよく出ているし、客席にもきちんと届いているのです。ただし、歌っている自分に手応えがないだけで、確かに不安になるけれど、もっと自信を持って歌っていいのです。

 何しろ、私は音源を聞いてビックリしましたよ。だって、すごくよく声が出ているのだから。歌っている本人には、その事は全く感じられないわけですからね。よく舞台での感覚と客席での聞こえ方は全然違うと言いますが、ほんと、そうですよ。たとえ何も感じなくても、もっと自分を信じて、しっかり歌っていかないとね。そのためにも、そういう不安を乗り越えるためにも、舞台の経験がもっともっと必要なんだと思います。

 もっと自分を、そして今まで積み重ねてきた練習を、そこで培った自分の感覚を、信ずるべきなんですね。ま、つまり「習うより慣れろ」って事です。

 大ホールで声を飛ばすには、声を押してはダメで、むしろ声を思いっきり後ろに回して歌った方が、よく声が飛びます。これは、弓矢の要領と同じで、矢を飛ばすためには、弓を思いっきり後ろに引かなければいけないのと同様、声を飛ばすためには、声を思いっきり後ろに引っ張って歌わないとダメね。それも感じました。

 とにかく、一にも二にも響きです。大きなホールで歌うためには、まずは“響き”優先主義でいかないと。美しい声を求めていく事が、十分な音量の声を確保する事にもつながっていく…そんな気がしました。

 たった、5分の本番ですが、練習だけでは学べないような事を、たくさん学んだような気がします。

 私は決意をしました。それは、今後は、真面目にソリストとしての勉強をしていく事です。今までは、声楽も合唱もって感じで勉強していましたが、これからは、しばらくの間、合唱に浮気せず、声楽一本で真面目に勉強を頑張る事にしました。もちろん、一山越えたら、また合唱をするかもしれませんが、でも今はソリストの勉強を中心に据えてやっていきます。

 それともう一つ決意します。それは、テノールとしての自覚をもって勉強していく事。「高い音がキビシイからバリトンでもいいか…」なんて“逃げ”は、もう考えない。テノールとして歌えなければ死んでもいいやくらいの覚悟で行く事を決意です…と、先生に伝えたところ「まずはAが楽に出ないとね…」と言うことになりました。

 つまり、Aの出ないテノールなんてソリストとしてお呼びじゃないわけです。つまり私の今後の目標は「(最低限)Aが楽々と歌える事」になりました。よし、しっかりやったろうじゃないですか。

 そして、そのテノールも、今まで漫然と憧れていたパワフルなテノール(例えば、デル・モナコ)ではなく、リリック方面のテノール(例えばタリヤヴィーニ)として繊細な歌唱を目指していきます。そのためにも、先生がおっしゃる通り、高音域をきちんとマスターしないとね。ああ、道は遠くて険しいけれど、目指していきます、頑張っていきます

 とは言え、本番後、どうにも調子が悪い私でした。なんか、うまく声は出ないし、歌もロクに歌えませんと言ったら「本番の後って、誰でも、そんなもんだよ」って話になりました。どんな歌手でも、やはり本番では、どうしても無理をするわけで、その無理に応じて、声が壊れてしまうのだそうです。それはプロであっても、アマチュアであっても、程度の差はあれ、そんなものなんだそうです。

 そう言えば、笛先生もライブの後はフルートの音が壊れるって言ってたっけ。声と笛という違いはあるものの、似たようなもんなんだな。

 だからキング先生を始めてとする歌手の皆さんは、本番の後は、体の疲れを取り、声の調整をし、本調子になるまでは、歌は歌わないものなのだそうです。

 人によって、やり方は違うのだけれど、人それぞれに調整方法があって、やはり本番後は、自分の声を調整して、元に戻す作業を誰でもするのだそうです。キング先生の場合も、声の調子を取り戻す自分なりの方法があって、それは自分と相性の良い曲を楽に歌い続けることで、少しずつノドの調子を取り戻すのだそうです。私にも、あと2~3年勉強していれば、そういう曲が何曲ができるそうです。

 と言うわけで、自分一人では壊れた声を直せない私のため、今回のレッスンは、私の壊れた声を直すレッスンとなりました。楽器で言えば「本番でムチャをして調子の悪くなった楽器を調整する/チューニングし直す」みたいな感じのレッスンでした。

 だから今回は、曲もコンコーネもなし。ひたすら、発声練習でした。気をつけるのは、音程と声を後ろに持っていく事と、後頭部を開く事。絶対に声を押さずに、絶対に声を鳴らさずに、その三点だけに注意して、先生に一声ごとにダメを出してもらって調整しました。そして、調整してもらったら…Aまで出ちゃいました(笑)。ははは、Asで苦労しているのに、先生に声を調整してもらったらAまで出ちゃいましたよ。以下に、丹念に発声をするって事が大切だね。

 先生の見立てでは、私は本番終了後、響きのポイントがズレてしまったそうなので、そこを直してもらったところ、いつもの感じに戻りました。「これで歌っても大丈夫だよ」とお墨付きをもらったので、曲の練習ができるようになりました。

 しかし、レッスンの回数が増えて、本当に良かった。早い段階で壊れた発声を直してもらえてラッキーです。発声が壊れたままだと、悪い癖が残ってしまいますからね。

 そうそう、先生に「すとんさんも、もう初心者じゃないですね」って言われました。『え? 初心者卒業??』…ボケっとしてたら「だって、大ホールであれだけの声で歌えたら、もう初心者じゃないでしょ」…そうですね(汗)。あたふたしている私に「それって、ちゃんと上達しているって事ですよ」だそうです。…かなりうれしいです(涙)。

2010年11月 8日 (月)

工藤重典氏のリサイタルに行ってきたよ

 普段はコンサートレビューなど書かない私ですが、今回は、色々と思うところもあったので、備忘録的に書いてみたいと思います。

 もう一週間ほど前の話になりますが、実は台風の日(それも、翌日は自分の本番だと言うのに…)、雨風が激しい中、工藤重典氏のフルートリサイタルに、今年も(笑)行ってきました。雨風が半端なく激しかった上に、電車まで止まってしまったので、お客さんは極端に少なかったです。私は膝まである乗馬用ブーツを履いて出動しました。いやあ、嵐の日はロングブーツが最強だね(ぶいっ!)。

 演奏曲目は以下のとおり。

モーツァルト「アンダンテ ハ長調 K.315」
モーツァルト「ロンド ニ長調 K.Anh.184」
シューベルト「ソナチネ ニ長調 Op.137-1 D.384」
ドップラー「ハンガリー田園幻想曲」
サン・サーンス「ロマンス Op.37」
グリーク「ソナタ第1番ヘ長調 Op.8」
ビゼー/ボルヌ「カルメン幻想曲」
グルック「精霊の踊り」~歌劇「オルフェウスとエウリディーチェ」より
チャイコフスキー「シュン・サン・パゴーン(言葉のない歌)」
ショパン「仔犬のワルツ」

 いつも思う事だけれど、ヤマハ14Kフルートの音は素晴らしいです。おそらくメルヴェイユだと思うのだけれど、実に太くていい音で演奏します。ほどほどに硬く引き締まっているのに、なぜか柔らかさを感じさせる不思議な音。実はこの工藤氏のフルートの音が、私のリファレンスなのかもしれません。

 私がフルートを始めたきっかけは、公式的には「フルートを衝動買いした」事が原因となっています。この事に嘘はないし、当時は、私自身も気がついていなかったのだけれど、実はフルートを衝動買いする、ほんの数カ月前に、私は工藤氏のフルート生演奏を聞いているんですよ、それも極々至近距離で。そしてそれが、私の人生における、最初にちゃんと聞いた生フルートだったわけです。

 どこで聞いたのかと言うと、ラ・フォル・ジュルネのマスタークラスでした。そこで工藤氏のフルートのクラスを聴講したのが、フルートという楽器と私との最初の出会いでした。生徒役の芸大の院生の演奏も素晴らしかったけれど、その後に出てきた工藤さんの演奏の素晴らしさと、その美音に、私はノックダウンしちゃったんです。

 で、その出来事は、その時はそれで終了し、私の記憶の中に沈殿していったのだけれど、楽器屋でフルート(後のチャイナ娘)を見かけた時に、無意識のうちに、その事がリビドーとなって、フルートを衝動買いしてしまったのだと、今は思います。

 そんなわけでフルートを始めてしまった私だけれど、その後も、不思議な巡り合わせて、毎年色々な場所で結果的にコンスタントに(大笑)工藤氏のリサイタルを聞いております。特に“聞こう”と意識しているわけではないけれど、なぜか工藤重典氏のリサイタルに行っちゃう私がいます。ううむ、もしかして、私ってば、工藤重典氏のファン?なのかな?? でなきゃ、大嵐の中のリサイタルなんて行かないよねー?

 さて、演奏の感想などを。

 今回の私は、自分のフルートの発表会を控えて、色々と悩みを抱えています。特に「棒吹きにならずに演奏するには、どうしたら良いだろうか」とか「ff演奏から脱却するにはどうしたら良いだろうか」とかで迷っています。今回のリサイタルでは、その辺りの解決方法の糸口でも見つからないものだろうかという気持ちも込みで、工藤氏の演奏を聞きました。

 工藤氏は……いやあ、実に軽々とフルートを吹きます。カラダのどこにも力が入っていないようにさえ見えます。音に力みが全くありません。自然体って奴なんでしょうね。特別な事をしているというオーラは全くなく、まるで日常茶飯のようにフルートを吹いています。

 楽々とフルートを吹いているので、当然、音量的にはあまり大きくないです。けれど、実によく響くので、きちんと聞こえます。彼の演奏って、あたかも大音量で吹いているようなイメージを持たれがちですが、少なくとも今回のリサイタルの音を冷静に聞いてみれば、決してそんな事はないです。実に“ホールなり”の音量で演奏しています。

 聞いていて感じた事は「ホールを味方につけて演奏している」点です。ホールを味方につける? それはつまり、実に巧みにホールエコーを利用して、自分は極めて省エネな演奏を心掛けているって事です。そして、そのホールエコーを利用する前提で音作りをされているのでしょうね。彼のフルートの素の音自体は、かなり硬い音でした。でも、この硬い音にホールの柔らかい響きが乗って、観客の耳に届く時には、芯の強さと肌触りの良さが両立した音として聞こえます。

 やっぱりプロってスゴいな。素人は楽器の音にばかりこだわり、ホールの響きを利用するなんて、考えもしないもの。ホールの響きを利用する事で、音質も柔らかくなるし、音量も稼げるわけです。

 だから、軽く吹いても、よく聞こえる。柔らかいから耳辺りがいいけれど、芯があるからしっかりとした音に聞こえる。音量は大きくないけれど、ホール内の響きを上手に利用して、とてもよく響いている。ううむ、プロの仕事だね。

 そして、この“軽々と吹く”というスタイルをデフォルトにして、そこからダイナミクスをつけていくわけです…勉強になりました。

 ほとんどのところは、軽々とmp程度で演奏しましたが、時折、本当のffが出ました。で、そのffは、実に目が覚めるほどの刺激的なffに聞こえるのです。これって対比の妙ですね。おそらく、そのffだって、客観的に聞けば、案外大した音量ではないのかもしれない。でも、前後の演奏が力んでいないから、ここ一発がスゴく効果的に聞こえるわけです。基本ベースになるのは、あくまで自然体な演奏で…やはりffは効果的に使わないと、いけませんな。

 実にさりげない味わいのある演奏でした。美しいし、技巧的だけれど、決してそれを見せつけないし、感じさせない。こういう高水準な演奏を日常茶飯的にさりげなく行ってしまうのが、プロのスゴさなんだなあと思いました。真剣に、余裕を持って、スゴい事をしているわけです。その点、アマチュアの巧みな演奏って、熱心だし一生懸命だけれど、余裕が無いんだよね。アマチュアの演奏は熱くて危ういけれど、プロの演奏はクールで確実だね。

 私も無駄に熱くならないように気をつけないと…。あと、フルートは当然[クラシック曲であるバッハであっても]ジャズ仕様で吹かないといけないので、私の場合は「ホールなりの演奏」ではなく「マイク前提の演奏」を念頭に置くことが大切ですね。「マイク前提の演奏」ならffは要らないですね。大きな音量が欲しければ、ミキサーさんがフェーダーをあげれば済む事なんだから。それよりも、マイクの通りの良い音で、なおかつ美音って奴を考えた方がよいですね。

 工藤氏の演奏は、高音がきれいなのは当たり前だけど、低音がすごくカッコよかったです。おそらく、あの低音の発音は難しいのだろうと思います。工藤氏自身「低音が続くと疲れる」って言ってました。でも、あの低音、マネのできるものなら、マネしたいものです。

 今回、色々な曲を演奏してくれましたが、私的にベストは、サンサーンスの「ロマンス」でした。あれは名曲だね。私も(無理だけど)吹いてみたいと思いました。渋くて、中間色っぽくて、薄曇りっぽくって、アンニュイで、いいなあ。簡単そうに聞こえるけれど、あの色彩感は、やたらと転調しているんじゃないかな? 和音進行がとっても不思議な曲でした。

 そうそう、工藤氏は譜めくりを右手でやってました。

 最後の最後に、サイン会をやっていたので、彼の最近のCD(福田進一氏との、ギターとフルートのデュオアルバム)を会場で購入して、サインをもらいました。まるでミーハーな女子高生みたいで恥ずかしかったけれど、いいんだい、オッサンになると、羞恥心というのが無くなるんだい。しかし、お姉さんたちに混ざって列に並ぶのは、かなり恥ずかしかったです(照)。

 棒吹きから脱却するためのヒントを、たくさんいただいたような気がします。やっぱり、たまには、一流奏者の演奏を生で聞かないとダメだね。

2010年11月 7日 (日)

こんな番組を見て、大人になりました[2010年11月第1週・通算40週]

体重:96.8kg[+0.2kg:-12.1kg]
体脂肪率:29.9%[+1.1%:-2.9%]
BMI:30.6[+0.1:-3.9]
体脂肪質量:27.9kg[+0.1kg:-9.2kg]
腹囲:95.0cm[+-0.0cm:-9.3cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 おたびダイエット22週目です。減りません(涙)。いや、むしろ増えました(涙々)。気持ちが凹むばかりです。いっそ、腹をかっさばいて、内臓脂肪とやらを強制排除したい気分です。外科手術が可能なら、やってみたい気分です(マジ)。
 
 
 さて、私はそう遠くない将来に50歳になるオッサンです。いわゆるマンガ世代、アニメ世代のハシリの世代です。子どもの頃は「巨人の星」とか「あしたのジョー」とか「男おいどん」とか「天才バカボン」とかを雑誌連載で読んでました。まあ、つまり「マガジン派」だったわけです。二つ年下の弟は「ジャンプ党」だったので、ジャンプも読んでましたよ。「ど根性ガエル」とか「トイレット博士」とか「侍ジャイアンツ」とか「アストロ球団」とかを連載で読んでました。思えば、梶原一駒の全盛期にマンガと親しんでいた、幸せな世代ですね。

 テレビの話をすると、特撮モノは「(昭和の)仮面ライダー」や「人造人間キカイダー」の石森原作系の特撮に夢中だったし、巨大ヒーローものは「ミラーマン」とか「ジャンボーグエース」や「レッドマン」「トリプルファイター」「レインボーマン」を見てました。ウルトラマンシリーズは「帰って来たウルトラマン」から「ウルトラマンレオ」までですね。

 特撮じゃなくて、普通のドラマだと、やっぱり「ケンちゃんシリーズ」だよね。「すし屋」「ケーキ屋」「おもちゃ屋」とか、ケンちゃんって自営業の子だったんだね。少女向けのドラマやアニメは見ていなかったけれど、「美しきチャンジャー」だけは、近所に住んでいた森次晃嗣さんに厳命されて(笑)見てました。もちろん、当時の男の子必見の刑事ドラマの「太陽に吠えろ」はジーパン刑事~スニーカー刑事のあたりを見てました。あ、「刑事犬カール」も見てた(爆)。

 バラエティは、ドリフの「全員集合」も見たし、クレージーキャッツの「出発進行」も見たけれど、欽ちゃんの「欽どこ」がやっぱり好きでした。テレビ番組なのに視聴者からのハガキでネタをやるなんて、今考えると、なんとも悠長な番組でしたね。

 アニメは「マジンガーZ」や 「(昭和のカラー版)おばけのQ太郎」「ハクション大魔王」「いなかっぺ大将」「ガッチャマン」あたりをリアルタイムで見てました。

 …見ていました。そうです、白黒テレビでね(笑)。ウチは貧しかったので、店頭で白黒テレビを販売しなくなるまで、ずっと白黒テレビでした。よその家のテレビには色が付いているのに、ウチのテレビには色がなくて、悲しかったなあ…。学校でテレビの話をしても、いま一つ、友達とかみ合わなかった覚えがあります。

 夏休みなどになると「東映まんがまつり」とか「東宝チャンピオンまつり」などの子ども向けの映画が近所の映画館にかかるので、毎回、欠かさず見に行ってました。何が楽しみと言っても、普段白黒で見ていたマンガ(アニメのことね)をカラーで見られるのが幸せでした。

 映画と言うと、子ども向けは怪獣映画が全盛期だったけれど、私はゴジラも好きだったけれど、やっぱりガメラが好きだったね。「ガメラ対大魔獣ジャイガー」で貧血で気を失ってしまったガメラの姿が魂に刻み込まれているよ。

 そう言えば、私は宮崎駿の「パンダコパンダ」を劇場で見ているんだよね(すごいでしょ)。

 テレビは今よりもたくさん、子ども向けのアニメとか特撮とかを放送していたと思う。新作はもちろんだけれど、再放送も頻繁にやっていたと思う。おそらく、今ほど子どもたちが忙しくなく、子守をテレビにさせる需要があったのだと思う。だから、私は私の世代よりも前の世代が夢中になったような番組も再放送で結構見ています。

 例えば、特撮だと「ジャイアントロボ」とか「ウルトラマン」「ウルトラセブン」とか「仮面の忍者赤影」とか。そうそう「忍者ハットリ君」もアニメじゃなく特撮で見たなあ…。この手の番組って、夏休みにたっぷり再放送していたんだね。特撮の範疇に入らないかもしれないけれど「サインはV」も何度も見たよ。

 アニメだと「スーパージェッター」とか「花のピュンピュン丸」とか「サスケ」とか「(白黒の)パーマン」「エイトマン」「マッハGoGoGo」「おらぁグズラだど」「もーれつア太郎」とかかな? 

 でもやっぱり再放送アニメって話になると「(白黒の)鉄腕アトム」とか「W3」とか「どろろ」「悟空の大冒険」とかの手塚アニメがおもしろかったなあ。手塚アニメは結構好きだったけれど、めったに再放送されなかったような気がします。白黒作品が多かったせいもあるだろうし、虫プロが倒産しちゃったということもあるでしょうが、そんな大人の事情は子どもは関知しません。それにウチは白黒テレビだったので、別に白黒アニメを放送されても全然OKだったんだけれどなあ…。手塚アニメがたまに再放送されると、ほんと、夢中になってみたものです。

 子どもの頃のテレビ番組の話なら、まだまだ、語れると思うけれど、キリがないので、この辺で。まあ、この手の番組を見て、私は大人になりました。

2010年11月 6日 (土)

キッカが転覆しました

 そうなんです。標題の通り、キッカが転覆しました。

 あれは、先週の土曜日「金魚はみんな元気です」なんて事を書いてアップしたその日の夜の話です。バシャバシャって激しい水音がしたので、水槽をのぞいてみたら、キッカが激しく泳いでいるんです。どうやら、水草がカラダに絡まってしまって、力付くで水草を外そうとして、懸命に泳いでいるんです。

 この水草に絡まるというのが、なぜか、キッカの得意技で、他の子たちは決してそういうことはないのですが、キッカはたまに水草に絡まっているんです。今回もまたそんな感じか~と思っていたところ、なんとか水草を外したキッカが、プカリプカリとお腹を上にして浮かんじゃったんです。見ると、呼吸もやや激しい状態です。これは転覆しているが苦しいのが、苦しいから転覆しているのか知りませんが、飼い主的には大ショックです。だってね…、

 次に星になるのは、ブニョじゃないの?

 キッカって、私の中では、今の今まで健康優良児だったんですよ。いつも安定した元気一杯の子なんですよ。対するブニョはいつもどこか怪我している、なんかいつもヨタヨタしているし、いつ星になっても不思議じゃない雰囲気の子だし、最年長だしオバサンだし。私の中では、次に星になる子候補として、ブニョに注意していたのに、なんといきなり転覆したのはキッカです

 え、次はキッカなの?

 転覆になったからと言って、すぐに星になるわけじゃないです。ただ、転覆になったら、もうカウントダウンが始まります。私も残念な事だけれと、キッカのカウントダウンを覚悟しました。

 実際、キッカもオバサンだもんな。

 ところが、ものの15分ほど、転覆していましたが、やがて立ち直りました。今では、転覆の気配すら感じさせません。一体、何があったのでしょうか?

 ただし、金魚は死ぬまで元気な生き物です。普段から、ヨレヨレしているブニョが変わり者で、本当はキッカのように、弱ったところを見せないのが、正しい金魚の姿というものです。

 キッカは今のところは元気にしていますが、たとえ短時間とは言え、転覆したのは事実。本当はかなり弱っているのかもしれません。これからは、キッカの動向に注意していきたいと思います。

 命あるものはいづれ皆死んでしまうとは言え、できるかぎり、元気で長生きしてもらいたいものです。

2010年11月 5日 (金)

物欲が無くなりました

 …一時的な事かもしれませんが(笑)。

 あ、これはもちろん、限定された話です。それも、ヴァイオリン限定の物欲です。何となく、ヴァイオリン関係のものが、あまり欲しくないのです。いらないというのではなく、満ち足りているって感じかな?

 先日、アルタスフルートフェアに行った時、フルートはもちろん試奏してきたし、棚にあるフルートたちをしげしげと眺めてはタメイキをついたりと、まあ、いつもの事をしてきたわけです。

 …次にフルートを買うとしたら、どんなの買おうかな?…

 私には、いつも、こういう気持ちがあります。まあ、財布は寂しいのに、ほんと、物欲まみれですね。

 その足で弦楽器売り場に行って、まっすぐレジに行って「ヴィジョン(ヴァイオリンの弦です)をください」と言って、店員さんが弦を持ってくるのを待って、お金を支払って帰って来ました。ヴァイオリン売り場に行ったのに、ヴァイオリンを眺める事もなく、弓を眺める事もなく、小物の類や、ヴィジョン以外の弦を眺める事もなく、ただ、弦の指名買いをして、お金を支払って帰って来ました。

 いやあ、ヴァイオリンに関する物欲というか、興味がトンと無くなりました。なんか、自分でも、清々しい気分です。これは一体どうした事でしょうか?

 フルートは、マジで、次のフルートが欲しいです。三本目のフルートが欲しいです。

 だからと言って、現在の楽器に不満があるわけではありません。いや、むしろ、大満足しています。大満足をしているし、愛しているけれど、もう一本、別のフルートが欲しいです。買うなら、どんなフルートがいいか、常に妄想しています。それくらい、フルートが欲しいです。物欲まみれです。

 ところが、ヴァイオリンは、なんか、そういう気持ちになれないんですよね。

 現在の楽器に満足しているかと言うと、実は微妙です。現在の楽器は好きです。でも不満はありますよ。音量とか響きとかに物足りなさを感じます。それと、いかにも安物(ってか、オモチャレベル?)だし、人前で弾くチャンスは、今はありませんが、そういうチャンスの時に、今の楽器だと、かなり恥ずかしいかも…という気持ちはあります。

 だから、ちゃんとした職人さんの作った楽器の方が絶対にいいと思うし、そういう楽器が手に入ったらうれしいと思うものの、今、そういう楽器に興味がわかないんです。だから、ヴァイオリン売り場に行っても、ショーケース一つ眺める気分になれないんです。休日に、わざわざヴァイオリン屋さん巡りをしようと言う気にならないのです。

 弓もそう。私の弓は、たかがカーボン弓。安物…とは言いたくないけれど、客観的に言えば、やっぱり安物。オールドフレンチ弓とまでは言わなくても、もっとちゃんとした弓に対する憧れくらい、あっても良さそうだけれど、それも無い(笑)。

 ヴァイオリンって、色々と消耗品があるじゃないですか? 例えば、弦であったり、例えば、松脂であったり。そういう小物に凝る人とか、色々と試してみる人っているじゃないですか。私も本来は凝り性だし、そういう方面にはまってもいいのに、今回は全く、そういう気配がありません。

 ヴァイオリンの弦は、最初に行った店で(スズキ君に対して)ヴィジョンを薦められたので、そのままに継続使用しているし、松脂も色々あるのは知っているし、不満がある(なんか弓に上手く付いていない様な気がします)のに、そのまま、最初に薦められたピラストロの「シュヴァルツ」を黙って使っています。ヴィジョンにしてもシュヴァルツにしても、ミヤマやカヅノに最適かどうかは分かりませんが、他を試そうという気が起こらないのです。

 肩当てをプラ製から木製に変えたあたりで、急にヴァイオリン関係の物欲がしぼんでしまったようです。

 私の中では、ひとまず、ヴァイオリン学習環境、完成…って感じなのかな? いわゆる一つの“コンプリート”状態? 安い中華ヴァイオリンを素人が仕上げた“なんちゃってヴァイオリン”に、手ごろなお値段のカーボン弓を組み合わせ、安いヴァイオリンケースと、(高級弦の中では)安いヴィジョンと、安い木製肩当てで満足しちゃったみたいです。

 いいのか~! それで!!

 ヴァイオリンって、本来、ブルジョワジーの楽器なのに、すっごく庶民的なレベルで満足しちゃっている私がここにいます。いやあ、カネ、かかってねーなー。

 だってサ、本来、ヴァイオリンってのは、お金がやたらとかかる楽器のはずなのに、私が使っているヴァイオリンセットの、極めて安価な事! ヴァイオリンなんて、フルートの3倍の値段してても不思議じゃないのに、約1/3だよ。あまりにお金がかからなすぎ。

 その、とっても庶民的なセットなのに、その上を欲しがらない私がいます。別にヴァイオリン(の値段)なんて、どうでもいいよ、とは思ってます。

 ただ、本当に、物欲がないんです。モノを買いたくないのです。むしろ、買い物に行く時間があったら、ヴァイオリンを弾いていたいです。つまり、物欲はないけれど、練習欲はあります。ヴァイオリンをバンバン弾いて、早く、一人前になりたいものです。

 もそっと、ヴァイオリンの腕が上達したら、物欲が出てくるかな? なんか、そんな気もします。

2010年11月 4日 (木)

歌劇団、本番でした[音源は…有るような無いような]

 昨日の嵐は過ぎ去り、我が歌劇団のデビューの日となりました。もう私は、朝からうれしくてうれしくて…。いやあ、いつも本番の日って、楽しいんですけれど、今回は特にうれしくて、たまりません。台風はきれいに過ぎ去ってくれたし、もう朝から顔がニコニコしちゃうくらい、うれしくて、待ち遠しかったです。

 私たちの演奏は夕方5時ごろの予定でしたが、私は昼前には会場入りをしました。と言うのも、大きなイベント(「合唱のつどい」)の中で歌うわけですから、歌劇団の団長さんとしては、そのイベントを運営するための裏方仕事もしなきゃいけないんです。もちろん私一人では手不足なので、我が団の会計さんにも手伝ってもらいました。

 「合唱のつどい」そのものは、12:00開場、12:30開演です。裏方仕事は、前半後半の二つに分けて、前半出演団体は後半の裏方仕事を、後半出演団体は前半の裏方仕事をする事になっています。なので、後半に出演する我々は、前半の裏方仕事の担当なんです。ですから、12:00~15:30の三時間半、しっかりとドアマンとして立ちっぱなしで働きましたよ(ぶいっ!)。

 ちなみに我が妻は、他団体(もちろん合唱団、それも二団体)にも参加しているので、朝早く出かけ、午前中いっぱいは他団体の練習に参加して、イベントの前半はそちらの団体で歌いまくっておりました。

 そうそう私はドアマンの仕事をしていたのですが、ドアマンの仕事はドアの開閉以外に、お客さんから、どの団体は何時ごろの演奏なのかと尋ねられる事もあります。私が歌劇団関係者と知ってか知らずか「歌劇団の演奏は何時からですか?」と三人の方から尋ねられました。他の団体の出演時間も尋ねられましたが、三人の方から尋ねられたのは、我が歌劇団だけ。意外と人気あるなあ…と言うか「合唱のイベントなのに歌劇団? 一体、何やるの?」みたいなノリで注目されていたのかもしれません。

 ま、今回、我が歌劇団は、寄席で言うところのイロモノさん的な立場での参加だから、目立ってナンボなんで、ちょっぴり手応えを感じました。

 さて、裏方仕事に従事した私団長と会計さんが、仕事から解放されると、いよいよ我が歌劇団の集合時間です。みんな、オトナだから、遅刻もせずにしっかり集まりました(エラいエラい)。現在病気療養中の団内ピアニストさんも譜めくり係として参加してくれました。感謝です。

 当日の色々な確認をし、それぞれの控室で着替えをしたら、もう本番のための集合時間です。さっそくバックヤードに入り、リハーサル室で極々短時間(七分程度)のリハーサル(簡単な発声と一回だけ通し)をしたら、舞台袖に移動して、本番舞台です。

 本番衣装ですが、女性陣はなかなかオシャレで良かったですよ。「合唱のつどい」という事で、いつもの発表会衣装よりも地味めにしたのですが、いやあ、他団体の合唱メンバーって、結構ハデですね。周りがアレだけ派手だったんなら、ソリスト集団である我々は、もっと派手めの衣装でも良かったかもしれません。ま、この件に関しては、今後の課題です。

 私の衣装は普通のタキシードで、キング先生も普通に(ちょっと立派なオーダーの)式服でした。男性は女性を引き立てるために地味でいいんです。でも、先生はマエストロですから、本来はタキシードでもいいので「どうして式服なんですか、タキシードを着ればいいのに…」と尋ねたところ「タキシードを着たら、歌いたくなるでしょ」という返事でした。やっぱり歌いたいんだ…。ちなみにキング先生、この日は指揮だけで、全然歌う予定はないにも関わらず、朝からしっかり発声練習をしてきたそうです。おまけに絶好調だったらしいです(笑)。

 私は先生に服装チェックを受け、しっかりカマーバンドを絞め直されました。いやあ、デブな歌手はたいていカマーバンドを緩めにする傾向があるそうですが、それは発声という点では、ありえないそうなので、しっかりとお腹を締めつけられてしまいました。実際、カマーバンドはキツいくらいの方がいい声が出るのだそうです。女性はカマーバンドの代わりに、コルセットで腹を絞めるとバッチグーなんだそうですよ。

 団員の皆さんは楽譜を持って舞台に上がりましたが、私は舞台に音叉を持っていきました。ま、半分はお守り、もう半分はおまじないのようなものです。リハーサル室に入る前あたりから、カラダをほぐしながら、時折音叉を鳴らして聞いていました。なにしろ、バックヤードにしても舞台袖にしても、色々な音が聞こえるわけじゃないですか? そんな音を聞くともなく聞いているうちに、音感のない私は自分の歌うべき音を見失うわけで、それを防ぐために音叉を聞くわけです。普段の練習でも音叉を聞いてから音取りをして、それで歌っていましたので、音叉の音を聞くことで、そのいつもの感覚を取り戻すわけです。あと、不思議と音叉の音を聞くと、心が落ち着くという事もあります。とにかく舞台に上がる直前まで、節目節目で音叉の音を聞いていました。音叉の音を聞いては、ハミングをして、響きの確認をしました。

 リハーサル室に入りました。キング先生がおっしゃいました。「皆さんの人生の中で、おそらくこの曲を歌うチャンスはあと2回です。一つはこのリハーサルで、最後はあの舞台の上で…」 まさにそうですね。いよいよ「木綿のハンカチーフ」の歌い納めの時がやってきました。ちょっと残念な、しかし、いよいよ本番なんだなあという感激が沸き上がりました。普段はフニャフニャしている私ですが、このあたりで、ようやく戦闘モードに入れたような気がします。

 リハーサル室を出たら、いよいよ舞台です、本番です。

 自分たちの出番を待って、舞台袖で控えていると、舞台袖が広く感じます。そりゃあそうだよね。100名を越す大所帯の合唱団だって出場するんだもの、そりゃあ舞台袖って、広いに決まっているよね。そこへたった9人(ソプラノ3人、アルト2人、テノール1人、指揮者1人、ピアノ1人、譜めくり1人)で控えているわけで、舞台袖が妙に広々していると感じるわけだ。

 前の団体の演奏が終わりました。いよいよ我々の出番です。まず最初に入場するのは、合唱&ピアノを担当する女性陣。彼女たちが入場し、準備が整ったところで、我々男二人が入場(だってソリストと指揮者だもん)です。指揮者、ソリスト、ピアニストの三人で客席に向かって礼をしたら、演奏準備にかかります。

 まずは立ち位置の確認。もちろん、大雑把な立ち位置は事前に決めてあるけれど、ステージ練習というのが無かったので、微調整が必要です。特にピアニストとソリストはちょっと距離が離れてしまうので、ピアニストから私が視認しやすい位置に立たないといけません。で、なおかつ私的には声の的(一階奥の調整室の上にある緑のランプを的にロック・オンしました)とマエストロであるキング先生が同じ視界に入るように立たないといけません。指揮者的には、全員を一望できるポジションを確保しないといけないわけで…。まあ、色々あるわけです。

 立ち位置が決まったところで、私は静かに深く息を吐き出しました。それから、思いっきり深く吸ったら、ふたたび静かに深く息を吐き切ります。…そして、静かに“音楽の神様”が降りて来るのを待ちます。神様が降りてきたところで、指揮者にOKの合図を出します。指揮者は全員の準備が整った事を確認したら、おもむろに指揮棒を振り下ろして、我々の演奏が始まりました。

 私は、今まで、何度か、このステージで歌った事があります。だから慣れているつもりでした。

 でも、今までの大ホールでの舞台経験って、全部、合唱団員としての経験でした。いつもステージの下手奥のひな壇に立って、オーケストラやソリストたちの後ろで、集団の中に隠れるように歌っていました。

 だから、このステージに立つことには慣れています。慣れているので、別に気負った気持ちもなく歌い始めましたが…。

 いやあ~、ソリストとして舞台に立つ、ってのは、合唱で舞台に上がるのとは全然違いますね。だってね、私の前には誰もいないんです。私のちょっと前で舞台は切れ、いきなり、観客なんですよ。ほんの5メートル程先には、お客さんが座っていて、じっと私を見ているんです。指揮者であるキング先生は前と言うよりも、感覚的には横にいるって感じだし、ピアニストはむしろ後ろ。合唱を担当する団員は、本当に私の後ろにいて、後ろから声をかぶせてきます。まずはその感覚にちょっと戸惑いました。

 歌い始めたところ、第二の戸惑いが! と言うのも、歌いだした私の声が、どこからも返って来ないんです。これにはちょっとビックリ。歌っても歌っても、何も返ってこないんです。声がドンドン会場に吸い込まれていくのです。いつも私は、自宅であれ、練習会場であれ、壁に跳ね返って来る自分の声を聞いて、軌道修正をかけながら歌っているのに、何も返ってこないのです。おそるべし、大ホール。声が行ったっきりです。モニター無しの状態です。とにかく、自分の声に、歌に、修正が掛けられません。今までの練習とバックから聞こえるピアノの音、コーラスの歌声、そして指揮者を信じて、歌い続けるしかありません。

 色々と戸惑いはあったものの、戸惑ってばかりでは音楽になりません。もう、指揮棒は振り下ろされたのです。たとえ客前であっても、たとえ声が帰って来なくても、黙々と歌うだけです。

 本番の私は、意外と冷静だったと思います。

 歌いながら、客席の1000人を越える人々の視線が私に集まっているのを感じました。…いや~~、気持ちいいです。会場が大きいし、壁からのフィードバックがうまくできないにも関わらず、きちんと声のセーブもできたと思います。指揮者をきちんとガン見して、先生の指示のすべてを読み取れたと思います。声もきちんと的に当てていけたと思います。リズム的には何カ所か走ってしまった箇所がありましたが、そんな事故があっても、パニくらずにやり過ごせたと思います。

 とにかく心配だったのは、歌詞が飛ぶことです。実は練習では、時々歌詞が飛んでしまって、音楽が崩れてしまいました。練習ならともかく本番で、ソリストが歌詞を忘れる/間違える/口ごもる、なんて事があってはいけません。私は歌いながら、常に次の歌詞を想起していました。指揮者であるキング先生も、先手先手でプロンプターとして歌詞を教え続けてくれます。おかげさまで、本番舞台では、歌詞を飛ばす事も、口ごもることもなく、歌い続けられました。

 ピアノはいつも安心した気分で聞いていられます(当たり前)。バックの女声合唱を担当していた団員さんたちも、だいぶ良い感じで歌えています。さすがに前日の嵐にもめげずに猛特訓しただけの事はあります。たった一日の特訓でしたが、その成果は現れていたと思います。アルトの二人の女声ソロもよく頑張ったと思います。

 私たちの演奏を冷静に振り返れば、色々とキズはあります。でも結団してまだ1年にも足りていません。練習もたった4回しかしてません。それでこれだけ歌ったのですから、まあ、良しとは言えないにせよ、上出来でしょ。最初からベストが出たら、もう歌劇団をやっている意味がなくなっちゃいますからね。それに問題は山積してますが、それはそれです。だって、それらの問題は、課題として、今後の練習で取り組んで解決していけばいいのですから。

 演奏も進み、いよいよ「木綿のハンカチーフ」も4番に入り、テンポチェンジをした所で、私のソロの聞かせ所になります。最後の最後のffの箇所が、この曲のクライマックスになるわけです。そこでffを出した私ですが、この時に始めて、私の声が舞台に返ってきました。いや、返ってきたと言うよりも、舞台の上から声が降ってきました。

 ホール全体に声が響き渡って、舞台には上から声が降ってくるって…これはもう、身震いがするほどに感動です。生きてて良かった…。マジでそう思いました。演奏中にも関わらず、ちょっとウルって来ました。キング先生がおっしゃるには、その瞬間、ほんのわずかな時間ですが、私はフリーズしていたらしいです。そりゃあ、あの感動の中ですから、色々と止まるでしょう(笑)。あの瞬間が、私の今まで人生の中でも、最良の瞬間の一つであった事は間違いないです。後で先生からも「墓場に持って行けるいい思い出ができましたね」と言われましたが、まさにそうですよ。

 とにかく、歌劇団全員、無事に歌い終えました。万雷の拍手をいただきました。あれは儀礼的な拍手ではなく、本当に喜んでいただけた拍手だと私は信じてます(かなり自惚れてますが勘弁)。…イロモノとして、良い仕事をしたと思います。

 幸福感に包まれながら舞台を降りました。歌い終わった団体は、舞台袖に戻らずに、そのまま客席に降りて、次の団体の演奏を聞いてから、控室に戻ることになっていますが…はっきり言って、次の団体の演奏を聞いていると言うよりも、歌い終えた興奮を一生懸命冷まして平常心を取り戻すのに忙しかったくらいです。

 控室に戻る途中、一度ホワイエに出ました。そこで応援に来てくださったBEEさんとお会いでき、過分なお誉めの言葉をいただきました、感謝です。

 その後の私は…もう英雄扱いですね。控室に戻る道すがら、知っている人も知らない人も、すれ違う人たち皆さんから「ご苦労さま」「すごかったね」「素晴らしかったよ」「良かったよ」などの言葉掛けをたくさんしていただきました。他団体の指導者の方々からも、ご挨拶いただきました。それらの大半が、たとえ社交辞令であったとしても、ソリスト冥利につきると思いました。だってね、いくらどんなに素晴らしい歌唱をしても、合唱団員では見ず知らずの方から声をかけていただけるという事はありませんから。ああ、ソロを歌ってよかった。

 歌い終わって、しみじみと思った事は、声楽を始めてよかったという事。私は歌が昔から好きだったし、下手くそながら合唱とかにも色々と参加して、それなりに人前で歌うという経験を積み重ねてきました。合唱のステージの後も充実してますが、やはり声楽のそれとはちょっと質が異なります。もちろん、今回のような大ホールでの歌唱となると、全然違うのは当然かもしれませんが、いわゆる発表会のような、小さな会場でピアノ一台歌手一人で歌ったとしても、合唱とは充実感が違います。そして私は、合唱でのそれも嫌いではないけれど、やはり声楽の充実感の方が好きだな、とホントしみじみと思いました。

 おそらく、私は合唱よりも声楽の方が気質的に合っているのかもしれません。

 それと改めてだけれど、私の声は、生粋のテノールだなあ…。自分で感じているよりも、ずっと音色が明るくて深いなあ。高い音が苦手で、音域的にはテノールというよりも、むしろバリトンの領域なんだけれど、でもやはり声質的にはテノールだな。今後は、益々の音域拡大を目指して、テノールとして必要な音域を獲得していけば、色々と道が開けそう…。せっかく、これだけの声を音楽の神様からいただいているんだから、頑張って練習しないとな。

 今回はソロを取ったけれど、次はアンサンブルの一員として歌うのもいいなあと思ってます。ああ、重唱がやりたいな、たっぷりやりたいな。

 あと、オーケストラの伴奏で歌ってみたいです。オーケストラが贅沢ならば、弦楽合奏でもいいです。弦楽合奏をバックに歌いたいなあ。そのためには、弦楽合奏をしているお友達を作んないとネ。あるいは、歌劇団にゲストとして呼んじゃおうかな! アマチュアテノールですが、こんな私と共演しても良いというオケの皆さん、もしもいらっしゃいましたら、ご連絡お待ちしています(爆)。

 さて、今回の音源は、このブログではなく、キング先生のブログに貼ってあります。なので、我が歌劇団の演奏(&私の歌)を聞きたい人は、キング先生の当該記事(こちらです)からお聴きください。アップされた演奏は、公式音源によるものです。プロの録音技師さんが、ちゃんとした機材で録音してくださったもので…ううむ、立派な音で取れてます。なんか私が目の前で歌っているように聞こえますが、実はマイクの位置はホールの中央だったりします(元来、合唱団体の録音をするためのマイクセッティングなんです)。あんな遠いところにマイクがあったにも関わらず、これだけクリアに取れるとは、さすがはプロの技師さんだね。この演奏、私の葬式の時に流してもらおうかしら(嘘)。

蛇足 この日の夜、私のところに一通のメールが届きました。我々の演奏を聞いたのかどうか確認していませんが、地元の某合唱団の団員さんが、我がキング門下に入りたいというお問い合わせでした。偶然かもしれませんが、もしも我々の演奏を聞いて、キング門下をご希望されたのだとしたら、とてもうれしく、とても光栄な出来事です。キング門下に入られたら、ぜひ我が歌劇団にも入団していただきたいくらいです。

2010年11月 3日 (水)

嵐の中、集まって練習をしました

 さて、いよいよ先日おこなわれた「合唱の集い」の話をしたいと思いますが…その前に、本番の前日に行われた「直前練習」の記事を書きます。いやあ、直前練習も立派な歌劇団の活動ですから(汗)、きちんと記録としてアップして残しておかないとね、ってわけで、本番の話は、明日アップするので、ちょっと待ってくださいませ。

 ってわけで、そうなんです。「直前練習」と言うのをしたんですよ。前日の午後にみんなで集まって猛特訓って奴をしたんです。まるで、学生の部活みたいですね。あ、オトナのサークル活動なんて、部活みたいなモンか(笑)。

 実は…我が歌劇団の特徴は「練習をあまりしない」という点でしょうか? なにしろ、月に一回集まって3時間程度歌って、それで「歌劇団でございます」って名乗っているのだから、ある意味立派だし、ある意味大物でしょ(笑)。なにしろ緊張感というのが欠如している人が団長をやっているくらいなので、何事もマイペースなんでございます。ガツガツしておりません。

 と言うわけで、実はこの「直前練習」。当初は、私のアタマの中には無かったんですね。本番前のレギュラーの練習が二週間前に入っているし、あとは各自で調整をして、必要なら勝手にパート練習でもやって、前日はのんびり過ごしてカラダを休めておけばOKなんて思っていたんですよ。はい、私という人間は、学生の頃、試験前日と言うと「なるようになるさ、ケセラセラ~」とほざいて、結局、一夜漬けもせずに早寝をして英気を養うタイプの人でした。なので「直前練習」なんて、そんな発想すらなかったのです。

 ま、私はそんな人なんですが、世間一般常識から考えると、やはり「直前練習」ってやっぱり必要でしょう。少なくとも前日あたりに集まって「明日は頑張ろうね!」と言って、気合を入れる…みたいな事は必要かもしれないし、あんまり私が(ソリストなのに)緊張感なくフニャフニャしているものだから、キング先生も「前日に集まって声を出しておいた方がいいんじゃないの~」と言い出す始末だし(笑)。

 じゃあ、とりあえず場所くらいは押さえといて、あとは自由参加で!って感じで「直前練習」の予定を組んでおきました。

 そういう段取りをしておいて、前回の練習(レギュラーの最後の練習)で、最後の仕上げとして、通し練習を録音したわけです。

 いやあ~、録音って残酷だね。見事にリアルに我々の欠点をえぐりだしてくれる(大笑)。ま、私はあんなもんだと思っていましたから「あちゃー、やっちゃっているねえ~」って感じでしたが、あの録音を聞いてソプラノさんたちがハート・オン・ファイヤー状態になっちゃったわけです(こちらの方が正しい反応だと思います)。

 そこで急遽クローズアップされたのが「直前練習」だったわけです。この直前練習、前日に集まれる人だけ集まって、適当に声を出して「明日、がんばろうねー」なんていう、ユルイ練習のはずだったのに、一挙にヒートアップしちゃいました。……特訓よ、特訓しないと、このままじゃマズいわ。直前練習でできる限りの事をしないと…ってわけです。

 ま、結果論としては、直前練習を設定しておいて、良かったなあと思ってます。と言うのも、私の誤算というのがありまして、いくらペケでもオトナなんだから、『必要があれば、勝手にパート練習するでしょ』と思っていたけれど、実はオトナって忙しいのよねえ…。勝手に集まってパート練習をするってのは、実は相当に難しいという事実と直面。

 もしも直前練習を計画していなかったら、きっと焦った気持ちを抱えたまま、だからと言っても何かができるわけでもなく、ジリジリとした気持ちのままで舞台に上がることになったわけです。そのジリジリした気持ちを解消するだけでも、直前練習の価値があると言うものです。

 もちろん、ジリジリした気持ちだけでなく、具体的にマズイところを修正するための練習をするわけなんですけれどね。いやあ、まさに「瓢箪から駒」って、この事だね(って、使い方が違っている?)。

 そうやって「直前練習」の役目がクローズアップされたところで、人生っておもしろいもので、そうなると今度は、アクシデントは色々と発生するものです。

 実はこの直前練習の日は、急に入れたものだから、指導者であるキング先生はダブルブッキングが発覚、1時間の遅刻でなければ練習に参加できない事が判明。そこで、急遽、団員のMさん[仕事の都合で今回の本番には不参加なメンバーさんです]に先生役をお願いしたのですが、そのMさんが直前に指を骨折(!)。その上、台風が接近(!!)。こりゃあ、直前練習は無理かも…って思いました。せっかくみんな、やる気になったのに残念無念って思いました。まあ、これなら、ぶっつけ本番(じゃないんだけれど)でも仕方ないかと覚悟を決めたくらいです。

 しかし、決めた以上はやらないと…。それがオトナってモンだよね。私も団長ですから、仕事が終わり次第、取るものもとりあえず、食べるものも食べずに、激しい雨風の中、練習に向かいました。私が会場入りした時には、すでにソプラノさんたち、全員大集合(笑)。いやあ、すごいよ、みんな。危機感を感じている人は、すごいね。電車止まるかもしれないのに、よく集まったものです。知らないよ、帰れなくなっても(笑)。

 先生役のMさんも、怪我をおして激しい雨風の中、やってきてくれました。感謝です。

 さて、練習開始です。とは言え、ソロパートがある、テノールさんとアルトさんは、声を温存するため、なるべく歌わない方向(笑)で、練習に燃えているソプラノさん中心で行いました。で、ソプラノさんとの合わせで必要な箇所だけ、アルトやテノールも歌うというやり方でやってみました。

 まずは、足踏みをしながら歌ってみました。これはリズムをカラダに入れための練習です。「木綿のハンカチーフ」という曲は、聞くと簡単に感じますが、楽譜を見ると、結構黒いし、アウフタクトはバリバリだし、普段クラシックしか歌わない人には、クラっと来る系統の曲なんですね。そこで、まずは、ポピュラーソング特有のあっちこっち食いまくるリズムをカラダに入れるために、足踏みをしながら歌ってみたんです。

 これは結構、効果ありますね…。全員で同じテンポで足踏みをすることで、面倒くさいリズムな箇所もバッチリ合います。また足踏みをすることで、細かなリズムも足の動きに合わせて取ることができます。問題は、本番では足踏みをしながら歌うわけにはいかないので、なんとかこの練習中にリズムをカラダに入れることです。

 それと足踏み練習のもう一つの効用は、インテンポで歌えるようになることです。この曲、リズムが面倒くさいのに、実は今まで、全くインテンポで演奏された事はなかったのです(爆)。と言うのも、この曲は元々の編曲の段階でも、あっちこっちでテンポが動いている上に、実際の練習では、そのテンポがソリストの気分で毎回違っていたのでした。

 それじゃあ、なかなかリズムがカラダに入らないよってわけで、まずは楽譜どおりの速度に合わせて、足踏みをしながらインテンポで歌う練習をしました。とにかく、インテンポで歌えない事には、テンポが動いた時に歌えませんから、しっかりインテンポでの歌唱をカラダに入れていきます。

 ちなみに、なぜこの曲を今までインテンポで歌っていなかったのかと言うと…もちろん、テノールさんが、フリーダムな人だから(笑)です。

 いやあ、この曲の基本テンポは、指揮者ではなく、ソリストであるテノールさんが決めているんですが、このテノールさんが、実にフリーダムな人で、毎回、曲の基本テンポが違う上に、歌いながら、勝手にルバートはかけるは、テンポチェンジはするはで、実にダイナミックな歌唱(大笑)をしているのですが、これにソプラノさんたちが毎回振り回されていたわけなんです。

 なにしろ、さっき歌ったタイミングで歌うと、次の時にはもう合わないってんだから、そりゃキビシイよね。で、このテノールさんが「本番では、もっと自由にいくよ~」って宣言しているわけで、それに合わせてるためには、まずは基本どおりインテンポで歌えるようにして、あとは臨機応変にテノールさんのわがままに付き合うという方向で対応することになりました。

 とにかく、これでリズムの問題は光が射してきたわけです。で、次はハーモニーの問題です。

 ソプラノがうまく歌えないところをピックアップしてみたところ、そういう箇所って、あまりクラシックではお目にかかれない和音…例えばSus4とかdimとか…でハモる箇所でした。うわっ、改めてビックリ。こんなややこしいコードでハモれって、そりゃあ簡単にはいかないよね。こういう箇所は、取り出して、この微妙な不協和音の響きを覚えて、恐れずに、あえてそこに突入していくという、勇気ある練習を何度も繰り返してみました。

 しかし、リズムにせよ、ハーモニーにせよ、ポピュラーソングって難しいね。クラシックオンリーの団員さんたちには荷が重かったわけだ。今更ながら納得。いやあ、テノール独唱と女声合唱の曲ってことで安易に選曲しちゃたのが、裏目に出たかな? もし、次回があるなら、バリバリのクラシック曲の方が我々には容易かもしれないなあと思いました。

 とにかく、たっぷり歌って疲れたので、休憩を入れたところで、ピアニストさんが、嵐の中を頑張って到着されました。普段は電車でやってくるのですが、今日は電車が止まるかもしれないというので、車で来たそうです(ナイス判断!)。指揮者不在のまま、通し稽古数回。合わせてみると、新たに気になるところが出てくるわけで、そういうところを数カ所、取り出して練習してみました。

 雨風はますます激しくなります。嵐が本格的になってきました。

 そんな感じのところで「電車が止まったよ~」というニュースを携えて、キング先生、ご到着。「台風がすごいので、さっさと通して終わりにするよ~」と宣言。

 ようやく、本日のフルメンバーが揃ったので、舞台の出入りの打ち合わせをしました。なんと、前日のこの段階で、ソリストの立ち位置変更! ピアニストとコンタクトを取りやすいように、舞台の下手側に立つ予定だったのだけれど、人数のバランスを考えて、急遽、舞台上手側に立つことになりました。いやあ、今まで左目で指揮者を見ていたのに、本番では右目で指揮を見るんだよ。足の組み方だって逆にしないといけないし…。うわあ、大丈夫かな、ワタシ?

 出入り&舞台配置が決まったので、実際に「入場 -> 歌 -> 退場」を通しでやってみました。最初の一回をやったところで、空を見て「解散~!」となりました。「え!」と思ったものの、実際に台風はますます激しくなってきたので、それは正しい判断でした。まさに、台風が最接近をする少し前の時間でした。

 さあ、泣いても笑っても、あと一回寝ると本番です。がんばってゆきましょう

おまけ 私は練習会場から歩いて帰宅しましたので、カサが壊れる以外には、何事もなかったのですが、他の皆さんは帰宅するのに、散々苦労をされたそうです。ごめんなさい。

おまけ2 最後の通し練習を録音したので、帰宅してから聞いてみたのですが…うん、まあ、なんとかなりそうだなって思いました。もちろん、なんともならない部分はなんともならないのですが(笑)。確かにこれなら、通し練習一回で解散というキング先生の判断も間違いじゃない…というか、みんな、直前練習、頑張ったんだなあって思いました。

 さあ、明日はいよいよ、本番の記事をアップします。

2010年11月 2日 (火)

開いたまま、歌い切れ!

 時間は「合唱のつどい」でデビューする、ちょっと前に戻りますが、声楽のレッスンに行ってきました。

 発声は、まずは立ち姿のチェックから。いつも「お腹を引け」と言われているので、そこはバッチリだったけれど、今度は「腰を伸ばして」って言われました。私、無造作に立つと、腰がくぼんで背中全体がS字に曲がるんだけれど、歌では、この姿勢は良くなくて、背中に定規が入ってるように、無造作にまっすぐ立つのが良いのです。そのためには、まず、腰のくぼみに注意して、ここが凹まないように立つ、と言うか、骨盤を後ろに倒して立つというか、しっかり腰をパンと張って立つことが重要と言うか。ま、ちゃんと真っ直ぐに立つことが大切なんです。

 で、その体勢で発声練習が始まったわけです。

 今の私は、高音を拡張している最中でありまして、そのために毎週毎週、あれやこれやと手を変え品を変えて、高音に挑んでいる最中です。で、今回は、なんと、歌劇団でやっている“腹筋運動”をやりながら発声するという荒行をやりましたよ(笑)。

 はは、腹筋運動をしながら、発声練習だって。これ、メッチャクチャな気がしますが、やってみると案外いい感じでした。上手い具合に、カラダのあっちこっちが開いて良いんですね。ただし、ちょっとシンドイので、こればかりはやれませんが。

 で、さらに「すとんさんは声を出す時に“声を後ろに”と言われると、どこをどんな風にしてますか?」と言う質問に「ここらへんをこんな感じにしてます」と、盆の窪のあたりに両手を持っていって、そこにピッコタンと三角屋根を作ったところ「それじゃあ、足りない!」と言われて「こんな感じで」と言われました。こんな感じというのは、後頭部全部をガバっと開くと言うか、ズモって引っ張り上げると言うか、そんな動作です。もちろん、リアルに後頭部が開いたり引っ張り上げられるわけはないのでして、感覚的に後頭部を開く/膨らます/スライドさせるような感覚です。とにかく、常にそういうイメージで発声をしていくのが大切なんです。

 どうにも、私は後ろがすぐに絞まってしまう傾向があるらしいので、ここは重要なポイントなんですね。

 さらに、高い声をきれいに出すために、下を向いて歌うというのをやりました。この下を向いて歌うと言う“下の向き方”が実に難しい。首だけを使って単に下を向けばいいのに、肩が動いたり、アゴが動いたり、重心が移動したり…そりゃあ、大変。単純な動作ほど難しいですね。

 ちなみに、下を向くという動作そのものが効果的なのではなく、下を向くと、より声が後ろに行くという意識付けがしやすく、その結果、響きが付け易くなるからだそうです。だから、下を向いて、響きがついたら、すぐに正面を向いて歌ってもいいのだそうです。つまり、響きで歌うきっかけを“下を向いて”歌いだすことでつかみましょうというわけです。同様な動作に“ハミングで響きを確認する”というのもありますね。

 たかが発声ですが、難しいです。

 コンコーネは、11番はとにかく終了。音程が良くなってきましたねと誉めていただきました。これも毎日の音叉学習のおかげでしょうか? 音叉を毎日聞いたからと言って、音感が身に付いた気はしませんが、自分の中に“基準になる音”が出来てきたかなって気はします。基準音の感覚があれば、あとはそこからの演繹作業ですから、何もないところで音程を作っていった頃よりは、いくぶんマシになったのだと思います。

 何事もやれば、やっただけの効果というものがあるわけで…。これからも音叉学習は続けていきますよ。

 コンコーネの12番は…課題山積みです。とにかく、私はこの曲が苦手です(汗)。色々とやっつけないといけない課題は山盛りですが、ひとまず「後頭部を開いて歌ってみよう」という事になりました。ここが開いたまま歌えると、グッドです。そのためには、体力をつけることです。シンドクなって、途中で休んじゃうと、せっかく開いた後頭部が閉じてしまいます。だから、そこは気を使わないと…。

 とりあえず、12番は頑張って、後頭部開きっぱなしで歌いました。難しいですね。疲れますね。おまけに、開きっぱなしで歌うと、今までとカラダの感覚がかなり違ってくるので、音程外しまくりです。でも、今の段階では、音程を気にしてはダメで、とにかく開きっぱなしの感覚を覚える方が正しい音程で歌うよりも大切なので、この調子で行きますよ。

 一度に色々な事はできないのだから、優先順位をつけて、一つ一つを確実にこなしていくだけです。

 さて「Addio!/さようなら」ですが、コンコーネで疲れ果てて、散々でした(汗)。体力ねーなー…。とにかく、1番の“estate~”の部分はもっとたくさん歌ってよしです。

 この曲も後頭部を開いたままで歌うように言われました。でも、コンコーネから後頭部開きっぱなしですから、もうヘトヘトです。ですから、低~中音はともかく、高い所は全然届かない(涙)。おまけに、まだ後頭部を開いたままで高い声を出す感覚がつかみきれていないから、音程外しまくりですし(涙)。なかなかキビシイです。

 …もしかすると「声を押す」と「アタマを開く」は反対語かな?

おまけ キング先生が合唱団の指導をしたいような事をボソッとおっしゃっていました。神奈川県周辺で指導者不在に悩んでいらっしゃる団がございましたら、ご連絡いただけますと、キング先生に橋渡しをしますよ。彼はあれで学生時代は合唱部でブイブイ言わせていたそうで、合唱魂は持ち合わせいらっしゃるようです。

おまけ2 先日のダイエット記事に、95Kgを切らないと発表会に出られないと書きましたが、それは私の勘違いだそうで、95Kgを切らないと発表会でオペラアリアが歌えなくなるだけだそうです。95Kgオーバーの時は、歌曲で発表会に出演だそうです。歌曲となると、トスティ歌曲でしょ。トスティで発表会も悪くないよねえ…。私、オペラも好きだけれど、トスティも好きだからなあ…。

2010年11月 1日 (月)

子どものリコーダー演奏みたい(笑)

 フルートのレッスンに行ってきました。今回のレッスンは「“To love you more”をサラッとやったら、バッハをやる」と言う約束でしたが、結局、“To love you more”を始めたら、それで終わっちゃいました。人生、そんなもんです。

 “To love you more”は今回の三曲の中で、一番まともに練習が進んでいる曲で「なんとかスタートラインに立てそう…」なレベルのところまで出来上がってます。

 とにかく、気を抜かなければ、指を間違えずに最後までイケます。イ長調(#が3つ)なのに、曲の中でバンバン転調していくのに、立派なモンです。去年の私なら、まるっきり歯がたたなかった事でしょう。

 で、なんとか指を間違えずにイケるところまで来たので、ようやく音楽作りに取り掛かれます。

 で、その音楽作りなんですが…真っ先に言われた事が、本日のタイトルである「まるで、子どものリコーダー演奏みたい」って事でした。

 いや~、私も薄々そうじゃないかと思っていたので「図星だなあ~」って思いました。

 とにかく、フルートを鳴らし過ぎるというか、私が吹き過ぎるというか、曲の最初から最後まで、全部ffで演奏しちゃっているわけで、情趣もヘッタクレもあったモンじゃないというのが、先生の感想です(って、こういう言い方はさすがにしませんが、つまりは、こういう事です)。ま、それに関しては、私も客観的な立場から、激しく同意します。

 ま、典型的な“棒吹き”って奴でしょう(爆)。

 「すとんさんは、フルートを良く鳴らす事で有名なんだから、そんなに鳴らさなくてもいいんですよ」とも言われました。どうやら、門下では、私のff演奏は、それなりに有名なようです(汗)。

 「セリーヌ・ディオンのような、きれいな女の人が歌っているつもりで吹きましょう」って言われました。望むところです。

 もっとも「言うのは簡単、やるのは難しい」わけで、さ~てと、どうしましょうか? とりあえず“常にff”は止めにしましょう(汗)。もう少し、響きを抑えましょうね。それと、本番までの間、切々と(あるいはネチネチと)フルートが吹けるようにしてきます。歌うとやりすぎる私ですが、フルートだとやらなさすぎる、というわけです。歌心って奴をフルートに注入してきますよ。しかし、なかなか世の中、ちょうど良いというのが難しいです。

 しかしffで吹くのって、気持ちいいんだよね。単純に音量が大きいのも気持ちいいけれど、何と言っても、自分の手の中でフルートの振動を感じながら演奏するってのは、言葉に出来ないほどの快感です。何かまるで、フルートに命が宿っているような錯覚さえ覚えますからね。ですから、気を入れずに吹くと、ついつい、自分の快楽を求めて、ffでぶっ飛ばしちゃうわけで…ちょっと反省です。

 でもね、息がフルートのスウィートスポットに当たると、ほんと、簡単にffが出ちゃうんですよ。別に力んでいるわけでもないので、実に見事なくらい、無意識に演奏すると、ffになるから、これが実に始末に悪い。いつも自覚的にフルートを吹きなさいって事なんだろうなあ…。

 楽譜は、一部直していただきました。16箇所、直しが入りました。これは多いのか少ないのか(笑)。

 そうそう、発表会まで約一カ月だというのに、側副靱帯炎が再発しました。右手指が痛いです。先生からは「パソコンのやりすぎですか?」と心配されました。そこで「フルートの練習のしすぎですか?」と心配されないのが、私らしいですね(笑)。実際のところ、原因は何だかよく分かりません。フルートを吹くのには、痛いだけで、それ以外の支障は今のところありません。ノドは人一倍強い私ですが、指は人一倍弱いのかもしれない。何しろ、私は、腕力なら、そちらのマッチョに負けませんが、握力は、そこらのかわい子ちゃんに負けちゃうくらいしかありません。元々、指にあんまり筋肉が付いていない人みたいです。

 それにしても、バッハのレッスンが一回、無くなった~。バッハのシチリアーノはかなりマズイんだよね。全然、吹けない(涙)。全然、指が廻らない(涙々)。こんなボロボロのどうにもならない状態のまま、本番を迎えそうで怖いです。

 …やっぱり、バックレるか…。

 「一年に一度の発表会です、この一年の成果を発揮しましょう!」と言われましたが…バッハはほんの少し前から始めたばかりだよ(と愚痴ってみる)。

 子どものリコーダーのような演奏でもいいので、シチリアーノは、止まらずに演奏してみたいものです。ちなみに、発表会で三曲も(下手くそな演奏を)披露するのは、私だけだそうです。他の兄弟姉妹たちは、やっぱり1~2曲を控えめに演奏するそうです。いやあ~、申し訳ない。私ってば、チャンスがあれば、いくらでも何度でも演奏したい人なんてす。ついつい、しゃしゃり出るタイプなんです。カラオケに行ったら、マイクを握ったまま渡さない人なんです(汗)。………演奏会ではなく、発表会なので、下手な演奏を3回も披露するところは、大目に見てやってください(謝)。

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