ひとこと

  •  お相撲さんは格闘家であり、その素手は強力な武器であるわけだから、土俵以外の場所では、たとえ素手であったとしても他人を殴ってはいけないわけだし、ましてやその手に器物を掴んで凶器を使用してしまったら、言い訳はできないし、そもそもやり過ぎだし、卑怯ですらあると、私は思う。今回の件は、日馬富士にも同情すべき点は多々あると思うし、魔が差したのかもしれないが、鉄拳制裁はアウトだと思う。武道や格闘技は、暴力とは違うわけだが、角界の範たる横綱が暴力を行使しちゃあ言い訳できないよなあ。
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2010年10月24日 (日)

何事にも先達はあらまほしき事なり[2010年10月第4週・通算38週]

体重:96.6kg[-0.2kg:-12.3kg]
体脂肪率:28.4%[-0.2%:-4.4%]
BMI:30.5[+-0.0:-4.0]
体脂肪質量:27.4kg[-0.3kg:-9.7kg]
腹囲:94.5cm[+0.5cm:-9.8cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 おたびダイエット20週目でございます。カラダはすっかり、おたびに慣れて、体重はちっとも変動しません。実にしっかりと“安定期”に突入でございます。こんなところで安定しなくもいいのに、イジワル~って感じでごわす。

 さて、今日の話は、最初、音楽ネタとして書き始めたのですが、書き上がった段階で「これは音楽とはちょっと違う話になったなあ」と思ったので、こちらのエッセイとしてアップします。

 

 何事にも“きっかけ”というのは必要だと思うし、案内人(先達)というのも必要なのではないかと思います。もちろん、自分の嗅覚を頼りに、おもしろそうなモノを見つけては、ドンドン自力で深めていくタイプの人もいるでしょうが、残念ながら、私は決して、そういうタイプの人間ではなく、案内人の方に丁寧に導かれて、名所旧跡の類の解説をされ、熱弁をふるってもらって、やっと「ああ、そんなに素晴らしいものなのか~」と心が動き、それから自分で動き出せるタイプの人間です。

 ザックリ言っちゃうと「アンテナが低く、それゆえに、他人に影響されやすい」人なのかもしれませんが、でも、そうとばかり言えない側面も持ち合わせています。

 私の場合、周囲に熱心に薦める人がいて、その人から多くの影響を受け、色々と試してみたものの、結局、ハマらなかったモノって、いくつかあります。

 例えば「釣り」「切手」「カメラ」「パチンコ」「鉄道」「車」「酒」「タバコ」「野球」「プロレス」などね。これらは、本当に熱心な人がいて、どれも一時は、その人に付き合って、熱心に取り組んだものの、結局、おもしろさが分からなくて止めちゃいました。これって、ひとまず、なんでも一度は自分の中に入れてみるけれど、入れて咀嚼をしているウチに、飲み込んでいいのもかどうかの判断を無意識にしているのでしょう。つまり、他人に影響されやすいばかりの人じゃないって事でしょ(笑)。

 で、今回は、そういう事を言いたいのではなく、身近に熱心に薦めてくれる人、つまり案内人(先達)って、いかに大切な存在で、私はそういう存在がなければ、何事にも取り組む事ができず、にっちもさっちもいかないって話をしたいと思います。
 
 
 私はたぶん、多趣味な人です。趣味に生きている部分があります。昔風に言うと“道楽者”なのかもしれません。まあ、身は持ち崩してはいませんが(笑)。人生、遊びながら楽しく生きていく人です。

 多趣味とは言え、実は、自分で積極的に飛び込んでいったものって、ほとんどなく、多くは周囲の人間関係の中で、影響され、そこから始めてみて、それで深みにはまったものばかりです。つまり、私の趣味のほとんどは、誰かの影響を受けて始めたものばかりで、そういう意味では、私に趣味の手ほどきをしてくれる人、つまり“案内をする人”がいなければ、趣味にならなかったモノばかりです。

 例えば、私は音楽が趣味ですが、これなんかは、まさにそうです。

 私が子ども時代に過ごしていた家庭には、音楽というものがほとんど存在していませんでした。実は、それは今でもそうです。私は音楽に無関心な家庭に育ちました。なので、中学生くらいまでは、私の音楽のすべては、テレビから流れてくる音楽、つまり「演歌」と「ムード歌謡」と「アイドル・ソング」と「和製フォークソング」だけでした。でも、それでも、結構楽しんでいましたよ。沢田研二とかアグネス・チャンとかが好きな、普通の子でした。

 今では、日本のその手の音楽よりも、圧倒的に洋楽が好きな私ですが、これは中学に入って知り合った友人が洋楽オタクで、特にビートルズオタク(レノン命)だったので、毎日、ポール・マッカートニーの悪口を聞かされているうちに、ビートルズを入り口として、洋楽全般に詳しくなっていったからです。特に、その友人が反面教師となり、その友人が毛嫌いしていたカーペンターズとかアバとかオリビア・ニュートンジョンなどの、スウィートなポップスにハマったものです(当時、私も中学生でしたから、へそ曲がりというか、厨房だったんですね)。あ、もちろん、その友人が薦める、ビートルズとかツェッペリンとかも大好きよん。ま、その友人がいなければ、私はきっと今頃、スナックで演歌を唸るオヤジになっていたと思います。

 中学高校と洋楽漬けになった私ですが、大学に入ると、友人の質もガラっと変わり「音楽と言えば、ロックではなくクラシック」という人々と付き合うようになりました。特に、学生時代に私にしつこく付きまとい、ウザがられながらも「必聴交響曲40選」なんてリストを勝手に作って、私に押しつけ、なおかつ、「あれ(リストの曲)を聞いたか!」としつこく迫ってきた友人のおかげで、私のクラオタとしての基礎は作られたと思ってます。もし、彼が私にクラシック音楽を強力に布教しなければ、きっと私はクラシック音楽とは無縁な人間になっていたと思います。

 就職してまもなく、私のデスクの隣のお姉さんが、いわゆるペラキチ(オペラの熱狂的なファン)で、来る日も来る日もプラシド・ドミンゴ情報(プラシド・ドミンゴは、20世紀のトップテノールの一人です)を教えてくれるし、いかにマリア・カラスは偉大な歌手だったかと熱く語るし、カラスとテバルディとの確執はスゴかったと教えてくれるし、それ以外にも当時のオペラ界の色々なゴシップ話を教えてくれるし、生で聞いたデル・モナコは鳥肌モノだった事とか言うし…そんな一人語りを勝手にしてくれた上に、休日ごとに私を自宅に拉致して、朝から晩まで、何本もオペラのLD(当時はLDが時代の最先端でした)を見せつけてくれました。私の意見も聞かずに(大笑)。

 気がつけば、一緒にオペラを見に行くくらい、私もオペラにハマっちゃいました。そのお姉さんは数年前に天国に行かれましたが、おそらく今は、あっちでパヴァロッティのコンサートに出かけていることでしょう。この人がいなければ、私は、オペラやクラシック声楽の魅力に一生気付かぬまま、年をとって死んでしまった事でしょう。

 私は金魚が好きですが、実は鳥も好きです。これでも、近所の野鳥には、ちょっとだけ詳しいです。これも、嫌がる私を無理やりにバードウォッチに駆り出して、あっちこっちと連れ廻してくれた友人のおかげです。野鳥のことが少し分かると、空を見上げる回数が増えるものです。

 土いじりも好きですよ。農家の友人ができて、自由に使える畑があった頃は、色々な野菜を作ったものです。野菜って、植えれば育つというほど簡単なものじゃなく、色々と面倒くさい部分があるのですが、農家の友人に色々と教えてもらって、色々と実践をしながら学んだものです。春菊の花って、黄色いんですよ。

 いかに案内人が大切かと言うと、これらの洋楽にせよ、クラシック音楽にせよ、オペラにせよ、バードウォッチングにせよ、土いじりにせよ、私はそれまで、それらの世界と無縁に生きてきたわけだし、最初はいい印象を持っていなかったモノだってあったし、大抵が無理やりに巻き込まれて始めたものばかりでしたが、そうやってムリムリに始めたものの、その世界の素晴らしさを味わい、気がつけば、すっかりその世界が好きになっていました。これも、最初に私を案内してくれた人の熱意があってこその話です。

 逆に、私自身に熱意はあったにも関わらず、案内人がいなかったために、ハマれなかったものが、いくつかあります。それは「ハーモニカ」「クラシックギター」「ウクレレ」「油絵」「陶芸」「お琴」「演劇」「自主映画」などです。今でも、これらはやりたくて仕方ないです。実際、一度は始めたものばかりですが、素人の独学だったので、いずれも壁にぶつかり、停滞し、やめざるをえなくなったものばかりです。おそらく、これらだって始めた当初に、熱心な案内人が私のそばにいてくれたら、中断せずに,今頃は私の趣味の一つになっていたのだと思うと、とても残念です。
 
 
 さて、今、その岐路にたたされているのが「ジャズ」です。
 
 
 私は、この年になるまで、ジャズとは無縁に生きてきました。むしろ、ロックから洋楽に入った身としては、若い頃は「ジャズはジジイの音楽」とか言って馬鹿にして、近寄らなかったくらいです。ですから、私の体内にはジャズ要素はかけらもありません。

 私は若い時、音楽趣味の人間は、年を取ると「ジャズ」か「演歌」のどちらかに収斂していくものだと思っていました。そして、私は確かに洋楽好きだけれど、それでも、私は将来、ジャズではなく演歌に行んだろうなあという、おぼろげな予感するくらい、ジャズとは無縁でした。

 ところが、この年になり、ふと気がつくと、演歌からはほど遠いところに立っており、目の前には「ジャズ」と書かれた扉があります。問題は、ここからどうやって、扉の中に入るかが問題なんです。
 
 
 案内人がいないんだよなあ…今回も。

 

 若い時なら、案内人がいなくても、エイヤーと扉を開けて中に入って、つまづいて転んで泣きながら扉から飛び出てきたんです。年を取った今は、色々と学習したので、泣きながら飛び出すくらいなら、いきなり扉の中には入らないで、案内人がやってくるまで待っていようと思うくらいの知恵はあります。

 扉の内側の世界に興味シンシンなんで、案内人がやってくるのが待ちきれないです。

 ジャズと言えば笛先生です。なので、以前、先生に「ジャズって何ですか?」って感じで、ちょっと相談した事があります。その時は「ジャズは理屈じゃないから、聞いているウチに分かるようになります」ってアドヴァイスをいただきました。

 確かにそれって真理であり、真実なんだろうけれど、私にはどうにも当てはまらない答えなんだよね。と言うのも「聞いているウチに…」とおっしゃるのだけれど、私、聞いても分からないから困っているのよね。聞いても楽しくないから悩んでいるのよね。

 ジャズに限らず、音楽の楽しみって、先生がおっしゃるように、聞いているウチに分かるようになるのかもしれないけれど、私の場合、洋楽もクラシックもオペラも、聞いて好きになったわけじゃないんです。その道のオタクたちに導かれて、彼らに熱く布教されて、それで取り込まれて好きになったものばかり。つまり、ちゃんと勉強をして、知識から入っていった人であって、勝手にCDを聞いて、好きになったわけじゃないんです。

 ちなみに、今、私にとって、ジャズって、そんなにおもしろいものではありません。CDだと、まともに1枚聞けません。退屈しちゃうのね(ライブだと逃げられないので、もうちょっと聞きます:笑)。「聞いているうちに好きになる」ものなのかもしれませんが、まずは、その「聞く事ができない」という時点で悩んでいるわけです。「楽しくないから聞けない」「聞けないから分からない」「分からないから楽しくない」「楽しくないから聞けない」。これの繰り返し、負のスパイラルだね。

 案内人が現れないかな。先達が欲しいなあ。どなたかジャズオタクの方に、ジャズの素晴らしさを、語ってもらえないかしら。熱く強く激しくジャズを布教してもらいたいです。

 とにかく、どれくらい聞けないかと言うと、コルトレーンもマイルスもエバンスも、そういう、私でも名前を知っているジャズの巨匠たちの演奏ですら、今の私はロクに聞けません。だって、私の耳には、これらの方々の演奏は、ただ騒がしいだけのモノでしかないもの。なんか調子っぱずれだし、リズムも変だし、何より長くて退屈だし。正直聞いててシンドイです。

 でも、これらが無価値なモノだとは思ってません。分からないながらも、なんか凄そうとは感じます。でも、私には、その楽しさも素晴らしさも、全然分かりません。

 今、私は人生のチャンスなんだと思います。あれほど縁がないだろうと思っていた「ジャズ」という世界につながる扉の前に、今、立っているんですよ。だからこそ、せっかく扉の前に立っているのだから、中に入ってみたい気がするんです。

 だってさー、ジャズをやっている人たちって、みんな、楽しい顔をして演奏している人が多いでしょ(ここがクラシックとは根本的に違う)。聞いている人だって、すごくいい顔をして聞いているでしょ(ここもクラシックとは違うな)。きっとジャズって、演奏するのも鑑賞するのも、楽しいんだろうなあって思います。だから私も、あっちの世界に行きたい気はするんだけれど、なんか行けないんだな。橋が架かっていないんです。

 実はジャズ・フルートも同じ。色々CDを聞いてみたけれど、正直“よく分かんない”。分かんないから楽しくなくて、段々聞かなくなるわけよ。で、聞かなくなると「これは、ヤバい」って感じがして、無理やり、手元にある奴を我慢して聞いてみるんだけれど、どうにもしっくり来ないんだよ。唯一、よく分かって、楽しいのは、イアン・アンダーソンだけど、あれはジャズ・フルートじゃなくてロック・フルートだしね(笑)。

 せっかく、ジャズ・フルートの教室でフルートを習っているわけだし、なんとかジャズ・フルートというものを自分の楽しみにしたいのだけれど、どうにもこうにも馴染めなくて困っています。ジャズ・フルートですから、こんな感じなので、ジャズ・ヴァイオリンに至っては、CDなんて、ほとんど持ってませんし、聞いてません。

 時折、やけになって「何事もお勉強から入るタイプの私にとって、ジャズとは根本的に相容れないのかもしれない」なんて思う事もあります。せっかく、ジャズの扉の前まで来たけれど、勇気ある撤退をして、やっぱり演歌の扉を開けてみようかしらと、思ってしまう時もあります。
 
 
 10年くらい前に、なぜか「サーフィン」がやりたくなった事があります。ほら、我が家から自転車に乗って5分もいけば、海があって、そこでは毎日、誰かしらがサーフィンをやっているんですよ。だから、私も「サーフィンしてみたいなあ、おもしろそうだな、波乗りしたいな…」って思ったわけです。

 でも、この時も案内人がいなくて、立ち止まっていたうちに、なんか情熱が無くなっちゃいました。今は「サーフィンなんて、どうでもいいや」と正直思ってます。「クラシックギター」や「ウクレレ」のように、泣きながら扉から出てきたものは、やめたにもかかわらず、まだその情熱はくすぶっているものですが、扉に入らなかった「サーフィン」はその情熱すら冷めてしまいました。

 果たして、私と「ジャズ」の関係は、どうなるのでしょうか? 「オペラ」との蜜月のようになるか、「ウクレレ」のように投げ出してしまうのか、それとも「サーフィン」のように情熱が冷めてしまうのか。

 ほんと「何事にも先達はあらまほしき事」だね。ほんと、そう思います。どうすれば、ジャズを心の底から楽しめるようになれるのか…いやはやなんとも。

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コメント

趣味って、特にわれわれ中高年から始めたレイトスターターは、自分に正直になってもいいと思うんです。反応できないものはできない、これ以上はムリ、ムリといったらムリ!、と心の中で自分自身と相談できる基準を持ってなくちゃ、どれもこれもに真正面から取り組もうとすると自分の才能の足りなさと時間の足りなさがますます際立って、苦しいばかりだと思うのです。

というのもあくまで私の場合なんですが、私は体力的な問題もあって、あれこれやりたくてもやれなくて、フルート一つを続けるので精一杯なんですよ。

でも、フルート一本やりでも気持ちは充分に歌えるし、充分に難しいし、充分にやりがいもあるし・・・・満足しています。ピアノとかバイオリンとかお琴とかギターとかやってみたいけどうっかり手をだすと経済的にも行き詰ってすぐアップアップするのが目に見えていて出せませ~ん。

まあ中には未練が残っているもの(クラシックの声楽!)もありますがまず先生が見つかりませんでした・・・。田舎なので。それに声楽って練習が楽器のようなわけにはいかないです・・・。
今ではクラシックフルート一つでアルテと格闘、これが私にとっては正解、と思っています。
でもすとんさんは体力もおありですし、時間もなんとか上手に使っていらっしゃいますし、なにより、すべてに対して意欲的でいらっしゃるから、どれもこれも気が済むまで徹底的にやってみられるのをオススメします。私のような未練がすとんさんの10年後に残っていませんように。

>ダリアさん

 体力の問題もあるけれど、基本的な性質の問題があります。

 私は、ゼネラリストと言うか、不器用貧乏の気があります。一つのことを極めていくのではなく、色々なモノに手を出し、それらを横断したり俯瞰する事で、何か見つけたり作ったりする、という傾向が若い頃からあります。だから、色々な事をするのは、私にとって、極めて正常運転だったりするんですよ。

 もちろん、これは私の性質ですから、一般化できないので、あまり他人にはお薦めできない事ですが(笑)。

>それに声楽って練習が楽器のようなわけにはいかないです・・・。

 いかない…ですね。独学だとかなりキビシイです。録音機材を駆使し、自分に極めて厳しく接する事ができ、なおかつ理知的論理的に行動できる人なら可能かもしれませんが、普通は、声楽の先生を捜して師事した方が早いです。身近に声楽の先生がいなければ、ひとまず、市民合唱団から始めてみるという手もあります。

 ま、何はともあれ、オトナの趣味は「楽しく無理なく長続き」が秘訣ですね。

どうなるのかなんて、年を重ねるとつい今までの経験からパターンを予想してしまいますが、人生まだまだ長いですよ。
誰にもわからない結末が待っているかもしれませんよ。

私にも案内人はいません。
どうして音楽が好きになったのか、はっきりわかりません。
Jazzにしても、最初聴いたのは、エリック・ドルフィーとか、ハービー・ハンコックとかで(テレビだったかなあ?)その時は、なんだか怪しい宗教めいたものにしか思えませんでしたw
(ハービー・ハンコックのMCがまた怪しかったw)

最初にアマチュアミュージシャン達のライブに行ったときも、やってる人達は楽しそうなんだけど、なんだかその人達で円を作っててこっち向いてくれてない、私じゃ円の中に入れない、みたいに感じてしまいました。
その中の一人は家族なんですけどね。よその人みたいで寂しかったですよ。
すぐ近くで体ゆらして聞いてる若い女性のお客さんを見て、「あなた、わかってるの?」なんて思いました。
でも、ブルーノートで、イラケレのメンバーの演奏を聞いたときは、私も一緒に踊ってましたw

CDだと、音しかないので、テレビでやってる昔の映像とか(チェット・ベイカーがタバコふかしながら演奏してたのはかっこよかったです。タバコは嫌いですけどね)、YouTubeでも見られますよね。
そういう絵があるのなら、理屈なしに「かっこいい!」と感じられるのではないでしょうか?

私の場合ですが、最初に感じた「入れないけど楽しそうな円の中に入りたい」という気持ちとか、演奏する姿がかっこよくみえるからああいう世界のこと(例えばピアノの人が今ニヤっとしたのはなぜか?とか)を理解したいとか、そういう、不純なとこもあります。

Jazzなんて言っても幅広いと思うので、イアンもJazzだって思って、素直にかっこいいと思った方面をすすんで行けばそれでいいんじゃないですかね?

>アリサさん

>誰にもわからない結末が待っているかもしれませんよ。

 でしょうね、それを私は期待しています。

>そういう絵があるのなら、理屈なしに「かっこいい!」と感じられるのではないでしょうか?

 かもしれないし、YouTubeでジャズの名演奏って奴にトライした事もあるけれど、現在まで、それで続いた事ないですね。もっとも、それ以前に、YouTubeって、あまり見ないのよ、好きじゃないンだよ、アレ。

 とにかく、ジャズを聞いて楽しめるようになりたいです。そのきっかけと言うか、取っかかりが欲しいのです。今は、ツルツルの岩肌を前にして、立ちすくむロッククライマーの心境かな? それくらい、登りたい、手がかりがない、行きたいのにいけない…って感じです。

 イアンのやっている音楽がジャズなら、私もジャズ大好きって言えるけれど、やっぱり、彼はロックミュージシャンだと思うよ。でもね…

>素直にかっこいいと思った方面をすすんで行けばそれでいいんじゃないですかね?

 うん、そうだね、これには激しく同意だよ。結局、自分が枠にはまらないなら、自分用の枠を自分で作っていくしかないものね。

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