ひとこと

  •  ああ、楽しい。楽しすぎる。8月に入って以降の私のプライベートライフが楽しすぎる。楽しすぎて楽しすぎて、ちゃんと社会生活に戻れるかどうか、とっても不安。ああ、本当に楽しすぎて、人間、ダメになりそう…。

お知らせ

  • ●F門下&Y門下合同発表会は、2017年9月9日(土)に行われます。●13時開場、13時30分開演です。●場所は、神奈川県の鶴見区民文化センターサルビアホールの音楽ホールです。JR京浜東北線鶴見駅、あるいは京急鶴見駅のすぐそばのホールです。●私は、後半(第2部)の2番目に二重唱「私は貞淑な人妻」を歌い、9番目で「おお祖国よ(ダニロ登場の歌)」[マキシムの歌です]を歌って、11番目に二重唱「愛のワルツ」[メリー・ウィドウ・ワルツです]を歌う予定です。●私自身は発表会の後半~終盤にかけて歌いますが、今回のホールは小さい(100席程度)のため、ゆっくり来られると、立ち見、あるいは入場制限がかかる怖れがあります。一応、入場には整理券が必要という建前になっていますが、出演者の知り合いなら、整理券がなくても入場できますので「メリーウィドウの人を応援に来ました」と言えば、よっぽど混雑していない限り入場できるはずです。●なお、リアルに私の知り合いの方は、おっしゃっていただければ、入場整理券を差し上げますので、ご連絡ください。●どなた様も応援よろしくお願いします。
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2010年9月の記事

2010年9月30日 (木)

夏よ、さようなら。[2010年9月の落ち穂拾い]

 9月はなんやかやと忙しい月でした。おまけに暑くって、ネットでの活動もいつになく不活発だったかもしれない。さすがに、音楽の練習に時間が取られて、ネットの時間が減ってしまった事もあるけれど、振り返ってみると、今月は、あんまりコメントしなかったなあ…。

 色々な意味で、ギリギリな私でした。でもまあ、人生が充実していてギリギリならば、あまり文句も言えませんね。
 
 
浴びるほど聞いてみる

 曲の勉強の仕方には色々あると思います。楽譜のみを頼りに、しっかり譜読みをしていくのが本道だと思いますが、ある程度勉強が進んできたり、難しくて手に負えない場合は、音源を聞くというのも一つの手だと思います。

 ただ、音源の演奏というのは、演奏者ごとに癖というものが、当然ありますから、一つ二つの音源ばかりを聞いていたら、曲を勉強しているのか、特定奏者の癖をマネしているのか分からなくなってしまいます。そういう意味で、音源を聞くとなったら、数多くの演奏を聞いた方が良いと思います。

 特に、フルートの場合、フルート曲とは言っても、たいていはアレンジものなので、その原曲に立ち帰ったり、他の楽器の編曲版なども聞いていることは大切でしょうね。原曲が歌曲ならば、歌詞の意味も押さえておくといいし、実際に歌ってみて、フレーズと歌詞の関係もカラダに入れてみると、もっと良いと思う。もちろん、フルート奏者の演奏は数種類聞いた方が良いでしょう。

 そんなにたくさんの演奏を聞くために、イチイチCDなんて買えない…ですね。そんな時はどうしましょうか? 私の場合、まずは、近隣の図書館に行ってみます。実はクラシック系のCDって、意外と図書館で貸し出してくれるんですよ。ですから、図書館で借りられるCDは図書館から借ります。あと、CDで買うと高いから、iTUNESなどの配信系のところで、1曲ずつ購入するという手もあります。私は結構、配信系で1曲買いというのをやります。もちろん、聞くだけなら、YouTubeもあります。

 ちょっと手を伸ばせば、色々なアプローチがあるものですね。ありがたい時代になりました。ですから、億劫がらずに、たくさんの演奏音源を聞いて勉強してみるといいと思います。もちろん、音源を聞く前に、自分で可能な限り、譜読みをした方がいいと思いますよ。
 
 
友達は同じ楽器がいい?

 楽器をやっていると、合奏がしたくなりますよね。ヴァイオリンをやっていると、ヴァイオリンの友達が欲しくなり、弦楽合奏なんてやってみたくなりますが、フルートをやっていて、フルートの友達とフルートアンサンブルをやりたいとは思わない私です。

 へそ曲がりですか? いやあ、たぶん、ヴァイオリンとフルートでは、私の心の中のラベリングが色々と違うんだと思います。

 だってさあ、ギターでバンドをやっていた時も、ギタリストの友達はあまり有り難くなかったよ。だって、私もギターは弾くし、バンドの中のギターの席って一つか、せいぜい二つでしょ。それにギターなんて掃いて捨てるほどいるし…。だから「オレもギター弾くんだぜ!」なんて聞くと「あっそ、じゃあね~」って心の中でつぶやいていました。

 結局、有り難かったのは、ドラムをやっていた友人だね。ドラマーって、なかなかいないから、ホント有難かった。あと、ヴォーカリストも貴重でした。ヴォーカルも、案外、いそうでいないんだよ。

 結局、バンドをするなら、違う楽器をやっている友達が欲しくなるものです。私の場合、自分がギタリストだったから、ギターの友達とはつるめなかったんだ。

 もっとも、色々とあって、周りがギタリストだらけだったし、私は決してギターが上手かったわけでもなかったので、結局、ある時、ベースに転向しちゃったんだけどサ。

 しかし、ベースになったら、モテるモテる(笑)。

 だから、きっと、フルートを吹いている時は、フルートの友達よりも、ギターとかピアノとか、そういう伴奏もできる別の楽器の友達が欲しくなるんだな。

 しかし、ヴァイオリンを弾いている時は、そうでなく、ヴァイオリンの友達が欲しくなります。一緒に同じフレーズを弾いてみたくなるんだよね。これは不思議な感覚ですね
 
 
日本歌曲を外国歌手で聞く理由

 私はエルネスト・ヘフリガーがドイツ語で歌う日本歌曲が大好きですよ。

 「日本歌曲なんだから、日本人歌手が一番」と思うものの、ドイツ人歌手がドイツ語で歌う日本歌曲もいいものです。これはおそらくヘフリガーが素晴らしい歌手だから、言葉の違いを軽々と乗り越えてしまっているからなんだろうと思います。

 あと、英語やドイツ語のような子音の強い言語で歌うと、よりメロディーが立体的に聞こえるという効果もあって、日本人歌手が歌うのとは、また別な味わいがあったりします。それもいいよね。
 
 
今月のお気に入り その1 フルートスワブ

 以前もご紹介しましたが。カワベフルート工房さんのフルートスワブ、いいですね。もう、すっかり手放せなくなりました。これ、どこで買えるんだろ? 私は銀座山野で買いましたが、なかなか入手困難そうですね。あ、カワベフルートさんのホームページはこちらね。

 はっきり言っちゃえば、クリーニングロッドに専用クロスを付けただけなんです。インナークロスやガーゼとどう違うんだと思われるでしょうが、クロスのサイズがなかなか絶妙なんですよ。軽い抵抗なのにしっかり拭けるんですよ。さすが、専用品ですね。

 約1000円というお値段は、考えようによっては微妙ですが、私は十分、元を取りました。やっぱり、スワブっていいですね。ガーゼ+ロッドよりも、ちょっと便利だし、なぜ他の楽器にあるスワブがフルートにはないんだ~と言う、小さな不満も解消されて、なかなかGoodです。いい買い物をしたなあ…と一人悦に入っております。
 
 
今月のお気に入り その2 「超訳百人一首 うた恋い。」

 はっきり言っちゃうと、小倉百人一首のマンガ版の入門書です。百首ある和歌の中の六首を取り上げてコミックにしちゃいましたという本です。残りの和歌も含めて、百首全部を超訳という、くだけた口語体に訳していたものも付いてます。

 コミックにしても、超訳にしても、なかなかいいです。マンガと言っても、いわゆる“学漫”とはちょっと違います。恋愛コミックのアンソロジーって趣きの本ですね。これを読むと、人間って千年たっても変わらないものだねえ…と思う次第です。

 ま、色々な“せつなさ”がつまった本です。まさか百人一首で萌えるとは思いませんでした。

 正直、このコミックの売り言葉にある“雅美女(みやびじょ)”という言葉はどうかと思うけれど、昔から、いにしえの貴族文化に憧れる人は大勢いるわけ(私のその一人かもしれない)で、その道の初心者向けの入門書としては、なかなかの出来だと思います。お薦めです。

 陽成院君はなかなかヤンチャでいいと思うぞ。
 
 
今月の金魚

 たぶん、特にないはずです。あえて言えば、またまた水草が絶滅の危機に瀕しているくらいでしょう。
 
 
今月のひとこと

 スズネを先程、退院させました。すっかり良くなった…と思います。(2010年8月30日~9月2日)

 声楽のレッスンで、次の課題曲としていただいたのは、ヴェルディの「哀れな男」という曲なのですが、これはヘ長調なんです。ヘ長調って、割とお手軽な調性じゃないですか。そこで、今回は音取りをピアノやフルートでなく、ヴァイオリンでやってみようと思って試みたところ、音が取れるどころか、全然分かんなくなりました。やむなく、ヴァイオリンをあきらめてピアノで取り直しました。いやあ、私のヴァイオリンは、天下無敵の音痴だね(笑)。(2010年9月2~4日)

 最近、アゲハがすごぶる美音です。うむ、音が壊れっぱなしだった13課を経験したことがプラスになっているのでしょうか? この美音の良い影響が、声楽やヴァイオリンにも波及してこないものかと、ちょっと期待してます。それと、この美音が、次のレッスンまで持続しているか…ううむ、不安です。(2010年9月4~6日)

 急に通信不能になりました。妻に尋ねたところ、彼女のマシンは接続していると言いますので、自分のマシンが壊れてしまったのかと思って、ガワを開けて修理を試みるも、どこにも異常はないです。やがて、妻も通信不能になったと言うか、尋ねた時から不能だったのに気がつかなかったと言うか、とにかく私のマシンの不調ではないことが判明。さっそくネット会社に連絡したところ、異常は無いと断言されちゃいましたが、そのクレーム電話の直後にいきなり回線復活しました。一体、何があったのか、分かりません。(2010年9月6~7日)

 なんとも解せない事。まもなく、民主党の代表選挙が行われます。実質的には、日本の総理大臣を決める大切な選挙のはずですが…まあ、そうは言っても民主党の代表選挙なので、すべての日本人が選挙権を持っているわけではなく、民主党の党員&サポーターだけにしか選挙権がない事は、まあ、仕方のないことだと思います。それについては、どうしても投票したければ、民主党の党員&サポーターになればいいだけの話ですから、まあいいでしょう。問題は、その党員&サポーターに成るための“国籍条項”がない事。つまり、外国人であっても、民主党の代表選挙で投票できるという事実が、私には解せません。我が国の総理を決める大切な選挙に、外国人の意向が反映されるなんて、なんか変です。だってさあ、あの党の事だから、無視できないほど大勢の外国人が、党員登録しているはずでしょ。絶対におかしいと思うよ。そんな外国人たちの支持を集めた人が日本の総理になるなんて、我が国はいつから某国の属国になったんだい(涙)。(2010年9月7~9日)

 久しぶりに力仕事をした…腰がマイルドに痛い(涙)。ぎっくり腰再発? うわあ、それは勘弁だなあ…。(2010年9月9~15日)

 民主党代表選が終わりましたね。国会議員票はほぼ互角で、サポーター票というので雌雄が決したと聞きます。つまり「現民主党代表はサポーターが決めた」と言っても過言じゃないでしょうね。ま、民主党の代表決めという点でみれば、何の文句もない手続きです。問題は「民主党の代表」=「総理大臣」という点です。だってね「民主党のサポーター」に日本人はどれだけいるの? 民主党はこの部分を(私が知る限り)明らかにしていませんが、それはおそらく相当数の外国人サポーターがいるからだと、私は邪推しています。ならば、次の手続きとして、総理大臣を決めるためにも、日本人による選択、つまり解散総選挙が必要だろうと思います。「総理大臣がコロコロ変わるのは良くない」とおっしゃる方々がいて、解散総選挙を阻止しようとする方がいらっしゃいますが、なに、そういう方は菅氏に投票すればいいだけの話でしょ。「選挙となると、政治的空白が生じて良くない」とおっしゃる方もいますが、なに、ねじれ国会である以上、これから三年間は国会は空転しっぱなしなので、似たようなものです。ならば、ぜひ解散総選挙をやって欲しいですよ。民主党サポーターではない日本国民の一人として、私たちの手で、自分たちの総理大臣を選びたいと思います。ほんと、切に希望します。(2010年9月15~20日)

 マジでヤバイ。シルバーウィーク、仕事に遊びに忙しすぎ! きちんと休む間がない!体力の限界が見えてきた~。(2010年9月20~22日)

 さすがに、これはヤバイだろう。いくらなんでも、ヒドすぎると思う。ドラゴンボールのハリウッド版もダメだったけれど、このハリウッド版のポケモンは一体どうした? 良いとか悪いとかのレベルではなく、これは日本文化に対する冒涜だと思うよ。いや、マジでね。ちょっと、これは無いよ(涙)。[注:この動画は後に同人画像と判明しました。いやあ、これがマジなものじゃなくてよかったよ&やっぱりヤンキーはセンス悪いよ](2010年9月22~23日)

 私のロックアイコンでもある、エリック・クラプトンの新譜はなんと「枯葉」です。うわあ、クラプトンがジャズやっているよ。これは私に「シブイ大人はロックだけじゃなくて、ジャズもやんなきゃダメだよぉ~」と言っているのでしょうか(自意識過剰ですな:笑)(2010年9月23~27日)

 今日(9/27)は遅出の日だったので、出勤前に30分ばかりヴァイオリンの練習をした。最近は、本番と発表会があるので、その準備のために、歌とフルートにかかりっきりになって、ミヤマとは久しぶりのデートでした。ううむ、ああ、ひさしぶりのヴァイオリンは、歌やフルートにはない良さがありますね。でも、コンスタントに練習しないといけまへんね(汗)。 (2010年9月27~29日)
 
 
 それでは、また来月ね(笑)。

2010年9月29日 (水)

J-POPを吹奏楽で演奏されてガッカリしました、それはなぜ?

 今回の記事は私の音楽趣味の告白です。単純に個人的な趣味嗜好の話ですから、ぜんぜん一般論ではありませんよ~。そこんところ、よろしくネ。

 さて、秋ですね。芸術の秋です。この季節になると、あちらこちらで吹奏楽の演奏を、聞くともなく耳にします。

 私は声楽や合唱に関しては、かなりキビシイ人間ですが、吹奏楽に関しては、うるさいことは言いたくないと思ってます。特に、演奏技術や表現深化に関しては、私は何も言うつもりはありません。と言うのも、日本の吹奏楽は、生徒の部活動であったり、そこのOBやOGらを主体としたアマチュア団体が演奏するための音楽だと思ってますから、小難しい事を言うよりも前に、舞台から演奏する喜びが伝わってくれば、それでいいかなって思っています。だいたい、鑑賞される事よりも演奏する事に意義のある音楽ジャンルなので、吹奏楽の演奏を聞く私の態度は「ああ、頑張っているなあ…」と微笑ましく眺めることにしています。あ、あと「がんばれ、若者!」とエールを送る事も忘れません。

 さて、本題です。私の無知からの偏見かもしれませんが、吹奏楽って、編曲ものをたくさん演奏するような気がします。ディズニーソングとか、映画の主題歌とか、イージーリスニングとか、J-POPとか…これらの編曲モノが鉄板メニューじゃないかなあ…と思ってます。で、ディズニーソングとか、映画の主題歌などはともかく、これらの中で、吹奏楽版のJ-POPを聞くと、なぜか不思議とガッカリする自分がいることに、先日、気がつきました。

 なんかねえ…「聞かなきゃ良かったなあ」と感じている自分がいるんですよ。

 無論、演奏上の問題ではないですよ。どの曲だって、生徒/アマチュアの皆さんは、一生懸命に演奏していますからね…、そこには感心するのですが、出来上がった音楽がちょっとガッカリなんですよ。

 理由ですか? 最初はそれが分からず、ただ残念な気持ちばかりだったので、ちょっとその理由について考えてみました。

 もしも、このJ-POPの演奏が、吹奏楽ではなく、他の演奏形態だったら、自分はガッカリしただろうかと考えてみました。

 いわゆる「ヴォーカル+ロック/ジャズバンド」でこの曲を聞いたなら…全然問題なしですね。と言うか、J-POPの場合、オリジナル演奏はたいてい、それに近い編成なので、違和感も何もあるわけないですね。もちろん、演奏技巧がある一定以上のモノであるのは論を待ちませんが(笑)。

 「ヴォーカル+ピアノ/ギター伴奏」だったら…これも問題なし。

 「ヴォーカル+吹奏楽/オーケストラ」だったら…これも問題なし。いや、むしろ、ゴージャスな感じがして、望ましいんじゃないでしょうか? 無論、合唱スタイルでJ-POPを演奏してくれても全然OKです。つまり、ヴォーカルが入っていれば、私の場合、まずはOKだという事を確認しました。

 次は、じゃあ、インストナンバーだからガッカリしたのかを考えてみました。

 「ソロ楽器(フルートとかヴァイオリンとかエレキギターとかサックスとかクラリネットとかピアノとか…)+ロック/ジャズバンド」も「ソロ楽器+ピアノ/ギター伴奏」も「ソロ楽器+吹奏楽/オーケストラ」も、いずれも、ヴォーカル入りと比べると、ちょっと残念な感じになるし、一歩間違えるとカラオケになってしまうのだけれど、ソロの楽器の頑張り次第では、OKかなって気がします。ま、それは楽器演奏だと歌詞が使えないので、その分のハンディをどうソリストたちが補うかって部分が勝負だと思います。もっとも、考えてみれば、ジャズの曲って、大半がこの形態なんだよね。そりゃあ、私が聞いても、大丈夫なはずだ。

 ヴォーカル入りはOKだし、インストにしても平気なら、じゃあ、私はどの部分でガッカリ感を感じたのでしょうか?

 バンドの形態をさらにシンプルにして考えてみました。

 「ロックバンドのみ」「ジャズバンドのみ」での演奏、まあ、これはアリだね。…と言うか、これだと「ソロ楽器+ロック/ジャズバンド」とあまり違いがないような気がします。

 「ピアノソロ演奏」「ギターソロ演奏」、こりゃあシブくていいかも。

 この曲を「オーケストラ」だけで演奏したら…むむむ、これはガッカリするかも…。

 つまり「ソロ楽器+吹奏楽/オーケストラ」だとガッカリしないのに、「吹奏楽/オーケストラだけで演奏」だとガッカリする私なんですね。…さて、この違いはどこにある?

 さらに深く、自分の心を探ってみました。

 …これは、おそらく、管弦楽曲と協奏曲の違いにも通じるものがあるかもしれない、と思いました。

 実は私、協奏曲って結構好きだけれど、管弦楽曲って、ちょっぴり苦手なんです。若い頃はむしろ逆で、協奏曲は苦手だったけれど、管弦楽曲は大好物でした。クラシック=交響曲って考えていた時もあったし、あの頃の私にとって、クラシック音楽とは、ずばり“ベートーヴェン音楽”でした。ベートーヴェンの9つの交響曲こそが、クラシック音楽であると信じていたものなあ(いやあ、青い青い…)。

 今、管弦楽曲は好きだったと書いたけれど、ちょっと振り返ってみると、あの頃からすでに、交響詩とかロマン派以降の交響曲って苦手でした。マーラーとかブルックナーとかショスタコーヴィッチとかの交響曲って、生まれてこの方、一度もいいと思ったことありません(って、石、投げないでね~)。バレエ組曲とかオペラ序曲も、実はあまり得意ではありません。

 オッサンになって思うに、交響曲と言っても、ベートーヴェンとかモーツァルトのそれって、弦楽合奏の拡大版みたいな曲で、文字通りの“交響”曲という意味では、まだまだ入り口みたいな曲ですね。

 そんな、弦楽合奏の拡大版のような交響曲ですら、年を取るに従って、ドンドン億劫に感じるようになって来た私です。もちろん、ロマン派以降のものは、ますます苦手意識を感じるようになりました。

 逆にだんだん好ましくなってきたのが、歌モノとか室内楽とか協奏曲。特に協奏曲は、オーケストラを使っているにも関わらず、交響曲やその他の類のものとは違って感じられました。[ちなみに、今一番の好物は、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番ね]

 さて、そんな協奏曲と管弦楽曲の違いですが…それは、主役の在不在の違いじゃないでしょうか? 主役…それは主にメロディを担当する演奏者の事です。

 協奏曲には、独奏楽器という主役がいて、それをオーケストラがサポートして音楽が成り立っています。一方、管弦楽曲の場合、主役はオーケストラ(それとも指揮者?)です。ベートーヴェンくらいまでは、オーケストラと言っても、弦楽合奏、いや、第一ヴァイオリン群が主役ですが、それも時代が進むにつれ、色々な楽器がメロディを担当するようになります。そう、オーケストラの中身がドンドン民主化され、色々な楽器がメロディを担当するようになりました、つまり、はっきりした主役がいないのがオーケストラという楽器の特徴なのではないでしょうか?

 これを演劇に例えるならば、きちんとした主演俳優がいて、彼を中心に、一つのストーリーが骨太に展開されていく芝居が協奏曲ならば、管弦楽曲って、はっきりした主役が不在でいくつもの関連したストーリーが同時並行に進行する群像劇のようなものなのかもしれません。

 語弊があるかもしれないけれど、これはある意味「メロディを聞く演奏スタイル」なのか「サウンドを聞く演奏スタイル」なのかの違いではないかと思います。もちろん、メロディとサウンドを分けて考えるというのは、本来的には無理だと分かっていますが、ここはあえて、大きく、メロディとサウンドという風に分けて考えてみます。

 協奏曲スタイルは、メロディ中心です。その曲のメロディは独奏楽器が主に担当していきます。演奏も、たっぷりとメロディを歌う/奏でるスタイルになります。

 一方、管弦楽曲スタイルは、サウンド中心です。どの楽器がメロディを必ず担当するという事もなく、フレーズごとにメロディの担当楽器は変わりますし、メロディを楽しむとともに、そのメロディに様々な和音の響きを重ねてみたりし、複数のメロディを同時に演奏してみたり、曲全体の構成や和音の響きなどを楽しむスタイルとなります。

 となると、私が吹奏楽やオーケストラでJ-POPを聞いて残念だなと思うのは、J-POPと言う音楽ジャンルが、元々、歌手がそのメロディを歌っている音楽であり、主役+伴奏のスタイル、つまり、協奏曲スタイルの曲なのに、それを吹奏楽/オーケストラだけで演奏するということは、協奏曲スタイルの曲を管弦楽曲スタイルで演奏するにも等しいからで、その協奏曲 -> 管弦楽曲(つまり、メロディ中心からサウンド中心)に変更される時の、色々な工夫が違和感と感じられ、そこが何か残念な感じを生むのだろうと、ひとまず、結論づけました。

 つまり、私はサウンド志向の人間ではなく、メロディ大好き人間なので、サウンド志向の強い吹奏楽演奏のJ-POPを聞くと、ちょっぴりガッカリしちゃうんです。

 「歌え~、もっと歌え~、思いっきり奏でろ~!」と私のソウルが叫んでいるのです。

 さてさて、この考察は、そんなに悪くないでしょ。それに、ちょっぴり、カッコいい結論だし(笑)。

 しかし、もう少し考えてみると、これだけでは説明できない事があるのに思い至りました。と言うのも、ならば「なぜJ-POPだとガッカリするのに、ディズニーソングだと、そんなにガッカリしないのか?」 …これの説明が付きません。だって、ディズニーの曲だって、その多くは、歌の曲で、メロディ中心と言えばメロディ中心でしょ(笑)。せっかく「管弦楽曲スタイルと協奏曲スタイルの違い」なんて、カッコいい結論を出したのに、これじゃあ、ダメじゃん。

 あえて言えば、ディズニーソングって、いわゆる“映画音楽”でしょ。 メロディはあるし、歌手が歌っている曲もあるけれど、映画音楽…つまり元々サウンド重視の曲だから、吹奏楽に編曲しても違和感が少ない…でいいかな?

 それとも、いっそ「J-POPの吹奏楽版のアレンジは、どれもダメ」という、乱暴な結論の方が的を射ているのでしょうか?(念のために書いておきますと、J-POPの吹奏楽版アレンジって、色彩豊かなアレンジが多くて、結構頑張っていると思いますよ)

 とりあえず、今日のところは、吹奏楽版J-POPにガッカリする理由として、ひとまず「管弦楽曲スタイルと協奏曲スタイルの違い」という事にしておきますが、また、機会があったら、考え直してみたいと思います。
 
 
 蛇足その1 吹奏楽の弱点の一つは、やっぱりキラーコンテンツとなるオリジナル曲の不足だろうね。だから、J-POPのアレンジものを演奏せざるをえないんだろうね。

 蛇足その2 昨年はあっちこっちで「天地人」の吹奏楽版の演奏を聞きましたが、今年は「龍馬伝」の吹奏楽版を耳にしませんでした。「龍馬伝」って人気ないのかな? それとも偶然、私の耳に入ってこないだけ? 私はあの音楽、大好きだよ。少なくとも「天地人」よりもお気に入りなんだけれどなあ…。

 蛇足その3 吹奏楽って、トランペットが上手だと、後は多少難があっても、上手く聞こえるものだねえ…。

2010年9月28日 (火)

pとfの落差が肝だよ

 声楽のレッスンに行ってきました。まずは発声練習からですが、今回は、実に気持ちよく発声できました。先生からもお褒めの言葉をいただいたくらいです。「何を考えて歌っている?」と尋ねられたので「今まではピアノの音に負けないように歌っていたけれど、今日は負けてもいいか…という楽な気持ちで歌ってます」と答えました。

 先生がおっしゃるには、むしろ今日の方がいつもより声が出ていますよと言う事で、いつも歌っている、レッスン室の真ん中付近ではなく、ピアノのすぐそばの部屋の隅の方に立って、壁に向かって歌ってみました。レッスン室はかなり広い部屋なのですが、部屋のあっちこっちから私の声が響いて聞こえてきます。

 「声に力みがなくなって、押さなくなったのが、良い結果になっているんだと思う」と言われました。このように、力みを無くし、声を押さないようして、響きを増やしていくのが、発声として正しい方向だと言われました。次いで、私の隣に先生が立って「こういう風に発声してみると良いよ」と実演してくれました。…すごく響きます。マネはできませんが、良い目標になりました。

 とにかく、大きな歌声というのは、大きな声で実現するのではなく、部屋の響きを最大限に活用して出す声なんだという事が実感できました。なので、大きな歌声を確保するためには、ノドや息に力を入れるのではなく、口の中を広げる事で得られる事がよく分かりました。私も、ちょっと進歩したかな?

 それと、もう一つ誉められました。今回はいつになく、音程が良いのだそうです。毎日、音叉を聞いているのが良い効果になっているのでしょうか? 先生がおっしゃるには「ちゃんとチューニングされた楽器のように、音程が正しいです」との事でした。今まで私の歌声は、チューニングされていない楽器のようだった…というわけですね。音叉、侮るべからず…かな?

 逆に注意された事は、ブレスの時に声を立て直さないようにしましょうと言われました。ブレスは、もちろんしても良いのだけれど、ブレスの前と後では、何も変えないようにしないといけないそうです。何も…と言うのは、口の開き方や喉の状態など、色々な事です。それをブレスの間も変化させずに歌い続ける事が大切で、私の場合は、それを立て直してしまいがちで、そのために音色も音程も変わってしまうので、本当に注意が必要なんだそうです。

 で、いい気分で、コンコーネに入りました。

 コンコーネ9番は、Asとその周辺部以外は悪くなかったと思います。やはり、Asの周辺は緊張してしまうせいか、うまくいきません。声にフタがかかるような感じがします。先生がおっしゃるには、そのフタは自分で開け方を見つけるしかないし、その開け方が見つけられなければ、これでお終い、この先には進めないと言われました。

 先生自身は、自分のカラダで色々と試行錯誤を重ねて、ついに声のフタを開ける感覚を見つけて、力づくでそのフタを開けるようにしたのだそうです。このフタの開け方は、個人個人の体内の感覚なので、自分で見つけるしか手がなさそうです。さあ、どうやって開けるもんだか…。とにかく、無理はしないで、でも真剣に探さないといけません。

 力むとフタが強力に被さるような気がするので、力みを除きながら歌っていく事で、なるべくフタが被さらないように、もしも被さっても、少しは開けられるようにしたいと思います。そのためにも、高音は弱い声でもOKという事で頑張りますよ。

 先生がおっしゃるには、フタがされて、変な声で歌うよりも、声が引っくり返った方がまだマシ(あくまでも“マシ”であって“良し”でありません)なので、声の引っくり返りを恐れずに、フタのない声で、当面は弱々しく歌っていきたいです。

 とにかく、As以外はOKなので、9番は今回で終了です。次回からは10番です。それと、9番のAsを含んだフレーズは、パッセージ練習として、これからも毎日やるように言われました。

 ヴェルディの「哀れな男/Il Poveretto」は、だいたいOKだそうです。とは言え、まだ暗譜していないので、もう少しやらないとダメですが…。とにかく、演技というか、詐欺師のテクニックを歌で表現しましょう、とりわけpとfの落差がこの曲の肝だそうですから、その部分の表現をもっと工夫してきましょう、と言われました。特に、pの時に、ささやきながらも響く声をうまく出すことが、工夫のしどころだと言われました。

 あとは、最後のバースの表情づけ(哀れみと下品さの表現ですね)と、最後の最後の音の切り方(これが下手くそなんです)にも工夫が必要だそうです。頑張ります。

 次の曲は、Tostiに戻って「さようなら/Addio!」となりました。この曲の最高音がAsなんですよ、どうしましょう? それとこの曲、先生のレパートリーなんだそうで…キビシクいくよ~!…と宣言されました。ははは。

 あ、この曲の出だし、As-G-Gs-F-E-Esだよ、クロマチックの下降音列だよ。音叉でAを取ったら、半音ずつ下がっていくというフレーズだよ。おお、これはまさに私が今一番必要としているフレーズじゃん。うむうむ。

 今回からレッスンが毎週になりました。次のレッスンまで一週間しかありません。宿題をやっている時間が…ないよぉ(涙)。

2010年9月27日 (月)

フルートの発表会の曲、決まる

 フルートのレッスンに行ってきました。今回のレッスンは『曲決めスペシャル』と言うことで、とりあえず、私がやる三曲を決めてきました。それは以下の三曲です。

 まずは、クラシック部門。バッハの「シチリアーノ」です。小難しく言うと「フルートとオブリガート・チェンバロのためのソナタ第2番 BWV1031 第2楽章」って奴です。どんな曲か知らない人のために、ゴールウェイというメッチャ上手い笛吹きさんの演奏を張っておきます。

 この曲は、フルーティストにとっては大切なレパートリーだし、だから私もチャレンジするんだけれど、一般的にはピアノ曲としての方が有名かも。実際、ケンプがアレンジしてピアノ曲にしたのだけれど、これが残念ながら、なかなかいいんだよね。もしかすると、オリジナルのフルートよりも、曲想にあっているかもしれません(涙)。

 二曲目はジャズ/ボサノヴァ部門から「Fly me to the Moon/フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」です。はい、この前、某ジャズバーでセッションしてきた曲です。この曲のリターンマッチをしてきます。この曲はすごく古い曲らしく、元々はワルツの曲だったそうですが、1960年代にリズムをボサノヴァに変えて、フランク・シナトラが歌ったら、大ヒットしちゃったそうで、それ以来、この曲はスタンダードナンバーになったそうです。と言うわけで(あんまりボサノヴァっぽくないけれど)そのフランク・シナトラの歌唱を張っておきます。

 三曲目はポップス部門から、セリーヌ・ディオンと葉加瀬太郎の共演で有名な「To Love You More/トゥ・ラヴ・ユー・モア」をやります。はっきり言って、この曲、かなり複雑で一筋縄にはいかないムズい曲ですが、チャレンジします。あ、もちろん、私はヴァイオリンではなく、歌の部分をフルートで吹きます。オリジナルの二人のライブ映像があったので、それを張っておきます。

 と、ひとまず、発表会の曲も決まったので、さっそくレッスンです。ひとまず、アルテは放置して、これからは、この三曲に集中する事になりました。

 最初は、一番不安な「To Love You More」から。とにかく、譜読みの確認から。ところが、案の定、この曲のブリッジの部分が全く分からない(汗)私でした。で、ここを先生と一緒に吹いてみましたが、どうにも、よく分かりません。結局、納得できなかったので、これから、セリーヌと一緒にこの曲を歌い込んで、この節回しをカラダに染み込ませる事にしました。

 次は「Fly me to the Moon」。まずは、一拍を三つに割って、なおかつ裏拍で、曲を吹いてみました。それができたら、今度は一拍を二つに割って裏拍で演奏。そして、ワルツにして裏拍で演奏をというのを先生と一緒にやりました。と言うのも、一人じゃ裏拍にして、なおかつ、リズムを割るなんてできませんからね。とにかく、この曲は、たくさん色々な事を学べるようなので、色々な事を先生とやってみて、最終的には、自分なりの演奏を作っていきたいと思います。

 バッハは…時間切れ。次のレッスンでは、バッハを見てもらうことになりました。問題は、次回までに、きちんと譜読みができるかどうかが、はなはだ心配だったりします。十六分音符、キライだからなあ…。

 発表会は12月初旬、横浜の某ジャズバーで行います。実はそんなに時間がないのよねえ~。さてぇ、準備は間に合うでしょうか(笑)。特にバッハはかなりキビシイですよぉ~(涙)。

2010年9月26日 (日)

尖閣諸島の次は、沖縄か、新潟か…。いや、もう終わりが始まったのか[2010年9月第4週・通算34週]

体重:96.3kg[-0.5kg:-12.5kg]
体脂肪率:28.3%[-0.3%:-4.1%]
BMI:30.4[-0.2:-4.1]
体脂肪質量:27.3kg[-0.4kg:-8.4kg]
腹囲:93.0cm[-1.5cm:-12.3cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 おたびダイエット16週目です。今週までは、ひとまずダイエットも順調だけれど、どうやら私、風邪をひいたみたいで、体調がかなり下降気味です。体調が悪くなると、体重が増えるのが、今までのシナリオなので、来週の私の体重がどうなっているのか、今から不安です(マジでね)。

 それはさておき、 ああ、実に情けない。あんまり情けなくて、それで抵抗力が落ちて、風邪をひいたのではないかと、思っているくらいです。

 衆議院選挙で民主党に票を入れた人間、および、民主党代表戦で菅直人に票を入れた人間へ。みんな、あんたたちの責任だぞ、分かっているのかい!

 何の話かって? 今週、散々盛り上がった尖閣諸島の話ですって。

 今回の尖閣諸島の件、元々は領海侵犯した上に不法操業をしていた中国の漁船が、停船命令を出した海上保安庁の巡視船に対し、バックレて逃げようとして体当たりをかましてきたので、それを取り押さえ、船長以外の船員は解放し、船長だけは逮捕拘置というのが、事の発端であり、単純な事実の羅列です。

 つまり「領海侵犯&密漁(つまり窃盗だね)に対して警告したにもかからず、逃げようとして、巡視船に体当たりをかますなど、乱暴な行為(公務執行妨害)をしたので、責任者を捕まえ、警察に引渡して、今後は法に照らして罰します」って動いたわけだ。生活レベルに話を落とすなら「泥棒の疑いのある不審者を発見したので、職務質問をしようとしたところ、いきなり暴れ出したので、公務執行妨害で逮捕しました」って事だよね。

 実はそれだけの話。それがなぜ、事実上の領土割譲にならなきゃいけないのか。なぜ国益を捨てて、中国に屈しないといけないのか。なぜ未来の日本人たちへ大きな犠牲を強いるような事になってしまったのか、私は理解に苦しみます。

 ああ、情けない。何もしない政権、どころか、未来への選択として間違ったことをした政権を、引きずり下ろす手段はないのだろうか?

 民主党政権は、子ども手当てといい、今回の尖閣諸島の問題といい、普天間の件といい、どれだけ私たちの子どもたち世代に大きな負担と犠牲を強いるんだろうか! 現在の日本を誤った方向に導き、将来に渡る大きな禍根をしっかりの確実に残していく…それを望んでいたのですか、衆議院選挙で民主党に票を入れた人たち! 民主党代表戦で菅直人に票を入れた人たち! あなたたちの選択が、これらの事を、招いたんだよ。

 今回の民主党代表戦で、どれだけの中国人の票(つまり中国政府の票)が菅直人に入ったのか、私はぜひ知りたいです。
 
 
 今回の件は、日本領海内での密漁であり、逮捕の直接の原因は公務執行妨害なんだから、事務的に粛々と処理すれば、それで済む話のはずなんだよ。
 
 
 なのに、こじれた。

 それは、公務執行妨害のはずが、領土問題に話がすり替えられたから。

 中国は、自民党が政治の表舞台から消え、小沢氏が失脚したタイミングを見計らって、仕掛けてきたわけだよ。「チャ~ンス!」と思ったわけだ。今の民主党弱腰素人集団政権なら、何をしても平気って思ったわけだね。あるいは、共産主義者である菅総理と中国政府との間で、何らかの密約があったのかもしれない。例えば、民主党代表戦で勝たせる代償として………だね。

 尖閣諸島は日本の固有の領土だし、日本の立場で言えば、中国漁船は領海侵犯なわけだ。しかし、最近、中国が「あそこは我が国の領土」だと言い始めた場所である事も事実。ついでにいうと、台湾も「あそこは我が国の領土」だと言い始めた場所でもあるわけだ。そういう意味では、色々とやっかいな地域である事は確か。前原氏は、つまり民主党政権は「日本に領土問題はない」と言ってたけれど、厳然と日本が抱える領土問題の現場の一つであるわけよ。

 今回の尖閣諸島のみならず、北方領土や竹島も、民主党政権にとっては、領土問題ではないのだろうね。一体、彼らは、どこの国の政府なのだろうか?

 ま、尖閣諸島に話を戻すと、あの周辺は日本の領土だけど、端っこで人も住んでいないし、開発も進んでいなかった場所で、位置的に中国や台湾に近いうえに、地下に石油がたんまり眠っているらしいという情報が流れたので「それならオレに寄こせ」って中国や台湾が言い出したというのが、最近の経緯だね。

 中国は、尖閣諸島が…と言うよりも、そこにある石油が欲しいだけなんだけれど(春暁ガス田の件を見ても、それは明らか)、それを日本から奪うためのチャンスがなくて、今まで、そのチャンスを虎視眈々と狙っていたところ、今回、千載一遇のチャンスができたので、この機会を逃さずに、日本に揺さぶりをかけたら、それが今回、見事に大成功したわけだよ。

 中国は、すでに上海万博後を見据えて動き出しているんだと思う。おそらく、万博後に中国は、現在のバブル経済がはじけて急速に失速するでしょう。これを回避するには、戦争を起して他国を侵略するのが一番手っとり早い手段だけれど、その戦争だって、一時的に経済的な負担を強いるわけです。そこへ、もしも戦争せずに隣国を侵略できるチャンスがあれば、それはまさに“神様のお恵み”って奴でしょ。だから、日本に難癖をつけて、尖閣諸島とその周辺をかっぱらおうとしているわけよ。

 戦争って何のために行うのかって言うと、特に中国のような19世紀帝国主義的発想の国にとっては“領土拡大”が目的で、領土を拡大する事で資源を確保し、国内の経済力を高めていくために戦争をしかけてくるわけです。そのために武力を使って隣国を侵略するのだけれど、武力を使わずに隣国(日本)を侵略できるなら、そっちの方が絶対に楽だし、望ましいはずです。今回の件は、まさにそれで、中国は武力を使わずに日本を侵略しちゃおうというわけだよ。

 中国が、我々のような現代感覚を持った国なら、他国の侵略ではなく、民間レベルでのウィン-ウィンの取引を画策するはずだけれど、それを選択しないところが、中国の後進的な部分なんだと思う。そういう意味では、我々とは価値観と行動原理が全く異なる、実に危険で野蛮な国なんだと思う。

 さらに引っ掛かる事があります。それは、最初の最初に、件の漁船を拘束しようとした時に、漁船は体当たりをしてまで逃げようとした点。漁船と巡視船との大きさの差を考えれば、漁船が大破して沈没する恐れだってあるのに、あえて強行突破を試みた点。つまり、漁船にとって、日本側の警告を受け入れて、船内を立入検査されたくなかった理由があるわけだ。

 そして、それをひとまず取り押さえたにも関わらず、日本側がさっそく、船と乗組員を返してしまった点も解せない。もちろん中国側の圧力はありましたよ。でもね、おそらく、漁船内に見たくなかったモノ、あるいは会いたくなかったヒトが、存在していた可能性だってあります。そこで、驚いて、漁船とその船員をすぐに帰してしまったのでしょう。

 すでに、この時点で日本の負けは確定していたのかもしれない。

 とりあえず、これで尖閣諸島は、国際的に中国のモノと確定しました。無事に日本から中国への領土割譲が、実に平和的に行われたわけです。

 領土割譲というけれど、これは単に、無人島を譲っただけの話じゃないです。その地下周辺にある地下資源(石油)と、周囲の領海(経済的排他水域)と、周辺の制空権も合わせて譲ったのです。

 おめでとうございます、中華人民共和国の皆さん。あなたがたは、一滴の血も流さずに、これらのモノを日本から奪えただけでなく、さらにもっと多くのモノを日本から奪う権利を得たのです。

 つまり、民主党政権下の日本は、中国のパシリになったわけだよ、

 さて、中国様。次はどこをお求めですか? 順序どおり沖縄を狙いますか? それとも、一足飛びに新潟を狙いますか? 日本はこう見えても、資源大国ですからね。ねだれば、いくらでも美味しいものを差し出してくれますよ。

 さらに、アメリカからすれば、日本は自国の防衛ラインの一つであり、尖閣諸島の制空権は、同時にアメリカの制空権でもあるわけだ。民主党政府は、おそらくアメリカへの相談なしに、今回の尖閣諸島[の周辺の制空権]の割譲をしてしまったはずだから、これからアメリカがどう出るか、私はとても不安だし、これがきっかけで、第三次世界大戦でも起こされた日にはたまったもんじゃないです。

 でも、ない話じゃないです。アメリカだって、そろそろ事を構えたいはずですから。

 中国のシナリオでは、現在はウイグルを、その次が台湾で、台湾の次に、尖閣諸島を入り口に沖縄&日本を侵略するはずだったのに、いきなり尖閣諸島に来たわけだ。時計の針が、一挙に進んだわけです。

 あと、何年、日本の平和が続くのか…。冗談ではなく、あと3年、日本が持つのか、とても不安です。

 日本は、もう二度と選挙ができない地域になってしまうかもしれない。チベットの現状が、私たちの近未来の姿なのかもしれない。

 最後にもう一度、問い正したい。衆議院選挙で民主党に票を入れた人、および、民主党代表戦で菅直人に票を入れた人たちへ。

 これがあなたがたが望んだ事ですか? これがあなたたちの望んだ未来ですか?

2010年9月25日 (土)

キッカだよ

Photo  そう言えば、我が家の金魚ちゃんを紹介するシリーズが中断していましたね。と、言うわけで、今回はキッカを紹介します。キッカは漢字標記だと“橘花”です。決して“菊花”じゃないよ、間違えないでね。

 金魚の種類的に、東錦(あづまにしき)という種類です。東錦には、獅子頭系の体型の子と、琉金系の体型の子がいますが、キッカは琉金系の体型です。琉金系の血が強いので、頭の肉瘤がかなり小さめです。似たような外見の金魚に、三色琉金というのがいますが、それとの違いは、肉瘤の有無ですね。琉金には肉瘤は全くないんです。

 写真ではもちろん分かりづらいのですが、これでなかなかお茶目で人間が好きでかわいい子です。チャームポイントは左右の目の色が違うこと。別名は「アシュラ男爵」です(笑)。あと、下っ腹のプクっとしたところも、なかなかカワイイです。ちなみに、写真はちょっと古いものです。一緒に写っているのは、星になってしまったカエデです。

02  控え目で大人しい性格の子で、けっしてエサ場の混乱の中には入っていきません。必ず、少し離れたところにいて、流れてきたエサをゆっくりと食べます。あと、水草が好物で、よく水草を食べてます。美人な金魚だと思うのですが…いかがですか? 大型金魚でして、ブニョと並んで、我が家の二大巨頭(文字通り!)でございます。

2010年9月24日 (金)

「Fly me to the moon」をセッションしてきました[音源付き]

 笛先生が参加されているラテン系バンドのライブに行って、セッションに混ぜてもらいましたので、今回は、その音源をアップします。

 会場は、昨年の発表会でお世話になった、ちょっと大きめのステージのあるジャズバーで、お客さんの数も多ければ、その大半はプロアマのお上手なミュージシャンばかりという客層でした。第1部と第3部は先生のバンドの演奏で、真ん中の第2部がセッション大会でした。私はそこで(なぜか結果的に)第2部のトリを取っちゃいました(汗)。ははは、大胆不敵な振る舞いって奴ですね…。

 いやあ、実は第2部の一番最初に、先生からステージに上がりなさいと声を掛けられたものの、本日のお客さんの顔ぶれを見て「これは私の出る幕じゃないな」と思い、一度は勘弁してもらったのです。案の定、次々にステージに上がるのは、かなり腕こきのアマチュアさんと、プロの皆様ばかり。私のような『昨日今日フルートを始めました~』なんて人間の出番じゃなかったです。そういう意味では、私の判断は正しかったわけです。 

 で、そういう方々の出番がだいたい終了し、でもまだ第2部の時間が残っていたので、まだステージに上がっていないアマチュアさんたちに、先生が次々とステージ上から声を掛けていったわけです。でもね、皆さん、やっぱり断るわけですよ。「次の時には必ずやりますから、今回は勘弁を…」って感じです。そりゃあね、プロの方々がセッションをして、自分のライブやCDの宣伝をしちゃうようなステージには、なかなかアマチュアさんは上がれないよね。ビビっちゃうよね。

 そんな中、再び私に声がかかったので、二度断るのは大人げないという気持ちと、誰もステージに上がってくれなくて、ちょっぴり困っている先生を助けるためと、人前で演奏するチャンスはやっぱり無駄にしたくないという気持ちと、バンド演奏の経験値をあげるためにも、ちょっとしかない男気を振り絞って、ステージに上がってみました。それが今回の演奏です。

 もちろん、この日に備えての練習、なんてしてません(笑)。だいたい、曲目だって、ステージに上がってから、先生がその場で決めてくださった曲(「Fly me to the moon」の4ビート版)を、先生の譜面を借りて、ほぼ初見に近い状態で演奏したんですからね。我ながら、やるもんですよ(何が?:爆)。

 それにしても、上手い方々の後にステージに上がるのは、イヤですね。別に私は失うものは無いのですがら、どんな手ひどい失敗をしてもダメージを受ける事はないのですが、それでも、なんとなくアウェーな気分になっちゃいました。

 バンドの編成は、フルート2(私と先生)、ピアノ、ベース、ドラムスでした。いつものセッションよりも、編成が大きめですね。念のために書いておくと、このバッキングを担当されている皆さんも、みなお客さんたちですよ。ほら、だって、セッションタイムだもん、先生以外のバンドの皆さんは、休憩してました。こんなに上手なバッキングできるような人たちがたくさんいる客層って…ねえ、私が出たがらなかった理由が分かるでしょ。

 演奏前に、先生からお客さんたちに、私がフルートを始めて、まだそれほどの時間が経っていない事(つまり初級者だという説明)が告げられました。ハードルを下げていただいて、ありがとうございます。ほら、私はオッサンだし、無駄に堂々としているし、いい楽器を手にしていますので、音さえ出さなきゃ、とっても上手に見えるらしいんですよ(笑)。なので、お客さんがガッカリしないためにも、初級者である事を、しっかりと伝えていただけたのは、お客さん思いのサービスって奴ですね。まあ、私がヘマな演奏しても勘弁してやってくださいというメッセージでもあります。

 さて、演奏はテーマから始まります。テーマ演奏の担当は私です。相変わらずヒドい演奏ですが、一応、これはほぼ初見演奏ですから、初見に近いのに、慣れぬステージで初級者がこれだけやれれば、私的にはOKです。

 私のテーマ演奏の後、演奏がカラオケ状態になり、途中で笑い声が聞こえるには、理由があります。実は、テーマの後は、引き続いて私がソロを取らなければいけなかったらしいのですが、私はテーマを吹き終わって、安心して、気を抜いてしまって、ソロに入らなかったから、演奏がカラオケ状態になってしまったのです。

 私的には「テーマをやりましたよ、後は皆さん方でどうぞ」って気持ちだったんですが、どうやらそうではなく、皆さんから「ソロもやるんだよ~」というオーラが発せられたのでした。途中でオーラに気づき、入ろうとしたものの、完全に気を抜いていたため、うまく入れませんでした。途中でフルートの音がピーピー鳴っているのは、入り損なって、うろたえている私の姿です。で「分からなくなりました~」とステージ上で白状したので、お客さんたちが思わず笑ってくれ(失笑?)た音が聞こえるでしょう。

 今回の教訓:ステージの上では、いつ何どきと言えども、気を抜いてはいけません。

 そうこうしているうちに、曲の頭に戻ってきたので、そこから改めて入り直してソロを取りました。

 そんな心臓バクバクの状態でやったソロなので、いつもにも増してのボロボロさですが、まあ、これが私の現在の力量なので、仕方なしです。それでもまあ、低空飛行ながらも、なんとかソロとしてまとまっているのも、以前よりも、私の腕前が多少なりとも上がっている証拠でしょうか? とは言え、課題満載なのも事実です…。

 で、ザアーとソロを終えて、拍手をいただいて、次に出てきた達者なフルートソロは、もちろん笛先生です。念のため。

 先生の次はピアノソロですが、このピアニストさんは、実はまだ高校生なんですね。実に新進気鋭って感じです。10代でこれだけジャズピアノが弾けたら、人生、楽しいでしょうね。

 ピアノの次はベースのソロです。ベースソロと言うのもカッコいいですね。しかし、ベースソロって、高い音の楽器がみんなお休みしてしまうので、和音を感じづらいです。

 本来、ベースソロの次は、ドラムソロなんですが、時間の都合なのでしょうか、次でテーマに入ってくださいと言う合図が先生から出たので、えいやーとテーマをやりました。後から思えば、和音を感じづらいベースソロの後で、よくぞ間違えずにテーマに入れたものだと、自画自賛しちゃいますよ。

 それにしても、テーマでは、多少、立ち直っているでしょ?(笑) 最初から、これくらいの安定感で吹ければ、いいのにね(残念)。

 最後の最後で、一通り、テーマを演奏し終えても、バンドは演奏を辞めてくれないので、やむなく最後のフレーズをもう一度繰り返しているのは、それこそ臨機応変って奴です。ああ、心臓に悪い(涙)。

 いつも思うのだけれど、セッションしている時って、すごく五感が研ぎ澄まされますね。おまけに、時間がすごくゆっくりと流れます。言葉は交わしませんが、バンドの方々の言いたい事も何となく分かります。ほんと、セッションって不思議な時間ですね。

 で、結局、この演奏が第2部のトリになりました。いやあ、申し訳ないです。

 演奏後は、色々な方に声を掛けていただきました、ありがたいものです。皆さん、一様に“音がきれいだった”と誉めてくださいました。もっと腕をあげて、音の善し悪しが気にならないくらいに、良い演奏ができるように精進したいですね。それに、仮に私のフルートの音がきれいだったとしても、それは私の腕前でなく、ツンデレなアゲハが本気出して鳴ってくれただけの話ですからね。私の手柄ではなく、アゲハの手柄、あるいはアゲハを調整してくるアルタス技術陣の手柄です。

 それと皆さん「フルートを始めて、どれくらいですか?」と尋ねるので「2~3年というところですかね」と答えると、へえーと言う顔をされます。あれは一体、どういう意味のリアクションだったのか、今だに分かりません。まあ、良い意味でのリアクションだったのだと思い込む事にします(笑)。

 ライブの主役である先生のバンド演奏の感想は…もちろんよかったですよ。素晴らしかった事は、ほんと、言うまでもありません。フロントは、フルートとトロンボーンというおもしろい組み合わせでしたが、フルートとかトロンボーンって、ラテン音楽に結構はまりますね。あと、フルートとトロンボーンは良い組み合わせだと思いました。

 それにしても、ミュージック・チャージとドリンク代(合わせて2000円程度です)だけで、極上のライブが楽しめる上に、生バンドをバックにセッションしてもらえるなんて、本当に恵まれていると言うか、幸せと言うか、趣味の音楽にしちゃあ贅沢だよね。いや、ほんと、感謝感謝です。

 と言うわけで、私が加わった「Fly me to the moon」の音源はこちらです。演奏時間は約6分です。私以外の演奏は良いですよ~。なので、私の演奏部分は、なるべく優しい気持ちで聞くように努力してみてください。ある意味、あなたの寛容さが試される音源となっております。

 なんてな(爆)。

2010年9月23日 (木)

練習スペシャルでした

 ヴァイオリンのレッスンに行ってきました。今回のレッスンは、新しい曲をやらずに、「練習スペシャル」と銘打ったレッスンでした。つまり、私が自宅でやっている練習方法を先生がチェックして、変な練習をしていないかを確認し、必要な練習を付け足すという、自宅練習見直しレッスンでした。

 なので、私が普段、家でやっている練習をここでやってみなさいと言われました。

 私の日頃の練習は、特別な事をしているつもりはありません。時間があれば、チューニング -> ボウイングの確認 -> 音程練習 -> 音階練習 -> 曲の練習、という当たり前の流れでやっています。もちろん、これはたっぷり時間がかけられる時であって、いつも全部の練習過程をやっているわけではありません。むしろ、最初から始めて、その日の時間的な余裕とか体力的な余裕を見計らって、できるところまでやるというのが、私のヴァイオリン日課となっています。

 特に今は、歌劇団での(小さな)本番があるし、フルートは発表会を控えているし、なかなかヴァイオリンまで手が回らないのは事実です(申し訳ないです)。

 さて、そんな私ですが、まずはチューニングから始めます。いつもはチューナーの発信音にA線を合わせてますが、レッスンでは、せっかくピアノがあるので、ピアノの音と、各弦の開放弦をピッチカートで合わせ、それを5度の響きで確認するというやり方をしました。ちなみに、自宅では、A線をチューナーの発信音に合わせたら、あとはピッチカートで5度の響きを使ってチューニングをして、それをチューナーのメーターで視覚的に確認するというやり方でやってます。ただし、ヴァイオリンは構えて演奏姿勢でチューニングするのではなく、膝の上に正面向きに置いてやってます。

 まだまだ重音奏法が苦手であることと、ヴァイオリンを構えたままペグをまわすのが苦手なので、やむをえず、この方法でチューニングしていますが、まだ今の段階ではそれでも良いと言われました。ただ、やがては、重音奏法で音合わせをし、ヴァイオリンを構えたままペグを廻せるようにしましょうと言われました。

 とりあえず、自前のチューニングでOKをもらったので、次はボウイングの練習です。

 ボウイングは開放弦を使って、弓元、弓先、弓中で軽くデタッシェで弾いて弓の感覚を確認し、全弓でロングトーンの練習をします。

 まずは全弓でダメが出ました。右腕の動きが悪すぎです。まず、全般的に右手がカラダから離れすぎて、その結果、弓がかなり斜めになってしまっている上に、右腕の動きが、ほぼ円運動になっているので、基本に立ち返ってのダメ出しでした。ミヤマにして以来、ボウイング矯正器具を使っていませんでしたが、ひさしぶりに、あの器具を使って練習してみようと思いました。

 とにかく、ボウイングは右手の動きに注意しないとダメなんですが。さらに、右手の動きだけでなく、その音にも注意するように言われました。

 弓を軽く弦に乗せて、ヘナヘナな音を出しがちな私です(弓を弦に押しつけないようにしているためです)が、それではダメで、しっかりと弦の上に弓を置いて(押さえつけずに、しかもしっかりと弓を弦に乗せて)弾く様に言われました。その時に大切なのは、下腹に力をいれて弓を操作することです。確かに、それを心掛けるだけで、ヴァイオリンの音がガラリと変わるので、おもしろいです。

 ここで先生に言われた事は、ボウイングに限らず、すべての練習で、下手をやると、その下手が定着してしまう事を肝に命ずる事。下手な練習をすればするほど、ドンドン下手になってしまうので、練習は常に真剣に正確に妥協する事なく行うように、と言われました。

 たかが、ボウイングだけれど、これも最初の段階できちんと出来るようにならないと、いくら練習してもヴァイオリンの上達はありえないと言われました。

 そしてさらに、練習は集中して真剣にやらなければいけないけれど、無駄に長い時間練習する必要はないから、短時間でもきちんとやりなさい。まずはそれで良いとも言われました。

 ボウイング練習の次は音程練習ですが、これもいきなりダメ出しが出ました。

 音程の練習は、つまり左手の練習なんですが、これは、一つの弦について集中して練習するのではなく、一つの指に集中して練習するように言われました。つまり、4弦の1指の練習をしたら、次は3弦の1指、次は2弦の1指、次は4弦の1指という要領で、指に着目して練習をするのです。やり方としては「開放弦(ド)-1指(レ)-開放弦-1指-開放弦-1指-…」というやり方ですね。

 指の練習をする時は、常に正しい音程で行うこと。そして、手がかりなしで一発で正しい音程が出せるように、しっかりとカラダでそのポジションを覚えてしまうこと。私は1指の音程を低めに取る癖があるそうなので、そこに気をつける様に言われました。それと各指はしっかりと立てておくようにも言われました。

 それと、その時の1指の動きは、俊敏に力強く行うこと。弦を押さえた時と離した時に、1指の動きだけで音が鳴る様に行うことが肝心(ハンマリングとプリングオフの要領かな?)です。これが初歩の段階でマスターできているかできていないかで、後のヴィブラートの練習にとりかかる時期が変わってくるのだそうです。

 それと右手と左指の連動にも気をつける様に言われました。私は右手に比べて左手の動きがやや遅いそうで、そのため、まるで前打音付きの音のように聞こえるそうなので、しっかりとタイミングを合わせて音を鳴らす様に言われました。

 1指の次は2指です。これはメジャーとマイナーに気をつける事が大切なのだそうです。練習としては「開放弦(ド)-2指(ミ)-開放弦-2指-開放弦-2指-…」をデタッシェでやります。そして、それが一通り終わったら、次は「開放弦(ド)-2指(bミ)-開放弦-2指-開放弦-2指-…」をやります。そして最後は当然「開放弦(ド)-2指(ミ)-開放弦-2指(bミ)-開放弦(ド)-2指(ミ)-開放弦-2指(bミ)-…」をやります。

 次は3指の練習です。「開放弦(ド)-3指(ファ)-開放弦-3指-開放弦-3指-…」です。

 その次は4指です。これは「開放弦-4指-…」ではなく、まずは「開放弦(ド)-1指(レ)-4指(ソ)-1指-開放弦-1指-4指-1指-開放弦-1指-4指-1指-開放弦-…」でやる事が大切なんだそうです。1指を押さえたままで4指を押さえることで、4指の伸び具合をカラダに教えるためだそうです。

 それが一通り終わったら、次は「開放弦(ド)-1指(レ)-開放弦-4指(ソ)-開放弦-[ポジション移動して]2指(ソ)-[ポジションを戻して]開放弦-1指-開放弦-4指-開放弦-2指-…」をやります。これは左手の動きが硬くなるのを防ぐための練習であると同時にサードポジョンの練習の入り口なんだそうです。今の私には、かなり難しいです。

 音程練習が終わったら、次は音階練習です。この時はメトロノームを50の速さで鳴らし、ウラ取り(難しい:汗)で8拍のロングトーンで「ドレミファソラシドドシラソファミレド~」とやります。この時に肝心なのは、正しい音程、美しい音、正しいボウイングです。これらだけに集中して、根気より練習することがとても大切だそうです。

 ここまでキチンとできたら、やっと曲の練習ですが、曲の練習方法を確認する前に、レッスン終了となりました。とにかく、基礎練習、やる事多すぎです(笑)。今回も大幅にレッスン時間が超過していました。いつもいつも感謝です。

 音楽はすべてつながっているので、ヴァイオリンの練習をする事で、良い影響が歌やフルートにも現れるし、また歌やフルートの練習もヴァイオリンに良い影響を与えるので、頑張ってほしいと言われました。特にヴァイオリンの練習をしていくと、かなり音程にシビアになってくるので、音程甘々な私は、ヴァイオリンの練習を重ねていくことで、歌やフルートの音程も良くなってくるはずだと言われました。そのためにも、ヴァイオリンの練習の時は、必ず、歌いながらやる事が大切だとも言われました。

 しかし、どこに行っても、音程を注意される私って、ある意味、すごいね。これだけ音感がダメダメなのに、音楽を趣味にしていられるというのは、いくら“下手の横好き”とは言え、色々と恵まれていると思います。ちょっと心の狭い先生についていたら、きっと破門されているだろうね(過去に経験あり:爆)。現在の私を指導してくださる先生方が、本当に良い方々ばかりで、私のノロノロした成長(これでも少しずつは上達してます)につきあってくださっているわけで、感謝感謝の日々でございます。

 生涯教育というのは、生涯をかけて学んでいくものだから、そんなに慌てずに、学ぶ過程を楽しんでいく事が大切…とエラい人の話を聞いたことがありますが、今の私って、まさにそんな感じかなって思ってます。

2010年9月22日 (水)

本番に向かって、着々と準備は進んでいます

 歌劇団の練習に行ってきました。本番まで、今回を入れて、後3回の練習しかありません。そりゃあ、真剣に取り組むしかないでしょう。とは言え、休憩前の練習は、いつものルーチンの練習をしました。

 今回は、時間の余裕がないので、筋トレはなし。いきなり宿題として出されていた、芝居付き発声を行いました。

 今回のテーマは「中世の公園」。私は聖職者(つまり神父様)をやりました。その他のメンバーは、貴婦人、植木職人、画家、町娘、花売りをやりました。一度、全員が、それぞれが考えるようにやってみたところで、先生の演技指導(私の場合は、姿勢と立ち居振る舞いの注意)が入って、もう一回やりました。私も含め、少しずつ、演技する照れが無くなってきたような気がします。

 次回のテーマは「仮面舞踏会」です。一人を除いて、全員が貴族の役です(一人だけメイドさん)。私は当然、男性貴族の役(エロジジイに設定:笑)で、若い新婚の妻を置き去りにして仮面舞踏会に参加しているという設定です。で、その妻もまた私に内緒で仮装して仮面舞踏会に参加しているという設定(?)かな? その他にも、男漁りをしにきいてる貴婦人がいたりと、まあ、なかなかな設定となっております。

 で、お芝居が終わったところで、普通の発声練習をして、コンコーネ7番と8番をやりました。次回のコンコーネは8番と10番(9番はやりません)です。コンコーネは10番までで、ひとまず終了となり、その先には当面行くことはなく、また1番に戻って、発声練習代わりにルーチンでやる事になりました。

 で、休憩に突入。休憩中に、ピアニストさんがやってきました。

 今度のピアニストさんは、団内ピアニストさんが急病で倒れてしまったので、急遽、お願いした方です。この方に本番までのピアノをお願いする事になりました。最初は、どんな人がいらっしゃるのかと、ちょっと心配していましたが、なかなかに腕も良ければ、人柄も良い人で、一安心というか、ちょっと申し訳ないというか…。まずは、ピアノに関しては、安心してお願いできる方でした。

 ピアニストさんもきちんと決まったので、後半の練習は、本番に向けて「木綿のハンカチーフ」の音楽作りがメインです。

 音楽作り…細かなテンポの設定や、各パートのバランスや、アーティキュレーションの確認に、ソロの表現づけのダメ出しとか、まあ、そのあたりを色々と。結構、細かいところをやりました。

 それにしても、少人数のアンサンブルなのに、合わない合わない(汗)。例えば、歌(私)と合唱とピアノが時折バラバラになってしまいます。これは結構、気持ち悪い。原因は、ソリストの私が(感情が入りすぎて)走っている上に、気弱になって、歌いながら、ちょっとピアノに合わせようとしたり、合唱を待ってみたりとヒヨッテイルから、バラバラになっちゃうんですねえ。もっとソリストは、唯が独尊で、他の何者にも影響されずに、むしろ「オレに付いてこ~い!」とばかりに、全体を引っ張らないといけない(と言うか、しっかり己を貫き通して、指揮者に付いて来させないといけない)のにねえ…。もっと、自信をもって傲慢にいかないと…。

 もちろん、私以外の理由でアンサンブルが合わないケースもあるけれど、まずは私がしっかりしないと…ね。

 ひとまず、合唱曲なので、アンサンブルが合わない事には話になりません。

 曲全体の責任はもちろん指揮者(つまりキング先生)が担うわけなんだけれど、ソロが歌っている場面では、私がテンポやその他を決めていく部分があります。でも、私はそれをうまく言葉にして説明できないので、とりあえず歌ってみて、その私の歌に指揮者が合わせ、その指揮者にピアノや合唱が合わせるというやり方で色々と決めてみました。

 とりわけ、4番は私のわがままで、本来の速度よりも、うんとテンポを遅らせた上に揺らしていますので、合唱がすご~く難しくなってしまいました。みんな、勘弁してね。でも、私はあそこは歌いあげたいのだよ~。

 と言うのも、指揮者と話した結果、1~3番までの私は、感情を抑えて(いや、押し殺して)歌い、フラストレーションをためていき、それを4番で爆発させて、一気に歌いあげるということにしたので、4番は遠慮なしに、思い切って(ポピュラーなのに)オペラチックに歌う事にしたからです。ff出しますよ~、もちろん、ルバートはかけまくりですよ~。なので、4番と対比するために、1~3番はレガートに感情を内に込めて切々と歌います。とにかく、3番までは“上品”な歌唱をめざします。

 ちなみに、3番と4番の間にある長めの間奏は、ピアニストさんの活躍の場なので、ここは思う存分、腕を振るってもらうことになりました(それくらい、達者な方なんですよ)。ソロはお休みだからいいのだけれど、ピアノにからむ合唱はちょっと大変そうです。

 懸案の、いきなり転調して歌いだす3番の冒頭部は、やはり苦戦しました。相談した結果、この部分の元々のアレンジでは、私の歌う音はピアノ伴奏の中に無いのですが、それを急遽加えてもらう事にしました。私が歌うべき音をピアノで弾いてもらうだけで、だいぶ、歌いやすくなりました。不協和音で歌いだす点は変わらないのですが、今後は歌いだしたら、私の歌っている音がピアノで支えられるようになったので、すぐさま音程修正がかけられるようになって、よかったです。音が低すぎて、取れないことが多かったのですが、なんとか取れるところまできました。うれしいです。

 あと、歌詞もきちんと覚えているつもりですが、やはり、ところどころ怪しいところはあります(汗)。でも、そんな時も、指揮者であるキング先生がプロンプターになって、先回りして歌詞を教えてくれるので、歌詞が飛ばさずに歌えています。これも感謝な事です。

 ちなみに、ソロは私だけでなく、女声からも、ソロパートを二カ所作ることにして、二人のソリストを立てる事にしました。男声ソロあり、女声ソロあり、女声合唱あり、ソロと合唱の掛け合いあり、見事なピアノソロあり、たった一曲ですが(きちんと演奏できれば)なかなか聞き応えがある曲に仕上がりつつあります。

 これで全体像が見えました。各自がやるべきことも分かったはずです。次回の練習では、これらをひたすら歌いあげ、磨き上げるのです。頑張って参りましょう。

2010年9月21日 (火)

フルートの選び方(私の提案)

 さて、フルート選びでお悩みの皆さん。フルート選びの観点には色々ありますが、フルートという楽器は、比較的高価な楽器という事もあって、その選択に慎重になられる方が大勢いらっしゃると思います。かく言う、私もそうでした。自分のフルートを選ぶ時の、あの心境を今振り返ると、まるでたくさんいる、お見合い相手の中から、自分の伴侶を探し出すよう感覚でした。

 探し出すまでもそうでしたが、実際、購入してからの付き合い方は、まさに“伴侶”そのものでして、そういう意味では、自分の楽器探しは、まさに自分の音楽的な伴侶を探すようなものです。

 ならば、四の五の言わずに、実際の伴侶を選ぶような気持ちで楽器を選んであげれば、その選択に間違いはないのではないかと、私は思います。

 物事を分かりやすくする方法の一つに“たとえ”というものがあります。ここでは、フルートの属性を人間の性質に例えて考えてみたら、いかがでしょうかという提案をさせていただきましょう。

 左側の項目は、フルートの特性。右側の項目は、人間に例えた時の性質。「この特性をなぜこの性質に?」と思われる方のために、私なりの屁理屈を真中の部分に書いてみました。いかがでしょうか?

音量が大きい -> 派手で分かりやすい特徴 -> 美女
音程が正しい -> 演奏が楽 -> 世話女房タイプ
音色が美しい -> ちょっと吹いただけじゃ分かりづらいけれど大切 -> 性格が良い

ゴールドフルート -> 高価だよね -> 深窓の令嬢/お姫様
洋銀フルート -> 子ども時代からの知り合い -> 幼なじみ
総銀フルート -> ある程度オトナになってからの知り合い -> 会社の同僚

Eメカ付き -> 目立たないけれど便利 -> 縁の下の力持ちタイプ

オフセット・カバード式 -> 親しみやすい -> 社交的
インライン・リング式 -> 最初はちょっと大変 -> 芸術家体質

C足部管付き -> 管長が短めで比較的軽量 -> 小柄でかわいい
H足部管付き -> 管長が長めでちょっと立派 -> モデル体型

新品 -> そりゃあ始めて嫁ぐわけですから -> 初婚
中古 -> 前のオーナーの色が残っているわけですから -> 再婚

国産フルート -> 日本生まれですから -> 日本女性
輸入フルート -> 外国生まれですから -> 外国人女性

 色々と異存はあるでしょうが、あくまで、私すとんの感覚でやってみました。あと、私はオッサンなので、どうしても楽器を女性に例えたくなります。楽器を男性に例えたい人は、性質の部分をお好きに変更してみてください。

 こうして考えると、割とはっきり色々なモノが見えてくるのではないでしょうか? 例えば、私のところにある二本のフルートは、こうなります。
 
 

1)一万円フルートこと、チャイナ娘

 幼なじみの中国娘。小柄で特にこれと言った特徴はないけれど、社交的なところが取り柄、かな? 最初はいいと思ったのだけれど、一緒に暮らしているうちに、性格の激しさと自分勝手なところが目立つようになり、今は、ちょっと距離を置かせてもらっています。

 …中国製洋銀フルート(本当は真鍮製)。C足部管付き、オフセット・カバード。音色はあまり美しくなく、音程もかなり不正確な楽器でしたので、今はサブフルート扱いです。
 
 

2)現在のメインフルートの、アゲハ

 会社で知り合った元同僚。美人とはちょっと違うけれど、小柄でかわいいタイプ。性格が良くて、世話女房タイプ。付き合いだした頃は、すこし気難しいところもあったけれど、今ではすっかり良い感じになりました。

 …国産総銀フルート。音量は少々もの足りない。C足部管付き。音色は極上で、音程バッチリ。インライン・リング式、しかしその扱いには慣れました。
 
 
 こんな感じです。分かりやすいでしょ。皆さんも、購入検討中のフルートを人間にたとえてみたり、お手許の愛器を人間に例えてみると、色々と感じるところがあると思いますよ。いかがでしょうか?

 人間に例えて分かる事は、フルート選びの際に「スペック(カタログに記載されている性能/特徴)にこだわりすぎない」「値段にこだわりすぎない」って事です。これも例えていうなら「お見合い相手の釣書にこだわりすぎない」「相手の家柄にこだわりすぎない」って事です。

 スペックにこだわりすぎない…これは楽器に限らず、趣味の世界では、ウンチク親父によく見られる特徴です。スペックにこだわっていると「木を見て森を見ず」になります。もちろん、最低限の必要スペックはありますから、そこはクリアするとしたら、必要以上の高性能を求めても無駄というものです。これは実際のお見合いでもそうでしょ。釣書だけで相手を決めたら…愚かものでしょ(笑)。肝心なのは、自分との相性です。見合いの釣書は無視してはいけませんが、それで決定してもいけません。他人の意見は、あくまで参考意見に留めておくべきでしょう。自分が惚れた楽器が最高の楽器なんですし、そういう楽器と簡単に出会えるわけじゃないんです。辛抱強く出会いを待ち続ける事も大切かもしれません。

 値段にこだわりすぎない…これは年齢問わず、女性に見られる特徴だと思います。無論、予算の上限はありますし、逆に「あんまり安いのはダメなんじゃないの?」という心配も分かりますが、値段は楽器の特徴と関係はしますが、善し悪しとは関係しません。これも人間と一緒。まあ、人間の場合は“値段”はありませんが、家柄みたいなものを想定すると分かりやすいでしょう。家柄と人柄は…大雑把に関係するかもしれませんが、家柄と人の善し悪しは…全く関係ないでしょう。もっとも、金持ちは全員善人で、貧乏人はすべて犯罪者だと信じている方は別ですが(笑)。

 だから、値段(予算)にこだわって選ぶのではなく、いやむしろ、値段はブラインドにして楽器選びをした方が良いくらいです。それに、ほんの少しの余計な出費を覚悟できなかったために、後悔の念をずっと抱き続けるのは癪でしょ。

 それの裏返しとして、楽器店の営業トークに乗せられない事も肝心かな? お店は客と楽器の相性を見て薦めてくれるのではなく、客の財布と楽器のお値段の相性で薦めてくれると思った方が間違いないです。だって商売ですからね。なので、お店の方のトークは話半分でちょうど良いくらいですよ。お店の人は、仲人とは違いますからね。仲人は商売ではありませんが、楽器店の人間は楽器を売ってナンボの世界の人と言うことは、客としてしっかり認識しておくべき事です。だから、予算ギリギリか、ちょっと上の値段の楽器を薦めてくるんですよ。

 私は楽器を選ぶ時は必ず試奏するべきだと思ってますが、これは「恋愛結婚」を薦めているようなものです。人生の伴侶選びでは「見合い結婚」というのもあります。こちらは試奏せずに、先生や先輩の助言に従って購入したり、オーダー発注で特注品を作ってもらうのが相当するでしょうか? どちらの方が良い…とは一概に言えませんが、まあ、楽器に関しては、自分で選んだ方が後悔が少ないと思いますよ。

 あと、大雑把に言っても、サラリーマンの妻と商売人の奥さんでは、求められる資質が違います。同じフルートという楽器でも、室内楽やフルートアンサンブルと、吹奏楽では、要求される事柄が違います。そういう、自分がどんなフィールドで演奏する事が多いのかという事は、きちんと把握し、そこで迷って、間違ったチョイスをしないようにしましょうね。

 とは言え、アマチュアの音楽愛好者が、いたずらにたくさんの楽器を所持し、音楽ジャンルによって楽器を使い分けるというのは、私はいかがなものと思ってます。プロの方は商売ですから、楽器の使い分けは当然あり得るでしょうし、アマチュアでもお大尽な方はそうするでしょうが、普通のアマチュア音楽愛好家は、一本のフルートを徹底的に愛し抜いて、どんな場面でも信頼できるように、日頃からの絆を固める(つまり、たくさん練習する)事に専念するべきだと思います。

 これは夫婦関係でも言えるでしょう。奥さんがたくさんいると…大変だよね。

 …なんてね(爆)。

2010年9月20日 (月)

レッスンに駆け込んではいけません

 フルートのレッスンに行ってきました。今回は、仕事が忙しくて、ちょっと予定が狂ってしまい、いつもより遅く職場を出ざるを得ませんでした。職場から家まで小走りで帰って(いつもは徒歩でゆったりと歩いて帰ってます)、家で汗をぬぐって着替えて、休憩もロクに取らずに、走る元気が無くなっていたので、早歩きでレッスンに行きました(いつもはゆったりと歩いてレッスンに行ってます)。

 それでも先生の前に現れた時は、すでに1~2分の遅刻でした。申し訳ないです。息こそ切れてはいませんでしたが、心はせわしく、気持ちはそぞろで、カラダはクタクタでした。

 到着して、フルートを組み立てながら、発表会の話をしました。12月の上旬にフルート教室の発表会を行う事になったので「参加します!」と参加表明をしました。せっかく、人前で演奏できるチャンスがあるなら、それを断る理由などあるわけないじゃないですか!

 色々と話をして、今回はジャンル違いで三曲の参加の予定となりました。クラシックとジャズ/ボサノヴァとポピュラーソングの三曲ね。具体的な曲は、次回のレッスンを「選曲スペシャル・レッスン」にしたので、そこで先生ときちんと話して、曲決めをしたいと思ってます。しかし、この段階で、発表会まで二カ月半しかありません(汗)。大丈夫か? 私?

 そんな、とっちらかったままの状態で、レッスン開始となりました。

 いつものように音出しから、始めたのですが、今回はかなりヒドイ結果となりました。と言うのも、何をどうしても、ピアノとフルートの音程が合わないんですよ。なんか微妙に違う。かと言って、頭部間の抜き差しで対応するほどの違いでも無いので、ともかく吹きながらクチビルで調整しましょう…という事で音出しを開始したけれど、やっぱり合わない。なんか、全音域に渡って、ちょっと違う。

 「頭部管はどれくらい抜いてますか?」…2mmほどです。それでも、まだ、ほんのちょっと低い感じがするくらいです。

 全音域に渡ってオクターブ練習をしてみました。実はこの時の私は、頭の中がボーとしてました。たぶん、疲れすぎていたのかもしれません。耳は開いていても、きちんと聞けてなかったのかもしれません。オクターブが微妙に違うんですよ。先生と合わせると、低い方をバッチリでも、オクターブ上がるとウネルウネル…私の方がちょっと低いんですね。

 その原因なんですが…どうやら、私、音程の幅の薄い音を出していたようです。つまり、やせた悪い音で吹いていたみたいです。先生に指摘されて、厚い音程の音で演奏してみたら、音程の違いが目立たなくなりました。

 厚い音程の音を出すには、背中をふくらませてフルートを吹くと、割と楽に出ます。先生は「お腹をふくらませて…」とおっしゃるのですが、横隔膜を張るとお腹ではなく背中が出る体質な私なので、お腹を背中と読み替えて対応しています。

 昨日まで、割といい音でフルートを吹いていたのに、レッスンでは、こんなヒドイ音を出してしまって、ちょっぴり残念でした。

 ただ、いくら厚い音程の音を出しても、オクターブの差が厳密には正しくないことは事実なので、そのあたりは息の方向を変える事で対応するように言われましたが、なんかこの日は、ホントに耳の調子が良くなかったです。

 そんな感じだったので、アルテに入っても、散々でした。とりあえず、14課の1番bを何度もトライして、やっと合格をいただきました。その他はチャレンジしたけれど、ダメでした。耳だけでなく、指の調子も悪かったみたいです(涙)。

 と言うのも、14課のテクニック編の部分は、家ではサラッと通過できたんですがね…。家でできても、レッスンの場でできなければ、それはできた事にならないので、不合格でもいいのですが、なんか残念です。多少の体調の悪さを計算に入れても、どんな状況でもサラっとできるまで練習しておかないとダメなんだと思いました。つまり、できているつもりでいただけで、実際は練習不足だったわけです。自分ではできているつもりでも、ちょっともできていなかったって事ですね。相変わらずの、詰めの甘さです。

 そんな私ですが、自分の中では、今回のレッスンはけっこう自信を持っていて、14課はカンツォネッタの前まで、調子が良ければカンツォネッタNo.1くらいまで合格をいただくつもりでしたが、あまりの自分の出来の悪さに愕然としてました。

 いくら仕事が忙しかったからと言っても、やっぱり余裕をもってレッスンに行かないとダメですね。少なくとも、レッスン前に課題曲を一通りおさらいしておくくらいの余裕は欲しいし、もちろん、体調もバッチリなのが望ましいです。そう出来たら、ここまでヘナヘナにはならなかったと思います。

 少なくとも、レッスンに駆け込んで、ヘトヘトのまま、フルート吹いちゃあダメだよね。

 それにしても、今日は、やけにフルートが重かったなあ…。まるで、ゴールドフルートのように重かったよ…。

 それと、こんなに弱っている私だから、弱点がよく見えるわけで、どうやら私はGisキーの扱いが苦手らしい。こいつが出てくると、途端にアタマの中が真っ白になるらしい。

 でも、避けて通れないんだよね、Gisキーって。

2010年9月19日 (日)

現代を生きる日本人に生まれた、10の幸せについて考えてみた[2010年9月第3週・通算33週]

体重:96.8kg[+0.6kg:-11.7kg]
体脂肪率:28.6%[+0.4%:-3.8%]
BMI:30.6[+0.2:-3.9]
体脂肪質量:27.7kg[+0.7kg:-8.0kg]
腹囲:95.3cm[+0.9cm:-10.8cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 おたびダイエット15週目でございます。あれ? すべての数値が先週と比べてプラスですね。おかしいですね? 今週はシルバーウィークとやらですから、もっと太っちゃいそうで怖いです。休日が続くと“おたび”が徹底できずに、体重が増え気味な私です。困ったもんです。

 さて、民主党政権になって、ずいぶん経ちます。みるみる日本の国力が衰えている事が実感できます。経済は疲弊し、私たちの税金は、日本人のために使われずに、外国にバラマかれております。どれだけムシられれば良いのでしょうか? ああ、悲しい。

 日本人は基本的にペシミストだと言われています。あるいは、他の人から欠点を指摘されて喜ぶマゾ体質だという話もあります。まあ、それを一概に否定できないところはあります。

 今という時代は、政府が売国なので、実に不幸な時代だと思います。だから、今なら、私たちの不幸を、いくらでも数えることができます。実際に、不幸を数えて悦に入っている人もいるでしょうが、そんな事をしても、絶対に幸せにはなれない、と私は考えます。

 民主党政権は、どうにもならないくらいダメだし、失われたものも多い。このままでは、ドンドン国は衰えていくでしょう。未来は確実に暗いです。

 しかし、今はまだ、私たちの先祖が残しておいてくれた貯金のような幸せがたくさんあります。それらの「幸せの貯金」が無くなる前に「日本ってこんなに幸せな国だったんだ」という事を確認していきましょう。

 さいわい、その「幸せの貯金」は、まだたくさんありそうです。私が、ちょっと考えただけでも、日本人に生まれた幸せは、たくさんありました。それらについて言及していくと、キリがないのですが、ひとまず、ふと思いついたことを10点だけあげてみました。日本には、まだまだ良いところもたくさん残っています。みんなで元気を出していきましょう。

 もちろん、他に幸せな事を思いついた人は、付け足してみてください。

 あ、日本人と言っても、ピンキリなので、今回は、おそらく平均的な日本人だと思われる、私中心目線で考えてみました。日本人であっても、私があげる項目で幸せを感じない方もいらっしゃるかもしれませんが、まあ、そこは勘弁してつかあさい。さていきます。
 
  
1)飢える事もなく、渇く事もない

 これ、基本。日本では、普通に働いて暮らしている限りにおいては、飢える事もないし、渇く事もありません。だから、たまに、飢え死にのニュースを聞くと、すごく悲しくなります。そんな事は、私たちの国であってはならない事だと思います。みんなが食べれて、みんなが飲める、そんな当たり前で贅沢な生活ができるのは、現代日本に生まれたからだと思います。

 もちろん、食べるものだけでなく、住む場所や着る服も足りています。つまり、衣食住が普通に備わった生活ができるのが、現代日本だと思います。
 
 
2)食事が美味しい

 …でしょ。単に“飢える事がない”どころじゃなくて、毎日食べている食事が美味しいでしょ。もちろん、外食だって美味しいし、家庭料理だって美味しい。まあ、たまに、犯罪的に料理下手の奥方もいらっしゃるかもしれないけれど、たいていの家庭料理は美味です。

 私は学生時代、アルバイトで家庭教師をたくさんやりましたが、どこに行っても、バイト代の一部として、夕食をいただく事にしていました。なので、あっちこっちの家庭料理を食べましたが、どの家もほんと美味しかったですよ。もちろん、味付けは、それぞれの家庭ごとに個性ありましたが、店の料理とは一味違っていて、美味しいんです。

 日本の料理の神髄は、家庭料理にあるんじゃないかと思うほどです。

 だいたい、外人さんがやってきて、日本の普通の家庭料理を振る舞ってあげると、本当に喜ぶんだよね。それを見ても、日本は普段の食事が美味しい国なんだなあって思います。

 いやいや、それどころか、コンビニの弁当やスーパーのお惣菜、冷凍食品やカップ麺やレトルト食品に至るまで、上を見たらキリはないけれど、かなりいい線いっていると思います。なので、おひとり様だって、それなりに美味しい食生活だと思いますよ。
 
 
3)電車で居眠りができるし、ボケーと道をふらついていても安全

 電車で居眠りは、私の趣味です。結構、油断して寝ていますが、寝ている間に置き引きにあった事はありません。夜道をフラフラ歩いていても襲われた事ありません。まあ、私はガタイがゴリラのようですから、私を襲う人などいないでしょうが、普通に若い女性でも夜道を歩ける日本って国は、本当に幸せなんだと思います。

 とは言え、最近の都会はかなり危なくなってきたようです。日本はいつまで安全なんでしょうね。ああ、心配だ。
 
 
4)金で買えるモノなら、ほとんどのモノが手に入る

 お金で買えないものは簡単には手に入りません。これは当たり前。だけど、お金で買える物なら、庶民でも頑張れば買えるのが、今の日本人の生活です。もちろん、途方もないものを願えば、話はちょっと違ってくるかもしれないけれど、まあ、我々の欲望と言っても、たかが知れているわけで、その範囲のものなら、たいてい、手に入っちゃういます。

 特に最近は、インターネット通販ってのがありますから、どんな片田舎に住んでいても、買い物に関しては都会並でしょ。ビバ! インターネット通販! 自宅に百貨店の行商部があるようなもんなんだから、すごいよね。
 
 
5)国土が美しく、温暖で過ごしやすい

 いいよね、日本。四季折々の風景があり、実に美しいです。春は桜、夏は海山、秋は紅葉に、冬は満点の星空。ああ、美しい。

 さらに四季はあっても、それほど極端な寒暖が[普通は]ないので、過ごしやすいでしょ。まあ、たまに、今年の夏みたいな変な年はあるけれど、おしなべておだやかな気候です。寒すぎて死んじゃうとか、暑すぎて死んじゃうって事は、滅多にないわけで、そこんとこは幸せなんだと思います。美しい風景の中で生活していると、それだけで心が豊かになると思います。殺伐とした風景の中では、何もしなくても、人の心はすさんでしまうものだもの。

 あと、国内に、戦場が無いというのも、ポイントが高いね。外国に実効支配されていて、日本人が入れない土地が数カ所あるのは、とても悔しいけれどね。
 
 
6)医療が充実している

 とりあえず、どこにでも医者がいる。まあ、地域によって、ちょっと遠くにいかないとマズイところもあるかもしれないけれど、それでも行ける範囲に医者がいる。風邪や脱水や下痢で子どもが死ぬ事なんて、まずないでしょ。それに、高度医療だって 国内で受けられたりするわけだ。こりゃあ、恵まれているでしょう。119番に電話すれば、救急車だって、すぐに来てくれるんだぜい。これって、実はすごいことなんだと思います。
 
 
7)自分の好きな場所(地域)で暮らせる

 私は東京の下町生まれだけれど、湘南で暮らしています。理由は…喘息持ちだから。少しでも風光明媚な場所で生活させた方がよかろうと、幼い私を見た両親の判断で、こっちに引っ越してきました。その後、親たちはさらに温暖な土地を求めて、南方に引っ越しちゃいましたが、私は親元を独立してからも、湘南の中で引っ越しを繰り返して、結局、今でも湘南で暮らしています。だって、湘南って住みよいんだもん。

 私は湘南が気に入って暮らしていますが、別にそれ以外の場所に住む事だって可能です。東京でも京都でも北海道でも沖縄でも暮らせますし(相手国が受け入れてくれさえすれば)国外に居を移すことだって可能です。出国の自由はもちろん、引っ越しをする自由のない国々も少なからずある事を考えれば、好きな土地に移り住める自由って、素晴らしいです。

 でも、湘南っていいよ。何がいいって、陽の光と風の匂いが海なんだよ。「海、満喫」ってところがツボなんだよ。もちろん、塩と砂からは逃げられないけれどね。
 
 
8)政権批判をしても安心安全

 言論の自由と、思想信条の自由と、信教の自由が、まがりなりにも保障されている事の証ですよね。実にうれしい事です。ま、本当は、批判しないでは済まされない政権を有している国民という段階で、かなり不幸なんだけれど、まあ、そこはさておき、時の政府に注文なり愚痴や不平不満なりを垂らしても、監禁拘束されないというのは、有り難いです。この自由が無くなった時、私たちの日本は、マズイ局面に入っちゃった事になるんだろうと思います。

 とりあえず、「菅総理って、ほんと、能無しだよなあ」とネットに書いても、危害が及ばないことは、本当に幸せなことだと思います。
 
 
9)色々なことを学べる

 中学まで義務教育だし、多くの人は大学まで進学しているし、オトナになってからでも好きな事を勉強ができる。これは幸せだね。

 知識欲が満たされるというのは、人間の幸せの中でも、私はかなり高次な幸せだと思っています。分からない事が分かるようになる。知らなかった事について熟知できる。できなかった事が得意になる。これは成長であり、上達であり、進化発展でしょ。

 もちろん、そのための環境にも恵まれています。公共図書館が充実している地域は多いでしょう。インターネットだって、とても普及しています。テレビは、報道はかなりダメだけれど、それでも、時折、とても良い内容の教育番組(通信講座とかドキュメンタリーとか、最近のクイズ番組もそうかな?)をやってくれています。市民大学を開催してくれる大学/公共施設/病院はたくさんあるし、カルチャーセンターや習い事教室だって無数にある。

 つまり、今の日本ならば、望めば、なんでも学べるし、なんでも身に付けられるのです。もちろん、その前提として、衣食住の心配が無い上に、ある一定の金銭的な余裕があってこそなんですが…。でも、ほんと、私たちは自分たちが望めば、なんでも学べるわけです。ありがたい事です。

 だから、私のような、平凡極まりないオッサンであっても、習い事ができるわけよ。別に音楽家になるつもりもないのに、こうやって、毎日、音楽が学べるわけよ。ほんと、幸せだと思います。この幸せが、死ぬまで続きますように…。
 
 
10)優しい日本の女性に囲まれて生活できる

 ウチの妻だけに限らず、日本の女性は素晴らしいと思う。(おおむね一般的な傾向として)優しいし、気配り上手だし、料理上手で、人当たりが良いでしょ。決して、我を張らず、家族につくしながら、いつのまにか家族の中心で家族をまとめている。良妻賢母という言葉は古いかもしれないけれど、確実に日本女性って、良妻賢母だと思います。大和撫子だと思います。私は、そんな素晴らしい女性たちに囲まれて、日々の生活をおくる幸せをかみしめています。

 日本の素晴らしさの大半は、日本女性によって作られている…と思うことも多々あります。日本は女性が素晴らしい国。そう思います。

 「アメリカの住居に住んで、日本人の妻を持ち、中国人のシェフを雇う…」というのが、人として最高の幸せだという話があります。もちろん、これが、ちょっとズレて「日本の住居に住んで、中国人の妻をもち、アメリカ人のシェフを雇う」では、困ってしまいますが…。ま、これはいわゆる、アメリカン・ジョークなんですが、ジョークのネタになるほど、日本人女性ってのは、世界が認めるほどに、素晴らしい人々なんだと思います。
 
 
 民主党政権になっても、まだまだ、これだけ、私たち日本人は幸せなんだな。この幸せがいつまでも続きますように。いつのまにか、わけの分からない外国人たちに、国を荒され、幸せを盗まれないよう、政治家の皆さんは頑張ってほしいと思います。

 私は日本という国が大好きです。日本に生まれて、生活できる幸せを感謝しています。

2010年9月18日 (土)

賢い?サクラ

 金魚にも、賢い子とそうでない奴がいます。キッカはそれなりに賢い子だと思いますが、ブニョはそれほどでもありません。

 新参者の三匹はどうかと言うと…どうやらサクラは賢いかもしれません。

 と言うのも、彼女は(すでに記事にしましたが)タニシの斬新な食べ方を開発しました。それ以外にも…

 人をじっと見て、人の挙動を読みながら、エサをねだります。少なくとも、エサが勝手に水槽の外からやってくるとは思っていないようです。

 いざ、エサをあげる段になった時、万が一、エサ投入口に水草などの邪魔モノがあった時は、すみやかに、それらをどかして、エサ投入口を広くして待ってます。こんな事をする金魚は始めてです。

 エサ投入口での争いが激しくなると、スーっと身を引いて、離れたところにたまっているエサを黙々と食べます(これはキッカも同じ)。

 スズネにイジワル(あるいは求愛行動?)されても、巧みにカラダをかわして怪我をしないように上手に立ち振る舞っています。

 ね、なかなか賢そうな子でしょ、サクラは。でも、この子、たぶん文系アタマの子らしくて、理系的な能力はないみたいなんです。と言うのも…。

 エサを入れる回数を全然把握していないんです。普通の金魚が持っている、数概念というのは、どうやら「0-1-2-たくさん」みたいです。少なくとも、「1」と「2」という概念はどうやらありそうですが、サクラは「0-たくさん」のようです。いわゆる“デジタル思考”の持ち主のようです。数の概念ではなく、有無の概念しか持ってなさそうなんですよ。

 それと、時間の概念があまりありません。他の金魚たちは、大雑把な時間を把握しています。少なくとも、朝・昼・夕・夜くらいは分かりますし、当然エサの時間も把握するものです。キッカは時間の概念がばっちりしていますし、この前、星になったカエデも大丈夫でしたが、どうもサクラは…時間の概念に乏しいようで、エサの時間すら把握できていないふうです。

 「優秀なんだけれど、時間にルーズで計算が苦手な娘」 どうやら、サクラはそういうタイプの娘みたいです。…って、誰ですか、今、そこでドッキとした人は(笑)。

2010年9月17日 (金)

なぜ私は今、音楽を頑張っているのか?

 私は一介の平凡なオッサンです。音楽の専門教育は受けたことはありません。

 元教師なので、教員免許は複数持っています。小学校の教員免許は「全科」を持っていますので、小学校限定ならば“音楽の授業”が形式上はできますが、やった事はありませんし、たぶんできません(汗)。

 それでも、小学校の音楽の免許を取るために、大学で、講義として「音楽概論(1年かけてモーツァルトの勉強をしました)」と「初等音楽科教育法(何をやったは覚えてません)」を受講し、実技科目として「ソルフェージュ」「ピアノ」「声楽」をグループレッスンでやった程度です。それに中学高校での音楽の授業、これが私の受けた音楽教育のすべてです。

 それよりもむしろ、高校生の頃にロックバンド(サイドギター担当)をやっていた事の方が、音楽経験としては大きいかもしれません。

 ま、そんな感じの、普通にいる、音楽好きな若者だった私です。

 就職して、しばらくの間はペーペーで大した仕事もしていなかったし、体力も余っていたので、合唱をやったり、声楽の個人レッスンを受けたりと、今に通じる趣味を始めたのですが、やがて仕事が忙しくなって、それらは立ち消えになってしまい、いつしか音楽は聞くだけの趣味になりました。

 20代、30代は、本当に仕事の虫になっていました。本当によく働いたと思います。

 40代も半ばを過ぎ、職業も変わり、自分の仕事もある程度は自分でコントロールできる余裕も生まれ、やがてやってくる現役引退とその後の年金生活(目下のところ、人生の最大の楽しみ~です:笑)を考えた時に「このままではヤバいかも…」と思うようになりました。

 何がヤバイのかと言うと、引退後にやってくる人生の残り時間をどうやって過ごすべきかという大問題に対して、何の目算もなければ、目標も、目安も見つけていない事に気付いたのです。

 もちろん、年金生活になっても、小遣い稼ぎ程度の労働はするだろうけれど、ガチのフルタイムで働くことはないだろうし、したくないです。私はマジメにご隠居になりたいんです。隠居生活を心ゆくまで楽しみたいのです。

 だから、引退後の労働時間はウンと減るでしょう。では、今まで働いていた時間は何をする? 有り余る時間を持て余して、何もせずにのんびりとしているだけなら、あっと言う間にボケてしまうでしょう。それは、なんとしても避けなければ…。

 さっそく、何をするべきか考えました。

 ボランティア活動? サークル活動? ちょっと調べてみましたが、どれもこれも、実は素人が簡単に手を出せるものではなく、若い時からの経験が問われていました。

 ボランティア活動は、持っている資格や現役時代の職業で出来る事と出来ない事があります。私はとりたてての資格は持っていないですし、ボランティアに役立つような職歴もありません。学生の頃もボランティア活動はかなり熱心にやりましたが、あれは若さがあったので、体力系の奉仕活動を中心にやってましたが、さすがにジイサマになって、体力系の奉仕活動は無理でしょ。かと言って、資格も能力も経験もなければ、一体何ができるというのでしょうか?

 やりたいという意欲はあっても、自分ができる事が無い事だってありえます。いや、そりゃあ、贅沢言わずに探せば、何かあるでしょうが、それがやりたい事とは限らないわけです。出来る事が、実はあまりやりたくない事ばかりだったら、やりたくない気持ちを抑えてボランティア活動をする? いやいや、それはさすがにダメでしょう。いくらジイサマで時間が野放図にあるからといって、イヤイヤな気持ちでボランティア活動なんかしては、する方もされる方も不幸せになるだけです。それは絶対にダメです。

 その点、サークル活動は遊びだから、OKでしょう、と軽く考えてみましたが、実はこちらも、若い時からしっかり遊んでいた人でないと、なかなか難しそうです。

 と言うのも、たかが趣味であっても、今の老人たちは、結構レベル高いんですよね。当然、私の世代が老人になる頃は、もっとレベルアップしているはずです。それなのに、本当の老人になってから、習い事を始めても、とても楽しめる域にまでは、なかなかいけないでしょう。いやいや、一般化して話してはいけませんね。本当の老人になってからでも、十分、間に合う人もいるだろうけれど、少なくとも私の場合は無理、無理、無理、無理~です。だって、不器用だし、何より短期集中ってのができない人だから、短い期間で実力アップ~なんてできないもん。

 ちょっと、この現実を知った時は、クラッときましたし、正直、ビビったもんです。このままでは、ジジイになった時に、誰にも相手にしてもらえないかも…。できる事はパソコンだけで、老人版ネット厨房になるしか道がない? ええ! それじゃあ、単なる家庭の粗大ゴミになっちゃうかも…。これは…かなり…ヤバい??

 そう思った私は、中断していた趣味を再開する決意をしました。時間は逆さまに流れません。過ぎてしまった時間を悔やんでも仕方ないです。これからの人生の中で、今が一番若い時なのだから、今からでも始めないと、到底間に合わない! 本当に年金生活になった時には、趣味としてちゃんと楽しめるレベルにまで、自分を高めておかなければいけない! そのためにも、まだ若さの残骸が多少なりとも残っている今のうちに、身に付けるべきことは身に付けておかないといけない! そう決心したんですよ。

 あと、今の私は健康バリバリ(ちょっと体力は不足気味なのが残念…)なんですが、私の家系は短命の家系なので、ある日、いきなりポックリ逝っちゃうかもしれません。天国に召される事は、それはそれで、まあいいのかもしれない。なぜなら、それなら、引退後の生活の心配なんかしなくてもいいのだから。考え様によっては気楽な話です。

 でもね、そうなると、私の人生、働きづめで終わってしまう事になります。それって、かなり残念かな。ならば、今のうちから、少しずつ、人生を楽しんでもいいんじゃないか…とも思いました。老後の準備&今を楽しむの、一粒で二度おいしい趣味生活のリスタートです。

 そんなわけで、一番好きな趣味が音楽だったので、まずは音楽から頑張る事にしました。

 もしも、ずっと健康でいられたとしても、現役引退まで、さほどの時間はありません。『光陰矢の如し、老人老いやすく、芸成り難し』です。一刻の猶予もありません。本当の老人になった時に、趣味として、ぜひとも、音楽が楽しめるようになっておきたいのです。いわゆる、初級・中級・上級なんていう、大雑把なレベル分けをした時に、なんとか中級者レベルに達しておきたいんですよ。それが私の願いであり、人生の(ひとまずの)目標です。

 だから、今から、音楽、頑張ってますよ。私の夢は「歌って、踊れて、笛吹いて、毎日を極楽トンボで暮らすジイサン」ですからね。そうなれるように、今から頑張ってます。

 …って、そう言えば、踊りの練習は全くしていないぞ! このままでは「踊れるジイサン」になれない…、ううむ、ちょっとマズイかも。音楽の時間を減らして、踊る時間を作るべきだろうか? ううむ、悩む悩む…。ファイヤー!

 P.S. 踊りは社交ダンスをやりたいです。ワルツとかをクルクル踊りたいんですよ。

2010年9月16日 (木)

「なんちゃってジャズピアノ講座」に行ってきました

 前回「なんちゃってジャズ講座」と銘打った笛先生のジャズ初心者講座は、今回から「なんちゃってジャズピアノ講座」と名前を変えて、みんなでジャズピアノの初歩の初歩を学んじゃおうって事になりました。そしてそれは、ジャズピアノの初歩を学びながら、ジャズの初歩を学んじゃおうって事です。

 ま、「ジャズ講座」と言うと、具体的ではないという声があったそうで、それで名称変更、路線もちょっとだけ変更って事になったそうです。

 確かに楽器が明確になっていた方が、取っつきやすいというか、ターゲットを絞りやすいという事は事実です。で、最初はどの楽器にしようかと悩まれたそうですが、だからと言って「ジャズフルート講座」では、笛先生的には「なんちゃって~」にはならない(真剣になっちゃうそうです)ですし「ジャズヴァイオリン講座」では、入り口としての楽器が難しすぎるので「ジャズピアノ講座」になったそうです。ジャズピアノだって極めていけば、すごく難しいのですが、まあ、そこらへんはご勘弁を…って感じだと思います。

 私は別にピアノが弾きたいわけでもないし、弾けるようになりたいわけでもないのですが、ジャズについて勉強がしたいので、今回も参加しました。ま、ジャズピアノがちょっとでも弾けるようになったら、そりゃあ、うれしいよね…という下心がないわけじゃあないです(笑)。

 さて、今回は、マイナー(短調)のお勉強です。最初の課題曲は、バイオリンのレッスンでもやった、ラインハルトの「Minor Swing」です。今回は、この曲のピアノを弾けるようにしましょうって事です。ピアノで弾ける…と言っても、ピアノソロをやるわけではなく、あくまでもバッキングができるように…という事です。メロディーやアドリブの部分は、笛先生がフルートで吹いたり、ヒイロ先生がヴァイオリンで弾いたり、(なんと)私がフルートで吹いたりしました。

 「Minor Swing」のバッキングというのは、言葉にすれば、実に簡単です。1stテーマは全員ユニゾンなので、メロディーを弾く。ソロの部分から先は、リズムに合わせてコードを叩く。それだけ。でも、ピアノが弾けない人間には、これが結構難しい。

 今回、我ながら思い知った事は、私は演奏行為というか、演奏運動の制御に、脳の処理能力の大半が注ぎ込まれてしまうらしい事です。具体的にどういう事かと言うと、「Minor Swing」はジャズ曲ですから、基本的に譜面は見ないで演奏します。ですから、演奏前にみんなで暗譜をするわけです。私はヴァイオリンのレッスンでやったばかりですから、とりあえず暗譜はしています。だから「この曲のコード進行は?」と尋ねられてもスラスラと答えられます。

 …なのに! 実際にピアノを弾き始めると、頭が真っ白になって、次のコードが全然思い出せない(汗)。これは私の脳がピアノを演奏する(腕を動かす)という行為の処理にその大半が使われてしまい、コードを思い出すと言った行為にまで脳の処理が追いつかないからです。いやはや、情けないです。ヒイロ先生からは「曲をしっかり覚える事」と釘を刺されました。なにしろ、いくら口でペラペラとコード進行が言えても、ピアノの前で真っ白になってしまうなら、それは覚えていない事と同じことですからね(涙)。

 曲を暗譜するという事は、とても大切な事なんだそうです。ミュージシャンの現場では、たった一回の歌の伴奏のためであっても、プロミュージシャンたちは、真剣に暗譜して演奏に臨むのだそうです。それが、ポピュラーの世界では常識なんだそうです。もちろん、人間ですから、一度で完璧に暗譜できるわけではないのですが、今までに多くの曲を暗譜してきた人なら、たとえ忘れてしまっても、そこは今までの蓄積でどうにかなるものなんだそうです。だから、曲を暗譜することは大切なんだそうです。

 暗譜は…課題…だな。

 おそらく私の場合、クラシック曲を練習するように、何度も何度も繰り返して練習していけば、自然と曲が体に染み込んで暗譜できるのだろうけれど、ポピュラーの世界では、そんなにのんびりした事は許されないわけで、即暗記、即プレイですからね。初見力ならぬ初暗譜力を身に付けないといけないわけです。

 さて、ジャズピアノの奏法の基本を習いました。それは「鍵盤を叩く時、決して指は動かさない。腕の力で鍵盤を叩く事」 これはクラシックのピアノとは違う奏法ですね。とにかくジャズでは、ピアノは打楽器のようです。

 そのためには、まずはピアノを叩くための筋肉を養わないといけないので、メトロノームを鳴らしたまま(速度は120が標準だけれど、その人のできる一番早い速度で結構だそうです)、それに合わせて、同じ音をピアノを弾いていくという練習が必要なんだそうです。それも黒鍵を。毎日五分でもいいからこれをやると指がだいぶ強くなるそうです。最初は各指一本ずつ、まずは片手の五本を。次は両手で同じ動きを同時に、次は両手の動きを半拍ずらしてやってみる。最後はそれを倍速でやってみる…。指一本ずつが終わったら、今度は同じことをコードでやってみる。12の調を全部やってみる。確かに五分もあれば終わりますが…結構、シンドイです。

 結局、ピアノは、筋力と集中力です。あ、別にピアノに限らず、歌でも、フルートでも、ヴァイオリンでも同じことか。

 それと、ピアノは楽器としては、反応が遅い方の楽器なので、音楽に対して、常に早めのタイミングでアクションを起していかないと、ドンドン音楽が遅れてしまうので、そこを注意するように言われました。反応が遅い…と言っても、1/100秒程度の時間なんですが、メカ部分が多いために、鍵盤を叩いてから音が鳴るまでに、多少の時間がかかるのです。そこを計算して演奏しないといけません。

 歌もフルートもヴァイオリンもギターも…私のやってきた楽器はいずれも反応が早い楽器(チャイナ娘は反応の遅いフルートでした:笑)ばかりなので、なんとなくピアノに感じていた違和感って、これだったのかもしれない。納得です。

 さて、休憩後は、曲がガーシュウィンの「Summertime」に変わりました。この曲のコード進行は…

 Am/Am/Am/Am//Dm/Dm/E7/E7//Am/Am/Am/Am//C/D/Am/(E7)//

 …です。これをまずは暗譜します。で、演奏なんですが、この曲は“モダンジャズ”なので、このコード進行のまま演奏してはいけないのです。

 と言うのも、コードにテンションノートを付け加えて演奏しないと、モダンジャズとして、さまになりません。テンションノートとは…9thの事です。つまり、Amと書いてあっても、実際の演奏ではAm9にして演奏するわけです。同様にDmをDm9に、CをC9に、DをD9にします。ただし、E7はE9ではなく、E-9にします。ここがちょっとしたポイントですね。これはEの9thであるF#は、Amのスケールにない音なので、9thのF#を-9のFに置き換えることで、調性の統一をしているわけです。

 で、9thですが、実際の演奏では、9thではなく、右手のルート音をはぶいて、代わりに2ndを加える事で演奏します。つまり、Amならば、左手がAで、右手がACEの三音を弾くことでAmを鳴らしますが、これを、左手がAで、右手をBCEとして、ルート音であるAをはぶき、2ndであるB(英米式)を加えることで、Am9を実現するわけです。これでルート音のダブりが避けられるし、なによりも「(移動ドで)ドミソ」から脱却することを意味します。この、すべての和音にテンションノート(9th)を付け加えると、サウンドがグッとジャジーになります。

 このやり方は、かなりの応用が聞きまして、講師演奏で「アゲイン」と「枯葉」を9thコードでやっていただきましたが、普通のコード進行ではなく、9thコードで演奏すると、かなりかっこ良い演奏になります。

 また、ソロを取る時も、9th(2nd)を加えることで、ソロの幅も広がります。だって、移動ドで言えば、ドレミソシの音が使えるんだよ。いや、逆に言えば、ファとラに気をつければ良い訳だし、気をつけるべきファとラだって、経過音的に扱えば、普通に、スケールでアドリブができるわけで、それってややこしいこと無しになるわけじゃないですか。

 そして、コードにテンションを加え、さらにリズムもジャジーにする(三連符のリズムを入れる)と、もっと雰囲気がよくなります。

 この曲もピアノでバッキングをやったり、フルートでアドリブをやったりと、いっぱい遊んでもらいました。

 ジャズピアノ講座、次回が楽しみでが、あまりピアノのレベルが上がっていくと、ついて行かれなくなるので、それだけが心配です。

2010年9月15日 (水)

同じ乞食でも日伊ではかなり違う[音源付き]

 さて、声楽レッスンの続きです。今回は、レッスン本体の話です。

 まずは、コンコーネです。9番は「声を押さない事(=声帯を力付くで閉じて歌わない事)」と「声を裏返さない事(=軟口蓋を開けたまま歌い続ける事)」を徹底的に練習しました。押したり、裏返ったら、即座にやりなおし。でも、これらをちゃんと気をつけていくと、私はAsまで歌えるんだよ、Asどころか、発声練習ではAまで、ちゃんと出ているそうなので、発声さえきちんとできれば、もっと上まで歌えるはずだと言われました。問題は「声を押す事」がすでに癖になっている点です。この癖を取り除かないと、次の段階に上れないわけで、頑張って、素直な声が出せるようにしたいものです。

 コンコーネの10番は「五線の上の音だけを、気持ちよく歌うつもりで、歌うように」と言われました。それは同時に「五線の中の音は、すべて捨てていくつもりで…、五線の中の音は(しっかり歌いたいだろうけれど我慢して)しっかり歌ってはいけない。五線の上の音だけを考えて、それらを気持ちよく歌う事だけを目指していく事」。うまくできないけれど、言いたい事はよく分かりました。

 「五線の中の音なんか、低くて低くて歌いづらいなあ…」とぼやくのが、テノールというものなんだそうです。ま、その気持ちはよく分かります(気持ちだけですが…)

 あと、それと、すべての音をpで歌うように言われました。少なくとも、pで歌っていれば、声を押す事はないからです。

 「Il Poverret(哀れな男)」はレッスン初回でした。アップした音源は、レッスンの最初に通して歌ったもので、まだ何の指導もされていない状態のものです。いわば「使用前」の歌です。今回はこの音源をアップします。そして、散々レッスンをして、曲が完成したら「使用後バージョン」をアップしますので、レッスンを通して、私の歌い方がどう変わったかを聞いてください。

 アップした音源は、私なりの解釈で歌っています。主人公のイメージは「元傷痍軍人の乞食」です。私が子どもの頃は、まだそういう人が街頭のあちらこちらにいたものです。そういう人の姿を思い浮かべながら歌ってみました。

 まず、私の歌い方には、演劇性が足りないそうです。この曲は、歌曲であってもヴェルディの曲ですから、もっとオペラチックに歌って、ちょうど良いのだそうです。そのためには、歌いながら泣く事もこの曲では大切だそうです。

 泣くのは難しいですね。そして、その泣き方も、日本人とイタリア人では違うので、その違いに注意しながら泣かないといけません。日本人は下からすすり泣くわけですが、イタリア人は上から嘆きながら泣くんです、知ってましたか?

 さらに乞食だからと言って、恐縮しながら歌うのも、イタリア人らしくないと言われました。イタリアの乞食は、堂々と物乞いをするのだそうです。あたかも「自分は君に施される資格があるんだから、さあ、さっさとお金をよこしなさい」みたいなノリがあるそうです。実際、歌詞を読んでみると、そんなニュアンスがありますわなあ…。

 それと、声の高い男だからこその滑稽味というのを表現してくださいと言われました。一見、英雄ぽい歌い方と、歌詞の内容の齟齬が、この曲の「哀れみ」を誘うわけだから、かっこよく歌えば歌うほど哀れに聞こえるのだそうです。これは声の低い男には出せない味なので、そこをうまく利用(?)していきましょうって事です。

 それと最後の音は、楽譜では下がってAで終わりますが、ここはせっかくだから、上がってFで終わりましょうと言われました。「なぜ?」と尋ねたら「テノールの歌だから(はぁと)」だそうです。やっぱ、そうですよね。

 今度の曲は、強弱に幅があります。pからffまであるのですが、別にpは“弱く”でもなければ“ff”も強くではありません。ffは一人語りと言うか、演説している部分です。一方、pはプレゼンをしていると言うか、相手に訴えている部分です。つまり『声を弱くしている』というよりも『声を落としている』部分です。

 ffは演説をしているわけですから、思い切って歌ってみました。レッスンの最後の頃では、ほぼフルヴォイスで歌ってました。そばにいた妻が言うには「持っていたペットボトルが、あなたの声に共振していたよ」だそうです。つまり、私の声に反応してペットボトルが震えたわけです。ああ、やっとそのレベルまで来ましたかあ…。ちょっとうれしいです。

 これは本から得た知識ですが(どの本からかは失念しました)、昔、ヨーロッパの辻々で、大道芸人たちがちょっとしたイベントを繰り広げていたそうです。そのイベントの中で、たまに「トランペット対テノール」というのがあったそうです。

 「トランペット対テノール」? 不思議ですよね。一体、何を対決するのかと言うと、トランペットとテノール歌手で、1)どちらが大音量か、2)どちらがより輝かしい高音を出せるか、3)どちらがより細かなフレーズを吹けるか、4)どちらが長くロングトーンできるか、の四点で勝負をするそうです。お客の前で対決をし、客がその勝敗を決定していたそうですね。もちろんお客は金をかけて、真剣に、この対決をジャッジしたのだそうです。勝負は基本的には五分五分だったそうで、トランペットが勝ったり、テノールが勝ったりしていたそうです。つまり、ちゃんとしたテノールは、トランペット(つまり金管楽器)並に大音量だって事です。フルートやヴァイオリンなんて室内楽向けの楽器じゃあ、比較にならないんですよ(笑)。

 そうそう、声の持つエネルギーってすごいんだぞって話で言えば、オペラ歌手が発声練習をして練習室の窓ガラスを割りました…という逸話は、声楽系の都市伝説として、たまに聞きます。滅多にあるわけではないでしょうが、だからと言って、無いとも断言できない話です。なにしろ、私レベルでも、ペットボトルを共振させられるなら…プロ歌手なら…ねえ。もっとも、この話が実話なら「あんたは少年ジェットか!」と突っ込みたくなります(笑)。

 ま「窓ガラスを割る」までいきませんが(当たり前)「ペットボトルを共振させる」までは行ったのです。これも、キング先生のご指導のおかげです。

 さて、今回アップした音源は、本当に初回の、レッスン冒頭での歌唱なので、歌い方も平板だし、全体的にボリューム不足だし、歌詞を間違えていますし、音程も怪しいし、所々よれていたりしてますし、先生もピアノをちょっとミスってますし、何よりも録音が良くないですが、勘弁してやってください。とりあえず、ここが学習のスタートってところです。数週間後には、きちんと仕上げた音源をアップしますので、それをお楽しみにしてください。

 音源はこちらです。覚悟して聞いてくださいね。

 それにしても、今回は1時間のレッスンを2時間ちかくやってもらっちゃいました。なんか、申し訳なかったです。

2010年9月14日 (火)

声楽を辞めてしまおう

 …とちょっと本気で考えました。あ、声楽のレッスンに行ってきた話です。

 今回は、レッスン冒頭から、バキバキと音を立てて、心が折れてしまいました。いやあ、私は鈍感だし、打たれ強い人間のつもりだったけれど、やっぱり、どうにもならない事を、どうにかしろと言われた日には、勇気ある撤収(つまり声楽を辞める)をするしかないんじゃないかと、真剣に考えちゃいました。え? 何の話をしているのかって。それは「全音違うのに気がつかなかったのか、このポンスケが~!」って話です。あ、実際のキング先生は「ポンスケ」なんて言葉は使いません、念のため。ブログの記事的には、この話です。

 ま、キング先生の師匠愛は分かってます。先生だって、本当はキツイ事なんて言いたくないでしょう。私の事を「単なるお客さん」だと思ってたら、関係悪化を心配するでしょうし、アレだけの事は言えません。私も、以前は現役バリバリの学校のセンセでしたから、教える側のツラさは分からないでもないです。

 だから、キング先生の言葉は、理解しますし、受け入れますし、従います。あえて言う、ツラいお気持ちも慮ります。…でも、先生は私の事を、ちょっと買いかぶっているような気もします。私は、オッサンで、スロースターターで、音楽的な才能も経験も乏しい一般人なんです。色々と能力の限界がある中でやっているわけですから、先生から見れば、簡単に乗り越えられるような小さな障壁であっても、私から見れば、目もくらむばかりの山々だったりするわけです。不可能と思われる事を求められるのは、正直、厳しいです。…だから、心が折れるって…。

 とにかく、全音の違いが分からないのも問題だけど、もっと問題なのは、ポジションの違いが分からなかった事。これが決定的にダメだと言われました。

 全音の違いは…絶対音感など持ち合わせていないオッサンなんですから、たとえキーボードで音を取っても、三歩あるけば忘れますって。10秒黙ってれば忘れるって。その後に違う音(たとえばカラオケの前奏ね)を聞けば簡単に上書きされちゃうって。素人なんて、そんなもんでしょ。

 「音色の善し悪しが分かって、和声感もあるのに、[単音での]音感がないとは…」と先生を嘆かせちゃった私は、悪い生徒さんなんだろうなあ…。

 でも、今から音感ってのは、簡単に身につかないんじゃないかな? 音感の実態というのは「音の印象の記憶」でしょ。AKB48の個々のメンバーの顔も名前も覚えられないようなオッサンには、そりゃあ無理って話よ。いや、AKB48どころじゃないよ。嵐のメンバーだって見分けつかないんだもん。たった5人の顔と名前が一致しないんだもん、12の音の違いが分かるわけなかろうに。そりゃあ、ミッション・インポシプルじゃないっすか?

 …私が分かるのは、SMAP、TOKIO、KINKIや、モー娘。第5期メンバーまでよ(涙)。

 だからってわけでもないだろうけれど、先生は私に「これからは音叉を持ち歩いて、歌う前は必ず音叉を聞いて、Aの音を確認してから歌いなさい」とおっしゃいます。言われたのでやりますが、そんな事を繰り返しても、音を覚えることができるかどうか、はなはだ自信ないです。さらに言うと、音叉の音を覚えたからと言って、音感(相対音感、つまりドレミの感覚)が身につく自信はさらにないです。

 この年になると、不足しているものを補うのではなく、欠けたものは欠けたものとして、今持っているものを伸ばしていく、というやり方しかないと思うんですよ。なにしろ、新しい事なんて、簡単に身につかなくなっているお年頃なんだから。

 …なんて事を先生の前で言って「すとんさんは、そうやって、すぐに音程を放棄するんだから…」と嘆かせてしまう私です。ほんと、悪い生徒さんです。とにかく、これからは、今まで以上に、音程にシビアにレッスンをつけてくださるそうです。

 とにかく、騙されたと思って、毎日、音叉をビーンビーン鳴らしみたいと思います。

 それと、自宅で歌っていてポジションが違う事は…実は、分からないでもなかったです。何となく…感じていました。だって、全音低い方が、楽に歌えるでしょ。「ああ、楽だなあ」とは感じてました。でもそれが「ポジションが違うせい」とは、全然思わなかっただけです。どちらかと言うと「やっぱり家でリラックスして歌っていると、楽だなあ…。レッスンだと先生の前という事もあり、緊張するせいか、色々と難しいよなあ…」って思ってました。素人なんて、そんなもんでしょ。

 ポジションを間違えたまま練習を続けるのは、実に良くない事です。それは私にも分かります。せっかくレッスンで学んだ事を、自宅に帰って、ぶちこわしているわけで、これを繰り返していくと、レッスンが無駄になるばかりか、ドンドン下手になっていくだけです。

 私は「家では出来たけれどレッスンでは出来なくなっている」と思い込んでいたのですが、先生がおっしゃるには「それは逆」なんだそうです。「レッスンで出来た事は家でも出来るかもしれない。だけど、レッスンで出来なかった事は、家では絶対に出来ない」のだそうです。「Sogno(夢)」がレッスンで歌えなかったのだから、それを家に持ち帰ってラクラク歌えたら「奇怪しいと思わなきゃダメ」って言われました。

 家で練習することで、我流が加わって、却って下手になる…今の私はそういう部分があるそうです。なので、来月から、レッスンの回数が増えることになりました。レッスンの回数を増やして、もっと短い期間で修正を加えていかないと、ドツボにはまってしまいそうです。

 今の私は、発声面で、とても大切な時期に来ているのだそうです。ここをきちんとやって、テノールとして一本立ちするか、グズグスのグダグタで終わってしまうかの境目なんだそうです。なので、今回の事が良いきっかけなので、ここらでレッスンの回数を増やしていきましょうって事になりました。

 レッスンの回数が増えるのは、実は色々と大変なんだけれど、自分の上達と成長のためなので、頑張る事にしました。

 それと、カラオケの練習禁止令が出ました。これからは、自分でピアノを叩いて練習しなさいって事です。出来る範囲で守りたいと思います(汗)。と言うのも、私のピアノは、せいぜいバイエル40番程度の実力です。その実力で歌曲の伴奏を歌いながらするのって、まず無理でしょ。それに、伴奏無しで歌っていると、ドンドン転調しちゃうし(涙)。

 いや、伴奏どころか、メロディもちゃんと弾けないことを告白します。いやあ~、ミスタッチが多くて、自分でゼロからピアノで音取りをすると、ミスタッチをして間違えた音を覚えちゃうんだよねえ…。だから、カラオケとか、midiとかって、私にとっては、声楽学習ツールとして、必需品なんですよ。だから、少し使い方を考えていきたいと思います。

 それに、カラオケの良くない点は理解しているつもりです。音楽って、一定のテンポでは流れていないわけで、歌詞の都合、メロディの都合、ブレスの都合などで、曲中に小さなrit.が、たくさんあるわけで、それをカラオケで表現するのは、無理。ってか、midiじゃとても出来ません。カラオケというのは、原則インテンポなわけで、そんなインテンポな伴奏に、無理やり合わせて練習していると、ドンドン歌が下手になってしまうわけで…。

 かと言って、今からピアノを始めても、歌曲の歌い弾きができるようになる前に寿命が尽きる事は確実だしなあ…。

 とにかく「Sogno(夢)」の自宅練習は禁止になりました。

 ここまでの話で、レッスン時間が終わってしまいました。先生も話だけでレッスンを終えてしまってはマズイと思われたのでしょうね。ここから、通常のレッスンが始まりました。つまり、今回はいつもの倍の時間のレッスンになったわけです。感謝です。

 結局、レッスンの最初で思い切り凹んで「声楽、辞めようかなあ…」と弱気になったものの、最後には“レッスン倍増”でケリが着きました。世の中、分からないものです。とは言え、現実は何も変わっていない事も事実で、折れた心には接ぎ木を当てては見たものの、前途多難な事には、何の代わりもないわけです。

 たとえイバラの道であっても、まず一歩を踏み出さなければ、決して目的地には近づけない。いつもそうしてきました。また今度もそうします。

 長くなったので、レッスン本体の話は、また明日。

2010年9月13日 (月)

スズキ君、さようなら & ジプシージャズに挑戦だー

 ヴァイオリンのレッスンに行きました。最近は家でも専らミヤマばかりを弾いている私です。なので、そろそろスズキ君ともお別れ時かな…と思い、事前に先生にメールでスズキ君を返却したい旨を伝えてレッスンに臨みました。

 開口一発「知らないうちに、新しいヴァイオリンでも買ったの?」と尋ねられました。「いやいや、自分で色を塗った奴をメインに使おうかと思って…」と言ったところ、とても心配な顔をされました。いつまでもスズキ君を使っていていいから、変な楽器で練習しちゃダメだよと諭されました。ミヤマは値段が値段だし、素人の日曜大工レベルの楽器なので、とても心配されていたようです。

 論より証拠と言うわけで、さっそく先生に、ミヤマ&カヅノの組み合わせて弾いていただきました。先生曰く…

 「ずいぶん駒が厚いですね…」 それは柔らかい音が欲しいので、狙って、駒を厚めにしているんです。

 「E線の弦高が低めですね…」 それも狙って、低くしているんです。いずれは指先もタコができて硬くなってヘッチャラになるでしょうが、まだ私はヴァイオリン初心者で、指先が柔らかいので、E線の弦高が高いと、ひどく指先に食い込み、かなり痛いですし、ちょっと真面目に練習すると指先に傷ができてしまうので、それを防ぐために、あえて低くめにセッティングしています。

 「音量は…不足気味だね」 それは安物の悲しさです。私の練習環境では、音量不足は却って好都合なので歓迎してますが、普通に考えると、音量不足はミヤマの大きな欠点の一つです。一般論として、ヴァイオリンの音量は価格と比例するそうですから、高価な楽器を購入しないと、大きな音量の楽器(つまり、よく響く楽器)は入手できません。なので、ミヤマの音量不足は覚悟の上です。だいたい、そんなによく響く楽器が7000円で販売されているはずないのですから。

 「色々な音が出ますね」 ミヤマの持っている音色のパレットは、多そうです。私に引き出せるかどうかは別として、可能性として、ちょっぴりうれしいです。

 「思いっきり弾いても、この楽器は、ちゃんとついてきますね」 ミヤマは、奏者なりの鳴り方をする楽器のようです。私が弾くのと、先生が弾くのでは、まるで違う楽器のような鳴り方をしています。上達して、先生のように、しっかり楽器を鳴らせるようになりたいです。

 「弾きやすい楽器ですね」 そりゃあもう、一生懸命、調整しましたから!

 先生の出した結論は「練習用楽器としては、これで十分です。本番用としては、また別に考えましょう」でした。まあ、人前でヴァイオリンを弾く機会のない私ですから、今のところ、楽器は練習用がひとつあれば十分です。本番用楽器は、そのうちいずれ、貯金をして高価な楽器を買うかもしれません。買うかも…と言うのは、ミヤマ以上の楽器となると、いわゆる“親方製作”楽器になりますから、どう考えても百万は下らないでしょう。ま、そのクラスの楽器となると、なかなか手が出ません。だから“買うかも…”です。

 さて、そういうわけですから、三カ月以上、お世話になった、スズキ君とはお別れをしました。アデュー、スズキ君、ありがとう。

 さて、今回のレッスンの記録です。

 今回は、ジプシージャズの定番曲「Minor Swing」を題材に、短調の勉強をしました。知らない人のために、作曲者であるラインハルトと代表的なジャズヴァイオリン奏者であるグラッペリの共演音源を貼っておきます。

 私のiTUNESには、ラインハルト自身の音源はありませんが、グラッペリの単独録音音源と、我が師匠である、笛先生とヒイロ先生の共演音源を持っていますので、そっちで勉強をします。

 さて「Minor Swing」という曲ですが、この曲は、1stテーマ、ソロ、2ndテーマ、コーダで成り立っている曲です。

 まずはソロ部分のコード進行をその場で暗譜(笑)。暗譜しないと、物事は進まないので、とにかく暗譜です。この曲のコード進行は、以下の通りです。

 Am/Am/Dm/Dm//E7/E7/Am/Am//Dm/Dm/Am/Am//E7/E7/Am/Am//

 これを暗譜したら、先生のピアノに合わせて、根音を弾いてみます。これは「ちゃんと暗譜しましたね」という確認作業のようなものです。で、これができたら、次は、ジプシージャズっぽい雰囲気を出しましょうというので、以下のリズムで演奏しました。

Minorswing  もちろん、この譜面どおりに弾いたら(つまり、クラシック的なノリで弾いたら)アウトです。だいたいのリズムはこれですが、演奏する時は、しっかりお腹に力を入れて、気合を入れてハギレ良く演奏していきます。ヴァイオンの弓の初速をウンと高めて演奏するような感じです。最後の音は、コードが変わるギリギリまでdimしながら鳴らすのが肝心です。

 それと私は苦手なのですが、コードは必ずダウンボウから弾き始めるのですが…これは宿題になりました。アップが続くところも、苦手箇所です。苦手であってもなんであっても、出来なきゃいけないわけで、私がヴァイオリンでバッキング、先生がピアノでメロディの組み合わせで数回合わせてから、メトロノームを入れて、二人ともヴァイオリンにして合わせるというのを、これまた何度もやりました。とにかく、音楽をドンドン体に入れていくというのが、ヒイロ流のレッスンなんです。

 バッキングが終わったら、いよいよメロディです。まずはヴァイオリンは置いて、メロディを何度も歌います。ヴァイオリン演奏の前に、メロディを体の中に入れてしまいましょうというわけです。この時の歌は大事なので、決していいかげんに歌ってはいけません。きちんと真剣に、リズムも音程も正しく歌わないと、ヴァイオリンを持たせてもらえません。

 1stテーマは、このバッキングパターンと類似のリズムなんですが、メロディですから、バッキングと違い、思いっきり喰わないといけません。「喰う」とはシンコペーション気味に、前のめりになってフレーズを始めるって奴です。クラシックのようなオンビートな演奏では、ジャズらしさが出ないからです。これも私は苦手です。Dmの部分はA音を開放を使わずに4の指を使って弾くように言われました。バイオリンは弦ごとに音色が違うので、そういうところにも気を使って演奏しましょうというわけです。あと、私の場合、C音とF音がかなり高くなり、まるでC#やF#のように聞こえるので、しっかりと音程正しく演奏するように何度も注意されました。1stテーマを覚えたところで、ヴァイオリン2梃で合わせです。

 2ndテーマは、1stテーマを倍に引き伸ばした感じなので、そこに注意する事と、G#とBが高くなりがちなので注意するように言われました。私の場合、音程はすべからく、高い方に外すようです。歌だと、低い方に外す(つまりぶら下がる)のですけれどね(笑)。これまた、2ndテーマを覚えたところで合わせです。

 コーダは難しいので、宿題になりました。注意点としては「半音進行なので、順次、指をスライドさせて演奏していくこと。そうしないと指が足りなくなる」「最後の重音は、無理しなくてもいいけれど、やるならバッチリ決めること」です。

 コーダ以外は一通りやったので、また合わせです。今度は頭から始めて、ソロの部分を延々と繰り返す、というパターンです。先生がピアノで私がヴァイオリンで、ソロの部分はもちろんバッキングではなく、アドリブフレーズにして、延々とやりました。延々とやっていたので、やっているうちに…迷子になってしまいました(涙)。

 ソロの作り方は、1)コード分解、2)音階を利用する 3)元のメロディの変形、の三つを適宜組み合わせ作るように言われました。

 ここまでたっぷりやったところで「じゃあ、カラオケを作るよ」と言って、先生がピアノをサラっと弾いてくれました。この録音を自宅戻ってから、切り出して、これに合わせて、毎日「Minor Swing」の練習をする事になりました。さあ、頑張るぞ。

 「Minor Swing」の練習以外の宿題として、和声的短音階のスケールを何度もさらってきて体に入れてくるように言われました。和声的短音階というのは、学校で習う普通の短調の音階(ヒイロ先生曰く「短調に普通なんてナイ」そうです)の第7音を半音上げて、音階を上行した時に「ああ、終わった」という感じになりやすい短音階です。短調の音階には、他に「自然的短音階(学校で習う、普通の短調の音階)」と「機能的短音階(登りと下りで音の違う変な音階)」があり、いずれもきちんと体に入れないといけないそうですが、まずは和声的短音階から頑張ろうというわけです。最初はAマイナーで練習し、慣れてきたら、DマイナーやEマイナーなど、別の調でもできるようにしましょうとの事です。…頑張ります。

 ヒイロ先生のレッスンはいつも内容が濃いので、消化しきれないのが悩みです。教えてもらった事の大半が、体を素通りしていく感じです。

2010年9月12日 (日)

怒っちゃ、ヤ~よ[2010年9月第2週・通算32週]

体重:96.2kg[-0.6kg:-12.3kg]
体脂肪率:28.2%[-0.2%:-4.2%]
BMI:30.4[-0.2:-4.1]
体脂肪質量:27.0kg[-0.5kg:-8.7kg]
腹囲:94.4cm[+0.4cm:-11.7cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 おたびダイエット14週目でございます。「ダイエットとは空腹との戦いである」のです。ひもじい時間を多く過ごすと体重が減り、食欲に負けて、ついつい食べてしまうと体重は増えます。なんて、分かりやすいんだー! 今週はいまさらながら、そんな事を肌身に感じました。ああ、腹減った…。

 さて、今週のエッセイです。別に『イカリヤ~に怒られた!』わけではありません(笑)。今回は『怒り』について、ちょっと考えてみました。

 さて、世の中には、いつも不機嫌で、やたらと怒っている人がいます。困ったものだと思います。

 「○○が悪いー!」とか「××が気に入らなーい!」とか「目の前のアイツはホントにイライラするんだー」とか「なんで、オレ/アタシばかりがこんな目にあうんだ!」とか…まあ、彼らには彼らなりの言い分はありますが、なぜかいつも刺々しい人がいますね。私は、そういう彼らの姿を見つけると、無意識のうちに距離を取って離れてしまいます。

 それと「怒る」と「叱る」を混同している人もいますね。これも困った事です。例えば、子どもとか若者をやたらと怒るオトナ/老人がいますが、ああいうのも見ていると「怒らずに、叱ればいいのに。あんなやり方じゃ、反発させるだけで、注意にも何にもなっちゃいいないよ」と、私はいつも心の中でつぶやきます。

 オトナの責任として、子どもや若者は、大いに叱っていかないといけません。成長のチャンスを与えるためにも、是々非々を正し、きちんと叱っていかないといけません。でも、そこで叱らずに怒ってしまったら、彼らに反発されるだけで、何も正す事はできませんし、無論、良い事はありません。

 若者に怒って、怒鳴りつけることで、自分のイライラを解消しているんでしょうね。ああ、見苦しいオトナです。

 それと、怒りと憤りもよく混同されます。私的な感情の爆発が“怒り”なら、公的な感情の爆発が“憤り”だと、私は思います。つまり、自分がヒドイ扱いを受けた時に感じるのが“怒り”で、他人がヒドイ扱いを受けているのを見聞きした時に感じるのが“憤り”です。

 家族がみんなでメロンを食べているのに、自分だけメロンが食べれない時に感じるのが“怒り”で、不景気で職を失い、食べるモノや住む所に困っている人がいる一方で、何らの経済政策も打たずに、自分たちの権力を保持することだけに夢中になっている政治家たちがいることを見聞きした時に感じるのが“憤り”だと思います。

 さて“怒り”って一体、どんな状態のことなんでしょうか?

 よくイヌが、敵を威嚇する時に「ウ~~」と唸っていますが、あれの人間バージョンが“怒り”なのではないかと思います。つまり、イヌが「ウ~~」と言っているのは「これ以上、イヤな事をすると、かみつくぞ~」と言っているわけでしょ。人間の場合も怒った人をそのままにして、ご機嫌をなだめてやらないと、暴力をふるったり、嫌がらせをしたり、脅迫したり、悪口や流言蜚語を言ったり、悪意の風説を垂れ流したり、ブログにハレンチな書き込みをしたり、といった攻撃をしてきます。

 つまり、怒りというのは、物理的な暴力の前に行われる、精神的な暴力なのではないかと思います。

 いつも怒っている人とか、ブログにハレンチな書き込みをする人って、おもちゃ売り場の前で「オモチャ、買って~~~」と大騒ぎをして、手足をばたつけて大泣きをしている子どもと一緒なんです(って、そんな子どもはいないか:笑)。オモチャを買ってやって、頭の一つでもなでてやれば、それで収まるんですが…子どもならそれで済みますが、オトナ相手に、何をどうすればいいわけ?

 それに[物理的であれ、精神的であれ]暴力に屈するのは、文明社会に生きる我々としては、取るべき解決方法ではありません。毅然とした態度でいなければ、この世の中から暴力は根絶できません。

 さて、皆さん。怒っている人の顔を、しげしげと観察した事ありますか? 私は意地が悪いので、よく観察しています。そういう人って、普段はやさしげな方でも、怒っている最中は、実に下品な顔をしています。正気とは思えない顔つきをしているものです。

 顔を赤らめ、目尻はつり上がり、鼻息は荒く、言葉は乱れ、舌はもつれて震え…確かに、うなっている犬みたいな顔をしてます。イヌならケモノだから下品も何もないですが、人間なのにイヌレベルになってしまっては…ちょっと悲しいです。

 怒りを奨励する宗教はおそらくないと思います。大半の宗教では、むしろ、怒りは、罪であり、悪徳であり、排除すべき行いにリストアップされています。日本社会でも、怒りの人は嫌われます。温厚で柔和な人の方が人々の尊敬を集めるものです。

 私は若い時から、なるべく怒らないように心掛けています。実際は、なかなか完璧にはできません。不覚にも心がかき乱され、怒りに我を忘れてしまう事がないわけではありません。そういう意味では、まだまだ人間修行が足りない私ですが、それでも、なるべく、怒らないように自分をコントロールしているつもりです。

 人間の悪徳には色々な種類のモノがあります。人間の本能に根付いているもの(姦淫、好色など)や社会生活のひずみから生まれるもの(敵意、争い、反目など)、悪い生活習慣から生じるもの(不摂生など)から逃れるのは、私にとっては大変に厳しい事です。それよりも、自分の心の弱さが原因で生じるもの(怒り、ねたみ、利己心、虚勢、嘘偽りなど)ならば、自分の心を律することで克服することができるのではないかと思ったからです。

 実際は、自分の心一つ、満足に律せないのが私の悲しい現状ですが、それでも心を野放図にせずに、理性でコントロールしようと試みている分だけ、より一人前のオトナとしての振舞いができているのではないかと、ちょっと自惚れてます。

 世界を平和にするには、核兵器の廃絶だとか、軍縮とかも必要ですが、人間一人一人が、心の中にある悪徳を、たった一つでもいいから、理性でコントロールしようと努力するだけでも、だいぶ、平和で安心安全な世界がやってくると、私は思いますが、こんな考えは、甘いのでしょうか?

2010年9月11日 (土)

サクラとスズネ

 新しい子、三尾の中で、何かといつも張り合っているのが、サクラとスズネです。「シロクロ合戦」を毎日のようにやってます。一番顕著にそれが現れるのが、やはりエサのシーンですね。

 常に、シロかクロのどちらかか、あるいは両方がエサをねだってます。時間がやってきて、エサを上げようかと、そういうそぶりを見せると、あっと言う間に“合戦”が始まります。何をするかというと「幅寄せ!(笑)」。片方が片方を排除するために、幅寄せをして水槽の端に追いやってしまいます。ま、嫌がらせですね。強敵を排除して、自分一人でエサの一人占めをしようというわけですが、なかなかうまくいきません。だって、幅寄せすると、自分も一緒に水槽の端っこに行っちゃうんですから(爆)。

 やられた方も黙っていません。今度は逆シフトに幅寄せをしてきます。これを交互にやって、何往復かして、エサの取り合いをしているうちに、ブニョがノソノソやってきて、二尾とも弾き飛ばされて、お終いという話なんです。…馬鹿ですね。

 ちなみに、残りの新入りであるチグサは、最近はマイペースです。マイペースと言っても、チヅルのように仲間外れにされているわけでもなく、単純にマイペースで生きています。

 キッカは相変わらず、エサの争奪戦には参加せず、いつも少し離れたところで、流れてきたエサをたっぷり食べています。

 エサにかぎらず、いつもシロクロはペアで泳いでいて、たえずお互いにチョッカイを出し合っているようです。まるで、仔犬がじゃれ合っているような感じです。仲が良いのだか悪いのだか…。よくよく見ると、スズネがサクラにちょっかいを出して、サクラがそれに応酬しているように…見えます。もしかすると、スズネは男の子で、サクラは女の子で、若いカップルだとか?

 何にせよ、とにかく若い魚のいる水槽は活気があるので、良いものです。

2010年9月10日 (金)

100円で110枚の幸せ(2010年9月のお掃除事情)

 たまに記事にしている、楽器のお掃除関係の話の最新版です。まずはフルートから。

 最近の私のフルート関係のお掃除は、かなりルーチンで簡略化されました。以前は管内の水分取りは、クリーニングロッド+ガーゼを使用していましたが、最近はフルートスワブでササっとやっています。やっていることは基本的に同じなんですが、これは便利ですし、お手軽です。やっぱり、フルートにもスワブは必要だよ。

 リッププレートは、百均(ええと、百円均一のお店の事です、って解説不要か:笑)のウエットティシュで軽くぬぐってます。100円で110枚入りの奴です。これで毎日練習の終わりにリッププレートを拭き拭きしていると、いつもピカピカで気持ちよいです。

 以前はよく、リッププレートに汚れや黒サビがついてました。これを週一回、ゴシゴシとシルバークロスで落としてましたが、けっこう手間だし、時間がかかってました。何か良い方法はないものかと思い、楽器店でフルートによくエタノール(エチルアルコール:口にしても平気な方のアルコールね)をぶっかけているのを見て、あれは良いと思い、一時期エタノールを霧吹きに入れてブシャブシャかけてみました。たしかに優れモノなんですが、けっこう面倒くさいし、エタノールがあっちこっちに飛び散るので辞めました。

 そこで思いついたのは、ウェットティッシュ。ウエットティッシュの水分ってエタノールでしょ。だったら、こっちの方が面倒くさくないし、安いし、お手軽だし、って感じです。もちろん、世の中、良いことだらけってわけにはいかず、ウェットティシュは簡便な方法ですが、代償として多少の不純物がフルートに付着しますが…お手軽さには変えられず、百均のウェットティッシュでリッププレートの汚れを拭き取ることにしました。

 ちなみに、ウエットティッシュの不純物ですが、除菌剤(何でしょ? 塩素系の薬剤じゃないかな? それとも銀化合物?)と防腐剤(塩化ベンザルコニウムだって)の事です。これらがウエットティッシュには微量ながら添付されています。エタノールだけなら、無問題ですが、除菌剤と防腐剤は、銀に対して悪影響(例えば腐食とか)があるかもしれませんので、あくまで、自己責任でお使いください。もっとも、私はすでに4~5パック(って事は4~500枚。一日一枚だから、すでに一年以上です)使ってますが、とりあえず大丈夫みたいです。

 管体そのものの拭き掃除には、最近は定番のトレシーを使ってます。あの眼鏡ふきのトレシーです。以前はセーム革を愛用していましたし、セーム革に文句は悪くないのですが、トレシーはアルタスさんがよく送ってくれるし、使わないままたまっていくのもアレだし、なんか使わないと悪い気がして…。それで、最近はトレシーをメインに使ってます。汚れに関しては、トレシーの方がきれいに取れるような気がします。でもセーム革の方が、確実に楽器はピカピカになります。ですから、そこんところは、好みの問題かなって思います。ここまでが毎日のお手入れです。

 以前は、よくトーンホールから水分がダラダラ垂れたので、タンポの水分取りに、キーとトーンホールの間に薄紙を挟んだものですが、最近は息も乾燥気味なのか、めっきり水分不足になってきたので、それはなくなりました。

 あと、ごくたまに、思い出したように豚毛の筆で、指の届かないキーメカの間とかの掃除をしてます。キーオイルは…調整の時に指してもらうので普段は自分では差しません。ま、基本、フルートはそんな感じです。

 あ、書き忘れましたが、私、フルートのお掃除の時は、綿の白手袋をはめてます。

 その点、ヴァイオリンは…あんまり手をかけてませんねえ…。

 一応、弦と弓は、練習後、ガーゼ(フルートで使用していたお下がりです:笑)で松脂を拭き取っています。汗がつくので、アゴ当てはヴァイオリン用のトレシー(フルート用の余りです:笑)で拭いてます。でも、それくらいかな? 本当は、楽器についた手垢なども拭き取るべきなんだろうけれど、ミヤマは偽アンティーク仕上げで、手垢とかは全然目立ちませんので、ついつい手を抜いてます。たまにワックスとかを塗って上げると良いのでしょうが、ウレタンニスの上からワックスを塗っても効果があるのだろうか?と思うので、特にワックスがけはしていません。

 そうそう、アゴ当てと楽器のスキマを、この前見たら、うっすらとホコリがたまってましたので、トレシーで拭きました。手垢もそうだけれど、ヴァイオリンって、ホコリがたまるんだなあ…と感心しました。フルートやノドにはホコリってたまらないでしょ? その代わり、フルートはサビるか!

 もちろん、ヴァイオリンは素手でベタベタ触ってます。絶対に白手袋なんて、はめないもんねー。

 ノドのお手入れは…何もしてません。食べちゃいけないもの、飲んじゃいけないもの、一切ありません。お手入れ知らずの強靱なノドを持っているみたいです。一応、風邪をひいてノドが腫れた時だけ、歌うのを自粛しているくらいです。ほんと、歌は、金もかからなきゃ、手間もかかりません。ビンボー人には良い趣味だと思いますよ。ある意味、ヴァイオリンの真逆の世界ですわ。

2010年9月 9日 (木)

ヴァイオリンの肩当てを買い換えました

 地味にヴァイオリンに投資している、すとんです(笑)。

 今回は、ヴァイオリンの肩当てを買い換えました。買ってきたのは、FOMという中国メーカーの木製肩当てです。さすがはチャイナ製品、2100円と言う嘘のようなお値段です。この値段で木製の肩当てが買えるとは…いやあ、驚き驚き。

 この肩当て、いかにもチャイナな肩当てです。お値段はチャイナだし、工作精度もチャイナです。ぱっと見は、カナダのマッハ社の木製肩当てそっくりですが、よくよく見ると同じカナダのクン社の肩当てとも似た箇所がある。どこかで見たようなものと、どこかで見たような別のものを合わせてみたら、こんなものができました~って感じです。

 購入後、ネットでこの肩当てが、マッハワンのコピー製品だと書かれている記事を見つけましたが、それはたぶん違います。少なくとも結果としてはコピー製品ではないと思います。

 …その理由。もしかすると、マッハワンの木製肩当てをコピーしようと試みたのかもしれませんが、実際のものはそこまできちんとコピーできていないし、彼らなりの創意工夫もある(?)ので、コピー製品と言うよりも“なんちゃって製品”的な感じです。

 さて、その私が買ったFOMの肩当ては、本体の材質は木製、おそらく材質は見た目から判断するに、ヴァイオリンと同じメイプルを使用していると思われます。形状も、マッハワン特有の波形に似せて、こちらも波形になってますが、波形のナミナミの角度がちょっとなだらかな感じがします。で、肩と接する部分にクッションが付いてます。金具の部分はマッハワンとは違っていて、どっちかと言うと、クンと同じ形式を採用しています。金具はおそらく真鍮製のガッチリしたタイプのもので、そこにゴムを被せてます。ゴムの質は、あまり期待できませんが、まあこんなものでしょう。

 それはともかく…肩当てって、実はその選択が難しいパーツなのかなあ…って思ってます。だって、肩の形って、人それぞれでしょ。だから、肩当てと肩の形が、ある程度は合っていないと、きちんとヴァイオリンが持てないじゃないですか。

 以前使っていた、クンの肩当ては、いくら肩当てを調整しても、なんかしっくり来ないし、肩からヴァイオリンが落ちたり、肩当てがヴァイオリンから外れたりと、なんかなあ…と思うことがありました。そこで、自分にしっくり来る肩当てを探そうと、肩当て放浪の旅に出る覚悟で、今の肩当てを買ってみたんです。ま、約2000円なので、まずは第一弾って感じで、ダメもとでお試ししたんですよ。

 で、結果ですが、割といいです。しっくり来る、とまではいきませんが、変な違和感はありません。肩からヴァイオリンが落ちる事も、肩当てからヴァイオリンが外れる事も、今のところはありません。こっちの形の方が私には良いみたいです。

 それと、見た感じも、今度の方がいいですね。やはり、黒いプラスチック製の肩当てよりも、ヴァイオリンと同じ色合いの木製肩当ての方が統一感があっていいですし、ミヤマは金具を金色に統一していますので、その点からも真鍮金具の肩当ては良い感じです。

 音は…だいぶ変わりますね。肩当てでヴァイオリンの音って、すごく変わります。ミヤマの場合は、クンの肩当ての時と比べると、すっきりした素直な感じの音になりました。癖が薄くなって物足りなくなったとも言えますが、そこは「モノは考えよう」という事です。

 新しい肩当てをつけたミヤマを妻に見せたところ「よく似合っているね、ますます、高い楽器に見えるようになったね」と言ってました。プラスチックの肩当てよりも、木製の肩当ての方が高級に見えるのは確かです。

 FOMの木製肩当ては、中国のなんちゃって商品という点では、ちょっとひっかかりますが、物品としては、最低ラインはちゃんとクリアしてますし、価格の割には、いい感じの肩当てです。肩当てでお悩みの方は、お値段も安いので、軽い気持ちで試されるのも良いですよ。もし、ダメでもこの値段なら諦められますし、もしバッチリだったら、そのうち本物(?)のマッハワンを購入するという道も開けます。私も、この肩当てがすごく気に入るようだったら、マッハワンの肩当てを買っちゃうかもしれません。だって、マッハワンの方は、細かいところまでしっかり作ってあるんですよ。「神は細部に宿る」って言うじゃないですか? 細かいところがきちんと作ってあってこそ、その道具に命が宿ると言うものです。

 ま、とりあえず、もう少し使ってみて、このまま継続しようか、次の肩当てに行くか、マッハワン購入か、考えてみたいと思います。

 蛇足。そう言えば、ヴァイオリンスタンドを購入した事を書いてませんでしたね。ハーキュレスのスタンドを買いました。これ(クリックした先の「バイオリン/ビオラ用」と言うのを、さらにクリックしてください)です。弓がかけられて、結構便利です。家に帰ると、ミヤマをケースから取り出して、このスタンドに立てて、ちょっとした時間にサッと弾いてます。ヴァイオリンは、歌やフルートと違って、なかなかまとまった練習時間が取れないので、いつでもすぐに弾けるように、スタンドに立てておくのは便利です。ヴァイオリンスタンドは色々とありますが、弓のスタンドと兼用になっているのは、なかなか無いので、これはお薦めですよ。

2010年9月 8日 (水)

たった一音の違いで…

 …苦しんでおります。一音と言っても、全音一個分です。長二度、カラオケ的に言えば+2でございます。

 何の話かと言うと、トスティの「Sogno(夢)」をB-durで歌わなければいけないところを、自宅練習ではAs-durで歌ってしまった、あの件の続きです。

 ひょんなこと(と言うか、キング先生にご指摘受けたのですが:汗)で、自分のヘマに気付いた私は、改めてB-durでカラオケを作り直し(自宅にあったカラオケは全部As-durでした:涙)ました。ひとまず、レッスンでは“保留”になってますので、ゆっくりと、次の課題曲(ヴェルディの「Il Poveretto(愚かな男)」)の練習の合間にボチボチと歌っておりますが………いやあ~、難しいです。たった一音上がっただけで、難易度が数倍にもアップしちゃいました。

 長二度、音程が上がったので、最高音も長二度上がり[F -> G]、それはそれで苦労してますが、それよりも大変なのは、全体的に“歌いつらく”なった事です。注意しておきますと“歌いヅラク”ではなく“歌いツラク”です。つまり「歌いヅラく」なったのではなく、「歌っていて、ツラくなった」のです。

 普通の歌の場合、調性を長二度上に上げる程度の事は、大した事ではありません。カラオケなどで+2にして歌うようなもので、上げる前と上げた後のいずれでも、自分の音域からはみ出す音がなければ、そんなに騒ぐほどの事ではないはずです。今回の「Sogno(夢)」にしても、低い方は元々問題ないです。高い方がGになりますが、これはギリでOKなはずの音で、ちょっと苦労するけれど、まあ、何とかなるでしょう/しましょうという音なので、ここが(大きな)問題ではないのです。

 では、どこが問題かと言うと「すべての音が歌いツラくなった」事です。低い音も高い音もすべてです。

 実は最初にカラオケを作りなおして歌った時は、なぜか、まるで音が取れませんでした。よく、絶対音感の持ち主は移調に弱いと聞きますから「まさか私もそれ?」って一瞬勘違いしちゃいましたが、よくよく考えれば、そんなはずもなく(音はすでに相対的に取れているので)何度もカラオケの伴奏を聞いて、その和音にはまるように歌っていったところ、とてもツラくしか歌えなくなりました。

 たった一音上がっただけで、こんなに歌うのがツラくなるなんて…。

 さすがに、このツラさはおかしいだろうと思いました。でも、実際に歌うとツラい。では、自分に何が起こっているのか、よくよく観察してみました。

 どうも、As-durとB-durとでは、発声のポジションが全然違う事に気づきました。私、B-durの時は、かなり高めのポジションで声を出して歌っています。それこそ、Ceciliaさんのおっしゃる“王子様の声”って奴ですね。だって、この声じゃないと、歌えないからです。でも、この声で、最初から最期まで歌うと、とても大変。実にヘトヘトになります。いや、ヘトヘトどころか、体調によって、途中で失速しちゃいます。それくらい、今の私には大変な声で歌っているわけです。

 たった一音、たった一音の違いなのに、歌の難易度がこんなに違うとは、見える景色がこれほどまでに違うとは…。もちろん、曲によっては、一音はおろか、二音三音移調しても、どってことない曲だってありますが、この「Sogno(夢)」は、たった一音の違いで声の出し方がガラっと変わります。そういう意味では、As-durの「Sogno(夢)」はバリトンさん向け、B-durの「Sogno(夢)」はテノール向けなのかな?

 最初は「一音上げて歌えばいいんでしょ」と軽く考えていたB-dur版の「Sogno(夢)」でしたが、意外な強敵で苦労しています。…B-dur版の「Sogno(夢)」を一回歌うと、しばらく何も歌えないほど、腹筋にキます。

 こんなテイタラクじゃあ、オペラアリアなんて、まだまだなのかもしれない(涙)。でも、アリア、歌いたいから、B-dur版の「Sogno(夢)」をやっつけちゃうつもりです。

 ファイト、オー!

2010年9月 7日 (火)

百万円あったら、何に使う?[音楽限定]

 たまには夢語りなども…。

 最近の私は、宝くじなるものを買ったりします。もちろん、期待値が競馬以下と知りつつも「大金を手にしたい!」という野望を胸に、ジャンボだけですが買っている、ささやかな小市民でございます。

 で、小市民なので「三億円当たったらどうしーよー」とか悩まないで「百万円当たったらどーしよー」という夢ばかりを見ています(笑)。いやあ、だってサー、三億円なんて、非現実的な金額は、どう使って良いか、想像もできない。でも、百万円だと、そんなに大変な金額でもないから、色々と使い道が想像できるでしょ。なので、妄想にふけるには、百万円って、手頃な金額だったりするわけよ。

 で、百万円あったら、何を買いますか?

 妄想話なので「貯金」はダメね。音楽以外の使い道もあるけれど、まあ、これも妄想話なので、音楽限定にします。足りなければ、多少、足しても良いことにしましょう(笑)。さて、百万円で何を買いますか?

 私の場合は…。

 声楽関係って、意外とお金を使わないんですよね。安上がりと言えば安上がり。なので、声楽関係で欲しいものって…楽譜くらい。でも、百万円で楽譜買っても、置場がないので、楽譜は余ったお金で買うことにしましょう。

 となる、順番的に、フルートに投資かな?

 これが三百万円とか五百万円とかになると“ゴールドフルートご購入!”って事になるんだろうけれど、百万円だと、9Kすら買えません。

 となると…やっぱり、総銀フルート? ならば、アルタスのPS? 最近、値上がったので、百万円をちょっとオーバーしちゃうけれど、これにする? でも、どうせPS買うなら、エミリー・バイノンモデルが欲しいよねえ、リップ&ライザーを18KにしたH管って奴ね。これだと…百万円よりも二百万円に近い額になるだろうから、そうなるとダメだねえ…。

 で、フルート一本丸々のご購入をあきらめるとすると…頭部管だけのご購入?  PSの頭部管に18Kのリップ&ライザをつけたものなら…さすがに百万円はしないでしょう。いやいや、アゲハのボディにつけるなら、やはり1307の頭部管の方がいいかな? いやいや、同じ材質で巻管の1607の頭部管や、ALの頭部管の方がおもしろいか…。で、これらの頭部管に、18Kのリップ&ライザーをつけて、さらに、1307のH足部管も新たにご購入しても、百万円はしないでしょう。フルートケースも、H足部管用のを買い足さないとね。この買い物なら、予算内で、アゲハを最強フルートに仕立て上げる事ができます。

 うん、現実的な買い物ですな。

 あるいは、同じフルートでも、アルトフルートやバスフルートを買うという手もありますね。最近は、良質で安価な特殊管フルートもありますから、百万円あれば、アルトとバスの両方が買えるんじゃないかな?

 百万円をフルートでなくヴァイオリン関係に使うとしたら、どうなるか?

 ひとまず弓は足りているので、ヴァイオリンそのものの新規購入でしょうか? 百万円のヴァイオリンを購入? うわー、贅沢~。でも、まあ、それはありですね。でも、百万円出すなら、やっぱり、古い楽器が欲しいなあ。

 でも、とりあえずヴァイオリンはミヤマがあるから、別のモノって考えると、ビオラを買うという手もあります。本当はチェロが欲しいけれど、チェロはヴァイオリンとは全然違う楽器だけれど、ビオラはヴァイオリンのテクニックが使えるそうなので、持ち替え楽器としてなら、ビオラだろうね。

 そうそう、持ち替え楽器を買うなら、フルートの持ち替えとして、テナーサックスという手もあるけれど、これ以上、楽器を広げない方が身のためだから、サックスはとりあえずお預けだね。

 ビオラはいいけれど、やっぱり地味と言えば地味だよね。いっそ、五弦ヴァイオリンという手もあるね。一本でビオラとヴァイオリンの両方が楽しめるわけで、クラシックでは出番がないけれど、ジャズやポピュラーなら出番も多そうだよ。珍しい楽器大好きな私的には、これは案外面白い選択かもね。

 五弦ヴァイオリンにまで手を広げるなら、いっそエレキヴァイオリンを買ってもいいか(笑)。

 楽器とはちょっと違うけれど、マルチトラックレコーダーは百万円で買えないかな? 8トラくらいあれば、色々遊べるよね。ハードディスクタイプのものがあれば、それを購入しちゃうという手もあるね。

 あるいは、普通にアップライトピアノを買うとか? サイレントピアノは百万円じゃ買えないかな?

 おお、そうだ。来年、日本にやってくる、メトロポリタン歌劇場の日本公演のチケットをペアの通し券で買う、というのもアリだね。ああ、それが一番うれしいかも(笑)。いやいや、いっそ、飛行機にのって、メトでもスカラでも、あっちに乗り込んでオペラ観劇というのもアリじゃん。
 
 
 結論。百万円あったら、バイロイトに行く。うん、これで決定だね。…バイロイト詣はペアで百万円で行けるよね? ダメ??

2010年9月 6日 (月)

「あなたの声を良くするレクチャーコンサート」に参加してきました

 先日、妻の主治医である斉田先生が主催している「あなたの声を良くするレクチャーコンサート」に行ってきました。斉田先生については、先生の病院である「さいだ耳鼻咽喉科気管食道科クリニック」の公式ホームページをご覧ください。

 とてもおもしろかったですよ。先生ご自身がきちんと声楽を学ばれたテノール歌手でもあり、音声医学のトップ研究者でもあられるので、声に関する最近の研究成果を交えた興味深い話が聞けました。

 今回の記事では、レクチャーコンサートの概要についてレポートはしません。それについては斉田先生の御著書(出版準備中)をご覧ください。ここでは、斉田先生の話を聞いて、私が「ほぅ」と思った事とその感想をメモ程度に書き残しておきます。なお、先生のお話を聞いた私のメモを元に書いてますので、私の聞き間違いや誤解もたぶんに入ってますので、文責はすとんにあると了解してください。そこんとこ、よろしくね。

肺は背中にある
 いや、実際、そうなんですよ。レントゲンを見ると、肺って体の背中側にある器官なんですね。体の前面には心臓やら胃袋やらがあって、肺は実は背中にあります。だから、深く息を吸い込むと、背中が膨れるのは当たり前なんです。むしろ、息を吸って背中が膨らまなければ、それは息をちゃんと吸っていないって事なんです。息を吸って腹が膨らむのは、吸った気になっているだけで、実は全然息が吸えていないのです。いやあ、目からウロコでした。

肋骨下部はウンと広がる
 息を深く吸うと背中は膨らみますが、中でも肋骨下部は目一杯広がります。それはレントゲン動画で分かりました。肋骨上部は背骨と胸骨につながっているので可動域が狭いのですが、肋骨下部は直接胸骨につながっておらず、肋骨上部経由でつながっているので、可動域がとても広いのです。なので、肋骨下部を広げずに息を吸うと、肋骨上部はさほど広がらないので、やむなく肩が上がるのです(胸式呼吸ですね)。これもレントゲン動画で見て、よく分かりました。

声の高低は声帯の厚みで決まる
 音程は、声帯が輪状甲状筋に引っ張られる事で作られます。引っ張られた結果、声帯は薄く長くなります。声帯を弦と考えると、長くなることで高い音が出るのは矛盾しているような気がしますが、実は声帯は引っ張られるので、長くなるというイメージよりも、引っ張られて薄くなる(弦で言えば“細くなる”に相当する)というイメージで、高い音が出るそうです。つまり、高い音が出したければ、輪状甲状筋を鍛えていくしかないのです。

高い声ほど優しく歌う
 上記のとおり、高い声を出している時の声帯はとても薄くなっており、傷つきやすい状態になっています。その状態でムリムリに声を出すから、声帯に障害が生ずるわけです。なので、ムリムリな発声はダメで、薄くなった声帯からは優しい声を出すように心掛けないと、ノドが壊れてしまうのです。

男声と女声では声帯の使い方が全く違う
 これは驚きでした。ストロボスコープ映像で見て確認しましたが、男女では歌う時の声帯の使い方が全然違うんですね。いやあ、これも目からウロコの話でした。男声は声帯をしっかり閉じた状態から声帯の全面を使って発声しますが、女声は常に声帯の一部を閉じずに隙間を作った状態から声帯の一部分だけを振動させて発声します。これは、男声は(声楽的な意味ではなく、医学用語として)表声で歌い、女声は裏声で歌うからです。なので、男声の歌声は話し声とさほど変わらないけれど、女声は歌声と話し声(この時は男声同様に声帯の全面を使ってます)はかなり変わるのです。さらに女声は男声と比べて(常に息もれ状態なので)歌う時に多くの息を必要とします。

歌声にはシンギングフォルマントが現れる
 サウンドスペクトログラムを使って、歌手の歌声を観察してみると、おもしろい特徴があります。それは通常の話し声には現れない“シンギングフォルマント”が現れる事です。シンギングフォルマントとは男女ともに共通して3000Hz付近に強い音の密集(フォルマント)が現れることです。人の声は、周波数の低い第1フォルマント(これが音程を決めます)とそれよりちょっと高い第2フォルマント(これが音色を決めます)の二つで規定されます。なので、第3フォルマント以降のものは、あまり強く現れないので、普通は無視していいのですが、歌声では3000Hz付近に強いフォルマント(多くの場合は第4フォルマントに相当しますが、女声の高い声だと第3フォルマントになる場合もありました)が現れます。この“3000Hz付近に強いフォルマントがある声”が歌声ってわけなんです。

シンギングフォルマントが強調された声はホールに響く
 シンギングフォルマントは3000Hz付近の音で、この音程は、ピアノで言うとほとんど右端の音程になります。つまり、ピアノでも滅多に使わない音であり、オーケストラでもまず使われないほどの高音になります。オペラ歌手の歌声はこのフォルマントが第1フォルマントや第2フォルマント並かそれ以上に強力なので、彼らの歌声はたとえ音程的にはそれほど低くなくても、音響的にかなりの高音であって、これに拮抗する高い音程の音は、楽器は通常では使われないので、歌手の歌声は、一番高い音程成分を含んでいるので、オーケストラをラクラク越えてホールに響き渡るのだそうです。つまり「響きの豊かな歌声ほど、楽々とホールに響く」というわけです。

シンギングフォルマントを強調するためには、軟口蓋を上げろ
 シンギングフォルマントを強調する方法は二つあるそうです。一つは咽頭を押し下げる方法で、もう一つは軟口蓋を引っ張り上げる方法です。容易なのは咽頭を押し下げる方ですが、これをやっちゃうと母音の響きに影響が出るため、歌手はこの方法を採用するべきではなく、より難しいけれど、母音への影響が少ない、軟口蓋を引っ張り上げる方法を習得するべきなのです。

美しい声はシンギングフォルマントに限らず、すべてのフォルマントが強調される
 歌声の特徴はシンギングフォルマントなんですが、これが出現するだけでは、声は美しくなりません。やはり耳で聞いて美しい声は、サウンドスペクトログラムにかけると、シンギングフォルマントだけでなく、すべてのフォルマントがエネルギに満ちあふれています。やっぱり、声に多くの倍音を含んでいる方が、美しいと感じる声になるようです。

タバコを吸うと、女性はポリープになるが、男性は咽頭ガンになる
 声とは直接関係ないですが、タバコの影響にも性差があるようです。
 
 
 以上ですが、実におもしろいレクチャーコンサートでした。時間の割に話が濃かったので、細かい説明はかなり省かれていました。貴重な画像を次から次と見せてくださったのですが、画像分析に関する説明は、ほとんどしなかったので、自分で画像が読める人(私はレントゲン画像とサウンドスペクトログラム画像は、学生時代に散々やったので一応読めますが、ストロボスコープ画像は、その頃はそんな器材は無かったので、ちょっと苦手です)は、すごく興味深かったと思います。

 それと「レクチャーコンサート」ですから、斉田先生ご自身も何曲か歌われましたが、これはとても素人レベルの歌声ではありませんでした。あれだけ歌える人が声の専門医であり、なおかつ妻の主治医であるので、妻は安心して、ノドを壊せるというものです(ちょっと違う?)

 で、先生のレクチャーもとてもよかったのですが、実は一番感動的だったのは、先生の奥様でいらっしゃり、藤原歌劇団のプリマでもある、斉田正子氏の歌声を間近(5mほどの距離です)でたっぷり聞かせていただいた事。いやあ、ホンモノは違うよ~。目の前で、藤原のプリマさんが持ち役である「椿姫」のヴィオレッタの第一幕のフィナーレを歌ってくださったんですよ。ほんと、あの歌声には魂が抜かれますよ。

 勉強、大好き(はぁと)。

2010年9月 5日 (日)

“才能と努力”について考えてみた[2010年9月第1週・通算31週]

体重:96.8kg[+1.2kg:-11.7kg]
体脂肪率:28.4%[-0.1%:-4.0%]
BMI:30.6[+0.4:-3.9]
体脂肪質量:27.5kg[+0.3kg:-8.2kg]
腹囲:94.0cm[+0.2cm:-11.3cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 おたびダイエット13週目…のはずですが、やっちまいました。いわゆる“リバウンド”って奴ですね。ま、仕方ないです。これから、真剣にまたダイエットに取り組む事にします。とにかく、年内に95.0kgを下回らないと、オペラアリアを歌わせてもらえませんからね。こりゃ、真剣にならざるをえません。しかし、ここからの2kgが大変なんだよねえ…。頑張んないと…。

 さて、今週のエッセイです。私はしばしば考える事があります。それは「努力って、果たして報われるものなのか?」と言うことです。

 私が子どもの頃は、小学校の校門には、二宮金次郎さんの銅像があって、そこを通る小学生たちに「僕のように努力を重ねていけば、エラい人になれるよ」と無言のプレッシューを与えていたものでした。また、校長先生は朝礼でしばしば「努力は何ものにも勝る大切な目標である」とか「努力をすれば夢は叶う」とか「○○ができないのは努力不足だからだ」とか、「努力に優る天才はいない」とかそんな話をよくされていました。「努力」「根性」「勤勉」は20世紀後半の日本を象徴するような言葉でした。そう言えば「Oh! モーレツ!」とか「24時間、働けますか~」なんてCMもありましたね。

 努力すれば出来ない事など何も無い…と良いですね。

 オッサンになって分かって来た事があります。それは、世の中の“努力とその結果のパターン”には、三つの組み合わせしかないということです。それは…

1)「努力を積み重ねた結果、出来るようになった」
 これが王道であり、すべてはこうあるべきだと思います。私の場合、声楽とかフルートとかが、この道で頑張っている最中です。でも…

2)「特に努力しなくても、すぐに出来るようになった」あるいは「ちょっと頑張ってみたら出来ちゃった」とか「元々出来る」とか「最初から出来る」とか、その手の奴。
 別に天才でなくても、そういう経験は、どなたにでもあるでしょう。案外、私たちが手にしたモノって、これが多いんじゃないでしょうか? だって、努力を積み重ねるのって大変だもん。たくさん努力しなければ手に入らないなら、多くの人が諦めてますって(笑)。私の場合、パソコン/ブログ関係の諸能力がここに相当するかな?

3)「努力したけれど、結局モノにならなかった」
 やる気はあったけれど能力が無かった/足りなかったってパターンですね。私の場合、ピアノがそうです。ヴァイオリンはここになってしまうかもしれません(涙)。

 私は別段“努力”を否定するつもりはないです。「玉磨かざれば光なし」とか「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす」とか言うじゃないですか。だから、人生では“努力”しないとダメだと思います。でも、その“努力”って、いつも報われているかと言うと…???なんですよ。

 結局、なぜ、こんなような三つのパターンに分かれてしまうのかと言うと、努力以外の要因の方が、努力よりも私たちの人生に与える影響力が大きいため、いくら努力しても、うまくいかない事が多々あるからです。で、その“努力よりも影響力が大きいもの”の一つに、元々持っている“才能”って奴があります。その才能次第で、せっかくの努力が実を結んだり、徒労に終わったりするのだと思います。

 元々、才能が豊かなら、大した努力無しで出来ちゃう事も、才能が足りなければ、その不足を補うべく、多くの努力が必要でしょう。元々の才能が無ければ、どれだけ努力をしてもモノにならない事すらあります。そういう意味では、努力と才能のバランスシートみたいなものが人生には存在しているのかもしれません。

 つまり、才能がなければ、努力をしても、モノにならず、結局「努力が報われない」結果になりがちなんです。これは「ゼロに何をかけても、答えはゼロ」と言うのに似ているかもしれません。…これって、結構悲しいです。私も今まで、そういう悲しい目に何度も遭遇してきました。なんともやりきれない思いで、心が塞がれます。

 結局「まずは才能ありき」なんだと思います。(どの程度であろうと)才能があった上で(その才能の)足りない分を努力で補わないと、モノにならないのです。

 私の人生を振り返ってみると、徒労に終わった努力が多いです。身の程知らずと言うか、自分を知らないと言うか、才能が徹底的に無い奴と言うべきか…、人生「下手の横好き」の連続ですし「ああ、報われない努力だったなあ…」と涙交じりに悲しい溜め息ばかりをついてきました。

 でも、なぜ、人は努力が報われないと悲しくなるのでしょうか?

 それはたぶん、無意識のうちに自分で他人を比べたり、身近な人に他人と比較されてダメ出しされるからじゃないかな?

 「○○ちゃんはあんなにピアノが上手なのに、あなたのピアノはまるでダメ。もっともっと練習しなさい」と子どもの頃に親に言われた事ありませんか? その○○ちゃんが、本当に必死になって生活を犠牲にするほどピアノの練習にのめり込んでいるなら、子ども心にも納得するでしょうが、その○○ちゃんが普通の子で、あなたと、別にとりたてて変わらぬ生活をおくっていたとしたら「○○ちゃんはあんなに~」と言われると、なんとも、やるせない気持ちになりますよね。「あたし、別にピアノ、怠けているわけじゃないけど…」と心の中でつぶやいた挙句、ピアノがイヤになって、辞めちゃうかもしれない。

 たぶん、元々の才能に差があって、あなたよりも○○ちゃんの方がピアノの才能が豊かにあったんでしょうね。だから、同じような生活をし、同じくらいの練習でも、○○ちゃんはピアノがグングン上達し、あなたはほとんど進まなかった、それだけです。

 才能の違いって大きいですね。努力で簡単に埋められるものではありません。ましてや、その才能の差が決定的なほど違っていたら…考えるのも馬鹿馬鹿しくなりますね。さらに、その豊かな才能の持ち主が努力家だったら…。

 “努力する天才”は最強ですよ。もう誰も敵いません。たとえあなたが努力を惜しまない人、それこそ“努力の天才”であっても、“努力する天才”には絶対に敵いません。

 さらに都合の悪い事に、この“努力する天才”は、しばしば、無邪気に何の苦もなくサラっと努力をしちゃったりするんですよ。

 ああ、まるで「ガラスの仮面」じゃん。マヤ対亜弓さん、あの図式ですよ。亜弓さんは天才少女だけれど、彼女の天才は演劇分野というよりも、センスと努力の部分の天才でしょ。上手な人々の演技をよく見て学び、人知れず努力を重ねて、人々からの栄誉を勝ち取るタイプの天才。でも、自分の中にホンモノの演劇の才能を有する天才であるマヤには敵いません、やられっぱなしです。私は、あのマンガを読むたび「亜弓さん可哀相…」と同情しちゃいます。ああ、亜弓さん、痛々しい…。

 話を戻しましょう。確かに、努力は良い徳目です。周りの人々が努力しない状況ならば、自分の努力も他者を抜き去る原動力になりますが、周りの誰もがみんな、精一杯努力したら…やっぱり才能勝負になってしまうよね。そうなると、結局、努力は報われないのです。

 …となると、才能がない奴は努力しても無駄? 無駄なんだから、努力なんてしない方が良いのでしょうか?

 なんか、そういう事には、首を縦に振りたくない私がここにいます。

 と言うのも、報われない事があっても、やっぱり私は、努力が好きです。コツコツと積み重ねていく事が好きです。なんだかんだと言っても、私は、結局“努力の人”なんだと思います。あるいは“努力が趣味の人”なのかもしれません。だから、たとえ、今頑張っている事(努力している事)が報われないとしても、それはそれで、まあいいかと(不思議と)納得できる人なんです。

 なぜなら、私は、ほんのりと分かっているんです。“報われなかった努力”って、他人と比べるから、価値の無いもののように見えるけれど、他人でなく、過去の自分との比較ならば、必ずしも“報われなかった”と結論づける事はできない事を。

 確かに、才能の決定的な不足のために、努力の量に見合うほどの成果は得られなかった事もあるけれど、それでもほんの小さな成果を得てきたはずです。たとえそんな小さな成果であっても、その成果は自分の努力に対する正当な評価であったと、オジサンになった今は、素直に受け入れられます。だって、その小さな成果だって、努力したからこそ手に入れられたわけで、努力をしなかったら、その小さな成果ですから、手に入らなかったわけでしょ。そりゃあ、他人が得た成果と比べれば、小さすぎて、比較すれば悲しくなって、報われない気持ちでいっぱいになるかもしれないけれど、過去の自分と比べれば、確実に一歩前に進んでいるわけで、上出来じゃないですか?

 つまり、努力をするとしないでは、たとえその成果が小さくても、自分の人生という歴史の中では、大きな価値があるという事を、肌で感じている私です。

 少なくとも、努力をしている人間は、昨日の自分に勝ち続けることができているわけです。屁理屈かもしれないけれど、そう考えると“報われない努力”って、もしかすると、一つもないのではないかと、そんな気分にすらなります。

 つまり、結論。

 努力は必ずしも報われるものではない。努力の前に、まず才能の有無やその量を見極める事が肝心であろう。しかし、どんな事であっても、努力し続ける事で“昨日の自分に勝ち続ける”事はできるので、そこに価値を見いだす人間にとって、努力は必ずも報われないものとは言い切れない。

 頑張れ、自分。

2010年9月 4日 (土)

サクラはタニシを食う

 「ひとこと」に書きましたが、入院していたスズネは週の始めに退院しました。退院中も退院後も元気一杯なスズネですが、退院後、比べてみたところ、入院前のスズネとチグサは、明らかにスズネの方が大きかったのに、一週間にも満たない入院期間の間に、チグサはグングン成長し、今や、スズネと変わらない大きさになりました。厳密に言えば、大きさ的にはややスズネが勝っていますが、重量的にはあきらかにチグの方が重そうです。

 チグがそんな感じなので、当然、サクラは…巨大魚の片鱗を見せ始めました。すでに、星になったカエデに迫る大きさにまで、いつのまにか成長しています。今年は夏が暑いのですが、暑い夏は金魚をより成長させるのでしょうか?

 「何を食べたら、そんなに大きくなるんだい」とサクラに尋ねた事があります。そうしたら、サクラが教えてくれました。目の前で実演してくれたんですよ。…実はあの子、タニシを食べるんですね。それも生きたタニシを!

 ガラスの壁面をヘコヘコ歩いているタニシに体当たりをかまして、地面にたたき落とし「あれ?」って感じで、モターっとしているタニシの身を、サクラは横から、いきなりガブリとイくんですよ。ガブリとイったら、ブンブン振り回して、貝から身を無理やりに引き釣り出して、美味しくタニシの身を食べちゃうんです。すごいですねえ…ワイルドですね。

 今まで、弱ったり死んだりしたタニシを食べる金魚はいましたが、元気に活動している子を食べちゃう金魚はサクラが初めてです。ちなみに、ブンブン振り回して、飛んで行った貝に付いている身の方は、チグかトートが食べてます。

 トートとは、最近まで“タイガー君”と呼ばれていたスジエビの事です。トートが金魚のカラダによじ登って金魚を食べ始めると、食べられた子は早晩、星になってしまう事に最近気づきました。なので、スジエビ君は我が屋の死神、つまりトートと認定されました。なので“タイガー君”改め“トート”です、よろしく(何を?)。

 とにかく、サクラは活きタニシを食べるんですね。どおりで最近、タニシがやけに減るなあ…と思っていたんですよ。

 仕方がないので、知人の田んぼに行って、タニシをもらってきました。今年は70匹です。これだけいれば、なんとか夏を乗り切れるでしょう。

 しかし、暇があると、タニシを食べているので、そりゃあ、サクラはデカくなるよね。

2010年9月 3日 (金)

フルートワールド2010に行ってきました その2 頭部管で楽器は変わる

 イベント参加の次は、奥の試奏コーナーに行きました。ちゃんと、入り口の警備の方には御挨拶をしましたよ(笑)。

 まず行ったのは、何かと私とは縁の薄いサンキョウフルート(笑)。今回のこの試奏で、サンキョウさんとも親しくなろうと試みたわけです。

 ズラーとフルートが並んでいましたよ。とりあえず、定番のアーチストを吹かせてもらいましたが、全然ダメです。ろくに鳴りません。クチがアルタスになっている私には、サンキョウは難しいです(汗)。

 私が苦労したアーチストについていた頭部管はST-2というタイプで、サンキョウの標準頭部管です。ポイントが狭く、ポイントさえ見つけられれば、すごくキレイに鳴るんですよとは、メーカーの人の話ですが、私はそのポイントが見つけられないんですよ。この頭部管は、リッププレートが凹んでいて、ライザが高くなっているのが特徴なんだそうです。

 私がST-2で苦労していたので「今イチオシの頭部管はコレなんですよ」と言って、別の頭部管をアーチストに差してくれました。RT-1という頭部管です。ST-2と比べれば、多少は楽かな?って感じですが、正直な話、この頭部管も私にはやっぱり難しいです。音は出せるんだけれど、ちゃんと鳴っているのかな? 音出しに必死で、とても音楽までは気がまわりそうにないです。この頭部管はリッププレートが凸っていて、息を上から入れるタイプの頭部管なんだそうです。ちなみに、この頭部管は、きちんと鳴らすと、低音がよく響いてかっこいいのだそうです。

 とにかく、ST-2もRT-1も、満足に音が出ないので、善し悪しも好き嫌いも言えません。やっぱり、私はサンキョウさんとは縁が薄いのかな…と半ば諦めていましたら、三つ目の頭部管が出ました。FTというタイプです。最新型なんだそうです。

 ラクラク吹けました。うん、これなら使えるし、鳴らせる。聞けば、この頭部管、リッププレートが平坦になっていて、特別な事は何もしていないタイプなんだそうです。私がサンキョウフルートを使うなら、このタイプの頭部管じゃなきゃダメみたいです。これなら音楽に集中できそうです。ただ、音色的には、あまりサンキョウっぽくないかも。

 とかく“難しい”というイメージのあるサンキョウですが、頭部管のバラエティがありますので、まずは、これだけある頭部管のいくつかを試してみて、その中から自分にピッタリのものを選ぶといいかもしれませんね。ただ、それぞれの頭部管ごとに、どうやら音色の特徴も違うようですから、そこは注意です。


 さて、サンキョウのアーチストを堪能したので、次はパウエルに行って、銀のハンドメイドを試奏しました。

 「頭部管はどれにしますか?」と尋ねられたので「全部!」と即答した私でした。

 現在、パウエルには、5つの頭部管のパターンがあるそうです。一つはシグネチャー専用の頭部管ですが、他の4パターンの頭部管はシグネチャー以外のフルートで選ぶ事ができるそうです。それらの名称と特徴は以下のとおりです。

 フィジョーネ…最新の頭部管で、当初は「フュージョン(融合)」という名称も検討された頭部管だそうです。現代的なリッププレートにオールドパウエルのライザを組み合わせた頭部管だそうです。リッププレートが比較的小さく、奏者が音色や音程の微調整がしやすく作られているそうです。音色はクリーミーですが、私にはちょっと難しいというか、私ではパワー不足な感じがします。かなり馬力のある方向けの頭部管じゃないかな?

 ソロイスト…パウエルの中で一番現代的な特徴を持つ頭部管で、モダンアメリカンな頭部管だと思います。リッププレートはフィジョーネと同じだそうです。抵抗感は多少あるけれど、慣れれば克服できる程度だと思います。反応が速いし、遠鳴りしそうな感じがします。オーケストラと共演が多い方向きの頭部管だと思いました。銀のハンドメイドにこのソロイストの組み合わせでは、私的にはちょっぴり背伸びをした感じになります。

 フィルハーモニー…リッププレートが大きめで、とても吹きやすい頭部管です。音色も優しく合奏向きのような気がします。銀のハンドメイドにフィルハーモニーの組み合わせは、私には一番しっくり来る組み合わせです。吹くのが楽しいだけでなく、音色的に好きです。

 ヴェンティ…フィルハーモニー同様、リッププレートが大きめで吹きやすいのですが、私は息が余る感じがしました。実に楽に鳴るのです、ちょっと楽に鳴りすぎるかもしれません。逆に息を節約して演奏できるので、ゆったりした曲にはこの頭部管は良いかもしれません。でも、私はこれを選ばないだろうなあ…。

 別にメーカー的には、これら四つはタイプが違うのであって、決して順番や序列があるわけではないそうですが、私の中では、フィジョーネ > ソロイスト > フィルハーモニー > ヴェンティ という順番で並んでいます。

 ハンドメイドはとろけるほどに良い楽器ですが、私が好きなのは、金銀貼り合わせ合金であるオーラマイトのコンセルバトリーなので、次はこれで頭部管を試してみました。

 銀のハンドメイドの時は、フィルハーモニーが一番いいかと思った私ですが、オーラマイトのコンセルバトリーでは、むしろソロイストの方が良かったです。おそらく、銀のハンドメイドよりも、オーラマイトの方が鳴り易く作られているのだろうと思います。あんまり良くって、クラクラしていたら、店員さんが見積もりを作ってくれました。さすがにこのクラスの楽器の衝動買いはありえないので、なんか申し訳なかったです。

 それにしても、オーラマイトのコンセルバトリーは私のツボです。基本的には銀のフルートの音がするんですが、銀にしては相当華やかですし、何と言っても、音が優しいくせに、ビュンビュン飛んで行くのがよく分かります。吹いた感じも9Kのゴールドくらいの抵抗感なので楽ですし、合金でできているという部分の心理的な抵抗さえ消えれば、これも十分アリな楽器です。


 最後はアルタスフルートに御挨拶に行きました。私はアルタス関係者に面が割れているので、素通りするわけにはいかないでしょう(笑)。

 PSを吹いて、とろけました。パウエルのオーラマイトのコンセルバトリーも良いフルートだけれど、私はやっぱりPSが好き。腰が砕けそうになりました。私は年々PSが好きになっているような気がします。

 今年の新製品を試させてもらいました。今年のアルタスはメッキに萌えているみたいで、プラチナメッキや金メッキのモデルが新しく出てます。

 最初に試したのが、PS-GPTというモデル。私の大好きなPSの管体にプラチナメッキを、メカの部分に18Kメッキしちゃったモデルです。これはもはやPSとは別物です。いやあ、メッキの威力をまざまざと感じさせられるモデルです。そして、メッキだけでは音が決まらないという事もよくよく知らされたモデルです。

 このPS-GPTは、メッキ部分だけなら、ノーマルGPTと同じですが、ノーマルGPTとも音が違います。ノーマルは1307がベースですから、メッキが同じでも、ベースモデルの違いが音に現れるのでしょう。

 PS-GPTの音は憂いがあるね、アルタスフルートは基本的に明るい音だけれど、こいつは薄曇りっぽい音です。これは十分アリだと思います。

 次の新製品は…型番を聞くのを忘れました。18KDⅡに22K金メッキをしちゃったモデルです。ゴールドフルートに金メッキだよ、ちょっと信じられない組み合わせです。次のカタログから、登場するモデルだそうですが、これは重いです。音もそうだけれ、リアルにフルートが重いです。メッキとは言え、22Kでコーティングされていると、ずっしりきますね。吹き心地もヘビーです。私では力不足を感じます。しかし音色は明るくて華やかで、音だけ聞いていると、そんなに大変には聞こえませんが、吹いてみるとパワーをすごく必要とします。

 当然、メッキをしていない、無垢な18KDⅡも吹きました。全然違いますね。18KDⅡは18Kとは思えないほど、軽やかで吹きやすいフルートですが、22Kをコーティングしたものは、まるで別物ですが…パワフルなフルーティストさんなら、これは魅力ですよ。と言うのも、音はかなりゴージャスですからね。

 しかし、何だかんだと言っても、アルタスフルートは吹きやすいし、鳴らし易いです。たとえ「重い…」とか言っても、他のメーカーのフルートと比べれば、実に軽い軽い。もっともこれは、私の口がアルタスになっているという理由が一番大きいでしょうが、アルタスは頭部管が一つしかないから、一つが吹ければ、すべてが吹けるわけです。私はこれは長所だと思いますが、いかがでしょうか?

2010年9月 2日 (木)

フルートワールド2010に行ってきました その1 ソルダードがフルートの標準です

 お盆進行だったので、優先順位を考えながら記事をアップしていたら、すっかり、フルートワールドの報告記事のアップが遅くなっちゃいました(汗)。…ってか、すっかりアップした気になって、その存在を忘れていました…。

 これ以上、アップするのが遅れてしまって、このままお蔵入りさせるのもなんなので、ほぼ、一カ月遅れ(大汗)ですが、今更アップします。完全にタイミングを外していますが、勘弁してつかあさい。

 …と言い訳をしましたが、今年も銀座山野楽器の「フルートワールド2010」に行ってきました。私は最終日の午後からノコノコと行って、パールとアルタスのイベントに参加して、フルートデュオの演奏を聞いてから、奥の試奏コーナーに行きました。今回はイベントの参加報告をします。

 まず、会場に到着して、場所取りをして、イベント開始まで、ほんのちょっと時間があったので、まずは敵情視察とばかりに、奥の試奏コーナーに行ったところ、私の目を引く、不思議な物体を発見しました。それは、カワベフルート工房さんのフルートスワブ(!)。なんとも不思議なものでした。写真はカワベフルート工房のこちらのページの下の方にあるので、見てください。

 はっきり言っちゃえば、クリーニングロッドに専用クロスを付けただけなんですが、なかなか便利です。約1000円というお値段もお手頃(冷静に考えると、お高い?)だったので、青緑のクロスを買いました。さっそく、使ってます。ガーゼ+ロッドよりも、ちょっと便利だし、なぜ他の楽器にあるスワブがフルートにはないんだ~と言う、小さな不満も解消されて、なかなかGoodです。いい買い物をしたなあ…と一人悦に入っております。

 そんな小さな幸せをゲットして、パールフルートのイベントに参加しました。

 パールのイベントは、実際にフルートを作ってらっしゃる職人さんがやってきて、プレゼンしてました。現場の人間ならではの話もあって、なかなかおもしろかったです。特に頭部管の説明は分かりやすくてグーッでしたよ。以下に教えてもらった事を書いておきます。

 頭部管の歌口の形状は、丸に近い形だと音が柔らかく、四角くなるにつれバンッとした音になるそうです。で、今の流行りは四角い方です。

 歌口の中にあるライザには、オーバーカットとアンダーカットを施します。これらは何かと言うと、ライザの脇(左右の部分)の壁を真っ直ぐな平面にするか、アールをつけて山形にするかという選択肢があるのだそうですが、その時の山の形状を決めるのが、オーバーカットとアンダーカットなんだそうです。つまり、本来フルートのライザは煙突状であり、左右の壁はまっすぐな平面なんだけれど、この平面の上下を削ることで、ライザの横の部分を山形にするわけです。このオーバーカットとアンダーカットを施すほどに、抵抗感が減って、息が入りやすくなるのだそうです。

 さらにライザの壁のうち、向こう側の壁(吹き込んだ息が直接当たる部分)は真っ直ぐな平面なんだけれど、これを直角なままにしておくと音量が増えて、角度をつけて下にいくほど開くようにすると、音量が減るのだそうです。

 さらに音量に関しては、テーパーをつけて(頭部管のクラウン側の径を小さくして微妙にラッパ状にすること)も、増やしているそうだけれど、このテーパーのつけ方も、直線的につけると柔らかい音色になり、カーブをつけて、急にグンとつける形にするとボリュームのある音になるそうです。

 で、パールフルートは基本的にドイツフルートを目指しているのだそうです。材料も国内調達ではなく、ドイツから輸入した銀管を使用し、出てくる音もドイツフルートっぽい音を目指しているのだそうです。メーカー的には、PHN-1という標準仕様の頭部管がお薦め頭部管なんだそうですが、関係しているフルーティストさんたちからの要望に応えて、フォルテやヴィーヴォのような、音量の出るタイプの頭部管を作ってきたそうです。現場の声に応えたもの作りというのは、立派な姿勢だと思います。

 それにしても、目指すはドイツフルートか…。そう聞かされて、パールフルートの音を聞くと、なんか納得できますね。

 で、そういう話をされて、最後は他の職人さんたちも現れて、職人さんたち四人でフルートアンサンブルをしました。キラキラ星変奏曲でしたが、さすが、フルート職人さんたちの演奏です。フルートの鳴らし方をよく知っているせいか、音の鳴りという点では、ピカイチなフルート演奏でした。

 パールさんからはノベルティとしてタオルハンカチをいただきました。

 次はわずかな休憩を入れて、アルタスのイベントでした。

 アルタスのイベントは、昨年同様、営業のSさんのプレゼンでした。話の内容も昨年とほぼ同じでした(当たり前)。いかに、PSとALが特別で素晴らしいフルートなのかを力説してました。ま、PSとALに関して言えば、四の五の言わずに試奏をしてみれば、その良さは一発で分かるんですけれどねー。

 今年仕入れた新知識。それはトーンホールの厚みについて。ソルダードは約1mm、ドゥローンは約0.1mmなんだそうです。実はあの煙突部分には、これだけの厚みの違いがあるそうです。ソルダードはこの厚みがあるから、しっかりした音が鳴るわけだし、厚みがあるからアンダーカット処理ができるわけだし、厚みがあって総重量がやや重くなることで音に芯が出てくるのだそうです。つまり「フルート的にはソルダードの方がお薦め」なんだそうです。

 それとアルタスでは、無垢の楽器は100年、メッキの楽器は20~30年は使えるように作っているそうです(これは「ウチの楽器はしっかり作ってあって、長持ちしますよ」というアピールなので、普通のフルートはそんなに長い寿命を持っていないという事でしょう)。まあ、人生の長さを考えれば、フルートは20年使えれば御の字なのですが、それにしても無垢の楽器は100年使用できるように作られているというのは、やっぱりすごいね。つまり、アゲハ(無垢で~す)は、私よりも長生きってわけだ。

 とにかく、アルタスフルートの売りは「メカの丈夫さ」と「音程の正しさ」なんだそうです。少なくとも、アゲハはぶつけても落としてもメカが壊れた事はないですし、音程はすごぶる良いですよ。

 あ、最後のビンゴではCDをいただきました。ウィリアム・ベネット氏のニールセンとライネッケのフルート協奏曲の奴です。なかなか手に入らないCDなので、うれしいです。ちなみに妻は、18KのCisキーのストラップをゲットしたので、私が横取りをして、ヴァイオリンケースに付けちゃいました(笑)。

 で、最後は、昨年も聞いた、ジャズフルートのデュオ演奏会でした。昨年よりも今年の方が、うんと楽しめました。おそらく、この一年で、私のジャズ経験値が増え、よりジャズが楽しめるようになったおかげだと思います。だってね、聞きながら、彼女らのやっている事が分かるようになってきたんです。いやあ、ジャズを聞く耳も成長してますね、私。楽しかったです。

 と、三つ連続でイベントに参加したところで、奥の試奏コーナーに行ったのですが、その話は、また次回です。

2010年9月 1日 (水)

なぜ、自宅練習のように歌えない!(涙)[音源付き]

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずは発声練習から。今回は、子音の音程について注意を受けました。先生がおっしゃるには、子音にも、母音同様に、正しい音程をつけて歌うこと。私は子音の音程について、特に考えもせずに歌っているので、それではダメって事です。ちなみに、子音の音程に無頓着な人(たいていは子音の音程が低いのだそうです)は、イタリア語が下手に聞こえるそうです。ま、私の場合は子音の音程を抜きにしても、イタリア語は下手なので、せめて子音の音程くらいはちゃんとしないとダメっすね。

 高い音を出す時は、自分の足の指を見るつもりで歌うと、背中や頭の後ろのポジションが使いやすくなるので、そうした方がいいと言われました。気をつけているつもりだけれど、やっぱり、高い音の時は上を向きがちなんですね、私。

 さて、コンコーネです。8番で受けた注意は…声は顔の前で開かないで、頭の奥を開くように歌う(これは前述の足元を見て歌うことで、いくらかは解消できます)。高い音は、無理やり発声するのではなく、まずは軽く当てるところから始めよう。無理に歌おうとして、変な音程で歌うのはサイテー。声が裏返ってしまったとしても、正しい音程で歌った方がずっとマシなので、まだまだチャンと出せない音でも、とりあえず音程を当ててみる事から始めること。そのためにも、声のポジションは、常に高めキープを心掛けること。実は、ポジションを高めでキープするのが、私にとっては、一番難しい事だったりします(笑)。で。8番はこれで終了でした。

 さて、コンコーネ9番です。この曲は…難しいですね。とりあえず、テンポ&リズムをしっかりキープすること。Asも軽く当てて歌う事。この曲は持ち越しです。次回のレッスンは…コンコーネの9番と10番が宿題です。

 メインイベントでございます。

 「Sogno(夢)」は、本日仕上げ予定でしたので、細かいところまで勉強してきて、しっかり暗譜までして(自分なりに)万全に準備していたつもりでしたが…レッスンでは、全然歌えませんでした。ああ、悲しい。悲しすぎる。あまりのひどさに、歌いながら、ちょっとクラっと来ました。

 私は本来、人前では全然緊張しないタイプの人なんですが、最近のレッスンでは、緊張のような感覚を感じる事があります。いや、レッスンだけでなく、歌劇団の練習の時もそうなので、私もついに、人並みに“緊張”するようになったのでしょうか? とにかく「Sogno(夢)」も、自宅では割と楽に歌えているのですが、レッスンでは「Fまでは危なげもなく歌えているのに、Gが残念」と先生もおっしゃるほど、メタメタな出来になってしまいました。

 なので、本当は仕上げ予定のはずでしたが、ひたすらGの発声ばかりを練習しました。どんな練習かと言うと、頭の後ろを開けて、軽く当ててpで歌う練習です。練習でも、そんなに上手くできません。「pとGはまだだけど、他の部分はまあOKなので、この曲は“保留”にしましょう」と、フルートに続いて“保留”宣言が出ました。

 がっかりです。

 あんまり、がっかりしたので、その晩、自宅について、すぐに「Sogno(夢)」を歌って録音しました。私はレッスンの時に、こういうふうに歌いたかったんだよ~。で、今回は、その録音をアップします。

 悔しさでいっぱいで歌ってますので、細かいところまで神経が行き届いてない歌い方ですが、仕方ないです(ちょっと残念)。伴奏はいわゆるカラオケCDなので、歌と微妙に(ところどころ、はっきりと)合っていませんが、それはご愛嬌ということで…すいません。

 「Sogno(夢)」は“保留”なので、ひとまず終わりです。次回から、ヴェルディの「Il poveretto / 哀れな男」になります。私自身が「哀れな男」にならないように練習してきます。

 …今度の曲こそは、自宅で歌っているように、人前でも歌えると…いいなあ。

 さて、「Sogno(夢)」の歌詞と訳文を以下に乗せておきます。訳文は、当然、すとん訳でございます。こいつを見ながら、音源を聞いてやってくださいな。

【Sogno 夢】

Ho sognato che stavi a' ginocchi,
私はあなたがひざまずいている夢を見た。

Come un santo che prega il Signor ...
まるで神に祈りを捧げる聖人のように…

Mi guardavi nel fondo degli occhi,
あなたは私の瞳をじっと見つめ、

Sfavillava il tuo sguardo d'amor.
あなたの愛のまなざしは、きらめいていた。
 
 
Tu parlavi e la voce sommessa...
あなたはささやくように私に話しかけた

Mi chiedea dolcemente merce...
「どうか私に優しくお情けをください」と。

Solo un guardo che fosse promessa,Imploravi,
(あなたは私の)許しのまなざしだけを切に求めて、

curvato al mio pie.
私の足元で身をかがめていた。
 
 
Io taceva e coll'anima forte
私はおし黙り、そして(私の)強い魂は

Il desio tentatore lotto.
(あなたという)誘惑者が示す欲望と戦っていた。

Ho provato il martirio e la morte
苦難と死を感じていたが、

pur mi vinsi e ti dissi di no.
しかし私は(その誘惑に)打ち勝ち、あなたに「それは無理だ」と言った。
 
 
Ma il tuo labbro sfioro la mia faccia...
しかし、あなたのクチビルが私の顔にそっと触れた時、

E la forza del cor mi tradi.
私の心は(私の理性を)裏切り

Chiusi gli occhi,ti stesi le braccia...
私たちは目を閉じた。私はあなたに手を伸ばし…

Ma,sognavo...E il bel sogno svani.
…だが、それは夢だったのだ。そして私は、その美しい夢から覚めてしまったのだ

 音源はこちらです。

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