ひとこと

  •  中国共産党の理論誌『求是』で「中国こそが世界最大の民主国家だ」というタイトルの文章が掲載されているそうです。中国って民主国家だったんだ…。そう言えば北朝鮮も“朝鮮民主主義人民共和国”と名乗っている民主主義の国だったんだよなあ。うっかり忘れていました。たぶん、彼らの言う“民主国家”や“民主主義”って、我々が知っているモノとは違うんだろうね。でなきゃ、辻褄合わないし…ね。ちなみに我が国日本は、議院内閣制の立憲君主国であり天皇陛下を擁している事から、国の種類(?)としては『帝国』または『皇国』というべきなんだけど、そうは名乗っていないって事、知ってた?
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2010年6月 4日 (金)

声楽とフルートとヴァイオリンの、心の中での棲み分けについて

 ええと、普通にマジメに社会人として活躍している私です。仕事量は…かなり多いですよ。責任もあるし(笑)。でも、時間の方は割と自由がきく立場なので、そこでスケジュールをなんとかかんととかしながら、趣味にも一生懸命になってます。

 今、人生が、楽しいです。幸せです。

 さて、そんな私の趣味生活の中で大きなウエイトを占めるのが、音楽です。何しろ、ここの老犬ブログに毎日、趣味の音楽関係の記事を書いても、一向にネタ切れにならない程度に充実しております。いやあ、ほんと、幸せですよ。

 さて、私の趣味の音楽は、ただいま、大きく三つほどに分かれています。声楽とフルートとヴァイオリンですね。これは私の中できちんと棲み分けがなされておりますので、今日は、その事について書いてみたいと思います。

 まず、声楽。これは、個人レッスンと歌劇団の二つを行ってます。個人レッスンの部分は、私の心の中では“専科”です。つまり、ここがメインであって、私の趣味は歌に始まり、歌に帰結するというくらいの気持ちでやってます。

 やっぱり、何と言っても、歌いたい人なんですよ。それに、せっかく神様がくださった、このカラダ。楽器としては、なかなか立派だと思うんです。それを使わない手は無いじゃあないですか!

 それにね、いよいよ人生の最後の時に、歌いながら旅立つことは可能でも、フルート吹きながらとか、ヴァイオリン弾きながら、この世にお別れを言うなんて…映画や芝居でも、まず無いでしょう。なので“結局、最後は歌だな”って気持ちがあります。「おじいちゃん、死ぬまで、音痴だったね…」とは言わせたくないじゃない。やっぱり、歌は頑張らないと、死んでも死に切れませんって(笑)。

 個人レッスンは“専科”で、いわば“お勉強”なのに対して、歌劇団は“ゼミ”って感じかな? もちろん“お勉強”なんだけれど“仲間とのふれあい”みたいな楽しい部分もあって“勉強半分遊び半分”みたいな感じです。

 そこへ行くと、フルートは“副科”かな? 専科ほどではないけれど、結構マジメに取り組んでます。声楽に対する器楽、クラシック音楽に対するポピュラー音楽、って感じで、声楽と相補いながら学んでいます。やはり、マジメなクラシック系の楽器の一つや二つくらい、きちんと使えるようになりたいじゃないですか? そんな思いもあって、頑張ってます。練習時間的には、声楽って長時間の練習が無理という事もあって、一番、時間的に練習しているのは、実はフルートだったりします。

 その点、ヴァイオリンは完全に“お遊び”です。やってみたいから、やってみました、みたいな感じです。そんなに真剣に取り組んでません、と言うよりも、真剣に取り組まないように、自分に制限を加えながら、努力しています。

 と言うのも、声楽とフルートで、私の趣味人生は一杯一杯なんですよ。本当は、これ以上何も入らないというのが本音。以前はちょっぴり未練が残っていた合唱すら、時間的余裕がないために、今では半ばあきらめているほどです。本当は合唱もやりたいんですよ。でも、声楽とフルートを真剣に取り組んでいますので、合唱をやっている暇も余裕もないんです。

 そんな暇も余裕もない現状でヴァイオリンを始めたので、これはもう、お遊びにするしかないじゃないですか!(笑)

 本音を言えば、ヴァイオリンだって“副々科”として、マジメに取り組みたいですし、きちんと専門の先生の教えを乞うて学んでいきたいです。でも、それは無理です。だってね、先生について学べば、当然、きちんと練習をしていかないとマズいじゃないですか? 今の私の生活の中で、ヴァイオリンの練習時間をきちんと確保できるかというと、それはちょっと無理。時間があれば、歌かフルートに廻したい気分ですから。かと言って、練習もせずに先生のところに通うわけにも行かず、やむなく“お遊び”としてヴァイオリンをやってます。

 つまり、ヴァイオリンはモノにならなくてもいいや…そういう風に自分に言い聞かせています。

 だいたい、声楽やフルートからの経験で考えても、独学でヴァイオリンがモノになるわけないです。ヴァイオリン、なめちゃいけません。そういう意味では、最初から上達への道が絶たれているわけですから“お遊び上等”の気持ちでいます。

 ヴァイオリンは管楽器の三倍難しいって、ネットのどこかで読みました。管楽器であるフルートですら、ふうふう言っているんだから、三倍難しいヴァイオリンなんか、モノにできるわけない(涙)。

 ちなみに、ヴァイオリンの練習は、マジで睡眠時間を削って行ってます(笑)。今まで「お休みなさ~い」と言ってた時間にヴァイオリンを引っ張りだして、20~30分練習してから寝てます。ヴァイオリンは、声楽とかフルートとかと違って、消音器というのがあるんですね。これを使うと、たちどころに音量が激少化し、テレビの音声程度の音量になってしまうので、真夜中の練習も可能になっちゃいます。消音器の存在がなければ、私はヴァイオリンの練習時間なんてひねり出せなかったよ。そういう意味では、弱音器を考えてくださった方に感謝です。でも、やはり、睡眠時間を削っているので、十分な時間が確保できないのが悩みなんですよ。

 というわけで、私の中では、声楽…専科、フルート…副科、ヴァイオリン…遊び、という棲み分けになっております。または、声楽…妻、フルート…秘書、ヴァイオリン…ガールフレンド、みたいな位置付けかもネ。

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コメント

ああーー男の人はそうなんだ。って。
棲み分けについて意識したことはなかったんですけど、いわれてみれば、娘達息子達相方、そうそう、食事でも、好き嫌いを微妙に棲み分けしていたと思います。だって食べてくれなければ、捨てるだけですからね。
主婦にしてみれば、家族の健康が一番の大問題ですから。

>chikoさん

 棲み分けというか、順位付けというか、優先順位ですね。体は一つしかないし、一日は24時間しかないし、やりたい事を全部やれるわけでもないし、自然と、集中して力を注ぐ場面と、余った時間でできるだけやるように心掛ける場面と、分かれるわけです。

 わざわざ、こんなふうにしている理由は、きちんと自覚していないと、ヴァイオリンばっかりやっちゃって、歌やフルートがなおざりになってしまうから(笑)。あと、若くもなければ、器用でもないので、優先順位を決めておかないと、三つ全部に全力投球して体を壊す恐れがあるから(笑)。まあ、そんなところです。

>主婦にしてみれば、家族の健康が一番の大問題ですから。

 そこが一番、肝心なところだね。幸せの第一条件は「家族が健康であること」だね。「お金がある」とか「住む家がある」とか「家族が一緒に暮らせる」というのも大切だけれど、やはり「健康」が一番だね。

読んでいて、なるほど、と。
私はどうなんだろう、と、立ち止まってみました。

フルートもオーボーもどっちもメイン的存在には間違いないのですが、フルートは応用編、というか、団体に属したことと、今は先生に付いていないので「お遊び」に近くなってしまったかもしれません。また、先生に付きたいな、とは思っているのですが…。

しかし、オーボー。こっちがなかなか手強いので、こちらをおろそかにすると、それだけわずかでも、培ってきたものが失われちゃうのでコワイコワイ。先生にも怒られちゃうし。半年後にオケ、という目標を先生に据えられてしまった以上、ちょっと、がんばらないと、という感じです。本当に何とかなるんでしょうか。

音楽以外の趣味で生け花、ってのがあるんですが、それを近所の教室に行ってやろうかなぁ、ってぽろっと言ったら「そんなに手を広げるとモノにならないよ」とだんなさんのひとこと。音楽以外なのに、って思ったんですけどね。

風邪でおとなしい週末になりそうです(とほほ)が、オーボーは吹きます(笑)

私は今んとこ、楽器はピアノ以外広げる余地はないなと思ってます。
深く追求していこうと思うと、他の楽器が出来ない。

ちなみに私がやりたかったのは「三味線」なんですよ(笑)でも、三味線に詳しい方もいそうにないし、ピアノすら満足に練習できないじゃんと思うとね。
大学の頃副科でやってたマリンバは、機会があればやってみたいなと思いますけどね。
やっぱり私も、chikoさん同様主婦なので、家族の健康が一番だと考えるんです。既に健康じゃない子どもを抱えてますのでね…。

>みいむさん

 私の場合、習い事は、どうしても、先生とお弟子さん/生徒さん/お客さんの関係ができてしまうと、先生に悪いという気持ちが生まれ、何事であれ、気合をいれてやらないわけにはいきません。やむをえない事情がない限りは、練習もせずにレッスンにはいけません。いや、練習もせずにどころか、与えられた宿題をきちんとこなし、次の箇所の予習さえやってからレッスンに臨みたい気分です。ま、私だけでなく多くの方がそういう気持ちなんだろうと思います。だから、ちょっと無理をしながらも練習するわけです。

 逆に言うと、先生についていないと、無理をしなくても済みます。でも、やはりどこかで無理をしていかないと、モノにならないのも事実です。先生につかずに、独学でやっていく事の難しさって、そこにあるわけだし、(きちんと修行を終えて独立したのではなく、単なる)独学って、往々にして、お遊びになってしまうのも、ある部分、仕方のないことだと思います。

 さて、オーボー先生のおっしゃる事は一理あります。なんであれ、芸事って、すべてを捨てて突き進んでいかないと極められないと思います。だから気が多い奴は大成しないんです…が、当事者である私たちは、本当に道を極めたいと思っているのか、そこがひとつのポイントだと思います。

 音楽が職業でない以上、趣味の範囲として、どこまで考えているのか。プロと同様、あるいはそれ以上の高みを目指しているのか? 合奏仲間と楽しく遊びたいだけなのか? 人生の見聞を広げるための一つの経験としてやりたいのか? 自分の人生の彩り程度としてやっているのか?

 人生は一度きり、残された時間はあとわずか。一つの事を極めるべきか、たくさんの事を経験することを目指すか、ただ何もせず無為に時を過ごすか、そこなんですよ。

 私は、学際分野(つまりキワモノ)の人なので、体質的に、スペシャリストではなく、ゼネラリストです。こんな私なので、放っておくと、ついついあれこれ手を出してしまうんですよ。それを自分でもよく知っているので、手を出さずに我慢している事って、たくさんあるんですが…今回は、悪い病気が出てしまいました(汗)。

>ことなりままっちさん

 ままっちさんの場合、ピアノは職業でしょう。オジサンの趣味とは一緒にならんとですよ。

 三味線…かっこいいですね。芸者さんがいるような街だと、お師匠さんもいらっしゃるんだけれど、普通の町だと三味線の先生もだいぶ減っちゃったような気がします。…ヤマハの大人の音楽教室にも、三味線はなかったと思うし…。

 知り合いに趣味で三味線をやっている人がいます。私は三味線の皮ってネコって思ってましたが、今は、その大半がプラスチック素材なんだそうです。で、気合を入れると犬の皮をは貼るそうです。ネコの皮は最上級品なので、めったに使わないそうです。おもしろいですね。

すとんさん、

オーボー先生が「音楽家」というディフィニションは音楽で食ってるかいないかだ、といってました。これ、もっともなことです。上手くても下手でも、それで食べているかどうか、なんだそうです。

音楽性が高いのが音楽のプロではないのだと。

楽器の演奏がプロ並みのお弟子さんはオーボー先生のお弟子さんにも多く、でも、主婦だったりするわけです。何しろ、オーボー先生が絶賛し、ドイツのCとかDランクぐらいなら十分やっていけると太鼓判を押すくらいで。あとは当人が当地で音楽だけで食っていく覚悟があるかどうか、ですもんね。

そういう覚悟は毛頭ない私なので人生の彩りとしての音楽であることはいうまでもありません(汗)
生け花は「手を広げすぎて大丈夫なの?」と聞かれても、落語に関しては何もなし、なので、クリエイティビティの有無、っていうのが分かれ道かな、なんて思いました。

>みいむさん

>音楽性が高いのが音楽のプロではないのだと。

 そうですね。私はこれをいくつかの合唱団で感じます。とても音楽性が高く、団としては、有料コンサートやプロオケとの共演や、レコーディングにも積極的に参加しているにも関わらず、その構成メンバーたちは、みなアマチュアという団体がいくつかあります。彼らの活動内容は、ほぼプロの団体のそれと同じなのですが、メンバー一人一人はプロではなく、それぞれの生業があるわけです。なぜ彼らがアマチュアなのかと思うときがありますが、音楽で食べていくという覚悟がなされていない以上、どんなに上手であっても、やはりアマチュアとして存在しつづけていくしかないんだろうなあと思います。

 ちょっと、話がズレましたね(汗)。

>生け花は「手を広げすぎて大丈夫なの?」と聞かれても、落語に関しては何もなし、なので、クリエイティビティの有無、っていうのが分かれ道かな、なんて思いました。

 というか、生け花は先生について学ぶわけだけれど、落語は師匠について学ぶわけではないでしょう。クリエイティビティの有無、まさにそこでしょうね。ただ、自分を表現するチャンネルを一つに絞るべきなのか、たくさんのチャンネルを持っている方がいいのかは、それぞれの哲学の違いだと思います。

 あ、私の場合、音楽は自己表現以前の「人生の彩り」派ですから、チャンネルの数は特に問題ではないのですが、「人生の彩り」では満足できない自分がここにいるのが、やっかいだったりします。もっと、己を知らないといけないのですが、魂が「もっと、もっと」と求めるんですよね。残り人生がわずかだと言うのに…ねえ。


私も声楽が主ですが長時間練習が無理なのでピアノをやっています。
ヴァイオリンは”お遊び”になっちゃっていますが、いずれは副科の地位に戻したいです。
昨日本番がありました。
すぐにはアップしませんがそのうちアップします。
例のあの曲ですが、ちょっと冒険してしまいました。
伴奏は家族だったのですが、忙しくてなかなか練習できず、前日切れそうになりながら練習しました。
だからと言って一晩中付け焼刃練習するわけにもいかず・・・本当につらいところですね~。
私もヴァイオリンに弱音器付けて練習しようかな・・・。
(前ブログに書いたような気がするのですが、どなたかにそれは練習用ではないといわれたような気がします。)

すみません。
昨日の本番は歌の本番です。

>Ceciliaさん

 いわゆるヴァイオリンのミュートは、日本語では、弱音器と消音器の両方を指すようです。弱音器の方は練習用ではなく、あくまで音色に変化を与えるものですが、消音器の方は、練習用のアイテムです。劇的に音量が下がりますよ。妻や子どもが二階で寝ていても、階下ではヴァイオリン練習が可能なくらいに音量が下がります。

 もちろん、何でも万能というわけには行かず、消音器をつけると、やはり音色が変わるようです。私は、音色の変化が少ないという評判の磁石式の消音器を使ってますが、やはり音の色つやが減りますね。ですから、消音器を使った練習ばかりしていると、音色の感覚が怪しくなると思います。あと、楽器の振動を無理やり押さえつけるので、楽器が鳴らなくなるとおっしゃる方もいます。

 お金に余裕があれば、消音ヴァイオリン(共鳴箱のないアコースティックのヴァイオリンなんですね。ドイツのカールヘフナーから出ています)とか、サイレントヴァイオリン(色々言う方がいますが、使い方さえ間違えなければ、結構イケルと思いますよ)とかを使うのですが、なかなか、リアルなマイヴァイオリンすら所有していない身には、まずは、普通のヴァイオリンをゲットする方が先ですね(汗)。

 隣近所や家族に遠慮せずに、ヴァイオリンの練習ができれば一番いいのですが、現実的にはそれはなかなか難しい方が多いのでしょうね。私もそうです。なので“消音器をつけて不十分ながらも練習をしていく事”を選ぶか“ヴァイオリンの練習を全くしないか”の二者択一ならば、とりあえず“消音器をつけて練習”を選んだ私です。

>伴奏は家族だったのですが、忙しくてなかなか練習できず、前日切れそうになりながら練習しました。

 なまじ相手が家族だと、いつでも練習できると思って、なかなか練習できないし、お互い遠慮がないから、言いたいことを言いっぱなしで角が立ったり…、家族と共演というのは、良い部分もあれば、ちょっとなあという部分もありますね。

 本番のアップ、楽しみにしてます。

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