ひとこと

  •  選挙が終わり、今から数年間の日本の政治体制も決まりました。さて、今日からは非民主主義的な手法で、日本を揺さぶる方々が暗躍します…と言っても、その事自体は選挙前からずっとやってますけれどね。それにしても、なぜ選挙結果を受け入れず、日本をダメにする方向で活躍する人たちが、我が国には大勢いるんでしょうね? 「思想信条は個人の自由」とは言え、選挙結果に準じて任せるのが間接民主主義ってヤツでしょ! 憲法にも43条を始めとして、選挙で決めますよと書かれているわけで、民主主義とか憲法とかを大切にしている人ほど、次の選挙までは臥薪嘗胆となるはずなのですが…大騒ぎする人たちは、口先ばかりの人たちで、民主主義も憲法もご存知ないんだろうと思います。
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2010年4月の記事

2010年4月30日 (金)

楽器イジリじゃないけれど答えちゃうぞ(その2)

 さて、ゴールデンウィーク進行、真っ只中の当ブログです。今日も「クラリネット吹き純子の部屋」さんの「楽器イジリ百の質問」に答えちゃいますよ。
 
 
20.自分の理想とする音を教えて下さい。

 そりゃ、難しい質問だね。一言で言えば「聞いていて心地よい音」。でも、地味な音は嫌いです。あと、大きな音も嫌い。音量はどちらかというと小さめだけれど、特別に美しくて、聞く人間の心を癒しつつも、しっかりハートをつかむ音。そんな音が好きですし、理想です。
 
 
21.自分の音は好きですか?

 フルートに関しては、イエスです。もちろん100点満点には程遠いですが。その他の楽器は、ポピュラー系の楽器ばかりなので、音色に関しては、結構無頓着です。

 私は声も楽器と考える人ですが、自分の声は好きかと尋ねられると、微妙です。もっと美しい歌声だといいのになあと、常々思ってます。
 
 
22.尊敬するプレイヤーを教えて下さい。

 尊敬する、の意味にも色々ありますが、自分にとってのアイドル・マスターという意味なら、歌ならデル・モナコ。フルートならイアン・アンダーソン、ギターならエリック・クラプトンです。もちろん、これは自分の先生以外のプレイヤーで、という事です。


23.では好きなプレイヤーは?

 嫌いなプレイヤーを探す方が大変です(笑)。少なくとも、プロとして活躍されている方の演奏には、何がしかの美点があるもので、そういうところを結構目ざとく見つけてしまう私なので、一度聞いた演奏家は、たいてい、お気に入りになってしまいます(汗)。 
 
24.初見は得意ですか?

 楽譜は読めません(自信満々)。当然、初見は、得意以前に、できません。
 
 
25.暗譜は得意ですか?

 歌なら、まあまあじゃないでしょうか? フルートは、一小節たりとも覚えられません(キッパリ)。そう言えば、ギターも暗譜できない。私は器楽だと暗譜ができない人なのかもしれません。
 
 
26.じゃあ、初見と暗譜、どちらが得意ですか?

 どちらも苦手です。ちなみに、カネ計算も苦手です。得意なのは…大外刈りかな?
 
 
27.あなたの恋人(または好きな人、および配偶者)は「楽器いじり」ですか?

 いいえ、歌うたいです。「アタシは楽器の才能がない!」と断言されております。
 
 
28.ではその事(Q27)についてどう思いますか?

 私よりも、格段にお歌がお上手なので、時々、うらやましく感じます。「歌が歌えれば、楽器なんてできなくても、どーってことない」とさえ思いますよ、マジで。
 
 
29.最近買った楽器用品は何かありますか?

 んー? ガーゼ。フルートのお掃除用にガーゼハンカチを買いました。
 
 
30.楽器用品って値段がピンキリですよね。上限いくらまでならOKですか?

 必要なら、カネに糸目はつけません。でしょ? え、違うの? 必要でも高価なら買わないわけ? 必要ならいくらでも買っちゃうでしょう。逆に不要なものなら、タダでも要らない。趣味なんだから、カネ勘定は端から度外視です(笑)。

 オカネがなくて満足に音楽ができないのなら、最初から音楽をやるべきではない、私はそう思います。音楽って、基本的に“カネ喰い虫”ですからね。ある程度の金銭的な余裕があって始めてできるものだと思いますよ。だから、必要ならばオカネに糸目はつけませんし、つけるべきではありません。
 
 
31.楽器を演奏する仕事ってどう思いますか?

 ちょっと可哀相な人だなあと思います。というのも、音楽が好きだから演奏家という道を選んだのだろうけれど、プロになってしまった段階で、楽器演奏は趣味ではなく仕事になってしまったわけでしょ。仕事となると…色々あるわけで、楽しいばかりではいられないじゃないですか。

 その点、こちとら趣味人だから、楽器演奏って楽しいばかりでしょ。私は好きな事を仕事にするのは、善し悪しだと思ってますので、ちょっと可哀相だなって思います。

 「好きって程じゃないけれど得意な事」を仕事にするべきだと常々思ってます。あ、そうか、演奏家って、音楽自体はそんなに好きじゃないけれど、演奏は得意なんだな、きっと、…なわけないよね、やっぱり(汗)。
 
 
32.ところで、憧れている楽器って何かありますか?

 いや、別に。あえて言えば、ゴールドフルートを買って、みなさんに見せびらかしたいです(笑)。あ、そうそう、ヴァイオリンとかチェロとかの、クラシック系の弦楽器には、少々憧れているかな。憧れているというよりも、演奏してみたいです。
 
 
33.使用しているMPやリード、その他楽器小物を教えて下さい。

 楽器小物…フルートって、ほんと、小物を必要とはしないんだよねえ。ううむ、楽器をお掃除するのに、トレシーを使ってます…って、ダメ?

 ギターは、弦にもピックにもこだわりがない人なんだよねえ…。
 
 
34.お気に入りの楽器小物ってありますか?

 セーム革。いいですよ。フルート、ピッカピッカになります。たぶん、エレキギターもピカピカになるよ。
 
 
35.では、楽器小物で「これだけはなきゃ困る!!」ってものはありますか?

 弦。ギターなら弦がなければ困ります。フルートの方は…楽器さえあれば、後はどうにでもなりますので、特にないです。。
 
 
36.行きつけの楽器店などありましたら紹介して下さい。

 楽器屋自体にあまり行きません(汗)。ごめんなさい。
 
 
37.楽譜に書きこみしてますか~?

 基本的にはよくする人なのですが、フルートに関しては「なるべく書き込むのはやめましょう」という指示をいただいているので、今はほとんど書き込みません。
 
 
38.小節番号は書いていますか?

 いいえ。
 
 
39.楽譜入れ(クリアーファイルなど)使用していますか?色や形状など教えて下さい

 いいえ。…ってか、楽譜入れって何ですか? まさか、コピーなんてものを、よもや、お使いではありませんよね???
 
 
40.使用している方、シールなどで飾ったりしていますか?

 だから、使っていないって。あと、持ち物にシールを貼るのは趣味ではありません。シールを貼るくらいなら、油性マジックで記名します。
 
 
 という感じですね。明日も続きます。よろしくね。

2010年4月29日 (木)

楽器イジリじゃないけれど答えちゃうぞ(その1)

 今日から、しばらく、ここのブログも“ゴールデンウィーク進行”になります。やはり、老犬ブログで○○進行となると、百の質問(略して“百質”)ですよね。

 なので、今回は「クラリネット吹き純子の部屋」さんの「楽器イジリ百の質問」に答えちゃいます。私はたぶん「楽器イジリ」の人じゃないと思いますが、なかなかおもしろい百質なので、むりやり答えちゃいま~す。

 元のページはこちらです。かなり昔に作成された百質のようで、平気で他人のプライバシーに踏み込んでくるところなんて、お茶目ですが、なかなかおもしろいですよ。純子さん、ありがとございます。
 
 
1. こんにちは。まずはあなたのHNを教えて下さい。

 通称は“すとん”ですが、正式には“ちゃーりー・すとん”です。2009年8月1日に、マジシャンのマジックジェミー師匠から“ちゃーりー”という名をいただきましたので、改名しました。呼び名は今までどおり“すとん”で結構です。
 
 
2.居住地も教えていただいていいですか?

 湘南です。いいところですよ。冬は暖かく、夏は実は涼しくて過ごしやすい土地です。“湘南=海”というイメージがあるので“湘南は暑い”と思われがちですが、どうしてどうして、涼しいんです。海に面しているため、一年を通して、気温の変化が穏やかなんですよ。

 魚介類が新鮮で美味しいですよ。あと、養豚養鶏も盛んなので、お肉とか玉子もなかなかイケます。地場野菜も豊富にありますし、物価が高いことさえ除けば、割と住みやすい土地です。
 
 
3.では、ご出身はどこでしょう?

 すごく難しい質問ですね。農家の方なら、土地に定着して生活をするので、生まれてから、少なくとも子ども時代までは同じところに住んでいるでしょうし、実家と呼ばれる親の家は、自分が子ども時代に過ごした場所にあるでしょうから、「ご出身は?」と聞かれても、答えるのが簡単でしょうね。

 でも、今の時代、土地に縛られずに生活する人も多いです。例えば転勤族の方々、生まれた場所、子ども時代を過ごした場所、みんな違うでしょう。2~3年おきに転々と移動していたりするわけで…そういう方も大勢いる時代に「ご出身はどこ」と聞くのも、野暮というものです。

 さて、私は転勤族ではありませんが、出生地、就学前に暮らした土地、小学生時代を過ごした町、中学生高校生の頃に住んでいた場所、大学時代を過ごした町、みんな違います。社会人になってからも、数回、引越ししています。さらに両親も、私が独立してから引っ越しましたので、今、両親が住んでいる土地は私とはあまり縁のない土地ですが、実家(=親が住んでいる土地)のある場所が出身地ならば、私はあまり面識のない土地が出身地ということになります。

 そんな私は、一体、出身地として、どこを上げればいいのでしょうか? 逆に尋ねたいくらいです。

 とりあえず、私のアイデンティティは湘南にあるので、出身地は湘南としておきます。
 
 
4.生年月日、年齢なども教えて下さい。

 今どき、ネットで、これを聞くかい(笑)。モロに個人情報じゃん(大笑)。今はこの手の質問はタブー扱いですね。しかし、こういう個人情報を平気で尋ねちゃうところが、ちょっと前の百質って感じがします。
 
 
5.性別は?

 男性です…が、こんな事をネットで尋ねちゃいけませんよ、お嬢ちゃん。性別も(なぜか)個人情報ですってばサ。
 
 
6.ご職業はなんですか?

 教育系の研究所で、しがない研究員をしております。…が、これも個人情報(笑)だよ。
 
 
7.あなたの性格を一言であらわすとどんな感じですか?

 うーん、セキセイインコのような性格かな? それも緑色じゃなくて、黄色いセキセイインコ。まさに、あんな感じです。
 
 
8.特技や資格などお持ちでしたらこちらで紹介して下さい。

 だーかーらー、個人情報だってえの(笑)。

 とりあえず、特技としては「腕っぷしが強い」とあげておきましょうか。素手のケンカなら、まず負ける気がしません。素手で人を殺せる自信があります。でも、そんな特技、何の役にも立たないって(爆)。

 資格は…教員免許かな? 小学校、中学校、高校、養護学校の免許を持っていますし、条件的には大学や短大で教授することも可能です。
 
 
9.趣味はなんですか?

 音楽です。クラシック音楽、特にオペラが好きですね。歌うことも好きですよ。オペラ好きが高じて、歌劇団を作りました。それくらい、歌が好きです。

 もちろん、いわゆるロック系のポピュラーソングも好きです。昔はロックバンドでギターを弾いていたくらいですから。世代的にも、ビートルズ、カーペンターズ、ビーチ・ボーイズ、アバ、クイーン、ビリー・ジェエルなど大好きです。日本のアーチストだと、YMOが好きですね。

 もちろん楽器演奏も好きですよ。ギターが一番得意ですが、最近はフルートも少しやってます。
 
 
10.好きな言葉も教えて下さい。

 「なせば成る。なさねば成らぬ何事も。成らぬは人のなさぬなりけり」
 「人知を尽くして、天命を待つ」
 「我以外の者、皆我が師なり」
 
 
11.あなたの担当楽器は何ですか?

 ??? 言われた楽器をやります。ギターを弾けと言われればギターを弾くし、ベースをやれと言われればベースをやります。練習する時間をもらえれば、難しい事は無理でも、合わせる程度で良ければ、キーボードやドラムスもどうにか致しましょう。

 私は楽器が趣味ではなく、音楽が趣味なので、別に特定の楽器には固執はしませんが、できないものはできません(笑)。

 好きな楽器をやっていいよと言われたら、それはやっぱり、ヴォーカルでしょう(笑)。ヴォーカルは楽器じゃありません、と言われたら…フルートかギターだな。今なら、フルートかな、やっぱり。フルートでロックをやりたいです。
 
 
12.あなたの演奏ジャンルは?

 歌はクラシック。ギター&ベースはロック。フルートは…ジャズ…と言いたいですが、ジャズに関しては、まだまだですね。
 
 
13.自分の演奏ジャンルは好きですか?

 もちろん。趣味ですから、嫌いなものはやりません。
 
 
14.何故その楽器を選んだのですか?

 その楽器って…どの楽器の話でしょうか? フルートの事なら、運命です(きっぱり)。歌は…物心ついた時から歌ってます(上手下手は横に置いておいて…)。ギターは…当時の中学生の基礎教養だったし、ベースはバンドで必要があったから。キーボードは大学の授業で習ったので、ちょっとだけ弾けるようになりました。
 
 
15.いつからその楽器を演奏していますか?

 だから…ギターは中学生から、ベースは高校生から、キーボードは大学生になってからだし、歌は、子どもの頃からデタラメに歌っていましたが、マジメに取り組みだしましたのは、社会人になってからかな? フルートは、ほんの二年前からです。
 
 
16.MY楽器は持っていますか? 持っている方は詳しいデータを教えてください。

 アコースティクギター(キャッツ・アイ)
 アコースティックギター(ブランド不明品。でもすごく弾きやすくで大好きです)
 エレキギター(ストラトキャスターのコピー。改造しまくっちゃいました)
 エレキギター(リッケンバッカーのコピー)
 フェルナンデスのZO-3
 クラシックギター(ブランド不明品。結構いい音出します)
 ベースギター(フェルナンデスの特注品)
 コルグのエレピ
 カシオのキーボード(実は常用キーボードです)
 ヤマハのデジタル・パーカッション
 トンボのクロマチック・ハーモニカ
 ヤマハのファイフ
 アウロスのアルトリコーダー
 ブランド不明のソプラノリコーダー
 みやげ物屋で購入した篠笛
 ジェイ・マイケルのフルート(FL-280)
 アルタスフルート(1307)

 ざっと、こんな感じかな?
 
 
17.持っていると答えた方、楽器に名前をつけていますか?

 つけてますよ(笑)。
 
 
18.街で楽器ケースを持っている人を見かけたらどうしますか?

 どうもしませんが…。心の中で「がんばれよ」と声をかけるくらいかな。土地柄もあるのかもしれないけれど、湘南って、楽器演奏人口がとても多いと思います。駅前に行くと、たいてい誰かしら楽器ケースを持っていますよ。なので、楽器ケースを持って歩いている人なんて、日常茶飯にそこらにいるので、本当に気にしません。
 
 
19.ふらりと立ち寄った楽器店。そこの店員さんに楽器の事を尋ねているお客さんがいます。そのお客さんはどうやらあなたと同じ楽器のようですが、店員さんが説明できずに困っています。あなたならどうしますか?

 どうもしません。てか、店員も店員なら、客も客だな、って思うだけです。

 自分の店の取り扱い楽器について説明のできない店員なんているの? 客の方は、下調べもせずに買い物に行くなんて、そりじゃあ、楽器店のカモになるだけじゃない。そういう意味で「店員も店員なら、客も客」と思うわけです。
 
 
 さて、今日はこんな感じです。明日以降も、このノリで続くよ(笑)。

2010年4月28日 (水)

ただいまのマイブームは人工衛星です[2010年4月の落ち穂拾い]

 今月はいつもよりも少し早めに“落ち穂拾い”をします。理由は…ゴールデンウィークがやってくるからです。ゴールデンウィーク中は、ゴールデンウィーク進行にして、通常の更新内容とは、例によって、異なりますので、よろしくお願いします。さてさて、それでは今月も、バシバシ拾っていきますよ~。


イタリア音楽とドイツ音楽

 私はイタリアって国は、音楽が知的エリートではなく大衆のものになっている国なんだと思います。オペラなんて、受容された歴史を考えると、学術的芸術ではなく大衆芸能だと思いますよ。大衆芸能、つまりはポピュラー音楽なんですよ。作曲家よりも演奏家がエラく、演奏家よりも観客の方がエライ世界ですね。まるで、現代の市場主義のようだね。音楽の市場主義? マーケッティングに左右される世界? これがイタリアっぽい音楽の受け止め方なんだと思います。

 たとえば、オペラアリアなんて、当時の最新の流行り歌。歌手が自分らしさをアピールするための材料だし、観客が望む様に歌うのが、今も昔も当たり前のスタイルでしょう。これは今どきのジャズとかポピュラー音楽を見ても言えることです。

 それにだいたい、当時は作曲家だって、大雑把にしか譜面は書かなかったそうですよ。で、細かい装飾やらなんやらは歌手まかせ。そういう点でも、現代のポピュラー音楽に通じる部分がありますね。

 でも、腕のいい作曲家(モーツァルトとかロッシーニとか)たちは、思いがあふれて、ついついきちんと楽譜を書いてしまうわけだ。でも、それは当時の演奏様式とは異なるわけで、だから始終歌手と衝突したわけだ。「譜面に書いた通りに歌え」「冗談じゃないわよー、あたくしはプリマなのよ、好きにやらせてもらうわよー!」ってね。作曲家からすれば当然の要望だろうけれど、歌手だって人気商売です。生活がかかってますから、そりゃ必死に自己アピールですね。

 その点、ドイツ音楽って、根本の発想が違うでしょ。大衆のための音楽とはちょっと違う。いや、大衆に支持されていたという点では同じだけれど、大衆がその音楽を口ずさんでいたのかと言うとちょっと違う。ある意味、日本におけるクラシック音楽の受容の形に近いのかもしれない。

 音楽が聖なるものって感じで受け入れられていたみたいでしょ。楽譜こそがすべて。楽譜聖典主義みたいな? 分かりやすくイメージで捕らえるなら、ベートーヴェンの交響曲とかワグナーの楽劇とか、ああいった感じ。絶対にして犯すべからずみたいなね。ワグナーなんて、自分専用の劇場まで作っちまう始末だし…。音楽を、100パーセント作曲家のコントロール下に置きたいんだと思います。

 となってくると、音楽性の違いというよりも、国民性の違いかもしれません。チャランポランなイタリア人(失礼)と四角四面なドイツ人? 民俗的な習慣も受け入れちゃうカトリック的なイタリア人と、原典主義的プロテスタントなドイツ人? ロッシーニとベートーヴェン、ベッリーニとシューベルト、ヴェルディとワグナー。ね、やっぱりだいぶ違うと思います。

 でも、本当は、西洋クラシック音楽を、イタリアとドイツという比較で考えるのって、かなりナンセンスで、音楽の受容という事を考えたら、真っ先にパリの音楽状況というのを考えないといけないんだと思います。何と言っても、クラシック音楽の時代、芸術の都はパリだったんだから。

 ベルリオーズの交響曲の標題音楽化とか、ショパンとリストとパガニーニの名人三すくみの構造とか、印象派の台頭とかね。特にフランス革命と二度にわたる世界大戦の間の間の時代は、やっぱり何と言っても、音楽はパリですね。フランスですね。

 ああ、テーマが大きすぎて、とても私では書き切れない(汗)。
 
 
ネッラ・ファンタジア

 「ネッラ・ファンタジア」…、私はこの曲の譜面を、ここ数カ月ずっと探しているんだけれど、見つからなくて(笑)。

 この曲は、器楽の世界だと「ガブリエルのオーボエ」って言います。元々は映画の中の挿入演奏だったそうで、YouTUBEでそのシーンを見たことがありますが、実は器楽曲だった事にびっくりしてます。

 歌のようなメロディーですし、歌の世界では、この曲は「ネッラ・ファンタジア」というタイトルで、テノールの定番曲になってます。サラ・ブライトマンも歌ってますが、彼女はよくテノールの曲を歌うんですよね。「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」なんかもテノールの曲なんだけど、彼女が歌った事で女声でも歌うようになった曲です。

 歌は楽器と違って、性別や声質でレパートリーが異なるものなんです。

 実はこの曲、今私が歌いたい曲ナンバーワンです(笑)。フルートでは…実はあんまり触手が動かないけれど、歌いたくてたまらない曲です。参考に、ヴォーカル版として、私の最近のお気に入りのイル・ディーヴォのバージョンを見つけたので、貼っておきます。

 
 
テクニックとセンス

 たかが、ドレミファソラシドの音階だって、つまんなく弾く子もいれば、感慨深く弾く子もいるわけだ。たぶん、楽器をうまく操作する能力と、たくさんの思いを込めて表現できる能力は、別なんだと思う。でも、この二つの能力が別物だという事に気がつかない人が多い。そういう事なんだと思う。

 ああ、そうか、これって、テクニックとセンスの問題なんだな。
 
 
マイクは歌口

 フルートにおけるマイクの位置ですが、私は笛先生から「歌口」と習いました。何だかんだ言っても、歌口から出る音が一番大きいので、スタンドマイクに歌口を向けます…と言うか、スタンドマイクで歌う時と同じような位置に演奏します。

 なので、歌とフルートの両方をやる時も、その切り換えにはなんら違和感がなく、フルートを吹いていた時の設定のまま、すぐに歌に入れるし、歌からすぐにフルートに戻れます。

 フルート専用マイクというのがあって、それは頭部管に設置するのですが、やはりマイクヘッドは歌口を狙います。YouTUBEなどを見ても、ジャズフルーティストさんたちは、ほとんどが「マイクは歌口」です。

 と言うわけで「フルートのマイクは歌と同じようにセッティングする」で、フルート側は歌口をマイクに当てる(ほど近づける)でいいと思います。
 
 
物騒な世の中になったものです

 車上荒らしは…怖いです。あれは、外国からやってきたプロの窃盗団の犯行がほとんどだと聞いたことがあります。車のガラスを割って盗むなんて…日本人なら悪党でもようやらんことですわ。日本は色々な面が、まだまだ閉鎖的な島国ですが、被犯罪に関しては、かなり国際化がすすんでいるみたいですものね。

 私の知り合いは、車上荒らしではなく、車ごと盗まれましたよ(涙)。きっと、あっと言う間に輸出されちゃったんだろうなあ…。

 ちなみに、わが地元では、外国人窃盗団と思われるグループが、よくエアコンの室外機を盗んでいくそうです。回覧板で注意がまわってきましたが…これなんか、防ぎようがありませんね。表札にマジックでハングルが書き込まれると、近いうちに盗難に入られるという噂を、ご近所のおばあちゃんたちから聞いた事があります。それからしばらくして、我が家の表札にも、小さくハングルで何やら書き込みがあったので、あわてて消したことがあります。それに、玄関ドアの鍵穴付近にハングルが書き込まれた時は…急いで、鍵を交換しました。

 ほんと、ぶっそうな世の中になったものです(やれやれ)。
 
 
今月の歌曲

 オ・ソレ・ミオ(ディ・カプア作曲:O sole mio)
 私を泣かせてください(ヘンデル作曲:Lascia ch'io pianga)
 伯爵とスザンナの二重唱(モーツァルト作曲「フィガロの結婚」より)
 恋ゆえにわが心君を(ボノンチーニ作曲:Per la gloria d'adorarvi)
 恋心苦しく(ガスパリーニ作曲:Lasciar d'amarti)

 一応、載せておきますが、実際は、これらの曲はほとんど歌ってません。いや、二重唱はミニ発表会までは歌っていましたが、それ以外は「私を泣かせてください」は一日置き程度、その他の曲は、思いついたときに歌う程度でした。

 じゃあ、何を歌っていたのかと言うと、コンコーネ。もっぱら今はコンコーネばかりを歌っています。コンコースは練習曲ですが、あれはあれで、歌っていて楽しいんですね。不思議です。
 
 
今月のフルートソロ

 愛は夢の中に(I Won't Last a Day Without You)
 P.S.アイ・ラブ・ユー(P.S. I Love You)
 愛はきらめきの中に(How Deep Is Your Love)
 ゴッドファーザー/愛のテーマ(Speak Softly Love)
 アルフィー(Alfie)
 おもちゃの交響楽
 

 以上は、そのうち、レッスンに持っていこうと思って選曲したやつですが、難物は「おもちゃの交響楽」。レオポルド・モーツァルトこと、モーツァルトのオヤジが作曲した、かわいい曲なんですが、これが、難しいんですね。レッスンに持っていける程度に仕上がるか? はなはだ疑問です。
 
 
今月のお気に入り
 
 今月の「お気に入り」は、ずばり『現代萌衛星図鑑』! かぐやちゃんが表紙です。

 だってね、気象観測衛星「ひまわり」でしょ。ハレー彗星探査機「すいせい・さきがけ」でしょ。技術試験衛星VII型「おりひめ・ひこぼし」でしょ。環境観測技術衛星「みどり2」でしょ。次世代型無人宇宙実験システム「USERS」でしょ。小惑星探査機「はやぶさ」でしょ。月周回衛星「かぐや」でしょ。この子たちが、擬人化されて、美少女になっているんだよ、ワクワクしない? これでワクワクしなかったら、男の子じゃないよ(笑)。

 内容は、いたって真面目な、人工衛星の初心者向けの紹介本です。表紙にだまされてはいけません。萌え絵が満載されていますが、内容は真面目な科学本です。読んでいて、ちょっとだけ、ウルってきました。今は6月13日に予定されている「はやぶさ」の無事な帰還を願うばかりです。

 私はこの本を読んで、よく分かりました。…やっぱり、蓮舫議員は間違っている! やっぱり、宇宙研究開発の予算を事業仕分けしちゃイケマセン。日本は、頑張っている。やはり、世界一を目指さなくてはイケマセン。いや、ほんと、そう思いますよ。

 なんかもう、この本の良さをうまく説明できません。貼ってあるアマゾンのリンクをクリックして、レビューをぜひお読みください。熱い思いがたくさん寄せられています。

 あと、「はやぶさ」がお好きな方のために、貼っておきます(笑)。

 
 
今月の金魚

 
 4月2日(金) サツキが転覆しながらも、水中に沈みながら移動できるようになった。
 4月21日(水) 緋ドジョウ(名前はない)が星になった。
 4月24日(土) スジエビ6匹投入、ちなみに1匹150円でした。この子たちの話は、いづれまた。

今月のひとこと

 ちょっと前に、ウェブページに貼っていた、ピアニカのブログパーツをフラッシュピアノに変更しました。理由ですか? ピアニカの音はうるさいからです。だって、ピアニカの音って、あんまり美しくはないでしょ。今度のフラッシュピアノの音は、まろやかでいい感じでしょ。(2010年3月27~31日)

 右欄中程にある「アマゾンでどうぞ」のコーナーの内容を一新しました。ううむ、本当はマメに内容を変えていかないといけないのに…ついつい後回しにしてき続けたコーナーですが、今後はなるべく、記事本文で触れたモノをここにアップできるように心掛けます。(2010年3月31日~4月1日)

 ちょっとした情報などを…今度の4月18日(日)に銀座ヤマノ楽器で「後付けEメカお試し会」が開かれるそうです。もちろん、アイハラフルートさんのものです。当日は相原さん直々に「後付けEメカ」の取り付けをしてくださるそうです。もちろん、その場で購入も可、なんだそうです。もちろん、要予約だそうですが…それにしても、まだインターネットには情報がアップされていないなあ…。(2010年4月1~3日)

 サクラの花がほぼ満開ですね。私の研究室の窓からサクラがよく見えるんですよ。ここんとこ、毎日のようにヒヨドリがサクラにやってきて、花の蜜を吸ってます。ヒヨドリって、大きな図体をして、蜜を吸うんだね…。ちなみに、他の鳥は蜜を吸うのを見たことがありません。サクラの蜜って、やっぱり、サクラの香りがするんだろうね。(2010年4月3~9日)

 桜が散り始めましたね…。花吹雪が別れを告げているようです。(2010年4月9~11日)
 劇作家で小説家の井上ひさし氏が、2010年4月9日、肺ガンのため75歳で亡くなられたそうです。私は彼の文体が大好きで、特にエッセイにすごく夢中になりました。今、私がこうして書いている文章にも、多少なりとも井上氏に憧れて影響を受けている部分があると思っています。思想的には戦後民主主義というお花畑な現実離れをしていた人でしたが、作家というのもは、そういう浮世離れな部分がないとやれないものなのだと思います。ご冥福をお祈りいたします。(2010年4月11~16日)

 四月もまだ中旬ですが、私の中では勝手に「花粉終了宣言」を行いました。はい、もう今年の花粉の時期は終わったと思ってます。今年は終了するのが早かったなあ…。例年よりも1~2週間ほど前倒しだと思います。シーズン中もほとんど症状でなかったし。ちなみに客観的な話をすると、当地湘南では、スギはピークの山を越え、ヒノキはこれからピークを迎えるという、バトンタッチの季節となっておりますです、はい。(2010年4月16~19日)

 どうやらアメリカ国内での評価は「鳩山首相は Loopy」なんだそうです。つまり「クルクルパー」って事ですね。ううむ、正直複雑な感じです。たかがアメリカに、自分のところの首相を馬鹿呼ばわりされて悔しくないかと言われれば悔しいけれど、確かに鳩山さんは Loopy だから、言い返せない。こんな屈辱的な思いをしなければいけないのは、この前の選挙で民主党に入れた人が多かったから。民主党に入れた人たちに責任を取って欲しい気分ですよ。あなたたちがこのLoopyを選んだんですよ、全く。(2010年4月19~24日) 
 
 さて、いよいよゴールデンウィークですね。私のゴールデンウィークはラ・フォル・ジュルネです。ああ、待ち遠しいですってば。

2010年4月27日 (火)

いよいよ明日から“ラ・フォル・ジュルネ”が始まります

 さあて、いよいよ今年のラ・フォル・ジュルネが始まります。当初は、声楽曲がな~い、フルートの曲がな~い、とぼやいていた私ですが、なんのなんの、やっぱり祭りの始まりに合わせて、不思議と盛り上がるものです。もう、今からワクワクしてます。

 今年のテーマ作曲家はショパン。人気作曲家ですね、どれだけのお客さんが集まる事でしょうか?

 私は東京のラ・フォル・ジュルネに行くつもりです。東京は、丸の内周辺エリアが4月28日~5月4日の開催で、本丸の東京国際フォーラムでの開催が5月2日~4日になっております。やはりなんと言っても、東京国際フォーラムが祭りの中心だけれど、丸の内周辺エリアでのコンサートも、なかなかあなどれないっすよ。

 とりあえず、東京のラ・フォル・ジュルネの公式ホームページはこちらです。周辺エリアの公式ホームページはこちら。それと、私は行けなくて残念なんだけれど、ショパン展と、のだめカンタービレワールド特別展もあります。公式ホームページはこちらです。去年、のだめの特別展に行っておもしろかったので、今年も行きたかったんだけれどなあ…。いやあ、今年は実に忙しい日程を組んでしまったので、展示会はパスです(涙)。

 さて、ラ・フォル・ジュルネは、日本国内では、東京以外でも、金沢・新潟・びわ湖でも行います。なんか、すごいなあ、ラ・フォル・ジュルネ。私は東京に行くので、他の地域はよく知りませんが、地方都市で本格的な音楽祭を開くのは、いいと思いますよ。何でも東京一極集中って時代じゃないですものね。

 金沢が4月29日~5月5日、新潟が4月30日&5月1日で、びわ湖が5月1&2日です。こうして見ると、実は一番長く音楽祭をやっているのは東京じゃなくて、金沢なんですね。意外です。金沢、みくびっちゃイケません。

 ざっと見たところ、新潟は、東京より規模が小さいだけで、傾向はほぼ一緒かな?って感じです。日程的にも、新潟→東京って感じですものね。

 独自色が強いのは金沢とびわ湖で、金沢は、高校吹奏楽部と大学オーケストラ部の演奏が目立ちますし、邦楽系の演奏もあります。対して、びわ湖は、高校吹奏楽部と声楽アンサンブルが目立ちます。びわ湖の声楽アンサンブルは、ちょっとうらやましいです。今年の東京のプログラムには、声楽系はほぼ皆無ですからね(残念:それと東京では、アマオケはやっても、吹奏楽はやらないようです)。

 それと、今年のラ・フォル・ジュルネは、テレビでもやりますよ。四年前?の、テーマ作曲家がモーツァルトだった時以来です。バッハやシューベルトがテーマ作曲家だった時はNHKは動いていませんから、ショパンのネームバリューって、モーツァルト並って事なんでしょうね。すごいな、ショパン。

 放送は、5月3日のラ・フォル・ジュルネを、総合テレビとハイビジョンテレビの両方で、生中継してくれるみたいです。もちろん、演奏の中継もあるみたいです。詳しくはこちらをご覧ください。

 ざっとコンサートの中継だけでも、アブデル・ラハマン・エル・バシャの「華麗な大円舞曲」、小曽根真の「即興ライブ」、児玉桃の「幻想即興曲」、アンヌ・ケフェレックの「告別ワルツ」、 ボリス・ベレゾフスキーの「ピアノ協奏曲 第1番」があるし、ショパンのお葬式再現コンサートでは、モーツァルトのレクイエムをミシェル・コルボが指揮します。テレビでも、ラ・フォル・ジュルネが味わえるなんてうれしいね。私は、この日は、きっと一日、テレビに張りつきっぱなしだな(大笑)

 そんな感じで、今年のゴールデンウィークも音楽三昧になりそうな私です。

 ところで、来年のテーマ作曲家は誰でしょう。毎年、最終日の夜のマルタン氏の講演で発表になりますが、今年はその講演を聞けないのが残念。まあ、どなたかがブログなどで教えてくださるでしょうから、それを楽しみに待つことにしますが…、私はなんとなく、来年はマーラーではないかと思ってますが、私の予想は当たるかな? マーラーだと、オーケストラ曲と声楽曲がたっぷりあるので、すごく楽しみです。その代わり、経費が膨大にかかるので、チケット代がお高くなるかな?

 そうそう、チケット代と言うと、今年は昨年よりも、だいぶ安いコンサートが多いんですよ。気がついてました? やはり、ピアノ主体だと、チケット代も多少安くなるんでしょうね。

 私自身の、ラ・フェル・ジュルネのレポートは、今年もアップするつもりですが、例によって大部になる予定(笑)ですので、書き上げるのにちょっと時間が必要なので、ゴールデンウィーク明けにアップするつもりなので、しばらくお待ちくださいね。

2010年4月26日 (月)

久しぶりの音源付き記事ですが…期待しちゃイヤだよ

 さてさて、フルートのレッスンに行ってきました。今回ははセッションレッスンです。やった曲は、以下の三曲。

 愛は夢の中に(I Won't Last a Day Without You)
 P.S.アイ・ラブ・ユー(P.S. I Love You)
 愛はきらめきの中に(How Deep Is Your Love)

 最初の曲の「愛は夢の中に」は、私はカーペンターズで知ってますが、本当のオリジナル歌手は誰なんでしょうね? とにかく、長い曲です(笑)。あんまり長いで、吹いているうちに疲れてしまうし、気が散ってしまいますし、行方不明になってしまいます(大笑)。とにかく、先生のピアノ伴奏で二度ほど吹きました。とにかく、転調が多くて(涙)、そこに苦労しました。

 地味な曲ですが、フルートにはよく合っている曲じゃないかと思います。

 二曲目は、言わずと知れたビートルズの「P.S.アイ・ラブ・ユー」。この曲は、実にフルートに向かない。その向かない曲をあえて持ってきました。向かない曲だからこそ、なんか突破口が開けるのではないかと思いましたが、結局、どうにもなりませんでした(笑)。

 いや、一応、ちゃんと演奏はしたんですよ。でも、なんか、フルートの曲としては、まとまりませんでした。ピアノとフルートでやってみたり、フルート同士でやってみたり、色々と試行錯誤をやってみたのですが、でもやはり音楽としてはまとまりませんでした。なので、この曲だけで、30分以上使ってしまいました。

 でも、自分なりに、あんまりかっこ良くなかったけれど、あれこれとメロディを変奏させて演奏できたので、楽しかったです。あと、なんとかフルートらしさが生きるような演奏も試みたのですが、結果はダメでしたが、その過程はおもしろかったです。

 カチっと作ってある曲はそのまま演奏するしかないけれど、この曲のように、割と緩めに作ってある曲は、遊ぶ余地が残されているので、好きだったりします。

 で、残り時間わずかな中、三曲目の「愛はきらめきの中に」をやりました。ビージーズのヒット曲ですね。この曲、譜面を見ると、簡単そうなんですが、実際にやってみると、メロディは変な跳躍が多いし、リズム的にもシンコペーションがバンバンあって、良い意味で、裏切られるようなメロディラインで、ちょっと演奏は大変でした。

 でも、ピアノとでも、フルート同士でも合うので、やっていて気持ちの良い曲でした。もっと時間をかけて、たっぷり吹きたかったなあ…と思いました。

 私はセッションレッスンで色々な曲をやっているわけですが、こういうフルートに合う曲を見つけたら、少し丁寧に練習をして、作り込んで、自分のレパートリーにするといいですよとアドヴァイスをいただきました。そうですね、レパートリーの一つや二つ、持っていないと、いざ余所でジャムセッションのチャンスがあっても、指をくわえて見ていないといけませんからね。

 さて、今回は、久しぶりに音源をアップしましょう。曲は最初にやった「愛は夢の中に」です。長いよ、4分13秒もあります(爆)。二回演奏したのですが、これはtake1の方です。フルートは私で、ピアノは先生です。先生はこの曲をあまりよく知らないという事なので、ピアノはおとなしめの演奏となっています。私は、あっちこっちでミスブロー[たいてい楽譜に書いていない事をやろうとしてヘマをしてます。まだまだアドリブ力が足りません:汗]をしてますが、別にそれはいつもの事なので、多めに見てやってください。あ、最後の最後で私と先生がズレてますが、これは私の方のミスで、なんだかカウント間違えちゃいました(笑)。ここがキマれば、かっこよかったのにね(爆笑)。ちなみに妻に聞かせたところ「ブレスが下手!」と一蹴されました。ごもっとも(汗)。

 自分で聞いた感想は…ま、色々と下手なのは仕方ない(笑)けど、音色的には結構満足しています。一時期、楽器に吹かされていた時もあったけれど、少しずつ、自分の好きな方向の音が出るようになってきたかな?って感じ。こんな感じで、もっと太めの音色で、もっとリンリンした音(良い意味で“メタル”な音)で吹きたいんだよね。はは、欲張りだね。

 フルート始めて、そろそろ二年です。緊張するはずの場面で、大した練習もしていない(日々の練習はアルテ中心です)のに、さらっと流して、これだけ吹けるようになりました。自分的に“大進歩”と思ってますが、思っているのは、きっと自分だけなんだろうなあ。でも、いいんだ。負けないぞ(何に?:笑)。

 で、肝心の音源はこちらです。

2010年4月25日 (日)

こんなニュース番組が見たい![2010年4月第4週・通算15週]

体重:108.0kg[+0.6kg:+0.1kg]
体脂肪率:32.4%[+-0.0%:-0.4%]
BMI:34.1[+0.2:-0.2]
体脂肪質量:35.0kg[+0.2kg:-0.5kg]
腹囲:105.0cm[+-0.0cm:-0.3cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 実は辞めようと思っていたヤクルトですが、飲み続けています。ただし、高価な(笑)「ヤクルト300」ではなく、ほぼ半額の「ヤクルト カロリーハーフ」です。この「カロリーハーフ」は通常のヤクルトから甘みを減らしてカロリーを減らしただけのヤクルトで、とりあえず、カゼイシロタ菌は通常のヤクルトと同じだけ入っているそうです。

 ま、花粉の季節も終わったし、カロリーハーフでもいいっか。って感じです。なので、ヤクルトによる体質改善は続行中で、色々といい感じになってますが、体重も増えて増えて(涙)…。これでゴールデンウィークを迎えるのかと思うと、ちょっと心配です。

 さて、今週のエッセイです。

 私はテレビっ子です。テレビが大好きです。世界中の人々がみんな、テレビの虜になってしまえばいいのにと、真剣に考えているくらい、テレビが好きです。

 テレビって、魔法の窓だと思ってます。ドラえもんの「どこでもドア」ならぬ「どこでも窓」? 色々な興味深い世界を見せてくれる不思議な窓です

 でも、最近は、そのテレビの視聴率がドンドン下がっているそうです。人々のテレビ離れが進み、テレビ局の経営が苦しくなってきたそうです。

 なぜ、人々がテレビを見なくなったか? 理由は色々あるでしょうが、一番大きな理由は「つまらないから」。おもしろければ、人々は万難を排してでも、テレビを見るでしょ。テレビよりもおもしろいものが他にあるから、人々はテレビを見なくなったわけです。単純な話です。

 だから、人々が見たい番組を放送すれば、またテレビは元気になる。私は、そう思ってます。

 そこで、私なりに、テレビが元気になる提案を、無責任にしてみたいと思います。要は「私はこんなテレビが見たい」「私が見たいテレビになれば、きっと多くの人がテレビを見てくれる」という話です(笑)。

 まず、今回はニュース番組に的を絞ります。

 私はニュース番組が大好きです。たぶん、多くの大人、特にオヤジはみんなニュース番組が好きだと思います。だから、ニュース番組をしっかり作れば、オヤジたちはテレビに戻ってきますよ(笑)。

 さて、私は今のニュース番組って、実はあんまり好きではありません。今のニュース番組って、視聴ターゲットが団塊の世代なんだと思います。でも、団塊の世代は、すでに社会から引退し、オヤジではありません。今のオヤジ世代は、私たち、新人類世代なんです。だから、私たちの世代に向けた、私たちの世代の気質にあった、ニュース番組を作らないと、ニュース番組の復興はないんじゃないかと思います。

 今のニュース番組を見ていて「ああ、これはダメだなあ…、私には合わないなあ…」と思う点が三点あります。この点を改良すると、ニュース番組を俄然見たくなると思います。

 そのダメな三点ですが、1)放送時間が無駄に長い事。2)コメンテーターによる雑談が多いこと。3)日によって内容に偏りがあること。これらは、前の世代の人々には有効な方法だったのかもしれませんが、情報リテラシーを持っている新人類世代には、タルくてタルくて、こんなニュース番組なんか、見ちゃいられません。

 まず、1)の「放送時間が無駄に長い事」ですが、今どき、テレビの前に1時間も2時間も座っていられる暇なオヤジがどれだけ日本にいるのかって事です。放送時間をもっと短くして、内容を濃くして欲しいです。それは2)の理由につながっていきます。

 2)の「コメンテーターによる雑談」は、実に不快です。私はニュースが知りたいのであって、コメンテーターの雑談が聞きたいのではありません。ニュース番組をコメンテーターの雑談で薄めるのは辞めてほしいです。実際、1時間のニュース番組をコメンテーターの雑談を抜きに放送すれば、10~15分程度になっちゃうでしょ。

 3)の「日によって内容に偏りがある」ってのは、テレビのニュース番組ではよく事で、例えば、今日の国会で審議された事を知りたいのに、その話題には全くふれず、延々と殺人事件の話を放送してしまうとかの事です。殺人事件の報道も大切でしょうが、国会の審議内容もきちんと報道して欲しいです。

 これが新聞だと、各面ごとに取り扱われる内容が分かれているので、殺人事件は殺人事件として報道され、国会の審議内容は審議内容として報道されますが、テレビのニュース番組は殺人事件が報道された日は、たとえどんな大切な法案が国会で審議されていても、法案の話は報道されません。

 そういう事を繰り返すと「ニュースが知りたければ、テレビはダメだな」って思って、ニュースを知るために、ネットを漁るようになり、結局、テレビを見なくなるんです。

 なので、私は提案します。テレビのニュース番組は、10分にしませんか? コメンテーターは要りません、ただ、アナウンサーがニュース原稿を読むだけで、細かい判断は視聴者に任せる番組にしませんか。

 一つのニュース番組を10分にする代わりに、細分化されたニュース番組をたくさん作ります。例えば「今日の国会」「首相官邸から」「本日の外交ニュース」「外国のニュース」「経済ニュース」「芸能ニュース」「ローカルニュース」「今日の事件」などなど。それぞれのニュース番組を10分ずつ放送するんです。

 もちろん、ニュースのジャンルによっては、毎日放送しなくてもいいです。2~3日に一度でもいいし、週に1度でもいいです。今の1時間のニュース番組の枠を、こんな感じで、6つに分けて、放送してくれたら、わざわざネットを漁らずに、テレビのニュース番組を見る気持ちになります。

 もちろん、ただ事実を伝えるだけのニュース番組とは別に、ニュース解説番組も欲しいです。なぜなら、みんながみんな、情報リテラシーがあるわけではないからです。子どもとかお年寄りなどの情報リテラシーの低めの人に向けた、ニュース解説番組は、いつの時代でも必要だと思います。それこそ、こちらの番組では、コメンテーターとかタレントとかを使って、図版とか模型とかも使って、その週に起こった大きな時事問題を取り上げて、時間をかけて分かりやすく解説してくれる番組が欲しいです。プリーズ。

 それと、解説する立場が表明されているニュース解説番組があれば、とてもおもしろいと思います。

 例えば、日本は政党政治を行っているのだから、政党色の濃いニュース解説番組があってもおもしろいと思う。ある意味、ファン番組だよね。例えば、民主党が大好きな人々を集めて、彼らにその日のニュースを語らせてみるとかね。もちろん与党の意見だけでなく、野党の意見だって大切ですから、同時に自民党のファン番組も欲しいです。党内の人事のゴタゴタなんて、ぜひこの手の番組で面白おかしく報道してくれたらいいなあ。

 この手の政党ファン番組があれば「民主党の考え方」「自民党の考え方」というのは、我々国民に浸透するでしょうし、国民の政治に関する興味も高まるのでは? それって国民の政治参加(つまり選挙)に良い影響を与えるのではないかと思いますが、いかが?

 つまり、私がニュース番組に求めるのは…

 八方美人的な、デパートのような、全方位向きのニュース番組は辞めましょう。もっと内容を絞り、ターゲットを絞り、立場も表明した、専門店のようなニュース番組をたくさん作ってください。

 …ってことです。そうしないと、テレビ局のニュース番組なんて、明日の流通業になっちゃうよ、マジでね。

2010年4月24日 (土)

乱暴なカエデ

 やっぱり、エサを日に一回にしてから、金魚たちの性格が変わってきたと思います。

 以前は、おっとりとしていたカエデ君ですが、最近はなんかもう「こいつ、こんなに性格が悪かったんだー」という場面に結構遭遇します。

 朝のエサの時間間際になると、エサ場が普段の居場所になっているチズルを追い出して、自分がそこに居すわります。で、人が通るたびにエサをねだります。ま、ここまでは以前もあった風景なので「チヅル、がんばれ」程度の気持ちです。

 でも、ここからが違う(笑)。

 まず、エサのねだり方が違う、以前は、おっとりと、ヒラヒラする程度のPRでしたが、最近は、激しく水音を立てます。さらには水を跳ねます。水面から頭どころか、勢い余って顔まで出しちゃいます(笑)。

 エサを入れると、以前は一口食べると、素直にその場を立ち去って、他の子たちにも順番にエサを食べさせていたカエデですが、今はエサを入れると、自分が食べる前に、まず周りの子たちに体当たりをかまして、強制排除します。で、広くなったエサ場から離れることなく、ずっと食べてます。周りの子は、仕方なく、周囲に流れてきたエサを食べている始末です。

 なにしろ、カエデ君は、自分の女房のブニョにすら、体当たりをかますんですよ。もう、信じられません。こいつらには、夫婦愛というものは、ないのかい? もっとも、ブニョはブニョで、エサを食べているカエデにゆっくりと近寄って、幅寄せをして、結局、自分のダンナをエサ場から押し出しちゃいますが…。

 とにかく、カエデ&ブニョの夫婦にエサ場が独占されております。なので…チヅルが一向に大きくなりません(笑)。

 今週の水曜日(4月21日)に、水槽で横たわるようになった緋ドジョウが星になりました。苦しんでいたのは、10日ほどでした。ついに最後まで名前が付きませんでした。合掌。

 それにしても、水槽で横たわっている金魚の方は、全然元気です。

2010年4月23日 (金)

月があまりに美しいので、月に向かって笛を吹いてみましょうか

 私はチャンスさえあれば、常に人前で、歌ったり、笛吹いたりしたい人です。人前で演奏して、聞いている人みんなに、ほんの短い時間でも喜んでもらいたい(笑っていただきたい)と思います。音楽を分かち合うことで、お互いに幸せな気分になれたらいいなあという気持ちでやってます。だから、お客さんが楽しくない演奏はしたくない人だし、聞いていて苦痛を感じる音楽は大嫌いな人です。だから、一生懸命練習して、精一杯の演奏をしたいと思ってます。まあ、思っているだけで、なかなか、人前で歌ったり、笛吹いたりするチャンスは、なかなか無いんですけれどね(笑)。

 その一方で、人前で演奏するのは恥ずかしいのでイヤだという人の存在は知っています。私自身がそういう人間ではないので、その人の深い気持ちまでは分からないかもしれませんが、そんなに人前で演奏するのって、恥ずかしい事ですか?

 私は全然、恥ずかしくないです。もちろん、ヘマをすれば「しまったー」と思うし、練習不足や未完成のままの演奏で舞台に上がるのはイヤですが、それは“恥ずかしい”という気持ちとは、少し違うかなって思ってます。

 “恥ずかしい”という気持ちは、他人に注目される事で不快感(いたたまれなさ)を感じる気持ちの事ですよね。人は本能的に不快感を回避する生き物です。これを回避するには「他人に注目されない事」か「注目されても不快感を感じない事」のどちらかの状態に身を置くしかないわけです。もちろん、後者の人間は私のように“恥ずかしくない人”なので、それはすでに“恥ずかしい”という感情から自由になっている人となります。

 ですから、どうしても“恥ずかしい”という気持ちを持っている人は「他人に注目されない事」をチョイスするわけです。

 「音楽」で「他人に注目されたくない」を成り立たせるのって、色々と難しいですよね。それで、本番回避なんでしょうね。

 音楽って、何のためにやっているのでしょうか? 西洋音楽には、基本的に三種類の音楽があると思います。それは、神様に捧げる音楽(教会音楽)と、商売としての音楽(劇場音楽)と自分たちが楽しむ音楽(サロン音楽)。今の“大人の趣味としての音楽”は、自分たちが楽しむ音楽だから「サロン音楽」なのではないかと、私のような人間は、すぐにそう理解し、人前で演奏しない人を不思議に思うわけですよ。

 でも、東洋では、これら三種類の音楽の楽しみ方以外のものがあるんですよね。これは自分のためだけに演奏するという「自楽」という楽しみ。

 …月があまりに美しいので、誰もいない屋敷で、一人で月に向かって笛を吹いてみました…平安の物語には、時折、そのようなシーンが描かれています。もしかすると、こういう趣味に通じるものがあるのかなって思います。

 日本の文化には、時折、他人とのコミュニケーションを念頭に置かず、自分の中だけで完結させる文化があるように思います。例えば、俳句。例えば、華道。いやいや「~道」と付くものには、多かれ少なかれ、そういう側面があるやもしれません。

 音楽も「音楽道」になれば、まずは自分自身を追究する事を目指し、他人とのコミュニケーションについては念頭に置かないのかもしれません。ならば、他人の前で演奏をするのは恥ずかしいという人は、音楽道の中にいて、音楽を通して、自分自身を追究しているのかもしれません。それならば、そういう人に、他人とのコミュニケーションである“人前での演奏”を強要するのは、実は筋違いなのかもしれませんね。そんな気がしてきました。

 人前演奏が大好きな私ですが“月があまりに美しいので、月に向かって笛を吹いてみる”気持ちは分かりますよ。一応、国産のDNAで作られていますから(笑)。今の季節なら、月明かりの八重桜の下で桜茶をちびりちびりやりながらフルート吹いたら、最高かもね。近所迷惑だろうけれど(笑)。

 以上、習い事レベルでの話です。サークルレベルの話になると、また世界が変わってくると思いますが、その話はまたいずれの時にでも致しましょう。

2010年4月22日 (木)

アゲハは寝起きが悪い?

 今日の話は、客観的なデータがある話ではなく、何となく私が感じていることを書いてみました。それは「アゲハって寝起きが悪いんじゃないの?」って事です。アゲハとは、私の愛器、アルタス1307RCのことです。

 フルートなのに寝起きが悪い? ま、一種の比喩表現なんですが、なんか寝起きが悪いんですよ。つまり“フルートを組み立てて、息を入れても、すぐにちゃんとした音が出ない”んです。

 本当に組み立てた直後は、どの音もダメです。スカスカのピーです。だから、ゆっくりとやさしく丁寧に息を入れてあげます。いわゆる“音出し”って奴ですね。上から下までたっぷりとやってあげないと、ロクに鳴りません。特に低音や高音は、使用頻度が低いのですが、事前に音出しをちゃんとやるかやらないかで、だいぶ鳴り方が違います。時間にして、最低でも10分前後でしょうか、それくらいの音出しタイムが必要です。

 でも、いつもいつもそれだけの時間が取れるわけではないです。たまには「ええい、音出し省略!」とばかりに、練習開始しちゃう事もあるんですが、そういう時は、ロクに音が出ないので、全然練習になりません。

 管体が冷えているのが原因? なんて思った事もあります。でも、どうやらそうではないんですね。と言うのは、時間がなくて、音出しの代わりに、たっぷりと息を吹き込んで管体を十分に温めてから演奏した事もあります。本当にいきなり吹き込んだ時と比べれば、多少は違うけれど、やはり“スカスカのピー”が“スカピー”になる程度の話です。

 それに、練習の休憩で、フルートをスタンドに立てっぱなしにして、すっかり楽器を冷やしてしまった時でも、事前に音出しをした日は、リッププレートがひんやりしていても、それなりに鳴ってくれるものなので、やはり管体の冷えが直接の原因ではないと思ってます。

 なので、やっぱり、アゲハって、寝起きが悪いの?

 比較対照というわけではないけれど、激安中国製フルートであるチャイナ娘だと「最初から最後までクライマーックス!」な気分で、演奏できます。だから、最近では、時間がないと思ったら、アゲハではなく、チャイナ娘で練習しちゃうことが増えました。

 このアゲハの寝起きの悪さは、一体、何が原因なのでしょうか? 銀という素材が原因なら、総銀フルートって、みな寝起きが悪いはずですよね。そうではなく、アルタスというメーカーの特徴なら、素材に関わらず、アルタスというだけで寝起きが悪いはずです。個体的な特徴ということであれば、アゲハ以外のフルートは、程度の差こそあれ、そんなに寝起きが悪くないはずです。

 さて、みなさんの愛器はいかがでしょうか? 目覚めはいい方ですか? それともやはり音出しはたっぷり必要でしょうか?

 私は今、練習時間がそれなりにある方だと思うので、普段は、音出しに時間がかかっても、平気なんですが、いつもいつも時間があるわけではないし、総じて、総銀フルートなり、アルタスフルートが、特徴として目覚めが悪いなら、そういう前提で、今後は行動をするように務めます。

 それにしても、音出しがたっぷり必要なんて(苦笑)。

 思うにアゲハの場合、ちゃんと音を鳴らすためには、おそらくアゲハ自身がきちんと振動する事が必要なんだろうなあ。で、アゲハ自身が振動するためには、事前にちゃんと振動できるように、準備体操が必要なんだろうなあと思います。その準備体操が音出しなんだろうけれど、ちょっと、ほんのちょっとだけど、手間がかかって、面倒だなあ(笑)。

 そういう、手間がかかる所がかわいいのだけれど…ね。

2010年4月21日 (水)

見学者がやってきて、メンバーが増えました

 歌劇団の練習がありました。今回は、見学者が3名も来てくれました。ああ、うれしいなあ。もっとも、見学者の方も見ているだけではよく分からないでしょうから、さっそく練習に加わってもらって、体験見学をしてもらいました。

 練習は、まず各自でカラダを十分にほぐしたら、さっそくブレスの練習です。今回は、「ゆっくり長く息を吐いたら、ゆっくり長く息を吸う」を100回やりました。視界から色が無くなり、目の前がチカチカしました。

 次は発声練習。ただし、歩きながら(笑)。発声も難しいけれど、歩くのは、もっと難しい。とにかく、胴体は動かさずに、手足を堂々と動かして歌うのです。

 「あまり疲れてはいけない」という先生のやさしい心遣いで、さっそく『ミニ発表会』を行いました。曲目は2曲とも、モーツァルト作曲の「フィガロの結婚」から。最初は私たち夫婦の「Crudel! perche finola(ひどいやつだ:伯爵とスザンナの二重唱)」。もう一曲が、ウチの歌劇団のディーヴァとプリマドンナの二人で歌う「Che soave zeffiretto(そよ風に[手紙の二重唱]:伯爵夫人とスザンナの二重唱)でした。

 ええ、一生懸命やりましたよ、私も妻も。まあ、あんな感じでしょう。ここ最近では最高のパフォーマンスだと思いました(録音し忘れました:汗)。ま、演技については…勘弁してください。

 もう一組の方は、実は先生のコンサートの前座として客前で演奏するつもりで準備していたのが、色々あって流れてしまったので、区切りとして“歌劇団で発表”という事だったので、歌もきちんとしていて、演技もバッチリついていて、さすがオペラの一場面という感じになってました。よかったです。

 「さあ、もう疲れてもいいですね」と言うわけで、さっそくの筋トレでした。スクワット、腹筋、背筋、すべて20回×2セットです。もっとも、それぞれの動きは、一般のモノとはちょっとずつ違った、声楽用の体操なんですが…とにかく、今回新たに加わった“背筋”が半端なくシンドかったです。ほんと、死ぬかと思いました。

 筋トレの後はカデンツァをやったわけですが、なんか、脳味噌が極度の酸欠で、何やらボーっとしていて、ただでえ音程怪しいのに、全く音程が取れなくなっていました。ヘロヘロになるとは、まさにこの事です。

 ここまで約1時間。すごくハードでした。で、ようやく休憩時間。休憩をしながら、合宿の相談を少々しました。

 決まった事、夕食はバーベキューにして、みんなで肉肉肉肉肉…とする。夜の宴会の時の酒は、各自で飲みたい酒(&飲ませたい酒)を持っている事。宴会の時の酒の肴は、各自で食べたいもの(&食べさせたいもの)を持ってくる事。もちろん、手料理大歓迎。

 あと、色々と家庭や仕事の事情もあるでしょうが、合宿は親睦の意味もあるので、なるべく参加しましょう。宿泊が難しいなら、近場なので、日帰り参加も検討して欲しいです。

 さて、そんな相談をしたところで、後半の練習です。

 コンコーネ(合唱版)は4番と5番です。実は、パート変えがありました。

 今までは、一番上のパートをソプラノ、真中のパートをメゾ+ボーイソプラノ、一番下を男声が担当していましたが、私が「テノールに低音はキツくないっすか?」の愚痴を先生が聞いてくださったのでしょうか、本日から、一番上をソプラノ、真中をボーイソプラノ&テノール、一番下をメゾ&バスでやる事になりました。

 つまり、私は一番下から真中のパートに変更なんですよ。いやあ、真ん中のパートは音域的にも無理がないし、和声の中でも“はめ込む感覚”になるので、テノールにとって慣れた感じで歌えるのでうれしいです。もっとも“慣れた感じ”とはあくまでも“感じ”であって、きちんと歌えるかと言うと、それはそれで微妙な話です(汗)。

 そんな感じで、またまた初見大会みたいな感じでコンコーネをやりました。次回の練習でも、もう一度この2曲をやるので、今度は、それぞれしっかり自宅で音を取っておくように言われました。

 「ふるさとの四季」は一番最初の「ふるさと」をやりました。こちらは本来の混声四部合唱のパターンで歌います。だから私は下から二番目のパートね。

 私たちは歌劇団であって合唱団ではないので、例によって1パート1人で歌う重唱形式で合唱曲を歌います。つまり、ソプラノとメゾ(+ボーイソプラノ)は複数いるので、交代で歌うわけです。当然、一人ずつしかいないバスとテノールは、歌い詰めなわけです…疲れました。いや、本当に疲れました。頭の中がヘトヘトです。

 先生からの注意。コンコーネもそうだし「ふるさとの四季」もそうだけれど、私たちは合唱ではなく重唱なのだから、まずは個々人がしっかりと声を出して歌っていく事が肝心。多少、音程が不安であっても、しっかりフルヴォイスで歌っていく事で、音程もきちんと取れるようになるので、まずは声をしっかり出すこと。そして、声の響きをきちんとすること。これらを優先して歌うように言われました。その上で、音程に気を配れる余裕があるなら、ぜひ音程にも気を配ってほしいということです。

 「ふるさと」は組曲の冒頭の部分を重点的にやりましたが、最後にあるアカペラバージョンの部分も、ちょっとだけやりました。アカペラは美しくていいねえ。次回は「春の小川」をやるので、しっかりと音取りをしておくように、とのことです。

 で、こんな感じで現在の所は「コンコーネ(合唱版)」と「ふるさとの四季」をやっていますが、さらに曲が追加されます。次回から、この二曲に加え、時間に余裕があれば「大地讃頌」(当然、混声四部バージョンです)をやります。そして、やがて人数が増えて、団員が8名以上になり、私が「そろそろいいかな」って思ったら、Orlando di Lassoの「L'eco(やまびこ)」というアカペラの8部合唱曲をやる事になりました。ああ、忙しい、ああ、楽しい。

 さて、本日の3名の見学者から、お一人の方が練習後に、さらに、もうお一人がメールで入団希望を表明されました。これでメンバーが8名になりました。あとの方も前向きに考えるそうで、ひとまず入団希望書を自宅に持ち帰り、家族の方と相談してから、お返事をくださるそうです。良い返事を待ってます。

 今回は3名の見学者でしたが、まだ他にも歌劇団の事を考えている門下生がいるそうなので、少しずつ少しずつ、人数が増えていくといいなあと思ってます。最終的には15~6名になると、色々な事ができるし、先生にもちゃんとした謝礼がを支払えるようになると思うので(今はお小遣い程度の金額で申し訳ないです)、なんとか、もう少し、人数を増やしていきたいものです。

 とりあえず、順風満帆な歌劇団でした。

2010年4月20日 (火)

二重唱はこれでお終いです

 声楽のレッスンに行ってきました。

 レッスンの始めは、いつもたっぷり雑談です。今回の雑談は、プロオケや指揮者のギャラの話だったり、ソリストのギャラの仕組みの話だったり、商売としてのエキストラの実態の話とか、昨今の市民オーケストラの内実とか、プロ歌劇団の現状とか、そりゃあもう、興味深い話満載でした。素人には窺い知れない事がたくさんあるのです、はい。

 さて、レッスンは発声練習から。ハミング→ミ→アという奴で、響きを保ったまま声にする練習。私はすぐに響きのない、薄っぺらな声を出してしまいがちなので、こういう練習を常日頃からしないとダメだよね。

 今回のレッスンは、徹底的に二重唱でした。というか、二重唱を完成させるというのが目的です、なぜなら…次回の歌劇団の練習の時に、この二重唱を団員の前で披露する事になったからです。披露するからには、団長としての面目が保てるように歌わないと(笑)。

 とにかく、演技までは手がまわらないので、歌だけでも他人様に披露できるようにしましょうという線でレッスンを受けました。仕上げ練習なので、結構細かいところを、色々と注意されました。

 まずは歌う箇所としゃべる箇所をきちんと区別し、歌うところはきちんとカンタービレで、しゃべるところはちゃんとしゃべり口調で、中途半端な事はしないように。それと、歌としゃべりの切り換えはスムーズに、ってところでしょう。

 歌う箇所については、一度全部をアで歌ってみました。そして、その感覚を忘れないようにして、歌うように注意されました。これは歌の部分をしゃべりすぎているから、この歌う感覚を忘れないようにしましょうというわけです。

 細かいところでは、「-rr-」はしっかり巻きなさいとか、母音オは常に縦開きで歌いなさいとか、しゃべる時も口先でしゃべらないようにとか、常に声は奥に入れたまま歌ったりしゃべったりしなさいとか、しゃべる時は音程を付けるなとか、言われました。

 とにかく、モーツァルトは、実にきちんと作曲しているので、素直に歌えばそれでOKなんだそうです。下手な小細工はしないほうが良いとの事、ラジャーです。

 現段階でやれるだけの事はやりました。あとは、次回の歌劇団の練習で発表をして、この曲はお終いです。これが終わったら、しばらく二重唱はお休み。当面はテノールとしての練習をしていきましょうとのこと。なので、次回からはコンコーネをたっぷりやる事になりました。とにかく、私は、まだまだ高音が安定しませんからね。そこんところをきっちり練習しておかないと、オペラアリアなんて歌えるようになりません。

 ま、本音で言えば、コンコーネも悪くないけれど、歌も歌いたいです。

2010年4月19日 (月)

アンサンブルできる相手を探さないとね…

 フルートのレッスンに行ってきました。アルテの12課の8番を合格してきました。これで12課を卒業です。

 ともかく12課の8番は合格でしたが…ついに最後まで、ノーミスでは演奏できませんでした。いくらやっても、どこかしら、ミスタッチ or ミスブローしてしまいます。ミスブローと言っても、息が下手だから、指は合っているのに、音が裏返ってたり、変な倍音が出てしまったり、低音へ落ちてしまったりとか、そういうミスが連発です。あと、指と息が微妙にズレていて気持ち悪かったりしました。

 規定の速度で演奏できるようにと、ちょっと気が急いていたのかもしれません。とにかく、規定速度を遵守すること、吹きこなせることの両立ができていません。曲が難しいと言うこともあるでしょうし、私が未熟と言うこともあり、規定速度では、指を動かすのだけで精一杯で、とても音楽になっていませんでした。

 音はしっかりと美しく奏でながら、それでも演奏速度は規定速度で…、当たり前の事ですが、そのあたり前がとても難しかったです。

 なので、とりあえず、規定速度でそれなりに演奏できるという事の確認をしてもらった上で、速度を多少落として(84→70)、その代わり一つ一つの音を丁寧に吹いて先生とアンサンブルをしました。

 それでもやはり難しいです。メトロノームと先生の演奏を効きながら、譜面を見て演奏をする。特に16分音符の箇所は指が滑るしもつれるし…。エチュードというのは、常に現在の自分のギリギリで演奏するので、なかなかアンサンブルを楽しむというレベルまで行きません。でも、フルートは所詮、単音楽器です。アンサンブルができなければ、前には進めません。

 そろそろ、私も積極的に、アンサンブル経験を積み始めるべきなんだそうです。そのためには、自分のバンド仲間、あるいは固定したアンサンブル仲間を探さないとねえという話になりました。とにかく、フルートを一人で吹くだけでなく、他の楽器と一緒に練習できるような環境が欲しいですね、という事です。

 もちろん、私と遊んでくれる人ならどんな楽器でもいいけれど、もしも贅沢を言わせてもらえれば、ピアニストさんと知り合いになりたいです。もちろん、そんなに上手な方でなくてもいいです。それよりも、私と一緒に遊んでくれて、一緒に上達を願ってくれるようなピアニストさんがいいですね。その上で、フルートや歌の伴奏を嬉々としてやってくれる人。でも、そんな都合のいい人は、なかなか見つからないです。

 と言うわけで、ピアノさんに限らず、こんな私と合奏をして遊んでみたいという奇特な方は、ぜひメールください(結構、マジです)。

 さて「音程に注意」と言われました。指が大変なので、アンサンブルといっても、先生のリズムを聞くのが精一杯です。とにかく大車輪で演奏しているので、とても音程に気をつかっている暇がなく、はっきり言っちゃえば“音程は楽器任せ”で吹いていました。

 音程は楽器任せ?…これは、例えば、ソの運指の時はソが出ていると信じて演奏しちゃう、ってことなんです。

 これは本当はダメなんです。と言うのも、フルートって、楽器としては、微妙に音痴なんですよね。だから、常に音程を微調整しながら吹くことが大切なんです。あと、アンサンブルは相手の音と合わせる事が肝心なので、より美しいハーモニーを作るためには、チューナー的に正しい音程ではなく、和声的に正しい音程で演奏する事が必要です。

 そのためには、音程を楽器任せにしないでいることが大切なんだけれど…指が大変だと、そこまで気がまわらなくてね。先生からは「難しいことは抜きにして、歌っているつもりでフルートを吹けば、音程は自然と合ってきますよ」と言われました。まあ、そうかもしれません。

 ただ、歌っているつもりで演奏しちゃうと、しばしばリズムが揺れてしまいます。これはダメです。きちんとリズム的にはタイトに演奏しないといけません。そこで言われたのは、メトロノームの音を表(一拍目)で合わせるんじゃなくて、ウラ(8番は三拍子の曲なので三拍目)に合わせて演奏すると、リズムがタイトになるそうです。

 で、先生が、その場で模範演奏として、メトロノームの音を裏、つまり三拍目で合わせた演奏を聞かせてくださいましたが…これがすごくかっこいいのね。みなさん、三拍子の曲の時に、メトロノームのピッピッを三拍目で鳴るように合わせて演奏できますか? これは、結構難しいですよ。

 確かに、メトロノームを裏で合わせても演奏できるようにすれば、リズム感がバッチリ磨かれると思います。それにしても、先生のお手本はすごかったなあ。演奏もカッコいいけれど、なによりもフルートの音がいい。ああいう音で演奏できるようになりたいものです。

 さて、次回のアルテは13課です。13課は高いEとFisとGisの三大イヤンな音が出るので、はぁ~な調です。つらつらと楽譜を眺めておりますが、13課の8番こと旋律練習の第2変奏曲はできる気がしません。144の速度なのに、三連符頻出ですよ(ため息)。

 先生曰く「フルート的なフレーズがたくさん出てきますね…」そうですね、オケのスコアに書いてあるような、いかにもフルートのフレーズぽく感じになってきましたね、段々と(汗)。つまり、それだけ難しくなってきたというわけですね。はあ…できる気がしませんが、頑張りたいと思います。

 そうそう、それとついに、楽譜にフリガナを振る事(ドレミね)を注意されたよ。もちろん、全部にカタカナを振っているわけじゃないけれど、フルートって、五線のだいぶ上の方まで加線を使って書くので、あんなところまでとっさに読めないので、振ってます。「加線は二本まで」とか国会で決めてくれないかな…。私は上加線二本までなら、なんとか対応できるけれど、それ以上は老眼なので、加線の本数が分からなくなるんだよね。だから、フリガナを振っていたのだけれど…少しずつフリガナを振らない方向で頑張るかな。でも、見えないものは見えないので、結局、暗譜することになるだけなんだけれどね(笑)。

 さあ、次回はセッションレッスンだ。難しいことは抜きにして、頑張ろう!

2010年4月18日 (日)

「ゆとり教育」は失敗だったのか?…な~んてね[2010年4月第3週・通算14週]

体重:107.4kg[-0.6kg:-0.5kg]
体脂肪率:32.4%[+0.1%:-0.4%]
BMI:33.9[-0.5:-0.4]
体脂肪質量:34.8kg[-0.1kg:-0.7kg]
腹囲:105.0cm[+-0.0cm:-0.3cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 体重は、少なくとも先週の危機的状況から半歩ほど戻したつもりですが…ううむ、まだまだだなあ。なぜ体重は増える時は遠慮なく増えるのに、減らすのは、こんなにも困難なのでしょうか? …ヤバイっす(汗)。

 さて、文部科学省が、2011年度から小学校で使用される教科書の検定結果を発表したそうです。

 新しい教科書の特徴は「ゆとり教育」から「脱ゆとり」という方向に舵を切ったようで、例えば、教科書の厚さで見ると、新教科書は現行教科書と比べて、各社の平均ページ数が、算数で33%、理科は37%、全体でも25%増えているそうです。

 授業時間そのものは「ゆとり教育」なままなので、一つ一つの授業の中身が濃くなっていくわけです。教師の腕の差(つまり、当たりはずれ)がより明確になるでしょうね。当然、落ちこぼれも出てくるだろうし、学校も荒れてくると思います。

 「ゆとり教育」って、建前としては、体験的な学習や、地域との交流、家庭教育の充実などを目的としつつ、ストレスレスな学校生活を目指す教育だったと思います。勉強内容や勉強時間が減るし、テストで測れる学力の成績は下がるけれど、子どもたちに精神的な余裕を与え、テストで計れない学力を伸ばすことを目的としていたはずです。

 そんな「ゆとり教育」が行われて、やっと10年。まだまだ10年。ほんの10年。だけど、思っていたような効果は目に見える形で現れず、弊害ばかりが目立つようになりました。そんな現状を踏まえて、朝令暮改の雰囲気はありますが、日本の教育にテコ入れが行われます。

 「ゆとり教育」を受けて育った世代を“ゆとり世代”というそうです。

 いわゆる“ゆとり世代”って、色々諸説はあるけれど、きちんと勉強しないといけない、中高生の時代に「ゆとり教育」を受けた世代の事だと思います。つまり、1987年4月~1997年3月生まれの人で、現在は13才[中学2年]~23才[大卒1年目])の人です。

 10年やった「ゆとり教育」がここで見直されると言うことは、つまり「ゆとり教育」って失敗だったって事? ゆとり世代って「失われた世代」って事になるのでしょうか?

 この世代の特徴について考えてみます。

 この世代は、前の世代と比べて、人数も少なく、本当に小さな頃から、あまり競争にさらされずに子ども時代を過ごしてしまった世代です。それゆえに、精神的に弱いと言われる事も多いです。

 性格的な特徴として「失敗を極端に恐れ、間違いのない答えを求める」とか「自分から動き出せない」とか「まじめで、言われたことはきちんとやる」とか「指示待ちで、言われたことしかできない」「発想力、応用力に欠ける」と分析する方もいらっしゃいます。いやあ、可哀相なくらい、見事にマイナス評価が並びましたねえ。まあ、つまり、未熟で覇気がないと思われている世代なのかな?

 でも、私が見ていると、確かに大人しい子が多いけれど、決してダメとは思えません。ちゃんと優秀な子は優秀だなあと思います。ただ、優秀な方向性が従来の日本人の持っていた方向性とは、ちょっと違うかもしれません。

 そういった点では、ある意味「静かな脇役」と呼べる世代なのかもしれません。なにしろ、バブル景気を経験した親に育てられ、モノに恵まれて育ち、生まれた時から、パソコンもネットもあるし、使っていた世代です。そのため、ほんとに欲がない。不満がない。自己主張が弱い。なにしろ、欲しいものはなんでも、すでに身の回りにあるんだもん。欲望を発露するチャンスがなかったわけです。そんな人たちに覇気があろうはずがないです。

 生まれた時から、不安も不満も競争もない社会で生きている、まさに幸せを絵に描いたような人生を生きてきて、ひとまず自分の小さな世界で幸せを感じている世代。全然、ハングリーじゃない世代。それが彼ら。善くも悪しくも「坊ちゃん嬢ちゃん」なんですね。

 生まれた時からネットにいるので、リアルなコミニュケーションがちょっと苦手。基本的な性格も神経質に見えて、実はかなり大雑把。今までにいなかった、新しい種類の日本人と言えます。

 新しい種類の日本人と言えば、昔々“新人類”と呼ばれた人たちがいます。実は、それ、私たちの世代の人間なんですね。それこそ“新人類世代”という奴で、この“ゆとり世代”の親世代にあたるわけです。

 私たちも、その前の世代と比べて、人数の少ない世代で、普通に暮らしていても前の世代とは、社会における競争率が低くて、色々な面で楽でした。子どもたち同様に、上の世代から不思議がられ、元気がないと言われた世代です。

 まあ、私たち新人類世代も、楽に人生渡ってきましたが、その子であるゆとり世代は、さらにもっと(少なくとも子ども時代は)楽に生きてきたと思います。

 自分たちの事を棚に上げて申し訳ないけれど、人間、あんまり楽に生きちゃ、ダメだね。

 私は教師時代、ゆとり世代の子たちを教えていたけれど、この子たち、驚くほどモノを知らない。なにしろ学校でロクに教育を受けていないのだから、徹底的に知識と学力というものがない。元々が「落ちこぼれを失くす」というキレイゴトで始まった、ゆとり教育で、そのおかけで、確かに落ちこぼれはいなくなったかもしれないけれど、その代わり、全員が落ちこぼれてしまったわけで、その結果が学力低下でしょ。

 彼らは決して馬鹿ではないんです。ただ、無知なんですよ。モノをあまりに知らなさ過ぎるわけです。だから教師時代の私は、授業中、教科書の知識はもちろんだけれど、そこから逸脱した応用的な知識やたくさん雑学とか経験知というのも教えたよ。子どもたちは、他の先生からは聞けない話だと言っては喜んでいたけれど、教科書の範囲を平気で逸脱して教えてました。あまり良いことではないかもしれない。

 それにだいだい、実は、教科書がペラペラだから、あっと言う間に教えるべき内容を教え終わってしまうので、時間調整のためのやっちゃった事という側面は否定できません(汗)。(しかし、あんなペラペラの教科書ですら、配当時間内に、満足に教えられない教師もいるんだよなあ…:嘆)

 あの10年間は…本当に失敗だったのか? 私は失敗したのは、教育内容はもちろん、国の将来像を考えずに、そして当時噴出していた落ちこぼれ批判をかわすために、お花畑的発想で作り上げたキレイゴトであるゆとり教育を実施してしまった、当時の教育官僚たちのあり方、そのものが失敗だったと思います。

 所詮、ゆとり教育なんて、今となっては、日本人の知性を落とすために行った教育施策だったんじゃないかと思っちゃいます。失敗と言うよりも、愚民化政策? 一種の占領政策? ああ、ほんと、このツケは大きいぞ。

 確かに今、労働人口の現象に伴い、日本の国力は明らかに下がっていると思います。その上で、国民(つまり労働者)の教育水準も下がっているとしたら、弱り目に祟り目です。一時の官僚たちの誤った判断のおかげで、日本は滅びてしまうのでしょうか?

 私は、労働人口の現象に関してはともかく、国民の学力低下問題については、あまり心配していません。確かに若い世代の学力は低下してしまったかもしれませんが、腐っても、彼らは日本人です。学力はダメでも、日本人としてのDNAは優秀です。彼らは彼らなりのやり方をもって、きっと日本を立て直してくれるはずです。学生時代にロクに使わなかった知力や才能を、社会に出てから、きっと伸ばし発揮してくるはずです。我々、上の世代の人間は、子どもだった彼らにロクな教育を与える事はできなかったけれど、大人になった彼ら自身が、必ず自分を鍛え伸ばし、きっと国を成長させてくれると信じてます。

 なので、質的低下はあまり心配してません。ただ、人口減少は…こっちは深刻だと思います。移民も一つの手段だけれど、問題は優秀な日本人の数が減っている事なんだよね。そこは移民じゃ補えないんだよ。だから、より一層の機械化を進めて、単純作業はロボットにお願いしていくしか手がないかな…。

 とにかく振り子は、一度振り切ると、必ず反対側に戻っていくものです。ようやく、我が国も100年の愚策である「ゆとり教育」から脱却できそうです。確かに学力だけではヒトは足りないけれど、学力が足りないヒトは、この高度情報化社会の中では、何の役にも立たなければ、自分の身を守ることもできません。

 がんばれ、日本。そして、ゆとり世代の若者たちも、自分磨きにがんばれ!

2010年4月17日 (土)

最近の水槽は…何が起こっているのでしょうか?

 転覆金魚のおかげで、水槽を眺めると、ついつい転覆ちゃんを見ちゃいますが、実はその裏と申しましょうか、非金魚界にも動きがあります。

 実は現在、水槽の底にで寝ころがっているのはサツキ一匹だけではありません。もう一匹、緋ドジョウが寝ころんでいます。え、ドジョウなんて、みんな水槽の底にいるって? それはそうですが“水槽の底にいる”のではなく“水槽の底に寝ころがっている”んです。もうちょっと言うと、お腹を上にして、ピクリとも動かないんです。

 名前はない子なのですが、月曜あたりから、体色が真っ白になって、ぐったりと水槽の底に沈んだままピクリとも動きません。他の子たちが心配して、必ず誰かが付き添っています(ドジョウって仲間意識が強いンですよ)。かなりマズイ状況です。

 いつ星になっても不思議ではない状態ですが、体調も一進一退(彼らは体調と体色が連動しているので、体色をみると体調が分かります)ながら、なんとか生き長らえているのです。

 また、別の緋ドジョウですが、尾ビレが金魚に食べられてしまって(食べたのは誰だ!)無くなってしまった子がいます。尾ビレがあった場所は黒ずんでいるので、あまり予後は良くないようです。

 毎日のように、中身のなくなったタニシの貝殻が見つかります。週一のペースでシジミの中身のなくなった貝殻が見つかります。三匹いたはずのエビがいつの間にか二匹しか見当たりません。

 水槽の底面に植えてあるナナ(水草です)が毎日のようにホジ繰り返されています。

 一体、どうしたのでしょうか? あんなに平和で安穏としていた我が家の水槽ですが、人間には見えないところで、何やら動きがあるようです。

 エサの回数を一日一回にした影響かしら? どうなんでしょう。

2010年4月16日 (金)

音楽の才能がなくて良かった、スロースターターで良かった

 私は音楽に関しては、完全なるスロースターターです。でも、スロースターターで良かったと思ってます。だって、私って“音楽に対する愛”にあふれている人だけど“音楽的な才能”が、かなり寂しい人だからです。

 もしも私が、スロースターターなのに音楽的な才能にあふれていたら…すっごく悔しい。きっと、なぜ自分はプロの音楽家にならなかったのかと、今更ながらに、身をよじるほど悔しがっていただろう。だって、音楽はジャンルを問わず好きだもん、ラブラブだもん。

 もしも私がスロースターターでなく、若い時から音楽をマジメにやっていたら、私は“音楽的な才能”がなくても、きっとどこかの音大に入ってしまったと思う。なぜなら私は“音楽的な才能”は、かなり寂しいにせよ“努力する才能”と“物事を継続しつづける才能”については、人の何倍もある人だからです。

 きっと、音楽的な才能の不足は、努力と訓練で補って、都会の名門音大は無理であっても、きっと、どこか地方の音大の片隅に入学してしまうと思う。そして、大学に入ってから、この世界、努力だけではどうにもならない事を知って、その後の人生を、後悔にさいなまれつつ、それでも音楽から離れることはできずに、一度しかない人生を棒に振ってしまうんだよ。……同じ“棒”を振るなら、人生じゃなくって、指揮棒を振りたいものです (笑)。

 あるいは、なんとか音大卒業までたどり着き、音楽的な才能はさておき、人間関係力で無理やりプロの演奏家の端っこに入り込むものかもしれない。これでも私“ジジイ殺し”ですから(笑)。実力者に取り入るの、得意です(きっぱり)。

 いくら人間関係力に恵まれていたとしても、音楽的な才能(技術は学校で磨けるけれど、センスは持って生まれたものでしょう)が欠落している人間が成功するはずもなく、結局、音楽で生計も立てられずに、つらい人生を過ごさざるを得なくなるとか…。

 学校の音楽の先生? きっと若い時の私なら、純粋まっすぐ君だったから「プロの音楽家を目指す」とか言い切っちゃって、教員免許なんか、絶対に取らないと思うので、そっちの道はないと思う(笑)。

 ああ、ホント、若い時からマジメに音楽をやらなくて良かった。ダラダラとロックバンドで遊んでいて、音大ではなく一般大学に進学して良かったと思う。音楽家でなく、カタギの生活ができて、本当に良かったと思うし、全然後悔していません。

 ああ、音楽が大好きなのに、音楽の才能がなくて、ほんと~に良かった。ビバ、才能レスな私! 才能がないからこそ、音楽を、純粋に趣味として楽しめる。これって、すごく楽しくて、うれしいことです。そして、いつまでも音楽が好きでいられる秘訣ですらあると思ってます。

 音楽は、趣味だし、才能ないから、ほんのちょっとした事も習得するのが大変。でも、その大変な事を、ちょっとずつ会得していくのが、とても楽しい。

 趣味って、たぶん、手間隙がかかるほど楽しいものじゃないかな? 簡単にできてしまうような、底の浅いモノは趣味にはなり得ないと思うし、また自分にとって習得が容易なものも、やはり同様に趣味にはならないと思う。だって、それなら、やはり仕事にしたくなっちゃうでしょ。

 だから、音楽の才能がない人ほど、趣味としての音楽を、たっぷり楽しめると思う。

 才能がないスロースターターだから、すごく簡単な曲が演奏できたら、それだけでうれしい。簡単なハモりでも体験できたら、天に昇るほどの絶頂感を感じる。音楽ができる人には簡単な事かもしれないけれど、才能のないスロースターターには、夢の世界に足を踏み入れたような出来事だから、とても楽しい。

 きっと、才能があると、そんなレベルの低いところでは満足できないだろうなあ。努力に努力を重ねて、自分をどんどん高みに上げていかないといけない。でも、どんなに上達しても、そんな自分に満足できない自分がそこにいるわけだから、かなりつらい思いをするでしょう。「持てる者の苦しさ」という奴です。

 音楽は趣味だから、才能がないから「ま、所詮はこんなもの」と、適当なところで諦めもつくし、自分なりのレベルのところで楽しめる。

 逆に(個人を攻撃するつもりはないから、勝手に傷つかないでね)、才能がないのに、キャリアばかり長くて、それなりに努力も積み重ねているのに、下手くそだったら…とても悲しい。そんな人でも、音楽を聞く耳を持っていなければ、自分を取り巻く小さな世界で、大きな顔をして、エラそうな態度で、気持ちよく過ごせるかもしれないけれど、私は悲しいかな、音楽を演奏する才能はないけれど、音楽の美醜を判断する能力はあるんだよね。聞く耳は持っているんだよね。耳はあるのに力がなかったら…ああ、地獄だ!

 才能がないと知っていながら、キャリアばかりを積み重ね、それで何モノもなし遂げていない自分をこの世に発見したら、つまり居場所がない事に気づいたら、私のことだから、きっと自分が壊れてしまっているだろうと思います。モーツァルトの一人や二人、殺しちゃうかもしれない。

 ああ、人間にとって、どんな環境であっても「足るを知る」事ができれば、そこがパラダイスだと思う。私のような音楽の才能のない人間だからこそ、スロースターターである事で、初めて「足るを知る」事ができると思うと、本当に音楽の才能かなくて良かったと思う。スロースターターで良かった。本当にそう思います。

 それに若い時に、音楽にのめり込まなかったために、色々な経験ができて良かったと思う。音楽って、始めちゃうと、ホント、時間を食うと思う。時間って人生なんだよね。今、つくづく時間の大切さと、音楽にかかる時間を感じることができます。一度しかない貴重な人生を、才能もないのに音楽につぎ込まなくてよかったよ。

 ああ、それにしても、私って、なんて、傲慢な奴なんだろ(爆)。これでも、だいぶ、丸くなったんだけどなあ(核爆)。

2010年4月15日 (木)

息は鼻で吸うの、口で吸うの?

 初心者の頃は大いに悩みました。声楽でも、フルートでも、習い始めの頃に、先生が変わった時に、必ず「息は鼻から吸いますか? それとも口から吸いますか?」と尋ねたものです。それくらい、昔はこの点にこだわっていました。おそらく、かつての私のように「息は鼻で吸うの? それとも口で吸うの?」と悩んでいる人がいらっしゃるでしょうから、記事にしてみます。

 最初に結論を書けば「まずはご自分の先生に尋ねてください」です。と言うもの、この問題、どうも門下とか流派とかで違うみたいです。なので、ご自分の先生に尋ねるの一番いいです。

 じゃあ、すとんさんはどうなの?ってところですが、実は今では、全然気にしてません。なぜ気にしていないのか? それは「息を吸う事は、ちっとも大切なことじゃないから」です。大切じゃない事に、気を配る余裕は私にはありません。

 「息を吸うのって、大切でしょ。だって、息が足りなくなったら困るじゃん」 …はい、かつての私もそう考えていました。でも、この考え方がそもそも間違いで「息が足りなくなったら困る」じゃなくて「息が足りるように吐く」事がポイントだし、足りなくなったら、苦しみながら歌うのではなく、潔くあきらめて、サッサと息を吸って歌い続けるか、息が無くなったところで演奏をあきらめるか、まあ、そんな感じです。

 そう、ポイントは「息が足りる」ようにする事なんです。そのために呼吸筋を鍛えるわけだし、そのために“息の支え”をしっかりしていくんです。

 「息は花の香りをかぐ程度吸えば十分」なんだそうです(誰が言ったか、忘れましたが、有名なオペラ歌手の言葉だったと思います。カルーソーだっけ?)。問題は、その吸った息をキープしつづける呼吸筋の使い方にあります。

 それに、たくさん息を吸うと…かえって苦しいし(笑)。だから、むやみに息をたくさん吸わない事にしたんです。

 でもでも、たとえちょっとであっても、人は息を吸うわけで、それは鼻なの? 口なの?という疑問は残りますね。私は…両方かな? 結局、息は背筋で吸うので、鼻も口も単なる息の入り口にしか過ぎないような気がします。なので、鼻も口も開けっ放しにして、背筋の力でググーっと吸っちゃいます。

 無論、鼻呼吸や口呼吸の言い分も知ってますよ。鼻呼吸の有利な点は、深く息が吸える(ような気がする)こと。鼻呼吸は口で息をしないので、ゴミを吸い込んだり、ノドが乾燥することを避けることができます。ホコリっぽいところや乾燥したところで歌う時には、鼻呼吸の方がいいかもね。あと、鼻呼吸だと、常に鼻というか顔面に意識が行くので、顔面に声を響かせる高音の発声には、有利かもしれません。フルートなどでは、鼻呼吸をメインにすると、アンブシュアの形をずっと維持できるという利点もあります。

 一方、口呼吸だと、短時間で大量の息を一度に吸えるという利点があります。確かに鼻呼吸だと呼吸に時間がかかりすぎますね(笑)。あと、口呼吸だと、ノドを広げたままの状態で息を吸えるので、吸ったらすぐに歌いだせるという利点もあります。

 でも、ほんと、息なんて、ギリギリまで吐いていたら、次の瞬間、息を吸おうなんて考える前に、自然と体内に空気が取り込まれているものです。不思議ですね。だから、息を鼻で吸うとか、口で吸うとか考えるのが、面倒くさくって(笑)。

 だから本当に大切なのは「息をどう吸うか」ではなく「きちんと息を吐く事」だと思います。息はきちんと吐ければ、別に息を吸おうと思わなくても、次の瞬間には必要な息が体内に取り込まれていますよ。逆に、息をきちんと吐ききらないと、息は体内に入ってこないので、作為的に吸わないといけません。息を吐ききらずに、作為的に息を吸い続けていると、肺内に汚れた空気(つまり二酸化炭素だね)で一杯になり、だんだん苦しくなってきて、陸にいながら、溺れるのと同じ状態になってきます。これは、苦しいよ~。

 ちなみに、苦しくなってきたら、とにかく急いで、息を吐き切る事。息を吐きれば、新鮮な空気を取り込む事ができます。

 最後、息を(無意識であっても)吸う時に、カラダのどこを使うかという話をします。体育の時間のラジオ体操の影響って、すごく強いと思います。だから、息を吸うとなると、胸郭を広げて、息を吸うような気がしますが、これはあまり良くないみたいです。息を吸う時は、腰の後ろの部分を外側に広げる感じに意識すると良いようです。慣れないうちは、簡単にできませんので、ちょっと練習が必要かもしれません。

2010年4月14日 (水)

なぜ、コンサート会場に楽器を持ってくるの?

 もちろん、フルーティストの話です。歌手や声楽家の話じゃないよ(笑)。

 これは、吹奏楽系のコンサートでは顕著だし、クラシック系のフルートコンサートでも結構目につくし、実はジャズ系でもそうなんですよ。

 なんで、フルーティストは、肌身離さずに、どこへでもフルートを持って行くの? すっごく、不思議。

 おそらく、日本の楽器人口の中で、一番メジャーなのは、ピアニストだと思うけど、ピアノは持ち運べないから、これはオミットするとして、次に大群なのは、ギタリストだと思う。だけど、ギタリストがギターを持ち運ぶのは、原則、自分の練習とかライブの時だけ。コンサートに行く時に持っていく事はしません。

 ギタリストと比べると、数的には激減するけれど、管楽器奏者という方々が、吹奏楽の影響でしょう、我が国にはたくさんいらっしゃいます。しかし、これらの方々、例えば、サックス吹きがサックスを、クラリネット吹きがクラリネットを手荷物にしたまま、演奏会場に行くってのは、ないでしょ(たぶん)。でも、フルーティストの皆さんはフルートを平気でコンサート会場に持ち込む。

 訳ワカメ、いや、訳わかんない。

 練習帰りだし、楽器が小さいから、そのまま持ち込んじゃう? まあ、ない話ではないけれど、私なら、フルートを駅のコインロッカーにでも預けるよ。その方が身軽でしょ。百歩譲っても、コンサート会場のクロークに預けるかな? もっとも、それ以前に、練習帰りにコンサートに行かないし。

 別にコンサート会場にフルートを持ち込むな、と言いたいわけじゃないです。別にフルートなんて、音楽鑑賞のジャマになるわけでもないので、お好きな方はどうぞドンドン持ち込んじゃってくださいって感じですが、私は、大切な楽器を、演奏をするわけでもないのに、コンサート会場に持ち込むなんて考えられない人なので、なぜ、こうも、多くのフルーティストさんたちが、コンサートに楽器を持ち込むのかが理解できないだけです。

 それとも、フルート村の憲法に「コンサートに行く時は、必ず愛器を携帯するべし」という規則があるのでしょうか?

 どなたか、納得のいく説明をプリーズです。

2010年4月13日 (火)

高い音だからと言って頑張らない

 今までは高い声は頑張って歌っていました。頑張って…つまり“力づく(笑)”。ほら、私の座右の銘の一つに「なせば成る。なさねば成らぬ何事も。成らぬは人のなさぬなりけり」というのがあり「成らぬは人(つまり、自分)のなさぬなりけり」だー! と言うわけで、気合をいれて、力を込めて、無理やりに、高いところであっても、低いところであっても、歌っておりました。なので、元気が良いと、高いGとか、もっと上とかも無理やり歌っておりまして「ほんと、すとんさんは、ノドが強いね。普通、そんな事をやると、声をつぶすんだけどねえ…」と、当時の指導者たちに呆れられておりました。

 でも、年をとり、そうそう無理が効かなくなりました。それに、キング先生と出会って以来、根本的な発声方法を変えてしまったと言うこともあって、しばらくは、いわゆる高音と縁のない生活を過ごすようになりました。

 発声方法を変えて、ゼロから声を作りなおして、音域も低いところから少しずつ、積み上げて、はや三年。その過程で、壁となっていたFisもいつの間にか越えていました。いつも声が割れていたGも割とうまく行くようになりました。今はGisとかAとかを普通に出せるようにしたいと思ってます。

 単なる発声練習なら、すでにAはクリアしています。今はBやHを声を割らずに出すというのが課題です。そしていずれは、Hi-Cを常用したいと思ってますから。だって、テノールだもん。そのためにも、高音は、楽に安定して出せるようになりたいです。

 一時期は、音域がなかなか広がらず、声も太くて低いまま留まっていたので、自分がテノールで有ることにちょっと疑問を持った時期も、正直ありました。いやあ、アイデンティティーが崩壊していたんですね。単に、うまく頭声での発声ができなくなっていただけなんですが…。

 さて、声楽と平行して、フルートを学び始め、その二つに関する様々な事が私の中で、一つになったり分かれたりしています。

 フルートで高音を発音する時、むやみに息を吹き込んでも良い音は出ません。まず大切なのは、きちんと鳴るポイントに息を当てること。これが最初。次にそのポイントに適切な息を送ること。そうでないと、音が割れたり壊れたり、低い音や混ざったり、音が裏返ったりしますからね。さらに、適切な息とは、どうやら、少ない息でなおかつ、十分な速度を保った息のことだと分かりました。そして、息が十分な速度を保つためには、しっかりと息を支えることが必要なんだという事も分かりました。

 歌とフルートと、全く同じというわけにはいきませんが、色々と共通する部分や、参考になる部分はあると思います。

 私は人間の声帯ってのは、長さが自在に変わるダブルリードではないかと思ってます。

 リードですから、適切な厚みというか、腰の強さが必要です。よく「リラックス」が言われますが、力の入ったノドは、堅くて振動しずらいリードのようなものかもしれません。だから、リードである声帯が心地よく振動するためにも…脱力は必要なんでしょうね。もっとも、リラックスしすぎちゃうと、ウィスパーヴォイスになってしまって、歌になりませんけれど(笑)。

 さて、声帯はリードのようなモノですから、あまり強い息を吹き込むと、息の強さにリードが負けてしまいます。高音を出そうとして、強い息を吹き込むと、最近はその息でノドが塞がるような気がしていましたが、これはおそらく、息の圧力に声帯が負けてしまっていたのかもしれません。

 かと言って、弱い息では、高音に必要な振動をリードである声帯に与えることができません。だから、弱い息ではダメです。そうなると、管楽器同様、少ない息でなおかつ十分な速度を保った息を声帯に送る事ができれば、高音も多少は楽に発声できるのでは?と、理詰めで考えました。

 なので、ただいま、実験中です。もちろん大切な要点は、私の場合「少ない息を声帯に送って、高音にチャレンジ」です。少ないけれど、強い息が出せれば、いい感じで高音が出るような気がしますが、息を少なくしようとすると弱くなってしまい、しっかりした息にしようとすると息がたっぷりになってしまいます。

 あちらを立てれば、こちらが立たずで、案外難しいものです。

 なので、一応、心がけとしては「少ない息で高音にチャレンジ」ですが、実際には、むしろ「高い音だからと言って頑張らない」「息の勢いではなく、支えの力で高音を出す」みたいな感じでやってます。

 理屈は大切ですが、人は理屈どおりには動けませんからね。「高い音だからと言って頑張らない」程度の気持ちで十分なんだと思います。かるーく、かるーく、息の通り道をきちんと確保しながら、多少音量が犠牲になろうとも、しっかり少なめの息をノドに送って歌ってみたいと思ってます。

2010年4月12日 (月)

フルートは元々木管?

 よく聞く言葉に「フルートは、今は金属でできているけれど、昔は木でできていたから、木管楽器なんですよ」って奴。

 フルートは、確かにトラヴェルソまで逆上れば木管だけど、ベーム式をもって現代フルートの鏑矢とするならば、フルートは最初から、銀製品であって、木管ではないです。

 だいたい『木でできているから木管楽器』なら、サクソフォンなんて、ただの一度も木で作られたことがないのに、木管楽器でしょ? 一度も木で作られた事がない楽器を木管楽器と呼称しているサックス奏者って詐欺師ですか?って話です。

 つまり、木で出来ているかいないかなんて、どうでもいい話で、木管楽器は、木でできていなくても木管楽器なんだと言うこと。つまり“木管楽器”という言葉そのものが、ある意味、間違いなんだね。

 では、木管楽器の共通点ってのは何かと考えると…リードを使用して音を出すという点でしょ。リードを使用して、リードが原音を作り出し、その音を管体で調性して楽音を奏でる楽器であるということ。

 だから、クラリネットもオーボエもサクソフォーンも皆リード楽器でしょ。クラリネットやサクソフォーンがリードを一枚だけ使用するシングルリードの楽器で、オーボエはリードを二枚使用するダブルリードの楽器です。

 フルートはリードを使わないじゃん?…って思いますよね。フルートの場合は“エアリード”と言って、葦やプラスチックではなく、空気そのものリードとして活用しているだけです。

 だから、木管楽器というのは、本来、リードを使用しているリード楽器って程度の意味でしょう。

 対して、金管楽器は、ほぼ全部、真鍮製なので「金属でできているから金管楽器」と言っても間違いではないと思います。ただし、木管楽器との対比で考えるなら、マウスピースを使ってクチビルを振動させ、その振動音を増幅させる楽器の総称と言うことができるでしょう。

 ちなみに、木でできた金管楽器って…アルペンホルンがありますが、これは民族楽器なので、例外的な扱いにしてもいいと思うので、この上の段落では『金管楽器は、ほぼ全部、真鍮』と書きました。

 まとめです。

 リードを振動させて音を出す楽器…木管楽器
 クチビルを振動させて音を出す楽器…金管楽器

 おそらく、木管楽器、金管楽器という、日本語の呼称が不適切なんだと思います。日本には、元々、“笛”と“ラッパ”っていう、正しい日本語があるんだから、木管楽器と呼ばずに笛、金管楽器と呼ばずにラッパと呼べば、誰も誤解なんてしないのに。Woodwind instrument と Brass instrument の訳語を作る時にヘマッたんだと思います。

2010年4月11日 (日)

花粉症とヤクルト[2010年4月第2週・通算13週]

体重:108.0kg[+0.5kg:+0.1kg]
体脂肪率:32.3%[+0.5%:-0.5%]
BMI:34.1[+0.2:+0.1]
体脂肪質量:34.9kg[+0.8kg:-0.6kg]
腹囲:105.0cm[+-0.0cm:-0.3cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 いよいよ、ヤバイですよぉ~。体重が減るどころか、増える一方で、これはさすがにどうにかしないといけない、危険域に突入しつつあります。分かっちゃいるけれど、なかなか体重は落ちません。カラダが太る時期に突入してきたのかな? 困ったものです。

 ところで、四月もそろそろ中旬で、花粉症の方も、あと一息ってところでしょうか? 花粉症の皆さん、今年はどうでしたか?

 今年の花粉は、例年と比べて、飛散量が少なかったそうですが、アレルギー患者にとっては、「どれだけ飛んでくるか」が問題なのではなく「飛んでいるのか、いないのか」が問題ですよね。だって、ほんの少量の花粉だって、アレルギー症状は出てしまうのですから。

 実際、花粉の飛散量が少ないと言われている今年ですが、それでも花粉症の人は、例年どおり花粉と戦っているわけですし、私の周辺の花粉症患者さんたちは、やはり例年どおり大変なようです。花粉症は、イヤンな病気です。

 で、私ですが、私は決して花粉症の軽い人ではない(どちらかというと、重症な方な)のですが、今年はほとんど症状が出ませんでした。例年なら、鼻も目もひどくって、ノドが腫れて声が出なくなって、発熱までしちゃう年だってあるのに、今年は全然平気。もちろん、一応、マスクはしてますが、それでも今年の場合、目を洗ったのもわずかに3回だけです。例年なら、多い日で一日に3回も目を洗う時があるのに(笑)。

 どうも、花粉症がちょっとかもしれませんが、良くなったようです。で、その原因をつらつらと考えるに、どうも、ヤクルトが原因ではないかな?って気がします。

 実は私、花粉症のシーズン開始直後からヤクルトを飲み始めました。それも普通タイプではなく“ヤクルト300”という、通常の300パーセントの濃厚タイプのヤクルト。でも、本当は300ではなく、400、それもノンカロリータイプのヤクルト400が欲しかったんですけれどね。

 花粉症が始まって間もない頃、我が家にヤクルトの販売促進のお兄さんがやってきました。そして、いくつかの試供品を置いていって、もし気に入ったら契約して欲しいと言いました。なので、一週間考えさせてほしいと返事をしたんです。

 で、お兄さんが帰った後、それらを飲んだ時に、なぜか、ヤクルト400に惹かれた私でした。『あ、これ、毎日飲みたい』ってカラダが言っているのが聞こえたんです。

 せっかく我が家まで足を運んでお兄さんが営業に来たわけだし、このヤクルト400って宅配専用製品なので、同じものはスーパーでは売っていません。なので、翌週、お兄さんが我が家にやって来たら、契約して、毎日ヤクルト400う飲むことにしよう。それまでは、普通にスーパーで売っているヤクルト300で我慢する事にしよう。そう決めました。

 と言うわけで、花粉症のシーズン始めから、ヤクルト300を飲んでいる私ですが、飲み始めてから、ピタっと花粉症の症状がなくなりました。全く驚きですよ。カゼイシロタ菌って、花粉症に効くみたいです。

 ま、これもいわゆる、一種の“体質改善”って奴だと思います。私の友人で、以前、養命酒を三カ月飲んだら、花粉症が治ったという人がいます。その話を聞いて、それを真似て、私は数年、養命酒を飲みましたが、結局、花粉症は治りませんでした。その代わり、体重が40Kgほど落ちました(笑)。私の場合、養命酒で体質改善をして、花粉症は治らなかったけれど、肥満症は解決しました。養命酒はいい薬です。でも、私の場合、経済的な理由で、養命酒を止めた途端に太り始めました(汗)。そういう意味でも、養命酒って、薬効抜群なんですね。で、養命酒を口にしないまま、今に至ってます(汗)。…だって、養命酒って、安くないんだよ~。

 話を戻しますが、私の場合、ヤクルト300が花粉症に効いたみたいですが、他の人がそれを飲んだからと言って、花粉症が治るわけではないでしょう。花粉症は治らずに、体重が減ってしまうかもしれません。なので、花粉症完治を期待してヤクルトを飲んではダメよ。でも、私の花粉症にはヤクルト300が効いたという事です。

 しかし、ヤクルト300を飲み始めてから、花粉症は良くなりましたが、体重が増えて増えて困ってます(涙)。これも体質改善のおかげです(涙々)。

 まもなく、花粉症の季節が終わるので、ヤクルト300も安くないし、これ以上体重が増えるのも困るので、ヤクルトの飲用を辞めようかなあ…と思案しています。また、来年、花粉症の時期になったら飲むかもしれませんが(笑)。

 なにしろ、チリも積もればなんとやらで、毎日スーパーでヤクルト300を買うのも、なんかねえ…(笑)。最初にヤクルトを売り込みに来たお兄ちゃんは、来週来ますと言ったきり、全然来ません。近所も歩いていません。こっちは待っているのだから、やってきたら、すぐさまヤクルト400(ノンカロリータイプ)を契約していただろうし、契約をしたら、ずっと飲んでいたでしょうが、今頃来ても、もう契約してあげない。ああ、ビジネスチャンスを逃したね。

 ヤクルトは地元の企業でもあるので、親切にしてあげたいんだけどねえ…。

 それはともかく、ヤクルトを甘く見てはいけません。味はほんのり甘いのだけれどね。体質改善はできるみたいです。どんなふうに体質が改善されるかは…人によって違うでしょうが(笑)。

 ちなみにヤクルトのホームページはこちらです。

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2010年4月10日 (土)

サツキが沈みました

 転覆病で、常に腹を上にしたまま水面に浮かんでいたサツキがついに沈みました。沈み始めたのは4月2日の金曜日、この日はちょうど良い感じで、水面と底面の間を漂っていました。このくらいの位置にいると、転覆病であっても居心地がいいのか、サツキも楽しそうでした。もしかすると転覆病が治るのかな…と思って、様子を見ていたのですが、翌日の土曜日になると、底面にしっかりと沈んでしまいました。あれから一週間、サツキは底に沈んだままです。

 水面に浮かびっぱなしというのもアレですが、底に沈みっぱなしというのもアレです。沈んだままピクリとも動かない金魚って、ちょっと見、死んじゃっているみたいでねえ…。

 沈み方なんですが、腹を上にではなく、真横になって沈んでいます。だいたい、左半身を下にしている事が多いです。で、時折、右側の胸ヒレをユラユラ動かすので、生きている事が確認できます。

 エサの時など、がんばって泳いでいるので、元気と言えば元気なんでしょうが、見た目は瀕死です。ま、金魚は転覆病では死なないのですが、ずっと底で寝っころがっていると、砂利に巣くうバクテリアにやられるので、どうなんでしょうね。

 とにかく、浮きっぱなしから沈みっぱなしに状態の変わったサツキちゃんでした。これは事態が好転しているのか、悪化しているのかが、分かりません。どっちなんでしょうね。

2010年4月 9日 (金)

カーペンターズの「音楽さん、ありがと」

 別にネタがないわけじゃないけれど、見つけちゃったので、ご紹介します。「お気に入り」と言うよりも「お宝」なので、落ち穂拾いではなく、普通の記事にします。

 昔、FMラジオで聞いたきり、一体どうなったんだろうと思っている音源がいくつかあるのですが、その中の一つをYouTUBEで見つけました。それは…

 アバの「サンキュー・フォー・ザ・ミュージック」を歌っているカーペンターズの音源です。ええと、これです。最初の30秒は司会者がしゃべっているだけなので、その部分は飛ばしちゃってかまいません(笑)。

 ね、珍しいでしょ。これ、公式発売されていない音源なんですよ。ちなみに、アバはこれに応えて、当時カーペンターズがカバーをした、ミュージカル「エビータ」の中の「アルゼンチンよ、泣かないで(Don't cry for me Argentina)」を歌ってますが、こっちはYouTUBEにはアップされていませんね。

 まあ、ABBAは音源管理がきちんとしすぎているくらいだから、なかなかYouTUBEに音源が流出することはないだろうし、「アルゼンチンよ、泣かないで」は、ポピュラー方面では、すっかり『マドンナの歌』ってイメージになっているから、今さらねえ…。ちなみに、この曲の本当のオリジナル歌手はサラ・ブライトマンじゃなかったっけ?

 で、これで終わりにしてもいいんだけれど、もう一つ、カーペンターズ関係でお宝映像を見つけたので、それもご紹介(はぁと)。それは、カーペンターズのデビュー映像です。それは、これね。

 曲は「ダンシング・イン・ザ・ストリート(Dancing In The Street)」。つぎはぎの編集版ですが、1968年のテレビ出演だそうです(画面の字幕スーパーには1966年と出てますが、おそらく間違いです)。ボーカルをとっているカレンは、当時18歳ですね。高校を卒業したばかりですよ。若いですね。

 ちなみに、この時のグループ名は「カーペンターズ」ではなく「リチャード・カーペンター・トリオ」です。実はまだポップスコーラスグループではなく、ジャズトリオだったんですね。だから、カレンは歌も歌ってますが、ドラマーなんですよ。

 兄妹以外のベース奏者は、ビル・シショフ。この人は、これっきりのトラの人で、後のカーペンターズには参加してません。

 この曲は、マーサ&ザ・ヴァンデラスがオリジナルですが、私たちの世代だと1985年に発表された「OK? トーキョー!」で始まる、デビッド・ボウイとミック・ジャガーのデュエット版の方が馴染みがあるんじゃないでしょうか?

 と言うので、ボウイとジャガーのバージョンはこちら。これもある意味、お宝映像ですよね。

 ああ、デビット・ボウイはオッサンの目から見ても、カッコいいなあ…。モノホンのイケメンだよなあ…。ロックレジェンドのミックがダサく見えるよ。

 さて、この「ダンシング・イン・ザ・ストリート」は、後にカーペンターズが正式録音をしています。日本では、2001年に発売された「レインボウ・コネクション」に収録されています。そこに納められたのは、1978年のテレビショーからの音源なんだそうで、今回の音源の十年後ですね。おもしろいことに、この「レインボウ・コネクション」、目下のところ、カーペンターズの最新アルバムで、日本発売は2001年ですが、その他の地域(本国アメリカ含む)では2004年に発売されたそうです。つまり、カーペンターズは、今となっては、日本向けのローカルスターってことなのかな?

 確かに、日本人はカーペンターズと、本当に好きだもんなあ…。

2010年4月 8日 (木)

ジャズっぽい演奏をしよう

 フルートの練習をしている時に、アルテはクラシック系なので、譜面どおりキチっとやる事を心掛けていますが、セッションレッスン用の曲は、色々と考えながら練習しています。

 カチッと作曲された、ポップスやロックは、クラシックほどではないにせよ、やはりカチっと演奏しないといけませんが、古めのスタンダードナンバーは、譜面そのままではなく、ジャズっぽくというか、できればオシャレに演奏したいなあと思います。特に、同じ楽譜を二度三度と繰り返す曲(歌詞があれば、二番三番と歌うような、有節歌謡です)の場合、一度目は楽譜に準じて演奏する(つまり、テーマの提示)にしても、二度目三度目は、ジャズっぽいフィーリングで吹きたいと思ってます。

 だって、楽譜どおりにやってもツマラナイし、楽譜どおりにしか演奏できないツマラナイ演奏家にはなりたくないもん。

 なので、心掛けている事が何点かあるので、列記してみます。

1)デタラメには吹かない。少なくともリズム、または音程のいずれかは残したい

 これは、あまりメロディから離れないことを意識してます。元のメロディのリズムだけを変えて演奏するとか、リズムは同じで音程だけをコード内の他の音に置き換えて演奏するようにします。まずはアドリブの初歩って奴だね。

2)アクセントの位置を変える。本来の弱拍を強拍にし、強拍を弱拍にする。

 つまり、アフタービートというか、バックビートというか、後ノリというか、そういう感じにフレーズのアクセントを変えます。これだけでも、譜面上は全く同じでも、メロディの印象が変わるので、おもしろいです。

3)シンコペーションを多用し、メロディーの前を喰ったり、後ろにダレたりする。

 これで、なんか、ありふれたメロディーが、なんとなく都会的というか、夜っぽい感じと言うか、酔どれっぽくなって、かっこよくなります。

4)白玉音符の代わりに、いかしたフェイクをバンバン入れる。

 白玉音符というのは、二分音符とか全音符とか、いわゆる長めの音符の事です。クラシックだと、そういうところはビブラートを効かせて伸ばすんだろうけれど、おしゃれなジャズは、そういう時は、ビブラートではなく、いかしたフェイクをドンドン差し込んでいくみたいです。だから、常日頃から、そういう、いかしたフェイクを蓄えておかないといけませんね。それも考えて演奏するんじゃなく、もう手癖のレベルでバンバン入れられないと、かっこよくありません。

 そういう手癖レベルのフレーズって…ううむ、たぶん、今の私は二つくらいしか持ってない(笑)。
 
 
 ま、こんな事を心掛けながら、有節歌謡の曲は、二番三番をアドリブっぽく演奏するように心掛けています。実際に、ここに書いた事がきちんとできれば、かなりイケた演奏になるはずです。

 とにかく、フルートには歌詞がありませんからね。歌なら歌詞があるから、二番三番が一番と全く同じフレーズであっても、無問題だけれど、歌詞のないフルートは、同じことを繰り返しては、聞いている方は退屈するだけですから。そこはそれ、譜面なんて、軽く無視して、ちょっとオシャレに演奏したいものです。

 私がもっと上達してくれば、列記事項もドンドン増えるでしょうが、まあ、ジャズフルートっぽいものを始めて、ようやく二年ですから、この辺で勘弁してください。

2010年4月 7日 (水)

私の日々のフルートのお手入れ方法(2010年式)

 約半年ぶりでしょうか、久しぶりに、フルートのお手入れ方法の記事を書きます。この半年で、フルートのお手入れ方法が変わったところもあり、変わらぬところもありなので、記録として書いてみます。

 まず、基本ベースとしては、私は面倒くさがりです。あと、マメではありません。なので、フルートのお手入れは一日一回、練習が終わった最後の最後にします。練習を中断する時は、片づけるのではなく、フルートスタンドに差して放置です(笑)。水分がたまって、どうにもならなくなった時は、フルートを組み立てたまま使える、ロングタイプのクリーニングロッドでチャッチャッと管内を拭きます。

 で、一日の練習も終わり、いよいよ片づけとなると、まずフルートを三つに分解して[当たり前]、ウェットティッシュ(百均で購入)でリッププレートを拭きます。それから、ベビー用のガーゼハンカチ(タダみたいに安価)をクリーニングロッドに巻いて管内を通過させたら、BGのヘッドスワブ(こいつは入手困難か? 私は銀座のヤマハで買いました、千円程度)で頭部管の中の水分をきれいに取ります。

 それから綿の手袋(ドラッグストアで購入、極めて安価)をはめて、東レのトレシーで外側を拭きます。日々のお手入れは、これだけ。たまに時間があると、キーメカの細かい部分を豚毛の絵筆(画材店で購入。千円前後で意外なお値段)で掃除してみたり、綿棒にアルコール(薬局で無水アルコールを購入。1500円前後)をつけてライザを掃除したり、セーム革(家電店で購入。デジカメ用、千円程度)で管体を磨いたりもします。でも、それだけ。

 お手入れの時に手袋をはめるのは、不器用だからです。本当は大きなトレシーを使ってフルートを持ちながら磨けばいいのだろうけれど、それをやると、フルートを落としそうなので、手は手袋をはめ、磨き布は磨き布として別に使うことにしました。

 そうそう、普段使いの磨き布がトレシーに変わりました。以前は、セーム革をメインに使っていたのですが、それがトレシーに変更です。深い理由は別にありません。ある日、アルタスから郵便で「フルート磨きに使ってください」とトレシーが届いたので、それを使っているだけです。当時使っていたセーム革が汚れてきて、そろそろ洗濯しないといけないなあ、でも面倒だなあと思っていた時だったので、あっさりセーム革からトレシーに切り換えました。

 変えた感想ですか? セーム革で磨いた方がフルートはピカピカになると思います。光沢が増すって感じです。でも、トレシーは薄いので、取り扱いが楽だし、細かいところまで拭けるし、バックに入れてもスペースを取らないので便利だし、総合的に考えると、日々のお掃除用には、トレシーの方が便利かな? だいたい、貰い物なのでタダだし(笑)。なので、トレシーを普段使いにして、たまに、セーム革を取り出して、ピカピカに磨くという作業をします。

 ポリッシュ系のものは一切使っていません。フルートって、毎日練習すると、一週間ほどで、リッププレートが薄汚れてくるでしょう。以前は、その汚れが気になったので、週末のたびに、シルバークロスを使って掃除をしていましたが、それでも丹念に磨かないとリッププレートがきれいにならなかったので、ちょっと閉口してました。そこで「その日の汚れはその日のうちに」というわけで、毎日、ウエットティッシュで、リッププレートを軽くぬぐうようにしたところ、いつもキレイに保つ事ができ、シルバークロスの出番はなくなりました。もちろん、ウエットティシュで拭いた後は、きちんとトレシーで拭き掃除をします。

 そうそう、豆知識。お手入れの際は、フルートの持ち方に気をつけましょう。原則として、メカ部分は持たないこと。足部管や胴部管のお手入れの時は、管の一端に指(主に左人指し指)を入れ、反対側はふくよかなお腹にあてて、二点を固定して、お手入れしてます。

 あと、どうしてもピカピカでないと気が済まないという人は、希釈したアルコールをスプレー噴射して管体を拭くと良いそうですが、そんな面倒なことは、私はしません。また、しつこい汚れやサビは、ポリッシュで磨くのもいいですが、ベンジンでサッと拭いても取れます…というか、ベンジンの方が楽です。楽ですが、やっぱり私はやりません(笑)。

 結局、楽器屋で売っているお手入れ道具の類で、私が普段から使っているのは、クリーニングロッドだけだな。それもヤマハの一番安い300円の奴(笑)。いやあ、楽器屋に売っているお手入れ道具って、きっと便利なんだろうけれど、ちょっと高めの値段設定なんで、なかなか買えません。

 お手入れに要する時間ですが、私は手が遅いという事もあり、結構かかります。15~20分くらいですが、毎日、それだけの時間をお手入れに使っているのはもったいないです。最近では、発声練習代わりに歌っているような歌(当然、暗譜してます)を歌いながら、手だけをオートマチックに動かして、お手入れをしていたりします(笑)。

 こんな感じの簡便なお手入れですが、とりあえず購入して2年ですが、外部には黒づみはまだありません。管内は以前アップしたとおり、炭のように真っ黒ですから、こんなお手入れ方法でも、十分な効果があると思います。

 ま、いずれオーバーホールに出すのだから、本格的にピカピカにするのは、その時に、磨き職人さんにお願いすればいいやと思ってます。

2010年4月 6日 (火)

声質ばかりは神様のプレゼントなので、どうにもできません

 私がここ数年、入団を望みながらも果たせていない(つまり、入団試験[と言うほど大げさなものではないけれど、言葉で表すとそうなります]に落ち続けている)合唱団があるのですが、その団の関係者の方に、なぜ私が団に入れないのかを、親切に尋ねてくださった方がありました。

 その方の話では「あの人は、声が強すぎるんですよ。合唱のテノールには、あんなに強い声はいらないんです。バリトンだったら、あれくらい声が強い人も欲しいけれど、テノールにはいらないんです」だって。

 つまり「あなたはいらない」ってこと。「いらないから、入れない」ってこと。「下手クソ」だから入れないと言われたら、下手クソ脱却のため、努力のし甲斐もあるし、頑張っちゃうけれど、「あなたは(声が強いので)いらない」と言われたら、何の手も打てません。だって、声の強い弱いなんて、それはもう生まれつきの事だし、どうにもならないよ。努力も何もあったもんじゃない。

 それにしても、声が強いねえ…。自分の声って、自分ではよく分からないけれど、そんなに私の声は強いかい? 私の最近の声質は、キング先生に言わせれば、レジェーロ。レジェーロからせいぜい、リリコ・レジェーロどまり。

 ちなみに、テノールの声質は、強い方から弱い方へ並べてみると「ドラマティコ」「スピント」「リリコ・スピント」「リリコ」「リリコ・レジェーロ」「レジェーロ」ってわけで、私の声質は、どちらかと言うと“弱い”と自分では認識しているんだけれど…ね。

 この「声が強すぎる」という回答は、私が直接聴いたわけではないから、社交辞令とかではなく、ブッチャケ本音トークなんだろうけれど『合唱には声が強い』ねえ…。なんか、納得いかない。

 私はあんまり信じたくないけれど、声という観点から見ると、声楽と合唱は両立しないものなのかしらねえ?

 確かに、独唱ばかりやっている人の声は、そのままでは合唱には向かないと思います。でもね、世の中には「大は小を兼ねる」という言葉もあります。合唱しかできない声もあるだろうけれど、独唱ができるなら、合唱はできると思うんだけどなあ。独唱しかできない声ってのは…ありえないと思うんだよね。

 楽器の世界で言えば、合奏ならできるけれど独奏はできませんという奏者はいるだろうけれど、独奏は得意ですが、合奏はできませんという奏者は…たぶんいないと思うけれど…違う?

 昨年、第九を歌った時、キング先生に言われたのは「軽く、軽く、押さえ気味に、全部をpからmpくらいの音量で歌うようにしてくださいね」って事。実際に、音量に関する表現記号は2段階くらいに落として歌ってきました。私だって、歌う時はいつもffってわけじゃないし、それなりに周りに合わせたり、音量落としたりって、一応、できるんだよ。

 もっとも私の場合、歌声ではなく、話し声のレベルですら、周囲の物音にかき消されることなく、ビーム砲のように、よく通るんだよね。だから、どんな雑踏の中でも、私の声はよく聞こえるんだそうです。

 学校のセンセをしていた時は、とても便利でしたよ。だって、授業中でも声を張る必要がないから。生徒がどんなに騒いでいても、普通にと言うか、多少テンション低めでも、私の声だけはきちんと通る。体育館のようなところでも、マイクいらずだからね。

 その代わり、内緒話というのは、今でもできません(汗)。だって、みんな丸聞こえだもん。

 まあ、だから、声が周囲には簡単に溶けないと言うのは、自覚してます。合唱をすると、声が浮くという認識だってあるサ。だから、第九では、かなり押さえて歌ったわけよ。

 でも、第九は楽しかったよ。合唱は久しぶりだったしね。ただ、声を押さえっぱなしというのは、実はストレスがたまる事です。趣味なのにストレス溜めちゃ、本来は、いけませんね。

 今回の場合は、三カ月という期間限定の第九だから、乗り切れたし、別に合唱しかやっていないわけではなかったので、第九合唱団で声を押さえて歌っても、なんとかなったけれど、これがパーマネントな活動をする団体に入り、合唱団でしか歌う機会がなかったら、…私は途中でブチ切れちゃうかもしれない(笑)。

 つらつらと思うに、私は別に、そんなに強い思いで合唱をやりたいわけではないです。やっぱり、合唱よりも独唱がしたい人なんだな。でもね、そんな私でも、合唱団に入りたいと願うには訳があります。それはオーケストラと一緒に歌いたいんですよ。

 趣味のオジサンがオーケストラを伴奏に歌うには、大きな合唱団に入団して歌う以外に方法がありません。小さな合唱団ではオーケストラは雇えないし、素人のオジサンの独唱では、万が一にもオーケストラとの共演なんてチャンスはありません。だから、昨年も、第九合唱団に入れてもらって、オーケストラと歌ったわけなんですね。

 ああ、オーケストラと歌いたいなあ…。

 さらに言うと、実はオケと歌いたいという欲望以外にも、合唱団に入りたいと願う理由があります。それは、目の前に越えられない壁があると、どうしても越えてみたくなるという、やっかいな性格に起因する気持ち。具体的に言えば、合唱団に入団拒絶されているなら、なんとか克服して入団してやる!みたいな気持ちがあります。合唱はやらなくてもいいけれど、合唱団の入団試験だけはパスしたいって事です(笑)。でも「合唱はやらなくてもいい」なんて人が入団試験を受けるのは…迷惑だよなあ。

 …いっそ、合唱の事は、すっぱり諦めて、歌劇団で重唱をして遊んでいる方が、無理がなくていいのかな? はあ~、どうなんだろ?

 しかし、私の声は、そんなに合唱には向いていないのかい?

 いっそ「お前は音痴で下手くそだから、入れてやらない」と言われたら、すっごく努力しまくって上手になってやるけれど、「声が強すぎるから…」と言われても「じゃあ、声を弱くします」ってわけにはいかないね。声質ばかりは、神様のプレゼントだからさあ。

2010年4月 5日 (月)

ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、日本のフルート

 この前、ボケーっと道を歩いていたら、突然ひらめいた事があったので、それを書きます。何の根拠もない、ただの妄想なので、あまり深く突っ込まないことね(笑)。

 それは、楽器としてのフルートには、ドイツ式、フランス式、イギリス式、アメリカ式、日本式があるんじゃないかってこと(根拠なし)です。

 例えば…

 ドイツ式ってのは、本家本元のベーム式フルートをベースにしつつ、そこにドイツの職工さんたちの工夫がたっぷり乗ったフルートの事。つまり、銀製・カバード・オフセット・Eメカなどのギミック満載のフルート。音色的には、深い森のようなダークな音色。そういうのがドイツ式フルートじゃないかな? 本来は、このドイツ式がフルートの標準とか基準とかになるべき存在のフルートなんじゃないかな?。

 一方、その対極にフランス式と言うのがあって、こっちは快楽主義的なフルートです。リング式なのは、そのせい。だって、その方が指がこそばゆくて気持ちいいでしょ。それと、面倒なことは嫌いな人たちなので、単純明快に、あらゆるギミックは排除。オフラインすら面倒だってので、インラインにしちゃいます。つまり、銀製・リング式・インライン・Eメカなしってのがフランス式。音色は、宮殿のお庭にふりそそぐ陽光のような明るくきらびやかで軽やかな音色です。『美音追求、音量は狙わず』というサロン仕様の楽器です。こっちは、ドイツ式に対するカウンター的存在だったはずです。

 このように、ヨーロッパ大陸では、ドイツとフランスの二項対立があるわけですが、それに付け加えて、「大陸」対「海の向こう」の二項対立の上に、イギリス式があるわけです。イギリス式…頑固というか古色蒼然と言うか、とにかく古いものが大好きな国民ですからね。さすがにベーム式は受け入れたものの、なるべく昔ながらのものは変えたくないというのが本音なイギリス人ですから、そのフルートの材料に銀を使うなんて、もっての他で、こちらの標準は、昔ながらの木管。木管にベーム式のメカを載せてお終い。それがイギリス式です。音色は霧に煙るロンドンのような湿りけのある音です。どこか懐かしいというか、現代楽器なのに古楽器のような雰囲気になります。

 さて、このイギリス式に対するカウンターがアメリカ式です。ドイツから逃げてきた腕のいいユダヤ系の職人さんたちが頑張ったせいか、基本的な作りの部分は、ドイツ式に似た感じのギミック満載にする一方で、アメリカ人特有の欲張りな性格のためか「できることはなんでもしよう」というチャレンジ精神につながって、ある意味、最新で最強のフルートを目指すわけです。現代フルートのスタンダードは、いまやアメリカ式だと言ってもいいのではないかと思います。

 まずは音域の拡大は当たり前。だから、B-footは標準装備。銀で作るのも当然だし、ギミック満載なのも当然、気持ちがいいならリング式もウェルカム。あと、アメリカという国は何でもかんでも広くて大きいので、当然フルートも大音量化の道を突っ走るわけです。そのために、管厚は分厚くします。それでも精神の根っこの部分は、大英帝国なわけだから、音色は温故知新的な、クリーミーでどこか懐かしい雰囲気を残しつつも、迫力で他を圧倒したいという、すごく贅沢な方向に走ります。

 さて、最後に控えし日本式ですが、この特徴は何と言っても、黄金製ってところでしょう。さすがに、黄金の国ジパングです。フルートも黄金で作っちゃいます。材質に特徴がある反面、音色的には特に大きな特徴はなく、あえて言えば「あなた好みに私を染めてください」というヤマトナデシコのような従順な性格が特徴と言えば特徴です。

 さて、まとめです。

 ドイツ式(カバード&Eメカ・森の音色)
 フランス式(インライン&リング式・宮殿の音色)
 イギリス式(木管・古楽器の雰囲気)
 アメリカ式(B-foot&大音量・最先端で最強を目指す)
 日本式(黄金の笛・あなた好みの笛になりたい)

 …です。あくまで、私の妄想ですからね、根拠ありませんからね、あまり真に受けない様に(笑)。

2010年4月 4日 (日)

春眠、居眠りに勝てず[2010年4月第1週・通算12週]

体重:107.5kg[+0.5kg:-0.4kg]
体脂肪率:31.8%[-0.3%:-1.0%]
BMI:33.9[+0.1:-0.1]
体脂肪質量:34.1kg[-0.2kg:-1.4kg]
腹囲:105.0cm[+-0.0cm:-0.3cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 眠いですね~。ほんと、眠い。「春眠、暁を覚えず」とはよく言ったものです。春と眠気は、本当に仲がよいです。

 どうして、こんなに眠いのか。考えてみました。

 やっぱり、気温でしょうか? 人って、ほどほどに寒い時(厳寒は体験がないので除きます)は、シャキーンとして眠気が起こらないものです。日々、寒くって、シャキーンとしていたのが、気温も10度を越え、15度を越え…となると、水もゆるみますが、精神もゆるみます。精神がゆるむと…眠くなる。こんな感じじゃないでしょうか。

 特に初春というのが曲者。まだまだ「春は名のみの春ばかり」なんて言っていても、しっかり日中の気温は春めいちゃって、それなのに、服装は朝の気温で考えているものだから、日中は、ちょっと厚着っぽかったりして。そうなると、お昼ごはんを食べた後あたり、なんかカラダがぬくぬくと暖まって、ほんのり眠気が射してきたりして…、ああ眠い。

 さらに言うと、春って、陽光もさほど強くないし、曇りがちな日も多いし、なんとなく景色も中間色というかパステルカラーでしょ、このパステルカラーの風景ってのも、なんか眠りを誘うのだと思うよ。

 あとね、春って宴会が多くねえ? 送別会だ、歓迎会だ、花見だ、と宴会の機会が多いですね。宴会は楽しいけれど、疲れます。深酒をする人は肝臓が疲労困憊になるでしょう。私は大食漢なので、宴会の翌日は、胃袋が疲労してます。食べすぎて、疲労困憊です。年を取ってからの宴会は、ほんとに内臓が疲れます。これが重なると、眠くなるよね。

 さらにさらに、私はそうだけれど、春はアレルギーに負けちゃう人が多いでしょう。花粉症って奴だね。この花粉症ってのは、病気として認知されたのは最近だけれど、昔から「アレルギー性鼻炎」という別の名前で存在していたわけだし、おそらく大昔の日本や中国にも存在していた症状なんじゃないかと思います。もちろん、今の人ほど、激しい症状ではなかったかもしれないけれど、多かれ少なかれ、アレルギーで困っていた人はいたと思います。

 アレルギーって、なった事がない人には分からないけれど、体力を消耗するんだよね。何もしなくても、カラダは一生懸命、アレルゲンに対して反応しつづけるわけで、休む間がないわけです。自覚のないままに、結構疲労しているので、知らず知らずに春は疲れてしまって眠くなる…って、ないかしら?

 あと、最後の決め手。アレルギーの人は、抗アレルギー剤って薬を飲んでいるでしょ。この抗アレルギー剤って奴が、薬の種類によって多少は違うものの、その大半が「眠くなる成分入り」なんだな。つまり、花粉症対策で薬を眠くなると、副作用で眠くなるってわけ。こうなると、もうしょうがないって奴です。

 そんな感じで、春は眠いわけです。眠くなったら寝ちゃえばいいような生活なら、何の問題もないのですが、私も含め、多くの人はそんなわけには行きませんね。皆さん、眠気覚ましというか、眠気防止にどんな事をしてますか?

 私の場合は、色々試しましたが、目下のところ、一番効果があるのは、ブラックコーヒーです。つまり、カフェイン大量摂取という奴ですね。不思議な事に、お茶とか紅茶では、眠くなってしまうのに、ブラックコーヒーだと眠くなりません。フラシーボ効果でもあるのかな? でも、普段コーヒーを飲まない人なので、ここ一発のブラックコーヒーは効果大なのかもしれません。ブラックコーヒー1杯で3時間は起きていられます(笑)。

2010年4月 3日 (土)

最近のエサ場の風景

 金魚のエサの回数を、一日2回から、一日1回(朝のみ)に変更して、だいぶ経ちました。だいぶ経ったにも関わらず、金魚たちは、なかなかその事実を受け入れがたいようです。

 以前やっていた、夕方のエサの時間にエサねだりをするのは止めた様ですか、新たに人の姿を確認すると、時間に関係なくエサをねだるようになりました。おそらく「今日はまだエサをもらっていないよー」とでも訴えているんでしょうね。人間同士は言葉でコミニュケーションが取れることを、金魚は知らないのかもしれませんが…。

 エサは朝一回なんです。それも金魚水槽のライトを付けて、少ししたらエサをあげてますが、今や、点灯がエサやりの合図みたいな感じで、それまで熟睡していた金魚たちが、点灯するやいなや、エサをよこせと暴れ始めます。

 エサの食べ方が、以前にも増して、ワイルドになっているような気がします。まるで、神社などにいる、池の鯉のようです。もう、バクバク音を立てながらエサを食べてます。

 なにしろ、サツキなどは転覆しながら、必死にエサをねだりに来ますからね。ちなみに、チズルは相変わらず、ヘタレていて、エサを食いっぱぐれているようです。あ、キッカは賢いので、エサ争奪戦には加わらず、流れてくるエサを悠々と食べています。

 あ、それと、エサの回数が減ったので、金魚たちの性格が多少、獰猛というか、荒れてきたような気がします。

 ブニョはよくサツキをいじめていますし、チヅルは人に向かって、苛立っている素振りを見せる様になりました。他の子たちも、人間に向かってガンを飛ばしている様な気がします。

 「武士は食はぬが高楊枝」と言いますが、金魚は武士ではないので、空腹に負けて、すぐにケンカしちゃいます。

 そうそう、シジミやタニシが金魚に食べられています。今までは仲よく共存していましたが、やはり空腹にかなわないようです。貝類って美味しいからなあ…。三匹しかいないエビたちは、いつまでもつかな…。

2010年4月 2日 (金)

フルートとトラヴェルソは違う

 今日のこの記事は、別に権威ある人の学説でもなんでもなく、人生下り坂になったオッサンが、勝手にクダまいて言っている事なので、笑いながら読み飛ばしてください(笑)。

 皆さんは、トラヴェルソ(フラウト・トラヴェルソ)を知ってますか? 私は、よく知りません(笑)。でも、生で何度かトラヴェルソの演奏を聞いた事がありますし、トラヴェルソ奏者のマスタークラスを聴講したことがあるし、CDも数枚持っています。それらの乏しい知識と小さな経験だけで言っちゃうのですが、フルートとトラヴェルソは違う楽器だと思います。

 トラヴェルソとは、現代フルートの先祖のような楽器で、バロック時代くらいまでブイブイ言わせていた楽器です。主に木製で、キーは一つありますが、サウンドホールは基本的に指で直接塞ぎます。対して、現代フルートと言うのは、19世紀にベームと言う人がそれまでの古典的なフルート(トラヴェルソ以降現代フルートまで、色々なタイプのフルートがあったそうです)に徹底した改造を加えて作ったもので、つまり、トラヴェルソと現代フルートは、“おじいちゃんと孫”のような関係と言えなくもないです。チェンバロからピアノができた事例と同じような感じかもしれません。チェンバロとピアノって、親族関係にあるけれど、やっぱり、これらは違う楽器でしょ。なので、私は、トラヴェルソとフルートは違う楽器だと思うんです。

 たとえば、音色が違います。トラヴェルソって、目をつぶって聞くと、全然フルートには聞こえません。どちらかと言うと、リコーダーです、オカリナです。ですから、リコーダーアンサンブルにトラヴェルソが入っても、何の違和感もないでしょうが、フルートが入ると、音が全然違うので、居心地が悪くなります。それくらい、トラヴェルソとフルートは違うと思います。

 トラヴェルソは木製です。フルートにも木管フルートと言うのがありますが、やはり管体を同じ木製にしても、やはり音色の差は埋まりません。トラヴェルソはトラヴェルソの音がしますし、フルートはフルートの音がします。

 もちろん、音量や音域も違います。運指も違うそうです。違う違うと書くと、本当に全然違うような感じがしますが、全然違うわけではありません。やはり親族関係にはあるんだろうと思います。

 と言うのも、たとえば、フルートとトラヴェルソは、レパートリーが一部重なります。バロック時代のトラヴェルソの曲なんか、トラヴェルソでもフルートでも演奏しますからね。トラヴェルソ吹きに言わせれば、フルートがこちら側のレパートリーを浸食していると言いたいかもしれませんが、現状では、レパートリーに重なりがあります。これはバッハのクラヴィアの曲をチェンバロ(クラヴィアの事ね)でもピアノでも演奏しちゃうのと一緒ですね。でも、同じ曲を演奏するからと言って、チェンバロとピアノは同じ楽器かと言うと、違うわけで、同様に、トラヴェルソとフルートも違う楽器だと思います。

 なんで、わざわざ、こんな事でクダまいているのかと言うと…フルートのCDのコーナーに紛れて、トラヴェルソのCDが売っているのが、ちょっと気に入らないからです。

 トラヴェルソはトラヴェルソでステキな楽器なんですが、トラヴェルソはフルートではないので、うっかりフルートのCDのつもりで買ったら、実はトラヴェルソのCDでしたと言うのは、悲しいからです、がっかりするからです。違う楽器なんだから、コーナー分けろよって思うし、ジャケットにも、必ず「フルート」とか「トラヴェルソ」とか、大きくハッキリ書いてくださいなって言いたいです。

 と言うのも、このジェド・ウェンツのテレマン作曲「フルートの為の12のファンタジー」を買ってガッカリしたから。演奏は良いのだけれど、フルートのつもりで買ったのに、実際の演奏はトラヴェルソだったんで、その点でガッカリしちゃったわけよ。このCDはオモテもウラも“フルート”の文字が踊っているので、私はてっきりフルートによる演奏だと思っていたのよ。ところがね、よくよく見てみたら、CDケースの裏側の左下に、老眼では見えないくらいの小さな字で「楽器:フラウト・トラヴェルソ…」って書いてあるわけよ。これって、製作者側が「トラヴェルソもフルートの一種なんだから、フルートって書いておけ~」ってノリだよね、明らかに。

 ちなみに向こうの言葉では、フルートというのは、単に「笛」という程度の意味しかないので、トラヴェルソをフルートと呼ぶのは、間違いではないそうです…が…ねえ…。

 …でもね、私はトラヴェルソの音色が苦手なんだよ。フルートの音色の方が全然好きなんだから、なんかだまされたような気になるんだよね。演奏がなかなか良ろしいだけに、ガッカリ感もイヤマシなんですよ。

 もっとも、ジェド・ウェンツと言うと、高名なトラベェルソ奏者さんらしいので、その人が現代フルートでテレマンを録音するはずがないので、それを知らなかった私の勉強不足と言われれば、その通りなんだけれど…でもね…、やっぱり…ね…。

 フルートとトラヴェルソは違う…私は声を大にして言いたいです。フルートとトラヴェルソは違うと! 少なくとも、CDの棚は分けてください。トラヴェルソ演奏のCDには、大きく「トラヴェルソだよ」って書いてください。うっかりさんが誤って、フルートのつもりでトラヴェルソのCDを買わないように、してください。お願いします。

2010年4月 1日 (木)

コンコーネにゾッコン

 昨日の“落ち穂拾い”に書きましたが、今の私は「コンコーネ50番」にゾッコンです。もう、毎日、コンコーネを歌うのが楽しくて楽しくて…。もちろん、今、声楽のレッスンでコンコーネをやっているからなんですが、やればやるほど、コンコーネにはまっていく自分があります。

 あ、コンコーネ50番を知らない人のために解説をします。

 「コンコーネ50番」…イタリアのコンコーネさんが作曲した声楽の練習曲集で「50番」は、その中でも初級の練習曲集です。もちろん歌唱の練習に使うのですが、発声の練習に使ったり、アーティキュレーションの勉強に使ったり、ソルフェージュの教材として使ったり、ピアノの歌伴奏の練習に使ったりと、色々な使い方ができます。と言うよりも、コンコーネ自体は素材のようなものなので、先生によって、使い方や使用目的が少しずつ違います。そこがコンコーネの楽しいところです。

 同じような初級向けの声楽の練習曲集に「コールユーブンゲン」がありますが、こっちはドイツのヴェルナーさんが作りました。

 その違いは…ううむ、コンコーネは独唱をする人が勉強する練習曲集で、コールユーブンゲンは合唱をやる人向けの練習曲集っていうイメージです。コンコーネは音大受験をする人が勉強する練習曲集で、コールユーブンゲンは教育大学の音楽科で学ぶ練習曲集ってイメージです。あ、発声を磨くのがコンコーネで、ソルフェージュで使うのがコールユーブンゲンってイメージもあれば、イタリア音楽を勉強するための教材がコンコーネで、バッハの合唱曲を歌うための勉強するためのがコールユーブンゲンなどというイメージもあります。ははは、イメージの話なんで、あまり厳密な答えではないですね。(と言うか、どの答えも“帯に短しタスキに長し”です)

 たぶん、両者とも同じ目的で作られた練習曲集だと思うのだけれど、メロディーにあふれるイタリアで作られたコンコーネと、システマチックに作られたドイツ製のコールユーブンゲンの違いで、なんとなく使いわけされているのかなあって気がします。

 とにかく、私が目下のところ、夢中になっているのはコンコーネです。とにかく、メロディが美しいです。で、先生から宿題に出されたところを、ばっちり譜読みして、自分なりに準備をしてレッスンに臨むと、そこから先生が色々な事をご指導してくださる。何が学べるのかは、レッスンに行ってみないと分からないというのも、なかなか愉快です。あ、ちなみに私は「高声用」というのを使ってます。コンコーネは声に合わせて、三タイプあるからね(高声・中声・低声)。

 以前、自宅練習でちょっとだけコンコーネを独学した事がありますが、その時は、この曲集から何を学んでいけばいいのか全然分からずに往生しました。たとえて言うと、学校の国語の教科書みたいなもので、素材としての練習曲は載っているけれど、それをどう使うかは分からないわけです。だから、今、先生の指導付きでコンコーネが歌えることが、とてもうれしいのです。

 あと、コンコーネはやせても枯れても練習曲集なので、一つ一つクリアしていくのが楽しいです。アルテもそうだけれど、私はこういう感じで、一つ一つをきちんきちんとやっていくのが好き。練習曲を順番に一つずつやっていくと、とても喜びを感じる人間なんです。まるでゲームをクリアしているかのような気分になるんですね。なので、コンコーネをやっていても、全然飽きないんですね。おもしろいでしょ。

 コンコーネと言えば、歌劇団の練習で使っているコンコーネは、本来のモノとはちょっと違っていて、合唱用に三部にアレンジされたコンコーネです。こっちの合唱用コンコーネは…手ごわいです。一番上のパートを歌わせてもらえれば、楽しいだろうけれど、私はいつも一番下のパートですからね。一応、音を取ってから練習にいくんだけれど、やはりハモリパートを単旋律で覚えて行っても、あまり役に立ちません。全体のハーモニーを感じながら音取りをしないと、どこの音を歌っていけばいいのか、分かんなくなっちゃうんだけれど…ピアノ弾けませんから、全く歯が立ちません。

 こういう事、ピアノが弾ければ、チャーッと伴奏譜やヴォーカル譜を演奏しながら、音取り&自宅練習ができるんだろうなあ…。

 それにしても、一番下のパートって、明らかにバスの音域です。だから、歌いたい音域の音が全くなく、普段は歌わない低い音ばかり歌うってのは、結構ストレスが貯まります。下の方って、出ない音は何をどうやっても出ないしね。でも、文句ばっかり言ってても仕方ないので、練習するかな。歌わないと、先に進まないものね。

 結局「ハモるの大嫌い。ソロが好き!」な私なんだな。音楽なんて、目立ってナンボよ。

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