ひとこと

  •  ポケモンGOの仕様が大きく変わって戸惑ってます。たぶん改良されたのだろうと思うのだけれど、どう楽しめば良いのか、正直戸惑っています。年寄りは変化が苦手なんだよねえ。ああ、以前のゲームシステムが懐かしい…。
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2010年3月の記事

2010年3月31日 (水)

今月はいつもよりも短めだおっ[2010年3月の落ち穂拾い]

 表題のとおり、今月はいつもよりも短めです。と言うよりも、今月はあまりコメントを書いていないような気がする。なぜか毎日が忙しくて、気合を入れてコメントをするという事がなかったんだねえ。正直言うと、自分のところの記事を書くだけでアップアップでした。記事を書くのがアップアップと言っても、ネタ切れではなく、時間不足ね。ブログは生活に支障がない範囲でやっている趣味ですから、こんな感じで、たまには、ちょっと力が抜けてしまう時もあると言うことで…ご勘弁を。
 
 
子音をつけてフルートを吹く

 タンギングの話です。

 笛先生はよく「フルートを吹くのは、歌うのと同じ」と言います。

 実は私、フルートを吹く時、息を吹き込むって感覚があまり無いです。だから、言葉では「フルートを吹く」と書きますが、自分の感覚では「吹いている」という感覚はあまりありません。

 では、どんな感覚でフルートを吹いているのか言うと…ウィスパーヴォイス(“ささやき声”みたいなもの)を使って、スキャットをやっている感覚?で、歌うように吹いてます。具体的に言うと、母音は無しで、子音と息だけで歌いながら、フルートを吹いているような感じです。お分かり?

 だから、タンギングをしているんだけど、タンギングをしているという意識はあんまりないのです。そして、タンギングの種類も色々と無意識に変えているのだけれと、それって、曲調に応じて(気分で)子音を変えているからです。で、子音の選択を間違えると「タンギングが強い」とか「タンギングが甘い」とか言われます。

 私は歌うときは、基本レガートなんですよ。だから、私の場合、フルートを吹く時も、無意識だと、タンギングなしの全編タイやスラーのオンパレードになってしまうのは、そういう理由だからです。
 
 
私には先生がいます

 「独学でも素晴らしい演奏をする人はたくさんいる」

 これはよく耳にする言い訳(?)ですね。確かに独学でも素晴らしい演奏をする人はいますし、独学で大成した人もいますね。“たくさん”と言うと???と思いますが…。

 日本のフルート界では吉田雅夫氏が独学だったと思います。で、独学なのに、N響の首席奏者になったり、芸大の教授になったんだから、すごいですね。

 でも、吉田氏は天才だったんだと思いますよ。確かに独学でも素晴らしい演奏をする人はいるだろうけれど、その数を遥かに上回る数の「独学で結局モノにならなかった人」がウジャウジャいると思います。

 発想を逆転して「素晴らしい演奏をする人の中に独学の人はどれだけいますか?」と質問にしたら、少なくとも、クラシック関係では皆無になっちゃうと思いますよ。ジャズやポピュラー関係でも半数以下、おそらくは3割もいないと思います。

 独学だとモノにならない理由は…独学ではどうしても厳しさが足りないんですよ。だから、自分にかなり厳しい人でないと、乗り越えられない壁の前で座り込んでしまうのです。先生がいる人なら、どんなに厳しい壁でも乗り越えないと、先生の手前マズイじゃないですか? それに先生だって、必死になって壁を越えるお手伝いをしてくれるし…。そこに、先生のいる人と独学者の違いがあるんだと思います。

 少なくとも、私の場合、先生についていなかったら、歌もフルートもとっくに辞めていると思うし、仮に独学で頑張っていたとしても、今のレベルまでは、到底、到達してないと断言できます。だから、私の場合は、独学ではなく、先生について学んだのは、正解だったと思います。
 
 
今月の歌曲

 オ・ソレ・ミオ(ディ・カプア作曲:O sole mio)
 私を泣かせてください(ヘンデル作曲:Lascia ch'io pianga)
 伯爵とスザンナの二重唱(モーツァルト作曲「フィガロの結婚」より)
 恋ゆえにわが心君を(ボノンチーニ作曲:Per la gloria d'adorarvi)
 恋心苦しく(ガスパリーニ作曲:Lasciar d'amarti)

 
 歌曲が全然増えませんね。それには理由があって、実は今の私は、コンコーネ50番にゾッコンだからです。毎日コンコーネを歌ってます。日によってはコンコーネしか歌わない日もあります。へへへ。
 
 
今月のフルート

 イパネマの娘(The Girl From Ipanema)
 悲しき慕情(Breaking Up Is Hard to Do)
 恋はみずいろ(L'amour Est Bleu)
 愛は夢の中に(I Won't Last a Day Without You)
 P.S.アイ・ラブ・ユー(P.S. I Love You)
 愛はきらめきの中に(How Deep Is Your Love)
 ゴッドファーザー/愛のテーマ(Speak Softly Love)
 アルフィー(Alfie)
 おもちゃの交響楽

 
 ここにあげたものは、いずれもレッスンに持っていこうと思って準備している奴です。最近は、全くの遊び吹きでフルートを吹くことが無くなりました。なんか余裕がないのよね、フルートにも人生にも。ああ、忙しいですわ。
 
 
今月のお気に入り やぎさんゆうびん

 まずは見てください。

 いいでしょ、これ。その昔、NHK教育でやっていた「ハッチ・ポッチ・ステーション」の中の人気コーナー「What's Entertainment?」の中でやっていた、グッチさんの童謡替え歌コーナーの一つです。こんな感じで、洋楽を元ネタにして童謡を歌ってました。当時は、このコーナーが大好きで…ねえ。「DVDになんないかな~」とか思いながらも、結局、このコーナーの映像が発売されることはありませんでした。たぶん、権利関係がクリアできなかったんだろうね。桑田佳祐の「音楽寅さん」でも、洋楽の部分は権利関係が難しくて、DVD化の時は、数曲オミットしたそうですからね。

 でも、CD化はされてます。もう廃盤で入手不可能ですけれど(汗)。

 お分かりと思いますが「やぎさんゆうびん」の元ネタは、マイケル・ジャクソンの「ビート・イット」ね。これ、ビート・イットのプロモを知っていたら、大受けですよ。

 私は本当にこのコーナーが好きでしたので、ええい、もう一曲、紹介しちゃいます。こっちはクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」を元ネタにした「犬のおまわりさん」です。いいでしょ、強引で(笑)。

 こうやって、本気になって子ども番組を作っている人って、とっても尊敬します。子どもって、子供だましに敏感なんだよ。もちろん、こんなパロディ、子どもは元ネタを知らないから、大人のようには楽しめないけれど、それでも真剣に何かをパロっているってのは伝わるもので、子どもは子どもなりに楽しんでいたと思います。

 やっぱ、もう一曲、紹介しちゃえ。最後の最後はビートルズメドレーだよ。

 まだまだYouTUBEには、グッチさんの替え歌洋楽が転がってます。「ハッチ・ポッチ・ステーション」のキーワードで検索すると、他にも色々出てきます。もしよかったら、他の曲も見てください。
 
 
今月の金魚
 
 特に何も目立った事はありません。転覆が一匹いるだけで、あとはみんな元気です。
 
 
今月のひとこと

 私のささやかな贅沢。それは「フルートを二本持っている事」、それに加え、それらのために「フルートスタンドも二つ持っている事」。うう~む、贅沢だな。セレブな道楽だな(笑)。(2010年2月24日~3月1日)

 修理に出していた腕時計が戻ってきました。外装のフレームと内部モジュールを交換したそうです…って、それじゃあ、アームバンド以外の交換ってことじゃん。つまり「新品と交換しました」ってことね。でも、新品を新たに購入するよりも、全然サービス価格の修理代だったので、私は満足してます。私は金属アレルギーがあるから、チタンボディか銀時計、金時計以外の時計は使えないので、新品を買うとなると、どうしてもお高くなってしまうので、修理できて良かった良かった。(2010年3月1~4日)

 はたと気がついたこと…それは、近所の新聞屋さんが軒並み廃業している事。そうか、みんな、新聞読まなくなっちゃったんだね。かく言う私も新聞読まないけれど…。昔は、牛乳と新聞は朝の二大配達だったんだけれどね…。そのうち、新聞はコンビニで買うものになるのかしら?(2010年3月4~5日)

 右欄下に、ピアニカのブログパーツを貼ってみました。これは自分のためです。相対音感のソフトで勉強中、間違いなどをその場で確認したいと思ったので、その勉強のために貼ってみました。これはFlashなので、MIDIとぶつからないのでうれしいのですが、問題は音色と音量。このブログパーツ、音色が汚い(ピアニカだから仕方がない?)し、音量調整ができないので、うるさい。なので、使う度毎に、ちょっとブルーになってます。でも、スペース的にはグッドなので「あちらを立てればこちらが立たず」です。本当は、このくらいの大きさで、音量調節ができて、聞くに耐える音色のブログパーツがあったら、うれしいです。そんなブログパーツをご存じの方がいらっしゃいましたら、ご一報ください。(2010年3月5~7日)

 フルートの掃除用にガーゼハンカチを買った。5枚で300円だった。日本製にこだわらなければ、280円で10枚というのもあった。この値段だったら、洗濯などせずに、使い捨てでもいいんじゃないって思いました。ちなみに、白手袋は1組で300円だった。ガーゼハンカチに比べれば、お高い気もしたけれど、日本製だから良い事にしました。(2010年3月7~10日)

 せっかく右欄下に貼り付けた、ピアニカのブログパーツですが、やはり縦型は使いづらいので、止めました。今度は、ウェブページに横長のフローティングタイプの同じピアニカのブログパーツを貼ってみました。今度のブログパーツは普通に横置きですし、今までのものより使いやすいかなって思います。おまけにフローティングタイプだし。ええと、右下「ウェブページ」の「ピアニカ」をクリックすると、当該ページに行ける様にしてあります。もしよかったら、私以外の方もお使いください。(2010年3月10日)

 「鎌倉の八幡様」こと、鶴岡八幡宮の大イチョウが倒れました。源実朝を暗殺した公卿が待ち伏せをした、あのイチョウの木ですよ。樹齢だって、軽く1000年はある、ご神木ですよ。ああ、まがまがしい。時の為政者に対して、天が怒っておられるのかもしれない。日本国を、日本人を、亡ぼすつもりか~って! ヤバイっすよ、まじ、ヤバイッすよ。元のニュースはこちら。 (2010年3月10~17日)

 ラ・フォル・ジュルネのフレンズ先行販売の結果が出ました。今のところ、3勝1敗です。次はフレンズ販売と一般販売と、チャンスはまだあと2回あります。次も勝負です。結果が出揃ったら、ブログに書きます。(2010年3月17~18日)

 今頃知ってビックリしているのですが(情報が古くてごめんなさい)、フルーティストの佐藤昌子さんが2月19日に亡くなられたそうです。「ザ・フルート」で「あっこの楽しく、読んで、吹いて」という連載を始めたばかりでしたのに…。全然知らない方ですが、連載を楽しみに待っていた身としては、驚いております。ご冥福をお祈りいたしております。私は、こちらのサイトで知りました。(2010年3月18~22日)

 昨日、歌の練習中に張り切って、高いAを出したところ、その瞬間に腰がグギっ!って言いました。ああ、怖かった。あんまり怖いので、その日の練習はそれで終わりにしました。(2010年3月22~24日)

 バイロイトの総監督であった、ウォルガング・ワーグナー氏が、バイロイトの自宅で、現地時間の3月21日に亡くなられたそうです。90歳だったそうです。作曲家のワーグナーの孫に当たる方で、バイロイト音楽祭の監督として兄にあたるヴィーラント・ワーグナー氏ともども有名な方でした。ああ、すべてのオペラファンの憧れの、バイロイトのドンが亡くなったわけで、感慨ひとしおです。ご冥福をお祈りします。ところで、現在のバイロイトは誰が仕切っているんだろ?(2010年3月24~27日)
 
 
 今月はこんなところです。じゃあね。

2010年3月30日 (火)

器楽的演奏方法と声楽的歌唱方法

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずは発声から。今回はしっかり数えながら発声をやりましたよ。だから、一番高いところが五線の上のシ♭になるとコケたことが自分でもよく分かりました(笑)。先生もピアノを弾きながら、頭、振ってました。「そこは出ないんだから、歌わないでー」といった感じでしょう。

 コンコーネの4番は、松葉の歌い方の確認から。17~18小節のように、同じ音形でディミヌエンドが繰り返されている場合は、後ろのフレーズはエコーと考えて、エコーっぽく歌うこと。最後の4小節のように、高いメロディと低いメロディの二つが用意されている場合は、迷わずに高い方を歌うこと(テノールは、やたらと高い音を出したがるという習性があるので、その習性に逆らわないようにしましょう、ということです)。

 あとは、ブレスは決められた場所以外では、絶対に吸わない。決められた場所では、必ず吸う。この二点をしっかり守ること。

 4番がサラっと終わったので、すぐに5番に突入。13~17小節のように、ピアノの右手が下降音形で、左手が上昇音形の場合、ピアノの音が密集してエネルギーが増してくるので、歌はそのピアノのエネルギーを受けて、クレシェンド気味に歌うこと。

 24小節のように、ピアノが消えたしまった箇所の歌い方について。ここは、器楽的発想で演奏するならば、インテンポで休符をしっかり数えて歌わないといけない。

 しかし、声楽的な見地で歌唱方法を考えるなら、ピアノがいない箇所は、千載一遇のチャンスであると考えるべきで、息が続く限り、高らかに音を伸ばして、声をひけらかす事が大切。たっぷり歌ったら、ゆっくり時間をかけてブレスをして、ブレス後は、ピアニストに目で合図をし、観客が息を揃えられるように、フレーズの出だしの音を長めに歌うこと。そして、再びピアノが戻ってきてからインテンポに戻すこと。

 どこにもフェルマータは書かれていないけれど、すべての音符と休符とブレス記号にフェルマータが載っているものと考えても良しなんだそうです。この一連の動作が「歌心」という奴なんだそうです。ううむ、たしかに、こういう事は、歌では日常茶飯にやるけれど、楽器でこれをやったら、怒鳴られそうだな。合唱でもアウトだと思う。そう考えると、同じ歌でも、合唱って器楽的なのかもしれない。

 ところで、イタリア系の曲の演奏では、歌手が一番エライのだそうです。だから、イタリア系の曲では、歌手のお望み通りの「歌心」あふれる歌が歌えるし「歌心」あふれさせながら歌うべきなんだけれど、ドイツリートなどをやる時は、また状況が違うそうです。ドイツリートでは、一番エラいのは作曲家であり、そのパートナーの作詞家なんだそうです。二番目にエラいのが、ピアニストだったり指揮者であったりして、歌手は順列的には一番下の地位になるそうです。そして、その地位に甘んじながら、その順位の中でできることを精一杯にやっていくのが、ドイツリートの世界なんだそうです。

 ちなみに、キング先生は、そんなドイツリートの世界が大好きなんだそうですが、私は…絶対にドイツリートは歌わないようにしよう(笑)。ビバ、イタリア!だな。

 今回で、コンコーネの4番と5番は終了。6番と7番は宿題になりました。

 伯爵とスザンナの二重唱は、ごく簡単だけれど、動作(芝居の初歩のようなもの)を付けてみました。また、独り言と対話の部分の歌いわけのようなものをサラッとやりました。時間が足りなくなったので、二重唱に関しては、次回、たっぷりやることになりました。

 今回のレッスンも、大変充実していました。ああ、楽しかった。

2010年3月29日 (月)

高音は、天使の翼を広げて吹くべし!

 私が得たもの…正しい音程、大きめな音量。
 私が失ったもの…美しい音色。

 フルートの頭部管の向きをメーカーの推奨に変えたことで、正しい音程と大きめな音量を手に入れた私ですが、同時に、これまで2年弱かけて育ててきた音色を無くしてしまいました。正しい音程と大きめな音量を手に入れたことは、うれしいけれど、なんか楽しくないです。やっぱりフルートは、美しい音で奏でてこその楽器だと思いました。

 さて、フルートのレッスンに行ってきました。

 今回も、私の壊れた音の修繕レッスンです。前回、低すぎる音程と高すぎる音程の修正方法を学んだので、今回は、スカスカになった第三オクターブの修繕です。

 私が高音を吹いている姿をじっくり観察していた笛先生、ふと、私があまり背中を使わずにフルートを吹いている事に気づきました。そこで私に“背中を十分に使うよう”に指示を出します。

 背中の使い方…先生は色々とおっしゃってくださいましたが、最終的に私自身が感じたイメージではこうなります。

 “背中を使う”とは“背中の上半分の中央部を外側に広げること”、イメージ的には『背中に生えた天使の羽根を思いっきり広げる』感じにします。分かりますか? そして、音が高いところに行くに連れ、天使の羽根をドンドンと広げていく感じになります。つまり、音の支えをお腹ではなく、羽根を広げる力で支えていく感じになります。そうすると、高い音がとても楽に吹けるようになります。

 天使の羽根を広げて演奏すると、自分的には高音域が楽に吹けるだけなんだけれど、第三者がその音を聞くと、音色がかなり変わって聞こえるそうです。もちろん、私の場合は、良い方向に変わるわけなので、高い音程(第三オクターブなど)を吹く時は、背中を使ってフルートを吹くように癖をつけた方が良いでしょうと言われました。

 さらに美音クリニックは続きます。

 私のフルートの音がスカスカになっている理由は、どうやら大きな音を出しすぎるからだそうです。と言っても、別に、私が望んで大きな音を出しているわけではありません。普通に吹いているつもりで、大きめの音が出てしまう状態なのです。ちなみにどれくらい大きな音なのかと言うと、自分のフルートの音が骨伝導で内耳に振動が伝わり、頭の中がむずかゆくて仕方がないくらいの音量です。ですから、かなりの音量ですね。今なら、吹奏楽団に入っても、音量だけなら、結構イケるかもしれません(請われても入りませんが…だいたい誘われることなどありえませんし:笑)。

 で、普通に吹いて、これだけ大きな音が出てしまう状態は、まさに『音が壊れている』状態なのだそうです。なので、音が壊れたら、すぐに直さないと、壊れたままの状態が普通の状態になってしまうのだそうです。ああ、恐ろしい。

 いつぞやのオープンスペースでのフルート試奏会で、私以外の方々の演奏音がやけに大きくて、私はちっとも自分の音が聞こえずに腐ってしまった事がありましたが、ああ、あの時の、あの人たちの音は、壊れてしまってどうにもならなくなってしまった音だったんだなあと、今さら気づきました。たしかに、音量ばかりあって、全然美しくなかった。楽音ではなく、まるで騒音として、嫌悪感すら感じたのですが、今、自分の音が楽音ではなく、騒音になりつつあるのかと思うと、愕然としますね。早急に、どうにかしないと…。

 とにかく、息の使用量を減らして、音量を落としてみましょうと言われました。すこしずつ息を減らしていくと、ある所を境に、クイッっと別の次元に入るのが分かります。“フルートを鳴らしている”のではなく“フルートが鳴っている感じ”になります。ああ、そうそう、この音がアゲハの美音なんだね。

 フルートは乱暴に扱うとすぐに音が壊れてしまう楽器なんだそうです。乱暴と言うのは、指にばかり気をとられて、音色のことを忘れて演奏してしまう事なんだそうです。あるいは、怨霊、いや音量ばかりに気を取られて音作りをサボっていると壊れてしまうのだそうです。笛先生ご自身もライブのあとは、音が壊れしまうそうです。なので、音が壊れたら、すぐに直し、直しても壊れたら、また直し…の繰り返しなんだそうです。

 私自身で言うと、頭部管の向きを急に変えた上に、アルテの練習で指の事ばかり考えて、指優先でフルートを吹いていたツケが、一挙にここに出たみたいです。

 フルートは、まず美音重視の音色優先で行かないとダメですね。もちろん、ある程度の音量も必要だし、指が細かくまわる事も必要だし、音程が正しいことだって必要ですが、やはり優先順位で言うと、美音が一番先。音が美しければ、音量が小さかろうが、指が多少転び気味であろうが、音程が若干甘かろうが、なんとかなるものです。

 ま、もっともそれは私がソロでやっているからだし、笛先生もソリストだから「美音が一番!」って言うのだけれど、これが合奏メインでやっていると、話はちょっと違うかもしれません。合奏だと、一番優先されるのは音程、つまりピッチでしょうね。次は指の運動性。そして音量。音色は、合奏の形態が大きくなればなるほど、個々の楽器の音が聞こえなくなってくるので、さほど重要視されなくなってしまうかもしれません。とにかくTPOが大切ってことですね。念のため。

 とりあえず、フルートを吹く時は、耳をダンボにして、息を少なめ、音量も少なめで、注意深く音出しをしていく事が肝心です。指の練習も必要だけれど、それよりも私の場合、何よりも音作りを優先していかないと…そう思いました。

 「息を吸ったら、なるべく吐かないこと」と言われました。つまり、息の使用量を減らすこと。息はたくさん吸って、吸ったままで我慢して、ちょっとずつ息を使っていくようにする。当然、苦しいけれど、それは我慢我慢。…これって、声楽で言うところの『息に溺れる』という状態ですよね…。「苦しいですよね…」「そう、苦しいかもしれませんね…」 訓練あるのみってところですか。たしかに苦しいけれど、これで良い音色が手に入るなら、頑張んないとダメですね。

 本日の結論、息を減らして、背中の羽根を広げて演奏すると、いい感じの音色になります。

 さて、アルテもやりましたよ。アルテの12課の7番は合格。8番(旋律練習)は不合格。私の予定通りです(笑)。ちなみに、7番のような課題は音を壊す練習なので、今の私にとって、本来なら、やるべき練習ではないそうです(それどころか、アルテ自体がいけないそうですが…そこはちょっと目をつぶっていただきましょう:笑)。

 12課の8番は目下、譜読みが終わり、指の動きを体に染み込ませている最中です。家ではメトロノーム70の速度で練習しておりますが、なかなか、ちゃんと最後まで通りません。目標の84までは、道は険しいです。

 ところで、ゴールデン・ウィークの話を先生としました。「私のゴールデン・ウィークはショパン漬けです」と答えたところ、それは良い事だと言われました。ボサノヴァの創始者のカルロス・ジョビンはショパンの強い影響下にある人で、ボサノヴァという音楽も、ショパンの音楽が下敷きになっている部分があるんだそうです。だから、ボサノヴァをやるためにも、ショパンをたっぷりと聞いておくのは、良い事なんだそうです。実際、ショパンのフレーズがたくさん体に入っていると、ボサノヴァをやる時に便利なんだそうです。

 へー、知らなかったよ。ためになるなあ。ならば、気合を入れて、ちょっくら、ショパン漬けになってみるのも、悪くないね。

 ショパンのCDって、それなりに持っていますが、ラ・フォル・ジュネで聴けるようなマイナーな曲のCDは持っていなかったので、この機会にショパンのコンプリート・ボックスを買っちゃいました。しかしショパン39年の仕事がたったCD16枚とは…ショパンって寡作な作曲家だったんだなあ…。

 さて、次回のレッスンまでに、12課の8番の旋律練習を、音が壊れないように気をつけながら、やっつけてくるか。がんばっていきましょう。

2010年3月28日 (日)

寿命は引き算[2010年3月第4週・通算11週]

体重:107.0kg[+0.2kg:-0.9kg]
体脂肪率:32.1%[-0.1%:-0.7%]
BMI:33.8[+0.1:-0.2]
体脂肪質量:34.3kg[-0.1kg:-1.2kg]
腹囲:105.0cm[+-0.0cm:-0.3cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 言い訳のできないデブになってる~(涙)。

 さてさて…人は年を取ってくると、健康問題に無頓着ではいられなくなります。いや、身も蓋もなく言っちゃえば、人は死にたくないんですよ。いわば、不老不死を望む訳ですが、さすがにそれは不可能だという事は知っていますから、ならばせめて、健康で長生きをしたいものだと願い、それが健康問題への高い関心となって現れているのだと思います。

 私自身は、今まで十分楽しく生きてきたので、別に明日死んでもいいかと本気で思ってますが、妻や子は私が死ぬと困る(…困ると言われても、ねえ~)ので、もう少し生きていた方がいいのかなって思ってます。

 どちらにせよ、自殺をするつもりはないので、事故にでも合わない限り、寿命が尽きるまで生きてしまうのだろうと思います。で、どうせ生きるのならば、病気がちで寝たきりで生きるよりも、元気でシャキッとして御達者に生きていたいものです。そうなると、やはり、私も健康問題に無頓着ではいられません。

 私も色々な健康方法というものを読んだり聞いたりしてみましたが、思った事は「結局、寿命を伸ばす事はできないけれど、短くならないような工夫は色々とある」と言う事です。

 つまり、寿命は引き算、だと思うようになりました。

 おそらく、人間には天寿というか、神様から与えられた元々の寿命というのがあるんだと思います。それが人ごとに違っていて、ある人は120歳だったり、100歳だったり、80歳だったり、50歳だったり、30歳だったり、10歳だったり、3歳だったり、3カ月だったり、3日だったり、1時間だったり、生まれる事が許されていなかったり…とかなんだと思います。

 で、その神様から与えられた元々の寿命をすり減らしながら、我々は生きているんだと思います。そう、文字通り“すり減らしながら”生きているんだと思います。

 寿命をすり減らす…たとえば、過激な運動とか、過剰なストレスとか、不摂生な生活とか、飢餓とか栄養不足とか、不衛生な生活環境とか、飲んでる水が汚いとか、吸っている空気が臭いとか、まあ多種多様な原因で、我々の寿命がすり減るわけです。

 だから我々にできる事は、自分の持っている寿命を、なるべくすり減らさずに生きて行く事。それができれば、それなりに健康で元気で長めの人生が送れるのではないかと思います。

 そういう意味では、現代の日本に生まれたという事は、感謝な事です。なにしろ、これだけでも、かなり、寿命のすり減りが避けられますからね。そして、その上で、避けるべき事は、過剰な事を避ける生活です。運動のしすぎを避け、仕事のしすぎを避け、遊びすぎを避け、飲み過ぎ食べ過ぎを避け、寝不足を避け、惰眠をむさぼるのを避け、タバコから身を遠ざけ、きれいな水を飲み、きれいな空気の土地に住む。

 後は、カラダをマメにメンテをする。メンテというのは、カラダの不調や病気などを、軽症のうちに治療を受けて直してしまうことですね。そういう意味では、ホームドクター選びも大切かもしれませんね。

 さらに、廃用性症候群を避けるために、適度な運動と、適度な知的作業を、毎日欠かさずに行う事。それらをきちんと行う事ができるなら、不老不死は無理でも、元気で御達者なジジイババアになれるんじゃないかと思います。

 …それにしちゃあ、私は、太りすぎだと、自分でも思います(汗)。

2010年3月27日 (土)

ブニョはテレビが好き?

 どうも、そうらしいです。他の金魚たちはあまり興味がないみたいなのですが、ブニョはどうやら、テレビが、それも音楽番組が好きみたいなんですね。

 我が家の水槽は食卓の上に常駐しています。で、その一辺がテレビの方を向いているのです。普段は金魚たちは、その水槽の中を程良い距離感を保ちながら漂っているわけですが、人間たちがテレビを見ていると、特に音楽系の番組を見ていると、ブニョがテレビに一番近い水槽面にやってきて、テレビの方を向いていることがたびたびあります。

 最初は、単なる偶然だと思っていましたし、どうもそうではないみたいです。だいたい、誰もいない水槽面を向いて金魚が泳ぐというのは、あまり有ることではありません。だから、これはテレビを聞いている(ブニョは肉瘤が発達しすぎているので、目で見る事はできません)ようなのです。ちなみに、他の子はそういう素振りを示しません。ブニョだけの行動です。

 イヌやネコで、時々テレビが好きって子はいますが、金魚でテレビが好きってのは、珍しいかなって思います。

 おもしろいでしょ。

2010年3月26日 (金)

レコード発 CD経由 iPOD行き

 私が高校生くらいから「デジタル」という言葉を耳にするようになりました。レコード系の雑誌にも「デジタル録音」という言葉が踊るようになりました。仕組みはよく分からなかったけれど、とてつもなく感度の良い録音方法が出来たのだなあというのが、当時の印象です。

 当時のミュージシャンたちは賛否両論でしたね。「その場の空気感まで録音できる素晴らしい録音方法だ」と絶賛する人がいる一方、音がクリアすぎて気持ち悪いと言ってた人もいました。また、録音中の雑音(床のきしむ音とかブレスの音)なども鮮明に録音されてしまうのでイヤだと言ってた人もいました。

 いくら録音現場でデジタル録音が主流になっても、それが私の手元に来る時には、旧態依然のレコードであったわけだし、再生装置も1万円のショボいステレオなら、その違いなんて全然分かりもせず「デジタル録音って何?」っていう状態でした。

 デジタル録音のすごさを感じたのは、やはりCDを聞いた時でした。

 CDも私が大学生の頃に普及しました。たしか最初は一枚3800円だったと思いますが、私はそれが2500円、つまりCDとLPが同じ値段になった頃に手を出した記憶があります。

 今で言うCDラジカセを購入し、最初に買ったCDは当然、お気に入りのカーペンターズのベストアルバム「イエスタディ・ワンス・モア」でした。

 このCDを聞いた時は、本当にビックリしました。だって、無音の中から突然、音楽が鳴り出したんですよ。これには驚きましたよ。今の人には分からないだろうけれど、レコード時代は、音楽って常にノイズ込みで聞いていたんですね。

 レコードなら、ステレオのスイッチを入れると「ポヂ」って感じで電源が入った音がスピーカーから聞こえ、そのあと「ブーン」ってアンプから何となく音とも振動ともつかない音が聞こえ、そこでレコード盤をターンテーブルに載せて針を置けば「ポツッ」と針を置く音が聞こえ、「ザー」とレコード盤の上を針がこする音が聞こえてから、音楽が鳴ったものです。それが、スイッチを入れても、全くの無音で、いきなり音楽が鳴るんだから、心の準備もへったくれもなく、ビビったものです。

 あと、音が鮮明で美しくて、これにも驚きました。おまけに立体的に聞こえるんです。ただし、これにはカラクリがあって、私が購入したカーペンターズのベストアルバムは、CD用に新たにリミックスされていた上に、追加録音までされていたので、聞いた印象がレコードとは違って当たり前なんですが、当時はCD用にリミックスされていたなんて知りませんから、「CDってすげー」ってなるわけです。

 一度CDで聞いたら、もうレコードには戻れなくなりました。だって、私の大嫌いなヒスノイズがないんですもの、CDには。

 ウォークマンもすぐさま廃棄して、ディスクマンを購入しました。CDの高音質な音を十分楽しめるようなスピーカーは、とても高価で手が出なかったので、せめてと思って、ゼンハイザーの高級ヘッドフォンを購入しました。あの時、もしも私に十分な資金力があったら、きっと、オーディオマニアになっていたんじゃないかな? それくらい、CDの音にほれ込んでしまったのです。

 それにしても、当時のCDは今とはちょっと違ってましたね。今では廃れてしまったインデックス機能があるCDがあるかと思えば、レコードのA面部分が1トラックで、B面部分が2トラックという大雑把なCDもたくさんありました。音質もなんかドンシャリで、極端なミックスがされていたと思います。あと、弱小レーベルのCDは針落としなんでしょうね、CDの癖にレコード同様「ザー」というノイズが聞こえたものもありました。

 あと、CDとプレイヤーに相性問題があって、CDをせっかく買っても、再生できない事が時々ありました。私も一枚、相性が合わなくて、別のCDに取り替えてもらった事がありました。ま、出始めの頃は色々とあるものです。

 録音できる媒体としてのカセットテープも、デジタル化の流れで、やがてDATとかMDなどに移行していきましたが、私はそれらのものに興味はわきませんでした。ウォークマンの時代は、レコードを持ち歩くわけにはいかないので、仕方なく自分で音楽テープを編集していましたが、CD時代になり、ディスクマンにCDそのものを入れて運べるんですから、手間隙かけて音楽テープを作る必要なんてないので、録音できる媒体には何の興味もわきませんでした。

 そこへ出てきたのが、CD-Rですよ。録音できるCD。これには興味シンシンでしたね。

 当時の私は、音楽をCDで集めていたのです。世の人たちがレンタルCDをMDにダビングしていた頃もレンタル屋には行かずに、ひたすらCDを買い集めていました。まあ、社会人になって、お金に余裕があったという事もあるし、MDはカセットと違って、ダビングしてもノイズは載らなかったけれど、あきらかに音声は(なぜか)劣化していたので、私は手を出さずにいたのです。

 でも、CD-Rですよ。CDをそのまま、まるまるダビングというかコピーできちゃうんですよ。これは画期的、驚きですよ。このCD-Rをきっかけに、私もレンタル屋に行くようになりました。で、CDをレンタルしては、CD-Rに焼いて保存するようになりました。私はコレクターではないので、ジャケットとか解説とかどうでも良い人で、きちんと音楽さえ聞ければ良いので、CD-Rは画期的でしたね。もう、これでホンモノのCDを買う必要はないとすら思うようになりました。

 そんな私のような人が大勢出てきたのでしょうね。コピーコントロールCDと言うのがレンタル屋に並べられるようになりました。これは、プレーヤーで音楽は聞けるけれど、パソコンでCD-Rにはダビングできませんという仕組みになっているCDの事です。

 このコピーコントロールCDは評判悪かったですね。私はコピーできなくなって、ちょっぴり残念でしたが、だったらCDを買えばいいのだろうと思って、レンタル屋に行かずに、CDを買うようになっただけで、特に文句はありませんでした。

 やがて、何台目かのディスクマンが壊れ、ようやく私も当時話題のiPODに手を伸ばしてみました。

 たぶん、私がiPODに手を出したのは、かなり後の方だったと思います。と言うのも、この手のものは、一度Rioで失敗しているので、信用していなかったのと、私はWindows使いなので、当初はマッキントッシュ専用で、マッキントッシュとペアでなければ使用できなかったiPODなど、目もくれなかったのです。でも、アップルもWindowsを無視できなかったのでしょう、やがてWindowsでiPODが使えるようになりました。おそらく私が最初に購入したiPODは、最初のWindows兼用のもので、いわゆる第4世代のものだったと思います。液晶もまだ白黒で容量もたった40GBでした。

 このiPODでまた世界が変わりましたね。だって、その日に聞く音楽を出かける前に選ばなくていいんですよ。ひとまず自宅のCD棚にあるCDは、iTunesに取り込んでおけば、iPODと勝手に同期してくれて、出かけに持ってきたiPODの中に、自分のお気に入りの音楽はすべて入っているわけで、あとは、出先でその時の気分に合わせて音楽をチョイスできちゃうわけで、すごいよねー。

 iPODにははまりましたね。第4世代の次の第5世代(カラー液晶&60GB)も買いましたし、現在使っている第6世代(iPOD Classic:160GB)も買いました。きっと、第7世代が発売になれば、買っちゃうんだろなあ…。

 今じゃあ、iPODが手放せない生活をしています。とりあえず出かける時は必ずiPODを持ってますし、それどころか家で音楽を聞く時も、居間に置いてあるステレオではなく、書斎のパソコンのiTunesを使って音楽聞いてます。だって、ディスクを入れたりする手間がいらないんですし、シャッフルで聞けるのも便利ですからね。いつしか入浴する時も、iPODを入浴用の防滴ケースに入れて風呂場で音楽を楽しむようになりました。

 音楽もたまにiTunes経由で買いますが、やはりまだまだCDで買う事が多いです。iTunesで購入した曲も、CD-Rに落として保存してます。

 赤いソノシートをモノラルのポータブル蓄音機で聞いていた人間が、今やiPODで音楽を聞いているんですよ。時代は変わるものです。驚くほどに変わるものですね。

2010年3月25日 (木)

レコード時代の思い出

 私が子どもの頃は、CDではなくレコードが主流でした。さすがに78回転のSPはすでに廃れ、33+1/3回転のLPと、45回転のEPが主流でした。LPはアルバム用で、EPはシングル用ですね。そうそう、EP盤は盤中央の穴がとても大きかったので、ドーナツ盤とも呼んでいましたね。

 あと、ミュージックテープは、オープンリールのものと、8トラックのものが主流でした。特に8トラが盛んでしたね。これはやがて、いわゆるカセットテープに置き換わるのですが、カーステレオはなかなか8トラが根強かった記憶があります。しかし、ウォークマンが出てきて、ようやく、8トラからカセットに、カーステレオを含んだミュージックテープの主流が移った記憶があります。

 レコードの再生機(ステレオと呼んでいましたね)は、なぜか家具調でした。レコードは貴重品で、傷一つ、指紋一つ付けてはならず、だいたい子どもは触らせてもらえませんでした。大切に大切に扱い、音楽を聞く時は、正座なんかしたりして(笑)。聴く音楽だって、なぜかクラシック中心で、まさに“音楽鑑賞”という風情でした。

 子どもの頃はアパートに住んでいたのですが、上の階の住人宅のステレオで訳も分からずに、ワルター指揮の運命とか、よく聞かされました。ジャジャジャジャーン。

 子ども向けのものは、ソノシートが主流で、だいたい赤いペラペラのプラスチック盤で、粗末なものでした。我が家には高価なステレオはありませんでしたが、代わりにポータブル蓄音機(再生はステレオではなくモノラル)がありました。我が家は、私以外は、基本的に音楽嫌いなので、ほぼ私が専用で使ってました。この蓄音機で、当時の子ども向け番組の音楽をソノシートでたくさん聞いたものです。そして、小学生も4年生くらいになると、当時の流行歌手のシングル盤を買う様になりました。アグネス・チャンとか沢田研二とかを買っていたかな?

 78回転のSPは、実は大人になってから嗜むようになりました。SPは、私自身はプレイヤーも持っていなければ、レコードもなかったのですが、ひょんな事で知り合いになったジイサンが、SPマニアで、彼の大層立派なプレイヤーで、大切に保存しておいたレコードをよく聞かせてくれました。

 ジイサン、いわゆるオーディオマニアでして、音楽の趣味には一貫性はなかったものの、プレイヤの手入れは常にバッチリで、SPレコードの魅力をきちんと教えてもらいました。一回レコードを再生するたびに、惜しげもなく、鉄針を使い捨てにしてました。それくらい、本格的にやっていたんですよ。

 SPの録音って、当時から見ても大昔の録音でした。プレイヤーもゼンマイ仕掛けで、拡声も共鳴板と共鳴箱を使ったシステムで、どこにも電気を使わない、電気文明以前の機械でしたが、その再生音は、今のCDとはだいぶ違った感じで、なんとも言えず、ふくよかなで豊かな音で、音楽を奏でてくれたものです。

 話を戻します。そんな感じで、ソノシートをポータブル蓄音機でモノラル再生で楽しんでいた私ですが、中学生になると、小遣いを貯めて、安価なステレオを購入しました。たぶん、当時の金額で1万円くらい。シャレにならないくらいショボい機械でしたが、大学に入学するまでは、これでたっぷり音楽を楽しんだものです。

 カーペンターズもビートルズもYMOもアバもビリー・ジョエルも、みんな、このショボいステレオで聞いたものです。小遣いのありったけをレコードにつぎ込んだものです。

 大学生になり、いわゆるコンポーネントステレオを購入し、同時に当時流行りだったウォークマンも買いました。

 アルバイトはしていたとは言え、大学生はお金がありませんからね。レコードは高いので、そうそう右から左へ購入するというわけには行きませんでした。友人たちは、カセットテープを重宝に使っていました。エアーチェックと言って、FM放送が、よくレコードを丸々放送してくれたので、放送をカセットに録音して聞いていたり、当時出始めだった、レンタルレコード屋でレコードを借りてきて、それをカセットテープにダビングして聞いていたりしました。

 私は、カセットの音が大嫌いで、特にあのヒスノイズと言う奴が許せなくて…、なので、カセットに音楽を録音して保存するのがイヤで、中古レコード店や輸入レコード店を大いに活用していました。

 と言うのも、私は当時、ウォークマンで聞くためのテープを自分で編集していたのですが、レコードからカセットに落とした音は聞けますが、カセットからカセットに落とした音は、ヒスノイズにヒスノイズを掛合わせてしまうので、ノイズだらけになって、私には苦痛だったからです。

 だから、たくさん中古にせよ、輸入盤にせよ、レコードをたくさん買いましたね。

 そうそう、レコードレンタルと言えば、当時は「黎紅堂(れいこうどう)」さんが大手でしたね。それがいつのまにか消えてなくなり、社会人になる頃に、いつのまにか「友&愛」に変わったけれど、それもいつしか消えて、今じゃ「TSUTAYA」の時代になりました。レコードレンタルは利用しなかった私ですが、CDの時代になってからは、レンタルは結構利用しています。

 時代は変わるものです。明日はCD時代以降の思い出を書きます。

2010年3月24日 (水)

重唱はツラいけど、楽しい

 歌劇団の練習がありました。

 最初は、前回同様、会場にやってきたら着替えて、各自でストレッチ。いやあ、みんなカラダが柔らかい、私が一番カラダが硬い(笑)。でも、柔らかさを競っているわけではないので、気にしない事にしています…が、柔らかいカラダの方がいい声が出そうで、ちょっと悔しいです。

 ストレッチをたっぷりしたところで、筋トレ(笑)。今回は、犬のマネをスローで100回、クイックで200回、スクワット20回を2セット、腹筋20回を2セット。学生から見れば「ええ、そんだけ~?」と言われそうだが、半世紀近くも生きてきた人には、これだけでも結構クるものなんです。可笑しくもないのに、腹筋、笑ってましたから(笑)。

 “犬のマネ”と言うのは、呼吸筋の筋トレの事で、舌を思い切り前に出して、そのままの状態で、息を思いっきり吐くという運動です。これはお腹を思いっきり引いて動かないようにしながら、背中の筋肉を意識して、肺の中の空気を瞬間的に吐き出したり、一瞬で肺にフルチャージしたりという、ちょっと不思議な動作のトレーニングです。これが、結構キツいのよ。犬のマネをしている間は、酸素を体内に取り込む事がほとんどできないので、血の気が引いて酸欠状態に陥ります。結構スリリングだったたします。

 筋トレが終わったら発声練習。発声練習そのものは、どこにでもある平凡な奴。そして、発声練習が終わったら、本来なら、動きながら発声練習というのをやるつもりだったそうですが、今回の練習会場は手狭なため(少人数の団体のため、なかなか広い会場を借りることができません)、動きながらの発声は止めにして、代わりに楽典の勉強(汗)をちょっとしました。

 今回のテーマは音名について。このブログをご覧の方々は、よくご存じでしょうが、イタリア語とドイツ語と英語と日本語での音名について学びました。そして、歌劇団内では、今後はドイツ語で音名を言う事になりました。私は分からないわけではないですが、慣れるまではちょっと苦労しそうです。「エーの音」と言われたら、やっぱりラだよね。「エーの音」と言われて、即座にミを連想できるようになるまで、どれくらいかかるかな? …個人的には、イタリア語か英語の音名が良かったな…。

 そして、会場が狭いため(汗)、音名の勉強のあとは、そのまま聴音の練習になりました。聴音、難しい。私、断トツの不正解率を誇りました。ちなみに完璧に答えていたのが、息子君(あ、こいつも歌劇団のメンバーです。子役、必要でしょ)です。薄々とは感じていたけれど、こいつ、絶対音感を持っていそう…なるべく絶対音感が身に付かないように気をつけていたのだけれどなあ…。

 練習の前半の締めは、カデンツァ。今回はバスの団員さんがお休みだったので、ちょっとハーモニーが違っていて、勝手がよく分かりませんでした。

 休憩時間は軽食を取りながら、色々と相談事です。今回は、会費の件についてと、合宿の件について話しました。そうです、合宿やるんですよ、夏合宿。八月に、みんなで泊まり掛けで練習&宴会(笑)。いっぱい練習して、倒れるまで飲む? なにしろ、歌劇団は女性が多いので、泊まりにしちゃうと、家の事とか、帰り道の事とか、そういう事を考えずに、飲めるので、良いのです。設立してまだ二カ月なのに、もう合宿の準備ですよ、気が早いというか、生意気というか…。でも、楽しい事はバンバンやんないとね、

 休憩後は、歌の練習です。まずは前回やったコンコーネ(合唱版)の2番の復習をしたところで、3番に入ります。私たちは合唱団ではなく歌劇団なので、合唱用のコンコーネを使っているものの、これをこのまま歌ってはおもしろくないと言うので、メンバーを一回ごとに入れ換えながら、重唱形式でコンコーネの3番を何度もやってみました。重唱形式、つまり、1人1パートですね。これももちろん“合唱声”ではなく“オペラ声”でやります。で、今回はバスさんが休みだったので、一番下のパートは私が一人でずーーーーーっとやりました。いやあ、いい練習になりました。

 ソロでメロディを歌うのも難しいけれど、重唱でハモリを歌うのは、また別種の難しさがありますね。で、私は譜面がろくに読めない上に、音取りも不十分なまま突入するから、ひとまず“ハモるところ”を探しながら音をハメて行ったので、時々、あらぬ音を歌っていたりします、いやあ、面目ない。それでも歌う回数を重ねていくと、音程を修正できる場所(ピアノとか他のパートの音から、自分が今出すべき音程を拾える場所)も分かるので、そういうところで、逐一、音程の修正をしていきました。とりあえず、汚い響きにはしなかったつもりですが…いかが?

 で、最後の最後は「ふるさとの四季」の大初見大会。みんな、はじめて目にする楽譜を、片っ端から歌い飛ばしてみました。いやあ、難しい難しい。だけど楽しいね。合唱曲だけれど、我々が実際に歌う時には、合唱パートをそのパート全員で歌うのではなく、声楽アンサンブルの曲として、重唱を多めにして歌う事になりそうです。それはともかく、テノールは結構ソロがあるのでうれしいです。それにしても、この曲、ソプラノとテノールとバスにはメロディがあるくせに、アルトにはメロディがないと言うのは…どういうわけ? これだけの長さの曲なのに、メロディがないなんて、私がアルトだったら、腐っちゃうよ。

 コンコーネの4番と5番、それと「ふるさとの四季」の「故郷」の音取りが宿題に出ましたが…なかなか手強いです。

 メンバー募集も門下限定で、地味に始めました。もう少し人数が増えると、うれしいです。

2010年3月23日 (火)

クチビルを柔らかくしましょう

 フルートのレッスンに行ってきました。今回はセッションレッスンでした。記事の最後には録音へのリンクもあります。

 さて、変更した頭部管の向きにも、だいぶ慣れてきました。まだ美しくない音もあるけれど、日々の訓練で美しく磨いていきましょう。とにかく現状の問題点としては、1)最低音ドが低すぎ、2)最高音ドが高すぎ、3)第三オクターブがスカスカ、というのが自覚している三大問題です。

 すべての問題を一度に解決する事はできないので、今回は1)の最低音ドが低い件について、見ていただきました。結論は「息が弱い」という事になりました。音程が低くなるにつれ、無意識ですが、息が弱くなっているそうです。息が弱くなっているので、自然と音程が下がってしまうわけで、低音は“音がひっくり返る直前まで”意識的に強い息を吹き込む練習をして、慣れてしまうのがよいだろうという事になりました。もちろん、それだけではなく、きちんと音を曲げて(伸ばして?)行くことも同時にやらないとダメです。

 もしかすると、2)の最高音ドが高すぎるのも、同様なメカニズムなのかもしれませんね。こっちは、曲げる方は極限まで曲げていますので、あとは意識的に音が落ちる直前まで弱い息で吹く練習をした方が良いでしょうね。

 全般的に音が美しくなかったり、第三オクターブの音がスカスカだったり、スタッカートがうわずったりするのは、私のクチビルが硬いせいなのだそうです。クチビルに力を入れたり、形作って吹くのは御法度で、クチビルは常に脱力気味にして、柔らかくあるべきなんですが、実際はそうではないんです。

 なので、クチビルを柔らかくする宿題が出ました。やり方は簡単で「パ」の音でタンギングをする事。「パ」のタンギングは、実際の曲ではなかなか使えないそうですが、そこは練習と割り切ってやってくるように言われました。たしかにクラシック系では使えない技かもしれませんが、ジャズ等では使えるかもしれない技なので、ちょっと真面目に取り組んでみたいなあと思ってます。

 さて、セッションレッスンです。一曲目は「イパネマの娘(The Girl From Ipanema)」です。ボサノヴァです。なにしろ、カルロス・ジョビンの曲ですから。

 前回、メロディを確認する程度で、今回に持ち込んで取り組んでみましたが…いやあ、難しいですよ、この曲。リズムもメロディラインもコード進行も、なかなか癖が強くて難渋しました。ま、この手の曲は、譜面では難しそうでも、必ずしも譜面どおりに吹く必要はないので、自分なりに崩して吹いちゃっていいのだし、実際、私流に崩して演奏しちゃうわけだけれど、崩すにしても“守るべき一線”と言うのがあって、今回はそこを注意されました。

 この曲における“守るべき一線”と言うのは何かというと、それは“ラテンのノリ”なんだそうです。ポサノヴァはラテン音楽なので、何をどう間違えたとしても“ラテン音楽”に聞こえないとダメだそうです。

 “ラテンのノリ” これを言葉で明記するのは、なかなかに難しいです。先生が一生懸命、お手本の演奏をしてくださるので、それを聞きながら、自分なりに注意点を見つけていくわけですが、私なりに分かった点は三つ。まずは「裏を意識する事」、次は「しっかり食うこと」、最後は「8と6と瞬間に使い分けること」。

 「裏を意識する事」はジャズでもそうですが、ラテン音楽も、オフビートの音楽なんですね。なので、練習の時も、わざとメトロノームを入れて、メトロノームのクリック音とクリック音の間に、音楽の強拍を入れて演奏していきます。ようやく、オフビートでフルートを吹く事に慣れてきましたが、これはなかなかに大変です。

 「しっかり食う」とはシンコペーションのことですが、クラシックよりも、鋭くバクって食っていかないと様になりません。楽譜どおりだとダサいです。ま、この辺もジャズとも通じる点ですね。

 「8と6と瞬間に使い分けること」と言うのはビートの問題です。「イパネマ~」は基本的に8ビートの曲なんですが、時折6ビートになります。クラシック的な4拍子の曲が3拍子になるのではなく、八分音符8個で一小節だったのが、三連符二つで一小節になるようなリズムの取り方です。で、その三連符の頭が飲まれていたり(つまり休符だったり、前小節からのタイだったり)するので、かなりやっかいです。頭の中で8つで刻んでいたリズムを、瞬間的に6つに刻み直さなければいけないのですが、その一瞬の浮遊感がラテン音楽なのかもしれません。おそらくバンドをいれると、8つで刻む打楽器と、6つで刻む打楽器が混在しちゃうのかもしれませんね。

 とにかくメロディラインが難しいので、アドリブもフレーズの頭とお尻に、ちょこっと装飾音符を付ける程度にして、あまりメロディから離れないようにして吹きましたが、これは誉めていただけました。

 二曲目は「悲しき慕情(Breaking Up Is Hard to Do)」。音楽ジャンル的には、小気味いいくらいのポップスですね。なにしろ、ニール・セダカの曲ですから。

 この曲は、オリジナル歌手が男性という事もあって、低~中音域の運指で練習してきたのですが、先生から、その音域だと地味でノリが悪いので、1オクターブを上げて演奏した方が良いといわれて、急遽、オクターブ上げて演奏する事になりました。

 とにかく、曲中で何度も転調を繰り返すし、臨時記号の嵐だし、コード進行もわけ分からないし、結構苦労しました。一通り、ピアノとフルートでやった後、先生からフルートデュエットでやりましょうと言われましたが、即座にお断りしました。だって、こんな複雑なコード進行の曲を初見で伴奏しろって、そりゃあ、私にはムチャというものです。いや、実際、難しいです。

 なので、フルートデュエットは、三曲目でやりましょうという事になりました。

 で、三曲目は「恋はみずいろ(L'amour Est Bleu)」。“いかにも”って感じの、フレンチ・ポップスです。ポール・モーリアで有名な、あの曲です。

 この曲は、最初から、フルートデュエットでやりました。やってみると、結構大変な曲だと分かりました。この曲、譜面は簡単そうに見えます。白い音符は多いし、けっこうスカスカだし。でも、臨時記号はヒョコヒョコ出てきますし、メロディの方は平凡でも、コード進行が転調しまくりだったりして、おもしろいです。それに、わざと、メジャーコードにするべきところをマイナーコードになっていたり、その逆があったりと、凝ったコード進行になってます。さすが、フレンチ・ポップスって感じです。

 この曲は、録音したので、アップします。先生と二人で演奏してますが、当然、手数の少ない方が私です。あまりいい演奏ではないかもしれませんが、成長の記録としてアップします。なにしろ、頭部管の向きを変更して、初めての録音ですから、音を聞くというだけでもアップする価値というのがあります。どうですか、私のフルートの音は。

 演奏は基本的にアドリブです。使っている譜面はリードシートと言って、メロディとコードネームが書かれてるだけの楽譜です。で、それを見ながら演奏するわけですが、メロディを、楽譜どおりに吹くことはあまりなく、自分流に崩して吹いていくわけだし、伴奏はコードネームだけを見て、アドリブで音を組み立てていきます。そういうわけで、同じ譜面を使っていても、演奏者によって、できあがりが全く違います。おもしろいでしょ。

 とは言え、やはり、ポール・モーリアの影響から逃れることはできません(汗)。

 演奏は基本的にアドリブで行うとは言え、レッスンでは、私が選曲しているので、実は、事前に練習をしておきます。練習と言っても、指が転ばないように、メロディをしっかり吹いておく事と、曲によっては、コードを見ながら自分流に伴奏パートを吹いておくこと…くらいですかね。「恋はみずいろ」は、前日に伴奏パートを試しに吹いておきました。なので、当日にフルートデュエットになっても、あわてずに、多少は、スムーズにできているかなって思います。

 メロディはしっかり吹いてきますが、細かなアドリブ部分は、練習をしてきません。なので、今回は直前に「イパネマ~」を誉められたという事あり、「イパネマ~」以上に、元のメロディを大切にして演奏してみました。しかし、メロディを大切にしすぎて、アドリブ箇所は、アドリブをしたのか、単にミスったのか、区別が付きづらくなっています…と言うよりも、なんかアドリブがミスに聞こえるんですよね~。これはダメですね。意図的なアドリブなのに、それがミスに聞こえるようでは、まだまだ修行が足りません。アドリブはやりすぎてもイヤらしいですが、やらなさ過ぎても物足りないです。その割合が難しいですね。もちろん、正直に白状すると、アドリブをやろうとして、うまくできなくって、結果としてミスブローになっている箇所もあります(へへへ~っ)。

 私の音色は硬いですね。おまけに常にfで、強弱もなければ緩急もないわけで、たしかにフルートを習い始めの子どものようなプレイです。でもね、音程は、以前よりも良いでしょ。まだ若干甘い箇所もありますが、なんとかアンサンブルの態をなしているんじゃないかなって思いますが、自画自賛ですか?

 ちなみに、先生はご自分のプレイにあまり納得してらっしゃらないようなので、録音は私の方だけ聞いていただけると感謝です。

 と言うわけで、録音はこちらです。

2010年3月22日 (月)

フルートは最も人の声に近い楽器?

 「フルートは最も人の声に近い楽器です」と言う言葉を、私は今まで何度も聞きました。試しにググってみたら…フルートに限らず、色々な楽器を、皆さんそれぞれで「○○は最も人の声に近い楽器」と明言されていました。チェロでしょ、ヴァイオリンでしょ、トランペットでしょ、トロンボーンでしょ。サックスでしょ、ハーモニカでしょ、他に何かあったかな? とにかく、ありとあらゆる楽器が「最も人の声に近い楽器」なのだそうです。

 …「最も」という言葉の使い方をレクチャーしたくなりました(笑)。

 それはさておき、他の楽器のことは軽くスルーして、確かに「フルートは最も人の声に違い楽器」らしいです(笑)。

 この言葉、よく言われる言葉だけれども、私はそれを聞くとゲンナリします。だって、明らかに間違っているもの。最も人の声に近い楽器は…ずばり「歌声」でしょ。なにしろ「近い」どころか「そのものずばり」なんだから「歌声」ほど「人の声」に近い楽器はありません。

 ま、もちろん、「フルートは最も~」という言葉の前提に「ただし、イケメンに限る」じゃなかった(笑)、「ただし、歌声を除く」という、無言の前提はあるのでしょうね。でなければ、おかしいです。

 それはさておき、どの楽器でも「人の声に最も近い楽器」と言い張るところをみると、「人の声に近い楽器」が理想の楽器という事になるのかな? これもまた、ちょっと変です。だって、人の声が理想の楽器なら、現実に歌声という楽器はあるんだから、この世のすべての楽器は不要になります。オーケストラや吹奏楽団なんて、今日この場で全部解散して、世界中に合唱団をバンバン作れば良いことになっちゃいます。

 ごめんなさい、屁理屈こねました(笑)。オーケストラが無くならないのは、そうならないだけの理由があるからです。つまり、楽器には楽器にしかない魅力があるって事です。

 というわけで、フルートの魅力を考えるべく[理想の楽器である]歌声とフルートを比べてみました。

 まず、共通点。二つとも、吹奏楽器だという点。歌声ってあまり意識されませんが、吹奏楽器なんですね。息のエネルギーがなけれは、うんともすんとも言いません。だから、この点では同じ。

 でも、発声の仕組みは違う。フルートはエアリードで空気そのものが振動して音になるけれど、声は声帯が振動して音になります。つまり、声帯というリードが音を作ってます。そういう意味では、人の声は、フルート以外の木管楽器(大抵はリード楽器ですから)に近く、フルートとは違うのでしょう。人の声と違う、というのは、楽器としての魅力の一つです。

 さらに音量が違います。フルートの最大音は歌声に比べて小さく、その最小音は歌声よりも遥かに大きいです。え、歌声よりもフルートの方が音量が大きい? 一流同士で比較しましょうよ。一流のフルーティストと一流のオペラ歌手ならば、改めて考えるまでもなく、オペラ歌手の勝ちです。オペラ歌手と音量争いをしたいなら、生楽器ならトランペットあたりを相手に持って来ないと勝負になりません。

 というわけで、フルートという楽器はむしろ、小音量楽器だと言えますし、音量変化の幅の少ない楽器と言えます。これは一見、弱点に見えますが、室内での演奏ではむしろ長所になります。だいたい、聞いていて無理のない音量ですし、何よりも聴衆が耳をそばだてて聞いてくれますので、とても細かいニュアンスまで表現できます。パワフルで大味な音楽ではなく、繊細で陰影のある音楽表現に向いているといえます。これもフルートの魅力の一つに数えられるでしょう。

 音色の豊富さ…言葉(つまり各種の母音と子音)を使える歌と楽器では比較になりません。表現力も同様ですが、これはフルートに限ったことではなく、楽器全般に言えるので、比較項目から外しましょう。

 運動性…フルートの運動性は素晴らしいですね。運動性というのは細かい音符をどれだけ素早く演奏できるかって能力です。歌の分野ではコロラトゥーラ・ソプラノという人がいますが、この人とフルートの運動性は、ほぼ一緒じゃないかと思われます。つまり、フルートは運動能力的には、歌とほぼ同じで、かなり優秀と言えます。運指がハ長調ベースだし、半音階の運指もそれほど複雑でないので、運動性が高いのだと思います。

 音域は三オクターブあり、この部分はソロ歌手よりも優れているでしょう。歌手の実用音域は、せいぜい二オクターブともうちょっとですから、これに関してはフルートの勝ち。ただし、アンサンブルとなると、フルートの方は特殊管を加えずに、フルートとピッコロとアルトフルート程度のアンサンブルだと、混声合唱団に負けますが…。

 音域に関して考えてみます。フルートって、日本以外の国では、基本的に男性の楽器でしょ。男性にとって、フルートの音域ってのは、自分にない、女声の音域楽器ですから、自分では出せない音域で音楽を奏でられるという点は良いです。女声用の曲を演奏できますね。これもフルートの魅力ですね。

 あと、単純に音色が美しい。小鳥のさえずりにも似た、美しい響きは、人の声とはまた別の魅力だと思う。

 そして、音に決定的な色気がない。これもフルートの特徴です。美しいけれど、全くセクシーではない。この色気のない音って、大きな魅力だと思います。これは歌だけでなく、音域がかぶるヴァイオリンやサクソフォーン(ソプラノあたりか?)に対しても有効な魅力だと思います。どうしても女声だと色気が声に載ってしまうし、ヴァイオリンも実はなかなかセクシーな音色だし、サックスは色気過剰な音(笑)でしょ。そこへ行くと、フルートの音には、からっきし色気というのがありません。セクシーな魅力がないので、聖なる音楽や癒しの音楽を演奏するには良いです。

 音楽的には関係ないかもしれませんが、一応、貴金属製品ですね。これもフルートだけが持つ魅力の一つです(他に貴金属で作られた楽器って…ないでしょ)。

 まとめ(笑)。フルートの魅力。

 1)室内で聞くには、無理の無い安定した楽音。繊細で陰影のある音楽を得意とする。
 2)操作がたやすく、運動性にすぐれている。
 3)広い音域。
 4)(男性でも)女声用の曲を演奏できる。
 5)単純に音色が美しい。
 6)聖なる音色、清楚な音色で、癒し系音楽に適している。
 7)とりあえず、貴金属製品。

 フルートの魅力については、探せば、まだまだいっぱいあるだろうけれど、今日のところは、これくらいで勘弁しておきます(笑)。フルートって「最も人の声に違い楽器」なのかもしれないけれど、人の声との違った魅力のある楽器ですね。

 最後に、フルートが単なる「最も人の声に近い楽器」でない証拠は、歌を歌える人でもフルートを吹くことからも分かります。フルートに歌声を越える魅力がなければ、歌う人はフルートを吹きませんもの。

 と言うわけで、私にとって「フルートは最も人の声に近い楽器」というよりも、「フルートは楽器として、極めて魅力のある楽器」です、と言いたいです。というよりも、歌声と楽器を比べることが、ナンセンスかな(でも、比較するとおもしろいですね)。

2010年3月21日 (日)

ポテチはアメリカの味[2010年3月第3週・通算10週]

体重:106.8kg[+0.4kg:-1.1kg]
体脂肪率:32.2%[+0.4%:-0.6%]
BMI:33.7[+0.6:-0.3]
体脂肪質量:34.4kg[+0.6kg:-1.1kg]
腹囲:105.0cm[+-0.0cm:-0.3cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 多少ですが、危機感を持っております。まずいなあ…、この体重。しかし、減らすに運動か必要だけれど、そこに立ちはだかるのは“花粉症”の壁って奴です。カラダを動かしたいと思って、外に出れば花粉が飛んでいる。有酸素運動は花粉の飛んでいるところではできません。マスクして運動すれば…と言いますが、汗にまみれたマスクが鼻と口を覆うことを想像してみてください…死にかけますよ(笑)。

 …ちょっとしたジレンマという奴です。

 さて、今週のエッセイです。少し前のダイエット記事に書きましたが、子どもの頃は、お菓子と言えば“甘いもの”でした。甘くないお菓子と言うのは“せんべい”とか“アラレ”でした。米原料のお醤油味ベースのお菓子ですね。あ、カルビーの“かっぱえびせん”はあったよ。当時から“かっぱ”は入っていなかったけれど(笑)。

 それ以外のお菓子と言えば、“まんじゅう”とか“アメ”とか“チョコレート”とか“ようかん”とか“キャラメル”とか“ラムネ”とか“鈴カステラ”とか“甘納豆”とか、そう言う甘いものでした。“棒付きキャンディー”とか懐かしいなあ。滅多に食べられなかったけれど、デコレーションケーキは、生クリームではなくてバタークリームで作られていたっけ。

 そういう世代なので、駅のフォームで弁当売りが「べんと~、べんと~、べんと~、おせんにキャラメル~、お茶にみか~ん」と言う奴、実はリアルに知ってます(笑)。もちろん、地元の駅ではなく、ちょっと地方に行った時の話ですが…。

 カップラーメンを始めて食べたのは、たぶん、小学校の高学年の時。たぶん、エースコックか何かの奴で、日清のカップヌードルが普及する前の話。

 昔は、ペットボトルそのものがなかったので、ペットボトル飲料なんてなかった。ジュースと言えば、駄菓子屋で売っていた5円の鉄人[28号]のパッケージの色付きの砂糖水。砂糖水と言うと聞こえはいいけれど、実態はサッカリン水。小学生になると、たまにバヤリスオレンジを飲ませてもらった。あと、米屋のプラッシー。高校生になると、部活帰りにチェリオだね。ビン入の500mlのコカコーラ(ホームサイズと呼んでいました)を飲むなんて、目が眩むほどの贅沢でした。

 ジュースはあっても、スポーツドリンクは、ほぼ皆無の時代で、やっと粉末状のゲータレードが、高価なドリンクとして存在してました。私のようなしがない学生は、部活の試合には、精一杯の贅沢として、蜂蜜に漬けたレモンのスライスを持っていたものです。

 そんな中、よく覚えているのが、ポテトチップ。たぶん、ウチの地域で普及しだしたのが、やはり私が高校生の頃。食べたくて食べたくて、でも、あれはアメリカ人の食べ物だと信じていて、なかなか手が出せませんでした。

 アメリカと言えば、その頃、米軍基地内で販売されているコカコーラと日本の店で売っている奴とは、確実に味が違いましたね。「やはり、本場ものコーラは違うんだよなあ」とわけもなく、関心したものです。今でも、やはり味は違うのでしょうか?

 コーラと言えば、ハンバーガー(笑)。これも同じ頃に普及したと思います。ただ、当時のハンバーガーはとても高くて、ラーメン1杯よりもハンバーガー1個の方が高かったかもしれない。

 あと、若者の(店で食べる)貧乏飯と言えば、今なら牛丼かな? 安いよね。でも、私たちの頃は、ラーメンライス。まだ、牛丼が高い時代だったんだよ。主食であるラーメンをおかずにして、主食である丼飯を食べる。うーん、炭水化物祭りだね、体に悪そう。でも、お金が無い時は、ラーメンライスって時代だったんだ。ラーメンだって、今ほど美味しくなかったし…。

 そうそう、ラーメンで思い出したけれど、同じ料理名、お菓子名でも、今と昔では、グレードがだいぶ違うと思う。今はどこの店に入っても、ラーメンはかなり美味しい。たまに「これは外したかもしれない」って店は、たいてい中国人が経営している中華屋さんだったりする。おそらく、昔ながらの中国式の調理方法で作っているんだと思う。今や美味しいラーメンは、すでに中国料理からだいぶ違うところに行ってしまったと思う。

、このように、今の子どもたちとは、私が幼い/若い時に食べていたモノは、たとえ名称が一緒でもグレードが、全然違うような気がする。今の子の方が、味も良く、健康にもよさそうなモノを食べているような気がします。なにせ、私たちは子どもの頃に、たっぷりと食品添加物[化学物質]と合成着色料[絵の具]を体内に取り込んでいるからね。日本史上、一番、本来食べられないものをたくさん食べて育った世代だろうと思います。

 でも、そんな食品添加物まみれで育った私たちだって、やはり贅沢な世代であって、生意気にも空腹を知らずに育った世代であって、その日の食料に窮して、ひもじい思いをしていた、もっと上の世代から見れば「何を寝言をほざいている」と言った状態でしょうからね。

 何だかんだ言っても、自分よりも後の世代の方が贅沢な生活ができる、いわば右肩上がりの時代に生きてきたことは、たいへん幸せな事だと思ってます。いつまでも、この楽園のような生活がおくれる事を私は願っています。

 子どもたちが、自分たちが子どもの頃よりも、貧しいもの、危ないものを食べる姿は見たくないですからね。

2010年3月20日 (土)

カエデ君だよ

 我が水槽の前王様のカエデ君を紹介します。これでも一番の古株金魚です。とにかく元気です。最近では、ブニョやキッカなど、自分よりも大きなメスに圧倒されている時もあるけれど、やはりそこは男の子なので、やるときはやるます。え? やるときっていつかって? そりゃ、食事時です。エサを食べる時は、誰よりもパワフルに食べます。

 この子は、オスだけれど、普段はおとなしい子です。乱暴な事は、まず、しません。今まで、このタイプ(チョコレートオランダ:茶金)は何匹か飼いましたが、どの子も体が丈夫で、性格も穏やか、どちらかと言うと賢いタイプでした。そういう意味では、飼いやすい金魚かもしれません。

 ブニョ(素赤オランダ)とは、とても仲の良い夫婦なんです。と言うのも、実はブニョとカエデ、見かけはかなり違いますが、実は体色以外は同じ種類の金魚なんです。同じ種類同士、惹かれ合うんでしょうね。キッカは時折、この二匹に割り込みますが、キッカは東錦という、琉金とオランダの中間タイプ(キッカは琉金に近いと思います)なので、種類的にはちょっと遠くなるので、カエデに選んでもらえないんだろうと思います。

 カエデ君は、人間で言うなら、国際結婚なんてできる器ではなく、地元で幼なじみと結婚しちゃうタイプの男の子でしょうね。性格もおとなしいので“草食系男子”なんて呼ばれちゃうかもしれません。

 一枚目の写真は全身姿です。長い尾びれと胸ビレがチャームポイントです。あ、チョコレート色の体色もかわいいでしょう。ちなみに、うしろで引っくり返っているのは、サツキです。

 二枚目は、そのサツキとのツーショット写真です。まだ、サツキが転覆病になる前に取った写真です。妻がよそ見をしている内に、若い女の子とイチャイチャするカエデ君でした。肉瘤がすごいでしょ。これがオランダ獅子頭という種類の金魚の特徴の一つです。

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2010年3月19日 (金)

今年のチケットを無事にゲットしたよ

 巷では阿鼻叫喚の、例年恒例の、ラ・フォル・ジュルネのチケット争奪戦ですが、今年の私は、まあまあ無事に、ほぼ希望どおりのコンサートのチケットをゲットできました。記録のためにアップしますが、会場で見かけても、指を差して笑わないでね。あと、サインはお断りです(笑)。

★★★

2010年5月2日 14:45~15:45
公演番号 144 会場 ホールC[定員1490名]

ショパン:モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」の「お手をどうぞ」による変奏曲 op.2
ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 op.11

アンドレイ・コロベイニコフ(ピアノ)
香港シンフォニエッタ&イプ・ウィンシー(指揮)

★★★

2010年5月2日 19:00~19:45
公演番号 181 会場 相田みつを美術館[定員110名]

メンデルスゾーン:歌の翼に op.34-2
メンデルスゾーン:挨拶 op.19-2
メンデルスゾーン:朝の挨拶 op.47-2
メンデルスゾーン:旅の歌 op.34-6
メンデルスゾーン:夜ごとの夢に op.86-4
リスト:ラインの美しき流れのほとり
リスト:唐檜の木はひとり立つ
リスト:私はまさに絶望しようとした
リスト:毎朝私は起き、そして問う
ショパン:17のポーランドの歌 op.74より
   第1番「おとめの願い」
   第5番「彼女の好きな」
   第6番「私の見えぬところに」
   第3番「悲しみの川」
   第15番「花婿」
   第16番「リトアニアの歌」
   第14番「指環」
   第10番「闘士」

ハンス=イェルク・マンメル(テノール)
モード・グラットン(フォルテピアノ)

★★★

2010年5月4日 11:15~12:00
公演番号 372 会場 ホールG409[定員153名]

ショパン:ノクターン 嬰ハ短調 KK IV a-16 [遺作]
ショパン:ノクターン 変ホ長調 op.9-2
ショパン:ノクターン 変ニ長調 op.27-2
ショパン:ノクターン ハ短調 op.48-1
リスト:孤独のなかの神の祝福(「詩的で宗教的な調べ」より)
リスト:葬送(「詩的で宗教的な調べ」より)

ブリジット・エンゲラー(ピアノ)

★★★

2010年5月4日 20:15~21:00
公演番号 337 会場 ホールB5[定員256名]

カルクブレンナー:大七重奏曲 イ長調 op.132
フンメル(ワルター編曲):木管五重奏のためのパルティータ 変ホ長調

クレール・デゼール(ピアノ)
趙静(チェロ)
マーク・マーダー(コントラバス)
白尾彰(フルート)
浅間信慶(オーボエ)
澤村康恵(クラリネット)
河村幹子(ファゴット)
大野雄太(ホルン)

★★★

 ショパンのノクターン(定番中の定番です)と、ショパンのピアノ協奏曲第1番(のだめちゃんがシュトレーゼマンと競演する曲デスネ)と、ショパンの歌曲(ちなみにテノールだよ)と、なんかよく分からない室内楽(今回唯一のフルート参加曲:笑)。まあ、私的には、なかなか良い、ちょっとミーハーに偏った選曲かなって思ってます。私って、こういう趣味のヤツなんですよ(笑)。

 会場も、小さなホール(相田みつを美術館とかG409)と、中くらいなホール(B5)と、大きなホール(ホールC)って感じで、バランスいいでしょ。席は、どこも結構いい席を入手できました。それもラッキーです。本当は、大きなホールは避けたかったんだけれど、コンツェルトを聞きたかったので、オーケストラの入るホールって言うと、どうしてもね、大ホールになってしまいます。それでもバカでかいAホール(5004席)は避けたんだけどネ。

 後は、無料コンサートとか周辺会場でのコンサート、マスタークラスや音楽映画や協賛企業のイベントなど、そのあたりが何をやるのか、楽しみ。楽器の体験レッスンとかあったら、ぜひやりたいのだけれどなあ。一昨年は、フルートとオーボエを吹かせてもらったけれど、去年は子ども限定だったんだよねー。さて、今年はどうなんだろ? あと、CDをいっぱい買うから、お財布の中身もたっぷり用意しておかないと…。あと、一カ月半? ああ、楽しみだな。

 それにしても、三日間って、短いね。今年は、東京以外にも、金沢とか新潟とかびわ湖とかでもやるので、パワー拡散なのかもしれないけれど、やっぱり東京で、もうちょっとやって欲しいゼヨ。

 んだんだ。

2010年3月18日 (木)

足元を固めよう

 今日の記事は、キング先生が日頃おっしゃっている事を私なりにまとめたものです。

 皆さんは自宅練習の時の服装って、どんな服装をしていますか? 私は極めて楽な格好ですよ。基本はジャージ上下(笑)。ま、部屋着という奴だね。足元はスリッパかな? で、そんな格好で自宅練習をしていますと言ったら、それはダメと言われました。

 理由は…? それでは本番の時の服装と「あまりに違いすぎる」から、との事でした。

 人は不慣れな事は苦手です。逆に慣れた事は得意です。だから、音楽の分野では、練習をする事で、苦手で不慣れな曲を、慣れた手つきで得意な曲として演奏できるようにするんです。

 で、我々は、音楽の練習と言って、音楽的な事ばかりを気にして練習をするので、いざ本番となると、失敗するわけです。

 どこに抜かりがあるのかと言うと…色々な原因は考えられるけれど、真っ先に思い浮かぶのは、服装。普段、ジャージにスリッパのオッサンが、本番ではタキシードに革靴になれば、それだけで体の使い方が変わってくるわけで、自宅でできていたことが、舞台でできなくなっていても全然不思議じゃない。言われてみれば、その通りだと思いました。

 反省をした私は、自宅の書斎にスニーカーを常備することにしました。本当は革靴がいいのでしょうが、まずは靴を履いて練習をするという事を自分に課しました。実際、スリッパとスニーカーでは、自分でもびっくりするくらい体の使い方が違うんですね。驚きです。

 先生に、自宅でも靴を掃いて練習してますよと話したら、それは良いことですと言われました。「ベルトをすると、なおいいですね」とアドヴァイスを受けましたが、それはまだやってません(汗)。だって、本番の時に着るタキシードでは、カマーバンドはするものの、ベルトはしないもの。それにベルトをしたまま歌うと、本当に苦しいので、パスさせてもらってます。

 私は男性だから、この程度で済んでますが、女性の皆さんの場合はどうでしょうね。

 キング先生は、女性には、スカートとヒール(のある靴)を薦めてます。

 女性は、舞台では必ず、ドレスを着てハイヒールを履く訳でしょ。これは避けて通れない事です。「私はそんな派手な服装ではなく、もっと大人しい服装で行きます」という方がいらっしゃるかもしれないけれど、少なくとも、我が門下では、それは許されません。なぜなら「女性はステージの華、男性は華に仕える下僕」というのが、ウチのドレスコードだから(笑)。

 まあ、そこまででもなくても、やはり女性の皆さんは舞台ではオシャレしたいでしょ。となると、靴はやはり、ある程度の高さのヒールの靴になるでしょう。問題はそこだ。

 日頃の練習で、裸足とかスリッパとかで練習をしている人が、いざ本番というので、いきなりヒールのある靴を履いて歌ったら、まず失敗しますよ。だって、体の使い方がガラっと変わるもの。

 もちろん、理想は、どんな服装であっても、どんな姿勢であっても、普段どおりに歌えるようにしておく事。だって、オペラを歌うって、そういう事でしょ。コスプレをして歌うのは当たり前だし、寝っころがって歌う事だってあるわけよ。直立不動で歌わせてもらえる事なんて、なかなか無いんだから、どんな状況でも、しっかり体を使って歌えるようにしておくのが理想です。だから、最終的には、服装にこだわってはいけないんだけれど、いきなり、それを要求されても、最初のうちは無理というものです。

 やはり、慣れないうちは、練習の環境と本番の状況をなるべく近づけて、練習の成果を本番で発揮できるようにするべきです。だから、女性は、自宅の練習でも、スカートを(ジャージの上からでもOKなので)履いて、ヒールのある靴を履いた方が良いと思います。

 これは歌だけでなく、フルートでも同じ事だと思います。フルートは歌と違って、椅子に座って演奏するか、直立して演奏するかの二パターンの姿勢しかないので、だいぶ楽なんだけれど、それでもやはり(座って演奏する事がメインであっても)足元はしっかり固めて置いた方いいと思います。

 自宅練習は素足で、本番はハイヒールを履いて舞台に上がったら…そりゃ失敗するって(笑)。失敗を恐れて、本番はヒールのない運動靴やスニーカーにしますか? でも、女と生まれて、ハレの舞台である本番でオシャレしないわけにはいかないでしょ。え? 本番はどうせロングスカートで足元なんて見えないんだから、かかとの無い靴でもいい? ふーん、まあ、ご本人がそれでいいなら良いですが、靴のかかとの有無で、体型も変わって見えるのは、ご存じですよね? となると、やはり練習の時から、ヒール靴にした方がいいですよ。それにフルーティストの皆さんは、歌手ほど、呼吸筋を鍛えていないから、足元が変わると歌手以上に影響が大きいと思います。たとえ椅子に座っていたとしても…ね。

2010年3月17日 (水)

人間、一度にたくさんの事はできません

 声楽のレッスンに行ってきました。まずは発声ですが、発声をしながら、聴音(超初級コース)もしました。聴音、難しー。

 私のいけないところは、歌っている音に対する意識が低いことだそうです。今出している音は何なのかを、常に意識している事が大切だし、それができることが相対音感を持っている事なのだそうです。確かに私は何も考えずに歌ってます。だから、今、自分が歌っている音が何なのか、全然分かりません。先生がおっしゃるには、分からなければ、数えなさい…なんだそうです。

 問題は…数えて分かるほどの音感もありませーん。でも、一生懸命、発声しながら「今は…ド、えっと、次はド#…」とか考えながら歌いました。でも結局、数えているうちに分からなくなるんです(汗)…疲れました。

 さて、宿題の答え合わせをしながらコンコーネの3番をやりました。「え? 3番?」って感じです。3番は、前回終わった事になっていたので、あれから2週間、全然歌っていませんでした。でも「やってません」とは言えないので、一生懸命、思いだしながら歌いました。人間、一度にたくさんの事はできません。思い出しながら(つまり、探りながら:笑)歌っていると、発声に関する諸注意が吹っ飛びますね。

 宿題の回答は、こちらの記事の内容で良いのだけれど、もっと簡潔に言えば何?と尋ねられたので「主音は、メロディの大切な音で、たいてい最初と最後の音になる。属音と主音とがペアになると調が決まる。その二つに下属音が加わると、より堅固に調が決まる。導音は主音に行きたがる音」と答えました。正解だそうです。

 それでは、コンコーネの3番の13~14小節を見て分かることを言いなさいと来ました。即答はできませんでしたが、つまりこういう事。「ミ-レド/シ-ラソ」というフレーズ(固定ドで変ホ長調です)は、音の役割的に「主音-(導音)-(下中音)/属音-下属音-(上中音)」という構造になっているフレーズです。

 で、このフレーズには、主音、属音、下属音が入っている点に注目。この三つの音は、調性を決める大切な音だから、絶対に外しちゃダメ。この音をちょっとでも外したら、調性が不明確になり、曲が崩壊するのだそうです。対して( )に入った音は、フレーズの中では経過音の扱い(導音も主音に向かっているわけではないので、経過音扱いになる)だから、少々不明瞭でも曲が崩壊することはない。不明瞭と言ったって、これらの音も和音によって支えられているのだから、不明瞭にも程度はあるのだけれど…。

 先生が試しに“主音、属音、下属音をほんのちょっとだけ不明瞭に歌う”と“それらの音はきちんと歌い、それら以外をちょっと不明瞭に歌う”の2パターンをやってくださいました。いやー、全然違う。主音、属音、下属音って、大切。この三つの音だけで、このフレーズを感じられます。いやあ、まさにメロディの要になってます。この三つの音は、本当に気合を入れてしっかり歌わないといけませんね。

 そう言えば、フルートのレッスンの時に、笛先生が「ジャズでは、きちんと演奏しないといけない音と、譜面に書いてあっても、あんまりちゃんと演奏しちゃいけない音があります。だから譜面どおりに全部の音を同じように演奏してはダメ」と言ってた事と、きっとどこかで何かがつながっているんだろうな…と思いました。

 とにかく、フレーズの中の音には、重要度において、違いがあるので、そこをきちんと、意識しながら(つまり、調性を感じながら)歌う事が大切だというのです。

 ついで、また聴音です。今度は、単音ではなく、重音です。当然、よく分かりません。ただ、何となくいい感じに聞こえました。なぜならこれは「完全五度」の響きなんだそうです。先生がざーっと色々な「完全五度」をピアノで弾いて下さいましたが、どれもキレイ。この響きはきちんと覚えておかないといけないのだそうです。

 さらに、完全四度も同じように弾いてくださいました。この完全四度の響きも暗記しないといけないそうです。覚えることがたくさんで、大変です(汗)。

 さらにさらに、今度は音階の話。五度と四度は完全でいいのだけれど、その他の音(具体的には三度と六度と七度。二度はちょっと無視)には、完全や増減はなく、長短の二種類があるだけ。その長短の中で、“長”を選んでいけば(つまり、長三度と長六度と長七度)その音階は長調になり、“短”を選んでいけば(短三度と短六度と短七度)その音階は短調になります。いやー、すっごく分かりやすい。音程と調性がバッチリつながりました。

 こういう事からも、調性の基本フレームを支えるのが、完全五度と完全四度だという事がよく理解できました。

 楽典の勉強もしながら、さらにコンコーネの練習は続きます。ページが変わったあたりで、この曲の最高音であるソが出てきます。その周辺が、いつもどおり、今回も、なんかうまく歌えません。特に今回は声が割れて、特にひどい。どうも、色々な事を考えながら歌っていたせいか、どうもダメでした。そして声のポジションがすぐに落ちちゃうんですよ。

 発声に関しては『絶対にポジションを落としてはいけない』のです。『ポジションを落とさない』とは『常に頭声で歌う』と言うことです。逆に言うと『ポジションを落とす』とは『声が胸に落ちる』ことであり、それは『胸声になってしまう』ということです。テノールにとって『歌っている時にポジションが落ちる』というのは、有り得ないことなんだそうです。

 何となく、そうかな…って思っていたことですが、つまり、テノールとは「頭声で歌う男性」のことなんですね。なんか、すっきりしました。と同時に、色々とできていない事が分かりました。

 「常に頭声で歌う」「どんな音程でも頭声で歌う」。こりゃ、口で言うと簡単だけれど、実際は大変…。すごく筋力が必要な歌い方になるぞお、覚悟を決めて、声楽体操に励まないと…。

 音程がいつも低い件について。それを矯正する為の色々な方法があるけれど、まずは「自分はいつも音程を低めに歌ってしまっている」という事を意識化する事が大切なのではないかと言われました。「とにかく、いつも低い。だから、高めに歌うんだ」という意識が必要で、その意識があれば、なんとかなるはずだから「常に高めに歌う」という事を忘れずに…と言われました。

 おっしゃるとおり、「常に高めに歌う」を忘れてしまうから、問題なんです。特に、人間、一度にたくさんの事はできませんので、色々な事(例えば、ポジションを下げないとか、この音は気合いを入れて歌わないといけないとか、rはしっかり巻くとか、色々)を考えながら歌っていると「常に高めに歌う」が飛んで行ってしまうわけです。

 私はCPUがシングルコアで、OSはシングルタスクっぽいんですよ。なにしろ、旧式ですから。同時に複数のことを処理するのは、苦手です。

 「伯爵とスザンナの二重唱」は…難しいですね。普段の練習は、一人でカラオケに合わせて歌ってますが、そこに妻が入っていると、もうワヤクチャになります。一緒に暮らしているけれど、案外、練習の時間は揃わなくて、なかなか一緒にテキストの読み合わせとか、歌の練習とかできません。当然、レッスンの前にも二人で練習するんですが、なかなかねえ…。

 二重唱なので、相手の歌を聞くわけじゃないですか。いつもは、ピアノを聞いて歌っているのですが、二重唱となると、ピアノと相手の二つを同時に聞くわけで、これがもう私にオーバーワークです。人間、一度にたくさんの事はできないのです。無理を通すと、必要な集中力は、一人で歌う時の倍じゃ済みません。

 今回は、歌の後半を中心にレッスンしていただきました。この曲は、基本的に掛け合いの曲なのですが、61小節から、突如ハモりだします。このハモリだしたあたりで音楽の調子がガラッと変わるわけだから、そこを意識的に歌うのが、音楽的な歌い方で、特にピアノ譜に書いてある、sfzに注目すること。このsfzは、歌の方には書かれていないけれど、sfzの部分は歌詞もソプラノとバリトンで韻を踏んでいるわけだから、二人でsfzを強調するような歌い方をしてくださいと言われました。また、曲の終わり(65小節から)は、譜面上はハモっているけれど、ストーリーの流れを考えると、音程はハモっても、気持ちはハチ切れているわけだから、歌い方も当然、ハチ切れる方向で歌う事。なので、ここは、普段は禁じ手の「声押し」で歌いまくり、最後の“cor”の“r”は目一杯、音をたてて巻くことが肝心。美しいだけが音楽ではない。感情の流れに沿って歌っていくことで、音楽を作っていきましょうとのことです。ちょっと照れますが、やってみましたよ。

 で、これで今回のレッスンは終わり。別れ際に先生が「声の大きいことは欠点ではないですよ。声が大きいということは、最大値が大きいので、音楽をより効果的に歌えるわけです。ただ、いつも大きいとうるさいので、普段は抑えて歌い、必要なところで大きな声で歌えるといいのです」と励ましてくれました。ありがたいことです。

2010年3月16日 (火)

金昌国教授の芸大退任記念コンサートに行ったよ

 さて、表題の通りです(笑)。先週の日曜日(2010年3月14日)にトコトコと東京芸術大学まで行ってきました。ホームページはこちらですね。

 まずは、プログラムから。
 
 
第1部

 バッハ:フーガの技法~コントラプンクトゥスⅠ(フルートオーケストラ)

 ヴィヴァルディ:フルート協奏曲「ごしきひわ」(フルートオーケストラ伴奏)
   [独奏者・第一楽章:柳原佑介、第二楽章:中川佳子、第三楽章:神田寛明]     

 ボワモルティエ:五本のフルートのための協奏曲(フルート五重奏)
   [青山夕夏、大澤明子、甲藤さち、岩下智子、村上成美]

 ベルトミュー:アルカディー(フルート四重奏)
   [浅生典子、上野由恵、浜崎麻里子、柴田勲]

 木ノ脇道元:Quadriparitito〈四要素〉(フルート三重奏)
   [木ノ脇道元、斉藤和志、古田土明歌]

 レスピーギ:リュートのための古代舞曲とアリア第3組曲より〈イタリアーナ〉〈シチリアーナ〉(フルート四重奏)
   [萩原貴子、三瀬直子、大平記子、竹山愛]

 ドヴォルザーク:スラブ舞曲(フルート四重奏)
   [真鍋恵子、宮崎由美香、押部朋子、甲斐雅之]

 チャイコフスキー:くるみ割り人形~中国の踊り(フルート四重奏)
   [(ごめんなさい、演奏者の氏名をメモるのを忘れてしまいました:謝)]

 尾高尚忠:フルート小協奏曲(フルートオーケストラ伴奏)
   [独奏者・第一楽章:井出朋子、第二楽章:高木綾子、第三楽章:小池郁江]

 バッハ:トッカータとフーガ(フルートオーケストラ)

第2部[フルート独奏:金昌国]

 シュタインヴォルケ:かっこう(ギター伴奏:荘村清志)

 イベール:間奏曲(ギター伴奏:荘村清志)

 タレルガ:アルハンブラの思い出(ギター独奏:荘村清志)

 モーツァルト:フルートとハープのための協奏曲(ハープ独奏:篠崎史子、芸大オーケストラ)

 矢代秋雄:南部牛追い歌(ハープ伴奏:篠崎史子)

 
 
 では、私の感想などを。

 最近、コンサートレビューを全然書かなくなった私が、わざわざ取り上げるという事からお分かりのように、すごく良かったんですよ。とにかく出演者をご覧いただければ分かる通り、オールスターキャスト。一人でも十分お客が呼べる人が、これでもかー!という勢いで、全員集合しているんです。このメンバーを見るだけでも、垂涎もののコンサートだったと言うことがお分かりだと思います。実際に、すごかったんです。私は、何度も、魂抜かれました。

 とにかく人気なコンサートでして、私は会場の10分前に行ったのですが、その段階ですでに行列が出来てました。なんと、大学正門前から30mほど手前のところで並ぶはめになりました。人の流れが止まっていたのですが、最初はそれがコンサート行列とは気付かず「???」って感じでした。で、そばの人に「これ、なんですか?」と尋ねたら「たぶん、金先生のコンサート」と答えてました。その方もよく分からずに立ち止まっていたみたい。でも、周りの人たち皆さん、自信なげに「たぶん、金先生のコンサートですよね~」とおっしゃっていたので、私もたぶんそうだろうと思って並んでいました。

 結果として正解だったからよかったものの、もし違っていたら、どうしていたんでしょうね? とにかく、正門入る前からそんな感じでしたし、正門入ってからも、会場の奏楽堂までの距離を考えると、イヤになるくらいの長い列が出来ていたというわけです。実際に会場はほぼ満席でした。

 芸大の奏楽堂はとても大きな音楽ホールでした。座席数は1100席ですが、比較的新しい施設なので、座席間もゆったりしていますし、通路も広々しています。天井もすごく高くて、実に贅沢な造りの音楽ホールでした。自由席でしたが、それでも良い席を確保する事ができました。前から三列目の中央です。独奏者の立ち位置からだと10mもないほどの至近距離です。私の座席の周囲は、ホールの常連さんたちが固めていました。で、ここの会場のお作法などを色々と教えていただきました(笑)。このホール、音響は良いのですが、音響が良すぎて、今日のような小音量楽器の演奏だと、ちょっと離れてしまうと、楽器の音よりも反響音の方が大きくなってしまうのだそうです。なので、かぶりつきのこの場所が正解なんだそうです。へー、そうなんだ。

 ちなみに、空調は…熱かったです(汗)。半袖がちょうど良いくらいでした。なので、常連さんたち、ほとんど寝てました(笑)。

 常連さんたちは、ホールの常連さんらしくて、演目関係なく、来ているみたいでした。「フルートしかやんないのかー」と小声でクレームつけてた人もいたっけ。どうも、何をやるか分からずに座っている人もいるみたいでした。なので、お作法を教えてもらったお礼に、今度は私から常連さんたちに、フルート音楽の解説(エラそー!)をして差し上げました。

 でも、常連さんたちには、フルートばかりのコンサートはキツかったらしく、お舟を漕いで、あっちの世界とこっちの世界を行き来する方がいて…耳元でのイビキだけはやめてほしかった!

 そんな常連さんの事は、横において(笑)。

 演奏は…みな素晴らしかったので、ほめ言葉を書いていると、それだけで終わってしまうので、気になったところだけを書いてみます。書いてないところは「すごく良かった」と思っておいてください(笑)。

 今回大活躍のフルートオーケストラは、フルートだけ130本も集めて作ったアンサンブルです。上はピッコロから、下はダブルコントラバスフルート(“楽器”と言うよりも“装置”と言った感じでした)まで。

 私は今回、フルートオーケストラというものを見直しましたね。私が普段見る、フルートアンサンブルって、たいてい、大変な演奏になってしまうパターンが多いですが、ここは違いました。130人もフルーティストがいるのに、まるで一台のパイプオルガンが鳴っているかのような澄みきったサウンドでした。「フルートはチューニングが難しい」は嘘ですね。腕さえあれば、130人のピッチもピタッと合うんです、腕さえあれば。問題はそこなんだよね~。

 フルートオーケストラの演奏は実に美しかったのですが、異質なのは、ピッコロでした。ピッコロは数が少ないのですが、絶対に他のフルートと音が溶けないので、常に浮いた存在でした。一つだけ、音質が違うんですよ。とても同族楽器とは思えません。なので、ピッコロをアンサンブルに加えるのは、善し悪しだなって思いました。

 フルートオケのあとは、小アンサンブルあり、フルートソロの演奏ありで、色々な奏者の色々な音色が楽しめました。ほとんどのソリストの方は、ゴールドフルートをお使いでした。それも管体金(メカ銀)というのは、見た限りでは無く、ほとんどが総金でした。やはりクラシック系フルーティストの間では、総金フルートがデファクトスタンダードなんだなって思いました。わずかな人だけが銀色のフルート(総銀またはプラチナメッキ)でした。木管を使っていたのは神田氏だけでした。これだけたくさんフルートを一度に聞いてみると、何となく、彼女たちがゴールドを選択する理由が分かるような気がしました。

 ゴールドの音って、腰が太いんですよ。なので、アンサンブルなどで銀の笛と一緒に吹くと、耳に残るのはゴールドの音の方なんです。銀の音を覆い隠してしまうような感じになります。音量的には大きな差はないのですが、音質の面でカバーしちゃんでしょうね。“押しが強い音”とも言えます。常に一歩前に出たがる音楽家にとっては、大切な要素ですね。

 あと、どうやら奏者にとって、ゴールドの方が、演奏が“楽”なようなんです。“楽”という言葉に語弊があるなら“広い会場向きの楽器”と言い換えてもいいのかもしれません。銀や木管は、かなり奏者がエネルギッシュに演奏しないといけませんが、ゴールドだと涼しげな表情で吹けるんですね。やはり、そのあたりは、かなり違うみたいです。

 どの曲も、とても良かったのですが、第一部の中から、あえて一曲を選ぶなら、今回が初演だそうですが、木ノ脇道元さんの「Quadriparitito〈四要素〉」が良かったです。現代曲で、すごくたくさんの特殊奏法を駆使して演奏していました。

 1stフルートの古田土さんは、ゴールドフルートと総銀フルートを使い分けていたし、あげく、最後は美しいソプラノで歌い始めました。このソプラノがまた見事で! 歌えるフルーティストってステキです。

 ソプラノのfは、フルートのfの数倍の音量でした。歌が入った途端に、音楽の枠がグンと広がったような気がしました。やはりダイナミクスの幅って大切です。作曲者の木ノ脇さんは自らバスフルートを吹いてらっしゃいましたが、このバスフルートがかっこいいんです。私はバスフルートに憧れますね。やっぱり古田土のバスフルートを使っているのかしら?

 個人的にうれしかったのは、今回、高木綾子さんの演奏をたっぷり堪能できた事です。昨年のラ・フォル・ジュルネで彼女のコンサートを聞いたのですが、その時は会場が劣悪だったせいもあり、姿は見えるけれど、音はろくに聞こえず、すごく残念な思いがしていましたが、今回はバッチリでした。総銀フルートを使っているという事もありますが、とにかく、他のフルーティストとは全然音が違うのが印象的でした。良くしも悪しくも個性的です。私は彼女の音って好きだな。

 唯一の木管フルート使用奏者の神田寛明氏の「ごしきひわ」の第三楽章もよかったですね。木管フルートは音が柔らかすぎて、バックがフルートアンサンブルだと、ややもすると音が後ろと溶けてしまって、ソロとしては際立たないという弱点(?)もあるのですが、とにかく音色が美しい。フルートという楽器は、派手できらびやかというイメージがあるけれど、それとは全く違う世界を構築していました。神田氏のリサイタルを聞いてみたい気がしました。木管フルートって、いいですね。

 そうそう、ボワモルティエとかベルトミューなんて、名前も知らない作曲家でしたが、やはり最初からフルートのオリジナル曲として作られた曲(ですよね)はいいなあ。フルート音楽の楽しみの一つは、こういうマイナーメジャーの作曲家の隠れた名曲を楽しむという、なんとも言えない楽しみがありますね。でも、二曲ともよかったですよ。

 第二部に登場してきた、荘村清志さん(ギター)を初めて生で聞いたのですが、なんか感動しちゃいました。私、実は、荘村さんのギターをテレビで見て、感動して、それでギターを始めた人なんです。もちろん、クラシックギターです。でも、独学だったので、やがて挫折して、今に至っている(笑)んですが、彼は私の最初のギターアイドルなんです。あの時、挫折せずにギターを続けていたら、私の人生も変わっていたろうなあ…と思いながら、聞きました。それにしても、時の流れるのは早いです。憧れの若手実力派ギタリストが、今じゃ白髪ですからね…。でも、演奏は若々しくて、やはりかっこ良かったなあ。

 最後の最後になってしまいましたが、今回の主役の金昌国教授の演奏は、やっぱりベテランだなって思うような演奏でした。金教授もゴールドフルートを使用するのですが、ややもすると、他の奏者の方が、ゴールドっぽい音から逃れきれないところを、彼はやすやすとそこから離脱して、自分の音でフルートを演奏していました。つまり、ゴールドフルートなのに、ゴールドとは違う音なんです。これはやはり、長年の研鑚と個性のたまものなんでしょうね。

 フルートとギターとのデュエットは、心にしみますね。音楽って声高に叫ぶばかりでなく、こういう感じで“耳を傾けて”聞く音楽もいいですね。それにしても、フルートも小音量楽器ですが、クラシックギターはさらに小音量でした(笑)。

 「フルートとハープのための協奏曲」は、生演奏を初めて聞いたのですが、いやあ、フルートの音もそうだけれど、ハープの音も、CDに入らないものですね。実にふくよかな音楽でした。それにしても、やっぱりオーケストラはいいですね。最後の最後に登場してきたオーケストラですが、本当にオーケストラって、色彩豊かな楽器だなあと思いました。指揮者はいなかったので、金教授が時折指揮をしながら演奏していました。

 「南部牛追い歌」はアンコールでしたが、フルートとハープだけの演奏でした。すごくよかったです。間白のある音楽と言うのオシャレですね。私は奏楽堂から出るや否や、iPODに入っている、金教授の「南部牛追い歌」を2~3回リピートかけて聞いて帰りました。

 いいコンサートでした。本当は、一曲ごとに感想を書きたかったのですが、こんなふうにかい摘んで書いても、これだけの分量になってしまいました。まともに一曲ごとの感想を書いてたら、どうなったことやら! しかし、書き足りないです。

 今回のコンサートの感動をたとえて言うなら「ゴジラ映画を見に行ったら、ガメラとヤマトとガンダムにエヴァンゲリオンまで登場しちゃいましたよー」ってノリです。分かるかな? それもバッタものでなく、みんなホンモノ。すごいでしょ。あ、誰がガメラで、誰がヤマトかなんて、詮索しちゃダメだよ(笑)。

 とにかく、二度と見れないような、すごいコンサートを見てきましたというお話でした。クラシック音楽って、ほんとーにいいですね。ああ、フルートでクラシック音楽を真剣にやりたくなりました。でも、そんな事ができるほどの腕前になる前に、寿命が尽きてしまうんだろうなあ。ああ、残念無念。

2010年3月15日 (月)

アルテの一巻って、なかなか難しいね

 フルートのレッスンに行ってきました。今回のレッスンは、先生のご好意で1時間レッスンになりました。なので、ゆっくりと、たっぷりとした、レッスンでした。

 まずは、前回のレッスンの時に「まるで子どものよう…」と評された、内向きに組み立てたフルートでの音出しです。この二週間、私は毎日ソノリテをがんばりましたよ。で、結果ですが、とりあえずOKです。これで行きましょうという事になりました。一応、大人に成れた様です(笑)。

 以前と比べても、音色的には、まあまあだそうです。ただ第3オクターブはポイントがズレていて、無理やりに音を出しているような感じがするので、そこはもう少し練習を積んでいかないといけないそうです。けれど、音程に関しては、以前よりもずっと良くなっているので、この方向でいきましょうという事になりました。やったね。

 さて、アルテです。結果は予定どおり(笑)12課の4~6番合格は合格、7番は不合格でした。

 でも、4番が合格して、本当によかった~。私はアルペジオが苦手で、4番のようなエチュードが本当に苦手なんです。この4番だけで、誇張抜きで2カ月かかってます。たかが、ちょっとしたアルペジオが入っているだけのエチュードなんですが、毎日毎日何時間もこの課題ばかりを吹いてきました。それがやっと合格です。ほんと、うれしいです。もちろん、自宅練習では完璧に吹けるようにしておいたんですよ。でも、やはり苦手意識があるせいか、先生の前だと、簡単に指が転びました(笑)。でも、今回のレッスンは時間があったので、何度かトライをして、二回連続で上手くいったので合格をいただきました。

 さて、5番は、私の中では、前回合格しているはずの課題ですし、もはや眠っていてもラクラクできるほどの完成度でレッスンに持っていったのですが、先生の前だと、ちょっと指が怪しかったかな? なんかちょっとトロトロしちゃいました。

 6番は、実は自宅練習で「4番は行けそうだ」とメドが立ってから、急いで練習を始めた課題でした。でも、頑張って練習したんですよ。完成度的には、なんとかギリギリセーフという状況までしか仕上げられないまま、レッスンに持っていったのですが、ギリギリセーフの完成度でしたから、レッスンでは事故多発でした。いやあ、今回、レッスン時間に余裕があって良かったです。もしそうでなければ、この課題は「次回まで宿題にしてください」と言われるところです。でも、なんとか最後は無事に吹ききったので、合格をいただきました。

 7番は…いいんです。自宅でも仕上がってませんでしたから、最初から合格をいただくつもりはございませんでした。先生は「練習でできなくても、ここでできれば合格ね」とおっしゃってくださいましたが、いやいや、世の中そんなに甘くはないですし、練習不足は裏切りません(ちょっと違う?)。しっかり指がもつれてワヤクチャでした。当然、次のアルテのレッスンの日まで宿題です。

 それにだいたい、自宅練習では、7番の出だしの休符に何の意識も置いてなかったのですが、それではダメと言われました。聞いている人に「二拍目からフルートを吹き始めた」という事が伝わるように、きちんと休符を感じて(感じさせて)吹いてくる、という練習課題が与えられました。全体のリズムのノリの話ですね。がんばろ。

 8番の旋律課題は、合格不合格ではなく、現在の仕上がり具合をチェックする、という感じでみていただきました。

 「スラーとタンギングの処理がいい加減」という、いつものご注意をいただきました。はい、今はまだそんなところまで気を配っていられませんでしたが、これからは練習でも、そのあたりに気を使って練習してみたいと思います。

 「音符の長さがいい加減」という、これもいつものご注意をいただきました。特に、フレーズの最後の音を無駄に伸ばしてはいけない。そこに休符がある理由をしっかり考えて吹いてくださいとの事です。

 十六分音符が数カ所で出てくるけれど、その部分が、ややもたつく感じがする。そこがきれいに吹けていないと、これからスピードをあげた演奏ができなくなるので、そこは注意なんだそうです。

 で、そういう細かくて早いフレーズをこなすための練習が宿題に出されました。それは短いフレーズを目にもとまらない速さで吹き飛ばす練習です。

 具体的には、一拍で「C-C#-C」という音形を吹いてみる。まあ、三連符のような感じでしょうか。これを最初は70くらいの速さから始めて、六拍くらい連続でやってみる。音域は中音域です。これを何度もくり返して練習して、もう大丈夫と思ったら、音を一つ増やして「C-C#-D-C#-C」にして頑張る。もちろん一拍で演奏するんだから、今度は五連符みたいになるのかな。それもできるようになったら、また半音を一つ足して「C-C#-D-D#-D-C#-C」の七連符、さらにできるようになったら音を足して…という感じでドンドン音を増やして、最終的には1オクターブをクロマチックで往復できるようにする。これって、最後はかなり目にもとまらぬ速さだよね。

 とにかく指を早く動かす練習です。今やっているクロマチックの練習の拡張版みたいな感じの練習です。なぜこんな練習が必要なのかというと…指を速く動かす練習をしないと、いつまでだっても指が遅いままなんだそうです。そりゃ、そうか。指を速く動かす練習をしていないと、そりゃできるはずもないね。だから、しっかり練習しないとね。

 今回の旋律練習は、まだまだ完成からほど遠いということもあり、何度も練習中に落ちてしまいました。で、落ちて、そのまま行方不明になることもたびたび。先生は、演奏から落ちてしまう事に関しては文句はいいません(ただし、合格はいただけません)が、迷子になったりして、演奏に戻れないと注意されます。今回は、何回か迷子になって戻れなませんでした。

 落ちてもいいけれど、すぐに復帰できないと、アンサンブルでは迷惑だそうです。…でしょうね、よく分かります

 ひとまず、今回のレッスンでは、私の目論見どおりの結果でしたので、まあまあです。アルテの一巻もなかなか難しいね。次回のレッスンはセッション・レッスンなので、曲を準備をしておかないと…。まずは「イパネマの娘」からだけど。

2010年3月14日 (日)

“痛い人”について考えてみました[2010年3月第2週・通算9週]

 最初に書いておきます。今回は長いよ(笑)。通常の三回分ほどの長さです。ま、新聞で言うところの『日曜版』みたいなものです。覚悟して(爆)進んでください。では、いつもの数字発表から…。

体重:106.4kg[+0.1kg:-1.5kg]
体脂肪率:31.8%[-0.3%:-1.0%]
BMI:33.1[-0.5:-0.9]
体脂肪質量:33.8kg[-0.3kg:-1.7kg]
腹囲:105.0cm[+0.4cm:-0.3cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 先日、以前勤めていた小学校の卒業式&謝恩会があり、お招きを受けたので、久しぶりに『学校のセンセ』の仮面をかぶって(笑)出席しました。会うお母様方みなさんから、口をそろえたように「見違えるほどに、貫禄が付きましたね(微笑)」と言われ続けてきました。そりゃあ“小学校のセンセ”と“しがない研究者”じゃあ、毎日の運動量が違うって…。

 …「おおきくなったって いいじゃないか にんげんだもの すとん」

 たまには、メタブログ系の話をしましょう(笑)。

 この老犬ブログにお越しの皆様には、たびたびご迷惑をかけて、申し訳なく存じております。

 何が迷惑?…と言うと、こちらにコメントをくださる方の中にわずか一名(ハンドルは使い分けておりますが、実は同じ方)なんですが、複雑な愛情表現をされる方がいらっしゃって、その方が、ときおり正視に耐えない汚い発言をされたり、的外れなイチャモンをつけてくださいます。…どうやら(笑いのツボを外した)ブラックジョークのおつもりのようなのです。まあ、お目汚しでしょうが、笑ってやっていただければ、彼も小躍りして喜ぶことだと思いますので、ご寛容な心を以て、ひとつ勘弁してやってください。

 さて、今回の私は、そんな彼についての話をしたいわけでなく、この方のような、ときおりネットで見かける“痛い人”について、ちょっと考えてみました。今日の記事は、あくまで一般論でして、特定個人に関する話じゃないので、そこんとこ、誤解のない様によろしく。

 痛い人…ネットに、時々いますでしょ。なんか、わけの分からないリアクションをして、画面のこっち側で失笑や冷笑されている人々。ああいう人のことについて、ちょっと考えてみたので書いてます。

 “痛い人”と言っても、色々なパターンがあります。私は、大きく分けると「嫌がらせ目的」の人、「存在自体が痛い」人、「マナー違反で痛い」人、「人格に問題あり?」の人、「その他」の人の5パターンあると思います。

 まずは「嫌がらせ目的」の人。いわゆるアラシを行う人が、このタイプですね。悪意がある場合が大半ですし、愉快犯の傾向もあります。下位分類的には『暴言』型や『イチャモン』型がそうです。実社会ではクレーマーだったりします。子どもの頃はスカートめくりなどをして、クラスの女子に嫌われていたような子です。

 アンチヒーローが大好きで、他人に嫌われて注目を集める事で溜飲が下がるタイプです。性格的には、結構、イッちゃっている人でしょう。ある意味、不幸な人だと思います。犯罪に手を染めるタイプの人と、どこか共通項があるような気がします。

 ちなみに、誤解されやすいのですが、ハッキングをしたり、ウィルスを作成してばらまいちゃったり、サイバーテロを行っちゃう人はここには入りません。そういう人は、“痛い人”ではなく、犯罪者ですから(笑)。

 「存在自体が痛い」人を、細かく分類していくと、場の空気が読めずに変な発言を繰り返してしまう『KY君』型とか、素で変な反応を思わずしてしまう『天然君』型とか、斜め右上の発想をしてしまう『不思議ちゃん』型とか、リアクションそのものが???な『奇人』型が、ここに該当するでしょう。あとマスコミの意見を受け売りしちゃう『サヨクくん』も痛いかな? あ、これは「サヨク思想が痛い」のではなく「自分の頭で考えない」でマスコミの言う事を絶対的に信頼しているところが痛いのね。そこんとこ、誤解なく。

 また、日本語があまりに不自由で、わけの分からない所にひっかかってトラブルを起こしてしまう『自爆型』も、広義ではここに入るかもしれません。

 「マナー違反で痛い」人としては、『教え魔』型とか『ブログ乗っ取り』型とか『(ユーモアのつもりで)セクハラ』型とかが入ります。それと、ブログなどでは、その記事の内容と関係のない話がコメント欄で続いてしまうことはよくありますが、ブログ主やその他の読者が明らかに引いているのに、その話題を延々とひっぱる人も、ここに入るかな?

 ここに分類される人は、その人自身には悪意はないし、場合によっては良かれと思ってやっている場合も多々あるのだけれど、本人の知らないうちに笑われているというケースが多いです。ちょっとかわいそうな人たちです。

 「人格に問題あり?」というのは、ずばり『逆恨み』型とか『ストーカー』型とかの人です。また、こちらにも『暴言』型や『イチャモン』型の人がいますが、「嫌がらせ目的」の人と違うのは、あちらは悪意があるのに対して、こちらは悪意があるのではなく、人格に難がある点が違います。ま、つまり“悪い虫”と呼ばれるのは、こちらです。“怒りの沸点が極めて低い”という特徴があります。私のところに来ている彼は、このタイプですね。その他、『有名人病』型とか『自慢話』型もここに入ると思います。人を常に見下して、上から目線でしかモノを言えない“痛い”人も、ここに入ります。「平気で嘘を垂れ流す人(それもバレバレ)」もここかな? あと、2チャンネルによくいる『自作自演』型も…ここかな?

 おっと、日本語が不自由な人のために、余計な解説をしておくと、「人格に問題あり?」であって「人格に問題あり!」ではないので、そこで火病を起こしちゃイヤですよ。「?」が付くということは、その前の部分は軽く否定されているんですからね。念のため。
 「その他」はその他です(笑)。「ブログランキングの順位にこだわる人」とか「ここのブログを見たら、必ずコメントを書けよと宣言している人」とか「自分はかわいそうだ思い込んでいる人」とか「自分はエラいんだと思い込んでいる人」とか「ネカマ」とか「(狭義の)厨房」とか「成りすまし君(それもバレバレ)」とか、とにかく、よく分かんないけれど、痛い人はみんなここ(笑)。

 なんかもう、そういう“痛い人”のタイプをあげて言ったら、本当にキリがありません。

 でも、そういう“痛い人”たちには、実は、共通した一つの特徴があります。それは「自分が痛い存在になっていると気付かない」事です。ネットの向こうで、冷笑されている事に気がつかないのです。だから、平気で同じことを何度でも繰り返します。ある意味、視野が狭く、客観性に欠け、自己中心的なんです…って、だから“痛い”んだね。

 具体例を挙げれば、イヤガラセ君で考えてみましょうか? たいていのイヤガラセ君は悪意の固まりなので、自分のつまらない発言(失礼)で、そのブログ主やそこに集うメンバーたちにイヤな思いをさせて「さぞや困っている事だろう、ケッケッケッ~」とほくそえんでいるような××な奴なんです。

 でも、これが効果を挙げるのは、最初の1~2回ですね。つまりまだ正体がバレていない時だけで、それが回数重ねると、いわゆるテンドン効果(お笑いテクニックの一つですね)で、罵詈雑言のつもりが「キタ~~っ!(笑)」「今度は、そう来るか(笑)」と思われ、裏で、良いようにオチョクられています。でも、イヤガラセ君は、裏で笑われている事を知りませんから、またまた張り切って毒を垂れ流して笑われるのです。ほら“痛い”でしょ。

 話を戻します。こういう人たちが抱えている問題は、実はたった一つでして、それは“コミュニケーション不全”なんです。つまり「ディス・コミュニケーションの王者」さんたちなんですよ。文字によるコミニュケーションが苦手なのに、文字のコミニュケーションの世界に入り込んでしまったという、場違いな人たちなんです。まあ、自分は文字コミニュケーションが苦手かな?という自覚があり、だから「勉強中」な人は、まだしも、そういう自覚がないところが、実に“痛い”んです。

 “痛い人”になってしまう原因は色々あります。

 単純に「精神年齢が幼い」とか、「日本語が不自由」なだけとか、「知識教養に欠ける」とかの人って、多いです。こういう人たちにとって、ネットでのコミュケーションは元々オーバーワークなので、やがて疲れ果て、消えていきます。

 思想信条や信念に縛られている人も結構“痛い”ですね。こういう人は、はっきり言っちゃえば「場違い」なのですから、自分の居場所を一刻も早く見つけるべきですね。インテリ左翼のくせに、ネットウヨの巣窟のネットに来て、ケンカふっかけちゃダメですよ(笑)。インテリ左翼は左翼村で仲よく話していればいいんですし、逆もまた然りですね、ウヨク君も注意しましょう。

 あと、これはかわいそうな事例なんだけれど、不幸な人も時折“痛く”なります。病を抱えていたり、家庭や仕事がうまくいかなかったり…という人が、ネットには(ネットに限らないけれど)大勢います。そういう人が、悲壮感を持ったままネットに入っちゃうと…浮きますね。かわいそうだけれど“痛く”なります。「私、浅倉南、39歳!」ってノリなら全然いいんだけれど、「私がこんなに不幸なのは、○○がいけないんです~」という恨み節は…“痛い”ですよ。恨み節は、ネットでもリアルワールドでも“痛い”です。

 あと、勘違い野郎も“痛い”です。どんな勘違いかと言うと「ネットでは黒い感情を吐き出してもいいんだ」と勘違いしている厨房です。「ネットは匿名」という嘘を信じている初心者が、今でもたまにいます。この高度情報化の時代に匿名なんてありえないと言うことを知らない時点で、大いに“痛い”のですが、それって衆人観衆の中、全裸でタコ踊りを踊っているようなもので、恥ずかしい事、極まりないです。

 ちょっと前に、一部のお医者さんたちのネット利用の件が話題になりました(ブックマークしておいたのですが、どこも一斉に記事が削除されてますね、さすが高学歴な人々はやる事が速いです:笑)が、それもこれに通じる部分がありますね。社会的な立場のあるエラい人が、オッサンになってからネットを始めました、というパターンに、この“勘違い野郎”が多いような気がします。……頑固だし、若い人間のアドヴァイスなんて聞かないし、知っている情報も古かったりして、こういう人は、本当に手に負えません。

 酒を飲んで飲み屋でクダまいている分にはかわいいけれど、シラフのままネットで毒吐いているんじゃ、目も当てられません。いくら、仕事のストレス発散のためとは言え、こっちにストレスが溜まっちゃいます。

 それと、本来は責めるべきではないのだけれど、個性が強すぎる人も“痛く”なる事がありますね。誰にでも個性はあるんだけれど、特に強烈な個性を、何ら薄めることもなく、ネットで吐き出されると…痛いです。個性というものは、ほどほどに薄めていただけると、美しい香りになるのですが、原液をそのまま、ぶちまけちゃあいけません。

 この個性を薄めるというのは、ネットで生きていくためには、必須のテクニックですね。とにかく、ネットには個性か強いというか、マイノリティーな方々もいらっしゃいますが、それを一般の方々が理解し受け入れやすいように薄味にしていただけると、皆さんに愛される存在になれると思います。そのまんまは、やっぱりキツいですよ。

 ああ、なんて、ネットには、“痛い”人がたくさんいることなんだー。ああ、痛い、ああ、痛い。

 さて、そんな痛い人を見かけたら、私たちはどう対処するべきでしょうか?

 あなたが彼らの友達だと自負しているなら、しっかりと教え諭してあげるべきですね。もしかしたら、あなたの言うことを聞いて、心を入れ換えるかもしれません。でも、おそらく、彼らのほとんどは、あなたの忠告など、聞く耳持たず、かえって、逆ギレされるだけかもしれませんが…。

 では、友達でも何でもない人はどうすべきか? それは「生ぬるく見守ってあげる」事です。別な言い方をすれば「笑うだけ笑って、あとはスルー」でしょう。そういう人をかまってはいけません。返事なんてしちゃダメです。なまじ相手になると、泡を吹いている野良犬のように、今度はあなたに飛びかかってきますよ。くわばらくわばら。

 本来なら、そういう人たちには「そんな変な人にならなくても、ちゃんとルールさえ守れば、みんながやさしく接してくれるよ」と言ってあげたいのですが、悲しい事に、こちらの言葉はあちらには通じないんですよね。何しろ、ディス・コミュニケーションの王者さんたちですから…ね。

 では、今度は当事者さんたちはどうするべきか? つまり、そんな痛い人に取りつかれてしまったら、どうしたらいいのでしょうか? それは「あきらめる」事です。そして、相手にしない事です。だって、相手はコミュニケーション不全症なんですから、何を言っても無駄です。ある意味、天災のようなものですからね。

 では、そんな“痛い人”に取りつかれた人を見かけたら、どうしたらよいのでしょうか? それは、その人を支えてあげてください。でも決して、“痛い人”と関わってはいけません。関わると、とばっちりがきます。でも、取りつかれた人は、励ましてあげてください。“痛い人”って天災のようなものだから“痛い人”に取りつかれた人は、ある意味、ネットの被災者です。ぜひ、お見舞いしてあげてください。

 “痛い”人たちから、我々は何が学べるでしょうか? それは彼らのようにならない事です。「他人のフリ見て、我がフリ直せ」という言葉がありますが、まさにそうです。彼らは、生きた反面教師なのです。彼らの様になってはいけません。常に意識をもって、自分を律することが大切です。

 痛い人をたくさん見てきて思うことは、“痛さ”って“弱さ”なんだなって思います。結局、「弱い犬ほどよく吠える」ではありませんが『弱さをそのまま出したり』『弱さを隠すために虚勢をハッタリ』『弱さを武器に間違った戦いを展開する』と…“痛い人”になるんですよ。

 「でも、誰にだって“弱さ”はあるでしょ」 …はい、そうなんです。つまり、誰でも、ちょっとしたことで“痛い人”になってしまう可能性があるということです。理性を失ったら、感情に我を忘れたら、人は簡単に“痛い人”になってしまいます。まるで、ダークサイドに落ちたアナキン・スカイウォーカーのように…。

 そして、一回、ダークサイドに落ちてしまうと、そこから抜け出すのは困難です。少なくとも、キャラを変えない限りは不可能でしょうね。

 だから、我々は、ダークサイドに落ちない様に、常に気を張っていないといけないと思います。だって、ああはなりたくないでしょ(笑)。

 そして、自分がダークサイドに落ちたと自覚したら…すぐさまネットを辞めましょう。そして、しばらくネットから離れた生活をして、心の冷却期間(半年~一年)を置いてください。冷却期間を置いて、もう大丈夫と思ったら、ネットを再開してもいいと思います。ただし、その際には、以前迷惑をかけた人々にきちんと詫びを入れる事が大切でしょう。それが人間関係の基本です。ほとぼりを冷ましたから、何事もなかったかのように知らん顔するのは、ここ日本では通用しませんね。

 どうしても、詫びを入れられないと言う人は、ハンドルを変えて、以前の友人たちとは決して連絡を取らず、以前訪問した場所を訪問することは辞めて、まったく新しい“新人”として、ネットを再開するしかないですが……自分が迷惑をかけた人々に詫びを入れられないとは…人間が小さいですよ。そんな“小さな人間”は早晩また同じことを繰り返すだけだと思います。

 さ~て、「お前の方がよっぽど痛い」という内容のコメントが付くでしょうか?(笑)。

2010年3月13日 (土)

やっぱり、ブニョとキッカは天敵同士なのか? それともライバルなのか?

 水槽の観察は、日々、怠りなく行っているつもりです。

 前回も書きましたが、最近のキッカは水槽の王様の地位を投げ出して、転覆しているサツキのそばにいる事が多いです。それはなぜなんだろうと…と思って観察していました。

 どうやら、ブニョが一枚かんでいるみたいなんですよね。

 ブニョは、どうやら転覆をしているサツキが気になるのか、気に入らないのか、時折、サツキをいじめているようです。具体的には、体当たりをかましたり、突っ付いたりしているようです。で、このサツキへのブニョの攻撃を、キッカは身を以て防いでいるらしいのですよ。なので、うっかり、キッカがサツキの側を離れた時に、すかさずブニョがやっていて「エイエイエイエイ~」とやっているというわけです。もちろん、キッカは気付くとすぐに、ブニョとサツキの間に割って入るわけです。

 ふーん、いいところ、あるんだ、キッカは。

 一見、平和に見える水槽ですが、こんな水槽関係でも、人間関係と言うか、金魚関係は、なかなかに複雑なようです。

 一方のサツキですが、キッカに守られているという自覚はあるのかな? キッカに対して感謝の気持ちはあるのかな? どうもその辺は分かりません。

 日々、転覆で、一向に良くなる気配がない(当然)サツキですが、食欲だけは人一倍で、転覆しているにも関わらず、エサが入ると他の金魚を押し退けて、必死で食べてます。それはすごいです。あと、ほんのときたまですが、普通の姿勢に戻りたいのでしょうね。いきなり水音をたてて、猛スピードで水槽の中を泳ぎます。まるで金魚じゃないみたいなスピードです。猛スピードで泳ぐと、さすがに普通の体勢に戻れますが、すぐに疲れて、元の木阿弥なのが、金魚だな…と思います。

2010年3月12日 (金)

私はムラマツのファンです

 私はアルタスユーザーなんだけれど、実はムラマツの大ファン。『がんばれ! ムラマツ!』と心の中で毎日声援をおくっております。

 なぜそんなにムラマツが好きなのかと言うと「業界の先頭を走っているから(大笑)」。もう一つ言うと「日本を代表するフルートメーカーだから(爆)」。つまり、トヨタやパナソニックを応援するのと、たぶん根は一緒。つまり、ムラマツのフルートが好きと言うよりも、ムラマツという会社が好きなんだ。

 ヤマハも、業界の先頭を走っているし、“日本を代表する”っていう意味だと、ムラマツよりも、ずっとずっとすごい会社だけれど、そこはやっぱり総合楽器メーカー。フルート専業のムラマツとはイメージが違うので、笛吹きな私としては、専業メーカーをヒイキにしたい気分です。

 だから、会社としてのムラマツが好き。日本を代表するフルートメーカーとしてのムラマツが大好き。フルートそのものは、私と相性が悪いので、今一つしっくり来ないけれど(爆)。

 それにしても、私とムラマツフルートの相性の悪さは自他ともに認めるほど。誰に聞いてもらっても「ムラマツとは合いませんねえ~」と太鼓判を押してもらえるほど、気が合わない。

 私個人のフルートの音色は、だいぶダークなベクトルを持っています。そこに元々ダークな音色のムラマツを掛け合わせると(ダーク)×(ダーク)で(ダーク)2になっちゃうんでしょうね。何事も行き過ぎは良くないわけです。

 まあ、ムラマツのダークな音色は、奏者自身が明るい音色を持っていると、いい感じでブレンドされて、複雑でいい味の音色を作ってくれるのだと思います。

 さて、私とムラマツフルートの相性問題はさておき(笑)、フルートそのものの品質は、世界中の一流フルーティストが愛用している事という事実から保証ずみ。本音で言えば、私もムラマツフルートをパートナーにしたかったな。元々、ムラマツのEXあたりをマイ・フルートにしようと考えていた時期もあったくらいだからね。いや、実は私、地元の楽器屋でたまたま売っていた、リップを9KにしたEXモデルが欲しくて、もう少しで買っちゃうところだったんですよ。

 それにしても、ムラマツって、フルート界では一大ブランドでしょう。まるで、車の世界で言えば、ベンツみたいなもの? 私はブランドが好きだし、何気に身の回りをブランド品にしている私(なのに、誰もそう見てくれないのがちょっと悲しい)なので、本当はフルートだって、ブランドであるムラマツが欲しかったんです。だって、ブランド品って「大人が持ってこそ…」という部分があるでしょ。

 ムラマツユーザーって聞くと、それだけで「きっとこの人は、フルートが上手なんだろうなあ」と思います。実はそんな事はないのかもしれないけれど、そこはそれ、ブランド力って奴ですね。あと、ムラマツフルートって「貧乏人は、近寄らないで! シッシッ!」というセレブな雰囲気があると勝手に思っていて、そこがツンデレっぽくってツボです…偏見だとは分かってますが(笑)。

 (良い意味で)親しみやすくないブランドイメージが、憧れの気持ちを沸き立たせます。

 それに、ムラマツフルートって、吹いてみると、うれしい気分になりませんか? どこのメーカーのフルートを吹いても、いい気分になるけれど、でもムラマツのフルートを吹いてみると、なんか特別に、ワクワクするんですよね。それはおそらく、すごく気持ちがいいから。例えば、メカのタッチが気持ちいいとかね。あと、音がスッと出て、ヒャーッと抜けてく感じがたまんないです。軽く吹いても、実によく鳴るんですよね。音量大きめですし、かなり遠鳴りがしそうです。それなのに、かなり乱暴に息を吹き込んでも、ちゃんとキレイに鳴る。楽に吹けるし、フルートを吹くという事にあまり意識しなくてもいい(つまり、音楽に専念できる)のは、立派なアドヴァンテージだと思います。音を出すのに、苦労していちゃ、楽しいフルートも楽しめないかもしれないしね。

 え? 何をうだうだ書いているのかと言うと「すとんさんは、ムラマツフルートが嫌いなんですか」という質問に「いいえ、確かにムラマツフルートとの相性は最悪ですが、ムラマツフルートという会社は大好きだし、日本を代表するフルートメーカーとして応援しています」と言いたかっただけです。

 だから私は、アンチ・ムラマツではありません。どっちかと言うと、ムラマツが気になりながらもムラマツを使えない、そういうムラマツの外側にいる人間なんです。アウト・オブ・ムラマツって感じなのかな。

 「では、すとんさんは、ムラマツとアルタスと、どちらがお好みなのですか?」と聞かれれば、そこは迷わず「アルタス!」だよ。やっぱりアルタスいいよね。ムラマツフルートは憧れの貴婦人[ヨーロッパ系]。アルタスフルートは、キレイでかわいい恋女房って感じかな。「オレの嫁ーっ!」って感じです。

 他のメーカーですか? うーん、いずれアルタスに飽きたら、浮気するかもしれないけれど、今はまだいいや(笑)。

2010年3月11日 (木)

歌うとキュ~と腹が痛みます

 最近はキング先生直伝の声楽体操(勝手に命名しました!)をしているせいか、色々と調子がいいです。気のせいか、少しずつ歌うのが楽になってきたような気がするし、高い声も、気のせいか、以前よりも、だいぶ楽になってきたような気がします。あと、声も心なしか太くなってきたような気がします。ま、あくまで感覚の問題であって、当社比にすらなっていないかもしれませんが、すごぶる、精神的な満足感は高いです。

 特に思うのが、楽に歌えるというか、意識的に脱力ができるようになってきたこと。「歌う時は脱力」と言うのは世界常識ですが、分かっていても、なかなかできません。今だって、まだまだ本当の脱力からは、ほど遠いでしょうが、それでも「あ、ちょっと力が抜けている!」と感じる場面が多々あります。

 で、おもしろいのは、脱力できていると思える日ほど、腹が痛みます。歌っていても、キュ~と痛くなります。なんか、お腹が絞れる様な感じがして、丹田の当たりがピンポイントで痛くなります。

 最初は訳が分からず、痛くなってくると、傷みを分散させるために、力を抜いてみたりしていたのですが、ある時、ふと気がつき、傷みに逆らうように、さらに痛む場所に力を入れて歌ってみました。当然、傷みはターボのように加速しましたが、声にとっては、音量的にも、音質的にも、音程的にも、いい感じになってきました。

 ああ、つまり、痛くなっている部分を使うと声にいいのだな…と思いました。

 最近、脱力ができているような気がしていたけれど、それはここの部分(丹田周辺です)を使っていたからなんだと思いました。そして、そこが痛いのは、そこの部分が筋肉痛を起こしているわけで、つまり、今まではそこを真面目に使っていなかったから、筋肉がビックリしているんだなあというふうに理解しました。

 これもおそらくはキング先生の「声楽体操」のおかげでしょうね。あれをやっているので、基本的な筋力が付き、その基本的な筋力で今まで微動だにしなかった筋肉を動かす事ができるようになり、それが声に良い影響を与え、さらに良い声を出そうとして、筋肉に過負荷がかかった結果の筋肉痛だと理解しました。

 傷みに負けずに、こらえて歌っていけば、きっと、いつでも良い声で歌えるようになれるんじゃないかと期待しています。

 やっぱり、声楽は、体が楽器だね。だから、まずは、楽器をきちんと作らないとダメだね。その点、フルートは最初に良い楽器を買ってきちゃえばいいんだから、ずいぶんとスタート時点で楽をしている…と思います。

 フルートはズルイ…とは思わないものの、声楽は大変だなと思います。健康でないと、とても歌は歌えないと思いました。

2010年3月10日 (水)

私の弱点(2010年3月 フルート編)

 昨日に引き続き、フルートの弱点も書いておきます。後日「あの頃は、こんな事を悩んでいたんだー、なつかしいなあー」と言えるようにするためです(やっぱり自虐)。

 さて始めてみます。
 
 
アルペジオが苦手

 いやー、困った。ほんとに苦手なんですよ。「ドレミファ~」と並んだスケールや、クロマチックの進行ならば、なんとか指もついていくけれど、アルペジオは???になります。私の頭の中には、アルペジオが入っていないんですね。だから「ドレミファソラシドー」はすぐに吹けるけれど「ドミソドミソド~」は「?」って思ってしまって、全然ダメなんですね。

 練習しても、なかなか指が覚えられないです。例えて言うと、階段を一段ずつなら上がれるけれど、一段飛ばしでは足がもつれる…みたいな感じでしょう。

 ちなみにギターだとアルペジオは得意ですが、それは手の動きで覚えているからです。当たり前ですが、ギターの動きとフルートの動きは全く違うので、ギターのテクは応用できません(汗)。

 どうやら、私はフルートを吹く時は、頭の中の五線譜を読んでいるみたいなんです。で、その五線を指の動きに変換して笛を吹く? なんかややこしいですね。

 ま、とにかく、アルペジオは基本技だから、苦手を克服しないとダメだよね。
 
 
第三オクターブ(クロスフィンガー)が苦手

 音はとりあえず出るのだけれど、…未だに第三オクターブは指が迷います。これも努力あるのみなんだろうね。特にイヤなのがEとFとAの三つ。なんか指が混乱しちゃってます。
 
 
早いフレーズは指が追いつかない

 指が追いつかないです。ゆっくりと練習して、少しずつ速くしていくのですが、なんで、速くなるだけで、こんなに難易度ってアップするんでしょうね。特にアルテの速度設定が微妙で困ったものです。例えば、楽譜の速さが126だとすると、120まではすぐにできるようになるんです。でも、そこから、126の速度に上げるのが大変で大変で。実に絶妙な速度設定になっておりますのよ、アルテは。

 だから時折思うのです。笛先生が速度にあまりシビアでなく「ゆっくりな速度であっても、きちんとフルートが吹けて入ればOK」な先生だったら、きっと私は、とっくの昔にアルテ1巻を卒業しているんじゃないかって…。もちろん、仮の話だし、妄想なんだけれど、アルテの規定速度のほんのちょっと前で足踏みと言うのが多くてねえ…。でも、速度も含めての楽譜の指定なんだから、指定された速度で吹けなきゃ意味がないとは、私も思いますし、アルテが進むことよりも、腕前を上げる方が優先事項なので、アルテの進度が遅くなっても、確実に一つ一つの課題曲を仕上げていきたいです。
 
 
ついつい丹田を締めるのを忘れる

 これは癖ですね。ついつい楽をしてしまいます。丹田を閉め忘れると、第三オクターブが出なくなるので、分かりやすいです。「いつも心に太陽を」ではなく「いつも意識は丹田に」って感じ。

フルートを構えがユルイ

 一応、三点支持をしているつもりですが、ダメです。まだ、色々とグラグラします。本当に、中音のドとレのような、全指取り替えの運指でも、フルートが動かないように、しっかりと楽器を保持したいです。
 
 
息の入れすぎ&全般的にピッチがうわずる

 気をつけていないと、ついついフルートに息を入れすぎてしまいます。息を入れすぎると、ピッチが上がる上に、ブレスを頻繁にしないといけないので、よほど気をつけていかないといけません。

 ついつい大きな音を欲して、息を沢山吹き込むですか、まあそれって、自己満足に過ぎないんですよね。フルートなんて、息をたくさん吹き込んでも、わずか少量をしか入れなくても、出てくる音量はほぼ一緒。そんなこと、百も承知の上なのに、ついついやってしまいます。
 
 
読譜が苦手

 これは声楽の問題でもあげたけれど、やっぱり問題です。なにしろ、一生の問題かもしれません。とにかく、音程の方は、毎日少しずつ訓練しているからどうにかなるでしょうがとリズムの方は全然です。もちろん簡単なリズムはOKですが、ちょっと込み入ってくると、音符が見えなくってきます。
 
 
 フルートの方が声楽よりも弱点が少なそうですが、これはあくまでも、フルートの方が、全然初級なので、まだまだ欠点を欠点して把握していないからでしょう。あるいは、声楽の方が難しいのかもしれません。なにしろフルートは、楽器に助けられている部分がたくさんありますから…。ただ、こちらは練習次第で乗り越えられるものばかりなので、一生懸命練習をしていけばいいです。またいずれ、弱点を書き出す日が来るでしょうが、その時は、今ここに書いた欠点は書かずに済む様になりたいです。

2010年3月 9日 (火)

私の弱点(2010年3月 声楽編)

 記録のために、今、私自身が自覚している弱点というか、修行が足りない部分を書き出してみたいと思います。これは、あとでわが身を振り返った時に「あの時は、こんなことに悩んでいたんだー」と笑い飛ばすネタ作りのためです。

 さっそく弱点を列記をしてみます(自虐)。
 
外国語が苦手

 もっとも、英語はソコソコできます。でも、ここで言う外国語と言うのは、声楽で頻繁に使う、イタリア語とかドイツ語とかです。でもね、イタリア語もドイツ語もまともに勉強したことがないんだから、仕方ないです。それに声楽では、頻度は多少下がるにせよ、その他にも、フランス語とかスペイン語とかロシア語とか、なんかたくさんの言語を使い分けます。困ったものです。

 でも、歌で一番難しい言葉は、実は、日本語だったりします。いやあ、これも困ったことです。

 とりあえずは当面は、意味は分からずとも、なんとなくソレっぽく聞こえるようなカタカナで乗り切ります(ハナモゲラ語?)が、本当は、歌に困らない程度にはしゃべれるといいなあと、思います。もちろん、努力せずにしゃべれるようになれたらいいなあという世界です。
 
 
テノールなのに高音が苦手

 言わずもがなです。ま、とにかく今は高音Gを確実にしたいですね。それと発声練習だけであっても、高音Aを攻略し、高音B、高音H、高音Cと高音を我が手にしたいですね。テノールなんて、高音さえ叫べれば、それでいいんでしょ(って、偏見ですね)。
 
 
絶対音感がない、相対音感もない、スケール感に乏しい

 絶対音感については諦めているというか、望んでいません。でもね、相対音感は欲しいですね。スケール感というものを身につけたいですね。なので、毎日ゲーム感覚で「音感・リズム感トレーニング」を練習してます。多少は進歩したかなって気がします。同時に自分の音程上の弱点も何となく分かってきました。

 私はどうも、下降音形が鈍いですね。と言うか、結構不正確。下がる感覚がだいぶいい加減です。あと、長二度と短二度の区別が結構危ない…というか、半音の差と全音の差で迷います。あと短三度と長三度の区別もどうもね。どうにも音程に対する閾値がまだ鈍いですね。でも、やっているうちにきっとマシになってくるはずだから、頑張っていきましょう。
 
 
初見が通らない

 つまり、譜面が読めないんです。リズムは十六分音符とかシンコペーションとかが出てくると、お手上げ。四分音符と二分音符だけでできていたら…たぶんOK。音程もいわゆるペンタトニックだったら、たぶん大丈夫だけれど、それよりも細かい音程が使われていると、もうお手上げだな。つまり、童謡程度の譜なら初見ができそうだけれど、それよりも面倒な譜面は読めません。

 これも譜面を読む訓練をしていないからダメなんだろうね。ま、フルートを習いながら、アルテをチマチマやっているので、以前よりも多少は譜面が読めるようになってきたなあという感覚はありますが、どうだろ?
 
 
声が美しくない

 うーん、困ったことに、私の地声はあんまり美しいないんですよ。ならばせめて、たっぷりと響きを付け加えないといけないのに、どうにもこうにも、日本人発音で平べったい声なんですね。オッサンなのにアニメ声? オレは萌えキャラか?っての!

 冗談はともかく、声をできるだけ、深くて響きのある声にしたいですね。作り声ではなく、体のアッチコッチを開ききって、共鳴を深くすることで、外人っぽい声になりたいです。あ、外人ってのは、白人たちね、中国人のような声じゃないよ(あれでは、方向がまるで逆だよね)。
 
 
無駄に声がデカい

 そう、無駄に声がデカいんですね。これは地声が大きいので、そこに響きを載せると、やたらとデカくなってしまうんですよ。「大きいことは良い事だー」ですが、美しくて大きいならともかく、汚くて大きいのはダメですね。

 私の歌声は、おそらく胴間声って奴かなって、時折思います。だから、意識をしている時は、そうならないように気をつけています。もっとも声そのものはつぶれていませんが(笑)。

 妻が言うには「あなたは何事も力付くで解決しようとする悪い癖がある」って言います。まさにその通りで、特に歌に関しては、その傾向が強いですね。力付くでやろうとするから、声が無駄にデカくなるし、胴間声になるわけだ。脱力しつつ、きちんとポイントに当てて、歌えるようになれるのがいいのですが…こればかりは、自覚してても、実践できません。ああ、難しい。
 
 
すぐにピッチが下がる

 一番最後に書きましたが、私の欠点としては、最初に来るほどのビッグ・トラブルだね。すぐにピッチが下がるのよ。すぐに下がるどころか、最初から低かったりするから、ヤバイ。でも、下がっていても、下がったなりの相互の音程関係はまあまあらしいから、これは音感と言うよりも、体力の問題なのかもしれない。つまり、高い音を出し続ける体力が無いから、すぐにピッチが下がる。

 もっと楽に歌えたら、きっとピッチの問題も解決するんだろうなあ…と思います。

 私が楽に歌えない理由は…無駄に声がデカいという事があると思います。つまり「無駄に声がデカい事」と「すぐにピッチが下がる事」はもしかすると車軸の両輪みたいなものなのかもしれない。で、この車輪を回しているものはと言うと…喉声? 喉で歌っているから、疲れやすい? 喉で歌っているから、胴間声? 喉で歌っているから、声が美しくない?

 それにしても、たくさんの欠点がありますね。まあ、これらを一つずつ解決していきましょう。それに、自覚していない多くの欠点だってあるだろうし、まあ、チョボチョボと頑張っていきますわ。

2010年3月 8日 (月)

頭部管が錆びてきてうれしいです

 まずは写真を見てください。手元にいいカメラがなかったので、携帯で取りました。画質的にはちょっとショボいけれど、勘弁してください。

 一枚目は、左が足部管を胴部管の差込み口の方から見ています。右は頭部管です。もちろん、中に光をいれるために、歌口はきちんと上を向いているのですが…。ね、右の頭部管は真っ黒でしょ。二枚目は歌口をアップにしてみましたが、歌口の奥が真っ黒になっているのが、お分かりですか? 

_20100301

_20100302

 写真だと、やっぱり分かりづらいですかね? でも実に、頭部管の中が真っ黒になってます。その黒も、艶のないマットな黒なんですよ。いい感じです。ああ、これが“銀のサビ”なんですね。硫化銀ってやつですね。ほんと、炭の様に真っ黒です。うれしいです。

 この真っ黒なのは、実は頭部管だけです。いや、胴部管も頭部管側は、割と飴色になってきていますが、足部管側は未だにピカピカですし、足部管そのものは、写真でご覧になれるとおり、まだまだピカピカです。

 アゲハを吹き始めて、だいだい1年半ですか? ようやく、ここまで育ってきました。とりあえず、頭部管内部は硫化銀のコーティングが終わったようで、音色的にも良い感じになりました。いわば“黒メッキ”ですね。あとは、この硫化銀による腐食が胴部管や足部管にまで及び、中が真っ黒になったら、使い込まれた、総銀フルートの完成となるわけですね。ああ、楽しみ。

 もちろん、足部管の中が真っ黒になる頃は、胴部管のキー周辺やメカも黒くなるだろうけれど、それは、オーバーホールの時に「外側だけ磨き上げてください。中の黒いのはそのままにしてね」と注文すれば、たぶんOKだよね。

 ああ、うれしい。ようやく、フルートが錆びてくれた。ああ、うれしい、ああ、うれしい。総銀フルートは、錆び錆びになってからが、本領発揮だそうですから、これからがアゲハの真骨頂だよね。

 ちなみに中は黒く錆びておりますが、外側は白く錆びてます。調べたら、銀のサビって「白→黄→黄金→赤→青→緑→黒」と変化するそうです(こちらで見ました)。中も外も同じようにお手入れをしているつもりなんですが、だいぶ結果が違います。ま、外側は黒くなる前にオーバーホールに出してしまうつもりだから、関係ないけれど。

 でも、私は結構、これでもマメに調整に出しているから、オーバーホールはそんなに急いで出す必要はないでしょうね。じっくり、アゲハを錆びさせてからオーバーホールに出しましょう。そうしましょう、そうしましょう。

 今日は、フルートが錆びて、とってもうれしいです、という報告でした。

2010年3月 7日 (日)

もう“不景気”と言うのはやめよう[2010年3月第1週・通算8週]

体重:106.3kg[+0.1kg:-1.6kg]
体脂肪率:32.1%[-0.1%:-0.7%]
BMI:33.6[+0.1:-0.4]
体脂肪質量:34.1kg[-0.1kg:-1.4kg]
腹囲:104.6cm[-0.4cm:-0.7cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 近所の新聞屋が廃業してしまった事は「ひとこと」に書きましたが、新聞屋に限らず、みなさんの周りでも、近所の商店などが、ドンドンつぶれていませんか? 私の周辺でも、町の書店がドンドンつぶれ、八百屋、魚屋、肉屋、菓子屋、乾物屋などの個人経営の食料品店がつぶれ、それらの経営に著しい影響を与えたと思われるスーパーも店舗を統廃合していたり…、目を離すとコンビニやファミレスも無くなっています。ふと気がつくとガソリンスタンドのあった場所にマンションが建っていたり、ラーメン屋なんて、今度味見に行こう!と思っているうちに店名が変わっていたりします。とにかく、すごい状況になってます。

 で、お店を止めたあと、他のお店が入ったところはいいけれど、中には、シャッターが降りたままだったり、建物が解体されて駐車場になっていたりします。かつての商店街が、言葉は大げさでなく、ゴーストストリートみたいになって、すっかり活気というものがなくなりました。

 とは言え、町全体で見ると、まだまだ頑張っているお店もあるし、商店街を外れたところに新しくお店をオープンする方がいたり、全くダメという感じはしないけれど、全体的にヴォリュームダウンしていることは、間違いないです。

 そういう風景を見て「ああ、世の中、不景気なんだな」と思いますが、たぶん、その感覚は間違いなんだと思います。ついついマスコミが「不景気だー、不景気だー」と言っているから、何となくそんな気になるだけです。

 だってね。不景気なら、必ず好転します…が、もう何年、沈みっぱなしですか?

 景気が悪いと言いながら、商売繁盛な人もいれば、オカネに余裕がある人もいるのはなぜ?

 不景気なのに、年々、日本で働く外国人が増えているのは、なぜ? それも密入国までしてやってきるのは、なぜ?

 不景気だって言いながら、外資系企業はなぜ減らない? 減らないどころか、気がつけば、日本の企業が撤退した後に外資系の会社が入っていたりして、それはなぜ? 日本が本当にダメなら、外国人は来るどころか、真っ先に逃げ出すのに、なぜ?

 …おそらく、今の日本は不景気なのではなく、これが今の日本の素の姿なんじゃないかな。そして、素の日本は、実はまだまだ外国から見れば、魅力ある豊かな国…そんな気がします。

 不景気と言えば「良い景気が普通」という基準点があって、そこから見れば、今はマイナスの位置にいるから不景気って言うんですよね。

 でも、実は不景気でもなく、これくらいが今の日本の実力なんだとしたら? 今は“景気の底”ではなく、これが日本経済の現状と考えるなら? …ね、色々と世界の見え方が変わってくるでしょ。

 なんかね“不景気”という言葉を使うと、負けた感じがして、私はイヤですね。

 でも、我々はたぶん、そんなに負けていないんだと思う。確かに以前ほど、アゲアゲではないし、右肩上がりでもないし。いや、はっきり言っちゃえば、マイナス成長をしている分野だってたくさんある。そうやって、凹んでいる部分もあるけれど、地道にがんばっている分野だってあるわけで、トータルで考えると、まあまあなんじゃないの?

 極めて高い水準で“まあまあ”なんじゃないの?

 “日本が不景気だ”と言うのは、マスコミの策略なんだと思う。不景気だ、不景気だと言って、日本人から自信を奪うのが彼らの目的なんじゃないの?って勘繰りたくなります。

 まあ、マスコミの援護をするなら、日本人って元々、自虐的でしょ。その自虐性に迎合するように、日本人の自信を奪うことで日本人たちが喜んでくれるのを期待し、ひいては視聴率確保って奴が狙いなのかもしれない。そう考えると、まんざら、マスコミばかりを責めるわけにもいきません。

 でもね、であるから、マスコミってのは、第三の権力と言われるくらいの力があるんだから、自虐的な日本人の思考に合わせて、暗い話題ばかりを取り上げるのではなく、本当に頑張っている日本人を取り上げて、我々が失ってしまった自信を取り戻せるような報道するべきだと思うんだよね。

 まずは「不景気だ、不景気だー」と、しょぼくれた事を言うのを止めて、地味でもいいので、まずはちょっとずつでも、できる範囲でいいので、頑張っていきませんか? みんながちょっとずつ頑張る事が、私たちの生活を向上させ、日本の経済を上向きにする事につながっていくと思います。

 そして、政府には、失業者対策をしっかりやって欲しいです。人間、何が不幸かと言うと「働きクチがないこと」です、何が自尊心を傷つけるのかと言うと「他人の施しで生活すること」です。みんなが就労し、マジメに勤労して行くことが、それぞれの人の、ひいては国家の幸せと繁栄につながっていくし、それが明るい未来を作っていく事になるんだと思います。

 そういう事の積み重ねで、シャッター通りになってしまった商店街だって、以前のような活気あるストリートに戻れるのだと思います。

 経済問題って、難しいと思う。でも、経済問題の最終的な解決って、みんなが幸せに暮らせることでしょ。だったら、失業問題さえ解決できれば、まだまだ日本はイケていると思うよ。

 逆に言えば、失業問題が一番のネックなんだよね。そして失業問題の背景には、会社が儲からないという事実があるわけだし、なぜ会社が儲からないのかと言うと、利潤をかすめ取る奴らがいる事が問題だし、その利潤をかすめ取る奴って…。やっぱり、ここまで来ると、政治がちゃんとしないと、何も解決できないって事が分かるね。

 頑張れ、政府。あんたが、ちゃんとしないと、日本がダメになっちゃうよ。

2010年3月 6日 (土)

あいかわらずキントトはアップサイドダウンです

 サツキは未だに転覆です。死ぬまで治らないとは知っていますが、それでも毎日、引っくり返っている姿を見るのは、心苦しいものです。でも、元気一杯なんです。もっとも、普通、金魚と言うものは、死ぬ直前まで元気なフリをするので、その様子はあまり信用していませんが…。とにかく、サツキは今日も元気に引っくり返っています。

 一説には「食べ過ぎ」が転覆病の原因とありますが…エサをやると、サツキが必死でやってきます。カエデあたりに邪険にされても、すごい勢いでエサを食べてます。おまけに水草も食べているようだし…。食欲はたっぷりあるみたいです。本当にエサの食べ過ぎが原因なら、もう少し大人しくしてくれてもいいのだけれど…。

 サツキ自体は転覆状態がイヤらしく、時折、力付くで正常な状態に戻りますが、すぐに引っくり返っちゃいます。もう、どうにもならないみたいです。

 サツキの転覆病の一件もあって、最近の水槽内の勢力分布というのかな? 多少、変化がありました。一時期、ボスとして君臨していたキッカですが、最近はもっぱらサツキにべったりで、常にサツキと行動を共にしています。サツキのガードをしているつもりなのでしょうか? とにかくサツキの側にキッカがいることが多くなりました。

 復活したのが、カエデとブニョの夫婦仲ですね。お邪魔をするキッカがいなくなったせいもあり、いつでもこの二匹は一緒です。最近では、エサを食べるのも、地面を漁るのも、昼寝も夜寝も常に一緒です。いやいや、実に仲の良い夫婦です。

 で、チヅルは結局ロンリーウルフなんですが、カエデとブニョ夫婦の後ろを追っかける事が多くなったかな? 何気に三匹で行動を共にしてます。

 そんな感じの我が家の水槽の春の風景でした。

2010年3月 5日 (金)

宿題の答えを書いちゃいます

 前回の声楽のレッスンで「属音、主音、下属音、導音の意味を調べてくる」という宿題が出ていたので、やりました。結果をここに書いちゃいます。

 まず音楽之友社「新音楽辞典楽語」と「新訂音楽通論」を使って調べました。「新音楽辞典楽語」には、以下のようなの記述がありました[一部の記述を割愛しています]。

属音
 主音に次いで重要な音で、共に調を支配する、調の第5度音。広義には主音の5度上の上属音(オーバードミナンテ)、5度下の下属音(ウンダードミナンテ)の両者を含むが、これは機能理論における5度関係重視の着想に基づく。狭義には上属音のみを指す。主として長三和音、あるいは七の和音(属七、減七などの形で)の根音として利用される。

主音
 音階の第1音。音階の基礎となる音で、調はこの音名で呼ばれ、楽曲の終始はこの音になるものが多い。

下属音
 音階の第4音。主音の下方完全5度。属音についで大切な音で、変種音階を構成するときにその主音となる。

導音
 もっともふつうには長音階および短音階の第7度音をいう。ただし、短音階にあっては長7度の第7度音に限る、ということは主音から下方に音程をとれば短2度をなすことで、つまり旋律的短音階の下行形の第7度音はのぞかれる。すなわち導音とは半音(短2度)上行して主音を導き出す音、あるいは旋律線を主音へと導く音という意味である。単音であってもその働きはあるが、属三和音や属七の和音の第3音として、しかもそれが最高声にあるときにはその作用はいっそう強くなる。いずれにしてもこのような場合の導音は、主音へと〈短2度〉〈上行〉するから導音でありうるので、長音階であっても、主音から音階的に第6度音へと順次下行する場合には第7度音といえども経過的感性の働きで導音としての性格は失われてしまう。

 さらに、ネットでもあちらこちらを検索してみました。それらを合わせて検討するに、この四つの音って、とても大切な音らしいです。どうやら、音階とか調性とかのカナメになる音のようです。堅く言うと「任意の音階を規定し、特徴づけるために必要な音」って事です。別の言い方をすれば「ある特定の調性の特徴は、これら四つの音が決定する」とも言えます。

 説明を分かりやすく具体的にするために( )にハ長調での相当音を、和音の話ではコードネームを書いておきます。

 まず、主音(ド)と属音(ソ)の二つがあれば、とりあえず大枠としての音階がきまり、音階が決まれば、自ずから調性も決まるわけで、だから、主音と属音は大切。

 主音は、音階の出発点であり終着点ですから、当然メロディーでも原則的に出発点であり終着点となります。そして主音でメロディーが終わった時に「終わった~」と感じさせるには、そのメロディーを成り立たせている調性を我々が感じている事が大切で、そのためには、属音がきちんと音階の中で主張していないと、調性感が不明瞭になり、主音が主音として感じられなくなります。

 だから、メロディーを歌う時、特にその中の主音と属音を歌う時は、ことさらしっかり歌うことで、その調の調性感が際立つのです。

 下属音(ファ)は、あくまでサブの存在であって、主音と属音だけでも調性を感じることは可能だけれど、下属音が加わる事で、主音を上下からしっかり5度で押さえることができる(ドの5度上の音がソで、ドの5度下の音がファ)ので、よりはっきりくっきりと調性感覚を感じる事ができます。だからこの音もしっかりと主張をもって歌うと調性感覚がしっかりします。

 ……5度音程と言うのは、大切な音程らしいです。理由はよく分からないけれど、ピタゴラスさんも大好きだったみたいだし、とにかく大切な音程なんです。あ、主音の倍音で言うと、第3倍音が属音(ド-ド-ソ)になりますね。これも関係するかな?

 導音(シ:主音の半音下の音)は『日曜日のサザエさん』みたいなもので、この音が聞こえると、ああメロディーも終わりだな、もう主音に行くしかないのかなって気分にさせる音。だから、この音をしっかり歌うと、ひとまず曲も一息つく感じになる。終止を感じさせるなら、この音をしっかり歌うことが大切。

 もっとも、主音と属音で調性を決めると言っても、それはあくまで大枠であって、長調短調の区別までは決めかねます。長調短調を区別するには、第三音(ミ[ハ短調ならド])の存在が必要で、この音と主音が、長三度(ド~ミの間隔)の時は長調、短三度(ラ~ドの間隔)の時は短調になります。この第三音の事は、どうやら上中音というそうです。当然下中音と言うのもあって、これは第6音(ラ)の事を言います。

 上中音が長調と短調の区別に役立つように、この下中音も長調と短調とでは、主音との音程が異なるが…それは短調では第七音(導音?)が主音の下方向に長二度の音程を取るため、この下中音が主音の長三度下となるだけの話。。ちなみに長調では第七音は主音の短二度下なので、下中音は主音の短三度下となります。うわああ…、短調長調まで考え出すと、かなりややこしくなってきて、分からなくなります。

 さらに和音に目を転じると、これらの音を根音とした和音の働きも、それらの音の働きと似たような感じで、主音を根音とした三和音(Ⅰ:ドミソ:C)は、その調の基本となる和音で、属音を根音とした和音(Ⅴ:ソシレ:G)と一緒に使われる事で、調性を感じる事ができます。さらに下属音を根音とした和音(Ⅳ:ファラド:F)が加わると、その調性感は、ますます確かなものとなります。

 ただし、導音を根音とした和音(Ⅶ:シレファ:Bm-5)はあまり使われません。と言うのも、これ、減五音(シに対してのファ、ドに対してのファ♯と同じ)を含んだコードだから、かなりな不協和音でしょ。それこそ、根音と第五音の関係が完全5度じゃないし、とても使いづらいんじゃないかな?

 そのせいでしょうか、属音を根音とした和音は、単なる五度の和音よりも属七の和音(Ⅴ7:ソシレファ:G7)の方が多用されます。これはおそらく、属七にすると、その中に五度の和音(ソシレ)と七度の和音(シレファ)の両方が入るので「一粒で二度美味しい」アーモンドチョコのような感じになるんじゃないかと思います。つまり、属七の和音は、属音的な性質と、導音的な性質の二つの性質をもった和音と言えそうです。

 とりあえず、ある調の調性感は、Ⅰの和音、Ⅴ7の和音、Ⅳの和音で感じる事ができると言えるでしょう。

 さあ、こんな感じに考えましたが、いかがですか? 合っているかな?

 蛇足。相対音感の練習をボチボチ、ゲーム感覚でやってます。「音感・リズム感トレーニング」は意外にいい感じでおもしろいです。

2010年3月 4日 (木)

この音は何?

 声楽のレッスンに行ってきました。前々回のレッスンでは聴音のやり方を教わりましたが、今回は聴音そのものをやりました。ただし、超初級編でしたが…見事に撃沈しました。

先生「(ピアノを弾いて)この音は“おヒゲのド(中央ド)”です」
   「(またピアノを弾いて)何?」
 
私 「オクターブ上のソ?」

先生 「残念、ラ」
    「(ピアノを弾いて)この音は基準音のラです」
    「(またピアノを弾いて)この音は何?」

私 「ちょっと上のド?」

先生 「残念、ド♯」

 …こんな感じで何度か繰り返し…あ、たまには当たったンですよ、たまにはね…。で、最後に先生曰く「絶対音感もなければ、相対音感もないんだなあ…(はい:謝)」

 絶対音感は無いにせよ、相対音感は無いと困るので、何とかして身に付けましょうというわけで、ちょっと家で音感の練習をしてきてくださいと言われました。へ? 家で? 一人で? でも、どうやって?

 パソコンのソフトで何かあるでしょ?
    …そうですね。パソコンを使えばいいわけです。

 ネットであれこれ探してみたところ、この「音感・リズム感トレーニング(ここにあります)」というソフトが良さ気なので、これを使って、しばらく独学をしてみる事にします。毎日、パソコンの電源を落とす前の5分くらいでもやれば、そのうち、簡単な音程は分かるようになると…うれしいな。

 音感って、その実体は“聴覚的印象の暗記”なんですよね。私は耳で聞いたメロディーとか、割と簡単に覚えられる人なので、聴覚的印象を暗記するのは、そんなにできないわけではないと思います。ただ、訓練されていなかったので、音感として身についていなかった…そう思いたいです(笑)。

 さて、聴音の後は、色々なアドヴァイスをいただきました。

 日々の練習でも、相対音感を身に付けるために、ちょっとした事を習慣づけたり、意識づけをしましょうと言われました。で、まず実践すべきなのは、階名唱です。

 階名唱ってのは、いわゆる、ドレミで歌う事です。で、歌でもフルートでもなんでも、楽譜を読む時に、必ず階名唱をするように習慣づける事。その時の注意は、必ず「固定ド唱法」で行うことと、「調性」を意識しながら歌うことの二点です。調性を意識しながら固定ドで歌うことで、相対音感がより早く身につくと言われました。

 いずれにせよ、相対音感と、調性感と、和声感。この三つの感覚を早急に身に付けることが大切だから、頑張っていきましょうと言われました。

 なんか、受験勉強のまねごとをしているみたいな気もするけれど、それで歌が上手になって、音楽がより豊かに楽しめるようになるなら、歓迎歓迎なので、がんばります。

 で、次は、コンコーネ。コンコーネの3番を歌っていると、先生がいきなり演奏を止めて、直前に私が歌った音をピアノを弾いて「この音は何?」と来ました。

先生「この音は何?」
 
私 「何ってなんですか?」

先生「だから何?(目で訴えてきます)」

私 「(目を見て察します)ええと、ハ長調ならソ?(3番は変ホ長調)」

先生「移動ドで来たか…、まあ、いいや、じゃあ、ソって何」

私 「第5音?」

先生「おお、出たね、もうすぐだ。第5音っ何?」

私 「何ってなんですか?(一生懸命、目を探る)」

先生「(目で察する)ドミナントって知っている?」

私 「属音のこと」

先生「そう、属音って何?」

私 「分かりません」

先生「宿題ですね」

 はい、属音、知りません。ついでに、「主音」「下属音」「属音」「導音」の意味を調べてくる事も宿題になりました。

 なんでそんな事を尋ねられたのかと言うと、歌を歌っているに、調性を感じながら歌うことと、同時にメロディーの中での、その音の役割を考慮しながら歌えるようにするためだそうです。

 調性感覚を身につけるために注意された事。「移調ド唱法は忘れる」「平均律にこだわらない」「安物チューナーは信用しない」「自分の感覚を信じる」

 …私のチューナーは安物です。どーしましょ。それに、本当に自分の感覚を信用していいのか、はなはだ疑問です(笑)。

 そんなこんなで、コンコーネの3番は終了。「全体的に音が低い以外は問題なし」だそうです。もっとも「全体的に音が低いこと自体が大問題だけれど…」とも言われてます。ううむ、どうしても、音がぶら下がるんだよなあ…。

 で、次回からは4番。だんだん課題も難しくなってくるので、気合をいれて譜読みをしてくる事を言われました。あと、歌劇団の練習でもコンコーネをやっいるので、そちらに抜かされないように気合をいれて取り組んでいきましょう、と言われました(汗)。

 二重唱。ちゃんと練習してきたつもりだけれど、やっぱり何カ所か落としてしまった。もっとしっかりテキストを読んで来る事。一人で読めても二人で読めないとダメなので、ふたりで一緒にたっぷりと読み合わせをして来る事。背中合わせで読み合わせをしてくると良いそうです。

 今回のレッスンは、体よりも、脳味噌が疲れました(汗)。

2010年3月 3日 (水)

まるで子どもがフルートを吹いているみたい

 右手は痛いは、頭部管の向きを変えて、なんだか色々としっくり来ないはと、違和感バリバリの中、フルートのレッスンに行ってきました。

 今回のレッスンはアルテです。アルテの12課は…1~3番まで合格。4番は不合格。5番は不覚にも不合格。6~7番以降は予想通り不合格。8番の旋律練習は、テンポを落として、ひとまず先生と合わせて、譜読みが正しくできているかのチェックをしてもらいました。
 一応、私の今回の目論見では1~3番と5番は合格するはずだったのになあ(笑)。で、うまくいけば4番も合格をもらうつもりだったのですが…ううむ、レッスンの教室に入ると、フルート力が5割引になる私です(苦笑)、バーゲンなら大喜びですが…、なかなか思惑どおりにいきません。

 とにかく、私の場合、指が弱点(笑)なので、ちょっと複雑になったり速くなったりすると、もうダメ。

 でも、これを克服するのに近道やコツのようなものはなく、ただひたすらに“馬鹿になったつもりで”練習するしかないので……やります。とにかく、本当にアルペジオは苦手(特に第三オクターブ部分)だけれど、4番を頑張ります。今回とりこぼしてしまった5番も頑張ります。速さにめげずに6番だって頑張ります。4~6番を頑張れば、きっと7番はついでに合格できるはずです。ううむ、頑張るぞ。

 それに12課の旋律練習である8番は、10課や11課の旋律練習と比べれば、同じAllegroでも、格段にゆっくりなので、たぶん、そこまで大変じゃないと思ってます。確実に指を覚えていけば、どうにかなるだろうと、ちょっと楽観視してます。

 と、そこまでアルテをやったところで、頭部管の向きをガッツリ変えちゃった事を、先生に告白しました。先生、ビックリすると同時に、なんか合点がいった様な顔になりました。なんか、今日の私の音色は、最近になく悪くて、とてもアンサンブルどころの音でなかったので、一体どうしたのだろうかと心配していたのだそうです。

 ちなみに今の私のフルートの音色は「まるでフルート習いたての子どものような音」なんだそうです。硬くてツンツンしていて、一本調子で、およそ感情表現のかけらもない音なんだそうです。ま、つまりは「非音楽的な音色」という事ですわな。

 それで心配していたわけですが、頭部管の向きを内向きに変えたことを知り、音色が悪くなった事に納得がいったわけです。

 先生がおっしゃるには、単純に頭部管を内向きにしただけでは、フルートの音色が悪くなるだけなんだそうです。頭部管の向きを変えたなら、変えたなりに、色々と他の要素も変えていかないといけないんだそうです。例えば、フルートの構え方、指の使い方、もちろん、アゴやクチビルの使い方もそうだし、体全体、骨格の生かし方も変えるそうで、だから、フルートの頭部管の向きを変えるというのは、そんなに簡単な事ではないんだそうです。

 明らかに、先生は、頭部管の向きを変えた事に不安を感じているようですし、できれば頭部管の向きを元に戻すべきだと思っていらっしゃるようです。

 でもね、私もオッサンだし、年寄りだし…ね。オッサンって頑固だし、年寄りって他人の意見を聞かないものだし(笑)。先生があからさまに反対しているにも関わらず、そして、それが分かっているにも関わらず「次回のレッスンまで、この状態でやらせてください」とお願いしました。先生は不承不承のようですが、しばらく様子を見てくださる事になりました。

 私だって、自分の音色がダメになった事は分かってました。でも、今は音色よりもピッチを合わせたいと思ってます。ピッチを容易に合わせられる様になったところで、音色にこだわりたいと思ってます。

 先生のおっしゃるとおり、頭部管の向きを変えたことによって、色々と見直さなければならない事がたくさんあるでしょう。いわば「フルートのフォーム」をゼロから作り直さないといけなくなったのだと思います。

 私は、それでもいいやと思ってます。いや、フルートを始めて、ようやく2年になろうとしている、初級の段階の今だからこそ、そんな荒療治ができるのだと思ってます。今はまだ「このスタイルでないと、フルートは吹けない」というところまで、私の演奏テクニックが熟成しているわけではなりません。まだまだ色々な部分が未成熟で固まっていません。だから、まだ、色々なものが柔らかいうちに、ガガっと変更してしまうおうと思っているわけなんです。

 ある程度の年数をフルートとともに過ごしてきた人や、近々にステージがあります、なんて人は、こんな荒療治をするべきではなく、頭部管の向きにしても、ほんの少しずつ、なるべく日数と時間をかけて徐々に変えていくべきなんです。でも私は、まだフルートと長い時間を過ごしたわけでもなく、ステージだって全く予定がない。そんな人だから、一気にリストラクションを決行しちゃいます。

 フルートの構え方を始め、色々なところに気を配り、ベストなポジションを見つけながら、なるべくいい音を出せる様に練習していきたいと思います。アルテの練習もしていかないといけないけれど、少し丁寧にソノリテもやっていかないとダメでしょうね。

 先生からは、いい音が出る様に練習してくる事と、それに合わせて、強い音と弱い音の両方が出せる様に練習しておきなさいと言われました。つまり音量の幅を広げる練習ですね。私の場合は、基本的に“吹きすぎ”なので、fの方はなんとかなるだろうけれど、pの方は練習しないとかなり大変だなあと思ってます。

 さあ、時間のレッスンまでに、私のフルートの音色は以前なりの水準まで戻る事ができるでしょうか? 楽しみであると同時に、よほどガンバないといけないなあとも思います。

2010年3月 2日 (火)

2010年ラ・フォル・ジュルネの有料コンサートが発表されました!

 えーと、情報が遅くてごめんなさい。気がつくのが遅くって…。

 今年の、ラ・フォル・ジュルネ(・オ・ジャポン…つまり東京の話をします)のテーマは「ショパンの宇宙」だそうです。ショパンだよ、ショパンだよ、チョッピンだよ。

 日程は、例年通り、東京国際フォーラムでの開催で、5/2(日)~5/4(火)と、昨年同様、たった三日間の規模縮小の方向で行われます。ううーん、不況なんだなー。

 で、有料コンサートが発表されました。詳しくは公式ブログ(こちら)をご覧ください。

 これを見て、どのコンサートに行こうかな…って品定めをするわけですが、今年は“行きたいコンサート”がないです(涙)。どうしましょう。行きたいコンサートはないけれど、ラ・フォル・ジュルネそのものには行きたいし、楽しみたい。ああ、矛盾(爆)。

 ラ・フォル・ジュルネを楽しむためには、当日のチケットが必要なので、たとえ行きたいコンサートがなくても、何か楽しそうなコンサートを見つけて、チケットをゲットしないといけません。

 と言うわけで、プログラム表を改めてチェックしてみましたが…大好きな声楽曲がほとんどありません(涙)。フルートが活躍する曲もほとんどありません。大好きなフランク・ブラレイ先生(フランスのピアニスト)のコンサートが今年はありません。ああ、一体、私はどうすればいいのでしょうか?

 ショパンがテーマと聞いていた時から、声楽曲&フルート曲は諦めました。ショパンはほぼピアノオンリーと断言しても良い作曲家ですからね、彼にピアノ曲以外を求める方が間違っているのです。ただ、大好きなフランク・ブラレイ先生の演奏なら、曲にこだわらずに聞いてみようと思っていたのですが、ブラレイ先生、来ない…。ううむ、八方塞がりです。

 ざっと、プログラムを見ると、ボリス・ベレゾフスキーとイド・バル=シャイとブリジット・エンゲラーの名前を多く見ますね。これらの方々のファンの方は、まさに垂涎モノでしょう。どのコンサートを見るか、とても迷われると思います(うらやましい)。

 で、このお三方が目立つ事からも分かるとおり、ピアノのコンサートがやたらとあります。当たり前と言えば当たり前ですが、ピアノだらけです。

 今年のラ・フォル・ジュルネは、例年と客層が変わるだろうなあ。今まではなんだかんだ言っても、クラヲタがたくさんやってきました。クラヲタと言うのは、オーケストラ命の方々が大半ですからね。でも、今年はオケのコンサートは少ないです。さらに歌手も少ないです。ピアノ音楽ばっかり。コンサートを主催する側から見ると、ギャラが高いのは、オケと歌手なんですよ。この二つは馬鹿みたいにギャラが高い。だから、オケと歌手の登場回数を減らせば、経費的にはだいぶ助かるのだろうと思います。ああ、だからショパンなのか。

 で、客層もクラヲタから、ピアノ少女(&元少女)に変わるわけです。ああ、会場が化粧臭くなりそう…。きっと楽譜をめくる音がカサカサするんだろうな。しかし、ピアノ少女たちは、クラヲタのように、湯水のごとくお金を使うでしょうか? まさかね。

 主催者さん、支出を抑えたために、収入まで抑えてしまったんじゃないのかい? 大丈夫かな?

 それに、たしか、去年の秋に、東京でショパンの全曲演奏会をやったばかりじゃない。こんなに短いスパンで似たような企画で、大丈夫かな…。

 ま、そうは言っても、一応、ショパン以外の作曲家の作品も、ラ・フォル・ジュルネでは、演奏されるそうですから、私は、そういうショパン以外のコンサートを探し出して、行くことにしますわ。チケットが取れたら、ここで報告するかもしれません。

 その他、今年のラ・フォル・ジュルネのコンサートの特徴は、毎日必ず一つ「福袋コンサート」と言うのが行われること。この福袋コンサートと言うのは、出演者&演目を一切公表せず、チケットも当日売りしか用意しないという、当日の朝にチケットを買って会場に行ってみないと、何が聞けるか全然分からない、まさに福袋のようなコンサートです。いっそ、これを買ってみようかな? でも、買えなかった時が怖いか(笑)。

 あと、チケットは事前に買えるけれど、「クレール・オブスキテュール(暗がりのコンサート)」と言うのもやります。これは出演者を事前に発表せずに会場を暗くしたまま、ピアニスト同士の演奏対決をするんだそうです。たくさんピアニストさんが出演するそうですね。投票とかするのかな? おもしろそうだね。これは2日と4日の夜にやります。こいつを一つ買っておいてもいいかも。

 蛇足です。“オッターヴァ(公式ホームページはこちら)”という、クラシック音楽専門のインターネットラジオ局があるのですが、ここのホームページの「ニュース」から『ヴァーチャル・サロン 「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン スペシャルナビ 2010」 』という番組にリンクが貼ってあります。ここで、例年開催されている「クラシック・ソムリエ・サロン」が聞けるそうです。

 今までは「クラシック・ソムリエ・サロン」って、事前に応募して、抽選にあたった人だけが聞けるプレイベントだったのですが、今年はこうやって、インターネットラジオで聞けるようにしてくれたそうです。ありがたいことです。色々な話が聞けて楽しそうです。問題は放送時間が約2時間だそうで…せっかく聞けるようにしてくれてありがたいのですが、私には2時間もラジオに費やすことができるほど、余裕のある人生を生きてないのが残念です。どなたか、これを聞いて、要点だけ、教えてくれますか?

 さあ、何だかんだ言っても、今年もラ・フォル・ジュルネの季節がやってきました。ああ、春なんだなあ…。

2010年3月 1日 (月)

今更ですが、一つ分かったこと

 いやあ、本当に今更なことですが、一つ分かったことがあります。

 それは、音曲げをせずに、単なる棒吹きの状態で、フルートへ入れる息の勢い(たぶんスピードが関係していると思う)を変えると、実に簡単に音程が変わることです。いやあ、ほんと、今さらの発見で申し訳ないです。

 具体的に書くと、強い勢いでフルートに息を吹き込むと、音程が上がり、弱く吹き込むと音程が下がるんです(爆)。

 なので、考えなしにフルートを吹いていると、吹き始めは[瞬間的に]音程が高くなり、息が足りなくなってくると段々と音程が下がるのも、この理屈で考えると分かります。また、fを出そうとして、息をたくさん入れると音程がうわずり、pを出そうとして息を弱くすると音程が下がるのも、これで説明ができます。

 実はなぜ今まで、こんな事に気付かなかったかと言うと、息の勢いが変わっても、音程が変わらないように耳で聞いて、音を曲げて、無意識で調整していたからでしょう。それが最近、ピッチ問題もあって、割とチューナーを付けっぱなしにして練習することが多くなったので、ようやく、こんな事に気付いた次第です。

 馬鹿ですねー、鈍感ですねー、アホ丸だしですねー。

 話は飛びます。

 常に音がうわずり傾向で、たくさん頭部管を抜かないと音が合わなかった私は、先日来、フルートの組み立て方をメーカー奨励の組み立て方(かなり内向き)にしました。ピッチ合わせは、以前よりはだいぶ楽になったとはいうものの、それでもまだまだピッチがうわずることがあります。

 メーカー推奨の組み立て方で、メーカー推奨の頭部感の抜き具合で、それでもピッチが高めというのは、メーカー推奨(というよりも、メーカー想定、かな)の息よりも、強い息をフルートに吹き込んでいるからなんだろうなあと思いました。つまり、私の場合は、もっともっと、息の勢いを殺して、フルートのピッチをメーカー想定の標準ピッチにもっていかないといけません。つまり、もっと省エネ奏法でフルートを吹かなきゃいけないんです。

 頭部管の抜く量と内向き外向きは、おそらく相関関係があると思います。フルートを内向きにすると音程が低くなるので、頭部管をたくさん抜いたのと同じ効果がある。外向きにすると音程が高くなるので、頭部管をちょっとしか抜かなかったのと同じ効果がある。

 なので、内向きを推奨しているアルタスの場合、おそらく設計段階から内向き奏法用にフルートが作られているのだと思います。なので、アルタスフルートを外向きにセッティングして演奏するなら、頭部管をたくさん抜かなければいけなくなります。頭部管をたくさん抜く事で、歌口と胴部管のキーとの関係が多少なりとも狂ってくるというわけですから、よりたくさん、奏者側での音程コントロール(音曲げ)が必要になってくると思われます。

 事実、アルタスフルートでは、普通に吹くと音程が高くなってしまい、音程そのものが悪くなってしまう事は、メーカー自身も認めている事です。なので「ウチのフルートはフレンチ奏法(内向き奏法という意味だと思われます)で吹いてください」とアルタス関係者の発言があっちこっちで見られるわけです。

 同様に、通常設計のフルートを内向きにセッティングすると、頭部管の抜き量が減ってしまうので、これもまた頭部管と胴部管のキーとの関係が狂ってきます。さらに、こちらの場合は、頭部管を目一杯差し込んでもピッチが合わないという場合もあるので、そうなると頭部管を切断する必要が生じてきます。なので、通常のフルートを内向きにセッティングすることは、薦められないのだと思います。

 閑話休題

 なぜ音曲げをする時に、フルートを回してみたり、アゴを出したり引っ込めたり、上クチビルを伸ばしたり縮めたりするのかと言うと、 それは、口とフルートの距離や息を吹き込む角度を変えるためですね。これは一見、息の勢いと関係ありそうで、実は別問題。口とフルートの距離を縮めると、息の勢いは強くなるけれど、音程は下がる。口とフルートの距離を遠ざけると、息は弱まるけれど、音程は上がる。不思議。

 もしかすると、息を吹き込む勢いよりも、息を吹き込む角度の方が、ピッチに対する影響力が多いのかもしれないけれど…この問題については、今後の研究にゆだねたいと思います。

 とにかく、息の勢いと、息の角度。どうやら、この二つをうまくコントロールして、フルートは、音程と音量の調整をしていくみたいです。

 今更、こんなつまらないことに気付いて、申し訳ないです。

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