ひとこと

  •  なんかねー、最近、あれこれツイてないんです。あまりに小ネタ過ぎてブログに書くほどでもないのだけれど、なんかプチ不幸な日々が続いてます。なんかなー。

お知らせ

  • ●クラシックコンサートのお知らせをします。●10月8日(日)、茅ヶ崎市青少年会館ホールで行われます。今年のコンサートは、第1部ジュニア、第2部器楽、第3部声楽と、3部に分けて行われます。第3部の開演は15時20分となっています。●私は、第3部の10番として、トスティ作曲「Tristezza/悲しみ」とレオンカヴァッロ作曲「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」を歌い、次の11番目で、妻と一緒にレハール作曲「メリー・ウィドウ」より「A Dutiful Wife/従順な妻」の二重唱を歌います。私の登場時刻は、およそ16時30分前後になる予定ですが、あくまでも予定であって、これより早くなることもあるし、遅くなることもあります。●入場料は無料の千客万来系のコンサートです。ただし、例年までは市民文化会館で行われていましたが、今年は工事中となって、古い公民館系のホールで行われます。●会場的には、古くて小さい上に設備的にも??がつくような会場で「ここで歌うのはヤだな」という理由で、多くの方々が参加を取りやめたというほどの会場です。私も、練習で使用するならともかく、ここに人を招待して…となると、躊躇せざるをえません。なので、会場までお越しいただく事は望んでいませんが、もしよかったと、どこか遠くの空から、無事に歌えることを祈っていただくと感謝です。
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2010年2月の記事

2010年2月28日 (日)

朝鮮学校の無償化について、私もちょっと考えた[2010年2月第4週・通算7週]

体重:106.2kg[-0.7kg:-1.7kg]
体脂肪率:32.2%[-0.5%:-0.6%]
BMI:33.5[-0.2:-0.5]
体脂肪質量:34.2kg[-0.8kg:-1.3kg]
腹囲:105.0cm[+-0.0cm:-0.3cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 ダイエットは一進一退で、お正月太りからなかなか生還できません。ああ、このまま、このサイズが規定値になってしまうのでしょう? それは怖いなあ、避けたいなあ。

 さて、今週のエッセイです。久しぶりの政治絡みのネタです(笑)。

 高校無償化の対象から朝鮮学校を外すとか外さないとかで、発言がブレまくっている、総理大臣が一名、永田町方面にいるそうですが(笑)、その件について、あっちこっちで叫んでいる人がたくさんいるので、私も一緒になって叫ぶことにしました(笑)。

 私の意見は以下のとおりです。

 『朝鮮学校を無償化にしてはいけません。なぜなら、そこに通う師弟たちは外国人だからです』

 簡単でしょ、単純な話でしょ、つまりはそういう事なんです。日本人と外国人は区別しないといけません。“差別”ではなく“区別”です。「我々は彼らではなく、彼らは我々ではない。だからお互いに、その違いを尊重していかないといけない」…これが、国際理解の第一歩ってやつです。区別する事で相手を尊敬し尊重するわけです。

 日本国は日本人に対して責任を負っています。当たり前の話です。日本人子弟の教育について、あれこれ考えて施策するべきです。これは当然の事です。

 しかし、外国人師弟の教育に口をはさむのは、余計なお世話ですし、ましてや金銭を恵むなど、大変失礼な事です。

 外国人たちには、それぞれに母国があります。教育と言うのは、大切な国家事業です。その国が責任をもって、自分たちの子弟の教育にあたるべきものです。決して、外国から金銭を恵んでもらって、隷属した存在として教育を行う事など、絶対にあってはならないのです。

 彼らは乞食ではありません。彼らは、それぞれの国の、大切な国民です。海外在住の自国民の教育については、その国の専責事項であって、他国が余計な事をしてはいけません。教育の独立が、精神の独立につながり、ひいては、それがその国の独立の基なのです。「教育は国家百年の計なり」ですよ。

 だから、日本国が、外国人学校である朝鮮学校を無償化するなど、なってはならない事であり、仮にボンクラな政治家がそんな事を言い出しても、朝鮮学校側から「我々を侮辱しないで欲しい」と言ってもいいくらいの事なんです。

 まあ、この不況下ですからね。日本で運営されている朝鮮学校も、なかなか財政的に厳しいのかもしれません。であるならば、その資金援助は、母国や朝鮮総連に求めるべきであって、外国である日本に求めるのは筋違いだし、そんな事を要求するのは、教育の自立を放棄した、恥ずかしい行いだという自覚を持つべきです。

 カネさえもらえれば、誰からでも、どんなカネでもいい…とはさすがに思っていないだろうけれど、それをしたら、教育の独立と精神の孤高は保てないでしょうし、母国と総連のメンツをつぶす事にもつながります。分かっているのかな?

 それにだいたい、在日朝鮮人の方々の中には、レストラン事業とか遊戯施設事業で大成功を治めた方々が、それこそ山のようにいらっしゃるじゃないですか。朝鮮学校は、日本国に「カネよこせ」と言う前に、それらの成功した同胞の方々からの寄付を募るべきでしょ。違う?

 つまり、朝鮮学校を無償化すると言うことは、北朝鮮という国とその国民の方々を、侮辱した行為にほかなりません。つまり“国籍による侮蔑”ですね。あってはならない事です。

 あと「国籍による教育差別をしていいのか」と論にもならない事を叫ぶ人がいますが、日本の公立学校は外国人師弟にも門戸を開いてますよ。決して教育差別なんかしてません。

 「日本の公立学校では民族教育が受けられない」とおっしゃる方もいますが、それは当たり前です。日本の公立学校は、日本人子弟のための学校であって、外国人師弟のための学校ではありません。それを承知の上でクレームをつけているなら、図々しいにもほどがあります。

 「日本が強制連行してきた人たち~」と、例のお題目を唱える人がよくいますが、強制連行と朝鮮学校の無償化は、全然違う話です。

 それに強制連行に不服を感じているなら、ご遠慮なく、祖国とやらにお帰りくださればいいんです。そして彼らを支える運動をしている方々は、かつて存在していたような帰国事業のお手伝いをし、帰国後の生活保証をしてあげればよろしいのではないでしょうか? 金銭的な保証が必要なら、そういう運動をしている人たちが、日本国相手に裁判などで戦って、何がしかの金品を勝ち取れば、いいじゃないですか? なにも日本にイヤイヤ住んでいる理由はないでしょ。

 祖国がイヤなら、別の外国だっていいんです。文句を言いながら、日本で暮らすなんて我慢ならないでしょ。それに日本国は、日本に住む外国人が国外に居住を移すことになんら制限を加えていません。日本で稼いだ財産を持って出て行けばいいだけです。

 日本で生活しているうちに、この国から離れられなくなったり、この国に愛着がわいてきたなら、迷わず帰化手続きを取って、朝鮮系日本人として生活すればいいじゃないですか。

 それに「強制連行~」にしたって、最近では色々な話もあって、私は素直にその主張の全てを受け入れる気持ちにはなれないです。

 日本人の人の良さにつけこんで、日本人の気の弱さにつけこんで、色々と言いがかりをつけるのは、もう止めにしませんか?

 あとそれに…「彼らの矜恃を尊重しよう」という視点以外にも、朝鮮学校の無償化に賛成できない、日本国の内政的な事情というのもあります。

 それは、日本は“法治国家”であり、何人たりとも法を遵守しなければいけないのです。それは日本人はもちろん、たとえ外国人であっても、日本国で生活する以上は、同様なのです。外国人だから、その国の法を無視していいなんて事はないし、ましてや日本国政府は、しっかり法に則った政治をしないといけません。

 日本国憲法の第89条には、以下のような記述があります。

公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

 解説すると「公の支配に属しない…教育…の事業(外国人学校が含まれます。つまり、朝鮮学校はこれです)に対し、これ(公金:つまり日本国民の税金で成り立っている国家予算)を支出し、又はその利用に供してはならない(使っちゃダメよ)」って書いてあります。

 朝鮮学校を無償化することは、憲法違反…でしょ。

 というわけで、朝鮮学校を無償化する事について、私は彼らの矜恃を大切にしたいと思うし、だいたい日本国憲法と齟齬をきたす行いなので、反対です。外国人に対しては、きちんと節度ある態度で、外国人として接していきましょう。

 もちろん、朝鮮学校だけでなく、すべての外国人学校の無償化に、私は反対を表明します。自国民の教育は、自分のところのお財布でまかなうのが原則です、以上。

 どうしても朝鮮学校が現行憲法下で日本国の援助を受けたいと言うなら、教育基本法の第1条で定める学校になり、公(つまり“日本国”)の支配を受けるべきだと思います。その上で、学校の設置基準に照らし合わせて、必要な施設環境、教員数を揃え、カリキュラムも文部科学省の指導要領に応じたものに変えていくべきです。でも、それは無理な話でしょ。それをやっちゃあ、朝鮮学校の独自性(民族教育&愛国教育)がなくなっちゃうし…ね。

 それに、高校無償化そのものに、問題があると私には思えます。たとえ日本人対象であっても、高校無償化をするなら、その前に高校義務化をしないとおかしいでしょ。中卒で学業を終える人や、中卒で各種学校に進学する人の事は、どう考えているのかな? 法の下の平等という原則はどうなったのかな? 実は私は、その辺にも大いに疑問を感じてます。

 高校は義務教育でも何でもないのだから、無償化ではなく、奨学金の拡充で乗り切るべきだと思いますよ。貧しい家の子弟や、成績の良い学生に、たくさんの奨学金を渡せるようにすればいいんです。そうすれば、大きな問題にもならず、より少ない予算で、同様の目標を達する事ができると思うんだけれど、なぜ民主党の政治家は、私でも気づくような事を気づかないのか、とても不思議です。

2010年2月27日 (土)

サツキちゃんだよ

 現在、転覆病と闘病中のサツキですが、そんな彼女にも元気な時はありました…と言うか、金魚って、決定的に悪くなるまで元気だよね。

 で、元気だった頃の写真を掲載します。こんな子です。今は四六時中引っくり返っておりまして、見ていて痛々しいですが…。

 一枚目は横姿。尾が短いのが欠点ですが、まあ、なかなかかわいい姿でしょ。二枚目が正面からの写真で、よく見ると、目が少し出っ張ってます。これは“竜眼(りゅうがん)”と言います。これがこの子の特徴です。

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2010年2月26日 (金)

今月の話題は何と言っても…手が壊れた事でしょう[2010年2月の落ち穂拾い]

 いやあー、手が痛いです。もちろん、側副靱帯炎の右人指し指はもちろんですが、それをかばっているために、右親指も何となく痛いです。それと左親指も(涙)。左親指の痛みは…実はフルートの演奏時に支障がでております。

 フルートの構えは『三点支持』が理想で、私もそれを目指しておりますが、どうもまだまだ完璧な三点支持からは程遠く、ときおりチェックしてみると、左小指とか右親指とかがフルートの支えに使われていたりいなかったりします。

 最近は右小指が痛くならなくていいなあと思っていたのですが、支えの配分がだいぶ右親指に移っていたのでしょうね。今度はこっちが痛いです。痛いので、また少しずつ構え方を変えていきます。きっとこういう試行錯誤を繰り返しながら、上達していくのだろと、自分をなぐさめているところです(でも、指痛い)。
 
 
尿路結石にならないために

 シュウ酸…ちょっとググってみました。いやいや、たくさん出てきました。やはりどこも『尿路結石関係』です。

 シュウ酸って、尿路結石を防ぐためのには…ってテーマで書かれたページの、定番キーワードのようです。

 尿路結石にならないためには…どのページでも「コーヒー・紅茶にはミルクを入れる」は書いてあります。その他に「ほうれん草は必ずゆがいて水洗いをし、カツオ節と一緒に食べる」とか「サウナに行かない」とか「ビールは飲まない」とか「枝豆は食べない」とか「トマトは食べない」とか「タマネギは食べない」とか「毎日たくさん水を飲む」とかも書いてありました。

 尿路結石にならないためには、色々と気を使わないといけないんだな。

 私がやっていない事。「コーヒー・紅茶にはミルクを入れる」「ほうれん草は必ずゆがいて水洗いをし、カツオ節と一緒に食べる」「トマトは食べない」「タマネギは食べない」です。

 基本的にミルクは嫌いなので、絶対に入れないし(笑)、ほうれん草は土地柄良く食べますが、カツオ節なしで食べる方が多いかな? 「ほうれん草のバター炒め」なんて美味しいんですが、カツオ節は入れませんね。トマトは毎日食べますし、タマネギも毎日食べてます。なにしろ、リアル草食系男子ですから(大笑)。

 逆にやっている事。「サウナに行かない」「ビールは飲まない」「枝豆は食べない」「毎日たくさん水を飲む」かな。

 サウナは…は行かないなあ。嫌いじゃないけれど、なんかダメ。温泉に行くとサウナ併設のところが多いけれど、たまに気が向いた時しかサウナには入りません。ビールは…飲まないなあ。枝豆…食べないなあ。水(お茶は不可だそうです)は結構たっぷり飲みますよ。ただし“不可”と言われているお茶を飲む方が多いかもしれません。

 なかなか、シュウ酸を生活の中から排除し、尿路結石になりづらい生活をするのは、難しいようですが、尿路結石は実にこわい病気である事も知りました。気をつけるに越した事はないなあ…というのが正直な感想です。
 
 
フルートの歌口の形について

 この話は伝聞です。つまり聞きかじりの話で、私自身は確信がないのですが、書いてみます。

 歌口の小さい(真円)フルートから、歌口が大きい(方形)フルートにになるにつれ、音量は大きくなるけれど、その代わり、倍音成分が減って浅くて薄い音色(ただしチューナーとは相性の良い音なんだそうです)になっていくそうです。また、発声も方形に近づくほどに容易になるそうです。

 つまり…、歌口が大きい(方形)と「音量が大きく」「音色が浅く」「発声が容易」「チューナーでのチューニングが楽」となり、結果として、初心者向きの楽器に採用されやすいそうです。一方で歌口が小さい(真円)だと「音量が小さく」「音色は深く」「発声が困難」になり、結果として中~上級者向けの楽器に採用されるそうです。

 聞いた話なので、どこまで本当かは、私は保証しませんよ(笑)。
 
 
日本に銀貨・金貨はない

 五百円玉って、銅貨なんです。ちなみに、五十円玉も百円玉も銅貨なんです。私は銅貨って、五円玉と十円玉しかないと思ってました。で、五十円玉以上は銀貨だとばかり思っていたのですが、実は全部銅貨なんですね。つまり、日本には銀貨・金貨は流通していないんです。何かの時に調べて、びっくりした記憶があります。
 
 
フルートは本当に高価な楽器なのかな?

 クラシック系の楽器屋さんに置いてあるフルートは、べらぼうに高価です。総銀で100万円前後は当たり前ですが、実際にプロ奏者やハイ-アマチュアの方々は、注文品を使っていますので、もっと高価ですね。クラシック系の方々が当たり前に使っている総14Kは400万円前後が相場です。ちなみに、ムラマツの総24Kが1000万円前後です。

 これらを高価と見るか、安価と見るかは、どこにスタンスを置くかで変わると思います。おそらく、クラシック系の弦楽器の人から見れば、300万円の楽器なんて、極めて安価なんだろうと思いますよ。なにせ、彼らの使うプロ仕様の楽器は億単位であったりしますからね(微笑)。ピアノだって、演奏会で使うようなコンサートグランドだと1000万円以上するし…。

 クラシック系の楽器は、総じて高価ですから、フルートの値段があんなものであっても、それはそれで、そんなもんなんだと思います。

 一方、同じフルートでも、ジャズ系の楽器屋さんに、サックスなんかと混ざって売られているようなものは、そんなに高くないです。20~30万円で十分実用的な楽器が売られています。もちろん、そこには国産フルートはなく、多くはアメリカ製だったり台湾製だったりしますが、金ぴかの金メッキフルートや銀ギラギンの銀メッキのフルートなどもたくさんありますので、金(のような)サウンドや銀(のような)サウンドをお求めの方も満足いただけるでしょう(笑)。

 ジャズや吹奏楽などの“とびっきりの美音”を重視されない音楽なら、これらで十分だと思います。実際に、ジャズ奏者たちが持ち替えで使用している楽器は、このクラスですし…。
 
 
ジャズフルーティストはなぜゴールドを使わないか?

 これは、私の2010年2月12日(金)の「なぜジャズフルーティストはゴールドフルートを使わないのか」にいただいた、しず丸さんのコメントなのですが、あまりに素晴らしいコメントなので、このままコメント欄に埋めておくのはもったいないと判断しましたので、私の一存で、ここにサルベージさせていただきました。

 記事として収録するに当たり、一部の文言を編集してあります。オリジナルの発言は、元記事のコメント欄に残してありますので、元の文章をご覧になりたい方は、そちらをご覧ください。

 最近はそうでもないみたいですが、ジャズの純粋フルーティストってあまりいないんですね。たいていサックス奏者が掛け持ちでって言うパターンがメジャーです。

 純粋ジャズフルートの大御所的な存在って言うと、ハービー・マン(この人も元々はテナーサックス)くらいでしょう。ロウズとかバレンティンとかいますけど、ジャズでは超有名でもない。そういうジャズサックスの流れを通ってフルートにいった人が主流と言うことで、当然そんなにフルートの楽器自体に気が回らないし、1番の商売道具サックスに対して投資するから、ゴールドフルートなんて、最初から眼中にないわけですよ。

 それに大体、昔はもっとゴールドフルートの流通量も少なかったし。下手すると、洋銀から上に行こうとしないジャズ奏者もいっぱいいましたしね。

 それに、ゴールドのブルジョワな雰囲気がジャズやっている世界となじまないものがある気がします。クラシックの雰囲気とは違いますよ。

 さらに音色ですね。ゴールドのゴージャスで華麗な音よりも、シルバーの渋くて柔らかい音の方が、おそらくジャズにはマッチすると個人的には感じます。

 それにまぁ、とにかくゴールドフルートは高いわけです。14金フルートが総銀フルートの2倍だったら考えますが、あの価格では…。9金フルートでは、逆に軽薄でパワーがなくなってしまって、ますますジャズ向きではないし…。

 この問題、では一体なぜクラシックフルート奏者はあれほどゴールドが多いのか?という問題と、実は表裏一体だと思いますよ。

 はっきし言って、これは異常な事態です。あんな小さな木管楽器に、あれほどの投資をするのは、ありえません。クラリネットの最高級品だって50万程度だし、サックスも然り。フルーティストって金あるなぁ…まったく釈然としませんね。

 これはおそらくね、ランパル、ゴールウェイという2人のカリスマ的存在の罪なのです。

 あの人たちが「クラシックはゴールドなんだ!」という刷り込みを、イヤと言うほどしまくってきた。それがクラシックフルート界に浸透してしまい、「ゴールドでなければクラシックの一流奏者ではない」みたいな不文律のようなものを作ってしまった。

 それに、クラシックやるのに、子供を音大に行かせる家って、やっぱり財力あって、ゴールドぐらい買い与えちゃうんだよね。そうするともう、ゴールド奏者の一丁上がりで、あっちにもゴールド、こっちにもゴールドの連鎖で、もはや「クラシックでフルートやるなら、ゴールドフルート」が常識になってしまった。忌忌しきことです。

 私はクラシックでも銀の音が好きで、CD買うのにもなるべく銀の奏者を選んでいるのですが、なんか偏屈でしょうね。

 カリスマとか当時の常識的なものが、現在のわけわからない常識を作っていくことは、結構あります。

 ジャズの世界では60年代当たりに作られたオールドのサックスの音が“最高!”と、もてはやされていて、これを求めるアマチュアも多い。たしかに実際に聞いてみると、音は違うんです。でも、当時の材質や製法は、現在では再現できない。

 このカリスマ的ジャズサックス奏者の音への回顧のようなものが、ジャズ界には、無批判的にあるんだね。

 だから、もし、ランパルやゴールウェイが、銀の笛のカリスマだったら、現在のゴールドフルートの普及率は、ぜんぜん違ったと思いますよ。

 
 
今月の歌曲

 今月から、独学でイタリア歌曲の練習を復活させてみました。どれだけできるか、どれだけ進めるかは未定ですが、自分でも少しずつレパートリーを増やしていこうと思ってます。

 オ・ソレ・ミオ(ディ・カプア作曲:O sole mio)
 伯爵とスザンナの二重唱(モーツァルト作曲「フィガロの結婚」より)
 恋ゆえにわが心君を(ボノンチーニ作曲:Per la gloria d'adorarvi)
 恋心苦しく(ガスパリーニ作曲:Lasciar d'amarti)
 

今月のフルートソロ(遊び吹き含む)

 グリーン・スリーブス(Greensleeves)
 悲しき雨音(Rhythm of The Rain)
 勝利を我らに(We Shall Overcome )
 トップ・オブ・ザ・ワールド(Top Of The World)
 花はどこへ行った(Where Have All The Flowers Gone?)
 ラスト・ダンスは私に(Save The Last Dance For Me)
 イパネマの娘(The Girl From Ipanema)
 悲しき慕情(Breaking Up Is Hard to Do)
 恋はみずいろ(L'amour Est Bleu)
 愛は夢の中に(I Won't Last a Day Without You)
 P.S.アイ・ラブ・ユー(P.S. I Love You)
 

 以上は、そのうち、レッスンに持っていこうと思って選曲したやつです。なかなか、独学で譜読みをして、レパートリーを増やすというのは、できませんね(笑)。
 
 
今月のお気に入り
 
 実は今月は“お気に入り”と言うよりも“気になって仕方がないもの”です。それは…ズーラシアンブラス! です。

 YouTubeをウロウロしていたら、見つけちゃったので、張っておきます。まずは「紹介編」という事で見てください。

 ね、何とも愉快でしょ。彼らは「よこはま動物園ズーラシア」の動物たちという設定からも分かるように、ズーラシア動物園のレギュラー楽団なんですね。かく言う私は、ズーラシア動物園にたまに行くのですが、実はまだ彼らと直接対面をしていないんですよ。なんか、いつも、タイミングが悪いんです。だから、ズーラシアンブラスを見たい見たいと思いつつ、見逃したまま、今日を迎えてしまっています。

 あ、メンバー紹介をしておきます。指揮者はなんと言っても、ズーラシアン動物園のアイドルのオカピ君。トランペットはインドライオン君とドゥクラングール君(猿の一種だそうです)。ホルンはマレーバク君で、トロンボーンはスマトラトラ君で、チューバはホッキョクグマ君。ここまでがレギュラーで、後は随時補強メンバーが入るそうです。

 ちなみにフルート担当はヒメタテハちゃん(蝶の一種)で、この子は、ハープのルリタテハちゃん(これも蝶の一種)とコンビを組んで「ことふえパピヨン」という名前で別活動もしているそうですが…YouTUBEには画像はないみたいです、残念。

 その他にも、弦楽四重奏団の「弦ウサギ」(全員、メスウサギです)や、サックス四重奏団の「サキソフォックス」(全員、キツネ)、クラリネット四重奏団の「クラリキャット」(全員、メスネコ)などもいます。ちなみに、これらの三グループはそれぞれ単独でCDデビューもしているそうで、もちろん、ズーラシアンブラスはすでにCDを8枚も出しているそうですが、ことふえパピヨンの単独CDはないようです、残念。

 ま、子どもだましっちゃあ、子どもだましなんだけれど、でも、こういう手合いになら、だまされてもいいかなって思う、オッサンでした。

 ちなみに、彼らのホームページはこちらです。

 最後に、ズーラシアンブラスのおもろい演奏を貼っておきます。曲目は、フォスターの「夢路より」です。

 
 
今月の金魚

 
2010年1月31日(日)  チヅル(やむを得ず)退院
  同日          サツキ緊急入院
2010年2月7日(日)  サツキ退院
  同日          ブニョ入院
2010年2月10日(水) ブニョ退院
2010年2月11日(祝) 食事の回数を2回/日を、1回/日に変更

 今月の特記事項は、何と言っても「サツキの転覆病が発病」って事でしょうね。たぶん、治らないだろうけれど、それでも寿命がつきるまで、大切にしてやりたいと思います。
 
 
今月のひとこと

 ああ、眠い。いつでも眠い。たっぷり寝ていても寝足りない。おまけに体がダルい。なぜだろ? まだ春には早いので「春眠暁を覚えず」というわけでもないだろうし…。自覚はないし、諸症状もないけれど、やはり風邪でもひいたのかしら? それともアレルギー反応(花粉症)のために、体が疲れているのかな? とにかく、ダルいです。(2010年1月28日~2月1日)

 どうにも、指が痛い(涙)。右手の人指し指の付け根が痛い。腱鞘炎? 原因は? まさかフルートの練習のしすぎ? 痛いのは右手人指し指だけだからフルートは関係ないだろうけれど、指が痛いと、練習にも身が入らない。仕方がない(わけではないけれど)笛は横に置いて、歌ってばかりいます。笛は疲れないけれど、歌は疲れます。ヘトヘトになります。(2010年2月1~3日)

 相変わらず、右手人指し指は痛いままなので、現在、保存療法(つまり“なるべく使用しない”)に取り組んで、一日も早い回復を願っております。なので、ここ数日、全くフルートに触れておりません。その代わりではありませんが、レッスンには持っていかないイタリア古典歌曲の練習(つまり独学ですね)をちょぼちょぼやってます。やっぱりイタリアの歌はいいね、しっくりします。(2010年2月3~5日)

 某SNSのフルートコミュにて、わずか半年でアルテを終えてしまったという人を発見。初級段階を終えたので、これで教室を辞めるそうです。他の趣味に忙しい人のようですから、おそらく、フルートそのものも辞めてしまわれるんでしょうね。コメントを差し上げようと思ったものの、うまく書けず、結局断念しました。感想が二つ。私と同じようなスロースターターな普通の(優秀な)オジサンなのに、半年でアルテ1巻終了? いくら才能の差があるとは言え、我彼の違いに大いに腐りました(悲)。次。それほど才能のある人が、アルテ1巻を終了したのでお教室を辞める(たぶんフルートも辞める)と言うのは、とてもモッタイナイと思いました。せめて、お教室は辞めてもフルートを続けてほしいと思うものの、フルートよりも楽しい事がたくさんあるんでしょうね。人生なんて、そんなものです。(2010年2月5日)

 ガスパール・ホヨス氏、入院! 今月予定されていた、日本公演はすべて中止! 私のチケットもただの紙切れになっちゃいました。トホホ…。(2010年2月5~9日)

 愛用する腕時計が故障して工場送りになってしまいました。気に入っていたのになあ…。太陽電池を組み込んだチタンボディのデジアナ式の電波時計で、結構“無敵”と思っていたのに、アナログ部分が動かなくなりました。残念。仕方がないので、以前使っていた時計を使おうと思ったら、電池が切れてました(涙)。とほほ。もちろん、壊れた時計を修理に出すついでに電池を交換して、今は無事に使えていますが…。(2010年2月9~11日)

 ああ、寒い。寒いと右手がシクシク痛いです。この右手、やっぱりおかしいかもしれないので、病院が始まったら、診てもらう事にしました。先日、キング先生からも「腱鞘炎じゃないの?」って言われたばかりだし、教えてもらった腱鞘炎の恐ろしさに、ビビっている最中の小心者の私です(涙)。(2010年2月11~13日))

 なんか毎日、やたらと眠いです。確かに睡眠時間はバッチリ!とは言えない状況だけれど、それにしても眠い。まさか、もう春? 立春は過ぎたけれど、でもまだまだ寒い日が続くけれど、春? “春眠暁を覚えず”ですか?(2010年2月13日)

 バンクーバー五輪の開会式を見ました。やっぱ、ヴァイオリンってカッコいー! なにしろ、笑顔で演奏できるんだよ。管楽器や声楽は、どうしても演奏のために表情筋を使ってしまいますので、良い音を出そうとすればするほど、笑顔からは程遠い、変な顔になってしまいます。ヴァイオリニストやギタリストがヒーローになりやすい理由がよく分かりました(笑)。…ギター、復活しようかな…。(2010年2月13~16日)

 The Knack(ザ・ナック)の作曲&ヴォーカルのDoug Fieger(ダグ・フィーガー)が2010年2月14日(ヴァレンタイン・ディじゃん)に亡くなったそうです。肺ガンと脳腫瘍を患っていたそうです。6年間の闘病生活を続けながら、最後までロックンローラーとして活動していたそうです。代表曲は1979年の「My Sharona(マイ・シャローナ)」で実質、これ一曲の一発屋だったんですが、私は大好きでした。この曲しか知らなかったけれど。享年57歳。他人事じゃない…。ご冥福をお祈りします。(2010年2月16~18日)

 右人指し指に続き、右親指の指先が痛い。あれれ?と思ってよく見たら…指先がパックリと割れている! なんだ、これは! いわゆる「ひび、あかぎれ」と言う奴か? そんなの、生まれて初めての経験だぞ! …でも痛い。(2010年2月18~21日)

 右手の人指し指をかばって生活をしているせいか、右手の親指まで痛くなってきたなあ、やばいなあと思っていたのに、ついに左手の親指まで傷みだしてきました。やばいよ、やばいよ、やばすぎるよ…。やっぱり、生霊にでも取りつかれているのかしら。あ、右親指先が割れていたのは、どうやら塞がりました。ご心配おかけしました。(2010年2月21~23日)

 カメ(いわゆるミドリガメです)が冬眠から目覚めて、ボケーと池を泳ぎだしました。春がやって来ました!……花粉の季節です(ボソッ)。(2010年2月23~24日)
 
 
 以上で今月の落ち穂拾いは終了です、ごくろさまでした。

2010年2月25日 (木)

メーカー推奨に戻してみました

 この話は、ある意味、この記事の続きかもしれない(笑)。

 なんか、どうにもフルートのピッチが高い私です。ピッチの高めなヨーロッパに移住する予定もなく、当分はここ日本で頑張っていくつもりなので、どうにかピッチを日本の標準あたり(442Hz)まで下げていかなければいけないなあ…と、これでも悩んでおりまして、当面は音曲げで対応するも、かなりグイグイと曲げていかないといけないので、なんか不安な日々を過ごしておりました。

 ある日、ハタと思いだした事がありました。それは、アゲハの製造メーカーであるアルタスの田中会長の言葉。そこで、秋のフルートフェアでいただいたレジュメを取り出して読み返してみたところ…。

アルタスのフルートを試奏する時は、できれば他のメーカーのフルートと一緒に吹かないでください。なぜなら、設計思想があまりに異なるため、アルタス本来の性能が発揮できなくなる恐れがあるからです。(ピッチが高いと感じる。音色が変えられないと感じる。持ちにくいと感じる…等です。)

 …ピッチが高いと感じる? はい、ただ今、そのように感じている最中でございます。また、同じ文章で田中会長は次のようにも書いています。

是非、アルタスフルートを試奏する時は、ALTESの教本等に書いてあるフレンチ奏法を思いだして、その方法で充分吹き込んでみてください。

 ALTESの教本…つまりアルテだよね。とりあえずアルテを確かめてみるも、別にこれと言って目新しい事は見つけられませんでした。

 私が使っているアルテは日本フルート協会のもので、比田井洵氏の編著の黄色い奴。おっかしーなーと思いつつ、ちょっと『???』と思った事があったので、比田井洵氏のものでなく、植村泰一が訳している、原著のALTESを忠実に訳した方のアルテスで確認してみると…あれ、フルートの組み立て方が違うよ。

 植村泰一氏が訳した「アルテス・フルート奏法」だと…あれあれ…これはアルタスのフルート取り扱い説明書にかかれていたフルートの組み立て方と一緒だ。つまり「歌口の向こう側の縁を胴部管のキイの中心に合わせる」です。

 忘れてたー。アルタスのメーカー推奨の組み立て方は、かなり内向きだったんだー。以前も一度、内向きに組み立てることにしていたのに、いつのまにか、何となく、標準の組み立て方(実はちょっと外向き:笑)になってしまっていた私でした。

 そこでいきなり、メーカー推奨(フランス人のアンリー・アルテス氏も推奨)の組み立て方にしてみました。ちょっと吹きづらい(笑)。いや、かなり吹きづらい(爆)。けれども、ピッチ合わせはだいぶ楽になりました。頭部管も5mm程度の抜きで441Hzに楽に合わせられる。音もさほど激しく曲げなくても済む。ひとまずはこれかな?

 たぶんこれで正解なんでしょう。しかし…何となく、フルートをここまで極端に内向きにして吹くことに心理的抵抗を感じないわけではない。だから、いつのまにか標準の組み立て方になってしまったのだろう。

 本当は、頭部管の向きをいきなり変えるなんて事は、無謀以外の何ものでもないんだけれど、今の私にとって、ピッチが合わない、合わせるのに、すごく努力がいるという、この状態が、とてもストレスになっているんです。とにかく、いつも、チューナーのグリーンランプが点灯したままの状態でフルートを吹きたいんです。だから、いきなり頭部管の向きを変えてみました。

 でもね、いくらピッチのためとは言え、いきなり極端な内向きにしたために、色々と支障は出ているような気がします。特に自分でも思うのは、音色が硬くなってしまった事と、第三オクターブがとても出しづらくなってしまった事。あと、最低音と最低音のドが、どちらも調整不能くらいピッチが外れるようになった事。この二つの音以外は楽にピッチ合わせができるのに、この二つはむしろダメになりました。ま、これらの諸問題については、おいおい解決していくしかないだろうと思います。

 無伴奏ソロしかやらないならともかく、ピアノでもオーケストラでもフルートアンサンブルでも、他人とアンサンブルをする事が将来ないとは断言できない以上、常に標準ピッチで演奏できるように、自分を訓練していかないとダメだものね。まずは、ピッチです。もちろん、音色の追求も怠りなく…だけれど、今はピッチです。

 やっぱり、アルタスフルートは、他のフルートとは、一味も二味も違うフルートなんだろう。とにかく、その個性を受け入れ、メーカーが推奨するやり方を基準として、そこから自分なりの奏法と言うのを探していく…って事なんだろうと思います。

 ある意味、私がやっている事は「足に靴を合わせる」事ではなく「靴に足を合わせる」ような事なのかもしれない。時代錯誤もはなはだしい行いなのかもしれないけれど、これもアゲハのオーナーになってしまったという、一種の宿縁だから、仕方がないです。喜んで、靴に足を合わせていきましょう。

 でも、これで、ひとまず、ピッチ問題は解決…だとうれしいな?

2010年2月24日 (水)

チェット・ベイカーも目指すべき高嶺の一つ

 チェット・ベイカー(Chet Baker)と言う人をご存じですか…とジャズ関係者に言ったら、きっと殴られますね(汗)。それくらい、基本中の基と言うべきビッグネームです。特に名演として名高いのは「マイ・ファニー・ヴァレンタイン(My Funny Valentine)」です。

 チェット・ベイカーはジャズの歌手であり、トランペット奏者でもあります。つまり、歌と楽器の両方を巧みにやりとげる、マルチなミュージシャンなわけです。歌とトランペットの両方が得意と言うと、ルイ・アームストロングも思い浮かびます。

 ウィキペディアによれば、ジョアン・ジルベルトが、ベイカーの歌い方にインスパイアされた結果、誕生したのがボサノヴァなんだそうです。となると、ボサノヴァの父の父ってわけで、チェット・ベイカーはボサノヴァの祖父なのかもしれません。

 当然の話ですが、私はこんないい年になるまで、これほどに有名なジャズのビッグスターを知らずに生きてきました。お恥ずかしい。で、つい最近、ベイカーの代表曲「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を聞いて、やっと知って、そして驚いたわけです。

 これが彼の歌唱です。

 たしかに、ボサノヴァに通じる歌い方です。でも、ボサノヴァ歌唱よりも、ずっと憂いを含んでいて湿った歌です。そして、ある意味、クラシック声楽の対極にあるような歌です。迫力はないけれど、実に味わい深い歌です。ポピュラー音楽って、こういうふう歌うものだよって、なんか言われているような気がします。

 さて、これだけ味わい深く歌うベイカーですが、彼のトランペットの演奏はどうかと言うと、同じ「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を歌ではなく、トランペットで演奏しているビデオがありました。

 これが彼のトランペットです。

 実に味わい深い。そして、歌かトランペットかと言う、使用楽器の違いこそあれ、同じ人間が同じように音楽をやっているんだと言う事がよく分かります。これがよく言われる「歌うように楽器を演奏する」の見本なんだと、気がつきました。そうです、あの歌が歌えるから、この演奏があるわけなんです。この演奏があるから、あんなふうに歌えるんです。こうなると、玉子と鶏のようなものです。大切なのは、歌とかトランペットとかではなく、彼の願い、つまり「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」という曲は、こんな風にやるのが一番カッコいいんだよ、彼の自信とそこからわき出る、やむにやまれない表現欲を感じます。

 つまり、彼は音楽をやっているのであって、歌とかトランペットを単に歌ったり演奏していたりしていたわけではないのです。

 ああ、かっこいいなあ、チェット・ベイカー。

2010年2月23日 (火)

歌劇団、始動!

 いよいよ歌劇団の練習が始まりました。創設メンバーは、ソプラノ2名、メゾ2名、テノール1名、バリトン1名、ボーイソプラノ1名の7名に指導者1名の、たった8名の弱小団体ですが、ひとまず立ち上げて、始めてみました。そのうち、おいおいと人数も増やして、色々と整備していきたいと思ってます。

 まずは、記念すべき初回練習の記録&感想を書きます。

 集合して、最初の15分は各自でストレッチ。ストレッチが終わったところで、いよいよ練習開始です。

 最初は筋トレ。歌うために必要な筋肉を作るための筋トレです。呼吸に関する筋肉(背筋、腹筋をはじめ様々な筋肉)を刺激していきます。そのいくつかは、キング先生の指示で毎日やっている運動ですが、それでも結構、キツかったです。

 筋トレでヘトヘトになった後は、歩き方の練習。発表会の直前に教えていただいた、舞台を歩く時の歩き方、って奴を再度教わりました。で、みんなして、練習会場をグルグル歩き待って、体に叩き込みます。

 次は発声練習。最初は声に気をつけて、立ち止まって練習。それが一通り終わると、今度は歩きながらの発声練習。ほら、オペラをやるなら、動きながら歌うことが多いので、そのための練習です。さっき習った「歩き方」を意識しながらの発声練習です。

 散々、歩き回った後は、立ち止まって、カデンツァの練習。ここまでで約1時間。

 休憩時間は、今後の方針ややりたい曲など(つまり“夢”ですね)をザックリと語り合いました。

 後半は、三部合唱版のコンコーネを使って、(各パート2名ずつに分かれて)合唱の練習。これは今後行う、重唱の練習の予備練習みたいなものです。普段は個人レッスンが中心のメンバーばかりなので、ハモる感覚や他人と一緒に歌う感覚を身に付けましょうと言うのが目的です。

 とりあえず、コンコーネの1&2番をやりました。当然、初見大会から始めました。

 私は男声パートという事で、バリトンのメンバーと一緒に一番下のパートを歌ったわけだけれど、このパートは半分以上が五線の下の音で成り立っているので、テノールの私には、あまり歌える箇所がありませんでした。だって、明らかに音域が合わないもの。テノール音域の低音ドだって、まだ低くて厳しいなあと思っているのに、その下のシとかラまで使って歌えと言うわけです。そりゃあ、かなり厳しい。五線下のソなんて、たぶん今までの人生で、そんな低音、出したことすらないんじゃないかと思いました。

 はっきり言って、音域外の低音は、いくらその気になって出そうとしたところで、音程も当たらなければ、声も響かないわけです。

 普段のレッスンでは、先生から「低いところは歌わずに捨てていこう」と言われている私ですが、低いからと言ってドンドン捨てていったら、ほとんど歌うところがなくなっちゃいます。それでは、二人で一つのパートを歌っている意味もなくなるので、当たらないし響かないけれど、それでも低音をちょっと頑張って歌ってみました。

 バスパートを歌うにあたって、先生がおっしゃるには「テノールって、時々低い音を歌わされる事もあるから、たまには低音もいいでしょう」と言われました「でも、低いところは無理をしないでね」とも言われました。捨てないまでも、あんまりしっかり声は出さなくていいですよって感じです…が、こんな低い音、しっかり出そうとしても出ませんって(汗)。

 でもね、いくら出ないと分かっていても、譜面を渡されたら、魂がウズウズして、やっぱりきちんと歌いたくなるでしょう。で、ちょっと無理して、低音を頑張って歌ったら、あっと言う間に高いメロディが歌えなくなりました。これには驚き。練習の途中でパート替え(一応、全部のパートを歌いました)をして、メロディを歌った時、その直前まで低い音を歌い続けたため、完全にポジションが低くなってしまったのでしょうね。五線の上の方(“五線よりも”ではなく“五線の”上の方ね)では、首を絞められるような声になっちゃいました。やばいやばい、練習とは言え、あんまり低いところを歌っていると、途端に高いところは歌えなくなるなあ…。気をつけないと。

 あと、低い音は、普段出さない声という事もあって、無理をしなかったつもりですが、それでもノドに負担がたっぷりかかったみたいです。練習終わった後、ちょっとノドが痛かゆかったです。やっぱり、私は五線より低い音は、真面目に歌うべきではないかもしれないなあ…。

 で、そんなこんなで、初回練習は終わり。後半も練習時間は1時間程度でした。

 宿題が出ました。コンコーネ3番(もちろん合唱版)の譜読み。各自、すべてのパートに目を通しておきましょうとの事です。

 それと、今回はコンコーネだけでしたが、次回からは、普通の合唱曲も練習しましょうというわけで、源田俊一郎さんの「混声合唱のための唱歌メドレー ふるさとの四季」をチマチマとやる事になりました。歌劇団でやるんですから、もちろん、少人数の合唱のような、重唱のような、そんな感じで歌っていく事になります。混声合唱曲ですし、テノールは私しかいないので、私が一人でテノールパートを歌っていくことになります。怖いけど楽しそう。

 そんなわけで、立ち上げたばかりの歌劇団ですが、当面は、歌劇(ミュージカルを含む)をするために、必要な体作り&テクニックの研鑽を中心メニューに置いて地道に練習を重ねていくことになるでしょう。

 でも、少人数で行う合唱も、なかなかおもしろいものです。

2010年2月22日 (月)

かっこ良くキメたけりゃ、タンギングが肝心だね、坊や

 フルートのレッスンに行ってきました。今回は、楽しいセッションレッスンでした。一応、今回も録音したけれど、アップできるものはありません、残念。

 まず最初の曲はカーペンターズの「トップ・オブ・ザ・ワールド(Top Of The World)」。こういう有名なメロディを持つ曲は、自分流に吹いて、元のメロディから離れすぎてしまうのはいけません。結局、なるべく元の曲の雰囲気を残すような感じで演奏をしないといけないし、有名なリフ(シー、シ、ド、ラー。シー、シ、ド、ラー。シー、シ、ド、ラー、レ・ミ・♯ファ・ソ)なんてのは、そのまんまやんないとダメだし。

 メロディはまあ、練習のかいあって、なんとかなるにしても、伴奏に回ると、私の伴奏はどうにもかっこ悪いんですよ。その原因を色々と考えてみるに、私の伴奏はリズムがちょっと不明瞭と言うか、歯切れが悪いので、かっこ悪く聞こえちゃうみたいなんです。だから、かっこ良い伴奏をしたいなら、リズムをもっともっと強調して、歯切れのよい演奏をしないといけないのです。そのために私に足りないのは、グッドでノリノリなタンギング。つまり、タンギングがかっこ悪いので、伴奏パートにまわるとかっこ悪いんですよ。残念です。

 それとコードネームを見て、まだまだスムーズに演奏できない、ついモタモタしたり、吹きながら音を探したり…。これもまたかっこ悪さの原因の一つです。先生がおっしゃるには「ギターの人はコードを見て、一瞬で音を縦に並べるのは得意なんだけれど、フルートはメロディー楽器だから、コードを見て、一瞬で音を横に並べられないとねえ…」とおっしゃってました。はい、私はまだまだ“ギターの人”です。コードネームを見て、その構成音は一瞬で分かります(つまり縦に並べられるわけよ)が、それをどう横に並べてメロディーを作っていくかは…まだまだかなり苦手です。アルペジオにすりゃあ良いというのは分かるけれど、じゃあ、どんなアルペジオにしたら良いか…そこも悩みですよ。

 二曲目は「花はどこへ行った(Where Have All The Flowers Gone?)」。アメリカのフォークソングですね。ママス&パパスでしたっけ、歌っていたのは? この曲はC-Am-F-G7のコード進行、つまり、1-6-4-5の和音進行なんだけれど、1-6-4-5と言うのは、つまり1-6-2-5に置き換えられるわけだから、1-6-2-5の曲(C-Am-Dm-G7)として演奏しちゃうといいって事です。それに、そう置き換えた方がよりジャージーな雰囲気になるしね。

 リズムは、原曲がギタースリーフィンガーの伴奏だから、フルートで伴奏する時も、スリーフィンガーの味を残して、あんな感じのリズムでフレーズで吹けるといいのだそうです。こういうのは、理屈ではないので、徹底的に何度も合わせてみました。ここでも問題になったのは、私のゆるいタンギング。ああ、やっぱりタンギングは大切だー!

 三曲目は「ラスト・ダンスは私に(Save The Last Dance For Me)」です。何と言っても、越路吹雪さんの曲ですよねー。やってみて分かったこと、この曲は、歌うとおもしろいけれど、フルートには似合わないって事。何をどうやっても、越路吹雪さんの影が付きまとう様な気がします。だから、歌ならともかく、器楽だときびしいなあ…。少なくともフルートには合いません。あえてやるなら、サックスの方がいいんだろうと思いました。なので、この曲は、さらっとやってお終い。

 最後の四曲目の「イパネマの娘(The Girl From Ipanema)」はメロディだけを演奏しました。と言うのも、この曲を今月だけで終わらせるのはもったいない気がしたからです。今月はとりあえず、メロディだけ。その他の要素を含めて、来月もこの曲をやります。

 この曲について、特に難問なのは、コード進行が難しいって事。とにかく不規則だし、一般的でないコードもたくさん使います。不規則なのは練習して乗り越えるしかないけれど、一般的でないコードは、コードの読み替えをして、自分に馴染みのあるコードに置き換えて演奏するのと楽だと教わりました。

 例えば、C♭9は、当然、B9にします。…と言うか、C♭9などと書かずに最初からB9と書いて欲しいくらいです。たとえ楽典的にはC♭9と書くのが正しいとしても…ね。C♭系のコードなんて、思いつかないです。

 G♭系のコードも同様で、私には馴染みのないコード系です。G♭系のコードなんて、全然頭の中で展開しません。やっぱり…と言うか、当然…と言うか、G♭はF#に置き換えて頭の中で展開です。だから、G♭7はF#7にします。これって実は、C♭9とB9は全く同じ関係で、全く同じコードなのに、なぜかこの曲では、より一般的でない記述がされているってやつです。だってさあ、F#7はよく使うコードだから一瞬で「F#・A・C#・E」って分かるけれど、G♭7って書かれると?ってなってしまいます。やはり、分からないコードは使えません。

 同じ理由で、G♭9はF#9ですが、ただ、実際の演奏では9thコードって、音数も多いので(私の場合)テンションノート[不協和音を構成してる音]を省略して演奏されがちなので、実際はF#またはF#7として演奏です。同じ理由で、E♭9は、ちょっとつまんなくなるけれど、E♭またはE♭7として演奏しちゃえばなんとかなる。

 ただし、テンションノートは省略しちゃいけないとなると、話は別で、そうなると、G♭9はF#またはF#7として演奏するよりも、C7+5onF#[Cセブンス・オーグメント5・オン・F#]として演奏した方が良いかしれない。同じ理由で、E♭はA7+5onE♭として演奏するのもおもしろいね。

 G♭9とC7+5onF#は厳密に言うと、一部音が違うので、完全な置き換えってわけにはいかないけれど、まあ、これくらいの置き換えには目をつぶって欲しいと思います。それにG♭9と言われても何も思い浮かばないけれど、C7+5onF#って言われると「基本形はC7でしょ、+5だから第五音は半音あげて、onF#だから根音はCじゃなくF#を使えばいいんでしょ」と即座に分かる。即座に分かると言うことは、音楽の演奏では大切なことだものね。

 となると、C♭9はB9にしたけれど、さらに進んで、E7+5onBにした方が良いかな? あと、やっぱりG♭maj7は素直にF#maj7だね。でも、このコードは1のコードなので、単にF#してもOK。

 ああ、合っているかな? 9thコードって、ややこいしーなー(汗)。

 こうやって、自分がよく知っているコードに置き換えたり、音を多少省いて親しみやすいコードにして演奏するのも、一つの手です。こうやって、自分の手に負える形にして演奏することも大切です。とにかく私が一瞬でフォローできるのは7thまでのコードでそれ以上(例えば9thとかね)は、瞬間では無理よ。つい数えてしまいます。

 コードはそれで良しとして、当然、バッキングのメロディーはボサノヴァギターのあのリズムなんだろうね。

 コードは単純なものならいいけれど、ややこしいコードは面倒で嫌いですが、そういうややこしいコードを使用している曲って、なかなか味のある曲が多くて、その面倒なコードを単純な和音にして演奏すると、途端につまらなくなるものです。あちらを立てれば、こちらが立たずで、やっかいなものです。

2010年2月21日 (日)

サムライは「勝てばいい」とは思わないもの[2010年2月第3週・通算6週]

体重:106.9kg[-0.5kg:-1.0kg]
体脂肪率:32.7%[+0.4%:-0.1%]
BMI:33.7[-0.2:-0.3]
体脂肪質量:35.0kg[+.0.0kg:-0.3kg]
腹囲:cm[cm:cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 体重がちょっぴり減ってうれしいのに、体脂肪質量を見ると…なに?逆転の現象じゃーん。いや、逆転じゃなく、増量の現象だって! 計算上はかなりマズいってよ。

 「さて、勝てば官軍」という言葉あります。下品な言葉だと思います。同様に「勝ちさえすればいいだろう」とか「勝ったのだから、何をやっても許されるだろう」とか「勝ったオレがエラくて、負けたお前はダメなやつだ」というのも、嫌いです。

 スポーツでも、政治でも、軍事でも、勝負事の世界には必ず、勝ち負けが伴います。勝ち負けが伴う以上、勝たなければいけません。これは論を待ちません。

 でも、そこで単に「勝てばいい」ではダメなのが、どうやら日本文化なのではないか、そんな風に私は思います。

 私が思うに、どうやら日本人は勝利に「美」を求めるようです。この「美」はいわゆる、風格とか品格とか矜恃とか努力とか言った、精神的な「美」です。この精神的「美」を支えるのは、勝利に至るまでのストーリーなんだと思います。言い換えれば、その勝利者の、これまでの生きざまとか人生とか道のりとかです。ある意味、人生総力戦で勝利しないと、日本では受け入れてもらえないのではないのかなって思いました。

 つまり「勝てばいい」のではなく「勝って美しい」のでないとダメなんです。たとえ「勝って」もその勝ち姿が美しくないと、称賛されることはないどころか、マイナス評価をされてしまいます。

 え? 何を書いているのかって。 それは、横綱朝青龍とスノーボードの国母選手を見て、そう思ったんですよ。

 朝青龍は強い横綱でした。だから何度も優勝したけれど、いくら優勝しても、彼のことを悪く言う人は後を絶たなかった。それは、彼が勝負に強かったけれど、品格的に美しくなかったから。国母選手だって、日本代表になるくらい、日本スノーボード界ではトップ選手のはずだけれど、彼は叩かれまくった。それは彼が日本国を代表する者として、風格が美しくなかったから。オリンピックでは残念な結果だったけれど、よしんば彼が金メダルを取ったとしても、世間は彼をバッシングし続けたと思う。何度優勝しても、決して良く言われなかった朝青龍のように。

 「勝てばいい」という文化の元では、朝青龍も国母選手も、何の問題もないのだろうけれど「勝って美しい」事を求める世界では、彼らはかなり物足りない存在なのだ。「勝てばいい」という文化の人は、おそらく日本人たちが不平不満を漏らす理由が分からないままなんだろうと思う。

 「勝って美しい」と言うのは「勝てばいい」の、ずっと上の次元の話なんだと思う。順番として、「勝たなければいけない」 -> 「勝てばいい」 -> 「勝って美しい」になるんだと思う。だから「勝てばいい」と思っている人を見ると、「勝って美しい」事を求める人は、もの足りなさを感じるものです。

 そして「勝って美しい」という精神文化の中には、「敗者に対する敬意」というものが当然あるわけで。「勝って美しい」事を求める文化では、当然「負けてなお美しい」事も求められるのだと思う。つまり、勝者も敗者もともに、美しさを求められるのだ。

 「勝って美しい」事を求められるのも大変だが、「負けてなお美しい」事を求められるのは、本当に大変な事だと思う。でも「勝って美しい」「負けてなお美しい」からこそ、次につながるんだと思う。そして「勝って美しい」「負けてなお美しい」精神こそが“サムライの心”なんじゃないかと思う。

 だから、朝青龍にこれを求めるのは間違いだったと思うし、若い日本人である国母選手がああいった態度を取った事は、日本人からサムライの心が消えつつあることの一つの現れなんだと思う。

 帝国主義の時代、アジアアフリカのほとんどの国が、白人たちの植民地となった中で、例外的に日本が、その支配から免れることができたのは、日本人の心に「勝って美しい」「負けてなお美しい」の精神があり、それゆえに「今日がダメでも明日につなげていこう」と思ってやってきたからじゃないのかなって思います。

 だから「勝てば官軍」で「選挙に勝ったら何をやってもいい」と思っているのは、ゲスだと思う。今度は何を書いているのかって? それは民主党政権の事ですよ(笑)。

 民主党政権には、サムライの心を持った、日本人政治家さんは、どれだけいらっしゃるのでしょうか? 私はそれらの、本当の意味での日本人政治家さんたちに期待しています。がんばれ、本当の日本人政治家の皆さん!

2010年2月20日 (土)

ダイエット一週間目の水槽の様子

 先週から、エサの回数を一日1回に減らした我が家です。今までは、朝夕2回だったのを、いきなり半減にしました。まあ、減らしたからと言って、金魚たちは飢えて死ぬという事はないので、安心しています。

 一週間たったところ、まだ冬という事もあるのでしょうが、それほど食事に対する執着心は高くないみたいで、水草も食い散らかされずに、エビも貝も特に被害はありません。それどころか、以前は夕方になると、エサをねだっていましたが、今週も週末近くになると、エサねだりもしなくなりました。すでに一日1回のエサを受け入れてしまったかのようです。こいつら、大丈夫か?

 たった一週間なので、目に見えた変化はありません。

 サツキの転覆病はすっかり板についてしまいました。最近はふと気付くと、背中に気泡がついていたりします。つまり、引っくり返っている状態が長時間に渡っているのですね。それでも、一応は元気で、時折、元に戻ろうと、背面泳法をするのですが、正常姿勢に戻っても、すぐに引っくり返ってしまいます。

 ただ、サツキの転覆も、お腹を真上にして引っくり返っていたものが、最近は横っ腹を上にして斜めに引っくり返っているようになりました。多少は状態が変化しているのかもしれません。

 その他の子はいつもどおりで、チヅルはたまに背面泳法で遊んでいます。ブニョはごくたまに腹を上にして熟睡しています。ので、ガラスを叩いて起こしてやると「ヤバイヤバイ」って感じですぐに元に戻ります。カエデとキッカは…こともなく、元気です。

 今はまだ冬だから、こんな調子ですが、春~夏になると、彼らも食欲が増してくるんだけれど、その時に一日一食で彼は持つのだろうか? それがちょっと心配です。

2010年2月19日 (金)

やっぱりフルートは動かしちゃいけない

 音楽を聞く時に、音楽に合わせて体が動いてしまう事は良い事だと思います。もちろん、他人の迷惑になるほどの動きはどうかとは思いますが、音楽が心に響いて、ついつい体が動いてしまうのは、良い事だし、幸せな事だと思います。

 音楽を聞く時に体が動いてしまう事がOKならば、音楽を演奏する時に、具体的に言えば、フルートを吹く時に、演奏しながら体が動いてしまうのはどうなのか?と聞かれれば、答えはもちろん“OK”です。でも、どんな動きでもOKというわけではありません。注意しなければいけない事が多々あります。だから、そこはチェックです。

 以下の話は、私のような初級者レベルの話に、ひとまず限定しておきます。

 フルート演奏の際の“体の動き”について注意するべき事。それは…、

 もちろん、見苦しい動きや、物音をたててしまう様な動きはNGです。つまり、観客の音楽鑑賞の妨げになるような動きは厳禁です。

 観客の妨げにならなければ、どんな動きでもいいのか言うと…そういうわけにはいきません。

 まず体の軸は動かさない事。具体的に言えば、頭は動かさない事。手足は自由に動かしてOK。腰は振っても構わないだろうし、踊りながら吹いてもOK。だけど、体の軸は動かさない事。頭を動かさない事。この点はきちんと守らないといけません。

 さらに細かく言うと、フルートと頭の位置関係は変えないように注意。フルートは頭から生えた角か牙のように、常に同じ位置に固定しておく事。どんなに激しい指使いをしても、フルートは微動だにしないように固定しておく事。つまり、大切なことは、頭とフルートはピタっとその相対的空間座標を固定したままで演奏すること。そう思います。

 と言うのも、大抵の吹き損じは、頭とフルートの関係が崩れて、フルートが動いてしまった時に起こります。フルートが動いてしまうと、息のコントロールがうまくできなくなります。結果として、音がかすれたり、音程がズレてしまったり、タンギングやスラーがうまくできなくなったり、最悪、音が出なくなります。ですから、それらのトラブルを防ぐためにも、いくら体を動かしても、頭とフルートの関係は変えてはいけないと思います。

 で、頭とフルートの関係が崩れる原因ですが…やっぱり、フルートの持ち方…三点支持…が上手くいってないからでしょうね。

 私が苦手とするのは、中音のドとレが交互に出てくるようなフレーズや、高音の♯ファとラが交互に出てくるフレーズのように、ほぼ『指の総入れ替え』のような運指の時。こういう時は、ついつい、フルートがガクガク動いてしまうものです。あと、早いテンポの曲も、夢中になって演奏しているうちにフルートが動いてしまいます。どんなに激しい曲を演奏していても、フルート自体はびくともしない。これが理想です。

 結局、構えが美しい人は、美しい音楽を奏で、構えが汚い人は、汚い音楽しか奏でられない、という、ごくごく当たり前の結論となりました。ごくろうさま。

2010年2月18日 (木)

マイケルは天才だけれど、努力の人で、やっぱり変人でしょう(笑)

 最近は、すっかり“ポジション”の事ばかりを考えて歌っている私です。まあ、それだけ懸命にポジションというものと、正面から取り組んでいるわけでありますが…。

 このポジションというもの、分かったようで、分からないものです。

 さて、皆さんは、マイケル・ジャクソンの話し声を聞いたことがありますか? もちろん、直接でなく、テレビとかビデオとかで結構ですが…。

 彼の話し声って、フワフワしてますよね。まるで鳥が囁いているかのようです。インタビューでもなんでも、常にマイケルは、あんな感じの声で応対してますよね。だから私たちは、あれが彼の地声だと思ってしまいがちですが、実はそうではないらしいんです。

 確かにマイケルは、普段からあの声で話しているわけですが、あの話し声は彼が努力して獲得したものらしいです。…と、どこかでライオネル・リッチーが言ってました。もしかすると「THIS IS IT」の中だったかもしれませんが…。

 リッチーが言うには、マイケルの声そのものは、我々普通の男性と変わらない音域(それでも多少は高い声のようですが)なんだそうです。それなのに、マイケルは努力して、話す時も歌う時も、つねにポジションをアゲアゲにして、ああいった声で発声しつづけるんだそうです。もちろん、それは歌のためであり、ノドを保護するためでもあったそうです。

 だから、マイケルの話し声はなんかフワフワしている。でも、常にあそこにポジションを置いているので、歌う時もポジションが下がる事はなく、まるでカストラートのような高くて張りのある声をピーンと出せるんですね。すごいすごい。

 普段から、ああいう声で話すように努力しているところが、彼の天才な部分だって、リッチが言ってました(だって、オレがあんな声で話しだしたら、気が狂ったって思われるだろ? そこをやっちゃうのがマイケルなんだよ…みたいなコメントも付け加えていましたっけ)。

 よく「普段から歌声で話しようにしましょう」とおっしゃる方がいらっしゃいますが、それって、あのマイケルのような声で話せという事なのかな? だとしたら、なかなか勇気がいることです。

 私も歌う時の声のポジションを高いところに固定したいです。ならば、マイケルのように、普段から、高いポジションで話すようにしてみるのが、たぶん一番いいんでしょうね。でも、いきなりそんな事を始めたら、気が狂ったって思われるからな? それともオカマになったと思われるかな? いやあ、それでは、社会的信用を始め、失うものが多すぎるな…。もっとも、それ以前に、マイケルみたいに、常にポジションをアゲアゲにしていられるほど、口腔内の筋肉が発達していないって。これは却下だね。

 それを考えると、マイケルは天才だし、努力の人だし、優れた歌手だけれど、やっぱり変人なんでしょうね。あれだけのことは、よっぽど神様に愛されていないとできないものね。

2010年2月17日 (水)

フルートのメカは銀の方が楽?

 ひさびさにフルートの試奏に行ってきました。今回は、スクールモデルを中心に、サブフルートを検討しようというテーマで行ってきました。今使っているサブフルートは、チャイナ娘(真鍮製)なのですが、これはあまりにグレードが低いし、修理やメンテができないので、少なくとも、楽器店で修理やメンテができるフルートをサブフルートにしようと思って、そのサブフルート探しのための試奏をしてきました。

 サブフルートですから、あまり高いものは対象外です。一応、予算的には20万円まで。そうなると、やはり、総洋銀フルートか、頭部管銀のフルートまでのいわゆる“スチューデントモデル”という奴です。このクラスは本来、初心者向けのモデルなので、吹きやすいという評判ですから、サブフルートにはぴったりでしょう。

 そこで、お店にお願いして、その手のクラスのフルートをずらりと並べて吹いてみました。

 あっれー? おっかしーなー!

 結論、どれもダメ(笑)。ダメという言葉は、ちょっとキツいですね。言い直しましょう……どれも鳴らない、鳴らせない、合わない、使えない(笑)。

 うーん、難しいよ、洋銀は…。侮りがたし、スチューデントモデル。どれもこれもアゲハよりも難しい、ゴールドフルートよりも難しい(涙)。

 どのフルートも、第三オクターブはろくに鳴りません。ってか、音、出ない。私の技量不足だね。これだけフルートで音が出さなかった経験って、もしかすると始めてかもしれない。

 予算オーバーを覚悟して、管体銀のフルートを吹いても同じ、やっぱり鳴りません。ところが、総銀になった途端に、今度は簡単に吹けるようになりました。ラクラクね。ちなみに、木管フルートも全然平気。むしろ楽(笑)。どうやら、私にとって、メカが洋銀製だと吹くのが難しく、銀製だと簡単なようです。

 メカの材質って大切なんだな。

 理由は全然分かりませんが、メーカーに関わらず、メカ洋銀のフルートは難しかったです。そこの店は、メンテ職人さんが常駐している店なので、調整不足とかそういうものはないはずです。それに一つ二つならともかく、売れ線の洋銀フルートのすべてが調整不足というわけではないはずで、これは明らかに私の側に問題があるわけです。

 どうにも、総銀フルートばかり吹いているから、洋銀フルートが吹けない体になってしまったのかもしれない。ううむ、簡単なフルートと言うことで、スクールモデルをサブフルートにしようと企んでいたのだけれど、メインのフルートよりも難しいフルートを、サブフルートにするわけにはいかないよなあ…。

 ひとまず第三オクターブは捨てることにして(笑)、各メーカーのフルートを音色や吹き心地などで切り分けてみたところ、店員さんがお薦めなのは、アルタス。アルタスのフルートを吹いている時が、一番いい音をしていたそうです。はあ~、そりゃあ私はアルタスユーザーですけれど…。やっぱりそういう事ですか? ちなみに一番合わないのがムラマツだそうです、はい、いつもどおりの結果ですね。

 次にリップ銀から管体銀まで、アルタスの各グレードのフルートを吹いてみました。一番いいのは、管体銀だったそうです。でも「お客様はきっと総銀のフルートの方が合っていると思います」だと、はあ~、そりゃどうも。

 たぶん、すべてのフルートを吹いちゃえば、ベストパートナーはA1307、つまりアゲハの姉妹って事になりそうな感じがしました。サブフルートを探しに行ったつもりが、結局、同じモデルをもう一本買っちゃえって結論になります。でもね、そうは言ってもA1307って、お高い楽器なので二本も買えませんし、それだけのオカネを出すなら、別のちょっと毛色の変わったフルートが欲しいしね。

 結局、今回はフルートの購入は見送り。サブフルート計画も同時に見直し決定。ううむ、どうしましょう? フルートは個体差も大きいから、アルタス頭部管銀モデルに絞って、あっちこっちのお店に行って、いい子を探すという事にするかな? それともいっそ予算から考えるなら、今回はターゲットに入れなかった、ジャズ系の楽器店に行って、アメリカンなフルートやタイワ~ンなフルートを吹きまくってくるかな? 案外、そっちの方がおもしろいフルートと出会えそうだし…。

 でも、まあ、急いでサブフルートを買う必要もないので、じっくりユルユルとサブフルートを見つけていきましょう。そうしましょう。

 管体洋銀でメカ銀の安価なフルートがあれば、検討したいけれど…ないだろうなあ。もちろん、自分で実際に吹いて品定めが出来ることが必須条件だけれど。

2010年2月16日 (火)

夜の10時を過ぎたら、食べない

 声楽のレッスンに行ってきました。なんか、不思議に調子よかったです。最初の発声練習が楽でしたね。自分でも分かるくらい、ポジションの移動のないまま、歌えました。こういう状態で常に歌えるのが良いです。

 コンコーネの3番も、徹底的にポジションに焦点を当てたレッスンでした。とにかく、音程が下がっても、声を下げない、ポジションを動かさない。ポジションについて考えずに歌っていた頃と比べ、おおげさでなく、10倍ほど疲れました。一曲歌うと、もうヘトヘト。ほんと、声楽は体育会系です。でも、徹底的にポジションにこだわってみたので、なんか色々と見えたような気がしました。ポジションの保持って大切なんだなあと、しみじみと思いました。

 またポジションを保持するために口の奥の方(軟口蓋?)が常に上に上がっている状態なのも、これまた声の響的にも良いでしょうね。あとは、ポジションを保持したまま、声をもう一段階、後ろに回せれば、かなり良いのだと思います。

 で、ポジション保持を頑張っていると、他のことがおろそかになりがちです。特に気を抜いていると、音程が時折ぶら下がり気味になりがち。先生がおっしゃるには、無意識レベルで「高い音が苦手だなあ」という気持ちがあるために、自然と自分を抑えてしまうのが原因でしょう、だから、歌う時は、あまり先の事は考えずに、いつもパーっと声を出して歌っちゃうようにしましょうとの事。正解だと思います。コンコーネ程度なら、歌えないはずない音域のはずですからね。それをぶら下がると言うのは、本来、理屈に合わないわけで、自然とどこかでセーブしてしまっているのだと思います。

 バーっと、高め高めで声を出していくようにしましょう!

 さてさて、コンコーネの3番は暗譜の宿題です。ポジションを保持した形で暗譜です。あと、次の4番を歌えるようにしておくこと、これも宿題です。

 二重唱は…苦労しました。宿題として暗譜してくる事と言われていたので、それはひとまずやってきましたが、レッスンでは音楽はさておき、ともかく言葉をやりました。歌として暗譜をしてきましたが、歌詞をセリフとして練習して来なかったので、先生に「セリフどおりしゃべってください」と言われてもできなかった。イタリア語、難しい。

 歌だとメロディの助けもあって、なんとなく口がまわっているような気がするんだけれど、改めてセリフとしてしゃべってみると、どこで言葉を切るのか、イントネーションはどうなっているのか、実はさっぱり分からない。その分からない言葉で感情表現をしろってんだから、そりゃあ出来なくて当然。いやあ、練習の盲点を突かれましたね。

 とにかく、歌詞は歌詞として、セリフとして、きちんとしゃべれるように、歌とは別に、練習してこないと。さらにセリフなんだから、感情を入れて言えないとダメなんです。

 こういう風に言葉の練習をしてくることを「言葉を体につけてくる」というそうです。ああ、たしかに私の体には二重唱のセリフは、言葉として体についてません。それではオペラにはなりません。イタリア語頑張ろう。たくさん、しゃべる練習をしてこよう。

 宿題として、二人でセリフの読み合わせをしてくること(演劇でいうところの“本読み”ですね)、それが済んだら、二人でセリフをリズム読みしてくるように言われました。二人で一緒に練習するというのは、実はなかなか難しいのですが、どこかで時間を作ってやらないとダメですね。がんばります。

 そーれーとーー、先生から、体型が変わりましたねと言われました。往年のパヴァロッティのような体型になってきたと言われました。…たぶん、それって、誉められているんだよね? とにかく、デブはデブなんですが、毎日、キング先生に言われた体操をしているので、足腰はしまっているんですよ。上半身ブヨブヨで下半身はなんとなくスリム…こんな感じな私です。

 なので、さらに先生から命令が下りました。それは「夜の10時を過ぎたら、モノは食べない事」です。ガーーーーーン。最近の私の夕食は、夜の10時くらいだよ。そりゃあ、毎日夕食抜きって事じゃん。「夕食でもなんでも、10時を過ぎたら食べない。いくらお腹がすいても、すきっ腹を抱えて寝る事。その代わり、朝御飯をしっかり食べましょう」との事です。うぐぐぐぐぐぐぐ~。

 なぜ、そう言うのかと言うと、内臓脂肪を減らさないとマズいでしょうとの事なんです。歌手にとって、内臓脂肪は天敵なんだそうです。とにかく体内に脂肪があると、体内がきちんと広がらないのだそうです。だから、内臓脂肪を減らして、よく広がる体にするべきなんだそうです。そのために「夜の10時以降は飲食厳禁(ただし、お茶と水は除く)」なんだそうです。

 仕方がないので、休日以外は実行することにしました。休日は…熱心に遊んでいるわけだし、色々と夜更かししたいよねえ、だから、そこは勘弁してもらって、その代わり、平日は「夜の10時を過ぎたら、モノは食べない事」にします。ううう、毎日夕食抜きの日々がやってくるのか? ちょっとツライぞ~。

 歌って笛吹くジジイへの道は、今なお厳しいです(涙)。でも、これもそれも、オペラを歌うためなら、仕方がないです。

2010年2月15日 (月)

アゲハ、445Hz疑惑浮上(笑)

 フルートのレッスンに行ってきました。指が痛くてねえ…。側副靱帯炎はツライよ(笑)。 なので、フルートの練習なんて、ちっともできないままレッスンの日を迎えてしまいました。ああ、こんな事って、始めてです。

 で、レッスンに行きました。結果を言うと、今回はアルテをやりませんでした。うむ、ラッキー?かな…。とにかく、アルテは教則本を開きもしませんでした。

 では何をやったのかと言うと…。先回のレッスンの時に「次のレッスンの時に、普段使っているチューナーを持ってきてください」と言われていたので、そのチューナーを使った練習のやり方を習いました。と言っても、たぶん、目新しいものではなく、ブラバン上がりの人は、きっと部活でルーチンにやっているに違いない程度の練習です。つまり、楽器とチューナーを接続して、グリーンランプを点灯させたまま、ロングトーンをする。これだけの練習です。地味な練習ですけれど、これはきちんと日課練習に組み込まないといけないそうです。

 私はスロースターターなものですから、若い時から嗜んでいる人と比べて、そういう基礎的な部分が抜けているので、そのあたりを、きちんと教えてもらえるとうれしいです。

 ちなみに私は、ヤマハのTDM-70(チューナー)&TM-10L(チューナーマイク)の組み合わせで使ってます。チューナーは内臓マイクで音を拾うよりも、専用マイクを使って音を拾った方が安定した動作をするような気がします。マイクを取り付けてしまえば、チューナーの置き場所などに左右されずにフルートが吹けるので、お薦めですよ。

 とにかく、毎日必ず練習の一番はじめに、ロングトーンの練習(ソノリテの事です)を、チューナーを見ながらするように言われました。で、今日はその練習のやり方を教わった訳です。

 ポイントはロングトーンを、安定した正しい音程で持続的に吹けるようにする事と、正しい音程を耳で聞いて、記憶し直す事。この二つが、この練習の目的なんだそうです。特に後ろの「耳を毎日作り直す作業」は、どれだけフルートが上達しても必須の練習なんだと、トレバー・ワイ氏が言っていたそうです。

 そう言えば、フルート習いたての頃は一生懸命チューナー見ながら吹いていたけれど、いつしか面倒になってしまい、最初のチューニングの時だけチューナーを使って、あとはチューナーのスイッチ切って練習するようになってしまいました。先生は、最初のロングトーンの時だけ、チューナーを使い、その他はむしろチューナーを外して練習した方が良いとおっしゃるので、それなら何とか面倒がらずに、続けられそうです。

 まずは、デフォルトの吹き方(これがまだまだ難しい)の低音ラでチューニング。で、チューナーを見ながら、半音階で吹いていくわけだけれど…やはり、足部管にかかる低音とか、第三オクターブとかは、かなり音を曲げていかないと、グリーンランプがつきません。高音♯ソなんて、音を曲げすぎて、前歯がフルートのプレートに当たってしまいましたよ(痛)。

 お教室のピアノのピッチが441Mzなので、私のチューナーのピッチも441Mzに合わせてフルートを吹くのですが、結構大変です。頭部管もたっぷり胴部管から抜かないといけない(8mm程度!)し、どの音程でもたっぷり音を曲げていかないといけないので大変だけど、実際のアンサンブルでは、440Mzとか442Mzとか、そのあたりのピッチで演奏するわけだから、441Mzのオンピッチでスケールくらいラクラクに吹けないとダメですね。

 あんまり大変だったので、遊びで試しにチューナーのピッチを、ヨーロッピアンなオーケストラピッチである445Mzに合わせて、吹いてみたところ、頭部管の抜きも5mm程度の抜きで良くって、さらに全音域に渡って、ほぼデフォルトな吹き方でいけちゃいました。あんまり楽に吹けたので、拍子抜けしたくらい。ははは、これって、私がヨーロピアンなフルーティストって事? それとも、アゲハがヨーロッパ仕様(標準ピッチ=445Mz)なフルートなのかも? ……おそらく、私とアゲハの組み合わせだと、奏者の癖(常に高めのピッチで吹いてしまう)と楽器の癖(普通に吹いても高めの音が出てしまう)の相乗効果で、限りなくヨーロピアンになってしまうんでしょう、きっと。

 私の場合、日本じゃなく、ヨーロッパで音楽をすると、楽しいだろうなあ。

 あんまりピッチが高いままなら、頭部管を買い換えて、ピッチの調整をするというやり方もあると教わりましたが…今の音色が好きなので、それはちょっと考えちゃいますね。はあ…。

 チューナー練習で、たくさん音曲げをしたので、それに合わせて、アンブシュアの確認もしました。そう言えば、アンブシュアに関しては、前回習ってから約一年がたちました。今回は、前回習ったよりも、もう少し踏み込んだものでした。前回は、脱力したクチビルにフルートをバシッと当てたら、それをグイッと上に持ち上げてアンブシュアを作るように言われてましたが、今回はその「グイッと持ち上げる」持ち上げ方のちょっとしたヒントのようなものを教わりました。そして、理想のアンブシュアは、ヒューバート・ロウズのアンブシュアなんだそうです。彼のようなアンブシュアになるのが、良いのだそうです。

 最初の画像が彼のフルートの構え方で、次が口周辺のアップ画像です。

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 ヒューバート・ロウズは黒人です。元々のクチビルが分厚い人です。その分厚いクチビルをうまくつぶしてフルートを吹いています。そのクチビルのつぶし方が私たち日本人に大いに参考になるんだそうです。言われてみれば、元々クチビルの薄い、白人である、ゴールウェイ氏やパユ様の口元を見ても、神様からいただいたパーツが決定的に違うのだから、あれはマネのしようがない。その点、黒人であるロウズは、パーツ的には、我々と同様なハンデがあるわけで、そのハンデの克服の仕方は、大いに参考になるというわけです。

 でも、問題が…。私はロウズがフルートを吹いている姿を見たことがない(笑)。YouTUBEで検索かけても、それっぽい画像は見つからない。ロウズ氏が理想のアンブシュアの持ち主と言われても、どうやってそれを見て学ぶか…ここが難しいわけだ。ひとまず、今回は静止画像で我慢です。これでも無いよりはだいぶマシです。

 見た感じ、だいぶ内吹きみたいですね。あと、グイッとフルートを内側にねじってますね。歌口が口の正面ではなく、やや奥気味です。それと舌が突き出ていますね。これはアンブシュアと言うよりも、タンギングのヒントになりそうです。

 今回は先生から、グイッと当てる時のフルートの角度とか、当てたあとのグイッの角度とかを教わりました。あんまり難しく考えてはいけませんが、一つ一つの動作に意味があるってわけです。まあ、とにかく、要研究対象です。

 今回のレッスンは、こんな感じのレッスンでした。指を怪我していて、ロクに練習ができなかったので、こんな感じのレッスンで、むしろ良かったです。次回のレッスンは、セッションレッスンです。アルテは次の次になります。なんとか、そこまでは12課をやって、それなりのメドというのを立てないとダメですね。頑張らないと。そのためにも、指がに負担をかけないように練習に励まなくては…ね。

 おまけと言ってはなんですが…この前に行った、笛先生のライブ(音楽ジャンル的にはジャズではなく“ショーロ”というそうですが、私にはよく分かりません)の画像を張っておきます。先生がおっしゃるには「批判されようがなんだろうが、多くの人に自分の演奏を聞いてもらう事が大切」というわけで、ブログでもドンドン紹介しちゃってくださいとの事なので、ここに張っておきます。

 ちなみに、フルートは2:40過ぎたあたりまで音を出しません(笑)。途中から、カメラが会場をナメますが、私はこの会場にいたのですが、うまいこと物陰に隠れてしまっていてカメラにほとんど映ってませんので、探してもムダです(笑)。

2010年2月14日 (日)

結局、側副靱帯炎と言う事で落ち着きました[2010年2月第2週・通算5週]

体重:107.4kg[+0.8kg:-0.5kg]
体脂肪率:32.3%[+0.7%:-0.5%]
BMI:33.9[+0.3:-0.1]
体脂肪質量:34.6kg[+0.9kg:-0.9kg]
腹囲:105.0cm[+0.7cm:-0.3cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 あれ? おっかしーなー。体重が増えているよ。確かに今週は休日があったし、家の中でゴロゴロしている事は多かったけれど…ううむ、運動超不足? 良くないですわ。

 さて、右人指し指の付け根が痛いと、散々「ひとこと」欄にも書いてきましたが、あんまり続くので、ようやく病院に行ってきました。

 病院に行って、受付で問診票に色々記入して、待つ事しばし。ようやく先生とご対面したところ、開口一発「バネ指(手指の腱鞘炎)は長くかかるよ~」と言われました。アチャ~って気分でした。やっぱり、腱鞘炎か!

 私が受付で記入した問診票を見る限りは、典型的な腱鞘炎の症状なんだそうです。

 で「どれどれ見せてください」というわけで、痛い指を見せて診察開始。じっくりと、色々と、症状を確かめてくると、……どうやら腱鞘炎ではないようです。と言うよりも、私の痛みの部位は、腱鞘が無い部位のようなんですよ。ほんのちょっぴり安心しました(腱鞘炎かも知れないと思い、実はかなりビビってました)。

 で、関節をチェックして、骨をチェックして、各種の動きや痛みの確認をしたところ、どうも「側副靱帯炎(ふくそくじんたいえん)」という事になりました。一般的には「側副靱帯損傷」というらしいのですが、私はそこが単なる損傷に留まらずに、炎症まで起こしているので「側副靱帯炎」というわけです。当面は、炎症を直して「側副靱帯損傷」にして、損傷個所をじっくり直していくという事になりました。

 怪我の解説をします(笑)。指を伸ばしたり曲げたりするのに使う筋肉は手の甲側と掌側にありますが、それがいわゆる『腱鞘』という奴です。一方、指がそちらの方向には動かないように固定している筋[靱帯]が指関節の両側にありますが、それを『側副靱帯』というそうです。で、私はその『側副靱帯』が炎症を起こしているので「側副靱帯炎」と言うわけです。

 簡単に言うと、右人指し指の付け根の親指側の側副靱帯が、ブチブチと、ちぎれてしまったようなんですよ。原因ですか? それがよく分からない(笑)。ただ、右人指し指に小指側への大きな力がかかったので、その力に側副靱帯が負けてちぎれてしまったのです。ま、やはり“怪我”ですね。

 どうしてそうなったのか、全く心当たりがありませんと答えたところ、そういう人は、とても多いのだそうです。実はこの病気、怪我をした自覚もなく、何となくグズグズと痛みが続くなあ…と思いつつ、そのまま放置されやすい病気なんだそうです。それくらい、日常茶飯のレベルの怪我のようです。

 幸い、症状も軽症と言うこともあり、治療は…しない事にしました。いや、治療方法はあるんですが、そのためには、長期に渡って毎日のように病院に通わないといけないんです。でも先生がおっしゃるには「お仕事をお持ちの方の、通院治療はまず無理」という事で、治療をせずに「自然治癒」を待つことにしました。

 自然治癒を待つと言って、一応、早く良くなるために、色々と注意しながら生活する必要はあります。

 まず、この怪我は、本来はギブスで患部を固定する必要があります。でも、右手をギブスしたら、日常生活に大きく支障が出るので、それはあまり現実的ではないと判断されました。なので、ギブスはしない代わりに、患部はなるべく動かさないように注意をする事が言われました。できるだけ右手を使わないように生活をする、当然痛みを感じるような事はしないようにと言われました。そして、できればテーピングまたはサポーターをすると良いと言われたので、私はサポーターをする事にしました。サポーターを選んだ理由は、着脱が容易というのもありますが、患部を温めると痛みが和らぐので、患部の固定と痛み軽減の両方の効果がサポーターだと得られるからです。テーピングでは患部が冷えてしまいがちですからね。

 痛みが増すことがなければ、もう病院に来る必要はないそうです。あとは、市販の痛み止め(外用剤)を使用しつつ、様子を見ていればいいのだそうです。ただし、症状が激しくなった場合は、手術が必要になることもあるそうなので、その時は必ず病院に来るように言われました(脅されたのかな?)

 ギブスをして安静にしていれば、そんなに時間がかからないのですが、どうしても右手を使わない生活というのはありえないので、そういう事を見越して、早ければ三カ月で、おそらくは半年程度は痛みが続くでしょうとの事です。もちろん、完治は、そのずっと先の話です。

 と言うわけで、とりあえず、痛み止めのチール[インドメタシイン配合の強力な奴]を塗って、サポーターで保護&患部の温めをして、なるべく右手を使わない(と言いながら、パソコン打っている私がここにいますが:笑)という、方針で気長に過ごすことにしました。

 とりあえず、痛みの正体が分かり、対処方法が分かったので、一安心です。あとは、気長に側副靱帯の回復を待てばいいだけですが…なるべく右手の使用を減らすわけですが…これが難しいですね。

 ご心配をおかけましたが、どうやら安心できそうです。感謝な事です。

2010年2月13日 (土)

今度はブニョが入院~サツキは転覆病?

 風雲急を告げている我が家の水槽です。

 先週、緊急入院したサツキは、この一週間、特に芳しい治療効果が見られませんでした。ただ、水槽で寝ころがっているよりも、起き上がって座っている時間の方が多くなってきたかな?っという程度の回復。どうにも芳しくありません。しかし、だからと言っても、入院が長期に至るのは、運動不足という観点からもあまり良くないので、まあ、今後の事はまた観察しながら…という事で、ひとまず日曜日の夜にサツキを退院させました。

 退院したサツキは、入院前とは一転して、元気にやってました。あまり治療効果がないと思ってましたが、案外そうでもなかったのかもしれないと…と思ってました。

 入院前と入院後で変わって点。…欠食児童化というか、エサに執着するようになりました。これは、カエデと同じです。一週間、狭いところでエサもかなり少なめにしか与えられなかった結果、いつでもエサが欲しいし、エサが入ると目の色が変わるようになりました。それどころか、エサ投入口でいつもエサをねだるようになりました。とにかく、ガッツリ食べるようになったサツキです。ん? 入院して、ちょっぴり性格の変わったかな?

 サツキが退院したので、入院施設は、きちんと洗って、しまう準備をしていましたが、一度しまってしまうと、次に出すのがちょっと面倒なので、しまう前に、調子の悪い奴を、ついでに入院させちゃってもいいかな?と思って、なんとなくブニョを入院させることにしました。

 ブニョ。調子が極めて悪いというわけではないのですが、ここ一週間ほどの間に、腹を上にして気絶している事が数回見られたので(自力で戻れるので、転覆病とは違うのでしょうが、一体なんなんのでしょうね)、ちょっと入院してもらうことにしました。

 というわけで、ブニョが入院です。

 元々、そんなに体調が悪いわけではないブニョなので、入院生活中も割と元気でした。ただ、体がデカイので、すぐに入院水槽は爆裂に汚してまうのが欠点かな? あと、明らかに不満タラタラな様子でした。

 そんなこんなで水曜日になったら、状況が急転直下、サツキがキリモミ状態になっちゃいました。お腹が上になっちゃうので戻ると、その直後にまたお腹が上に、で戻したら上に…。という状態。これはもはや完璧な『転覆病』ですね。あらら。

 なので、ふたたびブニョとサツキを交換しようと思い、ひとまずブニョを退院させました。で、水槽を洗って乾燥させて、しばらくサツキの様子を観察してみました。

 サツキは確かに転覆病ですね。すでに、腹を下にする事はできませんし、水槽の深いところに行くこともできません。間違いなく転覆病です。転覆病なんですが、困った事に元気なんですよ。どうしましょう? そんな感じで入院を躊躇しました。

 転覆病って、原因不明だし、治療法もないんです。その代わり、すぐに死んだりはしません。徐々に弱っていって、やがて死ぬ病気なんです。

 で、考えました。経験的に飢えた金魚は転覆になりづらい…んですよ。で、調子の悪いのは、サツキだけでなく、ブニョだって、チヅルだって、良くないんですよ。そこで、水槽まとめてダイエットをしてもらうことにしました。つまり、エサの回数と量を減らします。おそらく、初期段階では、水草は全滅するだろうし、エビも貝も食べられていなくなってしまうだろうけれど、それでも構わないことにしました。

 エサを減らして、みんなにスリムになってもらって、元気になってもらう…この方針にしました。エサを減らせば、エサ代が浮くし、水も汚れなくなるので、一挙両得かな? てなわけで、しばらくはそうすることにしました。

 と言うわけで、今週から、キンギョもダイエットです(笑)。

2010年2月12日 (金)

なぜジャズフルーティストはゴールドフルートを使わないのか

 これは私の疑問の一つです。だって、たいていのジャズ系CDのジャケットで微笑んでいるフルーティストが持っているフルートって、ほぼ“銀色”じゃないですか。それに対して、クラシック系のフルーティストは猫も杓子もゴールドフルート。別にゴールドフルートはクラシック専用フルートってわけでもないだろうに、なぜ、ジャズフルーティストはシルバーのフルートばかり使っているのか? シルバーにこだわる理由は何?

 疑問でしょ?

 そこで、単刀直入に、この疑問を笛先生にぶつけてみました。以下、先生の答えを聞いて、私なりに理解したものと、そこから思い浮かんだ事などを加味して書きます。つまり「文責 すとん」という事でよろしく。

 まず「どうしてジャズフルーティストはゴールドフルートを使わないのですか」と聞いたら、先生、即答で「使うよ~」でした。あれ? いきなりの前提崩し?? 「ジャズの人もゴールドフルートは使うけれど、クラシックの人ほどたくさんではない」という答え。さらに「若い世代ほどゴールドを使う」そうです。

 どういう事かと言うと、ジャズフルート界でも、クラシックフルート界ほどではないけれど、少しずつゴールドフルートの使用者が増えてきているそうです。でも、クラシックほど、圧倒的ではなく、やはりまだまだ多くの奏者たちはシルバーフルートを使用しているのだそうです。ちなみに、笛先生は、パウマツのシルバーです。

 ジャズフルート界でもゴールドを使用し始めるようになった理由は…楽器が良いから(笑)。いやあ、単純な話ですね。そりゃあ、確かに、高額な楽器はそれなりに丁寧にきちんと作ってあるわけで、素材うんぬんの癖の問題を度外視しても、ゴールドフルートの楽器としてのレベルは、間違いなく良いです。良い楽器は使いやすいし、そりゃあいいよね。

 それに、音ですね。音色の好き嫌いはあるにせよ、ゴールドフルートの音は確かに美しいですし、現代という時代が“フルートの音”として想像する音色は、確かにゴールドフルートの音であることは間違いないです。ま、これはクラシックフルートの影響なんでしょうが、ゴールドフルートの音色が現代のフルートの音色であると言うのは、決して過言ではないでしょう。

 じゃあなぜ、クラシック界のように、堰を切ったように皆がゴールドに流れないのかと言うと…高いから(笑)。納得です。一部のプロを除き、みんな自腹で自分の楽器を購入するんだもんね。そりゃあ、お高いゴールドをバカバカ買えません。

 あと、ジャズフルートは、クラシックと違って、演奏をする上で、音色以外にも大切な事がたくさんあり、音色命のクラシックフルートとは違い、音色以外の要素を重視した結果、あえてシルバーを選択するという奏者もたくさんいるそうです。これも分かります。具体的に言えば“マイク乗り”ってのを考えると、ベストチョイスは洋銀フルートかもしれませんしね。

 なので、ジャズフルート界でもゴールドフルートの使用率は増えてきているけれど、クラシックフルート界ほどの高率にならないのは、そういう理由なんですね。

 さらに考えないといけないのが、おそらく、時代背景です。私のような地方に住んでいるジャズ入門者がジャズを聞く場合、ライブ会場に通って…というわけにはいかず、やはり過去の名盤CDを中心に録音を聞く、という形になりやすいです。で、その録音が…やっぱり古いものが多いんですよ。でしょ? ジャズの名盤って、1940~60年代が中心? この時代って、クラシック界だって、フルートはまだまだシルバーの時代で、ゴールドを使っていた人はごくごく少数だった時代。ですから、この時代の演奏を中心に聞いていれば、フルートはシルバーばかりなのは、当然と言えば当然なのです。

 さらに言うと、ジャズの名盤って、たいてい外国人奏者(大半はアメリカ人)のCDでしょ。実は今でもそうだし、クラシック界でもそうだけれど、外人奏者って、案外シルバーフルートが好きだよね。と言うか、日本の奏者がゴールドを偏愛しているような気がします。クラシックフルートだって、外国人奏者はシルバーを使っている人、結構沢山いるもんね。

 と言うわけで、威勢よく掲げた「なぜジャズフルーティストはゴールドフルートを使わないのか」という命題ですが、答は「ジャズフルーティストもゴールドフルートは使う。ただし、クラシックフルートほど多くの奏者が使うわけではないし、使い始めたのも、ごくごく最近からで、CDなどでは、なかなかお目にかかれないだけ」の話となります。

 お粗末さまでした。

2010年2月11日 (木)

ピアニストがうらやましい

 ピアニストがうらやましい…と言っても、別にピアニストになりたいわけでもなければ、ピアノが達者に弾けるようになりたいわけでもありません。いや、ピアノは達者に弾けるようになりたいですが、そこは今日の本筋とは関係ありません。

 「ピアノを弾くように、歌が歌えたらいいのになあ…」と思ってます。それで、うらやましいと思ってます。

 …ピアノを弾くように、歌が歌えたら?…これ、音程の話です。

 ピアノって、ちょっと乱暴な言い方だけれど、誰が弾いても「ド」の鍵盤からは必ず「ド」の音が出るでしょ。「ド」のキーを弾いて「ミ」が鳴ったら、調律師さんを呼ばなきゃいけません。もちろん、音の美しさは度外視して言ってます。

 「ド」を出そうと思って「ド」の鍵盤を叩いて「ド」が鳴る。……当たり前だけれど、そんな世界がうらやましいです。

 だってね、歌って、音程を自分で作っていかないとダメでしょ。「ド」を出そうと思っていたのに合唱なんかだと、「ド」じゃなくて「ミ」で歌ったり「ラ」で歌ったりなんて、ないわけじゃないです。音形が複雑だったり、跳躍が激しかったり、自分のパートだけちょっと動きが違ったりとか…。いや、それなら、大きくはずれているけれど、まだハモれる(オイ!)からいいです。むしろ問題は「ド」を出そうとしても、体調によっては「ド」みたいな音になっちゃう時(涙)だってあるでしょう。ちょっと足りないとか、ちょっと余るとかね。…悲しいよね。

 常に正しい音程を作るには、絶対音感を持っている事が必要でしょうね。または、優れた耳&相対音感を持っていれば、常ではないけれど、大方は間に合うはずです。でも、悲しい事に、そのどちらも持ち合わせていない私のような人は、常に音程で苦労します。ピアノのように、決まりきった音程が出せる楽器がうらやましいです。

 もちろん、全然お話にならないくらいの音痴というわけではありません。音取りをきちんとすれば、そんなに大変な事にはなりません。でも、いつもいつも音取り練習バッチリってわけに行かないのが現実なんです。

 だから、問題は音取り練習が不足している時ですね。多少練習が不足していても、オーソドックスなメロディの動きの中なら、そんなにひどい事にはならないでしょう。でも、合唱のハモりパートって、往々にして変な動き(つまり、不自然な動きね)をしたり、不用意に大きな跳躍があるとか、そういう個所がちょっと続くと…あんまりうまくはいかないです。

 だから、「ド」を出そうと思えば、確実に「ド」が出て、「ソ」を出そうと思えば、確実に「ソ」が出る。そういう世界に憧れます。

 ほとんどの楽器は(もちろん例外もあるけれど)基本的には、正しいキーを叩くとか、正しい運指で演奏すれば、誰でもだいたい正しい音程の音が出せます。

 でも、歌は、そうじゃない。まず、良い耳を作って、正しい発声方法を知らないと、きびしいものがある。もちろん、世の中には「ナチュラル・ボーン・シンガー」という、訳の分からない天才タイプの人はいるけれど、ああいう人は別格です。普通の人は,耳と声をそれなりに鍛えていかないと、歌すらまともに歌えやしない。

 ああ、だから楽器がうらやましいです。特にピアノはいいね。

 ピアノがいいねと思うのは、音程が常に正しい以外に、重音がたやすく出せることも、うらやましいです。だって、声で重音ってのは、ちょっと厳しいでしょ。一人で重音が出せるなら、一人でハモれて楽しいけれど、ちょっとそんなわけにはいかないです。結局、ハモりたければ、合唱などをしないとダメでしょ。

 楽器だって、美しい音楽を奏でるには色々と大変な事がある事は承知しているし、楽器でも弦楽器などは、声楽同様に、奏者が音程を作っていかなければいけないのだから、その苦労が大変だというのも分かってます。あ、フルートも、シビアな話をすれば、やっぱり奏者が音程を作っていく部分ってあるよね。おそらく、どの楽器だって、シビアな話をすると、大なり小なり、そういう事になっていくと思います。

 まあ、つまり、音程には苦労するね、という話です。でも、音程を自分で作っていくというのは、色々と突き詰めて考えてから音を出すわけで、実はこれがなかなか豊かでおもしろい話になりそうな気もしますが、それはまたいずれね、という事で(笑)。

2010年2月10日 (水)

最近の私[声楽編 2010年2月]…音域とか高音の出し方とか

 今日は声楽と言うか、ボイストレーニング系の話です。

 そう言えば、最近、私は自分の音域等についてブログに書いていませんでしたね。記録のために、現在の私(2010年2月)の状況を書いておきます。

 まずは音域の話から。自宅練習でやっている、最初の発声練習では、気持ちよく出せるのは、五線譜よりも上のAsまでかな? ここまでなら、割と楽に出ます。もうちょっと上の音は、練習ではポジションを崩さない程度に出してみますが、やはりAだとギリギリ感があります。Bだともっとギリギリを越えてしまって、ちょっと声に雑音が交じりますし、それに苦しい感じになります。Hは雑音どころか、声が引っくり返っているような気がします。Hi-Cは明らかに声がひっくり返っています。こんな状況です。

 曲になると、前後の音や跳躍の具合でも変わるので、ここまでならOKとは簡単に言えませんが、Gまでなら何とかなりそうです。コンコーネの3番のGは歌えますが、あまり美しい声ではありません。「オー・ソレ・ミオ」は一瞬Aが出ますが、ここも雑音交じりで苦しげな声になってしまいます。今はこれらをキレイに出せたらいいなあと思いながら歌っています。

 GとかAが、発声練習では楽に出せても、曲だと苦しくなる理由は、おそらくポジションの問題でしょうね。発声練習では高い音を出しやすくするために、ポジションを高めにとって歌います。それこそ、ギリギリのAあたりにポジションを置いて歌いだすと、Aまで声が出せます。発声練習ではそうやって乗り切ってます。

 私の場合、ポジションを決めたら、その音までは何とか発声ができるようなので、その曲の最高音にポジションを置くべきなんだろうと思います。

 ただ、問題は、ポジションを固定してまうと、音域にかなりの制限がかかり、下の方が全然歌えなくなります。つまり、音域が狭いんですね。たぶん1オクターブ程度かもないかもしれません。

 ですから、曲の時は、それほど高い音にポジションは置けませんし、大抵の曲は、1オクターブ以上の広さの音域を持っているわけで、やはり下の方の音は、捨てないと歌えないのです。

 でもね、捨てるのって、もったいなくって(笑)。欲深いんですよ、私。だから、歌っているうちに、どうしても、下の方の音も歌っちゃいます。もちろん、捨てながら歌っているつもりなんですが、ふと気がつくと、だいぶポジションが下がっているわけです。

 で、いよいよサビに入り、高い音を歌おうとしても、すでにポジションは下がってしまっていますから、そこから高いところを歌おうとすれば…そりゃあ、雑音交じりだったり、届かなかったりするわけです。

 いやあ、ポジションが下がらないように、気をつけているんだけれどなあ…。

 ポジションが低くなってしまったにも関わらず、高い声を出そうとすると、どうしてもムリムリになってしまい、ノドに力が入り、息の勢いで出そうとしてしまい、結果としてノドを締めつけて、かえって声が出なくなります。なんか天井にひっかかるような感じがします。そうなると、悪いスパイラルに入ってしまうわけで、気をつけないとダメです。常に高音では、ノドは脱力をこころがけないと。あくびのノドが瞬時に作れればいいのですが…。

 次に高音の出し方と言うか、自分でも多少、歌う時の体の使い方が変わってきたかなあという気がしますので、書いておきます。

 息の保持については、もちろん腰付近の筋肉を使ってます。そして、基本的には上半身の脱力です。特に高い音の時は、力を抜きながら歌う事が肝心で、少しずつ自覚的に力が抜けてきているような気がします。

 力を抜くと言っても、陸に上がったタコじゃないので、グニャグニャにはなりません。適度な弛緩と適度な緊張ですね。特に緊張すべきところに神経を集中することで、他の部位の力が抜けるのでないと思います。

 歌う時に、緊張すべきなのは、丹田ではないでしょうか? つまり「お腹をギュっとひっこめて歌う」という奴です。ここに気をつけ、「お腹をギュっ」とやっていればいいのですが、ついつい油断をしていると、この「お腹をギュッ」とするのを忘れてしまいます。ダメですね。

 この「お腹をギュっ」と言うのも、実は最近ようやくできるようになりました。以前はやりたくても、十分にできませんでした。それは筋力の問題だったと、今では思います。なにしろ、キング先生に命じられた体操を毎日やった結果、なんとなく出来るようになったからの話なんです。キング先生の体操のおかげで、腰回りとか腹筋に、歌うための筋肉が少しずつ付いてきたのかなあと思います。

 筋肉が付いても、それを使うのを忘れてしまっては、元も子もありません。歌う時は、気を抜かずに、常に「お腹をギュッ」を意識して出来るようになりたいものです。

 その他の事として、ついつい、音高ばかりに気をとらわれがちになる私ですが、音量とか、息の使い方にも気を使っていきたいです。常にフルヴォイスで歌うのではなく、その場に適した音量で歌える様にしないと。あと、適度に息を混ぜて、ダイナミクスをつけられるようにしたいです。

 あと、なるべく声は細めの高めで出すように気をつけたいです。太い声にこだわらないようにします。そして、同時に「言葉は前で、声は後ろで」なのですが、声を後ろに回すのが難しいです。なんとかコツがつかめたらなあ…と思います。

 それに忘れちゃいけないのが、口も縦開き、口の中も縦開きって奴ですね。

 今はそんな感じです。

 世の多くのテノールたちが「額から声を出す」と言いますが、私には、まだその感覚が分かりかねてます。額から声が出せるようになったら、きっと、高いところがラクラク歌えるのだろうなあ。

 それにしても、だいぶ長い事、Fisで苦労していた事を考えると、成長したなあと思います。今ではFisは鼻唄みたいなものですよ。どんな状況でOKです。そのうち、AやAsも同じような感覚になれるといいです。もちろん、最終目標としては、Hi-Cまで気持ちよく歌えることです。そのためには、発声練習の段階で気持ちよくHi-Dが出ないといけません。まだまだ遠い未来の話です。

2010年2月 9日 (火)

なぜフルートはメッキするのだろう その2

 昨日は、総銀フルートに銀メッキをする話をしましたが、今日は、総銀フルートに銀メッキ…を離れて、一般的に、フルートにメッキをかける事について考えてみましょう。

 例えば、洋銀フルートに銀メッキをかけること。これはとても大切で必要な事だと思います。なぜなら、洋銀は金属アレルギーを引き起こす原因となる物質を含んでいるからです。それに対して、銀はアレルギーを引き起こしにくい金属です(それゆえに食器に用いられます)。この洋銀フルートに銀メッキをかけることで、少しでも金属アレルギーを防げるなら、それに越したことはありません。誰でも、安心安全に音楽を楽しみたいものですからね。

 洋銀フルートに金メッキをするのも同じ理由で良いことだと思います。

 ただし、洋銀フルートの場合は、銀メッキがしてあっても、金メッキがしてあっても、電蝕の影響で必ずメッキの下の洋銀が錆びますので、常に丁寧な手入れが必要です。

 では総銀フルートに、高級素材である、金メッキやプラチナメッキはかけるのは、どうでしょうか?

 安心安全面から言えば、メッキをする理由は全くありません。銀も金もプラチナも、金属アレルギーとは縁遠い金属ですからね。

 では、音色的な問題で考えてみましょう。総銀フルートに金メッキをすると、ほんのちょっとだけ、音色がゴールド風味になるとか、プラチナメッキをすると、プラチナの音がすると言います。科学的な証明ができるかどうかは微妙だと私は思いますが、多くの人が口をそろえて言いますし、確かに同じ作りの楽器にメッキをかけると音色も若干変化する(ムラマツやアルタスで確認できます)ので、単なるフラシーボ効果とは違うような気がします。ただ、あくまでも“~風味”と言った感じのマイルドな音色変化だと思います。

 それに、金メッキ…これは我が愛するアルタスが、最近は力を入れている分野です…おそらく金メッキフルートは売れるのでしょうね。それだけ需要があるというわけです。

 音色の件は別にしても、この不景気ですから、たとえメッキでもゴールドフルート(に見えるフルート)を安価に所有したいという人が増えているのだと思います。それはそれでいいんじゃないかと思います。金メッキを施すことで、楽器に高級感が生まれ、それでオーナーさんが精神的に幸せになるなら、端で文句を言う筋合いではないでしょう。なにしろ、ゴールドフルートを購入するよりも、金メッキフルートを購入する方が、お財布に優しい事は論を待ちません。

 プラチナメッキになると、もっと現実的な問題が生じてくるでしょう。何しろ、銀は無垢であれ、メッキであれ、錆びるものです。一方、プラチナは、極めて錆びづらい金属です。ですから、このプラチナを総銀フルートにメッキしてあげることで、現実的にはほぼ“錆びない”フルートになり、いつでも購入時のピカピカが保たれます。プラチナには、そういうサビ止め効果は、間違いなくあります。

 一方、銀メッキが錆づらいとはよく聞く話ですが、それは銅(簡単に錆びます)と比べて“錆びづらい”というだけで、銀もやはり錆びやすい金属である事は間違いないです。

 よく聞かれる「銀メッキの銀は、純度の高い銀を使用しているので、錆びません」と言うのは、昔の話です。銀の場合、純度が低いと、合金として含まれている銅の成分が増えますから、錆びやすくなるのは事実です。その裏返しとして、純度の高い銀は錆びづらく、その純度の高い銀をメッキすると普通のフルートよりも錆びづらくなる…と、かつては言えました。でもこれは、フルート本体に、純度の低い銀を使用していた頃の時代の話で、現在の国産フルートに使用されている銀は、どれもこれも十分純度の高い銀をです。今となっては、銀無垢と銀メッキとでは、錆びやすさ(錆びにくさ)に有為な差はないはずです。

 ちなみに一般的に錆びないと思われがちな金メッキですが、24Kメッキならともかく、フルートで一般的に使われている9K~14K程度の金メッキだと、実は銀や銅を多く含んでいますので、錆びます。

 かようにフルートは錆びる楽器ですが、日々のお手入れを丁寧にすることで、サビサビになるのを遅らせることはできるでしょう。特に総銀フルートでピカピカを保ちたいなら、そこは肝心です。“銀の食器は毎日磨いていないとすぐ曇る”というのと、一緒です。

 あと、メッキの種類ではなく、メッキそのものの効用として、メッキフルートは、銀無垢のフルートと比べて、メッキを塗った分だけ、菅厚が増して、音が少しだけ重くなるのが良いという人がいます。これは事実だと思います…が、ならば、最初から菅厚モデルのフルートにすれば…と私は思いますが、おそらくそうでなく、メッキ程度の厚さをプラスするのがいいんだと言う事なんでしょうね。

 一方、フルートにメッキをかけるマイナス面は、オーバーホールの時に磨きがかけられないので、錆びてしまった銀メッキフルートや金メッキフルートは、元通りのピカピカに戻らない事が言えるかな? もし、元通りのピカピカにしたけれど、再メッキになります。無垢のフルートなら、磨けば元通りなので、そこはちょっと違いますかね。

 また、プラチナメッキは、再メッキが難しいとも聞きます。磨きも再メッキもできないプラチナメッキフルートは、扱いをより丁寧にしないと…ね。

 あと、メッキはやはり、悲しい事ですけれど、いずれは、はがれてしまいます。昔と比べて、メッキの技術も向上し、以前ほど、はがれやすいわけではないそうですが、それでも地金と一体化しているわけではないので、時が経ち、演奏しているうちに、結局、はがれてしまいます。プラチナメッキや銀メッキでは、メッキがはがれたとしても、メッキと地金の色があまり違わないので、それほどメッキのはがれは、目立たないだろうけれど、金メッキはメッキがはがれると…すごく目立ちます。それはとても悲しい事です。なので、金メッキフルートは、扱いに関しては要注意でしょうね。

 でも、メッキフルートのマイナス面って、正直、この二つくらいでしょうね。

 このように考えてみると、メッキをかける事の、プラス面は多々あるけれど、目立つマイナス面はあまり無いのだから、メッキフルートも大いにアリアリだなあと私は思います。

 それにしても、フルートにメッキをかけるというのは、いつ、どこから始まった事なんでしょうね。

2010年2月 8日 (月)

なぜフルートはメッキするのだろう その1

 今日の記事はこちらのOKWaveの記事が元ネタです。というか、レスポンス? 元記事のタイトルは「総銀製フルートで銀メッキ仕上げでないものに関しての質問」です。

 質問の趣旨としては「銀メッキのメリットデメリットを教えてください」と言うものです。付いているアンサーは「メッキにこだわらずに自分にとっていい楽器を選ぶと良いよ」「メッキは剥がれるよ」「メッキ加工をするとサビづらくなるよ(すとん注:これは疑問です)」「総銀に銀メッキは意味ないよ(すとん注:これも疑問です)」というところでした。

 すでに回答が締め切られている質問なので、そこに私の意見をアップするわけにはいかないので、勝手に私がここで、質問を踏まえて、メッキに付いて考えてみます。

 まず、何のために、総銀フルートに銀メッキをかけるのでしょうか? 総銀フルートに銀メッキをかけるのは、元の質問の回答にもあるように、常識で考えれば、意味のないことで、無駄な作業に思えます。

 でも私はその作業は無駄ではなく、単純に“企業努力”だと思ってます。つまり、なるべく質の良い楽器をお手軽な価格で提供できるようにする“企業努力”で銀メッキをかけていると思ってます。

 つまり、ざっくり言っちゃうと、メッキをかける事で卸値を安くし、その結果、消費者の手元に安くて質の良い楽器を提供するためです。

 メッキをかけると、フルート製作時の仕上げ工程が丁寧でなくてもOKになります。はっきり言っちゃえば、ハンダ付けの処理が少々手荒であっても、ハンダゴテの操作をミスって管体に痕を付けちゃっても、楽器の性能的には問題はないし、最後にメッキをかけちゃえば分からなくなりますから、全然平気。

 そのために、まだ若い職人さんが楽器の製造を担当する事ができます(もちろん、親方の監督指導付きでしょうが)。若い職人さんの勉強になるし、人件費もお安く済みます。

 さらに言うと、メッキをかけちゃえば“磨き”という工程を省くことができます。磨きは手間隙かかる工程です。磨きは、当然ですが、職人さん一人につき、一度に一本ずつしかできません。丁寧にやればやるほど、職人さんを拘束する時間が増えてしまいます。結果として、一本のフルートを製作するためにかなりの時間を費やしてまう事になります。職人さんを拘束する時間が増えれば、当然製作費が上がってゆきます。

 対してメッキは、同時に数本まとめてメッキできます。磨きに比べれば、一本あたりの仕上げ作業にかかる時間は、大幅短縮となります。職人さんを拘束する時間が減れば、フルートの卸値も下がるというものです。なにしろ、フルートの価格の大半は、職人さんたちの人件費ですから、時間がかからなければ、かからないほど安価で出荷できるというものです

 ですから、この磨きの工程を省ければ、製造にかかる日数も若干少なめで済み、制作費も低く抑える事ができます。メッキをかける事でフルートの商品としての、コストパフォーマンスが向上し、安くて良い商品が出来上がります。

 “磨き”作業をする事で楽器の音が良くなるという人もいますが、これを科学的に証明するのは、たぶん無理です。ですから、実用品レベルで考えるなら、フルートはメッキで十分なわけで、わざわざ銀無垢にして、お値段をあげる必要はないわけです。

 これが総銀フルートに銀メッキをかける最大の理由でしょう。もちろん、楽器は手工業品ですから、メッキをかけずに、熟練の職人さんが一つ一つ丁寧に組み立てて、ハンダ付けをして、磨いて仕上げる楽器があってもいいわけです。でも、全部が全部それをやっちゃって、お手軽価格の総銀フルートがないのも企業的にはマズいわけですし、一般の方々が音楽を楽しむためのハードルが上がってしまいます。

 つまり、銀メッキフルートには、それなりの存在理由というのがあるのです。

 ちなみに、総銀フルートに銀メッキをかけたら、音が変わるかという質問には、理屈で考えると、あるわけないです(粒チョコの上から[同じ味の]チョコをたっぷりかけて食べたら味が変わるか…と言うと、変わるわけがない、と同じ理屈です)。ただし、フラシーボ効果によって、美しい音となる事は十分にありえます、と答えておきましょう。

 あと、国内メーカーには無いけれど、海外メーカーの場合は、地金を誤魔化すために、メッキをかけるという事があります。メッキをかけちゃえば、地金に何を使っていても分からないものね。「総銀フルートにメッキをかけました」と行って、くず合金にペンキ塗ってもいいわけだ。悪徳と言えば悪徳だけれど、騙される方が悪いというのが、グローバル・スタンダードだから、仕方ない。

 つまり、健康な市場原理が働いている社会では、価格と言うのは、色々な意味で正直なものだと思います。「安かろう悪かろう」は極端なモノの言い方でしょうが、全くのハズレではないと、私は思います。

 “総銀フルート+銀メッキ”以外の話は明日します。つまり、書き上げた記事が長くなりすぎたので、分割アップ!というわけです。待たせて、ごめんなさい。

2010年2月 7日 (日)

麦茶に砂糖を入れて飲んだ人![ハイッ!] [2010年2月第1週・通算4週]

体重:106.6kg[-0.1kg:-1.3kg]
体脂肪率:31.6%[-0.8%:-1.2%]
BMI:33.6[-0.1:-0.4]
体脂肪質量:33.7kg[-0.9kg:-1.8kg]
腹囲:104.3cm[-0.2cm:-1.0cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 そう言えば、私が子どもの頃は、麦茶には砂糖をたっぷり入れて飲むのがデフォルトだったのに、いつしか、世の中では、麦茶には砂糖を入れないことになったようですね。コーヒーには砂糖をスプーン大盛り三杯入れるのがお約束だったのに、いつのまにか、そんな人はいなくなりました。ジュースと言うのは、粉末の「ジュースのもと」を水に溶かして作るものだったのに、今や、果汁100%でないとジュースとは呼ばなくなってしまいました。

 今、この年になって、麦茶に砂糖を入れてみても、ちっとも美味しくない。だけど、子どもの頃はあれが好物でした。

 最近、コーヒーは専らブラックで嗜んでます。ミルクも砂糖も入れません。まあ、個人の好みだから、他人が砂糖やミルクを入れて飲んでも、全然OKだけれど、でもでも、コーヒーに砂糖三杯は入れすぎだよね。甘ったるいと思う。でも、なぜあの頃の人々は「お砂糖は?」「三つでお願いします」なんて会話が成り立っていたのだろう。

 「ジュースのもと」は…小学校低学年の時、友だちのハラダ君の家に行っては、ハラダ君と一緒になって、ガブガブ飲んでいたものだから、ハラダ君のお母さんからウチの母親に苦情が行って、母親から『お願いだから、よその家に行って乞食のようなマネはしてくれるな』と説教をされたのを覚えている。でもね、貧乏な我が家では「ジュースのもと」なんて逆立ちしたってありやしないんだし、子どもってのは、欲望のままに生きているんだから、そりゃあ無理なお願いって奴だな。

 いくら母親に説教喰らっても、ハラダ君の家に行っては、ジュースのもとをガブガブ飲んでいたものだから、諦めた母親は、泣く泣くジュースのもとを買って来て、家に置いてくれるようになったけど…一袋で三杯も四杯も作るものだから、マズくてマズくて…。

 そうそう、そんな感じで「ジュースのもと」なんて、昔はどこのスーパーでも大袋に入って売っていたのに、今では、どこに行けば見つけられるのだろうか?

 そんな「ジュースのもと」だけれど、きっと今飲めば、マズいんだろうなあ…。だから、ノスタルジーと言われれば、その通りだけれど、でも、あの頃は本当にアレが美味しいと思っていたんだから、仕方がない。

 やっぱり…甘いものに飢えていたのかな? 何しろ「一粒300m」の時代だもんなあ。甘いものは貴重だったんだと思う。甘さはすべてに優先していたのかもしれない。「ギブ・ミー・チョコレート」がまだまだ尾を引いていた時代だったのかもしれない。カルピスだって、すっごく濃い目に作って“幸せ”を感じてたもの(だいたい、母親が作ると、すっごく薄味だったし…)。お菓子と言えば、まだポテチがなかった頃だから、せんべい以外はみな甘かったと思うし。

 ああ、あの頃の私のあこがれは…羊羹や大福だったなあ~。ケーキなんて、特別な時以外はお目にかかれなかったよ。洋菓子は夢の世界の食べ物だったっけ。

 今は甘さにあこがれって…ないよね。それどころか、むしろ、甘さ、つまり糖分を避ける時代になってきたような気がします。いや、避けられているのは、糖分だけじゃなくて、脂肪分も塩分も嫌われています。何しろ「余分三兄弟」なんてキャラがテレビで大活躍しているくらいだもの。

 甘いもの、油っぽいもの、塩ッ辛いもの。みんな、美味しいじゃん。美味しいものが避けられるなんて、それって、ぜいたくな悩みだよね。「みんなで、美味しいものを食べるのを止めよう」って事でしょ。なんか間違っているような気がします。

 そう言えば、昔は「健康優良児」と言って、太った子どもは学校で表彰されたものだった。それが今じゃ「肥満児」とか呼ばれて肩身の狭い事になっているしね。「デブ」=「健康」のイメージだったのが、「デブ」=「不健康」なんて、いくらなんでも、振り幅が広すぎるような。

 昔が良かった…とは言わないけれど、人の感覚なんて、時代と共に変わるんだね。永久不変ではないんだね。

2010年2月 6日 (土)

今度は緊急で、サツキを入院させました

 チヅルを入院させました、とアップしたその日の事、懸念していた通り、一番下っぱのサツキがおかしくなりました。背面泳法どころか、お腹を上にして水槽の下で微動だにせずに、倒れ込んでいます。さすがにこれはヤバいと言うので、チヅルを強制退院させ、代わりにサツキを入院させました。

 サツキの病名は…分かりません。あえて言えば「下っぱ病」。水槽の一番下の地位の奴には、色々とプレッシャーがかかるんでしょうね。ウィルス系の病気の可能性があるので、いきなり抗生物質につけることにしました。

 入院初日は、やはり水槽のそこで微動だにせず、ずっと横たわっていました。体調が悪いせいもありますが、やはり抗生物質に負けているようです。翌日は、薄めの塩水に入れてみましたところ、体を起こし始めるようになりました。でも、様子を見ていると、グターと倒れ込んでいる時と、しっかり起きて、水槽の底でお座りをしている時を繰り返しています。

 しかし、各種抗生物質はダメ、塩も少し強くするとダメ、というわけで、有効な治療ができません。ただ、病院水槽に入れておくだけでは、運動不足で体力が無くなるだけなんだよねえ…。どうしましょう。

 一方、チヅルは抗生物質のおかげでだいぶ良くなりました。退院直後は、完治とはいかず、まだしばらくは入院が必要かなあ…と思ってましたが、ベッド(水槽)が一つしかないので、やむを得ずの退院でしたが、退院後も体調を回復させ、今では、黒いシミも目立たなくなりました。

 ま、真夏と真冬は金魚にもつらいんですね。ちなみに、今年は水温が10度以下にならないので、ヒーターを入れていない(そう言えば、去年の夏は扇風機も入れなかったよ)ので、それも厳しい理由かもしれません。でもね、10度代の前半で金魚が水温に負けちゃいけないんだよ、ウチはそこは厳しいんだよ。

 がんばれ、サツキ、負けるな、サツキ。

2010年2月 5日 (金)

最近の日課練習(2010年2月) フルート編

 前回、フルートの日課練習の記事(2009年6月)をアップしてから、約半年が過ぎました。気がつけば、あれから日課練習の内容も変わってしまったので、最近(と言っても、直近は右人指し指を痛めているので、練習自体をお休みしていますが:笑)はこんな事をやっていますよって事を、備忘録代わりにアップしたいと思います。

 まずは前回の記事はこちらです。簡単にまとめると以下のとおり。

1)ノンタンギングでのスタッカート練習
2)強く強く息を吹き込む練習
3)オクターブの練習
4)音曲げの練習
5)軽くソノリテ
6)トレバーワイとかを少しずつ
7)倍音の練習
8)ホイッスルトーンの練習
9)スケールの練習
10)アダージョな曲を吹く

 こんな事を、半年前は毎日やっていたわけですが、今はと言うと…

1)変形ソノリテ

 この前のレッスンで先生に言われたので、それまでやっていた“音出し”をやめて、ソノリテを音出し代わりに毎日やることにしました。とりあえず、メトロノームは40にして、1拍+7拍でやります。

2)クロマチック(半音進行)

 なるべく素早く、半音上行と半音下降を2オクターブに渡ってやっていきます。本当は往復を一息でやりたいのですが、今はまだ、あっちこっちトロトロしていますので、片道を一息で勘弁しています。低音Cからと、低音Gからと、中音Cから始まる2オクターブは毎日やっています。あとはその日の気分で、出発点を任意の音に変えて、1~2パターンやります。

 『きれいな音でなるべく素早く』をこころがけています。素早い動きをすると、往々にして、指が転んだり、こんがらがったりするので、そこには気をつけています。

3)スケール

 これも任意の調(それも長調のみ)を2オクターブずつって感じです。実はスケールって苦手です。基本のハ長調と日替わりでもう一つ[今はアルテ12課なので、変ロ長調]ってところです。本当は全部やりたいのですが、時間が…。

 あと、短調も三種類それぞれにやっておかないといけないとは分かっていても、なかなかそこまで手が伸ばせません。

4)半音下から入ったり、半音上から入る練習

 これはちょっと分かりづらいでしょうが、「半音下から入る」とは、任意の音に半音下から入る練習をしています。やり方は「ドシラソファミレド」と下降音階に対して「シド-シ♭シ-♯ソラ-♯ファソ…」という感じで入る練習です。何の役に立つかというと、フレーズの頭の音を半音下からしゃくり上げて入る時に使う(前打音?)をスムーズに行うための練習です。同様に「半音上から入る」の練習も、時折やっています。

 この半音下(または上)から入るという奏法は、ピアノとかギターでやるなら、実に簡単な事だけれど、フルートでやると、結構難しいんですわな。だからこその日課練習なんだと思います。

 実はこれって、ジャズフルートの演奏を聞いていると、結構な皆さんが何気に使っている、割と当たり前のテクニックのようなんです。だから、私的にも、これを無意識でできるようになったら、かっちょいいかな?と思ってます。なので、毎日少しずつ練習ね。
 
 
 ここまで根をつめて行って30分。ダラダラやっていると、あっと言う間に1時間のメニューです。その日の時間的余裕で、1)から始めて、途中で打ち切って、アルテなり、曲なりの練習に入る事もあります。ま、2)までが必修で毎日やりますが、それ以降はオプションって感じでしょうか?

 ちなみに、日課練習とは違いますが、曲練習の時は『コードを見ながら、アルペジオの練習をする』も、合わせて、時々思い出したようにやってます。これもやらないとできるようになりませんからね。ただ、指が速くは動かないので、まだ四分音符を基本としたリズムのアルペジオしかできません。本当は十六分音符主体にした方がフルート的だし、かっこいいのだろうけれど、まだまたそんな早い動きのアルペジオは即興ではできません(即興でなくてもできません:笑)。

 フルートの日課練習は、今のところ、こんな感じです。半年でだいぶ様変わりしました。

 そうそう、声楽の方は、一つの記事にするほどの、日課練習をしてません。

 日々の発声練習は五線の上の音を中心にして、必要な音域全体の発声を確認する程度です。それから課題に出されているコンコーネをやったら、曲の練習です。注意点は「頭声で歌う」「高いポジションを守る」かな? 一つの記事にするほどの内容がないでしょう。

 悩みは、練習時間が少ない事ですね。今は声楽とフルート(とブログ:ダラダラ練習の原因はブログですね)を合わせて、短い時で約1時間、長くて3時間くらい練習していますが、できれば、あと4時間くらい欲しいですね。フルート4時間、声楽2時間くらい(とブログ1時間:笑)、毎日練習できたら、本望ですって、無理だね(笑)。

2010年2月 4日 (木)

空腹だと歌えない、満腹だと歌えない

 ブログなどを見ていると、よく見かけるのが「お腹がすいて、歌えなーい」という叫び。大人の趣味って、忙しいですよね。仕事や家事で日々忙しい中で、時間をやり繰りして、練習したり、レッスンに行ったり、本番の準備をしたり、それこそ“てんてこ舞い”な日々を過ごしています。なので、ロクに食事もせずに、歌う場面というのもあるのでしょう。そういう時に聞こえるのが「お腹がすいて、歌えなーい」という叫び。

 確かにお腹はすいていない方が歌うにはいいのですが、ツラツラと考えるに、お腹がすいているからと言って「歌えないというのはいかが?」というのが、私の本音です。ま、私がデブだから、そこまで切実なエネルギー不足にならない(体内にエネルギーを備蓄しているため)ということもあるのだろうけれど(笑)。

 私の場合、お腹がすくと不快だし、なんか体に力が入らないような気はするけれど、歌えないって事はないような気がします。いや、むしろ、胃袋がカラッポな分だけ、呼吸が楽になる気はするし、無駄な力も入らないので、結果オーライのような気がするんです。

 むしろ、気をつけないといけないのは満腹状態の方です。

 ついつい、歌う前に食事をしちゃって、うっかり満腹(腹八分目を含む)になってしまうと、歌えなくなります。歌うために横隔膜を下げようとすると、胃袋が圧迫されて、苦しいし、ゲップは出るし、食べたものが出ちゃいそうになるし、眠くなるし、体が重くなるし、動きもにぶくなります。皆さんはどうですか?

 プロ歌手さんたちは、本番に備えて、数時間から数日、絶食状態にして、体の中をからっぽにして、精神を研ぎ澄ませてから本番に臨むという方も少なくないそうです。その気持ちはよく分かります。そういう人は、その反動で、本番のあとは、ドカ食いのやけ食いに走ってしまい、結果として太ってしまうのだろうと思われます。

 私ですか? 私は食いしん坊なので、2~3日前からの絶食は無理にしても、24時間程度の絶食なら可能。それでも十分、お腹がすくわけで、お腹がすいて、神経がピリピリした状態で本番というのも、なんかプロっぽくて、かっこいいんじゃないかと思います。

 理屈で考えると、何事も中庸が肝心ですから、歌う前に、ほんの少しだけ食べて、それをきちんと消化し終わってから歌うのが一番良いという結論になりますが、空腹時だけに感じる、あの神経の張り具合もなかなか捨てがたいものがありますので、本番の時は空腹の方が、私には良いような気がします。…でも、あくまでも“本番”の時の話です。

 普段の練習の時は、空腹のままでは不快感に負けるので、やっぱり食べたいなあ。満腹でなくても、おやつでもいいのだけれど、少しはお腹に入れたいです。それもできれば、甘いもの(はぁと)。“あんパン”とか“あんまん”なんて最高だよね。“たい焼き”や“今川焼き”も捨てがたい。特につぶあんだといいね。なお良いね。

 歌えなくなるほどの空腹って、どんな感じなんだろ? きっと、悲しくて、せつなくて、情けないんだろうなあ。

2010年2月 3日 (水)

24Kのフルートを吹けば、誰でも美しい音楽を奏でられるのか?

 先日、ひょっとこさんから薦められた、シャロン・ベザリーの「モーツァルト:フルート協奏曲全集」のCDを聞いてみました。ベザリー氏の演奏が上手なのは当たり前として、思わず得したかな?と思ったのは、そのフルートの音色が文句のつけようもないほど美しいものだった事でした(ただし、美しいのだけれど、私の好みの美しさとは、その方向がちょっと違った事は書き添えておきます)。

 これだけ美しい音色なのだから、どんなフルートを使っているのかという興味、湧きませんか? 私はフツフツと湧きますよ。で、調べてみたところ、あっけなく分かりました。このベザリー氏は、実は、ムラマツ24Kを使うフルーティストとして、有名な方なんです。

 24K…つまり“純金”ですよ(追記:24Kであっても、楽器用の24Kは純金ではないそうです。コメント欄のセンニンさんのご発言を参照してください)。特注品だそうですから、はっきりとは分かりませんが、軽く1000万円以上はするフルートです。ね、興味シンシンでしょ。

 実は私、24Kのフルートって試奏した事があるんですよ。いや、ムラマツの総銀、9K、14K、18K、24Kと並べて、順番に試奏して比べたことがあるんですよ。その時の印象とベザリー氏の演奏とが全然違うので、ビックリしました。

 もちろん、フルートの音って、聞く人の好みというのもありますが、私にとっては、14Kが一番(金っぽい音という意味で)いい音に感じられました。9Kはまだかなりシルバーっぽい音色で、ゴールドフルートとしては、ちょっと物足りない感じがします。18Kは音の密度が高すぎるかなって感じでした。24Kは、正直、音がどうしようもないくらい野暮ったくて“使い物にならないなあ”と思いました。

 でも、ベザリー氏の演奏を聞くと“使い物にはならない”のは、フルートでなく、奏者の方だった(つまり、私)という事がよく分かります。メーカーさんとフルートに謝りたい気分です。吹ける人が吹くと、24Kのフルートも、これだけキレイに鳴るんです。

 こんなキレイな音色のフルートを聞いてしまうと、自分で24Kを試奏した経験がなければ「金は純度が上がるほど良い音がする」なんて誤解をしてしまいそうなくらい、ベザリー氏の音色は独特な美しさがありますね。でも、プロが吹けばキレイに鳴る24Kフルートですが、そんちょそこらの人が吹くと、野暮ったい音しか出ないのが、24Kフルートだと思います。

 ベザリーの氏の演奏は、YouTUBEに転がっていたので、以下に張っておきます。この演奏でも、やはり24Kフルートを使っていますね。

 ベザリー氏は24Kフルートと相性がすごくいいのでしょうね。プロとして、24Kフルートで音楽をするというのは、一つのウリとして良いのですが、逆いうと、超高級フルートと相性がいいというのも、財布的には厳しいですね。彼女は24Kフルートの代金をペイするだけの稼ぎがあるのかしら? いくらレコーディングアーチストとは言え、クラシック系ミュージシャンの収入なんて、たかがしれているはずだからね。

2010年2月 2日 (火)

声楽四年生になったんだから、ポジションをしっかりキープしたまま歌いましょう

 声楽のレッスンに行ってきました。

 今回のレッスンは、先生の「何かお悩みがあるようですね」のひとことから始まりました。はい、先週のブログ記事(こちら)についてでございます。そこで、あの記事に応答するかのようなレッスンが始まりました。

 まず歌う時に、ポジションが変わるとどうなるか、変えないとどうなるかの例を、先生が見せてくださいました。ポジションが変わると、ずばり音色が変わりますが、同時に声質と音域も変わります。つまり、高いポジションで歌うと、テノールの声と音域になり、中程のポジションで歌うとバリトンの声と音域になりました。おそらく、低いポジションならバスの声と音域になるでしょう(さすがに、バスの見本は無しでした)。

 先生はかなり器用な人なので、歌いながらポジション変更ができる人ですが、それは本来はするべき事ではないし、学習者である生徒がマネをする事ではありません。ポジションについては、その人にとって、一番良い声のでるポジションというのがあるのだから、まずはそのポジションを知り、それを守った歌い方をするところから始めないといけません。

 先生がおっしゃるには、私の欠点は、欲張る事と考えすぎる事なんだそうです。

 歌にしても、音域を欲張りすぎているから、音程によってポジションが動いてしまうそうなのです。まずは、自分のポジションを『ここ!』と決めたら、そこから微動だにせずに、そのポジションをきちん守って歌っていきましょうと言う事です。当然、ポジションを動かさなければ、自ずと使える音域にも限界が生じます。そこで今までは、ポジションを移動して出せない音を出していたわけですが、それは止めにして、最初に決めた自分のポジションのままでは歌えない音は、いっそ、捨ててしまうくらいの潔さが必要だと言われました。

 まずは1オクターブ半の音域を確保する事から始めましょうと言われました。上は高いAsが安定して出せれば、今は御の字ということなので、そこから1オクターブ半下というと、低いEくらいかな? つまり私の場合は、五線の一番下の音は捨てる、もちろん、それ以下の音も捨てて歌うくらいがいいという事なんです。もちろん、高い方もAsより上は、今のところは、望まない。無理に出さない。そういう事が大切なんだそうです。

 低い音や高い音を無理して出していると、ポジションが崩れるし、何よりも声が響かなくなるそうです。…そう言えば、デル・モナコがどこかでそんな事を言っていた記事を読んだことがあるなあ。「例え練習であっても、テノールは低い声を出すべきではない」だったかな?

 その音域だと、毎日歌っている讃美歌の歌唱に差し支えが出る(と言うか、歌える曲が無くなる:汗)けれど、まあ、今しばらくは、讃美歌も音を捨てながら歌う事にしましょう。

 大切な事はポジションを守ること。それはつまり、私の場合は、常に頭声で歌い続けることでもあります。だから絶対に、声を胸に落としてはいけないし、胸に落ちてしまう音は歌わないのが、今の段階では必要なことなのです。

 そう言えば、キング先生の元で歌の勉強を始めて、3年が過ぎ、4年目に突入します。ようやく頭声も出てくるようになり、自分本来の声で歌が歌えるようになりつつあります。

 私の声種はテノールですが、どうやら声質的にはレッジェーロのようです。レッジェーロからせいぜいリリコくらいまでの声で、つまり『細くて軽くて高くて若々しい声』というわけです。という事は“ヒーロー”ではなく“王子様”の声って事ですね。今までは、私は自分の声は、太くて強い声と(半分は願望なんですが)思っていましたが、それは本来の声ではなく、先生の元で正しい声の出し方を学ぶにつれ、本来の声が出てくるようになり、それがどうやら、レッジェーロだったようです。そう言えば、青年の頃などは、電話で話すとよく女性に間違えられたっけかな。そんな自分の高い声がイヤで、普段は頑張って低い声で話していた事を思い出しました。細くて甲高い声が、私の本来の声だったんですよ。

 と言うわけで、細い声の人は細い声の人なりに歌わないといけません。自分の声がレッジェーロであることを意識して、特に高いところは細く感じる声で歌った方が結果が良いと言われました。高いBより上は悲鳴に感じるくらい細い声で歌っても大丈夫だと言われました。自分では悲鳴のように感じて歌っても、自分で聞こえる声と観客が聞く声は別物なので、自分が感じているほどにはか細くならないので、安心して細い声で歌っちゃえーって事なんですよ。

 さて、そのポジションの取り方なんだけれど、発声練習の時に、高い音から始めて、下に広げていくように歌っていくのが良いでしょうと言われました。なので、自宅の発声練習も、まずは、高いFisあたりを発声して、そこでポジションを決めたら、そこから1オクターブ程度の発声を下降音形で始めて、出だしの音を次々に高くしていって、最後はAsあたりまで上がればいいんじゃないかなあと思ってます。その際に、声の出発点を『頭の上の奥』から始められるように、ハミングでしっかり確認することが大切でしょうね。

 考えすぎに関しては…つまり、考えすぎなんだそうです(笑)。あれこれ悩まないで、ドンドン歌っていくのがテノールなんだから「とにかく歌え!」ということです。「バカになって、声をひけらかして、毎日毎日歌っていく」事が大切なんですよ。

 さて、ポジションに関する、お悩みごとが解決したところで、次は聴音の話になりました。

 聴音そのものはやりませんが、聴音のやり方を教わりました。聴音初級講座?のようなものですね。それはつまり『大づかみに音楽を把握するコツ』です。確かに音楽は正確に解釈することは大切ですが、大づかみに理解することも大切で、マクロとミクロの二つの視点が必要という話です。私たちアマチュアシンガーは、ついついミクロの目で細かく音楽を見てしまいがちですが、それでは「木を見て森を見ず」になってしまいがちです。きちんと「木を見ながら、同時に森としても見る」癖をつけることは大切です。

 コンコーネは3番。それも最初の8小節分だけ。いやあ、たった8小節ですが、やらなきゃいけない事、山積み。「ポジションは常に高めに取って歌う」「歌う音と捨てる音をはっきりと分けて歌う」「スラーはスラーとして歌う」「ブレスは指定されているところできちんと取って、指定されていないところでは絶対に取らない」「音符の長さ、休符の長さはもっと正確に」「クレッシェンドもデクレッシェンドも、やっている事が分かるようにやる」です。つまり、楽譜に書かれている事は全部きちんとやる。なぜなら「練習曲は正確にやらないと意味がない」からだそうです。ごもっとも。

 二重唱は、音がしっかり取れている事を確認。次回のレッスンまでに暗譜と言われました。暗譜ができてないと、何の指導もできないそうなので、早く暗譜をしましょうねという事です。ま、オペラだし、確かに譜面にかじりついているうちは何もできませんね。

 この伯爵とスザンナの二重唱が終わったら、次はまた別の、モーツァルトの二重唱をやりますと言われました。ただし、次はソプラノとテノールの二重唱なんだそうです。今回は、ソプラノの勉強のための二重唱ですし、私はバリトンパートを歌っているので、比較的、楽ができますが、次はテノールパートを歌うので、私もしっかりやらないと、ダメでしょうね。高い音がバンバン出てきそう…。ガンバ>自分。先生は「ポジションさえ、しっかり守れれば大丈夫」とおっしゃるけれど、ちと不安です。でも、どんな曲だろ? この前、購入した音楽之友社版の「オペラ重唱曲集」には、モーツァルトでソプラノとテノールの曲は載ってないものなあ。なんだろ? 楽しみ。

2010年2月 1日 (月)

日課練習にソノリテをぜひ入れましょう

 フルートのレッスンに行ってきました。今回の雑談は、ゴールウェイの骨折話をしました。名人とは言え、あの年齢の方が腕を骨折して練習を休むという事の大変さについて、しばし先生と意見交換。怪我が治れば、またコンサートはやるだろうけれど、以前のようなプログラムで行けるかどうか、そこは微妙じゃないかなって事と、さらに言えば、養っているスタッフも大勢いるだろうから、すぐに引退とか、教育活動に専念というわけにもいかないだろうと…というのが私の意見です。先生は、笑って聞いて下さいました。

 さて、練習の最初はチューニングからですが、今回はその時に、標準の吹き方をきちんと決めましょうという注意を受けました。つまり、私はチューニングの時に、無意識に音を曲げてしまうので、チューニングの時は、音程が合っていても、いざ曲となると、音を曲げている余裕がしばしば吹っ飛んでしまうので、結果として、狂った音で演奏してしまう事が多くなってしまいがち。それはさすがにマズイので、最初のチューニングの時に、(頑張って)音を曲げずに、棒吹きでチューニングするように癖をつけましょうとの事です。そのためには、ニュートラルな自分の“標準の吹き方(何も小細工をせずに、一番素の状態に近い時の吹き方)”を確立しましょうとの事です。

 これって簡単なようで、実は今の私には難しいです。だって、音を出して合っていなかった、気持ち悪いから、意識下で音を曲げて調整しちゃうわけで、その意識下の行動をきちんと意識化して、こらえるって事ですからね。意外と難しいです。

 標準の吹き方を確立して、その吹き方でチューニングをして、実際の演奏では、その標準の吹き方の音を基準にして、音を曲げていくようにしましょう、って事です。

 で、チューニングをして、音出しをしたら、次はいよいよアルテです。懸案の11課の11番です。

 私は、今回、頑張りましたよ。来る日も来る日も、馬鹿になったように11課の11番を練習してレッスンに臨みました。レッスンでは、多少は危なっかしかったところもあったけれど、楽譜どおりの速度で、一度も落ちずに止まらずに、11番を最初から最後まで通しました。それも2回も(驚)! 完璧ではないし、稚拙だけれど、何とか11課の11番を形にしてきました。先生も「色々とあるにはあるけれど、この速度にきちんとついてきたのは立派なので、合格です」とおっしゃって下さいました。やったね。これで11課終了です。次は12課です。

 で、12課を先生と確認。12課には、にはソノリテの1番が入っているので「さすがに、これはやらなくてもいいでしょう」と確認したら「ソノリテ、毎日やってますか?」と逆に尋ねられました。「ソノリテそのものはやっていないけれど、毎日音出しでロングトーンみたいなのをやってます」と答えて、日頃の音出しでやっている事を、先生の目の前でやってみせたところ、それでは不十分と言うことで、急遽、今やっている音出しは辞めて、代わりに日課練習にソノリテが入ることになりました。それもメトロノームは40にして、1+3拍ではなく、1+7拍にしてやるように言われました。なので、ソノリテは12課の課題としてではなく、毎日の日課練習に組み入れられることになりました。ここまでやったところで、次の生徒さんがやって来たので、今回のレッスンは終了となりました。

 レッスンが終わって、先生が「本当にそのフルートは良い音がしますね」と誉めてくださいました。「ま、私よりももっと上手な人が、このフルートを吹けば、もっともっと良い音で奏でてくれるでしょう」と答えましたが、いや、実にうれしかったです。

 なんででしょう、自分の楽器(アゲハ)を誉められると、なんか我が事のようにうれしいし、照れます。別に良い音がするのは、アゲハであって、私自身ではないのにね。それにだいたい、アゲハが良い音なのは、アゲハが良い楽器だからであって、私が良い奏者だからという理由ではないわけで、そんな事は百も承知だけれど、それでも誉められると、うれしいです。なんでもアゲハの音は、太くて落ち着いた音色なんだそうです。自分の愛笛が誉められてうれしくないわけがありません。うっほほ~っという気分です。

 それはともかく、やっと11課が終わったので、私はうれしいです。

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