ひとこと

  •  ポケモンGOの仕様が大きく変わって戸惑ってます。たぶん改良されたのだろうと思うのだけれど、どう楽しめば良いのか、正直戸惑っています。年寄りは変化が苦手なんだよねえ。ああ、以前のゲームシステムが懐かしい…。
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2009年11月の記事

2009年11月30日 (月)

第三オクターブの音程に注意しましょう(何度目?)

 今日は月末なので、本来なら『落ち穂拾い』をアップする日ですが、先にフルートのレッスン報告をアップしちゃいたいと思います。『落ち穂拾い』は水曜日にアップする予定なので、しばしのお待ちを…。

 と言う訳で、フルートのレッスンに行ってきました。今回は超ロングレッスンの1時間半のレッスンでした。通常の3回分です。すごいなあ。さすがに準備しきれないまま、レッスンに行っちゃいました。

 何はともあれ、久しぶりのアルテです。アルテは11課の8番までOKをいただきました。

 OKはいただけたものの、色々と指導が入りました。まずは3番です。これは音程に注意しなさいと言われました。特に最初の高音部分の音程が、高すぎて、聞いていて、どのキイで演奏しているのか分からないほど、音がズレていると言われました。指は確かに合っているけれど、フルートは指が合っていても、それだけでは音程は合わない楽器だから、しっかり耳で音を聞きながら、きちんと音曲げをして演奏しないとダメですと言われました。

 なので、そこのところを注意深く、音を曲げて演奏してみたら、二段目に入ったところで、ペケです。最初の高音部分の音を曲げたのは良いけれど、その曲げたまま二段目の中音部分に入ると、今度は中音域の音が低くなりすぎてしまうそうです。中音部はそこまで音を曲げる必要がないので、即座に音曲げの程度を変えていかないといけないと言われました。

 とにかく大切なのは、耳。そう言われました。指に一生懸命になっちゃダメだそうです。いつでも音に意識を集中して演奏する癖をつけましょうと言われました。

 合格は8番まででしたが、練習そのものは、最後の11番まで見ていただきました。11番の曲は、まだきちんと譜読みが終わってませんし、指もまだガタガタなので、不合格なのも仕方ないのですが、やはりここでも、三オクターブの音域のフレーズによく注意するように言われました。この曲のサビの部分の高音が続くところは、何も考え無しに吹くと、誰であっても、音が高くなってしまうので、必ず意識的に音を低め低めにとりながら演奏しないと、音楽的な音にならないのだそうです。

 どうにも私は、指が苦手なので、ついつい、頭の中を空っぽにして、耳に栓をしたまま、フルートを拭いちゃう癖があるようですが、常に耳を開いて演奏できるようにしないといけませんね。そのためにも、もっともっと指の訓練をしないといけないなあ…と思いました。

 今回のレッスンはたっぷり時間があるので、アルテをこれだけやっても、まだ余裕余裕なので、次はセッションレッスンをしました。その話は、明日、アップしますね。

2009年11月29日 (日)

どうして人を殺してはいけないの?[2009年11月第5週・通算47週]

体重:104.6kg[+0.1kg:-1.2kg]
体脂肪率:31.8%[+-0.0%:-0.5%]
BMI:33.0[+-0.0:+0.1]
体脂肪質量:33.2kg[+-0.0kg:-0.7kg]
腹囲:103.3cm[+0.3cm:-2.9cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第38週目です。実は、声楽のレッスンの時に、キング先生から「最近、太ったそうだけれど…」と尋ねられましたが、数字的にはこの通り、太ったわけではありません。ただ、太っているだけです。ちょっとの違いですが、私には大違いです。

 ああ、でも、やっぱり、太っている事は事実。なんとかしないといけません。

 さて、今週のエッセイです。

 どうして人を殺してはいけないの?…いきなり、エキセントリックなところから入ってしまってすいません。

 どうして人を殺してはいけないの?
 どうして人を傷つけてはいけないの?
 どうして嘘をついて、人をだましてはいけないの?
 どうして人の悪口や陰口を言ってはいけないの?
 どうして人をうらやんだり、ねたんだりしてはいけないの?
 どうして人のモノを欲しがってはいけないの?

 どうして…でしょうか?

 みなさんは、もし子どもや若い人に、こういう質問をされたら、どう答えますか?

 私が個人的に思うに、こういう質問に答えるのが苦手な人たちの一部に、学校の先生が属していると思います。試しにお子さんのいらっしゃる方は、学期末の個人面談の時にでも「先生、ウチの子が『どうして人を殺してはいけないの』って聞くんですが、学校ではどのように教えていらっしゃいますか?」と尋ねてください。あるいは「聞かれたらどうしましょう」でも良いと思います。おそらく先生、しどろもどろになるか、せいぜい個人的信条を述べるくらいしかできないと思います。

 せめて「日本の法律では、これらの事は違法とされているんです」くらいの答えはして欲しいと思いますが、それすらなかなか出てこない先生はたくさんいます。もっとも“殺し”や“傷害”なら法律を持ち出してもいいかもしれませんが、“嘘をつく”“悪口や陰口を言う”“うらみ・ねたみ”“他人のモノを欲しがる”などに対して、法律を持ち出すのも、ちょっと変かもしれません。

 それに、法律って…、法律には前提があって、それは『国家あっての法律』なので、日本国そのものの権威を認めない左翼系の人々は「日本の法律では…」という論旨で話をするのは、居心地悪く感じるようなんです。

 それもあって、どうやら、このあたりのところって、学校教育の中の“エア・ポケット”のようなんですね。特に公立学校で、組合が強いところの先生方は、自分たち自身が強い左翼系の思想信条を持っている方々が多くて、どうにも答えに窮する方々が多いと見受けられます。

 なんでもかんでも、学校で教わればいいと思いませんが、でも、学校できちんとこれらの事を教えてもらえなかった人たちが大人になっているのが、今の世の中、今の日本社会なんだと思います。そして、教わらなかった人たちが、また学校の先生になって…とまあ、そういう事になっていき、ドンドンそういう人たちが再生産されているような気がします。

 あ、学校の先生の悪口を言うのが、今回の主旨ではありませんので、誤解しないでください。

 先に書きましたが、「日本の法律では~」は確かに一つの答えですが、でもそれは、あまり美しくない答えだと思いますし、日常の生活感覚の中に『法律』という概念を持ち込むのは、あまりに野暮というものです。もっとスマートな答えはないのでしょうか?

 おそらく、現代の日本には「どうして人を殺してはいけないの?」という問いかけに、国民すべてが納得する、明快な解答はないのかもしれません。誰かが何かを言えば、必ず別の誰かが反論をする…それが現代日本の姿であり、弱点であり、某国の占領政策が効いている証拠です。

 少し前なら「お天道様に恥ずかしい事をするんじゃないよ」のひと言で解決していたと思います。でも、今はそんな事は誰も言いません。教えません。伝えません。

 古来からあった、日本の倫理観の一つが途絶えてしまって久しくなってます。私はそう思ってます。

 みなさんは、お子さん方に「どうして人を殺してはいけないの?」という質問をされたら、なんて答えますか?

 私は単純明快に答えます「神様がダメって言ってるから、ダメ」

 理屈にも何にもなっていませんが、これで押し通します。小学生くらいまでなら、これで十分です。もう少し生意気な年代になってきて、文句を言ってきたら、聖書の十戒のページ(「出エジプト記20章」です)でも開いて「ほれ、こう書いてるだろ?」と示してやります。中学生くらいまでなら、これでOKです。別に聖書でなくても、仏教聖典でもコーランでも何でもいいでしょう、宗教の教典なら大抵OKです。

 では、もっと年齢が上になったら…もう私の手には負えません。きっと、私に質問する前に、人を殺してますね、もうすでに(涙)。

 私は『神様』という言葉を使いましたが、本来は『神様』という単語を使う必要はないでしょう。私は聖書を開きましたが、本来は聖書を開く必要もないと思います。ただ、これらから私は子どもたちに、自分たちよりも上位の存在がこの世にいらっしゃって、私たちは、これらの存在に対して、常に畏れをいだきつつ、生活を律しながら生きていくべきだ、と教えます。

 そうです。私は、今の人はあまりに『畏れる』事を知らなすぎると思ってます。『畏怖する対象』を持たずに生きていると思ってます。『畏怖する対象』を持たずに『畏れる』事なく生きている人間は、自分の行動を律する規範を持ちません。

 そこが問題だと、私は思ってます。

 自分の中に『畏れる対象』がないから、平気で人を殺します。
 自分の中に『畏れる対象』がないから、平気で傷つけます。
 自分の中に『畏れる対象』がないから、平気で嘘をついて、人をだまします。
 自分の中に『畏れる対象』がないから、平気で人の悪口や陰口を言います。
 自分の中に『畏れる対象』がないから、平気で人をうらやんだり、ねたんだりします。
 自分の中に『畏れる対象』がないから、平気で人のモノを欲しがります。

 学校教育に、道徳を組み込む事は、色々なところから批判があるようですし、現実的には現場サイドの判断で、学校で道徳が教えられる事は、まずありません。ならば、せめて、倫理観のある人に、道徳的観念のしっかりした人に、教師になってもらって、その背中を子どもたちに見せて欲しいです。

 少なくとも、嘘をついたり、人をだましたり、ねたんだり、そねんだりしちゃう人が教師をやっているのなら、辞める訳にもいかないでしょうから、即刻、その行動を改めて欲しいと思います、難しいでしょうが…。

 また、今の大人たちに対しても、社会教育の一貫として、最低限の倫理観や道徳観が身に付くような番組制作を、マスコミ関係の方々(特にテレビ関係者)には願いたいです。今のテレビ番組を見ていると、倫理観を身に付けるどころか、非倫理的な行動や反社会的な行動を推奨しているような番組が多いような気がします。

 もちろん、親たるものは、自分の子に対して、これらの倫理観をきちんとしつけるべきです。

 「水清くして魚住まず」とは確かに言いますが、だからと言って、汚れた水では魚は生きていけません。

 少なくとも「どうして人を殺してはいけないの?」という質問が思い浮かぶことがないほどに、道徳的にも倫理的に、一本筋の通った社会にしないと、私たちの日本は、どんどん衰退していってしまうと思います。

 罪が増えた社会は、暮らしづらくて仕方がないです。そんな社会を子どもたちに手渡さなければいけないのは、今の社会を形作っている大人として、恥ずかしい事だと思ってます。

 まずは、確固たる倫理観を日本人が全員で共有すること。ここを踏ん張らないと、日本がなくなってしまうような気がします。

2009年11月28日 (土)

お腹を食べられた緋ドジョウ

 今、我が家には、緋ドジョウが5匹います。みんなとてもかわいいのですが、実はこれは計算外の出来事で、本当は、緋ドジョウは3匹くらいになる予定だったのです。

 と言うのも、普通、ドジョウとかって、お店から買ってきて、ウチの水槽に入れてあげても、水槽に適応できずに、あっと言う間に数を減らしてしまうからです。数的には半分も残ってくれれば良い方です。ですから、それを前提に緋ドジョウを4匹買ってきたら…そのまま4匹とも元気に生活をしています。

 計算違いですが、うれしい計算違いなので、まあいいと思ってます。

 ところが、つい先日、緋ドジョウの一匹(大きな“チビ”以外は個体識別ができません)が濾過器のポンプに吸われていました。吸われていただけでなく、お腹の部分の皮膚が薄くはがれていて、オレンジ色の体が銀色になっていました。どうやらエビの餌食になったようでした。そう、あまり話題に上りませんが、ウチの水槽には、ミナミヌマエビという小エビが三匹います。このエビたちのエサになって、お腹の皮膚を食われて、ポンプに吸い込まれている緋ドジョウがいたのです。

 かわいそうですが、これも弱肉強食の世界なので、仕方がありません。このまま水槽の中で生きながら食べられるのもかわいそうだと思い、病院水槽に隔離してやろうとしたら、今の今までピクリともせずに、いいようにエビに食べられていた子が、それこそ脱兎のごとく逃げ回るじゃないですか。

 ドジョウの動きは早いです。キンギョなら、目をつぶっていてもラクラク捕まりますが、ドジョウを捕まえるのは至難の技。捕獲は諦めました。好きなだけエビに食べさせる事にして、エビが食べ終わってから、水槽から引き上げる事にしました。

 あれから、そろそろ一週間たちますが、まだ緋ドジョウは5匹います。みんな、それなりに元気です。お腹を食べられていた子は、どの子だったのか、もう分かりません。というのも、お腹の皮膚がもう再生してしまい、分からなくなってしまったからです。

 ううむ、この子たちの生命力って、なんなんでしょう。これだけ回復できるなら、なぜエビに食べられるほどに弱っていたのでしょうか? 分かりません。ドジョウの世界の事は、全く分かりません。言えることは、緋ドジョウが約一匹。地獄の淵から舞い戻ってきたという事実だけです。

 なんだか知らないけれど、すごいと思いました。

2009年11月27日 (金)

息を支えるとは

 歌でも笛でも「息を支える」というのは大切な事です。でも、なぜ「息を支える」事が大切なのか考えた事はありますか? 私はありません。なので、考えてみました。

 なぜ「息を支える」のは大切なのか?

 一つめの理由は、口周辺部(クチビル含む)やノドや首や胸とかの筋肉を脱力(必要最低限の筋緊張のみさせている状態)させるため。

 もちろん、脱力だけでは音楽でできません。脱力した部分があるなら、代わりに緊張していないといけない部分がないと困ります。そこで、口周辺の筋肉が脱力した時に、演奏に必要な息を送るために、腹部&腰部を緊張させる事。それが「息を支える」ということの本質ではないかと思いました。

 逆に言うと、口周辺部やノドや首や胸などの筋肉を緊張させることは、音楽の演奏にとって、それほど良くないことなのでしょうね。

 次に「息を支える」ことで、息を送るだけでなく、息に圧力を与えているのだと思います。そして、息に圧力を加えることで、息にトルクを与え、フルートであれ、声であれ、芯の通ったパキっとした音になるのだと思う。声で言うと「張りのある声」だろうし、フルートならば「遠鳴りのする音」になると思う。

 「息を支える」と、当然だけれど、体から一度に出て行く息の量をコントロールする事ができ、結果的に使用する息の量を減らすことができます。つまり、息を長く使えるになります。長いフレーズを演奏するためは、息が長く使えないとダメで、そういう点でも「息を支える」ことは大切ですね。

 体から一度に出て行く息の量をコントロールできると、楽器なり声帯なりに一番適切な量の息を考えて使うことができます。これは、音色と関係し、一番キレイな音色を奏でることが可能になってきます。美しい音色のためには、しっかりと「息を支える」事が肝心なんでしょうね。

 こんな感じかな? まだまだあるかもしれないけれど、今、思いつくのは、こんなところ。

 だから、息の支えが不十分だと、色々と大変な事になると思う。

 まず息が短いでしょうね。曲を演奏してても、やたらとブレスを入れないと演奏できず、その結果、フレーズがブチ切れになってしまうでしょう。

 音が小さいでしょうね。あるいは乱暴で大きな音になるかな? どちらにせよ、ガサツな音で美しくないでしょう。当然ですが、体も楽器も十分に鳴るはずがありません。ガサツついでに言うと、低い音も高い音も鳴らずに、使える音程も狭くなっているはずです。すぐに音が引っくり返ったり[笛だと]ターブ下に落ち込んだりするでしょう。

 あと、吹いてても、歌ってても、苦しいでしょうね。つらいでしょうね。もしかすると、肩こりとかになってしまったりして…。

 自分で書いてて、いかに「息の支え」が大切か…なんか、怖くなってきました。しっかり、息を支えて、歌ったり、笛吹いたりしていこおっと。

2009年11月26日 (木)

のど飴はいらない?

 歌うみなさん、のど飴は大好きですか? お気に入りの飴はありますか? 私は、黒糖系ののど飴が好きです。

 で、みなさんは実際のところ、のど飴をどのくらい消費してますか? 私は以前は結構激しく消費していました。1時間程度歌うと、必ず飴が欲しくなりましたね。合唱やっている時は、休憩時間ごとに、のど飴を口に入れてました。ひどい時には、練習中もナメていたことがあったっけ?

 ところが、キング先生のところで発声をきちんと学んだところ、ピタッとのど飴の消費量が減りました。いや、減ったのではなく、のど飴をナメなくなりました。おもしろいでしょう。ですから、鞄に入れたノド飴が、気がつくとダメになっているという事が増えました。

 その代わりに、スポーツ飲料[カロリーオフとかゼロカロリーとか]とか水の消費量が増えました。レッスンや練習の間に、遠慮会釈なくガブガブ飲んでます(笑)。

 じゃあ、すとんさんは、もうスポーツ飲料ばかり飲んで、のど飴をナメないのかと言うと、実はそうでもなく、ナメる時は、一気に大量消費をしてしまいます。その大量消費をするのはどんな時かと言うと…風邪などをひいて、ノドが腫れている時です。そういう時は、もう、のど飴がみるみる減ります。それはそれは愉快なほどに…。

 つまり、これはどういう事かと言うと、私はどうやら「ノドが腫れると、飴を欲しがる体質」のようです。

 どっひゃーですね。って事は、以前の私は、歌うたびに、ノドを腫らしていた? って事になりますね。ああ、おそろしい。歌うたびにノドを腫らしていたなんて、気がつかないうちにムチャをしていたんだなあ。ああ、よく、声がつぶれなかったもんだ。

 そう言えば、昔から「ノドが強くって、うらやましい」と若手のプロ歌手やプロ歌手の卵の方々に言われ続けてきたけれど、それって、こういう事なのかな?

 と言うわけで、これは万人にあてはまる話ではないかもしれませんが、ノド飴はノドが腫れたり、炎症を起こしている時にナメるものです。なので、先日来の気管支炎の時は、のど飴を大量消費していました。

 本当は、いつも健康なのがいいですね。ノド飴無しで歌えるのが、私の場合は、よさそうです。そして「ノド飴が欲しいなあ…」と思った時は、たいていノドが腫れています[私限定かもしれませんが…:笑]。ノド飴の消費量で、ノドの健康状態が丸分かりです(笑)。

 ノド飴ばかりナメている時は、歌うのは自重しましょう(>自分)。

2009年11月25日 (水)

暗譜はほぼOKでした(ラッキー!)

 第九の練習に行ってきました。まだ気管支炎がグズグズの状態でしたが、最初で最後の本番指揮者との練習というわけで、行かない訳にはいかないでしょう…というわけで「ダルいぞー、カッタルいぞー」とブツブツ言いながら練習に行きました。あ、打ち上げの申し込みは忘れずにしてきました(ぶいっ!)。

 本番指揮のU先生(上野正博先生とバレバレですが:笑)の登場前に、いつもの発声練習をS先生としました。調子が悪い時には、このS先生の発声練習は大変ありがたいものです。まだ気管支炎が十分に治りきっていないので、普段以上に、声をセーブしながら、気をつけて歌いました。

 カデンツァの練習の時、S先生が「カンニングブレスをどんどんして、全体として音が途切れないように歌ってください。もちろん、できる人は一息で全部歌っても構いませんが…まずできる人はいないでしょう(笑)」とおっしゃってました。ああ、困った。私は、そんな事を言われる前から、ずっと一息で歌ってました。それも結構、ラクラクと…。なにしろ、声量を普段の半分から1/3程度に抑えて歌ってますので、声にしろ、息にしろ、余って余って(笑)。ほんと、合唱では、ラクさせてもらってます。

 発声練習が一通り終わると、本番指揮のU先生の登場です。U先生、若々しい方です。なにしろ、まだ老眼ではないんですよ。びっくり! 本当にお若いみたいです。

 U先生は(ある意味当たり前ですが)音楽重視の指揮者です。メロディーとかハーモニーとかを優先した歌唱を望んでいます。言葉なんてどうでもいい、とまでは仰いませんが、メロディーやハーモニーを優先するために、言葉がある程度、犠牲になっても仕方がないと思われているようです。ま、歌っている方も、聞いている方も、ドイツ語、分かりませんから、それはそれで正しい方略かもしれません。…って言うか、大抵の本番指揮者さんって、言葉にあんまりこだわらないんだよねー。あくまで「音楽が主、言葉は従」って傾向がありますね。

 さてさて、本番指揮者による練習は今回限りなので、その指示を見逃すまいと思って、暗譜に不安はあったけれど、ひとまず楽譜は開かずに、指揮者だけを見つめて、歌ってみました。U先生の指揮は“親切”な指揮とは言えないけれど、的確な指揮だあと思いました。デューナーミクスの指示にしても、テンポチェンジの指示にしても、極めて分かりやすいので、指揮を見ているだけで、いい感じでドンドンと歌えます。

 ちなみに私、第九はきちんと暗譜できてました。フルートの発表会が終わったので、そろそろ本腰入れて、第九の暗譜に取り掛かろうと思ってましたが、その必要はなさそうです。それにしても、たった4分のフォーレのシシリエンヌは全く暗記できないのに、20分近くあるベートーヴェンの第九は(三年前にも歌ったとは言え)きっちり覚えていると言うのはなぜ? やっぱり、私の脳味噌は声楽用にできているんだなあ。

 それにしても、みなさん、指揮を見てないんだなあと思いました。U先生が音を止めても、全体が止まるまで、ずいぶんかかるんです。たとえ楽譜にかじりつきだとしても、楽譜と指揮の両方を常にしっかり見ていないと…ねえ。指揮者が音を止めたのも気づかないくらい、指揮者を見てなかったら、指揮者の指示なんて、演奏に反映されないよね。大丈夫かしら、この合唱団。実際に、指揮者の振りと歌が微妙にズレていたりして、ちょっと気持ち悪いシーンもだいぶあったし…。

 「♭は低めに、♯は高めに感じて歌うよう」という指示が出ました。U先生は平均律で歌うのを嫌うタイプの指揮者さんのようです。オケ+合唱なんだから、そうこなくっちゃ!

 そういえば、練習始まって早々に、私はU先生に熱く見つめられながら「歌っている時に、無駄に動かないように」って注意されました(照)。いやいやいや~、ノリノリで第九を歌うのは…やっぱりダメだよね。音楽的にもノリノリな曲ってわけでもないし(笑)。でも、歌っていると、うれしいから、ついつい体の中からリズムが出てきちゃうんだよねえ、困ったもんです。注意されてから「私はお地蔵様。ピタリと動きません」と心の中でつぶやきながら歌いました。動かずに歌うと、すごーく疲れるものですね。

 「本番CD+DVDセット」って買った方がいいかな…。フォトCDって、どうなんだろ?

2009年11月24日 (火)

ゴールドフルートについて思う事 その1

 ちょっと不定期連載を始めようと思ってます。

 最近、ゴールドフルートやその周辺事項について、色々と考えたり調べたりしているので、後でそれらを検索できるように、ちょっとメモっとこうと思って始める連載です。他の方には、??な内容かもしれませんが、今の私の備忘録って事で、よろしく。

金の含有率について

 まず、金にも色々な含有率のものがありますが、どこからが“金”で、どこまでが“金を含んだ合金”なのかなって事です。ちょっと疑問でしょ。そこでササっと調べてみました。ちなみに、銀はスターリングシルバー(Ag925)以上の含有率がないと、銀とは呼ばないそうです。

 ええと、金の含有率については、全体を24と考えた時の割合で示すのが普通のようなので、現代日本人に分かりやすく、その数値をパーセント表示すると、以下の通りになります。

  5K(20.8%)、9K(37.5%)、14K(58.3%)、18K(75.0%)、24K(100.0%)

 で、貴金属的には、どこからが金なのかと言うと、18K以上が金で、それ以下は金合金になるそうです(フランスの話らしいですが…)。だとすると「私のフルートはゴールドフルートです」と言い張るには、厳密には18Kまたは24Kのフルートでないといけない事になりますね。

 あと、マテキにはG10という10%の含有率のフルートがあります。これは2.4Kって事になるかな? それにパウエルには“オーラマイト”という金合金があります。これは金と銀の張り合わせ合金なので、コンセルヴァトリーで使われているオーラマイトは単純に考えると4.5K相当?で、ハンドメイド(ソルダード)のオーラマイトは7K相当って考えるといいのかな?

 私がちょこっと調べた範囲だと、日本のプロ奏者たちの使用フルートは、14Kのメカ銀ドゥローンというのが、一番多いみたいです。つまり、貴金属的には金合金のフルートとなりますが、おそらく楽器として、一番バランスが良いので、14Kのメカ銀ドゥローンなんでしょうね。

ゴールドフルートのお値段の相場

 なので、14Kのメカ銀ドゥローンのフルートの各社の相場を調べてみました。比較のために、次のような基準でモデルをピックアップしてみました。14Kのメカ銀、H足部管付き、Eメカ無しです。ただしドゥローンタイプの無いメーカーについては、参考としてソルダードモデルでリストアップしてみました。

 ちなみに、なぜこの仕様なのかと言うと…私が買うなら、このクラスかなって思ったもので…。参考までに、18Kメカ銀も一緒にリストアップしてみました。なお、価格は万単位で一万円台までで端数は切り捨てて表記してみました。ま、実際の購入時には、端数はサービスしてもらえないかなって言う下心からですが(笑)。あ、税込み価格です。価格の計算は私がしましたので、間違ってたら、ごめんなさい。

 安いお値段順に並べてみました。

  ヤマハYFL-981A(204万円・14K)
  パールマエスタ14K(210万円)
  ミヤザワ14K(224万円ソルダード)
  サンキョウ14K-3(225万円)
  アルタスA14KD(228万円)
  マテキ14K(226万円)
  ムラマツ14K(254万円)※日本のプロ奏者に一番愛されているフルートです。
  アルタスA18KDⅡ(256万円)
  フルート・マスターズ14KA(259万円・ソルダード)
  ヤマハメルヴェイユ(262万円・14Kソルダード)
  パウエル14K(267万円)
  ヤマハビジュー(273万円・14Kソルダード)
  パールマエスタ18K(278万円)
  サンキョウ18K-3(292万円)
  ミヤザワ18K(331万円ソルダード)
  パールオペラ14K(325万円・ソルダード)
  ムラマツ18K(341万円)
  ブランネン14K(353万円・ソルダード)
  フルート・マスターズ18KA(368万円・ソルダード)
  パウエル19.5K(378万円)
  パールオペラ18K(388万円・ソルダード)
  マテキ18K(388万円・ソルダード)

 これによると、一番安価なのが、ヤマハのYFL-981Aの204万円だよ。さすがは世界のヤマハだね。ソルダードにこだわるなら、ミヤザワ14Kの224万円が一番安価だね。18Kにしたいなら、アルタスA18KDⅡの256万円が選択肢として上がるわけだ。

 つまり、ゴールドフルート欲しいなら、宝くじはせめて300万円は当たってほしいわけです。少なくとも、300万円あれば、ブランネン以外の14Kメカ銀は選択肢に入ってくるわけなんだね。それにしても、ブランネンって高いのね…。

 これはこれでなかなか面白いでしょ。

蛇足。アゲハが約60万円のフルートだから、ゴールドに乗り換えるとする、約4~5倍の価格ものにグレードアップする事になりますね。値段が5倍になると、音は5倍も良くなるかと言うと…?だね。やっぱり、ゴールドフルートは夢込みのお値段なんだろうね。

2009年11月23日 (月)

これはヴァイオリン協奏曲なの、それともフルート協奏曲なの?

 先日、秋葉原の町をウロウロしていたら、メンデルスゾーンのフルート協奏曲のCDをゲットしました。メンデルスゾーンはフルート協奏曲を作曲していたっけ?って、してませんよね。その正体は…かの有名なヴァイオリン協奏曲をフルート用に移植した曲です。ま、一種のアレンジものですが、メンコンファンである私としては、ついつい衝動買いをしてしまいました。

 あ、メンコンってのは「メンデルスゾーンのヴァイオリン・コンツェルト」の略語です。

 帰宅してアマゾンを調べたら、アマゾンでも売ってました(笑)。おまけにアマゾンの方か安い(大笑)。でも、いいや。アキバで売ったCDというのが良いのです(負け惜しみ)。

 さっそく聞いてみました。フルートを吹いているのは、アンドラーシュ・アドリヤンという人です。私は知りませんが、きっととても上手な方なのでしょう。原曲も聞き比べないといけないだろうと、CDラックから、若き日のアンネ・ゾフィー・ムッター(指揮はカラヤン)の演奏のを取り出して聞き比べました。

 楽器の違いはあれ、どちもいいですねえ…なんて書きたかったけれど、聞き比べたら、ヴァイオリン圧勝。フルート惨敗でした。いやあ、これだけ気持ちよく叩きつぶされたら、フルーティストも文句ないでしょう。

 もちろん勝負は、プレイヤーの演奏力とか、編曲者の腕前とか、そういうところ以前の、ヴァイオリンという楽器の特性と、フルートという楽器の特性の違いで決まってしまったと思います。

 最初の1分間のそれぞれのソロを聞くだけで、趣味とか好き嫌いとかを超越した、本質的な違いというのが浮かび上がります。ああ、なんて、メンデルスゾーンというのは、巧みな作曲家なんだ。あの印象的なメロディーは、ただただ、ヴァイオリンで演奏されるためだけに書かれている事が分かります。だから「ヴァイオリン対フルート、ヴァイオリンの勝ち~!」って話ではなく、相手がフルートでなくとも、ピアノでも、トランペットでも、サクソフォーンでも同じこと。あのメロディーはヴァイオリン以外の楽器で演奏してはいけない、それだけの話なのです。

 それにしてもヴァイオリンという楽器は、たった一つの音の中にどれだけのものを内包しているのか、その凄さを知らされました。さすがは大作曲家がヴァイオリンという楽器を想定して書いただけあります。ヴァイオリンの美点をこれでもかーっと言うくらい、たっぷり引き出してくれます。

 そんな「ヴァイオリン専用曲」をフルートで吹いても、そりゃあ、美しいし立派だと思うけれど、それだけの話。ヴァイオリンが到達した音楽の高みには到底届かない。すごいよ、メンデルスゾーン。

 ああ、それにしても、こんな名曲があるヴァイオリンがうらやましいですな。悲しいけれど、フルート音楽にはこの曲に匹敵できる名曲は…たぶん…ない。そこがフルートの悲しさだと思ってます。

 フルートの悲劇は…やはり、ロマン派の時代に、大作曲家たちから、独奏楽器として、軽くスルーされてしまった事なんだろうと思う。フルートは時代に合わなかったのだろうね。悲しいな、でも、仕方ないな。うんうん。

2009年11月22日 (日)

マシューとマリラはなぜ兄妹?[2009年11月第4週・通算46週]

体重:104.5kg[-0.1kg:-1.3kg]
体脂肪率:31.8%[+0.3%:-0.5%]
BMI:33.0[+-0.0:+0.1]
体脂肪質量:33.2kg[+0.3kg:-0.7kg]
腹囲:103.0cm[-0.7cm:-3.2cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第37週目。ついに妻に言われてしまいました。「最近、太ったんじゃない」 先日も職場で言われました。「すとんさん、太ったわねー」 心が、かき氷用の長めのスプーンでサクっと、削られたような気がしました。

 い、痛い。薄々は自分でもそう思っていたけれど、面と向かって言われると…(涙)。さあ、気を取り直して、今週のエッセイに行きましょう(苦)。

 ある日、ふと思いました。「なぜ、マシューとマリラは兄妹なのか?」

 マシュー? マリラ? はい「赤毛のアン」に出てくる、アンの両親代わりの兄妹です。グリーンゲイブルズの人たちですね。

 なぜ、マシューとマリラは兄妹という設定なのか? おそらく、モンゴメリー研究家の間では決着済みの話題かもしれませんが、私は全然、門外漢なので、自分勝手に考えてみました。定説があったら、どなたか教えてください。

 本題に入る前に言い訳します。私は、アニメを子どもの時に一回、大人になってからもう一回。それと「赤毛のアン(第一巻)」の日本語訳(たぶん掛川恭子訳)を大人になって一回、読んだきり(それも10年以上前)の、その程度の知識で話をしてます(汗)。

 さてさて、マシューとマリラはなぜ兄妹? 普通に考えるなら、この二人は夫婦であって、おかしくないはずです。ですが、物語では、夫婦ではなく兄妹という設定です。それはなぜ? この問いに対する答えは、物語の外側からの答えと、物語の内側からの答えの二つがあると思います。

 まず一つ目、物語の外側からの答え。それは、マシューとマリラが、もしも夫婦であったなら、二人の間に新たな子どもが生まれたりして、家庭の状況が変わってしまう事もあるでしょう。夫婦の危機もあれば倦怠もあるでしょう。そういう可能性を物語から排除し、ひたすら“アンの保護者”であるために、本来は夫婦の設定でもおかしくない二人から、性的な役割を取り除いた結果が、兄妹による家庭だったのだと思います。そういう意味では、桃太郎の両親がお爺さんとお婆さんに設定されているのと同じ理由です。

 そして、ある意味、欠損家庭であるグリーンゲーブルズに、同じく欠けのある子(孤児)が加わることで、欠けのある者同士の家庭によって、反面的に家庭の存在感を際立たせるという、ちょっと込み入った物語の舞台装置を作者は用意したのだと思います。

 もう一つは、物語の内側からの答え。なぜ、彼らは兄妹で暮らしているのか? そのためには、物語の中では語られない、彼らの両親や親戚について考えてしまいます。

 グリーンゲイブルズの話には、マシューとマリラの両親の話は(たぶん)出てきません。親戚の話もなかったと思います。物語世界なので、言及されないものは、無しと判断していいと思います。、つまり、マシューとマリラは両親もなく親戚もいない家庭で、大人になったと考えられます。

 親戚がいない事は、まあ良しとして、両親がいつの段階でいなくなったかは、大切な話なのかもしれません。

 おそらく、二人の両親はマシューが一人前になるかならないかの時期に、いなくなったのだと思います。それはマシューが職業人としては自立しながら(おそらく父親から農夫として学べる事は学んだ後だと思います)も、人として多感な青年期に大きな出来事(両親の喪失)に出会い、その結果作られたのが、彼の非社交的な性格なのではないかと推測されるからです。そして、その性格と、まだ若い妹(マリラ)の養育と、保護者の不在とが、彼を結婚生活から遠ざけてしまったのだと思います。

 一方、マリラは、そんな兄に恩を感じ、兄の生活を支えているうちに、婚期を逃してしまったのだと思います。

 そんな、未来のない二人が人生の終盤を迎えるあたって考えたのが、自分たちの仕事を引き継いでくれる子どもの存在。だからこそ、最初に二人が望んだのが男の子であった事は無理のない事だったのでしょう。

 そこへ、男の子ではなく、女の子…家を継ぐには不向きな女の子…がやってくる。だから物語として成立する。そういう事なんじゃないでしょうか?

 なあ~んて事を、ふと考えちゃいました。乏しい知識を元にした、ほぼ、私一人の妄想なので、定説や異説があったら教えてください。

2009年11月21日 (土)

カエデ君がやってくる、サバ! サバ! サバ!

 先週も書きましたが、やっぱり書かずにはおられないのが、サバ化激しいカエデ君の事。

 ちなみにサバの特徴は次のとおり「成魚は全長50cmほどになる。体は前後に細長い紡錘形で、短い吻が前方に尖り、横断面は楕円形である。各鰭は体に対して小さい。鱗は細かく、側線鱗数は210-220枚ほどに達する。背面は青緑色の地にサバ類独特の黒い曲線模様が多数走り、側線より下の腹面は無地の銀白色をしている。」(ウィキペディアのマサバの項より)

 蛇足ながら、味噌煮にして食べると美味しく、塩焼きにしても美味い。家庭でさばいてみると、お腹の中から、時折大量の回虫(アニサキスというらしい)が出てきて、ゲゲッっとなったりします。新鮮なものは刺身で食べられるそうですが、食中毒が怖いので、水揚げされたばかりのサバであっても、私はシメサバにして食べるかな? ちなみに、シメサバは自分で作ると美味しけれど、買ってきた方が遥かに安価でお手軽です。

 で、カエデがサバ化していると言っても、別に味噌煮や塩焼きすると美味しいとか、回虫がたくさんいるとか、シメキンギョにすると美味しいとかではなく、サバのビビビ状態を指して“サバ化”と言ってます。

 サバのビビビ状態と言うのは…皆さんも経験があると思うけど…釣ってみるとよく分かります。サバって、たぶん、馬鹿なんだと思います。どれくらい馬鹿かと言うと…“止まると死んじゃう”と固く信じているくらい馬鹿なんだろうと思います。

 …って言うよりも、たぶん、本当に、止まると死んじゃうサカナなんだと思います。なので、死ぬと止まります(笑)。

 つまり、サバって、生きている以上、ずっと動いてます。“動く”と言っても、手足があるわけではないので、胴体を左右に振り続けるだけですが…。これって海中だと、泳いでいることになるのだと思いますが、釣られて空気中にさらされても、胴体を左右に振り続けます。振り続けると言っても…ユラユラとかユサユサとかではなく、ビビビビって感じです。まるで、携帯電話のバイブみたいに(笑)。

 なので、エサをねだって、音速で身をよじるカエデの様子が、まるで 釣り上げられて、携帯電話のバイブのようにビビビと身を振動させているサバを彷彿とさせるので“カエデのサバ化”と呼んでます。

 で、このカエデのサバ化が激しくて激しくて…。まるで、このブログを読んで、自分のキャラを確立しようとでもしているんじゃないかと思うくらいに、サバ化してます。

 水槽の角に鼻面を押し当てて、ビビビと、やってます。人がやって来たと言っては、ビビビ。エサの時間がやって来たと言っては、ビビビ。今触ったのはエサの袋だよねと確認しながら、ビビビ。さっきのエサはもう食べちゃったと言っては、ビビビ。何はともあれ、ビビビ。本当にサバなので、最近は“カエデ”じゃなくて“サバオ”と呼ぶこともしばしば(笑)。

 ちなみに、あれだけ激しく、ビビビと動いているカエデですが、一口でもエサを頬張ると、途端に静かになります。現金ったら、ありゃしないです。

2009年11月20日 (金)

工藤重典氏と吹奏楽

 タイトルに「吹奏楽」と入ってますが、今回の記事は、吹奏楽関係者は読んじゃあイケません。また明日、お越しください。読むと、きっと不愉快になるよ。不愉快になったからと言って、私にやつあたりしちゃイヤだよ。いいね、お約束だよ。

 私にはやつあたりしないという覚悟ができた人だけが、この先にお進みください。

 さてさて、NHK-BSの番組に「SOUND+1」というのがあります。毎月楽しみに見てます…と言いたいのですが、あれー? バックナンバーを検索してみると、たくさん見逃しています。残念。

 それはともかく、先日の放送で(11月13日(金) 22:00~24:00 BS-2 ちなみに再放送は、1月2日(土) 16:00~18:00 BS-2 だそうです)「吹奏楽スペシャル2009」をやってました。「吹奏楽スペシャル」自体は、前番組の「響け!みんなの吹奏楽」の頃からやっていた企画で、フルートの存在を、音では、ちっとも感じさせてくれない演奏(ある意味当たり前)をたっぷり聴かせてくれる番組でした。

 その番組は、アマチュアの吹奏楽団をプロの奏者が訪ねて、講師をして演奏会を開くという番組で、特に夏の特番(今年はなぜか秋に放送)では、全国から一般の吹奏楽愛好者を公募して、NHKに100名規模の楽団を臨時編成して、講師を呼んで演奏会を開いて…って行っています。

 まあ、それも毎年、講師の先生が、サックス奏者だったり、トロンボーン奏者だったり、クラリネット奏者だったりと、フルートとは無縁な人なので「所詮、吹奏楽では、フルートは鬼っ子」なんてつぶやきながら、それでも楽しく見ていました。

 ところが! 今年の講師は、工藤重典氏! 世界的フルーティストさんが講師として招かれちゃいました。やったー。あ、もちろん、他にサックスの方とか、トロンボーンの方とか、オケの指揮者の方も招かれていましたけれど…。でも、工藤重典氏だよ。ついにフルートの世界的なプレイヤーさんを講師として招いちゃったわけ? いよいよ、NHKの吹奏楽でも、フルートを真面目に取り上げようというわけ? よしよし…と思って、ワクワクしながら番組を見てました。

 結論。工藤氏、場違いでした(涙)。

 いやあ、指導は一生懸命やられていたと思います。「木管楽器は弱音で勝負だー!」とか「キレイな響きを重ねて演奏しましょう」みたいな事(曖昧な記憶で申し訳ない)を言って、楽団の音量バランスを整えていったし、本番の演奏だって、真剣そのものでした。

 でもね~、やっぱりね~、あの工藤氏を以てしても、本番の吹奏楽の爆音の中では、フルートは埋もれてしまうわけです。いくら氏の目の前に収録用のマイクを立ててても、その華麗な演奏の大半は聞こえません。一生懸命、熱演されている様子は画面からうかがえますが、残念な事に、音のほとんどはバックの演奏にかき消されています。

 一生懸命テレビのボリュームを上げて、時折、漏れ聞こえるフルートの音に一喜一憂しながらのテレビ鑑賞…。

 …ああ、笛吹けど、ろくに聞こえず。…ああ、もったいない。なんで、工藤氏の演奏を、素人の演奏で覆い隠す! 私が聞きたいのは、特別編成の吹奏楽のサウンドではなく(ごめん)、その収録マイクの前で熱演している工藤氏の音楽なのだよ~~~! 工藤氏の奏でる「トゥーランドット」、絶対、聞きたいじゃあないですか~! 伴奏、五月蝿すぎー!

 はあはあはあ…。

 あれは、絶対にミキシング・バランスうんぬんの問題ではないね。工藤氏のマイクに、工藤氏の音よりも大きく、バックの吹奏楽の音が入力されちゃっているんだよ。ヤマハ総18Kメルヴェイユの音も、バックのラッパ軍団の音には勝てないって事さ。ああ、もったいない。

 今回の件で、私は分かりました。よく「プロの吹奏楽団ではフルートがよく聞こえるよ」という話がありますが、あれはフルート奏者が上手だからというわけではなく(いや、フルート奏者はプロだから上手なのは当たり前として)、その他の奏者たちが上手で、フルートを引き立たせてくれているから、フルートがよく聞こえるんです。吹奏楽でフルートが聞こえないのは、必ずしもフルーティストだけの責任ではなく、むしろ責任はフルート以外の楽器にあるわけです。

 だから、いくら、フルートが世界的な名手であっても、それ以外のメンバーがアマチュアなら、フルートの音なんて簡単に覆い隠せると言うこと。世界の工藤氏でも撃沈してしまうなら、普通のアマチュア・フルーティストの演奏が吹奏楽で聞こえるわけがない。よーく納得しました。

 となると、問題は簡単な話で、大音量楽器同士で仲良くやっているところに、小音量楽器がノコノコと加わっている事が、それ自体が問題なのかもしれない。つまり、高校野球にリトルリーグのチビッコ選手が混じっているようなものなんでしょうね。やっぱり、高校野球とリトルリーグは分けないと、お互いの不幸だよね。

 ある意味、吹奏楽でフルートを吹くという事は、戦車に竹槍で突っ込んでいくようなものかもしれない。何しろ、パワーが違いすぎる。工藤氏ですらできない事が、我々にできるわけないじゃん。それをこの番組を見て、よーく分かりました。

 それでも、吹奏楽では、多くの人がフルートをやりたがるし、舞台にはフルーティストが大勢並ぶんだよね。フルートって、聞く側からは意識されない楽器だけれど、やる側からは人気の楽器なんだよね。

 誰かが、この現状を変えない限り、延々とフルーティストたちが徒労と消耗を繰り返すだけなんだけど、私は吹奏楽関係者じゃないので、何の提案もしませんし、できませんし、やるべきではありませんね。ただ、この現状がいつまでも続くようなら、若いフルーティストさんたちがかわいそうだね。そう思いました。

2009年11月19日 (木)

独唱声と合唱声

 今回は第九の練習の記事をアップします。実はこれも時系列的には、フルートの発表会の前の事になります…が、みなさん、フルートの発表会の記事の方が読みたいでしょうという事で、掲載順番を変更しました。合唱ファンのみなさん、ごめんなさい(謝)。

 …と言うのも、第九の練習ですが…さすがに遠慮なく休みました(笑)。だって、気管支炎だもん。フルートの発表会の前日の事だったし、体はダルかったし、仕事が忙しかったし…。

 練習に行った妻の報告では、第九の後半部の歌い込みだったそうです。そして、次回はいよいよ、本番指揮者さんがやってきての合唱練習だそうです。以上、私の備忘録、終了。

 これで、今日の記事が終わってはアレなので、今日は表題に書いたことについて考えてみたので、ちょっと書いてみます。

 私、以前は「独唱の発声方法と合唱の発声方法に違いはない」という風に考えていました。今でも、基本的なテクニックの部分は違わないと思っています。でも、現実的には、色々と違います。どこが違うかと言うと、おそらく“程度”。そう、合唱と独唱では、色々と、程度が違うんだと思います。

 まず、技術の程度が違います。これはとても分かりやすいと思いますが、合唱は大勢で歌うので、自分が歌えないところは歌わなくていいんです。分からなくなったら、落ちればいいんです。落ちても抜けてもOK(もちろん合唱団のレベルで違いますが、でも基本的にはそう)なのが、合唱。「自分はこの音は高過ぎて(低過ぎて)出せないから、歌わない」「ここは声の変わり目で、うまく声が出ないので、自分は歌わない」「このフレーズは長くて、息が持たないから、適当なところでブレスをして歌います」「ここのフレーズは音が取りづらいので、歌えません」「ここのフレーズは細かいので、手に負えません」

 これらぜーんぶ、OKなのが合唱。でも、独唱はそうはいかない。全部、きちんと出来て、当たり前。だから、そこらあたりの、発声というか歌唱テクニックの程度が違います。

 次に適性の問題もあるかな。もちろん、一人で舞台に立てる(または立ちたい)という気持ちの有無は、メンタルな適性としては、あると思います。でも、それ以前に、体格の問題というのがあると思います。

 合唱は声さえ出れば、誰でもできます。小さくて小柄な体格でもできます。病気や障害があって、うまく筋肉のコントロールができなくてもできます。でも、独唱はなかなかそういうわけにはいきません。まず、健康でなければいけません。体格も大柄(デブという意味ではありません)でなくてはいけません。天性のノドの強さも必要でしょう。筋肉をうまくコントロールできる事も必要です。

 と言うのも、独唱では、広い音域と大きな音量が求められます。それらを実現するためには、大柄で強い体格が必要です。つまり楽器としての性能が求められます。単に声が美しいというだけでは、独唱は無理です。でも、合唱ではそこまでは求められません。これも、程度の差だと思います。

 そして、音色の問題があります。もちろん、合唱でも、あまりに汚い声はダメです。声は美しいに越したことはありません。しかし合唱では、同じパートの中で一体となる、ハーモニーの中でキレイに溶ける声が必要とされます。それは強さとは無縁な声です。

 一方、独唱は、美しいけれど、際立つ声で歌わないといけません。相手がオーケストラであれ、大規模合唱団であれ、それら伴奏音楽の中に埋もれる事のない、自己主張の強い際立つ声が必要です。ここまで来ると、合唱と独唱では、明らかに求められているものが違うことが、お分かりでしょう。

 あと声質に対するこだわり方もだいぶ違います。合唱では、声質のこだわりと言うのは少なくて、むしろ音域の方が重視されます。多くの合唱団で、その人の出せる音域を考慮に入れたパート分けがされるわけで、パート分けの時に声質まで考慮に入れて考えるところは、かなり上のレベルの団だと思います。普通は、高い声が出るからソプラノ(テノール)。低い声が出るからアルト(バス)って感じですね。だから、同じ人が、曲によって、ソプラノ歌ったりアルト歌ったりなんて、合唱団ではザラです。

 独唱はまず声質ありきですね。音域は後から(訓練で)ついてくるものです。人間の声は千差万別ですから、その人の声がどんなキャラクターを持っているかが優先され、その声にあった音域を訓練で獲得していくのが筋道です。このあたりになると、程度の差というよりも、発想の違いかもしれません。

 かように、合唱と独唱は、共通する部分はたくさんあると思いますが、やはり、だいぶ違う部分もたくさんあります。ですから、合唱をメインにやっている人が独唱をするのは、そのままでは難しいと思いますし、逆もまた真なりです。

 じゃあ、合唱をやっている人は絶対に独唱は無理なのか、その逆はどうなのかと考えると、あくまで“そのまま”では難しいと思います。でも、違いが分かっていて、その違いを乗り越えられるなら、うまく切り換えて、両方を歌う事はできるのではないか、と私は思います。つまり「今は合唱モードで歌います」「ここからは独唱モードで歌います」が可能なら、一人の人でも十分に、合唱にも独唱にも対応できる話だと思います。そして、私はそういう切り換えができる歌手になりたいです。

 これは実は、楽器でもそうらしいです。オーケストラの中で演奏するのと、ソリストとして呼ばれた時では、やっぱり違うのだと、ある演奏家の方がおっしゃってました。きちんと気持ち的にも、テクニック的にも切り換えていくのだそうです。

 切り換えるためにも、まずはそれぞれのモードで必要なテクニックの習得が先決ですね。そうでなければ、どっちつかずの、どっちでも使えない歌手になってしまいます。

 まだまだ、合唱も独唱も学ばないといけない事がたくさんありそうです。

 …なんて、私は考えてます。異論反論、大歓迎です。

2009年11月18日 (水)

フルートの発表会に参加しました その2 デスペラード編

 発表会第一部の出番が終わり「ありゃありゃ…」という気分で、ステージから降りてきた私ですが、だいたいが、休養モードでの演奏でしたから、演奏が終われば、休養どころか睡眠モードに入るのは必然というわけで、その後、第一部が終了するまでは、起きているんだか寝ているんだか、自分でも判断できないような、朦朧とした意識の中で時間を過ごしました。一応、皆さんの演奏は聞いたと思う…のですが、なにしろ薬でラリラリの上に、頭がボーーっとしていたので、よく分かりません。

 私と同じ頃に笛先生に入門をした方が、なかなかにオツな演奏をしたのは、はっきり覚えていますよ。ま、入門してからの時間が同じでも、年齢が違う(娘のような年齢だし:笑)し、それ以前が違う(だって、吹奏楽上がりだもん)ので、比較の対象にもなりませんし、音楽って、だいたい他人と比べてどうこうという種類のものではないですからね(だから私はコンクール否定派です)。要は、観客が喜ぶ演奏ができたかどうか、音楽の神様が微笑んでくれたかどうか、私はこの二点が肝心だと思ってます。「イパネマの娘」はなかなかキュートな演奏で、良かったなあと思います。「枯れ葉」の演奏は所々、私の記憶が消失しています(残念)。

 テツさんのフルートデュエットは…ご本人がミクシィでおっしゃっているとおりです。第一部の「愛の挨拶」はちょっと厳しかったかもしれません。デュエットは、個々にしっかり練習をしておく事は大切ですが、合わせの練習も必要です。さらに、今回のような曲の場合は、指揮者がいた方が良かったケースなのかもしれません。でも、第二部で演奏されていた「モルダウ」はなかなか良かったですよ。

 意識が朦朧とする中で、第一部が終了しました。このままでは、絶対に爆睡すると思ったので、休憩時間に会場を抜け出して、周辺をランニングしてきました。こうなれば、無理やりに心拍数を上げて、血流を盛んにしないと…。もちろん、ブンブンと体操もしてきました。

 よっしゃあ!と思って会場に戻って、おしゃべりなどを楽しんで、第二部の開始を待っていたところ、無理やりあげた心拍数は、フルートアンサンブルの皆さんの発表中に急激に下がり、今度は緊張するどころか、寝ちゃいました(爆)。ダメですね。

 フルートの音が途切れたので、ハっと我に返ったところ、私の出番でした。あれあれと思って、寝起きのまま、わけも分からずに、とにかく楽譜とフルートを持ってステージへ。舞台のセッティングは自分でする事になっているので、ひとまず譜面台を設定し、マイクを用意し、スタンバっている最中に、少しずつ自分を取り戻していきました。共演のヴァイオリニストさんが「マイクの位置が遠くないですか?」とアドヴァイスをくださいましたが、私、なんて返事したんだっけ、よく覚えてません。失礼な事を言ってないといいのですが(汗)。

 とにかく、自分の油断からとは言え、寝起きの状態で演奏に突入です。当然、ヘロヘロな演奏です。特に何がダメだったかと言うと、普段の私ではありえないのですが、ビートを感じる事なく歌っちゃった事です。いつもなら、無意識であっても、ビートを感じている人なのに、寝起きだったせいでしょうか、身体の中のビートセンサーがまだ寝ていたようで、歌いながら、リズム的に迷子になってます。緊張というのはありませんでしたが、リラックスのしすぎで、ビート的に迷子になっちゃった事はいただけません。はっきり言って、流して歌ってます。…実に、生意気ですね。

 ま、そんなわけで、気管支炎で声帯が腫れている上に、寝起きで、さらにビート的に迷子になっているので、ヴォーカル的にはこんなものです。いや、むしろ、これだけの悪条件が重なっている割には、うまく歌えているみたいです。ちょっとひどい出来は出来ですが、コンディション以上の出来なので、音源聞いて、むしろ感心してます。歌っている最中は、もう少しダメじゃないかと思っていたので、(いい歌唱ではありませんが)まあ、こんなものです。

 この曲は、歌の一番高いところが五線の上のA(ラ)なんですよ。すんごい、高い音でしょ。今の私の限界の高さです。ここをコケるわけには行かないので、実はフルートよりも「Aの音がちゃんと歌えるか…」の方に気が行ってたりします(笑)。この曲のために、数日前から声帯を休め、声を温存し、ずっと歌っていませんでした。この日の、このステージのために我慢に我慢を重ねてきたわけです。発表会の中で歌のコーナーがあっても、私は歌わなかったのは、そういう理由です。

 こういう風に、歌の神様って、やさしいんだよね。必ず、本番では実力以上の結果を残させてくれるし、時には奇跡すら起こしてくれるのに…。そこへ行くと、フルートの神様ってのは、フェアだね。ガチだね。厳しいね。

 デスペラードはポピュラーなので、ミスブローというのはありません…と言いたいのですが、録音を聞き返してみますと、明らかなミスブローが数カ所ありますね。あいたたたた…。でも、ポップスなので、その場の雰囲気とノリで、いかようにでも演奏してOKなので、実は潜在的なミスブローは、相当数、作曲という行為で上手に隠蔽工作されています(笑)。実際、私は演奏している最中に、たくさん作曲しちゃいました。聞き返してみると、寝起きの低いテンションのせいか、その場で作曲しちゃったフレーズは、どれもこれもテンションの低いフレーズでした。

 デスペラードは…悔しいですね。これは一応、スタートラインに立っていると思いますが、ヘタッピです。歌もフルートも残念です。音合わせの時のバージョンの方が、数段良い出来だと思いました。ああ、リベンジしたい。心の底からそう思いますよ。寝起きのボケーっとした状態で歌っちゃダメだって。しっかり覚醒している時に、もう一度歌いたいものです。実に納得してません。

 あと、歌は暗譜しました。ただ、フルートパートの譜面を見るために、保険として目の前に楽譜を置いて、自分としては、時折、歌詞を間違えてはいけないので、念のために確認していたつもりですが、ビデオを見ると、お客さんの方に視線を向けている時間よりも、楽譜を眺めている時間の方が多かったです。おかげで、歌詞は間違えなかったものの、ありゃダメだね。

 そんな演奏ですが、よろしければ、記事の一番下にリンクを張りましたので、そちらをクリックして、聞いてやってください。

 自分の演奏が終わった後は、残しておいた食事を食べて(パスタは干からびてました…)、起きているんだか寝ているんだか分からない状態で、残り時間を過ごしました。

 実に疲れました。無事に家まで帰り着けたのが不思議なくらい。きっと一人だったら、どこかで行き倒れていたかもしれない(笑)。楽しかったけれど、疲れました。疲れすぎて、帰宅してしばらくは身動き一つ取れませんでした。

 今回の発表会で思った事。

 私はクラオタだけれど、クラシックを演奏するのは難しいって事。つまり、好きな事とできる事は、別なのかもしれないって事を思いました。ま、一回の失敗であきらめるのは早いけれど、50近くになって、クラシックを演奏しようなんて、考えるのが間違いなのかもしれないと思いました。やっぱり、基本的にミスの許されないクラシックの曲は、子どものうち、少なくても若いうちに始めないとダメなのかもしれない。

 フルートには奇跡もなければ、まぐれもないって事。フルートの神様は、決してやさしい神様ではないって事。この世界は結構スパルタだって事。…やっていけるかな…。

 弱気なところばかりを論ってもいけません。良かったこともリストアップしましょう。

 発表会の曲、二曲のうち、一曲は歌メインにした事は大正解だった事。二曲ともフルートメインの曲にしていたら、きっと私は今頃「フルートなんて、やめてやるー」と大騒ぎしていたかもしれない。いやあ、フルート難しいわー。

 発表会の曲、二曲のうち、一曲はポピュラー系の曲にした事は大正解だった事。二曲ともクラシック系にしていたら…ああ、想像するだに恐ろしいことです。それこそ、きっと私は今頃「フルートなんて、やめてやるー」と大騒ぎしていたかもしれない。

 笛先生にここまで指導していただけた事。だいたいが、私の場合、フルートは衝動買いから始めたわけで、全くのスブの素人なオッサンなわけで(当日、テツさんに「本当にフルート始めて1年半なの?」と尋ねられましたが、本当です)、こんなオッサンを、とにもかくにもステージにあげたくださったわけで、ここまで指導して導いてくださった、笛先生には、大感謝です。たぶん、お弟子さんを音大に入れるのが生きがいな、イケイケバリバリ系の先生だったら、とっくの昔に破門されていた事でしょう。それにしても、笛先生は忍耐の人です。

 共演者の方に恵まれていた事。ピアニストさんにしても、ヴァイオリニストさんにしても、いい人で、シレっとした顔でいいヘルプをしてくださいました。厳しい人だったら、私、奈落の底にたたき落とされて、きっと私は今頃「フルートなんて、やめてやるー」と大騒ぎしていたかもしれない。

 いい楽器を手にしていた事。と言うか、今回、本当にアルタス1307って、すごくいいフルートだと思いました。今回の演奏、とりわけ、シシリエンヌの演奏は、本当に楽器に助けられました。私のグダグダな演奏を、しっかり楽器が支えてくれました。演奏そのものはスタートラインにも立てないほど、力不足なものでしたが、この楽器が奏でる音色は素晴らしいので、音楽の瞬間瞬間には、結構美しい部分もあった事。これが普通の初心者用の楽器で演奏していたら、私がいくら頑張っても、こうはならなかったと思います。今回は、たくさん楽器に助けられました。良い道具を持っていることも、実力の一部なのかもしれない…と思いました。よかった、この楽器を使ってて。

 ああ、早く、この素晴らしい楽器に見合う腕前のアマチュア・フルーティストになりたいものです。

 それに、何と言っても“健康第一”です。これに尽きます。今回の発表会だって、健康な状態で臨めたら、だいぶ違ったでしょうね。当日の状態もそうだけれど、直前一週間は、寝てばかりいて、ロクに練習もできない状態でしたからね。何事も健康第一です。

 さあ、次回の発表会はいつになるか分からないけれど、その日に向かって、しばらくは基礎練習に励みましょう。まずはアルテ攻略からです。がんばるぞー。

 デスペラードの演奏を聞きたい方は、こちらをクリックしてください。

2009年11月17日 (火)

フルートの発表会に参加しました その1 シシリエンヌ編

 フルートの発表会、終わりました。楽しかったですよ。とても楽しかったです。ただ、人間、この年になると、ただ「楽しかった」だけでは色々と済まないわけで…。そんな忸怩たる思いをちょっと書いてみたいと思います。今回は、マイナスエネルギー多めの文章なので、そういうのはちょっと…と言う方は、さっそく退散なさった方がよろしいかと存じます(笑)。

 今回は、フルートの発表会でしたが、裏テーマは、気管支炎との戦いでした。

 まずは当日の体調ですが、風邪は気管支炎だったのが、前日にはさらに鼻炎まで発症。ノドが痛いに加え、ハナまで垂れる始末。寒けはするは、頭痛はするは、たまったもんじゃないです。発表会でなければ、大人しく家で寝ていたい気分でしたが、そうもいかず、医者からもらった薬は一時的にやめて(ノド関係の薬だけで、鼻関係の薬はなかったんです)、総合感冒薬を飲みました。さらに胸がヒューヒューするので、気管支拡張剤まで飲んで行ったら、薬にラリって、ボーとするは、ダルいは、気が遠くなるは、全く散々でした。私は案外、薬に弱い人間なんですわ。

 これも日頃からの私の行いが悪いせいなのかな…と、病人というのは、弱気になるものです。

 そんなわけで、当日の朝は、いつまでも寝ていたいという本能の欲求はあったものの、事前に楽屋はない、音出しはない、リハーサルは立ち位置を決める程度と聞いていたので、起き抜けのまま発表会に出演というわけにも行かないので、自宅で軽く、音出しと最終練習(確認程度)をするために、重い体(何しろ100Kg越えてますからって、意味違うじゃん)にムチを入れて頑張って起き上がってみました。その時は、まあまあの出来でした。後で考えてみれば、これは自宅練習だから、まあまあだったんですね。

 フラフラな状態だったのですが、不思議なもので、発表会の会場のお店に到着した途端に、アドレナリンが噴出したんでしょうね。いきなり、視界くっきり、気合十分の戦闘モードに突入しました。人間って、よく出来ているものです。

 集合時間よりも、ちょっと早めに会場入りをして、そのまま勢いで、一番最初にリハーサルをして、フルートの音合わせをして、決められた座席に着席。今思えば、この時がその日の最高体調でした。

 その後は、参加者ほぼ全員の一通りのリハーサルがあり、会食があったり(ランチショーですから)、発表会が始まっても、最初にフルートサークルの発表があったりして、私の最初の出番まで、それなりの時間がたちました。会場入りした時に噴出したアドレナリンはいつのまにか切れ始めています。ずっと椅子に座ったままだったので、明らかに血流は滞っています。どちらかと言うと眠いくらいです。これでは戦闘モードどころか、完全休養モードです。おまけに私には珍しい事に…どうやら緊張して、あがっているようなんです。え、舞台を前にしてあがっている? いつも平常なこの私が? 自分でも全然信じられない事なのですが、フルートの発表演奏を目前とした今、緊張しているみたいなんですよ。

 人前で何かすると言うのは、全く大丈夫な私なのですか、珍しい事に緊張しています。この緊張の原因は、おそらく、今手にしている、この銀のパイプのせいだろうと思います。このパイプは不思議なパイプです。持っているだけで、私を緊張させ、私から平常心を奪い取るものらしいです。

 このまま舞台に上がるのはイヤだな…と思いました。完全に体は休養モードに突入し、演奏を拒んでいます。本来だったら、そんな体にカツを入れ、会場周辺をグルっと一周して血流を良くし、さらに体操をして肉体的な緊張を和らげたりするのでしょうが、楽屋もなければ、舞台袖もないので、そういうわけにもいかず、ええい、ままよ、何が起こっても、命まで取られることはない!という思いで、ステージにあがりました。

 演奏そのものは、この下にあるリンク先をクリックして聞いてください。一応、これでも精一杯の演奏をしました。

 出だしから、あまりうまく行ってませんでした。ありゃありゃと思ってしまったのが、失敗の元で、そこで気が散ってしまったのでしょう。7小節目の中音Asのところで「ところでAsの運指って、どんなんだっけ?」という、とても信じられない状態に陥りました。はい、Asの運指を本番中に忘れるという、ありえない失敗をしました。ひとつ失敗をしたところで、頭にカーーッと血が上り、後はミスがミスを呼び込み、こんなテイタラクになっちゃいました。

 これでも精一杯、頑張ったつもりです。最初の失敗から数えて、両手に余るほどのミスブローがあったし、ミスブローには至らなかったけれど「おおヤバイ」と言うような事を、色々とやっちゃいました。でも、それが今の私の実力なんだから、仕方がない。言えることは、とにかく、これが現時点での精一杯の結果、と言うこと。これが私の実力。これが私の虚飾ない姿。

 …痛いです。

 もしも私でない他の人がこんな演奏したら、私はきっと、口汚く罵るでしょう。つまり、この演奏は人前でしていいレベルの演奏ではありません。演奏会の曲目としては言語道断だし、発表会に載せるにしても、あまりに完成度低すぎです。ちっとは、客の立場も考えろって感じです。

 これが自分の今の精一杯の演奏なのに、それが人前で演奏できないレベルのものでしかない現実は、痛いけれど、受け入れざるを得ません。

 もちろん、その原因は私にあります。伴奏のピアニストさんとの息は合わなかったとか、そんな事はありません。きちんと、私の指定のテンポで演奏してくださいました。そこどころか、私のあっちこっちの綻びを一つ一つ拾いながら伴奏してくださいました。ピアニストさんには感謝の気持ちはあっても文句は無いです。

 楽器だってそうです。どの音も出しづらいとか、そういう事はありません。調整されて良い状態をしっかり保っていました。音だって、実にこの曲にふさわしい音色で鳴ってくれました。私はアゲハにとてもたくさん助けられています。もしも私の使用楽器がアゲハではなかったら、ここまでフランスっぽい、地中海っぽい音色(あくまで当社比)は出せなかったでしょう。だから、今回の私の演奏が残念だったのは、楽器のせいでもありません。

 いや、むしろ、当日、多くの方々から「音がいいね」とお誉めをいただきました。大半が社交辞令だとしても、そう言っていただけたのは、私の力ではなく、単純にアゲハがいい音の出る楽器だからにすぎません。でも、たとえそうであっても、それが今回の演奏の良いところならば、それはそれで、私は大変うれしいです。

 もちろん、私も精一杯の演奏をしました。でも、結果がコレ。確かに体調は悪かったけれど、そんなのは言い訳に過ぎません。演奏を聞いている観客には、演奏者の健康状態なんて、なんの関係もないのです。

 改めて、自分の非力さや小ささを感じました。まだまだです。まだまだ過ぎます。1年半もフルートやってきて、結果がコレってのは、ちょっと痛いです。せめて、音合わせやレッスンでの演奏と同レベルの演奏がしたかったです。これはひど過ぎる。

 もちろん、ミスブローもあったし、指の回りきっていないところもあったし、リズムが不正確なところもあったでしょう。生演奏である以上、ある程度のミスはあっても仕方ないかもしれませんが…これでは、批判の対象にもなりません。良いとか、悪いとか言う以前の、スタートラインに立ってません。

 今回の発表会は、そういう未熟な、あまりに未熟な自分の姿を直視させられました。あいたたたた…。

 なので、今回の発表会の音源をアップするのは、正直、ためらいがありました。妻は「え? シシリエンヌの音源をアップするの?(やめた方がいいんじゃない)」と言ってましたし…。私も色々と考えましたが、次回のためにアップすることにしました。次回の発表会でどれだけ上達しているか、どれだけスタートラインに近づけるか、そのためにも、きちんと恥をさらしておくことは、自分のためになると判断しました。

 なにしろ、フルートのダメ演奏を世にさらしたからと言って、私には何も失うものはありません。ならば、思い切って公開してしまえー、と言ったところです。

 いづれ、フルートが上達した時に「私も最初の発表会では、こんなにグダグダだったんだよ~」と笑って言えるようになるためにも、今回のグダグダ演奏をアップすることにしました。

 どうか、お耳汚しですが、良かったら、聞いてください。

 あ、聞く前に、以下の三つの約束をしてください。

 1)ダメ出しはしないこと。はい、ダメなところは十分に分かっていますので、これ以上、傷口に塩を塗る行為は、ご遠慮いただきたく存じます。

 2)無理やり誉めない事。演奏を聞くと、なんかコメントしなきゃと思う方がいらっしゃますし、コメント大歓迎ですが、だからと言って、社交辞令で無理やり誉めなくても結構です。本音の感想をお待ちいたしております。

 3)本音の感想を…と言われても、こりゃ、コメントが難しいなと思われたら、軽くスルーしてください。

 以上の三点のお約束が守れる方は、ここをクリックして、演奏を聞いてください。

 以上が、シシリエンヌ編です。発表会は、実は二部構成だったので、私のデスペラードの演奏は第二部で行いました。その話は、また今度です。

蛇足。直視と言えば、実はビデオも撮りました。こっちにも厳しい現実が映ってました。…だって、ダマルがフルート吹いているんだよ(涙)。これはさすがに絶対にアップできません。もっとダイエットしないと…。

2009年11月16日 (月)

気管支炎がひどいので、レッスンは見学になっちゃいました

 えーと、昨日は発表会だったので、その報告をしないといけないのですが…疲労困憊の上に体調不良で、なかなか報告が書けない事と、ここのブログは「一日一記事」なので、発表会の報告の前に書いておかなきゃいけないこともあるので…と言うわけで、今日のところは、声楽のレッスンの話をします。フルートの発表会の話は…鋭意書き上げ中なので、もうしばらくお待ちください。すんません。

 って言うか、フルートの発表会で厳しい現実を見ちゃったので、アレを振り返るためには、もう少し時間が必要かな…ってのが本当のところです。発表会の記事を楽しみにしていた方々、申し訳ないです。もうちょっと待ってね(謝)。

 というわけで、声楽のレッスンの話です。時系列的にはフルートの発表会よりも前になります。…が、今回の記事は、特に中身ありません。私の日記というか、備忘録ですね(笑)。

 とにもかくにも、ここのところの風邪が長引き、ついには気管支炎になっちゃた私です。あと一歩で肺炎ですわ(笑)。いや、笑い事ではありません。そんな状態でも、体は動くので「ダルいダルい」とか「眠みー、眠みー」とブツブツ言いながらも、休むことなく日常生活は送ってます。だから、ちっとも具合が良くならないんだよなあ…。

 なので、はい、もちろん、声楽のレッスンに行ってきました。

 せっかく声楽のレッスンに行ったは良いけれど、キング先生から、歌うのは禁止されました。普段ならともかく、まもなく発表会(フルートの発表会だけど、歌も歌います)を控えている身だから、できるだけ早くノドを回復させるため(実際は全然間に合いませんでした)にも、使わないのが一番良い治療って事で、今回のレッスンは、妻のレッスンの見学のみという、真綿で首をグイグイ締められるような、半殺しと言うか、生殺しというか、そういう切ない事になりました。

 いつもなら、多少ノドの調子が悪くても、ノドや声の状態を見ながら、レッスンしてくださいますが、さすがに直後にあるフルートの発表会で歌うことを、キング先生も気にされていて、今はフルートの発表会の時にベターな状態で歌えるために、今は休養が大切だとコンコンと説明されました。

 ああ、歌いたい…。ほんと、歌いたい(涙)。

 代わりに妻が二人分のレッスンを受け、すごぶる声の調子が良くなったそうです。レッスンって受ければ受けるだけの効果ってのがあるんだねえ。

 例の話は、メンバーが6名になって、さらに一歩前進しました。

 短いですけれど、今日のところはこんな感じで。たまには、こんな日もいいでしょう。

2009年11月15日 (日)

目玉焼きにかけるのは、ソースですか?、醤油ですか?[2009年11月第3週・通算45週]

体重:104.6kg[+0.4kg:-1.2kg]
体脂肪率:31.5%[-0.1%:-0.8%]
BMI:33.0[+0.1:+0.1]
体脂肪質量:32.9kg[+-0.0kg:-1.0kg]
腹囲:103.7cm[+0.4cm:-2.5cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 今日はフルートの発表会です。みなさんがこの記事を目にした頃、私は何を演奏しているかもしれませんね。発表会関係の記事は来週アップするつもりです。

 さて、そふくしダイエット第36週目です。とは言え、今週はずっと気管支炎と戦っていました。この気管支炎は3週間ほど前に罹った風邪(上気道炎)の成れの果てなんですが…いやあ、今年の風邪はしつこいしつこい。

 今週のエッセイは 半年ぶりの調味料話です(笑)。「あなたが目玉焼きにかけるのは、ソースですか?、醤油ですか?」

 ああ、今まで色々な場所で、何度となく繰り返されてきたこの質問。私の子どもの頃から、この質問はありました。

 この質問をすると、盛り上がるみたいですね。「私はソースです」「私は醤油です」「ソースなんて甘いものをかけたら、ご飯のおかずにならないでしょう」「目玉焼きは洋食だよ、洋食にはソースで決まりでしょう」「目玉焼きはすでに日本料理となっている、日本料理なら醤油だよ」「付け合わせのキャベツとのバランスを考えると、やっぱりソースで譲れないよ」

 まさに喧々諤々ですね。ところで私は?、って言うと……ソースでも、醤油でもありません。調理をする際にふりかける、一振りの塩で十分です。だから、何もかけずに食べます。

 世の中には調味料の愛好者もいます。しかし私はどちらかと言うと、調味料をあまり使わないタイプです。カキフライとかエビフライとかは、あればタルタルソースをかけますが、無ければ無いで、何も気にしないで、そのまま何もかけずにバリっと食べます。というか、フライ一般、あればソースだけれど、たいていの場合は何もかけずに食べます。から揚げは、まず何もかけずにいきなり食べます。それどころか、最近は天ぷらも、何もかけたりつけたりせずに食べてます。

 サラダも、あれば出されたものを素直にかける(除マヨネーズ)けれど、うっかり何も出なかったら、文句も言わずに、そのままバリバリ食べます。ピザもそのまま食べます。

 逆にこだわっているものもあります。例えば、餃子。これは酢です。譲れません。味噌汁、胡麻と七味です。譲れません。やきそばは、コショウと胡麻です。これも譲れません。人には譲れないものがありますが、私は、これらのものが譲れません。たぶん、私の食の趣味はちょっと変わっているのかもしれません。

 さらに言うと、最近はめったにやらなくなりましたが、実は、塩ラーメンに酢をかけて食べるのが好きです。生のトマトには砂糖をかけて食べたい人です。

 つまり、たかが、調味料でも、人によって使い方は色々で、端から見れば、変な食べ方でも、その人にとっては、極めて美味なるものなんですよ。それが嗜好というものなのかなって思うようになりました。だから「あなたが目玉焼きにかけるのは、ソースですか?、醤油ですか?」なんて質問、小さい小さい(笑)。

 私が思うに、人それぞれの嗜好が尊重される社会って、実にいいなあって思います。

 例えば、私がこだわる餃子。餃子は醤油に少量のラー油をたらしたもので食べる人が多いでしょう。最近は餃子のタレと言うモノがあり、それを利用する人もいるでしょう。また、ラー油を入れずに醤油のみでもOKです。さらには、醤油少々にラー油たっぷりでもいいわけです。何もかけずに、いきなりパックリ食べてもいいし、私のように酢につけて食べてもいいです。自宅なら、マヨネーズをつけて食べてもいいし、ポン酢醤油も案外いけるでしょう。沖縄地方の人なら、シークワァーサー醤油で食べてもいいですね。洋風サラダのように、各種ドレッシングをつけて食べてもいけるんじゃないかと思います。

 同じ餃子を取り囲みながら、ある人は「醤油+ラー油」で食べ、ある人は「餃子のタレ」で食べ、ある人は………。同じモノを囲みながら、それぞれにちょっとずつ味付けを変えて食べる。ニコニコしながら食べる。それが幸せな社会ってものじゃないかなって思います。

 「醤油+ラー油」じゃなきゃ、おかしいなんて言い出したら、困っちゃいますよね。メーカーが開発した「餃子のタレ」が一番美味しいはずだから、これを使わない奴は味覚オンチだ!とか言われても、やっぱり困りますね。餃子にマヨネーズなんて、人の食べるモノじゃないとか言われたら、全国百万人のマヨラーたちが総決起集会を開くことでしょう。餃子にお酢をかけて食べるなんて変態だ~と言われたら、私は甘んじて変態の汚名を浴びたいと思います。

 でも、現実の社会って、往々にして、こういう事があるんですよ。多くの人が「醤油+ラー油」だからと言って、なぜ自分までそれに従わないといけないの? 「餃子のタレ」なんて、所詮はメーカーのお仕着せでしょ。それをチョイスするもしないも、消費者の好みというものなんじゃないかな? なぜお仕着せどおりにやらないからって、白い目で見られるのかな? だからと言って、餃子にマヨネーズは好き好きだけれど、自分が異端的な立場にいるって事の自覚はあるのかな? 異端者があまりに大声で自分の立場を主張しすぎると、世の中が複雑になりすぎるよ。餃子にお酢は…やめとこ。私は所詮、変態だから(笑)。あ、ちなみに「変態」って言葉は、オタク業界ではほめ言葉なんですよ(笑)。

 もちろん、他人を不快にさせたり、悲しませたりする嗜好は困りますし、犯罪であったり、反社会的な嗜好は、糾弾されて仕方がないと思います。でも、平和な嗜好は尊重されるべきです。そういう社会が、自由な社会であり、幸せな社会だと思います。

 幸せな社会の実現のためには、まずは、みんなでニコニコと餃子でも食べてみましょうよ。「目玉焼きにかけるのは、ソースですか?、醤油ですか?」の問いかけたら、今日はだいぶ、遠くまで来ちゃいました。こういうのを「広げた風呂敷が畳めなかった」って言うんだけれど、たまにはこういうのも、いいでしょ(笑)。

2009年11月14日 (土)

秋は食欲の秋?

 最近は、カエデの食欲がいや増しています。これがすごいんですよ。

 実は、ウチの水槽では、エサねだりは、代々王様の仕事です。しかし、現水槽王であるカエデは、その王様の仕事を、今までずっとサボっていました。

 カエデは、もちろん、エサ大好きな金魚ですが、根がおっとりしているせいか、気持ちがおおらかなのか、とにかく、エサねだりという大切な仕事を、今まで、オスNo2のチヅルに任せていました。で、チヅルの働き(?)で水槽にエサが入っても、すぐにはエサ場にはやってこないで、あとからゆっくりとやってきて(王様ですから)残っているエサをガーーっと食べてしまうという事をやってました。そういう意味では、鷹揚といいますか、王者の貫祿と言いましょうか? そんな感じでした。

 ところが、ここ湘南地方も秋になって、涼しくなってきた頃から、カエデの様子が変わって来ました。まず、その食欲が激しくなってきました。そのためか、最近では、率先して、エサねだりをやっています。それがまたすごい事になってまして…。

 カエデが、普段の居場所を、水槽の奥からエサ投入口に変えました。で、エサ投入口の真下にいて、いつも人間の様子を見つめています。そして、人が水槽に近づくと、全身で存在をアピールしてエサねだりです。すごいですよお~。あのおっとりしたカエデが、まるでサバのよう(分かる人にしか分からない例えでごめんなさい)に動いています。もう、ビッチビッチです、音はたてます、水飛ばします。

 人間からすれば「これがあのカエデ?」って感じの変貌です。

 人間なら、食欲の秋と言うのは分かります。なにしろ夏は暑いですから、食欲も衰えますし、体力だって消耗します。それが過ごしやすい秋になり、体力の回復の意味もあり、食欲が復活します。

 でも、金魚は変温動物です。夏は体温が上昇し活動が活発にあり、エサもたくさん食べます。そういう意味では、食欲の夏なんです。それが秋になり、水温が徐々に下がってくると、活動がドンドン不活発になってきます。食欲も減退します。そういうものです。

 なのに、カエデは、真夏はグデーとして、秋になってから、食欲に取りつかれております。そういう意味では人間並な金魚で、なんか変です。おまけにあげたエサも大半を一人で食べちゃうし。ホント、どうしたんでしょうね…でも、かわいいですよ。

 そうそう、最近、チヅルがやせてきたような気がします。

2009年11月13日 (金)

動かずにフルートを吹きましょう

 発表会前の最後のフルートのレッスンに行ってきました。まずは、音合わせの時のダメ出しとか注意とかから。

 シシリエンヌでは…フルートを振らない事(笑)。とにかく私は演奏しながら、フルートをグルグル振る癖(?)があるんです。無自覚です。おそらく音楽を感じて、音楽と同化して無意識に身体を動かしてしまっているんだと思います。はい、私ってそういう奴です。合唱をしていても、一人でダンシングしていたタイプです。

 音楽を耳にすると、勝手に身体が反応しちゃう人なんですよ。お前は、フラワーロックか、ってえの!

 でも、これはマズイですね。はい、気をつけているのですが、どうにも治まりません。実はこれをやってしまうと、クチビルとフルートの関係が変わってしまうので、音がかすれたり、聞こえなくなったりするのだそうです。特に私は、フレーズの最初で大きくブンッとフルートを前に振り出す癖があり、これをやっちゃうとフレーズの出だしの音がよく聞こえないのだそうです。

 とにかくダメ、という事で、先生の前で直立不動で演奏してみたけれど…それでもやっぱり動いているそうで、何度か繰り返してOKがもらえた時は、自分がお地蔵さんになったような気分でした。それくらい、無自覚の時でも、自覚して動きを止めているつもりの時でも、フリーダムに動いているらしいのです。

 うわー、これはかなりヤバくね?

 その他の注意として、曲の最初の音と最後の音を大切に、とも言われました。最初の音はフルートを振らなければ良いでしょう。最後の音は、音程が下がらないように、最後の最後までがんばるようにすると良いでしょうとの事です。

 テンポの件でアドバイスがありました。ゲネプロは無いし、音合わせとか練習とかの回数が少ないので、今回は、舞台に上がって、演奏する直前にピアニストさんにテンポの指示を出して良しの許可をもらいました。普通はそういう事はしないのだけれど、今回は特別措置だそうです。その時に、遅めよりも、多少速めのテンポ指示の方が良いでしょうとも言われました。そうします。合わせて、デスペラードの時のカウントも、大きな声で元気よくやらないで、無言の目配せでカウントを取った方がいいですとも言われました。工夫します。

 そのデスペラードですが…フルートはともかく、歌はやっぱり暗譜、と言われました。いえいえ、暗譜できていないわけじゃないのですが。ただ、デスペラードはとても不安なんです。一応、暗譜はしていて、きちんと歌えるはずなのに、フルートを持っていると、つまらないところで歌詞が飛ぶんです。なので、その不安から、音合わせの時は、ついつい楽譜をガンミ…。いけませんねえ。歌っている時は、せめて観客の方に目線を預けないと。そのためには、フルートを持っていても、歌えるようにしないと。ああ、メンタル、弱いなあ…。

 発表会の全容というのは、私には未だに分からないのですが、私以外にも、何名か歌う人がいるそうです。…で、私以外の人は、歌は暗譜どころか、フリまであるそうで…。「フリ、どうしますか?」と軽く聞かれたので「しません」と即答しておきました。フルート吹いて、歌をうたって、歌いながらダンスですか? そりゃあ、明らかに私のキャパを越えます(笑)。

 フラッターやグロウルについて相談しました。やってもやんなくてもいいそうです。と言うよりも、その手のテクニックは、やりたくなったらやるべきもので、やると決めつけてやるものではないそうです。だから、本番の時の気分次第で、やってもやんなくてもいいのだそうです。大切なのは、こういう機会を利用して、その手のテクニックを身につけておけば、必要な時にいつでも使えるでしょうという事です。

 確かに、上手とは言えないけれど、飛び道具的にフラッターとグロウルは使えるようになりました。武器を二つ、手に入れたわけで、確かに貴重な経験でした。

 そういえば、出演順が決まったそうです。本当の最初は、フルートサークルの発表をやり、それから個人の部の発表にうつるのだそうですが、私は個人の部のトップバッターだそうです。いわゆる“切り込み隊長”って奴ですね。ま、私が主催者でも、私を切り込み隊長にするだろうから、これは予想の範囲内の事です。さっさと自分の出番を終わらせて、楽な気分になって、他の人の演奏をサカナに飲むのもいいですね。はい、当日は飲み放題なんですよ(笑)。ああ、楽しみ。
 

2009年11月12日 (木)

メンタルが弱い(涙)

 フルートの発表会が間近です。一応、これでも練習は佳境と言うか、仕上げ段階に入ってます(笑)。とか言いながら、実にまだまだな部分もあったりしますが…(汗)。

 フォーレの「シシリエンヌ」。難しいですね。

 指がモタモタしていた時は、とにかく音楽を通す事に一生懸命でした。まずは楽譜通りに演奏出来る事を目指していた時は、練習も悩みがなかったです。だって、出来ない事を出来るようにすればいいだけの話だから。おそらく、合奏なら、このレベルの出来でいいんじゃないかと思います。

 とにかく、当社比ですが、音楽が通るようになりました。練習をしてて、指がもつれるとか、音楽が止まるとかの懸念がなくなり、楽譜に記載されている各種記号も一通り演奏に反映できるようになりました。

 その一方で、今の懸案は、この曲をどう演奏するか、微妙に緩急をつけたり、微妙にテンポを揺らしてみたり、音程もわずかにアップダウンさせてみたり、どの音にヴィブラートをかけて、どの音をまっすぐに吹くかとかいう、楽譜に書かれていない部分をどうコントロールしていくかという点です。つまり「楽器でどう歌うか」という部分で悩んでます。

 いやあ、イメージはあるんですよ。こういう風に演奏してみたいという、しっかりしたイメージはね…。問題は、そのイメージと現状の私の演奏が、あまりにかけ離れているという事。その違いを埋めていこうと思って練習しているので、フレーズの一つ一つ、音符の一個一個を点検確認して、私のイメージどおりの音楽になるように練習を重ねているわけだけれど、これがねえ…なかなかねえ…。

 で、あれこれ悩みながら演奏していると、ついついミスブローを招いてしまうんですよ。気が散っているのだと思います。『理想を追い求めて現実でつまづく』 やっている事は実に青臭いです。

 さらに、そうやってミスブローをすると、それが呼び水となって、ミスがミスをドンドン呼び込んで…、結果、ワヤクチャな演奏になります。ううむ、メンタルが弱いなあ…。

 まずは、気を散らさずに演奏に集中したいです。これが一番肝心なこと。次に、うっかり気が散ってミスブローをしても、そこで慌てないでいられること。慌ててしまう事が二次災害の原因なんだから、しっかり気を保っていたいです。

 あくまで当社比ですが、音楽の骨子は、ある程度は、すでにできあがっているのです。現在は、肉付けの部分でスッ転んでいるわけです。

 ですから、自分の中の音楽の理想的なイメージを表現しようとは思わず「単にミスのない演奏」「(一見)楽譜どおりの演奏」で済ます(つまり“棒吹き”)なら、稚拙なレベルですが、実現できると思います。でも、そこに飽き足らず、自分なりのイメージを重ね合わせようとすると、途端にミスるわけなんです。

 心を入れないで演奏すれば、ミスはしないわけだから、本番でも心を入れない演奏でお茶を濁すという方法があります。安全航行をめざすなら、そこでしょうね。でもね、なんかそれって、理由はないけれど、イヤだなあ。私は基本的にロマンチストだから、情念モリモリで演奏したいわけよ。でも、心を入れれば入れるほど、その想いがフルートから溢れ出て、結果としてミスブローを招くわけだよ。やりたい事ができないなんて…おお、私的には、すっごい危機的状況なわけです。

 デスペラードは…歌がありますからね。心を入れないとかありえないし、棒吹きなんてありえません。笛吹いて歌って笛吹いて歌って笛吹く。だいたい、気持ちは歌とフルートの二つに切り裂かれているわけだし、もう、アップアップよ。

 ああ、メンタルさえ強ければ、こんなに悩まないのにね。わずか三カ月で発表会用の曲を仕上げようなんて、今の私には、ちょっと厳しかったかな?

2009年11月11日 (水)

注意点が細かすぎて、とてもブログに書けません

 第九の練習に行ってきました。まだ気管支炎の状態はよくありませんが、先週サボって、来週も(仕事の都合もあるので)サボるつもり満々なので、やはり今週は行かないと(笑)…というわけで、体調の悪さを押してムリムリ行ってきました。

 練習の最初は、発声練習です。こういう状態の悪い時に、ゆっくりと30分ほど時間をかけて体操やら発声練習をしてもらえるのは助かります。普段は…不必要としか感じてませんが(笑)。だって、普段は合唱の練習くらいなら、声は練習しながらでも温められるからねえ…。

 いやあ、それにしても調子悪すぎ。高い音も低い音も全然ダメ(笑)。こういう時に、無理して歌っちゃうと声が荒れるんだよね。だから、指揮者に歌わされないように辛抱しないといけないのだけれど、やっぱり第九は後半になると、多少なりとも無理をしていかないと歌えない曲なので、ちょっと後悔。妻にも「ちゃんと鼻唄で歌えてる?」と心配されましたが、ちょっと声を[半分程度だけど]出しちゃったかもしれません。…後悔&反省してます。

 とにかく練習そのものは、基本的に歌い込み。今回を含めて、あと2回の練習を終えたら、本番指揮者との合わせが待ってます。合唱指揮者のS先生としては、そこまでにひとまずの完成をめざしたいわけで、そりゃあ練習にも熱が入るよね。

 ダメ出しは、それこそ、山のように出ましたが、どれもこれも大切だけれど非常に細かい事ばかりで、ブログに書ける様なダメはありませんでした(と言うか、書いても分からないよね)。例えば、休符や音符の音価を大切にすること。語尾の子音はフレーズによって、拍内切りであったり、拍外切りであったりするので、ケースバイケースで暗記しておくこと、なんて事を、いちいち具体的に書いても…つまらないでしょ。

 今年の第九合唱団は、毎回のように、練習ではアルトが集中攻撃を受けてます。例年はテノールが攻撃の的ですし、今年も決してテノールの出来が良いと思えません(って、ちょっと今年のテノールはヤバいかも)。でも、そんなテノールに時間をかけられないほど、アルトが大変と言うわけで、私的には、練習で歌わされる時間が減るので好都合ですが、全体的には、ちょっとマズいのかなあ…って思ってます。

 ま、アマチュア合唱団の演奏会とは言え、きちんと入場料を取る以上は、入場料なりの演奏はできないとマズイと思うし、観客にとっては、アマチュアだろうが、プロだろうが関係ないのですが…いやあ(汗)。今年の演奏は、色々な意味で、とってもスリリングな演奏になりそう…。

 地元では、ついにインフルエンザ警報と言うのが発令されました。あっちこっちの小学校が休校になってますが…第九合唱団は平常運転です。やっぱり平均年齢がむやみに高いと、インフルエンザにもならないものなんですね。ははは、

 そろそろ、本腰入れて、第九も暗譜しないとね。

蛇足。第九の練習の後は、近くのうどんチェーン店に行って食事をするのが楽しみ。うどんにも色々な種類があるけれど、ここ数年のお気に入りは、一貫して“釜玉うどん”。釜上げうどんに生卵をからめて、それにお醤油を少々絡ませただけの、卵かけご飯のうどん版みたいな一品。大好きなんだよなあ…。和風カルボナーラっぽくって、ほんとお気に入りです。第九の練習が終わると、決まって釜玉食べてから帰ります。

2009年11月10日 (火)

なぜ、暗譜ができない(涙)!

 フルートの音合わせに行ってきました。いよいよ、発表会も間近って感じですね。いやあ、大丈夫だろうか、私。ま、失敗しても、死ぬことはないので、気を揉んでも仕方ないのですがね。

 音合わせは、シシリエンヌから始めました。

 ピアニストさんは、笛先生のバンドのピアノさんです。演奏そのものは、安心して任せられますが…やっぱり二人のテンポの設定(調整?)が難しいです。

 楽譜に書いてある規定の速度での演奏もできないわけではないけれど、もう少し粘っこい演奏がしたいので、ゆっくりめのテンポでお願いしたところ、本当にゆっくりしたテンポで演奏してくださいました(言葉って難しいね)。そのゆっくり具合が、ちょっと(私の意図よりも)遅いけど、まあいいかな、なんて思いながら合わせているうちにドンドン、シンドクなってしまいました。いやあ、テンポ設定って大切だな。ちょっと遅いだけで、こんなに演奏がつらくなるなんて。遅めの演奏のおかげで、自分の欠点がよく分かって、修正の目標がついてよかったけれど、さすがに、このテンポで本番は厳しいので、もう少し早めのテンポでお願いしたところ、まあまあ、私の希望のテンポになりました。

 テンポ問題って根深いと思います。どうしても伴奏を臨時にお願いしている以上、なかなかこちらの希望どおりに行かないのは仕方ない事です。それは分かっています。自分専用の伴奏パートナーがいて、いつもその人と練習ができて、本番もその方とできるなら、それがベストなんでしょうが、私達のような大人の趣味人では、なかなかそういうわけにもいかないわけで、だからこそ、こうして臨時に伴奏をお願いしているわけなんです。音合わせでテンポを決めても、日にちがたって、本番を迎えると、またテンポが変わっている事でしょう。改めてテンポの打ち合わせができる機会があればいいのですが、なければ、やはりピアニストさんにお任せ(ピアノの方が先に音楽に入るので)になってしまいます。

 どんなテンポがきても、バッチリ自分の音楽ができるように、フレキシブルな仕上げをしておかないといけないだろうと、分かっている事ですが、改めて決意しました。

 ああ、声楽の発表会の時も、テンポで散々悩んだんだよねえ。テンポの設定というか、ピアニストさんとの息の合わせ方って、ほんと、難しいです。譲りすぎてもいけないし、かと言って、強く主張できるわけでもない。難しいです。

 そうそう、音合わせでは、私自身も舞い上がっていたのは確かで、せっかく録音機を持って行ったのに、シシリエンヌの方は録音を忘れてしまいました。ダメですね。録音を聞いて、自分でダメ出しをしようと思っていたのに、残念です。

 まあ、それでも吹きながら感じたダメを、自宅練習とレッスンで調整することにして、デスペラードに行きました。

 デスペラードは、私とピアノ以外にヴァイオリンも入っての音合わせとなります。当日はさらにこれに、ギターが入るはずです。そういう意味では、クラシック的な音合わせと言うよりも、簡単なリハーサルって感じですね。

 「難しい曲ですねえ…」とはヴァイオリンさんの第一声。すいません、確かにこの曲、難しいです(汗)。と言うわけで、どんな感じになるかを知りたいというので、最初は私とピアノだけで演奏をし、2回目以降はそれにヴァイオリンが入った形でやりました。

 ヴァイオリンが入るところで、録音機を持ってきた事を思いだしたので、そこから録音開始。音合わせの記録として、ヴァイオリン入りのバージョンが2つ録音できました。ま、これだけでも「中年の想い出」になるので、良しです。

 それにしても、ピアノとヴァイオリンにフルート&ヴォーカルというトリオの演奏でしたが、なかなか良い演奏かなって(我ながら)思いました。本番がトラブって音源アップが不可能な場合は、この音合わせバージョン(特に2回目)をアップしちゃってもいいかなって感じです。もちろんアウトテイクレベルの出来ですし、ヴォーカルも気合が抜けすぎなんですが、それもまた良しです。

 クラシック的な意味でのミスはたくさんしましたが、ポップスは帳尻を合わせればOKなので、そういう意味でのミスはありませんでした。ミスは全部拾いました(笑)。

 合わせてみて、フラッターもグロウルもいらない気がしました。ヴァイオリンが入るなら、そういうテクニックに走るよりも、素直にヴァイオリンと合わせていった方が良いような気がしました。これについては、先生と相談しようと思います。

 先生から「暗譜を…」と言われましたが…フルート部分は全く暗譜できてません。一応、練習でも試みていますが、気持ちいいくらい、楽譜から目を離した途端に指が迷子になります。なんででしょうね? あれだけ練習しているにも関わらず、ほんの1音たりとも暗記できてないって、なんなんでしょうね? 頭、おかしいんじゃないの! って自分に突っ込みたくあります。

 デスペラードの歌部分は暗譜がすでに出来ていて、フルートさえ吹かなければバッチグーなのに、フルートを手にした途端、すべてが飛びます。フルートを手放せば、余裕で歌えるのに、フルートを持った途端に、歌えなくなるって、やっぱりおかしいよねえ…。

 せめて、本番までにフルートを持っていても、歌えるようにしたいです。せめて…ね。どうにもこうにも、私って、きっと脳味噌が歌手なんだろうな、と思います。歌はすぐにマルっと暗譜できるのに、いや、暗譜する気持ちすらなくても、いつの間にか暗譜しているのに、フルートはいくらやっても音符一つ覚えられない。シシリエンヌの出だしは「レ」だと分かっているのに、なぜかソで吹き始めちゃう私です。それどころか「フルートを吹くんだ」という気持ちがあるだけで、歌の暗譜まで飛んでっちゃう。…どうにも、私って、器楽奏者としての脳味噌を持ち合わせていなような気がする。

 悲しい……でも、これって暗譜できない言い訳としては、通用しないよなあ…。

 とにかく、本番までにあと、1回練習があります。そこで最後の調整をして、いよいよ発表会です。発表会では、マイミクの○○さんがゲストで参加します(本人の了解を得ていないので、ひとまず伏せ字)。驚きだけど、楽しみです。自分の演奏よりも楽しみだったりします。ぐふふふふ。

2009年11月 9日 (月)

楽器フェア2009に行ってきました

 楽器フェア2009に行ってきましたよ。楽器フェアってのは、そうね…車のモーターショーの楽器版って感じの展示会だね。横浜のパシフィコ横浜にある、嫌になるくらい、でっかい展示ホールを借り切って行う、すごく規模の大きな展示会でした。パンフには「国内最大の楽器イベント」って書いてあるけれど、それもまんざら誇張ではないような気がしました。

 とにかく、すっごくおもしろかったです。(大小問わず)国内外の楽器メーカーが集まって、自社製品を思い思いにPRしてました。イベントも豊富にあったし、常にどこかのブースではライブショーをやっていたし、セミナーやマスタークラスもやたらとあったし、有名なミュージシャンたちも無防備でそこらへんを歩いているし、外人がたくさんいるし、試奏はやりまくりだし、楽器職人さんたちが現地で楽器を製作しているのを見学したり、アッチコッチで名刺交換はしているし…。もう、舞い上がりっぱなしでした。ああ、疲れた。

 なので、まとまらない事は百も承知で、断片的にダラダラと感想を書いておきます。ああ、老後に読み返すのが楽しみ!

 あ,そうそう。私はグローバルさんから招待状をいただきましたので、それを利用させていただきました。グローバル様、ありがとうございました。ちなみに、通常の一般客は入場するのに1000円かかります。でも、1000円支払う価値のあるフェアだったと思います。

 さてさて、ダラダラした感想をアップします(笑)。

 入場して真っ先に行ったのは、ケーナのブース。たまたま入り口近くにあっただけなんだけれどサ。でもでも、ケーナはおもしろいよ。楽に吹けるし、音色もいい。サイズも手のサイズにジャストで扱いやすい。私の隣で吹いていたお兄さんはまったく音が出せなくてあせっていたけれど…、ま、そういう人もいるんだね。

 私はさっそく店の人に「コンドルは飛んで行く」を教えてもらって、ピャラピャラ吹いちゃいました。「これ、8000円です」と言われたので、もう少しでうっかり財布を開いて買っちゃうところでした(危ない危ない)。考えてみれば、私がケーナを買っても、演奏する仲間もいないし、だいだい練習もできないじゃん。つまり、何もできない。買ったところで、笛コレクションの一部にはなるけれど、それでお終い。それじゃあケーナもかわいそうなので、今回の購入は見送りました。また、縁が有ったらね。でも、ケーナはおもしろかったので、他のお店でケーナを見かけると、教えてもらった「コンドルは飛んで行く」をピーヒャラピーヒャラ吹いて遊びました(笑)。

 お約束的にアルタス(と言うか、親会社のグローバル)のブースに行って、フルートを一通り吹いてきました。いつも高級モデルしか吹かないけれど、こういう時は廉価なモデルも試せるのでよかったです。音は(騒音の中なので)よく分からないけれど、廉価モデルも吹き心地はいいね。

 そうそう、どのアルタスフルートたちも、見違えるくらいにピカピカでした。と言うことは…すでにアゲハはかなり曇っていると言えるんでしょうね。毎日磨いているのに…。でも、黒く曇っているかな? 白く曇っているのかな? 私の目には白く曇っているように見えますが、はてさていかに?

 バスフルートはやっぱりアルタスがいいね。三オクターブまでラクラク出ちゃうよ。今回はカーペンターズの「イエスタデイ・ワンス・モア」とビートルズの「イエスタデイ」の二曲を吹きました。あんまりいい音がするんで、自分で酔いしれちゃうくらいです。そのまま、向かいにあるジュピターのブースに行って、横型バスフルートも縦型バスフルートも吹いてきたけれど、もちろん一応は吹けるけれど、あんまり良い音がしません。私は、やっぱりアルタスっ子なんでしょうね。

 なので、今度はヤマハのバスフルートを確かめようと、ヤマハのブースに行きました。

 ヤマハのブースは、すっごく大きかったです。フルートのブースに直行です。なにしろ人だかりがありますから、すぐに分かる(笑)。大勢の方々がフルートの試奏をしてましたが、総銀が人気ですね。総銀モデルが演奏したくて人だかりが出来てましたが、木管とかゴールドは逆に不人気でした。意外です。バスフルートは…ない(涙)。バスどころかアルトもありませんでした。ヤマハは製品数が多いので、メジャーな製品しか持ってきていないようです。

 ま、心を入れ換えて、ヤマハのフルートを一通り試奏してきました。やっぱり私的には、ゴールドのメルヴェイユがナンバーワンでした。メーカーの人に尋ねたら、シルバーのビジューが一番人気なんだそうです。ふーむです。

 せっかくヤマハに行ったので、憧れの弦楽器コーナーに行きました。

 ヴァイオリン、もちろん試奏しましたよ、サイレント・ヴァイオリンですけれど(笑)。サイレント・ヴァイオリンはヘッドフォンを使って自分の世界に浸れちゃうので、延々と弾いてしまいました。だってだって楽しかったんだもん。ここでも演奏したのはカーペンターズの「イエスタデイ・ワンス・モア」。はは、試奏って言うと必ずこの曲なのね、私は。ヤマハの人に「とても楽しまれていましたね」って言われちゃったよ。きっとうれしくって、ニコニコしながらヴァイオリンを弾いていたんだと思う。

 もちろん、チェロも弾いたよ。サイレント・チェロでね。いいねえ、チェロ。でも、サイレントシリーズ的にはヴァイオリンの方が好きだな。生楽器なら、絶対にチェロの方に軍配を上げるけれど、サイレントに関してはヴァイオリンの方がよく研究されているのかな? なかなかいい音がしてました。ま、所詮、サイレントシリーズは自宅練習用なんだから、あんまり音色音色と言ってはかわいそうですがね。ヴァイオリンとチェロで遊びすぎたので、ビオラとコントラバスは遠慮しておきました(奥ゆかしいでしょ)。

 ピアノは、シーボルトが持ってきたという日本最古のピアノのデモ演奏を聞きました。スクエアピアノという種類のピアノでした。なんか、典雅な音のピアノでした。元々は、ベートーヴェンの時代の楽器だそうで、こういうのをリアルで聞いちゃうと、古典派のピアノ曲を現代のピアノで弾くのはいかがなものかと思いますね。だって、明らかに楽器が違うもの。

 憧れの本物のローズピアノを弾きました。これまた本物のハモンドオルガンも弾きました。もう、脳味噌がトロケるくらいに感激しました。その側で、ハモニカのデモ演奏をしていました。ハモニカっていいね。ソロ演奏でも十分に人の心を溶かすよね。機能面から見ればフルートの足元にも及ばない楽器だけれど、音に関して言えば、フルートよりも素晴らしい楽器なのかもしれない。ハモニカは…挫折したんだよなあ、私。立派なハモニカ持っているけれど、全然吹いていないよ。ハモニカに申し訳がたたない気持ちでいっぱいです。

 さて、会場は大雑把に4つに仕切られていました。それぞれは、アコースティックギターがメインの会場、エレキギターがメインの会場、ピアノがメインの会場、サックスがメインの会場と分かれていました。つまり日本の楽器って、この四つが大きな柱ってわけなんですね。意外や意外、サックスで私が思う以上にメジャーな楽器だったんですね。ちなみにフルートはサックスの区分の中でやってました。

 会場をプラプラと歩いていると、色々な人に挨拶されちゃいました。どうやら、かつての教え子たちのようで、へー、楽器業界にもたくさん教え子がいるみたいです、私。驚き。おかげさまで、興味もない会社のカタログを山のように手にしちゃいました。だって、「センセ、カタログを持っていってください」ってニコって言われたら「ありがとう」と言って持って帰るしかないよね~、おつきあいって奴だよね~。おかげでカバンがパンパンになっちゃいました。

 フルートメーカーさんたちも頑張ってましたよ。特にアルタスとサンキョウは結構気合を入れてました。アルタスは(ジャズカルテットの一人として)ジャズフルーティストさんの演奏をやってましたし、サンキョウは現代音楽の演奏家(もちろんフルートね)を呼んでステージしてました。ミヤザワとイワオとジュピターは、ステージこそはやってなかったけれど、一通りのモデルを展示して、試奏させてくれました。疑問なのはムラマツ。力入ってませんねえ…。親会社のモリダイラの中に鍵をかけたショーケースを用意して、そこに18Kのフルートを1本だけ展示していただけで、明らかに力が入ってません。さらに言うと、パールはちょっといただけません。だって、会場に影も形もないんだもん。ありゃあマズいでしょう。私、一生懸命、探したんだよ~、でも見つからない。…かなりガッカリ。楽器業界のおつきあいってのだって、あるだろうに…。ブースを出さないとは…。よっぽど経営が苦しいのかしら。フルートはともかく、本業のドラムのブースは出すべきだと思うけれどなあ。ほんと、ガッカリだし、残念でした。

 ああ、パールのドラム、叩きたかったなあ。ってか、私が最初にマジメに叩いたドラムって、パールだったんだよね。

 意外な人気がアカイでした。ウィンドシンセってすごい人気ですね。私も試奏したかったのだけれど、とてもできる状況ではありませんでした。ああ、あのウィンドシンセ、本当のホントに試奏したかったなあ。プロによるライブショーも見たけれど、あれって、なかなかの可能性を持った楽器ですよ。あれはすごいと思いました。

 あと、人気といえば、リコーダーのアウロスもなかなかの人気でした。私もひととおりのモデルを演奏してみましたよ。テナーリコーダーって、指の間隔が思ったよりも広くって、意外と演奏しづらいんですね。ま、慣れればどってことはないと思いますがね。かえってバスリコーダーの方が演奏しやすいかもしれません。

 トラヴェルソもあって、おもしろかったよ。トラヴェルソの演奏はフルート感覚でできて、楽しいのだけれど、会場の温度のせいもあるけれど、ピッチがかなり不安定だったのが気になりました。でも、ちょっと欲しいかな? D管というのが残念だけどね。ちなみに、リコーダーのついでにトラヴェルソに挑戦する人はたくさんいるんだけれど、やっぱり音を出すのは至難の技のようでした。何も考えないで、トラヴェルソが吹ける私って、やっぱり恵まれているのかな?

 ケロミンって楽器知ってる? カエルのパペット型の楽器なんだけれど、底抜けに面白いと思ったね。老人ホームの慰問とかに持っていくと、チョーウケルと思ったよ。「~ミン」つながりでいくと、テルミンもあったので、演奏してみましたが、ありゃあ、難しい楽器だね。私が弾くと、ノイズジェネレーターにしかなりませんでした(涙)。私には、テルミン系の才能は皆無のようです。

 このブログに来る人はギターにはあまり興味ないだろうけれど、ギターもたくさん試奏してきましたよ。エレキギターの時の試奏曲は、ビートルズの「デイ・トリッパー」な私ですが、いやあ、何度デイ・トリッパーを弾いたことか! ギターは音色や演奏のしやすさも大切だけれど、やっぱり造形だよねえ。カッコいいギターからは、何となく、カッコいい音が出るような気がするから不思議だよね。

 スティール・ギターというのを始めて弾きました。オープンシステムなチューニングで演奏するんだけれど、なんかカッコいいよね。

 いわゆるアコースティックギターもたくさん弾いたけれど、私の愛器(TOKAIのCat'Eyesだよ。まだ国内生産だった時代のギターだよ。今となっては貴重な楽器だね)の方がいい音してると思ったね(えへん)。

 ベースは…それなりに弾いたけれど、善し悪しはよく分かんないや。所詮、ギタリストが持ち替えでベースをやっている程度じゃ、楽器の善し悪しまで分かるところまでは行かないんだな(嘆)。

 そうそう、リッケンバッカーとかハフナーの日本代理店って、今は、レコード屋さんの新星堂なんだね。知らなかったよ。私は黒のリッケンのコピーモデルをは持っているけれど、なんかオリジナルが欲しくなってしまいました。演奏する機会なんてないのにね。

 アウトレットコーナーも充実していて、自分のお土産にCDを6枚買いました。もちろん、フルート関係のCDで、ウィリアム・ベネットとアラン・マリオンを中心に買いました。だって、レコード屋さんで見かけた時は3000円だったのに、ここでは一枚300円なんだも、そりゃあ買うしかないよね。

 あと、コタケのフルートが『純国産!』ってデカデカと書いてあって、新品で6万円(C管)で売ってました。サブフルートとして買うべきだったな?と、帰宅した後、後悔しました。ま、だいたい、買って後悔することもあるけれど、買わずに後悔することの方が多いんだよね、私って。

 ああ、まとまらない文章だ。でもでも、本当に楽しかったよ。疲労困憊になったけれどネ。次は再来年開催だってね。ああ、また行きたい。グローバルさん、また招待状、よろしくお願いしまっす!

2009年11月 8日 (日)

ブログのネタ切れ対策について[2009年11月第2週・通算44週]

体重:104.2kg[+0.2kg:-1.6kg]
体脂肪率:31.6%[+0.1%:-0.7%]
BMI:32.9[+0.1:+-0.0]
体脂肪質量:32.9kg[-0.3kg:-1.0kg]
腹囲:103.3cm[+0.1cm:-2.9cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第35週目です。ううむ、全体として横ばいって感じですね。気管支炎で食っちゃあ寝の生活をしていた割には、まあまあだと自分なぐさめる事にしました。

 さて、今週のエッセイは、二週続けてのメタブログネタです。

 ブログを書いていると時々尋ねられるのが「よく毎日書けますね」「書くことが無くなる事ってないですか?」「書けなくて困る事って無いですか?」の類の質問。

 ネタ切れ対策をどうしてますか、って話ですね。「ブログを始めたいけれど、書く事が無くて困ってます」とか言う悩みも同様かな? とにかく“ネタ”に関する質問を時折受けますので、今回はそのネタの話を…。

 まずはブログの方向性の問題でしょうね。方向性が決まっていれば、案外、ネタは切れないものなんです。「制限のある自由が一番活動的になれる」ってわけですね。実際、私のブログは「何でもアリ」のブログではありません。「何でもアリ」なのは、日曜日だけで、他の曜日は書く内容が決まっています。

 私の場合、平日は音楽ネタです。それも習い事系です。声楽とフルートと第九のレッスンやら練習やらの備忘録です。まずは、これがメインコンテンツになります。それ以外の日は、音楽関係のエッセイを書いてアップしています。土曜日はかわいい金魚の話です。実はこれも、我が家の水槽に関する備忘録です。日曜日はダイエット記録のこれまた備忘録としてアップしています。つまり、私のブログは、原則、備忘録なんですね。備忘録ってブログのネタとしては良いですよ。なにしろ、活動する限り、ネタ切れなどするはずがありませんから。

 もし、ネタ切れを起こすとすると、音楽関係のエッセイの部分と、ダイエット記録の後に書く、ノンジャンルのエッセイぐらいです。

 で、これらの部分のネタですが、足りないどころか、余ってます(笑)。実は余っていて、困るほどです。

 私の場合、ブログを始めるにあたり、いくつのルールを設定しましたが、その一つに「一日一記事」というのがあります。これは「一日に一つしか記事を載せてはいけない」という内部規定(っておおげさだな)です。ブロガーの中には、一日に2~3記事、いやいや、凄腕になると40~50前後の記事を次々にアップする方がいらっしゃいますが、ああいう風には絶対にならないぞという戒めです。私は「一日一記事」死守です。

 平日5日間ある中に、かならず数日はレッスンが入ります。だからエッセイネタも週にせいぜい4つもあれば余るほどです。

 なので、一週間に5つとか6つとかの記事ネタを思いついた時も、当然アップできる数は決まっていますので、あとのネタはひとまずネタ帳に書き貯めておきます。

 そうです。ネタ帳です。私はネタ帳を持ってます。思いついた事はひとまずネタ帳に書き込む。これって発想法の基本の基じゃないですか。とりあえず、思いついた事はネタ帳にドンドン書き込む。まずはそんなところ。

 で、時間ができた時に、パラパラとネタ帳をめくって、ザザっと記事を書いちゃうわけです。今、ネタ帳の死蔵ネタを数えてみたら、73個ありました。まだ書いていないネタが73個あるわけです。もちろん、その中には、もうネタとして古くなりすぎて使えないものもありますから、実質は半分程度の40程度しか使えないでしょうが、それでも、とりあえずの当面は、ネタに困る事はない私です。

 というわけで、慢性的なネタ不足に困っている方は、ネタ帳の作成をお薦めします。

 では次に、ネタ帳に書き込むようなネタの探し方。

 これに関しては「興味関心を持って日常を過ごしていれば、ネタは向こうからやってくる」としか言えないなあ…。ネタって無理に考えても浮かんでくるものではありません。ブログの神様から「ほれ、今日のネタはこれだよ~」と言って手渡されるものだと思ってます。だから、日頃からブログの神様と親しくしていれば、神様もたくさんネタを提供してくれるし、あまり親しくないと、それほどのネタをくれないと思ってます。

 では、ブログの神様と親しくなる方法は…これはもう、感謝と祈りでしょうね。どこの世界の神様も「感謝と祈り」は大好物ですから(笑)。絶えず『ブログを書き続けられること』に感謝し『これからも健康で楽しくブログを書き続けられる様』に願い祈り続けていること。これがブログの神様と親しくなる方法だと思います。

 つまりは、人生の根本に『感謝と祈り』があれば、ブログは毎日書けますって事です。

 どうでしょうか? 少しはネタ不足の解消はできたでしょうか?

 「…結局、ネタ切れ対策の具体的な話をしないのかよー。すとんさんの嘘つき~!」 という声が聞こえてきそうです。…いやいや、私は嘘はつきません。嘘をつくと、あとあと、話の帳尻合わせをするのが面倒なので、オールウェイズ、ビー・オネストな人でいたい私です。そこんところも分かってますよ(笑)。

 と言うわけで、私自身はやる必要を感じないので実行はしませんが、私の知っている、ネタ不足を解消するための3つの技を教えちゃいます。

 さて、最初の技は…いきなりの大技です(笑)。それは…『ブログ削除』または『ブログの引っ越し』という手です。つまり、ブログのリセットです(笑)。

 「い、いきなり、なんですか~」 …はいはい、突っ込みありがとう。これ、確かに大技ですけれど、実は、ネット界ではありふれた、ごく日常的な出来事の一つです。(だから個人攻撃のつもりはないので、当該者の方々はカチンとしないでね)

 ちょいと古いデータですが、こちらをどうぞ。こちらによれば、ブログの平均寿命。つまり、一つのブログを立ち上げたから、放置ないしは削除されるまでの期間ですが、それって、たったの38.2日です。つまり、普通のブログは約一カ月で死んじゃう(削除または停止)って事です。で、そのままブログを辞めてしまう人もいれば、また別の場所で別のブログを立ち上げる(つまり引っ越し)もいるわけで、ブログなんて、1カ月かそこらで、ばんばんリセットされちゃうメディアなんです。

 結構、みなさん、気軽にブログのリセットをするんですよね…。

 もちろん、リセットをすれば、以前、使ったネタももう一度使い回せるわけで、ネタがなくなればリセット。ネタ切れを起こしたらリセット。トラブル起こしたらリセット。怖い人ににらまれたらリセット。マズイ記事を書いちゃって、突っ込まれっぱなしならリセット。2chにさらされたらリセット。嘘つき呼ばわりされたらリセット。裁判沙汰になりそうならリセット。言質を取られたくなかったらリセット。何となく飽きたからリセット。失恋したからリセット。春が来たからリセット。宝くじ当たったからリセット。とにかくリセットリセット。理由はないけれどリセット。

 …なんて感じの、ありふれた技なんですわ。『ぎ○○く』の存在なんて知らないんだろうなあ(呆)。一度書いてアップされたブログが消えて無くなるなんて事ないのにねぇ(嘆)。

 まあ、人それぞれの事情があるわけだから、ブログをリセットしたからと言って、それに関して何事を言うつもりはないけれど、私自身はブログをリセットするつもりはないです。だから、この手は使わない。…しても徒労だし(笑)。

 私はね、自分の記事に愛着があるし、みなさんからのコメントにこもった思いも分かるつもりです。だからそれを簡単に削除したり、リセットしたりはできないなあ…。言葉には、言霊って魂が込められていると思います。記事やコメントを削除するってのは、言葉を殺す事、その人の思いを殺す事…そんな風に、個人的には思ってます。だから、ブログの記事の削除とか、みなさんのコメントの削除や検閲は、基本的にしませんし、ましてや、ブログのリセットはしませんので、ここのブログにやってくる皆さんは、ご安心してコメントを書き込んでください。

 私は、他人の思いや知性や生きざまに対する敬意を、持ち合わせいるつもりです(ぶい!)。

 さて、二番目の手です。これも私はやりませんが、ニュースレスポンスという技があります。ブロバイダによってはブログサービスとして、お題提供みたいなノリで似たような事をやっている所もあります。これも、似たような技でして、なかなかの便利技ですよ。ネタ切れ対策には良いのです。ただしこれは、ちょっとやり方を間違えると、危険な技かな?

 やり方は簡単で、新聞などのニュースサイトを読んで、何かしらの感想を持ったら、そのニュース記事へのリンクを張って、そのニュースに関する感想を自分のブログにアップするというやり方です。結構、大勢の方が、このやり方でブログをやっています。アルファブロガーの方々は、この手のブログの人が大勢いらっしゃいますね。

 これならネタ切れはありえませんし、ニュースそのものはいくらでもあるわけだから、その中から自分の興味関心に合ったものを選べばいいわけだし、楽と言えば楽。でも、注意するべき点は、初心者は、うっかりと政治系のニュースへの感想は書かない方が良いという事でしょうね。

 政治系のネタへの反応は実に難しいと思います。日本では、新聞テレビは基本的に左翼系ですし、学校教育も左翼系思想で成り立っていますので、普通の日本人は「自分は中道である」と思っていても、実はかなり左翼がかっているケースがほとんどです。つまり、日本人の大半が無自覚な左翼だと言っても過言ではないと思います。

 この無自覚さがいけません。「自分が左翼的な思想を持っているんだ」と自覚して左っぽい意見を書くなら、何も問題はないのですが「自分は中道な思想の持ち主だと」と錯覚したまま左翼っぽい意見を書くと…あっと言う間にブログが炎上しますよ。私はそういう、ある意味無邪気なブログの末路をたくさん見てきました。

 ブログというか、インターネットの社会って、実は自覚的な右翼の方がウヨウヨします。また、日本大好きな愛国者の方も大勢いらっしゃいます。なぜいるかと言うと、そういう方々の発言って、絶対にマスコミにとりあげられないじゃないですか。だから、マスコミに取り上げられない分、インターネットの世界で頑張っているわけです。まあ、学校とマスコミが左翼に占領されている分、右翼はネットとアキバで頑張っているわけだ! え、これは、あまりにステレオタイプ的なモノの見方だって? すんません。

 で、うかつな…と言うか、そんな無邪気な、無自覚左翼の方が、うっかりした事をブログに書いてしまうと、この手の自覚的右翼な方々に、火をつけられちゃうわけですねえ~、こわいですねえ~。ネットは怖いですよ~。無自覚左翼に容赦はないですからねえ~。

 ですから、政治系のネタに手を染めるなら、それなりに政治の勉強をして、自分の立ち位置を定めてからやらないと、本当に危険です。政治というのは、素人がうっかり手を出してはいけない領分だと思いますよ。でも、ネタ不足解消を考えると、ついつい、手を出しちゃうんですよね。

 私も(ご存じの通り)ごくたまに政治的な記事を書きますが、やはりあんな程度のものでも、アクセスはいきなり増えますよ。それくらい政治的な記事は反応が良いです。それこそ、ブログのランキング上位に成りたければ、定期的に政治ネタをいれるくらいがいいのかもしれませんが…危険な技ですから、あまりお薦めしません。

 ちなみに私は、日本大好きな愛国者でありますが、思想は至って中道保守でございます。だって、オジサンだもん。キレイゴトばかり言って、夢ばかり見ている左翼には付き合えないし、現状追認するだけで既得権益を守る事に汲々として、未来へのビジョンを持たない右翼にもうんざりしています。オジサンだから、現実に立脚しつつも、子どもたちに良い社会を手渡してあげたいと思ってますので、私は中道保守なのね、ってか、自分の頭で考えれば、そうならざるを得ないと言うか…ね。

 さて、最後の3番目の手として、写真ブログという技もあります。これはなかなか良いかもしれません。だいたい、記事を書こうとするから、ネタ不足になるのであって、身の回りの写真を取り続けて、それをアップするなら、いくらでもネタがあります。だいたい毎日、空の写真とか、夕飯の写真とか、そういう定点観測的な写真なら絶対にネタ不足になりませんし(笑)それにこれなら、文章を書くのが苦手な人でもOKだしね。

 芸能人ブログの大半が、この写真系ブログというのも、これが更新するのに、楽なタイプのブログだからなんでしょうね。

 でもね、この方法がいいなあと思っているあなた。ちょっと待ってね。芸能人が写真をアップするから、みんなが見てくれるのであって、ただの庶民のあなたが、自分の身の回りの写真をアップしたからと言って、それを誰が見たいと思いますか? 問題はそこです。見知らぬ人でも見たいと思える写真をアップし続けることができるか? つまり、写真をアップすると言っても、やっぱり、そこはヒトヒネリが必要。つまり、テーマが面白くないと、確かにネタの心配はないけれど、アクセスしてもらえる可能性が限りなく低くなるのが、この写真系のブログの特徴です。

 でもね、仲間うちだけでチマチマと楽しむなら、写真系ブログも捨てたものじゃないとは思います。でも私はやらない。理由? 写真を撮るのが面倒だから。写真を撮るくらいなら、ちまちま雑文を書いていた方が、よっぽど楽でしょ(笑)。

 他にも、ネタ切れ対策はあると思いますが、私が思いつくのはこれくらいかな? 他にこんなやり方がありま~すというのがあったら、ぜひコメントください。良い方法があったら、私も活用するかもしれません。

2009年11月 7日 (土)

チヅルが引っくり返る

 一応、チヅル君の名誉のために書き添えておきますが、彼は元気ですよ。病気とかではないと思います。でもね…よく引っくり返るのよ~。でんぐり返るのよ~。どういう事かと言うと、ついついお腹が上に行っちゃうんですよ。

 でも、転覆病とはちょっと違うみたい。というのも、そういう腹這いの状態って、本人も嫌いらしくて、そういう状態に一瞬なったとしても、必死に元の体制に戻ろうとするし、一度元の体制に戻れれば、それで落ち着けますからね。転覆病だと、元の体制に戻れなくなっちゃうんです。そこが違いかな?

 で、チヅル君は(おそらく)転覆病ではないと思いますが、それにしても、すぐに引っくり返っちゃいます。ひっくり返るどころか、錐揉み状態になっている事すらあります。つまり、お腹が上とは限らず、頭が上だったり、お尻が上だったり、右胸が上だったり、左胸が上だったり、…します。つまり、天地無用のフリーダム状態で生活してます。

 あんまり、そんな状態が多く見られるので、ある日、じっくりとチヅルを観察してみましたら、一つ分かった事があります。それは…彼は頭から尾っぽまでの距離よりも、背中から腹までの距離の方が長い(驚)。つまり、縦長な金魚なんです。だから、横から見ると、まるでエンゼルフィッシュのような体型です、金魚なのに。でもホンモノのエンゼルフィッシュと違うのは、正面から見た時、エンゼルフィッシュは紙のようにウスッペラなスマートな体型をしているのに、チヅル君はデップリとしていて、たっぷり厚みがあります、金魚ですから(笑)。そりゃ、安定が悪いよなあ…。

 そんなチヅル君ですが、最近は少々?水槽の居心地が悪いようで…。ほら、水槽の右半分をキッカが占拠してしまったため、ブニョとサツキもチヅルと一緒に水槽の左半分にいる事が多いのですが、一緒にいるのが、ブニョとサツキですよ。両方とも、チヅルよりもウンと大きい金魚なんですよ。なので、彼女たちが水槽の中を泳ぐと、わざとかどうかは分かりませんが、身体がぶつかってしまう事が多くなりました。体当たりされて、錐揉みにされて、引っくり返っちゃうんですね。

 それはそれは、チヅル君、居心地が悪いみたいです。よく水槽の隅に行って、人間の方をじっと見つめて、いつも何か訴えています。きっと、口がきけたら、こう言うでしょうね。「ボクを早くここから出して~」ってね。

2009年11月 6日 (金)

あとがないぞ、合唱界!

 今週の第九の練習は…サボりました(笑)。いやあ、気管支炎だったので大事をとって休んだんです。

 だって、合唱練習だもん。第九はね、私、一部暗記があやふやな部分がある事は認めるけれど、とりあえず、大方歌えるし…、私ひとりがいなくても合唱団全体としては、気がつかない程度の問題だし…、合唱って結局歌わされるわけだから、声楽と違って、ノドにかかる負担も自分でコントロールしずらいし…、それよりも何もよりも、早くノドとか声とかを治して、次回の声楽のレッスンに備えた方がいいかなって思ったので…サボっちゃいました。へへへ。

 てなわけで、今週は第九の練習の備忘録は無しです。ちなみに妻の報告によれば、前回の練習では、ドッペルフーガまでの歌い込みと、男声の居残り特訓だったそうです。ああ、男声の特訓があったんだ…行かなくて正解だったな(笑)。

 第九の練習に不参加となると、合唱関係の記事がなくなってしまうので、それでは合唱ファンの方が残念がるかな…と思ったので、今週は先日行われた地元の合唱祭の聞いて思った、どうでもいい事を書き散らすことにしました。

 まず、合唱祭の説明から。合唱祭というのは…まあ、地元の合唱団の合同発表会みたいなモノです。たくさんの合唱団から大勢のみなさんが出演されていました。

 どの団の方々も、順調に、お年を一つずつ重ねていました。そう、一つずつね…。つまり、どこの団もメンバーが変わってないんですよ。同じメンバーのまま、去年も歌い、今年も歌う。そんな団がたくさんいました。いやあ、多少のメンバーの入れ換えはあったのかもしれませんが、それは同世代の人同士の入れ換えなので、観客的には「今年もみなさん、お元気だなあ…」って感想です。

 そりゃあ、みなさん、御達者ですよ。それは何よりですよ。でもね、これって“高齢化”って奴ですよね。シニア団体の下に、若干のお母さんコーラスの団体があって、その下がいきなり学生団体ってのは…ちょっとマズイんじゃないかなって思います。

 つまり、合唱をやる中年が本当に少ないんですよ。もちろん、舞台の上だけでなく、観客側もそうなんです。全体に中年が、とりわけ中年オヤジがいないんですよ。

 …音楽なんて趣味に、仕事が忙しい中年オヤジがいなくったって当たり前じゃん…という声が聞こえそうですが、それは違いますよ。だって、地元のアマオケには中年オヤジがいるもん。吹奏楽団にだって、数はあまり多くないけれど、中年オヤジがいます。ジャズ系のお店に行くと、ステージに立っているのは、地元のアマチュアジャズマンたちで、たいてい中年オヤジです。つまり、合唱以外の趣味の音楽の世界には、数の多少はあれど、どこでも中年オヤジことオジサンがいます。これほど、オヤジ度が低いのって、合唱界個別の問題なのね。だから、混声合唱団などでは、男声のほとんどは隠居ジイサマですから、どうしても団の平均年齢が70オーバーだったりするわけです。

 これって、やっぱり、変でしょ? なんで、こうなっちゃったのかな?

 それはおそらく、私が思うに、理由は三つ。お母さんコーラスが花盛りの現状を見て、合唱は女のやることだと言うイメージが一般化している事。新人の供給が減ってしまった事。それに合唱団が村社会化している事、このあたりが理由かなって思います。

 最初の理由。「お母さんコーラスが花盛りのため、合唱は女のやることだと言うイメージが一般化している事」っては、ずばり「合唱なんて男のやる事じゃない」って事だけれど、これは別に今に始まったわけではないので、実は大した理由ではないかもしれない。いや、むしろ、こんな普遍的なテーマが思いつくほどに、お母さんコーラスが花盛りという事で、めでたい話ですね。今も昔も「合唱は女のやる事」でした。でもね、それでも昔は、歌う中年オヤジがいたのに、今ではめっきり歌うオジサンが減ってしまったというわけさ。つまり、理由は別にあるって事だね。

 第二の理由。「新人の供給が減ってしまった事」ってあたりの方が、より真実に近いような気がします。では、今まで合唱における新人たちって、どこから供給されていたのでしょうか? これを団塊の世代の人たちと話をしてると、昔は、主に二つの供給源があったようです。一つは「歌声喫茶」、もう一つが「学校の部活(合唱部)」です。

 …出ました! 歌声喫茶です! 実は、現在の合唱界を支えているメンバーの方々って、この歌声喫茶出身者がたくさんいるんですね。歌声喫茶で歌う楽しさを覚えて、歌声喫茶の衰退に呼応する感じで、次々と合唱団を立ち上げて、今に至る。そんな人たちがたくさんいます。歌声喫茶が消滅してしまった現在、そりゃあ、歌声喫茶経由の新人さんは来るはずないよね。納得。

 学校の部活としての合唱部は、少子化と共に衰退していく一方です。おそらく昔はどこの学校にもあった合唱部だけれど、今はなくなってしまった学校の方が多いかもしれませんし、合唱部が活動していても、そのほとんどが、女性合唱の部活になっているところばかりでしょう。これでは青年中年問わず、男声の供給などちょっと考えられないですね。

 …とは言え、現実にはほんの少数とは言え、合唱をやっていた男性というのはいるんです。では彼らはどこに行ってしまったのか?

 そこで第三の理由です。「合唱団が村社会化している事」そうなんですよ。実に多くの合唱団が、表向きは門戸を開いているかのように見えますが、実態はメンバーが固定化し、茶飲み友達化し、村社会化しているので、団体そのものが新人の参加を拒んでいるのが現状なんです。

 それは分かりますよ。もう2~30年も同じメンバーで歌ってきたんですから、今更、若い者を入れてかき回されたくないって事くらい。時代に合わせるために、今までのやり方を変えるなんて、面倒ですよね。これからも今までどおりに歌えればいい、すごくよく分かります。だから、門戸を開いているフリはするけれど、色々と理由をつけて、意識無意識に関わらず、若い人を排除していています。逆に言えば、今のメンバーと軋轢を起こさずに、団のやり方を変えずに、会費を払ってくれて歌ってくれる、そんな便利な人で、自然と周りの老人たちに溶け込める人だけしか入団を認めないわけです。となると、入ってくるのは、現メンバーと同世代か、ほんのちょっと下のシニア世代だけで、社会でバリバリやっているギラギラ系の中年オヤジなんて入れてくれるわけがないし、若い女性は裸足で逃げ出すわけですよ。

 女性たちはともかく、数少ない合唱経験者である中年オヤジたちは、孤立分断化され、歌う情熱は持っているけれど、場を与えられず、別の趣味へと走るわけです。そう、昔と違って、歌が好きだから歌しかやらない、ではなく、基本的に誰もが多趣味ですから、合唱やりたいけれどできないなら、その空いた時間で別の趣味をするだけです。その別の趣味として、音楽(楽器)をやる人もいるだろうし、音楽ではない趣味をやる人もいたりします。それだけの話です。

 むしろ、もっと若い世代の方、とりわけ女性たちの方が音楽に関しては真面目かもしれない。最近、ポツポツと立ち上がっている合唱団って、2~30代の若い世代を中心とした合唱団がほとんどでしょ。ただ、残念な事に、これらの合唱団って、やっぱり大半が女声合唱で、男性は合唱をなかなかやらないんだよね。

 アマチュア合唱界、とりわけ混声合唱の文化の延命を図るなら、まずは中年オヤジを獲得しないといけないと思います。新人の獲得はもちろんの事、経験者も合わせて獲得しないと。

 でも、中年の新人は大変だよ。なにしろ、それまでの人生で歌ってこなかったわけだから、徹底的に歌えませんよ。でも、そんな人でも入れて育て上げないと、日本のアマチュア合唱界の未来はないです。

 経験者の獲得は…難しいね。即戦力になるけれど、すぐに仕切りたがるからねえ…。特に会社人間は…老人中心のユルユルな合唱団に黙ってられないでしょうね。経験者たちを数名入団させたら、もしかしたら団そのものを持って行かれちゃうかもしれない。「老いては子に従え」の精神ならば、若い者(って中年オヤジだけれど)に良いように仕切らせておいて、自分たちはその上に載っかっていけばいいけれど、こっちにも仕切りたがりのジイサマがいるならば…ちょっとムリだねえ。そういう意味では、やっぱり、新人オヤジを獲得して育てた方が楽かもしれませんね。

 さあて、20年後に、どれだけの混声合唱団が、アマチュア合唱界に残っているでしょうか? 日本中から男声合唱団や混声合唱団が絶滅という事はさすがにないだろうけれど、人がたくさん住んでいる都市部近郊にしか存在していない可能性はあるなあ。たぶん、その頃の日本では、アマチュア合唱団による年末の第九もできなくなっているだろうし、私の地元の、今ある混声合唱団は、おそらく、全滅だろうと思う。残ったとしても、某合唱団だけだろうなあ。ああ、悲しくて寂しいけれど、たぶん、そうなると思う。だから、合唱やるなら、今のうちなのかもしれない。

 そう考えたら、第九の練習をサボるんじゃなかったかなって、ちょっぴり思いました。

2009年11月 5日 (木)

どうやら私は、アメリカの犬のようです(笑)

 ウィキペディアで「ジャズ」の項目を読み、そこから「ジャズ喫茶」 -> 「歌声喫茶」 -> 「うたごえ運動」とリンク先をたどっていったところ、その「うたごえ運動」の項目の中に以下のような文章を発見。

>ジャズやポップスはアメリカ帝国主義の日本への文化侵略、演歌や歌謡曲は単なる大衆迎合などという解釈を与えていた。(全文をご覧になりたい方は、こちらへ)

 そういう時代もあったんだねえ…と言うべきか、そんな人々もいたんだねえ…と言うべきか。確かに、左翼とか共産主義者とか社会主義者って、ジャズとかロックとか大嫌いなんだよね。

 ジャズとかロックって、確かにアメリカ文化をルーツとした音楽で、反米な方々には憎々しい象徴なのかもしれない。日本人でジャズとかロックが好きな人(私もその一人だね)は、知らず知らずのうちに、アメリカ文化に毒されていると言われれば、悲しいけれど、否定できない。

 私はオペラが大好きなんだけれど、ヨーロッパでオペラが大流行だった頃、日本では歌舞伎が流行りました。歌と踊りと演芸の総合芸術という点では、ユーラシア大陸の東と西で、期せず、同じような芸術が生まれて育ったわけです。私は日本人で、歌舞伎も嫌いじゃないけれど、圧倒的に知っている演目は、オペラの方が多い。劇場まで足を伸ばして見に行った回数だって、オペラの方が多い。地元のホールに歌舞伎がかかってもパスするけれど、オペラがかかると必ず行く。

 自国の音楽よりも、白人音楽の方が好きなんだから、戦時中だったら、非国民と誹られても文句も言えない。

 もちろん、ロックは大好きよ。ジャズも最近はなかなかいいなあって思ってます。まったく、アメリカ文化に毒されているようなあ。アメリカ帝国主義の日本への文化侵略に、むざむざとやられている私です。

 ほんと、情けないったら、ありゃしない(笑)。

 わんわん。

2009年11月 4日 (水)

「オ・ソレ・ミーオ」の一番高い音(五線の上のA)を高らかに歌ってきました

 声楽のレッスンに行きました。風邪(気管支炎)をひいて、あきらかに声帯が腫れてました。へへへ、でも負けない。今回は若干、割れ声でしたけれど、歌ってきました。別に本番があるわけでないので、レッスンが終われば、倒れても良し!の覚悟でした。

 そろそろ、習った技術を一つの方向へ集約していく時期でしょうと先生に言われました。つまり、発声の方向性を明確にしてみてもいいのでは?という事です。今まではそれぞれに習った事(例えば、口を縦開きにするとか、お腹で支えるとか)をバラバラに活用しているけれど、それらをトータルなイメージで使ってみる段階じゃないかって事です。

 具体的に言えば「良い声のイメージ、自分の理想する声のイメージを明確にして、それに向かって発声してみる」って事です。そこで先生に尋ねられました。

 「一番好きな歌手は誰?」「マリオ・デル・モナコ!」「じゃあ、モナコになったつもりで歌ってみて!」

 やってみました。当社比のモノマネモナコですが、元が違うので、全然マネになってません(笑)。でも、方向が定まったのか、自分でもびっくりするような声が出ました。いやあ、驚きです。これが発声の方向性を明確にするということなんですね。

 これからは、歌う時は、常に心の中にモナコを用意する事にします。あ、モナコを知らない人のために、彼の代表作である、オペラ「道化師」の「衣装をつけろ」を歌っているモナコの動画を張り付けておきますね。しかし、古い画像です(苦)。でも、見事な声と歌唱です。惚れ惚れしますね。これだけ歌える人は、今でもなかなかいないですね。

 発声は常に背景にある和音を意識して行うように注意されました。たとえ同じGの音を発声していたとしても、その背景にある和音によって、その音の位置づけが変わります。例えば、そのGの音が和音の中の5度の音程であるか、7度の音程であるか、それによって、声の音色をほんの少しずつ変えることで、和音の中にキレイにはまるかはまらないかがきまるのです。ですから、発声練習とは言え、背景の和音をキチンと聞いて、その和音を意識して発声していく事は大切なのだそうです。これは別に歌に限った話ではないでしょう。フルートの時でも、笛先生に「耳を開いてフルートを吹くように…」と言われているのと、同じことだと思います。

 最初はもちろん上手くできませんが、こうやって気を使って練習していくことで、発声と同時に耳も鍛えられていくんでしょうね。

 さて、歌です。「オ・ソレ・ミーオ」です。先生の大切なレパートリーの中の一曲ですが、今まで生徒さんに教えた事がないそうで、ちょっと張り切っておられました。ま、この曲は、テノールじゃないと、通常は歌わない曲ですからね。テノール歌手のキング先生にとって、テノールの生徒さんじゃないと教える気にならないのでしょう。何となく、分かる気がします。

 一通り歌ってみての注意は、言葉をきちんと読んでおくこと(実は、ちょっとサボってました:ごめんなさい)。バルカローレ(地中海の舟歌)のリズムを感じながら歌うこと。譜面どおりに歌うよりも、バルカローレのリズムを感じながら歌う事の方が大切なんだそうです。

 バルカローレのリズム…確かにそのリズムを譜面化すると「オ・ソレ・ミーオ」の伴奏譜の通りになりますが、だからと言って、その譜面通りに演奏しても、バルカローレのリズムにはならない。つまりバルカローレのリズムの勘ツボは譜面化されない精緻な部分にあるわけで、その精緻な部分を感じながらの演奏が大切で…、これはバルカローレのリズムそのものを知っているか知らないかで、大いに違いが出るわな~。こういう部分は、先生から直接教わるとか、本場の生演奏を数多く聞くなどをしないと知り得ない事で、やはり先生から指導を受けるというのは大切な事なんだなあと思いました。

 そう言えば「オ・ソレ・ミーオ」に限らず、今、フルートで苦労している「シシリエンヌ」もバルカローレのリズムの曲ですね。ならば「シシリエンヌ」も譜面どおりと言うよりも、バルカローレのリズムに身をゆだねながら演奏することも大切かもしれない。…さっそく、応用してみよう!

 発声練習の時は「モナコで…」という指示だったキング先生ですが「オ・ソレ・ミーオ」は「パヴァロッティで…」という指示になりました。そこでパヴァロッティのイメージでやってみようとしましたが…当社比でも全然できません。パヴァロッティは、いざマネをしようとしても、あの声をマネするために必要なほど、口蓋垂(のどちんこ)が上に上がりません。あの声をマネるためには、もっともっと、口の中を上へ上へと広げないといけませんし、体はそうしようとするのですが、必要なほどに開かなくって、全然程遠いものになってしまいました。

 実はパヴァロッティって、すごい事をシレっとやっている歌手なんですね。マネして始めて知りました(汗)。

 モノマネをするというのも、なかなかに発声の勉強になると思いました。パヴァロッティをご存じない方のために、彼の歌う「オ・ソレ・ミーオ」を貼っておきます。いやあ、パヴァロッティの「オ・ソレ・ミーオ」は、本当に絶品ですね。

 モナコのマネも難しいです(それにだいたい似ていない:苦笑)が、パヴァロッティのマネは、さらに難しいです。声マネは無理ですが、歌廻しはとても参考になるので、そういう部分をマネしていきたいです。それにしても、口は常に縦開きですね。

 「オ・ソレ・ミーオ」の最後の最後の高いAを、当社比ですが、高らかに歌いあげる事ができました。とりあえず、実用音域の上限がAまで広がったというわけで、うれしい事です。これでとりあえず、テノールとしての最低限の音域を確保できたわけです。うわー、ここまでの道のり、長かったなあ…(涙)。

【追記】2009/11/04 夕方、キーボードで音を取りながら歌ってみたら、高いAは一瞬出るだけで、ほとんどは高いGでした。そういう意味では「高いAを高らかに…」は、言い過ぎですね。つまりまだまだテノールとしての必要最低限の音域は確保されていないわけです。ううむ、ぬか喜びでした。そういう意味では、本日の記事のタイトルは、ちょっと不適切だったかもしれません。ごめんちゃい。ガッカリしてますし、反省もしてます(ボリボリ)。

 私は学生時代に柔道をやっていました。ですから、原則的に“引く”力はそれなりにあると思います。柔道に必要な力は“引く”力ですからね。逆に言うと、私の欠点はその逆の“押す”力。柔道では“押す”という行動はあまりないので、そっち方向の筋肉はほとんど鍛えていません。

 キング先生のおっしゃるには、声楽で使う筋肉は“押す”方向の筋肉なんだそうです。少なくとも私の場合は、十分に“引く”事はできているので、今後は“押す”事を考えましょうという事で、宿題が出ました。

 スクワットとお辞儀の運動を毎日各50回ずつやって、背筋の“押す”方向の筋肉を鍛えましょうということです。

 …宿題、やってますよ。この前の実験で確認した、横隔膜を引くために使う背中の筋肉を毎日パンパンにしながらやってます。テクニックうんぬんの前に、まず体を作る事。これが目下の急務です。声楽は体が楽器ですから、必要ならば、ドンドン体を作り替えていかないといけないわけで…頑張ってますよ、私(笑)。老体にムチ打って頑張ってます。

 目標は「歌えるジジイ」になる事ですからね、私。目標に向かって、今日も頑張ってま~す。

2009年11月 3日 (火)

聞いていて、物足りなさを感じる音楽

 ごめんなさい。最初に謝っちゃいます。本当に失礼なテーマだとは思うけれど、私はそう感じているのです。「あいつは変な奴だから、変なことを言っているだけサ」と鼻で笑って、スルーしておいてくれると感謝です。

 では始めます。私は観客として演奏会に行って、何とも物足りなさというか、欲求不満になって帰ってくる音楽ジャンルがあります。それは「吹奏楽」と「女声合唱団」です。

 うわー、だからごめんなさい! 石は投げないでー!

 理由を書きます。

 吹奏楽の演奏会で物足りなさを感じる理由は……弦楽合奏が入っていないから。それだけです。弦楽合奏が入っていないから「アレ? なんか足りないよ。おお、そうだ。弦がないんじゃん」って思うのです。

 「弦楽器が足りない! 当然だろ、オーケストラじゃないだよ、吹奏楽なんだよ」という反論は重々承知しています。

 でもね、私。吹奏楽を聞くと、無意識にオーケストラと比較しちゃうんですよ。たぶん私の頭の中では、吹奏楽とオーケストラは同じ範疇なんですよ。オーケストラの管楽器パートを簡略化したのが室内オーケストラなら、弦楽器パートを省略化したのが吹奏楽という感覚なんですね。これは理屈ではなく、感性でそう思っているようなんです。

 だから吹奏楽の演奏を聞いていても、もしもこの曲をオーケストラで聞いたら、どんな響きになるだろう…って頭の中でシミュレートしちゃうんです。頭の中で弦楽合奏をプラスして、それで、物足りなさを感じてしまうのです。

 あー、ごめんなさい、ごめんなさい。

 次に女声合唱に行きます。これは単純に音域の偏りですね。女声合唱って、多くてもせいぜい三部合唱で譜面上は、ソプラノ・メゾソプラノ・アルトって書かれていても、実際には、ソプラノ1・ソプラノ2・メゾソプラノ程度の音域の曲が大半。つまり、高音ばかりにハーモニーが集中して、中低音が皆無だったりします。

 これは無理な相談だとは分かっています。小柄な日本女性には、本当の意味でのアルトは厳しく、どうしてもハーモニーが高音域に偏ってしまうのは仕方がないことなのです。だから、そのために中低音の薄さを補うために、女声合唱ではピアノ伴奏が必須であり、ピアノ+合唱で考えてあげないといけないのですが…私、女声合唱を聞く時、無意識にピアノパートに耳を塞いでいるんですよ。すいません、癖なんです。ピアノは聞こえても聞かないで、ただ声ばかりを聞いて「低音、うっすーい」とかボヤいている変なオヤジなんです。

 うわー、すいません、すいません。

 というわけで、私は吹奏楽と女声合唱を聞くと、物足りなさを感じてしまうのでした。以上、現場からのレポートでした(現場って、どこ?)。

2009年11月 2日 (月)

フルートをしっかり鳴らしましょう

 フルートのレッスンに行きました。今回、注意を受けたのは、表題のとおりに「フルートをしっかり鳴らしましょう」と言うことです。

 「フルートをしっかり鳴らしましょう」と言われて、みなさんは何をしますか? もっと勢い良くたっぷりとフルートに息を入れますか? でも、それはどうやら逆でして、もっともっと少ない息でフルートを吹いてくださいって事なんですよ。

 「歌でも、息をたくさん使えば、いい声が出るというわけではないでしょ?」と、いつもキング先生から言われている事を、笛先生の口から聞きました。楽器は違っても、音楽演奏の本質は同じという事ですね。

 なので、この辺は人によっても違うのでしょうが、私は基本的に(何度も書いてますが)息の入れすぎ、勢い良すぎな、元気な子なんです。でも、あんまり元気すぎて、フルートの鳴りを息で押さえ込んでいるようなんですよ。ですから先生に「もう少しでフルートが鳴りそうなんだけれど…」と言われています。

 もう少し柔らかい息で、フルートの管体の端までしっかり入る息でフルートを吹けると、自然とフルートが鳴り始めるそうです。それが今は、息が強すぎて、息の勢いでフルートの鳴りを抑えているというわけなんです。もっと、柔らかくて、太い息で、フルートを吹けるようにしたいものです。

 先生の前で何度も吹いて、ちょうど良い息でフルートが鳴り始めたところを教えてもらいました。あとは、あの感覚を忘れないようにして、自分の中に定着させれば良いのですが…それがなかなかに難しいというわけですね。

 もう、発表会に向けて、ほとんど日がありません。今回、シシリエンヌの演奏で受けた注意は「体を前後に揺らさない」です。どうやら私は無意識に体を前後に揺らして吹いているそうです(し、実際そうでした)。体を前後に揺らすと、笛と体の関係が変わるので、音が乱れてしまうそうです。できることなら、体は揺らさずに、どうしても揺らしたいなら、横揺れでいきましょうとの事でした。なので、横揺れでやってみたら…難しかったです。当日は直立不動の線で行きたいと思いました。

 グロウルができません、と直訴しました。なので、グロウル、ワンポイントレッスンをしてもらいました。グロウルをやるためには、まずそのフレーズをしっかり歌えることが大切みたいです。それも裏声でなく地声でしっかりと歌える事が大切。と言うのも、フルートの音と、自分の声との響き合いがグロウルでは大切なので、しっかり歌えないと、グロウルにはならないのだそうです。それにしっかり歌わないと、フルートを鳴らすのに必要な息も出ないというわけです。

 なので「そのフレーズを歌ってみてください」と言われましたが…いやあ、歌として歌えるほどにきちんと音を取っていなかった事がバレバレで、まともに歌えませんでした。いやあ、お恥ずかしい。なので、オクターブ下でもいいから「ルー」でしっかり歌えるようにして、それからフルートを吹いてみるといいですとの事です。

 グロウルやるために、しっかり音取りから始めるか(汗)。それからグロウルの練習だね。しっかし、今時分、こんなことをやっていて、本番までに間に合うかと言うと、はなはだ不安だけれど、まあ、間に合わなかったら、それはそれで仕方がないと、開き直りを考え始めている今日この頃でした。いやはやなんとも。

 ちなみに、次回、先生とお会いするのは、レッスンではなくピアノ合わせです。おお、もうピアノ合わせなんだ。どーしましょ。

2009年11月 1日 (日)

ブログの記事に費やす時間[2009年11月第1週・通算43週]

体重:104.0kg[+0.2kg:-1.8kg]
体脂肪率:31.5%[-0.1%:-0.8%]
BMI:32.8[+-0.0:-1.0]
体脂肪質量:33.2kg[-0.6kg:-0.7kg]
腹囲:103.2cm[-0.6cm:-3.0cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエットはお休みしました。と言うのも、実は今週は、風邪(気管支炎)で撃沈してました。病気になると、そふくしは中止して、通常の生活をするので、体重的には、こんなもんです。

 常々、妻から「メタブログ」の話は書かないの?と言われておりましたが、メタブログ系の話は、一歩間違えると、爆発的なアクセスを呼び込むので、実は自重しておりましたが、どうにか、人目を引かずにメタブログ系の話も書けるかなあという気がしてきましたので、地味に、目立たないように、メタブログ系の話も、少しずつ書いていきたいと思います。

 で、今回は、ブログの記事に費やす時間について。一体、私はブログの記事を書くのに、どれくらいの時間を使っているでしょうかという、いわば、楽屋話といいますか、手の内を曝してみようと思ってます。と言うのも、ブログ初心者の方の参考になればいいかなという、単純なジジイ心からの発想です。

 私が毎日書いている記事の分量ですが、もちろん日によって違うのですが、大雑把に言って、1日分が約5000字です。400字詰め原稿用紙にして、だいたい12枚程度です。改めて見ると、結構な分量がありますね(汗)。

 これがどれくらいの時間かかっているかと言うと、実はそれほどでもないんですよ。たぶん、時間にすると15分前後。もしかすると、そんなにかかっていないかもしれません。と言うのも、ほとんどの記事が一気呵成に書かれているので、書き始めたらあっと言う間に完成してしまう事と、これは大切なことですが、私は入力速度がめっちゃくちゃ速いので、こんな程度です。

 ちなみに私の入力速度ですが、歌謡曲(ここがジジイ臭いですね)を歌いながら、歌詞を入力できる程度の速さです。つまり話す速度並の速さで入力できます。だいたい、かな入力だし、親指シフト入力だし。この入力速度は大切な要件です。

 記事を書いている時間帯は…だいたい音楽の練習中です。歌を歌って一息ついたり、フルートを吹いて、ちょっと休憩…なんて時に、ささっと書きます。つまり、音楽の練習のついでに書いてます。

 で、そんな感じなので、一気呵成に入力したら、必ず一晩置きます。つまり、書き上がったばかりの原稿をすぐにネットにアップするということはありません。一晩置いて、必ず推敲します。もっとも推敲と言っても大した事はしません。一気呵成に書くと、言葉が足りない事が多いので、そういう個所の言葉を補う程度のことですね。あと、誤字脱字の修正でしょうか? これで案外、てにをはの使い方がいいかげんだったりするので、その点を重点的にチェックチェックです。

 アップはなるべく手動でします。その方が間違いがないし、アップする直前に、記事を見直して書き直すこともあるので、なるべく手動アップです。だから、日によって、アップする時間が微妙に違っていたりします。ただし、なるべく同じ時間帯にアップした方がいいので、休日とか体調が悪くて早く起きれない日などは、やむなく予約でアップしてます。そういう時は、キリのいい時刻にアップしているので、分かりやすいと思います(笑)。

 朝刊のように、目が覚めて、パソコンを起動してみたら、いつものすとんさんの記事が投稿されている…こんな感じでやってます。

 むしろ、時間的に大変なのは、コメントの方ですかね。記事を書いてアップするよりも、コメントを読んで、お返事をして、アップする方が、確実に時間かかってます(笑)。でも、コメント返しって、記事を書くよりも楽しいんですよね。

 ん? 今日はいつもの半分くらいの分量ですね。ま、こんな日もあります。

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