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  •  お相撲さんは格闘家であり、その素手は強力な武器であるわけだから、土俵以外の場所では、たとえ素手であったとしても他人を殴ってはいけないわけだし、ましてやその手に器物を掴んで凶器を使用してしまったら、言い訳はできないし、そもそもやり過ぎだし、卑怯ですらあると、私は思う。今回の件は、日馬富士にも同情すべき点は多々あると思うし、魔が差したのかもしれないが、鉄拳制裁はアウトだと思う。武道や格闘技は、暴力とは違うわけだが、角界の範たる横綱が暴力を行使しちゃあ言い訳できないよなあ。
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2009年10月 8日 (木)

アリクイになろう

 第九の練習に行ってきました。今回の練習は630~654小節でした。いわゆる「アダージョ・マ・ノン・トロッポ・ディヴォート」の部分です。って事は、サボっちゃった前回は、その前の595~630小節の「アンダンテ・マエストーソ」の部分をやったというわけね。しっかり補習しておかないと。

 さて、今回も練習で考えたことや心に残ったことを中心に、ブログに書き残していきたいと思います。

 まずは、母音と子音の話。母音は拍頭で鳴らす。だから、子音は拍の前で鳴らす。これがクラシック系の歌の基本。合唱もクラシック系の音楽だから、拍頭で母音を鳴らすのが基本。で、そのために、拍の前でしっかり子音を鳴らす練習を散々するわけだけれど、なぜか、これが結構苦労するわけです。なぜ、苦労するかと言うと、かなり多くの人が、拍頭で子音を発音してしまうから。これって、たぶん、カナ文字文化である日本語のせいだよね。

 日本語は子音とか母音とかの区別なく、一つの音符に一つのカナが振られているわけでしょ。だから、拍頭でカナの発音を始めれば…当然、拍頭は母音でなく子音になるわけだ。

 そりゃあ、日頃から日本語の歌ばかり歌っていると、この『拍頭で母音』の感覚って難しいよね。ま、日本語の歌はクラシック系の音楽じゃない…なんて事は言わないけれど、クラシック音楽(つまり、西欧古典音楽)では、子音は拍前なんだよ。だから、そこはきちんとやんないと…。

 もっとも、上手な合唱団は、たとえ日本語の歌であっても、子音と母音を分けて発声し、拍頭はきちんと母音で合わせていると思います。だって、子音って、それぞれの音で時間的な長さが違うから、拍頭を子音で揃えると、母音(つまり声の部分)は不揃いになって、美しく聞こえないもの。

 この練習をしながら思ったのは、フルートの事。フルートって、笛にもよるけれど、息を吹き込んだら、すぐに音が出るわけじゃない。ほんの短い時間だけれど、息を吹き込んで、ややもしてから、音が出る。つまり息と音の間に、ほんの少しだけれどタイムラグがあるわけで、このタイムラグと言うか、反応速度って奴は、実はフルートの材質によって、かなり違うわけです。

 おそらく金属の比重が重くなるにつれ、反応が速くなってくるのだと思う。

 真鍮フルートから総銀フルートに乗り換えた時は、その反応の良さにびっくりしたものです。でも、そんな総銀フルートでもゴールドフルートの反応の速さには叶わないわけで…。ゴールドを試奏してから、総銀の遅さばかりを感じていた私ですが、考えてみれば、この反応の遅さというか、タイムラグというか、これって、タンギングを子音と思い、音が出てくるタイミングを母音の発声と思えば、別にどうということもないんじゃないって思えるようになりました。少なくとも、声楽における子音と母音の時間差を考えれば、フルートの息と音のタイムラグなんて、無いに等しいくらいだもの。声楽で対応できるなら、フルートではラクラク対応できるはずだよね。

 というわけで、タンギングは拍前で(笑)。…合ってるかな?

 レガートって聞くと、音をなめらかにつないで演奏していく事を考えます。でも、単に音をつないでいけば、レガートになるかと言うと、実はそうはならないわけで、音をやせさせたり、減衰させちゃってからつないでも、レガートにはならない。やはり、芳醇なまま、つないでいかないと、美しいレガートにならないなあと思いました。そのために必要なことは…息をしっかりと支えること。結局は息の支えになるんだな。

 そう言えば、指揮者のS先生がおもしろいことをおっしゃっていました。それは「演奏家は音を出したら、取り消せない」って事です。どういう事かと言うと、音は一度出してしまったら、取り消すことができません。作曲家なら書いた音符も消しゴムで消せるけれど、演奏の音は、宙に一度放たれたら、もう回収できません。だから、演奏家は常に責任をもって演奏しないといけない。そのために、常に自分自身を監視しつづけることが大切である、とね。

 別に私たちは、演奏家ではなく、趣味で歌っているだけだけれど、それでも人前でお金をいただいて演奏する以上(今度の第九演奏会のチケットは3500円全席自由です)、多少はそのあたりにも気を使って歌っていかないといけないかなって思いました。つまり、常に耳を開いて歌うこと。なんとなくで歌わない事。そういうことだと思います。

 そうそう、何も準備無しで合唱の練習へ行くと、やっぱりキツイかな? 譜面を一度も開かずに練習に行くこと(実にいいかげんだな:笑)もキツイけれど、何が一番キツいのかと言うと、発声。

 練習会場でみんな揃っての、ヴォイトレと称する30分程度の声だし&発声練習はあるけれど、あれって、やはり万人向けのものであって、私には合っていないと思う。はっきり言うと、疲れるだけ。でも、おつきあいだからやるしかない。でも、あそこで30分、声を出すよりも、自宅で5分、一人で声出しをした方が調子が良い。やっぱり、練習いく前に家で声出しをしていくべきなんだろうなあ…。

 今回もテノールは、ドキドキの戦犯探しがありました。しかし、毎度テノールだけ戦犯捜しされるとは、よっぽどテノールには問題があるんだろうねえ…。もっとも、仮にアルトで戦犯捜しをするとなると…人数多いから、それだけで練習時間の大半を使っちゃいそうだけど(笑)。

 で、戦犯探しなんだけれど、上手くできなかったんだから、仕方ないけれど、戦犯探しをすると…いるねえ~、色々な人が。そこが初心者歓迎の合唱団のおもしろいところだね。今回の私は、見事にスルーされました。余裕だね。

 合唱をしていて感じるのは、ハモるための音程には、スイートスポットのようなものがあって、そこに当たると結構きれいにハモッて、気持ちいいって事ね。で、この音程のスイートスポットって奴が、結構狭いんだな。でも、その狭いところにバシバシ決まっていくのって、なかなか快感だね。これが合唱の楽しみなのかな。特に内声だと、もう「ここしかないだろ」みたいなポイントがあって、そこにズバっとはまると、実に気持ちいいっすよ。

 ドイツ語は、長母音は暗い音色で、短母音は明るい音色で発声しましょう。

 高い音程のところは、しっかり音をかぶせましょう。デッキングっていうんだよ。これって、いわゆる「音を上から取る」というのと、結果的には同じことかな?

 キング先生に言われているけれど、私は「ウ」の音が浅いのです。でも、どうやら「ウ」の音が浅いのは私だけでないようです。S先生は全員に向かって「アリクイになって歌いましょう。カバになってはいけません」と言ってました。これは「ウ」の音を深く発音してくださいということなんだけれど、今の私の声楽の課題に通じるものがあります。そうか、アリクイになって歌ってみればいいんだ(そうかな?)

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合唱」カテゴリの記事

コメント

アリクイで「ウ」を出してみました。
シロウトの私でも、多少は深いウになったように感じました^^)

>演奏家は音を出したら、取り消せない

深いです。

私たちは演奏家ではないけれど、表現者であることにかわりはないから、やはり出した音は取り消せないのは同じだと思います。
人前で(お金をいただく、いただかないは関係なく)演奏することに責任を持たなくてはいけない。
その「責任」の考え方は個人によって違いはあると思う。
でも、ただただ「みんなで集まってやるのが楽しいから」という理由だけで人の前で演奏してはいけないのではないかと私は思いました。
なんていうか、自分の演奏に対しての厳しさというか客観性っていうんですかね、そういうのが必要なんじゃないかと。
たとえ、最終的に得るものが「仲間との楽しさ」であっても過程が違えば楽しさの意味が変わりますよね。

話が脱線しているかもしれませんが^^;最近バンドでもいろいろ思うことがあって、でもすとんさんの記事のおかげで少し考えがまとまってきたように思います。
ありがとうございました。

>シラスマさん

 やはり厳しい演奏の現場にいる方ならではの、プロフェッショナルなご発言ですよね。

 音楽であっても、何であっても、表現に臨む姿勢、それが例え趣味の習い事や合唱や吹奏楽であっても、人前で表現することの楽しさだけを享受するのではなく、責任、ずばり来てくれた観客に対して、相当の対価を提示できることが、最低条件じゃないかと私は思ってます。

 この話はたびたび、このブログでするので「またかー」と思われる人もいらっしゃるでしょうし「すとんさんはキビしすぎる」という批判があるのも重々承知していますが、でもやはり、自分が観客となって、その場に出向いた時に、それなりのものが見られなければ、ガッカリします、時には怒りを覚えます。

 で、話は私事になりますが、この第九もそうだし、目下の重荷は私自身のフルートの発表会がそうなんです。入場料(発表会の方は食事代なんだけれど)を来た方からいただいて、演奏を披露すると言うこと。無論、入場無料の会なら、手を抜いてもいいなんて思わないけれど、名目はどうであれ、有料の音楽会に出演するとなると、気が引き締まります。

 もっとも、プロの方々とは同じようにはできないので、そこのところは、生暖かい眼差しで見守ってほしいとは願ってますが…でも、全力は尽くすよ。はあ…。

>日本語は子音とか母音とかの区別なく

これは日本歌曲を勉強しておられないので認識不足でもしかたないですが、日本語の発音もきっちちローマ字で勉強します。そうしないと言葉が聞こえませんから。

50音表はきっちりKの段、Sの段という風に並んでいますね。

ちなみに全く話が別になりますが、点字の構成も子音+母音になっています。

ちなみにそういう点からかどうかわかりませんが、私の記憶違いにはよく「mから始まる言葉」として、「み」「め」などごっちゃになります。これは単に私の頭が悪いだけなんですが…。(笑)

>ticoさん

 おっしゃるとおり、私はイタリア古典歌曲中心に勉強していますので、日本歌曲について全く不勉強です。ですから、街にあふれる趣味の合唱団レベルで話しました(実際、今参加している第九合唱団は、そのレベルです)が、それで一般論にするのは、ちょっと乱暴だったかもしれません。そんな認識不足の点をご指摘くださり、感謝です。自分で日本歌曲を歌うときは、脳内でローマ字に変換して歌うようにしてみます。

 点字は、実は、人生の中で、何度か習得してみようと試みてますが、勉強始めると挫折、始めると挫折で、今だ習得できません(涙)。どうも、打つ時と読む時で字の形が逆さまになるのが、どうにも我慢できないことと、指の革が厚くて、あのデコボコがよく分からない事の二つが、挫折の原因だと、勝手に思ってます(笑)。

ついでの話にまた返信ですが、点字についてです。
目あき(見える者のことを簡単にそう言ってます。正確には晴眼者ですが)は、点字に対して盲人と同じに学ぶ必要はないのです。また、中途失明の人は点字はなかなか習得できません。先天的に見えないか、幼児、小学生くらいの頃に失明した人なら、まだ点字を習得できます。

ということはやはり難しいんですよね。

ですから目あきが点字を覚える時は、まず書く点を覚えます。で、読む時は書く点、つまりへっこんだ側から目で読みます。(笑)友達に全盲の人がいるので、本人にそういいましたら、笑ってました。

最近は信号待ちしていたり駅や何かの看板で点字を目にすると、書く方しか知らない私は頭の中で左右を逆にして考えて、例えば「こちらは」なんていう簡単な文字でさえ、頭を混乱させてます。「こちらは」を書く方から読むと(まず、「は」は「わ」って書きます。)「たとお?」(「わ」の裏返しの文字がないので、あれ?って思うことが?の意味です。)

ビールとかこれはおさけですとか目にするようになりましたね。必要に迫られなければなかなか覚える気にはなりませんけどね。(・o・)

すみません、本題のコメントについて思い出したことがありますので、追加です。

外国の人の歌う日本歌曲はとってもきれいだと先生がおっしゃってましたよ。子音がきれいに出ますので。日本人の発音はやはり子音がアバウトになりやすいですね。だから母音だけで歌っているように聞こえてしまいます。それはダメなんですけど~。子音を立てて~とかよく注意されます。

おじゃまさまでした。m(__)m

>ticoさん

 ああ、目からウロコがボロボロと~落ちる~。そうか、そうだよ、そうだよねえ。何も点字を指で読める必要はないよね、見りゃあ分かるんだから…。でも、今まで、私に点字を教えてくれようとした教官の方々は、皆、かなり早い段階から、指で読む練習を組み入れて、いつもいつも、そこで挫折してましたが、目で読んじゃえばいいんだよねえ…。

 今は当面、点字を習得するつもりはないのですが、またいずれ点字にチャレンジする時は、今度は思いっきり『指で読むこと』を捨てて『目で見て覚える点字』でチャレンジしてみます。

 それにしても、良いことを聞きました。

 それと外国人の歌う日本歌曲の件。確かに日本人は子音が苦手ですね、私も苦手です。ありゃあ何ででしょうね。でも、外人さんが歌うと、子音は上手でも、母音が微妙に違うので、これはこれで日本語に聞こえないという欠点はあると思います。

ちょっと面白くなったので、もう少し点字について。
ハガキに点字で書いてくれる場合は、まず晴眼者に住所や名前など、表書きをしてもらい、そのハガキを点字器にはさんで、住所なんかが書いてある上からポツポツと点を打ちます。で、やはり出っ張ってる方が正式に読む面なので、裏の真っ白い方に点が出ていて、盲人の人はそれを指で読みます。

ところが、私はへっこんだ方から目で読みますので、住所なんかが書いてある上からへっこんだ点を読みますから、読みにくいのなんのって!!明かりにかざしながら、どこに点があるのか~と苦心してます。(笑)

ハガキを書く時も文字の上から書くんですもんねえ。

でも最近の道具についてはよく知らないのですが、タイプライターみたいなのとかは打つと出っ張るはずなんですよ。すると、読む点を書くんでしょうねえ。(ほんとかどうか、見てないんですけど、きっと、私混乱しそうです。)

外国人の歌う日本語の発音については確かに同感です。子音もちょっと違うしね。でも、あれくらい子音を出せって先生は言いたいんでしょうね。

>ticoさん

 確かに点字を出っ張っている方から読む人は、はがきだと苦労しそうですね。

 点字本を読む時はどうしてます? あれはよく裏側を張り合わせてあるから、基本的に出っ張っている方は見えないじゃないですか?…って、点字本を我々が読む事は、まずないか(笑)。

 道具については、私は常に初心で挫折してますので、タイプライターは利用してません。あの、計算尺のような(笑)道具に、せっせとピンを押し込んでやる事が多いですねって、道具も常に借り物だったので、今は現物を持ってませんが…。

 だから、点字も常に、裏表の両方を覚えなさいって言われてました。私には無理だけど。それができるくらいなら、アルトリコーダーをラクラクと吹いているって(笑)。

>外国人の歌う日本語の発音については確かに同感です。

 歌からは少し離れますが、一流の声楽家になると、話はちょっと違うみたいです。

 以前、テレビで、ドミンゴとフレーニが日本のファン向けに日本語でご挨拶していたのを見た事があります。当然、彼らは日本語を話せませんので、丸暗記の丸暗唱だったと思いますが、それがとってもきれいで自然な日本語だったんですよ。まるで日本で生活し始めて、もう30年経ちますよ~みたいな風情の日本語でした。すごく耳がいいし、発音も器用なんだなあと思いました。

 きっと、彼らが日本歌曲を歌うと、すごくきれいで自然な日本歌曲になるんだろうなあ…と思いました。

なんか点字の話題で占領してしまって…。

えーと、一つ訂正です。私が読むのはへっこんだ方です。書く側です。出っ張ってるのは指でなぞる方です。こっちは読めないんです、私。

ですから点字の本は読めないです。(^^ゞ
あ、そうか。かなり苦労したら読めないことはないです。頭パニクりますけどね!案外そういう苦労をドカンとやってしまった方が覚えるのかもしれませんね。今それは必要じゃないからやってないですけど。

私の点字板は人からのもらい物。借りてなくてもらった!あれしか使ったことないんです。見えない人は4行くらい書ける小さなメモ点字板を持ってますよ。

あー、最近は携帯使いこなしてるからなあ。見えない人の頭はどうなってるんだろうと不思議です。道もちゃんと覚えてるしねえ。えらいですわ~。

>ticoさん

 元記事からすっかり脱線してしまいましたね。でも、私も点字の話は興味があるので、続けちゃいます。

 ま、我々が点字本を読む必要全くないので、読めなくとも全然構わないのだと思います。私は読めないどころか、打てもしないのですけれど。

>見えない人の頭はどうなってるんだろうと不思議です。

 いや、それは私も時折関心します。やはり、我々にはない、独自な能力が育っているんだろうと思います。携帯の使いこなしも不思議ですが、パソコンを使いこなしている人だっているわけで…。こんなGUIなWindowsなんて、目が見えなければ使いこなせないだろうと思うけれど、平気で使っているんですよねえ。どうやって、マウス操作をしているんだろ。

 そう言えば、最近はトンと連絡をとっていない、視力障害の友人がいるんですが、彼は全盲なのに写真が趣味なんですよ。見えないのに写真とってどうするのか分からないのですが、本人は嬉々として写真をとって、アルバムにまとめて見せくれるんですね。もちろん、私にはよく分からないシュールな(と言うか、かなりデタラメな)アルバムなんですが…あれも分からなかったなあ…。

どこにコメントしたらよいかわからなかったのでここに・・・。
今日の(10月10日)ひとことコメント、私の今日の記事にも関連していますが、納得~~!!
ちょっとでものどが痛むと気になりますよね~。
私もマスクが嫌いですし。
それとこの年齢で叱られると凹むというのにも共感します。
いい年齢の人を叱るのはあまり効果がないと思うのですよね。
そういう叱り方をする人は人の扱いが下手なのだと思います。
・・・ってすとんさんの病院の先生は良い先生なのだと思いますが。

アリクイの話、なるほどな~と思いました。

>Ceciliaさん

 「ひとこと」へのコメントは、特に場を設定していないので、どこへでもつけてくださって結構です。どこへコメントしても分かりますから大丈夫ですよ。

 一応、先生の言い分は「医療従事者に風邪をうつしてはいけません」って事で、私が入室したら、驚いたように、先生マスクをつけ出したのです。ま、理屈は分かりますが…。
 それにしても、医療従事者(医者とか看護婦とかその他周辺業務の方々ね)って、やっぱりエラいなあって思います。例えばね、目の前に新型インフルエンザでゲホゲホやっている人がいたら、やっぱりその場から離れたくなるのが人情だけれど、その気持ちをグット抑えて、対応していくわけだから、いくらプロとは言え、立派です。

 いやいや、新型インフルエンザ程度ならまだしも、これがエボラ出血熱とか天然痘とかであっても、同じでしょ。立派だよね。

 あ、そうそう、その先生から教わったんだけれど、今年は新型インフルエンザ騒ぎがあったので、いつもの季節性のインフルエンザワクチンが、ほとんどないんだそうです。私的には、新型よりも、いつもの季節性の方が怖いなあ。毎年ワクチンを打っているので、今年も打ちたいよって言ったのだけれど、ワクチンがあれば打ってあげられるけれど、無いと打てないし、今も無いッて言われました。はあ~、新型インフルエンザにふりまわされている感じがします。

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