ひとこと

  •  今時、インターネットエクスプローラーを使っているヤツが悪いんだろうけれど、今日のインターネットエクスプローラーは動きが遅いし、挙動が不審だ。でも、インターネットエクスプローラーじゃないと困る事だってあるんだよね。最新ブラウザのエッジがすべての面で、旧式のインターネットエクスプローラーよりも優れているわけじゃないしね。ああ、困った困った。
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2009年10月の記事

2009年10月31日 (土)

キッカの略奪婚疑惑について

 先週、カエデが奥さんを取り替えた話をしましたが、今回の話もそれの続き。

 先週の記事を書いた段階では、カエデがブニョを捨て、キッカを迎え入れたように思っていたのですが、その後の観察で、どうも事実は違うらしいことに気づきました。

 と言うのも、カエデがやたらと憔悴しているんですよ。すっかり元気がないんです。で、そんな元気のないカエデのそばにキッカがいるんですけれど、それがちょっと…と言った感じなんです。

 ブニョと仲よかった頃は、カエデのすぐ隣にブニョがいて、それこそ頬寄せ合ってピタッって感じでいつもいました。端で見ていても「ああ、仲が良いんだなあ…」と思いました。

 ところがキッカはちょっと違う。キッカとカエデはそんなにそばに寄りません。頬寄せ合ってなんて事はありません。いつもいつもキッカはカエデを水槽の隅に追いやり、その上にかぶさるようにして、水槽の中を睥睨しています。つまり、カエデと仲良し、というよりも、カエデを守っているように見えます。いや、守るというよりも、確保している? なんかそんな気がします。

 キッカとカエデが仲が良い、というよりも、キッカがカエデを他のメス金魚から遠ざけている…ようにも見えます。それにどうやら、ブニョとカエデは仲違いをしたわけではなさそうです。どちらかというと、ブニョとカエデはまだまだ仲良しに見えます。と言うのも、時折、キッカが離れている時に、ブニョとカエデが寄り添っていたりするからです。なので、その仲良しの二人の間を、ムリムリにキッカが引き裂いたように見えます。つまり、キッカの略奪婚? みたいなんです。で、自分が奪ったものだから、他の娘に取られないように、一生懸命、見張っている? ようにも見えます。

 無論、ブニョも負けていないわけで、時折、キッカとカエデが二匹で並んでいると、その間にブニョが割って入って行って…キッカに蹴散らされています。どうも、生き物として、ブニョよりもキッカの方が強い…ような気がします。身体はブニョの方が大きいのですが、肉瘤で視界が悪いのが不都合のようです。

 で、そんなメス同士の争いを見て、カエデ君は辟易しているように見えるんですね。

 しかし、奪い合うほど、カエデ君はいい男かね? 水槽にはもうひとり、フリーの男子のチズル君もいるわけで、こっちなら争いもなく、すんなり彼女に収まる事ができるのに…やっぱり女は、テッペンにいる男の方がいいのかね。なんか、男としては、複雑な思いがします。

2009年10月30日 (金)

友だちだと思っていた人に捨てられました[2009年10月の落ち穂拾い]

 気は乗らないけれど、この「落ち穂拾い」は月々の総括をする記事なので、書きます。ちょっとマイナスのエネルギーの入った文章なので、そういうのを読みたくない人は、ここらへんは、サーっと飛ばして、次の太字のところから読み始めてください。
 
 
 いいすか? マイナスエネルギーを放出しますよ…。
 
 
 元気一杯でいたい人は、さっそくスクロールしてくださいね。
 
 
 では、行きますよ。
 
 
 友だちだと思っていた人に捨てられました。ここをご覧の方々ならご存じでしょうが、散々、世話もし、面倒もみ、時間もささげて、愛情と友情をそそいでいたつもりでしたが、あっけなく、何の音沙汰も無しに、一方的に、捨てられてしまいました。いや、逃げられた、と言うのが真相かな? 恋愛ですら、別れの儀式と言うものがあるのに…と思うと、裏切られ感マックスです。

 逃げられた…と言っても、押尾学さんの話じゃないよ。でも、空白の3時間は、何をしていたのでしょうね?

 ケンカ(?)は常に両成敗です。どちらか一方が全面的に悪いと言うことはありえません。

 私たちの場合は、彼の自我があまりに弱かった事。そんな弱さを私が分かってやれなかった事。ここに尽きると思います。

 いつも上から目線で他人と接する彼に対して「他人(の発言)に敬意を持った方がいいよ」とか「言葉の一つ一つに責任を持って発言した方がいいよ」のアドヴァイス(すでに削除済みですね)は、よっぽど堪えたのでしょう。まして「行き違いがあって、関係がこじれている人と仲直りをした方がいいよ」なんて提案(こっちも勝手に削除されちゃいました~)は、彼の弱い自我を崩壊させるに余りあるものだったようです。他人を指導する事は日常茶飯でしょうが、他人に注意される事のない彼にとって、正しい事を指摘されるのは、あまりに図星で反論すらできず、不快極まりなく、逃げ出すしかなかったのでしょう。

 その後、私のコメントは送信しても、一切アップされることなく、でも指摘した内容にはきちんと反応して、あっちこっちの記事を書き直して修正してました。そうそう“アクセス禁止処置”もされましたっけ。そんなに私って怖い人なのかな? ネットでは、極力、正しい事だけを言うように心掛けているのですが…。まあ、彼のそんな態度に文句を言うつもりはありませんし、そういう人なんだなあと思うだけです。

 でもね、正しい事も、人を見て言わないといけません…よく分かってます。私は彼の事を買いかぶっていました。もう少し心が広くて、多少の苦言でも喜んで受け入れて、自分を変えて成長していける人だと信じていました。でも、それは私の誤解。彼の心のキャパシティーは、そんなに大きくなかったのです。あー、私の、バカバカバカバカ~!

 今思えば、それまでの彼の姿は、彼なりに精一杯の努力と背伸びをした、優等生的なムリムリな態度だったのでしょうね。彼が、自分のブログへの発言を検閲してセレクトし始めたり、他人の発言を勝手に削除するなど、今思えば、その手の兆候は見え始めていたのに、彼に限ってそんな事ないだろうという、私の勝手な思いが、私の目を曇らせていました。

 ああ、そんな彼の変わっていく様子にうすうす気付きながらも、現実として受け入れられなかった私は、馬鹿間抜けボンクラとそしりを受けてもやむを得ないと思います。

 人はムリを重ねる事はできません。伸びきった弦は、やがて切れます。これが今回の彼の姿だったのだと思います。残念な事です。

 もちろん、私だって大した人物ではありませんし、欠点だらけですし、他人のことをとやかく言える立場ではありませんが、少なくとも他人から苦言を呈されたなら、それを神様からのメッセージとして真摯に受け止める訓練はできているつもりです。

 生者必滅 会者常離…詮ないことを悔やんでも仕方ありません。去る者は追わず 来る者は拒まず…「去る者は追わず」ですから、逃げ出した者を追わないというのも、人の度量と言うものです。ただ「来る者は拒まず」ですから、彼の方から何らかの挨拶があれば、また話は別ですし、それくらいの人間的な余裕が彼にあるものと、信じたいです。

 私は常に彼に対して、以前も今も、手を差し伸べ続けています。それを一方的に振り払ったのは、彼です。

 私には、私を支えてくださる方々や、ここのブログを愛読してくださる方がいらっしゃいます。有難いことにも、あんな事があっても、ここのブログのアクセス数は減ることもなく、いやむしろ順調に微増し続けております。皆さんの変わらぬ御支持と、言葉にしない励ましに感謝しています。

 さあー、落ち込んでばかりもいられません(これでも、少しは落ち込んでいました。一応、赤い血の流れる生きた人間ですから:笑)。来月からは、元気一杯のすとんさんで参ります。

 でも、捨てた方は忘れる事は出来ても、捨てられた方はいつまでも恨みに思うモノなんだよね…。そこが今後の課題だね(うわぉ、怖っ!)。

 以上、今月の総括でした(笑)。…まとめは大切だよね(ぶぃ!)。
 
 
 
ビッグバンドの音楽は、クラシック系か、ポップス系か

 ビッグ・バンドって、ジャズの歴史の最初の頃に現れた白人音楽です。私は、ビッグ・バンドと聞いて、ベニー・グッドマンとかグレン・ミラーのサウンドが思い浮かびます。あれって「黒人音楽(デキシーランド・ジャズ)に憧れた白人たちが、自分たちがよく知っている音楽的な手法(つまりクラシック音楽)を使って、黒人音楽に憧れる白人たちに向かって、黒人音楽のようなもの(スウィング・ジャズ)を演奏したもの」と私は思ってます。偏見は持っていないつもりですが、誤りや誤解している部分はあるでしょうか?

 で、このビッグバンドと軍楽隊の二つの形態が、日本国内でキメラ状態になって、学校現場に降臨したのが、現在の日本の吹奏楽だと思ってますが…これも偏見かな? または無知の産物?

 だから、ビッグ・バンドとか吹奏楽って、たとえポップスを演奏していても、手法的にはクラシック系音楽だと思ってます。クラシック(白人音楽)の手法を使って、ポップス(黒人音楽)を演奏しているわけで、この音楽をあえて、クラシック系かポップス系かと分けるならば、ううむと唸って、手法がクラシック的なので、クラシック系の音楽に入れちゃう私でした。
 
 
他人の口に戸は立てられない

 演奏家が一生懸命演奏したものを、観客がその出来を批評したり、批判したり、場合によって、腐したり、罵倒したり…よくある光景です。その手の観客の批判的な意見が演奏家の耳に入ることだって、もちろんあるでしょう。それで傷つく演奏家もいるでしょうし、心の中で「ちっとも分かっちゃいねーなー」と悪態をつく人もいるでしょう。

 心の中で何を考えるようと、それは全くの自由だけれど、それを演奏家が口に出したら、お終いだと思います。

 音楽って一体誰のものでしょうか。音楽が演奏家のモノなら、演奏家は高見に登って「お前たちのために演奏してやっているんだ。四の五の文句も言わずに、オレ様の音楽をありがたく受け取れ!」で済むでしょう。でも、それは、単なる傲慢でしかありません。

 現実問題として、音楽は観客のためのものです。演奏家はまな板の上の鯉でしかありません。どんな批評も、甘んじてその身に受けなければいけません。

 歴史を見てみれば、それは明白です。有史以来、常に音楽は観客のモノであって、演奏家のモノではありませんでした。いや、それは音楽だけの話ではありません。芸術であれ、芸能であれ、すべての表現ブツは、表現者のモノではなく、それを受け取る観客のモノでした。観客がそれらの善し悪しをセレクトし、観客が良しと思ったものだけが、歴史に残り、語り継がれ、観客が良しとしなかったものは、すべて消え去っています。これが事実です。

 つまり、表現者と観客、善し悪しを決めるのは、常に観客なんです。ですから、どんな分野であれ、表現者は、表現をするリスクと、セレクトされる運命を、常に背負わないといけないのです。表現をした瞬間から、観客の厳しい目にさらされるものなのです。そして、どう評価するかは、観客次第なんです。

 つまり、他人の口に戸は立てられないのです。

 そう言うと、演奏者の側から、このような言葉が発せられる事があります。「ダメだ、ダメだと言うけれど、ならば、あなたはそれ以上の演奏ができますか。言うだけなら簡単な話、ぜひ、これ以上の演奏をやってみてください」とね。

 私はこの言い方は、実に卑怯な物言いだと思います。これでは言論封鎖じゃないですか。批判を許さないのですか? だってこれって『自分よりも下手くそなら、どう批判してもいいけれど、自分よりも上手な人のことは、変だなと思っても、口を閉じていろ!』って事でしょ。実にファッショな感覚です。批判のないところには、進歩も発展もありません。なぜ共産主義が倒れたのか、考えるべきです。

 批判に対して言論封鎖をするのでなく、批判に対しては行動で結果を示すべきです。それができないなら、批判した者の勝ちです。

 もちろん、批判をするには、それなりのマナーというものがあります。マナー違反の批判は、厳しく追求されないといけませんが、それはまた、別の話です。

 これは別段、音楽だけの話じゃありません。自分を表現するのなら、すべての領域にまたがる話です。無論、ブログとて例外ではありません。世の中は、甘えは許されません。自分の表現行動には、常に責任をとっていかなければいけないのです。
 
 
フルートの魅力

 フルートの魅力。たくさんあると思います。私はちょっと捻った観点からフルートの魅力について書きましょう。

 フルートの魅力。まずは、貴金属でできている事。これは、とりわけ女性にはかなりの訴求力となっているようです。だって「音楽もできるジュエリー」ですからね。フルートに女性奏者が多いのは、この点に尽きるとすら、私は個人的には思っています。

 女らしさや上品さを演出する小道具としては、フルートはかなり強力です。現実にはどうか…と言う点は無視して(笑)、やはりフルートを吹く女性は、女性度がアップしますし、フルートが演奏できると聞くと「いいトコのお嬢様…」ってイメージになりますね。花嫁道具としてのフルートは、なかなか効果的なんじゃないかと思いますよ。ちなみに、男性の場合は、フルートが吹けるとなると、俺様度が増してしまうイメージらしく、女性からのウケは悪くなるそうなので…(汗)。

 次に、メンテが楽な事。基本的に、組み立てて演奏して、分解して仕舞っちゃうだけですから。余計な消耗品はありませんし、単に本体が三つに分かれるだけのシンプル構造。こういう簡便なところは魅力ですね。

 小音量なところ。自宅でちょっと吹いてみようなんて時でも、フルートならなんとかなります。金管楽器だとそうは行きません。小音量だから、練習場所にも事欠かないし、癒し系の音楽なども演奏できるわけです。室内楽やそれに毛の生えた程度の音楽なら、バッチリです。例えば、結婚披露宴の余興でフルート演奏、なんてオシャレじゃないですか。これも小音量だからできるワザです。

 もっとも、小音量という点で言えば、ヴァイオリンの方がもっと音量が小さいですけれど…ね。

 そして、何と言っても安価なところ。良いものは貴金属でできてますから、恐ろしく高価ですが、その反面、入門機に関しては、楽器としては最低価格と言っても良いくらい、庶民的な値段の楽器です。“安いは正義”という人は、このご時世、たくさんいますからね。これもフルートの魅力に入れて良いでしょう。

 楽器屋に行くと、フルート用の楽譜がたくさん売ってます。楽譜に困らないのも、フルートの魅力でしょうね。

 他にもあるでしょうが、後は、他の方々にお譲りします。
 
 
割ってみました

 割った音…と言うか、割れた音。今、私はその音を自由に使えるように、勝手に地道に練習してます。もちろん、そんな割れた音なんか、クラシック系では使えないけれど、でも、フルートの割れた音ってかっこよくない? 私達がよく耳にするエレキギターの音って、たいてい割れているでしょ。でも、本来のエレキギターの音って、とっても澄んだキレイな音をしています。…しているけれど、誰もそんなキレイな音で演奏しないで、音を割らしまくって、歪ませまくって演奏してます。私もフルートをあの方向で吹けたらいいなあと思って、意図的に音が割れるような練習をしています。もちろん、同時に割らないできれいな音で吹くことも練習しているけれどね。

 で、フルートの音を割りながら思ったのだけれど、あれってパワーではないような気がします。つまり、力一杯フルートを吹けば音が割れるのではなく、割れるポイントってのがあって、そのポイントに息を当てると、少しの息でもフルートの音って割れるような気がします。もっとも洋銀系のフルートは、たとえ頭部管が銀であっても、ボディが洋銀で軽いので、総銀と比べて音が割れるポイントが広いような気がします。総銀なら堪えられるポイントでも洋銀系だと簡単に割れる…ような気がします。だから、銀よりも重い金だと、もっと割れるポイントが狭くなるんだろうけれど…。

 あくまで“そんな気がする程度”なんだけれど。逆に言うと、洋銀系であっても、音の出るスイートポイントを外さなければ、少々乱暴に息を吹き込んでも、音割れしないと思うよ。どうだろうね。

 総銀と洋銀はたしかに音が違うような気はするけれど、たぶんそこにこだわるのは、フルート奏者だけで、観客はもちろん、他の楽器の奏者も、別にフルートの素材の音にはこだわっていないと思う。だって、洋銀でも総銀でも、フルートの音には間違いないからね。
 
 
今月のお気に入り

 「ひとこと」にも書きましたが、やっぱり3D映画かな。とにかく、飛び出す飛び出す、立体感がすごいですね。私が先日見たのは、ホラー映画の「戦慄迷宮」という映画でした。はっきり言って、ホラーとしてはどうかと思うけれど、その視覚効果はなかなかのモノでした。また予告編で見た、その他の3D映画の立体効果もすごかったです。あれは一度見ると、癖になるかも…。とにかく、お薦め。ぜひ、近所の映画館で3D映画が公開されていたら、何はともあれご覧になってください。びっくりするよ、飛び出すからさ!
 
 

今月の歌曲

 あなたは知っている(トレッリ作曲:Tu lo sai)
 サンタ・ルチア(コットラウ作曲:Santa Lucia)
 オ・ソレ・ミオ(ディ・カプア作曲:O sole mio)

イタリア民謡、サイコー!
 
 
今月のフルートソロ(遊び吹き含む)

 シチリアーノ(Sicilienne:フォーレ作曲)
  発表会でこの曲を演奏します。毎日必ず吹いてます。
 デスペラード(Desperado:イーグルス)
  これも発表会の曲。毎日吹くと言うか、歌うと言うか…。
 

今月の金魚

  2009年10月 3日(土)  緋ドジョウ(名無し)星になる
             4日(日)  緋ドジョウ、4本、ご入居
                    シジミ20個、ご入居。
                    その後、少しずつ食べられて数が減る。
  日付未詳        カエデ、伴侶をブニョからキッカに変更。
 
 

今月のひとこと

 アクセス数の記録を更新しました。1002ページです。ついに1日のアクセス数が1000ページを超えました[2009年9月28日(月)]。ううむ、ちょっと信じられませんが、とてもうれしいです。このブログを訪れてくれた皆さん、本当にありがとうございました。(2009年9月29日~10月2日)

 昔の教え子と話をしていたら「先生、誰か良い人を紹介してください」って言われたよ。聞けば、婚活って奴もなかなか大変らしい。結婚するのがそんなに大変なら、出産育児なんて簡単にできないよな。道理で、我が国の人口はダダ減りなわけだ。なんで、こんな世の中になっちゃったんだろ? 昔は、結婚も就職も何とかなったのに…。仕事を見つけて、社会に参加して、家庭を作って、次世代を育むなんて、当たり前の事だったのに。若い人が不幸せな社会は、不健全な社会だと思う。なんとかしてやらないといけないんだけどなあ…。(2009年10月2~5日)

 毎月、ブログのテンプレートを変えている私ですが、今月も一応変更したものの、トラブルの多いテンプレートだったため、何度かやり直してみたのですが、どうもしっくり来ません。なので、今月はもう、このままでいいやって気分になっちゃいました。わんこ、好きだし、今、忙しいし…。ある意味、手抜きだけれど、好きでやっているブログなので、今月は思いっきり、手を抜くことにしました。ははは。(2009年10月5~7日)

 今度「パッチギ」が舞台化されるというので、テレビニュースで映画の数シーンが流れていました。沢尻エリカさんの扮するヒロインって、フルートを吹く女子学生役だったんですね。「パッチギ」は印象深い映画で記憶にもしっかり残ってますが、ヒロインがフルートちゃんだったとは…全く覚えていませんでした。当時はそれくらいフルートには興味も関心もなかった私ということだな(笑)。(2009年10月7~8日)

 お気に入りのブログに、エルネスト・アントルメさんの「♪Vn.& Fl.♪ さらに料理番」をリンクしました。みなさん、よろしくお願いします。(2009年10月8~9日)

 ノドの痛みには敏感な私です。ほんのちょっとだけノドが痛かったので、ひどく腫れたらイヤだなあと思って病院に行ったら、病院の先生に叱られたよ。理由? マスクをしないで病院に行ったから。そんなこと言われたって、別に熱はないし、咳も出ないし、鼻も垂れないし、新型インフルエンザには絶対かからないし、マスクはキライだし…。ほんのちょっとノドが痛いだけで、この騒ぎだもん。この年になって、他人に面と向かって叱られると凹むなあ。ちなみに、私の前の順番のオバチャンもマスクしてなかったよ、インフルエンザだったらしいけれど、そういう人を叱るなら分かるけれどサ…。(2009年10月9~12日)

 この前の日曜日の昼御飯は、気張って、レストランなんて小洒落ところに、妻と二人で出かけて、昼下りのランチなんてものを、ゆったりと味わってきました。日頃は外食と行っても、ファミレスの類が多いので、ちゃんとしたシェフのいるお店は久しぶりでした。美味しい料理はいいね、心まで満たされていくようです。世の中、色々とストレスのたまる事が多いですが、美味しい料理は、ストレス解消の有効な手段の一つであることを確認しました。…だから、太るんだよな…。(2009年10月12~16日)

 口内炎でちょっとツライです。別に悪い病気とかストレスとかが原因ではなく、単に「食事の時にうっかり噛んだ」だけです。そこが治りかけで、ちょっと大変な状態になってます。場所は、下クチビルのすぐ内側、真ん中からやや左寄りのところ。フルートを口元に当てると、モロに傷口を圧迫して、涙がチョチョ切れます。歌うと、ちょっと傷口が裂けて出血します。なので、少し気持ちが凹んでます。音楽をやっても、ちっとも楽しくないぞー。(2009年10月16~18日)

 上野動物園に行きました。時間が一時間ほどしかなかったので、まっしぐらに、フラミンゴを見に行きました。しばらくの間、フラミンゴだけを見ていました。オレンジ色の鳥体がまぶしかったです。なんか、フラミンゴを見ていると、フルートが上手になれる気がするのは、気のせいでしょうが、でもなんか、親しみを感じました。ああ、フラミンゴ、ああ、フラミンゴ(2009年10月18~22日)

 毎年恒例のインフルエンザの予防接種をしてきた。もちろん、季節性インフ用の奴。なんか、ダルい、ダルい、ダルい、ダルい…。おまけに、眠い、眠い、眠い、眠い…。あんまりダルくて太ってしまいそうだ。(2009年10月22~24日)

 秋になって、私の音楽が順調さを増してきたような気がする。さすが「芸術の秋」だね。フルートも声楽も、日々の練習の中で毎日色々な事を発見しているし、なんか毎日少しずつだけれど上達していることが実感できる。こういう事って、普段はなかなか無いわけで、なんか今、私はアゲアゲなのかしら? それともインフルエンザワクチンの副作用かな?(2009年10月24~25日)

 よくやった! アルソ出版。やればできるじゃん、私は貴社についていきます!…って、何をおおげさに言っているのかと言うと「ザ・フルート102号」の件です。101号によると、102号の発売日は10月25日です。で、実際に25日の午前中には、近所の楽器店には並んでいました。私はそれを見て「ああ、お店だときちんと発売日に買えるのに、定期購読はなあ…」と例によって愚痴っていましたら、25日の午後に自宅に102号が届きました。定期購読読者の手元に発売日の午後に到着とは! 余所の出版社の対応と比べると、正直まだまだですが、それでも今までの事を考えれば、発売日に到着とは! アルソ出版的には、とてもがんばったんだと思います。私は評価しますよ、ありがとう、アルソ出版さん。今後とも、発売日当日着で結構ですから、頑張ってください。それが定着すれば、私は来年もザ・フルートの定期購読…しちゃうよ(マジです)。あ、楽器店では、別冊19号が再発されていたので、買っちゃいました。これも楽しみ…ぐふぐふ。(2009年10月25~29日)

2009年10月29日 (木)

フルートの特殊管の名称について

 かねてからの疑問です。それはフルートの特殊管の名称について。どうにも納得がいかないんだよね。「責任者、出てこい!」って気分です。小一時間ほど問い詰めたいです。

 どの辺に納得がいかないかと言うと、ソプラノ・アルト・テナー・バスという言葉の使い方。私は歌う人ですから、歌を基準にモノを考えます。そうすると、サックスはまあOKです。弦楽器は、ヴァイオリンがソプラノで、ビオラがアルト、チェロがテナーで、コントラバスがバスと考えるので、これもOK。でも、フルートは完全にアウトです。もう、訳分かんねーぞー状態です。

 まず、普通のフルート(C管)はグランドフルートと言うそうです。今回はこれをグランドと呼びます。

 このグランドを基準に考えていくと、高い方へ行くと、ソプラノ(F管)とピッコロ(C管)があります。低い方に行くと、アルト(G管)、バス(C管)、コントラバス(F管とC管の二種類)があります。

 まず、最初の疑問は、ソプラノフルートの存在。なんで、こんなのがあるの? と言うのも、グランドって、音域的にも楽器としての起用法も、どう考えてもソプラノでしょ。グランドこそが、ソプラノフルートと呼ばれるのにふさわしいのに、なぜかこの楽器よりもちょびっと高い音域にソプラノフルートがある不思議さ…って事は、グランドはメゾソプラノですか? それはちょっと感覚的におかしいと、私は思います。

 次に変なのは、バスフルート。グランドのオクターブ下の音域だし、音色的に考えても、これはバスじゃないよ。どー考えても、これはテノール。なぜ、本来、テノールの楽器をバスと呼ぶのかは、私にはまったく分かりません。

 当然、本来テノールな楽器をバスと名付けてしまったので、その帳尻合わせを次に来るモノでやらないといけないんですね。

 コントラバスフルートというのがあります。これは名前は同じでも、F管とC管の二種類があるそうです(この前、私が試奏したのは、C管の方です)。このコントラバスフルートのうち、F管の方は音域的にはバスフルートであって、C管の方がコントラバスフルートと呼ばれる楽器だと思います。

 ちなみに私が納得しているのは、ピッコロとアルトフルートです。

 ピッコロはソプラノ音域の楽器で、いわゆるコロラチューラ・ソプラノに当たります。実際に楽器としての起用法もコロラチューラそのものなので、すごく納得です。名称もピッコロ(小さい=かわいい)って名称で、気が利いているよね。

 アルトフルートも…まあいいかな。音色的にもヴィオラっぽい。ただ、G管でなくF管であった方が理屈的には気持ちいいけれど、まあ、それくらいは勘弁しましょう。アルトもOKです。

 つまり、私はグランドをソプラノ(それも主役を歌うソプラノリリコ)と考えているので、グランドに付け加えて、ピッコロ(コロラチューラ)とアルトの三種類の名称と音域には整合性もあって、大いに納得なのです。

 まあ、私の頭の中で、名称と役割が一致していませんが、こんな感じで考えています。

  コロラチューラソプラノ…ピッコロ(C管)
  ソプラノリリコ…グランドフルート(C管)
  アルト…アルトフルート(G管)
  テノール…バスフルート(C管)
  バス…コントラバスフルート(F管)
  コントラバス…コントラバスフルート(C管)

 ですから、バスは名付けを間違えたと思ってます。これは本来テナーフルートと呼ぶべき楽器です。コントラバスフルートも、F管はバスフルート呼ぶべきで、コントラバスフルートと言えばC管であるべきです。ソプラノフルートに関しては…一体、何のために存在している楽器なんでしょうか?

 こうして考えてみると、すべての責任は、バスフルートを作った人にありそうですね。テノール音域の楽器を作ったにも関わらず、なぜかバスフルートと名付けてしまった、うっかり者のせいで、混乱が生じたような気がします。

 一体、誰だい。バスフルートを考えた人は。私は攻めるつもりはありませんが、その人の真意を知りたいです。いや、マジです。

 と、このようにバスフルートを悪者にする事も可能ですが、実はもう一つの考え方…アルトフルートを悪者にして考える事も可能です。と言うのも、フルートをテノール楽器と考えると、ピッコロ(ソプラノ)・グランド(テノール)・バスフルート(もちろんバス)という風になって、これはこれで整合性が取れます。実際、フルートって倍音が少ないので、記譜音よりも低く感じられなくもないし、グランドとほぼ同じ音域のリコーダーはテナーリコーダーって言うわけだし、そういう主張も言い張れば言い張れないわけではありません。でも、グランドがテナー?とは、楽器の起用法を見ると、とてもそうは思えないですねえ。

 フルートと近接領域にある楽器のリコーダーは、きちんと整合性があるのに、フルートがこれだけグチャグチャだと、なんか負けたような気がして、とってもイヤです(笑)。

 蛇足。ウチの息子君は、グランドフルートはテノールだと思ってたようです。この前、話をしていた時に「お父さんのテナーフルートは…」って言ってたもの。だから、あれは“テノール”ではなく、グランドピアノ同様に“グランドフルート”と言うんだよと教えましたが、何の知識も偏見もなく、音楽的な耳で聞くと、グランドって、テノールに聞こえるんだな。ううむ。

2009年10月28日 (水)

ゲゲッ! なんと私は“初心者”ではありませんでした(驚)

 ここに来て下さるフルート系の方々の間で、よく話題にあがる「どこまでが初心者」とか「あの人が初心者?」って話題について、なんと本日、終止符を打っちゃいます

 実は、何を隠そう(何も隠していない!)、天下のムラマツフルートさんが、きちんとフルート学習者のランキングをすでに発表してました。いやあ~、知りませんでした。で、それがこれ「難易度設定基準」って奴です。これを見れば、もう自分はどのランキングか、ずばり分かっちゃいます。

 この表に関して、教則本に注目してみると、フルート学習者のランキングは以下の通り。

 アルテ以前の人…初心者
 アルテ1巻の人…初級者
 アルテ2巻の人…中級者
 アルテ3巻の人…上級者
 アルテ全巻終了…最上級者

 天下のムラマツではこういう風に区分けしております。ポイントは“初心者”と“初級者”を分けている点でしょうね。

 この表によると、私はすでに“初心者”では無いようです。それどころか、習い始めて約1カ月で初心者を卒業して初級者になっていたようです。なんか、ショック~! まだまだ“初心者”気分でいたのに、すでに“初心”ではなく“初級”なんだな…。それどころか、すでに1年以上も“初級者”をやっていたなんて…。

 確かに言葉の定義的にそうなのかもしれない。“初心者”と言うのはまさに“初心”を持った人の事で、始めて楽器に触れて、始めて楽器を習いだした初々しい人の事を言う訳で、技術的に未熟だから“初心者”ってわけではないのです。

 そして、気持ち的に“慣れ”が生じてきたら、それはもう“初心”とは違うのです。つまり“初心者”ってのは、腕前とは関係なく、キャリアの問題で、フルートを始めて数週間~数カ月ってところまでが初心者なんだと思う。つまり、まだフルートの世界において“お客様状態”なのが“初心者”なのかもしれない。

 一方、初級者から上は、キャリアではなく力量での区別ですね。こっちは“お客様”を抜け出して、真面目にレッスンを始めた段階の人を指すのだと思います。自分のフルートを購入して、ピーヒャラ吹いていたら、そりぁもう“初心者”じゃないわけです。技術的に未熟であるという自覚があるなら“初級者”という言葉を使うべきで“初心者”という言葉を使うべきではないのでしょう。

 それにしても、アルテ1巻終了までが初級者なんだね。ならば11課でウロウロしている私は、初級者中の初級者、ザ・初級者ってところなんだな。それにしても、ムラマツのオンラインの楽譜ショップを見ていると、なかなか初級レベルで演奏できる曲ってないねえ…。やはり中級以上、つまりアルテ2巻程度は終了しておかないと、楽譜を選ぶにも苦労するって寸法です。それにウチの近所じゃ、どこの楽団もアルテ2巻が終了していないと、オーディションに応募することすらできない。やっぱりアルテ2巻終了ってのは、ある程度の基準なんだろうね。

 あと、ヤマハでは、フルートもグレード別試験があったと思うけれど、あれでもフルートの腕前というか、ランキングって奴が分かるはずだね。分かったからと言って、何が待っているわけじゃないけれど、ほんと、私も含めて、日本人って、他人と自分を比較するのが好きだよね。

 やれやれ。でも、私も他人の事をとやかくは言えないな…。

 蛇足。ま、学校によってレベルの違いはあるにしても、部活としての吹奏楽を無事に終えると、実力的にはどれくらいになるんでしょうね。中学校3年間マジメにやってきた子と、その後も引き続いて高校時代も含めて6年間マジメにやってきた子。これらの子は、どれくらいのところに位置するんでしょ。さらに大学…って、大学になったらオケに入るだろうけれど、大学オケのフルートさんだと、この表のどれくらいの位置にいるんでしょうね。興味シンシンです。

2009年10月27日 (火)

音には楽音と騒音の二種類の音があります

 第九の練習に行きました。まずは腹式呼吸の確認から。上手下手はあるけれど、まあ皆さん、特に問題なし。さすが合唱人です。でも、呼吸そのものはOKでも、問題は、ノドに適量の息を送る事ができるかどうか。つまり息のコントロールって奴だね。そこが難しい。

 声帯に送る息は、少なすぎも多すぎもダメです。アマチュア合唱団でよく聞く、わめき声とか叫び声とかは、明らかに息が多すぎる声です。もちろん問題は息だけではないのですが…。私は常に息多すぎの傾向があるので、反省です。

 今回の練習では、当初、私はハモらない声で歌っていました(自覚あります)。「ああ、ハモらない、ハモらない…」と心の中でぼやいてました。「なんか違うんだよねえ…」って感じでしょうか。音程はバッチリ合っているのだけれど、うまくハモらないのです。たぶん響きの問題だったのだろうと思います。でも、歌っている最中に響きの調整なんて、なかなかできるもんではありません。

 今年の練習では、必ずカデンツァをやるのですが、今回もやりました。あの練習はいいね。カデンツァをやると、それまでハモらなかった声が自然と修正されて、いつのまにかハモれる声になっていく。理屈というか、メカニズムは分からないけれど、そういう風になっている。不思議。とにかく、カデンツァでだいぶハモれる声を取り戻した私は、その後の練習で、微調整をして、なんとか練習中盤までには、ハモっておりました。でも、本番の日に、こんなふうになったら困るなあ…。観客席まで声が丸聞こえだと、合唱にならないからねえ…。

 それにしても、レガートは難しいです。特に歌は子音があるので、子音をしっかり発音しながらのレガートは難しいです。コツはできるだけ子音を短時間で処理することなんだろうと思います。そう分かっていても、できない悲しさです。

 スラーの個所の歌唱法を指導されました。スラーの中の付点音符には意味がある…という話を聞きました。

 なぜ、作曲家がそこを付点音符にしたのか、歌う時にはそこも考えなければいけません。なぜ平板に書かずに付点にしたのか…それは付点のリズムが欲しかったからです。たとえ、スラーの中であってもリズムが欲しかったから、付点を書いたのです。

 では、スラーの中で付点をリズムをどう表現するか? 問題はそこです。コツとしては、長い音符の頭をポンッと出した後に、少しだけ音を抜くことで、次の短い音符の頭が聞きやすくなるので、そういう手法で歌ってみてはどうだろうかと提案されました。これって、今私が日々悩んでいる「シシリエンヌ」の演奏にも応用可能な手法だね。いい事聞きました。

 さて、今回のS先生の名言は「音には楽音と騒音の二種類があります」って言葉です。私の中ではクリーンヒットな言葉でした。この両者の違いは、音に音程があるかどうかなのだそうです。もちろん、楽器の音であっても、パーカッションなどは音程がないので騒音になりますが、現在の音楽はそんな騒音も音楽の中に組み込むんですね。

 でも、計算された騒音は音楽で利用OKですが、意図しない騒音はやはり音楽には不要です。

 合唱というのは群体で音楽をします。一つのパートが歌う音が、きれいな楽音でなければ、そもそも合唱は成り立ちません。そのためには、パート内でピチッと音程を合わせる事が大切。そこがいいかげんだと、なんかフニャフニャになってしまうし、音質も揃えないとガサツに聞こえます。

 これって単体で音楽をやる声楽や器楽でも同じ事が言えるかなあって思いました。単体でやるなら、いわゆる音程問題はないにしても、音質問題、つまり音色の問題ってありますね。美しい音色、つまり美しい倍音構成の音で奏でられないと、せっかくの美しい音が限りなく騒音に近づいてしまうわけで…現代音楽なら、そんなノイジーな音もアリですが、クラシック系では、そんなノイジーな音はいりません。

 クラシック音楽には、ディストーションサウンドやグロウルは似合わないって事サ。

2009年10月26日 (月)

グロウルだけど、ヘビメタのデス声の事じゃなくて、フルートの演奏テクニックの方です

 フルートのレッスンに行ってきました。今回は月に一回のロングレッスンの日です。普段ならセッションレッスンをする日ですが、さすがに発表会を間近に控えているので、今回はしっかり発表会用のレッスンをしました。

 まずは音出しから。私は普通にフルートを吹いている状態で息が多いのだそうです。だから、いつも音がシャープ気味になりがちです。で、シャープ気味だからと言って、意識的に息を少なくすると、今度は音がフラット気味になっちゃうそうです。で、フラット気味になったからと言って、今度は息を少なくしながらも、しっかり息を支えると、またシャープ気味になってしまって、ちょうどいいところで決まらないそうです。

 そこで、もう一歩進んで、そのシャープ気味のところから、しっかり音を曲げるといい感じになると思うので、フルートを演奏する時は、いつも気を抜かずに、回りの音を聞いて、しっかり音を曲げて演奏できるようにしましょう、との事です。

 息をやや弱めにする(その方が音がきれい) -> しっかり息を支える -> きちんと音を曲げる の三段階の作業を同時に行って、きちんとピアノの音程に合わせてフルートを吹きましょうってことですね。たかが、音出しですが、課題はアリアリな私です。

 ロングレッスンの日なので、二曲ともたっぷり練習できるかな…と思ったけれど、結果、ほとんどはデスペラードの練習になっちゃいました。いやあ、曲を見てもらうってのは、実に時間がかかりますね。1時間でも足りない足りない。

 デスペラード…歌の部分はキング先生に軽~くレッスンつけてもらったおかげで、なかなか良い感じになったそうです。

 実は笛先生、前回のデスペラードのレッスンの時に「この歌、どーしましょ」って感じで頭を抱えていたそうなんです(それを顔にも言葉にも出さないのが笛先生なんですね…優しい方です)が、笛先生が頭を抱えている間に、キング先生とのレッスンで軌道修正をしてもらったので、万事、塞翁が馬ってところです、て言うか、餅は餅屋かな? とにかく、歌は、ポピュラーソングとして、他人に聞いてもらえるレベルになったのでOK。後は、フルートのパートに全力投球していきましょう、です。

 で、そのフルートの方ですが…まだ中間形なので、ネットにアップしていませんが…色々と自分なりに工夫をしてきました。それを先生の前で披露したわけですが、OKなところと、ダメなところの両方があり、ダメなところの修正をしていただきました。

 「歌とフルートのつなぎ目がちょっと…」と言われました。特に間奏に入るところが、歌手の気分のままでフルートを吹いちゃっているけれど、お客さん的には、歌手が引っ込んで、別のフルート奏者が出てくる、みたいに、区切りというか、けじめをつけて、演奏をした方がいいですと言われました。つまり「歌の気分をフルートに持ち込まない」ようにです。

 歌を終えて、フルートを持ったら、気持ちも切り換えていきましょう…です。

 肝心の間奏部分ですが、テクニック的に言うと、まず、トリル多すぎ。フルートで何か装飾をする…となると、トリルが使われがちだけれど、トリルを多用するとクラシックぽくなってしまうので注意。トリルに限らず、フルートは普通に吹くだけでは、クラシックぽくなってしまうので、できるだけクラシックから、遠ざかるような演奏を心掛けなければいけないのです。と言う訳で、なるべく普通に吹かない、トリルは最小限に留める、そういう方針で…。

 それにしても、この「クラシックから遠ざかる」という観点、笛先生のみならず、キング先生からもよく言われます。とにかく、クラシックの音色やテクニックや手法を使ってポピュラーを演奏するのは、厳禁というか、おかしいと言うか、ありえないと言うか、常に両先生から、そのような主旨の事を言われ続けております。たぶん、これは、音楽をやる者にとっては当たり前の事なんでしょうね。なにしろ、両者の音楽様式は、全く違うのですから。

 最近は、スタイルの違うものを合わせて“コラボ”にするのが流行っていますが、コラボるには、まずそれぞれのスタイルが確立している事が先決問題です。クラシックをクラシックらしく、ポピュラーをポピュラーらしく演奏できる事が、何となく中途半端などっちつかずのダサい音楽になってしまいがちな私にとって、片づけなければいけない問題なんだと思いました。コラボっぽいものは、もう少し先になってから始めましょう。

 さて、次に、フラッターも多すぎ。フラッターは止める必要はないけれど、フラッターばかり使うと、まるで、フラッターの練習曲のように聞こえるので、せいぜいフラッターの使用は一曲につき1~2回に留めておきましょうとの事です。ちなみにフラッターと言うのは、フルートの現代奏法としては、ありふれたテクニックの一つで、巻き舌しながらフルートを吹く技法で、すさまじく細かいタンギングを連続して行うような効果があります。かっちょいいテクです。

 音程がジャストなので、もっとフラット気味にしてぶら下がる感じで吹くとブルージーに聞こえます。時折、音をグウーンと曲げて、音程を下げながら演奏する(ギターで言うところのチョーキングの反対みたいなもの?)と良い感じに聞こえるそうです。実際やってみると、なかなかオツな感じになります。それと、やっぱり演奏者自身が、ブルージーな気分で演奏する事が何よりも大切なので、まずは気分からブルージーになりましょうとアドヴァイスをいただきました。

 …ここで問題です。実は私、演歌とブルースとカントリーが苦手なんだよねえ。なんとなく分かってもらえると思うけれど。自分の中にブルージーなものがないのに、そこからブルージーな気分を出すのは、結構厳しいものがあるなあ…。

 全体的にレガートすぎ(つまり、クラシック臭い!)なので、もっとリズムをはっきりと強調して演奏すること。ヴォイス・パーカッションやヒューマン・ビート・ボックシングをやっている気分で、タンギングをもっともっと、しっかりすると良いでしょうとの事です。どちらにしても、タンギングは私の弱点の一つだな。

 さらにさらに…この曲にはグロウルが似合うので、ぜひグロウルを入れてみましょう!…だって(困)。

 グロウルとは…あるフレーズを実際に声に出しながらフルートを吹く奏法のことです。つまり「歌いながらフルート吹いちゃうテクニック」です。グロウルにも色々種類があるそうだけれど、一番簡単なグロウルだと、フルートで演奏するフレーズと同じフレーズを歌いながら吹くやり方。現代奏法としては、基礎に属する程度のテクニックです。まずはこれでいいから、やってみましょうとの事。

 先生が見本を見せてくれました。いつものことですが、うますぎて、全然参考になりませんが、グロウルがどういうものなのかは、よく分かりました。グロウルの音は「歌いながらフルートを吹く」という言葉から想像される音とはかなり違います。グロウルの音って、フルートから、サックスっぽい音と言うか、ディストーションギターっぽい音と言うか、ああいう感じのバリバリッとしたノイズっぽい音が出ます。これはなかなかに刺激的で現代的な音色です。たしかにロック系の音楽に合いそう…。そう言えば、イアン・アンダーソンもよく使っているなあ…。

 まずはお手本を見せてもらったので、そんな感じでやってみようとしたけれど、全然できませんでした。まるで歯がたたないのよ。難しいわー、グロウル。どこが難しいかと言うと、声と息の両方を同時に十分に出すこと。

 私、声が出ている時って、ほとんど息が出てないんだよ。だから、声を出しちゃうと、息が足りなくなってフルートが鳴らなくなります。で、フルートを鳴らすために息を出すと、今度は声が消えちゃいます。どうも私の場合、息と声とでは、入れるギアが違うみたいです。ちょっと格闘しましたが、やはり、とにかく、息と声の両方を同時に出せません(涙)。これは自宅で猛特訓だな…。

 先生がおっしゃるには、フラッターができるなら、グロウルもできるはずだから、頑張りましょうって事です(ん? グロウルはフラッターの向こう側にあるって事ですか?)。

 とにかく、次までの宿題として、グロウルをできるようにしてくること。そして、そのグロウルをかっこ良く使えるフレーズを考えてくること。また、フラッターも一回は使いましょう、そのためのフレーズも考えてくること、となりました。

 レッスン時間のほとんどをデスペラードで使ってしまいましたが…、まったくシシリエンヌをやらないと言うわけにもいかないでしょうというわけで、残りの10分程度の時間で、ササッとシシリエンヌをやりました。

 テンポを今よりももっと遅くしてもいいから、もっと情感豊かに、たっぷりと歌ってください。

 スラーの中の附点のリズムを強調しようとするあまり、タンギングが見えすぎるので、あくまでスラーでつながっている事を強調していきましょう。スラーの中のリズムだと言う事を忘れないように。

 息が足りない部分があるけれど、ブレスは我慢して吸わない。クラシックは体力勝負の部分があるので、がんばりましょう。常にレガートで、音をつないで演奏しましょう。

 指がまだまだなところがあるので、ちゃんとやる。スラーとスタッカートの区別をはっきりと。

 たった10分とは言え、見つけようと思うと、課題なんて、いくらでも見つかるものですね。それにしても、これで発表会に間に合うのだろうか?

2009年10月25日 (日)

脳梗塞は(当たり前だけど)怖いなあ…[2009年10月第4週・通算42週]

体重:103.8kg[-0.8kg:-2.0kg]
体脂肪率:31.6%[+0.2%:-0.7%]
BMI:32.8[-0.3:-1.0]
体脂肪質量:32.8kg[-0.1kg:-0.1kg]
腹囲:103.8cm[-0.2cm:-2.4cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第34週目です。最近は、ダイエットも絶不調です。そんな時に、偶然、あるテレビ番組を見てしまいました。

 脳梗塞に限らず、血管系の病気って怖いです。脳梗塞と心筋梗塞の二大血管系疾病は、両方を合わせると、現代日本ではガンよりも患者が多く、死につながる最大の疾病だと言われています。そういう意味では、脳梗塞は、身近すぎる病気、国民病とも言えます。

 脳梗塞のイメージと言うと…元気だった人が、ある日突然倒れる。病院に運ばれる。かなり高い確率で、残念な事に、そのままお亡くなりになる。亡くなられなくても、たいていは無事では済まず、病気そのものから回復しても、後遺症として、身体に重篤な運動性マヒ症状が残ってしまい、病後は長くて大変なリハビリをしなければいけない。その上、そのリハビリも効果がある人もいれば、さほどでもない人もいる…というのが、一般的なイメージでしょうか? 少なくとも、私の脳梗塞に対するイメージって、そんな感じです。

 テレビの健康系の番組が伝える脳梗塞のイメージって、そんな感じでしょ。

 でも、この前(見た方もいらっしゃると思うけれど)、あるテレビ番組[たぶん、ニュース番組だと思うけれど、どこのチャンネルの何という番組かまでは知りません]で、たまたま認知症の特集をやってました。その中で、脳梗塞が原因で認知症になってしまった方のビデオが流されました。

 患者さんはまだ40代後半の男性でした。元気な頃はバリバリの大工さんだったそうです。それがある日、脳梗塞で倒れ、一命は取り留めたもの、後遺症として認知症になってしまったそうです。その方は結婚しておらず、母親もすでに亡くなっていた事から、その介護は80歳を越えた父親が面倒見ていました。他人事ながら、この親子の現状に胸がふさがる思いでした。

 ああ、本当ならば、身体の弱った父親を息子が介護するのが、世間の順番というものなのに、ここでは老い先短い父親が、障害を負った息子の介護をする。なんとままならぬ状況なのでしょう。

 その時、私は気づきました。脳梗塞で詰まる血管って、必ずしも運動系を掌る部位の血管ばかりではないのだという事に。テレビなどでは、絵になりやすい事から、ついつい運動系のマヒばかりが取り上げられるので「脳梗塞の後遺症=運動性のマヒ」って思ってましたが、詰まった血管の部位が、記憶を掌る部位ならば記憶障害が発生するでしょうし、感情を掌る部位ならば感情のコントロールがマヒするでしょうし、言語を掌る部位ならば理性的な判断ができなくなってしまっても、何の不思議もありません。

 目に見えづらい働きを掌る部位のマヒは、そのマヒ自体が見えづらいという事なんです。でも、確実に存在するでしょうし、おそらくは、運動性のマヒの影に隠れているだけで、これらのマヒが存在しても何の不思議もありません。記憶がマヒする、感情がマヒする、知性がマヒする…、私にとっては運動性マヒよりも、こちらの方が、遥かに怖いです。

 そう言えば、昔、年寄りというのは、物忘れが激しくて、感情のコントロールが効かずに短気で怒り易くて、わがままで色々な判断が鈍る…これらを総称して「もうろくする」と言ってましたが、これらって単純な話、今でいうところの“隠れ脳梗塞(=倒れなかった脳梗塞)”みたいなものの症状ではなかったのかしら…と思うようになりました。

 そんな風に脳梗塞って怖い病気だなあと思いました。

 脳梗塞、その原因ははっきりと分からないようですが、有力されているのが、いわゆるメタボこと、メタボリック・シンドロームって奴です。つまり「デブは脳梗塞になりやすい」って事だ!

 そう言えば、私の友人たちでも、デブは、血管に支障が生じて、脳か心臓がやられて早死にしてますね(悲)。

 私よりも小柄なデブが次々と倒れているのを見ていると、なぜ私が倒れないのか、不思議でなりません。ならば、次に倒れるのは、自分なのではないかと、マジで恐れおののきます。

 脳梗塞になって、天国に行けるなら、(不謹慎な話ですが)それはそれで良いのです。人は永遠に生きられるわけでもないし、日本の先行きを考えるなら、人生を早めに退場するのも悪い話ではないかもしれません。

 しかし、脳梗塞で倒れて、後遺症を伴って回復しちゃったら、こりゃあ大変だなあと思いました。

 私のような巨体な人間が運動性のマヒになってしまったら、介護する人間(主に妻でしょうが)の負担はシャレにならないくらい大変でしょう。言語や記憶や感情に後遺症が残っても、妻は大変です。ましてや、この年令で認知症になったらと思うと…そこで私は思考を停止するしかないです。

 デブは脳梗塞になりやすい。これは事実のようです。脳梗塞は死に至る病であり、また運良く回復したとしても、後遺症はなかなかに大変なシビアの病気です。ならば、元気なうちに、脳梗塞になるリスクを下げるためにも、デブ脱却をしなければいけないのに…今週も私の体重は100Kgオーバーしているんですよ。みなさん、どう思いますか? まったく、本当にダメですね。

 でも、その番組を見て、ちょっと真剣にダイエットに励まないとマズイと思いました。なにしろ、妻に迷惑がかかるし、妻や息子の人生にも大きな影響を与えてしまうと思いました。

 でも、ダイエットって、簡単にはいかないんだよねえ…。

2009年10月24日 (土)

再婚しましたか、カエデ君?

 今思えば、異変は二週間ほど前からありました。

 ブニョがいつになく荒れてました。チヅルやチヅル(ってチヅルばっかりですが:笑)にやたらと体当たりをかましていました。それどころか、水槽のガラスにもよくぶつかっていましたし、濾過装置にもぶつかってました。あんまり激しくぶつかるものだから、左の胸ビレが少し裂けてカサブタのようなものができていたほどです。

 ブニョはなかなか立派な金魚で、頭部の肉瘤がとても発達した美人さんです。ただ、この肉瘤が発達しすぎて、両目がどんどん瘤の中に埋没しはじめているので、それで前が見えずに、色々なところにぶつかっているのだと思っていました。

 やがて、その頃から、いつも一緒にいた、ブニョとカエデの組み合わせが壊れ、ブニョの単独行動が目立つようになってきました。

 ふと気がつくと、カエデのそばにはいつもキッカがいるようになりました。

 それどころか、今では完全に水槽の右半分は、キッカとカエデの二人だけのスペースとなり、残りの三匹は常に水槽の左半分(元々チヅルが追いやられていた方)にいます。チヅルはともかく(笑)、他の二匹が右半分に入ってくると、キッカが追い出しをかけます。まるで「こっちに来ないで! ウチの人に近寄らないでよ!」と言っているみたいです。

 どうやら、いつのまにか、カエデ君はブニョと離婚をし、キッカを新妻として迎え入れていたようです。ってか、ブニョからキッカに乗り換えた、という方が事実に近いかな?

 ううむ、かわいい緋ドジョウたちに目を奪われているうちに、金魚界では、なんとドロドロした愛憎劇が繰り広げられていたことか! 気がついて、はじめてビックリしている、ニブチンな私でした。

 しかしなあ…人間の目で見ても、カエデとブニョよりも、カエデとキッカの方が収まりがいいんだよねえ…。カエデもキッカも地味めの控え目で優しい子で性格が合うんだろうと思います。ブニョは派手好きだし活発だし粗暴なところがあるから、カエデとはちょっとウマが合わなかったというのは、分かるけれど…。でも、狭い水槽の中で、女を取り替えちゃうなんて、後々、禍根を残しそうな気がするけれど、大丈夫>カエデ君。

2009年10月23日 (金)

響きは常に上に上に

 第九の練習に行ってきました。今回の練習は、ドッペルフーガの部分(654~762小節)のおさらいと、Sの部分(795~832小節)と最後のプレストの部分(851~最後まで)の音取りでした。もっとも最後のプレストの部分は、時間の関係もあって、アルト以外のパートは一回通しただけで終了扱いとなったので…今年初めての人は大変だろうなあ…。

 来週からは、ガンガン歌い込んでいくそうです。

 今回の私は、私生活が忙しいせいもあり、ちょっと疲れていました。ノドが重くて、声を出すにしても、いつもよりも声帯の抵抗が強めでした。たぶん、ノドが軽く腫れていたのでしょうね。こんな日は、無理せず、鼻唄で合唱するに越したことはありません。

 今回の練習の隠れテーマは 『音のぶら下がりを無くそう』だったようです。それくらい今回のS先生は、一生懸命に、音がぶら下がった箇所を見つけては修正していましたもの。もちろん、あちらこちらのパートで音がぶら下がっていましたが、とりわけアルトを中心にチェックチェックでした。アルトの皆さん、お疲れさまでした。

 『音のぶら下がり』とは、声が必要な音程まで届いていない現象の事を言います。

 もちろん、その理由として、一番多いのは、歌う人の耳があまり良くないために、音程が低いほうにズレてしまうことです。だからこそ“ぶら下がり”と呼ばれるのです。なぜ、こうなるかと言うと、人は高い音を出すよりも、低い音を出す方が楽なので、音感の悪い人はたいてい低めに発声してしまいます。ま、“水は低きに流れる”ってわけです。この場合は、単純に音程を高めに発声すれば解決します。

 でも、これ以外にもいくつかの原因で、音がぶら下がって聞こえてしまう事があるようです。

 例えば、声の響きの問題。基本的な音程は正しくても、声に含まれている響き(声に含まれている高音の倍音)が足りないと、音程的には合っていても、耳で聞いた感じだと、低めに聞こえます。

 また、声のポジションも関係します。声のポジションが下がりぎみだと、声に含まれる響きの低音の成分が増えてしまうので、声が低めに聞こえます。

 さらに、ノドに力が入りすぎて、声がやせてしまい、音がぶら下がって聞こえることもあります。

 以上、三つは、問題の着眼的は別々ですが、実は同じ問題なんです。要は楽に歌う事(つまり脱力)が不足しているため、あるいは無意味に力んでしまうために、音程が必要な高さまで届かずにぶら下がってしまうのです。たぶん私の場合は、このパターンだろうと思います。

 また、第九合唱団は初心者が多い団体なので、仕方ないのかもしれませんが、生声で歌う方が実にたくさんいます…私の声もかなり生っぽいですが(汗)…つまり根本的に響きそのものが足りない発声の方が大勢いらっしゃいますが、こういう方がたくさんいますと、パート全体、団全体の声がぶら下がり気味に聞こえます。

 響きの問題で、ぶら下がって聞こえる場合の対処方法は、みんな一緒。口腔を縦方向に広げて響きを増やして上げることで解決です。

 このように、響きの問題と音程って密接な関係にあります。ですから、タイトルにも書きましたが「響きは常に上に上に」の気持ちが大切なんだろうと思いました。

 また、響きと直接関係ありませんが、歌詞をしゃべってしまうと、音程ってぶら下がるものです。合唱では、歌詞をきちんと観客に伝えることは何よりも大切で必要な事だけれど、そのために音楽が壊れてしまっては本末転倒です。ですから、フレーズによっては、歌詞を犠牲にしても音楽優先に歌わないといけません。ここも要注意です。

 今回の目ウロコ。

 私はテノールなので、同じ男声でもバスの事はよく知りません。今回の練習では、S先生がバスの発声について、バスの人たちに注意をしていましたが、それらは私には“目ウロコ”な事なので、私のための記録として書いておきます。

 バスは胸の中央にある胸骨と鎖骨のぶつかり合う場所の窪みに、常に声を響かせて歌うようにしないといけない。つまり、歌う時は、いつでも思いっきり声のポジションを下げていないといけない。どんなに高い音になって、ポジションは低めに、声を胸に響かせて歌うこと。

 …こうやって、バスらしい発声が作られるようです。ううむ、テノールは常に頭の中に声を響かせているから、胸に響かせ続けるなんて、同じ男声でも、確実に違うところですね。女声はよく、同じ人がソプラノやったりアルトやったりするけれど、男声は発声そのものが、こういう具合に違うから、テノールやったりバスやったりはできません。それには、こういうところにも原因の一つがありそうですね。

2009年10月22日 (木)

眉間にシワを寄せないこと

 声楽のレッスンに行ってきました。今回のポイントは「眉間にシワを寄せずに歌う事」でした。

 私はどうにも歌う時に、無意識に眉間にシワが寄ってしまいます。無意識ですから、私は先生に指摘されるまで、全く気がつきませんでした。でも歌うと“眉間にシワ”が寄るのだそうです。眉間にシワが寄るのは、顔面に無駄に力入っているからだそうですし、頭の中を開く方向を間違えると、やはり眉間にシワが寄ってしまうのだそうです。

 先生がおっしゃるに、ヘタクソは必ず眉間にシワを寄せて歌うのだそうです。言われてみれば、一流の歌手で、眉間にシワを寄せて難しいそうな顔をして歌う人は、オペラの苦悩の場面以外では、絶対に見られませんねえ…。

 いやあ、参りました。私、ヘタクソ確定じゃん。

 ちなみに、妻は全く眉間にシワが寄りません。だから、高音までキレイに出せるのだそうです。まずは、眉間にシワが寄らないように、頭を開く方向を確認して歌いましょう。そのためには…ひさしぶりに鏡先生の登場だな。鏡を持って、おでこを見ながら歌の練習をしないとね。

 眉間にシワを寄せない一つのコツとしては、声を集める場所を、顔の前方ではなく、頭の中にする。そういうふうに意識を変えるだけでも、だいぶ違うそうです。やってみようっと。

 さて、レッスン中にある実験をしました。どんな実験かと言うと、横隔膜をきちんと下げるために、背中の筋肉のどの部分を使ったら、一番効果的にできるかと言う実験です。もちろんターゲットになるのは、背骨沿いに走っている太くて長い筋肉なんですが、この長い筋肉のどこを膨らませた時が、一番横隔膜が下がる(息が吐きづらい)かを筋肉を膨らませる場所を少しずつ変えて確認してみました。

 結果は、だいたいベルトの位置あたりか、それよりやや下のあたりかな。そのあたりをブンと膨らませると、一番息が吐きづらいみたいです。この場所を体で覚えて、常にここを張っていくように意識して歌えるといいですね。

 歌は…“Tu lo sai”は、本日で終了となりました。ついに、仕上がる事はありませんでした。「あと、五年くらいしたら、またやりましょう」と言われて、お終いです。

 結局、何がダメだったかと言うと…色々あると思いますが、やはり音量の調整がうまく出来なかった事、高音Fisを弱音で歌うことが最後までできなかった事、歌いながら途中で失速してしまう事、等々ですね。

 音量の調節の方は…この曲は全体をpとppで歌うのだけれど、それがどうにもうまくできなかったようです。このあたりの問題は、フルートでpがうまく吹けないのと、通じるものがあるような気がします。どうしても息が勢いよく出ちゃうんですね。で、出ちゃうと途中で止まらない(笑)。やっぱり、お腹の支えがまだまだなんだろうなあ…。

 高音Fisは…ちょうどそのあたりが、私のチェンジの個所(Fis~G)に当たるわけで、すごぶる声が出しづらい音なんですよ。で、普通に歌っても難しいのに、そこを弱音で…と言われると、今の段階ではまだまだ無理ってところだと思いました。

 失速してしまうのは…体力不足? あと、レッスン会場の広さに負けているのかもしれない。自宅の狭い部屋で歌う時は、そういう事はないのに、お教室に行って歌うと決まって失速します。部屋なりに歌うのは良いのだろうけれど、部屋の広さに負けているようじゃあ、ダメなんですね。

 でも、多くのことをこの曲から学びましたよ。息で溺れない方法もそうだし、頭声発声も一歩前進できたと思うし、Uの発声も頑張りましたよ。

 とにかく“Tu lo sai”は今回で終わりになりました。

 で、もう一曲である「サンタ・ルチア」ですが、こちらの課題はレガートでした。声のポジションを変えずに歌いきれればOKということで、やってみたところ、なんと、数回のトライでOKになりました。ただ、私自身は確信的にやってできたのではなく、声を横に横につなげて行ったら、結果オーライとなりました。たぶん、偶然できたに過ぎないのだけれど、こういう事は「できた」という経験が大切なので、これで良しなんだそうです。

 と言うわけで、「サンタ・ルチア」は合格となり、終わりです。

 さてさて、練習曲がなくなってしまった私には、新しい曲が与えられました。それは「オー・ソレ・ミオ」です。「私の太陽」ってタイトルも付いている、アレですね。いかにもテノールっぽい曲です。いよいよ、本格的なテノールレパートリーにチャレンジって事ですね。ワクワクですが…パパロッティが三大テナー公演の時に付け加えて、今じゃデフォルト仕様になってしまった最後のカデンツァの部分が歌えません(涙)。あの部分、楽譜には当然書かれていませんが、たぶん、一番高いところはAだよね…。まだAは無理だよ~。でも、頑張るか。

 でも、これをレパートリーに加えられたら、まずはテノールとしての足掛かりになるよね。

2009年10月21日 (水)

アルタスフルートフェア2009秋 に行ってきました その2~コントラバスフルートは小学生よりもデカイ!

 アゲハのスーパーな調整が終わったので、いつもの恒例行事、フルートの試奏です。

 今回は、まず、ジュピター(発売元は、アルタスと同じグローバル)の新製品であるコントラバスフルート(C管)から吹いてみました。

 すごいよ、コントラバスフルートって。なにしろ、大きい(笑)。どれくらい大きいかと言うと、ウチの息子君よりデカイ。妻は楽器をかなり斜めにしないと、歌口にクチが届きません。それくらいデカイ! マンモス並に大きな楽器でした。ってか、知らない人が見たら、これって、絶対に楽器に見えません。たぶん、何かの工事部材にしか見えないだろうなあ…。

 もちろん、すぐに吹いてみましたよ。歌口のえぐれ具合が指よりも太かったのが印象的でした。吹いた感じは、難しいと言えば難しいけれど、たぶん、私はこの楽器にすぐに慣れて、割と自由に演奏できるようになれると思う。その程度の難しさ。

 ただ、深みのあるキレイな音を出すのは、ちょっと難しいかな。私でもかなり口を縦に開かないとキレイに音が出ません。どうやら、このフルートを十分に鳴らすには、私以上の口腔内体積が必要と言うわけで、つまり私以上の巨体が必要というわけです。そういう意味じゃあ、奏者を選ぶ楽器だなあ。私にも大きすぎるような気がします。

 この楽器の真価を引き出すには、私じゃ力不足だけれど、アンサンブル演奏をするのに十分な程度には、よく鳴りました。たぶん、相性的にはかなりいいんだと思います。

 ちなみに真鍮製の楽器ですが、きれいに銀メッキしてあります。お値段は115万円だそうです。おそらく世界標準と思われる、古田土のコントラバスフルート(C管:真鍮製)が約170万円ですから、かなり手に入れやすいお値段という事になります。台湾製ですが、作りはしっかりしてますし、良い楽器だと思いました。地を這うような低音は、地味ですが、味がありますね。

 これだけデカイと、さすがの私でもコントラバスフルートには食指が動きませんでした。でも、その隣にあるバスフルートには興味津々。さっそく試奏を始めました。縦型と横型の二つがありましたので、まず最初は横型の、アルタス製のバスフルート(リップ銀:約70万円)を吹いてみました。

 一息入れて……惚れました(はぁと)。いやあ、一息入れて惚れたフルートは、アゲハと、パウエルメカ金の木管フルートの2台以来です。いきなり魂、持って行かれました。

 最近、何となく、バスフルートに興味のあった私は、ヤマハの金色のバスフルートとか、ジュピターの縦型バスフルートとか、折に触れ、試奏してきましたが、いずれも、さほど印象に残るようなものではありませんでしたが、今回は違います。これは、かなり良いです。

 何が良いって、一息入れたら、すごく立派な音が帰って来ましたよ。あんまり立派な音が帰って来たので、吹いているコッチがビックリしたくらいです。

 始めて持ったにも関わらず、グランドフルートと同じような感覚で、いきなり曲が吹けました。それくらい扱いもラクラクでした。これ、すごくいいフルートです。すごく深みと色気のある音が出ます。まさに、チェロの笛版のような感じです。横型で大きくて長いですし、重量的には、普通のフルートよりも重いのでしょうが、短時間だったせいもあるのでしょうが、私的にはあまり気になりませんでした。これならイケそうですね。

 バスフルートと言うと、アンサンブルの一番下を支える、縁の下の力持ち的な楽器のはずですが、これは、そんな風に使ったら、もったいない楽器です。この楽器でメロディーの演奏、十分に行けます。

 いいなあ、これ。もちろん、クラシックでは全く出番がないバスフルートですが、これ、ジャズのセッションに持っていったら、すごくおもしろいと思う。ベースを吹いてもいいし、メロディーを吹いても可。シブく対旋律を吹いてもオシャレだし、いいよ、これ。私的には、グランドフルートよりも、こっちの方がしっくり来る感じです。

 それに、だいたい、こんな楽器、他に吹いている人いないし(笑)、これを持っていたら、あっと言う間に、湘南ジャズ・バスフルート界でテッペンとれるかも(大笑)。

 もっとも、そんな戯言を言えるのも、おそらくは、私とアルタスのバスフルートの相性が良いからだと思います。私って、やっぱり、アルタスっ子なのかな?

 ともかく、このバスフルートと私、すごぶる相性が良いみたいです。その証拠に、春にも吹いた、ジュピターの縦型バスフルートを今回も吹きましたが、こちらは、やはり春の時と同じ印象で、音は大きくきれいに鳴りますが、それだけの話です。あの時は、とてもいい楽器に思えたのだけれどなあ…。とにかく、私が吹くと、音に色気がないので、アンサンブルの下支えがせいぜいで、メロディを吹く気にはなれませんでした。この楽器とは、さほど相性の悪さは感じませんが、アルタスのバスフルートとの相性ピッタリ状態と比べると、やはりもの足りません。そばにいたアルタスの営業さんからも「さっきのフルート(アルタス)と比べると、こっちのフルート(縦型フルート)とお客様は、相性があまり良くないみたいですね」と言われちゃいましたもの。両方とも自社製品なんだから、これは正直な感想ですね。

 ちなみに、ヤマハのバスフルートは、私とは相性が良くないです。個体によっては音すら出せません。バスフルートはグランドフルート以上に相性問題がありそうですね。ううむ、古田土のバスフルートを吹いてみたいぞぉ~。

 あ、補足しておくと、ヤマハのバスフルートがダメという意味じゃないので、誤解しないでくださいね。これはあくまでも、私とそれぞれのフルートの“相性”の問題ですから。人によっては、評価が間逆になることだって、十分あります。

 ちなみにジュピターの縦型バスフルート(総洋銀:台湾製)のお値段は、約60万円です。ヤマハのバスフルートが総洋銀で約80万円でした。特殊管で有名な古田土だと、リップ銀のバスフルートが約90万円、管体銀のバスフルートだと約110万円になります。ならば、アルタスのリップ銀で70万円というのは、かなり頑張った価格設定なんだろうと思います。

 それにしても、70万円でこれが買えるなら、マジで真剣に小遣い、貯めちゃおうかな? ローン組んじゃおうかな? 宝くじがあたったら、ゴールドフルートよりも先に、このバスフルートを買っちゃった方がいいんじゃないかって気がしてきました。

 ああ、アルタスのバスフルート、欲しいぞぉ~。

 素敵なフルート(アルタス・バスフルート)とめぐり合ってしまったために、なんかもう、お腹いっぱいになってしまいました。会場には、たくさんフルートが並んでいるけれど、もう試奏なんて、どうでもいいやって気分です。

 もう帰ろうと思った時に、フルートワールドでアルタスのゴールド系のフルートを吹けなかった事を思いだしたので、最後にゴールドフルートを吹かせてもらうことにしました。もちろん、比較のために、展示してあった1307と18K(ただしメカ銀)を交互に吹いて、比べてみました。ちなみにお値段は、アルタスのゴールドフルート(管体18K・メカ銀)はドゥローンで約230万円、ソルダードで約280万円でした。宝くじが当たれば、買えない金額ではありませんね。

 印象ですか? 私たちが通常感じる、ゴールドフルートとはかなり音色が違うことにビックリしました。この音色では、かなり好き嫌いが分かれるんじゃないかと思われます。と言うのも、このフルートは、管体に18Kを使っているにも関わらず、音色がほどほどに明るくて派手めなんです。粘性がやや低めというか、渋いというよりもパステル色っぽい印象なんですね。

 非難を覚悟の上で書いちゃうと…私、このフルートを吹いた時に「これって、ベネットじゃなくて、ランパルなんじゃないの?」って思いました。

 そう、今までのアルタスフルートって、ウィリアム・ベネットっぽい音だったじゃないですか? でも、このゴールドフルートは素材が違うせいもあり、ベネットとはちょっと方向性が違います。で、私の脳裏にピンときたのが、ランパルなんです。

 もちろん、私はランパルはCDでしか聞いたことないし、特にファンと言うわけでもないし(その割には結構たくさんランパルのCD持ってます:笑)、だいたい、私の乏しいフルート知識から言えば、ゴールドフルートってのは、ゴールウェイ以降、一般化した素材でしょ。ランパルはゴールウェイ以前の方ですから、当然総銀の方でしょ。だから、的外れな意見だと言うことは百も承知の上で書いちゃいますが、私はアルタスのゴールドフルートを吹いて、ランパルを連想しました。以上です。

 それに、アルタスって、ルイ・ロットを目指しているメーカーですよね。ランパルはヘインズだから、やっぱり理屈で考えると…違うよね。でも、そう感じたんですよ、私は。

 ま、とにかく言える事は、アルタスのゴールドフルートは、今までの総銀フルートとは、作り方は同じなのかもしれないけれど、素材の違いで、かなり性格が違うフルートになっています。

 それにしても、ランパル系の音(って勝手に決めてますが…:笑)って、今は流行らないよねえ…。今は何と言っても、クラシック系のフルートの理想の音はゴールウェイ系の音でしょ。つまりは、ムラマツ風味なダークでリッチでしっとりした音。これが現代の流行の音色なわけで、アルタスはゴールドフルートでも、ムラマツとは違う方向のフルートを作っちゃったというわけですね。

 ゴールドフルートだから、お値段的にも愛好家の購入はなかなか難しいよね…。となると、このフルート、プロの方々には、一体どれほど受け入れられるのが勝負ってところでしょうね。 総銀フルートほどに受け入れてもらえるのでしょうか? このゴールドフルートは最近の作品だそうですから、ここでアルタスのメーカーとしての器が試されているのだと思います。ゴールドも作る(つまり、プロ使用にも耐える)フルートメーカーとして飛躍するのか、総銀にこだわる(つまり愛好者たちにマニアックに愛される)フルートメーカーのまま留まるのか。

 …ああ、応援したい。でも、さすがにゴールド系は簡単に買えないよ。でも、これだけ、世の中の主流とは違う音色だと、生半可なプロ奏者だと怖くて使えないよね。まずは、トップレベルのフルーティストさんたちを攻略していかないと、将来はないよね…。

 頑張れ、アルタス。私はアゲハを吹きながら、応援します。まだ若いブリヤコフあたりがPSから乗り換えたら、おもしろいのに…と思うけれども、はてさて。

2009年10月20日 (火)

アルタスフルートフェア2009秋 に行ってきました その1~あなたは自分の楽器の製作者の顔と名前を知っていますか?

 「アルタスフルートフェア2009秋」に行ってきました。目的は「無料調整会」と「アルタスフルートの試奏」です。

 さっそく行ったところ、私の姿を見かけるなり、アルタスの営業さんの方から挨拶されちゃいました。すっかり顔なじみになってしまったようです(照)。

 さてさて、アゲハの調整です。営業さんから今回の職人さんのご紹介がありました。アルタスの製造部門のエラい人のようです。

 さて、調整の前に、みんなでアゲハの検分です(笑)。営業さんがおっしゃるには「だいぶいい色になってきましたねえ」との事。“いい色になる”とは硫化の進み具合の事です。アゲハは管体の表面はまだまだキレイですが、中は少しずつ黒ずんできています。この黒ずみがフルートの音色に良い影響を与えるのだそうです。1307は硫化を楽しむタイプのフルートなので、黒くなればなるほど、本領発揮する(はずの)フルートですから、この一年で、だいぶアゲハも成長してくれたということなんです。

 目立った故障もないと言うことで、さっそく調整開始です。

 例によって、アルタスのフルート職人さんと、対面で色々な濃ゆいオタク話などをしながらの調整となりました。私が感じている不都合とか、どんな音が欲しいのかとか、そんな話を世間話を交えながらしていきます。それを聞きながら、職人さんが調整をしてくれるわけです。

 いやいやいや~、今回、驚きの事実が分かりました。と言うのも、アゲハの調整してくださったSさんは、実はアゲハの製作者の方でした(驚愕!)。この人がアゲハを作ってくれたのです。今、アゲハは、製作した職人さん自らの手で調整されていると思うと、なんとも感無量でした。

 なぜ、このSさんがアゲハの製作者かと分かったと言うと、Sさんから工場でのフルートの作り方のオタク話を聞いていた時のこと。フルートはみんなで分担して作っていくモデルと、一人の職人で作っていくモデルの二種類がありますって話で、この1307は一人の職人が作っていくモデルなんですよという話が出ました。そこで私が「ならば、シリアル番号から調べれば、どの職人さんがどのフルートを作ったかは、すぐに分かりますね」と尋ねたら「そんなことをしなくても分かりますよ。これは私が作ったフルートです」と即答。「え? なぜ分かるんですか」と尋ねると「職人それぞれに、やはり癖がありますから…。このフルートの作り方は、私の癖がはっきり出てますから、これは私が作ったフルートに間違いないです」と言いました。私らユーザーから見れば、同じアルタス1307であっても、職人さんから見れば「これは○○さんが作った1307、こっちは◎◎さんが作った1307」と即座に分かるのだそうです。

 へー…って感じの話です。この人がアゲハを作ったんだ。つまり、アゲハは今、実家のお父さんに来てもらって、調整してもらっているわけなんだ。まるで、天馬博士にメンテされているアトムのようなものだな。

 さらに驚きの事実がありました。このSさん、実はウチの近所の人でした(驚)。もちろん、今はアルタスの工場のある安曇野に住んでらっしゃいますが、それ以前はずっとウチの町内の人で、私が一丁目なら、彼は三丁目の人でした。その事実が分かるや否や、今度は濃ゆい地元話になりました(笑)。

 アゲハは、ウチの近所の人がフルート職人になって作ってくれたフルートなんだと思うと、何か不思議な縁を感じます。ならば、私がアゲハを手にしたのも、必然の出来事だったのだと思えます。

 それはともかく、調整の話。

 今回のアゲハさんの調整のポイントは、低音のキレを良くしてもらうことです。全般的な調子はすごぶる良いアゲハなのですが、やはり低音の方のキレがあまり良くありません。シシリエンヌでの低音Cには苦労しています。もちろん、私のテクニック不足(ポイントを外し気味)もありますが、それはそれとして、せめて楽器の方だけでも、ピシッとして欲しいと思いましたので、そういう注文で調整をお願いしました。

 無料調整会でしたけれど、Sさん、さっそくアゲハを分解。まずは全部のパーツをばらして、磨き始めました。そして、バネの一つずつ、パッドの一つ一つをチェックして、中の薄紙を切ったり貼ったりして微調整を始めました。実に丁寧な仕事です。

 フルートのパッドは、生体(フィッシュスキンですね)を使っている以上、必ず経年変化をするのだそうです。アルタスでは、二枚のフィッシュスキンを両側からフェルトで挟み込んだものをパッドとして使っているそうでが、このフィッシュスキンがどうしても時間が経つにつれてゆがんでくるのだそうです。だからこまめに、この生体部品の変化に合わせて、薄紙で微調整して、パッドの表面を平らな状態にしておかないといけないのだそうです。

 さらに言うと、この微調整も、どこまでやるかが難しいのだそうです。シビアに追いこんだ調整をすればするほど、フルートのパッドに遊びが少なくなり、すぐに次の調整が必要になるのだけれど、ある程度遊びを確保して調整すると、次の調整まで時間が稼げるのだそうです。その代わり、遊びの分だけ、調整も甘くなってしまうのだそうです。だから、どの程度までの調整をするかが、難しいところなのだそうです。調整というのは、いたづらにシビアにやればいいと言うものではないようです。

 そんな話をしながら、Sさんが一通りの調整をしてくれました。まずはSさんが試し吹きをしました。…涙が出るくらい、美しい音でアゲハが鳴っています。こんなにキレイな音でアゲハが鳴るのは、私がアゲハを購入して以来、始めてかもしれない…。こんなに素敵な音色で鳴るフルートを聞いたのも、もしかすると始めてかもしれない…と思いました、冗談抜きで!

 「どうでしょうか?」と言うわけで、私が吹いて確認してみました。アゲハのグレードが一つも二つもアップしたような音で鳴っています。調整の威力って、すごいです。一通り試したあとで「だいぶ、調子が良くなっていて、いいですね。低音も、以前よりもキレが良くなってます。ただ、私のテクニック不足なのか、やっぱり低音は難しいですねえ…」とつい(!)言ってしまったものだから、Sさん、職人魂に火がついてしまったようで「…もう一度貸してください」と言って、またまたアゲハを分解しちゃいました。

 軽い感想が、Sさんにはダメ出しに聞こえてしまったみたいです。も、申し訳ありません(謝)。

 もう一度、アゲハを分解して、今度は部品の一つ一つを微妙に曲げ始めました。「このフルートは銀でできているので、柔らかいんですよ。人の力で、微妙に曲がってしまうんですね…」と言いながら、アゲハの部品のゆがみを一つ一つ取り始めました。…無料調整会なのに、ここまでお世話になっていいんですか?

 「さあ、今度はどうでしょう…」と言いながらSさんが試奏します。

 試奏の段階ではっきり分かりました。アゲハの管体が音によく共振しています。ちょっと、これ、すごいですよ…。

 私に手渡されて、吹いてみました。…低音のキレが良いどころの騒ぎではありません。なんですか、このフルートは! 低音Cですら、軽く息を入れただけで、キレイに響き渡るような音を出しちゃうじゃないですか。もちろん、他の音は言うまでもありません。第三オクターブなどは、楽に吹いても、耳が痛くなるほど響きます…ってより、響き過ぎです。キーンキーン来ます。…耳痛いです(涙)。

 あと、少なめの息でもたっぷり鳴るようになり、小音量での音のカスレもかなり改善されています。反応がすごく良くなったので、今まで滑っていた十六分音符もクリアに吹けて、驚きました。今まで、十六分音符がうまく吹けなかったのは、フルートのせいだったんだ…。もちろん、高音EとかFisとかも、何の意識もしないで通りすぎるくらいに楽に吹けちゃいました。ううむ、調整って大切なんだな。

 なんか、とんでもない精度の調整をしていただけたようです。…無料調整会なのに、すごぶるバッチリです。調整だけで、軽く1時間オーバーでした。これ絶対、無料調整会での調整の範囲越えてるよなあ…。

 Sさんから、お手間をかけて申しわけないと言われました。この1307は、マメに調整をしないといけないタイプのフルートなんだそうです。そういう意味ではデリケートなフルートなんでしょう。良いフルートなんですが、気難し屋で繊細な部分があるんです。マメに調整して、いつも良い状態で吹いてくださいと言われました。なんか「ふつつかな娘で面倒ばかりおかけしますが、今後ともよろしくお願いします」って言われたような気がしました。いえいえ、私の方こそ、これだけのフルートを作っていただいて感謝です。

 とにかくアゲハがシャレにならないくらい、反応が早くて、よく響く、無敵なフルートになっちゃいました。もう、演奏のミスは、フルートのせいにはできないです(笑)。

 しかし、総銀フルートでも、調整さえしっかりすれば、こんなにすごい事になるんですね。音量を稼ぐとか、音のキレが欲しいとか、そういう目的でゴールドフルートを所望しているならば、ゴールドは要らないです。ちゃんと調整すれば、総銀でもかなりのレスポンスが得られます。少なくとも今の私にとって、アゲハは明らかにオーバースペックなスーパーフルートになっちゃいました。すごいよ、このフルート、マジで。

 とは言え、ゴールドにはゴールドの音色はあるし、やっぱり物欲的にはゴールドは、ぜひ欲しいフルートです(笑)。

 さて、調整を終えた私とアゲハ。当然のように、私はフルートの吹き比べをしに行ったのです。その話は…長くなったので、また明日。

 おまけ。今回分かった、もう一つの事。フルートの音って…これは私だけの感覚かもしれないけれど…指から手や腕に伝わって胸に響いて、それが息に乗って、もう一回フルートに入るような気がします。

 と言うのも、調整されたアゲハを吹いていると、指や手や腕がすごく良く共振しているのが分かるし、胸はかゆくなるくらいにビリビリ来ている。こんな体験始めて…。

 あ、でも、フルートが当たっているアゴの骨から首~背骨を経由して肋骨に振動しても、胸がかゆくなるか。アゴがビリビリするのは以前からだから、あまり気にしてなかったけれど、こっちの線も濃厚だな。どちらにしても、胸がかゆくなるのよね、ビリビリして。これが妙にいい感じなんだよね。

2009年10月19日 (月)

音量の下限を広げる

 フルートのレッスンに行ってきました。いやあ、リアルな生活(っつうか、仕事)が忙しいので、レッスンを1時間遅らせてもらいました。感謝です。

 今日はシシリエンヌ(今、「シシリエンヌ」と入力しようとして、うっかり変換キーをミスタッチしたら「死屍離縁(ししりえん)」だって。縁起でもねーぞー!)の日でした。やっぱり30分のレッスンでは、2曲やるのはムリってことです。

 発表会まで、一カ月を切ったと言うのに、まだまだ課題満載です(笑)。

 まずは、表情付けです。具体的には、音の強弱の幅がない。つまりは、一本調子になっているというわけです。それって、棒吹き? 原因は、どうやら私の場合、弱音がいま一つって事のようです。

 先生がおっしゃるには、大きい音はすでに十分大きいから、今度は小さい音を十分小さく吹けるようにしましょう、って事です。先生は言葉が優しい人なので、そこから、本当の意味を掘り起こしていかないといけません。つまり…いつもフォルテとフォルテッシモばかりで元気が良いのはいいけれど、音楽は元気が良いだけではダメで、美しいピアノやピアニッシモも吹けないとね。もっと、やさしくフルートを吹きましょう。シシリエンヌは繊細な音楽なんだから…って事なんだと解釈しました。

 私は性格がガサツなせいか、普通に吹いても、相当、乱暴なようなんですわ。もっと丁寧に、もっと繊細に、もっと心優しく吹かないとね。クラシックにおけるフルートの役割は“風”だもん。そよ風で行きましょう、台風でなく(笑)。

 私が一生懸命、自分なりに小さな音で吹いていると、今度は…小さな音は、いくら小さくなっても、カスレてはいけません。たとえどんなに小さくても、しっかり息を支えて、キレイな音で鳴らしましょう…ラジャーっす。

 しかし、いくら息を支えても、やっぱりキレイな弱音は難しいっす(涙)。

 その他にもワンポイント的なアドヴァイスをいくつかいただきました。

 …このシシリエンヌは問いかけと応答でメロディーが出来ています。きちんと、問いかけのメロディーと応答のメロディーを吹き分けてください。

 たしかに、楽譜に書かれている強弱記号を機械的に演奏するよりも“ここは問いかけているフレーズ”“ここは答えているフレーズ”“ここは情景描写のフレーズ”と感じながら演奏する方が、結果として良い気がします。

 …いくらスラーがかかっていても、符点のリズムはキレ良く演奏してください。スラーの中であっても、タンギングを感じさせないようにタンギングをしてください。

 タンギングを感じさせないタンギングというのは、言葉で書くと難しいのですが、やってみると案外簡単でした。もっとも、いつもそれを忘れないようにしないといけないのが、私にとっての課題ですが。

 …横に繋いでいく音と、その場に置いていくだけの音を、きちんと吹き分けてください。

 何でもかんでも、レガートにやっちゃう私は、メリハリのない演奏をしがちです。メリハリをきちんと付けないと…ね。

 …高音はよく響くので、表情記号よりも一段小さめの音量で良いくらいです。

 高音は…臆病で勇気が足りないせいか…ついつい息を多めに入れてしまいます。

 さあー、頑張るぞー。あと、一カ月だぞー。難しいぞー。

 そうそう、記録のために書きます。実は今回、レッスン中に先生に誉められたよ。うれしいな。「すとんさんは、フルートの上達が速いですね」だって。誰と比べて速いのかは分からないけれど、速いと言われて喜ばない人はいないよね。先生はお世辞を言わない人だから、こういう何気ないひと言でもうれしいです。

 …でも、もうこの曲、二カ月くらい吹いているような気がしますが…。

 デスペラードは時間切れのため、今回はできませんでした。でも、次回はロングレッスンなので、そこでバッチリ見てもらうつもりです。自分なりに、歌い方もフルートの演奏フレーズも工夫したつもりです。ははは、次のレッスンが楽しみです。

2009年10月18日 (日)

なぜ目は二つあるの?[2009年10月第3週・通算41週]

体重:104.6kg[+0.5kg:-1.2kg]
体脂肪率:31.4%[+0.2%:-0.9%]
BMI:33.1[+-0.0:-0.7]
体脂肪質量:32.9kg[+0.1kg:+-0.0kg]
腹囲:104.0cm[+2.0cm:-2.2cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第33週目。さらに増量中です(笑)。仕事が忙しいと太るタイプでーす(いいわけ)。やれやれ、全然、ダイエットできてませんなー(冷や汗)。

 さて、今週はエッセイではありません。カナリアの歌のつもりです。たまには、こういうモノも書きます。内容は、言い古された陳腐なものですが、書いてみたかったので書いてみました(ワガママ:笑)。どうにでも、お好きなように、味わってください。

なぜ目は二つあるの。

 なぜ目は二つあるの。
 それは、物事を表と裏から見るために。
 前と後ろから見るために。右と左から見るために。上と下から見るために。
 現れているモノと隠れているモノを見るために。

 なぜ耳は二つあるの。
 それは、嘘つきや偽善者にだまされないように。多くの人の意見を聞けるように。
 大きな声と小さな声を聞けるように。叫んでいる声とつぶやいている声を聞けるように。
 殴っている人の怒声と殴られている人の泣き声を聞けるように。

 なぜ口は一つしかないの。なぜ舌は一枚しかないの。
 それは、嘘や偽りや誤魔化を言わないために。いつも思慮深くいるために。
 二枚舌を使わないために。陰口をたたかずに正々堂々と意見を言うために。
 老若男女、誰にでも公平であり、真っ直ぐに顔を上げて前を向いて生きていくために。

 暴力って何。腕力だけが暴力なの。

 私たちの生活を脅かすモノたちの武器は、銃とペン。
 軍事独裁と言論封鎖がその両輪。

 二つある目でしっかり世界と自分を見つめ
 二つある耳でたくさんの人々の話を聞き
 一つしかない口で、正義と公平と慈愛の言葉をいつも言おう。

 それが人間と言うもの。そのために、私という人間はここにいるのだ。

 神様を畏れる事。謙虚はそこからしか生まれない。
 なぜ神様は、人に、目を二つ、耳を二つ、口を一つ、お与えになったのか。

 神様を畏れない者。傲慢はそこからしか生まれない。
 なぜなら彼こそが神であり、彼以外のモノはただの虫けらにすぎないからだ。

2009年10月17日 (土)

子供たちはかわいい

 さっさと「金魚すくいの金魚をうまく飼う秘訣」の続きを書いて、シリーズを終わりにしたいのですが、それにしては、緋ドジョウがかわいすぎて、プリティーで…。

 今、ドジョウ界は、大きな緋ドジョウ(大きいけれど名前は「チビ」)を中心に4本の緋ドジョウと1本の縞ドジョウの全部で6本が所属してますが、この連中を観察していると、本当に飽きません。

 とにかく、緋ドジョウは地面に潜らずに、いつも水槽の底で、キャピキャピしてます。実にかわいいですよ。

 最近は、この4本がチビにまとわりつくようになりました。文字通りの“まとわりつき”なんです。4本がチビにからみに行ったり、チビを突ついたり、チビと並んでみたり…。まるで、幼稚園の園児と先生の関係のようです。内心は「ウザイっ!」と思っている事は表情を見ればバレバレなんですが、それでも4本を追い払わずにいるチビはエラいと思いました。でも、そんなお姉さんの忍耐をどれだけ4本が分かっているかは、はなはだ疑問ですが…。

 いやあ、小さな緋ドジョウたちが本当にかわいい。

 考えてみれば、サツキも我が家に来たばかりの頃は、小さくてキャピキャピしてかわいかったのに、半年したら、体もあっと言う間に、五まわりくらい大きくなっちゃったし、いつの間にか、チヅルを追い越して、最近は、ブニョやキッカに混じって、カエデに媚び売っているし…。すっかり、女の子から女(と言うか、メス)になってしまいました。

 小さな緋ドジョウたちも、いつかは、チビのように落ち着いた、長くて太い緋ドジョウになるんだろうけれど、でもでも、いつまでも子供らしく、キャピキャピしていて欲しいなあと思います。

 それにしても、この子たち、元気すぎ! 今までだと、新しい子ってのは、水槽に入って、しばらくすると落ちる(星になる)なるものなんだけれど…。今回だって、緋ドジョウが何本かは星になる前提で、4本買ってきたのに、全員元気ですくすく育ったら、こっちの目論見から外れてしまうじゃない。ま、いいけれど…。

2009年10月16日 (金)

「歌の音痴」と「楽器の音痴」

 音痴とは、音楽に関する能力が著しく劣る人の事を言います。とりわけ、具体的には『歌をきちんと音程正しく歌えない人』を指します。

 音痴が、音楽ダメダメ人間の意味なら、確かに歌えない奴は音痴と言われても仕方がないでしょう。でも、歌は歌えないけれど、楽器を演奏させたら、結構いけるという人はたくさんいます。当然の疑問として…こういう人も、やっぱり音痴なの?って、思いますよね。

 私はそういう人も“音痴”だと思います。ただし、それは「歌の音痴」であって「楽器の音痴」ではないと思います。だって、楽器は上手に演奏できるんでしょ。

 では「楽器の音痴」って、どんな人のことを言うのでしょうか?

 「楽器の音痴」。それの、一番分かりやすい例として、自分で音程を作る楽器、弦楽器などを弾かせると、よく分かります。「楽器の音痴」の人が演奏する音楽は、調子っぱずれで気持ち悪いものです。さらに言うと、音程だけでなく、リズムも甘かったりして、全体として、曖昧模糊というか、ヘナヘナな演奏になりがちです。

 フルートなどの管楽器も、だいたいの音程は楽器が作ってくれますが、細かい音程は奏者に任されていますので、音痴な奏者がフルートを吹くと、なんか微妙に下手な感じがするでしょ。

 では「歌の音痴」と「楽器の音痴」はどうちがうのでしょうか?

 「楽器の音痴」は耳が音痴なのです。あるいは、音の聞き分けの精度が極端に低いのです。だから、感じる音程やリズムがいいかげんなので、だから演奏もいいかげんな音程になってしまいます。つまり“感覚が鈍い”のです。

 それに対して、「歌の音痴」は“筋肉が鈍い”のです。そういう人って、案外、耳が良くて、歌うべきメロディをちゃんと分かっていたりします。心の中では、実に立派に歌えるのですが、それをいざ実現しようとすると、思わぬ音程で声を出てしまい、結果として音痴になってしまいます。これは音程を掌る筋肉が訓練不足で動きが鈍いから起こってしまうわけです。

 “音痴”と言っても、実は中身の違う、二つの音痴がこの世には存在していました。という話です。もちろん、両方が同時に存在する“重複音痴”もこの世には存在しますが「楽器の音痴」の重度な例では、しばしば「歌の音痴」も併発しそうですね。

 つまり、耳が良ければ、すべて良しで、耳が悪ければ、全部アウトってことです。…って、あ、私自身がアウトじゃん(笑)。やべっ!

2009年10月15日 (木)

フルートの発表会まであと一カ月か…

 表題のとおりです。焦っていると言えば、焦っている。呑気に構えていると言えば、この上なく呑気に過ごしています。

 とにかく、フルートの発表会に向けて、日々、私なりに練習を重ね、一つずつ一つずつ課題をクリアしている…つもりです。

 でも、練習していておもしろいなあと思ったのは、シシリエンヌとデスペラードで、私のやっていることが間逆なこと。これは、ほんと、いい経験です。

 シシリエンヌは当然のごとく、楽譜に書かれている音楽を、いかに作曲家の意図に近い形で、もっとも美しく演奏できるか。そこをめざして頑張っています。

 ひとまずの目標は、楽譜に書かれていることを、すべて忠実に再現できるようにすること。毎日それを努力課題にしています。…努力していますが、なかなか、楽譜の記述どおりにはできません。どうしても、楽譜に書かれている細かな(大雑把であっても)表情付けができません。厳密に言えば、リズムも音程もちょっと怪しいかもしれない(汗)。

 私のアゲハの音は、作曲家の意図する音色なのか、
 私の音楽の肌触り、質感で、作曲家はOKを出してくれるだろうか。
 何より不安なのが、私のアナライズが果たして作曲家の意図とどおりか、これはとても不安です。

 とにかく、色々な事が分かりません。分からないけれど、完成形は楽譜の中にあるから、私の音楽を、ほんの少しでも、その完成形に近づけるべく、頑張っています。今は分からなくても、努力していくことで、改めて見えてくることがあるのではないかと信じて、日々精進です。

 一方、デスペラードは逆で、いかに楽譜から離れられるか、それにチャレンジしています。

 もちろん、楽譜に書かれている事は、素材としては使用しますが、なるべく楽譜と違う形で演奏できるように、日々、試行錯誤を重ねています。そして 歌も笛も、この一カ月で、だいぶ楽譜から離れてきたと思います。でも、まだ楽譜を引きずっているかな?

 楽譜から離れると言っても、でたらめに離れるのではなく、そこに主義主張と理屈と理論武装をした上で、楽譜から離脱です。楽譜にないフレーズを吹くのはなぜ? リズムのはずし具合や音程のズラし具合にも、考えなしにはできません。特に和音外の音を使う時は、本当にそれでいいのかと考え込んでしまいます。

 なぜ私はそう歌うのか、なぜそう吹くのか。一つ一つ考えて、一つ一つ形にしていきます。それが今の現状です。

 これらの作業が瞬時にできるようになると、アドリブというものができるようになるのではないかと、最近は思うようになりました。アドリブって、つまり瞬間瞬間で作曲(編曲?)しているわけですからね。

 クラシック音楽は難しい。でも同様に、ポピュラー音楽も難しい。両方とも方向が違うだけで、両方ともかなり難しい。「二兎を追うものは一兎も得ず」という言葉が時折脳裏をかすめます。ひえー!

 でも、異なるものを同時に学ぶことで、見える世界もあります。そういう意味では、私は恵まれているのかもしれません。

 あと一カ月で、できるだけの努力と積み重ねをしていきたいと思ってます。

2009年10月14日 (水)

カラオケで恥をかかない方法

 皆さんはカラオケは好きですか? 私は結構好きです。よく『マイクを持ったら離さないほど好き』という方がいらっしゃいますが、私はマイクを持たずに歌いますので、かなりタチが悪いです(笑)。…いつでも乱入OKなのね(爆)。

 でも、世の中、カラオケが嫌いとか苦手とか言う人がいます。聞けば、決して歌が嫌いなのではなく、上手に歌えないので恥をかくのがイヤで、カラオケは嫌いとか苦手って、感じているようです。

 ならば、話は簡単。カラオケに行って、恥をかかなければ良いわけだ。今日はその点について考えてみましょう。

 まず、カラオケに行って恥をかかない方法。…『行かない』(爆)。

 これは完璧な方法だけれど、世の中、これじゃあ済まない事もあります。ちなみに次善の策として『歌わない』(核爆)と言うのもありますが、同様ですね。

 問題は、カラオケって、歌って、短期間で上達するものじゃあないんですよ。つまり付け焼き刃が通用しない。だから、みなさん困っているわけですよね。

 そこで、オジサン考えた。

 カラオケで恥をかかないためには…うまい具合にポイントを外す。これだね。

 具体的に書きましょう。まず『歌は歌わない、歌は同僚に任せて、自分はラップ担当をする』。どうですか、デュエットの変形でしょ。これは若い世代向けの方法としては、なかなか有効な手立てでしょ。最近の歌は、メインのボーカルを女性歌手が歌い、間奏部分を男性がラップで歌うというパターンがたくさんあります。そこで、カラオケ苦手男子なら、ラップで攻めてみたらどうだろ?

 ラップなら音程がないので、音を外すなんてのはないし、リズムは…ちょっと難しいかもしれないけれど、最後さえ合っていれば、最初とか途中とはズレても愛嬌だよ。歌よりもハードルは低いし、これは結構いけると思うよ。それにこの手なら、かわいい女の子とデュエットできるし、いいでしょう。

 「私はオッサンなので、ラップはムリだよ」とか「あたしは女の子なのよぉー」って人は、次の手があります。それは『誰も知らない、極端に古い歌を歌う』です。これ、結構いけますよ。特に、戦時歌謡とか、戦後間もない頃の音楽って、カラオケにたくさん入っていますが、みなさん、なかなか歌わないでしょ。だから、このあたりが狙い目です。

 それだけ古い歌だと、周りもよく知らないから、少々音程やリズムを外しても分からないし、今の歌と比べると、素直で音域も狭くて歌いやすい歌が多いので、いいですよ。「上海帰りのリル」とか「夜来香(いえらいしゃん)」とか「東京ブギウギ」とか「丘を越えて」とか「私の青い空」とか「二人は若い」とか「憧れのハワイ航路」とか「蘇州夜曲(そしゅうやきょく)」とか、お薦めです。名曲ぞろいでしょ。

 あと、正攻法なやり方として、持ち歌を用意するというのも一つの手です。おつきあいのカラオケなんて、一曲歌えば義理は果たせるわけだから、たった一曲だけでも持ち歌を用意して、それを歌ったら、あとは酒を飲んじゃうとか、お酌をしまくるとかして逃げるという方法もあります。その時の持ち歌も、できれば古い歌謡曲なんかが歌いやすくていいですよ。

 あと、そこそこは歌えるつもりだけど、なんかうまくいかない(涙)って人の場合は、音域がご本人と合っていないケースがあります。そんな人は、カラオケのキーを少し下げてみるといいよ。キー・コントローラーで-2~3にするだけでも、ずいぶん歌いやすくなって、すっきりイケるものですよ。

 カラオケが苦手だなあと思う人は、ぜひお試しあれ。

2009年10月13日 (火)

だからフルートはダメなんだ

 最近ハマっているジェスロ・タルのCDを聞いていて「ああ、だからフルートはダメなんだ」と思いあたりました。

 何を出し抜けに、そんな事をいうのかと言うと…。

 フルートって、音がきれいすぎるんですよ。天上の響? 天使の歌声? 小鳥たちのさえずり? こんなキレイな音…今の時代には、全然似つかわしくない…んだろうな。

 ジェスロ・タルのイアン・アンダーソンのフルートって…いわゆる美音ではないと思います。無論、私はこのバンドを聞き始めて、まだ日が浅いのでよく知らないという部分はありますが、基本的には歪んでいたり割れていたりします。バッバの「ブーレー」(オリジナルはリュート組曲第1番です)という、クラシック系の曲も彼らはやってます。そこでは割と普通の美音系の音で吹いているかなあ…と思って聞いていても、やっぱり、ここ一発ってフレーズの時は、歪むし割れるし…。でもそれって、狙って歪ませているし割れているんだな、どうやら。

 いわゆるジャズフルートって奴を聞いていると、そりゃあ、千差万別なんです。美音系で吹いている人も大勢いるけれど、何これ?って音色で吹いている人もいるよね。「そんな音じゃあ、クラシックは吹けないよ」みたいな音だね。

 一般的に音楽演奏というもので考えた場合、クラシックは美音系だけれど、ポピュラーや現代音楽は必ずしも美音が求められているわけではない…というか、美音も必要だけれど、現代人の心情を表現するには、美音を越えた音でないと表現できないものもあるって感じ。

 再現芸術なら美音が必要なのでしょうが、自己表現としての音楽なら、何でもアリって感じです。

 サクソフォーンはよく耳にする楽器で、その音色は味わい深い反面、ちょっとハスキーで濁った感じがします。それがサックスの魅力だから、それで良いと思ってましたが、ある時、クラシック系のサックスの音を聞かせてもらいました。そしたら、同じ楽器なのに、全然音が違いました。クラシック系のサックスの音って、まるでクラリネットの親戚のような澄んだ音なんですよ。え?ナニナニ?って感じでした。奏者の人に話を聞いてみると、普通に吹くと普通に濁った音が出るけれど、注意深く吹くと、こんなふうに澄んだ音が出るんですよって教えてくれました(でもとても難しくて、注意深く吹かないといけないそうです)。

 サックスは濁った音から澄んだ音まで、音色の品性にだいぶ幅があるようです。

 考えてみれば、それはサックスに限らない事です。ギターも生音は結構澄んだ音ですが、ディストーションかけちゃえば、限りなくノイジーになります。クラシック系の代表楽器のヴァイオリンだって、天国を思わせるような美しい音から、酒場が似合いそうな猥雑な音まで出せます。人の声に至っては、天使の歌声から地獄の使者まで、すごく幅広いものです。

 そこへ行くと、フルートの音色の幅と言うか、ヴァリエーションの狭いこと。いつも、小鳥のさえずりか、天使の歌声、汚れを知らない少女の調べ…もちろん、多少の音色の変化というかパレットはあるけれど、他の楽器が持っている音色の数と比べると、圧倒的に少ない事は否定できません。

 役者に例えて言えば、フルートって、清純派女優のようなもの? できる役柄に厳しい制限があって、味のある演技などは最初から期待されていない…そんな感じ。

 この音色の数の少なさが、フルートの活躍を狭め、作曲家に軽く扱われる原因だと思う。

 永遠の清純派、永遠のアイドル、永遠の小娘。それがフルート。芸に幅がないんだよね。そういう狭さがフルートの味であるけれど、音楽そのものをやりたいという人は、いずれフルートだけでは、物足りなさを感じるようになる? ならない? どうでしょう??

 でも、そこで、あえてフルートに踏みとどまって、新境地を開拓している冒険者のようなフルーティストさんも、ジャズやポップスには若干いるわけです。こういう人がせめて200年前にいたら(おいおい:汗)、私の大好きなクラシック音楽におけるフルートの地位が、現在とは全然違っていたろうなあ…。

 タイトルの「だからフルートはダメなんだ」は、さすがに自分でも言い過ぎだなあと思うけれど、そういう制限の厳しい楽器であり、だから演奏人口が多いくせに、王道足り得ないのも、そういうところに原因があるんだろうなあという、結局は私の独り言に落ち着かざるを得ない話でした。

 おしまい(笑)。

2009年10月12日 (月)

ピントの合った柔らかい声で歌おう!

 第九の練習に行ってきました。今回は、654~726小節の、いわゆる“ドッペルフーガ”です。ここは、正直、第九の中でも歌うに難しい個所です。某プロオケ付属合唱団のオーディションの課題は、この第九のドッペルフーガなんだそうです。セミプロのオーディションにも使われる個所を、今回は歌ってきました。

 いやあ、難しかったですよ。さすがに私(どこが“さすが”だか分かりませんが…)も、最初の合わせでは落ちました(汗)。落ちると、シンコペーションだらけだから、なかなか戻れない(大汗)。おまけにテノールは五線の上のラが普通にたくさん出ます。こりゃ、きびしいね。

 ドッペルフーガは6/4拍子なんですが、この6/4拍子って奴が、どうにも難しいみたいで…。アルテにも6拍子(6/8だけど)は難しいって書いてあるほど、日本人には難しいのが6拍子なんだろうね。ドッペルフーガは6拍子だけれど、私はこれを2拍子だと考えて歌ってます。その方が楽にリズムが取れるんですよね。側の人たちが一生懸命「123456、123456…」と数えているところ、私は「1・2・1・2…」って数えてます。この数え方だと、シンコペーションのところだけ、3:1ではなく、2:1の食い込みになる事が分かっていれば、どうにかなります。

 そうそう、このシンコペーションって奴も難題だねえ…。やっぱり、合唱歴の長い人でも年配者になると、みな一様にシンコペーションには苦労しているみたい。シンコペーションって、実は裏拍のことであって、洋楽では普通にある技法だけれど、日本の歌とか、定番のクラシック曲だと珍しいリズムなのね。だから、物心つく前から洋楽を聞いて育った世代とそうでない世代では、シンコペーションの処理の仕方が違うわけで、仕方のないことだけれど、年配者の方々は、ジャストのタイミングの裏を取るというのが難しいようです。指揮のS先生は「1と、2と、3と…」なんて数えて「と」で入るんだよと教えてくださっているけれど、それでも難しい人には難しいのだよ、シンコペーションって奴は。

 さて、今回も、練習に心に残った、アレコレを書いてみたいと思います。

 まずはsfこと、スフォルツァンド。sfって難しいよね。今フルートで練習しているシシリエンヌにも散々出ていて、苦労しているけれど、今日は合唱でこいつの練習をしました。

 まずは、sfの前後の息をしっかり支えているのが前提。つまり、sfをかけたら直後にシュンと息を小さくするのではなく、最初から最後までしっかり息を支えている中で、sfの部分だけ、フンッて感じで、お腹の中のフイゴを踏んで、ババンと瞬間的に息を出して、sfにする感じ。だから、sfで音を大きくして、その直後に小さくするのではなく、sfでお腹の中のフイゴを瞬間的に強く踏むって感じなんです。前後はもちろん普通にしておく。ほおーっと思いましたが、やってみると、案外難しいですよ。でも、このテクはフルートにも応用できそうで、良いこと教えてもらったなあと思いました。

 歌うときは、腹話術をしているように、あまりクチビルは動かさずに、ノドを開いて、ノドの奥で母音を作るようにすると、深くていい音色の声が出せますと教わりました。でも、ノドだけで「イ」とか「ウ」とかを発音するのは難しいね。

 今回は第九に入る前に、散々カデンツァをやりました。いいなあ、カデンツァ練習。いわゆる、ハーモニー練習なんだけれど、カデンツァがうまくいくと、実に身震いするほどキレイな和音になる。この瞬間(は、なかなか無いけれど、たまになります)って、合唱と弦楽合奏だけ許された、精緻な和声って奴なんだよね。この瞬間の音の振動の中にいる時ほど、音楽を趣味にしていてよかったなあと思います。ああ、神様、ありがと。

 タイトルの「ピントの合った柔らかい声で歌おう!」ってのは、今回のS先生のひと言。この先生は、実によい言葉をたくさん知っていらっしゃる方だと思う。ピントというのは、音程のピントの事です。そこを「音程を合わせて…」ではなく「ピントを合わせて」という事で、ズーミングの感じがよく分かります。

 この先生、毎回の練習で、実にこれ!って感じの言葉をおっしゃいますが、今回のお言葉はこの「ピントの合った柔らかい声で歌おう!」です。あと、次点で「合唱はユニゾンが命」ってのもありました。これは「パートの中でハモるな」の裏返しなんですが、これもいいお言葉でしょ。

 最後に…今回はついにアルトで戦犯探しをしました(!)。しかし、本当にアルトは人数が多くて、テノールだとあっと言う間に戦犯が分かって手が打てますが、アルトだとまずは犯人探しだけで時間がかかりすぎ…。今回は30分近く、戦犯探しとその対策をしていました。

 何しろ、アルトの方々、とりわけ犯人っぽい人って、ピックアップの時は声を出さなかったり歌わなかったりして、難を逃れちゃうのに、合わせになると、実に生き生きと歌うものだから、先生もだいぶ苦労してましたね。超難関モグラ叩き状態でした。いやあ、アルト相手の戦犯探しは難しいね。

2009年10月11日 (日)

すべての女性に感謝したい[2009年10月第2週・通算40週]

体重:104.1kg[+0.4.kg:-1.7kg]
体脂肪率:31.2%[-0.2%:-1.1%]
BMI:33.1[+0.4:-0.7]
体脂肪質量:32.8kg[+0.6kg:-0.1kg]
腹囲:102.0cm[-1.2cm:-4.2cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第32週目です。あれ? うっかり重くなっているよ…、マズいなあ…。ううむ、実にマズイ。

 さて今週のエッセイです。私は、時々、神妙な感情に襲われます。

 具体的には自分の母や妻に向かって言えば済む事だし、時々は(回数はとっても少ないのだけれど)言ってますが、でもそういう気持ちを広げて、すべての女性たちに感謝したくなる時があります。

 女性というのは、実にありがたい存在です。何がありがたい存在なのかというと、まずは人を生み出す事のできる性だという事です。ま、出産可能な性を女性、不可能な性を男性と定義しているのだから、当たり前といえば当たり前だけれど、それでもやっぱり、人を生み出せるって素晴らしいと思う。

 だって、男性は、人を殺す事はできても、人を生み出す事はできないもの。もう、それだけで負けた気になります。かく言う私だって、一人の女性によって生み出されたわけで、女性というものが、この世になければ、私もいないわけだ。ん? ちょっと屁理屈かな? でもまあ、それくらい感謝しているって事ね。

 誤解してほしくないのだけれど、女性は命を生み出すだけでなく、それを維持し育てているでしょ。もちろん、子育てとか家事とか、そういう話になるわけだし、その分野になれば、男性でも携わる人は多いだろうけれど、でもやはり、そこでメインになって頑張っているのは女性だし、我が家なんか、私はなーーーんにもやンないから、我が妻におんぶに抱っこですよ。子育てとか洗濯とか炊事とか家計管理とか、本当に一生懸命やっていると思う。頑張っていると思う。

 私は人生の中で、ほんの短期間しか独り暮らしをした事はありません。その期間は確かに家事全般をやったけれど、大変だった。毎日メシを作って、洗濯して、掃除して…なんか、人生が家事に追われているような気がしたよ。趣味の時間もろくに取れず、勉強や仕事もはかどらず、それでも家事は生活に直結するからしないわけにもいかず、なんかイライラと言うか、焦りと言うか、時折、その手の感情に自分が支配される時もありました。

 そういう面では男女の差はないはずですが、多くの世の女性たちは、それを文句も言わずに(ちょっとは言うのかな?)、毎日淡々とこなしているわけで、それだけでも感謝です。頭が下がります。

 男社会って、実にサッパリとしています。仕事であれ趣味であれ、ビジネスライクと言うか、殺伐としていると言うか…。何気ない事で、一発触発状態になったりならなかったり…。かっこよく言うと、すべての男は侍だから仕方がないと言うか、獣、それも猛獣だから仕方がないと言うべきか…。そういう男社会の中に、ただ女性がいるだけで、場が和み、殺伐とした雰囲気がなくなるから不思議です。女性って、ありがたい存在です。女性の存在で、むき出した牙を引っ込められるんですよ、不思議だなあ。

 地域社会というか、地域のコミュニティーって、実は女性たちで成り立っているんだよね。女性たちの働きというか、人間関係の維持能力で、地域が地域として形になっている部分がある。主に、オバチャンとかオバアチャンとかのコミュニケーション能力が、それを担っている訳だけれど、その姿には頭が下がります。男は引退後のジイサンが関わるケースが多いけれど、それはやっぱり年季の差と言うか、ジイサンたちを立てつつ、バアサンたちが治めているわけで、やっぱり女性はすごいなあと思います。

 結局、男と女は、互いに補い合う様に作られているし、存在しているのだと思う。それは、生物としても、社会を構成する要素としても。だから、我々男性が、頑張っていられるのも女性のおかげだし、女性たちによって生き長らえているという側面は否定できない。それに、女性がいなければ、世の中はちっとも回らなくなってしまうのだろうと思います。

 さらに付け加えるなら、身の回りに女性がいるから、自分は男として男らしく振る舞えるし、頑張れるのだとも思う。つまり、自分を男たらしめているのは、周りの女性の存在のおかげなんだ。

 ありがたいなあ、女の人たちって。私は別段、フェミニストではありませんが、それでも、時折、ムショウに女性に感謝したくなります。ありがとう。本当にありがとうございます。

2009年10月10日 (土)

緋ドジョウとシジミの話

 今週は「金魚すくいの金魚をうまく飼う秘訣」はお休みにします。

 先週の土曜日の事でした。朝起きてみると、水槽が何やら騒がしい。緋ドジョウ(チビ)と縞ドジョウの二匹が何やら人間に向かって、ヒラヒラと訴えている。いつも我関せずのドジョウたちにしては不思議な行動なので、よくよく見てみると、緋ドジョウ(名無し)が濾過器のポンプに吸われていました。

 死んではいないけれど、もうかなり厳しそうでした。ひとまず、病院水槽に隔離して、塩水につけてみました。以前にも同様なことがあって、その時は、これで元気に回復したのですが、今回はダメで、緋ドジョウ(名無し)は夕方には星になってしまいました。死ぬまで元気なのはいつもの事ですが、もう少し早く気づいて塩水に入れていたらと思うと、残念です。星になってしまいましたが、この子は我が家に来た最初の緋ドジョウなので、ずいぶん長いこと、水槽で暮らしていたことになります。たぶん、先日、星になった、セボネマガリの少し後に我が家にやってきたのだと思います。ご苦労さまでした。

 これでドジョウが、緋ドジョウと縞ドジョウの各一匹ずつになってしまいました。

 ドジョウは本来、群れる動物なので、各一匹というのは、あまりに寂しすぎます。寂しすぎると、変になってしまうのもドジョウの特徴なので、ここはやはり新しい子をいれないといけないだろうなあと思って、翌日、何気に近所の金魚屋に行ったところ、そこの金魚屋としては珍しいことに、緋ドジョウがいました。ここのお店では、ドジョウと言えば、マドジョウとホトケドジョウがメインで、緋ドジョウは滅多に入荷しないので、これは千載一遇のチャンスというわけで、さっそく4匹購入です。ちなみに一匹525円でした。

 ドジョウには、色々な種類があるのですが、ペットとして飼う場合、やはりお薦めは緋ドジョウですね。他のドジョウたちも、かわいいのですが、普段はたいてい砂利の中に隠れているので、観察の楽しみがありません。そこへ行くと、緋ドジョウは砂利に隠れないわけではないけれど、案外多くの時間を地上で過ごすので、ペットとしては良い種類なんです。

 さっそく、新しい緋ドジョウを(検疫をしてから)水槽に入れました。いやあ~、新しい子たちは、実に小さいです。縞ドジョウより、一回りくらい小さいサイズです。

 喜んだのは、やはり縞ドジョウです。自分と同じくらいの大きさの子たちがやってきたので、明らかに興奮してます。この子たちの間に入って、一緒に行動しています。おそらく教育係をやっているのだと思います。

 それにしても、今度の子たち、小さいだけでなく、行動がいかにも“子ども”なんですよ。あの落ち着きのない子どもの行動をしています。いやあ~、水槽に子どもがいるってのは、活気があっていいですね。つい、この前まで、サツキが子ども子どもしていたのですが、なんかいつの間にか落ち着いてしまったので、ちょっぴり寂しかったのですが、これで水槽もにぎやかになります。キャピキャピしてかわいいですよ。

 緋ドジョウを水槽に入れて、スーパーに行ったら、鮮魚売り場に「北海道網走産 特大シジミ」が300円で売ってました。20匹入りでした。1パック、ウチに連れて帰り、消毒して、水槽に20匹全部入れました。おそらく、ウチの水槽にシジミ20匹は多いと思いますが、適切な数が分からないので、とりあえず20匹入れました。シジミは死ぬと、金魚たちの良いエサになるので、半分ペット、半分生き餌の感覚です。実際、あれから約一週間たちますが、何匹かは金魚に食べられました(汗)。今はたぶん14~15程度残っているとは思いますが、それでもまだまだ数は減りそうですね。

 さあてっと、久しぶりに真剣にシジミを飼ってみるか。でもシジミって、ホント、育てるのが難しいんだよね。今度は、何カ月いけるかな…(汗)。

 飼育の難しささえ乗り越えてしまうと、シジミもおもしろいですよ。水槽にシジミがいると、水槽の水がキレイに保てるんですよ、なにしろ彼らは“生きた濾過器”ですから。本当は、お薦めでーすと言いたいのですが、なかなか飼育は手ごわい子たちです。

 それにしても、今度のシジミは特大と言うだけあって、大きいです。アサリと言われても、なんか納得しちゃうくらいの大きさです。北海道のシジミだから大きいのかな?

2009年10月 9日 (金)

サブフルートについて考える

 私はフルートを一本持っています。正確に言うと、チャイナ娘も持っていますから、二本持っています、と言いたいところだけれど、チャイナ娘は、楽器としてはアレがコレでソレがナニなので、数に入れないことにしてます。ですから、私はフルートを一本だけしか持っていません。

 一本あれば、十分。と言いたいところですが、実際はそういう訳にはいかないかな…と思ってます。

 フルートって、特にアゲハのようなフルートは、かなり脆弱と言うか、敏感と言うか、ひ弱と言うか、実に簡単な事(ぶつけた、落とした、ひっかけた…など)で、すぐに修理が必要になります。いや、そうでなく、何もしてなくても、こまめに定期的なメンテが必要な楽器です。実に手間がかかります。

 自分で修理やメンテができるなら、別にそれで無問題なんですが、問題は、自分では修理はもちろん、メンテもできないという点。調子が悪くなれば、楽器店に電話をいれて、予約をとって、電車に乗って、わざわざメンテをお願いしないといけないというところ。これが案外、ウザい。ウザいけれど、かわいいので、それはそれで良しとしてます。

 であっても、調子が悪くなると、演奏しづらくなるのは事実。問題はそこだね。私は、演奏しづらい楽器を我慢して使うほどの寛容な人間ではないし、楽器の調子が悪くても、そこをテクニックでねじり伏せて演奏できるほどのテクニシャンでもない。だから、フルートの調子が悪くなると、一発でお手上げ状態になる。

 それを避けるには、1)可能な限りフルートを丁寧に扱う。 2)なるべくフルートを吹かない。3)そうなっても良いように予備のフルートを常備する。の三点くらいしか方法を思いつきません。

 もちろん1)はちゃんとやってますが、だからと言ってもこれだけで問題は解決しない。2)は無理だね、できるはずがない。…となると、3)しかないでしょ。

 つまり、長々と書きましたが、結論は「もしもの時のために、フルートは二本以上用意しておこう」です。でしょでしょ。

 そのために、サブフルートを最低一本は用意しておきたいと思ってます。

 ではどんなフルートをサブフルートとして用意したらよいでしょうか? それはその目的によって、二種類の方向が考えられると思います。一つは「バックアップ用のフルート」であり、もう一つは「使用目的別のフルート」であります。

 バックアップ用のフルート…これはあくまで不調や故障や盗難に備えるものですから、普段使いのフルートとできるだけ似ているものが良いでしょう。できれば同じモノなら確実です。

 私の場合は『アルタス1307をもう一本』というのが理想です。あるいは、あくまでも“予備”という視点で考えるなら、(お財布に優しいので)アルタスの洋銀系フルートでもいいでしょうし、逆に1307を予備にするという発想なら、アルタスのALとか1607なんて線もあります。アルタスはどのグレードであれ、スケールは同じだし、頭部管のカットも同じなので、そういうチョイスの仕方ができます。その代わり、他のメーカーのモデルとか癖がかなり違うので、バックアップ目的で、他のメーカー品は使用できないのが残念です。

 使用目的別フルート…これは使用目的でフルートを変えていこうという発想で、場面場面で使うフルートを変えていき、一本あたりの使用頻度を減らすことで、うまくトラブルを回避しつつ、その音楽に適切な特性を持つ楽器を使用していきましょうという事です。

 私が使っているアルタス1307は、近現代のクラシック系の曲向けのフルートだと思います。室内でピアノを伴奏にフルート用の小品を演奏しつつ、フルートの音色を楽しむための楽器だと思います。

 そういう楽器なので、フルートが盛んだった、バロックから古典派の音楽向けとは思えません。バッハとかモーツァルトとか、そっち方面は、フルートよりも、むしろトラヴェルソの方が良いのでしょうが、今の私には、トラヴェルソを習得しようという気持ちはありませんので、トラヴェルソに近い音色を持つ、木管フルートがあるといいでしょうね。

 また、ジャズやボップスなどのマイク使用が前提の音楽では、倍音が少なく、音量の幅が狭い方がマイクのりが良いので、洋銀系のフルートなどグッドでしょうね。

 1307は、それほど遠鳴りのする系統のフルートではありません。2000人規模のホールで演奏する事は、今の私にはありませんが、もしもそういうチャンスがあったら、遠鳴りのするフルート(ゴールドになるんでしょうね)が欲しくなるでしょう。

 1307は総銀で、ちょっとばかりお高いフルートなので、戸外、とりわけ海辺での使用は躊躇されます(だって、潮まみれ砂まみれになるもの)。今、私には戸外で演奏する事はありませんが、もしもそういうチャンスがあったら、1307を持っていくのは…ねえ。そういう時のサブフルートがあってもいいでしょう。あ、その時のためのチャイナ娘か!

 そんな事をぼやっと考えてます。

 そんなわけで、サブ・フルートとしては、海辺へ持って行ったり、タバコの煙モクモクのジャズバーに持って行ったりするために、アルタスの洋銀系フルートを入手するのが、色々な意味でいいかなって思います。907あたりが適当かな? これなら、アゲハがオーバーホールに出ても、その間の代役としても十分役立ちそうです。なんとか、アゲハのオーバーホールの時期までには、入手しておきましょう。

 洋銀系はともかく、1307と同等か、それ以上のフルートを買い足すとなると、お財布的に簡単にはいきません。まあ、急いでいませんから、じっくりと腰を据えて、お金が天から降ってくるのも待ちたいと思ってます。

 お金が天から降ってくる…? ええ、降ってくるんですよ。お金に限らず、人生では、本当に必要なモノは、必要な時に、ジャストのタイミングで与えられるものです。だから、焦っても仕方がない。チャイナ娘の時も、アゲハの時も、ジャストのタイミングでそれぞれを購入できていますし、費用も不思議と、どうにかなりました。だから、次のフルートの購入時期はまだ分かりませんが、きっとジャストのタイミングで購入できるものと信じています。その時がいつになるかは分かりませんが、いつであっても良いように、常に準備は怠らないようにしておきたいと思ってます。

 それにしても、もはやフルート購入資金は宝くじ頼みです。オータムジャンボの抽選日は10月23日だそうです。今度こそ、ゴールドフルートが買えるようになるかな? 楽しみ~。

2009年10月 8日 (木)

アリクイになろう

 第九の練習に行ってきました。今回の練習は630~654小節でした。いわゆる「アダージョ・マ・ノン・トロッポ・ディヴォート」の部分です。って事は、サボっちゃった前回は、その前の595~630小節の「アンダンテ・マエストーソ」の部分をやったというわけね。しっかり補習しておかないと。

 さて、今回も練習で考えたことや心に残ったことを中心に、ブログに書き残していきたいと思います。

 まずは、母音と子音の話。母音は拍頭で鳴らす。だから、子音は拍の前で鳴らす。これがクラシック系の歌の基本。合唱もクラシック系の音楽だから、拍頭で母音を鳴らすのが基本。で、そのために、拍の前でしっかり子音を鳴らす練習を散々するわけだけれど、なぜか、これが結構苦労するわけです。なぜ、苦労するかと言うと、かなり多くの人が、拍頭で子音を発音してしまうから。これって、たぶん、カナ文字文化である日本語のせいだよね。

 日本語は子音とか母音とかの区別なく、一つの音符に一つのカナが振られているわけでしょ。だから、拍頭でカナの発音を始めれば…当然、拍頭は母音でなく子音になるわけだ。

 そりゃあ、日頃から日本語の歌ばかり歌っていると、この『拍頭で母音』の感覚って難しいよね。ま、日本語の歌はクラシック系の音楽じゃない…なんて事は言わないけれど、クラシック音楽(つまり、西欧古典音楽)では、子音は拍前なんだよ。だから、そこはきちんとやんないと…。

 もっとも、上手な合唱団は、たとえ日本語の歌であっても、子音と母音を分けて発声し、拍頭はきちんと母音で合わせていると思います。だって、子音って、それぞれの音で時間的な長さが違うから、拍頭を子音で揃えると、母音(つまり声の部分)は不揃いになって、美しく聞こえないもの。

 この練習をしながら思ったのは、フルートの事。フルートって、笛にもよるけれど、息を吹き込んだら、すぐに音が出るわけじゃない。ほんの短い時間だけれど、息を吹き込んで、ややもしてから、音が出る。つまり息と音の間に、ほんの少しだけれどタイムラグがあるわけで、このタイムラグと言うか、反応速度って奴は、実はフルートの材質によって、かなり違うわけです。

 おそらく金属の比重が重くなるにつれ、反応が速くなってくるのだと思う。

 真鍮フルートから総銀フルートに乗り換えた時は、その反応の良さにびっくりしたものです。でも、そんな総銀フルートでもゴールドフルートの反応の速さには叶わないわけで…。ゴールドを試奏してから、総銀の遅さばかりを感じていた私ですが、考えてみれば、この反応の遅さというか、タイムラグというか、これって、タンギングを子音と思い、音が出てくるタイミングを母音の発声と思えば、別にどうということもないんじゃないって思えるようになりました。少なくとも、声楽における子音と母音の時間差を考えれば、フルートの息と音のタイムラグなんて、無いに等しいくらいだもの。声楽で対応できるなら、フルートではラクラク対応できるはずだよね。

 というわけで、タンギングは拍前で(笑)。…合ってるかな?

 レガートって聞くと、音をなめらかにつないで演奏していく事を考えます。でも、単に音をつないでいけば、レガートになるかと言うと、実はそうはならないわけで、音をやせさせたり、減衰させちゃってからつないでも、レガートにはならない。やはり、芳醇なまま、つないでいかないと、美しいレガートにならないなあと思いました。そのために必要なことは…息をしっかりと支えること。結局は息の支えになるんだな。

 そう言えば、指揮者のS先生がおもしろいことをおっしゃっていました。それは「演奏家は音を出したら、取り消せない」って事です。どういう事かと言うと、音は一度出してしまったら、取り消すことができません。作曲家なら書いた音符も消しゴムで消せるけれど、演奏の音は、宙に一度放たれたら、もう回収できません。だから、演奏家は常に責任をもって演奏しないといけない。そのために、常に自分自身を監視しつづけることが大切である、とね。

 別に私たちは、演奏家ではなく、趣味で歌っているだけだけれど、それでも人前でお金をいただいて演奏する以上(今度の第九演奏会のチケットは3500円全席自由です)、多少はそのあたりにも気を使って歌っていかないといけないかなって思いました。つまり、常に耳を開いて歌うこと。なんとなくで歌わない事。そういうことだと思います。

 そうそう、何も準備無しで合唱の練習へ行くと、やっぱりキツイかな? 譜面を一度も開かずに練習に行くこと(実にいいかげんだな:笑)もキツイけれど、何が一番キツいのかと言うと、発声。

 練習会場でみんな揃っての、ヴォイトレと称する30分程度の声だし&発声練習はあるけれど、あれって、やはり万人向けのものであって、私には合っていないと思う。はっきり言うと、疲れるだけ。でも、おつきあいだからやるしかない。でも、あそこで30分、声を出すよりも、自宅で5分、一人で声出しをした方が調子が良い。やっぱり、練習いく前に家で声出しをしていくべきなんだろうなあ…。

 今回もテノールは、ドキドキの戦犯探しがありました。しかし、毎度テノールだけ戦犯捜しされるとは、よっぽどテノールには問題があるんだろうねえ…。もっとも、仮にアルトで戦犯捜しをするとなると…人数多いから、それだけで練習時間の大半を使っちゃいそうだけど(笑)。

 で、戦犯探しなんだけれど、上手くできなかったんだから、仕方ないけれど、戦犯探しをすると…いるねえ~、色々な人が。そこが初心者歓迎の合唱団のおもしろいところだね。今回の私は、見事にスルーされました。余裕だね。

 合唱をしていて感じるのは、ハモるための音程には、スイートスポットのようなものがあって、そこに当たると結構きれいにハモッて、気持ちいいって事ね。で、この音程のスイートスポットって奴が、結構狭いんだな。でも、その狭いところにバシバシ決まっていくのって、なかなか快感だね。これが合唱の楽しみなのかな。特に内声だと、もう「ここしかないだろ」みたいなポイントがあって、そこにズバっとはまると、実に気持ちいいっすよ。

 ドイツ語は、長母音は暗い音色で、短母音は明るい音色で発声しましょう。

 高い音程のところは、しっかり音をかぶせましょう。デッキングっていうんだよ。これって、いわゆる「音を上から取る」というのと、結果的には同じことかな?

 キング先生に言われているけれど、私は「ウ」の音が浅いのです。でも、どうやら「ウ」の音が浅いのは私だけでないようです。S先生は全員に向かって「アリクイになって歌いましょう。カバになってはいけません」と言ってました。これは「ウ」の音を深く発音してくださいということなんだけれど、今の私の声楽の課題に通じるものがあります。そうか、アリクイになって歌ってみればいいんだ(そうかな?)

2009年10月 7日 (水)

ピアノが弾ける男と、フルートが吹ける男。カッコいいのはどっち?

 タイトル通りです。一体、ピアノとフルート、どちらの楽器が、男としての属性をアップさせてくれるでしょうか?

ピアノが弾ける男と、フルートが吹ける男…

  カッコいいのはどっち?
  彼氏にするならどっち?
  結婚するならどっち?

 「ええ~、ピアノが弾ける男と、フルートが吹ける男の、どっちがカッコいいかって言われても…、思いつかないわねえ~」と言うあなた。そんなあなたのために具体的な選択肢を考えてみました。

 例えば…

 『ビリー・ジェエルとイアン・アンダーソンなら、どっちがカッコいい?』 そんな人知らない? いやあ、ロック界を代表する、ピアニストとフルーティストだぜい!

 じゃあ『ビル・エヴァンスとハービー・マンなら、どっちがカッコいい?』 ジャズなんて知りません? 我が家はクラシック・オンリーですって?

 では『マウリッツォ・ポリーニとジェームズ・ゴールウェイなら、どっちがカッコいい?』 え、オッサンには興味がないって?

 じゃあ『エフゲニー・キーシンとエマニュエル・パユなら、どっちがカッコいい?』 これなら、どうよ。あ、どっちがイケメンかって勝負じゃないからね(念のため)。

 妻は「うーん」と考えて「ピアノ…かな? ピアノが弾ける男の方がカッコいい」とおっしゃられました。

 私、撃沈(涙)。

2009年10月 6日 (火)

サンタ・ルチア、ふたたび

 声楽のレッスンに行ってきました。今回はいきなり歌から入りました。

 “Tu lo sai”は、もう、ばっちりのグーになるまで、家で練習してきたよ。自宅で、ほぼ完璧に歌えるまでにしておきました。すごいでしょ。もちろん、暗譜も完璧にしてきたつもりだったし、レッスンが待ち遠しくて仕方がない状態でした。

 なのに、レッスンではボロボロでした。なぜ?

 あれだけ、きちんと歌えるようにしておいたのに、レッスンでは全然声出ないし(涙)。悲しくなっちゃうね。おそらく、レッスン室は広いし、よく響くので、きっと思っている以上に声を出しすぎてしまい、それで自滅してしまったような気がする。つまりオーバーワークなんだろうなあ。

 さらに改めて指摘を受けました。それは、とにかく、「ウ」の発音が下手って事です。。「ウ」になった途端、口の中がせまくなってしまって、それっきり戻らない。だから「ウ」が頻出するこの曲は、歌えば歌うほど、口の中が狭くなってしまい、うまく歌えないのです。

 それと、この曲は、頭声中心で歌わないと歌えない歌なんですが、家ではそれなりの頭声で歌っているのですが、どうもレッスンに来ると、広い教室に合わせて、声のボリュームアップを目論んでしまい、結果として、頭声の事を忘れてしまいがちな私です。つまり、まだ頭声がしっかり身に付いていないってことですね。

 はあ~…。

 そこで対策というか、練習課題としては…

 歌う時は、身体を使わずに、非力な声で歌うようにしてみよう。
 ハミングで声の通り道を確認して、軽く軽く歌う。
 声は耳よりも後ろから出す。
 声は頭の上の方から、軽く出す。

 すべては安定して頭声で歌えるようになるための練習課題です。

 以上の四点に注意しつつ、全部「あ」の発音で軽く“Tu lo sai”を歌い込んでくる事が宿題になりました。

 とにもかくにも、私の歌は、全体に頑張りすぎ。身体を使おうとしすぎ。使えないのに使おうとして、疲れて歌えなくなる。まずは、身体を使わないで歌うように練習しましょう。ただし、身体を使わないからと言って、裏声は無しです(ここはポイントです)。

 しかし、実に苦労してます。“Tu lo sai”には。私には、かなり手強い曲です。

 さて、“Tu lo sai”ばかりにこだわっていても、仕方がないと思われたのでしょうね。先生から「何か他に歌いたい曲はありますか?」という質問があったので「ぜひ、Time to say Goodbyeが歌いたいです」と言いました。もちろん、軽く、却下です(あれ、難しい曲なんだな)。

 で、次の曲は「サンタ・ルチア」になりました。無論、“Tu lo sai”と同時並行です。

 この曲は以前、グループレッスンでやりましたが、今度はソロです。当然、求められるものが変わってくるので、新曲のつもりで取り組んできます。それにしても、ナポリターナだよ。歌い飛ばし系だよ、いやらしいくらいに朗々と歌ってやる! しかし、ストレス解消にはもってこいの選曲だね。

 それと、レッスンの最後に、「デスペラード」の歌い方について、アドヴァイスをいただきました。

 なるべく、声を鳴らさないようにすること。「歌う」気持ちではなく「歌わない」気持ちで歌うこと。身体は絶対に使わないこと。顔面のみ、できれば口先だけで歌うつもりでちょうど良い。声は口から、息は鼻から出すつもりで歌う。多少鼻声になっても可。フレーズの最後の音は、思いっきり捨てて歌う事。

 もちろん、このアドヴァイスは万人向けのアドヴァイスではありません。声の出すぎる声楽経験者向けのアドヴァイスです。

 キング先生が、ちょっとだけお手本を歌ってくれましたが…うーっ、かっこいい。なんなんですか、この人は。クラシックはもちろんだけど、ロックもいけるじゃん、キング先生! 百聞は一見にしかずです。いいお手本を見せてもらったので、そっちの方向でトライしてみたいと思います。

 そうそう、例の企ては、一歩前進です(謎のひと言)。

2009年10月 5日 (月)

ここがスタート地点です

 ええと、フォーレ作曲の「シシリエンヌ」をアップします。あんまり期待しちゃダメだよ。

 とにかく、やっとの思いで最後まで止まらずに演奏できました。これが現在の精一杯です。本来なら、この程度の出来でネットにアップするなんて…と言われそうですが、それは覚悟の上です。どうか、これを聞いて、ダメ出しをしてくださいな。

 まだ発表会までは時間があります。これから、この演奏を何とか人前で披露できるレベルにまで持っていきたいと思ってます。ですから、皆さんが観客の立場で聞いた時に「うわ、惜しい!」とか「あれあれあれあれ~~~」とか「あちゃー、やっちゃったよ!」とか、そう思った部分や、色々と気づいた事を教えてください。今後の練習の時に、そう言った点に、特に集中して、欠点克服、さらなる上達をめざして頑張りたいと思ってます。

 もちろん、アドヴァイスも大歓迎です。私はこの曲をほころびなく演奏したいんですよ。だって、クラシック曲だもん。完璧に(は無理だけど、なるべくそっち方向で)演奏したいじゃないですか? そのためにも「敵(曲の性質)を知り、己(の欠点)を知らば、百戦危うからず」って感じで頑張りたいんですよ。

 よろしくお願いします。

 それでは、シシリエンヌを聞いてもいいぞ、と思われた方は、こちらをクリックしてください。

2009年10月 4日 (日)

肉まきおむすび?[2009年10月第1週・通算39週]

体重:103.7kg[-0.5kg:-2.1kg]
体脂肪率:31.4%[-0.1%:-0.9%]
BMI:32.7[-0.2:-1.1]
体脂肪質量:32.2kg[+0.9kg:-0.7kg]
腹囲:103.2cm[+0.9cm:-3.0cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第31週目です。前回はマジメにダイエットネタなどを書いちゃったので、今回は反動で、食べ物の話などを(笑)。

 この前、テレビのニュースを見ていたら、大阪で「肉まきおむすび」というのが流行っているという情報を流してました。タレをつけた薄切り肉をおむすびに巻いて焼いたモノです。なかなか美味しそうです。ぜひ、食べてみたいです。

 で、このニュースを見て、私が思ったこと。

 「おにぎり、じゃなくて、おむすび、なんだ」
 「三角じゃなくて、俵型だよ」
 「肉って…牛肉じゃん」

 まずは呼び名。どうでも良いと言えば、どうでもいいのだけれど「おむすび」って言葉、日頃使わないので、違和感があります。まあ「おむすび」でも分かるからいいけれど、やっぱり「おにぎり」の方がしっくり来るなあ。「肉巻きおにぎり」と言ってくれた方が「肉巻きおむすび」というよりも、なんか近しい感じがするし、食べてみたくなります。

 次に、その「おむすび」の形が俵型だったこと。俵型のおむすびですよ。なんか、おにぎりっぽくない(だから「おむすび」?)。遠目で見ると、まるで、おはぎみたい。まあ、どんな形でも食べられるからいいけれど、やっぱり三角形の方がしっくり来るなあ。俵型よりも三角形の方が、なんか近しい感じするし、食べてみたくなります。

 次に、そこに巻かれている肉が牛肉だったこと。まあ、元々、ご飯に肉を巻くというのが反則(販促?)技だから、何を巻いても一緒と言えるけれど、でも、そこでも、牛肉かいって感じました。どうして豚肉じゃないの? 豚肉の方が美味しいじゃん(って、これは個人の趣向か)。まあ、どんな肉でも美味しいなら良いけれど、やっぱり同じ巻くなら、ぜひ豚肉の方がしっくり来るなあ。牛肉よりも豚肉の方が、なんか近しい感じするし、食べてみたくなります。

 と、まあ、美味しそうなことは認めるものの、ことごとく違和感を感じます。そこは食文化の違い? この「肉巻きおむすび」って、元々は宮崎発で、それが大阪に進出してきて、大成功!って奴らしいです。私の住んでいる関東地方の食習慣とは、そりゃあ違うわな。

 昔なら、それでお終いの話でしたが、最近は、東西の食文化の壁がユルユルなので、案外、この「肉巻きおむすび」って、こっちに来るかも。何だかわけの分からない「恵方巻き」があっと言う間に、こっちでも普通になってしまったもの。なんで、節分に海苔巻きなの? なんで、それも太巻きなの? なんで、一気食いをしないといけないの? なんで? なんで?

 そのうち、こっちのコンビニあたりで、肉巻きおむすび、売るのかな? 売るんだったら、ぜひ名称を「肉巻きおにぎり」にした方がいいと思うし、できれば三角形の方が受け入れられやすいと思いま~す。

 蛇足。「海苔巻」の海苔の代わりに「牛肉」を巻いたのが「肉巻」なら、他にも巻いて欲しいものってあります。例えば「ベーコン」とか「とろろ」とか「たたみイワシ」とか「薄切りサーモン」とか「生ハム」とか「とろけるチーズ」とか「味付けパスタシート」とか「トマトソースを練り込んだパイ生地」とか「茹でキャベツ」とか「ソテーしたほうれん草」とか「鳥皮」とか「北京ダック」とか…。試してみたら、案外、美味しいかもよ。

2009年10月 3日 (土)

金魚すくいの金魚をうまく飼う秘訣 水槽環境編

 エサやりをマスターし、水をきちんと整えても、金魚を飼うには、もう一頑張り必要です。それは“環境作り”って奴です。孟母三遷ではないですが、良い環境は金魚にも必要ですから(笑)。

 まず、水槽の広さをチェックしましょう。

 今どき、金魚鉢で金魚を飼っている人がいたら…もしも金魚がかわいいなら…即座に水槽の買い換えをお薦めします。金魚鉢は、いろいろな意味で金魚を飼うには適していないからです。金魚鉢で金魚を飼うなら、タライで飼った方がマシなくらいです。

 金魚鉢に決定的に欠けている事。それは広さです。あれは、金魚には狭いです。

 金魚は大きくなる魚です。和金系で30cm、琉金系で25cmほどの体長になります。金魚すくいにいる子は、最初は小さいですが、きちんと飼うと、あっと言う間に大きくなってしまいます。

 さらに金魚は、大きくなる上に、居住体積がかなり必要な魚です…って言うかは、はっきり書いちゃうと、金魚って“ウンコ垂れ”なので、すぐに水を汚します。そのため、一匹あたりの生活に必要な水の体積って、案外必要です。

 理想を言うと、30cm水槽で1~2匹。60cm水槽で5~6匹ってところだと思います。これが理想。はっきり言っちゃうと、水槽、スカスカです。ですから、金魚鉢では一匹も飼えません。

 これ以上の数の金魚を飼おうとするなら、やはり色々と工夫が必要です。工夫とは、酸素の供給方法と、水質の維持のための工夫です。

 ざっくばらんに言っちゃうと、濾過装置が必要です。この濾過装置で、糞尿の処理と酸素の供給を一手にまかないましょうという話です。水槽に濾過装置を導入すると、水槽に飼える金魚の数を多少は増やせるでしょう。もちろん、多少ですが…。

 濾過装置には色々な種類がありますし、それぞれに得手不得手があるので、お好きなものを選べば良いです。ウチは手入れの簡便さから、現在は、水槽の上部に設置するタイプのものを使ってますが、以前は水槽の壁にかけるタイプ型のものを使ってました。ま、一長一短だと思います。

 濾過装置の次に必要なのは…私は砂利だと思います。砂利は汚れるし、汚れた砂利は病気の発生源にもなるので、不要だと言う人もいますが、汚れに関しては、最近はなかなか簡便な掃除道具も売っているし、砂利はバクテリアの住処になりますので、水質を維持するためには、ある程度の砂利は必要だと思います。

 砂利の次は…やはり植物でしょうね。水草を入れるべきだと思います。水草は金魚のフンを肥料として成長しますし、成長した水草は金魚のエサにもなりますので、食物連鎖的な視点から入れましょう。

 ただ、水草も生き物ですから、たくさん入れると、水槽内の酸素が足りなくなってしまうので、バランスよく入れてあげる事が肝心です。地面に生えるタイプと、水中に漂うタイプの二種類ありますが、お好きなものを選べば良いと思います。

 あと、冬限定ですが、ヒーターがあってもいいと思います。冬場にヒーターを入れてあげて、水温を上げてあげると、金魚は冬でも元気です。金魚は変温動物なので、水温が低くなっても死にませんが、活動は鈍ります。活動の鈍いペットって…ありえないでしょう。だから、ヒーターを入れてもいいと思います。

 ただ、注意は、普通に熱帯魚屋でヒーターを飼うと、それは熱帯魚用なので、金魚には熱すぎます。熱すぎても、金魚的に困ることはありませんが、電気代がかかるし、金魚が元気になりすぎて、エサ代もかかるので、金魚用、または汎用のヒーターを入れるといいと思います。

 ちなみに熱帯魚用のヒーターは22~23度の設定のモノが多いですが、金魚用は17度前後のものが多いようです。我が家では、水温が10度以下になると、ヒーターを入れてあげます。

 とりあえず、これくらいあれば、いいかなあと思います。いわゆる飾りとかオブジェのたぐいは好き好きです。私は以前、沖縄の海岸で拾ってきたサンゴを入れていたことがありますが…、結局、金魚が大きくなってくると、オブジェは邪魔でしかないので、いつしか取り除いてしまいました。今、水槽に残っているオブジェは、通称「ドジョウハウス」と呼ばれるブロック上のオブジェだけです。この中にドジョウが入って安心しているみたいです。

 あと、私は水槽にドジョウと巻き貝を入れています。ドジョウは砂利掃除をさせるためです。ドジョウがいると、適当に砂利を撹拌してくれるので、砂利が汚れづらくなるんですね。あと、金魚の食べ残しのエサも食べてくれます。巻き貝は、水槽のガラス掃除のためです。巻き貝がたくさんいると、水槽自体の掃除はほとんど要りません。

 こんなものかな? これくらい揃っていると、金魚的にはバッチグーです。

 ちなみに我が家の場合、水槽の広さに問題があります。ウチは45cm水槽だけれど、大きな金魚が5匹もいます。これははっきり言って、入れすぎです。自覚してます。45cm水槽に大型の金魚なら、せいぜい3~4匹でしょうね。そこに無理して5匹入れてます。ちなみに、6匹入れると、一番弱い子が必ず死んで5匹になります。本当は、4匹にしないといけないだろうなあ…。でも、金魚って、どれもかわいいので、たくさん飼いたくなります。たくさん飼うには大型の水槽が必要になりますが、大型の水槽になればなるほど、水槽の維持管理が大変になるので、二の足を踏んでます。だって、水替え(私はほぼ週に1度やってます)だって、60cm水槽になると、馬鹿にならない労力がかかるよ~。45cm水槽は、私の身の丈にあった大きさなので、金魚は5匹で我慢我慢。そう言うことにしています。

2009年10月 2日 (金)

クラシック音楽とポピュラー音楽の違い

 皆さんからたくさんの意見をいただき、笛先生やキング先生からもアドヴァイスをいただき、それらを自分の中に一度入れて、グルグルかき回してみたら、こんなのが出てきました。かなり中途半端なものですが、将来の自分のための覚書として書いてみます。

 クラシック音楽とポピュラー音楽。どことどこがどう違うか?

 まずは、楽譜の有無でしょう。クラシックは楽譜ありきです、と言うよりも、楽譜命ですね。まずは楽譜通りの演奏が当たり前で、なんであれ、そこから出発します。楽譜への忠実なる下僕である事が要求されます。

 対して、ポピュラーでは楽譜はあった方が良いのですが、必須のものではありません。ポピュラー系の作曲家の中には、楽譜が読めない人、書けないなんて人はザラです。演奏をする側とて同様で、楽譜の読めない人はたくさんいます。

 じゃあ、楽譜が読めなきゃ、どうやって曲を演奏するのかと言うと、耳コピーだったり、リード譜(メロディとコードだけ書いてある簡単な楽譜)だったり、歌詞カードにコードが振ってあるような紙を見て演奏していたり、まあ、色々です。もちろん、楽譜が読めた方がいいのだけれど、読めなくてもなんとかなるわけです。最近では、パソコンを使って作曲する人もいます。そうなってくると、楽譜よりも、パソコンのファイルの方が大切になってくるかもしれません。

 ですから、クラシックでは、楽譜通りに演奏する、言い換えると、楽譜が想像できる演奏が良い演奏なんでしょうね。ならばポピュラーは、楽譜が見えない(見えづらい)演奏が良い演奏となるのでしょうか?

 楽譜が見えない演奏というのは、楽譜に書き表すとなると、ちょっと苦労する部分を含んでいる演奏ということでしょう。たとえば、細分化されたリズムや音程を使っている演奏などは、楽譜に書きづらいでしょうね。それに楽譜を見ながら演奏していても、ポピュラーの場合、奏者の側で、簡単に楽譜を無視して、書いてあることをやらなかったり、書いてないことをやったり…もします。

 クラシックのリズムは…これは私の私的な感覚なんですが…大きな時間の流れをドンドン細かく割っていって作っているような気がします。一曲を8小節とか16小節という単位に分け、それらをさらに1小節ずつに分け、その小節を2拍子とか3拍子とか4拍子とかに分け、さらに1拍をさらに細分化し…みたいに考えてます。

 そこへいくとポピュラーのリズムは、積み重ねかな? リズムの断片をドンドンつなげていくと、結果として一曲になるような? だから、ポピュラーの場合、リズムを譜面に書き表そうとすると、やたらと複雑になるのは、元々、譜面にかけるようなリズムの構成をしていないから、あるいは、譜面に書くことを前提としていないリズムの断面を寄せ集めて来るから…。そんなふうに感じてます。

 1小節を基準にリズムを構築していくクラシックに対して、1拍(1ビート)を基準にリズムを構築していくポピュラーというところでしょうか。ま、こんな事、誰も言い出していないから、分かりづらくてしょうがないですね、ごめん。

 リズムは、クラシックとポピュラーで大きく違うけれど、ハーモニーの感覚もクラシックとポピュラーではだいぶ違うかな? ポピュラーはリズム同様、ハーモニーも比較的単純なものを、次々とつなげていくように作られていきます。これはコード譜を見ると分かるとおりですし、往々にして、ポピュラー音楽の場合“作曲”というと、紙切れにコードの羅列を書いていく事だったりします。

 対してクラシックは、メロディや対旋律とかの音の色彩とか音の揺らぎとか、使用する楽器の演奏効果を考えて作っていくと、結果としてハーモニーが出来上がるような気がします。ハーモニーありきで作曲するわけではなさそうなので、出来上がったハーモニーの複雑でしち面倒くさいこと(笑)。

 単純に言っちゃうと、リズムを主体としたポピュラーに対して、ハーモニーや音の色彩感覚を味わいの中心に置いているクラシック、というふうに私の中では分けています。

 演奏方法的に考えていくと、クラシックは楽譜通りに演奏する音楽ですから、楽譜に書かれた事はすべてきちんとやらないといけません。つまり、記載された音符はすべて明確に音声化しなければいけません。一方、ポピュラーは口伝というか、耳コピーの世界ですから、その点は、案外アバウトなのかもしれません。音を抜いたり落としたり、リズムを抜いてみたり足してみたり…、大切なのはハートであって、それが伝われば、多少、音楽の形が変わっても、全然OKという感じなのでしょう。

 歌に関していうと、クラシックの歌はイタリアの歌が基本です。イタリア語は母音中心の言語です。当然、歌も母音をドンドンつないでいく感じに歌っていきます。当然なめらかな歌が理想となります。

 一方、ポピュラーソングは英語が基本です。英語はドイツ語ほどではありませんが、子音が多い言語です。さらに、子音が多いくせに、平気で子音を落としたりします。もちろん、母音も飲み込んだりします。すべての言葉を律儀に音声化するわけではありません。

 楽器…ここではフルート…の音色自体も、クラシックとポピュラーではかなり違います。きれいな音色を追求して、日夜音作りに励むクラシック・フルートに対して、表現のためなら平気で音も汚すポピュラー・フルート。クラシックならアウトな事もあえてやっちゃっうなど、フルートの音色に関しては、理想像がかなり違います。

 多くの場合、指揮者が行って、その統率の元に一糸乱れぬ演奏を繰り広げるクラシックに対して、バンドリーダーはいても、演奏そのものはそれぞれのプレーヤーに任され、全員の音楽的なコンセンサスと、時折行われるコール&レスポンスの中で音楽が進んでいくポピュラー音楽。

 演奏者のライフスタイルも違うかも。学校に行って、しっかり勉強をして身につけるのがクラシックなら、学校をサボって、仲間と遊んでいるうちに身につけるのがポピュラー音楽なのかもしれません。優等生の音楽がクラシックなら、不良たちが支持する音楽がポピュラーなのかもしれません。温故知新がクラシックの信条なら、常に変化を求めていくのがポピュラーの生きざまでしょう。

 じゃあ、ここまで違うなら「クラシック音楽とポピュラー音楽は、間逆の存在なのか」というと、それもまた違います。例えば、この両者の間に、民族音楽、例えば、日本の長唄などを入れてみると、クラシックとポピュラー音楽がまるで瓜二つの双子のように思えるから不思議。

 ああ、ダメだ。たった一回の記事では、何もまとまらない。もっと考えてみないと、結論らしきものは出てこない。似ているようで違っていて、でも、違うようでほぼ同じな、クラシック音楽とポピュラー音楽。どこが違うの、どう違うの。考え出したら、かえって悩みが深まりました。

2009年10月 1日 (木)

どうやら私はクラシック臭い(笑)らしい

 フルートのレッスンに行きました。今回もロングレッスンでした。ありがたいことです。

 まずは音出しから。今回の注意は「三オクターブ目の音が全体的に高いので、しっかり音を曲げましょう」です。ううむ、これって、H管の話をした時に散々出ていた例の件のようです。何も考えずに三オクターブ目を吹くと、最大、半音ほどうわずるようなのです。困ったものです。ですから、三オクターブ目に入ったら、常に耳を開いて、音を曲げてピッチをピアノと合わせていかないといけないのだそうです。そして、その音を覚えて、ピアノがなくても、ちゃんとして音程で三オクターブ目が吹けるようにしないといけないのだそうです。

 まあ、音を曲げれば合わせられる程度のうわずりなので、まだなんとかできますが、やはりH足部管付きにすると、この辺の事に悩まなくていいのかな?って、チラっと頭の中をよぎりました。

 それと、スタッカートの注意も受けました。スタッカートはしっかり舌を使ってやりましょう。私はついつい腹筋だけでスタッカートもどきをやってしまうので「それはダメ」と注意されました(笑)。

 さて、曲の練習です。最初は「デスペラード」から。先日、みなさんに聞いていただいたような、あんな演奏をしてみました。結果から言えば…みなさんのご意見と、そう大きく変わるものではありませんでした(ある意味、当たり前)。

 先生がおっしゃるには、私の演奏は、いかにもクラシックぽいのでダメなんだそうです。ジャズでも、クラシック系の歌手がジャズを歌うことがあるそうですが、それに通じる感じがするそうです。へへへ、…クラシック系の歌手がジャズを歌うみたいだってサ。誉められているのかな?

 とにかく、先生がおっしゃるには「英語の歌に聞こえない」のだそうです。なんか、デスペラードがクラシックの歌曲のように聞こえるそうで…それはポピュラー的には、かっこ悪い演奏なんだそうです。

 一応これでもキング先生から、ポップスをやる時は、くれぐれもクラシックのテクニックは使わないようにと厳命されているので、意識的にクラシックで使うテクニックを封印して歌ってみたのですが、やはり、まだまだ私はクラシック臭いようです。

 さらに私の場合、フルートの演奏も歌い方と実にそっくりで、良い部分も悪い部分も、歌と同じ傾向なんだそうです。つまり、いかにもクラシックのフルーティストがポピュラーやってますって演奏になっていて、かっこ悪いのだそうです。

 歌にしても、フルートにしても、クラシックとポピュラーでは全然、音楽の様式というものが違います。つまり音楽としては、同じものではないのだそうです。だから、クラシックはクラシックとして演奏し、ポピュラーはポピュラーとして演奏しないと、かっこ悪いのだそうです。

 じゃあ、そのポピュラーらしさって何でしょう。また、クラシック臭さってなんでしょう。簡単には答えが出ませんが、発表会に向けて、私なりに答えを出して、演奏をしていきたいと思ってます。

 さて、そんなこんなで、次はシシリエンヌです。

 なんと、レッスンでは、奇跡的に最初から最後まで通せたよ。自宅の練習では無理だったのに…。やっぱり私は本番に強いのか、あるいは他人の目があった方が良い演奏ができるのか、それは分からないけれど、レッスンは大切だねっと(笑)。

 注意は、音の一つ一つをもっと丁寧にはっきりときれいに出すこと。特に指がモタモタしている部分は、まるでトリルのように聞こえるので、もっと早く指を動かしてきれいな音で演奏すること。

 スラーの部分とそれ以外の部分をきちんと分けること。(可能なら)途中でブレスをしないこと。何となく演奏しないこと。

 出だしの「レソー」の部分を重点的に練習すること。とにかく音符通しのつながりがゴツゴツしているので、そこを徹底的に練習してくること。

 音価を守ること。フレーズの最後の音を(無駄に)伸ばす傾向があるけれど、きちんと楽譜どおりの長さにする。短く切るのもオシャレなものです…って、楽譜どおりに演奏するのって最低条件だよね。。

 ふう、とにかく、シシリエンヌはクラシック曲なので、クラシックの曲らしく、気高く高尚に仕上げないといけないのです。ひとまず、最後まで通せたので、次のレッスンまでに、今度は、しっかり強弱記号に気をつけて演奏できるようにしてくることが、宿題になりました。

 今回のレッスンでは、実にクラシックとポピュラーの違いを強く考えさせられました。そして、今の自分は、そのどちらでもないということがよくわかりました。ポピュラーであるデスペラードを吹けばクラシック臭く、クラシックであるシシリエンヌを吹けばポピュラーぽいのです。

 とにかく、こういう、どっちつかずの演奏ではなく、しっかりとクラシックとポピュラーを分けること。音楽ジャンルが違うのだから、それそれで美しいとされることが違うわけで、そこをきちんと分けて演奏すること。

 難しいけれど、幅広く勉強させてもらっていることに感謝です。

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