ひとこと

  •  もうすぐ選挙ですね。選挙は、それぞれがご自分の思想信条に従って投票すれば良いことですが、その際に、枝葉の小さな問題に捕らわれて、大切な事を見失わないようにしないといけません。選挙は人気投票でもなければ、誰かを懲らしめるための手段でもありません。我々の子どもたちに、日本という国を安心安全に譲り渡すために、今何をしなければいけないのか、そしてそれを目指しているのは誰なのか、そこらへんを見極めていくことが大切なのです。問題は今ではなく、未来なのです。
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2009年10月30日 (金)

友だちだと思っていた人に捨てられました[2009年10月の落ち穂拾い]

 気は乗らないけれど、この「落ち穂拾い」は月々の総括をする記事なので、書きます。ちょっとマイナスのエネルギーの入った文章なので、そういうのを読みたくない人は、ここらへんは、サーっと飛ばして、次の太字のところから読み始めてください。
 
 
 いいすか? マイナスエネルギーを放出しますよ…。
 
 
 元気一杯でいたい人は、さっそくスクロールしてくださいね。
 
 
 では、行きますよ。
 
 
 友だちだと思っていた人に捨てられました。ここをご覧の方々ならご存じでしょうが、散々、世話もし、面倒もみ、時間もささげて、愛情と友情をそそいでいたつもりでしたが、あっけなく、何の音沙汰も無しに、一方的に、捨てられてしまいました。いや、逃げられた、と言うのが真相かな? 恋愛ですら、別れの儀式と言うものがあるのに…と思うと、裏切られ感マックスです。

 逃げられた…と言っても、押尾学さんの話じゃないよ。でも、空白の3時間は、何をしていたのでしょうね?

 ケンカ(?)は常に両成敗です。どちらか一方が全面的に悪いと言うことはありえません。

 私たちの場合は、彼の自我があまりに弱かった事。そんな弱さを私が分かってやれなかった事。ここに尽きると思います。

 いつも上から目線で他人と接する彼に対して「他人(の発言)に敬意を持った方がいいよ」とか「言葉の一つ一つに責任を持って発言した方がいいよ」のアドヴァイス(すでに削除済みですね)は、よっぽど堪えたのでしょう。まして「行き違いがあって、関係がこじれている人と仲直りをした方がいいよ」なんて提案(こっちも勝手に削除されちゃいました~)は、彼の弱い自我を崩壊させるに余りあるものだったようです。他人を指導する事は日常茶飯でしょうが、他人に注意される事のない彼にとって、正しい事を指摘されるのは、あまりに図星で反論すらできず、不快極まりなく、逃げ出すしかなかったのでしょう。

 その後、私のコメントは送信しても、一切アップされることなく、でも指摘した内容にはきちんと反応して、あっちこっちの記事を書き直して修正してました。そうそう“アクセス禁止処置”もされましたっけ。そんなに私って怖い人なのかな? ネットでは、極力、正しい事だけを言うように心掛けているのですが…。まあ、彼のそんな態度に文句を言うつもりはありませんし、そういう人なんだなあと思うだけです。

 でもね、正しい事も、人を見て言わないといけません…よく分かってます。私は彼の事を買いかぶっていました。もう少し心が広くて、多少の苦言でも喜んで受け入れて、自分を変えて成長していける人だと信じていました。でも、それは私の誤解。彼の心のキャパシティーは、そんなに大きくなかったのです。あー、私の、バカバカバカバカ~!

 今思えば、それまでの彼の姿は、彼なりに精一杯の努力と背伸びをした、優等生的なムリムリな態度だったのでしょうね。彼が、自分のブログへの発言を検閲してセレクトし始めたり、他人の発言を勝手に削除するなど、今思えば、その手の兆候は見え始めていたのに、彼に限ってそんな事ないだろうという、私の勝手な思いが、私の目を曇らせていました。

 ああ、そんな彼の変わっていく様子にうすうす気付きながらも、現実として受け入れられなかった私は、馬鹿間抜けボンクラとそしりを受けてもやむを得ないと思います。

 人はムリを重ねる事はできません。伸びきった弦は、やがて切れます。これが今回の彼の姿だったのだと思います。残念な事です。

 もちろん、私だって大した人物ではありませんし、欠点だらけですし、他人のことをとやかく言える立場ではありませんが、少なくとも他人から苦言を呈されたなら、それを神様からのメッセージとして真摯に受け止める訓練はできているつもりです。

 生者必滅 会者常離…詮ないことを悔やんでも仕方ありません。去る者は追わず 来る者は拒まず…「去る者は追わず」ですから、逃げ出した者を追わないというのも、人の度量と言うものです。ただ「来る者は拒まず」ですから、彼の方から何らかの挨拶があれば、また話は別ですし、それくらいの人間的な余裕が彼にあるものと、信じたいです。

 私は常に彼に対して、以前も今も、手を差し伸べ続けています。それを一方的に振り払ったのは、彼です。

 私には、私を支えてくださる方々や、ここのブログを愛読してくださる方がいらっしゃいます。有難いことにも、あんな事があっても、ここのブログのアクセス数は減ることもなく、いやむしろ順調に微増し続けております。皆さんの変わらぬ御支持と、言葉にしない励ましに感謝しています。

 さあー、落ち込んでばかりもいられません(これでも、少しは落ち込んでいました。一応、赤い血の流れる生きた人間ですから:笑)。来月からは、元気一杯のすとんさんで参ります。

 でも、捨てた方は忘れる事は出来ても、捨てられた方はいつまでも恨みに思うモノなんだよね…。そこが今後の課題だね(うわぉ、怖っ!)。

 以上、今月の総括でした(笑)。…まとめは大切だよね(ぶぃ!)。
 
 
 
ビッグバンドの音楽は、クラシック系か、ポップス系か

 ビッグ・バンドって、ジャズの歴史の最初の頃に現れた白人音楽です。私は、ビッグ・バンドと聞いて、ベニー・グッドマンとかグレン・ミラーのサウンドが思い浮かびます。あれって「黒人音楽(デキシーランド・ジャズ)に憧れた白人たちが、自分たちがよく知っている音楽的な手法(つまりクラシック音楽)を使って、黒人音楽に憧れる白人たちに向かって、黒人音楽のようなもの(スウィング・ジャズ)を演奏したもの」と私は思ってます。偏見は持っていないつもりですが、誤りや誤解している部分はあるでしょうか?

 で、このビッグバンドと軍楽隊の二つの形態が、日本国内でキメラ状態になって、学校現場に降臨したのが、現在の日本の吹奏楽だと思ってますが…これも偏見かな? または無知の産物?

 だから、ビッグ・バンドとか吹奏楽って、たとえポップスを演奏していても、手法的にはクラシック系音楽だと思ってます。クラシック(白人音楽)の手法を使って、ポップス(黒人音楽)を演奏しているわけで、この音楽をあえて、クラシック系かポップス系かと分けるならば、ううむと唸って、手法がクラシック的なので、クラシック系の音楽に入れちゃう私でした。
 
 
他人の口に戸は立てられない

 演奏家が一生懸命演奏したものを、観客がその出来を批評したり、批判したり、場合によって、腐したり、罵倒したり…よくある光景です。その手の観客の批判的な意見が演奏家の耳に入ることだって、もちろんあるでしょう。それで傷つく演奏家もいるでしょうし、心の中で「ちっとも分かっちゃいねーなー」と悪態をつく人もいるでしょう。

 心の中で何を考えるようと、それは全くの自由だけれど、それを演奏家が口に出したら、お終いだと思います。

 音楽って一体誰のものでしょうか。音楽が演奏家のモノなら、演奏家は高見に登って「お前たちのために演奏してやっているんだ。四の五の文句も言わずに、オレ様の音楽をありがたく受け取れ!」で済むでしょう。でも、それは、単なる傲慢でしかありません。

 現実問題として、音楽は観客のためのものです。演奏家はまな板の上の鯉でしかありません。どんな批評も、甘んじてその身に受けなければいけません。

 歴史を見てみれば、それは明白です。有史以来、常に音楽は観客のモノであって、演奏家のモノではありませんでした。いや、それは音楽だけの話ではありません。芸術であれ、芸能であれ、すべての表現ブツは、表現者のモノではなく、それを受け取る観客のモノでした。観客がそれらの善し悪しをセレクトし、観客が良しと思ったものだけが、歴史に残り、語り継がれ、観客が良しとしなかったものは、すべて消え去っています。これが事実です。

 つまり、表現者と観客、善し悪しを決めるのは、常に観客なんです。ですから、どんな分野であれ、表現者は、表現をするリスクと、セレクトされる運命を、常に背負わないといけないのです。表現をした瞬間から、観客の厳しい目にさらされるものなのです。そして、どう評価するかは、観客次第なんです。

 つまり、他人の口に戸は立てられないのです。

 そう言うと、演奏者の側から、このような言葉が発せられる事があります。「ダメだ、ダメだと言うけれど、ならば、あなたはそれ以上の演奏ができますか。言うだけなら簡単な話、ぜひ、これ以上の演奏をやってみてください」とね。

 私はこの言い方は、実に卑怯な物言いだと思います。これでは言論封鎖じゃないですか。批判を許さないのですか? だってこれって『自分よりも下手くそなら、どう批判してもいいけれど、自分よりも上手な人のことは、変だなと思っても、口を閉じていろ!』って事でしょ。実にファッショな感覚です。批判のないところには、進歩も発展もありません。なぜ共産主義が倒れたのか、考えるべきです。

 批判に対して言論封鎖をするのでなく、批判に対しては行動で結果を示すべきです。それができないなら、批判した者の勝ちです。

 もちろん、批判をするには、それなりのマナーというものがあります。マナー違反の批判は、厳しく追求されないといけませんが、それはまた、別の話です。

 これは別段、音楽だけの話じゃありません。自分を表現するのなら、すべての領域にまたがる話です。無論、ブログとて例外ではありません。世の中は、甘えは許されません。自分の表現行動には、常に責任をとっていかなければいけないのです。
 
 
フルートの魅力

 フルートの魅力。たくさんあると思います。私はちょっと捻った観点からフルートの魅力について書きましょう。

 フルートの魅力。まずは、貴金属でできている事。これは、とりわけ女性にはかなりの訴求力となっているようです。だって「音楽もできるジュエリー」ですからね。フルートに女性奏者が多いのは、この点に尽きるとすら、私は個人的には思っています。

 女らしさや上品さを演出する小道具としては、フルートはかなり強力です。現実にはどうか…と言う点は無視して(笑)、やはりフルートを吹く女性は、女性度がアップしますし、フルートが演奏できると聞くと「いいトコのお嬢様…」ってイメージになりますね。花嫁道具としてのフルートは、なかなか効果的なんじゃないかと思いますよ。ちなみに、男性の場合は、フルートが吹けるとなると、俺様度が増してしまうイメージらしく、女性からのウケは悪くなるそうなので…(汗)。

 次に、メンテが楽な事。基本的に、組み立てて演奏して、分解して仕舞っちゃうだけですから。余計な消耗品はありませんし、単に本体が三つに分かれるだけのシンプル構造。こういう簡便なところは魅力ですね。

 小音量なところ。自宅でちょっと吹いてみようなんて時でも、フルートならなんとかなります。金管楽器だとそうは行きません。小音量だから、練習場所にも事欠かないし、癒し系の音楽なども演奏できるわけです。室内楽やそれに毛の生えた程度の音楽なら、バッチリです。例えば、結婚披露宴の余興でフルート演奏、なんてオシャレじゃないですか。これも小音量だからできるワザです。

 もっとも、小音量という点で言えば、ヴァイオリンの方がもっと音量が小さいですけれど…ね。

 そして、何と言っても安価なところ。良いものは貴金属でできてますから、恐ろしく高価ですが、その反面、入門機に関しては、楽器としては最低価格と言っても良いくらい、庶民的な値段の楽器です。“安いは正義”という人は、このご時世、たくさんいますからね。これもフルートの魅力に入れて良いでしょう。

 楽器屋に行くと、フルート用の楽譜がたくさん売ってます。楽譜に困らないのも、フルートの魅力でしょうね。

 他にもあるでしょうが、後は、他の方々にお譲りします。
 
 
割ってみました

 割った音…と言うか、割れた音。今、私はその音を自由に使えるように、勝手に地道に練習してます。もちろん、そんな割れた音なんか、クラシック系では使えないけれど、でも、フルートの割れた音ってかっこよくない? 私達がよく耳にするエレキギターの音って、たいてい割れているでしょ。でも、本来のエレキギターの音って、とっても澄んだキレイな音をしています。…しているけれど、誰もそんなキレイな音で演奏しないで、音を割らしまくって、歪ませまくって演奏してます。私もフルートをあの方向で吹けたらいいなあと思って、意図的に音が割れるような練習をしています。もちろん、同時に割らないできれいな音で吹くことも練習しているけれどね。

 で、フルートの音を割りながら思ったのだけれど、あれってパワーではないような気がします。つまり、力一杯フルートを吹けば音が割れるのではなく、割れるポイントってのがあって、そのポイントに息を当てると、少しの息でもフルートの音って割れるような気がします。もっとも洋銀系のフルートは、たとえ頭部管が銀であっても、ボディが洋銀で軽いので、総銀と比べて音が割れるポイントが広いような気がします。総銀なら堪えられるポイントでも洋銀系だと簡単に割れる…ような気がします。だから、銀よりも重い金だと、もっと割れるポイントが狭くなるんだろうけれど…。

 あくまで“そんな気がする程度”なんだけれど。逆に言うと、洋銀系であっても、音の出るスイートポイントを外さなければ、少々乱暴に息を吹き込んでも、音割れしないと思うよ。どうだろうね。

 総銀と洋銀はたしかに音が違うような気はするけれど、たぶんそこにこだわるのは、フルート奏者だけで、観客はもちろん、他の楽器の奏者も、別にフルートの素材の音にはこだわっていないと思う。だって、洋銀でも総銀でも、フルートの音には間違いないからね。
 
 
今月のお気に入り

 「ひとこと」にも書きましたが、やっぱり3D映画かな。とにかく、飛び出す飛び出す、立体感がすごいですね。私が先日見たのは、ホラー映画の「戦慄迷宮」という映画でした。はっきり言って、ホラーとしてはどうかと思うけれど、その視覚効果はなかなかのモノでした。また予告編で見た、その他の3D映画の立体効果もすごかったです。あれは一度見ると、癖になるかも…。とにかく、お薦め。ぜひ、近所の映画館で3D映画が公開されていたら、何はともあれご覧になってください。びっくりするよ、飛び出すからさ!
 
 

今月の歌曲

 あなたは知っている(トレッリ作曲:Tu lo sai)
 サンタ・ルチア(コットラウ作曲:Santa Lucia)
 オ・ソレ・ミオ(ディ・カプア作曲:O sole mio)

イタリア民謡、サイコー!
 
 
今月のフルートソロ(遊び吹き含む)

 シチリアーノ(Sicilienne:フォーレ作曲)
  発表会でこの曲を演奏します。毎日必ず吹いてます。
 デスペラード(Desperado:イーグルス)
  これも発表会の曲。毎日吹くと言うか、歌うと言うか…。
 

今月の金魚

  2009年10月 3日(土)  緋ドジョウ(名無し)星になる
             4日(日)  緋ドジョウ、4本、ご入居
                    シジミ20個、ご入居。
                    その後、少しずつ食べられて数が減る。
  日付未詳        カエデ、伴侶をブニョからキッカに変更。
 
 

今月のひとこと

 アクセス数の記録を更新しました。1002ページです。ついに1日のアクセス数が1000ページを超えました[2009年9月28日(月)]。ううむ、ちょっと信じられませんが、とてもうれしいです。このブログを訪れてくれた皆さん、本当にありがとうございました。(2009年9月29日~10月2日)

 昔の教え子と話をしていたら「先生、誰か良い人を紹介してください」って言われたよ。聞けば、婚活って奴もなかなか大変らしい。結婚するのがそんなに大変なら、出産育児なんて簡単にできないよな。道理で、我が国の人口はダダ減りなわけだ。なんで、こんな世の中になっちゃったんだろ? 昔は、結婚も就職も何とかなったのに…。仕事を見つけて、社会に参加して、家庭を作って、次世代を育むなんて、当たり前の事だったのに。若い人が不幸せな社会は、不健全な社会だと思う。なんとかしてやらないといけないんだけどなあ…。(2009年10月2~5日)

 毎月、ブログのテンプレートを変えている私ですが、今月も一応変更したものの、トラブルの多いテンプレートだったため、何度かやり直してみたのですが、どうもしっくり来ません。なので、今月はもう、このままでいいやって気分になっちゃいました。わんこ、好きだし、今、忙しいし…。ある意味、手抜きだけれど、好きでやっているブログなので、今月は思いっきり、手を抜くことにしました。ははは。(2009年10月5~7日)

 今度「パッチギ」が舞台化されるというので、テレビニュースで映画の数シーンが流れていました。沢尻エリカさんの扮するヒロインって、フルートを吹く女子学生役だったんですね。「パッチギ」は印象深い映画で記憶にもしっかり残ってますが、ヒロインがフルートちゃんだったとは…全く覚えていませんでした。当時はそれくらいフルートには興味も関心もなかった私ということだな(笑)。(2009年10月7~8日)

 お気に入りのブログに、エルネスト・アントルメさんの「♪Vn.& Fl.♪ さらに料理番」をリンクしました。みなさん、よろしくお願いします。(2009年10月8~9日)

 ノドの痛みには敏感な私です。ほんのちょっとだけノドが痛かったので、ひどく腫れたらイヤだなあと思って病院に行ったら、病院の先生に叱られたよ。理由? マスクをしないで病院に行ったから。そんなこと言われたって、別に熱はないし、咳も出ないし、鼻も垂れないし、新型インフルエンザには絶対かからないし、マスクはキライだし…。ほんのちょっとノドが痛いだけで、この騒ぎだもん。この年になって、他人に面と向かって叱られると凹むなあ。ちなみに、私の前の順番のオバチャンもマスクしてなかったよ、インフルエンザだったらしいけれど、そういう人を叱るなら分かるけれどサ…。(2009年10月9~12日)

 この前の日曜日の昼御飯は、気張って、レストランなんて小洒落ところに、妻と二人で出かけて、昼下りのランチなんてものを、ゆったりと味わってきました。日頃は外食と行っても、ファミレスの類が多いので、ちゃんとしたシェフのいるお店は久しぶりでした。美味しい料理はいいね、心まで満たされていくようです。世の中、色々とストレスのたまる事が多いですが、美味しい料理は、ストレス解消の有効な手段の一つであることを確認しました。…だから、太るんだよな…。(2009年10月12~16日)

 口内炎でちょっとツライです。別に悪い病気とかストレスとかが原因ではなく、単に「食事の時にうっかり噛んだ」だけです。そこが治りかけで、ちょっと大変な状態になってます。場所は、下クチビルのすぐ内側、真ん中からやや左寄りのところ。フルートを口元に当てると、モロに傷口を圧迫して、涙がチョチョ切れます。歌うと、ちょっと傷口が裂けて出血します。なので、少し気持ちが凹んでます。音楽をやっても、ちっとも楽しくないぞー。(2009年10月16~18日)

 上野動物園に行きました。時間が一時間ほどしかなかったので、まっしぐらに、フラミンゴを見に行きました。しばらくの間、フラミンゴだけを見ていました。オレンジ色の鳥体がまぶしかったです。なんか、フラミンゴを見ていると、フルートが上手になれる気がするのは、気のせいでしょうが、でもなんか、親しみを感じました。ああ、フラミンゴ、ああ、フラミンゴ(2009年10月18~22日)

 毎年恒例のインフルエンザの予防接種をしてきた。もちろん、季節性インフ用の奴。なんか、ダルい、ダルい、ダルい、ダルい…。おまけに、眠い、眠い、眠い、眠い…。あんまりダルくて太ってしまいそうだ。(2009年10月22~24日)

 秋になって、私の音楽が順調さを増してきたような気がする。さすが「芸術の秋」だね。フルートも声楽も、日々の練習の中で毎日色々な事を発見しているし、なんか毎日少しずつだけれど上達していることが実感できる。こういう事って、普段はなかなか無いわけで、なんか今、私はアゲアゲなのかしら? それともインフルエンザワクチンの副作用かな?(2009年10月24~25日)

 よくやった! アルソ出版。やればできるじゃん、私は貴社についていきます!…って、何をおおげさに言っているのかと言うと「ザ・フルート102号」の件です。101号によると、102号の発売日は10月25日です。で、実際に25日の午前中には、近所の楽器店には並んでいました。私はそれを見て「ああ、お店だときちんと発売日に買えるのに、定期購読はなあ…」と例によって愚痴っていましたら、25日の午後に自宅に102号が届きました。定期購読読者の手元に発売日の午後に到着とは! 余所の出版社の対応と比べると、正直まだまだですが、それでも今までの事を考えれば、発売日に到着とは! アルソ出版的には、とてもがんばったんだと思います。私は評価しますよ、ありがとう、アルソ出版さん。今後とも、発売日当日着で結構ですから、頑張ってください。それが定着すれば、私は来年もザ・フルートの定期購読…しちゃうよ(マジです)。あ、楽器店では、別冊19号が再発されていたので、買っちゃいました。これも楽しみ…ぐふぐふ。(2009年10月25~29日)

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コメント

お早うございます ♪
今月の落ち穂拾いは、いつにも増して盛り沢山…
波乱万丈の月でしたね thunder

私も自分には直接関係ない??ながら、結構キテまして。
最近はネットへのカキコミも控え気味、自分の更新も… coldsweats01
ブログを始めて丁度満4年を迎えたところですので、
今後の自分のネットへの関わり方を考え直す上での
一つのきっかけになった月でした。
でも、すとんさん始めとするお馴染みの方のお部屋には
こっそりお邪魔 leftright 読み逃げを繰り返しています(笑)

>批判のないところには、進歩も発展もありません。

同感です。
勿論、すとんさんの仰るように批判する側にもマナーはあります。
それを踏まえた上での的確な批判を頂くことは、
自分の人生にとってプラスになる財産であり、
内容を考えずに無暗やたらと削除に走るのは
どうかという気もします。

もっとも「マナーある批判」というのは、文字のみでしか表現出来ない
とっても不便なネット界では、行き違い・勘違いも生みやすく。
どの程度までが「マナーあり」、どう書いたら「無し」なのかは、受け取る人の感性の違いも大きく、
なかなか判断の難しいところですね…^^;

今までは割と気軽にあれこれとコメント入れて回っていましたが、
今後は控えめに、より一層慎重に…と自分に言い聞かせつつ

でもやっぱり、ポカしちゃうんだろうなぁ~。
ああ、おっちょこちょいの自分が恨めし屋(爆)

な 相変わらずの私です、トホホ pig

本日の発見。
すとんさんて元?先生だったのですね。
おもしろおかしく教えてくれそうなイメージです。
私の同級生に中学の先生をやってる人がいて
結婚したいのにできないってときにお母さまから
「あんたはいつも教師口調でモノを言うから男の人に嫌われるのよ」
と注意を受けて気にしていました。
常に正しくあらねばならない立場の人って辛いものですね。
まあ気のもちようなのでしょうが。
私も教育実習に行ったことはあるのですが
近所の酒屋でビールを買ってるときに
まったく記憶にない生徒から声を掛けられて
(ちっとも気の抜けない職業だなこれは)
とビビりましたよう。

>はむはむさん

 実はこの問題は、そんなに難しい事ではないのかもしれません。

 要は常に「自分は欠点のある人間である」という事を忘れなければいいのだと思います。これはキリスト教的に言っちゃえば「人はみな罪人である」って事なんですけれどね。

 私たちは誰しも大きな欠点を持って生きているわけです。もちろん、書いている私にもあるし、読んでいる私にもあるわけです。

 私達に欠点がある以上、失敗は常にするものなんです。失敗はするのだから、失敗をしないように常に細心の注意を払って行動をしていけばいいし、注意を払っていても失敗は、やはりするのだから、失敗してしまったら、素直に自分の非を認め、詫びを入れ、事の修復にすみやかに当たればいいんです。

 そして他の人の失敗で迷惑や被害を受けたとしても、そこは同じ人間で欠点のあるもの同士なのですから、詫びが入れば素直に許し、実際的な不利益に関しては、両者で話し合って解決していけばいいんです。そういう、ごくごく当たり前の事ができれば、例えネットとは言え、そんなに揉めることはないはずなんです。

 事をこじらすのは、高すぎるプライドやメンツであったり、傲慢な心であったり、強すぎる自己愛や保身の感情であったり、ちょっとした一言をためらってしまう怠け心であったり、すべてを放り出して逃げ出してしまう無責任な心があったり…するわけです。こういうモノに縛られる事のないように、また、縛られている事に気づいたら、一刻も早くそこから自由になれるように、心を高くもっている事が肝心なんだと思います。

 大切なことは、コンピューター画面の向こう側にいるのは、自分と同じ“人間”である事を忘れちゃいけないって事です。涙も流せば、悲しみもする、人間が相手なんだと言うことを忘れてはいけないのです。

 と、文章で書けば簡単なことですが、なかなか、そのような境地には達せられないのが、これまた人間という悲しい存在なんだと思います。

 だからこそ「自分は欠点のある人間である」と言うことを忘れないように、日々の行動を律していけばいいし、失敗しちゃったら…ね、素直に「ごめんなさい」と言えるように、心に余裕を持っていきたいと思ってます。少なくとも、私はそう考えています。

 だいたい、毎日、大小様々な失敗やポカをしている私です…。それを許してくださって、受け入れてくださる皆さんに、日々感謝しています(謝)。

>うぉぉんさん

>すとんさんて元?先生だったのですね。

 そうですよぉ。小学校・中学校・高等学校でセンセをやりました。共学校もやったし、女子校もやりました。男子校は…そういうムサイのは好かんのでやりません(笑)。幼稚園は免許持ってないのでできません。大学は…資格は持ってますから、誰か雇ってください(笑)。で、現在は、センセを上がって、某教育機関でしがない研究職って奴をやってますが、教壇大好き人間なので、ほんの少しですが、今でも中学生や高校生の授業をやらせてもらってます。現場を忘れた研究職なんて、何の使い物にもならねーからねー。

>(ちっとも気の抜けない職業だなこれは)

 そうよぉ~。私などは、無駄にキャリアがあるので、すでに関わった元生徒の数は、軽く1万人を越えてます。道を歩けば、あっちこっちに元生徒やその父兄がウジャウジャしてます。どこに行っても有名人なのが困りものです。こっちは知らない(忘れた)人から挨拶されるなんて、日常茶飯事なので、例え相手と面識がなくても、にこやかな顔で「お久しぶりデース」なんて、挨拶をサラっとやってます。

>常に正しくあらねばならない立場の人って辛いものですね。

 あ、それはないな、私の場合。私は常に自然体なので、生徒&元生徒の皆さんは、私のフリーダムっぷりをご存じなので「センセーは仕方ねーなー」で済んでます(笑)。

 どんな職業にも色々と特徴はあるのですが、とかくセンセという職業は、自分を高見に置いてモノを言う傾向があります。それが「いつも威張っている」とか「他人をすぐに見下す」とか「滅多に頭を下げない」とかの批判を受けがちです。困ったものです。私はそういう風に言われないように、自分を律しているつもりですが、どうでしょうね?

 相手のことを思うが故に呈した苦言がもとで関係が壊れてしまうことって、とてもつらいと思います。

 私も以前お世話になっていたお若い方に、社会人の先輩としてちょっと目に余る言動があったのでお話したところ、あっというまにこちらが悪者にされ、その世界で行動しずらくされてしまいました。そのお方の方がその世界ではキャリアも長く人脈もありますので、私は早々にその人から離れることになりました。

 最近になって、○○さんには申し訳ないことをしてしまいました、と周囲の親しいお方にお話されていると聞きます。

 すとんさんから苦言を呈されて離れて行ったお方は、すとんさんの文章を読ませていただく限り、ご自分への言葉がもっともなものとご理解されていらっしゃるご様子ですので、時間が経てば、戻ってくる、戻ってこないにかかわらず、なにかしらの変化があるのではないでしょうか。

 すとんさんのお気持ちはきっと伝わっているものと思います。

携帯から読むことが多いので
「ひとこと欄」を読み落としていることがままあります。
(携帯には表示されません)
亀レスになってしまうのですが…
喉の痛みの件。
すとんさんは内科を受診されるのですか?
私も喉、鼻が弱いタイプです。
鼻が詰まっていたり喉がいたいとフルートを吹くのに苦しいですよね。
私は耳鼻咽喉科を受診します。
めまいだ、しびれだ、なんだかんだで
月に1回のペースになっています(^^;)

ところで…
人の噂も75日、ネットの噂は1週間…?
すとんさんの心が炎上しそうなときに、よく耐えましたね。(一瞬エントリーしましたが、削除しましたよね)

私はその週のエッセイで何かお書きになるかな…と思っていましたが
その週は「詩」でしたね。
詩にはすとんさんの心情があふれていましたね…

10月のまとめとして、その事に触れるか触れないかきっと悩まれただろうと思います。一歩間違えると個人攻撃とも受け取られかねないですし…
でも、私はこうしてすとんさんがキモチを吐露する事があってもいいとおもいますよ。

横レスになりますが
>大切なことは、コンピューター画面の向こう側にいるのは、自分と同じ“人間”である事を忘れちゃいけないって事です。

私もこのことを肝に銘じて
ネットとつきあっていきたいと思います。

>ムラマツEXⅢさん

 温かい励ましの言葉、感謝します。

>すとんさんのお気持ちはきっと伝わっているものと思います

 だと思いたいです。彼はなかなかに知性あふれる人なので、私の言いたいことなど、すっかり分かっているはずなんです。分かっているけれど、行動できない。それは彼もまた人間だからです。

 袖擦り合うも他生の縁、と申します。いつか、この事が笑い話になる日が来ることを期待しています。

>まきりんさん

 喉が痛い時は、原則、休養な私です。基本「歌わない」&「寝る」です。医者に行く時は内科です。おっしゃるとおり、耳鼻咽喉科が良いとは分かってますが、地元ではどこの耳鼻科も混んで混んで、どこも連日数時間待ちが当たり前なので、ついつい「ひとこと」に書いたホームドクターである内科の先生のところに行っちゃいます。その先生とはツーカーなので「ノドの炎症止めと鎮痛剤をおくれよ」なんて、ダイレクトな注文したりしてます。

 ただ、昨今は新型インフルエンザとかいう奴で、どこもかしこも敏感で…。つい先日、病院行った時は、病院に入るためだけにマスクを持参しました。いやあ、私はマスクが大嫌いなんで、基本的に花粉症の季節以外では、絶対にマスクをしないのですが、マスクなしで病院に入って叱られるものイヤなので、病院の出入りの時だけマスクをしました(笑)。

>(一瞬エントリーしましたが、削除しましたよね)

 まきりんさんもご覧になりましたか? ちょっと心が迷って、うっかり、アップした途端に、ブログへのアクセスが急上昇したので「ヘマった!」と思って、すぐに閲覧できなくしました。ネットって、あれで案外リアルタイムに動いているので、下手な動きはできませんです。冷静でない時に書いた文章は、やっぱり美しくないので、アップしちゃいけませんね(反省)。

 私も、弱い人間なんですよ。

 フロイトの精神分析ではありませんが、心的外傷って奴は、一度形にして表現することで癒されるものなのだそうです。だから、これで大丈夫。私は今日から立ち直れます。

 こんなこと、今までだって、何度もあったし、これからだって何度もあるさ。その度ごとに倒れていたんじゃ、前には進めないってものサ。さあ、がんばろー。

私はその方、ネット上で多分存じていますが、
論調が痛かったので、
一度も書き込んだことないんですね、本能的に。
これはこの方法しかないって感じが痛かったので。
何かを本当に極めた人はいろんなことやっているので、
本当にダメなとき以外は、そのやり方もありね、
がんばってね、ってなりますからね。
(まあ、例えば替え指なんかね)
以上。

クラシックって比較的デザイナーの領域、
ジャズみたいなのは比較的アーティストの領域、
そう理解しています。
デザイナーもアーティストも似ているようで違う。
デザイナーって設計者なんですね。
いろんな情報から設計図を作って、
それを実現していく。
一方アーティストは心からあふれてくる
内なる感覚を表現していく。
多分にステレオタイプな言い方ですけどね、
概ねこんな感じだろうと思いますね。
(さらにクラシックは職人が演奏しますけどね。
正確に言うとジャズもコード進行があったりして、
ゆるい設計図があったりするわけですが...)

すとんさんは、多分私より年齢は上だと思いますけど、
年齢を超えた、人に対する、
生き物に対する包容力を感じますよ。
子供と接していても、子供「に教える」タイプでなくて、
子供「と学ぶ」タイプに感じられます。
もっと言うと、「学びながら教えている」感じですけどね。
金魚にも。

お風邪は大丈夫ですか?

この前きいた話ですが、1日6000個はできてるのが、がん細胞。
1回の笑いによって2000個やっつけるだけのパワーがでるそうです。
心と体はつながっているのですね。

気持ちの整理というものはなかなかつきませんし、心から体にいってしまった場合は、深層心理(?)に残ってるのか、大丈夫と思ってたらありゃりゃってなったり、未熟であることは本当に生きにくいものです。
でも、親からもらった体と精神力を信じてます。

すぎてしまったことは、取り返しがつきませんが、人と人はその先があります。未来がありますよね。

毎日、いろんな人と関わって、そのたびに影響を受け、この年でもまだまだ成長段階だなと実感します。
マイナスなこともプラスなことも、どっちもプラスにもっていけるように、毎日ゼロなんだと思って、おごらずにがんばりたいです。

ありゃ、意味がわからないコメントですみません。

多分、私は細かい行きさつがよくわかっていなくて、口を挟める立場ではないと思いますが、いつか実際に会って話しをされたら氷解する気がします。私も昔からの友人にミクシィを紹介されて、しばらくやっていたのですが、どうもネットだと行き違うというか(相手が論破型の人なので、私が辛くなるというか)うまく行かないので、私の方がミクシィ放置になってしまいました。だって近所に住んでるんだし、直に顔見てお茶で甘味でも食べながら話した方が間違いがないしトゲトゲしないんですよ。やはり三次元ってのはすごいなぁ、と思います。たぶん、時間が解決すると思います。大人だし…甘いかな?

>ひょっとこさん

 デザイナーとアーティストの話は、新鮮な切り口で、ああと思いました。そういう捉え方もアリですね。特に「クラシックは職人が演奏する」というところは、まさにそうです。クラシック系音楽の演奏の練習は、職人修行なんですねえ…道理で(プロになるには)人知越えるほどに大変で、人生を賭けて挑むのも道理というものです。

 見方を変えると、世界の捉え方が変わり、目の前の景色が変わってきて、おもしろいものです。

 確かに私は「教える」タイプではなく「ともに学んでいく」タイプのセンセですが、それは別に包容力の問題ではなく「他人に教えるほどモノを知っているわけではない」という自覚を持っているからです。ちょっと前のコメントに書きましたが、私のセンセとしてのキャリアはかなりデタラメなのですが、それも私がスペシャリストではなく、ゼネラリスト、つまり「求められれば何でもやります教えます」という人だからです。(あえて言えば、教育のスペシャリストなんでしょうが…)当然、教科とか学校種に関しては、ゼネラリストですから、知識の幅は広いけれど深みに欠けるキライがあります。そういう足りない部分は、生徒と一緒になって、ああでもないこうでもないとやっていくだけの話なんです。そういうやり方の授業というのも、なかなかオツなものですよ。これでも授業の評判は(誰も書かないので自分で書きますが)とても良いんですよ(えへん)。

>夜希さん

 風邪の具合は芳しくないですね。やはり先週打ったインフルエンザの副作用ではないかと今日も上司に言われましたが、そう言われればそんな気もした、今日の一日でした。あ、別に私、インフルエンザではなく、ごくごく普通の気管支炎ですぅ~。

>毎日、いろんな人と関わって、そのたびに影響を受け、この年でもまだまだ成長段階だなと実感します

 そうです。それがきちんと分かっていれば、人生、大抵のことは乗り切れます。

 人間、いくつになっても欠けた所があって、日々、そこを試されていくんです。うまく乗り切れれば、それは成長につながっていきます。だから「自分はまだまだ成長段階だな」と実感しているうちは、元気元気。人生に、まだまだ負けてません。

 おそらく「自分は完成された人間」とか「不足のない立派な人間だ」とかの、おごった気持ちが生じると、悪魔が足元をすくいにやってくるのだと思います。んで、スッテーーンと転ばされるのね。だから「まだまだ、まだまだ…」と思っていると、悪魔も足元をすくうチャンスが見つけられないので、目こぼされる…と思ってます。

 お互い、気強く、元気を取り戻していきましょうね。

>YOSHIEさん

 あー、話の細かいところは分からなくても別に不都合はありませんから、大丈夫です(笑)。相手を責めるのが目的ではなく、私自身の中で、心の整理をつけたかった事と、心配してくださった方々へのご報告を兼ねた文章なんですよ。だから、分かる人だけ分かれば良い様に書かれてます。

 相手の方とはリアルに顔も名前も知っているのですが、それゆえに、彼が逃げ出しちゃった事は、理屈ではなく皮膚感覚で分かるつもりです。だから、私は彼を追い詰める事をしないですし、逃げるなら逃がしてあげようと思っているのも、そんなところなんです。

 YOSHIEさんがおっしゃるとおり、たぶん、一緒に夕飯でも食べれば、一気に和解できると思いますが、ネットでのつきあいが主では、なかなかそうもしてらんないのが、痛し痒しです。ま、やっぱり、時間が一番の解決方法なんだろうと思います…って、こっちは怒っているわけでも何でもなく、いつでも和解OKモードなんですけれど。

え・・・すとんさんのブログは毎日拝見させていただいているのに忙しすぎてまったく気がつきませんでした。(本当です。)
現実生活でもブログでも心からの苦言は大切にしたいです。
また他人に苦言を呈するって本当に難しいと思っています。

>Ceciliaさん

 気がついていないだろうなあ…とは思っていましたが、やっぱり気づいていませんでしたか? でも、それほど気にしないでください。フルート界での出来事ですから。歌の方の世界は、平穏無事で本日も平常運行ですから(笑)。

 苦言の類は、信頼関係が前提でないと成り立たないのですが、こちらが思っているほどの信頼関係なんてなかった、というだけの話なんです。誰が悪いとかの話ではなく、結局、私に人を見る目がなかったというだけの話なんです。そういう事です。

ネット上でも実際にも接点があって、仲たがいしてしまえば、辛いものがありますね。

あまり多くは言いませんが
お互いの主張?・性格がうまくかみ合わない時は、得てしてそんなものなのかなと思います。

私もこのあいだ3年ぶりに会った幼馴染とけんかのようなものをしました。
彼の言うこともわかるし、私の気持ちをわかって欲しい、そんな気持ちもあり、気持ちのわだかまりは大きくなり喧嘩の原因になったのかもしれません。

すとんさんも相手を思い、忠告や苦言を言ったと思います。
だけど、相手はその思いを自分のことをわかってもらえないと解釈したかも知れませんね

いつも会い話をしていればうまく関係修復も可能ですが、ネットの世界ですからね

ちなみに私は批判に非常に弱い、プライドの高い人間です(><)
だからコメントしかしないですけど・・・

音楽のことですが
すとんさんの音楽は聴衆のものという考え方はわかります。
でも、演奏家が機械のように演奏すればそれでよいかというのは間違えだということはわかっていると思います。
演奏家の評価は聴衆が評価する意味だと受け止めました。
ただ、長年、演奏してきて、批判されたことにいちいち反応すると自分が良いと思ってきたスタイルが定まらないということもわかってきました。

芸術って、難しいと思います。
大作曲家でも死後に良いと評価されているかたもいらっしゃいます。

批判を承知で書けば、
演奏家の気持ちが入った演奏は細かい批判を超越すると思っています。
大切なものは信念のようなものが演奏を通じて見えることかな
(生意気ですね…すみません)

>たくさん

>仲たがいしてしまえば、辛いものがありますね。

 “仲違いをした”のではなくて“仲違いをされた”んです。私は以前も今もこうやって、彼に対して腕をさしのべているんですが、その手を振り払ったのは彼なんです。

 彼が今まで、クローズなところで散々自己弁護を繰り返し、私の悪口を書いている事は良く知っています。しかもそれに関して、私には反論のチャンスすら与えてくれません。

 でもそれを私は責めるつもりはありません。なぜなら、それは彼の弱さ故のことなので、その事について、私は一切とがめるつもりはありませんし、素直に侘びてくれれば、そのような非礼についても許すつもりでいます。

 人間なんて、失敗しながら生きていくものなんです。失敗したっていいじゃないですか。大切なのは、失敗したなら、それを認めて詫びる事です。そして、詫びを入れている人間に対しては、それを受け入れて、許す事。いや“許す”ではないですね、許し合う事ですね。人生は長いんです、失敗をしては、常に謝り合い、謝られては許し合う。

 問題は、素直に自分の失敗を認められず、自己弁護と他者への攻撃にすり替えてしまうこと。つまり「あいつが悪い」で終わってしまっては、それで人間関係は終わってしまうということです。

 記事の中にも書きましたが、私自身にも足りないところはあります。彼に対する配慮が足りなかったことは認めますし、その点については率直に詫びたいと思ってます。

 で、話は変わりますが…

>でも、演奏家が機械のように演奏すればそれでよいかというのは間違えだということはわかっていると思います。

 よく分かっていると言うよりも、そんなものは音楽じゃないですよ。音楽の演奏に限らず、芸術芸能の舞台においては、常に全身全霊で臨むべきだし、みなさん、そのつもりで舞台に立っていると思います。その演奏に120パーセントの気持ちを注ぎ込もうが、信念をこめた演奏をしようが、それでも、ダメなものは、やっぱりダメなんです。いや、逆に言えば、例えば学生たちの演奏のように、未熟で稚拙であっても(失礼)、観客が受け入れてくれるなら、それはそれでOKなんです。

 それに「機械のように演奏」が良いとは、少なくとも私は今まで言ったことも書いたこともありません。どなたかの言説と取り間違えていらっしゃるのでは? 話がどこかですり変わってませんか? 少なくとも、私はMIDI演奏は評価しない人です。

>(生意気ですね…すみません)

 私も十分、生意気な人間です。そこはお互いさまってことで…(汗)。

あぁ勘違いされちゃいましたね(><)

すとんさんの記事を見て
その中に機械のような演奏が云々なんてことは書いていないのは知っていますよ
そうじゃなく…
音楽は観客のものでという部分になんとなく違和感があったので、かなりぶっ飛んだ表現(極論)をつかったわけですが…
結果的に気を悪くさせてしまい申し訳ありませんm(__)m

やはり文字だけのやり取りは難しいですね

改めて読み直しながら
う~んと考えた次第です

その人がクローズな所ですとんさんの悪口を言っていたとしても、これじゃ悪口の言い合いになってませんか?

これ以上は「黙して語らず」が大人の分別だと思いますよ。
これを言論統制だと思わないでくださいね。

言葉って、キレハシだから、難しいですね。
みんな血の通った人間。
ふぅ~。と。

さて。

「演奏は演奏者のものではなく、観客のもの」について、思いだしたことがあります。

あるジャズピアニスト兼作曲家兼アレンジャーの方に取材したときのことです。
バークリー卒で、ニューヨークでしばらく活動されていた方です。

今携帯なのと、まだまとめられないので、後日自分のブログに書こうと思ってます。

>たくさん

 別に勘違いはしてません。ただ、書いてある事を書いてある通りに読んだだけの話ですから、ご安心を。

 ですから、私が言ってもいない事を、さも私の自論のように書かれていたので、そこは違うでしょうと釘を刺しただけの話です。私は機械の再生した音楽は好きではありませんが、そこをスルーしてしまうと、私が機械のような音楽が最高の音楽だと信じているように思われてしまいます。それこそ前後の文脈を見ずに読んだ他の方が誤解します。

 たくさんが私の事をどう思われようとご勝手ですが、私の真意と違う事を他の方々が信じてしまわれては、私の本意ではありません。ただ、それだけです。

>通りがかりの者さん。大歓迎ですよ。

 あなたのような方が来る事を待ってました。いや、本当に待ってましたよ。

>夜希さん

>言葉って、キレハシだから、難しいですね。

 さらに、このキレハシの使い方が、巧みな人とそうでない人が混ざっていたりするから、またまた厄介なんですよ。

 音楽であれ、言葉であれ、表現をする人と言うのは、多かれ少なかれ、身を切られる事を覚悟しないといけないんですね。別にこれはブログ初心者の方々を脅しているつもりはありませんが、でも、そんなものです。

 そこのところの覚悟が、最近の人たちには足りないような気がします(ネットジジイな私の素朴な感想です)。

>それこそ前後の文脈を見ずに読んだ他の方が誤解します。

そうなんですよ。

話がずれてしまうのですが、テレビの演出で、寂しい音楽をかけてインタビューの一部だけを流したもの(編集後)と、元の映像を見比べるというのをYouTubeで見ました。
一人の信念を持った人間の発した言葉を、キレハシに分断して、つなぎ合わせて、別のイメージを与えると、全く違うものになってしまうということがよくわかりました。

せっかく大きな声で言っても、コメントを長々とつけていく間に、違う主張に変化していくことはよくあります。
これも発信する者の責任、負うべきリスクと、その都度その都度、すとんさんのように説明していくしかないのですが…それでも、湾曲した形で受け取る人はいますね。悩ましいですね。
日本語を書いているのにね。

あー違った風にとられちゃったな、っていうのはなんとか聞き流せるのですが、湾曲したものを自分の意見のように書かれるのは、流したら後々つらいですよ。
こまめに説明していくしかないですよね。

たくさんの言いたかったことは、おそらく、この部分ですよね。

>演奏家の評価は聴衆が評価する意味だと受け止めました。
>ただ、長年、演奏してきて、批判されたことにいちいち反応すると自分が良いと思ってきたスタイルが定まらないということもわかってきました。

「機械うんぬん」の部分は、意味がよくわからなかったのですが、「観客にこびすぎて自分を見失った演奏」ということでしょうか?
批判をうけたからとまるまる言う通りにする、というのと、批判を排除するのとはわけが違うと思います。

うっ…。これはちゃんと伝わるかなあ。
私は、誰かを責めているのではありません。
念のために書いてみました。

その辺を歩いていて誰か知らない人を呼びかけたり、呼びかけられてりすることは、よほど落とし物か道に迷わない限り、最近は皆無です…(ある意味、汗)

けれど、ネット社会では、ここに立ち入ってあらゆる人々がすとんさんにメッセージを向けられるように、とてもオープン。日常、人見知りしがちな人ですらコメントできちゃうんだから。だからか、使い慣れない傲慢な言葉遣いをする人もいらっしゃるのでしょうね。けれど、そんな言葉はポロポロとこぼれ落ちて、色んな人の目に留まることが忘れがちになることは自分を含め、他の方のコメントを読んでいても感じられることがあります。

だからどうした、なんですけども(苦笑)それでも、そんな、見知らぬ誰かが誰かのコトバに反応してしまった結果の行動として、落とし物をしたワケでも道に迷ったワケでもないのに、自分の時間を削って思いを吐露するというのは(表現方法はとりあえずはおいておき)個人の存在は他者に「影響」があるなだなぁと。

今月のすとんさんの「落ち穂拾い」から、私はそんなことを感じました。来月もよろしくですぅ〜

ブニョちゃんとキッカちゃんの正面対決すごいですね!!(すみません、コチラの記事ではありませんが)
男の子をめぐる女の子の戦いってどこの世界も怖いですねぇ。

それから、いろいろおありだったこと私今までまったく気づきませんでした。
なんででしょう・・・いつも記事拝見してるんですけれど。

私もコメントやコメントのレスを書く時、とにかく言葉を慎重に選ぶようにしています。
発信してしまってからじゃ取り消せないですものね。
ブログの世界でも自分の言葉に責任を持たないといけませんね。


すとんさん
コメントについてご指導いただきありがとうございました。

今後は気をつけてコメントするようにします。m(__)m

>夜希さん
フォローいただきありがとうございます。
おっしゃるように「批判にばかり耳を傾けると自分を見失った演奏と同じ(=私の感覚では機械の演奏と同じ感覚でした)」そのような表現で伝えようと思いました。
言葉とは難しく、直接であればいった意味を相手の顔色を見ながら変化できますが
文章ではね(><)
反応を見ながらやっていくしかないのかなと
言い訳ですね

ここはすとんさんのブログですので
私はゲストという意識を失っていたのかもしれません。
コメントには細心の注意をはらうこととします。
ありがとうございました。

>夜希さん

 ブログの記事を書くにせよ、コメントをつけるにせよ、誰であれ、インターネット上で発言するための最小限のルールとは、その発言がブレない事、フェアである事、オープンマインドである事、これらに尽きると思いますし、私はそうでありたいと願っています。

 しかし、このたった三つのルールですら、危うく感じる事はありますし、知ってか知らずか、わざわざかき回しに来る連中もいます。

 ここのブログは、訪れるゲストの方々が(心からそう思っていますが)本当に良い人たちばかりですが、こういうブログは実はマレなブログだと思ってますし、この良い状態がいつまで続くかは私にも分かりません。

 私は、もちろん私自身のためですが、このブログがいつまでも居心地の良い場であって欲しいと願っています。基本的には、何事にも寛大でありたいと思う反面、締める所はきちんと締めていきたい思ってます。

 なんか、具体性に欠ける文章になってしまいました。ごめん。

 ネットには、愉快犯のような人、悪意の固まりのような人がたくさんいますし、私は、そういう人たちの餌食になったブログもたくさん見てきました。だから、用心用心なんです。あ、たくさんが、そういう人間だ言っているわけではありません(念のため)。

>みーむさん

 あ、こちらこそ、これからもよろしくですぅ~。

 言葉には魂が宿っています。それを日本語では“言霊(ことだま)”というわけですが、さしずめブログでのメッセージのやりとりは、言霊の交換会をやっているようなものです。

 心地よく魂が響き合う時もあれば、打っても響かない人もいます。何かとんでもない変化球を返してくる人もします。それがダメだと言うのでは、私はそれを実は楽しんでいます。

 私の言葉を額面どおりに受け取って返してくれる人もいれば、額面どおりにすら受け取れずにいる人もいる一方、言葉の裏のドロドロしたところまで読み取る人、読み取った上で私にだけわかる信号で返してくれる人、実に色々なレベルのコミュニケーションを楽しんでいます。

 傲慢な言葉づかいの裏に隠された、見え隠れする真意というのも、これまたおもしろいものです。ですから、私は、表面的な作法不作法には、それほど捕らわれていません。

 ん? マニアックな楽しみですか? でも、私は、ある意味、コメントのやりとりを楽しむために、毎日せっせと記事を書いてると部分があります。やはりブログの醍醐味は、記事の後に、みなさん方と、こうして色々な意見交換をする事だと思ってます。

 ブログのコメント欄を閉鎖しているブログというのを時折見かけますが「ああ、一番美味しいところを封鎖して、何が楽しいんだろ?」って思っちゃう私です。

>sakuraさん

 気づかない事がかえって幸せな場合も多々あるんですよ(笑)。

>ブログの世界でも自分の言葉に責任を持たないといけませんね

 そうです。でもね、だからと言って、萎縮する必要はないです。要は、リアルな生活と同じで、礼節を弁え、常識のある言動さえしていれば、普通は大丈夫です。後は、交通事故に遭ったり、道を歩いてきたらいきなり犬に襲われるようなもので、こればっかりは、どうにもなりません(大笑)。

>たくさん

>コメントには細心の注意をはらうこととします。

 そんなにおおげさに考えなくても結構ですよ。ただ、アップする前に、今一度読み返す習慣をつけるだけで、だいぶ違いますよ。たくさんに、悪意のない事は、私に分かっていますら安心してください。ただ、言葉というものは、話した人から独立して、一人歩きをするものなのです。そこのところだけ、注意です。

 たくさんだって、他人に誤解されたままじゃイヤでしょ。そういう事です。何事も「もしも自分だったらどうだろうと…?」と思って行動するだけで、お互い気持ちよく生活できるものです。

『ん? マニアックな楽しみですか?』

いえいえ、本流だと思います(笑)知らない人同士が忌憚なく言葉を交わせるというのは、その表現法が現実のその人のものとは多少違っているにせよ、その人が紡いだ言葉には変わりはないですからね。そして、それの連続で、ネット上の人間性(なんて言うと大げさですけど)がぼんやりと形作られるし(受け手が勝手に妄想しているんですけどね、笑)。それこそ、醍醐味ですね。

>みーむさん

 よく分かっていらっしゃる。ネットでの言葉のやりとりの中で、おぼろげながらも、その人の人間性とか人となりとかの本質的な部分が表されてきます。

 ですから、まだ、インターネットなど無かった時代は、ネットの友人たちとは、本当に深い関係にあったと思いますし、中には、そのまま恋愛 -> 結婚なんて人たちもたくさんいました。あの頃はネット界には悪人などいなかったし、実に平和でのどかな時代で良かったなあと思います。

 インターネットの普及と同時に利用者が拡大し、実に多くの方々がネットに乱入してきました。それが悪いとは言いたくありませんが、確実に治安は悪くなったし、民度は低くなり、悪人が増えました。ある意味、田舎の田園地帯だったネットが、都会化してしまったようなものです。

 昔を懐かしむのは、年寄になった証拠だそうです(笑)。でも、ネット界では、リアルな世界よりも、うんと早く年齢を重ねているような気がします。まるで、犬にでもなったような気分です。

TCP/IPベースのインターネットなんて、
元々は40年ほどまえの、
アメリカの軍事から生まれたものですからね。
それを民生用として使うにあたっても、
当初は学術機関(電子・情報工学限定)に所属している人で、
相手が想定できる範囲だった。
しかもテキストベースのe-mailしかありませんでしたから。
それ以外の人はパソコン通信していたわけですし、
それも絶対数は少なくて相手がある程度特定しやすいわけですし。

おそらく20年くらい前は、それなりのUNIXの知識など、
スキルを持ってないと扱えない代物だったわけで。

メールなんて、忙しい相手に読める時に読んでおいてね、
って感じだったものなのに...。

当然WWWやましてやブログなんてものもなかったわけで。
こんなの、もしやるとすると、自分でプログラミングして、
サーバ設定しないといけなかった。

この様なシステムを、万人が扱えること自体が
凄い事なんですよ。携帯電話もそうだけど、
それが普通の世の中になってしまった。
ただ、その良さが強調されるけれど、
怖さをあまり見ていない感じがする。

ツールは多くの人は善意に使うことが大多数なのだけど、
悪意で使う事もできるし、意図せず悪意になることもある。

重要な事は、教育だと思いますね。
基本的な善悪の判断(常識ではなく良識)ができ、
相手を尊重するけれども、意見も言える。
結局は個々の倫理観の問題に行き着きますよ。

インターネットや情報のリテラシーと柔軟で強い心が必要ですね。
テレビもそうだけど、多くの人は情報を嗅ぎ分けずに
鵜呑みにしているわけで...

Happy Hacking Keyboard
これ、使ってます。残念ながら親指シフトはなかったと思います。
キーに何も記入されてない、無刻印のものもあります。
http://www.pfu.fujitsu.com/hhkeyboard/

>ひょっとこさん

>重要な事は、教育だと思いますね。基本的な善悪の判断(常識ではなく良識)ができ、相手を尊重するけれども、意見も言える。

 私もそこは重要だと思ってます。日本の情報教育について、私にできる小さな事であっても、何かをしたいと、最近はフツフツと思うようになりました。

 あまりに、情報に踊らされて、裏読みもできずに、情報に溺れて鵜呑みにされている人々の多さに、私は我が国の将来が心配でなりません。

 それにしても“Happy Hacking Keyboard”をお使いですか? いいキーボードをご使用ですね。私はキーボードはIBM系のあのタッチが好きなので、プリファードこと、IBM KB-7953を使ってます。すでに廃版モデルですが、IBMのサーバー系コンピューターで標準に使用されていたというアレです。いやあ、タッチには好き嫌いはあると思いますが、実に質実剛健な、私向きのキーボードでとてもお気に入りです。

 今のキーボードが調子悪くなったら、次は“Happy Hacking Keyboard”でもいいかなって思ってますが…壊れないんだな、これが。サーバー系のハードは、タフでタフで(笑)。

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