ひとこと

  •  もうすぐ選挙ですね。選挙は、それぞれがご自分の思想信条に従って投票すれば良いことですが、その際に、枝葉の小さな問題に捕らわれて、大切な事を見失わないようにしないといけません。選挙は人気投票でもなければ、誰かを懲らしめるための手段でもありません。我々の子どもたちに、日本という国を安心安全に譲り渡すために、今何をしなければいけないのか、そしてそれを目指しているのは誰なのか、そこらへんを見極めていくことが大切なのです。問題は今ではなく、未来なのです。
2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

コメントについて

  • コメントは、どの記事に対して付けてくださっても結構です。歓迎します。ただし、以前書いた記事については、現在では多少考え方が変わってしまったものもあります。また、コメントをくださる場合は必ず“名前”の欄にハンドルネームをご記入ください。ココログ的には、コメントの際の名前の記入は任意となっていますが、このブログでは必須としますので、ご了解ください。また、その時に使用されるハンドルネームは、お一人様一つで統一してくださいますようにお願いします。複数ハンドルの同時使用、及び別人への成りすまし発言、捨てハンドルのご使用等は固くご遠慮願います。迷惑コメントやアラシ発言に関しては放置でお願いします。記事とは無関係のものや、プライバシーに触れたコメント、スパムコメント、エロ系コメント、商用コメント及びにネットマナーを無視したコメントに関しては、予告なしに削除する事もあることを御承知置きください。また、度重なる迷惑コメントに関しては、ニフティに「迷惑コメント」として通知し処理してもらうことにしました。

カテゴリー

メールについて

  • 記事の訂正および削除の依頼と、部外者に見られることなく、私(すとん)と連絡を取りたい方は、メールリンク(この下にある「メール送信」)をクリックしてメールでご連絡ください。その際、どの記事でもかまいませんから、コメントに「メールを送りました」と一報いただけると幸いです。私、メールを見る習慣がないので、黙っているといつまでもメールを放置してしまいますので、よろしくお願いします。メールを送ったことをお知らせいただいたコメントは、メール確認後、すみやかに削除させていただきますので、ご安心ください。

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月の記事

2009年9月30日 (水)

島根県の人には人気のない私です[2009年9月の落ち穂拾い]

 表題どおりです。実に私のブログの「アクセス地域」というのを調べてみたら、ひとまず47都道府県のすべての方々のアクセスがありました。感謝です。しかし…一番アクセス数の少ない地域が、島根県! まあ、たしかに島根は人口が少ないけれど、同じように人口の少ない、鳥取県や高知県からのアクセスの1/10程度のアクセス数よ~。いやあ、私は、実に、島根県民の方々から人気がありません。

 同様に、青森県民の皆さんにも人気がないようです。毎日、リンゴ、食べてるのになあ…。来月は「島根&青森、アクセス強化月間」にしようかしら?

 島根&青森ーっ、愛しているよぉー!
 
 
下手の横好き

 「好きこそ物の上手なれ」と言えるのは、とても恵まれた環境にいる、ある種の特権階級に属する人のことだと、私は思ってます。

 私の見てきた事例の多くは「下手の横好き」であり、下手だから、叩かれ、小突かれ、苛められ、蔑まれ、邪険にされ、そのうちに人格攻撃までされ、いたたまれなくなり、ほうほうの体で逃げ出すまで、徹底的に攻撃され続けます。私はそういう悲惨な状況をたくさん見てきました。自分もそういう目にあったことがあるし、友人たちがそういう目にあったのを、ただ指をくわえて見ているしかなかったという経験もたくさんあります。

 音楽というのは、本当に厳しい実力の世界だと思います。下手(実力のない奴)はゴミ以下の扱いです。

 私はまともの音楽教育というのは受けていません。今やっている、声楽とフルートは先生について学んでいますが、それ以外の合唱もピアノもギターもベースも、合唱団とかバンドとかに入って、特に指導されることなく、見よう見まねでやってきました。言われるでもなく私は“下手”に属する人間です。

 私は下手だったけれど、かなり“好き”な人です。それこそ“横好き”で、かなりタフな存在だったと思います。それでも、とても辛かったです。私ほど、タフではない人は、泣きながら逃げ出しました。音楽ブログを見ても、市民系の吹奏楽団でも合唱団でも、苛められて、叩かれて、つぶされた人は星の数ほどいるでしょ。

 それっきり、音楽から逃げるように身を遠ざけるようになった人もたくさん知ってます。

 音楽をやる人って、仲間と共演者、スタッフに厳しい人が多いと思います。だから、ロックバンドなんて、すぐに解散しちゃうんだろうなあ。でも、それくらい厳しくないと、音楽をやり続けられないんだろうと思います。

 下手でも好きでやり続けられる人は、恵まれています。ほとんどの“下手”はやり続けるどころか、存在そのものが否定されます。“横好き”でいられる奴は、そうとう面の皮が厚い奴です。それが音楽の世界です。悔しければ、実力を身につけなければいけません。一人で身につけられなければ、先生に師事してでも頑張らなければなりません。先生を見つけられなければ、泣き寝入りです。

 厳しいですね。はい、厳しいです。だって趣味の世界だもん。好きでやっているんだから、厳しくて当たり前です。イヤならやめればいいだけの話なんです。
 
 
秋を感じさせる音楽

 秋ですね。私にとって「秋の曲」ってなんだろうって考えました。

 秋って…選択が難しいですね。紅葉の清々しさをイメージするか、野分の激しさをイメージするかでもだいぶ違うし、残暑のイメージもあれば、ひんやりしたイメージもある。夏の終わりなのか、冬の始まりなのかでも違うし…ううむ、秋は難しいな。

 それで、ずっと考えていたのですが、私にとって、秋を感じさせる音楽って、ボサノヴァかな? それも女声ヴォーカルのアンニュイな奴。めっちゃ暑いブラジル音楽のはずなのに、不思議な清涼感は、日本の秋にぴったりだと思いませんか?
 
 
私はなぜフルートを吹くと楽しく感じるのか

 フルート演奏って、なぜこんなに楽しいのか。たった一人で、誰に聞かせるでもなく、自宅でピーヒャラ笛を練習しているだけで、なぜこんなに楽しいのか。

 人それぞれ、楽しみを感じるポイントは違うだろうけれど、私の場合は、フルートの音が美しいから。美しいものが好きだから、フルートを吹く。たぶん、それだと思う。

 フルートの音が美しくなかったら、たぶん練習しても楽しくないだろうし、それ以前にきっと練習しない。実際に、以前使ってた、中国製のフルートでは、こんなに練習しなかったし、よく練習をサボってた。今のフルートになってから、狂ったように練習して、いつもいつも笛を吹きたくなってきたのです。それは音色が全然違うから。全然、音色が美しいから。

 ちなみに、私が大音量フルートには目もくれず、ヴィンテージフルートに興味シンシンなのは、知的好奇心からではなく、美的好奇心からなのよ。それくらい、美しい音が好きな私です。
 
 
今月の歌曲

 あなたは知っている(トレッリ作曲:Tu lo sai)

 なんか、以前のように、色々と遊びで歌い飛ばすみたいな事をしなくなりました。なんか、そういう気分ではないのです。合唱でやっている第九の譜面すら、家では開きませんもの。とにかく“Tu lo sai”だけを歌い込みたい気分なんですね。

 なんで、そんな気分になるのかと言うと…最近は、以前のように歌い飛ばせなくなってきたからです。一曲歌うと、もう身体がヘトヘトになります。一曲入魂なんて、考えてもいませんが、結果として、そんな感じになりつつあります。

 キング先生のご指導のおかげで、少しずつ身体が使えるようになってきていると思いますが、肝心の身体の方がまだまだ歌用のそれになっていないので、たった一曲歌うだけでも、ヘトヘトの全身疲労に陥ります。実に歌うという行為って、シンドイ事なんです。この段階を超えると、多少は楽になるのかもしれませんが、今は、歌うと身体がシンドクてシンドクて…。ですので、数多く歌えないのです。
 
 
今月のフルートソロ

 シチリアーノ(Sicilienne:フォーレ作曲)
 デスペラード(Desperado:イーグルス)

 こっちも基本的には、この二曲だけ。他の曲には見向きもしません。別に身体がシンドイわけではないのですが、気持ちに余裕がないことと、時間にも余裕がないことが原因かな?
 
 
今月のお気に入り…ではありませんが

Photo  今月は「お気に入り」ではなく「気になる」品です。それは「練習用フルート ポエムくん」です。ホームページはこちらです(笑)。

 ネットで偶然、発見してしまいました。それ以来、私の心を捕らえて離さない一品。それは…練習用フルート、ポエムくんです。

 うわー、気になるー。練習用フルートだって! お値段は3900~5900円の三タイプ。チャイナなフルートよりも確実に安い! うわー、どんな音が出るんだろ?

 メーカーさんによる、購入対象者は…

>・フルートをやってみたいけれど、楽器は値段がちょっと…
>・フルートやりたいけど音が出るまで時間がかかると聞いて…
>・部からマウスピースだけ借りても練習してもピーピー鳴るだけでつまらない…

 うわー、どんな楽器なんだろ、ワクワクしちゃうね。

最後のダメ押しが…

>「この笛で一曲吹けたら本物のフルートを買おう」なんて約束を、自分やお子様とできるのではないかな、と思います。

 自分と約束!という部分がとっても私のツボです。しかし、ちょっとだけ???となるのは…

>本製品の目的は、実際に管楽器の演奏を行う際の練習用として使用するための「練習器」です。発表や他の楽器と合わせての演奏等、練習以外の目的には不適切になります。また、練習器ですので音階は存在しますが、絶対音階とは一致しておりません。

 『この「絶対音階」とは一致しておりません』という文言が???です。これって、まさか…音痴…ってこと? それとも「まあ、だいたい合っているけどね…」ってこと? 世の中の笛には、クリスタルフルートとか、オカリナとか、厳密には正しい音程の取れない笛もあるわけで、あの程度なら、まあ許容範囲というわけだけど…ねえ? どんなんだろう。

 そんなわけで、今、私がとっても気になる一品をご紹介しました。

 …だったら、自分で買えばいいだろって? …でもね、これさあ、鉄パイプにニッケルメッキをしたものなんだって。金属アレルギーぽい私にとって、これを使用するってのは、ある意味、自殺行為なんだよね。だから、絶対に、この笛は吹けない。吹けないからこそ、気になるのよ~。
 
 
今月の金魚

 みんな元気なので、特にコメントはありません。あえて言えば、サツキが大きくなって、ついに大きさでチヅルを抜きました。そんなところかな。
 
 
今月のひとこと

 毎月恒例のブログのテンプレートの取り替えをしました。今月はワンコです。かわいいでしょ。私は「ワンコとニャンコとどっちが好き?」と尋ねられると、もちろん「ワンコが好き」と即答します。だって、ワンコってイヌじゃん。イヌっていいよねえ…(答えになってない:汗)。このテンプレートにしたら、いつも金魚の写真を載せてる場所に、自動的にワンコのイラストが入りました。このイラストの下に金魚の写真があるのも、なんか間が抜けているので、今月は金魚の写真はしまって、ワンコのイラストを自画像代わりに使うことにしました。ってわけで、今月もよろしくね。(2009年8月30日~9月7日)

 今日は道を歩いていたら、長ねぎを拾ったよ。もう、気分は、みっくみっくサ!(2009年9月7~10日)

 このブログの右側でお座りしているワンコですが、マウスを当ててみてください。色々と芸をしますよ。実は、私、知りませんでした。ticoに教えていただきました。ticoさん、ありがとうございました。さあ、みんなで、マウスを使って、ワンコをなでなでしよう!(2009年9月10~17日)

 ほんの気まぐれですが、右欄にある「人気記事ランキング」のランキング集計範囲を“過去30日”から“過去4カ月”に変更してみました。理由は特にありませんが、しばらくはこれでいこうかな…って思ってます。ただ、あまりにもランキングの変化が少ないようなら、元に戻しますが…。(2009年9月17~20日)

 次の通常国会で「外国人参政権」を通す予定だと、テレビニュースで報道してましたねえ。政権交代して、真っ先にやることが、マニフェストに載せなかった「外国人参政権」とはね。やっぱりなって感じです。「外国人参政権」の次は、同じくマニフェストに載せなかった「人権擁護法案」を通すのかな。これが選挙で示した日本国民の選択なんだから、仕方ないね。景気対策はやらないって言ってるし、暮らしづらくなってくるなあ…。(2009年9月20~22日)

 録音をアップする皆さんが、ケロログにアップするので、やっぱり、このまま負けっぱなしは良くないと思って、私もケロログを準備しました。ひとまず、テストなので、この前の発表会の音源を試験的にアップしてみました。128KHzという、ケロログご推奨のビットレートの3倍近い数値のものをアップしました。だって、せっかくのアップなら、より高音質な方がいいでしょ。ひとまず、私のところでは再生できてますが、皆さんのところではいかがでしょうか? もし、不都合があるようでしたら、お知らせください。ここです。(2009年9月22~23日)

 フルートの練習が終わり、楽器を磨いていた時に、なにやら緑色のモノがフルートに付着している様子。んん? 何だ、これは! 頭の中のフィリップ君に検索をお願いしたところ…銀のサビ? え? 銀のサビって緑色だっけ? ほんの短時間でしたが、パニくりました…。実は…緑色のTシャツを来ていたので、その色がフルートに映っていただけでした。落ち着いて考えれば分かるのに…疲れているのかな?(2009年9月23~28日)

 センニンさんの「フルートと音楽の日々」をお気に入りのブログに加えました。センニンさん、よろしくお願いします。(2009年9月28日)

 グローバルさん(アルタスの発売元)から“フルートお買い求め1周年記念”とやらで、楽器用のトレーシーを記念品として送ってきたよ。ありがとう。妻曰く「高いものを買うと色々と違うね」だと。そうかもね。(2009年9月28~29日)

2009年9月29日 (火)

今は“姿勢”が最優先事項のようです

 歌のレッスンに行きました。表題の通りです。とにかく、今の私にとっては“姿勢”なんですね。この矯正が本当に最優先事項のようです。

 発声をしながら、姿勢のチェック。自分ではまっすぐに立っているつもりなんですが、実はかなり後ろにそっくり返って立っています。キング先生の表現で言うと「お腹で立っている」のですね。これはもちろんダメで「背中で立つ」ように姿勢を変えていかないといけません。

 先生の指示通りに立ってみると、すごくツライ(汗)。すごく前のめりで体中がしんどいです。これが真っ直ぐに背中で立っている状態ですか? と疑問に思っていると、先生が横から写真をパチリ。見てみると、たしかに真っ直ぐ。「いつものように立ってください」と言われて、やってみた姿勢も同じくパチリ。いやあ、天井向いてエラそうに踏ん反り返っていました。ダメじゃん。

 とにかく、しっかり足に力を入れて立つ。お尻は位置を変えずにしっかり絞める。腹は引っ込める。背中は張る。アゴは引く。重心は足の親指に落とす。みぞおちから下は、汗をかくくらい、一生懸命使う…。脱力も大切だけれど、今は下半身を積極的に使う事を意識した方が良いそうです。

 そう言えば、私は昔から、と言うよりも、子どもの頃から、姿勢が悪かったなあ…。体幹部のインナーマッスルが弱いのだと思う。

 筋肉って使わないとダメになってくるものです。

 私は今、年齢的には老人の入り口にいます。今、筋肉を作り、それを動かす神経を作っておかないと、手遅れになる恐れがあります。なにしろ、日々老化しつづける毎日ですから。

 若い時は意識せずとも練習を重ねていく事でできてくる筋肉も、この年になると、意識的に作っていかないとできません。いや、作るどころか、意識的に使っていかないと、せっかくできあがった筋肉だって、使えなくなります。そういう意味では、今は歌を学ぶ、ラスト・チャンスなのかもしれない。

 もちろん、プロになろうなんて、サラサラに考えていないけれど、普通に歌えるジジイになりたいんですよ。そのために神様が与えてくれたラストチャンスなら、それを生かさないと。

 この年になってから、体を使う声楽を始めたのだから、色々と大変なのは当然。声楽だから分かりづらいのであって、これを野球に置き換えてみれば、話は分かりやすいかもしれない。

 こう考えてみると、私の置かれた立場が分かるかもしれません。

 「ああ、野球をしたい。強豪草野球チームで、投げて良し、打って良しの、エースで四番な選手になりたい!」 そう思って、今まで野球のヤの字もやったことないオッサンが、プロ選手たちがとっくの昔に引退してしまった年令から、一念発起で体力作りを始め、基礎トレーニングを重ね、ついに個人的にコーチを見つけて、指導を受けて、徐々にピッチングもバッティングも少しずつマシになってきました。「この調子で頑張っていけば、そのうち、どっかの草野球チームに混ぜてくれるかな」なんて事を、最近は夢見ています。

 こんな感じだね。話を野球に置き換えてみると、私って、かなりのムチャをしている事が分かるね。

 話を戻します。とにかく、まずは立ち姿勢をまっすぐにする。そのためには、日常の生活場面もフルに活用して、筋肉を作っていくこと。自分の体重を余裕で支えるられるだけの筋力を蓄えること。それと同時に、背中をしっかり伸ばして、常に張っていく事ができる姿勢を、普通の姿勢として、体に染み込ませること。ブレスをする際は、しっかり背中を膨らませ、前屈みになって息を吸い込むくらいの気持ちでいくこと。

 別にこれは発声だけの問題ではありません。歌でも同じこと。今、歌っている“Tu lo sai”は、各部分を取り出して歌うなら、別にそれほどの難曲ではありません。でも、通して歌うと、必ずダメになるところが、決まって三カ所あります。その原因は、姿勢が悪いこと。そのために、息があがりブレスが浅くなること。二酸化炭素で溺れることは、だいぶ減ったけれど、息が上がってしまうのは、それほど変わりません。姿勢が悪くなったり、息が上がるのは、体力不足、筋肉不足が原因です。

 だから、ぎっくり腰になるんです…、はい、全く言い返せません。まずは姿勢からです。歌の練習の時だけでなく、日常生活の中でも、気がついたら、きちんと立ってみることにします。ヘトヘトになるけれど、これがラスト・チャンスなら、ガンバンないとね。

 さてさて、蛇足と言うと何なんですが…。先日、“Bianco e Nero”に行ってきました。え? それは何って? キング先生のコンサートですってば。かっこ良かったですよ~。会場の La Lyru(ラ・リール)は小振りですが、なかなか良い響きのホールでした。クラシック系の音楽にとって、演奏会場も楽器の一部ですから、良い響きのホールで聞きたいものです。

 肝心の歌の方はとても良かったです。改めて、キング先生はなかなか良い歌い手だなあと思ったものです。ただ、あれだけ歌える人でも、声楽教師をやりながらでないと、プロ活動ができない日本の現状って、厳しいなあと思いました。そんな厳しい中でも、きちんと定期的に演奏活動を続けているキング先生の努力には頭が下がります。我が師ながら、立派な方です。

 キング先生、次はシューマンの「詩人の恋」をやるそうです。ああ、私も予習しておかないと。

2009年9月28日 (月)

なんか変なんですよ…

 色々と悩んだのだけれど「恥はかくけど、別に何も失うものはない!」と思い、アップすることにしました。え? 何を? ええと『デスペラード』の自宅練習バージョンです。

 で、何を悩んだのかと言うと、実は私の演奏が変なんですよ。あんまり変なので、思わず、お蔵に入れてしまおうかと悩んだわけです。

 ま、興味関心がおありになる方、及び、怖いもの見たさの方と、暇で暇でしょーがないという方は、ぜひお聞きいただき、その変な具合を味わってください。そして「このあたりが、変じゃない?」というアドヴァイスが欲しいのです。

 なんか変なんです。どっか、変なんです。でも、どこが変なのか、ちょっと言語化しきれないのだけれど、やっぱり変なんですね。まるで、外国人が演歌を歌っているような感じ?(ただし、ジェロは除く)、自分で言っててアレだけど、違和感バリバリの演奏になっちゃったんですね。でもね、その変なところが言語化できないと、修正もできないのよ。だから、困っているんです。

 まあ、演奏そのものは変でも、発表会に向けのスタートとしては、こんなもんでしょう。これから約二カ月間、練習を重ねて、発表会までには、何とか形に持っていって仕上げたいと思ってます。

 とにかく、私の演奏を聞いて、アレ?と思ったら、なんかアドヴァイスをください。あなたのアドヴァイスが私の練習の方向性を決めます(ちょっとおおげさ?)。

 それでは演奏解説(笑)&諸注意です。まず演奏時間は5分を超えますので、時間がない人は、無理して聞かなくてもいいですよ。演奏時間が5分と言うことは、当然、どんなに圧縮しても、ココログにはアップできないので、当然ケロログにアップしました。ただし、ケロログはコメント欄を封鎖してあるので、コメントはこっちのココログの記事の方にお願いします。

 バックで演奏されている凄腕のバンドマンたちは、パソコン君です。すごいね、今のパソコン君は。この程度の簡単な伴奏だったら、サクサクとしてくれるんだねえ。私にとっては、十分すぎるくらいのバックバンドです。

 この演奏は、シルバーウィーク中に録音したのだけれど、実は同時に、シシリエンヌも演奏しました。…しましたが、そっちは、最後まで通せなかったので、録音が完了しませんでした。ううむ、そういう意味では、まだシシリエンヌはスタートに立ってません。なんとか、最後まで通せるようにしないと…(汗)。

 では、デスペラード(自宅練習バージョン)はこちらです。

2009年9月27日 (日)

油(あぶら)と脂(あぶら)と小ネタを二つ[2009年9月第4週・通算38週]

体重:104.2kg[+1.2kg:-1.6kg]
体脂肪率:31.5%[0.2%:-0.8%]
BMI:32.9[+0.5:-0.9]
体脂肪質量:32.4kg[+0.3kg:-0.5kg]
腹囲:102.3cm[+0.3cm:-3.9cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第30週目。 やっぱり“シルバー・ウィーク、侮りがたし!”となりました。仕事がないと、やっぱり太るね。ま、それだけ仕事がシンドイって事なんだろうけれど…さあ、来週はがんばんないとね。

 そんなわけで、たまにはダイエット記事っぽい事でも書きますか(笑)。

 皆さんは“油”と“脂”の違いって分かりますか? 栄養学的にとか、なんか小難しい学術的な説明は、私にもできませんが、字から違いは説明できます。

 “油”の偏はサンズイなんです、つまり“液体”ですね。対して“脂”の偏はニクヅキです、つまり“肉”ですね。

 よくアブラ(カタカナで書いた時は、油と脂の両方を指していると思ってください)はダイエットの敵だと言われます。実際にカロリーは高いですし、アブラっぽいモノを食べすぎると、やっぱり体重が増えると思います。そういう意味では、確かにダイエットの敵です。

 でも、アブラを本当に取らないでいると、体が乾燥してきます。体中がカサカサのシワシワになってきます。そういう意味ではある程度のアブラは、栄養素として取らないといけないのだろうと思います。

 さて、そこでアブラだ。油と脂、どっちのアブラを食べますか?

 私などは「ううむ、アブラ切れだー」と思うと、やっぱり“肉”を食べたくなりますね。あるいは、パンにバターでもたっぷり塗って食べるとか、油でギトギトの豚骨ラーメンを食べるとか、まあ、そんな感じ。

 でも、これらの料理に入っているアブラって“脂”なんですよねえ。“肉”が“旨い”で“脂”です。だから、旨いんですよ、美味しいんですよ。

 で、この“脂”って、食べる時はホカホカだから滴っていますが、実は常温で固形なんですよ。つまり、これを食べてしまうと、体内は体温なので…つまり常温よりも、ちょっだけ高い環境なので、脂は固形または半固形になるんですね。つまり、ドロドロ。なんか、イヤですねえ…。

 そこへ行くと、植物や魚のアブラは油です。つまり液体。常温で液体ですから、当然、体内でも液体でサラサラ。

 ま、FatとOilの違いなんですが、ドロドロとサラサラ…どっちの方が体に良さそうなのって考えると、サラサラかな? 科学的な根拠というのは無いのだけれど、なんかドロドロの脂を食べると、血管詰まりそう…(食べたものが直接血管内に入るわけではないので、この演繹は、はなはだ非科学的だと思うけれど)。

 幸いにも、私、魚料理は大好きだよ。刺身も好きだし、塩焼きも煮魚も大好きだよ。それに湘南の魚は、とびきり美味しいんだよ。

 ま、イメージでモノを判断するのは、時として大きな過ちを犯すものだけれど、どうしてもアブラを食べるなら、サラサラの油の方が良さそうだな。肉を食べるより、魚を食べた方が、なんとなく良さそうですね。

 ああ、サンマが食べたいな…。ほろ苦い内蔵と一緒にアブラののった奴をガブリとね…。

 ああ~と、話がちょっと短めなので、小ネタを二つ。

 なんか、増税の噂というか、デマが出回ってますねえ…。鳩山総理が、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を2020(平成32)年までに1990年比25%削減すると、全世界の前で宣言してきちゃったために、一世帯あたりの負担金が年間650万円になるっていう、政府試算があったそうですね。

 一応、25%宣言には前提条件というのを付けたらしいけれど、そんなモノ、数字が勝手に一人歩きして、世界中から「25%の削減ができてないじゃん、責任とれー!」と言われ「オレの国から排出権を買え!」ってタカられるに決まっているわな…。ま、それを見越しての「一世帯あたりの負担金が年間650万円の政府試算」なんだろうけれど。

 はあ…、テレビなどでは、ちゃんと報道してくれないけれど、これって、下手をすると、税金が一年で650万円上がるってこと?

 25%削減は、国際的に宣言しちゃったので、やるしかないと言うか、外国から排出権を買ってくるしかないわけで、一体、どうするんだろ? ま、650万円の負担金のすべてを、個人からの税金で、まかなうとは思えないものの、個人であっても相当な額の増税は覚悟しないといけないでしょうね。そして、そのための“環境税”という新しい税を導入する事で、着々と話は進んでいるわけで…。

 で、そうやって集めた、私たちの税金を、本来ならしなくてもいいはずの“排出権購入”とやらで、排出権を我が国に売りたくて仕方のない中国を始めとする諸外国に、ばらまいてくるわけなんだな。いったい、どこの国の総理大臣だよ…。そんなに日本人のカネを大陸に流したいのかねえ…。

 環境税…一人あたり月額で3万円という話というか、デマがあります。一応、今の段階ではデマですし、このままデマであって欲しいと願ってます。しかし、このデマどおりなら、三人家族なら9万円、5人家族なら15万円、増税となり、実質的に月収が減るわけです。一カ月の収入が10万円前後減ったら、もう、歌を歌ったり、笛を吹いたりする余裕はなくなるよ。それどころか、ブログをする余裕もなくなるかもしれない。マジで大変な時代になりそう。政権交代、バンザーイ! ああ、明るい未来が、生活が苦しくなる未来が待っているってか?

 10万円の増税はおおげさな話にしても、民主党のバラまき政策のおかげで大増税は免れないみたいです。で、大増税されたら、まずは遊興費(という言い方はイヤだけれど)からカットってのは、健全な家計では当たり前の処置ですね。ああ、冗談抜きで、排出権購入のため(つまり、外国にお金をばらまくため)に、私はもう、歌えない、笛吹けない、そういう事になりそうです。ああ、それはイヤだなあ、それは困ったなあ…。そんな日は来てほしくないぞ。

 ついでにもう一つ。テレビなどでは、環境税の話はしない代わりに、鳩山夫人を“ファースト・レディ”と呼んで、アレコレと楽しげに報道しております。…が、あれって間違っていると思う。別に鳩山夫人に恨みはないけれど、彼女はファースト・レディではないでしょう。

 ファースト・レディとは、狭義では大統領夫人、広義では国家元首夫人の事を指すと思うけれど、鳩山夫人は、ただの“総理夫人”だと思う。

 日本は大統領制ではないので、狭義での“大統領夫人”に当たる方はいません。広義な意味での“国家元首夫人”という意味なら、ファースト・レディは、皇后陛下でしょ。だから、鳩山夫人をファースト・レディと呼ぶことは、本来の対象者である、皇后陛下を軽んじている事になると思います。

 マスコミの人は、そこのところは分かっていると思う。分かっていて、わざと間違いを報道して、陛下を軽んじているのだと思う。実にマスコミってタチが悪いです。

 マスコミって、そんなに皇后陛下が憎いんだね。あんなに人の良さそうなオバアチャマをないがしろにして、何が楽しいわけ? 日本の皇后陛下を軽んずるなんて、一体、どこの国の方々なのかしらね、マスコミの方々って!

2009年9月26日 (土)

金魚すくいの金魚をうまく飼う秘訣 水作り編

 次に環境の話をしましょう。多くの人は、金魚すくいの金魚が来てから、水槽を買って、水を入れて、その中に金魚を入れます。これでは金魚はすぐに死んでしまいます。

 実は、金魚って、水道の水では生きていけません。水道の水には、消毒のために塩素が少量入っていますが、その塩素で金魚自体も消毒されちゃって、雑菌と一緒に死んじゃいます。

 なので、金魚を飼うためには、塩素を中和する必要があります。金魚屋で「カルキ抜き」というのが売っていて、これを使用する方がいると思いますが、カルキ抜きとて薬品であることには違いないので、私はあまり使いたくないです。適量投入ってのが難しいですね。あ、カルキって塩素の事だと思ってくれて結構です。

 塩素を中和するための一番簡単な方法は、浄水器の水を使うことです。浄水器の水は、塩素が取り除かれていますので、安心して金魚に使えます。最近は、多くの家庭に浄水器があると思いますので、その水を使うのが、一番お手軽です。

 浄水器がない家庭では、時間がかかりますが、ひなた水がいいと思います。水をバケツにでも汲んで、半日ほど直射日光に当てると、塩素が中和されます。

 井戸水がある方は井戸水を使用するのも、一つの方法です。

 こういう風に塩素のない水を用意するのが、まずは最初のコツです。

 では、この塩素なし水に金魚を入れると…強い個体は生きられますが、弱い個体はやっぱり死にます。というのは、これだけでは、まだ金魚が飼える水ではないからです。

 この塩素なし水に、タネ水を加えてやるのがコツです。タネ水は水槽の水の1/4~1/3ほどあれば良いでしょう。

 タネ水って何でしょうか? それは、金魚が普通に生きて行ける水のことで、水中に多量のバクテリアと、それに少量の重金属と塩化ナトリウムと窒素が溶け込んでいる水です。金魚にとって理想的なタネ水は、いわゆる“青水”と呼ばれている“緑色になった水”です。『緑色になった水』が理想あって『緑色の藻がたくさんいる水』ではないので、ちょっと注意です。藻がたくさんいる水は、今度は酸欠になるので、実は金魚にはキビしいんですよ。もちろん、緑色でなくても、バクテリアがたくさんいる(と思われる)水なら透明でもOKです。

 では、このタネ水はどうやって入手するのでしょうか。一番簡単で確実な方法は、すでに金魚を長年飼っている家に行って、その水槽の水を分けてもらうことです。それでバッチグーです。

 次に良いのは、雨水でしょうね。ただ、雨水に関しては、地域によっては(悲しい話ですが)汚染されているケースもままありますので、必ず使用前に水質検査をしてください。少なくともpHチェックをして、中性であることを確信してから、ご使用ください。中性であることを確信したら、コーヒーフィルター用の濾紙でゴミやホコリを濾過をしてあげると、さらに良いでしょう。

 近所の川や池の水というのもありますが、これらの水は金魚にはワイルドすぎるので、あまりお薦めしません。金魚はあれで案外、キレイな水を好むのです。

 どうにもこうにも、タネ水を入手できなければ、金魚屋に行くと、タネ水の元が売ってますので、次善の策として、これらを利用するという方法もあります。分量さえ守って、塩素無し水に入れると、結構使えると思います。

 我が家の場合は…時間をかけてタネ水を作りました。作り方は簡単です。普通に魚を飼うだけです。ウチはメダカを使用しました。和金を使う人もいます。とにかくたくさん死ぬので単価の安い子が良いでしょう。死んだら入れ換え、死んだら入れ換え…と繰り返しているうちに、水質が落ち着いてきて魚が死ななくなりますので、そうしてたらタネ水の完成です。タネ水の完成まで我が家は、半年ほどかかりました。以来、このタネ水をずっと使ってます。

 もっともこれだけして、やはり、金魚すくいには、元々病弱な子や奇形の子もいます。そういう子は、やっぱり飼うのは難しいです。

 金魚すくいでやってきた子も、何かの縁があって、やってきた子です。なるべくなら、その寿命を精一杯生きて行けるように、世話をしてやれたら、飼い主として本望ですよね。

2009年9月25日 (金)

私はトップテナー

 第九の練習に行ってきました。今回は、543~590小節(リハーサル記号:M)と313~333小節(K)と、男声合唱の410~431小節をやりました。今回もたくさん注意されたし、色々な事を思ったので、それらについて書いてみます。

 まず「息が強いと声がもれる」「息が強いと声は鳴らない」。これはS先生のセリフですね。どこの合唱団でもそうでしょうが、みなさん真剣になって、思いっきり歌うわけですが、どうしてもお上手でない人は、息のコントロールが上手くありません。まあ、私も例外ではないわけですが…。ついつい、大きな声とか、高い音とかを出そうとして、息を強くしてしまいがちですが、そんな私たちを見て、S先生がおっしゃった事がこれ。正解ですよ。

 フルートで考えてみれば、フルートに息を吹き込みすぎれば、音がちゃんと鳴らないものだし、変な音が出ることもある。また、それだけ息を吹き込まないと音が出ないのは、明らかに音の出るポイントをハズしている事も多く、そんな人のフルートの音は息モレの音ばかりが目立ったりするわけで、それと全く同じことを歌でもやってしまうわけです。

 だから、息を弱くする…というのは間違いでしょうが、無駄な息は使わずに発声する、この線で歌っていきたいです。

 さらに、使う息は最小限にしつつ、その声を身体全体でどう響かせていくかが、次の課題となってきますが…それができれば、苦労はしないよね。

 それにしても、息の強い声の合唱というのは、やはり美しくなく「それでは合唱ではなく雑唱です」とS先生はジョークでおっしゃってましたが、雑唱とは言い得て妙な言葉ですね。私の中ではヒットしました(笑)。

 ドイツ語は日本語と違って、アクセントが強弱で表されます。ですから、自然とアクセントがある部分は強拍に、無い部分は弱拍に来るわけです(これは知ってました)が、さらにS先生がおっしゃるには、弱拍にはあいまい母音が来るそうです。ほー、言われてみれば、しごく納得、当たり前っちゃあ、そのとおりだけど、そんな事を意識したことがなかったので、ほーっと言った感じです。ならば、弱拍にある、あいまい母音をムリムリにはっきりと歌う必要もないんだな。

 マルカートの歌い方。カラヤンは「奈良の東大寺の鐘の音のように歌え」と言ったそうです。ゴオォォォーンって感じだね。なるほど、レガートでもなく、スタッカートでもなく、マルカートって、ああいう感じなんだね。よーく分かりました。

 私に限らず、テノールという種族は(ノドに力が入りすぎるため)音がぶら下がりがちになるようです。なので、S先生は、高い音のところに来ると、テノールの方を見ながら「音は上から取る!」とおっしゃってアクションをしますが、あれって、音を上から取るってのは、身体の動作としては、うなじを伸ばして歌うことなのかしら?って思いました。間違っているかもしれないけれど、なんかそんな気がします。少し研究してみようっと。

 さて、合唱をやっていると、どうにもこうにも音程の不安定な時があるわけで、今回のS先生はテノールの音程のアバウトさに我慢がならなかったようで、合唱練習中に、ついに“戦犯探し”を始めました。

 戦犯探し…簡単に言うと、一人一人歌わせてみて、誰がヘマな事をしているのか、明らかにする作業です。今回は、566小節の4拍目の Alle Menschen の Al- の音(Dです)が気に入らなかったらしく、そこを一人ずつ、ピアノをポーンと鳴らした後に歌わせてくださいました。

 いやあ、皆さん、ドッキドッキだったみたいです。いやあ、実に色々な音程のDが鳴ってました。寄せ集めのアマチュア合唱団ですからね。そんなモンでしょう。私ですか? 実は私はリラックスしすぎていて、自分の番に気がつかず「君の番だよ、君、君」と言われてしまいました(笑)。

 私は「響きが足りない!」と言われて、やり直しさせられました。合唱では、30~50%程度のハーフヴォイスで歌っている私です。普通に歌っても、響きが足りない人なのに、これだけ小音量で歌えば、やはり響きは足りなくなりますね。むしろ、小音量で歌うのだから、響きを強めにしてというか、響きだけで歌うつもりで、臨んだ方がいいんじゃないかと反省しました。いやあ、今回の第九は、学ぶことが多いです。

 さて、最後は男声合唱です。第九には男声合唱のパートがあるので、時折、女声は早めにあがって、男声だけで練習する日がありますが、今回はその日でした。

 今回は最初だったので、まずはパート分けから。男声合唱は三部合唱で、本来はテノールを二つに分けて、トップテナーとセコンドテナーに分ければ、それで済むわけですが、元々少ないテノールを二つに分けてしまっては、ダメダメになってしまうので、テノールの低めの人とバスの高めの人を集めて、それでセコンドテナーにします。

 本人の希望優先でパート分けをしたのですが、バスの人はバランスよくバスに残る人と、セコンドテナーに移動する人とに分かれました。テノールは…意外なことにセコンドへ行きたがる人が結構いました。特にベテランさんで歌える人は、セコンド希望なんですね。トップ希望者は、実はさきほど戦犯探しの時に、色々な音程で歌っていた人ばかり(つまり新人さん中心ってわけ)、いいのか、それで、本当に(笑)。

 テノールって『高音命!』と言うか、『高音上等!』と言うか、多少外れてても高い声にチャレンジしたいというギャンブラーさんたちが多いと言うか、まあ、そういう種族なんですが、だからこそ「トップとセコンド、どっちに行く?」って聞かれると、テノール気質な人間は、周りを見ずに「トップ(はぁと)」って選択をするんだよなあ。

 おそらくキャリア積んだベテランになると、もう高い音も十分歌ってきたし、しんどい思いをする(高い音を出すのは、確かにしんどいです)のも、もう結構ってわけで、セコンドに行っちゃうのだろうと思います。

 私ですか? 私は別にベテランというわけではないし“セコンド”という言葉の響きがなんとなく(笑)イヤなので、トップテナーを希望しました。

 トップだと、一番高いところが、五線の上のソなんですが、これって、今まで散々苦労してきた音なんですが“今年はハーフヴォイスで歌う”と決めてやっていると、これが案外、ラクにいけるんですよ。高いところは、フルヴォイスでは、まだまだ博打っぽいところがある私ですが、ハーフヴォイスなら安全圏内だという事が分かりました。第九のテナーの最高音は、五線の上のラなんですが、ハーフヴォイスなら、この音も何とかなるかもしれない…そんな気がしてきました。音量・音質重視の独唱ではなく、音程・バランス重視の合唱では、ハーフヴォイスはなかなかの武器になるんじゃないかと思いました。

 次回の練習は、よんどころない理由でサボっちゃいます(笑)。あんまり、進まないで欲しいなあ…

2009年9月24日 (木)

上手は伝染する(下手も伝染するけど)

 シルバーウィークの最中、錦織健さん(知り合いでも何でもないのですが、やっぱり日本人アーチストを呼び捨てにするのは抵抗があります:笑)のテノール・リサイタルに行ってきました。

 ご本人自ら「バロックからロックまで」とおっしゃっていましたが、まさにそのとおりの、とても幅広くて楽しいリサイタルでした。ヘンデルから始まり、日本歌曲、イタリアオペラ、ちょっとポップスっぽい曲まで、たっぷりの二時間でした。トークの最中に話題に出た(今回の演奏リストに入っていなかった)曲を急遽、ピアニストさんが楽屋まで楽譜を取りに戻って、わざわざ歌ってくれたりと、なかなかのサービス精神も発揮してくれてました。プロって、大変だなあ…。

 二時間、本当に歌ってトークして、大車輪のリサイタルでした。それを見ていて思った事は、すごく楽な発声をしている人だなあと言うこと。しゃべり方もそうだし、歌い方もそうですが、実にラクラクとこなしていること。無駄な力は一切入らず、なおかつ十分なだけの音量の声で歌える。しゃべる声も実に柔らかい脱力気味の聞いていて心地よい声でしゃべる。できるようで、なかなかできません。あれって才能と努力の賜物なんだろうなあ。

 サービス精神と言えば、ドニゼッティやロッシーニのアリアはピアニストさん抜きの、ギター弾き語りで、客中に入ってきて、歌ってくれました。客席をグルグル回遊しながら歌うオペラ歌手って、始めて見ました。芸達者だなあ…。

 そうそう、「うわー、すげえー」と思ったのはアンコールの「オー・ソレ・ミオ」を、実にラクラクと歌ったこと。もう2時間のステージを勤めたあとなのに、本当にラクラクと歌ってました。どれくらいラクラクかと言うと、ステップを踏みながら(つまり踊りながら)歌ってくれたのですね。最後の高音を伸ばすところなんて、クルクルクルクルと、まるでバレエダンサーのように回転しながら歌ってたよ。なんなんでしょ…。

 つまり、すべては声のエンジンの基本性能の違いなんだろうなあ…と思いました。車で言うなら、アクセルなんかほとんど踏み込まず、ギアもトップに入れずに、それなのに高速道路をビュンビュンかっ飛ばしているような感じなんです。腹八分目ならぬ、声八分目…いや六分目くらいかもしれない。そんな余裕しゃくしゃくな歌い方なんですよ。実際に余裕しゃくしゃくなんだろうけれど。

 たぶん、2時間のリサイタルなんて、ちょっと休憩入れれば、すぐにまた繰り返せるくらいの疲労度なんだろうと思う。すごいスタミナと高度な発声テクニックの両方があって可能な事ですね。

 そうやって「オー・ソレ・ミオ」をラクラクに歌ったあとに、クイーンの「ウィー・アー・ザ・チャンピン」をこれまたラクラクと歌ってくれたこと。それも、フレディよりもお上手に(笑)。ロック歌手よりもロックの上手なオペラ歌手って何?って感じでした。

 すごく感動したので、家に帰って、自宅練習の時に、リサイタルで歌ってくれた「オ・ソ・ミオ」やヘンデルの「私を泣かせてください」をついつい歌っちゃいました。

 そうしたら、驚きましたよ。

 今まで歌えなかった「オ・ソレ・ミオ」の最後の高音の部分が、ラクラクと歌えちゃいました。「私を泣かせてください」だって、何の苦労もなく、サラっと歌えちゃいました。ええ~、そんな事、ありえなーい! って感じです。

 つまり“上手が伝染りました”。そういう事です。よくレッスンの時に、先生の前だとできるけれど、家に帰ると、できなくなるってあるけれど、あれと原理は一緒。上手が伝染したのです。特に声楽の場合は(少なくとも私は)、演奏を聞いているだけで、その歌手と同じ身体の動きを無意識にしてしまうので、良い声の歌手の演奏を聞いていると、その身体の使い方を無意識に真似してしまうので、その直後だと、同じような身体の使い方ができてしまうのでしょうね。

 なんか、錦織健さんの声を貸してもらったような感じで、とても気分よく歌えました。うわー、気持ちいー。

 もっとも、そんな状態は長くは続かず、一晩寝たら、きれいに忘れちゃいました。ダメじゃん、でも、たった一晩でも、上手が伝染ってくれて、とても良い経験ができました。

 しかし、今回の事で、さらに強く感じた事は、上手が伝染るのはうれしいけれど、下手が伝染るのは困るなあと言うこと。実際に、下手な人の歌を聞いた直後って、自分も歌が下手になっている事が結構あります。間違った身体の使い方を、ついついトレースしちゃうんだろうなあ…。ホント、気をつけないと。

 コンサートによく行く私ですが、たとえプロ奏者であっても、下手な人っていますからねえ…、気をつけて、そのあたりを吟味し、もしもイマイチの方のコンサートの場合は、きちんと覚悟を決めて行かないと、自分に跳ね返ってくるわけで…、おー怖!

 蛇足。錦織さんが「スタン・バイ・ミー」を歌う時に、まず最初に観客に拍手を求めました。観客はそれに合わせて、拍手をしました。ところが、伴奏のピアノが入った途端に多くの人が拍手を止めました。錦織さんは「もっと拍手を続けて!」って感じで拍手を求めていきましたが、ほんの少しのお客さんしか、拍手の輪に戻れませんでした。

 私はもちろん拍手しました。なぜ、他のお客さんたちは拍手をしないのだろう…と周りを見回したら、周りのお客さんたちは拍手をしたいのだけれど、うまくできないらしく、なんか手間取っていたり、明らかに違うタイミングで拍手をしたり、人によっては、「あ、しまった!」という感じで、すぐ止めてやり直すけれど、やっぱりダメだったりと苦労している様子がアリアリ…。んん、そんなに難しい事やっているのかな?と思っていたけれど、しばらくして分かりました。この拍手、裏拍なんだよ。リズムの裏で拍手しているので、多くのお客さんたちが、拍手したいのに、裏のリズムが取れなくて、アタフタしているんですよ。

 最初のピアノが無い時は、裏も表もないわけだから、みんなで一緒に楽しく拍手ができたけれど、ピアノが入った途端に、裏になって、そこで大半の人が落っこちたわけだし、できる人も、周りが落ちたものだから、止めたわけだ。で、錦織さんが拍手を求めるから、みんなして拍手を始めたけれど、裏拍のリズムを無意識にキープできる人が少なくて、ああいう結果になったわけで…まだまだ日本人には裏拍は難しいってことだね。そして、たかが裏拍だけれど、そういうリズムの感覚が身に付いてないと、拍手すらできないんだね。

 最後は、どうでもいい話でした。

2009年9月23日 (水)

私の大好きなカバーアルバム ビートルズ編

 ラブ! ビートルズ! オール・ユー・必要だろ?・ラブ! ってな感じってくらい、ビートルズが好き好きオヤジな私です。そこで特番の最終日である今日は、大好きなビートルズのカバーアルバムたちを紹介します。本当はこの何倍も持ってます(汗)。

 まず最初はリボルバーの「愛なき世界」です。これは何がすごいかって言うと(後に「アンソロジー」で発表されたものもあるけれど)、このアルバムの発売当時、ビートルズが作曲はしたものの、ビートルズが演奏したバージョンは発表されていなく、録音はしたもののお蔵になっていたものや、他のミュージシャンたちが録音発表したものしかなかった曲を、ビートルズそっくりの演奏で録音してみましたって奴。おもしろそうでしょ。

 リボルバーというバンドは覆面バンドで、どこの国の誰なのかも分からないのだけれど、そのサウンドは確かにビートルズぽいので、彼らが演奏した、数々の曲は、きっとビートルズ自身が演奏したなら、こうなったに違いないという感じに仕上がっています。と言うよりも、後にアンソロジー・バージョンが発表された曲などは、本家のビートルズと比べても、本家よりも、よっぽどビートルズぽく演奏していて、笑っちゃうくらいです。

 長らく廃盤になっていた様子(おそらく、アンソロジー発売の影響でしょうね…)ですが、最近、復刻したようなので、入手するなら、今のうちかもしれませんよ。ビートルズ、それも初期のビートルズがお好きな方には強くお薦めしたい一品です。

 さて、お次は、ぐっとクラシカルに…ってわけで、フランソワ・グロリューを紹介しましょう。グロリューの「ビートルズ・メロディ」はビートルズもクラシックもという方にお薦めです。特にピアノ音楽大好きな方にはお薦めします。

 このアルバムは何かと言うと、ビートルズの名曲の数々をピアノ一台でクラシカルに演奏してみましたってアルバムです。それも、有名な作曲家たちの雰囲気を出しながらです。

 具体例をあげましょう。ショパン風の「イエスタデイ」とか、モーツァルト風の「オブラディ・オブラダ」とか、バッハ風の「ヘイ・ジュード」に、ラヴェル風の「ミッシェル」とか、ガーシュイン風の「彼氏になりたい」とか…ね。触手、動くでしょ。こんな感じの曲が、たっぷり入ってます。美味しそうでしょ? 実際に、美味しそうな演奏ばかりです。

 私のイチオシは…やっぱり、モーツァルト風の「オブラディ・オブラダ」かな? これはとてもよく出来ていて、本当にモーツァルトがこんな曲を書いたんじゃないかなって思えるくらい、ピッタリハマってます。

 ただし、あくまでもサロン音楽と言うか、BGMだよな…。真剣に聞いていると、ニセモノ感満載で、ま、所詮、ジョーク音楽なんだよね。

 お次は普通のカバーアルバムです。「アイ・アム・サム」という映画はご存じでしょうか? 私は映画館まで見に行きましたが、実は中身はあんまり覚えていません。ショーン・ペンが主演で、知恵遅れの男性が娘を一生懸命育てていて、そこに裁判がからんできて…という程度にしか覚えていませんか、そこで使われていた音楽には強い感銘を受けました。映画全編にビートルズの音楽が流れていたのです。それも極上のカバーで!

 私は映画を見たあとで、パンフレットを買うとか、サントラを買うとは、ほとんどしません。歩いて10分もすれば、シネプレがある環境なので、映画なんて、いつでも封切り直後に見れるので、実はよく見てます。なので、映画を見て、そのグッズを買うなんて、そんな事をイチイチしていたら、いくらお金があっても足りないでしょ。だから買わない。

 でも、この映画に関しては、買いましたよ。映画の内容は忘れたけれど、サントラは買いました。良いです。真正面からビートルズをカバーしたアルバムは今まで何枚もありましたが、これはその中でも、極上の一品です。渋めのかっこいい演奏がたくさん入ってます。

 私がビートルズでカバーアルバムの話をするなら、やっぱり、このアルバム取り上げないわけにはいかないかな? それは「ビートルズ・イン・ボッサ」。そう、タイトルどおり、ビートルズをボサノヴァでカバーしてみましたっていう企画もののアルバム。

 これがなかなか良いんですよ。まあ、考えてみれば、ロックもボサノヴァもフラットなエイトビートを基本にしてますから、リズム的な親和性って、実は高いのかもしれません。リズムさえどーにかなれば、後は仕上げを御覧じろって感じなのかもしれません。結構いいです。オシャレでガーリーな喫茶店で流れていても、雰囲気を全然壊しません。それくらいにフェミニンな演奏になってます。

 フルートも隠し味的に使われていたりして、なかなか良いですよ(笑)。ビートルズとフルートなんて、絶対ありえない組み合わせなのにね。

 最後は私が一番にお薦めしたい、カバーの中のカバーはこれ! キングズ・シンガーズの「ビートルズ・コレクション」です。

 キングズ・シンガーズってのは、無伴奏アカペラで歌うコーラスグループです、って言うよりも小規模な男性合唱団です。とにかく、凄腕の合唱団です。普段は、古楽関係の合唱曲を活動のメインに置いている人たちなので、半端なく合唱が上手なのですが、そういう人たちが真剣にビートルズをカバーしちゃったら、とんでもないことになっちまいました。そんな感じです。

 私はハモネプという番組が好きで、よく見るのですが、あそこに出てくる若者たちに言いたいです。ポピュラーソングを無伴奏合唱で歌いたいなら、このアルバムの中に答えはある、とね。みんな、キングズ・シンガーズの爪の垢でも煎じて飲みたまえ!

 人の声って、どんな楽器よりも美しいなあ…と溜め息が出るような演奏をしてます。題材はビートルズ音楽なのに…ね(笑)。

 さあ、これでシルバーウィークも終わりなので、特番も終わりです。明日からは、通常運転に戻りますので、また、よろしくね。

2009年9月22日 (火)

私の大好きなカバーアルバム ちょっとウケ狙いかも編

 今日、ご紹介するのは、曲のジャンルを変えてカバーするという、ある意味、反則っぽいカバーアルバムをご紹介します。

 まずはこのアルバムです。平野孝幸さんの「ピアノで聴きたい女子十二楽坊」です。

 近所の電気屋(笑)で見たインストア・ライブ以来、実は私、女子十二楽坊のファンです。やっぱり、生の演奏を本当に至近距離で見て、あの美女たちが一列に並んでくれて、端から順番に握手してもらって、サインまでしてもらったら、そりゃあファンになるしかないでしょう(笑)。しかし、インストア・ライブとはよく言ったね。昔なら「店頭で営業」とか言ってたと思うけど…実際、お店の入り口のちょっと広くなったところに、とっても小さな舞台を作って演奏だし…、どうしても場末感満載だけど、言葉が変わるだけで、なんかオシャレっぽくなるものです。いやあ、言霊の力って、すごいね。しかし、中国からやってきて、わざわざ湘南でインストアライブやるってのも、商売とは言え、切ないね。

 さて、そんな女子十二楽坊の代表曲たちをピアノ一台で演奏しちゃったのが、このアルバムです。なんか、すごくマトモでオーソドックスなピアノ曲に仕上がっております。もちろん、原曲のイメージをそんなに大きく損なっているわけでもなく、正統的なアレンジが施されております。

 女子十二楽坊と言うと、あの二胡を中心として中国ぽい楽器編成ばかりが注目されますが、こうやってピアノで演奏してみると、曲そのものがとても良かったのだなあと分かります。曲が良くて、演奏力があって、美貌もよく、なおかつオリジナリティがあって…ここまで色々と揃えないと世界では売れないんですよね…。ショービズの世界って大変だなあ。

 お次はこれです。セニョール・ココナッツの「プレイズ YMO」。これはあの、テクノの神様であるYMO(言わずと知れた“イエロー・マジック・オーケストラ”だよ)の楽曲をなんとラテン音楽にアレンジしちゃったというものです。テクノとラテン。ある意味、間逆な音楽ですが、ある意味、間逆すぎて、地球の裏側で出会ってしまいました~みたいな不思議なノリです。意外とイケてます。ブラジル生まれのYMOって感じになっちゃいました。すっごく暑い音楽になってます(汗タラタラ~)。

 ちなみに、ご本家というか、本物のあの御三方もセッションに加わってます。って事は、ご本家のお墨付きカバーってわけですね。大好きです。

 本日の最後は、脱力系のカバーアルバムをご紹介します。一応、候補は二枚ありましたが、色々悩んで、こっちをご紹介します。それは「ウクレレ・ウルトラマン」。

 今から5年ほど前でしょうか? ウクレレ・ブームというのがあったじゃないです。高木ブーが、ヘタれたお笑いタレントではなく、かっこいいミュージシャンとして、私たちの前に現れたあのブームですよ。あの流れの中で、色々な音楽がウクレレ・ミュージックとしてカバーされました。ブームの最初の頃のカバーこそ、かっこよいカバーが多かったのですが、ブームも終わりの方になると、段々受け狙いに走るようになって、こんなネタ音楽のようなアルバムが出ました。

 ウルトラシリーズの、あのかっこいい主題歌や挿入歌が、脱力系のウクレレ音楽になってます。ヘタレと言うよりも、ヘナヘナって言うべきなんだろうな。受け狙いなのは分かっているけれど、私は、こういうのが意外と大好きで、ついついマジメに聞いてしまいます。で、マジメに聞いてみると、結構、いいんだなあ、これ。いや、ホントよ。

 もっとも、私は湘南の人間なんで、こういうウクレレ音楽に対する免疫というのがあるのですが、免疫のない人が聞いたら、やっぱり失笑ものだと思う。ま、ミュージシャンたちは、分かってやっているのだろうけれどね。

 残念なのは、すでに入手がちょいと困難になってしまっている事。流行りものって、ブームが終わると、こういう扱いを受けるんですよねえ…。ああ、残念。

2009年9月21日 (月)

私の大好きなカバーアルバム マジでカバーしてみました編

 世に言う“シルバー・ウィーク”と言うのがやってきました。『銀色週間』? それとも『年配者週間』? ま、理由はよく分からないけれど、ひとまず連休っす。皆さんは、海へ、山へ、お出かけでしょう? 私は…どこへ行こうかな?

 ひとまず、連休はいつものとおり、特番ってわけで、今回は「私の大好きなカバーアルバム」って事で、ご紹介していきます。

 でも、去年もシルバー・ウィークってあったっけ?

 さて、一枚目。カーペンターズの「緑の地平線(Horizon)」です。このアルバムは、本来的にはカバーアルバムというわけではないのですが、今、私が発表会に向けて頑張って練習している「デスペラード」の最高のカバーが入っているアルバムです。カーペンターズって、彼ら自身のオリジナルもいいのですが、カバーが秀逸なんですよ。彼らのカバー曲って、ラクラクとオリジナルを越えちゃうんです。そういう意味では、本当にすごいミュージシャンだと思います。

 我が「デスペラード」も本家のイーグルスよりも、カーペンターズ・バージョンの方がいいかもしれません。いや、これはホントの話です。私もカレンの歌声とリチャードのアレンジはだいぶ参考にさせてもらってます。

 ちなみに「デスペラード」の邦題ですが、オリジナルのイーグルスでは「ならず者」というタイトルがついてます。歌詞の内容からすれば、これで正解ですが、カレンが歌うのに「ならず者」というタイトルはナシだったのでしょうね。カーペンターズ・バージョンの方の邦題は「愛は虹の色」です。んんん???なタイトルです。70年代の洋楽って、よくこういう、恥ずかしいタイトルが付いたモノです(涙)。

 ちなみ、この「緑の地平線」というアルバム。名盤だと思いますが、今回も限定生産のようです。もうカーペンターズと言えども、お店に並んでいるのはベスト盤だけで、この手のオリジナルアルバムは、限定生産でしか入手できないとは…悲しいです。カーペンターズって、アルバムの中に捨て曲がないので、本当はベスト盤ではなく、オリジナルアルバムで聞いた方が良いグループなんですよ。

 …あ、このアルバムには、ほかにも「プリーズ・ミスター・ポストマン」「ソリテアー」「アイ・キャン・ドリーム」と言った秀逸なカバー曲も収録されています。「プリーズ~」はマーヴェレッツがオリジナルですが、一般的にはビートルズの楽曲として知られています。「ソリテアー」はニール・セダカの、「アイ・キャン・ドリーム」はアンドリュー・シスターズ(ジャズ畑っすね)のカバーです。

 さて、二枚目。レ・フレールの「アニメ・ド・キャトルマン」です。レ・フレールについては、私が下手なことを書くと、詳しい方々に色々と突っ込まれそうなので、そこは軽くスルーします(笑)。私は、ジャズとかピアノとかの方面が不案内で、ましてや『キャトルマン・スタイル』ってのは全然知りませんでした。でも、自分がよく知っている曲を演奏してもらうと、一目瞭然と言いますが、すごくよく分かりました。しかし、アニソンもかっこ良くジャズになるんですね。と言うか、アニソンという偏見無しで聞いてもおもしろいと思いますよ。

 アニメオタクと、ジャズファンをつなぐアルバム、なんて言うと陳腐な物言いですが、耳慣れた音楽を自分のスタイルに引き寄せて、なおかつ、観客を納得させる演奏って、できそうでできるもんじゃないです。レ・フレール、侮りがたし、です。

 さて、三枚目。このアーチストなり、アルバムをご存じの方はどれくらいいるのでしょうか? A☆TEEN(エー・ティーン)の「アバ・ジェネレーション」です。A☆TEENって、はっきり書いちゃうと、イギリスのアイドル・コーラス・グループです。ま、日本で言うところの、モーニング娘。か、パヒュームか、ってところでしょうね。なので、知らなくても、当然ってところかな。

 そんなA☆TEENが、アルバム一枚使い切ってカバーしたのが、ヨーロッパを代表するアーチスト、アバ。アバを今の時代に持ってきたら、こんなになりましたって感じの仕上がりです。なかなか良いですよってか、このA☆TEEN版を聞いたあとに、本家のアバのバージョンを聞くと、どことなく、イモっぽくてダサい感じがするくらい、都会的な演奏してます。まあ、もともと、当時的にも、アバってダサかったから、田舎臭くてもしょーがないかーって感じですが(笑)。

 カバー・アルバムって、私、好きなんです。だって、カバーって、演奏力が命でしょう。普通に演奏したって、オリジナルに勝てるわけないもの。オリジナルにないものを付加して、乗り越えてこそのカバーだもん。だから、本家をなぞっただけの、コピーって大嫌い。コピーな演奏を聞くくらいなら、オリジナルを聞くって。

 コピーは単なるモノマネだけど、カバーは再生産だと思うよ。だから、カバーが好き。実力のあるミュージシャンしかカバーってできないと思う。頑張れ、カバー・バンド!(って、今回のミュージシャンは誰もカバー・バンドじゃなかったけれど:笑)。

2009年9月20日 (日)

世知辛い世の中になりました…[2009年9月第3週・通算37週]

体重:103.0kg[-0.6kg:-2.8kg]
体脂肪率:31.3%[-0.2%:-1.0%]
BMI:32.4[-0.3:-1.4]
体脂肪質量:32.1kg[-0.5kg:-0.8kg]
腹囲:32.1cm[-0.5cm:-0.8cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第29週目です。いい感じで体重も減っていますが、今週はシルバー・ウィークとやらです。大型連休です。すでに私は食べ放題の生活に入ってます。ああ、次週の体重をアップするのが、とても怖いわ…。

 さて、この年になると、一種の回帰現象なんでしょうね。子ども向けアニメとかをよく見ます。いいよね、今どきのアニメって。私が現役の子どもの頃と比べると、画像もストーリーも、まるで別物のような、素晴らしいクオリティで製作されています。時折、CSなどで、昔のアニメをそのまま放送しているのを、今の視点で見ると、鑑賞に耐えられない事すらあります。名作アニメと呼ばれているものですら、私には退屈で仕方ありません。それくらい、アニメの製作水準って上がってますね。

 ま、それはともかく…テレビでアニメを見れば、そのまま映画館でもアニメを見ることになります。最近のアニメ映画って、あんまりお得感がないんだよねえ…。私が子どもの頃は『東宝チャンピオンまつり』とか『東映まんがまつり』とかがあって、一度に色々なアニメや特撮が見れたものです。それが今では、お目当てのアニメ一本で上映とか、メイン+サブの二本くらいの上映で、なんか寂しい。

 アニメの主題歌のレコード(古いなあ)も昔は、一枚で、そのA面にオープニング曲が、B面にエンディング曲が入っていたものです。「マジンガーZ」なんて、挿入歌まで入っていて、1枚に三曲も入っていて、「うおおおおー」って思ったものです。

 それどころか、春秋にアニメ主題歌の編集LPが必ず発売されて、その春(秋)に始まる主な新作アニメの主題歌&エンディング曲の両方が入っていて、一枚のLPとして発売されていたじゃないですか。ああ、あれは本当によかった。お財布に優しかった。

 最近のアニメは、オープニングとエンディングが別のCDとして発売されるんですよね。なんか余計な出費でイヤ。LPも劇中のBGMで水増しして、1番組で1枚のCDでしょ。お財布にキビシイよね。

 まだグッズという言葉がなかったころは、ソフビの人形とか怪獣写真とか、子ども関係のオモチャも安かったなあ。超合金ロボの頃から高くなってきたのかもしれないけれど、今のフィギュアとかゲームと比べれば、それでも子どもの小遣いで買えたような気がします。

 なんなんだろ、やっぱり“世知辛い世の中になりました”って言うしかないかな? 子どもからお金を巻き上げるのは、商売としては仕方ないのかもしれないけれど、大人として後ろめたいような気がするのは、私だけかな?

 そう言えば、いつしか、午後7時台の子ども向けアニメが寂しくなってしまいました。私が子どもの頃は、毎日テレビでアニメか特撮をやっていました。午後8時までが子どもの時間で、8時すぎからが大人の時間だったはずなのに…。たぶん、この時間のメインターゲットだった小学生たちが、家にいないのが原因(もちろん、塾通いだよ)で、子ども向けの番組をやっても仕方がないから、やめてしまったのでしょうね。

 元塾講師の立場で話をすると、学力向上という点だけで見れば、勉強なんて、家ですれば十分でしょう。塾は…勉強オタクの子だけが通えば、それでいいんじゃないの? だいたい、子どもが塾で勉強しているなんて思うのは、親の妄想だよ。子どもたちは、塾に行っても、ほとんどの子は、心をからっぽにして、あてがわれた問題を解いているだけ。あんな勉強とも呼べないような作業に、二度と来ない子ども時代を浪費するなんて、今の日本の子どもたちはかわいそうだと思うし、そんな産業が成り立ってしまう事自体、この国は、どうにかしているのだと思う。豊かさの代償とも言えるけれど、子どもたちの時間をネタに商売するなんて、やっぱり世知辛いと思うよ。

 塾に行ったから、成績が向上するなんて、ありえないでしょ。勉強する子はどこででも勉強するし、止められても叱られても勉強するものだよ。強制されなければ勉強しない子は、強制されても勉強なんてしないよ。やっているのは、勉強しているフリだけ。あれは、いわば、親を安心させるための、健気な親孝行なのかもしれない。

 ああ、なんて、健気な子どもたちなんだろ。ああ、世知辛い世知辛い。

 なんて事を、当の小学生たちにした事があります。返事は…だって、塾に行かないと友達と遊べないもん…だって。おお、今の子たちは、学校が終わると、塾に行って、塾で友達づきあいの輪を広げているのかい? オジサンたちの時代は、近所の空き地や路地で友情を深めたものだが、今は塾の教室なのかい? ああ、それもまた悲しい現実だね。

 ああ、世知辛い。

2009年9月19日 (土)

金魚すくいの金魚をうまく飼う秘訣 エサやり編

 「金魚すくいで金魚がやってきたので、水槽を買ってきたのに、あっと言う間に死んじゃったよ」って話をよく聞きます。だいたいは、生きていても2~3日でしょうね。長くても一週間、短いとその日のうちに天国行きって感じでしょうか。

 我が家も、最初に息子君が金魚すくいをして連れてきた子は、2~3日で死にました。息子君はガッカリしてましたが、私はよくもったものだと思ったものでした。ちなみに、我が家の現在の金魚水槽は、この2~3日で全滅した金魚水槽から始まっています。

 実は金魚すくいの子をうまく飼うにはポイントがあって、そんなに簡単ではありません。まず今回は、エサやりを中心に、金魚を連れ帰った直後の注意点について述べてみたいと思います。

 意外と知られていないのですが、金魚すくいの金魚って、実は空腹なんです。あの子たちは、養殖池から出荷されて、金魚すくいの露店にやってくると、エサはほとんどもらえないそうです。つまり断食状態なんです。

 それには訳があって、金魚ってエサをやらなくても、簡単には飢え死にはしないんです。普通に飼われている子は、一週間や十日くらいはエサをやらなくても死にません。もちろん、弱ってきますが、弱ってきた子は、動作が不活発になり、金魚すくいですくわれますので、いなくなります。金魚の数がほどよく減ってきたら、また元気な子を入れればよいわけで、だから人間はエサをあげずに済むと言うか、あげない方が都合が良いのです。

 それに金魚はエサを与えると、ご存じのとおり、すぐに多量のフンをします。お祭りの金魚すくいの屋台の水槽が、フンまみれでは困るでしょう。それもあって、金魚たちは断食の絶食状態なんです。

 なので、そういう空腹な子が家に来た場合は、少なくとも丸一日は環境に馴れさせるため、そのまま絶食を続けて、環境の変化を乗り切らせ、落ち着いてきたところで、ほんの少量のエサを与えます。ほんの少量とは、金魚のクチで、一口二口です。それで十分です。断食をしていた人間が断食明けに食べるのは、ほんの少量のおかゆでしょ。それと一緒です。最初のエサは、そんなものです。

 最初はそんなものとして、では、その後の通常のエサやりとして、エサの分量はどれくらいあげるのか…。金魚を飼った事のない人は、これを間違えて金魚を死なせてしまいますので、注意してください。

 金魚は変温動物です。体温維持にエネルギーを使いません。さらに加えてあの小さな体です。エサはごくごく少量で十分です。目安としては、最初、エサは一日に一回、一回の分量は2~3分程度で食べきれる分量から始めてください。できれば、エサをやる人間を決めるといいですね。注意点は、食べさせすぎない事です。金魚はエサをやりすぎると死にますので、注意してください。

 金魚には胃袋がないそうです。ですから、彼らには満腹という感覚がないそうで、エサはあればいくらでも食べてしまいます。欲しがるから言って、エサを多量に与えると、消化不良で死にます。でも、エサが少なすぎると、いつまでも成長しません。ですから、最初のうちこそは、一日一回の2~3分で食べきれる分量のエサで良いのですが、やがては金魚を観察して、適切な分量を適切な回数に分けて与えるようにしてください。

 ちなみに、ウチは一日二回で、一回の分量はフリーズドライ系のエサを備え付けのスプーンで一杯分と、色揚げ用のえさを二つまみ。これを金魚の様子を見ながら、少しずつ与えて、最初に与えた分を食べ終わったら、次の分を追加して…の繰り返しで、だいたい30分前後の時間を使ってエサを与えています。エサの分量が多いのは、ウチの子たちが巨大だから(笑)。これでエサを減らすと、あっと言う間に水槽内のお友達たちを食べ尽くしまうからです。

 あと、エサをやった後は、かならず二時間ほどは寝かせません(って、別に電灯を消さないだけですが)。これも消化不良を避けるためです。金魚はエサを食べると、割とすぐにフンをします。なので、一通り脱糞して、落ち着いてから寝かせるようにしてます。

 あと、金魚がエサを食べ残すと、水が汚れて病気が発生するので、金魚がエサを食べ残さないようにするのもポイントですよ。

2009年9月18日 (金)

発表会の出演申し込みをしました

 フルートのレッスンに行ってきました。今回から月に1度は普段の倍の1時間レッスンが入る事になりましたが、今回はその初回です。今までは先生のご好意で、たまにロングレッスンをしていただきましたが、今月からはそのロングレッスンがレギュラーとなりました。エチュードならいいのだけれど、曲を演奏しだすと30分じゃ、短いんだよね。

 というわけで、ロングレッスンなので、普段はなかなか時間をかけられない事もやりました。最初はたっぷり時間をかけて、音出しでした。

 普通の音出し(って、どんなのでしょ?)は、とりあえずOK。それにしても、まだまだ運指に自信がない私です。頭の中で「次は…」なんて考えながらやっているようじゃ、マダマダだね。それにしても上昇していくのはともかく、下降していくと、運指がわやくちゃになるのは、いただけませんな。

 普通の時はともかく、スタッカートでの音出しになると、第三オクターブが途端に不安定になります。もう、高い方のシとかドなんて、音が出ないよ。自分なりの理由は…やっぱりスタッカートをする時に、息の方向が定まらずに、ポイントをハズしてしまうからかな…と思ってます。高い音はポイントが狭いから、ほんのちょっとズレルだけで、音が出なくなるけれど、たぶんそれなんだな。

 スタッカートもきちんと練習して、そういう部分に慣れておかないとダメだよね。

 さて、曲の練習です。私はすでに発表会モードなので、発表会の曲を練習です。ちなみに、私の前の生徒さんは、これから曲を決めるそうです。いかに私のスタートダッシュが早いか…というよりも、ゴール前の追い込みに自信がないかが、よく分かります。今から曲を決めて、ガガっと練習して、音合わせに持っていくなら、実質、一カ月で2曲仕上げることになるけれど…やはりそんなペースじゃあ、私には無理だな…。

 まずは、手強いシシリエンヌ(フォーレ)から。

 私の完成予定テンポは170(各種音源を聞いて、やっぱりそれくらいかなって考えてます)で、自宅でもなるべくその速度に慣れようと頑張って(自爆して)ますが、先生からは、もう少しゆっくりの速度で確実に仕上げていきましょうとアドバイスです。ゆっくり吹けるようになれば、自然と早い速度で吹けるようになるから…と。ひとまず140で練習です。

 ちなみに170で吹けないのは当然ですが、やはり140でも吹けません。難しいのね。

 自宅の練習では、まずは楽譜どおりに指を動かしましょう、というつもりでやっているので、スラーを無視し、全部タンギングしながら練習していたのですが、それはNGということになりました。たとえ最初の譜読みの段階でも、きちんとスラーをかけ、タンギングの有無とブレスの位置はきちんと守っていきましょう、となりました。

 実際にレッスンでは、これらを守ろうとしてみましたが…やってみると、難しいです。難しいです、というよりも、スラー無しタンギングありが、すっかり癖になってました。ううむ、練習でついた癖って恐ろしいなあ。さっそく、軌道修正で、スラーを意識し、タンギングの有無をしっかり把握し、ブレスの位置を守ることにしました。

 まだまだ、指が怪しいです。特に後半(楽譜の右半分)は、グダグダです。表情付けは後回しでもいいけれど、とにかく指はきちんとできていないとダメなので、今は指を確実にするように言われました。

 で、指は合っていても…音がオクターブ違っている(汗)箇所、発見! 二度目の転調後6小節目のところですが、ここをうっかりオクターブ高く演奏してました。どうも、私はまだフルートの音を覚えきっていないため、時折、低音域と中音域を間違えます(高音域はさすがに運指が違うので間違えない)が、今回のミスはそれです。ああ、音感がないって、残念だね。

 シシリエンヌを練習しながら、ちょっと愚痴ったところ(楽譜を見た時は、白っぽくって、簡単そうに見えたけれど、やってみたら、案外難しかったです、という内容の愚痴です)、どうやら先生は当初、「歌の翼による幻想曲」を私の発表会用の曲として考えていたらしいことが判明。「歌の翼による幻想曲」って、聞いたことがあるけれど、あれって、すごく派手で難しそうな曲じゃん。あんな譜面の真っ黒な曲なんて吹けるはずないでしょ…と言ったところ、あの曲は派手な割には、案外お手軽なんだそうです。へえー、そうなんだ。そのうち、チャレンジしましょう。

 シシリエンヌはひととおりのダメ出しを受けたので、次はデスペラードです。

 とりあえず、前回の楽譜に若干の修正を加えた、決定版の楽譜を先生に渡しました。修正個所は、おもにヴォーカル部分。今までの譜は、オリジナルの譜をそのまま載せていたのですが、どうやらバンドの人たちはしっかり楽譜を読んで、それに合わせて演奏してくれそうなので、ならばと言うので、私の歌い方のアウトラインを決め、なるべく私が実際に歌う、音程やリズムに修正した譜面に直して仕上げました。もちろん、これからまだまだ歌い込んで行くので、変わっていく部分はありますが、でも、まあ、だいだいこんな感じで歌いますよってところかな? 少なくとも楽譜を見たバンドの皆さんが「楽譜と全然違うじゃん」とは言わない程度に、自分の歌うフレーズに直しました。ま、こんなものです。

 まずはテンポを決めましょうと言われたので、60にしました。実は自宅の練習では、最初は70で、それから62でやっていたのですが、やっぱりまだ速い気がします。本音で言うと、56くらいまで落とした方が気分が出るかもしれないけれど、そんなにゆっくりしたペースを私自身が保てないと思うので、今回は60にしました。これでも、きっと、本番では、走り気味になってしまうのだろうなし…。

 2~3度くり返したところで、先生から、間奏部の音域をオクターブ下げた方がいいと提案がありました。実はこの部分、私が最初に書いたフレーズは、いわゆるオクターブ下バージョンだったんですよ。自分で練習しているうちに、このままでは地味すぎると思ったのと、やっぱりフルートの音域を広く使った方がいいだろうと思って、オクターブ上げにしたのですが、曲想から言うと、元のオクターブ下が良いという意見なので、そうすることにしました。

 オクターブ上げて演奏すると、フルートがピーヒャラしてしまい、かっこ悪くなるのが、先生のお気に召さないようです。曲も曲なので、渋く、シックに演奏しましょうって事で、低~中音域のメロディーラインにしました。それに、アゲハさんは、高音域よりも低音域の方がいい音がするみたいですし…。でも、私自身は高音域を吹く方が派手だし、楽なのですが…これも修行なので、苦手な低~中音域にトライしてみます。

 それと私が書いたフレーズは装飾音符が少なすぎ(というよりも皆無)で、物足りないようなので、次回のレッスンの時には、このフレーズに装飾音符を満載するレッスンにしましょうって言われました。へへへ、装飾音部が付くと、フレーズが派手になりますが、指が大変になります。イケるのか、私は。大丈夫なのか、私は。

 さて、やっとこさ、決定版の楽譜ができたので、発表会の申し込みができました(申し込みと同時に楽譜提出なんです)。これで出演決定です。あと、二カ月です。まだ、マトモに吹けません。あと二カ月でどうにかなる自信もありません、げへへ、いいのか、こんなんで? 一応、発表会と言えども、一応、アマチュアのお遊びと言えども(ランチショーなので)入場料を取るコンサートだぞ。お金を出して見に来てくださった方々に、その金額分の満足を与えられる演奏ができるでしょうか…。いやあ、ミョーなプレッシャー感じます。自分が客だったら、ヘマな演奏をする奴の事など、許さへんからなあ~。

 気合を入れて、練習を重ねるしか、方法がなさそうです。

2009年9月17日 (木)

私がアルトリコーダーをキライな理由

 私はアルトリコーダーがキライです。大嫌いです。トラウマあります。

 何がキライかと言うと…その音色…はどうでもいいですってか、どっちかと言うと好みなんです。でも、アルトリコーダーは嫌いです。

 私がキライなのは、アルトリコーダーの“運指”です。すっごくキライです。大嫌いです。

 私は子どもの頃、ソプラノリコーダーが大好きでした。何しろ、中学校の修学旅行にも持っていき、京都奈良の町中を、リコーダー吹きながら行進していたほどの、笛馬鹿ですから。そりゃあもう、大好きでした。

 でも、アルトリコーダーは大嫌い!

 何がキライと言っても、穴を全部塞ぐと、ソプラノならC管だからドが出ますよね。アルトはF管だからファが出るのは、まあ当然。それはまあ、良いでしょう。

 でもね、そのファの音を、楽譜上では実音(と言っても、オクターブ下ですが)で記載されちゃうのよ。つまり、全部の穴を塞ぐと、五線の下線を三本も引いた、その線上の音にされてしまいます。つまりファだね

 つまりソプラノとアルト、同じ運指なのに、楽譜の記載上の音が違うのサ。そこが気に入りません。出てくる音が違うんだから、楽譜の記載上の音が違っても仕方ないだろ?って、そーゆーところが、許せないって!

 アルトリコーダーに始めて触って曲吹いた時に「それ、違う。ドはそこじゃない。それはファ! ドは…ほら、運指表で確認して!」 ついさっきまでドだった運指はファになり、今度はソをドと呼べだと…? 私は音楽エリートじゃない。私にとって、音楽とはソプラノリコーダーとほぼ同義だったのに、それを軽く、ちゃぶ台返し…。いったい、なんなのサ!

 たしかに管長が違うのだから、同じ運指でも出てくる音は違うよ。そうさ、違うさ。いや、違ってもいいサ。でもネ、ソプラノリコーダーとアルトリコーダー。同族楽器なんだし、同じ運指の時は、同じ音程で表記して欲しいのよ、具体的に言えば、全部の穴を塞いだら、とりあえず「低いド」と記載して欲しいのよ。

 わがままですか? 無茶苦茶ですか? はい、そんな事はよく分かってます。

 でも、私は頭が悪いんです。頑固なんです。融通きかないのです。だから、アルトリコーダーの全部の穴を塞いだ音をファと記載されると、頭の中に、無数の?が浮かんでくるので、演奏できなくなります。それはまるで、生まれてからずっと母親だと信じていた人が、実は父親の男友だちのオカマさんだった事を知らされたようなモノよ(え、かなり違う…って?)。えー、とにかく、天地逆転、この世の終わり、世界の滅亡だよ。だってだって、それじゃあソプラノリコーダーとアルトリコーダーの持ち替えができません。ソプラノリコーダーとアルトリコーダーの両方が楽しめないじゃない。いったい、私にどーせいと、言うんじゃい!

 だから、たとえ、出てくる音がファであってもドと記載して欲しいのです。

 どうせ、ソプラノリコーダーだって、実音よりも1オクターブ低く記載しているのだから、アルトリコーダーだって、実音よりも4度低く記載してくれたっていいじゃん。そのくらいの親切心が欲しいなあ…と思います。

 ほんのちょっとした親切じゃない。それくらいの事してくれたっていいじゃない。なのになのに…そんな不親切なアルトリコーダーは大嫌いです。二度と吹いてやるもんか!

 もういいんです、リコーダーの事なんて…。アルトリコーダーなんて、この世から無くなってしまえー!(暴言御免)

 ぜいぜい…。

 …さて、仕切り直し。ここからはフルートの話。ところで、疑問なんですが、フルートに対するアルトリコーダーの扱いってどうなんでしょうかね? どうなんでしょうかねと言うのは、楽譜の記載の仕方。もしかすると、リコーダーと同じ扱い?

 私は管楽器の世界にやって来て、ようやく一年のペーペーです。だから、間違っているかもしれないけれど、あえて自分の知識不足を自覚した上で書きます。

 私、実はアルトフルートの譜面は見たことありません。だから知りません。アルトフルートはG管ですから、すべてのトーンホールを塞ぐとソの音が出ます。当たり前です。で、このソの音は、アルトリコーダーのように、ソとして楽譜上は記載されるのでしょうか? それとも、フルートに合わせてドとして記載されているのでしょうか? でも、ドと記載されないと、フルートからの持ち替えの時に、奏者の頭が混乱しませんか?

 さらに疑問、サックスって、Es管とかB管じゃないですか。トーンホールを全部塞ぐと、ミ♭とかシ♭とかが出ますが、これらの音は、楽譜上では、やっぱりミ♭とかシ♭として記載されているのでしょうか? それともドになっているの?

 さらに疑問、クラシックや吹奏楽はきちんと移調された譜面が用意されるだろうけれど、ポップスなどの現場では、リード譜(メロディーとコードのみの簡便な楽譜)が多いだろうけれど、そんな時はどうしているのか? アレンジャーから移調された譜面が渡されるのか、それとも、みんなと共通のリード譜を見ながら、自分で頭の中でリアルタイムで移調しながら、吹きこなすのか? これはアルトフルートのみならず、サックスなどでも同様な疑問ですが…?

 なんて、アホな事を尋ねているんだと思われるでしょうが、実は私、アホでバカです。指に染み込んだ、ソプラノリコーダーの運指って、なかなか抜けないのよ、ホントにね。

 アルトフルートが全部のトーンホールを塞いだ音をドとして記載してくれるなら、ちょっとだけ、アルトフルートにも興味がわきますね。うふふ。

2009年9月16日 (水)

歌のヴィブラート、フルートのヴィブラート

 フルートにはヴィブラートというテクニックがあります。もちろん、歌にもあります。

 これらのヴィブラートは、全く同じものでしょうか…と言うと、同じ言葉ですし、その効果もよく似ていますが、また違った部分もあります。

 と言うのも、私がフルートの世界に来て、まず最初に感じたのがこの「ヴィブラート」に関する違和感です。

 多くのフルート初心者の方々が、どうやらヴィブラートに憧れているらしい事。そして、ヴィブラート習得のための練習方法があること。つまり、ヴィブラートって「努力して身につけるべきものであり、熱心に練習しないと身につかないもの」であること。これが実に意外でした。

 不思議に思って、さらに色々と調べてみると、ちょっと前までは、フルートにはヴィブラートという奏法がなく、もしヴィブラートを付けようものなら、周囲から非難ごうごうであったというほど、むしろヴィブラートは忌み嫌われる存在だったこと。そんなヴィブラートを世に認めさせたのはモイーズで、それは20世紀に入ってからの出来事であったこと。もちろん、モイーズも最初はヴィブラートを使うことで、だいぶバッシングを受けたそうですが…。

 で、このモイーズはオペラハウスの仕事が多くて、歌手たちの歌声にあこがれ、彼らの歌声のように笛を吹きたいと思い、歌手のヴィブラートをなんとかフルートで再現しようとして、努力して作り上げたものだそうです。

 一方、歌のヴィブラートって、身につけようと努力するものではなく、正しい発声を身につけると、それに伴って自然と身につくもの。だから、もしも努力するなら、ヴィブラート無しでも、正しい発声で歌えるように頑張るという方向に努力するものです。特に、バロック時代の曲や、宗教曲では、ヴィブラートのない声(または、ヴィブラートの薄い声)は重宝されます。そういう意味では、声楽の世界では、案外ヴィブラートって嫌われ者?かもしれません。

 声楽では、ヴィブラートは自然で正しい発声方法に付随して生じるものであって、それを意識的に身につけようとするのは、ちょっと違うかもしれないし、ある程度上達してくると、ヴィブラートを身につけるでなく、ヴィブラートをコントロールできるように練習すると思います。

 ちなみに、ボーイソプラノが「天使の歌声」と称されて珍重される理由の一つに、ヴィブラートのない声で歌っている事があげられます。少年は体がきちんとできあがっていないので、まだ歌声に自然とヴィブラートが付く事がないので、それゆえ反響の多い教会での歌唱に向いており、そこがもてはやされる理由の一つでしょう。

 とまあ、このように、フルートでは憧れの的であるヴィブラートも、歌ではありふれた技法であり、ジャンルによっては、無い方が望まれるってのがおもしろい。そういうふうに「無い方が望ましい」と思われている歌のヴィブラートへの憧れから、フルートのヴィブラートが始まったというのも、おもしろい。

 さらに言うと、歌のヴィブラートって、横隔膜で付けると言うか、横隔膜の運動で付いちゃうものです。ノドでもそれっぽいヴィブラートをつける事は可能でしょうが、一般的に言って、ノド由来のヴィブラートは禁じ手です。と言うのも、いわゆる“ちりめん”ヴィブラートの正体って、ノドで作ったヴィブラートなんですよね。もちろん、ジャンルによっては、演歌のように、ノド・ヴィブラートを巧みに使う歌唱法がないわけではありませんが、まあ、クラシックの世界では、ノド・ヴィブラートは少数派の話だと思っておいてください。

 そこへ行くと、逆にフルートでのヴィブラートって、ノドで作るんだよね(正しいですか?)。歌に憧れて始めたヴィブラートらしいのに、その習得ではヴィブラートの禁じ手から入ると言うもの「ああ、フルートって違うなあ」と思うところです。

 個人的には、フルートの音にヴィブラートって、必須なテクニックなのかなあ…と思ってます。ヴィブラートをつけるよりも、豊かな響をつけた方が、フルート的には美しいのではないかなあ…と思います。

 が、そういう考えって、通用しないだろうなあ。それにきっと、ヴィブラートに憧れる初心者フルートさんは納得しないだろうし。

 こんな、どうでもいいことを、今日もちょっとだけ、考えてみました。

2009年9月15日 (火)

歌いながら、溺れていた私

 声楽のレッスンに行ってきました。今回もたくさん習ってきました(ラブ!)。

 まずは呼吸。背中の使い方を点検。とにかく、例の二本の筋肉(腰骨のすぐ上あたりの背骨に沿った縦二本の太い筋肉ですね。今だに名称を知りません:汗)だけを使うように注意される。背中の上の方の余計な筋肉は使わないように心掛けるのである。使う筋肉と、使わない筋肉のメリハリを大切にって感じですね。

 あの二本の筋肉でグイグイと息を支えるのですが…他の胴体の筋肉がつりました(涙)。変な力が入ってしまったようです。ああ、難しい。

 次に姿勢。この二本の筋肉に気がいってしまい、姿勢をうんと壊してしまいました。しっかり息を支えながら、下半身はビッとしないとね。内腿をギュッと絞って、腹は裏側に、背中は下側に引っ張って立つ。二本の筋肉に集中していると、ついつい猫背になっちゃうのよ。でも、猫背はダメなんです。むしろ『声は下半身から出す』くらいの気持ちでいかないとね。

 それができたら、いよいよ発声。とにかく高音を少しずつ拡張している最中です。基本は中音域の声。この声の状態のまま、リラックスして上に登っていく。絶対に力まないで、そのまま上へ。上に登っていくにつれ、少しずつ頭の斜め後ろの方を開いていくだけ。
 声量&息量は必ず少なめにする事がポイント。しっかり声を出そうとしては、逆にいけない。とにかく音程が当たってさえいれば、弱くて小さい声の方が良い。くれぐれも、息の勢いでどうにかしようとしてはいけない。

 この「息の勢いでどうにかしよう」とするのは、私の悪い癖なので、まずはその悪い癖を取り除きましょうって事です。

 軽く、軽く、弱く、弱く。高い声の出るポイントを狙って、そこに軽く息を当てるだけの練習です。まるで、フルートの高音の練習と一緒ですね。人間の声も笛の一種なんだなあ…って思います。

 さて、歌の練習です。

 実は私“Tu lo sai”が、まともに歌えません。いやあ、ぶつ切りにすれば、部分部分はひとまずきちんと歌えるつもりですが、続けて頭から歌っていると、終盤に向かって、ドンドン歌えなくなり、最後の30秒ぐらいは、声がまともに出なくなっちゃいます。

 これは自宅で練習していても、いつもそうなので、困ってます。

 曲で使用している音が平均的に高いし、ゆっくりの曲なので、おそらくは疲れてしまって歌えなくなるのではないかと思っていました、だから、後半にいくに従い、根性入れて歌ってみたのですが、それでもやっぱり歌えない。実に悩み多い曲なんです。

 そんな私を見て、キング先生は、その原因をずばり指摘。それは…息がドンドン上がっているから歌えなくなる。その対策もズバリです…息をきちんと吐けば良い。それだけ。

 どういう事かと言うと、私、歌いながら溺れていたのですよ。それで苦しくなって、ドンドン呼吸が浅くなって歌えなくなっていた…とまあ、こんな感じです。

 歌いながら溺れる? はい、水で溺れるのではなく、空気で溺れていました。

 それは歌いだす前に「この曲は大変だー」と思うので、歌いだす前にしっかりと息を吸います。歌い始めます。で、歌っていてブレスマークをみると「この曲は大変なんだから…」と思い、またしっかりと息を吸うわけです。そうやって、ブレスマークの度毎にしっかり息を吸い続けて歌います。

 何の問題も無いみたいでしょ?

 しかし、曲そのものは、ゆっくりした曲ですし、丁寧に歌っている事もあり、息はやや余り気味になります。フレーズの終わりになっても、息が間に合っていると、うれしいですよね。そんなうれしい気分のまま、ブレスマークを見ると、しっかりと息を吸うわけです。

 そうなると、肺の中は、常に空気で一杯になるので、安心して歌える…はずなんですが、これがいけないのです。吸って吸って吸ってとやって増やした肺の中の空気は、実は、二酸化炭素ばかりの空気なんですよ。本当は、吸って吐いて、吸って吐いて…と常にガス交換(つまり本来的な意味での“呼吸”)をしなければいけないのに、息が足りなくなることを恐れるあまり、吸って吸って吸って、とやってしまうのです。

 肺の中にはたしかに空気がたっぷり入ってます。でもこの空気は、本来は吐かないといけない二酸化炭素だらけの空気なんです。それなのに、息を吐く事を惜しんだため、肺の中は、二酸化炭素だらけの空気なんです。そんな二酸化炭素だらけの空気が肺の中にたっぷり溜まっていると、段々苦しくなってきます。なにしろ酸素足りてませんから…。苦しくなるから、さらに息を吸います。でも、すでに空気でパンパンな肺の中にむりやり息を吸い込むものだから、ドンドン息が浅くなり、息が上がってきます。そして、ある時点を越えると破綻してしまい、声が出なくなります。

 それが私だったのです。だから、息を吸うのではなく、むしろ、積極的に息を吐いていかないといけないのです。

 いつもは、息を吸うことばかりに注意していた“Tu lo sai”ですが、今回は積極的に息を吐いてみました。

 息って、吸わなくても入るものなんですね。きちんと息を吐ききると、次の瞬間には無自覚に息が吸い終わっているのです。だから、この無自覚に吸った息を使って歌う。余った息は捨てる。息を捨てると、次の新鮮の空気が知らない内に吸えている。だから、その息を使って歌う。これの繰り返しなんですよ。

 いつもは破綻する箇所の直前で、しっかり息を吸い込むのではなく、逆にきちんと息を吐ききってみました。すると今までは、青色吐息で歌っていなかった箇所が、実にラクラクと歌えました。ただ、息を吐いただけなのに、ちゃんと歌えました。いやあ、不思議。

 ポイントは、きちんと息を吐ききること。できれば、肺の中が空っぽになるくらい息を吐ききる事。吐ききれば、最小限の息が体の中に入ってきます。その少ない息をしっかり支えてちょっとずつ息を使って歌っていく。残ったら息を捨てて、新しい息をほんの少しだけ吸う。それだけの話。

 そのためにしっかりと息を支える事が肝心。なにしろ、息を支えないと、あっと言う間に肺の中の空気が無くなってしまう。肺の中の空気が無くなってしまうのを恐れるから、今までたくさん息を吸っていたのだけれど、しっかり息を支えていれば、そんなに息を使う事はない。息を使わないなら、息をたくさん吸う必要はない。そういう事なんです。

 実際に、オペラ歌手が歌っている姿を見ていると、その声量の割には、呼吸は至って穏やかなものです。楽に、ほんの少しの息を吸ったら、その、ほんの少しの息をほんの少しずつ使って歌い続け、フレーズの終わり頃にちょうど息を使い切り、ブレスを楽にして、次のフレーズを歌う。実に穏やかなブレスをしています。息を吸う音がしないどころか、息をしている様子さえうかがわせない歌手もいるほど。ああいう姿を見ると、私の歌い方の息の使い方の乱雑な事…(涙)。

 とにかく、息をため込まない。吸ったら使い切る。余ったら捨てる。これをきちんとやれば、歌いながら溺れることはないのである。

 ああ、たかが呼吸なのに、ムズいよ(汗)。

2009年9月14日 (月)

アルテはお休み(はぁと)

 フルートのレッスンに行って参りました。今回は、もーーー、イヤになるくらい、アルテ11課に集中して練習してきました。もう頭から煙が上がるくらい…。ドンと来い、アルテ11課(ただし、最後の11番は除く:笑)!

 意気揚々とレッスンに臨んだところ……アルテはスルーでした。いやあ、そういうこともあるよね。

 実は発表会の申し込みの都合もあり、先生にダメ出しをしていただこうと思って、移調&アレンジ済みのデスペラードの譜面を持っていきました。譜面を持っていけば、当然、どんな感じなの?と合わせますよわな。で、まだ、歌も笛も全然完成してませんが「ザックリ、こんな感じ?」ってところで、先生と合わせてみました。2回ほど合わせたら、レッスン時間の大半が終了…。ま、きちんと音出しをして、曲を二回も合わせれば、たった30分のレッスン時間だもん、そりゃあ、タイムリミットは差し迫るってわけよ。

 残ったチョビっとの時間は「ええい、この際だー!」とばかりに、アルテではなく、シシリエンヌを1回やってみました。ま、今回はこんな感じのレッスンでした。

 デスペラードの譜面そのものは、OKでした。アレンジもオーソドックスな感じだし、フルートの間奏も長めでいい感じとおっしゃっていただけました。やっぱり、フルートの発表会だもの、フルートの聞かせ所はそれなりに作っておかないとね。

 問題は、まだ演奏そのものが固まっていない事。これからみっちり練習するのだから、仕方ないのだけれど、譜面はあっても無きが如しの世界ですが、それでも最低限のお約束ごとはあるわけで、そのためにも、私自身の演奏がその度毎に意味もなくコロコロと変わってしまってはダメなわけで、まずはきちんと歌詞を読み込むところから始めないと。

 歌詞を読み込めば、おのずと節回しも決まってくるだろうし、そうすれば、バンドの皆さんも合わせやすくなるわけだし、結局は私次第なんだな。

 特にヴォーカルでは、「歌う」ところと「語る」ところと「落とす」ところをきちんと決めないとね。「落とす」と言うのは、フレーズの一部を音にしないことね。ポップス系ではよく主語を含んだフレーズを落としますね。一種のかっこよさの表現ですし、今回もいくつかのフレーズでわざと主語を落として歌ったのですが、落とすところはきちんと決めておかないと、バンドのみなさんが、そこは落としたのか、それとも遅れているのかの判断ができないそうなので、ちゃんと決めておかないとダメですね、と注意されました。こういうコトは、合わせてみて、始めて分かることです。

 それにしても、発表会の曲の2曲のうち、1曲をポップスにしてよかった…。それも歌入りにして正解だったかも。

 と言うのは、純粋フルート曲である「シシリエンヌ」。もしかすると間に合わないかも(汗)って感じなんです。いやあ、指が転ぶ転ぶ。さすがにオジサンだ。物覚えが悪い悪い…。

 そこで今後のレッスン予定を変更して、もう次回から、私だけ発表会モードに突入することにしました。ガッデム、シシリエンヌっす。とにかく、この曲に集中だね。

 こんな状態なので、クラシック系フルート曲を2曲抱えて発表会なんて事だったら、どーなっていた事やら。冷や汗タラタラです。

 私はつくづく思いました。そりゃあ、まだまだどちらもダメなんだけれど、強いていれば、笛より歌の方がマシだし楽。まだまだ私には、笛は難しいわ…。歌も難しいけれど、それでも笛の比ではないね。だからデスペラードは、現在はダメでも、きっと発表会の頃にはどうにかなっていると思うけれど、シシリエンヌはまだ先が見えません。やべえなー、これ。まじで、やべーよ。

 さあ、今度は、頭から煙をあげて、シシリエンヌを練習だ。アルテの11課は、しばらくの間、凍結だな。

2009年9月13日 (日)

私が時折、恐れること[2009年9月第2週・通算36週]

体重:103.6kg[-0.5kg:-2.2kg]
体脂肪率:31.5%[-0.1%:-0.8%]
BMI:32.7[-0.2:-1.1]
体脂肪質量:32.6kg[-0.3kg:-0.3kg]
腹囲:102.8cm[-0.5cm:-3.4cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第28週目です。涼しくなりましたね。インフルエンザは怖いですけれど、ひとまず、普通の生活に戻る事にしました。普通に戻って、そふくしを始めた途端に、スタートダッシュ? ちょっといい感じです。でも、まだ、夏前の状況とはほど遠いので、まだまだ頑張んないとダメですね。

 さて、私は時折、ほんのたまにだけれど「もしも、病気や怪我をして障害が残ったらどうしよう」と根拠のない不安に襲われることがあります。

 人は壊れやすいモノですから、病気や怪我をするのは当たり前です。回復するものもあれば、悲しいかな、元の状態まで回復せずに制限のある状態に留まる事(これが障害という奴ですね)もあります。障害はとても不便なもので、とりわけ健常者として長年生活していた人にとっては、大きな喪失感とストレスに襲われることでしょう。

 でも、病気や怪我は避けて通れません。極端な話、明日にでも交通事故に遭い、片腕切断とか、胸部損傷で片肺を切除せざるを得ない状況にならないとも限りません。いや、それどころか、私なんかはデブですから、気をつけないと、近い将来、視力を喪失したり、腎臓や足がダメになって切除しなければいけなくなるかもしれません。笑い事じゃないです。

 もし、そうなったら…本当は生活の心配をまず第一にしなければいけないのですが、そこは切実感や現実感の薄い妄想から来る不安ですから、趣味の事を考えてしまいます。

 つまり、もしも障害者になったら、音楽の趣味なんて続けていられるのだろうか?

 馬鹿ですねえー、ほんと。馬鹿だと思う。いや、こんな発想をする事自体が、不謹慎極まりないことだと思いますよ。この世界には、多くの障害者の方々がいて、その方々が日夜、多くの不便や偏見と戦いながら、それでも立派に暮らしているのに、よりにことかいて「音楽できるかな~」なんて、どーでも良い事を真剣に心配しているバカモノなんです。

 ああ、でも今日は、そんなバカモノに腹を立てずにいてやってください。

 障害者となった時に自分は趣味をやり続けられるだろうか? そしてその趣味として音楽をやれるだろうか?

 健常者から障害者になった時に、生活は一変するだろうし、私などは心が弱っちいので、色々と取り乱すことの多い人生になってしまうと思う。だから、そういう状況になっても、趣味は続けていたい。趣味を続けてる事で、ストレスを発散して、ちょっとでも円満な人柄でありつづけたいと願います。

 さて、そうなった時に、今は大好きな音楽を、その時も続けられるだろうか、これはちょっと心配。もっとも、音楽鑑賞の方は、耳がダメにならなければ大丈夫でしょう。

 でも演奏の方はどうでしょうか? 自信ないなあ…。身体を欠損してしまった場合(指とか腕とか肺とかの一部を失う)、その欠損の事実に対応し乗り越えることでできるか。欠損は免れたけれどマヒが残ってしまった場合、リハビリを乗り越えてまで音楽をするだろうか?

 世間には、プロ奏者の話だけれど、片腕を失っても活躍しているピアニストとかドラマーがいます。声帯がマヒしてしまった声楽家もいます。盲目の歌手やピアニストもいます。障害者になってしまった事は悲しいことだけれど、障害者である事を感じさせないほど、普通に立派に活躍している音楽家の姿を見聞きできることは素晴らしいことだと思います。

 私がそんな状態になった時にどうするかは、今は予想だにできませんが、でもそういう先達がいらっしゃる事は、大きな励みになるでしょうね。生きる希望になるでしょうね。

 世の中には強い人がいます。…私はそこまで強い人間でないし、だからこそ、そうなる事を恐れているのだけれど、人は壊れ物だから、いつまでも健康で若々しいわけではないんだよね。もしも私が障害者になったなら…。時々は、この不安と対面し、不安と語り合っておく事は必要なことだろうと思います。雨の日にずぶ濡れにならないためにも。

2009年9月12日 (土)

金魚すくいの金魚って、どんな金魚

 今日は、私があっちこっちで見聞きした事を、私なりにまとめて書いてみます。

 金魚って、琉金とかランチュウとかデメキンとか和金とか色々いますし、見かけも性格もそれぞれで、全く違う種類の魚に見えますが、実はあれ全部一緒の“金魚”という魚です。その金魚に品種改良を徹底的に加えて、あれだけのバリエーションを作り出したのは、人間の技というやつです。

 金魚の元々は、ヒブナ(緋鮒)という魚なのだそうです。ヒブナ?…そう、真っ赤なフナです。いわゆる赤い和金がほぼソレです。

 金魚は品種改良で作られた魚です。だから、琉金を繁殖させようとして、琉金同士を掛け合わせて子どもを生ませると、生まれてきた子どもは、琉金と和金とその中間っぽい子の三種類が生まれてくるそうです。これが、琉金じゃなくて、デメキンでもそうで、デメキンとデメキンを掛け合わせると、デメキンと琉金と和金と、それぞれの中間的な特徴をもった子が生まれてくるそうです

 つまり、金魚は、どの金魚であれ、繁殖のたびに和金が生まれてくるそうです。ま、いわゆる、先祖返りってやつですね。統計的に言えば、回帰現象って奴です。

 なので、金魚は生まれてきたときに、大雑把に四つの等級に分けられるそうです。たとえば琉金を例にして話すと、「琉金の特徴をそなえた美しい個体(完璧な琉金:Aランク)」「琉金の特徴はあるけれど、どこか体のバランスが悪い(だいたい琉金:Bランク)」「ほぼ和金(先祖返り:Cランク)」「体のバランスがかなり悪い、または体に障害がある(Dランク)」なんだそうです。

 もちろん、ランクによって出荷先が変わります。Aランクの金魚は、品評会などへの出展も可能なので、金魚専門店に出荷され高額で買われていきます。Bランクの金魚は、普通にペットショップやホームセンターに出荷され安価で売られます。Cランクの子たちは、熱帯魚専門店に出荷され、肉食の熱帯魚たちの生き餌としてタダに近い値段で販売されます。Dランクの子は、普通は処分です。

 金魚の世界もなかなか厳しいものです。

 では、金魚すくいの金魚たちは、どのレベルかと言うと、ほとんどがCとDの子たちです。つまり、和金と体のバランスの悪い子と障害のある子たちです。それにほんの少しのBランクの子たちが、客寄せのために混ざります。

 この中で、体のバランスの悪い子は、往々にして弱い個体ですから、自宅で買い続けるのは難しいでしょうね。でも、和金の子は、だいたいが先祖返りなので、むしろ個体としては強い子です。障害のある子は、障害の種類にも寄りますが、案外元気なものです。

 と言うわけで、金魚すくいで元気な子を入手したければ、和金を狙うのが一番確実でしょう。少なくとも、和金の子たちは健康な子たちです。

 ちなみに、我が家の金魚たちは、カエデ・チヅル・キッカ・サツキは金魚専門店から購入した、いわゆるAランクの子たちです。高かったです(汗)。でもブニョは金魚すくい出身で、左の尻ヒレが矮小化している障害魚なので、Dランクの子です。で、一番大きく成長し、一番元気よくて、一番水槽でブイブイ言わせているのが、障害魚のブニョだから、金魚の人生も分からないものです。

 たぶんブニョは障害さえなければ、特Aクラスの金魚だと思います。なにしろ、目がふさがるくらい、立派な肉瘤がありますからね。あれは相当、立派な子なんです。それにブニョは、金魚すくい出身とは言え、一回400円の“高級”金魚すくいの出身なんですよ。

2009年9月11日 (金)

H足部管付きは難しい

 最近は試奏の時に、H足管付きのフルートを渡されると、結構、低いHの音に注目しながら試奏してます。気をつけて吹いている時はそうでもないですが、ちょっと他に気を散らしていると、右手の小指がワヤクチャになります。ううむ、H足管付きのフルートって、何気に難しいなあと思いました。

 だいたい、小指なんて、それほど器用でもないのに、この指にそんなにたくさんのキーを担当させないでください、ってところでしょうね。

 音域を半音下に拡張するために、操作性が若干犠牲になっているわけで、その辺はバーターなんだけれど、果たして、Hを獲得するために、Cの操作性を犠牲にする価値はあるのか? と私はちょっぴり“?”な気分でした。

 と、私が思っても、実際には、Hを要求する楽曲も若干あるわけで、そういう曲を吹くためにはH足管付きのフルートって必須なんだろうな。フルートを何本も所有できる人は、使い分けをすれば良いのだろうけれど、アマチュアがそんなに何本もフルートを所有できるはずもないので、可能ならH足管付きのフルートをチョイスすべきだろうけれど、あの難しさを思うと…?です。

 低音Cを無造作に押さえてもOKなC管フルートと違って、H足管付きフルートだと、Hローラーに触れないようにCローラーだけを押さえるのだけれど、あのローラーが小さいのね。おまけに、それを不器用な小指に担当させるんだから、小指のトレーニングをたくさんしないとダメでしょう。ううむ、ハードル高いよね。

 あと、これは人に寄ったり、楽器に寄ったりするのだろうけれど、低音Cって、H足管付きになったからと言って、必ずしも出しやすくなるわけではないと思う。

 同じモデルであっても、C管とH足管付きでは音色が違ってくると言うけれど…これについては、吹き比べた事がないので、分からないや。今度、チャンスがあったら、確かめてこようっと。

 そう言えば、フルートワールドでA足管付きのフルートを見ました。H足管付きよりも、さらに半音で二つも低い(笑)。さすがに低い方の2音は右ではなく、左小指が運指を担当してましたが…。

 吹くのはとても難しそうでしたが、音色といい、音域や運指といい、なかなか魅力的な楽器だと思いました。でも、あのフルートを欲しいかって聞かれたら…いらないや。重そうだし、メンテも大変そうだし、あまり実用的とは思えないんだよね。

 H足管付きフルートって、今までとても魅力的に感じてましたが、A足管付きフルートを見たら、急に色あせて感じました。何事もやりすぎは良くないよね。「フルートは本来的にC管。だったら、C管のままでいいや」 今はそんな気分です。…え? 元々はD管だろうって? それはたぶん、フラウト・トラヴェルソだよね。私の中では、トラヴェルソはリコーダの一種類で、フルートとは別楽器という事になってます。

2009年9月10日 (木)

下れるけれど、上がれない

 声の話です。

 いやあ、いつも不思議に思うのだけれど、声って音程を上昇していくのが難しい。下降するのは比較的簡単なんだけれど…。あ、簡単すぎて、下がりすぎてドンドン音程がぶら下がったりするのは、また別の問題だけれど。

 それにしても上昇していくのは、難しい。ちょっとずつ、ちょっとずつ、無意識にノドを締めてしまうからなんだろうなあ。あと、頭声にスムーズにつなげていくのが難しくて、下から行くと、どこかで天井にぶつかってしまうからなんだと思う。

 天井にぶつかって出なくなった音も、仕切り直して、いきなりその音から歌い始めると、まだ余裕を持って上にいけたりします。ううむ、完全にどっかを間違えているんでしょうね。

 あと、長年の癖で、音が高くなって、ノドが閉じてしまうと、それを力業で開けようする自分がいます。これはとても悪い癖で、力業で開けるのでなく、最初から閉じないように脱力して歌わないといけないのに…ね。

 フルートもそうだけれど、高音が出ないからと言って、勢いをつけて息を吹き込んでも良いことはない。息を思いっきり吹き込んだからと言って、高音が出るわけでもなく、大抵はスーピースーピーと息が出るだけだし、よしんば何とか出たとしても、ギャーって感じの聞き苦しい音。肝心なのは、音の出るポイントをきちんと見定めて、そこへ軽く息を入れてあげて、響きで鳴らす音、これが最高。でも、難しい。

 その点、降りていく方は、基本的に弛めていくわけだから、これは簡単。本当は、弛めずに降りていくのが理想なんだろうけれど、ついつい人は楽な方に流れてしまうわけで…。で、楽すぎて音程がぶら下がったりするわけよ(涙)。

 要は、歌うときは、低音でもきちんと緊張をして、高音でもきちんと脱力していければ、良いのだけれど、実際のところは、なかなか難しいのですね。

 緊張と脱力。本当に難しいです。必要なところで緊張できずに、必要なところで脱力できずに…。本当に自分の体なのに、ちゃんとコントロールできません(涙)。

 しかし、いつになったら、発声の悩みは終わるのだろうか…。

2009年9月 9日 (水)

総銀フルートはぜいたく品か! ではゴールドフルートはなんなんだ!

 あなたはゴールドフルートユーザーですか?

   いいえ × -> このまま、読み進めてください。
   はい ○  -> また明日のお越しをおまちしています。
 
 警告! ゴールドフルートユーザーの方は、ここから速やかにお引き返しください。
 
 
 我が国日本では、クラシック系のプロの奏者は、かなりの頻度でゴールドフルートを使用しています。ゴールドでなければ木管です、そしてプロのフルーティストの方の中から、総銀フルートの愛用者を探す方が大変なくらいですし、おそらく洋銀系のフルートを使っている方は、ほんの少数でしょう。

 プロだけでなく、アマチュアの方でもゴールドを持っていらっしゃる方は少なからずいらっしゃいます。ブログ界にも大勢いらっしゃいますし、我が地元のアマチュアフルーティストにもいます。オッサンオバさんばかりでなく、若い娘さんでもゴールドを持っている人がいます(音高生だと思いますが…)。

 私がアゲハを購入した頃は、本当にフルート界の事を知らなくて、とにかく「プロとハイ・アマチュアはゴールド」って思ってました。出世魚ブリじゃないですが、笛吹きと言う者は『まず最初は頭部管銀のフルート(つまり洋銀系)で入門し、しかる後に二本目のフルートとして総銀に買い換え、免許皆伝でゴールドを手にして、やっと一人前』と思ってました。

 だって、現実的に見れば、そうでしょ? だから私も二本目のフルートとして、総銀フルートを購入したわけだ(“しかる後”がたった三カ月という特殊事情はあったけれど)。

 でもね、たくさんのフルートを試奏してみて分かったことは、結局、手にするべきフルートは音の良いフルートであり、その、音の良いフルートというのは“自分好みの音のするフルート”の事なんだな。これ、真理ね。

 そして、自分好みの音っては、それこそ人によって違ったり、やっている音楽ジャンルによって違ったりするわけで、高い値段のフルートが必ずしも自分の好みの音を出すとは限らないわけです。

 そういう風に考えると、腕前の上達とともに、値段の高いフルートにシフトしていく事は、必ずしもフルートをバージョンアップしているわけではないし、フルートをやっているからには、いずれは総銀へ持ち替え、最終的にはゴールドフルートのユーザーになる…必要なんて、全くないのです。

 もちろん、楽器メーカーや楽器販売店は、ユーザーがそれぞれの腕前の上達に従って、高級モデルにドンドン持ち替えることを望んでいるだろうし、そういう人を歓迎するでしょう。でも、音楽の演奏が好きで、良い音を望んでいる奏者にとって、その行為はあまり意味がなく、場合によってはナンセンスですらある行為です。だって高級モデルにチェンジすることで、自分の好きな音から遠ざかっている事だってありうるわけですから。

 モイーズは今でも人気のあるフルーティストですし、彼の演奏を愛する人もたくさんいるでしょう。でも、あの魅力的な笛の音は、実は洋銀フルートの音なんですね。モイーズは洋銀フルートを愛用していたそうです。おそらく洋銀フルートの音が好きだったんでしょうし、彼にとっての良い音ってのは、あの洋銀フルートの音だったんです。

 そう考えると、フルート学習者が、なかなか良い音が出せないでいるのは、楽器のせいではなく、単に腕前や才能の多寡のせいなのかもしれません。

 たぶん、楽器としてのフルートは、モイーズが愛用していた事実から鑑みても、洋銀フルートで十分なんだと思う。洋銀フルートでは吹けない曲なんて、別にないでしょ。だって楽曲は楽器の材質には依存しないはずだから。

 もちろん、現代フルートの開発者であり、一流のフルーティストであったベームは、フルートの素材としてシルバーを指定しています。だからフルートは本来的には総銀であるべきでしょうし、総銀であることが理想的な姿なのでしょ。でもシルバーは貴金属なわけで、ちょっとばかり高価な素材でございます。

 プロ奏者はお財布の事などでグダグダ言わずに、理想的な姿である総銀を使えばいいのでしょうが、経済的に制限のある一般趣味人にとっては、多少でもお財布に優しい価格がうれしいわけで、そうならば洋銀でもいいわけです。だいたい、純粋に楽器としての必要十分な性能だけを考えたら、洋銀フルートで足りるしね。

 ならば「まず最初は頭部管銀のフルートで入門し、しかる後に総銀フルートに買い換え」は正解。でも、単純に音楽を演奏するアイテム、つまり、楽器としてのフルートは、そこまでで終わりではないか、と思うようになりました。

 つまり必要十分な性能を持った実用品としての洋銀フルートと、楽器開発者が指定した楽器としての理想的な姿の総銀フルートの二種類のモノがこの世に存在すれば、それでいいのです。

 だから趣味でフルートをやっている一般人、特に私のような“永遠の初心者”にとって、楽器として必要十分な性能をもった実用品である洋銀フルートでも、何ら困ることはなく、本来プロ奏者が使うべき、理想的な楽器の姿である総銀フルートは、一種のぜいたく品という位置付けになります。だからアマチュアの方々は、まずは洋銀フルートを使用し、色々な理由で、ぜいたくをしたくなったら、総銀フルートを所有すればよいのです。

 私なんか、いい年したオッサンなので、持ち物にもそれなりに気を使わないといけないので、ちょっとぜいたくな総銀フルートなんて、腕前に関わりなく、必要なアイテムだったりします。オッサンって、結構、物入りなんだよね。

 で、そして、ゴールドフルートは、音楽を演奏する楽器としては、別に必要ないという、結論になります。

 じゃあ、すとんさんは、ゴールドフルートを否定するのかというと、別に否定しません。逆に大肯定です。だって、最近の私は“ゴールドフルート欲しい病”にかかっていますから(笑)。

 ただ、ゴールドフルートは、プラチナフルートや木管フルート、もうちょっと言っちゃえば、カーボンフルートやチタニウムフルート、リッププレートがサンゴだったり鹿の角だったり水牛の角や象牙だったりする、趣味に走ったフルート、ああいうフルートの仲間なんじゃないかと思うようになりました。つまり“嗜好品”ね。「好きなら買えばいいじゃん」の世界ね。

 だから、ゴールドフルート、大いに結構。好きなら買えばいいじゃん。だって、嗜好品だもん。

 洋銀フルートは実用品。総銀フルートはぜいたく品。ゴールドフルートは嗜好品。ま、そんな風に考えてます。

 以前、ディアさんのブログで話をしていた時に、ディアさんがアメリカでは、プロアマともに、ゴールドのフルートを吹いている人を見かけたことがない、とおっしゃっていました。

 ディアさんとて、別に統計学的な調査をしたわけでもなく、あくまでも個人の印象なのでしょうが、案外、人の印象(とりわけ女性の印象)ってのは、ズバリ正解だったりするものです。おそらく、世界一のフルート王国(生産量とメーカー数だけで言ってます)であるアメリカでは、ゴールドフルートの利用者は、かなり少ないのでしょうね。つまりアメリカでは、プロでも総銀フルートを愛用している人がたくさんいるって事だね。

 しかし、一体、誰がこんなに日本のフルート界を、ゴールドラッシュにしちゃったんでしょうね。まさに“黄金の国ジパング”じゃん。戦犯は誰なんだ?

 ところで、オータムジャンボが当たったら、ゴールドフルートを買うんだー(はぁと)。

2009年9月 8日 (火)

第九の練習程度じゃあ、新型インフルエンザにはかからない?

 第九の練習に行ってきました。いやあ、たぶん3年ぶり。久しぶりに行ってきました。

 3年ぶりだけれど、周りにいる人たちは3年前とほぼ同じ。実にここだけ時が止まっているかのようでした。変わった事は、練習会場の入り口にアルコール消毒のポンプがあった事(部屋に入る前に、これで手をキレイにしてねって事だ)と、首から名前とパート名が書かれた名札をぶら下げるようになった事。それくらいかな。

 名札はともかく、新型インフルエンザには気をつけないとね。あんな狭い部屋に200名近い人間がいるんだから、インフルエンザの一つや二つ、交換しあっても不思議じゃないけれど、まあ、皆さん、その割には平気な顔をしてました。一説には「年配者は抗体を持っているので新型にはうつらない」のだそうです。ま、そんな話を聞いた事はあるけれど、それって真に受けていいの?

 まあ、私は新型には、きっとうつらない(根拠のない自信:笑)からいいけれど、合唱の練習が原因でインフルエンザが広がったら、シャレにならないよね。

 ところで、今年の参加人数は例年と比べて、ちょっと多めでした。女声はソプラノ・アルトともに定員(各70名ずつ)いっぱいなのは、毎年の事だから全然気にならないけれど、今年はなんと、バスまで定員(30名)を満たしました! いやあ、驚き! さらに言うと、テノールにはなんと、20名も参加者がいました! 一体、何が起こったのだろうというくらいの盛況ぶりでした。いやいやいや…。

 200名予定の合唱団なのに、190名もいるんだよ。すごいなあ…。それにしてもテノール多すぎ。ちょっと全体的なバランスが悪いかもしれない(笑)。なにしろ、テノールの人って、一人で他のパートの人の10人分くらいの声出す奴ばかりだから(口の悪い奴ふうに言うと「テノールは叫ぶから、人数いらない」って事ね)、アマチュア合唱団の場合は、もっと少なくてもいいくらいだよ。いや、本当の話、そうなのね。

 約190名のうち、全くの新人さんは30名ほどです。いらっしゃいませ~って感じですね。難しいだろうし、落ちこぼれるだろうけれど、イヤにならずに最後までおつきあいくださいね。

 年齢構成的には…たぶん、私は男声の最年少者かもしれない(笑)。少なくとも若い方から数えたら、すぐだね。皆々様、お年を召しても、お元気な方ばかりで…。

 その点は、女声の方がバランスはいいと思います。20代30代も結構いるし、40代50代は主力だね。もちろん60代以上の方もかなりたくさんいらっしゃいます。ちなみにガールズの最年少は小学校5年生(たぶんちゃんとは歌えないだろうけれど、最後まで出席して欲しいなあ)だそうです。

 今回は、初回練習と言うこともあり、事務連絡もたくさんあったし、市長の挨拶もあったし、色々あって、発声練習はほぼカットになりました。発声練習は疲れちゃうので、パスしたい私にはうれしい限りです。

 合唱の練習そのものは、初心者もいるので、譜読みからスタートです。まず最初に「ラララ…」で合わせてみて、次にパートごとに音程を確認したら、言葉を載せて合わせてみる。これのくり返し。今回は257~264小節、285~292小節、543~590小節の三カ所の譜読みをしました。

 譜読みと言っても、音程の確認はそこそこに、時間の大半はドイツ語の発音の確認に費やされました。ドイツ語の母音の響き、ドイツ語の子音の立て方などを綿密にやりました。特にカナカナっぽい発音や英語っぽい発音は徹底的に注意されました。とにかくドイツ語、ドイツ語。それも標準ドイツ語の発音で歌うように、単語の一つ一つを丁寧にやりました。私はドイツ語が苦手なので、気を抜くと英語っぽい発音になってしまうので、ちょっと苦戦しました(し、注意も受けました:汗)。

 今年の第九の個人目標は「小さな声で目立たないように歌おう」なんですが、どうもダメですね。休憩中に妻に「一人でテノール(パート)を歌わないように…」と注意されました。ダメですね(汗)。でもでも、50%くらいの声で歌っていたつもりなんだけれど…、まだ声が大きいみたいです。休憩後は30%程度の声にまで絞りました。

 小さな声で歌うと、お腹で声を支えるのが難しくなります。お腹の支えが弱くなると、当然、音程もフラフラします。かと言って、しっかりお腹で声をしっかり支えちゃうと、思わぬ大きな声が出てしまい、自分も周りもビックリします(何? この人って感じで見られます…)。小さな声で歌うのって、なかなか難しいです。いい練習になります。

 とにかく歌っていて、ついつい音程がフラフラして「しまった!」と思うと、合唱指揮のS先生がすぐに音楽を止めて、私の目を見ながら注意します。注意とその解決方法を教えてくださるので、音楽再開後、その点に留意して、何とかその個所を切り抜けると、ニコニコしながら、先に進みます。これって、やっぱり、私のせいで音楽止めたんだよなあ…。

 ま、いつもいつも私のせいで音楽が止まるわけじゃないけれど、今回も3~4回は、音楽を止めた後に私の目を見ながら注意されていたから、私はかなりの戦犯だよなあ。ほんと「声の大きな音痴」って迷惑だよね。でも、これって、気の弱い人なら、きっと泣きながら逃げ出しちゃう場面だな。

 これは私が下手というよりも(いや、確かに私は下手なんだけれど、それ以上に)、私の声がよく聞こえて、私のミスが全体のミスのように聞こえるから、音楽を止めて注意せざるを得ないというのが事実でしょうね。30%の声量(つまり、鼻唄程度って事ね)のつもりで歌っていますが、それでもまだ、全体のバランスの中では、声が大きめなんでしょうね。いつもの事ですが、困ったものです。よく通る声(当社比)というのは、独唱では有利ですが、合唱には不利ですね。

 ちなみに、本当に下手な人は、発声も下手なので、観客席はもちろん、指揮者にだって、声が届かないので、何をどのようにミスしようが、大勢には何の影響もない。だから、何の指導もされなかったりするので、実は合唱をやっていても、単にそれだけなら、全然歌はうまくならないのね。で、時折、取り出して一人で歌わせてみると「アチャー」って事があったりなかったりするわけよ。でも、本当に歌がうまくなりたかったら、その度ごとに、きちんとダメ出しをしてもらわないと上手になりません。合唱を長年やっていても、一人では歌えない人が大勢いるのは、そういう理由なんだと思います。

 さてさて、私の声は、近くで聞くよりも、離れて聞いた方がよく聞こえるので、私自身が思っている以上に、きっと指揮者にはバッチリ聞こえちゃっているんだろうなあと思います。独唱だったら、壁からの反響音でそういうのも調整できますが、合唱だとそういうわけにはいかず、声の調整がうまくできません。そういう意味では、私は合唱が下手下手なんですが、まともに合唱もできないようでは、この先、色々と困るので、ここらでしっかり頑張って、合唱にも適応できるようにならないとね。課題は山積みです。

 次回の練習までに、なんとか「お腹でしっかり支えた、弱い声」が出せるように、ちょっと練習しておきましょうか。でも、どうやって?

 今回、S先生がおっしゃっていた、たくさんの言葉の中から、三つの言葉を心に刻んでおきます。

 「身体は末端から温め始めること。声帯は一番最後に温めること」…これは、声を守るためには、とても大切なことですね。声を出す前に、血流をよくする事が肝心ですね。とにかく声ってコワレモノですからね。声は大切に扱わないと。

 「口の中が開いていないと、声は平べったくなります」…私はよく声が平べったくなるのですが、それは口の中が閉じてしまうからなんですね。そう言えば、声が平べったくなるたびに、キング先生からも「ノドの奥!」って注意されますが、同じことですね。しかし、同じことですが、違う先生から違う言葉で言われてハッとするなんて、ダメだね、私。

 「その歌は、間違っていないけれど、狂ってる」…私の目を見て、そう言うのね(汗)。指導者にじっと目を見つめられながら「(あなたは)狂っている」って言われると、ドキドキしちゃうね。「狂っている」の内容は「音程が上がる時の幅と比べて、下がる時は広めに下がっているので、間違っているというほどの違いはないけれど、正しくないです」という意味です。ま、俗に言う「ぶら下がっている」って奴です。キング先生にも口を酸っぱくして言われているけれど「音程は必ず上から取ってくださいね」とジェスチャー入りで指導が入りました。どの先生も言うことは一緒、ってことは、みなさん私に対して、的確な指導をしているってことだね。いやいやいや…、なかなか上達しないオジサンで、皆さん、ごめんなさい。

 さあて、第九の練習も始まりました。三年ぶりに楽譜を開いて、色々と忘れている事に気付きました。さあ、本番までにしっかりと思いだして、ちゃんと舞台を勤めあげられるようにしましょう。

 ガンバ、ガンバ。

 そう言えば、歌う前の準備体操の時に気づいたけれど、私一人だけ、皆さんと体型が違うのよね。私って、誰よりもタッパもハバもある。有意に身体容積が大きいのだよ。いわば、楽器が違うって状態だね。これだけ楽器が違うと、そりゃあ、合わせるのに、苦労するはずだよね、ハハハハ…。

2009年9月 7日 (月)

私はなぜフルートを吹いているのでしょうか?

 なぜ、自分はフルートを吹いているのでしょうか? その理由を皆さんは、考えたことはありますか? 私は時々考えます。そして、悩みます。なんで吹いているんだろ?

 私は声楽もやってますので、フルートで悩んでいる以上、当然、なんで歌っているのだろ?って悩むと思うでしょう。ところが、こっちは悩まない。なぜなら理由は明白だから。

 私はなぜ歌っているのか? それは「気がつくと歌っているから」「歌っているという自覚無しに歌っているから」「歌のない人生は考えられないから」「呼吸をするついでに、モノを考えるついでに、道を歩くついでに、いつのまにか歌っているから」

 そう、言葉にする理由も無しに、私って、常に歌っている人なんです。だから「なぜ歌うのか?」とは絶対に悩まない。だって、気がついたら歌っているんだもん。それだけです。つまり、息をするのに理由はいらないのと同じレベルで、歌う事には疑問はありません。

 だから、合唱をやったり、声楽を習ったりする理由は、その延長線上にあります。どうせ歌っているんだから、ならば、きちんと歌いたい。上手に歌いたい。そう思っただけです。

 いやあ、私は本当に歌が好きで、声に出す出さないは別にして、常に何かしら歌っている私ですが、歌唱という行動そのものは、実はそんなに上手じゃない。いやむしろ、下手。音痴。ジャイアン? だったら、きちんと歌を習って、上手に歌える方が自分もうれしい、他人もうれしい。だから声楽を習おうと思った。ね、簡単な理由でしょ。理にもかなっているでしょ。

 でも、フルートは違うのよ。だって、フルートは「さあ、フルートを吹くぞ」って気持ちになって、楽器を組み立てて、よっこらせっと気合入れないと吹けない。道を歩きながら、気がついたらフルートを吹いていたなんて事はない(あったら、怖い)。

 だいたい、私がフルートを始めたきっかけは、フルートを衝動買いしたから。衝動買いをしてしまったので、やむなく(笑)吹き始め、吹き始めたら上達したくなって、先生探して習い始めて、そしたら先生がいい先生で、実にたくさんの事を教えてくださり経験させてくださった。だから、段々おもしろくなってきて、フルートに熱心に取り組むようになり、今ここにいるわけなんだけれど、そもそも、なんでフルートを吹き始めたのかに戻ってみると、衝動買い。実に無責任なスタート地点です。

 皆さん方のフルートレッスンブログを拝見していると、その多くの方は、学生時代にフルートを(部活で)やっていて、長らく中断していたけれど、大人になって再開しましたとか、学生時代からフルートをやりたかったけれど、別の楽器をやる事になって頑張ったけれど、大人になったので念願のフルートを始めてみましたとか。そういう方が大半。つまり、フルートが大好きで、フルートをやりたくて始めた人ばかりです。

 そりゃあ、そうだよね。私以外に「フルートを、衝動買いしちゃったので、やむなく始めました」という方に出会った事ありません。それも人生後半戦のオジサンになってから! ああ、実にいい加減なきっかけで始めちまったぜ!

 それにね、私は衝動買いするまで、フルートの“フ”の字も脳裏に浮かんだ事はない人でした。フルート音楽だって、フルート始めてから聞き始めたモンだし、ジャズだって…ね。

 だいたいがそんな出発点だから、実にフルート、上達しないねえ…。だいたい譜面を読むのも苦手(歌の人[特に趣味の人]は総じて楽譜が苦手です)だし、指も動かないし、音感もセンスもない上に、オジサンだもんなあ。結構、悪い条件が重なっているよね。そりゃあ、上達しないしない。

 一応これでも、私は毎日コツコツとフルートの練習してますよ。たぶん、吹奏楽部の中学生並にやっていると思う、時間だけは。中学生並の時間の練習をしてても、上達速度は全然比較にならないのは、当たり前すぎて愚痴にもならない。たぶん、大人の初心者としては、断トツに多い練習量だと思うよ。でも、こんな程度。たぶん、才能が無いんだと思う。そんな事は自分で分かっているから、練習をしているわけで、足りない才能を何とか練習量でカバーしようとしているんだけれど…サ。

 他人と比べても詮のないことだし、日々、老化現象という名の自分喪失の坂を転がり落ちている現状では、昨日の自分よりも今日の自分の方が上達していれば、もうそれでバンバンザイだとは、理性では分かっているけれどね。

 ははは、困ったな。

 …きっと、私の場合は、音楽の神様が、私の意志や趣味趣向を軽く無視して、フルートを衝動買いさせたのだろうな。で、フルートを始めさせた。きっと、そうだ。そうに違いない。でなければ、こんなオジサンがフルートなんていうフェミニンな楽器をいきなり始めるわけないもんな。

 だから、才能が無いのは仕方ない。上達だってなかなかしないのも仕方がない。ま、たまにあんまり上達しないんで、切なくなる時もあるけれどサ…。一体、何の因果なのか?

 おーい、音楽の神様! 私をフルートの道に呼んだのだから、きちんと、責任とってくれよなあ~。あんまり切ない気持ちにさせないでくれよー! 頼むよー!

 さて、皆さんはなんでフルートを吹いているんですか? やっぱりブラバン関係ですか? 人生後半生になって、始めてフルートに触れたという人はいるんですか? フルートを衝動買いしたので、やむなく始めました!という人は、いますか?

 たまには、原点に立ち返って、自分を見つめなおすというのも、オツなものです。

2009年9月 6日 (日)

デブになっちゃいました(今更ですが…)[2009年9月第1週・通算35週]

体重:104.1kg[-0.5kg:-1.7kg]
体脂肪率:31.6%[-0.2%:-0.7%]
BMI:32.9[-0.1:-0.9]
体脂肪質量:-0.3kg[+-0.0kg:kg]
腹囲:103.3cm[-0.7cm:-2.9cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第27週目…でしょうか? 今週の半ばから、そふくしを再開しました。ううむ、あんなにユルいダイエット方法である“そふくし”ですが、やはり、やればやるなりの効果というのがあって、ちょっとは体重が落ちたみたいです。この調子で初夏の頃のレベルにまで戻るといいのですが…リバウンド後って、結構厳しいんですよね…ふう。

 それにしても、ね…今までの夏は大抵、体重が減ったものですが、なんと今年は、アツがナツかったせいで、体重が減るどころか増えニャいました。ううむ、気分的に歯切れが悪いと、書き文字も活舌も悪くなるようです。

 とにかく増えちゃいました。ああ、夏前は「今年の夏は100キロを切れるかもしれない(ワクワク)」と思っていたのに、夏が終わってみれば、このテイタラクです。はるな愛に負けました…(涙)。

 原因は体調&健康優先のため、タンパク質&ビタミン豊富な料理(つまり肉料理だな)を集中して食べたせいでしょう。私は普段は草食系男子なので、肉はほとんど食べないのですが、生きるか死ぬかの瀬戸際では(おおげさです)、そんな事は言っていられません。肉をガツガツ食べました。はい、結果はこんなものです。ちなみに、今も結構、肉食してます。

 で、体重が増えると、途端に体調も芳しくなくなるよね…。私は割りと小デブ~大デブの間を結構行ったり来たりするので、体重変化がどう体調に影響するかって、よく分かっているつもりです。

 一応、医学的には、肥満は立派な疾病なのです(つまり、デブはデブ病という病気)。が、デブ族の一人としては、心の底ではその意見に反発しながらも、体調的には、それを認めざるを得ません。やっぱり、デブって病気なんだと思う。

 体重を増やしちゃいけないなあと強く思うのは、体重の増加と元気の増加は反比例するという事実がまずあります。体重が増えるにつれ、元気がドンドン減ります。これ、ほんと。ま、だいたい、エネルギッシュで活動的な人って、やせ型の人に多いでしょ。あれもきちんと理由がある事なんだね。

 デブは身体が重いので不活発になる…と思われがちですが、それは実はあんまり正しくないと思います。でも、デブが不活発なのは事実。これは、身体が重いと言うよりも、内蔵が疲れているから不活発なんだと思います。だから、デブでも、内蔵が強い人はだいだい元気です。なぜ内蔵が疲れるかと言うと…たくさん食べるから。たくさん食べるので、その処理に内蔵が疲れちゃうんですよ。

 そう、デブって内蔵が疲れているですよ。肝臓とか膵臓とか心臓とか腎臓とかが疲弊しています。内臓が疲れているので、血液が汚れてしまいます。血液が汚れているので、なんかいつもダルくて、色々な事に意欲を無くし、消極的で不活発な人になってしまいます。少なくとも、私はそう理解しています。

 で、何が言いたいかと言うと「体重増えて、毎日がダルいよー」って事です。ああ、やせれば、このダルさともおさらばできるわけだし、血糖値も気にしなくてすむし、ああ、本腰入れてダイエットをせねば…ああ、少しでもいいからい体重落とさないと…。

2009年9月 5日 (土)

エサの食べ方にも個性はある

エサの時間が近づくと…

 人の後追いをして「エサくれよ」と何気にエサを欲しがるのは、カエデ。

 エサ場(エサを投入する場所)の真下で、何気に待っているのが、チヅル。

 我関せずのメスたち(ブニョ・キッカ・サツキ)

エサを投入、その時…

 エサ場の真下にさっそくやって来て、水をバシャバシャやって、全身で「エサくれ!」とアピールし、頭の上にエサを蒔かれてウハウハのカエデ。

 それを見て、マッハの速度でエサ場にやってくる、ブニョ。

 エサだ!と思うも、真上をカエデに取られ、直後にやってきたブニョに体当たりされ、エサ場からはじき出されるチヅル。水槽をグルっと一周しているうちに、エサの大半は無くなってしまう。

 水面にパっと広がるエサを周辺部で大人しく食べる、キッカとサツキ。

食べやすいエサは食べ終わり、食べづらい水草(浮草)の間のエサだけが残った状態になると…

 最初にたくさん食べてしまうので、そんな食べづらいところのエサなど食べないのが、カエデ。

 果敢に水草の中に突入して、暴力的に残ったエサを食べるのがブニョ。

 水草の周囲をウロウロと泳ぎ回り、比較的食べやすいエサを見つけては、チマチマ食べているのがサツキ。

 エサではなく、水草を食べちゃうのが、キッカ。

 水草の中に突入して、エサを食べようとするも、水草が全身に絡まり、しばしば水槽の中で溺れているのが、チヅル。

エサが一通り無くなると…

 地面に落ちたエサを丁寧に拾って食べてる、ドジョウたち。

 いつエサを食べているのか、全く分からないのが、エビ。

 次のエサの時間まで、エサ場の下で、じっと待つ、チヅル。

 みんな、個性的でしょ。

2009年9月 4日 (金)

そう言えば、今年は第九を歌うんだっけ…

 今年の暮れは、「第九」こと、ベートーヴェン作曲交響曲第9番「合唱付き」って奴の、最終楽章の最後の15分程度の合唱部分を歌うことにしたんだっけ…。

 場所は地元の市民会館。日にちは12月の最初の日曜日。オーケストラも指揮者も独唱者の皆さんも全員プロ奏者。もちろん、お稽古を付けてくださる合唱指揮者も練習ピアニストの方も凄腕のプロ。つまり、我が市では、財政難の折りではあるけれど、市民の皆さんの文化活動を支援するために、年末にプロの方々を動員して、一般市民である合唱愛好者の皆さんを遊ばせてあげようという、とてもありがたい企画に参加します。

 参加費6000円(学生さんは4000円)ポッキリで「三カ月間のお稽古」+「本番はオーケストラ伴奏」で歌わせてもらえるわけよ。ありがたいありがたい。

 実はこの催し物は毎年やっています。私も過去に何度も参加させてもらったけれど、キング先生のところで声楽の勉強を始めてからは、初参加。今までは何となく、声楽と合唱の両立(ってほどのモノじゃないけれど)って奴に、気が乗らなかったのだけれど、今年は私自身、どういう風の吹き回しか、参加しようかなって感じになったので、ついつい申し込んじゃいました。いやあ、久しぶりの第九だよ。

 私はテノールで参加します(ちなみに妻はソプラノで申し込みました)。きっと、テノールは、演奏会当日まで定員を満たすことなく、人数が足りないまま練習をして本番を迎えるのだろうなあ…。

 我が地元の第九合唱団の定員は、ソプラノ70人、アルト70人、テノール30人、バス30人なんだけれど、毎年、ソプラノとアルトはあっと言う間に定員に達してしまう。今年も、申し込み初日の午前中にはアルトは締め切り、その日のうちにソプラノも締め切られたという噂を聞きました。すごいね、女声は、人気抜群だね。

 その点、男声は悠長なもので、まず絶対に定員を満たさない。テノールなんて、半分の15名いけば立派なもの。20名もいれば安泰だね。そんな感じ。バスはテノールよりは集まりがいいけれど、こっちだって定員を満たすことはない。こういう現状をみていると、やっぱり日本では「男子たる者、軽々しく人前で歌うものではない」らしいです。歌舞音曲は、女子どもの嗜好するモノという意識が根強いのかもしれない。ま、それが日本の伝統文化ならば、仕方がない。

 でも、プロのオーケストラを伴奏に従えて、たとえ合唱であっても、思いっきり歌うのは、実に気持ちいいよ。

 使用する楽譜は、ベーレンライター版という、比較的新しい楽譜。とは言え、現在は確か、ブライトコプフからもっと新しい“新版”が出たという話を聞いてます(ほんと?)ので、最新の楽譜というわけじゃないです。であっても、カラヤンの時代(ブライトコプフ旧版使用)にはなかった楽譜よ。だから、我々が歌う第九は、カラヤンの第九とは、色々と違っていたりするけれど…まあ、そんなに大きな違いじゃないので、どうでもいいか。合唱的には、歌詞が一部違うくらいだね。

 来週から、いよいよ練習が始まります。9月から週一回2時間30分の練習(うわっ、ながっ!)をほぼ毎週やります。もっとも2時間30分と言っても、最初の30分は発声練習で準備運動みたいなものだし(本音で言うと、この部分はサボりたい:汗)、残りの2時間の合唱の練習だって、45分歌って、30分休憩して、45分歌って終わりって感じね。45分歌うと言っても、合唱だもん、歌い放しってことはなくて、案外お休み時間が多くて、実際はそれぞれ20分程度歌えれば多いくらいだね。何が言いたいかと言うと、一回の練習ではそんなにたくさん進まないって事。練習時間って、あるようで、実はそんなに無いって事サ。こんな練習を10回やって、ほぼ完成させ、指揮者立ち会い練習を1回やって、修正のための練習が1回、本番に向けてのリハーサルが1回で、ゲネプロ&本番って段取り。だから本番まで、あっと言う間。

 演奏時間的には約15分だし、10回も練習があるわけだから、これで第九が満足に歌えるようになるんじゃないかと思われるけれど、正直に書いちゃうと、始めての人はまず無理。たぶん無理、きっと無理(笑)。でも、ほとんどの参加者は毎年参加しているレギュラーさんなので、この程度の練習で十分なんです。だから練習とは言っても、何かを習得すると言うよりも、レパートリーの確認作業のようなものです。実際、私にしても第九はすでに暗譜してあるから、練習自体はこんな感じでいいです。もう少し少なくてもいいくらいかも。

 でも、この「第九演奏会」って、必ず毎年、合唱新人の方が多数参加するのが恒例。ニューカマーさん、ウェルカムな演奏会なわけです。

 この人たちが、この短期間で第九を歌えるようになれるわけはないけれど、それでも全然OK。第九って色々な意味でハードな曲なので、数年かけて歌えるようになれればいいと思うよ。かく言う私もまだ完璧には歌えません(音が暴力的に高い部分があるんだよね)。

 ま、歌えなくてもいいんだよ。歌えない部分は思いっきりクチパク! だって合唱だもん。それでいいじゃん。それに市民参加文化行事だもん。参加して楽しければ、それでいいのさ(聞く方は迷惑かもしれないけれど:笑)。これで合唱に目覚めたら、あとは市内にたくさんある常設の合唱団に入団して、合唱ライフを満喫すればいいわけだしね。どこの団でも、「第九」よりは簡単な歌を歌っているから(爆)、楽しいよ。

 私的には「いよいよ始まるんだなあ」という期待感が1/3、「久しぶりにオーケストラと遊べる」というワクワク感が1/3で、「休日返上で合唱練習かよ~、うぜーなー」という倦怠感が1/3って、ところでしょうか? 私的には、今年はオケのフルートさんやピッコロさんに注目だな。第九って、結構、笛たちが活躍するんですよ。

 まあ、始まれば、それなりに楽しんじゃうのが私だから、こんな風に書いていても、結構ノリノリになっちゃうと思う。

 いやあ、それにしても、合唱だよ、久しぶりの合唱だよ。発声を壊さないように、ノドを傷めない様に、注意しながら参加しようっと。今年は控えめなすとんさんで行くんだい。

 きっと練習が始まれば、またブログにチマチマと練習日記のようなものを書くことになるでしょう。でも、個人練習じゃないから、書き方が難しいなあ…。ああ、それにしても、私の音楽人生は、結構充実しちょるね。まるで気分は“王侯貴族”! …ん? 王侯貴族は合唱なんてしないか(笑)。

 お薦めです。人として生まれた以上、死ぬまでに一回は「ベートーヴェン作曲 交響曲第九番 合唱付き」ってのを、歌っておいた方がいいと思うよ。特に音楽関係の趣味の人はね。難しいとは言っても、所詮は合唱だもの。ある意味、楽器ほどは難しくはありません。「私は歌えませーん」とか「音痴でーす」って人でも、この曲に関しては大丈夫。音痴じゃない人でも、簡単に歌えないので、音痴はバレません(笑)。ある意味、合唱団が落ちていくのが前提で書かれているんじゃないかと思われる部分もチラホラあるくらいの曲ですからね。

 でもでも、これだけ難しい曲なのに、日本では、合唱世界への入り口としての役割も果たしている曲なんですね。いやあー、不思議と言えば不思議な話です。やっぱり変だよ、日本って。

2009年9月 3日 (木)

デスペラードをアレンジしてみた

 フルートの発表会に向けて、地道に努力をしています。

 ひとまず、ポピュラーソングはイーグルスの「デスペラード」に決めました。いわゆるロックバラードの名曲です。いい曲です。ちなみにオリジナルはこれね。

 ただ、キーが私にはちょっと高い(歌だけ歌うなら、何とかするけれど、フルートも吹くことを考えると、余裕の持てる音域で歌いたいです)し、オリジナルには間奏がないので、フルートの見せ場を作るためにも、間奏部分を付け足さなきゃいけないのに、手元にあるのはヴォーカル譜だけという状況です。そこで仕方がないので、サクッとアレンジする事にしました。

 ゼロから書くのは大変なので、当然、手元のヴォーカル譜を電子化。このヴォーカル譜をベースに作業をすすめます。電子化の作業は、妻にお願いしました。彼女は色々なところに頼まれて、譜面入力をよくやるので、大変だけれど、この手の作業はお得意なので、素直にお願いしました。あ、入力だけでなく、移調もお願いしました(原調のまま入力して「移調」ボタンで一発変換ね)。

 で、電子化されたヴォーカル譜をもらって、まず始めた事は、歌詞の入力。いやあ、歌詞の入力って、結構大変なんですよ。機械的に歌詞を流し込むと、歌詞が重なりあってしまって、全然読めないので、適当に音符の感覚を広げたり、歌詞を少し横にずらしたりして、歌いやすいように歌詞を配置しないと使い物になりません。なので、この作業は妻に断られました(笑)。そこでやむなく(大笑)自分でやりました。ふう、これだけで半日かかりました。さすがに妻に断られるだけあります。かなり面倒でした。でも、ここを手抜きにすると、歌えないので、丁寧に作業しました。

 歌詞が入ったところで、軽く歌ってみる。ヘ長調に下げたので、使用音域は五線下のドから五線上のラまでだけれど、よくよく見てみると、上下両端の音は飾り的に使うだけなので、実際のところ良く使う音は、五線下のレから五線上のファまでです。下のドや上のソとラは、いわばアクセントと言うか、スパイスのようなもので、当てればいいだけです。そう考えると、歌については、それほど大変な曲ではないかも。これならきっと何とかなるでしょう。

 さて、フルートのパートを書きましょう。

 イントロは、オリジナルのピアノのフレーズを使用することにしました。と言うか、やっぱり「デスペラード」の出だしはあのフレーズですよね。ただし、そのままではつまらないので、前半の2小節はピアノと同じだけれど、後半の2小節はオクターブあげて、フルートっぽくしました。

 そして、1番と2番を歌います。で、その後、本来は無い、間奏に突入です。

 まず、一息つくため[フルートを用意するため]に“つなぎ”の1小節を加えてみました。その後に8小節のパートを二つ、合わせて16小節の間奏を書きました。

 「…間奏を書きました」と言っても、基本的なコード進行は、2番のモノ(1番と2番では、コード進行が微妙に違うのです。芸が細かいね。ちなみに2番の方がたくさんコードを使ってます)をそのまま使用。そこに、歌のメロディーを材料に使って、軽くアレンジしただけです。

 最初の8小節は、ほとんど歌のメロディーそのまま。え、そのままで良いの? 良いと思います。と言うのも、元がヴォーカル譜なので、かなり楽譜が黒いんですよ。オリジナルの歌手のコブシまで採譜してあります。コブシまで採譜してあるほどの楽譜なんですが、コブシは所詮コブシなので、私はきっとその譜面通りには歌わない(笑)。もちろん、基本的なメロディーラインは歌うけれど、コブシってのは、それぞれの歌手ごとに違うのが当たり前で、そこまで同じにしちゃうと、それは単なるモノマネとかコピーであって、自分の歌にはならないので、譜面に採譜してあるコブシまでは歌いません。でも、そのコブシは曲の味わいの一部であるので、フルートの間奏では、そのコブシを生かして吹いてみたら、いい感じになるだろうなあと思った事もあって、最初の8小節は、ほぼそのままを採用しました。

 後半の8小節のフルートパートは、元のメロディーの音程関係は残したまま、リズムを器楽っぽく無機的に変えてみました。ちょっとバッハを意識して書いてみたつもりですが、結果は全然、バッハとはほど遠いものになっちゃいました。ま、私のやる事は、えてしてこんな感じになるのです。

 このように間奏は二つ用意しました。そんなに長い間奏ではないので、一応両方とも自分で演奏できるように練習はしておくけれど、実際の演奏では、バンドとの打ち合わせ次第では、片方の間奏はバンドの皆さんにお願いしてもいいかなって思ってます。特に最初の8小節の間奏は、散々歌った後だし、歌のメロディそのままなので、ここをヴァイオリンかギターでやってもらって、私はちょっと休んで、後半の8小節の無機的なフレーズをフルートで吹いてもいいかなって思ってます。その方が聞いている方もいい感じになるんじゃないでしょうか?

 で、間奏の後は、3番で、これを歌ったら、アウトロ。つまり、終結部です。

 アウトロは、印象的なイントロのフレーズを元に、きちんと終止できるように、ちょっとだけフレーズのお尻とコード進行を変えたものを使用してみました。

 さてさて、作業終了~!

 楽譜は電子化されているので、作業が終了したら、即座にパソコンに演奏させる事で、おかしなところをチェックできます。プログラムのバグ取りみたいな作業ですね。案の定、ちょっと変なところがあって、すぐに修正。耳で聞いてOKなら、一度プリントアウトしてみて、今度は自分で歌ってみて、吹いてみる。聞いてみてOKでも、やってみると、なんか物足りないところが出てくる。それらをメモって、再度パソコンに向かって手直しをする。

 手直しをしながら…「ううむ、フルートの発表会のための譜面を、自分で書いている初心者なんて、私以外に一体どれだけいるんだろ?」と素朴な疑問が湧いてきたけれど、黙って心のフタを閉じてみました。

 まあ、ひとまず完成。まだ、笛先生には見せてないので、ダメ出しは出るだろうし、ダメを出されたら、快く修正すればいいだけの話だから、気楽に考えましょう。

 出来上がった譜面を見ると…うわー、真っ黒。かなりいっぱい音符が入ってます。いやあ、かなり黒いなあ…。おまけに遠慮会釈無く、臨時記号もバシバシ使ったし…。これ、自分で書いた譜面だから読めるし吹けるけれど、もしも他人がこの譜面を書いて渡されたら…私、絶対に読めない(涙)。さらに吹けない(涙々)。だって一番多く使っているのが、十六分音符だし、遠慮なくインコペーションも付点音符も三連符も多用してます。元々がそういう曲だからってこともあるけれど…ははは、実際、リズムはスゲー難しい。

 さあ、とにかく、一応完成したので、歌い込んで、吹き込んでみますか。さあ、ガンバロ~。

蛇足。せっかくアレンジした譜面だもの。PDFファイルか何かにして、ここにババンとアップしちゃいたいけれど、楽譜をアップするのってどうなの?って思ってストップしました。だって、どこのブログやHPに行っても、演奏はアップされてても楽譜のアップは無いようだねえ…。先陣を切ってアップするほど、勇猛果敢な人ではないのよ、私。

蛇足2。シシリエンヌがだいぶ吹けるようになったので、やっと音源を聞いてみた(曲そのものは知っていたけれど、勉強のためにわざと聞かないでいました)ところ、青ざめちゃいました。と言うのも、テンポ設定を間違えてました。いやあ、私八分音符を基準に考えていたけれど、どうやらこの曲の設定速度は四分音符基準で考えるみたいで、どの音源を聞いても、私の倍速で演奏してます。うわーん、せっかく出来たと思ったのに、テンポを倍速にあげないといけません。倍速にしたら…全然吹けないよォ。

2009年9月 2日 (水)

例の件は、ひとまず一歩前進です

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずは先生との密談(笑)から。もちろん公表できるようになったら、ここに書きますが、今は地下工作の真っ最中です。自分の備忘録として書きますが『先生から仕事を依頼されたので、即座に手下に丸投げ』『だいたい曲は決まりました』『私の分担もほぼ決定』『メンバーのメドもだいぶたってきて、ようやく先が見えそう』『年内一杯は準備にかかりきり』『本番について、そういう手があったか!』などです。

 密談が終わったので、次は私から相談事。まずはフルートの発表会で歌を歌う事を伝えました。フルートの発表会ですから、笛先生の領分なのですが、事が歌となると、キング先生にも話を通しておかないと、仁義というものが成り立ちません。

 キング先生のおっしゃるには、色々な音楽経験を積むことはとても大切なことなので、フルートの発表会で歌うことは良いことだと思うけれど、せっかく今、声楽の方も少しずつ頭声が出るようになってきたのだから、ポピュラーソングを歌うことで、それがダメになってはモッタイない。だから、ポピュラーを歌うなら、中途半端なことはせずに、思いっきりポピュラーソングとして、声楽のテクニックは使わずに歌ってきなさい…とまあ、こんな感じのアドヴェイスをいただきました。

 つまり、声楽とポピュラーソングを切り離して、歌ってらっしゃいとのことです。もっとも「デスペラード」をオペラチックに歌っては、変だしね。その辺は心得ているつもりです。

 というわけで、密談をして、相談をしたので、だいぶレッスン時間に食い込んでしまいましたので、今回は発声練習はサラって感じで、さっそく曲に入りました。

 最初は「Tu lo sai」から。まずは歌詞の朗読からです。いくつか発音上の注意を受けました。部分的に楽譜が二段になっている個所は、上(つまりバリエーションの方)を歌うように言われました。歌う時の口の奥の形が“丸く”なっているので、もっと“縦長”にして歌いなさい(つまり、口蓋垂をもっと上げろという意味)と言われました。これって音色にすごく影響するんですよね…。それといつものことですが、歌として、しっかり感情を入れて歌うように言われましたし、見本で歌っていただきました。ううむ、先生の歌はいつもながら、うっとり聞きほれてしまいます。

 とにかく「Tu lo sai」はもっともっともっと歌い込んでくるように言われました。

 次は「Lascia ch'io pianga」。こちらは身体の使い方をしっかりチェックされました。ついつい歌いながら、足でカウントを取ってしまいましたが、これは体重が後ろにかかってしまうのでNGだと言われました。体重は常に前にかけること。鉄則です。

 それと歌い終わったところで、お腹の支えが不十分な事を指摘されました。フルートなら十分なお腹の支えも、声楽では全然物足りないのです。笛先生に誉められたからと言って、いい気になってはいけません。フルートでの要求水準と声楽での要求水準は違うのです。歌の後半に向かって、徐々に息が浅くなってきたことも指摘。図星です。

 とにかく、しっかり歌の最後まで、息をお腹で支えきらないと…。

 今回の歌の出来が余り良くなかったので、次の時間のレッスン生(若くてかわいい女性です)を部屋に招き入れて、妻と彼女を観客にして、その目の前で本番のつもりで歌いなさいと…まあ、こんなわけです。

 はい。歌いました。真剣に持てる力を注いで歌いました。出来ですか? 妻の採点では70点の出来です。つまり“上出来”って事ですね。

 先生がおっしゃるには、練習で歌うよりも、人前で歌った方が出来がいいですとの事。すとんさんは他人がいた方が力が発揮できるタイプなのですねと、誉められたのだかどうなんだか分からない講評をいただきました。練習の時も、客前のように緊張して歌って欲しいものですとも言われましたが…。

 とにかく今回のレッスンで「Lascia ch'io pianga」は終わり。ご苦労さまでした。

 先週からブログの左欄の「Infomation」にキング先生のコンサートのご案内をアップしました。興味のある方は、先生のHPから申し込むか、私に連絡をください。私に連絡をくださると…キング先生の連絡先をお知らせします(笑)。

2009年9月 1日 (火)

ああ、憧れのイアン・アンダーソン様になれるかしら?

フルートのレッスンに行って参りました。

 まずは懸案のアルテ第10課の10番ですが…結論から言えば、合格しました。ああ、難産でした。これでとりあえず、第10課終了です。

 と言っても、すんなり合格できたわけじゃあ、ありません。

 自宅練習では、ほぼ完璧に吹けるところまで自分を追い込みました。えらいぞ、すとん。152の速さで、ほぼノーミスのノリノリで吹けるところまでやったんですぜ、お客さん。そりゃあ、ひと夏をこの曲に費やしただけはあります。

 相当のところまで完成させて臨んだレッスンでしたが…先生の前に出たら、ボロボロでやんの(笑)。もう、悲しいね。でも、現実なんて、そんなものだよね。

 先生とデュエットで10-10を吹いて、当然ボロボロでミスだらけだから、またくり返し。ちょっとはマシになるけれど、でもやっぱり、まだボロボロだから、またくり返して…。で、これをくり返すたびに少しずつ取り返していく感じ。ちょっとずつ良くなってくる。で、レッスン時間のかなり多くを使って、ようやく、ノーミスと言うわけにはいかなかったけれど、私の努力の跡を先生が認めてくださって、ちょっと甘めの合格をいただきました。

 ふう、今年の夏は、ずっと、10-10を吹いてたもんなあ…。私はがんばったよ(涙)。これで私の夏は終わりました。

 で、続けざまに第11課に突入。もっとも、10-10にかかりッきりだったので、ほとんど練習はしてない11課。それでも、2番までは合格しました。3番はだいたい良いのだけれど、9小節目の高音のファから、10小節目の中音のファへのオクターブの下降がうまくできなくって、不合格。もう少し練習しておかないとね。4番は、私の苦手なアルペジオだもん。ほぼ初見じゃ無理だよね。それと、まだ10-10の影響で、指がシャープ系なんだよ。フラット系のスケールを吹いても、シャープが混ざる(笑)。とにかく、練習しないとね。

 今回はアルテの練習全体を通して、二つの注意を受けました。一つは曲の出だしのリズムの乗り方。曲を吹く時は、メトロノームや先生のカウントを聞いて始めるわけですが、私はほんの少しだけ遅れ気味になるそうです。で、その遅れを取り戻すのに3~4小節ほどかかるそうです。知らなかったなあ…。曲の出だしは大切だから、カウントを聞いて吹き始めるのではなく、ジャストのタイミングで音が鳴る様に吹きましょうと言われました。もっともなことです。気をつけます。

 それと音程ね。これもやはり曲の始めの方の音程がちょっと悪いそうです。吹いていくにつれ正しくなるので、無意識に調整しているようですが、それでも最初は音程が悪い。指にばかり神経が行って、なかなか音程まで気が回らないだろうけれど、曲の最初から耳を開いて演奏するようにしましょうと言われました。実はこれ、歌も一緒で、私の場合、常に曲の頭は音程が不安定なんです。ああ、音感ないからなあ…。ま、(歌は当然ですが)フルートの場合も、音程は楽器任せにしてはいけないので、気合入れて最初から音程をバッチリ決めておく事は大切なことです。

 発表会の準備について尋ねました。次回のレッスンから、少しずつ発表会の曲をやりましょうという事になりました。で、発表会は11月なので、9月の間は、いつものレッスンメニューと平行して行い、10月になったら、発表会の曲だけを練習して…というスケジュールで行きましょうとなりました。

 とにかく、シシリエンヌを少し追い込むかな。

 ポピュラーの方は「デスペラード」にほぼ決まりかな? その理由は…歌うから(笑)。いやあ、笛先生が、私が最近イアン・アンダーソンにハマっている事を知って、だったら彼のように、歌とフルートで発表会に臨んでみたらどうでしょうという提案なんです。せっかくバンドも入るんだから、思いっきり歌って、フルートも吹いちゃえというわけです。

 となると、歌うなら「デスペラード」の方だね。「サン・ホセへの道」は女性ヴォーカルの曲だから、私には歌えないもの。

 「デスペラード」か…。音域が広いです。下は五線下のレで、上は五線上のシだよ。13度、ほぼ2オクターブの音域のある曲だよ。これは歌うのもかなり難義な曲だねってか、普通の人じゃ、音域広すぎて歌えないね。私も、上の方はファルセットを使わないと無理だろうな。だいたいバラードだし…歌を歌うだけでも、かなり難しいよね。

 試しに歌ってみました。やっぱり上の方は厳しいなあ…。ファルセットを使えば出るけれど、ファルセットを使うと明らかに声色が変わってしまいますし、なんかJ-POPのようにウェットで切ない感じになってしまいます。洋楽だもん、イーグルスだもん、そんなに切なくなってはいけません。もっブルージーに歌わないと…と言うわけで、色々とトライしてみた結果、キーを下げることにしました。G-dur(ト長調)からF-dur(ヘ長調)に2度下げます[2009/09/01 間違いを訂正しました]。カラオケ的に言えば“-2”ほどキーチェンジをします。これでファルセットを使わずに歌えますよ、バッチグーです。それにしても、下のドから上のラまでの、約2オクターブの広い音域って事には変わりがない。テノールの音域の端から端まで使ってみましたって感じの曲です。ああ、難義だね。

 それと、歌うとなると、フルートを吹く個所は限られてくるねえ…。イントロの4小節と間奏の8小節、あとアウトロの4小節で、合計16小節かな? あと、歌の間にオカズとして1~2小節ふくかな? どっちにしてもそんなもの。16小節作曲すればいいんだから、楽と言えば楽だな。ただ、オリジナルの曲はかなり短いので、やっぱり多少は曲の長さを長くしないとダメだし…どういう感じでアレンジしようかな。

 がんばろ。

 最後に、先生に誉められた事を書きます。それは腹式呼吸が上手な事。フルートを吹く時に、ガッとお腹の支えが入る事。キャリア1年程度はおろか、かなり上達して指が不自由なく動くレベルになっても、一般的に言って、趣味でフルートをやる人にとって、お腹の支えはなかなか難しいそうです。で、その難しいお腹の支えを、楽にやっている事を誉められました。何しろ私、臆せずゴールドフルートも吹いちゃうくらいですからね。お腹の支えはバッチリよ~。

 でも、時々、お腹の支えは忘れちゃうんだけどね。ま、ダメダメ君だけど、全くとりえがないわけでもないわけなんだね。指は動かないけれど、お腹の支えは無問題って事で、慢心はしませんが、ちょっと自信がつきました。

 これもそれも声楽のキング先生のご指導のおかげです。フルートだけしか勉強していなかったら、きっと私のことだから、お腹もダメで指もダメで、ダメダメのダメダメだったろうな。ああ、ありがたいことです。

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

フォト

↓参加しています

アマゾンでどうぞ

アマゾンで検索

トラックバックについて

  • 2011年12月1日以降の記事において、トラックバックの受付を止める事にしました。それ以前の記事に関しましては、トラックバックの受付自体は継続いたしますが、承認公開制にさせていただく事にしました。また今までトップページに表示していました「最近のトラックバック」という項目の表示も止めました。よろしくお願いいたします。
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ

このブログは2007年8月14日から始めました

  • Copyright(C) 2007-2017 すとん