ひとこと

  •  なんかねー、最近、あれこれツイてないんです。あまりに小ネタ過ぎてブログに書くほどでもないのだけれど、なんかプチ不幸な日々が続いてます。なんかなー。

お知らせ

  • ●クラシックコンサートのお知らせをします。●10月8日(日)、茅ヶ崎市青少年会館ホールで行われます。今年のコンサートは、第1部ジュニア、第2部器楽、第3部声楽と、3部に分けて行われます。第3部の開演は15時20分となっています。●私は、第3部の10番として、トスティ作曲「Tristezza/悲しみ」とレオンカヴァッロ作曲「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」を歌い、次の11番目で、妻と一緒にレハール作曲「メリー・ウィドウ」より「A Dutiful Wife/従順な妻」の二重唱を歌います。私の登場時刻は、およそ16時30分前後になる予定ですが、あくまでも予定であって、これより早くなることもあるし、遅くなることもあります。●入場料は無料の千客万来系のコンサートです。ただし、例年までは市民文化会館で行われていましたが、今年は工事中となって、古い公民館系のホールで行われます。●会場的には、古くて小さい上に設備的にも??がつくような会場で「ここで歌うのはヤだな」という理由で、多くの方々が参加を取りやめたというほどの会場です。私も、練習で使用するならともかく、ここに人を招待して…となると、躊躇せざるをえません。なので、会場までお越しいただく事は望んでいませんが、もしよかったと、どこか遠くの空から、無事に歌えることを祈っていただくと感謝です。
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2009年7月の記事

2009年7月31日 (金)

今月はちょっとしか拾えませんでした[2009年7月の落ち穂拾い]

 先月もあまり落ち穂拾いができなかったような気がします(三つでしたね)が、今月は二つだけです。一体どうしてしまったのでしょうね、私。コメント力が落ちているのかなあ…。

 

 咳払い

 歌を歌っていると、ノドのちょっとした変調にも敏感になります。

 よく、歌いだす前に咳払いをする人がいらっしゃいます。何となく、タンがからんでいるような気がするんでしょうね。また一方、咳払いはノドに非常に悪いと言って、できるだけ控える方もいらっしゃいます。確かに咳払いはノドに良くないのは事実ですし、私も心掛けて、過度にはしないようにしています。

 でも、私が考えるに、問題は咳払いそのものではなく、咳払いの原因の方が問題だなあって思ってます。つまり…

咳払いをしたくなる
  <- ノドにタンなどがつまっている
    <- ノドに多すぎる分泌液が溜まっている
      <- ノドに炎症がある(または埃っぽいところにいる)

 でしょ? まあ「癖になってる」という論外の理由もあるでしょうが…。

 ノドの炎症の原因は、おそらく歌いすぎ、ノドの使いすぎ。もしかすると、発声方法そのものが間違っているのかもしれない。とにかく、歌い方や喋り方を見直す事で、咳払いはだいぶ減ると思います。

 何の医学的根拠もありませんが、私はそう思ってます。

 

 私の音楽キャリアの最期について

 私の音楽キャリアの最期について、考えてみました。

 まずは器楽編です。フルートから考えてみました。私はフルートを学んで、どこへ行きたいのか?

 フルートを始めたばかりの頃は、モノを知らなかったので「アマオケに加入して首席フルーティストになる」とかを目標に掲げていましたが、今から中学生になって吹奏楽部に入るわけにもいかないし、音大の管打楽器科に入学できる才能があるわけでもないので、アマオケ加入は半ば諦め状態です。もう少し若ければ、それなりに色々な手もあるだろうけれど、もうこの年では無理でしょうね。

 でも、一応「アマオケの首席フルーティスト」を見果てぬ夢として掲げておきましょう。

 それとは別に現実的な目標というのを考えていくと、私の現時点でのフルートの現実的な最終目標は…「アルテ2巻終了」かな? 今の自分の考えでは、ここまでは、フルートを一生懸命頑張っていこうと思ってます。

 今までも、フルートを始めたばかりの頃は「フルートの目利きができるようになったら、新しいフルートを買って、フルートを辞める(内容に矛盾がありますねえ…)」が最終目標だったし、アゲハを買って目標を達成してしまうと「アゲハのローンを支払い終えるまでフルートを一生懸命やる」に目標が変化しました。実はそろそろアゲハのローンも終わりに近づいていますが、そんな私の最終目標が「アルテ2巻終了」なんです。つまり「アルテ2感終了までフルートを一生懸命やる」ですね。

 アルテ2巻が終了したら、どうする? たぶん、その時の事は、その時に考えればいいやと思ってます。その時に、アマオケ(いきなりの首席奏者は無理としても)のクチがあれば、うれしいし、そうでなくても、いい仲間が見つかれば、そっちに行きたいと思ってます。きっと、その頃には、また別の目標が出来ているかもしれませんしね。

 しかし、私は、別にペシミストではありませんが、その時には、かなりの年齢になっているはずなので、そこから先が開けているとは、どうも考えられないのですね。

 だからたぶん、アルテの2巻が終了したら行き止まりになるんじゃないかって思ってます。行き止まりに入っちゃったら、仕方ないので、その時は、フルートをやめて、別の事を始めるんじゃないかなあと、今は思ってます。

 まだ有り余るほどの活力があれば、クラオタのプライドを賭けて、ヴァイオリンを始めたいなあって思ってます。やっぱり、ヴァイオリンって、やってみたいじゃない。

 でも、もうすでに十分、年を取ってしまって、新しい事(ヴァイオリン)を始める気力や体力に不足を感じるようなら、器楽はそこで終わりにしてもいいかなって思ってます。音楽の趣味を、声楽系一本に絞ってもいいかなあと思ってます。

 次は、声楽の最終目標。ホントの大昔は「ミラノスカラ座で『道化師』のタイトルロールを演じる」という大目標がありましたが、これはフルートの最終目標の「アマオケの首席フルーティスト」よりも(当たり前ですが)難しいので、却下も却下ですね(笑)。

 そんなわけで、今は声楽の目標というのは、特にないかな…。目標も無い代わりに、終わりも特に考えていません。おぼろげに、ずっと歌っていきたいなあと考えてます。もちろん、独唱はいつまでもできないでしょう。なにしろ体力が相当必要ですから。いずれは独唱を減らして、歌うのに楽な、合唱の比率を増やしていかないといけないかなって思ってます。

 そのためにも、どこかで合唱のキャリアを本格的に始めないといけませんね。どの時点で、合唱のキャリアを再開するか、よくよく考えていかないといけないと思ってます。

 そういう意味では、フルートを辞めたあたりで、合唱団に入団して、合唱を始めればいいかなって思ってます。

 合唱は、それこそ、かなりの年齢になっても、演奏で楽しめる音楽ジャンルですから、最後は合唱団で歌って、私の音楽の最後のキャリアを閉じてみたいなあと思ってます。

 モーツァルトのレクイエムあたりを歌いながら、人生が終えられたら、いいなあ。
 
 
今月の歌曲

 私を泣かせてください(ヘンデル作曲:Lascia ch'io pianga)

  こればっか。この曲だけを歌い込んでいます。

 
今月のフルートソロ(遊び吹き含む

 シチリアーノ(Sicilienne:フォーレ作曲)

  発表会でこの曲を演奏します。毎日必ず吹いてます。

 ダニー・ボーイ(Danny Boy:アイルランド民謡)
 蛍の光(Auld Lang Syne:アイルランド民謡…って知ってた?)
 愛のロマンス(Romance De L'amour:映画「禁じられた遊び」の主題歌)
 サバの女王(La Reine De Saba:グラシェラ・スサーナのヒット曲)
 サン・トワ・マミー(Sans Toi Mamie:越路吹雪のヒット曲…だよね)
 マイ・ボニー(My Bonnie:イングランド民謡)
 サン・ホセへの道(Do You Know The Way to SAN JOSE:ディウォンヌ・ワーウィックのヒット曲だと思う)
 一晩中踊れたら(I Could Have Danced All Night:ミュージカル「マイ・フェア・レディー」より)

 以上は、セッションレッスン用に地味に練習している曲です。
 
 
今月のお気に入り  OMRON 体重体組成計 カラダスキャン HBF-361

 いわゆる“体重計”です。ただし、体重を計るだけでなく、体脂肪率やBMIなども計測できます。週一回のダイエット記事の数値は、毎日こいつで計測したものの平均値です。

 ダイエットで大切な数値は体重である事は、当然な話ですが、体重って、その時の水分量や食事量(体内に残っている未排泄の食事)で案外左右されます。はっきり言っちゃえば、トイレに行ったり、サウナに行くだけで、簡単に数値が変わります。

 私は、その時の体重と体脂肪率から“体脂肪質量”を計算する事にしています。で、日々のダイエットはむしろこっちを気にしています。体重が減ったとしても、体脂肪質量が変わらなければ、単に水が抜けただけの話ですし、体重が変更なくても、体脂肪質量が増えていれば、太りだしたわけで、2~3日放置すれば、必ず体重に跳ね返ってきます。

 そんな風に私は使ってます。ただの体重計も悪くありませんが、ちょっと賢い体重も良いものですよ。

 ちなみに、今回のこの製品は、今年のお誕生日プレゼントとして、妻からもらいました。今まで使っていたのが、タイミングよく壊れた(笑)ので…。前のは5年以上使ってましたが、最近、センサーが鈍いなあと思っていたので、ちょうど良いプレゼントでした。

 みなさんも、夫君のお誕生日プレゼントにいかがですか?
 
 
今月の金魚

2009年 7月12日(日) ブニョ[本名:フウカ]入院
      7月14日(火) ブニョ 退院
      7月18日(土) メダカ30匹投入
      7月19日(日) メダカ20匹前後に減少
      7月21日(火) メダカ13匹に減少・シッポナ尾ビレを食われる
      7月23日(木) メダカ12匹に減少
      7月26日(日) メダカ9匹に減少・シッポナ消滅
      7月27日(月) メダカ6匹に減少
      7月28日(火) メダカ5匹に減少
     7月30日(木) メダカ2匹に減少

 

 今月のひとこと

ああ、愛が無い(涙)! 何について「愛が無い!」と叫んでいるかと言うと、マイケル・ジャクソン氏に対するテレビ局の一連の報道についてです。彼の業績足跡、とりわけ音楽を通して、有色人種に勇気と希望を与えた事に対する評価は無しで、過去のスキャンダルまがいの事ばかりを、この期に及んでも報道し続ける。その姿勢にはヘドが出そうだ…。ああ、なぜテレビ局は、妬みと僻みと嫉みの感情でしか番組制作ができないのだろうか? なぜ、尊敬と敬愛と感謝の気持ちで番組を作れないのか! 偉大な才能を失った悲しみなど、全く感じられない。個人的な好き嫌いは別としても、彼の才能になぜ素直に頭を垂れることができないのだろうか? 今のテレビ局の番組制作側の品位を全く疑わざるをかないのが、正直な気持ちだ。 マイケル・ジャクソンさん、私はあなたの不熱心なファンでしたが、確かにあなたの音楽で育てられた人間の一人です。さようなら、そして、ありがとうございました(2009年6月27~30日)

今年から6月30日は『Hi-G記念日』に決定! なぜなら、今日、やっと、私が「Hi-G」を、音程音量ともに満足のいく音として出すことができたからです。Viva! "Lascia ch'io pianga"  Hi-Gと言っても、五線の上にちょこんと乗っているだけのソなんだけれどね。もうこれで大丈夫、大丈夫…だよね。明日になって、歌えなくなっていたら…うわぁん、それは悲しいぞ。でも、一度でも満足のいく声で歌えたのだから、記念日だい!(2009年6月30日~7月2日)

雨が降っていました。アマゾンで買い物をしたので、荷物が宅配便で届いた。受け取る時に配達のオジサンが「ごめんなさい、そこの水たまりに荷物を落としてしまって…」と言いながら、部分的にしっとりした荷物を手渡してくれた。謝ってから手渡してくれたので、クレームはつけずに受け取ったけれど、中身は本とCD。さっそく中身を確認したところ、水分は中までしみていなくて、とりあえずOKでした。多少は防水効果のある封筒で届けてくれて良かったよ。もしも、開けてみて、本がびっしょり濡れて,ゴワゴワになっていたら、どうしようと思いました。ゴワゴワでも読めるけれど、新品の本がゴワゴワでは悲しいでしょ。(2009年7月2~4日)

先日、シューベルトの「ます(ピアノ五重奏の方)」の生演奏を聞きに行きました。ヴァイオリン目当てで行ったのですが、コントラバスにやられて帰ってきました。カッケーぞ! バス。ブァンブァン弾いてて、お腹までしびれる感じでした。低音楽器っていいねえ。録音じゃあ、その魅力が発揮できないのが悲しいけれど。ああ、コントラバスやりてえ(今度はバス病?)。(2009年7月4~7日)

決定しました。この夏、総金のフルートを買います。銀じゃないよ金だよ。金、つまりゴールドフルートです。理由は…“何となく”です(笑)が…。24Kの総金のフルートなら1500万円あれば買えるはずです。問題は、どこから資金を調達するか…ですが、やっぱり宝くじ? サマージャンボとトトビッグと、どちらの方が1500万円貰いやすいのかしら? ああ、悩み。それよりも、宝くじって、どこで売っているのかしら? そんな事も知らない、わ・た・し。(2009年7月7~9日)

我が家の裏にヴァイオリン教室が開業。一体、なぜ?(笑)(2009年7月9~12日)

実は、生まれて始めて、フリマで買い物しました。アロハを買いました。だからどうなんだと言われても困りますが、私的には初体験だったもので、記録として書いておきます。(2009年7月12~15日)

 私の地元では、ただいま、新型インフルエンザがブイブイ言わせております。ああ、インフルエンザと夏の暑さのダブルパンチかよ。ああ、マスクなんてしたくねー(ってか、絶対しないぞ!)(2009年7月15~17日)

今、窓から外を眺めていたら、急にセキセイインコが飼いたくなった。それも真黄色なセキセイインコ。ううむ、インコが飼いたい。インコが飼いたい。(2009年7月17~20日)

キング先生が、学芸会程度のオペレッタの会を立ち上げるとか立ち上げないとか…そんな事をブログに書かれました。なんか、意味なくワクワクします。(2009年7月20~22日)

笛先生のライブと、地元の花火大会と、銀座山野のフルート・ワールドが、なんと、トリプル・ブッキング! うひゃー、三つとも行きたい! でも、身体は一つしかない。うわお~、これは困った。まさに困った!(2009年7月22~24日)

感謝感謝です。また新記録を作りました。2009年7月24日のページビューが802ページでした。たった一日で802ページです。こんなニッチなブログには過ぎた数です。これもこのブログの愛読者の皆様方のおかげです。本当にありがとうございます。これからも、頑張ってブログを更新していくので、よろしくお願いします。ちなみに、この日の記事は「別に酔ってからんでいるわけではありません(謝)」という、吹奏楽関係の記事でした。いやあ、吹奏パワーってすごいなあ…。(2009年7月24~26日)

ディアさんの「ディアのぐ~たら日記」をお気に入りブログに追加しました。アメリカとフルートの話もおもしろいのですが、毎日体重をアップしているところがエラい。とても見習えません(涙)。だって、私はそこまでダイエットに熱心じゃないもの。(2009年7月26~30日)
 
 
 今月は以上です。

2009年7月30日 (木)

今年は(久しぶりに)第九を歌います

 タイトルの通りです。今年の暮れは、ベートーヴェン作曲「交響曲第九番合唱付き」を歌います。もちろん、合唱団の一人として。

 どこで歌うかと言うと、もちろん地元。地元の臨時編成(とは言え、毎年やっているので半ば常設っぽいのですが)の合唱団。テノールのコーラスボーイとして歌います。

 ああ、第九なんて、久しぶり。三年ぶりくらいかな? キング先生に師事するようになってからは、始めての第九です。

 今までも第九を歌うチャンスがなかったわけではありません…と言うよりも、毎年チャンスはありありでした。でも、キング先生の出された条件を守れる自信が無くて、それで今までは第九をパスしていたわけですが、今年、ようやくその条件を守れそうな気がしてきたので、試しに歌ってみる事にしました。

 キング先生が毎年出してくる条件とは…「自分を抑えて歌うこと」…これだけ。これができれば、合唱は良い勉強になりますから、積極的に参加してくださいと言われ続けて来たのですが、今までは自分を抑えきれる自信がなかったので参加を見合わせていました。

 自分を抑えて歌う…先生の日頃のアドヴァイスを念頭に置いて、自分なりに咀嚼したものを書いてみます。

 「自分を抑えて歌う」それはおそらく「合唱団員としての本分を守った歌い方をする」ということなのではないでしょうか。

 合唱団員としての本分を守った歌い方? それは…

 ・何よりも音程重視。自分は合唱という楽器である、くらいの意識で歌う。

 ・何よりも言葉重視。半ば歌い、半ばしゃべるくらいの気持ちで歌う。つまり、アリアではなく、レチタティーヴォを歌うつもりでちょうど良い。

 ・何よりも周囲に溶け込む音色で歌うこと。それが難しいなら、小さめの声で丁寧に歌う。

 …です。この条件を積極的に実行できる事が、合唱団員として必要なことだと私は考えます。

 で、この条件を守ることは…少なくとも去年までの私では絶対に無理。全然無理。全く無理でした。

 と言うのも、私は歌いたがりの、根本的にソロ志向の人間だから(爆)。

 例え合唱であっても“そこは私のためのオンステージ(はぁと)”ぐらいに思っていたからです。そんな人間ですから『音程? 周囲との協調? 大きな声でババンと歌っちまえば、それでいいじゃねえか!』という、見るからにはた迷惑な思考回路(でも、歌をやっている人間だと、結構こういう人、多いんじゃないかな?)で行動していました。

 いやあ、結構、この手のソロ志向の人って、アマチュア合唱団にはいるんですよ。それもゴマンとね(笑)。でも、多くの場合はあまり問題にならない。なぜなら、気持ちが、たとえそうであっても、現実的には、それほどの声を持ち合わせていない(つまり、その人の身体が楽器として不十分)ので、気持ち的にソロ志向で、ソロとして歌っているつもりで酔いしれていても、現実的に出てくる声はモロに合唱声だから、無問題なんですね。

 だから、合唱団に混ざっている、多くの勘違い野郎は、勘違いをしたまま歌っていても、平気なんですよ。だいたい、大きなソロっぽい声を出しているつもりでも、実際には側鳴りな声で、自分の身体の中にはビンビンに響いても、指揮者や客席まで全然届いていない歌なんです。

 その点、私の身体と声は、元々合唱向きではない(当社比:笑)。もちろん独唱用としては、訓練不足で全然使い物になりません。そういう意味では「歌向きではない」状態なのかもしれません。だから、レッスン以外の場では、全く歌うチャンスというのがなかったわけです。

 私の骨格は輪切りにすると真ん丸になってしまうほど、前後に分厚い身体で、おまけにタッパがある。肺活量も常人の倍近くあるし、体重も倍?近くある。何より神様から貰ったノドが、とても強い。車で言えば、一般的な人が乗用車だとしたら、私はトラックなんですよ。体の構造が、最初から大音量仕様にできているわけ。

 だから、普通に軽く歌っても、そこらの勘違いアマチュア合唱団員とは比較にならないくらいの音量で歌っちゃいます。いや、正確に言うと、比較する前に邪魔になるくらいの声量なんです。でも、発声も悪かったし、音程も甘かった。いわゆる「大声な音痴」って奴でした。いやあ、なかなかに迷惑な野郎だよね。

 ですから、昔から、この声量がネックになって、多くの合唱団に断られてきたのに、イマイチ、その点が分かっていませんでした。歌って、自分の姿がなかなか客観視できない、やっかいな楽器なんです。

 目立ちたがり屋で、個人主義で、大声なくせに、音程が甘くて歌の下手な奴。そして、自分がそんな奴だという自覚が無かった…それが去年まで私でした。そんな人間に合唱は無理ですよね。キング先生の元で少しずつ勉強を重ねていく中で、その辺のところが薄々と分かるようになってきました。だから、昨年までは第九の参加を見合わせていました。

 それが今年は何となく、キング先生の提示された条件が守れそうな気がするんです。だから、試してみようかなって思ってますし、もしも守れなさそうだったら、途中でリタイヤしてもいいやって気分になってます。

 変わったでしょ? 私。

 それは、やっぱり声楽の発表会で歌った事が、きっかけかな? あそこで変われたかなって思ってます。

 数カ月間、勉強を重ねてきた曲を舞台で独唱する。それを体験したせいか、独唱と合唱が全く違うものだと、理屈抜きで分かりました。だから、合唱の場面で、独唱のようなふるまいは、もうしないだろうと思ってますし、独唱と合唱をきちんと分けた行動ができそうな気がします。

 声楽の発表会に出る前の以前の私なら、例え合唱であっても、本番は本番。全身全霊を込めて、全力投球です。私が全力投球をすれば…大声になるし、音程は下がるし甘くなるし、いい事は一つもありませんでした。

 今は、全力は、独唱の時に使えばいいのだと思ってます。合唱の時は、全身全霊を込めるよりも、全体の一部になりきる方が大切であって、そのためには、積極的に自分を殺す部分があってもいいかなって、思えるようになりました。だって、合唱は合唱だもの。合唱って、たとえ私はそこにいても、私は合唱ではないもの。それが身体で分かったって感じかな。

 ある意味、余裕が出てきたって事でしょう。この年になって、成長してます。

 だから、今回、第九に参加するにあたって、普段の歌い方(独唱用)とは歌い方を変えて行こうと思ってます。軽く軽く、必要な音高に声を当てていくような、まるで自分がピアノにでもなったかのような歌い方をしていこうと思ってます。もちろん、音量はかなり抑え気味の頭声中心の発声で行こうと思ってます。だってね、きっと、すごく小さな声で歌っていても、私の声は[悲しい事に]よく響くので、それでもかなり合唱の邪魔になってしまうかもしれません(もちろん、邪魔にならない程度まで、声量は落としていくつもりです)ので、その点によくよく注意を払っていきたいと思ってます。

 よく「合唱と独唱では歌い方が違う」と言う人がいますが、私はそうは思いません。しかし、「合唱と独唱では、歌うときの心構えが全く違う」とは思います。それが今現在の私の心境です。

 第九は、9月から練習が始まって12月が本番です。たった三カ月間の練習期間です。この間に、自分の合唱団員としての資質を高めてこようと思ってます。「目指せ! 地味で物静かな合唱団員!」です。…でも成りきれるかな? ソリストの地は出ないかな? 色々な意味でハラハラドキドキの第九になりそうですが…果たしていかに。

 練習が始まったら、合唱の練習もブログにチマチマ書いていくつもりです。

2009年7月29日 (水)

これはこれで、なかなかおもしろい事が分かるんでないの?

 ネタ的にはちょっと古いかもしれませんが、今頃気づいた(し、誰も書かない)ので、記事にします。

 あ、まずは「THE FLUTE」創刊100号おめでとうございます(パチパチパチ…)。

 で、その「THE FLUTE」の100号に「フルート総見 総集編 メーカーオススメ、究極のハンドメイド」という記事が載っています。この記事には日本の大手フルートメーカー六社の、それぞれのイチオシモデルが掲載されているというわけです。

 まずは、どのメーカーの、どのモデルが掲載されているかを、ご紹介します。

YFL984MVB(265万円:ゴールド)ヤマハ

DS MODEL(73万5000円:シルバー)ムラマツ

14K-3 Gold(275万1000円:ゴールド)サンキョウ

SBR Platinum(609万円~813万7500円:プラチナ)ミヤザワ

マエスタ ローズゴールド(231万円~:ゴールド)パール

AL Model(105万円:シルバー)アルタス

 こんな感じです。ざっと見ると、三つのグループに分かれると思います。100万円前後の総銀モデルを押しているムラマツとアルタス。200万円台のゴールドフルートを押しているヤマハとサンキョウとパール。600万円以上もするプラチナフルートがイチオシなミヤザワ。ここに、それぞれのメーカーの広報に対する考え方というか、販売戦略の片鱗がうかがえるような気がします。

 ちなみに「THE FLUTE」という雑誌は、私が思うに、その愛読者というのは、おそらく、趣味のフルート吹きさんたちですね。それも、おそらく中高年の初心者がメインターゲットなのではないかと思われます。ブラバンではなく、習い事としてのフルートをやっている方々で、個人レッスン、グループレッスンをメインとして、それにフルートアンサンブルを楽しむ人たちが読書層の中心を成すのではないでしょうか? だって、そういう人が喜びそうな誌面構成ですから(爆)。

 …きっと、吹奏楽系フルーティストさんは、こっちじゃなくて、PIPERSを読みそうな気がする…。

 ま、そういう、小金持ちな中高年のアマチュア・フルーティストさん向けの雑誌である「THE FLUTE」の愛読者(勝手に決めつけています:笑)に対して、各メーカーがプレゼンする一押しフルートが、これらなのです。

 ムラマツとアルタスは、ある意味、現実路線なんだと思います。それぞれのメーカーの総銀フルートの最高クラスのモデルをプッシュしてきています。愛読者の中には「いつかは総銀(はぁと)」という方々が相当数いるはずです。そういう層に向けて、最高級の総銀フルートをお薦めする。戦略的にはグッドでしょうね。私のような、中級者向け総銀フルートを使っている人間にも訴求力があります。ただ、あまりに現実的な提案なので、夢がないっちゃあ、ない。でも、一番商売につながるんじゃないかな?

 それに、それぞれの御家事情…もあるかな? たぶん、ムラマツではゴールドはプロ向けに作っているという認識(だからアマチュアにはゴールドは薦めない)なんだと思います。ま、「さすがは、老舗、頑固だね(らぶ)」ってところでしょう。

 アルタスは“総銀ハンドメイドフルートの会社”というイメージを大切にしたいのでしょう。この会社はゴールドもプラチナも作っていますが、でもフラッグシップモデルは、常にこのALモデルなんですよ。プロの方々にもALやPSをプッシュしているようですし、会社の方針として「シルバーのアルタス」という戦略があるのでしょうね、だから、あえてゴールドモデルは押さないのでしょう。そういう点では同じ総銀フルートをプッシュしていても、ムラマツとアルタスでは、だいぶ戦略が違うわけです。

 そこへ行くと、ヤマハとサンキョウとパールは200万円台のゴールドフルートです。この価格帯まで来ると、簡単には買えません。半ば、夢とか憧れです。でも…バブルを経験している中高年は、案外このくらいのお金にはビビりません。それに、すべての中高年が金銭的に困っているわけではありません。中には、このクラスのフルートをポンと買っちゃう人もいるでしょう。そういう人に向けて、メッセージを送っているのが、これらの会社なんだろうと思います。「総銀も良いけれど、大人なんだから、ここのところはポンとゴールド買っちゃおうよ」という、ある意味、素晴らしく健全なメッセージを出しているのでしょう。ある人々には夢と憧れを提示し、別の方々には現実的な提案を申し出る。実に実に、賢いやり方かもしれません。

 もっとも、ヤマハはゴールドフルートというよりも、単純にメルヴェイユをプレゼンしているだけなのかもしれませんが…。そして各種あるメルヴェイユのバリエーションの中で、イチオシなのが、このタイプなんでしょうね。ヤマハフルートの最新作ですし、私レベルのアマチュアが憧れるにふさわしいフルートですし…ね。実際、このゴールドメルヴェイユは…欲しいです(はぁと)。

 サンキョウは、そのカタログを見ると、「ゴールドフルートのサンキョウ」という線で行きたいのかなあと思われます。このメーカーは実にゴールドフルートのラインナップが充実していますもの。だから、イチオシフルートにゴールドを出してくるのは、自然な流れなんでしょう。

 パールはゴールドを薦めて来てますが、マエスタなんですよ。トップモデルのオペラではなく、二番手モデルのマエスタを出してきた、という点に、このメーカーの販売戦略を感じます。オペラにすると、マエスタと同じスペックでも価格が倍近く跳ね上がるわけです。パールって会社、イメージとして、コストパフォーマンスの良い会社というのがあるじゃないですか。同じスペックなら、他社よりお買い得!みたいなイメージが。もし、ここでオペラを出してしまうと「うげっ! パール、たかっ!」と思われてしまうのを、避けたのかもしれません。実際、ヤマハとサンキョウが同じ200万円台でも後半の価格設定なのに、パールは200万円台の前半ですから。ここでも、コストパフォーマンスの良さをさりげなくアピールしているわけです。

 まあ、それにしても、ゴールドフルートはお高い。お高い上に吹きこなすのも難しい。でもでも、たとえ吹きこなせなくても、ゴールドフルートを買う…オッサンフルーティスト、マダムなフルーティストなら、一度は考えますよね。その心のすきまに、いい感じでプレゼンかけてきたのか、これら三社なんだと思います。にくいネ。

 そう行くと、私には全く分からないのが、ミヤザワフルート。なぜ、プラチナモデルを薦める? この価格のフルートを購入する人もいるだろうけれど…、たぶんそういう人は、この雑誌を読んでいない(プレジデントあたりを読んでいそうですね)のではないかと思う。きっと私には分からない狙いがあるのでしょうね(分かった人がいたら教えてください)。だって、600~800万円あったら、私なら…プラチナじゃなく、18Kゴールドあたりを購入するよ。なんとなくだけど。

 もしかすると、編集部の意向? 「シルバーの会社が二つ、ゴールドの会社が三つなんですよ、ここは一つ、プラチナの会社が欲しいので、ミヤザワさん、お願いできませんかねえ…」なんてね。

 プラチナフルート…その良い点は数あるでしょうが、THE FLUTEを読んでいる、中高年初心者フルーティストには、その魅力は伝わりづらいですよね。実際、プラチナフルートよりも、プラチナメッキフルートの方が身近で憧れていると思うし…。買うなら、やっぱりメッキでしょう。…どうも分かりません。

 …マリオ・カローリ?

 ま、こんな記事一つでも、それぞれのメーカーの特色のようなものがうかがえるのが、雑誌を読む楽しさという奴です。

 それにしても、THE FLUTEという雑誌、毎回取り上げるフルートメーカーは国内メーカーが主ですね。ま、実際、中高年の初心者フルーティストさんたちは、国内メーカーのフルートを愛用しているだろうけれど、今回のような、夢と希望を与える特集の時は、海外メーカーも入れてくれればいいのにね。都会に行けば、買えるメーカーだったら、十分雑誌に取り上げる価値はあると思うのだけれど…。

 海外メーカー品は高価? でも国内メーカーのゴールドフルートを特集するなら、次は海外メーカー品を並べても、別におかしくないでしょう。いや、そんなことをしたら、海外製品の方がお値打ち感が出ちゃって、国内メーカーの商売の邪魔になる? まさかね?

 まあ、きっと、海外メーカーは、国内メーカーと違って、広告をなかなか出してくれないだろうけれど、彼らのイチオシフルートを記事にする価値はあると思うよ。と言うか、読みたいです。

2009年7月28日 (火)

妻のサポートがあってこその歌です

 いきなりですが、今日は私の歌声をアップします。それもレッスン中の奴です。もちろん、曲目は、ヘンデル作曲「Lascia ch'io piang(私を泣かせてください)」です。

 なぜこの曲をいきなりアップするのかと言うと、一種の『使用前・使用後』をするためです。で、今回は、もちろん使用前バージョンです。つまり「ヘタヘタ・ヴァージョン」です(とは言え、これまでの最高歌唱だったりしますが:涙)。

 何かと言いますと、これからアップする曲は「妻のサポート付き」で歌ったバージョンです。これを今回、アップします。で、これから一週間練習を重ねて、次回は「妻のサポート無し」で歌ったバージョンをアップします。これできちんと『使用前・使用後』になっていたらOK。そうでなければ、ダメダメよ、となります。

 ううむ、ブログを使った、壮大なレッスンだこと(笑)。これでは、練習をみっちりやるしかないじゃないですか(爆)!

 ええと、今回のポイントは「お腹を引き続けて歌うこと」です。

 ですから、まずは、ウエストが半分になってしまうくらい、思いっきりお腹を引っ込めます。引っ込めたところで、妻がガッチリと、私のお腹と背中を押さえつけ、それ以上お腹が戻らないように押さえつけます。もし、万が一、少しでもお腹がゆるんできたら、押さえつけている掌底でグイっとお腹を押す…という奴です。これで私は片時もお腹もゆるめることなく、歌い続けざるを得なくなるわけです。

 片時も…です。はい、歌っていて息を吐ききった時もゆるめてはいけません。もちろん、息を吸う時もゆるめてはいけません。それどころか、休符の時も、間奏の時もゆるめてはいけません。常に、常に、ゆるめてはいけません(涙)。

 やりましたよ、やりましたとも、出来る範囲で…。それが今回アップする音声ファイルの内容です。

 お腹を引っ込めているだけでも大変なのに、時折、グイッグイッと、妻の全体重が載った掌底ヅキがお腹に入るので、もう色々なところがボロボロです。みなさん、真剣に歌っている時に、お腹をグイグイ押されたら歌えますか? これはもう、理屈ではなく、ちゃんとした歌い方を、直接、体に教え込もうというわけです。

 で、とにかくそんな状態のレッスン状態で歌ったのが、今回のアップ分です。あとは、自宅できちんと練習して、さらにブラッシュアップして、次回のレッスンの時に、今度は妻のサポートなしで歌ったものを録音して、それをアップするつもりです、…と言うのが、キング先生のご計画です(笑)。

 次回、アップするものは、今回のバージョンよりも、うんとうまくなっていないとマズいのですが…さあ、どうなるでしょうか? 私はいったい、どれくらい上達できるのでしょうか?

 この録音を終えた直後、私はお腹を抱えて、壁に倒れ込んじゃいました。いやあ、それくらいつらかったです、色々な意味で…。

 お聞きになる方のために、歌詞を以下に記しておきます。翻訳はすとん訳(かなりの意訳)です。間違ってたらごめんね。あと、歌の最中に音程が揺れていたり、なんかヘマをしている箇所は、掌底ヅキを喰らったせいだと、好意的に解釈してください。

 では、どうぞ。
 
 
  Lascia ch'io piang(私を泣かせてください)

  Lascia ch'io pianga la dura sorte,
   (つらい運命に、涙を流す事を許してください)
  e che sospiri la liberta.
   (そして、その運命から解き放たれる日が来る事を、私は願っています)
  e che sospiri, e che sospiri la liberta.

  Lascia ch'io pianga la dura sorte,
  e che sospiri la liberta.

  Il duol infranga queste ritorte
   (私を縛りつけている、苦しみの鎖から…)
  de' miei martiri sol per pieta, si,
   (ただあなたの哀れみだけが、私を解放できるのです)
  de' miei martiri sol per pieta.

  Lascia ch'io pianga la dura sorte,
  e che sospiri la liberta.
  e che sospiri, e che sospiri la liberta

  Lascia ch'io pianga la dura sorte,
  e che sospiri la liberta.

2009年7月27日 (月)

コンコーネは宿題ね

 声楽のレッスンに行って参りました。

 練習前に先生と色々な密談をしました。そのうちの一つでも形になって、ブログに書けるようになるといいのですが…(笑)。

 今回はいきなり宿題を出されました。それは「コンコーネ(もちろん高声版)の1番と2番を徹底的に自宅で練習してくること」です。

 もちろん、のんべんだらりと歌ってはいけません。きちんと目的をもって声楽的に練習して来てくださいというわけです。絶対に考え無しで歌わないでくださいと、強く言い渡されました。

 では、今回、私が達成しなければいけない目的とは…

 1番では、スケール練習であることを意識して歌うこと。跳躍の部分はきちんと「○度の跳躍である」という意識をもって歌うこと。

 2番では、ロングスラーの意識を持って歌うこと。特にFisが全体の頂点であるので、そこをめざして、考えながら歌うこと。

 1番2番の共通点としては、常に頭声を意識すること。同じポジションで発声すること。

 ああ、それにしても懐かしいなあ。昔(20年くらい前)T先生のところでコンコーネをやったんだよね。その時は、中声用の楽譜で、単純に“のんべんだらり”と何の考えも無しで歌っていただけでした。でも、当時は未熟すぎて、それを“のんべんだらり”とも歌えませんでした。考え無しと行っても、単に音をなぞるだけでも難しかったです。ああ、あの頃よりも上達しているのかしら、私は?

 宿題のやり方を教えてもらったところで、歌の練習に入りました。

 歌は、いつもの「Lascia ch'io piang(私を泣かせてください)」です。

 まずは「ウミネコのマネ」から入りました。歌う前のウミネコは私にとっては必須のようです。

 今回の主な注意点は「同じポジションで歌い続けること」です。音程が変わっても、音色は決して変えない。常に同じ音色で歌い続けること。そのためには、お腹をしっかり使っていくことが肝心。

 音程をどう変えるかという話ですが、私は口の中を変えて、発声のポジションを変えることで音程を変えているフシがどうやらあるようです。低い音程は低いポジションで、高い音程は高いポジションで。だから音程によって、声の音色が少しずつ変わっていきます。

 これはもちろんヘタクソな歌い方なのであって、どんな音程であっても口の中は変えずに、声のポジションは変えず、声の音色は変えずに、音程だけを変えて歌うことが大切なのです。そのためには、イヤになるほどお腹を使って、お腹で音程を取るようにすることがまず最初なのだそうです。で、その最初のことを、今回は散々やりました。

 とにかく、お腹を引いて歌う。ずっと引く、引きっぱなしで歌う。やってみたら、すごく大変でした。

 久しぶりに、レッスン中にあの世が見えました(笑)。いやあ、きびしいレッスンでした。

 あれ? これって、先週、フルートで記事にした「ギアをローに入れっぱなしにする」事と基本的には同じことかな? ただし、使う筋肉と使う方向が微妙に違い、使う程度が全く違うけれど。

 そうそう、お腹を引いて歌うために、腰を鍛えることを言われました。私は腰が弱い人なのですが、腰が弱いまま、お腹を引いて歌うと、いづれ腰が壊れてしまうので、お腹を引いて歌うのと同時並行で、腰も鍛えて強くしていきましょうと言われました。お腹と腰、表裏一体ですからね。バランスよく鍛えていかないと。

 その他、細かいこととして、以下の注意を受けました。

  ・フェルマーターが鳴り終わってから、次のブレスをする事。
  ・間奏の間は鼻で呼吸する事。鼻腔を意識しつづける事。

 もう一つ話があるのですが、それは明日のお楽しみということで。

2009年7月26日 (日)

読めない…[2009年7月第4週・通算29週]

体重:101.2kg[-0.1kg:-4.6kg]
体脂肪率:30.5%[-0.3%:-3.0%]
BMI:31.9[-0.1:-1.0]
体脂肪質量:30.9kg[-0.3kg:-0.4kg]
腹囲:100.2cm[-0.1cm:-6.7cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第24週目。実は今週はいっぱい食べました。馬鹿食い?という奴を何度もしました。それでも何とかこの程度に収まってくれました。ああ、神様、ありがとう。

 さて、今週のエッセイです。

 もう、目が不自由になって、かれこれ10年ほどになります。不自由と言っても、病気ではありません。老化現象です。いわゆる〈老眼〉と言う奴になって、はや10年です。

 昔はこれでも、すごく目が良かったのですよ。どんな遠くでも裸眼で見えたし、どんなに小さなものも裸眼で識別できた(当然、当社比)。望遠鏡とか拡大鏡というものの存在理由が全く分かりませんでした。おまけに多少の暗闇(星明り程度)なら、懐中電灯がなくても、モノの形くらいなら分かったので、暗いところも平気で行動していました。それくらい目が良かったです。

 それがある日を境に、急に世界がボケ始めました。視力の低下がいきなりやってきました。

 視力の低下は激しかったですね。あれよあれよと言う間に視力激減。文庫本が余裕で読めていたのに、文庫本は全く読めなくなりました。ハードカバーの単行本ですら、目がショボショボするので、1~2ページでギブアップ。

 当然、これは何かの悪い病気に違いないと確信したので、眼科に飛び込みました。

 結果は、どこも悪いところはなく、単に「老眼です」と言われました。それも成り始めだから、これからますますドンドン悪くなり続けますと宣告されました。

 メガネを使用してくださいと医者に言われたので、生まれて始めて、メガネ屋に行って、老眼鏡を買った。眼鏡屋にいく事自体、(生まれつき目が良かったので)なんとなく負けた気がするのに、買ったメガネが老眼鏡ですよ、老・眼・鏡。

 いやあ、“なんとなく”ではなく“完全に”負けた気がしました。

 今掛けているメガネは二代目です。最初に買った老眼鏡は、老眼が進んだために、お払い箱にしました。今のメガネもそろそろ買い換えた方が良いかもしれません。老眼って、きちんと進行するものですね。

 私は元々、本の虫で、活字中毒の傾向がありましたが、残念な事に、もう、ほとんど本は読まなくなりました。だって、読めないんだもん。どうしても必要な時は、老眼鏡をイヤイヤ掛けて読むことにしています。

 その点、パソコンはいいね。フォントの大きさなんて、画面の解像度を下げれば、いくらでも大きくなるものね。目の弱い老人向けのメディアです。

 私は本当はメガネが嫌いなんです。だから、字を読まなくても良い状況なら、メガネを掛けません。仕事をしている時は字を読まないといけないので、メガネをします。でも、普段、くつろいでいる時はメガネを掛けたくありません。

 実はね、楽譜もチカチカして読みづらいんだよ。特にソとシとレなんて、フィーリングで区別しているくらい。なんか、あの辺を見分けるために解像度?というのが、どうやら私には不足しているようです。

 ああ、年は取りたくないものだ。

 目はこうやって自覚しているけれど、耳はどうなんだろうと時折思います。耳の衰えは目ほど顕著に分かるものではないけれど、それでもたぶん、若い時よりもずいぶんと衰えているのだろうなあ…と思います。

 ああ、逆さまに流れないのが“時”という奴です。

2009年7月25日 (土)

メダカ、投入!

 私は、バラの花束には、かすみ草が欠かせないと思っている人なんです。

 だから、金魚水槽にも金魚だけでなく、色々な魚がいて欲しいと願ってます。ウチの水槽には、金魚以外にも、ドジョウ(緋ドジョウ・縞ドジョウ)やエビ(ヤマトヌマエビ)や貝(タニシ・石巻貝)や水草(マツモグサ・アヌビアスナナ)がいたりします。

 でも、魚は金魚だけ。それが寂しいんです。

 実は以前は、ここにメダカとタナゴもいました。それはなかなか壮観な風景でしたが…タナゴはいけません。タナゴのメスはともかく、オスは気が荒くて…、ペットとしてはどうにもこうにもでした。

 その点、メダカは良かったですよ。特に緋メダカは魚体の色も金魚とはベストマッチなので、水槽的には良かったです。ある日までは…。

 ずっと、金魚とメダカの混泳を楽しんでいた我が家でしたが、ある日を境にメダカがボツボツと姿を消し始めました。いくら新しい子を投入しても、すぐに全滅してしまうのです。

 これはおかしいと思い、観察を重ねたところ、実に簡単な話でした。それは「金魚がメダカを食べていました」 それだけ。金魚自体が小さい時は問題ないのですが、大きくなると、金魚の口にメダカがラクラク入ってしまうのですよ。それで食べちゃう。

 でもね、メダカってビュンビュン動くんですよ。その点、金魚って、特にウチの子たちは琉金とかオランダとかですから、ノサ~としか動けない。どう考えても、金魚がメダカをハンティング?なんて無理と思うのですが、見ていたところ、大きな子たちはその瞬間の1秒くらいだけ、普段のノサ~っとした動きではなく、ビュンとか動くのですね。ほんの短時間だけなら、素早く動けるようなんですね。メダカを追いかけるのは無理でも、目の前を横切るメダカをパックンチョするくらいはできるみたいなんです。

 いやあ、そうなると、メダカは単なる生き餌ですね。人間があげる金魚フードよりも美味しいのでしょう。あっと言う間にたいらげてしまうわけで、それ以来、金魚とメダカの混泳はあきらめました。

 あれから時が流れ、ふと、先日、気がつきました。今、水槽にいる子たちは、一昨年の孟夏以降の子で、メダカ食べ放題時代の子は一匹もいない。だいたい、金魚ってペットですから、普段も金魚フードしか食べないわけで、今の子たちなら、メダカを混泳しても、生き餌と気づかずに、仲良く暮らしてくれるのではないかと思いました。

 さっそく試してみました。

 先週の土曜日に、近所のホームセンターでメダカ30匹買ってきました(1匹30円でした。高いなあ…)。軽く消毒をして水槽に入れてみました。以前なら、入れ食いでしたが、今回はそんな事もなく、メダカは新しい環境に不慣れでパニックを起こしていましたが、別に殺戮場面は繰り広げられることもなく、平穏無事でした。金魚の口もとをメダカが通過しても、何事も起こりませんでした。

 やっぱりメダカを食べたことのない金魚は、メダカをエサだと認識しないんだなあ…。

 そういうふうに思いました。とにかく土曜日は平和でした。

 翌日の日曜日の朝、金魚にエサをやりました。当然、メダカの数も数えました。20匹強でした(涙)。もしかすると、どこかに隠れているのかもしれませんが、あきらかに『ちょっと』数が減っています。

 息子君が言うには「さっき、カエデの口からメダカのシッポが見えてたよ~」

 やりやがったな…! 焼肉定食、いや、弱肉強食の世界だから、仕方無いとは言え、ちょっと目を離したスキに食っちまったか…。

 しかし、水槽には適性な数というのがあるわけで、我が家の水槽の場合、エビは何匹投入しても、3~5匹で安定してしまうし、キンギョも最近は5匹が定数で、6匹を入れると必ず誰かが星になるという現状があります。きっとメダカにも適性数というのがあって、そこに至れば落ち着くはずだ。そう思いました。

 月曜日のメダカの数は…20匹前後。さらに昨日よりも減っているような…。

 火曜日…ざっと数えたら13匹しかいません(涙)。尾ビレのない子を発見。金魚に食われたけれど、全力で逃げ出した、その勇気に感動。個体識別が可能になったので、シッポナ(尻尾無)と名付ける。

 水曜日…ざっと数えたら13匹。シッポナも元気。濾過器の吐出口から激しく出てくる水流に、みんなして逆らって泳ぐという遊びが、メダカ界では大はやりの様子。

 木曜日…水草の森の中に頭のないメダカの死骸を一つ発見。襲うだけ襲って食べないって…どういうつもりなんだろ? ともかく、メダカの数は12になりました。シッポナは相変わらず元気ですが…。

 金曜日…たぶん、12匹。シッポナも元気。

 そして今日、土曜日…たぶん、やっぱり、12匹。シッポナも元気。

 ううむ、どうやら、メダカは12匹が定数のようです。後の心配は、水替えの時に一時的に人口過密状態の上に金魚たちがパニックを起こすので、そこでどさくさ紛れで食べられちゃうメダカがいないかなって心配だけど…どうだろ?

2009年7月24日 (金)

ギアをローに入れたまま、回転数を上げていこう!

 先日、自宅でフルートの練習をしている時、フルートの高音EやFisの発声に悩んでいた頃の事を思い出しました。本当に出なかったなあ…高音E。結局、あの時は、きちんとフルートの調整をして、倍音の練習をして、それで乗り切れたような記憶があります。

 今でも高音EやFisを失敗することは皆無ではありませんが、それはたいてい“気が抜けている”からであって、気を入れてフルートを吹けば、必ず高音EやFisはOKになります。だから、私にとって、これらの音は「ちょっと苦手だけれど、まあ、何とか付き合える」感じになってきました。

 あの時と、今では、何がどう違うのかと思いをはせてみました。

 感じたこと、それは「息のトルク」について注意するようになりました。「息のトルク」? はい、すとん用語ですね(笑)。「息のトルク」とは「息の力そのもの」ではなく「息の力を作り出す力」の事をを想定しています。つまり、「息の力」ではなく「息の力を作り出す力」を意識して吹くことで、高音Eや3オクターブ目の音たちの苦手意識が払拭できました。

 分かりづらいですか?

 一般的に、高音Eを出すために、息のスピードを速くして発声します。ただ単に、息のスピードを速めただけでは、荒々しくて高い方に外れた音しか出ません。優しい音色の音にするためには、息のスピードは速いまま、息の勢いそのものは優しく弱めてやらないといけません。でも慣れないうちは、息の勢いを弱めようとして息のスピードまで遅くしてしまいがちです。そうなると、高音は出ず、オクターブ下の音が出てしまいます。

 なので、コツは、『息のスピードは速いまま、息の勢いだけを弱める』事です。それにはどうすればいいか。ヒントは倍音練習の時の身体の使い方にありました。

 倍音練習をする時、高い倍音を出すためには、息のスピードはもちろんですが、それにプラスアルファがないと、きれいに倍音が鳴ってくれません。もちろん、力付くでは倍音は鳴りません。

 そのために、みなさんはどうか知りませんが、私は、うんと胴回りを膨らませます。息そのものを横隔膜でしっかり支えるわけです。そうすると、不思議な事に、ラクラクと倍音が出ます。しっかり横隔膜で支えれば支えるほどに、高い倍音が出てくるから不思議です。

 ある時、なぜ、このような事が起こるか、考えてみました。

 低い音と高い倍音を鳴らす時、多少、息のスピードは変えますが、極端に思えるほどは大きく変えません。なぜなら、そんな事をしても無駄で、倍音は息のスピードだけでは、上手く鳴らないからです。で、息のスピードを変化させただけではうまく鳴らない倍音を、きれいに鳴らすためのプラスアルファとして、私は息をしっかりと支える事にしました。

 息をしっかり支えること、これは息の足元をしっかり固めることだと意識しています。そして足元をしっかり固めると、多少スピードが遅くても、力強く芯の強い息が出せる様な気がします。

 ギアで言うなら、低速ギアを使用した感じなのです。いや、低速ギアに入れつつも、モーターの回転数をしっかりとあげている感じなのです。その低速ギアに入れても、モーターの回転数をしっかりとあげている感じが、まさに「トルクの強いモーターで作業している感じ」なのですよ。

 こんな時の私の感覚は、太い息がしっかりと出ているように感じられます。こういう息でフルートが吹けた時は、高音も3オクターブ目もラクラクと出せる様な気がしています。

 ですから、フルートを吹く時は、息のギアをローに入れたまま、トルクをあげて、スピードをあげるようにしています。車の運転でそんな事をしちゃあ、いけないのでしょうが…ね。

2009年7月23日 (木)

別に酔ってからんでいるわけではありません(謝)

 フルートを始めて、今まで、全く興味のなかった“吹奏楽”と言うものに多少なりとも興味感心を持つようになりました。そして、少しずつですが、あの特殊な世界の事を知るにつれ「ほー」と思ったり「へー」と思ったりする事が増えてきました。もちろん、誤解もしているだろうし、偏見もあるでしょうが、無知な素人さんは、吹奏楽について、こんな事を疑問に思っているんだ、と思って読んでいただければ、幸いです。

 あ、別に回答を求めているわけではないので、私の愚問のすべてに答えようとなさらなくて結構ですよ>吹奏楽関係の皆様方

 さてさて、それで、無知な素人さんが、最初に思った疑問は、その呼称。吹奏楽…でいいんですよね? そしてそのカタカナ呼称がブラスバンド?…ですよね。

 でね、このブラスバンド[直訳すると、真鍮音楽隊]という言葉。略してブラバン。このブラバンに、なぜ木管がいる? ま、サックスは木管楽器でもブラスだからOK。でも、フルートやクラリネットはブラスじゃねえだろって、つまらない疑問。

 だから、ブラバンじゃなくて、ウインド・オーケストラ[直訳すると、吹奏合奏団]って言われると納得。でも、ウインド・オースケトラって、何気に和製英語っぽいんだけれど、外国で使っても通じる言葉なのかな?

 次の疑問。オーケストラには、アマチュア・オーケストラとプロによるオーケストラがあります。それぞれ「アマオケ」とか「プロオケ」とか呼んで区別してます。

 当然、ブラバンにだって、アマとプロの存在があるだろうけれど、それはなんて呼んで区別しているのかな?

 「アマブラ」?「プロブラ」? そんな言葉は聞いたことないよね。

 「アマバンド」?「プロバンド」? この言葉はよく耳にするけれど、この場合の“バンド”って、ブラス“バンド”じゃなくて、ロック“バンド”の意味だよね。

 「アマ楽団」? 「プロ楽団」? この言葉も聞いたことがある。これかな…って気もする反面、“楽団”ってナニ?って感じもするかな? と言うのは、私の中での“楽団”って、ジャズのビックバンド系の楽団なんだよね。だから、エレキギターとかエレキベースが入っているから、そうなるとブラバンとは違うよね。

 難しいね。それとも、オーケストラはプロがデフォルトな存在だから「アマオケ」という言葉が作られたけれど、吹奏楽はアマチュアの方がデフォルトだから、アマとプロの区別はあまり考えないので、呼び名がないとか?

 次の疑問。よく「ブラバンではフルートの音が聞こえない」と言いますが、ではなぜ、音量増加のために、フルートの数を増やさないのでしょう。クラリネットだってサックスだってたくさんいるんだから、フルートだってたくさんいてもいいのに…、ううむ、不思議。

 次の疑問。なんでブラバンって、あんなに練習ばかりするの? 一回の練習が3~5時間くらい平気でやるように部外者には見受けられます。今どき、宴会だって2時間が1コマでしょ。社会人対象で、平日の夜にやるなら、長くても2時間が限界だと思うんだけれど…。それとやはり大人の趣味なら、週1だろうと私は思うけれど、週2とか週3のところも結構あるでしょ。熱心だなあ…って単純に思います。ついて行かれないよ…とも思いますが(笑)。

 次の疑問。上の練習時間の長さと関係あるんだろうけれど、吹奏楽関係のブログを読んでいると、練習の遅刻欠席が多いように見受けられるんだよねえ。遅刻欠席はゼロにはできないだろうけれど、合奏なのに遅刻欠席が多いってのは私には理解できません。

 普段から遅刻欠席の多い人間でも、平気で楽団に所属できる事が部外者的には???です。だったら、練習時間そのものを減らして、開始時刻を送らせ、練習回数を減らして、なるべく全員が必ず練習に参加できるように時間調整をして、その上で遅刻欠席をなくして、常に全員で集中して練習できるようにするべきと思うんだけど? 私の発想は変かな?

 次の疑問。やはり吹奏楽関係ブログを読んで思ったのだけれど、なんで個人練習をブラバンの練習時間中にやるんだろ? 個人練習は個人の責任でやっておくものじゃないかな? 「パーカッションや金管などは、楽団に来ないと練習できないから」って言われそうだけれど、それはアマオケも同じ。アマオケの人は、ちゃんと個人練習をして全体練習に参加するよ。なぜオケだとできるのに、ブラバンだとできないのか、部外者には疑問。個人練習を各自の責任にすれば、全体の練習の時間と回数を減らせるのにね。

 次の疑問。ブラバンって、元々は軍楽隊から生まれたものだから、野外演奏ってのがまず基本というのは理解してます。で、金管(ブラスだね)はともかく、木管楽器って、色々な意味で野外演奏には向いていないでしょう。その辺りは、どう感じているんだろ? それとも全然気にしてないの? 私は自分の楽器を直射日光にさらすのもイヤだし、外気に触れさせるのもイヤ。ましてや、汗まみれになって演奏? 考えられな~いって感じです。

 次の疑問。吹奏楽という音楽は、ポピュラーミュージックなんでしょうか? それともクラシック音楽なんでしょうか? と言うのも、私は個人的には、吹奏楽はポピュラーだと思っているのですが、ある時、ブラバンの女の子(サックス)と話をしていたら、彼女自身は「自分はクラシック音楽の一分野として吹奏楽をやっている」ような事を言ってました。

 クラオタ視点から見ると、吹奏楽がクラシックなわけないのですが、吹奏楽をやっている人の意識としては、自分たちはポピュラー系だと思っているのかしら、それともやっぱりクラシック系?

 あ、一応、クラオタ視点で考えるクラシック音楽って、交響曲と協奏曲と管弦楽曲と室内楽曲とオペラとリートとバレエです。つまり、ヨーロッパの劇場で見聞きできる古典音楽のこと。王宮および貴族のサロンの音楽と、それに対するアンチテーゼとして庶民の愛する劇場で上演され続けてきた音楽のこと。ああ、馬鹿丸出しな説明だな。でも、だから、吹奏楽は入らないと思うんだけれど、いかが?

 なんか、今日は疑問の羅列で申し訳ない。でも、部外者には、ほんと、疑問なんだよね。 

 そして、あくまで疑問のつもりで書いたのだけれど、難癖に聞こえたらゴメンネ。気を悪くしたら、本当に申し訳ない。全くそんなつもりはないんだけれど、部外者から見たら、色々と不思議なんだよ、吹奏楽の世界って、サ。

2009年7月22日 (水)

腹も大事だけれど、内モモも大事だな

 「息の支え」とか「お腹の支え」とか、色々な支えがよく言われます。フルートを吹いていても考えるし、声楽では「支え」命、みたいな部分すらあります。

 今までも、色々な指導者の方々から支えについては教えてもらいましたし、キング先生にも笛先生にも、色々なアドヴァイスをいただきましたが、どれもみな「帯に短し、たすきに長し」でした。だいたい「支え」などと言うものは、結局自分の身体の使い方なので、人それぞれやりかたが違って当たり前だし、先生のおっしゃる事をすべて理解できるわけでもないし、理解したところでそのまま実践できるわけでもないし、結局、先生方のおっしゃる事をヒントにしつつ、自分にとってベストな方法を自分で探すしかないわけで、その辺りで苦労していました。

 私も今まで、色々なやり方を試行錯誤してきました。比較的「いいかな?」ってのもありましたし、逆に「どうなの、これ?」ってのもありました。

 とにかく分かっていることは、正しい姿勢を作った上で、「背筋を上下にひっぱること」「腹筋を背中側にひっぱること」「胸筋を広げること」「胴回りを外側へふくらませること」「ノドを広げて下げること」「上半身を脱力すること」。そして、一番大切なのは、これらを自然な形で同時に行うこと。

 特に最近は高いGを安定して出すために、より「お腹の支え」というのを意識して練習するようになりました。しかし、一つの筋肉に集中すると、他の筋肉がおろそかになりがちで、なかなかうまく行きませんでした。ま、集中力の問題と言えば、そのとおりなんですが…。

 それで色々試す中、先日、偶然、割と良い方法が見つかったので、私のために、書いておきます。2009年7月現在でベストなやり方です。将来スランプになった時に参考になるといいなあという思いで書きます。

 その方法とは、もちろん姿勢はきちんと正しくした上で「お腹の事は(ひとまず)忘れて、ひたすら内モモをしぼること」です。意識をお腹やその他からハズして、内モモに持ってきます。そして内モモを内から前へとしぼるのです。これで、結果として、背筋を下に引っ張ることがてき、腹も背中側に引っ張る事ができます。おまけに胴回りも膨らんでいきます。一石三鳥なわけです。これに、背筋を上にひっぱることや、胸筋を開くことを加えると、かなりいい感じになるわけです。

 というわけで『内モモを思いっきり絞る』で、しばらくはやっていきたいと思います。

 あれ? これって、声楽の世界でよく言われる「アソコ(具体的な場所はそれぞれで想像してネ)を締める」と結果的には同じかな? ま、いいか(笑)。

 こいつの欠点は、立っている時しか使えない方法なんだよね。座って歌うこともあるので、そういうことは別の方法を考えないとネ。あと「内モモさえ絞っていれば、高音が出る」と言うわけじゃないのです。高い音を出すためには、これに加えて、さらに腹筋を引っ張り込む必要があるわけで、まだまだ努力は必要ですし、内モモをしぼるのが、万能薬ってわけでもありません。

 この方法は、もちろん、そのままフルート演奏にも応用できますよ。

 まだまだ、テクニックの完成には、程遠い私でした。

2009年7月21日 (火)

アンサンブルの練習とミニオフ会をしました

 フルートとヴァイオリンのアンサンブルの練習に行ってきました。なんか、色々なことをやったので、もう細かい事など覚えていません。とにかく、楽しかったし、充実してました、へとへとに疲れたかも…。なんか、半年分くらいのセッションレッスンを一度に受けたような気分です。大変だったけれど、とても勉強になりました。アドレナリン出しすぎたかも(笑)。

 今回はちょっと残念なことに、ヴァイオリンの参加者がヴァイオリンの先生だけで、他は全員フルートでした。ま、不定期でメンバーもその時次第のアンサンブルなので、仕方ないですけれどね。でも、違う楽器と合わせるアンサンブルも楽しいけれど、同じ楽器同士で合わせるアンサンブルも、また楽しいなっと思いました。

 今回は人数も少なめの6名で、内2名が指導者という、これでもか~と言うくらい、濃い目の練習をして参りました。とにかく、勉強して、曲やって、勉強やって、曲やって…っ感じかな。あんまりたくさんやったので、老後の思い出のために、かい摘んで書いておきます(笑)。あ、今回は、ここのブログのレギュラー・コメンテイターのめいぷるさんと小夜子さんがゲスト参加をしてくれました。感謝です。

 最初にやったのは、「9種の基本リズム」と「ハ長調の循環練習」でした。ま、これはアンサンブル前の肩慣らしのようなモノなのだそうです。「9種類の基本リズム」の練習は、みんなで同じリズムをくり返し練習する事で、それぞれの持つタイム感を調整して、アンサンブルの時にリズムをピチッと合わせるための事前練習だし、「ハ長調の循環練習」は一種のカデンツァの練習で、それぞれの持つ音程感覚を調整して、きれいな和音にするための事前練習でした。つまり『備えあれば憂いなし』な、準備体操のような練習でした。

 「ハ長調の循環練習」の時、私は一番上をやったのですが、なんかおもしろかったです。私はハモる時、一番下とか真ん中に入ることが多くて、一番上に行くことが余りないので、なんて言うか、ああいう感覚って気持ちいいです。うまく和音に“はまる”ではなく和音でできたウォーターベッドの上に“浮かぶ”って感覚なんですね。水に浮かぶ一枚の葉っぱのような感覚? へえ、いいね。それにしても、ハモる時って、ハモる場所によって、気持ちの良さの質が変わるというのは、歌をやっているだけじゃ分からない感覚だなあ…。うん、楽器演奏もなかなか捨てたものじゃないと思いました。

 で、準備体操が終わったら、例によって「初見大会」の始まり始まり。やった順番はちょっと自信がない(たぶんこの順番?)けれど、これらの曲をパートを取り替えながら、一通りやってみました。

 「ウェルナーの野薔薇」…まあ、ご挨拶というか、軽いジャブのような感じですね。私はとっても頑張ったよ。

 「夜汽車」…クラシック系の曲でしょうが、よく知りません。でも、どこかで聞いた事のあるような、ないような…。こういう、良く知らない曲を無理やり(笑)吹いて合わせるという事をくり返していると、初見演奏にに強くなるんだろうなあ…。

 「ヤマハ音楽教室の歌」…本当の題名を『Ein Mannlein steht im Walde』と言うそうですが、やっぱり「ヤマハ音楽教室の歌」です。ただし耳馴染んだハ長調ではなく、イ長調で、演奏したので「ドレミファソーラファ、ミ・レ・ド~」ではありませんでした。この曲、音域が高すぎて(笑)、ヴァイオリンじゃ[簡単に]弾けないそうです。私も思わずカタカナを楽譜に振りました(爆)。この曲、特にめいぷるさんが生き生きと演奏してました(なぜ?)。

 「Und in dem Schneegebirge」…クラシック系の曲でしょうが、よく知りません。聞き覚えもありません。みなさんも知らないって言ってました。でも、楽譜を配られたら、誰も知らない曲でも、いきなり初見でやっちゃうのであります。ある意味“勢い”の訓練というか、度胸試しのようなものです。

 「エーデルワイス」…ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージク」の曲です。やっぱり知っている曲は、心がなごみます。編曲も比較的簡単なので、私も楽しんで演奏できました。このくらいの曲が私的にはちょうどよいです。あと、なぜかメロディを担当すると、私の中のどこかのスイッチがポチっと入るのを自覚しました。やっぱり、本質的にソリスト体質なんだろうなあ…私は。

 「ラ・ラ・ルー」…ディズニー映画の曲でしたよね。この曲も知っているし、編曲も私向けだし、たっぷり楽しみました。やっぱり、知っている曲は譜読みが楽だわ…。

 「今日の日はさようなら」…ついこの前見た、映画「エヴァンゲリヲン:破」の印象的なシーンで流れていた曲です。アスカ、かわいそう(涙)。…って、オタな説明でごめん。エーデルワイスからこっち三曲、比較的親しみやすい曲の優しいアレンジで、今回は私レベルでも、かなりアンサンブルが楽しめました。うれしいです。

 「Garoto」…たぶんジャズ?でしょうね。最初に渡された楽譜が、トランペット、サクソフォーン、クラリネット、トロンボーン、チューバ、ベースの楽譜でした。これって、金管五重奏って奴ですか? これを見ながら、笛先生の模範演奏を聞きましたが、正直よく分かりませんでした。その後、リード譜(メロディとコードネームしか書いてない譜面)を見ながら、みんなで演奏。はっきり言って、曲は長いし馴染みはないは、速いは、楽譜は黒いは、符点付きのリズムは面倒クサイは、臨時記号はバシバシ出るは、…と難しい曲でした。

 先生がたくさんパーカッションを持ち込んでいたので、この曲は、パーカッションも入れてのアンサンブルでしたので、私は迷うことなく、パーカッション(タンバリン)をやりました。タンバリンを同じリズムでただ叩くだけでいいのに、時折、落ちました(涙)。同じリズムを叩き続けるのって、結構疲れるね。打楽器奏者って実はエラいんだなあ…。

 パーカッションだけやって逃がしてはもらえず、結局フルートもやりました。しかし、完全に私の演奏能力を軽~く越えた難曲だったので、最初のほんのちょっとだけメロディをやろうと努力しましたが、すぐに楽譜どおりに吹くのはあきらめて、勝手にベースを担当することにしました。こういう時にコードが読めるってのは、いいものです(それほどでもないか)。でも、ベースを吹いてても、迷子になっちゃう私って何?

 結論。「Garoto」、いやあ、手に余る手に余る。

 休憩(みんなでお茶しました)をはさんで、再びお勉強の時間です。

 休憩後のお勉強の教材は、「Minor Swing」というジプシージャズの代表曲です。みなさん、ジプシージャズっていう音楽ジャンルはご存じですか? 

 まずはみんなでこの曲のテーマを演奏します。テーマが終わって中間部に入ると、一人で32小節ずつ順番にアドリブをカマし合うという「アドリブ大会」をやりました(笑)。で、アドリブをやり終えたら、最後はまたみんなで一緒にテーマを演奏しました。もちろん、誰かがアドリブをやっている時は、他の人は、みんなでコードを見ながら伴奏です。ううむ、いっぱしのバンドマンになった気分です。全員が一通り終わったら、アドリブの時の伴奏の入れ方をちょっと変えて、もう一回ずつアドリブ演奏をしました。冷や汗をいっぱいかきました。でも、楽しかったね。

 その次はブルーノートのスケールを確認してから、ブルースのコード進行(ヘ長調)をやって、このコード進行の上に、またまた一人24小節ずつアドリブをかまし合いました。

 アドリブにも慣れたのでしょうね、めいぷるさんと小夜子さんのアドリブが、なかなかカッコよくてグーでした。めいぷるさんは気持ちよく指が動く動く、小夜子さんはセンス抜群、フレーズのタメがかっこいい! 二人とも、ブルースの才能あるね。少なくとも、私よりも有望だよね。だいたい、私はブルーノートの勉強したのに、アドリブの時はブルーノートの事を忘れて、普通の[ポピュラー]スケールでロックンローラーのようなアドリブ(当社比)をカマしていたので、ダメね。ジャズのセンスのない事を露呈してしまいました。ま、だいたい低い方の音域を中心にアドリブをしちゃったので「こういう曲のアドリブは音域が高い方がいいですね」という、ありがたいアドヴァイスをいただきました。なんかまあ、人生いろいろと言うことで…。次、頑張ります。

 アドリブ大会の後は、前回のアンサンブルの譜面を出して、またまた初見大会です(正確には、私は二度目でしたけれど)。

 「Bachのインヴェンション1番」…めいぷるさんの「バッハがやりたーい」のひと言で決定。私に、こんな真っ黒な譜面は吹けるはずもないので、素直にフルートを横に置いて、静かに積極的に見学しました。

 「G線上のアリア」…なんか、前回よりも下手くそになっているような気がしてましたが…たぶん、疲れていたのだと思いますが。

 「亡き王女のためのパヴァーヌ」「故郷の人々」…この二曲は、すとん・めいぷる・小夜子の三人でチームを組んで演奏しました。

 「茶色の小瓶」…最後なので、私はやけくそになって演奏しました。音楽と言うのは、勢いさえあれば、なんとかなるものなのです(あくまで当社比)。

 今回のアンサンブル練習の感想。

 まずは、めいぷるさん、小夜子さん、遠くからお越しいただき、感謝です。楽しんでいただけましたでしょうか? 二人とも、なかなかの腕前だと分かりました。でも、私も短いキャリアで、よくもこれだけ頑張っているでしょ(ちょっと自画自賛)。また、一緒に遊べたらいいですね。小夜子さんの発表会は、ぜひ応援に行きたいと思ってますので、よろしかったらメールでもメッセージでもくださいな。めいぷるさんの演奏会にも行きたいなあ。例のシューベルトはどこでやるんですか? 場所と日程が合えば、是非行きたいです。

 今回の練習には最初から最後まで参加。約5時間。ま、途中に休憩が30分ほど入ったけれど、ハードな練習でした。何しろ、ずっと立っていたから、ちょっと足腰にきました(爆)。でも、やっぱり、足腰はちょいとシンドイけれど、立ってフルート吹く方が色々と楽だね。次からは、演奏の時は基本的に立ちっぱなしだけれど、見栄を張らずに、フルートを吹いていない時は、積極的に座るようにしましょうっと。

 今回は先生が選んでくださった曲のレベルがバッチリでした。「Garoto」は手に負えませんでしたが、他の新曲は、完璧ではないけれど、それでもなんとか手の届きそうな感じのレベルの曲でした。私にとっては、やっとこさの曲でしたが、たぶん、めいぷるさんや小夜子さんあたりになると、その上で多少の余裕をもって、和音やリズムの合わせを楽しめたのではないかと思います。

 参加人数が少なめという事もあったのか、全体的に良い感じでハモれた曲が多かったなあと思いました。前回の練習は、ヴァイオリンチームは顔見知り同士で連携が取れていたけれど、フルートはバラバラだったもの。今回はやっているうちに、演奏にまとまりが出てきたのを感じました。やっぱり少人数だから、チームワークのようなものが生まれてきたのかしら? そう感じました。

 とにかく今回も実に多くの事を学んできました。消化不良になりそう…。でも、音楽って理屈じゃないんだよね。こういう経験をいっぱい積まないとダメなんだよね。そして、経験をするだけじゃなくて、それを自分の中で血肉にしていかないと、モノにならない。そのためには、経験したことを、時間をかけてゆっくりと丹念に消化していかないとね。

 帰りがけに、ほんの短い時間だったけど、ちょっとだけ三人でお茶しました。いわば、ミニオフですね。時間は短かったけれど、ここには書けないような濃いめの話ができて楽しかったです。色々な話をしましたね。心残りは、小夜子さんから「桜子さん購入秘話」の話を聞く時間がなかった事、次の時にはぜひお話をうかがいたいと思ってます。

 あ、めいぷるさんや小夜子さんの愛笛を吹かせてもらうのを、忘れていたよ。ううむ、残念。

2009年7月20日 (月)

聞き比べ、アルペジオーネ・ソナタ

 今はもうこの世に存在しない楽器、アルペジオーネ。調弦はギターと全く同じで音域も同じ、フレットがあったそうなので、やっぱりギターみたいな楽器。違いは弓で弾くことと、膝にはさんでチェロのようなスタイルで弾いていたらしいこと。一応、ヨーロッパの楽器博物館などにはレプリカがあるみたいだけれど、一応、絶滅した楽器の一つとして考えて良いのだと思う。

 このアルペジオーネのために作曲された名曲が、シューベルト作曲の「アルペジオーネ・ソナタ」。もう、オリジナル演奏楽器が事実上無いため、他の楽器で代用されて演奏されます。だって、曲自体は、美しくて、すごく良いから。

 普通はチェロで演奏します。同じ弦楽器だし、音域も近いから。ただし、チェロは4弦、アルペジオーネは6弦なので、色々と難しいみたいです。

 だったらいっそ、ギターを弓で弾けばいいんじゃないかと思うのだけれど、チャレンジした人はいるのかな? 一応、ギターだって、弓で弾けるんだよ、ブリッジに若干の改造を加えれば…、確か、ジミーペイジが弓で弾いたと思う。

 チェロの演奏が多いとは言え、オリジナル楽器がない以上、他の楽器で演奏しても、誰も文句が言えないので、オリジナル楽曲の乏しい…ヴィオラとかフルートとかも、こいつを演奏したります。

 ヴィオラのことは、横に置いて(笑)、先日、私は、この曲の聞き比べというのをやりました。もちろん、CDですが(大笑)。チェロ盤が、ロラン・ピドゥー(チェロ)&ジャン=クロード・ペヌティエ(ピアノ)のフランスコンビのもの。対する、フルート盤が北村薫(フルート)&刑部佳子(ピアノ)という日本コンビです。

 チェロのピドゥー氏は、昨年のラ・フォル・ジュルネのマスター・クラスで、私の本当の目の前(2mほどの距離)で、この曲を演奏してくれて、それ以来のお気に入りなんです。すでに国内盤は廃盤なので、輸入盤をリンクしておきました。

 フルートの方の北村氏とは、全くの面識がありません。CDのプロフィールをみると、桐朋学園大学とムラマツフルートレッスンセンターで教えられているようなので、このブログを読んでいる方の中には、この方のお弟子さんがいらっしゃるかもしれませんね。

 お二人とも、一流のプロ奏者なので、演奏に文句はありません。録音もすごぶる良いです。ですから、ここからの比較は、演奏家の比較ではなく、アルペジオーネ・ソナタを、チェロで弾いた場合と、フルートで吹いた場合の比較として、捕らえてくださいね、よろしく。

 てなわけで…。

 やはり、原曲が弦楽器を念頭において書かれたせいもありますが、しっくり来るのは、やはりチェロの方。曲の持つ奥行きもチェロの方がより深く表現できているような気がします。はっきり言って、より歌っているのはチェロの方です。ま、これらは弦楽器と管楽器のポテンシャルの差だね。ううむ、ずるいぞ、弦楽器。

 じゃあ、フルートではダメかと言うと、そうでもなく、フルートの方が聞いていて身近な感じがします。より親しみやすいというべきか。別にこれは私が笛吹きだからというひいき目の話ではなく、何というのかな、フルートの方が自然体の音楽になってます。

 テレビ放送に例えると、チェロの演奏は、劇場からの演劇中継ならば、フルートの演奏は、スタジオ収録のテレビドラマのようです。つまり、チェロだと濃いけど、フルートだとフレンドリー? フィルムとVTRの違い? なんかそんな印象があります。ヴィブラートの違いかな? やはり弦の方がヴィブラートを駆使した表現には長けているような気がしますが…人によってはおおげさに感じるかもね、特にクラシックを聞き慣れていない人だと、フルート演奏の方が「癒される~」とか言って好むかもしれない。

 ま、結論を言っちゃうと、好き嫌いの問題なんだけれどね。

 それにしても、フルートって管楽器だから、弦楽器と比べると、呼吸というハンデがあるし、この曲のフレーズって決して短くないから、本当は、フルートの演奏だとかなり聞き劣りがするだろうなあと思ってましたが、いやいや、実際、プロともなると、これくらいのフレーズは(楽ではないでしょうが)なんとかしちゃうものなんですね。

 チェロで聴くと、美しいです。フルートで聴くと、良い曲です。ああ、どちらも悩ましいし、どちらも大好きです。

 あと、フルートにせよ、チェロにせよ、実はこの曲、ピアノがとても大切だと思います。上手さも必要だけれど、なによりもピアノには、こぼれるほどに美しい音色が要求されます。

 やっぱ、ロマン派の音楽はいいね。フルートって、バロックと現代曲とポピュラーしかない(は言い過ぎか?)から、ロマン派の音楽は、心にしみるね。ズンズンしみこむよ。

 蛇足。ヴィオラで聴くと、ちょっと地味なチェロ? って感じになります。あの渋さが好きな人にはたまらないでしょうが、一般受けするかと言われると微妙。改めて、チェロという楽器の音色の素晴らしさに感服しますね。

 チェロに転向しようかな(嘘)。

2009年7月19日 (日)

サプリメントを服用しています[2009年7月第3週・通算28週]

体重:101.3kg[-0.5kg:-4.5kg]
体脂肪率:30.8%[+-0.0%:-2.7%]
BMI:32.0[-0.1:-0.9]
体脂肪質量:31.2kg[-0.2kg:-0.1kg]
腹囲:100.3cm[-0.7cm:-6.6cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第23週目。今週はムチャ食いもしていないので、また順調にそしてゆるやかにダイエットが進行しております。いいですね、こんな感じのダイエットがいいですね。

 さて、今週のエッセイです。

 私はあまり誉められないけれど、サプリメントを常時服用しています。元々は、ダイエットに夢中だった頃に、色々と勉強して服用するようになったのが事の始まりでした。なにしろ、真剣にダイエットをしている時って、ほとんど食べないでしょ。だから、どうしても栄養が不足したり、偏ったりしちゃうので、それを防ぐためです。

 その頃は、薬づけではなく、サプリメント漬けの日々を送っていました。毎月、数万円という金額が、私のサプリメント代に消えていました。

 それから時が流れ、ちょうどダイエットも休んでいた頃に、不況の波が押し寄せ、我が家のお財布も色々とピンチになったので、一時期、サプリメントを辞めたことがあります。

 ダイエットもサプリメントを辞めて、しばらくしたら、体調、劇悪。シャレにならないくらい体調が悪くなりました。体調は悪くなったけれど、別に病気ではないわけ。ただ、風邪をひきやすくなったり、いつも疲れていたり、頭が痛かったりしていただけなんですがね(おまけに体重も増えました:笑)。

 あんまり体調が悪くなったので、さすがに心配した妻が、最低限のサプリメントを再開する許可をくれました。

 色々と検討した結果、「ビール酵母」と「サメ肝油」だけを飲み始めました。それ以来、体重の方はご覧のとおりですが、調子、いいですねえ。毎日元気ですね。

 こんなつまらないもののおかげで健康でいられるなら、安上がりな幸せというものです。

 サプリメントって「栄養補助剤」であって、薬物ではありません。つまりは“健康万能薬”ではなく、単に栄養不足を補うもので“偏食者の友”と言ってもいいような存在です。

 ま、栄養不足の栄養と言っても、一昔前のエネルギー源としての栄養(炭水化物や脂肪やタンパク質)ではなく、微量物質のたぐいで、ビタミンだとかミネラルとか無機質とかいうやつらですね。本来は、食事でこれらを補っていかないといけないのに、年をとって、食材からこの手の微量物質を摂取できなくなってきたのか、促成栽培や中国産の野菜ばかり食べているので、元々の食材にこれらの微量物質が含まれていないのか。詳細は私には分かりかねますが、サプリメントを常時服用するなんて、間違った食生活を不適切な手段で補って、帳尻合わせをしているような気がします。

 だから、サプリメントを飲んでいるのは、なんか、生物として、潔くない気がするんだよね。

 もちろん、今は、そふくしダイエットをしていて、食事量も以前と比べると、だいぶ減っているので、どうしても栄養不足の傾向はある(だから体重が微々たりと言えども落ちているわけだし)ので、仕方ない面もあるのだけれど、あんまりサプリメントには頼りたくないなあ…思ってます。

 それに「ビール酵母」と「サメ肝油」は経験的にチョイスしたサプリメントなんだけれど、一体、これらによって補われている、私に欠けている栄養って何?って気もします。一体、私の中の何が不足しているというのだい!

蛇足。私が「ビール酵母」と「サメ肝油」を飲んでいるからと言って、別にみなさんにお薦めするつもりはありません。特にお子さんたちには薦めません。おそらく栄養状態なんて、人それぞれだから、私にとってグーだからと言って、みなさんにもグーというわけではないと思います。もし、誰にとってもグーなら、それはサプリメントではなく、健康万能薬として認可されていると思うし(笑)。

 あと、過剰摂取の害というのもあります。そこんところも、お忘れなく。サプリメントは自己責任の範囲内でご服用してくださいませませ。

2009年7月18日 (土)

今度はブニョが入院してました

 ちょうど、先週の日曜日の事。病気というほど、おおげさなモノではないのだけれど、ブニョさんの尾びれが数カ所、血がにじんでいて、数日様子を見ていたのだけれど、一向に回復する傾向がないので、入院をさせる事に決定しました。

 と言うのも、どこかにぶつけての怪我なら、数日で回復しますが、細菌性のものは放置しても治りません。治らないどころか死んじゃいます。なので、その血のにじみが怪我なのか、何かの病気なのかと、見極めをしていたわけで…数日しても、無くならないので、細菌による出血と診断をして、入院措置になりました。

 とりあえず、入院をして、まずは塩漬け。雑菌ならこれでOK。それでも良くならない場合は、抗生物質漬けと、いつものパターンです。

 入院初日、丸一日、塩漬け。何の変化もなし。ただ、ブニョがむくれているだけ。

 入院二日目、丸一日、抗生物質漬け。何の変化もなし。ブニョのむくれ方がより激しくなってきたような気がします。

 入院三日目。塩漬けも抗生物質も効果なし。ブニョのむくれ方が危険水域に突入、病院水槽をひっくりかえす勢いで大暴れ。よっぽど戻りたいみたいです。仕方ないので、入院は三日で終了。水槽に戻しました。

 水槽に戻したら、よっぽどうれしかったのでしょうね。グルグル水槽の中を回って、あげくに床に転がる子どものように、金魚なのに、横転しながら泳いでいました。あんな不思議な動きをする金魚を見るのは、始めてでした。

 それにしても、ブニョがいない間の水槽はおもしろかったですよ。と言うのも、キッカがものすごく積極的にカエデにアタックしまくってました。カエデの側から離れず、時折、カエデの身体に(金魚のくせに)触れていました。ブニョがいなくなったので、さっそく奥方の座を狙っているのでしょうか? カエデ君、モテモテです。

 もっとも、カエデはそんなキッカにはあまり興味がなさそうで、いつもブニョが入院している入院水槽の方ばかり見ていました。色々な意味で気になったんでしょうね、入院水槽が…。

 とにかく、尾びれに血がにじんだまま、ブニョは退院です。いったい、なんなんだろ、あの血のにじみは? あと、退院後に気づいたのですが、右下脇腹に黒いシミのようなものをあるんですよね。ほんと、気になる。

 あと、突如、水槽に発生した、カエデ、ブニョ、キッカの三角関係はいかに!

2009年7月17日 (金)

2-1で演奏するとか、アルペジオとか

 フルートのレッスンに行って参りました。今回はセッション・レッスンでした。たくさんの曲をやったよ。

 まず1曲目は、アイルランド民謡の「ダニー・ボーイ」です。ゴールウェイの十八番のナンバーですね。

 曲に行く前に、先生に、「一拍を三つに割って、2-1で演奏する」事を習いました。えっと、これは、普通のメロディーをJazzyに演奏するためのワザです。

 最初に説明を受けた時は、訳がわかりませんでしたが、要するに、クラオタ的考えれば、四分音符(一拍)を八分音符二つに分けるのではなく、三連符に分け、その三連符の最初の二つをタイで結んで、残りの一つと組ませて、一拍を2-1に分けたもので演奏すると考えると良いと思います。そして、その2-1の1の方にアクセントを置くと、よりJAZZYってわけです。

 これ、実は、前回の『フルートとヴァイオリンのアンサンブル』で、ヴァイオリンの先生がやっていた事なんですね。「これは絶対にできないと困るから…」というわけで、笛先生が本日のレッスンのメニューに入ってきたというわけです。

 とにかく、理屈で考えると難しいです。でもやってみると、案外簡単なんです。つまりのところ、だいたいジャズなんてものは、考えちゃダメで、感じて演奏すれば、良いのです。Don't think, feel ! これが今日の教訓です。

 で、その説明が終わったところで、ダニーボーイのメロディを、さっそくJAZZYに演奏してみました。へえ、結構、それっぽくなるものですね。

 で、テーマ部分の演奏はそれで良いとして、伴奏部分(つまり、アドリブパート)はどうしましょうかという話になりました。「すとんさんは、どういう風に演奏したいですか?」と尋ねられたので、「ギターのようにアルペジオでやってみたい」と(自分の実力も省みず)申し出てみました。それはいいですねっというので、伴奏部分をアルペジオでやってみる事にしました。

 なので、最初は私が伴奏で先生がメロディ、次のターンで私がメロディで先生が伴奏ってパターンで演奏です。

 やってみました。アルペジオと言っても、初心者の私がアドリブでできる程度のアルペジオ(ドミソミドミソミ…)です。やりたいという気持ちはあっても、指が思うように動かないので、結局グズグズになってしまいました。やっぱりアルペジオは苦手だなあ。練習をみっちりしておかないと…。やっぱり、アルペジオも毎日の基礎練習に入れないとダメかな?

 2曲目は「蛍の光」。渋いでしょ。こういうのをやってみたいのよ。これもダニーボーイと同じように、メロディと伴奏を交互にやってみました。この曲は、ダニーボーイ以上にコードチェンジが速いので、アルペジオは本当に大変でした。

 3曲目は「愛のロマンス」です。と言っても、タイトルだけじゃ、どんな曲か分からないよね。映画「禁じられた遊び」の主題歌で、普通はギターで演奏する、あの曲です。この曲は三拍子の曲なんだけれど、三拍子の一拍を三連符にして、ドミソドミソ…という感じのアルペジオをやってみました。

 グダグダどころの騒ぎではありません。すごくアルペジオを難しかったです。すぐに迷子になりました(涙)

 4曲目の「サバの女王」は時間がなくなってきたので、ちゃんとやるのは次回のレッスンにして、ひとまず1巡目は、私がメロディを吹いてみました。で2巡目は何もやらずに、先生のアルペジオによる伴奏パターンをただ聞いてみました。いやあ、たかがアルペジオ伴奏だけれど、一オクターブ以上に渡るアルペジオを使うは、ドンドン和音を転回させるは、時折オブリガードを入れたりするは、なんかもう、すごい。先生は「なんかバッハみたいな感じになりました」とか軽く言っちゃうんだよね。ミシェル・ローランをバッハ化ですか? 実際、バッハがやりそうな感じでした。

 この先生の伴奏パターンを参考(にならないだろうな、レベルが違いすぎる)にして「サバの女王」で、ちょっと来月まで、アルペジオの練習をしてこようと思ってます。

 とにかく、私のアドリブ伴奏パターンに、ベース進行の他に、アルペジオという奴を、何とか加えようとしている最中です。武器は一つより、二つの方が安心だものね。

 しっかり、バージョンアップしてるでしょ、私。

2009年7月16日 (木)

私はヨーロッパでフルートを買いたかったなあ…

 まずは、サイトの紹介からです。こちらが日本のアルタスフルートのホームページです。で、こちらがヨーロッパのアルタスフルートのホームページです。参考までにこちらはアメリカのアルタスフルートのホームページです。しかし、ヨーロッパもアメリカも両方のサイトとも、かっこいいし、良くできてますね。それに引き換え…たぶん日本のグローバルという会社はアルタスフルートを売りたくないんでしょうね。売りたくないなら、契約を切って、取り扱いを止めてしまえばいいのに。その方が両者にとって幸せだろうにねえ…。ああ、日本のホームページを見るたびに、私は悲しくなります。

 いきなり話がズレてしまいました。ごめんなさい。話題を戻します。

 今日、注目して欲しいのは、1407というモデルナンバーのフルート。私のアゲハよりも、1ランク上のフルートです。

 このフルート、アメリカでは発売されていません。日本では受注生産ですが買えます。ヨーロッパでは普通に買えるようです。

 「それがどうした?」と言う声が聞こえる気がします。「国によって、販売されていなかったり、受注生産だったり、普通に販売されていたり…。お国によって人気に差があるから、こうなっているんだろ?」という声も聞こえる気がします。

 でもね、よくよく1407のところを見てください。実は日本で買える1407と、ヨーロッパで買える1407は内容が全然違うのです。

 日本で買える1407は、1207(Ag925)をソルダードにしたフルートです。

 対して、ヨーロッパで買える1407は、1707をドゥローンにしたフルートです。1707は日本ではPS(Ag997)と呼ばれているモデルです。

 はっきり言います。私は、ソルダード化された1207には興味はないけれど、ドゥローン化されたPSには興味シンシン。フルート購入時に、アゲハの隣にヨーロッパ版の1407があったら、そっちを買っていたかもしれません。それくらい興味津々。

 うえー、ヨーロッパ人、ずるーい! ああ、ヨーロッパでフルート買いたかったよおー(涙)。

 こんな事を書くと「あんた、ばか~」って言われそうだけれど、私はソルダードよりもドゥローンの方が好き。だって、大きな音質の差はないのに、とてもお財布に優しいじゃん。それに「大きな音質の差」はないと書いたけれど、微妙な音質の差は私も認めます。で、その微妙な音質の差も…微妙にスカッとしているドゥローンの方が私の好みだし(笑)。やっぱり、ドゥローンモデルの方が色々な意味でいいなあと思います。

 だから、なぜPSのドゥローンモデルがないのかと、残念な思いがしていたのに、ちゃっかりヨーロッパ人向けには販売していたなんて…。なんか裏切られたような気分です。

 ま、Ag997のドゥローンよりも、Ag925のソルダードの方が売れる。つまり、日本人はソルダードを好む、と見られているんだろうなあ…。私はトーンホールの作り方よりも、管体の材質の方が音色により大きな影響を与えると思うんだけれど、そう思わない人の方が、日本には多いんだろうなあ…、ううむ、残念。

 ちなみに、このヨーロッパサイトって、見ていて結構おもしろいです。

 日本では“アルタス・シルバー”と言うのは、ALに使われている銀(Ag946)のことを言いますが、これがヨーロッパサイトでは、PSで使われている銀(Ag997)のことを指してます。ではヨーロッパではALに使われている銀は、何と呼ぶかと言うと“アルタス・メタル”という別の名前で呼びます。ちょっと、頭が混乱します。

 それと、ヨーロッパでは、フルートは442Hzか445Hzのどちらかが選べます。445Hzのフルート! さすがヨーロッパ。ピッチ、高いですねえ…。

 ちなみにアメリカでは頭部管を“クラシックカット”と“Zカット”の二つの中から選べます。アメリカは“良い音色”よりも“楽な音出し”を好むわけですね。

 で、だからどうしたと言われても困るけれど、ヨーロッパ版の1407が欲しいです。お金が転がり込んできたら、ヨーロッパに行って、1407を買ってこようかな。

 いやいや、ヨーロッパまでの交通費がもったいないので、ヨーロッパ向けの1407をメーカーから直接売ってもらうおうかな? 直接売ってもらうなら、交通費が浮くわけだから、その分のお金を注ぎ込んで、日本で特注フルートを作ってもらった方がいいかな? どうせ特注にするなら、もっと他にもこだわった方がいいな。

 例えば、管体はPSと同じAg997のチューブをドゥローンにしてもらう。キーメカはAg925しかないので選択の余地はない。まあ、これにしておくしかないけれど、いっそプラチナメッキでもかけちゃうか? リッププレートとライザーは、ALで使われているAg946のものも良いけれど、音の立ち上がりを優先して、ここはいっそ14Kにしてみたら面白いかも。リップとプレートを14Kにしたのだから、クラウンと反射板も14Kにするという手もあるけれど、それではあまりに音色がゴールドに近寄りすぎてしまうので、クラウンと反射板はPSと同じ、Ag925にしておくか…。

 その他のこだわりとしては、あっても困らない『Eメカ付き』にし、長い男はカッコいいので『H足部管仕様』にし、いなせな職人さんのように背中にモンモンを入れるがごとく『彫刻もバリバリに入れてもらう』かな? ここまですると、どのナンバーモデルか分からなくなるから、いっそ「すとんスペシャル」とか名付けてもらって、モデル番号のところに“STN-SP”とか入れてもらったりして…。

 さあ、これでナンボ!?

 きっと200万円くらいかな? ま、ゴールドフルートを買うよりは安いよね。これなら、宝くじで一発当てれば、買えない額じゃないな。いや、コツコツお金を貯めていけば、10年後には手が届くかもしれないなあ…。いっそ、いずれ退職金で買うか(笑)。なんか、ミョーに現実的だな。

 世界でただ一本しかないフルートを貴方に(なんちて)。

2009年7月15日 (水)

鼻腔で共鳴!

 声楽のレッスンに行ってきました。

 前回は呼吸のチェックとお腹の支えを確認しましたが、今回は立ち姿のチェックからレッスンが始まりました。

 私の立ち方の悪いところ……それは「お腹で立っている」というところ。デブはみんな、多かれ少なかれ、お腹で立っているんだよねえ。やせている方は想像もつかないだろうけれど「お腹で立つ」と言うのは「お腹を突き出して、そっくり返って立っている」あの姿です。これが声楽的には良くないわけです。

 直されました。まずは、足の裏全体ではなく、しっかり足の親指で立つことを確認。接地面積が狭くなって、身体がぐらつくので、重心をしっかり下げて、安定を計る事も確認。とにかく、しっかりと立つ事が必要。

 足が決まったら、次は腹。お腹はどんな時でも胸よりも後ろにあるようにする。絶対にお腹が胸よりも前に出てはいけない。常にお腹は、引く引く引く~!

 足と腹が決まったら、次は頭。頭はその頭頂部に本を載せて、安定したまま、歌が歌えれば良ろしい。まるで昔のモデルさんのようだけれど、こんな古典的な事が実は大切。難しいね。

 それにしても、立ち方をきちんとするためには、相当にインナーマッスルが強いことが必要。私は格闘技をしていた事もあって、アウターマッスルはかなり強いのだけれど、インターマッスルは凡人以下しかないので、厳しいです、はい。

 立ち方の確認が済んだら、次は発声練習です。今回のテーマは「鼻腔共鳴をやってみよう」でした。

 私は今まで口腔で共鳴する声を中心に歌ってきました。鼻腔共鳴は、最近数回トライしてきましたが、どうもうまく行きませんでした。そこで今回は「徹底的に鼻腔共鳴」って感じでした。

 それにしても、鼻腔共鳴は難しいですね。結局、分かったような分からないような感じになってしまいました。先生の指示に従って、色々な声を出し、その度にアタリ、ハズレを判定してもらって、なるべくアタリが多く出るような発声に修正していく。その積み重ねで、ようやく正解にたどり着きました(つまり独学で鼻腔にたどり着くのは…たぶん無理だと思う。私の場合、一歩間違えると鼻声になってしまうだけだから)。

 鼻腔共鳴は、一度たどり着くとわかります。声が鼻腔で共鳴し始めると、頭の、鼻と耳をつなぐ線よりも上の部分が、ビビビビ~と振動しはじめます。百聞は一見に如かず、と言うか、体験がすべてを凌駕すると言うか、そんな感じ。

 問題は、鼻腔共鳴に入ってしまうとよく分かるけれど、どうやってそこに入ったら良いか、一人だとよく分からないというところ。ほんと、悩ましいです。

 一度、鼻腔共鳴に入ったら、今度はそこで共鳴させたまま歌う。これまた、難しい。さらに、その次の段階は、より響きを大きくするため、鼻腔を(感覚的に)広げていくのですが…これは失敗しました。私には鼻腔を広げるのは、まだまだ無理でした。

 とにかく、鼻腔ですよ。鼻腔共鳴。鼻腔に声を響かせる。これって以前キング先生が「音程は上から取る」の「上」ってのが、この鼻腔だったわけです。それに気がつくまで、ずいぶん時間がかかりました。

 鼻腔に声を共鳴させたまま発声練習をしたところ、Asまで音が当たるようになったそうです。口腔共鳴だけでは、そんなところは絶対に無理ですから、鼻腔共鳴なかなかのものです。初日でそこまでアタれば、もう十分でしょう。先生がおっしゃるには「Asが安定して当たるようになると、いくつかのオペラアリアが歌えるようになります」だって。いやあ、アリアだよ、アリア。すげえなー。オペラアリアにチャレンジできるようになりたいです、マジで。

 ちなみに、鼻腔に十分に共鳴した表声を頭声というのだそうです。はは~ん、納得。だって、鼻腔に共鳴すると、頭や顔がビリビリと振動するので、頭が振動する声だから「頭声」って言うんだろうね。こんな感覚は始めてでした。ううむ、この声が出せなかったから、今まで音域が足りなかったのだろうなあ。

 とにかく、鼻腔共鳴を使いこなせるように早くなりたいです。

 で、レッスンの最後は歌。Lascia Ch'io pianga です。

 まずは通して歌ってみました。家でGが出ていることもあり、その感覚を大切に、力まず、軽く声を当てていく感じで歌ってみました。結果は…まあまあ? やっぱり自宅の練習と、先生の前で歌うのでは、ニュアンスが違うのか、力を入れすぎたり抜きすぎたりして、Gの個所もうまく行ったりいかなかったりで、ちょっと散々でしたが、この散々な状況が今の私の実力なので、仕方ありません。それでも結果は、前回のレッスンの時と比べれば、上々ってなもんです。ただ、音をアテに行っているので、表現がちょっと淡白すぎるのが欠点でしょうか。

 一度、通しで歌ったので、今回は、Bパートの詩の解釈を確認。そして、感情込めてBパートを歌ってみる。実にうまく歌えている(笑)。結局、音程の事ばかりを考えて歌うと、妙に音程を意識してしまいます。感情表現を中心に歌ってみると、難しい音程のところもサラっと通り過ごして、バッチリな音程で歌っちゃえます。

 最後にもう一回通して歌ってお終い。歌いながら先生に「お腹を支えて!」と言われて、支えるたびに、音程のふらつきが納まりました。お腹って大切ですね。

 あとは、ブレスの位置(歌いだしの本当に直前にたっぷり吸う)と気持ちの切り換えについて注意を受けたっけ。

 これで今回のレッスンは終了。その後、ある計画について、先生に相談しました。内容については、後日、本決まりになったら、ブログにアップする予定です。

 最後の最後に、キング先生から「チェロやらない? 教えてあげるよ」って悪魔の囁きがありました(涙)。「なんなら、サイレント・チェロ、貸すよ」だって。ああ、やりたいやりたいやりたい…けど、断った。だって、一日は24時間しかないから(涙)。うへー。

2009年7月14日 (火)

ヘンデル作曲「私を泣かせてください」を吹いてみた

 別に誰かさんに言われたからではないけれど(笑)、久しぶりにフルートの録音をアップします。最近、録音をアップしなかった理由は…フォーム改造中だったのと、単純に忙しかったから。録音は主に土日の作業なんだけれど(普段の日はルーチンの練習優先)、最近の土日はほとんど毎週、コンサートを聞きに行ってたので、自分の録音をする時間がなかったのでした。先週はコンサートではなく、映画三昧で忙しかったのだけれど、そのわずかな時間の中でやりくりをして、録音してみました。はっきり言って、やっつけ仕事です。ごめんなさい。

 曲目はヘンデル作曲の「私を泣かせてください」です。歌劇「リナルド」の中の一曲です…というよりも昼ドラ「薔薇と牡丹」の主題歌ですとか、映画「カストラート」の主題歌ですとか言った方が、通りが良いかな?

 実はこの曲、今、声楽の方で勉強中の曲(Lascia ch'io pianga)です。最近は、声楽で練習中の曲は、必ずフルートでも吹くようにしていますので、この曲がすぐに録音できる曲の候補の一つだったので、やってみました。

 なので、譜面も伴奏も声楽用のものを、そのまま使ってます。一応これ、セカンドテイクです。いやあ、一発取りで行こうと思っていたのですが、終わり近くに、うっかり臨時記号忘れて吹いて、後はグダグダになってしまった(私は基本的に間違えても、吹き直しはしないで、そのまま音楽を続行する人なんです:笑)ので、さすがにやり直しました(笑)。

 しかし、歌とフルートでは、色々と勝手が違いますね。歌では味わい深いフレーズも、フルートではちょっと退屈かな? 声の方が、楽器としての表現力は上なんでしょうね。本当はフルート用に、少し譜面を書き換えた方が良いのでしょう。そう思いました。

 自分なりの反省としては、もう慣れたかなって思っていた内吹きですが、まだまだ、音作りの面で足りてないですね。もう少し、真剣に音作りをしておかないとダメだなって思いました。先週「アゲハの音はベネットそっくり」なんて書きましたが、こうやって録音してみると、全然違いますね。ははは、安心すると同時にまだまだだと思いました。

 あくまで、声楽の勉強の一環として練習してますから、表現力がナイナイ、笑っちゃうくらい棒吹きですね。歌詞の音色に与える影響って絶妙なんだなあと思います。

 あと、失敗の後のセカンドテイクなので、やっぱりどこか守りに入った演奏してますね…。特にブレスが多すぎ(笑)。声楽の時の倍くらいブレスしてます。歌でこんなにブレスしたら、キング先生に叱られます。あ、フルートでも笛先生に叱られるか(爆)。

 ま、でもいいか、とりあえず、聞いてみてください。ピアノ伴奏はMIDIさんで~す。

2009年7月13日 (月)

音階練習を毎日しましょう

 フルートのレッスンに行ってきました。

 レッスンの前に、前回のアンサンブルのダメ出し(笑)から。と言っても、ピアノとのチューニングの時の、ちょっとした注意を受けました。現地でヴァイオリンの先生に注意され、戻ってきて笛先生に注意され、ほんと、チューニング下手な私です。チューニングは合奏の基本のキなのにね。なんかネ、私は、頭部管をグイグイと抜くのを意味もなく躊躇しちゃうんだよねえ…。

 注意の後は、先生と一緒に音出し。寸分の狂いもなく、ピタッと音程があったまま2オクターブ目まで行けた。すごく気持ちいい。三オクターブ目は少しズレた(たぶん私が上擦っているのだと思う)。でも、ちょっとだけしかズレていない。ユニゾンでピタッと音程が合っていると気持ちがいい。今までは、音出しでも、案外ズレていたからねえ…。

 さて、レッスンです。第10課を6番まで見てもらいました。3勝3敗でした。

 1番は合格。ただし、高音Dが高いので注意。三オクターブ目は、どんなフルートでも、素直に吹くと必ず音が上擦るので、しっかりと音を曲げる癖をつけること。何度かトライして、音を曲げて、正しいピッチで吹けるようになったら合格でした。で、正しいピッチを覚えてくださいと先生に言われたけれど、ううむ、正しいピッチの音って、聞き慣れないせいか、ちょっと気持ち悪い(爆)。

 とにかく、三オクターブ目は常に音を曲げる事。

 2番は合格。ただし、ブレスはきちんとブレス記号どおりにする事。フルートを内向きにして以来、たくさん息が飲まれるようになってしまった事を言いました。でも、結局、息を少なくして吹ける様に練習するしかないとの事です。これも正しいブレス記号の位置のまま、ちゃんと吹けるまで繰り返して、それで合格でした。ふう。

 3番は不合格。指が規定の速度に、全く対応しきれていない。要練習、ひたすら練習。とにかくテンポを半分ぐらいまで落として、そこから少しずつ少しずつテンポアップして練習していきましょう。

 できるところからコツコツと。

 4番は不合格。アルペジオに指が対応しきれてない。なんか、アルペジオって苦手なんすよねえ…。まるで階段の一個飛ばしみたいで、あたふたしちゃうんだよ。規定の速度での演奏まであと一歩。要練習、ひたすら練習。とにかく、数をこなして、階段一個飛ばしのアルペジオを身体で覚えること。

 5番は合格。グーっす。

 6番は指は良いけれど、音が汚いので不合格。ま、三オクターブ目の音の汚さは自覚しているので、納得。内向きにして以来、まだキレイに高音が吹けない私でした。とにかく、フルートは、口で吹かない。身体で吹くように。上半身をしっかり広げるように。気をつけてみます。

 アルテは以上。宿題というか、アルテ以外の課題として、日々の日課練習に、音階練習を加えるように言われました。音階練習と言っても、すべての調で「ドレミファソラシドシラソファミレド」ってのを、一呼吸でやる、という奴。さすがに私は抵抗しました。だって、それは私には大変すぎるでしょ。それで先生も妥協。♯や♭が3つまでの調の「ドレミファ~」をやる事にしてもらいました。ただし、交換条件として2オクターブの行き帰りでやることになりました。

 音階練習が楽にできるようになったら、その次は、それにアルペジオも加えるようにとも言われました。そして結局、ゆくゆくはすべての調性で音階とアルペジオが常にスラスラとできるように言われました。

 私が「そういうのは、この先、半年後くらいになるとやれる予定の15課の内容ですよね」と言うと、「この本(アルテ)ではそうだけれど、アンサンブルでは、音階もアルペジオも普通にやるから、今からやらないと…」というわけです。レッスン内容、先取りですね。はい、やります。

 発表会の話もしました。何の曲をやるかは自分で考えるそうです。一人二曲がノルマだし、できればクラシックがいいですねえ…と言うことなので、先生には「フォーレのシチリアーノ」をやりたいですって、宣言してきました。なので、笛先生門下のみなさんは、今度の発表会では「フォーレのシチリアーノ」は、私のために、是非、ご遠慮していただきたいです(爆)。

 シチナアーノを選んだ理由。ベタだから(笑)。私はベタなものが大好きだから。あと、先日「テノールとフルートの夕べ」というコンサート[いかにも私好みでしょ]を聞いたのだけれど、そこのフルートさんが演奏したシチリアーノが、やけに心にしみてねぇ…。そんな理由です。

 後の一曲は、未定だけれど、バックバンドが入るので、ポピュラーにして、バンドと共演する曲がいいなあと思ってます。そっちは何にしましょう。楽譜もきっとリード譜だし、アドリブとか入れて演奏するのかな?

 さあ、とりあえず、地道にがんばっていくぞ。

 次回のレッスンは、またまた楽しいセッション・レッスンです。シブイ曲を持っていくつもりです。

2009年7月12日 (日)

国立のマンガ喫茶? いいねえ、文化国家じゃん[2009年7月第2週・通算27週]

体重:101.8kg[+0.2kg:-4.0kg]
体脂肪率:30.8%[+0.2%:-2.7%]
BMI:32.1[+-0.0:-0.8]
体脂肪質量:31.4kg[+0.3kg:+0.1kg]
腹囲:101.0cm[+0.2cm:-5.9cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第22週目。あっちゃー、ちょっと肥えてしまった。理由は自分でよく分かっているのけれど、やっちまったなー。えへへ。来週は、ちょいと心を入れ換えていきたいと思ってます。いやはや、なんとも。

 さて、今週のエッセイです。今回は長いし、理屈っぽいよ(笑)。

 世間もだいぶ落ち着いてきたようなので、今回は、「国立マンガ喫茶」こと「国立メディア芸術総合センター」について、勝手に語っちゃいま~す。

 まず、私の基本立場の表明です。私はネ、この「国立メディア芸術総合センター」に賛成なんですよ。むしろ、作るのが遅すぎたと思ってます。

 それにしても「国立メディア芸術総合センター」って呼称はいかにも役所的で長くでダメだね。ひとまず、以下では「メディアセンター」って呼びます。

 さてさて、メディアセンターに反対している人って、たくさんいますねえ。テレビなどでは、日本人全員が反対しているような報道をしています。ま、マスコミお得意の“印象操作”と言う奴ですが、これに踊らされている人も、実際には少なからずいるんじゃないかと心配しています。そのためにも、まずはこの施設の有効性について、冷静な頭で、一度きちんと考えないといけないんじゃないかと思ってます。

 このメディアセンターの第一の役割は「倉庫」でしょ。カタカナで書くと“アーカイブ”って奴ね。国会図書館と全く同じよ。つまりは「第二国立図書館[商業芸術専用館]」を作ると思えば、だいたい正解。それを「国立マンガ喫茶」とか「アニメの殿堂」とか侮蔑的に呼称して情報操作をして、おとしめて、建設中止に持ち込もうとしているだけでしょ。

 なにしろ、マンガ喫茶って言葉、イメージ悪いよね。派遣切りの浮浪者の宿泊所ってイメージ強いものねえ。日本文化をおとしめるには、絶好の呼称だよね。

 アニメだって、オタクのマイナスイメージと結びついて、必ずしも好印象って言葉じゃあない。

 さて、マスコミでマンガ喫茶と蔑称したものだから、やたらとマンガばかりに注目されているメディアセンターだけれど、実のところ、マンガなんて、どーでもいいんじゃないかなあ…。だって、マンガは現在でも、雑誌や単行本がきちんと国会図書館で保存されているもの。だから、メディアセンターの対象からマンガは外してもいいくらいです。

 むしろ問題は、映画とかアニメとかゲームの方だね。そっちの方だと、いわゆる“電子出版物”は国会図書館で保存されるけれど“映像ソフト”って呼ばれるモノは、どれだけ保存されているの? ゲームのカートリッジは? ゲームの基板は? アニメの原画や設定書は? 映画の台本は? ね、どこにも保存されずに、やがてみんなゴミ扱いをされて、捨てられてしまうんだよ。

 歴史を勉強すると、昔も似たような事があった事に気づきます。例えば、浮世絵ね。江戸時代に盛んだった浮世絵は、今でいうところの写真のような扱いを受けていました。風景画は、旅行に制限があった江戸庶民たちに、諸国の風物を伝える憧れのグラビア写真みたいなものだったろうし、役者絵は、今ならアイドル写真かな? 春画はもちろんエロ写真。こんなものに、当時の人々が芸術性を感じていたかなんて、愚問だね。感じているわけない。それどころか、浮世絵なんて、ただの商業的な消耗品で、大半のものがゴミとして捨てられ消えてなくなってしまった。

 明治になり開国をして、外国と貿易を始めた日本が、輸出陶器などの梱包剤として、ゴミ同然だった浮世絵で陶器を包んで輸出したところ、その包み紙が海外で大人気となり、それらが保存されて、今、世界中の美術館に浮世絵が保存されているわけよ。国内には、当時の浮世絵なんて、ほとんどないのにネ。

 国文学を勉強した人は分かるだろうけれど、日本の古典作品。名前だけ伝わっていて中身が消失してしまった作品がたくさんあるでしょう。更に、現存しているとは言え、その一部が消失してしまった作品とかもたくさんある。それらの作品が無くなってしまった事を嘆いても、仕方ないよね、今でこそ“古典作品”として大切に扱われている作品だって、当時はただの“なぐさめモノ”だもん。消耗品扱いでも仕方がない。

 絵画だってそう、日本には昔から絵師という職業があって、それらの職業絵師たちが書き上げた作品の大半は…すでにない。私は江戸時代に活躍した伊藤若沖(いとう・じゃくちゅう)という絵師の作品が好きなんだけれど、この人の作品だって、国内に残っているのはわずかで、一部は外国に流出して保存されているけれど、多くのものはこの世から無くなってしまった。

 つまり何が言いたいのかと言うと、後世、芸術として珍重されるものだって、同時代的には、単なる商業品で消耗品で、誰にも大切にされていなくて、その結果、そのほとんどが無くなってしまったという事。そして、映画やアニメやゲームを、浮世絵や古典文学や日本画と同じように、消失させてしまっていいのかって話だよ。

 おおげさな話かな?

 「メディアセンター設立なんて、税金の無駄遣いだ。そのお金を、福祉や教育に使うべきだ」という意見があります。正論ですね。2009年の国家予算って、当初予算が85兆円で、補正予算が14兆7000億円の、合計で約100兆円ね。その中からメディアセンターに使われる予算は117億円、まあ、約100億円って事にしておきます。で、マスコミは国が100億円も無駄遣いすると、声高に報道しているわけだ。

 100億円と言うと、確かにすごい金額に聞こえるけれど、全体の予算の一万分の1のだよ。つまり、全体の99.99パーセントのお金は、きちんと教育とか福祉とかの別な費用に回っているわけ。お財布の中の、ほんの0.01パーセントくらいの費用、未来の日本人のプライドのために、あえて、無駄遣いと知りつつも、使っていいんじゃないの。私達の子孫に、マンガやアニメを残しておこうよ。浮世絵や日本画の二の舞にならないようにね。

 それにさ、だいたいさ、メディアセンターが無駄遣いではないとは、私は言いません。はい、立派な無駄遣いでしょ。でもね、文化とか文明って、本来的に無駄なものでしょう。文化的な生活なんて、無駄遣いの積み重ねのようなものじゃない。精神的なものに無駄遣いできるなんて、文明国家の証だと私は思いますが、いかが?

 「メディアセンターの、その存在そのものが無駄だ」と言う人もいます。私の様に、文明が本来持つ非生産性という特質に対して無駄と言っているわけではなく、真剣に文字通りに「無駄だ」と言っている人がいるじゃない。古い似非インテリタイプの人に多いみたいだけれど、こういう人って「オレは賢い。賢いオレ様が分からないものは、くだらないモノだ。くだらないモノにお金を使うのは無駄だ」って言っているだけでしょ。

 これって、単に「オレって、バカ?」って言ってる事と同じなんだよね。自分自身では、そのものの価値が分からなくて判断できないとしても、状況的に判断をすれば、それが無駄か無駄でないかは分かるはず。マンガ? アニメ? ゲーム? その価値が分からなくても、すでに国際社会における一定のポジションってのは分かるでしょ。それを無視して「ムダ!」と叫んでいる人の頭には、きっと「私って馬鹿です」って旗が刺さっていると思います。

 「国が手を出して成功した事業はない。だから国はアニメに手を出すな!」という人がいます。この言葉自体は正解です。マンガ・ゲーム・アニメなんて、カウンターカルチャーなんだから、韓国における映画産業のように、国が保護したり、新人育成の手助けなどをするのは、私も間違っていると思う。

 でも、彼らの言いたいのは、そういう事ではなく、単なる問題のすり替えをしているだけ。だってサ、別に国家がアニメの製作をするのではなく(某国ではやっているけれどね)、すでに世にある作品を収拾管理しようというだけの話。それこそ国会図書館と同じことをするわけで、メディアセンターが不要というなら、国会図書館も不要だけれど、国会図書館って無くしていいの?

 「民間にマンガ系の博物館があるんだから、国立のものを今更作る必要はない」という人がいます。これも一見、筋が通っているようだけれど、その民間の施設って、マンガの保存はしているだろうけれど、映画の保存はしてる? アニメの保存はしてる? ゲームの保存はしてる? ね、してないでしょ。それに民間だと、経営危機になったら、簡単につぶれちゃうしね。博物館がつぶれたら、せっかくまとめていた資料もすべて散逸して、失われてしまうのだよ。民間の博物館ってのは、言葉はきれいだけれど、単なる見せ物小屋であって、商売が成り立たなくなれば、簡単に投げ出すんだよ。

 新横浜にある“ラーメン博物館”って知っている? あそこは繁盛しているから、今だってちゃんと営業しているでしょ。でもね、横浜の関内にあった“カレー博物館”って知ってる? お客が入らなかったわけではないけれど、結局十分な利益が出せなかったためにつぶれてしまいました。民間の博物館なんて、そんなものです。

 そういう意味でも、きちんと資料を保存し、後世に伝えるためには、国立のしっかりした倉庫が必要だと思うよ。

 だいたい、すでにウカウカしていたおかげで、多くのアニメの原画や設定書、ゲームのプログラムコードは失われてしまったのだよ。これの意味する事が分かる人って、どれだけいるんだろ。

 国民的アニメ作品である、エヴァンゲリオンですら、第9話?の原画がすでに紛失していたために、新劇場版を作る際に、当該の部分は、全面的に作り替えることにしたというインタビューをどこかで読みました。エヴァですらそうなんだから、あとの作品なんて、推して知るべしだよね。失われてしまった資料は二度と取り戻せないんだよ。その意味、分かる?

 あとね、私がちょっと気になるのは、メディアセンター反対を唱える人たちの、日頃の主張なんだよ。メディアセンター反対を唱える人の多くは、日頃から反日な意見を表明している方々が多いでしょ。反日系政治家とか、反日系タレントさんだよね。こういう日本が嫌いな人たちが中心になって、メディアセンター反対を言っているように私には見えます。こういう反日な人たちが声高に唱える事って、大抵、日本や日本人の不利益につながる事ばかりだから、よくよく注意しないといけないと思ってます。

 あと、マスコミが一生懸命取り上げることって、大抵は、日本や日本人にとって不利益につながることばかりでしょ。だから、マスコミが取り上げて報道しているという段階で、なぜマスコミが一生懸命にその問題について報道しているのかということを、よく裏読みして、私達は行動しないといけないんだ。

 とにかくサ、文化なんてものは、後世の評価を受けてナンボのものでしょ。大切なのは、その作品を後世に残す事なんだ。作品自体の価値判断は、我々の子孫に謙虚な気持ちでゆだねるべきなんだ。

 だから、そのためには私たち同時代人ができることは、今の時代の作品と資料を、きちんと保存しておくこと。

 モーツァルトが大作曲家だと認められているのは、彼の作品が残っているからだよ。モーツァルトがどれだけ偉大な作曲家だったとしても、その楽譜が散逸し、現在まで保存されていなかったら、モーツァルトなんて、誰も知らないし、誰も彼の曲を聞けないし、もちろん偉大な作曲家だったなんてことは忘れられてしまう。だから、作品を保存するって大切なこと。だいたいモーツァルトだって、同時代的には、それほど成功を納められた作曲家というわけではないでしょ。彼だって後世の人々に評価されるまでは、正しい評価を受けていなかった人と言えると思います。でなきゃ、あんな野垂れ死にみたいな死に方はしないって。

 モーツァルトのように…というわけではないけれど、メディアセンターの設立って、そんな日本の作家たちの作品をきちんと保存して、後世に伝えて、後世の人々の評価を受けさせてあげようという試みなんだよ。

 日本の作家の作品がきちんと保存され、将来、それらが高く評価されるとしたら、それで困る人々がいるんだろうなあ。だから、今、メディアセンターの設立に猛反対して、世論を動かそうとしているわけだ。

 みんなの大好きなドラえもんだって、きちんと保存しないと、100年後には藤子不二雄の作品ではなく、某国の某作家の作品ですって教科書に載っているかもしれないよ(冗談ではなく…ね)。

 鉄腕アトムも、キャプテン翼も、マジンガーZも、ガンダムも、エヴェンゲリオンも、サリーちゃんも、アッコちゃんも、セーラームーンに、ナルトだって、みんなみんな某国の某作家の作品って事になっているかもよ。いいの? それで。

 実際、剣道は日本ではない国で発祥したスポーツという触れ込みで、オリンピック競技化されようとしている現実があります。いつのまにか、剣道は日本から盗まれているわけだが、日本の剣道関係者は事を荒立てるのを好まない日本人の方々が中心だから(当たり前か)黙っているうちに、好き放題にされて、今に至ってしまったというわけだよ。剣道が別の名前でオリンピック競技化された時が、日本から剣道が盗まれた日になる思います。

 メディアセンター建設反対ってのは、これはある意味、某国による日本の文化侵犯、文明剥奪の鏑矢である可能性すらあるわけよ。つまり、これはすでに“戦争”なのかもしれない。ここで踏ん張らずに、敵国の侵入を許してしまったら、私たちは子孫たちに顔向けできないよ、マジで。将来の日本人たちに、きちんと我々の仕事を残し、伝えていくことが、文化の継承というものなんだ。

 でもね…、なんでメディアセンターをお台場に作るんだろ? あれはどう考えても、秋葉原にこそふさわしい施設だと思うんだけれどなあ。秋葉原に集う外国人たちのパワーってのが、役所の役人たちには全然見えていないんだろうなあ。

 世界の趣都、秋葉原にメディアセンター作って、世界中のオタクたちを集め、その城下町で彼らのお財布を開かせ、その中身をジャブジャブ使わせてしまえばいいんだ(笑)。これは使う方も使ってもらう方も、みんな幸せになる大切なことだよ。「庶民が安心して活発に経済活動ができるように市場を整えるのが、立派な為政者の仕事」だと思うので、この際、国立マンガ喫茶と蔑称されようとも、秋葉原にメディアセンター作るべきでしょう。日本大好きな外人さんたちが、金持って、いっぱいやってくるよ。

 ああ、一気にいっぱい書いて、疲れた(笑)。

2009年7月11日 (土)

水草が全滅しました

 やられました(涙)。油断していました(涙々)。しっかりと計算していたはずなのに…金魚たちのまるで田畑を襲うイナゴのような食欲の前に、ついに金魚藻は全滅しました。

 今でも私の目に焼きついています。サツキが水草のお尻の方からくわえて、グイグイグイとドンドンドンドン水草をまるで飲み込むかのように一本丸々食べてしまった光景を。あれをみんなしてやられたら、そりゃ、一週間でサラダボウル一杯分程度の水草じゃたまらないよね。

 全滅してしまいましたので、仕方なしに金魚屋で新しいマツモグサを買ってきました。金魚藻と一言で言いますが、実際のところは、マツモグサとガボンバとアナカリスの三種類がウチの近所ではポピュラーです。で、ガボンバとアナカリスは比較的安いのですが、ウチの金魚たちは、国産のマツモグサが大好物なので、一房600円もするのですが(他のは二つは一房100円程度)買っちゃいました。

 さて、今度の水草はいつまで持つのでしょうか…(涙)。

2009年7月10日 (金)

目指せ! ベネット!?

 ようやく、フルートも内向き奏法に慣れてきたかなあ…って感じです。

 フルートの組み立て方、外向きと内向きでは、だいぶ吹いた感じが違いますねえ。奏者側の都合で言うと、内向きの方が右手が楽です。外向きで吹いていた時は(散々ブログで文句をぶーたれていましたが)常に右小指に違和感がありました。しかし、内向きに変えて以来、とても楽です。右小指が楽に動かせるのはいいなあ。しかし今まで、右小指が不自由で、ろくに小指の練習をしていなかった分、その分のツケを払うのに懸命です。ふう。

 あと、フルートの構えもなんだか安定しているみたいで、中音Cisになってもフルートがぐらつかないのもいいです。フォーム的には内向き奏法ってのは、私に合っているみたいです。しかし、このまま内向き奏法で固まっちゃったら、アルタスフルートしか吹けなくなっちゃう(内向き用にフルート作っているのはアルタスだけだから)ので、ちょっと寂しい感じがします。

 フルート的には、音が変わりましたね。まずピッチが安定するようになってきました。それと音色も落ち着いてきました。どの音域の音も太い音が出てくるようになりました。低音は落ち着きのあるリッチな音に、高音は耳に優しい音になってきました(当然、当社比:笑)。おそらく、以前よりも低音成分が豊かに鳴るようになってきたのでしょうね。

 ただ、少し残念なのは、銀の笛なのに、ちょっと銀っぽくない音になってきたような気がします。音色的に落ち着いてきて、銀なのにキラキラした音というよりも、ミチッとした音になってきました。私はノーテンキな銀の音が好きなのに、このインテリっぽい音色は、すごぶる残念無念。

 そろそろ、アゲハと付き合いだして、一年になります。最初の頃と比べると、だいぶフルートから出てくる音が変わってきました。もちろん、最初から今に至るまで、ずっと、うっとりするほどの美音が出ていますが、その美音も段々落ち着いた音色になってきました。人も笛も、年を重ねていくと、落ち着きというものが出てくるのでしょうか?

 私は普段は音楽をiPODで聞いています。当然、シャッフルしながら聞いてますので、今聞いている曲が何なのか知らないままに聞いている事もあります。

 先日の事、iPODでフルート音楽を聞いてたら、すごくデジャブーな感じというか、なんか身内に出会ったような感じというか、すごく日常的なフルートの音が聞こえてきました。はっきり言っちゃうと、アゲハを使って演奏しているような感じなんてすよ。いやあ、実に音がクリソツなんですよ。

 あわてて奏者を確認したら……ウィリアム・ベネットでした(笑)。ベネットの「ハンガリー田園幻想曲~フルート名曲集」を聞いていました。

 いやあ、そっくりでした。と言うか、生のアゲハの音と、録音のベネットの音がそっくりでした。ま、相手は録音なので、リアルに聞いたら、アゲハの数倍も美しい音なんだろうけれど、録音の音は本当にそっくりでした。

 以前、外吹きだった時には、ベネットの音に、それほどのシンパシーを感じる事はありませんでした。それよりも、アゲハに近い音を出すプレーヤーは、バイノンだと思っていました(なので『目指せバイノン』だったわけです)。でも、アゲハを外向きから内向きに変えたところ、音の傾向がバイノンよりもベネットになりました。それも、バイノンの時は「よく似ているよね、こっちの方向だね」って程度だったのに、ベネットは「え? これはアゲハ?」って感じでそっくりでした。

 いやはや、参ったね。

 さっきのCD、録音された時期を考えると、たぶんベネットはアルタスを吹いているでしょうね(どのモデルだったのかな?)。それに、アルタスは元々、ベネットの意見を多く取り入れてフルートを作っている会社です。ある意味、ベネットサウンドがアルタスサウンドなんですから。ですから、アルタスのユーザーがベネットの演奏を聞いて「あ、私のフルートと同じ」と思うならば、それは、メーカー的には成功なんだと思います。

 でもでも、それにしても、あんまりソックリ(当社比)なんで、びっくりしちゃいました。

 これだけべネットの(録音の)音にソックリな音が出るように作ってあるって、やっぱりアルタスってメーカーは、すごいや。

 でも、メーカーが意図した音でフルートを吹いている(と言うか、吹かされている)私は、あまり誉められたモノじゃないよね。だって、これって、アゲハが本来持っている音色で吹いているだけの話で、私がアゲハに、私自身の個性というものを全く反映させられていないってわけです。今、私がフルートを吹いても、出て来る音は、私の音ではなく、アゲハの(つまりアルタスの、そしてベネットの)音でしかなく、私はアゲハ(&アルタス)に振り回されているだけの話なんです。

 “アゲハ”対“私”、この戦いは今のところ、アゲハさんの優勢です。もっと私が腕を上げないと、アゲハから、ベネットサウンド以上のものが引き出せないというわけで、ううむ、がんばるぞ。

 とにかく今は「目指せ! ベネット」というよりも「べネットから離脱せよ!」って感じです。そういう意味では、やはり「目指せ! バイノン」なんだな、やっぱり。

 いやあ、実際にアゲハとべネットの音って、本当にそっくりなんです、薄気味悪いくらいに似ている。これだけ似ていると、不気味な感じすらします。ああ、こえ~。

 蛇足 A1307(AL系フルート)でベネットなら、PSにしたら、バイノンやブリヤコフのような音が出るのかしら?

2009年7月 9日 (木)

声がぶら下がる理由と修正する感覚について

 悲しいけれど、私は絶対音感を持っていません。だから、楽譜を見ても、それだけでは正しい音程では歌えません。相対音感もかなり怪しいです。だから、任意の音を基準音にして歌いだしても、そのうちに、どこか微妙にアッチコッチの音程がフライついて、やがて調子っぱずれになり、聞き苦しくなります。

 音感とは関係なしに、単純に耳でメロディを聞き覚えたつもり(耳コピーね)でも、あくまでつもりなので、歌っている間にドンドン狂っていきます。ああ、悲しい。

 それらを回避するためには、伴奏楽器が必要です。伴奏をしてくれる楽器が、歌の背景となる和音を奏でてくれると、まあ、なんとなく歌えます。

 そう“なんとなく”…、だいたい、まあまあ、歌えるんですよ。問題はこのアバウトさ。

 私の場合は、だいたい歌えると言っても、たいていの場合、音がぶらさがります。悪い癖です。

 なぜぶら下がるか、それはもう簡単な話で、疲労と骨伝導がその原因です。

 疲労は……文字通り疲れちゃうことです。疲れると、音程って下がるんですよ。これは息の勢いとか、筋肉の張りとかが関係するのですが、ぶっちゃけ、歌の体力がないので、歌いだしは調子良くても、やがて疲れて、音が下がっちゃうんですね。情けない。

 骨伝導と言うのは、音の伝達の話でちょっとやっかいです。

 私たちは普通、音楽を耳で聞いています。ですから、昔ギターを弾いていた頃は、ギターのポロロ~ンという音と音叉の音を同時に鳴らして、そこで二つの音のウネリを聞いてチューニングをしていました。この訓練のおかげでしょうか、結構他人の音については、その音程の当たり具合が分かるんですよ。

 例えば、誰かが、ピアノとフルートでチューニングしていたとするじゃないですか。私の耳には、ピアノの音もフルートの音も同時に聞こえて、そこでのウネリを感知するので、音が合っているかどうか、分かるのです。声はフルートと比べると倍音が多いので、フルートほどに分かりやすいわけではありませんが、やはり同様に、他人の声については分かります。

 でも、このやり方では、自分の声は分からない(笑)。なぜかと言うと、ピアノの音は耳から聞こえても、自分の声は体内から響いてくる音(骨伝導)を聞いちゃうから(爆)。

 どうやら、骨伝導だと、空気中よりも音が高く聞こえるみたいで、ピアノと体内から聞こえる自分の声をウネらないように調整すると、どうも声が低くなるんですよ。

 なので、歌の時は、わざとウネるように、調子外れに歌うと、バッチグーなのですが、この方法は自分が気持ち悪いので、あまり使えません。

 閑話休題。どうも最近は、フルートも骨伝導で聞いている私です。以前は、フルートの音は、楽器から出た音が壁から帰ってくるモノで聞いていたし、試奏の時のフルートは今でもそんな感じなんですが、最近のアゲハちゃんはメキメキと鳴るようになり、ちょっと息を吹き込むと、私の頭の中で、音が乱反射するようになりました。この現象が良いのか悪いのか分かりませんが、とにかく、これは骨伝導しまくってます。うるさいったら、ありゃしません。

 話を戻します。なので、長らく、声のぶら下がりについて悩んでいた私なんですが、最近、ちょっとしたヒントが見つかりました。それは、ピッチの正誤をウネリではなく、音色で判断する方法です。

 この方法が完璧がどうかは、まだ分からないのですが、声楽レッスンの時のキング先生のダメ出しとか、自宅練習での何気ない妻のダメ出しで「音がぶら下がっている」と言われる時の音色の感覚を思い出して検討してみたところ、歌っていて「なんか、音色が暗いなあ…」「声が重いなあ…」と思っている時って、だいだいぶら下がっているようなのです。逆に「今日は声がやや細くて甲高い?」「なんかオカマっぽいぞ」とか思っている時は、バッチグーらしいのですね。

 なので、最近は、細くて甲高い声(私自身にはオカマさんの作り声のような感じでイヤなんですが)で歌う様に心がけています。そうすると、音のぶら下がりが回避されるようなのです。

 つまり、私の声は私が思うほどに、男性的で迫力のある声じゃあないってことなんですね。なんか、複雑~。

2009年7月 8日 (水)

お手入れしながら気づいた事

 フルートのお手入れ(と言うか、お掃除)の話です。

 管内のお手入れ(水分取り)のために、演奏後に、お掃除棒にガーゼを巻いて、拭くでしょ。私は吹いた後、きちんと水分取れたかな?と思って、いつも頭部管の中をのぞきます。

 銀メッキ(?)のチャイナ娘の時は、管内はいつも薄暗かったです。盲管ですし、光は歌口くらいからしか入らないので、薄暗いのも当然だなっと、その時は別にそんなものだと思って、気にもしませんでした。とりあえず、水分がキレイに取れたかをチェックして、お終い。

 フルートをチャイナ娘から、総銀のアゲハに変えた時は、本当にびっくりしました。だって、総銀のアゲハは、まるでLEDでも仕込んであるかのように管内がピカピカなんです。これが銀メッキ(かどうか、チャイナ娘の場合、ちょっと怪しい)と銀無垢の違いかあ…と思いました。見事に材質の違いで、フルートのピカピカ度が違うのです。まるで、万華鏡で光の輪を眺めているような感じでした。

 そんな私なので、いつもはアゲハのお手入れ後にしか中を見ないので、ピカピカのアゲハしか知りませんでした。ところが、ある時、何気なく、演奏後に分解をして、まだ掃除する前のアゲハの頭部管の中をのぞいてみました。

 あれ? アゲハのはずなのに、チャイナ娘?ってくらい暗かったです。演奏直後の頭部管の中は、結構暗いんです。

 ところが、不審に思いながらも、例のごとく、管内をガーゼで拭いてみたら、いつものようにピカピカになりました

 ははぁ~ん。拭く前は別に気がつかなかったのですが、管内一面にうっすらと水滴が付いていたようでした。肉眼では水滴の存在は分からなかったのですが、管内の輝きを奪うには十分なだけの水滴がフルートの内側を覆っていたわけで、だから、それを拭き取ったら、嘘のようにキレイにピカピカになりました

 ただ、そんだけの話ですが、自分的にはおもしろかったので書いてみました。

 お掃除つながりのおまけの話。フルートの内側はガーゼですが、外側はセーム革で拭いてます。最近、演奏終了後にリッププレートをウェット・ティッシュで拭いてます。ウェット・ティッシュには、アルコール以外に各種保存料とかが入っていて、フルートのためには良くないのは分かっていますが、自己責任で使ってます。簡単にキレイになってうれしいです。

 週1回程度(だいたい土日)は歌口というかライザーを、アルコールに浸した綿棒で拭いてます。月に1回程度は、豚毛の絵筆で管体の指の届かないところの汚れや埃を払っています。

 フルートがキレイだと私もうれしい。だけど、キーとキーの間が黒くさびているフルートは、実にカッコいいと思います。

2009年7月 7日 (火)

高音の出し方 覚書編

 今日は、音域の足りないテノール必見の記事です!

 なんて、あおってみた所で、どうにかなるわけでもなく、正直な話、今日は皆さんのためと言うよりも、私自身のための覚書として「高音の出し方」を書いておきます。「高音」と言ったって、五線の上のソなので、大した事はないのですが…。だって、みんな、これくらいはラクラク出ちゃうでしょ。

 私はラクラクってわけではないので、いつの日か、スランプに陥った時に、出なくなっちゃう可能性もあるので、そんな時に、我が身をチェックするためのものとして、今(2009年7月)現在、分かっている事、注意すべきことを書いておきます。

1)小細工は絶対にしない

 ついつい、高音が出ないと、色々と小細工をしたくなりますが、それは絶対に不可。高音の前の音と全く同じ状態で出さないといけません。発声関係の本には「あれをしろ」とか「これをしろ」とか書いてあるけれど、ああいうのは軽くスルー。小細工を弄すると、却って、身体が閉じたりするので、何もしないのが一番です。もしも、小細工が必要なら、その高音からではなく、その前の音の時にすでに小細工をやり終えておきましょう。

2)口の中は縦開き

 これは常に!なのですが、私の悪い癖で、音が高くなるにつれ、口が横に開いていきます。高いところに行くほどに「口の中は縦開き」の感覚を忘れないようにしましょう。大切なのは、口の中は縦開きなのであって、口そのものの形にはあまりこだわらない事。むしろ、あんまり開くと、ノドが絞まるので、口はほどほどに開いた方が良い感じがします。

3)両目と鼻のトライアングル地点から声を前に出す感覚

 なぜかは分からないけれど、これは感覚の問題。理屈ではうまく表現できないけれど、声をクチから出そうとすると、響きが低すぎて声が高音に届かない。かと言って、頭の天辺から出すつもりでいくと、楽に出るものの、それではファルセットになってしまう。

 なので、声は両目と鼻のトライアングル地点から出すような感覚で行くと、うまく行くような気がする。その時に、息をノドから直接、トライアングルにつなぐのではなく、一度、後頭部を経由してから、トライアングルにつなぐと、声に適度な響きがついてグーな感じがする。

4)体重は両方の親指に落とし、膝をやや曲げ、腹を引き、胸を張る

 これらの態勢がなぜ良いかは分からない(笑)けれど、こういう態勢の時が、一番楽に声が出るみたいだ。しかし、肝心な時にこの態勢になっても手遅れで、常にこの姿勢で歌えるように、気をつけていきましょう。

5)息は少なめ、力は抜き気味で、しっかり支える

 これは結構肝心なポイント。今まで高音で苦労していたのは、ここを全く逆に考えていて、高音を出すために、力でどうにかしようとし、そのために息を多量に使っていた。

 しかし、高音というものは、力で出るわけではない。力を使って出てくるのは、悲鳴とか叫び声とかそういうもので、それらは決して歌に使って心地よいはずがない。

 歌に使える高音を出そうと思うなら、むしろ事実は逆で、息を少なく使った方が良いし、力も抜き気味が程よい。当然、音量的にも一段階少なめで良いと思う。どちらにせよ、音の性質として、高くなるほど大きく聞こえるのだから、高いところに行ったら、省エネ発声くらいで、ちょうど良いのだろう。

 息をたくさん使うと、息の勢いで、身体が閉じてしまって、結果として高音が出なくなってしまう。脱力を意識するのだって、身体に力が入ると固くなってしまうので、それを避けるためのモノだろう。しかし脱力しっぱなしでは、歌どころか声すら出ないので、脱力をする一方でしっかり声を支えないといけない。その支え方は、フルートの倍音発声の時の支え方が良いと思う。あの支え方で歌うのが、結果的に一番良い。

 とにかく、息は少なめに楽に歌う。力は抜き気味で、ピンポイントで声を支えて、楽に楽に歌う。つまり、高音は楽に歌わないと出ないという事です。

6)自分的には、か細くてオカマっぽく聞こえる程度の声で十分

 声って、自分で聞こえる感じと、他人に聞こえる感じは全く違うので、自分に聞こえる声を基準に考えてはいけない。高い所であっても、テノールは男性的な声で歌わないといけないのだが、その男性的な声を「自分で聞いた声が男性的」として発声するようでは、どうもマズいみたいだ。むしろ「自分ではひ弱いで甲高くてオカマ」っぽく発声する方が、むしろ結果は良いようだ。そんなオカマ声でも、他人にはそれなり男性っぽく聞こえるようなのである。

7)跳躍はきちんと音が取れているか?

 うまく高音が出せない時は、音と音の距離が遠くて、跳躍自体に失敗している事をまずチェック。丁寧に音取りをして、距離のある跳躍でも確実にこなそう。それに跳躍に失敗する時は、だいたい音を跳躍先の実際の音高よりも高めにセットしすぎて、身体が閉じている事が多いので、そこに注意。かと言って、跳んでいったら、ぶら下がっちゃったでは困るし…、ほんと、音の跳躍は難しいね。

 高音がスランプになったら、以上の7点を確認していきましょう。

2009年7月 6日 (月)

薬指もかわいい?

 俗説で確証が取れないのだけれど、男女で指の長さが違うという話を聞いたことがあります。もちろん、体の大きさが違うのだから、絶対的な長さとして、女性の方が男性よりも指そのものの長さが短いというのは、論を待ちませんが、その話ではありません。相対的な長さの話です。

 「女性は(男性と比べて)薬指が短い」という俗説があります。これは五本の指の長さのバランスの問題となります。特に人指し指と薬指を比べての話です。でも、本当なのかな?

 さっそく調査開始です。サンプル数は各1、男性は私、女性は妻で調べてみました(大笑)。

 調査結果です。私は両手とも、人指し指よりも薬指の方が長いです。妻は人指し指と薬指がほぼ同じ長さなので、薬指が短いと言えます。皆さんはいかがですか? ちなみに指の長さを比べる時は、根本の位置を揃えてくださいね。

 俗説ですし、立証サンプル数も少ないので、何の確証もない話なんですが、もしこれが本当の話なら、左手薬指が男性に比べて、相対的にも絶対的にも短い女性は、インライン(リング)キーって、かなり不利だよね。そうでなくても、指が細くてリングキーそのもので苦労することが多いのに、さらにインラインが厳しいなんて…。もう、そりゃあ大変だね。同情されても困るだろうけれど、やっぱり、ちょっと同情しちゃいます。

2009年7月 5日 (日)

自分を充電する[2009年7月第1週・通算26週]

体重:101.6kg[-0.2kg:-4.2kg]
体脂肪率:30.6%[-0.1%:-2.9%]
BMI:32.1[-0.3:-0.8]
体脂肪質量:31.1kg[-0.2kg:-0.2kg]
腹囲:100.8cm[-0.5cm:-6.1cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第21週目。今年も、後半戦に突入しました。え? もう半分終わったの? そうなんです、もう今年も半分、終わっちゃったんです。残念ですねえ…

 さて、今週のブログは、火曜日に月末のまとめをアップした以外は、全部レッスンがらみの記事でした。音楽エッセイ系のお話を楽しみにしていた方には申し訳なかったと思います。

 私はレッスンが好きです。レッスンに限らず、何かを学び、知識や技能を習得し、見聞を広めることが大好きです。そういう意味では、向上心あふるるオジサンなんだと思います。とにかく、他者から何かを学ぶということが好き。だから、他人の話を聞くのも好きだし、テレビやネットも好き。そういう点では、情報オタクの傾向は否定できない。

 自分としては、この手の一連の行動を「充電」と位置付けています。ま、簡単に言っちゃうと「ネタの仕入れ」だったりします。一方、実生活、とりわけ、お仕事の方は「放電」と考えています。一応、これでも頭脳労働者(笑)なので、日々、様々な情報を使い捨てているわけなんです。だから、懸命に「充電」しないと、過放電してしまう恐れがあります。

 過放電は怖いですよお~。自分の容量以上に放電をすると、精神および性格がマジで破綻します。私は若い時から、そういう人たちを見てきたので、充電の大切さを何となく肌で感じて、積極的に“充電”に取り組んできたので、たぶん、まだ、精神も性格も、許容範囲内の壊れ方で済んでいると思います。へへへ。

 旅は…充電作業としては、ビックイベントです。ですから、私は、本当のところ“旅”も好きなんだろうと思うけれど、根がヒッキーだから、旅にはよう行きません。残念。

 旅には行かないかわりに、脳内旅行にはよく出かけます。脳内旅行……かっこ良く言うと『思考実験』、身も蓋もない言い方をすると『妄想』(笑)。だから、退屈すると言うことは、私の人生においてはほとんどありません。

 私は暇な時間があると、すぐに脳内旅行に行っちゃいます。お金もかからないし、準備もいらないし、格安の趣味なんです。

 この脳内旅行がまた、実はほどよい充電になります。脳内旅行をして、自分の頭の中で、今までつながらなかった事柄をドンドンつないでいくと、今まで気づかなかった事に気づいたり、理解の浅かったことがより深まったりします。つまり、これは「自分の中の情報を整理して、新しいインデックスをつける」ような作業です。すでにある知識のリサイクル運動のようなものです。結構楽しいですよ。

 特にこの脳内旅行。本当の旅行のように、歩きながらすると、もうバッチグーなんですよ。歩いていると、脳にエンジンがかかるんですね。特に街歩きをしながらの脳内旅行は、脳は活性化されるし、目からは色々な情報が飛び込んでくるし、もうめくるめくきらびやかな脳内旅行の時となります。へへへ。

 さらに、実は、ブログを書いていることも、一見、放電に見えますが、これは私にとっては、貴重な充電作業だったりします。書くことが思考をまとめ、そして広げてくれるのです。

 こんな風に、私は日々、充電しています。

2009年7月 4日 (土)

性格改造セミナーから帰って来ました(嘘)

 そう言えば、セボネマガリの件があって、退院後のカエデの事を報告していませんでしたね。

 水槽の中で引っくり返るほどの、生命の危機と直面していたカエデ君ですが、入院して抗生物質を与えたところ、生まれ変わったように元気になってしまいました。いやあ、よかった、よかった。

 そして、メイン水槽に戻したのですが、実はカエデ、どうやら性格が変わってしまったようなのです。最近の我が家では「よゐこの浜口のようだ」と専ら言われています。よゐこの浜口(芸能人なので呼び捨てにします、ごめんね)は、昔、ウリナリという番組で、性格改造セミナーに入れられて、それ以来、現在に通じる、前向きで元気なキャラに変わったんですよね。それ以前は、シュールでええカッコしいな、ただの若くて臆病な兄ちゃんだったんですけれどね。

 で、カエデ君なんですが、どう変わったかと言うと、何事も活発になり、特にエサの時は、頭のネジが飛んで行ってしまったのではないかというくらい積極的になりました。

 以前は、おっとりして、何事にも鷹揚なカエデ君でしたが、入院から帰って来たら、大きな体で他の子をハジキ飛ばしても、エサにありつこうとします。いいえ、言葉が正しくありませんでした。他の子をハジキ飛ばして怪我をさせても、まずは自分が早く多くエサを食べようとします。

 満腹という言葉を忘れてしまったようです。いつでも欠食状態です。

 それと、後追い行動を始めました。彼は人間がエサをくれることを知っていますので、エサの時刻が近づくと、人間のいる方向に泳ぎ、ばしゃばしゃと「エサ、エサ、エサ」とアピールするようになりました。で、人間が忙しく水槽の前を横断するたびに、右へ左へと忙しい毎日です。もちろん、他の子はハジキ飛ばされます。カエデよりも体の大きなブニョですから、ぶつけられて、きりきり舞いをしています。

 それと、退院後、カエデはブニョと、よりラブラブになってます。実はブニョはカエデの妻なのです。以前からこの二匹は仲の良いカップルなのですが、カエデの退院後は、寝る時はたいてい、この二匹、体を寄せ合って寝てます。金魚が他の子と体を寄せ合って寝るって変でしょ。私も始めて見ました。でも、カエデとブニョはいつも寄り添いながら寝ています。本当にエサさえ入らなければ、とても仲の良い二匹です。

 そんな仲良しな二匹ですが、エサが入ると、愛妻ブニョをぶっとばしてでもエサを独り占めしにいくカエデ君でした。

 本当に性格が変わってしまいました。きっと入院経験は、カエデにとって、とても大きな経験だったのでしょうね。

2009年7月 3日 (金)

フルートとヴァイオリンのアンサンブルの練習に参加しました

 前回のフルートのレッスンの時に、笛先生から誘われたので、フルートとヴァイオリンのアンサンブルの初回練習に参加してきました。私としては、器楽系のアンサンブルに参加するのは初めてだったので、ちょっぴりドキドキでした。

 平日の夜で仕事終わりという事もありましたので、2時間の遅刻で行きました(ちなみに私は途中の駅で“立ち食いそば”を食べてきました。空腹の状態で音楽はやらない主義なんで…)。2時間の遅刻…合唱の練習だったら、もうみんな帰る頃ですが、こちらはちょうど練習の真ん中あたり? 私は2時間遅れで、残りの2時間30分ほど練習に参加してきました。しかし、練習時間、長いね。

 私が着く前は、循環和音の練習とか和音の上にメロディーを展開させる練習とかやっていたようなのですが(一体、どんな内容なんでしょうか? 想像も付きません)、私が到着する少し前から、初見大会をやっていました。初見大会? はい、初見大会でした。

 やった時は、以下の8曲。

I'll Never smile again
  (よく知らない。たぶんジャズの曲)
G線上のアリア
  (D-durでした。私は普段C-durで吹いているので、ちょっと混乱)
茶色の小瓶
  (ジャズの定番曲。私は…なじみがないなあ)
My favorite things
  (サウンド・オブ・ミュージックの曲。イヤになるほど音が高い)
亡き王女のためのパヴァーヌ
  (大好き。この曲はもうちょっとやりたかったな)
バッハのインベンション
  (同名の曲がたくさんあるけれど、その中のどの曲かまでは特定できません。とにかく譜面が真っ黒で、やたらと速い)
故郷の人々
  (フォスター作曲。唯一の初心者向けアレンジで、私がちゃんと参加できたのはコレだけ)
Meet mister Callaghan
  (よく知らない。たぶんジャズの曲。パート譜だったので、他の人が何やっているが分からなくて、一番やっかいでした。指揮者がいない場面でのパート譜の使用は、キッツイです。)

 初見大会で使用した譜面は、すべてフルートアンサンブル用のものでした。パート練習のようなものはなく、譜面を配ると、その場で誰がどのパートをやるか決め、すぐに合わせる。一回演奏が終わると、パートを交換して、また演奏。それぞれのメンバーが、一通り全部のパートを一回ずつやったら、その曲はお終い。で、次の曲。

 譜面読むのに疲れたり、飽きちゃったら、適当にアドリブで演奏する人もいたりして、かなりラフな雰囲気の初見大会でした。だいたい、ヴァイオリンさんたちは、ジャズっちなので、すぐにメロディを跳ねて演奏したがるし…。

 私は、参加メンバーを聞いた時から、これは「アドリブ大会になるかな」と思ってましたが、予想が見事に外れ、初見大会になりました。まあ、このアンサンブルそのものが、初回練習ということもあり、アンサンブル自体が初めてのメンバー(私)もいれば、上手な人からそうでない人(私)もいるので、まずは様子見といったところだったのでしょう。

 でも、あのメンバーなら、そのうち、遠からず、練習がアドリブ大会になりそうな気がする(汗)。

 メンバー、メンバーと書きましたが、ヴァイオリンの方々は、普段はジャズヴァイオリンをやっている人ばかりで、あまり楽譜を使わないそうなんだけれど、みなさんバッチリ初見に対応してました…というか、上手だよお~。

 フルートのメンバーは…私一人でだいぶ平均点を下げてしまいました。申し訳ない。

 でもね、でもね、みなさん、聞けば、楽器のキャリアが10年以上なんだよ。だいたい、楽器キャリアが10年に満たないのは、私とテツさんだけ。そのテツさんだって、私の倍以上の楽器キャリアの持ち主だし、何と言ってもブラバンやっている事もあって、私よりもよっぽど上手に初見に対応してました。私なんて、楽器経験、10年以下どころか、やっと1年だもん。そりゃあねえ…みなさんと同じ事ができるわけないよ。

 練習の感想? とにかく、ムズい。

 なにしろ私は、初見力は皆無だし、読譜力に問題はある。しかし、仮に、譜面がちゃんと読めたとしても、曲そのものは(私にとっては)かなり難しくて、きっと演奏はできないので、もはや、楽譜が読める読めないの問題ではないかもしれない。そういうムズさ。

 とにかく、テクニックをもっと磨かないと…。腕前を上げないと…。はっきり言って、アルテ1巻学習中では、ここのアンサンブルには対応できません。それと、やっぱりアルテはオリジナルのテンポで練習しておいた方がいいと、骨身に沁みて感じました。練習の時から速い速度に体が慣れていないと、譜面を追いかけることすらできませんです。

 そんな状態なので、曲にもよるけれど、だいたい全体の二割くらいは参加できたかな? よしよし、初心者にしては上出来だ。逆に言うと、八割ほどは、ただ楽譜を見てただけの傍観者。いやあ、そんなものでしょう。とにかく、ちょっと場違いでした(笑)。

 でもね、とにかく難しかったけれど、私はチャレンジしたよ。だってね、曲の最初と最後は必ず参加したもの(エッヘン)。それと、演奏はたくさん落ちたけれど、迷子にだけはならなかったよ。誰も誉めないので、自分で誉めます。>エライゾ、自分。

 ただ、ずっと座って演奏していたせいもあるけれど、やはり座っていると高い音は難しいです。修行不足ですね、要練習です。

 しかし、ここのアンサンブル、初見が通るほど、みなさん上手なので、安心して遊べました。例えば、内声部を吹いていても、和音の中に簡単に音をはめる事ができたので、すごくハーモニーの勉強になったし。メロディを吹いても下支えがしっかりしているので、気持ちよくメロディを載せられたし、ベースに回っても、しっかり周りがリズムを取れるように吹いてくれるので、迷子にもならないし。楽譜が黒くて、私が落ちても、演奏止まらないし(笑)。

 とにかく、上手な人たちとアンサンブルをするのって、すごく勉強になる。音程の取り方にしても、リズムのはめ方にして、上手な人たちと一緒だと、単に一緒に音を出しているだけで、勉強になるのがよく分かった。

 そうそう、それに同音域の楽器アンサンブルなので、交替していけば、すべてのパートを経験できます。これは新鮮。

 アンサンブルをすると言う意味では、散々合唱をしてきたけれど、合唱だと自分のパート以外は、歌えないでしょ(当たり前)。だから、合唱では、他のパートは文字通り、所詮は他人事なんだ。でも、今回のアンサンブルでは、全部のパートを経験できたので、メロディーやったり、下支えをやったり、合いの手入れたりと、各パートの楽しみが分かった。これは収穫。

 一緒にアンサンブルして分かったこと。ヴァイオリンとフルートの音域はほぼ一緒だけれど、ヴァイオリンはフルートほど、高音が得意ではないみたい。その代わり、細かい音符はフルートよりも得意そうだし、臨時記号とか様々な調性に対する適応力は、フルートよりもありそう。もっとも、音量的には、ヴァイオリンもフルートも似たようなものかな?

 とにかく、勉強になりました。と、言うのも……だってね、どうやら楽器初心者は私だけ(それも先生という保護者付きだし)。だから、そのオミソな立場を最大限に利用して、大人に遊んでもらう子どものような感じで、これからもスケジュールが合えば、このアンサンブルで遊ばせてもらうと、生きた良い勉強ができそうな気がする。ね、お得でしょ。

 それに、アンサンブルも、習うより慣れろという部分はあるし、同じ慣れるなら、上手い人たちの水を飲みながら慣れた方がいいしね。でしょでしょ。

 それにヴァイオリンさんたちと一緒にやっていると、自然とヴァイオリンの奏法と言うか、セオリー? マナー? 方言? のようなものを感じることができて、これは絶対フルートの上達につながってくると思う。だよね~。

 まあ、私にとっては、お楽しみというよりも、レッスンの延長のような、アンサンブル経験でした。いやあ、手も足も出ない出ない。

 最後に、演奏をした譜面をもらったけれど、これって次回までに練習してこいって事? 正直に言うと、この楽譜は練習したくないなあ…。だって、難しいし、私の現状から言わせてもらうと、フルートに関しては、今はアルテで手一杯だもん。この難しい譜面に取り組んでいたら、確実にアルテの練習ができなくなるもの。それは悲しいです。

 さあ、今回は初見大会でしたが、次回はどんな感じの練習になるのでしょうか? やっぱり初見大会? それともアドリブ大会? それとも今回の譜面をがっつり練習してきて、まじめなアンサンブル練習? さあて、どうなんでしょ。

 最後に、このアンサンブルに興味感心のある方&参加御希望の方は、ミクシィの『フルートとバイオリンで合体!』コミュまで、どうぞ。湘南地方で活動してます。ミクシィのメンバー以外の方は…ひとまずミクシィに入会してください(笑)。

2009年7月 2日 (木)

伴奏について、ちょっとだけ考えた

 前回の声楽レッスンで、自覚をした事があります。振り返ってみると、発表会の準備の時から感じていた事だと思います。それは歌手とピアニストの関係? そんなおおげさな事ではないけれど、でもそんな事。

 まずは自覚以前の話から始めます。

 カラオケがそうだし、合唱の伴奏もそう、そして声楽だってグループレッスンの時はそうだった。何がそうだったのかと言うと、ピアノ(伴奏)と歌の関係。まず、ピアノが弾かれ、そのピアノの上に歌がのって音楽が作られる。

 まずはピアノ(伴奏)ありき、なんですよ。ピアノで示された、テンポや調性に合わせて、ピアノに手を引かれ導かれていくような感じで歌を歌っていく。これが今までのやり方だったんです。 言葉こそ“伴奏”でしたが、内容的には“主奏”あるいは“指示奏”だったと思います。…でしょ?

 それが、前回の発表会の音合わせの頃から、どうやらそれとは違うものが、そこにあるような気がしてきました。その違和感を抱えて、しばらく過ごしていたのですが、前回のレッスンで、私が抱えていた違和感の正体を、はっきりと自覚しました。

 自覚のきっかけとなった事。それは、レッスンで始めて「Lascia Ch'io pianga」を歌った時の事。

 先生が「では、一回歌ってください」と言うので、私はボケーっとピアノのイントロが始まるのを待っていたんですよ。でも、一向に始まらない。ま、確かにこの曲、アリアから入るなら、イントロはないんです。でも、今まで(グループレッスンという意味)なら、2小節程度前から演奏してくれたり、入るタイミングを教えてくれたりしていたのです。それこそ「はい、3、4!」なんて調子です。

 ところが、今回は先生、全然動かないんですよ。そのうち先生から「待ってちゃダメだよ。歌って。いつまでもグループの感覚でいちゃダメだよ。これからは、ソロなんだから、ソロの気概をもって、ドンドンいかなきゃ」

 ……ああ、そういう事だったんだ。この前から何となく感じていた違和感って、これだったんだ。

 さっそく、自分のテンポで歌いだしました。私が歌うと、ピアノが付いてきます。私がテンポを変えれば、ピアノもテンポを変えてきます。私がリズムで遊びを加えると、ピアノも即座に反応してきます。つまり、私の歌なりにピアノが付いてきます。私が歌でひっぱっていかないと、今すぐにでもピアノが止まってしまいそうです。

 これが伴奏という奴なんだ。私が歌手であり、指揮者であり、先導者なんだ。私がすべてのテンポとリズムとタイミングを決めていかないといけないんだ。音楽を作るのは、ピアニストではなく、歌手なんだ。

 もちろん、独善的であってはいけないのだけれど、歌手とピアニスト、主導権はどちらにあるのかと言うと…歌手です。音楽的には歌手が主役で、ピアノは脇役。今、こうして文章化してみると、なんか当たり前の事を当たり前に書いてるだけのような気がします。

 でもね、今までの私は、実はそうではなかった。今までは、ピアニストに甘え、ピアニストに頼り、ピアニスト任せで歌ってきた。はっきり言っちゃえば、ピアニストに合わせてもらって、歌わせてもらって…という感じでした。『~してもらって』で過ごしてきました。まさに“おんぶにだっこ?”なんか、そんな感じ?

 それが全くダメだ、とは思いません。

 たとえば、合唱。大勢の団員が各自の音楽センスに従って、各自で好きなように歌っては、音楽になりません。誰かが主導権を握らないといけません。多くの場合は、その役は指揮者あるいはピアニストが担ってきました。その場合は、団員たちが、指揮者に合わせ、ピアノに乗って歌うことは大切なことです。そういう意味で、この場合は他人任せの演奏で良しなんです。

 でも、ソロなら、独唱なら、歌手が主人公。彼が音楽上の全責任を負って音楽作りをしないといけない。こんな当たり前のことすら、今まで、私の念頭にありませんでした。そして自覚もありませんでした。

 『独唱をする』ということは、つまるところ『自分で考えて音楽をする』事なんです。“考える”だけでなく“決定”して“実行”していくんです。決して、他人任せではいけないのです。例え、どんなにエラいピアニストさんが伴奏してくれたとしても、最後の決定権は歌手が持っているんです。

 そんな事が一瞬で頭の中を走りました。ソリストとしての気概をもって、これからは歌っていきます。

 私は、フルートだって、合奏でなく、独奏で学んでいるから、いずれ同じ局面に立つことになるんだろうあ。

追記 以上は私の伴奏に関する考えです。キング先生ご自身は、私とはまた別な考えをお持ちです。キング先生の伴奏に関するお考えを知りたい方はこちらへどうぞ。

2009年7月 1日 (水)

お腹を常にひっこめよう

 発表会後、初めての声楽のレッスンに行ってきました。

 今回のレッスンでは、たっぷり“呼吸”をやってきました。一緒にレッスンを受けている妻は、入門するとすぐに発表会だったため、その手の基礎がゴソっと抜けているので、そこから始める必要があるという事と、私にとっても、ひさしぶりの呼吸練習(発表会の準備中は歌にかかりっきり)だったので、修正をしてもらう必要があるというわけで、二人して基本の基礎の呼吸をたっぷりやりました。

 久しぶりの呼吸練習……もう少しで意識が飛ぶところでした(笑)。ヤバかったなあ…、いやあ、真面目に呼吸練習をすると、シンドイですね。

 今回、確認したのは、背筋の具体的な使い方。それぞれの筋肉のひっぱる方向とか力の入れ具合とか、そういう点。グループレッスンの時は「まあまあ、それくらい出来ていればいいか」と済ませてもらえた事も、個人レッスンなので、みっちりきっちりチェックを受けました。

 アバウトに今まで「背中」と教わってきましたが、今回は具体的にどこの筋肉をどんなふうにひっぱるかを確認。筋肉の名称も習ったけど…忘れた、ごめん。とにかく背骨の脇の大きな筋肉をグイグイグイと下へ引っ張り続けるんだな。で、同じ背中でも、そのすぐ横の筋肉たちは脱力して、内臓にかかる腹圧を逃してやるという事も習いました。息を吸っている時も吐いている時も、常に常に背中の脇の縦の筋肉を緊張させ続けることが肝心なのですよ。決して緩めてはいけないのです。

 ヨガの呼吸と声楽の呼吸の相違点も習ったけど、ブログでは割愛(長くなるし、私はヨガの事、よく知らないので間違ったらマズイし)。

 とにかく“腹式呼吸”と世間では言うし、それでもいいのだけれど、キング門下では、この声楽で使う呼吸の事を“横隔膜呼吸”と呼びたいそうです。横隔膜呼吸、いいじゃないですか。どなたの造語か知りませんが「声楽は横隔膜呼吸」、分かりやすくていいです。

 とにかく、呼吸は急務です。しっかり基礎固めをしていきましょう。

 少し前に私がブログに「声楽は日課練習みたいな事をしてない」と書いたのを、先生はご覧になっているので「呼吸の練習を、ぜひ日課練習に加えるように」とやさしくアドバイスしてくださいました。

 それなのに、私ときたら「呼吸の練習はつまらないから…(やりたくない)」とグチったところ「つまらない練習だからこそ、きちんと丁寧にコツコツとやらないと力がつきません」と言われました。確かに、その通りです。

 あきらめて、呼吸の練習を日課練習に加えることにしました。もっとも、先生から、楽しく呼吸練習をするコツみたいな事は教わったので(音楽に合わせやるって事サ)、退屈だけれど、ちょっとは楽しくなるように工夫をしながら、しばらくは毎日、呼吸の練習をすることにします。

 自宅での呼吸練習の際は、息の通り道を常に意識して行うように言われました。絶対に目的の分からない練習はしてはいけないとも言われました。それと、犬の呼吸(舌を出してハアハアやるトレーニング)は、筋トレのようなものだと思って、割り切って行った方が良いとも言われました。ラジャー、呼吸の練習を日課練習として、励むことにします。

 で、呼吸の確認のために、(呼吸で使う)背中を見てもらっていましたが、あわせてお腹の方も確認してもらいました。背中は「もう少しがんばろう」程度でしたが、お腹は全然ダメだそうです。

 お腹は、呼吸とは直接関係ありません。だって、腹式呼吸ではなく横隔膜呼吸をしているんだから、呼吸とお腹は無関係なんです。ではお腹は…と言うと、こっちは音程の保持のために使われます。つまり、お腹の筋肉が弱いと言うことは、使える音域が狭いということなんです。

 私の欠点の一つが、この腹筋なんです。ただし、腹筋と言っても、腹筋運動で鍛える、いわゆる腹筋ではなく、声楽で使うインナーマッスル系の腹筋が弱いので、高音が支えきれずに高い声がヘナヘナになったり、引っくり返ったりするわけなんです。ですから、それを予防するためには、日頃から腹筋を思いっきり後ろに引っ張り続けることが肝心なのだそうです。いわゆる“腹筋運動”をしても無駄なんですね。

 後ろに引っ張りづける感覚、引っ張るというよりも「内蔵ごと背中から押し出すつもりで」と言った感じです。かなり強く体を後ろへひっぱります。とても大変です。でもやんないとね。

 この動作、女性は子宮を上に引っ張り上げる感覚と習うそうですが…私も先生も男性なので???です。ま、ここを読んでいる女性声楽初心者のために書き添えておきます。

 常にお腹を後ろへひっぱるわけで、いくら太っていても、ベルトの上にお肉が乗っているようでは、いけないそうです。お肉が乗らない様に、常にお腹を引っ張りつづけ(つまり、へこませ続け)ていなければ、いけないんだって。はっきり言って、腹筋、釣るかも(涙)。

 そんなこんなで、背中とお腹を酷使して、ヘトヘトになった頃、ようやく歌を見てもらいました。

 今回は、サラっと一回歌って、自宅練習での成果をチェックしてもらいました。注意されたことを書きます。

 まず、楽譜に正確に精密に歌うこと。「Lascia Ch'io pianga」はよく知っている曲と言うこともありますが、耳で覚えた通りではなくて、しっかり楽譜を読み取って、きちんと歌いましょうとのことです。具体的に言えば、装飾音符の一つも、音楽記号の一つも、おろそかにしてはいけないという事。

 ブレスが多すぎ。なるべくたっぷりとしたフレージングで、息を長くして歌うこと。休符とブレス記号がある場所以外では、絶対にブレスをしてはいけないのです(涙)。例え、歌詞の区切りが良くても、音楽的に休符(あるいはブレス記号)が入っていなければ、音は続けていかないといけません。

 やれるかなあ…いや、やらないといけないことは重々承知だけれど、それをやると、今と比べてブレスの回数が減ってしまいます(涙)。酸欠にもなるし、第一、息が足りなくなります。…が、つまり、それだけしっかりと息を支えて歌え、という事です。大変だけど、ひとまず頑張ってみます。

 e che sospiri の e に注意。ここがヘマっているので、次の che が歌えてない。この che がこの曲での最高音(ソ)になるわけだけれど、まず、この che を100パーセントの声で歌わないようにする。力的には90パーセントくらいの声でいいので、むしろ、音量よりも響きに注意して歌うこと。そのためには、その直前の e(レ)と何も変えずに歌うこと。つまり、e を歌う時に、すでに体は che の態勢にしておくということです。

 本当に e che sospiri の部分は難しいです。先生と一緒に歌うとできるんだけれど、一人で歌うとなかなか上手くはいきません。一つは自信がないので、ついつい力んでしまうこと。もう一つはソの音程が体にきちんと入っていないので、ついついぶら下がってしまうこと。ここだね、問題点は。

 じっくり、取り組んでいきましょう。決して歌えない歌ではないのだから、あとは細かいところを一つずつ丹念につぶしていけば、必ずきちんと歌えるようになるはずだから。そのためにも、お腹を鍛えて、高い音になってもヘナヘナにならないようにしないとね。

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