ひとこと

  •  なんかねー、最近、あれこれツイてないんです。あまりに小ネタ過ぎてブログに書くほどでもないのだけれど、なんかプチ不幸な日々が続いてます。なんかなー。

お知らせ

  • ●クラシックコンサートのお知らせをします。●10月8日(日)、茅ヶ崎市青少年会館ホールで行われます。今年のコンサートは、第1部ジュニア、第2部器楽、第3部声楽と、3部に分けて行われます。第3部の開演は15時20分となっています。●私は、第3部の10番として、トスティ作曲「Tristezza/悲しみ」とレオンカヴァッロ作曲「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」を歌い、次の11番目で、妻と一緒にレハール作曲「メリー・ウィドウ」より「A Dutiful Wife/従順な妻」の二重唱を歌います。私の登場時刻は、およそ16時30分前後になる予定ですが、あくまでも予定であって、これより早くなることもあるし、遅くなることもあります。●入場料は無料の千客万来系のコンサートです。ただし、例年までは市民文化会館で行われていましたが、今年は工事中となって、古い公民館系のホールで行われます。●会場的には、古くて小さい上に設備的にも??がつくような会場で「ここで歌うのはヤだな」という理由で、多くの方々が参加を取りやめたというほどの会場です。私も、練習で使用するならともかく、ここに人を招待して…となると、躊躇せざるをえません。なので、会場までお越しいただく事は望んでいませんが、もしよかったと、どこか遠くの空から、無事に歌えることを祈っていただくと感謝です。
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2009年3月の記事

2009年3月31日 (火)

フルート・クライスのイベントに行ってきました

 上坂学先生主宰のフルート・クライス「フルートを楽しもう! in 東京 Vol.8」に行ってきました。とても、楽しかったですよ。あ、「2009年春 フルート試奏の旅」の記事は、都合により、来週アップします。今週の残りの日々は、レッスンの事をアップしないとマズい事に気づいたからです。というわけで、試奏の話は来週まわしにします。楽しみにしていた方々、申し訳ない。

 さて、フルート・クライスのイベントの話です。公式サイトはこちらですよ。

 イベントと言っても、まあ、一種の公開講座のようなものでした。でも全然堅苦しい感じではなく、むしろフレンドリーで楽しく学べるというものですね。特に実演を交えてのお話は、書籍やインターネットでは触れられない様な事まで分かりやすく解説されるので、とてもためになりました。

 場所は西新宿のムラマツさん。イベントの最初はミニコンサートでしたが、その部分の感想は割愛(笑)。録音をしたので、その録音から演奏の部分を切り出して、iPodに入れて、ヘビーローテーションかけるんだ(はぁと)。

 さて、最初のコーナーは「集まれ!大いなる初心者の皆さん!!」という、初心者さん対象なのに、なぜか生徒さんは初心者ではないという不思議なコーナーでした。

 最初の生徒さんは、我らがテツさんでした(パチパチパチ~)。実は私、テツさんとお会いしたのは、今回が始めて。だから『テツさんってどんな人だろう』と思ってました。会場に入ってからも「きっとあの、いかつい人がテツさんじゃなかろうか」とか目星をつけてワクワクしながら待っていたら、舞台にあがったのは、全然別のノーマークの人でした。ネットの書き込みの雰囲気と、リアルな風貌って、全然関係ないんだな。なんか、フルートの人というよりも、マラソンの人って感じでした。

 テツさん、コーナーご出演ご苦労さまでした。テツさんのコーナーの内容は、テツさんご自身が日記に書かれているので、ここでは省略(笑)します。ミクシィの人は読みに行ってあげてください。

 二人目の生徒さんは、キャリア10年の初心者さんでした。10年やっていても、苦労は絶えないのだなあ、フルートの道は細くて険しいものなのだなあと思いました。結局、問題は、姿勢なんですね。特にフルートの持ち方とアンブシュア。この二つを解決するだけで、かなりの悩みが解決するようです。

 と言うか、ここに問題を抱えている人って、多いんですね。私、びっくり。そして、笛先生に感謝です。

 ここを入門時にしっかりやるかやらないかで、その後のフルート人生の道の険しさを決めてしまうような…そんな感想を持ちました。フルートの持ち方とかアンブシュアなんて、教則本には書いてあるけれど、初心者の頃はその意味も分からず、ある程度慣れてきちゃうと読み返すこともなく、おそらく学校の吹奏楽部では、その辺の指導もなされないのでしょうね。自己流で長年やっていて、自己流のまま固まってしまったのでしょうね。そこがドツボという奴なんでしょう。

 なんてエラそうな事を書いている私も、演奏姿勢はかなり悪い事は自覚してます。直さないとなあ…。でも、フルートの持ち方は最初にきちんと仕込まれたので、問題なく過ごせてます。先生に感謝感謝です。

 二番目のコーナーが「驚くくらい楽に音が出せて、おまけに音程も良くなる当て方とアンブシュア」です。生徒はお二人とも若い女性の方。いいね、女性は、舞台に上がっても、華がある。良いです、良いです。

 実は、アンブシュアに関しては、上坂先生がご自身のホームページで書かれている内容、そのままでした。でも、読むとやるでは全然違いました。私もフルートを構えていたら、上坂先生にグイッと下げられ「えっ!」というくらいの場所にフルートを構えさせられました。実に下です。クチビルではなく、アゴにフルートを当てるのよ。でも、そこを出発点にして、先生の教えどおりにフルートを構えていくと、確かに先生のおっしゃるとおりになります。実に納得です。

 私、アンブシュアに関しては、笛先生から習っていないんです。と言うよりも「正解はあるけれど、そこに至る道は一人一人違うから」と言うわけで、自分流に工夫してきたものを、先生が機会ある事にチェックして修正していくというやり方でアンブシュアを自分のものにしてきました。このやり方は個人レッスンならでのベストなやり方だと思ってます。ただ、欠点はノウハウ的なものは一切ないので、時々、忘れてしまうのと、迷った時に分からなくなることです。

 だから私のアンブシュアの作り方は、YouTubeで見た、ゴールウェイがマスタークラスで指導していたアンブシュアの作り方がベースです(ザッピングしていてたまたま見つけたので、今となっては、どのファイルか分からない 笑)。で、今は、そのゴールウェイもどきのアンブシュアでスランプのドツボに落ちてます。

 そんな時に出会えた上坂流のアンブシュアの作り方。フルートの神様は私に何を教えたいのでしょうね。

 そんなわけで、私の中で、上坂流とゴールウェイもどきが葛藤してます。両者とも、基本的には、クチビルの下のアゴのくぼみにフルートを置いて、グイとクチビルに持ってくるやり方です。上坂流が円運動で手前からこちらに持ってくるのに対して、ゴールウェイは直線運動で下から上に持ってきます。今まではゴールウェイ風に直線運動でフルートを持ってきた私ですが、ちょっと上坂流に円運動で持ってくるようにしてみようかな…。

 ああ、女性がフルートを持つと、より美しくかわいく見えるのはなぜ? フルートって、大きな大きなアクセサリーなんでしょうか?

 それにしても、ブラバンの生徒さんって、すごいね。譜読みは早いし、指動く。若さの勝利だな。フォーレのシチリアーノくらいなら、舞台の上で緊張しながらも、初見で吹いちゃえるもんなんですね。すごいですねえ。

 私もちょびっとチャレンジ…と思って、楽譜をひっぱり出して吹いてみたら、案外、初見で吹けちゃうね、でも、リラックスした自宅だし、誰に聞かせるわけでもない穴だらけの演奏だし、人前で吹いているわけじゃないから、比較対象にはなりませんね。やっぱりブラバンの生徒さんってすごいわ。

 ここで心に沁みたのは、すべての練習は音楽のために行なうということ。指の練習も音階の練習もロングトーンの練習も、みんなみんな音楽のために行いましょうってこと。それを実演を交えてながら、先生が具体的に教えてくださいました。笛先生もよく同じことをおっしゃってますが、余所の先生が教えてくださると、また肝への命じ方が変わりますね(先生、ごめんなさい)。

 休憩をはさんで、ムラマツフルートの吹き比べをして(この話は「2009年春 フルート試奏の旅」の中で書きます)、次のコーナー「美しい音程を奏でよう!」になりました。今回のメインコーナーです。

 やったことは、笛先生とのレッスンの中で時々やるハモりの練習そのもの。笛先生は「フルートの音を覚えましょう」とよく言いますが、まさにそれ。要は、純正律の美しいハーモニーを自分の中に入れていきましょうという趣旨の話です。

 生徒さんのFisの上に先生が色々な音をきれいに載せて、二度、三度、四度、五度の和音を作りました。また生徒さんの音に五度の音をキレイに載せたり、汚く載せたりもしました。これらの感覚が分かるかどうか、分からない人は暗記しなさいってことなんだろうと思いました。笛先生がよくおっしゃる「耳を開きなさい」ということだね。音程をいつも楽器任せ(あるいはチューナー任せ)にしている人は、ああいうのは苦手なのかもしれない。そう思いました。

 フルート同士の音がキレイにハモると、基音のオクターブ下で天使が笛を吹くんですね。これはおもしろいと思いました。人の声がハモると、天使が天井の高いところで歌うんですよ。だから、教会の天井には天使の絵が書かれているのだと思う。でも、フルート同士だと、床下で天使がバスフルートを吹くんですねえ。こういう経験は始めてだったので、新鮮でした。歌の世界の常識とフルートの世界の常識の違いを発見するたびに、ちょっとずつうれしくなる私でした。

 そうそう、先生が会場を回られて、会場の生徒さん一人一人のFisの音の上にCisの音を載せて、キレイなハーモニーと汚いハーモニーの違いを個別に教えてくださっていたけれど、アレ、私はやってもらえなかった! 私以外にも数名抜かしていたけれど、抜かした人たちは、みんなお弟子さんだよね。お弟子さんは普段のレッスンでやってもらえるから、別にいいだろうけれどサ。…お客さんはみんなやってもらっていたような気がする。私の被害妄想かな? ドキドキしながら待っていたのに、肩すかしでした。「あ、飛ばされた」そう思った時、心の中では号泣してました。ああ、とても残念。とても無念。

 テツさんなんて、舞台の上にあがって教えてもらった上に、きちんと個別の場面では、FisとCisの指導まで受けたんだよ。ああ、ああ、ああ。

 コーナーの後半では、お弟子さんたちのフルートアンサンブルの演奏に先生がちょっとしたアドバイスをして、音程というか、ハーモニーを磨いていました。先生の指導でみるみるハーモニーが磨かれていって、最後はとてもきれいなハーモニーになってましたね。

 私はどうやらフルートアンサンブルというものに、偏見を持っていたらしいです。フルートアンサンブルなんて、雑音製造マシーンだと、実は、思っていました。でもそれは偏見で、単純に下手くそなフルートアンサンブルが雑音製造マシーンなだけで、上手にアンサンブルをすると、フルートだってキレイな音楽を奏でられるのだと知りました。下手くそは人間の責任であって、楽器の責任ではないというわけですな。

 フルートアンサンブルもなかなか捨てたものじゃないと思いました(上手な団体に限るけれど)。

 全部のコーナーが終わったあとは、フルート診断にも行かず(直前にフルート調整をしたから)、フルート試奏もせず(中休みでたっぷりやったから)、上坂先生にも質問に行かず(Fisのハモリの件で飛ばされたので、ちょっとヘソを曲げていたから 笑)、ずっとテツさんとおしゃべりをしてました。もしかすると、テツさんの楽しみを奪ってしまったかもしれないと、後で反省しました、申し訳なかったです。

 結局、色々あったけれど、おもしろいイベントでした。

 全体を通しての感想を書いてみます。

 まず、上坂先生はいい人で、正直者。当たり前だけどプロの自覚をもっている人。ファンになってしまいそう。来年もイベントをやるそうだから、なるべくまた参加したいなあと思いました。でも、私は嫌われているかもしれない(笑)。

 4時間近くに渡って、上坂先生がおっしゃっていたことの大半は、普段、笛先生が私にする注意とほぼ同じ。違うのはアンブシュアの件(上坂流ですよね、アレ)と、フルートの組み立て方(上坂先生は内向き派、笛先生は外向き派です)の注意くらいで、他はほぼ同じ。と言うことは、私は笛先生のところで、まだまだみっちりフルートの勉強をしないといけないということですね。がんばります。

 ああいうところに入ると、私のアゲハじゃ全然音量不足だね。先生がせっかく「みなさんそれぞれでご自由に(練習を)」と言われても、あそこじゃアゲハの音は全然聞こえない。練習なんて全然できましぇん。前後をムラマツフルートユーザーに、脇をヤマハフルートユーザーで囲まれると、アルタスなアゲハの音は、奏者にも聞こえません。音色じゃ勝っているけど、音量じゃあ、明らかに負けてる…確かにアルタスは大音量なフルートではないから仕方ないと言えば仕方ないね。なんか負けた気がして、ちょっぴり悔しい。

 会場に来ている人のフルートをさりげなく観察してみたけれど、実にピンキリ。先生のお弟子さんとおぼしき方々は、皆、お高そうなフルートでしたが、そうでないお客さんたちはメーカーもフルートのランクも様々。でもみな一様にカバード式でしたね。やはりアマチュアにとって、フルートってカバードが主流みたいですね。

 参加者の中には、当然だけれど、上手な方もいらっしゃれば、そうでもない人もいて、おもしろかった。で、フルートの腕前って、不思議なことに、たった一つのFisのロングトーンで分かるものですね。聞いた瞬間に「あ、この人、絶対フルートが上手」って分かりますもの。逆もそうだけれど…。

 上手な人は、ただのFisのロングトーンにも音楽が感じられたもの。その一つの音から、今にも次の音が、そして音楽が奏でられそうなオーラがむんむんなんだよ。ありゃ、すごいなあって思いました。

 一方、単なるロングトーンなのに、騒音にしか感じられない人も少なからずいました。私はなんでもすぐに顔に出てしまうタイプなので、おそらくゲロゲロって表情をしてしまったことでしょう。ああ、年を取ると、耳が肥えるのでやっかいです。

 ああいうイベントに参加し、様々なキャリアの笛吹きさんと一緒にいて、そんな中で自分の立ち位置がなんとなく分かったような気がする。それだけでも、あのイベントに行ってよかったと思います。

 最後にひと言、苦言。一部のお弟子さんたちのマナーがちょっと…。自分の先生のイベントで誇らしいのは分かるけれどサ。大人なんだから、もう少し自粛しようよ。

 さあ、頑張って、フルートの練習をしましょう。

2009年3月30日 (月)

みんなで仮面ライダーを応援しよう(意味不明)[2009年3月の落ち穂拾い]

 ええと、本来なら落ち穂拾いのアップは明日なのですが、今週は色々と忙しいので、ええい、面倒だーという感じで、今日アップしちゃいます。すいまそん。

 待ってた人、いるかな? 「2009年春フルート試奏の旅」&「フルート・クライスのイベント(フルートを楽しもう! in 東京 Vol.8)の感想」は明日以降アップする予定です。ごめんね。

 さて、どっちから先にアップしようかしら?
 
 
私の考えた、ヴィオラ・ジョーク

~ クイズ! あなたの友人は、音楽ファン? それとも オタク? ~

質問)以下のモノの区別はつきますか?

  指揮棒と菜箸
       -> 一般人です。

  トランペットとトロンボーン
       -> 音楽ファンです。

  オーボエとクラリネット
       -> 吹奏人です。

  ヴァイオリンとヴィオラ
       -> オタクです。

 

アゲハ、その命名の由来

 アゲハ…このブログでは言わずと知れた、私のパートナー、マイ・フルートの銘ですが、なぜ、この銘になったのか、きちんと書いたことがなかったみたいなので、ここに書いておきます。

 アゲハという名前は、もう全くのイメージ先行の命名です。

 フルート選びの最後の最後で、いよいよ購入って時に、お店にあるありったけのアルタスの1307R(と言っても、たった2本です 笑)を出してもらって吹き比べたんです。選ばなかった方のフルートは、単にとてもきれいな音が出ただけだったのですが、後のアゲハを吹いた時に、目の前がパアァ----っとしたような気がして、何かきれいなモノのイメージが頭の中に飛び込んできました。それでそっちを購入することにしたのですが、そのイメージは何だったのだろうと、購入して、楽器屋の階段を降りている時に、一生懸命言語化したところ、行き着いたのがアゲハチョウのイメージだったので、この娘の銘を“アゲハ”と名付けました。

 アゲハの、大柄で派手でコントラストが強め、それでいてシックで中間色もたっぷりある、和風な音色が、私の中で、アゲハチョウのイメージと結びついたのだと思います。そんだけの話です。

 チャイナ娘に至っては、もっと簡単で、単にメイド・イン・チャイナのフルートだったから、チャイナ娘と名付けました。
 
 
レッスン場所を探していた

 音楽を勉強するには、それなりの場所が必要です。私の家が屋敷と呼べるほどのものなら、音楽室を用意して、そこで練習もレッスンもできるのでしょうが、現実的には、マッチ箱のような小さな戸建ての家に住んでいる私です。

 ま、首都圏とかその他の人口密集地に住んでいる人は、多少の違いはあれ、どなたも同じだと思います。だからみなさん、音楽の練習場所に苦労するのです。

 私が声楽で師事するキング先生は、出張レッスン専門の先生です。ご自宅でレッスンをなさる方ではありません。ですから、レッスン場所は原則的に生徒側が用意して、先生をお呼びするというスタイルです(その代わり、どこにでもいらしてくださいます)。

 私が最初の2年間、グループレッスンをしていた理由の一つに、個人レッスンに切り換えるためのレッスン場所の確保が難しかったというのが、実はあります。何しろ、グループレッスンなら、主催者のカルチャーセンターの教室が使えますが、個人レッスンになると、自分で防音設備のある場所を確保しないといけませんからね。

 しかし、グループレッスンも2年に及び、そこでの学びも限界に達し、もはや一刻の猶予もならない状態になったところで、ようやく意を決して、レッスン場所を探すことにしました。

 自宅でのレッスン…は、当然ですが、まず無理。我が家の周辺は、小さなマッチ箱のような戸建ての家が密集しているような地域なんです。そんな住宅地の平日の夜に、オペラ歌手を連れてきて、ピアノをガンガン弾いて、フルヴォイスでレッスンをつけてもらうなんて…ありえません。キング先生は、生きのいい、若手のテノール歌手ですよ。近所から苦情が来るでしょうし、警察に届けられちゃうかもしれません。(妻が言うには、あなた一人でも相当うるさいのに、そこにキング先生まで加わったら、確実に犯罪ものの騒音レベルだそうです)

 考えるまでもなく、却下です。

 なので、レッスン場所を探してました。学校とか、公民館とか、音楽スタジオとか、民間の貸部屋業者とか色々当たりましたし、よさそうな所では実際にレッスンもしてもらいました。

 が、結局はタイミングでした。私がいよいよグループレッスンから個人レッスンに切り換えるという、その時に、色々なところの歯車が動き出して、上手い具合に、キング先生が現在のカルチャーセンターで個人レッスンを始めることになり、同時に妻も個人レッスンを受けることとなり、現在のスタイルに納まりました。すべては、天の配剤だと思います。

 今はレギュラーのレッスンがカルチャーセンター(グループレッスンと同じ部屋)で、オプションのレッスンは駅前の貸部屋屋さんで、という割り振りになりました。

 考えてみれば、キング先生との出会いそのものが、神様の引き合わせみたいなものです。先生の存在も偶然、インターネットで見つけたものですし、グループレッスンも一番最初から参加できましたし、ちょうど良いタイミングで個人レッスンになりましたし…。人と人とのつながりって、おもしろいと思います。
 
 
電子ピアノのキーの重さ

 世にある電子ピアノの売り言葉の一つに「ピアノタッチ」というのがあります。これは、生のピアノのように、キーを押す力の加減や速度が音量に反映するという意味と、キーの重さが生ピアノのようだという意味の二通りがあるでしょう。

 ヤマハの電子ピアノ…サイレントピアノはもちろんですが、クラヴィノーヴァもキータッチはかなり重いです。少なくともアップライトピアノよりも重いですね。

 アップライトピアノとグランドピアノのタッチの軽重の差というのは、私自身が体験してますし、学生時代、これで苦労していた友人たちがいたので、結構気にしています。

 学生時代、私は授業でピアノをとった(と言っても入門クラスの授業)のですが、私も友人も自宅にピアノがあるわけではないので、大学のピアノ棟に行って、練習室を借りてピアノの練習をしていました。この練習室のピアノがアップライトピアノなんです。で、このアップライトピアノで練習を重ねて、試験は先生の前でグランドを弾くのですが…。

 アップライトに慣れた身には、実にグランドピアノのキーが重い重い。ほんの数カ月前にピアノを始めたばかりの(相当数の)入門者たちは、このキーの重さに耐えられず、ボロボロに、ろくに練習の成果も発揮できないまま、下手を打っていました。

 え、私? 私ですか、私はその頃からキータッチが強い人だった(その頃、パソコンのキーボードを打鍵のみで壊して、教授にメッチャ叱られた記憶があります)ので、「う、重い!」と思っただけですぐに対応できました。でも、友人たちの苦しむ姿を見て、キーの重さって重要なんだなって思いました。

 実は今の(息子君の)電子ピアノを購入する時も、キーの重さにはこだわって選択しました。ヤマハのクラヴィノーヴァはグランド並のキータッチ抵抗でした。あと、カワイのちょっとお高い電子ピアノもそんな感じ。当時はそれだけでしたね。現行機種は分かりませんが、当時のローランドやコルグと言ったシンセ系メーカーの電子ピアノは、ピアノと同じタッチと宣伝していた機種でさえ、キーがとても軽かったですよ。

 私が普段使っているカシオトーンも「ピアノのようなタッチ」が売りの機種なんですが、グランドのタッチとは全然違いますが「アップライトでは?」と尋ねられると「ううん、そんな気がしないでもない…」と返事できるかな?といった程度の重さです。おそらくシンセ系のメーカーのピアノって、アップライトピアノか、もう少し軽めの重さをキー設定をしているのではないかと思ってます。キーが軽い方が弾くのは楽ですからね。

 こんな事を妄想する私は、アップライトとグランドって、なんか極端に重さが違うぞっという、ある種のトラウマを持っている人間なんです。
 
 
部活動における、学校間格差は無視できないけど、あえて無視する

 まず最初に、私は学校における吹奏楽部を否定するつもりはありませんと述べてから、ちょっとキツいことを書きます。

 まず、学校の部活動には、どんな学校であれ、様々な問題をかかえているものです。その中でも、大きな問題の一つに、指導者不足や力不足な指導者の存在があります。これらは、部活動があくまで学校の課外活動である以上、避けられない事なのです。

 課外活動ですから、人員配置や予算配分などは、教育行政も学校も考慮するはずもなく、顧問の先生やOBOGたちの善意と熱意によってのみ支えられているとしか言えないところも少なくありません。

 善意と熱意だけで世の中が回れば、これほど幸せなことはありません。

 仮の話をします。ここに同じ程度のやる気と才能を持った子が二人いたとします。

 そのうちの一人は、指導者に恵まれたコンクール常連校に進学しました。良い指導者、良い先輩、良い音楽環境に恵まれ、3年間の充実した日々をすごし、楽器の腕前もかなり上達し、学校を卒業してからも、音楽を生活の一部としていきたいと決意しました。

 その一方で、もう一人の子は、ろくな指導もできない、名前だけの顧問の先生がやっている吹奏楽部の学校に進学しました。指導者はいません。部活も人数が少なく、やる気が感じられません。コンクールはおろか、文化祭などの校内行事にも演奏のチャンスがもらえないほどの弱小クラブです。先輩もいるんだかいないんだか分からない状態で、独学で日々、楽器の練習に励む毎日。当然、腕前はあがらず、変な癖ばかりがつくだけです。演奏するチャンスもなく、やる気も次第に下がっていきます。何とか三年間、部活に在籍したところで、音楽的にはさほどの収穫もなく、もう音楽関係の部活はこりごりだと思いながらの卒業となりました。

 この場合、後の子を責める事は誰にもできませんよね。だって、入学したところまでは、この二人に違いはなかったのですから。違ったのは、入学した先の音楽環境と指導者の差。そこが良いか悪いか、恵まれたか恵まれなかっただけの話で、結論を言っちゃうと、運が良いか、悪いか、それだけの話なんです。それだけなのに、こんなに違っちゃいます。

 部活動における、学校間格差って、これほどムゴイ差があるんですよ。

 本当にかわいそうな話です。才能の豊かな子にとって、これが、その子の人生の決定的な岐路だったりする事すらあるわけで…。たかが、部活動ですが、あだやおろそかにはできないと思います。

 学校の部活…本当に罪作りな存在です。
 
 
吹奏楽におけるフルートの立ち位置について

 では次に、私は吹奏楽におけるフルートの存在を否定するつもりはありませんと述べてから、ちょっとキツいことを書きます。

 私がお客の立場で考えると、時々、なぜ吹奏楽にフルートはいるのだろうか? と頭に大きな「?」が浮かぶ時があります。

 ざっくばらんに言っちゃえば、学校の吹奏楽部の場合は、教育的配慮(フルート抜きの編成にするわけにはいかないよねえ)ってのがあるでしょう。また市民吹奏楽団の場合、フルートは一大勢力(何しろ頭数なら、やたらとたくさんいるし、その大半がクチのたつオバ…いやいや)なので、この人たちを除け者にしたら団の運営がうまく回らないだろうなあ…という大人の事情をすぐに考えてしまいます。

 だから、吹奏楽にフルートがいてもいいんです。いてもいいんですが、なぜいるの?って思ってしまうのですよ。

 と言うのもね、実際の吹奏楽の演奏を聞いていると、こんな感想を持ちます。

1)フルートがいるのは見えるけれど、演奏は全く聞こえない。これならいなくても音楽的には同じ。

 いやあ、一生懸命演奏している事は、その様子からうかがわれますが、大抵の場合、音は聞こえません。同族楽器であるピッコロはよく聞こえますが、フルートが聞こえることって、まずありません。音楽的には、聞こえないならいないも一緒。だから、なぜいるの?って思ってしまいます。

 2)時折、バンド全体の音が止まり、なにやら不穏な雰囲気が舞台がら漂ってくることがある。

 これは、おそらく聞こえないけれど、フルートソロの箇所なのでしょう。フルートのソロを聞かせようとして、バンド全体の音量が下がるのでしょうが、それくらいのハンデをもらったところで、フルートが聞こえないことには代わりがないので、お客的には、「あれ、なんで静かになったの?」でお終い。なんか、フルートソロというよりも「演奏に穴が空いてます」状態で、演奏自体がつまずいてるような感じで、なんか居心地悪いよ。

 3)見た目が変。なぜこれだけが、銀色で横向き?

 ヴィジュアル的に違和感があります。だって、他はみんな金色または黒でしょ。おまけに体の正面に楽器を構えているのに、一つだけ銀色で横向き。違和感を感じないと言う方が鈍感。ぜったい、ヴィジュアル的には変だって。フルートもゴールドフルートなら違和感ないだろうけれと、吹奏楽でゴールドフルートって見たことないです。

 4)なぜオーケストラの楽器が、ここにいるの?

 これは言うまでもなく、私個人の偏見なんですが、フルートって、やっぱりオーケストラの楽器なんですよ。百歩ゆずっても室内楽の楽器。だから、どうしても野外演奏のイメージの強い吹奏楽とフルートが結びつかないのですよ。
 
 
 なあんて、厳しいことを書きながら、(プロの)吹奏楽の録音を聞いてます。あれ、ちゃんとフルートが聞こえるよ? なんで? なんでなの? アマチュア吹奏楽では全然聞こえないフルートが、プロでは聞こえるよ、なんでなの?
 
 
私が考える初級者の定義について

 初級者って、どこまでの人を言うのでしょうね。その感覚は人それぞれだと思います。でも言葉っておもしろいもので、実は表面上の音が同じだと、その意味する内容が違っていても平気でイコールでつないでしまって、お互いに誤解していることに気づきもしないなんてことはよくあります。

 よい機会なので、私が考える、初級者、中級者、上級者の定義を書いておきます。もちろん、これは私の勝手な思い込みなので、全く普遍性というものはありません、念のため。

初級者…先生に師事をして修行中。まだ半人前。
中級者…先生の手から離れ、仲間と一緒に音楽を作り出す。いわば現役時代前期。
上級者…自らが先生となり、後進を育成する責任を果たす。現役時代後期~引退後。

 ま、この私案も完璧なものではないことは私も認めます。だってね、現役バリバリの奏者を『中級者』扱いしているところが問題と言えば問題でしょうし、その辺りに異論が集中しそうだけれど、現役バリバリでも自分に手一杯の人と、演奏しながらも後進の育成をしている人を分けたかったので、こんな区分を考えてみました。

 それと、中級者になったら何も学ばなくていいとは思ってません。ただ「先生におんぶに抱っこ」ではなくなるのが中級者であって、中級者になると、先生以外の多くの仲間たちから色々なことを学びながら成長していくのに対して、初級者はまだ監督者の元、一貫したカリキュラムの中で、ある意味、保護を受けながら学んでいるって感じでしょうか。

 あと、初級者は人前で(お金をとって)演奏してはダメという気持ちもあります(笑)。
 
 
女性諸君よ、仮面ライダーを見たまえ

 女性はイケメン俳優というか、かっこいい青年俳優が好きですねえ。私の身近にも、水嶋ヒロに萌えている女がおります(笑)。どうやら、メイメイ鳴くヒツジさんが関係しているそうですが、興味がないので、タント分かりません。

 明日のイケメン俳優をお探しなら、仮面ライダーを見ると良いですよ。なにしろ、仮面ライダーを踏み台にして、実に多くのイケメン俳優さんたちが活躍なさってますから(笑)。

 かつてこの番組から巣立った俳優として、以下の人たちがいます(「…」の後はライダーの名前ね)、

 オダギリジョー・葛山信吾…クウガ
 賀集利樹・要潤…アギト
 須賀貴匡・松田悟志・涼平…龍騎(りゅうき)
 半田健人…555(ファイズ)
 水嶋ヒロ・佐藤祐基・山本裕典…カブト
 佐藤健・中村優一・石黒英雄…電王(でんおう)
 瀬戸康史・加藤慶祐…キバ

 どうです? このラインナップ。明日のイケメン俳優を探すなら、仮面ライダーはハズせませんぜ。ちなみに今の仮面ライダー、ディケイドにも、数名の若手イケメン俳優さん(井上正大・村井良大あたりがブレイクするかも?)が出演してますよ。へへへ、どないだす。
 
 
ちょっとイジケモード

 子どもの頃から、ピアノをやったりして、音楽に親しんでいた人の話を見聞きすると、本当にうらやましいと思う。

 私の家は貧乏だったから、物心がついた頃からピアノやりたかったけれど、親に反対されたよ。ハモニカもリコーダーも兄弟でひとつのモノをみんなで使い回してた。家で歌を歌うと「うるさい」と言われて殴られた。ブラスバンド部にも入りたかったけれど、これも反対された。音大に入りたいなんて言えなかったよ。

 とにかく、音楽ってお金がかかるから、なんでもかんでも反対された。

 音楽が好きで、大人になって、ある程度のポジションになって、多少は自由にお金と時間が使えるようになってから音楽を始めても、もう遅い。譜面は読めないし、音感もないし、人生は残り少ない。子どもの頃に、そういうもののすべてから遠ざけられていたから、もう身につかない。時間は逆さまには流れないのだよ。本当に、悔しい。

 きっと、子どもの頃にピアノを習えたなら、今頃「題名のない音楽会」の司会は、私だな。うん、絶対にそうだ、そうに決まっている(妄言、ごめんなさい)。
 
 
今月の歌曲

 ひたすら、ドナウディ作曲の「O del mio amato ben(ああ、私の愛する人の)」ばかりを歌っていました。だって、発表会の曲だもん。

 後は、時折、グノー作曲「Ave maria:アヴェ・マリア」を遊びで歌う程度で、ドナウディに全力投球って感じでした。
 
 
今月のフルートソロ(遊び吹き含む)

 もうすぐ17歳(Sixteen Going on Seventeen:ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」より)
 ドレミの歌(Do-Re-Mi:ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」より)
 サウンド・オブ・ミュージック(The Sound of Music:ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」より)
 エーデルワイス(Edelweiss:ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」より)
 トロイメライ(原曲はシューマンのピアノ曲)

 以上は、いずれレッスンに持っていこうと思って練習してます。

 さくらさくら(日本古謡)
 この道(山田耕筰)
 竹田の子守歌(民謡)
 五木の子守歌(民謡)
 白鳥(動物の謝肉祭より サン・サーンス)
 亡き王女のためのパヴァーヌ(ラベル)

 …の6曲はロングトーンの代用として吹いてます(詳しい事情は今週中に書いてアップします)。レッスンに持っていくつもりはないので、いずれ録音してアップするかもしれませんし、しないかもしれません。でも、この6曲を吹くと、もうこれだけで、ヘトヘトになります。ううむ、スローでロングな曲は、かなりキツイです。実はこれに加え、バッハの「G線上のアリア」も用意してあるのですが、とてもバッハまで手が回りません。ははは。

 まあ、そんなところです。

 あと、ガルボルディの「やさしい二重奏 op.145A」の一番の1stフルートの練習をしたいと思ってますが、なかなかね。
 
 
今月のお気に入り

TWINBIRD AV-J122W FMラジオ付防水スピーカー iPod対応 x ZABADY ホワイト。ま、ひと言で言っちゃうと「iPod対応 お風呂場スピーカー」です。

 これね、なかなか良いのですよ。私はお風呂で音楽を聞いて長湯をするタイプの人間なんだけれど、これいいですよ。このサイズにしては、なかなか音も良いし、何と言っても、濡れた手のまま、iPodが操作できるのが良いです。もちろん、曲名の確認などもできるし、特に不満はありません。

 風呂場だけでなく、台所などの水場に良いスピーカーです。
 
 
今月の金魚

2009年3月7日(土) カスミ 星になる
 
 
今月のひとこと

花粉花粉花粉…、ああ“花粉”と書くだけで気持ちがヘコむ。私の場合、2月初旬から4月下旬(つまり節分からゴールデン・ウィーク突入寸前まで)の約三カ月間、花粉で体調絶不調になります。今もノドが腫れてます。ここのところ、全然歌っていないから、この腫れの原因は、アブソリュートリー花粉っす。まもなく(と言っても6月だけど)発表会なのに、ノドが腫れてたら、歌えないじゃない(と、天を仰いでみる)。(2009年2月25日~3月1日)

映画「おくりびと」を今さら見てきました。見ている間はなぜか涙が止まりませんでした。見終わった時はなぜかフライドチキンが食べたくて仕方がありませんでした。そういう映画です。(2009年3月1~6日)

今頃で申し訳ないのだけれど、ようやく「よゐこ部 音楽部編」を見ました。その中で散々、有野君の先生が「ピッコロはサックスの10倍難しいですから」みたいな事を言ってましたが、それをサックスの先生は否定してなかったけれど(その代わり「フレーズはこっちの方が難しい」みたい事を言ってました)、やはり演奏の簡単な楽器と難しい楽器というのがあるんでしょうかねえ?と言うより、きっとあるんでしょう。門外漢には検討もつきませんが、おそらく吹奏人には暗黙の了解というのがあるんでしょうね。(2009年3月6~8日)

某所でカニが話題になっていたので、私も近所のスーパーでケガニの値段を調べてみましたら、一杯398円(岩手産)でした。グレードとか大きさとかで多少は違うものの、ちょっと安すぎるような…。一体、ケガニ業界に何が起こっているのでしょうか…って、店に尋ねたら、単にたくさん入荷されただけなんだって。つまり“豊漁による安値”ってわけですか。納得。(2009年3月8~10日)

2009年3月9日(月)のページビューが566ページとなり、過去最高を記録しました。ただし、この日のユニークアクセス(訪問者)数は236名であり、2008年12月17日(水)に記録した267名(553ページ)を抜くことはできませんでした。残念。しかしみんな、ファイフの演奏を聞きに来てくれてありがとう! 愛してるよ!(2009年3月10~20日)

 花粉…そう花粉。花粉もつらいが、どうやら黄砂が一緒になって降っている日が悲劇的につらいことに気づく。花粉だけでもつらいのに、黄砂よ、お前もか! ああ、春なんて大嫌いだ…。(2009年3月20~23日)

このブログ、皆様のところではきちんと見えていますか? ココログがメンテをしたら、ブログが壊れてしまいました。気づくのに半日ほどかかってしまいました。その間、真っ白なページをご覧になられた方、申し訳ない。やっとのことで、自力で修復したところです。ま、ログが吹っ飛んでいなかったのが、不幸中の幸いでした。(2009年3月23~25日)

ああ、私が愛していた『マイニチワワ』が終わってしまった。ざ、残念。(2009年3月25~27日)
 
 
今月の落ち穂拾いは以上です。

2009年3月29日 (日)

春霞が風流なんて、うそっぱち[2009年3月第5週・通算12週]

体重:103.7kg[+0.5kg:-2.1kg]
体脂肪率:31.6%[+0.2%:-1.7%]
BMI:33.1[+0.2:+0.2]
体脂肪質量:32.7kg[+0.5kg:-1.2kg]
腹囲:104.1cm[+0.3cm:-2.2cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエットは第8週で止まってます(中断2週目)。見事にすべての数値がプラスの右肩上がりで、景気もこれくらい上向きならいいのですけれどね。

 さて、今週のエッセイです。

 春は…昔から、カスミたなびく、美しい季節と相場が決まっております。私はそう信じていました、最近まで。

 ふと思ったのは、春霞? 霞(かすみ)って何? さっそくウィキペディアで調べてみましたよ(こちら)。そうしたら、色々なことが分かりました。

 まず…

>春霞(はるがすみ)は、春の季節に立つかすみである。冬から春になると、遠くの景色が見えにくくなること。春のかすみ。

 ほほう、遠くの景色がかすんで見えるから“かすみ”ね。風流でいいじゃん。

>学術的な定義は無い。

 へえ、私はてっきり気象用語かと思っていましたが、文学的な表現だったのね。知りませんでした。

>大気中の水分が植物の蒸散が活発化するなどの要因によって増え、気温の低下などによって微粒子状(細かい水滴)となり、目に見える状態になる。

 これだけなら、霧(きり)と同じだね。でも、霧って地表にできた雲のようなもので、霧の中にいると、まるで雲の中にいるような、不思議でファンタジーな気分になるけれど、霞って、遠くがかすむわけで、霞の中にいるって感覚はないよね。

>最近の春霞は黄砂などの微粒子によって起こる場合が多い。黄砂自体は太古より飛来しているため、古い文献にある春霞も一部は黄砂を指していると考えられる。

 ゲゲっ! そうなの? そうだったの? そりゃあそうだよね。水滴だけなら、霧や靄(もや)であって、霞にはならんわな。そ、そうか、霞って、霧+黄砂の合わせ技だったのね。花粉症が、花粉+車の排気ガスの合わせ技であるのと、同じような感覚じゃない。

 春霞……言葉は美しいのだけれど、黄砂がその正体なら、全然風流でもなんでもないじゃん。

 なんか、黄砂はもちろん、サーズといい、鳥インフルエンザといい、毒入り餃子といい、悪いものはみんな“西”から来るなあ…。うんざり。

 …………そう言えば、今度“別の西”からミサイルが飛んで来るんだって…、うんざり……。

 某左翼系の国会議員が、我が国がそのミサイルを迎撃すると、破片が某半島に落ちて危ないから、迎撃をしちゃいけないとか、するべきでないとか、言ったとか、言わないとか…。ミサイルもうんざりだが、そういう政治家さんにもうんざり。そのミサイルが、私や私の家族の上に落ちて、たくさんの日本人が死んじゃっても「某半島は安全でよかった」とか言うのかな? 言うんだろうなあ…。一体、どこの国の政治家さんなんだか…。

 うんざり、うんざり。

2009年3月28日 (土)

なぜブニョとキッカは大きくなったのか? または、なぜチヅルとハヅキは小さいままなのか?

 まず、最初の答えは…『琉金』は大きくならないからです……ブッブー! 間違いでーす。

 確かにチヅルとハヅキは琉金で、他の子は琉金ではありませんから、一見、この答えは正しいような気がしますが、明らかに間違っています。

 今まで、我が家の水槽の王様は、体の大きな琉金がやっていることが多かったです。つまり、琉金だって、きちんと大きくなります。

 次の答えは…水槽にいる五匹の金魚のうち、琉金は二匹で勢力的に弱いので、エサが十分にもらえず、それで体が小さいのです……ブッブー! これも間違いです。

 実は、東錦(アズマニシキ)という金魚には、そのタイプが二つあって、シシガシラ系の体型を持った子と琉金系の体型を持った子の二種類ありますが、実はキッカは琉金系の体型の子です。ですから、むしろ水槽の中は、琉金系の方が数が多いのです。

 閑話休題。キッカは東錦として購入したのですが、いつまでたっても頭部の肉瘤が大きくなりません。このままでは単なる三色琉金と変わりません。東錦と三色琉金では値段が違うのだけれど、だまされたの? 私?

 話を戻します。

 その答えなんですが、実はブニョとキッカは雑食なんですよ。それに対してチヅルとハヅキは肉食、と言うか“人が与えたエサしか食べない”。これは彼らのフンの色で分かります。チヅルとハヅキは常に肉色のフンしかしていないのですが、ブニョとキッカは肉色のフンの時もあれば、緑色のフンの時もあれば、灰色のフンをぶら下げて泳いでいることもあります。

 肉色のフンとは、エサを食べた時の色です。我が家の金魚のエサの中身は、魚肉とエビ粉末とアカムシとイトミミズなどの肉系の材料が主体です。これがとても美味しいらしいのですが、口がおごっているのでしょうか、チヅルとハヅキはこれしか食べないんですよ。

 一方、ブニョとキッカは何でも食べているようです。緑色のフンは、水草(キンギョモ)を食べた時のフンです。実際に水槽を見ていると、ブニョとキッカが水草を食いちぎっている姿をよく見ます。彼らは結構積極的に水草を食べます。灰色のフンは、タニシやエビなとの“水槽のお友だち”を食べた時のフンの色です。ま、弱肉強食が我が家のスタイルなので、仕方ありません。

 おそらくブニョやキッカのような、雑食スタイルが本来の金魚のスタイルだと思います。人間の与えるエサのみに頼って生きている、チヅルとハヅキの方がおかしいのだと思います。もっとも、彼らは、生まれた時からのペットなので、それが当たり前と言えば当たり前なのでしょうが…。

 今や、ドッグフードやキャットフードにしか興味をしめさないワンニャンもいるとか? 人間の食事をねだらないというのは、ペットとしてのお行儀は良いのでしょうが、生き物としては、ちょっと人工物に寄りすぎのような気がします。

 そう言えば、某アニメの生き物たちは、ポケモンフーズとかいうものしか食べてませんよね? 〇〇フードしか食べないワンニャンって、ある意味、ペットとして、ポケモン化しているかもしれません。

 なんてね。

2009年3月27日 (金)

初心者は安い洋銀フルートで十分?

 フルート界には「初心者は安い洋銀フルートで十分。上達するにつれ、頭部管銀、管体銀、総銀とフルートを買い換えていくのが良いのであって、最初から総銀なんかを買ったって、吹けるはずがない。大切なのは、高い楽器を持っていることではなく、腕前を磨くことだ」というのがあります。この手の理屈(!)は、特に中高生たち、吹奏楽部のフルート吹きさんたちが、たくさんたむろっている掲示板などで、よく目にします。

 全くの間違いではないと思うし、この理屈で救われる子もたくさんいると思うので、まんざら屁理屈と、こきおろすことはできないのですが、でもやっぱり、オジサン的には「えーーー」って思う理論展開なわけです。

 まず、この理屈で救われる子とは、どんな子か。それは貧乏人の子。具体的に言えば、学校備品の楽器でフルート吹いている子とか、安いフルート(失礼)しか親に買ってもらえない子とか、バイトのお金を貯めて、精一杯背伸びをして安いフルート(失礼)を買った子。こんな子が救われると思う。

 私自身も貧乏人の子だったし、中学生の頃は吹奏楽部に入りたかったけれど、楽器を買ってもらえなかったため(ウチの地元の学校では、吹奏楽部は自分の楽器を持参するのがデフォルトなのね)、泣く泣く吹奏楽部への入部を諦めた私(なので、時折パーカッションでトラをやってました)ですから、そんな子の気持ちは分かるつもり。

 だから、最初に手にする楽器が安い楽器になるのも仕方がないと思う。ヤマハのスクールモデルや、安い中国製のフルートをうれしそうに吹いている子を見ていると、私は「がんばれ!」と声をかけたくなるし、「初心者は安い洋銀フルートで十分」という言葉を支持したいと思います。

 それに、実際、初心者、それもスポーツ嫌いの女子中学生あたりが、いきなり総銀フルートを入手したところで、やっぱり吹きこなすことは無理だと思う。だから、結果としては、この理屈は正解だと思う。

 でもね、その先の買換えってのが、納得いかないんだ。なんか、所持しているフルートを武道の胴着の帯の色か何かと勘違いしているんじゃないの?って思うのよ。

 洋銀フルートを吹いている人は、総銀フルートを吹いている人よりも格下なの? 洋銀フルートでも、頭部管銀と管体銀では、管体銀の所有者の方がエラいの? まだ下手な子が管体銀フルートを持っているのは生意気なわけ? 管体銀フルートを持っている後輩は、持っているフルート管体銀だからと言って、頭部管銀の先輩にいじめられても仕方がないの? …なんか訳分かりません。でも、この手のことで、よく若い笛吹きさんたちの掲示板が荒れてますよね。おそらく、彼らにはこの手の問題は、かなり切実な問題なんだろうと思います。

 オジサンが思うには、上手な人は、どんなフルートを持っていても上手に吹けると思うし、たとえ総洋銀フルートを吹いても、アンコンで上位入賞できるし、人の心をゆさぶるような演奏ができると思う。

 下手な人はどんな高価なフルートを使っていても下手だと思う(胸が痛い…)けれど、上手な人が高価なフルートを持っていれば、やはり表現力の幅が広がって、安いフルートで演奏するよりも、より心に染みる演奏ができるとも思う。

 上手な人同士の中で、腕前の優劣を競うなら(例えば音大入試とか、コンクールとかね)、高価な楽器を所有している方が、たぶん有利でしょう。

 要は、所持しているフルートの値段なんて、道具としての値段の差でしかなく、その道具をどれだけきちんと使えるかが大切なポイントなんだと思う。だから、最初は安い楽器であっても、上達するに従って、より高価な楽器にシフトしていくのは当然だと思う。けれど、なぜそこで順番を踏んでいかないといけないの? 総洋銀の子が、いきなり総銀フルートやゴールドフルートに行ってはいけないわけ? 

 ではなぜ、この手の買換えの話は止まないのかと言うと、貧乏人の子の気持ちを救って上げる以外にも、ある種の真理をついているからだと思う。そのある種の真理とは、おそらく経験則でえられたものであり、だから、根拠が分からなくても、人は何となく納得してしまうのだと思う。

 では“そのある種の真理”とは何か…? それは“体の成長”ではないかと思う。

 一般的に行って、フルートは値段が上がるにつれて、吹きこなすのに息の力が必要になってきます。幼い未完成な子どもの体に、強い息を要求するのは酷な話だし、それが原因で体を壊すことや、体が変形してしまうことだってありうる。それに音楽を志す子の大半は、運動が嫌いで、体が弱く、筋肉が未発達な脆弱な子が多いこともあり、そんな子たちに無理強いはできないわけだ。そんなこんなが、先の理屈へと結実していったのだと思う。

 だから、すでに体もできあがり、お金もそれなりにあるオジサンから見れば、えーーーっと思う理屈なんだけれど、成長期にあり、お金にだって不自由している若い子たちには、これは一面の真理なのだと思う。

 だから、あの理屈は子ども向けの理屈であって、大人には全く当てはまらないと思います。

 大人は…最初から、大人買いよ! ババンと、高いフルート、買っちゃえ! 内需拡大だあー! 人生、残り少ないぞ、最初からお気に入りのフルートで遊んじゃえ! 今が一番体力あるのか、大人だぞ。段階踏んでいるうちに、体が弱ってきたら、いい笛が吹けなくなるぞー。

 …てね(笑)。

 ちなみに、もしも息子君がフルートを買ってくれとか言い出したら…たぶん、ヤマハのYFL-221を買ってやるかな。Eメカすら付いていない、一番安い奴。「これで苦労しろ!」って感じかな? もっとも“苦労”と言ったって、音程的にはバッチリだし、音色的にも問題はないだろうし、音量的にはむしろ、アゲハよりもいいんでないの? 何か、文句あっか!って感じ。もっといいフルートが欲しければ、大人になって、自分のサラリーで買え!って感じでしょ。

 「僕は、フルートで音大に行くんだ」と妄言を言い出したら、即、家から追い出します(笑)。自分の好きな道に進みたければ、自分でその道を切り開いて来いってわけだ。

 バッチ、コーーイ! ってんだ!

2009年3月26日 (木)

ヤマハフルート、マイナーチェンジ?

 今日はちょっと古い情報を元に話を書きますので「そんな事は、もう知っているよ」という人は、まあ、私のことを「この情報弱者め」とか「哀れなフルート素人よ」と蔑んでスルーしといてください。

 さて、本題です。

 私の持っている紙のヤマハのフルートカタログは、ちょっと古い奴で、2007年12月の情報のものです。だからメルヴェイユが載っていません。メルヴェイユというモデルがあることは、フルート雑誌などで知っていましたので、メルヴェイユが載っているカタログが欲しいなあ…と常々思っておりましたが、なかなか入手できずにいました。が、やっとのことで、先日、新しいカタログ(2008年9月の情報 もっと新しいのがあるかな?)を入手しました。

 今度の奴は、ちゃんとメルヴェイユが載っておりました。やったね。

 新しいカタログを入手したので、うれしくて、カタログをつらつらと眺めてみました。古いカタログを取り出して、両者を並べて比較なんかもしてみました。どうやら、ほぼ全てのモデルの値段が上がっておりました。まあ、価格改定という奴ですね。これも時代の流れよのお…、不況の風はフルート界にもビュンビュン吹いている事よのお…と、見ていましたら、ひょんなことに気付きました。それは

200~600シリーズの材質が変わっている!

 ぎょえ! 値段が上がるのは分かるけれど、材質が変わったら、それはもう、楽器として、違うものになるんじゃないの? 材質変わってもモデル名が一緒? それってアリなの? とまあ、ヤマハユーザーでもないのに、軽くパニクった私でした。

 どうなったのかと申し上げますと…、

 200シリーズって、総洋銀モデルだったでしょ、これが、管体及び頭部管は白銅、リッププレート洋銀になったのですよ。

 300シリーズと500シリーズは、頭部管銀モデルであって、これは頭部管銀モデルのままなんだけれど、ボディの部分がやはり洋銀から、白銅に変更です。

 ちなみに、400シリーズと600シリーズは管体銀モデルなので、一見すると変更が無いように見えますが、目をこらすと以前と少しだけ違います。

 と言うのも、どうやらヤマハは200シリーズから600シリーズまでメカの一部の材質を代えてます。ほとんどの材質は従来通り洋銀製なのですが、キイパイプが洋銀から白銅に変更されています。

 700シリーズから上のモデルは総銀、またはゴールドフルートになるので、材質の変更はないようです。

 つまり、ヤマハは、いつのまにか、洋銀系のフルートで材質の一部を洋銀から白銅に変更しているのです。あ、ヤマハのフルートサイトはここね。

 ちなみにヤマハの紙のカタログには、洋銀は「銅とニッケルに亜鉛を加えた合金は洋銀(または洋白、ニッケルシルバー)と呼ばれます」と説明されています。白銅は「キュプロニッケルとも呼ばれる。銅とニッケルの合金の名称で、一般的な金属に比べ大変高価なため貴金属として扱われる場合もあります」と説明されています。

 参考までに、他のメーカーの洋銀系モデルは当たり前ですが、洋銀を使っており白銅は使ってません。私の愛するアルタスには白銅モデルはありますが、洋銀モデルはありません。この点について、以前、アルタスの営業の方に直接尋ねたところ「余所が洋銀と呼んでいる金属を当社では白銅と呼んでいます。両者は基本的に同じモノです」と説明していたので『洋銀=白銅』と思っていた私ですが、ヤマハに言わせれば、洋銀と白銅は違う金属ってことになりますね。

 ウィキペディアによれば、洋銀と言うか洋白は「銅を50から70パーセント、ニッケルを5から30パーセント、亜鉛を10から30パーセント配合した銀白色の合金」であり、白銅は「銅を主体としニッケルを10%から30%含む合金である」とあります。

 素人考えで言えることは、両者ともに銅系の合金であって、銀は全く入っていない。両者ともにニッケルが含まれるし、その比率は場合場合で違うようだが、基本的には同じ割合で入っていると考えて、差し支えなさそうだ。では、両者の違いだが、白銅はニッケル以外は銅だけを使っているのに対して、洋銀では亜鉛と銅を使っているのである。つまり白銅の方が銅の使用量が多くて、洋銀は亜鉛の分だけ銅の使用量が少ないと言えそうだ。

 ちなみに、日本国の硬貨的に言うと、50円硬貨と100円硬貨は白銅製だが、500円硬貨は洋銀製なので、たぶん洋銀の方がコスト的に高い金属なのかもしれない。

 そうなると、ヤマハは初級~中級者向けフルートの材料費を抑え、価格をアップした事になります。

 楽器と言うものは、安い材料を使ったから安い音がすると言うものではないので、総洋銀モデルを一部白銅モデルにしたからと言って、避難される筋合いではないけれど、やっぱり材質が違うのだから、微妙であっても音が変わると思う。なぜヤマハは材料変更に伴ってモデル名を変更しなかったのが、私は疑問だな。マイナーチェンジであっても、アルファベットを一文字加えるとかの識別記号をつけるべきだったと思うよ。

 ちなみに、豆知識的な話をすると、真鍮(ブラス)は別名を黄銅と言い、ウィキペディアによれば「黄銅(おうどう、brass)は、銅Cu と亜鉛Zn の合金で、特に亜鉛が20%以上のものをいう。真鍮(しんちゅう)と呼ばれることも多い」

 つまり、白銅、洋銀、真鍮は、すべて銅系の合金であり、銅とニッケルで白銅、銅と亜鉛で真鍮、その中間型の銅にニッケルと亜鉛を加えたものを洋銀と呼ぶわけなのですね。一つ、賢くなりました。

 ちなみにちなみに、真鍮は五円硬貨の材料です。残りの硬貨の話をすると、一円硬貨がアルミニウムで、十円硬貨が青銅。十円硬貨って“銅貨”って覚えていたけれど、正確には“青銅貨”だったのね。ふむふむ。

2009年3月25日 (水)

初心者を満喫する

 時間は逆さまに流れない。初心者はいずれ初心者でなくなる。上達して、中級者になるか、上達せずに初学者のままであるかは分からないが、いずれ初心者でなくなる。

 初心者とは、その世界の新参者であり、彼にとっては、その世界の住民たちにとって、既知であり日常である事柄が、新鮮で美しく見えるものである。見るもの、聞くもののすべてが、新しくて珍しいものなのである。いわば、彼にとって、まさに世界は光り輝いてる時なのである。

 初心者とは一過性の存在だ。

 幸か不幸か、私はフルートの初心者である。一応、声楽も十分初心者なのだが、声楽は隣接領域である合唱界にいたせいか、全くの初心者とは違うかもしれない。しかしフルートは、本当に全くの初心者である。

 スーパーのチラシの売り文句ではないが、毎日が新鮮。見るもの、聞くもの、みんな知らないことばかり、できないことばかり。この歳で、知らないことやできないことがあるってことが、まず楽しい驚き。

 ほんの一年前の私は、フルートがどんな材料でできているかなど、興味になかった。おそらく当時の私に質問したら「フルートが何でできているかって? あれは一応、金属だよね。鉄? アルミ? ああ、分かった、チタンだ!」って答えるね。何しろ、私、チタン萌えな人だから(笑)。(ところでなぜ、チタンのフルートってないんだろ? フルートの材料としては、なかなかのモノだと思うのだけれどね…。硬いのが欠点かな?)

 クラオタなのに、フルート奏者の名前も知らなかったよ。フルートの曲は…かろうじて、モーツァルトの協奏曲とかビゼーの小曲とかは知っていた。だいたい、日本にこんなに笛吹きさんがいるなんて、予想もしていなかったし(笑)。

 知らないことはいずれ知る。できない事は努力次第でできるようになる。一度知ってしまえば、もう知らなかった昔には戻れない。できてしまえば、できなかった自分とはおさらばだ。

 そう、初心者は一過性の存在。だから今、初心者である、この状況を、私はたっぷり楽しみたいと思う、二度と来ない、この初心者の日々を。おそらく、後から振り返った時、この時間がとてもまばゆく思えるに違いないだろうから。

2009年3月24日 (火)

スランプについて考えてみた

 今回のスランプについて色々と考えてみました。こういう事は問題の切り分けと、その対処が肝心なので、ちょっと事務的な記述が多くなるけれど、そこは勘弁してください。

 まずは主な症状。

 1)音高的に正しい音はとりあえず出るが、出てくる音に色々な問題がある。
   1-a)芯がなく艶がない(美しくない)
   1-b)息の音が大きめで音への変換効率がかなり悪そう(特に右手側)
   1-c)オクターブ下の音が混ざりがち

 2)高音部[3オクターブ目]に問題がある
   2-a)やせている
   2-b)発音そのものが失敗しがち

 3)全般的に練習不足
   3-a)何気ないフレーズであっても、発音段階で失敗してしまい、練習が中断がちであった。
   3-b)音色が美しくないため、集中力に欠ける練習をしてしまった。

 では、対策と感想にいきます。

1)音高的に正しい音はとりあえず出るが、出てくる音に色々な問題がある

 これが今回の主訴です。フルートは楽器だから、とりあえず息を吹き込めば、音が出ます。美しいか美しくないかは別として、ドの運指で息を吹き込めばドの音が出ます。でも出るだけなんです。その音は物理的にはドですが、全然美しくないのよ。音楽的ではないのよ、音楽的ではない音で音楽をするのは無理なわけで、実はかなりの大問題です。

 もっとも、レッスン中に先生が気づかれた「背中を使う」でだいぶ、この問題は解消されます。

 むろん、腹式呼吸をしっかりやる、とか、息をしっかり支えるは、もちろんやった上での話です。そんな弱々しい腹式呼吸程度では、アゲハをちゃんと鳴らすことはできないのです。アゲハを鳴らすには、それらに加えて、しっかり背中を使う…そう、怒り狂ったネコのように、背中を大きく息で膨らませて『背中でフルートを吹く』くらいの勢いでいかないといけないのに、ついついうっかりしてました。これが今回のスランプの大きな原因とその解決方法です。つまりは私のうっかりミスが招いたスランプです。

 アゲハはフルートの中でも、どちらかと言うと、重い笛です。重いというのは、重量が重いと言うのではなく、いわゆる吹奏感と言うのでしょうか、息のエネルギーをかなり使わないと鳴らない笛という意味で重い笛です。もっとも、これは購入する時から分かっていたことですし、このフルートをチョイスする時に手伝ってくださったレッスンプロ(女性)にも「いいフルートだけど、私なら(吹奏感が)重いので選ばないけれど、すとんさんなら大丈夫」と妙な太鼓判を押された事を思いだしました。

 ちなみに、そのレッスンプロさんは、ムラマツフルートの愛好家だそうです。確かにムラマツは比較的楽に鳴るフルートだよね、楽に美しい音が大音量で鳴らせるなら、それがベストだし、それを実現しているのがムラマツというメーカーだから、すごいと思うけれど、私との相性はよろしくないのですから、仕方ないです。

 話を戻します。とにかくアゲハは、レッスンプロのお墨付きの重い笛で、要調教のジャジャ馬なのに、私、最近は篠笛とかファイフとかリコーダーとかコンサイス・フルートとか、軽く吹ける笛ばかり吹いて、遊んでいました。この辺がスランプへの入り口だったのかな…と今さら後悔してます。だって、その手の笛って、楽に吹けるんだもん。私、楽なのは好きなんです、根が不精モノですから。でも、楽をしすぎて、体が楽な笛に慣れてしまったのがいけませんね。『軽い笛ばかり吹いていると、アゲハを吹けなくなります』 いい勉強になりました。

 …はあ、今回のスランプは、完全に、遊び吹きのツケですね。

 ま、背中なんです。とりあえず背中。ここを使えば、以前の状態に、とりあえず戻れます。

 でも、これって、気づけばすぐに直せるという類のものではなく、体に背中を使う事を思いださせなければいけないわけで、サボり癖がついた体にカツを入れないといけません。私が立ち直るには、ちょっと時間がかかりそうです。でも、たぶんなんとかなると思います。

 各論に入ります。

1-a)芯がなく艶がない(美しくない)

 これは、腰・腹部・背中などを総動員してアゲハを吹けば、そのうちに回復できるのではないかと思ってます。あと、練習の時に、自分の音に耳を澄ませて、いつもキレイな音で練習するようにしていれば…いずれね…。そうでないとやりきれないね。

1-b)息の音が大きめで音への変換効率がかなり悪そう(特に右手側)

 これは楽器のバランスが悪いのなら、調整に出せば治る話だけれど、もしそうでないなら、何か根本的に見直さないといけないのだと思う。右手の運指とかフォームとか。とにかく、右手側に何らかの問題があります。まずは、楽器屋でフルートを調整してもらってから考えることにしましょう。

 ただ、息の音がしないフルートの演奏と言うのは、聴いていて「???」と思う私なので、息の音がするということも、実は程度問題なのです。ただ、今の状態は程度問題どころの騒ぎではなく、実際に吹いていて、エネルギーのロスが大きすぎると思ってます。

 “のれんに腕押し”感覚って言えば、分かりますか?

1-c)オクターブ下の音が混ざりがち

 これは、息のスピードが必要な速度に達していないのでしょう。これもやはり息の支えが不足している事が原因だと思われます。それだけなら簡単な話なのですが、もし原因がそれだけでなく、例えばアンブシュアなどの問題をはらんでいるとすると、一人では解決できませんし、問題が長期化するでしょう。やっかいです。はあ…。

2)高音部[3オクターブ目]に問題がある

 次の大きな問題点がこれです。

 実は最近、高音ミで失敗する事が多くなりました。多くなったというよりも、ほぼ全滅に近いかな? まず高音ミが出なくなりました。もちろんアゲハにはEメカは付いていませんから『それが原因だ』と、楽器のせいにすることは簡単ですが、スランプに陥る前は、高音ミで失敗することはまずなかっただけに、楽器のせいにはできません。

 それに失敗するのは高音ミだけでなく、ミより上の音もほぼ壊滅状態なので、やっぱり楽器のせいではありません。

 何が悪いのかなあ…こちらは皆目検討がつきません。仕方がないので、ソノリテを丁寧にやって回復を試みるつもりですが、原因が分からないままの練習なので、ちょっと遠回りになってしまいそうなのが、怖いかな。人生終盤で残り時間に限りがある人なので、本当は遠回りってイヤなんですが…仕方ないです。

 それではこの項目での各論に入ります。

2-a)やせている

 これは3オクターブ目の音がやせているということであって、今回のスランプとは実は、直接の関係なく、以前からずっとそうでした。これの対処方法は分かっているのですが、なかなか実行できないだけです。

 対処方法は、頭蓋の中を開くことです。頭蓋の中の空洞へつながる管を片っ端から開けていき、同時にノドと舌を下げ、口蓋を上にあげて行く。そうすると、フルートの音に響きが付いていきます。そんなことは百も承知なのですが、開けていかないといけない頭蓋が、むしろ高音になるにつれ、逆に狭まっているのを自分で感じてます。

 この症状は声と同じなんです。声でも頭蓋の中を開いていかないといけないのに、高音に行くほど、閉じてしまう癖があるのです。歌であれ、笛であれ、同じ癖に悩まされている私です。悪いところが分かっているのに直せないというのが、やっかいな所です。

2-b)発音そのものが失敗しがち

 3オクターブ目の音の発音に失敗しがちだということなのですが…難しいことです。まずはノンタンギングのスタッカートで発音するところから練習を始めたいと思ってます。つまりは“息の初速をあげていく”練習ですわ。

3)全般的に練習不足

 最後の大きな問題点がこれ。

 元々、大人の趣味ですから、そんなに練習に時間が割けないのは当たり前として、それでも今までは、可能な限りの時間を練習にささげてきました。しかし、フルートでも歌でもそうだけれど、音がきちんと出ないと練習する気にならないのが、私の悪い癖です。

 音楽は趣味ですから、いやいや練習する必要は毛頭ないと思ってます。もちろん、練習しておかなければ、レッスンに行っても無駄だということは分かっています。だから、スランプの時は、本音では気乗りしないのだけれど、レッスンも近いと思って、自分にムチ打って練習するわけだけれど、そんな時は練習はしても、集中力が続かないし、時間ばかりがかかって効果も薄いので、結果、練習不足となります。

 練習をしないでレッスンに行く…できませんね。練習できていないからレッスンを休む…選択肢には入っていません。

 なんかそういうスタイルになれないのが私なんです。自分でも生真面目な性格だと思います。もっとアバウトな姿勢で生きていけば、まだ幾分、気は楽なのですが…。

 スランプを脱出さえすれば、以前のように練習できるのでしょうが…。でも、汚い音しか出ない時に練習をしても落ち込むだけで、かえって音楽が嫌いになるので、本当は練習しない方が良いのですが…ジレンマです。

 先生からは「キレイな音が出ない時は、練習してはいけません」と言われています。その注意、すごくよく分かります。でも、何もしないでボーとしていたら、音がキレイになるのかというと、そんなわけはないので、今は泥沼にずっぽりはまって、泥を飲みながら、苦労をしてみるつもりです。

 では、各論です。

3-a)何気ないフレーズであっても、発音段階で失敗してしまい、練習が中断がちであった。

 これこれ、練習が進まない大きな理由はこれ。まずきちんと発音できないので、すぐに曲が途中で止まってしまいます。何度も同じところで同じ失敗ばかりをくり返します。いや、失敗なら良いのですが、ちゃんと演奏できているのに、やる気というか、音楽を推進させる気持ちが萎えて、演奏が止まることすらあります。自分の汚いフルートの音を聞きたくないわけですよ。

 これではまるで、失敗や未完成なフレーズを体に染み込ませているだけで、かえって悪いのですが、音がちゃんと出ないので、どうもそこに溜まってしまいます。良くないないあ…。あ、だからこういう状態をスランプって言うんだな。

 これは、息の支えの問題以外にも、アルテの練習の時に、指の練習ばかりに気を取られていて、発音の方は全く無頓着だったので、こうなってしまった事も大きな原因だと思ってます。

 指が動かない…素人にも分かる失敗です。美しい音が出ない…耳が開いていないと気づくことすらできない失敗です。ここだね、問題は。

3-b)音色が美しくないため、集中力に欠ける練習をしてしまった

 もう、何も言うことはありません。
 
 

 原因と対処方法は以上のとおりです。できる対応は迅速にとっていきたいと思ってます。

 とにかく、音が美しいないのですから、ソノリテですよ、ソノリテ。もう、ルーチンの練習を脇に置いても、これをイヤと言うくらいやるべきなんです。ロングトーン、ロングトーン。耳を澄ませてフルートを吹く。分かっちゃいるけど、なかなか難しいことです。

 スランプの原因を探している最中に教えてもらったことをメモ代わりに書いておきます。

 リッププレートに残る息の形は三角形が理想。…確かに以前はそうでした。今回、眺めてみたら、温泉マークのような(笑)。息の形が残っていました。「?」私は、一体どういう息の吹き込み方をしているのでしょうね。きっと、演奏中、無駄にクチビル周辺を動かしているのだと思います。

 もっとも、だからと言って、リッププレートに残る息の形を三角形になるように努力するのではなく、キレイな音が出れば、結果として息の形が三角形になるのだと信じてますので、リッププレートの息の形は、良い息の確認印みたいなものだと思ってます。

 ホイッスルトーン。クチビル周辺の脱力の練習によさそうです。歌関係で、リップロールという練習がありますが、あれのフルート版みたいな練習です。最初はホイッスルトーンができない私でしたが、何となくコツはつかんできました。ルーチンの練習メニューにぜひ取り入れたいと思ってます。

 それから最後に、私は今回、スランプスランプと騒いでいますが、本当はどうなのかな? って気がしてます。実はスランプではなく、何か突然、自分の姿が見えてしまっただけなのかもしれないと、実は今日になって思い始めました。と言うのも、先生が「すとんさんも、フルートが上達してきて、耳も良くなって、自分に厳しくなってきた事もあるでしょうね」と何気におっしゃっていた事が、心にひっかかっています。

 ダメな自分を直視する…心の衛生には、良くない事です(汗)。

2009年3月23日 (月)

トランプではありません、スランプです

 フルートのレッスンでした。

 実は最近、フルートは絶不調と言いますか、軽くスランプと言いますか、なんかダメなんですよ。ここ、一週間ほど、吹いてて楽しくない。なぜ楽しくないかと言うと、アゲハちゃんが、ふてくされているのですよ。

 もう、全然鳴らない(涙)。息を真剣に、ムキになって吹き込まないと音が出ない。ムキになって吹き込んで音は出ても、それは単に周波数的に正しい音であって、全く美的な音ではない。おまけに、ムキになって吹き込んでいるから、すぐに疲れる。吹き心地がとても重い。鈍重な音で、おまけにオクターブ下の音が何となく混ざっているし、息っぽい音だし、高音ミは常に中音ラだし…(嘆)。

 そんな音でフルート吹いてて楽しいわけないでしょ。だから、アルテの練習をしてても、全然進まないし、ましてやポピュラーソングなんて「ヤメヤメヤメ~」状態でした。

 そんな状態でレッスンに行きました。楽しいはずのセッションレッスンに…。

 レッスンに行って、ジャンバラヤを吹くや否や、先生も異常に気がつく。「先週、あれだけキレイに鳴っていた、あの音はどこに行ったの?」と、尋ねられても答えられません(涙)。

 とにかくダメなんですよ。もう、ジャンバラヤはそっちのけにして、不調の原因を究明です。

 ともかく、ダメ出しをすれば、山のようです。まず姿勢でしょ。立ち姿やフルートの構え方のチェックでしょ、口の形でしょ。息の支えでしょ。リッププレートに残る息の形までチェックしましたよ。とにかく、あれこれチェックをするわけです。一つダメ出しを受けるたびに修正して吹いてみても、ダメなままで、なかなか原因が分かりませんでした。

 いやあ、レッスン時間の大半を使っても、全然分からない。

 そんな、そろそろレッスンも終りに近づいた時、先生が何気に「背中…? 背中、使ってる?」って、おっしゃいました。

 はい、正解。ビンゴ! 背中でした。背中を使い始めたら、何気にだいぶ良い音が出てきました。どうも、私はここ数日、背中を使って吹くのをサボっていたようです。

 フルートにだんだん慣れてきて、無意識に色々と手を抜き、あっちこっちサボっていたようです。それでも息を腰で吸うとか、きちんと支えるとかは、すぐに「マズイ!」と気がつき、修正するのですが、背中ですか…背中までは気が及びませんでした。

 とにかく、主な原因は分かりました。完全解決というわけではなかったのですが、レッスン時間も終わってしまいそうだったので、他はまた今度ということにして、とりあえずセッションをしてきました。

 まずは「ジャンバラヤ(Jambalaya)」。音の調子が今ひとつで、気が散ってしまって、ミスブロウ続出。心が弱い私です。

 先生がおっしゃるには「“こういう表現をしたい”という気持ちはあるけれど、その表現に技術が追いついていない」と言われました。当たっていると思います。まだフルート始めて、9カ月だもの。技術なんてあるわきゃあないよ。

 もう少しゆっくり吹いてもよいのではないかとアドバイスをいただきました。でもね、この速さで吹きたいのよ、私。できもしないのに、やろうとするから、技術不足って言われるんだよね。でもサ、アマチュアなんて、心意気一つだと思うんだよね…。違うか?

 とりあえず、この曲はこれでお終いです。

 高音ミの個所があるのですが、死にたくなるほど、汚い音しか出せず、とても悲しかったです。

 まだ、ちょっとだけ時間が残っていたので「もうすぐ17歳(Sixteen going on seventeen)」もやってみました。この曲は、サウンド・オブ・ミュージックの中の曲です。

 とりあえず吹いてみましたが、ジャンバラヤほどの思い入れもなければ、吹き込んでいないので、かなりつまらなくなってしまいました。先生に「すとんさんは、この曲をどういう風に吹いてみたいですか」と尋ねられました。私は「この曲はミュージカルの曲だけれど、とてもきれいなメロディーなので、オペラアリアのように、レガートでべったりと歌い上げたい」と言いました。

 それでは…と言うので、吹いてみました(先生はフルートでアドリブの伴奏です)。

 一言で言うとダメ。つまらない演奏になってしまいました。先生が試し「私ならこう吹く」という見本を聞かせてくれましたが、月とスッポンでした。「クラシック風に吹きたいと思っても、やはりこの曲はミュージカルの曲だから、リズムを感じながら吹かないとね」と言われました。そうします。次回のセッションのレッスンまで、吹き込んで、どう表現したいか考えてきます。

 フレーズの最後は大抵ロングトーンになっているのですが、このロングトーンの時、ただ音を伸ばしているだけではダメだと言われました。“何か”をしなさいとね。もちろん、この“何か”なんて楽譜には書いてないのですけれどね。確かに先生の模範演奏では、常に“何か”が行なわれていて、絶対に楽譜通りには演奏してはいないし、楽譜のままよりも数段かっこいい演奏が行なわれているのだけれど…、ううむ、今の私にその“何か”ができるのかと言われると…思いもつかないよ。

 アルペジオ? なんかそれも唐突な印象があるでしょ。フェイク? ムリムリ。だいたい、ミスタッチも多くて楽譜通りの演奏も難しいのだから、楽譜以上の演奏は…どうしたら良いのだろうか?

 それにしても、この曲は高音レがあるのだけれど、ひきこもりたくなるくらい、悲惨な音しか出せませんでした。とても自分に腹が立ちました。

 ひとまず、これでレッスンは終わりでした。次は「もうすぐ17歳(Sixteen going on seventeen)」のリベンジから始めて、サウンド・オブ・ミュージックの曲を片っ端からやっつけたいと思ってます。

 それにしても、久し振りに、モチベーションだだ下がりな日でした。「フルート、辞めようかな…」なんてチラっと思ったりして…、ちょっとキレイな音が出ないだけで、テンション下がりまくりな私でした。でもね、美しくないものは、大嫌いなんだよ。

 とにかくレッスンの報告は以上。今回のスランプの件については、長くなりそうなので、明日の記事に反省方々、色々と書いてみるつもりです。

2009年3月22日 (日)

抱き枕のすすめ[2009年3月第4週・通算11週]

体重:103.2kg[+0.5kg:-2.6kg]
体脂肪率:31.4%[+-0.0%:-1.9%]
BMI:32.9[+0.1:+-0.0]
体脂肪質量:32.5kg[+0.3kg:-1.7kg]
腹囲:103.8cm[+0.8cm:-2.5cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 諸般の事情により、今週からしばらく、そふくしダイエットはお休みです。とりあえず、カウンター的には第8週で中断しておきます(中断1週目)。また四月の半ば頃になれば、そふくしを再開する予定ですが、それまでにどれだけ体重がリバウンドしてしまうかと思うと、ちょっと怖い気がします。さっそく今週「そふくし中断」+「春の宴会が連チャン」という状況で、ちょっぴり数値が戻ってます。大丈夫でしょうか?

 さて、今週のエッセイです。

 ハロー、全国5000万人(勝手な推測)のおデブちゃんとその予備軍の皆々様。今日も元気に安眠してますか? 

 いやあ、やせている人には分かりづらいのだけれど、人間、太っていると、寝てても疲れるんだよね。疲れているから寝るのに、寝ると疲れる。じゃあ、起きてりゃいいじゃんって言われると、デブって生きているだけでも疲労困憊になったりするわけで、それはムリって話じゃん。

 特にこれから夏に向かって、ドンドン暑くなってくると、身体が真冬仕様になっているおデブさんには、休養が急務なのに、寝ると疲れる。起きてりゃ暑くてつらい。こりゃあ、たまらん。

 疲労回復だーと言って、アイスを食べて、カレーを飲むと、また太るんだよね。困った、困った。

 おデブさんが、寝てて疲れる理由の一つは「安眠がなかなかできない」と言うのがあります。と言うのも、ノドまで太っているデブは、横になると、ノドについている脂肪で気管がつぶれてしまって息苦しいんだよね。息苦しいまま寝ているから安眠ができない。すごく簡単な理由なんですね。

 そこで私の体験からの提案。デブは上を向いて寝てはいけない。デブは横を向いて寝るべし。

 いやいやいや、これほんとの話。上を向いて寝ると、ノドがつぶれるけれど、横を向いて寝ると、ノドがつぶれないのよ。楽に息ができるのよ。安眠できるのよ。いびきをかきづらくなるのよ、ほんとのほんとだよ。

 そうは言われても、上を向いて寝ないと落ち着かないよ…そうおっしゃる気持ちは分かります。そこで横を向いて安眠するためのグッズを紹介しましょう。それは…、

 抱き枕 です。

 抱き枕を一つ、用意してください。もちろん、普通の枕を併用してくださっても、かまいません。普通の枕は、普通に頭の下にでも入れておいてください。

 とにかく抱き枕を一つ用意し、その枕を思いっきり抱きしめて寝てください。抱きしめるのか面倒なら押しつぶしても結構です。とにかくこいつを身体の下や横に入れて、横向きの身体をうまく支えてください。

 ほら、これで、メタボなあなたにも、熟睡の日々が訪れることでしょう。

 抱き枕は…寝具屋さんで売っているよ。あるいは、大きめのぬいぐるみも抱き枕になりますので、おもちゃ屋に行って、気に入ったぬいぐるみを購入してもよいでしょう。店に行っている暇はない、今すぐ抱き枕が欲しいという人は、毛布を海苔巻きのように丸めて紐でしばっても、抱き枕になります。これなら、すぐに使えるよね。

 ヲタク向けには“俺の嫁”が印刷された抱き枕も通販などで販売しているそうだから、マニアならインターネットを駆使して、それらを購入しても良いと思うぞ。

 とにかく、枕ひとつで人生が変わります。寝てると疲れるおデブさんは、ぜひお試しあれぞかし。

2009年3月21日 (土)

ハヅキの尾びれがレレレ?

 ハヅキは素赤琉金です。ウチに初めて来た時に、検疫のために消毒したら、ヒレがほとんど無くなってしまったという子です。ですから、我が家に来た当初は、体が小さかった上にヒレがろくになかったので、きちんと泳げずにかわいそうな事をしました。

 あれから半年以上の月日が流れ、なくなってしまったヒレもだいぶ再生しました。背ビレ良し! 胸ヒレ良し! 尻ヒレ良し! 尾ビレ…レレレ? 尾が何となく変です。よくよく目を凝らしてみると、右側の尾ビレと左側の尾ビレのバランスが変? どうやら、左右の尾びれの長さがだいぶ違います。左側の尾ビレは標準タイプの短い尾ビレだけれど、右側の尾ビレはとても短い。今までも、尾ビレが折れてしまって短くなった子はいましたが、ハヅキは別に折れてしまったわけではないので、これには当てはまりません。

 なんなんだろ? このアンバランス。

 左右の尾ビレの再生速度の違いかもしれませんが、そうでなく、元々、こういうアンバランスな形の悪い子なのかもしれません。何しろ、最初と言うか、元々の形を知らないのだから、こういう子なんだよと言われても納得するしかないわけで…。

 とにかく、右の尾ビレが短いという点を除くと、ハヅキもまあまあな金魚に育っています。とにかく、筋肉隆々なたくましい子ですよ。目も大きくてパッチリしてます。体色もキレイに赤色ですし、体の大きさは…あいかわらず小さいのですが、それでも一番のチビを脱却しつつあります。

 カエデ => ブニョ > キッカ > ハヅキ => チヅル と言うのが、今の我が家の水槽における、体の大きさ&力関係です。

 チヅルはカエデの次に古い子で、本当はナンバー2の子なのですが、色々あって、今は一匹狼をやってます。そのせいか、ちっとも体が大きくなりません。それでは色々と困るのでしょう。最近のチヅルはやたらとカエデにコビを売るような態度を見せるようになりました。

 それはそれで見ていて楽しいです。

2009年3月20日 (金)

セーム革(とフルート)のお手入れ方法

 皆さんはフルート磨きにどんなクロスを使ってますか? 楽器屋さんで売っている楽器用のクリーニングクロスでしょうか? あるいはメガネ用のクリーニングクロス(トレーシーなど)でしょうか? あるいは、いつでもフルートがピカピカでないと気が済まないあなたは、ヤマハのシルバークロスでしょうか?

 以前にもちょっとだけ書きましたが、私は、カメラのレンズや宝飾品を磨くのに使われる、セーム革を使ってます。

 セーム革とは何か? 鹿のなめし革のことです。色々とグレードがあるみたいですが、私はカメラ屋で売っている、普通のグレードのものを使ってます。

 良いですよ、セーム革。何がいいかと言うと、フルートをセーム革で軽く拭くだけで、ほとんどの手垢や指紋や汚れが取れてピカピカになります。力を入れてゴシゴシ磨く必要はほとんどありません。普通に軽く拭けばOKなので、楽ちんです。

 セーム革自体は、汚れても洗えば、また新品同様になるので、何度も使えてお得ですし、洗ってもその効力は落ちません。さすがは天然素材。なかなかのものです。

 ただし、一応、革なので、お手入れというか、洗い方に注意が必要なので、自分のためにここに書いておきます。

 まず、セーム革は、普段遣いではクロスと同じように扱ってますが、これは布ではなく、動物の皮革なので、その点を注意して洗ってあげないとダメです。基本的には、自分の手の革(皮)を洗うのと同じような感じで洗ってあげるといいでしょうね。

 手荒れの原因になるような洗剤で洗ってはいけません。ぬるま湯に石鹸という組み合わせがベストでしょう。

 布を洗うようにゴシゴシ洗ってはいけません。布と違って、汚れが繊維の中にしみ込むなんてことはありえません。汚れは、革の表面に付着しているだけですから、石鹸をつけて、表面を軽くこすり洗いをするだけで、汚れはきれいに落ちます。

 洗い終わっても、セーム革を絞ってはいけません。あなたは手を洗った後、手を絞りますか? そんな事しませんよね。洗い終わったら、濡れたセーム革の表面の水分を乾いたタオルなどで吸い取り、あとは干して、自然乾燥です。

 干す時も基本は陰干しです。生乾きの時に少しもんで上げると、仕上がりが柔らかくなります。もちろんアイロンは厳禁です。そんなことをしたら、革が変質してしまいます。また、布よりも乾くのに時間がかかりそうです。

 もし、乾かしてガチガチになってしまったら、少量のハンドクリームまたはワセリンを塗ってあげると良いでしょう。ただし、生きている人間の手と違って、すでに新陳代謝はしませんので、ハンドクリームを塗って、しばらくしたら、今度はそのハンドクリームを軽く洗い流してあげないといけません。そうでないと、フルートにハンドクリームを塗り込めることになってしまいますから。

 セーム革は天然皮革なので、丁寧に使って上げれば、いつまでも使えますので、大切に使ってやってください。

 私は、普段遣いは、厚くて抵抗感少なめのセーム革を使い、汚れが目立つ時は、薄めで抵抗が強いセーム革を使い分けています。セーム革は天然モノなので、モノによって違いがあります。私はたまたま二枚持っているので、その違いによって使い分けています。

 なぜ二枚持っているか? それは最初の一枚を洗う時、思わず布のような洗い方をして、一度ダメにしてしまった(乾いたらスルメみたいになってしまいました)からです。ダメにしてしまった最初のセーム革ですが、ワセリンをたっぷり塗って一か月ほど放置したら、回復しました。さすが天然素材。何とでもなるのですね。

 というわけで(どんなわけ?)、セーム革、フルート磨きのクロスとして、お薦めですよ。少なくとも「私のフルートは、宝石やカメラのレンズのように、ピカピカにしたいの」とお考えの方にはお薦めですね。

 しつこい汚れで、さすがのセーム革でもゴシゴシこすらないと落ちないようなモノは、少量のエチルアルコール(いわゆる“消毒用アルコール”)をティッシュにつけて、軽くぬぐってます。それで落ちます。アルコールは銀を腐食させる作用があるので、多用は禁物ですが、ゴシゴシこするよりは、ずっと良いので、たまに使います。

 同様に、ライザーの汚れも、綿棒にアルコールを付けて、軽くなぜています。ただし、ライサーの汚れはかなりしつこいです。リッププレートはアルコールで簡単にキレイになりますが、ライザーはなかなかキレイになりません。何か良い方法はないかと、ただいま研究中です。今のところは、ライザーの汚れは、なるべく気にしないようにしています。

 あと、いくらセーム革やアルコールでも、サビは落ちません。気になる人は、サビはきちんと、シルバーポリッシュやシルバークロスを使ってください。私は、銀のサビは本体の音を良くするという伝説を信じているので、リッププレート以外のサビは落とさない事にしてます。

 あと、セーム革で拭けない狭いところは、豚毛のブラシ(平筆の8番、画材屋さんで600円で購入)で、シュッシュッとやってます。これが結構きれいになるから不思議。

 こんな感じで、私、フルートのお手入れをしてます。みなさんはいかがですか?

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2012年9月7日 本文を一部訂正しました

2009年3月19日 (木)

篠笛でジャンバラヤと君が代を吹いてみた & コンサイス・フルートの写真も添えてみた

 某所でコンサイス・フルートの話題が出たので、ちょっと家の中を探してみました。記憶をたどって、あれこれ家捜しをすると、思わぬ所から出てきました。ついでに篠笛もでてきたので、今回は、こいつらの話題です。

Ap1000603a  コンサイス・フルートっ何?って話題から始めましょう。コンサイス・フルートは日本楽器の製品名で、類似の楽器としてフォーク・フルートというのがあったようですが、今は昔の話のようです。当時の価格で、3600円です。

 まずは、写真から。上から、グランド・フルート(アゲハ)、コンサイス・フルート、篠笛になってます。歌口の位置で揃えて並べてみました。

 篠笛とコンサイス・フルートにアップ気味の写真も添えてみました。これでコンサイス・フルートの全体像も見やすいでしょうか。

Bp1000603b   私が中学生の頃、私はすでにバンドをやっていたのですが、その時に何かの曲でフルートを吹く必要があって、このコンサイス・フルートを持っていた仲間が、そのパートを担当したのですが、そいつがこれを持っているだけで、ちっとも吹けなかったのです。で、私が吹いたら吹けたので、私が吹き、そのまま私のモノになってしまったと思います。一応、タダでもらったのではなく、私のハーモニカと交換したと思いますが…。

 そんな感じで来た笛だったので、愛着も分かず、どこかにしまい込んでしまったというわけですね。

 これはF管です。F管なのに最低音はGという、ちょっとおもしろい笛です。「使えねー!」と当時は真剣に思いました。

 アゲハと比べて、短い上に細いです。キーは一切なく、ごらんのとおり、管体にトーンホールが開いてますので、指で穴を直接塞ぎます。音は…意外にちゃんとしたフルートの音がします。結構、いい音ですよ。

 材質は…おそらく洋銀。この笛、写真じゃよく分かりませんが、内部は黒くサビ、表面は白くサビています。そのため、結構カナ臭いです。グランド・フルートとピッコロの間にソプラノ・フルートというのがあるようですが、たぶんあれの安物的な感じじゃないかな?

 吹いた感じはなかなか良いのですが…これF管で移調楽器なんですよね。移調楽器って嫌いなので、もはや真面目に吹く気はしません。パスです、パス。

 対して、赤っぽい笛が篠笛です。材質は竹。竹にたっぷり漆をコーティングしてあります。穴の数は7つ。左手親指で押さえる、いわゆるオクターブ・ホールはありません。一応、C管っぽいです。トーンホールを全部塞ぐと、いわゆる大雑把にドが出ます。で、そこから一つずつ開けていくと、レ、(かなり低めの)ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド♯になります。

 これは大した楽器ではなく、中学生の時に行った京都のおみやげ物屋で売ってた奴です。もしかすると、玩具な楽器なのかもしれませんが、よく覚えていません。

 試しに吹いてみました。こちらもかなり吹きやすい笛です。吹いている時は「ちょっと音痴かな?」と思いましたが、録音を聴いてみると、かなり音痴ですね。笑ってやってください。もっとも、篠笛ですから、元々が西洋音階の笛ではないので、こんな感じで良いのかもしれません。この笛で「ジャンバラヤ」もなんなんだと思いましたが、比較検討のために吹いてみました。録音環境はファイフとほぼ同じ設定にしました。ちなみに、フルートでの演奏はこちらで、ファイフとリコーダーでの演奏はこちらです。

 だいたい、篠笛って日本の笛ですから、こいつは日本古謡が本当はお似合いなのではないかと思ったので、「君が代」を吹いてみました。私たちが普段聴くことのできる「君が代」は西洋音階に翻訳されたものですから、ちょっとニュアンスが違いますが、これはどうですかね? やっぱりダメ?

 吹き終わって思ったのですが、篠笛って、本当はノン・タンギングで吹くんですよね(汗)。私、しっかりタンギングしながら吹いてますね。そこんとこは勘弁してください。

 しかし、私も横笛フェチですね。楽器屋で売っている、プラ製の篠笛だと、もう少し音痴じゃなくなるんでしょうね。でも音色はどうなんだろ。あんまり手を広げたくないのですが、興味だけはあります。

 それと最近、ケーナにも興味シンシンです。ああ、ケーナ、吹いてみたい…。尺八は…おもしろそうだけれど、難しそう。手に負えなさそうだなあ。西洋音階でC管のケーナーとか尺八があったら、吹いてみたいです。

 さあ、遊んでばかりいないで、フルートの練習をしようおっと。

2009年3月18日 (水)

歌曲は難しい?

 声楽のレッスンは、発声が終われば、次は歌唱指導になります。さすがに、発表会を控えているので、歌唱指導も指導ポイントが多岐にわたりました。一つ一つ書いてゆきます。

 「音取りの宿題」が出ていました。まずは、その確認からです。確認と言っても簡単な話で「とりあえず、通して歌って」です。

 もちろん、私はやってきましたよ。音程を確認し、リズムを確認し、歌詞と音符の関係(譜割り)も確認し、とりあえずインテンポで歌えるようにして歌いましたが…、それでは不十分だと言われました。何が足りないのかというと、音楽の表情。少なくとも次回から「音取り」と言われたら、リズムと音程と譜割りだけでなく、楽譜に書かれているすべての音楽記号まできちんと確認しておくように言われました。

 楽譜通りに歌えること…これがレッスンの出発点です。再確認しました。

 では、具体的なレッスンです。まずは譜割りのチェックが入りました。歌ですから、音符に言葉が載るのは当然で、言葉のどの部分がどういう風に音符に載るのかが大事なポイントです。

 音符に載るのは母音のみ…これは大原則なんですが、複合母音の場合は“アクセント”のある母音だけが音符に載ります。

 たとえば“miei”という単語。アクセントは真ん中の“e”ですから、この母音が音符に載ります。って事は、“miei”を“mi-e-i”と三つに分けて考えれば、音符に載るのは“-e”だけですから、“mi-”の部分は音符よりも先に歌わないといけないし、語尾の“-i”は音符の後にくっつけて歌うわけです。特に、音符に先付けして“mi-”を歌うのが、慣れないので、結構大変。気持ち的にはプチ気味にアウフタクトです。だって、こういう音韻構造している語って、日本語にはないじゃん。ああ、外国語ってメンドいのよ。

 発音関係で言えば、“r”も要注意。巻き舌です。もちろん巻く。しっかり巻く。ついつい英語レベルの巻き舌で“r”を発音してしまいがちだけれど、イタリア語は英語よりもしっかりと“r”は巻いて発音。きちんとしよう。

 閑話休題。巻き舌が苦手な人やイメージできない人のために書きます。「サッポロラーメン」とやや大きめな声ではっきりと活舌良く言ってください。“ロ”の前で舌が不穏な動きをしたでしょう。これが“巻き舌”です。巻き舌が苦手な人は「サッポロラーメン、サッポロラーメン、サッポロ…」と言い続けて、巻き舌のイメージをつかんでください。
 話を戻します。語中にある“r”は単純にしっかり巻けばいいけれど、語頭にある“r”はプチ気味なアウフタクトで、音符の前でたっぷりと巻く。

 さらに語尾の“r”の場合は、しっかり巻くだけでなく、どこで巻くかもちゃんと考えないといけない。特に語尾のみならず文末の“r”は要注意。たとえば、「~cor.」となっていて、これが四分音符に載っていたら、音符に載るのは、“co-”であって、“-r”は音符には載らない。だから、“r”は四分音符の終わった次の拍の頭で思いっきり巻く。忘れずに巻く。ここが大切。

 とにかく“r”は、きちんと巻かないといけないし、巻くにしても、どこでどれくらい巻くかを、常に意識的にやらないといけないので、結構面倒です。面倒だけれど、こういう細かいところをいいかげんにしちゃうと、カタカナのイタリア語になってしまうので、注意注意。

 無論、歌詞の発音だけでなく、意味についても、もう少し考えてくること。なぜその歌詞にそのメロディーが付いているのかを考えれば、歌い方にも自然と変わってくるはずと言われました。そりゃ、そうだ。ラジャー。

 この曲には、速度記号とか強弱記号とか表情記号とかたくさんの音楽記号がついております。各小節ごとに2~3個ずつですね、ほぼ満載と言っていい状態です。これらの音楽記号のひとつひとつをきっちりと行ないましょうと言われました。そりゃ、そうだね。本来なら、音取りの段階である程度、読み込んでおかないといけなかったのだから、なおさらです。

 特に気をつけるのが、速度に関する記号。どこからテンポを落とし、どこまでその遅いテンポで行き、どこで元の速さに戻るのか、それもすぐに戻るのか、徐々に戻るのか。そういうところまで、しっかりと意識的に行ないなさい、なのである。テンポは揺れまくりなのである、結構大変なのである。例えば、アラルガンドの最中のテヌートとか、ラレンタンドの最中のリタルダンドとか、なんか感覚的によく分かりません。ちょっと試行錯誤しておきますわ。

 さらに言えば、全体としてはレガートに、しっかり音楽が流れるように歌わなければいけないし、声の響きに注意が必要。特に歌いだしの部分は音高が少し低めだけれど、響きは常に高く高くと意識する。当然、頭蓋内はオープンしまくりです。

 テンポに関して言えば、この曲はほぼ歌手が自分でテンポを決めて、そのテンポで歌っていいのだけれど、ところどころピアノと息を合わせるところがあるので、そこはしっかりとピアニストの存在を意識して、自分一人で突っ走らないようにすること。

 あと……そうそう、そう言えば、いらぬ疑惑をかけられたよ。私の歌を聴いた先生が、私がたくさん音源を聴いて、それをトレースして歌っているのではないかと疑ってたね。確かに今まではそうしていた(だって楽譜読むのが苦手だから、音源聞きながら楽譜をチェックしてたわけよ)ので、疑われても仕方がないのだけれど、今回に関して言えば、それは全くの濡れ衣。濡れ衣なんだけれど、そう思われた。日頃の行いが悪いので仕方ないと言えば仕方ないのだけれど…。

 まあ、確かに、数回は音源を聴いたけれど(これは嘘ではない)、暗記するほどは決して聴いてないし、参考にもしてない。ましてや、音源聞きながら楽譜を開いたことはない。今回は、結構これでも真面目にこの曲の楽譜とは取り組んでおるのよ。

 ただね、一日の練習の最後に仕上げとして、カラオケと合わせて歌ってはいるよ。やっぱり上手なピアノ伴奏に載せて歌いたいじゃない。

 ところが、このカラオケが歌いづらくてね…。最初はカラオケとは全然合わなかったのだけれど、何度か合わせをしているうちに、カラオケのピアノの癖を飲み込んで、なんとなくはまってくるようにはなったけれど…、たぶん、先生はその事を言っているのだと思う。

 で、結局、カラオケ使用禁止になっちゃいました。カラオケは、音楽を均一化するので、ダメだって。ピアノが弾けない分をお金で解決したつもりだったけれど、結局、伴奏無しで練習するはめになりました。ま、仕方がない。カラオケCDも含めて、他人の演奏は一切聴かないことにしました。

 以上、たくさん注意を受けました。発表会が迫っているのだから、注意点が細かくても仕方がない。きっとこれだけ頑張れば、一皮むけるよ。

 さてさて、今回も宿題が出ました。それは…しっかり母音だけで歌ってくること。以前、みるてさんが「母音だけでリズム読み」というのを教えてくれて、忙しくって手がつけられなかったアレですよ。アレの音程付きをやってくることになりました。これをやるとレガートに歌えるようになるんだよね、ガンバ。

 それと、これは宿題というわけではないのですが、メロディーを一度フルートで吹いてみるといいですよとも言われました。理由は…歌だと歌詞がついているために(歌詞におんぶして)スラーとかタイとかがいいかげんになりがちなところを、フルートだと、しっかりとその辺を意識できるから、ぜひフルートで演奏してみましょう、だそうです。ちなみにキング先生も新曲はチェロ(ちょうど音域がテノールと一緒)で弾いてみるそうですが…フルートはフラットが4つも付いている調性は苦手なんです。ああ、弦楽器がうらやましい。

 「歌曲って難しい…」と愚痴ったところ「難しいのではなく、どこまでやるか、なんですよ。ここまでで良し、思ったら、歌曲の学習は終りです」と言われました。と、いう事は、(自分にとって)難しい事を要求されているのは、そこをクリアできると見込まれているからというわけですね。よしよしよし、がんばってクリアしていきましょう。

2009年3月17日 (火)

何も加えない、何も変えない

 声楽のレッスンに行きました。早めにお教室に着いたのですが、前の人がお休みだったせいか、レッスンが早く始まって、たっぷり見てもらうことができました、ラッキー。

 声楽のレッスン。その実体は、発声練習と歌唱指導なわけです。で、まずは発声練習から。

 発声練習には、前回からの不安を持ったまま臨みました。先生は特に大きな注意をされなかったので、たぶんこのままの方向で正解なのでしょうね。隣にいた妻は「高いところの声が前回とはちょっと違った感じがした」と言ってましたので、まだまだ定着には、ほど遠い感じなのでしょう。

 あ、今回は録音機を忘れてしまったため、記録がありません(汗)。

 大きな注意はないものの、小さな注意はたくさんありました。

 まず『声は押さない』。押しているつもりも感覚もないのですが、私は声を押す癖があるそうです。これが実に良くないそうです。

 聞き苦しいもあるのですが、一番の問題は、せっかく声が音のポジションに当たっても、押してしまうためにポイントから外れてしまう傾向があるそうです。結果、高い音が上手に発声できないそうです。当てるだけなら、AsもAもBも当たっているそうですが、押してしまうために、当たった次の瞬間にズレてしまうそうなのです。ダメですね。

 もっとも、まだ単に“当たっている”だけなので、歌に使うにはまだまだだそうですけれど。ちなみにAs(アス)は五線の上のラ♭、A(アー)はラ、B(ベー)はシ♭ね。すでにこの辺、一般的な男声の高音の限界周辺です。私、頑張っているでしょ。とは言え、クラシック界ではもう少し上(全音一個分)のHi-C(ハイシー)までが必要なんですが…。

 先はまだまだ長いです。

 “声は押さない”と同じような注意ですが『大きい声を出さない』ようにとも言われました。これは別に「小さな声で歌え」という意味ではなく「無理に大声を張り上げる必要はないから、無理に頑張るな」という意味です。

 大声を張り上げているつもりはありませんが、自覚はあります(汗)。だって、やっぱりレッスンともなると、張り切っちゃうじゃないですか。張り切って、気合入れて、頑張ると…結果として大声になってしまうのです。大声を出しているのではなく、大声になってしまうのね。

 でも、大声はやはりどこかに無理があるので、良くないのです。私の場合は、声を押してしまい、結果として大声になっている傾向があります。だからこそ、大声にならないように気をつけないといけないです。それに、無理に大声を出さなくても、すでに声量は十分にあるから、そんなに頑張ることもないとも言われました。

 どちらかと言うと、軽く歌った方が良さそうです。別に軽く歌ったからと言って、極端に声量が落ちるわけではありません。単に気持ちの問題なのかもしれません。自分の声、特に音程に自信がないために、必要以上に声を押して、音程もずりあげていこうという無意識の気持ちがあるのかもしれません。

 大声禁止、力まない、自信を持って軽めに歌う。

 高いところに行くと、無意識の恐怖心が働くせいか、身体のどこかを変えてしまいがちです。これはノドで歌っていた頃の癖ですね。喉で高いところを歌うには、しっかり喉を締めて、そこに高圧力で息を吹きつけるわけですから、当然、低い方とは歌い方から何から何まで違うのですが、クラシック系の発声では、当然、そういうことはなく、どこも変えない、何も変えないようにして、低い声も高い声も出さないといけません。

 昔のログで見ると、私がチェンジのあたり苦労していた頃、松尾さんがよく私に「チェンジで変えるのではなく、変えないようにして歌うのだ」というニュアンスのアドバイスを散々くださいましたが、それを今頃、実践しています。チェンジがあろうがなかろうが、高い音だろうと低い音だろうと、何も変えずに同じように発声していかなければいけませんが…ついつい、どこかを変えてしまいがちな私です。ダメですね。

 さらに言うと、響きの問題があります。楽だから…という事もありますが、私はついつい声の響きを低くしてしまいがちです。胸に響かせすぎになってしまいますが、それはダメでして、声の響きは常に上。具体的には後頭部に響きを置いて歌い続ける。これが大切。高いところも低いところも、響きは常に後頭部。これがミソです。

 そして、最後の最後の極めつけは『スタミナ不足』です。ちょっと先生が発声練習で絞ると、私ヘトヘトになってしまいます。それではダメなわけですし、発表会の「O del mio amato ben」は5分近くある、初学者には長い曲です。少なくとも、この曲を歌いきるだけのスタミナは必要なわけで…自宅でたくさん歌を歌ってきなさいと言われました。まずは、たくさん歌を歌って、歌のスタミナをつけないといけないわけです。

 はあ~、たかが発声ですが、たくさん注意点がありました。

 長くなったので、歌唱については、また明日書きます。じゃあね。

2009年3月16日 (月)

花粉症がひどくなって呼吸困難になりました

 皆さん、テオドールという薬はご存じですか? 成分名はテオフィリンだそうです。興味のある方はこちらで説明を読んでください。

 いやあ、花粉、すごいっすね。私はアレルギー体質なので、花粉のアレルギーもありますが、喘息持ちでもあります。だから、花粉症がひどくなると、喘息発作が誘発されます。

 この日はフルートのレッスンだと言うのに、空気中で溺れてしまうほどに呼吸困難。三歩歩いて立ち止まる…みたいに重篤。ええ、飲みましたとも、テオドール。気管支拡張剤。こいつを飲んで、フルートのレッスンに行って参りました。

 いやあ、とりあえず気管支は広がって、立ち止まらずに歩けるようにはなったものの、ずっと酸欠。クラクラ目眩で酔っぱらったような状態で、レッスン会場へ。だから、春は嫌いさ。

 レッスンでは、アルテの第8課。7番までOKをいただきました。8番以降はまた今度です。なかなかアルテも前に進みませんが、先生がおっしゃるには、この第8課は、実は一つの大きな節目で、ここをクリアするのに苦労する人もチラホラといらっしゃるようです。ですから、私がここで立ち止まってしまうのも仕方のないことだから、と励まされました。

 みなさんは、第8課は苦労されましたか? それともスンナリ行きましたか?

 まあ、スンナリ行かなくても、別にいいのです。私はそんなに急いで進むつもりはないんです。ほんの少しずつでも前に進めれば、それで満足です。ただし、足踏みはちょっとイヤかな。と言うのも、私は別に他人と競争しているわけではありませんが、昨日の私には勝ちたいと思ってます。足踏みが続くと、昨日の私に負けているような気がするだけなんです。

 さて、レッスンの内容を振り返ってみましょう。とりあえず合格いただいた曲について。

 まずは2番。合格したけれど、極めて重大な欠点が発見されました。それは『中音のレの運指では、きちんと左手人指し指を上げる』ことをサボっていた事。

 ひょえー、小指ばかりに気が取られ、確かに人指し指は微動だにしませんでした。注意されたので、さっそく直したけれど、今後もそういうことがないように気をつけましょう。特にこの指に関しては、音色・音程ともに影響があるので『指を上げない』は無しだそうです。

 それにしても、本当にうっかりミスです。普段はきちんと左手人指し指をあげるのですが、よっぽど神経が右の小指にだけ行っていたのでしょうね。反省です。

 5番は、合格したけれど、注意点が二つありました。一つはオクターブを正しく認識して吹くこと。最近の私はポピュラー系の曲をオクターブ上げで吹くことが多いので、譜面を見ると、ついついオクターブ高く演奏してしまいます。今、自分はオクターブ上げをしているのかしていないのか、そこんところの認識をしっかりしましょう。中音レの時に高音レの運指でやっても音が出ませんから…、そこんところを注意注意。

 もう一つは、体調が悪いせいもあって息がもたなかったのですが、息が持たなくなると、音が足元にパラパラ落ちる感じになるそうです。いくら息が苦しくても、きちんと音を遠くに飛ばすように心掛けていくこと、と注意されました。もっともなことです。

 6番は演奏方法を間違えていたので、改めて注意されました。具体的にいうと、スラーのかけ方です。スラーがかかっているところは、タンギング無しで音をつないでゆくわけですが、同音が連続している時は、後の音符の頭をやさしくタンギングしてくださいと言われました。実は私、同音でスラーがかかっている時は、タイと同じように演奏していましたが、タイとスラーは大違いなので、今後はきちんとやさしくタンギングをすることにします。

 7番は一応、譜面通りに吹けたのですが、吹いた音が貧弱だと注意をうけました。この曲、音域が高音域になりますが、この音域はまだまだ私は苦手のようです。とにかく、ふくよかで美しい音を出すようにする。そのためには、しっかりと身体を使って音を出すようにしましょう。具体的にはきちんと息を支えましょうと言われました。私はそれに付け加えて、頭の中もたくさん開くように心がけて、吹き直したところ、合格をいただきました。高音域を美しい音で吹くのは、なかなか難しいです。

 と、ここまでは合格をいただいた曲ですが、残りの曲は、また次回持ち越しになりました。

 8番は不合格です。単純に吹き込みが足りないのです。ですから、指もバタバタ、息もモタモタしてしまいます。家でもっともっと練習をしてくださいとのこと。はい、自分でも了解してます。もっときちんと吹き込んでおかないと。

 9番はなんと、譜読みを間違えていました。二分音符を四分音符で吹いてました。ダメだよねえ…、二分音符は二拍であることをきちんと確認。この曲も、練習が不足していることはバレバレでした。譜読みを直して、練習が足りないままでは困るので、もう少しきちんと練習して来ることになりました。

 10番の曲は…ボロボロ。明らかにまだまだ練習が足りません。規定の速度では全然できません。それどころか、だいぶ遅くしても、まだ厳しい。二カ所譜読みを間違えているところ(リズムの間違いが一つと、スラーのかけ方が違うところがある)ので、それをきちんとする。まずは、とにかくゆっくりと正しく吹けるようにして、それから速度アップをしていった方が良いでしょうと言われました。。

 ま、とにかく第8課は、ハ長調の仕上げだし、そりゃ大変だ。じっくりとやってゆきましょう。

 次回のレッスンでは、アルテはお休み。いよいよジャンバラヤを吹いてきます。

2009年3月15日 (日)

22世紀を見てみたい[2009年3月第3週・通算10週]

体重:102.7kg[-0.5kg:-3.1kg]
体脂肪率:31.4%[+-0.0%:-0.9%]
BMI:32.8[-0.1:-1.0]
体脂肪質量:32.2kg[-0.2kg:-2.0kg]
腹囲:103.0cm[-1.3cm:-3.3cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第8週目です。今週もダイエットが前進しております。ホクホクな気分です。いやあ、順調に減ってますねえ。一歩一歩はたとえ小さくても、前進している限り、必ずゴールに辿り着くのです。……ところで、ゴールってどこ?

 ……小さなゴールは100Kg切りでしたね。まずは体重を100Kg以下にすること。これが当面の目標です。今まで3.1Kg減らしました。あと2.8Kg減らせば、目標達成です。なあんだ、もう半分は達成したのか…。

 もしも、体重が100Kgを切った時には、この「そふくしダイエット」も効果があるということで、皆さんにそのダイエット方法をお知らせしますです、はい。

 さて、今週のエッセイです。

 百年なんて、たいした時間ではないようでいて、そうでもないのかもしれない。

 たとえば百年前の1909年に何が起こったのか、年表で調べてみると、こんな事が分かりました。

1909年(明治42年)

 政治的(教科書的?)には、伊藤博文公暗殺が一番の大事件。大正デモクラシーの時代、日本が栄華を誇る一方で、中国は清朝末期で3年後に滅び、中華民国(現在の台湾)が生まれるし、朝鮮は李氏朝鮮の最期の年、で翌年は朝鮮併合ってやつだ。日本と中国朝鮮の命運が大きく分かれた時代と言えます。

 文学の話をすれば、3年前の1906年にヘッセが「車輪の下」を、6年後の1915年にはカフカが「変身」を発表するし、科学分野では4年前の1905年にアインシュタインが特殊相対性理論を発表し、7年後の1916年にはソシュールの「一般言語学講義」が出版される。

 さらに調べてみると、2年後の1911年にはアムンゼンが南極点に到達し、その翌年の1912年には大陸移動説が発表されて、タイタニック号が沈んで、ディカプリオが溺れたわけだ。

 (音楽ブログなので)音楽話をすると、ドビュッシーが「亜麻色の髪の乙女」を作曲したのが、ちょうどこの年。2年前の1907年にマーラーが「交響曲第8番 千人の交響曲」を作曲し、3年後の1912年にラヴェルが「ダフニスとクロエ」を、その翌年の1913年にはストラヴィンスキーが「春の祭典」を、そしてドビュッシーはフルートのために「シランクス」を作曲する。またポピュラー音楽的には、ジャズが誕生したのが、この頃と言われている。レコードは機械吹き込みのSP盤の時代であった。

 どうですか? 百年前なんて、ごく最近だねと思われましたか? それとも、すっごい昔だなあ…と思われましたか?

 でも、この頃、元気だった人のほとんどは今はいない。残念なことに人の寿命は、なかなか100歳を越えないのである。

 私は20世紀に生まれ、21世紀に生きている。もう2つの世紀を股にかけて生きているわけだから、なかなかのものであるが、贅沢かもしれないけれど、もうちょっと頑張って、22世紀を見てみたいなあ…と思う事が時々あります。

 とは言え、22世紀まで、あと…約90年。私はおろか、おそらく息子君も22世紀を見るのは無理だな。もし私に孫ができたとしたら、その孫がヨボヨボになった頃に22世紀がやってくる。そう考えると、22世紀って、遠い未来だ。

 20世紀の初頭に生きていた人は、21世紀がこんな世の中になっているなんて、きっと思いもつかなかっただろう。未来を予測することは、とても難しいことだ。それは少し前の人たちが想像した未来の姿と、現実の今の姿を比べてみればよく分かる。

 私はマンガ世代なので、マンガで考えてみると、たとえば手塚治虫の考えた未来では、21世紀になると、車から車輪がなくなってみんな地上に浮かんでいるし、建物はみんな角がない丸いデザインになっていて、アトムがすでに実用化されていたりするわけでしょ。藤子不二雄の考えた未来では、人々はみんな全身タイツで生活し、まもなくドラえもんが生産されること(2112年発売)になっている。ありえないでしょ。このように未来を思い描くことは難しいことなのである。

 つまり、未来って、予測不可能なものなんだよね。

 見てみたいなあ…、22世紀。予測不可能なものを、この目でしっかり見てみたいです。きっと見てみると、なあんだって思う程度なんだろうけれど。生きて22世紀が見れないなら、タイムマシーンに乗ってでも見てみたいです。

 で、22世紀に行ったら、こう言うんだ。「20世紀の中頃のソーセージは、お魚でできていたんだ」ってね。信じてもらえるかな~? あと「ベーコンって言えば、鯨のベーコンが普通だったんだぞ」とか。あと「怪我をしたら、赤チンって言って、赤インクを塗って傷を治したんだ」とか「入れ歯と言って、カートリッジ式の歯があったんだぞ」とか「小学生が持つランドセルは、法律で男の子は“黒”、女の子は“赤”って決まってたんだぞ~」とか。それとそれ…もう、嘘つくのに必死です(笑)。

2009年3月14日 (土)

王様の仕事とは…

 一応、ウチの水槽は狭いせいもあって、金魚全員で一つの群を作っているようです。で、その長には、その時々で一番活発で体の大きな子が就任しているようです。ちなみに現在の長である、王様はカエデ君です。

 さて、王様はふんぞりかえって威張っていればいいと言うわけでもなく、実は大切な仕事がありますが、それは何だと思いますか? それは…

 エサねだり(爆)。

 そう、エサをねだるのが、実は王様の大切な仕事なんです。

 別に人間側は誰がエサをねだろうが、関係なく、時間になればエサをあげますが、金魚側は定刻になると、王様がエサ場で人間にアピールしてエサをねだることになっています。

 まだ水槽が新しかった頃は、金魚たち全員でエサねだりをして、それは毎食毎食、大変なことになっていました。それがいつの間にか、王様が代表してエサをねだるというルールに変わってきたようです。それなりの知恵はあるようです。

 歴代の王様たちは、色々なおねだりの仕方をしてました。派手に水音をたててた奴(アカネ)とか、エサ場に沈んで、じっとこちらをにらみつけていた奴(サラサ)とか、色々個性がありました。

 現王様のカエデはなかなかアピールが上手です。まず、時間にかなり正確です。それから、人間の動きに合わせて、水槽の端から端まで移動しながら、愛嬌をふりまきます。彼の愛嬌のふりまき方は、こちらを見つめながら、胸ビレとを尾ビレをヒラヒラさせるのですが、これが結構かわいいのです。そのかわいさに免じて、すぐにエサをあげちゃいます。

 最高権力者って、これでもなかなか大変なんです。

2009年3月13日 (金)

気が遠くなって、いつのまにか眠くなります

 ほんの少し前まで、私は、こと呼吸に関する限り、フルート演奏は声楽と比べて、格段に楽で、余裕でできるとばかり思ってました。でも最近、それはちょっと違うと思うようになりました。そして、声楽とフルートは、大変さの方向が違うだけ、同じように大変なのだと思うようになりました。

 呼吸に関して、とりわけ酸欠に関しては、声楽では、やっている最中に酸欠で苦しみます。呼吸の練習をしている、その場で、手足が冷たくなったり、めまいがしたり、集中力に欠けるようになったり、挙げ句の果て、立っていられなくなったり、意識が飛んだりと、まあ、ダイナミックに酸欠を堪能できるのですが、フルートでは、そういう事がないのです。

 ですから「フルートは楽」なんて言ってたのですが、どうも違うみたい。フルートでの酸欠は、そういう“苦しい”方向ではなく、眠くなる方向に出てきます。

 眠くなる? そうなんですよ。さっきまで元気だったのに、例えばソノリテをやると、その練習の終わり頃には無性に眠くなっている自分がいるんですよ。眠くて眠くて、どうにもならないくらい、それ以外はどって事ないんですけれど、払いきれない眠気におそわれます。

 ソノリテだけではありません。アルテであれ、スケール練習であれ、ロングトーン系の練習がそれなりに続くと、必ず眠気が襲ってきます。

 そう、フルートを真剣に吹くと、気が遠くなって、だるくなって、眠くなるのです。これも酸欠の症状ですよね!

 いやあ、フルートも声楽に負けず劣らず、呼吸という面では、やはり大変です。今まで「フルートは楽」なんて言って、ごめんなさい。フルートにせよ、声楽にせよ、呼吸はきちんと鍛えていかないとね。

2009年3月12日 (木)

最近実感する、電子ピアノの限界

 フルートの試奏を趣味にするようになってから、楽器の音色というか、音質というものに、ほんの少しだけこだわりを持つようになりました。楽器の善し悪しって、結局は音色じゃないかなと思うようになりました。音色の美しい楽器が良い楽器で、たとえ音程バッチリで操作性も抜群だけど音色の面でダメな楽器は、やはり良い楽器とは言えないでしょう。

 もうちょっと言うと、楽器の音色さえ美しければ、奏者の技巧が多少(あくまで多少ね)問題があろうが、平凡な曲とか、さらに陳腐な曲ですら、感動的に聞こえるものです。少なくとも、うっとりした気分になれます。“美しい音色一つあれば音楽が成り立つ”と言っても、決して言い過ぎではないと思います。

 そんな私なので、ようやく最近、電子ピアノに不満を感じるようになりました。(今更かよ~という突っ込み歓迎です)

 電子ピアノの音色そのものは、実はそんなに悪くないです。安物の電子ピアノでも日本メーカーのものであれば、ロクに弾き込まれていない、調律もあやしいアップライトピアノなんかよりも、ずっとずっといい音を出します。いい音を出すのですが、それでお終いなんですよ。

 たぶん電子ピアノだと、ピアノの達人が弾いても、ウチの息子君が弾いても、猫が鍵盤の上を歩いても、同じくらいいい音を出します。ま、タッチレスポンスが付いているから、ボリュームという点ではそりゃあ、違うけれど、音色という面では、おそらく全く同じ。

 これは純粋な電子ピアノだけじゃなく、サイレントピアノのサイレント部分だって同じ事。サンプリングされた音を音源としている、電子ピアノが持つ宿命みたいなもの。つまり、誰がどう弾いたって、そのサンプリングされた音が再生されるだけなのである、電子ピアノって。

 だから、奏者がどれだけ感情を込めたところで、その感情が電子ピアノに伝わることはない。電子ピアノの鍵盤に見える部分は、単にサンプリングされた音を、どういうタイミングでどういう音量で再生するかを決めるスイッチでしかないのだから。そう、あれは鍵盤ではなく、スイッチなんだな。

 だから、電子ピアノでは、たとえどんなに美しい音色であっても、一つの音色しか使えないのである。サンプリングされた音源が多ければ、それらの音源を切り換えて使用することは可能であろうが、それはあくまでサンプリングされた音源の切り替えであって、音色の変化ではないのだ。

 息子君のピアノ(もちろん電子ピアノです)を弾きながら、そんな事を考えた。

 この電子ピアノを弾いている限り、息子君はピアノの上達は望めないだろうな。もっとも、その前に練習しないから、そもそもが上達するって事自体が無理な話だけど(笑)。

 ピアノのタッチで音色づくりの練習を始めるのって、どの段階くらいからだろうか?

 やはりピアニストさんは、音色にこだわって、自宅のピアノを選択しているのだろうか?

 演奏会場のピアノの音色の違いに、ピアニストさんたちは、どうやって対応しているのだろうか?

 アップライトとグランドでは、機械的な構造が全く違うのだけれど、奏者としての音色づくりのテクニックは同じなのだろうか? それともアップライト向けのタッチ、グランド向けのタッチのようなものはあるのだろうか?

 音色について考え始めると、とめどもなく考えてしまいます。ああ、これも悲しい、オタクのサガだな。

2009年3月11日 (水)

腹式呼吸、雑感

 腹式呼吸。声楽とか管楽器とかでは基本のテクニックです。ネットだとよく話題になっています。それだけ迷う人がいるというわけですね。私は何となく身についているので、その立場から、ちょっとだけアドバイスなどを書いてみたいと思います。

 まずは、腹式呼吸って何?ってところから。

 難しい事は抜きにして答えてみると、腹式呼吸って『深い呼吸』のことです。

 呼吸って、『浅い呼吸』と『深い呼吸』の二種類の呼吸があるのは分かるでしょう。え? 分かりづらい? では『深い呼吸』でも分からなければ『深呼吸』だと思ってもいいや。一方の『浅い呼吸』は『普段の呼吸』でいいよ。そんな感じ。

 だから 「呼吸が浅い。もっと深く」とか「腹式呼吸でお願いします」って言われたら、それは「深呼吸をしてください」とか「深呼吸をしながらお願いします」と言われていると思っていれば、正解だと思うよ。

 次に、深呼吸って言うと、どうしても体操の『両手を横に大きく開いたり、胸の前で閉じながら、息をするアレ?』というイメージがありますが、アレを考えた人って、誰なんでしょうね。あんなことをしても深呼吸なんかできないのに…。試してごらんなさい、呼吸と腕の動きなんて、何の関係もないから。

 じゃあ、どうやって、私たちは深呼吸しているかっていうと…、別に悩むことはない。今そこで試してごらんなさい、すぐに分かるから。イメージとしては「澄みきった高原に咲き乱れる花々、そこにやってきた貴方は、思いっきり辺り一面の美味しい空気を吸ってみる」でやってみる。そうそう、それね。それよ、それそれ。

 ね、分かったでしょ。それが腹式呼吸。それを、歌う時でも、楽器を演奏する時でも、深呼吸をし続けていれば、OKなわけだ。

 では、どうすれば腹式呼吸マスターできるの?って話になります。

 これは体の動かし方の話になるので、ここであれこれ書いてもたぶん分からない。書いても分からないけれど、見たり触ったりすると「ああ、なるほどねえ」と分かります。だって、これって、どうやって体を動かすかという話なので「百聞は一見にしかず」なんですよ。

 つまり具体的、テクニックとしての、腹式呼吸のやり方については、それぞれの先生について指導を受けるしかないのです。と言うのも、どうも人によって、色々とやり方違うような気がするんですよ。性別とか骨格の違いとか筋肉量の違いとかで、体の使い方がどうも違うみたいなので、自分に適した一番良い方法を自分の先生と一緒に探してください。あいにく独学の方は、呼吸法の書籍を当たるとか、ネットで「腹式呼吸」とかでググると、私よりも親切に解説しているページがたぶん見つかります(ちょっと無責任?)ので、そちらを参考にしてください。

 と、これだけで投げ出してしまうと、さすがに不親切だと思うので、一応、万人共通の注意点だけを書いておくと…。

・腹式呼吸というけれど、吸う時は背筋を使います。吐く時は腹筋を意識します。

・腹式呼吸というけれど、腹部よりも腰部に空気を溜める感覚です。

・呼吸って、吸う事よりも吐く事の方が、実は難しいです。

・呼吸って「息を吸って吐く」事ではなく「息を吐く」ことです。息はきちんと吐ければ、勝手に吸われますので、「息を吸う」ことについては、あまりたくさん考える必要はありません。

・息の吸いすぎに注意。息をたくさん吸う事は大切ですが、必要以上に吸っても、息が持ちません。却って逆効果です。息は自然に吸える分だけで十分です。

・肋骨は鳥籠ではありません。肋骨にも関節はあります。その関節を意識して、たくさんの息を瞬時に体内に入れてください。

・つまるところ、腹式呼吸の練習って、上手な息の吐き方の練習なんです。

・実際の呼吸の練習とは、呼吸筋の筋トレだと思ってください。だから、体を作ることが大切です。

 次に『息の支え』について。

 『息の支え』って何かと言うと、これも難しい事を抜きにして書いちゃうと『息をゆっくりと一定量の保ったまま、吐き続けられること』なんです。たったこれだけのこと。でも、その「たったこれだけのこと」が実に難しいのです。

 試しにやってみてください。大きな声である必要はありませんが、大きく口を開いたままで「あー」と言ってください。何秒できますか? 私も試しにやってみました。40秒でした。たぶん、これくらいしかできないと、キング先生に怒られそうな気がしますが、リアルに40秒です。たいして長くはないですが、少なくとも40秒間、声が出せました。つまり、これは40秒間、息が一定量で吐き続けられたわけで、40秒間、息を支えることができたと言えます。

 コツは…息を吸った時に腰を思いっきり張ったと思うのですが、息を吐く時に、なるべく息が体から出ないように、その腰を張ったままの状態をキープしつづけていくのがコツかな? ある人は「息を吸いながら声を出す感覚」と言った人がいますが、理屈ではありえないことですが気持ちとしては分からないでもないです、そんな感覚でやると良いと思います。これも簡単ではありませんが、練習あるのみです。

 では、どういう風に練習をするのって事になりますね。

 基本は、腹部の筋肉だけで、ロングトーンとスタッカートをすればよいと思います。腹部の筋肉だけと言うのは、ノドとかクチビルとかの力を一切利用しないということです。

 声楽ならば、大きく口を開いて、歌う時と同じあくびのノドにして、ロングトーンとスタッカートです。フルートならば、楽器を構えたまま、ノンタンギングで、ロングトーンとスタッカートをすればよいと思います。回数は、倒れない程度に、体を壊さない程度に、多少苦しいかな?って、思える回数でいいと思います……が、くれぐれもやりすぎて事故を起こさないようにしてください。

 ええと、次はよく言われる、息の長さと肺活量について。

 「私は肺活量が少ないので息が続かない」とか「肺活量が多い人は得だよねえ…」とかいう発言を、アマチュア音楽愛好者からたまに聞く事がありますが、よく誤解するのですが、基本的に両者は無関係です。

 息の長さは『息の支え』が上手か下手かに専ら依存します。つまり『息の支え』が上手な人は息が長くなります。『息の支え』が下手な人は息が長持ちしません。いくら肺活量が豊富でも、息の支えが下手なら、あっと言う間に息をすべて吐き出してしまうので、息が長持ちしません。

 ただ、腹式呼吸を身につけると、肺活量は増えていく傾向は見られます。おそらく腹式呼吸を学ぶ過程において、体のあっちこっちの筋肉が鍛えられ、今まで開かなかったところが開いたり、空気が入らなかったところに入ったりするようになった結果、肺活量が増えていくのだと思います。

 最後に一つ。私がここにサラっと書いたことだけれど、書き方としてはサラっとしてますが、実際に行うとなると、かなりキツいことだらけです。これらをヒントとか参考意見にして、自分の先生から手取り足取り習うのが一番良いです。先生に師事していない独学の方に忠告すると「呼吸の訓練はかなり危険な訓練だから、そこを覚悟の上でやるように」お願いします。

 独学だと加減が分からないので、やりすぎてしまって倒れたり、間違った方向に行って体を壊すということがありますので、そこに注意し、万が一の時は、助けを呼べる態勢を作って練習に望むようにしてください。実際にヘタなことをやると倒れてしまいますよ(おおげさな話ではなく…ね)。

 腹式呼吸。基本技ですし、避けては通れないテクニックなんですが、マスターしてしまえば、どってことのないモノなのです。しかし、そこに行くまでは大変かもしれません。とにかく、体を作っていかないといけませんので、時間がかかります。そういう意味では、ダイエットと一緒かもしれません。気長に毎日少しずつ練習していきましょう。

2009年3月10日 (火)

楽器を買い換えたような気分です

 キング先生から三週間に渡って『練習禁止令』を発令された私ですが、それをかなり忠実に守っておりました。で、その結果が、生まれて始めての『頭声』につながったわけです。

 あれから『練習禁止令』は解除されたものの、今度は『発声練習禁止令』が出ました。もちろん、きちんと『発声練習禁止令』は守っています。と言うか、怖くて発声練習などできません。

 と言うのも、その後、自宅に戻って、発表会に向けて「ああ、愛する人の」の音取りを始めたのですが、実は音を取っている自分の声に酔っております。いやあ、実に自分でもナルシスだなあ…と半分あきれているのですが、事実、音を取っている自分の声についつい聞き惚れてしまうのです。

 なんて言うのかなあ…、自画自賛モードで申し訳ないのですが、本当に歌声が美しく変わってしまいました。美しすぎて、うっとりしてます。いい年したオッサンが自分の声に聞き惚れているなんて、客観的に見ると、ゲロゲロで気持ち悪いのですが、仕方ありません。だって、美しいんだもの。

 ま、今までがひど過ぎたという事も、なきにしもあらずなのですが…ね。

 では、その声でバンバン歌っているかと言うと、そうではなく、むしろ逆で、あまり歌いたくないのです。と言うのも、この声の出し方に全然自信がないというか、どうやって声を出しているのか、今でも分かりません。自分の体の中で何が行われているかも分かりません。なので、ヘタな事をやって、声を失うのが怖くて、ロクに歌えません。とりあえず、音取りだけはやってますが、それ以外の歌を歌う気にはなれません。発声練習なんて、とんでもない話です。

 早く次のレッスンがやってきて、この声を少しでも自分のものにしたいと願っています。ああ、次の声楽レッスンが本当に待ち遠しいです。

 なんだろう。今までも毎日、歌が上手くなりたくて、努力をしたし、毎日毎日練習もしてきました。しかし、その練習量に比例して上達…するわけもなく、ただやみくもに練習を重ねていくだけで、ちっとも上達していないような気がしていました。それが最近の私の姿でした。

 ま、年をとってから趣味として始めたんだから、なかなか進歩しなくて当然。だいたい、音感もないし、ピアノも弾けないし、才能も素質もないんだから、こんなものと、達観しておりました。

 それが今回、三週間歌わなかったら、これだもん。びっくり。いきなり一つ上の階に上がったような気分です。すごいな。上達するって、こういうことなんだね。何となく、ダラダラと上達するというのもあるのだろうけれど、いきなりパーと目の前が開かれるように変わる上達というのもあるんだね。

 まるで、楽器を買い換えたような気分です。

 歌う事が楽しくて、でも操作が難しくて、こちらの意図通りに演奏できなくて(これは前から一緒か)、楽しいんだけれど、イライラして。なんか不思議な気分。

 変でしょ、そう、変なんです。そんな変な状態の私なんです。

2009年3月 9日 (月)

今度はジャンバラヤをファイフとリコーダーで吹いてみた

 ジャンバラヤを大変気に入った私です。これも私の笛のレパートリーにできないものかと画策するほどに、最近気に入っているナンバーです。なので、フルートだけではアレだから、ファイフとリコーダーでも吹いてみました。フルートとの音色の差などをお楽しみいただければ幸いです。

 録音データー的な話をすると、同じ部屋、同じ録音機で録音していますが、ファイフもリコーダーもフルート以上に小音量楽器なので、メトロノームの音量を半分程度にし、(マイク一体型なので)録音機の置き場も、フルートならば2mほど離れたところにおきますが、ファイフ&リコーダは50cmという近距離に置いてます。

 あと、メトロノームの数値も84と少しばかり遅め。これは笛自体が短くて、私の手に余る(足りない?)ので、多少操作性の難度が上がるので、少し遅めに設定しました。実際にフルート並の100にすると、だいぶ音が荒れてしまいます。

 そうそう、使用楽器の話をしないといけませんね。ファイフはヤマハの“YRF-21”です。一応、リンクを貼っておきます。対して、リコーダーはノンブランドの安い奴。島村楽器で380円で買った奴です。アマゾンで探したところ、全く同じものはありませんでしたが、似た感じのもの[色はグリーン。他の色もアマゾンにはあります。ちなみに私のはホワイト]がありましたので、リンクしておきます。ちなみにヤマハとかアウロス(つまり国内メーカー)のソプラノリコーダーだと約1000円ですから、半額以下ですね。。

 吹いてみた感想を書きます。

 まずはファイフ。いかにも“頭部管プラ”といった感じのかる~い音がします。息もれの音も味わいの一つです。フルートが吹ける人には、管が短いといった点さえ克服すれば、何の問題もなく演奏できると思います。ピッコロも吹く方なら、もう楽勝でしょ。横笛人にはお薦めです。

 対して、リコーダーですが、続けて吹いてみると、違いを感じました。音色も違いますが、音量が格段に違います。改めてリコーダーの小音量ぶりを感じました。それに、ブレスのコントロールが難しいです。かなり弱く息を吹き込まないと音になりません。ファイフのつもりで吹いたら「ビーーーーーッ」って音がひっくり返ります。ですから、気持ちは“常にpp”です。録音状態は、ファイフもリコーダーも一緒ですから、いかにリコーダーの音量が小さいかが分かります。

 音程に関して言えば、両方とも音痴なんですが、ファイフの方は奏者が微調整できますので、そんなにひどくはないと思いますが(どうですか?)、リコーダーの方は音程は楽器まかせで調整できませんので、まあ、こんな感じです。タンギングは…(慣れないせいか)リコーダーの方が難しい気がします。

 それでは、お聴きください。最初はファイフです。

 こちらが、ソプラノリコーダーです。

 以前、フルートで吹いたバージョンをお聴きになりたい方は、こちらへどうぞ。

2009年3月 8日 (日)

日本のマスコミって、どうなのよ?[2009年3月第2週・通算9週]

体重:103.2kg[-0.2kg:-2.6kg]
体脂肪率:31.4%[-0.2%:-0.9%]
BMI:32.9[-0.1:-0.9]
体脂肪質量:32.4kg[-0.3kg:-1.8kg]
腹囲:104.3cm[-0.1cm:-2.0cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第7週目です。今週も数値は小さめですが、すべてがマイナスなので、上機嫌です。ダイエットをやっているのだかいないのだが、よく分からないような、ゆるいダイエットなので、こんな数値でも大満足です。さあて、今晩はステーキでもババンと食うかな?

 では、今週のエッセイです。

 マスコミ……定義は様々ですが、ここでは“テレビの報道番組(と新聞記事)”と言う、狭い意味で使いますので、そのおつもりで読んでください。

 で、最近のマスコミなんだけれど、いや、もしかすると最近に限らず、昔からなのかもしれないけれど、なんか国民から乖離しているというか、一体何のために誰のために報道しているのかなあ? って思うことが、結構あります。

 個々の報道の瑣末の部分に関しては、ここでは取り上げません。それよりも、ザックリ行きます。

 今のマスコミの論調は、基本ベースに“ひがみ”とか“そねみ”とか“ねたみ”があるんじゃないのかなあ…。別の言い方をすれば“成功している人キライ”とか“お金持ちキライ”とか“真面目に働いている人キライ”とか“努力している人キライ”とか“頭のいい人キライ”とか“大企業キライ”とか“普通に暮らしている人キライ”とか“麻生総理大臣キライ”とか(笑)。

 別にキライでも良いし、その気持ちが社会正義うんぬんとかいうものをベースにしているならば、私のような人間は義憤にかられて、マスコミと一緒になって付和雷同して騒いじゃうのだけれど、どうも私のゴーストが「それはちょっと待った」と制止するのですよ。

 “第三の権力”とも言われるマスコミですから、当然、正義の味方であると信じたいのですが、なんかそんなオーラを感じられないのですよ。感じるオーラは『ひがみそねみねたみ』のような、黒感情を感じてしまうんです。そしてイヤな気分になります。人の心のダークサイドを見せつけられたような、ゲロってした気分になります。

 「それは、お前の個人的な感覚だ。マスコミ批判は許さない」とおっしゃる方は、ここでお帰りください。この先も、私の“個人的な感覚”で突っ張りますよ。だって、ここは私の“個人的な”ブログですから。

 さてさて、具体的な名前を出すのは控えるけれど、政治家でも民間人でも芸能人でも、羽振りの良い人(良かった人)なんかが、ちょっとした失敗をすると、全マスコミで徹底的に潰しにかかるのは、見ていてイヤな気分になるね。“言葉の暴力”によるいじめをマスコミが率先して行うというのは、いかがなものなのかしらね。

 「水に落ちた犬は棒で叩け」という言葉が韓国や中国にはあるそうだけれど、まさにそんな感じ。棒で叩いて叩いて、殺してしまう勢いだもの。本来、日本では「罪を憎んで人を憎まず」だったんじゃないかな?

 だからかな、自民党の政治家さんが失敗すると、徹底的に潰しにかかるでしょ。ひどいと思うけれど、マスコミの体質を考えれば、毎度のことなんで納得。公に攻撃するだけでなく、昔のこともひっぱり出すは、私宅にまでカメラが押し寄せるは、もう大騒ぎ。あれはヒドイ。政治家生命に終止符を打とうとしているのでしょうね。まさに“水に落ちた犬を撲殺”って感じ。

 ところがね、民主党の政治家さんが失敗しても潰しにいかない。あれは不思議。(今回に限らず)いつも徹底的にかばうでしょ。そして、いつの間にかトカゲの尻尾切りのように、若手議員とか秘書とかが死ぬんだよ。でも、そんな事は新聞の隅に小さく報道されるだけ。それで事件は解決だ。水に落ちた犬を撲殺するマスコミにしては、とても優しい対応をするんだよね。

 自民党&民主党以外の政治家さんなんかは、失敗しても滅多な事では取り上げられない。テレビはスルー、新聞の隅に載る程度。あれれって感じ。なんか、フェアじゃないような気がします。

 つまり、これって、有名人や地位の高い人に対して心の中にわだかまる、ひがみ・ねたみ・そねみの分量で扱いを変えているのかな?って、勘繰ってしまいます。

 報道なんて、事実を淡々と伝えるだけでいいのに…。

 でも今のニュース番組って、したり顔したコメンテイターなんて人が必ず出演していて、ニュースの後に、余計なコメントを必ず付け加える。ああ言うのは“印象操作”っていう情報戦でよく使う手だよね。私なんかは、その手の印象操作の先読みをして『ああ、この人たちは、このニュースをネタにして、こっちの方向に視聴者たちを誘導したいのだな』と冷やかに見ちゃいますが、素直で疑う気持ちのない人は、気持ちよく、そっちの方向に誘導されてしまうのでしょうね。

 私の政治信条的な立ち位置は、たぶん、中道でありたいと願っている心情左翼に分類されると思うけれど、その心情左翼の私から見ても、最近のマスコミは、視聴者を危ない方へ誘導しているような気がする。とても怖い。

 誰かが見えないところで活躍しているんだろうなあ。そういう人たちは、私達をそっちの危ない方向に導いて、何をさせたいのだろうか?

 そういえば、ついこの前まで、散々、マスコミ並びにコメンテーターの方々は、定額給付金について文句を言ってたよね。あそこで反対を表明してい人たちは、当然、定額給付金をどっかに寄付でもするんだよね。街角インタビューで「定額給付金はいらない」って言ってた人も、同様だよね。定額給付金に文句を言ってた人は、絶対に、お金を受け取るなよ! 「いらない、いらない」と言ったんだから、絶対に受け取るなよな~。もし、受け取ったら“嘘つき”だからな。

 ああ、それにしても定額給付金、欲しい~~~。早く、欲しい~~~。定額給付金が入ったら、壊れて買い換えた、寝室のエアコンの支払い(でも、ちょっと足りない)に使うんだ!

 ええと、話を戻します(汗)。

 日本のマスコミの不思議な点の一つに、なぜか彼らは“日本”がキライだよね。日本の政府でも、日本のスポーツ選手でも、負けたりヘマをしたりすると、すごい攻撃を受けるよね。スポーツ選手なんて、盛り上げるだけ盛り上げて、持ち上げるだけ持ち上げて、それで良いところまで行っても、優勝できなければ、ボロクソのボコボコでしょ。おまけに失敗したところを何度も何度も報道されちゃってね…かわいそう。

 マスコミは、お金にならないけれど使命感だけで大切な活動をしている日本人や、海外で身を粉にして働いている日本人のことなんか報道しないし、一生懸命経営努力をしている会社の経営者のことも取り上げない。ただただ、失業者をカメラの前に引っ張りだして、毎日毎日「日本の景気はダメだ、ダメだ、ダメだ~」と散々言い続けて…。

 そしたら、段々、日本の景気が本当に悪くなってきちゃったでしょ。おかしいでしょ。対米輸出関連の会社以外は、景気悪化の直接的な影響なんか受けないはずだし、対米輸出関連の会社だって大企業が多いから体力的にはまだまだ大丈夫だったのに…。

 とにかく毎日毎日「ダメダメダメ」と言われているうちに、何となく、景気が悪い気がしてきて、みんなで買い物を控えるようになって、内需縮小…そこがスタートになって、負のスパイラル効果で、なんか、とにかく、何となく、不景気になっちゃったわけじゃない。これって一種の催眠療法みたいなものだよね。だから、今のこのヒドイ不景気って、マスコミの導きで作り出された不景気だよね。マスコミは日本社会を不景気にして、政情不安にして、何を狙っているのでしょうか?

 折しも、北朝鮮はミサイルに燃料入れてるみたいだし…。韓国は絶望的なくらいウォンが下がっているし…。中国はオリンピックの反動なのか、どうやら経済成長率がマイナスに転じたらしいし…。そんな時に、日本人を不安にさせて、マスコミは何を望んでいるのだろうか?

 それにしても、なんでマスコミって、日本や日本人が頑張っているのが、キライなんだろう。ちゃんとやっている日本人のことはあまり報道しないのに、失敗した日本人のことは大々的に報道するでしょ。なぜもっと素直に日本の事を喜べないのかな? 日本全体を萎縮させ、日本人の心から自信とやる気をそぐ事に全力を尽くしているように見えるんだよね、今のマスコミって。

 日本のマスコミが、日本や日本人に“ひがみ”とか“そねみ”とか“ねたみ”の気持ちをもって、どうするんでしょ。むしろ、こんな時代だからこそ、胸を張って、自信を取り戻すべく、日本人を鼓舞し、精神を奮い立たせるような、事件やニュースを探し出して、報道してほしいのに、毎日テレビで流れるのは『ひがみそねみねたみ』の感情に基づいたものばかり。

 心が貧しくなってしまいます。

 普通の日本国民の目線に立った、見ていて励まされるようなニュース番組とか、思わず政治家さんたちに「頑張れ」ってエールを送りたくなるような新聞記事とか、読んでみたいなあ。

 無いはずはないんだ。今はインターネットの時代。日本のマスコミが取り上げないだけで、時折、海外メディアが立派な日本人の報道をしてくれるし、その事は、気をつけてさえいれば分かる。でも、やはり日本人の大半は、インターネットで海外メディアの報道などは見ないでしょ。私だって、そんなに頻繁にチェックするわけじゃない。だから、日本のマスコミがちゃんと報道してくれない限り、よく知ることはできないよ。

 日本を勇気づけるネタ自体は、気をつけて探せば、実はいくらでもあるんだ。日本のマスコミが積極的に、日本人を勇気づけるような事を、報道ネタからハズしているだけなんだ。

 あああ、極東アジアが落ち込んでいる今だからこそ、日本が頑張っていかないと、アジア情勢がグチャグチャになってしまうのに…。白人たちがほくそ笑んでいるぞお~。

 いつから日本のマスコミって、こんなに情けない報道しかできなくなっちゃったのでしょうか。なんか、悲しいな。悲しい悲しいと言いながら、私は毎朝毎晩、テレビのニュース番組見ているのよ。それもなんか変な話だね。イヤならやめればいいのに、毎日見ちゃうのよ。おお、まさか、これがマスコミの狙い? だとしたら、私なんか、マスコミの手のひらで遊んでいる、ただの虫けらみたいなもんだね。

 くわばらくわばら。

2009年3月 7日 (土)

死ぬまで元気だったカスミさん

 5日ほど前かな? カスミさんは、相も変わらずに、転覆ぷくぷくしてました。「ああ、今日も元気に転覆しているかなあ…」と眺めていたら、ちょっと異変に気づく。何となく、体がピンポンパールみたいになっている????

 よくよく見ると、ウロコが毛羽立っています。体も丸く膨張しています。触ってみると、すでに身体はブニョブニョ。ウロコはグニャグニャ。

 さてさて、余病が発生したみたいです。ウロコは松かさ病だね。それと体が丸く膨張しているのは、体内で不正な発酵がある証拠(つまり“ガスが貯まっている”状態)だね。体力免疫力抵抗力がいよいよ、じり貧状態って奴ですね。じっくり顔を見ていると、だいぶ体色も抜けてきて、あっちこっち透明になりつつあります。体液も十分に循環していないみたいです。どうやら転覆のせいで体力的にだいぶ弱ってきて、水槽内にいる常在菌にやられているみたいです。

 だいぶ、やばいな。

 特に問題はガスだね。転覆病とか松かさ病では、金魚は死なないけれど、ガスは命取りだね。金魚に限らず、多くの家畜がガスで死ぬんだ。ガスの原因としては、運動不足、血行不良、腸捻転などが考えられる。腸捻転なら一週間持たないね。

 いよいよかなあ…。人間だったら、腹部マッサージ&点滴で抗生物質を入れたいところだけど、相手が金魚じゃそうもいかない。自然治癒力に期待するしかないけれど、もう自然治癒力でどうこうできるレベルではない。

 本人的には望んでいないだろうけれど、病院水槽に隔離。多少、濃いめの塩水に漬ける事しました。まあ、気休めですけれどね。とにかくカスミさん、見た目は、転覆で松かさでプクプクしている以外は元気です。

 水槽に隔離してからも、ずっと元気でした。ついさっきまで元気でした。元気なところを確認したのですが、ふと気がつくと、静かに星になっていました。

 生き物って、死んじゃうその直前まで、頑張って元気に生きていくんだ。弱ったところは、飼い主にも見せない。本当の本当に死ぬまで元気でいるんだ。そう、死ぬまで元気だったんだ。本当はしんどかったのだろうけれども…。

2009年3月 6日 (金)

O del mio amato ben(ああ、私の愛する人の)にギターコードを付けてみた

 今更ながらですが、私はピアノが全然弾けない。全く弾けないわけではないけれど、バイエルで言えば、40番まで行った事がない(ピアノを練習するぞーと始めても、2~30番台で常に挫折)ので、弾けるうちには入らない。歌の伴奏楽器としては、むしろギターの方がお得意な人です。何しろギターなら、アマチュアロックバンドでブイブイ言わせてたくらいだもん…サイドギター専門で(涙)。いやあ、リードギターって、やっぱり難しくってサア(笑)。ま、とにかくギターのバッキングならお手の物な私です。

 今回の「ああ、私の愛する人の」は、テンポが揺れまくる、実にMidiとか、カラオケとかでの練習に不向きな曲なのです。やはり、生奏者による生伴奏が必要というわけで、私が考えたのは「だったら、ギターで弾き語りをしちゃえばいいじゃん」という事。どうせ、この曲「積み木の部屋」だし…(大笑)。

 そこで、楽譜にギターコードを振ってみました。

 いやあ、難しいわ。というか、この曲のコード進行、難しすぎ。とりあえず、一通りコードを付けたところで、キング先生に確認してみたら、やっぱり直された(笑)。普通の弾き語り用のコードではなく、やはり分数和音を使わないとダメ、みたいな事を言われました。そりゃそうだね、クラシック音楽だもん。

 ちなみに今日の奴は、最初の方こそキング先生の直してくださったものを採用しましたが、途中からは、キング先生のやり方を参考に、私がベース音を考慮に入れ直して、改めてコードを付け直してみたものです。だから、間違ってても勘弁してね。

 もっともキング先生からは「このコード進行では、ギターで弾くのはたぶん無理です。その無理を無理やり押し通しても、歌の伴奏としては、あまり良くないでしょう。むしろ、ギターはやめて、ベース音だけを拾って、それを伴奏にして歌った方が、ずっと歌の伴奏としてはいいと思います」とアドバイスをいただきました。

 実は私、ベースギターも弾くんだよね(笑)。サイドギターほど上手じゃないけれど、普通にロックバンドをやるには十分なくらいは弾けるよ。

 てなわけで、改めてこの曲のコード進行をながめてみると、たしかにギターであまり弾きたくないですね。難しいコード進行を簡単するためのカポタストの使用は、個人的に好きではないしね。エレキギターも弾く私なので、カポタストの使用は潔しとしないのですよ。

 という訳で、せっかくコード付けたものの、私も使いそうにないのですが、このままお蔵入りにしてしまうのも、もったいないので、アップすることにしました。

 しかしコードって便利だね。私は五線の譜面が読めないので、ピアノ譜を見ても、ちんぷんかんぷんですが、コードで書くと、和音の動きがよく分かる。ああ、なるほど、こんなふうに和音が流れていたのだなと分かると、歌うときも歌いやすい気がします。

 ではさっそく、私がコードを付けた「O del mio amato ben(ああ、私の愛する人の)」です。

 ちなみに“A♭”って、Aとフラットの二文字ですよ。心配なのはフラットの部分がネットだと文字化けしていないかなって心配。変な文字が見えても、それはフラットのつもりなので、そのように解釈してください。

 “A♭/G♭”は分数和音です。通常のバンドなら、ギターがA♭を弾き、ベースがG♭を弾くという和音ね。ピアノだったら、左手がG♭で右手がA♭です。弾き語りだと、親指でG♭を弾いて、残りの指でA♭を弾きます…って、だから分数和音は弾き語りには向かないのよ。コードのフォームも、そのために自分で考えないといけないしサ。

 あと、ズレていないかなあ…ちょっと心配。本当はPDFでアップするのが正解だろうけれど、できるだけ簡便な方法と思って、こんな形にしました。

 それと、1番だけアップします。だって、2番のコード進行は、1番の繰り返しだもん。これを参考にしてください。あと、歌の練習にはいらないので、イントロと感想はなしです。

A♭
O del mio amato ben


A♭/G♭  D♭    Cm  B♭9   A♭
per------duto inca-------n-to!


A♭/C               D♭
Lungi e dagli occhi miei


A♭/B♭            A♭
chi m'era gloria e vanto!


E♭/G     B♭7/F  E♭    A♭
Or per le mute    stanze


Gm        Fm      C/E    E♭7
sempre la cerco e chiamo


Cm/A♭       E♭/G     A♭ D♭ A♭
con pieno il cor di spera---n--ze…


C/A♭ D♭          B♭m
Ma    certo invan, chiamo invan!


A♭          A♭/B♭ A♭
E il pianger m'e si  caro,


A♭           E♭          A♭
che di pianto sol nutro il cor.

 どないだす?

2009年3月 5日 (木)

ジャンバラヤをオンビートとオフビートの二種類で吹いてみた

 さあ、江戸の仇を長崎で討ってください(意味不明)!

 今月のポピュラーセッションのレッスンのために、カーペンターズの「ジャンバラヤ」に秘か(?)に挑戦してます。私はカーペンターズが大好きなので、今までもレッスン用に「愛のプレリュード」とか「悲しき慕情」とかにチャレンジしていたのですが、いずれも挫折。いやあ、耳で聴くと簡単なんだけれど、譜面を見ると、やたらと転調していて、(私には)難しい難しい。

 そこで「カーペンターズにチャレンジ 第3弾」というわけで、今回は「ジャンバラヤ」に挑戦です。これなら、ハ長調だし、転調ないし、ラテン系の音楽だからジャズバンドで遊んでもらえるし…と色々考えて選曲選曲~。

 さすがにこれは、何とか私の手でも負えました。うれしい。次のポピュラーレッスンの時には、これを持っていきましょう。そうだ、これくらい出来上がったなら、録音もしちゃえ!と悪のりしたのが、今回の奴です。最近、音源をアップしていなかったら、ま、いいかなって気分でもありました。

 前回のポピュラーレッスンの宿題で、オンビートとオフビートの練習もしているので、それも兼ねて、オンビートとオフビートの2パターンで録音しました。両方アップしちゃいます。

 演奏している時は、オンビートとオフビートでは、だいぶ違う音楽に感じていた(オンビートは前のめり、オフビートはけだるい感じ)のですが、こうして録音されたのを聴くと、あんまり違わない? まだまだ感じた音楽をきちんと表現できない、私がここにいます。ま、練習の記録だから、これでいいかって感じです。

 両方のメトロノームの速度は、実は若干違います。オンビートは100で、オフビートは92です。数字が違う理由は…何となくです。これくらいが一番しっくりくるんです。同じ数字にすべきなんでしょうが、それじゃあ、何か違うのね。

 聴けば分かりますが、両方で演奏されているメロディ、細かいところがかなり違います。どちらが正しいかというと、実は、両方とも譜面通りではありません。

 どちらのバージョンでも、私、楽譜通りに演奏してません。と言うのも、楽譜通りに演奏すると、この曲のメロディてっ、実はかなりつまらないのですよ。それは私が使っている曲集の譜面がダメなんだろうと思って、手持ちの他のジャンバラヤの譜面(ギター譜が2種類とエレクトーン譜が1つと、今の曲集で合わせて4種類持ってました)とも比べ合わせてみたのですが、実はどれもほとんど同じ。どの譜面でもこの曲は、八分音符と四分音符と二分音符で構成されていました。んなわけないのにね。

 つまり、本来のジャンバラヤのメロディって、カーペンターズが歌っているほどにはおもしろいものではないというわけですね。でも、私はあの雰囲気で吹きたい。楽譜通りでつまらない曲よりも、楽譜とは違っていても楽しいメロディの方がいいでしょ。

 そこで、メロディーのリズムをかなり細かく分けて、カーペンターズのように(当社比)ラテンっぽく吹いてみました。音程も一部直したし、リズムの変更と言うか、タンギング増量のため、音符の数的には倍以上になっております(笑)。お得ですね。私的には、これで結構満足です。

 しかし、冷静になって聞いてみると、私、けっこう変なリズムでメロディを割って吹いているよね。この私の演奏を譜面に起こしたものを想像すると…う、やだな。そんな譜面、見たくないよ。

 と、言うわけで、あまり参考にならないかもしれませんが、オンビートとオフビートの違いって、こんな感じなんですよ。で、ポピュラーとかジャズではオフビートでの演奏が基本になります。

 こちらがオンビートのバージョンです。

 で、こっちがオフビートのバージョンです。どちらがお好みですか?

 ダメ出し歓迎、と書いても、これだけ自由に吹いていると、なかなかダメが出しづらいだろうなあ…。でも、そこはがんばって、ダメ出してください。特にオンビートの方は、音がだいぶひっくり返ったりしてますが、あのあたりって聴いていてどうすか? オフビートの方は、中途半端なヴィブラートが入ってますが、分かりますか? アゲハも購入当初と比べれば、だいぶ大人しくなってきたと思いますが、聞いていて、つらくないですかね? 何よりも、フルートはきちんと歌ってますか? 探せばダメ出しポイントはたくさんあるんだよねえ…。

 さて、ジャンバラヤの録音を終えた今は、サウンド・オブ・サイレンスの名曲の数々をオフビートで吹いてみるという練習をしております。ただし、こちらはかなり譜面に忠実に演奏してます。リチャード・ロジャースの曲には、私程度の人間がいじって遊べるほどの隙間がないんですよ(涙)。

2009年3月 4日 (水)

O del mio amato ben(ああ、私の愛する人の)を訳してみた

 発表会で歌う『O del mio amato ben(ああ、私の愛する人の)』を訳してみたよ。辞書を引きひき、わずかばかりの文法知識を元に訳した直訳と、そこから日本語として自然に感じられる意訳の二種類で訳してみた。

 いやあ、外国語は難しいね。一応、キング先生に提出したけれど、先生も細かいところまではチェックしていないので、もしかすると間違いがあるかもしれないけれど、それは、まあ、愛嬌という奴で(笑)。

 訳した感想は…、この歌は女性も歌うけれど、でも、歌の主人公は間違いなく男性でしょ? だって、歌の主人公はすごく女々しいよ。これだけ、未練たっぷりで女々しい女性なんていないでしょ。今も昔も、女はタフだもの。だいたい、捨てられても忘れられずにウツウツとしているなんて、女々しい男のやることだ。よって、この歌の主人公は男性に決定(笑)。

 それと、訳してて思ったのは、これは布施明の「積み木の部屋」(古い!)と同じ世界だなあということ。つまり「ああ、私の愛する人は」は、イタリア版「積み木の部屋」というわけだ。もっとも「積み木の部屋」は四畳半の物語だけれど、こっちは広い一軒家が舞台。住宅事情の差がアリアリだなあ。

 あと、感情表現が豊かというか、おおげさというか、濃いなあ…つまり感情過多?だよね。情熱的と言えば言えるけれど、女に逃げられたくらいで、この嘆きですか? あんた、大丈夫? と声をかけてあげたくなります。

 でも、これだけ派手に嘆いていても、全然ヘーきなんだろうね、イタリア人だから。

 さあ、どうやって歌おうかな? おおげさな歌をベタにおおげさに歌うか、おおげさな歌だからこそ、控え目に歌って、悲しみをウチに籠もらせて熟成させるか…。ただ、会場のお客さんたちには訳詩などの提供はないという前提で考えるなら、ベタな方向かな?って、今は思います。

 だいたい、楽譜を見ると、ピアノ伴奏からして、ベタベタと言うか、ウェットだし(大笑)。

 では、すとんによる「O del mio amato ben(ああ、私の愛する人の)」です。原文・直訳・意訳の順番で並んでます。

O del mio amato ben perduto incanto!
 (直訳)ああ、私の愛する人のなくなってしまった魅力よ!
 (意訳)もはや、あの人はここにはいない。
 
Lungi e dagli occhi miei chi m'era gloria e vanto!
 (直訳)栄光と誇りであったあの人は、今や私の目から遥かに遠くにいる。
 (意訳)美しい思い出と幸せな日々…しかし、今やここには、あの人の面影さえない。
 
Or per le mute stanze sempre la cerco e chiamo con pieno il cor di speranze…
 (直訳)だが、音のない部屋々々で、私は希望に満ちあふれた心で、いつまでも探して呼び続ける。
 (意訳)ひとりぼっちの部屋にたたずみ、あの頃の思いを込めて、今はいないあの人に向かって、何度も呼びかけてみる。
 
Ma cerco invan, chiamo invan!
 (直訳)しかし、探しても虚しく、呼んでも虚しい!
 (意訳)こんな事ではいけない。無駄な事だと分かっているのだが…

E il pianger m'e si caro, che di pianto sol nutro il cor.
 (直訳)泣く事が本当に私には慕わしい、泣く事だけが私の心を育てている。
 (意訳)今はただ涙。それだけが私の生きている証しなのだ。
 
 
 
Mi sembra, senza lei, triste ogni loco.
 (直訳)彼女がいなければ、すべての場所が悲しく思える。
 (意訳)見るものすべてが悲しみの色に染め上げられている。
 
Notte mi sembra il giorno, mi sembra gero il foco.
 (直訳)昼は、私には、まさに夜のように思われ、火も氷のように感じられる。
 (意訳)何も感じない、何も分からない。
         ※直訳を訂正しました(2012年9月4日)
 
Se pur tavolta spero di darmi ad alta cura, sol mi tormenta un pensiero:
 (直訳)たとえ、時々、その他のなぐさめを望んだとしても、たった一つの考えが私を苦しめるだけだ。
 (意訳)他の事など何も手につかない。ただ、時とともに、楽しかった事ばかりが思い出される。
 
ma, senza lei, che faro?
 (直訳)しかし、彼女なしで何を導き手とすれば良いのだろうか?
 (意訳)もはや、夢も希望も何もない。うつろな人生。
 
Mi par cosi la vita vana cosa senza il mio ben.
 (直訳)いわば、私の愛する人がいなければ、人生は中身のないものである。
 (意訳)なぜなら、あの人が去った日あの日に、私の心は死んでしまったからだ。

 ようやく『練習禁止令』が解けたので、ついに音取りと暗譜が開始です。事前にタンとリズム読みと翻訳をしたので、今回の音取りは比較的簡単にいけるかな? なんてね。

2009年3月 3日 (火)

頭声を出してみた(らしい)

 声楽のレッスンに行きました。

 『練習禁止令』で自宅で歌わなくなって、三週間ほど経ちました。いやあ、だいぶ悪い癖が抜けたようです。

 先生の導きのままに発声をしていたら、よく分からないまま、なんかカーンときて、ピーンとした声が出た…らしいです(?)。“らしい”とは、私自身は全くそんな自覚がないから“らしい”としか書けません。

 先生からは「カーンと来たでしょ」と言われましたが、全然分かんない。「ピーンとした声が出てましたよ」とも言われたけれど、全然分かんない。本人的には、低い音域をフニャフニャした声で歌っていたつもりで、全く自覚もなければ、手応えもなし。どちらかと言うと、物足りない感じで歌ってました。

 実際には五線の上のAs(ラのフラット)まで歌っていたそうなんだけれど…。

 隣にいた妻は「キング先生みたいな、すごい声が出てた」と言ってました。それはおおげさな…。

 先生がおっしゃるには、この声が“頭声(とうせい)”なんだそうです。え? ウソ? そうなの?

 困った困った。どうやって出したのか、全く分かんないよ。体をどう使っていたのか、自分で全然分かんないよ。

 自覚している事は
  1)とにかく、楽に、適当に、フニャフニャに歌っていた。
  2)声は奥から出す(感覚的には頭ではなく、盆の窪の当たりかな?)。
  3)声の出し方は低音を出す時のまま、何も加えない、何も変えない。

 これでは自宅での練習はできないよ。だって再現できるほどの、ちゃんとした確信も手応えも無いもの。あ、ちなみに『練習禁止令』は解かれましたので、自宅練習OKになりました。その代わりに『発声練習禁止令』が出ました(笑)。つまり「発声練習はダメだけど、歌は歌っていいよ。だから音取りしてね」ということです。

 自分でよく分からずに出したら出ちゃっただけなので、もう一度出せるかどうか不安だと言ったら「一度出たのだから、もう大丈夫でしょう」と先生。「それよりも、以前のような歌い方はしないように気をつけてください」と言われました。

 そうか…! 三週間に渡る『練習禁止令』は、頭声発声のための準備だったわけだ! 年が明ける少し前くらいから、キング先生が「そろそろ、すとんさんもテノールの声が出るはずなんですよねえ…」と言っていたのは、この事だったのか!

 ここで頭声の説明をしましょう。頭声とは…何でしょ? ザクっと言っちゃうと“高い声”のことなんですが、かと言って、甲高い声ではありません。大雑把に言っちゃうと、柔らかい感じの木管楽器ぽい高い声です。とは言え、声の太さは人によって違う(か細い声の人もいれば、力強い声の人もいる)ので、聞いた感じの印象が、人それぞれでだいぶ違うのも、定義付けが難しい理由ですね。

 男声の場合は、頭声と裏声(ファルセット)は(印象的には)明らかに違うものですが、女声の場合はかなり似た感じなので、区別が難しいという話も聞きます。

 正しいイメージとしては、オペラ歌手が高い声を「アーーーー」って伸ばすでしょ、アレです。ポピュラーヴォーカルの世界で言う、ハイトーンボイスとかヘッドボイスとかは、厳密に言うと違うものかもしれませんが、大雑把に言っちゃうと同じようなものです。さらに大雑把な話をしちゃうと、男声の場合は、ミックスボイスという奴ともほぼ同じだと思います。

 すごい、大雑把な話をしていると、自覚してますよ。とにかく“聞きやすい高音”の事を“頭声”というと思って結構です。

 対して“聞きづらい高音”というか“味のある高音”てのは、喉声なんですね。喉とその周辺に力をウンと込めて、それで高音を発声するやり方。邦楽の発声方法は基本的にこっち。洋の東西を問わず、ロック系の歌手は案外こっち。ジャズのハスキーな声もたいていこっちです。喉にポリープができたとか、昔は高い声が出たんだけれど…とか、声がしわがれてしまったとか、そう言っているのは、たいてい喉声発声の人です。喉声は喉声で魅力的ですが、クラシック系では絶対に使わない発声方法です。

 頭声って、クラシック系だと、テノールの必須条件ですね。頭声の出せないテノールはいないと言うか、頭声が使えないとテノールになれないと言うべきか、そういう感じ。だからテノール予備軍の方々は頭声の獲得にやっきになる。もちろん、合唱テノールさんだと、頭声が使えなくて、代わりに裏声を使う人も多いだけれどネ。

 とにかく、私、頭声を出していたんだってサ。

 へー、へー、へーだね。喉声野郎の私が頭声? 自分の事ながら、にわかには信じられないね。

 だから私はこう言ったのさ「頭声というほどには、手応えがありません」とね。そうしたら「今は物足りなく思うだろうけれど、それでも一曲丸々歌うとヘトヘトになると思わない?」……思うかも。ああ、だからこのくらいのパワー配分でいいのか! 

 とにかく私、生まれて始めて“頭声”と言うものを出したみたいです。今回は出しただけなので、今後はその定着と音域拡大を目指すらしいのですが…実感がない。

 そこで、レッスンが終わって家に帰ってから、録音を聴いてみました。録音……レッスンの録音です。今までは録音機材を持っていなかった事と、録音しても聞き直している時間もないという理由で録音していなかったのですが、今回からは、録音機械も買ったし、妻が自分のレッスンの復習をしたいというので、録音してみたんです。それで、レッスン中の自分の声を聞いてみたんですが…、

 いやいや、驚き。「キング先生みたいな~」は、やはり言い過ぎだけれど、なんかいっぱしのオペラ歌手のような声で歌っている自分がいたよ。いやあ、なんか感慨無量。キング先生の元で勉強始めて三年目だけれど、三年やって、ここまで来れたか…。いやいや、三年で頭声なんて、むしろ少し早いくらいだね。普通はもう少し時間がかかるという噂を聞くけどね。

 聞いた感じ、自画自賛だけど、結構な美声じゃん、私。……でも、音程はかなり甘いな(苦)。特に限界近くになると、こりゃあ使い物にならないじゃん。

 おまけに機械に納まりきれないくらいに大音量。楽に出して、この音量なのだとしたら、自宅で歌の練習なんてできないじゃんか!

 と言うわけで、発表会に向けての「ああ、私の愛する人の」に関する話は、また明日アップします。

おまけ。個人声楽レッスンを受ける場所については、レッスン場所を求めて二転三転したものの、結局、以前グループレッスンを受けていたカルチャーセンター内で開講していただける事になりました。それも私たちにとって一番都合のよい時間帯です。色々な意味でラッキーです。キング先生並びにカルチャーセンターの方々に感謝です。

 で、そのカルチャーセンターで我々がレッスンしている教室の隣では、前回は二胡のレッスンが行われていたのですが、今回は空き部屋になっていました。アレ?と思って調べてみたら、二胡はかなり離れた教室でやってました。

 妻が言うには「迷惑をかけたんじゃないの? 二人(私とキング先生)とも半端なく声が大きいもの。防音設備なんて何の役にもたっていないし…。隣からあの声が聞こえたら、二胡のレッスンどころじゃないでしょうね」だと。おそらく正解です。ごめんなさい>二胡のお教室の方々。

2009年3月 2日 (月)

ブレスは大切

 フルートのレッスンに行って参りました。今週はアルテの第8課(の前半)を見てもらいました。8課の1番、3番、4番は合格。9番以降は宿題。そういう結果です。

 振り返ります。

 2番はだいたい良いのだけれど、まだ少しぎこちない。合格にするには…ということで、もう少し練習してきてくださいとのこと。ま、これは自分でもよく分かってますので、最初からそのつもりでした。誤魔化をやめて、わずか一週間。まだ指がバタバタしています。ドレドレも難しいけれど、ミレミレはもっと難しいです。

 5番は本当はOKでもいいくらいだけれど、もう少し練習して欲しいので、あえて不合格なのだそうです。

 では、どのあたりが“もう少し練習”なのかというと、曲の出だしとブレスのところ。
 以前にも言われたことがあるのだけれど、私は曲の出だしがダメなんだそうです。溜めも何もなく、いきなりヌルッと曲に入ってしまうので、それではダメですとのことです。曲の出だしは、とても大切なので、しっかり気持ちを整えて、音を出す準備もしっかりしてから、曲を始めてくださいとのこと。最初のうちは、曲の前に数音程度、音を出して確認するくらいでちょうどよいかもしれないとのこと。つまり、そういう注意を受けるほど、何の準備も無しに、いきなり曲を吹き始めてしまうのが私なんだそうです。

 今までは「では始めてください」「ピー」だったのね。それこそ、始めの合図で間髪入れずに曲を吹き始めてた(と言うと、少しおおげさかな? でも、割とすぐに曲に入っていた)ので、フルートも体も何の準備もないままでの演奏に突入だったので、演奏が乱暴だし、音も汚い。そこを改めてください、というわけです。

 そこで私は自分がカラヤンにでもなった気分で、しっかり気が満ちるまで演奏をしない方向にしました。ま、問題は気だけでなく、体の準備も必要なのですが、まずは気から。気合を充実させれば、自然と体の準備も整うわけだし、まずは曲の出だしに神経を使うことにしました。

 それともう一つ。ブレスですね。実は今まで、ブレスはいいかげんにやってました。と言うより、ブレス記号のあるところで、なるべくブレスを取るようにし、それでも足りなければ、随時ブレスを取る…という方針でした。これは今までは仕方のなかったことで、まずは指示通りのブレスの間隔では、ブレスが持たなかったという、やむを得ない事情があります。あと、ブレスがヘタで、ブレス記号のところでブレスができなかったという、これまたやむを得ない事情がありました。なので、笛先生も今までは見逃していたのですが、そろそろブレスもきちんとしましょう…という話なのです。

 たぶん、始めてでしょう、ブレスを意識して記号通りにブレスを取ったのは。やれば、どうにかなるものです。と言うか、いつの間にかできるようになってました。ブレスをきちんと記号通りに取る事で、音楽が落ち着いて聞こえるようになったそうです。

 なので、5番は本当はOKなのだけれど、曲の出だしとブレスに気を使う事を習慣づけるために、もう少し練習してきてください、になりました。

 6番も同様です。本当はOKでもいいのだけれど、曲の出だしとブレスの注意のために、もう少しです。さらに6番と次の7番に関しては、高音ミに関する注意もありました。

 高音ミはちゃんと出ているのだけれど、もうすこし柔らかく出す癖を身につけましょうと言われました。

 アゲハにEメカが付いていないせいかは知りませんが、私は高音ミをかなり強く吹く癖があります。だって優しく吹くと、音が低い方にひっくり返るし、まなじミが出てもかすれた音になってしまうので、ここは一発景気よくピーと吹いていたのですが、これはダメなんです。先生がおっしゃるには、今はかすれてもいいので、弱く優しく高音ミを出すようにしましょうとの事です。今はかすれてもいい……いいんだそうです。と言うのも、いずれはフルートの音に響きが付いてくるようになるので、響きが付けば、かすれた音もかすれて聞こえなくなるので、今の段階での音のかすれは気にしない。それよりも、強い音の方が耳について不快なので、綺麗に優しく柔らかく高音のミを出す癖をつけましょうです。

 要は癖の問題で、悪い癖を身につけないように、良い癖だけを身につけるように練習しましょう、なのです。

 7番もだいたいOKなんだけれど、6番同様の注意に加え、さらにもう一つダメ出しがありました。それは「音を近くに落とさないで、遠くに飛ばすように気をつける」です。これに関しては、アッと思うこともあり、「こんな感じで吹けばいいですか?」と即座に反応して吹いてみたのですが、先生がおっしゃるには「半分くらい…かな、OKなのは」という返事。ううむ、演奏力不足だ。思っている事が音にできない。

 「音を近くに落とさずに、遠くに飛ばす」というのは、その対処方法は分かっているつもりですし、たぶんできるはず……なのに、頭の中で分かっている事が、実際の演奏としては反映されていない。ここだ、悔しいのは! ジリジリします。練習だあ、練習だあ。
 8番は、純粋にダメでした。準備が十分ではなく、規定の速度では指が回りませんでした。「ご自分のお好きな速さで」と言われて、少しだけゆっくりにして吹いてみましたが、それでもやはりたどたどしくて…。特に最初のドレミレドは難しいですね。先生から、ドレミレドを含むドレミの音形の数カ所を指示され、そこだけを重点的に練習するように言われました。逆に言うと、それ以外は指も簡単だし、すでにできているので練習する必要もないとの事です。ドレミレド~、ピアノで弾けば簡単なんだけれど、フルートではやっかいな音形ですよねえ…。

 最後に。レッスンの途中で「クチビルの形がいいですねえ。息の方向もバッチリです」と誉められました。いやあ、誉められるのって、うれいしね。誉められた次の瞬間から、クチビルの形が変わってしまって、途端に息漏れの多いクチになっちゃったみたいで、さっそく注意されました。それじゃあ、ダメじゃん。

2009年3月 1日 (日)

婚活時代に思うこと[2009年3月第1週・通算8週]

体重:103.4kg[-0.2kg:-2.4kg]
体脂肪率:31.6%[-0.3%:-0.7%]
BMI:33.0[-0.1:-0.8]
体脂肪質量:32.7kg[-0.3kg:-1.5kg]
腹囲:104.4cm[-0.6cm:-1.9cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第6週目でございます。今週もすべての数値がマイナスなので、気分がいいです。え? 確かにマイナスだけれど、数値そのものが小さいんじゃないかって? はい、小さいです。小さくてもいいのです。とにかくマイナス状態を続けないとね。少しずつコツコツとやせていくのが、そふくしダイエットなんですから。これでいいのです。

 では、今週のエッセイです。

 最近、元気な(?)言葉の一つに“婚活”があります。耳慣れない言葉だったので、始めて耳にした時は「トンカツ」と勘違いしました。だって子音が一つ(それも冒頭)が違うだけでイントネーションまで一緒じゃん。間違えたって仕方ないでしょう。

 それはともかく。

 婚活…「結婚活動」の略なんだそうです。結婚活動って何ですか?と尋ねると、結婚するための就職活動のようなものですよと教えてもらいました。ふーん。

 じゃあ、婚活スーツに身を固めて、婚活パーティーに参加したり、婚活のOB訪問したり、婚活サイトに登録したりするの?と、ほとんど冗談のつもりで尋ねたら、その通りだと言われました。

 冗談のような事が、現実に行われているわけ~?

 いやいや、茶化しちゃいけません。当事者は真剣なんでしょう。なにしろ、結婚活動ですから。(本当に)人生かかってますから。第三者が笑い物にして良いものでは、決してありません。

 と言うわけで、私は婚活を実際にしている方々に何かを言うつもりは毛頭ありません。むしろ「頑張って、良い伴侶と出会われますように」と祈るだけです。

 …ただね、私達の住んでいるこの世界が、若い人たちが婚活をしなければいけない世の中になってしまった事に、とても怖さを感じています。ある意味での「終わりの始まり」を感じています。

 と言うのも、夫婦って、世の中の基本ユニットですよ。夫婦がいるから家族が作られ、家族が作られるから社会が成り立ち、社会が成り立っているから国家が存続しているわけで、国家が存在するから私達は世知辛い国際社会の中を生きて行けるわけで、そこんところをなおざりに考えてはいけません。

 無論、夫婦を基礎にしない家族の存在を無視するわけではありませんし、家族に属さない人を否定するつもりもない。だけど、やはり社会の基盤は夫婦にあることは、皆さんご納得いただけるでしょう。だって夫婦あっての家族ってのが、この国の基本的な形でしょ。

 だから、婚活に励む世の中というのは、その世の中の基本ユニットである夫婦というユニットを作るために、努力が必要な世の中になってきたというわけです。

 世の中、努力が必要なものは、早晩壊れてしまいます。無理な努力なんて続かないもの。そんな社会が長持ちするわけがないです。

 婚活が必要な世の中なんて、夫婦を作るのに多大なエネルギーが必要な社会であるというわけで、それは、私達の世の中が、社会崩壊の第一歩を踏み出したのと同様なものを感じてます。

 昔というか、少し前までは、婚活なんてなかったよ。と言うか、いい年した大人が独身でいさせてもらえない世の中だったでしょう。社会が独身成人というのも認めていなかった。認めていなかったからこそ、後家とか未亡人とか行かず後家とか部屋住みとか、ある意味失礼な語感を伴った日本語しかなかったわけだ。よっぽどの事がない限り、年頃になれば、誰もが結婚していた(あるいは、させられていた)時代がついこの前まで日本にはあったわけよ。お見合いなんて、そんなシステムの典型例でしょ。

 いつから、そういうシステムが機能しなくなったのでしょうね。やはり、アメリカに戦争で負けて、国の仕組みを大きく変えられて、家族制度を変えさせられて、この国はおかしくなったのかもしれない。

 戦争に負けるって、そういうことなのかもしれないな。

 日本人の若者が結婚しづらくなって、日本人夫婦の子どもが少なくなって、それでもこの国は豊かだから、外国人たちが大勢住み着き移民化し、彼らは旺盛に子孫を繁栄させ…。気がつけば、本来の日本人の数は少なくなり、移民の子が日本を牛耳るようになっているかもしれない。

 その頃は私はもういないから、そんな社会を見る事もないだろうけれど、移民の子が日本を牛耳るようになったなら、1000年以上に渡って育んできた日本の言葉も文化も歴史も風習もすべて、消えてなくなってしまうのでしょうね。それどころか、日本という国そのものがなくなっているかもしれません。

 そんなわけで、婚活時代の到来は、日本民族の、そして日本文化の、日本国の、終わりの始まりではないかと危惧しております。

 最後に誤解のないように言い訳をしておくと、私は『移民がいけない』『外国人は日本に住むな』などというつもりは全く無いです。むしろ私は、きちんと法整備をした上で、移民を受け入れるべきだと思っているし、日本の文化を理解した外国人の方々には積極的に我が国に住んでほしいと思ってます。

 私が心配しているのは、生粋の、日本人古来の遺伝子を持った、日本の文化を背負い続ける、日本人がいなくなってしまうことの心配。別に外国人が増えようがどうしようが関係ないです。日本人が日本人を生み育てられなくなる社会がやってくる事が、とても心配なのです。

 少子化担当大臣なんて国務大臣がいること自体が、この国の不健全さをよく表していると思う。そんな大臣を置かなければいけないほどに、切羽詰まっているのか私達の国の今なんだろうな。長生きしない方がいいのかもしれないなあ。

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