ひとこと

  •  昨今話題のフェイクニュースですが、日本語で言うところの“虚偽報道”であり、簡単に言っちゃえば“デマ”とか“嘘”です。でも、こんなフェイクニュースですが、コロッと騙されちゃう人も大勢います。イギリスがEU離脱を決めた国民投票だって、多くの人がフェイクニュースに騙されて、うっかり離脱を決めちゃったわけだし、アメリカ大統領のトランプ氏が選ばれたのだって、フェイクニュースのおかげとかじゃないとか…? 諸外国ではネットを中心にフェイクニュースが流れますが、日本では新聞テレビなどを通じて、堂々とフェイクニュースが、さも真実っぽい顔して流れてしまうから手におえません。朝日新聞の従軍慰安婦報道なんてフェイクニュースもいいところだね。あと、マスコミの伝家の宝刀“報道しない自由”を駆使する事によって、真実を隠蔽し、世論を自分たちの都合の良い方向に誘導するのは、フェイクニュースとは違うけれど、フェイクニュースよりもたちが悪いと言えば、たちが悪いのです。マスコミには、両論併記のカタチで真実をのみを報道してもらいたいものです…が、無理っぽいですね。
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2009年2月の記事

2009年2月28日 (土)

ちょっとチヅルが変

 なんか、チヅルが変なんですよ。何が変かと言うと、エサを食べる時に上を向くと、勢いが余るのか、そのままグルリと、でんぐり返しをしちゃうんです。

 別に普段は普通の金魚なんですが、夜、寝る時に少し斜めになるくらいで、やはり普段は、普通の金魚なんです。でも、なんかいやな雰囲気です。

 チヅルは琉金です。それもなかなかの美形でして、頭から尻尾の付け根(つまり体長)よりも背中からお腹まで(つまり体高)の方が心持ち長いという、縦長金魚なんですよ。別名「泳ぐ菱形」でして、菱形って琉金としては理想形なんです。琉金としては理想形なんですが、魚としてはおかしいわけですよね。魚って、どんな魚であれ、体高よりも圧倒的に体長の方が長くて自然なわけでして、品種改良の結果、菱形ボディになった琉金ですが、やっぱり色々と無理はあるんでしょうね。

 今現在、我が家の水槽には、なぜか転覆しているオランダ獅子頭(カスミ)が一匹いますが、今までは、美形な琉金ばかりが転覆病になっておりました。

 チヅルはいつ転覆病になってもおかしくないほどの美形な菱形の金魚なんですが、運動量が豊富なので、安心していましたが、あのでんぐり返しを見ちゃうと「転覆病が発生しはじめている?」と心配しちゃうんですよ。

 転覆病は治らないからなあ…。一つの水槽に、二匹も転覆病なんて、そりゃ見苦しいなあ…と、恐れている私です。

 ちなみに、ザ・テンプクのカスミさんは、元気ですよ。転覆病になって、動きづらくなったためか、最近は一日中エサ場で転覆してます。おかげでエサの時間になると、他の子たちが「カスミがいて、邪魔くさくて,エサが食べづらい~」と全身でアピールする始末です。カスミも負けてませんでして、他の子たちがカスミを退かしにかかると、素早く動いて全身攻撃(つまり体当たり)を加えます。それはなかなか見事なものです。かくして、エサ場はカスミのテリトリーと化しています。

 でも結局、転覆しているので、エサそのものは上手に食べれないのだけれどね。

2009年2月27日 (金)

ミクシィでもコメントを書いてます[2009年2月の落ち穂拾い]

 ミクシィに加入以来、ミクシィの他人の日記にも色々とコメントをつけるようになりました。そして、この“落ち穂拾い”の大切さを感じるようになりました。と言うのも、ミクシィで書いた文章って、基本的に書き捨てだし、囲い込まれているし、検索も何もできないわけで、そこでいくら書いても、ほとんどの人には読まれないわけですよね。

 まず、読みたくともミクシィに入っていないといけないし、日記も読者限定だとすると、当然コメントも読者限定だったりします。書き手としては、ミクシィに文章を書くことは『労多くして…』です。

 埋もれてしまうコメント欄の発言を拾うのが、この“落ち穂拾い”の目的なのですが、ミクシィの場合は、発言が“埋もれてしまう”というよりも“隠されてしまう”ので、より積極的に拾っていかないと、自分自身のモチベーションを維持できないなあと思いました。

 
暗譜と初見演奏

 私が思うに、なぜフルートの人は暗譜をいやがるのかなあ…。だって、歌だと暗譜は当たり前だもん。暗譜ってさあ「さあ、暗譜をしよう!」と思ってするものではなく、必死こいて練習しているうちに暗譜しちゃっているんじゃないの?

 私、アルテはほとんど暗譜してますよ。もちろん、自宅の練習の時も、レッスンのときも、楽譜を広げてますが、あれはほとんど保険のようなもの。だってステージでの演奏を前提にしているわけじゃないから、暗譜と言っても、ところどころ雲や霞がかかっている部分もあるし、そういう悪天候の箇所に差しかかった時の案内図みたいな感じかな? でも、基本的に暗譜して演奏してます。だから、譜面を開いていても、ろくに見てないし、注意は楽譜を見るよりも、伴奏とか自分の笛の音を聞く方に集中しているしね。

 ほんと、おおげさな話でなく、実際にそんな感じ。

 逆に言うと、そんな私だから、初見演奏はほとんどできません。いつも丹念に譜読みをして、一つ一つリズムや指遣いを確認して、コツコツ積み上げていかないと曲にならない。そんなスローに曲をさらっているから、暗譜してしまうのかもしれない。

 そうか…もっとみんな、初見(あるいはそれに近い形)でフルート演奏しているのか。

 
何を信ずるべきか

 趣味として音楽を楽しむために、私たちは何をよりどころとし、何を信ずるべきか。

 それは、自分。ずばり、自分の耳と感性。はっきり言っちゃうと、それが信じられないなら、音楽なんて、やめちゃえばいいと思う。

 言ってはなんだけれど、雑誌なんて、所詮「売らんがための商売」の部分はありますから、鵜呑みにしてはいけないと思います。

 フルートには、奏者自身が持つ固有の音色は確かにあると思います。おおまかに言っても、男女の音色差はあるし、民族による差も当然あるでしょう。年齢によっても違うし(笑)。だから、自分がどんな音色を持つ奏者なのかは、知っておく必要はあると思う。その上で、フルートの材質による音色の差も存在するし、頭部管のカッティングによる音の性質の差も存在する。

 それに比べれば、ソルダードとドゥローンの差なんて、微々たるものだと思うけれど、それではやはり違うと言えば違う。

 もっと言っちゃえば、フルート自体の違いよりも、演奏する会場の違いの方が、フルートの音に対する影響は強いよね。

 たとえば、モイーズが洋銀のカバードのフルートを愛用していたのは有名な話。それもカビだらけのガビガビなフルートだったそうです。

 あれはモイーズだからこそのチョイスなわけで、その他の人にとってはベスト・チョイスにはなりえません。実際、私は、洋銀のカバードのフルートを、ファースト・チョイスしませんでした。私のファースト・チョイスはアルタスの1307Rです。選んだ根拠は、自分の耳と感性が「このフルートが私の吹くべきフルートだ」と叫んだからです。それだけですし、そんなもんです。

 
金の笛の特徴

 この発言は私のものではなく、かさんのものです。こちらの発言にいただいたコメントなのですが、そこに埋もれたままにするのはもったいないので、こちらでサルベージしました。

 
ゴールドフルート、買いました!(10Kですが) それで、私なりの感想です。

 

フルート演奏も慣れてきますと、金は銀のフルートより案外吹きやすいと思います。

 

ゴールドはpppからfffまでの幅が楽に出せるようになりますし、高音域がうっとりするくらい楽に出せるのです。そして、高音同士のつながりが滑らかになります。えー、こんなに楽に音と音の移動ができるの!!って。音色はシルバーもしっとりして太くてすばらしいので甲乙つけられませんが、こういう機能性はゴールドのほうがいいと思います。

 

ただし、ゴールドの音色は引き出すのが難しいです。慣れないうちにやっては、せっかくの名器も生きないかもです。そのせいか、数年前ムラマツショールームで吹いた9Kはいまいちでした…私のレベルがまだまだだったのでしょう…。わがままで気まぐれな貴婦人なのでしょうね。しかし、うまくいくと、艶やかで華やかな音も出せます。ゴージャスという感じ。一方で、うまくいくと天上の響きに近づけそうな透明感…。

 

また、ゴールドのよさは音色もあるのですが、表現をいろいろつけやすいことに気づきます。そういうよさで、ゴールドフルートを求める演奏家が多いんだなって思いました。

 

シルバーはすばらしいのはもちろんなのですが、シルバーのほうが2倍の努力を要することが多くなります。特に高音域…。

 

プロでシルバーを選んでいる方は相当な実力者ですね。本当にシルバーの音色が好きでないと、大変でしょう。

 

初級者~中級のうちはシルバーで鍛えて、ある程度できるようになったとき、ゴールドに挑戦するっていうのが理想的だと感じています。これは一生、フルートをやるぞ、という証で求めたんですけど、やっぱりゴールドはいいです。ある程度のレベルの曲を吹きながら、すごく助けられています。ただし、楽だな~と、楽しないように時々いつものシルバーに戻って「初心忘れるべからず」として、演奏していこうと思います。

 

ちなみに、14K、にできないのは経済事情…というのもあるのですが。10K、9Kは軽い、というのも選んだ決め手です。14K以上がいろいろな意味で大変な人は背伸びをしないで、9K、10Kにするのも悪くないんじゃないかと思って、こっちを選びました。背伸びして使いこなせないのは悔しいですから。自分に見合った楽器選びは難しくて、私もこれでよかったかどうか、今のところわかりませんが、後悔しないように一緒にがんばっていこうと思ってます。

 
水道水は…嫌いでした

 私は子どもの頃、水道水が嫌いでした。ちなみに白米もきらいだったし、豆腐も嫌いだったし、生野菜も嫌いだった。今じゃ考えられませんが(笑)。きっと、味のないもの、味の淡白なものが嫌いだったのでしょうね。こどもって、味覚がダメだからね。微細な味を楽しむなんて、出来なかったのだと今では思ってます。そんな話です。

 私は子どもの頃は水が嫌いでした。だから、日々、コーラとはいかなかったけれど、いつもお茶ばかり飲んでました。特に夏は、(今じゃ考えられないけれど)麦茶がサイコーだったな。それも麦茶に砂糖をたっぷり入れた奴。今の人には信じられないかもしれないけれど、昔の子どもは、麦茶に砂糖をたっぷり入れて飲んだものです。なぜだろ? そういえば、紅茶にもコーヒーにも砂糖をたっぷり入れて飲んだものです。

 今じゃ、麦茶はもちろんだけど、紅茶にもコーヒーにも(緑茶や烏龍茶ももちろん)砂糖なんか入れずに飲んでます。基本“ブラック”です。変われば変わるものです。

 大人になって思うに、私はやっぱり水道水が嫌いなんだと思う。その理由は? 不味いから! だから、今でも水道水は飲まない。だって、不味いんだもん。だからお茶にして、臭いや味を消してから飲むんだ。

 水道局の名誉のために書き添えておくと、水道の水は年々、見違えるほど美味しくなっているそうです。今の水の味は、決して、言われるほどひどくないそうです。実際、浄水場でもらった水道水のペットボトルは冷やして飲むとサイコーだね。でも、家の蛇口から出てくる水は、それほどおいしいわけじゃない。

 それに、“おいしくなりました”と言われる今でも、あのレベルなんだから、昔の水道水は、ゲロ不味って事を告白しているようなものですな。

 もっとも、今だって、東京に行くと水なんて飲めたものじゃないと思うよ。東京で水道の水を飲むと、吐き気がするもの(おおげさでなくて、特に夏場の東京の水道水はカナ臭い上に青臭くて変な匂いがして、たまりませんよ)。

 今は大人になったので、浄水器を通した水とか、ミネラルウォーターの類を飲むようになって「ああ、水っておいしいんだな」と思えるようになりました。おいしい水は、本当に水のまま飲めます。

 そうそう、おいしい水と言うと、断水や節水が長期に渡ると、自衛隊の車が水をもってきてくれるじゃない。あの、自衛隊の水って、ムッチャおいしいんだよね。あれって、どこの水? やっぱり富士山の湧き水か何かなのかな? 水不足はいやだけれど、自衛隊の水はまた飲んでみたいと思う私は、不謹慎?

 
アゲハが私を導いてくれている

 年を取ってから音楽を始めると、色々と良いところもあるけれど、色々と大変な部分もあります。もちろん、子どもとか、若者とかと比べて、進歩が遅いし、達成できる上限もかなり限定的なものだ。まあ、こういうのは、最初から分かっているから、別に問題にはならない。だいたい、大人になってから音楽する人は、趣味で始めて趣味に終わる人なんだから、そこはそれでいいのだ。

 むしろ大人になってから、音楽を始めた人は、なまじ判断力とか審美力があるために、入門当初のヘタれた自分の演奏を受けいれられずに、落ちこぼれてしまうケースが多々あるような気がします。

 かく言う私にも、実はそんな時機がありました。

 まだチャイナ娘を吹いていた頃、自分のやりたい音楽が明確に頭の中にあるのに、それが全然現実化できない苦しさ、自分の演奏力の低さに対する絶望感。下手すると、まともに音すら出せない苦悩。こんな私ですが、実はそんな気持ちにさいなまれていた時機がありました。

 その頃の私は、もう、救い難い気持ちでいっぱいでした。答えは見えているのに、それができない。何とも言えない、焦りにも似た虚無感。すべて自分が悪いのだから、誰にも文句は言えないのだけれど、心の中には不満と絶望が澱の様に溜まってゆくのですよ。

 音を出せば出すほど、練習をすればするほど、不快感が溜まっていきます。で、そのストレスをうまく処理していかないと、音楽をやめてしまうという方向に行きかねません。…チャイナ娘を吹いていた頃は、まさにそんな状態でした。いつも「そろそろフルート辞めようかな…」という迷いが心の中にあって、それでも、なんとかギリギリのところで心のバランスをとって、辞めずにきました。

 実は今だって、本質的には同じです。

 でも、今は、フルートを辞めようなんて気持ちはサラサラありません。本質は同じなのに、どこが変わったのか。それは私を支えてくれるサポーターが変わったからです。

 では、何が私の心を支えているのかというと、実はアゲハです。アゲハの美音です。アゲハが私を支えてくれるので、昨日も今日も、毎日フルートの練習に勤しませてくれるのです。チャイナ娘で練習していた時は、そんな事は全くありませんでした。不思議なものです。

 例えば、自宅練習をしていて、あまりにできなくて、自分がふがいなくて、情けなくて、どうにもこうにも虚無感が心を襲ってくることがあります。以前なら、そこからマイナスの思考が始まり、心がドンドン悪い方向に向かったものですが、今はそうではありません。そんな時でも、アゲハの音に耳を傾けていると、心がやすらぎます。「色々と不満はあるけれど、この音が出ているのだから、それで良しにしよう」と思えます。“美音は七難隠す”ってところでしょうか。

 楽器に救われ、楽器の力で音楽を続けているという、実に情けない有り様の私です。

 良く話題に登る話として、楽器のレベルと奏者の腕前のレベルの話が出ます。そしてそれらは、だいたい、2パターンの意見に収斂されます。その一つが『奏者の腕前のレベルアップに伴って、楽器もそれに見合う形でレベルアップしていくべきだ』という意見であり、もう一つは『趣味で楽しむのだから、できるだけいい楽器を所有して、腕前の足りない部分は楽器の力(つまり財力だね)で補って、趣味の時間を豊かにするべきだ』という意見でしょう。

 もちろん、一般的に言えば、最初の『奏者の腕前に合わせて楽器のレベルアップを考えて行く』のが正統的な考えであり、たぶん正解です。

 腕前に不足を覚える奏者が良い楽器を使っても、それは所詮、オーバースペックなだけで、ロクに楽器を鳴らすこともできないでしょう。フルートの場合、ヘタをすると、音すら出ません。それは奏者にとっても、楽器にとっても不幸なことです。

 でもね、私個人の話に戻すと、私は完全に後者のパターンです。アゲハは、一流のトッププロが使うようなピカイチの高級モデルではないけれど、普通にオーケストラプレイヤーさんたちが使っているモデルだもの。完全プロ仕様の楽器だし、本来、趣味のオジサンが使っていい楽器ではありません。そのところはよく自覚しております。

 もしも私が前者の『腕前に合わせてバージョンアップ』の方針だったなら、当然、私はまだチャイナ娘か、あるいは背伸びしても、いわゆるスクールモデルあたりを吹いているでしょう。そしておそらく、今頃はもうフルートを辞めているはずです。なにしろ、腕前的には、まだ『日々、絶望』なんですから。

 スクールモデルに文句はありませんが、洋銀ないしは頭部管銀の楽器と総銀の楽器を比較してはいけません。だって、洋銀系のフルートからは、どうやっても総銀の音は出ませんもの。そして私が日々癒されているのは、アゲハの、まごうことない“銀の音”なんです。何とも言えない、明るくきらめく銀の音を聞いて「今日もフルート、がんばろ!」って思うのですよ。

 フルートの道、アゲハが私を導いてくれているんです。

追伸。洋銀系フルートの名誉のために書き添えておくと、アゲハがゴールドフルートでも、たぶん私はフルートを辞めてます。つまり、洋銀とかゴールドとか真鍮とかではなく、総銀の、そしておそらくはアルタスA1307の、つまりアゲハの音だから、私は今日も「フルートがんばろ」って思えるのです。少なくとも、私の知っている限りでは、アゲハは世界で2番目に美しい音を出すフルートです。そんな美音な楽器が私の相棒なんだから、そりゃあ、毎日練習に励むしかないでしょう。つまり、楽器の音色って、少なくとも私にとっては、それくらい大切なものなんです。

 ちなみに、世界で一番美しい音色のフルートは、パウエルの金メカの木管フルートだと、私は思ってます。アゲハの次に買うなら、これしかないでしょう、買えませんが(大笑)。

 
音と息の関係

 「声をホールに響かせるには、上手に息に載せて歌うのだ。そのために、息を遠くまで届くように上手にコントロールしないと…」…皆さんは、そういう話を聞いたことがありますか?

 実は私自身、昔々に習ったT先生から、そう教わりましたし、私の周囲の声楽仲間たちとも、そんな話をしていたような気がします。

 でもね…

 最近は、キング先生と色々と話す中で、その考え方はどうなの?って思うようになってきました。というのも、少年ジェット(古~い)じゃあるまいし、ホールの隅々まで、息が届くわけないじゃん(笑)。これって事実でしょ。

 それに、息(や風)は空気が移動することだけど、音は音波であって、空気が移動するんじゃなくて、空気が振動するわけで、両者は似て非なるものではないかな?っとね。

 それに気づいて以来、息って、声(なら声帯)やフルート(なら管体)を振動させる(つまり“鳴らす”)エネルギーさえあれば十分じゃないかなって、思うようになりました。そして、振動させて生まれた音エネルギーを遠くまで伝達するのは、それは“拡声”という作業になるので、これはこれでまた別の技術に属するのではないかと思ってます。

 それのいい例が“ろうそくの前で炎を揺らさずに歌う”という訓練。民謡系の歌手さんたちは、アレを熱心にやるそうですが、あれって、息は出さずに声を出すという訓練でしょう。あれが上手にできたら、理想的な歌い方なんでしょうね。

 実際、声楽のレッスンでは、息の方はともかく、効率よく声を遠くに伝えるテクニック(つまり拡声)の習得に時間をたっぷりかけます。だから、必ずしも地声の大きな人が、ボリュームある歌声の持ち主であるとは限らないわけだ。

 フルートに関して言えば、拡声の部分は主に楽器の側が行っているので、人ができることって、限られているのではないかと思ってます。楽器をしっかり鳴らすことができれば、後は楽器の性能次第じゃないかな。だから、プロとかアマチュアでも腕のいい人たちは、奏者としてできる事はやり尽くしている方々なので、良い楽器を求めていくのだと思います。

 ま、私の個人的見解で、別にこれが定説というわけではありませんので、間違っていたら、ごめんなさいね。

 
今月の高音事情

 今月は『練習禁止令』が発令されたため、ほとんど歌っていないので、自分でもよく分かりません。

 
今月の歌曲

 練習禁止令発令前の曲を書いておきます。

 コンコーネ50番(高声用)3番
 コンコーネ50番(高声用)4番
 コンコーネ50番(高声用)5番
 グノー作曲「Ave maria:アヴェ・マリア(高声用)」
 ジョルダーニ作曲「Caro mio ben:カロ・ミオ・ベン」
 ガスパリーニ作曲「Caro laccio, dolce node:いとしい絆よ」
 ボノンチーニ作曲「Deh Piu a me non v'ascondete:ああ、もうわたしから姿を隠さないで」
 石桁真礼生作曲「ふるさとの」
 デンツァ作曲「Funiculi-funicula:フニクリ・フニクラ」
 新井満作曲「千の風になって」

 
今月のフルートソロ(遊び吹き含む)

 今月もいっぱい吹いてますね。

 カプリッチョ(Capticcio:クヴァンツ)
 チム・チム・チェリー(Chim Chim Cher-ee:メリー・ポピンズ)
 フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン(Fly Me to the Moon:みんな歌ってる)
 イパネマの娘(The Girl From Ipanema:ジョビン他)
 トロイメライ(原曲はシューマンのピアノ曲)
 サマー・タイム(Summertime:ガーシュウィン)
 メロディー・フェア(Melody Fair:ビージーズ)
 サウンド・オブ・サイレンス(Sound of Silence:サイモン&ガーファンクル)
 ジャンバラヤ(Jambalaya:カーペンターズ)
 もうすぐ17歳(Sixteen Going on Seventeen:ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」より)
 ドレミの歌(Do-Re-Mi:ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」より)
 サウンド・オブ・ミュージック(The Sound of Music:ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」より)
 エーデルワイス(Edelweiss:ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」より)

 
今月のお気に入り

 実は私、ファイフが結構好きです。ミクシィのファイフ・コミュにも入ろうとしたくらい好きです(コミュのメンバーが、みなさんお若いし、音大系の人ばかりなので、逃げ出したのですが… 笑)。

 以前にファイフの記事を書いたつもりでいましたが、よくよく考えてみたら書いていませんでしたね。一度『ひとこと』で書いたことがあるだけで、ちゃんと取り上げたことがないみたい(と言うのも検索でひっかからないのよ)。なので、一度、きちんと書いておきます。

 ファイフ。簡単に言うと「リコーダーの横笛バージョン」です。ファイフはおもしろいですよ。運指はフルートとほぼ一緒(C管)。音はフルートのちょうど1オクターブ上。ただし、音域は2オクターブ程度なので“高音の出ないピッコロ”みたいな感じです。とは言え、音色はリコーダーをマイルドにした感じで、癒し系の音色です。私の中では、祭り囃子の笛のイメージかな? 

 いつもパソコンのそばに置いてありますので、ちょっとしたメロディーを吹きたくなったら、こいつで遠慮なく、吹いてます。音量がかなり小さい(リコーダー程度)ので、夜中でも全然平気です。

 値段も安いし(約1000円)だし、お手入れも不要(だってプラ製だもん)なので、どこにても気軽に運べるし、ルーズに使えるので、便利。

 欠点は、リコーダー並に音痴なこと(笑)。音域が狭い上に、同族楽器がないので、アンサンブルには向かないこと。楽器店ではなかなか置いていないこと。楽器が小さいので、巨漢にはちょっと似合わないこと。ま、こんなところかな?

 あ、一応、横笛なので“横笛が吹ける人対象”のお手軽楽器です。まずは横笛が吹けないと…。横笛が吹けない、または吹いたことない人には、申し訳ないけれど、薦められません。

 ただ「私はフルート(とか邦楽系の横笛)を吹いてみたいけれど、吹けるかどうか自信がないから、まずは安い楽器で試してみたい」というには、ジャスト・ミートな楽器です。

 ただ、私にはちょっと小さすぎる印象がありますが…おもちゃ楽器としてはサイコーです。

 こいつで吹く「北の国から(さだまさし作曲)」は、実は、私的にはかなりのお気に入りです。

 
今月の金魚

 『すっかり、カスミの転覆病にみんなが馴染んだ』という以外に、大きな動きのなかった、我が家の水槽です。

 あ、そうそう、タニシの稚貝をたくさん水槽で見かけるようになりました。そんな季節なんですね。金魚が美味しそうにバクバク食べてますが…。

今月のひとこと

笛先生のライブに行って、ジプシーギターというのを聞いてきた。私もギター弾きの一人だけれど、そんなギターがこの世にあるなんて知りませんでした。また一つ、私の知らない、音楽の世界の扉を開いてしまった感じ。ホント、笛先生のライブは勉強になります。ジャズって、奥深~い。(2009年1月25~30日)

映画「マンマ・ミーア!」を見てきました。久し振りに「何をおいても、レビューを書かねば!」という気持ちになってます。レビューは月曜日にアップするつもりです。それまでは、ブログパーツを貼っておきましたので、予告フィルムでもご覧になっていてください。お薦めです。(2009年1月30日~2月2日)

毎日寒い日が続きますねえ。あんまり寒すぎて頭痛がするくらいです。寒さ対策、どうしてますか? 私はたっぷり着込んでます。とにかく自分の体温を外に逃がさないようにして、寒さに耐え忍んでおります。ところで、子どもの頃、どうして大人って、あんなにたくさん服を着るのだろうと不思議に思ってました。今、その理由が分かります。真冬に半袖半ズボンでいる、子どもの方がおかしいのよ。寒けりゃ、服を着込んで、当然じゃい!(2009年2月2~6日)

トラックバックは歓迎している私ですが、商用利用のトラックバックはお断りをしています。一応、自分のブログは自分色に染めたい人なので、原則的に広告の類はお断りなのね。それでもしつこくトラックバックを寄せてくる業者さんがいます。私は女性じゃないので、女性用のアルバイト案内のトラックバックを送られても、間に合っているのですが…。とりあえず、プロフィールを(嘘でも)公開してないサイトからのトラックバックはダメよ、ダメダメよ~。(2009年2月6~7日)

その1)「お気に入りのブログ」に、夜希さんの「Yaki's Dairy」を加えました。みなさん、よろしくお願いします。
その2)ある都内の小編成の声楽アンサンブルのメンバーに誘われちゃったよ。練習場所が遠いし、実力不足を自覚しているので、断らざるを得なかったけれど、すごく心が揺れました。本音じゃやりたいのだけれどねえ…。(2009年2月7~10日)

フルートのレッスン帰りに階段で転びました。アゲハを守るの必死で、全体重を右手中指一本で支えてしまったため『中指突き指』です。痛いの痛くないの、腫れたの腫れてないの、そりゃあ夜のしじまに大騒ぎ。涙目で家まで帰って、湿布貼りました。落ち着いたら映画(ベンジャミン・バトン)を見に行きます。夜のデートです。(2009年2月10~11日)

ご心配をおかけいたしましたが、右手中指の突き指は手当てが早かったせいもあって、もう、かなり良くなりました。これでフルートが吹ける。よかった。しかし、困ったことがありまして、転んだ時に変な風に腰をひねってしまい、現在、左の腰がマイルドに傷んでおります。フルートでは使いませんので、よろしいのですが、声楽の時はかなり使う部分です……が、現在「練習禁止令」が発令中なので、別にいいか!って感じです。でも、ちょっと腰が痛いです(涙)。(2009年2月11~12日)

左の腰が痛いとは、昨日書きましたが、今日になって、左の腰と膝、さらに左手人指し指が、強烈に傷み出しました。おそらく転んだ時の痛みが今頃出てきたようです。特にひどいのが指。さすがに痛くて、フルート吹けません、というか、パソコンもできません。今も実は右手だけで入力してます。うう、普段は10本指のタッチタイプなので、右手だけだと、うっとおしい、うっとおしい。左手は指だけでなく、手首まで傷み出してます。明日は音楽会に行くのに、大丈夫だろうか?(2009年2月12~15日)

その1)お気に入りのブログに、ひなたさんの「Flute with chocolate♪」を加えました。みなさん、よろしくお願いします。[2009年2月27日追記 すでにこのブログは無くなっております]
その2)職場で飼っているカメさんたちが、一斉に冬眠から目覚めて、日光浴をしてました。春到来です。
その3)左手の人指し指の痛みがどうやら取れたみたいです。やっとフルートが吹けます。よかった、よかった。(2009年2月15~16日)

今年もラ・フォル・ジュルネがあるはずです。しかし例年ならば、すでにプログラムが発表になって、フレンズ対象のチケットも発売になっているはずなのですが…今年は何かと不活発です。やはり、バッハじゃ盛り上がらないのか? それともリーマンの影響か? とにかく規模縮小は間違いないようです。やはり去年の金沢での開催開始が、終りの始まりだったのかもしれません。もしそうならば、しっかり終りを楽しまないと…。何かと食指の動かないバッハですが、一つ二つは見に行かないとダメでしょうね。規模縮小どころか来年以降、開催見合せになったら、寂しいものね。(2009年2月16~18日)

ラ・フォル・ジュルネのプログラムがようやく発表になりましたね。ううむ、正直、あまり食指が動かない。バッハと言えば、“オルガンと合唱”という偏見に満ちたイメージを持ってますが、オルガン曲はどこにあるの? 合唱は…少ない(涙)。なんか、ピアノとヴァイオリンとチェロばっかり…みたいな。落ち着いて検討すれば、おもしろそうな演奏もあるかな? 土曜日のチケット争奪戦に備えて、要検討ですな。(2009年2月18~19日)

2月19日の記事「発表会に向けて努力してます」で触れた、妻のドレスの写真を、当該記事の最後に追記の形でアップしましたので、一度あの記事をご覧になった方も、再度ご覧あれ。(2009年2月19~22日)

リチャード・ロジャース最高! 最近、自宅の遊び吹きで、サウンド・オブ・ミュージックの曲をピーヒャラ吹いているのだけれど、いいねえ、捨て曲がないねえ。歌なんだけれど、歌詞がなくても、十分いけるねえ。「もうすぐ17歳」とか「すべての山に登れ」とか、改めてそのメロディーの美しさを堪能。惜しむらくは、私の持っている曲集にはなぜか「私のお気に入り」だけがない。ああ、すごく残念。(2009年2月22~25日)

 今月の落ち穂拾いは以上です。

2009年2月26日 (木)

休んでも休まない

 声楽のレッスンは実にシンドイです。5分も声出しをすると、すぐにヘロヘロになります。イスとお茶はレッスンには必需品なのです。だから、レッスンの最中に何度も休憩が入ります(フルートでは考えられないね)。時には、私が休憩している間に、妻のレッスンを入れてみたり…。まあ、そんな感じでレッスン時の休憩の度に、イスに座ってお茶を飲んで、一息つく私がいます。

 で、この前のレッスンでは、その一息のつき方に注意を受けました。

 「はい、休憩です」と先生の一言で、イスにドッカリと座る私です。ああ、シンドイと思いながら、リラックスしてイスに座るのですが、それがダメだよと注意を受けました。

 もちろん、休憩なんだし、イスもあるのだから、イスに座って休憩するのはいいのだけれど、その時に、決して体幹の筋肉をゆるめてはいけないのです。イスに深く腰掛けて、身をイスに投げ出してはダメで、イスに座るにしても、浅く腰掛け、常に姿勢を正しいないといけないそうです。

 なぜなら、声出しをして、体をいい感じに持っていても、そこでリラックスしすぎると、体が緩みきって、せっかくの声出しが元の木阿弥になってしまうというのです。そうだろーなー。自分でも、そう感じます(笑)。

 なので「今日はもう、絶対に歌わない」と決心するまでは、たとえ休憩であっても、体を緩めずにいることが肝心なんだそうです。

 なにしろ、声楽では体って楽器だもん。体を緩めるっていうのは、楽器を分解してケースにしまい込んじゃうのと一緒なんだろうね。もっとも、楽器なら、すぐに組み立てればOKかもしれないけれど、体はそうはいかないものね。

 声楽では、適度の休憩が必要だけれど、休憩とは言え、常に次を考えた行動をしましょう。つまり『休んでも休まない』ことが大切というわけです。

 そこで思った事。休憩中のおしゃべりって、マズいんじゃないだろうか? ま、私はレッスン中は会話をする相手がいないので、良いのですが、これが例えば、和気あいあいなグループレッスンとかだったら、レッスン中におしゃべりとかしない? 私語はうるさいのでダメというのもあるけれど、私語というか、日本語を話すのはマズいような気がしてきました。

 いやいや、おしゃべりの危険性なら、声楽よりも合唱だな。合唱団の練習(と本番)の休憩中に、しゃべりまくっている人いるけれど、あれは相当…ねえ。

 レッスンの時に散々、「喉を開け」とか「口蓋垂を上げろ」とか「口は縦開き」とか色々言われて、そういう風にしてきても、休憩の時に、日本語で思いっきりしゃべっていたら、せっかく開いた口腔が日本語用に狭く狭く閉じてしまいそう…。

 かと言って、喉を開いたまま、日常会話をしたら、ミュージカルみたいで変だし…。ああ、日本人って悩ましい。

2009年2月25日 (水)

2-4とか裏とか、メトロノームも使いよう

 さてさて、アルテの後は、ポピュラーソングの練習である。これが結構楽しいのである。

 まずは1曲目「サマータイム(Summertime:ガーシュウィン)」でございます。

 ガーシュウィンが作曲した、オペラ「ポーギーとベス」の曲なので、楽譜は当たり前だが、きちんとある。しかし、各種音源に当たってみたけれど、誰も決してこの楽譜どおり歌っていなかったという、何ともおもしろい曲です。

 その事を先生に話したら「そう言えば、確かに誰も譜面通りに演奏しないわねえ…」と妙に納得しておりました。ポピュラーのそういうところが、私は好きです。

 とは言え、私は初学者なので、なるべく楽譜に忠実に参ります。

 楽譜に忠実…をやると、実に味気ないのですよ。味気ないので、ちょっとリズムを揺らしてみると…すぐに道に迷って、楽譜を見失います。

 そんな時は、「譜面通りに演奏する必要はないけれど、小節は必ず合わせてください」と注意を受けます。どういう事が言うと『一拍一拍の長さをきちんと守る必要はないけれど、小節の区切りはきちんと守ってください』これを言い換えると『メロディは変量的に演奏してもいいけれど、和音は定量的に演奏してください』という事です。言い換えた方が、かえって難しくなったか(笑)。

 これは前にやった「リズム変換の基本のキ」で勉強したことと通じる話です。小節の時間的な長さを定量的にビタッと合わせて演奏するのが、秘訣って奴ですね。

 とりあえず、一小節の時間的な長さに気を使いながら演奏していたら、先生が突然「頭の中でメトロノームを小節の頭で鳴らしているでしょう」と言われました。「いえいえ、小節の頭ではなく、四拍子で鳴らしてます」というと、ご自分のメトロノームを取り出して、鳴らしながら演奏を始めました。でも、聞いているとなんだか変ですが、かっこいいです。

 メトロノームの速度を通常の半分ぐらいにして、二拍目と四泊目で「ピッ」と鳴らしながらの演奏でした。「こういう風に、メトロノームを二拍目と四拍目で鳴らして演奏するのです」と言われました。これが、なんだか変だった理由ですね。

 メトロノームを鳴らしたままで「では、2-4のリズムで演奏してください」と言われても…何もできないですわな。そこで、メトロノームのリズムを体の中がら切り離して、自分の体内の別のメトロノームに合わせて演奏したらOKでしたが、これでは全くダメなのは素人でも丸分かり。

 うまく2-4のリズムって取れません。うまく取れないので、先生と一緒に吹いてみました。やっているうちに、何となく分かってきました。

 「よく分からなければ、足でリズムを踏んでください。1と3をカカトで、2と4をつま先で。それでメトロノームの音が2-4に来るように踏みながら、フルートを吹いてください」 やってみました。難しかったです。

 何が難しいかと言うと、メトロノームを聴いちゃうと、2-4ではなく、1-3のカウントを無意識に取ってしまうこと。そこを何とか越えても、2-4のリズムを聞いちゃうと、メロディを四拍子では吹けなくなること。メロディの細かい部分、とくにリズムを少し変えないと2-4では吹けません。逆に言うと、同じメロディーでも、四拍子ではなく、2-4のリズムで吹くと、違って聞こえるというわけです。2-4のリズムだと、少しメロディーが跳ねるような気がします。

 「2-4のリズムが難しくて、すぐにできなければ、家で足踏みをしながら練習してきてください。ポピュラーは、特別の指定がない限り、2-4のリズムで吹くように心がけてください」 ラジャーです。

 この2-4のリズムはアフター・ビートとか、オフ・ビートとか、いうものらしいです。

 とにかく、メトロノームと格闘しながら、吹きましたが、「では、仕上げましょう」の一言で、ピアノと合わせると、割と簡単にできました。ピアノと合わせる時は、リズムキープをピアノに任せて、自分はそこに載っかって吹くだけだから、割と簡単にできるんだな。つまり、私の弱点は、リズムキープという点かな? とにかくリズムは理屈ではないのだから、体に入れないとお話になりません。家で練習してこよおっと。

 二曲目は「メロディー・フェア(Melody Fair:ビージーズ)」でございます。

 こういうカワイイ系の曲は、オクターブ上げ(記譜上の1オクターブ上で吹くこと)が基本だそうです。そうなると、一番高いところが、高音のソになりますが、この辺の音を柔らかく出すのもポイントなんだそうです。

 「この曲は譜面通りに吹いても大丈夫ですよ」と言われ、まずは一人で吹いてみました。ところが、さっそくダメが出ました。「ベターと吹かないでください」。“レガート”に吹いていたつもりなんですが…“ベターと”ですか。

 先生がおっしゃるには「こういう曲は裏を感じて吹くことが大切なんですよ」とおっしゃって、模範演奏です。同じように、楽譜通りに吹いているのに、やっぱり先生の演奏はカッコいいです。これが裏を感じながらの演奏ってやつですか。

 さっそく、先生がメトロノームを取り出しました。今度は四拍子です。しかし、演奏とメトロノームがちょっとズレてます。メトロノームの音が、ちょうど裏、つまり“0.5拍目、1.5拍目、2.5拍目、3.5拍目”といったところで、ピッピッピッ…と鳴るんですよ。これが裏を感じるという奴ね。ちょっと聞いた感じは、リズムがつまづいているような感じなんですが、このつまづくようなリズムに載せて演奏すると、楽譜通りに吹いても、メロディがかっこよくなるんですねえ。不思議不思議。

 「では、このメトロノームに合わせて吹いてみてください」って、ムリ! そこで「これはさっき(2-4のリズムね)よりも難しいので、一緒にやってみましょう」と言って、またも二人で一緒にやると…できるんだなあ、これが。「このリズムを忘れないうちに、仕上げましょう」と言って、ピアノと合わせてOK。

 どうやら、2-4のリズムにしても、裏を感じるリズムにしても、一応、私の中にあるリズムのようなのだけれど、問題は、それを意識的に引き出す事ができないって事かな? 自分で引き出せないから、先生と一緒に吹いてみたり、ピアノと合わせたりして、うまく引き出してもらえると、なんとかなるわけだ。

 しかし、リズムって難しいね。こりゃあ、独学じゃ勉強できないわ。

 さて、三曲目は「サウンド・オブ・サイレンス(Sound of Silence:サイモン&ガーファンクル)」です。この曲のメロディーはしごく簡単。リズムは「裏を感じて」演奏すればいいわけで、いくら裏を感じるのが難しいとは言え、今やったばかりなので、この「裏を感じる」のも何とかなりました。すぐにピアノで合わせて仕上げをしました。

 最後に先生からダメというか、注意が一言。「ロングトーンが多い曲だけど、ロングトーンをただ漫然と吹くんじゃなくて、せっかく譜面にコードが書いてるあるのだから、ロングトーンはアルペジオ(分散和音のことね、念のため)にして吹いてみてください」

 これも模範演奏付き。格好良かったよお~。

 でもね、私はまだアルテの7課が終わったばかりなんですけれど…。ギターならこの程度のアルペジオは目をつぶっても演奏できるけれど、フルートでは、まだまだできません。「すぐにはできなくても、これができるようになると、フルートのレベルが一気に上がるので、ぜひトライしてみてください」と言われました。たしかにフルートのレベルは上がりそうだな。

 こんな調子で、本日のポピュラー・セッションレッスンは終了。

 いやあ、今日は楽しかったわ。楽しいだけでなく、いっぱい学んだわ。すごいすごい、なんかお得感満載なレッスンでした。

 この三曲は、これでおしまい。次はまた別の曲を用意すること。そこで、次のポピュラーのレッスンのための曲を軽く打ち合わせをしました。次はもう少し、メロディアスな曲を用意しましょう。

 とにかく、ポピュラーソングに関しては、数多く演奏してみる事が肝心だそうです。

 一曲を熱心に緻密に仕上げる必要は全然ない(熱心に緻密に仕上げるのは、クラシック系の曲でやる)。ミスブローや演奏中に落ちる事があっても仕方がない。ただし、ミスブローをした場合は、そのミスがミスではなく、カッコいいアドリブに聞こえるように、上手なリカバーをすること。演奏中に落ちた時も、あわてずに、いかにもタメてましたみたいなフリをして、すぐに戻ってくること。そういう訓練もとても大切だし、そういう訓練をするためにも、ドンドン合わせの練習が必要というのです。ま、レッスンで数多くのプチな修羅場を経験しておけば、腕が磨かれますってことですね。

 なので、ポピュラーは時間をかけずに、軽く譜面に目を通したら、ドンドンやってみる、吹いてみるという姿勢で行きましょうとのこと。はい、分かりました。

 さあ、次のポピュラー・セッションのレッスンでは、何を吹こうかな…。今から楽しみ。

2009年2月24日 (火)

音は合っているけれど、指が違う

 フルートのレッスンに行って参りました。先週のレッスンで、アルテ8課を宿題に出されてしまった私だけれど、当然、できあがっているわけもなく、とりあえず途中経過をチェック!みたいな感じで見てもらいました。当然、きちんと見てもらうのは、次回以降です。

 まずは8課の1番。音階の部分はOK。ただ、アルペジオの部分が少しまごついているから、練習をしてきましょう。音は合っているけれど、数カ所、指が違う(つまり誤魔化している)個所があるので、運指表どおりの運指で練習して来てくださいとの事。

 …曲を演奏するという観点で見れば、どんな指遣いをしていても、正しい音で演奏されていれば文句はないのだけれど、今は練習だから、たとえやりづらくても、たとえ音が汚くなっても、たとえ楽器がガタガタしても、標準的運指で練習を重ねてきてください…。

 つまり、どういう事かと言うと、しばしば右手が遊んでいること(だって、右手の動きなんて、関係ない音ってあるじゃない)と、右手の小指が挙動不審な動きをしていること(苦手なのよ、右手の小指。すぐに関節外れちゃうし…)。今は誤魔化が通用するけれど、いずれこの先、そんな誤魔化では立ちいかなくなるので、壁にぶつかってから、何とかしようとするのではなく、今のうちから、きちんと正しくできるようになっておく方が、ずっと楽ですよという、優しいアドヴァイスなのであった。ひとまず、立ち止まって、右手の小指を鍛えますか。

 8課の2番。…ドレドレは四分音符の時はできているけれど、八分音符になるとうまくできないので、きちんとできるようになるまで、練習すること。慣れないうちは、フルートが多少がたついたり、音が乱れたりするけれど、練習すれば、必ずそれらの問題は解決して、落ち着いてくるので、練習に励んでくること。…

 ちなみに、いわゆる誤魔化をすると、余裕の楽勝なんですが、誤魔化さないと、結構大変な曲なんです。この曲。で、うっかりすると、誤魔化して演奏しちゃう私でした。だって、楽な方が楽なんだもん。

 8課の4番は、…高音レと高音ミでは、お腹の使い方が違うので、そこに気をつけて吹いてください。ミの時はお腹の上の方を固くするとよい。…

 つまり、高音ミから上は、しっかり息を支えないと、きれいな音は出ませんよという話なのです。お腹の上の方を固くするというのは“いわゆるドイツ唱法”(“いわゆる”が肝心なポイントです)での息の支え方のことをおっしゃってらっしゃるのだろうと推測。私は“いわゆるベルカント唱法”(ここでも“いわゆる”がポイントね)の人なので、先生のおっしゃった事を自分なりに再解釈。お腹の上を直接固くするのではなく、お尻を絞って骨盤を倒して背中の筋肉を下に引っ張ることで、間接的に腹部前面の筋肉に緊張を加えるという、多少まどろっこい手法を採用(その方が、自分がラクなんです)。意識的に息を支えて吹いてみたところ、先生からOKが出ました。ただし、音そのものはラクラク出ているし、ここの個所は高音ミを出すことが大切だから、それでいいのだけれど、できれば、より美しいミを出してくださいとのこと。美しいミは息を支えることで出ますとのことです。

 何度か先生と一緒に、高音のレミレミレミレ~と吹いてみたところ、だいぶ音が良くなりました。「こうして少し吹くと、割とすぐに音が良くなるので、息の支えについては、逆に考えない方がよいかもしれません」と言われました。つまり、私の場合、息の支えよりもイメージの問題なのかもしれない。私の中に「これが理想的に美しいフルートの音のイメージ」というのか、まだ弱いのでしょうね。だから、一発でいい音にならない。先生の音を聞いて初めて「あんな感じの音を出したい」と思うようでは遅いということですね。

 というわけで、私の目下の課題は「きれいなフルートの音のイメージをしっかり持つこと」ですね。そして、漫然とフルートを吹くのではなく「理想とするきれいな音をめざして」吹くこと。歌と同じで、一音一音、心を込めて、自分が出せる一番美しい音色でフルートを吹けるようにすることです。

 頑張って参ります。

 ちなみに、アゲハにはEメカは付いてません。だから高音ミが初登場する第8課は、ちょっとばかり恐れていたのですが、やってみると、案外難しく感じませんでした。Eメカが付いていると、高音ミの発声が楽になるそうですが、きちんと比較したわけではないので、よく分かりません。とにかく、今ところ必要は感じてません。いづれ難しい曲を演奏するようになると、その必要性を感じるようになるのかな? 

 8課の7番は…指がもつれました(笑)。とにかく速さが、その前までの課題の倍になるので、指をしっかりさらっておいてくださいとのことです。8番以降は、また次回というわけです。

 ここまでで、約30分。思ったよりも時間を使ってしまいました。この後、今回のメインレッスンのポップスの練習に入ったのだけれど、それはまた明日書きます。

 チャオ。

2009年2月23日 (月)

ラ・フォル・ジュルネ 2009、チケット争奪戦、結果は上々?

 ここ2~3年、私のゴールデン・ウィークは、ラ・フォル・ジュネ一色でございます。いや、それどころか、一年の一番の盛り上がりが、ラ・フォル・ジュルネだったりするほど、ラ・フォル・ジュルにハマっております。てなわけで…

 この経済不況の中、今年もラ・フォル・ジュルネが始まります。で、当然、参加です。

 はい、公式ホームページはこちら、ドン!

 今年はテーマ作曲家が大バッハなんだよね~。バッハ、大好き。特にオルガン曲とか、声楽曲とか、もうメロメロのユルユルになっちゃうくらい好き。で、期待ワクワクで、今年のプログラム発表を待っていたわけサ。

 そしたらね、こんなんだもん(公式ホームページで演目を確認してね)。なんか、道を歩いていたら、上から鳩にフンをされたような気分だよ、は~あ~。

 まず、フランク・ブラレイ先生(私の中では世界ナンバー1のピアニストさんです)が来日されないじゃない、ガックリ。私は何をおいても、彼の生ピアノが聴きたかったのに! それに、私の興味がそそられるようなテノール歌手も来ないし…。だいたい開催日がたったの三日間? オルガン曲は皆無? 声楽曲は…デカイ箱(ホールのこと)でしかやんないじゃん。なんか、がっくり。私の過去の経験から、ホールAとホールC(両方とも1000名以上入る、大きな箱です)での歌は厳しいモノがありますからね…。

 なんて、文句を言いつつも、ほほをゆるめっぱなしで「ふふ~ん、今年はどの演奏を聴きに行こうかな~」なんて、鼻唄まじりで、チョイスしていたのは事実です。

 で、チョイスしました。当然、フレンズ先行ネット発売で買いました。私はお仕事だったので、チケット購入は妻が担当しました。ごくろうさま>妻。

 今年は、昨年の反省を踏まえ、万全の態勢でチケット購入に臨んだ結果、希望どおり、案外サクっと買えました。なんか拍子抜け~。もう、買ったので、発表します。これが今年の私が見に行く、有料プログラムだあーーーー!

公演番号 121 9:30~10:45 ケーテン(ホールB7)
  ブランデンブルグ協奏曲第5番
  二つのヴァイオリンのための協奏曲
  管弦楽組曲第3番[有名なG線上のアリアのある奴]

 

公演番号 166 17:30~18:15 ヴァイマール(G402)
  フルートとチェンバロのためのソナタ第3番
  フルートとチェンバロのためのソナタ第1番

 

公演番号 365 16:00~16:45 ヴァイマール(G402)
  フルートとオブリガード・チェンバロのためのソナタ第2番
  フルートと通奏低音のためのソナタ第2番
  フルートとオブリガード・チェンバロのためのソナタ第1番

 

公演番号 345 17:45~18:45 ライプツィヒ(ホールC)
  ミサ曲ト短調
  マニフィカト

 これらのコンサートで私を見かけたら、やさしく声かけてね、一緒にお茶くらい飲もうよお~って、誰も私の顔知らないから無理か(笑)。

 買ったのは、5月3日(初日)を二つに、5日(最終日)も二つ。合わせて4公演だけ。ちょっと買い過ぎたような気もしますが、やっぱり有料公演には魅力的なプログラムがあるからねえ…。

 ラ・フォル・ジュルネは、無料公演とか、半券公演とか、周辺公演とかに、結構魅力的なプログラムがあるので、そちらのためにも自由な時間を確保しておかないといけないので、泣く泣く有料公演は1日二つまでと、自分にルールを課した訳です。もっとも、実際は一日2公演だと、ちょっと多い気もしますが…。有料公演があると、その時間が拘束されてしまうので、当日、自由な動きができなくなるのが難点なんですよ。

 それはさておき、私が買ったプログラムの説明(と、ちょっぴり自慢)をしましょう。

 まずは公演121ですが、初日の一番最初のプログラムです。朝が早くて、ちょっとツライですが…場所は、今回は“ケーテン”と呼ばれるB7ホール。820席と言うと、中ホールってところでしょうか。今年の私のラ・フォル・ジュルネはここから始まります。

 ここでの私のお目当ては…高木綾子様ですな。彼女が『ブランデンブルグ協奏曲第5番』という、フルート大活躍な曲でソリストを務めます。ああ、楽しみ。生で綾子嬢の演奏を聞くのは、これが初めて。CDで聴いても、あれだけの美音の持ち主ですから、生で聴いたら、かなりうっとりするでしょうね。フルートの演奏としては、やや箱が大きいのが難点ですが、人気者のコンサートですから、仕方無いですね。指定席なのですが、良い席が当たるといいなあ。

 お次は公演166です。これはきっといいよお。場所はヴァイマールと呼ばれる103席しか無い、会議室程度の広さしかない、今回のコンサート会場の中では一番小さな部屋です。手を伸ばせば、演奏者に触れそうなくらいの至近距離でのコンサートです。

 ここでのお目当ては、有田正広氏のフラウト・トラヴェルソ。古楽器としてのフルートですな。いやあ、トラヴェルソって、生で聴いたことないのよ。どんな音がするんだろ、きっと雅びな音がするんだろうなあ、すっごい楽しみ。もちろん、伴奏はチェンバロよ。もう、メロメロに古楽ですな。

 で、3日は朝から晩まで、フルに楽しむつもりなので、当然、4日は休養日です。家でグダグダするつもりです。

 さて、5日の最初の有料公演は、公演365です。これもヴァイマールなので、きっとすごくいいはず!

 お目当ては、工藤重典氏の現代フルートによるバッハ。いやあ、工藤さんは、一昨年のラ・フォル・ジュルネのマスタークラス以来の大ファンなので、今回のコンサートは個人的に楽しみ楽しみ。あの時はまだフルートを始めていなかったので、工藤さんのすごさは“何となくすごい”としか感じられなかったけれど、きっと今回は、ばっちりすごさが分かるような気がする。本当に楽しみっす。

 最後の公演345は、今回、唯一の声楽曲です。やっぱり〆は歌だよ。会場がライプツィヒと呼ばれる1490席もある立派な大ホールなのは、とても残念なのですが仕方ありません。ここで、バッハのちょっとマイナーな、しかし良質なミサ曲を2曲聴きます。やっぱバッハならミサ曲でしょう。

 独唱と合唱が組み合わさった曲なのですが、合唱団が演奏メンバーにいないので、おそらく合唱の代わりに重唱で歌うつもりなのでしょうが、それはそれで楽しみです。私的にテノール歌手も楽しみですが、男声アルト歌手の存在がとても楽しみだったりします。もちろん、オケは古楽のオーケストラ。うわ、楽しみ。

 去年はシューベルトだったので、歌曲中心のセレクトをしましたが、今年はバッハ(というか、古楽)なので、器楽中心、つまりフルート中心のセレクトにしてみました。いやあ、フルートってバロックと近代フランスくらいでしか活躍しないから、今回は思い切って、フルートに片寄ってみたよ。どうだろ。なかなか、良さ気なチョイスでしょ。

 あと、私のささやかな希望なんだけれど、無料公演とか半券公演とかで、鍵盤曲(ピアノとかチェンバロとかオルガン曲ね)が演奏されないかなあ…と思ってます。そうすると、よりバッハを立体的に楽しめるしね。

 無伴奏チェロ組曲を予定に入れられなかったのは、返す返すも残念。これは…マスタークラスに期待だな。

 ちなみに、フレンズの2回目の先行販売(電話)が今週の木曜日?にあって、一般発売が3月15日からですね。チケットは、それぞれの販売用に取り分けてあるようですから、まだまだ買えます。別に、ラ・フォル・ジュルネからは何ももらってませんが、興味と感心のある方は、ぜひどうぞ。託児所もあるし、キッズプログラム(去年の息子君はヴァイオリンを習いました)もあるので、子ども連れ、赤ん坊連れでもOKだし、子どもがいても楽しめるよ。

 ただし、今回はバッハだし、有名なオルガン曲は皆無なので、音楽そのものは、クラシック初心者にはかなり厳しい内容だとは思うけれど、そこはお祭りはお祭り。その雰囲気を楽しむのもいいよね。

 私はたっぷり楽しんでくるつもりです。

2009年2月22日 (日)

気になる日本語(「男子」と「女子」)[2009年2月第4週・通算7週]

体重:103.6kg[-0.7kg:-2.2kg]
体脂肪率:31.9%[+0.1%:-0.4%]
BMI:33.1[-0.2:-0.7]
体脂肪質量:33.0kg[-0.2kg:-1.2kg]
腹囲:105.0cm[+-0.0cm:-1.3cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第5週目。今週は週半ばに祝日もなく、粛々とそふくしダイエットができました。一カ月で約2㎏の減量ですから、健康的な、あまりに健康的すぎてリアルデブにはゆるやか過ぎるダイエットペースなのが残念です。発表会までに100㎏切れるか、微妙な線ですが、まあ良しとしましょう。

 さて、今週のエッセイですが…。

 私も年を取ったせいでしょうか、最近、若い子(私の言う「若い子」とはアラサー世代以下の人を指します。さすがにアラフォーは“若い”とは言えないよねえ…)の使う日本語が気になって気になって…。ま、一種の“世代間ギャップ”なんでしょうね。その辺の事を記事にしてもおもしろいだろうと思ったので、ちょっと書いてみます。

 ある日、最近の若い子たちが、異性を呼ぶ時に「男子」とか「女子」とか呼び合っている事に、気づきました。例えば「そこの女子、こっちに来て」とか「最近の男子は、なんか冷たいよねえ」とか「あそこで座っている女子を呼んできてよ」とか。

 これが小学校の教室での会話なら、何の不自然さもないのだけれど、この手の会話が普通にオフィスとか、その界隈で話されていたりすると、私なんかは、とても居心地悪い感じがします。

 と言うのも、私、「~子」という部分に引っかかるんだよねえ。元々は「~子」は「老子」とか「孔子」とかの「~子」と同じで、いわゆる一つの敬称だったのかもしれませんが、現在の日本語では「子」に敬称の意味合いはゼロ。「子」はずばり「子ども」のことでしょう。

 だから「男子」って、つまり「男の子」って意味だと、理屈抜きに感じるわけです。男の子よ、男の子。男の子ってのは、真冬でも半ズボンをはいて、そこらを意味なく走り回って、異性が大嫌いで、虫とか鉄道とかカードゲームにしか興味を持たない、不思議な生き物のことを指すわけで、成熟した大人の男性を指すのに使うには、はなはだ不適切な言葉だと思っています、個人的には。

 「女子」という言葉も同様です。

 でも若い世代はお互いに異性のことを「男子」「女子」って呼んでいるようなのよ。なんか不思議。なんか変。

 おそらく「男」とか「女」とか一文字で呼ぶことに違和感があって、それで「男子」「女子」って呼んでいるのだと思うけどさあ……。

 そのためにはさあ、「男性・女性」「彼・彼女」「兄さん・姉さん」「兄貴・姐御」「殿方・奥方」「紳士・婦人」「ミスター・ミス」などがあるんだけどなあ…きっと、これらの言葉じゃ、うまく雰囲気が伝わらないのだろうなあ。ってか、ちょっと変か。

 いっそ“性”の要素を取り払って、「君[たち]」とか「あなた[がた]」とか「あの人[ら]」とかの言葉じゃダメなの? 日本語って本来、そんなに性を意識してない言葉だよね。ある意味、男女同権というか、ユニセックスな言葉だよね。基本的な言葉がユニセックスだから、男言葉とか女言葉というような、言葉遣いの方で男女の違いを表現してきたのだと思う。違う?

 しかし、まあ、こんなささいな言葉遣いが気になるようじゃあ、私もジジイの仲間入りだね。

 おまけ。スポーツ界では「男子」「女子」って普通に使うよね。例えば「女子フィギュア」とか「男子サッカー」とか…。あれって、学校用語の延長だよね。小中学生相手ならまだしも、いい年した大人が出てくる競技(例えばオリンピックとか)で「男子~」「女子~」って言われるとちょっと引きます……嘘つきました、ごめんなさい。実は平気です。

 なんで、日常生活だと許せない言葉遣いが、スポーツ競技が相手だと平気なのかな?  実は私はスポーツ選手に対して偏見を持っているとか? そんなつもりはないんだけれどなあ…。なんでだろ? 自分でもよく分かりません。

 もちろん、リアルな男の子に男子、女の子に女子というのは、大アリなのは申し上げるまでもございません。

2009年2月21日 (土)

ウチの水槽で一番元気なのは…

 ウチの水槽で一番元気なのは…キンギョ? 緋ドジョウ? それともタニシ? いえいえ、実は金魚藻が一番元気だと思います。

 金魚藻と言いましても、実は同じ名称で色々な水草があります。いわゆる金魚屋で売っている代表的な金魚藻は、アナカリスとカボンバとマツモグサでしょう。これらの三種類の水草が代表的な金魚藻だと思います。いずれも水面に浮かべて育てるタイプですね。

 もちろん、ウチでもこの三種を水槽に順番に入れて試してみました。それで最終的にマツモグサに落ち着きました。今日はその話。

 実は、一番最初に我が家に来た金魚藻はアナカリスでした。これは金魚屋で「水草下さい」って言うと、くれる奴。たぶん、その手のお店での流通量が多いのでしょうね。きれいな緑色です。すぐに根を張ります。でもそんなに長生きではないみたいで、しばらくすると溶け出してしまいます。ウチの水槽の水に合わないのかもしれません。それと、真っ黒なコケがすぐに生えてしまうので、結局、我が家の水槽からは撤去しました。

 次に来たのがカボンバ。これはアナカリスと違い、金魚たちが食べるんですよ。たぶん美味しいのですね。で、食べて食べて食べ尽くして、なくなってしまいます。なので、定期的に買い足さなければいけないのが難点。

 しばらくカボンバを定期的に買い足していた我が家ですが、ある日、何となくマツモグサを買ってみました。カボンバとマツモグサって見かけが似ているんですよ。値段はお店によって違うかもしれませんが、我が地元ではマツモグサの方がお高い。お高いけれど“マツモグサ”という名前から、なんとなく日本産?みたいな高級感がします。

 金魚に高級水草?とか思って、買わないでいたのですが、ある日、何となく、この高級水草(ってほどでもないのですが…)を買っちゃいました。

 で、水槽に入れたところ、増える増える。もう馬鹿みたいに増える(大笑)。

 もちろん、金魚たちもたくさん食べます。カボンバも食べるけれど、それと比較にならないくらい、たくさん食べます。きっとすごく美味しいのでしょう。もう、暇さえあればマツモグサを食べております。

 カボンバなら、あっという間になくなってしまうペースで食べていても、マツモグサの繁殖力はそれを遥かに上回っているので、全然無くならない(実は、今の子たちを一斉に水槽に入れた一昨年の夏はちょっとヤバかったです。マツモグサの繁殖スピード以上の速度で食べてましたので…)。とにかく、食べても食べてもなくならない、不思議な水草。
 ここ何年かは、水換えの時に、マツモグサを先端の15cm程度だけ残して、あとは全部捨ててます。そうしないと、水槽があっと言う間に水草だらけになるからです。何しろ、水換えの時に、15cmに切り揃えたマツモグサが一週間たつと40cmになっているんですよ、信じられます? 

 ですから、最初に買ってきてから、もう何年経ったでしょうか? 全然、買い足すことなく、捨てる一方ですが、ずっと我が家の水槽にいるんですよ、マツモグサ。

 だから、我が家で一番元気なのは、たぶんマツモグサだと思います。マジで、マツモグサは売るほどありますし、知り合いには無料で大量に分けてます(で行った先で大量繁殖してます 笑)が、それでもなくなりません。本当に、ウチの水槽と相性がぴったりなんだと思います。

 ちなみに、地を這う水草はアヌビアス・ナナを入れてます。こいつは…すぐにコケだらけになりますが、そこはそれ、上手い具合にタニシが苔を食べてくれるので、いつのまに緑色になってます。ナナとタニシはお友達ってネ。

2009年2月20日 (金)

伴奏は聞かない。伴奏を予想する。

 私には音感がない、とはいつも書いていることです。子どもの頃にきちんとした音楽教育を受けなかったツケが、今になってやってきただけの話で、実際ないものはないので、仕方がないのである。

 音感がない人間が歌う場合はどうするかというと「伴奏に頼る」わけです。もう、伴奏に“おんぶに抱っこ”状態です。とにかく自分の出すべき音を、伴奏の中から拾って拾って拾いまくって、歌い続けていくわけです。

 “声を出したい -> 伴奏を聞いて音を拾う -> 声を出して、さっき拾った音と同じかどうか確認する -> 同じならOK、違っているなら、すぐさま修正” この作業を瞬時に行い、音符一つずつに対して行い続けいくわけだ。我ながらご苦労なことである。

 ところがこれがいけないと先生はおっしゃるわけ。何がいけないかと言うと、これをやっていると、テキメン、歌がピアノに対して遅れるのでダメというわけ。

 音は音波に乗って運ばれるので、他人のところに届くには時間がかかるわけです。それなのに、ピアノを聞いてから声を出していたら、ピアノを聞いている分だけ、声が遅れてお客さんに届くわけなんですよ。あら、そりゃそうだよね。

 音には、必ずタイムラグが生じるもの。だから演奏者は、そのタイムラグも折り込んで早め早めに演奏していかないといけないのだそうです。

 ってことは? そう、伴奏を聞いて歌ってはいけないのです。いや、それどころか伴奏と一緒に、伴奏と同時に声を出していかないといけないのです。つまり“伴奏が聞こえる前に歌いださないと間に合わない”ということです。

 そしてそれはどういうことかと言うと「歌は歌で歌い、伴奏は伴奏で演奏し、それがちゃんとしたアンサンブルになっている事」が肝心というわけで、つまりは「伴奏を予想しながら歌っていきましょう」というわけなのです。

 「いやあ、それじゃあ、音程が…」としどろもどろに答えていたら「レッスンでは、音程が外れたら、必ず指摘しますから、安心して歌ってください」と助言。分かりました。

 音程とは伴奏を聞いて、そこから拾っていくのものではなく、自分の中で考えて、自分で作って演奏していくもの。歌なんだから、楽器に頼らずに歌えることが大切。もちろん、すぐにできるようになるわけではないけれど、そういう歌い方を始めなければ、いつまでたってもピアノ頼りの歌い方しかできない。もっと自信をもって、自分で(正しい)音程を考えながら、歌っていける、歌が趣味のオジサンにならないと…。いつまでも他人(ピアノ)頼りじゃダメなんです。

 って、書くと簡単だけれど、音感のない私には、これはかなりのチャレンジだよ。でも、ここが“歌を歌える人”と“ジャイアン”の別れ道かもしれない。ここの別れ道で迷わずにしっかり、歌を歌える人の方に行きたいものです。

2009年2月19日 (木)

発表会に向けて努力してます

 ドナウディの「ああ、愛する人の」は譜読みをしている最中です。と言うか、一週間では読みきれませんでした。いやあ、イタリア語が難しくって…。声楽をやっていると、どうしても語学とは縁が切れませんねえ。私の初級というか、入門級のイタリア語だと、なかなかどうして、たかが歌詞ですが、訳しきれるものではありません…ってか、辞書に載っていない単語が頻出なんですけれど、この歌詞。辞書に無い言葉はどーせいというんじゃい!

 私が持っているイタリア語の辞書は、学生の頃に買った大学書林の「イタリア語小辞典」だもんなあ。あの頃は、こんな辞書しかなかったわけだから、仕方ないのだけれど、やっぱり今どきの大きな辞書を買わないとダメかねえ?…。

 てなわけで、こいつ[小学館の『伊和中辞典』]を買っちゃいました(大笑)。高かったなあ…。でも、これはなかなか良い辞書でした。それでも結局、二つの単語(Solとdarmi)が載ってなかった(涙)。もっとも、Sol は確か Only じゃなかったかな? darmi はdare mi で give me になるんじゃないかなあと思います。

 あ、ちなみに私はイタリア語を訳す時は、イタリア語から直接日本語を作るのではなく、イタリア語を一度英語に置き換えて、その英語を日本語に訳してます。その方が、自分の中ですっきりするのね。で、この小学館の『伊和中辞典』なんだけれど、単語の訳語の最初に英語訳が付いてますので、私のような訳し方をする人間にとって、そこがすごく便利です。まどろこしい日本語を見なくて済むので、訳出作業の時間がすごく少なくなりました。

 そんなわけで、ひとまず、読んでいる最中の譜面をチェックしてもらいました。だいたいOKだそうです。この調子で残りをきちんと読んできてくださいということです。そして宿題として、次回のレッスンまでに、歌詞をきちんと意訳して、それを提出してくださいとのこと。意訳と言うのは「私は、この歌詞をこのように読んで解釈しました」ということを、きちんと日本語にして表現しておくってことね。ま、歌詞をひとまず自分の中に入れましょうという宿題です。自分なりに意訳して、先生に提出したら、ブログにアップいたしましょう。

 引き続き、音取りは禁止です。譜読みだけです。これは歌う前に、しっかりと譜面と戦いなさいということなのでしょう。音取りはダメですが、ピアノ譜の部分は、音取りOKというか、実際に弾いてもいいですよというか、実際の音を聞いておいて下さいとの事。ピアノ譜を読んでおかないと和音の色合いとかが分からないので、これは歌う前にきちんとチェックする必要があるのは当たり前。

 ピアノが弾けない私の場合、ピアノ譜の音声化には、通常midiを使うのだけれど、この曲、極めてmidiには不向き。というのも、アラルガンド…アテンポ、アラルガンド…アテンポ、リタルダンド…アテンポ、アラルガンド…、、、ってな具合に、テンポ揺れまくり。こういうテンポが揺れまくる曲って、midiでは全く手に負えません。

 いずれは自分の伴奏用に、midiデータを作らないといけないにせよ、最初の段階でmidiというのは、かなりキビシイので、どうしたものだろうと考えていたところ、ひらめいたのがカラオケCD。カラオケCDを聞けばいいじゃん、ってなわけです。

 思い立ったが吉日。さっそくカラオケCD購入(爆)。いやあ、便利な世の中です。カラオケCDと書きましたが、正確には、声楽学習者用のピアノ伴奏だけを録音したCD。世の中には、こういうものが存在するんですね(ってか、自分でピアノを弾きながら歌える声楽学習者が少ないという事なんでしょうね。基本的にクラシックの声楽の世界では“弾き語り”というジャンルはありませんし)。もちろん、このCDには模範歌唱も付いてます。模範歌唱は、いずれ聴くことにしましょう。

 とりあえず、現在、発表会に向けてのお勉強は、こんな感じです。大人なので、力の及ばない部分は、お金で解決してます。うわー、いやらしいわあ…。

蛇足。妻も発表会に出演することが決定。入門したてなのに、ずうずうしい奴です。ま、合唱歴も長く、熱意もあるし、亭主が発表会に出るのだから、当然、当日は会場にいるわけだし、実際そこそこ歌えるので、前半の発表会枠(別名、初心者コーナー)の方で出演です。イタリア古典歌曲を歌うことになりました。今回は、出演枠が違うので私との共演は無理ですが、いずれは夫婦でデュエットなどもしてみたいです。

 そこでさっそくドレスを購入しました。もちろんネットの激安店でご購入です。おそらく皆さんがお考えになる、発表会用ドレスの常識的な値段の約1/20程度の価格で購入しました。よ、やりくり上手! たぶん、布で買う方がドレスとして買うよりも高いと思われる値段です。ビバ、チャイナ! でも、遠目で見る限りは、なかなか良いドレスです。近くで見ると、しっかりチャイナ・クォリティーですけれど…。

 その調子で、私のタキシードも激安品を探さないと…。

 追記しました(笑)。

 ええと、皆さんのご要望がありましたので、妻と相談した結果、本人の写真ではなく、モデル写真ならOKということなので、妻が競り落としたサイトからの写真をここに貼っておきます。これが妻のNEWドレスです。

Dress_photo

 どないだす?

2009年2月18日 (水)

本当の脱力をめざして

 声楽のレッスンでした。今月はちょっと変則的なので、前回から一週間ぶりのレッスンでした。

 先生から「一週間歌わないで、平気でしたか?」と尋ねられました。もちろん強がって「平気です…だけど一日だけ発声練習をしました(汗)」と答えました。

 練習禁止令が出て、一週間。まだ一週間です。先生からは、ほんの短い時間、喉を開けることに注意しながらの発声練習程度ならいいですと言われてますが、これはあくまで我慢できなくなった時の話で、基本的には、全面的に歌禁止なんです。ですから、なるべく歌わないようにしていました。

 たったの一週間、練習しなかっただけで、効果はすぐに現れました。私の体から、本当に色々なものが抜けました。いやあ、声ってこんなに簡単に変わるんですね。

 例えば音域。上の音の限界が先週までは五線の上のGがやっとやっとでしたが、今週はG#までは楽に出ていたそうです(Aはちょっと当たっていなかったそうです)。実は本人的にはそんな高いところを歌っているという自覚は全くありませんでした。なにしろ、音感なんてありませんからねえ…。なんか音を外しちゃったよ~と思っただけで、実はAまで行ってたんですねえ。練習を一週間休んで、音の上限が半音上がるなんて、うれしいです。

 こんなわけで、練習禁止令は良い結果を出しているので、さらにもう二週間、練習しないことが決まりました。さあ、頑張らないように頑張るぞ。

 しかし、たった一週間、練習をしないだけで、こんなに声が変わるというのは、ある意味、おそろしい事だと思いました。

 今は悪い癖を抜くために練習していないのだけれど、これは当然、良い技術も同時にたくさん抜けているわけです。私の場合、抜けてしまった良い技術は、また後から植え直していくわけです。なにしろ、まだ声楽3年生で、学習途上なので、それも仕方のない話です。

 しかし、目的もなく、単に練習をしないだけならば、悪い癖どころか、その人の持っている良い技術ばかりが抜けてしまうことになりますよね、そうでしょう?

 「練習はまとめてするのではなく、毎日短時間でも良いからコツコツとしましょう」とか「練習を一日休むと、その分を取り戻すのに三日かかる」とか言うじゃないですか。私、これは単なる都市伝説だと思ってましたが、もしかすると、本当の話ではないかと、思い始めました。それくらい、練習をしない効果って、抜群ですよ。

 レッスンそのものは、先週に引き続き、咽頭を広げ続けることに終始。とにかく、大変なんですよ、これ。咽頭を広げたまま、歌い続けるには、全身が、とりわけ下半身が疲れます。ヘソから下がヘトヘトになります。内股をしっかり絞っていると、高音に行くに従って、骨盤が倒れていくのが自分でも分かります。なるほど、高音を出すためには、こういうふうに体を使っていくのだなと、何となく目星が付いてきました。

 下半身はヘトヘトになる一方で、上半身はまた違った意味でヘトヘトです。違った意味とは、力を入れない努力でヘトヘトになるわけです。

 咽頭を広げ続けるためには、絶対にノドや肩や首やアゴに力が入ってはダメです。これらの箇所に力が加わった途端、咽頭は閉じます。ですからそれらの部分は脱力。脱力し続けるためには、息をしっかり支えないといけないわけです。と言うか、息の支えがしっかりしていないと、ノドとか肩とか首とかアゴとか、とにかく、ありとあらゆるところを使って声を支えようとするわけです。それが悪い結果をもたらしているのです。

 脱力と書きましたが、これは文字通りの脱力とは違います。本当に脱力、つまり力をゼロにしてしまったら、歌うどころか、体そのものを支えることができません。ですから、歌うための最低限のパワーと言うのが必要です。そのパワーを仮に50ポイントとしましょう。今現在、50ポイントしかパワーを持っていない人が、その50ポイントを使って歌おうとするなら、当然フルパワーになってしまいます。フルパワーだから、体中のあっちこっちのパワーを総動員することになってしまうのです。これは脱力して歌うのとは、全然違うわけです。

 では、脱力して歌うとはどういうことか。それは、歌うために必要な50ポイント以上のパワーを獲得した人だけができる事。例えばここに200ポイントのパワーの持ち主がいたとします。その人が200ポイントあるパワーの中から、ほんの50ポイントだけを使って歌うことが、実は脱力して歌うことなのです。そして、このような脱力状態で出された声が、無駄なく軽々と美しい聞こえるのです。そして、これがいわゆる声楽的な声なのです。

 つまり、脱力して歌うためには、力を抜いて歌うことができなければいけないのだけれど、その前提条件として、その人の持っているパワーそのものの数値を上げていかないといけないのです。声楽的な声は、豊かなパワーの持ち主が、そのほんの一部の力を使って、軽々と出すことで生まれるのです。本当の脱力を目指すためには、しっかりしたパワーを身につけないといけないし、そうでなければ、本当の脱力は獲得できないわけです。

 こりゃ、堂々巡りだな。でも、そういう理屈を超えたところに美は存在するのだ。

2009年2月17日 (火)

クラシックは難しい?

 さてさて、レッスンをアルテだけで終わらせてしまうのはもったいないので、曲をやりました。曲は、始めてのクラシック、シューマンの「トロイメライ」です。もちろん、31選からの選曲です。

 たくさん、注意を受けました。今までアルテ以外はポップスばかり吹いてきた私ですが、さすがにクラシックは勝手が違いました。受けた注意を以下に羅列します。

 ☆リズムをキープするよりもメロディを(思いっきり)歌わせる事を優先すること。

 ☆メトロノームの指示は(エチュードではないので)軽く無視。実際の演奏では、表記された速度よりも、かなりゆっくりと演奏されるケースが多い。

 ☆とにかく美しい音でフルートを吹くこと。とりわけ、スラーを美しく。フレーズの終りも美しく。

 ☆タンギングをするところとしないところをはっきりと分ける。

 ☆タンギングしない部分(スラーの2音目移行)は、運指のアラが目立つので、しっかりと指の練習をして、楽譜にない音を出さないようにすること。

 ☆ワンフレーズを一つのロングトーンであるかのように吹いてください。

 ☆しっかり息を吸って、フレーズを最後まできちんと、一息で吹ききる事。

 先生は注意をした上で、目の前で模範演奏をしてくださいました。ノックダウンです。当たり前だけど、すごくきれいな演奏でした。そして分かりました。クラシックはポップスとは別次元の音楽だと言うこと。

 どこら辺が違って、別次元なのかと言うと、ポップスではビート感とかノリとかが大切ですが、クラシックではフレージングとアーティキュレーションと美音が大切なんです。この違いが、とても大きな違いだと瞬間で分かりました。

 しっかり頭の中を切り換えて演奏しないと、どっちつかずの音楽になってしまいそう。きちんと吹き分けないと…。

 この手の曲の自宅での練習のコツとしては、全体を満遍なく練習するのではなく、最初の数小節をみっちり練習した方が効果的だそうです。最初の数小節がきちんと吹けるようになれば、残りもきちんと吹けるようになるので、最初の数小節を徹底的に練習してくださいとの事です。

 よっし! 最初の数小節をみっちり練習します。そして再度トロイメライを練習してきます。それにしても、クラシックは難しいね。

 次回のレッスンでは、ポップスをババンとやる予定です。つまりセッションレッスンです。あのレッスンは楽しいので好きです。

 「課題曲がきちんと吹けるように練習しておかないと…」と言ったら「ポピュラーは練習なんかしなくても、初見でバンバン吹けるようにしないと…」と言われました。初見力が皆無だからなあ…、私。

 ジャズはたくさん勉強することがあるので、またそのうちに少しずつ、やっていきましょうと言われました。ジャズは奥深い音楽なのだ。

 結局、今のところ私のレッスンは、エチュード(アルテだけど)を中心に、ポップスやって、ジャズやって、クラシックやってと、八方美人なレッスンをしてます。いかにも私らしくて良い感じです。色々な音楽を少しずつやっていきたいのよ。『二兎を追うものは一兎も得ず』と言いますが、たとえ一兎も得られなくても、二兎を追っている事が楽しいのだから、これもアリだなと思ってます。

 だって、趣味だもん。楽しいことが正義なのさ。

2009年2月16日 (月)

やっぱりアルテは無駄に速いと思います

 フルートのレッスンに行って参りました。

 アルテは7課を終了しました。頑張ったね>私。次は8課です。宿題として…あれ8課全部が宿題になっているよ。次のレッスンまで一週間しかないのに、8課全部が宿題とは…そりゃあ、無理ってものでしょう。どうしましょう。

 アルテも課が進むにつれて、指の動きが速くなってきます。速いフレーズ(あくまで当社比)を吹く時のコツは…それは体を微動だにせぬこと。リズムをとって軽快に!なんて10年早い。初心者のうちは、体を微動だにせぬことが肝心。体を動かしていると、動かした分だけ指が遅れる(あちゃー)。

 さらに言うと、速いフレーズ(当社比)の時は、ブレスにも注意が必要。何も考えずにブレスをしていると、ブレスをした分だけ音が遅れる(あちゃー)。これを回避するためには、しっかりと息を腰で支えることが必要。常に腰をパンと張っておけば、瞬時に息が吸えるので、大きく遅れることがありません。そのためにも、確実に息を腰で支えましょう。

 もっとも、フルートにおける呼吸のテクニックは、声楽と全く同じなので、私にとっては、要領さえつかめばなんということもない…はず。

 後は、以前も習った「指はバタバタしない」を忘れない事。フルートの指は最低限動けばいいわけで、なるべく小さな動きで吹くようにすること。

 速いフレーズ(当社比)を楽に吹けるようにならないと、神業級に速いフレーズ(これまた当社比)は、いつまで経っても吹けるようにならないので、こういう小さな事がきちんとできるようになることが大切なのだ。

 でも、さすがに今回は愚痴りました。「アルテの速度記号、無駄に速くないですか?」ってね。「そう書いてあるのだから、仕方ないです。音楽的にはこの速さは必要ないけれど、練習だから…」とは先生の弁。そうですね、練習のためにやっているのですね、忘れるところでした。納得。

 でもでも、アルテをきちんと書かれた速度でやっつけている私って、エラくない? ……当たり前か(笑)。

2009年2月15日 (日)

バレンタインデー[2009年2月第3週・通算6週]

体重:104.3kg[-0.1kg:-1.5kg]
体脂肪率:31.8%[+-0.0%:-0.5%]
BMI:33.3[-0.1:-0.5]
体脂肪質量:33.2kg[-0.1kg:-1.0kg]
腹囲:105.0cm[-0.3cm:-1.3cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット、第4週目でございます。数字的には、よく言う『停滞期』なんですが、実は違います。今週は、食べすぎました。実はそふくしダイエットは、平日にしか行なっていませんし、日常生活を普通にこなしている日でないとできません。先週は祝日もあって、休日の数が一つ多かったし、演奏会に行って、たらふく外食(たいてい外食の時はたらふく食べます)を食べたし、全体的に『食べ過ぎの動かなすぎ』でした。そりゃ、やせるものもやせません。数字が現状維持的になっているのは、むしろ不幸中の幸いと言えるでしょう。

 でも、ダイエットのために、食べるものを我慢する生活をする気は、全くない私でした。

 さて、今週のエッセイです。

 バレンタインデーが終わりました。さて、あなたの首尾はいかがでしたでしょうか?

 バレンタインって、若い頃の私には単なる「遊び」「ゲーム」でしかありませんでした。だから、昔からシリアスに考えたことはありません。『チョコをたくさん女の子からもらった奴が勝ち!』なんて感じの一種のレース感覚で、仲間同士競ってました。チョコをくれた女の子は、いい面の皮だよね~。でも、若い男なんてそんなものよ。

 だいたい「女性が好きな男性に愛を告白する日」なんて、その設定自体が、とんだ茶番だよね。別にいつ女性から男性に愛を告白したっていいし、その愛の告白だってチョコだよ、チョコ。チョコもらって、うれしい男なんて、この世にいるわけないじゃん。男たちはチョコがうれしいんじゃなくて、女の子から好意を寄せられたという事実がうれしいわけだし、もらったチョコは勝利の獲物なわけで、そりゃあたくさんあればあるほど、誇らしいわけよ。本音で言えば、プレゼントとしては、チョコより別のものの方がうれしいでしょう。

 私は真剣に「チョコじゃなくて、焼きそばパンでもくれないかなあ…」と思ってました。チョコなんて甘くて気味悪いものよりも、主食(焼きそば)+主食(コッペパン)の最強コンビの焼きそばパンの方が絶対においしいと思ってたし、もしももらえたら、そりゃあうれしいよね。

 でも「チョコより焼きそばパンをくれ」なんて無粋なことを言ってはいけない事くらいは知ってました。だいたい、焼きそばパンでは恋愛ゲームのアイテムとしてはイケてない事くらいは知ってました。

 で、話を戻すと、今年はいくつチョコをあげましたか? あるいはもらえましたか?

 私は…義理チョコを除くと、妻からもらったチョコ一個だけ。実に家庭的な数字だよね。そりゃ、妻帯者が今更、よその女の人から「愛を告白」されちゃダメでしょ。それに、恋愛ゲームを引退した身では、たとえ義理であれ、こんなオジサンにチョコをくださった事に大変感謝しております。たとえ義理チョコでも手間ひま費用がかかっているものね。感謝感謝。

 そんな私だけど、独身時代はたくさんもらったよ。ちょうど時代もバブルだったから、高級チョコを、みかんの段ボール(って所がリアルだな)一つ分くらいは楽にもらってたよ。で、それだけたくさんもらったチョコを、当時の本命の彼女と二人で食べてた、と言うよりも、食べてもらってた。ああ、悪い奴。だって、チョコなんて、たくさんもらっても、食べきれるものじゃないよ。

 ちなみに、チョコのお礼というのは、当時は全然しなかった。ホワイトデーという言葉がボツラボツラ出てきたばかりの頃だったな。お礼もしない失礼な男に、みんな、毎年高級チョコをくれるなんて、本当に時代はバブリーだったんだと思うし、バレンタインって、それだけ魅力のある恋愛ゲームだったのだと思う。

 今は昔の物語ってこと。

 あああ、今年もバレンタインが終わって、これでチョコレートも値段が下がって、買いやすくなりますね。私もしばらくしたら、義理チョコのお返しを考えることにします。

2009年2月14日 (土)

終わりに近づいた緋ドジョウの様子について

 緋ドジョウの体色はだいたい肌色~オレンジ色くらいです。もちろん,個体差があって、色の濃い子もいれば薄い子もいる。でも言えることは、体調が悪いと、おしなべて色が薄くなってくる。

 色が薄くなるというよりも、白っぽくなってくると言った方がイメージが涌きやすいだろうか? そう、体調が悪くなると、緋ドジョウは白っぽくなってくるのだ。ま、この辺は人間も一緒だけど…。

 あと、体調が悪くなると、緋ドジョウは水に沈めなくなってくるようだ。

 緋ドジョウは元気だと、だいたい水面の底にいるものだ。地面の上に横ばいになっているのが元気な状態。さらに元気いっぱいだと、地面に穴を掘って潜っているものだ。元気ハツラツだと、地面に潜って、顔だけ出してコンニチワ状態である。

 それが体調が悪くなると、地面に横ばいでいられなくなる。沈んでいられなくなる。何となくお尻が持ち上がってくる。それでも頭の方は沈んでいようとするので、「し」の字のようになる。

 もっと体調が悪くなると、水中に漂う感じとなり、金魚と同じようなところにいることが多くなる。その頃の体勢は「へ」の字のようであり、また体色もだいぶ白くなっている。あ、マズいなと私は思い始める。やがて、水面に浮かぶようになると、いよいよ終わりが近づいている。もうほとんど真っ白になっている。

 そして、星になると、すーっと沈む。真っ白になって地面に再び横たわると、お終いだ。

 何匹もの緋ドジョウの最期を見てきたが、だいたいがこの流れ。おそらく自然界では、沈めなくなった段階で、鳥のエサになってしまうのだろう。

2009年2月13日 (金)

サイレントフルートが欲しい

 フルートは小音量楽器ですが、それでも楽器なので、音は出ます。だから、あんまり夜遅くだとかは、隣近所や家族の迷惑にもなるので、練習するわけには行きません。そのため時間制限付きで練習してます。でも、本音を書けば「いつでも気が向いた時にたっぷり練習ができるように、他人に迷惑をかけずに済むフルートが欲しい」というわけです。その思いが「サイレントフルートが欲しい」になります。

 本来は「防音室が欲しい!」とか書くべきでしょうね。防音室は…実は狭いところがキライなので、ちょっとパス。それに防音室特有の密閉感ってのもかなり苦手だし。ってか、防音室に入ると、なぜか耳鳴りがするのよねえ、私。

 周りに民家のない環境なら、そもそも何の不都合もないのでしょう。私はいわゆるベッドタウンに住んでますので、まわりには小さな戸建ての家が密集しているようなところに住んでます。やはり遅い時間帯の楽器の練習は、ちょっと気が引けます。

 基本的にオタク(と言うより、ヒッキー?)なので、外に会場を借りて練習するのは、ヤです。すべて、自宅の自室で済ませたい人なんです。

 なので、サイレントフルートが欲しいです(笑)。

 私が望むサイレントフルートの条件は以下のとおり。

1)電子楽器であり、自分にはヘッドフォンを介して、普通のフルートと同様な音が聞こえるが、周囲には全く音が聞こえないこと。

2)コントローラーの使用感は、全く普通のフルートと同じであること。大きさや重さやキータッチはもちろん、頭部管の息の抵抗も同じがいいな。音そのものは、そのコントローラーからワイヤレスでサイレントフルート本体(昔のmidiの機械のようなものを想定してます)に電波で飛んで、そこからヘッドフォンへの返りもワイヤレスだとなおいい。

3)サイレントフルートの音色は、当然総銀フルートの音色をデフォルトとして欲しいが、その他に遊びとして、各種管弦楽器の音色を用意してほしい。

 つまり、簡単に言っちゃうと、エレピのフルート版が欲しいのです。これって、ありそうでないよね。

 あったら、たぶん買っちゃう。そして、夜中もフルート吹いて、寝不足になって仕事に支障が出まくりになるんだ。ボロボロの廃人になりそうだけれど、楽しいだろうなあ…。きっとそんなものがあったら、フルート猿になって、練習しまくるだろうなあ、私。

 だったら、今のフルートに弱音器を入れればいいじゃんとおっしゃる方がいらっしゃるかもしれませんが、フルートには、なぜか弱音器が存在しないので、それはムリ。管体に綿でも詰めとけばいいじゃんと言う人もいるでしょうが、管体に詰め物したら、オンチになるよ。

 難しいね、サイレントフルート。フルートはピアノの次に楽器人口が多いのだから、可能なら、とっくにサイレントフルートが実用化されていると思いますよ。実用化されていないということは、そんなものは作れないということなんでしょうね。

 日本の科学力をもってしても難しいのか、サイレントフルート。

おまけ。サイレントヴォイスも欲しいです。欲しいですが、これはさすがに無理って分かってますので、これ以上書きません。サイボーグにでもなれば、実現可能かもしれないけれど。

2009年2月12日 (木)

発表会の歌が決まりました

 はい、発表会の歌を先生に決めていただきました。

 最初は自分の希望の曲(ここで白状すると、実はヘンデルの「私を泣かせて下さい:Lascia ch'io pianga」を考えていました)を…と思ったこともありましたが、歌いたい曲と歌える曲は違うし、せっかくの発表会に向けてみっちりと練習するのだから、今の私が取り組まなければならない課題に沿った曲の方が絶対に良いわけだし、そう考えると、自分の希望の曲よりも先生に選んでいただいた曲の方が、ずっと良いと考え、先生にお任せしました。

 先生はトスティ(Tosti)とドナウディ(Donaudy)の楽譜を持ってきて「どちらを歌いますか?」と来ました。おお、トスティだよ、トスティ。憧れのトスティだよ。イタリア近代歌曲だよ。いつかトスティを歌ってみたいと願っていた私は、ついにトスティを歌える日がやってきたのだと感慨無量の思いで「トスティで…」とお願いしたら「ではドナウディにしましょう」と来ました。あらら。

 別に意地悪をされたわけではなく、好きな作家の曲は、黙っていても自分でドンドン譜読みをして歌ってしまうものだけれど、あまり好きではない作曲家の作品は機会がないと、全く歌わないものだから、今回はドナウディにしましょうとのことです。納得しました、ラジャー。確かにドナウディの曲は、自分からは歌いたいとは思わないものなあ…。

 しかし、トスティの曲はテノール用で、ドナウディの曲はソプラノ用と言う偏見をしっかり持っている私は、果たしてドナウディの歌曲の中に、私が歌える曲があるのかなあと、ちょっと心配でした。

 そこで先生からいただいた曲が「ああ愛する人の:O del mio amato ben」でした。この曲は男声でも女声でも歌われる曲だそうです。よしよし。この曲は、先生がまだ学生の時に、あるコンクールの自由曲として歌った曲なんだそうです。そいつは一つ、気合を入れて練習しなければ…。

 パバロッティが歌っているを見つけたので、貼っておきます。

 なるべく音源は聞かないように…と言われていたのに、実はうっかり勘違いをして、この曲の音源を何回か聞いちゃいました、反省。ま、この音源は、こちらのブログにいらっしゃる方用(皆がみんな、声楽に詳しいわけではないので、ドナウディの歌曲を知らない人もいらっしゃるだろうという事で…って、私もよく知らなかったのだけれど 笑)と言うわけで、私自身は、ある程度出来上がるまでは、他人の歌声は、ちょっと聞かないでおきます。

 それにしても、ちょっと長い曲ですね。軽く4分はある。発表会は出入りも含めて、一人の持ち時間は5分だから、これはギリギリの長さの曲です。かなりゆっくりと言うか、ゆったりとした曲です。パパロッティは少し速めに歌っていますが、私だともう少しテンポを落としたい気もするので、4分越えは必死だなあ…。音域的にはエフまでだから、音の高さ的には問題はないにしても、これだけゆったりした曲だと、声を維持して歌っていくのが、かなりキツいなあ。ロングトーンで曲が成り立っていて、それなりのスタミナが必要とされそう。今の私の課題(咽頭を広げ続ける)には、ぴったりと言うか、過酷と言うか、何にせよ、この曲を歌い込めば、何かが見えそうな気がします。あ、楽譜にはしっかり(演奏会用の)アリアと書かれているよ、アリアねえ…。

 とにかく全然知らない曲なので、まずは譜読みからです。譜読みはいいけれど、絶対に音取りはしてはダメと言われているので、まだ歌えません。はやる気持ちを押さえて、譜読みをしなければ…。

 まずは歌詞のイタリア語を訳すところから始めないと…。あと、リズムがちょっと細かいので、きちんとリズム読みをしないとね。譜面もあんまり優しくないけれど、きっと、歌ってみたら、それなりに難しいのだろうなあ…。

 そうそう、今回の発表会は、間違いなく発表会なんだけれど、内容を二つに分けて、前半を発表会形式で、後半を演奏会形式でやると言われました。私は…演奏会の方に出場だって。発表会と演奏会の違いは、分かるようで分からない私ですが、つまり『演奏会なんだから、発表会のようなお気楽な気持ちで舞台に上がらないように』ってことだろうと勝手に解釈しました。つまり、自分のために歌うのではなく、お客のために歌いなさいと言うことなんだろうなあ。そして、そういうつもりで準備をしましょうと言うことなんだろうなあ。

 まあ、あと四か月。この一曲に集中して、励んで参りましょう。

2009年2月11日 (水)

姿勢を確認しよう

 個人レッスンになって「細かく見ていきます」との宣言どおり、細かく注意が出たのが、私の立ち姿。今までも、折に触れ注意されていましたが、今回はきちんとできるまで指導されました。後は、今回指導されたことが、常にできるようにすることですね。

 とにかく“胸はそらない”。デブはすぐに胸をそらせる(たぶん、出っ張ったお腹とのバランスでそうなるのでしょう)が、これは背中が縮こまるので、絶対にダメ。きちんと背中を広げるように立つこと。

 “胸を張らない”ことも大事。特に肩を体の後ろに持っていくのは厳禁。むしろ肩は前に入れるくらいの気持ちの方が背中を広くつかえるので、その方向でいく。オードリーの春日君のような立ち姿は、全く歌向きではないのです。もっとも、だからと言って、腕を体の前面で組んだりするのは、変な癖をつけないために、今は無しの方向でいく。ひとまず腕は、体の前でだらりとノーガード戦法で(って、あしたのジョーかい)。

 きちんと足のかかとは互いにつけて、なおかつ内股をウンと絞って立つこと。絞る方向は、お尻をキュッと締める方向です。このあたりは、あまり意識していなかったので、全くお留守になっていたところです。

 内腿をしっかり絞ったら、重心は体の真下にしっかりと置く。ここは私が勘違いしていたところで、今までの私は重心をやや体の前方に置いてましたが、そうではなく、しっかりと安定して立つために、重心は体の真下に置くように言われました。

 この姿勢で立つと、確かに安定した立ち姿になります。試しに先生にちょっと胸を押されましたが、びくともしない。いつもの立ち方だと、簡単に後ろにコケる(笑)。いやあ、おもしろいものです。

 とにかく、この立ち姿がすっと自然にできるように心がける。ちょうど今は、声を出しての練習ができないので、その代わりに背筋のストレッチを毎日して、背筋を鍛えましょうと言われました。この立ち方をするには、背筋がある程度強くないといけないのですが、私はどうにも背筋が弱そうなので(だいたい腰痛持ちだし)、背筋を鍛えていきましょうとのことです。

 あと、姿見(の鏡)を買って、毎日、その前に全裸で立ってみると、すぐに立ち姿が身につきますよと言われました。それに全裸で鏡の前に立つと、ダイエットにも効果がありますとのアドバイス。

 そりゃあねえ…毎日、自分の醜い裸体を眺めていたら、ダイエットせざるをえないよねえ。

 と言うわけで、アゴと背筋のストレッチを毎日やってます。あとは…姿見を買いに行かないとね。

2009年2月10日 (火)

練習禁止令が出ました

 声楽三年生になりました。クラスも個人レッスンに移りました。その最初のレッスンです。

 個人になって、さっそく先生から「これからは細かく見ていきます」と宣言。望む所です。

 で、まずは癖を取る所から始めることにしました。グループでのレッスンでは、人数的な問題や時間的な配分から、どうしても生徒の一人ひとりの癖を徹底的に矯正して行くという細かい指導まではできませんので、今まで気になっていたものの、なかなか手がつけられずにいた、私の悪い癖を取る所から個人レッスンを始めることにしました。

 で、その私の悪い癖は色々とありますし、それらは順番に時間をかけて、一つ一つ直してゆかなければいけないのですが、まずは「咽頭を広げ続けていく」ことから始めることにしました。そのためには「舌根を下げ、口蓋垂を上げ続ける」という、実に基礎的な事に集中してゆきましょうという指導方針が出ました。ポイントは「~続ける」という部分です。

 そのためにまず言われたことは「原則的に自宅での練習は禁止」。その理由は、私はオタク(!)なので知識が有り過ぎて、その知識が私自身をがんじがらめに縛っていて、自由に歌うことができなくなっているので、一度すべてを捨てて馬鹿になって、ただ咽頭を広げることだけに集中していくといきましょうという指導方針となりました。

 “とにかく咽頭を広げる。そのために一時的に声が出づらくなっても、歌がきちんと歌えなくなっても、今は良し。芸術的なことはひとまず抜きに考える”です。

 とにかく、ひとまず練習を休み、体の感覚をリセットすることから始めます。

 なので、当面、歌の練習は、レッスンの時に先生の前でやるだけにします。もっとも、当面と言っても、2~3週間程度でしょうとは先生の弁。しかし、3週間も歌わずにいられるだろうか、この私が…。そこが実に厳しい話ですね。

 今回のレッスンの内容は、至って簡単でシンプルでした。咽頭を広げたまま、発声をするだけ。実にこれだけ。咽頭がきちんと広がっているかどうかは、鏡で口の中を目視しながらチェックです。その結果、自覚できた事は、中音域では容易に広げたままでいられる咽頭だけれど、音が高くなるにつれ、無自覚に狭くなっていました。狭くなって、最終的には潰れて閉じて、声が出なくなるわけだ。これが私が高音に制限がある理由の一つだったわけだね。だから、高音になっても咽頭が狭まらないように、いつも広げたままで、いられるように努力努力。

 それは、最近、家で発声練習していて気になっていた事と奇妙に符合します。それはどんな事かと言うと「高い声を出そうとしても、G#くらいから、物理的な壁のようなものが声の前にたちふさがり、向こう側に行きたいのに行けない」と感じていたことです。ここで感じていた、壁のようなものの正体の一つが「高音になるにつれて狭くなり最後は閉じてしまう咽頭」という無自覚な癖のようです。

 と言うわけで、この悪い癖を取り除くために、当面、声楽は全然頑張らないことにしました。歌の練習は先生のOKが出るまで、一切しない。どうしてもやりたくなったら、呼吸の練習をひたすら繰り返す(呼吸の練習はOKをもらってます)。間違った声の出し方を忘れるために、とにかく一人の時は歌声を出さない。これが今回のポイントだね。

 では、今まで歌っていた時間は何をするかと言うと「研究してください」と言われました。研究……いやあ、オタク心を刺激するいい言葉だねえ…。自宅で声を出してはいけないけれど、譜読みをしたり、イタリア語の勉強はOKだし、YouTubeで古今の名歌手の歌唱を咽頭の広げ方のみに着目して観察するなどが薦められました…いやあ、やることはたくさんありますねえ。怠けている暇は全くありません。

 さあ、頑張らないように頑張ろう。

2009年2月 9日 (月)

金のフルートと銀のフルート

 今日の記事は夜希さんの「Yaki's Diary」の記事「別冊きたー」に触発されて書いてます。夜希さんの記事はこちらです。

 私も夜希さん同様、ザ・フルートの別冊23号を買いました(今日の段階ではまだアマゾンでは取り扱いが始まってませんね。おそらくすぐに買えるようになると思いますが、待ちきれない方は、地元の楽器店か、版元のアルソ出版でお買い求めくださいませ)。

 さっそく付録のCDを聞きました。今回は「憧れのフランス近代作品 美しきフルートの調べ」という号で、フルートの比較的ポピュラーな名曲を含んだフランス系の曲を、二人のフルート奏者が演奏していらっしゃるのですが、おもしろいですね。付録CDの楽しみ方としては邪道かもしれませんが、見事なくらい音が違うので、期せず『フルート聞き比べCD』になってます。

 フルート奏者は、金のフルートの平山恵さんと、銀のフルートの前田綾子さんのお二人。

 平山さんはムラマツの人だから、たぶんムラマツのゴールドフルートを使ってらっしゃるのでしょう。表紙の写真の色合いから判断すると24K(または18K?)のようです。写真の色合いなんて、いくらでも変わりますので、見た目での判断は難しいです。

 一方、銀のフルートの前田綾子さんはYFL-884BJ(ヤマハの銀のビジュー)です。

 金のフルートと銀のフルート、ムラマツとヤマハの聞き比べができるわけです。

 さっそく聞いてみました。

 いやあ、平山さんの金のフルートは音色がまろやかですなあ。6曲目の「アダージョ・ノーブル」では、それを強く感じました。これぞ金のフルートって感じの音色。まろやかで太くて密度が高くて…そして金独特のあの質感のある音色、ゴールド好きな方にはたまらないでしょうね。

 一方、前田さんの銀のフルートは艶やかですねえ。私は10曲目のゴダールの「子守唄」が特に気に入りました。ツヤがあって開放的で伸びやかな音色。ああ、銀のフルートっていいなあって感じです。最近のプロのフルート奏者の方は、ゴールドとか木管とかの使用者が多いので、レコーディングアーチストでシルバーの方って、貴重ですよね。銀独特のあのしっとりした音色はたまらんです。

 金のフルートと銀のフルート、やっぱり材質が違うだけで、だいぶ音が違います。あと、これに木のフルートの奏者さんが加わっていたら、もっと『フルート聞き比べCD』としては完璧だったなあと思います(って、趣旨が違う?)。もっとも、音の違いは、フルートの材質だけでなく、お二人の持つ奏者としての元々の音色の違いもあるので、別の奏者での金のフルート、銀のフルートの聞き比べもしたいです。

 しかし、お二人のフルートを聞いて思うことは、お二人ともすごく音がきれい。フルートの音はだいぶ違うのだけれど、どちらもきれい。やはりプロは“音がきれい”ってことが大切なんだなあと思う。

 テクニックも、もちろんプロとしては必要でしょうが、客の立場では、すごいテクニシャンな奏者の演奏に出会うと「うわあ、すごいなあ」とか「よく指が動くなあ」と感心しますね。でもそれだけです。

 一方、きれいな音で音楽を奏でられると、うっとりしますし、感動します。感心と感動。この二つは言葉は似てますが、内容は似て非なるものです。私は感心できる音楽よりも、感動出来る音楽の方が好き。だから、音の美しさは大切だと思う。

 あとね、私はよく記事に「ゴールドフルート、嫌い」って書いてますし、実際に嫌いなんですが、これは私自身がゴールドフルートと相性がどうも悪いのが原因。ゴールドフルートを試奏すると「帰んな、坊や」と言われているような気がするんですよねえ。一方シルバーフルートは「楽しんでいってネ」って言われているような気がするので、どうしてもシルバー贔屓のゴールド嫌いになってしまうわけで…。

 でも、プロの方が吹くゴールドフルートは結構好き。ゴールドのあの独特の音質感も、奏者の個性の一部だと受け入れてしまうので、気になりません。結局、良いものは良い、ダメなものはダメで、私が吹くゴールドフルートはダメだから嫌いなんです。

 そういうわけです。ジャンジャン。

 ちなみに、このザ・フルート別冊の最新刊ですが、私もアマゾンで待ちきれずに、近所の楽器店に買いにいきましたが、どこもすでに売り切れで困りました。今回は仕事が忙しくて、発売日直後に買いにいけなかったのが敗因ですが、電車に乗って、大きな楽器店まで買いに行かざるを得なかったです。おかげで電車代が加算されて、少しお高い買い物になってしまいました。コンビニとは言わないけれど、せめて普通の書店で買えるといいのになあ…ザ・フルート。趣味で演奏する人はピアノの次に多いらしいけれど、雑誌まで買う人は極端に少ないのでしょうね。フルートは楽器が高すぎるので、雑誌購入する余裕がないってか?

2009年2月 8日 (日)

いびきが美しい[2009年2月第2週・通算5週]

体重:104.4kg[-0.7kg:-1.4kg]
体脂肪率:31.8%[-0.4%:-0.5%]
BMI:33.4[-0.2:-0.4]
体脂肪質量:33.3kg[-0.5kg:-0.9kg]
腹囲:105.3cm[-1.7cm:-1.0cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエット第3週目でございます。順調にダイエットは進んでおります。今週はすべての数値がマイナスになりました。Goodでございます。しかし実はまだ、昨年末の体重・BMI・腹囲より多いです。BMIは体重と連動しているので、ちょっと横に置くとすると、体重と腹囲がまだ多いです。体脂肪質量はなんとか年末レベルにまで戻しましたので、つまりお腹周りの脂肪以外のもので体重が重くなっている?ってわけで、考えられることは“皮膚”? 実際、正月は常に腹がパンパンでつらかったのに、今はラクラクですから、体重の増加に伴って、一生懸命、お腹の皮膚が面積を広げて行ったのでしょう。体脂肪質量が戻ったのに、体重が700g重いってのは、そんなわけじゃないかと素人的には思います。

 実際に、大幅にダイエットをした人は、余った皮膚を切り取るし、皮膚を切り取ると、これまたガクンと体重が減るそうだし…ま、私のような常人レベルのデブには関係のない話ですが…。

 さて、今週のエッセイです。

 「いびきが美しい」と言われました(笑)。もちろん妻にですが…。

 私はどうやら、熟睡するといびきをかく様です。まあ、肥満体の人間は多かれ少なかれ、首やアゴの脂肪でノドが絞まるので、睡眠などでその周辺の緊張がゆるむと気道が塞がれて、いびきをかきやすいものです。

 私はいびきをかかないように気をつけているつもりですが、やはりいびきをかいてしまうようです。

 いびきをかかないように気をつける理由は「うるさいから」ではなく、安眠確保のためです。いびきって、熟睡を妨げますよねえ。いえいえ、その騒音のせいではなく、その息苦しさからですよ(だって本人は寝ているので騒音は気になりませんから…笑)。いわゆる一つの「睡眠時無呼吸症候群」の入り口じゃないですか、いびきって。それを避けるために色々と工夫をしているのですが、やはり油断すると、いびきをかいて寝ているようです。

 で、そのいびきなのですが、どうやら私のいびきは「美しい」らしいのです。

 どう「美しい」かと言うと、たくさんの倍音を含んだ音で、高らかに、響き豊かで、力強いのだそうです。力強い低音は、部屋の床に響き渡り、高音成分を多く含んだ響きは天井から降ってくるそうです。

 いやあ、いびきが床に響くは、天上から降り注ぐは…すごい迷惑。ああ、よかった。私は、寝てるから知らないもんなあ、そんなことになっているなんて。

 「いびきにも色々あるけれど、あれくらいきれいな響きのあるいびきは、なかなか無いよ」と誉められました。いやあ、なんであれ、誉められるとうれしいものです。

 いびきをかかなくて済むくらいに、やせないと、マズいな(汗)

2009年2月 7日 (土)

ブニョ

 元フウカのポニョが最近はすっかり「ブニョ」と呼ばれています。もはや誰もあの子を「フウカ」とか「ポニョ」とか呼びません。専ら「ブニョ」です。

 ブニョ…命名は息子君なのですが、「ブスでデブなポニョ」という意味だそうです。小学男子のつけそうな名前です(呆)。いちおう、ブニョの名誉のために、書き添えておくと、ブニョはブスではありません。オランダとしては極めて正統的な美形の金魚であります。デブでもありません、単にスタイルの良い大型金魚なだけです。ただ、オランダという種類の金魚は、寸足らずのヘチャムクレで瘤だらけが美形なので、一見異様な形をしている子ほど美しい金魚で、冷静に見れば、ブニョはかなりの美形な金魚になります。

 ただ、ブニョは左の尻ヒレが奇形なので、それで稚魚の時に選別からもれて、金魚すくいの金魚に成り下がってしまったのでしょう。奇形のヒレは、常に尾ビレに隠れていますので、別に見ていても気になりません。

 金魚すくい出身のブニョの方が、ハズキ(一応、値札をつけて売られていた鑑賞用の金魚です)よりも、ずっと立派に育ちました。

 とにかくブニョです。「ブスでデブ」とは思いませんが、語感が何となくこの子のイメージに近い気がしますので、いつのまにかブニョです。かわいいですよ。

 あと、ブニョはカエデと本当に仲が良いのですよ。金魚界のベストカップルですよ。見ていて微笑ましいくらいです。

 ブ~ニョ、ブ~ニョ、ブニョ、さかなの子~。

2009年2月 6日 (金)

タンギングは大切

 リズム変換の話を優先して、アルテの事を書き忘れていました。

 アルテはようやく、7課の4番と5番がOKです。いやあ、がんばったよ、私。

 注意されたことは、スラーとそれ以外の部分ときちんと吹き分けること。スラーでない音符は、必ずきちんとタンギングを入れること。そのあたりをいいかげんにやらないこと。

 実は先生に注意されるまで、そのあたりを、少しいいかげんにやってました。タンギング、タンギング。きちんとしましょう、タンギング。

 そして、そのタンギングもできるだけきれいなタンギングでやれるようにしましょうとの事です。フルートはタンギングが肝心なのだそうです。

 頑張れ、私。7課の残りの部分が宿題だぞ。7課の7番が鬼門だ~。120の速さで三連符なんて、指回りませんよお~。これくらいでへこたれてたら、クヴァンツのカプリッチョなんて一生かかっても吹けないぞお~。

 アルテから離れますが、レッスンの最初にロングトーンをやりました。しかし、3オクターブ目は耳に来ますね。3オクターブ目を吹いた後は、右耳がジンジンします。先生にその話をしたら「難聴になりますから、気をつけてください」との事。どう気をつけようかな? 耳栓でもしようかしら?

 「フルートの高音域でこんなに来るんだから、ピッコロだと大変でしょう」と私が言うと、やはりピッコロは耳に来るそうです。確実に耳をやられるので、多くのピッコロ奏者は、多かれ少なかれ聴力に問題が生じるそうです。

 演奏者の耳を壊す楽器、ピッコロ。魔性の楽器だな。ああ、ピッコロに不向きな私でよかった、よかった。

2009年2月 5日 (木)

リズム変換の基本のキのお話[練習方法編]

 では次に、レッスンで行ったリズム変換の基本のキをマスターするための、具体的な練習方法を書きます。

 まずはメトロノームを鳴らします。速さは40くらいです。このメトロノームの音と音の間を「一つ」に感じます。ま、ワン・ビートって感じ? きちんと感じていることを確認するために、フルートをメトロノームの音に合わせてピッピッと鳴らしましょう。

 次に、このピッピッの間を「三つ」に感じます。一つを3分割です。クラシック的に言うと、三連符ですね。三つに感じたら、感じたままにピッピッとフルートを鳴らしましょう。

 次に、このピッピッの間を「六つ」に感じます。いわゆる、六連符って、やつです。これは3分割にしたものを、さらに1/2に感じてゆけば、自然に六つに感じられます。六つに感じたら、感じたままにピッピッと鳴らしましょう。

 次にこのピッピッの間を「二つ」に感じます。「六つ」で感じたもののうち、三つずつ組にすれば「二つ」になります。

 次にこのピッピッの間を「四つ」に感じます。これは「二つ」に感じたものを、1/2に分割すれば四つになります。

 こうして、ピッピッと鳴らしながら、1・2・3・4・6に感じました。そうです、ピッピッの間を、二つに感じたらマーチで、三つに感じたらワルツで、四つに感じたらフォービートです。

 次にこれらの拍子を混在させます。二つに感じていたものを、そのまま連続でいきなり三つに感じてみます。三つを四つにとか、六つを二つにとか、色々なパターンをやってみます。十分できるようになったら、メトロノームの速さを速くして、また最初から繰り返しです。

 かなりの速さ(メトロノームの速さの限界近く)まで、分割して感じられるようになら、基本のキは修了です。

 注意点としては、時間を分割する時、かならず「3」をベースにして、三の倍数で分割していく事が肝心。黒人音楽では「三つに分割」というのがベースなんだそうです。それにときたま「2」で分割が加わります。つまり音は必ずどこかで三つに分割されていると考えます。必ず「3」で分割されているので、なんか常に跳ねているような感じになるわけです。で、このどこか必ず「3」で分割されているリズムが、いわゆる「ノリ」を生み出すのだと思います。

 とにかくリズム変換は理屈ではなく、感覚でできるようになるまで、リズムの練習をすること。これがまずは黒人音楽の基本のキ。そして、リズムを細かく感じられるようになると、ジャズを始めとする黒人音楽を聞いても、何をやっているかが分かるようになり、とても楽しくなるのだそうです。

 とにかく体に染み込むまで、毎日リズムの練習をする。フルートを持っている時はもちろん、フルートを持っていない時も、手拍子や足拍子でもいいので、常に練習する。体に染み込むまで練習する。これが今回の宿題です。

 ここまでが、リズム変換の基本のキです。これがリズム変換のすべてではありません。その次の段階があるのですが、ひとまずは基本のキの習得を目指しましょう。

 そして、リズム変換の基本のキが自由にできるようになったら、フルートを持って、チムチムチェリーを吹いてみましょう、とのこと。チムチム~を三拍子で弾いたら、そのまま続けて四拍子にしたり、ある部分を三拍子でやったり、また別の部分を四拍子でやったり、また二拍子にしたり、なんか色々な拍子を混在させて演奏できれば、リズム変換としては、なかなかのものじゃないかと思います。

 こうして文章に書くと、かなりややこしいですが、リズム変換の基本のキそのものは、単にやってみるだけなら、案外簡単です。ただし、これが感覚でできるようになるまで練習するのですから、そこが大変です。そして何も考えずにできるようになるには、とてもとても大変です。

 だってね、理屈が分かっても、実践できなければ、音楽としては、何の意味もないですしね。さあ、練習練習。

2009年2月 4日 (水)

リズム変換の基本のキのお話[理屈編]

 フルートのレッスンで、リズム変換の基本のキを習ったよ。このリズム変換の基本のキとして、大切なのは、リズムをどう感じるかって事です。あなたはリズムをどう感じていますか?

 私はクラオタなので、もちろんクラシック寄りというか、学校の音楽の時間に習ったように感じています。つまり“一拍を基準”にリズムを感じています。

 一拍が二つまとまってグループを作っていればマーチを感じ、一拍が三つにまとまってグループを作っていればワルツだし、一拍が四つで…まあ普通の曲?って感じですか?

 この一拍ってのが、四分音符だったり八分音符だったりするけれど、まあ、拍子記号の分母に当たる数字に該当する音符がそれで、だいたいはメトロノームの数字と一緒に書いてある音符がそれでしょ。あと、一つのグループと書いたのは、いわゆる小節のことで、たいていは一小節のこと。たまに二小節で一つのグループだったりする曲もあるけれど、一拍が積み重なって、そのグループができていることには変わりない。

 たいていの場合、一つの曲は、一つの拍子(4/4とか3/4とか2/4とか)で通してできています。たまに、三拍子の曲に二拍子の小節が入り込んだりします(変拍子だ)が、それでも一拍が基準なので、何拍子の小節であれ、同じ曲の音符の時間的な長さは全く変わりません。そんなものです。これがいわゆるクラシック寄りなリズムの感じ方。

 習ったのはジャズを始めとする、黒人系の音楽(ポピュラー音楽とはあえて書きません。ポピュラーの中には極めてクラシック寄りの音楽、通常“白い音楽”というのがありますが、ここでいう黒人系の音楽とは、それとは違う、いわゆる“黒い音楽”のことです)のリズムの感じ方で、リズム変換というのは、黒人系の音楽で有効な考え方のようです。

 ここから先は、多少、不正確な描写となりますが、あえて、クラシック的な用語を使って説明しますので、ジャズ寄りの人から見れば「そこ、違うよー」と思われるかもしれませんが、ご勘弁ください。

 まずクラシック系は、一拍という基準を積み重ねて音楽を作っていきますが、黒人系はその逆で、一拍の時間を分割してリズムを作っていきます。

 まず一拍の概念が違います。クラシック音楽では基準の音符(多くは四分音符ですが)を一拍と考えますが、黒人系では一小節が一拍と思った方がわかりやすいです。

 例えば、手拍子。クラシック系(では手拍子は打ちませんが)なら、各基準となる音符ごとに手を打ちます。4/4拍子なら、四分音符一つ分ずつ手を一回。一小節で4回、一曲が16小節からできていれば、64回手を打ちます。この一拍が基準で、これを足したり、割ったりしてリズムを作るわけです。足したり割ったりしますが、あくまで一拍が基準なのです。

 そこへ行くと、黒人系では、一小節が基準なので、手拍子も一小節で一回と考えてください。ですから、16小節なら16回手を打つことになります。でも実際の黒人系の音楽は、とても複雑なリズムの曲が多く、実際は手拍子16回どころで足りるはずの騒ぎではなく、とても細かいリズムで出来上がっています。それはどういう訳かというと、その一回の手拍子の中の時間を細かく分割してリズムを作っていくのです。

 具体的にいうと、一小節(=一拍)を二つに分けたり、三つに分けたり、四つに分けたり、五つに分けたり…。そしてその分けたものを、順次組み合わせてリズムを作ってゆきます。つまり、一拍を細かく分割して、その分割したものを再構成してリズムを作るのです。だから、リズムが細かいのです。

 さらに具体的な話(ただし、かなり不正確で大雑把な話)をします。ここに4/4と表記され、四分音符が4つ並んでいる小節があったとします。そしてその次に3/4と表記され、四分音符3つ並んでいる小節が続いているとします。この二つの小節を続けてどう演奏するかですが、クラシック的な演奏法だと、四分音符は基準ですから、4/4であれ、3/4であれ、音符の長さは変わらず、小節の(時間的な)長さが変わっていきます。つまり、最初の小節は四分音符4つ分の時間(つまり4拍)で演奏され、次の小節は四分音符三つ分(3拍)の時間で演奏されます。

 しかし黒人系なら、ちょっと違います。そのような場合、最初の小節と次の小節の時間的な長さが同じになりますので、4/4で書かれた四分音符は短めに、3/4で書かれた四分音符は長めに演奏されます。つまり小節の時間的な長さが一緒で、音符の時間的な長さが変わります。

 お分かりですか? ついてこれますか?

 ですから、元々三拍子の「チムチム~」を四拍子で演奏しても、小節の時間的な長さは変わりません。拍子が変わったからと行って、音符の移動もありませんので、曲の演奏時間もおそらく変わらないでしょう。しかし、単純に三拍子の時と比べて、四拍子に変換した後は曲の速さが早く感じられるようになります。それは一つの音符の時間が短くなって拍が増え、リズムが細かくなったからです。つまりリズム変換をすると、拍子の数が増えるほど、同じ曲が早く感じられるようになります。でも早く感じるだけで、実際は全然変わらないのです。おもしろいですね。

 このようなリズム変換の利点を述べるなら、一つの曲の中にたくさんの拍子が混在できることです。三拍子の曲に部分的に四拍子を入れたり、その逆をやっても、小節の時間的な長さは変化しないので、いくらでも好きなだけたくさんの拍子を一つの曲の中に混ぜることができます。その結果、一曲の中にたくさんの拍子の音楽が混在してしまっているのが、黒人系の音楽です。それゆえに、黒人系の音楽を正確に五線譜に書き記すことは不可能ですし、なるべく忠実に書き記そうとすると、とても複雑なリズムの楽譜になってしまいます。

 そして、譜面はとても難しく書かれていますが、実際に演奏され、耳で聞いてみると、案外単純だったりするのは、そんなわけです。

 つまり、クラシック系と黒人系では、そもそものリズムに関する考え方が違うのです。そして、楽譜というのは、クラシック系の音楽を記述するために最適化されているので、黒人系の音楽を記載するには、かなり不向きなツールなのです。

 おもしろいでしょ。クラシック畑の人がポピュラーを苦手とする理由の一つが、リズムの取り方が基本的に違うため、うまくリズムがとれないことがあげられます。黒人系の音楽の基準が拍ではなく小節にあることで、曲の中にたくさんの拍子のリズムが複雑に混在してしまい、それがクラシック的なリズム感とは異質なものだからなのだと思います。

 こんな笑い話があります。

 私の知り合いで、黒人系のドロドロとしたジャズやブルースが好きな兄ちゃんがいるのですが、この兄ちゃんがある日、親戚の女の子(小学校低学年で個人のピアノ教室でピアノを習っている子)を車に載せてドライブをした時のこと。もちろん車内のBGMはいかしたジャズだったのですが、その女の子に「オジサン、その音楽、気持ち悪いからやめてくれない」と言われて、エラく心をえぐられたそうです。

 クラシック系のおしゃれなピアノ教室でピアノをお習いあそばしているお嬢様から見れば、ジャズは気持ち悪い音楽なんだそうです。たしかに、リズムとか音階とかが、クラシックとジャズでは違うから、その違いを「気持ち悪い」と表現されてしまっただけの話(ほら、子どもって、無神経な上に、語彙が貧困だからね)のようなのですが…。

 「コルトレーンのどこが、気持ち悪いんじゃーい」と私の前で叫んでも、それは遅すぎ。その子の前でちゃんと言わないとね、オジサン。

 今日は、とても分かりづらい文章で、その上、長文でごめんなさい。これ以上、私にはわかりやすくは書けません。ま、備忘録だから、私だけが分かればいいやと、今日のところは割り切ることにしました。きちんとリズム変換について知りたい人は、それなりの教則本をご覧になってください。よろしくね。

 で、この理屈を踏まえた、実際のレッスンの話は、また明日します。

2009年2月 3日 (火)

チム・チム・チェリーを三拍子と四拍子で吹いてみたよ

 懸案のチムチム(原曲は三拍子ですが、四拍子でも吹けるようにしましょう)ですが、先生とのレッスン前の状態を、記録として録音してみました。

 いやあ…、よかったなあ、録音を残しておいて…。実は、今回の四拍子バージョンは、一応、四拍子なのですが、これはリズム変換をしての四拍子ではなく、クラシックっぽい変拍子としての四拍子になっているので、ちょっとダメなバージョンです。ダメなバージョンなのですが、記録としてはおもしろいので、アップしちゃいます。

 具体的にどうダメなのかと言うと、この四拍子バージョンは…

 1)頭で考えて作った演奏なのでダメ。理想は何も考えずに、リズムだけを感じて三拍子の曲を四拍子で演奏をする。

 2)クラシックの変拍子のように、一拍の時間が三拍子でも四拍子でも同じなので、連続して演奏した時にダメ。一拍の時間が同じなのではなく、一小節の時間を同じにして演奏しないといけないのです。

 ま、とにかく、演奏を聞いてみてください。こちらがオリジナル通りの三拍子バージョンです。

 それで、こちらが私が何とかコネ繰り回して形にした四拍子(暫定)バージョンです。

 これでも一応、頑張ったんだよ、私。リズム変換に関する話は、レッスンの備忘録(明日アップします)に書きましたので、そちらを読んでください。よろしくね。

2009年2月 2日 (月)

映画「マンマ・ミーア」を見ました(ネタばれ無しです)

 公式ホームページは左上のブログパーツの文字部分、またはここをクリックすると行けます。

 さっそく見てきましたよ、映画「マンマ・ミーア!」。よかったです、劇団四季のステージの「マンマ・ミーア!」も見ました(これも大変よかったです)が、やはり映画には映画ならではの魅力があります。私はこの映画が気に入りました。

 今まで、私のミュージカル映画ランキングは、トップグループを「ウエスト・サイド・ストーリー」と「マイ・フェア・レディー」が占め、その次に続く作品群として「サウンド・オブ・ミュージカル」や「エビータ」が、その次が「ダンサー・イン・ザ・ダーク」とか「オペラ座の怪人」とか「メアリー・ポピンズ」とかが来てました(大好きな作品が抜けてないかなあ…?)。そんな中へ「マンマ・ミーア!」の格付けをすると…、トップグループに入れてしまおうという感じになります。つまり、私的には、「マンマ・ミーア!」は「ウエスト・サイド・ストーリー」や「マイ・フェア・レディー」と肩を並べるほどのミュージカル映画という評価となりました。

 とにかく理屈抜きで楽しい。楽しい映画は楽しいね。そこがまず一番。それと当たり前だけど、音楽がいいね。楽しくて音楽が良ければ、ミュージカル映画としては、もう十分すぎるでしょう。

 で、これで終わっちゃうと、そこらにあるブログと同じになっちゃうので、老犬ブログとしては、もうちょっと書いちゃいましょう。

 この映画の特徴は何か。それは“新しさ”でしょう。この映画、20世紀半ばのミュージカル映画全盛期の頃のミュージカル映画とはだいぶ違います。最近、ポツポツと作られるようになった、新しい形のミュージカル映画の一つの帰結だと思います。

 実は90年代頃から、地味に、良質なミュージカル映画が作られているのは、みなさんご存じでしょうか? つまり、そんな流れの一つの頂点がこの作品で、この作品から21世紀のミュージカル映画が始まると私は確信しています。

 この映画の特徴が、新しさであるということは、つまり“古い視点から見ると”全くダメダメな作品であるとも言えます。それがこの映画の評価を大きく分けるところでしょう。

 まず、この映画のダメダメな部分(つまり新しい部分)をあげてみましょう。

 まず、曲が全部、カバーソングで新曲は一つもない。耳慣れた古い曲ばかりで、この映画ならではの曲というのもが皆無。

 次に、出てくる役者、みんな歌が下手。それも主役クラスの役者たちの歌が壊滅的にダメ。

 さらに、ろくなダンスシーンすらない。

 もっと言えば、全く夢々しくない。

 これでは、従来のミュージカルファンにそっぽを向かれかねませんし、おそらく否定されるのではないかと思います。ミュージカルと言えば、黄金期である20世紀の中頃の作品群のものしか見ていなかったら、このマンマ・ミーアは唾棄すべき作品かもしれません。一体、これのどこがいいの?って思うでしょう。

 どこがいいの? ……だって、楽しいじゃん(はぁと)!

 まず、このミュージカル、新曲が一つもないと書きました。そうです、全くありません。すべての音楽が1970年代後半に活躍したスウェーデンのポップグループ、アバの楽曲です。ただし、そんちょそこらの楽曲ではなく、ほぼすべての曲が世界的レベルでヒットしたヒット曲ばかりです。つまりこれを言い換えれば「捨て曲なし、すべての曲が名曲で構成されたミュージカル」と言えるのです。楽しいでしょ。

 こういう、ヒットしたポピュラーミュージックをたくさん集めて作ったミュージカルを「カタログ・ミュージカル」と最近は言うようです。この手の手法で(たぶん)最初にヒットしたのが、映画「ムーラン・ルージュ」でしょう。

 舞台作品の「マンマ・ミーア!」が成功した後、同じくカタログ・ミュージカルとして、クイーンの楽曲を使った「ウィ・ウィル・ロック・ユー」やビリー・ジョエルの楽曲を使用した「ムーヴィング・アウト」などの作品が生まれ、そこそこのヒットになったようです。おそらく映画でも「マンマ・ミーア!」の後を追いかける、カタログ・ミューカルの映画ができるでしょう。今から楽しみです。

 次に出演した役者たちの歌が下手なこと。これは従来のミュージカル映画の視点から見ると無視できないことでしょう。特に、男性側の主役である、ピアーズ・ブロスナンの歌のぶきっちょさと来たら、なんと表現すべきか…。

 でも、これはこれでいいのです。これがこのミュージカルの新しさなのです。

 どういう事かというと、このミュージカル。音楽がメインの作品ではないのです。この映画では、何よりもストーリーが映画の中心に置かれています。ストーリーを生かすためには、従来のような音楽的にきれいな歌唱ではダメなのです。それぞれの配役の役柄を生かした歌唱でなくてはなりません。そしてストーリーを背負った歌唱でなくてはなりません。それを私が一番強く感じたのは、結婚式に向かうドナ(メリル・ストリープ)の歌う「ザ・ウィナー」という曲。あれは歌唱という点で見ると、かなりひどい歌ですが、あのドラマのストーリーの中であのドナという女性の心情を歌として表現するならば、ああならざるをえないのです。

 ピアーズ・ブロスナンの歌もあれでいいのです。彼の演ずるサムという役は、ああいう“ぶきっちょ”な奴なんです。そのぶきっちょな人柄を表すには、あんな程度の歌唱の方がいいのです。いや、むしろ、立派な歌唱では、あの役の、あのへっぽこぶりは表現できませんって。だから、あれでいいのです。

 「マンマ・ミーア!」はラブコメ映画です。そしてラブコメ映画なんだから、きちんとラブコメとして演ずれば、ああなるのです。そして、ああなったからこそ、映画として楽しい映画になったのですよ。

 それにね、「いやあ、あの歌には我慢できない!」…って人は、別に我慢しなくてもいいのです。オリジナルのアバのCDを聞けばいいのですから。こういうところも、21世紀のミュージカルだなあと思います。そして、素晴らしいオリジナル歌唱があるからこそ、映画の歌唱は思いっきりストーリー側に振り切れるのだと思います。

 ダンスシーンもろくなものがありません。群舞らしきものは少しだけあるにはありますが、…だいたい、主役クラスの出演者たちは踊れるの?って思います。

 これはダンスの扱いが、歌の扱いと同様な扱いを受けているためだと思います。ダンスを含めたアクションは、(当たり前ですが)すべてストーリーを生かすために演出されています。ダンスを魅せるシーンは…ありません(笑)が、それがこの映画のストーリー上、何か支障があるかと言うと、全くないです。

 ダンスファンの視点からミュージカル映画を楽しみにしている人には、正直、寂しさを感じる映画かもしれません。そこはこの映画の弱点です。

 さらに言うと、この映画は、実に夢々しくありません。

 その一例をあげると、主演のメリル・ストリープにしても、ピアーズ・ブロスナンにしても、この役をやるには、少々年を取り過ぎかもしれない、シワ目立ちすぎだろって思います。一応、ラブコメだよ、その主役だよ。いくら中年の役とは言え、もっと若い役者、少なくとも10歳は若い役者を使っても、問題ないだろう…私も最初はそう思いましたし、今でもその思いを完全に払拭したとは言えません。

 でも、シワだらけの役者でよかったのかもしれない。だってこの映画は「現代を舞台にした、現代のミュージカル」なのです。今までのミュージカルが、おとぎ話や昔話の世界を題材にしたものが多いなか、これは真っ向「現代劇」なのです。とすると、ドラマの登場人物たちも、リアルに考えれば、年もとっているだろうし、シワだらけだろうし、体型もくずれていていいのかもしれない。現代劇だからこそ、夢々しくないのでしょう。

 夢々しくない代わりに、目もくらむばかりの美しい光景が、映画の中に広がっています。ギリシアって美しいんですねえ…。私もギリシアの島に遊びに行きたくなります。いいなあ、ギリシア。いいなあ、エーゲ海。物語の風景を見ているだけでも、楽しい気分になってきます。

 そんな、新しい、ある意味、風変わりなミュージカル映画である「マンマ・ミーア!」。私は気に入りました。お薦めします。実に楽しい映画です。

 日本ではミュージカル映画はヒットしませんので、あんまりゆっくりしていると、見逃してしまいますよ…とだけ、別に関係者でもなければ、宣伝費ももらってませんが、書き添えておきましょう。それにあの音楽は、やはり音響設備の整った映画館で見た方が、絶対に楽しいしネ。

おまけ その1

 一応、サウンドトラックCDのリンクを貼っておきます。できれば、このサントラは映画を見てから購入した方が良いですよ。映画を見る前に買って聴くと…ね、分かるでしょう。キツいよ…。

おまけ その2

 作曲者の二人(アバのベニーとビヨルン)が、それとなく映画に出演しているよ。ベニーは劇中の「ダンシング・クイーン」の最期の方で、船の上でピアノを弾いています。ビヨルンは一番最後の「恋のウォータールー」でギリシア神の衣裳でハープを弾いています。それにしても、よく気づいたね>私。

2009年2月 1日 (日)

マスクが流行ってますね[2009年2月第1週・通算4週]

体重:105.1kg[-0.7kg:-0.7kg]
体脂肪率:32.2%[+0.1%:-0.1%]
BMI:33.6[-0.2:-0.2]
体脂肪質量:33.8kg[-0.2kg:-0.4kg]
腹囲:107.0cm[+-0.0cm:+0.7cm]
     [先週との差:2009年当初との差]

 そふくしダイエットを始めて2週です。体重はたしかに減ってます。減っている内容が体脂肪ではなく、身体全体から少しずつというのが、とても気に入りません。体重こそ減っているけれど、決して健康的なダイエット方法とは言えないのかもしれません、そふくしダイエット。もっとも、今回の第一目標は「体重100Kgになる」ですから、あまり贅沢を言ってはいけないのかもしれません。とにかく、ダイエットを粛々と行なっております。

 さて、今週のエッセイです。

 昨今、街ゆく人を見れば、かなりの数の人がマスクをしています。まあ、冬だし、風邪を召されている方も多いのでしょう。風邪をひいても休めない、ああ大変だなあと思ってました。

 私の周辺にはマスク着用者がたくさんいます。いつでもどこでもマスクしてます。もう何カ月も素顔を見ていない人もいるくらいです。

 風邪をひいて大変だねえ…と話を振ってみると「いやいや、風邪はひいてませんよ」という人が実は大半。

 よくよく話を聞いてみると、風邪の予防のためにマスクをしているんですって。ふーん。「じゃあ、冬の間は毎日マスクなんだ」と聞くと「そう」と答えます。寝る時もマスクを着用するという人もいたよ。

 毎日、風邪予防のために使い捨てのマスクをジャカスカ捨ててるんだ。健康のためには…って感じなんだろうけれど、私は正直な話、その手の話を聞くと心理的な抵抗が…、つまり「勿体ない」と思っちゃいます。だって、予防のためでしょう。風邪ひいてマスクしているわけじゃないでしょう? ああ、そういう私の感覚が貧乏くさいのかしら?

 個人的には、風邪の予防にマスクの優位性なんて別にないだろうと思ってますが、連日テレビのニュースやバラエティで「マスクをしましょう…」みたいな事をずっと言ってますよね。

 あれだけ言われると、なんかマスクさえしていれば、風邪ひかないみたいな刷り込みができます。実際に、マスクしてれば絶対に風邪ひかないなら私もマスクするけれど、しててもしてなくても風邪をひく時はひくしねえ…。マスクで予防するよりも、規則正しい生活と十分な睡眠で免疫力のアップをはかった方が、よっぽど風邪予防には効果的だと思うよ。気休めと言うと、さすがに言い過ぎだろうけれど、マスクは完璧ではないし、その不完全さとマスクの購入金額を天秤にかけると…日本って豊かなんだな。

 別の人に同じ質問(風邪ひいて大変ですね…)をしてみたら「(風邪じゃないよ、だって)寒いじゃん」と答えてきました。鼻とかが寒いので、防寒具としてマスクしてます、だって。たしかに、マスクにはりっぱな防寒作用はあって、マスクすると鼻とか暖かくなるよね、それは分かるな。それにマスクしていると、寒さで赤くなった鼻も隠せるし、一石二鳥だよね。でもね、そこで使い捨てマスクかい? 他に何か手はないの?

 「(マスクって)かっこいいじゃん」と答えてくれたお友達もいました。「なんか~、マスクねえと、だっせえじゃん」だと。オジサンはダサい人なんだな。ま、マスクも今やオシャレ・アイテムっすか? オジサン、その感覚についていけません。昭和も遠くになりました。

 案外多いのが「なんとなく…」。なんとなくでマスクですか? アントワープはフランダースの犬ですか? その主体性のなさが、まさに日本人だね。この人たちは、すっかりテレビに刷り込まれてしまったのしょうね…。

 こんな感じのマスク愛用者が増えたせいか、薬局にいくと、様々なマスクが販売されています。オーディナリーなデザインなものから、エキセントリックなものまで。この前は、ドナルドダックのくちばしのようなマスクを見つけたよ。不格好だけど、使い勝手はよいらしい、ふーん。

 とまあ、ここまでケチつけているような論調ですが、ケチをつけているんじゃなくて、私がケチなんです。予防とか防寒とかファッションなど、それだけの理由で使い捨てマスクをバンバン消費していることが、もったいなくってねえ…。

 とは言え、実は、私個人としては、このマスクブーム、ずっと続いてほしいなあ…と思います。

 私、花粉症なのよね。だから、花粉の季節になると、マスク・ラブラブなんですが、一応良識ある社会人として、人前ではマスクは外してます。だって失礼でしょ。でも、今年の、このマスクブーム。大半の人が、他人がいようがなんであろうが、マスクつけっぱでOKという風潮になっているでしょ。それっていいな。このブームがずっと続けば、今年の私の「春のマスク、常時着用デビュー」がかないそう。やっぱり“いつでもマスク”が花粉症は楽だしね。

 花粉症とマスクは切っても切れない関係、1月下旬(つまり今ね)から5月の連休明けまで、ずっとマスクよ。使い捨てマスクをバンバン使っては捨ててます。本当にもったいないし、お財布も痛いです。でも、予防でも防寒でもファッションとかではなく、治療(対症治療ですが)なんですよ(涙)。マスクないと、まともに生きていけません(涙涙)。

 ずっと続かないかな、マスクのブーム。ちなみに、今年はすでに着用済みです。だってもう花粉が飛んでいるんですもの(涙)。

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