ひとこと

  •  いよいよお盆休みもお終い。なんか残念。あの楽しかった夏の日は、もう終わり。また日常生活が始まるわけだけれど…ううむ、発表会とクラシックコンサートの準備が…。生活はいつもの日常生活に戻るけれど、その中で、着々と発表会とクラシックコンサートの準備に備えていかねば…。がんばろーっと。

お知らせ

  • ●F門下&Y門下合同発表会は、2017年9月9日(土)に行われます。●13時開場、13時30分開演です。●場所は、神奈川県の鶴見区民文化センターサルビアホールの音楽ホールです。JR京浜東北線鶴見駅、あるいは京急鶴見駅のすぐそばのホールです。●私は、後半(第2部)の2番目に二重唱「私は貞淑な人妻」を歌い、9番目で「おお祖国よ(ダニロ登場の歌)」[マキシムの歌です]を歌って、11番目に二重唱「愛のワルツ」[メリー・ウィドウ・ワルツです]を歌う予定です。●私自身は発表会の後半~終盤にかけて歌いますが、今回のホールは小さい(100席程度)のため、ゆっくり来られると、立ち見、あるいは入場制限がかかる怖れがあります。一応、入場には整理券が必要という建前になっていますが、出演者の知り合いなら、整理券がなくても入場できますので「メリーウィドウの人を応援に来ました」と言えば、よっぽど混雑していない限り入場できるはずです。●なお、リアルに私の知り合いの方は、おっしゃっていただければ、入場整理券を差し上げますので、ご連絡ください。●どなた様も応援よろしくお願いします。
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2008年7月22日 (火)

“演奏バカ”の気持ちが分かります(涙)

 “演奏バカ”と言うのは、私の造語です(笑)。どんな人の事かと言うと「演奏するのが大好きで、熱心に演奏するのだけれど、自分の演奏する曲にしか興味がなく、他の人の演奏や他のジャンルの音楽に興味がないか、あるいはキライな人」のことです。具体的に言うと、ウチの息子君がそれ。

 ウチの息子君は、歌うのが大好きです。ピアノも結構弾きます。でも音楽は聴きません。ポピュラー音楽はもちろん聞かないし、クラシックもダメ。それどころか、今、自分が練習している曲ですから、他人の演奏では聴きたがりません。なぜかと聞くと「面倒だから」とか「うるさいから」とか言ってきます。正直なところは、音楽を聞く時間があったら、ゲームをやりたいだけなんだろうと思ってますが…。

 ウチの息子君に限らず、私は昔からこの手のタイプの人を知っています。

 例えば、ピアノ少女。昔から私は、ピアノが上手に弾ける女の子が好きでした。だから、歴代のカノジョは結構ピアノが上手に弾けました。家に遊びに行くと、ピアノ演奏で歓迎してくれる子もいました。実際、私、目の前でピアノ弾かれると、それだけでメロメロになりますから、効果抜群です(笑)。

 でも、この手の女の子は、確かにピアノを上手に弾くけれど、自分の演奏にしか興味がない事が多かったなあ…。私は音楽全般が好きなのですが、カノジョはピアノ音楽、それも過去に自分が演奏した曲くらいしか知らなくて、会話が膨らまないし弾まない。ピアノを弾いている時は最高だけれど、ピアノから離れると、ガッカリだったりします。ちなみに、今の妻は、ピアノは全く弾けません(笑)。

 それから、例えば、合唱人。特に合唱部上がりで競技合唱をやっている人にたくさんいるような気がします。この手の人は、とても合唱が上手です。現代の日本の作家については詳しかったりします。でもそれだけです。たとえ合唱でも、競技合唱でないもの、例えばそこから外れた教会音楽などだと???ですし、合唱の加わらない音楽は、例え声楽曲でも全く興味がなかったりします。どうやら実技のみで鑑賞が苦手なんです。

 おそらく吹奏楽関係にも、この手の人がいそうですが、私は会った事がないので、なんとも言えません。

 ピアノにしても、合唱にしても、プロと言われる人は、全くそうではなく、演奏についても鑑賞についても、その他の知識面や技術面においても、きちんとバランスが取れている人がほとんどですが(って、そりゃ当たり前だけど)、いわゆる趣味の人に“演奏バカ”がいます。

 かつての私は、実は“演奏バカ”を軽蔑してました、侮蔑してました、蔑んでいました。ナルシストだとすら思っていました。

 でも、今は全く違う。と言うよりも、私、気づいてしまったのですよ。私も“演奏バカ”だと言う事に…!

 それはフルートです。私はフルートを毎日吹いてます。まだ下手くそなので、満足感よりは失望感が、喜びよりは悲しみの気分の方が勝っていますが、それでも上手になりたいので、(大人なのでイヤイヤではありませんが)マイナスな気持ちを抱えたまま毎日吹いてます。その内面を見ればナルシストから程遠いものなのですが、端から見れば、楽しんで演奏している人に見えるでしょう。

 毎日毎日フルートばっかり(では本当はないのだけれど)吹いている私ですが、フルート音楽について、どれだけ知っているかと言うと、ほぼ知らない。フルート音楽に興味関心があるかと言うと、実はほとんどない。歌を聴いている時は熱心だけれど、フルート音楽はすぐに飽きる。たまに寝る。起きていても頭真っ白です。

 結構な数のフルート系のCDを聴いたはずだけれど、曲名と旋律が結びついてるのは、モーツァルトの数曲とアルルの女くらい。あとは、なぜか、ハービー・マンのメンフィス・アンダーグラウンドくらい(なぜかこの曲だけは頭に残ってます)かなあ…。他の曲はほぼ壊滅状態。曲名とフレーズがきちんとつながってません。超有名曲のハンガリー田園幻想曲ですら、フレーズが思い浮かばない。ひえー、ナント言うことだ! あの、軽蔑していた“演奏バカ”に自分がなってしまうなんて…。

 私のフルートは、フルート音楽に夢中になって始めたわけではなく、チャイナ娘を衝動買いしたところから始まったわけで、鑑賞ではなく、まず「演奏ありき」から入ったわけだ。考えてみれば、今まで私が軽蔑していた、愛すべき“演奏バカ”たちも、実は演奏から音楽に入った人たちなんだよねえ。物心ついたらピアノ弾いていたとか、合唱部に入って始めて合唱の楽しさを知ったとかの人たちですよね。

 ごめんなさい、今まで軽蔑していて、すみませんでした>演奏バカの方々。自分がその立場に置かれて、ようやく分かりました。演奏に夢中になると、鑑賞している暇ありません。余裕ありません。なんか心の中のフルートの容量が、自分の練習だけでいっぱいになってしまい、鑑賞してもそれが心の留まる余地がなくなっている事を知りました。

 ああ、こうして人は“演奏バカ”になってゆくのか…。

 でも、やはり一皮むけるためには、“バカ”のまんまじゃダメだとも思う。今は練習にエネルギーが割かれるのは仕方がないにせよ、いずれは演奏と鑑賞のバランスがうまい具合に取れないとダメだろうと思うし、鑑賞ができなければ、演奏も上達しないでしょうね。ま、いづれの話だけれど、バランスを取る方向に私もなっていかないと…。

 でも、フルートを吹くのに精一杯で、フルート音楽を聴いても、ホント、心に入ってこないんだよ、正直な話。さあ、どうしよう。

 でもでも、歌は別腹。ほんとうに別腹。これは不思議だね。もしかすると、脳味噌の使う場所が違うのではないかしら? と思うくらい別腹。歌に関しては“演奏バカ”ではなく“クラオタ”なんだと思います。これはこれで偏っちゃあマズイよね。

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コメント

だいぶ前に書いた記事をTBさせていただきました。
”演奏バカ”にならないためのススメ・・・みたいなことを書いていらっしゃいますが・・・。
私もこの手の方々をよく知っていて、いろいろお顔が浮かんできます。(笑)
私も今でこそいろいろ知っていますが、昔はCDを買う余裕もなかったので(音楽をやっている人の中では割に音楽に関する知識はあったほうだったと思うのですが)あまりいろいろ聴けませんでした。

まあほとんどの人が自分のジャンルで精一杯・・・という気がします。
ブログでいろいろ交流させていただいているのは”恵み”だと思うし、意識してそうしているところもあったりして・・・。

>Ceciliaさん

 TB拝見しました。「やわらかな音楽教育」はちょっと興味わきました(読んだことありませんでした)。

 ところで…、

 精一杯…事の本質を捕らえたキーワードだと思います。まさにその通りなんだと思います。毎日の練習をするのに精一杯。自分の楽器に関連する勉強で精一杯。コンクール(発表会)に備えるので精一杯。自分のジャンルで精一杯…。

 その精一杯が“演奏バカ”の真実なんでしょうね。そう考えると“ビバ!演奏バカ”って気分です。

 でもやっぱり、いずれはその精一杯を突き抜けないといけないかなあ…とも思います。

ふーーん、初めてそういう話を聞きました。もしかしたらそういう人が周りにもいるのかもしれませんが、わからないです。そういえば、私の(一応)専門はクラシックギターですが、ギターのCDを聞くのがいやですねえ。説明はカット。それよりギター以外の楽器やクラシック以外の音楽、または音楽以外の芸能を見たり聞いたりした方が余程自分の栄養になると思います。思っているし好きです。ギターの人がギターを聞いていても「井の中の蛙」状態であるし、伝承ということから考えても先細りになるんじゃないかと思います。(そういえる程私のギターがうまいわけでもなく、世間に影響は及ぼしませんけど…。)

ギターの練習といえばギターを持って演奏すると思うでしょうが、もちろん、独特の技術的な練習はそれしか会得できませんが、他のリズムだとか曲の発想だとか、ギターを持ってない方が身体に染みこむこともあります。あくまでも「こと・も!」です。

>ticoさん

 私は早くticoさんの心境にまでたどり着きたいです。それこそ、私はまだまだ楽器に振り回されている段階なので、日々、精一杯の一杯いっぱいです。

>それよりギター以外の楽器やクラシック以外の音楽、または音楽以外の芸能を見たり聞いたりした方が余程自分の栄養になると思います。
>ギターの人がギターを聞いていても「井の中の蛙」状態であるし、伝承ということから考えても先細りになるんじゃないかと思います。

 私は今「モイーズとの対話」という本をチマチマと読んでいますが、その中でモイーズ(伝説のフルート奏者です)が、フルーティストとミュージシャンの違いについて語っています。フルートを上手に操作できるのがフルーティストで、フルート(に限らず何らかの方法)で音楽を表現するのがミュージシャンだと言ってます。おそらくticoさんはミュージシャンレベルの話を、私がぐだぐだ言っているのが、フルーティストレベルの話なんじゃないかなあと思います。

 楽器を上手に扱うのが最終目的ではなく、あくまで目指す地点はその先の“音楽”なんですが、“演奏バカ”は楽器を上手に扱うという次元でドタバタと悩み苦しんでいるのではないかと思います(と言うか、私はまさにそこのレベル)。

 他人をうらやんでばかりいても仕方がないので、日々精進をして、早くミュージシャンの話ができるようになりたいものです。

私もそういう人を何人か知ってます。というか、結構ピアノ科の子ってそういうふうになっちゃいがちなんですよね。試験に追われるし、余裕ないし。

実は私が習っていた先生が、「演奏バカになってはいけないよ」みたいなことをおっしゃっていたことがあります。(師匠ではない。師匠の前についていた先生)短期間ですが、その先生からはいろいろなことを教えていただいて、まぁ私が音大を受けると言ったから特にそうだったんでしょうが。
それと、もともと私の音楽歴は「聴くこと」から始まっていたんじゃないかなという気もするんです。父がクラシック好きで、なぜかラテンのレコードもあって、ポピュラーも聴いていたし、私は中・高時代は洋楽志向だったのでバリバリ(死語)のロックなんかも聴いていました。

まぁでも、私も知識が薄い部分って多いですけどね。そんなにオールマイティに会話は出来ません。ブログを読んで「へ~、そうなんだ」「面白いな~」と思っています。(自分がやってない楽器のこと、ジャンルのことは面白い。好奇心旺盛でないとダメ棚と思います)

>ことなりままっちさん

 やっぱりピアノって練習が大変な楽器なんだと思う。他の楽器がどうこう言うつもりは全くないけれど、ピアニストの卵が練習に捧げる時間は、本当に半端ないと思う。

 以前も書いたような気がするけれど、私はある国際ピアノコンクールの出場者の面倒を(下っぱとして)見たことがあるけれど、彼の話では、物心ついてから、人生の大半をピアノの前で過ごしたって言ってた。特にコンクール出場を決めてたら、食事と睡眠以外はピアノの前だと言ってた。実際、私が彼を見かけるのは、常にピアノの前だったし。毎日どれくらいピアノ弾くの?って尋ねたら、だいたい16時間前後だって言ってた。本当にピアニストになるのって大変なんだなあと思った。

 彼の場合は、極端な世界の話かもしれないけれど、でも程度の差(16時間はさすがに普通ないだろうけれど)こそあれ、ピアニストって、多かれ少なかれ、そんなもの感じでしょう。

 学校の音楽の先生ですら、ピアノ科卒の人だと、音楽室が空いている限り、ずっとピアノの練習している人もいたりするし…そりゃあ、“演奏バカ”にもなるわな。

 でも、そこまで行くと、却って“かっこいい”かもしんない。

うーーん。「演奏バカ」という言葉の意味がよく飲み込めてないんですが、

>ずっとピアノの練習している人もいたりするし…そりゃあ、“演奏バカ”にもなるわな。

これはいわゆる「演奏バカ」とは種類が違うような気がします。必然性がありますし、それだけ練習していても、精神的にもっと色んな栄養を摂取している人もおられるだろうし。

プロはどの世界でもそういう風に没頭しておられますが、「演奏バカ」で立派なプロになれるのかなと、疑問ですが。

>ticoさん

 たしかに“演奏バカ”の意味が、ブレてしまったみたいです。ご忠告ありがとうございます。

 おっしゃるとおり、プロの方の練習量は半端ないですよね。でもそういう人に“演奏バカ”とは確かにいいません。

 練習量だけで“演奏バカ”と言っては、それはやはり間違いでしょう。

 ではどこで“演奏バカ”とそうじゃない人を分けるのか? それはもしかすると、音楽を受け入れる心のキャパの大きさかな? 練習はもちろんたくさんする。だけどそれ以外の部分もきちんと豊かにできているか、精一杯で手が回らないか、この辺でしょうかね、違いは。

 書きすすめていくうちに、迷いが出てきました(汗)。実は“演奏バカ”って言葉、そんなに単純なものじゃないんじゃないかな…? いやはや、なんとも。

遅くにすみません。
すとんさんの仰る「演奏バカ」って、一生懸命練習している人に、失礼ではないでしょうか。えーっと、練習が好きでないと、上手になれない。好きこそ物の上手なれ。下手の横好き、と突っ込まれそうですが、好きでも上手になれないことも多々あると思いますが、好きではなくては、上手になれないんじゃないのかなあ。
フルーティストって、他の楽器や歌も含めると、演奏家でいいんでしょうか。
音楽を表現するには、その楽器なり声なりを自在に扱えないとできませんよね。ってことは、すとんさんの「演奏バカ」というのは、いわゆるミュージシャンの前段階ってっておっしゃりたいのかなあ。
表現するっていうことは、上手に楽器が弾けるだけではいけないんでしょう。いろんな経験を積みなさいっていいますよね、音楽にかかわらず。でも、楽器を自在に操れないと、音楽は表現できないでしょう?
だから、練習して楽器の演奏が上手になりたいのは、当然だと思う。

>Chikoさん

 chikoさんを始め、気分を害した方がいらっしゃるなら、その点については謝罪をします。

 大山倍達氏を主人公とした梶原一騎氏原作のマンガ「空手バカ一代」に限らず、“バカ”という言葉はほめ言葉として使用される例は多々あるのですが、そのレトリックが通じなかったという事なんでしょうね。


 以下の部分に関して、傲慢なつもりはありませんが、そのように読めたら勘弁してください。

 言葉は万能ではありませんし、私の筆力だって必要十分なものとも思っていません。それゆえ、常にコミュニケーション不全というのは存在します。それを恐れていては、小規模とは言え、公に向かって何事かを書いて発表することはできません。

 しかし、私は個人であって、企業体ではありませんので、記事の内容ではなく表現に関して争うつもりはありませんし、また責任も取れません。いや、内容についてさえ徹底抗戦をするつもりは毛頭ありません。

 Chikoさんに限らず、どなたであっても、左欄にある「記事の訂正・削除について」をお読みくださった上で、削除要請などを出していただけたら幸いです。

すとんさんのおっしゃることを読んでみると、すとんさんはまだ「演奏バカ」じゃないと思います。まだ技術的に何もできてないからです。(ごめん、でもそうですよね~(^o^)かわいくごめん)その段階の人は一生懸命楽器を扱うことを練習すべきなのです。CDを聞いたって、他の芸能を見たって、演奏に反映されませんから。私はよくインプットとアウトプットだと思います。精神的に会得することがインプット、技術的に演奏することがアウトプット。で、すとんさんのおっしゃる「演奏バカ」というのは、アウトプットばっかりやってるという意味かなと思います。

あの~、例えが悪いですが、よくいるのが話を聞かないおばさん…。自分が話すばっかりでこっちの言う言葉を全然聞かないから会話になってない人。これも私流に言うとインプットとアウトプットのバランスが悪いんですよね。

まず初心者は技術を習って当然です。「演奏バカ」はその後ですね。たいだいまあなんでも弾けるようになって来た頃、ふと周りを見渡してもいい頃だと思うのに気づいていない、というような意味でしょうか。

これはその人が上記の例のおばさん状態の人である可能性もありますが、たまに、先生がいろんなインプットを増やせよ、技術だけでは音楽じゃないよ、と教えてくれなかった被害者の場合もあります。(この場合先生が「演奏バカ」ってこと?)

話は変わりますが、私は「専門バカ」っていう言葉は好きなんです。社会的にはなかなか生きにくい人ですが、自分の専門分野には人の何倍も秀でている人。その言葉の種類として「演奏バカ」という言葉を使っておられるかなと思います。演奏することしか知らない。でも演奏バカの方はあまりほめられたもんじゃないよねえ~とすとんさんはおっしゃってるのですよね。専門バカの方はある種あこがれだったりしてね。自分にはとうていできないことをやってる人という意味でね。

言葉って解釈が人によって変わってくるのでこわいですね。

あ、だから、すとんさんは演奏バカにまで至ってないので、技術練習ガンバレってことが言いたかったのでしたっ!!!\(^o^)/

言い過ぎたことなら、ごめんなさい。
専門バカとか、バカテクなんて言い方しますから、必ずしもけなしているのではないと言うことは分かります。でも、なんだか、とっても引っかかってしまった、それだけです。
もちろん、ここはすとんさんのブログだし、わたしはただおもしろがって遊びに来ているだけだし。それに人の話は、違う意見だったり、知らない話だからおもしろい。わたしは、あちこちのブログをのぞき見しながら、へえーとか、ほんと?とか、それはちょっとなあなんて思っているだけですから(すとんさんの所以外書き込みしたことないし)。
記事の訂正・削除なんてとんでもないです。むしろ、すとんさんはそういう意見に素直すぎるくらいに、思っています。
こちらこそ、お気を害されたらごめんなさい。

今日は、26年前の「長崎大水害」の祈念の日です。いま、市長の話と黙祷がありました。8月9日は原爆祈念の日。祈りの夏です。

>ticoさん

 ご指摘ありがとうございます。気にしないでください。おっしゃることは、ずばり当たってますし、確かに私は“演奏バカ”と胸を張れるほどの積み重ねは全くないです、お恥ずかしい限りです。

 だいたい『以前は(偏見のために)馬鹿にしていた人たちが、今ではとても愛おしく感じられるようになりました』程度の話を膨らませているうちに、どんどんブレてしまってドツボにはまっていっただけと思ってます。それもこれも、私の甘さですね、反省。
 
 インプットとアウトプットの話は、すうっと胸に落ちました。話を聞かないおばさんの例は、なおのことです。

>あ、だから、すとんさんは演奏バカにまで至ってないので、技術練習ガンバレってことが言いたかったのでしたっ!!!\(^o^)/

 了解です。最近の私は「今日はピアノの練習はしたの!」と母親に叱られ続けている子どものような心境で、毎日練習しています。別に誰に叱られているわけではないのですが…。あえて言えば、自分で自分を叱りつけているのでしょうね。

>chikoさん

 今回の件は私の方にも分不相応な物言いがあったわけですから、気にしないでください。私は気分を害するとか害しないとか、そういう次元でモノを捕らえていないので、お気遣いは無用です。むしろ、時として私の言葉遣いがキツく感じられる事があったとしても、それは筆力不足のためであって、実は画面のこっち側では、あたふたあたふたしているだけだったりします。

 あと、最近、体のあっちこっちが痛いので、思わずキツい言い方になっているかもしれません。だとしたら、こちらこそ本当にごめんなさい。

 ただ、コメントって当事者(この場合はchikoさんですが)に話すと同時に、これを読んでいる不特定多数の方のことも意識して書かなければいけないので、時には姿の見えない不特定多数の方に意識を集中しすぎて、当事者そっちのけのコメントレスをしてしまうこともあり、反省してます。今回のコメントもたぶんに、その傾向がありましたね、すいません。

 なんか、謝ってばかりですが、私はこの通りの人間なんで、ここはダメとかあそこはちょっとなどのご指摘は大歓迎です。私に非があれば素直に認めて訂正しますし、誤解されているなあと思えばそう書きますし、それは無理難題だと思えば反撃します(笑)。相手がどなたであれ、できるだけフェアな対応をしたいと思ってますし、そうあるべきだと思ってます。あと、私は(chikoさんもご承知のとおり)忘れっぽい人なので、何があろうと根に持たない(持てない)人です。ですから、そういう気遣いも無用です。

>今日は、26年前の「長崎大水害」の祈念の日です。いま、市長の話と黙祷がありました。8月9日は原爆祈念の日。祈りの夏です。

 知りませんでした。私も黙祷を捧げさせていただきました。

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