ひとこと

  •  今時、インターネットエクスプローラーを使っているヤツが悪いんだろうけれど、今日のインターネットエクスプローラーは動きが遅いし、挙動が不審だ。でも、インターネットエクスプローラーじゃないと困る事だってあるんだよね。最新ブラウザのエッジがすべての面で、旧式のインターネットエクスプローラーよりも優れているわけじゃないしね。ああ、困った困った。
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2008年7月の記事

2008年7月31日 (木)

残念なことに「ひとこと」は残りません~グロリアが頭をグルグル駆け回ります[2008年7月]

 今月は「ひとこと」にたくさんカミキリ君の事を書いたような気がする。ある意味、今月の主人公はカミキリ君なのに、後からここのブログを読んだ人には、何も伝わらない。なぜなら、カミキリ君の登場コーナーである「ひとこと」って、どこにも残らないんですよね、ちょっと残念。

 かわいいカミキリ君のことは、知りたい人は、こまめにここをチェックしましょう。たまに「ひとこと」にカミキリ君が登場します。

 コマーシャル前に散々引っ張る民放みたいだな(笑)。

最近の高音事情

 やっぱり話題と言うか、記録的には、この辺りからでしょうね。

 最近は高音というか五線の上の「ソ」に対する苦手意識もだいぶ少なくなってきました。まあ、今だに「オンブラ・マイ・フ(高声版)」は相変わらずうまく歌えませんが、
「帰れソレントへ」はなんとかなっているかなあ…。という感じです。

 まだ体が「ソ」の位置を十分に把握しきれていなと言った感じです。「帰れソレントへ」は「ソ」があると言っても、スケールで登って行った先の「ソ」なんでOKなんです。厳密に言うと、登って行った先で、ちょっと音を探したりしますが(笑)。

 「オンブラ・マイ・フ」では「ソ」は跳躍して出すんです。順番にスケールで音を抑えながら出せるわけではないので、結果として迷子になってしまって、届かなかったり、行き過ぎてドツボにハマったりしてます。

 たぶん、身体的には「ソ」は出せるんです。ただ「ソ」の場所がまだちゃんと分かっていないんだと思います。つまり足りないのは、ソルフェ? 丹念に音取りをするという練習を積み重ねていかないといけないのでしょうが…なかなかしないんだよね、音取り。

 カラオケに合わせて歌うという、練習半分、遊び半分の練習方法なんで、音取りはなかなかできません。キイボードのところで練習すれば、きちんと音取りもできるだろうけれど、キイボードが弾けないから、音を取る以前に、指の練習で時間がつぶれちゃうんだよね、私の場合。困ったもんです。

 キイボードが弾ければ、こんな苦労はしなくて済むんでしょうがねえ…。それはともかく、最近は「ソ」の場所を覚えるというのが、高音練習の課題です。

 あと次に「ソ」が来ると思うと、やはり身構えてしまって、脱力を心がけていても、どこかに無駄な力が入ってしまうんですよ。その癖もどうにかしないとね。もっとも脱力と言っても全部脱力しちゃダメなわけで、抜く所は抜き、支えるところはしっかり支える。それがきちんとできないとね。きちんとできないのは、イメージが足りないせい? まだまだですね。

 「ソ」より上の音については、「ソ#」は何となく出しづらい高さだなあと思っています。日によって出たり出なかったり…。「ラ」は声がまだ割れます。そこより上はファルセットになってしまうので、出さないようにしてます。

 2008年7月現在の高音事情でした。

今月の検索フレーズ TOP10

 今月から、ブログの右欄に「人気記事ランキング」というブログパーツを貼りました。これは私のブログの記事の最近30日以内の中でページビューが多いページ10位のランキングが表示されるというものです。

 ちなみに30日の次に長いのが4カ月ですし、10位の次に多いのが20位なので、適当なところで…という感じで、30日の10位にしてます。これに関しては、もう少し見当の余地ありでしょうかね。

 ともかく結構毎日ランキングが変わるので、見ていて楽しいです。たまにしか来ない人とか、始めての人には、このランキングっておもしろいんじゃないかな…って思ってます。

 同じようなブログパーツに「検索ワード ランキング」というのがあります。これもおもしろそうなので、貼ってみようかな…と思いましたが、別に毎日検索ワードを貼っても、管理者的にはおもしろくても、読者的にはどうなの? と思いやめました。ただ、記録としては月ごとに残してもおもしろいかなと思い、ひとまず今月は検索ワードをまとめページに10位まで載せることにしました。みなさんも、へーと思ってくださればと幸いです。

今月の検索ワード トップ10

   1  フルート                151   13.3%
   2  声楽                    101     8.9%
   3  老いた犬               54     4.8%
   4  発声                     31     2.7%
   5  ベーゼンドルファー  23     2.0%
   5  初心者                  23     2.0%
   5  ブログ                   23     2.0%
   8  ピアノ                    22     1.9%
   9  犬                        20     1.8%
   10  ヤマハ                  18     1.6%

 えっと、[(順位)(検索ワード)(検索数)(割合)]って順番で羅列しています。
 「老いた犬」と「犬」はブログタイトルからの検索でしょうね。「あのブログに行きたいけど…」と思ってくれて検索をかけてくれたのだと思います。ブラウザの「お気に入り」に登録するとか「フィード」とか「RSS」とかを利用すると、もっとラクできると思いますが…。「初心者」と「ブログ」はサブタイトルから、同様な感じですかね。

 「フルート」「声楽」「発声」「ピアノ」は内容からの検索ワードでしょうか。声楽よりもフルートの方が検索数が多いことに驚き。だってフルート系の記事ってページビューが少ないんだよね。検索されるけど、見られないって、どうなの?

 「ベーゼンドルファー」と「ヤマハ」には驚き。特に「ベーゼンドルファー」って多いねえ。記事ではたぶん3~4回くらいしか取り上げていないと思ってますが、その割には検索数多くねえ? それだけ皆さん、ベーゼンドルファーのことがお好きなんでしょうね。しかし、ベーゼンドルファーについて、もはや語るべきネタを持たない私でした。

 これを見て思ったことは「合唱」で検索されていない…。へ? 合唱ネタって求められていなかったんだあ…。結構がんばって書いているんだけどなあ…。

 あと意外なことに、すでに削除されて、このページには存在すら残っていない言葉が未だにたくさん検索されていること。あれからずいぶん時は過ぎてますが、いまだに定期的にチェックしている方が大勢いらっしゃるということですね。アンチもファンの一種なので、大歓迎です(笑)。ファンであれ、アンチであれ、検索されると、検索エンジンのエントリーの上位に来ますので、それはそれでうれしいです。

 とどのつまり、「フルート」「声楽」「発声」がこのブログに求められている“お題”なんだなあって事。今後もこの線で、ブログを続けて参りましょう。

ランキングの不思議

 ブログ・ランキング。私も参加していますが、やはり上位に来るブログは色々な意味ですごいブログが並んでいます。そういうブログを見るたびに感心したり、勉強になったりします。

 そういうところは、やはり圧倒的におもしろいブログが多いですね。おもしろいから人がたくさんアクセスし、ランキングもクリックしてもらえる。しごく真っ当です。私もそっちの路線で頑張りたいと思ってます。

 閑話休題。とは言え、別に私は、ランキング命と言うわけではありません。宣伝媒体としてランキングを利用してます。宣伝媒体である以上は、トップである必要はないけれど、人々の目に止まるあたりの順位は確保したいものだと願ってます。さて、本論に戻ります。

 あと、日々の記事はまあまあだけれど、熱心に更新しているところも、やはりブログ上位です。有名人とか、ちょっとした組織をバックにしているブログも、当たり前ちゃあ当たり前だけれど、ブログ上位に来ます。あと、お友だちがたくさんいるんでしょうね、たくさんのリンクリストがあるところもやはり上位に来てます。

 そういうところと伍してやっているわけだから、我がブログもなかなかちゃあ、なかなかなもんだと思ってます。

 でも解せないのは、あんまり更新しないし、記事もはっきり言っちゃえばおもしろくない。バックに組織があるわけでもなさそうだし、お友だちもあんまり多くは思えないブログなのに、そこそこ上位に来ているものっていくつかあるよねえ…。なんでだろ。その理由を知りたいです。なんか訳があるんだろうけれど、その訳が知りたいです。だって、そんなおいしいやり方があるなら、ぜひ真似したいもの…。

健全なる魂は健全なる肉体に宿る?

 男と女の違いは、その持って生まれた肉体だけで、それ以外は全く一緒なんだから、同じに扱え!という、ジェンダーレス[ジェンダーフリーとは似て非なる考え方だと思う。でも日本でジェンダーフリーを唱える人の少なからずの方々は実はジェンダーレスを信奉していると思うよ]を信奉する方々からは反感を喰らいそうだけれど、私は肉体と精神は不可分なものだと考える、典型的なアジア人なんです。その事がコメントを書きながら、自分で分かったので、多少の修正加筆した上で、ここに改めてアップします。元の発言は「男が「音楽好き」で、何が悪い!」のコメント欄にあります。

 人間は、誰もが肉体を持っています。肉体を持っていない、心だけしかない人間を想定することは可能だけれど、そんな人が実在できるわけがないし、実在できないものを想定するのも、変な話だと思う。だから、人の心について語る時は、その肉体込みで語らないと白々しくなると、私は思う。

 人間が持っている肉体って、(若干の例外はいるとしても)たいてい男か女かのどっちです。で、人はその肉体から離れて活動することはできないのだから、必ずその肉体の制限を受けて生きていくしかないわけです。

 人間の肉体に男と女の二つの種類があるなら、当然、それぞれの肉体ごとに、見えてくる世界や景色が違ってくるだろう。種類が違うのだから、当然、得意な分野も違うし、肉体の使い方だって違う。だいたい、備わっている機能や性能そのものだって、大きく違って当然。

 実際、男女でその平均寿命が無視できないほど違うのは、そもそもの肉体が違うことの何よりの証拠だと思う。

 これは“違う”という事であって、どっちが優れているかという問題とは違う。例えて言うなら、田舎に帰るのに、自家用車で帰るか、新幹線を始めとする公共交通機関を利用して帰るかの違いに似ているかもしれない。それぞれ、所要時間や経費、移動のラクさや環境に対する影響など、色々と違う点が多いけれど、とどのつまり帰省出来ることには変わりない。男であれ女であれ、その生き方は色々と違うだろうけれど、人として一生を全うできることに変わりないことと同じだと思う。

 そんなわけで「肉体が違っても、心は同じでしょ」と言うお題目は、まやかしだと私は思う。心はあくまで肉体の支配下にあるわけで、当然肉体が違えば、そこに宿る心も全く違ったものになると思う。

 具体的に言えば、性ホルモンが心に与える影響は無視できない。

 また性別に関連する話題として、男性なら誰もが持つ性衝動というものを、女性に説明するのは至難の業だと思う。賢い女性はそれを何となく察するものだろうが、それは察しているだけで理解しているわけではないでしょう。つまり、性衝動という肉体に起因するたった一つの心理作用ですら、全く理解不能なのだから、その他モロモロのことを考え合わせてみると、男女の心のあり方が全く違うことはお分かりでしょう。

 性のない人間は、肉体のない人間がいないのと同様に存在しません。

 さらに、私は心というものは、脳の機能を総括した表現だと思っている人なのですが、その脳の見かけ上の構造は男女とも同じだけれど、脳のどこにどんな能力がマッピングされているかという機能的な構造が全く違うのも、もはや周知の事実。

 それから「氏より育ち」という言葉もあるとおり、男として育った、女として育ったという事実は、その性格形成に決定的な影響を与えていると思う。

 だから、ステレオタイプの男女論は乱暴すぎて???と思う私だけれど、やはり男女の精神的および社会的な違いというのは、決定的に存在していると思う。その違いを無視して、同じに扱う事は、お互いの不幸だと思う。

 もっとも、私は性による違いもさることながら、本質的には、性を含めた個人の違いの方が、男女の差よりも大きいと思ってます。

 ただ、物事を考える時には、単純にグルーピングして考える事は必要だと思う。ある一定の傾向を持った個人の集団を一つのグループとして捕らえるのは、演繹方法としては至極真っ当だと思うので、たぶんこれからも私は、こんな言い方(書き方)をするんじゃないかなと思います。

 あと、違いを強調して対立するよりも、共通点を探し出して連帯する方が、私は好きです。ただ「私とあなたは違うけれど、共存共栄していきましょう」という基本姿勢を忘れてはいけないと思う。違いを認めながらも、互いに居心地のよい場所を探して生きていく、これが肝心なんじゃないかなと思ってます。

 私が変な事を言い出したら、適当に突っ込んで下さい。私は頑固な人間だけど、別に人の意見に耳を貸さないほど偏狭な人間ではないつもり。その場では、色々言うかもしれないけれど、案外、モニターの向こうでは、ううう~むと唸りながら、転向しているかもしれないよ、ホント。

「ア」だけで「カロ・ミオ・ベン」を歌う

 とにかくやってみました。すると分かった事。それは「ア」だけで歌うと、とてもガタガタした歌になってしまうこと。「歌はレガートが基本」と先生はいつもおっしゃいますが、全然レガートになってませんって、私の歌。

 というわけで、「ア」だけで歌ってレガートになるように注意注意。その上で、歌詞を載せると、今までよりもずっと滑らかになったような…。ふうむ、「ア」だけで歌うのって、実はかなり効果があるな、実際。

今月、一番強く思ったこと

 女のヤマもオチもないダラダラした話を、黙って優しく、突っ込むこともせずに淡々と聞いてあげれるのが、男の器量というものなのかもしれない。私はどうなんだろ?

今月のイチオサレの曲

 モーツァルトのハ短調ミサ曲がなぜか頭の中を駆けめぐります。特に、グロリアの合唱の出だしの部分「グローリア! インネクチェールス、デオ!」がそれ。なぜでしょ?

2008年7月30日 (水)

音色の差のない合唱団が多すぎます…

 音色の差とは、高音パートと低音パートの音色の違いのことです。音色と言って分かりづらければ、声色の違いと言ってもいいです。つまり、ソプラノとアルト、テノールとバスに音程の差こそあれ、音色の差のない合唱団が多すぎるような気がします。

 無論、私はアマチュアの合唱団を対象にして話してます。プロの合唱団で音色の差がない団体は無いものね。

 って書くと、アマチュアなんだから、プロほど上手くないんだから、音色の差がなくても仕方ないじゃないか言われそうですが、プロ並の技術があるアマチュア団体でも、音色の差がなかったりするから、問題です。無論、意図的にパート間の音色の差をなくす方向で音楽作りをしている団については、今日の話題の対象にはしません。

 さてさて、話を進めてゆきます。

 学生の合唱団なら、年齢も若く、声も未成熟なのだから、音色の幅がないことも理解できる。最近まで変声期だった連中に多くを求めても、それはイジメのようなもの。

 でもね、大人の団なのに、みんながみんな、ソプラノとバリトンじゃあ、聴いていてつまらないよね。

 理由はいくつか考えられます。

 1)合唱人には体育会系の人間が少なく、みな似たような感じの小柄な人(失礼)が多い。だから、声が似てしまうこと。つまり、体型のバラエティが少ないので、声のバラエティも少ないといったところでしょうか?

 2)パート間の移動をよくすること。人数の都合もあるでしょうが、ある曲でメゾを歌ってた人が、次の曲ではアルトにまわり、その次ではソプラノにまわる…。全く無いとは言わせないぞ! でもこれをやっちゃうと、どっちつかずの音色になっても仕方無いよねえ。

 3)単純に発声の訓練をしていないため、似たような音域を似たような音色でしか歌えないから。いくら生まれつきの低音歌手でも、低音をうまく響かせる訓練を受けないと、中間的な声にしか出せないし、いくら生まれつきの高音歌手でも高音部を訓練しないと歌えない。そんなところでしょうか?

 4)イメージ不足。歌うことには熱心でも、聴く方はおざなりだったりすると、典型的なソプラノの声とかアルトの声とかのイメージを持っていない事が多い。それで、歌う時の心の姿勢が「音程さえあっていれば、それでよし」というものになってしまうから。

 こんなところかな? 意識的に音色の差をつけないように訓練している団ならともかく、そうでないなら、パートごとに音色の差が際立っている方が、聞く立場としては、ありがたいし、うれしいものです。でしょ?

2008年7月29日 (火)

カッパのアンブシュア

 笛は、レッスンだけでなく、もちろん自宅でも練習しています。それどころか、楽器は歌と違って、むしろ自宅での練習がメインだから、それなりに考えてがんばって練習しているつもり。色々と試行錯誤もしてます。

 そういう風に一人で練習してきたものを、先生の前で披露して、時にはOKをもらい、時にはダメを出されます。今日はその中でOKをもらった話。

 何にOKをもらったかと言うと、クチビル周辺のところ。専門用語でアンブシュアと言われる、人間と笛の接する付近の話です。そこを先週あたり散々悩んで、試行錯誤して、一つの解決を見たので、それを先生に報告したところ、ひとまずOK。しばらくはそれでいきましょうとの話。

 アンブシュア…普通はクチビルの形などについて言うのだけれど、まあ、とどのつまりが口にどう笛を当てるかという話です。たぶん初心者はみな悩むのだと思う。大雑把なルールというかやり方はもちろんあるけれど、人間一人一人、顔の骨格も違えば、クチの大きさやクチビルの厚さが違う(ちなみに私は、顔はソース系で結構デコボコしてます。おまけにクチビルは分厚いし、特に下クチビルは前に飛び出してます)ので、厳密には人それぞれでベストなやり方は違う。だからこそ、自分に最適な方法を自分で見つけないといけませんと、先生はおっしゃってました。それで私も試行錯誤していたわけだ。

 一応の簡単なルールは教えてもらってました。まず…
 1)クチビルは脱力。特に何もしないのが理想的。
 2)指はフリー。しっかり三点支持をして、アゴで笛を支える。
 3)ブレスはしても、アンブシュアの形は変えない。
 4)なるべく多くの息を音に変える。
 5)息は笛に対して真上から吹き込むようにする。
 6)クチビルは薄い方が良い(涙)ので、工夫すること。

 そのあたりを踏まえて、色々やってみた結果。カッパの口にして(なって)先生の前で吹いてみたところ、割と良い結果なので、当面しばらくは、その口で行きましょうと言われました。

 カッパの口? 後の自分のために書いておきます。

 1)口の中をグンと大きく上下に広げ、下クチビルをちょっと口内に入れて(あごをやや突き出す感じ?)、笛をアゴの一番窪んだ部分に軽く当てる。
 2)下クチビルを自然なポジションに戻してから、笛を下から上に押しつける感じで、しっかり固定する。
 3)下クチビルが笛と下の歯の間でちょっとつぶされるような感じになり、上クチビルがその上に乗って、やや前に出る感じになる[この感じがカッパね]。その際、下クチビルと皮膚の境目が、ちょうど歌口のこちら側のエッジに当たっていると良い。
 4)その形のまま、口やクチビル周辺に力を入れることなく、喉を思いっきり広げ、腹圧を使って息を出す。

 こんな感じのアンブシュアは、現在の私のベターポジションです。

 この形だと、笛がきちんと鳴ります。音も確実に出ます。息があまり無駄になりません。何よりも少ない息で大きな音量が得られます。また音程・音色も安定します。タンギングもしやすいです。割といい感じです。ただし、欠点もあります。

 それはこの形で長く(5分程度です、お恥ずかしい)吹くと上クチビルが疲れます。力を入れていないつもりで無意識に入っているんでしょうね。結構疲れます。疲れると高音が出なくなります。それどころか、クチビルがブーと鳴り出します。まるで金管の練習でマウスピースだけで音出しの練習をしているみたいです。

 あと、音程調整が笛を廻すでなく、アゴを突き出して行なうようになりますが、廻すのと比べると、音程調整の幅が狭くなりますので、オンチなチャイナ娘だと、音程を修正しきれません。ああ、気持ち悪いと思いながら、笛を吹くことになります。

 と、まあ、欠点もあり、決してベストではないのですが、現状ではかなりいい線なので、しばらくはこのアンブシュアを採用です。

 で、アンブシュアはOKをもらったのですが、その他の姿勢に関する事は、ダメをもらいました。

 まず、横笛は横笛らしく、体の横に構えて演奏するのが、クチビルと笛の位置関係的に正しいので、そこを気をつける。笛の向きはクチビルの向きと同じ方向にし、だらしなく笛をぶら下げない。楽譜は顔の正面に置く。横目で楽譜を見ないこと。背筋は伸ばす。

 全体の姿勢に関しては、まだまだダメです。

 でも、音としてはアンブシュアを変えたせいでしょうか、だいぶ聞けるようになりました。その分、チャイナ娘のオンチさも目立つようになりました。「ラ」でチューニングしていますが、「ラ」以外の音がかなりダメです。まあ、たくさん頭部管を引き抜いているので、全体のバランスがダメダメなんですねよ。

 頭部管をちょっとだけ引き抜く(つまり普通のフルートと同じ扱い)と、まあまあのドレミになるけれど、440HZにすると、かなりガタガタなドレミになります。ちなみに、まあまあのドレミが出る時の「ラ」の音は何HZかと測定したら、なんと、448HZでギリギリでした。チャイナ娘の基準音って、448~450HZ付近みたい。ううむ、中国人って、そんなに基準音が高いのかしら。頭にキンキン響く感じになります。

 オンチな楽器は、やっぱり楽器じゃなくて、インテリアだよね。チャイナ娘は音色はいいし、扱いやすくて、どっちかと言うと好きなんだけれど、音程がガタガタなのは、どうにもならないね。困ったもんです。

2008年7月28日 (月)

ソプラノ歌手になったつもりで歌うように笛を吹け!

 フルートのレッスンに行ってまいりました。今回は、ほとんどがおしゃべりになってしまったので、実技は実はほとんどやってないです。おしゃべりの内容については、後日、記事を改めて書くことにします。

 てなわけで、今回はアルテの第2課を終了させるのでやっとやっと。第3課には入りませんでした。まあ、仕方ないね。しかし30分のレッスン時間って、やっぱり短いわ。レッスンの最後に、そろそろボサノヴァのレッスンも始めましょうと言われました。アルテはクラシックなので、クラシックとボサノヴァを同時並行でやっていきましょうって、ことです。

 笛先生はジャズの人、それもボサノヴァがメインの人だから、この先生にフルートを習う以上、ボサノヴァを教えてもらわなければ、何の為に教えを乞うているのか分かりません。ボサノヴァのレッスンを開始するのは、願ったり叶ったりです。もっとも、具体的なレッスンのやり方などを相談する前に、次の生徒さんが入室してきたので、詳しいことは次回以降、また相談ってことですわ。

 次回は…お盆の最中ですが、音楽の世界にはお盆はないそうです。望むところだ!

 さて、今回の注意事項なんですが、それは「ソプラノ歌手になったつもりで歌うようにフルートを吹きなさい」ってことです。

 つもり…というのは、気分の問題ではなく、体の使い方だそうです。そう言われても、わたしゃあ、ソプラノじゃないからなあ…。胸を突き出して、腰をパンと張って、口の中を大きく広げて、笛を吹く。

 声楽と共通する部分が多いので、何となくは分かるものの、どうも“胸”の感覚がよく分からない。胸を突き出すと背中が折れるような気がするけれど、体はあくまで棒のようにまっすぐだそうだし…どうやら私がうまく理解できてないみたい。まあ、また次回のレッスンの時にでも聞いてみますか。

 テノールじゃダメですか?と尋ねたところ、フルートは女声だから、体の使い方は女声と一緒なんですという返事。男声とは響きの持っていき方が少し違うんですよねえとのこと。やっぱりそうなんだ。そうそう、笛先生、フルート本業だけれど、舞台ではアルトサックスと歌もやる方です。

 体の使い方はすぐには分からないし、マスターもできない。時間をかけてゆっくり習得してゆきましょう。

 あと、笛を吹く時は、音をきちんと飛ばしなさいとも言われました。私は時々、音をそこらへんに落としているので、それじゃあダメと言われました。本当は、落としているのではなく、落ちちゃっているだけなんですけど(涙)。

 レッスンでは、自分一人でやっている自宅練習では気づけない事をたくさん注意されるのが、おもしろいです。毎回、レッスンに行く度に、フーンとか、ヘエーとか思います。

2008年7月27日 (日)

ちょっとだけ運動を始めました(照)[7月第4週・通算28週]

体重:101.2kg[+-0.0kg:-2.2kg]
体脂肪率:29.9%[-0.2%:-0.6%]
BMI:32.2[-0.1:-0.5]
体脂肪質量:30.3kg[-0.1kg:-0.3kg]
腹囲:101.0cm[-1.5cm:-5.6cm][先週との差:2008年当初との差]

 夏になりました。小学校のセンセだった頃は“夏休み”というのがあり、去年の今頃は、爆裂に休んで、のんびり過ごしていましたが、今年は別に何の変化もなく通常勤務。ネクタイしめて毎日出勤しております。

 でも頭の中はすっかり夏休み気分なので、なんか悔しい。そこで決心しました。『夏休みが無いなら、せめて残業はしない』というわけで、8月いっぱいまでは『残業なんかしてやるものか!』モードに突入しました。

 夏休みが無い…と書きましたが、実際はお盆休みが一週間ほどあるので、世間様並にはあるのですが、学校のセンセと比べると、無いに等しい夏休みなわけです。ああ、悔しい。

 私の仕事は、キリの無い仕事なので、いつもは通常業務+2~3時間のサービス残業でやっているのですが、どうせ残業しても給料は出ないので、せめて夏の間だけでも定時で業務終了することにしました。ダレニモ、モンクハ、イワセナイ。

 そこで浮いた時間を何に使うか…と考えて、日頃の運動不足を解消することにしました。夏の間だけ、仕事が終わったら、遠回りをして帰宅します。実は、いつもは30分ほどかけて、歩いて帰宅しているのですが、その30分を2~3時間に延長するわけです。ちょっとした“ウォーキング”ですね。

 海を見に行ったり、川べりの遊歩道を歩いてみたり、舗装されていない山道を歩いてみたり、トマト畑の脇を通り、栗の木の林を通って田んぼ道を歩き、豚小屋を冷やかしたり、小川でボケーっと小魚見たり…。なんて書くと、すごい田園風景が想像されますねえ。まあ、実はそういうところを選んで歩いてます。だって、住宅街の真ん中を歩いても、つまんないでしょ。

 私、結構歩くの好きなんです。趣味は散歩な人です。最近はブログやったり、歌ったり、笛吹いたりと忙しいので、なかなか散歩できないのですが、本来はお散歩オジサンなんです。だから、2~3時間の散歩は全然苦になりません。汗をダラダラたらしながら、ニコニコして散歩してます。

 運動をすると、お腹が減るので、ご飯もいっぱい食べます。だからすぐにはやせません。でもいいんです。そのうち、きっと、たぶん、やせます。もしやせなくても、散歩が好きだから、それはそれで楽しいので、いいんです。でも本音は、ちょっとだけでもやせるとうれしいです。

2008年7月26日 (土)

フウカの背びれが真っ黒です

 今日は、我が家で“ポニョそっくり”と評判のフウカさんの話です。(実際似てます。フウカって、あんな感じなんですよ。もっとも、魔法は使わないし人間の言葉は話しませんが…)

 フウカさんはまだ子どもなので、色々とおもしろい事をします。先日もヨサがハマったオブジェに入って、頭を出していました。まるで岩の隙間から顔を出しているポニョみたいです。かわいいなあと思って見ていました。

 いつまでも顔を出したままです。さすがにやばいのでは思いましたが、やはり案の定、やばかったみたいで、出られなくなっていました。どうやら背びれがひっかかって自力では脱出できなかったみたいです。金魚はドジョウほど表情が豊かではないので、顔を見ているだけでは、楽しいのか苦しいのか判断しずらいところが難点です。

 とにかくフウカを救出しましたが…背びれが傷になって真っ白になっていました。大怪我だけど命に別状はなかろうと思いました。2~3日すると、白かった部分が黒くなってきました。やがて黒い部分が広がって、背びれの前半分と背中のちょっとした部分が真っ黒になってしまいました。おそらく内出血して部分がアザみたいになっているのでしょうか? ちょっと痛々しい感じです。

 この子は尻ビリも変形してますが、おそらく同じようなヘマをして、壊してしまったのでしょうね。かなりのドジっ子のようです。

 ヨサとフウカを傷物にした罪で、枯れ木のオブジェは冬まで撤去することになりました。公園の遊具がなくなってしまったような感じで、さみしい気もしますが、仕方がありません。

 子どもって、どうして、大人が目を離すと、危なっかしいことばかりするんでしょうね、まったく!

2008年7月25日 (金)

歌は能動的に歌わないといけない

 一カ月ほど前ですか、「歌は能動的に歌わないといけません」と散々あおっておきながら、その後、何の音沙汰もなしですみませんでした。いやあ、毎日アップしなければいけない他のネタが目白押しで(笑)、あの中途半端なままではいけん、こらいけん、とずっと思ってましたが、ようやくそのタイミングとなりましたので、今更の感じもしますが、ガーっと書いて、私の心を軽くしたいと思います。

 この記事は、歌うときの姿勢、気持ち、考え方に関する記事です。他人に語るというよりも、自分に向かって書いている部分が大きい感じで、極めて個人的な文章です。たまにはこんなのいいかな?

 という訳で…、タイトルにある「歌は能動的に歌わないといけない」ですが、この言葉は実は「歌わされてはいけません」の裏ッ返しになっています。では何に「歌わされてはいけない」のか? 色々あります。

 まずは「楽譜」。楽譜に歌わされていけません。楽譜通りに歌うのです。「歌う」と「歌わされる」の違いをいつも心に留めて、楽譜に歌わされないように気をつけたいです。

 単に楽譜通りに歌えば良いなら、私が歌わずとも、初音ミクあたりに歌わせておけばよいのです。いや、初音ミクですら、きちんと歌わせようと思えば、色々なパラメーターを考えてコントロールしてゆかなければなりません。ましてや、人間をや、です。だから歌をもらったら、楽譜をよく読んで考えて、能動的に歌わないといけないのてす。

 でもこの「楽譜に歌わされる」。気をつけていないと、すぐにハマル罠です。例えば、最近の私で言えば、楽譜の音高にこだわりすぎていました。音程に気をつけすぎて、音楽そのものを見失っていました。これも「楽譜に歌わされている」状態です。きちんと能動的に楽譜を歌わないといけません。

 次に「指揮者」。指揮者の指示通り歌わされてはいけません。

 合唱には指揮者というものが必ずついてきます。で、この人が「そこはもっと大きな声で!」とか「そこはもっとゆっくりと!」とか「もっと笑顔で歌って~!」とかの指示を出します。

 指揮者という人種は、多くの理に適った要求をするために存在してますが、時折、音楽性というものを優先するあまり、ムチャを言います。無論、あちらに悪意がないことは承知してますが、どう考えても演者にムチャな要求をしてくることがあります。また、ムチャとは言えなくても、ムリなことを求めてくることもあります。また、合唱団全体にとっては妥当なこと、あるいはそのパート全体にとっては妥当なことであっても、個々人、とりわけ私にとって、ムリなことを要求することもあります。

 そんなムチャやムリにイチイチ答えていたら、私が壊れます、ツブされます。

 あるいは、身体的にタフであって、ムチャぶりにも、容易に壊れない強いボディをもっていたとしても、成長は望めません。できることは誠意をもって行い、できないことは…勇気を持ってクチパクかな? でも、クチパクは潔しとは思えません。

 合唱とは、個よりも集団を優先することで成り立つものです。それを導くのが指揮者です。だから、安易に指揮者に歌わされてはいけないのです。

 集団のために個を犠牲にするのは尊い事であるという価値観があることは知っています。でも音楽の世界でそれを言い出すのは、私の思うところではありません。音楽の世界って、基本的にはエゴとエゴがぶつかる世界だと思います。だからこそ、自分を大切にし、自分を守っていかないといけないと思ってます。

 たとえ集団の中にいても、自分という個は守っていかなければなりません。私にとっての自分は唯一無ニなのですから。集団のために個が犠牲になるのなら、それでは、個がかわいそ過ぎます。個が十分強くて力があって、集団のために歌っても犠牲にならないくらいの立派な個が確立しているならば、合唱もよいでしょうし、指揮者の指示通り歌うのもよいでしょう。

 だから、合唱そのものは否定しません。むしろ大好きですし、合唱肯定派です。

 しかし合唱をするなら「指揮者に歌わされる」のではなく「指揮者と」一緒に「能動的に歌わないといけない」と思ってます。個々人が能動的に声を合わせて合唱を作り上げるのです。それが肝心だと思ってます。

 ですから、そこに至るまでの必要最低限の力量が備わるまでは、合唱をするべきではないと個人的に考えてます。キビシイ考え方だとは重々承知しています。反論する人がいることも承知してます…と言うか、ここにこんな事を書いている一方で、その論に反対している自分がここにいます。しかし、個の成長という観点にたって考えた時は、やはり「歌わされる」ようではダメだろうと思います。

 力量不足のまま合唱をしては、自分がかわいそうなだけでなく、合唱団にも迷惑をかけます。また力量不足のまま合唱し続け、時とともに力量が備わってくるかとの話に関しては、そうとも言えるし、そうとは言えないとも言えます(衒学的表現でゴメンナサイ)。

 まずは自分自身に力を蓄えること、これが先決です。くれぐれも指揮者に歌わされてはいけません。

 最後は「自分」です。自分の色々な思いや見栄や欲に歌わされてはいけません。歌は聴く人のためのものであって、歌う人のものではありません。つまり、歌う自分が気持ちよくなるために歌うのではなく、聴くお客様方が心地よくなるために歌うのです。

 場所や時間を考えて歌わないといけないでしょう。歌う場の雰囲気や趣旨だって考えて歌わないといけないでしょう。共演者の事だって考慮に入れておかないとマズいでしょ。無論、客層を重んじることは論を待ちません。

 入場料を取っているなら、その料金に見合った演奏はできているのでしょうか?

 聴く人の立場になって「能動的に歌わないといけない」のです。「聴かせてやる」のではなく「聴いていただく」のです。「歌わせていただく」のです。「自分の様々な思い」に「歌わされてはいけない」のです。そこんとこを勘違いしてはいけません。

 例え発表会のような場であっても、持てる力のすべてを出し切って、観客席で座っている方々の喜びとなるような演奏を、考えて行なっていかないといけません。そのためには、そこまでに積み上げてきた練習の際に、能動的に歌ってこなければならなかったでしょうし、またいよいよ本番の舞台の上では、それこそ臨機応変に能動的に歌わないといけないと思います。

 私は「歌は能動的に歌わないといけない」ことを、常に忘れずにいたいと思ってます。

 果たして私は能動的に歌を歌っているでしょうか? 日々、自問自答の毎日です。ちなみにフルートは…全く能動的ではありません。楽譜に振りまわされています。まだまだダメですね(涙&笑)。

2008年7月24日 (木)

今年もまたまた第九の季節がやってきました

 さあ、今年も第九の季節です。もちろん第九って「ベートーベン作曲 交響曲第九番合唱付」ってやつです。

 え? 第九って年末にやるアレでしょ? と思った方、正解。演奏するのは年末だけれど、練習は秋にやっているわけで、秋に練習するために、夏に入ると団員の募集を始めるわけで…それで今年も「年末に第九をやるけど、歌う?」ってお誘いのお手紙がやってきましたという話です。

 さあ、どうしようかな? ちなみに去年は歌いませんでした。その時のことは、こちらをご覧ください。

 第九を歌う…やりたいなあと思う点と、やめといた方が良いなあと思う点、両方があります。その二つを天秤にかけて、色々と悩むわけです。

 まず、第九って実際には指揮者の考える姿で音楽作りがなされ演奏されるけれど…私は誤解して欲しくないけれど…私の個人的な考えでは、本来、合唱部分をそんなに上手に歌う必要がないというか、上手に歌っては効果的ではないなあと思ってます。元々ベートーヴェンもこの曲の合唱は訓練されたプロではなく、アマチュアの合唱愛好者を前提に書いたという話をどこかで見たか聞いたか読んだかした記憶があります。実際に譜面を見ても、技巧的というよりも“勢い一発!”みたいなところもあるし…、とは言え、技巧的ではないとしても、実は結構難しかったりするのが不思議でたまらないところなんですが…。

 求められているのは、教会風のきれいなハーモニーというよりも、生活感あふれる雑多な声とみなぎる生命の力、って感じで、マスを感じさせる声が必要だと思ってます。役割的には、音楽におけるモブシーンなんだと思ってます。

 だから、うまい人、訓練された人も必要だけれど、初心者や下手の横好きタイプの人もいていいと思うし、いろんな人が気持ちを一つにして歌えれば、たとえ音楽的な響きとは遠くても、ベートーヴェンの求めた音楽の響きに近づくと思う。ま、そうは言っても、最低ラインというのは当然ありますが(笑)。

 だから、やる気があれば、少々歌に難があっても、第九の場合、参加しないという理由にはならないと思う。

 それに、練習とか本番の日程的には特に問題はありません。参加費だって、すごく安価。共演する指揮者やソリストさんたちに文句はない。オケは地元のアマオケだけれど、こっちもアマの合唱団(それも急造品)なんだから、贅沢は言っちゃいけない。おまけに合唱テノールは天地創造以来、常に不足だし…。つまり周辺環境的には、やらない理由はない。

 だから、やる、やらない、は専ら私の個人的な問題に起因しているわけだ。どーしよーかなー。

 去年の私は「無理せずに歌えるなら参加したいけれど、きっと行けば無理して歌ってしまうだろうから、今年はやめておく」って感じでした。さて、今年。この一年、キング先生の元で歌を勉強してきて、だいぶ楽に歌えるようになってきたけれど、第九でしょう…。どうかなあ…。

 悩んでいるだけでは解決できないので、試しに歌ってみました。伴奏は…そうだね、カラヤンさんにお願いしますかね…というわけで、CD入れてポチっとスイッチオン。

 第九を歌うのは、一昨年の年末以来だから、約1年半ぶり。でも体はきちんと覚えているから、不思議。いやあ、実に無理なくラクに歌えます。以前はあれだけ苦労したフレーズや音程やリズムも難なくバッチリ歌える。

 でも600小節を越えたあたり、ちょうどドッペルフーガのあたりから、高音がちょっと足りない感じになってきた。五線の上の「ソ」と「ラ」がキビシイ感じかな? 「ソ」はフレーズ次第って感じで、うまく無理なく出せるところと、ちょっと無理しないと届かないところがある。当然、無理して届かせた声は美しくない。しかし、この問題に関する限りは、まだ本番まで半年もあるわけだし、丁寧に練習を重ねてゆけば、何とかなるような気がする。

 問題はさらに高音の「ラ」だな。「ラ」に関してはファルセットなら問題なく楽勝だけれど、ファルセットを使用しないとなると、つぶれた感じの生声(つまり、叫び声だね)になってしまう。どうもまだ「ラ」だと頭の中がうまく開かない感じなんだな。いつになったら開くかは全く分からない。明日開くかもしれないし、来週かもしれないし、来月かもしれないし、もしかしたら死ぬまで開かないかもしれない。全く分からない。

 開かないのに、無理して叫んで歌っていたら、叫び声が癖になって、むしろ美しい「ラ」がドンドン出なくなってしまう…。だからと言ってファルセットで歌うのは個人的にイヤ。雄々しい声で高音を高らかに歌いたいという野望はやはり捨てられない。

 せっかくキング先生の元で、しっかり、発声の練習をしているのに、ここで無理な声を出してしまったら、やはり元の木阿弥になってしまうでしょう。それではこの一年間の努力が無駄になってしまうというもの。今、変えている発声方法がきちんと安定するまでは、無理に歌わない方が良いなあ…と思いました。

 と同時に、私、すごく進歩しているみたい。ボイトレは日々の努力の積み重ねなので、本人的にはどれだけ進歩しているかは、実はなかなか実感しずらいところがあるのですが、こうして一年以上前の自分と比べてみると、それはもう…まるで別人みたい。ただまだ変化をしている途中なので、まだ音域的には以前の音域を取り戻していないけれど、それは時間の問題でしょう。感動です。

 というわけで、今年の第九については、申し込み締め切り日までに「ラ」が上手く歌えるような兆しが見えたら(たぶん無いと思うけれど)申し込むことにしよう。そうでなければ、今年も辞めておこう。これが今年のひとまずの結論。

 まあ、第九に関して言えば、毎年色々なところで演奏会があるわけだから、歌いたいと思えば、いくらでもお座敷はあるわけだから、そんなにガッついても仕方無いしね。今年もサラっと辞めておきましょう。

 いやあ屋上屋を架しますが、本当に去年までとは大違い。もうちょっとって感じだな。「ファ」までなら(自分的には)お手本CDの歌唱並に歌えている気がする(笑)。気のせいかもしれないが、自分的には大いに満足。ここまで指導してくださったキング先生に大感謝。

 今年はまだ第九は無理だけど、何とか、来年は歌えるように歌が上達しているといいなあと思う。そうそう、たまには自宅練習で第九も取り上げて、なんとか歌えるようにしておこうかなっと。

2008年7月23日 (水)

歌い出す時に気をつける、二つの注意点

 私の声楽のレッスンはグループレッスンです。ですから、一曲仕上げるごとに、ミニ発表会のような事をします。ひとりずつ、お仲間の前で歌い、素直に批評を受けるというやつです。

 これが結構、勉強になります。小さな小さな本番なんですが、単なる練習では得られないものがあります。

 てな話はいづれするとして…。

 今日は、タイトルどおり、歌い出す時に気をつける事として、先生から受けた注意を二点書きます。

 まず一点目は「歌の呼吸を作ってから歌い始める」ことです。どういうことか? 舞台に上がって(実際はお教室なので、単に前に出るだけですが…)、お客様に礼をした後、歌い出すまでにする事です。

 礼をして、いきなり歌い出せるなら、それはそれでいいけれど、まあそれはなかなか難しい。気持ちを整理しなければいけないし、不安とも戦わないといけないし、気合も入れていかないとダメ。それらが中途半端なまま、歌い出してしまうと、とんでもない事になってしまう。そこらへんをきちんとしてから歌い出す…それを先生は「歌の呼吸を作ってから…」と表現されました。

 歌は、舞台には歌い手と伴奏者しかいないわけで、舞台上で全権を握っているのはやはり歌い手。どのタイミングでどういうふうに歌い始めるかは、歌い手にまかされているわけだ。確かにプロの歌手のコンサートに行っても、いきなり歌い出す人はあまりいない。大抵は、舞台に上がってから、何やら静寂の時間を過ごしてから歌い出す人がほとんど。この時間をどう使うかが、歌い出しを決めてしまうような気がする。

 なにしろ歌にはチューニングがない。演奏前に舞台で音(声)を出すわけにはいかない。だからと言って、ピアノのように「ミ」の鍵盤を叩けば、必ず「ミ」の音が出るような確実性はない。歌い出しの音…きちんと正しく明瞭に歌い出せるだろうか? これ、悩み始めるとどうにもならなくなります。

 私の場合、常に最初の一音の音程が不安で不安で…。外れていないだろうか、いや、ぶら下がっていないだろうか? 最初の音がぶら下がると、その後もずっとぶら下がったまんまだし、正しい音程で、カツンとした声でガッと出せるか…、うわあ、不安。

 まあ、不安は不安だけれど、やんなきゃいけないわけだから、どこかのタイミングで「よし!」と思って歌うわけだ。その覚悟を決めるのに、ちょっと時間がかかります。で、覚悟を決めながら、息を整える。幸い、緊張はあまりしないので、そっちの対処はいらないけれど、不安と戦い、息を深く吸って整える。呼吸のサイクルを日常生活のそれとは変え、歌の呼吸にしてゆく…。

 そうやって、歌の呼吸を作ってから歌いだすことを心がけてます。

 そして、次に二点目の注意がきます。実際に歌いだしたら、次に気にすることは、技術面の事ではなく「気持ち」。歌に込められた感情や気持ちをきちんと表現すること。とかく生徒という者は、やれ音程だ、やれ響きだ、やれ…と色々と技術面を心配します。そして「失敗したらどーしよう…」とか不安な気持ちになるものです。実際、レッスンではそういうところを中心に練習してきたわけだし。

 でも、練習は練習、本番は本番なんだと先生はおっしゃいます。「舞台に立ったら、技術的なことは忘れて、気持ちを込めて歌いなさい」とおっしゃいます。

 お客さんは、単に機械的なミスのない音楽を聴きたいのではなく、音楽を聴いて、感動したり、癒されたり、いい気分になったり…、そんな期待を持っているわけで、正しく歌うことはもちろん大切だけれど、正しく歌うことが肝心なのではなく、正しく歌った上で、歌の気持ちがきちんと表現されていること。このことが大切。

 歌を歌って、歌に込められた感情が、お客さんにきちんと伝わらなければ、歌としては失敗だもん。心を込めて歌の感情を伝えることは、とても大切。

 だから俗に言う「歌に入り込む」ことが必要なんだと思う。これって、ちょっと照れる人多いですね。私は案外、平気なんだけれど。

 私は、演技は下手だけれど、演技することには何の衒いもない人なんで、歌に入り込むのは、結構ラク。スーっと入れる。これってたぶん得な性格なんだと思う。でも、歌っていて失敗すると、動揺してしまい、つい地が出てしまうので、失敗しないことが大切ね。きちんと歌えれば、たぶん最後まで入り込んだままでいられると思う。

 芝居でも何でも、演じている人の地が見えたら、見ている方もしらけてしまうよね。注意、注意。

 「歌の呼吸を作ってから歌いだすこと」「舞台に立ったら、気持ちを込めて歌うこと」

 この二つの注意を忘れずに、次回また、歌います。実は次回のレッスンも(今回欠席者がいたため)またミニ発表会なんです。さあ、ヘタこいたところを修正しなきゃ。

 でも先生は「軌道修正はいいから、それよりも全部「ア」で歌ってきなさい」と言われました。ううむ、その理由はよく分からないけれど、ひとまず次のレッスンまで、毎日「カロ・ミオ・ベン」を何度も「ア」だけで歌うことにしましょう。何か気づくことかあったら、ブログに書きます。

 蛇足。今回のミニ発表会で歌を聞いてくださったお姉様方から、音程の件を誉められたよ。ちょっとうれしい。今まで、音程が常にぶら下がり気味だったことは、自分でも承知していたし、先生からも注意受けていたにも関わらず、本番になると、やっぱり音程がぶら下がってしまって、悲しかった。だけど今回は、いつも一緒に歌っているお姉様方から音程は気にならなかったよって、言ってもらえた。とてもうれしい。歌っている最中に自分の体の中で鳴り響く声を聞かないようにして、常に高めの声を出すように気をつけていたからだと思う。家でも時折チューナーを持って微妙な音程を確認することもしたし…。気をつけていたことが、できるとうれしいですね。達成感があります。やったーって感じ。これに奢らずに、次もぶら下がらずに歌えるとうれしいな。

2008年7月22日 (火)

“演奏バカ”の気持ちが分かります(涙)

 “演奏バカ”と言うのは、私の造語です(笑)。どんな人の事かと言うと「演奏するのが大好きで、熱心に演奏するのだけれど、自分の演奏する曲にしか興味がなく、他の人の演奏や他のジャンルの音楽に興味がないか、あるいはキライな人」のことです。具体的に言うと、ウチの息子君がそれ。

 ウチの息子君は、歌うのが大好きです。ピアノも結構弾きます。でも音楽は聴きません。ポピュラー音楽はもちろん聞かないし、クラシックもダメ。それどころか、今、自分が練習している曲ですから、他人の演奏では聴きたがりません。なぜかと聞くと「面倒だから」とか「うるさいから」とか言ってきます。正直なところは、音楽を聞く時間があったら、ゲームをやりたいだけなんだろうと思ってますが…。

 ウチの息子君に限らず、私は昔からこの手のタイプの人を知っています。

 例えば、ピアノ少女。昔から私は、ピアノが上手に弾ける女の子が好きでした。だから、歴代のカノジョは結構ピアノが上手に弾けました。家に遊びに行くと、ピアノ演奏で歓迎してくれる子もいました。実際、私、目の前でピアノ弾かれると、それだけでメロメロになりますから、効果抜群です(笑)。

 でも、この手の女の子は、確かにピアノを上手に弾くけれど、自分の演奏にしか興味がない事が多かったなあ…。私は音楽全般が好きなのですが、カノジョはピアノ音楽、それも過去に自分が演奏した曲くらいしか知らなくて、会話が膨らまないし弾まない。ピアノを弾いている時は最高だけれど、ピアノから離れると、ガッカリだったりします。ちなみに、今の妻は、ピアノは全く弾けません(笑)。

 それから、例えば、合唱人。特に合唱部上がりで競技合唱をやっている人にたくさんいるような気がします。この手の人は、とても合唱が上手です。現代の日本の作家については詳しかったりします。でもそれだけです。たとえ合唱でも、競技合唱でないもの、例えばそこから外れた教会音楽などだと???ですし、合唱の加わらない音楽は、例え声楽曲でも全く興味がなかったりします。どうやら実技のみで鑑賞が苦手なんです。

 おそらく吹奏楽関係にも、この手の人がいそうですが、私は会った事がないので、なんとも言えません。

 ピアノにしても、合唱にしても、プロと言われる人は、全くそうではなく、演奏についても鑑賞についても、その他の知識面や技術面においても、きちんとバランスが取れている人がほとんどですが(って、そりゃ当たり前だけど)、いわゆる趣味の人に“演奏バカ”がいます。

 かつての私は、実は“演奏バカ”を軽蔑してました、侮蔑してました、蔑んでいました。ナルシストだとすら思っていました。

 でも、今は全く違う。と言うよりも、私、気づいてしまったのですよ。私も“演奏バカ”だと言う事に…!

 それはフルートです。私はフルートを毎日吹いてます。まだ下手くそなので、満足感よりは失望感が、喜びよりは悲しみの気分の方が勝っていますが、それでも上手になりたいので、(大人なのでイヤイヤではありませんが)マイナスな気持ちを抱えたまま毎日吹いてます。その内面を見ればナルシストから程遠いものなのですが、端から見れば、楽しんで演奏している人に見えるでしょう。

 毎日毎日フルートばっかり(では本当はないのだけれど)吹いている私ですが、フルート音楽について、どれだけ知っているかと言うと、ほぼ知らない。フルート音楽に興味関心があるかと言うと、実はほとんどない。歌を聴いている時は熱心だけれど、フルート音楽はすぐに飽きる。たまに寝る。起きていても頭真っ白です。

 結構な数のフルート系のCDを聴いたはずだけれど、曲名と旋律が結びついてるのは、モーツァルトの数曲とアルルの女くらい。あとは、なぜか、ハービー・マンのメンフィス・アンダーグラウンドくらい(なぜかこの曲だけは頭に残ってます)かなあ…。他の曲はほぼ壊滅状態。曲名とフレーズがきちんとつながってません。超有名曲のハンガリー田園幻想曲ですら、フレーズが思い浮かばない。ひえー、ナント言うことだ! あの、軽蔑していた“演奏バカ”に自分がなってしまうなんて…。

 私のフルートは、フルート音楽に夢中になって始めたわけではなく、チャイナ娘を衝動買いしたところから始まったわけで、鑑賞ではなく、まず「演奏ありき」から入ったわけだ。考えてみれば、今まで私が軽蔑していた、愛すべき“演奏バカ”たちも、実は演奏から音楽に入った人たちなんだよねえ。物心ついたらピアノ弾いていたとか、合唱部に入って始めて合唱の楽しさを知ったとかの人たちですよね。

 ごめんなさい、今まで軽蔑していて、すみませんでした>演奏バカの方々。自分がその立場に置かれて、ようやく分かりました。演奏に夢中になると、鑑賞している暇ありません。余裕ありません。なんか心の中のフルートの容量が、自分の練習だけでいっぱいになってしまい、鑑賞してもそれが心の留まる余地がなくなっている事を知りました。

 ああ、こうして人は“演奏バカ”になってゆくのか…。

 でも、やはり一皮むけるためには、“バカ”のまんまじゃダメだとも思う。今は練習にエネルギーが割かれるのは仕方がないにせよ、いずれは演奏と鑑賞のバランスがうまい具合に取れないとダメだろうと思うし、鑑賞ができなければ、演奏も上達しないでしょうね。ま、いづれの話だけれど、バランスを取る方向に私もなっていかないと…。

 でも、フルートを吹くのに精一杯で、フルート音楽を聴いても、ホント、心に入ってこないんだよ、正直な話。さあ、どうしよう。

 でもでも、歌は別腹。ほんとうに別腹。これは不思議だね。もしかすると、脳味噌の使う場所が違うのではないかしら? と思うくらい別腹。歌に関しては“演奏バカ”ではなく“クラオタ”なんだと思います。これはこれで偏っちゃあマズイよね。

2008年7月21日 (月)

無くて七癖[声楽編]

 どんな人であれ、何かしらの癖というか特徴というのが、あります。本当に昔の人は良い事を言ったと思います。

 無くて七癖。

 そう、どんな人でも七つくらいは癖があるものです。日常生活における“癖”はともかく、歌う時の“癖”は、クラシック系の歌を歌うなら、無いに越した事はありません。ちなみにポピュラー系の人は、その癖をいかに魅力的にしてゆくかを考えるので、ちょっとクラシック系とは方向が違いますなあ…。

 さて、みなさんはどんな癖がありますか? 今回は私の“癖”を書いてみたいと思います。

 まずは喉声。大抵の人が真っ先に言われるのが、この「喉声」ですか? 日本人のほとんどは、歌うときの声が喉声だと言う人もいます。喉声とは(私の理解では)喉にむやみやたらと力の入っている人で、絞り出すように声を出す人のことです。こういう人は歌うと、適度な疲労感と達成感があります。自分の中で声がより良く響くそうです。高い声を出そうとか、張りのある声を出そうとかすると、喉声になる方が多いそうです。ドイツ語では「肉団子声」とも言うそうです。

 私が一番最初に声楽を習った時に、やはり「喉声」と言われました。で、何をしたかと言うと、スプーンを口の中に突っ込まれました(驚)。裏向きにしたスプーンを突っ込まれて、舌根を抑えられたままの態勢で歌うことを強要されました。ま、舌が喉を塞いでいたんでしょうね。いわゆる肉団子状態だったのかもしれません。

 なんか中途半端なままで、その先生から離れてしまったので、そのやり方で結果が出ていたかは、ワタシ的には定かではないのですが、まあ、そんな感じです。

 次によくある声楽発声の癖と言えば…「怒鳴り声!」または「叫び声!」 比較的男性に多い“悪い癖”だと思います。私もご多分にもれず、そのクチだったりします(嘆)。フォルテとか、高音とか、感情の高まりとか、なんかそういう箇所に来ると無駄に力が入ってしまって、当人はそのつもりではないのですが、結果、怒鳴り声になってしまいます。そしてキング先生に「そっちの方向に行くと、絶対にできないんだけどなあ…」と言われてしまいます。

 声が薄べったいというのも、よく聞く話です。若い女性に特に多いような気がしますが、あれも一種の可愛らしさの表現なんでしょうが、クラシック系の歌には似合いません。と言うか、あの声ではうまくハモれません。かくいう私はオジサンですが、実は普段の声はかなり“薄べったい”人です。別に可愛らしさは狙っていませんが、薄べったい声で話す人です。ここからの脱出方法はただ一つ!「アッチョンブリケ」あるのみです。

 音程も癖が出やすい分野ですね。ここによく書きますが、私は音程がずり下がるタイプ。これは体の中の音を聴きすぎるのが原因。逆に音程がうわずる人もいるそうですが、私も色々と考えてみたんですが「緊張しい」なんじゃないかなあ…。どんな人も緊張すると声ってうわずるものでしょう。歌う時に緊張するタイプの人は、きっと知らず知らずのうちに声がうわずってしまい制御不能に陥るのではないでしょうか? ずり下がり癖のある私の場合は、もう少し緊張して声がうわずると、ちょうどいいのでしょうが…、オジサンになると、心臓に毛が生えるみたいで…一向に緊張しなくなりますです。

 歌いだしはいいけれど、すぐに声がダメになってしまうという癖と言うか悩みと言うか、そんな方も大勢いらっしゃますね。すぐに声が枯れてしまうとか、すぐに高音が出なくなってしまうとか。実は以前の私がそうでしたが、これって今思えば、単に喉声なんですよね。喉がすぐに疲れてしまうので、枯れたり届かなくなったりするわけ。で、その状況を常に根性で乗り越えていると、ハスキーボイスが獲得できるそうですが…。ちょっとそれは勘弁かな、私の場合。

 声がすぐに裏返る!という人もいます。だから、高い音が不安でしょうがないと言いますね。そういう人は、いつ、どのタイミングで声が裏返るか、自分でも分からないので、本当に怖いのだそうです。私はそういうタイプではない(一応、健康で体調が良ければ、どこへどんな状況で突入すると声が裏返るか把握しているつもりです)ので、よく分からないけれど、いつ自分の声がひっくり返るか分からなかったら、確かに怖いねえ…。他人と一緒にカラオケにいけないよねえ…。でも、規模の大きな合唱団だったら大丈夫だから、歌うのをあきらめる必要は全くないと思うよ。

 しかしそんな事言ってる私も、体調次第では、声が思わぬところで裏返ります。これは癖と言うよりも、調子が悪いという部類に入るかな…と思ってますが、裏返ることには変わりないですね。

 私にとって一番注意しないといけない“癖”が「鼻声」。実はキング先生に言われるまで自覚がなかったのですが、確かに以前の私の声は「鼻声」だったと思います。鼻声ってのは、無駄に鼻にかかった声のこと。まるで風邪ッ引きのような声ですね。私も普段から鼻声ってわけじゃないのだけれど、高い声を出そうとすると、鼻声になっていたようです。いわゆる鼻腔共鳴を使おうと無意識にしていたのだろうけれど、その使い方が分からないものだから、へんな脇道に入っていたようです。

 しかし鼻声って自覚、なかったですねえ…。先生に「試しに鼻をつまんで、アーって声を出してみてください」と言われて、全く声が出なかった時は唖然としました。鼻声の人は、鼻が塞がれると、声が全然出ないのよ。不思議でしょ。だから直し方も簡単で、鼻をつまんでも声が出ればいいわけ。鼻声ってのは、声が鼻を経由して出てくるものだから、鼻を経由しなければ問題ないわけだからね。

 この鼻声って奴は、結構根が深くて、とりあえず直したつもりでも、発声の迷路に入って、試行錯誤すると大抵再発するんです。で、先生に注意される。注意されれば、2~3日で癖が取れるのだけれど、油断するとすぐに鼻声になる。無理に高音を出そうとすると、鼻に入る傾向が私の場合はあるから、無理でなく自然に高音を出せるようにしないとネ。

 今日は「無くて七癖」ってことで、思いつくままに、私の声楽発声の癖を七つばかり列記してみました。列記してみると、私は悪い癖だらけなので、ちょっと落ち込みます。

 みなさんは、どれくらい癖をお持ちでしょうか? たまには、落ち込まない程度に、自分の癖を見つめるのも、発声上達のためには、必要なことでしょうね。

 癖が分かれば、対処もできると言うものです。がんばって参りましょう。むしろ問題なのは、うまく行かないけれど、どこがどうして悪いのか分からないって方ですからね。

2008年7月20日 (日)

最近、コンサートレビューを書かない理由[7月第3週・通算27週]

体重:101.2kg[+0.6kg:-2.2kg]
体脂肪率:30.1%[-0.3%:-0.4%]
BMI:32.3[+0.3:-0.4]
体脂肪質量:30.4kg[-0.1kg:-0.2kg]
腹囲:102.5cm[+1.5cm:-4.1cm][先週との差:2008年当初との差]

 数字は上記のとおり、ダイエットに専心しているわけではないから(言い訳だけど)やせない。やはり運動をしないといけませんが、今年は全く運動をしていなし、むしろ運動量減っているし、そのくせお菓子の飲食量は確実に増えてるし「中年太り」というのは今やダンディな中年がいっぱいいるので、言い訳にもならないけれど、やっぱり中年太りだということにして、思いっきり現実逃避をしてます。

 ああ、唐揚げにバニラアイスをトッピングして食べたら、美味しいだろうなあ…、やんないけど。

 それはともかく、自分で過去記事を見ていて思ったのは「最近、めっきりコンサートレビューを書いてない」ってこと。

 別に全くコンサートに行ってないわけじゃない。たぶん、何だかんだと言って、月に2~3回は出かけて何か聴いている。でもレビューは書かない。

 以前から、行ったコンサートのすべてのレビューを書いていたわけではない。(信じてもらえないかもしれないけれど)ああ、よかったなあと思ったコンサートのレビューしか書いてない。つまんないコンサートなんて、思い出したくもないから絶対に書かない。レビューが辛口になるのは「とっても良かったけど、でも満点じゃない。ここんとこがちょっと残念」。そんな感じ。お金を払って見ている以上、支払った代価以上の見返りを求めるのは、贅沢な消費者として当然の行為です。そんなスタンスは、以前も今も全く変わってない。

 じゃあ、つまり、最近行ってるコンサートは全部、ハズレばかりなのか。ううむ、難しいなあ…。むしろハズレのコンサートに行ってるというよりも、自分がハズしてしまう方がここんところ、とっても多いような気がする。

 自分ではハズすとは…以前は全くなかったけど、演奏中に平気で寝てしまうとか、起きているけれど集中力がなくなって頭真っ白になっているとか、体のどこかが痛かったり辛かったりして鑑賞に身が入っていないとか…、まあ、そんなところ。これは演奏者の責任ではなく、鑑賞者の責任でコンサートをダメにしているわけで、そんなダメにしちゃったコンサートのレビューは、まさか書けないよね。そんな状態で聴いたコンサートのレビューを書いては、演奏者に失礼だ、全く。

 そんなところかな。

 では、なんでそんな状態なのかと言うと、やはり太り過ぎのツケかな。太っていると毎日生きているだけで疲れてしまうもの。それで疲れが溜まってきているんだと思う。

 あと、仕事が変わったことかな? 小学校のセンセをやっていた頃は(正直な話)体も心もラクでした。大変と言ってもタカがしれてます。でも、今はヒラの研究員。体はほとんど動かさないけれど、脳味噌フル回転。毎日色々なプレッシャーと戦ってます。日々、なんかしらの結果を出していかないと次に進みません。一人職みたいなものだから、ほとんど他人と会話もしないし…。そのくせ、労働時間というか、拘束時間と責任だけは、確実に増えているし…。

 ワガママ言って、ちょっとだけ高校生の授業をやっているのが気分転換だけど、それも結構時間的には負担になっているんだよねえ、正直なところ。

 そんなこんなの疲労が溜まっているから、コンサート会場に行って座ると、もうスイッチオフになってしまって、まともに音楽が聴けない状態なんです。だから、レビューも書けません。

 笛先生のコンサートに行って、正面の最前列で居眠りしてるんだから、もう全くダメダメです。失礼極まりない!

 コンサートに行こうと決めた時は、まさか週末がそんなに疲れ切っているとは思っていないからねえ…。全く情けない。

 やはり、今の仕事を続けている間は、コンサートに行くのを封印して疲労回復に邁進した方がよいかなあ…と何となく思うようになってきました。でもね、音楽はCDじゃダメなんだよね、やはりライブ、生の音楽を聴かなきゃ、心がやせてしまうと真剣に思っている私がここにいます。ああ、毎日を健康で元気に過ごしたいです。

 とにかく、やせないと…。クチばっかりだと自覚してるけどネ。

2008年7月19日 (土)

我が家の水槽は、小学校か!

 いや、別に最近の金魚たちは、雄チームと雌チームで分かれて生活していることが多くて、なんか小学校みたいだなあ…と思ってます。発情期を過ぎると、動物ってそんなもんなんですかねえ…。今まで、ウチの水槽には、メスしかいなかったので、その点がよく分からないんだよねえ…。

 ちなみに、どうやら金魚にも、雄と雌では性格の違いがあるようです。

 雄たちは、基本的に活発です。威張りン坊さんです。なんかいつもブイブイ言わせてます。そのくせ、小心者で、何かあると、すぐに奥に逃げてジッとしてます。そのチキンぶりがかわいいです。人間大好きです。

 雌たちは、基本的にノロマです。あんまり動きません。いつも隅の方でユラユラしてます。そのくせ、エサなどが入ると、雄たちを押し退けて食べます。エサを口の中に入れると、またサッサと奥に戻ります。人間には興味がないみたいです。

 ちなみに水草を食べるのは、おもに男の子たち。アカネ君なんか、しょっちゅう食べてます。それもダイナミックに全身で食べてます。水草を口に入れては、全身で引きちぎってます。もう、そりゃハデな動きです。

 先日は、アカネ君が水槽の中で、水草に全身が絡まれて身動きとれなくなっていました。たぶん、水草の森の中に分け入って、派手に食べているうちに、草が絡んで、どうにもならなくなったのでしょうね。おもしろかったので、しばらく放置していたら、やがて、命からがら逃げられたようでした。その後の、呼吸の荒かったこと、荒かったこと。見てて大笑いです。

 鑑賞魚としては、雄の方が何かとおもしろいです。

 ちなみにフウカは、雄とか雌とか言うよりも、お子さまです。これはこれでおもしろいです。

2008年7月18日 (金)

実は私、フルートの音をちゃんと聞いたことないかも… その2

 前回、同じタイトルの記事をアップしてから、数日後、妻と一緒に、笛先生のコンサートにちょっとだけ顔を出した時の帰り道。[例によって頭を真っ白にしながら]会話をしていたわけなんですが、そこで妻が思い出して「無料体験レッスンの先生と笛先生以外にも、生のフルート聞いたじゃん」と言いました。

 ?と思ったのですが、そうそう、去年(2007年)のラ・フォル・ジュルネで工藤重典氏のフルートを、それこそ3メートルくらいの距離で、たっぷり1時間、聴いたんだっけ。思い出した。

 それは、何気に傍聴した、フルートのマスタークラスでした。工藤氏が先生、芸大大学院のお嬢さんが生徒で、たしか曲目はドビュッシーの「ビリティスの詩」と時間が余ったからと言って、バッハのフルート・ソナタから一曲やってくれた事を、うっすらと思い出しました。

 なにしろ当時は今ほどフルートに対する真剣味がなかったので、今から思い出そうとしても、ところどころ、記憶が曖昧な部分が…。

 でも、今でも覚えていることもいくつかあります。

 まず生徒さんのフルートの音が、とんでもなく美しかったこと。芸大の学生さんって、こんなキレイな音を出すんだと関心したこと。

 その後に聴いた工藤氏のフルートの音は、それとは比較にならないほど、もっともっと美しかったこと。上には上がいるもんだ、と思いました。

 もっとも、その時に「ずるいなあ…」と思った事も覚えてます。たしかに生徒さんよりも先生の方が比較にならないくらいキレイな音を奏でていましたが、楽器が違うんだもん。先生も生徒さんもそれぞれ自分の楽器を吹いていたわけで、腕も違うだろうが、楽器が違うんだから、音が違って当然だろって思いました。

 今思うと、工藤氏以外のマスタークラスの先生方は、自分の楽器を使わず、模範演奏だって、生徒さんの楽器を使って、生徒さんとは比較にならないくらい上手に演奏されていた。だから、それが本来のマスタークラスの姿じゃないかなと思う。

 もっとも、フルートは管楽器。直接楽器に口をつけるわけだ。ましてやマウスピースすらないフルートだもん。楽器の共有は、つまり間接キッスになるわけで、中年のオッサン的にはどってことないだろうけれど、20代の女の子にとって、死活問題だろうなあ…。だから先生である工藤氏は、生徒さんの楽器に触らなかったんだろうと思うけどネ。

 工藤氏の演奏は、その後CDでいくらでも聴きましたか、言っちゃあなんだが、あの時の音ほど美しくない。もっとも普段の私は、CDをiPODのヘッドフォンとか、iTUNEでパソコンのシステムなどの、あまり誉められない機器で聴いてますが、その機器による劣化を考慮しても、やっぱりCDの音は美しくない。というよりも、フルートの音の美しい部分がCDには収録されていないような気がする。ま、そこらへんが録音の限界だと思うけれど。

 ああ、それにしても工藤氏のフルートは、言葉でうまく表現できないほど、美しかったなあ…。フルートって、すごい思った。そして、そんな感動的な体験を、すぐに忘れてしまう私のボケ具合に乾杯だな。もう、年を取ると、色々と衰えてしまうのが悲しいなあ…。

 そして、今思うにやはり、たしかに腕の差もあるだろうけれど、やはり楽器の差は少なからず音に影響しているなあ…と思う。特に、工藤氏ほどの大物プレイヤーになると、楽器メーカーだって、彼にあわせてチューニングした、最高級の楽器を提供するだろうから、ある意味、氏は最高の楽器を手にして演奏しているわけだし…。そういう意味では、あそこで聴いた工藤氏のフルートは、最高のフルート演奏の一つだったわけで…。無自覚な時に、そんな素晴らしいモノを聴いていたわけだ、私は。できれば、今、また、もう一度、聴きたいなあ…、ううむ、残念。

 やっぱり、フルートを購入する時は、少し楽器やその素材にこだわって購入しないと、せっかくのお金が無駄になってしまうなあ…と強く思いました。

2008年7月17日 (木)

メガネを外して歌おう!

 私はメガネおじさんです。遠視と老眼と乱視のトリプルアクセルです(笑)。

 ところで、メガネ娘、および、メガネ男諸君、みなさんは、歌う時、メガネをどーしてますか? 

 え? 自分はコンタクトだから関係ない、すとんさんも早くコンタクトにすれば…って、それはダメ。私はメガネにこだわってます。

 世の中には、私同様、メガネにこだわっている人がいるに違いない。そんな、こだわりメガネ娘さんや、メガネ男たちに尋ねたい。みなさんは、歌う時、メガネをどーしてますか?

 と言うのも、少し前の話になるけれど、キング先生からメガネを外して歌った方がいいんじゃないですか?と言われました。実際に外した方が結果も良いみたいなので、今では歌う時にメガネを外すようにしてます。

 メガネをかけていると、どうしても、目頭からこめかみまでの距離が固定されます。私は歌う時に、こめかみの筋肉を後ろに引くのですが、その時にメガネが鼻に食い込み、それが気になるので、少しメガネを上にずりあげるのですが、その一連の動作が、どうも私の注意力を散漫にさせる一つの原因らしいのです。そこで先生に言われる通りにメガネをはずすと、メガネが原因で気が散ることがなくなりました。

 どうも歌う時のメガネは、良くなかったみたいです。

 メガネを外すと、確かに譜面は(ピントが合わなくなるので)見えづらくなりますが、メガネのフチに邪魔されなくなるので、視界が広くなるという良い点もあります。

 見えづらい部分は、暗譜で乗り切るしかないでしょうね。なんだかんだと言っても、初見で歌えない私ですから、レッスンの時には暗譜をするほどにしっかり練習してこないといけないので、メガネがあってもなくても、一緒と言っちゃえば一緒。

 それで少しでも声が良くなるなら、メガネぐらい外してやる!って感じかな?

 視界が広くなるのもうれしいので、最近ではフルートのレッスンの時もメガネを外すようにしてます。どうせフルートも暗譜をするほど練習してからレッスンに行っているから、見えても見えなくても同じだしね。

 コンタクトって、なんかイヤなんだよね。妻は「コンタクトは便利でいいよお~」と言ってるけれど、メガネで生活に支障がないんだから、私はメガネにこだわりたい。だいたいコンタクトってオシャレじゃないし…。

 お気に入りのデザインのメガネを掛けていると、それだけで気分がウキウキしてこない? 私はそのウキウキを毎日感じたくて、メガネが手放せません。便利さよりもウキウキした気持ちを大切にしたいと思ってます。

 ウキウキ、ウッキー!

2008年7月16日 (水)

フルートの買換えを考えた方がいいかも、って言われました

 前回のレッスンの時に、チャイナ娘は真鍮製みたいですねえ…と先生に話して、チャイナ娘のメッキのはがれた所を見せました。

 「それではやはりフルートの買換えを検討した方がいいですねえ」と先生がポツリ。「メッキがしっかりしているうちはいいけれど、だんだんメッキもはがれてきているし、フルートは直接楽器を口に当てるものだから、真鍮製だと色々な意味で不安ですねえ」とのこと。まあ、すぐにどうこうと言うことはないにせよ、確かに銅の多いものを口にあてるのに抵抗があるのは事実だな。

 と言うわけで、しばらく先の話になりますが、フルート買換え決定です。え?ってことは、笛先生、今の今までフルート買換えの必要なしと思っていたんだ、意外。チャイナ娘って、それほどの笛?

 楽器は、ある一定の仕上がりレベル以上なら、あとは奏者の腕次第だろうから、あんまり高価な楽器にこだわりはないんですよと私が言えば、フルートは楽器次第という部分があるから、楽器には大いにこだわってくださいと先生。特に素材の違いによる音の違いを、腕や技術の力で乗り越えるのはまずムリと言われました。フルートは誰が聞いても分かる程度に素材で楽器の音が違うそうです。

 では高価な楽器ほど良い音が出るのですか? とちょっとイジワルな質問をしたところ、そうではないけれど、今の時代のフルートは金が標準ですと言われた。「金?」と返事をしたところ、プラチナはお薦めではないけれど、真剣にフルートをやるなら金ですねとのこと。特に音大受験クラスになると、フルートが金でないと、かなりキビシイ選考をされるケースが増えていることを教えてくれました。

 ああ、音大の受験を考えていなくてよかった(大笑)。

 フルートを買い換えるなら、できれば金のフルートがいいけれど、なにぶん高価で手が出づらいでしょう。それでも最低条件として、頭部管だけでも銀製のものにしないとダメですねえとのこと。あくまでも楽器の音としての問題で、頭部管は金または銀がいいそうです。どんな材料で作っても、フルートという楽器の中低音はそんなに変わらないけれど、聞かせ所の高音は、金や銀の音に、他の素材の音はかなわないので、そういう選択肢はないそうです。

 金とか銀とか、どっちにしても貴金属じゃん。貴金属なんて、指輪とかを見ても分かるとおり、少量でも高価な金属だよ、それで笛を作るとは、なんて豪勢な貴金属の使い方なんだろ。ちょっと耳の後ろ側がしびれました。

 それと今、市場に出回っている中国製のフルートは買わない方がよいかも、とのこと。少し前まで、中国製のフルートは安価(安価は正義だと思います!)で、その割には作りもしっかりしているものが多くて、良いものが多かったけれど(チャイナ娘はまさにそう)、最近、先生が楽器屋に行ってフルートを吹きまくってきたそうですが、今の中国製は、作りもムラがあって、とても使える代物ではないそうです。「安いけれど良いもの」から「作りにムラがある不良品」になってしまったそうです。しっかりしろよ>世界の工場。もっとも日本メーカーのブランドを付けているものは、たとえ中国製品であっても、しっかりしているので大丈夫だとも言ってました。やっぱり検品の問題なんでしょうね。

 さて…

 今すぐフルートを買い換えるわけではないけれど、予算の都合というのもあるので、世間の相場というのを調べてみました。フルートメーカーも、世界標準品のムラマツさんと、大手製造メーカーであるヤマハさんの二種類で検討してみることにしました。

 まずは先生お薦めの金のフルート。どうせ調べるのだから、中途半端なものではなく、すべてが金で出来ているものの値段を調べてみました。

 まずムラマツは金の素材にも数種類あって、それぞれの素材ごとに値段が違いました。一番安いのが「ALL 9K」というモデルで約260万円、お高いのが「24K H-foot」で約970万円。ヤマハも色々なモデルがありますが「YFL-911 K14C」というのが約400万円でした。

 楽に車が買える値段ですね。もちろん、全部ではなく、一部の材料を銀に置き換えたものは、もう少し安くなりますが、さすがはゴールド・フルート。すごいですね。こういうものを高校生に買い与えられる家庭でないと、娘を音大にやれないわけだ。なんか納得。

 …目の奥がしびれてきました。

 次は当然、最低条件品である「頭部管のみ銀製」というものを調べてみました。

 ムラマツさんは、一番安いスクールモデルの「EX」がこれに相当します。約23万円です。一番安いと言っても、世間の一般人の感覚からすれば、十分お高い品です。一応ハンドメイドだそうです。ヤマハさんは「YFL-311」が頭部管銀製でお値段は約13万円。ムラマツさんの4割引きのお値段ですね。10万円も安価です。さすがに大量生産品はお安いですが、それでも一般人の感覚では、やはりお高い品です。

 まあ、高いと言いながらも、大人の趣味ですから、これくらいなら「大人買い」できちゃいそうな、現実的な値段です。

 「頭部管のみ」なんて中途半端なことは言わず、全部銀でできている「総銀モデル」の値段も調べてみました。やっぱりフルートと言えば、総銀だよね。

 ムラマツさんは「DS」がそれに相当し約74万円。ヤマハさんだと「YFL-714」となり約40万円。これまた4割引きですね。30万円以上の差があります。

 私の感覚では、ムラマツさんは論外のお値段。妻も子もいて家庭をもっている平凡なオヤジさんが、自分の趣味にそこまでお金を使って、家庭を犠牲にしてはいけないような気がします。ヤマハさんだと…ううむ、微妙。高いと言えば高い。でも仮にも大人だし、『大人買い』という伝家の宝刀だってある。ローンとかクレジットとかいう知恵だってある。となると、ここらへんがボーダーラインかなあ?

 他のフルートメーカーさんを見ても、総銀モデルは50万円台が一般的な相場のようです。微妙に手が届きづらいのが印象的な値段設定です。

 実際にフルートを買い換えるとなると、先生と話し合って、色々と考えて行かなければならない事も多いし、フルートメーカーだって他にたくさんあるし、同じ製品でも個体差というのがフルートにはあるそうなので、やはり一つ一つ試し吹きをする必要だってあるだろうし、お店で試し吹きしちゃえる技量と勇気が、今の私にあるわけでもないし…。

 そんなわけで買換えそのものは、まだまだ先の話になるでしょうが、どうやら私は最低条件の「頭部管のみ銀製」って奴に落ち着きそうな予感。

 しかしフルートは、高いですね。頭の中がチカチカします。

 楽器というものは、生活必需品でもなんでもないので、高くても仕方がありません。イヤなら、やらなければいいのだから「高すぎる!」と文句を言うのは筋違いのような気がします。だいたいが、楽器って、工業製品ではなく、職人さんの手仕事の成果なんですから、職人さんの技術に対して尊敬する気持ちを持っていれば、それなりの値段になったとしても、文句を言っては失礼というものです。

 まあ、つまり「音楽はお金のかかる趣味である」「楽器は本来高価なものである」というわけですね。

 さあて、いずれフルートを買い換える日のことを考えて、貯金でも始めるかな。

2008年7月15日 (火)

キング先生を我が家に呼べない理由

 ひさぶりのピアノネタです(笑)。

 キング先生は呼ばれれば、どこでもレッスンをしてくださる方です。

 私は現在、カルチャーセンターと言われるところでグループレッスンを受けてますが、仕事が変わった四月前後は、仕事自体が忙しくなったこともあり、もう少しレッスン時間に融通が利くように、個人レッスンに切り換えようかどうかと悩みました。

 まあ、結論を先に書けば、個人レッスンではなく、可能な限りグループレッスンで行こうというのが、我が家の結論なわけですが、その結論に至った理由の一つが、キング先生を我が家にお呼びするわけにはいかないだろう、ということ。

 なぜ、我が家にお呼びできないかというと、家の中が散らかっているから(笑)。もう一つの理由が、我が家のピアノは、実は電子ピアノであるため。この二つが理由です。

 家の中が散らかっているのは、片づければよいだろうと思うのですが、そこは妻が最大の抵抗勢力であって、なかなか解決しません。

 ピアノが電子ピアノであるためという理由は、キング先生のピアノの演奏を見ていると、かなりワイルド。それこそ、ガツンガツンと弾くのですが、あれだとウチの電子ピアノが一発で壊れてしまいそう…。私個人のものなら壊れてもいいのですが、一応あれは息子君のものなので、もしも壊れてしまったら、息子君悲しむもんなあ…。

 かと言って、書斎にあるキーボードでは私とキング先生が歌うには、音量不足だと思うんだよねえ。それに我が家でキング先生に歌われた日には、近所から苦情が来るかもしれないし…、と言うよりも、確実に苦情がくるだろうなあ…。

 それはともかく、買った時は「ピアノは電子ピアノで十分」と思った私ですが、思わぬところから、電子ピアノでの不足点が露呈しました。あれだけガツンガツンと弾くには、電子ピアノじゃダメだろうね。やはり本物のピアノ、せめて消音ピアノくらいは必要かなあと思いました。

 きっと今なら、クラビノーバではなく、消音ピアノを買っていただろうと思う、私でした。

2008年7月14日 (月)

アゴを上手に使いましょう

 フルートのレッスンに行って参りました。とにかくアルテ第1課は終了し、第2課に突入し、第1変奏までOKをいただきました。第2変奏以降、第3課の終わりまでが宿題になりました。

 とにかくレッスンの時間が短いです(涙)。無駄話もほとんどせず、ばっちり時間を有効に使っていますが、1回30分のレッスンでは、宿題すべてを披露することもできません。

 もっとレッスンの時間が長ければ、やってきた宿題もきちんと披露し、進み方も早くなるだろうという思いと、レッスンなんて気長にやるものであって、物足りないくらいでちょうどいいんだという思いの両方かあります。

 さて、今回も色々とチェックされましたが、やはり、またも音程の注意を受けました。一人で吹く時は、ほほ楽器まかせな音程でもOKだけれど、アンサンブルの時は、微妙な音程調整が必要で、その音程の取り方は、やはり生身の相手がいないと、どうもうまくできません。CDでの練習が全くの無駄とは思いませんが、CDは所詮、音楽の保存食ですからネ。生ものとは違います。どうしてもきちんとした練習は、レッスンの時にする形になります。

 あと、おそらく、フルートの最初の難関である、楽器の構え方とかクチビルの形とかに、まだまだ悩みのある私です。でも、ここをクリアしないとキレイな音は出ないわけで、そういう意味では、まだフルートを吹いても、心地よいとか楽しいとかの気分になれません。

 気長にがんばってゆきましょう。

 そんな私ですが、今回のレッスンでは、楽器の構え方の注意を受けました。

 今までは、フルート自体を私の下唇にあてていましたが、それでは楽器がしっかり固定されないので、クチビルではなく、アゴのくぼみに楽器をあてて下さいと言われました。確かにこの方がフルートが動かなくなります。しっかり固定されます。しかし、微妙な音程合わせのために、フルート自体をグリグリと回転させることができなくなります。そこで、これだと音程合わせがしずらいです、と訴えると、楽器は廻さないで、息を吹き込む角度を変えて音程を調節してくださいとのこと。

 具体的に言うと、息をまっすぐ前に出すと音程が上がり、下に向けて出すと音程が下がりますと言われました。息を前?とか下?とか…と悩んでいると、アゴを前後に移動させて息の方向を変えましょうと言われました。やってみたら、バッチグー。フルートをグリグリ動かすのと同じ効果がアゴを動かしても得られます。

 とは言え、さっきまでフルートをグリグリ廻して音程調整をしていた私ですから、いきなりアゴを前後に動かすのもギクシャクしてしまい、うまくできません。要練習というわけですな。

 音程とか構え方以外の注意としては、曲の最初の音と最後の音をキレイに出しましょうとも言われました。そこをきちんと出さないと、他がきちんとしていても、ダメな演奏に聞こえてしまうので、最初と最後は、特に注意してくださいとの事。

 これだけの注意ですが、とても二週間では消化できないほど、私にとっては課題が多すぎです。いつも弱音ばかり吐く弱音小僧な私ですが、ともかく、ウチに帰って練習です。

 ウチに帰ってからの練習なんですが、最近、練習に慣れが出てきたのか、つまらないミス(楽譜の読み間違いとかミスタッチとか)が多発するようになりました。ほんとうにつまらないミスばかりして、練習に差し支えるようになりました。どうも集中力に欠けるみたいです。歌ではその手のケアレスミスをほとんどしませんので、そういう意味では、フルートの練習が惰性になりつつあるんでしょうね、私の場合。

 気を入れろ、しっかりしろ>自分

2008年7月13日 (日)

気がついてしまった、衝撃の事実![7月第2週・通算26週]

体重:100.6kg[-0.1kg:-2.8kg]
体脂肪率:30.4%[+0.3%:-0.1%]
BMI:32.0[-0.1:-0.7]
体脂肪質量:30.5kg[+0.3kg:-0.1kg]
腹囲:101.0cm[-0.1cm:-5.6cm][先週との差:2008年当初との差]

 毎週のここに載せる数字を見て、いつもは「減らねえな…」とか「思ったりより増えていない、ラッキー」とか思うのですが、今週は全然違うことを思ってしまった、と言うか、気づいてしまった。

 この半年で体重は約3Kg減っているけれど、実は体脂肪質量はほとんど変化なし。つまり「脂肪温存で、筋肉減量!」ってことっス。えっ! これって最悪の展開じゃん!

 モーレツに落ち込みました。不健康への道、まっしぐら、爆走中です。言葉も出ません。

2008年7月12日 (土)

フウカさんが来ました

 新入り金魚の名前はフウカ(風花)と言います。素赤和蘭獅子頭(すあか・おらんだ・ししがしら)という種類です。全身、真っ赤なのですが、クチビルのところだけ白くてかわいい子です。この子は我が家で始めての金魚すくい出身の子です。

 フウカという名前の金魚としては、二代目になります。先代はチョコレートオランダ(いわゆる茶金)でした。長生きしなかった子なので、今度の子は元気に長生きしてもらいたいです。

 実は、息子君は大の「金魚すくい」ファン。なんか知らないけれど、金魚すくいが大好き。まあ、それほどうまいわけではないのですが、なぜか好きなんだな。だから、祭りなどに行くと必ずと言っていいほど、金魚すくいをやる。

 今までは、金魚すくいをやっても、ウチではこれ以上の金魚は飼えませんという理由で、例え金魚をすくっても、もらわないで来ました。でもたぶん、本人的にはそれではイヤだったんでしょうね。親の目の届かないところで、金魚すくいをやった時は、必ず金魚をもらってきました(ある意味当然ですが…)。

 それでもやはり、家の水槽で飼うわけにはいかないので、今までは金魚すくいで我が家に来た子たちは、大抵はどこか…学校とか学童保育とかにプレゼントしてきました。

 金魚すくいの時期って、まあ、たいてい我が家の水槽は満員なんだな。だからダメ。

 そんな理由で今まで金魚すくいの子は入れなかったのですが、今年は色々と考えて、一匹だけ水槽に入れることにしました。

 というのも、今、我が家の水槽は逆ハーレム状態で、カスミ一匹に三匹の男の子たちが襲いかかるという図式になってます。それじゃあ、あんまりカスミが大変なので、カスミの負担を減らしたいという思いがありました。そこでもう一匹、若くて健康な女の子が欲しいと思ったのです。まあ、我が家にはもう1匹、アオイという雌金魚はいますが、この子は、ガン患者なので、男の子たちはフルシカトしてますので、雌としての役割を果たせるのがカスミしかいないもので…。

 まあ、懸念材料がないわけではありません。一応、水槽には定員があるので、定員オーバーになったらいやだなという思いがありますが、しかしその一方で、いつもいつも金魚すくいをして、金魚を返すのもなんか悔しいしねえ…。一番いいのは、息子君が金魚すくいをやらない事なんだけれど、これが言ってきかせてもダメでしてねえ…。

 ただ、我が家の水槽に入れるからには、金魚ならなんでもいいというわけにはいきません。なにしろ趣味の水槽ですから、私の趣味に合う金魚じゃないとダメ。

 まず和金はダメ。ランチュウもダメ。中国系のハデハデな子もダメ。一応、ウチの金魚は琉金と和蘭に限ってます。そこんところこだわってます。あと、たとえ琉金であっても、ちゃんとした鑑賞用の金魚じゃなきゃダメというので、普通に露店でやっている金魚すくいの子ではなく、いつも金魚を買っている隣町の金魚屋さんが、お祭りの時だけ店頭でやっている金魚すくいの子にしようと決めました。

 その金魚すくいは、1回400円で、もしも全然すくえなくても1匹は差し上げますという奴。金魚すくいで泳いでいる子は、普段はそのお店で「3匹1000円」のお値段で売っているディスカウントな子たち。ディスカウントな子と言っても、一応、鑑賞魚です。ちなみに私はいつもそのディスカウントな子たちはスルーしてますけど(笑)。

 ま、とにかく、そんなこんなの金魚すくいでウチに来たのが、フウカです。息子君がすくった…わけではなく、「すくえなくても1匹差し上げます」で我が家に来た子です。普通の露店だと、すくえなくてもらえる子は、店のおばちゃんが適当に袋詰めしてくれた子だけれと、そこはさすが金魚屋さん、短い時間ですが、ちゃんと選ばせてくれました。そういう瞬時の判断は息子君は苦手だし、金魚の目利きはできないし、第一パニクっていたので、横から私がサッと選びました。形がいいし、元気だし、素赤和蘭獅子頭は、今まで飼った事がないので、いいなあと思って選びました。

 さすがは普段ディスカウント水槽にいる子なので、今いるウチの子たちと比べると、やっぱり見劣りします。例えば、尾の長さが普通(ウチの子たちはみんな尾長です)とか、胴体が横に長め(ウチの子たちはみんな縦長のボディです)とか、体色がやや薄目(ウチの子たちはみんな色濃いです)とか、すでに体の左側面のウロコが何枚もはがれているとか、左側の尻ビレの生えている方向がデタラメとか、確かに美的な難はあります。まあ、はっきり言っちゃえば、ちょっと庶民ぽい子です。いや、かなり庶民かな? でも、そんな庶民な金魚もいいかなって感じです。

 ただ、フウカは今は単なる庶民な子ですが、成長するとお姫様に変わるんじゃないかな…とにらんでいます。これは私の眼力がある意味試されているだけれど、頭の肉瘤がたぶん成長と共に大きく育って立派になってくるタイプじゃないかとにらんでいます。目の周りの瘤とか頭頂部の瘤とかになんとなく予感させるモノがあるのですよ。小さいときのアオイが、やはりあんな感じで、いまでは立派な肉瘤になってますので、フウカも立派な肉瘤になるんじゃないかと踏んでます。

 それはともかく、フウカが我が家の水槽に入って、だいたい一週間です。さすがに小さいです。すごいおチビです。最初に我が家に来たチヅル程度です。アオイのお尻にあるガンとほぼ同じ大きさです(つまりアオイの瘤はそれだけ大きくて痛々しいということです)。元気です。愛嬌があります。人間好きです。動作をみていても、いかにも幼い子どもです。雄雌の区別はさすがに全然つきませんが、金魚はたいてい雌なので、雌だろうと思ってます。これでフウカも雄だったら、ウチの水槽、もう目も当てられません。

 というわけで、フウカさんをよろしくお願いします。

 蛇足。「ひとこと」に書きましたが、カミキリムシのカミキリ君も飼い始めました。背骨はありませんが、シングルタスクで、なかなかカッコいい奴です。

 [2008年7月13日追記]カミキリ君のラブリーな写真をアップしました。863277505_128

写真をクリックすると、もう少し大きくなります。

2008年7月11日 (金)

住所パワーで遊びました

 時折、むしょうにこの手の話題が書きたくなります~。

 先日「ひとこと」で書いた「ハンドル占い」に引き続き、音楽ネタとは全く関係ありませんが、おもしろいサイトを見つけてしまったので、ご報告です。それは「住所パワー」。なんだか知らないけれど、住所を入れると、半径1.5Kmをサーチして、その住所のパワーを表示してくれます。これによると、我が家の住所パワーは以下の通り。

3213pt 判定Aクラス( 施設名 件数 最短距離 )
飲食店 11件 270m
美容室 12件 46m
銀行 9件 654m
書店 8件 329m
デパート 6件 329m
コンビニ 17件 26m
映画館 1件 325m
老人福祉施設 7件 256m
スーパー 8件 108m
レジャー施設 5件 927m
レンタルビデオ 7件 654m
保育園・幼稚園 4件 276m
駅 3件 644m
ラブホテル 0件 m
風俗 0件 m
宗教施設(測定対象外) 2件 731m

 意外とやるじゃん、我が家の周辺。弱点は風俗関係だな…、今のところ間に合っているけれど(笑)。あと、なぜ病院がカウントされないんだろ? 病院なんて無くてもいいってことかな?

 これを見ると、我が家周辺を「田舎」と呼んでは、本当の田舎に失礼だな。でも都会ではないことは確かだから、やっぱリゾートだな、観光地だな。海のそばだな。シーサイドだな。

 それはともかく、へえ~、こんなにお店あったんだな…って感じ? しかしコンビニ多すぎ(笑)。老人福祉施設7件ってあるけど、一つも思い浮かばない。いかに私が老人福祉に無頓着な冷血漢ってことだな。それとデパートというのは、百貨店ではなく、大型スーパーのことだよな、6件って数からしても…。レジャー施設ってどこの事だろ? 思い浮かばないよお…。

 音楽ブログらしく、音楽関係のデータを追記すると。

楽器店 2件
CD屋 2件
音楽教室 6件(大手系のみ)
バレエ教室 1件
カルチャーセンター 3件
音楽ホール 5件(意外だけど)
ピアノ教室 星の数ほど

 ふーん、改めて数字にすると、ウチって恵まれてるじゃん。地元にもっと感謝しなくちゃいけないな。ちなみに我が職場は「判定C」。子どもの頃に住んでいた団地も「判定C」。ここに引っ越す前に住んでいたところ(同じ市内なんだけど)は「判定D」。つまりCからDに一度ランクを下げてからAに出世したわけだな、私は。

2008年7月10日 (木)

男が「音楽好き」で、何が悪い!

 今日の記事は「不良」とか「オカマ」とかの語を多用してますが、別に他意はありませんし、悪意も差別心もありません、念のため。この手の話題を不快に思われる方は、今日はここまでにして、また明日お越しください。

 では、参ります。

 どうも『音楽する男』というのは、イメージ悪いです。

 ロック系だと、不良だとか、勉強できないとか、だらしないとか、汚いとか…。
 クラシック系だと、ナヨナヨしてるとか、運動オンチとか、オカマっぽいとか…。

 つまり、音楽やってる男って、普通の男子ではなく、不良(失礼)か、オカマ(失礼)か、って事でしょ。これ、すごい偏見だよね、普通の男子としては、ちょっと異議申し立てをしたい気分です。

 まあ、つらつらと考えるに、世間様のイメージの中には『しっかりした男子は勉強に勤しむ』&『まともな男子はスポーツをやる』→文武両立! というのが、しっかりあるんでしょうね。

 だから音楽は、『勉強ができないから(or 落ちこぼれたから)音楽に逃げる→ロック系』とか、『スポーツができないから、音楽をやる→クラシック系』などという、偏見に満々た、ある意味ステレオタイプのイメージが、21世紀になっても、まかり通っていたりするんだ。ホント、驚きだよね。

 だから、男子で「趣味は音楽」なんて答えると、それは「音楽を聴くのが趣味」って解釈されます。…不良には見えないし、頭も悪くなさそうだけど…まさかピアノ弾かないよね…、ああ、そうか、流行りの音楽をiPODで聴くのが好きなんだろうな、って事いう風に思われます。ましてや「クラシック音楽が好きです」なんて答えたら、『あんな難しいものを聴くんだ、賢い人なんだなあ…』と、すごく頭よさそうな好青年に思われたりします。

 女子だと「趣味は音楽」って答えたら、それは「聴く」ではなく「演奏する」それも「ピアノが弾ける」って事に、暗黙のうちに解釈されるよね。

 そう考えると、女子も結構キビシイかもな…。

 まあ、ロック系の評価が悪いのは、ある程度仕方がない。実際、プロのバンドが、不良とか勉強苦手のイメージで売り出している商業的な都合というのがあるからネ。で、あれにファンたちは騙されるんだ。本当の不良やおバカに音楽できるわけないのにねえ…。音楽やって、社会的な成功おさめられるわけないのにねえ…。音楽って、たとえロック系であっても、高度に知的な作業だし、マジメに練習しなければ、何もできないのに。

 クラシック系のイメージが悪いのは、これはヒャクパー、学校の部活のせいだね。

 まず部活には文化部と運動部の二種類の部活があるにも関わらず、たいてい1つの部活にしか入れない。二者択一だ。たとえ文化部に興味があっても、運動がしたければ、文化部をあきらめなければならないし、実際そうする男子は多いだろう。文化部に強い興味関心がない限り、多くの男子は入部する部活として運動部を選択するわけだ。お年頃の男子としては体を動かす方を選ぶわけだ、これは仕方がない。

 だから文化部を選択した男子は「運動よりも…」ってわけだけど、これがなんかイメージ悪い。運動部じゃない…ってだけで、マイナスイメージを感じる人が多いのは事実でしょう。実際、就職活動なんかだと、運動部だったか、そうでなかったかでポイント違うし…。

 まあ、そこらへんを乗り越えて、文化部に入ろうと思っても…

 学校の音楽系の部活。まあ『軽音楽部』はロック系だから、ちょっと横においておくと、後はお決まりの『合唱部』と『吹奏楽部』。構成要因の性別は極端に偏っているわけだ。そう、女子ばかり。と言うか、ほぼ女子のみ? つまり音楽系の部活は女の子の部活というわけ。

 まあ、これは事実としても…。

 男女の距離が微妙な中高生としては、女子の集団の中に入って行ける男子というのもなかなかいないし、そうなると文化系男子の入部先は、やはり男子の多いアニメ系とか鉄道系とかにならざるをえないわけだ。

 そんなわけで、女の子系の部活に入っている男子は、女子属性の強い、ナヨナヨしたオカマ君に違いないと思われるわけだ。完全に偏見以外の何者でもないけどな。

 なぜ部活を二つ三つ加入するということはできないのかねえ…。スポーツなんて、オンシーズンとオフシーズンがあるにも関わらず、なぜオフシーズンまで身柄を拘束するのかなあ、なぜ若い時代に一つのスポーツに身を捧げなければいけないのかなあ。運動もやりながら、音楽やその他の趣味を楽しむのは、スポーツマンにとって悪なのかなあ…。スポーツだって、夏のスポーツと冬(あるいはインドア系)のスポーツの二つくらい、やりたいよねえ…。

 それに、放課後全部を部活でしばったら、部活以外の場で音楽を趣味的に学ぶという事は、なかなか難しくなるよね…。

 ああ、イライラする。

 こんなブログでブツブツ言っても、世間様のイメージを変えられるわけでもなし、現状は何も変わらないけれど、単純に音楽が好きだから音楽をやるじゃ、男子の場合、いけないわけ? どうして、音楽が好きで、音楽をやってますっていうだけで、見かけが怖そうだったら、不良に思われ、そうでなかったら、オカマに思われるわけ。実際に不良だったりオカマだったりしたら、そりゃ文句言わないけれど、不良でもオカマでもない、普通の男子にとって、そう思われるのは、ちと癪だ。

 ちなみに、私は子どもの時から、不良とは真逆の人生歩いてきたし、オカマさんとも真逆の生き方をしてきました。私はいわゆる、そこらにいる普通の男の子だったけど、そんな普通な男子が音楽やっちゃいけないのかい!

 学校帰りにリコーダー吹きながら帰っちゃあ、おかしいのかい! (多少はおかしいか?) でも、道を歩きながらリコーダー吹きたいくらい、笛が好きなんだから、仕方がないじゃん。それなのに、音楽が好きというだけで希有なものを見るようなまなざし、私は別に珍獣じゃないよ。ああ、あれってある種の差別だよね。

 ほんと、世間様に大いに異議申し立てをしたいです。

 ぷんすか、ぷんっぷんっぷ~んっ!

2008年7月 9日 (水)

実は私、フルートの音をちゃんと聞いたことないかも…

 タイトルを見て「えっ!」と思われた方、いらっゃるでしょうか? いるだろうなあ…。普通、フルートを習っていて、フルートの音をちゃんと聞いたことがないなんて、あり得ないものね。実際、私も歌を習っていて、歌手の歌をちゃんと聞いたことがないという人がいたら、???と思うよ。

 でも、よく考えてみたら、私、フルートを始めるまで、フルートの音をちゃんと聞いたこと、ありませんでした。フルートを始めてからも、無料体験レッスンの先生の演奏と、笛先生の演奏しか聞いたことありません。

 どっひゃー、でしょ。

 フルートをちゃんと聞いたことがないと言っても、聞こえていなかったわけじゃあ、ないんです。でも…、例えば、オーケストラとかブラスバンドは生演奏を聞いたことなど、何度もありますが、そこで確かにフルートを聞いているはずなのですが、でも、フルートを聞いたという記憶は全くないんですよ。

 オーケストラを聴くと、弦合奏の美しい響きは心に残りますし、轟くティンパニは大好きです。悲しげなオーボエの音色に心魅かれ、雄々しいトロンボーンに心ときめきます。

 ブラスバンドを聞けば、もう、トランペット・トランペット・サックス・サックス・クラリネット・クラリネット、トランペット・トランペット・チューバにホルンにバスドラ、ドンドン~、スネアがタッタカ! って感じなんですが、そこにフルートはいたかと言われると…? 全く記憶にないんですよね。

 不思議だ…本当に不思議だ。

 フルートは幼い時から、好きな楽器なんだけれど、実際の演奏会場に行くと、全く私の記憶には残っていないのです。

 CDでは…と言われると、それも生演奏と似たりよったりかな、やっぱり。

 マズいっしょ、これ。まずいよね。絶対にヤバい。フルートを習っているのに、フルートをまともに聞いたことがないなんて! ワシ、ホントにフルート好きなの? って自問自答してしまいます。

 理想は、生演奏を浴びるほど聞きに行く事なんだけれど、それもなかなかできないから、とりあえず、次善の策というわけで、フルートのCDをたくさん聴く事にしました。フルートのこと、全く知らないよりはだいぶマシですからね。

 アンドレア・グリミネッリでしょ、エマニュエル・パユでしょ、ジェームス・ゴールウェイでしょ、ジャン・ピエール・ランパルでしょ、マルセル・モイーズでしょ、ハーピー・マンでしょ、日本人だと、工藤重典、三上明子、神崎愛、山形由美、有田正広…、ね、ビッグネームばかり、短期集中でたくさん聞きましたよ。実は、これらのほとんどすべては、図書館から借りてきたものです。お金はCD購入よりも、来るべきフルート購入のために貯めておきたいと思ったので、今回は“CD大人買い”はやめました。ううむ、奏者のセレクトに偏りがあるかもしれないけれど、図書館の蔵書というシバリがあると、こんなもんでしょう。これで、CDだけど、フルートの音を聞いたことがないというわけではなくなりました。後は、生演奏の数を増やさないとなあ…。

 生演奏とCDの録音じゃあ、本当はかなり違うからね。たぶん、生のフルート演奏を聞いて、なんぼってものでしょうね。

 いやあ、それにしても、自分がフルートの音をちゃんと聞いた事がない、ということに気づいた瞬間は、それはまさに天地がひっくり返るような衝撃でした。子どもじゃないんだから、ありえないよね。いやあ、驚いた驚いた。

2008年7月 8日 (火)

声楽の効用 その8[最終回] インナーマッスルが鍛えられ、ちょっとした体操の代わりになる

 この連載も、間にラ・フォル・ジュルネが入ったりして、最近はなんかグダグダになってきたので、終わらせることにしました。やっぱり連載ってのは、ある程度の期間内に集中的にやらないとね…。ちなみにこの「声楽の効用」シリーズは「その他」のカテゴリーにまとまっていますので、過去ログをご覧になりたい方は、そちらでどうぞ。

 さて、声楽の効用の最終回ですが、やはりオジサン目線では「声楽をやると健康になる!」と言いたいです。

 声楽って、実は運動量があります。もちろん、スポーツほどではありません。また、体を鍛える側面もありますが、だからと言ってムキムキの筋肉マンになれるわけでもありません。

 声楽で鍛えられるのは、主に呼吸を司る筋肉と体を支える筋肉。手足を動かす筋肉ではなく、俗に言う「インナーマッスル」という奴が鍛えられます。

 これが結構きます。良い声を出すには、うまい具合に体を緊張&弛緩させていかなければいけません。また普段は使わない筋肉を使わなければいけませんから、最初は筋肉痛との日々も待っていますし。あと、見た目以上に疲れます(笑)。いやあ、全身で声を出すって、やっぱり“全身運動”だなあと思います。マイクの偉大さをヒシヒシと感じます。

 でも、そうやって体を鍛えて行けば、肺活量も驚くほど増えるし、姿勢も良くなる。立ち仕事も全然苦でなくなる。結構いいです。あと、姿勢もよくなりますよ。

 そうそう、声楽家には恰幅の良い人がかなりいるけれど、あれはこの適度な運動量が原因ではないかしらと思います。そこそこの運動は体を目覚めさせるもの。歌うとお腹が減ります。しかしいくら体を使うとは言え、やはりスポーツほどではありませんから、そこでスポーツ選手並に食べてしまうと…、結果は見え見えです。

 姿勢が良いと若々しく見えるし、しっかり呼吸ができるのは、生きる基本です。だいたい人間、弱ってくると声も弱くなります。あれは呼吸の問題でしょうね。だから、呼吸筋を鍛えると、人間たるもの、弱々しくならないのです(最後の部分は暴論かもしれません)。

2008年7月 7日 (月)

背中の動きを再確認

 先日の声楽のレッスンは背中がテーマでした。みっちり背中の動きを再確認しました。

 実は背中の動きと言うか、腹式呼吸と言うか、自分ではそこそこできているのだろうなあと思っていましたが、いやあ、まだまだベイベちゃんでした。甘っちょろいんですよ、私。

 私は、背中の筋肉が動いているのが分かる程度の動きで十分…なんて思っていたのですが、それではダメでした。背中がボンっと膨らむというか、思いっきり後ろに飛び出させるというか、うまく表現できないのですが、背中に鉄塔を左右に二本立てる感じというか…。表現力の限界を感じますが、とにかく、すごく背中の筋肉を使うのです。

 背中の動きが分かりづらい時は、ほんの少しだけ体を前屈させ、腰の部分に注意を向けると分かりやすいと思います。息を吸った時に、そこをとにかく、思いっきりボボンッと膨らませるのです。

 練習の時に、先生に後ろに来てもらって、息を吸った瞬間、背中に当てられた手で、後ろから突き飛ばされました(笑)。もちろん、予期せぬ行動だったので、最初はよろめいてしまったのですが、その先生の手の動きを逆にハジキ返すつもりで、背中をふくらませろというわけです。

 うまくできたかどうかは自信が持てませんが、要領は分かりました。相当な力で背中を使うのです。はい、もちろん、何度もレッスン中に脇腹が釣りました。それだけ日頃使っていないということです。

 それから「歌う時はお腹は脱力して引き気味に」と先生がよくおっしゃる言葉の意味が、ようやく分かりました(ダメじゃん)。

 お腹に力が入っていると、背中は全く動きません。背中を使うためには、まずお腹を脱力ね。そこで背中を思いっきり使うと…あら不思議、お腹が自然と引けます。お腹を引っ込めようとするのではなく、背中を思いっきり膨らませて、それに伴って自然にお腹を引けてしまうのが良いみたいです。

 背中を膨らませる時、背中だけを膨らませようとすると限界があります。一緒に骨盤を倒すとよく膨らみます。更にモモの内側を体の前面に開くような動きも付け加わると、なおグッドかなあと思います。

 たしかに背中をグンと動かすと、本当に大量の息が一度にできます。これは自分でも驚きです。これを毎日のようにやると、驚くほどの肺活量を手に入れることができるのだろうなあ…と思いました。肺活量はあればいいというものではありませんが、無いよりはあった方がいいだろうし、この手の練習は、それをコントロールする力も身につくでしょう。肺活量が十分にあって、それがきちんとコントロールできたら、歌い手にとって、何よりも武器になりますからね。

 とにかく、背中の使い方、ひいては腹式呼吸なんですが、いやいや、奥が深いというか、歌を始めて1年とか2年とかじゃあ、まだまだ不十分でした。たかが呼吸ですが、歌える呼吸ができるようになるまで、まだまだ時間がかかりそうです。

 しかし「腹式呼吸」という名称は、罪作りだよなあ。これ、絶対、初心者は勘違いするね。もっと実態に即した名称を普及させるべきだよね。とか言いながら、適切な名称など、とうてい思いつかない私でした。

2008年7月 6日 (日)

ベルトをキツメにしめてます[7月第1週・通算25週]

体重:100.7kg[+0.2kg:-2.7kg]
体脂肪率:30.1%[-0.3%:-0.4%]
BMI:32.1[+-0.0:-0.6]
体脂肪質量:30.2kg[-0.3kg:-0.4kg]
腹囲:101.1cm[+0.1cm:-5.5cm][先週との差:2008年当初との差]

 今週の中頃から、何の気なしに、ズボンのベルトをキツメにしめることにしました。理由は「たるんだお腹にカツを入れるため」

 ベルトをキツくしめると、お腹を少しへこませなければいけません。へこませ続けないとなりませぬ。お腹をへこませ続ける…運動としては、たいしたことありませんが、ずっとやっていると、なんか効果があるような…ないような…。まだはじめたばかりなので、分かりませんが、夏ですし、薄着ですし、お腹が弛んでいるのはカッコ悪いので、そんな意味合いも込めて、ベルトをキツメにしてます。

 はい、ある意味、現実逃避であることは、認めます。

 「ベルトをキツくしめると苦しくないですか」と言われそうですが、別に苦しくありません、お腹をへこませている時は。苦しいのは、うっかりお腹を緩めてしまった時です。お腹を緩ませると、途端にベルトがお腹に食い込み、なかなかつらいです。おまけに、ベルトの上にお腹が載って、すごくカッコ悪いです。

 夏は汗をやたらとかくし、醜い肉体を世間様にさらさないといけないし、夏の存在理由なんて、まったく分かりません!

 まあ、どれだけ続くか分かりませんが、しばらくは続けたいと思ってます。もっとも、先日ふと気づいてしまったのですが、最近、全然爪先立ち歩きをやってません。ああ、反省。こんな感じでベルトキツメもいつまで続くか自信はありません…。

 話は変わりますが、「ひとこと」に書いた右手人指し指の件ですが、まだ痛いです。膨らみ自身は小さくなってきたような気がしますが、周囲が黒づんできました。それと、膨らみにどうやら芯があるのが見えます。やっぱりムシ刺されとは違うのかな? 命に別状はなさそうなので、もうしばらく様子を見ることにします。

2008年7月 5日 (土)

エサは何をあげているの?

 金魚のエサって、金魚屋に行くと結構たくさんの種類が売られています。で、皆さん、どのようなチョイスをしてますか?

 金魚のエサなんて、どれもこれも一緒だよ! と思っているあなた、それはかなり違います。実は金魚のエサには、金魚が喜ぶエサと喜ばないエサがあります。あの、姿形も頭の中身もかわいい金魚たちが、エサを食べるしか喜びのない金魚たちが、喜んで食べるエサと、へそ曲げてなかなか食べてくれないエサがあることはご存じ? つまり金魚的に「美味しいエサ」と「激マズのエサ」があるわけよ。

 やっぱりかわいいウチのお金魚たちには、美味しいエサを食べさせてあげたいというのが、飼い主ゴコロという奴で、ウチも色々と試行錯誤して、今のエサに落ち着きました。
 という訳で、今日は我が家の金魚たちの「突撃! ここんちの夕食」です。

 1)イトスイ社「日本淡水魚用飼料 川魚の主食」

 これ、金魚に大人気。最初にあげた時は、その興奮する様子から「なんかヤバイもの入っているじゃないの?」と思ったくらい、金魚まっしぐら!なエサ。中身は、ミジンコ、イトミミズ、アカムシを主成分に色々なもので調整した顆粒状のもの。すっごく美味しいらしい。欠点は、ちょっと高いかな…。一箱80g入りで約600円。ね、高いのね。だから、ウチでは、一番最初の食事がコレ。これを小さめのスプーン一杯あげたら、次のエサになります。

 2)日本ペットフード社「エンゼル 色揚げ」

 「川魚の主食」ほどではないけれど、これも金魚に喜ばれるエサです。このエサの特徴は安いこと。120g入って約200円。ね、安いでしょ。あと、このエサは配合飼料という奴なので、各種栄養というのがバランスよく含まれているので、それも良いです。ビタミンとかミネラルとか強化されているそうです。なんとなく、健康志向のエサだね。あと、カロチノイドも入っているので、赤い金魚君たちの赤みをキープする上では必須のエサだね。(赤い金魚たちに緑色のエサをあげ続けていると、色が褪せてしまいますので、ご注意を!)「川魚のエサ」の後に「エンゼル 色揚げ」を2つまみずつ2回あげてます。

 このエサは金魚も喜ぶけれど、何と言っても緋ドジョウやヌマエビたちが喜びます。「川魚の主食」を入れてもドジョウたちは身動き一つしませんが、この「エンゼル 色揚げ」を入れると、ドジョウたちが大騒ぎします。ドジョウ的には、このエサが好きみたいです。

 エビたちもこのエサを抱え込んで、うっとりしながら食べますよ。

 3)イトスイ社「イトミミズ」

 フリーズドライ製法のイトミミズ100パーセントのキューブになっているエサです。これを入れると、金魚たちが急に獰猛になり、水槽の中がバトルロイヤル状態になります。見ていて、とても楽しいエサです。これは夏場など、どうしても普通のエサだけでは足りない状態の時に、オヤツ的にあげるエサです。満腹に近い状態の時にあげるにも関わらず、もう三日くらい何も食べてませーん!的な反応をします。おそらく、イトミミズは別腹なんでしょうね。

 4)マツモ草

 いわゆる水草。いつも水槽の中に浮かんでいます。金魚たちは暇さえあれば食べてます。だからウチの子たちのフンはたいてい緑色です。このマツモ草は食べられる側から成長しますので、無くなることはありません。たまに人間がエサをやり忘れても、金魚たちはマツモ草を食べて急場をしのいでいるみたいです。金魚たちにとってのセーフティーネット? 日頃から食べる保存食? いわば人間にとってのカップ麺みたいな感じでしょうか?

 5)タニシ&ヌマエビ

 時折、生き餌になってます。タニシは水槽の中で繁殖するので、食べても構わないのですが、ヌマエビは全滅すると金魚屋に買いにいかないといけないので、ちょっと困る。一匹100円近くするので、そうそう簡単に食べられては困るんだよなあ…。そうは言っても、時折、金魚のクチから長い髭が飛び出ていることがあるので、それは絶対エビを食べた直後だよなあ…。

 6)メダカ

 最近はあげていませんが、メダカも金魚にとっては美味しいエサです。普段はおっとりしている金魚たちですが、メダカが入ると、まるで加速装置のスイッチを入れた009のような動きをします。へえ、やればこれだけ素早く動けるんだ…と、妙な感心したりましす。メダカもヌマエビ程度の高価なエサです。さらに言うと、ヌマエビほど持ちません。どんなにたくさん入れても、1~2日で食べ尽くしてしまいます。よっぽど美味しいんでしょうね、メダカって。

 以上が我が家の現在のエサのラインナップです。「エンゼル 色揚げ」が近所の店で入荷しなくなり、今あるやつが無くなり次第終了です。一応代わりに、ジェックス社「色揚げ パックDE金魚のエサ」を買ってあります。これも「エンゼル 色揚げ」ほどではありませんが、なかなか金魚には好評なエサです。安いし、便利なエサです。

 不味いエサは…ここに書くとキリがないですね。営業妨害になってはいけませんから、書きませんが、不味いエサは金魚も食べないので、そういうエサしかあげていないと、金魚も成長しないし、可哀相です。学校なんかで飼われている金魚は、この手のエサを食べさせられていたりします。そういう金魚を見ると、不憫で不憫でいたたまれなくなります。飼い主は、もっと自分のペットの食事に使ってやって欲しい思います。見れば、喜んで食べているか、イヤイヤ食べているか、分かりそうなものだけれどな。

2008年7月 4日 (金)

たまにはチャイナ娘を観察してみよう

 毎日毎日フルート吹いてます。吹けば必ずお手入れをします。本来はルーチンワークなんですが、なんか最近は結構気を入れてお手入れをしているので、色々と観察しながらやってます。そこで観察した雑感を書いてみたいと思います。

 まずは、頭部管。フルートの音色の大半はここで決まるくらい大切なパーツです。メッカーによっては、頭部管のみを製作販売している会社もあるくらいです。とにかく頭部管は大切なパーツなんです。そんな我がチャイナ娘の頭部管を観察してみました。

 リッププレートが黒ずんでます。クチビルの形に黒ずんでます。さらに歌口(息を吹き込む穴です)が私の息を吹き込む形に黒ずんでいます。一体私の吐く息のどこがいけないのでしょう。ニッケルメッキを腐食させる私の息。何なんでしょう。少し気分が盛り下がります。

 試みに指ではじいてみました。キーーーンという硬くて響きの良い音がします。キレイな鐘の音です。でも良いフルートは柔らかい素材でできているので、指ではじいてもボツッって感じの鈍い短い打撃音しかしないそうです。チャイナ娘はそこそこ硬い素材でできていると言うわけね。

 さらに頭部管の根本をよくよく見ると、メッキがはがれています。メッキがはがれて、下の地金が見えますが、この地金…ほんのり黄色なんです。まるで五円玉のような黄色です。まさか真鍮? きっと真鍮? おそらく真鍮? 真鍮真鍮真鍮…、つまりブラスですよ、ブ・ラ・ス。いやあ、ブラスなフルートだったんだ、チャイナ娘。

 ブラスなフルートって、ご存じですか? いやあ、珍しいもん、みちゃったなあ…。

 ちなみに管体もよく見ると、メッキされていなかったり、メッキがはがれていたりします。管体そのものの地金を見ると…やっぱり黄金色。ブラスだよ。この娘。

 キイのメッキされていないと思っていた部分は、よくよく見ると、光っていないだけで、一応コーティングはされている。くすんだ白。白くて艶消しな感じ。たぶん上手にメッキできなかったんだと思う。キイはどこもメッキがはがれていないので、素材は分かりません。でも、本体がブラスなんだもん。キイをそれよりもいい材料で作るとは思えないから、おそらくキイもブラスでしょう。

 メッキは見える部分だけにしか丁寧にされていません。管体をひっくり返すと、あっちこっちからくすんだ白が見えます。見えるところさえ光っていればOK、ああ、モーマンタイだね。

 お手入れをする時は丁寧に拭かないと、管体のアッチコッチに布がひっかかって、お手入れクロスがケバケバになってしまいます。見た感じは分かりませんが、部品の加工精度に遊びがたっぷりあるんでしょうね。

 頭部管ほどではありませんが、管体もやはり曇りはじめました。どこが曇るのかと言うと、私が触っている部分。キイはもちろん、右手の親指とか左手の人指し指など、楽器を支える指が当たっている部分もそう。特に右手の親指部分は結構顕著です。うっすら楽器が黒ずみだしました。最初は汚れかと思ったので、ゴシゴシ拭きましたが、どうやら違うみたいです。リッププレートと同じ感じの、イヤンな黒ずみです。

 メッキが私の体液(汗とか唾とか手垢とか)に負けてるの? いやあ、メッキをも腐食する我が体液って、いったい何?

 以上、チャイナ娘をじっくり観察してみました。

 しかし、ブラスなフルートだったとは、まさに「お金で買えないものもある!」なんて感じですか? 私のチャイナ娘は実は金管楽器だったんだよ。金管なフルート! ヤマハやムラマツにはないタイプのフルートだね、ウキウキ。

 金管なフルートの音が聞きたけりゃ、私のところにおいで! って感じ?

 ちなみに検索してみたところ、中国の安物フルートは、たいてい真鍮製だそうです。そういう意味では、チャイナ娘は、由緒正しい安物だね。

 でもね、メーカーサイトの、今はもう無いページには「ニッケル・フルート」って、はっきり書いてあったんだ。だから私はてっきりチャイナ娘は「ニッケル・フルート」だとばかり思っていたのけれど「ブラス・フルート」だったとは、驚き。

 今の日本では、フルートはどんなに安くても洋銀どまりですが、その昔、まだ貧しかった頃は日本でも、真鍮のフルートは珍しくなかったそうです。みなさん、真鍮のフルートを手にしながら「お金を溜めて、いつかは洋銀のフルートを買いたいなあ…」と憧れていたそうです。

 私も憧れてみようかな…洋銀のフルート。

 蛇足。

 先日のレッスンの時、笛先生が結成した新しいバンドの話をされていた。ワールドワイドな人員構成なので、連絡を取るのも国際電話なので、時差やら料金やら、色々と面倒らしいのだが、それでも新しいバンドということで、張り切ってらっしゃった。

 今後のライブの予定とか色々教えていただいたのだが、家に帰ってきて、それらの話がすっかり頭から抜けていることが判明。いくらレッスンに集中していたからと言って、先生の新バンドの事を忘れてはいけませんな。私は悪い弟子です。さすがにバンド名だけ(インパクトがアリアリな名前だったので)は忘れていませんでしたが…。夏から秋にかけて、ババンと活動するみたいです。近場でライブがある時は、見に行かないとネ。

2008年7月 3日 (木)

確かに上手いんだけどサ…

 時々、合唱団ですごく上手い団体の演奏を聴くことがある。あんまり上手すぎて、各パートがまるで一人で歌っているかのように、声の質やフレージング、息づかいまで合わせてきてます。大抵の場合、女声合唱団で、コンクール常連組だったりします。

 そこまで仕上げてくるのって、すごく大変でしょうね。元々の団員のレベルも高いのでしょうが、練習なんかも相当厳しいのでしょう。涙ぐましい努力の上に、それらの演奏が成り立っていることは、よくよく分かります。

 あんまり、上手すぎて感心しちゃいますが、ごめんなさい、正直な話「ああ、つまらないなあ…」と思うことがあります。

 というのも、大勢いる人の声をひとつにまとめすぎると、私の耳には、とてもつまらない音に聞こえます。人の声のはずなのに、無難で特徴のない、まるで楽器のような音に感じられるのです。それでいいんだと言われてしまえば、そのとおり。実際、昨今の日本語の合唱曲って、人の声を声として扱ってない曲が多いから、そんな曲を歌うには、歌う側も声は楽器であるとの割り切りが必要なんだろうけれど…やっぱ、熱い血潮の流れる声で朗々と歌ってほしいと思う私は、変なオヤジ?

 そんなわけで、個人的な好みが相当入っているものの、上手すぎて、各パートがまるで一人で歌っているように聞こえるのは問題だと思います。だって、各パートの声が一色だったら、それって合唱じゃなくって重唱になっちゃうでしょう。重唱だったら、無個性な合唱ではなく、個性的な独唱者の名人芸で歌って欲しいものです。

 合唱って、器楽とか独唱の代用品ではないでしょう。あくまで合唱は合唱、合唱としての魅力のある演奏を、私は好みます。

 その点は、海外の合唱団はさすがに違う。どんなに上手でも色々な色がまざって聞こえる。だから合唱に「人々」を感じるんだ。

 でも日本のうまいアマチュア合唱団は、どうもそっちとは違う方向に行っているところが多いような気がする。うまい合唱団はまずコンクールありきのところが多いけれど(この事自体に文句はありません。人それぞれですから)、コンクールを勝ち抜くには、音色の統一とか必要なのかな? だとしたら、日本人の演奏を聴く以上は、仕方のないことなのかもしれない。

 なんか、まとまらない話ですいません。

2008年7月 2日 (水)

耳を開いて笛を吹け

 前回ダメだった、もう一曲とは、第1課の5番の第2変奏。デュエットの3曲目で、先生の一拍後から生徒さんが入る、あの曲。本当は、5番の3曲とも全部ダメなんだろうけれど、全部を宿題にすると、全然進まないので、これ一曲だけにしてくれたんだと思う。先生、ありがとう。

 例によって、ダメ出しを列記します。

 1)演奏中、笛は揺らさない。

 この曲、アウフタクトなんですよ。だからたぶん、無意識に拍を数えてしまったのだと思う。あるいは音楽にノって(?)ノリノリ状態? 本当は和音やリズムの流れを静かに心の中で感じていないといけないのにネ。とにかく私、無意識に笛を上下に動かしていたらしい。その動きが目障りだそうだ。そりゃそうだ。たしかにお客の立場になれば、フルートをブンブン振り回されて演奏されたら、音楽聞けないよね。反省。

 2)休符は休憩じゃない、リラックスしない。いちいち息吸わない。リズムの流れを感じなきゃダメ。

 歌でもキング先生に言われる…。私に限らず素人さんは、たいていこの傾向があるような気がしますが、いかが?

 3)テンポが遅い。

 ごめんなさい。先生に合わせようとして、先生の音を一生懸命聞いてから演奏すると、遅くなります。きっと聞いちゃったら、合わせられないんだよね。

 4)何となく吹き始めないように、きちんと溜めてから吹き始めること。

 吹き始めの注意。溜めるのはもちろん息なんだけれど、むしろ息というよりも気だね、気。吹き始めのところで、ウンと気合を入れて集中して細心の注意で大胆に吹き始めることだと解釈しました。吹き始めの音から、しっかり根性据えて、きちんとした音で吹き始めなさいってことです。何となく吹き始めちゃダメなんです、何となくは…。

 5)ハモりなさい。

 ここが今回の最大の注意点。音程に関する注意です。

 今回から、先生のお許しを得て、サクッと頭部管を抜くことにしました。20mm前後も抜きます。これでとりあえずチャイナ娘もC管のフルートになります。チューナー使ってばっちりチューニングしました。ドレミファソラシド~、どの音でも一応チューナーは『オールグリーン』状態。多少針は左右にズレますが、十分許容範囲! よし、大丈夫だ。

 その状態で先生とデュエットです。とにかく間違えないように、音楽を止めないように、遅れないように、バッチなタイミングで演奏できるように、気を使って吹いたところ、ダメ出しです。「ハモってない」そうです。

 とにかく「一人で吹いているなら、OKをあげてもいいけれど(ありがとうございます!)、これはアンサンブルだからね。ハモってないとダメ」だそうです。楽器でハモる? なになに…? と思ったものの、もう一回と言うので、最初から合わせる。間違えないように、止めないように、遅れないように、注意しながら演奏する。当然ダメ。

 「フルートをきちんとチューニングしたからと言って、それで安心してはダメ。ラの指でチューニングして合わせても、それはラのような音であって、ラとは違う。音を楽器まかせにしてはいけません。ちゃんとしたラを出してください」 ???

 怪訝な顔をしていると「ラと言っても、メロディーの中で現れる時は、その時々で少しずつ高さが違うでしょ。少し高めのラもあれば、低めのラもある。アンサンブルなんだから、その時の和音の中で一番キレイに響く音がある。その一番キレイな音を常に出せるように心がける。そのためには、しっかり耳を開いて演奏してください。」更に付け加えました。「合唱と同じです。細かな音程を丁寧に一つ一つきちんと合わせてください」

 つまり先生は『平均律』で演奏するのでなく『純正律』で笛を吹けとおっしゃっているのだと了解。

 えええ…!

 近代フルートって平均律の音程が出るように設計されているんじゃないっすかあ~! と思いつつも、合唱でカデンツの練習をする時の、あの感覚へつながるスイッチをオンにして、先生ともう一回合わせる。

 あ、そうか。笛をグリグリすればいいんだな。フルートはその構え方で、半音くらいの音の調整は演奏中でも簡単にできる。それを利用すればいいのだな。

 第1音は、先生がドで私がソ。だいたい合ってる。これじゃあダメなの? と思いつつも、ちょっと笛をグリグリ動かして、ジャストなポイントを探す。するとあの純正律っぽい、うねりのないキレイなハモりになる。おお~っと思う間もなく、次の音。演奏は容赦なく進んでいくのだ。

 第2音は、先生がドで私がラ。チューナーでバッチリ合わせたラだね。だいたい合ってる。でも、さっきよりはうねるかな? グリグリする。バッチリになる。

 こんな感じでずっと微調整。時々、グリグリの方向間違えて、大きくハズしてアチャーって思うけれど、音楽は容赦なく進行してゆく。

 一曲終わる。なんかヘトヘト。「さっきよりはだいぶ良くなりました。大切なのは、耳を開いて演奏すること。いつも相手の音を聞いて、そこに音程も音色もリズムも合わせいくこと。では、もう一度」

 え? 音程だけじゃなく、音色も合わせるのですか? 先生の柔らかなフルートの音と同じように、柔らかい音を出せと…。 なんか、地面が一瞬、グラっと動いたような気がしました。

 先生が先行して演奏します。一拍遅れで私が入ります。先生の柔らかい笛の音を聞いて、それっぽくなるように優しくチャイナ娘に息を吹き込みます。もちろん、音程はグリグリ合わせまくりの疑似純正律で…。なんか全身が神経の固まりになったような気がします。

 曲が終わった時は、何がなんだか分かんなくなってました。もしかして、耳が開きっぱなしになったせいで、目は開いていたけれど、何も見えてなかったかもしれない。

 とりあえずデュエットなんだから、お互いのタイミングをバッチリあわせて演奏すればいいじゃんと思ってました。楽器のチューニングはきちんとしたんだから、音程は楽器まかせでいいじゃんと思ってました。だから正直な話、最初は先生の演奏のタイミングに合わせて笛を吹いていました。音程に関しては、完全に楽器まかせで、特に注意をしていませんでした。音色…考えてもいませんでした。でも、それじゃダメなのね。リズムだけでなく、音程も、音色も、バッチリ相手に合わせていくんだ。なんでもかんでも合わせていくんだ。それがデュエットなんだ…。

 レッスンでは何度もこの曲を合わせました。回を重ねるごとに、音程も音色もだいぶ良くなってきたと自分でも分かりました。先生は「音が出たり、指が動くのは当たり前。音楽の練習はそこから始まります。アンサンブルなんだから、いつも相手を聞いて演奏してください。いつもキレイにハモれるようにしてください。まずはしばらくは、耳を開きながら演奏できるように練習しましょう。この練習は家で一人で行なうのは難しいでしょう。でも、いつも相手がいるつもりで、想像しながら練習してください」

 ふう~。

 とにかく『耳を開く』ですね。了解。分かりやすい言葉で説明してくださって感謝です。

 しかし、確かに自宅練習がしづらいなあ…。私は基本的に想像力の乏しい人間だし…、ううむ困った。と、ウチに帰って悩んでいると、そうそう、最近買った、アルテスのお手本CDがあるじゃん。これを鳴らして、その音に合わせて練習すればいいんじゃねえ?

 たしかにお手本の奏者は笛先生ではないから、音程の取り方などは違うだろうけれど、正しい音程を出せるフルート奏者に合わせて演奏するという点は同じだから、自宅で一人でウツウツと練習しているよりはなんぼもマシと言うものでしょ。そうしましょう、そうしましょう。

 それにあのCD、高かった(1万円だよ)んだよなあ。なんとか有効利用をして、元をとらないとね。

 あのCDを持っていなければ、先生のパートをMIDIで入力して演奏するという方法も考えたけれど、機械に合わせるよりも、人の演奏に合わせた方がよっぽど音楽的だと思うし、お手本CDを有効活用しましょう。

 てなわけで、アルテの第1課は2曲、残っちゃいました。一応、第2課は全部練習しておいてくださいと言われてます。次回のレッスンまでに、注意されたところを丁寧にさらって、さっさと第1課を終えて、第2課に入りたいものです。

 とにかく、頭をカラッポにして笛を吹いちゃダメってことだね、大事なのは、常に音を作っていく感覚。音楽を奏でている感覚。特にデュエットの時は、神経の固まりになって演奏するのサ。ハモれ、ハモれ、ハモレ~。

2008年7月 1日 (火)

ハ調のスケールをもう一度

 フルートのレッスンに行って参りました。宿題としてアルテの第1課が出されていましたので、暗譜するほど練習していきました(「暗譜するほど」であって実際は「暗譜はしてない」っす)。

 意気揚々とレッスンに臨んだ訳ですが、アルテの第1課クリアならず。たぶん、あっちこっちダメだっただろうけれど、とりあえず、持ち越しとして「次回、またやりましょう」が2曲です。

 今日はそのうちの1曲について書きます。

 その曲はアルテの第1課の4番。そうハ長調のスケールですね。全音符で、高音のドから、シラソファミレド~と中音のドまで下がったら、そこから元に戻るという、たった1オクターブのスケールです。これがダメでした。

 どこがダメだったか?

 1)指が笛から離れすぎ。指はキーから5mmくらい離れれば、それで十分。イチイチ指をおおげさに動かさない。せめて1cmくらいまでにしておきなさい。

 実際、私の指は、キイを押さえていない時は、ピンと伸びて天を指さしていますから、そりゃダメだ。言われて当然。でも言われるまで、正直、気がつきませんでした。だって、フルートって演奏中の自分の指って見えないものね。本日のダメ・ポイントでした。

 2)息を使いすぎ。もっと息をしっかり支えなさい。

 実はこれ、歌でも同じ悩みを抱えています。なんか最近、息の支えの迷宮に入っているみたい。色々と試行錯誤をしている最中です。ホントはきちんと息が支えられていれば、出し入れする空気の量は自由自在のはずなのですが、なぜか大量吸い込み、大量吐き出しなんです。どっか体の使い方にミスがあるみたいです。歌の練習の時に、色々と試してみたいと思ってます。

 3)口は軽く横開きにする。息は基本的に鼻で吸う。そんなに口を縦にガバーっと開けないこと。

 まだなかなか、歌とフルートのスイッチの切り換えがあやふやです。フルートの時は、きちんとフルートスイッチを入れないといけないのに…。いやあ、最近はすっかり普段の生活でも、口は「アッチョンブリケ」でやってますので、フルートの時も、思わずアッチョンブリケをやっちゃいました。歌と笛は違うんだから、きちんと使い分けないとね。

 口の形はアッブシュアの話につながってゆきます。音こそ出せますが、まだ口とかクチビル関係は固まってません。奥の深い部分ですから、じっくり取り組みましょう。

 4)息継ぎは静かに。音は立てない。

 鼻から吸おうと意識しました。で、鼻から息を吸うと…すいません。うるさかったですね。ググググ~ッと鼻が鳴っちゃいました。さすがの私も驚きました。だって鼻の中がブルブル振動するんだもん。いやあ…慣れないもので…以後、気をつけます。

 自宅の練習では、何も考えずに、ピーヒョロ吹いていましたが、そんな練習は全然ダメだと分かりました。何も考えずに吹いても、それはただの「指の練習」。指が動くのは最低限の話で、演奏というのは、むしろそこから始まるわけだし…。きちんと魂入れて練習しないと時間の無駄だよ>自分。

 今回の注意点は、当たり前と言っちゃあ、当たり前の注意。でもベイベな私には結構難しいです。先生の指摘された注意点をひとつひとつ守ろうと気を使うと、単純なスケールなのに、全く吹けなくなります。でも今、このあたりの欠点をきちんと潰していかないと、後々面倒なことになるんだろうなあって、素人にも分かります。

 次回のレッスンまでに、これらを完璧に身につけるというのは、かなりキビシイでしょうが、なるたけ早く無意識でこれができるように、練習量を積み重ねてゆきたいと思ってます。

 とにかく、指はもう少し地味に動かせるようにしたいです(笑)。

 ただのスケール練習なのに、すごく難しい(涙)。

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