ひとこと

  •  もうすぐ選挙ですね。選挙は、それぞれがご自分の思想信条に従って投票すれば良いことですが、その際に、枝葉の小さな問題に捕らわれて、大切な事を見失わないようにしないといけません。選挙は人気投票でもなければ、誰かを懲らしめるための手段でもありません。我々の子どもたちに、日本という国を安心安全に譲り渡すために、今何をしなければいけないのか、そしてそれを目指しているのは誰なのか、そこらへんを見極めていくことが大切なのです。問題は今ではなく、未来なのです。
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2017年10月19日 (木)

楽器を学ぶのに、その楽器を持っていないって、あり得る?

 ネットをサーフィン(笑)していると、色々な記事を見つけます。最近、たまたまでしょうが、ピアノの先生方のブログで共通するグチ(?)に気づきました。それは何かと言うと…

 『ピアノを習うなら、自宅にピアノを買って、毎日練習して欲しい』

 実に当然だな…って思いますでしょ? 私も思いました。で、その直後「そう言えば、ウチの息子くんも長いことピアノ習っていたけれど、結局、ピアノ、買わなかったな…」とも思いました。

 あれ? あれあれ? 私、当然の事をしていなかったよ(汗)。うーむ…。他人のことを言ってる場合じゃないじゃん。

 一応、言い訳をすると、息子くんには本物のピアノは買ってあげられなかったけれど、電子ピアノは買ってあげたよ。ヤマハのクラビノーバ、それもCLPシリーズの方ね。一応、電子ピアノを購入する時、私が直接楽器店に出向いて、目をつぶって各社の各モデルの電子ピアノを弾いた時に…本物のグランドピアノじゃねえ?…って騙されそうになった電子ピアノにしたんだよ。ま、本物は(金銭的にも、近所迷惑的にも)買ってやれないけれど、せめて上等なパチモンにしてやろうと思ったんだね。それに、ひとまず電子ピアノを買ってやるけれど、こいつに本気が見られたら、その時はちゃんとグランドピアノを買ってやるか…とも思っていましたが、結局、息子くんは本気でピアノの練習をしなかったので、最後の最後まで、パチモンの電子ピアノのままだったわけです。

 まあ、バチモンバチモンとは言っても、昨今の電子ピアノは割とよくできています。

 確かに電子ピアノでは、音色を創るとか、音色を磨くとかは、出来ません。ですから、電子ピアノばかりで練習している子は、本物のピアノ(ってのは、私の場合、グランドピアノを想定しています)を弾いた時に、音色関係がダメでしょうね。その代わり、最近の電子ピアノは、キーアクションをグランドピアノにかなり近づけていますので、指の訓練にはなりますし、かなり速いフレーズにも対応できるようになります。

 よく家庭用のピアノとして、アップライトピアノを購入される方が多いと思います。アップライトピアノは生楽器ですから、音色関係の学習をする事が可能ですが、キーアクション関係がアップライトとグランドでは全然違っていて、アップライトではキーが軽いし、キーの戻りがグランドと較べると遅いので、指の訓練という点では、もしかすると今時の電子ピアノの方が優れているのかもしれません(どうなんでしょうね、このあたりはピアノを弾く方々の意見をうかがいたいです)。

 私がピアノを勉強したのは、大学に入って音楽の授業がピアノ必須だったので、やむなく(笑)始めたのですが、授業ではピアノではなく、電子オルガンでピアノを習い、自宅では(大昔の)電気ピアノ(電子ピアノ…とは違います。どっちかというと、安価なシンセっぽい楽器でした)を使っていました。さすがに、それじゃダメだと思った私は、毎日のように音楽科の建物に忍び込んで、練習室のアップライトをガンガン弾いてました。

 そんな感じで練習を重ねて、いざ試験となると、先生の目の前でグランドを弾いたわけですが、いやあ、グランドピアノのキーの重いこと重いこと。ほんと、心が折れてしまいそうになった記憶があります。指の訓練って大切だよね。

 と、私のような不真面目な大学生であっても、一応、オルガンとか電気ピアノとかで、毎日練習をしました。やはり、楽器を学ぶ以上、毎日練習するというのは必要不可欠なことだと思います。

 おそらく、ピアノの先生方の“自宅にピアノが無い”とグチっているのは、グランドピアノが無い…という意味ではなく、アップライトピアノや電子ピアノですら持っていない。もしかすると、安価な電子キーボードも無い、鍵盤楽器というものが無い…という意味なんだと思います。

 自宅に鍵盤楽器が無いという事は、練習をしないで(ってか、できないまま)レッスンに通っているわけだし、宿題を出しても、練習してもらえる事もないわけで、そりゃあ、ピアノの先生方もグチるわけです。

 それぞれの家庭には、様々な事情があるのでしょうし、子どものピアノなんて、別にプロにするわけでもなく、単なる習い事の一つなのだから、そんなにお金とエネルギーを注ぎたくないと考える親御さんもいるのかもしれないけれど、やっぱり(代用品を含めて)ピアノ無しのままでピアノを子どもに習わせるって…ダメでしょ? ピアノを始め、習い事ってお金がかかるものなんだから(私もあまり他人の事は言えませんが…)そこらの覚悟もきっちりしてから、子どもを習い事に送り出して欲しいなあと思います。

 ピアノの先生方のグチも、もっともな事だと思いました。

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2017年10月18日 (水)

2017年クラシックコンサートで歌ってみた その5 歌いました

 さて本番です。まずは私の歌からです。上手側から舞台に上がって…って、上手から舞台に上がると、歌手はまあ良いとして、ピアニストさんは舞台上手から舞台中央を横切って舞台下手に行ってからピアノに座るわけで、やっぱりなんか変です。少なくとも、ピアノという楽器は、ピアニストが舞台下手から登場して演奏するという前提がありそうです。

 まずは、トスティ作曲の「Tristezza/悲しみ」です。すでに音源を聞いていただけたように、まああんなもんです。舞台から見ると、客席の一番うしろ、舞台から真正面の位置に映写室があります。この映写室と客席の境のガラスが、舞台から見ると、まるで鏡のようになっていて、歌っている自分の姿がよく見えました。まあ、無様な姿ですが、私は練習の時に、よく姿見を使って自分の姿を見ながら練習するので、歌っている時に自分の姿を見られると、なんか自宅練習をしているような気分になって、却って落ち着いたりします。

 もっとも姿見なら、私の声を気持ちよく反射してくれますが、映写室のガラスだと、声が突き抜けて吸われてしまうみたいですね(残念)。

 声の調子は…まあ、悪くはないみたいです。声が減っている感じがしません。これなら次のレオンカヴァッロ作曲の「Mattinata/マッティナータ」もいけそうな気がしていました。

 ピアニストさんに合図して曲に入ると…ピアニストさんが打ち合わせよりもだいぶ速いテンポでピアノを弾き始めました。まあ、私も打ち合わせと違うテンポで歌うことは、ままある事ですから、お互い様ですが、ピアニストさんが打ち合わせのテンポと大きく違うというのは珍しい事です。後で聞いたところ(私自身は気がついていませんでしたが)私の声が減ってきている事に気づいたピアニストさんが、声に負担がかからないように、わざとテンポアップしてくれたそうです。ううむ、ピアニストさんの心遣い、感謝です。

 確かにテンポが遅いと、それだけでノドに負担がかかります。でも、私の場合、速いテンポで歌うと、歌いクチが雑になり、声がノドに落ちてしまうという悪いクセがあります。今回は、なんとしても声をノドに落としてはいけません。そうは言っても、この曲を歌っていくと、ガンガン声が減っていくのが自分でも分かりました。そもそも声が減りやすい曲ですからね。最後は、ご存知のとおり、怒鳴ってますね。すでにこの段階で、本日の声は終了って感じでした。

 ここまで歌って、一度舞台から降りました。次は妻の出番です。妻が「ヴィリアの歌」を歌っている間に、ふたたび声の調整してポジションを高くし直さないといけません。とにかく、ノドをリラックスさせて、一度絞めてしまったノドを緩め、上がってしまった喉仏を下げました。

 ノドのリセット完了! いよいよ二重唱です。

 歌そのものは、一ヶ月前の発表会とほぼ同じです。今回は(私が怪我をしているので)演技をせずに、歌に集中して歌いましたが、声がすでに無くなった状態からの歌唱は、いくらノドをリセットしたとは言え、やはりツライですね。おかげさまで、私、途中で一回、落ちています(分かる?)。後、前回はすっぽぬけた高いBですが、今回スっぽぬけではなく、本当に裏変えっちゃいました。ああ、みっともない。まだまだ高いBは難しいですね。博打にすらなりません(汗)。

 とりあえず、これで私達のクラシックコンサートは終了です。舞台から降りて、最後の方の歌を聞いて、応援に来てくださった方々に感想を聞いてみました。

 去年と較べて上達していると言われました。一年ごとにしっかり歌が上達しているのが感じられると言われ、本当にうれしかったです。自分が上達している事は、自分でも自覚していますが、他人にそれを指摘されると、本当にうれしいものです。

 今年の歌声は、例年と較べて、目立って細い声だったそうです。いつものオスっぽい太めの声で歌うんだろうと思って聞き始めたら、声が細くて中性的な声だったので、びっくりしてしまったんだそうです。声が細かったと言っても、実際には細い声では歌っていません(それは録音を聞いても分かるでしょう)。実際には、歌声の中から、声の成分を減らして、響きの成分を増やして、ノドへの負担を減らして歌っていただけです。

 録音では分かりづらいでしょう(響きの部分は録音されませんから)が、私が意図的に高いボジションで歌っていた事もありますが、私の意図通りに、響き多めに歌えていたようです。録音を聞くと、声そのものは、例年のような私の声ですが、生で聞いた人たちは、だいぶ印象が違っていたようで…録音って(私の場合、録音機材もそんなに良くない事もあって)あんまり信用しちゃダメですね。

 まあ、私はテノールです。それも軽めのリリコなテノールですからね。軽めのキラキラした声が本来の目指すべき声なのですから、オスっぽい声で歌うよりも、中性的で細い感じの声で歌えた方が良いのかもしれません。ゲネプロで声を使い切っちゃった事は、結果的に発声に気を使わざるを得なくて、怪我の功名となったのかもしれません。

 褒められるばかりではありませんでした。ダメ出しもいただきました。声が前にばかり出ていて、ちっとも上に出ていないと言われました。声は一度、上から出て、それかキュッて感じで、頭の上で方向転換をして前に向かっていくのが良いのだけれど、私の場合、直線的に真っ直ぐな感じで前に出ちゃっているそうです。つまり、声に深みが足りないってわけです。

 課題は満載です。頑張っていきましょう。

 クラシックコンサートが終了し、行きはタクシーで会場までやってきましたが、帰りは気持ちがハイになっている事もあって、頑張って、歩いて帰ろうとしました。少し歩いたところで、妻が疲労でダウンしてしまったので、結局タクシーを呼んでしまいました。行きも帰りも車を呼びつけるなんて、ほんとセレブだな(笑)。

 それにしても、とても、楽しかったですよ、クラシックコンサート。どんな会場であれ、歌ってしまえば、私のステージだからね。また来年のコンサートに向けて、さらに上達めざして頑張っていきましょう。

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2017年10月17日 (火)

2017年クラシックコンサートで歌ってみた その4 ポジション調整をしました

 私は他のアマチュア歌手の歌を聞くのが大好きです。上手な人には感心し敬意と憧れを持ち、私と同じようなレベルの方には心からのエールを送り、まだまだ未熟な人の歌を聞いては、どこがダメで、どうすれば良くなるのか考える事で、自分自身を見つめることにもなります。誰を聞いても、どんな曲を聞いても、自分の勉強になるのが、他のアマチュア歌手さんたちの歌唱なのです。

 自分の声出しの前に、会場で数人の歌を聞きましたし、声出しの後、自分の出番の前の人たちの歌も聞きましたが、当地のアマチュア歌手さんたちの特徴は、本業(?)は合唱をやっている人が多いんだろうなあという事です。普段は市民合唱をやっていて、こういうクラシックコンサートの時に、ソロを歌いに来るという人々の姿が目立ちました。

 と言うのも、当地の合唱団の中には、ソロ歌唱を推奨する指導者が何人かいて、そういう指導者が指導する団は、団内発表会があったり、こういうアウェーの場に出演させたりするからです。もちろん、普段は合唱をやっている人だから、私のように独唱ばかりをやっている人とは、アレコレ違うわけで、本番のピアニストさんが、普段は合唱の指導をしてくださる先生だったり、歌も、音程とアーティキュレーションを第一とし、声の美しさとか響きとかは二の次だし、歌の表現もさほど重視していないようです。また息の使い方もレガート寄りもマルカート寄りの使い方をなされます。まあどちらにせよ、あれこれ歌へのアプローチが私とは違っていて、それはそれでいい勉強になります。

 一方で、地元の音楽教室の先生や音大受験生なども出演して、それは見事な歌唱を聞かせたりしてくれます(さすがに専門教育を受けている方は一味違います)。おそらく、私のような、純粋アマチュア声楽家(専門教育を受けず、合唱もせず、ただソロで歌っているだけ…って程度の意味です)と言うのは、案外、少ないのかもしれないなあ…なって思ったりしました。

 さて、自分たちの時間になったので、音出しに行きました。音出しは、ホールのすぐ前にある音楽室です。ここは以前、アマチュア歌劇団を主催していた時に、よく練習会場として使っていた場所で、勝手知ったるなんとかだったりします。

 この音楽室は…今回の本番会場と違って、とても歌いやすい部屋なんです。決して響きが多いとは言えないけれど、それでも目で見た広さと、音響的な広さが一致していて、割と歌いやすいのです。

 さて、部屋に入って最初にしたのは、声の調整です。響声破笛丸を飲み、たっぷり休憩したと言っても、声が疲れてしまった事は事実です。このままでは、舞台で歌っても、声が1曲持つかどうかって感じです。大切な事は、ノドに負担をかけないように歌うことです。声を意図的に響きの領域に入れて、響きが過剰と思われるくらいのポジションで歌えるように調整してみました。

 ノドの健康のためには、いつもそれくらいの事をやらないといけないのですが、ついつい低めのノドを酷使するポジションで歌いがち(それゆえにいつまで経ってもノド声なんですわ)な私です。ほんと、これは悪いクセだよね。

 声を高いポジションに設定して…それでも声の消耗を防ぐために、声出しは本当に声出し程度にして、軽く調整する事にしました。

 ゲネプロで歌った曲はやらない事にして、まずは「Mattinata/マッティナータ」を合わせてみました。この曲は、声が消耗するので、私的にはあまり歌いたくない曲なのですが、テンポの揺れが激しい上に、私の気分でガンガン曲調が変わってしまう曲でもあるので、ピアニストさん的には何度も合わせておきたい曲のようでした。ですから、私が真面目に一回だけ歌って、後は、鼻歌やファルセットで歌いながら、ピアノと合わせる…と言うのをやりました。妻は妻で「ヴィリアの歌」を一度だけ歌いました。結局、声出しだったにも関わらず、時間の大半はピアニストさんのピアノ練習の時間となりました。

 指は声と違って減らないからね。何度も何度も、直前であっても、練習したいものみたいです。

 で、時間になったので、再び会場に戻って、自分たちの出番を待つ我々でありました。
 では今回も音源を貼ります。今回は本番2曲目の、レオンカヴァッロ作曲の「Mattinata/マッティナータ」です。

 足りない声で必死に歌っているのですが、それは音源を聞いても…たぶんバレバレですよね。最後の高いAなんて、ほとんど怒鳴り声だもの。自分でも「やっちまったなー」って思ったくらいです。ダメだよね、歌では叫ぶのはアリでも、怒鳴るのはナシだよね。結果として、実力相応な仕上がりとなりました(ああ、穴に入りたい…)。

 それにしても、キング先生のところにいた頃は、本番の出来は、たいてい練習を上回っていたものだけれど、今は、本番は練習通りに歌えれば上出来で、大抵の場合、練習ほどには歌えなくなりました。奇跡が起こらなくなったと言うか、博打に負けるようになったと言うか、つまり本番に弱くなった…と言えるのかもしれません。

 ちょっと残念だな。

 続きはまた明日。

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2017年10月16日 (月)

2017年クラシックコンサートで歌ってみた その3 お昼は牛丼でした

 ゲネプロを終え、ひとまず解散して昼食を食べに出かけた私でした。

 いやあ、ノドが痛い。声が無くなりました感がマックスです。そもそも、前日に1時間ほど歌っていて、声に余力が無かったところへ、あの会場で不安にかられて力任せに歌ってしまった事もあって、ほんと、声なんて無くなってしまいました。

 どうしたら良いか…と善後策を考えながら、昼食を食べにいきました。勝負メシは…牛丼です。いやあ、会場の一番近くにある食べ物屋が牛丼屋だったからね。今の私、長距離なんて歩けない人だから(へへ)。

 牛丼は、肉増量+生タマゴ+しじみ汁で、タンパク質マシマシにしました。とにかく、減ってしまった声の回復には、まずはタンパク質補充でしょ?

 で、牛丼を食べながら思い出したのは…ゲネプロの様子を録音していたのに、その録音機を録音状態のまま、回収し忘れてしまった事です。あらら、やっちまったぜ!って感じで妻に話したのだけれど、妻はニコニコしながら牛丼を食べ続けるので、仕方なしに、脚の不自由な私が食事を中断して録音機の回収に向かいました。ううむ。

 会場は第一部の子どもたちのピアノ発表会が始まるところで、舞台の上には、本日出演予定のお子様たちがズラリと並んで挨拶をしているところでした。会場は…なんと満席。立ち見の人もチラホラいる状態でした。このクラシックコンサートって、3部構成で、第1部は、某ピアノ教室の発表会で、第2部がオトナの器楽演奏、第3部がオトナの声楽発表会となっていました。

 満席なのは…やっぱり子どもたちの集客力ってすごいな。で、私の録音機ですが…無事にありました。よかった。それにしても、立ち見の人もいるのに、録音機だけで一人分の座席を占拠していたわけで、申し訳ない気分になりました(ごめんなさい)

 すぐに録音機を回収して、牛丼屋に戻りました。妻は相変わらず、美味しそうに牛丼を食べていました。全く…。

 食事を終えて、声の回復のために響声破笛丸を飲んで、楽屋に戻りました。声出しの時間までは、おとなしく休憩です。和室である事を良い事に、畳にゴロ寝でリラックスです。楽屋が和室…と聞いて、最初は戸惑った私でしたが、ゴロ寝でリラックスできるのは、和室の特権です。洋室だと、ここまでのリラックスはできません。ただ、リラックスは良いのだけれど、決して寝ないように心がけました。寝てしまうと、声まで一緒に寝てしまいますからね(くわばらくわばら…)。

 楽屋は基本的に私一人です。時折、ギターアンサンブルの人やバリトンさんが出入りしましたが、彼らは彼らで忙しそうです。

 バリトンさんから「本番まで時間が余って、手もちぶさですね」と言われましたが「本番までやる事がたくさんあるから、そんなに暇じゃないですよ」と答えました。確かに私的にはやる事がたくさんあるわけだし、今だって積極的に休憩を取っているのだけれど、端から見れば、暇持て余してゴロ寝しているわけだし、バリトンさんとしては、おしゃべりのきっかけが欲しかったのかもしれない…と今は思うけれど、その時は、私は私なりに余裕がなくて、ちょっとぶっきらぼうになっていました。いかんね…。

 でも、おしゃべりしちゃうと減ってしまった声が回復しないからね。楽屋じゃあ無言が一番…同じアマチュア歌手なら、そこんとこ分かって欲しいなあ…と思いました。

 とにかく、1時間ほど横になって休憩をしてから、起き上がって、iPodを取り出して、本日歌う曲のカラオケを聞きました。カラオケを聞きながら(楽屋で声を出すわけにはいかないので)頭の中で歌って歌詞の確認しました。

 それからタキシードに着替えると、ちょうど第3部の開始時刻となりましたので、会場に入って、他の出演者方の歌を聞きながら、自分たちの声出しの時間を待つことにしました。

 さて、ここで音源を貼っておきます。本番で私がトスティ作曲の「Tristezza/悲しみ」を歌っている音源です。これが本番の1曲目だったわけです。色々あっての歌唱なのですし、あれこれ欠点もアラもありますし、何より声のコントロールにばかりかまけて音程が甘々なのが、自分でもイヤになりますが、それでもまあいい感じに歌えていると思います。今の私の歌唱力は、まあこんな感じです。

 私の歌はこんな感じですが、ピアニストさんがいい感じでしょ? このピアニストさん、アマチュアさんなんですよ。アマチュアでもこれくらい弾ける人で、下手なプロよりもずっと上手だし、歌いやすいピアノを弾いてくれるんですよ。私がクラシックコンサートに出演し続けられるのも、このピアニストさんがいるからです。ほんと、ピアニストさんには感謝してもし尽くせません。

 続きはまた明日。

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2017年10月15日 (日)

2017年クラシックコンサートで歌ってみた その2 ゲネプロ

 とりあえず、荷物を楽屋に置いてきて、妻と合流して会場に入りました。

 ゲネプロの時間は1人5分ずつ。開場前の貴重な時間なので、今年はスタッフの人が時間を計測しながら仕切っていました。昨年までのゲネプロは、前日に行っていた事もあって、スタッフの人は誰も参加せず、参加者任せのルーズな進行で、それ故のトラブルもちらほらとあったわけですが、今年はスタッフがきちんと仕切ってくれているのは良いなあと思いました。

 舞台袖は本来は無いのだけれど、会場の一隅を仕切って、簡易な待機場所を作り、そこが舞台袖代わりになっていました。もっとも、そういうものは、本来下手側に作るべきだろうに、何故か上手側に作られていました(やりづらい…)。

 会場に入って、しばらくは客席に座って他の人達のゲネプロの様子を見ていました。会場は(不思議な事に)響きがほとんどありません。ただし、狭いので声は聞こえます。おそらく話し声だって、放送機材なしでもなんとかなりそうです。まさに学校の古い施設っぽい感じです。かなり小さな声の人でも聞こえない…って事はなさそうです。そういう意味では、声量の少ない人には、市民会館の小ホールよりも、歌いやすいのかもしれません(あそこはよく響きますが、声そのものは減衰しちゃうんです)。実際、今回の出演者は、例年出演していた人たちの多くはパスした反面、今回からの新メンバーもちらほらいます。出ない人は、この会場だからパスしたわけだけれど、新しく出てきた人たちは、この会場だから出演する気になったのでしょう。

 ま、人それぞれだね。

 やがて我々の順番となりますので、舞台袖に移動しました。時間は5分…とは言っても、私と妻の二人分あるので、ゲネプロの時間は合計10分あるわけで、何をやろうかとピアニストさんと相談しました。なにしろ、全曲やると13分ぐらいかかってしまうので、それは無理ってわけで…二重唱(妻の歌唱がメインです)はやる事にして、後は声の消耗の少ない「Tristezza/悲しみ」をやる事にしました。これで、だいたい7分ほどです。10分のゲネプロの時間に対しては、お釣りが来るほどです。

 で、我々の番になりました。二重唱を歌います。歌った感じは…すごく歌いづらいです。声が全然響かない会場って、ダメだね。吸音しているわけでもないけれど、反響が無いんです。あれは一体なんなんだろ? 舞台であっても、客席であっても、話し声はよく聞こえるし、なんか話しやすい感じはするのだけれど、歌になるとダメです。全然ダメ。歌っているうちに、ドンドン声のポジションが下がっていくのが分かります。反響が無いので、それをどうにかしようと、無意識にノドに力が入っていきます。声が割れていきます。

 二重唱は、途中で妻だけが歌うパートが長々とあるので、その時に客席に降りて聞いてみました。舞台ではすごく歌いづらいのに、客席では歌声は(響きはないけれど)ちゃんと聞こえていました。いや、お釣りがくるほどにしっかり聞こえていました。

 どうやら、この会場では会場の響きは利用する事はできないけれど、響きがなくても、それなりに聞こえる会場のようであり、意識無意識は別として、頑張って歌わなくても何とかなりそうだなと思いました。で、自分の歌う番になったので、いそいで舞台に昇って続きを歌いましたが、この会場は見た目以上に音響的には狭い部屋なんだなって思いました。狭い部屋なのに、広い会場のような気分で歌ったら、そりゃあダメだよね。狭い部屋なら狭い部屋なりの歌い方をしないと…。

 二重唱が終わった頃は、なんかすごく疲れていました。この消耗した感じは、キング先生のところで歌っていた頃の、あの頃の感覚に似ています。

  後で聞いた話では、天井は採光のためにガラスだかアクリルだかの、その手の薄目の素材で、当日はそれを遮光したんだそうで、それでは野外で歌っているようなものだから、音が全部天井から抜けてしまうわけで、道理で響きが無かったわけです。

 今度は妻が会場に降りて、私の「Tristezza/悲しみ」を聞いて調整しましょうって事で、次の曲を歌おうとしたら、スタッフに止められました。時間切れだから、次の人たちに舞台を明け渡せというのです。

 とりあえず、舞台は明け渡したものの、なんか納得がいきません。もう10分経ったの? 時計をみると…まだ4分程度しか経ってません、我々の持ち時間の10分には遠く及びません。さっそくスタッフにクレームを入れました。どうやら、スタッフの人は何も考えていなくて、会場時間が迫っていることばかりに気が急いていて、可能な限りゲネプロ時間を短くして、さっさと開場したいだけだったのです。と言うのも、早い時間の人たちがゆっくりとゲネプロをやってしまい、後半の人たちのゲネプロにしわ寄せが来ていたのです。

 だからと言って、10分のゲネプロの時間を4分にされて、やるべき事の半分しかやらず、確認するべきことも確認しきれていないうちに舞台を降ろされたのには、納得いきません。

 ゲネプロはチューニングのようなものです。歌は会場に合わせて、会場なりに歌っていくものです。会場には様々な癖があります。その癖を把握した上で、ではどういうふうに発声をしていこうかと調節していくのがゲネプロでやるべきことです。別に声出しとか直前練習のためにゲネプロをするわけではありません。歌手にとって、ゲネプロというのは、必要不可欠なものなのです(特に私のような下手っぴなアマチュア歌手にとっては、なおさらです)。

 なので、今やっている人(ってか、ゲネプロ最後の人)の次に、もう一度ゲネプロをやらせてもらう事にしました。すでに開場時間は過ぎていて、お客さんはロビーにあふれていたけれど、それとこれは話が違うわけです。

 さて二度目のゲネプロです。会場の見た目にはだまされてはいけない事は、二重唱を歌ってみて分かりました。「Tristezza/悲しみ」は、ごく狭い部屋にいる感じで、軽めに歌ってみましたが、結果的には、それでもまだ声を張りすぎだったようです。もっともっと狭い場所で歌っている感じにならないとダメなようです。視覚で感じる広さと、音響的な広さとが、こんなにも違うと、本当にやりづらいです。妻からはやはり、声の張りすぎと言われましたし、実際、ノドの消耗は激しすぎて、ゲネプロを終えて、なんか絶望的な気分になりました。ゲネプロだけで、今日の声を全部使ってしまったような気にすらなりました。いやあ、いけません。

 とりあえず、開場時間は過ぎている事は承知しているので、歌い終えたら、さっさと舞台を引き渡しました。開場は、客席を整理してから、おもむろにお客さんたちが入ってくるのか思っていたら、私の歌が終わるやいなや(ってか、終わる前にすでに…って感じでした)、お客さんたちが会場になだれ込んできました。で、お客さんたちが席取りをしている中で、スタッフの人たちが、客席の椅子を本番用に並べ直しています。なんかあれこれグダグダ…。

 ひとまずロビーに出て、次の声出しまで、3時間ぐらいあるので、ピアニストさんとは解散です。ピアニストさんは一度家に戻るそうです。私も脚の怪我がなければ、一回家に帰っても良いのだけれど、そんな元気もないし、時間も時間なので、家には帰らずにそのまま残ることにし、ひとまず昼食を食べる事にして、会場から出ていきました。

 続きはまた明日。

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2017年10月14日 (土)

2017年クラシックコンサートで歌ってみた その1 楽屋入り

 えー、今年もクラシックコンサートってヤツに出演してみました。でも今年は、例年とはあれこれ違うわけで、一番の違いは…会場が本当にショボかった事です。地域の古い青少年会館で開催されたのですが、その会場がどれくらいショボかったのかと言えば「ええ、あそこでやるなら、私出ない!」という人たちが続出しちゃったほどに、ショボい会場でございました。

 まあ、正直な話、ショボいと言うのは、主に古さに起因しているわけなんだけれどね。それこそ、昭和の小学校の体育館みたいな舞台設備なんです(涙)。

 舞台は狭いのです。グランドピアノを乗せたら、ほぼそれだけでいっぱい…って感じの狭さです。舞台袖はありません。会場から直接、舞台へインだぜ! おまけに音響激劣…ってか音響の事なんか全く考慮されていない造り。おまけに楽屋もありません。一般の人もその前を通るような会議室等の部屋を使用します。当然、建物そのものが昭和の時代の建物で、それもバブル以前の建物だから、そりゃあもう、あっちこっちダメなんです。

 なんで、そんな施設を使ったのかと言えば、他に会場がなかったからです(だったら止めればいいのにねえ)。

 昨年までは、いわゆる“市民会館”の小ホールで開催されていたクラシックコンサートですが、今年は市民会館を建て直す(実際はリフォームです)ためにホールが使えなくなり、でも、他に適切なホールが当地にはなかったため、昭和時代の施設を使用せざるを得なかった…ってわけです。

 私は、市民会館が建て替えと聞いた時に、他に適当な会場が無いわけだし、他市で行うわけにもいかないだろうから、今年のクラシックコンサートは開催しないだろうなあと思いました。でも、やるんだな。予想外の会場を使用するのだけれど、やるんだな。やるんなら、出演さぜるをえないだろう…ってわけで、色々と文句が言われているけれど、私は果敢にも、今年のクラシックコンサートに参加表明をしたわけです。

 それも、Y門下の発表会の一ヶ月後の開催で、ロクに練習する時間もないのに、新曲を携えて出ちゃったわけだ(汗)。ほんと、漢だねえ。

 ま、練習の過程の話は、散々記事でアップしてきたから、話は当日の朝から始めます。

 問題発生です。まず、会場の青少年会館と我が家が微妙に遠いのです。元気なら、スタスタ歩いちゃう距離(それでも結構の距離はある)なんだけれど、私、肉離れ中でしたので、そんな距離もロクに歩けないわけで、色々と考えた末、ここは大奮発してタクシーで会場まで乗り付ける事にしました。

 まるで、セレブじゃん(笑)。

 いつもなら、それぞれのスーツケースにそれぞれの荷物を入れて、ゴロゴロ転がしていくのだけれど、今回は私は、肩掛けの衣装バッグに入るものだけ入れて、入らないものは妻のスーツケースに入れてもらいました。だって、肉離れしていると、スーツケースを転がすのだって難儀なんだよ(その分、妻のスーツケースがパンパンになりました)。

 今年は前日のゲネプロが無くて、ゲネプロは当日の開場前の時間に行う事になりました。幸いにも、私達は出番が遅い(最後から二番目だよ。またもトリだねえ~)ので、ゆっくりと会場入りがやってきましたが、早い出番の人たちは本当に早い時間帯に会場に入ってゲネプロをやったそうで、大変だったみたいですよ(この部分、他人事)。

 会場に到着して、とりあえず荷物は楽屋…として使う和室に入れました。

 楽屋が和室…ってのは、畳敷きで広くて、くつろげるので良いと思うかもしれないけれど、部屋には座布団しかないのよ。椅子はありません。寄りかかるスペースすらありません。そうなると、床に座るか、寝っ転がるかしかできません。おまけに部屋への出入りは、靴を脱いだり履いたりしないといけないわけで、こりゃあ、洋装だと結構不自由です。まさか、タキシードを着て、床に寝っ転がっているわけにもいかないし、食事も床に置いて食べるわけにはいかないし…ねえ。

 ちなみに男性の楽屋を使うのは、私を入れて、たったの4人です。ギターアンサンブルの人が2名と、私とバリトンさんです。4人しかいないのに、広い広い和室が楽屋として与えられたわけです。なんか、贅沢です。たった4人だし、狭い会議室あたりを楽屋にしてくれても十分だったのに…ねえ。

 で、私が楽屋に入った時、男性の楽屋で、数名のオジサンオバサンたちが、お弁当を広げて、食事場所として活用していました。まあ、女性の楽屋は人がたくさんいて混み合っているだろうし、女性の楽屋に男性は入るわけにはいかないだろうし、男性の楽屋はスカスカだし…まあ、そんなわけで、男性の楽屋を食事部屋として使っていたわけです。

 まあね…良いっちゃあ良いし、私も文句はないけれど、階下に行けばロビーがあって、誰もが使える椅子も机もあって、食事をするなら、そっちの場所だろうと思ったけれど…私も特に文句も言いませんでした。

 とりあえず楽屋に入って、カバンからタキシードは取り出したものの、衣装を吊るす場所もなく、仕方なく使っていないふすま(開かずのふすまがあるんです)のところに吊るしました。だってこの部屋、壁がほとんど無いんだよ。窓がドーンとあって、押し入れがドドーンとあって、隣室との境の間仕切りがババーンってあるんだよ。ああ、使い勝手、悪いなあ。

 ちなみに、その間仕切りで仕切られている先は女性の楽屋なんだけれど、その間仕切りが昔のタイプの間仕切りだから、全然防音効果もなく、隣室の女性方のおしゃべりが筒抜けの丸聞こえでした。男性はほとんどいないし、いても無口だから、物音をたてないわけで、それで女性たちは自分たちのおしゃべりが隣に筒抜けとは思っていないのだろうけれど、全部まる聞こえだったりします。

 もっとも、他人のおしゃべりに興味はないので、私はロクに聞きはしなかったけれどね。

 それに隣室よりも騒がしかったのは、部屋のすぐ前に中学校があって、そこで行われていた運動会の方です。音楽もバンバンかけて、大きな声が上がって、うるさいというか、騒がしいと言うか、大変に賑やかすぎました。

 今年は楽屋でくつろぐ…なんて、無理だね。

 とりあえず、荷物を楽屋に置いて、ゲネプロのために会場に入りました。

 続きはまた明日。

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2017年10月13日 (金)

ルイロットは本当に良い楽器なのか?

 皆さんはルイロットというブランド(?)のフルートをご存知でしょうか? 19世紀半ば~20世紀半ばまで、フルート界をブイブイ言わせたフルートの銘器です。音色の良さが特徴だそうで、なんとも魅力的な音色の楽器なんだそうです。「…だそうです」と書くのは、私自身、生のルイロットの音を(おそらく)聞いたことがないからです。

 さて、本日の本題に入ります。ルイロットは、本当に良い楽器なのでしょうか?

 “良い”という言葉には、たくさんの意味があるので、ある人にとって「ルイロットは他に代えがたいほどの素晴らしい楽器」でしょうが、また別の人にとっては「だから何?」程度の楽器になってしまうでしょう。そこが、ヴァイオリン界におけるストラディバリウスのような楽器とは根本的に異なります。ストラディバリウスなら、ほぼすべてのヴァイオリニストが“ストラディバリウスは良い楽器である”って事に承知すると思いますし、事実、ヴァイオリン界のトッププロたちは、こぞってストラディバリウスを使用しています。

 しかしルイロットは、フルーティストなら誰もが有名な古楽器である事は認めても、決して現代のトッププロたちはルイロットを使用していません。ってか、ほとんどのプロフルーティストたちは、たいてルイロット以外のフルートを使用しています。

 別に統計を取ったわけではありませんが、ルイロットって、現役のプロが仕事用の楽器として所有するよりも、好事家たちがコレクションとして所有している方が多いのではないかって思います。

 ルイロットが本当に良い楽器なら、プロヴァイオリニストたちがストラディバリウスを使用し続けるように、プロフルーティストたちがルイロットを使い続けているはずですが、そうではない事には、理由があるのだと思います。

 一つには基準ピッチの問題があります。実はA=440Hzと言うのは、20世紀も半ばになって決まったピッチであって、19世紀の基準ピッチは、実はこの音よりもだいぶ低かったのです。当然、ルイロットがブイブイ言わせていた時代は、現代よりも基準ピッチがだいぶ低かったわけで、そのため、楽器自身が今の楽器とはあれこれサイズ違いが生じていたわけです。

 同じ問題はヴァイオリンにも発生しました。だから、現在のストラディバリウスの多くは、ネットを取り替え、その角度や長さを現代用に改造され、現在の国際基準ピッチに対応しているわけです。

 でもフルートの場合は、そう簡単に行きません。一番多く行われた現代化は、頭部管を短く切ってしまう事です。そこによって、現代の国際基準ピッチでもチューニングできるようにしたわけですが…胴部管の設定が昔のままですから、やはり細かいピッチまでは補正できていません。

 現代フルートは音程の問題もかなりクリアしていて、今のフルートは、そのままでもかなり正しい音程で演奏する事ができます。音程に関しては、現代フルートとルイロットでは、ルイロットに勝ち目がないのは仕方ない事です。

 メカの精度も、やはり現代フルートの方が素晴らしいと思います。

 メカは大切です。プロ奏者は楽器を選ぶ際に、メカの動きを重点的にチェックする人もいるくらい、メカは大切です。骨董品であるルイロットに勝ち目がないのも仕方ないです。

 あと、気にしない人は気にしないでしょうが、古い楽器は金属疲労を起こします。

 ヴァイオリンなどの木製楽器は、年月の経過とともに木の水分が飛び、より固くなって良い音が出るといいますが、金属楽器であるフルートの場合、金属疲労は免れられません。金属楽器の場合、一番良いのは新品の時で、後は時間の経過とともに、ドンドン楽器が劣化していきます。(私には分かりませんが)耳の良い方ほど、新品の楽器を好むそうです。

 とまあ、ここまで色々書いてきましたが、結論を言いますと、ルイロットは本当に良い楽器なのかどうかは…その人の評価によるけれど、プロ奏者は仕事の道具としてルイロットを使うケースは稀である…とは言えます。

 じゃあ、ルイロットは悪い楽器なのかというと、現代的な尺度で考えた場合、あれこれ不足が生じるだけの話で、愛好者の数の多さから考えても、古楽器としては、実に良い楽器である…とは言えそうです。

 私、アマチュアが自分のためにルイロットを吹くのは、全然構わないどころか、うらやましい事だと思います。だって、その人にとって、ルイロットは史上最高の素晴らしいフルートなのですからね。そんな史上最高のフルートを吹いてしまう人は、実にうらやましいし、尊敬に値すると考えます。

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2017年10月12日 (木)

直前のピアノ合わせをしました

 この記事は、クラシックコンサートの前日の話です。

 今回のクラシックコンサートに向けて、ピアニストさんとは、Y先生との2回のレッスンの中で色々と合わせをやりましたが、たった2回の合わせでは足りない事と、先生抜きの我々だけで、遠慮なく言い合いをしながらの合わせが必要だろうという事で、本番前日に会場を借りて、ピアニストさんと我々と、3人だけでピアノ合わせを行いました。

 まあ、先生のいるレッスンでは、先生の指示を書き込むために、楽譜を開いて、楽譜をガン見しながら歌う必要があるわけですが、本番では、当然、楽譜は見ません。暗譜で歌います。楽譜をガン見して歌うのと、暗譜で歌うのでは、実は歌が変わってきます。楽譜を見るエネルギーが歌を表現するエネルギーにまわるため、より表現を深くして歌えるため、楽譜を見て歌うよりも、楽譜を見ないで暗譜で歌った方が、よりテンポが揺れるわけで、その“暗譜歌唱”状態での合わせが本番前にぜひ必要だったわけです。

 近所の公民館の、なぜか電子ピアノが置いてある会議室を借りました。ピアノは電子ピアノで残念なのですが、ほどほどに狭くて、我々のピアノ合わせ程度なら、特に問題はない部屋なのです。ま、会議室なので、防音は全然なっちゃいないのですが、それは我々には関係ありません。まあ、周りで他の会議室を借りている他団体には、いい迷惑でしょうが(ごめんね)。

 まずは本番どおりに歌いましょうって事で、トスティ作曲「Tristezza/悲しみ」から。この曲を発声練習もせずに、いきなり歌いだしました。

 本番の舞台って、今回のクラシックコンサートに限らず、事前に十分な発声とか声出しができるとは限らないのです。それに、事前に十分な発声をして、声を無駄に減らすのも野暮な話なので、私の理想としては、発声をせずにいきなり本番で歌えること…なのです。実際、プロの歌手の中には、発声練習をせずに、いきなり本番を歌い出す人もいるそうです。別にそれをマネているわけではありませんが、以前と比べるとだいぶ声が保ようになった私ですが、それでも声を消耗しやすいテノールですから、無駄に歌わずに済むなら、そうしたいわけです。

 もちろん、いきなり無理な発声をして声を壊したり、ノドを痛めては、元も子もないわけですから、そこは十分に気をつけて歌いだしたわけです。

 この曲、どうも2番の歌詞がいまだに不確実で、ついつい作詞してしまいがちです。もう少し丹念に歌詞を確認しておく必要がありそうです。

 続けて、レオンカヴァッロ作曲「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」に行きました。

 最後の高いAも、少々声が割れてしまったけれど、まあ良しって感じで歌えたと思います。

 2曲連続して歌ったところで、ピアニストさんとアレコレ確認です。主にテンポが変わるところを細かく確認しました。私が何気に歌っている箇所も、ピアニストさんからすれば、テンボがあれこれ揺れているようで、そんな箇所を“意図的に揺らしている箇所”と“意図せず無意識に揺らしている箇所”と“今日の気分で揺らしている箇所”の3箇所に分けて確認です。

 で、次は妻のソロ曲なので、その間は私は休憩です。

 ソロが終われば、今度は二重唱。レハール作曲の喜歌劇「メリー・ウィドウ」の「A Dutiful Wife/従順な妻」です。

 この曲、発表会から歌っているから、一番自信がありそうに思われるだろうけれど、実はこの曲、私的には、今回、一番不安な曲なんですよ。だって、レッスンのたびに、アレがダメ、コレがダメ…とダメ出しばかりされ、未だにそれらの多くがクリアしていない曲なんです。まあ、主にハモリの部分がダメなんだけれど、ハモリでダメ出しされて自信がなくなると、一人で歌っている部分も自信喪失してしまうわけで、なんとも歌うのが憂鬱な感じなんですよ。

 なるべく気にはしないようにしていますが…。

 この曲はオペレッタの曲なので、本来ならば、発表会のように演技を付けて歌うべきなのですが、今回、私の脚がまだ肉離れ中なので、舞台まで歩いていき、立って歌うだけで精一杯で、とても演技なんて出来る余裕もないので、二人で棒立ちのまま、上半身だけの演技っぽいものを付けて歌うだけにしました。いやあ、とても舞台で立ったり座ったりなんてできないもの…。

 まあ、この曲は、出来ない部分はもう諦める(汗)ことにして、出来る部分を完璧にしていこうという方針でやっていく事にしました。

 で、残り時間的なモノもあったので、ソロ曲だけを返すことにしました。

 二度目の返しは、最後の返しという事もあり、全曲を歌った後に、部分的にも歌って、より細かく合わせました。

 という訳で、短い時間に全曲を2回も歌い、その上、合わせの難しい箇所は部分的に歌った事もあり、ピアノ合わせが終わる頃には、すっかり声が無くなってしまい、「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」の最後の高いAは、声が割れてガラガラになってしまいました。ううむ、私の声は、1時間も歌うと、無くなってしまうんだなあ…。ちなみに妻は、むしろ声がドンドン出来るようになりました。妻のタフさと私の脆弱さが目立ちました。ううむ。

 さて、明日は本番ってわけで、響声破笛丸を飲んで、ゆっくり休息です。

 明日はフルート記事をアップする予定です。クラシックコンサート本番の記事は、その後にアップする予定です。よろしく。

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2017年10月11日 (水)

母音も子音もしっかり歌いましょう

 さて、声楽レッスンの続きです。ピアニストさんも到着されたので、曲の練習に入りました。

 本番どおりの曲順で、止めずに通して歌ってみましょうって事で、トスティ作曲の「Tristezza/悲しみ」からレオンカヴァッロ作曲「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」を続けて歌いました。先生は、注意点を忘れないように、私が歌っている間、ガンガン楽譜に書き込みをしていました。

 歌い終えたらダメ出しです(汗)。

 まず、トスティ作曲「Tristezza/悲しみ」から。フレーズの歌い出しの準備(いわゆる“タメ”ですね)を大切にしましょうって言われました。歌い出しが案外いい加減なのは、私の悪いクセです。

 Uの母音はもっと深く発音する事。Oの母音はノドの奥の開け閉めで音程をコントロールする事。Tの子音はもっとちゃんと破裂させる事。それも続く母音と同じ音程で破裂させる事。Eの母音は上アゴを開いて発音する事。Mの子音はしっかり時間を取って、ハミングを一瞬入れる感じで歌う事。Pの子音もTのようにしっかり破裂させる事。

 …大変だな。

 フレーズの最後は“さようなら…”の気持ちを込めて、息を遠くへしっかりと吹き飛ばすように逃して歌う事。

 次は、レオンカヴァッロ作曲「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」です。“ove non sei(オベ ノン セイ)”が“オベイ ノン セイ”に聞こえる…と言うので原因究明です。どうやら“オベ”から“ノン”へ移行する際に、舌がゆっくり動いて、クチの中が一瞬狭くなる時に偶然“イ”の母音が発生してしまうのが原因のようです。舌がゆっくり動くのが原因なので“べ”から素早く“ノ”に行けば、物事は解決なのです…が、それ以前に、クチの奥を常に広く開けて歌えば、舌の動きがゆっくりでも“イ”は発生しないので、舌を速く動かすよりも、クチを広げる方を重視した方が良いかもしれません。

 音程が高くなってくると、声質がドンドン細くなってくるけれど、音程が高くなっても、声はしっかり深くして歌う事。息は常にしっかりと後ろに回して出す事。この曲も、やっぱり準備が足りないし、子音の音程が低いので注意する事。

 さて、二重唱の「A Dutiful Wife/従順な妻」です。

 鬼門はやはりハモリの箇所です。この箇所、一人ではちゃんと歌えます。二人ではうまく行きません。レッスンでダメ出しをされるたびにだんだん自信がなくなります。いかんなあ…。なので、先生的には奥の手を使うことにされました。それは、うまく歌えない箇所のピアノの和音の配列を変える事です。あくまでも変えるのは音の配列であって、和音そのものは変えません。しかし、和音の音の配列を変えることで、うまくハモれなかった場合でも、そんなに失敗を感じないような響きになるんだそうです。

 いやあ、ご足労おかけいたします。

 という訳で、最後のレッスン、やるだけのことをやりました。

 最後に、ドナウディの「Amorosi miei giorni/私の愛の日々」の音源を貼っておきます。クラシックコンサートが終わったら、この曲に取り組みます。

 こちらの音源は、歌詞と和訳が付いているので、知らない曲を聞くには良い音源です。良い曲でしょ? 歌う時は、かなり背筋を酷使しないといけないようなので、今から色々な意味で楽しみな曲です。

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2017年10月10日 (火)

息の支え方を変えてみました

 クラシックコンサートは終わりましたが、話はコンサート以前に戻ります。まだまだコンサートの話にはたどり着きません(ごめんね)。

 さて、声楽のレッスンに行ってきました。

 今回も、前回同様に私達のレッスンの前にプロの方のレッスンが入っていました。感想は…前回同様です(汗)。でも、今度は妻も一緒にレッスンを聞けたので、きっと彼女の勉強になった事でしょう。

 で、我々の順番になりました。いよいよ、クラシックコンサート前、最後のレッスンとなりました。

 ハミング練習は、例によって、奥を開く事を重点的に行いました。

 発声練習は、息の支え方をいつもと変えてみました。今までは、腹筋を中心に息を支えていたのですが、今回は試みに、臀筋や背筋を中心に息を支えるやり方でやってみました。このやり方、昔々、某合唱団にいた時に、当時の合唱指揮者だったS先生に習ったけれど、その時は(当然だけれど)全然できなかったやり方です。まあ、当時は出来ていなくても、なんとなく出来ていたような気がしていたのですが、今思えば、当時は全然ダメでした。もっと、全然ダメでも、周りの団員さんたちも同じ感じで全然ダメだったので、気にならなかった…と言うか、むしろ自分はよく出来ていたんじゃないかって感じすらしていました。

 閑話休題。そういうわけで、久しぶりに臀筋と背筋を意識的に動かしてみたのですが…バリバリバリと音がするような感じがするくらいに、動かしゃあ動くのだけれど、すごいエネルギーが必要…と言うか、これ、絶対、筋肉痛になるだろうなあ…というくらいな感じになりました。やっぱり普段使っていない筋肉を動かすのは大変です。

 ま、それにしても、臀筋も背筋も、自分で思っている以上によく動いてくれました。

 とにかく、息を臀筋で作って、それを背筋に送り、それをそのまま首を経由して、後頭部に渡して、頭頂部から噴水のように湧き出させる…ってイメージです。腹筋は使わないのかと言えば、そんな事はなく、背筋を使う時に、背筋を支えるように腹筋も使っていきますので、腹筋だけで歌っていた時よりも、全身運動っぽくなりますし、腹筋だけでは足りないパワーを、臀筋やら背筋やらを活用することで、マシマシにしていこうというわけです。

 結果はどうなんでしょうね? 私的には、良い感じですが、まだまだカラダが付いてこれないって感じもします。しばらくはこのやり方に慣れていくのもアリかなとは思ってます。

 さて、クラシックコンサート後のレッスンで取り上げる曲を決めました。まずは武満から。まあ、歌いたい歌は色々あります。例えば「小さな空」とか「死んだ男の残したものは」とかの有名曲は是非歌ってみたいのですが、今回の“知らない曲を勉強する”という目的とは違ってきます。で、色々と考えたのだけれど、行き詰まってしまったので、結局、先生が最初に薦めてくださった曲の中から「○と△の歌」を歌うことにしました。もちろん、私、全然知らない曲です。この曲を知っている人って、そんなにいないですよね。
 もう一曲のイタリア歌曲は…ドナウディにしました。最近、トスティばかりを歌っていますから、たまには違う作曲家も良いでしょう。「Amorosi miei giorni/私の愛の日々」を歌うことにしました。ドナウディの歌曲の中では、割と有名な方に属すると思うので、知っている人は知っていらっしゃるだろうと思います。

 とにかく、クラシックコンサートが終わったら、これら2曲に取り組んでいくつもりです。

 今回は、2曲のうち、武満の「○と△の歌」の音源を貼っておきます。

 えっと、小室等によるポピュラー版の「○と△の歌」です。本当はクラシック版の音源を貼りたかったのですが、クラシック版には私の趣味に合うのが無くて…で、ポピュラー版の音源を貼ってみました。でも、この曲の持つ雰囲気をうまく表現していると思います。もちろん、私が歌う時は、クラシック歌手として歌いますから、だいぶ雰囲気は変わると思いますが、でもこの曲は、そもそもこんな感じの素朴な曲なんです。音楽をあんまりゴージャスにしちゃうのは、違うような気がするんです。だから、この音源っす。

 いいでしょ? 結構。

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«喉声って、そんなに非難されるような声なのでしょうか?

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