2010年2月10日 (水)

最近の私[声楽編 2010年2月]…音域とか高音の出し方とか

 今日は声楽と言うか、ボイストレーニング系の話です。

 そう言えば、最近、私は自分の音域等についてブログに書いていませんでしたね。記録のために、現在の私(2010年2月)の状況を書いておきます。

 まずは音域の話から。自宅練習でやっている、最初の発声練習では、気持ちよく出せるのは、五線譜よりも上のAsまでかな? ここまでなら、割と楽に出ます。もうちょっと上の音は、練習ではポジションを崩さない程度に出してみますが、やはりAだとギリギリ感があります。Bだともっとギリギリを越えてしまって、ちょっと声に雑音が交じりますし、それに苦しい感じになります。Hは雑音どころか、声が引っくり返っているような気がします。Hi-Cは明らかに声がひっくり返っています。こんな状況です。

 曲になると、前後の音や跳躍の具合でも変わるので、ここまでならOKとは簡単に言えませんが、Gまでなら何とかなりそうです。コンコーネの3番のGは歌えますが、あまり美しい声ではありません。「オー・ソレ・ミオ」は一瞬Aが出ますが、ここも雑音交じりで苦しげな声になってしまいます。今はこれらをキレイに出せたらいいなあと思いながら歌っています。

 GとかAが、発声練習では楽に出せても、曲だと苦しくなる理由は、おそらくポジションの問題でしょうね。発声練習では高い音を出しやすくするために、ポジションを高めにとって歌います。それこそ、ギリギリのAあたりにポジションを置いて歌いだすと、Aまで声が出せます。発声練習ではそうやって乗り切ってます。

 私の場合、ポジションを決めたら、その音までは何とか発声ができるようなので、その曲の最高音にポジションを置くべきなんだろうと思います。

 ただ、問題は、ポジションを固定してまうと、音域にかなりの制限がかかり、下の方が全然歌えなくなります。つまり、音域が狭いんですね。たぶん1オクターブ程度かもないかもしれません。

 ですから、曲の時は、それほど高い音にポジションは置けませんし、大抵の曲は、1オクターブ以上の広さの音域を持っているわけで、やはり下の方の音は、捨てないと歌えないのです。

 でもね、捨てるのって、もったいなくって(笑)。欲深いんですよ、私。だから、歌っているうちに、どうしても、下の方の音も歌っちゃいます。もちろん、捨てながら歌っているつもりなんですが、ふと気がつくと、だいぶポジションが下がっているわけです。

 で、いよいよサビに入り、高い音を歌おうとしても、すでにポジションは下がってしまっていますから、そこから高いところを歌おうとすれば…そりゃあ、雑音交じりだったり、届かなかったりするわけです。

 いやあ、ポジションが下がらないように、気をつけているんだけれどなあ…。

 ポジションが低くなってしまったにも関わらず、高い声を出そうとすると、どうしてもムリムリになってしまい、ノドに力が入り、息の勢いで出そうとしてしまい、結果としてノドを締めつけて、かえって声が出なくなります。なんか天井にひっかかるような感じがします。そうなると、悪いスパイラルに入ってしまうわけで、気をつけないとダメです。常に高音では、ノドは脱力をこころがけないと。あくびのノドが瞬時に作れればいいのですが…。

 次に高音の出し方と言うか、自分でも多少、歌う時の体の使い方が変わってきたかなあという気がしますので、書いておきます。

 息の保持については、もちろん腰付近の筋肉を使ってます。そして、基本的には上半身の脱力です。特に高い音の時は、力を抜きながら歌う事が肝心で、少しずつ自覚的に力が抜けてきているような気がします。

 力を抜くと言っても、陸に上がったタコじゃないので、グニャグニャにはなりません。適度な弛緩と適度な緊張ですね。特に緊張すべきところに神経を集中することで、他の部位の力が抜けるのでないと思います。

 歌う時に、緊張すべきなのは、丹田ではないでしょうか? つまり「お腹をギュっとひっこめて歌う」という奴です。ここに気をつけ、「お腹をギュっ」とやっていればいいのですが、ついつい油断をしていると、この「お腹をギュッ」とするのを忘れてしまいます。ダメですね。

 この「お腹をギュっ」と言うのも、実は最近ようやくできるようになりました。以前はやりたくても、十分にできませんでした。それは筋力の問題だったと、今では思います。なにしろ、キング先生に命じられた体操を毎日やった結果、なんとなく出来るようになったからの話なんです。キング先生の体操のおかげで、腰回りとか腹筋に、歌うための筋肉が少しずつ付いてきたのかなあと思います。

 筋肉が付いても、それを使うのを忘れてしまっては、元も子もありません。歌う時は、気を抜かずに、常に「お腹をギュッ」を意識して出来るようになりたいものです。

 その他の事として、ついつい、音高ばかりに気をとらわれがちになる私ですが、音量とか、息の使い方にも気を使っていきたいです。常にフルヴォイスで歌うのではなく、その場に適した音量で歌える様にしないと。あと、適度に息を混ぜて、ダイナミクスをつけられるようにしたいです。

 あと、なるべく声は細めの高めで出すように気をつけたいです。太い声にこだわらないようにします。そして、同時に「言葉は前で、声は後ろで」なのですが、声を後ろに回すのが難しいです。なんとかコツがつかめたらなあ…と思います。

 それに忘れちゃいけないのが、口も縦開き、口の中も縦開きって奴ですね。

 今はそんな感じです。

 世の多くのテノールたちが「額から声を出す」と言いますが、私には、まだその感覚が分かりかねてます。額から声が出せるようになったら、きっと、高いところがラクラク歌えるのだろうなあ。

 それにしても、だいぶ長い事、Fisで苦労していた事を考えると、成長したなあと思います。今ではFisは鼻唄みたいなものですよ。どんな状況でOKです。そのうち、AやAsも同じような感覚になれるといいです。もちろん、最終目標としては、Hi-Cまで気持ちよく歌えることです。そのためには、発声練習の段階で気持ちよくHi-Dが出ないといけません。まだまだ遠い未来の話です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2010年2月 9日 (火)

なぜフルートはメッキするのだろう その2

 昨日は、総銀フルートに銀メッキをする話をしましたが、今日は、総銀フルートに銀メッキ…を離れて、一般的に、フルートにメッキをかける事について考えてみましょう。

 例えば、洋銀フルートに銀メッキをかけること。これはとても大切で必要な事だと思います。なぜなら、洋銀は金属アレルギーを引き起こす原因となる物質を含んでいるからです。それに対して、銀はアレルギーを引き起こしにくい金属です(それゆえに食器に用いられます)。この洋銀フルートに銀メッキをかけることで、少しでも金属アレルギーを防げるなら、それに越したことはありません。誰でも、安心安全に音楽を楽しみたいものですからね。

 洋銀フルートに金メッキをするのも同じ理由で良いことだと思います。

 ただし、洋銀フルートの場合は、銀メッキがしてあっても、金メッキがしてあっても、電蝕の影響で必ずメッキの下の洋銀が錆びますので、常に丁寧な手入れが必要です。

 では総銀フルートに、高級素材である、金メッキやプラチナメッキはかけるのは、どうでしょうか?

 安心安全面から言えば、メッキをする理由は全くありません。銀も金もプラチナも、金属アレルギーとは縁遠い金属ですからね。

 では、音色的な問題で考えてみましょう。総銀フルートに金メッキをすると、ほんのちょっとだけ、音色がゴールド風味になるとか、プラチナメッキをすると、プラチナの音がすると言います。科学的な証明ができるかどうかは微妙だと私は思いますが、多くの人が口をそろえて言いますし、確かに同じ作りの楽器にメッキをかけると音色も若干変化する(ムラマツやアルタスで確認できます)ので、単なるフラシーボ効果とは違うような気がします。ただ、あくまでも“~風味”と言った感じのマイルドな音色変化だと思います。

 それに、金メッキ…これは我が愛するアルタスが、最近は力を入れている分野です…おそらく金メッキフルートは売れるのでしょうね。それだけ需要があるというわけです。

 音色の件は別にしても、この不景気ですから、たとえメッキでもゴールドフルート(に見えるフルート)を安価に所有したいという人が増えているのだと思います。それはそれでいいんじゃないかと思います。金メッキを施すことで、楽器に高級感が生まれ、それでオーナーさんが精神的に幸せになるなら、端で文句を言う筋合いではないでしょう。なにしろ、ゴールドフルートを購入するよりも、金メッキフルートを購入する方が、お財布に優しい事は論を待ちません。

 プラチナメッキになると、もっと現実的な問題が生じてくるでしょう。何しろ、銀は無垢であれ、メッキであれ、錆びるものです。一方、プラチナは、極めて錆びづらい金属です。ですから、このプラチナを総銀フルートにメッキしてあげることで、現実的にはほぼ“錆びない”フルートになり、いつでも購入時のピカピカが保たれます。プラチナには、そういうサビ止め効果は、間違いなくあります。

 一方、銀メッキが錆づらいとはよく聞く話ですが、それは銅(簡単に錆びます)と比べて“錆びづらい”というだけで、銀もやはり錆びやすい金属である事は間違いないです。

 よく聞かれる「銀メッキの銀は、純度の高い銀を使用しているので、錆びません」と言うのは、昔の話です。銀の場合、純度が低いと、合金として含まれている銅の成分が増えますから、錆びやすくなるのは事実です。その裏返しとして、純度の高い銀は錆びづらく、その純度の高い銀をメッキすると普通のフルートよりも錆びづらくなる…と、かつては言えました。でもこれは、フルート本体に、純度の低い銀を使用していた頃の時代の話で、現在の国産フルートに使用されている銀は、どれもこれも十分純度の高い銀をです。今となっては、銀無垢と銀メッキとでは、錆びやすさ(錆びにくさ)に有為な差はないはずです。

 ちなみに一般的に錆びないと思われがちな金メッキですが、24Kメッキならともかく、フルートで一般的に使われている9K~14K程度の金メッキだと、実は銀や銅を多く含んでいますので、錆びます。

 かようにフルートは錆びる楽器ですが、日々のお手入れを丁寧にすることで、サビサビになるのを遅らせることはできるでしょう。特に総銀フルートでピカピカを保ちたいなら、そこは肝心です。“銀の食器は毎日磨いていないとすぐ曇る”というのと、一緒です。

 あと、メッキの種類ではなく、メッキそのものの効用として、メッキフルートは、銀無垢のフルートと比べて、メッキを塗った分だけ、菅厚が増して、音が少しだけ重くなるのが良いという人がいます。これは事実だと思います…が、ならば、最初から菅厚モデルのフルートにすれば…と私は思いますが、おそらくそうでなく、メッキ程度の厚さをプラスするのがいいんだと言う事なんでしょうね。

 一方、フルートにメッキをかけるマイナス面は、オーバーホールの時に磨きがかけられないので、錆びてしまった銀メッキフルートや金メッキフルートは、元通りのピカピカに戻らない事が言えるかな? もし、元通りのピカピカにしたけれど、再メッキになります。無垢のフルートなら、磨けば元通りなので、そこはちょっと違いますかね。

 また、プラチナメッキは、再メッキが難しいとも聞きます。磨きも再メッキもできないプラチナメッキフルートは、扱いをより丁寧にしないと…ね。

 あと、メッキはやはり、悲しい事ですけれど、いずれは、はがれてしまいます。昔と比べて、メッキの技術も向上し、以前ほど、はがれやすいわけではないそうですが、それでも地金と一体化しているわけではないので、時が経ち、演奏しているうちに、結局、はがれてしまいます。プラチナメッキや銀メッキでは、メッキがはがれたとしても、メッキと地金の色があまり違わないので、それほどメッキのはがれは、目立たないだろうけれど、金メッキはメッキがはがれると…すごく目立ちます。それはとても悲しい事です。なので、金メッキフルートは、扱いに関しては要注意でしょうね。

 でも、メッキフルートのマイナス面って、正直、この二つくらいでしょうね。

 このように考えてみると、メッキをかける事の、プラス面は多々あるけれど、目立つマイナス面はあまり無いのだから、メッキフルートも大いにアリアリだなあと私は思います。

 それにしても、フルートにメッキをかけるというのは、いつ、どこから始まった事なんでしょうね。

| | コメント (13) | トラックバック (0)
|

2010年2月 8日 (月)

なぜフルートはメッキするのだろう その1

 今日の記事はこちらのOKWaveの記事が元ネタです。というか、レスポンス? 元記事のタイトルは「総銀製フルートで銀メッキ仕上げでないものに関しての質問」です。

 質問の趣旨としては「銀メッキのメリットデメリットを教えてください」と言うものです。付いているアンサーは「メッキにこだわらずに自分にとっていい楽器を選ぶと良いよ」「メッキは剥がれるよ」「メッキ加工をするとサビづらくなるよ(すとん注:これは疑問です)」「総銀に銀メッキは意味ないよ(すとん注:これも疑問です)」というところでした。

 すでに回答が締め切られている質問なので、そこに私の意見をアップするわけにはいかないので、勝手に私がここで、質問を踏まえて、メッキに付いて考えてみます。

 まず、何のために、総銀フルートに銀メッキをかけるのでしょうか? 総銀フルートに銀メッキをかけるのは、元の質問の回答にもあるように、常識で考えれば、意味のないことで、無駄な作業に思えます。

 でも私はその作業は無駄ではなく、単純に“企業努力”だと思ってます。つまり、なるべく質の良い楽器をお手軽な価格で提供できるようにする“企業努力”で銀メッキをかけていると思ってます。

 つまり、ざっくり言っちゃうと、メッキをかける事で卸値を安くし、その結果、消費者の手元に安くて質の良い楽器を提供するためです。

 メッキをかけると、フルート製作時の仕上げ工程が丁寧でなくてもOKになります。はっきり言っちゃえば、ハンダ付けの処理が少々手荒であっても、ハンダゴテの操作をミスって管体に痕を付けちゃっても、楽器の性能的には問題はないし、最後にメッキをかけちゃえば分からなくなりますから、全然平気。

 そのために、まだ若い職人さんが楽器の製造を担当する事ができます(もちろん、親方の監督指導付きでしょうが)。若い職人さんの勉強になるし、人件費もお安く済みます。

 さらに言うと、メッキをかけちゃえば“磨き”という工程を省くことができます。磨きは手間隙かかる工程です。磨きは、当然ですが、職人さん一人につき、一度に一本ずつしかできません。丁寧にやればやるほど、職人さんを拘束する時間が増えてしまいます。結果として、一本のフルートを製作するためにかなりの時間を費やしてまう事になります。職人さんを拘束する時間が増えれば、当然製作費が上がってゆきます。

 対してメッキは、同時に数本まとめてメッキできます。磨きに比べれば、一本あたりの仕上げ作業にかかる時間は、大幅短縮となります。職人さんを拘束する時間が減れば、フルートの卸値も下がるというものです。なにしろ、フルートの価格の大半は、職人さんたちの人件費ですから、時間がかからなければ、かからないほど安価で出荷できるというものです

 ですから、この磨きの工程を省ければ、製造にかかる日数も若干少なめで済み、制作費も低く抑える事ができます。メッキをかける事でフルートの商品としての、コストパフォーマンスが向上し、安くて良い商品が出来上がります。

 “磨き”作業をする事で楽器の音が良くなるという人もいますが、これを科学的に証明するのは、たぶん無理です。ですから、実用品レベルで考えるなら、フルートはメッキで十分なわけで、わざわざ銀無垢にして、お値段をあげる必要はないわけです。

 これが総銀フルートに銀メッキをかける最大の理由でしょう。もちろん、楽器は手工業品ですから、メッキをかけずに、熟練の職人さんが一つ一つ丁寧に組み立てて、ハンダ付けをして、磨いて仕上げる楽器があってもいいわけです。でも、全部が全部それをやっちゃって、お手軽価格の総銀フルートがないのも企業的にはマズいわけですし、一般の方々が音楽を楽しむためのハードルが上がってしまいます。

 つまり、銀メッキフルートには、それなりの存在理由というのがあるのです。

 ちなみに、総銀フルートに銀メッキをかけたら、音が変わるかという質問には、理屈で考えると、あるわけないです(粒チョコの上から[同じ味の]チョコをたっぷりかけて食べたら味が変わるか…と言うと、変わるわけがない、と同じ理屈です)。ただし、フラシーボ効果によって、美しい音となる事は十分にありえます、と答えておきましょう。

 あと、国内メーカーには無いけれど、海外メーカーの場合は、地金を誤魔化すために、メッキをかけるという事があります。メッキをかけちゃえば、地金に何を使っていても分からないものね。「総銀フルートにメッキをかけました」と行って、くず合金にペンキ塗ってもいいわけだ。悪徳と言えば悪徳だけれど、騙される方が悪いというのが、グローバル・スタンダードだから、仕方ない。

 つまり、健康な市場原理が働いている社会では、価格と言うのは、色々な意味で正直なものだと思います。「安かろう悪かろう」は極端なモノの言い方でしょうが、全くのハズレではないと、私は思います。

 “総銀フルート+銀メッキ”以外の話は明日します。つまり、書き上げた記事が長くなりすぎたので、分割アップ!というわけです。待たせて、ごめんなさい。

| | コメント (13) | トラックバック (0)
|

2010年2月 7日 (日)

麦茶に砂糖を入れて飲んだ人![ハイッ!] [2010年2月第1週・通算4週]

体重:106.6kg[-0.1kg:-1.3kg]
体脂肪率:31.6%[-0.8%:-1.2%]
BMI:33.6[-0.1:-0.4]
体脂肪質量:33.7kg[-0.9kg:-1.8kg]
腹囲:104.3cm[-0.2cm:-1.0cm]
     [先週との差:2010年当初との差]

 そう言えば、私が子どもの頃は、麦茶には砂糖をたっぷり入れて飲むのがデフォルトだったのに、いつしか、世の中では、麦茶には砂糖を入れないことになったようですね。コーヒーには砂糖をスプーン大盛り三杯入れるのがお約束だったのに、いつのまにか、そんな人はいなくなりました。ジュースと言うのは、粉末の「ジュースのもと」を水に溶かして作るものだったのに、今や、果汁100%でないとジュースとは呼ばなくなってしまいました。

 今、この年になって、麦茶に砂糖を入れてみても、ちっとも美味しくない。だけど、子どもの頃はあれが好物でした。

 最近、コーヒーは専らブラックで嗜んでます。ミルクも砂糖も入れません。まあ、個人の好みだから、他人が砂糖やミルクを入れて飲んでも、全然OKだけれど、でもでも、コーヒーに砂糖三杯は入れすぎだよね。甘ったるいと思う。でも、なぜあの頃の人々は「お砂糖は?」「三つでお願いします」なんて会話が成り立っていたのだろう。

 「ジュースのもと」は…小学校低学年の時、友だちのハラダ君の家に行っては、ハラダ君と一緒になって、ガブガブ飲んでいたものだから、ハラダ君のお母さんからウチの母親に苦情が行って、母親から『お願いだから、よその家に行って乞食のようなマネはしてくれるな』と説教をされたのを覚えている。でもね、貧乏な我が家では「ジュースのもと」なんて逆立ちしたってありやしないんだし、子どもってのは、欲望のままに生きているんだから、そりゃあ無理なお願いって奴だな。

 いくら母親に説教喰らっても、ハラダ君の家に行っては、ジュースのもとをガブガブ飲んでいたものだから、諦めた母親は、泣く泣くジュースのもとを買って来て、家に置いてくれるようになったけど…一袋で三杯も四杯も作るものだから、マズくてマズくて…。

 そうそう、そんな感じで「ジュースのもと」なんて、昔はどこのスーパーでも大袋に入って売っていたのに、今では、どこに行けば見つけられるのだろうか?

 そんな「ジュースのもと」だけれど、きっと今飲めば、マズいんだろうなあ…。だから、ノスタルジーと言われれば、その通りだけれど、でも、あの頃は本当にアレが美味しいと思っていたんだから、仕方がない。

 やっぱり…甘いものに飢えていたのかな? 何しろ「一粒300m」の時代だもんなあ。甘いものは貴重だったんだと思う。甘さはすべてに優先していたのかもしれない。「ギブ・ミー・チョコレート」がまだまだ尾を引いていた時代だったのかもしれない。カルピスだって、すっごく濃い目に作って“幸せ”を感じてたもの(だいたい、母親が作ると、すっごく薄味だったし…)。お菓子と言えば、まだポテチがなかった頃だから、せんべい以外はみな甘かったと思うし。

 ああ、あの頃の私のあこがれは…羊羹や大福だったなあ~。ケーキなんて、特別な時以外はお目にかかれなかったよ。洋菓子は夢の世界の食べ物だったっけ。

 今は甘さにあこがれって…ないよね。それどころか、むしろ、甘さ、つまり糖分を避ける時代になってきたような気がします。いや、避けられているのは、糖分だけじゃなくて、脂肪分も塩分も嫌われています。何しろ「余分三兄弟」なんてキャラがテレビで大活躍しているくらいだもの。

 甘いもの、油っぽいもの、塩ッ辛いもの。みんな、美味しいじゃん。美味しいものが避けられるなんて、それって、ぜいたくな悩みだよね。「みんなで、美味しいものを食べるのを止めよう」って事でしょ。なんか間違っているような気がします。

 そう言えば、昔は「健康優良児」と言って、太った子どもは学校で表彰されたものだった。それが今じゃ「肥満児」とか呼ばれて肩身の狭い事になっているしね。「デブ」=「健康」のイメージだったのが、「デブ」=「不健康」なんて、いくらなんでも、振り幅が広すぎるような。

 昔が良かった…とは言わないけれど、人の感覚なんて、時代と共に変わるんだね。永久不変ではないんだね。

| | コメント (18) | トラックバック (0)
|

2010年2月 6日 (土)

今度は緊急で、サツキを入院させました

 チヅルを入院させました、とアップしたその日の事、懸念していた通り、一番下っぱのサツキがおかしくなりました。背面泳法どころか、お腹を上にして水槽の下で微動だにせずに、倒れ込んでいます。さすがにこれはヤバいと言うので、チヅルを強制退院させ、代わりにサツキを入院させました。

 サツキの病名は…分かりません。あえて言えば「下っぱ病」。水槽の一番下の地位の奴には、色々とプレッシャーがかかるんでしょうね。ウィルス系の病気の可能性があるので、いきなり抗生物質につけることにしました。

 入院初日は、やはり水槽のそこで微動だにせず、ずっと横たわっていました。体調が悪いせいもありますが、やはり抗生物質に負けているようです。翌日は、薄めの塩水に入れてみましたところ、体を起こし始めるようになりました。でも、様子を見ていると、グターと倒れ込んでいる時と、しっかり起きて、水槽の底でお座りをしている時を繰り返しています。

 しかし、各種抗生物質はダメ、塩も少し強くするとダメ、というわけで、有効な治療ができません。ただ、病院水槽に入れておくだけでは、運動不足で体力が無くなるだけなんだよねえ…。どうしましょう。

 一方、チヅルは抗生物質のおかげでだいぶ良くなりました。退院直後は、完治とはいかず、まだしばらくは入院が必要かなあ…と思ってましたが、ベッド(水槽)が一つしかないので、やむを得ずの退院でしたが、退院後も体調を回復させ、今では、黒いシミも目立たなくなりました。

 ま、真夏と真冬は金魚にもつらいんですね。ちなみに、今年は水温が10度以下にならないので、ヒーターを入れていない(そう言えば、去年の夏は扇風機も入れなかったよ)ので、それも厳しい理由かもしれません。でもね、10度代の前半で金魚が水温に負けちゃいけないんだよ、ウチはそこは厳しいんだよ。

 がんばれ、サツキ、負けるな、サツキ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2010年2月 5日 (金)

最近の日課練習(2010年2月) フルート編

 前回、フルートの日課練習の記事(2009年6月)をアップしてから、約半年が過ぎました。気がつけば、あれから日課練習の内容も変わってしまったので、最近(と言っても、直近は右人指し指を痛めているので、練習自体をお休みしていますが:笑)はこんな事をやっていますよって事を、備忘録代わりにアップしたいと思います。

 まずは前回の記事はこちらです。簡単にまとめると以下のとおり。

1)ノンタンギングでのスタッカート練習
2)強く強く息を吹き込む練習
3)オクターブの練習
4)音曲げの練習
5)軽くソノリテ
6)トレバーワイとかを少しずつ
7)倍音の練習
8)ホイッスルトーンの練習
9)スケールの練習
10)アダージョな曲を吹く

 こんな事を、半年前は毎日やっていたわけですが、今はと言うと…

1)変形ソノリテ

 この前のレッスンで先生に言われたので、それまでやっていた“音出し”をやめて、ソノリテを音出し代わりに毎日やることにしました。とりあえず、メトロノームは40にして、1拍+7拍でやります。

2)クロマチック(半音進行)

 なるべく素早く、半音上行と半音下降を2オクターブに渡ってやっていきます。本当は往復を一息でやりたいのですが、今はまだ、あっちこっちトロトロしていますので、片道を一息で勘弁しています。低音Cからと、低音Gからと、中音Cから始まる2オクターブは毎日やっています。あとはその日の気分で、出発点を任意の音に変えて、1~2パターンやります。

 『きれいな音でなるべく素早く』をこころがけています。素早い動きをすると、往々にして、指が転んだり、こんがらがったりするので、そこには気をつけています。

3)スケール

 これも任意の調(それも長調のみ)を2オクターブずつって感じです。実はスケールって苦手です。基本のハ長調と日替わりでもう一つ[今はアルテ12課なので、変ロ長調]ってところです。本当は全部やりたいのですが、時間が…。

 あと、短調も三種類それぞれにやっておかないといけないとは分かっていても、なかなかそこまで手が伸ばせません。

4)半音下から入ったり、半音上から入る練習

 これはちょっと分かりづらいでしょうが、「半音下から入る」とは、任意の音に半音下から入る練習をしています。やり方は「ドシラソファミレド」と下降音階に対して「シド-シ♭シ-♯ソラ-♯ファソ…」という感じで入る練習です。何の役に立つかというと、フレーズの頭の音を半音下からしゃくり上げて入る時に使う(前打音?)をスムーズに行うための練習です。同様に「半音上から入る」の練習も、時折やっています。

 この半音下(または上)から入るという奏法は、ピアノとかギターでやるなら、実に簡単な事だけれど、フルートでやると、結構難しいんですわな。だからこその日課練習なんだと思います。

 実はこれって、ジャズフルートの演奏を聞いていると、結構な皆さんが何気に使っている、割と当たり前のテクニックのようなんです。だから、私的にも、これを無意識でできるようになったら、かっちょいいかな?と思ってます。なので、毎日少しずつ練習ね。
 
 
 ここまで根をつめて行って30分。ダラダラやっていると、あっと言う間に1時間のメニューです。その日の時間的余裕で、1)から始めて、途中で打ち切って、アルテなり、曲なりの練習に入る事もあります。ま、2)までが必修で毎日やりますが、それ以降はオプションって感じでしょうか?

 ちなみに、日課練習とは違いますが、曲練習の時は『コードを見ながら、アルペジオの練習をする』も、合わせて、時々思い出したようにやってます。これもやらないとできるようになりませんからね。ただ、指が速くは動かないので、まだ四分音符を基本としたリズムのアルペジオしかできません。本当は十六分音符主体にした方がフルート的だし、かっこいいのだろうけれど、まだまたそんな早い動きのアルペジオは即興ではできません(即興でなくてもできません:笑)。

 フルートの日課練習は、今のところ、こんな感じです。半年でだいぶ様変わりしました。

 そうそう、声楽の方は、一つの記事にするほどの、日課練習をしてません。

 日々の発声練習は五線の上の音を中心にして、必要な音域全体の発声を確認する程度です。それから課題に出されているコンコーネをやったら、曲の練習です。注意点は「頭声で歌う」「高いポジションを守る」かな? 一つの記事にするほどの内容がないでしょう。

 悩みは、練習時間が少ない事ですね。今は声楽とフルート(とブログ:ダラダラ練習の原因はブログですね)を合わせて、短い時で約1時間、長くて3時間くらい練習していますが、できれば、あと4時間くらい欲しいですね。フルート4時間、声楽2時間くらい(とブログ1時間:笑)、毎日練習できたら、本望ですって、無理だね(笑)。

| | コメント (6) | トラックバック (0)
|

2010年2月 4日 (木)

空腹だと歌えない、満腹だと歌えない

 ブログなどを見ていると、よく見かけるのが「お腹がすいて、歌えなーい」という叫び。大人の趣味って、忙しいですよね。仕事や家事で日々忙しい中で、時間をやり繰りして、練習したり、レッスンに行ったり、本番の準備をしたり、それこそ“てんてこ舞い”な日々を過ごしています。なので、ロクに食事もせずに、歌う場面というのもあるのでしょう。そういう時に聞こえるのが「お腹がすいて、歌えなーい」という叫び。

 確かにお腹はすいていない方が歌うにはいいのですが、ツラツラと考えるに、お腹がすいているからと言って「歌えないというのはいかが?」というのが、私の本音です。ま、私がデブだから、そこまで切実なエネルギー不足にならない(体内にエネルギーを備蓄しているため)ということもあるのだろうけれど(笑)。

 私の場合、お腹がすくと不快だし、なんか体に力が入らないような気はするけれど、歌えないって事はないような気がします。いや、むしろ、胃袋がカラッポな分だけ、呼吸が楽になる気はするし、無駄な力も入らないので、結果オーライのような気がするんです。

 むしろ、気をつけないといけないのは満腹状態の方です。

 ついつい、歌う前に食事をしちゃって、うっかり満腹(腹八分目を含む)になってしまうと、歌えなくなります。歌うために横隔膜を下げようとすると、胃袋が圧迫されて、苦しいし、ゲップは出るし、食べたものが出ちゃいそうになるし、眠くなるし、体が重くなるし、動きもにぶくなります。皆さんはどうですか?

 プロ歌手さんたちは、本番に備えて、数時間から数日、絶食状態にして、体の中をからっぽにして、精神を研ぎ澄ませてから本番に臨むという方も少なくないそうです。その気持ちはよく分かります。そういう人は、その反動で、本番のあとは、ドカ食いのやけ食いに走ってしまい、結果として太ってしまうのだろうと思われます。

 私ですか? 私は食いしん坊なので、2~3日前からの絶食は無理にしても、24時間程度の絶食なら可能。それでも十分、お腹がすくわけで、お腹がすいて、神経がピリピリした状態で本番というのも、なんかプロっぽくて、かっこいいんじゃないかと思います。

 理屈で考えると、何事も中庸が肝心ですから、歌う前に、ほんの少しだけ食べて、それをきちんと消化し終わってから歌うのが一番良いという結論になりますが、空腹時だけに感じる、あの神経の張り具合もなかなか捨てがたいものがありますので、本番の時は空腹の方が、私には良いような気がします。…でも、あくまでも“本番”の時の話です。

 普段の練習の時は、空腹のままでは不快感に負けるので、やっぱり食べたいなあ。満腹でなくても、おやつでもいいのだけれど、少しはお腹に入れたいです。それもできれば、甘いもの(はぁと)。“あんパン”とか“あんまん”なんて最高だよね。“たい焼き”や“今川焼き”も捨てがたい。特につぶあんだといいね。なお良いね。

 歌えなくなるほどの空腹って、どんな感じなんだろ? きっと、悲しくて、せつなくて、情けないんだろうなあ。

| | コメント (10) | トラックバック (0)
|

2010年2月 3日 (水)

24Kのフルートを吹けば、誰でも美しい音楽を奏でられるのか?

 先日、ひょっとこさんから薦められた、シャロン・ベザリーの「モーツァルト:フルート協奏曲全集」のCDを聞いてみました。ベザリー氏の演奏が上手なのは当たり前として、思わず得したかな?と思ったのは、そのフルートの音色が文句のつけようもないほど美しいものだった事でした(ただし、美しいのだけれど、私の好みの美しさとは、その方向がちょっと違った事は書き添えておきます)。

 これだけ美しい音色なのだから、どんなフルートを使っているのかという興味、湧きませんか? 私はフツフツと湧きますよ。で、調べてみたところ、あっけなく分かりました。このベザリー氏は、実は、ムラマツ24Kを使うフルーティストとして、有名な方なんです。

 24K…つまり“純金”ですよ(追記:24Kであっても、楽器用の24Kは純金ではないそうです。コメント欄のセンニンさんのご発言を参照してください)。特注品だそうですから、はっきりとは分かりませんが、軽く1000万円以上はするフルートです。ね、興味シンシンでしょ。

 実は私、24Kのフルートって試奏した事があるんですよ。いや、ムラマツの総銀、9K、14K、18K、24Kと並べて、順番に試奏して比べたことがあるんですよ。その時の印象とベザリー氏の演奏とが全然違うので、ビックリしました。

 もちろん、フルートの音って、聞く人の好みというのもありますが、私にとっては、14Kが一番(金っぽい音という意味で)いい音に感じられました。9Kはまだかなりシルバーっぽい音色で、ゴールドフルートとしては、ちょっと物足りない感じがします。18Kは音の密度が高すぎるかなって感じでした。24Kは、正直、音がどうしようもないくらい野暮ったくて“使い物にならないなあ”と思いました。

 でも、ベザリー氏の演奏を聞くと“使い物にはならない”のは、フルートでなく、奏者の方だった(つまり、私)という事がよく分かります。メーカーさんとフルートに謝りたい気分です。吹ける人が吹くと、24Kのフルートも、これだけキレイに鳴るんです。

 こんなキレイな音色のフルートを聞いてしまうと、自分で24Kを試奏した経験がなければ「金は純度が上がるほど良い音がする」なんて誤解をしてしまいそうなくらい、ベザリー氏の音色は独特な美しさがありますね。でも、プロが吹けばキレイに鳴る24Kフルートですが、そんちょそこらの人が吹くと、野暮ったい音しか出ないのが、24Kフルートだと思います。

 ベザリーの氏の演奏は、YouTUBEに転がっていたので、以下に張っておきます。この演奏でも、やはり24Kフルートを使っていますね。

 ベザリー氏は24Kフルートと相性がすごくいいのでしょうね。プロとして、24Kフルートで音楽をするというのは、一つのウリとして良いのですが、逆いうと、超高級フルートと相性がいいというのも、財布的には厳しいですね。彼女は24Kフルートの代金をペイするだけの稼ぎがあるのかしら? いくらレコーディングアーチストとは言え、クラシック系ミュージシャンの収入なんて、たかがしれているはずだからね。

| | コメント (12) | トラックバック (0)
|

2010年2月 2日 (火)

声楽四年生になったんだから、ポジションをしっかりキープしたまま歌いましょう

 声楽のレッスンに行ってきました。

 今回のレッスンは、先生の「何かお悩みがあるようですね」のひとことから始まりました。はい、先週のブログ記事(こちら)についてでございます。そこで、あの記事に応答するかのようなレッスンが始まりました。

 まず歌う時に、ポジションが変わるとどうなるか、変えないとどうなるかの例を、先生が見せてくださいました。ポジションが変わると、ずばり音色が変わりますが、同時に声質と音域も変わります。つまり、高いポジションで歌うと、テノールの声と音域になり、中程のポジションで歌うとバリトンの声と音域になりました。おそらく、低いポジションならバスの声と音域になるでしょう(さすがに、バスの見本は無しでした)。

 先生はかなり器用な人なので、歌いながらポジション変更ができる人ですが、それは本来はするべき事ではないし、学習者である生徒がマネをする事ではありません。ポジションについては、その人にとって、一番良い声のでるポジションというのがあるのだから、まずはそのポジションを知り、それを守った歌い方をするところから始めないといけません。

 先生がおっしゃるには、私の欠点は、欲張る事と考えすぎる事なんだそうです。

 歌にしても、音域を欲張りすぎているから、音程によってポジションが動いてしまうそうなのです。まずは、自分のポジションを『ここ!』と決めたら、そこから微動だにせずに、そのポジションをきちん守って歌っていきましょうと言う事です。当然、ポジションを動かさなければ、自ずと使える音域にも限界が生じます。そこで今までは、ポジションを移動して出せない音を出していたわけですが、それは止めにして、最初に決めた自分のポジションのままでは歌えない音は、いっそ、捨ててしまうくらいの潔さが必要だと言われました。

 まずは1オクターブ半の音域を確保する事から始めましょうと言われました。上は高いAsが安定して出せれば、今は御の字ということなので、そこから1オクターブ半下というと、低いEくらいかな? つまり私の場合は、五線の一番下の音は捨てる、もちろん、それ以下の音も捨てて歌うくらいがいいという事なんです。もちろん、高い方もAsより上は、今のところは、望まない。無理に出さない。そういう事が大切なんだそうです。

 低い音や高い音を無理して出していると、ポジションが崩れるし、何よりも声が響かなくなるそうです。…そう言えば、デル・モナコがどこかでそんな事を言っていた記事を読んだことがあるなあ。「例え練習であっても、テノールは低い声を出すべきではない」だったかな?

 その音域だと、毎日歌っている讃美歌の歌唱に差し支えが出る(と言うか、歌える曲が無くなる:汗)けれど、まあ、今しばらくは、讃美歌も音を捨てながら歌う事にしましょう。

 大切な事はポジションを守ること。それはつまり、私の場合は、常に頭声で歌い続けることでもあります。だから絶対に、声を胸に落としてはいけないし、胸に落ちてしまう音は歌わないのが、今の段階では必要なことなのです。

 そう言えば、キング先生の元で歌の勉強を始めて、3年が過ぎ、4年目に突入します。ようやく頭声も出てくるようになり、自分本来の声で歌が歌えるようになりつつあります。

 私の声種はテノールですが、どうやら声質的にはレッジェーロのようです。レッジェーロからせいぜいリリコくらいまでの声で、つまり『細くて軽くて高くて若々しい声』というわけです。という事は“ヒーロー”ではなく“王子様”の声って事ですね。今までは、私は自分の声は、太くて強い声と(半分は願望なんですが)思っていましたが、それは本来の声ではなく、先生の元で正しい声の出し方を学ぶにつれ、本来の声が出てくるようになり、それがどうやら、レッジェーロだったようです。そう言えば、青年の頃などは、電話で話すとよく女性に間違えられたっけかな。そんな自分の高い声がイヤで、普段は頑張って低い声で話していた事を思い出しました。細くて甲高い声が、私の本来の声だったんですよ。

 と言うわけで、細い声の人は細い声の人なりに歌わないといけません。自分の声がレッジェーロであることを意識して、特に高いところは細く感じる声で歌った方が結果が良いと言われました。高いBより上は悲鳴に感じるくらい細い声で歌っても大丈夫だと言われました。自分では悲鳴のように感じて歌っても、自分で聞こえる声と観客が聞く声は別物なので、自分が感じているほどにはか細くならないので、安心して細い声で歌っちゃえーって事なんですよ。

 さて、そのポジションの取り方なんだけれど、発声練習の時に、高い音から始めて、下に広げていくように歌っていくのが良いでしょうと言われました。なので、自宅の発声練習も、まずは、高いFisあたりを発声して、そこでポジションを決めたら、そこから1オクターブ程度の発声を下降音形で始めて、出だしの音を次々に高くしていって、最後はAsあたりまで上がればいいんじゃないかなあと思ってます。その際に、声の出発点を『頭の上の奥』から始められるように、ハミングでしっかり確認することが大切でしょうね。

 考えすぎに関しては…つまり、考えすぎなんだそうです(笑)。あれこれ悩まないで、ドンドン歌っていくのがテノールなんだから「とにかく歌え!」ということです。「バカになって、声をひけらかして、毎日毎日歌っていく」事が大切なんですよ。

 さて、ポジションに関する、お悩みごとが解決したところで、次は聴音の話になりました。

 聴音そのものはやりませんが、聴音のやり方を教わりました。聴音初級講座?のようなものですね。それはつまり『大づかみに音楽を把握するコツ』です。確かに音楽は正確に解釈することは大切ですが、大づかみに理解することも大切で、マクロとミクロの二つの視点が必要という話です。私たちアマチュアシンガーは、ついついミクロの目で細かく音楽を見てしまいがちですが、それでは「木を見て森を見ず」になってしまいがちです。きちんと「木を見ながら、同時に森としても見る」癖をつけることは大切です。

 コンコーネは3番。それも最初の8小節分だけ。いやあ、たった8小節ですが、やらなきゃいけない事、山積み。「ポジションは常に高めに取って歌う」「歌う音と捨てる音をはっきりと分けて歌う」「スラーはスラーとして歌う」「ブレスは指定されているところできちんと取って、指定されていないところでは絶対に取らない」「音符の長さ、休符の長さはもっと正確に」「クレッシェンドもデクレッシェンドも、やっている事が分かるようにやる」です。つまり、楽譜に書かれている事は全部きちんとやる。なぜなら「練習曲は正確にやらないと意味がない」からだそうです。ごもっとも。

 二重唱は、音がしっかり取れている事を確認。次回のレッスンまでに暗譜と言われました。暗譜ができてないと、何の指導もできないそうなので、早く暗譜をしましょうねという事です。ま、オペラだし、確かに譜面にかじりついているうちは何もできませんね。

 この伯爵とスザンナの二重唱が終わったら、次はまた別の、モーツァルトの二重唱をやりますと言われました。ただし、次はソプラノとテノールの二重唱なんだそうです。今回は、ソプラノの勉強のための二重唱ですし、私はバリトンパートを歌っているので、比較的、楽ができますが、次はテノールパートを歌うので、私もしっかりやらないと、ダメでしょうね。高い音がバンバン出てきそう…。ガンバ>自分。先生は「ポジションさえ、しっかり守れれば大丈夫」とおっしゃるけれど、ちと不安です。でも、どんな曲だろ? この前、購入した音楽之友社版の「オペラ重唱曲集」には、モーツァルトでソプラノとテノールの曲は載ってないものなあ。なんだろ? 楽しみ。

| | コメント (7) | トラックバック (0)
|

2010年2月 1日 (月)

日課練習にソノリテをぜひ入れましょう

 フルートのレッスンに行ってきました。今回の雑談は、ゴールウェイの骨折話をしました。名人とは言え、あの年齢の方が腕を骨折して練習を休むという事の大変さについて、しばし先生と意見交換。怪我が治れば、またコンサートはやるだろうけれど、以前のようなプログラムで行けるかどうか、そこは微妙じゃないかなって事と、さらに言えば、養っているスタッフも大勢いるだろうから、すぐに引退とか、教育活動に専念というわけにもいかないだろうと…というのが私の意見です。先生は、笑って聞いて下さいました。

 さて、練習の最初はチューニングからですが、今回はその時に、標準の吹き方をきちんと決めましょうという注意を受けました。つまり、私はチューニングの時に、無意識に音を曲げてしまうので、チューニングの時は、音程が合っていても、いざ曲となると、音を曲げている余裕がしばしば吹っ飛んでしまうので、結果として、狂った音で演奏してしまう事が多くなってしまいがち。それはさすがにマズイので、最初のチューニングの時に、(頑張って)音を曲げずに、棒吹きでチューニングするように癖をつけましょうとの事です。そのためには、ニュートラルな自分の“標準の吹き方(何も小細工をせずに、一番素の状態に近い時の吹き方)”を確立しましょうとの事です。

 これって簡単なようで、実は今の私には難しいです。だって、音を出して合っていなかった、気持ち悪いから、意識下で音を曲げて調整しちゃうわけで、その意識下の行動をきちんと意識化して、こらえるって事ですからね。意外と難しいです。

 標準の吹き方を確立して、その吹き方でチューニングをして、実際の演奏では、その標準の吹き方の音を基準にして、音を曲げていくようにしましょう、って事です。

 で、チューニングをして、音出しをしたら、次はいよいよアルテです。懸案の11課の11番です。

 私は、今回、頑張りましたよ。来る日も来る日も、馬鹿になったように11課の11番を練習してレッスンに臨みました。レッスンでは、多少は危なっかしかったところもあったけれど、楽譜どおりの速度で、一度も落ちずに止まらずに、11番を最初から最後まで通しました。それも2回も(驚)! 完璧ではないし、稚拙だけれど、何とか11課の11番を形にしてきました。先生も「色々とあるにはあるけれど、この速度にきちんとついてきたのは立派なので、合格です」とおっしゃって下さいました。やったね。これで11課終了です。次は12課です。

 で、12課を先生と確認。12課には、にはソノリテの1番が入っているので「さすがに、これはやらなくてもいいでしょう」と確認したら「ソノリテ、毎日やってますか?」と逆に尋ねられました。「ソノリテそのものはやっていないけれど、毎日音出しでロングトーンみたいなのをやってます」と答えて、日頃の音出しでやっている事を、先生の目の前でやってみせたところ、それでは不十分と言うことで、急遽、今やっている音出しは辞めて、代わりに日課練習にソノリテが入ることになりました。それもメトロノームは40にして、1+3拍ではなく、1+7拍にしてやるように言われました。なので、ソノリテは12課の課題としてではなく、毎日の日課練習に組み入れられることになりました。ここまでやったところで、次の生徒さんがやって来たので、今回のレッスンは終了となりました。

 レッスンが終わって、先生が「本当にそのフルートは良い音がしますね」と誉めてくださいました。「ま、私よりももっと上手な人が、このフルートを吹けば、もっともっと良い音で奏でてくれるでしょう」と答えましたが、いや、実にうれしかったです。

 なんででしょう、自分の楽器(アゲハ)を誉められると、なんか我が事のようにうれしいし、照れます。別に良い音がするのは、アゲハであって、私自身ではないのにね。それにだいたい、アゲハが良い音なのは、アゲハが良い楽器だからであって、私が良い奏者だからという理由ではないわけで、そんな事は百も承知だけれど、それでも誉められると、うれしいです。なんでもアゲハの音は、太くて落ち着いた音色なんだそうです。自分の愛笛が誉められてうれしくないわけがありません。うっほほ~っという気分です。

 それはともかく、やっと11課が終わったので、私はうれしいです。

| | コメント (8) | トラックバック (0)
|

«映画「サロゲート」を見て思ったこと…身代わりロボットってどうよ?[2010年1月第5週・通算3週]