ひとこと

  •  ポケモンGOをしている時は、周囲に気をつけて、歩きスマホなどで事故にあわないように気をつけている私ですが、先日、道の穴に足をとられて、ちょっとばかり足を捻挫してしまいました。夜だった事もあるけれど、立ち止まってはスマホの画面を見ていた事もあり、夜目になりきれず、道の凹凸がよく分からなくて、穴に足をツッコんでしまったようです。しかし…普通、舗装された道に穴なんて空いているか? 我が地元の道路行政の不甲斐なさに八つ当たりをしたい気分です。それにしても、足、痛い(涙)。

お知らせ

  • ●秋のクラシックコンサートのお知らせです。●2016年10月8日(土)●19:20頃出演予定●茅ヶ崎市民文化会館小ホール(神奈川県茅ヶ崎市)●JR東海道線・茅ヶ崎駅北口より徒歩10分●歌劇「ラ・ボエーム」より「冷たい手」「私の名はミミ」「ああ、うるわしの乙女よ」を歌います。応援よろしく。
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2016年9月27日 (火)

吹奏楽部ってのは、ブラック部活なのか?

 少し前にネットで話題になりました“吹奏楽部ブラック部活問題について、私も当時あれこれ考えてみました。ようやく考えがまとまったので、ちょっと書いてみますね。

 まずは、ブラック部活の定義をしないといけません。ブラック部活ってのは…通常の部活動よりも、活動時間が長く、休日がなく、学業に支障が出かねないほどに活動が熱心過ぎる部活で、辞めたいと言っても、なかなか辞めさせてくれない部活…の事じゃないのかな?…って思います。

 まあ、吹奏楽部の活動時間は確かに長いです。おそらく、文化部の中でもダントツに長いでしょうね。熱心な運動部並ですね。休日も…確かに少ないです。土曜日に活動があるのは当然だし、日曜日も活動している部は多いです。

 学業に支障が出るかどうかは…なんとも言えません。支障が出る学校/部活/個人もいるでしょうし、全く支障なんて出ないかもしれません。そこらへんも熱心な運動部と同じで、限られた時間を上手に活用できるならば、部活と学業の両立は可能だし、うまく活用できないとか、そもそも活用できるほどの時間的/体力的な余裕がなければ無理です。

 「辞めたい」と言えば吹奏楽部って辞められるのか…? そりゃあ、辞められるでしょ? 辞められないってあるの?

 辞める辞めない以前に、部活に嫌気が差して辞めたくなったら、まずその子は吹奏楽部と距離を置き始めるだろうし、練習だって休みがちになるだろうし、練習を休んでいるような子を部活に置いておく理由はないわけだし、辞めたいという気持ちを抱えながら部活に参加している子だって、演奏に身が入らないわけで、そんな上の空の子は、やっぱり部活としては使えませんから、辞めてもらった方が顧問的にはありがたいわけで…そう考えると、吹奏楽部だから辞められないって事は無いんじゃないかな?

 あるとすると、ある楽器をたった一人で担当していて、その楽器が無いと、演奏が成り立たないので、辞めてもらいたくないと、顧問からプレッシャーが来ている場合とか、「吹奏楽部を辞めるなんて許さない!」などど上級生から理不尽なプレッシャーが来ている場合とか…それくらいでしょう。まあ実際、そういうケースは少ないだろうけれど、あるかもしれません。でも、それは吹奏楽部特有と言うよりも、前者は明らかな顧問の人事的なミスが原因だし、後者は集団における人間関係の軋轢って奴で、別に吹奏楽部に限った話じゃないです。

 私はよく「吹奏楽部は文化系の野球部だ」と言います。実際、吹奏楽部って、どこの学校でも、だいたい野球部と同じくらいの活動時間&休日じゃないでしょうか?

 ですから“吹奏楽部はブラック部活か?”という問題は“野球部はブラック部活か?”という命題と全く同じモノだと、私は思います。で、“野球部はブラック部活か?”なんて事、おそらく誰も問題にしません。問題にしないどころか、クチにもしないと思います。だって、誰だって、野球部の活動が大変だ(活動時間が長いとか、休日が無いとか)という事は知っているわけで、知っていて、覚悟を決めて入部しているのだから、文句を言うのはおかしいわけです。つまり、野球部が大変なのは、そもそも問題にすらならないのです。

 では、野球部では問題にならないのに、なぜ吹奏楽部では問題になるのか? 野球部と吹奏楽部では、どこが違うのか…あたりを考えないといけないのかもしれません。

 野球部と吹奏楽部の違いは、当然、色々あります。

1)プロを目指すか目指さないか?

 高校野球のテッペンには、甲子園があり、その先にはプロ野球があります。だから、野球部の子たちは、甲子園出場を目指し、プロ入りを夢見て、野球に励みます。吹奏楽部にも普門館があります…ってかありました。その普門館出場を目指して…でも、そこで終わりです。普門館の先にはプロ吹奏楽はありません。もちろん、吹奏楽出身の音楽家もいますが、吹奏楽未経験の音楽家もたくさんいるわけで、吹奏楽=プロ音楽家ではないし、第一、職業音楽家というのは、プロ野球人ほど華やかでもなければ、高収入でもないし、はっきり言って魅力的ではありません(ごめんなさい)。

 もっとも、野球であっても、甲子園とかプロ入りとか、それは多くの子にとっては夢であって、大半の子たちは、それが単なる夢物語でしかない事は知っているわけで、そうならば、別にプロがあろうがなかろうが、実は野球も吹奏楽も大きな違いはないのかもしれません。でも、夢として目指す先の有無は、頑張っていこうと思う気持ちに、大きく影響を与えるかもしれません…し、与えないかもしれません(歯切れが悪くてゴメン)。

2)開始年齢/経験の違い

 高校で野球部に入るような子は、遅くとも中学生から、熱心な子は小学校時代のリトルリーグから野球を始めています。一方、高校で吹奏楽部に入るような事は、熱心な子で中学時代から、案外、初心者として高校から始める子も大勢います。小学生時代から吹奏楽をやっていた…なんて子は、あまり聞かないです。

 あと、中学時代に熱心に吹奏楽をやっていた子が、高校に入ると吹奏楽をやるかと言うと、実はそうでもないのです。中学時代に熱心に野球をやっていた子は、ほぼ全員高校でも野球部に入るのとは、大違いです。

 開始年齢の違いによる、集団における平均的な経験の違いっては、確かに野球と吹奏楽では大きく違うでしょう。野球は、幼い時から野球をコツコツやってきた子が部活でも頑張っていますが、吹奏楽は、初心者も多くいるわけです。コツコツやってきた子と、初心者じゃあ、そりゃあ覚悟などは違うだろうから、野球じゃあ問題にならない事が、吹奏楽では大問題になるかもしれないなあって思います。

3)性別の違い

 野球部は男子の部活です。一方、吹奏楽部って、女子の部活なんですよね。

 男の子の部活であるか、女の子の部活であるかは、大きな違いでしょう。それはひとまず、男子集団の違いと女子集団の違いとも言えます。たとえ状況が同じであっても、男子は文句も言わずに無口で淡々と事にあたるでしょうが、女子はあれこれコミュニケーションを取りながら事にあたるわけで、当然そこでは、グチも不満も妬みも悪口も出るでしょうね。そんなクチから出ちゃった言葉が、場の空気を悪くし、人間関係を面倒な事にしてしまう事は大いにありえます。

 もしも、吹奏楽部がブラック部活なのだとしたら、吹奏楽部が女子の部活であり、女子特有の人間関係の複雑化が居心地の悪さへとつながり、それが“ブラック”的な印象で語られているのかな?

 つまり、吹奏楽の大変さをきちんと理解していない子が大勢いる女の子の集団だから、吹奏楽部はブラック部活と言われるのであって、実は大変なのは吹奏楽部だけじゃない…文句は言わないけれど、野球部だって同様に大変なのだ…と、オジサンである私は思ったりするわけです。

結論 吹奏楽部は大変な部活です。ただし、それを“ブラック”と言うべきかどうかは、当事者たちの覚悟次第じゃないでしょうか?

結論2 吹奏楽部がブラック部活だと思うのならば、覚悟を決めて頑張っている生徒も大勢いるのだから、文句を言わずに黙って立ち去ればいいのではないでしょうか? ブラックな部活に、イヤイヤ身を置くなんてバカな事です。人生をもっと有意義だと思えることに費やしましょう。

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2016年9月26日 (月)

メトのライブビューイングで「ウェルテル」を見てきました

 毎年、お盆の辺りからシルバーウィークぐらいまで、東京築地にある東劇という映画館で、メトのライブビューイングのアンコール上映が行われています。つまり、今まで上映した中からのセレクション・リバイバル上映って奴です。

 今年も例年のように行われました。最近アップした「マリア・ストゥアルダ」とか「連隊の娘」も、そのアンコール上映で見たわけです。で、そのアンコール上映の最後の最後の方に上映された「ウェルテル」を、今回見てきましたという話なのです。

 「ウェルテル」は、フランスオペラです。マスネという作曲家の作品です。ワーグナー以降の作曲家ですから、アリアとレチタティーヴォの区別がなく、演劇性もかなり高いオペラなのです。原作は、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」でございます。この物語をフランス語に翻訳した上で戯曲化して音楽を付けたわけです。そりゃあまあ、つまらないはずはないですよね。

 ストーリーはごく簡単で…、

 若者ウェルテルが始めて恋した女性(シャルロット)には婚約者がいました。やがてシャルロットは結婚し、ウェルテルは失恋…のはずだけれど、諦めきれずに旦那のいない時にシャルロットを口説き続けます。抗し難くなったシャルロットは「じゃあクリスマスに会いましょう(それまでは会いません)」と言って、遠回しに拒絶します。ウェルテルは、その彼女の言葉を真に受けて、クリスマスまでの間、シャルロットには会わず、だけど手紙をバンバン書いてシャルロットに迫ります。送られた手紙を読んでいるうちに、あれだけウェルテルを拒絶していたシャルロットが、少しずつウェルテルに心ひかれていきます。やがてクリスマスとなり、ウェルテルがシャルロットの元にやってきました。ひかれあう二人、しかしシャルロットには最後の一線を越える勇気はなく、最後の最後でウェルテルを拒絶します。悲しみ、立ち去るウェルテル。自室でピストル自殺をします。虫の息となったウェルテルの元にシャルロットが現れ、最後の言葉を交わし、ウェルテルは死に、シャルロットはウェルテルの命を断ったピストルで後追いをします。

 ストーリーだけを語ると「なんじゃ、これ」って思うかもしれませんが、原作は18世紀の大ベストセラー恋愛小説だし、それにマスネの美しい音楽が載っているので、ウェルテルというキャラさえ受け入れることができたら、実に素晴らしい恋愛ものオペラなのです。まあ、問題は、主役であるウェルテルのキャラ設定だね。演じているカウフマン自身が「彼は、きっと何かの(精神的な)病気なのだろうけれど、それを客に感じ取られて、引かれたらダメだよね」みたいな事を言ってますが、実際、ウェルテルはかなり変わった人物です。その点さえ乗り越えられれば、ほんと良いオペラですよ。

 このオペラ、フランスオペラだけれど、原作はドイツもので、音楽はまるでイタリアのヴェリズモのような激しさがあります。それでいて、やはりフランスモノ特有なアンニュイで美しい音楽だったりします。色々な点で、よく出来たオペラだと思います。

 やはり主役であるウェルテルを演じるテノール歌手次第で、このオペラの出来は相当に変わりますが、今回のテノールは、泣く子も黙る、ヨナス・カウフマン。当代随一の渋めのイケメンテノールです。ウェルテルを歌うには不足はありません。『春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか』という超有名アリアも、完璧に歌います(この曲は、めっちゃ難しい曲なんです)。まさにはまり役です。

 ヒロインのシャルロットは、ソプラノではなく、メゾソプラノなのが面白いです。若い女性だけれど、人妻だから、作曲家はメゾにしたのかもしれません。ここではソフィー・コッシュが歌っています。やはり、美人が歌うと説得力があります。

 私、今までオペラはイタリアものを中心に見ていました。で、ドイツオペラを少々、その他のオペラは超有名作品だけを嗜む程度にしか見ていなかったわけです。まあ、その基準は「自分がそのオペラの曲を歌うことはあるかな?」という基準だったわけです。フランス語のオペラを私が歌うことは、まずないので、今まではあまり見なかったのですが、たとえ自分が歌わなくても、やっぱり評判の高い素晴らしいという評価のオペラは見た方が楽しいという結論に今回達しました。いや、実際楽しいし。

 マスネは良い作曲家ですね。他にも「マノン」とか「タイス」などの有名作がありますので、いずれは見たいと思うようになりました。

 そうそう、幕間に次回作の予告をしていたのだけれど、当時「ウェルテル」の次の演目は「ボエーム」だったようです。この「ボエーム」は、すでに私見ています

 この「ボエーム」でミミを歌うことになっていた、アニタ・ハーディングの「私の名はミミ」が聞けました。なかなか清楚な歌いクチで、良いですね。この人、本当はこの舞台がメトのデビューだったんだそうです。でも、実際は、当日の朝に発熱して、急遽舞台を降板しちゃったわけで、代わりを歌ったのがオポライスだったわけで、ハーディングさんは、その後、きちんとメトでデビューできたのかしら…とちょっぴり不安になった私でした。

 それにしても、カウフマンってかっこいいわ。声が良くて、身長もあって、痩せていて、イケメンで、演技力もあって…、彼以上のテノール歌手なんて、もういないよと断言できるほど、素晴らしい歌手だよねえ。男の私が見ても、ほれぼれしちゃう歌手ですって。

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2016年9月25日 (日)

「勝つか負けるか」の人間ではなく、私も「勝つか逃げるか」の人間になりたい

 「勝つか逃げるか」という言葉は“欽ちゃん”こと萩本欽一氏の言葉です。

 欽ちゃんは現在、駒沢大学で学ぶ大学2年生です。74歳で大学に合格したそうです。すごいね、全くすごい。今は、熱心に大学で学んでいるそうですが、1年の時に、いくつかの単位を落としてしまったのだそうです。

 「年を取っているのだから、仕方ないよね」

 まあ、確かに仕方ない部分はありますが、でも、学力不足で単位を落としたのではなく、試験を欠席したために単位を落としたのだそうです。

 「仕事が忙してくて試験が受けられなかったんだね、仕方ないね」

 どうやら、試験の欠席と仕事は関係ないようなのです。試験の欠席は、欽ちゃん自らの意思で欠席をして、わざと単位を落とし、2年生の今年、再履修をしているのだそうです。

 「???」

 欽ちゃんが言うには、自分は卒業したり資格を得るために大学で学んでいるわけではなく、あくまでも大学で学びたいから学んでいるんだそうです。だから、授業は単位を取ればOKなのではなく、きちんと理解して身に付けることが大切なのだそうです。だから、試験は満点を取れる自信がある科目だけ受験し、満点を取れる自信がないものは欠席したのだそうです。

 この事を欽ちゃんは「あたしの人生は、勝つか負けるかじゃなくて、勝つか逃げるかだからね」とテレビで言っていました。

 私、この話を聞いた時に、目からウロコがボロボロ落ちたんですよ。さすがに、時代を作った人の言葉は、すごいなあ…って単純に思いました。

 「勝つか負けるか」という考え方だと、つまり“負けることもありうる”と考えているわけです。最初から負ける事を織り込んで勝負に挑むんでいるわけだし、実際、負けてしまうこともあるわけです。

 しかし「勝つか逃げるか」という考えだと、絶対に負ける事はないのです。負けるくらいなら逃げてしまうわけで、勝つ事しか考えていない…と言うか、絶対に勝てる自信や保証がない限り、戦わないという事なのです。つまり、戦う前から勝ちが見えない限り戦わない…のです。

 これが欽ちゃんが成功した理由なのだな…と思いました。だって、絶対に負けないのだもの。連戦連勝なのだもの。

 もちろん“必ず勝てる”状態まで自分を高めていくのは、とても大変な事です。一か八か、勝つか負けるかで勝負に挑んだほうが、どれだけ楽ちんなのか! 「勝つか逃げるか」は“勝てそうもなければ逃げちゃえばいいんだから楽だよね”ではなく“いざ勝負となったら、絶対に負けられないのだから、万全の準備をし尽くしてもし足りない”って事なんだと思います。

 本来、勝負というモノは、欽ちゃんの言うように「勝つか逃げるか」でなければいけません。「勝つか負けるか」と言ったリスキーの行動は取るべきではないのです。

 それに加えて、欽ちゃんのすごいのは、自分の目的を見失っていない事です。

 単位を取るために勉強しているのではなく、勉強をしたいからしているのです…それって、学びの本質を突いていると思います。

 我々が凡人が趣味であれこれやっているのは、単位とか資格とか、そういうモノを取るためではなく、純粋にそれが好きだから学んでいるわけです。

 私で言えば、歌を歌ったり、フルートを吹いたりしてますが、別にこれでプロになろうとか、商売を始めようとか、世界を征服しよう(笑)とか思っているわけではなく、ただただ、単純に「歌が好きだから」「笛が好きだから」やっているわけで、教則本をどれだけ進んだとか、どれだけの数の曲を学んできたとか、オペラアリアを歌っているとか、イタリア語がフランス語がドイツ語が…なんて、本当は、どうでもいいことなんだと思います。

 音楽が好きだから音楽を学んでいるわけで、自分が納得できるところまで、きちんとできるようになりたい…ただ、それだけなんです。そういう、純真な気持ちを忘れちゃいけない…って思ったわけです。

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2016年9月24日 (土)

カボンバ投入

 実は話はフルート合宿の頃に戻ります。

 フルート合宿に出かけた時には、水槽の中には、マツモグサという水草が、まだありました。マツモグサは、金魚用の水草の中では、少しばかり高価で市場に出回ることの少ない高級水草で、金魚専門店以外では、なかなか売っているのを見かけることも少ないですし、見つけてもそこそこのお値段がする水草です。でも、金魚たちには大人気の水草なので、多少無理をしても、今まではマツモグサを購入していたのです。だって、今までの子たちは、マツモグサじゃないと食べなかったんだもの、しょうがないじゃない!

 以前は、我が家の近くにも金魚専門店があったので、そこでマツモグサを購入することができたのですが、その店も廃業し、今では、遠方まで出かけないと金魚専門店には行けなくなったし、インターネットで購入すると、バカバカしいくらいの値段になってしまうので、うまくマツモグサの補充ができませんでした。最近では、何かの都合で、金魚専門店のある町まで出掛けた時に、店に寄って購入するくらいです。

 ですので、確かに水槽の中の水草は、かなり寂しい状況になっていました。

 フルート合宿に出かける時にも「そろそろ水草を買ってやらないといけないなあ」とは思っていました。

 しかし、合宿の最終日、妻から、金魚の水草が全く無くなってしまったという連絡を受けました。全く…です、全く…ね。つまり、すべて無くなったというわけです。

 金魚は水草の葉を食べます。それも新芽や若い葉を好んで食べます。古い葉や茎などはまず食べません。マツモグサが好まれるのも、他の水草よりも葉が柔らかいからだろうと思います。ですから、金魚はマツモグサの葉を食べますが、マツモグサも繁殖力の強い水草ですから、頑張って新芽を出し続けていくわけです。それで拮抗した戦いを行います。夏場は金魚の勝ちで、水草が厳しくなりますが、冬などは逆に水草の勝ちで、水槽の中を水草が繁茂して金魚の居場所がなくなるくらいです。

 ですから、夏は水草にとっては厳しいのです。それは知っています。それで葉っぱが全部食べられてしまったのかと思ったのですが、妻曰く、茎も含めてすべて無くなってしまったというわけです。

 そりゃあ、一大事だ。

 水草は金魚にとって、大切な食料です。おそらく、我々が野菜を食して健康を維持しているように、金魚は水草を食して健康を維持しているのだろうと思います。特に我が家では、金魚の餌は(植物性成分で作られたエサではなく)動物性蛋白質たっぷりのエサを与えていますので、水草は必須です。そのために、良質なマツモグサをたやさずに与えていたのです。

 でも、水草が全く無いとなると、話は別です。かと言って、マツモグサを売っているような金魚専門店には行くチャンスがありません。インターネット通信は使うと、日にちが経ってしまいます。

 そこでやむなく、合宿帰りに、ウチの近所のスーパーにあるペットショップ(ここはイヌ中心の店です)に寄って、そこで売っていた、1房384円(ガボンバにしちゃあ高い…!)のガボンバを3房購入して、帰宅しました。

 とりあえず、マツモグサを購入するまでは、金魚たちに辛抱してもらおうと思ったわけです。

 私はマツモグサを購入する時は、たいてい3~5房程度購入します。それでも、全然足りないのですが、金額も金額なので、それで我慢してもらっています。その感覚で、カボンバを3房購入したのですが…カボンバ3房は多すぎました。量的には、カボンバは1房、せいぜい2房で十分でした(失敗失敗)。

 で、大量のガボンバを水槽に投入して、しばらく様子を見ていました。

 まず、最初に喜んでいたのは、エビたちでした。次はメダカたちです。これら小動物たちは、大量の水草の中に入り込んでいました。身を隠せるところが欲しかったのかもしれません。

 意外な事ですが、金魚たちがガボンバを食べました。マツモグサ同様に、別に特別な事もなく、普通にガボンバを食べました。以前、飼っていた金魚たちは、マツモグサは食べても、ガボンバは食べませんでした。それが今の子たちは、普通にガボンバを食べるのです。

 以前の子たちは、みな、専門店で購入してきた高級金魚たちばかりだったけれど、今いる子たちは、総合ペットショップにいた、安売りB級ハネモノ金魚たち(ただし、シズカは除く。シズカは専門店で飼ってきた子です…ただし、キズモノですが:だから安かったのかも)ですから、たくましいのかもしれません。お姫様ぶって、高級食材じゃないと食べない…とかは言わないようです。ガボンバは、おそらく金魚的には、庶民の味なんだろうと思います。なにしろ、安いですし、葉も茎もマツモグサとは比較にならないくらいに硬いんです。でも、ボリボリ食べるんです。

 なので、今の子たちは、マツモグサでなくても、カボンバでも全然平気そうなので、マツモグサを買うのを取りやめ、しばらくはガボンバでいいやって事にしました。

 だって、ガボンバの方が安いし、どこでも売っているからね。こちらで間に合うなら、その方が便利だしね。

 ちなみに、購入する時、店員さんにカボンバの飼育について尋ねたら「この水草は水槽では成長しませんよ。古くなってくると水に溶けて、バラバラになって、フィルタを詰まらせますので、注意してください」と言われて、そんなもんなのかなって思っていました。

 水に溶けるかどうかは分かりませんが、確かに葉はバラバラになって、結構、フィルターを詰まらせます。また繁殖力はほとんどありません。新芽は出ますが、マツモグサのようにみるみる成長するわけではありません。なので、最初は大量に繁茂していても、一ヶ月もすると、ほぼ金魚たちに食べつくされてしまいます。マツモグサがこれくらい大量にあったら、食べるそばから繁茂していきますから、たぶん数ヶ月は保つだろうなあって考えると、ガボンバはほぼ消耗品扱いになりそうです。でも、安いし、入手も簡単だから、まあいいかって思ってます。

 ガボンバなら、金魚に食べつくされても、近所のスーパーでお惣菜と一緒に買ってくればいいんだから、全然平気です。

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2016年9月23日 (金)

師弟でカッパなのです

 フルートのレッスンに行ってきました。

 私がお教室に入った時には、なぜか先生のコンサートが開かれていました(笑)。どうやら、妹殿と選曲をしていたようです。

 なんでも、妹殿は、今年の秋のどこかで、人前でフルートを吹かなければいけないようなのです。それで、そこでどんな曲を演奏するべきか、H先生と相談していたわけです。

 例によって、妹殿は山のようにフルートの楽譜を持ってきました。すごいねえ。私なんて、フルートの楽譜、たぶん、片手の指で足りるくらいしか持っていないのに…。

 とにかく、たくさんある楽譜の中から、CD伴奏のついている楽譜をいくつか選んで、その中から先生が簡単そうな曲を見つけては、その伴奏CDに合わせて模範演奏をしていたのです。

 ですから、演奏している曲は、初心者向きのとっても簡単なアレンジの曲ばかりなのですが、先生が演奏すると、そんな簡単なアレンジとは思えず、ちゃんとしたアンコール・ピースになっているわけです。

 結局、演奏って、曲の難易度で聴かせるんじゃないんだな。簡単な曲でも、演奏者の腕次第では立派な音楽になるわけです。すごいすごい。

 いいものを聞かせてもらいました。

 とにかく、先生が2曲選び(いずれもディズニー系の曲です)、それを次のレッスンまでに練習しておくことになったようです。ただし、伴奏のCDは使わずに、無伴奏で練習してくるのが条件のようです。それと合わせて、頭部管練習もしてくるように言われていました。

 さて、私のレッスンです。最初はロングトーン練習ですが、今回は、なんかもうヘトヘトで、いい調子で脱力できていたようで、前回のような吹きすぎ状態になりませんでしたが…ちょっと音程がぶら下がっていたかもしれません。やっぱり、音楽は演奏者の状態がダイレクトに音になっちゃうんだよね。

 さて、エルステユーブンゲンの18番は、ようやく合格です。ふう。とにかく、エルステユーブンゲンの曲は、初見でも吹ける程度の難易度の曲なので、要は暗譜できれば合格なのです。次回は19番と20番が課題です。

 プチエチュードは、15番です…が、いやあ、まだまだ難しいです。どうにか、リズム的には正しく吹けるようになりましたが、まだまだミスブローは多いし、テンポが全然遅いのです。先生曰く「まだまだ、お話にならないね」との事で、合格不合格どころの話ではないようです。どうも、まだスタートラインにも立っていないようです。

 いやあ、それくらい15番って、難しいってわけよ。

 今回特に注意されたのは、短めのフレーズが連続している箇所の吹き方です。私は、フレーズを明確にするために、フレーズが終わるごとに「フレーズが終わりましたよ」感のある演奏をしているのですが、ここは、いくつものフレーズが連続して、一つの大きなフレーズを作っている(つまり、アーティキュレーションをどう感じるかって話ね)のだから、フレーズが終わっても、息はまっすぐ前に吹いて、タンギングのみで、フレーズを切っていくようにしなさいって言われました。

 タンギングのみ…って奴が案外難しいんだよね。私、たぶん、タンギングが下手なんだと思う。だから、無意識にタンギングを回避して、腹筋で息を切って演奏している…みたいです。でも、それじゃあ、いくらなんでも大げさな演奏なわけで、タンギングのみでフレーズを切っていく演奏にしましょうって事なのです。

 さあ、練習してくるか。

 今回の雑談は「馬蹄形型の音楽ホールは、なんか嫌い」という話です。馬蹄形型の音楽ホールって、日本にはあまりありません。日本のホールは、基本的にシューボックス型か、ぶどう畑型なんですよ。と言うのも、馬蹄形型の音楽ホールって、歌劇場のスタイルなんです。日本には歌劇場スタイルのホールって…ごくごく少数だからね。

 でも、少数とは言え、確実にいくつかの音楽ホールは馬蹄形型をしているのです。

 H先生は、そんな馬蹄形型のホールがイヤなんだそうです。

 その話を最初に聞いた時は、馬蹄形型のホールって天井が無闇に高くて、音がよく響くので、その過剰な反響が嫌いなのかと思ったのですが、実はそうではなく、馬蹄形型のホールって、客席の大半がステージよりも高い位置にあって、客は演奏者を上から見下ろすカタチになるわけなんだけれど、先生的にはそれがイヤなんだそうです。

 お客さんから見下されるのがイヤ?

 「それは、なぜですか? 別にお客が上にいようが下にいようが関係ないじゃないですか!」と尋ねたら、上から見下されると、頭頂部が見られるわけで、それがイヤなんだそうです。

 つまり、H先生も私同様に、カッパさんだって話なのです。

 ああ、その気持ちは、よく分かる私でした。

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2016年9月22日 (木)

上手いはずなのに、上手く聞こえないのは、なぜ?

 先日、知らない人たちの声楽発表会に行きました。

 その門下の人たちは、みな、いわゆる難曲と言われる歌曲やアリアに挑戦していました。また、その歌唱も特に破綻もなく、高音はきちんと発声し、コロラトゥーラも軽々と転がして歌い、難しいリズムも乱れることなく歌いきっていた人たちがほとんどでした。

 技術的には、アマチュアとしては、実になかなかのモノだったと思います。私なんか、到底、足元にも及ばないくらい見事な人たちばかりでした。

 でもね、それなのに、誰ひとりとして、客席で聞いていると「上手だなあ…」とは思えなかったのです。はっきり言っちゃえば「なんか…物足りない」って感じてしまいました。妙に小さくまとまっていて、アマチュアの熱い魂も抜けちゃったような歌唱だったんですよ。

 それこそ…上手いはずなのに上手く聞こえないのは、なぜ?…って感じだったのです。

 聞きながら、私もあれこれ考えました。

 会場は、音響の良さでは有名なホールでした。以前も、別の団体のアマチュアさんの発表会を聞きましたが、その時は皆さん、ホール全体に響くような声で歌っていました。でも今回は、聞こえないわけじゃないけれど、ホールに声が響いていなかったような気がします。つまり、音量不足かな? でも、それだけじゃないんですよ。

 妻が言うには「私がY先生のところで“やっちゃダメ”と言われている事を全部やっているような感じがする…」と言ってました。確かにそうかもしれません。声が、ほぼ“近鳴り”だったかもしれません。過剰に感情を入れすぎて、声がノドに来ている人も多かったです。声が散らかった印象もありました。

 つまり、楽譜通りには歌えているけれど、楽譜には書かれていない部分では音楽的…とは言えない歌唱だったのかもしれません。

 まあ、まずは楽譜通りに歌えることって、大変な事ですし、これってスタートですよね。私なんて、まずは楽譜通りに歌うことを目指して練習しますし、楽譜通りには歌えないまま、本番を迎えることだってあるわけです。だから、楽譜通りに歌えることって大切です。

 問題は、+αの部分ですね。つまりは、声。音色の問題です。声が美しくなかった。だから、いくら楽譜通りに歌っても、上手に聴こえなかったわけです。

 ちなみに、その発表会、最後に先生と言われる人が出てきて歌いましたが…上手だけれど、感動しなかったなあ…。

 結局、生徒って先生に似るものなんだなあって思った次第です。

 一番良いのは、技量的にも高い水準にあり、人々を感動させられる歌唱なのですが、技量と感動と、どちらかしか得られないとしたら、私は技術的に不足があっても、人々を感動させられる歌を歌えるようになりたいです。だってアマチュアだもの。上手い歌ならプロの歌を聞けばいいんだからサ。

 ある意味、今回の発表会は、私の思いとは真逆の教室方針の発表会だったわけです。ま、声楽教室にも、色々あるよね。

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2016年9月21日 (水)

みんな! 発表会に出ようよ!!

 今年の夏。

 私は、本当に久しぶりにフルートの発表会に参加しました。前回が2010年の冬ですから、約6年ぶりです。前回の発表会は笛先生の門下にいましたから、現在のH先生の門下に加わってから、始めての発表会でした。

 いやあ、発表会はいいですね。H先生のところは、夏合宿と発表会が一体化していて、ちょっと変則的ですが、それでも良いです、発表会って奴は。

 元々、人前で演奏するのが大好きな私ですから、発表会は大好きなのですが、大好きという気持ちを横に置いても、発表会に出ると良い事がたくさんあるものです。

 たとえば、発表会に出るとなると、自分もそうですが、先生もレッスンに対する心づもりがだいぶ違ってきました。合格点が上がると言うか、普通のレッスンなら仕上がったので終了になるところでも、発表会ともなると、普通の仕上がりよりも、より高みまで仕上げていくし、 もっと細かいところまで仕上がっていきます。

 だいたい、自宅での練習だって、普段よりも、熱心に徹底的にやるでしょ? そうやって、仕上げのレベルを上げて、集中して一曲に取り組む事で、一段階、腕前が向上するわけです。これは大きいですよ。ほんと、一度発表会を経験すると、自分でもビックリするほどに上達するんです。

 さらに言うと、発表会に出るとなると、オシャレが楽しめます。器楽の場合は、声楽ほど派手(男性は黒服、女性はドレス)ではないでしょうが、それでも、普段よりもパリッとした衣装を着ることになります。これって、女性にとっては、かなりのお楽しみになるのではないでしょうか?

 発表会と言うと、打ち上げが付き物です。で、この打ち上げが、めっちゃ楽しいのです。だいたい、舞台が跳ねた後ですから、みんなハイなんですよ。そんなハイな人たちが集まったら…楽しくなるしかないじゃないですか!

 で、しばらく経って冷静になって、本番の演奏を自分なりに振り返ることで、今後の課題も見えてくるわけだし、次も頑張ろうって気持ちになるわけです。

 これだけの利点があるのだから、積極的に発表会に出るしかないじゃないですか?

 「私はあがり症なので…発表会はちょっと…」

 緊張は誰でもします。私だって緊張はしますよ。でも、あがりません。それは人前に出ることに慣れているからです。まあ、場数を踏んでいるからです。

 「私は人前に出ることはないから、あがっちゃうんです」

 だったら、発表会が良いチャンスだから、人前に出ればいいのです。最初はメチャメチャ恥ずかしいかもしれませんが、やがて慣れます。それを難しく言うと“脱感作”と言いますが、あがり症の克服には脱感作療法が一番なのです。つまり“人前であがってしまうのなら、それを克服するために、人前で出ることが一番”って事です。

 まあ、無理強いはしませんが、あがり症を克服するために、発表会を利用するのはアリですよ。

 「経済的に苦しくて…発表会は無理です」

 まあ、無い袖は振れないよね。確かに発表会は、何かと物要りです。発表会の参加費、衣装代、打ち上げ代、その他諸雑費と考えると、確かにそれなりの出費は覚悟しないといけません。

 と言うわけで、経済的に厳しい…わけでない限り、発表会には参加した方が良いし、ぜひ参加しましょう。経済的に厳しい人は…ちょっとずつ貯金をして、毎年は無理でも、隔年とかで発表会に参加すると良いですよ。ほんと、発表会で得られる事って、お金には変えられないほどなのですから。

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2016年9月20日 (火)

やっぱり、ボエームは色々と難しいです

 声楽のレッスンの続きです。私の歌う「Che gelida mania/冷たい手」ですが、歌い出しを何度もやりました。

 前曲の二重唱の最後で、ロドルフォがミミの手を握るわけですが、そこから約10拍の無言の後にアリアを歌い出すわけです。この無限の間、ピアノはAの音を一回叩いて、それをペダルで伸ばしているだけなのです。だから、ついついすぐに歌い出してしまうわけなのだけれど、それではダメなので、何度かやり直しをしました。ここは、この無言の緊張感が必要なのです。なにしろ、“Boy meets Girl”のシーンなのですから、いわば一瞬、時が止まり、すべては止め絵になってしまうのです。その緊張感に耐えなければいけないのです。いやあ、頑張りましたよ。

 もちろん、手は歌い始めても、しばらくは握り続けないといけません。どこまで握りっぱなしにするかは、演技の都合なので、これはこれで考えないといけないのですが、今回は、ひとまず、8小節間、握ってみました(笑)。

 この後は、ひたすらテンポの操作を練習しました。とにかく、この曲をインテンポで歌う人はプロでもいないわけです。そんな事をしたら、歌が破綻し、歌手が死んでしまうからです。だから、あるところはゆったりと歌い、あるところは端折って歌うわけで、それを一つ一つ決めながら歌ってみました。

 本来は、そんな事は、指揮者が考えて、リードすれば良い話なのですが、我々の舞台には指揮者はいませんので、事前に歌手とピアニストとで、どんなテンポの変化で歌うのかを、合わせておかなければいけないのです。ううむ、厄介です。当日の気分でテンポの変化を変えちゃうのは、ちょっと危険かもしれません。

 途中、4拍子が3拍子になるところがあるのですが、そこはテンポもググっと変わる所でして、私、上手く歌えませんでした。テンポもリズムも変わるのに、ピアニストに分かるように、歌手は上手くリズムを取って歌わないといけないのですが…それはなかなか難しく、ピアノも当然合いませんでした。反省です。次回まではに、テンポは変化しながらも、三拍子のリズムをきちんと取って歌えるようにしないとね。ちなみに、この箇所、プロの皆さんは、テンポ指示は指揮者に任せてしまい、自分はたいてい歌い崩してしまい、三拍子の跡形もない歌唱が多いので、プロの歌唱はあまり参考になりません。

 “l'anima ho milionaria”の箇所が上手く歌えません。リズムに歌詞がうまくはまらなくて…しくしく(涙)。ちなみに、この箇所もプロの皆さんは、たいてい歌い崩しているので、全然参考になりません。この箇所といい、3/4の箇所といい、難しくて他人の歌唱を参考にしたい箇所に限って、プロの皆さんは歌い崩しをしているので、ほんと、参考になりません。素人さんの歌唱音源があれば、それが参考になりますよ…と先生からアドヴァイスをいただきました…が、このアリア、素人が歌えるようなアリアじゃないんだよね。一応、YouTubeを漁ってはみたものの、なかなか水準に達している歌唱はないんだよね。

 やっぱり自分なりに歌うしかないか…。

 とにかく、インテンポでは歌わない事。メロディーのスキマがあれば、そこでは必ずたっぷり休むこと。急がない事。声を出し過ぎない事等々を注意されて、ひとまずこのアリアのレッスンは終了です。

 次は妻の「私の名はミミ」でしたので、立ったまま休憩となりました。

 で、妻のアリアが終わったところで、最後の二重唱「O soave fanciulla/ああ、うるわしの乙女よ」となりました。

 音符が詰まっていて楽譜が黒くなっているところは、決して乱暴に歌わない事。一つ一つの音符をしっかり踏みしめながら、テンポを上げて歌う事が肝心なのです。

 バンバン歌っていく曲なので、ブレスの位置を決めていきます。特に、この曲での最高音を含んだフレーズである“Fremon gia neli'anima”は、前のフレーズがノンブレスで突入して歌うことにしました(その方が緊張感が高まって、カッコいいからです)。

 キスシーンの直前のフレーズは、ピアノが止まって、ミミとロドルフォだけが歌っているので、ここはあえてインテンポでは歌わずに、遊び心を持って、大胆にテンポを揺らして歌って下さいと言われました。で、大胆にテンポを揺らして…キス…するわけですな(笑)。まあ、実際の舞台では、キスの真似っこをするだけだし、キスの直後にロドルフォはミミに拒絶されちゃうんだけれどね(残念)。

 拒絶されながも、しっとりしたシーンが続くので、歌もピアノも、それに合わせて、しっとり歌わないといけません。これが実に難しい。

 で、ミミの腕を取って、舞台からハケて、最後にハモってお終いなんだけれど、例によって、このハモリが難しい。油断していた事もあったのだけれど、私、音をはずしてしまったよ。で、一度外してしまうと、なんかうまくいかないのだよね。ああ、意識してなきゃ、別にハモリの箇所もなんとかなるのだけれど、一度意識しちゃうと…ハモリは苦手です。

 とにかく、最後のハモリのシーンは、私、自宅で要特訓だそうです。頑張んないとなあ…。

 と言うわけで、最初から最後まで、止めながら合わせていったら、それで時間一杯となりました。先生にお礼を言って、レッスンはお終いです。

 帰りに、ピアニストさんも一緒に、横浜で天ぷら食べました。いやあ、やっぱり天ぷらは店で食べるのに限りますね。ネタがいいのはもちろん、あんなにキレイに、コロモも薄く、カラッとあげる事なんて、家庭じゃ無理だよね。適温にした大量の油がないと、こんなふうにはあげられないわけで、ほんと、美味しい天ぷらは、自宅じゃ食べれませんよ。

 それに天ぷらは、量が少なくても腹持ちが良いので、私、大好きです。

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2016年9月19日 (月)

横浜でレッスンをしたので、ついでにブラブラして、疲れてしまいました

 声楽のレッスンに行ってきました。今回は、先生の都合で、横浜のお教室でレッスンとなりましたので、ピアニストさんと待ち合わせて、一緒に横浜まで出かけてきました。

 まず最初に、発表会の公式音源をいただきました。まあ、音質はかなり良いのですが、私の歌唱は、こちらにアップした簡易録音版と大差ありませんでした(当然か!)。

 レッスンを始める前に、本番当日の声出し状況を尋ねられましたので、自宅でみっちり発声練習をしてから、3時間前に会場入りをし、他の人たちの歌唱を聞きながら自分たちの順番を待ち、本番1時間ほど前に20分ほどの当日の発声練習時間があるので、そこで最終の合わせをして、本番です…と伝えた所、声の出せない場所での発声練習のやり方を三通り教えてもらいました。つまり、当日はこれをやりなさいって…わけですね。

 たぶん、ここに書いてもうまく伝わらないと思うけれど…まず最初は、無声音でティトゥティトゥティトゥティトゥ…と言い続ける練習。試しにやってみましたが、実は私、クチがうまく回らずにすぐに噛んでしまいます…が、これを延々とやると良いのだそうです。ただし、延々とやってクチが疲れたらアウト、腹筋が疲れるのが正しい発声練習なのだそうです。

 次は、誰もがよくやっているリップローリング。いわゆる「ブルブルブルブル…」って奴です。これも短時間で「ブルブル…」が終わってしまうのは、腹筋の支えが無いのでダメで、そこそこの時間「ブルブル…」できないといけないのだそうです。はい、私、あっという間に終わっちゃいます(ダメじゃん)。

 最後はタンローリングってやつで、イタリア語のrの発音を延々とするやつで「rrrrr…」って奴です。フランス語のrでやっちゃダメなのよん。先生曰く「これが一番簡単」なんだそうだけれど…私、やっぱりあっという間に終わっちゃいます(しくしく)。

 私の場合、どれもこれも腹筋の支えが足りないため、ダメなのです。逆に言うと、腹筋を鍛えるためには、これら3つのうちのどれかを日常生活でのトレーニングに加えればいいってわけですが…一番簡単なタンロールングでも、毎日やりましょうか…って思いました。

 さて、レッスンです。レッスンの時間はたっぷりあっても、やるべき曲が長いので、とにかくアタマから潰していきます。

 さすがに今回のレッスンに向けて、妻も練習してきたので、今度は二人で歌って合わせます。ウチの妻は練習さえすれば、ちゃんとデキる子なのです、うむ。

 最初はイントロ代わりに歌う「Grazie, Buona sera/ありがとう、おやすみなさい」です。

 フレーズの歌い出しは、とにかく子音を先行させる事。いきなりガツンとは歌わない事です。それと、フレーズの歌い終わりは、相手に手渡すように、長めでフワッと終える事です。次のフレーズも、あたかも自分が歌うつもりで、メロディーを渡すのが、二重唱の基本なのですが…それがなかなか出来ないのが、素人なのです。へへへ。

 この二重唱は会話シーンなので、歌も会話のように繋いでいかないといけません。またテンポも決して一定ではない…と言うか、おおげさに言えば、1小節ごとに違うので、そのテンポの切り替えをピアニストさんが分かるように歌わないといけません。さらに言うと、今はまだ音楽稽古だけれど、このシーンは歌よりも演技の方がメインになる箇所なので、演技の動き次第では、まだまだテンポが揺れるわけで…色々と難しいです。

 ちなみに、このシーンでは小道具が必要となります。ミミが落としてしまう鍵は、普通に購入するのは難しいだろうと思い、最初から通販で入手する事を考えて、これにしました。

 如何にも昔の洋館の鍵…って感じでしょ。これで200円なんだから、小道具としては安いものです。

 鍵の他に、実はロウソクが、ミミの分とロドルフォの分と2つ必要なのですが、本番の舞台では、ホンモノの火は使えませんし、御佛前の電子式の灯明ももちろん使えません。昔のパリっぽい(ってどんな感じ?)LEDのロウソクを用意しないといけません。おまけに舞台上で簡単に灯を消せないといけません。

 実は、この日のレッスンは休日の午前中だったので、昼過ぎから妻と二人で横浜の雑貨屋さん巡りをしたのですが、結局、半日、横浜中を、ポケモンを狩りながら(笑)LEDのロウソクを探しまわったのですが、良い物がなくて、結局、ヘトヘトになっただけでした。案外、ちょうど良いものが無かったのです。で、結局、ロウソクも通販を利用してしまいました。

 これです。

 これは、振ったり、息を吹きかけたりすると、灯が消えるタイプのLEDロウソクです。メカ部分が、すりガラスのタンブラーの中に入っているので、客からは電子部品が見えないので、なかなか良いです。それと、LEDの光が案外明るい上に、赤い光でおまけにユラユラしますので、舞台映えがしそうです。明るい舞台でも、灯がよく見え、灯が消えてしまうのが分かると思います。もちろん、袖の人に頼んで、多少は舞台を暗くしてもらえるように頼むつもりです。LEDロウソクが思ったよりも良いモノだったので、ちょっと安心しました。

 さあ、後はちゃんと歌えるかどうか…だな(笑)。

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2016年9月18日 (日)

ハンバーガー、主役はパンなのか! それとも肉なのか!

 ハンバーガーという料理(?)があります。パンの間に具材としてハンバーグを挟み込んだ、サンドウィッチの一種です。また、そこから派生したと思われる、チーズバーガー(ハンバーガーのハンバークにチーズをトッピングしたもの)とか、テリヤキバーガー(ハンバーグを照り焼き[ソースを塗りながら焼く]にして使用)とか、チキンバーガー(ハンバーグの代わりにチキンソテーを使用したもの)とか、その他にもたくさんの亜流がある、なかなか存在感のある料理です。“挟むモノ+バーガー”で、なんでもありって感じです。

 さて、ハンバーガーとは、肉料理でしょうか? それともパン料理でしょうか? 
言葉を変えて言うなら、ハンバーガーでは、肉とパン、どちらが主役でしょうか?

 ハンバーガーって、“hamburger”であって、“hamburg + er”であって、“hamburg”とは、ドイツのハンブルグという都市の名前であって、接尾辞としての“er”は「~に由来するもの」とか「~出身のモノ」という意味があり、“hamburger”とは、実はハンブルグ・ステーキ(我々がイメージする料理としてのハンバーグがこれです)の事を指します。

 ですから、ハンバーガーと言うのは、本来はハンブルグ・ステーキをパンではさんだもの…つまり、ハンブルグ・サンドウィッチの事であり、名称の後半にある「サンドウィッチ」が省略されて、その上、ハンブルグを英語読みのハンバーガーへと変えられて、いつしかハンブルグ・サンドウィッチの事を、ハンバーガーと呼ぶようになったわけです。それでハンバーガーという言葉は、本来の肉料理であるハンブルグ・ステーキのことであったのだけれど、時を経るに従って、ハンブルグ・サンドウィッチの略称から正式名称へと昇格して、今に親しまれているわけです。

 そういう出自を考えると、ハンバーガーの主役はあくまでも肉であって、パンは単なる添え物、あるいは手を汚さないための食器のようなものだと考えられます。

 でも、ハンバーガーを肉料理であると思っている人って…どれだけいるのでしょうか?

 たとえば、丼もの。天丼とか親子丼とか牛丼とか…この手の料理の事を我々は「ごはんもの」と言う言い方をします。つまり主役は丼の下に隠れている飯であり、天丼の天ぷらとか、親子丼や牛丼の具は、あくまでもトッピング扱いであり、ゲストなのです。

 もしかすると、ハンバーガーも主役はパンで、中の肉はゲスト扱い…なのかな? と言うのも、ハンバーガーって、我が国では、肉屋でコロッケと並んで販売されているわけではなく、パン屋でアンパンやカレーパンと並んで販売されているでしょ?

 ハンバーガーの主役が、肉なのか、パンなのか、考えれば考えるほど、分からなくなります。

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