ひとこと

  •  久しぶりの新記録です。1年10カ月ぶりに、最大訪問者数を更新しました。今度の記録は、2012年5月24日(木)のモノで、608人です。ちなみに、この日のアクセス数は1464ページで、こちらは今年3月24日にたてた1636ページには及びませんでした(残念)。しかし、フルート記事はアクセスが増えますね。驚きました。
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2012年5月27日 (日)

よくぞこの年まで生きてこられた…[2012年5月第4週・通算17週]

体重:104.4kg[+0.4kg:+1.3kg]
体脂肪率:31.5%[+0.1%:+0.6%]
BMI:33.0[+0.2:+0.6]
体脂肪質量:32.9kg[+0.3kg:-0.2kg]
腹囲:100.0cm[+-0.0cm:+1.5cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 アラフィフ親爺である私ですが、先日、同じ年令の友人たちと、世間話などをして、色々と考えさせられました。

 まずは「お互い、よくぞこの年まで無事に生きてこれたねえ…」と慰め合いました。中年期を乗り越えられずに、すでに鬼籍に入ってしまった友人たちもいる中、半世紀もの時間を生き延びてきたんですから、お互いの健闘を讃え合いました。

 特に私は、家系的に短命な家系の人間でして、多くのご先祖様、とりわけ爺様方は、30代40代で亡くなっていますからね。そんな私が元気に「アラフィフで~す」なんて言えるわけですから、よくぞこの年まで生きてこられたもんだねって思いました。

 「でも、オレ、まだ気分は30代なんだよね」と友人の一人が言いました。確かに、年令はアラフィフだけど、私も気分的には、どこか30代のままな部分はあります。これって、体力とか肌つやとか外見とかが、30代の頃と大きく変わっていないからでしょうか? 確かに、パッと見は、30代の頃と変わりません。むしろ私の場合、30代の頃は、病気のオンパレードでしたから、健康に過ごせている今の方が、若々しいかもしれません(笑)。

 でも、肉体的…と言うか、外から見える部分はあまり衰えが目立たないかもしれないけれど、神経系は確実に老いているよなあ…。目は明らかに老眼だし、難聴も少しずつ進行しているし、不器用になったし、物忘れもますます激しくなってきたし、何よりも動作が鈍くなった。見かけは30代ぽくても、中身は正真正銘のアラフィフだね。神経系は嘘つかない…ってか、神経系のアンチエイジングなんて、無理なのかもね。

 私が子どもの頃の、アラフィフ親爺なんて、モロ、ジジイだったよなあ。ハゲ&白髪は当たり前だし、歯もほぼ入れ歯だったと思う。皮膚も、老人性のシミが目立つ人が多かったし、四十肩という言葉もよく聞いたね。

 今の我々は、カラダの中身的にはやっぱりジジイだけれど、若ハゲ若白髪でない限り、たいてい、まだ髪はフサフサのクログロな人多いし、歯も若干の差し歯やインプラントはあっても、入れ歯のお世話にはなっていない人多いし、皮膚も多少のたるみはあってもキレイなもんです。四十肩、なんすかそれ?

 上の世代よりも、確実に肉体的な老化が遅いというか、なんかうまくアンチエージングしているんだろうね。豊かな時代の日本で暮らせる幸せ、ってモンです。

 肉体的に若いという事も影響あるのかな? 結婚が遅かった人が多いのも、我々の世代の特徴かもしれません。女性陣からは「アタシなんか、まだまだ子どもが小さいから、老け込んでなんていられないわよ~」なんて声も聞こえます。子どもが大学生って人から、まだ小学生ですって人まで、実に幅広いですよ。それにしても、母は強いです。

 「不況だ、不況だ、と騒がれるけれど、なんかうまく不況の波から逃れているよねえ…」と言ってた友人もいました。…確かにそうかも。リストラという言葉を耳にし始めた頃、すでに働き盛りに突入していた我々は、リストラの対象からはうまく外れていました。あの頃、リストラの対象になっていたのは、我々の上の世代の“窓際”のオッチャンたちだったし、人減らしのために新卒の雇用を控え始めていたけれど、すでに就職していた我々には影響なかったし…。確かに、給料は、ある時を境に上がらなくなった…と言うか、下がったわけだけれど、そこまでにソコソコ給料も増えていたから、多少減らされたとは言っても、それなりの給料は確保できていたし…。必要なものは、景気が良かった時代に買い揃えることが出来ていたし、色々とタイミング的に恵まれていたよなあ。
 
 
 とにかく、若くて遊びたい盛りの時に、お金を持っていて、お金で叶えられる夢なら、なんとかなっていました。あの頃、本当に日本は景気が良くて、我々の将来には、一点の不安も曇りもなく、夢や希望があったものです。

 「若い時は、どんな人生設計をしていた?」なんて言うと、今じゃ笑い話のような、甘ったれた夢見がちな話が飛び出してきます。

 ちなみに、私が20代の頃、考えていた人生設計(?)は以下のとおりです。

 30歳で湘南に一戸建てを建てて、
 40歳で那須に別荘を建てて、
 50歳で葉山にクルーザーを浮かべて、
 60歳で都心にマンションを建てる。
 退職金で無人島を購入して、そこにプライベートビーチを確保する。
 余生はマンション経営をしながら、無人島に居を移して、悠々自適に贅沢三昧に暮らす。

 ほんと、今となっては、笑い話のような、いい加減な人生設計です。だいたい、物欲まみれだし(笑)。でも当時は、こんな夢が現実味を持っていたんだから、不思議ですね。それくらい、日本は景気よかったし、お給料も黙っていても右肩上がりだったわけです。

 それに私の場合、少なくとも「30歳で湘南に一戸建てを建てて」は実現しました(エヘン)。でも、そこで世の中は不景気に突入してしまいました。

 残念ながら、那須に別荘は建てられなかったです。不景気は続いていますので、今のところ、クルーザーも買えそうにありません。おそらく、60歳になった時、そこまでの蓄えで、マンションの一室くらいは買えるかもしれませんが、マンションそのものを建てるのは無理でしょう。無人島? プライベートビーチ? 湘南海岸で海水浴満喫がせいぜいです。マンション経営? 夢のまた夢です。贅沢三昧に暮らす? 無理ですが、できるならば趣味三昧には生きてみたいです。

 でも、我々は、若い時代をそれなりに謳歌できたわけで、恵まれた世代なんだと思います。我々よりも上の世代は、若いエネルギーで汗水垂らして働くのに一生懸命だった世代だし、我々よりも下の世代は、働きたくても職場が見つからず、不安定な雇用の上での不安定な経済生活を甘んじて受け入れなければいけない世代だったわけで、ロクに遊んでもいません。私たちは、若くて遊び盛りの時期と、日本が元気だった時代がうまくオーバーラップしていた、タイミングの良い世代だったんでしょう。

 私に関して言えば、貧しい家の生まれにも関わらず、思いっきり勉強できたのも、世の中の景気が良かったからだと思ってます。苦学生ではあったけれど、さほど苦しくなかったものね。もしも私が今の時代の子なら、経済的な理由で、勉強や進学なんて許されなかったでしょうね。本当に時代に感謝してます。

 とにかく、収入を得るのが、とても簡単な時代に育ちました。『若いのに、お金を持っている』と、本当に色々な事ができるものです。だから皆、若い時は、結構好き勝手にやってました。仲間うちには、若い時は、ミュージシャンだったとか、モデルだったとか、そんな人もいます。(はっきり言って、売れない)ミュージシャンとかモデルでも、食えた時代だったんですね。

 だから、不景気な現代社会においても、我々世代は、どこか感覚がズレていて、バブリーで、呑気で、危機感ないんだろうと思います。なんか、上の世代にも下の世代にも、申し訳ないです。

 ま、これも、生まれた年の星の巡り合わせって奴なんでしょうね。勘弁してくださいませ。

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2012年5月26日 (土)

篠崎さんが懐かしい

 本来ならば金魚ネタの土曜日ですが、色々と記事が貯まっているので、今回はヴァイオリン記事をアップします。

 ゴールデン・ウィーク中は報告をサボってしまったので、約一カ月ぶりのヴァイオリン独学練習報告です。

 今年の三月からずっと「むきゅうどう」な私ですが、実は未だに「むきゅうどう」です。三カ月間もずっと同じ曲なわけで…この状況はさすがにマズいんじゃないかと思うようになりました。

 まず、確認事項として、私の合格ラインなのですが、これは“お手本CD”と合奏できたら合格としていますが「むきゅうどう」の場合、これがクリアできないのです。

 「むきゅうどう」も、さすがに三カ月も取り組んでいると、自分なりには演奏できるようになりました。しかし“お手本CD”との合奏はできません。単純に“お手本CD”のテンポに追いつけないのです。

 “お手本CD”は、名前の通り、実にお手本どおりの演奏で、特に変わった事をしているわけではありません。実に楽譜に書かれた規定の速度での演奏をしているだけで、それに追いつけない私は、本来的には不合格のままでも良いのですが、おそらく、この基準のままですと、あと半年頑張っても「むきゅうどう」を合格するのが、無理なような気がしてきました。と言うのも、私の演奏速度が上がらない理由の一つに、右手や左手の未熟と言うよりも、読譜力の不足で楽譜を読むのに時間がかかり、そのために演奏がもたつく…という理由があるからです。つまり、楽譜を読むのにモタモタして、その結果、本来のテンポに追いつけないってわけです。まあ、暗譜しちゃえば問題ないのでしょうが、なかなかそこまで練習を積み上げる余裕がないんです。

 規定のテンポで演奏できるのは、とても大切な事ですが、そこにこだわっていたら、今の私では前に進めません。だって、読譜のスピードなんて、そう簡単にアップしないもの。で、このまま前に進めないままですと…さすがに三カ月も停滞していると、モチベーションがダダ下がりになります。実際、無い時間の中から時間を捻出して練習しているのがヴァイオリンなんですが、例えば五分という時間があった時に、モチベーションが上がっていると「たった五分だけれど、音階練習できるじゃん」とか思って練習するものですが、モチベーションが下がっていると「たった五分じゃ、音階練習しかできないから…まあ、また今度にしよう」って気持ちになって、練習をさぼっちゃいます。

 ダメでしょ、こんなのじゃあ、ダメでしょ。このままでは、挫折への道、まっしぐらです。それは良くないです。

 そこで「むきゅうどう」は不合格のまま、次に進むことにしました。なんか、演奏できないまま「むきゅうどう」を放置するのは悔しいですが、このまま、この曲で立ち止まっていて、モチベーションが下がるのを放置する方が、むしろ良くないのです。

 おお、神よ。「むきゅうどう」を完成させないまま、先に進むことを許したまえ。

 さて、問題は次の曲です。このままスズキをやり続けるべきか、それとも篠崎に戻った方が良いか…悩んでいます。元々は篠崎で勉強していた私ですが、それをスズキに浮気したのは、フルバヨ[フルート&バヨリン演奏会オフ]に参加したいからです。ところが、フルバヨの実施日と私の予定がうまく合わず、最初の1回に参加したっきり、次に参加する事ができません。どうも、日程的に、私が参加できない日にちにフルバヨが開催されるようなサイクルになっています。どうせフルバヨに参加できないなら、スズキをやっている意味もないので、篠崎に戻ってしまおうかと思ってます。

 本当はフルバヨに参加したいんですよぉ。可能なら、行きたいのですが…ダメなら、きっぱりフルバヨを諦めて、また地道に篠崎で勉強するのも、手じゃないかなって思います。と言うのも、篠崎の方が曲も短いので、モチベーションが持続しやすいんですよね。スズキは、一曲が長いので、弾けないと、ずっとその曲に立ち止まる事になります。それって、先生について習っている人なら「学ぶべきことはやったら、次に行きましょう」と先生の判断で先に進めるけれど、私のような独学者じゃ、そうはいきません。立ち止まったら、立ち止まったままなわけで…やっぱり、スズキは独学には向いていないのかもしれないと思うようになりました。

 さて、スズキで前に進むか、篠崎をやり直すか、悩みどころです。それ以前に、練習時間の確保と、下がってしまったモチベーションを復活させないと…。このままじゃ、ヴァイオリンも挫折してしまふよ(涙)。

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2012年5月25日 (金)

なぜ社交ダンスをやっている人って、老けて見えるのでしょうか?

 ダンスのレッスンを受けて…きませんでした。もう、連続三週間もレッスンがありません。色々な事が重なってレッスンがないのですが、このままダンスのレッスンが立ち消えとなり、私のダンスが挫折してしまわないように、わざわざ、ダンスのレッスンがなかった事を書いておきます。

 私のダンスは教える方も学ぶ方も趣味なので、こういう事が起こるんですよ。これが、ちゃんと他人の先生に、月謝をお支払いして習っていたら、必ず決められた通りにレッスンがあるでしょうし、このようにレッスンが停滞する事もないでしょうが、ついつい身内同士の気安さで、やむを得ないことが重なると無理しませんから、レッスンが無くなってしまいます。

 しかし仮に来週、レッスンを受けるとなると、なんと一ヶ月ぶりのレッスンになってしまいます。レッスンの時以外は、ほとんど踊っていないので、たぶん、今まで習った事は、ほとんど忘れているんじゃないかな? だとしたら…すごく悲しいです。なんとしても、レッスンを再開したいです。

 なので、レッスン記録は…以上なのですが、それではなんですから、今回はダンス関係のエッセイを書いて、お茶を濁す事にします。
 
 
 なぜ社交ダンスをやっている人って、老けて見えるのでしょうか?……ええと、別にケンカを売っているわけではないので、誤解しないでください。

 先日テレビで社交ダンスの番組を見ました。そこで放送されていたのは、日本の大学生たちによる、社交ダンスの大きな試合の様子を中継したものでした。当然、そこに出て来るのは、日本全国の社交ダンス部の腕っこきカップルたちばかりなんです。さすがに大学生のトップたちのダンスなので、動きは速いし、キレは良いし「おぉっ!」って感じのダンスなんです。「さすがに熟練のベテランたちは違うなあ…」とボソっ言ったところ「大学生だよ。子どもの頃からやっている子もいるだろうけれど、多くは大学入学してから始めた子ばかりだよ」って妻が言いました。

 そう、この子たち、みんな大学生なんですよ。おそらく三回生とか四回生だろうから、せいぜいハタチ前後の子たちばかりのはずなのに、思わず「熟練のベテラン」と言ってしまうくらい、みんな、老けているんです。パっと見『アラフォー?』って感じの風格なんです。

 社交ダンスをやっている子たちは、どう見ても、若者に見えないんです。申し訳ないけれど、オッサン、オバチャンにしか見えません。ううむ、ファッションが悪いのか、化粧方法が悪いのか、ダンサー体型が悪いのか、私にはよく分かりませんが、それにしても、大学生なのに老けて見えたのは事実なんです。

 どうして、社交ダンスをやっている人って、老けて見えるのでしょうか?
 
 
 また別の日に、社交ダンスの番組を見ました。今度はアジアオープンとか言う国際試合の中継で、世界のトッププロたちが踊ってました。それを見ていたら、いやあ、皆さん、若々しいんです。ダンスと言えどもスポーツだから、世界のトッププロなんてハタチ前後なんだろうなあ…なんて思っていたら、どうも中心的な世代は30代みたいです。大学生たちよりも、確実に一回り以上は年上なんです。

 オーバーサーティーのプロ選手の方が、二十歳前後の大学生たちよりも若く見える…つまり、ダンスで若く見せられるかどうかは、実際の年齢よりも、ダンスの動きにかかっている…って事かなって思いました。たとえ実年齢が何歳であっても、若々しい動きをしていると若く見られ、よっこらしょって感じで踊っていると、実年齢よりも老けて見えるって事なのかな?

 他人のことはともかく、私なんて、ダンスまだまだだから、きっと踊っている姿は、さぞや老けている事でしょう。ま、残念だけれど、仕方のないことです。不幸中の幸いは、自分が踊っている姿を自分は見ることができないという事です。きっと自分が踊っている姿を見たら、すごくガッカリするでしょうね。

 なので、絶対に踊っている姿をビデオなどで録画するのは…止めておきます。そんなの、恐ろしいじゃない(笑)。

 練習に練習を重ねて、上達すれば、きっとダンス姿も若く見える事でしょう。そんな日が来るのを楽しみにして、練習していきたいと思います。そのためには、まずは、レッスン再開だね。レッスンがないと踊る事すらできないからね。

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2012年5月24日 (木)

フルートの頭部管に大きなヘコみ傷がありますが、それが何か?

 フルートのレッスンに行ってきました。

 とりあえず、いつものように、先生と姉様と三人でロングトーン練習をしました。軽くチューニングをしている時に「吹きすぎ!」と注意され、さらに「クチビルじゃなくて、お腹!」とも注意されました。確かに、最近、また手抜きでお腹をサボりながらフルートを吹いていたかもしれない…。

 音程に関しては、反射板を直してもらった事もあって、そりゃあ、バッチグーでした。楽器の調整って大切ですね。

 で、ミニヨン・エチュードの11番は…不合格。おぉ、今回こそは合格できると思っていたのに…。自分なりに、結構、バッチリのつもりでしたし、先生も今回で上げちゃうつもりだったのに、不合格になりました。

 ひとまず、指が回らないとか、音が止まるとか、そういう問題ではなく、フルートのテクニック上の問題とか音楽的な問題とかで、不合格になりました。

 まずはタンギングとか息の問題で注意を受けました。特に激しいのは、スタッカートが付いている部分。これは無自覚なのですが、スタッカートの部分をタンギングのみならず、イチイチお腹で息を切って演奏しているので、息は出しっぱなしで、タンギングだけでスタッカートを表現するように言われました。これは(私には)難しい…頑張らないと。

 息は波打っているので、一つのフレーズは一息で吹いているように感じさせるように、素直な息遣いでフルートを吹くように言われました。うう、これも難しいです。

 音楽的な問題としては、フェルマータの処理。私の吹き方では、次に続くフレーズのアウフタクトのように聞こえるけれど、これはあくまで別フレーズとして、フェルマータの後に音楽が続かないように吹くこと。ボコ・ピウの部分のテンポ変化が中途半端(つまり、もっと速くしましょうって事)。二回目のプリモ・テンポに入る部分の、ブレスとかリタルダンドの具合(両方とも譜面には書かれていません)も、私のやり方では音楽的に唐突で不自然だと言われました。あと、相変わらず、メロディと伴奏の吹きわけが不十分だとも言われました。

 次回までに、これらの問題をクリアできるか、私は!

 ま、やるしかないので、やります。頑張ります。

 「この曲は時間がかかってますね。きっとあなたには難しい曲なんでしょうね。でも、この曲をいい加減にして前に進んでしまうと、次に似たようなタイプの曲と出会った時に、また同じ失敗を繰り返してしまうわけだから、欠点は確実につぶしていかないとダメですね。もう少し頑張りましょう」と言われました。

 そして励ますつもりだったのでしょうね「ほんと、人は様々ですね。難しい曲を簡単に吹いちゃうような人でも、意外に簡単の曲でつまづいたりと、普段は簡単な曲に苦労している人が、たまたま難しい曲をあっさりと吹きこなしたり…ほんと、人は様々ですね。色々なタイプの人がいるものです」とおっしゃいました。

 ですから「先生から見て、私はどんなタイプの生徒さんですか?」と尋ねてみました。

 「君は、音がキレイなんです。とても、キレイ。でも、息がダメ。息が途切れ途切れ、ちゃんと流れていないのです」と言って、私の吹きマネをしてくれました。確かにカッコ悪いなあ…。どうやら、ジャズフルートの癖が抜けきれていなくて、未だに無意識になると、1音1音、アタックをかけて吹いているんですね。それも無意識にやっているから、なんか中途半端でカッコ悪いのです。いっそ、ジャズスタイルで吹いた方がカッコいいくらいな中途半端さです。

 つまり、私はブレスコントロールが、クラシック系フルーティストとしては、かなり稚拙って事ですね。

 ちなみに、美点としてあげられた「音がキレイ」だって、私の手柄ではなく、単純にアルタスフルートそのものが美音フルートなだけですし…。とにかく、息ですね、息。

 今回の雑談は、フルートの傷の話です。

 私のアゲハには、実は大きなヘコミ傷があります。かなり大きくて、アゲハを見ると、誰もが気付くくらいに、大きな大きなヘコミ傷が頭部管の先っぽについてます。実は私が勢い良く、頭部管を机の角にぶつけて作っちゃったヘコみ傷なんですね(涙)。まあ、人間で言えば『眉間の傷?』って感じのヘコミです。『愛と誠』の誠くんのような傷です(って分かる?) まあ、持ち主である私は、そんなヘコみなど、ほとんど気にしてませんが、アゲハを見る人見る人が気にするんですよ。

 で、その話を先生にしてみたところ、その傷を見せろと言うのです。

 で、見せたところ、大きな声で「アッ!」と言いました。やっぱり、気になるんだね。

 で、すぐに先生は頭部管のヘッドを外して、頭部管の中を見てくれて「…これなら大丈夫。問題無いよ」と言ってくれました。そう、このヘコみ傷は、反射板よりもずっとヘッド寄りなので、楽器としては全く問題にならないそうです。

 まあ、私もそこは音には関係ないだろうと思って放置してました(笑)。

 「傷がもう少し下だったら、直さないダメだったけど…」と言ってました。

 「やっぱりフルートって傷ついたり、ヘコんだりしたら、直すべきですか?」

 「外側だけの傷なら、問題ないけれど、ヘコみが内側まで来ていたら、修理に出して直さないとだめだね。まあ、あなたのフルートは、修理できるフルートだから、傷やヘコみは直せばいいけれど、世の中には修理できない楽器もたくさんあるから、なるべく傷やヘコみが付かないように気をつけないといけないね」

 「修理ができないフルートって、どんなフルートですか?」

 「メッキのフルートは、まず修理できないよ。だって、ヘコみを直そうとして叩くと、メッキが剥がれてしまうからね。あと、安いフルートもダメ。だって、楽器の値段に対して、修理代が高くて、見合わないから。それと、いくら修理できるフルートとは言っても、場所によっては修理できないヘコみもあるよ」とおっしゃって、ご自分のフルートを見せてくれました。おぉ、なんと、先生のフルートには、歌クチの向こう側の息が当たるあたりに、結構はっきりしたヘコみがあるじゃないですか?

 「これは、まだ子どもが小さかった時の話だけれど、ある時、フルートをピアノに置いていたら、子どもがやってきて、フルートが気になったのだろうね、そのフルートに手を出してイタズラしそうになっていたので、注意したら、子どもがビックリして、その拍子に、ピアノの上にあった灰皿がフルートの上に落ちてきてねえ…」と言うわけで、付いてしまったヘコミなんだそうです。「自分の子どもがつけたキズだから、叱るわけにもいかず、かと言って、場所が場所だから修理もできず、仕方ないので、このまま使っているんですよ」との事です。しかし、実に大きなヘコみです。

 世の中には色々な事があるわけだから、音に関係しないヘコみとか、外側だけについている傷とかサビとかは、あまり気にしない方がいいと言われました。

 ま、私のアゲハのヘコみは、むしろ「すとんの楽器」という刻印のように考える事にしました。だって、このヘコみのおかげで、たとえ100本のフルートの中からでも、間違いなくアゲハを見つけ出すことができますからね。

 でも、私のように、楽器のヘコみ傷すら気にしないという人間は、たぶん少数派で、普通の笛吹きさんは、楽器の傷どころか、自分の楽器を傷一つつけないように気をつけて、なおかつ、ピカピカに磨き上げるものです。

 「あれも、善し悪しでね…。モノを大切にする心はとても良いのですが、楽器なんて、水分さえとって、指紋を拭き取っておけば、それでいいんだよ。磨きすぎると、むしろ楽器の調子が悪くなるんだよねえ…」とおっしゃってました。お手入れ用品のうち、特に某メーカーが出しているような、シルバークロスとかポリッシュとかワックスとか安価なオイルとかは“百害あって一利無し”とまで言い切ってました。理由を聞けば納得できますが、その理由はさすがにブログには書けないなあ…。とにかく、楽器のお手入れと言うのは、やればいいと言うのではなく、適切なやり方で適度にやるのが良いわけで、やりすぎちゃうと逆効果ってわけです。

 ま、フルートなんて、使っているうちに、傷だらけになるは、サビて汚れてくるは…ってぐらいの気持ちでおおらかに過ごすのが、よろしいみたいです。

 ああ、よかった。私はズボラだから、そんなに丁寧にお手入れしていないのですが、それがむしろ良いことだったと言うのは、いいですね。怪我の功名?って奴かな?

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2012年5月23日 (水)

ピアノ合わせに行きました。悔やむことだらけです。

 ガラコンサートに向けてのピアノ合わせをしてきました。場所は、キング先生のご自宅のレッスン室。いつもながら、先生のお宅に行くのはドキドキです。と言うのも、ちゃんとたどり着けるか、実に不安なんです。ご自宅への道筋には、特にこれと言った目印がないので、結構迷います。なので「今日は無事にたどり着けるかな?」と、ドキドキのバクバクなんです。それでも、iPhoneという強い味方があるから、最終的には何とかなるけれど、このiPhoneも使い方がよく分からない(笑)ので、色々と困っております。

 このピアノ合わせ、本来は二重唱ばかり歌う私たちですから、妻と二人で行くべきでしょうが、妻は別件で忙しかったので、今回は私一人で行きました。

 “ピアノ合わせ”と言うのは、本番ピアニストさんと我々出演者が、直接色々な事を打ち合わせる事を言います。例えば、舞台の出入りのタイミングとか、そのきっかけとか、歌う曲のテンポの確認とか、大きく歌が揺れる所なども事前に言っておきます。

 今回の本番ピアニストさんは、前回の門下発表会で伴奏してくださった方と同じピアニストさんで、凄腕のピアニストさんです。ピアノの腕も半端ないのですが、歌の事を何よりもよく分かっている方なので、私たちのようなアマチュア歌手には、もったいないと言うべきか、味方としては、実に力強い方と言うべきか、とにかく舞台に上がったら、自分とピアニストさんしかいないわけですから、最後の最後にすがるべき方としては、実に頼もしい方なんです。

 で、ピアノ合わせをしたわけですが、とにかく、本番ピアニストさんは、基本テンポを速めに取る傾向があります。キング先生は割とゆったりとしたピアノを弾かれるので、それに慣れている私なんかは、ちょっとビックリしちゃいます。

 でも、歌に合わせてくださるピアニストさんなので、たとえピアノが速いテンポで弾きだしても、そのテンポに負けずに、自分のテンポでゆっくりと歌い続けていると、やがて歌にピアノのテンポを合わせてくださいます。問題は…ピアニストさんのテンポに、負けずに引きずられずに、どこまで我を通して歌い続けられるか…です。うっかり、ピアニストさんのテンポに合わせて歌ってしまうと、ピアノもノリノリになってしまい、ドンドン、テンポアップしちゃいます。もっとゆっくり歌いたいと思っているのに、テンポアップしてしまうと…たぶん、本番では大失敗しますね。

 まあ、それを避けるために、ピアノ合わせの時に、自分の歌いたいテンポを打ち合わせするのですが…。

 私はやっぱりダメだなって思いました。

 何がダメか言うと、ピアノ合わせをして、その場で色々と感じていても、私の場合、それってモヤモヤしているんですよ。言葉にうまくならない。で、だいぶ経ってから、やっと言語化できるんですが、その時には、すでに“後の祭り”になっている事が多いので、後悔ばかりが残ります。

 今回もピアノ合わせが終わって帰る途中、アレコレと後悔ばかりをして、悔しくて無力で情けなくて、臍を噛む思いで、トボトボと歩いていました。あの事を伝えたかった。この事は話しておかないといけなかった。あそこは我慢せずに主張しておけばよかった…と悔やむばかりです。

 まあ、これは今回に限らず、いつもの事なんです。つまり、ピアノ合わせをする度に、自己嫌悪に落ちるのが、私という人間なんです。声楽だけでなく、フルートの時もそうでした。いつもいつもモヤモヤした気持ちを抱えてピアノ合わせを終え、色々と後悔を抱えたまま、本番を迎え、違和感の中で演奏するわけです。そんなのですから、本番でうまく演奏できるはずないし、仮に上手くできたとしても、やはり「これは違うよなあ…」という感覚が残るのです。

 これが私のいつもの姿なんです。ま、単なる“打ち合わせ下手”なだけですけれど。

 私は、精神活動における反射神経が鈍いんです。よく言うと『じっくり考えてから反応するタイプ』、ひと言で言うと『グズ』とか『ノロマ』なので、時間に追われ、リアルタイムでアレコレ考える事は苦手なんです。そういう意味では時間芸術である音楽には、本当は不向きな人間なんだろうなあって思います。

 ちなみに、クチゲンカでは、いつも言い負かされるタイプです(で、自己嫌悪に陥って、激しく自分と相手を呪うわけです)。殴り合いなら、滅多なことでは負けない自信はあるんだけれど…クチゲンカでは勝てないんだよなあ。

 クチゲンカ…ではないのですが、今回のピアノ合わせでも、曲のテンポ設定などを、きちんと、ピアニストさんに伝えられなかったです。

 心の中では「そのテンポじゃ歌いづらい…」とか思っても、ついついピアニストさんのテンポに合わせてしまうんですよ。一応は、こちらからも、少しは要望を言ってみるけれど、キング先生が「それは伝えてある!」と言って、私の言葉を遮るわけです。信頼しているキング先生が、事前に打ち合わせしておいてくださっているのなら…と、私はその先の言葉を飲み込んで、ピアノ合わせを先に進めるわけです。でも、なんか違うんです。だから言っておきたいんです。でも、なんか言ってはいけない雰囲気が、ピアノ合わせの部屋に漂います。

 元来、人見知りの激しい私だし、よく知らない人には遠慮の気持ちが強く働くわけだし、どこまでキング先生からピアニストさんに伝わっているのかも分からないし、どうにもこちらの要求を強く主張できなくて、適当なところで妥協してガマンして、OKを出して、ピアノ合わせを終えてしまいました。で、帰り道に激しく後悔するわけです。

 ダメだな。やっぱ、音楽には不向きだな。

 一組30分ずつのピアノ合わせの時間が確保されているのに、それを15分強で切り上げてしまって、終わってから『あれも言いたかった、これも伝えてたかった』では、何のためのピアノ合わせだか、分かりません。

 特に今回は二重唱がメインなんだけれど、それを一人で打ち合わせに行ったものだから『私はこのテンポがイヤだけれど、妻はなんて思うだろ…』って思うと、いつも以上に言葉が弱くなります。言いたいことも言えなくなります。

 そういう意味では、今回のピアノ合わせは、あまり意味が無かったと思ってます。やはり、二人揃っていけないなら、ピアノ合わせには、行かない方が良かったんだと思います。
 
 
 おまけに、今回のピアノ合わせでは、私の前の人や後ろの人と比べて、私の時の先生が、明らかに不機嫌でした。それは、私の歌があまりにひどかったからです。特に発声がダメになっていて、その件ではしっかりとお叱りを受けました。

 叱られても仕方のない歌だった(つまりバクチに大負けしてしまいました)ので、それはまあいい(本当は良くない!)として、でも、他の人は皆さんどうしているんでしょうね。

 何の話かと言うと、発声練習の件です。

 ピアノ合わせのような場合、レッスン室に入っても、発声練習などはしません。自分の順番がやってくると、いきなりフルパワーで歌うわけです。これって、準備体操もせずに全力疾走をするようなもの…でしょ? 朝起きて、色々と忙しく活動をして、時間にあまり余裕なくレッスン室に飛び込んで、ピアノ合わせです。事前に発声練習をしている余裕もなく、ある意味、起き抜けに近い声で、本番レベルの歌をいきなり歌うわけです。

 最近は、ガラコンサートに向けて、それなりの練習を毎日していますから、いきなり歌っても、ある程度の声は出るには出ます(その代わり、常にノドが炎症を起こしていて、イガイガヒリヒリしている状態です)。でも、やはり準備不足は否めないわけで、そういう、準備不足でもやむをえない状況での準備って、どうするんでしょうね。何か裏技のような、準備の方法があるのかな?

 さらに言うと、実は私、発声に関して、先生の言いつけをきちんと守っていません。先生は「今は発声方法を変えてはいけない」と私に言いつけていますが、実はそれをを守っていないのです。と言うのも“痛い”のはイヤだからです。

 詳しい事は、こちらの記事に書きましたが、私、歌うと激しい頭痛がするような、変な発声をしていた人です。おまけに、その頭痛を伴う発声方法は間違った方法なので、そんな歌い方をしている限り、頭は痛いは、うまく歌えないは、何一つ良いことがないのです。しかし、ガラコンサートが間近に迫っている今、発声方法の見直しをしてしまうと、歌えなくなってしまうので、今は間違った発声方法でいいから、その発声法のままで歌いなさいと言われていますが…やっぱり痛いのはイヤだし、それが間違っていると分かった以上、痛みを我慢して歌うのも、イヤなんです。

 なので、最近は、半ば無意識ですが、頭が痛くなりそうになったら、色々とセーブをして痛みを回避してしまいます。だって、痛いのはイヤでしょ。

 いや、実は痛みを回避しているつもりでも、なかなか回避しきれてなくて、やはり歌終わると頭痛に苦しんでいるわけです(ダメじゃん)。今回も、帰りの電車の中で、キーンと頭が締めつけられるような激しい頭痛がして困りました。一人きりだったので『痛みでどうにかなったら、やばいなあ』とヒヤヒヤドキドキしていたくらいですから。

 そんな状態なので、なるべく、痛くならないような歌い方になってしまってます。

 そうやって、無意識&意識的に、痛みを回避しているため、発声がグダグダのダーダーになっているんだろうと思います。最近では、妻からも「発声が変になっているよ~」と注意されてますが…でも、痛いのはイヤだな。もう、あんな思いをして歌うのはイヤだな。かと言って、痛くならない歌い方は知らないから、どうしても発声がグダグタのダーダーになってしまうわけです。

 とにかく(ピアノ合わせとは直接関係ありませんが)歌うのがつらくて苦しいという状態は何とかしたいです。あんまり痛みが治まらないなら、ガラコンサートが終わったところで、しばらく声楽を辞めてもいいかもしれません。

 閑話休題。結局、私が一人で歌う“The music of the night”以外は、次のピアノ合わせ(実はもう一回チャンスがあります)で、打ち合わせを、きちんとやり直さないとダメだなって思いました。ってか、私が一人で行った打ち合わせは…妥協の産物なので、白紙に戻さないとダメだと思います。

 やはり、二重唱の打ち合わせに一人で行っても、意味ないですし、特に私のようなグズでノロマが一人で打ち合わせをしたって無駄ですね。

 例えば、“The phantom of the opera”は、ピアニストさんのテンポがとても速かったなあ。あの速度の2/3ぐらいで歌いたいのだけれど、それを言えなかった。と言うのも、この曲は妻から歌い出す曲だし、彼女は結構柔軟性があって、どんなテンポでもくっついて歌っちゃう人だから、ピアニストさんが気持ちよく弾けて、ソプラノが対応できちゃうのに、私一人が文句をつけるなんて…できないよなあと思ってしまったわけです。でも、あのテンポでは、あんまりに速くて、歌っていて、舌が回らなかったし、あれこれ雑になってしまいます。けれど、妻がこの速度でいいと言うかも…って思うと、何も言えませんでした。で、帰り道に、妻がどうであれ、自分が歌いづらいと思ったなら、きちんと注文つけるべきだったのに…と激しく後悔するわけです。

 こんな事ばかりなんですよ。溜息が出ちゃいます。実は当日は色々と忙しくて、当初の予定の時間ではピアノ合わせができなさそうだったので、順番をわざわざ入れ変わってもらったにも関わらず、こんなテイタラクなんです。残念極まりないです。

 さらに、私が一人で歌う“The music of the night”に関しては、ピアニストさんとのピアノ合わせは、まあまあ、それなりにできたと思ってますが、私の歌に関して、先生から色々とダメ出しが出ました。音楽表現的には、ちゃぶ台返しのような指摘だったので、大いに悩んでしまいました。

 今更ですが、これまでカラダに染み込ませてきた歌い方をボツにして、ゼロから根本的に歌い方を作り直さないといけないかなって思ってます。

 最近はレッスンに行っても、打ち合わせが多くて、コンコーネをみてもらうくらいで、ガラコンサートの曲に関しては、これと言った指導はしていただけないので、“The music of the night”にしても、やはり自分なりに考えて、先生の意図をくみ取って、音楽を作り直しておかないといけません。さて、次回のピアノ合わせに間に合うでしょうか(笑)。ってか、あと、本番まで、一カ月しかないよ。今から歌い方を作り直しても大丈夫なのか?
 
 
 家に帰って、この日の報告を妻に話したら叱られました。ちゃんとピアノ合わせができなかった事…ではなく、15分で帰って来た事を叱られました。

 だいたい二重唱ばかりなのに、一人で行っても、きちんとピアノ合わせができるはずはないと思っていたようなので、ピアノ合わせそのものが、うまく行かなかった事は、想定の範囲内の事だったようです。それよりも、ピアノ合わせは『レッスンしながらピアノ合わせで30分』という事になっているのに『レッスン無しで15分で帰って来た事』を叱られました。

 「前回のレッスンだって無しだったし、今回もレッスン無しとは…レッスンもピアノ合わせもタダじゃないのよ!」って事です。

 まあ、確かに、発声がダメと言われたなら、そこで引き下がるのではなく、食い下がってでも、アドヴァイスの一つぐらいもらって、ワンポイントでも稽古してもらえばよかったのです。実際、他の人たちはレッスンしてもらっていたわけだし…。私だけが、叱られただけで、それでサヨナラってのは、解せないってわけです。ま、財布を預かる身としては、ひと言もふた言も言いたい事でしょう。申し訳ないです。

 それにしても、先生に叱られて、妻に叱られて、散々な日でした。打ち合わせもロクにできなかったわけだし、やっぱり、一人でピアノ合わせに行くんじゃなかったな。激しく、後悔しています。

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2012年5月22日 (火)

通し稽古をすると、何となく“完成形”が見えるような気がします

 歌劇団の練習に行ってきたよ。

 今回の練習場所は、たまにダンスの練習で使っている会場だけれど、歌劇団の練習で使うのは始めての場所。広いし、舞台もあるので、本当はここを歌劇団の練習のメイン会場にしたいのだけれど、ピアノがエレピだし、その他にも色々と大人の事情があって、なかなかうまくは行きませんが、今後はここも練習会場候補に入れていきたいと思います。

 さて、今回は筋トレがなかったので、軽く発声練習をして、すぐに「赤ずきんちゃん」の通し稽古になりました。

 もうすでに、歌詞もセリフも動きも頭に入っている方もいらっしゃいますが、私は…全然ダメ。まあ、歌はおぼろげに入っているかな?って感じですが、セリフはかなり危ないし、動きに関しては、まるでダメです。まあ、6月のガラコンサートまでは、先生もうるさい事を言わない約束になっていますので、ガラコンサートが終わってから、本格的に準備に取りかかる事にしましょう。個人的には、7~8月の二カ月間に、歌詞とセリフを入れちゃいたいなあと思ってます。と言うのも、9月からの立ち稽古はかなりマジになってやりたいと思っているので、そこまでに暗譜をきちんとしておかないと…。なにしろ、主役(笑)の一人だから、立ち稽古をしっかりやらないとね。

 とりあえず、夏の間に歌詞とセリフが入っちゃえば…秋は色々と遊ぶ余裕も出てくるしね。

 とは言え、相方の赤ずきんちゃん役のソプラノさんは、かなり歌もセリフも入っているんだよねえ…。ちょっと差をつけられておりますが…まあ、本番までになんとかすればいいのです。今は、目の前のハエをひとつずつ片づけていきましょう。

 今回の練習では、オオカミの仮衣裳を着てみました。ムクムクの着ぐるみっぽいツナギです。かなり、ケモノっぽい感じになりますね。でも色がちょっとオオカミっぽくないかな? それに胸毛とシッポも必要だし、当然、耳も鼻も必要ですが…衣装係さんが考えてくれるでしょう。楽しみにして待ちたいと思ってます。

 ま、私の場合、ガタイがデカいので、衣裳係さんに苦労をかけてます、申し訳ない。

 衣裳と言えば、主役の赤ずきんちゃんの衣裳がだいぶ様になってきました。いい感じです。お母さんや郵便屋さんも良い感じ。やっぱり、動物関係の衣裳が難しいですね。ちなみに、山鳩の衣裳ができましたが、肝心の山鳩役の息子君が今回の練習はお休みだったので、ちょっと残念。手作り衣裳なんですが、なかなか鳩らしい衣裳なんです。

 通しでやった結果、だいたい、各幕20分前後でおさまりそうです。通しで小一時間ですね。我々のような弱小歌劇団には、いい感じの演目です。もちろん、これ一つだけでは、公演としては短いので、第一部でミニコンサートをやる予定です。出演者は、主役の二人以外の団員さんたち。実は、この方々の歌の練習をしている時間がありません。なにしろ、歌劇団の正規の練習時間では、ミュージカルの立ち稽古で忙しくなる予定ですからね。

 そこで、立ち稽古の日以外に、先生のお宅で音楽稽古を月に一回やることになりました。そちらでは、この第一部コンサートの曲の練習はもちろん、ミュージカルの方の音楽稽古もやります。それも、先生のボランティアで行います。なんか悪い気がしますが、稽古はやっておいた方が良いと思いますので、音楽稽古に行かれる団員の方々は、何か手土産(晩のおかずとか:笑)でも持参してお稽古に向かうようにしてください。

 ガラコンサートの打ち合わせもしました。うぐいす嬢は三人の団員が交代で勤める事になりました。また、打ち上げの幹事さんが決定しました。写真係も門下の方にお願いしているし、受け付けも先生のツテでお願いしています。あと、何か不足している役目はあるかな?

 そんなこんなで、練習時間が結構押してしまいました。「春に」の録画をしようと思ってましたが、それはまた今度の機会にします。「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を歌ってみました。次々回の練習からきちんとやりますが、この曲も、12月の公演の時に、第一部でみんなで歌います。頑張ってマスターして暗譜しないとね。

 この曲は混声三部にアレンジしてありますが、一番上がソプラノ、真ん中がメゾ、一番下がテノールになります。また、テノールのパートの歌詞が一部書かれていないので、各自、当該箇所の歌詞を書き加えておくように(笑)。

 最後の最後の30分ぐらいで、ガラコンサートの練習…各自のレッスンでは練習できない二重唱などを中心にをしました。「猫の二重唱」とか「手紙の二重唱」とかね。ちなみに、私たち夫婦の歌う二重唱は…レッスンの時に練習できるので、それは無し。ただし、私のソロ曲だけは、前回のレッスンの時に歌えなかったので、特別に歌わせてもらいました。高音やロングトーンはまだまだバクチの要素があるのですが、この日はバクチに勝ちました(笑)。ガラコンサート当日も、バクチに勝ちたいものです。

 本番まで、だいたい半年なんだねえ…。なんか、少しずつ、気ぜわしくなりますね。

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2012年5月21日 (月)

“歌う”ということについて、考えてみた

 声楽のレッスンに行ってきました…が、特に何もなかった(笑)です。

 と言うのも、レッスンの時間を目一杯使って、先生と打ち合わせをしちゃったからです。

 何の打ち合わせかをしたのかと言うと、間近に迫っているガラコンサートの打ち合わせとか、12月の歌劇団の自主公演の打ち合わせとか、まあ、その手の細々とした打ち合わせを色々と…。ガラコンサートも歌劇団の公演も、主催は歌劇団だし、私、その歌劇団の団長さんですから、先生(指導者)と私(団長)の間で、色々と事務的な話が積もり積もっていたりするわけです。

 でも、なんにせよ、かんにせよ、さすがにレッスンなのに、何もしなかったと言うのは良くないね。次回からは、お互い気をつけて、せめて発声練習だけでもやるようにしましょう(笑)。

 と言うわけで、いつものレッスン記録は…まさか、打ち合わせ内容をブログにも書く訳にはいかないので、それは今回はパスと言うことで、代わりに、声楽関係(いや、むしろフルート関係かな?)のエッセイを書きます。
 
 
 ある時、キング先生から「すとんさんの伴奏は、ピアニストに余裕がないと厳しいねえ…」と言われたことがあります。つまり、ざっくり言っちゃうと、私は“伴奏が難しいタイプの歌手”って事らしいです。ま、“難しい”と言っても、言葉どおりの“難しさ”ではなく“厄介だ/面倒だ”ぐらいの意味でしょう。でも、楽に伴奏合わせができる歌手ではないとは、自覚はしています。

 と言うのも、私の歌は、思いっきり揺れるからです。

 もちろん、勉強し始めたばかりの、音取り段階の曲では、さほど揺れませんよ。勉強を進めて行って、ドンドン仕上がってくると、曲が揺れ始めます。

 曲が揺れる…とは、曲のテンポが曲想に応じてダイナミックに変化していく事です。つまり、私は曲の最初から最後までを、インテンポでは歌わない人…なんです。ある部分はゆっくりと歌い、ある部分はバンバン歌いとばし、少しずつテンポアップして歌っていく箇所もあれば、徐々にスローダウンしていく箇所もあります。そういう、変化に富んだ歌い方をするのが、私なんです。

 さらに言えば、それらテンポの揺れは、完成度が上がるにつれて、一定の方向に収まってくるとは言うものの、具体的なテンポ感覚は最後まで数量的な決定はせず、ある程度仕上がったとしても、その日その時の気分で、テンポの揺れ具合が変わり続ける…そんな歌い方をするので、私の歌を伴奏する伴奏者さんは、いつも私の歌をよく聞いて、私のテンポチェンジについて来ないといけないわけで『楽譜どおり間違えずにピアノを弾く事』に一生懸命なピアニストさんだと、私の歌の伴奏は、かなり厳しいってわけです。

 だいたい、ピアノ合わせをしても、本番ではピアノ合わせとは違った事を(もちろんある程度の範囲内ですが)平気でやっちゃう、かなり自分本位で、気分屋で、ワガママな歌手なんですよ、私って。で、こんなワガママ勝手な奴の伴奏は、難しいって事なんです。
 
 
 ま、たしかに、私は歌になると、結構ワガママですが、本来、歌手って、ワガママでいいんじゃないかって思ってます。もちろん、ある程度の想定の範囲内でのワガママという、大枠の約束を守るという前提があった上での、ワガママなんですが…ね。

 だって、歌手ってソリストでしょ? 自分の音楽は自分で作って、自分で歌って表現していかないとといけないわけでしょ? 自分の音楽ならば、そこには、どうしても“自分”という奴が入り込んでくるわけです。その“自分”をきちんと開放して、歌の中で表現していけば、他人から見ればワガママに見える事もあるわけです。

 激しい音楽は激しく、優しい音楽は優しく、愛の歌には愛を込め、怒りの歌には激情に身を任せて、歌いたいのです。
 
 
 話は少し変わりますが、例えば、ここに、4/4拍子で四分音符が四つ並んでいるフレーズがあったとします。それをどう歌うか? 楽典どおりに行けば、それぞれの四分音符はみな同じ長さですから、それぞれの音符の長さを、1:1:1:1の長さで歌うのが正解です。でも、それを、1.005:0.998:1.003:0.994の長さで歌ったら…変ですか?

 つまり、本来は、みな同じ長さのはずの四分音符を(色々な理由はあるにせよ)少しずつその長さを変えて歌っては、変ですか?って事です。

 私の歌って、つまりそういう事で、本来の音符の長さを、感情を付け加える事で、少しずつ変えて歌っているので、全体としてテンポが揺れているように感じるのです。いや、実際に揺れているのです。

 もちろん、私の場合は、例に出したような“微妙な長さの変化”ではなく、結構大胆に音符の長さを恣意的に変えて歌ってます。なので、しばしば「やりすぎ」「下品」って言われるし、自分でも「あざといなあ~」「くさいなあ~」と思う時、あります(汗)。

 まあ、アッチェレランドやルバートやリタルダンドが、あっちこっちに書かれまくっている譜面で歌っているような感じ、と考えていただけるとイメージしやすいでしょう。

 確かに私の場合、やりすぎのキライはあるけれど、でも、それが(稚拙な歌い方だろうけれど)歌ってモンじゃないのかな? って思ってます。

 このテンポを自在に操るという操作は…本来的には指揮者の仕事だと思います。でも、私は歌手で、ソリストだから、自分自身を指揮して、テンポをコントロールして、歌うわけです。

 歌詞に魂を入れて、自分を載せて、歌っていけば、大切な言葉は力を入れてゆっくりと歌いたいし、そうでもない部分は軽くスウ~っと流して歌いたくなります。うれしい歌詞なら、多少メロディもハネてしまうし、気持ちが高ぶれば、興奮気味にテンポも上がって歌いたくなります。

 歌詞を読み取り、そこに自分の感情を反映させて歌えば、テンポが揺れるのが、自然、じゃないですか?

 私はそれが“歌う”って事なんじゃないかなって思ってます。 …違っているかな?
 
 
 今回、私はテンポについて書いてみましたが、おそらく、音程に関しても、同様な事が言えるんじゃないかなって思います。気分が上向きなら音程も上向き、気分がダウンしているなら音程も下向きに取っていくんだろうと思いますが…私は音程コントロールがそんなに上手じゃない(ってか、むしろ下手)なので、意図的に音程をいじる事はしていません。もっと上手くなれば、音程も意図的に操作しながら歌っていくんじゃないかなって思ってます。

 またデュナーミクについても同様で、強い意志を表現するなら音量は大きくなっていきますし、気持ちが内向きならば、音量は小さめにならざるをえないでしょう。

 もっともっと、色々な細かいコントロールを巧みに行える歌手、歌を上手に歌える歌手になりたいです。でも最近は、自分の能力の限界を感じる事も多くて、すべてを投げ捨ててしまいたくなる事もたまにあります。でも、まだ、もう少し、頑張るつもりです。
 
 
 ええと、歌の場合は、曲に歌詞があるから感情を載せて歌いやすいですが、フルート曲などの器楽曲の場合は、当然歌詞がないわけで、歌の曲と比べて、歌いやすいとは言えないかなって思います。

 でも、その曲の元曲が歌の曲ならば、オリジナルに逆上って歌詞を調べてみれば、どんな風に感情を入れていけばいいのかが、分かると思います。また、純粋器楽曲の場合でも、作曲家は、歌詞の代わりに、自分の感情や意図を、曲のメロディやサウンドに込めて作曲しているものと、私は信じています。だから、歌詞を読み解くほど簡単ではないかもしれないけれど、たとえ器楽曲でも、その曲のメロディを読み取り、そこにどんな感情が込められているかを察して、その上で、演奏者である自分の感情を反映させて演奏すれば、器楽曲でも歌って演奏する事ができる…んじゃないかなって思います。

 要は、楽しい曲は楽しく、悲しい曲は悲しく吹けば、自然とフルートで歌っている事になるんじゃないかな?

 私は、無伴奏曲であるミニヨン・エチュードを練習している時、それぞれの曲の、それぞれの部分に、漠然とした色のイメージを感じてます。で、そのイメージに少しでも近づけようと思って吹いてます。赤いイメージの部分は、赤いイメージの音で赤くなるような吹き方を心掛けます。青いイメージなら青く、ピンクのイメージの時はピンクにね。時々、私が練習してきた曲のイメージが間違っていて、先生に訂正される事もあります(まだまだ未熟ですから…)。でも、たとえ私のイメージが間違っていたとしても、曲を単なる音符の羅列として演奏する事は避け、音のつながりで私の感じているイメージを表現しようと思って、フルート吹いてます。

 私の問題は、そのイメージを具体化するためのテクニックが、極端に足りないって事なんです。ああ、フルート、上手くなりたい…。

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2012年5月20日 (日)

生涯未婚率が増えている?[2012年5月第3週・通算16週]

体重:104.0kg[+0.4kg:+0.9kg]
体脂肪率:-0.1%[+0.5%:%]
BMI:32.8[+0.1:+0.4]
体脂肪質量:32.6kg[+-0.0kg:-0.5kg]
腹囲:100.0cm[+-0.0cm:+1.5cm]
     [先週との差:2012年当初との差]

 ゴールデン・ウィークが間に入ったので、ひさしぶりのダイエットネタです。増えていますが、自分的には思ったよりもそうでもない…かな? ゴールデン・ウィーク中は、結構好き勝手に飲み食いしていましたからね。ふう、これから暑い夏に向かうわけで、この時期にどれだけやせられるかが勝負なんだよね。昨年は、夏がメッチャ忙しくて(運動ができなくて)体重を減らせなかったのだけれど、今年は…もっと無理かも(涙)。吹奏楽部の連中は毎日練習をしたがるんだろうなあ…。冷房の効いた部屋で朝から晩まで、何もせず、ただ連中の練習を見ているだけじゃ…やせるわけないよなあ。ああ、困った困った。
 
 
 さて、少し古いニュースで申し訳ないのだけれど、現代の日本では、男性の約20%、女性の約10%が、生涯にただの一度も、結婚しないのだそうです。これを“生涯未婚”と言うそうです。手続き的には、50歳になった時点で、過去に一度も結婚していない人を、おそらく今後も結婚する事はないだろうと見なして“生涯未婚”として統計処理するそうです。

 確かに、私の身の回りを見回しても、50overで、独身を貫いちゃった人は、もう独身前提で老後の人生を設計し、お一人様なりの人生の幕引きを考えているので、そういう人たちを“生涯未婚”と認定すること自体は、まあ、妥当なところかなあ…って思います。

 改めて数字を示されるとビックリしますが、確かに(未婚や離婚も含めて)独身中年や独身老人って、以前よりも増えているような気がします。

 だって、私が子どもの頃は、人はみな、オトナになれば、自然と結婚するものだと思ってました。オトナで独身と言うのは、男性の場合、まずいなかったし、女性はたまにいたけれど、それって、たいてい寡婦だったし、そういう人も、そこそこ若ければ、やがて“誰かの後添え”って奴になって、いつのまにかいなくなっていたものです。

 それなのに、今は普通に生活している普通の人が、いつのまにか年をとってしまって、未婚のまま、中年や老人になってしまっているような気がします。その結果が、男性の約20%、女性の10%の生涯未婚率って奴なんでしょうね。

 しかし、ほんと、21世紀になって、独身のオトナが増えたよなあ…。

 ところで、この生涯未婚率って奴は、男女で数字が違うのが、ちょっと面白いです。

 結婚ってのは、普通は、男女のカップルで行うものだから、本来的には男女の結婚率は(裏返せば、未婚率も)同じになるはずだけど、実際は男性の方が未婚率が高いのです。つまり、女性よりも男性の方が結婚しづらいって事ですね。

 なぜ、そうなるのかというと、私が思うに、その原因は二つあって、一つは単純に男女が同数ではないから。もう一つは、2度以上結婚する人間がいるからです。

 まずは男女の人口比から。全年令を通してみると、日本は女性の方が数が多いのですが、それは女性が長生きだからであって、いわゆる適齢期って時期だけを見てみると、その年令においては、実は女性よりも男性の方が人数が多いため、結婚したい女性よりも結婚したい男性の方が人数が多いので、結婚にあぶれてしまう男性がいるためですね。その数、全国では30万人ほどだそうです(パーセントにすると約6%だそうです)。

 30万人と言うと、東京で言うと、新宿区や中野区、豊島区の人口とほぼ同じだし、県庁所在地で言うと、秋田市、那覇市、青森市、盛岡市などとほぼ同じ。行政上は中核市の要件をみたし、いわゆる大都市って奴で、県レベルの行政の一部が移管されていたりします。30万人ってのは、それくらいの人口規模って事ね。

 つまり、すべての女性が男性と結婚しても、それでも30万人の男が余るんです…、ましてや、女性のすべてが結婚するわけじゃないですから…、おお、男余りってのは、こんなヒドい状況なのかい! なんてこったい!

 そして、女性の未婚率に余剰男性の比率を加えても、まだ男性の未婚率に到達しません。つまり、女性の人数という要素以外にも、未婚男性をだぶつかせる理由があるわけです。

 それは、2度以上の結婚をする人間(再婚者)が、女性よりも男性の方に多い事が理由として考えられます。つまり、一度結婚できた男性は、二度三度と結婚するケースが多い…って事です。

 そう言われると、女性は結婚して出産して離婚した場合、再婚せずに子育てに専念する人も少なからずいます。一方、男性は結婚して離婚した場合、多くの人は次の恋をして、別の(多くの場合は未婚)女性と再婚をします。なので、女性の方が生涯未婚率が下がっていくのでしょう。

 生涯で複数の女性と結婚する男性は、事実上の一夫多妻を実現しているとも言えます。一夫多妻を実行している男性がいれば…そりゃあ、当然妻を娶れずに、あぶれてしまう男性がいても不思議じゃありません。
 
 
 それはともかく、20%とか10%という数字は、決して無視していい数字であるとは思えません。

 ちなみに、30年前の生涯未婚率は、男性が2.5%、女性が4.5%だったそうです。うわっ! 少ないですね。これって、逆に言うと、30年前は、男性の97.5%と女性の95.5%は、結婚していたという事になる。つまり、男も女も、オトナになれば、普通に結婚していたと言えます。比較してみると、この30年間で、結婚しない人間の割合が、男性で8倍、女性で2倍に増えていわけです。

 この30年間で何があったのかと言うと『景気の低迷』って奴です。1980年はイケイケでバブリーだった時代だし、2010年と言うと、ご存じの不景気な時代です。

 不景気で人々の経済力が落ちて、その結果、結婚できない。これが若い世代の未婚率をグンと上げる主な原因でしょう。

 しかし「女に廃れ物ナシ」という言葉がある通り、女性の場合、むしろ、不景気の時代ほど結婚願望が強まるものだし、そういう兆候はあっちこっちにあるけれど、それなのに未婚率が倍に増えているのは…おそらく、あまりに不景気すぎて、生きるのに忙しくて、恋をしている暇がない…んじゃないかな? 恐るべし、平成不況。

 実際、男女ともに、未婚率の増大だけでなく、初婚年令も大きく高齢化しているそうです。これは、めでたくお相手が見つかったけれど、結婚資金が不十分なので、ふたりで結婚資金を貯めるため、やむなく結婚を引き延ばしにして、ひとまず同棲でお茶を濁しているカップルが増えてきたためらしいです。まあ、同棲期間が長くなったとしても、結果として結婚にまでたどり着ければ、それもアリでしょうが、長くつきあうと言うのは、なかなかにリスキーな事で、ちょっとしたトラブルがあっても、夫婦なら乗り越えられても、恋人同士だと安易な別れににつながってしまう事は多々あります。

 「三年目の浮気」という言葉もあるけれど、あまりに永い春は、実らないモノよ。平成不況、本当にどうにかしないとね。

 さらに1999年のピル解禁も、実は大きな要因じゃないかな? ピルによって、望まない妊娠が激減し、できちゃった婚が減っちゃったわけで、これも何気に、初婚年齢の高齢化や生涯未婚率の上昇に寄与しているんじゃないかな?

 まあ、若者が結婚しない理由なんて、考えあげれば、それこそ無数にあるんだろうけれど、ただでさえ、絶対的な人数が少ない若い世代なのに、その上、生涯未婚率まで上昇しちゃったら、結婚して出産して子育てしている普通の家庭(と言い方に語弊があるのは重々承知しているけれど勘弁)が激減じゃないっすか。

 我が国日本は、戦争などの外的要因で滅びる前に、未婚&少子化などの内的要因で滅びるんじゃないのか?

 それにしても、生涯未婚率の増大と、ひと言で言っても、元々結婚志向が薄い人はともかくとして、実は結婚願望が強いのに良縁に恵まれずにやむなく未婚という人も大勢いそうな気がします。私は、その手の「望んでいるのに結婚にたどり着けない人」が、不憫で仕方ないし、そんな人がたくさんいる国って、良い国ではないと思います。

 国も、少子化対策の一環として、まずは若年層の結婚を支援しようよ。例えば、結婚資金は国が面倒みるとか補助するとか、新婚家庭は税金の免除があるとか、何か手を考えようよ。

 まあ、その手の援助や支援をしても、肝心のお相手が見つけられないと、結婚も難しいんだよねえ…返す返すも、お見合いという制度が、いつのまにか無くなってしまった事が残念です。誰もが器用に恋愛して、自分に合った相手を見つけられるわけじゃないのに…ねえ。
 
 
 何気に未曽有の国難の中にいる…と思います。マジ、日本、ヤバイって!

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2012年5月19日 (土)

みんな、トートに殺された?

 そうそう、過去記事を読んでいて気付いた事があります。それは、なんと、今、水槽の中で元気に泳いでいる金魚たちよもり、実はスジエビであるトートの方が、我が家の水槽では、古株だって事です。

 25度以上の水温では生きていけないはずのスジエビのトートですが、30度を越える我が家の水槽で、何度も夏を乗り切ってきたというわけです。いやあ、タフだなあ…。

 それにしても、今の金魚たちは、みんなトートよりも後から来た子だったとは…。

 ではなぜ、トートより前にいた金魚がいなくなってしまったのか…と言うと、以前の金魚たちは、多かれ少なかれ、みんな、トートに襲われていました。そうなんです、トートは肉食ですから、動物性のモノを見ると、とりあえずハンティングをするという習慣がありました。なので、水槽に来たばかりの頃のトートは、よく金魚に襲いかかっていました。金魚のヒレに食いついては、ちぎって食べていたり、頭の上に乗っかって、肉瘤を食べていたり…。金魚からすれは、生きたまま食べられてしまうわけだから、そりゃあ災難だし、大きなストレスになるわけです。

 過重なストレスがかかれば、具合も悪くなるし、具合が悪くなって、動作が鈍れば、これまたトートのエサだし…と言うことの、負のスパイラルなのようなものが発生して、金魚たちの寿命が、思いっきり縮んでしまった事は間違いないです。

 では、なぜ今の金魚たちは元気なのか? なぜトートは金魚を襲うのを止めたのか?

 どうやら、トートは、金魚を襲うよりも、もっと楽にエサが入手出来ることを知ったのです。そして、そうして入手したエサの方が、実は金魚よりも美味しい事に気付いたのです。

 そのエサとは…もちろん、金魚のエサです。そのエサは、一日二回、どこからともなく降り注いでくるので、これを金魚に交じりながら、一粒二粒もらえば、トート的には、大満足なんです。そして、トートはエビですから、満腹中枢のようなものがあり、満腹すると、他の動物を襲わなくなるわけです。いつも満腹で満足しているトートは、わざわざ金魚を襲うようなマネをしなくなったのです。

 ちなみに、金魚には胃袋も満腹中枢もないので、いつでも空腹状態のようです。エサは与えれば与えただけ食べてしまうので、エサのやりすぎで消化不良を起こして、死んでしまう事もたびたびです。

 最近のトートは、まるで普通の草食性のエビのように、実に大人しくなりました。目の前で金魚が昼寝をしていても、襲ったりしません。たまに、金魚の上を歩いている事がありますが、それも食事のためではなく、単純にジャマだから、そこを乗り越えて歩いているだけみたいです。

 トートは「貧すれば窮する」を脱出し、今や「金持ちケンカせず」状態に成り上がったようです。

 トートも出世したものです。

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2012年5月18日 (金)

2012春 アルタス フルート フェアに行ってきたよ

 ここんとこ、色々と忙しかったです。この記事の内容は、半月ほど前のゴールデン・ウィークの最中の話ですが…まあ、アップが遅くなってしまいましたが、勘弁してくださいませ(汗)。

 ラ・フォル・ジュルネの最中に、ちょっと銀座に出かけて、銀座山野で開催されていた“2012 アルタス フルート フェア”に行きました。主な目的は…フルート調整会です。

 最近は、フルートのレッスンなどで、音程に苦労する事が多いような気がするので、その事を言ってみたところ、どうやら、私のフルート(アゲハ)の反射板が少しばかりズレていたそうです。反射板ズレていたなら、まあ、色々と音程関係が狂っていても仕方ないです。さっそく直してもらいましたが、それにしても変ですね。反射板もヘッドもいじってないのにズレちゃうんですか? どうやら、反射板のネジがゆるんでいて、それでズレてしまったのだそうです。もちろん、ネジも絞め直してもらいました。反射板のズレの原因の多くは、コルクがゆるんでしまったためというのが多いそうですが、アゲハのコルクはまだまだ大丈夫なんだそうです。

 今回の調整会に愛器を出してみたのですが、実はアゲハのキーメカは、あまり大きく狂っているわけでもなく(つまり、最近のフルート練習時間の短さを、楽器が誠実に訴えているわけです)、今回は、何となくの義務感で調整に臨んだわけで、そのため、ほとんどの調整が微調整で済みました。ラッキー。

 なので、結局、調整という名の分解掃除&油差しをしてもらう事になりました。ちなみに、職人さんがフルートの掃除で、洗剤がわりにチョコチョコと使っていた液体について「それはなんですか?」と尋ねたところ、エタノール(エチル・アルコール)だと教えてもらいました。うむ、エタノールなら、私、いっぱい持っているよ。

 この調整会は、アルタスさんの職人さんと、直接会話をしながら細々としてた調整をお願いできるので、私は気に入ってます。しかし、ここには、いつも二人の職人さんがやっていらっしゃるので、同時に二人分のフルートが調整できるのですが、いつも私の隣で調整してもらったり、私の前後で調整してもらう人たちの愛器って、たいていスクールモデルなんですよ。総銀とかゴールドフルートの方って、この調整会では、お見かけした事無いんだけど、そういう方って、どこで調整しているのでしょうか? たまたま、私が見かけないだけなのか、それも、その手のクラスの楽器のオーナーさんは、無料調整会なんて利用しないもの? どうなんでしょうね。

 調整をしてもらって、私自身もバッチリと思ったアゲハですが、帰宅後、改めて吹いてみたら、なんかすごく吹きづらくなってしまいました。低音域高音域のFより下の音とか、高音域全般で、指に若干の力を込めて吹かないと音が出なくなってしまいました。あれ~?って感じです。

 そう言えば、前回はかなりシビアに調整してもらって良い調子だったので、今回は別の職人さんでしたが「シビアに調整してください」とお願いしたのですが、人が変わり、シビアという言葉の意味の取り方が違ってしまったのかもしれません。同じシビアでも、今回からは、シビアに吹かないと、音が出づらい調整になってしまった…のかもしれません。その代わり、出てくる音は、出しづらいですが、出れば、なかなか良い感じです。

 今までは楽に吹けてよかったのですが、これからしばらくは気合を入れて笛を吹かないといけない感じです。

 もう一度、有料の調整に出して再調整してもいいんだけれど、有料の方だとは、職人さん任せの調整になってしまい、対面で調整してもらえるわけでもないので、対面でも、通じづらい、こちら側の気持ちがどれほど通じるかと思うと、それなら、わざわざお金をかけて調整する必要もないかなって思っちゃいます。

 半年、我慢して、秋の調整会で再度シビアに調整してもらって、楽に吹けるようにしてもらうのが良いかな? ま、発表会とか、そういうのは別に予定に無いので、私が我慢すれば、いいだけの話だしね。ま、調整してもらって、難しくなるとは、ある意味、調整としては、全くの逆効果ですが、でも、一応、きちんと職人さんの前で確認してOKを出したのは私ですから、この不調の責任は職人さんではなく、私自身にあります。ううむ、自分の失敗とは言え、ちょっと悲しいです。

 調子がいい楽器は、あえて調整に出さないというのも、手でしょうね。

 でも、隅々まできれいに掃除してもらいました。その点には感謝です。
 
 
 さて、調整が終わったので、今回もアルタスの人に、色々と教えていただきました。

 まず、ローカライズド・モデルについて。

 国によって購入されるモデルの偏りがあるのだそうです。そのためアルタスに限らず、世界で商売をしているメーカーなら、その国の好みに合わせて、細部を作り込んだり、ラインナップを変えたりという事をするのは普通なんだそうです。それが、ローカライズド・モデルって奴ね。

 例えばアルタスなら、Z-cutの頭部管なんて、まさにそう。あれはアメリカ市場向けの頭部管だろうし、AZUMIブランドもそう。だから国内販売が無いんです。また日本と同じモデルでも、タンポの種類を変えてみたりとか、ハーフオフセットモデルにしてみたりという、細かいチェンジはいくつかあるそうです。それにしても、アメリカでは、ハーフオフセットモデルがよく売れるんだそうです。面白いね。

 アルタスはシルバーメインのフルートメーカーですが、最近は少しずつゴールドフルートにも力を入れてきたのだそうです。アルタスのゴールドフルートは、管体金メカ銀が主流です。その理由は色々あるそうだけれど、一番の理由は、楽器の重さだそうです。メカまで金にしてしまうと、フルート自体が、かなり重くなってしまいます。重い楽器は演奏が大変です。特に非力な女性奏者には大問題なので、アルタスは管体金メカ銀を主力にしているそうです。でも、それでは、せっかくのフルートがツートンカラーになってしまい、それをイヤという人もいるので、そういう人には、金メッキのモデルを薦めるのだそうです。これなら、全部がキンキラキンですからね。

 最近の金メッキは以前のものと違って、そう簡単に剥がれる事はなくなったそうです、では金メッキに問題はないかと言うと、それはそういうわけにはいかないそうです。

 金メッキのメッキが剥がれる事自体は、以前と比べると、だいぶ減ったそうですが、たとえメッキが剥がれなくても、時間が経つにつれ、少しずつメッキが薄くなってくるのが、今のメッキなんだそうです。だいたい、10年で地金が見えるくらいに薄くなってしまうモノが多いそうです。だから、メッキモデルを購入する時は、そこのところを知っておいて欲しいのだそうです。ま、そうなった場合、メッキが薄くなっても気にしないか、再メッキをするかって事ですね。

 私は、今のアゲハ(A1307)に満足しているので、当分、次のフルートを買うつもりはありませんが、それでも次に買うなら、どれにしようかと考える時はあります。一応、先生からは9Kのフルートを薦められていますが、9Kに含まれる金って、実は全体の三割程度なんだよね。残りの七割は何かと言うと…銅なんですね。銅に文句はないけれど、せっかくゴールドフルートを購入するなら、せめて半分以上は金じゃないとなあ…って思ってます。そうなると、14Kとか18Kとかになりますよね。管体14Kメカ銀でも200万円オーヴァーなんですね。ああ、やっぱりゴールドフルートは高価です。

 お財布の都合もあるけれど、音色が大好きなので、たぶん、私は一生、総銀フルートであるアゲハを吹いている事でしょう。

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