ひとこと

  •  我が家のすぐ前の道路に、火のついたままのタバコが投げ捨ててあった。ふざけんじゃないぞ。こんなに乾燥しまくっている、風の強い日に、火のついたままのタバコが建物と接触したら、たちまち火事になって、町ごと大災害じゃないか! シャレにもならんよ。さっそく火をもみ消したけれど、ほんとマナーが悪いというか、タバコ吸う奴、絶滅しろ! プンスカプン!
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2017年1月17日 (火)

シックスパックはいらないけれど…

 声楽のレッスンに行ってきました。

 先ず、先生から「今年はコンサートを開かないのですか?」と尋ねられました。

 コンサート? そう、コンサートです。どこかの会場を借りて、ピアニストを用意してリハーサルをし、チラシを作って宣伝して行う、いわゆる“コンサート”をしないのですか?という主旨の投げ掛けが、いきなり来ました。

 寝耳に水…ですね。そんな事、考えてもいませんでした。

 でも、確かに今年は歌うチャンスが少なさそうなんですね。まず、新春の勉強会は…なんとなく流れてしまいそうだし、秋のクラシックコンサートはやるかどうか不明だし、となると、発表会だけ? 確かに寂しいと言えば寂しいです。どこかで歌うチャンスがあればいいのだけれど…ね。

 で、他人の馬に乗る事ばかり考えずに、歌う場が欲しければ、自分たちでやっちゃえばいいじゃんって話なのですね。

 うーん、コンサートか? 色々ハードルが高いよね。

 まあ会場は、オシャレで小さなホールが駅前にいくつかあるから、それらの一つを押さえれば、なんとかなるだろうし、ピアニストもアテがないわけじゃない。

 問題は、歌い手の実力と集客力だよね。つまり私自身の問題があります。

 私だって、アマチュアさんのコンサートに行って、あまりの稚拙さに途中で退席した事あるし、同じような思いを自分たちのお客にさせたくないと切実に考えます。もっとも、それ以前に、お客さんが来るかどうか…大問題だよね。ゼロならゼロで良いのだけれど、ほんのちょっとだけ来ちゃった場合は大問題だと思います。そういうごくごく少数のコンサートって、お客に無用のプレッシャーを与えちゃうからね。お客さんが「来ているって、私だけ?」とか思ってしまうと、それは本当に心苦しいです。

 まあ、歌える歌だけでコンサートを構成すれば、内容的には、さほど酷いことにはならないだろうけれど、集客力の無さは如何ともしがたいですわな。そこが問題だよ。

 …と言う訳で、コンサートの件はペンディングにして、さっそくレッスンに入りました。

 最初に行ったハミング練習では、声に響きを載せる練習を中心に行いました。声を出す際に、まず声を鼻腔に入れて、それからクチの奥を縦に拡げるという練習を繰り返したわけです。声を鼻腔に入れないと、声が太くなりすぎるし、倍音が乗りにくくなります。クチの奥を広げずに声を鼻腔に入れてしまうと、不快な鼻声になってしまいます。さらに、声を軽く細く出すように意識付けもします。ほんと、あれもこれも…という感じで色々と大変です。

 とにかく、声を細く軽く出す事は大切です。私は無意識に、声を重く太く出す傾向があります。そういう癖の持ち主だから、ノドが鍛えられて強靭になったのだろうけれど、声を重く太く出すのは(それがその人の自然な声なら問題ないのだけれど、そうでないなら)ノドを痛めつけることになるわけです。私が無意識に出す声が、どれほど太くて重いのか言えば、バリトンのY先生よりも太いわけです。

 テノールなのにバリトンよりも太い声で歌う…ドラマティコとかヘルデンとかいう種類のテノールなら問題ありませんが、私の声はレッジェーロからリリコにかけての軽い声なのです。軽い声の持ち主が、重い声で歌う…ならば、いくらノドが強靭だからと言っても、やがてノドの健康を害するのは必至です。なので、重い声で歌うのは、早急に回避したいわけです。そのためにも、まずは声を鼻腔に入れて、頬骨よりも高い位置でキープしながら歌う癖を付けたいわけで、そのための練習をしました。

 発声練習です。軽く細い声でレガートに声を出す練習です。レガートに歌うためには、声を息に乗せて、息を送り続けて歌うわけです。で、息を送り続けるには、強い腹筋が必要なのです。

 もちろん、ここで言う腹筋とは、腹筋運動をして鍛えられる、いわゆる“シックスパック”ではなく、インナーマッスルとしての腹筋です。だからお腹が割れている必要は無いのですが、強い腹筋は必要なのです。

 前回のレッスンでは、息を出さずにする腹筋運動の宿題が出ました。これは息を圧縮するために必要な動きを鍛えるためです。今回は声を出しながらする腹筋運動の宿題が出ました。これは息を出し続けるための筋肉を鍛えるためです。とにかく、今の私に一番欠けているのは、音感でもなければ、声楽テクニックでもなく、単純に筋力。それもいわゆるインナーマッスルが弱いのです(ちなみに、アウターマッスルは…柔道をたしなみますので、そこそこ強いです)なので、集中的にインナーマッスル攻略が行われているわけです。ああ、シンドイ。

 とにかく、腹筋を鍛えないと。インナーマッスルを鍛えないと。

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2017年1月16日 (月)

コンサート会場にも色々ある

 コンサート会場にも色々あります。クラシック音楽の関係者が主に利用するのは、響きの良い会場です。“響きが良い”とは“残響音が残る”会場です。天井の高いキリスト教会の礼拝堂とか、内装が木製品ばかりで作られている音楽ホールなどが良い会場とされています。一般的には、残響音が多くなるので、広めの会場が好まれます。

 でもコンサートって、別にクラシック音楽だけが行うわけじゃない…ってか、数だけ言ったらポピュラー音楽の方が多いでしょうし、日本のホールは、コンサート以外の目的にも使うことの多い“多目的ホール”ばかりだから、必ずしもクラシック音楽に適しているモノばかりではありません。

 実は、いわゆる“市民会館”のような多くのホールでは、基本的に、響きの悪いデッドな作りになっているようです。床は絨毯敷きで、壁には吸音材が入っている…なんてザラだものね。と言うのも、P.A.(マイクシステム)を使う前提ならば、デッドな方がハウリングなどのトラブルを避けられるので、好都合なのです。P.A.使用ならば、響きなどは電気的に処理すれば、いくらでも付け加える事ができますしね。

 そうやって、クラシック音楽に不向きなホールが多い中、クラシック関係者は、なるべくクラシック音楽に向いた会場を選んでコンサートをするわけで、会場選びにはあれこれ苦労があるわけです。

 先日、聞きに行ったコンサートは、声楽系のクラシック音楽のコンサートだったのですが、演奏会場が、以前は映画館だったというライブハウスでした。ライブハウスは大半がデッドな作りになっている事が多い(ロックに残響音の多い会場ならば…そりゃあ大変なことになるわけです)のですが、元が映画館って事で、その会場はライブハウスの中でも、かなり強烈なデッドな空間になっていたと思います。おそらく、反響はほぼゼロでしょう。

 分かりやすく言うなら、カラの映画館にたった一人で入ったと想像してみてください。映画館って、遮音が凄いですし、吸音も凄いんですよ。すごく静かに感じるはずです。おそらく、鼓膜のそばを流れる血管の血流の音が聞こえるかもしれないほどに、映画館って無響にして無音な構造になっているのです。

 とにかく(元)映画館はクラシック音楽のコンサートには向きません。

 なので、今回のコンサートでは、クラシックの演奏会にも関わらず、しっかりP.A.が入っていました。入っていると言っても、マイクを手に持って…というのではなく、エアモニが入っていました。エアモニと言うのは、会場の雑音を拾うマイクとそれに付随するシステムの総称です。主な使用方法は、会場の雑音を拾って、それに電気的にエコーを付け加えて会場に流すという奴で、人工的な響きを作り出すシステムです。デッドで響きのない会場でクラシック音楽の演奏をするのだから、人工的に響きをつけてあげましょう…って事です。

 観客的には、これもアリかなって思いました。デッドな音を聞かされるよりも、人工的とは言え、響きのついた音の方が耳に優しいからね。ただ、演奏家的にはどうだったのかな? 特に今回は、モニターを使っていなかったようだから、響きのついた音は客席には聞こえても、舞台には聞こえていなかったわけです。

 演奏者によっては、反響音の少なさを気にする素振りを見せない方もいれば、かなり歌いづらそうにしていた方もいました。プロなんだから、どんな会場にも対応して当たり前…とも言えますが、得手不得手などもあるし、本来的には厳しい会場なので、そこまで求めるのは可哀想かなと思わないでもなかったのです。

 こういう無響無音な場所でコンサートを開くなら、たとえクラシック音楽でも、マイクを使用するのもアリかなって思います。ハンドマイク…では興ざめでしょうが、スタンドマイクの使用ぐらいはアリだと思います。あと、モニタースピーカーも必要だと思いますよ。

 とにかく、映画館でクラシック音楽という、珍しい体験ができました…という話です。

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2017年1月15日 (日)

なぜ今時の若者は車を買わないのか? そしてなぜ私は車を買わなかったのか?

 たまに見かける命題に「なぜ今時の若者は車を買わないのか?」というのがあり、しばしば雑誌や新聞、ネットで取り上げられています。そこには、いかにもな理由が上げられていますし、中には私も納得する理由があります。

 例えば『今の若者は貧乏だから』『今の若者には車以外の楽しみがたくさんあるから』『環境問題への意識が高いから』とかね。まあ、そうかもしれない。

 今の若者は生まれた時からずっと、デフレスパイラルの中で生きているわけで、企業も人件費を低い水準で抑えざるを得なくて、働いても働いても、なかなか昇給しないわけで、それを“貧乏”と呼べば呼べるでしょう。一方で車の価格は上昇しているわけで、若い人の給料では、手の届かないモノになっている事は事実です。

 でも21世紀の日本は案外豊かで、だからこそ多種多様な娯楽があるわけで、娯楽としての車の地位は相対的に低くなったことも事実です。高価で楽しくないものが飛びように売れる事なんて…そりゃあないよね。

 今の若者たちは学校で「エコエコ…」と、その後に“アザラク…”が付きそうな勢いで、環境問題に関する教育を叩き込まれています。特に地球温暖化だとかCO2問題だとかは、世間が騒ぐ前から学校現場では取り上げられているわけで、そういう教育を受けてきた子たちにとっては、車は「排気ガスを垂れ流し、大気汚染の原因となり、公害病の元となる疫病神」という認識だったりします。「エコのためには、車をやめて自転車で移動しよう」とか学んでいたりするわけで、無意識に車の購入を回避するようになっていても不思議ありません。、

 そんなこんなの理由はあるにせよ、私はそれ以前の話として、そもそも「なぜ若者は車を買わないのか?」という命題そのものに、大いなる疑問があるのです。

 と言うのも、この命題の前提条件が「若者は車を買うものだ」だからです。可怪しくない? なぜ車を買わないといけないの? 私は、むしろ、車を購入すること自体に疑問を感じます。

 私は今時の若者ではありませんが、車を買いませんでした。だから、今でも車を持っていないし、免許もありません。まあ、運転免許は簡易な身分証明証になりますので、免許を持っていないのは、たまに不便を感じますが、でも車を持っていない事自体で、大きな不便を感じた事はありません。

 車を所有する事にはメリットとデメリットがあると思います。

 私は車のメリットを否定しません。自家用車があれば、短~中距離の移動が楽になるし、時間も節約できます。悪天候でも濡れずに移動できます。重い荷物も持たずに移動できるし、電車バス等公共交通機関の無い不便で辺鄙な場所でも行動できます。

 でもね、デメリットもあるでしょ? まあ、ここでは、車をディスるつもりは無いので、デメリットは列挙しない事にしておきます。でも、メリットとデメリットを天秤にかければ…必ずしもメリットの方に軍配があがるとは…限らないじゃない?

 私が車を持っていない理由は、そもそも車に興味関心がなかったからです。だって、私の生活には、車は邪魔モノでしかないもの。

 私が暮らす世界では、徒歩10分圏内に生活に必要なほぼすべての施設があるし、職場にだって30分も歩けば到着します(ちなみにバスに乗ると40分かかります。バスは遠回りするからね。自転車なら10分程度です)。遠出をしたければ、電車やバスに乗ればいいし、バス停は家のすぐそばにあるし、電車の駅だって徒歩10分程度で到着します。どうしても車に乗りたければ、タクシーを呼べばいいじゃない? 私はタクシーをよく利用しますが、今の時代、携帯でタクシーを呼べば、10分かからずにやってきます。「タクシーは高い」と言って敬遠する人がいますが、車の維持費と比べれば、格段に安くて経済的です。駐車場問題とも無縁になれるし、あれこれ結構便利ですよ。また、重い荷物の買い物は、タクシー利用ばかりでなく、通販を頼むか、近所の店の配送サービスを使うという手もあります。

 人間の基本がヲタクなので、アウトドアライフには興味は無いし、ドライブで遠出をするよりも、部屋にこもっている方が楽しいし、遊びに行く先も都会が多いので、車ではなく電車バスでの移動の方が便利だし、なによりも歩くの大好きだし(笑)。

 若い時なら、ナンパの道具として車を活用する…というのもあるかもしれないけれど、私、そもそもナンパをした事が無いので、ナンパの道具はいらないのです。ちなみに、合コンもした事ないし、婚活パーティーにも参加した事ないです。もちろん、モテモテのイケメン男子には程遠かったけれど、そこそこにリア充な生活をしてたので、いわゆるガールハント的な経験がないのです。今思うと、ちょっと残念だったかもな。

 あと、私の伯父がお金持ちのお抱え運転手をやっていたのだけれど、その伯父が、私が幼い時から「車を運転する側に人間になるな、車を運転してもらう側の人間になれ」と口を酸っぱくして言い続けて刷り込んでくれたので、無意識に免許取得を回避していたという部分はあるかもしれません。

 で、そんな私なので、車の必要性を感じなくて、免許取得をしなかったのです。

 実は私、大学に入学した頃、ちょっとした計算をしたのです。今から免許を取って、駐車場を用意して、中古車を買って、保険に入って…なんて事をしていたら、30歳になるまでに、いくら費用がかかるのかと計算したら、びっくりしちゃいました。だって、すごい大金だったんだもの。そんなお金があったら、家が買えるって事が分かったから、本当にびっくりしました。

 で、思いました。「だったら、車買わないで、家を買おう」ってね。で、実際、30歳になる前に、湘南に土地を買って、今の家を建てました。もちろん、注文建築だし、基本設計は私自身でやりました。今の家は、青年~中年期に暮らす前提で建てた家なので、あと数年頑張って、現役を引退して退職金をもらったら、老人として暮らすための家に建て替えるつもりです。うふふ。これもそれも、車を持っていないからできる事です。

 だってね、車って、すごく高額な買い物なんだよ。車そのものも高価だけれど、それを維持したり、メンテをするためにもお金がかかります。ほんと、車って、金食い虫だよね。それでも生活のために必要ならば、私もケチケチしないで、車買うよ。でも、湘南地方で生きていくなら、車は無くても全然平気なんだよ。

 湘南で暮らすなら、車よりも自転車でしょ。だって、どこまでも真っ平らな土地だもの。自転車移動が便利だし、自転車利用が似合う街です。以前は私も自転車に乗っていました(数万円もする、ちょっと立派な自転車で“漢号(おとこごう)”と呼んでいました)が、今では自転車にも乗らずに、徒歩生活をしてます。自転車が嫌になったわけではてく、運動不足解消のため…というのが主な理由です。

 今の若者と言っても、人それぞれだし、車を持たない理由も様々だと思うけれど、そもそも「若者は車を買うものだ」という考え方が間違っていると思います。

 車は、必要な人が買うものであって、必要を感じない人は買わない方が賢い生き方だと思います。だって車ってやたらと高いじゃん。限られた収入は有効に使わないと…ね。

 21世紀の日本ならば、都市生活者には車は不要でしょう。都市生活者で車を購入する人は、単純に、車が好きな人と、車が趣味な人だけです。それはそれでいいじゃない? だいたい車ってエコじゃないし、地球にも優しくないし(笑)。

 若者が車を買わなくなると、自動車メーカーは内需が期待できなくて厳しいだろうけれど、その分、輸出で頑張ってください。そもそも、自動車メーカーなんて、グローバル企業なんだから、内需に期待しちゃダメだしね。

 むしろ「そもそも若者は車を買わないものだ」という前提で物事を考えた方が、商売関係の方々は、良い結果が導き出せると思うのだけれど…どうでしょ?

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2017年1月14日 (土)

どうも、本当にヨッチャンの具合が悪いらしい…

 緋ドジョウのヨッチャンの具合が悪いみたいです。少し前から、姿をちょくちょく現すようになり、水草の茂みの中にいたり、ろ過装置の隅の方に縦になって休んでいたりと、いかにも体調の悪いドジョウの生態となっておりましたが、最近では、そんなヨッチャンに、マドジョウのクロが寄り添うようになりました。

 ドジョウって、仲間思いの生き物なのですよ。

 現在、ウチの水槽にドジョウが4匹いるんですが、その4匹は2匹ずつ、ラズとマッチ、ヨッチャンとクロという組み合わせで、よくつるんでいます。まあ、夫婦とかカップルとかではなく、単なる仲良しなんだろうと思います。と言うのも、ドジョウって、大半がメスなんですよ。だから、女の子同士で仲良くつるんでいるんだと思います。ま、アンとダイアナみたいなもんだな。

 とにかく、ドジョウって生き物は、互いを尊重しあい、友情のようなものを育む、愛情深い生き物なのです。魚類なのに、友情やら愛情やらがあるんですよ、意外ですね。

 ですから、ヨッチャンの様子が具合の悪そうであっても、それが一匹だけで、具合悪そうにしている分には、そんなに心配する事はないのです。今回のように他のドジョウがそばに張り付いているようだと、かなり体調が悪いはずなのです。

 別にそばにいるだけで、看病とかしているわけではないのですが、具合が悪い子がいると、そこに集まってくるのがドジョウなのです。

 今はクロだけが付き添っていますが、これがラズやマッチまで寄り添うようになると、ヨッチャンもだいぶ怪しい状態になってきたというわけなのです。実際、仲間が死にそうだと、連中はみんな集まって団子になるんですよ。それくらい、仲間思いなのです。

 今はともかく、クロだけが寄り添っているわけなんだけれど…心配だな、ヨッチャン。

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2017年1月13日 (金)

ああ、残念だ残念だ

 声楽のレッスンの続きです。曲の練習に入りました。

 まずは、トスティの「Malia/魅惑」から。この曲は、歌そのものは、すでに歌えるので、特に注意することもないそうです。でも歌うからには…と言うことで、この曲を題材として、支えの勉強をする事になりました。どういう事を学んだのかと言えば、フレーズの中で音の動きに合わせて、支えの拮抗点を動かしていく練習です。

 支えは、基本的には低い音程の時は低い場所で拮抗させ、高い音程の時は高い場所で拮抗させ、上行音型ならば徐々に拮抗点を上げていき、下降音型ならば拮抗点を下げずに頑張るか、ゆっくりと下げていくのです。いきなり高い音程から始まるフレーズならば、休符のうちに拮抗点をいきなり高いところに持っていき、歌いながら徐々に下げていく事も必要となります。ロングトーンを歌うのなら、拮抗点は無意識のうちに下がってしまうのだけれど、そこは頑張ってキープするべきだし、当然、フレーズの途中で拮抗点の方向が変わることだってありうるわけです。それらを理屈ではなく、実際に行いながらやってみたわけです。

 いやあ、しんどい。ちゃんと歌が歌える人たちは、こんな事を意識的/無意識のうちにやっているんだなあ…。ああ、しんどい。自分がいかにちゃんと歌えていなかったか、そして歌うって、実に大変な身体運動なんだなと、改めて感じ入ったわけです。

 次は、ジョルダーノ作曲の「フェドーラ」のテノールアリアの「Amor ti vieta/愛さずにいられないこの思い」です。

 この曲も、危なっかしいところがないわけじゃないけれど、高音Aの部分以外はまあまあ歌えているというのわけで…今回は、高音Aに集中してレッスンを受けました。

 結論から言えば、私は、高音Aを発声できる声帯を持っているし、それに必要な発声テクニックもマスターしています。なのに、高音Aがうまく発声できないのは…単純に筋力不足だからです。支えの拮抗点を、高音Aにふさわしいだけ高い場所に設定する力が足りない(つまり、下からの支えが決定的に弱い)のです。

 先生の指導の元、支えをしっかりと高いところに設定して歌えば、高音Aは当たるのです。問題は、高音Aは当たるだけで、筋力が無いために持続性に欠けるわけで、すぐにぶら下がってしまう事なのです。これは、先生も、レッスンを聞いている妻もガックリなんだそうです。せっかく高音Aが出せているのだから、それをもうちょっとの時間だけキープできればOKなのに…って事らしいです。

 ああ、残念。私も残念に思います。

 その他にも、ロングトーンは、ただ伸ばしっぱなしにするのではなく、声の中に必ず躍動するエネルギーを入れて歌うことを注意されました。また、フレーズの終わりは必ず、次のフレーズの始まりの音を予感させるように、支えを入れて終えるようにする事。また、声は常に支え、途中で息を抜かない事。休符は休みではなく、次の音の準備をする時間であると心得る事。特に高い音程の音を発声する時は、十分に準備に時間をかける事。時と場合によっては、伴奏者を待たせても必要な時間をたっぷりとかけるのです。

 支えは最初っからMAX状態にしないで、必要に応じて、その軽重を使い分ける事。息はデジタルのように階段状にボンボンと上げ下げするのではなく、アナログ的に滑らかにグリッサンド状態で、すべての音を経由しながら上げ下げしていくのです。この息のグリッサンドがテノール発声の要諦であり、要は「高音は腹筋の力で出す」って事なんだそうです。

 だからと言って、力任せはダメなんだけれどね。

 さて、知らない人(っているかな?)のために、次回から取り組む、ヴェルディ作曲「椿姫」のテノールアリア「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」の音源を貼っておきます。

 歌っているのは、ジュゼッペ・フィリアノーティです。この人、前世紀末では、ロランド・ビリャソンやヨセフ・カレイヤと共に、次代を担うテノール三羽ガラスと言われたそうですが、他の二人と比べると、現在のところ、ちょっとばかり地味な感じです。でも、さすがに三羽ガラスと言われただけあって、すばらしい歌唱ですが…どこもかしこも楽譜通りに歌おうとしていて、通常はもっと高い音で歌うところも低い音で遠慮して(?)歌っています。まあ、その方が教材としてはGOODなのですが、オペラの舞台的にはどうなんでしょうね。

 この音源では一曲丸々歌ってますが(当然)、途中でアンニーナ(女性)が出てきますが、その直前までを、今回私を歌います。残りの後半は、そのうちまたチャンスがあったら…って事になりました。

 頑張ろ。

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2017年1月12日 (木)

支えは上下の力をどこで拮抗させるか…って話なのですよ

 昨年末の話になりますが、声楽のレッスンに行ってきました。

 まず最初に行ったのは、次回のレッスンからの課題曲決めでした。今やっている、トスティの「Malia/魅惑」と、ジョルダーノ作曲の「フェドーラ」のテノールアリアの「Amor ti vieta/愛さずにいられないこの思い」は今回で終了とし、来年(つまり今年)からは新曲に臨みましょうって事になりました。

 で、歌曲は…と言うと、Y先生、おもむろにトスティの楽譜を眺めて「Penso!/僕は思っている」を指定しました。私、実はよく知らない曲だったのだけれど、異存はないので了解しました。だってまあ、テノールが歌う“トスティ歌曲集”には滅多に入っていない曲ですからね。でも、聞いてみたら、なかなか良い曲だし、男性っぽい曲なので気に入りました。

 アリアの方は、私の提案で、ヴェルディ作曲の「椿姫」のテノールアリア「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」にしました。第二幕の冒頭に歌われるアリアですね。一度はチャレンジしてみたかった曲なのです。レチタティーヴォとアリアの両方を歌うことにしました。

 さあ、頑張るぞ。

 レッスンはハミング練習からです。とりあえず「丁寧に発声してください」と言われました。つまり、ガツン!と歌うのではなく、ppからffへ滑らかに歌うわけで、そのためにも、まずは息を滑らかに通すように気をつけて下さいって事なのです。で、息を滑らかに通すためには、ひとまず支えが必要って事なのです。

 今回、先生から支えについて詳細なレクチャーを受けました。それを短い言葉で表現するのは難しいのですが…要は支えとは、上から支える力と下から支える力の両方があって、その上下の力が拮抗している事が大切であり、その拮抗している場所がどこであるかが更に大切なわけです。だから、支えは力任せにする必要はないし、かと言ってフニャフニャでもいけないのです。

 で、その拮抗点は音程によって違うわけで、低い音程ならば低い位置での拮抗点で良いし、高い音程ならば高い位置での拮抗点でなければ、うまく発声できないのです。だから、支えは、もちろん支える力も大切なのだけれど、その拮抗点をどこに設定するか(つまりは上下のバランス)というイメージも大切なわけです。で、出すべき音程のイメージと、そのための拮抗点をどこに設定するかというイメージがあれば、後はカラダが自動的に反応して、声が出るのだそうです。

 つまり、私がうまく高音を発声できないのは、音程のイメージが悪い事と、その音程に必要な支えの拮抗点のイメージが無い事と、その拮抗点に支えを持っていける筋力が足りない事の三重苦なんだそうです。

 …結構図星だったので、グサグサ来ました(涙)。

 大切な事はイメージなのです。そのイメージ無しで、いくら音階練習やろうが、いくらエチュードを歌おうが、いくら筋トレをしようが、それでは効果が薄いのです。大切な事はイメージをきちんと持ちながら歌うことなのです。

 ちなみに声の軽重は上からの支えの軽重と関係があり、上からの支えと拮抗させるために下からの支えの強さも当然関係します。先生曰く、私は必要以上に重い声で歌おうとする傾向があるそうで(つまり、上から下への方向の力が強い)、そんなに重い声で歌いたいなら、それにふさわしいだけの、下から上への力を身につけるか、あるいは自分の現在の(下から上への)支えの力にふさわしい軽い声(上から下への力を弱くする)で歌うか…を選ばないといけないわけで、そういう事にも私は無頓着だと言うわけです。

 ああ、だからキャリアを積んでいくと、筋肉が発達して、上下ともに支えの力も増してきて、声が重くなっていくのかな? 違うかな?

 という訳で、今回の発声練習では、徹底的に腹筋をイジメました。そして、自宅練習でも腹筋練習をしてくるように厳命されました。いやあ、今度こそは頑張って腹筋運動をしようと思いました…三日坊主にならないように頑張りたいと思ってます。

 さて、では知らない人のために、今年のレッスンから歌い始める、トスティの「Penso!/僕は思っている」の音源をアップしておきます。

 歌っているのは、テノール、作曲家、音楽プロデューサーのホアキン・ピクサーンです。つまり、音楽の“何でも屋さん”だね。でも(と言うのもおかしな話ですが)歌は素晴らしいですよ。

 ああ、こんな声でこんな風に歌えたら最高だろうなあ…。

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2017年1月11日 (水)

すとん前史 その8

 声楽の先生から破門を言い渡され、ショックで音楽ができなくなってしまった私でした。

 そこから約15年ほどの月日が経ちました。自分では演奏活動などは全くせず、音楽は専ら聞くばかりになっていた私です。それもクラシック関係の音楽ではなく、専ら昔のロックを中心に聴いていました。たまにカラオケなどに行っても、当時の新曲を追いかける気持ちもなく、80年代のロックばかり歌っていましたね。例えば、こんな曲です。

 アーハーの「テイク・オン・ミー」ですね。

 バンド活動もせず、楽器の演奏もせず、歌うと言ってもカラオケぐらいしか歌わなくなっていた私でした。この時期、何をしていたのかと言えば…専ら仕事仕事仕事でした。仕事人間に成り切って生きていた時期でした。30~40代は仕事だよね。

 そんな私が、ある時、仕事の関係で地元の音楽協会に出入りせざるを得なくなりました。

 で、数回目の音楽協会での会合を終えた時に、懐かしい人から声を掛けてもらいました。その人は、私が若い時にお世話になった合唱団の人で、当時も今も合唱団の幹部の方でした。で、その方から、今、新曲に取り組んでいて、新団員を募集しているから、もし良かったら参加してみないかと…と誘われたのでした。

 T先生に破門されて、心の傷を負っていた私でしたが、さすがに15年もすれば傷も癒えるわけで、誘われた事をきっかけに、私はさっそく合唱団への復帰を目論見ましたが…それは失敗に終わりました。

 その合唱団は、昔は誰でもウェルカムだったのですが、私が復帰を考えた頃は、すでにそれなりの実績も積み、団員たちも上達していたので、そこへポンとトーシローが混ざれるような団ではなくなっていたのでした。

 再入団に当っては、簡単なオーディションがあって、私はそれに落ちてしまいました。

 理由は「声が目立つ」ので、ダメって事です。私が歌うと合唱団が私の声だらけになってしまうので、それでは困るってわけです。おまけに、T先生のところを中途半端な状態で辞めた上に15年のブランクがあったので、声のコントロールなんて全然できず、音程も全然ダメになっていました。

 そりゃあ私が指導する立場でも、断るでしょうね。それくらい当時はひどかったと思います。

 まあ、指導者の方々も知らない間柄ではないので、しばらくトレーニングをして勘を取り戻したら、考え直さないでもないとは言ってくれました。

 そこで合唱団復帰のために、ヴォイストレーニングの個人レッスンをしてくれる先生を探す事にしました。と言うのも、本来ならT先生を頼るべきなんでしょうが、ほら、私、破門されているから(笑)。合唱団の方々が良い先生を紹介してくださるとは言ってくれましたが、それは私の方で断りました。

 だって、先生をご紹介されたら、どんなに遠くの先生であっても、どれだけ謝礼が高価な先生であっても、断れないじゃない? 当時の私は、合唱に復帰するのが第一であって、正直な話、ヴォイストレーニングのために、時間やお金をかける気になれなかったのです。

 だから、ヴォイストレーニングはさっさと修了して、すぐにも合唱に戻ろう…そのためには、必要なことだけ習ったら、いつでも辞められるような、縁の薄い先生を探すことにしました…今思うと、当時の私は、声楽やら合唱やらをなめていましたね、まことに申し訳ないです。

 とにかくヴォイストレーニングの先生を探しました。あれこれ情報を収集して見つけたのが、キング先生だったわけです。安かったし、近かったし、当時の私の条件にはピッタリの先生でした。

 今でこそ、あれこれ批判がましいことも書かざるをえないキング先生ですが、当時の先生は、実に親切で真摯で熱血な声楽教師でした。で、キング先生の元でヴォイストレーニングを受けながら、何度か合唱団のオーディションを受けましたが、ことごとく落ちました。いやあ、それは実に見事なものでした。

 落ちた理由は、色々ありますが、声が悪くて悪目立ちする上に、音程が甘かったのですね、それに尽きます。

 T先生のところで、音程が取れなくなってしまった私は、キング先生の元であれこれ頑張ってみたものの、ますます声は出るようになり、ますます音程問題は改善せず、さらに悪い事にノドで歌うことを覚えて、声の音色まで汚くなってしまったのです。

 声の改善どこか、改悪ですな。そりゃあ合唱団から断られるわけです。

 なにしろキング先生が教える発声方法は独特すぎるんですよ。キング先生に習って、ビックリした事は、それまで合唱団の指導者の方々や先輩から教えてもらった事や、T先生から学んだ事が、ことごとく否定され、ぜんぜん違うアプローチでの発声方法を学んだ事です。まあ、それで私はノドを壊しかけたんだけれどね。合唱に復帰するどころか、あやうく歌えないカラダになるところでした。

 まあ、キング先生のご指導は、熱心だったけれど、とても個性的なメソッドで教えられる方で、常識的な発声指導とは違っていたし、それでも適性があって、効果が出ればともかく、私に限っては効果も見られず、結論的には、私には合わない発声方法であり、指導方法だったわけです。

 ちなみに、今のY先生は、合唱団やT先生から学んだ事の延長線上にある、いわば常識的な発声方法を教えてくださいますので、カラダにも楽だし、安心して学べますし、私自身グングン上達しているしね。私のような凡人は、常識的なやり方が一番合うみたいです。

 とにかく、今はキング先生に良しと言われた事を避け、ダメと言われた事を積極的に行うようにしています。そうするとY先生から「良いですね」と誉められるのです。それもなんか変な話だけれど…。

 さて閑話休題。結局、音程やら音色なんて発声なんですよ。無理のない自然な発声をすれば、音程は自然と正しくなります。ノド声で無駄な力を込めて歌っていては、音程はフラットして当然ですよ。楽に正しい方法で歌えば、そんなに音程なんて外さないものです。音色も同様です。無理のない楽な発声が一番美しい発声なのです。

 発声方法が劇的に変化したT先生時代には、その変化の大きさに声のコントロールがおぼつかず、結果的に力任せな歌い方にならざるをえなくなったので、音痴になっても仕方なかったし、ちゃんと音程が取れるようになるまで学ばなかったのだから、音痴が固定してしまっても仕方なかったのです。キング先生のところでは、大声の出し方は習いましたが、楽で自然な発声に関しては学べず、いつまでたってもノド声で歌っていたし、ノド声歌唱が奨励されていたのだから、いつまで経っても正しい音程やら美しい声やらで歌えるようにはならなかったのでした。

 結局、私の音程問題は、現在のY先生のところで、徹底的に発声方法の見直しをしてもらって、ようやく人並みになったわけです。それでも昔の癖が出て、うっかりノド声になってしまうと、すぐさま音色が悪くなり、音程もぶら下がってしまうわけなのですが…。

 とにかく、キング先生の元で懸命にヴォイストレーニングに励み、合わせて合唱団のオーディションもチャンスがあるたびに受け続けましたが、受ければ落ちて、受ければ落ちてが連続すれば、自然と覚悟も決まります。

 更に、キング先生は合唱が嫌いな人だったし、私の合唱復帰にも反対していた人だったし、事あるごとに私に「合唱なんて辞めて、独唱にしなさい」とクチ酸っぱく言ってた事もあって、ある時、私は合唱で歌う事をやめて、現在のように独唱中心に歌う事に決めたわけです。

 そんなわけで、合唱を諦めた私は、キング先生の元で声楽を学ぶ事を決心したわけです。

 キング先生からは、独唱の素晴らしさと楽しさを教えてもらいました。とりわけ、それまで私は、独唱と言えばオペラアリアしか知らなかったのですが、歌曲の素晴らしさを教えてくれたのが、キング先生でした。その辺は大変感謝しております。

 これ以降の事は、このブログに書かれていますので『すとん前史』は、これでお終いです。ここまで読んでくれて、ありがとうさんね。

 蛇足だけれど、先日、妻に尋ねてみました。今の歌唱力なら合唱団への復帰は可能かな?…と。

 妻の答えは「まず無理なんじゃないの?」でした。理由は「声が全然合唱向きじゃないからね。もっと軽く、Y先生がおっしゃるような、本当に響きだけでも歌えるようになったら合唱もイケるかもしれないけれど、今は全然無理」との事でした。

 そうか、まだ合唱は無理か…。音程もだいぶ改善したし、細かなリズムにも対応できるようになったし、楽譜もそこそこ読めるようになったけれど、声がまだまだダメか。ならば、仕方ない。今しばらくは、やっぱり、独唱に励みますか(笑)。やがて上達して、軽く響きだけで歌えるようになれば、独唱も合唱も両方いけるようになる…んだろうなあ。それを楽しみに頑張って練習に励みましょう。

 という訳で、次回から通常運転に戻ります。

P.S. フルートの事が書かれていないではないか…とお嘆きなあなたへ。フルートはブログを書くようになってから始めたので、左欄の『フルートのレッスン&活動記録』とか『フルート購入顛末記』などをご覧いただけると幸いです。ヴァイオリンに関しても『ヴァイオリンの学習記録』や『ヴァイオンリの購入(&製作)顛末記』にあります。社交ダンスも『社交ダンスのレッスン』にありますので、よろしく。

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2017年1月10日 (火)

すとん前史 その7

 合唱を辞めて、個人レッスンを受けようと思ったのは、もちろん力不足を感じてというのが一番の理由だったけれど、団の指導者さんから「君の声は合唱じゃなくてオペラ向き」と言われた事も理由の一つです。まあ、当時は「オペラ向きうんぬんって言うけれど、実は体よく追い出されただけなんじゃないの?」と思わないでもありませんでしたが、今思えばそれは私の“下衆の勘繰り”で、当時はまだまだ貧弱な声の私だったけれど、その中に光るものを見つけてくれて言ってくれたんだと思います。

 実際のところ、私の声は合唱ではなくオペラ向きなんだよなあ(笑)。つまり基本的な声の声質が“溶け合う声”ではなく“突き抜ける声”って事ね。実際、歌声でなく、話し声であっても、音量を抑えたヒソヒソ声であっても、結構遠くまで届いちゃうし、人混みの中でも声が飛んで行くから、たいして大きな声を出さなくても、人を呼び止めるくらいはお茶の子さいさいだったりして…まあ、便利と言えば便利な声だよね…内緒話はできないけれど(溜息)。

 それにしても、プロの声を見抜く力は凄いね。

 さて、合唱団を辞めて、声楽の先生を探しましょうとなった時に、私の身近にいたペラキチの彼女に「どこかに良い先生はいませんか~?」と相談をしたところ「じゃあ自分が習っている先生を紹介してあげる」と言われて紹介していただきました。

 それがT先生でした。

 T先生はメゾソプラノの方で、まだ若い先生でした。もっとも“若い”と言っても、私よりは、だいぶ年上でしたけれどね(笑)。

 T先生、今思うに、本音で言えば、私を引き受けたくなかったのかもしれません。初レッスンの時に「私は基礎は教えるけれど、基礎をマスターしたら、すぐに男性の先生とチェンジしますよ」と言われたらくらいです。おそらく男性…と言うか男声の生徒を教える自信がなかったのかもしれません。だって、女声と男声って、発声方法が全然違うからね。今の私なら、そこんところも分かりますが、当時はそんな事も分からなかったので「この先生、何を言っているだろ?」って思っていたくらいでした。

 T先生のところには毎週レッスンに通いました。やったのは、コンコーネ50番とイタリア古典歌曲と言う、典型的な初心者学習セットのような組み合わせです。

 それまで合唱団の練習前のヴォイストレーニングってのが発声を良くする訓練だと思っていた私でしたが、いやあ、個人レッスンは全然違いました。合唱団のヴォイトレなんて、ただの準備運動だよね。声をきちんと育てようと思ったら、やっぱり個人レッスンは必須だな。

 T先生の元で、熱心にレッスンに励みました。そうしていくうちに、どんどん声が出るようになりました。そして声が出るようになるとともに、どんどん歌えなくなってしまいました。どういう事かと言うと…声は出るんですよ。大きな声も力強い声も高い声も低い声も良い方向にドンドン声が出るようになりました。でも、その一方で、音程をガンガン外すようになりました。

 それ以前も、そんなに精密な音程で歌える人ではなかったのですが、それでもバンドで下手くそなヴォーカルをやれる程度には歌えた私でしたが、T先生に習い始めてからは、全然正しい音程で歌えなくなりました。だって当時の私は、実際に声を出してみるまで、どんな声が自分から出てくるのか、見当もつかなくなっていたからです。

 急速に私の声が変化をし、私の感覚がそれに追いつかなくて、急性音痴になってしまったわけです。ざっくり言えば“自分の声をもてあますようになった”わけです。

 でもまあ、それでもレッスンを続けていれば、急成長した自分の声のコントロールの仕方も体得して、やがて急性音痴も治る…はずだったのですが、その急性音痴が治る前に、T先生に放り出されてしまいました。

 実は、破門されちゃったのです(驚)。

 破門の原因は…当時、全然分かりませんでした。とにかく破門されちゃったのでした。レッスンの終了時に「あなた、破門だから! 次回からレッスンには来ないで!」と、言葉を投げつけられて終了でした。つい直前までレッスンしていたのに…。私はすぐには状況が飲み込めませんでした。それくらい唐突な出来事だったわけです。

 これは一大事件であり、門下に激震がハシリました。もちろん、私を紹介してくれたお姉さまも驚いていました。「あんた、先生に何をしたの!」って、怖い顔して責められたもの…。でも、私、何にもしてないのよ。これはほんと、嘘偽りなしで何もしてません。

 破門とはおおごとなので、お姉さま以外にも、同門の方々から散々心配されてしまいました。なにしろ私、門下では黒一点でしたから、門下のお姉さまたちに可愛がられていたんですよ。それが破門ですよ。そりゃあ、みんなビックリしますよね。で、大騒ぎになったわけです。それくらいの出来事だったのですが…私が破門されて、一ヶ月もしないうちに、門下生全員が次々と破門されちゃいました(笑)。私を責めていたお姉さまも自分が破門されるとは思っていなかったらしく、自分が破門されてから、私に「あの時はごめんね」と謝ってきましたからね。

 で、T先生。生徒を全員破門して、どうしたのかと言うと、海外に行っちゃいました。要するに、自分の活動拠点を海外に移すために生活や仕事をリセットして、当時教えていた生徒たちを全員切ったわけです。

 …だったら破門にせずに、理由を話して、円満解決をすれば良かったのに…なぜかそれをしなかったT先生でした。なぜでしょ?

 T先生は、多少癖のある人だったけれど、概ね常識のある人だと思っていましたが、きっと何か生徒には言えないような事情があったんでしょうね。でも一切何も話さないままで消えてしまったので、たくさんいた女性の生徒さんたちはブーブー言ってましたし、結構口汚く先生を罵っていました。女の人の口撃って凄いよね…。

 私は、人生最初の破門を喰らい、真面目に落ち込んだのでした。あれだけ音楽が好きだったのに、憑き物が落ちたように、そこでぷっつりと音楽を辞めちゃいました。

 これ以降、約15年ほど、音楽とは無縁な生活をしたわけです。

P.S. T先生時代に、一回だけ発表会に出演しました。そこで歌ったのが、スカルラッティ作曲の「Gia il sole dal Gange/陽はすでにガンジス川から」と、ベッリーニ作曲の「Vaga luna, che inargenti/優雅な月よ」です。当時は歌曲のなんたるかも分からずに、ただ与えられたから歌っただけでした。

 こちらは、ベッリーニ作曲の「Vaga luna, che inargenti/優雅な月よ」です。いい曲ですよね。でも、当時の私はこの曲の素晴らしさが分からず、ただただ「上手く歌いたい」と願っていただけなんです。上っ面だけで気持ちの入っていない歌い方しか出来なくて…なんかモッタイナイ話だよね。

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2017年1月 9日 (月)

すとん前史 その6

 私が入団した合唱団は、当時は出来たばかりで、誰でもウェルカムな状態でした。なので、クラシック系の歌など歌ったことの無い私でも入れてもらえたのだと思います。ちなみにその合唱団は現在もありますが、現在ではそんなトーシローは入れてもらえないくらいに精力的に、結構ガチに活動しております。

 その合唱団には…約1年半ほどいました。ちょうど新曲のために新規団員を募集している所で入団し、その曲の演奏会まで在籍していたわけです。つまり1シーズン在団したって事になります。

 その団は、オーケストラ付きのクラシック系の合唱曲を演奏するという、クラシック音楽専門の合唱団でした。で、私が入団した当時に取り組んでいたのが、この曲です。私もこの曲でステージに上がったんですよ。

 モーツァルトの『大ミサ曲ハ短調』です。全部聞くと小一時間ぐらいしますので、注意してください。ポピュラー音楽しかやっていなくて、楽譜もロクに読めないような青年には荷が重い曲でしょ? だから私は、真面目に練習に参加し、一生懸命に勉強しました。

 当時は、クラシック系合唱曲の事なんか全然分からなかったし、楽譜もロクに読めなかった(バンドはやっていたけれど、ポピュラー音楽なんて楽譜読めなくても出来ちゃうからね)し、クラシック系の発声がなんなのかも分かっていませんでした。

 団から支給された音取りテープを暗記するまで聴き込んで耳コピで歌っていましたが、それでも大勢の人たちの中で歌うというのは、私には難事業でした。ほら、バンドじゃソロであれコーラスであれ、少人数で自分のパートを歌うわけで他人と合わせる必要はないし、自分の歌うパートは自分流に歌えば良いわけで、音楽として成り立っていれば、オリジナルと異なっていても、それは個性として認められるわけで、全然OKなわけだけれど、クラシック音楽は、そんなモンじゃないわけです。とにかく楽譜通りに歌わないといけないわけで、それがユルユルのポピュラー音楽上がりの青年には厳しかったのでした。

 私はいつも(勉強のために率先して)指揮者のすぐそばで歌っていましたので、結構、手厳しく指導されました。懐かしい思い出だし、今でも感謝です。

 まあ、今思うと、当時の私は、とんでもなくでたらめな歌を歌っていたと思いますが、当時の私の発声なんて蚊の鳴くような声だったし、マイク前提の歌しか歌えなかったわけだから、たかが知れているわけで、大勢の中で歌えば、客席に聞こえることは無かったわけで、私が何をしようと、迷惑もさほどはかけていなかったと思います。ですから当時の私は“向学心溢れる(けれど下手っぴな)団費納入者”って立場だったと思います。とにかく『今は下手でも若いから…』という事で見逃してもらえたのだと思います。

 それに今では高齢者となってしまった団の幹部の方々も、当時はまだ中年~初老ぐらいの年齢で、血気盛んでしたし、新人育成にも力が入っていた…というのもあります。

 私は、この団で真剣に合唱を学びました。合唱団での活動と平行して、第九の合唱をやったり、某プロ歌手(ってか、チェリッシュ)のバックコーラス(市民の皆さんと歌いましょうって企画でした)をやったり、市役所のロビーコンサートに参加して歌ったり…と、かなり充実した合唱ライフを過ごしていました。

 と言う訳で、私がチェリッシュのステージの後ろの方の隅っこで歌わせてもらったのは、昭和の大ヒット曲でした。

 「てんとう虫のサンバ」ってすごくヒットしたんだよ。最近はこの曲を耳にする事はほとんど無いので、若い人には想像つかないでしょうが、ホントのホントに大ヒット曲でした。この曲って、当時の老若男女のほぼ全員が知っていたし、口ずさんでいた曲なんですよ。

 さて閑話休題。真面目にやればやるほど、自分の下手くそさと基礎力の無さを実感した私でした。考えてみれば、他の団員さんたちは…若い人はたいてい中学高校大学の合唱部上がりだったり、中年以上の人は音楽喫茶から流れてきた人たちばかりで、私のような基礎のない、遊びでバンドをやっていたような素人は珍しかったわけです。

 だから私、たくさんの事を真剣に学びましたし、多くの指導者の方々、団員の方々にお世話になりました。今でもその時の感謝を忘れていません。

 この合唱団で1シーズン歌ってみて、更に自分自身を鍛える必要を感じて、もっともっと学ばなければならないと考えたわけです。

 でまあ、このままこの団にいて良いものかと考えたわけです。毎週の練習にはきっちり参加して、真面目に取り組んではいたものの、それで上達できるのか? それで周りの人たちと同じレベルまで歌唱力が向上するだろうか? あるいは歌唱力が向上するにしても、長い時間かかってしまうのではないか?…などと考えたわけです。

 そこで、合唱団を一度辞めて、自分なりに次のステップに行く事にしたのです。それは、個人レッスンです。合唱団の中で自分を鍛えていくのも悪くはないけれど、それよりも個人レッスンを受けて、自分の欠点を集中してみっちりと治そう。そして個人としての歌唱力を上げていこう。自分に投資していこう…と考えたわけです。

 ほら、いつもの前向きな私でしょ?

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2017年1月 8日 (日)

すとん前史 その5

 Y君の英才教育によって、いっぱしのクラヲタに成長した私でしたが、実はまだオペラは全く知らなかったのでした。

 Y君とは彼が大学を卒業するまで、濃厚にお付き合いをしました。私は良い生徒だったと思います。やがて彼は卒業して就職し、私は研究者を目指して大学院に進学して、別れ別れになりました。

 大学院時代は、研究一筋で頑張ったよ(笑)。で、院を終えて「さあ、次はどうしようか?」と考えているうちに、今の職場の偉い人から一本釣りをされてちゃいました。研究を続けていくのもいいけれど、現場で実践を積み重ねて、若い人たちを育てる方が世間様のお役に立てるんじゃないかな…なんて説得されたわけです。…ってか、まだまだ私自身若かったしキャリア不足だったので、いきなり大学や研究機関への就職は現実的ではなかったので、実績を積むために現在の職場に就職するのも悪くないかな…なんていう打算もあったわけですが…踏み台のつもりで就職したら、あまりの居心地の良さに、いつの間にか抜け出せなくなって…今に至ってしまったわけなんだけどね。へへ、人はぬるま湯に漬かると抜け出せなくなるんだな(若い人への警告だよ)。

 さて就職すると、キャリアバリバリの仕事がすっごーく出来るお姉さまが私の教育係になりました。で、このお姉さまが、実はペラキチ(熱狂的なオペラファン)だったのですよ(笑)。いやあ、音楽の神様も洒落た事をなさるものです。

 最初は単なる“指導者&徒弟”という関係だったのですが、あれこれ話しているうちに、私がクラヲタである事が分かり、ならば…というので、お姉さまがペラキチである事をカミングアウトして、仕事を教えてくれながら、オペラを教えてくれたのです…ってか、仕事3割、オペラ7割くらいの勢いでした…が(笑)。

 彼女は、マリア・カラスの大ファンであり、プラシド・ドミンゴの現役ファンでした。なので、私は当然ですが、カラスとドミンゴを中心にしたオペラの楽しみを教えていただいたわけです。休日ごとに彼女のご家庭にお邪魔しては、彼女のコレクションであるドミンゴのLDを見せてもらいました。この時に、オペラの基本的なレパートリーの鑑賞を終えた私でした(ほぼテノールものに偏っていましたが:笑)。

 生のコンサートやオペラにも連れて行ってもらえたし、本当にあれこれ良くしていただきました。ほんと、彼女には感謝の言葉しかありません。合掌。

 カラスとドミンゴを中心にオペラの世界を学ぶと、やがてカラスの時代におけるドミンゴのようなスターテノールの存在にぶち当たるわけです。それがマリオ・デル・モナコだったのです。

 私が最初に買ったオペラの全曲盤が、実はモナコの「道化師」だったのです。

 実は、モナコを始めて聞いた時に思った事は、不遜ながら「同じだ!」って事です。不遜と言うよりも、不謹慎と言うべきか、身の程知らずと言うべきかも(笑)。とにかく“同じ”だと思ったのですよ。

 何が同じなのかと言うと“声”が私と同じだと思ったのです。もちろん、モナコと私では、声そのものは“月とスッポン”ほどの違いはあるけれど、声の方向と言うか、ジャンルが一緒だと、一瞬でピーンと理解したのです。

 私が若い時って、日本の流行歌って、特に男性の歌って、キーが低かったんですよ。歌っている歌手もバリトン~バスぐらいの声域の人が多かったと思います。だから、私には当時の流行歌って、歌いづらくてね…。当時の流行歌には、私の気を引くような歌もあまりなかった事もありますが、洋楽の方が男性歌手のキーが高くて(洋楽の男性歌手は、たいていテノール音域です)無意識に親しみを感じていたのかもしれません。

 そんな素地があったので、モナコを聞いてピーンと来て「ああ、私はテノールという人種だったのか(納得)」となったわけです。

 で「テノールなら歌える!」と根拠もなく思い立って、まだ若かった事もあって、それをさっそく実行にうつし、新設されたばかりの某市民合唱団の扉を叩いたわけです。

 「なぜモナコを聞いて合唱を?」と思うかもしれませんが、私の音楽趣味の入り口はカーペンターズでありアバであったわけで、当時はまだ、オペラの朗々とした独唱よりも、美しいハーモニーの方が好物だったからです。それに習い事を、学生時代の部活の延長のようなものと思っていたからと言うのもあります。ですから、合唱部に入部するような感覚で、市民合唱団に入団したわけです。

 ちなみに、今でもハーモニーは大好きですよ。自分がハーモニー向きの声で無いだけで、ハーモニーは大好物です。合唱は、特に上手な合唱は大好きなんですよ。

 というわけで、オペラに目覚めて、なぜか合唱を始めてしまった、若き日の私でございました。

P.S. この頃、職場の若い連中でバンド活動みたいな事をやりました。私はギターを…と言いたい所だけれど、ギターは先輩たちに取られてしまったので、エレキベースを弾きました。おかげさまで簡単なベースプレイなら出来るようになりました。感謝ですね。

 で、当時どんな曲をやったのかと言うと…これです。

 ハウンドドッグの「フォルテッシモ」ですね。ちなみにこの曲は、ヴォーカルの方の趣味で選曲されました…ってか、私はまだ職場でもバンドでもペーペーだったので、与えられた曲をただただ演奏していただけです。私の趣味なら…まず選ばない(笑)。だって私、こういう不良っぽい感じって苦手なんだよ。でも、さんざん練習で、ヴォーカルがいない時は代理で歌っていたので、今でも歌えたりします(笑)。もっとも私が歌うと、もっと端正な歌になるけれどね。

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