ひとこと

  •  モリカケ問題で辟易としている所に、最近ではセクハラ疑惑ってヤツで、マスコミ報道は大賑わいです。マスコミがそんな事を報道している間に、北朝鮮と韓国は仲良くし、中国と北朝鮮が接近し、日本は日本でアメリカとの関係確認をし…今、世界は動いている真っ最中じゃん。一歩間違えると国が滅びるかもしれない国難ってヤツじゃないの? そんな緊張しまくっている国際情勢から、なぜマスコミは我々日本人の目を背けさせるような事ばかり報道しているんだろ? 今、日本がヤバイって事を、どうしても隠したい人たちがマスコミにいるって事なの? ねえ、どうなの? 今、報道されるべきは、些末な国内問題じゃなくて、歴史的変動を迎えている国際問題でしょ? そんな事ばかり繰り返しているから、拉致問題一つ解決できないんだよ。
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2018年4月26日 (木)

声と響きの正体

 最近の私は、歌声のことばかり考えています。まあ、アマチュア歌手としては、ごく当然の事なのかもしれませんが、ほんと、歌声のことばかり考えています。

 で、このところ考えるのは、声と響きの話。一体、声って何? 響きって何? って考えてます。

 まず大前提なんだけれど、声にせよ、響きにせよ、それらの発信源は声帯です。それ以外の部位からは、これらの音声は出ません。

 つまり、声にしても、響きにしても、根っこは一緒。声帯の振動で生まれた音なんです。じゃあ、その違いは何? どこにあるの? って考えるわけです。

 共鳴腔の中の響かせ方の違い? 支えの問題? 多少は関連あるだろうけれど、ここらに問題の答えがあるようには思えません。

 そこでピンと来たのが、幼女の話し方。幼女全般と言うよりも、割とおとなしめのお姫様タイプの幼女(幼稚園児あたりをイメージしてます)の話し方です。彼女たちって、ヒトなのに、まるで小鳥がさえずるような声で話すんですよ。同じ幼女でも、活発な子は違います。彼女たちは、少年たちと同じように、しっかりした声で話します。でも、お姫様タイプの幼女たちは、小鳥がさえずるように話します。この小鳥のさえずりのように聞こえる声が、いわゆる“響き”の声ではないかと思ったわけです。

 では、なぜ彼女たちの声が小鳥のように聞こえるのか…もちろん、その音高も関連しますが、一番の原因は、彼女たちの筋力不足。根本の筋力が不足気味なので、少年や活発な幼女たちとは違って、しっかりとした声が出せなくて、ふわふわ話すわけです。この筋力不足気味のふわふわした声が、小鳥のように聞こえる原因なのではないか…と私は考えました。この幼女たちも成長に伴い、やがて筋力増強してくれば、ふわふわ話さなくなるわけですし…ね。

 つまりお姫様タイプの幼女たちのような、ふわふわした声で歌えれば、響き多めの声で歌えるのではないかと思ったのです。

 しかし、オトナは幼女と違って、必要にして十分なだけの筋力を持っています。ですから、素のままの声では響き多めの声にはなりません。

 そこで必要なのが、リラックスだとか脱力だとかのテクニックなんだろうと思います。

 声帯から力を抜いてリラックスさせた状態で、声帯を振動させられたとしたら、お姫様タイプの幼女のように、響き多めのふわふわした声になるのではないかしら?って…。だから、声楽のレッスンでは、常に“リラックス”とか“脱力”だとかが言われ続けているんじゃないかしらって…思うわけです。

 ああ、なんか、納得。

 で、響きの声がリラックスした声であるならば、響きと対義語として使われる“声”は、逆に声帯をしっかりと鳴らした時の声…って言えるのではないでしょうか?

 つまり“響きと声”と言いながら、実は“響き”にせよ“声”にせよ、それらが単独で存在している事はなく“響き”と“声”は連続した一続きのものであると考えたわけです。

 で、我々の声のニュートラルな状態は…やっぱり“声”と呼ばれる状態だろうと思います。そして、そこよりも、声帯の脱力度が高ければ、声は芯を失って“響き”になります。また逆に“声”の状態よりも、声帯がしっかりしすぎる程に鳴ってしまえば、それは“鳴り”と呼ばれます。「声がよく鳴っているよね」って言われる時の状態がこれです。

 さらに“鳴り”の状態よりも声帯に力を込めて、しっかりしすぎるほどに声を鳴らしてしまえば、それはやりすぎとなり“怒鳴り声”になり、この“怒鳴り声”は、ほぼ“ノド声”と呼ばれるものになるのではないか…と考えました。

 そうなると…

  響き > 声 > 鳴り > 怒鳴り(ノド声)

 となります。

 で、これらの違いは、声帯周辺の筋肉のリラック具合なんだろうと思います。リラックスして声帯が脱力してくれば、声は響きになっていくし、緊張して声帯に力を込めてしまえば、声は鳴りや怒鳴りになっていくと考えています。

 そして、これらとダイレクトに関連してくるのが、ノドの強さかもしれません。

 ノドがあまり強くない方は、そもそも声を鳴らす事が苦手です。ノド声なんて無理も無理です。こういう方が軽く歌うと、ふわふわな声になり、まるで小鳥たちのような軽々とした声で歌えるわけで、それは響きをメインにした声で歌っているからです。

 一方、ノドが強い方は、声を鳴らすのが普通だし、鳴らしすぎてノド声になっていたりします。こういうヒトが響きの声で歌おうと思うと、振り子を逆に振っていかないといけないわけで、そりゃあ大変な仕事になるのだろうと思います。力を込めるのは簡単な事だけれど、力を抜くというのは、名人や達人の行いだもの、簡単にはいきません。

 そうなると、響きメインで歌うには、ノドは弱い方が良いのかもしれません。少なくともノドの強い方よりもスタートがずっと有利ですよね。もっとも、ノドが弱いと、声量は少なめになるし、声の通りも良くなくなるので、そもそもは歌向きな声ではないとも言えます。でも一人で歌えなくても仲間と合唱を楽しむ分には問題はないでしょうね。

 実際、響きの方が多くいる合唱団のハーモニーって、すごぶる美しいですものね。

 ソロで歌っていこうと頑張っている方って、程度の差こそあれ、ノドは強い方が多いと思います。そういう方が響きの声で歌うためには、脱力・脱力・脱力…ってなるわけで、皆さん、泣きを見ているわけです(涙)。

 というわけで、ノドに力をどれくらい入れるかで、我々の声は“響き”“声”“鳴り”“怒鳴り”に分かれていくというふうに私は考えました。

 いかがでしょうか?

蛇足 …と言うよりも追記ですが、今回の記事内容は、すべてノドの脱力うんぬんの話に終始しています。もちろんの話ですが、息そのものはしっかりと支えて、必ずちゃんと発声しないとダメですよん。

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2018年4月25日 (水)

やっぱりドレスって着たいみたいのですかね

 声楽のY先生門下の発表会って、今年は6月に行われるのです。私はどうしても外せない仕事とバッティングしていますので、涙ながらに本業優先…というわけで参加できないのです。だから、今年はこのブログに発表会関連の話題があがってこないし、私も悠長にベッリーニの歌曲集に取り組んでいたりするわけです。

 で、今回の発表会って、実は開催場所が音楽ホールではないのです。なので、楽屋は無いのだそうです。つまり、舞台衣装に着替える場所が無い…ってわけで、原則、ステージ衣装で来場し、そのままの恰好で舞台で歌うという段取りのようなのです。

 「着替える場所がないなら、トイレで着替えればいいじゃん」と考えがちですが、そこは事前に先生から「トイレは一般のお客様も使うので、トイレでの着替えはNGです」と
告知されています。

 つまり、せいぜい訪問着程度のよそ行きの晴れ着を家から着てきて、その衣装のまま舞台をつとめる事になるわけです。

 私の場合、フルートの笛先生に習っていた時代の発表会って、だいたいそんな感じだったので「着替える場所ないよ、ステージ衣装でやってきて」と言われれば、はいそうしますって感じなんです。特に違和感はありません。

 でもなんかこれ、出演者的には評判悪いみたいなんです。

 で、この話を妻にしたところ「そりゃあそうでしょ! ドレスを着られない発表会なんて、ありえない!」んだそうです。

 そもそも妻も今回の発表会には出演しません。まあ、私が参加しないので、一人で参加するのもなんなんで…って感じで出ないのですが、もしも今回、私が参加したとして、妻は…と言うと、まあ結局は私が参加するなら妻も参加するでしょうが、ドレスが着られない点で、かなり悩む…んだそうです。

 やっぱりドレスって着たいらしいのです。日常生活ではドレスを着るチャンスって無いわけで、そういう意味で、発表会ってのは、年に数回しかない貴重なドレスの日なのに、そこでドレスを着られないとなると、かなりモチベーションが下ってしまうんだそうです。

 実際、今回の発表会では、ドレスが着られないという事で参加を取りやめたとか取りやめなかったとかの話も耳にします。まあ逆に、ドレスを着ずに済むから参加しますというケースもありうるだろうし…ね。

 衣装って、大きな問題なんですね。男である私には、全然理解できません。

 個人的には、ドレス着用可の発表会を年内に、もう一回、開催してもらえると(別に私はドレスはどうでもいいのだけれど)私も参加できるので、うれしいなあ…って感じです。でも、年に2回の発表会って…まあ無いよな。

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2018年4月24日 (火)

歌は中低音が命

 私はテノールという事もあって、歌においては高音にこだわりがあります。高音命です。高音さえ出せれば、それでいいとすら、時折、思うこともあります。

 これは極端な例ですが、まあ、歌を志す者、趣味とする者は、多かれ少なかれ、高音にこだわりがあると思います。なにしろ、歌の難しさの要素の一つに“音程の高さ”ってのがあるくらいですからね。

 ですから常に“高音が出ない”という悩みがつきまといます。しかしY先生に言わせると、私の場合、高音が出る出ない以前に多くの問題を抱えているわけです。

 つまり、私自身は“高音が出ない”という事を悩みとして自覚しているわけですが、先生から見れば“高音はもちろん、高音以外もちゃんと出てない”って事になるわけです。高音に悩む前に、高音以外の音をしっかり歌って欲しいってわけです。何しろ、歌の9割9分は高音以外の音で成り立っているわけですからね。

 じゃあ、高音が出ている人は中低音もしっかり出ているのか…と言うと、プロはともかく、趣味の素人レベルだと、高音しか出せていない人って、実はたくさんいるんですね。むしろ、高音が得意だからこそ、高音ばかり練習をし、人前で歌えば「高い声が出るんですね~」と感心されてしまい、中低音がおろそかになっているなっているというパターンの人、実に多くいます。

 そもそも、素人でプロ並に歌える人って、ごく少数ですからね。なぜなら、プロ並みに歌える人は、そもそもプロになっているわけだし(笑)。

 素人で、趣味として歌っているアマチュア歌手は、程度の差こそあれ、なんらかの問題を抱えていて当然なわけです。

 でね、男性の場合、やっぱり歌の上手な人は…バリトンに多いんです。バリトンの人って、ある意味、高音を特別扱いしていないわけで、低音も中音も高音も等しく勉強して、曲全体としての上手さを追究していくわけで、そりゃあ歌ウマにもなるよね。テノールは、どうしても高音を飛び道具(アクートなんて、ほんと、飛び道具だよね)として考えちゃうし、飛び道具が手に入ればうれしくなっちゃうし、飛び道具が使えるようになれば、それで遊んでしまうわけで、なかなか歌手としての上達は二の次三の次になりがちです。

 これって、女声の場合は、アクートをコロラトゥーラに置き換えてみると分かりやすいかも…。

 アクートもコロラトゥーラも、それらを使う曲よりも、使わない曲の方が圧倒的に数多いわけだし、アクートもコロラトゥーラも、あくまでも飛び道具であって、歌の本質とは関係ない歌唱テクニックであって、それが出来ないからと言って、歌が歌えないわけじゃないのです。いやむしろ、アクートが得意、コロラトゥーラが得意と言っているアマチュアさんは「この人、ちゃんと歌が歌えないかも…」と、歌が分かっている人たちに思われているかもしれません。

 歌のほとんどは中低音(つまり五線譜の中の音)で出来てます。高音にこだわって学ぶよりも、地味に中低音を磨く勉強をした方がよっぽと歌が上達するし、理知的な学習者と言えるでしょう。

 だけど、やっぱり、高音にこだわるんだよね、私は。テノールだもん。だからテノールって“バカ”って言われるんだよな(汗)。

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2018年4月23日 (月)

ゴダイゴのコンサートに行ってきました 2018年

 たまたまチケットが入手できたので、東京文化会館で開催されたゴダイゴの“The Great Journey 2018”に行ってきました。

 知らない人がいるとアレなので、一応書いておきますと、ゴダイゴってのは、日本のロックバンドです。1975年から約10年間、日本のロック&ポップシーンをリードしてきたバンドです。全盛期はトップ10に同時に3曲もランクインするなど、すごい人気を誇っていたバンドです。もちろん私は、当時からの大ファンです。

 ゴダイゴは今も現役で、それほど頻度は高くないけれど、それでもコンスタントにコンサートをやり、新曲もリリースしている現役のバンドです。で、そのコンサートチケットは…私のような不真面目なファンだと、なかなか入手できないわけで、それで私はたまにしかゴダイゴのコンサートに行けないわけです。

 ちなみに前回私が行ったのは2012年のコンサートですから、6年ぶりですね(こちらに記事を書いてます)。ほんと、不真面目なファンだこと。

 今回のコンサートは…なかなか良かったです。バックにクワイヤやストリングスも加わり、実に豪勢なステージになっていました。もちろん、いつものホーンズや、タケコシ氏加わっております。

 ちなみにセットリストは、以下の通りです。

1. Pomp And Circumstance(威風堂々)
2. The Sun Is Setting On The West
3. We’ve Got To Give The Earth A Chance
4. Coming Together In Kathmandu
5. Leidi Laidi
6. Holy And Bright
7. Monkey Magic
8. Gandhara
9. Piano Blue
10. Somewhere Along The Way
11. Guilty
12. Millions Of Years
13. Dead End - Love Flowers Prophecy
14. Mikuni(御国)
15. The Great Sea Flows
【アンコール】
16. Portopia
17. Beautiful Name
18. The Galaxy Express 999(銀河鉄道999)
【アンコール2】
19. Celebration

 私はファンなので「とにかく良かった」の一言ですが、それでも…ちょっと…と思った事はあります。

 私が日頃、クラシックばかり聞いている事もあり、その音量に参ってしまいました。今回は、割と前の方の良い席で見たのですが、とにかく音が大きくて、耳がボーっとしてしまいました。それでも、普通のロックコンサートと比べると、だいぶ音量は控えめだったと思いますが、それでも私の耳には厳しかったです。

 あと、演奏の音も…ね。すべての音がP.A.を通して、会場のスピーカーから拡声されるんですが、そこでミキシングされた音が、すべて軽く歪んでいるんです。これは、昨今のポピュラー系のミキシングが概ねそうなので、別にゴダイゴだけの問題ではないのですが、私はクリアな音が好みなので、演奏音のほぼすべてが歪んでいると、これまた耳がボーとしてしまいます。

 あと、ライブならでは…と言うか、レコード音源と生演奏ではあれこれ違うのですが、大きく違っていたのは、11曲目の“Guilty”と14曲目の“Mikuni(御国)”。なんと、リードヴォーカルが違っていました。レコードではどちらもリードヴォーカルはタケさんなんですが、今回の“Guilty”のリードヴォーカルはトミーでした。“Mikuni(御国)”のリードヴォーカルに至っては、バッククワイアの女性ヴォーカルの方が歌っていました。まあ、それもライブならではですね。私的にはアリです。あと“Somewhere Along The Way”はゴダイゴの楽曲ではなく、タケさんのソロでの楽曲ですね。ゴダイゴのコンサートでやってくれるのは、うれしいです。

 恒例の“Beautiful Name”の歌合戦は、今回はフロア別でした。私も「ウワウワ~ララララ」と歌っていました。

 バンドメンバーも高齢ですが、ファンも皆さん高齢です。ですから、オールスタンディングなんて事はなかったのですが、それでも、要所要所ではスタンディングはありましたが、私はなるべく立たないようにしていました。だって、私が立ってしまうと、私から後ろはみんな立たないと見えなくなっちゃうでしょ? ファンの中には、足腰の悪い人もたくさんいますから、なるべく立たないように頑張っていましたが、さすがに最後の“Celebration”はオールスタンディングになってしまったので、私も立ちました(ごめんね、後ろの人たち)。

 私の隣に妻がいたのですが、その妻の隣の方は、コンサートが始まるやいなや、号泣し始め、コンサートが終わるまで、ずっと泣きっぱなしだったそうです。ゴダイゴって、すでに“リビング・レジェンド”だからね。そういう人もいるよね。この東京のコンサートのために、日本各地(一部、海外)からファンの方々が集まったわけで、なんか私のような不真面目なファンは、ちょっとばかり居心地が悪かったりしました。だって、みんな、熱量、高いんだもん。

 でもね、やっぱりゴダイゴは私の青春なんだよね。ほんと、私の若い日々はゴダイゴの音楽とともにあったわけで…ゴダイゴに関しては、良いも悪いもないんですよ。ただただ、感激なんですね。それにしても、ゴダイゴもメンバーの高齢化が激しいよね。あと何年、コンサートをやってくれるのかな? そして私が見る次のゴダイゴのコンサートは、何年後なのでしょうか(笑)。

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2018年4月22日 (日)

ああ、だから良いニオイがするんだな

 ちょっと古い記事ですが、こんな記事を見つけました。

 かいつまんで説明すると、若い女性の体臭にはラクトンという匂い物質が含まれているんだそうです。で、ラクトンの匂いは、桃やココナツのような香りなんだそうな。

 で、このラクトン。若い女性に特有な香りで、10代、20代の頃はプンプンに出しているのだけれど、30歳を過ぎた所から減少しはじめるんだそうで、35歳を過ぎると、急速に減ってしまうんだそうです。

 つまり、妊娠可能…ってか、妊娠適齢の女性にのみ発生する匂い物質であり、ある意味、若い女性の特徴でもあるわけです。

 面白いなあと思ったのは、男性の場合、40歳を過ぎたあたりからノネナールという匂い物質が発生しはじめるんだそうです。ノネナール…いわゆる加齢臭の原因物質ですね。

 つまり、女性は若さを象徴するラクトンで若さを強調し、男性は老いを表すノネナールで老いを強調する。

 これが何を意味するのかと言えば、男性は若い女性に惹かれ、女性は老いた男性を忌避するように作られているって事です。

 やっぱり、この仕組みには生殖が関係するんだろうね。そして、生殖のイニシアチブを取っているのは、女性側だという事です。

 妊娠可能年齢の女性は、男性を引きつけるためにラクトンをたくさん出して、そこに集まった男性の中から、老いた男性(つまり、もうすぐ死にそう…自分の出産育児に関わってもらえそうもない年齢って事)を排除するために、神様は男性にノネナールという若い女性に嫌われる匂いを出すようにしたわけです。

 かくして若い男女が自然とペアリングできるようになっているわけです。若い男女がペアリングすれば、やがて繁殖するわけだしね。

 そう考えると「お父さん、臭い」と言って、娘が父親を毛嫌いするもの、老いた男性を排除するという自然の摂理に沿った行いとも言えます。

 それはそうと、たしかに、昔は妻も良い香りがしていたもんだよなあ…。

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2018年4月21日 (土)

ヤヨイの××にはビックリ!

 三色琉金のヤヨイは、かなり健康で、ゆっくりゆっくりと成長していき、今や大型金魚から巨大金魚への道へ踏み込んでしまったと思われます。とにかく、ヤヨイは大きい金魚です。

 まあ、カラダの大きさだけなら、過去にも何匹も巨大魚を飼育していた私ですから、それには驚きませんが、ヤヨイにビックリするのは、カラダよりも、××の大きさです。

 ××とは…いわゆる“金魚の××”と呼ばれる、あの長いヤツです。あの××があるから、金魚は嫌い!という人もいるくらいの、××です。

 で、ウチで今まで飼っていた子たちは、もちろん生き物ですから、普通に排泄しますが、それでも××をお尻にくっつけたまま泳いでいるなんて、無作法な子はいませんでした。みんな短いところで千切っていました。

 もちろん、今の子たちも、そんなに長々としたものは出しません。ヤヨイにしても、アセビにしても、ベルにしても、ウルシにしても、ルデンにしても、そんなものをぶら下げて泳ぐなんて事は、めったにしません(一応、金魚なので、ごくごくたまにそんな時もあります)。

 でもね、ヤヨイの場合は、むしろ××を付けて泳いでいる方が多いんじゃないかって思うほど、たいてい××を付けて泳いでいます。

 まだ、その時の××が!なんですよ。太さといい、長さといい、もはや“金魚××”なんていうレベルじゃないんです。ほぼ、チビた鉛筆サイズです。あのカラダで、あの太さと長さの××なんです。おまけに水草ばかり食べていますから、色はキレイな真緑、抹茶のような色なんです。もう、嫌になっちゃいますよ。

 それだけ太くて長いと、お尻からちぎれて落ちていても、とても××とは見えず、始めのうちは、青虫? なぜ水槽の中に、青虫?…と勘違いしたくらいですからね。

 まあ、私はそんなヤヨイの××がイヤではないのですが、でもやっぱり、そんな大きな××は、見るたびごとにビックリしてしまうのです。

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2018年4月20日 (金)

練習していないと、当然、下手になる

 フルートのレッスンに行ってきました。例によって、久しぶりです。いやあ、今の時期は、ブログもなかなか書けないくらいに忙しいわけで、気持ちはあっても、フルートのレッスンには行けない時期なのです。

 それでもなんとかかんとか頑張ってレッスンに行ってきたわけです。

 最初のロングトーンは…まあなんとかなりました。でも、エルステユーブンゲン(23番と24番)はダメダメ。プチエチュード(19番)は…ダメどころか、むしろ下手になっていました。いやあ、残念。40リトルピーセズ(13番と14番)は…ほぼ初見でしたが、初見が通じるほど簡単ではなかったです。

 いやあ、ダメすぎて、ブログに書けるような事はありませんでした。残念すぎます。

 やっぱり練習はサボり過ぎちゃいけません。でも、まだ当分は練習できない感じが続きそうです。この遅れは…夏のフルート合宿で取り戻すしかないか! 

 今回の雑談は“シューマンの音楽はキチ○イの音楽だ”と言う話(シューマンさん及び、そのファンの皆さん、ごめんなさい)。シューマンの音楽って、メロディは先が読めないし、和音も内声が変な事になっているし、健全な精神の持ち主が書いた作品とは思えないという点について、私と先生の意見が一致しました。実際、シューマンの音楽って、美しいけれど、変だよね。まあ、変なところが癖になる…というか、彼の魅力なんだよね。

 ちなみに、シューマンの真逆にいそうなのが…ヨハン・シュトラウスね。健全を絵に描いたような音楽を作ってます。そのほかにもワルツ系の作曲家たちは、割と健全だと思います。当時のウィーンの聴衆達が、彼らの健全さを好んでいたんだと思います。

 ですから、モーツァルトの人柄は変態だけれど、彼の音楽が割と健康っぽいのも、ウィーンという土地柄のせいなのかもしれません。おそらく、健康な音楽を書かないと、ウィーンの人たちに受けなかったんだろうなあと邪推したりします(笑)。

 記事が短くて、ごめんね。今日はこれでお終い。

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2018年4月19日 (木)

案外、合唱での歌い方も正しいものなんだな…と思いました

 今回の標題は…ほんと、失礼な書き方ですね。ごめんなさい。

 私は声楽(を含んだ音楽演奏)を人生最後の趣味としているので、どうしても声楽視点でモノを考えがちで、その視点から見ると、合唱での歌い方は、時折物足りなかったり、方向性が違っていたりするわけで、それについて時折意見を述べたりします。それが時によって人によって、反対意見を書いているように受け取られるし、実際反対意見を書いていたりする事もあるわけで、今回もそういう視点からの記事だとご理解ください。

 さて、私はテノールで、合唱でもテノールパートを歌うわけですが、私が今まで属した合唱団ではたいてい、高音(と言っても、五線の上の方のEとかFとかの話ですが…)を歌う時は、無理に叫んで出さずに、ファルセットで軽く出せという指示がよくありました。

 叫び声よりも裏声で行けよ…って事なのです。もちろん、叫ばなければ裏声でなくても良し…と言ってくれた指導者もいれば、たとえ実声で楽に出せたとしても、必ず高音はファルセットで出さないといけないという指導者もいました。

 私が尊敬していた指導者は「ファルセットは負けだから…」といい(音程を外していけないのは前提として)多少叫んだとしてもファルセットを使わない方が良いという考え方でしたが…そういう考え方の合唱指導者って、やっぱり少数派なんですよね。多くの指導者は「叫ぶよりもファルセット」「高音は必ずファルセット」なんですよ。

 当時の私は、先の指導者の言葉を盲信していた上に、ファルセットが苦手という事もあり、なるべくファルセットを使わずに歌っていたので…まあ、後は何度かブログに書いたとおりです。

 そんなわけでファルセットを毛嫌いしていた私でしたが、先日の記事で書いたとおり、テノールの高音(よく“アクート”と呼ばれる領域の声です)がファルセットの延長線上にあるならば、合唱でテノールがファルセットを多用して歌うのも、分からないでもないなあ…と思いました。

 もちろん、アクートとファルセットは、全く同じモノではありませんし、単純にファルセットを強化したからと言ってアクートにはならないのは明白ですが、アクートがファルセットの亜種であり、進化系であり、アクートの中にファルセットがあるのならば、合唱におけるテノールがファルセットを用いて歌い、その音色を合唱の中に加えるのは、案外、正しいやり方なのもしれないなあ…って思います。

 以前の私は、たとえ合唱とは言え、テノールにファルセットで歌わせるなんて…と全く納得していなかったのでした。市民合唱団等のテノールにファルセットを使っ歌わせるのだって、単純に高い音が出せない(または、不安定)だから、ファルセットに逃げているだけだろうと思っていたし、高い音をすべてファルセットで出させるのも、単純に音色の調整が目的であって、ある人は実声で楽に歌い、ある人は叫び、ある人はファルセットで歌っているなら、そこは誰でも出せるファルセットに統一した方が音色の統一感が出せるわけで、そんなやり方は、高い音を出せない人間に合わせたやり方ではないかと、ぐずぐず思っていたのです。

 今の私は違います。合唱で大切なのは、個々人の声ではなく、合唱団としての集団の声であり、響きです。テノールが個人でファルセットで歌うのはどうなのかなと思う私ですが、集団の中で、内声として和声の響きの中でテノールがファルセットの声で歌い、あの響きをハーモニーの中に加える事で、その響きに輝きが加わるなら、それはそれでアリって思っています。

 一人ひとりのファルセットはか細く弱い声であっても、大人数で発声すれば、それなりの力強さも得られるというものです。なら、ファルセット歌唱も合唱ではアリでしょうね。

 どちらにしても、叫び声はノンです。ファルセットはウィです。

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2018年4月18日 (水)

アンサンブルとソロ、合唱と声楽で違う点

 先日、あるプロ奏者の方と話した時に教えてもらった事です。

 オーケストラの中で演奏する時とソリストとして演奏する時では、演奏上、わざと変えている点はありませんか?という質問をしたところ、次のような答えをいただきました。

 まず1点目は、楽器を変えるのだそうです。オーケストラの中で演奏する時と、ソロを演奏する時は、違う楽器を使うようにしているのだそうだけれど、どう違うのかと言うと、音量の問題なんだそうです。オーケストラの中で演奏する時は、標準的な響きの楽器を使うんだそうですが、ソロの時は、バカ鳴りする楽器を使うんだそうです。一曲の中で、ソロとオーケストラをやる時は、オケの時は控えめに演奏し、ソロの時は目一杯で演奏するんだそうです。

 つまり、アンサンブルの時とソロの時では、音量の違いが大切だって事のようです。ま、アンサンブルならば、その集団のみんなの音が合わさって大音量になるけれど、ソロは一人で、そのアンサンブルと戦うわけですからね。音量、大切です。でないと、後ろの音にかき消されてしまうわけですし…。

 次にあげられたのは、ピッチです。ソロで演奏する時は、バックで演奏しているオケよりも、ほんの少しだけ、気持ちだけピッチを高くして演奏するんだそうです。そうする事で、オケの中でもソロの音が埋もれずに聞こえるんだそうです。へえー、です。

 あとは…衣装。まあ、男性はあまり関係ないだろうけれど、女性の場合は、オケの中で演奏する時と、ソロで演奏する時は、衣装が全然違うので、そこは(当たり前だけれど)注意するそうです。オケの時は、黒のロングドレスでシックな感じですが、ソロの時はカラーのハデハデなドレスですし、装飾品で身を飾る事も必要だし…。

 ここから分かる事は、ソリストにとって必要な事は“大きな音”で“ピッチは若干上げて”で“衣装はハデハデ”って事です。とにかく、音楽的にもビジュアル的にも目立つことが大切ってわけです。

 これは器楽の人に尋ねたので、楽器の世界の話ですが、歌の世界にも通じるなあと思いました。つまり、合唱とクラシック声楽の違いね。

 合唱人よりも、声楽人の方が、大きな声が必要…なのは当然ですね。

 ピッチを高めに歌う事は…さすがにダメでしょう。合唱であれ声楽であれ、ピッチは正確が旨だと思いますが、声の中に含まれる倍音、つまり音色に関して言えば、声楽人は声の響きを豊かにし、高音成分を多く含んだ声で歌うのが良いわけだし、合唱で高音成分を多く含んだ声で歌うと…たぶん周囲の声に溶けづらい声になって、ダメかもね。

 衣装は…個人が目立つのが禁忌な合唱と、スポットライトを浴びて目立ってナンボな声楽とでは、やっぱり違います。

 アンサンブルとソロの違いは、器楽の世界も、歌の世界も案外、似ているものだなと思いました。

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2018年4月17日 (火)

高音の正体は…やっぱりファルセット?

 最近は忙しくて、他所様のブログをなかなか拝見できない私です。すっかり読む頻度も落ち、たまに読んでも、いわゆる“読み逃げ”をしてしまい、なかなかコメントまでは残していません。ごめんね。

 なので、最近はブログ村で気になったタイトルの記事を拾い読みする事が多い私でした。

 で、先日、気になったタイトルの記事を読んでいたら、面白い事が書かれていました。ちなみに、そのブログの著者さんは、ここのブログにもたまにコメントくださる青子さんのブログだったりします(コメントできなくて、ごめんね)。

 私が気になった部分(青子さんの先生のセリフです)だけを引用しますと

>「低い声の時、声帯は全部が震えています。」
>「高い声の時、声帯は上だけ震えています。」

 ふむ、つまり、大雑把に言えば、低い声は地声で、高い声は裏声で歌えって事ですね。

 なんだ、女声の高音って、ファルセットじゃん。

 まあ、厳密にはファルセットではなく、頭声とかミックスヴォイスなのかもしれませんが、大きなくくりで言えば、やっぱりファルセットじゃん。

 そこで、ピンと閃いた事は、男声の高音、とりわけアクートって呼ばれるモノって、ファルセットなんじゃないの?

 もちろん“アクート=ファルセット”と言い切ってしまうのは、あまりに乱暴すぎます。厳密には、我々がイメージする、裏声に類似したファルセットと、アクートとでは、その音質、音圧、音量ともに、全然違うわけで、単純な意味で“アクート=ファルセット”とは言えないのは重々承知の上で、やっぱり“アクート=ファルセット”なんじゃないかと思いついてしまったわけなんです。

 例えば“YUBAメソッド”という発声理論がありますが、あそこではウラ声(ファルセットのことね)を「息漏れの有るウラ声」、「息漏れの無いウラ声」の二種類に分けて考えています。で、そのうち「息漏れの無いウラ声」を練習して、高音発声を可能にしていくのですが、そうやって獲得していく声こそが、女声の高音であり、男声のアクートなんじゃないかって思ったわけです。

 ま、私の閃きでむりやりつなげているので、関係者の皆様、間違っていたらごめんなさい。

 つまり、ファルセットを未訓練のまま(ポピュラー歌手のように)弱々しい声で歌ってしまえば、ただのファルセットに過ぎませんが、ファルセットを訓練して、鍛える事で、ファルセットが強い声で歌えるようになり、それが女声では高音、男声ではアクートになっていくのではないかしらって思ったわけです。

 …思っただけで、自分はちっとも出来ないので、間違っているかもしれないけれど、とにかく、そう思ったんですよ。

 ならば、ノドの強い人ほど、高音発声が苦手というのも、理屈としては分かります。というのも、ノドの強い人って、往々にしてファルセットが苦手だし、声がひっくり返るのを筋力で押さえつけて、なおかつ、かなりの高音まで地声で歌っちゃうものね。で、結果、ノド声発声って言われるわけです。それじゃあ、本当の高音は歌えません。

 だから、高音ほど、ノドの脱力が必要だと叫ばれるわけです。ノドが脱力すれば、声って、簡単に裏返りますからね。問題は、裏返る前と裏返った後での音色の統一なんです。ノドが弱くて、かなり低い音で声がひっくり返ってしまうなら、音色の変化は気づきづらいですよね。ノドが強くて、かなり高い音まで声がひっくり返らないならば、音色の変化は…とても大きくて、使い物にならないわけです。

 高音をスムーズに出すには、ノドを脱力して、かなり低い音から積極的に声をひっくり返していく事で、高音部を違和感の少ないファルセットで歌うことです。で、その違和感の少ないファルセットを鍛えていく事で、アクートになっていく…だろうと思うのです。
 で、ノドを脱力する事で、ノドの力で声は出せなくなるので、声を出すエンジンを腹圧に変えていくわけだし、そのために腹式呼吸が必要になっていくわけです。

 合っているかどうかは別として、私の中では、あれこれつながって、結構スッキリしました。

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