ひとこと

  •  ああ、楽しい。楽しすぎる。8月に入って以降の私のプライベートライフが楽しすぎる。楽しすぎて楽しすぎて、ちゃんと社会生活に戻れるかどうか、とっても不安。ああ、本当に楽しすぎて、人間、ダメになりそう…。

お知らせ

  • ●F門下&Y門下合同発表会は、2017年9月9日(土)に行われます。●13時開場、13時30分開演です。●場所は、神奈川県の鶴見区民文化センターサルビアホールの音楽ホールです。JR京浜東北線鶴見駅、あるいは京急鶴見駅のすぐそばのホールです。●私は、後半(第2部)の2番目に二重唱「私は貞淑な人妻」を歌い、9番目で「おお祖国よ(ダニロ登場の歌)」[マキシムの歌です]を歌って、11番目に二重唱「愛のワルツ」[メリー・ウィドウ・ワルツです]を歌う予定です。●私自身は発表会の後半~終盤にかけて歌いますが、今回のホールは小さい(100席程度)のため、ゆっくり来られると、立ち見、あるいは入場制限がかかる怖れがあります。一応、入場には整理券が必要という建前になっていますが、出演者の知り合いなら、整理券がなくても入場できますので「メリーウィドウの人を応援に来ました」と言えば、よっぽど混雑していない限り入場できるはずです。●なお、リアルに私の知り合いの方は、おっしゃっていただければ、入場整理券を差し上げますので、ご連絡ください。●どなた様も応援よろしくお願いします。
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2017年8月18日 (金)

大好きな作曲家について語ってみよう その5 ベートーヴェン

 初っ端のモーツァルトはともかく、その後、ヴェルディ、プッチーニ、トスティと、私は大好きだけれど、世間的にはマイナー作曲家が続いてしまったので、ここらでメジャーな作家を出しとかないと、バランス悪いなあと感じた私が、今回取り上げるのが、ベートーヴェンです。大メジャーです(笑)、パフパフパフ~…!。

 私、自分でも意外なのですが、ベートーヴェンって作曲家、実は好きなんですね。とは言っても“聴力を失っても音楽家を辞めなかった不屈の精神”とか“苦難から喜びへ”とか“運命はこのように開かれる”とか“楽聖”とか“9つの交響曲”とか“ピアノの新約聖書”とか“三大B”とか、そういう多くの人々がベートーヴェンに惹かれるワードには、特に魅力を感じていません。

 私がベートーヴェンに感じる魅力ってのは“不器用な人間が一生懸命に頑張っている姿…”かな? ベートーヴェンって、楽聖とか言われ、音楽の神様のような扱いを一部の方々にされていますが、私が見るに、彼って、そんなに才能豊かでもないし(ごめんなさい)、そんなに偉い作曲家でもない(ごめんなさい)って思うんですよ。

 もちろん、音楽家としては一流だし、才能だって他の作曲家と比べれば豊かに持っている事に間違いは無いわけだろうけれど、ちょっと過大評価されすぎ…って思うわけです。一流だけれど、超一流って感じじゃないし、同時代的にも一番手ではなく、二番手扱いの作曲家だったわけで、それなのによくぞ、後世(つまり現在)の評価が、こんなに高くなったのかな? ベートーヴェン君、頑張ったもんね…って感じなんですよ。

 才能が超一流でなくても、努力と根性とタレント性で超一流の評価を得て、結果として“世界一の作曲家”の地位を固めた、不器用で愚直な音楽家。それが私にとってのベートーヴェンなのです。

 日本の学校における音楽教育って、ドイツ視点なんですよ。はっきり言っちゃえば、ドイツに偏った見方をしています。

 クラシック音楽が全盛期だった時代、世界の中心は、ドイツではなく、今は小国となってしまったオーストリアであり、その都のウィーンであり、ウィーンを取り巻くように、フランスのパリとか、イギリスのロンドンとかが、一大音楽消費地として存在していたわけです。

 だから、モーツァルトもウィーンを目指したし、ベートーヴェンもウィーンに出てきたのです。ウィーンじゃイマイチだったヘンデルはロンドンを目指したわけだし、パリに落ち着いたショパンだって、最初はパリではなくウィーンでの成功を目指していたわけです。

 で、ベートーヴェンの時代、ベートーヴェンもウィーン子に愛されていたけれど、決してナンバーワンではありませんでした。

 勘違いしちゃいけないんだけれど、ベートーヴェンの時代、ダントツ一番人気の作曲家は、ロッシーニです。ベートーヴェンではありません。それどころ、ロッシーニは、ウィーンのみならず、パリでもロンドンでも大人気で、当時の世界ナンバーワン作曲家だったわけです。今でも、日本以外じゃあ、きちんと人気作曲家として扱われています。ただ、日本はドイツ視点でクラシック音楽を見ているので、ロッシーニの評価は低いんです。だってロッシーニを評価しちゃうと、相対的にベートーヴェンの評価を下げざるを得ないけれど、ドイツ視点的には、それは有り得ない話だからね。だから、ロッシーニは空気のようにいない事にされちゃうわけだ。

 当時のベートーヴェンは、あくまでもロッシーニの陰に隠れた、二番手、三番手の作曲家であり、現在のような高名な天才音楽家という扱いではなかったのです。

 ってか、ベートーヴェンの音楽って、同時代的には、かなり無視されていたんだよね。彼の生前、一番有名な曲で、彼の名刺代わりとなった曲って…当時は“戦争交響曲”と呼ばれた“ウェリントンの勝利”という曲です。で、この曲は、後に改訂されてオーケストラで演奏されるようになり、現代の私たちはそれで聞きますから、それでも立派で、いかにもベートーヴェン的な交響曲として聞きますが、この曲、実は、作曲された当時は“パンハルモニコン”と呼ばれる自動演奏オルガンのために作曲された、自動演奏オルガンの販売促進用のデモ曲だったんです。つまり、今風に言うならCMソングです。

 意外ですか? でも、当時のベートーヴェンの評価と、彼の立ち位置なんて、そんなモンだったんですよ。ロッシーニが大人気作曲家で、売れに売れて、お金を稼ぎすぎちゃって、このままではせっかく稼いだカネが使えないって心配になって、40歳になる前に、作曲家を辞めて、残りの人生(彼は76歳まで生きてました)を消費と浪費と美食に費やしたけれど、それでも財産を使い切れなかったそうなんだよね。すごいね。

 そこへ行くと、ベートーヴェンは、いつもお金の心配をし、日々倹約の毎日を送り、貯金に励んでいたわけで、貧乏ではなかったけれど、けっして豊かとも言い切れない人生を過ごしたわけで、彼は彼なりに頑張っていたわけです。

 私は、そんな、天才とは程遠い、業界では二番手三番手で、日々、営業努力をし、売れない音楽を書き続けて、一生懸命に働き続けた、ベートーヴェンが好きなんです。フリーランスの鏡じゃないですか!

 そんな彼が、ロッシーニに追いつき追い越せと頑張って、何度も書き直して、根性で仕上げたのが、歌劇『フィデリオ』です。ベートーヴェンが書き残した、たった1曲しかないオペラ、それも正直な話、ベートーヴェンというブランドがあるから残っているだけで、もしもこの作品が優良な作品の多いロッシーニの筆によるものだったら、きっと駄作扱いをされてしまって、消えてしまった程度の出来でしかなくても、私は、この『フィデリオ』が好きなんです。

 だって、実に、暗いんだもん(笑)。でも、音楽はいいですよ。陰キャラ満開の根暗ベートーヴェンの本領発揮って感じの音楽なんです。特に私が好きなのは、第二幕冒頭のテノールアリア「Gott! Welch Dunkel hier!/神よ、ここは暗い」です。

 ね、暗いでしょ? おまけに長いでしょ? イントロが長くて長くて、いつになったら歌が始まるんだい…って感じです。実際、この曲、イントロだけで4分あります。ロッシーニなら、アリア1曲分です(笑)。いかにもベートーヴェンが書きそうな、根暗な音楽でしょ? でも、これも彼の計略なんだと思うのです。根明でお気楽なロッシーニの音楽に対して、正面切って戦うには、こういう暗さが必要だったんだと思うんです。さすがはベートーヴェン、目のつけどころが違います。ただ、こういう暗い曲は、当時のウィーンでは、いや、当時のヨーロッパでは、受けなかった…ただそれだけなんです。

 ちなみに、参考音源で歌っているのは、ヨナス・カウフマンです。ドイツオペラのトップテナーは、現在、間違いなく彼だものね。彼の歌唱で聞くのが吉です。

 さて、こんな挑戦者然として、あれこれ格闘しているのが、私の好きなベートーヴェンなのです。交響曲やピアノソナタ、弦楽四重奏で楽聖として君臨している大作曲家ではなく、当時の人気者、ロッシーニに追いつき追い越せで、持っている才能のすべてを注ぎ込み、奮闘努力を重ねたベートーヴェンが好きなのです。

 その努力が、彼の死後、報われて、今は楽聖と呼ばれるほどの偉大な音楽家扱いを受けるようになったのだから、彼の努力も無駄ではなかった…と言えると思います。

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2017年8月17日 (木)

大好きな作曲家について語ってみよう その4 トスティ

 はい、今回取り上げる作曲家は、イタリアの作曲家、トスティです。ここのブログを読み続けている方は「あ、出た出た」と思ってくださるでしょうが、一般の音楽ファンの方々だと「誰、それ?」的な作曲家さんでございます。

 いやあ、私、トスティ大好きですよ。私が今までレッスン等で学んだ曲は、のべで108曲になりますが、そのうちの15曲がトスティの作品です。これは、作曲家別で学んだ曲数で言うと第1位になります。それだけ私は積極的にトスティを学び、歌ってきたって事です。

 ちなみに、第2位はプッチーニの13曲になります。ただし、プッチーニの場合、その大半は去年集中的に学んだ「ラ・ボエーム」なんですがね(笑)。トスティはコンスタントにコツコツと学んで、この曲数なんです。

 トスティは、声楽の作曲家です。それも歌曲の作曲家で、オペラは一曲も書いてません。さらに、彼の作品のほとんどである歌曲は、テノールを対象に書かれているものがほとんどです。つまり、トスティはテノール歌手のための作曲家であると言っても過言ではありません。それは、ショパンがピアニストのための作曲家であるのと同様なのです。

 だから、テノールである私が、トスティの事を好きにならずにはいられないってわけなのです。

 トスティについては、好きすぎて、すでに記事にして書いていますので、もしよかったら、それらの記事も御覧ください。

トスティって、本当はヴァイオリニストだったの?

トスティはイギリス人だったって知ってましたか?

トスティは三流の作曲家なのか?

 トスティは、いわゆるメロディーメイカーです。美しいメロディーをいっぱい書いてくれました。世の多くの作曲家たちは、彼らが生み出した最上のメロディを、大抵の場合、ソプラノに与えます。まあ、作曲家のほとんどはスケベ親父ですから、下心込みで、ソプラノにいい顔をしたいというのは、私も男ですから分からないでもないです。ですから、オペラのアリアであれ、歌曲であれ、美しいメロディーは、たいていソプラノのものであり、他の声種は、ソプラノのために書かれたメロディを移調して歌うことが多いのです。

 しかしテノールにはトスティがいます。トスティは、彼の生み出した美しいメロディをソプラノのためではなく、テノールのために書きました。これは彼が男に下心があったから…では決して無く(彼は、音楽家には珍しく、同性愛者ではありません:笑)、実は彼自身が優秀なテノール歌手であったので、自分のために曲を書くことが多かったし、美しいメロディーは自分のために使ったので、結果としてテノール歌手のための良曲がたくさん残ったわけです。

 ああ、うれしい。

 ちなみに、テノール歌手のために書かれた曲というのは、オペラのテノールアリアと、トスティの歌曲以外だと、ナポリ民謡ぐらいしかありません。ナポリ民謡は、良い歌が多いのだけれど、所詮民謡であって、芸術家曲ではありません。テノールアリアは、主役級のアリアしか無いので、激烈に難しく、歌う人を選びます。その点においても、トスティの歌曲がテノールのために書かれた幸せを私は喜びます。

 もっとも、トスティの歌曲はメロディが美しすぎるため「こんなのは芸術歌曲じゃない、イタリア民謡だ!」と言ってはばからない人がいるのも事実です。最近はそうでもないらしいのですが、ちょっと前までは、トスティの作品は鬼っ子扱いで、音大などでは学ばなかったそうです。まあ、いいけれど。

 トスティについては、今までも何度も書いてきていますので、何を語っても“屋上屋を架す ”となってしまうのですが、それほど私がトスティとその作品が大好きなことは分かってください。

 さて、大好きな一曲を選ぶとなると…本当に困ります。トスティに関しては、どれもこれも大好きですからね。あえて選ぶとすると…有名な曲ではありませんが「Love Me!/私を愛してください!」かな? 本当に美しい曲なんですよ。

 歌っているのは、テノールのホセ・カレーラスです。動画じゃないのが残念だけれど、この歌、本当に歌っている人が少なくて、当然、YouTubeに上げられている動画も少ないのです。その中では、この音源がやっぱり良くて、これにしました。実は私自身が歌った音源をここに貼っちゃうかと一瞬思って、聞き直して見たら、わざわざ貼り付ける価値もない歌唱であった事を思い知りました。

 当たり前の話だけれど、私の歌は、まだまだ下手っぴだね。上手くなる日は来るのかしら?

 どうしても私の歌を聞きたいという人(そんな人なんているのかしら?)は、ここをクリックしてください。どうなっても知らないよ(爆)。

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2017年8月16日 (水)

大好きな作曲家について語ってみよう その3 プッチーニ

 ヴェルディを取り上げたからには、当然、次はプッチーニの登場となるわけです(笑)。

 プッチーニもヴェルディ同様、声楽中心の作曲家であり、多くの偉大なオペラ作品を書き上げています。世代的にもヴェルディの次世代の音楽家で、ヴェルディの最後の作品である「ファルスタッフ」とプッチーニの出世作である「マノン・レスコー」は同年の発表となります。

 彼が活躍したのは19世紀末から20世紀初頭で、事実上最後のオペラ作曲家の一人であり、最後のクラシック作曲家の一人であります。また、彼の全盛期は、オペレッタの全盛期と重なり、彼の活躍が終わるやいなや、ミュージカルの時代が到来し、今に至ります。色々な意味で、クラシック音楽の幕引きを行った作曲家がプッチーニなのです。

 彼はヴェルディと較べると寡作な作家ですが、それでも生涯12のオペラを書いています。初期の2作品(「妖精ヴィッリ」と「エドガール」)と後期の作品(「つばめ」「外套」「修道女アンジェリカ」「つばめ」)は名前は有名ですが、めったに上演されません。名作曲家とは言え、興行的な失敗作もあるわけです。しかし、これらの作品を除外した残りの6作品は、プッチーニの代表作であり、オペラ劇場の大スタンダードであると言えるでしょう。

 その6作品とは「マノン・レスコー」「ラ・ボエーム」「トスカ」「蝶々夫人」「西部の娘」「トゥーランドット」です。特に「ラ・ボエーム」「トスカ」「トゥーランドット」の3作品は、世界中の歌劇場で上演されていない日は無いのではないのだろうかと思われるほどに、超有名な作品で、上演頻度も素晴らしく高いです。

 それに日本人的には「蝶々夫人」のアリア「Un bel dì, vedremo/ある晴れた日に 」と「トゥーランドット」のアリア「Nessun dorma/誰も寝てはならぬ」はテレビ等でよく耳にし、誰もが知っていると思われます。

 私もプッチーニは大好きですよ。ヴェルディが男臭い作曲家ならば、プッチーニは女好きな作曲家で、ソプラノのために良い旋律をたくさん書いてますし、その作品の中でヒロインを殺しちゃう作曲家でもあります。マノンもミミもトスカも蝶々さんもリュウもみんな、劇中で死んじゃってますからね。

 ソプラノのための音楽をいっぱい書いている…と言うことは、その恋のお相手であるテノールにも良い曲をたくさん書いているわけで、テノールにとってもプッチーニは有り難い作曲家なわけです。

 私的には、昨年、発表会で「ラ・ボエーム」に挑んだ事もあり、プッチーニは特別な意味を持つ作曲家となりました。第1幕は冒頭から男声四重唱までと、ミミの登場から第1幕の最後までを歌い、ほぼ第1幕は歌いきった感を持っています。第四幕も冒頭部以外は歌いました。ですから、後は第三幕を歌えると“ボエーム、クリア”になるかな? どこかでボエームの第三幕を歌うチャンスがあるといいのになあ…なんて思ってます

 個人的に好きなプッチーニの曲と言うと…やはり「ラ・ボエーム」でしょうね。それも第一幕のフィナーレで歌われる「O soave fanciulla/ああ、麗しの乙女よ」ですね。いいですよ、この曲。

 この音源で歌っているのは、現代のトップの二人。ソプラノがオポライスで、テノールがカウフマン。この音源では、最後の最後で、テノールは慣例で歌うHi-Cとか、そこまでいかなくても高い音で歌うのが普通だけれど、カウフマンは楽譜通りの音で歌ってます。彼のような一流の歌手がやると「ああ、楽譜を尊重しているんだな」と思われて、うらやましいです。私のような下手くそが楽譜通りに歌うと「高い音が出せないんだな(図星です)」と思われるだけです。

 それにしても、ロマンチックな曲でしょう? いかにもプッチーニって感じだよね。

 さて、プッチーニと言うと、「ドーリア・マンフレーディ事件」との関わりが言及される事が多いです。

 ドーリア・マンフレーディ嬢は、プッチーニ家で働く若くて美しいメイドであったのだけれど、プッチーニの妻エルヴィーラに、主人との不倫を疑われ、四ヶ月以上に渡り、公私に渡ってイジメを受け、そのイジメの激しさに耐えかねて自殺してしまったという事件。死後、マンフレーディ嬢の身の潔白が証明され、エルヴィーラは有罪となったのだけれど、示談に持ち込んで、事件をうやむやにしてしまったという事件で、イタリアでは、すごく有名なスキャンダルなわけです。

 プッチーニは当時「西部の娘」の作曲中であり、なんとか完成させるも、精神的に疲弊し、スランプに陥ってしまい、以降は死後に評価された「トゥーランドット」を除けば、興行的に成功する事もなく、ある意味、プッチーニの才能を、妻であるエルビィーラが殺してしまったようなもので…もしも「ドーリア・マンフレーディ事件」が無ければ、プッチーニはその後も歴史に残るようなオペラを次々と作曲していた可能性だってあったわけで…ほんと、女の嫉妬って、こわいし、厄介だね。

 音楽史的には、エルヴィーラ・プッチーニという人は、クサンチッペ以上の鬼嫁って事になるわけな。

 ちなみに、この「ドーリア・マンフレーディ事件」は映画化されています。

 2006年に日本でも劇場公開されたようですが…私のアンテナにひっかからなかったので、劇場では見ていません…と言うか、今でも未聴のままですが、見るべきかどうか、実は悩んでいたりします(てへっ)。

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2017年8月15日 (火)

“ピカチュウ、大量発生チュウ!”に行ってきた

 別企画その2です。本日が最終日なので、ここにぶちこまざるをえなかった“ピカチュウ、大量発生チュウ!”の話をします。

 私、行ってきました。“ピカチュウ、大量発生チュウ!”に! いやあ、すごくすごく楽しかったですよ。これは家族連れで楽しめる、本格的な街イベントです。あえて言っちゃえば、ディズニーランドにも匹敵するほどの楽しさです。

 場所は、神奈川県横浜市のみなとみらい地区。電車的に言えば、JRなら桜木町からランドマークタワー方面。みなとみらい線なら、みなとみらい駅から赤レンガ倉庫方面の地区です。とにかく、あのあたりで行われています。

 公式ページはこちらね。このページを見るだけでも、その楽しさは想像できるというモノです。

 とにかく何がスゴイのかと言っちゃうと、みなとみならい地区という一つの街全体が、ピカチュウの街になってしまうってのがスゴイのです。街中、どこを見ても、ピカチュウなのです。あっちの壁、こっちの壁に、ピカチュウのイラストが貼ってあり、のぼりやフラッグ、あっちこっちに展示されているオブジェもほぼピカチュウなのです(たまに、メタモンとミミッキュが混じってますが:笑)。とにかく、どこもかしこもピカチュウピカチュウなのです。さらに、ちょっとした広場や公園にはステージが設けられ、一日に何度もピカチュウのショーが行われ、空を見上げれば、ピカチュウの飛行船が飛んでいるし、海を見れば、たくさんのピカチュウが乗り込んだ船が走っていて、ピカチュウたちが手を振っているし、ピカチュウのラッピングがされた水陸両方のバスが走っていたり…。コスモワールドの観覧車のイルミネーションもピカチュウだし、ほんと、あっちこっちでピカチュウなのです。

 まあ、だから“ピカチュウ、大量発生チュウ!”なんだけれどね。

 私もショーは、二つばかり見てきました。一つは、日本丸パークで行われた『海のカーニバル』と赤レンガ倉庫で行われた『水のカーニバル』です。

 『海のカーニバル』は、ストンプショーで、三体のピカチュウがダンサーさんたちと一緒に踊りまくるというショーなのです。このピカチュウたちが、とてもかわいくて、さらにダンスがキレッキレッでスゴイんですよ。なんかねー、ピカチュウたちがかわいすぎて、見ているこちらがとろけちゃいそうです。

 『水のカーニバル』は、いわゆる“すぶぬれスプラッシュショー”で、特に私は、ずぶぬれエリアで楽しみましたから、本当にずぶ濡れになりました。とにかく、大げさでなく、大量の水が会場のあっちこっちから放水されまくり、私、上から下までビッチョッビッチョッでした(笑)。とにかく、頭の先からつま先まで、まるでゲリラ雷雨を喰らったかよのうように濡れました。なにしろ、パンツまでびっしょりでした。実は、放水から逃げ回っていたので、肝心のピカチュウのショーは…半分ぐらいしか見てなかったけれど、なんとも非日常な体験で、すっげー楽しかったです。

 ポケモンGO的にも楽しかったよ。もちろん、ゲームの中でもピカチュウが大量発生していましたが、それ以上に、普段はなかなか野良では見かけない、アンノーンやラッキー、ヨーギラス、ワンリキーなども大量発生していて、もうモンスターボールが足りなくなっちゃうほどでした。おまけに、普段は日本国内には出没しない、バリヤードが、カップヌードルミュージアムパークに大量発生していて、そりゃあもうスゴかったです。

 ポケストップがバーチャルだけでなく、リアルに街なかに出没していて、それもなかなか愉快でした。レイドバトルも人が多すぎる(笑)ので、強いボス相手でもあっという間に決着ついちゃうし…。

 また、当日のみなとみらいでゲットしたポケモンのタマゴたちは、ほぼ2Kmなんだけれど、この2Kmのタマゴから、普段は10Kmからしか出てこないポケモンたちがわんさか誕生していました。おかげで、当日はみなとみらい中を歩きに歩き回りましたよ。おかげで、自覚なしに疲労困憊しておりまして、帰りの電車の中では、泣きたくなるくらいに疲れちゃいました。

 翌日は…体中が筋肉痛で痛かったし、疲労が回復しきれずに気持ち悪くなるし…、それくらい我を忘れて、楽しんできたわけです。

 ほんと“ピカチュウ、大量発生チュウ!”、楽しすぎ。オトナも子どもも、日本人も外国人も老若男女関係なく楽しめるなんて、ピカチュウのコンテンツとしての人気の高さに、改めて驚いた私です。

 ディズニーランドのミッキーマウスの人気もすごいけれど、大量発生(今年は1500匹のピカチュウが用意されたそうです)できるピカチュウの魅力は、また格別だよね。群舞にしてもパレードにしても、そりゃあすごいもの。

 あまりに参加者が多かったので、不足していたのは、トイレの数とポケモンGOの電波&サーバーのキャパぐらいだね。次年度以降は(特に電波とサーバーのキャパは)何とかしてもらいたいものです。トイレの数は…公園地帯は仮設トイレで対処できるとして、街なかはちょっと難しいよね。でも、トイレは大切だから、関係者の皆さんには、良い知恵をしぼっていただきたいと思います。、

蛇足 大量発生終了後のピカチュウたちは…と言うと、どうやら、日本国内の映画館に行き、上映中のポケモン映画の宣伝をするようです。1500匹のピカチュウがいれば、日本中の映画館に挨拶にいけるというものです。

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2017年8月14日 (月)

老犬ブログが、11年目に突入しました

 さてさてさて、連載を中断してまでぶち込んだ企画とは…そう、本日8月14日は、老犬ブログのお誕生日なのでした。老犬ブログの開始は、2007年の8月14日ですから、丸10年を越えて、11年目に突入したわけです。

  ★★★ 祝! 老犬ブログ、11年目、突入~! ★★★

 ふと見ると、カウンターは400万を越えてます…ね? あれ、去年の記事を見ると「カウンターは30万を越えた」とあるから、今年だけで、370万アクセスもあったのかな? それとも去年はカウンターを読み間違えた…のかな? 今年一年で爆発的なアクセスがあった…とは、とても思えないんだよね。むしろ、今年は春先にたっぷり一ヶ月休んだし、そのタイミングで多くの愛読者の皆さんが離れてしまったので、今年は例年よりもだいぶアクセス数が少ない…と思っていますし、だからと言って、カウンターにミスは無いだろうから…やっぱり去年、カウンターを見間違えていたのかもしれません。

 まあ、少ない方に間違えていたのだから、罪は小さいよね(汗)。

 正直、カウンターの数字は、年に一回、ブログの誕生日前後で気をつける程度で、普段はすっかり頭の中に無いので、こんな感じになっちゃいます。めんご。

 それにしても、丸10年、やり切っちゃいましたよ。すごいあ…継続は力なりって言うけれど、これ自画自賛しても良いよね。

 ブログを始めた10年前とは、私の生活もだいぶ変わりました。当時小学生で、まだまだ手がかかった息子君も、もう大学生です。親の手もだいぶ離れ、毎日好き勝手に暮らしています。私自身、生業での勤務先や立場も変わり、ブログを始めた頃は、ほぼ個人営業のフリーランスに近い形で働いていた(のでブログを始められたわけです)のですが、今じゃ組織の中で多くの人を動かす立場になりました。私自身の仕事も、私の都合ではなく、周囲の都合で動くようになり、自由に使える時間がだいぶ減っちゃいました。正直、ブログの継続はもちろん、声楽やフルートを習っている事も時間&体力的に厳しさを感じるようになりました。ただ、一度始めた事を辞めるには勇気が必要なので、それでズルズル続けてしまっているという側面も無いわけじゃないです。

 ってか、この忙しい日々をなんとかやり過ごしているというのが、現状かな? まあ、それもアリだと思ってます。

 ブログ的に言えば、この10年で、声楽の先生もフルートの先生も変わりました。良い方向に変わったと、個人的に思ってます。ヴァイオリンと社交ダンスは中断したままです。特に社交ダンスは、再開するのに、そんなに大きな障害などないはずなので、残念に思ってます。ヴァイオリンは…中断したままでも仕方ないかな?

 ひとまず、本日までブログを続けてこられた事は、読者の皆様のおかげです。感謝しています。特に今年に入ってから、すでに2回も長期に渡ってブログを休んでいますが、それでも見捨てずに読み続けてくださる皆様の存在が、大きな励みになっています。感謝、感謝です。

 さて、そういうわけで、例年やってますが、この一年間の月間トップ3の記事を発表します。老犬ブログでは、こんな記事に皆さんの注目が集まっていたんですね。それではスタートします。

2016年 8月

1位 帝国劇場で「モーツァルト!」を見てきました

2位 なぜ先生について学ばないの?

3位 プロを上手だとおだてる人

2016年 9月

1位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

2位 フルート合宿 その8「アンサンブルの発表会でした」

3位 上手いはずなのに、上手く聞こえないのは、なぜ?

2016年 10月

1位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

2位 クラシック音楽の本質とは何か?

3位 ヤマハフルートがインドネシアで生産されるらしい…

2016年 11月

1位 ピアノやフルートは、どこまで演奏できればOKなの?

2位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

3位 男の楽器、女の楽器

2016年 12月

1位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

2位 決して心を折らない事

3位 フルートメーカーについて語る(笑)その7 サンキョウ・アルタス編

2017年 1月

1位 残念だけれど、仕事が無いんだから仕方ないのです

2位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

3位 フルートメーカーについて語る(笑)その7 サンキョウ・アルタス編

2017年 2月

1位 音楽教室にも著作権料?

2位 フルートは素材で音が変わるのか?

3位 奇跡の一声が出ちゃいました

2017年 3月

1位 ブログを無期限停止とします

2位 ピアノはなるべく早めに辞めさせた方が良い

3位 フルートの音色を良くするために必要な事

2017年 4月

1位 ブログを無期限停止とします

2位 それではブログを再開します

3位 久しぶりに音源をアップします

2017年 5月

1位 合唱人が声楽を学んで得られる5つの利点

2位 LFJ その4 マスタークラスもそろそろ潮時かな…

3位 合唱人が声楽を学んで失う6つの事

2017年 6月

1位 最初の先生選びは大切なんだけれど…

2位 2017年6月現在の私が考える、高音発声のポイントについて

3位 なぜ、優勝と聴衆賞は異なるのか?

2017年 7月

1位 楽譜が手に入らない(涙)

2位 楽器を忘れてレッスンに行きました

3位 クラシック音楽は、やっぱり王侯貴族の趣味なんだな

 ヌーボのプラスチックフルートの記事は強いのですが、その強さも昨年一杯まで…って感じですかね。今年に変わってからは、相変わらず人気トップ10には入っていますが、さすがにトップ3からは外れるようになりました。それにしても、皆さん、ヌーボのプラスチックフルートに興味があるんですね。

 ちなみに、私は、アゲハ(アルタスフルート)を吹いている時間とヌーボを吹いている時間は、あまり変わらなくなりました。つまり、それくらいたくさんヌーボを吹いているってわけです。だって、ヌーボって、メンテフリーでしょ? いつでも部屋のフルートスタンドに立てかけてあって、気が向けば、手にとって吹いてます。ちょっとしたスキマ時間にフルートの練習をする時などは、まよわずヌーボですよ。

 そう言えば、ヌーボのプラスチックフルートには、名前を付けていなかったなあ…。これだけたくさん吹いていて、すでに私の愛笛である事には間違いないし、セカンドフルートの地位を確立したんだから、名前ぐらいあっても良いよね。何かいい名前を考えないとなあ。

 ちなみに、ヌーボのフルートは、プラスチックですが、金属製のフルート較べても、遜色ないって感じです。少なくとも私は、そう感じてます。ただ、値段的にお安いので初心者向きと思われがちですが、実はポイントが狭くて、吹くのが難しいし、パワーも必要かなって感じるようになりました。そういう意味では、実は初心者向けの楽器ではないかもしれません。でも、コーチとしては優秀で、こいつを吹いた後にアゲハを吹くと…何もかも楽で(笑)たまりません。

 さて、今年になってからの人気記事は、月替りとなり、実に健全な感じです。特に目立つ記事もなく…実はアクセス数も着実に減ってきています。ブログというメディアがオワコン化しているのかもしれません。なにしろ、世の中のネットメディアと言えば、YouTubeとかツイッターとかインスタグラムとかスナップショットとかの方が主流ですからね。一世を風靡したフェイスブックですから「最近、どうなの?」って感じになってますし、その前に流行ったミクシィなんて…止めときましょう(汗)。とにかく、それらよりもだいぶ前からあったブログの人気が無くなっても、まあ仕方ないです。

 若い世代は、文章の読み書きよりも、写真の共有の方が好きですからね。ブログをやっている限り、若い世代の参入はまず無いわけだし、そういう意味では読者が増える事も、もはや期待できないわけです。だからと言って、他所のメディアに移動するつもりは、今のところは無い私です。と言うのも、ブログは長文をアップするのに適したメディアだからです。

 やっぱり自分の意見とか、日々の生活の記録をするとなると、ある程度の長文が楽にアップできる環境じゃないと難しいよね。少なくとも、写真をアップするよりも、文章をチャチャっと書いてアップできる方が、私には楽だし(笑)。

 と言うわけで、ブログの世界自体は縮小しているようですが、私は、もうしばらくはブログで頑張っていきたいと思ってます。もし、老犬ブログが終わりを迎えるとしても、それはブログがオワコン化してダメになるより先に、私の生活が忙しくなりすぎて、ブログを継続できなくなる事の方が可能性としては、とても高いと思ってます。

 それはともかく(笑)、11年目に突入した老犬ブログですが、今後もぼちぼちと頑張っていきたいと思いますので、応援よろしくお願いします。

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2017年8月13日 (日)

大好きな作曲家について語ってみよう その2 ヴェルディ

 ヴェルディ…と言っても、サッカーチームではありません。イタリアの作曲家です。オペラの分野では、大作曲家ですが、オペラ以外にも「レクイエム」は有名で、特に「レクイエム」の中の「ディエス・イレ(怒りの日)」は、曲名は知らずとも、誰もが一度は耳にした事があるだろう超有名曲です。もちろん、オペラ作品のメロディは、我々の生活の中にあふれていて、CMなどでもよく使われています。特に「乾杯の歌」は、誰もが知っている超有名メロディです。

 つまり、多くの日本人にとってヴェルディとは“知られざる大作曲家”なんですね。

 それにしてもヴェルディって、オペラ分野では圧倒的な名作の数々を作曲しています。とりわけ有名なのは「リゴレット」「イル・トロヴァトーレ」「椿姫」「仮面舞踏会」「ドン・カルロ」「アイーダ」「オテロ」の7作品で、これらの作品は、どこの歌劇場でもレパートリーに入っているほどの名作です。まあ、ヴェルディの“神セブン”って感じでしょうね。また「ファルスタッフ」「運命の力」「シモン・ボッカネグラ」「ルイザ・ミラー」「ナブッコ」「マクベス」などの作品は、神セブンほどではないにせよ、いつでも世界のどこかの歌劇場で、常に上演されている作品です。その他にも、他のオペラ作曲家の作品程度の頻度で上演される作品がまだまだあるんですよ。例えば「二人のフォスカリ」とか「シチリア島の夕べの祈り」とかね。ほんと、素晴らしいオペラ作品を多数作曲した人なんです。

 おそらく、ヴェルディ(とワーグナー)がいなければ、オペラという音楽ジャンルは、バロックから古典派にかけて盛り上がった波が、ロマン派初期のロッシーニでピークを迎え、ロッシーニの壁を誰も乗り越えられず(ベートーヴェンやシューベルトですら乗り越えられなかったのです)、そのオマージュと模倣で行き詰まり、やがてオワコン化し「そういえば、昔はそんな音楽もあったよね」と言われて、消え去っていたんじゃないかなって個人的には思います。それくらい、ヴェルディって、オペラ復興の力となった作曲家だと思いますし、ヴェルディがいたから、プッチーニが出てきたわけだし、ヴェルディの諸作品が劇場を力づけたから、諸外国でオペラの花が開き、その中からオペレッタが生まれてきたわけだし、オペレッタが海を渡って、アメリカでミュージカルとして発展してきたのだから、世界中にある歌劇場関係者は、ヴェルディに感謝をしてもしきれないわけです。

 ヴェルディの作品の音楽は実に素晴らしいのだけれど、残念なのは、言葉の壁だよね。彼はオペラを始めとして、実に多くの声楽作品を作曲しています。つまりは、歌の作曲家なんですね。歌だから、当然、歌詞があるわけです。当時はヨーロッパが文化の中心だった時代ですから、オペラを始めとする声楽作品は、ローマの言葉…つまり、イタリア語で書かれています。我々日本人って、そもそも外国語が苦手だし、それでも英語ならば学校でも教わっているので馴染みもあるけれど、声楽曲で使われるイタリア語やフランス語、ドイツ語、スペイン語、ロシア語などは馴染みが薄いし、食わず嫌いもたくさんいるわけです。歌って、器楽曲ほどには、簡単に国境を越えないからなあ…。ヴェルディって、音楽史的には、とても大切な作曲家なだけれど、歌の作曲家だから、日本じゃ無名なんだよなあ…。

 実は、ヴェルディはイタリアでは「国民の父」とも呼ばれるほどの偉人です。大作曲家である事はもちろん、「ナブッコ」の中のコーラス曲である「行け、我が思いよ、金色の翼に乗って」はイタリア第2の国家と称されている(我々にとっての「ふるさと」や「さくらさくら」みたいなものでしょう)を作曲し、ユーロ以前のリラ時代にはお札の肖像にもなっていたし、晩年の彼は国会議員にもなり、福祉活動をメインに働いていたそうで、実に立派な人物だったようです。長生きだったし…ほんと、モーツァルトとはかなり違った人生を歩んだ音楽家です。

 日本は、もっとヴェルディを知るべきである! そう、私は強く主張したいです。

 さて、私が好きな彼の曲と言うと…それこそ、何十何百と実に多くの作品を作曲しているのですが、その中から一曲を選ぶとするなら…いろいろと悩んで、やっぱりこの曲かな?

 それはこの曲。歌劇「ドン・カルロ」の中のテノールとバリトンの二重唱で「Dio che nell'alma infondere/我らの胸に友情を」です。本当はこの曲、この音源の2倍ぐらいの長さがある曲で、後半がバッチリとカットされちゃってますが、それでもこの曲の本質は伝わるんじゃないかな? ヴェルディという人は、男声をすごく上手に書く作曲家で、とりわけ、テノールとバリトンの掛け合い(つまり二重唱)は、なかなか男臭くて良いんですよね。

 決して派手ではないけれど良いでしょう? 歌っているのは、テノールがヨナス・カウフマンで、バリトンがトーマス・ハンプトンです。

 でね。ヴェルディの音楽って、こんな感じで実に硬派で骨太で男臭いんですよ。イタリア人なのに、チャラくもなければ、軟派でもなのです。でもやっぱりイタリア人だから、どこか華があるわけで、そういう部分が世界中に受け入れられる要因だったんでしょうね。

 ヴェルディ、大好きです。

P.S. 明日は連載をお休みして、別企画をぶち込みます。よろしく。

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2017年8月12日 (土)

大好きな作曲家について語ってみよう その1 モーツァルト

 今年の夏の連載は、作曲家について語ってみたいと思います。今まで、曲については多くを語ってきた私ですが、それらの作り手に関して書いた事がない事に、ふと気づきました。別に作曲家に興味がないわけではないので、なぜ今まで書かなかったのか、不思議に思う次第です。

 別に取り上げる順番は、私の好きな作曲家ランキング…ってわけじゃないですが、それでもやはり、最初に取り上げるのは、大好きで大好きでたまらない、モーツァルトからです。

 私、モーツァルト、本当に大好きなんですよ。皆さんも好きでしょ?

 現在残っているクラシック音楽作品の中で、モーツァルトの曲って、ほんと、どれを聞いても「ああ、モーツァルトの曲だな」と分かるほどに特徴的なのが魅力です。彼の時代、まだ音楽家、とりわけ作曲家なんて、芸術家ではなく、料理人とか執事や家政婦などと同じ扱いの、いわゆる“使用人”と言われる範疇の職業だったわけです。仕事だって、その多くは、パーティーなどでのBGM演奏だったわけで、つまり、没個性で上等だったわけです。実際、モーツァルトの音楽だって、クチの悪い人たちによれば、同時代の他の作曲家とどっこいどっこいだと言いますし、モーツァルトも十分没個性的な音楽家でしかなかったと言う人もいます。実際、彼の初期~中期にかけての、子ども時代とか、ザルツブルグ在住時代の音楽は、そう言われても仕方ないと思います。

 当時、必要とされていた音楽は、耳障りの良い無個性な音楽であって、思わず耳をそばだててしまうような魅力的な曲は、会話の邪魔ですから、曲に個性なんて必要なかった時代です。そんな時代に生きていたモーツァルトですから、時代の影響を受けないわけにはいきません。

 でもやはり、同時代の多くの作曲家の作品が消えてしまったにも関わらず、なぜモーツァルトの作品ばかりが現代まで残ったのかと言えば、それは彼の作品に彼の個性が現れているから…だろうと思います。とりわけ、晩年(と言っても十分若いんだけれどね)の作品の魅力と言ったら…もう、筆舌には尽くしがたいほどです。

 モーツァルトだって、若い時代は、金持ち貴族の家に仕えたり、教会のオルガニストだったりしたわけです。でも、それに安住せず、枠に収まることを良しとせず、故郷のザルツブルグを出奔し、都会(ウィーン)に出て、彼は(おそらく最初の)フリーの作曲家となりました。やっと、自分の個性を前面に出して仕事ができる環境を得たわけです。そこからのモーツァルトが、私は好きなのてす。

 まあだいたい、彼のように作家性の強い作品を書く人間が、自分の名前を出せない、単なる使用人で収まっていられるわけがないのです。いずれは田舎を出奔するのも、当然と言っちゃあ当然ですね。

 もっとも、音楽家としての独立を勝ち取ったモーツァルトは、その後、生活に苦労するわけです。何しろ当時は音楽事務所も無かった時代ですからね。フリーランスにありがちですが、モーツァルトも経済的な苦労をし、借金にまみれて、挙句の果てに若死にしてしまうわけです。まあフリーランスになって経済的に苦労した事だけが、彼の若死の理由ではなかったとは思いますが、もしも彼が現代の作曲家だったら…と考えないわけでもありません。

 例えば、彼に優秀なマネージャーとかプロモーターとかが付いていたら、彼の生活だってしっかり管理されていただろうから、健康を害することだってなかったろうし、若死にする事もなかったでしょう。著作権というモノが当時から守られていたなら、経済的にも潤っていただろうし、仕事の管理だってやってもらえば、作曲に演奏に、晩年までバンバン働けただろうし、名曲だってたくさん書き飛ばしていただろうし…って考えると、音楽家におけるマネージメント活動の大切さと、著作権の保護って大切なんだなって思います。

 あと、彼の下品な人間性も、私、大好きです。モーツァルトって、下ネタ大好きで、博打狂いで、金遣いが荒くて、酒飲みで…。それって彼が正直で、他人に見栄を張らない性格だったから、そう言われているんだろうし、彼の仕事や人生におけるプレッシャーとかストレスとかが莫大だったからだろうと、私は思います。つまり、彼が人間として下品に振る舞うことで、ストレスの発散をし、あの天国的な音楽たちを生み出してきたわけだから、あの下品な下ネタたちが、天国のような音楽を作成していく代償だったんだろうと思うわけです。

 とにかく、作品も作家も大好きなんです、モーツァルトって。ただし、実際に私のすぐそばに実在していたら、友人になっていたかと問われると…ううむ、おそらくモーツァルトって、他人を振り回すタイプの人だと思うんだよね。それに、性格も人生もハデハデだし、ちょっと私の友人としては、手に負えないかも…。彼は、私にとっては、アイドルなんだと思います。アイドルなんて、手の届くところにいちゃダメだよね。遠くから憧れて見つめているのが吉ですよ。

 さて、モーツァルトの作品で、一番好きな作品と言うと…ううむ、1曲に絞るのは難しいです。「フィガロの結婚」を始めとオペラたちも捨てがたいし、おそらくは彼自身がソリストを務めるために作曲した、ヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲も良いですが、やはり1番好きな曲と言うと…交響曲40番ですね。

 やっぱり、小林秀雄の影響は隠しきれないのです。40番、サイコーです。という訳で音源です。

 指揮は往年の名指揮者、カール・ベームです。ベームのMozartって、全然今風ではなくて、時代遅れなロマンチックな演奏だけれど、私は好きだよ。オケは…よく分からないけれど、雰囲気的にはウィーンフィルっぽいよねえ…どこだろ?

 40番はそのまま聞いても最高だけれど、小林秀雄の「モオツァルト」を読んでから聞く40番は、また格別だと思うよ。

 ああ、やっぱりモーツァルトは最高だよ。

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2017年8月11日 (金)

だから、合宿前日の夜更かしは厳禁です

 えーと、フルートのレッスンに行ってきました。実は今回のレッスンは、フルート合宿の前日の夜だったりします。そう、合宿の前日の夜、翌朝は早いというのにレッスンはあるんです。まあ、合宿に行かない人もいるので、そりゃあH先生は当地にやってくるわけだし、そうなりゃ、合宿に行く生徒、行かない生徒、関係ないわな。ってわけで、合宿の前日にも関わらず、私もレッスンに行ってまいりました。

 合宿用のスーツケースの荷造りは終えているものの、手荷物の方は、普段使っているレッスンバックにするつもりだから、このレッスンが終わらないと最終的な荷造りが終わらないんだよね(ブツブツ…)。

 さて、合宿前最後のレッスンとなりました。私は淡い期待を持ってレッスンに臨みました。実は、今やっているプチエチュードの17番、随分長いこと吹いているし、だいたい出来ているし、甘々で合格にしてくれないかな…なんて思っていたのですが、合格にしてくださいませんでした。いやあ、先生の甘さを期待ちゃダメだよね。先生には「合宿に行って、たっぷり練習してください」って言われちゃいました。ああ、その手があったね(涙)。

 エルステユーブンゲンの20番と21番は、当然不合格。だって暗譜していないもの。先生には「合宿が終わったら、暗譜します」と言っちゃったので、合宿後が…怖いかも。

 そうそう、全然順序が逆ですが、お教室に入ったら、珍しく姉様のレッスンの最後に当たりましたので、久しぶりに3人でロングトーン練習をしました。最近、先生と二人だとバッチリな私でしたが、姉様込みの3人でも…バッチリでした。ん? って事は、今まで3人でロングトーン練習をすると、いつもなんかあったのは…すべて私のせい? ああ、そうだったのね。悲しくなると同時に、私もここまで上達したんだなあと、ちょっぴりうれしくなりました。

 で、レッスン後の雑談は…当然無しです。だって、さっさと帰宅して、明日のレッスンに備えないとね。ちなみに、先生は、レッスンが終わって、すぐに帰宅して、酒飲みながらテレビ見ていたら、思わず夜更かししてしまって、ロクに寝ないまま、翌朝になってしまったのだそうです。

 そもそもが山男な先生ですから、どんなに寝不足でも、朝はしっかり起きるわけだし、ましてや、今回は、数名の生徒さんを連れて現地に向かう事にしていたので、それはしっかりと、朝から活動的に行動していそうですが、やはりそれでも怖いのが寝不足による睡魔ってヤツで、生徒に運転させればいいのに…なんて私は思うのだけれど、先生的には自分が運転しないと安心しない上に、もしも睡魔が襲ってきたらヤバイなあ…と思ったそうで、××キロ(とてもブログには書けません)で、車をかっ飛ばして来たんだそうです。「さすがに、××キロで走れば、寝ている余裕なんてないもんね」とは先生の弁ですが…、その話を聞いて、やっぱり、前日はきっちりと寝て、翌日の運転に備えましょうよ…と思わず忠告してしまった私でした。

 という訳で、通常の更新は、ここで一区切り。次回からは、恒例の夏の連載を始めます。フルート合宿の思い出は、夏の連載終了後に順次アップしていきますね。

 というわけで、よろしく。

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2017年8月10日 (木)

かゆいんです…

 さて、ブログ再開です。

 フルートのレッスンに行ってきました。いやあ、ここんところ、自宅で練習できているかどうかは別として、レッスンにはきちんと通えていて、エライエライ。

 ロングトーンはいつもの調子で良しです。

 エルステユーブンゲンは20番と21番ですが、自宅では全く練習してないので、最初に「暗譜してません!」と宣言しちゃいました。心はちょっぴり痛みますが、時間短縮だね(笑)。

 プチエチュードは…やっぱりテンボが今ひとつダメだね。自分で足を踏みながら演奏するってのが、難しいのです。そこで、メトロノームの登場です。1拍を45程度(すごく遅いんですよ。だから、リズムが分からなくなっちゃうんです)にして、きっちりメトロノームに合わせて吹いてみました。

 いやあ、自分で足を踏みながら吹くよりも、だいぶ楽。こりゃあいいや。うん、いいね。今度から、メトロノームとお友達になって、練習してきましょう。

 ラルゴは…まあまあ良しです。後はピアノとの合わせだね。

 アンサンブルの、ワルツィング・キャットの練習は自宅でやっていますが、どうしても吹けない箇所があって、それを先生に相談してみたところ、リズムの取り方を教えてもらいました。一人で悩むよりも、先生に質問した方が解決は早いですね。

 さて、雑談は…かゆみの話。先生、カラダがかゆいんだそうな。ただ、どこがかゆいのか分からないのだそです。だから、かゆそうなところに、とりあえず“きんかん”塗るのだけれど、だからと言って、かゆみが収まるわけじゃないけれど、かゆみとは別の刺激があると、かゆみを少しの間は忘れられるから、きんかんは手放せないのだそうです。

 虫刺されならきんかんだけれど、アレルギーでかゆいのなら、きんかんじゃダメだよね。また、皮膚が乾燥してかゆいのなら、やっぱりきんかんじゃダメ。本来なら医者に行くのが良いのだけれど、それも忙しくて、なかなか医者に行けないのなら、同じ売薬のかゆみ止めでも、飲み薬の方がいいんじゃないんですかとアドヴァイスしました。まあ、飲み薬がアレルギーとか、皮膚の乾燥に効くかは分からないけれど、あてもなく、きんかん塗るよりは効果があるんじゃないかなって思うわけです。

 私、基本的に、虫刺され以外でかゆくなることって、まず無いもんなあ…って、あったよ、一つだけ。それは“傷の治りかけ”ってやつ。傷って治りかけで、だいぶ良くなると、無性にかゆくならない? 私はかゆくなるんです。で、ついついかきむしって、せっかく治りかけた傷が悪化して、元の木阿弥…って事をたびたびやります。それを防ぐには、傷口を隠しちゃう事ですね。バンドエイドでも包帯ぐるぐるでもいいので、傷口を隠して、完全に治るまで隠しきれればOKです。ただ、バンドエイドの張替えとかの時に、ついうっかり掻いてしまうと…ダメなんだよね。ああ、いかんいかん。

 オッサンのやる事じゃあ、ないよな。

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2017年8月 5日 (土)

ちょっとブログをお休みします

 私事にわたり、色々と忙しくなり、ちょっと時間が工面できなくなったので、標題のとおり、しばらくブログをお休みします。再開予定は、来週の半ばぐらいかな? ちょっと早めの夏休み…って解釈してください。

 休んでいる間も、ブログはチェックしていますが、記事はもちろん、たぶん、コメントもアップはできないと思うので、コメントのお返事などは、しばらく先になってしまうけれど、勘弁してください。

 それでは、ちょっとお休みモードに入ります。よろしく。

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«そういえば、最近はきちんとレッスンに通えています…ね

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