ひとこと

  •  仕事が忙しすぎて、カラダがバテバテです。メトのライブビューイングで「ルサルカ」を見に行こうと思っていたのに、カラダが言うことを聞かずに、出かけられませんでした。ああ、ちょっぴり残念。今はオペラ鑑賞よりも休息を第一としましょう。
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2017年3月23日 (木)

ブログを無期限停止とします

 いやあ、参った。
 
 
 
 今まで、どれほど忙しくても、如何に体調が悪くても、毎日毎日更新してきた老犬ブログだけれど、ついに限界を迎えてしまいました。

 もう、更新できない。記事、書けない(涙)。
 
 
 
 
 
 ブログを書くネタは、まだまだたくさんあるのだけれど、もはやブログの記事を書く時間が捻出できない(汗)。忙しい、忙しすぎる。仕事が一年で一番忙しい時期に差し掛かった上に、先日体調を崩して、仕事を先送りにした分が今頃雪崩のように襲いかかっているわけで、マジでシャレにならない状態です。仕事を家に持ち帰っても、なかなか終わりが見えない。

 で、こんなに忙しいのに、さらにしばらく当地を離れないといけない事情もあり、ますますブログに時間を割く余裕がなくなってしまいました。

 苦渋の決断だけれど、このブログを無期限停止とします。
 
 
 
 
 
 一応、仕事が一段落して、心とカラダに余裕が生じて、まとまった時間が取れるようになったら、ブログを再開するつもりでいますが…今はそれがいつになるのか見当つきません。少なくとも2~3日ってわけには行きそうもありません。1週間か、10日か、1ヶ月か…。復帰期日の約束ができないので“無期限”停止なのです。

 それなりの期間、ブログを停止せざるをえないので…たぶん、ブログのランキングがダダ下がりになるだろうなあ(涙)。休みたくないなあ…。ほんと、残念。

 まあ、休んでいる間も、スキマの時間を見つけて、ネットはチェックするつもりだし、一応、コメントにも返事を書くつもりですが…いよいよとなったら、コメントも放置しちゃうかもしれないので、最初に謝っておきます。ごめんね。

 と言うわけで、このブログを無期限停止とします。次に皆さんにお目にかかれる日は…私にも分かりませんが、なるべく早く戻るつもりでいますが…いつ戻れるかは、お約束できません。

 それでは皆さん。さようなら。しばしの別れとなります。

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2017年3月22日 (水)

楽譜が読めない…?

 ネットを読んでいると「楽譜が読めない」という悩みをお持ちの方が大勢いらっしゃいます。まあ、私だって程度の差こそあれ、読める部類には入らないかな…?って思ってます。単旋律の簡単な楽譜を見て初見で歌うくらいはできますが(つまり、声楽やフルートの譜なら、かろうじて読めるって程度ね)、それだってちょっと込み入ってくると初見では厳しいし、楽器やメトロノームの助けが必要になってくる事もあります。また、ピアノやオルガンのような二段譜とか、合唱とか弦楽四重奏とかオーケストラなどの多段譜は全く手が出ません。だいたいヘ音記号なんて全然読めないし…。

 で、それで困っているかと言えば、特に今のところ困っていません。だから、とりあえず、今の程度楽譜が読めれば、まあいいかと思ってます。

 要するに、私の場合、その程度、楽譜が読めれば困らないし、逆に言えば、その程度の楽譜が読めないと困るのです。困るので、そこまでの読譜力が身についた…とも言えます。

 なので、楽譜が読めないとお悩みの方は、今、楽譜が読めない事で何が困っているのかを考えてみる必要があります。

 と言うのも、音楽の種類によっては、必ずしも楽譜が読めないとダメなんて事は無いからです。楽譜が読めないと困る音楽もあれば、楽譜不要の音楽だってあるわけで、自分がやっている音楽ばどちらなのか? また読めなきゃいけないにしても、全員オーケストラ譜が読める必要は無いのですから、どんな楽譜をどの程度まで読めなきゃいけないのか、そこの見極めが肝心です。

 ざっくり言っちゃえば、楽譜が読めないと困るのは、クラシック系の器楽曲と、学校の音楽の授業ぐらいでしょ? クラシック音楽でも歌系だと(プロでも)口移しで勉強している人は(特に海外だと)たくさんいるようです。国内国外問わず、アマチュアだと、相当多数の人は音楽を耳で覚えるんじゃないかしら。ならば、楽譜はそんなに読めなくても困りません。ポピュラー音楽の人は、原則、楽譜は使わないので、読める必要はありません(読めないよりは読めた方が便利とは言えます)。

 何はともあれ、読めなければいけない楽譜は読めるようにしましょう。でも、読めなくても良い難しい楽譜を読めるようなるために時間をかけて勉強する必要があるなら、人生は有限なのだから、その分の時間を別の事に使う方が良い…と私は考えます。

 できなきゃいけない事をきちんとできるようにする。楽譜を読むことだって同様です。必要ならば、きちんと勉強して楽譜を読めるようにする。読めなくても困らないなら、別に焦る必要はありません。それでいいじゃん。

 実際、ポピュラー音楽だと、一流のプロでも楽譜が読めない人ってたくさんいます。だって、読める必要がないもの。

 有名な話ですが、ビートルズの元メンバーであるポール・マッカートニーは、楽譜の読み書きが出来ないので、オーケストラから依頼があって、オラトリオを作曲した時に、彼は音楽を作る事はできるけれど、それをオーケストラの人たちが演奏できるような楽譜に書くことは出来ませんでした。なぜなら、彼は作曲した曲を、クチ三味線でメンバーに伝えてバンドサウンドを作っていたからです(ポピュラー音楽ではごく普通の事です)。

 ですから、ポールが作った音楽をオーケストラの人に分かるように楽譜に書き起こす必要がありました。そこでポールは、自分の音楽を楽譜に書く係として、クラシック系の作曲家であるカール・デイヴィスにお願いして作業を始めたら、完成した時には、いつのまにか共作者になっていたんだそうです。ポール曰く「彼は私の音楽を書き留めただけ」なのに、共作者として分前の半分を持っていってしまったわけで「ビジネストラブルが生じた」んだそうです。

 それに懲りたポールが、次作以降のクラシック作品の作曲では、他人と一緒に仕事をしない事にしたんだそうです。じゃあ、ポールは楽譜の読み書きを勉強したのかと言えば、答えはNOで、彼はその後は、ピアノとコンピューターを繋いで、彼がピアノで弾いたフレーズをコンピューターが楽譜に起こして、出来上がった楽譜を、コンピューターが音にしたものを聞いて修正するという手法でクラシック系の曲を作曲するようにしたのだそうです。そんなやり方で、ポール・マッカートニーは、数曲のクラシック系のピアノ曲やオーケストラ曲を作曲しているわけです。

 今では、クラシック系の音楽も普通に作曲しちゃうポール・マッカートニーだけれど、彼はいまだに楽譜の読み書きはできないんだそうです。だって、出来る必要がないんだからね。

 彼のような例もあるわけだから、必要最低限の楽譜が読めることは必要だろうけれど、それ以上は不要であると私は考えるわけです。

 実際、私が簡単な単旋律の楽譜が読めるようになったのは、必要にかられてです。

 歌しか歌っていなかった頃は、ほとんど楽譜は読めませんでした。だって、歌は耳コピーで勉強できるからね。きちんと楽譜が読めなくてもなんとかなりました。しかし、フルートは違います。フルートを耳コピーで演奏するのは、私には難しいです。やはり楽譜を頼りに演奏するしかないわけで、そうなってくると、必然的に楽譜が読めるようになってくるわけです。

 また、今やっているフルートのレッスンのうち、エルステユーブンゲンの学習は、このテキストを学ぶ事で自然と楽譜が読めるようになるので、それで私の読譜力が上がってきたというのもあります。

 なので、楽譜が読めないとお嘆きの方は、本当に楽譜が読めないと困るのか、もし困っているのなら、困っているのに読めないのはなぜか?…と考える必要があるわけです。

 実は楽譜が読めない事がコンプレックスであるけれど、でも読めない事で困っていないのなら…おそらく楽譜が読めるようにはならないと思います。楽譜が読めないと困る人…例えば、吹奏楽とかアマオケとかをやっている人は、すでに楽譜は読めるだろうから、楽譜が読めない事で悩む事なんて、ありえないと思うわけです。

 つまり楽譜が読めないと悩んでいる段階で…まあ、楽譜は読めないよりは読めた方が良いに決まってますが…楽譜が読めなくても、何とかなっているんだと思います。

 特に歌関係は、音源を聞いたり、音取りCDなどの世話になれば、楽譜はちゃんと読めなくても何とかなりますからね。何とかなっているなら、それでいいじゃんと私は考えます。また、ポピュラー音楽系の人は、基本(プロでも)耳コピーですから、楽譜が読めないと悩む時間があったら、耳コピーの精度を上げる方が大切だろうと大切だと思うわけです。

 結論 楽譜が読めないと悩むのはやめよう。読めないのは、読めなくても困っていないからです。もし本当に楽譜が読めないと困るのなら、とっくの昔に、楽譜は読めるようになっているはずだからです。

 でしょ?

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2017年3月21日 (火)

私は『カラオケ★バトル』が大好き!

 最近、な~んとなくハマっているテレビ番組があります。それはテレビ東京系列で放送されている『カラオケ★バトル』でございます。もっとも“ハマっている”と言っても、レギュラー放送を毎週おっかける程のファンではなく、たまに放送されるスペシャルだけを見ているという、なんとも中途半端なファンでございました。

 …と言うのも、私が好きなのは、いわゆる色々なジャンルのプロの方々がカラオケという同じ土俵同じルールで競い合うのが好きなのであって、別に子どもののど自慢やカラオケ自慢のアマチュアの歌は、どちらかと言うと苦手だからです。まあ、偏見なんだけれどね。

 同じ歌と言っても、クラシック声楽やポピュラーソング、ジャズや民謡や演歌じゃあ、それぞれ発声方法も違えば、歌のテクニックも違うわけです。本来は同じ土俵に上げちゃいけないくらいに違う歌なんだけれど、それらを無理やり同じ土俵に乗せて、統一したルールで格付けしちゃうわけだから、これが面白くないわけないです。

 いわば、格闘技で言えば、何でもありの総合格闘技みたいなものだからね。これが面白くないわけないんです。元関取対キックボクサーとか、空手家対プロレスラーとかね。ほら、ワクワクするでしょ?

 だから私は上手なプロたちが競う『カラオケ★バトル』が好きなのであって、子どもやアマチュアの歌を好まないのは、彼らはいわば“カラオケ”という同じ競技の中で戦っているからです。彼らの歌にはバックボーンの違いもなければ、テクニックのバリエーションも無いからね。ただただ、カラオケの上手さを競っているだけでしょ? それは私の好みとは違うのです。

 で、ジャンルの違う、本来ならば交わるはずのないプロ歌手たちを判定する統一ルールってのが、カラオケの精密判定ってヤツです。つまり、機械判定ね。人間の好みや感情やしがらみなどが一切加わらない、極めてフェアな判定方法です。だからこそ、ジャンルの違う歌手たちの判定ができるわけです。

 この機械による判定って、フェアと言えばフェアだし、極めて公平なんだろうけれど、聞いていて、かなり不満が生じるのも事実です。と言うのも、人間が判定していたら、低評価になってしまうだろう歌が高評価となり、逆に人間が聞いていたら、つい高い点を付けてしまいそうな歌に低評価(と言っても、番組に出てくる人たちは皆、超人的な高得点を取るので、その中での低評価であって、世間的には十分高評価なんだけれど…ね)を平気で付けてしまう事が解せないと同時に「機械で判定すると、こうなるんだなあ」と妙な納得をしてしまうわけです。

 機械は、音程とかリズムなどの正しさとか、適度の抑揚や歌唱テクニックの有無などをうまく聞き分けて採点しているようです。まあ、測定して数値化できるモノを採点しているわけです。でも、歌の要素には測定できない要素も結構あって、そういう要素はカラオケの精密判定からは除外されてしまうのですね。

 それは声の美しさであったり、滑舌の良さであって、エモーショナルな歌い方であったりする部分です。これらの要素は、人間が歌の上手さを判定する際には、かなり重要視される部分だけれど、機械で測定できない要素ですから、カラオケ★バトルでは、すっぽり抜け落ちてしまっていると思います。

 だから、聞いていて聞き苦しい声であっても高評価だし、感情のあまり入らない棒歌いであっても高評価を受けるわけです。そこらヘンは機械判定の限界かなって思います。でもまあ、すべてのジャンルの歌に通用する万全なルールなんて有り得ないのだから、今のカラオケの精密判定で、とりあえずは十分ではないかとも思っています。

 後、テレ東のマイクのシステムが、あまりに放送局ぽくって残念だなあと感じる時があります。特に、クラシック系の歌手の歌声がほとんど拾えていないのが残念。過入力で声が歪んでつまらない音色になっていたり、声の中に含まれている高い倍音(いわゆる、シンギング・フォルマントってヤツね)がほとんど拾えていなかったり、スタジオで生で聞いたら素晴らしいだろうと思われる歌声が、テレビだとやせ細った声でしか聞けないのは、放送だからだろうけれど、せっかくのハイビジョンなんだし、音声だって、もう少し高品位なモノで放送してくれたら感謝だよね。まあ、カラオケ★バトルはバラエティ番組だからね。マジな音楽番組、とりわけクラシック音楽番組レベルのものを要求してはいけないのだけれど、でも何とかならないからなあ…とは思うわけで、ちょっぴり残念です。

 でも、この番組、大好きですよ。ほんと、面白いです。

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2017年3月20日 (月)

吹奏楽とオーケストラの魅力の違い

 吹奏楽は、しばしば『弦楽のないオーケストラ』あるいは『安価なオーケストラ』と言われる事があり「所詮は、オーケストラの劣化コピーじゃないか」と悪口を叩く人もいないわけじゃありません。でも、それらの悪口には悪意しかなく、吹奏楽の姿を正しく理解しているとは言えません。

 もちろん、吹奏楽で演奏する曲は、ほぼすべてのオーケストラで演奏できるでしょう。だって、オーケストラの編成から弦楽器を抜いて、足りない打楽器や管楽器はエキストラで賄えばOKでしょ? 実際、アマチュアオーケストラだと、吹奏楽用の音楽を定期演奏会でかける事もしばしばあります(まあ、管楽器の多い団体が主ですが…)。でもやっぱり、オーケストラが演奏する吹奏楽曲は、吹奏楽団が演奏するのとは、ひと味違います。その風味の違いが、オーケストラの魅力であり、吹奏楽の魅力であるのでしょう。

 オーケストラと吹奏楽団、似ているようで、その音楽スタイルというか、バンドとしての個性はあれこれ違います。

 一番の違いは…音量へのこだわりでしょうか? とにかく、吹奏楽は音量が命と言うか、音量を味わう演奏形態だと思います。そこへいくと、オーケストラの場合、音量にはやはり限界があります。ストラヴィンスキーの楽曲などは、かなり音量的に吹奏楽に近いものも無いわけじゃないですが、アマオケなどで頻繁に演奏される、モーツァルトやベートーヴェン、ハイドンの交響曲など、吹奏楽と比べると、その音量なんて可愛いものです。むしろ、吹奏楽の音量の大きさは、オーケストラよりもロックバンドと比較した方がいいくらいです。

 二番目の違いは…音楽ジャンルへのこだわりの無さ…でしょうか? まあ、アメリカあたりに行きますと、オーケストラにも“ポップス・オーケストラ”というものがありますが、やはり我が国日本のオーケストラは、そこまで砕けてはいません。

 日本ではオーケストラが演奏するのは、オーケストラ用に作曲された、18~19世紀の古典作品ばかりです。一方、吹奏楽は、吹奏楽が得意とする行進曲はもちろん、オーケストラが普段演奏している古典作品(もちろん、吹奏楽用にアレンジされてます)も演奏すれば、流行歌やポップスの吹奏楽バージョンも演奏します。つまり、古典作品も演奏すれば、今時の作品も演奏するわけで、自分たちが演奏したい曲を演奏するという、音楽ジャンルへのこだわりの無さ…と言うよりも、間口の広さは、吹奏楽の楽しみの一つでしょう。ごく普通の一般人にとって、オーケストラが演奏する曲は、なにやら小難しい曲ばかりで親しみを感じられない事が多いですが、吹奏楽団のリストセットは、身近で知っている曲ばかりが並んでいたりするわけだしね。

 三番目の違いは…吹奏楽団って、案外、身近な存在である事かな? やはりオーケストラの演奏者はプロアマ問わず、音大卒業生がほとんどで、なかなかアマチュア演奏家がオケのメンバーになるのは容易な事ではありません。一般の人たちから見れば、オーケストラって、エリート集団なんですよね。一方、吹奏楽団は、音大卒業生と言うよりも、ブラバン経験者がバンドのメンバーの多く占めているわけで、それだけ一般人にとっては身近な存在と言えるでしょう。

 まあ、音大にもプラバンには縁のなかった人には、どうでもいい事かもしれませんが…ね。

 日本における音大卒業生と、ブラバン経験者の数ってのは、考えるまでもなく、圧倒的にプラバン経験者の方が多いわけです。音大卒業生はプロの演奏家はもちろん、音楽関係の職業に就いている人が多いですし、我々一般人がオケのメンバーと知り合うなんて事は、そうそうある事でばありません。

 その点、ブラバン経験者って、ブラバンをやっていたという事以外は普通の人だし、別に音大に行ったり、音楽関係の仕事に就いていたりする事も多くなく、また吹奏楽団のメンバーはアマチュアが圧倒的に多くて、我々の知り合いがバンドのメンバーだったりする事も案外多くて、知り合いを応援する…と言った感覚も吹奏楽を聞く際にはあります。

 オーケストラと比べると、やっばり吹奏楽は身近なんだよね。

 四番目の違いは、オーケストラは、プロアマ問わず、やはり都会にあるものですが、吹奏楽は演奏者の裾野が広いせいもあって、結構の地方に行っても演奏団体があるわけで、地方の人間にとっては、本格的な器楽音楽は吹奏楽でしか聞けない…なんていう環境もあるわけで、それだけ吹奏楽の方が広く行き渡っていると言えるでしょう。これには、吹奏楽が学校の部活動に根ざしているといった事情もあるわけです。オーケストラの主役である弦楽奏者たちは、教師不足もあって、地方ではなかなか生まれないですからね。

 とまあ、結論を言っちゃえば、オーケストラと比べた時の吹奏楽の魅力ってのは、身近である事。音量的に迫力があって、よく知っている曲を演奏してくれる事。知り合いが頑張っているのを応援する事でできる事、地方でも楽しめる事…こんな感じでしょうかね。
 逆に言えば、身近にオーケストラを始め、ロックバンドやジャズバンドやあらゆる音楽ジャンルのバンドが聞けるような環境にあると、なかなか吹奏楽を身近に感じる事が難しくなってくる…とも言えます。

 私が住んでいる地域だと、中学ではそこそこ吹奏楽部も人気がありますが、高校あたりになると吹奏楽よりも軽音楽部の方が元気があったりするわけで、中学で吹奏楽をやっていた子が高校では軽音楽部に移動するというケースも多々あったりするようで、そういう地域だと、なかなか吹奏楽も盛んにはなりづらいのかなあ…なんて思ったりします。

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2017年3月19日 (日)

インスタント味噌汁にハマってます

 私の毎日の昼食は、妻の作ってくれた弁当です。

 私が愛用していた弁当箱は、いわゆる土方のオッサンたちが持っているような魔法瓶タイプの弁当箱で、朝作って、昼に食べても、ご飯もおかずも味噌汁もホカホカでウマウマという弁当箱でした。

 このタイプの弁当箱、最近は無いんですよね。

 実は私が使っていた弁当箱の保温力が激減したんですよ。魔法瓶タイプなので、弁当箱が劣化して、保温性能がダメになったためと思われます。まあ、保温性能が無くなっただけで、弁当箱としては十分に使えるので、しばらくは使ってましたが、やはり壊れたものをそのまま使うのは良くないだろうという事で、弁当箱を買い換えることにしました。

 でも、従来型の製品がなくて、色々と検討した結果、最近、ちょくちょく見かける“ご飯は保温。おかずは常温。スープ入れは無し”という、量産型の弁当箱にする事にしました。内容量的には以前の弁当箱とほぼ同じですが、弁当箱自体は圧倒的に小さくなりました。今はおそらく、こういう小さな弁当箱が流行っているんでしょうね。

 まあ、食事の方は、それでどうにかなるとしても、以前の弁当箱についていたスープ入れが今回の弁当箱には無くなってしまいましたので、このままでは味噌汁が飲めません。この問題をどうにかしないといけません。

 当初は、別にスープボトル(広口の魔法瓶だね)を購入して、弁当箱とスープボトルの両方を携帯しましょう…って考えていたけれど、スープボトルって、案外高価だし、日々の荷物が増えるのは嫌だし、私は毎日水筒も持参している人なので、似たようなボトルが二本ってのもアレだし…というので、妻の味噌汁はあきらめる事にして、職場にスープ用のマグカップを用意して、そのマグカップにお湯を注いで、日々インスタント味噌汁を飲むことにしました。

 昔々まだ実家ぐらしだった時、弁当に味噌汁を持っていく事がまだ難しかったので、やはり職場のマグカップにインスタント味噌汁を作って飲んでいました。あの頃から、永谷園では顆粒の味噌汁がありましたが、あまり安くはなかったので、マルコメあたりから出ていた、生味噌タイプのインスタント味噌汁を飲んでいました。これが結構廉価で、なおかつ、普通に美味しかったんですわ。

 久しぶりにインスタント味噌汁を飲むことになって、当然、昔同様に、生味噌タイプの味噌汁から始めたのですが、商品研究が進んだのでしょうね、昔の味噌汁よりも風味が良くなっていて美味しくなったような気がしました。「月日が過ぎるのも早いものだなあ…」と思った次第です。

 で、さらに言えば、昔はちょっと高価で手が出なかった顆粒タイプの味噌汁も、今ではかなり値も下がり、生味噌タイプと変わらなくなったので、こちらも最近は飲むようになりました。顆粒タイプの味噌汁は…いいね。生みそタイプのモノよりも、さらに風味良く、出汁を強く感じます。生味噌タイプが家庭の味噌汁っぽい味付けなら、顆粒タイプは旅館の味噌汁っぽい味付けかなって思いました。どちらもなかなかのモノです。

 おかげさまで、毎日の昼食の味噌汁が楽しくなりました。今の時代のインスタント味噌汁に、ちょっぴりハマっている私でした。

P.S. 昔は顆粒タイプが高価で手が出なかった私ですが、今はフリーズドライタイプのキューブ型の味噌汁が高価で手が出ない私です。毎日飲むには、まだ高価だもんな、フリーズドライタイプの味噌汁は…。でも、きっと美味しいんだろうなあ…。

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2017年3月18日 (土)

汚れる水槽

 なんか最近、水槽が汚れるんです。最初は水槽の水が濁ってきた…?と思いました。そう言えば、夏場は毎週水換えをしているたのですが、この冬はちょっとおさぼりモードで頻度が下がってしまったので、水が目に見えるほどに汚れてしまったのかな? ああ、マズいなあ…とか思っていました。妻は「誰かが放精した?」とか思ったそうですが、ウチにいるのはみんな女の子なので、それは無いです。

 水槽の蓋を開けて、直接水槽の水を見てみると、さほど汚れていません。目で見えるほどの汚れがないどころか、pH測定器を使って汚れを測定しても、特に水が汚れているわけではありません。

 とりあえず、水そのものはOKです。

 ではなぜ汚れて見えるのか…それは壁面のガラスが汚れているからでした。いわゆる水垢がガラスの壁面に付着して、水が濁って見えるのでした。

 「水槽の掃除をサボっているからだよ」

 まあ、そうなのかな? でも、ウチの水槽は、人の手で水槽掃除をしなくても良い事になっています。つまり、水槽の中にお掃除屋さんたちがいるんですよ。で、ガラスの壁面の掃除担当は…巻き貝たちなんです。タニシや石巻貝たちが、その部分の掃除をすることになっているのですが…彼らの掃除の手が行き届いていないんでしょうね。

 理由の一つは寒いから。巻き貝も変温動物ですから、水温が低くなると動けなくなるんです。あとは、個体数の減少があります。なにしろ、ミドリ(黒出目金)が、タニシを毎日規則正しく一つずつ食べているので、あれだけたくさんいたタニシも、ここのところ、すごく目減りをしているわけです。で、今いるタニシだけでは、ガラスの掃除が行き届かない…という状況のようです。

 ヤヨイとシズカは主に水草を食い散らかし、ミドリはタニシを食べ尽くす。これが今の我が家の現状です。まあ、水草は食べ尽くしても、すぐに安いヤツをスーパーで買ってこれるからいいけれど、タニシはその時期に農家の方から、年に一回わけてもらっているのだから、そうそう簡単に食べ尽くしてもらっては困るんだよなあ…。

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2017年3月17日 (金)

印刷屋さんも厳しいね

 フルートのレッスンに行ってきました。前回のレッスンは風邪をひいてお休みしてしまったので、二週間ぶりのレッスンでした。この二週間、何をしていたのかと言えば、仕事と休養です。今、とにかく仕事は繁忙期なので、普段の数倍忙しいわけですが、それなのに風邪をひいて寝込んでしまい、仕事を溜め込んでしまったので、全然フルートの練習をしていなかったのですよ。参りましたね。ほぼ、ノー練習で臨んだ、今回のレッスンでした。

 先生には毎度の事ですが、練習無しでのレッスンで勘弁していただいてます。社会人だもん、練習せずにレッスンに来る…どころか、練習のためにレッスンに来るは有りにしてもらってます。

 そんなわけで、先生と一緒にレッスンと言うか、練習をしたわけです。

 ロングトーン練習は、ひとまずバッチリ。まあ、文句ない出来です。それに最近、なぜかフルートでの脱力が、なんかうまく言っているような気がします。

 エルステユーブンゲンは20番と21番です。20番は、先生からメトロノールでのテンポ指定をしてもらっているけれど…ううむ、ちょっとテンポに追いつけない感じ? 以前から、ちょっともたもたした感じだったけれど、練習せずに行ったら、すっかり指が回らなくなっておりました。いやあ、練習は正直だけれど、怠慢も正直だね。やればやるだけ上達し、やらなきゃやらないだけ下手になっていきます。こりゃ、おもしろい(涙)。

 先生から、テンポの指定はあるけれど、練習ではまずゆっくりのテンポでいいから確実に吹けるようにしておく事。出来るようになってから、テンポを徐々に指定どおりにしてくるように言われました。もちろん暗譜は必須です。

 21番はメトロノールでのテンポ指定は無いです。アンダンティーノだから、1音1音丁寧に確実に吹けるようにする事が目標です。

 プチエチュードは16番でした。前半部と後半部はまあ良しと言われました。肝心なのは、中間部です。この部分だけを徹底的に練習してくるように言われました。

 確かにこの中間部、うまく吹けないのですが、それは吹ける吹けない以前に、まだ私がこの部分をきちんと掴んでいないから…なんだと思います。おそらく音楽的にこの部分が理解できたら、なんとか吹けるんじゃないかなって思ってます。臨時記号やら装飾音符やら面倒くさい事が多い曲ですが、まずは曲の理解が最初だと思います。だって、自分のやっている事の意味が分からなきゃ、聞いている人はもっと分からないでしょうからね。

 今回の雑談は、印刷の話。

 プロアマ問わず、音楽家と印刷屋は切っても切れない関係にあります。

 発表会とか演奏会とかになると、チラシやらポスターやらチケットやらが必要になります。それらを印刷屋さんに大量に発注するわけですが、なにしろ分量がそれなりにありますから、ちょっとの価格差が大きな差になるわけで、皆さん結構印刷屋にはこだわりがあるようです。

 こと、値段に関して言うと、街の印刷屋ってどうなんでしょうね。

 以前は音楽家の皆さんも、街の印刷屋さんにチラシ等を頼んでいたわけだし、あっちこっちのお店から印刷仕事があったでしょうし、個人からだって、名刺の印刷とか年賀状の印刷などの仕事が、それなりにあったと思いますが、パソコンの普及で少量印刷の印刷(はがき印刷とか名刺印刷ね)の仕事は完全に無くなってしまったと思います。

 頼みの綱は大量印刷(ポスターチラシの類だ)だけれど、昨今はインターネットの印刷屋が紙代よりも安いくらいの値段で、印刷してくれるようになりました。こうなると、もう街の印刷屋の出番は無くなってしまいます。

 厳しいね、印刷屋さんも。

 H先生は、背に腹は代えられないと…今ではインターネットの印刷屋さんを愛用しているんだそうです。まあ、値段を考えるとそうなんだろうね。私は、個人の少量印刷は自分でやってますが、仕事関係の大量発注は…なるべく今まで付き合いのある出入りの業者に頼むようにしています。情がうつっている…と言うのもありますが、世の中は持ちつ持たれつだと思うんだよね。お互い支え合っていくって大切だと思うわけです。他にももっと安く仕事を引き受けてくれるところもあるんだろうけれど、お金に換算できないサービス(主に気働きだね)が出入りの業者だとあるわけで、それを含めて考えると、なかなか安いだけの業者には仕事は頼めないなあ…と思う私でありました。

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2017年3月16日 (木)

声楽は安易に習っちゃダメ

 昨日までは子どものピアノの話をしましたが、本日はオトナの声楽の話をします。

 漠然と…歌をもっと上手く歌えるようになりたい…と思って、教室のドアを叩くとします。どこの教室のドアを叩きますか? さすがに、民謡教室とか詩吟教室は、ちょっと違うって分かるので、これらの教室のドアを叩く人は、さすがにいないと思います。そういう意味では、民謡教室とか詩吟教室と言うのは、最初っからきちんとターゲットが絞られているので、教える方も学ぶ方も迷いがなくて幸せですね。

 たいていの人は、あれこれ教室を物色して、いくつかの教室を候補に上げるでしょう? その教室は…ボーカル教室ですか? カラオケ教室ですか? それとも、愛唱歌の教室ですか? 歌声喫茶の教室でしょうか? それとも、ヴォイストレーニングの教室ですか? 声楽の教室ですか?

 実は上記の選択肢は、よく似た教室を2つずつペアにして、それぞれ3つのジャンルの教室を列記したものです。

 最初のボーカル教室とカラオケ教室は、いわゆるJ-POPとかロックとかポップスとか歌謡曲とか演歌など、我々の身近な流行歌や定番の名曲の歌い方を学ぶ教室です。次の愛唱歌や歌声喫茶のグループは、歌を習うと言うよりも仲間づくりのための教室で、音楽ジャンル的には“学校の音楽の授業”的な歌、つまり愛唱歌…童謡や唱歌、世界の民謡などを習います。最後のヴォイストレーニングと声楽の教室が、いわゆるオペラや歌曲などのクラシック系の歌(ずばり、クラシック声楽です)を学ぶ教室です。

 この3つのジャンルは、実は全く違います。だってね…演歌と唱歌とオペラには共通点なんて、あってないようなモノでしょ? 演歌を上手に歌えるようになりたいのに、オペラの勉強をしても、それは全くの筋違いだし、オペラを歌いたいのに唱歌ばかりを歌っていてもラチがあかないわけです。自明の理です。

 だから、自分はどんな歌が歌いたいのか、まずはそれを自分で確認して、それから教室のドアを叩きましょう。うっかり、違うジャンルの歌を教える教室のドアを叩いてはいけません。それは学ぶ方も教える方も両方にとって悲しいミスマッチだからです。

 で、ここで陥りやすいのが、ヴォイストレーニングの教室です。普通の人の感覚なら、ヴォイストレーニングと聞けば『ヴォイス(声)をトレーニング(練習)する』教室だと思って、発声の基礎を徹底的に教えてくれる教室ではないかと錯覚するわけです。で、ここに通えば歌が上手くなると誤解してしまうのです。

 実はヴォイストレーニングの教室に言っても、必ずしもお望み通りに歌が上達するとは限りません。と言うのも、実は、ヴォイストレーニングの看板を掲げて商売をしている先生って、たいていクラシック声楽の先生で、そこでやるのは、クラシック声楽のためのヴォイストレーニングなのです。歌全般に渡るトレーニングをするのではなく、クラシック系の歌を歌うためのトレーニングをする教室なのです。で、その実態は、だいたい声楽教室だったりするわけです。まあだいたい、声楽の基礎クラスの事を『ヴォイストレーニング』と呼ぶのだと思っていても、間違いじゃないのです。

 たしかに、クラシック声楽のジャンルだけれど、ヴォイスをトレーニングする事に間違いはないので、別に看板に偽りがあるわけじゃないのですが、カラオケがうまくなりたいだけの、何も知らない初心者が、うっかり間違えてドアを叩いてしまいがちな、ミスリードを誘うネーミングであることは否定できません。

 「別に、クラシックはすべての基礎だから、カラオケが上手になりたいなら、基礎をしっかり学ぶという意味でも、最初はヴォイストレーニングの先生に習ってもいいんじゃないの?」

 これが楽器を学ぶのならば、正しい答えです。器楽では、クラシックであろうと、ポピュラーであろうと、楽器の基礎テクニックは共通していますし、基礎は基礎であって、最初はどのジャンルであっても、基礎を真面目にしっかり勉強すれば上達します。

 でも、歌は、ジャンルごとに発声が異なり、当然、基礎も異なります。

 ですから、自分が学びたい音楽ジャンルとは別のジャンルの歌の基礎を学んでしまうと、元々歌いたかった音楽ジャンルの歌が上達しないどころか、逆に上達から遠ざかってしまうし、下手をすると歌えなくなることだってあります。

 特にあなたが女性ならば、なまじクラシック声楽を学んでしまうのは、かなり危険です。なぜなら女性がクラシック声楽の基礎を学んでしまうと、カラオケが上手になるどころか、カラオケで歌えなくなってしまう事が多々あるからです。

 これ、ほんと。マジな話です。実際、クラシック声楽を学んだ女性歌手で、カラオケが苦手な人って、掃いて捨てるほどいるんですよ。それくらい、カラオケの発声と、クラシック声楽の発声は、全く違うからです。全然別種の、ある意味、真逆な発声なのです。たとえば、クラシックでダメと言われる地声や“胸に落ちる声”をカラオケ等ではフル活用しているわけだし、クラシック声楽のままで歌えるカラオケソングなんて、かなり限られているしね。

 同じ歌とは言え、違うものは違うのです。それは同じイヌでも、チワワとシベリアンハスキーはかなり違うでしょ? そんな感じです。でも、チワワもシベリアンハスキーも、どっちもワンちゃんだし、ペットにするなら可愛いでしょ? 可愛いと言っても、その可愛さは全然違うわけだし、日々のお世話の仕方だって、かなり違うわけです。

 歌も同様です。

 歌を上手になりたいと思ったら、教室のドアを叩く前に、まず自分がどんな歌を歌いたいのかを、きちんと見定めてから教室のドアを叩きましょう。安易に学び始めてはいけません。特に名称がわかりづらい“ヴォイストレーニング教室”は要注意です。

 繰り返しますが、ヴォイストレーニングはクラシック声楽の教室、つまり独唱を学ぶための教室です。自分が、カラオケを上手になりたいとか、合唱団員としてスキルアップをしたいとか、そういう願いを持っているなら、ヴォイストレーニング教室はお門違いです。まなじヴォイストレーニングの教室で、クラシック声楽の発声をしっかり学んでしまうと、カラオケは歌えなくなるし、合唱からは縁遠い声になってしまいます。

 カラオケの上達を願うなら、カラオケ教室とかボーカル教室がいいと思うし、合唱団員としてのスキルアップを目指すなら、いっそソルフェージュ系の教室で基礎を学んだ方が良いかもしれません。あくまでも、ヴォイストレーニングの教室は、クラシック声楽の基礎を学び、やがては、オペラとか歌曲とか、それらの歌を学びたいという初心者の方々のための教室なのですよ。

 ちなみに、クラシック声楽って、楽しいですよ。クラシック声楽は、娯楽であり芸術であるのは当然として、実は声のアクロバットでもあるんですよ。私は、カラオケよりも、ずっとずっとクラシック声楽の方が楽しいなあって思ってます。だから、一人でも多くの人がクラシック声楽を学んで欲しいと思ってます。だからこそ、うっかりドアのノックしてガッカリして失望して欲しくないのですよ。

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2017年3月15日 (水)

ピアノはなるべく早めに辞めさせた方が良い

 ピアノは、子どもの習い事としては、代表的な存在だと思います。水泳、英語・英会話に続いての、堂々第3位にランキングされる(こちらのサイトを参照しました)くらい、ポピュラーな習い事だと思いますし、実際に多くの子どもたちが、街のピアノ教室でピアノを学んでいると思います。

 4位や5位の体操や学習塾(つまり勉強だね)まで含めて考えても、ピアノって、ちょっと異質な存在だと思います。

 ピアノって、異様にハードルが高くないですか?

 水泳にせよ、英会話にせよ、体操にせよ、達成感を得るというか、ひとまずのゴールにたどり着くと言うか、ざっくり言えば「泳げるようになった!」とか「(その年令なりに)英語が話せるようになった!」とか「体操得意になった!」と言えるまでにかかる期間と、「ピアノが弾けるようになりました!」と言えるようになるまでの期間が違いすぎるような気がするのです。

 一例を上げれば、水泳なら、子どもが息継ぎを上手にして25mを泳げるようになったら、ひとまず「ボク、泳げるようになったよ!」と本人も思うし、親だって喜べるわけです。

 で、この25m泳げるようになる期間を考えるなら、個人差はあるにせよ、小学生くらいならば、早い子で数日から1~2週間ぐらい、普通の子で1ヶ月ぐらい、遅くとも3ヶ月も水泳を習っていれば、大抵の子は25m泳げるようになるようです。3ヶ月を過ぎてもまだ25m泳げるようにならない子は…泳げないまま水泳を辞めてしまうか、数年間頑張ってやっと泳げるようになるようです。そう、たった25mであっても、泳げるようになるまでに数年かかってしまうわけです。

 つまり、水泳ならば、3ヶ月とか半年習えば、その子が泳ぎに向いているかどうかが分かるわけで、そこから先は、本人の意思や家庭の経済事情で決めればいいのです。場合によっては、方向転換だってありです。人間、泳げなくても死にません。才能、あるいは適性が無いのに、時間とエネルギーを費やして、何も得られないよりは、その子の才能が発揮できる別分野のモノに時間とお金を使えばいいのです。

 これは水泳に限らず、英会話だって、体操だって、3ヶ月とか半年とか習えば、だいたいその子の適性は分かるものです。適性が無いのなら、もっとその子を活かせる道を親子で探すべきです。

 たかが3ヶ月と考えてしまうでしょう。たった3ヶ月で何が分かるんだってね。

 確かに、オトナにとっての3ヶ月とか半年なんてのは、ごく短い時間ですが、子どもにとっての3ヶ月とか半年って、実はかなり長い年月なんですよ。

 例えば、8歳の子(小学校3年生)にとっての3ヶ月と言うのは、人生の1/32の期間にあたるわけです。これを50歳のオトナの人生に換算すれば、約19ヶ月…1年半強の時間に相当するわけです。1年半って、そんなに短い期間じゃないし、適性を判断するには十分な時間でしょ?

 ここで問題なのは、水泳や英会話や体操なら3ヶ月とかせいぜい半年とかで、その子の適性が判断できるとしても、ピアノは3ヶ月とか半年とかで適性が分かるものなのか…って話です。

 ピアノって、ある程度弾けるようになるまで…、つまり、本人も親も「ピアノ? はい、弾けますよ」と即答できるようになるまで…って、たぶん時間がかかるんじゃないかな? 小学校入学と同時にピアノを始めて「部活が忙しい」とか「勉強が大変」などの理由で中学に入る頃にピアノを辞める子が多いと聞きますが、この子たちが、ピアノを弾けるようになってから辞めたのか?…と言えば、かなり厳しいんじゃないかな? 6歳から始めて12歳までのピアノを習っていたと言う事は、12歳の子にとっては、人生の半分の時間を費やしてピアノを学んでいたわけだけれど、人生の半分を捧げたにも関わらず、ピアノから、それにふさわしいだけの見返りを受け取ったのかと言えば…バッチリピアノが弾けるようになった子もいるだろうけれど、いやいや全然弾けるようにはならなかった子だって、たくさんいるわけで、そんな子にとっては、ピアノに費やした時間を、もっと適性のある別の事に使って、本来持っている才能を開花するチャンスが逃してしまったとしたら、それは不幸でしかないわけです。

 ピアノは習得に時間がかかります。ほんと、ピアノはある程度弾けるようになるまで時間がかかる、ある意味、厄介な芸事です。その子に才能や向上心があるなら、多少時間がかかろうが、最終的にはモノにするでしょうから良いとしても、そうでないのなら…例えば、明らかに適性も才能もないのに、親の見栄のためとか、子守代わりにピアノをやらせているのなら、なるべく早めに辞めさせた方が良いと思います。特に子どもがピアノに大した興味もなく、ただ惰性で習っているだけなら、今すぐにでもピアノは辞めさせた方が良いと思います。

 習い事なら他にもたくさんあるわけだし、ピアノ以外に、その子の適性や興味にあったモノがあるはずです。

 ピアノを長い間習って、でも結局ロクに弾けるようにならなかった子なんて、掃いて捨てるほどいます。

 実はウチの息子君がそう。小学校入学から中学校卒業まで9年間、まあ、そこそこ真面目にピアノをやったけれど、全く弾けるようにはなりませんでした。小学生の頃は、音楽大学に行きたいみたいな事を言ってた子だし、歌は人並み以上に歌えるから、音楽の才能が無いわけでは無いと思うのだけれど、ピアノの才能が無かったんだと思います。

 しかし、15歳でピアノを辞めるまで、人生の半分以上の時間をかけてピアノを彼なりに頑張ったわけだけれど、結局、ピアノは弾けるようになりませんでしたし、本人に「お前、ピアノ弾けるだろ?」って尋ねると「弾けるわけないじゃん!」と強く否定するほど、何の達成感もピアノからは得られなかったわけです。

 ほんと、息子にとって、ピアノを習ったていた事は、人生の浪費だったかもしれないし、親のフトコロ的には明らかに大きな損失でした。

 まあ、親としては、息子を見ていて、3~4年生あたりで「こいつ、ピアノの才能、無いな」と見切ったのですが、本人がぜひピアノを習い続けたいと言い張ったので、中学卒業までヤラせたのだけれど、やっぱりモノになりませんでした。才能がないヤツは、いくら頑張ってもモノにはならないね。

 まあつまり、私が息子のピアノの才能を見限るまで、3~4年かかったというわけです。息子は水泳も習っていたし、こっちも全然才能が無かったのだけれど、まあ半年ほどで見限って、1年習って、やっと25m泳げるようになった所で辞めてもらったけれどね。ほんと、ピアノは水泳と違って、習得にも見限るに時間がかかる厄介な芸事だと思います。

 だから「ああ、こりゃダメだ」と思ったら、できるだけ早期にピアノを辞めさせて、次に駒を進めるのが、子どものためだと私は思います。ウチの場合、ピアノを切り捨てるのに、ちょっと時間がかかってしまって、それで次に進めさせてあげられなかったのが、親として心残りです。他にも試すべき事は色々あったのにね。まあ、救いは、歌の才能を見つけてあげられた事…かな。歌は今でも歌ってますし、コンスタントに舞台もやってます。プロにはなって欲しくないけれど、人生の彩りとして歌えることは彼にとって幸せだろうと思います。

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2017年3月14日 (火)

練習は無理強いするべきなのか?

 よく話題になるのが『ピアノを習っている子が全く練習しない』ってのがあります。これはある意味、自然な姿であって、自分から率先してピアノの練習をする子は、本当にピアノが大好きなのか、ピアノしか楽しみがない子なのか、あるいは親の顔色をうかがえるだけの知恵のある子なのか、ただの変人なのか…まあ、そんなところでしょう。

 今の世には娯楽がたくさんあります。一方、時間には限りがあるわけで、今時の子どもたちは結構忙しい毎日を過ごしているわけで、自由に過ごせる時間なんて、案外少ないわけです。その少ない時間に、ピアノの練習をしないといけないと分かっていても、ついついテレビ見たり、マンガを読んだり、友達と無駄話をしたり…なんて、しょーもない事に時間を使ってしまうのが、普通の健全な子どもなんです。だから、ピアノを習っているのに練習しない子がいても、それはピアノがキライというわけではなくて、ただ優先順位的にどうしてもピアノの練習が後回しになってしまい、練習がなおざりになってしまうというだけの話で、これは普通にあるわけです。

 でも、親としては、それはダメですよね。月謝払ってピアノ習わせているのに、練習をちっともしなかったら、なんか月謝がもったいないような気がするし、第一、母親ってのは子育てに真面目な方も多くて、そんな我が子のちゃらんぽらんな姿を見ていると、言い知れない怒りがフツフツと湧いてくるようです。

 で、怒り心頭し、子に練習を無理強いしてしまうわけです。

 子どもにも色々なタイプの子がいます。言われて始めて気がついて「ああ、そうだ。私はピアノの練習をしなければいけないんだっけ」と思い出して、いそいそと練習を始めるタイプの子もいるでしょう。そういう子に練習をしなければいけないと伝える事は必要な事です。でもね、単純に、優先順位の問題でピアノが後回しになっている子に対して、練習を無理強いすると言うのは、要するに、その子の優先順位を強制的に変更させる事であって、そんな事が度重なれば、子どもの中に不満やストレスが溜まっていきます。

 直接的に反抗的な態度に出る子もいるでしょうし、面従腹背な子もいるでしょう。どちらにせよ、ピアノを習っているために嫌な思いをするわけですから、強制的に練習をさせ続けていたら、やがてピアノ嫌いな子になるだけです。それじゃあ、本末転倒です。

 要は“強制”とか“強いる”とかがダメなわけで、練習そのものを子にさせる事は、ピアノを学んでいる以上、必要だし大切だと思います。

 ではどうするべきか? 待っているだけじゃ、子どもって絶対に練習を始めません。

 一つの方法として、生活の中に練習を組み込むのは、いかがでしょうか? 例えば、学校から帰ってきたら、まずはピアノの練習をして、次に宿題をして、それから遊びの時間が始まるとか…、ピアノの練習をしてからオヤツにするとか…、毎日午後5時になったら必ずピアノの練習をするとか…。ピアノの練習をそういう生活習慣の中に組み込むというのはいかがでしょうか?

 あるいは、子どもが遊びで夢中になっていてピアノの練習を始めないなら、親が楽しくピアノを弾き始めてしまうというのはいかがでしょうか? 特に幼い子どもは、オトナが楽しげにしていると、それ自体に興味を持ってやってきますから、やってきたところでピアノの練習を始めるという手もあります。

 それでもピアノの練習をしてくれない子もいるでしょう。そんな子を見ると、親もイライラしますが、ピアノの練習って、毎日しないといけないのでしょうか? 別に職業ピアニストになるわけじゃないのなら、毎日練習しなくても大丈夫でしょ? もちろん、練習しなければ上達しません。これは仕方がないです。ピアノのレッスンは、その子のペースで行うしかないと思いますよ。

 普通の子なら、ずっとずっと練習をしないままって事は、たぶん無いと思います。子どもにも良心がありますから、あまり練習をサボっていると、なんか悪い気がしてきて、そのうちに練習を始めるものです。それでも一向に練習をしないのなら…ピアノが向いていない子なのかもしれません。それはそれでまた別の問題ですね。

 とにかく、子どもに練習を無理強いしても、良い事は一つもありませんから、無理強いはするべきではないと思います。

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