ひとこと

  •  今まで御大層な御託を並べていた方が、ブログを削除して消えちゃった…って事は、今まで大声でおっしゃっていた事が間違いだったという事を認めたって理解していいんだよね。単に忙しくなっただけなら、ブログの過去の発言を削除するって事は…ないからね。あれこれヤバイ発言があるから削除しちゃったんだよね。別に私は彼と対峙していたわけではなく、むしろ愛読者として、時折、生暖かく見守っていたわけだけれど、痛くて面白いブログが一つ無くなって、ちょっぴり残念です。復活しないかな?
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2018年7月16日 (月)

たかが発声ですが、難しいですね

 声楽のレッスンに行ってきました。まずはハミング練習からです。

 ハミングには大きな声はいりません。むしろ大きな声でハミングをしようとすると、どうしてもノドに力が入ってしまうので、大きな声はいらないのです。それよりも、たとえ小さな声であっても、しっかり支えられた息で歌う方が全然大切なのです。高いポジションで軽く歌う…そのためには、しっかり鼻を使って歌うのです。

 高い声で歌おうとすると、私、ついつい眉間にシワが入ってしまうのだけれど、眉間にシワが入ってしまうと、眉間付近が閉じてしまうので、それは無しです。むしろ眉間は開いて、眉間から声が出ててしまうくらいの感覚で歌うのです。それが高いポジションで歌う事にもつながっていきます。

 さて、次は発声練習です。今回も、鼻をしっかり使うことを重点的に練習しました。鼻声を恐れずにしっかりと鼻に息を通して、鼻腔の響きで歌います。そしてそれができたなら、次は鼻よりも高いポジションで声を出していきます。先生曰く「鼻の上で歌ってください」ってヤツです。鼻で歌うのですから、やっとやっとですから、鼻の上で歌うのは、それこそコペルニクス的転換ってヤツです。

 そして声は前に出すのではなく、一度後ろにグルリと回してから前に出します(ジラーレ?)。高いボジションから声を後ろに回して、声帯は楽にして、腹をしぼって声を出すのです。

 上行フレーズでは、クチを開けていく事で音程を高めていきます。そうやって声帯の負担を減らして歌う癖を付けるのです。決して息の勢いで音程を高くしてはいけません。

 歌って、どんな歌い方でも歌えると言ってしまえば歌えるわけです。ただ、プロの場合は、なるべく楽に消耗の少ない、それでいて聞きやすい声で歌わないといけないわけだし、それが理想の発声なのです。オペラという長丁場を、最後の最後まで楽に余裕をもって歌えるのが、プロとしての最低条件のようですし、我々アマチュアはプロでは無いとは言え、彼らを模範として、楽な声で歌えないといけないのです。

 なので、なるべく声帯の負担を減らして、楽に歌える癖をつけるのです。以前の私のように「最初っから最後までクライマックス!」みたいな歌い方は厳禁なわけです。最後がクライマックスなのは良しとしても、最初っからクライマックスじゃあ声が保たないって…。

 で、さらに舌根ですね。舌根を下げて歌う癖をつけていくわけです。いくらクチの奥を開いてスペースを作っても、舌根が盛り上がって、そのスペースを塞いでしまえば、元も子もないわけです。舌根を下げて歌うのです。

 鼻を使え。眉間は開け。声は後ろに回してから鼻の上から声を出せ。しっかり腹筋で支えろ。クチの奥を開け。舌根は寝かせろ。楽に歌え。たかが発声ですが、難しいですね。

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2018年7月15日 (日)

本物の撮り鉄を見た!

 私は音楽が趣味ですが、世の中の趣味人の中で、多数を占めているのは、車関係の方と鉄道関係の方なんだそうです。と言うのも、これらの2分野に関しては、雑誌の売上げ等がすごくて、他の追随を許さないほどなんだそうです。

 ナンバーワンが車で、二番目が鉄道…。みんな乗り物が好きなんだね。

 ま、いくらたくさんいても、私自身が車にも鉄道にも興味関心が無いせいか、そういう方々との接点はほぼ無いんです。私にとっては、車も鉄道も“移動の時に使うと便利な箱”程度の認識なんです(ごめんね)。

 そんな私が、先日、本物の撮り鉄の方々を目撃しました。本物は違うね、熱量が全然違うね。

 あれは、翠千賀氏のカルメンを見に行こうとして、小田急に乗り換えた時です。ホームに上がるや否や、何か特別な雰囲気を感じました。ホームのあっちこっちに、精神的に熱量高めの方々がカメラを構えて、あっちこっちにいるんですよ。なんとも、不思議な感じでした。

 彼らが撮り鉄な方々だとは、まだその時は気づかなかった私です。だってさあ、電車の写真を撮る人がいるなんて、すぐに思いつかなかったんだもの。この人たち、カメラを持っているけれど、何撮るんだろ?って、素直に疑問に思っていたんですよ。芸能人でもいるのかな? この近所で映画の撮影でもしているのかな? …なんてね。

 そうしたら、ホームに電車が飛び込んできました。通過列車のようでしたが、その電車は…見たら、昔懐かしい、最近ではトンと見かけなくなった、昔っぽいロマンスカーでした。業界用語(?)で言うところのLSEで、この車両のロマンスカーって、2018年7月10日がラストランで引退だったんだそうです。私が見かけたのは、その引退日のほんの数日前の話で、走るLSEを見れる残り少ない貴重なチャンスだったんだろうと思います。なので、その日のその時を狙って、撮り鉄の方々が写真を取りに来ていたわけです。

 なんであれ、熱心な趣味人は熱いね。カラダから出ているオーラが全然違うんですよ。私のような門外漢であっても「あの人たちは、我々とは違う…」というのが分かるほどです。

 電車を写真撮影するという行為に関しては、実に理解不能な私ですが、一つの事に夢中になる趣味人の生き方にはシンパシーを感じます。

 撮り鉄の方々、かっこいい。私はあそこまで趣味に熱中しているか? 自分もあんな強いオーラを出しながら音楽に関わっているのかな…なんて、ちょっぴり自分を省みてしまいました。

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2018年7月14日 (土)

こんな子、知らない!

 最近の我が家の水槽には、購入した覚えのない金魚が泳いでいます…と言うと、ちょっと言い過ぎなんですが、本当に、見覚えのない金魚が堂々と泳いでいるのですよ。

 その子の名前は、ルデンです。

 以前、ルデンが汚くて…という話を記事にしましたが、今のルデンは、めっちゃめっちゃキレイになってしまいました。以前あった、黒とかグレーとかの要素は全く無くなり、渋めの金色だった体色も、今や全身、光り輝く少し赤みを帯びたイエローゴールドになってしまいました。つまり、24Kの輝きです。いやあ、まぶしいまぶしい。

 ルデンは、本当に黄金色の金魚になってしまいました。

 今思うに、やはりルデンは、我が家に来た時は、まだまだ幼くて、稚魚に毛の生えた程度の子だったのだと思います。ほら、金魚の稚魚って、たいてい真っ黒だもの。で、真っ黒な体色が、成長するにつれて、本来の体色に変化していくわけで、なんらかの事情で、ルデンは成長が止まっていたのかもしれません。で、我が家に来て、夏を迎えるこの時期に、止まっていた成長が、突然再開して、ぐいぐいとオトナになっていったのだと思います。

 そう思わないと、今回の件は合点が行きません。

 それはともかく、ルデンは、名前の通り、全身光り輝くゴールデンな金魚になってしまいました。

 もっとも、素晴らしいのは体色だけで、体型は…相変わらず不格好なままです。骨格的には…らんちゅうなんだけれど、背びれはあるし、頭の肉瘤は無いし、薄べったいし、らんちゅう的な特徴はあまりありません。なんとも中途半端な体型です。さすが、ミックス金魚(雑種な金魚のことね)です。まあ、雑種であって体型は残念だけれど、体色は素晴らしいのです。ま、人間も金魚も、一つでも取り柄があれば、それでいいじゃん…と私は思ってます。

 それくらい、ルデンは光り輝いていて、美しいのですよ。

蛇足 今は光り輝くイエローゴールドなルデンですが、よくよく見てみると、日々、赤い色味が増えているような…。光の加減では、イエローがオレンジっぽく見える事すらあります。妻曰く「これから赤が濃くなってくるんじゃないの?」 いやあ、これで赤が濃くなって、金色な金魚がオレンジ色になったら…ただの駄金じゃん。カタチがダメな上に、色まで安っぽいオレンジになったら、ただの駄金じゃん。もしも、たった一つの取り柄が無くなってしまったら…まあそれでもウチの子だけれど、他の子が立派なだけに、とても残念な存在になってしまいそうで、私はちょっと恐れています。

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2018年7月13日 (金)

大雨の中、レッスンに行ってきました

 大雨の中、本当に大雨の中、レッスンに行ってきました。この日の当地は、80mm/h以上の雨が降り、スマホに豪雨予想が届いていました。レッスンに行こうと思って、玄関のドアを開けたら、目の前に水のカーテンがありました。

 一応、長靴履いて、大きな傘を持っていた私ですが、この大雨にはビビりました。正直、大雨を理由にレッスン休んじゃおうかな…と一瞬、心によぎりました。ここで、妻が心配する言葉の一つでもかけてくれたら、これ幸いとレッスンを休んでしまったと思いますが、妻は「行くの?」と、いつものように言っただけ…別に私には興味も関心もないようでしたので、雨の中、レッスンに出かける事にしました。

 お教室までは、徒歩で約10分でしたが、傘はあまり役にたちませんでした。と言うのも、傘の布を雨が突き抜けて、私の頭に注いでくるんですもの(涙)。おまけに、ズボンが濡れてしまい、濡れズボンを経由して長靴の中まで雨が入り込んで(涙)。楽譜はカバンの中に入れていたのですが、カバンは雨には全く無力で、楽譜はびしょびしょに。フルートだけは、フルートカバーはぐしょぐしょになりましたが、ケースの中までは雨は入り込みませんでした。

 当然、私は濡れ鼠となりました(涙)。濡れたまま、冷房のよく効いた部屋に入ると…めっちゃ冷えます(涙)。

 ちなみに、楽譜は濡れると、裏写りするんですよね…。ただでさえ老眼で楽譜が読みづらいのに、裏写りした楽譜なんて、ほとんど読めません。ああ…。

 とにかく、そんな最悪のコンディションの中(でも、心は決して折れなかったよ)、3週連続のレッスンに臨みました。いやあ、最近は3週連続で休む事はあっても、3週連続でレッスンに行く事なんてなかったから、すごいねえ…。

 ロングトーンは…最初はあまりバッチリではありませんでしたので、途中で頭部管を少し入れて音程を調整し、それでもまだうまくいかない感じがしたので、さらに途中でまた頭部管を入れ直すという荒業をやったら、やっとバッチリになりました。やっぱり、雨でずぶ濡れだと平常心を保っているようで、どこかおかしくなっているのかもしれません。

 エルステユーブンゲンは、いつもの23番と24番。暗譜どころか、あっちこっちミスブローを致しました。全然ダメです。

 プチエチュードは19番。途中で何度も、フルートの運指を忘れて、頭真っ白になるという事を経験。ああ、かなり末期的な状況になっているのかもしれない。吹けるところは吹けるのだけれど、吹けないところはどうにもならないのです。ずっとずっとこの曲を吹き、全然上達しません(練習していないのだから当然です)。すでに閉塞感すら漂っております。やっぱり練習しないとダメだよね。

 40リトルピーセズは14番なんだけれど…全くお話になりません。全然、吹けません。もう、嫌になってしまうよ。

 で、ヴォカリーズは…これはまあまあ吹ける。もちろん、全然吹き込みが足りないので、安定感はないけれど、まあ、いける。自分一人で吹くと、リズムを数えるので一生懸命になってしまうけれど(今回は先生がピアノを弾いてくれたので)ピアノを聞いていれば、和音の変わり目とかがヒントになるので、数えなくてもきちんと吹けるのかいいです。ああ、ピアノと合わせる方が、一人で練習するよりも楽でいいや。

 で、今回は新曲をもらいました。合宿で吹く、アンサンブルの曲です。今年は、ジョップリンの「エンターティナー」のサードフルートを担当する事になりました。ちなみに、フルートトリオでの編曲なので、一番下を吹くわけです。自分のパート譜だけしかいただいていませんし、サードにはメロディーのかけらもありませんので、自分が何をやっているのかは、合宿当日に行くまで分からないという、なんともワクワクな状況となっています。

 次回のレッスンからはエンターティナーも入ってくるので、今週中に譜読みをしておかないといけません。練習している暇なんてないのに(笑)、ああ、忙しい。

 で、今回の雑談は…無し。ちょうどレッスンが終わった頃、雨が奇跡的に小降りの状態になったので、先生、急いで帰ることしたのです。なので、雑談はありません。小降りだし、私もちょうどいいやと思って帰りましたが、当然、途中でまたまた大降りになり、すっかりカエルのようになりました。で、家に着く直前にまた、雨が止む…という、雨の神様にいじわるされているような感じを受けました。

 神様、私は何か悪い事をしましたか? 悪いことは…毎日心の奥底で考えていますが、それをクチに出した事はありませんし、行動にも移した事はありませんが、それでも神様は私にバツをお与えになろうとおっしゃるのでしょうか?(涙)

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2018年7月12日 (木)

最近、やたらとむせます

 標題のとおり、最近やたらとむせるんですよ。ゲホゲホ。

 原因は…老化? ちょうど私ぐらいの年齢あたりから、老化でむせる人が多くなるって、あっちこっちの医療系のブログに書いてあります。いやあ、老化現象か、仕方ないなあ…とばかりは言っていられません。

 むせる原因は…その手のブログによれば、誤飲が原因とか。つまり、食べ物や飲み物、挙句の果てには自分の唾液とかを飲み込むのが下手になって、それらが本来、食道に行かないといけないのに、うっかり気道に入ってしまい、それでゲホゲホむせる…という話なのです。

 で、こういうよくむせる人は、遠からず誤飲性肺炎を起こすんだそうですし、肺炎というのは、老人の死因の第3位というわけで、このままでは、私もそう遠くない未来に死んじゃうみたいです。ま、仕方ないね。

 私が子どもの頃の老人の死因と言うのは、老衰・ガン・脳卒中って感じだったのに、今や、ガン・心疾患・肺炎なんだって。肺炎、恐るべし。

 もっとも肺炎って、人々の口の端に上がらなかっただけで、老人の死因の4~6位圏内には常に入っていたそうで、昔から死病の一つだったそうです。ちなみに、現在の4~6位は、脳血管障害・老衰・不慮の事故なんだそうです。不慮の事故って何?

 たまに逆流性食道炎(ってか、胃液がノドに上がってくる)もあるし、私、割と年中、ゲホゲホゴホゴホやっている感じがします。あんまりゲホゲホやって、腰がしびれちゃう時もあります(咳って全身運動なんですね)。

 むせると声帯が痛むんだよねえ…。

 で、昨今、四六時中むせるようになった私ですが、そこで思い出すのが、キング先生の言葉です。キング先生のところを辞める少し前ぐらい(まだそんなに関係が悪くなっていなかった頃)に「すとんさん、そのうち、よくむせるように…なるよ!」と言われた言葉を思い出します。

 むせるって何? よくむせるってどういう事? …とむせ知らずの頃はそう思っていましたが、キング先生の予言(呪い?)は当たり、今や四六時中ゲホゲホやってます。

 なぜあの時、キング先生は私がむせるようになると予言できたのか? その理由を知りたいです。まあ、本人に尋ねればいいのでしょうが、私、あの人の声を聞くだけで、さんざんいじめられた思い出がフラッシュバックして、心臓がバクバクしちゃうので、聞けません。一種のPTSDなんだろうね、先生の立場で生徒さんをいじめちゃダメだよね、そんなイジメはイジメのみならずパワハラだしね。ま、そのおかげで、Y先生という、普通に良い先生に師事できるようなったわけだし、世の中はポジティブシンキングで行くしかない。

 まあ、自分の様子を観察してみるに…逆流性食道炎っぽい症状は、食べてすぐ寝てしまって、ウシになってしまうからなるんだよなあ…って思います。なるべく食休みを取るように心がけているのだけれど、でも食べてすぐ寝るのって…至福なんだよね。

 あと、普段のゲホゲホは、食べ物が気道に入ってむせる事が無いわけじゃないけれど、それよりも食べている時に、食べ物がクチの奥ってか、ノドの入り口ってか、そのあたりにあたって、刺激されて、思わず反射行動としてゲホゲホやってしまっているような気がします。反射行動じゃ仕方ないけれど、以前は食べ物がクチの奥に当たらなかった…のかな? 急に反射行動が始まるわけじゃないから、私のクチの開け方が最近変わってって事なのかしらね?

 どちらにせよ、あまり良い事ではないので、気をつけたいし、解決策があるなら知りたいです。

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2018年7月11日 (水)

努力は必ずしも報われるものではない

 「努力は報われるものだ」という信仰が、我々にはあります。

 だから親たちは自分の子たちに「勉強しなさい」と命じるわけだし、スポーツのコーチたちは選手たちに厳しい特訓を課すわけです。頑張った分だけ結果は得られる…ってわけです。

 「努力は報われるものだ」という信仰は、だいたいの場合、真理であると言っても良いと思います。例えば、百マス計算とか漢字ドリルとか、やればやっただけ効果が出てきます。鉄棒の逆上がりとかも、努力しているうちに、必要な筋力が付いてくるので、できなかった子もできるようになります。パソコン等のタッチタイプだって、努力すればできるようになります。ちなみに、私は二十代の頃に3週間でマスターしましたよん。

 その子が持っている実力のうち、まだ開花していない分を咲かせるためには努力が必要だし、そうする事で、その子は持ち前の力を十分に発揮できるようになるわけです。だから「努力は報われるものだ」という信仰は真理なのです。

 でもね、何でもかんでも努力さえすれば叶うわけじゃないんです。努力だけじゃ手の届かない事だってあるんです。

 例えば、その子の潜在能力以上の成果は努力では得られません。いくら努力を積み重ねたとしても、その子が持って生まれた潜在能力の範囲内の成果…それが最大限の成果であっても…それを越える成果は得られません。

 高い潜在能力を持っている子は、努力次第で、かなり高いところまで登っていけますが、それほど高くない平々凡々な潜在能力しか持ち合わせていなければ、いくら努力して、その程度の成果しか出せません。

 この潜在能力の事を、一般的には“才能”と呼びます。

 つまり、努力はその子が持っている才能の上限までにしか有効ではないのです。

 なので『下手の横好き』という言葉があるわけですね。いくら大好きであっても、才能がなければ、いくら努力をして、経験を積み重ねても、そんなに上達しないってのも、真理なわけです。

 例えば、音楽の演奏とか…ね。私は音感が無いから、音程がいつも甘いし、音感が無いから、すぐに他人の歌につられちゃうわけです。音感が無いから、ポピュラー音楽的なハモリ(コードの中の音程を自由に歌ってハモる)は得意だけれど、クラシック音楽的なハモリ(楽譜に書かれているフレーズを正確に歌ってハモる)は苦手です。

 なんだかんだ言って、もう30年近く歌ってますが、クラシック音楽的なハモリは、やっぱり苦手だし、合唱の才能はほとんど無い私です。

 でも合唱、全く歌えないわけでもないんです。と言うのも、合唱って、パートの中に埋もれて歌えるので、そういう中に埋もれてしまえば歌えないわけじゃないんです。問題は、パートの中に埋もれきれない時…です。なので、小さな合唱団とか、あまり上手ではない合唱団には近寄らないようにしています。だって、そんなところじゃ、私、埋もれる事できませんからね。上手くて大人数の団…そういう団ばかりを渡り歩いてきました。

 と言うわけで、好きだけれど、私には合唱の才能はかなり無くて、限定的にしか歌えません。ああ、残念。ちなみに、ハモリの多い重唱は気合入れて歌ってます。重唱なら、合唱よりも適正があると思うんだよね。

 閑話休題。才能が無いと厳しい反面、才能があれば、努力を始めるスタート地点を最初から高めに設定できるでしょうし、ゴールだって高い位置まで登ってたどり着けるわけです。才能、大切です。

 プロの演奏家たちは、最初から豊かな才能を持っていた人たちの集団であって、その豊かな才能に、子ども時代を犠牲にするほどの努力を積み重ねてきたから、プロの演奏家として立っているわけです。ハイアマチュアとして活躍されている人だって、最初からある程度の才能があり、場合によって、音大等の専門教育を受けていたりするわけだから、趣味のズブの素人とはわけが違うわけです。

 かく言う私だって、あれこれ欠けはあるけれど、声という楽器だけは、それなりの良いモノが与えられているようで、私は私で苦労はあるけれど、それでも声の無い人(失礼)と比べると、立っている場所が違うわけです。自分で言っちゃうのはアレだけれど、これも才能だろうと思います。

 なので、一般論としては「努力は報われるもの」であり、人生、真面目に努力するべきなのですが、あるレベルよりも上の世界では、努力の前に、まずは才能の有無を確認しないと、努力が何の実も結ばない事になりかねないのです。

 ま、寝床の旦那ですよ。

 結局、努力すれば秀才にはなれるかもしれません。しかし、秀才は努力する天才には絶対に勝てないのです。ガラスの仮面を読めば、それって明白でしょ? 亜弓さんってかなり天才の領域に近づいた秀才だけれど、その隣に努力する天才がいるわけで、アレじゃあ勝負にならないよね。

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2018年7月10日 (火)

日本語に訳されたオペラ上演は…

 先日、オペラ魔女こと翠千賀氏の『カルメン』を見ました…と書くと、ちょっと誤解されそうなので、補足すると、テノールの上原正敏氏が毎年某所で行っている、初心者向けのクラシックコンサートに、翠千賀氏が今年もゲストとして出演してくれて、そこで日本語&ハイライトで『カルメン』をやったのを見た…という話です。

 翠氏のカルメン…すごくいいです。これ、マジでいいです。某カラオケ番組でポップスを歌っているよりも一万倍ぐらい良いです。声といい、容姿といい、全体にまとわりつく雰囲気といい、明らかにカルメンははまり役です。今回は、日本語&ハイライトだったので、かなり物足りなかったのですが、次はぜひ彼女のカルメンを、フランス語の全曲版で聞いてみたいですよ。

 それはともかく、上原氏企画のコンサートに二年連続で翠氏が出演したのは…彼女、上原氏の妹弟子なんだそうです。門下の兄貴が企画するコンサートなら…よほどの事が無い限り、出演するしかないだろうね(そういう世界だからね、声楽の世界って)。おかげさまで、売れっ子の翠を二年連続で直接拝見できたわけですからね、眼福眼福。

 さて本題。久しぶりに見た日本語訳のオペラですが…なんか違和感だよね。もちろん、言葉が聞き取れないわけではないし、日本語だからストーリーは分かりやすい。でも、なんか…ねえ。

 オペラの日本語訳って…訳している方には申し訳ないのだけれど、昔っから、あまり日本語としてこなれていない…って感じがします。ミュージカルの日本語訳とか、ディズニー映画の日本語訳ってのは、日本語として自然に歌に載っていると思うのだけれど、オペラの日本語歌詞って、なんか無理があるような気がするんですよ。日本語とオペラのメロディーの相性が悪いのか、日本語訳が古いのか、あるいは完成度が低いのか…まあ、そのあたりは私には分かりかねるのですが、聞き取れないわけじゃないけれど、聞きづらい…というか、言葉が胸にすっと入ってこないんです。

 なので、私的には、原語のフランス語で歌っていただいて、日本語訳は字幕スーパーで出していただく…という最近のやり方の方がいいかなって思ってます。もちろん、歌はフランス語だけれど、芝居部分は日本語でいいんですよ。

 あと、配役の都合もあって、今回は、テノール1人、ソプラノ2人、女優1人、ピアニスト1人という配置で『カルメン』のハイライトをやったわけです。そうなのですよ、つまりバリトン不在だったんですね。エスカミーリョ無しの『カルメン』って、結構物足りないよ。ミカエラかエスカミーリョが、どちらか一人をカットすると言われれば、私なら迷わずミカエラをカットしちゃいますが…まあ、今回はそうもいかず、エスカミーリョをカットしてしまったのだろうと思います。ああ、残念。

 演出は…大道具なし、衣装とちょっとした小道具だけでしたが、芝居は出演者が常に観客側を向いて演じるという、なかなかおもしろい演出でした。舞台右端でカルメンが客席に向かって花を投げると、それが舞台左袖にいるホセの足元に現れるなんて、なかなか目の錯覚を利用した興味深い演出でした。こういうやり方もあるんだなって思いました。

 演出で面白かったのは、女優さんがラウラというオリジナルの役になって、いわば狂言回しとして、舞台の進行を説明していった事です。ハイライト上演の場合、ストーリーをどうやって説明していくかが工夫されるところですが、こういうやり方もアリなんだなって思いました。

 オペラ上演って、フルで行うと、時間も経費もかかるけれど、こんな具合に工夫してハイライトで上演するのも、オペラへのハードルが下がって良いなあと思いました。

 コンサートそのものはとてもよかったのだけれど、一点疑問が残りました。それは物販です。

 今どきって、どこのコンサートでも物販があるわけで、今回のコンサートでも物販がありました。で、私はそこで売っていた青薔薇海賊団(上原氏が所属している、テノール三人組のグループです)の最新CDとDVDのセットを開演前に買いに行ったら、物販コーナーはすでにオープンしていたのにも関わらず、売ってくれなかったのですよ。コンサート終了後に買いに来いと言うので、これはコンサート後にサイン会でもあるのかなと思い、素直に引き下がり、コンサート終了後に買いに行ったら、特に何もなく、普通に販売してくれました。

 一体、あれはなんだったの? 普通、コンサートに行ったら、開演前から物販ってするものじゃないの? わざわざコンサート終了後じゃなきゃ売らないよ…ってなら、何かあるって思うじゃない? でも、何も無し。ああ、なんか納得いかない。まあ、勝手に期待しちゃったこちらの責任かもしれないけれど、なんかガッカリ。でも、最新盤が大幅ディスカウントで買えたから、まあ良しとしておきます。

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2018年7月 9日 (月)

ヴィブラートとは何か?

 ヴィブラートとは、ヴァイブレーションの事。略せば“バイブ”って事で『振動』を指します。

 音楽用語としては、そもそもは“声の振動”を意味し、声に輝きと潤いを与えるものだと言われています。で、声のヴィブラートがあまりに美しかったので、各楽器もそれをマネて音に振動を与えるようになったわけです。

 ちなみに、楽器はそもそもがノン・ヴィブラートの音が基本ですから、ヴィブラートを“付ける”訓練をしますが、声の場合、そもそも声が自然に振動するものですから、特にヴィブラートの練習というのはしません。音楽ジャンル(女性歌手が少年歌手のパートを歌う必要があるジャンルなど)によっては、ノン・ヴィブラートで歌う必要あるので、そのためにヴィブラートを付けずに歌う訓練をするほどです。

 横道にそれますが、少年の声(ボーイソプラノなど)には、基本的にヴィブラートはかからないんですね。でも、成人女性の声にはヴィブラートがかかってしまうので、同じ音域(ほぼ)同じ声色であっても、少年と成人女性の声には違いがあります。

 閑話休題。ヴィブラートとよく混同されるものに“こぶし”があります。ヴィブラートが無意識に付加されるモノであるならば、こぶしは意識的に付加していくモノです。そういう意味では、楽器のヴィブラートは意識的に付加していくモノですから、歌の世界(日本の歌謡曲とか演歌の世界です)の“こぶし”に近いモノなのかもしれません。

 声のヴィブラートは、音程の振動を指します。ですから、低い声はゆったりとヴィブラートがかかり、高い声は小刻みにヴィブラートがかかっていきます。音程とヴィブラートの振動感覚というのは関連があるので、これを無視して作為的にヴィブラートを掛けると、違和感が生じ、汚く聞こえます。

 作為的…とは違いますが、結果的に不自然な振動を与えてしまい不快感を与えてしまうのが、いわゆる“縮緬ヴィブラート”と呼ばれるものです。これは声の老化の一種で、声帯周りの筋力低下に伴い、発声動作に痙攣が伴うようになり、そのために不自然な振動が声にかかってしまう事が原因だと考える人がいます。作為ではないので、本人には自覚はないのですが、ヴィブラートの振動が音程とは関係なくつけられているので、聞き心地が良くないのです。こうならないためには、歌う人は、ある一定の歌うための筋力維持というのが必要になるのだろうと思います。

 で、楽器のヴィブラートですが、ヴァイオリン等の弦楽器のヴィブラートは、声と同じ音程に振動を与えるヴィブラートですが、フルート等の管楽器のヴィブラートは、声とは違って、音量の変化によるヴィブラートで、厳密に言うと(管楽器のヴィブラートは)ヴィブラートと呼ぶべきではないのですが、他に呼び名がないし(声の)ヴィブラートの効果を目指してかけているので(管楽器のヴィブラートも)ヴィブラートと呼んでいいのだろうと思います。

 ま、そもそもヴィブラートは、声に輝きと潤いを与えるための技法であり、たまたま元祖である声は音程を揺らして効果を得ていたわけですが、音量を揺らして同じ効果を得られるなら、同じものと扱ってもいいんじゃないかって考えるわけですね。

 ヴィブラートは、いわば美しい楽音を作り出すための技法の一つであって、歌の場合は、正しい発声方法が身につけば、自然と身につくものであり、特に意識するものではないと思います。

 楽器の場合は、意識的に習得しないと身につかないものなので、ヴィブラート奏法ができるようになるためには、そのための特別な努力と修練が必要になります。弦楽器の場合は、ヴィブラート奏法は、かなり古い時代に一般的になってしまったため、ヴィブラートのない弦楽器の演奏音というのは今では考えられないので、たとえアマチュア奏者であっても、頑張って習得していかないといけないと思います。

 そこへいくと管楽器のヴィブラートは、これが奏法の中に組み込まれてきたのは、割と最近(フルートなら20世紀前半のモイーズから一般的になってきた…と私は聞いています)なのだそうで、近年の流行りと言えば、言えます。なので、管楽器のヴィブラートは、歌や弦楽器のヴィブラートとは異なり“マスト”なものとはまだまだ言えないと思います。ネットでは、初心者に毛の生えたくらいの人(ごめんなさい)がヴィブラートの習得に励む様子がよくアップされていますが、私が個人的に思うに、ヴィブラートに励む時間があったら、もっと基礎的な訓練に時間をかけて、まずはきちんとフルートが吹けるようになるのが先決だと思います。ヴィブラートはあくまでも、音に輝きと潤いを与えるための技法であり、いわばオプションですから、オプションを習得する前に“きちんと普通に吹けるようになる事”が前提になってくると思います。

 オプションよりもメインを先に身につけろよ…って話です。オプションはメインを終えてからで十分だろうって…事です。

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2018年7月 8日 (日)

結婚は何歳までにするべきか!

 …って書くと、よく女性の結婚適齢期やら出産適齢期やらが俎上に上がりますが、そんな話はさんざんし尽くされているので、今回は男性について考えてみたいと思ってます。

 男性の場合、女性と違って、出産適齢期はありません。別に40代になろうと50代になろうと、相手の女性が若ければ、父親になるのは可能だし、実際、そういう人も大勢います。

 女性の場合の結婚は、いつでも出産とペアで考えられますから、なるべく早い方が良いわけで、さすがに10代では早すぎるかもしれませんが、20代あたりがベストだろうと思われます。20代のうちに結婚し、20代のうちに出産を終えて、後は育児に邁進する…というのが生き物としての理想のようですが、現代日本では晩婚傾向も激しくなり、30代前半までには結婚…と考えている人も大勢いらっしゃるようだし、それ以上になると不妊治療込みでの婚活となるんだろうと思います。

 それと比べると、男性の場合は、それほど年齢条件はシビアではありません。むしろ、経済条件の方が厳しいかもしれません。

 若い男性が結婚できない、あるいは結婚に踏み切れない条件の一つに、低収入があります。あるいは、収入が不安定…と言ってもいいかもしれません。なので、よく「正社員になったら結婚しようと思っています」とか「年収が◯百万円を越えたら…」とか「貯金が◯◯百万円を越えたら…」とかの話も聞きます。

 まあ、確かに、バイトとか派遣の身分で、妻子を食べさせていくのはあまりに大変だし、嫁ぐ立場の女性…と言うか、女性の親の立場からすれば、バイト男にかわいい娘をやるのは…かなり不安だし、ついつい反対してしまいたくなります。だから、正社員になったら…というのは、よく分かります。

 で、私は正社員になったら、たとえ低収入であっても、安定して定期収入が得られるようになるわけだから、これを機会に「えいやー!」と結婚してしまうのが良いと思ってます。低い収入でも定期的にお金が入るなら、やりくりでどうにでもなります。貯金だって、やりくりの中で貯めていけばいいんです。だから、定期収入が得られる正社員になったら…というのは、男性の結婚に関しては、必要最低限の条件かなって思います。

 じゃあ、経済条件さえクリアすれば年齢条件は関係ないのか? 確かに男性は女性ほど年齢条件が厳しくはないというものの、やはり、なるべく早めに結婚しておく必要があると思います。

 それは育児の観点からです。

 出産育児の直接的な関わりは、確かに女性が主たる役割を果たすと思います。では男性は、出産育児に全く関わらないのかと言えば、そういう事はなく、特に、妻子を経済的に支えるという役割は男性の主たる役割だと思います。

 問題は、子どもをいつまで経済的に支えるべきか…という事です。男の子なら、学校を卒業して就職するまで、女の子ならお嫁にいくまで、と考えるのが、まだまだ主流かなって思います。子どもの学歴にもよりますが、年齢的には末っ子が20~25歳ぐらいまでは親として子どもを経済的に支える必要があると思います。逆に言えば、女の子と言えども、26を過ぎたら、嫁入り支度ぐらい自分でどうにかしなさいって話です。

 それはさておき、末っ子が25歳になるまで支えるとなると…何歳までに結婚しないといけないのか、自ずと計算ができちゃいます。

 と言うのも、サラリーマンなどには定年があるからです。会社の定年は、現在は60歳というところが多いですね。まあ、若い世代が老人になる頃には、定年は65歳になっているでしょうから、仮に自分が65歳の時に、末っ子が25歳になる計算でいくと…末っ子の誕生は40歳って事になります。一人っ子で、授かり婚ならば、40歳までに結婚するのがタイムリミットと言えるでしょう。子どもは二人で、授かり婚は無し…って考えると、少なくとも35歳までには結婚しておきたいです。

 となると、男性であっても、35歳までには結婚しないとアウトって事になります。

 …もっとも、これは定年ギリギリまで子育てをしなきゃいけないという前提があっての話で、この場合、自分たちの老後は老後資金が貯められずに、カスカスになってしまうという恐れがあります。一般的に老後資金は、定年前の10年間でコツコツ貯めるという人が多いので、それを考えると、さらに結婚年齢は10年早まります。

 つまり25歳までに結婚をして、30歳までには子どもを生み終わって、育児体制に入る…なんだ、年齢的な事を考えると、男性も女性とそんなに大きく変わらないじゃん。

 現代日本がなぜ少子高齢化に向かっているのか言うと、それは晩婚傾向が強く、安心して出産育児ができないから…って事になります。で、晩婚傾向が強いのは、男性の低収入と、女性の高学歴化が原因でしょうね。

 女性の高学歴化は…これも難しい話です。女性だって男性並みの教育は必要ですから、どうしても女性の高学歴化はまぬがれないわけですが…この問題に関しては、チャンスがあれば、後日語ることにして、若い男性の低収入は由々しき問題です。

 経済がうまく回らないと、雇用も収入も増えず、収入が増えないと、結婚に踏み切る男性の年齢が高齢化し、それが少子化につながって、国力の低下につながっていくわけです。

 ああ。

 男女ともに、20代のうちに結婚すべきなんだろうと思います。老後がカスカスになる覚悟があるなら、男性は35歳までが結婚リミットです。そこを越えての結婚は…定年のない自由業ならともかく…って話になりますが、自由業の方も一般的には年齢がいくと収入は厳しくなるようなので、あまりに晩婚では色々と大変になってしまうと思いますよ。

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2018年7月 7日 (土)

今年もタニシがやってきた!

 だいたい毎年、夏に、タニシを大量に水槽に投入している私です。

 以前は、知り合いの農家さんに頼んで、そこの田んぼのタニシを水槽に入れていましたが、その農家さんが昨年廃業されてしまい、その方からタニシをいただけなくなり、別の農家さんに話を持っていったのですが、どこの農家も農薬を使っているので、田んぼにタニシなんていなくて…仕方なしに昨年から、インターネットでタニシを購入する事にしました。

 だって、普通の金魚屋さんじゃあ、石巻貝などは販売しているし、ジャンボタニシなんかも売っているけれど、ごく普通のタニシはなかなか販売していないんだよね。それでやむなく、インターネットで生体購入をしています。

 お値段は、送料込みで、50匹で二千円。今回も150匹購入したので、約六千円です。まあ、相場的にはかなり安く買えました。

 業者が養殖しているタニシなので、田んぼで採集してくる子と比べると…きれいです。泥を吐かせる必要なんてないし、貝殻を磨く必要もありません。念の為、ちょっとだけ検疫のために消毒液に漬けるだけでOK。なんて、お手軽なことか…。

 で、ドドーンと150匹のタニシを水槽に入れてみました。野生の子たちは、水槽に入れた瞬間に動き出す(ってか逃げ出す)のですが、養殖の子たちは、ほぼ一日、じっとしていました。全然動きません。死んでいるのかな…って思ったぐらいです。おそらく死んだふりをして、危機回避を狙っているのでしょうね。

 で、一日が過ぎたあたりから「もう大丈夫…」とばかりに、ぼつぼつと動き出しました。でも、動作が遅いせいか、動き出したところで、金魚たちにだいぶ食べられてしまいました。ううむ、養殖の連中って、危機感は高いのだろうけれど、やっぱりトロいやつはトロそうです。

 金魚的には、ごちそう大量投入…ってことで、みんながみんな、虎視眈々とタニシを狙っています。ウチの子たちは、石巻貝は食べないのに、タニシは食べつくしちゃうんだよね。よほどタニシって美味しいんだろうね。

 まあ、タニシは水槽のお掃除係兼金魚の生き餌担当なので、食べてしまってもいいのだけれど、タニシの補充は年に1回と決めているので、少しは遠慮しながら食べてもらいたいくらいです。できれば、週2匹ぐらいの割合だと嬉しいのだけれど。

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